虚無の使い魔を名乗る女性を退けた才人達。
アニエスに連れられ、トリステインへと帰還する。
第三十五話 誕生! シュヴァリエ才人
ウエストウッドの村に戻った才人達は、数日滞在していたが、アンリエッタからの帰国命令が出たのでトリステインへと向かった。
その時に、才人が虚無の担い手であるティファニアを誘ったのだが、子供たちの面倒をみなければという理由で断られた。
ロサイスにつくと、鉄塔のような形の桟橋に、沢山の船が停泊していた。
ハルケギニア各国から集まった商船や、軍船、様々な船が舳先を並べて出港の時を待っていた。
その中に、異様な風体の巨船の姿があった。
懐かしのヴュセンタール号である。
船の横に伸びたマストでそれと分かる。
鉄塔の頂点から伸びた橋げたに吊り下げられ、ゆらゆらと小さく揺れている巨大な竜母艦を見上げ、才人はため息をついた。
「俺たち、こんな大きな船に乗っていたのか・・・・・」
アニエスがポツリと呟いた。
「迎えに船を寄越すと言っていたが・・・・・ヴュセンタール号とはな。驚いた」
才人とルイズは目を丸くした。
「へ?今、なんと仰いました?」
「ヴュセンタール号が、我々を迎えに来たと言ったんだが」
「こんなでっかい軍艦が?たかだか数人の俺たちを迎えに?」
才人は呆れた。
「そうだ。それだけ貴様は重要人物ということだ。良かったな」
喜ぶより、才人は怖くなった。
ルイズも首をかしげている。
「俺じゃなくって、お前が居るからだろ?」
才人はルイズを見て言った。
「違うわ。私、姫様に今回のアルビオン行きを伝えてないもの。それに、私1人の為に、こんな船使うわけないじゃない。動かすだけで、いくらかかると思ってるの?」
タラップを上った才人達を、艦長自らが迎えた。
「ヒリガル・サイトーン殿ですかな?」
メチャクチャな名前で呼ばれたが、才人は頷いた。
艦長は才人を胡散臭そうな顔で見つめた。
それでも、命令は命令で、才人は女王陛下の客人であるので、艦長は礼を正して敬礼した。
「本艦を代表して、歓迎申し上げる。あなた方の航海の安全を保障します」
その後、才人達は部屋に案内された。
半日後に、ラ・ロシェールに到着した才人達は、迎えに来ていた竜籠にびっくりした。
完全に、特別待遇である。
ラ・ロシェールでシエスタと別れることになった才人達は、竜籠に乗り、王宮へと向かった。
王宮に着くと、アニエスに連れられ、アンリエッタの待つ執務室に入った。
しかし、その部屋は、がらんとした寂しい部屋であった。
「ただいま戻りました」
アニエスは深く一礼する。
背後に控えた才人とルイズを見て、アンリエッタは笑顔を浮かべた。
「お探しになられていた、ミス・ヴァリエールの使い魔の少年をお連れしました」
緊張した顔で、才人とルイズは一礼する。
しかし、何もない部屋にルイズは、不安そうに辺りを見回す。
「ああ、家具は全て売り払ってしまったの。びっくりした?」
「ええ・・・・・」
「しかたがないの。あの戦争で、国庫は空っぽになってしまったから・・・・・・」
アンリエッタはルイズの手を取った。
「ルイズ、わたくしはあなたに、まずお詫びをせねばなりません」
「姫さま・・・・・・」
「マザリーニから聞きました。彼はあなたに無茶な要求をしたようですね。わたくし達を救うために、殿軍を命じたとか・・・・・」
「いえ!それは命令ではありません!枢機卿の願いを聞き、わたくしはそれを了承したまでの事です!枢機卿に一切の罪はありません!」
「ルイズ・・・・・本当にごめんなさい・・・・・・・」
「姫さま、どうぞお気になさらないでください。このルイズ・フランソワーズ、陛下に一身を捧げております。己の死もそこには含まれています。ですから・・・・・・・・」
2人は抱きしめあって、おいおいと泣きじゃくる。
暫くして落ち着き、2人が離れると、アニエスが拓也のことを報告した。
「・・・・・そうですか・・・・・アイナの使い魔の少年の行方は分かりませんでしたか・・・・・・ですが、生きている可能性は高いというわけですね?」
「はい。サイトの話によれば、攻撃を受けたと思われる場所には彼の遺体は確認できませんでした」
「・・・・・わかりました。そのことはウェールズさまに報告し、捜索をお願いする事に致しましょう」
「お願いします。姫さま」
才人が頭を下げる。
その話が一区切りついたところで、ルイズが話し出す。
「姫さま・・・・・恐ろしい事実をお耳に入れねばなりません」
「まあ!恐ろしいですって!如何しましょう!いいえ、聞かねばなりませんわね。わたくしは全てを耳に入れねばなりません。恐ろしい事も、心を潰してしまうような悲しい出来事も・・・・・・さあ、話してくださいまし」
ルイズはアンリエッタに語った。
虚無の使い魔と名乗る、シェフィールドという女に襲われたこと。
もう1人の虚無の担い手に出会った事。
「あなたの他にも、虚無の使い手がいるですって?」
ルイズはしばし躊躇ったが、アンリエッタに、ティファニアのことを語った。
ハーフエルフである事。
“虚無”の呪文を扱える事。
「なんという事。そのものを早く保護しなければ」
ルイズは首を振った。
「彼女はひっそりと暮らすことを望んでおります。その呪文は身を守るのに適しているし・・・・・・出来うる事なら、かの地でそっとしておいてあげたいと思います」
「そうね・・・・・・この地が安全とは限りませんわね・・・・・・わかってルイズ。己のものにしたいわけではないの。ただ、わたくしは“虚無”を誰の手も触れぬようにしておきたいだけなのです。自分の目的に利する事はもう望んでおりません」
ルイズはデルフリンガーから聞いたことをアンリエッタに告げた。
「虚無の担い手ですが・・・・・察するに王家の秘宝の数だけ・・・・・・・つまり4人いると思いますわ」
「なんという事でしょう!始祖の力を担うものが4人とは!」
その中には、明らかにこちらに敵意を抱いてるものもおります」
アンリエッタはじっとルイズを見つめた。
「安心して、ルイズ。わたくしがいる以上、あなたに指一本たりとも触れさせません・・・・・・・・・で、あるならば、なおさら必要がありそうですね」
ルイズは首をかしげた。
「必要?」
アンリエッタは心配するな、というように肩を叩いてルイズから離れると、今度は才人を見つめた。
「使い魔さん。あなたが、ルイズの代わりに、退却する軍を救ってくださったそうね」
「え?」
「アルビオンの将軍から聞いたのです。彼は全てを語ってくださいました」
才人は気まずそうな顔をする。
「・・・・・なら、知っているでしょう?俺が2万人以上を虐殺した殺人犯だってことも・・・・・」
「そんなことを言ってはいけません!」
「ッ!?」
アンリエッタの強い言葉に、才人は驚く。
「確かにあなたはそれだけの人を殺したのかもしれません。しかし、それによって救われた者がいることも忘れてはなりません。かくいう私も、あなた達に命を救われた1人なのです」
「姫さま・・・・・・」
「それに、殺しを行なったのはあなたの罪ではありません」
「え?」
「罪を償うべきは、この世界に全く関係の無いあなた達を戦争に駆り立てたわたくし達なのです。わたくし達こそが裁かれるべきなのです」
「・・・・・・・・」
「優しい使い魔さん。その事を忘れろ・・・・・とは、言いませんが、貴方1人で背負い込む必要はないのです」
その言葉を聞くと、自然と才人の眼から涙が溢れる。
「う・・・・うっく・・・・・」
才人は泣き声を漏らした。
「ひ、姫さま・・・っく・・・・ありがとうございます・・・・・」
泣きながらお礼を言った。
アンリエッタはにっこりと微笑むと、
「ささやかですが、感謝の気持ちを用意しました。受け取ってください」
気を取り直した才人はそれを聞くと、また金貨でもくれるのかと考えていた。
しかし、アンリエッタの言葉は、才人の想像を超えていた。
「これを受け取ってくださいまし」
「紙?」
果たしてそれは1枚の羊皮紙であった。左上に、トリステイン王家の百合紋花押が鎮座している。
何らかの公式書類なのだろうが、才人には読めない。
横から顔を出して、その紙を覗き込んだルイズが、口と目を大きく開けた。
「近衛騎士隊長の任命状ですって!?」
「任命状?」
事の重大さが良く飲み込めていない才人は、きょとんとして言い返す。
「そうです。タルブでの戦に始まり、過去、貴方は非公式に何度もわたくしをたすけてくださいました。それだけで、貴方を貴族にする理由は十分だというのに・・・・・此度はアルビオンでの戦を勝利に導いてくれました。貴方がわが国にもたらした貢献は、古今に類を見ないほどのものです。あなたは、歴史に残るべき英雄です」
英雄などといわれ、才人は苦笑する。
なおもアンリエッタは才人を口説いた。
「英雄には、その働きに見合う名誉を与えねばなりません。お願い申し上げます、その力をお貸しください。貴方はわたくしにとって・・・・・いや、トリステインにとって必要な人間なのです」
「姫さま、でも騎士隊の隊長ってことはサイトを貴族にするってことでしょう?そんなの認められませんわ!」
ルイズが慌ててまくし立てる。
「どうして彼を貴族にしてはいけないの?ルイズ」
「だってサイトは平民だし、というかその・・・・・」
「違う世界の人間だから、ですか?」
「そんな人間を貴族にしていいんですか?」
「彼に貴族の資格が無い、とすれば、王国中の貴族から領地と官職を取り上げなければいけなくなるでしょう。身分を問わず、有能なものは登用する。でなければ、このトリステインに未来は無い。わたくしはそのように考えているのです」
アンリエッタは論すような口調で言った。
「でも、サイトは私の使い魔で・・・・・・・」
「ええ。もちろん、そのことは変わりありません。貴族になれば、あなたのお手伝いもやりやすくなるはずです。違って?」
「でも、でも、私の“虚無”は秘匿のはずじゃ・・・・・」
「もちろん、それは秘匿します。使い魔さんが“ガンダールヴ”という事は、わたくしとアニエスと学院長のオスマン氏、及び国の上層部しか知りません。彼は今までどおり“武器の扱いに長けた戦士”として振舞ってもらいましょう」
そう言われては、もうルイズは反論できない。
「でも、俺、帰る方法を見つけなくちゃならないし・・・・・・拓也のことも・・・・・」
と才人が弱々しく言ったが、アンリエッタはなおも食い下がる。
「アイナの使い魔の少年についてはウェールズさまに任せておけばよろしいわ。頼めば、捜索隊を編成してくれるはずです。あなた1人で探すより、よほど効率が良いと思いますが・・・・・・・そして、帰る方法を探すにも、騎士隊長の肩書きは役に立ちますわ」
才人は悩んだ。
こっちの世界で身分があって、困る事は何一つないのだ。
貴族との生活が長い才人は、それを実感していた。
「お願いできないでしょうか?ヒラガサイト殿」
フルネームで呼ばれ、才人は緊張した。
そして、才人の出した答えは、
「・・・・・ちょっと、考えさせてください」
だった。
ルイズが不安げな顔で、才人を見つめた。
アンリエッタはにっこりと笑った。
「分かりました。近衛騎士隊隊長就任は、決心がついてからお願いする事にしましょう。でも、あなたの“シュヴァリエ”の称号授与は、すでに各庁にふれを出してしまいました。断られたら、わたくしは恥をかいてしまう事になります」
才人は困ったようにルイズの方を見た。
しかし、ルイズもなんと答えればいいのか分からぬ様子。
アンリエッタは更に説得を続けた。
「ルイズの虚無を付け狙う“担い手”が他にもいるならなおさらあなたを今までどおりにしておくわけにはいきません。名実共に騎士となり、ルイズを守っていただく事にいたします。それにひいては、わたくしも守る事になるのです」
そうまで言われては仕方ない。
ルイズは頷いた。
「分かってくれたのね。嬉しいわ、ルイズ」
続いて才人に向けて、アンリエッタは水色の水晶があしらわれた杖を掲げた。
「略式ですが・・・・・この場で“騎士叙勲”を行ないます。ひざまづいてください」
女王の威厳が篭ったアンリエッタのその言葉に、才人は思わずひざまづいてしまった。
「目を瞑ってください」
言われたとおりに目を瞑る。
「頭を伏せて」
才人は頭を下げた。
才人の右肩に、アンリエッタの杖が乗せられる。
「我、トリステイン女王アンリエッタ、この者に祝福と騎士たる資格を与えんとす。高潔なる魂の持ち主よ、比類なき勇を誇るものよ、並ぶものなき勲し者よ、始祖と我と祖国に、変わらぬ忠誠を誓うか?」
才人は黙ってしまった。
流石にそんな忠誠は誓えなかった。
才人の気持ちに気付いたのか、アンリエッタはにっこりと微笑んだ。
「いいのです。あなたは他所から来た人間。心にない忠誠は誓えませんわね。譲歩することにいたします」
「姫さま」
思わずルイズが口を開いた。
そんな騎士叙勲、聞いた事が無い。
「いいのです。頼んでいるのはわたくしなのですから。わたくしは彼に請うて、騎士になっていただくのです」
アンリエッタは再び厳粛な顔になり、言葉を続けた。
「高潔なる魂の持ち主よ、比類なき勇を誇るものよ、並ぶものなき勲し者よ、汝の魂の在り処、その魂が欲するところに忠誠を誓いますか?」
「・・・・・誓います」
「よろしい。始祖ブリミルの御名において、汝を騎士に叙する」
アンリエッタは、才人の右肩を2度叩き、次に左肩を2度叩いた。
あっけなく才人は騎士に叙される。
アンリエッタは才人を立ち上がらせた。
「これからも、この弱い女王に、あなたの持つ力をほんの少しでいいからお貸しくださいますよう。シュヴァリエ・サイト殿」
旅の疲れを癒すために才人達は、王宮に一泊した。
翌日、竜籠で、魔法学院に到着した。
竜籠から下りた才人はシュヴァリエのマントを纏っている。
そこで、才人はギーシュを始めとした、戦争に参加した生徒数十人にもみくちゃにされた。
「サイト!生きてたんだな!よかった!」
「君は命の恩人だよ!ほんとのこというと、もうダメだよ思ってた!」
「僕の隊は、船に乗るのにもたついてたんだ。君が止めてくれなかったら、どうなっていたことか!」
その騒ぎは、暫く続いたのだった。
次回予告
才人が戻り、ひとまず落ち着きを取り戻した魔法学院。
だが、そんな時、シャルロットの元にガリアからの指令が届く。
そして、なんとそれは、才人の暗殺命令だった。
シャルロットの選ぶ道とは?
次回!ゼロの使い魔と炎の使い魔
第三十六話 シャルロットの決意
今、異世界の物語が進化する。
あとがき
第三十五話完成です。
何の盛り上がりも無いお話でした。
ああ~、早く拓也復活まで行きたい。
特に書くこともないのでこの辺で失礼します。
では、次も頑張ります。