脇役のお仕事

Written by 冴羽人18


第一話 徒手空拳



 カモメも飛んでいない静かな海原に、轟音とともに巨大な水柱が立った。前世紀に生きていた者ならば人類の大罪である核実験を連想するだろう。


「直撃です。確認まで数分お待ちください」
 情報管制官の冷静な報告が入る。その声は巨大な司令室に良く響く。
 必要以上に高い位置に三人の軍人が座っていた。
「これで決まれば楽だがな……」
 中央に座っていた初老の男が言った。
「宗像将補、それは無理でしょう。でなければ彼らが存在する意味がない」
 右に座っている男が下に居る二人の男を嫌悪の意思を込めた目で見ながら言った。
 設立当初から国連軍はこの二人を嫌悪し続けていた。世界中の紛争を命がけで静めている彼ら以上に金を貪ったのだからそれも当然だろう。


 特務機関 ネルフ
 『人類の存亡』という冗談のような文句を目的とし、国連直属なのに『非公開組織』という非常識な組織である。
 彼らの敵は多い……というよりも味方が存在しない。国連軍以上の予算を費やしながら、成果が全く無いというのが根本的原因である。これで味方になってくれというのは非常識だろう。


「そうだな、あれの真価を見せてもらおう」
 左側に座る苦労人がこめかみに血管を浮かび上がらせながら言った。今までして経験してきた苦労が顔に出ている。叩き上げの軍人なのだろう。
ネルフから提出された予算概要を見た時の衝撃を彼は今でも忘れていない。彼の予想していた数字より桁が二つほど多かったのである。さらに、その大部分を浪費している物の写真を見た時は気絶しかけた。
『こんな物に血税を使っとったんか』
 この言葉が彼の最初の感想であり、今でも変わっていない。


 司令室の中で一番巨大なモニターには静けさを取り戻した海原が映し出されていた。先ほどの水中爆発が嘘のようである。
「目標健在。現在浮上中」
 あくまで冷静な声が司令室に響き渡る。しかし、内容は考えられる中で最悪な物である。
「偵察機からの映像に切り替えます」
 それでも仕事をしっかりとこなしているのはプロ意識からだろうか……それとも仕事に逃げているのだろうか
「流石に効いたか……」
 目標を見た宗像将補の感想である。
人のような形だが首は無く、胸部上部に顔、肩は異様に大きい。しかし、全身がボロボロであり、顔はこなごなに砕けている。
「目標、動きを止めました」
 司令室内に小さい歓声が揚がる。
「死んだ……訳は無いですよね」
  右側に座る男が小さな声で言う。
「ならそのまま沈むだろう。新田君、どう見る?」
 真中に座る宗像が左側に座る男に声をかけた。
「少なくても動きは止めました。体勢が整えばじき動き出すでしょうが、それまでは……」
「一休みといったところか……」
 最高責任者である宗像が現状をまとめた
「風間君、新田君。我々にできる仕事を始めよう」
その言葉を合図に、それぞれが仕事を始めた。
 右側に座っていた風間三佐が直通回線で出撃基地の司令に直接命令する。
「風間です。出撃が延びました。操縦者に休みを取らせて下さい。弾頭変更はできますか?…………確か、試作品が在りましたよね?テストも兼ねて全弾使いましょう」
 新田二佐が海岸線で待機中の戦車部隊に細かい命令を出す。
「NN弾頭の水中衝撃波が効かん。想定の三倍の距離を取れ。そうだ…………。言いたい事はわかるがどうせ効きやせん!!…………怒鳴ったって仕方ないだろう事実なんだから」
 戦意が高い兵士を宥め説得する事はある意味使徒を倒すのより難しい。
 真中に座っている宗像将補は電話で必死に相手を説得している。話している言語は日本語ではない。
「水中爆発が効いてません。…………ええ、それは十分承知しております。…………しかし、目標が健在な場合責任が…………はい、了解しました」
 電話を置くと同時に両脇の二人が質した。
「「どうでした?宗像将補」」
「なんとか中止命令は取り付けた。物騒な物を片付けておいてくれ」
 背もたれを倒しながら宗像は言った。余程交渉が疲れたのだろう。
「作戦中止。NN地雷の撤去を急がせろ」
 命令を出す風間は若干嬉しそうである。
「自国じゃないと好き勝手な作戦を立てますな……上は」
 宗像に緑茶が入った紙コップを渡しながら新田が言った。ようやく三人も一休みできる状態になったのだ。
「ふん、連中『責任』の言葉が出た途端急に態度を変えよった」
 宗像が吐き捨てるように言った。責任を取らないのは何処の役人も同じのようである。
「クビですかね」
 命令を出し終えた、風間が妙にサバサバした顔で言った。『責任』というたった一言で作戦を変更する上層部である。この作戦の失敗の責任を三人に押し付けるのは火を見るより明らかだろう。
「銃殺にはならんでしょう」
 少し暗い顔の新田が言った。家族の笑顔が目に浮かぶ。
『給料が無くなるのは痛いな〜』
 ちょっぴり涙目である。確かに、家族持ちに失業は痛いだろう。
「目標、頭部に変化が見られます」
 膠着状態でも、現場は忙しい。関連各省への連絡、各部隊への状況報告、状況分析等やる事は山ほどある。
そんな忙しい状況の中で、追い討ちをかけるように使徒が新たな仕事を彼らに与えた。
『黙って立ってろ』
 状況報告をしている情報管制官は心中で毒ついた。
 粉々に砕けた頭部の下から新たな顔が出ようとしていた。
「航空攻撃かけますか?」
 風間が宗像に言った。陸に近づくまで静観を決め込もうとしていたが、使徒が変化している事が状況を変えた。機能増幅かそれとも只のハッタリか、少なくても確認する必要が出てきたのである。
「軽い爆撃をかけろ。どうせ効かんだろうが……」
 数秒の沈黙の後、宗像が判断を下した。その言葉を効いて司令室は一気に慌しくなった。
「航空隊、到着まで一八分」
 モニターには滑走路に入る攻撃機の姿と航空基地から使徒までを結んだ直線が映し出されている。
これから一休みしようとした所の緊急発進である。当然操縦者達は面白くない。そのため、いつもより粗っぽい離陸となっていた。
モニターに次々と光点が現れている。それは攻撃機が次々と離陸している事を意味していた。いつもより光点が早く出るのは離陸が普段より粗っぽいせいだろう。
空に上がっていく機体はF―4EJ改である。既に日本の空を飛び始めて半世紀は経っている骨董品である。最新鋭機に乗っている戦自航空隊からは『空飛ぶカブトガニ』という俗称で呼ばれている。あちこちから馬鹿にされながらも幾多にわたる改修により未だに前線で頑張っている働き物である。
「弾種は?」
 新田が風間に聞いた。
「試作の爆裂弾です。貫通弾ではあれは破れんでしょう」
「NN兵器が効かんのでは認めざるおえないな」
 宗像が無念そうに言った。


「思ったよりも巧くやるな」
 白髪の老人はモニターを見ながら顎鬚を蓄えた男に言った。
「でなければ、情報を渡した意味が無い」
 男は冷たく言い放った。
 白髪の男の名は『冬月 コウゾウ』、顎鬚の男の名は『碇 ゲンドウ』。ネルフの司令と副指令である。
彼らの傍には忙しく仕事をする情報管制官が三人いた。三人には二人の男のようにノンビリと感想を述べている時間など無く、勿論二人の密談などは聞いていない。
「初めての実戦にしては動きが良い」
 そんな三人を見ながら満足そうに冬月は言った。
「でなければ、飼ってきた意味が無い」
 聞こえないと思って、かなりキツイ事を言うゲンドウである。
「碇、少しは言葉を選べ」
「本当の事を言ったまでだ、冬月」
 深い溜息をついた後に冬月が話題を変えた。
「もうすぐ仕事が回ってくるぞ。どうするつもりだ?」
「迎えは出している、時期来るだろう」
「誰に行かせたんだ?」
「葛城作戦部長だ」
 その名前に冬月は嫌な顔をした。冬月はその人物に余り良い印象を持っていなかった。
「何故、葛城君なんだ?」
「彼女の希望だ」
 その言葉を聞いて、冬月は難しい顔をしながら思案した。
「本当に大丈夫か?葛城君は肝心なところが抜けとるからな」
 本人が居ないと思って冬月もかなり酷い事を言う。
「問題無い」
 そう力強く断言する言葉に何の根拠が無い事を見抜けるのは長年傍らに居る冬月だけだろう。
『この男、本当に女には甘いな』
 冬月は心の中で呆れているのだが表情には一切出さなかった。
「念のため、別の迎えを出しておくからな」
 冬月は携帯電話を取り出しながら言った。
「好きにするが良い」
 必要以上に偉そうにゲンドウは言った。


「まもなく攻撃地点に到達します」
「全弾発射後直ちに離脱し帰還せよ」
 報告に風間が簡潔な命令を下す。
命令する側もされる側もこれからやろうとする事は税金の無駄使いだという事はわかっている。でも、やらなくてはならないのである…………世の中難しい。
豪邸が建てられる程の金を費やしたミサイルが次々と発射される。経理を担当する者が見れば気絶しかねないほど豪華な光景である。かつて無いほどの大盤振る舞いである。
発射されたミサイルは海面ギリギリを飛行し、使徒の前面のあらゆる所に命中した。
派手な爆発が起こっている時に、使徒の体が揺れた。腕が振れ、体を仰け反らしている。
「やはり、衝撃は効くか」
 ニヤリと笑いながら風間が言った。
「だが、ダメージを与える程ではないな」
 新田が冷静な状況分析を行う。その分析は正しく、『使徒の持つエネルギー反応は全く変化していない』という報告がそれを証明している。
「有効な対処法はわかった。なんとか奴の手の内を見たいな」
 推測が確信に変わったのを受けて、宗像が次の一手を考え始めた。
「蜂を使いますか?」
 新田が宗像を見ながら言った。
 世界が秩序を取り戻し始めた頃、国連軍に正式採用された垂直離陸式重攻撃機、通称「蜂」。戦闘機というよりは攻撃ヘリコプターの発展形と言う方が相応しい。音速こそ出ないものの、戦闘ヘリを上回る攻撃力と機動性と運動性を持ち、携行ミサイルなど弾き返す重装甲を備えた機体である。未知の敵に対して近距離戦を挑むにはもってこいの機体である。乗っている操縦者は死の危機に曝されるが……
「仕方あるまい」
 他に手段が無いため、宗像は苦渋な決断を下した。
「目標海中から未確認飛行物、浮上」
 突然、報告が入った。報告する管制官も慌てたのか、声が若干震えている。
「ハープンか?」
 全く予期せぬ報告に、新田が反応した。
「くそ、何のための事前協議だ」
 状況を瞬時に理解した風間が毒ついた。目標近海に船がいないことは確認されていることから、発射元は潜水艦である事は間違いない。そして、このような物騒な海域に潜水艦を派遣し、尚且つ使徒へ攻撃という無謀な事をする国は多くは無い。
「自分のやりたい様にやる。相変わらずわかり易い国だな、アメリカは……」
 数週間前の安全保障会議で、国連軍以外の軍事行動を禁止する事が決定していた。しかし、その決定を完全に無視している。
「全部で十二。三分後に全弾同時に使徒に命中します」
 状況分析が終わり、ようやく冷静になった管制官が報告する。
「熱でやる気か……」
 新田がモニターを睨みつけながら言った。
 確かに十二発のNN兵器、同時爆発の熱量と衝撃波は想像を絶する物だろう。
「衛星に見えん程の深海からの攻撃とも思えんが……」
 一口緑茶を飲んだ後、宗像が呟いた。攻撃を止める術はもはや無い。今できる事はどうしてこのような事態になったのかを探る事ぐらいしかない。
「おそらく、『シージャッカル』ではないでしょうか」
 最新鋭攻撃型原子力潜水艦『シージャッカル』。二十世紀末最後の原潜シーウルフの後継艦である。噂は広く拡散しているが、その存在を確認した者はいない。高度な隠密性を有しているのではないかと軍関係者は推測していた。
「虎の子を出してまでしゃしゃり出るか……それ程までに良い所を見せたいのか」
 国連軍が撃退できなかった化物をたった一隻の原潜が撃破する。もしできれば、間違いなく世界は国連ではなくアメリカを中心に回り始めるだろう。それほど重要な戦いなのである、使徒との戦いは。
「使徒のエネルギー反応増大」
 今まで沈黙を続けていた、使徒が動いた。そのため司令室全体が動揺した。
「なんだと」
 今まで座っていた宗像が立ち上がった。
 モニターに映し出された使徒の新たにできた頭部が徐々に青く輝いていた。NN兵器によって砕かれた頭部も同様に輝いている。
「何をやる気だ」
 そう言った新田は身を乗り出しながらモニターを見ている。司令室に居る全員が固唾を飲んで見ている。初めての使徒からの行動なのだから無理も無いだろう。
『攻撃機をすぐ帰還させておいて良かったな』
 他の人間がモニターに注目している中、風間はそう胸を撫で下ろしていた。


 使徒の頭部が青い閃光を放つと同時に十二発のNN弾頭ハープンが爆発した。使徒は頭を光らせた以外の行動は一切していない。


「何が起こった?」
 余りの展開に新田が声を荒げた。宗像は呆然としている。
「もう一度モニターに出せ」
 なんとか立ち直った風間が命令を下した。その声を合図に司令室が再び動き始めた。三十秒もしないうちに先程の非常識な現象がモニターに映し出された。


 使徒の背後から忍び寄る十二発のハープン
 頭部を青く輝かせ、微動だにしない使徒。
 頭部の輝きが閃光に変わった瞬間、十二発のハープンに向け青白い線が向っていき、ハープンと交差するとハープンが爆発した。閃光が発生してからハープンが爆発するまで僅か一秒。
「レーザーでしょうか?」
 絞り出すような声で新田が言った。なんとか今見た現象を理解しようと苦労しているようだ。
「なら、曲がらんだろう」
 なんとか落ち着こうと、緑茶を飲みながら宗像が言った。味わう余裕などもはや無い。
「と、とりあえず蜂は帰還させても良いでしょうか?」
 詰りながらも風間が許可を求めた。
「戦車隊も撤収させてよろしいでしょうか?」
 新田も同様な決定を求めた。
「そうだな、我々の仕事はもはや残ってないようだ」
 国連軍の長いようで短い絶望的な戦争が終わった。


「たいしたものだな、機能増幅ができるとは……」
 感心した冬月が率直な感想を述べた。
「だが、それが我々の敵だ」
 面白くなさそうにゲンドウが言った。
 彼らの前に居る三人の情報管制官は多量の仕事をこなしている。一口に撤退といえども、やる事は多い。しかも、日本に駐屯する国連軍の七割の兵力を動員した作戦の撤退なのである。退路および撤退順序の決定、撤退先の基地および各省庁への連絡、撤退状況の把握などの単純作業だけでも膨大な量の仕事なのである。
「仕事がそろそろ回ってくるな、どうするつもりだ?」
「初号機を起動させる」
「操縦者がいないぞ」
 冬月が冷静かつ的確に根本的な問題点を指摘した。
「もうすぐ着く」
 冬月の問いに微塵の動揺もなくゲンドウが答えた。その答えを聞いた冬月は微妙な間を開けた後、口を開いた。
「本当に葛城君で大丈夫なんだろうな?」
「問題無い」
 いつものセリフを言ってゲンドウは黙り込んだ。
『おまえのそういう行き当たりバッタリな性格が一番問題だぞ』
 そう言ってやりたい衝動を冬月は必死に抑えていた。独裁者の近くに居ると確実に寿命は縮む。

 

後書き

 最後まで読んで下さってありがとうございます。
 今拙作の著者、冴羽人18でございます。
 さて、始まりました『脇役のお仕事』ですが、読んでくださった方はお分かりでしょうがキャラクター性格は若干変更しております。以後、様々なキャラクターが登場すると思いますが、殆ど変わっていると思います。ひょっとするとオリジナルキャラクターも出るかも知れません。もし、『こんなキャラクターがでたら面白いんじゃないか?』と思った方は遠慮無くお便りを下さい。参考にさせて頂きます。
 次回は、いよいよシンジ君、葛城作戦部長、赤木博士等が登場予定です。
 感想などを頂ければ、書くスピードはシャアザクの如く三倍速になります。一行、一言でも結構です。よろしくお願いします。
 では、最後に読んでくださった方々、こんな愚作の投稿を許可してくださった舞さん、ありがとうございます。次回もよろしくお願いします

 

管理人のコメント

 冴羽人18さんのご希望により、舞のコメントです。
 『脇役のお仕事』と題しての作品ですが、なかなか目の付け所がいいというのが第一印象。第一話を読む限りでは本編再構成の作品のようですが、そこに国連軍の戦いというタイトル通り、脇役の仕事にスポットが当たっていますね。今後、どのような脇役の仕事がでてくるのか、なかなか楽しみです。
 次に、技術的なところに少し触れますと、少々起伏が乏しい……という感が拭えないですね。比喩が少なく、淡々とした説明文が多いために、文章が平坦になっていると思います。SSの投稿は始めてということですので、これから少しずつ覚えていくことでしょうが、改善点として頭の隅にでも覚えておいていただければと思います。