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沙希ちゃんSS 沙希ちゃんの独り言
番外編 その 沙希ちゃん活性カル○ウム入りチョコシェーキを飲む


 いつもと同じ学校からの帰り道。
 今日は公くん、藤崎さんと帰っちゃったの。ちょっと悔しいけど、しょうがないよね。で、あたしはひなちゃんと帰り道をてくてく歩いてるの。
 駅前にさしかかったとき。
「あ! ねぇねぇ、沙希ぃ、ちょっとあれ見てぇ!」
 ひなちゃんが駅前のロッテ○アを指さしたの。
「なに? どうかしたの?」
「ほらぁ、あののぼりよぉ」
 指さす方を見たらね、入り口の所にのぼりが何本もたってたのね。
「あれがどうかしたの?」
「ニブねー、沙希はぁ。新製品っしょ!? これはもう、行くしかないって!」
 相変わらず、新製品に弱いんだからぁ。
「わかったわよぉ。で、何なの、新製品って?」
「ええっと、“活性カルシ○ム入りチョコシェーキ”?」
 なに、それぇ?
 ひなちゃん、あたしの肩をつんつんつつくの。
「ねぇ沙希ぃ、あれ、飲んでみない?」
「え〜? いやよぉ。ひなちゃんが飲みなさいよぉ」
「え? あたしはぁ〜。そうそう、沙希、主人くんのために新しいレパートリー増やしたいっていってたじゃん!」
「え? ……あ、そうだっけぇ?」
 やだ、もう、ひなちゃんってば、はっきり言わなくてもいいじゃない!
 あたし、頬にかっと血がのぼってくるのを感じて、慌てて言った。
「わ、わかったわよ、もう!」
「よしっ」
 ひなちゃんがあたしの肩をぽんと叩いた。
「じゃ、行って来い!」
 しょうがないなぁ、もう。
 カウンターの所に行って注文する。
「すみませーん」
「いらっしゃいませ、ロッテリアにようこそ! ご注文をどうぞぉ!」
 バイトのお姉さんがにこやかに訊ねた。
 あたしは大声で言った。
「すいません! “活性カル○ウム入りチョコシェーキ”下さい!」
 その瞬間、お姉さんが50センチくらい後ずさったの。そしてひきつった笑みを浮かべて言った。
「か、“活性カル○ウム入りチョコシェーキ”ですね。しっ、しばらくお待ち下さい!!」
 慌てたみたいにそれだけ言い残して、お姉さんは奥に入って行っちゃった。
 あたしは振り返ってひなちゃんに訊ねた。
「どうしたのかな?」
「さぁ〜ね」
 ひなちゃんは肩をすくめた。

 しばらくして、お姉さんはトレイに紙コップをのせて、奥から出てきたの。
 その手が細かく震えてたのは、気のせいかしら?
「ど、どうぞ。に、200円になります……」
「あ、はい」
 あたしは財布から200円を出した。お姉さんはそれを受け取ると、
「ありがとうございましたぁ」
 それだけ言うと、あっという間に奥にひっこんじゃったの。
「……どうしたのかなぁ?」
「さぁ〜。沙希、先に上に行って席、取っててね。あたしも後で行くからぁ」
「はいはい」
 あたしはトレイを持って2階に上がった。
 と、
「お、おい!」
「あれは!」
「“活性カルシ”……」
「バカ! その名を口にするな!!」
「うわぁ、怖いよぉ!」
 上にいたお客さん達が、あたしのトレイを見て、一斉に逃げ出したの。
 な、なによぉ、もう!
 まぁ、席が空いたから、ラッキーかなぁ。
 トレイをテーブルに置くと、ストローをくわえる。
 とりあえず、飲んでみないとわかんないもんね。
 吸ってみる。
「……!?」
 な、なに? 何よ、これ!?
 あ、あたし……。
「ふふふ。とうとう飲んでしまったのね」
「ひ、紐緒さん!?」
 紐緒さんは妖しい笑みを浮かべながら歩いてくる。
「あなたの飲んだ“活性カル○ウム入りチョコシェーク”には、そのものズバリ“活性カルシウム”が入っているのよ」
「か、活性、カルシウ……ム……」
 ど、どうしたのかしら。身体に力が……入らない……。
 ガシャン
 あたしの身体が、テーブルの上にくず折れる。その弾みに、まだ残ってたシェーキが床に落ちる。
 そんなあたしの様子を見ながら、紐緒さんは微笑んだ。
「活性カルシウムというのはね、本来、体内吸収率が悪いカルシウムに高温高圧を加えることによって消化吸収しやすくしたものなのよ。通常のカルシウムに較べて、40%は吸収率がいいのよ。そしてね……」
 だめぇ……、もう、意識が……。
 公くん……。
 机に突っ伏した沙希の身体がだんだんと縮んでいく。
 その様子を、冷たい笑みを浮かべて見守る結奈。
 沙希の白い肌を、柔らかそうな灰色の毛が覆い、そして……。

 ニヤリ

 そこには、一匹のコアラが凶悪そうな笑みを浮かべていた。

 結奈はフフッと笑った。
「これで、世界征服に必要な下僕がまた一匹増えたわね。行くわよ、殺人コアラ122号」
 つかつかと歩いて行く結奈。そして、その後に従うコアラ。
「こらぁっ!!」
 ポコン!
 丸めた教科書で頭を叩かれて、あたしは跳ね起きた。
「あ……」
「あ、じゃないだろうが、虹野!」
 遠野先生が怖い顔で見てる。……今の、夢、だったの?
「……よかったぁ」
 思わず、呟いちゃった。
 先生が眉をつり上げる。
「何が、良かったんだ、虹野?」
「あ、あの、そのぉ……」
 先生はあたしの肩をポンと教科書で叩くと、怒鳴ったの。
「寝ぼけてるんじゃない! 目が覚めるまで廊下に立ってろ!!」
 ……しくしく。
 放課後、鞄に教科書を入れてたら、ひなちゃんが来たの。
「やっほ!」
「あ、ひなちゃん」
 ひなちゃん、にぃーっと笑ってる。
「沙希ってば、立たされたりしてぇ、超ドジ!」
「ふーんだ。ひなちゃんなんて毎朝立たされてるくせにぃ」
「あう……。あははは、忘れよ、忘れよ。それよりさ、ロッ○リアがさぁ、新しいシェーク出したのよ。帰りにちょろっと寄ってかない?」
 ひなちゃん、チラシを出しながら言ったの。
 え? 新しいシェークって、まさか……。
「ひっ、ひなちゃん、新しいシェークって?」
「じゃーん! “活性カル○ウム入りチョコシェーク”!!」
 ええーっ!? やっぱりぃ!?
「ご、ご、ごめん! あたし、帰るね!!」
 あたし、鞄をひっつかんで、後も見ないで逃げ出してた。
 だって、まだコアラになんかなりたくないもん!!

《おしまい》

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