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望ちゃんとクリスマス


「よっ、公じゃないか」
 パーティー会場の雑踏の中を人をかき分けるように歩いていると、不意に後ろから声をかけられた。
 振り返ると、望ちゃんが笑いながら立っていた。
「よ。メリー・クリスマス」
「メリー・クリスマス」
 俺は言葉を返してから、望ちゃんを見た。
 相変わらず格好いいな。チェックのベストが決まってる。
 あ、そういえば!
 俺はふと思い出して、望ちゃんに言った。
「そういえば、年明けたらすぐにインターハイだよね」
「ああ、そうだね」
 望ちゃんは頷いた。
 俺は笑ってその肩を叩いた。
「ま、望ちゃんなら楽勝だよね」
「え? ……あ、うん」
 望ちゃんは曖昧に頷いた。
「……どうしたの?」
 いつものハキハキした望ちゃんらしくないなぁ。
「え?」
「なんか、変だよ」
「そ、そんなことないって。やだな、公ってば!」
 バァン
 俺は思いっきり背中を叩かれてつんのめった。
「おっとっとっと」
「きゃ! ご、ごめん!」
 そのまま近くのテーブルに突っ伏しそうになったところを、引っ張り戻された。
「ごめんなさい。大丈夫?」
「あいてて。ひどいなぁ」
「ご、ごめんなさい……」
 望ちゃんは俯いた。
 こんな望ちゃん、始めて見たぞ。なにがあったんだ?
「あ、あの、あたし、……行かなくちゃ。ごめん」
 そのまま、望ちゃんは走っていった。さすが毎日50キロ走ってるだけあって早い早い。あっという間に人混みの中に消えてしまった。

「好雄! おーい好雄ぉ!!」
「人の名前を連呼しながら走り回ってるんじゃない!」
 横あいから現れた好雄が俺の腕を掴んだ。
「あ、ちょうどよかった」
「なんだよ。俺、いま急いでるんだから」
 好雄はそわそわしながら言った。俺はにやりと笑った。
「ほほう、好雄くんは誰か気になる人でもいるというのでしょうかねぇ」
「そんなんじゃねぇって。それより、何だ?」
「あ、そうだ。清川さんが何か変なんだけど、何か知ってるか?」
「清川さん? ちょっと待ってろ」
 好雄はポケットから手帳を引っぱり出してめくり始めた。
「清川、清川っと。あったあった。いいか、耳かっぽじって良く聞けよ。……どうも、清川さんは最近スランプみたいだぜ」
「スランプ?」
「ああ。タイムが思ったように上がってないんで、苛ついてるらしい。それに、第三高校の川岸さんって娘が最近いいタイム出しててな、今度のインターハイは去年の女王の清川も危ないって下馬評だぜ」
「へ?」
 俺は目を丸くした。
 だって、望ちゃんって、無敵の人魚姫じゃなかったのか?
 俺が鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしているのがおかしかったのか、好雄は笑って肩をすくめた。
「清川さんだって普通の女の子だぜ。わかってるか?」
「普通の……」
 俺はその言葉に、頭を殴られたような気がした。
 俺って、知らず知らずのうちに望ちゃんを傷つけてたのかも知れないってことに気がついたんだ。
 そんな俺の背中を、好雄はポンと叩いた。
「ほら、行けよ」
「お、おう」
 俺は頷いた。そして駆け出した。

 あ! いた!
 俺は、クリスマスツリーを見上げる望ちゃんに駆け寄った。
「望ちゃん!」
「え? あ、公……」
 ドキン 俺は思わず立ち止まった。流し目って言うのかな。振り向いた望ちゃんの顔が、なんだかすごく色っぽかったんだ。
「ど、どうかしたの、公?」
「え? あ、いや……」
 さて、逢ったものの何の話をすればいいんだろうか?
 探すことだけを考えてて、迂闊にもそこまで考えてなかった俺は、言葉に詰まってしまった。
「えっと、その……インターハイがんばってねって……だぁーあ」
 俺は頭を抱えてその場にしゃがみ込んでしまった。よりによって何を言ってるんだ、俺は!
「きゃ、こ、公、どうしたの?」
 望ちゃんは驚いて俺の脇にかがみ込んだ。
「お腹でも痛いの? 大丈夫?」
「いや、そうじゃないんだけど……」
 うーん。何を言えばいいんだろう?
 俺は腕を組んで考え込んでしまった。
 と、望ちゃんが吹き出した。
「ぷっ。あはははは。変な公」
「そ、そうかな?」
 望ちゃんはひとしきり笑った後、クリスマスツリーを見上げた。
「クリスマス……かぁ」
「うん……」
 俺もツリーを見上げた。そして、呟いた。
「あきらめちゃだめだよ」
「え?」
「俺、応援しかできないけど……俺に出来ることはそれだけだから、精一杯応援する」
「公……。ありがと」
 望ちゃんは頷いた。
「あたしも、がんばるよ」
「それでこそ、望ちゃん。俺が見込んだだけはある」
「バ、バカ。照れるじゃないか!」
 バチィン のべぇ!
 俺はクリスマスツリーに激突した。
「きゃぁ! 公! 大丈夫!?」
「おめめぐーるぐるぅ」

余談

「見た? また主人くんと早乙女くん仲良さそうに話してたよ」
「見た見た! もう間違いないよね、あの二人」
「どっちがどっちだと思う?」
「モチ、主人攻めの早乙女受けよ」
「あら、あたしは逆だと思うな。意外と早乙女くん積極的っぽいし、最初に声かけたの早乙女くんの方でしょ?」
「ええーっ! そうだったんですか? やだ、それじゃ今書いてる原稿直さないといけないじゃないですか」
「……なに、その原稿って?」
「あ、いえ、なんでもありません……」
「如月さん(仮名)超あやしーって感じ」
「それを言うなら朝日奈さん(仮名)だって……」
「まぁまぁ、二人とも」
「そういう沙希(仮名)はどうなのよ!」
「え? あたしは、その……やっぱり主人くんがいいな、なんちゃって、えへへ」
「あのねぇ……」

「ああーっ、また変な噂が流れてる!! チェックしたくなんかねぇけど、チェックだチェック……トホホ」

《終わり》

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