「あついよぉ〜〜」
《終わり》
あたしはベッドから跳ね起きた。
まだ新しいクーラーは買って貰えないし、扇風機は熱風機になっちゃってる。
じっとベッドに横になってるだけで、身体が火照っちゃってて、すごい熱くなってるのがわかるもの。
ひぃん、やだよぉ。
ちょっとベッドから降りて、時計を見る。
針に蛍光塗料がついてるから、暗くても見えるんだ。
12時……30分過ぎかな。
明日はサッカー部の練習があるから、あたしも出ないといけないのよね。
だから、早めに寝ようと思ったんだけど……。
寝られないよおぉぉ!
……シャワーでも浴びよっと。
シャワー、というより水を浴びて、少し涼しくなったところで、また自分の部屋に戻ってきたの。
ベッドに手をおいてみる。
う……。熱い。
こんなのに寝るの、ちょっとやだな。
ベランダに出てみよっと。
カラカラカラ
サッシを開けて、ベランダに出る。
ちょっとだけ夜風が吹いてて、少しだけ涼しいの。
あ、団扇持って来ようっと。
団扇と、ついでに蚊取り線香をもって、ベランダにとって返すと、まず蚊取り線香に火を付ける。
薄く煙がたなびくのを確認してから、あたしは団扇を片手に、ベランダの手すりにもたれ掛かったの。
空を見上げると、月が明るく辺りを照らしていた。
十六夜って言うんだよね。こないだ如月さんが言ってたなぁ。
ぱたぱたとあおぎながら、そんなことを考える。
ふと、思った。
今頃、公くんなにしてるのかな?
もう寝ちゃったのかな?
それとも、あたしみたいに眠れないのかな?
あたしは手すりに頬杖ついて、月を見上げた。
ねぇ、お月様。公くん、何をしてるの?
見てるんだったら、教えてくれないかな?
あたし、視線を降ろして、公くんの家の方を見つめた。もちろん、見えるわけないんだけど……。
そうだ! 明日の練習、お弁当作ってあげようかな。
明日もきっと暑いから、スタミナのつきそうな奴。
うーん、でも、暑いから、消化器官も弱ってるのよね。だから消化にいいものがいいわよね。
冷蔵庫の中には……たしかピーマンと茄子とインゲンと挽き肉があったわよね。
とするとぉ……、チンジャオロースーかな? あとはぁ……えっと……。
よし! 明日のメニューも決まったし、もう寝なくっちゃ!
あたしは蚊取り線香を折ると、自分の部屋に戻っていったの。
明日も早起きしなくちゃね。5時起きにしないと、お弁当間に合わないもの。
おやすみなさぁい!
……ううっ、暑いよぉぉ〜。
ばたんと寝返りを打って、時計を見ると、午前2時。
ちょっとだけ、うとうとしてたみたいだけど……。
あーん。もう汗でシーツが濡れちゃってるし。
うー。べたべたして気持ち悪ぅい。
そーよ、こんなパジャマなんか着てるから、暑いんだわ、きっと。
誰も見てるわけじゃないんだし……。よーし、脱いじゃお!
****
「くちゅん」
くしゃみで目が覚めたの。時計を見る。
午前7時……?
やだっ、早くお弁当作らないと!
あたしは跳ね起きると、部屋から外に飛び出した。
ちょうど、お父さんが階段を上がってくるところ。
「おはよ、お父さん!」
「ああ、おはよ……どうわぁぁっ!?」
「きゃっ!」
ドンガラガッシャァン
お父さん、階段を転げ落ちちゃった。あたし、思わず顔を手で覆って、その隙間から下を覗いた。
あ、動いてる。大丈夫みたいね。
「お父さん、大丈夫?」
「さ、沙希っ! 何て格好してるんだ!?」
「え? あ、きゃぁっ!」
あたし、パンティだけしか付けてないのに気がついて、慌てて部屋に駆け戻ったの。
ひぃーん。パジャマ脱いで寝てたの、すっかり忘れてたのよぉ〜。
ちゃんと着替えて、恐る恐る下に降りていくと、お父さんとお母さんはダイニングで食事してたの。
「あ、あの。おはよぉ」
「おはよう、沙希。今日はゆっくりね」
「うん」
お母さんに答えながら、ちらっとお父さんを見る。
お父さん、新聞広げて、その中に顔を埋めてる。
「お、お父さん、あの……」
「おう、そろそろ会社に行く時間だ」
あたしが話しかけようとしたら、お父さんそう言いながらあたふたと立ち上がって、ダイニングから出て行っちゃった。
「あのぉ……」
「ほっときなさいよ、沙希。お父さん、照れてるだけなんだから」
お母さん、笑って言うんだけど……。
「それより、沙希。今日はお弁当作らないの? クラブ、あるんでしょう?」
「あ、いっけない!」
あたし、慌てて立ち上がった。
そうよ、お弁当作らないといけないのに! のんびり朝御飯なんか食べてる場合じゃないわ!
「沙希、朝御飯はどうするの?」
「お母さん、代わりに食べてて!」
叫びながら、エプロンを締める。
さぁ、腕の見せ所よね!!
数分後、玄関で。
「しかし、沙希も気がつかないうちに、その、なんだ……」
「何を言ってるんですか、あなた」
沙希の母親は、父親に鞄を渡しながら苦笑した。
父親は感慨深げに言った。
「ついこの間まで一緒に風呂に入ってたのになぁ」
「ついって、もう15年以上前じゃないですか」
呆れたように言う母親。
「しかし、沙希も何時かは他の男の所に行くんだろうなぁ……」
遠い目をする父親の肩を母親は叩いた。
「ほらほら、会社に遅れますよ」
「え? ああ、わかってる」
父親は「じゃ、行って来る」と言うと、玄関から出ていった。
それを見送りながら、母親はくすっと笑みを漏らした。
「娘の成長に一番気づいてないのは、あなたですよ」
その娘は……。
「はい、あーん。なんちてなんちて。えへっ」
一人中華鍋の前で妄想にふけっていた。