少年は戸惑っていた。

自分の顔を裸眼で見つめ、心を読まれる事を恐れず、

自分を受け入れてくれるこの女性の行動に戸惑っていた。

『心を読まないと言ったから。』

この女性が己がサングラスを踏み潰した理由。

・・・でも、違う。

そんな事、心を読まなくても解ってる。

 

『別に読んでも構わない。どんな事があっても、私は貴方を受け入れる。』

 

・・・・・・信じられなかった。

・・・・・・信じる事が出来なかった。

・・・・・・今まで、誰もがそんな行動をとった事は無かった。

自分が魔眼を持っているという事を知るだけで、僕から視線をそらせて瞳を隠す。

サングラスを着用し、自分と接する者もいた。

誰もが自分の事を奇異な瞳で見ていたのだ。

・・・・・・・・・同情する者はいない。全ての人間が拒絶した。

だから少年は孤独だった。

だから少年は希望を捨てた。

 

・・・・・・・・・・・故に・・・・・・・・・・・たとえこの目の前にいる女性の行動が

同情から来るものであったとしても・・・・・・・・・少年は嬉しかったのだ。

心の底から・・・・・・・・

・・・・・・・・・嬉しかったのだ・・・・・・・・・

 

「・・・・・・・・・・ありがとう・・・・・・・・・御座います・・・・・・・・・・」

 

少年は人知れずに呟く。

とてもとても小さな声で、とてもとても嬉しかったこの気持ちを人知れずに呟く。

この気持ちを伝えたい。

・・・・・・・・・・少年はその術(すべ)を知らなかった。

学校に行ってなかった事、人と話さなかった事・・・・・・・・どちらも望んで出来る事ではなかったが・・・・・・

少年はそれらの行為で国語力をつけることが出来なかったのを心の底から後悔した。

 


イービル   アイズ
Evil Eyes

第参章 臆病者の称号は


 

一同が着いたのは真っ暗闇の部屋だった。

「・・・・・・・暗いから足元気をつけて。今明かりをつけるわ。」

リツコの警告。しかしシンジは構わずすたすたと歩き出す。

「ちょっと、危ないわよ、シンジ君。」

「・・・・・十分見えますよ。何もかもくっきりとね。」

ミサトの警告を軽く流しながら、

シンジはその部屋のほぼ中央まで来ると視線を自分の目の前にあるものに移した。

「凄いわねぇ・・・・・・・どう言う目をしてるのかしら・・・・・・・・・痛っ!!」

暗闇の中、スタスタ歩くシンジを無理して追った為にミサトは見事にこけてしまう。

その時、パッと明かりがついた。

「ギャオオ!! 世界が緑色ぉ!!」

・・・・・・・・・今度はいきなりついた明かりで目を痛めてしまったようだ。

「・・・・・・・・・・ブザマね。」

「っさいわね。」

服をぽんぽんと叩きながら頬を染めて立ち上がるミサト。

そんなやり取りの中でも、シンジは目の前にある巨大な物体をただ、じっと睨みつけていた。

 

・・・・・・・・・・・・・なんだろう・・・・・・・・・・・・・・

どこかで見た事があるような気がする・・・・・・・・・・・・・・・

 

デジャブー(近来視)のような違和感にとらわれるシンジ。

しかし、頭をフル回転させて自分の記憶をあさっても、その違和感の正体は出てこない。

 

「・・・・・・・・・・これは?」

 

結局シンジは思い出すのを諦め、これを知っているであろう人間に問い掛ける事にした。

その問いにリツコがゆっくりと口を開く。

 

「人類が使徒迎撃の為に15年の月日をかけて作り上げた最後の希望。

 汎用人型決戦兵器、人造人間EVANGELION! これはその初号機よ。」

 

―――使徒迎撃

その台詞にシンジとミサトの眉が微かに動く。

「・・・・・・・・・・・これが・・・・・・・・・父の仕事ですか・・・・・・・・?」

 

「そうだ。」

 

上方から聞こえてくる威圧感を含んだ声。

シンジの問いに答えたのはその声だった。

それに反応して上を向くシンジの視界に移るは、逆行で黒く見える己が父の影。

「・・・・・・・・・・久しぶりだな。」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

その言葉にシンジは沈黙で答える。

そんなシンジの反応にその影は少し眉をひそめるも、

怯えているとでも思ったのだろう、軽く鼻で笑いながら口を開いた。

 

「・・・・・・・・・・出撃。」

低く響く重低音の音響に、リツコとミサトの表情が変わる。

「出撃!? 零号機は凍結中です!!」

「問題無い、初号機を使う。」

「今のレイを出すおつもりですか!?」

「たった今予備が届いた。」

ミサトの叫びを見下ろしながら、その影・・・・・・碇ゲンドウが口を開く。

「・・・・・・・・・・そんなっ・・・・・・・・・・・」

心から悲痛の叫びを上げる。

しかし、事情を知らないリツコとゲンドウは、その叫びの意味を「シンジでは無理だ」と取った。

「解っている筈よ、葛城一尉。今は少しでもシンクロ可能な人間を乗せるしかないと言う事にね。」

歯を食いしばり、拳を硬く握り締める美里にリツコが非常の台詞を吐いた。

「偽善もいいかげんにしろ。」

その台詞にそんな思いが込められている事はミサト自身も気付いている。

 

「お前がこれに乗るのだ、シンジ。」

「・・・・・・・・・・乗って、使徒と戦えと?」

その返答には怒りとも取れる冷たさがあった。

「そうだ。」

何を当然な事を聞く?

化け物は黙って言う事を聞いていれば良い。

プレッシャーをかけながら、ゲンドウは必要最低限の会話をする事で、

シンジの心境のコントロールを謀る。

純粋な話術に関しては、この男ほど有利に進める人間はいないかもしれない。

相手の心理状況を逆手に取り、感情を誘導させて思い通りにシナリオを進める。

しかし、それは相手の台詞を先読みするシンジの十八番でもあったのだ。

当然シンジにそれは通用しない。

「・・・・・・・・・・断る。」

しっかりと、そしてはっきりとした口調で、シンジはゲンドウのプレッシャーを両断した。

 

「・・・・・・・・・・逃げるのか?」

あまりにはっきりと断るシンジの態度に少し戸惑いながらも、ゲンドウは依然虚勢を張りつづける。

「・・・・逃げる? 心外だね。僕に言わせれば従う事が逃げになる。ただ流されるだけだからね。そうだろう?」

軽く鼻で笑いながらシンジはゲンドウにプレッシャーをかける。

腐っても親子。しかし、シンジのそれはゲンドウのそれをも上回っていた。

「・・・・・・・・くっ・・・・・・・・もう良い。人類の存亡をかけた戦いに臆病者は無用だ。」

「・・・・・・臆病? それはアンタだろ? 碇ゲンドウ。」

すっとゲンドウに指を刺しながらシンジは口を開く。

「僕の瞳が魔眼なのを知り・・・・・・・僕をおじさんに押し付けて自分は逃げ出した。

 養育費という鎖で僕をそこに縛り付け、徹底的に隔離する。

 心を読まれることを恐れた臆病者・・・・・・・それがアンタだ。」

サングラスの奥の瞳がゲンドウを射抜く。

「今でも姿を確認するのが困難になるような離れた場所で、強い逆行の光によって自分を隠す。

 色の濃いサングラスをかけ、瞳を読まれないように必死に策をめぐらして・・・・・・・

 そこまでしても、魔眼に読まれないかと怯えながら、ガラスの向こうで僕を見下ろす。

 これを臆病者と言わずして何と言う?

 違うなら証明してごらんよ。

 サングラスを外し、僕の目の前まで降りて来てみなよ。

 そして面と向かってさっきと同じ台詞を吐いてごらんよ。

 ・・・・・・・・・そしたら考えても良い。あれに乗る事をね。」

 

ゲンドウは恐怖する。

シンジのその言葉に恐怖する。

・・・・・・・一体、こいつはその魔眼でどこまで私の心を読んでいると言うのだ?

自分以上のプレッシャーを放つ魔眼の少年。

孤独を受け入れ闇を纏う魔性の瞳。

それに見られるだけでも額に脂汗がにじむ。

 

―――臆病者―――

 

自分にあってはならない単語。

他人に気付かれてはならない単語。

それは他の者を威圧し、誘導するのにあってはならない破滅の称号。

 

 

「・・・・・・・・・・・・レイを起こせ。」

 

 

長い沈黙の後ゲンドウが取った行動は、まさしく自他共に言うような”逃げ”だった。

 

 

ガラガラガラガラ・・・・・・・・・

 

しばらくして、大怪我をした少女がストレッチャーに乗って運ばれて来た。

体中包帯を巻かれ、所々血が滲んでいるそれは、明らかに動かしてはならないと理解できるほど痛々しい物。

それを見下ろしながら、ゲンドウはストレッチャーに乗った少女に対して冷徹に言い放つ。

「・・・・・・・・レイ、予備が使えなくなった。・・・・・・・・もう一度だ。」

「・・・・・・・・・はい。」

レイと呼ばれた少女は、軽くうめきながら傷ついた体に鞭を打ち、苦しそうに起き上がろうとする。

「う・・・・・っく・・・・・・・うう・・・・・・・・」

少女のうめきが響く中で、ケイジはあわただしさに包まれた。

「初号機のシステムをレイに書き換え再起動! 急いで!!」

リツコの号令が響く中で、作業員が手を動かす。

誰も目の前で起こっている光景を咎めようとはせず、不思議がろうともしない。

大怪我をした傷ついた少女を戦場に駆り出させる。

”人類を救うためだ、仕方が無い。”

皆、”仕方が無い”という免罪符を使って己の行動を正当化していた。

 

そんな中、ミサトはこの光景を見て呆然と立ち尽くす。

 

 

―――何故誰もこの光景を咎めない?―――

 

―――何故そこまでして使徒を倒さねばならない?―――

 

―――そもそも、本当に使徒は人類の敵なのだろうか?―――

 

脳裏に浮かぶのは、第三使徒がシンジをN2の爆発から体を張ってかばってた光景。

崩れる使徒を見て呆然と立ち尽くすシンジ。

 

―――・・・・・・・・・初めて出来た・・・・・・・・・友達を・・・・・・・・・無くしました・・・・・・・・・・―――

 

かすれた声で呟いたシンジの台詞。

 

 

・・・・・・・・・・間違ってる。・・・・・・・・・・・絶対に間違ってる。

しかし、解っているのに何も出来ない。

戦場に立たされているのは自分の半分しか生きていない子供だというのに・・・・・・・・・

 

・・・・・・・・・・・・・・何も出来ない・・・・・・・・・・・・・・・・

 

硬く握り締めた拳からは、赤い血が滴り落ちていた。

きつく食いしばった歯からは、歯茎がダメージを受けたのか血が滲み出ている。

ミサトは、自分の無力さをこれほど痛感した事は無かった。

 

 

そんなミサトを横目でしばらく見つめていたシンジだが、やがて傷ついたレイへと目を向けた。

アルビノという奴だろう。先天的な色素の欠乏により髪の毛や肌、瞳の色が抜け落ちて、

蒼銀髪、紅色眼、雪色肌という神秘さを漂わせる少女。

しかし、その雰囲気には神秘さと共に、虚無の色をも漂わせていた。

ただ一つの事に執着した、意思の無い人形。

 

・・・・・・・・それを・・・・・・・・・彼女は”演じて”いる?

 

自分の感じた感覚に、シンジは戸惑った。

目を見なくても解る。彼女は何かの絆に縛り付けられている。

しかし、その絆があるのなら、自分と同じように感じる彼女の虚無は一体なんだろうか?

自分が感じたそれを確めてみようと、シンジはレイの方へ足を踏み出す。

 

・・・・・・・その時

 

 

ズウウウウウウウンン・・・・・・・・・・

 

 

上のほうから大きな音が起こり、足元がグラグラゆれる。

「・・・・・・・・ヤツめ・・・・・・・・・ここに気付いたか。」

苦虫を噛み潰したような表情で上を見上げるゲンドウ。

 

 

ズウウウウウウウン

 

 

ひときわ大きな地震が起こり、シンジの立っていた場所が大きくゆれた。

無論、レイの横たわっていたストレッチャーも大きく揺れ出し、その上にいるレイがぐらりと体制を崩す。

 

「・・・・・・・・・・・ちっ。」

気がついたら、大きく地を蹴っていた。

自分でも何故かは解らない。

自分と同じような雰囲気をもつこの少女に共感を持ったのかもしれない。

ただ、そんな思考は片隅に追いやって、崩れ落ちる少女に手を伸ばす。

 

ドサッ!

 

軽い音を立てて、レイの体がシンジの腕へと収まった。

間に合った事にホッとしながら、無意識に溜息をつくシンジ。

「・・・・・・・く・・・・・・・うう・・・・・・・・」

腕の中の少女が軽くうめきを上げる。

苦しそうに方を上下してなお、EVAに乗ろうと上体を起こす。

シンジはそれを見て、腕に少し力をいれて少女の行動を抑制すると、ストレッチャーの上へ優しく乗せた。

生暖かい感触を手に感じる。

血液で両の手が真っ赤に染まっていた。

 

「・・・・・・・・・な・・・・・・ぜ?」

息切れ切れに見つめる少女の瞳。

サファイアの如く真っ赤だか、神秘的な瞳。

自分とも、他人とも違うが綺麗な瞳に、シンジは一瞬心を奪われた。

「・・・・・・・・・何故・・・・・・・私は・・・・・・・EVAに乗らなければ・・・・・・・・ならないのに・・・・・・・・」

なお上体を起こそうとするが、シンジは少女の肩を押してそれを防いだ。

「・・・・・・・出血多量、左腕骨折、全身の傷口も開いているし、内臓も一部破裂しているようだ。

 ・・・・・・・・喋るだけでも辛いだろうに・・・・・・・・・これ以上動いたら死ぬよ?」

自分にも、こんな感情があったんだな・・・・・・・

そんな事を考えつつ、内心どぎまぎしながらなるべく無表情を保つ。

「・・・・・・・・私が死んでも、代わりはいるもの・・・・・・・・・」

シンジがら目を逸らしながら、レイがぼそっと呟いた。

「このままでは乗る前に死んでしまう。

 僕は医学についての知識は無いけど、今意識があるだけで奇跡だって事は見れば解る。

 ・・・・・・・・・・言いたくは無いけど、これでは無駄死にだよ。」

我ながらおしゃべりになったもんだな・・・・・・・・

自分の変異に心の中で苦笑しながら、シンジは言葉を続ける。

「僕は君の事情は知らない。だから代わりがいるからという君の台詞については何も言わない。

 しかし・・・・・・何も出来ないまま無理して死ぬのは君の本意ではないだろう?」

サングラスの奥の瞳でレイを見つめるシンジの瞳。

心の奥までは見ないまでも、それはしっかりとレイの瞳を見据えていた。

「・・・・・・・・・どうして・・・・・・・・・・・そういう事言うの?」

それはシンジ自信も知りたがっている答え。

 

・・・・・・・・・何故僕は子のこの事を気にかけているのだろうか?

自分に似ているから?

僕と同じような目を持っているから?

闇と、孤独と、虚無を瞳に秘めているから?

・・・・・・・・・・・・・・・きっとどれも正しいのだろう。

しかし・・・・・・・・・・きっとどれも正しくない。

 

「・・・・・・・・・・・・・・心配だからさ。目の前で人が死ぬのは、少なくとも良い気分はしないしね。」

 

長い長考の末、シンジはその言葉で自分を納得させた。

そして思考を切り替えるように、視線を上方に向ける。

 

―――私ト同ジ存在・・・・・・私ノ初メテノ友達・・・・・・・デモ私タチハ相容レナイ・・・・・・・生キロ―――

 

崩れゆく使徒の視線が語る言葉。

孤独の中に垣間見た、”誰かに会いたい”と言う気持ち。

そして・・・・・・・相容れることは出来ないという現実を突きつける。

生きろという願いを投げかける。

 

相容れることは出来ない・・・・・・・・でも君は僕に生きろと語った。

・・・・・・・・・・・・だったら・・・・・・・君はいったいどうするって言うのさ!

 

「本当に・・・・・・・僕たちは相容れる事は出来ないの・・・・・・・・・?

 初めての友達って・・・・・・・・・言ってくれたじゃないか・・・・・・・・・・・

 僕だって・・・・・・・・・君が初めての友達だったんだ・・・・・・・・・・

 シンの孤独を解ってくれる存在に、僕の気持ちを理解してくれる存在に、

 やっと・・・・・・・・・やっと出会うことが出来たんだ・・・・・・・・!!

 諦めないよ・・・・・・・・・・・僕は相容れないなんて言葉じゃ諦めない!!」

 

低い振動を立てる天井に向かって、シンジが声高らかに叫びを上げた。

そしてリツコを睨みつける。

「・・・・・・・人類が使徒を敵視するのは、使徒が人類を滅ぼす意思を持っているからですよね?」

それは疑問ではなく確認。

「だったら・・・・・・・使徒を説得すれば、全てメデタシメデタシですね?」

突然とんでもない事を言い出す魔眼の少年の言葉に、リツコは少なからず動揺する。

「・・・・・・・・・・出来るとでも言うのかしら? ・・・・・説得を。」

・・・・・・・・・・出来るかもしれない。

何故かリツコは直感的にそう思っていた。

 

 

 

 

 

 

その為にも・・・・・・・乗りますよ。僕が・・・・・・・・・EVAに乗ります!

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・それは・・・・・・・・・

初めて自分で考えて、初めて自分で決めた事だった。

 


 

このタイミングで、レイを登場させる小説を書くのは、おそらく初めてだったと思います。

本編のシンジ君は臆病者ではない事をゲンドウに証明するためにEVAに乗った(と解釈している)ますが、

このシンジ君は使徒を説得するためにEVAに乗ります。

・・・・・・・さて、実はこれは・・・・・・っと言うより、僕が書いている全ての小説は

プロットをぜんぜん立てずにその場の思いつきと勢いで書いているので、

使徒を生かそうか殺そうかまだ決めてません。

おそらくそれは次話を執筆している時に自然に決まる事でしょう。

僕はただ、シンジ君の心の移り変わりを描きながら、EVAと言う舞台を用意しているに過ぎないのですから。

使徒の説得。自分的には成功させたいです。

・・・・・・・・・・彼の話術に期待しましょう。

それでは、意見感想をお待ちしています。

以上、アンギルでした。