今日は鏡さんとでぇと、でぇと、でぇとったらでぇと。るんるんるん。
というわけで、俺様こと主人公は、中央公園の前で待ち合わせをしていた。
ちょうど桜が満開で、ここまでときどき、風に誘われた花びらが舞ってくる。
よし、今日は花見だぜぇ、べいべー。
ここ、きらめき中央公園では、どういうわけか3月には咲き始め、5月まで咲いているという、通称狂い桜が名物になっている。一説によると、遺伝子操作された桜なのだそうだが、そんなことが出来るような科学者がいるわけ……。
「ふふふ、今年も実験は成功のようね。今度は月下美人を真昼に咲かせてみましょうか。楽しみだわ。ふふふ」
……今、誰かが笑いながら俺の後ろを通り過ぎたような気がした……けど……、気のせいだよな。うは、うはははは。
お、来た来た! 通りの向こうを鏡さんが駆けてくるぞ。
俺様は大きく手を振ろうとした。
「おおーーい、かがっ!」
ドシーン そんな俺様の背中に、いきなり衝撃が走った。そう、ちょうど背中から体当たりを食らったような。
いかに超高校生級の平衡感覚を誇り、銀盤の狼と異名をとる俺でも(ちなみに、念のために言っておくが、スケート場でいきなり美樹原さんにしがみつかれ、もろともに転んで頭を打って3日寝込んだのは、懐かしい思い出よば~い藤崎詩織ってことで)たまらずに道路にそのまま突っ伏した。
「は、はなうった。いたい」
「ごめんなさぁい。あの、痛かったですか?」
何処かで聞いたことあるような声が聞こえた。俺様は勢い良く起き上がった。
「おう! 痛かった……」
「ご、ごめんなさぁい」
俺様の目に飛び込んできたのは、……美少女だ。
お下げをわっかにしたような変な髪型をしているが、目の大きななかなかの美少女。好雄だったらその場でメモ片手に住所氏名年齢職業電話番号趣味と門限まで聞き出しているところだろう。
「あら、公くん。随分可愛い娘を連れているじゃない」
正確な原子時計なみの精度を誇る俺様の体内時計によると約10秒ほど、俺とその女の子が見つめあっていたところに、不意に声をかけられた。
「あ、鏡さん」
俺は振り返ってぎょっとした。鏡さんは腕を組んでこっちを睨んでいる。
「この私とここで逢おうとおっしゃったのは、その娘を私に紹介するつもりだったのね」
「あ、いや、そうじゃなくて」
「不愉快だわ。帰らせていただくわね」
そう言うと、鏡さんはさっそうと踵を返した。ううーん、美人は怒っても様になるな……、じゃない!
「鏡さん! 待って!!」
俺は慌てて追いかけると、鏡さんの肩に手をかけようとした。その手がむんずと掴まれる。
「おっと、鏡さんはもうおまえに用は無いって言ってるんだぜ」
「貴様、何物だ?」
「俺は物じゃない!! おそれ多くも鏡魅羅ファンクラブ、ナンバー00000001、通称ミラーマンとは俺のことだ!」
そいつが長々とセリフを言っているうちに、鏡さんは雑踏の中に紛れてしまった。
「あ、……行ってしまった……」
「大体だな、俺達ファンクラブのメンバーを差し置いて、貴様ごとき一般人が鏡さんとおそれ多くもデートをしようということ自体が……」
「超必殺、バーニングシューティングスター!!」
ボコボコボコボコォッ
「あげぇぇぇぇぇ」
俺様は男には遠慮しないことにしているのだ。
とにかく、この俺様の貴重な日曜日がこれでは無駄になってしまう。それは人類にとって余りに大きな損失ではないか。
俺は、ハタと手を打って振り返った。
さっきの美少女は、まだそこに立ったまま俺様を見つめていた。
お、この熱い眼差し。さては俺様に気があるとみた!
俺様は、ゆっくりと歩み寄った。
「ちょっとそこのキミキミ」
「……あ、私、ですか?」
きょときょとと左右を見てから自分を指さすその娘に、俺様は頷いた。
「他にいないだろうが。時に相談だが」
「あ、はい」
「俺様は今から花見に行く。一緒に来るという光栄を与えてやろう」
「……は?」
「ええい、二度とは言わんぞ! さっさと来るのだぁ!!」
俺様はその娘の襟首を捕まえてズルズルと公園に引っぱり込んでいった。
俺様は並木道にやってきた。
おお、予想通り美しい桜並木ではないか。
「あ、あの……」
あ、忘れてた。
俺様はゴッドハンドからくだんの美少女を解放してやった。
彼女は、その場にぺたんと座り込んで、俺様を熱い眼差しで見上げた。
「主人くんって……、強引なんだ……」
「あん?」
「な、何でも……。あの、私……」
「美しい」
「……え? あ、やだ、そんな……」
「そうは思わんか? この数千本の桜。美しく咲き、華麗に散っていく。まさしく我が人生に似ている……」
俺様は、手を桜の方に向けて呟いた。そして、ちらっと彼女の方を見た。
さて、どう反応するかな?
彼女ははっとしたように俺様と桜を見た。そして両手を組んだ。
「ああ、そのようなことは言わないで。散っていくなどという不吉な言葉、私には耐えられません、ロメオさま」
ほう。さすがの俺様も驚いた。
俺様のセリフは、かのロメオとジュリエッタの一節から引っ張ってきたのだ。それを知ってるだけでも大したものだが、まさか返してくるとはな。
俺様は肩をすくめた。
「見事だ。よし、おまえの名前はジュリエッタにしよう」
「え? あ、あの、私の名前は、た……」
「いや、俺様がそう決めたからにはジュリエッタだ」
俺様はきっぱり言うと、歩き出した。
と、彼女は走って追いかけてきた。
「あ、あの……」
「ん?」
俺様が立ち止まって振り返ると、彼女は俺様のところまで駆けてくると、言った。
「……構いません。ジュリエッタで」
「よし、良く言った!」
俺様は彼女を抱き上げると駆け出した。
「きゃっ!」
「わははははははは」
桜並木を駆け抜けて、俺様は芝生のところにやってきた。
「あ、あのぉ」
真っ赤になった彼女が、か細い声で言う。
「おろして、おろしてください……」
「気にするな」
「で、でも、だって……」
俺様が気持ちいいから、それで良いのだ。
もっとも、ちょっと重くなってきたな。
「よしわかった。落とすぞ」
「え? きゃ」
ドシィン
「あいたたた。もう、ひどぉい。いきなり落とすなんてぇ」
彼女はお尻をさすりながらぷっと膨れた。
「わはははは、気にするな。俺様は痛くは無いぞ」
「そりゃそうでしょうけどぉ……」
「そろそろ昼飯の時間だな」
俺様は、公園の中に設置されている時計を見上げた。
彼女はぴょこんと立ち上がった。
「あ、あの。良かったらお弁当、買ってきましょうか?」
「さようせい」
「あ、はいっ!」
そのまま彼女はスタタタッと走っていった。早い早い。清川望も真っ青って早さだ。
ま、いいか。
俺様はそのまま芝生に横になった。
ちょうど気候もよくなってきて、ぽかぽかと暖かい。
うむ、だんだん眠く……なって……。
ぺた
「うひゃぁぁぁぁっ! なななななんだっ!?」
いきなり冷たい物を頬に押しつけられて、俺様は飛び起きた。
「くすくすくす」
笑い声に、そっちの方を見ると、謎のジュリエッタが笑っていた。
「き、貴様かぁ!」
「きゃ。ご、ごめんなさい。だって、あんまり気持ちよさそうに眠ってたんだもん。つい……」
「おまえは気持ちよさそうに眠っている男を見ると、ほっぺたに冷たい缶ジュースを押しつけたくなるのかいっ!!」
「えと、その……、誰でもってわけじゃないんだけど……」
彼女は自分の手のひらの上にのの字を書きながら俯いた。
「あの、あ、あはは。お弁当、買ってきたよ。食べよ!」
「おう。俺様の好みに合わせてあるんだろうな? 嫌いな物が入ってたら一徹あばれだぞ」
俺様はそう言うと、その場にあぐらをかいた。
その俺様に、彼女は弁当を差し出した。
「む、これはセブンイ○ブンの行楽弁当スペシャルではないか! なるほど、これには俺様の嫌いな物は入っていない。だがっ、だがしかしっ!」
「え? な、なにかあったの?」
聞き返す彼女に俺様はぴっと指を突きつけた。
「このような弁当ではビタミン、ミネラルのたぐいが足りぬ。具体的に言えば、俺様の好きな生野菜のサラダが……」
「はい。コーンサラダに、ドレッシングはサザンアイランドです」
俺様の前に、小さなカップを出して彼女は微笑んだ。
「む、出来る」
「あ、それから飲み物はちゃんと烏竜茶です」
「ほう、烏竜茶とな。しかし、俺様は烏竜茶と言えば……」
「茶○彩彩ですよね。ほら、ちゃんとそうです。しかも2リッターペットボトル!」
嬉しそうに、彼女は烏竜茶のペットボトルを出す。むむぅ、このジュリエッタ、ここまで俺様の好みを知り尽くしているとは、ただ者では無いな。
「はい、お口あーん」
「あーん」
思わずつられて口を開けてしまった俺様に、彼女はぽいっと赤飯を放り込んだ。
「美味しい?」
「むぐむぐむぐ。うむ、さすが」
「わぁ、よかったぁ」
思わず手を叩いて喜ぶ彼女に、俺様もなんだか気分良くなるのを感じていた。
それから、俺様とジュリエッタは、並んで桜並木の間を歩いていった。
彼女はうっとりと、桜を見上げていた。
「綺麗……。夢みたい、こうして一緒に二人で歩けるなんて……」
「わはははは」
俺様は大きな声で笑った。それから彼女をぐいっと抱き寄せた。
「それじゃ、夢じゃないって教えてやろうか、その身体に」
「え? あ、な、何を……。あ……」
ゴウッ 不意に強い風が吹き、桜の花びらが散った。花吹雪という言葉が相応しいほどに。
それに俺様が一瞬目を奪われた、その隙をついて、彼女は俺様の腕からするりと抜け出した。
「あ、おい!」
「私、今日のこと、一生忘れません! ありがとう。……さよならっ!!」
そのまま、彼女は駆け出した。思わず後を追おうとしたとき、さらにもう一度風が吹き、花びらが俺様の視界を覆い尽くした。
そして、その花びらが地面に舞い落ちたとき、彼女の姿は消えていた。
「……夢、だったのか?」
俺様は、自分の唇に残る、その柔らかい感触を思い出そうとしながら、その場に立ち尽くしていた。
そして、それから1年後……。
俺様は、見知らぬジュリエッタの告白を受けるのだが、それはまた別の物語である……。
《どんとやれ》