喫茶店『Mute』へ  目次に戻る  末尾へ

ゆかりちゃんSS ゆかりちゃんのささやき
番外編1 M.T.


 ずっと、わたし、公くんのこと見つめてた。
 でも、公くんは、わたしには気づいてくれなかった……。
 わたしの想いには……。

「ねぇ、コアラちゃん。やっぱり、想いって口に出さないと伝わってくれないのかなぁ」
 コアラちゃんは、いつものように、部屋に置いてある鉢植えのユーカリの木にしがみついて、葉っぱをむしゃむしゃ食べてる。わたしの話なんか、聞いてくれないみたい。
 もう、卒業まであんまり時間がないのに……。
 公くん、ずっと古式さんと一緒。わたしの入る隙間なんて、ないみたい。
 見晴、ずっとそばで見てる、それだけでいいってあの時決めたんでしょ?
 なにをいまさら、そんなこと言ってるの?
 ……でも、やっぱり、公くんのこと、好きなの……。

 トゥルルル、トゥルルル
 不意に電話が鳴った。わたしの心臓が飛び跳ねる。
 ドキドキドキ
 わたしはひとつ深呼吸して、受話器を取る。
「もしもし。館林です」
「あ、見晴? あたし、夕子よ」
 なぁんだ。夕子ちゃんかぁ。
 そうよね。公くんがわたしの電話番号なんて知ってるわけないものね。
「もしもし、見晴、聞いてるの?」
「あ、うん。どうしたの、夕子ちゃん」
「あのね、今日暇してる?」
 ……何もすることないから、日曜だっていうのに、家にいるんだけどな。
「……うん」
「超ラッキー! ね、ね、ちょっと遊園地まで出て来れない?」
「……いいけど……どうしたの?」
「じゃ、早く来てよ。それじゃね!」
 プツッ
 あ、電話切れちゃった。
 しょうがないなぁ。
 わたしは手早く服を着替えて、コアラちゃんを見た。
 はむはむ
 コアラちゃんはユーカリの葉っぱを一生懸命に食べてる。連れていくの、可哀想ね。置いていっちゃおうっと。

「あ、夕子ちゃん! こっちこっち!」
 わたしが手を振ると、夕子ちゃんは気がついてこっちに走ってきた。
「ごっめーん。電車がモロ込みでさぁ」
「それよりさ、何の用なのよぉ」
「実はねぇ……、あ、来た! 見晴、こっちこっち!」
 突然、夕子ちゃんはあたしを引っ張って、遊園地の入場ゲートの陰に隠れた。
「ゆ、夕子ちゃん?」
「ほれ、見よ」
 夕子ちゃんの指さす方向を見て、思わず息をのんじゃった。
 そこには、きょろきょろと辺りを見回す公くんがいたの。
 え? なんで? どうして?
 わたしは夕子ちゃんを見た。
「夕子ちゃん?」
「えっへん。見晴のために公くん呼び出して上げたの。感謝したまえよ」
「ええ?」
「さぁ、行って来い!!」
 ドン
 夕子ちゃん、わたしをいきなり突き飛ばした。
 そ、そんなぁ。
 ええい、こうなったら。見晴、ふぁいっとぉ!
 わたしは声を上げながら駆け寄った。
「ごめーん。待ったぁ?」
 公くん、振り向いた。
「あれ? 君……たしか館林さん」
 ……公くん……。
 やっぱり、ダメぇ。
 わたし、頭を下げた。
「ごっ、ごめんなさい。人違いでした!」
「え?」
「じゃ、さようなら!」
 そう言って、わたし、そのまま走って逃げちゃった。

「もう、見晴ったら。あたしが後フォローするのにどんなに苦労したと思ってるのよぉ」
 その晩。夕子ちゃんがぷんぷん怒って電話してきたの。
「ごめんね……」
「ま、いっけど。でも、見晴。そんな消極的じゃダメよ。もっと自分をアピールしないとさ、公くんって、そういうことには鈍感だから、ぜ〜〜ったいに気づかないんだから」
 夕子ちゃんが受話器の向こうで言った。
 わかってる。想いは言葉にしないと伝わらないって。
 でも、わたしには、そうする勇気がないの。
 それに……。それに公くんは、もう……。
「ねぇ、見晴、聞いてるの? 見晴?」
「ゴメン、夕子ちゃん」
 チン
 わたしは、電話を切った。机の前に座り、そのまま机に突っ伏す。
「ダメよね、夕子ちゃん。わたしって……」
 と。
 ペタペタ
 コアラちゃんがわたしの頬を叩いてた。
 わたしは起きあがって聞いてみた。
「なぁに、コアラちゃん」
 コアラちゃんは、くりくりした目でわたしを見つめている。
 と、突然コアラちゃんは机の上に二本の足で立つと、言った。
「落ち込むなよ、見晴。男なんて、他にいくらでもいるさ」
「そっかな?」
「ああ。手近な所で、俺なんてどうだい?」
 コアラちゃんは自分をくいっと指した。
 わたしは微笑んだ。
「まぁ、しょってるのね」

 はっと気がついて、わたしは身を起こした。
 どうやら、うたた寝してたみたい。
 そして、わたしの肩にコアラちゃんがしがみつくみたいにして眠ってる。
 わたしは、コアラちゃんの鼻をちょんっとつついた。
「こら。キミにまで心配してもらわなくても、大丈夫だぞ」
 公くんは、古式さんと一緒になる。それが自然なことなのね。
 なんだか、今はそれが納得できる気分。

 だから……。
 わたしは、鏡の前に立つと、髪を解いた。
 ファサァッ
 緑の髪が解けて広がる。
 鏡の中には、見慣れない娘。
 わたしは、その娘に向かって微笑んだ。
 バイバイ、公くん。
 バイバイ、昨日までのわたし。
 そして……。

 こんにちわ、今日からの、わ・た・し。

《fin》

 喫茶店『Mute』へ  目次に戻る  先頭へ