クリスマスパーティー会場内はかなりの人手だった。さすが伊集院のパーティーだけあるな。俺達みたいな高校生だけじゃなくて、立派なタキシードやら何やらを着てめかし込んだ大人達もいっぱい来てる。
《おしまい》
げ! あの人テレビで見たことあるぞ。きらめき市の市長さんじゃないか?
うーむ。伊集院財閥侮りが足し。
ま、市長が来ようと総理大臣が来ようと、別に関係ないね。
俺は辺りを見回した。あ、あれは……。
「あ、美樹原さんじゃないか」
「え? あ、はい」
栗色の髪に大きなピンク色のリボンをした姿を見て、声をかけた。
振り返った姿は思った通り、愛ちゃんだった。
「お久しぶり」
「そ、そうですね……」
そう言うと、愛ちゃんは俯いた。
う。話が途切れてしまった。
「あ、あのさ……えっと、ムクは元気?」
「あ、はい……とっても」
「そう? そりゃよかった。あはは」
また会話が途切れる。
「ク、クリスマスツリー、綺麗だね」
「そ、そうですね……」
……あう。
愛ちゃんは不意に言った。
「あ、あの、……失礼します」
「あ、はい」
そのまま、彼女はすたすたと歩いていってしまった。俺は半ば唖然としてそれを見送った。
……何だったんだろう? 俺、もしかして嫌われてるんだろうか。
好雄! どこだ!?
俺は猛然と好雄を捜して会場内を走り始めた。
「美樹原さんに?」
「ああ。チェックはどうなってる?」
「えっとな」
好雄は手帳をめくってから答えた。
「いや、別に嫌われてはないと思うけどな。それどころか、かなり評価高いぜ」
「そっか。ならいいんだけど」
「あ、おにーちゃんと主人先輩!」
いきなり後ろから声をかけられて、俺達はそろって5センチほど飛び上がった。
「ゆ、優美?」
「二人でなーにしてるの?」
三角のとんがり帽子を被った優美ちゃんが後ろから覗き込んできた。そして好雄の手にした手帳に気付く。
「あー、またそんなことしてるしぃ」
「いや、これは……」
「おにーちゃんも主人先輩も暗いよぉ。そんなことばっかりやってたら、優美、嫌いになっちゃうからぁ」
「あ、いや、だからこれは……」
優美ちゃんをなだめるので思ったよりも時間をくってしまった。
愛ちゃんは何処だろう?
俺はキョロキョロしながら歩いていた。と、不意に聞き慣れた声が聞こえた。
「そうなんだ……」
詩織?
声の方を見ると、こちらに背を向けて、詩織と愛ちゃんが何か話していた。
俺は咄嗟に、近くにあったツリーの後ろに隠れて、二人の様子をうかがった。
愛ちゃんが呟いた。
「私、何を言っていいのかわからなくて……。でも、何か話さないといけないって思うんだけど、思えば思うほど……クスン」
「メグ、そんなに落ち込まなくても……」
「だって、主人さん、きっと私のことひどい娘だって思ったもの」
「公くんはそんな人じゃないわよ」
詩織は愛ちゃんの肩をポンと叩いた。それから指を折って話し出す。
「確かに、おっちょこちょいだし、一つのことに熱中すると周りのことが目に入らなくなるし、それに女の子のことを気にする割には女の子の気持ちにはてんで鈍感だし、私にも良くわからないところあるけど……」
おいおい。
「でもね、それくらいで愛を嫌いになるような人じゃないわ」
「そう……?」
「うん。なんてったって、この藤崎詩織が保証するんだもの」
詩織はにこっと笑った。
よし、詩織。ナイスフォローだ。
「……本当?」
「もちろん! だから、メグももっと勇気を出して、なんでもぶつかってみなきゃ」
「ぶつかって……」
「そうよ」
微笑んで頷く詩織。
「メグ、最近すごく綺麗になったわよ。きっと、恋してるのね」
「え? は、恥ずかしい……」
愛ちゃんは両手を顔で挟んで真っ赤になった。
「大丈夫。きっと、ね」
「う、うん……。ありがとう、詩織ちゃん。私、がんばってみます……」
「そうよ。とりあえず、公くんを捜して謝ったほうがいいと思うわ。一言でもね」
「そ、そうですね。それじゃ、私行ってみます」
愛ちゃんはそう言って立ち上がった。
そっか。それならここにいたらまずいな。どこかに移動しよう。
俺はそれでその場を立ち去ったので、愛ちゃんが立ち去った後、詩織が呟いた言葉を聞くことが出来なかった。
「私、どちらが大切なのか、わからなくなって来ちゃった……。メグなのか、公くんなのか……」
「ぬ、主人さんっ!」
「はい?」
クラッカーを口に運びながら、俺は振り返った。
愛ちゃんがそこにいた。
「あ、あの、さっきは、ご、ごめんなさい……、急に逃げ出したりして……」
俺は微笑むと、両手を広げた。
「気にしてないよ」
「そ、そうですか? 良かった……詩織ちゃんの言うとおりにして……」
「え?」
「な、なんでもないです」
と、愛ちゃんの後ろを数人の人が通りかかった。そして……。
ドン「きゃ」
「おっと、失礼」
その人はそう言うと、そのまま歩いていった。そして……。
俺は、ちょうど腕の仲に飛び込んできた形になった愛ちゃんを抱きしめていた。
愛ちゃんの鼓動を感じる。
そして、呟きを……。
『神様、勇気を下さい……。もう少しだけ、このままで……』
だから、俺は、そのままの姿勢で……。
「そういえば、愛ちゃんと初めて逢ったのもここだったよね」
俺は愛ちゃんに言った。
「そ、そうでしたね」
「早いなぁ。あれから1年かぁ」
俺は頭の後ろで腕を組んだ。
去年、あの黒服に門前払いをくらって、がっかりしながら帰ろうとしたときに声をかけてきた娘が愛ちゃんだったんだ。
今にして思うと、すごく勇気がいったんだろうなぁと思う。普段の愛ちゃんを見ていると、そんなことが出来るとは思えないもの。
「いろんなことが、あったねぇ」
「そうですね……」
春のお花見、ヒーローショー誘拐事件、中央公園での対決(ムクと、だ)、プールの水着事件、動物園の猿山事件、11月の通り雨……などなど。
愛ちゃんは、不意に顔を上げた。
頬が赤く染まっている。
「あ、あの、一つだけ、お願いしてもいいですか?」
「いいよ。何?」
「あの、これからも……」
そこで、俯いて、小声になる。
「その、……お友達で、いてくれますか?」
「……」
俺は一瞬躊躇った。でも……。
俺も言わないと、いけないよな。
「……いやだ」
「!!」
愛ちゃんの目が大きく見開かれる。
間髪入れず、俺は愛ちゃんの腕を握った。そして、抱きしめると、その耳に囁いた。
「I wanna be your lovers」
「こ、公さん!?」
愛ちゃんの身体が大きく震えた。そして……、震える腕が、俺の背中に回された。
「……泣いてるの?」
「……ご、ごめんなさい。でも、涙が……止まらなくって……」
愛ちゃんは、俺の胸に顔を埋めた。
「いいんですか……?」
「ああ。美樹原さん」
「それじゃ……」
愛ちゃんは、涙を流しながら微笑んだ。
「愛って、呼んでください」