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Kanon Short Story #14
プールに行こう4 Episode 28

 くそ、こんな時にっ!
 1時間目の授業が長引いたおかげで、教師が廊下に出たときには、もう既に休み時間は半分終わりかけていた。
 今から行っても、ちゃんと話を聞く前に次の時間が始まってしまうだろう。
「祐一、今から行くの?」
 名雪も同じ事を思っていたのだろう。俺に訊ねてきた。
 俺は首を振った。
「……いや、次にする」
「でも、3時間目は体育だよ」
 時間割を指す名雪。
 ぐわ、そうだった……。
「そうなると、次の休み時間もその次の休み時間も着替えに時間取られるなぁ。……実質、昼休みに行くしかないのか」
「そうだね……」
 と、どこかに行っていた香里が、戻ってきた。
「噂を確かめてきたわよ」
「……早いな」
「まぁね」
 ちょっと得意そうな香里だった。
「といっても、隣のクラスの友達に聞いてきただけだけどね。噂好きな娘がいるのよ」
 そう前置きして、香里は言った。
「で、さっきの話なんだけど、かなり信憑性は高いみたいよ」
「佐祐理さんがやんばるくいなと逢ってたって話か?」
「そ」
「……前から聞こうと思ってたけど、どうして久瀬さんがやんばるくいななの?」
 名雪が口を挟んだ。俺は大げさに声を潜めた。
「それは言うわけにはいかないよ。無関係な人を巻き込みたくないからね」
「それ、もしかして、ボクの真似?」
「いいからあゆは進級試験の勉強してろ」
「……で、でも……」
「三次方程式がすらすら解けるようになったか?」
「……うぐぅ。勉強してる……」
 しおしおと自分の席に戻っていくあゆを見送ってから、俺は香里に向き直った。
「で?」
「久瀬と逢ってたのを見たって話は結構あちこちから聞いたから、間違いないと思うわ。それも、今週になってから急に、よ」
「今週になってから、というと、佐祐理さんが舞を避けるようになってから、ってことか?」
「そ。偶然にしちゃ、タイミング良いと思わない? それとね、放課後なんだけど、駅前通りを歩いているのを見たって人もいるのよ」
「そりゃ佐祐理さんだって放課後歩き回ることもあるだろ?」
「でも、駅前なんて特に用事がないと行かないところだよ。商店街とは方向も違うし……」
 名雪は不思議そうに首を傾げた。香里も頷く。
「そうね。どちらかって言えばビジネス街ってところだからねぇ。で、問題は、その時も一人じゃなかったってことなのよ」
「まさか、その時も一緒だったってのか?」
「そう。もっとも、後ろから見ただけみたいだけど、でも、うちの学校の制服に、大きなチェックのリボンをつけてたっていえば、倉田先輩くらいなものじゃない?」
 それは確かにそうだろう。
「それって、もしかして、倉田先輩と久瀬がデートしてたってことかっ!? おお〜っ、神は死んだっ!」
 大げさに天を仰ぐと、北川は香里の腕を掴んだ。
「それじゃ俺達もデートしよ……」
「目からびぃむ」
 どぉぉぉん
 悲鳴を上げながら吹っ飛ばされる北川を無視して、俺と名雪は顔を見合わせた。
「でも、どうしてまた佐祐理さんが久瀬なんかと?」
「たでくうむしもすきずきって奴じゃない?」
「意味は?」
「……うぐぅ。勉強してくる……」
 またしおしおと戻っていくあゆ。それを見送って、俺はため息をついた。
「あいつもなにしてるんだか」
「きっと、一人で寂しいんだよ」
「でも、あいつにはちゃんと俺達と一緒に3年生になってもらわないといかんからなぁ」
「うん、そうだね」
 名雪が頷いたとき、チャイムが鳴ったので、俺達はそこで話を打ち切った。

 4時間目が終わると、いつものように栞と真琴が連れ立って俺達の教室にやって来た。
「祐一さん、お待たせしましたっ!」
「祐一〜っ、お昼食べよ〜〜っ」
「……栞はともかくとして、真琴先生はなんか余裕だな。あゆはあの通りだというのに」
 俺が指さすその先で、あゆは机に突っ伏してうなっていた。
「うぐぅ〜っ、あたまがぐるぐるまわる〜」
「祐一、真琴のこと見くびってるでしょっ!」
 何故か腰に手を当てて威張る真琴。
「本当に真琴は頭が良いのですよ」
「わっ! い、いたのか天野っ!」
 本当に気付かなかった。
「……まぁ、いいですけど」
 天野はため息をついた。俺はその肩をぽんと叩くと、言った。
「とりあえず、みんなで先に食っててくれ。俺は佐祐理さんに会ってくるから」
「……倉田先輩、ですか?」
「あ、そうか、天野は知らなかったか。名雪、説明しておいてくれるか?」
「うん、任せて」
 頷く名雪に後を任せて、俺は教室を出た。

 階段を駆け上がって、3年の教室のある階に出ると、ちょっと考えてさらに階段を上がる。
 思った通り、屋上に通じる踊り場では、舞が一人佇んでいた。
「……舞」
 俺が声を掛けると、こちらを見る舞。
「佐祐理さんは?」
「……」
 黙ったままの舞。
 俺は残りの階段を駆け上がると、舞の肩に手を置いた。
「俺の教室に行ってろよ。みんなそこにいるから」
「……でも、佐祐理はいない」
 ぽつりと呟く舞。
「教室にいるのか?」
「……」
 舞は首を振った。
「鐘が鳴ったらすぐに出ていった」
「どこに行ったのかわかるか?」
「わからない」
「……そうか」
 頷いて、俺は背を向けた。そして、肩越しに振り返る。
「待っててくれ。絶対連れてくるから」
「……うん」
 こくりと頷く舞を残して、俺は階段を駆け下りていった。

 まず、舞と佐祐理さんのクラスに行ってみて、そこにいた3年生に聞いてみたが、案の定、誰も佐祐理さんの行方を知らなかった。
 ただ、そう言われてみれば……というレベルだけれども、佐祐理さんが今までとどことなく違ってるみたいだ、という話を聞くことが出来た。
「いつもにこにこしてる人だけど、ここのところいつにも増してにこにこしてたみたい」
「そうよね。なんかこう、幸せ絶頂って感じで」
「……舞とは? いつも一緒だっただろ?」
「川澄さん……?」
 2人の女生徒は顔を見合わせた。
「そう言えば、倉田さん、いつもなら休み時間になればすぐに川澄さんのところに行ってるのに、ここのところすぐに教室出て行っちゃうわね」
「そうね。あ、これ噂なんだけど、なんか好きな人が出来たとか」
「もうすぐ卒業だもんね。ある意味ラストチャンスってとこ?」
 なんか、話が怪しい方向に進み始めたのを悟った俺は、慌てて声を掛けた。
「ありがとう。参考になったよ。あ、俺が聞きに来たのは……」
「うん、倉田さんにはヒミツにしとけばいいのね」
「いいなぁ、卒業間際の先輩を慕う後輩って構図ね」
「あ〜、あたしにもそんな後輩がいてくれたらなぁ〜」
 ……なんか、誤解されてしまった。
 まぁ、いいか。
 俺はそのままらぶらぶ話を始めた2人の先輩から逃げるように、教室を出ていった。

 廊下を歩きながら、俺はため息をついた。
 あの先輩達の話が本当なら、佐祐理さんは別に舞を嫌いになったとかそういうのじゃなくて、他にもっと好きな人が出来て、自然と舞とは距離が出来た、ということになる。
 ……俺も名雪と付き合うようになって、あゆ達にそんな思いをさせてたんだろうか?
 いや、今はそれを考える時じゃ……。
 そこで、俺は立ち止まった。慌てて柱の影に身を隠す。
 階段を下りてきた佐祐理さんが、俺とは逆方向に曲がっていったのだ。そして、その隣には久瀬がいた。
 気付かれた様子はない。
 久瀬が楽しそうな声で言った。
「楽しい昼食でしたね」
「そうですね」
「……でも、いいんですか? 僕よりも……。いえ、それは言わない約束でしたか」
「すみません」
「いえいえ。で、これからどうします?」
「そうですね。それじゃ図書室で。あそこなら人もあまり来ませんから……」
 それ以上、聞く気になれずに、おれは踵を返した。

「……舞」
 俺の声に、舞は振り返った。そして、俺が一人なのを見て、がっかりしたように俯いた。
「……そう」
「悪い」
「……」
「……佐祐理さんは、来られないって。だから、俺の教室に来いよ」
 俺は嘘を付いた。本当のことを言っていいのか、迷った末にそうしようと思ったのだ。
 舞は首を振る。
「私は、ここで待つから」
「それじゃ、私達がご一緒するのは構わないですか?」
 その声に振り返ると、みんながそこにいた。
「栞、それにみんなも……」
「やっぱり、気になったんで、相談してみんなでお邪魔することにしました」
「うん、したんだよっ」
 うんうんと頷くあゆ。
 香里が肩をすくめる。
「我ながら、お節介とは思うけどね」
「でも、やっぱりご飯はみんなで食べた方が美味しいよ」
 名雪が笑顔で言う。
「あうーっ、ごはんごはんっ」
「……」
 騒ぐ真琴と、微笑みながらそれを見守る天野。
「でも、ここでったって……」
 俺は埃っぽい床を見回しながら言った。
 栞が笑顔で言う。
「心配はいりませんよ。こんなこともあろうかと、ちゃんとシートも用意してありますっ」
 そう言って、ポケットからビニールシートを取り出す。
「……相変わらず四次元だな」
「わっ、そんなこと言う人は嫌いですっ」
 そう言いながら、ばさっとシートを広げる栞。
 俺は振り返った。
「舞、断っても無理だぞ。大人しく一緒に食おうぜ」
「……わかった」
 舞はこくりと頷いた。
「今日は、そうする……」

 予鈴が鳴って、俺達はそれぞれ自分のクラスに散っていった。
「あ、舞」
 自分のクラスに戻ろうとした舞を、俺は呼び止めた。
「……」
 振り向いた舞に、俺は言葉を選んで言った。
「えっと、元気出せよ。俺だって、いつでも力になるからさ」
「……でも、佐祐理の代わりは、いないから」
 そう呟いて、舞は歩いていった。
「……祐一? 5時間目、始まっちゃうよ?」
 名雪に声を掛けられて、俺は頷いた。
「ああ、すぐに行く」
「……祐一、倉田先輩には逢えなかったの?」
 多分、舞がいたから聞かなかったのだろう疑問を俺に訊ねる名雪。
 俺はため息と一緒に答えた。
「久瀬と一緒だったんで、声は掛けなかった」
「えっ? それじゃ、噂って本当なの?」
「……」
 俺は答えずに歩みを早めた。
「急ぐぞ、名雪」
「あっ、祐一〜。待ってよ〜」

Fortsetzung folgt

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あとがき


 プールに行こう4 Episode 28 01/1/26 Up

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