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Sentimental Graffiti Short Story #4
がんばれるりかちゃん バレンタイン激闘編

 キュッ、キュッ
 カレンダーの14日に、赤マジックで大きく丸をつけてっと。
 よしっ。
 自分に気合いを入れる。
 この山本るりかがあげるって言ったんだから、ちゃんと受け取ってもらわなくちゃね!

 事の起こりは今日のお昼。
 あたしはいつも通りに、コンビニでバイト。
 なんとなくだけど予感がしてた。あ、あたしの予感って結構当たるんだぞ。
 この時も、思った通りだったんだ。
 シュン
「いらっしゃいませ……。あ、久しぶりぃ!」
「や、るりか。家に行ってみたら、バイトだって聞いたからさ」
「タイミング悪いぞ、キミは。電話くれてたら、スケジュール調整しておいたのに」
「ごめんごめん。こっちも急に思い立って来たもんだからさぁ」
 そう言って頭を掻いてる。それにしても、急に思い立って名古屋まで来るんだから、さすがだね。
 それに免じて、許してあげるか。
「もうちょっと待ってくれる? あと30分もすれば今日は上がるから」
「そう? それじゃ、ちょっと立ち読みでもしてるよ」
「うん。あ、いらっしゃいませ!」
 30分後。
 ホントはまだバイト時間は残ってたんだけど、バイト仲間を拝み倒して(あとで報告付きでおごらされる羽目になった。ちぇ)、きっかり30分後、あたし達はコンビニを出た。
「それじゃ、どこに行こうか?」
「そうだね。うーん、とぉ……、ええっと……」
 ……考えてなかったな、こいつぅ。
 あたしは、ため息を一つついて言った。
「わかった」
「え?」
「それじゃさ、駅前に行かない?」
「駅前?」
「そ。ウィンドウショッピングに付き合って欲しいな」
「……名古屋まで来てウィンドウショッピング……」
「何か言った?」
「おつき合いさせていただきます」
「ん、よろしい」
 あたしはにかっと笑った。
 ま、正直言って、名古屋の遊ぶ場所なんてあらかた行っちゃったしねぇ。かといって足を伸ばすとお金かかるし……。
 それに、ここだけの話。最近、彼と一緒にいるだけで、なんだか楽しいのよね。
 ……って話をこないだバイト仲間にしたら、「るりか、それって恋だよ、恋」とか言われちゃって。
 ま、さすがに最近はちょっと、そうなのかもしれないな、なんて自覚はしてるんだけどね。
「しっかし、なぁ……。るりか、この地下街の複雑怪奇さ、なんとかならないの?」
「あたしに言われても困るよぉ」
 駅から伊勢丹に抜ける地下道を歩きながら、あたしは口を尖らせた。
 彼は肩をすくめた。
「まぁ、そうだけど。しかし、梅田の地下街よりもわけわからんなぁ」
「どうしてそこで梅田が出てくるの?」
「えっ? あ、まぁその……」
 口ごもって頭を掻いてるのを見て、あたしは苦笑。
 と、不意にその彼、ショーウィンドウに視線を向けた。
「ん? どうかしたの?」
 訊ねながら、あたしもそっちに視線を向ける。
 そこには、バレンタインのチョコレートが飾ってあった。
「いや、そういえば僕って、チョコレート貰った事って無かったような……」
「うっそだぁ! 絶対嘘だぁ、それ!」
 あたし、腕組みする。
「え?」
「だって、6年のバレンタインの時、あなたにもちゃんとあげたじゃない!」
 あのときは、まだいたよね。……うん、間違いない。ちゃんといたもん。
 あたしがそう言うと、彼は苦笑した。
「だって、小学校の時でしょ、それは。やっぱりこの歳になって貰うチョコとは意味が違うと思わない?」
「そう言われればそうかも……」
 たしかあの時は……。

「よーし。男子は全員、集合〜!!」
「なんだよ、山本」
「どうした、おい?」
「今日はバレンタインでしょ。だからぁ、あたし、みんなのためにチョコを持ってきてあげたのだぁ!」
「おお〜、すげぇ」
「じゃあ、ちゃんと並んで受け取りなさい!」
「なんだよ、これチ○ルチョコじゃね〜かぁ」
「いやなら嫌って言えばいいのよぉ。あげないんだから」
「ごめんなさい。ください」
「よしよし」

「……って感じじゃなかったっけ?」
 あたしが思い出しながら言うと、彼は小首を傾げた。
「うーん。今にして思えば給食のプリンと同じ扱いだったよ〜な」
「あ〜、ひっどぉい。あたしあの時はお小遣いかなり使ったんだぞ。ああっ、思い出したぁ!!」
「な、何を?」
 うろたえる彼に、あたしはぴっと指を突きつけた。
「あなた、ホワイトデーの前に引っ越しちゃったでしょ! お返し貰ってないぞ」
「そんな、もう、えっと……6年前か。時効でしょ?」
「ふぅん。それじゃ、今年はあげたら、ちゃんとお返しを貰えるんだ」
「ええっ?」
 ぎくりとする彼。あ、なんか傷つく反応。
 やっぱりここは「もちろんだよ」とか爽やかに答えて欲しかったなぁ。なんちゃんて。えへへっ。
「……あのぉ、るりかさん? 突然道のまん中で立ち止まってにやにやして……。大丈夫? とうとう脳にきた?」
「あ、そうじゃなくって」
 あたしは腰に手を当てて言った。……なんだかさりげなく思いっ切り失礼な事言われたみたいな気がするけど、取りあえずそれはおいておいて……。
「ともかく、今年はちゃんとホワイトデーにお返ししてもらいますからねっ!」
「……ということは、バレンタインデーにチョコをくれるの?」
「え?」
 そりゃそうか。お返しって事はそもそもあたしがバレンタインにチョコをあげないと成立しないんだし……。
 あたしは胸を張った。
「ま、そうね。ありがたく頂くように」
「そんな事言って、どうせコンビニの残りじゃないの?」
 ぎく
 一瞬動きを止めたあたしに、彼はさらに続ける。
「そういえば、クリスマスのときのケーキもコンビニの売れ残りだったような……」
 ぎくぎく
「や、やぁねぇ、クリスマスとバレンタインじゃ違うわよぉ。やっぱさ、なんてったって女の子の祭典なんだしぃ」
「どうだか?」
 腰に手を当ててあたしを見る。むぅっ。
「そこまで言う? わかったわよ。ちゃんと手作りのチョコをあげるわよ」
「無理しなくてもいいんだよ」
「あ。さてはできっこないなんて思ってるな? いいわよ、作ってあげるわよ! 覚悟しなさい!! ……ところで、さっきあたしの脳がどうしたとか言ったわよねぇ?」
「そんな20行も前のことを……」
「問答無用。さぁて、今日はキミのおごりだねっ!!」
「ひょえぇぇ〜」
 な〜んてことが、今日のお昼にあったわけだ。
 ま、14日まで、あと1週間あるんだし、チョコを作るくらい楽勝よね、楽勝!
 ……多分、そうだよね。えへへぇ。
 うわぁぁ、また失敗しちゃったぁ……。
 あたしは、ボール一杯のチョコの残骸を前に、ため息をついた。
 ちらっとカレンダーを見る。
 あと2日。
「わぁ〜〜ん、あと2日だぁぁ。惚けてる場合じゃなぁい! どうしよ、どうしよ、どうしよぉ〜!」
「こら、るりか! 台所で頭抱えてばたばた走り回るんじゃありません!」
 あ、お母さん。
「お母さん、あのぉ……」
「知りません。教えてあげようかって聞いたら、いらないって言ったの、あなたでしょ。どーせどーせ、もう私はチョコレートなんて歳じゃありませんよぉ。しくしくしく」
 ……あ〜あ、すっかりいじけちゃって。
「そこをなんとか。この通り!」
 あたしは手を合わせて頭を下げたけど、お母さんはぷいっとそっぽ向いた。
「ふ〜んだ」
「……もういいよっ」
 もう、ホントに拗ねちゃったら子供なんだから。
 あたしは諦めて、チョコの本をもう一度読み返した。
 うーん、どこが失敗したのかなぁ……。
「ちなみに何を作ろうとしてるの?」
 ひょこっと後ろから顔を出すお母さん。
 あたしはえへんと胸を張った。
「ガトー・ド・ショコラ」
「……ま、がんばんなさい」
 ……何よ、その反応は?
 そんな風に悪戦苦闘しながら、とうとうバレンタインの当日がやって来ちゃった。
 あたしは、眠い目をこすりながら、待ち合わせ場所の白川公園にやって来た。
 背中のリュックの中には、あたしが今朝までかかって苦闘した結果が入ってる。へっへ〜。
 ……なのに。
 時計をちらっと見る。もう約束の時間を15分過ぎてる。
 どうしてあいつは来ないのよぉ〜
 ったくぅ。人がバイト休み取ってまで、こうして来てるって言うのに。
 そりゃ、向こうは東京から来るんだから、ちょっとくらいは待ってもいいと思うけどさ。でも15分も遅れてくるなんてひどいよねぇ。
 むぅー。
 腕を組みなおしたとき、急に後ろから声をかけられた。
「あれぇ? るりかじゃん」
「げ」
 振り返って、思わずあたしは息をのんだ。よりによってまどか!
 ちなみにこいつはあたしの友達の一人なのだ。
「どしたの? 今日はバイトなんじゃなかったっけ? それに随分とまぁ、おめかししちゃってぇ」
 あたしの格好をジロジロと見て、にやぁっと笑うまどか。
「な、なによ」
「べっつにぃ。そういえばこないだ、誰かさんがるりかに振られたぁって言ってたけど、ははぁん、そういうことなのかぁ」
「違うっていってるでしょっ! どーしてそう男と女って言うとくっつけたがるのかなぁ、キミ達はぁ。男と女の友情だってあったっていいじゃない」
 あたしがため息を一つついてみせると、まどかはわざとらしくにやぁっと笑った。
「そういえば、今日はバレンタインデーだったねぇ」
「そうじゃないってば!」
「リボン、リュックからはみ出てるぞ」
「え? ウソウソやだっ」
 あたしは慌てて背中に担いでたリュックを前に回してチェックしてみた。リボンなんてはみ出てない。
 顔をあげると、にんまりとしたまどかの顔が目に入った。
「やっぱりねぇ」
「あうぅ……」
 何も言い返せないあたしに、まどかはちらっと公園の入口を見てから、あたしの肩をポンポンと叩いた。
「ほらほら、彼氏の登場ですよん」
「え?」
 振り返ると、こっちに向かって走ってくる彼の姿が見えた。振り返ったあたしに気付いて手を振ってる。
 むぅ……。遅れたあげく、なんてタイミングで来るのよぉ。
「それじゃ、お邪魔虫は消えますから、後で報告よろしくねぇ」
 もう一度、ポンとあたしの肩を叩くと、まどかは「んじゃ」と手を上げて、彼にもぺこっとお辞儀すると、たたっと走っていった。
 あっかんべぇ〜〜〜だ!
「わぁっ、ごめんなさいるりかさん! 新幹線が雪で遅れたんだよぉ!」
 あたしがあかんべぇをしてると、ちょうどあたしの前に着いた彼ってば、慌ててペコペコ頭を下げた。
「え? あ、違うの。さっきのあいつにね……って、もういないじゃん」
「へ?」
 きょとんとして顔をあげる彼。あたしはムッとした顔で腕を組んだ。
「あ、でも怒ってるのは怒ってるんだぞ。遅れて来るとは何事だぁ?」
「わぁ、ごめんごめん」
 またまた慌ててぺこぺこ頭を下げる彼。
 あたしはくすっと笑った。
「ま、いいや。来てくれたことにはかわりないんだし、許してあげる」
 そう言って、あたしは提げていたリュックを開けて、中からチョコを入れた箱を出す。
「はい、これ。チョコレート」
「サンキュ」
 そう言って手を出すから、あたしはさっとチョコを引っこめた。
「あたしが苦労して作ったんだぞ。それを「サンキュ」の一言とは、悲しいなぁ」
「そうだね。ええっと……コホン」
 ちょっと考えて、咳払いしてから彼はその場で踊りだした。
「わあっ、ありがとう! 嬉しいなぁ、嬉しいなぁ、嬉しいなったらうれしいなぁっ。るりかがバレンタインのチョコをくれるなんて、きっと明日は金メダルだぁ!」
「ちょ、ちょっとぉ。わかった、わかったからやめてよぉ!」
 まわりの人が、何事かと思ってこっち見てる。ううっ、恥ずかしいよぉ。
「こんなもんでいいの?」
 踊るのをやめて訊ねる彼に、あたしはこくこくとうなずいた。
「それじゃ……。わくわく」
「んもう。はい、チョコレート。このるりかさんの手作りなんだからね」
 あたしは改めて、チョコの箱を渡した。
「えっと、ちょっと形がいびつで、あと少しばかり苦いかもしれないけど、それは我慢するように」
「そりゃもう。るりかさんがくれたってだけで、特別なチョコだもんね」
 彼は大事そうにそのチョコをバッグにしまい込んだ。
「……それで、帰って来ちゃったの?」
 電話の向こうで、まどかは呆れたような口調で言う。
 風呂上がりのあたしは、自分の部屋でバスタオルを体に巻いたまま、電話でまどかに今日の報告をしてた。
「うん。それから喫茶店でお喋りして、帰ってきたんだけど。あ、言っておくけど、まどかが期待するような事なんて何もなかったんだからね」
「まぁ、るりかのことだから、そうだと思ったけど……」
 まどかはちょっと間をおいて、ぽつりと言った。
「もう決めてるんでしょ、るりか?」
「……まぁ、ね」
 あたしは、こくんとうなずいた。
「もうすぐ卒業だし……」
 そう言いながら、あたしは机の上を見た。
 書きかけの手紙がそこに乗ってる。彼に出す4通目の、ううん、5通目の手紙。
「頑張ってよ、るりか」
「ありがと。んじゃ、おやすみぃ〜」
 ピッ
 あたしは電話を切った。

《続く》

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