カツン、カツン、カツン
俺達の足音が街路にこだましていた。
「いいパーティーだったね」
「そうですね」
俺の隣で、如月さんは白い息を吐きながら微笑んだ。
「でも、いいんですか?」
「何が?」
「だって、まだパーティーは終わりじゃないでしょう? それなのに、私と一緒に出てきてしまって……」
「如月さんはしょうがないじゃない。家が遠いんだし」
「でも、なにも主人さんまで一緒に出なくても……」
「俺が如月さんと一緒に出てきたかったから、じゃ理由にならない?」
俺は我ながら気障だなと思いながら言った。
如月さんは、俺の顔を不思議そうに見た。
「……どうしたの?」
「なんだか、主人さんらしくないなと思って」
「ひどいな、それ」
「そうですね。ごめんなさい」
「あ、いや。わざわざ謝らなくても……」
それで会話が途切れる。
二人の吐く息が、白く街を流れる。
不意に、如月さんが立ち止まった。
「やっぱり、主人さんは戻るべきだと思います」
「どうして?」
「だって……」
如月さんは少し口ごもり、それから怒ったような口調で言った。
「私にそれを聞くんですか?」
「え?」
俺は、ただ戸惑うばかりだった。
そんな俺に気がついてか、如月さんは不意に頭を下げた。
「ごめんなさい。主人さんは好意で送ってくれているのに……」
「如月さん……」
「私って……嫌な娘ですね」
如月さんはぽつりと呟いた。
「そんなこと……」
「主人さんは、知らないから……」
そう言って、顔を背ける如月さん。
「私がどんな人間か、主人さんは知らないでしょう」
「どんな人間か、って……」
「私、ずるいんですよ。自分の殻に閉じこもっていて、他人に心を開こうとしない。それでいて、他人には心を開いてもらおうとしている……」
一気に、はき捨てるような勢いでそういうと、如月さんは顔を上げて俺を見た。
その頬が、街灯を反射してキラリと一筋光った。
如月さん……泣いているの?
「そんな娘なんですよ、私は」
そう言いながら、如月さんは無理に笑って見せた。自嘲の笑いっていうのかな、こういうの。
それは、とっても痛々しく見えた。
「……」
何と言っていいかわからないで、俺は口を無意味にぱくぱくさせていた。
不意に、如月さんは身を翻した。
「ごめんなさい。さようなら!」
「待って!!」
俺の頭の中で誰かが告げていた。このまま行かせちゃいけないって。
俺は、如月さんの腕を掴んでいた。
「主人さん……」
「如月さん、俺、バカだから上手く言えないんだけど、如月さんはずるくなんかないよ」
「でも……」
不意に、如月さんがすごく儚く思えた。儚くて、脆くて、繊細で、壊れそうなガラス細工……。
俺はその瞬間、とてもたまらなくなって、如月さんを抱きしめていた。
「主……」
如月さんの言葉が途切れる。
俺は何を言っていいのかわからず、ただ如月さんを不器用に抱きしめるだけだった。
ゴウッ
車が傍らを走り抜け、俺は我に返って如月さんを放した。
「ご、ごめん」
「……謝るんですか?」
その声の調子に、俺は顔を上げ、如月さんが微笑んでいるのに気付いた。
「如月さん……」
「主人さん、謝るんですか?」
如月さんはもう一度、訊ねた。
俺は、コートの襟を立てながら答えた。
「失言でした」
「うふっ」
如月さんは笑いながら頷いた。
「私も、謝りませんよ」
「うん」
俺は頷いた。
駅前で、俺達は別れる。ここから如月さんは電車で帰り、俺は歩いて自宅に戻るわけだ。
「それじゃ、如月さん。またね」
「はい」
如月さんはコートのポケットから定期券を出しながら頷いた。
「また、よろしくお願いしますね」
「こちらこそ」
如月さんの姿が、自動改札機の向こうに消えるまで、俺はその場に佇んで見送っていた。
「見ちゃった」
「うわぉう!」
俺は耳元で囁かれて思わず飛び上がった。後ろを見る。
詩織がくすくす笑っていた。
「し、詩織、どうして?」
「誰かさんがこそーっと会場を出て行くんだもん。追いかけて来ちゃった」
そう言うと、詩織はぺろっと舌を出した。それから、視線を如月さんが消えた駅の改札の方に向ける。
「でも、ちょっと出遅れちゃったかな」
「は?」
「ううん、なんでもないの」
詩織は、俺の腕に自分の腕を絡めてきた。
どうしたんだ? 普段はそんなことしないのに。
俺がびっくりして詩織を見ると、詩織はにこっと笑って俺を見上げた。
「たまには、いいじゃない。クリスマスなんだもん」
「そ、そうだね」
俺はぎくしゃくしながら頷いた。
「公くん、右手と右足が同時に出てるよ」
「そ、そうか。わははははは」
「……もう、知らないっ! プンだ」
《終わり》