喫茶店『Mute』へ  目次に戻る  末尾へ  次回へ続く

ONE 〜into the Bright Season〜 Short Story #20
雪のように白く その1

「ねぇ、雪ちゃん」
「どうしたの、みさき?」
「あのね……」
 昼休み。いつものように、食堂で、私とみさきは向かい合って座っていた。
 相変わらずみさきはよく食べる。今も5杯目のカツカレーをぱくぱくと食べながら、口ごもっている。
「えっとね……」
「何よ」
 私は定食のスープに口をつけながら、聞き返した。
「……やっぱり、言わないでおくよ」
「言いなさいよ」
 私が促すと、みさきは困った顔をする。
「……他の人に言わない?」
「言わないから」
「絶対?」
「ええ、絶対」
 私が頷くと、みさきはぽっと赤くなった。
「あのね……。私、好きな人が出来たんだよ」
 いきなり言われて、私はスープを気管の方に吸い込んでしまった。思わずむせ返る。
「ゴホゴホゴホッ……なっ、なんですって?」
「雪ちゃん、口拭いたほうがいいと思うよ。なんとなくだけどね」
「うん……。じゃないっ!」
 私は、テーブルをバンと叩いて立ち上がった。
「みさき、好きな人が出来たんですって!?」
「雪ちゃん、大声で言うと恥ずかしいよ」
 みさきは小さな声で言った。我に返ると、周りの生徒達が何事かと私たちの方を見ている。
 私は小さく咳払いして、座り直した。
「……ちゃんと話してよ」
「えっ? でも、恥ずかしいよ」
 さらに赤くなるみさき。
「うん、カレーが美味しいね」
「誤魔化すんじゃないわよ」
 ピシッと言ってから、私は頬杖を付いた。
「で、誰なの?」
「えっとね……。やっぱり恥ずかしいよ。雪ちゃん……」
「何よ?」
「カツカレー、お代わりしてもいい?」

 結局、カツカレーを8杯食べて、気分良く教室に戻るみさき。
 その後からついていきながら、私は物思いにふけっていた。
 みさきが好きな人。多分、あの子だろう。
 あのとき、屋上で出会った2年の生徒。折原浩平クン。
 でも……。
「みさきは渡せないわ」
「えっ?」
 みさきが振り返って、私は思わず口に出していたことに気付いた。慌てて手を振る。
「ううん、なんでもないんだってば」
「そうなの?」
「ええ……。って、前っ!」
「えっ? きゃ」
 ドシン
「おっと」
 みさきが振り向きざまに、前から来た男子生徒とぶつかった。よろけたところを、その男子生徒に抱き留められる。
「おや、誰かと思えばみさき先輩じゃないか」
「その声は、浩平くんだね?」
 ……噂をすればなんとやら、にしてもタイミング良すぎるわよ。
 私は、じっと折原くんを見た。というよりも、睨んでいたって言った方がよかったかもしれない。
 そんな私の視線にも気づかない様子で、みさきと折原くんは話を続けていた。
「先輩、昼飯食って来たか?」
「うん。カレー食べてきたよ」
「そっか。そりゃ良かった」
「浩平くんは?」
「俺は今からだ」
「そうなんだ。それじゃ私ももう一度行こうかな?」
「こら、みさき!」
 私はそこで割って入った。
「お、深山先輩。ちわっす」
「……こんにちわ」
 とりあえず、挨拶を返すと、私はみさきの腕を取った。
「あなたはもうお昼は食べたでしょう?」
「でも、まだ食べられるよ」
「まだ食べられてもダメ! これ以上は、私もお金貸してあげられないわよ」
「う〜〜っ。雪ちゃん意地悪だよ〜」
 みさきは拗ねた顔をした。その頭を折原くんがくしゃっと撫でる。
「ひゃぁ。なっ、何っ?」
 びっくりするみさきに、折原くんは笑いかけた。
「ま、今日のところは我慢してくれよ」
「あ、今の浩平くん? うん、そうだね」
 みさきはあっさりと頷いた。
「んじゃ、また」
「うん。また後で逢おうね」
「深山先輩も、またな」
「えっ? あ、うん」
 そのまま、走っていく折原くんの背中を見送っていた私が、ふと振り返ると、みさきの表情からは笑顔が消えていた。
「……みさき?」
「……やっぱり、私は好きになっちゃいけないよね」
 ぽつりと呟いて、みさきは身を翻した。そのまま階段を上がっていく。
 みさき、あなた……。
 私は、しばらくその後を追うのも忘れて、みさきの背中を見送っていた……。

「……長、部長!」
 声をかけられて、私は我に返った。
「あ、ごめんなさい。えっと、何かしら?」
「どうしたんですか? 珍しくぼぉーっとしてたりして」
 副部長の牧田くんに言われ、私は苦笑してもう一度謝る。
「ごめんなさい。ちょっと考え事をしてたものだから」
 今は放課後。今日は今後のスケジュールについての打ち合わせということで、私と牧田くん、そのほかの演劇部の中心メンバーだけが部室に集まっている。
「で、何?」
「はい。恒例の卒業記念講演の話なんですけど……」
「何か不都合でもあったの?」
「上月さんのことです」
 牧田くんは、眼鏡を指で押さえて、言った。
 私は肩をすくめた。
「その話はもう済んだことでしょう? 上月さんは劇に参加させる。そう決めたじゃない」
「部長の一存で、です」
 牧田くんの言葉に、他のメンバーも大きくうなずく。
「演劇部の、文化祭と並ぶ晴れ舞台なんですよ。そりゃ部長の気持ちもわかります。僕たちだって、出来るものなら何とかしてあげたいですよ。でも、無理なものは無理です!」
「そうです!」
「パントマイムならともかく……、普通の劇は無理ですよ」
 口々に言う皆。
 私は、バンと机を叩いて立ち上がった。
「いい加減にしなさい! いい? 私はね、上月さんが可哀想だから、なんて考えで劇に参加させようと思ったわけじゃないわよ。彼女が必要だから、よ」
「百歩譲ってそうだとします」
 牧田くんは、ヒートアップした私をなだめるように、静かに言った。
「それで、誰が彼女のフォローをするんですか? みんな、自分のことで手一杯ですよ」
「それは……」
 私は、言葉に詰まった。
 確かにそのことは、私の悩みでもあった。上月さんの演技指導は、生半可なものじゃ出来ない。たぶん、他のことは何もできないくらい彼女に付きっきりで指導しないといけないんじゃないか。
 牧田くんがたたみかける。
「その点がクリアされない限り、僕を含めてみんな納得できないと思います」

「それじゃ、上月さんのことは保留。その他はこの通りで進めます。今日はお疲れさまでした」
 牧田くんが、ノートを閉じながら言うと、他の皆は「お疲れさまでした」と挨拶して、部室を出ていく。
 私はため息を一つついて、折り畳み椅子の背もたれに体を預けた。
「部長。今日はすみませんでした」
 牧田くんの声に、体を起こして苦笑する。
「いいのよ。みんなイエスマンじゃ会議にならないからね。牧田くんの存在は貴重だって思ってるわよ。それに、間違ったことは言ってないものね」
「……でも、惜しいですよ。上月さん、すごく頑張り屋だし、才能もあると思うのに、言葉が喋れないってだけで、裏方に回されちゃうって……」
「ええ……」
 私自身、それは痛いほど感じていた。
 このまま1年間、何の実績もなしに終わってしまったとしたら、上月さんはこのままずっと3年の間、裏方を余儀なくさせられてしまう可能性が高い。その意味から言っても、この卒業公演が、ラストチャンスといってもいいのだから。
 でも、闇雲に出演させても、失敗して自信をなくさせては元も子もない。出演させるからには、確実に成功させないといけない。そしてそのためには……。
 私と牧田くんは、ため息を付き合った。

「それじゃ、部長。お疲れさまでした」
「お疲れさま」
 部室の鍵を閉めると、牧田くんと別れて私は廊下を歩く。階段を上って、屋上に通じる扉を開いた。
 すぐに閉めた。
 寒すぎる。これじゃさすがのみさきもここにはいないわよね。
 とすると、図書室かな。
 きびすを返して、図書室に向かう。
 その途中で、ふと足を止めた。
 そのドアの上にあるプレート。
 『資料室』
 ……。
 済んでしまったことは、取り返しがつかない。問題は、これからどうするか。
 私は軽く首を振って、足を進めた。

 ガラッ
 ドアを開けて、室内を見回す。
 いた。
「みさ……き……」
 私の声は尻すぼみに小さくなった。『図書室ではお静かに』の張り紙のことを思い出したからじゃない。
 みさきは一人じゃなかった。
「そんな本も借りてるのか。好奇心旺盛だな、みさき先輩は」
「もう。恥ずかしいよ」
 折原くん……。
 みさきは、笑っていた。
 好きな人、かぁ。
 でも……。

「……やっぱり、私は好きになっちゃいけないよね」

 みさき、それは違うよ。
 そう言ってあげたかったけど、でもそう言うと、みさきは折原くんのところへ行ってしまう……。
 だから……。
「あら、ここにいたの、みさき」
「その声は、雪ちゃんだね」
 みさきは、私の方に顔を向けた。折原くんも私の方に視線を向けると、挨拶してきた。
「よっ、3年ぶりだな」
「昼休みに逢ったでしょ」
 ため息混じりに答えると、みさきがくすくす笑う。
「それで、雪ちゃん。部活は終わったの?」
「ええ。だからみさきを迎えに来たのよ」
「よく地下10階のうえ隠し扉になっているこの図書室にたどり着けたな、深山先輩は」
 折原くんが笑いながら言う。……彼流の冗談なのね、きっと。
「わかったよ。それじゃ折原くん、またね」
「俺をこのリムブルク大学に残していくのか、みさき先輩は……」
「大学じゃないよ。図書室だよ」
 折原くんのボケにナチュラルに返すみさき。なんていうか、いいコンビかも。
 一瞬そう思って、慌てて頭を振る。
「みさき、折原くんとお話ししていくのなら、私は先に帰るけど……」
「あ、ごめんね雪ちゃん。浩平くん、そういうわけだから私は帰るね」
 みさきは立ち上がると、折原くんにばいばいと手を振った。

 学校の校門を出ると、すぐにみさきの家。
「ありがと、雪ちゃん。それじゃまた明日ね」
 そう言って門の中に入ろうとするみさきを、私は呼び止めた。
「みさき……」
「えっ? 何、雪ちゃん?」
 あなたが好きなのは折原くんなんでしょ?
「……ううん、なんでもないわ。お休みなさい」
「? お休み」
 きょとんとしながらも、みさきは笑顔で手を振ると、門の中に消えていった。

To be continued...

 メニューに戻る  目次に戻る  先頭へ  次回へ続く

あとがき
 今回から、唐突に思い立ってあとがきをつけてみました。でも多分反応無ければ次は付けないでしょう(笑) ちなみに本店もさくら支店も同じあとがきです。……そこまで手が回らない(笑)
 さて、とうとうONEのSSも、これで#(シリアルナンバー)20になってしまいました。しかも雪ちゃんヒロインで続き物……。「野バラのエチュード」も終わってないのに。正気か?>私(笑)
 しかし、思えば去年の10月末、ふと立ち寄ったゲーム屋の棚にこのゲームが無かったら……。いやぁ、人生は何があるかわからないから面白いんだよってことですね(笑)
 ところで話は変わりますが、私は新作ゲームを予約することはないので、多分こみパもkanonもしばらく入手出来ないでしょう。従って、両者のSSが読みたい人は、半年くらい待っててください。その頃になれば、おそらくは入手してるでしょう(笑)
 え? なぜ新作ゲームを予約しないかって? 外れたらやだもん(笑)
 まぁ、ちょうどその頃から別のことで忙しくて、ゲームやってる暇が無くなっちゃうっていうのもあるんですけどね(謎笑)
 では、次は、多分ONESS#16でお逢いしましょう(何故か番号がさかのぼる(笑))