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Kanon Short Story #9
プールに行こう2 Episode 22

 名雪達が出かけて行き、しばらくして秋子さんも出勤していった後、俺はすることもなく、真琴の枕元で読み散らかしてあった漫画などを読みながら、ぼーっと過ごしていた。

「……あうーっ」
 弱々しい呻き声が聞こえて、俺は、ちょうど主人公とヒロインの乗った車が大型トラックと事故を起こした場面から現実に呼び戻された。
 いかんいかん、俺ともあろう者が漫画に没頭してたとは。少女漫画おそるべし。
 とりあえず、漫画をうつ伏せにして置いて、真琴に尋ねる。
「よう。生きてるか?」
「……喉痛い……」
 真琴はしわがれた声で言った。
「頭もがんがんするぅ……」
「風邪だ、風邪」
 俺が言うと、ようやく意識がはっきりしたらしく、真琴は俺に視線を向けた。
「なんであんたがいるのよう……」
「ご挨拶だな。秋子さんに真琴をみててくれって頼まれたんだ」
「大丈夫よう……」
 そう言って、多分起き上がろうとしてるんだろう、布団の下で藻掻く真琴。
 俺はその額に手を置いた。
「あ、冷た……」
「……熱下がってねぇなぁ」
 俺は自分の額にも手を当てて、呟いた。それから、真琴が動いたせいでずり落ちた濡れタオルを、水で洗って絞ると乗せなおす。
「いいから、動くなって。腹は減ってないか?」
「……ちょっと」
「よし。それじゃ雑炊があるから、暖めて持ってきてやろう。あ、心配するな。栞が作ったやつだから」
 そう言って俺が立ち上がろうとすると、服の裾が引っ張られた。
 視線をそっちに向けると、真琴が布団の端から手を出して、俺の服の裾を引っ張っていた。
「おいおい、離して……」
「いなくなるのは、もうやだよ……」
 ……真琴。
 俺は肩をすくめて、その場に座った。
「漫画、読んでやろうか?」
「……うん」
 こくりと頷いて、真琴は手を離した。
 俺は適当に、その辺りに転がっていた漫画を手に取った。
「『……月はただ、俺達を照らしていた……』」
「あうーっ、いきなりラストから読まないでよ〜」
 赤い顔をしながらも、真琴が文句を言う。
「なんだ、読んだことあるんじゃないか。ならこれはいいな?」
「ううん、読んで」
「……へいへい」
 俺は、漫画の最初のページをめくった。

 ピンポーン
 チャイムの音が鳴った。
「あ、だれか来たみたいだな。真琴、ちょっと待ってろ」
「あうーっ」
「すぐ戻るって」
 俺は真琴の頭にぽんと手を乗せて、立ち上がった。
 真琴は、今度は俺の服を掴まなかった。ただ、一言呟いた。
「……早くね」
「おう」
 そう答えて、部屋から出ると、静かにドアを閉める。
 階段を降りながら、小声で発声練習をしてみる。
「あえいうえおあお〜」
 なにしろ、ずっと何時間も朗読させられてたからなぁ。あとで栞が帰ってきたら、喉の薬をもらうことにしよう。
 そう思いながら玄関に出る。
 ピンポーン
 もう一度チャイムが鳴ったところで、俺はドアの鍵を開くと、ドアを開けた。
「へいへい」
 新聞や保険の勧誘だったら、そのままあゆ直伝のデンプシーロールの餌食にしてやろうと思ってたが、ドアの向こうにいたのは、知り合いだった。
「相沢さん、あの子は?」
「よぉ、天野。早いな」
 俺が片手を上げて挨拶すると、後ろから声がした。
「相沢さん、案内して下さい」
 振り返ると、既に天野は靴を脱いで上がり込んでいた。
 ……遠慮を知らぬ奴。
「わかったわかった。……そういえば天野って、ここに来るのは初めてじゃないのか? よく場所がわかったな」
 俺は先に立って階段を上がりながら、天野に訊ねた。
 天野は、俺の質問には答えなかった。
「熱が出たって聞きました。どうですか?」
「あ? ああ、まだ下がってないんだ」
「……」
 一瞬、天野は階段の途中で足を止めた。
「天野?」
「……いえ、なんでもないです」
 そう答えると、階段を駆け上がってくる。
 俺は真琴の部屋のドアを開けた。
「真琴、天野が見舞いに来たぞ」
「……美汐? どこ?」
 真琴は首を傾げた。
「どこって、ここに……。あれ?」
 俺の脇にいると思っていたが、そこに天野はいなかった。振り返ると、天野は階段を上がりきったところで立ち止まっていた。
「どうしたんだ、天野?」
「……やっぱり、帰ります」
 いきなり、天野は踵を返した。そのまま、階段をトントンと降りていく。
「えっ? ちょ、ちょっと待てよ、天野っ!」
「……美汐」
 その天野の足を途中で止めたのは、俺の声ではなかった。
「真琴……?」
 振り返ると、パジャマ姿の真琴が、ドアに手をかけて立っていた。
 天野は、階段の途中で足を止めたまま、俺達に背を向けている。
 俺には、その肩が微かに震えているように見えた。
「……相沢さん」
 天野が、背を向けたまま、言った。
「なんだ?」
「……ごめんなさい」
 そう言って、天野は階段を駆け下りていった。
 ややあって、ぱたんとドアが閉まる音がした。
「……美汐……」
 ドサッ
 俺が振り返ると、真琴は床に倒れていた。
 俺は慌てて屈み込んだ。
「真琴っ! 真琴っ、しっかりしろっ!」
「……あうーっ」
 建気に返事をするが、真琴は真っ赤な顔で、汗をかいていた。どう見ても尋常じゃなかった。
 俺は慌てて真琴を抱え上げると、布団に運んだ。
 と、階段を駆け上がる音がして、ドアが開いた。
 振り返ると、天野が荒い息をつきながら、そこに立っていた。
「私……」
 どうして戻ってきたかは判らなかったが、ちょうどよかった。
「天野っ、真琴をちょっと見ててくれ。俺、医者に電話して……」
「……無駄ですよ」
 天野にそう言って出ていこうとした俺に、そんな言葉が聞こえてきた。
「……天野、今何て言った?」
「医者に治せるものじゃありません」
 天野は、鞄を置くと、目を閉じて荒い息をついている真琴の傍らに座った。そして、その額に小さな手を乗せる。
 天野が何を言ってるのかよく判らない。
 医者に治せないって、どういうことなんだ? まさか、不治の病とでも言う気か?
 ……さっきから、様子がおかしかったし、きっと天野は一時的に錯乱してるんだ。
 俺はそう思って、部屋を出ようとした。
「相沢さん」
 後ろから、俺を呼ぶ声。
 俺はつい、声をあらげた。
「なんだよっ! 天野、お前……」
 そこで言葉を切ったのは、天野の瞳に、なんとも言い様のない感情が渦巻いているのが読みとれたからだった。
 強いて一言であらわすなら……、哀しみか?
「この子に付いていてあげてください。それが一番の薬になりますから」
「……わかった」
 天野の瞳を見て、怒りやいらだちがすっと消えてしまった俺は、大人しく天野の横に腰を下ろした。
 しばらくして、天野が問わず語りに話し始める。
「今、この子はとても不安なんです……」
「不安? 何に対してだ?」
「いろいろなこと……」
 そう呟き、天野は俺に視線を向けた。
「相沢さん。この子は……」
「ちょっと待て」
 俺は、手のひらを天野に向けてその言葉を遮った。そして訊ねる。
「前にも聞いたけど、もう一度聞くぞ。天野は、本当にこいつの知り合いじゃないんだな?」
「……はい」
 天野は頷くと、真琴に視線を戻した。
「この子の知り合いでは、ありません」
「……」
「いえ。ありませんでした、ですね。今はもう……知り合ってしまいましたから」
 口調も言葉遣いも穏やかなのに、なぜかその言葉は悲鳴のように聞こえた。
「でも、最初から知り合いじゃ無かった割には……」
「相沢さん」
 天野は、顔を伏せた。小さな声で呟く。
「それ以上のことは、今は言うべきではないでしょう」
 それは、明らかに拒絶の意志だった。
 俺はため息をついた。天野は頑固なところがあるから、自分で言いたくないことは絶対に言わないだろう。
「……そうか」
「はい」
 俺は時計を見上げた。
「他の連中はどうしたんだろ。遅いな……」
「……まだしばらくかかるのではないでしょうか。生徒会に呼び出されていましたから」
 天野が答えた。
 一拍置いて、俺は思わず立ち上がっていた。
「生徒会に!?」
「はい」
 天野は頷いた。
「私は、この子がいないなら一緒に行く必要が無いので行きませんでした。それに、水瀬先輩にこの子の様子を見てくれないか、とも頼まれましたし」
「……そういうことか」
 それで、家の場所も判ったわけだ。多分、名雪が地図を書いたかどうかしたんだろう。
「それにしても、今度は何の用なんだ、あいつら……」
「……」
 天野は無言のままだった。
 ……そういや、腹減ったな。
「天野、頼みがあるんだが」
「なんですか?」
「俺はここから離れたらいけないんだろ?」
「できれば」
「だったら、台所に行って雑炊を温めて持ってきてくれないか?」
「……私がですか?」
「俺もまだ朝飯しか食ってないんだ。ずっとこいつに付き合ってたからな」
 俺は真琴の額からずり落ちた濡れタオルを水で湿らせながら言った。
 天野は頷いて立ち上がった。
「判りました。この子の分も……」
「ああ、頼む」
 そう言うと、天野は脇に置いてあった自分の鞄から、小さな袋を取り出して、出ていった。
「あ、台所どこかわかるか?」
「1階のどこかにあるのでしょう?」
 そう言う声が聞こえ、続いて階段をトントンと降りていく足音が小さくなっていった。
 ……ま、そりゃそうだな。
 苦笑して、真琴に視線を戻す。
 熱、下がらねぇなぁ……。
「……祐一ぃ……」
 その唇から、微かなつぶやきが漏れた。
「真琴?」
 目が覚めたのかと思ったが、どうやら寝言のようだった。
 どんな夢を見てるんだ、こいつは?
 と、不意に真琴は布団を跳ね上げるように手を伸ばした。
「……おいていかないでよぉ……」
 何かを求めるように、手を伸ばす真琴。
 俺はその手を握ってやった。
「置いていかないって言っただろ?」
 そう言うと、真琴は「あはっ」と微かに笑い、そしてまた夢の中に戻っていった。
 天野が、雑炊を入れた土鍋を抱えて2階に上がってくるまで、俺はずっと真琴の手を握ってやっていた。

Fortsetzung folgt

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あとがき
 妙な展開になってしまった(苦笑)
 既に最初の予定から全然違う方向に向かいつつあるこの話ですが、読者の皆さんが着いてきてくれているのかどうか、とっても不安な今日この頃です。
 ……このまま打ち切りにしてしまおうかな? ああ、甘美な誘惑が……。
 10月からは、いろんな意味で忙しくなるし……。
 よし、とりあえずこのまま真琴は原作通りに消滅させてしまおう。

 真琴が消滅してしまうのはイヤだという人は、『マコピーを守れキャンペーン賛成』と掲示板にでもメールにでも書いて置いてください(笑)

 話変わって。
 うちのメインマシン『佐祐理さん』のHDD増設が終わりました。これで、総ディスク容量50G(爆)です。
 いや、いわゆるMADムービー作るのが最近のマイブームなもんで(笑) 1本作るのに1G近くHDD消費するんですよね、これが。
 しかし、メモリの値段がバブルのように上がってますね〜。既に底値の倍以上ときたもんだ。マジでだれか買い占めてるんじゃないのかしらんと思う今日この頃です。

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