トップページに戻る
目次に戻る
前回に戻る
末尾へ
次回へ続く
ザザーッ、ザザーッ
寄せては返す波の音。
ミャーッ、ミャーッ
高く響き渡るウミネコの声。
青い海、青い空、そして白い砂浜。
「海だっ!」
「海だよっ!」
「海だ~~~っ!」
「海だよ~~~っ!」
「……あんた達、海に向かって叫ぶのは恥ずかしいからやめてよね」
あゆと並んで叫んでいると、香里に後ろから言われた。俺は振り向いて言い返した。
「何を言う香里。海に来たらこうするのが礼儀って言うモノじゃないか」
「そうなんですか?」
栞が小首を傾げて聞き返すので、俺は自信たっぷりに頷いた。
「その通りだ」
「じゃ、私もやりますねっ」
「やらなくてもいいのっ! 相沢君も栞に変なこと教えないでっ」
慌てて叫ぼうとした栞を止める香里。
「わぁっ、海~っ!!」
その脇を、真琴がばたばたっと走り抜けて行った。とりあえず声をかける。
「ま~~~て~~~ま~~~こ~~~」
「何よっ!? って、きゃぁっ!!」
ばふっ
防砂林を出て砂浜に入ったところで、ものの見事に足下を取られてすっ転ぶ真琴。
一拍置いて跳ね起きる。
「熱いぃぃっっ!!!」
そりゃ砂も熱くなってることだろう。
「あ~あ~、砂だらけぇ……」
砂まみれになった姿で、情けなさそうに呟くと、真琴はきっと俺を睨んだ。
「わざとでしょっ! わざとあんな間延びした呼び止め方したんでしょっ!!」
「いや、さすがにそのまま突っ込んでいくような無謀なことはしないだろうと思ったんだが……、期待を裏切らない奴だな、お前は」
「きぃーーっ、覚えてなさいよぉっ!! 今度は、えっと、ぎゃふんと言われてやるからっ!!」
そう言って、真琴は奮然と戻っていった。
無言で天野が近寄ると、体中についた砂を払い落とし始めた。
真琴はどうしていいのか判らない様子で、そのまま直立不動になっていた。
「はい、いいわ」
そう言って、天野はパンパンと自分の手を叩いた。ぎこちなく礼をいう真琴。
「あ、ありがと」
「いえ」
一瞬だけ、天野は微かに微笑んだ……ように見えた。
「……祐一、なんだか優しい顔してるね」
名雪に言われて、俺は我に返った。慌てて自分の顔を撫でながら聞き返す。
「そんな顔してたか?」
「うんっ!」
いとこの少女が微笑んでいた。
「……とりあえず、行こうぜ」
「うんっ!」
「しかし、こういうとき男って何かと損だよなぁ」
海の家付属の更衣室に着替えに行った女性陣と別れ、レンタルしたビーチパラソルやマットの設置をしながら、俺はぼやいた。
「何をいう相沢。こういう重労働あってこそ、至福の喜びがあると言うものじゃないか」
「なら北川、お前に全部任せる」
そう言って海の方に行こうとした俺の肩を、北川ががしっと掴んで引き留めた。
「こら、相沢っ、一人で逃げるなっ!」
「行かせてくれ北川。男にはやらねばならん事があるのだっ!!」
適当な事を言うと、北川は腕組みしてうんうんと頷いた。
「確かに更衣室覗きは男の浪漫の一つだ。だが、だがしかしっ、こういうビーチサイドでの更衣室覗きは不許可だっ!」
「なんでだ?」
ついつい聞いてしまう俺に、北川はちっちっと指を振った。
「まだまだ素人ですな、旦那。着替えなんていつでも見られるじゃないですか。ここは、こういう場所でしか見られない“みじゅぎ”を鑑賞するためにも、あえて全てがおじゃんになりかねない覗きはしないで、色々と想像しながらぐっと我慢する。それが男の道ってもんじゃぁありませんかぁ」
一人でぐっと拳を握って盛り上がると、北川は改めて俺の肩を叩いた。
「しかしながら、そこはそれ、我々とて健康な男子高校生。想像だけでも結構反応してしまうのは無理からぬというもの。だが、このウェアでそんなことになろうものならこれまた事態は紛糾してしまう。というわけで、あらぬ妄想を鎮める意味でも、こういう労働にいそしみ、煩悩を鎮めながら水着の……いや、女の子達の登場を待つというのが一番正しいあり方ではないだろうかっ!! なぁ、相沢っ」
ぱんぱんと肩を叩きながら、訳知り顔に言う北川。
俺は一つため息をつくと、ぴっと指さして叫んだ。
「……おおっ、香里が鋭い切れ込みのビキニだっ!」
「なになにっ、どこどこどこだぁっ!? うぉぉぉっ、ビキニィィィ」
慌ててキョロキョロ見回す北川。……どこが煩悩を鎮めているのだか。
そんな風に騒ぎながらも、ビーチパラソルとマットの設置が終わったのだが、まだ名雪達が来ない。
「遅いな」
「まさか、海辺に巣くう不良達に着替え中を襲われて、今頃岩場の影に連れ込まれてあんなことやこんなことをされているんじゃないだろうなっ!?」
……妄想のたくましい奴だ。
「それはあり得ないな」
俺は肩をすくめた。舞がいれば不良の20人くらいはまとめて相手できるだろう。
とりあえず、暑いのでパラソルの影の下でごろっと横になる俺。
「……ふわぁ……」
そういえば、昨日もあゆの相手とかしてて遅くなったし、今朝は今朝で早かったなぁ。
あくびをしながらそう思っているうちに、次第に瞼が重くなってきた。
「朝~、朝だよ~」
聞き慣れたいとこの少女の声がする。
「朝御飯食べて学校行くよ~」
「……学校じゃねぇ、海だ」
「あ、そうか」
「第一朝じゃ……。あれ?」
俺は起きあがった。
「あっ、やっと起きた」
名雪がにこっと笑っていた。
「うぉっ、寝てたのかっ!?」
「うん、よく寝てたよ」
こくりと頷く名雪。
俺は上体を起こした。背中についた砂がぱらぱらと落ちる。
「みんなは?」
「もう皆さん海の方に行きましたよ」
パーカーを羽織り、サングラスを掛けた秋子さんが海の方を指して言った。
「なにぃっ? 裏切り者ばかりだなぁ……」
「わたしはちゃんと待ってたよ」
にこっと笑う名雪。
俺はしげしげと名雪を見て、訊ねた。
「なぁ、名雪?」
「なに、祐一?」
「一つ聞きたいんだが、そのTシャツどこで買ったんだ?」
名雪が着ているのはTシャツだった。それも真ん中にでかでかとカエルのプリントがしてあり、ご丁寧にその下には“けろぴー”とロゴが入っている。
もしかして、けろぴーって、俺が知らないだけで、実はブランドキャラクターだったりするのかっ?
一瞬そんな恐怖を抱いたが、名雪はあっさりと首を振った。
「Tシャツは駅前のデパートで買ったけど、このプリントしてくれたのはお母さんだよ」
「そうなんです」
静かに頷く秋子さん。
うーむ。
「それより、わたし達も行こうよっ」
「そうだな」
俺は頷いて、立ち上がった。秋子さんに尋ねる。
「秋子さんは行かないんですか?」
「私はここで荷物番してますから」
にこにこしながら頷く秋子さん。
「いいんですか?」
「ええ。さ、行ってらっしゃい」
「それじゃ、遠慮なく」
名雪は立ち上がると、いきなりTシャツをまくり上げた。
「のわっ!?」
「えっ? どうしたの?」
お腹までTシャツをめくった姿勢で、名雪が聞き返した。
「あ、いや、なんでもない」
「変なの」
そう呟きながら、名雪はTシャツを脱いだ。
むぅっ、名雪の水着は、髪の色と同じ青いビキニか。
元々プロポーションは悪くないし、なんとなく普段の言動を見ているとぽっちゃり系に見えるんだが、陸上部部長だけあって結構スポーティなスタイルだから、こういう水着も似合っている。
「行こっ!」
そう言って、手を差し出す名雪。……ここで手を繋いで砂浜を走っていくと、なんだかJ○L沖縄キャンペーンみたいだが、まぁいいか。
「よし、行くぞっ!」
俺はその手を掴むと、駆け出した。
本当は俺が引っ張っていけば様になるんだろうが、名雪の方が足が早かったので、俺が引きずられていくという妙な形になってしまったが、まぁそこらへんも俺達らしいという感じだ。
バッシャァァァン
一気に砂浜を駆け抜け、水しぶきを上げながら海に突っ込むと、冷たい海水に火照った体を浸してしばし漂う。
同じようにぷかーっとしている名雪が顔を上げた。
「冷たくて気持ちいい……」
「ああ。……って寝るなっ!!!」
「ぶくぶくぶく……」
そのまま沈んでいきかける名雪を、俺は慌てて引っ張り上げた。
「……あ、あれ? 私寝てた?」
「しっかり寝てた! まったく、危ねぇ奴だな」
海の中、座って腰から下が波に洗われるくらいのところで、ちょっと体をクールダウンさせていると、頭上から声がした。
「名雪って、体育の中でも水泳の成績だけは悪いのよねぇ。泳ぎながら寝るから、記録が伸びなくて」
「そうなんですか?」
香里と栞が俺達をのぞき込んでいた。
「おはよ、相沢君。やっとお目覚め?」
「おはようございます」
香里と栞は同じデザインで色違いのワンピースの水着だった。香里が黒で栞が白。特に香里のはハイレグ気味で、背中が大きく開き、胸元にもV字に切れ込みが入って谷間が見えているという北川悩殺確実な水着である。栞のも同じ水着なのだが、そのへんが目立たないのは、もともと栞が色白で水着が目立たないのと、スタイルの差というものだろう。
などと思っていると、栞がぷっと膨れた。
「……そんなこと言う人は嫌いです」
「何も言ってないっ!!」
「目が言ってました」
ぷいっと横を向いて拗ねる栞。香里が苦笑してその頭に手を置いた。
「はいはい、栞もそんなことで拗ねないの」
「私にとっては大問題なんですっ」
「大丈夫だよ~。栞ちゃんも恋人が出来たら大きくなるよ~」
名雪が気持ち悪そうに言った。
「祐一、わたしの口調でそんなこと言わないでよぉ」
「似てなかったか?」
「全然似てないよぉ」
こっちもむくれる名雪。いかん、2人もむくれられては対処できないじゃないか。
「香里、北川は?」
「さぁ。さっき何か青春がどうとか叫びながら沖の方に泳いで行ったけど」
肩をすくめる香里。……北川の奴、何をやってるんだか。
と、
「祐一君っ!!」
声と同時に、バシャバシャと水面を蹴立てて駆け寄ってくる足音が聞こえた。俺は、さっと脇によける。
バッシャァァァン……ブクブクブク
派手な水しぶきをあげて、あゆがうつ伏せになって倒れていた。しばらくして、ざばぁっと顔を上げる。
「うぐぅ……、海でもよけたぁっ」
「海でも抱きついて来るんじゃないっ!」
「うぐぅ、だって……」
ぺたんと海の中に座り込み、涙目になって俺を睨むあゆ。ご丁寧に、いつもの赤いカチューシャの代わりに、頭には海草を乗せている。こけたときに海面で打ったのか、顔が真っ赤だった。
「あゆ、顔が真っ赤になってるぞ」
「誰のせいだよっ!」
ちなみに、あゆの水着は、背中に羽がついている以外は、昨日見せに来たのと同じだった。
……って、背中に羽?
「あゆ、その後ろの羽はなんだ?」
「えっ?」
あゆはくるっと振り返った。当然、羽は前にくる。
「羽、どこ?」
「後ろだ、後ろ」
「えっ、えっ?」
しばらくその場でくるくる回っていたが、やがて諦めたようにべしゃっと座り込む。
「うぐぅ、見えない……」
相変わらず変な奴だ。
「いいから、首だけ曲げて見てみろ」
「え? う、うん」
言われた通り、首だけ曲げて後ろをのぞき込むと、あゆは嬉しそうにぽんと手を合わせた。
「わぁ、ホントだ」
「で、どうした、この羽? 昨日は付いてなかっただろ?」
もう一度しげしげと見てみる。いつものリュックに付いているのと同じくらいの大きさの羽だが、これはどうやらビニールの浮き輪みたいな素材で出来ているようだ。
「こういうの、流行っているんだよ」
そう言うと、あゆはよいしょと外して見せた。なるほど、リュックみたいに背負うようになっているのか。
触ってみると、確かに浮き輪そのものだった。もっとも、この大きさじゃ人間が使うには小さいが。
「ああ、さっきの浮き輪の付属品ね」
「なんだそりゃ?」
香里に訊ねると、説明してくれた。なんでもこの羽は元々は佐祐理さんが持ってきた浮き輪に付いていたものなんだそうだ。
「いいなぁと思って見てたら、倉田さんがボクに貸してくれたんだ」
あゆは、いそいそと羽を背負いながら言った。
「で、その佐祐理さん達は?」
「さっきまで泳いでたみたいだけど……。ああ、いたいた。あっちで焼いてるみたいよ」
香里が辺りを見回して、ビーチパラソルの方を指さした。
「よし、体も冷えた事だし、俺は上がらせてもらうとしよう」
「ボクはもうちょっと泳いでるよ」
そう言って、あゆはバシャバシャと水しぶきを上げながら泳いでいった。背中の羽が邪魔じゃないのかと思って見ていたが、そうでもないようだ。
「あゆちゃん、元気だね~」
それを見送って名雪は笑っていた。
「あんただって十分元気よ」
「そうですよ」
香里のツッコミに頷く栞。その表情を一瞬だけ影がよぎったのが判ったのは、多分香里と俺だけだったろう。
「栞も少し休むか? アイスクリームくらいはおごるぞ」
「そうですか? それじゃ私も休みます」
こくりと頷くと、栞は立ち上がった。
「姉さんは?」
「私は名雪と遊んでるわ。栞は遠慮しないで相沢君に甘えてなさい」
香里は肩をすくめた。栞はかぁっと赤くなった。
「えっ? えっと、それは、そのぉ……」
香里の奴め、と睨むと、香里は笑っていた。
「冗談よ、冗談」
「ですよね? ほっとしました」
あからさまに胸をなで下ろす栞。……それはそれで悲しいような気がするのは俺だけか?
「さ、行きましょう、祐一さん」
俺の手を引っ張って歩き出す栞。
……まぁ、いいか。
俺は栞に引っ張られるように歩きながら、空を見上げた。
太陽は、まだ一番高いところにも達していなかった……。
Fortsetzung folgt
トップページに戻る
目次に戻る
前回に戻る
先頭へ
次回へ続く
あとがき
海ですっ、海!
というわけで、お待たせしました。ようやく海にたどり着きました。これでやっとタイトル通り……。あれ?
まぁ、細かいことは気にしないことにしましょう(笑)
舞や佐祐理さん達のみじゅぎ姿の披露は、また次回ってことで。
ではではっ!
PS
なんだかあっという間に雪ちゃんも詩子さんも追い抜いてしまったなぁ。まぁ、七瀬には届かないと思うけどさ(笑)
しかし、最初のプロットじゃ前後編だったのに……。どこでどう間違ったんだろう?(苦笑)
PS2
実は、今までの部分にも密かにちょこちょこと修正が入っています。さぁ、どこでしょう? 判っても特に何も出ませんけど。あははーっ(佐祐理さん笑い)
プールへ行こう Episode 11 99/6/24 Up