「あれ?」
チュッ
頬に熱いものが一瞬触れた。
《終わり》
俺はクリスマスツリーの下で所在なげに立っている女の子をみかけて、声をかけた。
「沙希ちゃんじゃない?」
「あ、公くん」
沙希ちゃんは俺を見て、嬉しそうな顔をして駆け寄ってきた。そして俺の前で立ち止まる。
「来てたんだぁ。嬉しい……」
ぽっと頬を染められると、こっちも嬉しいもんだ。
「いやぁ、こっちも嬉しいよ」
「えっ? や、やだな、もう。すぐからかうんだからぁ」
沙希ちゃんはそういうと、視線を逸らしてツリーを見上げた。
「きれいね」
「沙希ちゃんには負けるけどね」
「もう!」
ふざけて片手を上げる。俺は両手を広げて降参して見せた。
と、沙希ちゃんは「あ」と言った。
「そうだ、忘れてた。あたし、キャプテンに挨拶してこないと」
「そっかぁ」
この人混みだ。一度別れちゃえばもう逢えないことは去年も実証済みだ。一緒に来た詩織も、一度はぐれてそれっきりだったしなあ。
しかし、沙希ちゃんとお別れするのは少々忍びないよなぁ。
あ、そうだ。
「沙希ちゃん、何時頃帰る?」
「そうね。9時頃かな? でも、どうして?」
「それじゃさ、よかったら一緒に帰らない?」
「え? あ、あたしと?」
沙希ちゃんは目を丸くした。そしてこくこくと頷いた。
「う、うん!」
「オッケイ。それじゃ、9時にここの入り口で待ち合わせでどう?」
「それでいいわ。それじゃ」
沙希ちゃんは小さく手を振って、小走りに走っていった。
沙希ちゃんと別れて、俺はまた会場内をたゆたっていた。
と。
「ハァイ、公じゃない」
いきなり横あいから声をかけられて、俺はそっちを見た。
「片桐さんじゃない?」
「Merry Christmas!!」
パァン 派手な音を立てて、5色の紙テープが飛んだ。
ヒラヒラと紙テープが俺の頭にかかる。
俺はそのテープを髪から取りながら言った。
「どうかしたの?」
「ノンノン。なーんにも無いわよぉ」
片桐さんはちっちっと指を振ってみせた。
「あたしはいつでもこんなもんだもの」
「そうかい?」
「公くんも、楽しまなくっちゃ。だって、クリスマスなのよ。年に一度の……クリスマスなのよ……」
と。
片桐さんの目から涙が一筋流れた。
「片桐さん……」
「あ、ソ、ソーリー、ごめんなさい」
片桐さんは手で顔を拭った。それから、無理に笑顔を作る。
俺は、黙って片桐さんにシャンパングラスを勧めた。
「サンクス、ありがとう」
グラスを一気に煽る片桐さん。
「何があったかは聞かないけどさ……元気出しなよ」
「……うん」
片桐さんはこくりとうなずいた。それから、俺を見る。
「公くん、優しいのね」
「そ、そうかな?」
「でも……」
一度言葉を切って、片桐さんはまじめな顔で俺を見た。
「優しすぎるのもね、女には残酷なのよ」
「そ、そうなのかな?」
「そうよ。だって、女は期待しちゃうんだから」
「そういうものなの?」
「そういうものなの」
俺ははっと気付いて時計を見た。9時5分前。
でも、このまま片桐さんを置いて行くのも……。
どうしよう……。
と、片桐さんが俺の肩をポンと叩いた。
「もういいわよ」
「え?」
「顔に、書いてあるわよ。待ち人ありってね」
「へ?」
俺は思わず顔を撫でてしまった。そんな俺を見て、片桐さんはくすっと笑った。
「ホントに正直よね、公は」
「う……」
「でも、きっとみんなそこがいいんじゃないかな?」
「みんな?」
「独り言、よ」
そう言うと、片桐さんは今度は弾けるように笑った。
俺も笑って言った。
「そうそう、スマイルスマイル。片桐さんは笑ってるのが似合うよ」
「サンクス、ありがと」
「え? 今の……」
「クリスマスプレゼント、よ」
片桐さんはウィンクした。
2分遅れて、俺は出口にたどり着いた。
「ごめんごめん、待った?」
「すっごぉく待った」
げ。
沙希ちゃんがむくれてるぞ。なにがあったんだ?
「あ、あの、沙希ちゃん」
「公くん。ほっぺた」
げ。見てたの?
やばひ。
しっかし……。
俺は膨れてそっぽを向いている沙希ちゃんを見て、思わず微笑んでしまった。
だって、むくれてる沙希ちゃんも可愛いんだものなぁ。
よし。
「沙希ちゃん」
「なによぉ」
チュ
「きゃっ」
「これで、おあいこ」
「や、やだぁ、もう」
沙希ちゃんは真っ赤になって俯いた。
「じゃ、帰ろうか?」
「……うん」
こくりと沙希ちゃんは頷いた。
俺達は門から外に出た。
そこで、沙希ちゃんは不意に立ち止まる。
「沙希ちゃん?」
きょろきょろと辺りを見回してから、沙希ちゃんは俺を見上げながら小声で言った。
「あのね、公くん。……あいこじゃ、や」
おうおう、真っ赤になってるなぁ。
そして、二人のシルエットが重なる……。
彩子は、会場の2階の窓からそれを見下ろしていた。
「やぁ、片桐くん。何か見えるのかね」
通りかかったレイが訊ねた。彩子は肩をすくめた。
「サンタクロース」
「サンタクロース?」
「イエス」
彩子は笑みを浮かべ、怪訝そうな表情のレイに、シャンパングラスを掲げて見せた。
「メリー・クリスマス!」