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「まぁ、玄関先でもなんですから、どうぞ上がってください」
そう言う秋子さんに、八汐さんは「はい」と頷き、靴を脱いだ。
「それではお邪魔させていただきます。あの、それで美汐は……?」
「美汐さんはリビングですよ。こちらです……」
そう言いながら、秋子さんは先にリビングに向かいかけたが、ふと足を止めて振り返った。
「あ、でも、その前に事情を伺っておいた方がいいかしら?」
「ええ、そうですね。私からもお聞きしたいことがありますし」
八汐さんは頷いた。秋子さんも頷くと、自分の部屋のドアを開けた。
「ダイニングでは声がリビングまで漏れてしまいますから、こちらにどうぞ。散らかってますけど」
「ええ。でも、美汐は……?」
「今は、倉田さんと川澄さんにお相手してもらっていますから、大丈夫ですよ」
そう言うと、秋子さんは八汐さんを自分の部屋に招き入れた。そして俺達にも視線を向ける。
「祐一さん達もどうぞ」
「いいんですか、俺達が聞いても?」
「むしろ、君たちにも聞いておいてもらった方がいいだろう。美汐の友達だからね」
八汐さんが頷き、俺達は秋子さんの部屋に入った。
パタン
最後に秋子さんが静かにドアを閉め、微笑む。
「……これで、中の声は外には聞こえませんよ」
……この部屋って、もしかして防音ですか?
「あっ、真琴の写真見つけたっ! わ、ここには何が入ってるのかなっ?」
「真琴ちゃん! 勝手にいじったらだめだよっ!」
普段入ることのない部屋なので、珍しそうにあちこちを見てはしゃぐ真琴と、懸命にそれを止めようとするあゆ。
その血の繋がっていない姉妹の騒ぎをよそに、八汐さんは「失礼」と言って、フローリングの床の真ん中にあぐらをかいて座る。
「あら、クッションくらいありますのに」
「いえ、こちらの方が慣れてますから」
確かに神社の拝殿は板張りだから、フローリングの床には慣れてるんだろうなぁ。
そんなことを思っていると、八汐さんは同じように床に座った秋子さんに尋ねた。
「電話でも伺いましたが、美汐は確かに自分のことを坂本瑞姫と名乗ったのですね?」
「ええ」
秋子さんは頷いた。それから視線を八汐さんに向ける。
「八汐さんはご存じなのですね、その瑞姫さんが何者かを」
「はい。彼女は、去年の暮れに駅前の交差点で交通事故により亡くなっています。つまり、わかりやすく言えば幽霊です」
「あ、その事故ならニュースで見ましたよ」
その頃はずっと家で療養していた(本人談)栞が口を挟んだ。
「確か、酔っぱらいの運転する車が赤信号を無視して突っ込んだんですよね。それで、ちょうど塾帰りだった高校生がはねられて亡くなられたとか……」
「そうです。その被害者が、坂本瑞姫さんです」
「やはり、そうですか……」
秋子さんは静かに頷いた。
「今、天野の身体に入っているのは、その坂本瑞姫っていう人の霊だ……ってことですか?」
「そうです。……おそらく」
俺の言葉に頷く八汐さん。
普通なら一笑に付されそうな話ではあるが、何しろ俺の周りは不思議がいっぱいなのだ。俺も、あっさりとそれを納得してしまうくらいには、その不思議にも慣れてしまっていた。
秋子さんが訊ねる。
「でも、どうして天野さんが取り憑かれたのですか? 天野さんなら、……言い方は悪いですけれど、あの程度の霊に取り憑かれてしまうことはないと思いますけれど……」
「それは、私にも何とも……。仕事は、ご存じの通り美汐が一人でやっていたわけですし」
「仕事?」
俺が訊ねると、八汐さんは答えてくれた。
「その事故以来、ちょうど事故の起こった午後10時過ぎに、交差点で幽霊を見たという目撃情報が続出していたんです。そして先日、私達の所に正式に除霊の依頼が来た。そこまでは、よく……とまでは言いませんが、時々はある話です」
「でも、それを天野さん一人にやらせたって……、誰もお手伝いしてなかったんですか?」
栞が口を挟む。苦笑する八汐さん。
「この業界も人手不足なんだ」
……業界、ねぇ。
秋子さんが言葉を添える。
「それに、基本的に退魔の仕事は一人でするのが習わしなのよ。よほどの強敵でない限りはね」
「はぁ、そうなんですか」
さすがの栞も、自分の守備範囲外のことだけに、そういうものだと言われると納得するしかないようだ。
八汐さんが話を続ける。
「だが、とっくに仕事が終わってしかるべき時間になっても、美汐が戻ってこなかったんです。様子を見に行ってみようかと思っていた矢先に、水瀬さんから連絡を受けて、こちらに駆けつけたわけですが……」
八汐さんは、言葉を切ると、ため息をついた。
「まさか、美汐が祓う相手に逆に取り憑かれていたとは……」
「しかも、瑞姫さんは、自分の記憶を失っています」
秋子さんが言葉を挟み、八汐さんは驚いて聞き返した。
「えっ? それは、本当ですか?」
「ええ。彼女は、自分が天野美汐という少女の身体に入り込んでいる、という自覚もないようです。しかも、自分の名前以外のことはよく思い出せないと……」
「本人がそう言ってるだけではないのですね?」
「ええ。それくらいは判ります」
秋子さんは真面目な顔で頷いた。
顎に手を当てて考え込む八汐さん。
「ふむ……。それは珍しいパターンだな……」
「ええ。もし、瑞姫さんの霊が目的を持って……たとえば、美汐さんの霊能力を使って悪さをしようとか、ですけど、その為に美汐さんに取り憑いたとしたら、記憶を失うことはないでしょうし」
確かに、もしそうなら間抜けな話だ。まるで……。
「祐一さん会いに来るために人間になったのに、記憶を失ってしまってその目的も忘れたどこかの妖狐のようなまぬけですね」
栞が、俺もそう思ったけれど言うのは不謹慎だと思ってやめたことを、さらっと言った。
「なにようっ、しおしおっ!」
自分のことを出されたのは判ったらしく、眺めていた箪笥からくるっと向き直る真琴に、栞はにっこり笑って答える。
「別に真琴さんの事だなんて言ってませんよ」
「もうっ、栞ちゃんも真琴ちゃんもやめてよっ。今は天野さんのことなんだからっ」
慌てて、あゆが間に入って止める。真琴はそのあゆの頭をぽかっと殴った。
「あいたっ。何するんだよっ、真琴ちゃん!」
「なんとなくよっ! 文句あるっ!?」
「うぐぅ……」
……姉の威厳も面目も丸つぶれである。
「まぁ、この際あゆのアイデンティティはどうでもいいとして……」
「どうでもよくないよぉ……」
真琴に叩かれた頭をさすりながら、涙目になって小声でぶつぶつ言うあゆはとりあえず無視。
「八汐さん、そうなると、どうして天野が瑞姫に取り憑かれたんです? それに、元の天野はどうなってるんですか?」
「そうよっ! 美汐はどうなっちゃったのようっ!」
真琴が八汐さんに詰め寄った。八汐さんは首を振る。
「判らない。ただ一つ言えることは……。こうなったのは、美汐の意志だ、ということだけです」
「美汐の遺志?」
「わっ、それは字が違いますっ!」
慌てて訂正する栞に、きょとんとする真琴。
俺は八汐さんに訊ねた。
「つまり、天野は自分で自分に瑞姫を取り憑かせた、ということですか?」
「ええ。そうとしか思えません。そもそも、瑞姫に他人に取り憑くだけの力はないはずです」
「どうしてそれが判るんですか?」
「仕事に掛かる前に、それくらいの下調べはしてますよ」
本職の八汐さんにそう言われて、とりあえず納得するしかない俺達であった。
秋子さんは、八汐さんに訊ねた。
「それでは、美汐さん……いえ、瑞姫さんに、逢ってみますか?」
「……ええ」
八汐さんは頷いた。それから、俺達に視線を向ける。
「すまないが、君たちは席を外してもらえないだろうか?」
「どうしてようっ!」
真琴がくってかかる。が、八汐さんは厳しい表情をして答えた。
「もしかしたら、修羅場になるかもしれないからね。場合によっては、瑞姫を強制的に美汐の体から追い出さなければならない。瑞姫がそれを拒むなら、戦いになるかもしれない」
「そうね。みんなは2階に行ってた方がいいわ」
秋子さんも表情を引き締めて言った。
秋子さんに逆らえる人がいるわけもなく、俺達はおとなしく2階に上がった。
そして、また俺達は真琴の部屋に集まっていた……のだが。
「あう~っ、お腹すいたよぉ、祐一ぃ~」
「言うな。余計に腹が減る」
そう。シリアスな話のせいで忘れていたのだが、結局、空きっ腹はそのままだったのだ。
と、じたばた暴れていた真琴が、不意にすくっと立ち上がった。
「決めたっ! やっぱり真琴は肉まん買ってくるっ!」
「真琴ちゃん、下じゃ天野さんが大変なんだよ……」
あゆが言ったが、真琴はぶんぶんと首を振った。
「それは判ってるけど、ほら、お腹が減ったら大変なのよっ」
「そりゃ大変だけど……」
「もしかして、腹が減っては戦は出来ぬと言いたいんですか?」
「そう、それよっ、しおしお」
「そんな名前で呼ぶ人は嫌いですっ。……でも、確かにお腹すきましたね、祐一さん?」
「うぐぅ……。ボクもお腹すいたよ、祐一くん……」
「そこでどうして俺の名が出る?」
嫌な予感がして聞き返す
「祐一さんならなんとかしてくれますよね?」
「祐一~」
「祐一くんっ」
3人の期待に満ちた瞳に見つめられて、俺は立ち上がった。
「よし、わかった。そこまで言われちゃしょうがない。不肖相沢祐一、なんとか食料品をゲットしてきてやるぜぇっ!」
「さすが祐一さんですっ」
「祐一、大好き~」
「うぐぅ、嬉しいよぉ」
と、ちょうどその時、ノックの音がした。
トントン
「すみませ~ん、開けてくれますか~」
佐祐理さんの声だった。
「あっ、はい。すぐ開けますっ」
あゆがドアを開けると、そこには佐祐理さんと舞が立っていた。そして、2人の手にしているお盆には、湯気の立っているほかほかの肉まんが、山盛りにっ!
「にっ、にく、肉まんっ!!」
よだれを垂らさんばかりにして声を上げる真琴。……だが、それでも舞に近づくのは怖いらしくて、俺の後ろに隠れながらである。
「はい、そうですよ。皆さん、お腹すいてるかなって思ったから、佐祐理と舞で作ってきたんです」
「わぁいっ! 2人ともありがとうございますっ」
「さすが倉田先輩と川澄先輩ですっ」
「あう、あ、ありがと……」
「さ、どうぞ。あ、お茶もちゃんと持ってきましたよ~」
お盆を床に置くと、ポットを見せる佐祐理さん。
「わぁい。いただきまーす」
「私もいただきます」
あゆと栞は、早速、佐祐理さんの左右に座って、肉まんに手をつける。
一方の舞はというと、お盆を机に置いて、肉まんを一つ取った。そしてぱかっと割ってみせる。
ふわっと断面から湯気が上がり、美味そうな匂いが広がる。
「あう、あうあう~」
「……美味しい、と思う……」
そう言って、割った肉まんを真琴に見せる舞。
「……あうぅ……」
真琴はふらふらと舞に近づくと、その前にちょこんと座った。
「……欲しい?」
聞かれてこくこくと頷く真琴。
舞は肉まんの半分を真琴に渡した。真琴はそれを受け取ってかぶりつく。
「はぐはぐ……」
「……嬉しい。こんこん真琴さん……」
夢中になって肉まんを食べる真琴を撫でて、上機嫌の舞。そして、そんな舞を嬉しそうに見る佐祐理さん。
「舞ったら、とっても嬉しそうです」
そして、こちらも夢中で肉まんに手を伸ばすあゆと栞。
「もぐもぐ……。うん、美味しいね、栞ちゃん」
「本当です~。こんな美味しい肉まん初めてです~」
そして、さっきまでその3人に頼りにされていた俺は、既に忘れ去られていた。
「……うぐぅ、負けないもん」
「もぐもぐ……。祐一くん、ボクの真似みたいだけど、……似てないよ、それ……」
「おーのー」
Fortsetzung folgt
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あとがき
それにしても、書いたら文句言われる、消したら文句言われる、復旧したら文句言われるじゃ、私はどうして良いのか判りません。
……最初から書かないのが一番いいのかなぁ。
PS
「復刻」の意味はちゃんと辞書で引いてください。元と同じものを再生することであって、改訂することじゃありませんよ。改訂するなら、DC版として出してます。
とはいえ、……やっぱり復刻するんじゃなかったですか。
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