安らぎの場所へ 〜I wanna return to the Eden〜








<第二話 〜道標〜 前編>




清潔感溢れる真っ白な病室。
窓から射しこむ朝日が病室を美しく染め上げていて幻想的な雰囲気を醸し出している。

「んっ・・・」

病室にだた一つだけ置かれているベッドの上から微かな声が聞こえた。
碇シンジ。
シンジはベッドの上で静かに眠りに就いていた。

ベッドの横では、シンジが起きるのを待っている綾波レイがイスに座って文庫本を読んでいる。
シンジは僅かに起きる気配を見せただけで、病室には静寂のみが支配していた。



なぜシンジがここにいるか?
それを説明する前に、これまでを振り返ってみよう。

シン(過去へとやってきたシンジを区別するために、これからはシンと呼ぶ)は過去へとやって来た。
不完全なサードインパクトのため、行き場を失っていた膨大なエネルギーを使って。
しかし、時を越えた副作用だろうか・・・この時代に出たときにはシンジの肉体は消滅し、気づいたときには精神、魂のみの存在になっていた。

肉体を持たず、視覚的には僅かに体が透けて見えるような状態になってしまったシンは、使徒レリエルの影に飲み込まれエントリープラグ内で眠りについていたこの時代の自分、碇シンジの目の前に現れた。
そして、シンの目の前に居るその時代の自分がレリエルの虚数空間にいることは、一度経験していることなのでシンにはすぐに理解することができた。
この時代の自分が使徒の干渉により深層心理の世界へと誘われているのを知ると、シンジはこの時代のシンジに重なるようにして、その深層心理内へと潜り込んだのだ。
そこでシンはこの時代のシンジに自らをシンと名乗り、選択肢を提示した。


逃げたくはないか?と。


そして、この時代のシンジはシンの提示した選択肢を選んだ。
深層心理内で二人は魂の一部を共有するようになり、その共有した影響でシンジは眠りへと就いた。
深層心理内での一部分の魂の融合。
その結果、この時代の碇シンジの体に共存するようになったシンは初号機を操り虚数空間を破るが、シンもまた眠りに誘われた。
時を越え、初号機の意図的な暴走、そして最後にこの時代のシンジとの部分的とはいえ融合したことにより精神を疲弊しすぎたのだ。
サードインパクトによって力を持つようになったシンだが、精神はそれほど変化したわけではなかったのだから・・・


眠りに就いたシンは、初号機のエントリープラグから出されネルフの病院の一室に収容された。


そして、現在。


「ん・・・ここは・・・」

そう呟いてシンジ、いやシンがベッドから体を起こす。
ベッドの横で文庫本を開き、目覚めるのを待っていたレイの姿がシンの目に入る。
その光景はシンには見覚えのある光景だった。

「今日は寝ていて。後は私達で処理するわ」

レイはシンジが目覚めたのに気づくと、そう言って文庫本を閉じる。
そして、もう用事はすんだとばかりに席を立つ。

「もう大丈夫だよ」

シンは自分の経験した過去と同じように、去ろうとするレイにしっかりした口調で心配ないことを伝えた。

「そう、良かったわね」

去り際にレイが言ったその言葉はそっけない口調ではあったが、その口調はかつてと同じように母である碇ユイを彷彿とさせるような口調だった。

「待って、綾波」

シンは病室を出て行こうとするレイを少し強い口調で呼び止める。

「何?」

出口へと向かう足を止め、ベッドの上のシンに向き直った。

「後で綾波に話があるんだけど、今日もう一度会えないかな?」
「・・・問題ないわ」

シンジの問いに、レイはそっけない口調だが肯定を示す。

「用事にはどれくらいかかりそう?」

レイが言った後の処理とは使徒のことだろう。
使徒によって飲み込まれた街のエヴァによる後始末と、初号機の回収。
その他エヴァによる作業。
しかし、それらはそれほど時間はかからないはずである。

「お昼には終わるわ」

シンの思った通り、結構早く終わるようだ。

「なら食堂で待ってるよ」
「・・・わかったわ」

そう言ってレイは病室を出て、使徒戦の後始末をしに行った。
病室の扉がが開いた瞬間、覗こうとしていたアスカが慌てて隠れようとしたのが嫌に滑稽だった。

そして扉が閉まり、病室にはシンが一人。
朝日が病室に差し込んで、白い壁をオレンジ色に染め上げていた。




レイが病室を後にした後、シンは目を閉じ思考の海へと潜っていた。

シンが時を遡った目的はただ一つ。

自分の望む世界へと逃げること。
サードインパクトにより力を得て、全知とはいかないまでも、自分の周りで起こっていたことの全てを理解するくらいには知識を得たことによって、自分の望む世界が時を遡った先にあることを知り、シンは時を遡った。

しかし、当初は肉体を失うことなど予想しおらず、このような一つの体に二つの魂が存在するようになるようなことは考えていなかった。
本来は、肉体を持ったままで過去へと戻り、すぐさま目的を達することができると思っていたのだ。
肉体を失ったため、この時代に出た瞬間から行き当たりばったりな行動をとる羽目となった。
もし、あの深層心理の世界でシンジがシンの手を取り、共存しなければ、魂のみの存在のためにあのまま自然消滅していた可能性が高かったのだ。


現在、碇シンジの肉体でシンの人格は目覚めているが、シンジの方の人格はまだ眠っている状態にある。
一つの体に二つの魂があるが、形としてはシンがシンジを包み込んでいるような形だ。
まるでシンの魂がシンジの魂が傷つくことから守るかのように・・・

それも当然だろう。
シンとシンジでは明らかに違いが存在しているのだから・・・
力という点ではなく・・・絶望を知っているという差が・・・

そして、今の状態がシンにとって予想外のこととはいえ、それでも目的をすぐに遂げようと思えば遂げることはできる。
しかし、目的だけを優先させてしまえば、さすがにこの世界、または人々に対して無責任すぎるとシンは考えている。
時間軸が違えど、自分が知っている人たちである。


そこで自らの目的である自らの望む世界へと赴く前に、どうすればいいかをシンは静かに考えつづけた。







そしてしばらくして結論が出たのが、シンはゆっくりと目を開ける。
病室に差し込んでいる朝日が僅かに角度を変えていた。

「よし。まずはリツコさんに会いに行くか。たぶんリツコさんに頼むのが一番早いだろうし・・・」

シンは誰もいない病室で一人呟く。


-ねぇ-


しかし、独り言を呟いた瞬間、シンの頭の中で声が響いた。

「ん?ああ、起きたのか。あまりに静かだから忘れていたよ、シンジ君」

頭の中から声が聞こえてくるのが、さも当然のようにシンはその声に応える。
どうやらシンの中で眠っていたシンジの人格が目覚めたようだ。

-忘れないでよ。それで今どうなってるの?君の手を取ったところまでは覚えているんだけど・・・-

僅かにシンジの非難を混めた言葉が頭に響き、今の現状がどうなっているのかを聞いてくる。

「君、じゃなくて区別するためにシンと呼んでくれるとうれしいな。僕は君のことをシンジと呼ばせてもらうから。 あと、今の状態をわかりやすくいうと、僕達は今二重人格みたいな状態なっているんだ」

-二重人格?-

頭の中でシンジの疑問の声が響く。

「そう。今はこの体に二人が入っているような状態だ。
 そして僕が表に出ていて体を動かし、君は中で外で起きていることを客観的に感じているはずだよ」

-うん。自分が内側にいるっていうのがわかるよ-

そして、シンはシンジに現状をわかりやすく説明した。

現在の碇シンジの状態はと言うと・・・

あの深層心理の世界でシンジがシンの手を取ったことによりシンが体を支配し、シンの中にシンジの魂が存在している。
保護しているといってもいい。
元々一つの人格が分裂して起こる分裂症のような状態ではなく、一つの人格のあるところにもう一つの人格が割り込んでいる状態なので、普通ならシンとシンジの魂は完全に溶け合ってしまうのだろうが、シンの方が強力な自我境界線を引いているため完全には融合していない。
しかし、一つの体に二つの魂が存在しているといことで、僅かだが融合してしまっている。
いや、一つの体で共存するために融合せざるを得なかったのだ。
そして、もしお互いが望めば、その融合した部分を通じて情報のやり取りもできるのだろう。
シンのこれまでの経験は、今のシンジにはまだ刺激が強すぎるために情報のやり取りはしないだろうが・・・

これらのことをシンはシンジに伝えた。


「まあ、悪いようにはしないからそこで見ていてごらん。
 たとえつらいことが起きたとしても、そこなら君は傷つかないだろうから」

シンが諭すように内にいるシンジに言う。

-・・・君が言っていた誰も傷つけることも無く、誰からも傷つけられることのない世界ってこのこと?-

「それはちがうよ。それはもう少ししてから連れて行ってあげるよ。
 そこで今まで自分の取り巻いていた環境をもう一度認識しなおすと良い。
 色々としておきたいことがあるから・・・あと2日ぐらいはこのままの状態かな」

-そ、そう・・・-

「その間に色々と自分を取り巻いていた環境を見直してみるといい。それには、まずミサトさんの家を出ないとね」

-な、何で?-

驚いた声がシンの頭の中に響いた。

「理由は言っただろ?
 作戦指揮官である人が、道具として扱うべきパイロットと家族なんていうのがおかしいんだよ」

-そ、そうだったね・・・-

シンの言葉に深層心理でのシンの言葉をシンジは思い出した。
自分を道具のように扱うべき指揮官が、なぜ家族として一緒に居られるのか・・・
シンジはシンの言った言葉を思い出し、そして納得した。

「まあ、見ててごらん。あと僕に話し掛けるのは周りに誰もいないときにしてほしい。
 どうやら僕がシンジ君と話をするためには声に出さないといけないみたいだからね」

-う、うん。わかったよ-


シンは今まで何度か内にいるシンジに声を出さずにコミュニケーションを取ろうとしたがダメだった。
声を出すしかコミュニケーションが取れなかったのだ。
魂の一部まで共有しているのに何故それができないのかというと、シンがシンジとの共有をある程度拒絶しているからだ。
共有している部分からお互いの情報が行き来しないようにしている。

もし今それを受け入れてしまうと、シンからシンジへとシンの持つ情報が少なからず移ってしまう。
もしそんなことになれば、シンジにとって辛い事実が共有され、今のシンジでは心が壊れてしまうだろう・・・

だから、シンはシンジとの間に一本の境界線を入れているような形になっている。
それを解けば、声を出さずに話もできるのだろうが・・・


「さて、じゃあそろそろ行きますか。こういうことはリツコさんに頼むのが一番よさそうだな。リツコさんはどこにいるかな?」

そう気楽そうに呟いてシンジは病室を後にした。
向かう先はリツコの研究室だ。









病室を出たシンジはリツコの部屋がありそうな区画へ向かいながら、途中で会った何人かの職員に聞いて、シンはリツコの部屋へと目指した。

そして今はリツコ特製のコーヒー(もちろんブラック)を片手にリツコと向き合っている。

「それで話って何かしら?」

病院で寝ているはずのシンジが、目を覚ましてすぐに自分の所にくるような用事がどんなものであるのかリツコには予想できず、今の状況を内心少し驚いている。
リツコの中のシンジ像からはかけ離れた行動だったからだ。

「お願いしたいことがあってきたんですよ。大分前ですけどリツコさんが家に来た時に言ってましたよね?ミサトさんの家から引越しした方が良いって。できれば今日中に本部の個室の方に引越しがしたいんですが・・・」

淡々と自分の希望と述べるシンジ。

「あら?どうゆう心境の変化かしら?」

まさかそんなことを言いに来たとは思わず、軽い言い方の中に僅かに驚きが混じってしまう。
使徒の中からシンジが生還してから、まだ6時間も経過していない。
もしかしたら使徒の中に飲み込まれたことに関係した話かと思ったリツコだったが、肩透かしをくらった形となった。

「虚数空間の中で色々考える時間がありましたから。自分の今の状況を冷静に考えてみたんです。毎朝朝6時に起きて朝食の支度をして、アスカの分までお弁当を作り、ミサトさんと、時にはアスカまで起こして、学校から帰ってきてはミサトさんとアスカの散らかした部屋の掃除をして、夕食の材料の買い物に夕食の支度。こんなことを毎日しなければいけない生活に嫌気が差したんですよ。僕は家政夫じゃありません」

淡々とミサトのマンションでの生活を述べていく。
というよりミサトのマンションでのシンジの仕事を・・・
その内容はまさに家政夫そのものだった・・・

「そ、そうね・・・(す、すごいわね・・・それに中学生に世話をされているミサトって一体・・・)」

シンジの独白ともいえる話を聞き、リツコのこめかみに冷や汗が流れる。
リツコは自分のよく知るミサトという人間と一緒に暮らすなら、確かに一緒に住む人間の方が家事全般をしなければ普通の生活環境を保てないだろうことは容易に想像がついた。
そしてそれが真理であることも、ミサトをよく知るリツコは理解している。

「それにもう一つ。ここへ初めて来たとき何がなんだかわからない内にミサトさんのマンションに住むようになりましたけど、今覚えば、ミサトさんは僕に死ねと言える立場の人ですよね?」

唐突に話が変り、リツコはシンジが何を言いたいのかわからなかった。

「ええ・・・」

曖昧な返事をしたが、それと同時に聡明なリツコの頭の中ではシンジが何を言いたいのか正確に予想できた。

「そんな人と一緒に住むっていうのは問題があると思いますよ。自分に対して死んでこいと言える人間が家族として暮らそうと言ってるんですから、無理がありますよ。家では家族として、ネルフではパイロットとしてなんて・・・」

「そうね・・・」

リツコは理解し、また納得した。
シンジはただ家事が嫌だからという理由だけで引越しを決めた訳ではないと。
確かにそれも大きいだろうが、シンジが後に言った理由の方がとても重要だと言うことを。
そして、同時にリツコは認識を改めた。
シンジの方がミサトよりよほどしっかりしていそうだと。

「引越し先はどこでもいいんですが、本部の個室ならすぐに用意してもらえると思ったんですが・・・できませんか?」

淡々と喋ってはいるが、シンジの主張はとても筋が通っていた。

「そうね・・・・・・本部の個室ならすぐにでも手配できると思うわ。いいのね?」

そしてリツコはシンジの要求を呑んだ。
シンジの話を聞き、ミサトのマンションでのシンジの生活を同情するなと言う方が無理である。
あのミサトと一緒に住み、家事全般を一手に引き受けているシンジの生活を再認識してしまうと、断ることはできないだろう。

「はい。できれば荷物の方も今日中に移してほしいんですが・・・」

シンが心配しているのはミサトが止めようとした場合だった。
ミサトの場合、シンジが本部で暮らそうとするのを問答無用で止めようとする可能性があった。
第3新東京市でミサトの家に住むようになったのも、ある意味問答無用だったからだ。
もちろん自分の主張を通す自身はあるが、ミサト相手だとかなり面倒だとシンは考えている。

「荷物の搬入は夜の少し遅い時間になるかも知れないわよ?今は朝だから、すぐに手配して夕方につけば良い方ね」

「かまいません。遅くなりそうなら、今日は仮眠室で寝ることにしますから。そして、明日の朝起きてから部屋の方へ行くことにします。明日は学校が休みですから」

シンははっきりと言う。
ミサトのマンションから出られれば、他のことはある意味どうでもよかったのだ。
さらに言うなら、住む場所もどこでもよかったのだ。

「そうね。それがいいわ。個室の方は手配しておきます。
 ネルフで寝泊りするなら、便宜上、保護者は私にしておくわね。
 ミサトに知られると強引にでも引き止められると思うから、手続きが終わるまで内緒にしておく方がいいわね。
 ミサトには今日は帰らないとも伝えておいてあげるわ。後でミサトには自分で説明しておきなさい」

リツコもシンと同じようにミサトに知られると問答無用でシンジを引きとめようとすると考え、シンのためにもミサトには内緒にしておくことにした。
保護者の事もミサトからリツコの方へ移しておけば、ミサトもシンジを強引に連れ戻すことはできないだろうと考えてのことだ。

そしてリツコはシンジに協力しながらも、今まで家事を一手に引き受けていたシンジを失ったミサトとアスカが、これからどう生活していくのか、それを考えると少し面白くも感じていた。

「それと昼食を食べた後でいいからもう一度ここへ来てくれるかしら?虚数空間にいるときのことでいくつか聞きたいことがあるから」
「わかりました。でも、あまりお話できるようなことはないと思いますけど・・・。じゃあこれで」

そう言って、シンはリツコの部屋から出て行った。







シンジの出て行った後、リツコはコーヒーを口に含み呟いた。

「シンジ君、少し雰囲気が変ったかしら?まあ、助かったとはいえ、死に直面したのが影響しているのかしら。それはともかく、ミサトもアスカも家事を全てシンジ君にやらせているなんて・・・・・・私が引き取れば良かったかしら(もしそうすれば全部シンジ君が家事をしてくれそうね)」

しなければいけない膨大な仕事を一瞬忘れて、本気で考えてしまうリツコであった。












リツコの研究室から出たすぐの廊下。
人の気配はまったくない。
その廊下の突き当たりにある長イスにシンジは座っていた。

住む所に関してはリツコに任せておけば完璧だろうと考え、レイとの待ち合わせ場所である食堂へ行くまでに、これからどうするか考えている。

「さて、お昼まで少し時間があるな・・・制服がロッカーに入れたままだと思うから、とりあえずこの病院の服から着替えてくるか・・・」

そう呟いてロッカールームへ足を向けようとしたシンに、頭の中から呼びかけられる。

-ねぇ、さっきの話を聞いてて思ったんだけど・・・-

「ん?何だい?」

-僕ってけっこう凄いんだね-

おかしなことだがシンジの口調に自分自身に対する尊敬が篭められていた。
それもそうだろう。
自分が生活するためにしていたことを、さっき初めて客観的に判断したのだから。

「そうだね。でも、初めからできたわけじゃないだろ?家事においては凄くならざるを得なかったのさ、ミサトさんのおかげでね」

-そ、そうだね(汗)・・・-

シンの言葉を聞いて今までの生活が頭に浮かんできた。
まともに生活しようとすれば、自分で全てをしなければならなかった。
家事が上達したのは確かにミサトのおかげだろう・・・

「ミサトさんに自覚はないだろうけど、あのマンションでの生活は、結構酷い境遇を強いられてきたと思うよ、さっきリツコさんに説明した理由のようにね。それを考えると、碇シンジという存在は、ミサトさんにとって本当に家族として必要だったのかな?パイロットという道具として、そして家政夫としてしか必要なかったんじゃないかな?」

ふいにシンがシンジに話し始めた。
葛木ミサトが見ている碇シンジの存在意義を・・・

-そ、そんな・・・-

まさか・・・
そんな言葉が浮かんでくるが、もしそうだとしたら?と考えてしまう。
さっき、今までの自分の境遇を客観的に認識し直したばかりで、そのことを考えるともしかしたらと考えてしまう。
今まで姉のように思っていたミサトのシンジに対する認識が、もしシンの言うとおりなら・・・

「はっきりと否定できないかな。初めは、ただ中学生の一人暮らしはかわいそうという同情から引き取れらたしね。もしかしたらペンペンと同じように思われていたのかも・・・」

-ペンペンと同じ?-

いきなりペンギンを話題に出され、シンジは理解できない。

「家に帰れば誰も居ない・・・そんな寂しさを紛らわすために引き取ったんじゃないかってこと・・・ペットと同じさ」

-う、嘘だ!嘘だ嘘だ!-

自分が寂しさを紛らわせるために引き取られた・・・ペンペンと同じ存在・・・
シンの話を聞いてショックを受け、取り乱しながら否定する。

「ミサトさんは自覚していないだろうけどね。でも、客観的に見たらそう見られてもおかしくない扱いだったとは思うけどね?そう思わないかい?」

- ・・・・・・・・・ -

そうかもしれない・・・
シンジははっきりと否定できないでいる。

「今まで話したのは、客観的に見たらの話でミサトさんはそうは思ってないかもしれない。結果には表れていないけど、ミサトさんはちゃんとシンジ君を家族としてみようとはしていたのかもね。でも、やっぱり客観的に見ると、さっき話したように思えてもしかない。さっきリツコさんに僕が話したことを聞いて、初めてミサトさんのマンションでの生活を客観的に判断したんだ。まあ、色々なことをじっくり認識し直せばいい。さてっと、着替えに行きますか」

シンの言葉を聞いても、シンジの中では先ほどまでの言葉が渦巻いていた。
ミサトは確かにシンジに家族のように接してくれたかもしれない。
その反面、シンの言葉も否定できないかもしれない。
シンジは思考の海に溺れていった。

シンはシンジがもう話し掛けてこないことを確認するとロッカールームへと足を向けた。
廊下にはシンジ以外誰もいない。
もし人がいたならば、独り言を言っているシンジを気味悪がったかもしれないが・・・









ロッカールームで病院の寝巻きから制服へと着替えが終わり、食堂へと来ていた。
シンはジオフロントの景色が一望できる窓際の席を陣取り、ぼーっとジオフロントの景色を眺めている。
景色を眺めて、ジュースを飲みながらレイを待つこと一時間・・・

「碇君・・・」

食堂から見えるジオフロントの景色をぼーっと眺めていると、何時の間にかシンジの横に立っていた綾波に声をかけられた。

「ああ、綾波。ごめんごめん、気がつかなかったよ」
「いい。それで話って?」

レイはあまり気にしていない様子で話の先を促す。

「うん。話はあるけど、その前に。綾波?まだお昼食べてないだろ?」
「ええ」
「なら一緒に食べようよ」

シンジは今まで後始末の為に食事をしていなかっただろうレイを食事に誘う。

「かまわないわ」

そしてシンジはレイを連れて料理を注文しに行った。




食堂で頼んだ料理を前に、二人は向かい合って座っている。
少し離れてこの光景を見ると、カップルと見えなくも無いだろう・・・

まずは料理を食べようというシンジの言葉で、二人は黙々と食べている。
特にシンジはほとんど一日食事を抜いていたに等しいので、大量に食べている。
シンジの前の料理がほぼ全て無くなった頃、ちょうど食べ終わったレイにシンジは切り出した。

「綾波、話っていうのは明日のことなんだ」
「明日?」

明日と言われてレイは思い当たることがなく、少し考え込む。

「そう、明日。いろいろと必要な物ができて、買い物に行こうと思うんだ。それに綾波に付き合って欲しいんだよ」

シンは明るい綺麗な笑顔を見せて、レイを誘う。

「何故?」
「綾波も一緒に必要なものを買わないとね」
「?そんな物は無いわ」

シンの言葉をレイは理解できなかった。

「あるよ。綾波が気づいてないだけだよ。 明日は、今日の使徒のこともあったから実験もないだろうし、ちょうど学校も休みだからね・・・付き合ってくれないかな?綾波が必要としなければいけないものを教えてあげるよ」

シンは優しい微笑みをレイに対して浮かべる。

「・・・・・・ええ、かまわないわ・・・・・・」

何故かは解からないが、レイはシンの微笑みを見た瞬間粉と断れなくなった。

「そう、よかった。じゃあ、明日の10時頃、綾波の家まで迎えに行くから」
「・・・ええ・・・」
「それじゃあ、リツコさんに呼ばれているからもう行くよ。また明日」
「・・・」
「綾波、明日また会えるときに別れるときは”また明日”って言うんだよ。また明日、綾波」
「ま、また明日・・・」

頬を染めながらもレイはシンに返事を返した。



レイと別れた後、シンはリツコの部屋に行き虚数空間でのことを事細かく聞かれた。
エヴァのACレコーダーが作動していなかったためだ。
ほとんど寝ていて覚えていないと答えたが、結局解放されたのは2時間後。
その時リツコさんに手続きを終えたことを知らされ、荷物は結構はやく夕方までに搬入されていると伝えられる。

その後、シンは夕方までネルフ内で適当に時間をつぶしてから与えられた個室へ行き、自分の荷物を整理してベッドへ横になった。

ちなみに与えられた個室は1DKでトイレとお風呂がセパレートタイプ。
一人で住むには十分快適な部屋だった。
当然のことながら、葛木ミサトの家で元押入れだった部屋に住んでいるよりは確実に良い状態だろう。






-ねぇ・・・-


ベッドに横になっていると、中のシンジから話し掛けられた。

「ん?今まで静かだと思ったらやっと喋ったね」

中のシンジは、昼前の葛木ミサトとの同居を客観的に判断、そこからの推測を聞いてから今まで一言も喋りかけてこなかった。
完全に否定できなかったのだろう。
かなりショックは大きかったようだ。


-僕って一体何なのかな?-


そして、半日考えた末に出た質問がこれだ。

「嫌に抽象的な質問だね」

-僕は一体何のためにここにいるんだろう?-

「ネルフにいることかい?それはただ流されたからだよ。まあ、たとえ拒否しても無理やりパイロットにされただろうけどね。でも、一番初め綾波を助けたいと思ってエヴァに乗った気持ちは嘘じゃないだろ?でも、その後は?その後エヴァに乗りつづけたのは、ただ流されただけじゃないかな?」

- そうかな・・・そうなのかもしれない・・・ -

シンジはシンの言葉を聞いていくうちに、自分の考えをしっかりと持てなくなったようだ。
言葉にも迷いがにじみ出ている。

「一度逃げ出したことがあったね。でも、逃げなかったのはミサトさんやトウジ達と離れたくなかったからだろ?ミサトさんやトウジ達と一緒に居たかったという気持ちは嘘じゃないだろう?でも、ミサトさんが家族として扱っているなんてのは結局はただの幻想だ。たとえ、ミサトさんが本気で家族でありたいと思ってもね。結局振り回されるのはこちらだ」

- ・・・ -

「シンジ君は選んだんじゃないか・・・自分自身で。今僕と共にいるのは、逃げたいと思ったからだろう?誰も優しくしてくれない、誰も救ってくれない、この世界からね。そして真実を知りたいと思ったからだろ?」






-僕の価値ってなんだろ?-

僅かの沈黙の後、シンジはシンに聞く。

「そんなもの人それぞれじゃないかな?」

-どういう意味?-

「つまり、ネルフにいる人々にとってはとっては大事な初号機パイロット・・・」

-そ、そんな・・・-

シンの言葉にシンジはショックも受けるが、言われてみればそうだと思う心もあった。
ネルフにとっては確かにエヴァのパイロットにすぎないし、エヴァのパイロットである碇シンジしか必要としていないというのは心のどこかで思っていた。
シンジは今までそういう見方をしようとしなかっただけだ。
傷つくのが怖くて・・・

「いや、もちろん他にもあるよ。でも、碇シンジという個人は見てくれないだろうね。必ずサードチルドレンというふうに認識され、その上で他の価値がつくだろうけど・・・」

-そんな・・・-

「でも、トウジやケンスケ達の場合は違う。クラスメートであり親友だろ?その付加価値としてサードチルドレンという名札がついているにすぎないんじゃないかな?」

- ・・・・・・・・・ -

シンの言葉にシンジは考え込む。
しかし、トウジ達のことを言われると僅かに心が晴れた。
確かにトウジ達にとってシンジがエヴァのパイロットであることは碇シンジという人間についてくるものだろう。

「だから人それぞれなんだよ、自分をどうみてくれているかなんて。そして、その時々でも違う。家にいる時、ミサトさんは本当に家族として碇シンジを見てくれていたかもね。でも、使徒と戦うときは間違いく道具として見られる」




-・・・父さんにとってはどうなんだろう・・・-

シンジが求めるもの・・・
父親にとっての自分とは・・・

「碇ゲンドウにとって、碇シンジは道具でしかないよ」

-・・・でも、誉めてくれたよ?-

シンから半ば予想された言葉が返ってくる。
予想していたが、それでもシンジはショックを受ける。
シンが事実を言っているのは、ネルフでの碇シンジの立場をシンとの会話で再確認したことによりわかった。
それでも、最後の希望にすがるように自分の父が誉めてくれたことを言う。

「計算ずくだよ。事実、君はエヴァに乗り続ける気になっただろう?言い方は悪いかもしれないけど、飴玉をあたえられたのさ。エヴァから逃げないようにね。飴と鞭ってことだよ」

- ・・・・・・・・・ -

父が誉めてくれたことさえ、シンは計算ずくだと言う。
しかし、確かにシンの言うとおり自分はエヴァから離れようと思わなくなっている。

「嫌なことには目を瞑り、耳を塞いできたんだろ?でも、今は良い機会じゃないか。一度徹底的に現実と向き合ってみればいいさ」

- ・・・ -

シンの言葉にシンジは沈黙を返すことしかできなかった。

「さあ、もう寝ようか」

そして、部屋の中には寝息が一つ生まれ・・・

夜は更けてゆく・・・










<後書き&戯言>

ラグシードです。

第二話ですが、書いてみると30k近くいくことが判明したので、前後編に分けることにしました。

しかし、分けてみてもかなりの量になってしまいました(汗)

今回のサブタイトル、道標(みちしるべ)ですが、レイに対するサブタイトルです。

前後編の第二話が、後々のレイの変化のきっかけとなる、言わば伏線?(笑)みたいなものです。

伏線になるかな?なればいいな?ってな感じです。

前の話から一ヶ月ほど経っているのですが、あと数話分は原形はできています。

しかし、ここの管理人さんである舞さんに原形をお見せしてご指摘、ご指導を頂いたのですが・・・

それを元に改善しようと一ヶ月の時間(実際は二週間ほど)が経ちました。

・・・結論・・・

これを書いていて自分に文才が無いことがはっきりと実感できました。

おそらく10話ほどで完結するので、一話一話舞さんのアドバイスを実践できるようになっていければと思います。

いきなり実践することはあきらめました(-_-;)

この作品が終わる頃には自分のスタイルを確立したいんですけどね・・・

書いていてもう何がなんだか・・・

次回は後編です。

たぶんすぐに出せるかと・・・(本当にたぶんです)

それでは〜

02/04/21

presented by ラグシード