戦争は終結した。
しかし・・・・・・・
第三十二話 拓也死す!? 召喚されてしまった使い魔!
神聖アルビオン共和国の降伏から2週間後。
1年の始まりであるヤラの月の第3週、エオローの週に正式に連合軍は解散となり、臨時の士官として志願した魔法学院の生徒たちも、次々に学院へと戻ってきた。
意気揚々と帰ってきた者もいれば、何の戦果も得られずに、帰ってきたものもいる。
激戦を潜り抜けた者もいれば、何ら戦果に寄与することのない任務に就いた者もいた。
魔法学院の生徒たちは、一部を除いて後方の部隊だったので、犠牲もなければ戦果も無い者が殆どであった。
そんなわけで、戦果を挙げた一部の生徒たちの威張りようときたら、天にも昇る勢いである。
ギーシュも、そんな調子で散々に自分の手柄を自慢していたのであったが・・・・・・
自分の部屋で、ルイズは膝を抱えてベッドに座っていた。
そんなルイズの目の前には、唯一の才人の持ち物であるノートパソコンが置かれていた。
電源が入っていないので、画面には何も写ってはいない。
ルイズは、黒いノートパソコンの画面をじっと見つめていた。
才人が始めてやってきた日、自分に見せてくれた画面を思い出す。
綺麗だった。
そう思ったら、じんわりと瞼の裏が熱くなる。
思えば才人は、いつも自分にそんな景色を見せてくれていた。
ルイズにとって、ワケが分からないけど綺麗で、なんだかわくわくして、不思議な気分にさせる景色を。
自分たちと違う考え、容姿、行動。
その一つ一つが胸に蘇る。
ルイズは胸に下がるペンダントを見つめた。
ぽろりと、目頭から涙がこぼれる。
才人は、いつも自分を守ってくれていた。
この首にかかるペンダントのように、いつも傍にいて、自分の盾となってくれた。
フーケのゴーレムに潰されそうになったとき。
ワルドに殺されそうになったとき。
巨大戦艦に対峙したとき。
そして、今回も・・・・・・
才人は必ず、自分の前に立って剣を構えてくれた。
伝説の“ガンダールヴ”、その名の通り、自分の盾になってくれた。
そんな才人に、自分は優しくした事などあっただろうかとルイズは思う。
いつも意地を張って、わがままばかり押し付けていたような気がしていた。
「ばか」
涙が熱かった。
「私のことなんか放っておけばよかったのに。こんな恩知らずでわがままな、可愛くない私のことなんか、無視して逃げればよかったのよ」
ルイズは流れる涙を拭いもせずに、じっと想いをめぐらせた。
「あんなに、名誉の為に死ぬのはバカらしいなんて言ってたくせに・・・・・・・自分でやってちゃ世話ないじゃない」
才人を攻める言葉は、そのまま自分に返ってくる。
自分の言葉が、己の心を抉る槍となって、ルイズを激しく傷つけた。
「好きって言ったくせに・・・・・・私を1人にしないでよ」
黒い画面のままのノートパソコンを見つめ、ルイズは呟いた。
「私ね、アンタがいないと、眠る事も出来ないのよ」
膝を抱いて、何時までもルイズは泣き続けた。
一方、アイナの部屋では。
「嬢ちゃん、元気だすっスよ」
「・・・・・・・・・・・・・」
テーブルに置かれた地下水が、ベッドに蹲っているアイナに話しかける。
だが、アイナは答えない。
「まだ相棒が死んだって決まったわけじゃないんスから」
「・・・・・・・・・・・・・」
「そんな顔してちゃ、相棒に心配かけるっスよ」
「・・・・・・・・・・・・・」
何度も話しかけるが、反応は無い。
「せめて、食事だけはちゃんと取るべきっス」
アルビオンから戻ってきてから、アイナは碌に食事をしていない。
本当に最低限の水とパンぐらいしか口にしないのだ。
このまま続けば、確実に体を壊す。
「嬢ちゃ「ごめん、何も話したくないの」」
アイナにそう言われ、地下水は押し黙るしかなかった。
「・・・・・・・タクヤ」
アイナは、いつか拓也に買ってもらった、銀の十字架のペンダントを握り締め、拓也の名を呟いた。
アイナの部屋の扉の前にはシャルロットとイルククゥがいた。
「きゅい~~。あのおチビ、何をクヨクヨしてるのね!タクヤさまがそう簡単に死ぬはず無いのね!」
イルククゥが少しイライラしつつ、そう言う。
「・・・・・けど、2週間も経っているのに、戻ってこないのは確かにおかしい」
シャルロットは、少し暗い声でそう言う。
「お姉さまもそんなこと言っちゃダメなのね!タクヤさまは絶対に生きてるのね!」
そう言うイルククゥは、どこか不安を吹き飛ばしたいが為に、叫んでいるように思える。
内心、イルククゥも不安で堪らないのかもしれない。
「・・・・・・大丈夫だよね・・・・タクヤ」
ポツリと呟いたシャルロットの言葉に答えるものは誰もいなかった。
その頃、才人はウエストウッドの村にあるティファニアの家の裏で、薪割りをしていた。
才人の怪我は既に完治しているが、どうしても学院に戻る気にはなれなかった。
理由はわかっている。
ギルモンに大量の殺人を行なわせてしまったこと。
そして、拓也を失ったこと。
その2つが才人の心に重くのしかかり、才人を縛りつける。
「はぁ~・・・・・・」
才人は大きくため息をついた。
ギルモンは、子供たちにも受け入れられ、今まで通りであった。
しかし、才人はどうしてもギルモンに負い目を感じてしまい、今まで通りに付き合えないでいた。
ギルモンとの間に溝を作っているようで、デジヴァイスも失ったままである。
薪を割っている最中も、斧を持っていればガンダールヴは発動する。
しかし、心が深く沈んでいるので、今までの10分の1程度しか身体能力は上がらなかった。
才人が落ち込んでいると、後ろから声が聞こえた。
「あの・・・・・」
振り向くと困った顔のティファニアが立っていた。
「ん?」
「薪を・・・・・」
どうやら、薪を取りに来たらしい。
尖った耳を隠すように、大きな帽子をかぶっている。
「あ、ごめん」
ティファニアは、才人に目を合わせないように俯いて、薪に手を伸ばす。
才人は、警戒されていると思った。
「ごめん、随分と世話になっちゃったな。俺、そろそろ出て行くから。そんなに怖がらなくてもいいよ。そうだよな、戦争だって終わったばっかだし、俺みたいな変な奴が村にいたんじゃ困るよな」
ティファニアは目を見開いた。
「あ、違うの!違う!そうじゃない!わたし・・・・・・・その、同い年ぐらいの男の子と、話したことなくって・・・・ちょっと緊張してるっていうか・・・・・・・警戒してるとか、怖がってるとかそういうのじゃないの。だから、自分の気持ちに整理がつくまで、ずっといていいの。わたしこそごめんなさい」
ティファニアはモジモジと恥ずかしそうに頭を下げた。
そんな様子を見て、才人はちょっと明るい気持ちになれた。
「そっか。君は可愛いだけじゃなく、優しいんだね」
「か、可愛くないよ!」
「可愛いよ。それにほんとに優しいと思う」
と才人が言ったら、ティファニアは帽子を深く被ってしまった。
恥ずかしがっているらしい。
「優しいとか、そういうんじゃなくって・・・・・ただ、母さんが言ってたから」
「お母さんが?」
才人が問い返す。
懐かしい響きを含んだ言葉だった。
「そう、エルフの・・・・・・死んじゃったお母さん。あの指輪をくれて、わたしに言ったの。『困っている人を見つけたら必ず助けてあげなさい』って。母さんはその言葉通りの人だったの。自分を省みないで、愛する人の為に尽くした人だった。だからわたしも・・・・・」
デルフリンガーが横から口を出す。
「なんだか、込み入った事情があるみてえだね」
ティファニアは俯いた。
「ハーフエルフで、“先住の魔法”の力を秘めた指輪を持ってるお前さんが、こんな孤児だらけの村にいるのは、どんなわけがあるんだい?」
「デルフ」
才人がデルフリンガーをたしなめた。
「さて、お前さんの秘密は、そんな境遇と指輪だけじゃねえ。なにか、他のものも隠してるんじゃねえのか?」
ティファニアは黙ってしまった。
「ごめんな、話したくない事は話さなくていいんだよテファ。デルフ、いい加減にしろよ。もう、何なのお前、剣のくせに聞きたがりで・・・・・」
才人がそう言った時、
――シュカッ
と乾いた音がした。
見ると、1本の矢が、薪の1本に刺さっていた。
「危ねえなあ。猟師でもいるのか?」
――シュカカ シュカッ
矢は次々と飛んできて、才人達の周りの地面に次々と突き刺さった。
「誰だっ!」
と怒鳴ると、森の中から傭兵と思しき格好の一団が現れた。
「おいお前ら。村長はいるか?いるなら呼んで来い」
現れたのは十数人ほど。
全員が弓矢や槍などで武装していた。
「な、何の用ですか?」
ティファニアが怯えた声で呟く。
「おや、随分と別嬪だな。こんな森の中に閉じ込めておくには勿体ねえや」
1人がそう言って、近付いてくる。
小ずるそうな顔をした、額に切り傷がある男だった。
どうやら彼がこの集団のボスらしい。
「あなたたちはなんなんですか?傭兵?」
「“元”傭兵だよ。戦争が終わっちまったから、本業に戻るのさ」
「本業?」
「盗賊だよ」
と1人がいうと、なにがおかしいのか残りが笑った。
「全く、ついてねえや。楽な追撃戦だと思ってたら、いきなりワケの分からない竜の乱入。ロンディニウムもその竜の強襲を受けて壊滅だってよ。お陰でアルビオンが降伏。意味わからねえや。とにかく報酬はパァ。だからせめて本業で稼がねえと、飯も食えねえってわけだよ」
才人はその言葉を聞き、動揺する。
盗賊が言った竜とは、間違いなくメギドラモンの事だ。
「出てって。あなた方にあげられるようなものは何もありません」
気丈に言い返すティファニアを見て、男たちは笑った。
「あるじゃねえか」
「え?」
「こんな貧乏そうな村に、金目の物があるなんて思っちゃいねえよ。俺たちが扱ってるのは、お前みたいな別嬪な娘だよ」
「これだけのタマなら、金貨にして2000はいくんじゃねえのか?」
どうやら盗賊たちは人攫いを生業にしているらしい。
1人が近付いてきてティファニアに触れようとした瞬間、才人が立ち塞がった。
「やめろ」
「何だ?ガキ。命が惜しかったらすっこんでろ。売り物になりそうな奴以外、興味はねえ」
「テファに触るな」
「俺たちゃ、真面目な商売人だよ。商品に傷はつけねえ。安心しろよ」
多少の味見はするがね、と、盗賊たちは下品に笑いあう。
才人はデルフリンガーと覇竜刀に手を伸ばした。
「なあ小僧。俺たちはもう人殺しは嫌なんだよ。出来る事なら平和に稼ぎたいのさ」
槍を構えて、1人の盗賊は言った。
才人はデルフリンガーと覇竜刀を抜いた。
「恩人を見捨てるわけにはいかねえだろうがよ」
「なあ坊や。知ってるか?」
槍を握った男が言った。
「なんだよ」
「俺たちは、トリステインとゲルマニアの連合軍をやっつけるために、ロサイスに向かってたんだ。でも、さっき言った竜に乱入されて多大な被害を出して失敗した。けどな、その前に1人の人間と1人の亜人。そして、1匹の竜が7万の軍勢に立ち向かってきたらしいんだ。後方にいたんで、詳しくは知らねえが・・・・・ま、お前さんも、勇気だけはそいつと変わらねえ。褒めてやるよ」
「・・・・・・・・・」
「けどな。俺たちの間じゃそういう奴をなんて言うと思う?」
その男は一旦言葉を切り、
「そういう奴はな、無謀な馬鹿っていうんだよ」
その言葉を聞いた瞬間、才人の心に火が灯った。
今まで光が弱かったガンダールヴのルーンが強く輝く。
「テメェらなんかが、あいつを馬鹿にするんじゃねえ!!」
才人は、一瞬で相手の懐に飛び込むと、右手に持った覇竜刀で相手の槍を断ち切り、デルフリンガーのみね打ちで吹っ飛ばす。
「ぎゃっ!?」
その男は木の幹に叩きつけられ気絶した。
「相棒、全然吹っ切れてないみたいだね」
デルフリンガーが呟く。
才人が盗賊たちの方を向き、高ぶった感情のまま全員を叩きのめそうとした時、
「ナウシド・イサ・エイワーズ・・・・・・・・」
後ろから声が聞こえた。
緩やかな、歌うような調べ。
いつも背中に聞いた、呪文の調べ。
「ハガラズ・ユル・ベオグ・・・・・」
ルイズと同じ響き。
「ニード・イス・アルジース・・・・・」
才人が振り向くと、ティファニアはいつしか取り出した小さな杖を握っていた。
「ベルカナ・マン・ラグー・・・・・」
指揮者がタクトを振り下ろすような自信に満ちた態度で、ティファニアは杖を振り下ろす。
陽炎のように、空気がそよいだ。
男たちを包む空気が歪む。
「ふぇ・・・・・?」
霧が晴れるように、空気の歪みが元に戻ったとき、男たちは呆けたように、宙を見つめていた。
「あれ?俺たち、何をしてたんだ?」
「ここ何処?何でこんな所にいるんだ?」
ティファニアは、落ち着き払った声で男たちに告げる。
「あなたたちは、森に偵察に来て迷ったのよ」
「そ、そうか?」
「隊はあっち。森を抜けると街道に出るから、来たに真っ直ぐ行って」
「あ、ありがとうよ・・・・・」
男たちはふらふらと、頼りなげな足取りで去っていく。
呆然として才人はその背中を見つめる。
最後の1人が森に消えた後、ティファニアの方を向いた。
ティファニアは恥ずかしそうな声で言った。
「・・・・・彼らの記憶を奪ったの。“森に来た目的”の記憶よ。街道に出る頃には、私たちのこともすっかり忘れているはずだわ」
「魔法なのか?」
ティファニアは頷いた。
才人は考える。
人の記憶を奪う魔法。
風、水、火、土。
どの系統にも当てはまらないように思える。
才人の中で1つの仮定が導き出される。
震えながら、才人は尋ねた。
「・・・・・今のは、どんな魔法なんだ?」
ティファニアの代わりに、デルフリンガーが答えた。
「虚無だよ。“虚無”」
「虚無?」
ティファニアはきょとんとして、デルフリンガーを見つめた。
「・・・・・・・なんだ、正体もしらねえで使ってたのかい」
才人は口をあんぐりと開けて、ティファニアを見つめた。
「とにかく・・・・・お前さんがどうしてその力を使えるようになったのか、聞かせてもらおうか」
その夜、才人たちはティファニアの生い立ちを聞いた。
エルフであるティファニアの母は、アルビオンの王弟の妾であったこと。
その母と、母譲りの耳を持ったティファニアは、まともに外を出歩けなかった事。
それでも、小さいながらも幸せに暮らしていたこと。
だが、あるとき、王家にエルフである母と、ティファニアの存在がばれてしまい、父は投獄、母は殺されてしまった事。
ティファニアは見つかったが、その時虚無に目覚め、兵士たちの記憶を消し、何とか生き延びた事を。
その話を聞いた後、才人はワインを飲んでいるうちに眠ってしまった。
――神の左手ガンダールヴ。勇猛果敢な神の盾。左に握った大剣と右に掴んだ長槍で、導きし我を守りきる。
――神の右手がヴィンダールヴ。心優しき神の笛。あらゆる獣を操りて、導きし我を運ぶは地海空。
――神の頭脳はミョズニトニルン。知恵の塊神の本。あらゆる知識を溜め込みて、導きし我に助言を呈す。
――そして最後にもう1人・・・・記す事さえはばかれる・・・・・・
――4人の僕を従えて、我はこの地にやってきた。
才人は歌声で目を覚ました。
夜明けはまだらしく、窓の外に月が2つ、浮かんでいる。
ギルモンは暖炉の前で丸くなって寝ている。
「・・・・・ごめんなさい。起こしちゃった?」
「もう一度、歌ってくれないか?」
ティファニアは再び歌い始めた。
心に沁みるように、声が響く。
月明かりに光る髪のように、美しい歌声だった。
それから1週間後。
ルイズは夢を見ていた。
才人の夢を。
だが、夢は覚める。
「・・・・・・・あれ」
目の前に才人はいない。
「夢か・・・・・」
とルイズは疲れた声で呟く。
哀しくなって、両手で顔を覆う。
すると、
「ルイズ」
部屋の隅から名前を呼ばれて、はっとして振り向く。
金髪の美少年が、壁にもたれるようにして立っている。
「・・・・・ジュリオ?」
ロマリアの神官、ジュリオだった。
目立つオッドアイで、ルイズを興味深そうに見つめていた。
ルイズは毛布を引き寄せた。
「どうしてあなたがここにいるの?」
「君に会いに来たんだよ。随分と楽しい夢を見ていたみたいだね。もう見ないで!どうせ小さいもん!って。いったい、何を見ていたんだい?」
ルイズは耳まで真っ赤になった。
「勝手に入っちゃダメじゃない。ここは戦場の天幕じゃないのよ」
「ちゃんと一筆貰ってるんだぜ?」
そう言うと、ジュリオは許可証をぴらぴらと見せた。
「レディの部屋に無断ではいるなんて、どういうこと?」
「僕達は強い絆で結ばれてるんだよ」
ジュリオは、白い手袋をした右手を、ルイズに差し出した。
ルイズはそんな手を無視して、
「冗談はやめて」
ジュリオは気にせずに、笑みを浮かべた。
「やっとの事で、竜騎士隊の任を解かれてね、今からロマリアに帰るんだよ。まったくトリステイン人は人使いが荒いね!報告書を作成するからって、外国人の僕を、ずっと隊に縛り付けておくんだから!その間、報告書とにらめっこさ」
「それはご苦労様」
「帰国する前に、君に挨拶しておこうと思ってね」
「そう・・・・・・ありがとう」
とルイズは虚ろな顔で礼を言った。
「元気がないね」
ルイズはきゅっと唇をかみ締めて、毛布に顔を埋めた。
「僕は君の命の恩人なんだぜ。もうちょっと、感謝がほしいね」
「どういう意味?」
顔をあげて、ルイズはジュリオを見つめた。
「君を船に乗せたのは僕なんだよ」
ルイズはベッドから跳ね起きると、ジュリオに詰め寄った。
「何でサイトを行かせたのよ!」
「ちゃんと言ったよ。確実に死ぬよ、ってね」
「止めなさいよ!」
「止められないよ」
ジュリオは真顔になった。
「何言ってるのよ!貴方それでも神官なの!?死ぬと分かってて、どうして止めないのよ!」
「彼は、彼の仕事をしようとしてたんだ。止められるわけないじゃないか」
「どうしてそれがサイトの仕事なのよ!」
「彼はガンダールヴだ。主人の盾となるのが、その仕事さ」
ルイズはまじまじとジュリオを見つめた。
「どうして知ってるんだ?なんて聞かないでくれよ。ミス・“虚無(ゼロ)”。妙な呼び名だな、ちゃんと呼ぼう。偉大なる虚無の担い手」
「・・・・・どうして知ってるの?」
「・・・・・僕はロマリアの神官だ。神学の研究が一番進んでる国から来たんだぜ。トリステインよりも、ガリアよりもね」
ルイズは力が抜け、床に膝をついた。
ジュリオが虚無に詳しいことにも驚いたが、今は、そんなことより才人の生死が気になる。
そんなルイズを理解してか、優しく論すような声で、ジュリオは言った。
「ほんとは君を迎えに来たんだ。でも、それどころじゃないようだな」
「神学なんか、犬にでも食われるがいいわ」
「神学の講義をしたくて連れて行くわけじゃない。現実として、ロマリアは君を欲しがってる」
「ほっといて」
「そういうわけにはいかないけど・・・・・タイミングってのは大事だな。じゃあルイズ、君は嘘と真実、どっちが好きなんだ?」
ちょっと考えた後、ルイズはポツリと、
「真実」
と答えた。
「よし。僕はメイジではないが、魔法のルールは知っている。サモン・サーヴァントを、僕に講義してくれないか?」
「使い魔を呼び出す呪文よ」
「条件は?」
そう尋ねられ、ルイズは、はっとした顔になった。
「メイジにとって、使い魔は大事な存在だが・・・・・・代わりがきかないわけじゃない。別れは、同時に新たな出会いでもある。サモン・サーヴァントはそれを象徴していると思うよ」
「黙って」
「新たな出会いを祈っている。じゃあまた」
ジュリオはそういい残すと、颯爽と部屋を出て行った。
しばらくルイズは考え込んでいたが、そのうちに震えだした。
「死んでないよね」
祈るような声で、呟く。
「生きてるよね」
暫く顔を伏せた後・・・・・・・
ルイズはゆっくりと顔を持ち上げる。
「勇気出さなきゃ」
行方不明なだけで、まだ死んだと決まったわけじゃない、と自分に言い聞かせる。
再びドアがノックされて、ルイズは跳び上がった。
「ジュリオ?まだ用があるの?」
そう怒鳴って、扉を開ける。
しかし、そこに立っていたのは、
「わたしよ。ルイズ」
困ったような顔のモンモランシーだった。
彼女はルイズの顔を見ると、ため息をついた。
「随分と落ち込んでるのね。まあ、気持ちは分かるけど・・・・・・授業ぐらい出なさいよ。あなたとアイナ、ずっと休みっぱなしじゃないの。戦争だって終わったんだから・・・・・」
後ろにいたギーシュも、心配そうに顔を出した。
モンモランシーは、ルイズの傍にしゃがみこみ、優しい声で言った。
「その・・・・・死んだって、決まったわけじゃないんだから」
暫くルイズは膝をついていたが、むっくりと起き上がった。
勇気を必死になって取り返すように、拳を握り締める。
「・・・・・・知ってるわ。生きてるもん」
「そ、そうだよ!あのサイトが、そんな簡単に死ぬもんか!」
ギーシュもルイズを励ますように言った。
それからモンモランシーとギーシュの2人は、顔を見合わせて、ねー、と頷きあった。
「そうよ。生きてるのよ」
すっくりとルイズは立ち上がり、呟いた。
決心したような、そんな顔だ。
「今から確かめるわ」
「へ?」
とギーシュとモンモランシーは、怪訝な顔になった。
「絶対生きてる。それを確かめる」
棒読みするような口調で、ルイズは言葉を続けた。
「ど、どうやって?」
ギーシュが尋ねた。
モンモランシーが、はっと何かに気付いた顔になった。
「サモン・サーヴァント?」
「そうよ」
ルイズは頷いた。
「使い魔を召喚する呪文・・・・・・サモン・サーヴァントを再び唱えるためには、自分の使い魔がこの世に存在してはならない」
「そ、そうよね」
「だから・・・・・サイトが生きていれば、呪文は完成しないはずだわ」
ギーシュが焦った声で言った。
「でも、もし、完成したら・・・・・・・」
だが、ルイズはギーシュの言葉を無視して杖を手に取ると、部屋を飛び出た。
そして、隣のアイナの部屋へ向かう。
アイナの部屋の前には、シャルロットとイルククゥがいたが、ルイズは気にせず、ノックも無しにアイナの部屋のドアを開けた。
そして、未だベッドに蹲っているアイナの前に行くと、
「アイナ。私、サイトが生きてる事を確かめるわ!」
そうアイナに向かって言った。
「え?」
アイナが顔をあげる。
「サモン・サーヴァントを唱える。サイトが生きてるなら、呪文は完成しないわ」
その言葉に、アイナは動揺し、シャルロットは目を見開く。
その時、後を追いかけてきたモンモランシーが言った。
「ルイズ・・・・・・もうちょっと心の準備が出来てからでも・・・・・」
しかし、ルイズは首を振る。
「今、決心できなかったら、後になったって無理よ」
ルイズは杖を持った手を、目を瞑って振り上げた。
ギーシュは震えだした。
モンモランシーは目を瞑った。
小さく、ルイズは呪文を唱え始めた。
緊張で手が震える。
恐怖で心が震える。
「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。5つの力を司るペンタゴン。我の運命に従いし、使い魔を召喚せよ」
目の前の空間に向かって杖を振り下ろす。
使い魔として契約した才人が生きていれば、そこに呼び寄せるためのゲートは開かない。
しばしの時間が流れた。
目を瞑ったモンモランシーは、なかなか目を開く勇気が出なかった。
ギーシュも、ルイズも、なぜか口を開かないのが凄く怖かった。
「んっ!」
モンモランシーは思い切って目を開いた。
そこには・・・・・・
呪文を唱える前と何ら変わらない空間があった。
「ゲートが開いて・・・・・無い?」
モンモランシーが呟く。
と、その瞬間ルイズが崩れ落ちた。
「ル、ルイズ!?」
モンモランシーとギーシュは慌てて駆け寄る。
「サイト・・・・・・良かった・・・・・・・生きてた・・・・・・」
ルイズは緊張の糸が切れたために力が抜けてしまったようだ。
それから少しして、ルイズは立ち上がると、アイナに向き直った。
「アイナ。次はあなたの番よ。安心しなさい。サイトが生きてたんならサイトより強いタクヤもきっと生きてるわ」
「う・・・・うん」
アイナは弱々しく頷く。
アイナは勇気を振り絞って杖を握る。
アイナは立ち上がって、杖を構えた。
「我が名は、アイナ・ファイル・ド・シンフォニア・・・・・」
アイナは呪文を唱えだす。
「5つの力を司るペンタゴン・・・・・」
だが・・・・・・
「我の運命に従いし・・・・」
アイナの胸の内には、どうしても嫌な予感がしてならなかった。
「使い魔を・・・・・・」
そして、呪文は完成する。
「召喚せよ」
杖を振り下ろした。
そして・・・・・・・・・
「嘘・・・でしょ・・・・・・」
その場には・・・・・・・・・
「まさか・・・・・・・・・」
白く光る鏡のようなゲートが・・・・・・・・
「タクヤが・・・・・・・・」
現れていた・・・・・・・
――ドサッ!
何かが倒れる音がした。
ルイズ達が振り向くと、シャルロットが気を失い、床に倒れている。
「タバサ!」
モンモランシーが駆け寄る。
「う、嘘なのね・・・・・・こんなの信じないのね!!!」
イルククゥは叫んで、部屋から飛び出していってしまう。
「・・・・・・・・・・・」
アイナはその場で膝を付き、虚ろな瞳でそのゲートを見つめ続けている。
その瞳からは、涙が止めどなく流れ続けている。
「アイナ・・・・・」
ルイズはアイナにかける言葉が見つからなかった。
と、次の瞬間、
「うわっ!?」
ゲートの方から声がした。
全員がゲートの方に顔を向けると、
「・・・・・ここ・・・・・何処?」
人間の10歳程度の身長。
オレンジ色の髪と尻尾。
褐色の肌。
頭には短い2本の角。
人でもなく、獣でもない姿の新たな使い魔が、そこにいた。
次回予告
新たに召喚されてしまったアイナの使い魔。
だが、その使い魔は記憶喪失だった。
何とか悲しみを乗り越えようとするシャルロット、イルククゥ、そしてアイナ。
ルイズとシエスタは、才人を迎えに行くためにアルビオンへと向かう。
次回!ゼロの使い魔と炎の使い魔
第三十三話 悲しみを乗り越えろ。アルビオンの傷跡。
今、異世界の物語が進化する。
あとがき
第三十二話完成。
原作とはイベントの日時をずらしてますが、内容はほぼ一緒です。
才人のガンダールヴは消えてないので、傭兵には圧勝しましたけど。
他は召喚以外変わりないかな?
因みに召喚された使い魔。
何か分かりますか?
オリジナルではありません。
言葉だけで理解できるかな~?
次回のサブタイトルが結構大層な名前になってしまいましたが、その通りに進むかは疑問。
いいサブタイトルが思いつかなかったんです。
とりあえず、次も頑張ります。