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ときめきファンタジー
章 スラップスティック

その 正義の味方はあてにならない

 翌日の朝、一同は出発した。
 ドーメイストの大穴とゾウマ山の間は1週間ほどの旅路である。ユーゾ達の泊まっている宿屋にユイナが魔法陣を描いておいたので、瞬間移動で帰ることが出来るわけだ。
 一行は真っ直ぐ東に向かった。
 街道脇の空き地。
 夕食が終わってから、ミオは地図を広げた。
「明日には、ゾウマ山に入ります」
「うん」
 ノゾミは頷き、ちらっとユイナを見た。
 彼女はこの旅の間、何か考え事をしているようだった。今も、あらぬ方を眺めている。
「ユイナさん?」
「え? 何の用?」
 ミオの声に、ユイナはびくっとして彼女の方に向いた。
「あ、あの。輝石の在処は……」
「ああ、あれね」
 彼女はそう呟くと、指を地図に向けた。
 ピシュン
 指先から光が放たれ、地図にうねうねと曲がる線を描いた。
「その通りに進みなさい。一歩でも間違えたら、死ぬわよ」
「あ、はい」
「疲れたわ。私はもう寝るわよ」
 そう言うと、彼女は立ち上がり、彼女専用のテント(彼女曰く「実験室」)の中に入っていった。
 それを見送って、ノゾミは呟いた。
「あいつ、最近何となく変だよなぁ」
「そうね。元気ない感じだわ」
 サキが頷き、首を傾げる。
「でも、どうしたのかしら」
 皆、顔を見合わせるだけだった。
 翌朝。
 ノゾミは皆の準備が整ったのを確かめて、言った。
「さ、行こうか」
「ちょっと、待ってもらおうか」
 不意に、後ろから声が聞こえ、皆は一斉に振り向いた。
 メグミが声にならない悲鳴を上げる。そして、ユミが叫んだ。
「ロイ!」
「レイだ。まったく、これだから庶民は……」
 金髪の魔皇子は、あっさりと訂正する。
 ユミは口を尖らせた。
「ぶー」
「チュオウの村以来だな」
 ノゾミが前に進み出ると、剣を抜いた。彼女の剣は“メモリアルスポット”の一つである。銘を“スターク”という。
「今度は逃がさないよ」
「それは、こちらの台詞だ」
 レイは優雅に髪をかき上げた。
「君たちには、残念だがここで死んで貰う。おじい様の命令でね」
「一人で、勝てる気かい!?」
 ノゾミは、ユミに目配せしながら言った。ユミは頷くと、そろそろと移動しはじめる。
「一人で、十分だよ」
 そう、レイが答えた瞬間、死角に回り込んでいたユミが一気に踊りかかった。
「アトミックドロップキックぅ!!」
「ふん」
 鼻で笑い、レイは手をユミに向けた。
 バシュン
「きゃっ!!」
 電撃が迸り、ユミを打ち落とした。
「ユミ!」
「ユミちゃん!」
 ヨシオとサキがユミに駆け寄ろうとする。
「これだから、庶民は。少し大人しくしていたまえ」
 バリッ
 レイが小馬鹿にした口調で呟くと同時に、不意に二人の身体が動かなくなる。
「あっ」
「ち、畜生! ユミ!!」
「残るは、4人」
「心外ね。私を他の3人と一緒にするなんて、それは冒涜というものね。そう、私に対する、ね」
 ユイナが進み出た。レイはふっと笑った。
「やはり、君か。ユイナ・ヒモオ」
 不意に風が吹き、ユイナのフードをめくり上げ、レイの長い金髪をかき乱した。
「認めなければならないな。君が最大の障壁になることを」
「素直に礼を言えばいいのかしら? 一応評価されたことに」 
 そう、言葉を交わし、そして二人は同時にふっと微笑んだ。
「埒もない」
「まったく」
 次の瞬間、二人は身構えた。
「今だ!」
 その隙をついて攻撃しようとしたノゾミに、ユイナが鋭い声をかける。
「邪魔すると、あなた、死ぬわよ」
「何を言ってるんだ!? あいつは……」
「私が負けるとでも? いいから、あそこで突っ立っている二人と、倒れてる猫を何とかなさい。目障りよ」
 そう言い捨て、ユイナは呪文を唱えた。
『始源の焔よ、我が魔力によりて、今ここに、我に徒なす者を灼き尽さん』
「ふんっ!」
 レイが火の玉を矢継ぎ早に放つ。
「風の精霊さんっ!!」
 ゴウッ
 メグミの悲鳴に答えるように、旋風が舞い上がり、火球はコースを変えた。
「なっ!?」
 思わぬ方向に逸れた火球に、レイが目を剥いた瞬間、ユイナの術が完成した。
 ゴウッ
 青い、というよりも無色の炎がレイを包んだ。
「ぐわぁぁぁっ!」
「レイ様!」
 ドウッ 
 突然、地面が裂けて水が吹き上がった。炎に触れてもうもうとした蒸気に変わる。
 ユイナは冷笑した。
「無駄よ。始源の焔は、水ごときで消せるものではないわ」
 と、不意に彼女は眉をしかめた。不意に炎が凍り付いたのだ。
「……やるものね。察するに、魔王四天王の一人、といったところかしら?」
「いかにも」
 凍り付いた炎を回って、青い鎧の騎士が姿を現した。それを見た瞬間、ユイナの表情が変わった。
「我が名はダーニュ。魔王四天王の一人、水のダーニュ・ソリス」
「ダーニュ……」
 ユイナの口から、呟きが漏れた。
 彼は静かに言った。
「どれくらいぶりかな、ユイナ」
「……」
 ユイナは沈黙したままで、その表情はすでにいつもの冷静さを取り戻している様に見えた。しかし、ミオだけは、その杖を握る手がわずかに小刻みに震えていることに気が付いた。
(ユイナさんのお知り合い、でしょうか? でも、単なるお知り合いでは、なさそうですね……)
 ダーニュは、凍り付いた焔に軽く触れた。次の瞬間、パリンという音をたてて、焔は砕け散った。
 中から出てきたレイが、一息付くと、ユイナを睨み付けた。
「やってくれたものだな。この僕に……」
「レイ様」
 ダーニュが静かに言う。
「彼女は私にお任せ下さい」
「黙れ! 僕に屈辱を味あわせた者をそのままにしておくわけには……」
「なれば、そのエルフの方が先客ではありませぬかな?」
 彼はメグミを指した。思わず後ずさるメグミ。
「い、いやぁ……」
「なるほど、それも一理あるな」
 レイは頷いた。
「ならば、その魔法使いはお前に任せる」
「御意」
 彼は頭を軽く下げた。
 レイは剣を抜いた。
「チュオウの村での借り、返させてもらう」
「待てっ!」
 ノゾミが間に割り込み、剣を構える。
「あたしを無視しようなんて、甘く見られたもんだね」
「ふむ。“鍵”の担い手、か」
 レイは呟き、ノゾミの剣を見つめた。
「勇者のいない今、その“鍵”は本来の力を発揮は出来まい。ならば、利は僕にあるわけだな」
「なにをごちゃごちゃ言ってるんだよ!」
 ノゾミは突進し、剣を振り下ろした。
 カシャン
 金属の触れあう軽い音がした。彼女は目を見開いた。
「そんな……」
 レイが、左手の二本の指で剣を摘んで、止めていたのだ。確かに金属製の手甲をつけてはいるが、だからといって出来る技でもない。
「こ、このっ!!」
 慌ててノゾミは剣を引こうとしたが、剣は万力で挟まれたかのように、びくともしない。
「興ざめだな。この程度の力とは」
 レイは呟いた。その瞬間、彼の左手から剣を通して電流が流れた。
 バリバリバリッ
 紫色の放電が、ノゾミの全身を覆った。服が裂けて飛び散り、金属製の鎧だけが残る。
「ノゾミさん!」
 ミオとメグミが悲鳴を上げた。
「こんなものかな」
 レイは呟いて、電流を止めた。ノゾミがゆっくりと倒れる。
 その間も、ユイナとダーニュの睨み合いは続いていた。
 ユイナは、ふっと溜息をついて、言った。
「まさか、魔王に魂を売っていたとはね」
「何と言われようと、言い訳はしないつもりだ」
 彼はそう言うと、腰の剣をゆっくりと抜いた。
 普段のユイナなら、剣を抜いている最中に問答無用で呪文を撃っているところなのだが、その時何故か彼女は動こうとしなかった。
「しかし、よりによってここで再会するとはね」
「たしかに、貴女と最後にお別れしたのも、ここでしたな。では……」
 ダーニュは剣を構えた。
「ダーニュ・ソリス、いざ、参る!」
「来なさいっ!」
 ユイナはマントを翻し、呪文の詠唱に入った。
『我が魔力よ、我を守る盾となれ』
 ピシッ
 微かな音と共に、魔力の障壁が張られる。
 一瞬遅く、ダーニュの方も呪文を唱えていた。
『魔力よ、剣に宿れ』
 彼の剣が淡い光に包まれる。彼はそのまま剣を振り下ろした。
 ガシャン
 硝子の砕けるような音と共に、障壁が砕け散った。しかし、ユイナはそれを予想していたように、すでに次の呪文に入っていた。
『漆黒の闇よ、かの者を包め!』
 次の瞬間、ダーニュの姿が闇に包まれる。
 容赦なくユイナは次の呪文を唱えた。
『雷撃よ……』
「甘い!」
「後ろ!?」
 珍しく慌ててユイナが振り向いた、その瞬間。
 いつの間にか彼女の後ろに回っていたダーニュが横凪ぎに剣を振るった。
 ザクッ
 剣がユイナの左の二の腕を切り裂いた。鮮血が、白い腕を伝い、流れ落ちる。
「くっ」
 彼女は腕を押さえて、二歩、三歩と後ずさった。
 ダーニュは剣を彼女の喉に突きつけた。
「ずいぶんと、腕を落としましたね、ユイナ」
「そうかしら? でも、まだ、あなたに負けるとは思っていなかったんだけどね」
 ユイナはじりじりと右に移動した。ダーニュはその彼女の動きを、剣で封じる。
「何の真似だ?」
「悪あがき」
 彼女はあっさり答え、動きを止めた。そして、力尽きたようにその場にうずくまる。
 地面は、彼女の流した血で赤く染まっていた。

《続く》

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