《終わり》
ミ〜ン、ミ〜ン、ミ〜ン……
暑っついな〜
雲一つない空には真夏の太陽が憎らしいほど輝いている。
歩いてるアスファルトまで汗が流れてくような気さえしてくる。
「ねぇ、みっちゃん。暑いよ〜」
……
「みっちゃ〜ん。疲れたよ〜」
……
「みっちゃ〜ん。ボーっとしてくるよ〜」
……
「みっちゃ〜ん……」
……
「館林美鈴ちゃ〜ん……」
「だあーーー! うっとおしいぃーーー!! 暑いのはわたしもいっしょよっっっ!!!」
わたしは後ろを振り返って叫んだ。
…あ、炎天下で大声を出すと眩暈が……
後ろからはやっこちゃんこと八重美喜子がいかにもだるそ〜についてくる。
「で、でも〜」
「なによ!」
「だって、こんなに暑いから……ほらっ、蜃気楼まで見えるよ。」
わたしの後ろを指差す。
振りかえると道路から立ち昇る陽炎の中で人影が揺らめいてる。
きらめき高校の制服を着て、耳のところにバッテンの髪飾りをした少女の姿だった。
わたしはやっこちゃんの方に向き直って手を取った。
「ごめん、やっこちゃん。わたしが悪かったわ。確かに蜃気楼が見えるよ。」
「わかってもらえてうれしいよ。」
「でも、こんなところで秋穂みのりの蜃気楼が見えるなんて不思議ね……」
バコッ!!!
……痛い……
「誰が、蜃気楼よ! 誰がっっ!!」
…本物だった。
「やっほー…… みのりー…… お久しぶりー………」
やっこちゃんがヨロヨロと片手をあげる。
「……なんなのよ。その異様に気が抜ける挨拶は。」
みのりは呆れて怒る気力も無くしたみたい。
「えー、だって暑いんだもん。」
「そうそう。わたしも倒れそう。」
わたしたちは二人して頷きあった。
「……で、ところで二人してなんでこんなところを歩いてるわけ?」
「えー、わたしたち何してんるんだっけ?」
首をかしげるやっこちゃん。
……や、やっこちゃん……
「……わたしたち、宿題やりに図書館に行こうとして、力尽きかけてたところよ……」
「あはは……、そうだったわね。でも、まだ図書館までけっこう遠いし……」
みのりは更にあきれたようにため息をついた。
「……あのねえ、図書館ってすぐそこじゃない……」
図書館は20mぐらい先に見えている。
「くっ… わたしたちにとっては、この20mが地獄の20mなのよ。ね、やっこちゃん。」
「そうよ… ああっ、図書館が陽炎に霞んで見えるわ……きっとあれこそ蜃気楼ね……」
バシッッッ!!
「冗談やってる元気があるだったら、さっさと歩けーーーっ!!!」
…みのり、背中を思いっきり叩いたわね…
…とっても痛い……
「わぁー。生き返る〜」
「うんうん。生きてて良かったって感じだよね〜 やっこちゃん。」
図書館に一歩踏み入ったやっこちゃんとわたしは手を取り合って涙ぐんだ。
「……あんたたち、入口で立ち止まってたら、他の人の邪魔よ。」
「あらっ、みのりまだいたの?」
わたしは後ろを振り返って不思議そうに言った。
みのりは顔を真っ赤にして言い返してきた。
「まだいたのじゃないわよっっ!! まったく誰がここまで連れてきたと思ってるのよっっっ!!」
……そのかわり背中をバンバン叩いてくれたじゃない……
「みのり。静かにしないと。ほら、司書の人がこっちをにらんでるよ」
やっこちゃんがカウンターを指さす。
「…あっ」
うわっ。司書の人が恐い目で見てる。
「と、とりあえず、閲覧室に行こっか」
わたしの提案に、後の二人も無言で頷いた。
そういえば……
わたしは椅子に座りながらみのりに声をかけた。
「ねぇ、みのりはなんであんなところにいたの?」
「え、わたしは部活の帰りよ」
「じゃあ、ここに一緒に入ったのは?」
やっこちゃんが鞄から筆記用具を取り出しながらきいた。
「ま、まぁ、実は……わたしも宿題やってなくてさー。一緒にやったら速いかなーって思ってね」
…なるほどね。
「じゃあ、みのりにも分担してしっかりやってもらいましょうか」
「そうね」
わたしたちは頷きあった。
「あれーーーっ! みっちゃんじゃない」
…へっ?
突然名前を呼ばれて顔を上げると……
「ユーミじゃない。どうしたの?」
リュックを片肩にかけた早乙女優美が立っていた。
「優美は宿題やりにきたんだよ。……って、やっこちゃんにみのりまでいるんだ」
「ユーミ。いいところに来たわね」
うれしそうに立ち上がるみのり。
「そうそう、みんなで分担してやったほうが楽だよ」
やっぱりうれしそうに立ち上るやっこちゃん。
「えっ、えっ、どうしたの。急に立ち上ったりして」
ビックリして後退るユーミ。
わたしは頷いて言った。
「うん。実はわたしたちも宿題をやりに来たの。」
「な〜んだ。みんなも優美とおなじなんだ。」
ユーミはホッとした様子で椅子に座った。
わたしももう一回座りなおして続けた。
「ま、というわけで、みんなで分担して片付けようというわけよ。ユーシー?」
「オッケーオッケー。優美も一人でやるのは大変だなーって思ってたところなんだ」
ユーミもみんなでやるんで気が楽になったみたい。
「じゃあ、分担しようか」
やっこちゃんがテキパキと分担していく。
……そういえば、やっこちゃんって図書館に入る前はあんなにボーっとしてたのに、クーラーが入ってるところに来ると急に元気になるんだから……
わたしたちは分担を決めて、とりあえず資料集めから始めることにした。
…
……
………
…う〜ん。この本が使えそうかな〜……
あれっ!? そういえばみんなどうしたんだろ?
内容にそんなに違いが有るわけじゃないからこの辺にいるはずなんだけど姿が見えないわね……
きょろきょろきょろ……
あっ、みのり発見!
わたしはみのりに後ろからそ〜っと近づいた。
「……なに読んでるの」
「ん〜。やっぱりマネージャーたるものルールにも詳しくないとね。早く虹野先輩のお手伝いが出来るようがんばらなく……って、みっちゃんっっ!!」
ビックリしたみのりの手から読んでた本が滑り落ちた。
固まってるみのりの代りにわたしが拾い上げる。
「ふ〜ん。『三日でわかる簡単マスター サッカールール編』ね〜」
わたしはニッコリ笑いながらみのりに詰め寄った。
「みのりちゃ〜ん。わたしたち今なんで図書館にいるのかしらね〜」
「は、はは」
みのりったら笑い顔が引きつってるわね。
「え、え〜と…… つ、つい、この本が目についちゃったのよねー。やっぱりマネージャーとしてはね、な〜んて。は、ははは。み、みっちゃん、目が怖い……」
「はぁ〜」
まったくねぇ〜
わたしはため息をついた。
「これじゃ、他の二人も何を調べてるやら……」
「そ、そうよ。みっちゃん。他の二人を探さなきゃ! こ、こんな些細なことにこだわってる場合じゃないわっ!!」
みのりはさりげなく本を書棚に…
ボトッ!!
あ、入れ損ねて落とした。
「あ、あははは……」
あわてて拾って、何事もなかったように書棚に押し込んだ。
ギューッッッ!!
……みのり
全然、ごまかせてないわよ(泣)……
「あっ、やっこちゃんがいたよっ!」
みのりが目ざとくやっこちゃんを見つけた。
え〜と、やっこちゃんはいったい何を読んでるのかな?
「やっこちゃ〜ん」
みのりの声にやっこちゃんは顔を上げた。
「あ、二人とも丁度いいところに来たね。ちょっとこっち来て。いいもの見つけたのよ。」
ニッコリ笑って手招きするやっこちゃん。
えっ! 宿題のいい資料があったのかな。
「なになに。使えそうなのがあったの。」
みのりも期待に胸を膨らませてやっこちゃんに近づいた。
「いい資料あったわよ! これ見て!!」
やっこちゃんは手にした本をわたしたちにひろげた。
……トリカブト?
……ベニテングダケ?
…………スベスベマンジュウガニ???
「……これ……なに……」
ギギギって音をたててみのりが首をあげた。
「うん! 『自然界に有る毒物』って本♪ ほらっ、すごいよ。このスベスベマンジュウガニなんて食べたら絶対に助からないんだって♪」
……そんなことうれしそうに言われても返事できないんだけど……
みのりも今からフルマラソン走ってこいっていわれたような顔をしてる。
「……やっこちゃん……それって宿題とどういう関係があるわけ……」
「えっ、宿題とは全然関係無いよ。でもおもしろいからいいじゃない」
「「はあ〜」」
わたしとみのりは二人そろってため息をついた。
「……ユーミを探そっか……」
「……そだね」
わたしたちは何も見なかったことにして、ユーミを探しに行くことにした。
「……あーっ! 待ってよー! わたしも行くからー」
何かやっこちゃんが叫んでるのが聞こえるけどきっと空耳よね。
…
……
………
「ユーミ見つかった?」
「ううん。どこにもいないよ」
おっかしいなー
どこいったんだろ……
「あーっっ! いたーーっっ!!」
みのりの声が聞こえた。
「こんなところにいたんだ」
どこかと思ったら新聞閲覧コーナーにいたのか〜。
どうりで見つからないはずよね。
しかし、ユーミが新聞ね〜
ちょっと意外かな?
「ユーミ、いったい何を見てたの?」
「えへへ。これ」
やっこちゃんが近づくとユーミは手にした新聞を見せてくれた。
……こ、これは!!
プロレスとセンセーショナルなデマ記事の宝庫といわれるあの……
「○スポ」ッッ!!!
……こんなの、普通は女の子が読むものじゃないと思うけどな………
「……よ、よりによって○スポね……」
みのりとやっこちゃんもうめき声をあげている。
「えー、でもほらこの記事見て! すごいニュースだよ!」
ユーミはあわてて手に持っていた○スポの一面の見出しをみせた。
……と、そこには
『大○田逆上、タイ○ン殴った!!!』
…
え、えーーーっっっ!!!
あの鉄条網デスマッチとかで有名なプロレスラー大○田が、ボクシングのヘ ビー級世界チャンピオンのあのタイ○ンを殴ったっていうのーーーっっっ!!
「ほ、ほんとかな」
「し、知らなかったわ」
みのりとやっこちゃんもビックリしてる。
「ふ、ふ〜ん。知らなかったでしょう」
ユーミが得意げに鼻をうごめかす。
「ちょ、ちょっとその記事もっと詳しく読んでみてよ!」
みのりがあわてて先を促した。
「うん。いいよ。じゃ、読むね!
えーと、まずね。大○田がどこかの日本人のレスラーに挑発されて逆上したんだって!」
「うんうん。それで」
「えーと、それから、タイ○ンがマスコミに対して記者会見してた時に、マスコミの対応に腹を立てて、
ビデオカメラを殴ったんだって!」
…
……
………は?
「……つまり、『大○田が逆上しましたよー』っていうのと『タイ○ンが殴りましたよー』っていうのはただ単に並べて書いてあるだけで、この二つにはまったくつながりはないわけなのね……」
みのりの握ったこぶしがブルブル震えてる……
「ま、まあ、そういうことみたいね。えへへ」
「「「アホかいっっっ!!!」」」
…なぜか三人ピッタリそろったツッコミだった……
そのあと、宿題をやったかというと……
あまりのうるささに、図書館を叩き出されて、また炎天下を彷徨するはめになってしまったの。
ふえーん(泣)