はぁ〜、豪勢なパーティーだこと。
《終わり》
俺は実の所少々圧倒されていた。なにせ、高校に入るまでこんな派手なところに出入りしたこと無かったし。
それにしても、さっき逢った詩織、すげぇ綺麗だった。あんなドレス着てるところなんて見たこと無いのに。何処から調達してきたんだろうと思って聞いたら、
「あ、これ? 伊集院くんが用意してくれたの」
だそうだ。まぁ、気障で気に入らない野郎だが、服のセンスはいいからなぁ。
(もっとも、あいつ専用の制服はどうにもあれだが)
俺はいつの間にか詩織を視線で追いながらも、壁でぼうっとしていた。
やっぱり、何処にいても人に囲まれてて……絵になるよなぁ。うん。
それに較べて、この俺ときたら……。
それなりにセットしたつもりだけど、どうしてもハリネズミにしかならないくせっ毛に、ハシにも棒にも掛からないような流行遅れの服。よくもまぁ、服装チェックに引っかからなかったもんだ。あの門番、なんか俺のことをいやにじろじろ見てたけど……。
はふぅ。もう帰ろうかなぁ。
俺はそう思って、壁から体を起こした。
と、そんな俺の目に、一人の娘が入った。
ぼーっと大きなクリスマスツリーを見上げている、ドレス姿の女の子だ。
ピンク色の三つ編みのお下げにした髪に、上品そうな紫色のドレスがよく似合ってる。
俺は、なんとはなしにその娘に近づいた。
と、数人のえらそうなおっさん達が笑いあいながらその娘の脇を通った。
一人が何を話しているのか、大げさな身ぶりで腕を振り上げた。その腕がその娘の頭をぽかりと後ろからどつく形になる。
「きゃぁ」
その娘は、よろめいて頭を押さえた。おっさんたちはその声に振り向くと、何がおかしいのか笑い声をあげる。
「気をつけるんだな」
「ぼーっとしてるんじゃないぞ」
俺はほとんど無意識に進み出ていた。
「そっちこそ、謝ったらどうです?」
「なんだ? おまえは?」
おっさんたちは明らかに酔ってるようだった。顔は赤いし、吐く息も酒臭い。
「僕は単なる通りすがりなんですけど。でも、さっき見てましたけど、そっちからぶつかったんじゃないですか。謝りの一言もあってしかるべきでしょう?」
「なんだと、小僧。儂らに意見する気か?」
おっさんの一人がムッとしたように、尊大に言った。
と、その女の子はおっさんにお辞儀した。
「これは、失礼いたしました」
「君も、こんな連中に謝ることないよ」
俺はその娘に言った。その娘は首を振った。
「でも、『泥棒にも三分の理』と申しますし」
「なんだと? 俺達を泥棒呼ばわりするのか?」
「名前を聞いておこうか?」
一人のおっさんが言った。俺はその娘をかばうように前に出た。
「聞いてどうするんだよ」
「構いませんよ」
その娘は丁寧に一礼した。
「わたくし、古式ゆかりと申します」
「古式?」
おっさんの一人が、あとの二人の袖を引いた。
「おい、古式って、古式不動産のことじゃないのか?」
「そ、そういえば、古式不動産の御令嬢がレイ様と御同級と聞いたことがあるぞ」
「し、失礼しました」
「それではごゆっくり」
おっさん達はいきなり卑屈になると、ぺこぺこしながら去っていった。
俺は呆れて肩をすくめた。
「やだねー、ああいうのは。ああいう大人にはなりたくないなぁ」
「あの……」
後ろから声をかけられて、俺は振り返った。
その娘は丁寧に頭を下げた。
「ありがとうございました。あの、お名前を伺ってもよろしいですか?」
「え? あ、うん。きらめき高校1年の主人公っていうんだ」
「まぁ、それでは同級生というわけなのですね。あ、わたくし、古式ゆかりともうします」
なんだかおっとりした感じの娘だなぁ。
古式さんはにこにこしながら、俺を見ている。
う……。間が持たない。
「あのさ、古式さん……」
「はい?」
「その……綺麗なドレスだね」
とりあえず話題が無くなったら、相手の服を誉めろと好雄が言ってたことを思い出して、俺はそう言った。
「そうでしょうか? わたくしは、和服の方が好きなのですが……」
古式さんはそう言って、自分の格好を見てみている。
和服かぁ。何とも似合いそうだなぁ。
「そのドレスも伊集院……くんに借りたの?」
伊集院を呼び捨てにすると怒る女の子が多いので、いやいやながら女の子と話すときにあいつの名前が出るときには「くん」をつけることにしている。
ま、そんなことはどうでもいい。
俺がそう訊ねると、古式さんは首を振った。
「いいえ。わたくしが伊集院さんのパーティーに出ることになりましたとお父さまに言いましたら、作ってくださいました」
「へぇー」
そういえば、さっきのおっさん達が「古式不動産の御令嬢」とか言ってたなぁ。
なるほどぉ。お嬢様なんだ。
そう言われれば、さりげなく付けてるイヤリングやネックレスも、なんだか本物っぽいしなぁ。
俺は納得した。
しかし……。
俺は改めて古式さんをじっくりと拝見した。
かわいいなぁ。なんだか、近頃の詩織には気後れを感じてしまうんだけど、古式さんにはそういうものを感じない。話していても、なんとなく安心できるっていうかなんていうか……。
「いかが、なさいましたか?」
古式さんは小首を傾げて俺を見た。
「あ、ううん。なんでも……」
と、そのとき電気がすっと薄暗くなった。クリスマスツリーのイルミネーションの点滅が、俺と古式さんの顔を彩る。
「あ、あれ?」
俺は辺りを見回した。と、伊集院の声が聞こえた。
「では、これからチークタイムとする。おのおの好きな者と踊るがいい。はーっはっはっはっは。ミュージック、スタート!」
静かな音楽が鳴り出した。
は? は? 何が起こってるんだ?
俺は思わずキョロキョロと辺りを見回していた。
広いホールの中では、薄暗い明かりの中で、抱き合うように踊っている姿が視認できた。
そうかぁ。これが噂に聞くチークダンスという奴かぁ。
妙に感動していた俺に、横あいから古式さんが言った。
「あのぉ、お願いがあるのですが、よろしいでしょうか?」
「え? あ、うん」
頷いた俺に、古式さんは驚くべき事を言った。
「踊っては、いただけないでしょうか?」
「……俺と?」
思わず一瞬茫然自失してから、俺は自分を指した。古式さんは笑って頷いた。
「わたくし、一度チークダンスを踊ってみたかったのですが、一緒に踊って下さる殿方がなかなかおりませんでしたので」
「古式さんなら、相手はいくらでもいるんじゃないの?」
俺がそう言うと、古式さんは俯いた。
「わたくし、あなた様のような殿方とお付き合いしたことがございませんでしたので……」
一瞬、その横顔に寂しげな影が走ったような気がした。
そうか。古式不動産のお嬢さんだもんなぁ。きっと同じくらいの年の男とは一緒に遊んだりしなかったんだろうなぁ。
俺は、小さい頃のこと……詩織と毎日泥だらけになって遊んでいた頃のことだ……を思い出して、少し切なくなった。
よし。
「いいよ。俺、踊ったこと無いけど……踊ろうよ」
俺は手をさしだした。
「よろしいのですか?」
「俺でよければ」
「嬉しいですねぇ」
古式さんはにっこりと微笑んだ。
「行こう!」
「はい」
俺と古式さんは手をとりあって、ホールの中央に進み出た。
「本日は、とても楽しく過ごせました。本当にありがとうございます」
パーティーも終わり、俺と古式さんは会場の出口で挨拶をしていた。やっぱりお嬢様だけあって、古式さんには迎えの車が来ているらしい。
「いやぁ、こっちこそ」
俺は照れて頭を掻いた。
「それでは、今度は学校でお逢いしましょう。ごきげんよう」
古式さんは丁寧に頭を下げると、駐車場の方にしずしずと歩いていった。
それを見るともなく見送りながら、俺は「好雄に電話しなくっちゃ」と思っていた。
と。
「あらぁ、公くん。鼻の下伸ばしてなにしてるのぉ?」
「し、詩織?」
いきなり後ろから言われて、俺はびっくりして振り返った。
詩織はプンスカと膨れていた。
「なに言ってるんだよ、詩織」
「そうかしらぁ? さっきは随分楽しそうに踊ってたみたいですけど」
「え? いや、だってさ、詩織はいくらでも相手が……」
言いかけて、俺は詩織が踊っているところを見なかったことに気付いた。
詩織ならいくらでも相手はいるだろうに、どうしてだろう?
「じゃ、さよなら」
そのまま、詩織はすたすたと帰っていった。俺は唖然としてその後ろ姿を見送っていた。
その後ろで、好雄がメモを広げて何か書き込んでいることに、俺は気付かなかった。
「藤崎さんの主人への評価は、……っと」