今日も本当に暑いですね。
《終わり》
夏休みに入ってから、毎日暑い日が続いています。
太平洋高気圧は、去年に続いて日本の上に居座ることを決めたみたいですね。
こう暑くては、夏休みの宿題が終わる前に倒れてしまいそうです。
図書館に行って勉強しましょうか。
「あ、如月さん? 如月さんでしょ?」
本やノートを入れたディバッグを前の篭に入れて自転車で走っていますと、不意に声が掛けられました。
ちらっと振り向くと、青い自転車に乗った主人さんが手を振っています。
私は慌ててブレーキを掛けて、自転車を止めました。
もうっと暑さが襲ってきます。
「こんにちわ、主人さん」
「わざわざ自転車止めなくてもよかったのに。いまからお出かけ?」
「ええ。図書館で勉強しようと思いまして」
「あ、なるほど。図書館ならクーラー効いてるしね。俺も行っていい?」
主人さんはにっこりと笑って言いました。
「ええ、構いませんよ。だって市立図書館ですもの。きらめき市民は誰でも行く権利がありますからね」
「如月さんらしいや。じゃ、俺一旦帰って教科書とか取ってくるよ」
そう言って、主人さんは自転車に跨りました。
ふぅ。
やっぱり涼しいと、捗りますね。
今日はこれくらいにしておきましょうか。あまり一気にやってしまっても、意味がないですものね。
やはり、お勉強は毎日やることに意味がありますから。
……でも、主人さんはどうしたんでしょうか?
すぐ来ると仰っていらっしゃいましたから、見つけやすいようにと思って、わざわざ入り口近くの机に座っておりましたのに。
腕時計を見てみますと、私が来てからもう1時間たっています。
きっと、何か別の用事でも出来たのでしょうね。
ちょっと残念な気もしますけど、しかたありません。
私は机に広げていたノートを畳みました。
と、
バタン
不意に学習室のドアが音を立てて開かれました。驚いてそっちを見ると、主人さんが荒い息をつきながら、部屋の中を見回しています。
「あ、いたいた!」
私と目があって、主人さんは駆け寄ってきました。
まぁ、汗だくになっています。
「ごめん、如月さん。途中で自転車がパンクしちゃってさ」
「パンクしたんですか。それじゃ、ここまでどうして……」
「仕方ないから、自転車押してきた」
それで汗だくなんですね。
私は立ち上がりました。
「主人さん、とにかく、ロビーに出ませんか?」
私たちはロビーに出ました。
「ねぇ、やっぱ、怒ってる?」
主人さんが、私の機嫌を伺うように顔を覗き込みます。
私は、真面目な顔をして言いました。
「ええ。怒っています」
「あ。やっぱり。ホントにごめん……って、どこ行くの?」
私は、椅子に座った主人さんをそのままにして立ち上がりました。
後を追うように主人さんも立ち上がろうとしましたので、叱るように言います。
「座っててください」
「あ、はい」
主人さんが腰を下ろすのを確かめて、私はロビーを横断して行きました。
戻ってくると、私は買ってきたスポーツドリンクを主人さんに手渡しました。
「ゆっくりでいいですから、飲んでください」
「え? あ、ありがと……」
主人さんはリップルを引いて、ごくごくとそれを飲み干しました。それから、缶を私に返します。
「ふぅー。美味しかったよ」
「よかったです。汗をかいたあとは、ちゃんと水分を補給しないと、脱水症状を起こしてしまいますからね」
「へぇ」
主人さんは汗を袖で拭おうとしました。
「あ、これ、使ってください」
私は、鞄からタオルを出して渡しました。
「ハンカチよりも吸水性がいいですから」
「用意いいねぇ、如月さん」
「私は身体が弱いですから、色々用意しているんですよ」
私はちょっと鞄を開けて主人さんに見せました。
「へぇー。まるで、小さな薬屋さんだね」
「ええ。何かあったら言ってくださいね」
「うん、ありがとう、如月さん」
「……身体が弱いのも……」
「え? なぁに?」
「あ、すいません。なんでもありませんよ」
私は心の中で呟きました。
(体が弱いのも、たまにはいいものですね)
「如月さん、もう勉強は終わりなの?」
「ええ。あ、でも主人さんがお勉強するのなら、私は待ってますけど……」
「いやぁ、あはは。それよりさ、もうすぐお昼でしょ? 何か食べに行かない?」
「あ、そうですね」
腕時計を見ると、確かにもう12時近くなっています。
私は頷いて立ち上がりました。
「主人さんがよろしければ……。あ、でも主人さんの自転車はどうします?」
「そうだね、自転車屋に預けて、修理の間に食事ってのは、どう?」
私は、くすっと笑ってしまいました。
図書館の近くに自転車屋がありましたので、主人さんの自転車をそこに預けて、私は自分の自転車を押しながら、主人さんと並んで舗道を歩いています。
自転車のチェーンがカラカラ鳴って、暑い陽射しがジリジリとアスファルトを焦がしています。
「しかし、暑いねぇ。如月さん、大丈夫?」
主人さんが眩しげに太陽を見上げながら訊ねてくれました。
「ええ。大丈夫、ですよ」
「あ、ほら、あそこの店に入ろうよ」
自転車のハンドルに手を掛けて、指さします。
お蕎麦屋、みたいですね。
「ええ、いいですよ」
私は頷きました。
「美味しいお蕎麦でしたね」
「ああ。コシがあったし、つゆもコクがあって。それにちゃんと蕎麦湯をつけてくれる所なんてそうそうないしね」
食事が終わって、私たちは自転車を取りに、舗道を戻っていきました。
と、不意に主人さんが立ち止まりました。
「?」
「ちょっと待ってて」
そう言うと、主人さんは脇のお店に入っていきました。
洋品店、でしょうか? ブティックという名前よりは、その方が似合いそうな、そんなお店です。
しばらくして、主人さんは麦わら帽子を片手に出てきました。
「まぁ、麦わら帽子、ですか?」
「ああ。あの……」
「はい、何でしょうか?」
「……これ、あげる」
主人さんは、私に麦わら帽子を差し出しました。
「え?」
「あ、いや、まぁ、よかったら、使ってくれない? さっきのジュースのお礼に」
えっと、主人さんの、プレゼント、ですよね?
暑さのせいか、状況を理解するのに、一瞬時間がかかってしまいました。
「あ、はい。ありがとうございます」
私は、麦わら帽子を受け取って、被ってみました。
「とても、涼しいです。……あの、似合いますか?」
「すごくよく似合ってるよ」
主人さん、顔を赤くして言いました。
熱射病、じゃないですよね。なぜって……私も同じでしたから。
余録
「ところで、主人さん。私の頭のサイズ、ご存じだったんですか?」
「あ、それは好雄に……」
「早乙女さんに?」
「あ、いやぁ、あはははは」
「?」