喫茶店『Mute』へ
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うぅん。
《続く》
やっぱり、ベッドはどうも寝付かれませんねぇ。
それに、この寝間着……ネグリジェとかもうすらしいですが、どうも普段着慣れないものですから……。
わたくしはベッドから降りますと、窓の方に近寄りました。
わたくしがここに連れて来られましてから、はや1週間になろうとしております。
あの日以来、新須さんは姿を見せられません。
わたくしの身の回りのことは、たくさんの方々が至れり尽くせりのお世話をしてくださいますので、特に不自由には感じておりませんが、やはり、お父さまやお母さまにお逢いできませんのは寂しいです。
もう、逢えないのでしょうか?
お父さま、お母さまだけではありません。学校の先生方や、同じクラスのみなさん、テニス部の先輩方にも……。
そして……。
「そのこと」を想いますと、わたくしの胸の鼓動が高鳴ります。
公さん……。
こちらにまいりましてから、公さんのことを考えますと、前にもまして、胸が切なくなるのです。
やはり、毎日お逢いできなくなってしまったからでしょうか?
わたくし、窓から外を見上げました。
湖の畔にありますこのお屋敷は、周囲を白樺の林が取り巻いております。今日は月が明るく辺りを照らしておりますので、昼間とまでは参りませんが、結構辺りが見渡せます。
わたくしは、窓の所まで椅子を引っ張って参りまして、それに座って外を見ておりました。
チュン、チュン
小鳥の鳴き声で、わたくしは目を覚ましました。あら、いけない。
どうやら、昨晩はあのまま眠ってしまったみたいですねぇ。
あらぁ。
窓枠の所に小鳥が2羽とまっております。可愛いですねぇ。
わたくしは、ついつい見とれてしまいました。
2羽は、なにやら話し合っているように、チュンチュンと鳴き交わしていましたが、やがて2羽揃って飛んでいってしまいました。
わたくしにも……羽があれば……。
トントン
ノックの音がしました。
ドアの向こうから声がします。
「お嬢様、お目覚めでしょうか? お食事の用意が出来ておりますが」
「はぁい、わかりましたぁ」
わたくしがお返事をしましたら、お手伝いの女の方が3人ほど入って参ります。この方々がわたくしの着替えを手伝ってくださるのです。
わたくしはぼぉーっとしていればよろしいので、それはいいのですが。
でも、朝食がパンと紅茶なのは、やはり性に合いませんねぇ。
やはり朝はご飯とお味噌汁。それに、海苔と納豆。あ、ししゃもを焼いたのなぞもよろしいですねぇ。
わたくしは、給仕をしてくださいます人に尋ねました。
「あのぉ、今日は新須さんは……?」
「若旦那様は今日も忙しいので、こちらにはいらっしゃいません。週末になればいらっしゃいますと思いますが」
「……そう、ですの。では、せめて家にお電話くらいかけさせてはいただけませんか?」
「残念ですが、このお屋敷には電話がありませんので」
「……あら、そうなんですかぁ? それでは仕方がありませんですわねぇ。では、外にかけに行ってもよろしいですか?」
「それは出来ません。若旦那様に、お嬢様に危険なことがないように、このお屋敷から出してはならないと申しつかっております」
「そうなんですか。心配してくださって、ありがたいことですわねぇ」
そうお答えして、わたくしはそっと溜息をつきました。
この方々にはなんの罪もありません。心底、わたくしのことを心配して下さっているのですから。
それは判っているのですが、どうしても恨めしく思ってしまいます。
昼間は、お屋敷の庭なら散策しても良いことになっております。
わたくしは、毎日白樺の林の中を歩き回っております。ここだけは、とっても気に入っているのですよ。
ちょうど、散策するにはいい気候ですね。この辺りは高原なので、ちょっと涼しいんですのよ。
いまごろ、皆さん何をなさっていらっしゃるんでしょうか。
……公さんは……何を……。
だめです。公さんのことを考えましただけで……、涙が出てきてしまいます。
わたくしはその場にしゃがみ込んで、しばらく手で顔を覆っておりました。
キュロ、キョッ
なんだか、呼ばれたような気がしましてわたくしは顔を上げました。
いつ来たのか、わたくしの前には、一匹の栗鼠さんがちょこんと座ってわたくしの顔を見上げておりました。
「まぁ、かわいい」
キュッ
その栗鼠さんは、不意にわたくしの身体に駆け上がると、肩に飛び乗り、それから走っていってしまいました。
「あらぁ……」
と、栗鼠さんが一度立ち止まり、こっちを振り向きました。
それが、なんだか心配してるみたいですので、わたくしは涙を拭いて、答えました。
「大丈夫ですよ。わたくしのことは、ご心配なさらないでくださいね、公さん」
キュキュッ
栗鼠さんはそう答えて、木を駆け上がっていきました。
わたくし、それをただ見送るだけでした。
わたくしも、あんなに自由に走りたいですねぇ……。