安らぎの場所へ 〜I wanna return to the Eden〜








<第四話 〜姉妹〜 前編>



「い、碇!!」

勢いよく執務室に飛び込んできた冬月の口から、悲鳴のような声が響く。
普段から静寂を保ち、慣れない者を威圧するこの部屋にはまるでそぐわない無粋な声だ。

「何だ?」

ゲンドウは執務室の机に肘をつき、口元で両手を組んでいるいつもの体制のまま、
額に汗を浮かべている冬月に聞いた。

「た、大変だ!!い、今リツコ君から、れ、連絡が入って・・・」

いつもは冷静沈着である冬月のこのような慌てた姿は、ゲンドウでさえ見たことがあるかどうかという珍しさだった。
かなり慌てた様子で、しかも走ってきた為に息が切れているので、その内容は全く要領を得ない。

「落ち着け。それで何だ?」

ゲンドウのいつも通りの口調に、冬月は少しだけ落ち着いたのか、ゆっくりと息を吐く。
ポケットからハンカチを取り出すと、自分の額に浮かんだ冷えた汗を拭き取った。
そして、冬月はゆっくりと言葉を紡ぐ。



「ユイ君がサルベージされた・・・」



数瞬、執務室に沈黙が訪れる・・・

「何ーーー!!!そ、それは本当か!!」

ゲンドウが、普段の様子からは想像もできない様子で、声を張り上げる。

「あ、ああ・・・シンジ君のシンクロテスト中に過剰シンクロが起こったそうだ。
 そのシンジ君が消えた後、エントリープラグ内にユイ君が現れたそうだ・・・」

「で、ユイは今どこに!!」

机から体を乗り出し、冬月を問い詰める。

「病室に移動させてあると言っていた。VIP用の病室だ」

「冬月!後は頼む!」

冬月の返事を待たず、ゲンドウは出口へと走り出す。

「ば、ばか者!私も行くぞ!」

一瞬ゲンドウの行動に呆然としたが、ゲンドウの言葉を理解すると、
冬月はそう叫びながらゲンドウの後を追い駆けていった。

















「んっ・・・ここは・・・」

目が覚めた時、一番初めに目に入ってきたのは白い天井だった。

「ここは・・・・・・どうやら病室のようね・・・」

ユイは目だけで周りを見回して、病室だと判断した。
初号機からサルベージされて、この病室に運ばれて来たようだ。
回転の速いユイの頭脳が、現状を把握しようと働き出す。

そして数分後・・・


ドタドタドタッ

ガチャ、バタン!

「ユイ!!」
「ユイ君!!」

病室の外から騒々しい音が聞こえてきて、唐突に病室のドアが勢いよく開けられた。
その瞬間、ユイが今最も会いたくない人たちが現れる。

「あら?ゲンドウさんに冬月先生・・・」

ユイはシンジの記憶を思い出してしまう。


  ただ私に会いたいというだけで、人類を、そしてシンジまでも犠牲にした私の夫・・・
  何人もの人たちの命を奪い、また不幸にしてきた・・・
  そして、それを知りながらも手伝っている冬月先生・・・


心の奥で、失望とそして何より怒りが込み上げてくる。
が、内心とは裏腹に顔は笑顔を浮かべ、声には好意的な感じを乗せる。

しかし、二人はユイの姿を見た瞬間、驚きを顔に貼り付けて口をパクパクしさせているだけ。

「どうしたんです?」

二人が何に驚いているのかユイにはわからなかった。

「ユ、ユイ君・・・その姿は・・・?」
「ユイ・・・その姿は・・・どうしたんだ・・・?」

二人が絞り出すように声を出す。

「えっ?どうしたんですか?」

二人は一体何を言っているのか?

「ユイ君は、目が覚めてから鏡は見たのかね?」

唐突に予想外のことを聞かれ、ユイは面食らってしまう。

「いえ・・・見てませんが・・・」

「立つことができるかね?立てるならそこの鏡で見てみたまえ・・・」

そう言われて、ユイはベッドから出て、冬月が言ったように備え付けの鏡を見に行く。

「えっ?」

鏡には確かにユイの顔が映っていた。
ただし、そこに映っているユイの姿は20歳ぐらいの年齢にしか見えなかったが・・・

「あら?・・・若返っているわね・・・」

とりあえずユイはそう呟いてみる。
軽い口調だ。

「そ、それだけかね?」

「ええ、逆なら問題がありますけど、若返っているなら・・・むしろうれしいですよ」

「そ、そうかね・・・」

冬月はユイが全く驚いていないので、それ以上言うことができなかった。
しかし、ユイは表面上は驚きを表していなかったが、内心は動揺していたのだ。
初号機の中での月日が、肉体年齢に加算されないということなら、まだユイの理解の範疇なのだろう。
しかし、若返るということは全くの理解の範疇の外。

その次の瞬間、初号機の中で再会した自分の息子の顔を思い出し、シンジが何かしたんだろうと予想をつける。
それに女としては、言葉にした通り、むしろうれしいと感じているのだから、特に問題はなかった。

「それよりゲンドウさん?」

病室に入ってきてユイの名前を叫んでから、それっきり一言も喋っていなかったゲンドウに話し掛けた。
ただし、昔は『あなた』と呼んでいたのをあえて名前で呼んで。

「な、何だ?」

急に話を振られてどもってしまうゲンドウ。

「これからの私の扱いはどうなるんです?」

ユイは自分にとって最も重要なことを聞く。
これからの全てに関わってくることだから・・・

「そ、それは・・・」

「まだ、何も考えていないのなら、できれば私としては初号機パイロット兼技術者顧問ということにしてほしいんですが・・・それと、私の存在が知られるとまずいでしょから名前を変えましょう、綾波ユイと」

私は目覚めた瞬間からずっとある計画を考えていた。
目の前の二人と会話をしながらも・・・

  10年前・・・初号機の中へ取り込まれたのは、過ちだった。
  それはシンの記憶が教えてくれた。
  過ちを繰り返さないためにも、計画を成功させなくてはいけない。
  まだ漠然とした計画しかできていないが、最終的に目指すべきものは決まっている。

  目指すべきもの二つ・・・
  一つは、シンが望んだこと・・・同じ結末にしない。
  そのためにシンはユイをサルベージしたのだから・・・
  そして、もう一つは・・・ユイの望み・・・過去の過ち・・・それに対する償いがしたい・・・

計画を成功させるにはこの条件を呑んでもらわなければいけない、絶対に。


「「なっ!!」」

予想どうり、二人は私の口から出た言葉に驚愕する。

「そ、その名前に何か意味はあるのかね?」

冬月先生がどもりながら私に聞いてくる。
私がレイちゃんのことを知っているのが、そんなに驚くようなことらしい。
まあ、当然と言えば当然でしょうけど。
今までレイちゃんにしてきた扱いを考えれば。

「もちろんですわ。レイちゃんの姉として登録してもらいたいからですわ」

私の願い・・・
そして、シンジの願いでもある。
私はレイちゃんの家族となりたい。
レイちゃんには母親として接したいけれど、今の私の見た目は20代ですからね。
姉となるのが一番自然でしょうから。

「「なっ!!!」」

二人同時の驚愕。
改めて冬月がユイに尋ねる。

「な、何故知っているかね、それを!」

「知っていますよ。その辺はまた今度お話をします」

私は冬月先生に笑顔を向けて言う。
内心、レイちゃんに今までしてきた扱いに対して激しい怒りを感じながらも・・・
私の願いを叶える為には、今はまだ二人を利用しなくてはいけない。
シンジから知識を与えられたからといって、今の私には何もないのだから・・・

「う、うむ。わかった」

どうやら笑顔で返事をしたのが効いたのか、冬月先生にはそれ以上の追求はされなかった。
もし追求されても、ちゃんと言い訳はあったんですけど。

「で、どうです?」

「とりあえず技術部顧問としては登録しておこう。
 君に協力してもらえるなら、こちらとしても都合がいい」

「あら、初号機パイロットというのはどうするんです」

「初号機にシンクロできるとは限らん」

冬月ではなく、ゲンドウが答える。

「ん〜、まあ、いいでしょう。シンクロ実験によってシンクロ可能と判れば、登録してくださいね?」

「・・・ああ」

ゲンドウはやっと戻ってきた自分の妻をパイロットになどしたくはなかった。
が、今はそう返事をするしかなかった。

「それでは、疲れたので少し休ませてもらいますね。明日の朝、もう一度来てください」

「・・・う、うむ。疲れたのでは仕方ないな・・・」

まだ、色々と聞きたいことがあったが、まだ、目覚めて間もないので仕方なかった。

「碇!行くぞ」

「・・・ああ」

そう言って、名残惜しそうに出て行こうとする2人にユイが言う。

「ああ、それとお二人とも。後でレイちゃんにここに来るように言っておいて下さいね。
 レイちゃんとは、姉妹になるんですから、会っておきたいんです」

「わ、わかった。ここへ来るように呼んでおこう」

そして二人はユイの病室を出て行った。





少ししてからユイは呟く。

「ふー、疲れたわ」

ただ、その疲れは、長い間初号機の中にいたからではない。
シンジによってゲンドウ達がこれまでどんなことをしてきたか知ったため・・・
そして、これからのことを考え、ゲンドウ達の前で笑顔の仮面をつけていなければならないためだった。

「ゲンドウさん・・・もう・・・夫とは思いませんわ・・・いえ、思えないわ・・・
 今はまだ、シンジ達の為にも・・・利用させてもらいます・・・」

二人がいるときは穏やかだったユイの瞳には、ただ、純粋な怒りと決意だけが存在していた。








病室を出た冬月が、隣りのゲンドウに話し掛ける。

「どうするつもりだ?碇」

「問題ない」

冬月の言葉をいつものように一蹴する。
ゲンドウは念願のユイに会えたことにより完全に浮かれていた。

「だからどうするつもりなんだ!シナリオの根本が無くなってしまったのだぞ」

浮かれているのがわかったのか、冬月は厳しい口調で言う。

「ユイが戻ってきた以上シナリオは破棄する。老人達にはダミーの情報を送る」

当然だろ、といった風にゲンドウは返す。

「ふむ。当然だな。だが、問題は山ずみだぞ?碇」

口にするのは簡単でも、問題は山済み。
いや、問題だけしかないと言ってもいいのだから。

「?なんのことだ」

しかし、ゲンドウは本当にわかっているのか疑わしい態度を取る。
そんなゲンドウに冬月が問題の一つを聞いてみる。

「例えばシンジ君のことだ」

「問題ない。ありのままを伝えれば良い。シンクロ実験中の事故、だとな」

あっさり答えが返ってくる。
しかし・・・それだけでうまくいくと考えてしまうゲンドウは本当に浮かれているのだろう。

「・・・まあ好きにすれば良い・・・(それだけではないんだがな・・・)」

ゲンドウと同様、ユイに会えたことがうれしいとは思いつつも、何か漠然とした不安が冬月には出てきた。
そして、冬月の不安は後に的中することになる。







コンコン

ゲンドウ達が出て行ってから約二時間後。
ユイの病室のドアがノックされる。

「どうぞ」

ガチャ

「失礼します・・・」

病室に入ってきたレイは、ベッドの上にいた人物を見て息を呑んだ。
髪や目の色、多少年齢が違うが、自分とそっくりな人間が目の前にいる。
そのことにレイは珍しく戸惑った。
この病室に行けと言われただけで、理由は知らされていなかったからだ。
来てみれば、自分と同じ顔の、自分より大人びた人がいるのだから、レイでも驚くだろう。

「あなたがレイちゃんね?」

「・・・」

レイはユイの顔をじっと見ていて、何も反応しない。

「はじめまして、レイちゃん。私の名前は碇ユイよ」

「碇・・・ユイ・・・・・・・・・碇君の・・・お母さん?」

「ええ、私はシンジの母ね。そして、貴女の母でもあるわよ」

「・・・?」

「貴女がどのように生まれたか、私は知っているわ」

「!!」

「でも、私の娘には違いないわよ?今、私がこうして存在していると何かと問題があるの。
 だから、ゲンドウさんに頼んで、戸籍を変えてもらっているのよ。綾波ユイ、これが私の新しい名前よ」

「綾波?」

「ええ。戸籍上、貴女の姉になるわ」

「!!」

「本当は貴女の母親として戸籍を作りたかったのだけれど・・・何故か初号機から出たら20歳ぐらいになってたのよ・・・」

「・・・」

レイは何も言わなかった・・・
いや、言えなかった。
自分がどんな存在かをうすうす気づいているから。

そんなレイの考えに気づいたのか、ユイは静かに言った。

「貴女がどう思おうと、貴女は私の娘だわ」

「・・・いいえ、違うわ」

「違わないわよ。私と貴女は家族よ」

「!!」

  家族・・・
  はっきりとした絆・・・
  
レイは今の事態に驚き、ひどく動揺している。

「私が絆を上げるわ。家族という絆を・・・いいえ、結びたいの・・・貴女と。家族という絆を」


レイが今まで渇望していたモノ・・・

    絆

それが今目の前に存在する。

碇ゲンドウとの絆・・・
それが偽りの絆かもしれないと思っていても・・・
レイはそれから抜け出せない・・・

冷たい絆・・・

碇シンジとの触れ合いが、ゲンドウとの絆が冷たいものだとレイに教えてくれた。
シンジの母であるユイが言う・・・家族という絆・・・

温かい絆・・・


「明日のお昼頃、もう一度ここへ来てくれるかしら?」

動揺し、考え込んでいるレイに、ユイは優しく話し掛けた。
今の動揺しているレイに、ユイは今はこれ以上言う必要はないと判断した。
落ち着かせるために今日のところはこれで話を止めた。

一番伝えたいことは伝えたのだ。
他のことは後でもいい。
そうユイは思った。

「・・・」

レイは無言で頷き、病室を出て行く。



レイが出て行き、少し経った後・・・

「ゲンドウさん?冬月先生?覗き見はよくありませんよ?」

と、ぽつりと呟いた。





執務室。

「「なっ!!」」

司令室で、病室の監視カメラ等でユイとレイの様子を見ていた二人が驚く。

「な、何故気づかれたんだ?」

「い、碇・・・ま、まずいぞ」

普段、めったなことで動じな二人が面白いようにうろたえる。








その頃、病室では・・・

「なんて言ってみたけど、本当に覗き見なんてしてるのかしら?」

シンジからの記憶と情報でのゲンドウ達なら、もしかしたら覗き見てるかもしれないと思ったので、実はただ言ってみただけだったりする。

もちろん、司令室の二人はまだ驚きの中にいたので、このユイの呟きを聞いていなかったりする。
ちなみにもう一度言っておくが、ユイはシンジから記憶と情報を得ただけの、ただの人である。






<後書き&戯言>

ラグシードです。
まずはお礼です。
バイブルさん、感想ありがとうございました。
感想のおかげか、話自体は結構早めに出来上がりました。
が、前の投稿から少し時間が空いてしまいました(汗)。
次の話は年内に投稿したいと思います。

今回初めて感想を頂けた訳ですが・・・
前話に投稿先である、ここArcadiaの通常掲示板の方に感想を頂きたいと書きました。
それでもかまわないのですが、メールの方も用意させて頂きました(フリーメールですが・・・)
メールで感想を書いて送って頂ける方、下記のメールアドレスまでお願いしますm(__)m
掲示板でも、メールでも、感想を頂けるならレス、返信をさせて頂きます。

ラグシード
ragseed@mail.goo.ne.jp


感想を頂けると本当に嬉しいです。
よろしくお願いします。


誤字脱字等にお気づきになりましたら、掲示板、メールで知らせてくれるとうれしいです。
改訂時に直したいと思います。(いつになるかわかりませんが・・・)

という訳で、最後になりましたが、今回の話・・・
まあ、インターミッション的な感じになっております。
次の後編もですが・・・
ちなみに前の前後編ではサブタイトルを変えなかったんですが、
今回は変えてみようかと思います。
では次回、第四話後編 〜家族〜 でお会いしましょう。

02/11/13
presented by ラグシード