「あ、先輩」
《終わり》
「うにゃ?」
俺は“伊集院家特製巨大クリスマスツリー”の下で、後ろから声をかけられて振り返った。
「おや、優美ちゃん」
「こんにちわ、先輩!」
優美ちゃんは俺の前でぺこりと頭を下げた。
おやまぁ、今日はまたおめかししてるな。
「先輩も来てたんですね! 優美も来てよかったなぁ」
「え? なんでまた?」
「だって、クリスマスなんだもん!」
にこにこ笑う優美ちゃんの手には、フルーツやらケーキやらがところ狭しとのった大きな皿がある。重くないかなとも思うが、きっと伊集院家特製ファインセラミックか何かの皿で軽いんだろう。
俺の視線を誤解したのか、優美ちゃんはその皿を俺に突きつけた。
「先輩も食べませんか?」
これは断ると失礼に当たるだろう。
「うん、いただくよ」
俺はのっかっていたメロンを一切れもらった。うん、甘い。
「このポッキーも美味しいんだよぉ」
「そう?」
「あ、それから、このマシュマロも」
「はむはむ。なるほどぉ」
ううーん。口の中がスイートメモリーズ。
「ああー、先輩そんなに食べちゃダメだよぉ」
「いいじゃん。お、このチョコいけるな」
「ぶー」
「あ、このミニケーキもいいぞ」
「こうなったら、優美も食べる!」
そんなこんなで二人でお皿の上を片づけていると、前から詩織がやってきた。
「あら、優美ちゃんと公くんじゃない」
「よぉ、詩織」
「こんばんわぁ、詩織先輩。うわぁ、すごぉい。お姫さまみたい」
「ありがと、優美ちゃん」
詩織は優美の頭をなでなでした。たちまち膨れる優美ちゃん。
「ぶぅー。また優美のこと子供扱いするぅ」
「あ、そんなこと無いのよ」
「ふぇぇーん、詩織先輩なんて嫌いだもん!!」
だだーっと優美ちゃんは走り去っていった。
「あ、優美ちゃん! ……公くん、どうしよう。優美ちゃん怒っちゃったみたい……」
「いや、どうしようって言ったって……」
「困っちゃったな」
詩織は俯いた。
あかん。折角のクリスマスやのに、詩織はんにこんな顔させといたら男がすたるっちゅうもんや。
何故か大阪弁の俺。
俺は詩織の肩をポンと叩いた。
「気にすること無いよ。優美ちゃんはスグに戻ってくるって」
「そうかな……?」
「ああ。よし、俺がちょっと行ってくるよ」
俺は走り出した。
優美ちゃん何処に行ったのかなぁ?
俺は広いパーティー会場を見回した。
うーん、人が多くて良く見えないな。よし。
階段を駆け上がった。ホールを見渡せる通路から探そうってわけだ。
「おや、庶民じゃないか。慌ててどうかしたのかね?」
げ。
嫌な声が、階段の上から聞こえて、俺は足を止めた。
「伊集院か。今はちょっとワケありでね、君に構ってる暇はないのだよ。さらばだアデュー」
そう言って、伊集院の脇を通り過ぎる。
「お、おい」
「じゃあな」
俺はテラスからホールを見回した。
おかしいなぁ。随分派手なリボンしてたから、視力2.0を誇る俺の目で見付からないはず無いんだが。
「何を探しているのかね?」
いきなり後ろから声が聞こえた。
俺は肩をすくめた。
「伊集院様には関係ございませんよ、庶民の事でございますから」
もしかして、怒って帰っちゃったのかな?
「あ、おい、主人くん!」
俺は呼び止める伊集院の声を無視して、階段を駆け下りた。
俺は会場を飛び出した。伊集院邸の前の広い中庭は、今日は臨時駐車場と化していて、様々な高級車が停まっている。
その間を縫うように走っていると、不意に歌声が聞こえた。
妙に甲高い声には聞き覚えがあった。
俺は、その声の方を見た。
優美ちゃんがいた。大きな樹の枝に腰をかけ、足をぶらぶらさせながら歌っていた。
「優美のやつ、昔っから、何か悲しいことがあると、いつもあの歌を歌ってるんだぜ」
「え?」
振り返ると、好雄がいた。
「好雄、どうして……?」
俺が訊ねると、好雄は肩をすくめた。
「まぁ、俺でもいないよりはマシかと思ってな。でもまぁ、お前が来たら俺は用済みだ。大人しく退散するさ」
「なんで俺が来たら好雄が用済みなんだ?」
「公くんって相変わらず超ニブね〜」
うわおう!
俺も驚いたが、好雄も驚いていた。
「あああさひな?」
「そそそーよ」
慌てた好雄の口調を真似して、朝日奈はおかしそうに笑った。
「いつからいたんだよ」
「ずっと。でも、誰かさんは妹を心配してて、全然後ろに気がつかないんだもんねー」
「なんだよ、それは」
好雄は赤くなってぶつぶつ言った。おお、これは面白い。今度これをネタにしてからかってやろ。
「と、とにかく、俺は戻る。後は任せたぜ、公」
「あん、待ってよ、好雄くん!」
会場に戻っていく好雄と朝日奈を見送ってから、俺は木の下に近づいた。
優美ちゃんは、星空を見上げながら歌っている。
俺は、その真下に歩み寄った。
おや?
俺のほっぺたに、何か冷たいものが落ちてきた。雨? それとも、雪? まさか。
頭上は星空だぜ。
と、歌がとまった。そして、優美ちゃんが呟いた。
「優美、どうしてもう1年早く産まれなかったのかな……」
「……」
その時、俺は気付かざるを得なかった。
優美ちゃんは一つ年下だ。何年たっても、一つ年下のままなんだってこと。
俺は、何故優美ちゃんが子供扱いされたときすごく怒るのか、わかったような気がした。
そっと呼ぶ。
「優美」
「え?」
優美ちゃんは、俺を見下ろした。
「先輩……?」
「ごめん、優美。俺、君のこと、まだ子供だと思ってた。でも、もう君は……」
俺は笑って言った。
「立派なレディだよ」
「先輩……。ほんとうですか?」
「嘘じゃないよ」
大きく頷いてみせると、優美ちゃんは袖でぐいっと顔を拭いた。そして笑みを浮かべた。
「わぁい。やっと認めてくれたんれすね。優美、うれし……いわぁぁぁっ!」
いきなりバランスを崩して、優美ちゃんはそのまま樹の枝から落っこちた。
「きゃぁぁ!」
「爆芯っ!」
俺は優美ちゃんを受けとめた。
「おっとっと」
「……」
優美ちゃんはびっくりしたみたいに目をぱちくりさせていたが、不意に俺の首に抱きついて泣き出した。
「わぁーん、怖かったよぉぉ」
「あーよしよし」
俺は苦笑しながら優美ちゃんをあやすように揺すってあげた。
なんだかんだ言っても、こういうところはまだまだだよな。
しばらくして落ちついたらしく、優美ちゃんは赤くなりながら俺に頭を下げていた。
「ごめんなさい。迷惑かけました」
「いやぁ、なはは」
頭を掻きながら意味不明に笑う俺。実は抱いていた間、ちょうど右手が優美ちゃんの胸に『偶然』当たっていたのだ。未発達といえど、やはり気持ちいいものは気持ちいい。
「それじゃ、戻りましょうか、レディ」
俺は、優美ちゃんに肘をさしだした。
「うん」
優美ちゃんは満面に笑みを浮かべて俺の腕に掴まった。
俺達が会場に入ると、詩織が大きな皿を持って駆け寄ってきた。
「優美ちゃん、さっきはごめんね」
「詩織先輩、もういいれすよ」
「これ、おわびよ」
詩織は、色とりどりのフルーツの乗ったその皿を優美ちゃんに渡した。
「うわぁ、すごぉい。ありがとう、先輩!」
「どういたしまして」
詩織はスカートの裾を摘んで優雅に一礼すると、俺にウィンクした。
「それじゃ、優美ちゃんのことよろしくね、公くん」
「お、おい、詩織」
俺の声を無視して、詩織は優美ちゃんに笑いかけた。
「今晩は、貸してあげるね」
優美ちゃんも、負けじと笑いながら言った。
「もう返さないかも知れませんよぉ」
「そのときは、そのとき、よ」
詩織は笑って答えると、そのままスカートを翻して人混みにまぎれていった。
優美ちゃんは、それを見送りながら呟いた。
「優美だって……」
「え? 何か言った?」
「ううん、なんれもないれす」
優美ちゃんは首を振ると、俺に言った。
「先輩、あっちに美味しいものありそうですよ!」
余談
「あ、こら、公! 優美の腰に手を回すんじゃない! 優美も優美だぜ、嬉しそうな顔しやがって。ああっ! 公、何をするんだ!?」
「好雄くん……いつまでクリスマスツリーの影に隠れてるわけぇ?」
「い、いや、それはだなぁ……。ああっ! ちょっとごめん、朝日奈。おい、公っ!!」
「……あーあ。あたし、なんか選択間違えたかなぁ……」