さぁて、と。
《終わり》
俺はグラスを片手に会場内を見回した。ちょっと伊集院の真似をしてみたというわけでもないのだが。
うーん。人が多すぎるぞ。
一緒に来た詩織とは、会場に入る草々にはぐれちまうし。いっそ迷子の連絡でもして貰うか。
そんな間抜けなことを考えながら、俺がぶらぶらしていると、前の方で誰かが言い争ってる。
甲高い声が聞こえてきた。
「あっそ! そんなこと言うわけ? もうさいってぇ!!」
「そりゃ、こっちのセリフだ!」
「超ムカァ! もう、あたしの前から消えなさいよ!」
バシャアッ 派手な水音。
俺は人混みをかき分けて前に出た。
思った通り、タンブラーの水をぶっかけられて、びしょぬれになっているのが好雄、そしてその前で腰に手を当てて好雄を睨んでいるのが朝日奈だった。
好雄は憤然とした顔で、言った。
「あーあー、はいはい。消えますよ! 消えればいいんだろ! お望み通りさっさと消えてやりますよ!!」
そのまま、野次馬をかき分けるように、すたすたと歩いていく。
朝日奈はしばらくそれを見送っていたが、やがてふっと肩を落とした。
「どーしてこうなっちゃうんだろ、あたし達って……」
「見ーちゃった」
俺が後ろから声をかけると、朝日奈は振り返った。
「なんだぁ、公くんかぁ」
「なんだ、で悪うございました。ま、一杯どうぞ」
俺は近くのテーブルにあったシャンパンを開けると、泡立つ中身をシャンパングラスに注いだ。そして、朝日奈に手渡す。
「あんがと」
「それじゃ、乾杯」
俺達は、互いのグラスをチンと合わせた。
「メリー・クリスマス」
「メリー・クリスマス」
朝日奈はごくごくと一気にシャンパンを飲み干すと、また大きくため息をついた。
「ふぅ……」
「どうしたの?」
俺はさりげなく訊ねた。
「ん……。なんでも……」
朝日奈はそう答えると、俺に視線を向けた。
「で、公くんはうまくやってるわけ?」
「相変わらずだよ、俺は」
俺は肩をすくめた。
「あたしも……あいかわらずって感じかなぁ」
そう言う朝日奈のグラスに俺はシャンパンを注いだ。そして訊ねた。
「うまくいってないんだ」
「……公くんも見たっしょ? さっきの……」
「相変わらず派手だね」
俺は微笑した。
「あたしって、どうしてこうなっちゃうんだろ……」
今度はシャンパンを飲もうとせず、朝日奈はたちのぼっては消える泡をじっと見つめていた。
その微かに朱のさした横顔に、俺はどきっとした。
いつの間にか、酔ってるのかな、俺も……。
好雄よ、おまえは罪作りだぜ、おい。
「朝日奈……」
「あに?」
俺は、一つ咳払いをして邪念を振り切ってから、言った。
「朝日奈は好雄を選んだんだろ?」
「……ん」
朝日奈は、微かに頷いた。
「……後悔してる?」
「……前に言ったっしょ? あたし、後悔なんかしたくないって」
そう言うと、唇に笑みを浮かべる。
「ああ、覚えてるよ」
俺は頷いた。
「後悔したくないから……あいつを選んだんだろ?」
「そ」
一瞬、はにかむように笑うと、朝日奈はシャンパングラスをぐいっとあけた。それから俺にグラスを突き返す。
「ごっそさん」
「ああ」
俺は笑ってそれを受け取ると、脇のテーブルに置く。
「それじゃ、またね!」
「あ、朝日奈!!」
駆けていこうとした朝日奈を、俺は呼び止めた。
「何?」
振り返った朝日奈に向かって、親指を立てる。
「ガンバレ」
「モチ! 朝日奈夕子さまはいつでも全力よ!」
笑って、自分でも親指を立ててみせると、朝日奈はそのまま駆けていった。
俺は、その後ろ姿にシャンパングラスを掲げた。
「朝日奈夕子に、乾杯!」