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Kanon Short Story #16
プールに行こう6 Episode 5

「……しくしく」
「うぐぅ……、祐一くんしつこいよぉ」
 翌朝、泣きながら通学路を学校に向かういつものメンツ。
「あゆさん、どうして祐一さん泣いてるんですか?」
「うぐぅ、ボクにもよくわかんないんだけど、なんとかのろまんがどうとかで……」
「祐一が悪い」
 名雪がびしっと言い渡す。
「いきなりかよっ!」
「だって、あゆちゃんと祐一のどっちが悪いって言ったら、やっぱり祐一が悪いんだと思うよ」
「そうですね。私もそれには賛成です」
「……私もそう思います」
「真琴も~っ!」
 うう、四面楚歌とはまさにこのこと。
 もっとも、真琴は多分判ってないんだと思うが。

 ここまでのやりとりを聞けば大体判ると思うが、またしても俺の“漢の浪漫”プロジェクトはあゆあゆによって阻止されてしまったのである。
「うぐ? どうしたの、祐一くん?」
 ……本人に自覚がないだけに、余計にたちが悪い。
 俺は苦々しい思いを噛みしめながら、学校への道を歩いていた。
 ちなみに、舞と佐祐理さんとは、一度自分たちのアパートに寄ってから大学に行くとかで、水瀬家の玄関先で別れている。
 と。
「よう、相沢」
 いつもなら香里が出てくるタイミングで登場したのは北川だった。
「なんだ、こんな朝から」
「いや、お前に申し伝えることがあったのを忘れててな。そんなわけで水瀬さん、こいつちょっと借りてくよ」
「おい、俺は名雪の所有物か?」
「やだ、祐一ったらぁ」
 ……そこで何故赤くなる、名雪?
「うん、いいよ北川くん。あ、でも授業が始まる前にはちゃんと来ないと、香里に怒られちゃうよ」
「委細承知。ではっ!」
 しゅたっと皆に手を上げて挨拶すると、北川は俺の腕を掴んで歩き出した。
「お、おい?」
「とりあえず何も聞かずに着いて来いって」
 にやりと意味ありげな笑みを見せる北川。
 いや、これは……。
 俺は声を潜めた。
「もしかして、そっち方面の事なのか、同志北川スキー」
「おう、その通りだ、同志相沢スキー」
 小声で答える北川。
 ふっ、そういうことか。
 振り返って名雪に声をかける。
「そんなわけなんで、先に行っててくれ」
「うん、わかったよ~。それじゃ、みんな行こっ」
「えっ? あ、えっと……」
 栞が待ちそうなそぶりを見せたので、俺はあゆに声を掛けた。
「あゆっ」
「うん? どうしたの、祐一くん?」
「栞のことは頼んだぞ」
 そう言うと、あゆはうんっと大きく頷いて、胸を叩いた。
「任せてよっ! 行こうっ、栞ちゃん!」
「わわっ、そんな引っ張らないでくださいっ! えぅ~~っ、祐一さぁ~~ん」
 そのままあゆに引っ張って行かれる栞。
 真琴は、と思ってみると、こちらは名雪に腕を掴まれていた。
「ほら、真琴ちゃんも急がないと遅刻だよっ!」
「だ、だって……」
「真琴、遅刻はダメです」
 噛んで含めるように天野に言われて、不承不承頷く真琴。
「わ、わかったわよう。美汐に言われたら、しょうがないよね……」
「はい」
 ちらっと俺に視線を向ける天野。う、あれは「相沢さん、貸し一つですよ」という視線だ。
 とりあえず頷いておいて、俺は皆に「じゃぁな~」と手を振った。そして声が聞こえないくらいに離れてから、訊ねる。
「で、話ってのは何だ?」
「ああ。実は文化体育祭で、闇の催しがあるということを言い忘れてたんでな」
「闇の?」
「うむ」
 重々しく頷く北川。そして、ばっと両手を広げて叫ぶ。
「その名も、クラス対抗美少女コンテスト!」
「……なんじゃそりゃ? どこでもありそうな企画じゃないか。またそれのどこが闇の催しなんだ?」
 呆れて訊ねると、北川は「皆まで言うな」と手を振ってから、何故かびしっと空を指してしゃべり出した。
「説明しよう! クラス対抗美少女コンテストとは! 各クラスから選りすぐられた美少女をエントリーさせ、真の学校一の美少女を決めるという素晴らしい企画!」
 ぐっと拳を握って一人で盛り上がる北川。
「そう、貴様の言うとおりっ、かつてはこの企画は、文化体育祭に華を添える企画として、正々堂々と行われていたっ! しかしっ! しかしだっ! 忘れもしない5年前っ! ……って、俺はまだいなかったけどな、その時の生徒会長が女子で、女性蔑視だのなんだのと理屈をこね、職権を濫用してこの企画をボツにしてしまったのだっ!!」
「……はぁ」
「だが、その程度のことでこのような素晴らしい企画が中断されるには忍びない! というわけで、それ以降、このコンテストは地下に潜り、秘密裏のうちに行われてきたっ!」
「北川、結論を言ってくれ。名雪と付き合ってる以上、無駄な遅刻をしている余裕は俺にもないんでな」
 俺の言葉に、北川は頷いた。
「おう、そうか。なら結論を先に言おう。まず各クラスでの予選投票が今日から3日間の予定で行われる。当然、投票権があるのはそのクラスに所属する男子だ。たとえ男勝りであろうとも、女子には一切投票権はないのでそのつもりで」
「ふむ。ということは、俺にも一票があるってことだな」
「その通りだ。で、投票対象は同じくクラスの女子。ちなみに、記名投票なので無効票だとさらし者になるからな」
「……誰を書いてもそれはそれでさらし者になるんじゃないのか?」
「ちっちっち、甘いな相沢。有効票だった場合、その投票内容について云々することは紳士らしくないという不文律がしっかりと受け継がれているのだ」
「つまり、たとえば俺が香里に票を投じてもそれはそれでオッケイってことか?」
「む……。ま、まぁ、たとえば、な」
 顔をしかめながら頷く北川。
「ただし、この投票で選ばれた女子が、クラス代表となって本選に出場することになるわけだ。そして本選の方式は、文化祭のクラス投票と同じ方式、つまり自分のクラス以外の女子一人に投票するわけだ。もちろん、こっちの投票権があるのも男子のみ」
「で、優勝した場合、その娘になにか商品でも出るのか?」
「別に。ただのお祭りだからな」
「……ああ、そうなのか」
 何か特典があるのかと思ったのになぁ。
 ちょっとがっかりする俺をよそに、北川は言葉を継いだ。
「参考までに教えておくが、去年の優勝者は倉田先輩だ。ちなみに2年連続優勝だぞ」
「佐祐理さんか。それはそれで納得できるな」
「で、この辺りから話が重要になってくるのだが……」
 北川は声を潜める。
「この美少女コンテストでは、同時にトトカルチョが行われてるのだ」
「トトカルチョって、要するにどの娘が優勝するかで賭をしてるのか」
「そういうことだ。まぁ、それについては予選が終わってからな」
 そう言ってから、北川は腕時計を見て慌てる。
「うぉっ、予鈴まであと3分じゃないかっ!」
「なにぃっ!?」
 俺達は慌てて走り出した。

 休み時間。といっても、次の授業が体育なので、男女別に体操服に着替える時間となる。
 女子には専用の更衣室があるが、男子にはそんなものはない。つまり、教室で着替えるという羽目に陥るわけだ。
 当然ながら、その間は教室には男子のみ。というわけで、これまた至極当然ながら、女子のいないところでしか出来ない話題満載となるわけだ。
「やっぱり、俺は水瀬さんに一票だな」
「俺は七瀬さんだ。あのツインテールがたまらんじゃないか」
「待て待て。お前の趣味は判るが、この場合は戦略的に見てクラス対抗でも勝ち抜ける候補を選ぶ方が先決だぞ」
 やはり、話題は美少女コンテストの予選一色である。
「というわけで、俺としては美坂委員長がいいと思うがなぁ」
「美坂? ちょっとどころか、かなりきつめだからなぁ。一般受けはしないんじゃないか?」
「そっか、一般受けってところでは厳しいなぁ。でも、それじゃお前は誰がいいと思うんだ?」
「月宮さんなんかどうだ? なぁ、相沢?」
「あゆ?」
 俺は斉藤の口から出た名前に肩をすくめた。
「お前こそ趣味を出すな。あゆじゃ勝てるものも勝てないぞ」
「でもなぁ、あの未成熟なボディにロリ心をくすぐる童顔! クラス対抗でも結構いけると俺は思うぜ!?」
「力説するな、ブッシュ斉藤」
「誰がブッシュだ!」
「それじゃ相沢は誰をプッシュするんだ?」
 体操服に袖を通しながら訊ねる北川。
 俺は考え込んだ。
「……七瀬さん、かなぁ……」
「水瀬さんはどうなんだ? このこの」
 脇腹をうりうりと肘でつつく北川。
 俺は肩をすくめた。
「黙って座ってれば正当派美少女で通るかも知れないけどなぁ……。1年生はだませても、2年生や3年生はだませないし……」
「相沢も結構無茶苦茶言ってるなぁ」
 笑い声が上がる中、俺はため息を一つついた。
 名雪に選ばれて欲しいような、選ばれて欲しくないような……。
 こう見えて、男心も結構複雑なのである。
「そういう北川は誰だと思ってるんだ?」
「俺? 当然美坂……と言いたいが、やっぱり水瀬さんかなぁ。陸上部長としての人望も厚いし、いいところまでいくと思うぜ。……おっと、そろそろ急がないと」
 壁の時計を見て言う北川。確かに、あと3分しかない。
 俺も慌てて体操服に着替えるのだった。

 キーンコーンカーンコーン
 チャイムの音が鳴って、昼休みに入った。
 いつもと同じように、今まで幸せそうにすぅすぅと寝息を立てていた名雪を、香里がたたき起こす。
「こら、名雪っ! いつまで寝てるのよ、もうっ」
 まぁ、たたき起こすと言っても、ある程度揺さぶってみて、それでも起きなければ俺にバトンタッチとなるのだが。
 今日は比較的あっさりと目が覚めたらしく、数回揺さぶられただけでむくりと顔を上げる名雪。
「……うにゅ? もうお昼?」
「そうよ。まったく……」
 ため息をついて、香里は俺に視線を向ける。
「ねぇ、相沢くん。本当に名雪を毎朝起こしてるの?」
「まぁな。尊敬したか?」
「ええ、そこだけはたっぷり尊敬するわ」
 “だけ”のところに妙に力を入れる香里。
 名雪は、普段なら反論するところだが、まだ寝起きらしく、ぽややんとしたまま俺達を交互に見るだけだった。
「……にゅぅ」
 あろうことか、そのまま再び突っ伏して寝ようとする。
 と、そこにあゆが突撃してきた。
「うぐぅっ、どいてどいてぇっ!!」
「なにっ!?」
 あんまり突然だったので、俺達も対応できぬままに、あゆはそのまま名雪に体当たりを敢行した。
 がしゃぁっ
 派手な音をまき散らしながら、机ごと横転する名雪とあゆ。
 とっさに後ろに下がっていた俺は、おそるおそる覗き込んだ。
「ダニー、グレッグ、生きてるかぁ?」
「うぐぅ、ボクだにーじゃないもん」
「わたし、グレッグじゃないお~」
 どうやら二人とも生きてはいるようだった。
「……あ、あれ? わたし、どうして? あれ、あゆちゃん?」
 やっと本当に目が覚めたらしい名雪。
「ごめんなさい、名雪さん……」
 謝りながら、身体を起こすあゆ。
「ううん、大丈夫……。あいたっ」
 起きあがろうとして、名雪は顔をしかめて、右足のふくらはぎに手を置いた。
「名雪、どうした?」
「う、うん……、なんかぶつけたのかなぁ?」
 そう言いながら、そろそろと身体を起こす名雪。だが、足に力を入れた途端に、その顔をしかめる。
「……っ」
「な、名雪さんっ? い、痛いのっ? ご、ごめんなさい、ボク、あの、名雪さんが、足がひっかかって転んで掴まるところなくて大丈夫っ?」
「……あゆ、いいからちょっと落ち着け」
 そう言いながら、俺は名雪の脇に屈み込んだ。
「立てるか?」
「えっと……」
 立ち上がろうとして、バランスを崩す名雪を、素早く立ち上がって支える。
「おっと」
「あ、ありがとう、祐一」
「大丈夫っ?」
「うん、大丈夫だよ、あゆちゃん」
 心配そうに訊ねるあゆに、笑顔で答える名雪。
 ただ、その笑顔もいつもの笑顔とは微妙に違っていることに、俺は気付いた。
 少し考えてから、名雪の腰に腕を回す。
「名雪、ちょっと動くなよ」
「えっ? きゃっ!」
 そのまま名雪を抱き上げると、驚いた名雪が反射的に首筋に抱きついてくる。
「ゆ、祐一っ?」
「香里、俺達保健室に行ってるから、後頼むわ」
「わかったわ」
 机を起こしながら頷く香里。
 俺はそのまま、教室を出た。

 廊下を歩いていると、通りすがりの生徒達が一斉に視線を向けてくるのには参った。
「……祐一、顔、赤いよ?」
 名雪がしげしげと俺の顔を見て言う。
「そ、そりゃぁ、まぁな」
「……えへへっ」
 笑うと、名雪は俺の首に回していた手に力を込めて、ぐっと顔を寄せた。
 お互いの息が掛かるくらいの至近距離。
「な、なんだよ?」
「なんでも、ないよっ」
 名雪は嬉しそうに、そう言った。

Fortsetzung folgt

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あとがき
 今回から、ちょっと表示形式を変えてみました。
 今までと比べてどうですかね? そこらへんもちょと聞いてみたいところです。

PS
 ネスケ4.7x系で表示が潰れるという指摘が数件届きました。
 とりあえず、JavaScriptでそれを回避させてみました。

 プールに行こう6 Episode 5 01/10/7 Up

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