喫茶店『Mute』へ  目次に戻る  末尾へ


見晴ちゃんとクリスマス


 クリスマスだ。
 俺は、部屋で一人シャンパンの栓をあけながら、しみじみ思った。
 クリスマスを一人で過ごすのも、また一興というものじゃないか。
 そう思いながら、窓の外を見る。
 向かいの窓は真っ暗だ。詩織は今頃パーティー会場の花になってるんだろうなぁ。
 ふん。悔しくなんかないやい。ぐしゅん。
 ちなみに、両親は両親で、どこぞのディナーショーとやらに出掛けている。
 まさか、俺が追い返されてくるとは予想だにしてなかったことだろうなぁ。
 畜生、あの黒服めぇ。
 と。
 ピンポーン
 不意にチャイムが鳴った。

「はぁい」
 俺は玄関を開けてみた。
 右を見る。誰もいない。
 左を見る。誰もいない。
「くそ、悪戯か!」
 俺は小声で呟くと、ドアを閉めた。

 こうしてても仕方ない。テレビでも見ようかな、と思って居間に戻りかけたとき、またチャイムが鳴った。
 ピンポーン
「はいはい」
 ドアを開けると、やっぱり誰もいない。
 ええーい、超むかつく!
 待てよ、二度あることは三度あるって言うな。
 俺はドアを閉めると、息を殺してドアウォッチャーをじっと覗き込んだ。
 しばらくすると、門の陰からひょこっと女の子が顔を出した。
 あ、あの妙な髪型は、当たり屋2号じゃないか!
(ちなみに当たり屋1号はこの間朝日奈夕子という名前であることが判明した)
 その娘はしばらく門の前を右往左往していたが、やがてチャイムを押した。
 ピンポーン
 その「ピ」が鳴るよりはやく、その娘はダッシュして門の陰に隠れてしまった。
 ……何をしてるんだ、あれは?
 俺は怒るというよりも呆れていたが、俺が出てこないので不思議になったらしく、その娘は恐る恐る門の陰から顔を出した。そしてドアに近づいてくる。
 よし。
 俺はいきなりドアを開けた。
「何か用かい?」
「きゃぁっ!」
 その娘はびっくりしたようで、その場に尻餅をついた。そのままの姿勢で俺を見上げる。
「あ、あの、ご、ごめんなさい。悪戯するつもりじゃなかったんですけど、その、あの……」
 その慌てぶりがおかしくて、俺は思わずくすくす笑ってしまった。
「いや、いいんだけどさ。何か用なの?」
「あの、私、あなたがパーティー会場から帰るの見かけて、だから、その……」
 その娘は、立ち上がると俺に言った。
「今日一日、つきあってくれませんか?」
 そのまま、顔を真っ赤にして目をぎゅっと閉じてしまった。
 ま、いいか。一人よりはなんぼかマシだよなぁ。
「いいよ」
 俺が頷くと、その娘は笑顔になった。
「よかったぁ。それじゃ、遊園地に行かない?」
「遊園地?」
「うん。今日はクリスマスだから遅くまでやってるんだぁ」
「オッケイ。じゃ、寒いから玄関に入って待っててよ。スグに着替えてくるから」
 俺はそう言って玄関を開けた。

「ホントだ。やってるやってる」
 俺は遊園地の前で声を上げた。それから、その娘の方をちらっと見た。
 その娘は俺をキラキラした瞳でじっと見つめていた。
「どうしたの?」
「え? な、なんでもないよ。それより、行こ!」
 その娘は、俺の手をぎゅっと握ると、引っ張って駆け出した。

「ひぇぇ、寒かったぁ」
「やっぱり、ジェットコースターは失敗だったなぁ」
「そうだね。あ、次アレに乗ろうよぉ」
 その娘は観覧車を指した。クリスマスイルミネーションに彩られて、いつもとは違う雰囲気の観覧車。
「いいね、行こう」
 俺は頷いた。

 俺達はゴンドラに乗り込んだ。向かい合わせの席。
 ゆっくりと登っていくゴンドラ。次第に見えてくる周りの風景。
「夢みたい」
 不意にぽつりとその娘が呟いた。
「そうだね」
 周りの光に照らされて、本当に光の海の中にいるみたいだった。
「私、こういうのに憧れていたんです」
「え?」
「こうして……」
 その娘は、顔を窓の外に向けた。
「夜に観覧車に乗るのに、だろ?」
「えっ? ……そ、そう」
「やっぱりそうか。あはは」
 なんだか、子供っぽい娘なのかな。
 そんなことを思いながら、俺はその娘の横顔を見ていた。

 観覧車を降りてみると、周りの客達がみな同じ方向に歩いていく。
「なにかあったのかな?」
「あ、ほら。クリスマスファンタジックパレードだって! 見に行こうよ」
「へぇ。ナイトパレードのクリスマス版か。面白そうだな」
 俺達は、そちらの方に流れていった。

「すごく綺麗……」
「だなぁ」
 俺達は、まさに圧倒されていた。それは光の奔流といってもいいくらいのものだった。
「あ!」
 不意にその娘が顔を上げ、手のひらをさしだした。
「何?」
「……雪」
 俺は空を見上げた。
 ちらちらと白い結晶が、降ってくる。
 ファンタジックパレードが、自然の競演を受けて、より一層ファンタジックに見える。
「きっと、プレゼントだな」
 俺は呟いた。
「うん、そうだよね」
 その娘も頷くと、不意に俺の肩にもたれてきた。
「え?」
「少しだけ……」
 そう呟くその娘の横顔に、俺は一瞬光るものを見たような気がした。
「う、うん」
「ありがとう」
 俺達は、しばらくそのままでいた。

 遊園地を出たところで、その娘はぺこりと頭を下げた。
「今日は本当にありがとう! それじゃ」
「え? あ、うん」
 その娘はそのままパタパタと走っていく。その後ろ姿が、降る雪にまぎれて消えていく。
 サンタクロースだったのかな。
 俺は、叫んだ。
「ちょっと待って!!」
 その娘は立ち止まり、振り返った。
 俺は大きく手を振った。
「メリー・クリスマス!!」

《おしまい》

 喫茶店『Mute』へ  目次に戻る  先頭へ