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ONE 〜into the Bright Season〜 Short Story #20
雪のように白く その 10

「お疲れさま〜」
「お疲れ〜」
 今年最後の部活の後、場所をファーストフード店に移してクリスマスパーティーをするのが、毎年恒例の演劇部の、言ってみれば納会だ。
 それが9時頃にお開きになり、私は皆に別れを告げた。
 一部のメンバーはこのあと2次会に流れるとのことで、私も誘われたけれど、用事があると断った。
「2次会はいいけど、お酒を飲んで騒ぐようなことのないように。いいわね?」
「判ってますって。僕が部長に代わってきっちり監督しますから」
 牧田くんが笑顔で言うので、私は頷いた。
「それじゃ、後は任せるわ」
「はい。それじゃ部長、よいお年を」
 言われてみれば、今年はもうこのメンバーと逢うこともないのだ。
「そうね。それじゃみんな、よいお年を」
 私は手を振って、皆に背を向けた。それから、ふと思いついて振り返る。
「上月さんは、どうするの?」
 上月さんが私の声に顔を上げた。それから、スケッチブックを出して広げる。
『かえるの』
「あら、そうなの?」
 ちょっと意外だった。なにしろ、今日はクリスマスイブなのである。普通なら、好きな男の子と一緒にいたい、というのが……。
 そのとき、私は気づいた。上月さんの笑顔が、寂しそうなことに。そして、その視線が、彼女に背を向けて他の人としゃべっている一人の男子生徒の背に向けられていることに。
 本当は、彼女も遊びに行きたいのだろうけれど……。
 と、演劇部の男子となにやらしゃべっていた折原くんが、彼らに軽く手を振ってから、上月さんに話しかけた。
「よ、お待たせ。んじゃ行くか」
 えっ、という顔で折原くんを見上げる上月さん。
「この後予定ないんだろ? ちょっと行きたいところがあるから、一緒に行かねぇか?」
 でも……、とためらう上月さん。
 私は、折原くんを引っ張り寄せた。
「ちょっと折原くん。上月さんをどこに連れて行く気なの?」
「えっと、それはその……」
「白状しなさい。部長命令よ」
 怖い顔をして睨むと、折原くんははぁとため息をついて、言った。
「実はですね、知り合いが、ちょっと訳ありで、どこにも行けずに寂しい思いをしてるんですよ。それで、どうせ澪は暇だろうから、一緒にそいつのところに行こうかな、と思ってね」
「知り合いって、誰?」
「それは言えない」
 きっぱりと言う折原くん。……もしかして、知り合いって長森さんかしら?
 でも、ちょっと常識的に考えると問題ありよね。
「あのね、折原くん。折原くんを信用してないっていうわけじゃないけど、私には監督責任っていうものがあるのよ」
「……それじゃ、部長も一緒に来るかい?」
「私も?」
 思わず聞き返す。だって、私はこの後は……。
 断ろうとして、ちらっと上月さんを見る。
 私をじっと見ている。
 私は、思わずため息をつくと、頷いた。
「わかったわ。私も行きます」
「よし。そうと決まれば、善は急げ、だ。行くぞ澪っ」
 うんっ
 さっきとは一転、満面の笑顔で頷く上月さん。
 私は心の中でみさきに謝ると、折原くんと、その腕にぶら下がるようにして歩く上月さんの後から着いて行った。

 洋菓子店の前で、折原くんが立ち止まる。
 売れ残っているケーキを、店の前に並べて売っている。
「うーん」
「どうしたの?」
 私が、その前でうなっている折原くんに尋ねると、彼は振り返った。
「いや、財布と相談してるところ」
「お金がないの?」
「いや、ないって言うかなんていうか……」
「どういうことよ?」
「……いいや。これください」
 折原くんは、一番大きなケーキを指した。
「はい、5000円になります」
「ううっ」
 泣きながら財布を開ける折原くん。と、上月さんがその袖を引いた。
「ん?」
『澪も出すの』
 スケッチブックを広げて見せると、上月さんはポケットに手を入れた。
 その腕を慌てて掴む折原くん。
「いいって」
 でもぉ、と見上げる上月さん。
 私は、自分の財布を開くと、千円札を2枚出した。
「はい」
「えっ?」
 振り返る2人。
「いいから、取っておきなさい」
「恩に着ます」
 折原くんは私から千円札を受け取ると、自分の財布からさらに千円札を加えて、店員に渡した。
「はい、確かに。こちらがケーキになります」
 既に梱包済みの箱を受け取ると、折原くんは 向き直った。
「んじゃ、行こうか」
 うんっ、と頷くと、上月さんは、折原くんの後をちょこちょことついて歩いていく。今までしがみついていた折原くんの腕には、ケーキの箱があるからだ。
 それがなんとも微笑ましくて、私の頬が緩むのが判った。

 商店街を抜けて、ちょうど通学路を学校の方に向かって歩き出す。
 私が行くつもりだった方向と同じだ。
 そして……。
「ここだよ、知り合いの家は」
 足を止めた折原くんの前にある家を見て、私は思わず微笑んでいた。
 それは、私もよく知っている家だったから。
「澪! なんとここが、みさき先輩の家だっ!」
 折原くんが、ばっと腕を振る。えっ、という顔で、後にある学校とその家を見比べる上月さん。
「というわけで、寂しい思いをしているであろうみさき先輩を脅かしてやろうというこのプロジェクト! ふっふっふ、完璧だな」
 腕組みしようとして、ケーキの箱と鞄を持ってることを思い出した折原くんは、ふっとため息を付くと、上月さんに言った。
「澪、重要な任務を任せる」
 えっ、という顔で折原くんを見る上月さん。
 折原くんは言った。
「チャイムを押してくれ」
 ぱっと笑顔になって「わかったの」と頷くと、上月さんは『川名』という表札の下にあるチャイムを押した。
 ピンポーン
 家の奥でチャイムの鳴る音が微かに聞こえて、少ししてインターホンから声が聞こえる。
「はい、どちら様でしょうか?」
 おばさんの声だった。
「あ、えーと……」
 口ごもる折原くん。もしかしておばさんとは逢ったことないのかしら?
 私は苦笑して、折原くんの後ろから言った。
「こんばんわ。深山ですが」
「あら、雪ちゃんなの? でも、さっき男の子の声みたいだったけど……」
「ええ、みさきの後輩を2人ばかり連れてきました」
「まぁ。あ、ちょっと待ってね。玄関開けるから」

 いつもならそのままみさきの部屋に通されるところだけど、折原くんと上月さんが一緒なので、今日は応接間に通された。
「まぁ、それじゃわざわざみさきの為に?」
「ええ、まぁ。あははは」
 みさきのおばさんの言葉に、照れ笑いをする折原くん。
 おばさんは嬉しそうに微笑んだ。
「それにしても、みさきにこんなにお友達がいたなんて知らなかったわ」
 と、応接間のドアが開いた。
「雪ちゃんが来てくれたの?」
「あ、みさき」
 私は立ち上がった。そして、気付いた。
 とんでもないことをしてしまったことに。
「それじゃ、ごゆっくり」
 そう言い残して、みさきと入れ替わるように、おばさんが応接室を出ていった。パタンとドアが閉まる。
「雪ちゃん、来てくれたんだ」
 嬉しそうに言うみさきに、折原くんが声を掛けた。
「深山先輩だけじゃないけどな」
「あっ、その声、もしかして浩平くん?」
 みさきの顔がぱっと明るくなり、折原くんの方向に顔を向ける。
 折原くんは答える。
「先輩が一人寂しいクリスマスを送ってるんじゃないかと思ってな」
「うん、寂しかったんだよ」
 笑顔で答えるみさき。
 私は思わず折原くんに手を伸ばそうとした。それ以上言葉を続けるのを止めようとして。
 でも。
「そうだと思ったからな、澪と一緒に来たってわけだ」
「……え?」
 みさきの笑顔が一瞬、凍り付いたように見えた。
 でも、折原くんも上月さんも、それには気付いていない。
「ほら、澪も挨拶しろ」
『こんにちわなの』
「……それじゃ判らないって」
 あうっ
 仲良さそうに話(?)をしている二人。
 と、そこにみさきが声をかけた。
「ひどいよ〜、浩平くん。何やってるのかわからないよ〜」
「あ、そっか、悪い悪い」
 頭を掻くと、折原くんはケーキの箱をテーブルに置いた。
「それじゃお詫び代わりだ」
「えっ? 何?」
「多分、みさき先輩は好きだと思うけどな」
 そう言って、折原くんは箱を開ける。
「えっ? あ、待って、言わないでね」
 みさきは鼻をくんくんさせてから、ぽんと手を打った。
「もしかして、ケーキだねっ?」
「おう、それも特大だ」
「わぁ! すごいね浩平くん。ねぇ、全部私が食べてもいいの?」
 ……みさき、あなた……。
「こら、みさき」
 私は、そこに割って入った。
「全員でわけるに決まってるでしょ?」
「うーっ、雪ちゃんの意地悪〜。あっ、浩平くん! このケーキ浩平くんが買ってきてくれたんだよね?」
「おう、そうだぜ」
「それじゃ浩平くんがこのケーキの所有権を持ってるってことだよね? 浩平くんはケーキ全部くれるよね?」
「……一応あたしもお金出したんだけどね」
「えっ、雪ちゃんも?」
「まさか深山先輩、こうなることを知って!?」
「あのね、折原くん。私が裏で策謀を巡らしているような言い方をしないでくれる?」
 みさきがいつものように折原くんに接しようとしているのが判ったから、私もいつものように接する事にする。
 今日は、クリスマスイブなんだから。
「うわ、澪、なんだそのナイフは!?」
『ケーキ切るの』
「澪ちゃん、切ってくれるの? それじゃ私の分は大きくしてねっ」
「上月さん、ちゃんと平等にね。部長命令よ」
「あっ、ずるいよ雪ちゃん。今は関係なしっ!」

 大騒ぎしながらケーキを切り分け、おばさんが出してくれた料理に舌鼓を打つ。ちなみにケーキも料理もその半分以上はみさきの胃の中に納まった。
「さて、と」
 それからしばらくお喋りを続けていたけれど、ふと柱時計に目をやると、もう11時近くになろうとしていた。
「それじゃこんな時間だし、今日はそろそろお開きにしましょうか」
「お、もう11時か。そうだな」
 頷く折原くん。
 私は、うにゅー、と残念そうに俯く上月さんを見て、折原くんに言った。
「それじゃ折原くん。ちゃんと上月さんを送ってあげてね。後かたづけは私がやっておいてあげるから」
「おう。それじゃ行くぞ、澪」
 うんっ、と嬉しそうに頷くと、上月さんはスケッチブックを広げた。
『おやすみなさいなの』
「おっ、みさき先輩の大食いだって? いや、俺はとてもそんなこと言えないな。さすが澪先輩」
 あうーっ
 バンバンバンバン
 上月さんは折原くんをスケッチブックで叩くと、みさきに向かってあうあうと手をふる上月さん。
「えーと、ここかな?」
 みさきは手を伸ばすと、上月さんの方向に手を伸ばす。そして、上月さんの頭に手を当てると、くいっと引っ張り寄せる。
「大丈夫だよ、澪ちゃん。浩平くん、冗談好きだからね〜」
「そりゃひどいな、先輩。ユーモアのセンスに満ちあふれていると言ってくれ」
 う……ん
 こくりと頷く上月さんの頭を撫でると、みさきはそのまま上月さんを折原くんの方に押しやった。
「はい、それじゃ今日はさようなら、だね」
「おう。またな」
 そう言い残して、折原くんは出ていった。上月さんはもう一度、深々と頭を下げかけて、不意にみさきにぎゅっと抱きついた。それから折原くんを追ってぱたぱたと出ていった。
 パタン
 ドアが閉まり、しばらくして折原くんがおばさんに挨拶する声が微かに聞こえた。
 私は、ソファに座って訊ねた。
「みさき……。あれで良かったの?」
「……うん」
 みさきは笑顔で言った。
「あれでいいんだよ、雪ちゃん」
「……ごめんなさい」
 私の隣に腰掛けると、みさきは私の方を向く。
「どうして? 雪ちゃんが謝る事なんて、何もないのに」
「みさきこそ……」
 私は、みさきを抱き寄せた。
「……雪ちゃん」
「ん?」
「少しだけでいいから……、ぎゅっとしてて……」
 そう、小さな声で呟くと、みさきは私の髪に顔を押しつけた。

「……あはっ。見えなくても……涙は出るんだ……」

To be continued...

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あとがき
 すごくお久しぶりな雪ちゃんです。
 いえ、別にプール3がいきなり行き詰まったとかそういう理由じゃ……。えっと、その……、ごめんなさい(爆)

 雪のように白く その10 2000/5/4 Up

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