トップページに戻る  目次に戻る  末尾へ  次回へ続く

Kanon Short Story #15
プールに行こう5 Episode 1

 校長やら生活指導の教師やらの並べるお題目がようやく終わり、苦行から解放されてようやく体育館から出ると、俺は大きく伸びをした。
「ふぅ、やっと終業式が終わったな」
「まだ、ホームルームがあるけどね」
 後ろから香里に言われて、俺は肩をすくめる。
「ふっ。そんなことはどうでもいいことさ。俺はこの何処までも広がる空に向かって……」
「どうでもよくないよ〜。ホームルームにはちゃんと出ないとダメだよ」
 隣から名雪が得意技の「ツッコミを入れずにボケを止める」を繰り出し、俺は手を上げた。
「へいへい。で、今日は部活か?」
「うん……」
 残念そうに言う名雪。
「来年の計画とか色々あるんだよ……」
「大変ね、部長さんは」
 香里が笑いながら言うと、名雪も笑って返す。
「でも、わたし走るの好きだし……」
「祐一〜っ!!」
 廊下の向こうからずだだっと走ってくる真琴の姿を見て、俺は左右を見回した。目的のものを見つけてむんずと掴む。
「わっ、祐一く……」
「スペルゲンうぐぅバリアーっ!!」
 そう叫びながら、俺は掴んだものを前に突き出した。
「うぐぅっ!」
「あうーっ!」
 ばちん
 ものの見事に正面衝突する真琴とうぐぅバリアー。
「よし、成功」
「うぐぅ……。成功じゃないよ〜。いたた」
「あう〜っ、鼻ぶつけた〜っ」
 額を抑えて涙目で俺にくってかかるうぐぅと、鼻を押さえてこちらも涙目の真琴。
「うぐぅじゃないもん。あゆだもん」
「まぁ、それはどうでもいいとして……」
「どうでもよくないよっ!」
 さらに言い募ろうとするあゆを押さえて、俺は真琴に尋ねた。
「それにしても、どうしてあゆあゆだけは避けられんのだ、マコピー」
「マコピーじゃないわようっ!」
 こちらも手を振り上げて抗議する真琴だが、鼻を押さえているせいで変な声になっていた。
「だって、あゆあゆって存在感ないんだもん」
「うぐぅっ!!」
 まことのこうげき・とてもこうかてきだ
「……いいもん。どうせボクは一番可哀想なヒロインだもん」
 ぶつぶつ呟きながら壁をつつくあゆ。その背中に哀愁が漂っていた。
 俺は真琴の頭を撫でてやりながら訊ねた。
「真琴はホームルーム終わったら、どうせなにもないんだろ?」
「そうよっ」
 まだ不機嫌そうな真琴。
「よし。それじゃ放課後、校門のところで集合だ。それから百花屋にでも繰りだそうぜ」
「オッケーっ」
 ぱっと笑顔になると、真琴はくるりと身を翻して駆けだした。そして途中で立ち止まると、大声で言う。
「絶対先に行って待っててみせるんだからっ!」
「おう」
「じゃーねーっ!」
 もう一度手を振って、走っていく真琴。
 その後ろ姿を見送って、名雪が呟いた。
「うーっ。真琴、陸上部に入ってくれないかなぁ……」
「まぁ、確かに足は早いだろうけど……」
「うん。今日帰ったら勧誘してみようっと」
 うんうんと頷く名雪。……しかし、妖狐が競技会に出るのを高体連は認可してくれるのだろうか?
 ま、いいか。
 俺は名雪の肩を叩いた。
「そんなわけだから、早めに終わったら百花屋に来いよ」
「うん、わかった」
 名雪は笑顔で頷いた。
 先に行きかけていた香里が振り返る。
「ほら、お二人さん。石橋より遅れたら大変よ」
「あ、そうだね」
「おう」
 俺達は、頷いて歩き出した。

 さしたることもなく、俺達にとっては2年生最後のホームルームが終了した。
 ……多分、石橋の言っていたことが耳に入っている生徒なんていなかっただろう。みんな、短い休みをどう過ごすかという計画で頭が一杯だったろうから。
 それを証拠に、石橋が出て行くなり教室はざわめきに包まれていた。仲の良いもの同士が、春休みの計画を話し合い始めていたからだ。
 そんな中、俺は鞄を掴むと、教室から飛び出していた。
「あっ、祐一くんっ!」
 あゆが呼び止める声が後ろから聞こえたが、無視して廊下を走り、階段を3段飛ばしで飛び降りていく。
 昇降口に辿り着くと、まだあまり生徒の姿はない。
 ……これは、勝ったか?
 そう思ったとき、向こう側の1年生の下駄箱の辺りで、見慣れた赤いリボンが動いているのが見えた。
 俺は素早く靴を履き替えて、昇降口を飛び出す。
 と同時に、もう一人も飛び出していた。
「やっぱり真琴かっ!」
「祐一っ!?」
 お互いの姿を確認した後は、脇目も振らずにゴールの校門目指して走る2人。
 そして、ほとんど同時に校門を駆け抜ける。
「……はぁはぁはぁ、俺の、勝ちだな」
「……はぁはぁはぁ、な、なに言ってんのようっ、真琴の勝ちなんだからっ!」
 む。
「そっちこそ何を言うっ。俺のつま先がここを先に通っただろうがっ!」
「真琴の胸が先にここ通ったわよっ!」
「却下だっ!」
「どうしてようっ!」
「男に胸はないからだっ!」
 俺と真琴が言い合っていると、不意に静かな声がした。
「同着。だから、二人ともおめでとう」
「……へ?」
「わぁっ! ど、ど、どうしてここにいるのようっ!!」
 間の抜けた声を上げる俺と、その俺の後ろに隠れながら叫ぶ真琴。
 そこにいたのは、舞だった。ふわりとした服に黒いスパッツ、上からGジャンを羽織り、帽子を目深に被っている。
「うむ、もともとプロポーションいいから、スパッツだとなんとも色っぽいな」
 びすっ
 いきなり眉間に一撃を食らった。
「わ、何をするっ」
「祐一が変なこと言うから」
 赤くなって舞は言うと、そっぽをむいた。
 俺は額をさすりながら訊ねた。
「ところで、どうしたんだ? こんなところで……」
「佐祐理と待ち合わせ」
「……一緒に暮らしてるのに、わざわざこんなところでか?」
 舞と佐祐理さんは、今は同居している。それがどうして、しかも卒業した学校の校門で待ち合わせなんだ?
 俺の疑問は、すぐに氷解した。
「佐祐理が、学校に用があるって言ったから」
「あはは〜っ、それだけじゃないんですけどね」
 背後から、心を和ませる笑い声が聞こえた。
 振り返ると、薄いブルーのワンピース姿の佐祐理さんが、ぺこりと頭を下げた。
「ご無沙汰しておりました、祐一さん」
「こっちこそ、……ええと、3日振りくらいかな?」
 俺が言うと、佐祐理さんは笑顔で頷いた。
「佐祐理とは、それくらいですね。舞は昨日も祐一さんに逢いに行ったみたいですけど」
 びしっ
 いつの間にか佐祐理さんの前に移動していた舞が、佐祐理さんの額にチョップをしていた。
「それでね、今日も……」
 びしっ
 さらにチョップすると、舞は真っ赤になって呟いた。
「それは、言っちゃだめ」
「はいはい。というわけなので、内緒です」
「うぐぅ」
「……うぐぅ?」
 小首を傾げる佐祐理さん。
 と、さらにその佐祐理さんの後ろから、元祖うぐぅが歩いてくるのが見えた。
「こっちだ越前っ!」
「……えちぜん?」
「佐祐理、祐一の言うことに一々付き合わなくてもいい」
「あ、そうなんだ。さすが舞だね」
 ……舞に冷静に突っ込まれると、ちょっとへこむなぁ。
「祐一くんがつまらないことするからだよっ」
 俺が落ち込んでいる間にやってきたあゆが、まず俺にそう言うと、佐祐理さん達に元気良く挨拶する。
「こんにちわっ、佐祐理さん、舞さん」
「はい、こんにちわ」
「……うん」
「……祐一ぃ」
 後ろから真琴が、俺の制服を引っ張った。
「早く行こうよぅ」
「へ?」
「百花屋に行くって、言ったじゃないのよう」
「おお、そうだった」
 俺はぽんと手を打つと、向き直った。
「そんなわけで、今から俺達は百花屋にいくけど、良かったら一緒に来ないか?」
「佐祐理の用事はもう終わりましたから、舞が良ければ……って愚問でしたね〜」
 ……ぽかっ
 笑う佐祐理さんにもう一度チョップしてから、舞は頷いた。
「よし、と。あ、そういえば香里はどうした?」
「香里さんなら、ボクが教室を出るときに誘ったんだけど、北川くんの家にお見舞いに行くって言ってたから」
 あゆが言って、俺はそういえば今日一日北川を見なかったことに、今更ながら気付いた。
「あいつでも風邪を引くのか……。また一つ賢くなったなぁ」
「それって北川くんに悪いよ……」
「よし、そういことなら今から北川の見舞いに行こう」
「……祐一くん、もしかして香里さんと北川くんの仲を邪魔しようと思ってる?」
「よく判ったな、あゆあゆ」
「あゆあゆじゃないもん。それに、邪魔するのはやっぱり良くないよ」
「なら、今日はあゆのおごりな」
「ええっ!? ええっと……」
 慌てて財布を出して中身を確認するあゆ。
「……うぐぅ、あんまりない……」
「冗談だ、冗談」
 俺が笑って言うと、あゆはぷっと膨れた。
「もうっ。祐一くん、そんなにボクをいじめて楽しい?」
「祐一さん、月宮さんをいじめたらだめですよ」
 佐祐理さんにもやんわりとたしなめられて、俺は素直に頷いた。
「そうだな。反省しよう」
「もう、どうでも良いから早く行こっ!」
 真琴が俺の腕を引っ張り、俺達は商店街に向かって移動を始めた。

「……それで、舞ったら寝言でぼそっとこう言うんですよ。「……牛丼」って」
「わははは……」
 びしっ
「……痛いぞ、舞」
「祐一が笑うから……」
 窓際のボックス席を確保した俺達は、雑談をしながらまったりしていた。
 主に佐祐理さんが楽しそうに、一緒に暮らし始めた舞の、新しく知った一面のことを話し、俺がそれを笑って舞が突っ込む、ということをしていると、不意に百花屋の入り口のドアに付いているベルが鳴った。
 カランカラン
「あっ、来たっ! 名雪〜っ、こっちこっち!」
 舞がいるおかげで、俺にぴったりとくっついて離れようとしなかった真琴が、入ってきたのが名雪なのに気付いて、これ幸いと大きく手を振って呼ぶ。
 ……あれ?
 俺は、名雪の後ろからちょこちょこと小柄な少女が入ってきたのに気付いた。
「そこにいるのは、栞じゃないか」
「ああーっ、どうしてしおしおまで来るのようっ!」
「そんなしなびそうな名前で呼ぶ人は嫌いですっ。あ、こんにちわです、祐一さん」
 真琴に怒ってみせてから、俺にぺこりと頭を下げる栞。
「あ、名雪さん、こっちにどうぞ」
「ありがとう、あゆちゃん」
 あゆが譲った俺の隣の席に座ると、名雪はウェイトレスさんに「いつもの」と頼んだ。ウェイトレスも心得た様子で頷くと、栞の注文を聞いて戻っていった。
 俺は名雪に声をかけた。
「わりと早く終わったんだな、部活」
「うん。それで、帰る途中で栞ちゃんに逢ったから、誘ったんだよ」
「私も、ちょうど部活が終わったところだったんですよ」
 栞が笑顔で頷く。
 佐祐理さんが訊ねた。
「栞ちゃん、部活動してたんですね?」
「してた、というよりは、始めたんです」
「魚拓部だったっけ?」
「美術部ですっ! そんなこと言う人嫌いですっ」
「そうだよ、祐一。魚拓部は七瀬さんだよ」
 名雪も口を挟む。俺は降参の印に手を上げた。
「美術部なんですか? すごいです〜。佐祐理は絵があんまり上手くないから、絵が描ける人は尊敬しちゃいます」
 佐祐理さんは笑顔で手を合わせて言った。
 他の、栞の絵の腕前を知っている皆は、沈黙した。佐祐理さんが「はぇ?」と皆の顔を見回す。
「……ええと、どうかしたんですか?」
 俺は、栞に視線を向けた。
「……栞、何かフォローしてやろうか?」
「えぅ〜、そんな事言われると余計に惨めです〜」
 俺達の回りが笑い声に包まれたとき、不意に、窓がこつこつと叩かれた。
 名雪が窓の向こう側に立っている人を見て、声をあげる。
「お母さん?」
 秋子さんは、にっこり微笑んだ。

Fortsetzung folgt

 トップページに戻る  目次に戻る  先頭へ  次回へ続く

あとがき
 やはり、自分が書きたいものを書くということで。
 そんなわけで、とうとう始めてしまいましたとさ。
 これが続くかどうかは、感想次第ってことで。

 プールに行こう5 Episode 1 01/3/1 Up

お名前を教えてください

あなたのEメールアドレスを教えてください

採点(10段階評価で、10が最高です) 1 10
よろしければ感想をお願いします

 空欄があれば送信しない
 送信内容のコピーを表示
 内容確認画面を出さないで送信する