喫茶店『Mute』へ
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しかし、メールなんて、誰からだろう? アニキへゥ
僕は椅子に座り直すと、メールソフトを起動させた。
どれどれ……? 新着……1通か。
開封……と。
なんだってぇ!?
翌日。
滞りなく授業が終わり、ホームルームの時間になる。
前の席のカズが、担任の目を盗んで振り返った。
「おい、シュン。今日はこれからどうする? いや、商店街に喫茶店が出来てさぁ、可愛い娘がいるんだよこれが。……って、おい?」
「うん? あ、ああ、ごめん。今日はちょっと用があって……」
そう答えながら、僕は時計に視線をやった。
くっ、こんな日に限って、ホームルームが長引いてるんだよなぁ。
「用? 珍しいなぁ、シュン……。まさか、……これか?」
ぴっと小指を立てるカズ。
「そ、そんなわけ……ないだろ」
大声を上げかけて、僕は慌てて口調を押さえた。
カズは呆れたように笑った。
「にしても、お前もどうして女の子と付き合わないんだよ。お前なら選り取りみどり、とまでは言わないけどさぁ、そこそこいいとこいけるんじゃないか?」
「そんなわけないだろ?」
「そっか? まぁ、その気になればいつでも相談には乗るぜ。へへっ、それじゃ喫茶店の方は、俺が偵察してきてやるかぁ」
そう言って、前に向き直るカズ。
僕は、もう一度時計を見た。そして、昨日届いたメールを思い出していた。
差し出し元のアドレスは、まったく知らないものだった。
アニキへ、ってことは、妹から届けられた、ってことなんだろう。とすると、昨日初めて逢った妹達の誰かからなんだろうか?
でも、可憐も咲耶も、僕のことをアニキとは呼んでなかったよな。確か、それぞれ「お兄ちゃん」と「お兄様」だったはず。
とすると千影……? いや、千影は「兄くん」って呼んでた。うん、間違いない。
それに、そもそも僕は、昨日逢った3人の誰にも、このメールアドレスは教えてない。だから、3人からメールが届くはずがないんだ。
それ以上、僕には想像も付かなかった。そこで、学校が終わったら、呼び出しに応じて行ってみることにしたわけだ。
「それじゃ、今日はこれまで」
そう言って担任が出席簿で机をトン、と叩く。
「起立、礼!」
日直が号令を掛けると同時に、僕は鞄を手にして立ち上がっていた。
「じゃな、カズ」
「あ? なんだよ、えらく早いなぁ……ってもういない!?」
カズが振り返る前に、僕は教室を飛び出していた。
廊下を走りながら、腕時計に目をやる。
午後3時50分。
ここから駅前まで、10分だとぎりぎりだな。
それにしても、一体誰なんだろ?
昨日の可憐の話だと、僕には妹が9人いるってことだった。そのうちの3人が昨日の3人だとすると、あと6人いるはず。そのうちの誰かなんだろうか?
そんなことを考えながら、角を曲がった。
どんっ
「きゃんっ」
何かにぶつかった衝撃と、小さな悲鳴が上がる。どうやら、角の向こう側から来た誰かとぶつかってしまったようだった。
「わっ!?」
僕はそのまま踏みとどまったのだが、ぶつかった相手の方はそのまま廊下にひっくり返ってしまった。
「ごっ、ごめん……」
「あいたた……。ふぇぇ、痛いよぉ……」
どうやら廊下の床にぶつけてしまったらしく、後頭部を押さえながら涙目になって僕を見上げる女の子。
「だ、大丈夫?」
「ふぇぇ、え?……」
泣き声が、ぴたりと止まった。そのまま、痛いのも忘れたように僕をじっと見るその女の子。
制服からして、初等部の娘だな。五年生か六年生くらいかな。
僕の通っている私立白並木学園は、初等部から高等部、大学部まであるんだ。つまり、小学校から大学まで一貫教育をしてるってわけ。
なかでも初等部の五、六年生くらいから中等部、高等部は色々と交流もあって、部活動なんかも共通になってたりする。その関係上、放課後になると、初等部の生徒が僕たちの高等部の校舎に来ることもよくあるわけで。
だけど、そんな娘を突き飛ばすなんて、悪いことしちゃったな。そう思ってその娘に視線を向けた。
肩で切りそろえた髪にヘアバンドが似合っている、可愛い娘だった。
「ごめんね、花穂。立てる?」
僕はその娘を引っ張り起こした。そして、脇に落ちているバッグを拾う。トートバックからバトンが覗いてる。ってことは、チア部なのかな、この娘。
「えっ? あ、う、うん……」
こくりと頷いたその娘に、拾ったバッグを渡して、僕は片手を上げた。
「んじゃ、僕、急いでるから!」
「あっ……」
僕は再び駆け出した。だから、その娘が小さく呟いたのを聞くことが出来なかった。
「……お兄ちゃま……、花穂のこと、やっぱり憶えててくれたんだぁゥ よかったぁ……」
はぁはぁはぁ
荒い息を付きながら、僕は膝に手をついて、辺りを見回した。
ちょうどその時、4時を告げる鐘が鳴った。
からん、からん、からん
「ふぅ~、間に合ったかぁ……」
大きく深呼吸しながら、辺りを見回す。
大勢の人が歩いているけど、ここで人を待っている、という感じの娘はいない。
「……もしかして、誰もいないの?」
必死で走ってきた分脱力してしまい、僕はその場に腰を下ろした。
……よく考えてみたら、たんなる悪戯メールじゃなかったんだろうか? それが、たまたま昨日、突然妹が出来て舞い上がってたから、信じ込んでしまっただけだったんじゃ……。
……莫迦みたいだな、僕も。
ため息を付いて、立ち上がる。
しょうがない。帰って飯の準備でもしようかな……。
と、その時だった。
「アニキ~~ッ!」
声が聞こえた。思わず振り返る僕の目に、とんでもない光景が映る。
自転車……なぜか後ろから煙を吹き出しているけど、それ以外はごく普通のママチャリに見える……にまたがった、ショートカットにゴーグル姿の女の子。あの制服……若草学院かな?
その娘が、大きく右手を振りながら、まっすぐ僕の方に向かって突っ込んでくる。って、うわぁっ!
キキーーーッ
「お待たせ、アニキゥ」
思わず避けようとした僕の目の前で、派手にドリフトして止まるママチャリ……なんだけど、後輪のところにエンジンついてないか、これ?
いや、そんなことはどうでもいい。今、この娘、僕のことをなんて呼んだんだ?
女の子は、ぐいっとゴーグルを頭の上に上げた。そしてウィンクする。
「久しぶりっゥ」
「……りん、りん……」
僕は思わず呟いた。と、その娘はぱっと笑った。
「あはは~っ、なんだ。やっぱり私のこと、ちゃんと憶えてたんじゃないのぉゥ まったく、千影ちゃんがあんなこと言うから、この鈴凛ちゃんもさすがにちょっぴり心配になってメールなんて出しちゃったけど……」
「ちょ、ちょっと待って」
その娘の目の前に手のひらを突き出すと、さすがにお喋りを止めて訊ねる彼女。
「えっ、どしたの、アニキ?」
僕は一つ深呼吸して、告げた。
「ごめん。君は多分、僕の妹なんだと思うけど……。でも、僕は、君のことは憶えてないんだ」
「……そ、そうなんだ……」
その娘は、がくっとうなだれてしまった。
「あ、あの……」
「ん、まいいや。それじゃ改めて……」
ぱっと顔を上げると、にかっと笑うその娘。
「私は鈴凛。ベルの鈴に勇気凛々の凛で鈴凛。よろしくね、アニキゥ」
そして右手を差し出した。僕もその手を握る。
「ええっと、うん、よろしく。……で、この自転車は何?」
「あ、これ? アタシの発明、スーパーチャリくん4号ゥ ほら、新開発のエコクリーンエンジンがついてて、坂道だってすいすいって……あれ?」
そのエンジンから煙が……。
「危ない!」
僕はとっさに、鈴凛をかばうようにして、その場に伏せた。一拍置いて、背後で爆発が起こった。
ぽん
爆発が……。
って、あれ? おかしいな。いつまでたっても爆発が起こらないぞ。
「ア、アニキ……」
小さな声がして、僕は、はっと我に返った。
目の前に、鈴凛の赤くなった顔。
「あっ、ご、ごめん」
慌てて身体を起こして、初めて周囲のざわめきが耳に入る。
「おい、あいつ女の子押し倒してるぞ」
「いやですねぇ、人前で」
「誰か警察呼んで来いよ」
「あっ、いえこれは、そのっ」
うろたえながら、僕は身体を起こした。そして、鈴凛の手を掴んで引っ張り起こす。
「ご、ごめん、鈴凛。煙吹いてたから、てっきり爆発するかと」
「も、もうっ、アニキったら」
鈴凛はむーっと膨れた。
「私の発明が爆発なんてするわけないじゃないの」
「ご、ごめん」
もう一度謝る僕に、鈴凛はふぅとため息をついた。それからにぃっと笑う。
「ホントに悪いと思ってる?」
「もちろん」
「それじゃ、それを態度で示して欲しいな~。可愛い妹としてはゥ」
「た、態度?」
「そゥ」
そう言うと、鈴凛は僕の腕にしがみついてきた。
「ね、買い物付き合ってゥ」
「か、買い物? それくらいならいいけど……」
そう答えながら周りに視線を向けると、どうやらカップルがふざけてただけだと思ってくれたらしく、集まっていた人たちは興味を失って立ち去って行ってくれていた。
ふぅ、とため息をつく僕をぐいっと引っ張る鈴凛。
「ほら、はやくぅゥ」
「う、うん」
頷く僕。でも、女の子の買い物っていうからには、やっぱりデパートとかブティックとかアクセサリーとかなのかな? そんなところ、僕は行ったことないんだけど……。
……確かに、僕が行ったこともないようなところだった……。
「えっと、ここは?」
「パーツセンター」
あっさり答えると、鈴凛は箱の中に入った部品を眺めて呟き始めた。
「大容量のコンデンサが欲しかったのよねぇ。あ、でも音声認識装置を完成させるためにはメモリチップも捨てがたいしぃ……」
女の子のことにはうとい僕でも、普通の娘はこんな電気街なんかには来ないだろうってことくらいは判る。
でもまぁ、ファンシーショップよりは僕も入りやすいよな。うん。
僕は辺りを見回した。
……そこはかとなく怪しい雰囲気の漂う店。
後で、ジャンクショップって言うんだって教えてもらったけど。
「鈴凛は、ここにはよく来るの?」
「ん~」
「……鈴凛?」
「ん~」
生返事しか返ってこないことに気付いて、鈴凛の方を見ると、彼女は小さなパソコンを前に腕組みして唸っていた。
「鈴凛!?」
「ひゃぁっ! な、なによ、アニキ!?」
耳元で声を上げると、驚いて飛び上がる鈴凛。
「もうっ、ビックリした……。あ、そうだ!」
ぽんと手を打って、鈴凛はこちらに向き直った。そして、にっこり笑う。
「アニキ、ちょっと聞いて欲しいことがあるんだけど」
「え? 何?」
「あのね、この中古パソコンなんだけど……」
足下のパソコンを指さす鈴凛。
「この中にあるプロセッサユニットがどうしても欲しいんだけど、あのぉ、私、今月のお小遣いがちょっとピンチで、……ねっゥ」
鈴凛は、ぱんと手を合わせた。
「アニキ、可愛い妹のために、資金援助してくれないかなっゥ」
「……ええっと」
僕は財布を出して、中身を確かめてみた。
まぁ、僕自身あまり趣味にお金を使う訳じゃないから、別に……。
「わっ、アニキってお金持ちゥ」
「えっ? あ、こら」
後ろから鈴凛が財布を覗き込んでいたことに気付いて、慌てて僕はそれを隠した。
「コホン。それで、いくらなの?」
「ちっとも大したことないわよ。ほら」
鈴凛は、足下のパソコンを持ち上げて僕に見せる。うん、確かにこれくらいなら僕でも買える値段だな。
「ね、アニキ~、いいでしょ? 可愛い妹との再会を記念してってことでゥ」
すっかりおねだりモードの鈴凛。う、なんか、兄として妹にこういうおねだりされるのっていうのも新鮮だったり。
でも、あんまり甘い顔するのもよくないんだよな、きっと。
僕は咳払いを一つして、真面目な顔をして言った。
「しょうがないな。今回だけだよ、鈴凛」
その言葉を聞いて、ぱっと表情を明るくする鈴凛。
「さっすがアニキゥ 頼りにしてますゥ んじゃ、レジに持ってくから、手伝ってねゥ」
「あっ、う、うん」
僕は言われるままに、鈴凛と力を合わせて、そのパソコンをレジまで運んでいった。
カラカラカラカラ
「えへへ~」
自転車(鈴凛曰くスーパーチャリくん4号)の後ろの荷台にパソコンを乗せて、それを押して歩く鈴凛と、その隣を歩く僕。
電気街で買い物をしているうちに、結構時間が過ぎてしまったらしく、いつしか夕日が辺りを赤く染めていた。
その赤い風景の中、嬉しそうに笑う鈴凛。
「アニキはやっぱり優しいよね」
「あはは」
僕は苦笑した。それから、気になっていたことを訊ねる。
「でも、よく僕のメールアドレスがわかったね」
「アニキのメアドくらい、鈴凛ちゃんにかかれば一発よゥ」
「へぇ。やっぱりそういうことにも詳しいんだ」
「あ、そうだ。みんなにも教えちゃっていい? アニキのメアド」
「みんなって、妹たち? うん、いいよ」
「さっすがアニキ、話が判るゥ」
そんなことを話していると、不意に鈴凛が自転車を止めた。そして、分かれ道の右の方を指す。
「うん。あ、私の家こっちだから」
「あ、そうなんだ」
鈴凛はサドルにまたがった。そして、手招きする。
「アニキ、アニキ」
「うん、何、鈴凛?」
言われるままに近づいた僕に、鈴凛は右の方を指す。
「アニキ、あれ!」
「えっ?」
そっちを見た瞬間、左の頬に柔らかな感触が。
ちゅっ
「えへへ、それじゃお休みなさい、アニキ」
どどどどっ
そのまま走り去っていく自転車を、僕は頬に手を当てたままぼう然と見送った。
う、自然と顔がにやけてしまう。
出費はちょっと痛かったけど、まぁ、可愛い妹のためと思えばいいか。
そう思いながら、僕は足取りも軽く帰途についたのだった。
《続く》
あとがき
第3話をお送りします。
今回登場の妹は、電脳系の鈴凛ちゃんでした。
ぬぅ、しかし情報量が少ないので難しいです。こんなの鈴凛ちゃんじゃねぇっていう人も多いんじゃないかなぁ……(泣)
さて、次回は誰にしたものやら。ちらっと出てきた花穂ちゃん辺りか……。
まだ未登場の妹が7人いるし。ひぃ~(笑)
しかし、SSランキングでもなんかすごく票が伸びてるし。おそるべしシスプリ。
期待されてるってことなんでしょうけど、それだけに出して評価を受けるのが怖い作品にもなってしまってます。はい。
では、以下次号っ!
PS
花穂は中学生じゃなくて小学生だという指摘を受けたので修正しました(笑)
ううっ、他の娘はどうなんだろう?(苦笑) 誰か教えてください。
……雛子は言うまでもないとしても、白雪や衛はどうなのだろうか?
00/04/16 Up 00/4/16 Update