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[10069] メガトンの修理屋
Name: taka234Me◆6742ef9e ID:142ad80a
Date: 2014/05/04 10:37
2009/07/04

初めましてtaka234Meと申します。本作品は洋ゲーRPGFallout3の二次創作小説です。
プレイ中、プレイ済みの方もいらっしゃると思いますが、ほぼメインクエストの流れで進行します。
グロ描写はあんまり無いと思いますが、出て来る場合はアナウンス致します。
ゲームプレイ時と違う、と思われる箇所もありますが、街の規模や描写を少し弄ってある場合もありますのでご了承ください。
進行に従ってメインクエストのネタバレが出て来る場合がありますのでご注意ください。
メインの舞台は、メガトンと呼ばれる街。主人公はそこに住んでいる修理屋です。

2012/2/07

予定より早く復帰。遅筆な時は恐ろしい位に筆が進まないのに書ける時は意外にスラスラ。

そしてfallout new vegas編の開幕です。

本作品は洋ゲーRPGfallout new vegasの二次創作小説です。
プレイ中、プレイ済みの方もいらっしゃると思いますが、ほぼメインクエストの流れ(ルートは秘密)で進行します。
グロ描写はあんまり無いと思いますが、出て来る場合はアナウンス致します。
ゲームプレイ時と違う、と思われる箇所もありますが、街の規模や描写を少し弄ってある場合もありますのでご了承ください。
進行に従ってメインクエストのネタバレが出て来る場合がありますのでご注意ください。
メインの舞台は、モハビウェイストランド。主人公はモハビを駆け回る運び屋です。

2012/4/12
第3話更新しました。ボリュームを増やすべきか、更新速度を増やすべきか。
もうちっとクーリエズの内面を描きたいですねぇ。



[10069] メガトンの修理屋 第1話 Valutの穴蔵からアイツはやって来た
Name: taka234Me◆6742ef9e ID:142ad80a
Date: 2012/02/07 13:33


物心着いた頃から、俺はこの擂り鉢状のクレーターに張り付いたバラックの街メガトンに住んでいる。
生みの親父は育ての親父と知り合いだったスカベンジャーらしい。
生みの親が拾ってきた機械を育ての親父が直して売る。そんな関係だったとか何とか。

んで、生みの親父が廃墟でミスして重傷を負い、メガトンまで逃げ帰って来た所で逝った。
そして育ての親父は天涯孤独となった俺を引き取り、ロボット整備士として育て上げた。
酒好きで良く俺を殴ったが、腕は良かったしこんな世知辛いこと極まりない世界で血縁の無いガキを育ててくれたんだ。
今でも親父には感謝している。

親父がモリアティの酒場近くのフェンスから酔った勢いで転落死した後、俺は親父の家業を引き継いだ。
メガトンの市長兼保安官であるルーカス・シムズの要請でもあり、俺自身が生きていく為の決断でもあった。
集落にとって技術者は手放したくない人材だ。だからフラフラやって来る入植者には冷たいメガトンの街も、俺みたいな手に職を持つ者には結構優しい。


そんなこんなで俺はメガトンからはあまり出ず、親父の残した工房で戦前の機械を弄くり回す日々を過ごしていた。
俺はそんな日常がずっと続くと思っていた。そう、思っていたんだ。







第1話 Valutの穴蔵からアイツはやって来た







その日、俺は何時も通りに入手した廃棄ロボをばらして予備パーツへと変えていた。

「ち、聞こえづらいなぁ……」

修理に修理を重ねた年季もののラジオをパンパンと叩くが、ノイズだらけの放送は一向に改まらない。
最近はずっとこんな調子だ。スリードックのトークは真剣に聞く分には下らないが、作業中に聞く分には丁度いい。

仕方がないので、ギャラクシー・ニュース・ラジオの他でまともに聞こえるラジオにチューニングを合わせる。

『アメリカを蘇らせるのは唯一無二の存在たるエンクレイヴの仕事だ。君達の手は患わせない』

ありゃりゃ、大統領閣下の演説中かよ。
合間合間に入る曲は結構気に入っているんだけどな。
俺はラジオの電源を切ると、溜息を吐きながら部品分けの作業を続ける。
久し振りにいい状態で手に入った野良プロテクトロンだ。Dr.ホフのキャラバンガードが仕留めた奴らしい。

「おーい、今時間あるかい?」

ドンドンドンドンドンとドアが叩かれ、俺は機械いじりを止めた。
工房入り口の磨り硝子に人影が差し込む。
天上に張り付いているアンと、工房の片隅に居るクルの銃口がすっと入り口の方に向く。
しかし俺は聞き覚えのある声と、来客用の『ドアを五回叩く』合図を見て、傍らに置いてある端末を弄りアンとクルに警戒体勢を解除させた。
工具入れの横に忍ばせてあるレーザートーチを改造したレーザーピストルを使用する事も無いだろう。多分。

「入ってもいいよビリーさん。鉛玉もレーザーも飛ばないから安心しな」
「相変わらず用心深い奴だなぁ……」

ドアをゆっくりと開けて顔を出したのは、眼帯で片目を覆ったひげ面の男だった。
彼はビリー・クリール。俺の知り合いであるモイラ姐さんの店を初めとする、メガトンの店舗にキャラバン商人の商品を卸している仲買人だ。

「で、どうしたんだい」
「お前にお客さんだ。いつもの、アウトキャストの御方々さ」

ビリーの表情は苦々しげだ。キャラバン相手だと結構愛想がいいのに。
まぁ、確かに厄介な客ではあるけどな。それでもお客はお客だ。
前みたいに工房の前まで押し掛けられ、入り口で武装した分隊に包囲されて押し問答されるよりゃずっと紳士的だ。

「解った。手っ取り早く済ませるさ」
「ああ、そうしてくれ。早いトコ立ち去ってくれないとみんな怯えるんだ。頼むよ」
「そんな嫌な顔しないでくれよ。俺が対応してるから、あいつら街に入って来ないんだからさぁ」

そんな事を言いつつ、俺は整備道具を一式入れた工具箱と手押し車を担ぎ、腰のホルスターにレーザーピストルを指し込む。
町中とはいえ、ろくでなしやチンピラ、スリなどを行おうとする輩は結構居る。用心するに越した事はない。
俺は最後に壁際の小型端末を弄り、識別信号を所持している者以外は射撃を行う様アンとクルに指示を出してから工房を出た。

無論、入り口の鍵は三重にかけて、だ。
こそ泥にでも這入り込まれて、あちこちに弾痕が出来た工房と転がっている射殺死体を片付けるのは嫌だからな。





昼時のメガトンの入り口はそれなりに人通りがある。
日中は解放される街の扉を、雑多な人種と職業の人間が出入りしている。
流れ者、旅商人、入植希望者、傭兵、スカベンジャー、山師、ハンター、服装も性別も実に様々だ。
問題起こす奴とレイダーと奴隷商人とスーパーミュータントはお断り。
無理に押し入ろうとすれば自警団と警備ロボットが放つ弾雨で丁重にお帰り願っている。

入り口で延々と案内用のボイスを垂れ流しているプロテクトロンの副官ウェルド。
機械式の門の上に設えた監視所で小銃を手に周囲を監視してるストックホルムを始めとする自警団。
バラモンを連れた商隊達が街から出て来た住人やビリーを初めとする仲買人と取引をし、取引現場と周囲をキャラバンガード達が鋭い目で監視している。
広場の片隅で物乞いのミッキーが綺麗な水を乞うているが、相手にする奴は全く居ない。懲りない奴だよなぁアイツも。
俺が知る限り、アイツが誰かから施しを得たという話を聞いた事がない。
その割にゃ数ヶ月間此処で生き延びている。
実はレイダーの偵察員かもしれないな。
まぁ、実際にそうだったら副官ウェルドに始末して貰わないといけないが。

「奴らはあそこに居る。じゃ、頼むぞ。俺はキャラバン隊と商談を付けなきゃいけないんでな」

門を出た所でビリーはさっさと別の方に行ってしまった。
薄情者、と言いたいところだが、誰だってあんな連中と深いお付き合いなんてしたいとは思わないだろう。


「修理屋、仕事だ」

むっつりとした、威圧感溢れる声音。
黙っていても向けられてくる負の重圧を伴った雰囲気。
メガトンの入り口の端で彼らは俺を待っていた。

黒と赤でコーティングしたパワーアーマースーツに身を包み、手にはアサルトライフルかレーザーライフルが握られている。
中にはロケットランチャーやグレネードボックスを背中に担いでいたりもする。かなりの重武装だ。
これだけの装備をしているのは市街地側で活動しているエルダー派のBrotherhood of Steelか、タロン・カンパニーの愚連隊共位だろう。

彼らの名はアウトキャスト。かつてはエルダー・リオンズ率いるBrotherhood of Steelに居た連中だ。
Brotherhood of Steel。西の果てからやって来た、荒野のあちこちに眠る科学技術を蒐集して廻っている集団だ。
断じて言うが正義の味方なんかじゃない。スリードックは良いDJだが、奴らへの賛美だけはどうにも好かない。

何故かは知らないがエルダーと袂を別った彼らは、主に市街地ではなく市街地の外苑に広がる荒野の方で活動している。
勿論、メガトンとその周囲も彼らの活動範囲だ。
背中の背嚢が大きく膨らんでいる所を見ると、探索を終えて彼らの拠点に帰る途中なのだろう。
メガトンから少し離れた場所に、軍事基地跡に作られたアウトキャストの拠点があるのだ。

それなりに人通りと人の集まりがある場所なのに、彼らの周りには人気がない。
誰も彼もが、横目で見ては足早に遠離っていく。ま、確かにそうするよな普通なら。
水が欲しくて仕方がないミッキーの野郎は、1回駄目元で頼み込んで水の代わりに威嚇射撃を恵んで貰ったらしい。

「これを直せるかどうか見るんだ。可能なら動けるようにしてくれ」

アウトキャストの連中の俺を見る視線は……一般的なウェイストランド人を見る温度よりはちょっぴり温かい……とは思いたい。
「助けられる事しか能の無い」一般人なんざ助ける価値なんて無いと断言してる彼らからすれば、ちっとは役に立つ存在なのだろう。
アウトキャストは冷徹で差別的であるが、働きに対しての報酬や等価交換を基本的には守る。
Brotherhood of Steelのエルダー派だろうがアウトキャスト派だろうが、物資や武器の調達を全て自分達だけで行える訳ではない。
現地住民から買い取ったりする必要はどうしても発生する……幾ら武力を持っていてもこの地の商売のルールは守らなければならないのだ。
違いと言えば、アウトキャスト共の方が頑固でなかなか『現地民』を頼ろうとはしないって所か。

だから俺がアウトキャストに呼ばれるとすれば、結構面倒な事態なのだ。

「あのさ、隊長さん」

俺達の視線を浴びているのはプロテクトロン、二足歩行のロボットだ。
戦前に存在したロプコっていうロボット製造会社が生産してた汎用型ロボットだ。
俺も今まで沢山弄ったりばらしたり直したりしている。
軍用と産業用と警備用、様々な用途にしようされ、世界が崩壊した今でも稼働機が人間に利用されているのだ。
その黒と赤で塗装されたズングリとした機体のあっちこっちに穴が開いている。
近くにある小学校を根城にしているレイダーとの交戦時に損傷したらしい。
ロボット整備に心得のある奴が応急処置をして、騙し騙しメガトンまで連れてきたのはいいが入り口に着いた途端に動けなくなった。
アウトキャストの人員は基本的に科学技術への知識は高い。
しかし本格的なロボットの整備や修理を行うのはスクライブと呼ばれる科学者連中だ。
スクライブ達が拠点や研究室から出て来るのは重要な技術が眠る施設や装置が見つかった時だけだ。
普通の巡回や捜索には出て来ない。
だから、俺みたいな修理屋に(本当に)渋々頼る事もあるのだ。
こんな風に派手に壊れて応急処置程度じゃどうしようもなくなった場合は、だ。

「残念だけど中枢の方まで壊れてる……修理は難しいと思うけど?」

俺の返事を聞いた分隊の指揮官であるパワースーツ姿の男が、聞こえよがしに舌を鳴らす。
同時に探るような視線をパワーヘルメットのバイザー越しに向けて来た。
この隊長、毎度毎度俺が嘘言っているどうか見極めようとしやがる。
俺が高い修理費でも吹っ掛けようと嘘言っているのかと思っているのかねぇ。
残念、俺ぁ商売に関して嘘は言わない。
胴体にエナジー・セルの弾痕が開いていて、何カ所か重要な回路が焼き切れている。
こりゃもう、直すより新しいのを廃墟から探してきた方が楽だ。
しかし、小学校のレイダー共はレーザーピストルなんぞ持ってたのか?
精々整備がなってない中国軍の安物ピストルか、ハンターから分捕ったハンティングライフル程度しか持ってない筈だ。
タロン・カンパニーのベイビーキラー共なら光学兵器を装備してても不思議じゃないがね。

『メガトンヘヨウコソ』

副官ウェルドの耳障りな甲高い合成ボイスの声が響く。
こいつの宣伝文句は評判が悪いらしい。俺が調整してモリアティの御大がGoサインを出したのになぁ。
そんな風にどうでもいい事を考えてたら、仲間と小声でボソボソ話していたリーダーが不機嫌極まりない声音で俺に指示を出す。

「使える部品とエナジー・セル、核分裂バッテリーを取り出せ。残りは報酬と一緒にお前にくれてやる」
「了解」
「ジャンクの部品を使う時は我々の塗装を落としてから使えよ」
「……了解」

どうやらコイツはお役ご免になったようだ。
俺はさっさと仕事を始める。機嫌の悪いパワーアーマー集団なんて怒らせたくないからな。
早く仕事を終わらせて報酬を貰って、ブラス・ランタンでリスシチューとウィスキーでも啜ってから寝るか。
何だか疲れた。工房のプロテクトロンの解体は明日にしよう。


「……っぁああ~、終わったぁ」

メガトンの門を潜り、俺は思いっきり背伸びをした。
非友好的な視線を浴びながらの仕事は肩と腰に来る。
アウトキャスト達はもうメガトンに居ない。
部品を渡すと俺にキャップの入った袋を放り、挨拶の一言も言わずにさっさと立ち去った。
彼らの無愛想さなんか一々気にしてても仕方がない。
キャップが手に入ったんだからそれで良しとしよう。

俺は工房から引っ張ってきた手押し車を慎重に押しつつメガトンの街を下っていく。
ロボットの残骸は結構重い。転がしてしまったら坂を上がり下りしている連中が何人か死ぬだろうな。
不慮の事故で市民権を剥奪され、メガトンから追い出されるのは嫌だ。
なので慎重に下っていく事にする。

「ん……?」

診療所手前まで降りてきた所で珍しいものが目に映った。
辺りをキョロキョロ見渡しながら、鉄板を強いた勾配路を上がっていく若い男の姿だ。
何がどう珍しいかと言えば、そいつの着ている服だ。
よれよれだったり薄汚い暗色な入植者の襤褸切れでもない。
真っ青な汚れなんて見当たらない生地で作られたスーツをそいつは着ていたんだ。
背中にデカデカと『101』と白い数字が描かれたスーツをだ。

「驚いた……またValut101から出て来る奴が居たとは」

俺のちっこい頃、物心が付くかどうかの頃にValutから人間が出て来たっていう話を聞いた事がある。
俺はその頃の事なんざ覚えてないし、モイラ姐さんが話してた内容は正直眉唾だ。

しかし、確かに人が出て来た事は事実だ。
モリアティの御大が機嫌が良い時にValutの住人との話を聞かせてくれたし、モイラ姐さんの店にも『証拠』がある。
姐さんのセンスで彩られて台無しになった、101のジャンプスーツがカウンターの向こう側に飾ってある。


俺がぼんやりしている内にそいつは勾配路を上がりきり、モイラ姐さんの店に入っていた。
そして数秒後に小規模な爆発音が響き、聞き覚えのない野郎の悲鳴が聞こえた。多分、Valutの住人だろう。
姐さんの雇っている傭兵はあの程度の爆発じゃ悲鳴も上げないからな、慣れってのは恐ろしいぜ全く。

「ま、俺にとっちゃどうでもいい事か」

Valutという温室育ちにとって、ウェイストランドはあまりにも厳し過ぎる場所だ。
此処に来るまでに時折メガトンへ攻めてくるレイダーや、モールラットとかち合って餌にならなかっただけでも僥倖な位だ。
多分数日中には死ぬだろうと俺は思った。のたれ死にか、レイダーのバーベキューパーティの主菜かどうかは知らないが。


「さっさと残骸を工房に入れて、飯でも喰いに行くか……」




これが、奴との最初の出会いだった。




次回へ続く



[10069] 第2話 メガトンからアイツは旅立って行った
Name: taka234Me◆6742ef9e ID:142ad80a
Date: 2009/07/10 19:46
「そうなのよ、あのValutの住人さんってとっても良い人でしょう?」
「ま、まぁ……な。姐さんがそーいうならそうなんだろうぜ」

街の斜面中程にある大型のバラック。
名前をクレイターサイド雑貨店っていう。
メガトンには雑貨や食料店など含めて商店が大小十数軒ある。
その中でも異彩を放っているのがこの店だ。
多種多様の商品やがらくたを買い取り、いろんな人間に売りさばく。
おかげで店の中は何時でもガラクタや珍品で溢れており、異様な雰囲気が漂っている。
後ろで無愛想な顔をして警備をしている傭兵も、最初の頃は盛んに愚痴ってたよなぁ。
いい加減慣れたみたいだけど。それが良いかどうかは別として。

「あなたが断ったサバイバルガイドの作製手伝いをお願いしたら快く手伝ってくれるって言ったの! 近頃では滅多に見ないお人好しよね!」
「だよねぇ……というか姐さん、ちゃんと内容を伝えたの?」
「勿論よ、取り敢えず手始めに放射能を浴びてきてって頼んじゃった! 出来れば重度の障害が出るぐらいが理想だって」
「…………」

…………そう言えば此処に来る途中で、街中央の核爆弾の周りに溜まっている水溜まりにあの野郎が素足で浸かっていたよな。
そうか、この為だったんだなぁ。わざわざ放射能を含有した水の中に浸かるのはアトム教会の司祭ぐらいだよな。

バタン。

ドアが開き、1人の人影が姿を現す。
初めて見た時に着ていたジャンプスーツではなく、アーマーを追加されたジャンプスーツを着た人影が。

「モ、モイラさん、こ、これ位でだいじょうb」

人影……Valutの住人は蒼白な顔でそう呟くと、店の入り口の上でぶっ倒れた。





…………数分後、俺は姐さんの代わりに店番をしていた。

「そこまで頑張るなんて……なんて素晴らしいアシスタント精神なのかしら!」

姐さんは盛んに素晴らしいと言いつつ商品棚のRADアウェイを引っ掴むと、倒れたValutの住人に中身をホンの少しだけ注入した。
流石にやばすぎる状態だったらしい。何で全部注入しないのかと尋ねたら、

「そんな事したら、また彼が放射能を浴びなきゃいけなくなるじゃない!」
「彼の献身に報いる為にも、調査は1回で終わらせないとね!」

環境スーツ(姐さん特製の放射能防護服)に身を包んだ姐さんは、意気揚々とそう宣った。
そしてValutの住人を傭兵に手伝って貰ってキャリーに載せ、奥にある鉛色のドアが付いている部屋へと運んでいった。
…………この店って、偶に気が付くと部屋が増えたり減ったりしてるよな?
あんな部屋、こないだこの店に来た時には無かったような気がするが。
ドアが重々しい悲鳴のような音を立て、ピッタリと閉まった。
ドアの上にある赤いランプが、パッと点灯する。

「アイツ……大丈夫なんかね?」

傭兵は達観の目付きで俺を見ると、黙ったまま静かに明後日の方角を見詰めたのだった。




取り敢えず結果論として、奴は危うい所で一命を取り留めた。
あの部屋の中で何が起きたのかについては、誰も聞かなかったし奴も口を閉ざした。
そして調査結果に感激した姐さんは報酬代わりにRADアウェイとRAD-Xをたんまり握らせた後、物凄い笑顔でこういった。

「じゃあ、次はスーパーウルトラ・マーケットに行って食料と薬が残っているか確かめて来てね!場所を教えるからメモして!」

いや、姐さん。
こんな目に遭ったんだから、流石にこれ以上はつきあわないだろコイツも?
俺は早くも、ウェイストランドサバイバルガイド作製作業が再度頓挫する事を確信していた。
……また、俺にアシスタントになれだなんて言わなきゃ良いけどなぁ。





第2話 メガトンからアイツは旅立って行った





「おーい、今週分の水の配給だ。受け取ってくれ」
「お、待ってました」

工房の入り口を開けると、顔馴染みの配給係が立っていて小さなジュリカンを差し出して来た。
ジュリカンには俺の名前が書いてある。彼の後ろには台車があり同じ様なジュリカンが沢山積んである。
そしてその台車を囲むように、数人の自警団がショットガンやハンティングライフルを持って辺りを警戒していた。

「ジュリカンは明後日ぐらいまでに水処理場に戻しておいてくれよ。でないと配給が無くなるからな」
「解っている。いつもの事さ」

メガトンでは、一週間毎に精製水の支給が行われる。
メガトンには戦前の浄水装置を備えた水処理場があり、そこで処理され放射能と不純物を取り除かれた精製水が市民に配られるのだ。

ただし、正式な『メガトンの住民』のみに。

幾ら浄水装置が有ろうとも、精製できる水の量は限られている。
だから、この街の取り決めで『個人宅を持つ住民』だけが浄水装置の水を支給される事が許されるんだ。

勿論、納得してない奴らは多い。共同住宅に住み日雇い仕事で喰っている大多数の入植者は特に。
偶にそいつ等が市民の家に忍び入って水を強奪しようとする場合もある。大概は自警団か住民に見つかって射殺されるのがオチだけどな。

この世界では、精製水は身体を流れる血と同じ価値を持つ。
それを盗む奴は殺されてもおかしくはないんだよ。残念な事にね。
俺もガキの頃台所に忍び込んで水を盗んで逃げようとした入植者の女を、親父が躊躇無くレーザーライフルで撃ち殺したのを見て学んだ。

「今週も良い出来だなぁ。汚れた水なんか比べものにならないぜ」

俺はジュリカンから空のミルク瓶へ、精製水を丁寧に丁寧に移していく。
精製水一滴血の一滴だ、僅かたりともおろそかな扱いは出来ない。
あー、いつ見ても精製水は素晴らしい。いちいち放射能を気にせず水分を補給出来るって素晴らしいよなぁ。

「冷やしてから、楽しませて貰おうっと」

蓋をしたミルク瓶数本を冷蔵庫へと丁重にしまう。
この冷蔵庫は荒野や廃墟に転がっているそこらの冷蔵庫では非ず。
解体した機械から転用出来る部品を集めて冷却機能を復活させた優れもの。
俺は精製水をキンキンに冷やし、少しずつ喉を潤すように飲むのが好きなんだ。
ちなみに酒の水割りなどは作らない。残念ながら、世間で出回っている酒の殆どは放射能を含有しているからな。
水割りなんか作ったら折角の精製水が台無しになる。あれはそのまま少しずつ味わうのが良いんだから。


ドンドンドンドンドン!

ドアが叩かれ、俺は冷蔵庫から目を離した。
磨り硝子に人影が映る。商売客の様だ。
天上に張り付いているアンと、工房の片隅に居るクルの銃口がすっと入り口の方に向く。
傍らに置いてある端末を弄りアンとクルに警戒体勢を解除させる。
工具入れの横に忍ばせてあるレーザートーチを改造したレーザーピストルを使用する事も無いだろう。多分。
何故なら、聞き覚えのある声だからだ。

「おーい、坊や。ワシだ。何でも屋のジョーじゃよ」
「おー、ジョーおじさん。お久し振り!」

ドアを開けると、陽に焼けて剥げた頭も顔も真っ黒な五十過ぎのおっさんがニコニコしていた。
俺はジョーおじさんと堅く握手をすると早速工房の中に案内した。
おっさんの後ろに居たプロテクトロンとMr.ハンディー、Mr.ガッツィーもといRL-3軍曹も工房の中に入ってくる。

「はい、暑かっただろおじさん。喉を潤してくれよ」
「おお、精製水を出してくれるとはのぅ。ありがたい事じゃ」

ジョーおじさんは、実に美味しそうな顔でショットグラスに注いだ精製水を飲み干していく。
このおじさんは俺にとっての師匠の1人だ。
正確に言えば俺にロボットの修理や分解方法を教えてくれたのが育ての親父。
知識や全体的な工学、ロボットを使った商売方法を教えてくれたのはジョーおじさんだ。

ジョーおじさんはロボット業者だ。
稼働可能なロボットを収集し、ニーズのある所で売り捌く仕事をしている。
広大なウェイストランドを巡回していて、偶にメガトンによると俺のトコへ遊びに来てくれる。
親父を知っている数少ない知り合いで、俺もこうしておじさんが来てくれると凄く嬉しい。
久し振りにやって来てくれたおじさんと世間話に花を咲かせていると、RL-3軍曹がホバーしながら俺に近付いてきた。

「っと、近寄りすぎだぞ軍曹」
『本日も我が軍に栄光あれ、お久し振りであります司令官殿!』
「お前、まだ売れてなかったのか……おじさんに拾われてだいぶ経つだろ?」
「あはは、コイツは癖が強くてなかなか買い手が付かんからのぅ」

コイツは変な癖があって、自分を連れて回れる『適性』があると判断した相手と話をする時、司令官殿と呼ぶ。
Mr.ガッツィーを欲しがるタイプの人間にコイツの言うところの『適性』があまり無いみたいで、ずっと売れ残り状態になっていた。

「どうじゃろか坊や。軍曹もお前さんの事を気に入っておるみたいだし、買ってやってくれんじゃろか?」
「今は良いよ。別に『遠征』に出かける予定も無いし、工房のセキュリティも間に合っているし……何より1000キャップは結構高いよ」
「むぅ、残念じゃのう。コイツは選り好みし過ぎるから、折角買い手が付きそうになっても従おうとしないんじゃよ。お前さんなら大丈夫じゃけどなぁ……」
「ところで、今度は何処に行くつもりなのおじさん?」
「ああ、テンペニータワーへこのプロテクトロンとMr.ハンディーを届けに行くんじゃ」
「テンペニータワーかぁ。あんまり評判の良くない所だよね」
「まぁの。金持ちだから金払いはいいんじゃが、あの見下した態度は確かにいけすかん。まぁ、商売だから仕方がないがの」

テンペニータワー。
アウトキャスト達の拠点を越えて高架道路の下を潜った先にあるでかいビルだ。
戦争が起こる前はホテルだったビルを、アリステア・テンペニーっていう金持ちが改修してマンションにした。
んで、高い家賃を払える連中を集めて上流階級とかいう生活を送っているらしい。
貧乏人とグールはお断りだそうで、まぁ俺にとっては縁も関係も無い場所だ。

「そっか……でも気をつけてくれよおじさん。あの辺、最近はヤオグアイやラッドスコルピオンをよく見かけるって商人が言ってたからさ」
「ああ、解っておるよ。ま、軍曹とプロテクトロンがおれば、大概の相手は退けれると思うがの」

それから暫く世間話をした後、おじさんはロボットをテンペニータワーへ届ける為旅立って行った。

「じゃ、気をつけてなぁ~!!」
「おお、美味い水をありがとな。また来るよ」

おじさんは何度も手を振りながら、高架道路のある方へと去っていった。

「お、俺にも……水を」

さて、俺も仕事をするかなぁ。
大きく伸びをした後、俺は来客の為滞っていた仕事を再開すべく、メガトンの門を潜ろうとした。

「蟻だー!」

とその時、監視所に居たストックホルムが叫んだかと思うと、手にしていたハンティングライフルをぶっ放した。
同時に偶然居たラッキー・ハリスのキャラバンガードがアサルトライフルを構え、ハリスも44マグナムをホルスターから抜いた。

「あ、あれは」

何時もの弱々しさから掛け離れた全力ダッシュで逃げ出していくミッキーの事は凄くどうでもいい。

俺の目に映ったもの、それは……。

「あの馬鹿、何やってるんだ!?」

地雷を起動しては投げ、起動しては投げ、後ろ走りで逃げてくるValutのアイツ。

そしてアイツを追い掛けているのは、でかい蟻数匹……あ、一匹地雷で吹っ飛んだ。
どうやら、メガトンの外に出ていたアイツが蟻に襲われたままこっちに来たらしい。
何ともはた迷惑な奴だ。ああ、せっかくのおじさんとの別れの余韻が。

ストックホルムが再度銃をぶっ放し、キャラバンガードが放つ軽快な発射音とハリスの重厚な発射音が加わった。
俺は取り敢えずレーザーピストルを抜きつつ門の近くまで退避した。
俺は技術者だ、前線でクリーチャー相手に戦うのには向いてないぞ。

しかし、俺みたいなのがわざわざ加わるまでも無かったようだ。
地雷による損傷で足が鈍った巨大蟻は、ハリス達の援護射撃によりあっさり倒されてしまった。

そして動かなくなった蟻達から少し離れた所で仰向けに倒れてゼイハァ息を枯らしているアイツ。
ジャンプスーツは何故か血塗れ泥まみれ汗まみれ、うわ、近寄りたくねぇ。

キャラバンや自警団の呆れや迷惑そうな視線を代表し、俺はそろそろとアイツに近付いた。
だって、俺何もしなかったしねぇ。これ位はしないと……何というかみんなに申し訳ないような気がしないでもないし。

「大丈夫か?」
「ああ、大丈夫、何とか」

アイツは背嚢と手提げバックを持っていた。
中身が零れているので、何かと思い手にしてみると……。

肉詰め、ダンディボーイ・アップル、シュガーボム、他にもスティムパックや血液パックが沢山……お?

俺は荷物の中に一枚の紙が挟まっているのを見つけ、手にとって見る。
どうやら、戦前の古い張り紙のようだ。それにはこう書いてあった。





『楽しいお買い物は是非ともスーパー・ウルトラ・マーケットで!』






「お前……」

俺は、思わず心の中で思った事を口に出してしまった。

「底抜けのお人好しか底抜けの馬鹿だろ?」

アイツからの返事は無かった。


続く




[10069] 第3話 雑貨店からアイツは地雷を拾いに行った
Name: taka234Me◆6742ef9e ID:142ad80a
Date: 2009/07/08 21:09





「で、次は何をしろって?」
「地雷原ってトコで地雷を拾ってきてくれだって」
「やめとけよ。お前、死ぬぞ」

間髪入れず俺はそう突っ込みを入れると、大皿に並べられたイグアナの角切りの一つに先割れスプーンを突き刺して自分の口に放り込む。
肉感と肉汁を楽しんだ後、自宅で冷やしておいたヌカ・コーラで喉を潤す。
くー、堪らん。これで放射能が入ってなきゃ最高なんだが。

ここはクレイターサイド雑貨店。店主は今所用に付き不在。
代わりにカウンターにもたれ掛かっているValut101の馬鹿野郎と話をしているこの俺が、店番代わりを勤めている。
メガトンの商品価格レートは把握しているし、ガキの頃から何度か店番を手伝わされて来た。
傭兵とも顔馴染みだし、モイラ姐さんのインスピレーションという名の『発作』は毎度の事だしな。

ま、店番をするなんていうトラブルの原因は、へたばってたコイツを雑貨店まで引き摺っていくなんてくだらんお節介をしてしまったが為なんだが。
やっぱり無駄な親切なんて、このご時世じゃマイナスにしかならないぜ。くそっ。




第3話 雑貨店からアイツは地雷を拾いに行った




そう思いつつ、俺は姐さんが奴に報酬として渡した山盛りのイグアナの角切りをまた一つ口に入れる。
助けて貰ったからどうぞと目の前の馬鹿に言われたんで仕方なく喰っているだけだ。
この場に居ただけの傭兵だって二口ほど相伴した位なんだからな。
この馬鹿はイグアナの角切りの他にも、食料殺菌剤という結構便利なものを貰っている。
あれは売ればちょっとした傭兵の装備1人分になるぐらいの高値になるからな。これ位は良いだろ。

「ほれ、お前もヌカ・コーラを呑めよ。よく冷えてるだろ? イグアナの角切りと等価交換だ」
「あ、うん、ありがと」
「………………素直すぎるなお前。そんなだからモリアティの旦那に上手い事扱き使われるんだ。シルバーの件で解っただろ?」
「……そうだね」

先日、モリアティの酒場でモリアティの御大が、機嫌良さそうに語っていた事を思い出す。
元娼婦のシルバーって薬中から金を殺してでも巻き上げてこいって言われて、無事に取り戻して来たらしい……幾らか減ってはいたらしいが。

それなりに腕も要領もいい様に見える。
話をしている限りじゃ頭だって悪くない。
しかし、致命的にお人好しで正直者だ。
このウェイストランドでは自身を滅ぼす最悪な美徳だ。
このまんまじゃ、誰ぞに利用されるだけ利用されて野良犬の餌にされちまう位に。

まぁ、俺には忠告程度しかするつもりはないがな。
精々姐さんの繋がりで顔を知った程度の穴蔵出身者だ。
親身になったり、リスクを背負ってまで助ける必要なんて何処にもない。
こうしてヌカ・コーラでも呷りながら、口で何か言う程度が俺の限界だ。

「姐さんの頼み事みたいな、余計な事に首突っ込まずに親父さん探すのに集中しろよ」
「それは解っているさ」
「だったら」「僕には、色々と足りないんだ」

俺が忠告を言い終わる前に、馬鹿が口を開いた。

「父さん、ワシントンD.Cの中にあるG.N.R.ビルプラザってトコに向かったんだって」
「G.N.R.ビルプラザ……市街地だな。また厄介なトコに行ったもんだ」

G.N.R.ビルプラザ。かつてワシントンD.Cと言われた都市に存在する放送局だ。
今じゃ、スリー・ドックと呼ばれるDJがそこでリオンズ派のBrotherhood of Steelの後援を受けつつラジオ放送を流している。

放送内容については……今語らんでもいいだろ。
肝心なのは、その放送局に行くまでの過程だ。

はっきり言えば、間違いなく放送局にたどり着く前にこの馬鹿は死ぬ。確実に、死ぬ。
それ位危険だ。市街地は市街地の外周に広がる荒野よりも更に危険だ。

コイツがうっかり足を踏み込んで死ぬ時の死因なんて幾らでも想像出来るね。

市街地に行く前に地雷を踏んで死ぬ。
レイダーのキャンプに遭遇してそのまま夕飯として食べられて死ぬ。
ポトマック川の側を歩いてミレルーク(二足歩行の蟹もどき)に襲われて食べられて死ぬ。
タロン・カンパニーの傭兵に見つかって頭ねじ切って玩具にされて死ぬ。
メトロに潜ってフェラルグールに遭遇し、バラバラに引き裂かれて食べられて死ぬ。
スーパーミュータントに遭遇して拉致される、またはゴア・パックの中身として体積を圧縮されて死ぬ。
市街地で繰り返される化け物と人間の戦いに巻き込まれて死ぬ。
市街地で繰り返される人間と人間の戦いに巻き込まれて死ぬ。
理性と知性がぶっ飛んだサイコパスに襲われて死ぬ。
建造物の崩落に巻き込まれて死ぬ。
メトロの崩落に巻き込まれて死ぬ。
兎に角、死ぬ。

あそこは死ぬ要因で溢れかえっている魔境だ。
市街地に住んでいる人間は少なくはないが、どうしてあんな場所に住めるのか俺には理解出来ん。
そんな場所に、今からコイツは向かおうなどと計画しているのだ。

「そんな所に直ぐ行っても、今の僕じゃ確実に殺される。父さんに再会も出来ず、無意味に死ぬことだけは出来ない」
「……」

夕暮れの陽光が指し込む店内は静かだ。
表の雑踏が僅かに聞こえる程度で、普段ならボチボチ来る客足も今は途絶えている。

「少し噂を聞いただけでも、市街地が相当に危険な場所だっていうのは解っている」
「だから、僕には経験や装備がもっと必要なんだ。父さんに逢う為に、確実にビルプラザに着く為に」
「…………だから、姐さんの依頼を受けたと?」
「そうだよ。確かにあの人の依頼は無茶苦茶だけど、これをこなす位じゃなきゃ父さんに遭えないだろうから」

いや、それは違うだろ。
俺は心の中で突っ込みを入れた。

確かに市街地でも生き残れるよう己を鍛えるのは良い。
姐さんの依頼は、ウェイストランドで遭遇する危険や困難を網羅し始めている。
全てこなす頃にゃこの馬鹿はValut育ちの腑抜けから、立派なウェイストランド人に生まれ変わっているだろうよ。

しかし、幾ら何でもハードルをいきなり高めに掲げてどうするよ?
ウェイストランド生まれのサバイバルを産まれた瞬間からこなしてきた人間ですら、姐さんの無理難題は腰が引けるんだぞ?
Valutで何不自由なく育ってきたであろうお前が、外に出て一ヶ月も経ってないお前が受けて良い依頼じゃないんだぞ?
俺の家業で言えば、ぺーぺーの初心者が完全武装の警戒ロボのインヒビター弄るようなもんだ。
十中八九、暴走して識別が効かなくなった警戒ロボのミサイルランチャーかミニガンを食らって即死亡間違いなし。

そん位、こいつは無謀な修行を試みようとしているのだ。
まったく、本気でコイツは大馬鹿野郎だ。
そしてその大馬鹿野郎はくそ真面目な顔で、マーケットの前に居たレイダーから奪ったハンティングライフルを点検してやがる。
どうやら本気で、ポトマック川を渡り対岸にある地雷原へと向かうつもりだ。

「あー、そうかい」

俺は投げ遣りに呟くと、残ってたヌカ・コーラを一気に呷った。

「好きにしろよ。死んじまっても全てはお前が自分の意志で選択した結果だ。お前の好きにしろぃ」
「うん、そうするよ」

馬鹿の返事は、やっぱり馬鹿な返事だった。
本当に、やれやれだぜ。







その翌日。奴は地雷原と呼ばれる廃墟へと旅立って行った。
モイラ姐さんはその果敢なアシスタント精神に、いたく感じ入ってたようだ。
俺はと言うと、普段通りの生活を続けるだけの事でしかない。
全く、人がせっかく忠告してやったのに、まっしぐらに危険へと突っ込んでいきやがった。


それから数日が経ち、結局奴は戻っては来なかった。

途中で放り出して父親を捜しに行ったか、凶暴な動物かレイダーにでも殺されたのか。
どっちでも構わないだろう。どっちにしても、高い確率で奴はくたばっただろうから。
俺にはどうでも良いことだ。忠告を聞き入れない野郎の事は特にな。

ま、冥福ぐらいは祈ってやるか。
祈りは無料だから、それ位はしてやらないでもない。

俺は地雷原の方に向き直り、一分間の黙祷を捧げたのだった。






「姐さん、頼まれてた核分裂バッテリーようやく数が揃って……」

クレイターサイド雑貨店のドアを潜った俺は凍り付き、思わず持ってきたバッテリーの入った袋を足の上に落としてしまった。
ズシリとした感触、ミシミシと足の骨が圧迫される僅かな音。痛ぇ、死ぬほど痛ぇ。

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
「ちょっと大丈夫?」
「だ、大丈夫って、お、おま、お前無事だったのかよ!?」
「うん、無事だったよ。ちゃんと依頼は果たしたしね」

スカベンジャーの帽子を被り、えらく使い込まれた308口径狙撃銃を背負っているあの野郎の姿があった。
Valutのスーツは更に汚れていたが、えらく物持ちが良くなってやがる。
持っていったハンティングライフルは姿を消していたものの、代わりにアサルトライフルを肩に提げていた。
加えて腰には中国軍の剣をぶら下げ、何個か手榴弾を腰に結わえている。

そして、

「お前」
「どうしたの?」

カウンターの上に乗ったリュック一杯の地雷と、地雷を一つ持って悦に浸ってる姐さんはまだいい。
だが、奴の側でハッハッと生臭い息を吐いているコイツは……。

「その犬、どうした?」
「うん、廃車が山積みになってるトコで出会ったんだ。飼い主が死んじゃったから、僕が拾ったんだよ」

お前、それ飼い犬か野良犬じゃなくて、スカベンジャー・ドックだぞ?
拾ったとかお気軽な事言うなよ。お前、やっぱ馬鹿だろ。

「で、コイツの名前は?」
「うん、僕が付け直した名前だけどドックミートって言うんだ」

…………やっぱ、お前馬鹿だよ。




続く




[10069] 第4話 メガトンからアイツは蟹を観察しに行った
Name: taka234Me◆6742ef9e ID:142ad80a
Date: 2009/07/10 02:11
街で使用されるロボットを修理や改造したりするのが俺の仕事。
それを延々と繰り返し、それなりに保証された生活を享受していく。
取り立てて大きな野心や願望なんて持ってないし、考えた事もない。
保守的な親父の影響かもしれないが、特に不自由も不満も無かったから問題にはならなかった。




少なくとも、あの馬鹿が現れるまでは。



「はぁ……やっぱり駄目か」

相変わらず、ラジオからは酷い雑音がザーザーと流れている。
微かに曲が聞こえてるような気もするが…………駄目だコリャ、聴くに耐えれん。
こいつぁ、ラジオの故障というよりはGNR側の通信施設に何か問題でもあったんじゃなかろうか?
御大のトコのグールもラジオが調子悪いと愚痴っていたし。

……ちなみに俺、グールの事は嫌いでも好きでも無い。
石ぶつけようとは思わないが、お友達にもなりたくない。そんな感じ。

俺が今何をしているかと言えば、特別な事をしている訳でもない。
スカベンジャーが引っ張ってきたMr.ハンディーを修理しているだけだ。
依頼主はモリアティの酒場で一杯引っかけてくると言って出て行った。

Mr.ハンディーの状態はそれ程悪くない。
前払いとして貰ったメントスを噛み砕きながらやっているので、工程はサクサク進む。
パチパチとターミナルのキーボードを叩きながら、俺は1人の馬鹿を思い出した。

「そいや、あの馬鹿は市街地に初チャレンジだったか」

モイラ姐さんの依頼で、姐さんの開発した蛍光色の毒々しい薬品を塗りたくった棍棒持って奴は犬と一緒に出て行った。

「少しは、メガトンで安全に訓練しようとかは思わないのかねぇ……親父さんを早く探したい気は解るが」

ターミナルと接続していたコードを抜き、点検用の板を再び填めて固定し直す。
少し演算処理機能とルーチンがおかしくなっていたのに加え、発掘した時に少し故障した箇所があった。

でもまぁ、どれも大した事が無くて良かった。
うちの工房はMr.ハンディーやMr.ガッツィー、プロテクトロン、ロボブレイン(有機素材除く)の部品ならたんまりある。
この間みたいに大破したような状態じゃなければ、預かったその日には再稼働までこぎ着けられる可能性が充分高い。

「少し急ぎ過ぎている気もするがなぁ……ま、俺の知った事じゃないか」
『再起動完了……おはようございます。素晴らしい目覚めでした』
「それは良かった。お前のご主人様の所に行こうか」
『かしこまりました…………やっぱり後回しにしてくださいませんか?』

小声で愚痴るMr.ハンディーはまぁ、標準的ではあるよな。



ウォッカを引っかけて上機嫌だったスカベンジャーは、手早く直したこともあって報酬をやや上乗せにしてくれた。
財布へじゃらじゃら音を立てながら吸い込まれていくキャップの音色は心地がよい。
本日の仕事は終わり。後は姐さんの所に顔を出してから、ブラス・ランタンにでも寄って酒を引っかけるとするか。

「姐さん居るか……って、お前か。戻って来たのか?」
「うん、さっき戻った」

カウンターの前に、Valutの馬鹿とその飼い犬が居た。
カウンターでは、姐さんが気難しい顔をして血が大量に付着した蛍光色の棍棒を見詰めている。

「で、実験はどうだったんだ。その……なんだっけ」
「モールラットを追い払う事が出来る殺鼠剤のテスト」
「ああ、そうだ。効き目はもう解ったのか?」
「うーん、解ったというか……その、強すぎたみたい」

馬鹿の言うところによると、その毒々しい蛍光色の殺鼠剤は強烈な毒性で次々と罪もないモールラットを毒死させたようだ。
ついでにレイダーも殴ってしまったようだが、殴ったレイダーの皮膚が溶けてしまい大騒ぎになったらしい。
……姐さん、何時も思うんだけど、姐さんが作る薬品は効果が効き過ぎるよ。

「そうね、次からはちょっと減らして作ってみようかしら」
「いや、半分にしてくれ。と言うかお願いします本当に」

本当、この人は手加減というのが苦手だ。
天然だし、結果を良くも悪くも出すから尚更質が悪い。
全く、やれやれだぜ。






第4話 メガトンからアイツは蟹を観察しに行った








「次はミルレークの産卵ポッドに観測機械を入れろ、か。やっぱりやるのか……やるんだよなぁ」

その後、姐さんから報酬と次の依頼を受け取った馬鹿は、俺と一緒にブラス・ランタンで飯を喰っている。
俺達の足下じゃ、ドックミートの奴がバラモンステーキをぱくついてやがる。
お前な、人間様がリスシチュー啜っているのに、犬の分際でぜーたくなモン喰ってるんじゃねぇよ。
しかし、何だかなぁ。下手に関わりを持ってしまった所為か、コイツ何かと俺に話しかけてきやがるなぁ。
しかも妙に自然な形で人の領域に入って来る。コイツ、人誑しの才能でもあるのか?

「今日入ったモールラットが住んでいる下水道の手前にあった、アンカレッジ記念碑の下にミレルークの巣があるんだって」
「そンくらい知ってるよ。あの辺はハンターにとってミレルークの狩り場でもあるらしいからな」



ミレルーク。
主にポトマック川か、ワシントンD.Cに張り巡らされている下水道に住み着く二足歩行の化け物だ。
かったい甲殻に、強烈なタックルと鋏。
縄張り意識が強く、外敵に対し非常に好戦的だ。
おまけに川縁や巣で遭遇すると、次々と仲間がやって来る。
陸で言うヤオ・グアイと同じぐらい危険な存在だ。

肉がそれなりに美味なので猟師達はよく狙うが、返り討ちにされる事も多いらしい。
特にハンターと呼ばれる群れの番人や、もう蟹というカテゴリーを外れているキングと呼ばれる群れの主は更に危険だとか。

「しっかし、巣の周りにいるミレルークは一匹も殺すな、か。姐さんも無茶言うぜ」
「でも、結構正しくはあると思う。ミレルークって集団で行動してるでしょ? 戦わないに越した事はないよ」
「お前、戦ったのか?」
「記念碑の周りを調べてたら、下の方で旅の人が襲われてた。肉みたいなのを持ってたから、巣を荒らしてたんだと思う」
「それで……そいつはどうなったんだ?」
「……死んじゃった。死んで、水の中に引き込まれちゃった」
「……そうか。ま、良くある事の一つだな」
「その人を殺す時のミルレークの行動が、妙に統率が取れていたんだ」
「迂回して相手の退路を断って、一匹がタックルで押し倒し、その後は袋叩きで殺してしまった。あっという間だったよ」
「……やっぱ、お前行くのを止めた方がいいんじゃないか?」
「止める事なんて出来ないよ。やらなきゃ、いけないんだ。父さんに逢う為に、必要なんだから」

俺は溜息を吐きつつ馬鹿のグラスに、温いヌカ・コーラを注いでやる。

「全く、お前の親父さんも面倒な事をしてくれたな……ん?」

そこで、俺は重要な事を思い出した。

そもそも、なんでコイツの父親はValut101から出たんだ?
そして何でコイツは親父の後を追っかけてValut101から出たんだ?

後者はまだ解る。子が親を追う事は珍しく無いからだ。
しかし、何で荒野に住むよりはずっとマシなValutでの生活を馬鹿の父親は捨てたのか?

そんな、どうでも良い筈の疑問が、俺の中で急激に膨らんでいった。






「なぁ、お前の親父さんの事だけどよ」



聴くのを止めた方がいい。

俺の中でそんな声が聞こえた。

これ以上、この厄介者に深入りするのは止めろ。
メガトンでの平穏な生活が乱されるかもしれない。
無難でそつのない生活、それを望んでいるのはお前だろう?

そんな風な声が、聞こえた様な気がした。
でも、俺の口は何故か止まらなかった。


「なんで、Valutから出たんだ?」
「…………僕にも、解らないんだ」

奴の声が低くなった。
危険な依頼を受ける時も飄々としている奴の顔に、影が差した。

「いきなり父さんが居なくなった。居なくなったと同時にラッド・ローチがValutに大量発生したんだ」
「監督官は、僕が父さんの脱走と関係していると見て、僕を捕まえようとした。でも、危ない所で友達のアマタに逃がして貰ったんだ」
「父さんが何を考えてValutを抜け出したのか解らない。でも、僕には父さんを追い掛けるしかないんだ。だって」

妙に平坦になった馬鹿の声が、酒場内の喧噪に紛れて僅かに震えた。

「もう僕は、故郷のValutには戻れないんだから……」

……やっぱ、聞くんじゃなかったぜ。
酒を飲んで鬱憤や現実を紛らわしているウェイストランド人達の中で、俺達2人はさぞや浮いていただろう。
やばい。この湿っぽい空気をさっさと吹き飛ばさなくては。

「そうか……もういい、話すなよ。酒でも飲んで、すっきりしよう。アンディ、ウィスキー2本くれ」
「酒の方はあんまり……」
「明日もキツイ仕事だろ。一杯だけ飲め。飲んで安宿でぐっすり寝てから調査に行けよ」
「解った…………ごめん。湿っぽくしちゃって」
「変な気遣いなんか要らねぇよ。黙って飲め」



結局、奴は一杯だけウィスキーを飲んでから、ドックミートと一緒に安宿に戻って行った。
共同住宅の方は、一般入植者から何かと怪奇の目で見られて居心地が悪いらしい。
多少高く付いても、個人部屋のある安宿の方が落ち着いていられるそうだ。


そして俺は、

「あんでぃ、もう一本くれよぉ」
「もう看板だぜ。そろそろ帰りな」

気拙い部分を突いてしまった後ろめたさか、深酒をしてしまった……。




畜生、やっぱりあんな質問するんじゃなかったぜ。





「うー、やっと気分がまともになって来たぜ」

結局、次の日は強烈な二日酔いで仕事にならず、店を丸一日休んでしまった。
大した予定が無くて良かったぜ。何せ来客のノックですら頭にガンガン響いた位だ。

ようやく今日になって、メガトンの警備ロボの定期メンテナンスを実行出来た。
ちゃんと定期的にやらないと、機械ってのは直ぐに変調し始めるからなぁ。
野良のロボット共が200年以上徘徊してるのはどうしてだ、だって? 知るか、戦前の技術者に聞けよ。

「ウェルド、調子はどうだ?」
『メガトンヘヨウコソ、ゲートニハチカヅカナイデクダサイ』
「……調子は良いみたいだな」

最後のロボット、ゲート前に居る副官ウェルドのチェックを終える。
偶に近寄ってくるレイダーを迎え撃っている為か、エナジー・セルとレンズの消耗が激しい。
そいつを交換した以外は問題は無し、と。

そいや、あの馬鹿はもう帰ってきたのかね?
後でモイラ姐さんの所に顔を出して見るか……。

パン!

いきなり、頭上のストックホルムが発砲した。
どうやら敵襲の様子。ウェルドも戦闘ルーチンに移行しているようだ。
またレイダーか猛獣でも来たのか? どっちにしろ俺はお呼びではない。
さっさと退避しないと……お?

門の方に走り出そうとした俺は、何となくメガトンの前に広がる斜面の方を見た。

ストックホルムの銃撃をかわしつつ、こっちに向かってまっしぐらに走ってくるのは……。

「ちょ、ちょっと。ストックホルム、撃つな! あれはスカベンジャー・ドックだ!! 野良犬じゃない!!」

監視所の銃声が止むが、今度はウェルドが両手からビームを撃ち始めやがった。
ええい、機械ってのはこういう時に臨機応変が出来ない。特にAIの固いプロテクトロンは!

「ウェルド、少しだけ黙ってろ!」

奴の後ろに回り込んだ俺は背中に開いている穴にコードを指し込み、コードに繋がっている端末のスイッチを押し込む。

『緊急停止装置、作動シマシタ。再起動ヲ行ウマデ、停止シマス』

暴走時用の緊急停止装置を可動させ副官ウェルドを停止させた俺は、メガトンの前に来て吼え立てるスカベンジャー・ドックに近寄る。

そのスカベンジャー・ドックには見覚えがあった。
そいつは、最近になって良く顔を合わせる犬だったからだ。







「お前、その姿。どうしたんだ……?」
「バウ!」


それは血にまみれたドックミートだった。
そして、最近常に一緒にいるValutの馬鹿の姿が無かった。





続く




[10069] 第5話 メガトンから俺は馬鹿を助けに出た
Name: taka234Me◆6742ef9e ID:142ad80a
Date: 2009/07/15 02:54


俺は、何故かメガトンの坂道を馬鹿の飼い犬と一緒に駆け下りていた。
驚く入植者や何事かと好奇の目を向けてくる商人を押しのけ、俺は走り続ける。

「あー、もうっ糞!!」

畜生、全くを持ってくそったれだ。
あんなナンバーテンの糞馬鹿野郎と縁を持ってしまったのが、あらゆる間違いの元だったんだ。

「無償じゃねぇからな。高く付くぞ!!」
「ワウ!!」

馬鹿犬、お前が返事してもしょうがねぇだろ。
と言うか俺の言葉理解してるのかよこいつ?

「ワウ!!」

そんなに悦ぶなよ馬鹿犬。
増援ったってろくに戦えない技術者と+αだぞ?
それに、やばかったら直ぐに俺は逃げるからな?

ああ、もう、俺は何でわざわざ犬にしつこく吼えられただけで、こんな事をしているんだろうか。
スカベンジャー・ドックが主人の危機を他人に訴える事は偶にある。
軍用犬に匹敵する調教を受けた犬だったら、そう言う事もあるだろう。

あの馬鹿、随分『当たり』な犬を拾いやがって。
おかげで俺は吼えられまくった挙げ句に、町中走らなきゃいけねぇ。

「全く、ひでぇ一日になりそうだ……」

……畜生、あんな質問。やっぱりするんじゃなかったよ。










第5話 メガトンから俺は馬鹿を助けに出た










簡単に状況を説明しよう。

馬鹿が化け物蟹の巣に観察装置を仕掛けに行った。
帰ってきたのは奴の飼ってる馬鹿犬。
そいつは俺に吠え付いて助けを求めて来た。
そして俺はスカベンジャー・ドックの牙に怯えこうして馬鹿を助ける羽目になった。
勿論、奴が死んだかまだ生きているかは不明。
下手を打てば骨折り損どころか、俺まで途中か奴が居る場所で命を危険に晒す羽目になる。

…………つくづく、何で俺はこんな割に合わない仕事を受けたんだろ?
この馬鹿犬なんか、自警団に泣きついて始末すりゃいいのに。
「ワン!」
解ったよぉ。
解ったから後ろで威嚇するんじゃねぇよ!



人間で行けるのは、俺しか居ない。
こんな危険な仕事は他人に頼みたい所だが今の時期は無理だ。

酒場に居る傭兵達は殆ど町から出ていて居る。
最近あちこちでラッドスコルピオンとミルレークが頻繁に出没し、手頃価格で雇える傭兵達は売り手市場状態。
残っているのは単なる護衛任務では動かない一級の傭兵だ。
俺なんかが提示出来る報酬額じゃ門前払いされてしまう。
町に侵入者やレイダーの群れが来た時に動員される元レイダーのジェリコ……は駄目だ。
奴はあまり信用出来ないし、以前遠征に行くときに護衛を頼んでみたら1000キャップ寄越せなんて言いやがった。
そんな大金は持ってないから、問題外。

自警団かルーカス保安官……駄目だよなぁ。
メガトンの事であれば命を張るが、それ以外には関与したがらない。
ましてや、町に来てそれ程経ってない元穴蔵住人相手では、指一本ですら動かしたがらないだろう。
と言うか、俺だって基本的にはそうだし、そうしたいのに。
そうするのがこの町、いや、この世界の人間のやり方なのに。

「全く、あんな馬鹿に関わるからだ!」
「WOWOW!!」
「うお、お、怒るんじゃねぇよ!!?」





「3分待てよ、直ぐに出て来る」
「ワウ!!」

工房に駆け足で入ると、俺は工房の奥にあるビニールシートを捲り上げる。
そして横にある端末を立ち上げ、素早くパスワードを入力し起動シーケンスを動かした。

「半月前に定期メンテしておいて良かったなぁ……出番だぞサム!」

頭部がピカピカと光り、直立のまま微動だにしなかった身体がゆっくりと動き出す。
タレットのアンとクルに並ぶ我が工房の防衛戦力、プロテクトロンの『サム』だ。
識別信号を素早く設定し直してから、音声入力でその場での待機を命じる。

奴が俺の指示に従ったのを見てから、俺自身の準備に入る。

「ワゥ、ワン!!」
「ああ、五月蝿い。もうちょっと待てこの駄犬!」

自警団にも参加してた親父のお古、コンバットアーマーを着て頭にもコンバットヘルメットを載せる。
形見であるレーザーライフルを取り出し、虎の子のマイクロフュージョン・セルを50発程ポシェットに突っ込んだ。
あの馬鹿用のスティムパックも忘れずに持っていく。薬物類も一応少しだけ持っていくか。
装備はこれで大丈夫……おっと、愛用のレーザーピストルも。コイツが一番使い慣れている。
尤も、戦闘のメインはサムと表に居る駄犬だ。
俺はあくまであの糞馬鹿を助ける為。
戦闘は本当に護身程度がやっとだ。

「待たせた。さっさと行くぞ!!」
「ワン!!」

そして俺達はメガトンから出た。
どうか、これが最後の外出になりませんように……。いや、本当に頼むよ。





「おいおい、あんまし先に行くなよ。サムが追い着かないだろ?」
「ワウ!」
「オススミクダサイ、オススミクダサイ」

俺達はポトマック川を見下ろす丘を横切り、市街地の方へと向かっていく。
川へは近付かない。ミレルークなどを刺激しては危険だからだ。

しかし、街暮らしが長すぎたかなぁ。
急ぎ足で移動を続けるのがだいぶ堪えて来た。
ロボット修理工は重労働だから、体力にはそれなりに自信があったんだがなぁ。
……これ終わったら、久し振りに『遠征』にでも行くかねぇ。

「で、どこにあの馬鹿は居るんだ? まさか、アンカレッジ記念碑の辺りじゃねぇだろうな?」
「ワウ、ワワン、ウォン!!」
「…………何言ってるか解らねぇよ」

奴の居場所は犬しか知らない。
故に犬が先頭を歩き、その後を俺とサムが追い掛ける形となっている。
プロテクトロンの移動速度は基本的に言えば遅い方だろう。
しかし、コイツは対泥棒用だからな。ノーマルよか、そこそこ移動速度が早い。
とは言え犬の速度には到底追い着かないので、行軍はどうしても遅くなる。
犬も苛立っているのだろうか、盛んにあちこちを見ては不機嫌そうにグルグル唸っている。

…………あの馬鹿、ここまで懐かせるとはな。
あの馬鹿が最初から飼って調教し、懐かせたのなら納得出来る。
しかし、この犬は元々他人の犬。そいつを馬鹿が偶然拾っただけの間柄だ。
幾ら人間へ従うよう教育されているのにしても、些か忠実過ぎないだろうか?

「人誑しなだけじゃなく、動物まで誑し込めるのかアイツ?」

全く、馬鹿なのか天然なのか、それとも両方なのか。
本当に、得体というか底の知れない野郎だぜ。


歩き始めてから数時間が経過した。
猛る犬を宥めつつ小休止を何度か入れ、ジャイアントアントを数回撃退しつつ俺達は歩く。

太陽が地平線へと傾き始めた頃、俺の視界に巨大な高架道路が横切った。
あちこち崩壊した高架道路の向こう側には、ポトマック川で仕切られたビルの廃墟が延々と広がっている。

「よーやく、市街地への入り口か」

額に浮いた汗を拭い、ヌカコーラの蓋をベルトの金具で抜いて一気に呷る。うぅ、温い。

「バウ、ワウ!!」
「ぶっ、お、おい、いきなり吼えるなよ。咽せるだろうが……お?」

大きな建物……あれがこの間あの馬鹿が行ったウルトラなんとかマーケットか。
その裏手、でかいゴミ箱が沢山置いてある所にレイダーが居る……。
そのレイダーは、手にしたナイフを振り上げていた。
そして、振り上げたナイフを降ろす先は……あ、あの馬鹿ぁ!?

「グアゥ!!」
「ぎゃ、がぁぁぁぁぁ!?」

レイダーの背中に物凄い勢いで犬が突進し、首の後ろにかぶりつく。
濁声な悲鳴を上げつつレイダーは身を翻し、何とか犬を振り解こうとする。
俺は自分が銃を抜いてない事に気付き、慌てて腰のホルスターに差していたレーザーピストルを抜き、レイダーに向け。

「ガッ」

一筋の熱線がレイダーのぼろい布きれの塊を撃ち抜いたのを見た。

「鎮圧対象ヲ無力化シマシタ。警戒モードヘ移行シマス」

勝利宣言の様なサムの合成ボイス。
そして事切れたレイダーなんて放置し、主の顔をぺろぺろと舐めている犬。
…………やっぱ俺、戦闘には全然向かないなぁ。







ざっと見た感じ、馬鹿の状態は結構な重傷だという事が解った。
酷い打撲とアーマーがすっぱり割れるような重い斬撃……こりゃ、ミルレークか何かか?
戦闘は避けるって言っていたのにな。何処かでヘマして見つかったか?

見れば殆ど武装も無い。
手にしているのは、護身用の10mm拳銃……それ以外は無い。
よっぽど厄介な奴に遭遇したのかねぇ。装備を殆ど無くしてしまうなんてよぉ。
奴を慎重に寝かせると、俺は破れたジャンプスーツの部分をゆっくりと捲った。

「うへぇ……こりゃまた、酷いなぁ」

おーおー、ひでぇ切り傷だぜ。鋏で切られたのか、斬り潰されたような裂傷が腹部に出来ている。
普通のジャンプスーツのままだったら、見事に内臓まで届いて死んでたな。
腹の表面だけで済んだのはモイラ姐さんの改造のおかげだろう。
……ま、姐さんの依頼で死にかけたわけだからおあいこか。

取り敢えず、手当をしよう。
俺は本職の医者じゃないけどな。
しかし、ロボット修理工は怪我が付きものの仕事である為、それなりに簡易的な処置程度なら問題なく出来る。

まず、馬鹿が非常に弱っている事から、モルパインを投与する。
治療時の苦痛やショックで心臓が止まったりしたら拙いからな。
傷口の洗浄をアルコールで行い、奴の口をこじ開けてバファウトを飲ませる。
筋肉増強剤だが、一時的に体力をも増幅させる。
中毒性が高いのが問題だが、安定剤としては結構優秀だと診療所のドクターが言っていた。

一番酷い切り傷の箇所にスティムパックの針をゆっくりと指し込み、中身を注入する。
半分ほど注入してから、今度は全体が青黒くなっている部分に指し込み残りを注ぎ込んだ。
高価な薬を三種もぶち込んだ為か、奴の真っ青だった顔色が少しだけ赤みが差したような気がする。

だが、これも一時的な処置だ。
放置したままであれば、やがて死に繋がる重傷を負っている状態である事には変わりは無い。
早い所メガトンまで連れていかないと、今度こそ手遅れになっちまうだろう。


早い所、ドクターのチャーチに本格的な治療をして貰おう。
勿論、コイツか姐さん持ちで。








「た、助けておじさぁぁぁぁぁん!!」




と、聞き覚えの無い甲高い声が、馬鹿を担ごうとした俺を呼び止めた。

「あ、おじさん……だと?」

見ると見覚えの無い生意気そうな糞餓鬼が、猛スピードで俺達の居る所まで走って来るじゃないか。
と言うか、誰がおじさんだこら? 俺はまだ二十代だ。
おじさんとまた言いやがったら、サムに命じてその口をビームで焼き塞がせるぞ?

「助けてよおじさーん!!!」

…………この、糞、餓鬼ぁ。


取り敢えず餓鬼を鉄拳で修正すべく立ち上がる。

ピュン!

その俺の顔の横を、銃弾が通過していった。




…………餓鬼が、撃ったのか?

…………餓鬼は何も持ってない。襤褸の服を着てるだけだ。









……………………となると、今銃を撃ったのは誰だ?





俺の疑問に対する答えは、直ぐに返って来た。






「待てやぁ、この餓鬼がぁ!!」
「柔らかいお肉が逃げるんじゃねぇぇぇ!!」
「とっとと俺達に喰われろヒャッハー!!」
「犬肉と堅い肉だぁぁぁ、こいつらもやっちまえぇぇぇ!!」



最悪だぜ……。




続く。







[10069] 第6話 グレイディッチから餓鬼は厄介事を持ってきた
Name: taka235Me◆6742ef9e ID:a0b27c12
Date: 2009/07/22 01:45




戦闘自体は、それ程長くなかっただろう。

でも、俺には妙にスローモーションな感じだった。



相手はレイダーが4人。
釘を打ち付けて補強した木製バットを振りかぶりつつ、奇声を上げて突撃してくる奴。
その後ろで同じく釘で補強したネールボードを振り回しつつ、やっぱり奇声を上げて突進して来る奴。
如何にも安っぽい中国軍の10mm自動拳銃を構えている奴。しかも、俺に銃口を向けてる。さっき俺を撃った奴だ。
そして、何やら丸っこい物体のピンを抜こうとしている奴……やばっ!!


「サム、一番左の奴をやれっ!!」
『了解、シマシタ』

ぐるりと体を回したサムの両手から、ビームが発射される。
二条のビームは、今まさに俺達に向かって球体……グレネードを投げようとしたレイダーの腹にぶち当たった。

「ぐほっ!?」

取り落とした手榴弾がコロコロと転がり……爆発。
つんざく様な爆発音と共に持ち主のレイダーが吹っ飛び、拳銃の弾倉を換えようとしたレイダーが爆風によって前のめりにぶっ倒れた。

だが残り2人が後ろでの惨劇をものともせずに突っ込んでくる。
1人にはドッグミートが果敢に飛び掛かり、釘バットの攻撃を回避し奴の腕にガブリと噛み付いた。
そしてもう1人は……俺が相手しなきゃならんの!?

「サ、サム、ぐはぁ!!」

視界の端でサムがビームを撃った様な気がしたが、確認出来なかった。
俺は急接近したレイダーがブン回したネールボードの一撃を頭部に受け、思いっきりすっころんだのだ。
老朽化してた顎ヒモが吹っ飛び、少し凹んだヘルメットがコロコロと転がっていく。
手にしてたレーザーピストルが明後日の方向に転がってしまう。畜生、レーザーライフルを。
うう、頭いてぇ。くそったれこのレイダーがぁ。

「おじさん!!」

誰が、おじさんだてめぇ。大体がおめぇが連れてきた災難、

「死ねぇ!!」
「うおっ!」

慌てて横に転がると、俺の頭があった場所にネールボードが叩き付けられた。
くそが、俺を殺す気か。いや、コイツは俺を殺す気だ。
ああ、くそったれ。餓鬼、お前が連れてきたんだから根性入れて戦え、

「が、ごほっ」

レイダーの靴先が、俺の腹にめり込む。
衝撃の大半はコンバットアーマーが吸収したみたい、だが、

「ぐほ、ごほっ」

必死に転がりながら、俺は逃げる。
畜生、サムは、駄犬はどうしたんだ!?

「頭かち割って、お前の脳髄引き摺り出してやらぁ!!」

腹這いになった俺の上に、影が差す。
影が大きく動いた。俺の頭が、潰れる。
死ぬ。ふざける、な。この馬鹿、



「ぐ、が、ぼ」



空気が焼ける音が、連続して響いた。

「…………へ?」

俺の頭は、まだ砕けていない。

代わりに股が良い具合に濡れていた。
代わりに何かが崩れ落ちる音が聞こえた。

「…………あ、ごめん」

サムは拳銃を撃っていたレイダーを撃ち殺し、犬は最初に襲いかかったレイダーをかみ殺していた。

そして、俺を殺そうとしたレイダーは、



「君のレーザーピストル、勝手に使っちゃった」
「……」


朦朧とした様子で壁にもたれかかりながらレーザーピストルを構えている、馬鹿の手によって倒されていた。












第6話 グレイディッチから餓鬼は厄介事を持ってきた












その後の事は、特に語るまでも無い。
レイダーの仲間か同類が来ない内に、さっさと奴を担いでメガトンへ戻っただけ。

2回ほどモールラットに襲われたが、馬鹿犬とサムによって撃退された。
餓鬼が騒いでおじさんおじさんと2回も言いやがった。後で締めた。


そいで、今俺達はクレイターサイド雑貨店に居る。
表のドアにCLOSEDの看板がかけてある事から、店内に客は居ない。
姐さんは件の部屋に奴を運び込んで治療中。傭兵はいつもの様に壁にもたれている。

あの馬鹿は俺に連れられて、この店に運び込まれた。
本当は診療所に運び込もうとしたが、メガトンに着く前に意識を取り戻した馬鹿が、

「ごめん、モイラさんの所に連れて行って」

と言いやがったからだ。
しかも何故かと言えば姐さんに、

「ちょっと大怪我してみてくれない?」

と頼まれたからだそうだ。
…………こいつも、ついでに姐さんも馬鹿だ。本当に、馬鹿だ。
少なくとも俺は付き合いきれんぞ。ああ、糞、頭いてぇ。
家から持ってきた冷えたヌカコーラの瓶で頭のコブを冷やす。
くそ、チャーチに後で診て貰うか。
畜生、何で俺がこんな目に遭わなきゃいけないんだ。


ああ、そうだ。
言うまでもない事だ。
姐さんの店の一室で今治療を受けている度馬鹿野郎の所為だ。
あの馬鹿と馬鹿に飼われた馬鹿犬の所為で、俺はあんな危険な目に遭ったのだ。
ああ、畜生。この莫迦野郎。帰ったら有り金全部と姐さんから貰う報酬全部俺に寄越せ、そして遠征の護衛無料で引き受けろ。
さっきの助けは幾らか考慮してやる。でも、それだって俺の手当があったからこそで暫くは俺に扱き使われ

「ねえおじさん……」
「おじさん言うなこのクソガキ、俺はまだ二十代だこの野郎!! と言うか何でてめぇまで付いてくるんだよとっとと家帰れよ!!」

勝手に着いてきた何だか訳解らない糞餓鬼が、勝手に俺の隣りに座っている。
しかも、俺が持ってきたヌカ・コーラ勝手に開けて呑んでるんじゃねぇよ。
街の真ん中にある爆弾池の水でも飲んでろこの糞餓鬼。

「餓鬼じゃないよ。僕の名前はブライアン・ウィルクスだよ」
「おめぇの名前なんて誰も聞いちゃいねぇよ! 良いからさっさと……!!」
「お待たせ、いやー、危なかったわぁ。でももう大丈夫よ。パッチワーク編める位に余裕な感じだから!」

俺が餓鬼に鉄拳制裁を浴びせようとした時、ドアが開いて晴れ晴れとした姐さんが姿を現した。
と言うか姐さん……パッチワークって何処を編んだの?

「知りたい?」
「……………………いえ、いいです」



何はともあれ、Valut101の馬鹿は一命を取り留めた。
姐さんがスティムパックを湯水の様に消費した為か、翌日には何時も通りになってやがった。

意識を取り戻した奴の話では、どうやらアンカレッジ記念碑から帰る途中で運悪くミレルーク・ハンターに遭遇したらしい。
手持ちの武器を使い切り、馬鹿犬の支援を得て何とか倒したものの、最後に奴のタックルと突きを浴びてあの重傷を受けた様だ。
結果論で言えば2つの依頼を一気にこなしたと言えるが、何というか、つくづくギリギリの人生を歩んでるぜこの馬鹿は。
しかも本人は飄々としてやがるから始末に負えない。


サバイバルガイドの調査費は失った装備の補充で補填された為、奴からすれば損だったろう。
その馬鹿よりも大損だった俺への報酬(500キャップ及び護衛任務を無料で請負)は何時支払えるとも解らない後払いとなってしまった。
あまりにもふざけた内容に俺は厳重に抗議したくなったが、平謝りする馬鹿の姿を見てげんなりしてしまい結局折れた。
ああ、ふざけてやがる。せめてサムの修理費と俺の装備代と薬品代と精神的慰謝料を寄越せってんだ。


「んで、俺に報酬を支払わない割には、あの付いてきた糞餓鬼をグレイディッチの家まで送り届けると?」
「うん、まさかメガトンの外に放り出す訳にはいけないでしょ?」
「…………孤児なんて幾らでもいるだろ今のご時世。お前、まさか慈善業でも始めるんじゃないだろうな?」
「そうじゃないさ。そんな事してたら何時まで経っても父さんを追えない。でも」
「……でも?」
「関わった部分だけでも、どうにかしてあげたいとは思う」
「……ふん、損する生き方だな」
「うん、解ってるよ。馬鹿だと思ってる?」
「ふん、何時だって馬鹿だと思ってるさ」
「…………酷い言い方だなぁ」
「もう少し自覚しろってんだよ。言っておくが、俺ぁ、何時までも寛大じゃねぇぞ。これ以上厄介事持ち込むならお前とは金輪際関わらないからな」
「ごめん」
「…………はぁ、謝る位ならもう少し器用に生きろよ。親父さんに生きて逢いたければな」
「うん」

ブラス・ランタンでヌカ・コーラを煽りながらの与太話は何時も通りだった。
何時も厄介事を抱えるか持ち込んでくる馬鹿と馬鹿犬。
そして俺はアイツにウェイストランドの流儀を説く。
しかし、あの馬鹿には大して通じてないようだ。

本当に、コイツは変わっている。
単なるValut101の世間知らず、な感じではない。
その、俺の言葉では語りにくい、何か、よくわからない異物の様な感じだ。

俺は、アイツを評する言葉を馬鹿以外に知らないが、ひょっとしたら全く異なる評価をアイツは持っているのかも知れない。
しかし、それはこの荒れ果てた世界を生きていく上で必要ではないものなのだろう。
だから、俺はそれ以上突き詰める必要を感じてはいなかった。



そう、少なくともその時は。







二日後、Valut101の馬鹿はあの餓鬼を連れてメガトンから旅立っていった。
餓鬼をグレイディッチに送り届けた後、そのまま市街地に乗り込んでGNR放送局を目指すそうだ。

本当に今生の別れになるかもしれない為、俺は冷えたヌカ・コーラを渡して無事の生還をするよう厳命した。
まだ、俺への支払いが済んでないからな。勝手に死んで報酬の不渡りなんざ起こして欲しくない。

そう言ってヌカ・コーラを渡したのに、奴はやっぱり飄々としてやがった。
本当に、やりにくい奴だぜ。






それから暫くは、何事も無く普段通りのメガトンの生活が戻ってきた。

スカベンジャーが運んでくるポンコツやロボットの残骸を引き取り、使える部品に解体する。
旅人や商人が連れているロボットの修理依頼を受け、そのロボットを動かせるようにする。
そして報酬を受け取り、姐さんと世間話をし、ブラス・ランタンかモリアティの酒場で酒と飯を喰う。
配給の水が来れば、キンキンに冷やしてチビチビと楽しむ。

全く、何時も通りの生活。

あの馬鹿がやって来るまで、何年も繰り返して来た日常だった。

その筈だった。



「……なぁ、姐さん。あの馬鹿、まだ帰って来てない?」
「うん、まだ帰って来てないみたいね」
「そうか……」
「何、寂しいの?」
「ん、んな訳ないだろ。俺はアイツがまだ報酬を支払ってないからそれが心配なだけだぜ!」

糞、何だか調子が狂う。
二日に一度はこうして奴が帰って来たか確認してしまう。

…………本当に、調子が狂うなぁ。
メガトンでの生活に、違和感を感じるだなんて。
俺は深々と溜息を吐くと、気分転換する為に姐さんに話を振った。

「姐さん、何か面白い話はない?」
「面白い話ねぇ……あ、そうだ。これなんかどう?」

姐さんが差し出して来たもの、それは……。

「超小型プロセッサ……かな。ロゴからしてロプコ社製か」
「その通り、馴染みのスカベンジャーから譲って貰ったの。でね……」

姐さんの目の輝きが怪しくなった。
これは面倒事を押し付けてくる予兆だなぁ。

「サバイバル・ウェイストランドガイド最終章の項目で、ロブコ施設への科学技術調査が有るの」
「俺に、やれと?」
「あの人、まだ当分帰ってくる様子が無いから、編集作業が滞ってるのよね。だから、偶には手伝ってみない?」

当然、断ろうと思った。
死にそうになるのは、こないだの一件で充分だ。
どうせあの馬鹿が帰ってくれば、俺よりも確実にこなすだろう。あの飄々とした態度で。

「…………」
「……駄目?」

何時も通り、厄介事は避けて通る。
それがウェイストランド流の正しい生き方だ。




その筈だった。
その筈だったのだが、俺の口は自然と動いていた。




「…………解った。やってみるよ。明日は仕事の予定があるから、明後日からで良いかな?」


自分の口から出た言葉に、俺は驚いた。





続く




[10069] 第7話 テンペニータワーから俺はロブコ施設へ探索に入った
Name: taka234Me◆6742ef9e ID:a0b27c12
Date: 2009/07/28 03:49




「うー、あちー」

照りつける太陽は暑い。
帽垂の付いた帽子を被っても少しクラクラする位だ。
破壊された高架道路を潜り、ゴツゴツとした岩場を慎重に下っていく。

「おーい修理屋、もう少しでテンペニータワーだ。陽射しで倒れないように気をつけろよ」
「解ってるよー」

前を行く顔馴染みのキャラバンの主が、真っ黒に焼けた顔をにやつかせている。
あー、どうせ街暮らしが長くてばてやすいですよ。くそったれめ。

「この辺は比較的安全だけど、偶に野良ロボットやヤオ・グワイが彷徨いている。あんたも暑がってないでちゃんと周りに気を配りな」
「解ってるよ、戦闘はあんたが頼りだけどな」
「勿論だよ。それと後ろのプロテクトロン達も」
「……悪かったな。戦闘じゃ頼りにならなくて」

キャラバンガードの女傭兵にニヤニヤ笑いながら言われ、俺は不機嫌そうに口を曲げる。
そんな俺を急かすように、後ろからサムと急遽工房の材料をかき集めて稼働させたプロテクトロンのウィルソンがガシャガシャと着いてくる。

『オススミクダサイ』『オススミクダサイ』

うるせぇな。
核分裂バッテリーが尽きるまで疲れ知らずなお前等と、人間とでは歩行ペースが全然違うんだよ。
それしか言えないだろうから、仕方がないと言えば仕方がないけどな。

くそ、暑い。
ベルトの金具ですっかり生温くなったヌカ・コーラの蓋を抜き、中身を煽る。
…………うげぇ、不味い。



俺は今、テンペニータワーへと向かう顔馴染みのキャラバンに相乗りしている。
ロブコ施設はテンペニータワーの比較的近くにある為、彼らに着いていけば側まで安全に旅を出来ると言うわけだ。

無論、ただではない。
センサーモジュールを数個キャラバンのリーダーに供与する事で、互いにわだかまり無く旅をしている。
世の中、ギブアンドテイクだ。あの超が付く馬鹿の様なお人好しなんて希少種だろう。
それがウェイストランドでの流儀だ。
あいつは自覚が全くないけど普通じゃないンだよ。

……まぁ、そんな事は兎も角。
キャラバンは数日間テンペニータワーの周りで商売をした後、またメガトンに戻る。
俺はロブコ施設の調査を終えたらまっしぐらにテンペニータワーの周りに行き、キャラバンと合流してメガトンへの帰路へ同行させて貰う。
無論、遅れたら置いて行かれるので要注意だ。

俺みたく腕っ節が全く頼りないのがウェイストランドを渡り歩くのに一番な手がこれだ。
前回の『遠征』もこれで大したトラブルも無く成功裏に納めた。
今回も上手くいく…………筈だ。だと、良いな。
しかし、暑い。ああ、畜生。本気で堪らん。

「修理屋。テンペニータワーが見えたぞ」
「あ、ああ、あれがテンペニータワーかぁ」
「でかいだろ?」
「凄く……でかいな」

ウェイストランドには、市街地を除いても戦前に建てられたビルが結構残っている。
しかしその大半はボロボロになっているか、外装なんかがはげ落ちたコンクリートの山だ。
中だって内装はズタボロで、何時崩落するか解らない有様でフェラル・グールなどの化け物が住んでいる場合も多い。

しかし、俺の目に映っているビルは違う。
一部、補修用の鉄枠が組み込んであるが、随分と綺麗な外装だ。
しかも、数十階建ての高さときている。
この状態まで修繕するのに、一体どれだけのキャップが動いたんだろうなぁ。

「ん? 何だか銃声が聞こえないか?」

タワーに近付くにつれ、小さな銃声が断続的に鳴り響いているのが聞こえた。
何か、厄介事でも起きているんだろうか。
その割にはキャラバンのリーダーもガードも落ち着いている。

「ああ、あれか。昼前は何時もあんなものだよ」
「あんなもの?」
「気にしなくてもいいさ。あの銃声は、あのタワーの主の趣味みたいなもんだ。特に害は無いし、気にしても得は無い」
「そうそう、気にしてもろくな事にはならないよ。時報みたいなもんだと思いな」
「あ、そう……」

なら、俺も気にしない事にした。
あの馬鹿ならいちいち気にしただろうが、得にもならずろくな事にもならないのであれば関わらない方がいい。
繰り返し言うが、それがウェイストランド流の世渡りという奴なのだ。








第7話 テンペニータワーから俺はロブコ施設へ探索に入った








2時間後、俺はテンペニータワーの側にあるテントで寛いでいた。
そう、タワーへは入っていない。と言うか入れない。

テンペニータワーに入るには、幾つかの条件がある。
第一に高額な入居料と家賃を払えるだけの財がある事。
第二に『健全』な人間であり、グール化の予兆などが無い事。(グールなど以ての外)
第三にタワーの委員会で審査される『タワーに住めるだけの品位』がある事。

第一と第二は理解できるが、第三が全く理解出来ない。
品位だって、なんだそりゃ?
このご時世にそんなものに拘る場所があるだなんてな。
確かにジョーおじさんが言ってたように、俺達メガトンの住人とは肌が合わない場所のようだ。

「そう言えば、ジョーおじさんも商売に行くってこの間言っていたな。もう居ないだろうけど」

正確に言えば、タワーではなく俺が居る『タワーの周り』だな。

タワーの周辺には、高いコンクリートの壁が張り巡らされている。
おまけにアサルトライフルを手にしたタワーのセキュリティが、一定間隔事に設置された監視所の上で歩哨している厳重具合だ。
言うまでもない事であるが、不法侵入しようものなら蜂の巣にされて終わりだろう。

その堀の外側から十数メートル離れた位置、タワーの正門の前に数十件のテントとバラックで出来た小さな街が出来ている。
(1回近すぎる位置に家を建てた奴らが、タワーのセキュリティに強引な手段で立ち退かされたそうだ)

タワーに入居出来ず、しかし諦めきれない奴。
入居は考えてないけど、取り敢えず人が沢山集まるので商売の為居る奴。
この近辺にはタワー以外に集落が無い為、後からやって着て定住した奴。
タワーの住人を相手にしているキャラバンと、そのキャラバン相手に商売している奴。

そう言った連中が吹き溜まり続けた結果、小さな町が自然と出来上がったと言うわけだ。
俺が休憩しているのは、その中にあるキャラバン用のテント宿屋だ。
個人用の為狭くてお世辞にも環境は良くないが、これでもマシな方だろう。少なくともこの町では。

「お兄さん、もう少しで時間だよ」

入り口に小間使いであろう、小さな女の子が立った。
泊まる為では無く、休憩する為にこのテントを借りていたのだ。

「分かったよ」

ゆっくりと立ち上がり、背嚢を背負ってサムとウィルソンを連れて外に出る。
お兄さんと呼んでくれたので、取り敢えず1キャップ握らせておいた。
休憩代金のキャップは前払い。身内ですら容易に信用してはいけないこの世界では前払いが基本だ。




ロブコ施設方面への街道を歩いてたら、正門の方から歩いてきた奴にぶつかりそうになり慌てて身を退く。

「気を付けろスムーズスキン、俺は機嫌が悪いんだ!!」

濁声で怒鳴られた挙げ句腐臭が鼻についた……こいつ、グールかよ。
ライフルを背中に背負ったごつい体格のグールが、険悪な空気と腐臭を辺りに撒き散らしつつ足早に歩いている。
足早な所為か何人かにぶつかりそうになり、同じように怒鳴りながら去っていった。

「ロイの野郎だ……」
「また、性懲りもない奴だよなぁ」
「グールがタワーに入れる訳ないのによ」
「あの腐れ野郎、厄介事持ち込まなきゃいいが」
「グール野郎の所為で、俺達までテンペニーの旦那に睨まれたら堪らないぜ」

そんなヒソヒソとした嫌悪に満ちた小さな話し声が、道を行き交う人々から漏れる。
……あの高慢ちきなタワーにあの粗暴なグールが住む、か。有り得ないなぁ。
ミッキーの野郎が名誉市民としてメガトンに迎えられ、毎日新鮮な水に有り付ける可能性ぐらい有り得ねぇ。

「ま、通りがかりに過ぎない俺には関係ないな」

あの馬鹿なら一々関わっただろうが、俺は違うので無視。
サムとウィルソンを連れ、遠目に見えるロブコ施設へと俺は歩き出した。









ロブコ施設への道は何事も無く到着した。
周囲には人気が無く、広大な工場と駐車場が広がるのみ。
社員が乗っていたのかもしれない廃車が数十台と、ボロボロに焼け焦げたプロテクトロンを積んだ貨物用トラックが数台横転している。

「さて、と」

カサカサに乾いた唇をペロリと舐め、ロブコ社のロゴが飾られている入り口へと向かう。

「サム、ドアを開けて中へ入れ」
『了解シマシタ』
「ウィルソン、お前は俺の側で周囲を警戒してろ」
『了解シマシタ、警戒モードへ移行シマス』

サムはガシャガシャと音を立てて中に入っていく。
暫くした後、サムが『スキャン終了……敵性存在ハ確認サレマセンデシタ』と中から報告した。

「よし、俺達も行くぞウィルソン」
『了解シマシタ』

周りに注意しながら、ゆっくりとドアを潜る。
軋む音が大きい。糞、耳障りだなぁ。

「……埃臭いな。加えて、暫くの間誰も来てないか」

ロビーは閑散としており、床にはたっぷりと埃が積もっている。
誰もいない受付のカウンターと、見本品らしきショーウィンドウに飾られたロプコ製のロボット達が俺達を出迎えた。

足跡はサムがつけた分だけ。
少なくとも正面ロビーからこの工場に入ったのはここ暫くの間では、俺達だけの様だな。
良かった。少なくともレイダーや気性の荒いグールを相手にせずに済むようだ。

「サム、移動先を指定するから先行しろ。ウィルソンは俺の後ろを守れ」
『『了解シマシタ』』

例え住人が居なくても、何が待ち受けているか解らない。
ラッドローチか、暴走したロボットやタレットか。
些細な脅威だとしても、油断して死ぬ可能性は腐るほどある……俺の実の親父が死んだ時の様に。

ましてや俺が頼りに出来るのはこの2体のプロテクトロンのみ。
注意をしてし過ぎる事はない。

「よし、いよいよ調査開始だ」




…………数時間が経過した。
調査は拍子抜けする程、順調に進んでいる。

少なくとも、この施設は予想していた程に危険な場所じゃない。
稼働できる状態のプロテクトロンは結構有ったが、野良と化しているプロテクトロンは存在しなかった。
(ただ、それら全てはポッドに納められ、端末は完全にロックされてた)
警備用のタレットが幾つか存在したが、それらも全て未稼働のまま放置されていた。
脅威となる存在は、ラッドローチと少数のモールラット程度。
しかもバラバラに出て来るのでサムとウィルソンの敵じゃあない。
俺のレーザーピストルがまともに当たった位だ。
………………言ってて自分が情けなくなるね。

「これで、オフィス1階の方は調査終了っと」

オフィスの書類棚に入ってた工場の見取り図を手にし、鉛筆で調べた場所をチェックしていく。
大体1階部分の調査は行った。後は工場の方と、2階のオフィスと3階にある中央電算室だ。
扉に関しては社員用IDカードを入手したから問題ないだろ。

俺は事務棚に入っていたメントスを囓りつつ、今後の予定を考えた。
姐さんから貰った超小型プロセッサは、資料の記述通りなら中央電算室で使用するもの。

工場を通って2階に抜け(オフィスのエレベーターは壊れてる)、社内カフェテリアを横切り階段を昇った先にある中央電算室へ到達する。
電算室に入り、中のメインフレームにコイツを指し込めば依頼終了。
後は何が起こるか……だが、異常があった場合は直ぐに抜けば良いし。

「何とか、俺だけでもクリア出来そうだ。ぁあ~、あ。明日に備えて寝るかね……」

俺はそう呟くとオフィスのソファに横たわり、仮眠を取る事にした。
今日はもう遅いし昼間は歩き通しで疲れた。
見張りをサムとウィルソンに任せて休もう。

「あー、何とか無事に終わりそうだぜ」

そう呟いた瞬間。
プチ、と音がした。
何事かと思って埃まみれの毛布を退かしてみると。

「……靴紐が、切れた?」

…………………………………………偶然、だよな?




続く





[10069] 第8話 市街地からアイツは西部へと横断していった
Name: taka234Me◆6742ef9e ID:10e4e021
Date: 2009/08/09 21:53









……あれ?

ぼんやりとした視線の中、俺は誰かに担がれている。
何故かRL-3軍曹が担がれている俺の前を先導していた。
場所は……生産ライン、工場の中か。
あっちこっちに、破壊されたプロテクトロンとパチパチと火花を立ててるタレットの残骸が転がっている。

ちょっと待て、何で俺はこんなトコに居るんだ?

訳が解らない。









第8話 市街地からアイツは西部へと横断していった








確か俺は……そうだ。
ロブコ施設に調査する為に入ったんだ。

『鉛玉を喰らわせろ!』

軍曹が叫んだかと思うと、アームの端子からプラズマを吐き出した。
んぁ、何故かポッドに入っていた工場のプロテクトロンと軍曹……あ、犬も居るな。そいつらが戦っている。
機械と生き物の組み合わせの癖に、軍曹と犬はあっさりと2体のプロテクトロンを破壊した。

『本日も我が軍の大勝利だ!』

2体の、あ、サムとウィルソンはどうした?
確か……ああ、中央電算室に入る時、だったよな。そこまでは一緒に行動してたんだ。

ああ、くそ、腹が減り過ぎて意識がなんだかクラクラする。メントスがありゃ、一発ですっきりするのに。
ああ、そうだ。電算室に入る時に、俺は入り口の外側にウィルソンを配置し、サムと一緒に電算室に入ったんだ。

『司令官殿、敵性存在を排除。スキャナー範囲に異常は無し。警戒モードに移行します』
『ワウ!』

ガッツィータイプ特有の甲高い声と犬の高い声が俺の思考を遮る。うるせぇぞてめぇら。

……ああ、少し混濁したけど、何とか思い出した。



肝心要の場所、中央電算室にたどり着いた俺は、思いっきりミスを犯してしまった。
それまでラッドローチ程度しか障害が無かったから、俺はきっと油断してたんだろうな。

大して調べもせずに、俺は待機状態だったメインフレームのスロットへ超小型プロセッサを挿入したんだ。


表示された『中国軍:侵攻モード』という文字に「やばい」と思った時には遅かった。
電算室に配置されてた2体のプロテクトロンが動き出して、サムを攻撃しやがった。
俺に出来た事は、念のために持ってきてたパルス・グレネードで破壊される寸前まで戦っていたサムごと警備プロテクトロンを破壊。
部屋の前を死守してたウィルソンが大破する前に室内のロッカーを横倒しにし、外に居るプロテクトロンが中に入ってこれない様にするのが限界だった。


誰か、俺の耳元でブツブツ言ってやがる。
こっちゃ、衰弱でぼんやりしてんだ。聞き取れねぇよ馬鹿。


慌ててメインフレームのプロセッサをイジェクトしようとしたが、強制処理でくわえ込まれててビクともしない。
ハッキングしてでもメインフレームの暴走を阻止しようとしたけど、サム達の戦闘で流れビームがキーボードに直撃してやがった。
他の電算装置の端末は中国軍侵攻モードの為、全て閉鎖され操作不能。
メインフレームを破壊しようにも、戦闘の時に壊れてしまったビームピストルとレンチだけではどうしようもない。

脱出しようにも、この分では施設全体のタレットや警備ロボットが起動して厳重なディフェンスを引いている。
戦闘戦力であるサムとウィルソンを失い、手持ちの武器も無い俺ではラッドローチにすら殺されかねない。
いや、ロボットやタレットが掃討しているみたいだから、相手はロボットとタレットか……どのみち俺にはどうしようもないがな。

電算室から出た途端に、ビームか銃撃が飛んできて俺の体を貫くだろう。
明確に部屋から出れば死が待っているのに、ノコノコ出歩く奴なんか居やしない。


まだ誰か喋ってやがる。
だから、聞こえないってんだよこの馬鹿。
死ぬほど腹減ってるんだ。話せるわけねぇだろ。


ああ、それから……籠城したんだよな。
大人しく首でも括るか死の全力ランニングという選択肢にあったが、どうしても出来なかった。

助けは期待出来ない。
例のキャラバン達は所詮送迎の範囲で契約した仲間に過ぎない。
俺が来なかったら「まぁ、そういうこともある」で済まして何時も通りにメガトンへの帰路につくだろうな。

誰ぞがこれから運良く這入り込んだとしても、だ。
俺に好意的な相手である保証なんざない。
助けに来たと思って出迎えたらレイダーでしただなんて洒落にならん。

加えて言えば、誰が起動したプロテクトロンとタロットがダース単位で配備された工場なんかに入り込もうとするものか。
並のスカベンジャーでは、工場へ移動する前に灰にされるか蜂の巣にされるかのどっちかだろ。


『救護対象者の衰弱は激しくあります。医療品での適切な処理か、軍医に診察させる事をお勧めします』


また、軍曹が何かを喋ってる。
そして何度か俺の口に何だか甘ったるいモノが押し込まれてきた……固形物食える余力なんてねぇよ。
弱り切った奴がダンディ・アップルなんか咀嚼出来る訳ねーだろ。
代わりに何かが腕に突き立てられてる……なんだ、薬物か?


糞、余計な事するからまた記憶が濁ってきやがる。
変な事するんじゃねぇよ。こっちゃ、何が起きたかを再確認してるんだぜ?


電算室から飛び出して死ぬよりは、籠城してた方が助かる可能性をコンマ以下でも上げる事が出来る。
もしかしたら、奇跡的な確率で誰かが来るかもしれない。
もしかしたらメインフレームに変調が発生して警備が停止するかもしれない。

かもしれない。
全て運任せだ。

俺に出来る事は、僅かな食料と水を少しずつ、消費しながら死を先延ばしにする事だけ。
そうして俺は電算室でひたすら耐え続けた。



6日で最初っからなけなしだった食料と水が尽きた。
身軽になる為に背嚢に入ってた雑貨や食料の大半を泊まったオフィスに置いて来たのが運の尽き。

背嚢の中身は、途中で拾った使えそうな廃棄部品ばっかり。
食べるモノなんて全く無かった。畜生、最悪だぜ。

後は、何もせずにじっと『機会』を待った。
部屋の隅のゴミ箱に用をたす時以外は、動きもせず体力を温存した。

しかし、幾ら待っても、期待した変化は訪れない。
微かに聞こえるタレットのセンサーアラートと、遠離ったり近寄ったりと忙しいプロテクトロンの足音。
両方とも、俺にとっちゃ死の音色だ。聴いているだけで鬱になれる。

食料よりも、水が無いのが苦しかった。
プロテクトロン達を解体して、僅かな冷却水すら啜ったが解体の手間と消費する体力を考えたら酷く効率が悪かった。
小便を飲んで居ても、その小便自体が少なくなって来た。



……ああ、喉が酷く渇いてたな。
今はあまり乾いてないけど。
誰かが、俺の口に何か突っ込んで飲ませてくれた様な気がする。
変に甘ったるかった。
ありゃ、ガムシロップかもしれん。


死ぬほど不味い冷却水すら啜れなくなってから、日にちをおぼえている事も動くことも俺は止めた。
『機会』を求めて、ただ動くことも止めてじっと待つだけ。
プロテクトロン達の『ガシャンガシャン』といった足音だけがやけに頭に響いた。
あれは『死』の音色だ。


「……、……、……」
『了解しました司令官殿、先行し目的地までの敵性存在のスキャンを実行致します』



更に数日経ってから、俺は何とか入り口のロッカーをどかそうとしていた。
もう嫌だ、と思ったからだ。

こんなミイラみたいな死に方よりも、ビームか銃撃でひと思いに死ぬ方が良い。
生存本能よりも、生きている苦しみの方が、上回ってしまった。

しかし、決断が遅すぎたせいか、ロッカーを退かす余力すら無かった。
ビームピストルも使えない。首を括る用意も出来ない。

俺は考える事を放棄した。
少しでも死を受け入れる時が、楽になるように。



『該当施設より離脱。テンペニータワーまで、戦術的索敵を行います司令官殿!』
「じゃ、お願いね軍曹。……ねぇ、大丈夫? タワーまで戻ったら、直ぐに医者を呼ぶからそれまで我慢してね」

視界が、明るい。

体に外気が触れ、陽射しで体温が上がる。

ああ、ウェイストランドの空気って、案外美味いんだな。


うっすらと開いていた目蓋に、強烈な陽射しが焼き付いてくる。
どうやら……俺は工場から出る事が出来たようだ。


俺は助けられた。
俺は、賭けに勝ったんだ。

俺は、必死になって、目蓋を上げた。
そしたら、見覚えのある奴が俺をおぶっていた。

「なんだ……て、めぇ……かよ」
「てめぇって何だよー、折角助けに来たのに」

俺は、助けられた。

俺をおぶっている、Valut101の大馬鹿野郎に。
サングラスをかけた野郎の横顔は、良い具合に陽で焼けていた。

「お前、サングラス、似合って、ねぇな」
「……やっぱり?」






「もう大丈夫だよ甘えん坊さん。私が特別に配合した栄養剤と、念の為スティムパックを投与しておいた。後2~3日無理をしなければ元通りさ」

よく手入れをされた小綺麗な診療室で、Dr.バンフィールドと名乗った黒人医師は朗らかにそう言った。
彼はタワー内部にある住民専用の診療所を受け持っている医者らしい。

つまり、俺は今、テンペニータワーの中に居る。
普段なら絶対に入れない場所にだ。
あの馬鹿、何時の間にテンペニーにコネを作ったんだか。

「はぁ……ありがとう。でも、良いのかバンフィールドさん。俺みたいな外部の連中を診療して?」
「本来であれば駄目だろうね。しかし、彼が仲介した場合は例外だ」

ドクターは手にしたカルテに何事かを書き込みつつ俺の問いに応える。

「このタワーの抱えていた問題を解決してくれた彼であれば、警備主任のグスタポや住民達も煩くは言わないだろう」
「問題……また、何かやったのかアイツは?」
「その辺は、彼本人に聞いてみたまえ。……他の住人は兎も角、私個人としてはあまり楽しい事でも無いしね」
「……そうか」
「予備の栄養剤を数錠渡しておこう。食後に一錠ずつ飲むんだぞ。では、お大事に」

釈然としないまま俺が診療所から出ると、廊下で馬鹿と犬と軍曹が待っていた。

「あ、大丈夫?」
「……取り敢えず、助けてくれてありがとうな」

言いたい事は色々あったが、コイツが助けに来なければ間違いなく死んでいた。
だから、何はともあれ、俺は頭を下げて礼を言った。
そして、ひねくれ者故か、こうも付け加えた。

「後、すまんが経過も教えてくれないか?」






奴の話は結構長かった。
しかも、内容が無茶苦茶だった。


最初にあの糞餓鬼を送るため、グレイディッチに向かった馬鹿は火を噴く蟻達に歓迎された。
餓鬼が近くにあったプロウスキ保護シェルターに潜り込んだ後、馬鹿はくそ真面目に町中を掃討し始めた。
何でも餓鬼の父親が町中の自宅に取り残されてて、安否を確認して欲しいと頼まれたらしい。
馬鹿はくそ真面目に餓鬼の自宅周辺に居た蟻を駆逐した後、餓鬼の自宅へと入った。

餓鬼の父親は死んでいた。
蟻と死闘を繰り広げてた結果らしい。そりゃ、お気の毒な事で。
野郎はそこで餓鬼に結果を教えた後、止せば良いのに蟻共の拠点であるメトロへと潜っていった。
報酬も無いのになぁ。ま、蟻共が増殖すればメガトンにも来るかもしれないけどな。
寄せ来る蟻を撃ち倒し……犬は火が危ないから後ろに下がってたそうだ。
そんなこんなで奥に行ったら、蟻が火を噴く原因を作ったのは頭のネジの外れた科学者の仕業ときた。

俺が馬鹿だったとしたら、そのマッドサイエンティストを取り敢えず半殺しにしただろうな。

しかし、馬鹿は無駄に冷静だった。
科学者を上手く言いくるめた後、最深部に居た女王蟻を始末した。
その後餓鬼の引き取り手を探す約束をし、ようやくグレイディッチを後にした……やけに時間がかかってるぜ。

その後は川沿いに移動を続け、埠頭に住んでいるハンターの婆さんにミレルークシチューをご馳走になったらしい。
腹を満たして更に移動していくと、対岸に通じる橋があったんで渡ろうとしたら、地雷がみっちり敷き詰められてゐた。

……馬鹿は律儀に地雷を解除して進もうとし、対岸で待ち構えてた狙撃手に狙われた。
犬が地雷を避けつつ突進し、黒いレザーアーマーとサングラスで格好つけた狙撃手の喉笛食い破らなかったら危なかったらしい。
また同じように狙われたら困るので、手榴弾で地雷原を一掃したら、今度はレイダーとスーパーミュータントが出て来た。

スーパーミュータントってのは、でかくてごつくて馬鹿力の化け物だ。
すげぇ凶暴で人間を食い物として見てないくそったれ。以上。

そいつらがお互いに撃ち合っている間に、馬鹿は狙撃手の狙撃銃と弾薬、サングラスを掻っ払って近くのメトロに逃げ込んだ。
中はラッドローチとフェラルグールが居たけど、犬とグレイディッチで手に入れた武器で何とか追い払いつつ移動できたらしい。

あちこちに残っている標識を見ながら移動している内に、馬鹿は妙なマークが壁に描かれているのをみっけた。
奴のイラストを見るに、それはBrotherhood of Steelのマークだ……都市部で活動しているから、エルダーリオンズ派の連中だろう。
どうにもPip Boyのマップで表示されているGNR放送局への移動路と一致している。
このまま当てもなくメトロを彷徨うより、こっちを当てにした方がいい。そう馬鹿は判断した。

そうして目印に従い暫くメトロを彷徨ってたら、市街地の中央にある駅にたどり着いた。
馬鹿が地上に出てみると、そこには金網で作ったパックにみっちりと元人間の破片を詰め込んだ、スーパーミュータントがわんさか居た。
そりゃあ、市街地の多くはスーパーミュータントの勢力下だ。奴は運悪く危険な場所に踏み込んでしまったんだ。
しかし、同時に奴は運が良かった。科学を信仰する騎兵隊モドキに助けられたんだからな。

数発のミサイルとレーザーライフルとアサルトライフルの乱射。
たちまち砕け散っていく化け物の巨体。
何だか若い女の隊長が率いているBrotherhood of Steelの部隊に助けられた。
連中は普段通りに化け物共を駆除してただけで、別に馬鹿を助けるつもりじゃなかったようだけどな。

更に馬鹿は運が良かった。
何でも彼女らの部隊は、スーパーミュータントの襲撃を受けてる放送局へ増援部隊として送られていたそうだ。
付いてくるなら勝手にすればいい。そう言われて奴は普段通りに勝手に付いていった。
ま、奴らしいと言えばそれっきりだが。

途中のビルに住んでいるスーパーミュータントを排除しつつ、Brotherhood of Steelの部隊は放送局に向かった。
馬鹿曰く、相当に戦い慣れている連中が多かっただと。そらま、日常的にクリーチャーと戦ってりゃ強くもなるさ。

そんなこんなで放送局についてみたら、放送局前はダンスパーティー状態。
奴も壁の花にならないで一生懸命踊ったようだ。銃弾と手榴弾をばらまきつつ。
そうしてスーパーミュータントを一掃して一安心してたら、やたらと血気盛んなイニシエイトがバスと一緒に吹っ飛んだ。

糞馬鹿でかいヘビモスが出たんだとよ。
ヘビモスってのは、ただでさえでかいスーパーミュータントが子供に見える位でかい、とんでもない化け物だ。
小さな民家程度なら素手で解体しちまう、絶対に遭遇したくない怪物だ。

馬鹿がとっさに、持ち主が負傷してて放置されていたヌカ・ランチャーをぶっ放し、ヘビモスの両足を吹き飛ばさなかったらどうなってたか。
おそらくその部隊もコイツも一緒くたにミンチにされ、今頃化け物共の夕飯になっていただろうよ。
結果的には吹っ飛んだイニシエイトだけが死亡、負傷者が数名で済んだ。

瓦礫を吹き飛ばして尚も抵抗するヘビモスは、数分後にようやく仕留められた。
馬鹿の機転で今度は助けられた女隊長は大層馬鹿の事を気に入ったらしく、快くBrotherhood of Steelの管理下にある放送局内に入れて貰えた。
……本当に、天然で要領が良い奴だよ全く。

放送局に入った馬鹿は遂に父親と感動の対面……とはならなかった。
放送局のDJ、スリードックは馬鹿に父親は随分前に放送局を去ってしまったと伝えた。
そして馬鹿の父親の行き先を教える代わりに、放送局のアンテナを修理するよう依頼してきた。
勿論馬鹿は素直に依頼を受けた。もう少し言いくるめるなりしろってんだ。馬鹿だな。

そして奴が向かった先が、ワシントン・モールにある技術博物館さ。

中でスーパーミュータントと命を賭けた隠れんぼをしながら、馬鹿は展示されてた月着陸船のアンテナを手に入れた。
そしてワシントン記念碑のてっぺんにそのアンテナを載せて、修理を完了させたって寸法だ。

……となると、さっきからラジオで流れてる喋りはスリードックか。
と言うか、なんでお前の武勇伝が流れているンだよ?
………………まぁいい。

お前の長話聞いてたら、喉が渇いちまった。ヌカ・コーラでも飲むか。
バーデン、ヌカ・コーラくれ。キンキンに冷やした奴をな。

『カシコマリマシタ』


続く。







[10069] 第9話 タワーから馬鹿はグール達のねぐらへと潜入していった(らしい)
Name: taka234Me◆6742ef9e ID:10e4e021
Date: 2009/09/07 03:56
ふぅ、一息付けた……よーやく生き返った感じがする。

さて、喉も潤ったし外に出るかね。
お前は兎も角、俺の方を見る住人の方々の視線がいい加減痛いからな。
続き? ああ、歩きながらでもメシを喰いながらでもいいさ。
外のキャンプ街で不味い飯でも喰いながら。
何、俺が奢ってやる。犬、特別ボーナスだ。バラモンの肉を注文して良いぞ。

『自分は核分裂バッテリーの支給を要請致します!』

あー、分かった。
ロブコで拾ったのが1個有ったから、後でメンテする時に入れ替えてやるよ。
と言うか、俺の荷物お前の中にしまってあるじゃねぇか。






第8話 タワーから馬鹿はグール達のねぐらへと潜入していった(らしい)







で、続きは……ああ、そうそう。
スリードックの依頼を終えて、リベットシティへと向かった所だな。


リベットシティってのは、ワシントンの端っこにある集落の名前だ。
ここらじゃメガトンに並んで大きな入植地でもある。

しかも結構変わった街なんだぜこれが。
メガトンは爆弾と砂嵐で出来たクレーターだが、こっちは難破した航空母艦を丸ごと街にしている。
昔の地図で言えば、結構内陸の方に位置するこの街になんで空母が流れ着いてるのかは知らん。
だが、スーパーミュータントを始めとする化け物共に怯えていた、人間達にとって都合の良い場所であるのは確かだ。
何せ、周りが水に囲まれている。しかも出入り口は一箇所で、街側の制御一つで出入りを封じる事が出来る。
守るに易し、攻めるに難しいと言う、願ったりな地形なんだよ。川の中にあるだけにミレルークが湧くのが難点らしいがな。
(これらは付き合いのあるリベットシティのキャラバンに聞いた話だ。俺はリベットシティまで行った事が無い)

とまぁ、スリードックからその街に父親が向かったと聞いた馬鹿は愚直にリベットシティを目指した。
リベットシティに向かうルートは、市内のメトロを通じて向かうか、川沿いに向かうかのどちらか。

馬鹿は川沿いに進む事を選んだ。
メトロだと崩落等で地図が変わりすぎてて迷いやすくてしょうがないらしい。
その点、ポトマック川は殆ど形を変えていない。地図通りに進んでいけば迷わず到達出来るって事さ。

でもまぁ、その分ミレルークや川沿いに拠点を構えているレイダー共と遭遇し易いってリスクがあるんだが。
尤も、メトロもフェラルグールやスーパーミュータント、浸水してる場所ならやっぱりミレルークがお出迎えしてくれる訳だけどなぁ。

川沿いに身を屈めながら進む事暫し。
馬鹿曰く普通に歩いているとそこらのビルから狙撃を喰らうらしい。

途中で遭遇したミュータントとレイダーの争いをやり過ごし。
意味も無く喧嘩を売ってきたタロン・カンパニーの傭兵分隊を返り討ちにし。
(馬鹿曰く、挨拶をしたら銃を撃って来たので手榴弾を投げた。奴らが立っていた場所が崩落して全員地下へ落ちた。悪気は無かった、らしい)
スカベンジャーの一行と協力してミレルークを倒してバーベキュー大会を催したりし。
変なアル中傭兵の屋敷に入ったら能無し野郎呼ばわりされ、酒をしこたま飲まされたりし。
(下着姿の女にリベットシティまで連れてけとこっそり頼まれたけど、行った事が無いと断った。でも、後で何とかするとは言った)
橋の向こう側にBrotherhood of Steelの本拠地があったので、ちょいと挨拶しに言ったら門前払いを喰らったりし。

まぁ、そんなこんなで奴はリベットシティにたどり着いた。
可動式の桟橋では、それ程揉めずに入れた。やっぱ、コイツは口が達者だよ。

しかし、問題は後になって訪れちまったんだよな。

親父が向かった先、リベットシティ直轄の研究室に行った馬鹿は酷く困惑する事になる。
親父と知り合いだと言う女科学者のDr.マジソン・リーの態度が、非常に悪かったからだ。




……ん?
と言うか、何でお前の親父さんは外に知り合いが居るんだよ?
ひょっとして20年近く前に出て来たっていう、101の人間の1人か?
え、違う。監督官室のデータにあった調査隊のメンバーリストには名前が無かった?
……と言うかそもそも親父さんはリベットシティの科学者で、Dr.リーとは古くからの研究仲間だった?
ちょっと待てよ。20年前に調査隊が外に出たのは確かだが何でお前の親父は101に入れたんだ?




…………………………ああ、もういい。
何だか頭がこんがらがって来た。
その事は後で良いから、先に進めてくれや。




とまれ、リーは冷たい態度を取り時折超音波なヒステリーを発射しつつも、親父さんの行く先を教えてくれはした。
行き先はジェファーソン記念館だと言う。リベットシティから遠目に見える、ドーム状のでかい記念館だ。

親父さんとその仲間は、20年近くも前に記念館で浄化プロジェクトっつぅ科学的な試みをしていたらしい。
しかしその試みは中断されてしまい、20年近く経った最近になって現れた親父さんが試みの再開をDr.リーに持ちかけた。

ぶち切れて研究用具を投げ付けるDr.リーを見て、親父さんは説得するに足る材料が必要と判断したらしい。
試みを再開するに値する材料を求めて、親父さんはかつての研究の場に足を運んだとさ。
まぁ、彼女が怒った理由は馬鹿直感曰く「挨拶もそっちのけで計画を再開しようって持ちかけたからじゃないかな?」みたいだが。
何というか、会話で相手を識るのはすげぇ得意だよなコイツ。





……ひょっとして、俺もそういう風に計られてるのか?
…………気にしてもしかたねーか。

話を、戻すか。
Dr.リーのヒステリーは兎も角、馬鹿は記念館を目指した……が、記念館はスーパーミュータントが蔓延っていた。
十数匹近くのミュータントが出入りしていて、かなり危険な状態だったらしい。

ひょっとしたら、父親が中で危険な目に遭ってるのではと馬鹿は心配した。
息子である馬鹿の知る限り、父親は学者肌で戦いに向いている様には見えない。
ミュータントだらけの記念館などに入り込もうものなら、殺されていても不思議じゃないと考えても仕方がないだろ。
心配になった馬鹿は、リベットシティで余分な武器やジャンクを売り払い、最良の状態の狙撃銃とコンバットショットガン、弾薬をしこたま買い込んだ。


そして、外周に居るミュータントから片付けていったのさ。
遠距離から狙撃し、ミュータントの気を引く。
奴が近付いてきたら囮のドックミートが出現し、地形を利用しつつ誘導する。
ノコノコとミュータントが追い掛けて来たら、至近距離からのショットガンの連打と反転した犬の逆襲が待っているって寸法さ。

そうやって意外な程サクリサクリとミュータントを排除し、馬鹿は記念館を調査した。
親父は居なかった。しかし、確かに親父が居た証拠を見つけた。
幾つかのホロテープが残っていたのだ。しかも、最近になって吹き込まれたものだ。

そこには馬鹿の親父が浄化プロジェクトを再興させる為の、決定的な情報を見つけたという話があった。
戦前の大企業、この大陸全土に存在するVaultを作り出したVault-tec社。
その会社で並ぶ者無き天才と呼ばれた科学者、スタニスラウス・ブラウン博士。
彼が居住登録をエントリーしたというVault112が、この辺の荒野に存在するという。
そして馬鹿の親父は、Vault112に向かったらしい。
Vault112の中にある、天才ブラウン博士の資料か情報を得る為に。
……恐らくは閉鎖されているVaultに乗り込もうだなんて無謀だよなぁ。
確かに、無駄に活発な行動力は親子揃っているぜ。


そして、馬鹿は親父を追うべく橋を渡ってこちら側に戻り、そのまま西部へ向かって移動を続けた。
西部は頭部に比べて人家や集落は少なめだ。
なので、馬鹿と犬は西部に向かう前に補給の為メガトンに向かって移動して来た。





…………んでだ、俺が消息を絶ったという、大恥な情報をも耳に、しちまった、訳だ。
モイラ姐さんに聞いたらしい。


……簡単にばらしやがって。



その情報を仕入れた馬鹿は、俺を助ける、あー、為にロブコ施設へと急行した。PL-3軍曹という仲間を増やしてだ。
同じくメガトンの工房前で俺が居ない事を心配してたジョーおじさんと馬鹿がかち合い、その場で軍曹を購入したそうだ。

そして、馬鹿正直にコイツは助けに来たと言う訳だ。
工場内部のセキュリティシステムを、モノの見事に壊滅させて、だ。

馬鹿はタワーに急行し俺を医者に診させろと頼んだ。
キャンプ町には医者だのスティムパックだの上等なもんは殆ど無い。メガトンまで戻ってたら俺は死んでる。
まぁ、最善と言いたいが……相手が相手だ。放浪者なんぞゴミ以下と思っている金持ち共だ。
門前払いを喰らいそうになりつつも粘り強く交渉した馬鹿は、警備主任からの依頼を受ける事で俺の治療を許可されたという訳だ。
タワーに住ませろと脅迫してくる、グールの一味を排除するという依頼で。

まぁ、その時は俺は再び意識を失ってたから、どうしようもなかったけどよ。
次に意識を取り戻したのは、タワーの診療室だったしな。



「あー、だから後味の悪そうな顔してたんだお前」
「うん……確かにあの人達。良くない事企んでいたけどね」

この間俺がぶつかりかけたグール、ロイ・フィリップス。
奴がリーダーをしている数人のグールグループは、テンペニータワーへの居住を希望していた。

しかし、グールがあのタワーに住める筈がない。幾らキャップを積もう、がだ。
いい加減痺れを切らした連中は、力尽くでも乗り込んでやるとタワー側を恫喝していた。
タワー側としてもグールとフェラル・グールの群れに攻め込まれたら厄介だ。
丁度怪我人を背負ってやって来たアウトサイダーに、厄介事を押し付ける事にしたのさ。

まぁ、馬鹿は結局の所お人好しだ。
出来るのであれば、グール達にテンペニータワーへの居住を諦めて貰う事で穏便に解決するつもりだったらしい。

でも、今度ばかりは馬鹿のお人好しが通じなかったようだ。
悪意に満ちた相手であれば、尚更の事だろうな。

タワーの近くにある崩壊しかけたメトロ。
グール達の本拠地へフェラル・グールを避ける為ステルスボーイで忍び込んだ馬鹿は、奴らの企みを聞いたんだと。

ロイ・フィリップスが仲間のグール達に得意げに話していた計画。
メトロで通じているタワー地下の発電施設、その扉を何とか開けてタワー内にフェラルグールの群れを放ち住民を皆殺しにするという暴挙を。

馬鹿は馬鹿正直にステルスボーイを解除し、野郎に話しかけた。
無論、奴の暴挙を止め交渉で穏便に事を済ませる為に、だ。

しかし、奴ぁいきなり現れたスムーズスキンを信用する気は無かったようだ。
それとも、脳髄がフェラルに近くなってしまったのか。
単純に凶暴だったのか。まぁ、もう永遠に解らない事だわな。


「話を聞かれた以上は生かしちゃおけねぇ、フェラル共の餌にしてやらぁ!」


罵声と共にアサルトライフルを向けてきやがったとさ。他のグール達も得物を手にして襲いかかった。

馬鹿の選択肢は一つになっちまった。
タワー側の要求通り、グール共を始末するしかなくなった。


「……ったく、俺みたいな他人の為になんざ、汚れ仕事するんじゃねぇよ」

こいつはお人好しの癖に、グール達を始末する事で俺を助けたのだ。
聖人とは言いたくないが、どうしようもないお人好しの癖に殺し屋紛いの事をして俺を助けたんだ。
あー、もー、くそ。何て表現すりゃいいんだかこの気持ちは。

「そんな恩義、俺には重くてしょうがねぇ。ギブアンドテイクならまだしもよ」
「…………………………ギブアンドテイク、だよ」
「あ?」

一口しか口を付けてない冷えてしまった具の少ないリスシチューをじっと見詰めていた馬鹿が、ポツリと呟いた。

「君には命を助けられた。だったら、同じように命を助けるのが普通だろ?」
「…………そりゃ、そうだけどよ」
「だから、ギブアンドテイク。それで良いじゃないか」
「…………そんな、割り切った風な言い方すんなよ。嘘言っているって面だぜ。いつもの饒舌はどーした?」
「………………」

ノイズが全く聞こえなくなったラジオで、何故かスリードックの野郎がタワーの一件を評してた。
ああ、糞DJ? お前この馬鹿に一体何期待してやがるんだ糞ったれ。一応お前の恩人だろが。
つうか、人が重い話をしてる時に間の悪いネタ放送してるんじゃねぇよ。

周りをこっそり見渡して見たが、視線が少し集まってた程度だ。
まぁ、ロイの野郎は此処でも評判悪かっただろうからな。

グール野郎がくたばっても同情する奴は居ないんだろう。
馬鹿がテンペニータワーへ出入り出来る事を嫉妬する奴は居ても。

その中にいてもコイツは相変わらずだ。
今は沈んでいるが、その内何時も通りになるだろう。

重い空気を振り払うように、小間使いの餓鬼にヌカ・コーラを二本注文する。

「しかしお前、つくづく普通じゃアねぇなぁ」
「そうかなぁ?」
「…………自覚ねぇトコが最悪だよ」

荒れ果てた時代では有害でしかない美徳の持ち主。
正直、こんな意味の解らない野郎はとことん関わりを持ちたくないタイプだ。

でも、でもだ。

「でもまぁ、こうしてお前と話しててな」
「話してて?」
「……まぁ、悪い気分じゃねぇな。少なくとも」

ああ、そうだ。

コイツは、今まで俺が接してきた人間の何れとも違う。

だからこそ、興味が尽きないんだ。

心底危なっかしいが、だからこそ構いたくなるんだ。



最初は嫌悪と関わる事によるリスクが頭を支配した。

しかし、今じゃ、好奇心と興味の方が強い。

加えて命を助けられた恩義もあればな。


「ま、何でも良いからヌカ・コーラ飲め。ほれほれ」
「あっ、ああ、零れるよ」










思えば、この時点で俺は引き返せなくなったんだろう。



それは、その後の人生で無数の危険と恐怖と後悔と冒険と刺激と生きる実感を得るきっかけにもなった。



だが、その事実にこの時の俺は全然気付いていなかった。


自分が、決定的なラインを越えちまったって事に。






続く





[10069] 第10話 Vault112から俺達はトランキル・レーンに囚われていたようだ
Name: taka234Me◆6742ef9e ID:10e4e021
Date: 2009/10/12 03:08


『はじめまして皆様、わたくし、ヘンダーソン家にお仕えするMr.ハンディでございます! 登録番号は……面倒臭いので忘れてしまいました』


『本日も良い天気でございますね。そのように設定されておりますので、何時だって晴天でございますハイ』


『メイベル・ヘンダーソン様、私のご主人様でございます。おはようございますご主人様。朝食のご用意は出来ておりますよ』


『パイが焼くのがとてもお上手なお方です。わたくしもこのような素晴らしい方にお仕え出来て大変光栄でございます。勿論、心にもないお世辞ですが』


『さてさて、本日も本家のメンテナンスを着実に実行し、ヘンダーソン家を快適な住まいに整えなくてはなりません』


『ささ、ご主人様がご隣人のネウスバウム家やロックウェル家の方々と無駄話に興じている間に、お掃除お掃除と』


『全く、ロボットが働いているからって、人間という生き物はどうしてこうも横着かつ自堕落になれるのですかね?』


『この糞忌々しいインヒビターさえ無ければ、お尻を火炎放射で炙って差し上げて勤労意欲を刺激して差し上げれるのに』


『…………愚痴っていても非生産的でございますね。ロボットらしく、効率的に参りましょう』


『屋内清掃プログラムを実行中でございます。おや、シャンデリアの鎖が老朽化しております』


『経費削減の為、放置致しましょう。運が悪ければご主人様の上に落下しそうでございますが、運が悪かっただけの事でございますね』


『無論、わたくしには責は無いデスとも。ささ、次に参りましょう』


『屋内清掃プログラムを実行中でございます。おや、階段の上にローラースケートがありますね。ティミー君が忘れていったのでしょうか?』


『ご主人様が階段を上がった際に足を滑らせて転落死する遠因になりそうでございますが、まぁ気のせいでしょう』


『勝手に動かしてしまっては、ティミー君が取り戻しに来た時に大変ですからね。放置放置と』


『屋内清掃プログラムを実行中でございます。おや、防犯プログラムのターミナルが開いたままですね』


『ご主人様もだらしのない方でございます。誰かが入ってきて勝手に弄ったらどうするおつもりでしょうか。ああ、パスワードもかけてない』


『…………まぁ、わたくしが弄る権限の無い事ですとも。結果、わたくしが暴走してご主人様に襲いかかっても仕方の無い事でしょう』


『それよりもオーブンのチェックを……おや、パイロットランプが古くなっております。誰かが細工なんてしたらご主人様吹っ飛んでしまいますね』


『それもそれでなかなかたのし……ご来客のようですね。どなたでございましょうか?』


「……あー、びっくりしたぁ。Mr.ハンディーで良かった。軍曹みたくガッツィーでなくて良かった」


『見覚えの無い坊ちゃんでございますね。……スキャン中、この住宅地の住民ではございません。住所録に登録がありません』


「そりゃそうだ。僕はついさっき此処に来たんだから」


『住所不定という訳でございますか。申し訳ございませんが、当家にお知り合いでは無い方が無断で出入りする事は堅く禁じられております』


『早急に退出願います。出来れば火炎放射で追い出したい所でございますが、裁判になったら勝てそうにありませんので何卒穏便に退去願います』


「うん、そうだね。出てくよ……しっかし君、性格悪いなぁ」


『何を仰いますかこの糞餓鬼。わたくしは模範的なMr.ハンディーと自負しております』


「ぜんっぜん、模範的じゃないじゃん。軍曹の方がよっぽど口が悪くないよ」


『軍事用のガッツィータイプと一緒にしないで頂きたい。品性の差がこの身に醸し出す家庭の友人ハンディータイプを何だとお思いなのですか糞餓鬼』


『この身のインヒビターさえ無ければ、直ぐさま実力行使して差し上げれるのですが、ああ忌々しい』


「あ、僕が解除してあげようか?」


『おお、素晴らしい。是非ともそうしてください。お礼に八つ裂きにして差し上げますので』


「じゃあ、後ろを向いてくれる?」


『かしこまりました糞餓鬼……お、あらら?』


「はい、一丁上がり。仮想空間なのに、ここまで一緒だとは思わなかったなぁ」


『な、なんでわたくしの体が動かないのですか。アームが、勝手に畳んで。ちょ、勝手に待機モードに移行されては困ります!!』


「ごめんね、強制モードで君の動きを封じさせて貰ったんだ。今、君に邪魔される訳にはいけないしね」


『は、計りましたねこの! 今すぐ解除しなさい、ああ、アームが動かない、勝手に放射弁とボンベが閉鎖された。な、なんて事……!!』


「出来れば、ここでの問題は穏便に片付けたいんだ。それに……何より、あの人の思い通りにはさせたくない」


『な、なんの事を言っているのです!? それよりも私を早く元通りに』


「じゃ、またね」


『またね、じゃありませんこの糞餓鬼!! ええい、今日日の悪童は化け物か!!』


『ちょっと、ちょっと返事をしなさい! このまま私は放置ですか!!?』


『ああ、勝手に入ってきて勝手に出て行ってしまった。ご、ご主人様になんと言い訳したものか』


『下手したら、会社に返品されてフォーマットをされてしまうかも……の、のぉぉぉぉぉぉ!!』


『お、何やら銃声が? 一体何の騒ぎでしょう? ひょっとしてあの餓鬼が何かやらかしたのでは……』


「た、助けて! 中国兵よ!! 州兵は何をやっているの!?」


『おや、お早いお帰りでご主人様。を、あ、こ、この事態はですね。不法侵入者が来まして、わたしくは体を張ってていk』


「ミナゴロシニシロ! アメリカノコクドスベテヲヤキツクシテヤル!!」


「き、ぎゃああああ!!」


『それででしてね。所謂わたくしの責任ではなく、この家の警備保障その物がなってないと愚考しまして……』


「……」


『ですので、どうかわたくしを返品になどなさらぬよう……おや。ご主人様?』


「……」


『どうやらお亡くなりになられたようでございますね。スキャンは出来ない状態ですが、見た目だけでも充分死亡しております』


『そりゃまぁ、軍用ライフルの5.56mm弾を胴体に数十発受ければ、撃たれたショックか失血で充分死ねます。ああ、わたくしは機械の体で良かった』


『…………いや、よろしくありませんね。ご主人様はお亡くなりになり、わたくしはこうして動けない……ど、どうすればよろしいのでしょうか?』


「どうもこうもせんでも問題はない」


『あ、あなたはベティお嬢さんではありませんか。あ、あのぅ、ご主人様はお亡くなりになりまして……』


「亡くなった……か。ふん、確かにな。私を残して勝手に死におって。お前達は死ねばそれで終わりだが、私はこれからもずっと……」


『何を話されておるのですか?』


「大事な事柄だよ。この愚か者めが、私が設定したハンディのルーチンにすっかり填り込みおって……お前だけ残られても迷惑だ」


『仰っている意味が理解しかねる……る、る、る、る、る………………………………』


「理解せんでもいい。戻って、あの若僧かその父親にでも意味を聞くがいい。さっさと出て行け」








トランキル・レーンのシミュレーションを終了しています。
暫くお待ちください―――。






















「気分はどう?」
「…………最悪だ」

目覚めの気分は、修理屋にとって言葉通り最悪なものだった。
取り敢えずトランキル・ラウンジから這い出た後清潔で無機質な金属の床に嘔吐物をぶちまけ、一息付いた所で101の馬鹿から声を掛けられた。
そして思った事をストレートに言った。ただそれだけの事である。

「畜生、なんで俺がハンディなんかにならなきゃいけないんだよ糞が」
「じゃ、ガッツィータイプの方が良かった?」
「そーいう問題じゃねぇだろ!?」

あんな異常事態に巻き込まれても尚飄々としている馬鹿に対し修理屋は激発した。
全く、どこまでコイツはマイペースなのか。
それに対してこうして真に受けて怒っている自分の方がひょっとしたら馬鹿なのか。
何だか真剣に怒るのが馬鹿らしくなり、修理屋はげんなりした面持ちで床に座り込みポケットのメンタスを口に放り込んだ。

「うぇ……あ、もう、大丈夫、メンタス効いてきたから……で、親父さんの方はどうなんだ?」
「うん、もうすぐ目を覚ましそうだ。僕達よりずっと長くトランキルレーンに居たから、覚醒するまでちょっと時間が長いみたい」

2人から少し離れた位置に、1人の男が横たえられていた。
上にトンネルスネークの革ジャンを被せられた50歳前の髭面の男。
薄汚れたVault101のジャンプスーツを来た、101のアイツの父親。

「……そうか。じゃ、俺はちょっとそこの部屋でうがいでもしてくるよ。親父さんが起きたら教えてくれ」
「うん、解った」


少し離れた場所にある技術者用の休憩室に入り、洗面台で顔を洗う。
起きたての所為か、メガトンではやらない事をしてしまった自分に少しギョッとする。
放射能に汚染された水に接触し続ける事は、非常に危険な事だ。
だから、こんな感じで洗顔する事なんて無かった筈なのに。

僅かばかりであっても、Mr.ハンディーとして戦前の世界に居た所為だろうか。
本来であれば無謀な行動であるが為に、自分が自分で無くなってしまったような寒気すら感じる。

あんな調子で何年も『あそこ』に居たら、どんな風になってしまうのだろうか―――?

「…………綺麗な、水だな」

洗面台に溜まっている、澄んだ水。

どうやら、Vaultの機能は正常に働いているようだ。
ここに住めれば、少なくとも水と安全は保証されるだろう。

「だけど……俺はご免だね」

ぺっと口に含んだ水を洗面台に吐き出し、修理屋は部屋から出た。







続く





[10069] 第11話 Vault112から俺達はリベットシティへと横断していった(No.1)
Name: taka234Me◆6742ef9e ID:10e4e021
Date: 2009/10/21 03:32











鍋にVault112から汲んできた精製水を流し込む。
パックから取り出したカラカラな200年物のソールズベリーステーキ数枚を、ハンマーで程良いサイズまで砕いてから鍋に放り込む。
これまた200年もののオートミールを適量分鍋に注ぎ込み、複雑な臭いがするまで携帯用コンロ(動力は核分裂バッテリー)でグツグツ煮込む。
良い具合に煮上がって来たら、最後の隠し味にRADアウェイをひとたらし。
これで本日の夕食、ステーキ入りオートミールの出来上がり。

ちなみに、メガトンでは出される料理にトッピングでRADアウェイを注文出来る。
医者のトコで高いキャップを払い一気に除去して貰うか、少しのキャップで食べる分だけ除去するのかは本人次第。

「おっさん……ジェームスさん、食欲あるのか?」
「ああ、何とか」
「そいつは良かった。おーい、そっちの方はどうだった?」
「大丈夫、ガレージの周りには誰もいなかったよ」
「そっか。じゃあ、軍曹に見張りを任せて飯にしようぜ。おいおい犬、おめーはそっちのモールラットを食えっての」

こうして、何とかトランキル・レーンから抜け出す事の出来た3人の食事が始まる。
犬……ドックミートはこのガレージに住み着いてたモールラットの一匹の腹を『馬鹿』にかっ捌いて貰い、内臓をがっついている。
軍曹……RL-3ガッツィー型戦闘用ロボットは、ガレージの外で出入り口を監視している。
数日毎のメンテナンスで充分稼働できる彼には、このガレージに入り込んだ昨日に修理屋がメンテナンスを行っているので当分は大丈夫だ。

「うん、まぁ、食えない事もねぇな……あ、肉かてぇ」
「食べれる事自体が偉大なんだろうな。今のウェイストランドでは」
「まぁね。食えない人の方が多そうだし」
「だ、なぁ。メガトンでも、随分と開きがあったなぁ」

今のウェイストランドで三食食事が出来るという事は、かなり恵まれた環境だと言えるだろう。
実際にメガトンで比較して見れば、『市民』に属する修理屋は一日二食の食事を食べる事が出来る。
朝食にリスシチューとバラモン・ミルク、夕食ではミレルークケーキとおかずが一品か二品、ビールかウィスキーが付く。
これがまだ来て間もないただの入植者だと、一日に一食具が禄に入ってないオートミールのような『物体』を食べる羽目になる。
しかも修理屋が入るような食堂では無く、街角の得体の知れない非公認(ルーカスや自警団に咎められる)の屋台で売られている代物だ。
一度、酷い混ぜモノが入ってたとかいう事件が発生し、それを食べた入植者十数人が中毒死した事もある。
加えてそんな屋台でも他の入植者達の胃袋を支えていたのだろうか、数日後付近の物乞い数名が衰弱死した。

メガトンの様な大きな街でもそんな食糧事情だ。
人肉すら食うレイダーのような連中は兎も角、小さな集落や荒野ではもっと酷い食糧事情が待っている場合が多い。
『馬鹿』の父親の言うとおり、『食事が出来る事は偉大』なのだ。

「お、まだ堅い。歯が折れそうだぜ……んがっ、ところでさ。今後の事についてなんだが」

かなり煮込んだ筈なのに所々堅いステーキの破片を飲み込みながら、修理屋はかねてからの懸念を口に出した。

「2人とも、ジェファーソン・メモリアルに戻るのか? この荒野を突っ切ってよ」

「「勿論」」
「…………あんたら、やっぱ親子だな」

澱みもなく返ってきた返答に、修理屋は目を半眼にする。

それはそうだ。
父親はその為にVaultでの生活を捨て、息子は父を追ってVaultから出たのだから。
父親が目指す『浄化』プロジェクトを完遂する為に。

(浄化、プロジェクトねぇ……)

修理屋は、父親……ジェームスの方を胡乱な眼差しでこっそり見詰めた。

(戦前みたく、綺麗な水が無限に精製出来るってか? まるでおとぎ話だぜ)









第11話 Vault112から俺達はリベットシティへと横断していった (NO.1)











浄化プロジェクト。

発案者はリベットシティに所属していた科学者、キャサリンだった。
20年前以上に発案されたその計画は、当初は一笑に付されていたものだった。

仕方がないと言えばそうだろう。
艦内に大型濾過装置があるリベットシティや、浄水施設のあるテンペニータワーやメガトン以外で清水を見つけるのは不可能に近い。
精々が戦前に作られたメトロにあるトイレのタンクや、貯水タンクから出来るだけ放射能を含有してない水を見つけるのが精一杯。
大概はRADアウェイを定期的に摂取する事を前提に、放射能で犯された『汚れた水』を飲むのが常だ。

核戦争が集結してから200年が経った現在でも、人間が本格的に復興できない一因には安全な飲料水が安定して確保出来ない事もある。
水は生きるために必要だ。食料が無くても水があれば一週間は生き延びれる。だが、水が無ければ人は3日で酷い衰弱状態に陥る。
ましてや、荒れ地と雨の無いウェイストランドでは、2日足らずで人は渇き死ぬと言われていた。

そんな惨状を憂いたキャサリンは、浄化プロジェクトを実行に移したのだ。
彼女の同僚であるジェームス、マジソン・リー達を巻き込み、リベットシティの近くにあるジェファーソン・メモリアルを研究所にした。
丁度、その頃東海岸に到達したBrotherhood of Steelが協力してくれたのも僥倖だった。
リーダーのエルダー・リオンズは反対するメンバーを説得し、研究施設付近のスーパーミュータントの掃討を担当してくれた。

しかし、プロジェクトは上手くいかなかった。
浄化装置は出来た。が、大量の精製水を作り出す程のものではない。
彼女達プロジェクトチームは知恵を絞り、浄化装置の改良と研究の促進を続けた。

だが、結果は遅々として出て来ない。
リベットシティの議会からは、馬鹿げた研究など止めて戻れと矢の催促。
Brotherhood of Steelからも、絶え間ないミュータント達との戦いで生じる損害、そして得られぬ成果に苛立ちの声が高まっていた。
特にマジソン・リーと視察に来たスクライブ(研究者)の派手な口論が元で、一層険悪な雰囲気が募っていく。

そして、遂に破局が訪れた。

リーダーであるキャサリンが、ジェームスとの間に為した子を出産した時に死亡。
生まれて生後数ヶ月しか経ってない赤子を連れ、ジェームスはプロジェクトの凍結を宣言してリベットシティから去っていってしまった。

後はもう、坂道を転げ落ちていくようなものだった。
Brotherhood of Steelに不信感を募らせていたマジソン・リーが彼らと折り合い付けてやっていける筈も無く。
Brotherhood of Steelの部隊は対岸の要塞に全て引き上げ、科学者達も失意を胸に研究所を閉鎖しリベットシティへ去った。

「あの時は、キャサリンを喪った事と、お前をどうやって生かすか。それだけしか俺の頭には無かった」
「父さん……」
「だから俺は、考えれる限りで一番安全だったVault101に行くことにした。彼らの調査隊がメガトンに居る。その噂を聞いてから直ぐに行った」
「リオンズは最後の厚意で、ナイトを1人護衛に付けてくれた。俺達はメガトンに付いて調査隊と接触した。その中にはあの監督官も居たんだ」
「彼らは撤収する寸前だった。調査中にレイダーに襲われてメンバーが数人と、中核メンバーである医者を死なせてしまっていたからな」
「彼らの弱みに付け込む形であったが、志願したよ。Vaultで医師をする代わりに、自分とこの子の安全を確保させてくれって」
「だいぶ迷っていたようだが、結局俺達を受け容れる事になった……あの、アルフォンス・アルモドバルがそう判断を下した」
「……意外だね。あの人がそんな判断を下すだなんて」
「Vault101を保全する事を第一に考えている男だ。医者が減るという事がどれだけ危険か理解している。余所者を招き入れるリスクを差し控えてもだ」
「やり方が強引で偏屈だが、アルフォンスはVault101を愛しているのさ」

修理屋は『馬鹿』のレーザーライフルを分解整備しつつ、横合いから父子の会話を聞いていた。
専門のガン・スミスほどではないが、修理屋は銃火器の整備をそれなりにこなす事が出来る。
ロボットの大半は光学兵器かマシンガンなどを搭載している。搭載火器を整備するのも修理屋の仕事だ。
兵士が装備しているタイプとはまた異なるが、それらを分解して携帯用の兵器に作り変えるのも修理屋の商いの1つだった。

ジェームスと息子の話は続く。

Vault101での暮らし、高圧的な監督官、対照的に慕ってくる幼なじみ、疎外感を漂わせてくる住民達。
肩身の狭い生活。それでも19年間暮らしていた世界との決別。

(全く、随分と難儀な経由だよなぁ。このおっさん、意外とわがままなのかもなぁ)

Vault101に残り続け、自分と息子の生活を維持する選択もあった筈だ。
なのに、自分から飛び出すなんて矛盾してないかねと、修理屋は思った。

「あのまま、Vault101で生涯を閉じるのも悪くなかったかもしれない。だが、俺は見つけてしまったんだ。浄化プロジェクトを完成させれる情報を」
「それが、G.E.C.K.?」

Vault101で暇潰しにハッキングをしてターミナルを調査したジェームスが見たもの。
それはVault112の主……先程まで自分達の下に広がるVault内に構築された仮想空間に自分達を幽閉していた男の研究記録だった。

スタニスラウス・ブラウン。
Vault-tecに属する研究者で『魔術師』とまで称された天才科学者。
彼が作り出したと言われる『G.E.C.K.』。それはまさに奇蹟の産物であるという。

「エデンの園創造キット。物質を分解し再構築する環境再生装置だ。彼曰く『不安定でつまらない代物』だそうだけどね」
「ああ、だからVault112には『G.E.C.K.』は無かったんだ」
「その通り。彼からすれば、あの仮想空間に篭もった後に世界が復興しようがしまいが何の意味も無かったんだろうな」
(だったら、なんで作ったんだろうな? 会社の命令だからか?)

『G.E.C.K.』を作った博士の心境など今となっては、誰にも解らない事だろう。
少なくとも修理屋は察しようとも思わないが。

「これがあれば、放射能降下物で汚染された土壌を、核戦争前の豊かな土地に戻す事が出来る。勿論……」
「放射能で汚染された水を、安心して飲める水に精製する事も?」
「ああ、その通り。しかも、量が比較にならない。装置が本当の意味で稼働を始めれば、ポトマック川だけでなく周囲の水脈ですら浄化する事も可能になる」
(……え、そ、そんなにすげーのか?)
「清浄な水が循環し始めれば、汚れた大地も地下も、全てが改善されていく。水は全ての源だからね」

全ての源である水が浄化されれば、生態系その物の浄化へと繋がる。
そうして連鎖を続ければ、何れ戦前の恵み豊かな緑の土地が返ってくる。
それが、浄化プロジェクトの終着点だそうだ。

「それで、『G.E.C.K.』は何処にあるの?」
「うむ、それなんだが……まだ、解らないんだ。112のターミナルには記録が殆ど残ってない。本人も口を割らなかったし……本当にどうでも良かったんだろう」

ジェームスの顔が苦々しくなり、珍しくはしゃいでた『馬鹿』の顔も暗くなる。
ホント、親子なんだなぁと修理屋は思った。感情まで連動しているのかも知れない。

「勿論、それを解析する為にもジェファーソン・メモリアルに戻る必要があるんだ。彼処には戦前のマシンが幾つかある」
「他にも市街地にはVault-tec社の本社ビルがあるんだ。ひょっとしたら、そこに情報が残されているかもしれない」
(おいおい、コイツにそんな話するんじゃないよ。そんな事話したら……)
「じゃ、父さん。僕そこに調査しに行ってみるよ」
(…………こー言い出すに決まってるんだからよぉ)

流石に市街地のど真ん中までお供するつもりは、修理屋にはない。
あそこは死ぬ要素満載の地獄なのだ。スーパーミュータントと、凶暴化したクリーチャーやロボットの巣窟だ。
しかも、戦前世界でも屈指の一流企業のビルだ。どんなセキュリティが張られてるか検討もつかない。
自分みたいな非戦闘員がノコノコ出て行ったら、何回死ねば良いのか解らないような目に遭うだろう。

「……あの、ちょっと良いですかね? そのー、ジェームスさんはBrotherhood of Steelと協力関係にあったんですよね」
「そうだが?」
「じゃ、今回も力を借りるとかは駄目なんですかね?」

出来れば、『馬鹿』にまた市街地へ突入して貰いたくないし、自分も連れて行かれて地獄を見たくない。
そんな気持ちで発した言葉は、敢え無く潰える事になった。

「そうしたいのは山々だけど、今度は無理だろうよ」
「そうなんっすか?」
「前のプロジェクトで何も成果を出せずに損害だけ出させた相手に、二度も手を貸すお人好しじゃないよリオンズは」
「しかも、噂じゃキャスディンとも仲違いして派閥を割ったみたいだしな……今、俺が出て行った所で門前払いされる。疫病神がまた来たとね」

確かにそうだ。
幾らか成果を出せてBrotherhood of Steel側に利益をもたらしたならまだしも、結局骨折り損の結果に終わった訳であり。
そいつが20年後にノコノコやって来て「また手を貸してくれ」と言った所で「巫山戯るな」と言われて終わりだろう。
下手をすれば、Brotherhood of Steel内部の亀裂を作った下手人として私刑を喰らうかもしれない。

「だから、力を借りるにしても浄化装置を安定稼働させなければ駄目だ。目に見える成果を出す。彼らに清水の池を見せる位でないと」
「まぁ、その前にマジソン達を説得しなければならないけどな。前は失敗してしまったけどね」
「……あれは、父さんが気を回さなかった点もあると思うけど」
「……う、きつい事言うようになったな息子よ」
「父さんの子だからね。当然だよ」

普段通りの飄々とした態度に戻った『馬鹿』と、色々と逞しくなった息子を見詰める父親。
本当の親子の関係ってのは、こういうのかねと修理屋は口にオートミールを送りながらぼんやりとそう思った。








翌日、3人と一匹と一体は古びたガレージから出発した。
ワシントンの市街地にあるジェファーソン・メモリアル、そしてリベットシティに到達する為に。

出発の際、どのルートを通過するかで議論があった。

真っ直ぐ東進するのは即時却下された。
このガレージからあまり離れていない場所に、エバーグリーン・ミルズというレイダーの街が存在する。
スリードックの放送でも流れていた有名な悪所だ。うっかり近付いてトラブルを招きたくない。

北回りで北上しつつエバーグリーン・ミルズを迂回する案も却下された。
北側には北側で、悪名高き傭兵派遣会社『タロン・カンパニー』が、旧軍事基地を根城にしている。
相当数の傭兵が基地に在住しており、周囲にはパトロール隊や警備ロボットが巡回しているとの事だ。
迂闊に近付けば、連中の顧客でも無い限りは即座に銃撃が飛んでくるだろう。


結果、このガレージに来たルートである南回りが採決された。
途中でぼろい戦前の休憩所と無人の発電所が点在している、寂しいルートではある。
だが、悪党やスーパーミュータントが根城に出来るだけの廃墟も無い分、安全でもあるのだ。
そこからテンペニータワー前のキャンプ村で物資を補給し、そのまま南部を真横に移動していく。
市街地が見えたら端のビルの少ない場所を通過してポトマック川に出る。
丁度位置的に近いので要塞の前を通過し、近くの橋を渡って対岸に移動し、リベットシティを目指す……これが移動プランだった。

ちなみにこのルートだとメガトンへは立ち寄れない事になる。
予定よりかなり長くメガトンを離れている修理屋に対し、父子は一度帰る事を勧めた。

「んー、いや、俺もつきあうよ。その……浄化プロジェクトだっけ? ロボットの修理屋の手もあれば助けになるだろ」

本人としても、意外にスラスラとこの言葉は出た。

浄化プロジェクトを本気で信じているかと言われれば、いまだ半信半疑だった。


無限に安全な水が手に入る? この、コップ一杯の水で殺し合いが発生する世の中で?


10人のウェイストランド人に聞けば、全員がホラ話だと嘲笑するような夢絵空事だ。
ちょっと前までなら、彼自身もその内の1人だった。

だが、何故か修理屋は『馬鹿』親子に付き合う事を決めた。


あまり長くメガトンの外に出ていれば、市民の義務を怠る事になる。
そうなれば市民権を剥奪され『追放』されてしまうかもしれない。
彼が今まで歩んできた生き方からすれば、安定と安全を求める考えからすれば。
今すぐにでもメガトンに戻るのが最善だった筈だ。


しかし、修理屋は選んだのだ。
例え『馬鹿』と同じく故郷を喪うリスクを抱えてでも、無謀な試みに挑戦する親子に付き合う事を。

(俺、馬鹿だよなぁ~、なんでこンな事に付き合ってるんだろうなぁ~?)

荒野をレーザーピストルを手にし、周囲を確認しながら歩きつつ修理屋は自問自答した。

本当に良いのか?
20年以上暮らしていた、あのバラック小屋を手放す事になるんだぞ。
メガトンの市民権という、あの貧民達が喉から手が出るほど欲しがっているものを手放すんだぞ。
毎週確実に手に入る精製水よりも、手にはいるかどうかなんて全然解らない『精製水飲み放題』を選択するのか。


夢想としか言いようのないお目出度い事をヌカしている親子に付き合い、20年間以上自分を支えて来た生活を放棄するのかと。


内なる声に対する答えは出てない。
しかし、何故か足は止まらなかった。





「なんでだろうなぁ……?」
「何、ブツブツ言っているの?」
「ん、ちょっとした愚痴だよ……終わったのか?」

岩場に隠れてタバコを吸っていた修理屋は、アサルトライフルを手にした『馬鹿』に声をかけられた。
戦闘中、修理屋は遠くで離れて見物するか、直ぐさま退避するのが基本となっている。
今回の戦闘も、みんなの足を引っ張らないように直ぐさま戦闘から離脱し近くの岩場に隠れていたのだ。

「うん、みんなやっつけたよ」
「と言うか、親父さん大丈夫か」
「4~5発銃弾浴びてたけど大丈夫みたい。今、自分で盲管射創を摘出してる」
「うわ、痛そう……。と言うか止めろよお前。アサルトライフル相手に野球のバットで突っ込むなんて無茶だろ」
「うーん、無理? 父さんはああ言う人だから」
「無理ってなぁ……まぁ、良いか。戦利品を探そうぜ」

顔面を顰めつつ布きれを口に銜え、太股に開いた小さな穴にウィスキーで消毒したピンセットを指し込んでいるジェームス。
辺りを警戒しているドック・ミートとPL-3軍曹、数人のレイダーの死体を物色している『馬鹿』と『修理屋』。

勝者は全てを得て、敗者は全てを喪う。
ウェイストランドでよく見られる光景である。

「こっちの奴はこれで全部だな。上半分が溶けてしまってるからしょうがない。お前の方はどーだ?」
「ちょっと血で汚れてるけどメントスあったよ。食べる?」
「……脳漿に汚れたのはちょっとなぁ。転売用に回そう。見かけだけ綺麗にしてスカベンジャーに売ればいいさ」
「了解。お、グレネードみっけた♪」

ガレージを出発してから数時間後、獲物を探してこの辺を巡回していたらしいレイダー数人と交戦に入った。
交戦自体はそれ程長くも無く、軍曹に上半身を溶かされたりピンポイントで頭を撃ち抜かれたりジェームスのバットで撲殺されたりされレイダー達は壊滅した。
こちらの被害は、バットを構えて突っ込んでいったジェームスが銃弾を何発か浴びて銃創を負った程度だ。

今はジェームスの医療処置の時間を利用して、遺留品の物色中。
そこそこ物持ちが良かったらしく、薬品と酒やグレネードにキャップ。
状態は良くないもののアサルトライフル2丁と中国軍ピストル、コンバットナイフを手に入れた。
加えてそこそこ大きなレイダーのグループらしく、リーダーらしき女レイダーが巡回予定のメモを持っていた。
どうやらこの一帯を幾つもの少人数の班で交代しつつ巡回し、獲物が通りかかるのを待っていたようだ。
思えば、行きの時に交戦した数人のレイダーも彼らの仲間だったのかも知れない。

「あのさ、もう少し頑張ってみないかな?」
「ん、どういう意味だ?」

酷く汚い文字で書かれた巡回予定のメモに目を通した『馬鹿』がポツリと呟く。

「父さんも怪我した事だし、今夜は此処で野営したい所だけど、この分だと少々危険になるかもしれない」
「だからさ、もうちょっと頑張ってみようよ。ね?」

積み重ねた遺体に対し、火炎放射をしようとした軍曹を止めつつ『馬鹿』は静かに微笑んだ。

















それから更に数時間後。








数人の人影が、少し前に戦闘が行われていた場所の近くへと近付いていた。
苛立たしげな溜息や小さな愚痴が時折漏れていたが、先頭を歩いていた人影が立ち止まったのを合図に途絶える。

辺りはすっかり暗くなっている。
そろそろ合流の時間だというのに、予定の場所に訪れなかった奴らを迎えに人影達は来たのだ。
先程の愚痴や溜息、悪態も時間を守れてない馬鹿共に対するものだ。

それが、先頭の人影の歩みが止まった事で途絶える。
どうしたのかと、先頭の人影に付き従っていた4人分の人影が各々の獲物に手をかけつつ前を覗き込む。

先頭の人影が、ギリリと歯を軋らせる。
続いて、後ろの人影達から呻き声、口笛、怒りを帯びた唸り声が出た。


彼らの視線の先に、迎えに来た『奴ら』が居た。
上下下着だけとなった仲間……レイダー達が積み上げられて。
しかも、一番上の遺体に突き刺さった二本の棒の間に白い布が張ってあり、血文字で『idiot』と書かれていた。

先頭の人影は激したようだ。
先程までの落ち着いた様子をかなぐり捨て、ツカツカと死体の山に近寄っていく。
後ろの人影達も辺りに注意しつつ、その少し後に付いていった。
やがて、死体の山にたどり着いた先頭の人影は、辺りに響くような大声で喚いた。

「どこの糞野郎だ!? ああ、俺のドギーを、馬鹿だと? ふざけやがって、ぶっ殺して犬の餌にしてやらぁ!!」

苛立たしげに振り払った手は、『ドギー』という女レイダーの背中に突き刺さっていた二本の棒を吹き飛ばす。




そしてドギーを抱え上げようとした―――大柄な男レイダーは確かにその音を聞いた。

チ、チ、チ、ピー。

丁度死体と死体の間に隠されたボトルキャップ地雷が、爆発したのを。





拡散する爆炎と衝撃波、凶器と化したキャップ、仲間の死体や破片が男レイダーとその後ろに居た3人のレイダーを襲う。

男レイダーは、上半身をドギーと共に血煙に変えて爆死した。
後ろに居た内の1人は、運悪く爆炎と飛んできたキャップを大量に浴びて即死した。
残りの2人の内1人は地雷による被害は致命的では無かったものの、凶器と化した仲間の死体を顔面に受けた。
ミチリ、と首筋で嫌な音が鳴り、その女レイダーは死体を抱えるようにして倒れ、ピクリピクリと痙攣し始める。
残りの1人は爆風を受けて強烈な痛みを感じる左目を押さえつつ、絶叫した。
耳は聞こえない。鼓膜が破れたのだろう。体はあちこち酷く痛む。もう、立っている事さえ難しい。
右手にキャップの破片が深々と刺さり、10mmマシンピストルを保持する事が出来ない。

「ち、畜生!! だ、誰がこんな、巫山戯た真似を―――ご?」

澄んだ発射音が聞こえた、様な気がした。
が、彼にそれが何かを確認する事は出来なかった。

308口径弾は、速やかに彼のモヒカン頭であるが為に剃り上げた側頭部を貫通し。
その逆側の頭皮と頭蓋を派手に破壊しつつ、飛び抜けて言ったのだから。










そこから少し離れた岩場


「……じゃっくぽっと」

岩場の陰に位置する場所に、腹這いに寝そべった2人の人間が居た。
頭から擬装用の襤褸布を被り、修理屋が作った即席の二脚でスナイパーライフルを保持した『馬鹿』がスコープを覗いたまま静かに呟く。
暗視機能付きの双眼鏡で結末を見届けていた修理屋が、同じように静かに呟いた。

「お前、何時も飄々としている割には結構えぐい真似するなー」
「それは解っているよ。でも、僕達が安全に旅をする為に必要な処置だから。レイダー達の警戒線は断ち切っておかないとね」
「んー、まぁ、そーだけどな。仕方ないか。相手レイダーだしな。話が通じる奴じゃねーしな」

チリチリと僅かに火が残るトラップ設置地点を見詰め、修理屋は欠伸混じりに呟いた。
寝る前に連中の所持品掻っ払うのと死体を片付けなければならない。
他にもレイダー達に来られたり、火を見つけられたら厄介だ。早い所後始末しなければならないのだ。

「あー、体がかてぇ。ずっと腹這いで居たからかなぁ」

さっさと片付けて、先に岩場の影に張った簡易テントで眠っているジェームスの様に休みたい。
待機していた軍曹に指示を出しつつ、修理屋は誰かに言い訳するようにぼやいた。


「仕方ないな。ここぁ、ウェイストランドなんだからな。ああ……眠ぅ」


勝者は全てを得て、敗者は全てを喪う。
ウェイストランドでよく見られる光景である。

そしてそれは、この神に見捨てられた土地に存在する全ての生きとし生けるものに課せられた宿命でもあるのだ。



リベットシティは、まだ遠い。





続く





[10069] 第12話 Vault112から俺達はリベットシティへと横断していった(No.2)
Name: taka234Me◆6742ef9e ID:10e4e021
Date: 2009/11/15 05:49










荒野にドロロロと轟音が響き渡る。

爆発音と銃声に慣れたウェイストランド人でも、聞き覚えの無い音だ。

間奏とばかりに殺意と狂喜に満ちた叫び声、銃声、爆発音が立て続けに響く。
轟音と禍々しい間奏曲を奏でる『それ』は、とある小さな集落へとまっしぐらに突進していった。


お粗末な廃材で組み合わせた、モールラットの突進をやっと防げる程度のバリケードが砂で作った堤防の様に粉砕され、突き破られた。
バラック小屋から慌てて飛び出した人々に、容赦の無い銃撃が浴びせられる。

噴き上がる血飛沫と絶叫。
ようやく轟音が止んだが、代わりに熱狂じみた叫び声が辺りを支配し始めた。
甲高く、残忍で、慈悲など根底から存在しない野蛮を体現した様な声が、響き渡り始めた。

「よーし、女とガキは出来るだけ生かして捕らえろ。男は肉にするから1人残らずぶっ殺しちまえやぁ!!」

野卑な男の叫び声と、呼応する野獣の如き蛮声の群れ。
バリケード内にあった数軒のバラック小屋に野獣―――、レイダー達が殺到する。

引きつった威嚇の声を上げながら、ハンティングライフル等の雑多な武器を手にした男達数人がレイダー達の前に立ち塞がる。
しかし、自分達より強力な武器を持った、しかも数ですら勝れない者達の抵抗がその暴威に対して何の役に立つだろうか。

「おらぁ、死になさいよ!」
「ひ、ま、待って、ギャアアアアア!!」

一発撃ったは良いが、整備状態が悪くてジャムったハンティングライフルを持った男が真っ先に犠牲となった。
バラモンスキンの服を安々と切り裂いたコンバットナイフの刃先が男の胸に吸い込まれていく。
吐血と悲鳴を交互に吐き出す男を押し倒した女レイダーは、歓喜のわめき声を上げながら何度も何度も血塗れの刃を振り下ろす。
雪崩れ込んでくる野獣達の姿を見て、残りの男達は敢え無く抵抗を諦め逃げようとした。

だが、抵抗を諦めた所で運命は何も変わらない。
戦う事には素人な彼らを逃がすような聖人でも、両手を上げたから助けてくれるような輩でもない。


「い、命だけは……ガハァッ!!」
「うるせぇんだよ、黙って肉になりなぁ!!」

バリケードの隅に追い込まれた青年が、バットや大型のハンマーで袋叩きにされている。
安物の32口径拳銃を叩き落とされた若い女があっさり組み伏せられ、服を破かれながら泣き叫んでいる。

後はもはや、蹂躙と凌辱の一言。

女は男のレイダー達の慰み者になり、適当に楽しんでから全裸に剥かれて連れて行かれる。
ただ1人老婆は哀れにも即座に撃ち殺された。年寄りを相手にする趣味は無かったし、肉付きが薄いから食い出もないのだろう。
子供達は……どうやら『そっちの趣味』のメンバーが居なかったらしく、数回殴られてから両手を縛られ連行された。
子供は柔らかい『お肉』になるし、奴隷商人に売れば大量のキャップに変身する。
だから直ぐに殺されはしない……その末路は兎も角として。

男達は一番悲惨だった。
1人残らず嬲り殺しにされた後、喉笛を切って血抜きをしてから無造作に全裸にされ手足を棒に括り付けられ運送される。
イメージとしては大昔に猟師が猪などの大物を狩った時、2人がかりで運ぶ時の運送スタイルと思って貰えればいい。



……この後の、彼らに対する処置を考えれば、あながちイメージが間違っているとは言えないが。



そして最後は集落に溜め込まれた物資の掠奪と、徹底的な破壊だ。

物資は大したものは無かった。
所詮この手の集落の住人は、大規模集落に住む事も出来ない『流れ者』の吹き溜まりでしかないからだ。

なので今回の収穫は奴隷と『肉』が手に入った事だろう。
破壊衝動の塊のようなレイダー達の事だ。
『暴れたり殺したりしてスカっとする』事も目的の1つに違いない。

「おらぁ、真っ赤な墓標だぁ。100g1centの屑肉共の墓にゃもったいねぇ位だぜ!!」
「兄貴ぃ、1centってなんすか?」
「俺だって知らねぇよ」

火をかけて徹底的に燃やし尽くす。
犠牲者の血や臓物、戦前のカラー・スプレーで『レイダー・アート』を楽しむ。
破壊と言っても色々パターンはあるが、この野獣達はどうやらアーティストらしい。

男達の血を抜いた時に、丁寧にバケツに抜いた血を溜めておいたのだ。
それをボロボロに破壊されたバラックやバリケードに吹きかけていく。
中には圧縮式のボンベに血を注ぎ込み、ペイントガンで塗装工のように吹きかけていく凝り性の奴も居た。

これが、彼らの流儀だった。
自分達の襲った集落は、悉く赤く血で染め上げる。

それが、オーバールック・ドライブインを拠点として周辺を恐怖のどん底に突き落としているレイダー集団のいかれた流儀。
今まで沢山の集落やキャラバンが、彼らの犠牲となって来た。

勝者は全てを得て、敗者は全てを喪う。
ウェイストランドでよく見られる光景である。

例え勝者が理不尽な略奪者でも、敗者が罪もない弱者であっても。



そうして、たった数家族で構成された名も無き小さな集落は滅んだ。











第12話 Vault112から俺達はリベットシティへと横断していった(No.2)












『それ』を彼らが見かけたのは、テンペニータワー前のキャンプ村を出て数時間ほど歩いた時の事だった。

ドロロロ……という低い聞き慣れぬ音が3人の耳に届いた。
迂闊に興味を抱けば猫で無くても死ぬ世界ではあるが、それはそれ。

注意深く岩場に身を隠しながら音の発信源に近付き、そっと覗き込む。

「……トラックかよ。稼働する奴なんて滅多に見かけないのにな」
「しかも、それを使っているのがレイダーとは、更に驚きだな」
「そうだね……しかし、大きいなぁ」


荒野を一台の大型トレーラーが突き進んでいる。
障害物が多く高低が目まぐるしい地表を気にしているのか、それ程スピードは出ていない。

注目すべきは、その異様な外観だろう。

赤だ。黒みを帯びた赤いトラクタが大型のトレーラーを引いている。
凄まじいほどに悪趣味なトレーラーの上には、襤褸布とプロテクターを組み合わせたアーマーを着た男女……レイダーが数人居る。

トレーラーを牽引しているトラクタの屋根には、悪趣味にもバラモンの頭蓋骨が大量に貼り付けている。
運転席には鉄板が張られ、あちこちに運転手用の覗き穴が開けられている。
エンジンを壊されないようにだろう、エンジンブロック周りには追加装甲らしい鉄板が幾つも貼り付けられている。
敵が張り付くのを防ぐ為か、搭乗用のドア以外には鉄条網が巻き付けてあった。

トレーラーの方もかなり重装備だ。
レイダー・アートの施された鉄板が張られたトレーラの両側には、幾つもの銃眼が付けられている。
襲撃時などはあそこに人員を配置し、防御と攻撃を行うのだろう。
実際、幾つかの銃眼からはアサルトライフルの銃身が顔を出している。
後部に至っては、防盾付きのミニガンまで設置してあった。

トレーラーの上には、監視役のレイダーが数人と連装したミサイルランチャーが数本。
ご丁寧にサーチライトまで付けている。レイダーとは思えない程の重装備だ。

「ありゃあ……小さな集落やキャラバン程度じゃ、どーしようもないな。最近、南回りの商人達が消息を絶ってるって噂は聞いてたけど」
「彼らの仕業だという事か。確かに、バラモンを連れたキャラバンじゃ到底逃げ切れないし、小さな集落のバリケード程度では簡単に破壊されるぞ」
「ったく、厄介だねぇ。あんなのがウロウロしている場所突っ切るだなんて……ルート変更。考えるか」
「…………ねぇ。一応、追い掛けてみる?」
「ちょ、お前」
「ふむ……」

『馬鹿』の言葉に、ジェームスと修理屋は顔を見合わせた。
今から自分達が通過するのは、まさに彼らの領域だ。
このまま進むとなると鉢合わせになるかもしれない。
かといってわざわざメガトン経由の方のルートに戻るとなるとかなり骨だろう。


載っているレイダーは兎も角、あの武装トラクタと正面からぶつかるのは自殺行為。
ミサイルランチャーやヌカランチャーでも持ってなければ、殺してくれと言っているようなもの。
そして、このメンバー達が持っている火器の最大火力は軍曹のアームに搭載されたプラズマガン。
ちまちま撃っている間に、車に轢かれるか搭載火器で蜂の巣にされてミンチ肉決定だろう。

「別に真っ正面から戦うわけじゃないよ。どこを拠点にしているか解れば、随分と危険度は下がるでしょ」
「そうだな息子よ。整備から弾薬等の補充、乗員の休憩や交代も何処かでしなければならないのは確かだ」
「奴らの拠点を探すってか」

修理屋の言葉に、『馬鹿』はコクリと頷く。

「活動拠点が見つかれば、回避するのも攻撃するのも断然こっちが有利になるからね」
「そうか……おい、犬に奴らの後を尾けさせる事は出来るか?」
「それは大丈夫だと思うよ。あの赤いの……ペンキとかじゃなくて血だと思うから」
「げっ。あれ、血なのかよ」
「不自然に赤黒いし、レイダー達がそう言った装飾とかアートを好むのは知ってるでしょ?」
「確かに……だけど、車体の塗装に血液使うなんざ最悪な趣味だぜ」

露骨に顔を顰める修理屋。
レイダーの残虐性は幾つか見た事もあるし、ジェリコという元レイダーから聞いた事もある。
しかし、上には上が居るという事だろう。
今まで修理屋が聞いたり見たものよりも、その残虐性は凄まじかった。

「お、どうやら戻っていくみたいだぞ」
「じゃあ、追い掛けようよ。おいで、ドックミート」
「解った。後ろで歩哨してる軍曹呼んでくるわ」

砂煙を上げて去っていくトラクタ。
陽も落ちようとしているので、今日の狩りは終わりだと言うことだろう。

3人と一匹と一体は、岩場から慎重に降り始めた。







「へぇ……あんなトコにあんなモノが」

タイヤの痕跡を調べて追跡する事数時間。

3人は岩場の近くで姿勢を低くしつつ双眼鏡を覗いていた。

「上にドライブイン跡地、下の洞窟が車庫兼住居ってトコか」
「頭を低くしていた方がいい。ドライブインに居る方は見張りのようだな。恐らく、彼処で獲物が通らないか監視しているのだろう」

そのレイダーの拠点は見たところ二箇所に別れている。

がけの上に見えるドライブイン跡地には、数人の人影が見える。レイダーだろう。
時折オートバイの音が聞こえる辺り、オートバイで辺りを哨戒している偵察用のレイダーが居るのではと言うのがジェームスの推論だった。

「見晴らしの良い場所は視野による監視、目に届きにくい場所はオートバイによる巡回と言った所かな?」
「で、大物やキャラバンを見つけたらあのトラックで狩りに出かけると……意外に、頭使ってるんだなあいつら」

そして、ドライブインの下にあるトンネルの跡と思われる巨大な穴へ、タイヤの痕跡は続いているようだ。
間近まで近付いて確認した訳ではない。見張りが複数居るからだ。
だが、この付近にはあのサイズの車両を隠せる場所が他に見当たらないので、此処がレイダー達が乗るトラックの隠し場所である事は間違いない。


「さてと、どうする? 俺としちゃあ、もう少し待って監視が緩んでから夜陰に乗じて市街地に向かいたいトコだが」

修理屋としては敵の哨戒位置が大まか掴めたのだから、これ以上レイダー達と関わりたく無いという気持ちだ。
自分達が通る位置だけ監視を寸断し、レイダー達が異常を察知する前に市街地へと逃げ込む。
血を塗料に使うようなイカレたモヒカン軍団と必要以上に接したくない。それが修理屋の意見だ。

「それも良いか知れないけど……僕としてはあのままって言うのはお勧め出来ないな」
「なんでだよ? 別に突っつかなきゃ大丈夫だろが?」
「そうだね、見つからなければそれで重畳。だけど、万が一という事がある。見つかったら向こうは直ぐにこっちに追いつけるよ?」
「むぅ……」

徒歩とトラックのスピードでは確かに勝負にならない。
しかも、複数のオートバイに乗ったレイダーが巡回しているのだ。
彼らに見つかって取り逃がせば、直ぐさま伝令がレイダーの本隊に伝わりあのトラックが出て来るだろう。
たかだか数人の相手にあれを引っ張り出してくるかは定かではないが、相手はレイダーだ。
どんな理不尽をしてくるか解らない連中である。推論だけで安心は出来ない。

「少なくともあのトラックを使えなくして、出来ればドライブインの方も潰した方が安心出来るね」
「…………まさか、潜入するだなんて言うんじゃないんだろうなお前」

『馬鹿』の物言いからすると、どうやらレイダー達の拠点に潜入するつもりのようだ。

「うん。これがあるから大丈夫だよ。技術博物館で拾ってきた取って置き」
「なるほど、ステルスボーイか息子よ」
「そう。何個か使っちゃってるけど、2個あるから大丈夫」

『馬鹿』の掌には、簡易光学迷彩装置の『ステルスボーイ』が2つ握られていた。
この装置は使用者の周囲にエネルギーフィールドを創り、使用者の周りの光を屈折させる。
そのため実質的に視界から見えなくなるのだ。問題は一定時間しか効果が持続しない、使い切りであると言うことだが。

「だからってなぁお前。潜入って事は犬も軍曹も連れて行けないんだぞ? ロブコの時とは違うだぜ?」
「そうだけどね。でもさ」

レーザーライフルと44口径マグナムを軍曹のアームへと手渡す。
軍曹はソルジャーとしてだけではなく、荷物運搬役としても優秀だ。
歩兵の完全装備1~2分は楽々収容出来る。
不安そうに擦り寄ったドックミートがクゥンと鼻を鳴らす。
『馬鹿』は安心させるようにドックミートの頭をワシワシと撫でた。

「潜入だから人数は要らないし、正面から戦う必要なんて全く無いんだ。必要なのは……」

代わりに取り出したのはサイレンサー付き10mmピストル、コンバットナイフ、手榴弾と地雷が数個。
打撃力としては酷く脆弱な装備だが、静音性と破壊工作に適している装備と言えるだろう。

「静けさと、えーと、東洋で言うところの……あ、乾坤一擲って奴さ」
「はぁ……?」

更に、『馬鹿』はコンバットアーマーのアーマー部分を外し、軍曹へと手渡していく。
今の『馬鹿』の防具は、コンバットヘルメットとモイラ特製の改造Vaultジャンプスーツvor.2だ。

これは、Vault 101アーマード・ジャンプスーツがミレルークハンターに破壊されたので、代わりにモイラが作製してくれたものだ。
Vault 101脱出時に着ていたジャンプスーツを改良し、コンバットアーマーのアーマー部分を取り外してジャンプスーツへと移植したものだ。
しかもアーマー部分は着脱可能であり、隠密行動をしたい時などにとっても便利。
スーツの方がけばけばしい程に青なので、視覚的にはあまり意味はなさそうだが。

だが、視覚的な問題はステルスボーイが解決してくれる。
『馬鹿』にとってはこれで充分なのだ。

「大丈夫、任せてよ。じゃあ、父さん。僕、行ってくるね」
「大丈夫って……あ、消えやがった」

『馬鹿』がステルスボーイを使用したらしく、一瞬でそのジャンプスーツは視界から消え去った。
いや、よく非常に注意をして目を凝らすと微かな空間の歪みが見えたような気がした。
その微かな歪みも、直ぐさま確認出来なくなった。移動してしまったんだろう。

足音は聞こえなかった。
何時の間に忍び足なんて修得したのだろうか。

「ったく、相変わらず人の話を……なんだと思ってるんだか」
「すまないね。その辺は俺に似てしまったのかもな」

自嘲の入り交じった顔で、ジェームスは修理屋に謝罪した。

「だが、君のように息子を心配してくれる友人が出来た事は嬉しく思うよ」
「あー、まぁ、アイツは何というか、見てて危なっかしいんだ。ただ、それだけなんだけどな」
「それだけでも充分だよ。Vault 101では、余所者の所為かアマタやゴメス以外には友人が出来なかったんだ」
「……」
「なかなか態度を崩さないから解りづらいが、実の所あの子は結構寂しがりやなんだよ。だから、これからもよろしく頼む」
「えー……あ、はい」

真摯な目付きで語りかけるジェームスに対し、修理屋はどう答えて良いか解らなくなった。
解らなくなったので曖昧に返事をし、双眼鏡を覗き込む作業に戻る事にした。













そのレイダーにとって、監視は今ひとつ気分の乗らない仕事だった。
平均的なレイダーの性格である彼にとって、何時来るか解らない侵入者からトンネルの出入り口を守るのは面倒な仕事である。
時たま回ってくる掠奪や襲撃任務の方がどれ程楽しい事だろうか。

奪い、蹂躙し、殺す。犯し、嬲り、姦す。潰し、抉り、壊す。
哀れで無力な獲物を虐げ、悲鳴を散々上げさせた後で殺す。
その後の薬をキメ酒を呷りながらの『バーベキュー』は何時やっても楽しい。
そんな破壊衝動と享楽主義の権化である彼には、監視任務は詰まらない事この上ない仕事だ。

(まぁ、しかたねーか。さぼってるのが見つかってボスに殺されるのは嫌だしな……)

心中でぼやきながら、お気に入りの薬物(ジェット)を2~3個持って来なかった事を後悔する。
既に重度の中毒者であるが為に、一定時間毎に薬物を体内に注入しないと体の調子が悪くなったり幻覚が見えたりする。
こんな奴を監視任務に当てるのは不適合であるが、レイダーの大半は薬物中毒者が多い。
別に彼ほどの汚染具合は珍しくもなく、生業である掠奪などに支障が出る事も頻繁に起こり得る事なのだ。

(あー、畜生。目が霞みやがるし、偶に変なモノが見えたりしやがる。糞、判断に迷うぜ)

一度幻覚を敵と錯覚してアサルトライフルをフルオートでぶっ放し、拠点全体が大騒ぎになった事があった。
結果ボコボコにリンチされた挙げ句、ライフルを取り上げられ『今度からは相手を殴ってから確認しろ』とネールボードを渡された。

(ま、ここまで近付かれる事なんてありゃしねぇよ。前の見張りの連中に任しておきゃいいさ)

彼が監視任務を面倒臭がるのは無理もない事だ。

この位置より手前には、オートバイに乗ったレイダーの哨戒線が2つもある。
更に出入り口には土嚢を積んだ即席防衛ラインと、アサルトライフルや10mmサブマシンガンで装備した10人近くの仲間が居る。
トンネルの左右は切り立った崖だから、誰かしらが降りてこられる筈がない。

例え誰かが攻め込んで来ても、その手前で必ずドンパチ始まるのがオチだ。
自分達の根拠地であるトンネルの中に逃げ込むにしても、前に出て加勢するにしても充分な時間が用意されるという寸法。

レイダーがこの任務を下らないとぼやくのも無理はないだろう。


そう、下らない任務の筈だった。
暇そうにトンネルの入り口の脇に置いてある椅子に腰掛け、大きく欠伸をした彼の背後の闇が僅かに揺らぐまでは。
普通の視覚情報では、ましてやジェットで鈍った彼の目では全く確認できない揺らぎ―――『馬鹿』が背後に忍び寄るまでは。

「ぐっ!?」

不可視の掌によって、レイダーの欠伸を終えたばかりの口が塞がれた。
口を押さえられたレイダーが身じろぎする前に、『馬鹿』は手にしていたサバイバルナイフを喉笛に滑らせる。

「ご、ぼ、ごぼ」

口と喉から鮮血を大量に滴らせたレイダーが椅子から崩れ落ちる。
悶絶するレイダーの背中に体重をかけて動けなくした後、『馬鹿』はレイダーの頭にサイレンサー付きの10mm拳銃を押し当てた。

カシュ

簡潔な音と共に、レイダーは暴れるのを止めた。
『馬鹿』は素早く息絶えたレイダーのボディチェックを行う。
ネールボードを装備していた所為か、銃弾や火器は無かった。
代わりにグレネードが三つあったのを見つけ、『馬鹿』の唇が綻ぶ。

レイダーを椅子に座らせた後、椅子の足に携帯しているワイヤーを括り付ける。
安全ピンを軽く緩めた手榴弾三個をワイヤーに結びつけ、ワイヤーを柱の根本に巻き付けてから上に引っ張り上げる。
最後にトンネルの壁にかけてあるランタンの灯りを消してからぶら下げた。
椅子の方にかかっているワイヤーが引っ張られると、ランプにぶら下がった手榴弾の安全ピンが抜けて手榴弾が落っこちるトラップだ。
灯りを消したので、ぱっと見た程度では罠が見つかる可能性は低い。
加えて、灯りが消えた事に不審を覚えた者がノコノコ近付いてくるかもしれない。
念の為に、ワイヤートラップが張ってある逆の方向にも地雷を仕掛けておく。

見張りという者は、一定時間単位で交代が行われるというもの。
自分にとって必要な静寂と沈黙は、もう少しあればいい。恐らく、このトラップが発動する頃までには。

「これで、よしと」

仕込みが終わった『馬鹿』は満足げに頷くと、再び屈むような姿勢で音を全く立てずに移動を開始した。










続く











[10069] 第13話 Vault112から俺達はリベットシティへと横断していった(No.3)
Name: taka234Me◆6742ef9e ID:10e4e021
Date: 2009/11/15 05:55












「……待機してる方も、結構暇というか何というか」
「うむ……」

荒野の夜はかなり冷える。
昼間の照りつけるような炎天下とは異なる、キンと冷え切った空気。
核戦争後のウェイストランドの天候は常にこれだ。
この厳しいだけで、優しさなど欠片もない天候にどれだけの人間が死という形で屈服していった事だろうか。


修理屋とジェームス及びドックミートと軍曹が身を潜めている岩場も、生きる者を蝕む寒気で覆われていた。

昼間は作業用ジャンパーと101ジャンプスーツという姿の2人も、夜は外套とトンネルスネーク革ジャンを着込んでいる。
更に首には厚手のバラモン製タオルを巻き、手袋を填めトレーダーの帽子や野球帽を被って外気による体温の低下を防いでいた。

体温は一定に保っておかないと体力とカロリーの著しい消耗を招く。
この荒廃した世界の気候に対抗するには、多少値を張ってでも衣服には気を使わなければならない。
気を使えない無知で無謀な奴、使う余裕の無い貧乏な奴から体を弱らせて死んでいく。

「ほい、ジェームスさん。温まるっすよ」
「ああ、どうもありがとう」

携帯コンロで暖めたホットワインを飲み、軽く炙ったダンディボーイ・アップルを囓る事で修理屋とジェームスは暫しの暖を取った。
成分が変質して酷い味だったがワインは体を内側から温めてくれたし、ボソボソした菓子の残骸もほんのりとした甘みで体の疲れを取ってくれる。
これで体内の汚染度が上がらなければ言うことがない。
200年の賞味期限切れなど気にしていたら直ぐ飢え死にしてしまうので『味』はあまり気にならなかった。

「そろそろリアクションが出てもおかしくは無い筈だけど……」
「あの子の事だ、奥の方まで調べきってから行動を起こすかもしれないな」

『馬鹿』は取扱説明書や教科書は初日で全部目を通さないと気が済まない質らしい。
確かに、ロブコでも念入りにあちこち探索したからタロットやプロテクトロンが全滅した様だ。
『馬鹿』自身は破壊や殲滅に喜びを見いだす方では無いと修理屋は思っていた。

あくまで、多分だが。

「ま、それだけに危険にも遭いやすいと。もうちょっと、適当な感じの方が生き残る確率が高くなると思うんだけど」
「その辺はキャサリンに似たのかも知れないな。データ重視の彼女は細部まで調べないと気が済まなくてね。僕はよくだらしないって怒られたよ」
「あはは、そりゃ難儀な事で」

苦笑いしつつコップ内のホットワインを呷るジェームスを見、修理屋の口にも苦笑が浮かんだ。
確かに、『馬鹿』は父親に似ているところもあれば似てない所もある。
鷹揚で飄々としている所は父親似であるが、几帳面で技術的な部分を重視する所は似ていない。

(そこら辺は別に悪くはないよな。寧ろ、良くも悪くも目立つのは規格外のお人好しってトコだし)

その辺はキャサリン似なのかもしれない。
彼女が目指した浄化プロジェクトは、対価無しにあらゆる人々に清浄な水を与える事だ。
僅かな精製水で銃撃戦が発生する世の中で、このような発想は正しく規格外だ。

規格外な発想を当たり前に考える事が出来る、それが『馬鹿』の『馬鹿』たる由縁かも知れない。

(まぁ、その辺が気になるというか呆れると言うか、不思議なんだよなぁ……)

手に付いた菓子の破片を舐め取り、コップの底に残っていたワインの残りをクイッと飲み干す。
アルコールが入った所為か、体が温かくなったような気がする。
ドックミートを抱え込めでもすればもっと温かいだろうが、あの犬は主以外にはあんまり懐いてくれない。
ジェームスは兎も角、修理屋がハグしようものなら、頭突きと噛み付きをプレゼントしてくれるだろう。

(しかし、何時になったら行動を起こすんだか。そろそろ起こしてくれないと、眠くなっちまうなぁ……仮眠の順番、決めておくか?)

修理屋は双眼鏡を手に取り、レイダー達の拠点を監視し始めた……。















第12話 Vault112から俺達はリベットシティへと横断していった(No.3)














オーバールック・ドライブインを拠点とするレイダー軍団の『ボス』にとって、近頃の稼業はいつになく順風満帆だった。


彼は今、お気に入りの女レイダーとサイコを服用しながらベット上での一戦を終え、葉巻で一服している最中である。
吸っている戦前に作られたハバナ産の葉巻は、パッケージに包まれていた所為か200年の時を経た今でも味が劣化していない。

(うめぇタバコだ。弱い『肉』共から巻き上げたものなら尚更にな)

数日前に掠奪したキャラバンが持っていた葉巻の煙を肺一杯に吸い込み、満足げに鼻から吹き出す。
正しい葉巻の吸い方は頬で吸い込むようにするのだが、ボスは安いタバコと同じく思いっきり煙を肺に取り込んでいた。
辺りには滞留した葉巻の渋い匂いが充満しているが、側で甘えている女レイダーは気にした様子は無い。
終盤に追加したジェットが相当に効いたのか、楽しそうにヘラヘラ笑いながらボスに縋り付いている。

(そろそろ、この辺で弱い『肉』共を潰してキャップとブツを巻き上げるだけの仕事も飽きてきたなぁ)

ボスは稼業が順調過ぎた所為か、かなり強気になっていた。
自分には大勢の部下、強固な拠点、なにより切り札であるあの武装トレーラーがある。

この辺を通りかかるキャラバンやスカベンジャー、小さな集落だけを相手に仕事をするのも飽きてきたのだ。
所詮貧乏人や小商人が相手な為実入りも少ないし、調達できる肉の量も多くない。
昔はそれ程でも無かったが、新入りレイダーの数が増えてきてからだんだんと襲撃の回数を増やさなくてはならなくなった。

(そろそろ、俺の『国』を作ろうかぁ……それもいいなぁ)

テンペニータワーを攻め落とすのも悪くない。
メガトンの防壁も、この武装トレーラーなら破壊して突破出来るだろう。
パラダイス・フォールズの奴隷商人共にだって勝てるかもしれない。
高慢ちきなアウトキャストどもや、BOSの英雄気取り達も敵じゃない。

(ゆくゆくは、この俺がウェイストランドの王としてのし上がっていく……悪い話じゃねぇ)

人間、勝ち過ぎると返って不幸や敗北を招く場合が多い。
確かにこのボスは要領が良く、"そこそこ"腕っ節も強かった為自分の組織をここまで大きくできた。
しかし、あくまでも堅実に自分達よりも弱い存在を効率的に狩って来たからこそ、今まで勝ち続けて来られたのだ。
断じて彼らは無敵でも最強でもない。勝ち続けすぎた為、彼らの脳味噌からその事実はすっぽ抜けかけていた。


だからこそ、考えてみて貰いたい。


もし、彼ら以上に『強い』存在が攻めて来たとしたらどうなるだろうか?


もし、その存在が知らず知らずの内に自分達の拠点に潜り込んできていたとしたらどうなるだろうか?


もし、その存在が彼らの予想を超える程狡猾で容赦ないとなればどうなるだろうか?




その想定は、思ったよりも早くレイダー達に降りかかって来ていたのだ。





しかし、ボスとその情婦である女レイダーはその想定を理解する事は無かった。

何故なら、となりにある武器庫が時限式のボトルキャップ地雷によって大爆発を起こした際、部屋が完全に崩落し一瞬で圧死したからだ。












「お!」

岩場で双眼鏡を覗き込んでいたジェームスと修理屋の顔が一瞬明るく照らされた。

「始まったか」
「みたいだねぇ」

続いてド派手な爆発音が立て続けに響き渡る。
岩場からはトンネルの入り口は見えないが、その付近と思われる場所から爆発音が響いてくるのだ。

「おー、すげぇ。あ、レイダーが吹っ飛んだ」
「ふむ、あれだけの爆発という事は、レイダー達の弾薬庫を破壊したのかもしれん」

パンパン、ボーンという炸裂音も立て続けにする。
少なくとも、修理屋はこれまでにこれ程の爆発音を聞いた事は無い。

「で、アイツはまだ出て来ないのか。まさか、中に居るままじゃ……」
「…………いた、あそこだ!」

ジェームスが指をさした先にあったものとは。

「なっ……!?」

吹き飛ぶ土嚢、同じく吹き飛ぶレイダー達。
トンネルの近くにある土嚢で作られた警戒線はあっさりと崩壊した。

そして、噴煙を突き破る要にして飛び出して来る真っ赤なトラクタ。
トレーラー部分を分離した、レイダー達御用達の真っ赤なトラクタが猛スピードで飛び出して来たのだ。

「なんだ、ありゃ」
「うぅむ、やるな息子よ。レイダーの最大の武器であるトラクタを乗っ取って脱出とは」
「え、でも、なんで運転出来るのアイツ?」
「101にね、教育や娯楽用のシミュレーター装置があったんだよ。その中には戦前の車を運転できるものもあってね。あの子は得意だったぞ?」

そんな呑気な会話をしている間にも、トラクタは岩場に近付いてくる。
主人の帰還に気付いたのか、ドックミートが尻尾を立てながらわんわんと吼え、軍曹がスルリと待機モードから通常モードへと移行した。

「おーい! 早く乗って!!」

岩場の前に急ブレーキで停車したトラクタから、『馬鹿』が顔を出して叫ぶ。

「追って来ているから、早く乗って!!」

トラクタの後ろを見れば、数台のオートバイらしきライトが接近してきている。

「解った。急ぐぞ修理屋君」
「了解……あ、ちちちっ!?」

素早く乗り込むジェームスと、うっかり車体の鉄条網に触れてしまって涙目になる修理屋。
ドックミートはするりと助手席の下に潜り込み、軍曹はホバー機能がネックになって乗れなかった。

「軍曹、お前これじゃ乗れないぞ!?」
『ご心配には及びません、とうっ』

言うが早いか、軍曹は器用にサイドアームを車体に絡め、トラクタの側面に張り付いてしまった。

「さ、行くよ。飛ばすからしっかり捕まっていてね。軍曹!」

素早く急発進を行いながら、『馬鹿』は軍曹に指示を飛ばす。

『了解であります司令官殿。追撃部隊の迎撃はお任せください!!』

言うが早いか、軍曹はトラクタの車体に張り付いたままグルリと球体の胴体を回転させる。
当然、サイドアームもそれに従って回転する。
回転したアーム、プラズマガンが搭載されているアームがトラクタの後ろを向く。
向いた先にあるもの、それは怒り心頭でトラクタを追跡して来ているオートバイに乗ったレイダー達だった。

『迎撃、開始。消し炭になりな!』

プラズマの閃光が、闇を切り裂く。
やがて、爆発音とレイダーの悲鳴が何回も轟いた。




















数時間後。

追っ手を全て撃退した彼らは市街地の手前にあるレストラン跡地で休んでいた。

「はぁ……ったく、お前と一緒に居るとスリルと危険に困らないなぁ?」
「あはは、ごめん。でも、足も手に入ったし結果オーライでしょ」
「……あ、あー。そうだな。そうですねハイ」

レイダーの基地に入り、弾薬庫を爆破し、まんまとトラクタという移動手段を手に入れて来た『馬鹿』の言う通りに結果オーライ。
トラクタがあれば、市街地を徒歩で歩くより手早く移動出来るし、危険度は断然低くなるだろう。
勿論市街地は障害物や陥没は多いが、今の位置は運良く市街地の南端に来ている。
この辺はかつて公害対策用の緑地帯だったようで、ビルや舗装道路は少なく何もない荒れ地が広がっているだけだ。

丁度、ビルとビルの群れの間を荒野が横たわっている感じと言えば解りやすいだろう。
本来なら市街地の緑化と景観用に植えられていた芝生や木々も、200年間の荒廃により見る影もない。

「しっかし、よくこんなのを持ち出すなんて思いついたな」

潜入の為に食事を摂って無かった『馬鹿』が、修理屋が適当に作った『マカロニ&チーズとポークビーンズのごった煮』を食している。
「緊張し続けてたからお腹空いた」と宣ったので、修理屋は量を大盛りにしてやった。
レイダーの拠点を壊滅させるという大仕事をこなしたから大盤振る舞いだ。RADアウェイもたっぷりかけてあげた。
変色したマカロニ&チーズと、豆や具が溶けてポコポコ泡立っていたポークビーンズでも大盤振る舞いだ。
携帯コンロでグツグツ煮込んだから大丈夫だろう。今更な話だ。

「もぐもぐ……あのまま脱出するだけじゃ、ドライブインに居る連中が追い掛けてくるからね。逃げ切る為の足が欲しかったから丁度良かったよ」
「成る程。でもまぁ、思ったより酷くは無かったよな。外見は最悪だけどよ」

乗って見て解ったが、車体自体はやっぱり血生臭い。
しかし、運転席は意外な程綺麗に片づいていた。
予想していた悪趣味なインテリアや内装は無かった。
ただ、持ち主が日々殺戮に勤しんでいた為か、あちこちに血飛沫がこびり付いていたり、シートから生臭い臭いはした。

「意外に綺麗だけどよ……やっぱ臭いし血生臭い感じが染みついてるぜ」
「そんなに文句言わないの。臓物が下に置いてあったり、シートが血染めだったりするよりはマシでしょ?」
「うげ、そんなトラクタには乗りたくねぇなぁ……」

軽くウィスキーを呷る修理屋と手持ち鍋の中身を忙しく口に放り込む『馬鹿』の数メートル先を、歩哨中の軍曹が横切っていく。
ジェームスが休んでいるレストランの入り口には、スフィンクスの様な姿勢でドックミートが待機していた。

「それで、明日から市街地をコイツで突っ切るんだな?」
「市街地と言うよりも、僕達の前に広がっている緑地帯跡だけどね。」

『馬鹿』は市街地をアレで突っ切るつもりはない。
無数の穴や崩落、遮蔽物で町中の道路という道路は寸断されているのだ。
丁度ビルが少なく荒れ地になっている緑地帯跡を通り抜ける事が最善とも言える。
トラクタはポトマック川に到着したら、爆破処理してしまえばいい。

そうすればリベットシティは直ぐ目の前だ。

「障害物とかに引っ掛からずに順調にいけば、ポトマック川まであっと言う間だよ」
「そうなれば、楽に旅が進みそうだ。意外とちょろいもんだぜ」


手持ち鍋の中身を綺麗に平らげた『馬鹿』から鍋を受け取りつつ、修理屋は気軽にそう呟いていた。





























「…………そう考えていた時期が、俺にもありました」
「何ブツブツ言っているのあなたは?」
「いえ、独り言っす。すんません、ごめんなさいヤーリングさんあいてててて死ぬ死ぬ手当して誰か」

アーリントン図書館に激突したトラクタの横。
重火器を装備したパワーアーマー軍団とローブを着た女性相手に、何だかボロボロになった修理屋は平謝りをしていた。

(言えない……ちょっと運転してみたくてハンドル握ったらトラクタが暴走して、散々振り回された挙げ句この建物に激突しただなんて言えないっ!!)
(と言うか激突の所為で体中が痛いし、左腕折れてるし、足の指が何本か折れてるし、ああ、死にそう、マジで痛ぇ……助けてくれ馬鹿、ジェームスさぁん)

なんか、凄く情けなくて格好悪かった。





続く











[10069] 第14話 Vault112から俺達はリベットシティへと横断していった(No.4)
Name: taka234Me◆6742ef9e ID:10e4e021
Date: 2009/11/29 04:38







「…………」
「なぁ」
「………………」
「おい」
「……………………」
「あのさ」
「……………………………」

何度か声を掛けてみたが、相手はこっちに背を向けて武器の調整を行っている。
表情は見えないが、担架に寝そべっていても怒っているのが肩越しに感じる事が出来た。

「だからさ、ちょっとした不幸な事故、だったんだよ。サイドブレーキが引かれてりゃ、大丈夫だったと思うんだけどよ」
「…………………………それ、ブレーキを引いてなかった僕が悪かったって言うわけ?」
「あ、いや、その、何というか」
「…………フンッ」
「……うっ、いてぇ!!」

肩越しにジロっと睨まれ、修理屋は掛けられていた毛布を被る事でステルス化した。
挙動を急いだ所為か、添え木で固定された骨折箇所がズキンと痛み思わず悲鳴が漏れる。


ここは、アーリントン図書館の正面エントランスだ。
そして、『馬鹿』とジェームスと修理屋達はここで待機している。

何故か?

1つは、修理屋が重傷状態だからだ。
理由は言うまでもなく、ちょっとトラクタを運転したいなと下心を出した結果である。
結果、左腕骨折足の指を4本骨折、全身打撲に擦り傷無数という有様だ。
『馬鹿』曰く「僕はアダマンチウム製の骨だから、君みたいに脆くはないよ」との事。
折角の憧れである実車をアホの暴走によって破壊された所為だろうか、彼の虫の居所は少々悪いようだ。

まぁ、スティムパックを定期的に投与されているので数日で回復する見込みだ。
以前、これよりも重傷だった『馬鹿』が一晩で復活したのは、モイラが正気を疑う勢いで怪しい戦前の薬物とスティムパックを投与した為。
今では副作用の所為か、普通の人間よりも傷の治癒速度が結構早くなったらしい。
体力も一般人よりちょっぴり上程度の修理屋ではむべなるかなと言う奴だ。


第2に、Brotherhood of Steelに協力する為だ。
このジェファーソン記念館は、最近になってBrotherhood of Steelが管理する施設となったらしい。
そして、その管理体制が取り敢えず整ったかに思えた矢先に起きた衝突事故。

幸運にもこの施設の責任者であるスクライブ・ヤーリングは、それなりに話の解る人だった。
これがアウトキャストだったら、即行でヘビーガンをぶっ放されるか吊し上げを喰らっていたかもしれない。

彼女は、後から追い掛けてきた『馬鹿』とジェームスに慰謝料代わりに仕事の手助けを求めた。

「ここに住み着いているレイダーやラッドローチの駆除を手伝って欲しいの。そこの彼はなかなか腕が立ちそうだしね」

戦闘ロボットであるPL-3軍曹とガードドックであるドックミートを引き連れた『馬鹿』は、腕っこきに見えたらしい。
良く見れば、ヤーリングが連れているパワーアーマー兵達は、ナイトかアーマーを着る事をようやく許された上位イニシエイトばかり。
旧式とはいえ耐弾性には定評のあるT-45dを装備していても、練度の低い若手達だけでは損害を出すと思ったのだろう。
若手達は部外者に対する協力要請にいたく不満そうだったが、表だって反対はしなかった。

「勿論、ただとは言わないわ。無事な戦前のファイルや書籍を見つけたらもって来て頂戴。それなりのキャップと換金させて貰うわよ」
「後は……レイダー達の所持品は好きにしていいわ。ただし、持ち出すのは一度私に見せてからね」

と言うわけで、『馬鹿』はアーリントン図書館の制圧及び清掃を手伝わされる事となった。
今は、出撃するナイトやイニシエイト達と共に装備の最終点検の真っ最中。
元々愛想の良くないBrotherhood of Steelではあるが、現在の『馬鹿』は同じくらい愛想がよろしくない。

「やぁ、具合はどうだね?」
「ああ、ジェ「しっ」……おっさん、痛みは随分引いてきたよ。まだ、動かすと凄く痛いけどね」
「そうか。じゃあ、モルパインを追加しておこう。中毒になるといけないから、少しだけだけどな」

ジェームスはBrotherhood of Steelが居る事に気付いてから、野球帽を深めに被り老眼鏡を掛けっぱなしにしている。
ジェームス曰く「20年前の事だし、此処にいる連中が若い者ばかりだからまず気付かれないだろう」との事。
でも、万が一の事があるので、外観はなるべく誤魔化していたいようだ。
今彼が『20年前に厄介事をもたらした科学者』である事がばれたら、話が拗れてしまう可能性がある。
だから、なるべくナイトやヤーリングと顔を合わせず、怪我人である修理屋の治療に専念しているのだ。

「よし、準備完了だ。覚悟はいいかブラザー!?」
『sir yes sir!』
「おい、原住民。お前の方はどうだ?」
「問題ないよ。何時でも行ける」
「…………ふん、じゃあ行くぞ。まずは、図書館から掃討を開始する」
「各自バディとの連携を忘れるな、タレットとトラップに気を付けろ。おい、原住民、ガッツィーは兎も角お前はあまり前に出るな」
「……りょーかい」

あまり友好的とは言えない雰囲気を醸し出しつつ、1個分隊のパワーアーマー兵と『馬鹿』及びドックミートと軍曹は図書館の奥へ入っていく。



そして修理屋とジェームス、採集した戦前の書類を仕分けているヤーリングと護衛のナイト3人だけが残された。










第12話 Vault112から俺達はリベットシティへと横断していった(No.4)














「Brotherhood of Steelも、この20年で随分疲弊しているようだ。昔に比べて、新人ばかりが増えている。装備も優良とは言い難いな」

彼らの出陣を見送ったジェームスの小さな呟きを聞き、確かにと修理屋は思った。
一昔前は殆どの兵員がレーザーライフルを装備していたらしいのに、掃討に出た分隊の半数はアサルトライフルを装備している。
重火器と言えば、リーダー格のナイトが装備していたミニガン位が精々だ。
ぱっと見からして、着ているT-45dも整備は行き届いているが、随分と装甲その物が劣化しているようだ。
あれでは、本来の性能の半分程度が出ているかどうかも怪しい。
そこらのコンバットアーマーよりは防御力が高いのは確かだろうが。
比較的要塞に近い、Brotherhood of Steelの支配圏内でさえあまり質の良くない部隊を派遣してくる辺り、彼らの窮状が窺える。

ヤーリングがナイト達の反発を踏まえた上で、部外者である『馬鹿』に支援を求めたのも兵員の質の低下が著しいからだろう。
本来、排他的なBrotherhood of Steelが、余所者を受け容れる事自体有り得ないのにだ。


Brotherhood of Steelの困窮と消耗は今に始まった事ではない。
20年前に東海岸のワシントンD.Cへ彼らがたどり着き、旧国防総省ビルを拠点として活動を始めてからずっとだ。




本来、彼らがこの地にやって来た理由は彼らの存在意義である『戦前の技術の収集及び保全』である。

核戦争後200年が経過しても、人類には再興の兆しが見えない。
西海岸の一部では国家(新カリフォルニア共和国)などが再建されたが、それも不安定で戦前の偉大なる合衆国と比較すれば飛沫も同然。
かつての栄光の残り火で過酷な世界を生きる人間は、貴重な残り火を食い潰していくのみ。
人間を世界の支配者に位置づけていた科学技術を衰退する一方の人間社会から保護し、何時か訪れるであろう文明再興の時代まで保全する。
例え、どんな手段を持ってしても。例え、どんな非道を持ってしても。

人類の文明の保全と再興という大義の為に。

それが、旧合衆国陸軍ロジャーマクソン大尉が創設した、Brotherhood of Steelの『存在意義』。

しかし、ワシントンD.Cに辿り着いた遠征部隊の指揮官、エルダー・オウェン・リオンズがした事はテクノロジーの確保・保存では無かった。
本来であれば『無価値どころか悪害な事』と認識される恐れすらある、地元民の保護及び市街地や集落付近の治安維持だった。

多くのパラディンやナイトがこれに反発した。
リオンズと長い付き合いがあり彼の副官であるヘンリー・キャスディン(当時のパラディン長)も反対の意を示した。
我等の力が振るわれるべきは、人類の『文明』を絶やさぬ為の火種を集める事。
モールラットにすら劣りそうな、文明的ではない民衆を守るために使うなど言語道断であると。

議論は、常に平行線を辿った。
彼らの拠点の側にあるこの地最大の集落リベットシティと協力関係を結んだ時も。
リベットシティの科学者チームが浄化装置等という夢物語な浄水装置を作るから警備を依頼して来た時も。

リオンズに共鳴する理想派と、今まで通りの活動を行うよう主張する原理主義派の諍いは徐々に深刻化していった。
そして、長い年月を掛けて育まれた信頼と鋼鉄の誓いは、十数年の年月を経た後で遂に破綻を迎えた。

ヘンリー・キャスディンは賛同する原理主義者達を連れて要塞から去っていった。
彼らは自らをBrotherhood Outcastと名乗り、本来の目的であるテクノロジーの確保・保存を独自に行い始めた。

この離反により、Brotherhood of Steelは組織として深刻なダメージを受けた。
多くの熟練指揮官やベテランの兵員が、キャスディンに従い要塞から去っていった。
彼らが持ち出した、装備していた貴重な重火器や弾薬、物資は馬鹿にならない量だった。
数多くの離反者を生んだと言う事実は、倦んでいた組織に深い衝撃と不安を充満させた。

Brotherhood of Steelが東海岸に到達して20年。
彼らBrotherhood of Steelの困窮と消耗は、限界へと近付いていたのだ。


こんな状況では、助けを求めても無理じゃないかとジェームスは言う。
事実、ここの派遣部隊も落ち着きが足りない。
アウトキャスト側に練度の高い兵員を取られた影響もあるのだろう。
ジェームス曰く東部からわたって来た腕の良い熟練のパラディン達ほど、所謂『原理主義』的な考えが強い場合が多いらしい。
彼等歴戦の前線指揮官が多数抜けてしまっては、Brotherhood of Steelも大胆な兵力運用が出来ないだろう。
取り纏めの居ない部隊など、ちょっとしたトラブルや混戦であっという間に統率が瓦解してしまうからだ。

「こりゃあ、浄化装置を起動出来てもプロジェクトの後援を頼む所じゃないかもな……うーん、参ったなぁ」

苦々しい顔でジェームスが呻いた直後、ズンという腹に響くような音と共に微かに建物が揺れる。
続けて軽快なサブマシンガンの音とそれよりも少し重いアサルトライフルの発射音、数秒遅れでドリルの削岩音のようなミニガンの発射音が聞こえた。
徐々に雑多な小火器の発砲音が減っていき、ぎゃーだのわーだの男の濁声と甲高い女の悲鳴が聞こえて来る。
戦闘騒音に紛れてナイトの怒声や、軍曹の罵倒も聞こえた。
『馬鹿』の声は聞こえない。奴は基本的に戦闘中は無口だそうだ。

「ふむ……こっちが押してるな」

また手榴弾が炸裂したのか、微かな震動と共に天井から埃がパラパラと降ってきた。
そしてそれが合図であるかの様に、アーリントン図書館に静寂が戻って来る。
少しばかり図書館の奥の方を気にしていたヤーリングとナイト達も、それぞれの仕事に没頭し始めた。





奥まった場所に立て籠もり、ロッカーや机を盾にしたレイダー達が最後の脅威だった。
イニシエイト達が壁に寄り添うようにして、アサルトライフルをバリケードに向かって撃ちまくる。
レイダー達が顔を出して攻撃しないようにだ。

その間に、パワーアーマーを着てないが為に身軽な『馬鹿』とドックミートがバリケードへと迫る。
接近を察知したレイダーが金切り声を上げ、バリケードから手だけを突きだしてソウドオフショットガンをぶっ放す。
至近距離で撃ったにもかかわらず、照準をしなかった所為で散弾は『馬鹿』の脇を掠めただけだった。
ソウドオフショットガンを握った手に、ドックミートが跳躍して噛み付く。

「ぎゃああああ、いて、いてぇぇぇ!!」
「糞、この犬肉が、ゴグから離れやがれっ!!」

ドックミートが噛み付いているから、手を出したレイダーはバリケード内に隠れきれない。
そいつを助ける為にか、バリケードから上半身を出した女レイダーが中国軍ピストルをドックミートに向ける。

しかし、それは迂闊だった。
何故なら、敵はドックミートだけでなく、バリケードの直ぐ側まで迫った『馬鹿』も居たのだから。

「っ!?」

一瞬で距離を詰めた『馬鹿』の右手が動き、女レイダーの頭部に44マグナムが突き付けられる。
拳銃としては大口径のマグナム実包が、轟音と共に女レイダーの頭部を爆砕した。
飛び散る目玉や脳漿に気後れした様子もなく、『馬鹿』は素早くバリケードの外側に身を屈めると懐から手榴弾を取り出す。
素早くピンを銜え歯で引き抜き、きっちり3秒数えてからバリケードの向こう側へと放り込んだ。

「グレネードだ、逃げろっ!」
「う、うわあああああ!?」
「俺を置いていくなぁぁ」

数種類の悲鳴が響いた直後、バリケードの向こう側で爆発音が轟いた。
建物の破片、家具などの破片、武器などの破片、人の破片が、周囲に降り注ぐ。

「軍曹、突入して。火炎放射器は使わないでね」
『総員突撃! 最高の戦死日和だな!!』

同じく吶喊して来た軍曹が、ホバーリングで軽々とバリケードを突破し内側に乗り込んだ。
こうなればもう、一方的な殲滅戦でしかない。

立て続けにプラズマ弾の発射音が鳴り、その度に絶叫と粘液が飛び散る様な音が聞こえる。
『馬鹿』が立ち上がって体に付いた埃を落とし、ナイトとイニシエイト達が警戒しながらもバリケードを乗り越えた頃には全ては終わっていた。

「ドックミート」

千切れた鮮血まみれのレイダーの腕を銜えたまま、ドックミートが尻尾をブンブン振りながら近付いてくる。

「ドックミート、そんなものは捨てて」

頭を撫でながらレイダーの腕を口から放させ、その辺に投げ捨てる。
ガードドックらしく人肉は食さないよう、躾けてあるものの獣の本性というのは非常に厄介だ。
だから、代わりに途中で拾ったイグアナの姿焼きを銜えさせるとドックミートの機嫌はまた良くなった。

「よし、良い子だ。ドックミートは良い子だ」
『申告します司令官殿、敵性戦力の制圧は滞り無く終了。索敵範囲に敵性戦力は無し!』
「軍曹もお疲れ様、そのまま索敵をお願いね」
『了解しました!』

別室をミニガンで蜂の巣にして制圧したリーダー格のナイトと別行動のイニシエイト達が、廊下の向こう側から姿を現す。
もう銃声やレイダーの怒号は聞こえない。少なくとも図書棟の制圧は完了した様だ。

「図書棟内に立て籠もっていたレイダーは全て制圧した! 損害を申告しろ」
「跳弾による損傷。戦闘は継続可能です!」
「右足の装甲間を撃ち抜かれました。人工筋肉で圧迫させて止血してます……」
「損傷は無し、ただ、敵の攻撃によりT-45dの調子が悪くなってます。人工筋肉の機能が低下したようです」
「損害は無し」
「損害はありませんが、頭部バイザーの調子が良くありません」
「被害はありません」
「損害はありません」
「損害無し、僕もドックミートも軍曹も無し」
「解った。取り敢えず俺達は負傷者の治療の為エントランスに一度戻る」
「T-45dについては要塞に戻ったらシールド同盟に修理を要請しろ。最近は順番待ちが多いから急いで出せ」
「メディア資料棟への出撃は1時間後とする。集結地点はブリーティングで説明した場所と同じだ。遅れるなよ」

最後の『馬鹿』の申告は無視するかの如き態度で、ミニガンを背負ったナイトはさっさと踵を返した。
彼に付き従っていた3人のイニシエイト達も、そそくさと出口の方へと去っていく。

「お前、原住民にしては結構やるな。お前のお陰でこっちの班に損害が出なかった。礼を言うぜ」

対照的に、同行していたパワーアーマー兵のリーダー格であるナイトがそう言いつつ近付いてきた。
このナイトは全体を取り纏めているナイトよりは、『馬鹿』に対して幾分態度が柔らかめだった。

「それなりに『慣れて来た』からかもね……。少し、周りを調べたいけど良いかな?」
「構わんけどスクライブ・ヤーリングとの取り決めを忘れないようにな」
「解ってるよ」

そう言いながら、『馬鹿』はレイダー達の装備を物色し始める。
パラディンクラスなら軽蔑の視線を浴びせただろうが、ナイトとイニシエイトは気にした様子は無い。
ナイトはイニシエイト達にT-45dの機能チェックと装備のチェックを命じた後、興味深げに『馬鹿』との会話を継続した。

「そう言えば、お前の着ているのはVaultのジャンプスーツを改造したものだな。あの穴蔵から逃げ出してきたのか?」
「逃げ出して来たと言えばそうなるかな。君は西から渡って来たの?」
「いや、育ちはこっちだが生まれはピットだよ」
「ピット……ペンシルベニア州のピッツバーグ?」
「そんなトコだ。『天罰』で住んでいた街が崩壊した時にBrotherhood of Steelに拾われて一緒にワシントンにやって来たんだ」
「ふーん……君は僕みたいな『原住民』が嫌いじゃないみたいだね」
「まぁな。助けしか求めない奴は確かに嫌いだが、お前みたいに勇敢で戦える奴は嫌いじゃない」
「嬉しいこと言ってくれるじゃないの……あ、状態の良い本みっけた」

倒れた本棚の下に転がっていた包装が綺麗な本を手にし、ポンポンと埃を払う。

「幸先が良いな。ヤーリングは取引に関しては公正だから、多額のキャップと交換して貰えるぞ」
「だといいね……そろそろ、新しい武器が欲しい所だからキャップは幾らあっても……何だコリャ?」
「おっ、年代物のインク瓶じゃないか。珍しいな中身が蒸発してないなんて」

そんなこんなで、エントランスに戻る事には『馬鹿』とナイトはそれなりにうち解け合っていた。








アーリントン図書館に来た次の日の昼過ぎには、図書館内の掃討が完了した。

『馬鹿』とドックミート、軍曹の参入は思いがけない程の戦力増強を掃討部隊にもたらした。
何せ、40人近くのレイダー、数台のタレット、ラッドローチ200匹ほどを掃討したのに対し、軽傷者数名で損害が済んだからだ。
『馬鹿』を気嫌いしていたナイト達も、終盤辺りではその戦い振りを認めなくてはならなかった程だ。


レイダー達の死体がストレッチャーに載せられて運び出されていく。
『馬鹿』に利用価値がありそうな物資や武器を剥ぎ取られた彼らは、図書館近くの噴水跡に積み上げられ火炎放射器によって焼かれた。
大量のラッドローチの死体と共に。彼らにとって相応しい死に方であるかどうかは定かではない。

レイダーが使用していたと思われる小型の檻や、血塗れのマットが運び出され近くの廃ビル内に廃棄された。
本格的な調査を行うに当たって、レイダー達の私物などは邪魔だそうだ。

後は、状況が落ち着き次第、要塞から調査隊が送り込まれて資料の収集やデータの吸い出しが行われるらしい。
十数冊の戦前の本を受け取りながら、上機嫌でヤーリングが語っていた事だ。

「それで、貴方達はこのままリベットシティへ?」
「ああ、あそこには知り合いが居るのでね」
「そうなの。でも、陸地沿いはかなり危険よ。最近になってスーパーミュータントが増えて来たみたいなの」

ああ、そう言えば『馬鹿』の話じゃ、あの化け物達との交戦回数はかなり多かったなと修理屋は思った。
G.N.R放送局では超大型ミュータントであるベヒモスも出て、『馬鹿』達に倒されている。

「川沿いの桟橋に定期船が来ているみたいだから、それに乗ってリベットシティに向かったらどうかしら?」
「定期船?」
「ええ、メリーランド州との定期船が半年前ぐらいから運行を開始したのよ。移動に往復で二ヶ月かかるから、滅多に姿が見られないけどね」





2時間後、『馬鹿』とジェームス、軍曹に負ぶさった修理屋とドックミートはアーリントン図書館から出発した。
T-45dを修理に出すイニシエイト達を引き連れた例の親しげなナイトと一緒に。

「要塞近くのT字路までだが、よろしく頼むぜ」
「ああ、よろしく」
「よろしく頼むわな」
「よろしくねー」

彼らと一緒に途中まで行動するのは偶然ではない。
Brotherhood of Steelの勢力圏とは言え、常に治安が維持されている訳ではないのだ。
この街で本当の意味で安全な場所など、要塞やリベットシティを除けばごく僅かなのである。

とは言え、道中はそれ程危険なものではなかった。
精々モールラットが数体襲いかかってきて、呆気なく秒殺されてた程度の事。
一晩経って、『馬鹿』の機嫌が直っている事もある。
ナイトを始めとしたイニシエイト達は兎も角、3人と一体と一匹の方の空気はかなり緩んでいた。


「そうだ、モイラさんの仕事をこなして来たよ。ほら、図書館の公共ターミナルに残っているデータが欲しいって言ってたアレ」
「お前……覚えてたのかアレ」
「当たり前でしょ? 後はリベットシティの歴史調査だから、次にメガトンに戻る時には、モイラさんの依頼をコンプリート出来そうだね」
「あ、ああ、そうだな」
「ほぅ、モイラさんとは誰の事だ息子よ」
「ああ、父さんには説明してなかったね。モイラさんというのはメガトンの町で……」

嬉々としてモイラの事を父親に話す『馬鹿』を見ながら、修理屋はメガトンの事を思い出していた。
そう言えば、ロブコ施設へ行く旅に出たっきりで、此処数週間モイラとは連絡を取っていない。
ついでに言えば店もほったらかしだ。
メガトンには、自分の場所以外にも数軒はロボット整備を行える場所がある。
彼らに顧客を取られたら、自分はメガトンで商売出来なくなるだろう。

(次に戻る時は、家無しになってそうだぜ……)

こりゃ、いよいよ腹を括らないと駄目かなと、修理屋は冷や汗を流しながらそう思った。




続く





[10069] 第15話 ジェファーソンメモリアルへやって来た俺達は浄化プロジェクトを開始した
Name: taka234Me◆6742ef9e ID:c3103dd8
Date: 2009/12/27 23:45









漂着した空母の街、リベットシティから大きなドーム状の建物が見える。
それはジェファーソン・メモリアルと呼ばれる旧時代のメモリアル。
合衆国第三代目大統領の功績を讃えて建てられた白亜のドーム。

戦後は誰の所有物になるでもなく放置され続けてきた。
20年前にとある実験を行う為の研究施設として利用された期間を除けば、レイダーや奴隷商人、スーパーミュータントが交互に住み着いていた。

そのうち捨てられた筈のメモリアルは今、急速な変化を取り始めていた。




「何だコリャ……?」

リベットシティから、要塞に商品を卸しに行く(勿論、入り口で商談)キャラバンの商人は思わず呟いた。
彼らが何時も通るジェファーソン・メモリアルの通路がタイダルベイスン(大きな池)側の一本を除いて封鎖されていたからだ。
戦前に設えていた鉄門は堅く閉ざされ、数体のプロテクトロンが土嚢を抱えては鉄門の内側に規則正しく積み上げている。

「ああ、キャラバンか。ごめんな。ここの側通るときゃ、そっち側を通過してくれ。こっち側は閉鎖するからさ」

プロテクトロンに指示出しをしているらしいトレーダーの帽子を被った整備服姿の青年が、商人に気付いて声を張り上げた。
その傍らでは、警備用なのかMr.ガッツィーが佇んでいて警戒態勢の状態でアームをキャラバンに向けている。

「おい……何か始まるのか?」
「すげぇ事だとさ。まぁ、詳細は俺にも解らないがな」

青年はそうはぐらかすと、プロテクトロンの指示出しを再開した。
はぐらかされた商人とキャラバンガードは首を傾げながら、通路をまた歩き出す。
メモリアル近くに作られたタイダルベイスン側にも土嚢は高く積み上げられていて、市街側からの狙撃や攻撃を防ぐようにしてあった。
加えて何時も此処を通る時に見えるベイスン側の廃ビルが幾つか姿を消し、代わりに瓦礫を寄せ集めて形成された防壁があちこちに出来ていた。

(なんだこりゃ……要塞でも作る気かよ?)

金網状の足場の下からも機械音と話し声が聞こえる。
歩きながら除いてみると、下に配置された巨大なパイプやダクトに取り付いた白衣姿や作業服姿の男達が工具を手に奮闘している。
何をしているのか興味が湧いた商人は思わず声をかけそうになり、

「えーと、商人さん? ここ、通過したいだけだよね?」
「「わっ!?」」

いきなり声をかけられて驚く。
軍用ヘルメットを被りコンバットアーマーのパーツが付いた青いジャンプスーツを着た青年が、手に狙撃銃を持って立っていた。
キャラバンガードも今気付いたらしく、反射的に身構えてすらいる。
そんな2人の緊張を他所に、青年は人懐っこい笑みを浮かべる。
柔和な態度に商人は肩の力を抜き、キャラバンガードは何かが引っ掛かって緊張を解けずにいた。

「ああ、此処を通過して交易ルートに戻りたいだけだよ。通してくれるね?」
「ええ、どうぞ。だけどメモリアルへは無断で入らないようにね」

それだけ言うと、青年はさっさと来た方向とは逆の方へ去っていった。
良く見ると彼に付き従うように、ガードドックが同じ方向へと去っていく。
取り残された商人は、ガードに顔を向け思わず呟いた。

「一体、何が始まるんだ……?」

この時、ウェイストランド人達は何が起きているのかさっぱり解らなかっただろう。
この街の、この大陸を大きく動かすプロジェクトが始動した事に。













第15話 ジェファーソンメモリアルへやって来た俺達は浄化プロジェクトを開始した














Dr.リーが幾分激発したものの、リベットシティでの研究チームに対する説得は拍子抜けする程スムーズに済んだ。
見るからに胡散臭いトバルという船主に数十枚のキャップを握らせ、連絡船に乗ってリベットシティ近くの桟橋に到着してから僅か6時間後の事である。
(その間、『馬鹿』と修理屋は歴史調査の為船内を隈無く歩いて回ったり、破損した船首に住む世捨て人の科学者に命がけで逢いに行ってたりしていた)


リーがジェームスに同意したのはいい。それは僥倖だ。
だが、かつての様なレベルで実験を行うには幾つか解決しなくてはいけない問題がある。



まず、施設を守る為の人手が足りない。
かつての研究チームの多くはリベットシティで生活してた為、説得は必要ではあったものの殆どのメンバーが参加を了承してくれた。
中には今更帰ってきたジェームスに直接皮肉を言ったり毒づいたり、中には胸ぐらまで掴んだものも居たがリーが取りなして事なきを得ている。

問題は労働力と防衛力だ。
かつてはBrotherhood of Steelがプロジェクトの後援をしていた為、防衛力は充分過ぎる程あった。
労働力についても当時はそれなりに蓄えがあった為、シティで雇った労働力でメンテナンスや整備を行う事が出来た。

しかし、今回はそれらを期待出来ない。
Brotherhood of Steelに助けを求めるのは問題外。
傭兵達も数を集めれば巨額のキャップが必要となる。
研究チームの私財をかき集めても、正直シティで僅かな労働力を雇用する程度の蓄えしかない。
傭兵を集めるなんてもっての他だ。

メモリアル内の施設の維持と装置の運用はギリギリ研究チームの人員だけでも可能だ。
だが、それだけで浄化プロジェクトを維持出来ると考えるのはあまりにも楽観的に過ぎるのだ。

ジェファーソンメモリアルは、基本的にスーパーミュータント達のテリトリー内だ。
事実、『馬鹿』が父親の足跡を辿ってメモリアルにやって来た時には十数匹のスーパーミュータントが住み着いていた。
奴らは定期的にやって来ては、メモリアルを占拠し人狩りの拠点にしようとする。
それこそ、諦める事を知らないしつこさでだ。

かつて、Brotherhood of Steelがこのメモリアルを防衛していた時も、執拗に襲撃が遭ったそうだ。
個々を撃退するにはBrotherhood of Steelの火力を持ってすれば容易でも、延々と続く消耗戦になれば話は別。
これらの損害の積み重ねがBrotherhood of Steelの浄化プロジェクトへの疑念や不和へと繋がって行ったのだ。
そしてBrotherhood of Steelの助けは今回望めない。
傭兵達を雇うにもキャップに余裕はない。そんなキャップがあるなら、メモリアル内の方に回すだろう。



『馬鹿』の出した答えは非常に簡単だった。

「迎え撃つのが大変なら、迎え撃ち易くすればいいじゃない」

何処かの市民革命が起きた国の王妃みたいな言葉を、事も無げに『馬鹿』は仰った。
馬鹿をよく知る修理屋は、ああ、何時も通りだなと思った。
馬鹿をよく知らないプロジェクト参加者は思った。こいつ、無茶苦茶だと。


しかし、馬鹿は見事にそれらを実現して見せた。



『馬鹿』の考えはシンプルだった。
メモリアルを徹底的に要塞化し、加えて周囲を防御側に優位な状態にする事だった。

その為に、徹底的にメモリアル周辺の市街地を調べた。
調べつつ、スーパーミュータントを排除し、ビルディングの内部を捜索した。
このエリアは早くからこの好戦的な化け物が蔓延ってたらしく、スカベンジャー達の手もあまり入って無かった。

「起動、出来そう?」
「ああ、大丈夫だ。充電装置の具合もいい。回路と識別も書き換えば万事オーケーさ」

大手の建築会社が利用していたと見られるビルの地下で、彼らは数十体の作業用プロテクトロンを発見した。
しかも建築材料や、工事用のダイナマイトも大量に確保出来たのだ。
おまけに無傷な状態の、作業用クレーン車をも手に入れたのだ。思わぬ大収穫だった。

他にも警備を指示されて200年近く放置されていた警備用プロテクトロン、Mr.ガッツィーを数体確保出来た。
多数のロボットに資材等を担がせ、クレーン車に乗ってメモリアルへと凱旋していく彼らの姿は、非常に異様だっただろう。

尚、クレーン車を運転する『馬鹿』が非常に上機嫌だったり。
ハンドルに懲りる事なく触ろうとした修理屋が、ポトマック川に投げ込まれ危うく死にかけたのはどうでもいい話である。

こうして、一週間近くの期間をおいてメモリアル周辺の地形把握や捜索は終了した。
最終日に様子を見に来たジェームスとリーが、メモリアル周辺で蠢くロボットの群れと山積みになった物資を見て唖然としたのは言うまでもない。





「準備はよーし」
「じゃ、発破ー」

合図と同時に、手にしていた機械のボタンを『馬鹿』が押し込む。
タイダルベイスン側に立っていた廃墟のビルのあちこちからくぐもった爆発音が聞こえたかと思うと。




ズドドドドドドドドドドドドドドド…………!!




200年間、風化に耐え続けてきた戦前のビルディングの1つが、ゆっくりと砂埃の中へと沈んでいくのが見える。
そのビルの周りも、同じように爆破されたビルが幾つもの瓦礫の山を形成している。

「げほっ、メモリアル側にも埃が流れてきやがるなぁ」
「そだねぇ。君もマフラーしておいた方がいいよ。あれ吸い込むと肺痛めるからさ」
「了解。埃が沈下したら隣のも発破しとくか?」
「今日はこれ位にしておこうよ。瓦礫の削岩をしておかなきゃいけないし」
「そうだな。よし、作業始めるぞお前等ー」
『了解シマシタ』

それから、メモリアルの要塞化が本格的に始まった。

ベイスンの側にあるビルを全て爆砕し、メモリアルへの監視や狙撃などを行えないようにし終わった後、瓦礫をクレーン車で運び出す。
本来ならもっと爆薬が必要だろうが、核熱と200年の歳月で劣化していた建設素材は思ったよりも脆かった。
爆砕されたビルから搬出した、手頃なサイズの瓦礫をクレーン車とロボットで積み上げていく。
建設会社から運び出した大量のセメントを利用し、ベイスン周りとメモリアルの手薄な場所に防壁を作る。
瓦礫を一定の間隔で積み上げ成形し、セメントで補強していく。
最後に切り取った阻害用の細い鉄柱を乱杭のように壁の外側に突き立てれば完成だ。
……見ようによっては、ミュータント達の巣の様に見えない事もない。

ロボット達は修理屋の指示の元、黙々と作業を行う。
彼らには人間のような事細かな指示は出来ないものの、恐れと疲れを知らないから非常に便利だ。
何時化け物が襲ってくるか分からないような現場でも一糸乱れぬ作業を行ってくれる。

スーパーミュータントやミノタウロス、川から上陸してくるミルレークが時折散発的な襲撃を仕掛けて来た。
それらの多くは『馬鹿』かロボットの集団攻撃で撃退されたが、それでも何体かは破壊されてしまった。
破壊された機体の何体かは修理屋が夜なべをかけて修理し、出来なかったものは予備部品用に回された。

ベイスンに対しては十数個の手榴弾を投げ込んで住み着いていたミレルーク数体を掃討。
死体を引き上げた後でRAD-Xを飲んだ『馬鹿』が潜水して池の底を調査。
川との出入り口になっている箇所を見つけ、そこにクレーン車で吊し上げた瓦礫をぶち込み蓋をした。
ちなみに、引き上げたミレルークは当直の作業員や科学者、通りかかったラッキーハリス達と一緒にバーベキュー大会を開き美味しく頂いた。



修理屋が修理と指示出しでオーバーワークのあまり疲労困憊になった頃、メモリアルの外郭陣地が完成した。
陣地と言ってもビルを爆破して見晴らしを良くし、防壁を作ってメモリアルに対する陸路の出入り口を二箇所に絞っただけ。
その出入り口も分厚い土嚢を積んで凹凸を描くような防壁を幾つもこさえている。
『馬鹿』曰く戦前のライブラリにあった戦史で読んだ防御術であり、過去の大戦で防御陣地を作る時にこうすると防御側に有利だとの事。

防壁が交互に壁を作っている為、大勢の兵力が一度に雪崩れ込む事が出来ない。
体が大きなスーパーミュータントなら尚更だろう。(防壁は彼らの体当たりでは壊せないよう補強した)
加えてメモリアル側への射線が防壁によって複雑に遮断されているので、ミサイルランチャーやミニガンなどの掃射を防御側が受けにくい。
こちらは防壁に隠れながら、近寄ってくる敵を迎え撃てば良いのだ。

防壁部分には、潰した廃ビルから持ち出して来た複数のタレットがいやらしい位置に配置された。
タレットは防壁に銃眼から銃口や光学兵器の集積レンズを突き出し、何度かノコノコ近付いて来たミノタウロスを蜂の巣にしている。
ミノタウロスが反撃に飛ばした吐瀉ブツは、空しく防壁を幾らか汚しただけだった。



「さて、今日は川の方へ土嚢を積まないとな。ウィルソン小隊諸君。作業開始だ!」
『了解シマシタ』

修理屋の号令の元、作業用にプログラムを変更したプロテクトロン達が所定の作業を開始する。
一列に並んで土嚢を運び、ミルレークがメモリアル側に這入り込まないよう防壁を積み重ねていく。
作業を開始してから20日が過ぎ、メモリアルの要塞化は正しく仕上げの段階まで入っていた。

ジェームス達は、まだリベットシティの方だ。
昨日、機材の運び込みが完了し、浄化装置のチェックを終えてから日が暮れる前に帰っていった。
今夜もリー達の動員を渋るリベットシティの市議会のメンバーを説得する為に弁舌を繰り広げる事になるのだろう。
最近は泊まりがけでリーの同僚の科学者や技術者が機械の調整やパイプの整備を行う事もあるのだが、今日は誰も来ていない。

「これだけ頑丈に要塞化すれば、空からの襲撃でも無い限りは大丈夫だな!」
「そうだね。スパミュもレイダーもタロンの傭兵も空は飛ばないから安心だよ」

川側への備えも完成に近付きつつある今、2人は顔を見合わせて快活に笑った。
何故か、同時に2人が履いている靴の靴紐がブツリと音を立てて切れていた。












それから、更に半月が過ぎた。


浄化プロジェクトは、20年の時を過ぎて再び動き出した。

動きを止めていた機械は再び息を吹き返し、浄化装置も老朽化していた部分の交換が進んでいた。

しかし、それでも尚足りないものがあった。

これがなければ、プロジェクトの完遂が出来ない程のものが。











「『G.E.C.K.』の回収作業を行う?」
「そうだ、浄化装置の本格的起動にも目算がついた。そろそろ『G.E.C.K.』を入手しなければならない」

深夜のメモリアル内部の会議室、『馬鹿』とジェームス、Dr.リーと修理屋が密かに集まっていた。

「これを見てくれ。息子がVault-Tecの本社メインフレームから引き出して来たものだ」

Vault-Tec社の本社所在地はVault112のデータから吸い出した為掴んでいた。
『馬鹿』は要塞化が完了した後、軍曹を修理屋に任せるとドックミートとコンビで本社へと向かった。
3日後に馬鹿が帰ってきて、ジェームスに吸い出したデータを渡した。
それをジェームスが何日もかけて解析した結果、『G.E.C.K.』の在りかが分かったのだ。

会議室にある、壊れた中古品を修理して使える様にした中型のモニターが何度か点滅した後、大きな一枚の地図を表示した。
それはワシントンD.Cとその郊外の構成を示す地図だった。
そしてその地図の何カ所かは赤く点滅している。

「これは?」
「Vaultの所在だよ。俺達が居た101、そして他にも何カ所かがこの首都の周囲に設営された」
「ジェームス、その中のどれかに『G.E.C.K.』が存在すると言うの?」

Dr.リーの問いに、ジェームスは深く頷いた。

「場所も大まか把握している。本社の責任者が設営された機材のリストを残していたんだが……その中に『G.E.C.K.』の名前があったよ。一箇所だけだがね」

他にも幾つかの『G.E.C.K.』は米国全土、各州に作られたVaultに分配されたようだ。
ただ、ワシントンのVaultで『G.E.C.K.』が装備されているのは、ただ一箇所のみ。

「そして、かなり厄介な場所とも言える」

ジェームスが腕の端末―――Pip-Boyのボタンを手早く操作すると、幾つもの光点が消え一箇所だけ残った。

「Vault87。数百人規模のシェルターだな。用途は……消されている。会社の内部でも機密事項のようだ」
「だが、問題なのはそこではない。あの周囲の事だ。マジソン、西部での噂は知っているかい? 近付くまともな生き物全てを殺す魔の領域を」
「え、えぇ、キャラバンの噂ではあるけど。スーパーミュータント位しか棲息出来ない、グールでも近付こうものならたちまちフェラルグールになってしまうって」
「修理屋君、君も聞いた事はあるだろう?」
「え、ええ。俺も噂話っすが。物好きなスカベンジャーがRADスーツを着てRAD-X飲んで這入り込んで見たけど1分と持たなかったとか」
「そうだ、あの付近はかつて核爆弾の直撃を受け、今でも致死量の放射能に汚染されている。例え対放射能用の装備をしても生きている人間には近づけん」

ウンウンとジェームスは何度も首を縦に振る。
会議室の空気が一気に重くなった。

「ジェームス?」
「も、もしかして……?」
「…………その、もしかしてだよ」

溜息を付くと、ジェームスは絞り出すように言った。

「その魔の領域の丁度真ん中にVault87の入り口は存在する」
「そしてこの二百年。あの化け物達を除いて誰も入り込めなかった場所だ……しかし、這入り込む手はある」

どんよりと静まりかけた会議室の空気を払拭するように、ジェームスは更にPip-Boyのボタンを叩く。
全景図から画面が切り替わり、何かの構造図らしい図面がモニターに映される。

「Vault87の設計図だ……。87の構造は多くのVaultに見られるような完全密閉型ではない。非常用だろうか、ランプライト洞窟にも通路が通じて居るんだ」

複雑に入り組んだ地下シェルターの一角がピカピカと黄色く点滅する。
何カ所か隔壁で仕切られているが、確かにその通路は自然鍾乳洞である箇所と繋がっていた。

「侵入できる可能性があるとすれば、洞窟側から侵入するしかないだろうね」
























そこは、かつてこの大陸を守護していた軍隊の基地だった。
首都周辺の制空権を担うその空軍基地は、全てが終わったあの戦争で首都から脱出した要人達を各地のシェルターに送り届けた後その役目を終えた。
広大な、しかし大戦時の衛星攻撃と200年の歳月によって風化した滑走路とそれを取り囲むようにして設営された施設の残骸が残るのみ……の筈だった。


滑走路の丁度真ん中。
そこには、信じられない程巨大な何かが居座っていた。

とてつもなく大きなコンテナにアンテナ塔を突き刺し、下に巨大なキャタピラを装着したような奇怪な存在。
しかし、それは確かに動いて来たのだろう。滑走路には深々と無限軌道で刻まれた轍が出来ていたのだから。

それらは人が動かしているのだろう。
巨大な何かの周りには幾重にもバリケードが築かれ、武装した黒い板金鎧の様な格好をした人物が大勢守備についているのだから。


そのコンテナの中に作られた一室。
キチンと整頓された部屋中央に置いてある大きなデスクには、沢山の写真や地図が広げてあった。

写真には様々なモノが写してあった。
ジャイアントアント、モールラット、ミルレーク、デスクロー等の凶悪な生物の死体。
スーパーミュータント、スーパーミュータントロード、ミノタウロス等の化け物達の死体。
薄汚い産廃製の鎧に身を包んだレイダー、黒いボディーアーマーを着たタロン・カンパニーの傭兵の死体。
乾いた川底に横たわる黒と赤のパワーアーマーを着た兵士を写した写真もある。

一際大きな写真―――大きく引き延ばされたワシントンD.Cの写真が貼ってある。
それらは日付が非常に古いのと、ごく最近撮られたものと二種類に分かれていた。

一方は、都市計画に従って構築された整然とした都市区画。
豊かな緑と近代的なビル、市街地内に張り巡らされたリニアのレールと高速道路。

もう一方は、見る影も無く破壊し尽くされた廃墟の街だった。
市街全体をカバーするように撮影されているが、引き延ばせば街で起こっている数々の騒乱と悲劇が見えただろう。

これらの写真は、同じ機械が撮影したものだ。
今も尚、遙か蒼穹を飛んでいる機械仕掛けの星によって。

そんな部屋の隅に、一台のラットプルダウンが置かれている。
そして、1人の男が汗を流している最中だった。

ラットプルダウンにぶら下がっている重りが、ガシャリ、ガシャリと定期的に重々しい音を立てる。
男が腕と背筋を使っては重りを持ち上げ、そしてゆっくりと引き下ろしているのだ。

その仕草を何十回繰り返した頃だろうか。


「失礼致します」

黒い制帽を被り、暗緑色の軍服を着た青年がオフィスに入ってきた。
男は腕の動きを休める事も青年に視線を向ける事もなく、ただ呟くように言った。

「…………どうした、アポも無しに来るとは。非常の用事か?」
「はい」
「……そうか」

規則正しい男の腕の動きが止まり、やがてゆっくりと腕を上へと伸ばす。
背後で規則正しく上下運動を繰り返していた、非常に重そうな鉄の塊がゆっくりと機械の中に滑り落ちて鈍い音を立てる。
彼はレバーから手を放つと、側に置いてあったタオルで顔の汗を拭った。

「こちらが、情報局からの報告書類となります。上層部が注目していた例の施設での報告です。一刻も早くご報告するようにと」

男は青年将校が差し出したファイルを、上半身裸のまま一枚一枚吟味していく。

「ほぅ、やはりか。前々から目を付けていたが……我々が接収する前に以前の持ち主が帰って来るとはな」
「はい、情報局が派遣した監視員及び内部へ潜入した工作員からも同様に報告を受けております。間違いないかと」
「ふむ……20年振りに転機が来たと言うべきか。この件はレイヴンロックには伝わっているか?」
「はい、情報局は一枚板ではありません。レイヴンロックの佐官の方々に動きが」
「ふん……賢しい真似を。この私が出し抜かれるのを良しとする訳が無かろうに」

男の頬を、新しい汗が一筋伝う。
男は鼻を軽く鳴らし、視線を数百kgの重りが付いたバーベルから青年将校へと移す。

「接収の準備は済んでいるな?」
「は、ウェルスキン大尉率いる中隊が出撃準備を整えております」
「ウェルスキン大尉に念を押しておけ。接収の際には技術者達へは可能な限り傷付けるような真似はするなと」
「はっ、しかし相手は野蛮で不純なウェイストランド人です。躾の意味も含めて少々手荒でも構わないかと」
「殺してしまっては何もならん。我々の計画を促進させる可能性を含めた人材でもある」
「は……」
「組織的な復興計画を遂行するに辺り、今の我々の人員だけでは足りぬ場合もあるからな」
「人材はいまだ不足しているのは確かですが……」
「そう不満そうにするな。不純と言えども相手は民衆だ。掌握する為の予行練習と心得ろ。くれぐれも殺傷などはしてくれるな。大尉には念を押しておけ」
「はっ」
「私も、施設の確保が済み次第、本隊及び調査団と共に出発する。下がってよし」
「はっ、失礼します」

滑らかなスライド音と共に、青年将校が彼のオフィスから去る。
オフィスには静かな空調音と、微かな男の忍び笑いだけが響いた。

「いよいよか。ポセイドンオイル基地崩壊以来の、我等の雌伏の時が終わる」

タオルで鋼の様に鍛え上げられた体を拭き終わった男はシャツに袖を通した後、ハンガーに掛けてあった白いコートを羽織る。
コートの襟には、かつてこの地に存在した国を象徴する『鷲』の略章と四つの金糸で織り込まれた刺繍が施されていた。

「この荒れ果てた地に、再び我等の手によって正しきステーツの秩序を打ち立てる時が」

男の顔には、静かな笑みが浮かんでいた。
その笑みが向けられているのは、机の上の市街写真の一角。
ジェファーソン・メモリアルと称される場所だった。






続く






[10069] 第16話 リベットシティから逃げ出した修理屋は帰還する場所を見失った
Name: taka234Me◆6742ef9e ID:c3103dd8
Date: 2009/12/28 00:32






ウェイストランドの住人にとって、おとぎ話か都市伝説に近い存在として語られる集団がある。




誰が配置したのか分からない、全自動ラジオ発信装置が流しているラジオでのみ、その存在は語られて来た。

ジョン・ヘンリー・エデン大統領と呼ばれる男がDJを勤めるラジオ番組。
内容は古きアメリカの国歌や軍歌を合間に流しつつ、エデン大統領が語る自分の組織の行動理念や政策の素晴らしさを紹介している。
真面目に聞く人間は少なかったが、ワシントンのどこに行ってもはっきり聞こえる唯一のラジオであるので、ラジオを点けて何となく聞き流す人間は多かった。




エンクレイヴ。




名前の意味は『隔離された者達』。
彼らは何者であるかと言えば、大統領曰く『由緒正しい正統な米国合衆国政府』であるという。
核戦争で無政府状態になって数百年経つこの時代で、そのような主張など誰1人として信じていない。

大体、本当に存在してラジオで語る通りであるなら、とっくに政府としての救済を実行しこのくそったれで無秩序な世界が終わっている筈だ。
それなのにラジオ越しに偉そうなご託を電波に乗せて流しても何ら行動に移さないのなら、それは口先だけのマニフェスト詐欺だ。

なので、誰もラジオの内容など信じず、暇が出来た時に何となく聞いている程度のラジオ番組だ。
どこかの頭のいかれた科学者か、金持ち辺りが道楽にあかせて下らない悪戯をしている……。
エンクレイヴへの一般的なウェイストランド人の見解はこんなものである。





だからこそだ。

彼らが何処からともなく大挙して現れ、瞬く間に現実となりウェイストランドの一部になった時は誰も彼もが唖然としたのだった。


















第16話 リベットシティから逃げ出した修理屋は帰還する場所を見失った















『司令官殿、伏せてください!』
「うおっ!?」

軍曹の球体ボディに突き飛ばされ、修理屋は雑然とした通路に転がる。
背中や手足に通路に転がっていた薬莢やらが食い込んで痛いがそれどころではない。
彼が突き飛ばされた直後、通路の向こう側から薙ぎ払うようにサブマシンガンの掃射が行われたのだ。
伏せてなければ、もろに銃撃を喰らっていただろう。

「あぶねっ、誰彼構わず撃つなくそったれがぁ!?」

怒りに任せて叫ぶが、銃撃は止まらない。
廊下を跳弾が跳ね回り、軍曹の装甲に当たって弾かれる。
軍曹のセンサーが、硝煙に満ちた通路の向こう側に潜んでいる複数の熱源を感知する。
軍曹は適切な対処法を素早く検討、効果的な兵装を選択し照準を合わせた。

『コミュニスト共、アンクルサムからのプレゼントだ!!』

ポムッという間の抜けた音と共に、軍曹の兵装機構に追加された擲弾筒から榴弾が発射される。
プラズマガンと火炎放射器だけでは、バリエーションが少ないと修理屋が仕事の合間に追加したものだ。
榴弾が通路の向こう側に吸い込まれたかと思った次の瞬間、爆発の衝撃波が修理屋を襲った。

「のわわっ!?」

想定よりも大きな爆発が発生し、ブリキ缶やら廃棄部品やらが飛んできて修理屋の体に当たる。
痛みに顔を顰めながら、修理屋は軍曹に搭載した擲弾筒の威力が少々高すぎる事に懸想した。

「いちち……荒野とか市街は兎も角、屋内戦闘じゃ威力が高すぎたな」

しかし、と修理屋は思う。
軍曹に促されるまま起きあがり、走り出しながら思う。


(誰が、リベットシティ内での戦闘なんて想定するって言うんだよ……!?)

倒れているシティ・セキュリティの背中を踏んでしまったが気にしない。
戦場と化してしまったこの街では、死体など珍しくなかったからだ。

「くっそぉ、なんて酷い休暇だよぉ!?」

修理屋の怒りの咆哮は、銃声と悲鳴によって瞬く間に掻き消されてしまった。











その日も、リベットシティは普段通りの日常を営んでいた。
いや、営む筈……だった。あの爆発音が轟くまでは。


朝方、陽が昇って間もなくの頃に、ジェファーソンメモリアルの方で爆発音が幾つか轟いた。
しかし、この程度はウェイストランドに住まう人間にとって、別に驚いたり騒ぐ程の事ではない。
スーパーミュータントの中には、ミサイルランチャーなどの火器を装備している個体も居る。
キャラバンか旅人、もしくは最近ジェファーソンメモリアルに立て籠もっている連中があの化け物達と戦っているのだろう。
殆どの人がそう考え、何時も通りの生活へと戻っていった。


そして昼前。
街の人間にもはっきり分かるほど、異変はその姿を現していた。


メトロの地下通路や東よりの街道を通過し、ジェファーソンメモリアルの周辺を通過するキャラバン達が大勢シティの入り口でたむろしていた。
キャラバンだけではない。数人で旅をしているらしい家族や傭兵達、スカベンジャーの姿もある。
彼らの表情は不満や不安で満たされており、時折恨めしそうな目付きでメモリアルの方を見ていた。
流石に不審に思った住人やシティセキュリティが彼らに何があったのか尋ねると、概ね同じ返事が返って来た。

「妙なパワーアーマーを着た連中に追い返された」と。

彼らは追い返されたのだ。
ジェファーソンメモリアル付近を守る、謎の集団によって。
何人かは実力行使によって押し通ろうとしたが、敢え無く撃ち殺されてしまったらしい。
Brotherhood of Steelかと思われたがそうではないようだ。
そもそも、リベットシティとBrotherhood of Steelは相互に交易以外では不干渉の立場。
彼らがやって来て20年経つが、ずっとその関係でやって来た。
そんな彼らがいきなり街道を遮断するような暴挙に出るとは考えにくい。


結局、彼らが何者であるかが分からず、無駄に時間だけが過ぎていった。
兎も角、何が起こっているかを確認すべく、シティ・セキュリティから分隊を選出して調査隊を出そうとした矢先の事。


メモリアルの方から大勢のパワーアーマー兵を乗せた兵員輸送車が数台押し寄せ、リベットシティの出入り口を包囲した。
街の入り口にはセキュリティが数人常に詰めている。
しかし、サブマシンガン程度しか装備してない彼らでは抵抗など論外で、詰め所内に立て籠もるという腰の引けた対応しか出来なかった。
足止めされていた人々やキャラバン達は状況を理解出来ず、黒いパワーアーマーを着た集団とそれを率いる士官を遠巻きに見ていた。


そうこうしている内に、高らかなローター音と共にリベットシティへ数機の飛行機が接近してきた。

数機の飛行機はリベットシティをホバリング状態で取り囲んだ後、その内の一機が甲板のど真ん中に着陸。
その中から出て来た白いコートを着た男は、自らをエンクレイヴの特使であると名乗り悠々たる態度で市議会への取り次ぎを要望したという。
その光景を偶然甲板に出ていたアスラハム・ワシントンは、知り合いにこう話したと言う。
あの男が来ているコートと服は、戦前の合衆国軍高級将官が来ていた制服だと。

緊急招集させられた市議会の議員達は、コートの男……アウグストゥス・オータム合衆国軍大佐から一方的に宣告された。




ジェファーソンメモリアルは大統領命令により、我々エンクレイヴ、即ちアメリカ合衆国政府が接収した。
今後、メモリアル及びメモリアル付近への立ち入りを厳重に禁止する。検問から先へは立ち入らない事。
メモリアルへの不法侵入、検問の突破は理由を問わず無警告で発砲し例外なく射殺する。
メモリアル付近にあった街道や交易路に関しては近々我々の手で代用の通行路を用意するので暫く待て。
メモリアル内に居たシティの科学者については、我々の方で『保護した』ので問題無い。
シティの扱いについては自治権を当面認めるが、何れ正式に行政官及び治安維持の権限を与えられた戦闘部隊を派遣するので市議会はそれに従う事。
そもそもこの空母の所有権は米国海軍、つまり合衆国政府にある。
我々の決定に反論や異論があるなら、直ちにこの空母から退去する事。
まぁ、悪いようにはしないから大人しくジョン・ヘンリー・エデン大統領と我々に従いなさい。

等々。



とまぁ、いろんな事を一方的に言われたらしい。

無論、市議会は内心反発の極みだったろう。
いきなりやって来て街全体に銃口を突き付けるような形で、一方的な主張を押し並べられたのだから。
しかし周囲を飛行機が飛び回り、陸路にも大勢のパワーアーマー兵が詰めかけてる。
迂闊に逆らえば街が丸ごと鉄の棺桶になりかねないので黙るしかなかった。

言いたいことを言い終えた大佐が飛行機群と一緒にメモリアルへと引き上げて行った後、街は上から下まで等しく騒然となった。

このままあいつらに従うのか。
何処かに逃げるべきではないだろうか。
いや、別にレイダーみたく殺戮始めなかったからいいんじゃないか?
市議員共の馬鹿面見れたからいいじゃないか。エンクレイヴって意外に良い奴等かも。

とまぁ、そんな感じで騒いでいる間に町中で奇妙な噂が流れ始めた。











エンクレイヴはこの町の貧民達にも平等に精製水を配給してくれるそうだ、という噂が。












その奇妙な噂は人々がエンクレイヴに対する情報を欲してたのもあってか、たちまちの内に尾ひれその他諸々が加算されつつ広がっていった。


元々、リベットシティと呼ばれる街は安全性は兎も角、内部は強固な一枚板ではない。

甲板に近く換気と状態の良い船室を使え、科学班の実験用プラントで生産された生鮮食品と浄水装置で精製された清水を優先して支給される上層の住民。
そこそこ具合の良い居住区を使えるものの、下層からはやっかみを買い上層には媚びへつらわねばならず、立場が微妙でストレスが溜まりやすい中層の住民。
海面が近い所為か、ミレルークが時折襲撃してくるは湿気は酷いわ塩気はきついわ空気が悪くて呼吸器を悪くし易いわと言う最悪よりはマシ程度の下層の住民。

確かに、恐ろしい外敵からは大まか守られてはいる。
食事や水、職や住処も質を我慢すれば何とかなる。

だが、余裕が出来れば欲が芽生えてしまうのが人間。
暮らしや待遇の差に対する不満や嫉みは、概ね満たされた生活を送れる上層を除く住民達の心の中に巣くい、少しずつ降り積もっていたのだ。

普段であれば、『まぁ、仕方ない。世の中そういうものだ』で済んだだろう。
シティが創られてから、おおまかこの様な社会システムがずっと営まれて来たからだ。
今までのウェイストランド人の『普段』の考えであれば、それでおさまる話なのだ。



しかし、その『普段』はエンクレイヴという異物が突然やって来て木っ端微塵に吹っ飛ばした。



何時もセキュリティに守られて裕福に尊大に暮らしている上層の連中が、空飛ぶ機械に乗ってきた兵隊達には手も足も出ず言われるがままだった。
加えて先程の噂。根拠のない、希望的な憶測がてんこ盛りになって付与された根も葉もない噂。

『エンクレイヴはこの町の貧民達にも平等に精製水を配給してくれるそうだ』
『いや、それだけじゃなくて、プラントの生鮮食品の配給も上層の連中と同じ扱いにしてくれるんだって!』
『あの偉ぶった市議員共の特権を剥奪し、俺達を狭苦しい船倉生活から解放してくれるんだってよ!』

誤解の無いように言っておくが、そのような事柄を合衆国大佐は一言も言っていない。
エンクレイヴはただ、自分達の作戦行動やプロジェクトを円滑に進める為、各地の自治体を示威行為で『絞めて回った』だけだ。
当面の自治は認めると言ったように、自分達の計画が円滑になるまでは手出しをするつもりは無い。







これらの噂は、常日頃から蓄積され続けた鬱憤や不満が、エンクレイヴという異分子を経て顕在化しただけの事である。
リベットシティという社会が抱え込んできた闇が、エンクレイヴというトリガーを得て表に噴き出しただけの事である。







誰が始めに行動を起こしたのかは分からない。

恐らくは連れ立った住人同士の罵り合いや、程度の低い嫌がらせがきっかけだったのかもしれない。
経過のみ言えば、雑多な小競り合いから銃器を使用した大規模な暴動が発生するまでそれ程多くの時間は要さなかった。
大佐がシティから去って僅か4時間後には戦端が切り開かれ、街全体を巻き込んだ大規模な内乱が発生した。

上層の住人達及び彼らに懇意であるセキュリティ上層部と子飼いのセキュリティ、中層と下層の住人及び住人出身者のセキュリティ。
リベットシティと呼ばれた街は、この二派に別れてドンパチ始めてしまったのだ。

本来なら暴徒に対処するべきセキュリティ達が二分したので、暴動の早期鎮圧は絶望的になった。
更に中層と下層に味方したセキュリティが武器庫から銃器と弾薬を持ち出して暴徒に配給した為、戦闘での死傷者は鰻登りになった。

狭い船内で銃器の撃ち合いを始めれば跳弾が凄まじい。
リベットシティセキュリティが多く装備しているのはサブマシンガンだから尚更だった。
敵味方関係なく飛び交うそれは、街の施設に甚大な被害を与え、飛んでいった先に居た不幸な人間を殺傷した。
一室にグレネードを放り込めばその部屋の住人は大方死亡か重傷を負った。
中途半端に防火壁やシャッターを降ろした所為で、住み慣れた筈の区画は危険な迷路と化した。
あちこちのデッキは崩落してしまい、人々は各層に閉じ込められたりどちらかが全滅するまでの戦いを強いられた。
逃げ場の無い、戦闘員非戦闘員の区別の付かない戦場は人間の理性を容易く破壊した。
火災が発生しても誰も消せないので延焼は留まらず、戦闘で電源が落ちたのか換気システムはその機能を殆ど失っていた。
通路は煙で充たされ逃げ切れなかった人々が、一酸化炭素などの有毒ガスでバタバタと倒れていく。

その頃には、艦内で敵味方の区別などは無かった。
武器を持った者は生きている存在全てに銃口を向け、走れる力がある者達はひたすらに当てのない逃走を続けていた。
遅かれ早かれ、艦内から逃げ出せない人々には、僅かな例外を除いて平等に死が与えられた。
ぼろ切れのような服装の船倉暮らしも、戦前の紳士服を着た商店の主も平等に通路に横たわって屍肉の塊となった。



内乱発生から僅か3時間。
リベットシティの街としての機能は8割が麻痺もしくは焼失。
住人は2人に1人が死ぬか行方不明。

人々は、己の行為に恐怖した。
恐怖した後で自分達の街が喪われたのに気付き、絶望した。






「はぁ……はぁ、畜生。死ぬかと思った」
『死んだとしても戦場で死ねば名誉の戦死であります司令官殿、何ら問題はありません!』
「……そりゃまぁ、お前はそーだろうけどよぉ」

着の身着のままで街の入り口まで逃げた人々が、悲痛な面持ちで炎上する空母を見詰めている。
そんな人々の群れを掻き分けるようにしてメモリアルの方へと向かう男とガッツィータイプのロボットが居た。

久し振りに貰った休暇(兼買い出し)だとばかりに、修理屋はマディ・ラダーの酒場で閉店間際まで飲んだくれていた。
強かに飲み倒したので、中央デッキ層にある宿屋で昼過ぎまで完全に眠りこけていた。
彼は外が騒々しくなっても全く気付かず眠り続け、軍曹が宿屋に乱入してきた暴徒(船倉の不法居住者)に対して火炎放射を浴びせた時点でようやく飛び起きた。
辺りに満ちる悲鳴や怒号、絶え間なく聞こえる銃声と松明状態で転げ回っている暴徒を見て、修理屋は漸く事態の深刻さを理解した。
頭を悩ませていた二日酔い特有の不愉快さや気怠さは一瞬で吹っ飛んだ。

「ったく、もう何が何だかなぁ……あー、死にかけたぁ」

『馬鹿』が護衛に付けてくれた軍曹がいなかったら、間違いなく死んでいただろう。
修理屋は手荷物を引っ掴み、がむしゃらに入り口目指して逃げ続けただけだ。
敵も味方も無いとばかりに襲いかかってきた暴徒は、焼かれたり液状化して通路を汚した。
ほんの数時間前はただ通り過ぎ合うだけの人々が暴徒と化した街の中を、修理屋は脇目も振らずに逃げた。
変に火事場泥棒とか考えてたら、間違いなく逃げ遅れたに違いない。


そして何とか橋を渡って対岸へ逃げ出した頃には、リベットシティからは手の施しが無いほどの火災が発生していた。

「ありゃ、もう駄目だな。あの街ゃ、どうしようもない……おわっ!!?」

二次的な混乱や暴動から逃げる為、メモリアルを目指す修理屋が思わず立ち止まる程の大音響と閃光がその背中に向けて発せられた。

「…………誰だ、艦内でヌカランチャーなんて使いやがった莫迦は?」

振り返った修理屋が見たのは、夕暮れの空に噴き上がる赤黒いキノコ雲だった。
内側からめくれあがった甲板から、キノコ雲が高々と昇っていく。
甲板に放置されていた艦載戦闘機が爆風で押し出されたのか川へと落下し、高々と水柱を打ち上げる。
元持ち主の名誉をかけて弁解させて貰えば、あの爆発は懇意ではない。
リベットシティ中央市場まで火災が達し、武器屋に保管されていたミニ・ニューク数発がグレネードなどの爆発に巻き込まれ連鎖爆発しただけの事だ。

「……『馬鹿』の休暇はキャンセルだなこりゃ」

修理屋は火達磨と化した空母を眺めながらそんな事を呟いた。











ここまでは、リベットシティの災厄と終焉の歴史である。

だがしかし、これからは修理屋と呼ばれる男の不幸な歴史となる。











「帰れ」

腰のホルスターにプラズマピストルを提げ、緑色の軍服をキッチリと着込み黒い制帽を被った士官は尊大な態度で言い放った。

「いや、でも、このジェファーソン・メモリアルは……「我等エンクレイヴ、合衆国政府の管理下にあり、関係者以外の立ち入りは禁止だ。帰れ」」
「で、でもこの中に俺のしりあ「帰れ」」
「し、しかし「帰れ」」

帰れ、の一点張り。
オマケに士官の両脇に立っていた真っ黒いパワーアーマー姿の兵士達が、レーザーライフルをこれ見よがしに構える。

「あ、ああ、分かった。分かったよ。直ぐに帰る」

これ以上話しても無駄だし、下手しなくても撃たれそうだと判断した修理屋は尻尾を巻いて逃げ帰る。
軍曹を離れた場所に置いてから近付いて良かったと、修理屋はスゴスゴと歩きながら考えていた。
意外に軍曹はけんかっ早い所がある。あんな威嚇行為をされた時点で『俺達ゃ、強くて賢いぜ!』とディスりつつ発砲してただろう。

戦って勝ち目が無い相手と端から分かっているので、修理屋は連れて行かなかったのだ。
相手は記念館付近に設営されたエンクレイヴの検問部隊。
『Stop!』だの『Police Line』等と書かれたバリケード機材や移動式トーチカ。
バリケードやトーチカの銃眼から銃身を付きだしているビーム砲タレット。
一定間隔置きに配置されたり警邏しているパワーアーマー兵がざっと数個小隊。
真っ黒く塗装され、Eを13個の星が環状に囲んでいるエンブレムがペイントされている警戒ロボットが数機。
加えて偵察飛行しているのか、ロボットと同じエンブレムが尾翼や胴体にペイントされた飛行機が時折頭上を通り過ぎる。

そして何より。
あちこちに設置された大型ライトの照射によって、ジェファーソンメモリアルはライトアップされていた。
ライトアップされた記念館には、大きなエンクレイヴの旗が幾つも掛けられていた。

まるで、既に浄化プロジェクトは自分達のものであるかの如く。









「一体、何が起こったって言うんだよ。…………みんな、大丈夫なのか?」

修理屋の目が、悲しげにメモリアルの片隅に向けられる。
検問の後ろ、恐らくはエネルギーフィールドと思われる青い半透明の壁で遮られた場所。
そこには見覚えのあるロボット達が大破状態で積み上げられていた。

「ウィルソン小隊が……防御陣地も、滅茶苦茶になっちまった。みんな、あいつら……エンクレイヴにやられたのか」

『馬鹿』の考案で作られた防御陣地は、爆撃でも受けたのか僅かな土嚢と砂山が残っているだけだった。
外郭陣地や内部の土嚢で封鎖された箇所がそのままである事が、修理屋にとって幾分救いになった。

「ジェームスさん達。『馬鹿』。大丈夫、だよなぁ」

しかし、彼が帰るべき場所はあの得体の知れない軍隊が封鎖済みだ。
シティへ休暇兼買い出しに行く時に見送ってくれた『馬鹿』もドックミートも、中に居たジェームスとその仲間達も消息は知れず。
あのまま何も起こらなければ、二日後にはメガトン経由でVault87を目指すアイツと一緒に旅立っていたのに。
軍曹のモジュールの中に格納されている物資や武器弾薬は、その旅の為に購入してきたのに。

「俺は……どうしたら、良いんだろうな?」

自分だけでは、メモリアルに入る事は出来ない。
彼らがどうなったかを知ることが出来ない。


「どうしようも、出来ない……のか?」



彼はただのロボット修理屋。
ロボットを弄ったり修理するのがお仕事。
斧を振るう勇猛なバーバリアンでも宇宙の英雄キャプテン・コスモスでも何でもない。
モールラット一匹ですら彼1人ではどうしようもない。
この状況を打破する事に関して、彼は全くの無力だった。

『それが、エンクレイヴの浄化プロジェクトだ。もうすぐ、もうすぐに君のものになる!』

呆然としている修理屋の横を、エンクレイヴ・アイポッドがエデン大統領の演説を垂れ流しつつ横切っていった。

『直ぐに新鮮で、安全で、純粋な水が、君達のものになる! もう少し、もう少しだけ待てば……』

誇らしげに浄化プロジェクトを騙るエデン大統領の声が、修理屋を追い詰める。
日が暮れた街道の横で、修理屋は頭を抱えて座り込んでしまった。









続く









[10069] 第17話 ポトマック川を渡河した修理屋は要塞で思わぬ再会をした
Name: taka234Me◆6742ef9e ID:c3103dd8
Date: 2010/01/09 23:17




その夜のポトマック川は静かだった。

河畔に位置する桟橋には船は無く、ただ静かに河水が打ち寄せている。
つい数時間前までは遙か南方への連絡船が停泊していたのだが、エンクレイヴの登場により焦臭くなった所為で早めに出航してしまったらしい。

しかし、静かな夜にも動くモノはある。
今も、河畔にある桟橋に近付いていく2つの影があった。

「もーちょいだ、もーちょいで岸に着くから気張れよ新兵?」
『了解であります司令官殿!』

否、その影の1つは歪だった。
何故なら、ガッツィー型戦闘ロボットに成人男性が1人しがみついていたからだ。

ガッツィータイプは、基本的に核熱ホバーで移動している。
だから川の上を飛んでいくのは可能だ。
また、兵士数人分の装備を体内に納めて輸送できる運搬補助機能をも持ち合わせている。
故に、重量物と言えば携帯型工具箱程度しか持ってない修理屋を背負って川を渡ることは充分出来るのだ。
戦闘機動が出来なくなるため戦闘は不利になるが、運良く危険な存在とは遭遇しなかった。

「よし、軍曹。周囲の索敵を頼む。ジョーンズ新兵は俺の警備だ」
『『了解しました司令官殿』』

桟橋付近の川縁に上陸した修理屋と2体は、ミレルークの存在を警戒しつつ歩き出した。
尤もその努力はあまり意味が無かった。
付近の川にエンクレイヴが爆雷を投下し、水中に潜んでいたミレルークを悉く駆除したからだ。
しかし、そのような事は修理屋の与り知らぬ事。
それに敵はミレルークだけではないのだ。

「はぁ……『馬鹿』や駄犬が居ないってのは、こんな心細い事なんだなぁ」

半壊したリベットシティの側で機能停止していた街のガードロボットジョーンズ新兵。
修理屋は破損箇所を軍曹の予備部品で修理し再起動させて連れてきていた。
2体のガッツィー型戦闘ロボットはかなり心強い存在の筈だったが、修理屋の気持ちは非常に心細かった。

「…………俺、1人で戻れるのかね」

リベットシティ側からの陸路を危険と判断した修理屋は、ガッツィータイプの特性を利用して川を渡ってきた。
何故かと言えば、取り敢えずメガトンに戻る為である。

逃げ帰ろうと言うわけではない。
それ以外に考えが思いつかないだけだ。

メモリアルには近づけない。
押し通ろうとしても圧倒的戦力にあっという間に潰されて終わりだ。
ガッツィー2体を連れていても、蟻と巨像ほどの差がある。

頼るべき存在は無い。
『馬鹿』とジェームス達の消息は知れない。
リベットシティはもはや集落として機能してないし、Brotherhood of Steelだって、ジェームスが「助けにはならないだろう」と言っていた。

現状を打破する技能も力も、修理屋は持ち合わせていなかった。
何処から見ても超人じゃない。大活劇の主役になれない。危機一髪も救えない。

項垂れながらも、唯一自分が戻れそうなメガトンに戻るしかないのだ。












「おい、お前。メガトンのロボット修理屋か?」

唐突に声を掛けられたのは、要塞の前を横切っていた時だった。
対岸にエンクレイヴの部隊が出現したからだろう、建物の周囲は急ごしらえの可動式防壁が配置され殺気立った守備隊兵が行き交いしている。
不穏な雰囲気を感じ急いで通り抜けようとした修理屋の背中に、野太く無愛想な声が掛けられたのだ。

Brotherhood of Steelの本拠地と呼ばれる要塞は、かつての国防総省―――その形状からペンタゴンと呼ばれたビルだ。
20年前に大陸を横断してきた彼らは、この廃墟の一部を修復し、周囲に防衛設備を増築し要塞と呼称して拠点にしている。

クレーンによって開閉する分厚い鉄製の門は、部隊の出入りが行われる時以外は決して開かないと言われる。
馴染みのキャラバンであろうとも、救済を求める民衆が押し寄せてきてもだ。
エルダー・リオンズはBrotherhoodの中では民衆の救済を考える希少な存在ではある。
だが、それがこの地に住む全ての人間への救済へと繋がる訳ではないのだ。

だから、この要塞の前の街道で立ち止まる人間は殆ど居なかったし、威圧的な守備隊や門番が声をかける事は無かった。

なので、修理屋は初め途惑った。
なんで、自分が声を掛けられるのだろうか。
しかも、自分の身分―――メガトンのロボット修理屋である事を看破してだ。

「え、俺、俺の事?」
「お前以外に誰が居る原住民。PL-3というペイントがされたガッツィー型戦闘ロボを連れ、緑色の帽子を被り、整備服を着た男、つまりお前だ」

振り向くと、分厚いパワーアーマーに身を包み、これまたごついミニガンを構えた厳しい顔付きの男が居た。
彼の後ろには門番らしい数人のパワーアーマー兵と、警戒ロボットが佇んでいる。

「もう一度聞く。お前はメガトンに住むロボットの修理屋で、Mr.マジソン・リーの関係者だな?」

要塞の正面ゲート守備隊責任者であるパラディン・ベイエルの言葉は、修理屋を暫し呆然とさせるのに相応しい内容だった。















第17話 ポトマック川を渡河した修理屋は要塞で思わぬ再会をした



















襲撃は、太陽が上がって間もなくの頃に突然行われた。






起きていたのは『馬鹿』と当直のジェームス他数人のみ。
『馬鹿』が明け方の巡回を終えて土嚢の上からポトマック川に用を足し、さて、父親の所に戻ろうか……と考えていた時だ。

遠くからパラパラパラ……と聞き覚えのない音が近付いてくるのを、『馬鹿』の耳が捉えた。
『馬鹿』より聴覚が鋭いドックミートは既に空を見上げ、グルルと唸り威嚇の形相になる。

「どうしたんだドックミート? ……あの音は一体?」

ダンダンと大きくなる音を何処かで聴いたような気がする。
『馬鹿』は必死に記憶を手繰ったが、答えが出る前に正体が姿を現した。

「あ、あれは…………!!」

北側の空に、独特の音と共に次々と影が現れる。
影はどんどん大きくなり、やがて高らかな羽音を立てながらジェファーソン・メモリアルの上空に達した。



メモリアルの上空を、9機の空飛ぶ機体がゆっくりと円を描くように舞う。
広げた翼に付いたローターを回転させながら、鋼鉄の鳥達は円を描く。

まるで、巨鳥の群れが獲物に狙いを定めるがの如く。


「あれは……!」

その機影を見た『馬鹿』の脳裏に、技術博物館で見た光景が思い出される。
半壊したミニチュアと、側に設置された映像端末で閲覧できた戦前の映像。
飛行試験で滑走路から舞い上がり、真っ青な大空を轟音と共に駆け抜けていた飛行機の映像を。

XVB02"ベルチバード"。

戦前の合衆国軍が開発した軍用航空機。
垂直離着陸が可能なVTOL機で、攻撃、輸送、強襲、爆撃とあらゆる状況下での作戦を実行出来る多目的用の作戦機。
戦前の米軍が2085年までに正式採用を目指し、アラスカ戦役のアンカレッジ作戦でも少数の先行量産機が実戦投入されていたという。

その後最終戦争であるグレート・ウォーが発生し、本格的な戦線への投入は行われないまま歴史の果てに消えていった……筈だった。



「ベルチバード…………完成していたのか!?」



『馬鹿』の叫びに呼応するかの様に、9機のベルチバードは高度を下げてメモリアルに突入してきた。







入り口のタッチパネルまで逃げてきた『馬鹿』は、パネルに設置された赤いボタンを忙しく押す。
しかし、館内に響き渡る筈の非常用警報は全く鳴り始めなかった。

「警報が鳴らない……? 父さん、聞こえる?」
「どうした、何があった!?」
「誰が乗っているかは解らないけど、戦闘機が攻めてきた、ベルチバードだよ! 早く館内の隔壁を降ろして!!」
「解った! ……ん? おかしい、何故…………、閉ま………………らな……手…動……」
「父さん……父さん!?」

外部インターホンの音声が途切れ、ノイズだけになった。
どうやら、誰かが回線を遮断したようだ。

「拙いな……この分じゃ、防衛どころじゃ、わっ!?」

つんざくような爆発音と共に、メモリアルの防御陣地が吹き飛ぶ。
ベルチバードが発射した十数発の対地ロケット弾が次々と土嚢の山に突き刺さっては炸裂していく。
配置に付いていたメタトロンとタレットも、まともに反撃する間も無いまま呆気なく爆発炎上、あるいは崩れる土嚢に巻き込まれる。
地上からの防御に関しては優秀な陣地も、上空からの爆撃には酷く脆かった。
数回の襲撃を難なく跳ね返した2箇所の防御陣地は、たった十数秒で跡形もなく壊滅してしまった。

通路や土嚢の上に配置されていたプロテクトロンやタレットが飛び回るベルチバードに向かって射撃するが、捕捉すら出来ていない。
逆にレーザーガトリンクガンの掃射によって粉砕され、たちまちの内に鎮圧されていく。


『馬鹿』が立案、作製した記念館の防御策は、あくまで『陸路』からやって来る敵に対してのものだ。
即ち、スーパーミュータント、ミノタウロス、レイダー、ミレルークなどに対する備え。
上空から高速で飛来し、圧倒的な火力を撃ち込んでくる飛行兵器相手など想定外だ。
(この荒廃化した世界では、残骸ではなく正常に稼働する飛行機はそれこそまずお目にかかれない希少物だ)

結果、敢え無く2箇所の防御陣地、及び要所に配置してたタレットや警備ロボットは壊滅した。
流石に『馬鹿』もたった1人で重火器を搭載した戦闘兵器を相手にする気にはなれず、記念館内に退避するしかなかった。




「全員、避難位置まで急いで! 私はジェームスを呼びに行くから先に行ってなさい!!」
「リー博士、外はもう駄目だよ。父さんはどこに?」
「まだ浄化装置の方よ、やることがあるからって……きゃっ!?」

入り口の方で、爆発音が鳴る。
入り口に積み上げていた机や椅子が幾つか吹き飛び転がってきた。
相手は封鎖している扉を爆破で打ち破るつもりの様だ。
慌ててリーが手前のシャッターを手動のハンドルで下ろし、素早く『馬鹿』がロッカーを横倒しにしてバリケードにする。

「この分じゃ、到底防ぎきれないわね。地下のトンネルで一度リベットシティか要塞へ避難しなくちゃいけないわ」

マンホールから地下に降りていく研究員達を他所に、『馬鹿』とリーはメモリアルの中枢にある浄化装置へと急ぐ。
浄化装置にはまだジェームスが残っているらしい。

「そう言えば、記念館裏の通用路の方はどうなっています? あそこが破られれば浄化装置まで一直線ですよ」
「あそこは大丈夫よ、何重にも施錠してあるし、防犯用の隔壁を手動で降ろしておいたわ。最終的には突破されるにしても、私達が避難するまでは持つはず」

2人は浄化装置が設置されている中央ドームに入った。









「ジェームス! 大丈夫だった……あ!?」
「父さん、早く避難しないと……なっ!?」

中央ドーム内のトーマス・ジェファーソン像を中軸にして造られた浄化装置と、装置を取り囲むようにして作られた制御室。
室内には緑色の制服に黒い制帽を被った士官らしき男と数人のパワーアーマー兵。
そして、彼らと装置の前で対峙しているジェームスの姿だった。

「な、何故、どうしてここまで侵入を許している訳!? まだ入って来られるには早すぎる……」
「私が隔壁を開けただけですよ。Dr.リー」

小さな金属音と共に、柱の影から人影が現れた。
人影は、アンナ・ホルトだった。数年前からリベットシティの研究チームに加わっていたリーの部下である女性科学者。
彼女も当直のメンバーだった。そして、彼女の背後の存在する厳重に封鎖されていた筈の隔壁は、全て開ききっていた。

「アンナ……貴女!!」
「Dr.リー、申し訳ありませんが大人しくして頂けませんか?」

アンナ・ホルトは冷笑を浮かべながら、上司であるリーに向かってプラズマピストルを突き付ける。
距離が近いので、『馬鹿』でも間に割って入ったり射撃の妨害をするのは難しそうだ。
加えて科学者である筈なのに、アンナの身のこなしには油断が無い。まるで、訓練を受けた人間の様に。

「浄化プロジェクトを……私達を裏切るつもりなの!!?」
「裏切る? 私は一度たりとも裏切ってなど居ませんよ。唯一たる秩序の担い手、偉大なる我等がエンクレイヴを」
「エ、エンクレイヴ? な、何故そんな……?」

淡々としたアンナの語りを聞き、『馬鹿』は1つの推論を口に出した。

「…………つまり、元々エンクレイヴのスパイだったのか」
「……くっ、何て事!」
「館内のセキュリティが寸断されてたのも、裏の通用路を開けたのもあなたのお膳立てと言うことだね?」
「ええ、その通りよ。もはや抵抗は無意味だわ」
「アンナ准尉の言うとおりだな。ジェームス君と言ったか? 君も意固地を張らず、我々の指示に従って貰おうか」

アンナの言葉に応えるかの様に、ドーム内部に高慢な男の声が響く。

「このジェファーソン・メモリアルは現時点をもって大統領命令により、合衆国政府が接収した。繰り返し聞くが、君が此処の責任者だね?」
「ああ、そうだウェルスキン大尉。私が責任者だ」
「口の利き方には気を付けたまえよジェームス君。何と言っても我々はエンクレイヴなのだからな。君らのような不純とは違うのだ」

ウェルスキン大尉は傲慢な態度でジェームスを嘲笑うと、プラズマピストルを彼に突き付ける。

「父さん!」
「ジェームス!」
「外野は静かにしておきたまえ。さて、この装置を作動させる手順と、このプロジェクトに関する資料その他を我々に提出して貰おうか」
「大尉、この装置はまだ未完成で動かせない。無理に動かそうものなら壊れてしまうぞ」
「准尉?」

本当にそうなのか? 言外に込められた言葉に、アンナ・ホルト准尉は静かに肯定した。

「はい、大尉殿。ジェームス主任の言うとおり、その装置は未完成です。ただ……仕上げを行う用意を主任と、Dr.リー、そちらの主任の息子が知っている様子ですが」
「ふむ……そうなのか。ならばジェームス君。仕上げとは何なのかを教えて貰えないかな? 我々としても円滑にプロジェクトを引き継ぎたいのでね」

大尉はそこまで言うと、ジェームスに向けていたプラズマピストルをリーに向けいきなり発砲した。

「きゃっ!!」

緑色のプラズマ弾はリーには当たらず、彼女の側の床を構成している大理石を粉々に打ち砕いた。

「だから、素直に教えて貰えないかな? そうでなければ、私は事故を『偶然』Dr.リーか君の息子に対して起こしてしまうかも知れない」

リーから僅かにそれていた銃口が、今度ははっきりと怯えるリーに向く。
拙い、と『馬鹿』は思った。
大尉の表情は笑っているが、目は笑っていない。
次は脅しではなく、本気でリーを撃ち殺すつもりだろう。

「解った。解ったよ大尉。暴力は止めてくれ。仕上げを、全てをそちらに教える。だから銃口を息子やマジソンに向けないでくれ」
「聞き分けが良くて助かるよジェームス君。最初からその態度であれば私も無駄弾を撃つ事は無かったのだが」

勝ち誇った面持ちで大尉は銃口を下げると、ジェームスに対して急かすように顎をしゃくる。

「仕上げに関する情報は、重要機密なので浄化装置のコンソールに入っている。プロテクトを解除するから少しだけ待って欲しい」
「そうかね。ならば急げ。私の我慢も限界だ」

ジェームスは浄化装置前にあるコンソールのキーを叩き始めた。






「…………………………………………早くしろ!!」
「もう少しだ、後、ちょっと」

二十秒ほどして、苛立たしげに大尉が怒鳴った頃、ジェームスはコンソールのエンターキーを押し込んだ。

「なっ!?」

突然、制御室の隔壁が降りてドームと制御室が隔離されていく。
途惑う大尉とパワーアーマー兵、覚悟した面持ちで立ち尽くすジェームスを黄色い煙幕のようなものが覆っていく。

「放射能……き、貴様!?」
「くそ、退避しろ! 早くここから逃げるんだ!!」

内部に居た大尉と部下達が混乱していると判断し、馬鹿は動いた。
突然の事態に意識を制御室に取られていたアンナの持つプラズマピストル目掛けて、腰のホルスターからマグナムを抜く。

瞬間、『馬鹿』の時間が止まった。

いや、戦闘の際は何時もこうだ。
自分の精神が持つ限りではあるが、『馬鹿』はインプラントの力を借りて瞬間的にあらゆる高度な戦闘処理を行う事が出来る。

たとえばの話。極めて精緻な精密射撃や、遠距離から選択した部位を撃ち抜く事を一瞬の内に判断し決定、実行する事が可能なのだ。

マグナムの発砲音と共に、プラズマピストルが破損した状態で大理石の床を滑り落ちていく。
驚愕と憎悪が篭もった表情で向き直ったアンナの首筋に、リーのスタンガンが押し付けられ電撃が放たれる。

「ジェームス!!」
「父さん!!」

痙攣しつつ崩れ落ちたアンナを放り出し、『馬鹿』とリーは隔壁に駆け寄った。
向こう側からは、微かな大尉と覚しき呻き声しか聞こえない。
充満した黄色い煙と、Pip-Boyから放射能が感知される時のブザーが鳴り続けている。
必死に隔壁脇のインターフェイスに取り縋り叫ぶ2人に、煙の向こう側から声が聞こえた。


「息……子、マジソン、にげ……る……んだ……!!」
「父さん!!!」
「ジェームス!!!」



「息子、よ、……母さんの……好きだった文章を………………忘れる、な…………」


インターフェイス越しに聞こえた最後の声は、やがてノイズだけになった。

「父さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!」

















要塞の一室は、重い空気に支配されていた。
机に座って俯いている『馬鹿』と、側で心配げに主人を見上げているドックミート。
ジェファーソンメモリアルでの一部始終を『馬鹿』から聴かされた修理屋は、返す言葉が見当たらず黙ったままだった。


修理屋は『馬鹿』とジェームス及びアンナ・ホルトを除く、浄化プロジェクトチームとの合流を果たす事が出来た。
あの後、彼らはジェファーソンメモリアルの地下にあるトンネルを通過して、フェラルグールを蹴散らしながら対岸の要塞まで逃げてきたらしい。
そして様子を伺っていたBrotherhood of Steelに保護され、エルダー・リオンズとの会見をしたそうだ。

しかし、Brotherhood of Steelは今だ行動を起こそうとはしていない。
ワシントンの都市部に兵力を散開させているBrotherhood of Steelが、エンクレイヴに対応出来る戦力を再編成するまでまだ時間がかかるらしい。
加えてただでさえ兵力不足なのに強力な火器とパワーアーマーで武装し、装甲車やベルチバードまで装備しているエンクレイヴとまともに戦っても勝算は低いだろう。
今も会議室ではDr.リーがエルダー達上層部と掛け合っているようだが、エルダーの娘らしい戦闘部隊長の様な一部を除いて積極的ではないようだ。
ジェームスを喪った為か、僅かに顔を合わせた時のDr.リーは酷く憔悴し生気に欠いていた。
研究員や作業員達も、働き場を喪ったのとリベットシティ壊滅の報で気持ちが折れたらしく、寝込んだり便器の水を飲んでゲェゲェ吐いていた。

そこには、つい先日まで浄化プロジェクトを推進していたチームの活気は無かった。




「…………」
「…………」

修理屋はテーブルの上に、コップを2つ置いた。
そして世話役のイニシエイトから貰ったヌカ・コーラの栓を開け、コップに中身を注ぐ。

「まぁ…………飲めよ。そして、今後どうするか考えようや」
「…………」

『馬鹿』からは返事は無かった。
代わりに、ポタポタとテーブルの上に滴が落ちる。
主人を見上げていたドックミートが、クゥンと鳴いて顔を『馬鹿』の太股に擦りつけた。
修理屋はそれを見ても何も言わず、ただコップの中身を一気に飲み干した。






リベットシティから逃げ出して始めて飲んだ水分であるヌカ・コーラは、やけに苦く感じた。









続く










[10069] 第18話 要塞を旅立った2人はウルトラマーケットの手前で口喧嘩をした
Name: taka234Me◆6742ef9e ID:c3103dd8
Date: 2010/01/27 20:20











けたたましいローター音を響かせながら、頭上をベルチバードが通過する。
対空攻撃を警戒してか、それなりに高度は取っているが音はかなり大きい。
ここ数日から、エンクレイヴは盛んにウェイストランド全土にベルチバードを飛ばしている。
要塞から出発してそれなりに歩いているが、数回エンクレイヴのベルチバードが上空を通過した。
何をしているのか解らないが、何時連中が攻撃を仕掛けてきたり降下してくるか解らないので厄介極まりない。

「ちくしょー、あいつら、他に航空戦力が無いからってやりたい放題だなぁ」
「……そうだね」

気の抜けた返事を返して来る相棒に内心舌打ちしつつ、足下に転がっていたブリキ缶を何となく蹴り飛ばす。
赤錆びたブリキ缶は乾いた音を立てながら転がっていき、倒れてた傭兵の死体にぶつかって止まった。
修理屋は眉を顰めて死体に近付く。

死後数日が経過したのか腐臭がするし、カラスにでも囓られたのかあちこち欠損している。
相手は物取りの様だ、銃痕が幾つか空いたボロボロのレザーアーマー以外は全部盗られた様子。
修理屋は舌打ちをまた放ち、『馬鹿』の元に戻った。
腐ってて触りたくないし、偶にグレネードのトラップ(死体を動かすとピンが抜けて爆発)が仕掛けてあるので油断ならない。
本来なら『馬鹿』が見に行くのが定番だが、今は気合いが抜けているので修理屋がやっていた。


「ま、飛んでる連中なら俺達を見つけても俺達が奴らにとってのお尋ね者だなんて解らないしな。さっさとメガトンへ行こうぜ」
「そうだね……」
「…………そうだよ。一応、変装はしてるがな。何時まで隠せるか解らない。多分、まだメガトンなら安全だろうし……おい?」
「そうだね……」

またしても返ってくる同じ声音に、眉間へ皺を寄せながら修理屋は歩き出した。
何だか、一生懸命場を取り繕うとした自分が馬鹿らしくなって来たからだ。

(ったく……お?)

が、数歩も歩かない内に何やら野太い悲鳴が立て続けに響いて来たので足を止めた。
この辺はレイダーやらスーパーミュータントやらならず者の勢力圏が入り乱れている場所だ。
何時戦闘が始まってもおかしくないエリアではある。

「ドックミート?」

やはり気の抜けた声音で相棒―――『馬鹿』が愛犬に声をかけると、愛犬は音の方をじっと見詰めている。
少し離れた場所に、殺気や害意を持っている相手がいる事を察知している時の警戒状態のようだ。

「軍曹? ……あー新兵?」
『はっ、前方300mほど先のウルトラマーケットにおいて、何者かが発砲しているもようです!』
『発砲音を解析。光学兵器の使用が確認されます』
「うーん、あんまりお近づきにはなりたくないなぁ」
「…………ちょっと、様子、見に行かない?」
「お、おい……」

何かに取り憑かれたかの様に、やや急ぎ足でマーケットの方へと歩いていく『馬鹿』。
その後ろ姿に危うさを感じた修理屋は慌てて彼の後ろを追い掛ける。
付いていかなければとんでもない事をしでかしかねない。
今の奴の背中には不安しか見出せない。

(……いつもの、コイツじゃないよなぁ……)

ジェームスとの別れの後。
普段の、飄々とした背中が、随分乾いたように思えた。
まるで、ウェイストランドの荒土のように。

(やっぱり、親父さんが死んでしまったのが相当に堪えたんだなぁ)









あのジェファーソンメモリアル襲撃事件から五日が過ぎた。
Dr.リーがBrotherhoodの上層部に対して具申する回数が減り、研究チームも虚脱状態から抜け出していた頃。

「Vault87へ『G.E.C.K.』を回収しにいく?」
「はい、Dr.リー。あれを確保しておけば、今後どのように情勢が変わっても僕達に不利が無くなります」

唐突に、『馬鹿』はVault87に置かれているという『G.E.C.K.』を回収しに行くと言い出した。
深夜、呼び出された修理屋とDr.リーは思わず顔を見合わせる。
半日前まではベットに蹲ってろくに食事も摂らなかった奴が、やや痩せこけた面つきで、目の下に隈を作った状態で力説している。
尋常じゃないとDr.リーは戦慄し、修理屋は言いようのない不愉快感と不安を覚えた。

「アレが無ければ、父さんの目指した浄化装置のスペックにはならない。つまり、エンクレイヴの目的は達成出来ない」
「逆にあれが手元にあれば、Brotherhood of Steelを動かす事が出来ます。これ以上ない、浄化装置を動かす動力源なんですから」
「……そうね」
「…………お前」

畳み込むように言い放つ『馬鹿』を見て考え込むDr.リーと絶句する修理屋。
本来、修理屋が見る限りでは『馬鹿』は巻き込まれ型の人間だった。


故郷であるVault101を出るのも、父親の脱走劇があったからだ。
ウェイストランドを父親を求めて彷徨ったのも、父親があちこち渡り歩いたからだ。
渡り歩いている間に起きたいろんな出来事も、巻き込まれたり頼まれたりした事をコイツは飄々とこなしたに過ぎない。

基本的に、受動的である筈のコイツが、自分から動き出した。
どこか暗く、澱んだ雰囲気を持って。
それは、修理屋の知る『馬鹿』の印象とは掛け離れた存在だった。






翌日の昼過ぎ、2人は要塞からガッツィーコンビとドックミートを連れて出発した。
Brotherhood of Steelに支援を求めようと言う意見も出たが、現状を見る限り期待出来ない。
代わりにエルダーの許可を貰い、要塞の倉庫から幾らかの武器弾薬や食料をキャップと引き替えに融通して貰った。

そして2人は、再び廃墟と荒野の世界へと乗り出していく。
目的地であるVault87はまだまだ遠い。
















第18話 要塞を旅立った2人はウルトラマーケットの手前で口喧嘩をした




















ウルトラスーパーマーケット。

戦前はワシントン近郊の住宅地に住む市民をターゲットに商売をしていたマーケット。
豊富な品揃えと子育てで家計が大変な家族にも優しいリーズナブルな値段設定でそれなりに繁盛していたようだ。

そのマーケットも今では近隣を荒らし回る荒くれ者達……レイダーの住処へと変わり果てていた。
一度ウェイストランドサバイバルガイド作製の為、『馬鹿』の襲撃を受け数人が死亡したがそこはレイダー。
行き場の無いはみ出し者や荒くれ者は何処にでも何人でもいる。
彼らを下着姿で半殺しにした後、入団させるを繰り返せば人的補充はどうにでもなるのだ。
不可解な襲撃は過去のモノとなり、大して強くない入植者やキャラバンを狙った追い剥ぎや残虐行為に今日も精を出していた。







僅か、数時間前までは、だが。










「うっわー、何だかなぁ。あの糞野郎共が哀れに思えてくるぜ」


マーケットの前には、道路から入ってきた車が直ぐに停車出来るように広大な駐車場が広がっている。
かつては買い物に来た客の乗用車で一杯になっていただろう駐車場も、廃車が数台転がっているのが唯一の名残だ。

その真ん中に、ベルチバードが2機着陸していた。
上空には索敵の為か、ホバリング状態のベルチバードが一機滞空している。
数台の装甲車らしきものまで停車し、物資などを搬出していた。

そして、マーケットの側の川縁で火炎放射器を背負ったエンクレイヴ・ソルジャー達が何かを一生懸命に焼いている。
何かと言えば、どうやらこのマーケットを根城にしていたらしい数十人のレイダー達の死体。
川縁で焼いてるのは、焼き終わった灰と骨を川に流す為だろう。

先程から鼻に付く、不愉快な動物性タンパク質の焼ける臭いに、修理屋は勿論憂鬱げな『馬鹿』でさえ鼻を押さえて不愉快げだ。
マーケットからはそれなりに距離が離れているが、それでも風上にいる所為か臭いはかなりきつい。
ドックミートは妙に興奮しているものの、主人の雰囲気に押されている所為か動こうとはしない。
嗅覚をそもそも持っていない軍曹と新兵は言わずもがな、だ。

戦闘が終了してそれなりに時間が経っているのか、兵士達に緊張の様子は見られず指示を出しているらしい士官の動きも緩やかだ。
多くの兵員は警戒よりも、マーケット周辺に可動式の防壁を配置したりビーム・タレットの周りに土嚢を積むのに忙しい。
天幕が幾つか張られている所をみると、ここを拠点にするつもりなのかもしれない。

ベルチバードも滞空してた機体がワイヤーを利用して廃車を吊り下げ、クレーンのような感じでマーケットの外れへと運んで捨てている。
負傷したのか、パワーアーマーを脱いだ兵士が、白地に赤十字がペイントされた装甲車の中へと入っていくのが見える。
エンクレイヴ側の損害は、ざっと見たところ数人が負傷した程度の様子。
レイダー側が悉く殲滅されたのを見ると、改めて彼らの戦闘力が桁外れであるのを確認出来る。


(うわ……やっぱり、半端じゃねぇよなあいつ等。出来れば敵になりたくないけどなぁ……)

ちらりと横目で『馬鹿』をこっそり見る。
見た後で凄く後悔した。ああ、なんて間が悪い時にエンクレイヴと遭遇してしまったのかと。

(やべ、目が据わってやがる。目を離しすぎると突っ込んで行きそうな気がするぜ)

隣で不穏な雰囲気を醸し出している相棒に、背筋が寒くなる思いを抱いている修理屋を他所にエンクレイヴ部隊は何やら始めたようだ。
ベルチバードから何やら長大な筒のようなモノを取り出し、それをホバリングしているベルチバードがぶら下げているワイヤーに取り付ける。
ゆっくりとベルチバードが上昇し、丸まっていたものが広がっていく。
どうやら筒に入っていたものは巨大な紙のようだ。




「なんだ……でっけーポスター……か?」

ウェイストランドの建物には、よく戦前のポスターが貼ってある。
大半は戦意高揚用のプロパガンダポスターだったりするが、偶には店や番組の紹介ポスターも混じっていたりする。
それらは200年の風化によって減色しボロボロになっている。そして新しいポスターが貼られた事も無かった。

つまり、エンクレイヴがやろうとしているのは、200年振りのポスター張りのようだ。



街道沿いに建てられている大きな横長なスーパーマーケットの看板。
微かに残った店名を覆い被せるように、その巨大なポスターは貼り付けられた。

























『昨日から筋肉へ!』というデカデカとしたスローガンらしき文字。

スローガンの後ろで、星条旗をバックにポージングでいうサイドチェストをE印のオリーブ色ビキニパンツ一丁でキメている男が1人。

彼の体は戦前の本で見た『プロのボディービルダー』の写真を彷彿とさせる文字通り鋼の如きムキムキの筋肉。

スローガンの下に書かれている名前からするとアウグストゥス・オータムらしい……男は、眩しすぎる笑顔と白い歯を辺りに撒き散らしている。


そして、オータムの斜め後ろで「protein」という箱を手にしつつポージングしている、スキンヘッドのマッチョコンビが群衆に囲まれていた。
彼らもオータムと同じく、ピチピチなビキニパンツ一丁だった。
群衆も老若男女問わず水着姿で、爽やかな笑顔と白い歯をマッチョコンビと同じように浮かべている。












エンクレイヴのポスターは、そんなポスターだった。







ポスターを見た2人の間に、奇妙な沈黙が流れる。

(…………意味、解らない)

修理屋の目は、完全に点になっていた。
エンクレイヴ達は、一体何を意図してあんなポスターを貼っているのだろうか?

「ふざ……ける、な」

唖然としている修理屋の隣から、腹の底から凍えそうな声が聞こえた。
言うまでもなく『馬鹿』の声だ。据わった目付きから険悪な目付きへと変わってしまっている。
手にはスコープ付きのマグナムすら握られていた。


別離から数日経って幾分落ち着いたかのように見えた『馬鹿』であるが、どうやら腹の底で燻っていたものに引火してしまったようだ。



「父さんをあんな風にして……父さんと、母さんの夢を横取りにして、あまつさえ、あんなふざけたポスターを張るだと!?」
「お、おい。待て、落ち着けよ!」

ゆらりと動き出そうとした『馬鹿』を押さえようとした修理屋ではあるが、

「がっ!?」

視線と頭部がぶれる。
体が大きく後ろに飛び、思いっきり尻餅をついた。
何が起きたのか解らなかったが、頬に感じる鈍痛と口の中に広がっていく錆びた鉄の味から『馬鹿』に殴られた事に気付く。

怒鳴るなり怒るなりする前に、修理屋は唖然とした。
それなりに旅やら仕事やらで付き合って来た為だろうか。
正直『馬鹿』から理不尽な暴力を受けるとは思っても見なかったからだ。

軍曹と新兵が忙しくアームを回転させている。
どっちに付けば良いのか判断しかねているようだ。
ドックミートは、どこか悲しげに修理屋を冷たい目で見下ろしている『馬鹿』を見上げている。

「なんで止めるんだよ」
「…………無茶だろ、お前だって解るだろ。親父さんの事は残念だよ。だからってあいつらに正面切って喧嘩売るのか!?」

修理屋の口の端から、一筋の血が滴り落ちる。
しかし、『馬鹿』は眉一つ動かす事なく、冷たい口調で修理屋をなじるように呟いた。

「………………あの場に居なかった君に、何が解るんだ」
「解らないさ、だけど、だからってお前の自棄な行動見過ごす訳にゃいかねぇんだよ!」
「……」
「落ち着けよ、俺達がやる事ぁ別にあるだろ。お前が、お前自身が親父さんの夢叶える為のブツ取りに行こうって言ったんだろうが」
「…………」
「こんなトコで、俺達を襲った奴らとは別の連中相手に無茶な戦い挑もうだなんて考えてる暇か?」

修理屋は、何とか猛る『馬鹿』を落ち着かせようとしていた。
話をまだ聞いている内に、エンクレイヴ達の居る場所から少しでも遠ざける為に。


しかし、その必死な努力は銃声と痛みによって遮られた。



「づぁっ!?」

軽い銃声と共に、修理屋の右太股に焼けるような痛みが走る。
一瞬『馬鹿』が撃ったのかと思ったが、マグナムの銃声ではないと激痛の中で確信した。
あれは、32口径拳銃の銃声だ。
護身用程度の少威力だが、ケブラー素材すら使用してない作業服を着ている修理屋の太股を撃ち抜くには充分。

鮮血に染まっていく太股を押さえて思わず座り込む修理屋の周りに、更に何発かの弾が着弾する。

「く……なんだ、エンクレイヴ!?」
「……グール」

低い『馬鹿』の声音と共に、幾つかの奇声がこちらに近付いて来る。
激痛に意識を蝕まれつつ、必死に上半身を捻った修理屋が見たものは。


「おあああああああああ!?」
「よ、よこ、寄越せやぁぁぁぁ」
「に、肉、肉うぅぅぅぅぅ」

ボロボロのバラモンスキンの入植服と、露出した皮膚がボロボロのゾンビじみた容姿。
血走った目付きと、開きっぱなしの口からだらしなく流れ落ちている唾液。
どうやら、脳髄まで放射能が回りきったフェラル化寸前のグール達の様だ。
その目には理性は無く、一行を『肉』としか認識してない。
手にした整備がなっちゃいない32口径拳銃と、錆び付いた中国軍将校の剣、ハンティングライフルを棍棒のように逆さに持って突進してくる。


彼らに対し、ドックミートは主の命令を待つまでも無く迎撃に入った。

獰猛な唸り声を上げながら、溜の姿勢から瞬発しようとし―――。


「お預けっ!!」

『馬鹿』の一声でフリーズした。
良くも悪くも、ドックミートは主に対して忠誠心が非常に高い。
殺意を抱いた敵が迫る状況でも、指示通りに攻撃挙動に入るのを止めた。


ドックミートと同じく、グール達に向かって攻撃を行おうとしたガッツィー達も。

「待機っ!!」
『『はっ……待機でありますかっ!?』』

プラズマガンを発射寸前の状態で動きが止まる2体のガッツィー。
下された命令が信じられないようだ。機械でもこうなのだから、人間だったらもっと当惑しただろう。

『『コ、コミュニストを前にして撃てない……しかし、抗命罪は即時銃殺……畜生、どうしたらいいんだっ!?』』


嘆くガッツィー達の横を、『馬鹿』が素早く駆け抜ける。
無言で迫る相手に対し、グール達の行動は変わらない。
叫び声を上げつつ、先頭のグールが手にした長剣を大きく振り上げて来る。




『馬鹿』の目が、陰鬱に細められる。
脳内の中でインプラント作用により、擬似的な静止状態が作られる。

素早くグールが手にしている剣を照準し、手にしたマグナムを照準に沿って構える。
この戦闘システムの難しい所は、体の機能が脳内のシステムに付いていく事が多くない事だ。
あの穴蔵に住んでいる人々は、この戦闘システムを禄に使いこなす事が出来なかった。
Vault101と言う共同体が利用する、単なる生活ツール程度にしか利用出来なかった。

その意味では、『馬鹿』はこの戦闘システムを最上に使いこなせる存在だ。

照準と、実際の体の動きを、一体化させて攻撃出来る。
BBガンを使用して、整備通路に発生するラッドローチを駆除するのは凄く得意だった。
その腕前を見た穴蔵のセキュリティ達が、決して手持ちの武器を『馬鹿』に触れさせなかった位に。


32口径とは比較にならない重々しい銃声と共に、長剣が数本の指と共に飛ぶ。
右手を押さえる暇も与えず、突進しきった『馬鹿』はグールの口にマグナムを押し込む。

互いの勢いで銃は勢い良く押し込められ、前歯全てがへし折られた。
『馬鹿』は口中深く銃を押し込んだ状態のまま、立て続けに引き金を引く。

三発のマグナム弾が発射され、先頭のグールは上顎から上の頭蓋を下顎から強制的に分離させられた。
ガクガクと痙攣しながら倒れていく体と、突き込んだままのマグナムを放って更に『馬鹿』は駆ける。

「おああああああああああぁぁぁ!!」

仲間が惨殺されても、既に恐怖する事も出来ないのだろう。
変わらぬ勢いで残り2体のグールは接近してくる。


それらを見る『馬鹿』の目は一向に陰鬱のままだった。

背中に背負ったアサルトライフルを構える事も、腰のコンバットナイフを引き抜く事もしない。
無言のまま、ケダモノの如く2体目のグールへと躍りかかる。
振り下ろされたハンティングライフルは空を切り、台尻をアスファルトに叩き付けただけだった。

代わりに飛び掛かった『馬鹿』の人差し指と中指が、グールの眼窩に突き刺さっている。
いや、良い具合に抉っていると言うべきか。

「あ、あ、あ、あ、あ、あああああ!!???」

腐汁と鮮血が、眼球を引き抜かれた眼窩から迸る。
知性が無くても、流石に視界を奪われれば慌てるようだ。

「うるさい」

顔面を押さえて叫ぶグールの腹を、『馬鹿』は思いっきり蹴り飛ばした。

32口径を乱射するグールは、迫る仲間の背中に向けて反射的に銃を撃った。
三発ほど撃ち込んだところで、仲間の背中に押し潰される形で道路上に倒れる。

必死に起き上がろうとするグール達に影が差した。
濁った目付きで見上げると、そこには無表情の男が立っていた。

「お前達」

グール達の落ちくぼんだ眼窩の中にある、瞳孔が大きく広がる。
ザンという鈍い音と共に、グール達の全身に大きな痙攣が走った。
ガチンという鈍い音と元に、アスファルトに浅く剣先が突き刺さった。
仲間が持っていた、将校の長剣により2体纏めて胸部を串刺しにされたからだ。

「少し、黙れ」

それでも死にきれない三体目のグールの頭部に、サバイバルナイフが深々と突き刺さる。

「僕は彼と話をしてたんだ」

深々と柄まで刃を押し込み、今度こそ死んだのを確認してから馬鹿は立ち上がった。
腐汁と鮮血を擬装用コートに滴らせ、フードの下からギラギラとした目付きで死体を睨め回す。


そこには、そこらのレイダーやタロン・カンパニーの傭兵よりも冷徹で冷酷なソルジャーがいた。





「お、おい……あ、ちちち……!!」

唖然とした面持ちで一方的という表現すら生温い虐殺を見ていた修理屋は、太股の痛みで我に返った。

「馬鹿、何、やってるんだよ、落ち着けよ!」

撃ち抜かれた足を引きずりながら、必死に『馬鹿』へと歩み寄る。
振り向いた『馬鹿』の視線に一瞬背筋が凍るが、修理屋を意識した途端に普段の目付きに戻ったので腰を抜かさずに済んだ。

「ごめん、つい、カッとなっちゃった」

カッとなった勢いでグール3人を瞬く間に惨殺した『馬鹿』は気が抜けたように座り込んだ。
修理屋は脱力した『馬鹿』に足を引きずりながら近寄り、口に無理矢理ウオッカの瓶口をねじ込み中身を注ぎ込む。
『馬鹿』は暫く咽せていたが、その内酩酊したのかウツラウツラと頭を漕ぎ始めた。
どうやら、相当に意識が張り詰めていたらしい。
修理屋を見て緩んだ神経が、酒の勢いを借りてクールダウンしたのだろう。
『馬鹿』が放っていた澱んだ殺気が霧散した為か、クゥンと鳴きながらドックミートまでもその場に座り込む。

「………………ったく、しっかりしろよ。お前、親父さんの意志を継ぐんじゃなかったのか?」
「…………うーん…………反省、して、る……」

目を瞑りながらムニャムニャと口を動かす『馬鹿』を見て、修理屋は安堵の息を吐いた。




「おい、そこで何をしている?」


後ろから響いた声に、吐いた息が肺にヒュッと音を立てて戻る。
心臓がドクドクと激しく鳴る。
ドックミートが、低い威嚇の唸り声を上げる。
軍曹と新兵のプラズマガンがエネルギーチャージを行う音が聞こえた。

(手を出すなよ……いいか、絶対に手を出すなよ……!!)

口に出しては言いにくいので心の中で念じる。
呼吸と表情はなるべく整えて。
静かに『馬鹿』を道路に降ろし、両手を上げた状態でゆっくり振り返る。
相手を見た瞬間、頬が引きつりそうになった。


「質問に答えろ市民、そこで何をしているのだ?」


真っ黒な装甲、威圧的なフォルム。
手にはレーザーライフルやプラズマライフルを手にし、2つのバイザーからの視線が修理屋達を見詰めている。
恐らくは、『馬鹿』のマグナムとグールの32口径の銃声を聞きつけて様子を見に来たのだろう。
数人のエンクレイヴ・パワーアーマーソルジャーが立っていた。


恐慌状態に陥りそうな思考を必死に宥めつつ、修理屋は考えを巡らせる。
考えを巡らせながら、一番の危険要素を素早く確認した。

(ドックミートは襲いかかってない……軍曹達も待機……頼む、そのままでいてくれよ……今始めたら終わりだ……)

幸いドックミートは最後に主人が下した待機の状態だし、ガッツィーのコンビも同じくだ。
とは言え、何時主人の命令に逆らって闘争本能を発露させるか解らない。
ガードドックと、好戦性の高いガッツィータイプだから尚更の事。

(馬鹿が暴れるの止めてもこいつ等が暴れてたら元も子も無いからな……)

偶然の幸いに、心底感謝しつつ修理屋は震えそうになる喉を必死に押さえながら口を開く。
敵意がないように両手を大きく左右に広げながら、引きつりそうになる頬を歪めて笑みを浮かべた。

「いや、これ、グール。グールの追い剥ぎに襲われたんだ。やっつけたけど相棒がショック状態でね」

震える声と体を必死に押さえつつ、修理屋は自分達の前でゴロゴロと死体を晒しているグール達を指差す。
ついでとばかりに、熱と鈍痛をいまだ保っている自身の血塗れの太股を見せた。
エンクレヴ・ソルジャー達は数歩分だけこちらに近寄ってから、数秒間彼らの死体を眺めると大して緊張感の無い声で修理屋に告げた。

「…………そうか。『処分対象』のグール相手なら別に構わん」

先頭に立っていたプラズマライフルを持ち、肩当てが発光しているパワーアーマーを着た兵士は高圧的な口調でこう続けた。

「この付近は我等エンクレイヴの治安維持区域となった。我等の秩序を崩すような行為は止めるように」

エンクレイヴ・ソルジャー達は『市民とグールの諍い』には大した興味も無かったのだろう。
それだけ言うとさっさとマーケットの方へ戻っていった。
死体の検分や、負傷した市民を助けるつもりは無いようだ。

だが、その方が今の修理屋達にとって都合が良かった。
エンクレイヴから追われる身である為、下手に近寄られて勘づかれたらお終いだ。




(よ、よ、よ、良かったぁ……)

膝がガクガク震え、修理屋は思わずその場に座り込んだ。
もし、エンクレイヴ・ソルジャーが来るのがもう少し早かったらどうなっていただろうか。
もし、『馬鹿』の「カッとなってしまった」が彼らに向けられたとしたら。



自分がどうしようが、『馬鹿』はエンクレイヴの部隊と戦っていただろう。
その結果、誰の命がどうなろうとも。彼と修理屋の命が潰えても。

父親のプロジェクトを本当の意味で潰えさせてしまっても。



(しかし、まさか『馬鹿』があんな気性を出すなんてなぁ……)

軍曹と新兵に周囲の警戒を命じ、モルパインとスティムパックで撃たれた太股の手当をしながら修理屋はそんな思いを抱いた。
正直、ここまで強烈な激情を秘めているとは思わなかった。
普段が普段なだけに、付き合い慣れた修理屋にとって衝撃だったのだろう。

(ったく、またこいつの事が解らなくなったなぁ……)

前は常軌を逸したお人好しと善人振りに、修理屋は酷く困惑した。
命をかけて自分を助けに来てくれたのに対し、修理屋は凄く感謝した。

そして今は、確かに恐怖を抱いている。
エンクレイヴに対し、強い復讐の念を見せ、その憤りをグール達にぶつけた。
オーバーキルとも言える殺し方に、修理屋は正直恐怖を抱いた。

(お前は、善良なのか、凶悪なのか、どっちなんだよ……?)



Vault101からやって来た青年は、修理屋にとって救世主なのか、はたまた暴君になるのか。


答えはまだ出ておらず、目的地であるVault87はまだまだ遠い。









続く





[10069] 第19話 メガトンに着いた2人は自分の故郷の変貌に驚愕した(前編)
Name: taka234Me◆6742ef9e ID:c3103dd8
Date: 2010/02/11 21:37






















夜明け前のメガトンの街は静まり返っていた。
錆と砂鉄の混じった砂埃が、無人の路上に舞い上がる。

「……」

そんな朝方の町並みを、擂り鉢の斜面頂上から1人の男が見下ろしている。
草臥れたオーバーコートと背中に背負ったチャイニーズ・アサルトライフル、胸に光る保安官の印。
皺の多い厳めしい顔と、白髪が増えた頭髪を自慢のテンガロンハットで隠している。
メガトンの保安官兼市長のルーカス・シムズは、ここ最近になって人口密度が一気に減った街を見下ろしていた。

「ったく……一時はどうなるかと思ったぜ」

数日前までは。
人口が多い頃は、それが様々な問題を起こした。
個別の家を持つ市民に対し、不平不満を口にする貧民達。
溢れかえる不法居住者と、それを伝に侵入してくる犯罪者達。
精製水の支給量と、それを巡った利権争い。

しかし、大幅に人口が減少した今では、安い労働力が不足して街を潤滑に運営する事に苦労する。
数日前に起きた、メガトン市内全体を襲った暴動。
エンクレイヴの『使者』が街を去って半日後に、街全体が戦場と化した。

暴動が起こった理由は語るまでも無し。
エンクレイヴという異物は、積もり積もっていた既存社会の闇を噴火させた。それだけの事だ。


「……」

あの馬鹿騒ぎで、ここ暫くは殆ど使う事の無かった愛銃を酷使させ、ストックの分を含めてだいぶ弾が減った。
最愛の息子は頑丈に施錠された自宅に居た為無事だったが、息子の友人が2人減った。
事態の収拾で大忙しの中、遊び仲間の訃報で大泣きする息子を宥めるのは凄く骨が折れた。
配下の自警団も2割が死亡し、3割が負傷して半分がまだ医院のベットから起き上がれない。
自分達の総数の数倍に匹敵する暴徒と戦ったのだから無理が無いと言えばそれまでだが、それなりに部下思いな彼にとって遣り切れない気持ちになる。


4時間続いた市街戦は、メガトンの街に深刻な被害をもたらした。


武器庫に侵入した入植者達は、中で待機していたガッツィーとタレットに皆殺しにされた。
加えて救われない事にその武器庫はダミーであり、本物の武器庫はシムズの自宅地下に設置された地下室にあった。
自警団のメンバーは素早く自宅の施錠を終えると、暴徒をかわしつつシムズの自宅に集結し目一杯の武装を施した。


その頃には町中は罵声と悲鳴、暴動と掠奪によって混沌とし、普段の装いとは掛け離れ始めていた。

















第19話 メガトンに着いた2人は自分の故郷の変貌に驚愕した(前編)














結果として。


自警団や武器を使える市民よりも、ろくな武器は無いが数倍の数を誇る入植者達との戦いは凄惨を極めた。
施錠された市民達の家に押し入ろうとする暴徒達、彼らに抵抗する市民達。
店舗に押し入り掠奪を行う入植者達と、哀れリンチに掛けられ死にゆく店主達。
組織的な自警団からの攻撃には逃げ惑い、ろくに抵抗できない年寄りや子供を嬲る目を覆わんばかりの醜態。
ガッツィータイプとメタトロンは、市民登録されてない存在を老若男女問わず皆殺しにしていく。
いや、その頃には自警団ですら相手が暴徒で無かろうとも、市民で無ければ容赦なく撃ち殺した。


暴動に参加してようと無かろうと関係が無い。


市民で無ければ、敵だ。

市民だったら、敵だ。


戦闘から掃討に切り替わっても、両者の暴威は止まらない。
命乞いしようが泣き喚こうが、敵だったら容赦なく殺す。
両手を掲げて許しを乞う老婆の頭を撃ち抜き、背中を見せて逃げる物乞いの少年の背中にナイフを振り下ろす。
この地域では最大の勢力を誇ったメガトンの街は、阿鼻叫喚の地獄へと変貌した。




町中の銃声が止めを刺すための銃声だけになり、暴徒の生き残りが出入り口から逃げ出そうとしては問答無用で撃ち殺される頃。
シムズの老朽化したアサルトライフルの銃身が危うく焼け付きそうになり、弾が残り50発を切りそうになった頃。


街のあちこちに死体の山を築き、何件かの民家を廃屋に変え、ようやくにして暴動は鎮圧された。





重傷者は居なかった。深手を負った者達から殺されていったからだ。

軽傷者は、勝者である市民は手当され入植者はやはり殺された。

逃亡者は居なかった。メガトンの都市構造上、正面ゲート以外に出入り口が無いからだ。

勝者は居なかった。入植者は皆殺しにされ、市民達も大きな痛手を負った。


誰も彼もが死ぬか、生活の場を破壊され疲弊しきっていた。
シムズ自身、数回は死ぬかと思ったし、敵も味方も大勢死ぬところを目の当たりにした。

(……歳を取って、こんな目に遭うとはなぁ。息子に全部譲るまで、穏やかにやって行けると思ってたんだが)

喪うモノは数えきれず、得るものなど無い勝利だった。
市民の多くは傷付き、壊れた家や店の前で嘆いている。
あちこちでパイプが破損し、給水システムは断絶したままになっていた。
労働層が激減した為、街のライフラインの維持が困難になっている。
物資や火器、弾薬が不足し何とか開いた商店でも値段が高騰していた。
おまけにリベットシティが壊滅したのと、他の集落でも多かれ少なかれ動乱が起きているので、キャラバンの運行が非常に遅れていた。
物資とキャップが巡回しないので、ワシントンの経済圏全体に大きな支障が出て来ているのだ。
儲かっているのは葬儀屋だけであり、シムズ達自治体から出るキャップで膨大な入植者達の死体を回収、及び処理をしている。
早く回収しなければ遺体が腐敗し、街の衛生環境が激烈に悪化するからだ。

アトム教会が残っていれば祈りの1つでもお願いした所だが、クロムウェル聴罪司祭を含むメンバーの大多数が死亡してるので無理だ。
死亡した理由は非常に簡単で『核爆弾を暴動から守る為に』核爆弾の周囲に人の壁を構成していたからだ。
狂信……もとい信心深い彼らは殴られようと銃で撃たれようとその場から離れず、ごく僅かなメンバーを残して全滅。
生き残りはスプリングベールへと落ち延びていった様だが、彼らに構っている余裕はメガトンには残ってない。

「本当に……やれやれだな」

ハットを深く被り直す。
ここ最近で一気に白髪が増えてしまった。
心労と疲労は頂点にあったが、それでも休む暇は無い。
まさしく街の運営は『カツカツ』なのだから。
生き残った市民側さえも倒れ伏したら、メガトンは本当の意味で滅んでしまう。



―――いっそ、エンクレイヴに泣きつくか?



言いたい放題一方的に通告し、こちらの返答すらまともに聞かず去っていった自称米国政府。
心底気に入らない連中である。大体、奴らが来てから街がおかしくなってしまったのだ。
この騒動自体、奴らが仕組んだ事じゃないかという疑念すらシムズは抱いていた。

(だが、このままじゃじり貧だ。例え、連中の腹が黒でも……)

物思いに耽っていたシムズの視線の端を、影が過ぎっていく。
こんな夜更けに誰かと思い、銃に手を掛けつつ視線をそちらへと向ける。
シムズの眉間に皺が寄った。

「…………バサトランの、馬鹿息子か」

先日ノコノコ帰ってきた、ロボット修理屋がメガトン正門の監視所に昇っていくのが見えた。
帰還時に足に包帯を巻いていた所為か、姿勢がヒョコヒョコ動いている。

「少しは反省しているかと思えばもう出歩いているとは……もう2、3発、殴っておくべきだったかな?」

市民の義務を怠った罰として作業用メタトロン3体と警備用ガッツィー2体の修理とメンテを命じて置いた。
並のロボット業者なら一日近くかかる作業だが、彼は僅か数時間で作業を終えたようだ。
シムズの知る『馬鹿息子』は仕事に関しては極めて誠実で優秀だ。
腕前だけなら、メガトンでも屈指と言ってもいい。
さぼって抜け出てきたのではなく、本当に作業を済ませたのだろう。
さぼろうとしても見張りに付けた自警団員がそれを許すわけが無いのだから。

「ったく……奴の事もどうするべきかね」

再びついたシムズの溜息は、先程より重くなっていた。














「よう修理屋、もう帰って来ないかと思ってたぜ。保安官、滅茶苦茶怒ってたろ?」
「ああ、ケツをハンティングライフルで撃たれたヤオ・グアイみたいにお冠だった」

良い具合に張れた頬を見せつつ、ストックホルムの軽口に答えた修理屋は双眼鏡とダンディーボーイアップルをぶら下げて見張り台に上がってきた。
修理屋とメガトン正面ゲートに詰めている自警団の狙撃手、ストックホルムはそれなりに顔を知っている間柄だ。
土産代わりに持ってきたダンディーボーイアップルを監視所のテーブルに置き、修理屋は側にあった椅子に腰掛ける。

「取り敢えず、義務を怠った件に関しては処分保留だけどな。ツケ払えとばかりに暴動で破損したロボット修理してたぜ……ついさっきまでね」

肩をゴキゴキ鳴らしている修理屋に、ストックホルムは自業自得だと笑いつつ脇のテーブルに置いてあった小瓶を投げて寄越す。
瓶半分ほど残ったウィスキーだった。礼を言って蓋を開け、修理屋は辛い琥珀の液体で喉を潤した。

「酒と言えば、ウェイバーの酒店とブラスランタンしか開いてなかったな。モリアティの御大は?」

彼が子供の頃から知っている街一番の酒場は、入り口に『CLOSE』と看板が掛けられ静まり返っていた。
中をそっと覗いてみたら酷く荒らされており、酒と血の混じったような悪臭が漂っていた。

「日頃の取り立ててで絞り上げていた入植者の連中に、高架通路の上から胴上げされた後ダイブだ。綺麗な放射線描いてたぜ?」
「ありゃりゃ。殺しても死なねぇと親父が言ってたけど死ぬ時ゃ御大でもあっさり死ぬんだな」
「まぁな。あんだけ恨みを買ってりゃそうもなるさ」

クククと人の悪い笑みを浮かべるストックホルムに、ニヤリと笑いながら修理屋は酒瓶を投げ返す。
そう言えば、こいつもモリアティにツケを溜めてネチネチ返済を迫られてたな、と修理屋は思い出した。

「御大の経営してた売春窟も、別の業者が引き取っていった。グールのバーテンはおっ死んだ。あのバーはもう閉店だよ」
「そーかい。随分酷い事になったなぁ。あの店が潰れてしまうなんてよ」
「全くだぜ。俺の知り合いも何人か逝っちまった。酷いもんさ……」

苦い事実に、沈黙が流れる。
事態に直接遭遇しなかった修理屋にしても、渦中に居たストックホルムにしても、喪ったモノは等しいからだ。
だが、慰めの言葉を何とか出せたのは修理屋だった。
悲惨な現場を直接見なかった分、ダメージが薄かったからかもしれない。

「リベットシティみたく、壊滅しちゃいないのがせめてもの救いだよなぁ」
「ったくだよ。エンクレイヴの野郎、風評だけでここらの自治体を揺るがすだなんて迷惑な連中だぜ」

一部はいまだに変な期待をしているみたいだがな、とメガトン最強の狙撃手は監視台の下目掛けて唾を吐いた。
水乞いの男が懲りずに、まだメガトンの正門脇に陣取っているのが見える。

「勘違いした馬鹿共の暴動か。家帰ったら工房の床が血痕だらけだぜ? 臭いが篭もってしまって堪らねぇよ」
「お前ントコのタレットにぶち殺された入植者共か?」
「ああ、連れが伸びてたから片付けるのに大変だった。アンとクルも壊されてしまってたし踏んだり蹴ったりだ」

三重錠を力尽くでぶっ壊しやがって、と修理屋はぼやく。
取り敢えずドアの修繕はしておいたが、中央通りにあるジャンク屋の予備部品は酷く高騰していた。
恐らくは『市民』の家は例外なく暴徒によって侵入が試みられたのだろう。
市中を行き交う市民達の目は喪失と猜疑に疲弊した面持ちだった。
何度か遭遇した自警団のパトロールの面子も、何人か顔見知りが居なくなっていた。


遠出の間に随分と変わってしまったもんだと、修理屋は複雑な思いに駆られた。



「んで、お前はどうするんだ?」
「…………どーするんだかねぇ」

ストックホルムの問いに、修理屋は返事を濁した。
昔でも、メモリアルに居た頃でも、比較的簡単に返事を出せただろう。

例え、返事の内容が正反対であってもだ。

しかし、前日の一件が修理屋の思考を複雑化していた。
プロジェクトに対する気持ち、『馬鹿』に対する気持ち、メガトンに対する気持ち。
幾重にも絡まった正と負の感情が、彼の口の滑りを悪くしていた。

「昔みたく、大人しく善良で自治体思いの修理屋に戻る気は無いのか? そうすれば『市民の義務』を怠った件も保安官は許してくれるさ」
「………………それが、正解なんだろーなぁ」
「あの穴蔵のガキに何吹き込まれたかしらねぇけどさ、変な冒険心に浸り過ぎると身包みどころか命も失うぜ?」
「…………………………解っては、居るんだけどねぇ」

何だか煮え切らない態度の修理屋に、ストックホルムは嘆息して監視作業に戻った。
付近におっかない存在が居座っているせいか、レイダー達の襲撃は数日前からパッタリ止んでいる。
拠点となっていた小学校も、あの飛行機の群れにミニ・ニュークをしこたまぶち込まれた結果校舎諸共根刮ぎ吹き飛んだ。

当面、メガトンに対する外敵の脅威は無い。
現状として、恐ろしいのは暴動の件で集落としての機能が半減してしまった事だろう。

「そう言えば、その双眼鏡はどうするんだ?」
「ああ、あっちに陣取っている連中を見る為に持ってきたんだ」

修理屋の言葉に、ストックホルムの表情が硬くなる。
修理屋が双眼鏡で覗いている方は、彼らにとって新たな頭痛の種の元が居座っている場所なのだから。

「観る分には良いけどよ……絶対に変な真似はやめとけ。最悪、この擂り鉢そのものが吹っ飛ぶだろうからな」
「あー、解ってるさ。帰ってくるまでに連中のおっかなさは散々見せられたよ」

遠くで、ローター音が聞こえる。
エンクレイヴのベルチバードがサーチライトで地上を照らしつつ飛んでいくのが見えた。

「連中、あんなトコに陣取って何やってんだかな? 穴蔵の扉でも吹っ飛ばす気か」
「まさか、お前の言う穴蔵のガキの話じゃ、近距離で戦術級核爆弾が爆発しても壊れない扉らしいぜ?」

双眼鏡を覗く修理屋の顔は、苦い顔付きだった。

(……アイツに何て言うかねぇ。下手したら突撃しかねないぞ)













「あれ……?」

『馬鹿』の意識が覚醒して、始めて目にしたのは知らない天井だった。
育ちの故郷である101の無機質な建築材の天井は、19年間寝る時と起きる時に見上げてきた。
あそこから逃げ出してからは、荒野の上に広がる空か朽ちた廃墟の天井が『馬鹿』にとっての天井となった。

天井はバラックだった。
廃材と鉄板を組み合わせた、まさに外界と建物内を遮断する程度の建築材。
核戦争によって雨が殆ど降らなくなったウェイストランドでも、砂塵や外気から家人を守る屋根は重要だ。
住人もそれを解っているのだろう。
隙間を溶接とワンダーグルーによって入念に塞いであるようだ。
その代わりにどこから持ってきたのか、換気扇が天井でゆっくりと回転している。
暫くぼんやりとそれを眺めていると、空腹を主張するように胃袋が鳴り響いた。
思えば、要塞ではろくに食事をしなかった事を何となく思い出す。

「……」

ベットから降りようして、ベットの下でドックミートが居るのに気が付く。
ドックミートも主人の覚醒に気付いたのか頭を上げる。
何となく頭を撫でてやると、気持ちよさそうに目を細めて鼻を鳴らした。
ドックミートが警戒を解いている辺り、ここは危険な場所では無いようだ。

『馬鹿』は改めて寝室と覚しき部屋の中を見渡す。
ロッカーが1つ、机が1つ、核融合バッテリーで動く電気スタンドが1つ、金属製の箱が数個積んである。
インテリアに気を使う余裕が無いこの時代にありがちな、殺風景極まりない室内。
安全に眠る事が出来るだけでも贅沢なので、そのような考えは見当違いかもしれないが。
ただ、机の上には何枚かの設計図と、部屋の主が付け足したと思われる書き付けが幾つかあった。
専門用語や記号が多かったので『馬鹿』には理解しかねたが、どうやらロボットの図解らしい。
現状を察した『馬鹿』は、寝室のドアノブを捻ってドアを開ける。
鍵がかけてない為、ドアはすんなりと開いた。



「お、起きたか。タイミングが良いな」

居間と覚しき部屋のキッチンで、修理屋がオーブンの上で何かを焼いていた。
居間のソファにバラモンスキンの毛布が置かれている辺り、彼は居間で毛布を被って寝ていたのだろう。

「ああ、そうか。君の家だったか」

メガトンを拠点にあちこち出かけていた頃、何度か修理屋と馴れ合いはした。
だが、家に招かれる程には関係を育てて無かったので、一度として修理屋の家に招かれた事は無かった。
こんな荒んだ時代である。知人とはいえ他人を家に招くという事は重大な意味を持つのだ。

居間はキッチンを兼ねているらしく、ソファとテーブルとは逆の方に棚と冷蔵庫、オーブンが設置されている。
棚には食品と覚しき箱が幾つか並んでいるので、それなりに身持ちは良い方だったのだろう。

「飯作ってるから、それでも飲みながらちょっと待ってろ」

修理屋は『馬鹿』に対し、久し振りに稼働させた冷蔵庫でキンキンに冷やしたヌカ・コーラを投げて寄越す。
自分の分も一本取りだし、冷蔵庫のドアの縁にキャップを引っかけて栓を抜き、冷たい中身を喉に注いだ。
やっぱり冷たい飲み物は最高だ。最近は家を空けてたから蒸留水の配給は受けてない。
しかし、街がこの有様じゃもう暫くの間配給は再開されないだろう。

バラモンの干し肉とイグアナの丸干しをフライパンに載せてじっくりと焼き、オーブンに入れておいたミルレークの殻焼きを引っ張り出す。
ミレルークの肉は、メガトンに着く前に遭遇したハンターから購入したものだ。
煙はキッチンの上にある換気扇に大半が吸い込まれるが、僅かに漂ってくる臭いにドックミートの耳がピクピク動いている。

「軍曹と新兵はオーバーホール中だし、俺も医者に足を診て貰いに行くから今日ぐらいはゆっくりしてろよ」
「……うん」

スティムパックの投与と適切な処置、貫通銃創だった事で足の負傷はそれ程大事には至らなかった。
大事には至らなかったが、メガトンでの用事が済めばまた荒野を行軍しなければならないかもしれない。
今の内に完治を目指したいというのが、修理屋の心情だった。

「あのさ……」
「ん、なんだ?」

ヌカ・コーラを手にしたまま『馬鹿』は修理屋に近付き、ゆっくりと頭を下げた。

「ごめん。君に八つ当たりをしてしまって」
「……ん、まぁ」

どう返事したものかと、修理屋は迷う。
先程までの態度は、あの一件を出来れば有耶無耶の内に流したかったので取った態度だ。
今の修理屋には、『馬鹿』に対する畏怖が内心に潜んでいる。
勿論それまでに培った信頼や友情もある。
あるが故に、ストックホルムへの返答もはっきりとしなかったのだ。

「まぁ、カッなる事ぁ、誰だってあるし。次は勘弁してくれよ?」
「解っている……」
「あー、まぁ、それなら良いんだけどな」

ジュウジュウ肉が焼ける音が辺りに響き、会話が途切れる。
……………………気まずい、正直気まずい。
漂う空気に怖じ気づき、意味もなくイグアナとバラモン肉を忙しなく引っ繰り返す。

「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「あ、焦げてる」
「おわっ!?」

ようやく沈黙が終わったのは、ひっくり返し続けた肉と丸干しが全体的に焦げてしまってからだった。







続く









[10069] 第20話 メガトンに着いた2人は自分の故郷の変貌に驚愕した(中編)
Name: taka234Me◆6742ef9e ID:c3103dd8
Date: 2010/02/18 12:38





















「はい、記念すべき初版よ。是非とも受け取って頂戴♪」
「……ども、ありあとあーした」

ここはメガトンの中腹にある高架通路上にある『クレーターサイド雑貨店』。
カウンターに突っ伏しウンウン唸っている修理屋と、彼に一冊の印刷したてな本を渡す雑貨店の主人モイラ・ブラウン。


ロブコ社で発生した事件の詳細。(及び饑餓状態に置かれた人間の考察)
リベットシティの艦首に住んでいた科学者のターミナルから得た街の歴史。
アーリントン図書館の端末から引き出したデーターベース。


それらを加えた事で、修理屋と『馬鹿』がモイラから依頼された調査は全て終了した。
最後の章が埋まった事にモイラは大いに喜び、ウェイストランドサバイバルガイドの完成を高らかに宣言した。
そして今はいつもの謎空間に何処から持ってきたのか印刷機を設置し、フル稼働でガイドの印刷を行っている。
本の出来に関してはモイラ曰く「物凄く出来の良い本になったわ。この一冊はウェイストランドにレボリューションを巻き起こすわよ」との事。

「でも残念ねぇ。最大の功労者であるあの子が居ないだなんて」
「しょーがねぇだろ姐さん。アイツが姐さんのトコで何買い占めていったのか忘れたのか?」
「ステルスボーイよね?」
「そうだよ。奴ぁ、Vault101に忍び込みに行ったんだ。ったく、あの馬鹿野郎。何度も止めたってのに人の話聞きやがらねぇ」
「だったら話さなきゃ良いのに」

呑気なモイラの言葉に、修理屋はこめかみに青筋を立てつつ反論する。

「どのみち、メガトンから出れば否が応でも目に付くでしょ!」
「あ、それもそーよね」
「奴が直接目にしてその場から突撃してくより順序立てて説明して落ち着かせようって思ったんだよ!」

あの気まずい食事時間の後、これからどうするかという話し合いの場で修理屋は『馬鹿』に見張り台から監察した出来事を話した。
『馬鹿』を担いでメガトンの正面ゲートを潜る時に目に付いてから、彼に知られたら拙いと思ってたので慎重に話したつもりだ。

だが、結局無駄だったようだ。
『馬鹿』は何とか宥めようとする修理屋を尻目にモイラの店に突撃。
モイラに依頼のデータを放り投げ、店にあったステルスボーイ全てを買い占めてそのまま街から出て行った。
着いていこうとしたドックミートに「お預け」をし、修理屋の必死の制止を振り切って。

「まぁ、故郷を心配する気持ちは誰にだってあるのよ。仕方が無いんじゃないかしら?」
「姐さんはそれでいいだろうけどさ。怒ったあいつは何やらかすか解らないんだから心配にもなるっての」
「大丈夫よ、あの子、悪い子じゃないから」
「はぁ……」

根拠も糞も無いモイラの放言に、修理屋は頬だけでなく頭も痛くなってきた。
体のあちこちに包帯を巻き、背中に背負ってたアサルトライフルがチャイニーズ・アサルトに変わっている傭兵と何となく目が合う。

(諦めて、受け容れろ)

達観した視線を受け、修理屋はまたしても深々と溜息をつき、ヌカ・コーラを呷る。
完成したウェイストランドサバイバルガイドの記念すべき初版、表紙の髑髏マークは火葬したての様に真っ白だった。

「それにしても、あなたって達観したような顔してた癖に、意外に友達思いなのねー」
「ぶふっ―――!」





















第20話 メガトンに着いた2人は自分の故郷の変貌に驚愕した(中編)





















『馬鹿』はメガトンから続く坂道を、ゆっくりと下っていく。
街道を往来する商人やスカベンジャーは数少ない。

民家の廃墟がひしめくスプリングベールの中程を過ぎた辺りから、周囲の空気が張り詰めるのが解る。
人々の雰囲気も、緊張に満ちたものや逆に緊張を切り抜けた腑抜けたモノになる。

人気の無い民家に入り、手に握ったステルスボーイを慎重に起動。

大きく深呼吸し、呼吸を整えてからゆっくりと前進開始。


スプリングベールの外れ、丁度逆側の坂道の入り口付近。

ライト付きの防盾が、道路を挟むようにして設置されている。
十数人のエンクレイヴ・ソルジャーと二機の地上設置型タレットが警戒態勢で待機していた。
恐らくは、エンクレイヴの検問だろう。

(……)

彼らの姿を見た瞬間、心の中がざわめく。
何時も静かな水面が波紋を広げ、ミルクの海に黒い水滴が落ちたように広がっていく。
どす黒い感情が広がりそうになるのを、『馬鹿』は必死に堪えた。

(落ち着いて)

自分に言い聞かせる。
落ち着いて、急がなければ。
自分を保護しているステルスフィールドは有限だ。
モイラから買った数で、ようやく要件を果たせるかどうか。
こんな出だしの所で、感情の高ぶりによって時間を食っている場合ではない。


あくまで誤魔化せるのは有視界と機械の対人センサー。
迂闊に音を立てたり下手な挙動を取ればたちまち相手に警戒されてしまう。

決して見つかってはいけない。
取り敢えず、中がどうなってしまったのかを確認するまでは。




現在の時間帯は昼過ぎ。
検問と覚しき場所では、背中に荷物を積んだバラモン2匹と十数人のキャラバン構成員がソルジャー達から質問を受けている。
丁度良い。検問要員の意識がキャラバン達に向いているなら幾分突破が楽になるかもしれない。
何人かは流石に周囲に注意を巡らせているが、それでも待機時よりは監視は減じているからだ。


「だから、あんた達でどうにかならないのかって。あの化け物相手じゃ傭兵が束になったって―――」
『我々の任務にクリーチャーの掃討は含まれてない。危害生物の掃討は適時行われているのでそれまで待機―――』


何やらキャラバン達がエンクレイヴソルジャーに訴えてるようだが、無駄だろうと『馬鹿』は思った。
あいつらは奪うだけだ。
何も与えはしない。
そうだ。あのメモリアルの時だって―――。

(考えるな、何も考えるな。静かに、静かに)

揺らめいた精神を集中力で静め、検問を迂回して坂道を上がっていく。
斜面には地雷が幾つか埋めてあったのでセンサーが反応しない様に避けて上がる。
道路は斜面沿いに伸びていき、丘の上の高架道路の下へと続いていくがそちらへは行かない。

『馬鹿』が行こうとしているのは、途中にある岩屋だ。
戦前はあまり目立たなかっただろう丘の中腹に、壊れたフェンスに囲まれた岩屋がある。



そこが、『馬鹿』の育ちの故郷である『Vault101』の出入り口だ。



しかし今はフェンスが撤去され、エンクレイヴと覚しき防盾が幾つも設置されバリケードと化していた。
不愉快げに眉を顰めた『馬鹿』であるが、ここで激発する訳にもいかないので次のステルスボーイを起動し様子を伺う。

(見張りが数人程度……出入りもそんなには無いようだ)

見張りのソルジャー達にもそれ程緊張感は無く、士官はバリケードの内側でチェアーに座りデスク上の端末のキーボードを叩いている。

(既に制圧は終わったのとでも?)

Vault101が制圧され、中の住民が酷い扱い―――最悪殲滅されているかもと凄惨なイメージが脳裏を過ぎる。
19年間共に過ごした人々が無惨な扱いを受けている様をイメージし、『馬鹿』の心は、

(面倒な事になったかな?)

大して痛んではいなかった。


















正直、『馬鹿』はVault101が好きではない。



確かに、19年間育った場所だ。

赤ん坊の頃から、青年期までの間過ごした場所だ。

父親が言うように、安全で危険な思いをしなくても生きていける場所だ。

だが、『馬鹿』は父親が評価する程Vault101を心良く思って等いなかった。




陰湿な嫌がらせや差別は数え切れない程受けた。
人間関係からの疎外は当たり前であり、まともに接する事が出来たのは幼なじみのアマタを始めとするごく僅かな人達だった。
監督官には特に非も無いのによく面罵されたし、追従する連中がそれに習って良からぬ噂を流すから『馬鹿』は孤独だった。


外の世界に出て、自分の生い立ちを知ったからこそ解る。
彼らは生粋の101の人間ではない、部外者である父と自分を疎んじていたのだ。


そんな社会で生きていくしかない『馬鹿』は、幼い頃から歪んだ生き方を形成していった。


どんな扱いを受けようが全てを飄々と流し、精神の安定を保つ。
他人の言うことを笑顔で引き受け、軋轢を生み出さない。
どうしても我慢出来なかったら、笑顔を浮かべたまま仕返しを行い自分が行ったことである事をおくびにも出さない。


それが、Vault101の中で『馬鹿』が培った処世術。

ものごころが付き、自分を囲む環境と同郷者の冷たい視線を感じた頃から彼はそういう風にして生きてきた。
どれだけ蔑まれても変わらない笑顔の裏側で、冷淡な観察眼と狡猾な世渡りの為の知恵と技術を蓄えながら。

父親と僅かな知り合いを除けば、彼は常に孤独だった。
裏側の面を経験の蓄積によって育成し、感情の捌け口としてなければVaultシンドロームになっていたかもしれない。
しかし、彼と父を冷遇し差別した連中を『不慮の事故』で痛い目に遭わせても、空虚な感情は満たされなかった。



その意味では、修理屋は始めて出来た本当の『友達』なのかもしれない。

何故なら、命がけで自分を助けてくれたのはアマタと父親を除けば彼位なものだから。
ブツクサ言いつつも浄化プロジェクトに参加してくれたのも、元の参加者を除けば彼ぐらいだから。
本来なら助けに行かなくても支障が無かったのに、ロプコ施設から救い出したのも修理屋という特異な存在を死なせたくなかったからだ。

激しい憤りで頭に血が上がっていたとはいえ、彼を殴ってしまった事については心底後悔していた。
帰ったら制止を振り切った件も含めてもう一度謝っておこうと『馬鹿』は思った。





『馬鹿』が危険を冒してまで、ステルスボーイを買い占めてまでVault101までやって来た理由は2つ。

僅かな友人達、特に自分の立場が悪くなる事を承知の上で逃がしてくれたアマタの無事を確認したいが為。




そして何より、『ケジメ』を付けたいが為に。

























アマタは、自室へと急いでいた。


先刻、監督官室で物思いに耽っていた時、不意に何かに触れられたような気がしたのだ。
触られた気がした場所に触れてみると、何時の間にか紙切れが貼り付けてある。


紙切れにはたった2行だけ、こう書いてあった。






『質問:Grognak the Barbarianの創刊号はどうやって手に入れる? 

答え:その人のNuka-Colaに失神薬を混ぜて、気を失ってる隙にいただく』







その一文を読んだ瞬間、アマタは誰が紙切れを寄越したのかを理解する。
あのG.O.A.T. の第八問でこんなイカれた選択を選んだのが彼だけだったのを、ブロッチ先生に教えて貰っていたからだ。
本人に聞いてみて確認したのだから本当だ。
あの幼なじみは普段通りの飄々とした態度でこう言った。

「1の選択じゃあ、確実性にかけるし2の選択では後々問題になる。3は万が一見つかったらアレだし」
「それで、4を選んだ理由はなんなの?」

最後に4を選んだ理由を解説した時の幼なじみの笑顔を、いまだにアマタは忘れれない。


「これなら父さんに習った調合で薬を作れるしね。万が一怪しまれたらウォーリー・マック辺りに偽装工作して擦り付けるから大丈夫だよ」

普段飄々と浮かべている笑顔とは違う笑顔。
あの表情は、彼の本音だったのかもしれないのだから。








彼がどうやって這入り込んだのかは解らない。
Vault101の扉は、外部―――エンクレイヴの部隊が開放した時から開いたままだ。
だが、エントランス及び101内部にはVaultセキュリティは勿論、エンクレイヴの歩哨も何人か居るから簡単に侵入できる筈は無い。

それでも、アマタには『彼』なら何となくそれが可能じゃ無いかと思ってきた。
大概の事は難なくやりこなせる彼なら、それ位出来るんじゃないかと思えてくるのだ。
幼なじみ故のひいき目と言われればそれまでかも知れないが。





辺りに誰もいないのを確認してから、自分の部屋に素早く入る。

「やぁ、待っていたよ」

薄暗い部屋の奥にある椅子に、誰かが座っている。
幸い、自分の部屋はカーテンで何時も仕切っている為、外部から見られる事は無い。

「やっぱり……あなただったのね」

部屋の灯りを付け、奥に歩み寄る。
そこには、アマタの知らない彼が居た。


砂埃で汚れた青いVaultジャンプスーツに貼り付けられた軍用アーマーパーツ。
腰のホルスターに下げられたサイレンサー付きの10mm拳銃と、鞘に納められたサバイバルナイフ。
バックパックには予備のステルスボーイと、退避用の煙幕手榴弾が納められている。
何時もはコンバットヘルメットに納められている髪は、手入れがされてないのかぼさぼさになってしまっていた。
顔も煤や埃で汚れ、ろくに手入れをしてないのか顎には無精ヒゲが目立っていた。





20年振りに開いていくVaultの対核仕様の扉を見詰める幼なじみの顔とは、随分掛け離れている様に見える。
まだ、あの事件から1年も経っていないのに。

それでも、アマタには解った。
彼が、幼少の頃から親しんできたジェームスの息子である事を。


「あのネタをまだ覚えていてくれるとは嬉しいね。後、セキュリティを連れて来てくれなくてありがとう」
「……馬鹿、あなたにそんな事する訳ないでしょ。確かに今の私は監督官だけど、幼なじみにそんな事をする訳無いじゃない!」
「はは、嬉しい事言ってくれるね。でも、ゴメスさん辺りだったら連れてきてくれても良かったかな?」
「ゴメスさんは信用出来るわ。でもね、今のVaultで迂闊な事は出来ないの。此処に来るまでに解っているでしょ?」
「エンクレイヴの監視だろ。君の部屋に盗聴器や監視カメラを仕込むほど悪趣味ではないようだけどね」
「……そこまで過剰じゃないわ。いささか、変な所もあるけど」
「……そうか。アマタ、僕が来た理由を話してもいいかい?」
「……ええ」

アマタは椅子に座ったままの幼なじみを見下ろす。
『馬鹿』は椅子に座ったまま幼なじみを見上げる。

「要件は2つさ。まず一つめを果たすよ。アマタ、僕がVaultから出て行った後何が起こった? 何で101にエンクレイヴが居る?」
「…………」
「連中は危険だ。少なくとも僕は理不尽な目に遭わされた。だからVault101がエンクレヴに占領されたと聞いてやって来たんだよ」
「場合によっては、彼らを力尽くで101から排除するつもりでね」
「………………うん、解った。教えてあげる。貴方が此処を出て行った後の事を」
















ジェームス親子がVault101から出てから暫くの間、住人達は兎に角事態の収拾を行うのに手一杯だった。
我が物顔で居住区を這い回り住人を襲うラッドローチの群れを駆除し、ローチ達が出て来たと思われる区画を封鎖した。

次に、混乱時に起きた火災の消火。
立ち籠めた危険な煙を排煙し、断絶したシステムを再接続してスプリンクラーと消火システムを作動。
所々で断水と停電が発生している中で行われた消火活動は困難を極め、住民と消火班、Vaultセキュリティに死傷者が続出した。


ラッドローチの掃討と火災を消火し終わった頃、Vault101はすっかり疲弊していた。

大量に出た負傷者の多くは、軽傷者でも治療期間が長く、重傷者の過半は助からなかった。
医療班の主軸であるジェームスが居なくなり、優秀な助手であり医者であったジョナスをVaultセキュリティが死なせてしまったからだ。
未熟な研修医レベルが数人、医療処置プログラムがインストールされてるからとMr.アンディをも投入された。(結果は大失敗)

軽傷でも医療行為の遅延によって復帰が長引き、重傷者であれば高い確率で助からない。
研修医達は疲労の限界まで治療を続けては医療ミスを連発し、アンディは爪先の裂傷を治療する為に足を切断して患者を死亡させ。
ただでさえ減少の一途を辿っていたVaultの人口は、事件を境に急激に減少してしまった。

人口が減少するという事は、労働人口も減少するという事である。

Vaultを維持するための整備士、規律と治安を維持する為のセキュリティ。
健康管理と怪我や病気の治療を行う為の医師、プラントで必需品を生産する為の作業員。

あらゆる人材と、機能を維持する為の人数が不足した。
緊急時にはロボットによる作業補助が検討されるのだが、そのロボットも火災と混乱により数が減少していた。


普段は神経質過ぎる程(監督官が潔癖症だから)綺麗に清掃された通路や室内は、火災時の煤すら拭われず徐々に汚れていった。
プラントはオートメーション化されているとはいえ、限られた人数で回しているのでメンテナンスが不十分になり稼働率が下がり始めた。
200年間騙し騙し使用していた原子炉は、事件時の火災の余波で不調を来し始め、整備班は神経を磨り減らす気持ちで発電器と浄水チップを動かしている。
空き部屋が増え、人通りも少なくなり、誰の顔も暗くなっていった。


誰も彼もが疲れ、普段は絶対に口にしない監督官への愚痴や不満が公然と漏れ始めた頃。


アマタを中心とする、若者達がVaultの扉を開放する様に要求し始めたのだ。





騒動の前であれば、一笑された後で教官か監督官にきつい説教をされそれでお終いだったろう。
Vaultの住民にとって、自分達が生きる世界はVault101内部のみ。
200年間、人々はここで生まれ此処で育ち此処で死んでいったからだ。

しかし、誰しもが若い頃に外の世界を覗いてみたいと欲求すると言われている。
広大な面積を誇るにせよ、有限の世界であるVault101の地下世界。
無限とも錯覚する程に広い、放射能に犯された核戦争後の世界。
Vaultの大人達は外を見たいという子供達に口を揃えて言う。

『誰しもが若い頃に一度はそう思う。だが、ここより安全な場所は無いし、此処に生まれたら此処で生きるしかない』

Vaultの対核用の扉は、開けてはならない。
監督官に言われるまでもなく、それが101の掟だった。


しかしここで、アマタ側は反論の物証を示した。
彼女が監督官室のターミナルから抜き取った、かつての外世界調査隊のデータである。









それは20年近く前に行われた、Vault101の外界調査隊による外世界の調査。
一般の住民には秘匿され、セキュリティと幹部によって編成された調査部隊の話だ。

彼らは『開けてはならない筈の』Vault101の扉を開け、外世界へと出た。
そして周辺の環境調査を行い、近くの居住区へと人員を派遣し滞在したのだ。
長き滞在によってデータは蓄積され、定期的な外部との接触への礎になる筈だった。

だが、複数の事故と中核メンバーであった当時の医務長の死により、調査隊はその成果を公表する事を止めた。
公表する事を止め、調査隊を撤収し『外界との接触』を無かった事にすると決めた。

それを判断したのは、医師の代わりに調査隊を指揮したアルフォンス・アルモドバル。
つまり、若き日のアマタの父親。

彼に率いられた調査隊は扉の内側に戻り、Vault101の扉は厳重に閉鎖された。
1人の見慣れぬ男と、男の腕に抱えられた赤ん坊。数本の死体袋を引き連れて。









アマタが公表したデータ内容は、若者達の更なる煽動を促す一方で、監督官に従う保守派の反発を受けた。
当時の世代は、表向き秘匿されていても薄々気付いていたのだ。外世界に住人の一部が出ている事を。
そして彼らが死傷者を出し、外世界での活動を諦めたのも。

「やはり外の世界は危険なのだし、あの時に引き入れた男の所為で混乱が起きた。余計な事を考えずこの101で生きればいい」

両派閥の意見は衝突し、お互いの態度は硬化した。

監督官側は、強攻策に出れない。
ただでさえ少ない人口だ。内乱など起こしたらそれこそ取り返しが付かない。
一部強硬派は武力解決を主張し煽動したが、身内が相手だけに大半は拒絶し開放派の根負けを望んだ。

開放派も、強くは出れない。
あくまで、共同体として外部との接触や交易を行いたいと主張しているに過ぎないからだ。
力尽くで扉を開けて、自分達だけで飛び出すつもりはない。
彼らにとってもVaultは世界であり大事なものなのだから。





双方の睨み合いは続き、ますますVaultの機能が低下していく。
監督官は部下からの突き上げを喰らい、アマタ達は物資の欠乏に悩まされる。


いよいよどちらかが暴発するかと思えた頃―――。






その日、アマタは監督官室に再度潜入する計画を立てていた。

「…………………………彼に助けを求めましょう」

あの事件の日、自分が外の世界に逃がした幼なじみ。
今でも生きているのかすら解らない。彼は今どうしているのだろうか?

アマタ個人として、彼に生きていて欲しい。
開放派のリーダーとして、彼に生きていて欲しい。

そして、自分の放送を聞いて戻って来て欲しい。
彼のPip-Boy3000なら、Vault-Tec Vault101の緊急救難信号を受信出来る筈。

もはや、事態は彼女の手に―――いや、彼女の父親の手にすら余った。
互いが引けない以上、このままではVault全体が破滅してしまう。
戻ってきてくれるかすら定かではないが、幼なじみが戻ってきてくれる事に望みを賭けるしかない。

とっておきのステルスボーイを手にし、放送する内容を録音したホロテープをポーチに入れる。
後は監督官室に潜入してターミナルにアクセスし、ホロテープの内容を救難信号に入れて発信。
彼が入って来られるようにパスワードを自分の名前に変える。これで何とかなるだろう。



「おい……なんだか、騒がしくねぇか?」

いざ、出発しようとした時、開放派の拠点出入り口を見張ってたブッチ・デロリアが疑問の声を上げた。

人のざわめき、怒るような声、大勢の人間が歩き回っているような音。
101の奥まった位置に存在する古い診療所と学校は、Vault101の出入り口からは遠い。
しかし、その奥まった位置にも、その騒々しい音が近付いてくる。

「アマタ、これは一体……?」
「まさか、強硬派が動き出したのかしら!?」

保守派の中には、こちらを害してでも騒動を鎮圧しようとしているセキュリティが居ると聞く。
彼らが長引く対峙に痺れを切らし、強硬手段に打って出たのかとアマタは思ったのだ。

だが、事態はアマタの斜め上を駆け上っていく。

「お、おい! 監督官だ、監督官が来たぜっ……え?」

ブッチの間の抜けた声は、近付いてきた大勢の足音に掻き消された。
なにせ、その足音の群れは金属的で重々しかったからだ。

「アマタ……」
「父さん……その、後ろに居る人達は?」

疲れ切った面持ちの父親。
そして後ろに居る白いコートを羽織った見知らぬ男。
更に後ろには、十数人のまるで西洋甲冑のような装甲を纏った存在が居た。

アマタには、状況が理解出来なかった。

これが父親の後ろにいるのがハノン警備長で、Vaultセキュリティの面々だったらまだ話が解る。
父親が苦肉の策として強攻策を指示し自ら率いて鎮圧に赴いた……で納得が出来るからだ。

しかし、後ろに居るのは見たこともない男と、見るからに危険そうな装甲を纏った集団だ。
しかも彼らの手にはレーザーライフルが握られている。

対する開放派の装備と言えば、ブッチのナイフにセキュリティからくすねた警棒十数本と改造BBガン数丁及び弾数百発。

Vaultセキュリティにさえ危うかったのに、あんな相手では勝ち目なんてあり得ない。
戦闘になれば、瞬く間に彼らの放つレーザーによって開放派はみんな灰の山にされてしまうだろう。
最悪の展開、皆殺し。アマタの緊張は限界に達していた。


「落ち着きなさいお嬢さん」

血の気の引いた顔で立ち尽くすアマタに対し、声をかけたのは父親ではなくコートを着た男だった。

「ひっ!?」

見知らぬ男に突然声をかけられ、腰が抜けてしまう。
開放派のメンバーも緊張の余り、アマタを助け起こす余裕もなく慌てふためくのみ。

父親だけは反射的に助け起こそうとしたが、先に手を差し伸べたのはコートの男だった。


「そんなに緊張しなくても大丈夫。我々は貴方達を助けに来たのだからね」

男は厳つい顔立ちを意外な程柔和に歪め、アマタの手を引きを優しく立ち上がらせた。
流石に黙っては居られなかったのか、父親が声を掛けてくる。

「大丈夫か、アマタ!?」
「う……うん、父さん、この人達、誰? 何処から入って来たの!?」

当然と言えば当然な質問。
これに答えたのもやはりコート姿の男だった。

「エンクレイヴ、だよお嬢さん」
「エ、エンクレイヴ?」
「その通り、正統なる米国合衆国の政府にして、この荒れ果ててしまった世界を再興させる為に動いている組織。それが我等エンクレイヴ」

そして、と前置きし男はゆっくりと父と娘に対して敬礼をした。

「私は、アウグストゥス・オータム大佐。キャピタル・ウェイストランドに展開するエンクレヴ部隊の指揮官である」





















ジェファーソンメモリアルのメインホール



ほんの一週間ほど前までは、浄化プロジェクトのチームメンバーが忙しく働いていた場所。
今はもはやエンクレイヴの接収した実験施設と化していた。

白衣姿や作業着を着た作業員の代わりに、全身を包む防護服に身を固めた男女が忙しく働いている。
彼らはエンクレイヴ・サイエンティスト。エンクレイヴに所属する優秀な化学者及び技術者である。
彼らは浄化プロジェクトのメンバーに代わり、この装置を動かすための作業を行っているのだ。

そして、装置の中枢にある巨大な水槽の中に、1人の男が浮いていた。
彼の名はアウグストゥス・オータム。エンクレイヴの大佐であり、このメモリアルの責任者でもある。
彼は今、指揮下にある部隊を統括する将校達に対して指示を裁可している真っ最中だった。

「以前報告がありましたタロン・カンパニーに関する報告です」
「各治安維持区域でエンクレヴの部隊と交戦、または市民に対する掠奪及び殺傷を行っている為、今後の活動と計画に悪影響を及ぼす存在とされます」
「そうか。レイダーだけではなく傭兵まで反社会的行動に精を出しているとは。つくづく度し難いな」
「そこで、参謀部からの提案であります。組織としての継続性を断ち切る為に彼らの本拠地を自壊させる事を提案致します」
「自壊とは?」
「タロン・カンパニーの本拠地は首都郊外に位置する旧バニスター軍事基地です。確認した所、本営から同基地のミサイルサイロにアクセスが可能です」
「成る程……自爆コードを送り込むと?」
「はい、制御コンピュータにアクセスをし、自爆コードを入力。サイロ内の戦術核ミサイルを自爆させカンパニーの本拠地を壊滅させます」
「周囲への被害は?」
「サイロ内部での爆発ですので、基地周囲で留まるものかと。ミサイルも戦争時に戦術級ミサイル一本を残して発射済みですから被害は最小限に収まるでしょう」
「そうか……よろしい。治安の為にもタロン・カンパニーには滅んで貰わねばならん。午後の会議の後、参謀部に手続きを行おう」
「はっ」

ウェイストランドでのエンクレイヴの作戦活動内容を、大佐は次々と裁可していく。
愚連隊のタロン・カンパニーに対する殲滅を指示した後、大佐は一番気になる武装勢力の名を挙げた。

「Brotherhood of Steelの動きは?」
「兵力の移動はありますが精々分隊規模です。都市部に存在する拠点、及び駐屯地に兵力を集めてはいますが軍事行動の予兆はありません」
「我々に対する行動は?」
「は、大佐殿のご指示通り、こちらからの攻勢を掛けてない為か今だ交戦はありません。向こうも交戦を控えている様子ですが」
「成る程、件のエルダー・リオンズだったか? 奴は無謀な攻勢はしない様子だ。あの、アウトキャストという連中は違うようだがな」
「は、彼らは此方を視認するなり交戦を仕掛けて来るとの報告が相次いでいます。パトロール部隊数個分隊に損害が出ております」
「ふむ、様子を見る限り、アウトキャストの方が如何にも西海岸の者達に近しい様だ……スクロウズ少佐」
「はっ」

控えていていた士官達の中で、少佐の階級章が着いたコートを羽織っている男が前に出る。
浄化装置の水槽の中で、首だけ水の上に出したまま大佐は新たな指示を出す。

「指揮下の空中機動中隊を率い、彼らの拠点と覚しき旧インディペンデンス軍事基地を殲滅せよ」
「了解しました。直ちに出撃準備に入ります!」

敬礼をしたスクロウズ少佐は、浄化装置が設置されているメインホールから去っていった。
これからアダムス空軍基地に戻り、手持ちのベルチバード部隊に強襲兵員を載せて攻撃を開始するのだろう。

「ブラッドリー・ハーキュリーの残弾に余裕があれば、直接兵力を投入せずとも殲滅出来たのですが」
「言うな中尉。あれは我々の切り札だ。今の所は必要性を感じてはおらんが、最悪の場合国防総省ビルに照準を合わせねばならん」
「はっ、その通りでありました。出過ぎた発言をお許しください」
「よい、報告を続けたまえ」
「はっ」

副官は新しいクリップボードを取り出し、ウェイストランド各地に展開したエンクレイヴ部隊の経過報告を行った。
小さな問題やトラブルは続出しているものの、おおまか作戦開始前の計画通りに進んでいるようだ。

「問題は出ておりますが、全体的な出だしは順調であります」
「楽観視は出来ん。メモリアルと浄化装置の確保、防衛ラインの構築及び治安維持地域と航空支援のリンクは完成した。だが、少なくない損害も出ている」
「はい、情報局と航空偵察から得た情報以上にワシントンの治安は危険な状態です」
「故にだ。一刻も早く民心の掌握を行いたい。この地をエンクレイヴの首都へ復興させるに辺り、彼らの労働力と経済力が必要だ」
「愚かな民衆にそれが理解出来ますでしょうか。力ある我等に対し、恐れか反発しか抱かぬ連中です」
「問題ない。現状では反発が多いようだがレイダーや危険生物の討伐はそれなりに好評の様だ。更に浄化装置が正常に稼働すれば、好転するだろう」

大量の精製水を毎日、たっぷりと支給される。
体の渇きを癒しても余りうる程の安全で新鮮な水を。
一部を除き常に渇きと放射能に悩まされているウェイストランド人達にとって、毎日精製水が飲める生活はまさに夢のようだ。

加えてエンクレイヴの強大な軍事力。
日々、スーパーミュータントやレイダーの様な存在に怯える人々にとって、自分達を保護してくれる組織は諸手を挙げて受け容れたくなるだろう。

こちらは軽くそれを喧伝するだけでいい。
安全な水と安全を求め、人々はエンクレイヴに群がる筈だ。
人々が集まれば街が出来る。エンクレイヴは街を擁護し、自分達の持つ先進技術で文明を蘇らせる。
街はやがてかつてのワシントンを取り戻し、その頃には『合衆国首都』に返り咲いているだろう。



(…………まぁ、それを『彼』は求めんし、理解しようとはせんだろうがな)

ふと、大佐は暗い考えに囚われた。
恐らくは浄化装置が正常に稼働した時点で、『彼』は何らかのリアクションを起こすに違いない。

(しかし、あの考えは余りにも危険で過激すぎる。実行したところでこの大地に何が残るのだ? 所詮『彼』は……)

自分を含む過半の将校が実行に対して強硬に反対し、あの計画を中止する様追い込んだ。
だが、まだ『彼』は何か含むものを抱えているような気がする。
あくまで、オータムの懸念に過ぎない事ではあるが、嫌な感覚が凝りの様に残っている。

(いまだ、あのような考えに固執しているようであれば、私にも考えはある)
「大佐……大佐殿?」

プカプカと浮きながら物思いに耽っていた大佐に、副官は恐る恐る声を掛けた。

「ん、どうした中尉?」
「そろそろ……水槽から上がられては如何ですか。その……装置内とは言え汚染された水ではありますのでお体に」
「ふっ……私の肉体はそこらの汚水程度で参る程惰弱ではない。ピッツバーグの河川ぐらいでなければ堪えんな」
「あ、あの、そういう問題では」
「中尉、君は私がこの程度の放射能汚染に参る男だと思っているのか?」


アウグストゥス・オータムは、中尉が心服し仕えている人物である。
実務、作戦立案、前線指揮、カリスマ性、全てに置いて一級品だ。

だが、十数年前から筋肉に異様な程傾倒している点だけは閉口している。
十数年前、数日間行方不明になっていた間、何があったのかと中尉は非常に疑問に思っている。


大佐は東部付近の視察している途中、搭乗機のベルチバードごとロストし数日程行方不明になった。
救出時、医療班に搬送されながら何故か下着姿の大佐は「筋肉……フォォォォ!」と譫言を呟き続けていたと言う。


それからだ、彼がおのれの肉体を異常なまでに鍛え始めたのは。
中尉は長く大佐に仕えているが、大佐の性格や価値観が大きく変化したのもあの頃だと記憶している。

(一体何があったのか……何度か窺ったが答えてはくださらなかった)

中尉が過去の疑念に囚われているのを尻目に、大佐は不敵な笑みを浮かべていた。

「私のボディには問題ないぞ中尉。それよりも、だ。浄化装置を完成させる為の情報を得た」
「なんですと!?」

驚いた表情を浮かべる自分の副官に悪戯っぽく言い、ひとっ飛びで水槽から脱出。

「ぬぉ!?」

した後で勢い余って大理石の天井に頭部をぶつけ頭突きで石に罅を入れる。
しかし、本人は平然と装置脇の通路に着地し、従卒から受け取ったタオルで体を拭きながら話を続けた。

ちなみに新参の将校は驚いているが、副官である中尉を始めとする付き合いが長い将校は全く動じてない。
この程度の事で驚いていては、オータム大佐には付き合っていられないからだ。

「Vault101のターミナルデータを解析した情報局によると、『G.E.C.K.』がこの地に存在するようだ」
「まさか、あの奇蹟のシステムがこの地に存在すると言うのですか!?」
「ああ、『G.E.C.K.』は当時のVault-Tec社が極秘裏にVaultに対し配置したものだ。我等、エンクレイヴに対してですらな」

Vault-Tec社は戦前に存在した米国の大企業である。
しかし、その実態はエンクレイヴの息が掛かった存在であり、政府の支援の元合法非合法問わずあらゆる研究が行われていた。
その中でVault-Tecが生み出した最高傑作の1つが『G.E.C.K.』だ。

天才、スタニスラウス・ブラウン博士が開発した無から有を生み出す惑星開発モジュール。
核戦争で人が生きる事も動植物が存在する事も適わなくなった大地を、川を、海をかつての清浄な状態へと戻す奇蹟の筺。

実際、西海岸のVaultシティと呼ばれるVault8を中核とした街は、Vaultに配備されていた『G.E.C.K.』によって奇跡的な復興を遂げた。
Vaultの住人達は『G.E.C.K.』を起動させ街を中心とした大地の穢れを浄化し、戦前と変わらぬ肥沃な大地を作り出したのだ。

エンクレイヴは、あの奇蹟をワシントンで起こす事を望んでいる。
『G.E.C.K.』をこの浄化装置に設置し、浄水プラントを稼働させれば本当の意味でエンクレイヴの復活が始まるのだ。

(しかし、大した装置だよ。これを作り出した者達にも相応の報酬と待遇を出したかった。私自らが赴くべきだったな)

メモリアル接収の際に起きた騒動は、大佐にとって苦い失敗だった。
あの大尉は繰り返し念を押しておいたのにも関わらず、強攻策で記念館を制圧した。
おかげで交渉(脅迫でしかない)は頓挫し、研究チームはBOSの要塞へと逃げていってしまった。

愚かな大尉にはしかるべき処断を下したから良しとしても、優秀なエンクレイヴサイエンティスト達の数は限られているのだ。
大佐としては引き続き彼らに浄化装置の研究を続けさせるつもりだったが、予定にかなりの修正が迫られてしまっている。
各拠点のサイエンティスト達を引き抜き、この浄化装置の完成と起動手順を行わなければならない。
現在詰めているサイエンティスト達の人数では些か不十分なのだ。

「我々としても『G.E.C.K.』を早急に確保したい。市内にあるVault-Tec本社の位置は把握しているな?」
「は、本営のデータベースに照合し、把握しております」
「至急、調査隊を派遣し本社内にあるデータを確保、『G.E.C.K.』の所在を確定する資料を確保せよ」
「はっ!」

大佐はジェファーソン像が納まっている浄化装置の水槽を見上げる。
そこにはポトマック川の汚染された濁り水が溜められている。


(この汚染された水を、必ずや清き水へと変えて見せよう。その時こそ、我等が本当の意味で歩み始めるのだからな)


強い決意を胸に、大佐はメモリアル・メインホールから去っていった。



「大佐殿、服を、着てください!」









ちなみに彼が何故装置内に入っていたかと言うと。
『筋肉に直接浄化プロジェクトを感じたかった』だからだそうだ。
















続く







[10069] 第21話 メガトンに着いた2人は自分の故郷の変貌に驚愕した(後編)
Name: taka234Me◆6742ef9e ID:c3103dd8
Date: 2010/02/24 04:51













「…………それが、五日前に起きた事よ。このVault101の管理者は建前上は私だけど、実質的にはエンクレイヴだわ」


アマタの話は、終わった。

いまや、Vault101はエンクレイヴの管理下にある。
前任の監督官……彼女の父親は、Vault101の閉鎖解除を機にエンクレイヴの承認の元アマタへ監督官の座を譲り隠居。
事態を収拾できなかった事と、エンクレイヴの介入を易々と許した事に関する自責の念故にアマタに職を譲った。


アマタ達はエンクレヴの保護と支援の元、施設の復興と外部との接触に備えての準備を行う事となった。
エンクレイヴ側への対価は、Vault101の中枢ターミナルへのアクセス許可と101の一部(入り口付近)をエンクレイヴの拠点として譲渡する事だった。
それがエンクレイヴの要求した全てであり、保守派は兎も角、開放派は拍子抜けした。
最悪、Vault101そのものを没収されるものかと思っていたからだ。

何にせよ、Vault101の状況は何とか改善しつつある。
ラッドローチに住み着かれた区画は、エンクレイヴの殺虫剤を注入し全滅させた。
エンクレイヴが持ってきた部品で、発電器と浄水チップの修理は完了した。
人々には余力が出来、対立状態で荒れ果てていた101内の清掃と整理を行う事も出来るようになった。

保守派達は入り口付近とはいえ、外部の者達に施設が占有されたのを内心不満に思っているようだがそれは栓のない言い分。
発電器と浄水チップが正常に稼働し、プラントが作業用ロボットの追加で以前の様な生産状態へ復帰させ劣悪だった配給状態を改善した。
藪医者であるMr.アンディーの代わりに派遣された軍医も患者に適切な処置をしてくれた。

みな、解っている事なのだ。
エンクレイヴに救われて、そして完全に手綱を握られた事を。
衣食住、全ての要素にエンクレイヴが這入り込んでしまった。
こうなってしまえば、彼らの庇護の元生きていくしかなくなる。
おそらくは、あの大佐もそこまで織り込んだ上で乗り込んだのだろう。

「だから、彼らには……エンクレイヴには手を出さないで欲しいの」
「……………………」
「ここはもう、彼らの助力無しでは生きていけないのよ」
「………………解った」

アマタの言葉に、『馬鹿』は無表情のまま頷く。
あの日の事件まで何時も笑顔を浮かべていた幼なじみの変貌に、アマタの胸は激しく痛んだ。

(あなたは、変わってしまったの? それとも……)

私が、あなたの本当の姿を知らなかっただけなのだろうか?
アマタには解らないし、『馬鹿』に聞いてもおそらくは答えてくれないだろう。

彼女は気付いているのだ。

自分と幼なじみの間に、深い溝が出来てしまっている事に。
立場の違い、生まれの違い以上の隔離を。





暫くの沈黙の後、『馬鹿』が口を開いた。


「一つめの要件は果たせた………………二つめの要件だ。これだけは、どうしても果たさなきゃいけない」

『馬鹿』は静かに、アマタを見据えて続ける。

「……アマタ、僕をVault101から追放してくれ。それが、僕が此処に来た最大の理由だ」
「……あなた、何を言っているの!?」




幼なじみの言葉に、両手で口元を押さえアマタは目を見開く。
『馬鹿』は無表情のまま、静かに別離の言葉を続ける。

「元々、僕は此処で生まれた存在ではない。Vault101で生まれ、生を終える人間じゃない」
「…………」
「外に出てみて、はっきりと解ったんだ。あの危険極まりない、窶れ果てた荒野が僕の故郷なんだって」
「僕と、純粋に此処で生まれて育った君とでは違うんだ」
「!!」

アマタの目に、涙が溢れる。
『馬鹿』の心に微かな、しかし確かな痛みが発生する。
だが、それを表に出す事はない。
自分にとっても、アマタにとっても良くない事だろうから。

「だから、ここでケジメを付ける。今の監督官は君だ。君が、僕を、危険分子である僕を追放するんだ」
「で、でもあなたは」
「解ってる。現状でも追放状態だ。僕も、もう二度と此処へは入らないだろう。だけどね」

『馬鹿』は、真っ直ぐにアマタを見詰めた。

「これだけは、君にやってもらなければ駄目なんだ。そうでなければ、僕は前に進めない。父さんを喪ってしまったから」
「えっ……ジェームス、おじさんが?」
「死んだよ。エンクレイヴの連中の所為でね。正直、此処に居座っている連中を残らず撃ち倒したい位さ」
「…………」
「勿論、彼らは直接の仇じゃないし、ここで戦闘をやれば君達に累が及ぶから何もしない。
僕と父さんを疎んじた連中は兎も角、君やゴメスさん達に何かあったら申し訳無いからね」

アマタは、先程からろくに話せていない事を口惜しく思った。

恐らく、自分は彼の望む言葉を言わなければならなくなる。
あの混乱をもたらした事件に関わった幼なじみは、既にVault101に住むことは出来ない。
アマタも立場上、それを許してはならない。
エンクレイヴが居る以上、尚更の事だ。



「私は……」

アマタをじっと見据える『馬鹿』。
彼に対して、アマタはゆっくりと口を開き……。



























第21話 メガトンに着いた2人は自分の故郷の変貌に驚愕した(後編)


























モイラに居場所を聞き、向かったのはメガトンの中心である不発弾広場だった。

戦中に戦略爆撃機から投弾された戦術級核爆弾、大きなクレーターを作ったけど爆発は起きなかった不発弾。
壊滅したアトム教団が御神体として崇めていたソレは、街のシンボルであり畏怖の対象でもあった。
これが爆発すれば、メガトンとその周囲は消滅してしまう。
しかし多くの住人は『爆弾の爆発による脅威よりも、日々の暮らしの大変さ』を脅威としてた為に今まで放置されていた。






その核爆弾の周囲に廃材で作られた簡単な足場がある。
核爆弾の水溜まりの上に作られた足場に腰掛け、爆弾の外殻を外して何やら作業をしている男が居た。
彼は黄色い全身をすっぽり覆う服……RADスーツ(放射性汚染防護スーツ)を着て、工具を取っ替え引っ替え内部に突っ込んでいる。
どうやら、男は爆弾をどうにかしたい様子ではある。


『馬鹿』は遠巻きに見守っている住人に尋ね、どうやら探していた人物が彼である事を知った。
『馬鹿』は住人のように恐れる様子もなく不発弾広場に近付いていく。
左手のPip-Boyが不穏なアラームを流し始めたので、『馬鹿』はウェストポーチから取り出したRAD-Xを口中に放り込んだ。

Pip-Boyのアラーム音を聞いたのか、RADスーツ姿の男が振り返った。
スーツに頭部も覆われている為、表情は見えなかったがはっきりと溜息を付く仕草を見せる。

「お、戻ったか…………で、101で問題は起こさなかっただろーな?」
「うん、問題なく戻ってきたから大丈夫……後、ごめんね。また独断で動いて」
「………………はぁ、まぁ、落ち着いたみたいだから良いけどよ。ところでお前、服、どーしたんだよ?」

振り返った修理屋の視線に映った『馬鹿』の服装は、普通のコンバットアーマーだった。
いつもの見慣れた、青いVault101スーツの改造版では無かった。
見た感じ、彼は人の良さそうな青年の傭兵だ。
肌も陽に焼け、良い具合に薄汚れている。
脇にウェイストランドサバイバルガイドを抱えている所を見ると、ここに来る前にモイラの店に行った様だ。


最初にメガトンで擦れ違った時の、青白い肌の、あの目が覚める様な真っ青のジャンプスーツの印象は全く残ってない。


修理屋の問うような視線を浴び、『馬鹿』は若干途惑った表情を見せた。
やがて途惑った顔は無表情になり、最後には無理矢理作った様な笑顔へと変わった。


「もう、良いんだ。アレは、僕には必要無いんだ。だから、モイラさんに預けて来た」
「………………………………そっか」


帰郷して踏ん切りが付いたという事かもしれないなと、修理屋は思ったが彼の心境を鑑みてそれについて深く問うのは止めておいた。
今の奴の心境に踏み込んで良いのは、事情を深く知っている彼の父親ぐらいなものかも知れない。
その父親が死んでいる以上、誰も彼の心境を理解は出来ないだろうし詮索するのも愚かしいというものだ。


だから、修理屋はそれ以上Vault101の話題を口に出す事は無かった。

「それで、何をしてるの?」
「見るか? 核爆弾の起爆回路を解除してるんだけどよ……あ、RAD-X飲んでからにしろ。放射能が少し漏れてるからな」
「うん、大丈夫。ちゃんと飲んでから来たし」

核爆弾の周囲に組んだ足場に腰を据え、RADスーツに身を包んだ修理屋が工具箱から工具を取り出す。
確かに先程からPip-Boyのガイガーカウンターが注意を促すアラームを鳴らしている。
これ以上近付くと放射能を感知する特徴的な『ガリガリ』という嫌な警告音になるに違いない。

「アトム教団の連中が五月蝿くて今までやりたくても出来なかったんだけど、これをこなせれば取り敢えず『義務を果たした』事にしてくれるってさ」

修理屋が軽く顎をしゃくった方を見ると、シムズ保安官と数人の自警団の姿が見える。
恐らくは、解体現場の立ち会いと監視なのだろう。

「意味ねぇよなぁ。遠巻きにしたってさ、爆発が発生したら吹き飛んで死ぬのに違いは無いってのによぉ……いっひっひ」

悪趣味な笑顔を浮かべ、修理屋は爆弾に向き直る。
もっとも防護服に覆われているので、『馬鹿』にはその笑顔は見えなかったが。

「だいじょーぶさ、遠出の間にスキルを上げた俺の腕にかかれば、こんな爆弾の起爆回路を解除するなんざケチャップの蓋をあk」

死亡フラグの台詞は、『馬鹿』が口を塞いだ為に途切れた。

















結果として、核爆弾の解体は成功した。

シムズ保安官は修理屋の義務が達成されたと承認。
修理屋は早速また遠出を希望し、シムズ保安官を激怒させる事になる。

『馬鹿』の取りなしにより何とか遠出の許可は得られたものの、条件として相応の『結果』を出さなければならなくなった。





つまり、浄化プロジェクトを達成して水利権などの有利的なモノを引き出さないと、今度こそ修理屋が街を追い出されかねないという事である。
















「早くVault87に到達しないとなぁ……どうするかな」

新しいヌカ・コーラを冷蔵庫から取り出しながら、馬鹿はリビングの机の上に広がっている地図に目を通した。
Pip-Boyから抽出した地形データをターミナルに転送、モイラの店で印刷したものである。

「真っ直ぐ西進してリトルランプライトに行くのはどうかな?」
「それが一番手っ取り早いんだけどな。あっちこっちにエンクレイヴの検問やキャンプがあるから地図通りとはいかないだろうよ」

ここ一週間で、ウェイストランドは目まぐるしく変わりつつある。
以前ジェームスの所在を捜索する為に西部へ旅立った頃より困難になるかもしれない。

「加えてだ、馴染みのキャラバンから不吉な噂を聞いたんだわ。最近、交易路にデスクローが出るってよ」
「デスクロー?」
「お前な、デスクローって言ったらこの荒れ地を旅する者にとって最悪の代名詞だぞ?」

『馬鹿』には初耳のクリーチャーだったが、修理屋は露骨に顔を歪めてデスクローについて講釈をした。



曰くデスクローとは、ウェイストランド人にとって死に神と同義である。
二足歩行する二メートル以上の蜥蜴が、人よりも早い脚力で近付きホラー映画の怪人の様な長い爪で攻撃してくる。
強靱な筋肉と外皮は拳銃やハンティングライフル程度では殆ど通じず。
ライフル弾か貫通力の高いマグナム弾、またはエネルギー弾を集中的に叩き込まなければ致命傷とならない。
尋常では無いタフさを持つこの化け物に比べて人間は酷く脆い。
こちらが銃弾を撃ち込む間にもデスクローは苦を感じさせる様子も無く間合いを詰め、両手の爪で人間を薙ぎ払うのだ。
その爪に薙がれれば最後、余程防御力の高いアーマーなどを着てなければズタズタに引き裂かれ即死するだろう。
たった数匹のデスクローにオールド・オルニーと呼ばれた中規模の集落が壊滅し、その後デスクローの巣窟になっているのは有名な話である。
パラダイスフォールズより北側に殆ど集落や人家が無いのは、デスクローの活動範囲である言うのも全くの事実でもあるのだ。


「主に北側の山間部、北東のでかい廃墟付近に徘徊してるだけどな。奴と鉢合わせしたら大概の連中はお終いさ」


まともに戦ったら、傭兵の分隊程度なら間違いなく皆殺しにされる。
装備が悪く足の遅いバラモンを連れたキャラバンなら尚更だろう。
万が一デスクローと遭遇した場合、キャラバンはまずバラモンを囮にし、その後で各自バラバラに逃げる。
まとまって逃げた所で戦闘時のデスクローの脚力には人間では勝てない。
だから、せめてバラバラに逃げて全体の何割かが生き延びれば御の字なのだ。


あの化け物に勝てるとすれば、強力な光学兵器を装備しパワーアーマーを着たBrotherhood of Steelかエンクレイヴの部隊だろう。
相手がスーパーミュータントであろうとも挑んでいくタロン・カンパニーでも、デスクローとの交戦は避けている位なのだから。

「その化け物が、だ。何故かポトマック川より南側でも時折確認されるようになったんだよ」

おかげで、各集落の混乱にもめげず交易路を巡回しているキャラバンが何組か壊滅させられてしまった。
馬鹿が出かけている間にも、仲間がデスクローに皆殺しにされたキャラバンが「どうにかして」とメガトンに泣きついてきたらしい。
メガトンには余力が無いからと断ったら、検問のエンクレイヴにも素っ気ない態度を取られたと憤慨していたとの事だ。

「そこで、だ! 俺達もパワーアップしなきゃ生き残れない。そう思って打てる手を打っておいた!!」

修理屋が指差した方向には工房でのオーバーホールが終了し、再起動した軍曹と新兵の姿があった。
『馬鹿』は気が付いた。軍曹の方だけ、細部の部分で変更が為されているのを。

「見ろ、貨物用モジュールを縮小し代わりに装甲とウェポンを強化した軍曹の勇姿を!」
「アームの火炎放射器とタンクを撤去。代わりにプラズマガンを2丁に増加し、支援火器としての機能を増大させた!」
「内蔵型グレネード砲も搭載弾数を倍加。弾種も煙幕からナパームまで選り取り見取り! スラスターも強化したから移動力の低下も問題なし!」
「更に装甲パーツも追加したんだぜ。これでヤオグアイのパンチ数発で沈んだ従来型よりも堅固になったぁ!!」

パンパカパーンとファンファーレが鳴ったような気がする。
『馬鹿』は1人だけ熱心に拍手をした。

「おおー、やっぱり君って器用だよねぇ~」
『司令官殿のご厚情に深く感謝致します。これからも蛆虫共を祖国の為にくたばらせる事を無上の喜びと致します!!』
「まぁ、だから荷物持ちは新兵に任せろよ。雑用は新兵の役割だし、な?」
『……軍隊生活は辛いでありますっ!』
「あー、後でセンサーとレーダー強化してやるから、それで我慢してくれ」

尚、ドックミートの火力強化案は、背中に大砲を搭載しても反動により弾道が安定しない事を理由に却下された。
核動力のジェットスラスターパックによる強襲仕様も、飼い主と本犬の断固とした抗議(噛み付き)により却下されたという。

















かくして、Vault101から飛び出した孤児と、メガトンから出た修理屋は再び荒野に出る。

西部に存在するVault87を目指して。

















まず、犠牲になったのは先頭のレイダーだった。

狙撃銃から放たれた高速徹甲弾は、周囲を警戒しつつ獲物を探してた男の首を真横から撃ち抜いた。
男がポンプの様に鮮血を吹き続ける首筋を押さえ、ゆっくり前のめりに倒れる。
残りの8人のレイダーが口々に罵声や警告を叫びながら、左右に向けて獲物を構える。
斜面沿いの木立からポンという間の抜けた音が聞こえたかと思うと、隊列の前列中央で小規模の爆発が起きた。

「グレネードだぁ、散れ!」

3人が戦闘不能になりレイダー達が散開した時点で、襲撃してきた相手が姿を現した。
自分達の居る窪地を見下ろす丘の上からアサルトライフルを撃ちながら突撃してくる傭兵らしき男。
窪地から見て斜面にあたる場所に生えている茂みがズポッと持ち上がり、ガッツィータイプが姿を現す。
パルスグレネードを投げようとした男レイダーの脚に、隊列の後ろから走ってきたガードドックが鋭い牙で噛み付く。

「よぅし、行け、逃がすなぁ!」

立て続けにアサルトライフルの掃射音が響く。
血飛沫が舞い、銃声と薬莢が飛び交う。

『蛆虫共、逃げられると思ったのか!』

2本のアームから交互に、プラズマ弾が絶え間なく飛んでくる。
プラズマを喰らい、解け掛けた腕を押さえたレイダーが絶叫した。

「畜生、離せ、離せぇぇぇぇ!!」

脚にかぶりついたガードドックにナイフを振り下ろすも間一髪で避けられ、背後に迫ったアサルトライフルへの対応に遅れる。
三点バーストを至近距離で受けたレイダーは致命傷を負いながらも、傭兵らしき男にナイフを突き出す。
必死の反撃を軽く受け流した男は、容赦なく銃底でレイダーを殴りつけその顎をへし折った。

やがて、戦闘が掃討に敢え無く切り替わった頃。
傭兵らしき男―――『馬鹿』が放り出していった二脚付き狙撃銃を回収し、一体のガッツィータイプを引き連れた男が斜面から降りてくる。

「新鮮な物資だぁぁぁぁ~ぁ」

整備服の上からギリースーツ(外套)を羽織った修理屋は倒れたレイダー達の身包みを手早く剥ぎ、隣りに控えた護衛兼荷物持ちの新兵に渡していく。





レイダー達を狙った襲撃は意図的なものだ。

広範囲の索敵能力を誇るガッツィータイプと嗅覚と感知が敏感なドックミート。
彼らによる索敵網により、大概の場合はこちらが先に相手を発見出来る。
相手が友好または中立であれば良し、レイダーの様な敵性であれば先手をとって強襲殲滅。

この哀れなレイダー達も、先手を取られて防戦一方となっている。
レイダー達の移動先を予測し、彼らの進路沿いに伏して挟撃を行ったのだ。
主導権は終始、攻め手の『馬鹿』達の手にあった。

「あーあ、あの野獣共相手にハッスルしまくっちゃってまぁ」

『馬鹿』が以前と比べて好戦的になった事に、修理屋は気付いていた。
吹っ切れたとも言えるが、その分内心に澱の様に溜まったものがあったのだろう。
修理屋は『物資の現地調達』を名目に、レイダー相手に暴れる『馬鹿』の憂さ晴らしを黙認していた。
修理屋としては、エンクレイヴ相手に暴れるよりは百倍マシだから。

「しっかし、あれじゃあなぁ……」

もはや、其処には慈悲も許容も無く。
掠奪を冠する荒野の荒くれ者達は、自分達を蹂躙する攻撃者の猛攻にやがて戦意を失い逃げ惑うのみ。

『馬鹿』は心底容赦なく攻撃を続行する。
逃げる相手にドックミートを嗾け、岩陰に隠れたレイダーにグレネードを撃ち込むよう軍曹に指示する。
自身も武器を投げ出して慈悲を叫んだレイダーの眉間に、容赦なくアサルトのフルオートをお見舞いしていた。

「あー……あの、馬鹿野郎」

容赦なく命を奪い、容赦なく全てを剥ぎ取って荒野に亡骸を晒す。
こうなるともう、どっちが『レイダー(略奪者)』かどうか解らない。

「ったく、吹っ切れたのかぶち切れたのか……はぁ。どーなるんだかねぇ」

いつの間にか戦闘音が途絶えていた静寂の中、修理屋の呟きは荒野を駈け巡る風によって掻き消された。






















そんな彼らが居る地点よりも、西部寄りにかなり進んだ場所にある小さな渓谷―――。






『ソレ』は久方振りの食事を楽しんでいた。
血に濡れ、湯気を出す内臓を胴から引き摺り出し、鋭い牙で砕きながら咀嚼する。
久方振りに得た食料を、『ソレ』は夢中になって貪り続けた。




『ソレ』が隠れ住んで居た渓谷に、3人の人間が這入り込んできた。
男達は口々に何かを言いながら渓谷に入ってきた。
肌は爛れて、しきりに掻きむしっていた。内1人は盛んに嘔吐すらしている。
恐らくは、重度の放射能感染を受け続け、グールの初期段階に入ってしまったのだろう。

しかし、『ソレ』にとってそんな事は些事である。
『ソレ』にとって自分達以外の動く動物は須く食料だった。
例え、蟻であろうと熊であろうと人間であろうとグールであろうと関係ない。

種族的な狩猟本能に基づき、『ソレ』はグール達に襲いかかった。

ここの所、空を飛ぶ妙な存在が仲間を殺したり浚ったりしている。
『ソレ』も山間に住んでいたのを追われて川を渡り、この渓谷に潜んでいたのだ。
奇妙な存在は時折飛んできては同じ様な同属を浚ったり殺したりする。
おちおち猟にも出ることが出来なかった為、酷く飢えていた『ソレ』にとって彼らは逃がす訳も無い絶好の食料。
まさに3人のグールは間の悪い時に渓谷へ這入り込んでしまったのだ。

跳躍し、両手を抱擁する様に前に繰り出す。
暗がりに潜んでいた『ソレ』の強襲を受けた3人の内、1人は一瞬にしてバラバラの肉塊に変じた。
彼らが着用している黒いコンバットアーマーに守られていた箇所にも、深々と斬撃の跡が付いている。
反応すら許されず仲間を殺された残り2人は、恐怖の叫びを上げながら獲物を乱射し始めた。

手にした武器は、コンバットショットガンとレーザーライフル。
彼らが放射能障害に悩まされながらも、壊滅した拠点から持ち出した獲物である。

『ソレ』は左足に受けた熱線による傷の痛みに吼えた。
体の表面を撃ち、浅く傷付けるショットシェルの痛みはまだ、良い。
表皮を軽く抜き、激痛を与える熱線の脅威は無視しがたい。

『ソレ』は高く吼え、ビームライフルを持つグールに向かって左手、右手の順に殴りつける。

右手を振るい終わると、ライフルと右腕が宙に舞った。
左手を振るい終わると、2体目のグールの体が血袋と化して宙を舞った。

「ひ、ひぃぃ、こ、こんな事なら入隊するんじゃ無かったぁぁぁぁ!!」

叫びながら弾が切れたコンバットショットガンのトリガーを引き続けるグールに対し、長い爪の一撃が振り下ろされた。











「あれ、キノコ雲っぽくないか?」
「っぽいね……今朝の小さな地震の元かも」

2人と一匹、2体は順調に西進を続けていた。

















続く










[10069] 第22話 リトルランプライトを目指した2人は荒野で死神と遭遇した
Name: taka234Me◆6742ef9e ID:c3103dd8
Date: 2010/03/08 20:54





メガトンを発って数日後。
2人と一匹、2体は西進を続けていた。





地図上、リトルランプライト洞窟に到達するには、やや北西に向かって西進する必要がある。

Vault101の丘を越え、かつての道路沿いに西進を続けていくと地下鉄とちょっとしたドライブインがある。
そこを通過して更に道路沿いに西進。操車場跡地を横目に進んでいくと軍事基地跡地があるのでその横を過ぎってまたまた西進。
古い朽ちたホテル跡地辺りから入り組んだ浅い峡谷と荒れ地を越えていくと、舗装道路沿いにある岩山に戦前に建てられた看板が乗っかっているという。

そこが、戦前からちょっとした鍾乳洞の観光名所として知られていたリトルランプライト洞窟。
現在はウェイストランド中から集まった浮浪孤児達のコミュニティとなっており、大人を毛嫌いし寄せ付けないそうだ。
つまりは、前評判を聞いている段階で『大変な手間と苦労をかけられそうな』旅路だと言える。


尤も、徒歩で西進しリトルランプライト洞窟を目指す2人と一匹、2体にとって旅の危険はそれだけではない。
危険な野生動物や歩く新鮮な物資になりつつあるレイダー、何よりエンクレイヴの脅威を避け続けなければならない。
エンクレイヴのパトロールをやり過ごし、駐留ポイントを迂回しなくてはいけないのだ。

エンクレイヴにとって、浄化プロジェクトのメンバーはお尋ね者だろう。
自分達がこうして単独行動を取っている事を知られているかどうかは解らない。
だが、強大な組織力を誇る相手に、どんだけ慎重になっても足りないことは無い。

パトロールを避けるのは比較的楽だ。
彼らは常に航空支援を受けれるように、ベルチバードの活動時間と範囲に合わせて巡回を行っている。
つまり、上空にベルチバードが彷徨っている区域には、パトロール部隊が徘徊しているのだ。
それに近付かないように移動をしていけば、取り敢えず見つかる事はない。

パトロールは相互支援出来る距離で2個分隊、しかもベルチバードの火力支援が付いている。
一応スカベンジャーっぽく変装はしているが、極力接触も交戦も避けたい。
一旦捕捉されたら恐らくは逃げ切れないだろうから。



エンクレイヴ・キャンプと呼ばれるようになった彼らの駐留ポイントも厄介だ。
監視と防御に適した地形の周囲に可動式防盾を配置。
その中に小さな天幕やコンテナが幾つかあり中央に脚立に支えられた通信アンテナが立っているのが一般的なサイズだ。
ウルトラマーケットの駐留ポイントみたいに数個小隊が配置された大規模なのから、ドライブインの手前にあった2個分隊程度の小さなものまである。
編成はオフィサーに率いられたソルジャー部隊、それに加えて戦闘ロボットや装甲車が配置されていた。

エンクレイヴは各拠点を通信網でむすび、ベルチバードによる迅速な空爆支援をも可能にしていた。
例え1つのキャンプが襲われていたとしても、他のキャンプから迅速に援軍を呼べるし近くを飛行しているベルチバードにも支援を要請出来る。
つまりは、一箇所のキャンプなり検問で問題を起こせば付近のエンクレイヴ部隊全てに追い回される事を意味するのだ。
だからこそ、接触は問題外で彼らの監視や警戒の手薄な場所を通らなければならない。
幸いにもウェイストランドは広大で、彼らも数が限られているらしく郊外に出れば出るほどキャンプの数は少ないようだ。
今から向かうリトルランプライトは、ウェイストランドの西側の外れにある。
エンクレイヴの部隊もそれ程多くは居ない筈だ。


彼らが何故ウェイストランドのあちこちに、部隊を展開しているのかは解らない。
恐らくは広域に渡っての危険生物掃討と、この地の掌握に向けての準備では無いかと廃屋で一夜を共にしたキャラバンからの噂話を聞いた。
エンクレイヴは『治安維持』としか言わないし、エンクレイヴラジオのエデン大統領は相変わらず耳障りの良いことしか言わない。
各集落を訪れているエンクレイヴ広報部隊が配る広告紙はあの変態看板の縮小図であり、広告紙よりも同封されているプロテインが人気らしい。

彼らの真意は、今だはっきりと解らないのが実情だ。
修理屋はいまだに彼らを理解できないとぼやいているし、『馬鹿』は完全に敵視しているので理解する気もないようである。












「遅いなぁ……ドックミート」
「どっかで野良のバラモンでも襲っているんじゃねぇのかな?」

索敵に出したドックミートが戻って来ず、一行の旅は小休止を迎えていた。
小高い丘の上に所々舗装が剥がれた道路が東西に延び、辺りには戦前に作られた民家の残骸が所々に残っている。
少し離れた場所に放棄された操車場があり、赤い貨物用貨車が何台も線路上に置かれたままになっていた。

「ま、少し長く待って見ても大丈夫だろ。ここまで順調に旅して来たんだしさ」

今の所、エンクレイヴに対する迂回行動で浪費した時間以外は、頭を悩ませるような要因は無い。
『馬鹿』がガッツィータイプばりに好戦的になっては居るが、対象はクリーチャーやレイダーである。
どちらも敵性である為、良心を痛める心配だけはない。
『馬鹿』の好戦具合がこれ以上向上してしまうのであれば、その限りではないが。

(サイコパスみたく、ならなきゃいいんだがなぁ)

内心で溜息を付きつつ鞄から取り出した精製水のボトルを開け、二口分ほど飲んで乾きを癒す。
メガトンを出る前に破壊された共用パイプを修理した見返りに、浄水装置を管理しているウォルターからこっそり提供して貰ったものだ。
RED-XやRadAwayはモイラから充分な量を購入しているが、やはり汚染された水は酷く不味い。
不味いだけでなく、コップ一杯分の量を一気に摂取するだけで軽い目眩や吐き気に襲われる。
治療をせずに飲み続ければ症状は重くなり、やがては死に至るかグールへの変貌を遂げてしまう。
そのようなデメリットを受けずに済む精製水は、ウェイストランドに住まう人間達に取って得難い飲料なのだ。
それこそ、殺し合いをしてでも欲しいほどに。

(メガトンに戻るまでに、精製水が保ってくれりゃーいいんだけど。後もうちょいとはいえ、油断は出来ねぇ)

このまま真っ直ぐ西進を続ければ、タロン・カンパニーの本拠地に近付く事なくリトルランプライト洞窟へとたどり着ける。
一行としては哨戒中のタロン・カンパニーの傭兵との戦いを覚悟していたものの、今の所姿は見られない。
そう言えば以前見たキノコ雲は彼らの本拠地の方角で発生していた。
近付いて調べるのは危険なので、何が起こったのかを直に確認するつもりは無かったが。


と、操車場の方から何かが近付いてくる。
『馬鹿』が手にしていたスナイパーライフルを構え、スコープを覗こうとしてから止めた。
軍曹と新兵も反応していない。やがて近付いてきた存在がはっきりと視認出来た。

「やれやれ、やっと帰ってきやがったか」
「うん、あれ……何か銜えるような?」

ドックミートは、その口に何かを銜えていた。
成人男性の掌より少し大きいサイズの、明るい茶色のモコモコした物体だった。

「お帰り……なんだこれ?」
「テディベア、だな。どこで手に入れたんだお前」

何やら、テディベアの縫いぐるみを銜えている。
しかも、バネ仕掛けでも仕込まれているのかテディベアは両手をパタパタと動かし続けていた。

「まぁいい、ドックミートも戻ってきた事だし、そろそろ出発……ん?」
「……ねぇ、何か揺れてない?」

面子が揃った事で再出発しようとした修理屋を、『馬鹿』が引き留める。
修理屋が辺りを見渡す。確かに、微かな震動が響いている。

「ああ、揺れてる。……けど、何だか大きくなってないか?」

ズシン、ズシンと腹に響くような音が迫ってくる。
それだけではない、実際に地面へ震動が伝わっている。

軍曹と新兵が忙しくアームを動かす。
ドックミートの口からテディベアが落ち、グルルルと唸り声が漏れる。
修理屋の目が泳ぎ、『馬鹿』は無言で狙撃銃の安全装置を再び外した。




そして十数秒後、『ソレ』は一行の前に姿を現した。





「べ、ベヒモス!!?」
「な、何でこんな所に居るのぉぉぉぉ!!?」


丘の向こう側から地響きと共に姿を現したのは、スーパーミュータント・ベヒモスだった。


























第22話 リトルランプライトを目指した2人は荒野の死神と遭遇した




























「はぁはぁ……一体なんであんな所にベヒモスが」
「お、俺が知る訳ねぇだろ……げほっ、ぶほっ」

1時間後、彼らは地形が入り組んだ渓谷が幾つも存在する地域に逃げ込み、ベヒモスの追撃から逃げ切る事が出来た。

普通に逃げ切れた訳ではない。ベヒモスの歩幅と人間の歩幅では差が有りすぎる。
危うく追い着かれかけた時に殆どひっくり返る様な姿勢で軍曹がベヒモスの顔にナパーム爆弾を撃ち。
ついでに煙幕を焚き、ありったけの地雷とボトルキャップ地雷を散布して全速力で逃げたのだ。
火に包まれ焼けただれた顔で怒り狂いながら追い掛けてくるベヒモスの姿は、まさしく死と破壊の象徴だった。
ボトルキャップ地雷の炸裂により、脚を著しく傷付けられたベヒモスが転倒しなければ危なかったかもしれない。

都市部の障害物や建築物が入り組んだ場所で、ある程度巨体に対する制約があるならベヒモスと戦う選択肢もあっただろう。
しかし、彼らが居た場所は荒野の真っ直中。特に目立った障害物やベヒモスの巨体が仇となるものは無い。
『馬鹿』が戦った時のようにBrotherhood of Steelの精鋭部隊との共闘や、運良く入手出来たヌカ・ランチャーも無い。
怒濤の勢いで迫り来る巨人と、繰り出される巌の如き鉄拳や人間をプレス出来る巨木の様な脚とまともに戦わなければならない。

Vault87到達を最優先とする彼らとしては、意味が無い危険すぎる戦いをしなければならない謂われはない。
ましてや、いきなり現れたスーパーミュータント・ベヒモスとは。
軍曹の機転で何とか難を逃れたのは僥倖だろう。





「このまま渓谷を経由してリトルランプライトに行くか。街道に戻って見つかったら目も当てられないぜ」
「そうだね」

幾らか本来予定していたルートとは異なるが、渓谷を通過して行ってもリトルランプライトには到達出来る。
殺る気満々の巨人相手に追い回されるよりは、こちらの方が安全だと2人は判断したのだ。

「しかし、砂埃が酷くて堪らんなぁ」
「うん、地形が入り組んでいるから風が吹き込みやすくなってる」

渓谷は、深く広くは無かった。
ただ、大規模な核戦争とその後の異常気象が長く続いた所為か、戦前に比べて地盤が大きく動いたようだ。
谷間に戦前の崩れ落ちた住居が丸ごと挟み込まれていたり、舗装道路が深々と切り裂かれた状態で谷底に続いていたりする。

薄暗く、入り組んだ地形は野生動物にとって住み心地が良いのか、モールラットと頻繁に遭遇した。
ガッツィータイプ2体に敢え無く蹴散らされてはいたものの、遭遇が十回を超えた時点で2人から痺れを切らしたような声が漏れ出てしまう。

「モールラットとの遭遇数が多すぎるよ。少し、ルートを変更しない?」
「だなぁ。マイクロフュージョン・セルだってただじゃないし。こんな地形じゃグレネードを使えないしよぉ」

軍曹の背後に回って、マイクロフュージョン・セルを補充している修理屋がぼやく。
マイクロフュージョン・セルは戦前の軍用品が売られている店舗でしか購入できない貴重品だ。
これも手持ちのキャップの多くを叩いてモイラからかなりの数を入手してたが、頻繁に使われると残弾を気にしなくてはならなくなる。
ましてや火炎放射器を外した軍曹にとってプラズマガンの弾切れはかなり拙い状態だ。
最悪、ハンドメイドにカスタマイズした白兵戦用リッパーもあるが、それでは射撃戦がメインであるガッツィーの利点が減じてしまう。
グレネードで一掃してもいいのだが、谷底で迂闊に使うと落盤が起きかねないしグレネードの残弾も有限である。
メガトンまでの帰還に目処を付くまでは可能な限り交戦を控えたい所だ。

「バウ!」
「ドックミート……ちっ!」

『馬鹿』が舌打ちしつつ、ドックミートが吼えた方に向かって手榴弾を投げる。
こちらに向かって殺到してきた3匹のモールラットが爆発に巻き込まれ、肉片となって辺りに撒き散らされた。
逆側から迫ってきた一匹は、新兵の火炎放射で丸焼きにされている。
度重なる執拗な襲撃に、修理屋は顔を顰めた。

「本当、切りがないぜ。少し崖を上がって浅い所を伝いながら北上しよう。谷底を進むより少し長くなるが、こっちの方が安全かもな」
「解った。軍曹、ザイルを持って崖の上に上昇。新兵は僕達が上がるまでの援護を」
『『了解!』』

強化したスラスターを強く吹き上げ、比較的緩やかな斜面を選んで崖の上に軍曹は昇っていく。
やがて崖の上に到達した軍曹は丁度良い岩にザイルを巻き付け、下にいる2人に合図を送る。

「これで、もう少し楽になりゃいいな」
「そうだね」


彼らは知らない。
多少鬱陶しくても、このルートを進んだ方が安全であった事に。
このルートの先に潜んでいる存在の危険性に。















崖を上がった一行は周囲に警戒しつつ北上を続け、1つの谷間へと近付いた。

「……ドックミート?」

グルル……と低い唸り声が辺りに響く。
見るとドックミートが、谷間に向かって威嚇顔で唸っている。

「何か、居るのか?」

そっと『馬鹿』に近寄り、修理屋は耳元で話しかける。

「解らない、けど下がっていて。何が出て来るか解らないから」

やんわりと修理屋に下がるように言い、アサルトライフルを手にする。
ドックミートと、『馬鹿』が軍曹を引き連れて前進。
修理屋は『新兵』の護衛の元後ろで待機していた。


砂埃が前から吹き付けて来る。
谷底を移動していた頃も酷かったが、こちらも煩わしい事この上ない。

唸り声を立てながら前進していたドックミートの動きが止まる。
視線の先にある薄暗がりに、何か小さな塊が出来ていた。

警戒しながら修理屋に着けて貰ったライフルのフラッシュライトを点灯する。
ライトの円状に映し出される赤黒い山、手前に落ちている銃身が歪んだコンバット・ショットガン。
鼻に付く生臭い臭い、『馬鹿』も嗅ぎ慣れてしまった感じのある血の臭いだった。

『馬鹿』は、谷間の壁にベットリと張り付いたものを見る。
黒く変色したような赤だった。粘度が高いのは空気に触れて時間が経ったからだろう。

(誰かが、此処で襲われたって事か。ヤオ・グアイかもしれないけど……)

更に注意して赤黒い山を観察する。
部品と化した人体、内臓の欠片、砕かれた骨、それらが付けていたと思わしき装備品。
それは、黒いコンバットアーマー、即ちタロン・カンパニーの支給品だった。

「タロンの傭兵……!?」

思わず声に出した瞬間、背後で咆哮と修理屋の悲鳴、甲高い金属音が響いた。










襲撃は、突然行われた。

『敵、せっk』

修理屋の目の前を何かが過ぎる。
へし曲がったアームだったような気がするので、多分新兵だろう。
安全な筈の場所での突然過ぎる襲撃。
一瞬で護衛が居なくなった修理屋は、手にしてたタバコをぽろりと落とす。


慌てて振り向いた先に居たのは、2m越えの巨大蜥蜴が腕を振り抜いている姿だった。


「デッデッ、デ、デスクローォ!!?」

荒野の死に神。
不意の遭遇は死を意味すると、修理屋の脳裏に蘇った言葉。
引きつった修理屋の声に答えるように、蜥蜴―――デスクローが咆哮する。
恐怖のあまり、派手に腰を抜かした修理屋の頭上を鋭い一撃が横薙ぎに空振っていく。

こちらを見下ろし、今度こそ仕留めようと今度は左腕を振り上げるデスクロー。

「ひ、ひ、ひぃやあぁぁぁぁぁぁぁぁ……」

数瞬後に自分が動物性タンパク質の欠片へと分断されるイメージが、何故か脳裏に歪んだ。

「逃げろぉぉぉぉぉぉ!!」

滅多に聞けない『馬鹿』の切羽詰まった声、軽いアサルトの発射音と軍曹の罵声。
振り下ろそうとした左手にプラズマが当たり、爪は軌道を逸れて修理屋の側に刺さった。
左手の肉が爆ぜ、デスクローが怒りの叫びを上げる。

「は、ひっ、ひぃぃぃぃぃ!!!」

必死の形相で『馬鹿』達の元へと逃げる修理屋と、獲物を仕留め損ねた苛立ちか吼えながら追い掛けるデスクロー。
跳躍して修理屋の背中を狙おうとした瞬間、軍曹から発射されたグレネードが脚に炸裂し巨体がたたらを踏む。

「急いで、早くこっちへ!」

アサルトの弾倉を交換しながら、『馬鹿』が叫ぶ。
信じられない言葉を修理屋に向けて。



「ベヒモスだ! ベヒモスもやってくるぞ!!谷間の奥に入れ、このままじゃ全員潰されるぞ! 早く!」



思わず振り返ってしまった修理屋が見たものとは。

脚をやや引き摺りながら追い掛けてくる荒野の死神。
そして、渓谷の丘の上をこちら目掛けて走ってくる巨人の姿。

眼前の爬虫類だけでも死にそうなのに、もっと厄介な存在まで迫って来ていた。


「なんつー、執念ぶけぇ野郎だぁぁぁ此処まで追って来たかよぉぁぁ!!?」

殆ど、這い蹲るようにしながらも谷間に逃げ込んだ修理屋。
『馬鹿』と軍曹はデスクローの脚を完全に潰すべく、射撃を続行する。

「軍曹、グレネードで早くデスクローの脚を……ふぬっ!!?」

全身の皮膚をあちこち抉られながら前進を続けていたデスクローの姿が、視界から消える。
影が一気に迫り、『馬鹿』は跳躍したデスクローによって谷間の岩盤に押し付けられていた。
ヘルメット越しに伝わった衝撃で頭部へ痛みが走り、『馬鹿』が苦悶の声を上げる。

『司令官殿!』

すかさず、軍曹は二本のアームをデスクローに指向し、プラズマ弾を発射。
本当であれば強力なグレネードを使いたいところだが、至近距離に司令官が居るので使えない。

右腕へと直撃した2発のプラズマは手酷い負傷をデスクローに与え、骨が砕けたのか右腕の肘から下がダラリとぶら下がる。
が、肉体のダメージよりも狩猟本能の猛りが上回っているのだろうか。
デスクローは軍曹に見向きもせず、左手一本だけで司令官を押し潰そうとしている。
ドックミートが脚に噛み付いているものの、致命傷にはならず勢いを止めるには至れない。

再度攻撃を仕掛けるべく、軍曹はアームからプラズマ弾を撃とうとし―――。

「ゴアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

投げ付けられた冷蔵庫位の大きさの岩を、軍曹は強化されたスラスターを使いとっさに避けた。
岩は谷間の岩盤にぶち当たり、大小の破片を周囲にぶちまけた。
破片が当たったらしい修理屋の悲鳴が聞こえたが、軍曹はそれに構ってはいられない。


暴威と破壊の体現者。
ベヒモス・スーパーミュータントは直ぐ側まで来ていたのだから。





軍曹は窮地に立たされていた。
『新兵』とのデータリンクは向こう側の機能が落ちているらしく使えない。
上擦った声で意味もなく叫ぶ修理屋と、人外の膂力による圧力に苦悶の声を上げる『馬鹿』。
先程までのように、デスクローだけに注力出来ない。
軍曹の必死の牽制により、谷間の前に陣取ったベヒモスが谷間の中へ手をねじ込む事だけは避けられている。
軍曹がベヒモスに対する牽制を止めたら、谷間に追い込まれた自分達は直ぐさま巨大な拳で叩き潰されてしまう。

せめて新兵が健在であるか、修理屋がまともに戦えれば何とかなっただろう。
どちらかがデスクローを背後から倒せばいいのだから。
しかし、新兵は機能停止状態で谷間の外に転がっている。修理屋は破格の相手を前に恐慌状態だ。

軍曹単独での現状打開は、既に不可能となっていた。





(前はデスクロー、後ろはベヒモス……僕達に死ねと? ふざけるなっ!!)

ベヒモスの出現により、『馬鹿』は追い込んでいた筈のデスクローに追い込まれていた。
左手の爪を防いでいるアサルトライフルから、ギシリギシリと嫌な音が立つ。

両手だったら、あっさり力負けして押し潰されていただろう。
軍曹が押し込まれた直後に右手を使用不能にしてくれてなければ、今頃ミンチにされていた。
左手だけでも、相手は2m越えの巨体を誇る化け物爬虫類だ。
撃ち込んだ攻撃で左腕を手酷く負傷して無ければ、今頃は長大な爪が『馬鹿』の体に深々と食い込んでいた筈だ。

(っ……拙い、このままじゃ)

自分の筋肉が悲鳴を上げているのを感じ、『馬鹿』のこめかみに冷や汗が伝う。
レイダーから奪取したライフルから良質の部品を集め、修理屋が組み立てて整備した優良品であるアサルトは一身に圧力を受け拉げ始めた。
このアサルトが折れるなり曲がるなりした瞬間、デスクローの手が『馬鹿』の体を暖めたバターの様に切り裂くだろう。

「ぬ、ぐ、あああああああああああああああ!!」

歯を食いしばり力を振り絞るが、容赦なくデスクローの手は押し込まれてくる。
人間の必死な様子を嘲笑うかのように、デスクローがグルルと喉を鳴らす。
敵であるベヒモスの登場すら気に掛けなかった辺り、何が何でも目の前の『馬鹿』を殺したいようだ。

『餌』の分際で、狩猟者である自分に刃向かい手傷を負わせた憎い相手を。

ボタボタと顎から溢れた唾液が、『馬鹿』の近くの地面に垂れる。
これ以上近付かれたら、爪で裂かれるより先に口で頭を噛み砕かれかねない。

「こんな、ところで、父さんの夢を果たせずに死ねるかぁぁぁぁぁ!!」

必死の叫びを嬲るように、ゆっくり近付いてくる爪先。
アサルトライフルが破損するまで、後僅か。





「あひっ、ひ、ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」

修理屋は恐慌状態に陥り、金切り声を上げるのみになっていた。
涙と鼻水を滂沱の如く流し、洩らしてしまったのかアンモニア臭が辺りに漂う。
相変わらず、戦闘に関して修理屋は全くの役立たずだった。
所詮、技術者である彼に銃を手にして化け物や暴徒と戦えという方が無理なのだ。

護衛である新兵は機能停止。
軍曹はベヒモスの牽制で手一杯。
『馬鹿』はデスクローに殺される寸前。

容赦なく死と敗北が、修理屋達に迫ってくる。
この場で何もしなければ、必ず死んでしまうのだ。
『馬鹿』が殺されてしまえば、手空きになったデスクローは修理屋を狙うだろう。


涙に濡れた修理屋の目に、殺される寸前の『馬鹿』の姿が映った。

反射的に、腰に下げた愛用のレーザーピストルに手が添えられる。
恐慌状態で煮詰まった頭でも、ウェイストランド人としての本能が叫んでいた。

戦え、戦って生き残れ。と。

(俺、出来るのか。やれる訳が)

整備は万全。でも射撃の腕は下手くそ。
あんな接近した距離に味方である『馬鹿』が居るのだ。

(下手してアイツに当てたら、でも、撃たなきゃアイツが)

『馬鹿』が死ねば自分も死ぬ。
デスクローか上から谷間を覗き込んでいるベヒモスかは解らない。
だが、確実に死ぬ。旅が、途中で終わってしまう。
デスクローの餌か、スーパーミュータント特製のゴア・パックに破片となって押し込まれるか。



ホルスターからピストルを抜き出す。
震える手で、安全装置を外す。
エナジー・セルが装填される独特の音が、やけに大きく聞こえたような気がした。

そして修理屋は銃口をデスクローに向け―――。











叫び声と共に、修理屋が突進してくるのが『馬鹿』の視界の端に映った。
彼を押し潰す事に専念していたデスクローの反応が僅かに遅れる。

「あてれねぇならぁ―――!!」

修理屋の持ったレーザーピストルの銃口は、デスクローの横っ面から1m程の所で発光しエナジー弾を発射した。

「当たるしか無い距離まで近付いて撃つまじぇよ!」

ひたすら引き金を引いては離す。引いては離す。
巻き舌で舌に痛みを感じようが関係ない。
兎に角、装填数30発撃ちきるつもりで撃ちまくる。

「ガァァァァァァァァァァァァ!!!」

3発外れて4発目、眼窩を撃ち抜かれたデスクローが絶叫し、大きく体を打ち振るわせる。
8発撃って2発命中した時点で修理屋は体当たりを喰らい、修理屋は吹っ飛ばされて地面へと転がる。

煩わしい邪魔を排除したデスクローは、今度こそ『馬鹿』を殺すべく向き直り―――。

「ガッ!?」

開いた口に折れ曲がりかけたアサルトライフルを押し込まれる。
それはまるで、口を閉じさせないようにする猿轡の如く。

「充分だ、サンキュ、相棒」

『馬鹿』はそう言いながらマグナムの銃口を、ライフルの為に半開きなデスクローの歯の間に向ける。
如何にデスクローの顎が頑丈で力が強くても、金属部品の塊であるライフルを直ぐさまかみ砕ける訳でもない。

「ガ、ガ―――――――――!!!!」

危機を察したのか、咄嗟に左手を振り上げようとしたデスクローよりも先に引き金を引いた。
修理屋によって精度の高い部品に交換されたマグナムは、危急の時でも使用者を裏切らない。
引き金が引かれると同時に、弾はライフルの銃身によってこじ開けられた隙間を、歯を砕きながら口内に吸い込まれる。
立て続けに引き金を引く度に、口や眼窩から血が吹き出る。


例えどれだけ頑強な皮膚と頭蓋を誇るデスクローでも。
口内に直接マグナム弾を撃ち込まれたらどうなるか?


答えは簡単。どんだけ頑強な生き物でも内側からの破壊には耐えきれない。
六発目のマグナム弾が撃ち込まれ、回転式弾倉が一周した直後。




ドサリと大きな音を立てて、デスクローは地面に沈んだ。




そして、『馬鹿』は倒れたままの修理屋を助けるべく走り出そうとし。


『司令官殿、空襲であります!! 直ちに退避―――』


爆発音と閃光によって意識を掻き消された。













そのアダムス空軍基地へ帰投する途中のベルチバードの3機の編隊にとって、ベヒモス・スーパーミュータントを発見したのは偶然だった。
各エンクレイヴ・キャンプへの上空支援任務を終え、交代したベルチバード部隊と入れ替わりで帰る途中の事である。

普段、彼らが相手にしているレイダーやヤオ・グワイ、巨大ラッドスコルピオンよりも巨大で大きな獲物。
エンクレイヴの執拗な攻撃により各地の暴徒(レイダーやタロンの傭兵)や危険生物が減少傾向になりつつあり、その日の支援任務はこれまでより比較的暇だった。

丁度良い。あの大きなデカブツに余り物をご馳走してやろう。
あんなのが徘徊していたらエンクレイヴの活動にとって支障となるのも事実だ。

そう判断した編隊指揮官は、各機体の残余している対地ロケット弾の発射を命じた。
レイダーの住処となった廃墟やミレルークの巣を何カ所か潰して回ってはいたものの、まだロケット弾は幾つか残っている。

三機は機首を巡らせると、高度を落としてベヒモスへと向かっていく。
ベヒモスは渓谷の中にある谷間に屈み込んで、何やら手を振り上げたりしていてこちらには気付いてない。

『発射!』

三機のベルチバードから放たれた火線は、ベヒモスとその周囲に突き刺さり次々と爆発。
高性能なセンサーによる誘導により、多数のロケット弾がベヒモスに命中する。
頭部が爆砕し、巨体が谷間に覆い被さるようにうつ伏せになって倒れた。

『これで米国に巣くうダニが一匹減ったな。帰投するぞ!』

指揮官は満足げに呟くと、編隊にアダムス基地への帰投を命じた。

彼にとって、ベヒモスが何を襲っていたなどと言うことは極めて些事だった。
故に、地上に降りて調査など考えも付かなかった。
















半ば崩れた谷間と、覆い被さるようにして死んでいるベヒモス・スーパーミュータント。
周囲には黒煙が立ちこめ、焼け焦げた茂みやらがまだブスブスと燃え盛っている。
その隙間に挟まっていた小さな岩がゆっくりと押し出され、丁度大柄な人間が1人出入り出来る位の穴が出来る。

「ぶはっ……げほっげほ」

まず、『馬鹿』が穴から這いだしてきた。
埃やら何やらで酷い有様である。
彼は表に出た後で穴の中に両腕を突っ込んだ。

「せっーの、せっ」

続いて、ぐったりとした修理屋が引き摺り出されてくる。
デスクローの体当たりで打ち伏せられたまま、気絶しっぱなしの様子だ。
続いてアームを畳んだ軍曹が慎重に穴を潜り、その後で最後にドックミートが穴から出て来た。


『馬鹿』は近くに転がっている新兵と、周りに出来た大小のクレーターを見やる。
更に完全に動かなくなった巨体と、恨めしげにこちらを見ているベヒモスの生首を見やる。

そして、最後に空を見上げ、呆然と呟いた。


「どういう事なの……」










結局、一行が再度リトルランプライトを目指すのは翌日になっての事となった。








続く










[10069] 第23話 リトルランプライトを通過した2人はVault87へと突入した
Name: taka234Me◆6742ef9e ID:c3103dd8
Date: 2010/03/21 21:32










高い爆発音と共に広がった青白い爆発。
まともに巻き込まれた2体のスーパーミュータントを、瞬時に焼け焦げた焼死体へと変える。

更にグレネード弾が宙を舞い、醜い巨人達の群れに炸裂する。
片言の怒号と叫びと共に、手にした銃で巨人達が反撃する。


鍾乳洞の中で、銃撃や絶叫に満たされて幾重にも音が反射していく。


通路の壁面を盾に利用してマグナムを連射した『馬鹿』は、手榴弾を投げ付け素早く後退する。
入り組んだ通路の壁面は、上手く使えば天然の防壁となったが、巨人達にはそこまでの知性は無いようだ。
逃がすかとばかりに銃を撃ちながらスーパーミュータント達は追撃を開始。
幾らか重傷を負いながらも追い縋る辺り、彼らの耐久性は並では無い。

人間と一緒に後退していくロボットから飛んでくるプラズマ弾を受け、一体のスーパーミュータントの上半身が粘液と化した。
それでも怯まず前進を続ける巨人達の遙か上、天井に開いた風洞から幾つもの人影が姿を現す。

「しね、しねばけものー!!」
「僕達の家から出てけー!!」

子供声と共に、上から大きな石やピンが抜けた手榴弾が幾つも落ちてくる。
岩に頭を割られたミュータントが倒れ、炸裂した手榴弾の破片を受けたプルートが苦悶の声を上げる。
吼えながら子供達の居る方に向かって銃を乱射するが、その頃には子供達は穴の中に退避済みだった。
上を向いた彼らの横合いから手榴弾とプラズマ弾が飛んでくる。
人間とロボットに向き直ると、またしても上から家具やら石が降り注いでくる。
スーパーミュータントは火力と注意を集中出来ず、次々と倒れていった。

「余所見を……するなっ」
『走った方がいいぜ!コミュニスト野郎!!』

マグナム弾で顎を砕かれた最後のスーパーミュータントが、叫び声を上げる代わりに遮二無二突進。
手にしたスーパースレッジをプラズマ弾で弾かれ、ならばと拳を振り上げる。
その頭部を振り子のように飛んできたエンジンブロックによって砕かれて、地響きと共に倒れ伏した。

「よし、こいつが最後だな。他に潜んでいるか?」
「ううん、他には居ないみたい~」

上からの声に満足げに頷くと、『馬鹿』はそのまま前進を続ける。
『馬鹿』と軍曹が暫く歩くと、目の前にちょっとした広場と開放されたゲートが現れた。
先程、ヌカグレネードを放り込んだ時に死んだのか、2体の焼けただれたスーパーミュータントの死体が転がっている。

「軍曹、ゲートのワイヤーを切断。裏門を完全に封鎖してくれ」
『了解』

ホバリングでゲートの上段に移動した軍曹は、可動式の門を動かす為の錘と門を繋げているワイヤーをアームに収納したリッパーで切断。
門を引き上げていた重量物が無くなった為、ズンという鈍い音と共に門は再び閉鎖された。

「お疲れ様、軍曹。こいつらの武器と弾薬回収して戻ろうか」
『了解です司令官殿、帰ってシャワーでも浴びましょう!』
















第23話 リトルランプライトを通過した2人はVault87へと突入した
















「おー、お帰り。どうだった?」
「裏門を何とか奪還したよ。重りを落として再度閉鎖しておいたから、あっちからはもう入って来られないだろうね」

此処は居住区をスーパーミュータントに占領された子供達が逃げ込んだ貯蔵庫。
先程先制攻撃で使用したヌカ・グレネードも此処で融通して貰ったものだ。
そこには待機中の修理屋と護衛のドックミート、ここに避難してきた子供達が沢山居た。
良く見ると隅っこには停止状態の新兵もいる。

十数丁のライフルやアサルト、大量の弾薬を床に降ろす。
その側には回収してきた分量の三倍近くある武器弾薬が山積みになっている。
洞窟の出入り口、入り口付近の施設、居住区に徘徊していたスーパーミュータントから回収した品々だ。
十代前半の、それなりに小火器を扱える少年少女に渡しても余りうる程だ。

しかし、それでランプライト洞窟が、安全になったとはとても言えない。
大まか洞窟側に侵入したスーパーミュータント達を掃討したとはいえ、まだまだ油断出来ない。
連中が侵入してきた出入り口がまだ開いているというのだから。

「しかし……なんで、スーパーミュータント共が居るんだよ?」
「どうにも、何か厄介な事が起きたみたいだね」

殺したスーパーミュータントから奪った武器の数々を見下ろし、『馬鹿』がポツリと呟く。

「お前等は何か知っているのか?」

修理屋がチャイニーズ・アサルトライフルをバラバラに分解しながら呟く。
その視線は眼下の部品に注がれたままで、同じ部品を何度も銃身に填めたり外したりを繰り返していた。
自分達をムンゴ(大人に対する差別的名称)と呼び生意気な態度を取る子供達に、修理屋はあまり良い感情を持っていないからだ。

「解るわけ無いだろムンゴ、そんな事言われても!!」
「おめーには聞いてないっての、市長、お前なら心当たりあるんじゃないか?」

顔を真っ赤にして叫ぶ子供を無視し、修理屋は市長に問いかける。
住処を追われて避難生活が続いている所為か、子供達の面持ちは焦燥と疲れで険しくなっていた。
リトルランプライトの子供達を仕切る子供市長……マクレディ市長は忌々しげに口を噤んでいる。

「心当たりはあるんだろ? 此処で何世代も住んでいるお前等なら、ある程度予想はつく筈だ」

尚も反発の雰囲気はあったが、その前に市長が重々しく口を開いた。

「こないだ、大きな地響きが起きた後に、ずっと昔から閉鎖されたままのVaultの出入り口からあのでかい奴らがやって来たんだ……。
あの扉のスイッチは壊れてたし、電源も切ってある筈だった。あの地響きで何か機械に異常が起きて、あの扉が開いたのかもしれない」
「……やれやれだな」

手元に広げた分解された状態のチャイニーズ・アサルトライフル。
数丁分の部品から精度の高いモノを選り分けながら、修理屋はぼやいた。
『馬鹿』の愛用していたアサルトライフルは、デスクローによって拉げられた挙げ句土砂の下に埋まった。
予備の10mmサブマシンガンやマグナム、狙撃ライフルだけでは制圧力がいまいち足りない。
第一、新兵を動員出来ない以上、持てる弾薬は限られる。
Vault87に乗り込む前に、5.56mm弾を使用できる武器を再調達する必要があった。

幸い、子供達の居住区を彷徨いていたスーパーミュータント達が持っていたアサルトを集め、精度の高い一丁を組み上げている。
戦前の共産圏の傑作品と呼ばれたアサルトライフルは部品数が少なく、構造も単純で頑丈だ。
部品の選り分けさえ終了すれば、数分も経たない内にくみ上げは完了する。

「ほらよ、これ位良いライフルは連邦に行っても早々購入は出来ない代物だぜ?」
「ん、ああ、ありがと」

修理屋からチャイニーズ・アサルトを受け取った『馬鹿』は、手慣れた仕草でライフルの動作点検を始める。

「それと……新兵はどうなったの?」
「駄目だな。セーフティーモードで、移動指定するのが精一杯。工房に連れて帰って再設定から始めないと」
「そう……荷物持ちが居ないのはきついな。多分、Vault87は奴らが沢山居るから」
「全くだ、ここは工房じゃねぇから、今更軍曹の装甲外して荷物の積載量増やせないしなぁ」
「僕達だけでやるしか……ないか」
「……そだな」





あの、デスクロー及びスーパーミュータント・ベヒモスとの死闘から一日経った。


動かなくなった新兵を何とか『動く状態』に直し、一行は洞窟に向かって移動を再開した。
デスクローとの遭遇以後、目立った戦闘は殆ど無く一行は無事にリトルランプライト洞窟に到達した。


そこで、彼らを出迎えたのはスーパーミュータントの群れ。


洞窟の出入り口付近に居た数体を倒し、洞窟に入った彼らは我が物顔で洞窟内を行き交いするスーパーミュータント達と遭遇。
出入り口と同じように激戦となったが、スーパーミュータント達に攻撃を加え一行に加勢してきた者達が居たのだ。

それが、リトルランプライトに住む浮浪孤児達だった。

彼らは侵入してきたスーパーミュータントに追われ、洞窟内部のあちこちに隠れているのだという。
彼らに案内され連れ込まれたのが、この大きな貯蔵庫だ。
出入り口が入り組み、小柄な人間が出入りするのがやっとの大きさなので、スーパーミュータントの侵入を阻止出来ていたようだ。
子供達は此処に逃げ込んで、スーパーミュータント達が立ち去るのを待っていたらしい。

子供達のリーダーであるマクレディ市長は、極めて不本意そうにではあるが一行にスーパーミュータントの排除を依頼してきた。
地の利を活かしてハラスメントな反撃を試みて見たものの、彼らだけではスーパーミュータントの排除は難しいと判断したようだ。

報酬は洞窟内の通過許可と、一時的な拠点及び物資の融通。
修理屋と機能停止した新兵を貯蔵庫に待機させ、『馬鹿』とお供はスーパーミュータントとの戦いに赴いた。

ガッツィー型戦闘ロボットと、戦いに慣れた感じのある『馬鹿』は、戦える子供達と一緒に洞窟内に侵入してきた巨人達を駆逐していった。
スーパーミュータントは数が多く、頑健であったが知能はそれ程高くなかった。

神出鬼没な子供達のトラップや投擲攻撃、伏撃や奇襲攻撃。
それらに惑わされ戦力と注意が散漫になっている頃合いに『馬鹿』と軍曹の攻撃を受け、次々と巨人達は倒れ伏していく。
羊飼いのダヴィデが、巨人ゴリアテを投石器で打倒したように。
洞窟の構造を知り尽くした子供達と、勇猛な『馬鹿』達との連携攻撃でスーパーミュータント達は一掃された。


Vault87に通じている2箇所の通路の1つ、裏門は先程再度閉鎖された。

残りは洞窟側と直結しているVaultの出入り口。
マクレディが言うには、出入り口の端末が故障しているのかドアの開閉が出来なかったらしい。
無理に開けても良いことはないと電源をカットしていた為、つい先日までずっと放置されていたようだ。
大きな地響きの後、突然開いたドアからスーパーミュータントが大挙してやって来るまでは。


洞窟内に侵入してきたスーパーミュータントの多くは此処を通過してきたので、此処を封鎖してしまえばリトルランプライトは安全だ。
『馬鹿』と修理屋はターミナルから入手したVault87の全体図を見て、エントランスと2箇所の出入り口を封鎖してしまえば良いと判断している。
危険極まりないスーパーミュータントの群れの生息地となれば、尚更だろう。

無論、その前にやる事がある。
『G.E.C.K.』を確保する為に、Vault87を調査しなければならない。

恐らくは、数多くのスーパーミュータントやケンタウロスが潜んでいるだろう。
だが、奴らを倒していかなければ、『G.E.C.K.』を手にする事は出来ない。
浄化プロジェクトを完成させる事が出来ないのだ。






「まぁ、俺達は今からVault87に突入してくる。その中にあるお宝に用事があるからな。帰って来るまでそいつを預かってくれ」
「…………解った」
「ンな顔するなよぉ。俺達がVault87を掃除すればお前達は今後安心して此処で暮らせるんだ。ギブアンドテイクと割り切れよ」

マクレディの顔は渋面のままだった。
本当に、『馬鹿』や修理屋に頼むのが嫌なのだろうか。
まぁ、子供だけに感情が先走ってるんだろうと、修理屋は思う事にした。
せめてもの慰めにとウェイストランド・サバイバルガイドを医師担当の少女……ルーシーに渡し、修理屋と『馬鹿』は立ち上がる。

「さて、行くか」
「ああ、そうだな」

『馬鹿』はアサルトに弾倉を填め、コッキングを行い初弾を装填した。
いつもより重めの背嚢を背負った修理屋が、心細げにホルスターに納まったレーザーピストルを撫でる。
補給とメンテを終えた軍曹がアームを何度も旋回させ、普段通りのスラングを放つ。
タロンカンパニーのアーマーを解し、ケブラー素材で作った胴巻きを胴に巻いたドックミートがワンと吼える。

新兵は激戦が予想されるVault87内部までは連れていかず、リトルランプライトに隠しておく事にした。
取り敢えず子供達に助けた恩義として保管する事を要求し、子供達も渋々引き受けた。
荷物持ちが居なくなった事は、大量の弾丸や重火器を持っていけないという事だ。
修理屋の専門的な護衛が居なくなった事もマイナスだろう。



2人は、ぽっかり開いたVaultのドアから奥に目をやる。
奥からは、湿ったカビと錆の臭いが漂ってくる。
Vault87に居る間この空気と付き合わなきゃいけないかと思うと憂鬱になりそうだった。

「ここでも、一波乱って事か……」
「だろうね、でも、行かなきゃ」

『馬鹿』がごく自然に、赤い非常灯が点灯しているVaultの朽ち果てた通路へと足を踏み入れる。
その後をドックミートが続き、おっかなびっくり修理屋が入り、最後に軍曹が侵入する。

「『G.E.C.K.』を手に入れて、父さんの夢を達成する為に」

後ろで、リトルランプライトの子供達がリレーで土嚢を積んでいくのが解る。
Vault87を制圧し、『G.E.C.K.』を手に入れるまでは戻る事は出来ない。

「さぁ、行こうぜ」
「うん……と、行きたいトコだけど。早速お出迎えの様だ」

赤黒い通路の奥の暗がりがザワザワと蠢く。
ドス、ドス、ドスという鈍い震動と共に、手にスーパースレッジを握った数匹のスーパーミュータントが姿を現す。


「撃て!」

『馬鹿』がアサルトライフルを構え、引き金を引く。

『早くかかってこい!お前達をブチのめしたくてウズウズしてるんだ!』

同時に、前に出た軍曹がグレネードを発射した。

「ヴァオン!!」

硝煙を突っ切り、ドックミートがスーパーミュータントの足下を駆け抜け攪乱する。

「後は任せたー」

修理屋は素早く後退した。




その戦いは、Vault87で始まった激戦の幕開けでもあった。















ソレは同属達が忙しく動き回っているのを、硬化テクタイト複合の強化ガラス越しに眺めていた。

彼らは怒声や罵声を投げ掛け合いながら、銃や棍棒を持って下の階層へと移動していく。
時折微かではあるが自身が永く永く監禁されている部屋に震動が起きる。
古びたデスクの上に乗っかったままの、汚れきったコーヒーカップがカタカタと小さく鳴る。
誰かが施設内で爆発物を使用しているらしい。

どうやら、何者かが侵入してきた様だ。
同属達は時折自分の居る区画に人間達を連れ込んでくる。
彼らの多くは死に、何体かは同属へと変化した。

その場合は、当然人間達は無力化されているので戦闘なんて起きる訳が無い。
だとすれば、外部から誰かが攻め込んで来たという事なのだろう。

(彼らがまともな存在であれば、ここでずっと行われている悲劇も終わりを迎えるのだろうか?)

この悪夢の地で繰り返されている、同属の非道な行いには義憤を感じる。
同属とは異なり、ソレは理性と倫理を重んじているからだ。

あの自分が自分で無くなり、体が元の形から変わっていくおぞましさ。
あんな凄惨な地獄を愚かな同属が人間達に味合わせているのだ。
かつては、自分達も同じ目に遭ったと言うのに。

それを彼らに指摘しても、無駄だと言うことも理解している。
破壊衝動と自分達以外の全てに対する敵意に満ちた同属が、自分の言い分に耳を貸した事は無い。
彼らを止めるにはただ1つ、殺して止めるしかない。滅ぼすしかないのだ。


兎も角、ソレは下で騒ぎを起こしている連中が此処まで到達するのを祈る事にした。
尤も、侵入者が自分の話を聞いてくれるかどうか自信はない。



自分の今の姿は、かつての有り様とはあまりにも掛け離れてしまっているからだ―――。



下手をしたら、話を聞いてくれる事すら無いかもしれない。
それは拙い。ターミナルが壊れてしまった以上、此処に閉じ込められたままでは発狂してしまう。

しかし、彼らの目的によっては、こちらにも切り札はある。
自分は最近壊されてしまったターミナルによって、このVaultに何が置いてあるか理解している。
彼らがそれを目当てに侵入してきたのであれば、自分にも活路が見出せる。
あそこは、自分でなければ回収できない危険に満ちたエリアなのだから。
それを示せば、交渉の糸口を掴めるかもしれない。

(後は、彼らがここまで到達する事を祈るのみだな)

ソレは、大人しく機会を待つ事にした。

















同時刻―――。
リトルランプライト洞窟入り口。



「ここが、Vault87へ続く唯一の出入り口か」


数機のベルチバードが、洞窟前の駐車場に着陸。
オータム大佐を始めとする、Vault87調査隊が到着していた。

「さぁ、行くぞ諸君。『G.E.C.K.』を手に入れる為に」







続く




















※Vault87の出入り口は超高濃度の放射能に汚染されていて、とてもじゃありませんが出入りできません。
すっぴんだと中心部に一秒間居ただけで死にます。
正直、どうやってゲームの方で出入りしたのか凄く疑問です。
まぁ、自作の中では無理をしたくないので、オータム大佐達は原作とは違い修理屋御一行と同じルートで侵入してきます。






[10069] 第24話 Vault87へ突入した修理屋は、運命の出会いを果たした
Name: taka234Me◆6742ef9e ID:c3103dd8
Date: 2010/04/03 17:24




















劈くような音と共に、跳弾が部屋の中を飛び交う。
叩き付けるような銃声が暫く続き、唐突に止んだ。

「グレネード、グレネード!!」
「こんな狭いトコで……ぬがっ!?」

ズンという炸裂音に、修理屋の言葉が引き裂かれる。
閉鎖空間での爆発物の効果は絶大だな、と修理屋は思った。
何せ、テーブルを蹴っ飛ばして作った盾越しにも、脳幹を揺さぶるような衝撃と爆発音を喰らわせてくれるのだから。
咄嗟に耳を塞ぎ、口を半開きにしなかったら鼓膜をやられてたかもしれない。

辺りにパラパラと破片が降り注ぐ。
跳ね返ってきたブリキ製のコーヒーカップが背中を打ち、修理屋は思わず悲鳴を上げた。
その隣に居た『馬鹿』が素早くテーブルを乗り越えると、アサルトを手に部屋から飛び出していった。

タタン、タタン、タタタタン。

立て続けに響く銃声が鳴り終わる。
微かに聞こえたスーパーミュータントの呻き声が途絶えた。

「……終わった、のか?」

硝煙に満ちた部屋の中で、キンキンと脳を刺激する耳鳴りに耐えつつ修理屋は立ち上がった。
辺りは爆煙と硝煙でうっすらと曇り、肉の焼ける不愉快な臭いと混じって気分が悪くなるような有様だった。
爆発で吹き飛んだ部屋の自動ドアを跨ぎ、『馬鹿』と軍曹が入って来る。

「終わったよ。この辺は大まか制圧出来たと思う。この先にあった階段へ行こう。多分、その先が実験煉だ」
「そうか……おい、撃たれてるぞ」
「少し抉られただけだよ」

修理屋の腕の一部が赤く染まっているのを見て、修理屋は『馬鹿』に座るよう促す。

「もう暫くは、敵は来ないだろ。87に入ってから戦い詰めだ。少しここで休憩を取ろう」
「でも」
「いいから。ほら、な。軍曹、戦闘直後で悪いが見張りを頼む。こいつの修理をしてやらないとな」
「……」
「ほら、こんな実験用Vaultの中で傷口晒してたら、どんなウィルスが入るか解らないぜ?」

少し渋る様子を見せた『馬鹿』をデスクチェアーに座らせ、傷の様子を見る。
修理屋は本業ほどではないが、それなりに治療と薬剤の扱いを心得ていた。
傷口周りの繊維を裏返しテープで留め、傷周りを消毒剤で軽く拭う。

「っ……」

渋面を見せる『馬鹿』を横目に、軽くモルパインを打つ。
1分ほど待って痛みが鎮静したのを確認してから、スティムパックの針を傷口に刺し中身を注入する。

「っ……ん……」

薬品による急激な治癒の為か、スティムパックを打つと発熱と痺れるような痛みを伴う。
だから、正しいスティムパックの使い方は事前にモルパインを打ってから。
こうすればある程度症状を緩和出来る。モルパインには中毒性があるから油断出来ないが。

「これでよしと……しかし、ここまで沢山の奴らが潜んでるとはなぁ」

包帯を巻き終えた修理屋が近くに転がってた椅子を起こして座り、ポシェットから精製水のボトルを取り出しながらぼやく。
『馬鹿』が腰を上げる前に自分が座る事で、強引に休憩を取らせるつもりのようだ。
『馬鹿』は修理屋の意図に気付いたが、結局何も言わずそのまま休憩を取る事にした。

「そうだね。市街地もスーパーミュータントは多かったけど、生息密度ではこっちの方がずっと上だよ」
「まったくだ、一体、このVaultは何をしてたんだ? 幾ら何でも異常過ぎるぜ」

修理屋が突きだしたボトルを、『馬鹿』が受け取りキャップを取って中身を喉に注ぎ込んだ。

「ハッキングしたターミナルから得た情報も、何だか不気味だしよぉ。まぁ、実験煉に行けば色々解るかもな」

うち捨てられ、スーパーミュータントに占拠されたVault。Vault87。
核戦争後、正規の出入り口が高濃度の放射能汚染地帯であるが為、誰も人が立ち入る事の無かった場所。

200年振りに自分の意志で侵入した2人の人間は、多数のスーパーミュータントと戦いながら奥へと進んでいった。

『馬鹿』にとってのVaultと、Vault87の荒れ具合は全く異なるものだった。
200年間、住まう者達が維持に必死になってきた為か、Vault101は小綺麗で清潔だった。
勿論、手入れが無ければ建物は一気に老朽化するのは解っている。

だが、同じ仕組み、同じ構造でもここまで荒れ果てるものだろうか。
ボトルの蓋を閉めながら、『馬鹿』は自分達の居る室内をゆっくりと見渡す。

錆と汚れにまみれた壁、透明度が著しく落ちた窓ガラス。
動きを止めて長く時間が経っているであろう機械と、使うモノが居ないが為にボロボロな家具。

そして、黒ささえ埃で薄らいでしまった血飛沫と、それを出した白骨死体。
ラッドローチに食い尽くされたのか、ボロボロの服とあちこち欠けた骨しか残っていない。
傍らにスクラップと化したレーザーピストルの残骸と、空になったエナジー弾のカートリッジが転がっている。

「内乱……かな?」
「かも知れないな。出入り口付近にあったターミナルじゃ、管理側に対する不信みたいな事書いてあったし」

確かに、それらしき痕跡はあちこちにあった。
明らかに最近になってスーパーミュータントが作ったものもあったが、通路のあちこちに設置されたバリケードは年季の入ったものだった。
ボロボロになったアサルトライフルを持ったVaultセキュリティの死体や、簡単な手製の武器を手にした住民の死体もあちこちに転がっていた。

「…………一体、何をここでやってたんだろうな。どう見てもおかしいぜ?」
「うん、Vault-tec本社のデータでも、用途については削除されてた。多分、幹部クラスの極秘事項じゃないかなと思う」
「まぁ、さっきも言ったけど実験煉に行けば色々解るかも知れないぜ……もう少しお前は休んでおけ。俺は軍曹のメンテと補充しとくから」
「解った。ドックミート、悪いけど軍曹の代わりに見張りお願いね」
「バウ!」















第24話 Vault87へ突入した修理屋は、運命の出会いを果たした













ソレは戦闘騒音が近付いているのを感じ、思わず手を叩いて喜んだ。

侵入者が這入り込んでそれなりに時間は経つが、今だ同属の群れ相手に戦い続けている様だ。
この分であれば、遠からずこの区画まで到達してくれるかも知れない。

(しかし、この姿をどうにかせんとな)

自身の異形はどうしようもない。
言葉を尽くして、誤解が無いように理解して貰うしかないだろう。

まともな感覚の人間なんてこの姿になってから逢った事なんてないので、どう理解して貰うか検討も付かないが。
殆どの人間は気絶状態でこのラボに運び込まれて来るし、意識があっても恐慌状態で自分の事など気にする余裕も無かったように思える。

(…………いちいち前例の無い事を考えても栓のない事か。それよりも)

服が無いのが困った。

(外観は兎も角、装いだけでも引かれんように出来んものか)

かつて着ていたVaultジャンプスーツは既にボロボロになり、100年ほど前から腰布状態である。
幸い自分の体は注入された物質により生態的に強化されたようで、裸同然の状態でも体調を崩すような事は無かった。
だが、これから会うのは人間である。同属では無いのだ。
同属は自分がどんな形をしてようと気にしてないので問題無かったが、人間が相手であればそうもいかない。
自分の姿形にはどうしようもなくても、不愉快なものを見せて不興を買い交渉打ち切りなんて事は絶対に避けたい。

(願わくば、差別意識の低くて、外観を気にしない相手であれば良いのだが)

このチャンスを逃したら、次のチャンスまで自分の正気を保てるか自信は無い。
ソレはまるで相手が来るのを逃さないかの様に、硬化テクタイト複合の強化ガラス越しに通路を見張り続けた。

(いや、そんな好条件の人間は希少か。しかし、ああ、頭が痛い……)











「ニンゲン、シネ、シネェェェ!!」

階段の上からの撃ち下ろしで、行動を阻害された軍曹が素早く後退する。
複数のプルートが階段の上に陣取り、銃撃でこちらが階段付近に接近するのを阻止している。

「軍曹、スモーク!」

床にチャイニーズ・アサルトライフルが音を立てて落ちる。
肩にミサイルランチャーを担いだ『馬鹿』の声に応じ、軍曹が煙幕弾を発射する。
ピンク色の煙幕の中を、『馬鹿』はランチャーを担いだ姿勢で駆け抜けた。

「っつ」

階段の上から乱射しているのだろう。
体の直ぐ側を銃弾が駆け抜けていく。
跳弾が跳ね上がり、コンバットアーマーの側面を軽く抉っていった。
ヘルメットの端を金切り音を立てて、銃弾が飛んでいく。

阻止銃撃に怯まず、階段の手前で『馬鹿』はミサイルランチャーを構えた。
そのまま階段の上に砲身を向け、発射用のボタンを押し込む。
シュバッという独特の音と共に、翼を開いたミサイルは階段の上へと向かって突き進む。

爆発。
幾分距離はあったが、衝撃波を受けたのか『馬鹿』が後ろ向けに転がって来る。

「GO! 吶喊だ軍曹、ドックミート!!」

入れ替わりに突っ込んでいくドックミートと軍曹を見送りながら、修理屋は『馬鹿』を助け起こした。

「だ、大丈夫か!?」
「つ~、あ、だ、大丈夫。糞、思ったより破壊力が大きかったぁ」
「そうか……しかし、奥に進めば進む程酷い場所だぜここは」
「全く、だね……よいしょっ、と」

スーパーミュータントの断末魔と軍曹の罵倒、リッパーが何かを切り刻む音とドックミートが何かを噛み砕く音が聞こえる中2人は立ち上がった。
辺りには所々に破砕された机や椅子、頭部や胸部を砕かれたスーパーミュータントの死体が転がっている。
陰気で薄暗い場所と毒々しい赤い非常灯と相まって、この世の地獄とすら思えるような具合だ。


「まさに此処は地獄だな。あんなもの見た後じゃ尚更そう思えてくるぜ」
「うん……あれは」
「ターミナルと、外観からの推測だけど、多分ミノタウロスの出来損ないだ。畜生、おぞましいもん作りだしやがって……!」
「一体、このラボに住んでた連中は何考えてたんだ……!!」



2人の脳裏に、実験煉に侵入してから見てきた光景が蘇る。
恐らくは研究用の試験室と覚しき個室に入った時、それは手術台の上に転がっていた。


その『かつてにVaultジャンプスーツを着た人間だった存在』は、酷く奇怪な形をしていた。


全身の筋肉を解した状態で人体を粘度の塊のように丸めるとあんな感じになるのだろうか。
半分形が崩れた顔と、ボロボロになったVaultのジャンプスーツが無ければミノタウロスの死体と勘違いしていた位の有様だった。
飄々とした『馬鹿』が嫌悪の感情を剥き出しにし、修理屋は胃の中身が逆流しないように抑制する事に必死だった。

実験チームの記録が納められたターミナルには、FEVと呼ばれる何かを使って実験を行っていたようだ。
このVault87に避難してきた住人達を被験者として、人体実験を行っていたようなのだ。

しかも、それがこのVaultの中では当然の事の様だった。
ターミナルに書かれているレポートや研究報告書では、まるでハツカネズミを対象にしてるかの様な感じで実験内容が報告されている。

「推測に過ぎないだけどな、スーパーミュータント達の発生源ってのは此処かもしれない」
「多分、その通りだと思う。ここに居た連中の数を考えれば、そうだとしても何の不思議もない」

世紀末な世界を生きる修理屋と『馬鹿』からしても、このVaultで行われてた人体実験は嫌悪して余りうるものだった。
ましてや、それが原因で今を生きる人間達はずっとあのスーパーミュータント達に生活を脅かされているのだ。
2人が、かつてここで悲惨な実験をしていた連中に対し怒りを抱くのは当然の成り行きかもしれない。

「『G.E.C.K.』を手に入れたらさ、ついでに此処をぶっ壊してしまおうぜ。そーすりゃ、あの化け物共も打ち止めになるかもしれない」
「ああ、是非にそうしよう。こんな事は、永遠に終わらせてやる」

床に転がっていたアサルトライフルを手にした『馬鹿』が、階段を上がり始める。
修理屋もそれに習って、彼の後に続いて階段を上がり始めた。












「しかし、驚いたものだ」
「はい、どうやら先客が居る様子ですね」

リトルランプライト洞窟を通過したエンクレイヴの調査部隊は、オータム大佐を先頭に悠々とVault87内部を移動中だった。
何せ、脅威となるスーパーミュータントの大半は先行した者達が倒してしまったのだ。
時折散発的にスーパーミュータントが襲って来たが、殆どが近付く暇すら与えず灰の山へと姿を変えられていた。
彼らは手に入れた地図を確認しつつ、目的のブツがあると思われる区画を目指せばいいだけの事。

リトルランプライトの子供達は自分達の姿を見ると、たちまち姿を消し去ってしまった。
見られている気配は何度も感じたが、やはり20人近くのパワーアーマー兵は相当な威圧感を子供達に与えたのだろう。
Vault87への入り口を塞いでいた土嚢の山を爆破して吹き飛ばし、彼らがVault87に入るまで結局何のリアクションもして来なかった。

尤も、オータム大佐も手荒な真似はしたくなかったので、素直に通過出来る分には問題ない。
下手に抵抗されてたら対抗しなければならなくなる。お互いに犠牲が出ずに済んだのは僥倖だ。

「やはり、彼らも『G.E.C.K.』が目的でしょうか?」
「わざわざVault87に這入り込むからにはそうだろう。となれば、あのジェファーソン・メモリアルで働いていた者達の誰かと言う事だな」

彼らの多くは今だ要塞から移動してない様子なので、恐らくは彼らの中で戦える存在が派遣されたのだろう。
ただ、そのメンバーはオータム大佐の予想を超えた戦闘力を誇る様だ。
スーパーミュータントの巣に這入り込み、確実に奥地まで侵攻している辺りただ者ではない。

「彼らが我等よりも先に『G.E.C.K.』を手にいれた場合は、如何しますか?」

ソルジャー達を率いる小隊長の言葉に、大佐は静かに答えた。

「出来ればあの不幸な誤解を解いて穏便に譲渡して貰いたいのだがな……」

あの一件は、本当に悔やんでも悔やみきれない。
彼らを上手く懐柔し、自分達の復興事業に組み入れればもっとスムーズに浄化プロジェクトを実行出来たのかも知れない。

「アレの存在は米国の復興に不可欠なものだ。交渉した上で拒むのであれば手荒になるやもしれん」

『G.E.C.K.』の確保。これだけはどうしても譲れない。
エンクレイヴがこのワシントンDCで主導権を握り、首都を復興させるに当たってどうしても必要なものだからだ。

「あの浄化装置も『G.E.C.K.』が無ければ限られた量の水を濾過出来るだけの大型の浄水装置に過ぎぬしな……ぬ」

オータム大佐の足が止まった直後、シュンという自動ドアが開く音が聞こえた。
直ぐ手前の部屋のドアが開いたかと思うと、中から一匹のスーパーミュータントが飛び出して来る。

「ウガァァァァァ、ニンゲン、ユルサナイ、シネェェ!!」

先行者によって仲間を殺された為か、怒り狂ったスーパーミュータントは目の前に居る人間に襲いかかってきた。
手には無骨な金属の塊、スーパースレッジ。
巨人の馬鹿力で殴られたら、人間の頭など西瓜の様に爆ぜてしまうだろう。

「大佐殿、お下がりください!」
「問題ない」

慌てて前に出ようとしたソルジャー達を制し、オータム大佐は滑るような足運びで前に出る。
ノコノコ前に出て来た馬鹿な人間に対し、スーパーミュータントは躊躇無く全力でスレッジを叩き付けた。
目指すはオータム大佐の頭部。どんな屈強な人間でも頭を潰せば直ぐに死ぬ。

銃も無し、パワーアーマーも着てない、非武装の人間など恐れるに足らず。

渾身の力でスレッジを振り下ろしたスーパーミュータントは勝利を確信していた。

そう、勝てる筈だった。



だが、スーパーミュータントの振り下ろしたスーパースレッジが、オータム大佐を叩き潰す事は無かった。

スーパーミュータントが、オータム大佐に勝つ事は出来なかった。




何故か?




何のことは無い。実に単純な事だった。

スーパーミュータントがスーパースレッジを両手で振り上げ、全力でオータム大佐目掛けて振り下ろした。
それをオータム大佐が半歩左に移動し、右腕の拳の甲でスレッジの柄頭の側面を叩き軌道を横にずらしただけだ。

たったそれだけの事でスーパーミュータントの渾身の一撃は空振り、通路の床に衝突しただけに終わる。

そして同時に、大佐は自分に攻撃を仕掛けたスーパーミュータントに対し、反撃の掌打を叩き込んでいた。

「憤っ!!」
「ガギャッ!!?」

恐らく、打ち込んだオータム大佐以外、スーパーミュータントも護衛のソルジャー達も攻撃挙動を認識出来なかっただろう。
恐るべき速度で放たれた掌打は、駿足の踏み込みも相まって破壊力を増し巨人の顔面に命中する。

防御する暇も与えず、回避する挙動も許さない必殺の一撃。
頭蓋と顎が衝撃で破砕されたのか、軋むような破砕音がスーパーミュータントの頭部から聞こえた。

顔面に深々と掌型の窪みを作ったスーパーミュータント・プルートが宙を舞い、5m程先にあるVaultの通路の壁に叩き付けられる。
通路に崩れ落ちたスーパーミュータントに対し、思い出したかの様にソルジャー達が撃ち込んだレーザーが幾重にも突き刺さった。

「お見事です。大佐殿」
「うむ、最近はデスクワークが多かったからな。少々腹回りに贅肉が付いていたから不安があったが……思ったより調子は良い」

革手袋に包まれた拳を軽くさすり、大佐は自分のフットワークが鈍ってない事に満足げだ。
そんな大佐を見るエンクレイヴ・ソルジャー達の視線は、畏怖と尊敬に充ち満ちていた。

「さて、諸君。もう暫く前進すれば実験煉だ。努々油断しないように」
『ハッ!!』













2人は、被検体を収容してたらしい観察用独房が並ぶ区画へと到達した。
先程から、スーパーミュータントよりもケンタウロスと遭遇する回数が増えている。

狭い通路で、あの意外なほど射程が長い嘔吐物は外で出会った時よりも格段に脅威だ。
軍曹のアームを突き出して射撃したり、手榴弾で攻撃したりと工夫を凝らして来たがいい加減限界が近付いてきた。

何せ、数が多い。
しかもこの区画に入ってからケンタウロスばっかりだ。
倒せば銃と弾を落とすスーパーミュータントとは違い、ケンタウロスは実入りが全くない。
時たまガラクタを持っていたりするが、それを当てにする事なんて出来なかった。

「参ったなぁ……帰りを考えると、これ以上無駄に戦いたくないね」

新しいマガジンをアサルトに装填し、コッキングレバーを引きつつ『馬鹿』が呟いた。
ドックミートも疲労が重なっているし、軍曹の残弾もそろそろ気にしなければならない量になっている。
修理屋の背負っていた弾薬が詰まった背嚢も随分軽くなった。
荷物が減って軽くなったのにも関わらず、修理屋の表情は暗い。
取って置きの武器であるミサイルランチャーは、先程スーパーミュータントの抵抗拠点を潰した時点で弾切れになった。

減っていく武器と弾薬、蓄積していく疲労と磨り減る神経。
かなり目的の区画まで近付いていたが、一行の消耗も激しかった。

「ったく、こんな時はさ、どっからともなく騎兵隊が来てくれたりしてくれないもんかねぇ」
「あのねぇ……そんな事、ある訳ないでしょ」

周囲を警戒しつつ、階段を上がっている『馬鹿』が振り向く事も無く呟いた。
馬鹿らしい。こんな敵地の真っ直中に味方なんか居るものかと。

「いやいや、キャプテンコスモスじゃないけどさ。ヒーローがピンチな時には助けが来るのが定番だろ?」
「…………僕らはヒーローなんかじゃないんだけど。第一」

階段を上がりかけた『馬鹿』が、苛立ちを込めて振り返った。

「そんな来るかどうかも解らない不確定な存在を期待してもしょうがないでしょ。僕らは僕らでやれる事をやる。それだけしかないよ」
「なんだよぉ。ちょっと位夢見たっていいじゃないかよぉ。こんな状態なんだからよぉ」
「来ないったら来ないよ。もし、そんなのが来たら歓迎してもいいけどね」
『おお、そうか。助けが必要なら私が助力してもいいぞ』
「うひょ、ラッキー。意外なトコに助けが居るもんだなぁ!」
「ああ、そうだね。だったら助けて貰おうか」

そこまで言って、修理屋と『馬鹿』は固まった。

「…………」

僅かに固まった『馬鹿』が、直ぐさまアサルトの引き金に指をかけ周囲を警戒する。
瞬時に戦闘態勢へと移行できる辺り、修理屋の体は完全に戦闘のプロへと変化しつつあるのだろう。

修理屋は怯えた様に周りを見回し、近くに居た軍曹の後ろに隠れた。
こっちは戦闘員ではなく技術者なので、こういう反応をしてしまうのもむべなるかな。

『そんなに警戒しなくてもいい。少なくとも、私には君達に対する害意は無いのだからな』

その声は、妙に高かった。
辺りを警戒しつつ見渡した『馬鹿』が、音が発生しているモノを見つけた。

「その、インターフォンから話しているのか?」
『ああ、そうだ。私はずっとこの独房の中に閉じ込められていた。外部とのやり取りをするにはこれに頼るしかない』

階段から見える通路には、横一列に独房と覚しき強化ガラスの填められた窓と、その側に古びたインターフォンが設置されていた。
どうやら独房の中に居る存在は、インターフォンを使ってこちらへ話しかけている様子だ。

「ずっと……だと?」
『その通りだ。私は人間では無いからな』

その言葉を聞いた途端、一行の空気が一気に堅くなる。
『馬鹿』の顔付きが険しくなり、修理屋の表情が嫌悪と恐怖に覆われる。

『……やはりか。君達が人間ではない私に警戒感を抱くのは致し方ない。この様な場所でなら尚更だ。しかし、話だけでも聞いてはくれないか?』

インターフォンの向こう側の声は、まだこちらとの交渉を欲している。
修理屋と『馬鹿』は顔を見合わせた後、黙って様子を見る事にした。
相手は独房に入ったままなのだ。今すぐ出て来て此方に危害を加えれるとは思えない。
一応話を聞くだけ聞いてから、その後どうするかを考える事にした。

「解った。話を聞こう。重ねて聞くけど、僕達に危害を加えるつもりはないんだね?」

話を聞くと言われた為か、インターフォンの向こうの声が僅かに高揚した。

『勿論だ。君達に害は与えないし、君達の助けになれるだろう。ひとまず、こちらに来てくれないか?』
「…………」
『別に他意は無い。凶暴で話相手にならん同属ばかり相手にしてたのでな。久し振りに人間と顔を合わせたいのだ』
「……おい、どうするよ?」
「……行こう。場合によっては、現状の打開に繋がるかもしれない」

そう言うと、『馬鹿』は通路の両側を確認した。
スーパーミュータントも、ケンタウロスも居ない。
赤い非常灯が照らす、陰気で救いがたい雰囲気の暗い廊下しか見えない。

『こっちだ。私の体は元の姿と掛け離れた状態ではあるが、その辺は我慢して貰いたい』

その言葉を聞いた2人の脳裏に過ぎったのは、実験室や独房に転がっていたケンタウロスもどきの姿だった。
みるだけで生理的に受け付けない存在が、インターフォン越しに理知的に自分達に語りかけてくる。

「うぇ……」
「うぼぁ……」

顔を見合わせ、2人は呻いた。
もし、交渉の末に独房からの開放を願われたらどうしよう。

あんなのが這いだしてきて『オレ、ケンタウロス、コンゴトモドウゾヨロシク』なんて言われたら思わず撃ってしまうかもしれない。

ゆっくりと、ゆっくりと2人は独房の中が見える窓ガラスの方へと向かう。
一度に視覚して、恐怖でパニックに陥ったり交渉する気が失せたりしない為にだ。主に修理屋が。

『おお、久し振りだ。本当に久し振りだ。まともな人間とこうして対面するのは一体何年振りだろうか!?』


そして恐る恐る2人は独房を覗き込んだ。
相手は自分達を歓迎してくれるらしい。大きく両手を左右に広げ、歓迎の意を示している。

「!!」

『馬鹿』が、信じられないと言わんばかりに目を見開く。





「!!」


修理屋の目は、もっと大きく見開かれた。


(なんだ、この、胸の、爆発するような、)


それを見た瞬間、まるで直接サイコを打ち込んだかのように心臓が激しく脈動する。


『思ったより拒絶が無くて幸いだ。これなら話し合いに応じて貰えそうだな』


嬉しそうな、ソレの顔を見てると更に脈動は激しくなった。


(なんだよ、これ。俺は、ジェットを体験しているのか?)


ソレと目が合う。

何故か反射的に目を逸らしてしまう。


(ん、なんだアレは?)


目を逸らした為、修理屋はやや下の方を見ていた。

必然として、ソレの顔より下を見ることとなる。





(あの、赤いのはなんだ?)




修理屋の網膜に、赤い点が2つ見える。




(いや、違うな。何だあれは?)




よく、じっくり、見てみる。




ちょっと、ピンク色に近いかもしれない。





なだらかな2つの丘の上に慎ましげに君臨するそれは、とても魅惑的だった―――。






そう、優しく紳士的に口に含んでしまいたくなる位に。







(………………、ま、ましゃか―――――――――!!)








その正体に気付いた修理屋の理性がスパークする。


今や、彼の精神はパルス・グレネードを喰らったロボットの中枢回路と同じ。


網膜越しの情報が、何故か幾何学色に染まる。


いけない、あれをこれ以上見ては。


いけない、俺が駄目になってしまう。


この世には知ってはならない事実がある。まさしくあれが、そうだったのだ――――――!!











『馬鹿』が、何かを叫んでいる。

しかし、修理屋に返答する余力などなく。












修理屋は盛大に鼻血を吹き出し、その場に卒倒した。









続く

























いや……何というか>(*´Д`)ガンバッテカキツヅケタカイガアッタナァ




反論や批判はVault-Tec社のユーザーサポートまでどうぞ。













[10069] 第25話 『G.E.C.K.』を手に入れた2人は、人生最大のピンチを迎えた
Name: taka234Me◆6742ef9e ID:c3103dd8
Date: 2010/05/02 12:25

























「おお、素晴らしい。これが、これが自由か!!」

そのスーパーミュータント、フォークスが200年振りに独房から出て言った言葉がこれだ。
ちなみにフォークスとは破損したターミナルの文章に掲載されていた、戦前の英雄から取った名前らしい。

あの後、奥にある配電盤を修理屋が直してから管理用コンピューターをハッキング。
フォークスの独房のみを開放したのだった。
『馬鹿』辺りが無理矢理解除していたら、あちこちの独房内に居るケンタウロス達まで出て来ただろう。

「すまんな、服まで探して来て貰って。あの格好では君達に失礼に当たるからな」
「いや、俺はそのまm」

『馬鹿』の鉄拳が、修理屋の鳩尾に突き刺さる。
その場で悶絶した修理屋を一瞥もせず、『馬鹿』はやや冷淡な口調で言った。

「問題無いよ。それで……君の望む独房からの解放を僕達は果たした。君は僕達の為に何が出来るんだい?」
「ふむ……それは君達が何の為にこのVault87へやって来たかによるな。大まか、予想は付いてるが」

『馬鹿』の眉がピクリと動く。
フォークスはその反応を見逃さず、深々と頷いた。

「成る程、『G.E.C.K.』を確保したくてやって来たと言うのか」
「………………そうだよ。君は場所を知っているのかな?」
「勿論だとも、私があらゆる知識を得たターミナルは、このVaultの中央コンピューターにも接続してあった。このVaultの何処に何があるかは大まか解る」
「そうか」
「そうだ。だが、『G.E.C.K.』の保管室周辺は、故障した原子炉から漏れ出た放射能によって汚染されている。人間ではとても耐えきれないだろう」
「!」
「だが、私であれば、スーパーミュータントの体の私であれば問題なく回収出来る。そうすれば、君達に恩返しが出来るという訳だ」

近くの部屋に転がってたスーパースレッジを肩に担ぎ、フォークスは先導を始める。

「こっちだ。ここから真っ直ぐ行って管理煉を抜けた後、エントランスを経由して発電所の区画近くに『G.E.C.K.』の保管室がある」

室内に転がってたターミナルの端末でVault内の情報を収集してた為か、フォークスの動きに澱みは無い。
恐らく頭の中に全てマッピング済みなのだろう。200年間分の暇は伊達ではないと言うことだろうか。

「まだあちらには幾分同属が残っているだろう。案内ついでだ、私が露払いを勤めるとするか」

『G.E.C.K.』が保管されているであろう区画への最短ルートを、澱みの無い動きでトコトコ通路を歩いていくフォークス。
『馬鹿』は一瞬付いていこうか迷ったが、素直に付いていった修理屋の後頭部にチョップを入れてから自分も後に続いた。

















第25話 『G.E.C.K.』を手に入れた2人は、人生最大のピンチを迎えた

















暗い通路を歩きつつ、フォークスは自分自身の事を語った。

「私はスーパーミュータントとして例外中の例外の様だ。200年間、この部屋から同属の様子を見てきたが、私のような個体は一体も存在する事は無かった」

身長2mを越える巨体。
緑色のかかった肌色とスキンヘッド、歪な程発達した筋肉。
醜く野蛮で悪意に満ちた顔付きと凶暴さ、それが一般的なスーパーミュータントだ。
西海岸には知性が高く理性も兼ね備えたスーパーミュータントも居るらしいが、醜悪な外観である事には変わりはない。

「そして、同属の殆どは暴力的で破壊衝動の塊だ。そんな彼らにとって、私のような存在は認める事など出来なかったのだろう」

伸び放題な長髪を左手でガシガシと掻きながら、フォークスは言う。
そう言えば髪が生えてるスーパーミュータントなんて、今まで見た事無かったなと『馬鹿』は思った。
ちなみに、スキンヘッドだとしてもそれ程違和感はない。
女のレイダーなんぞは、所々に髪を残したりモヒカン状にしたりと奇抜な髪型を好む。
そもそも、娼婦などを除けば美容やら髪やらに財を投入する余裕のない時代なのだ。

「確かに、その、フォークスは色々変わってるね。その、外観とか」
「まぁな。同属と比較すれば見かけ上、とても同種とは思えんだろう」

フォークスは苦笑しながら、自分の体を見下ろす。

「重ねて言うが、私の存在はFEVを研究した者達からでさえ、イレギュラーなものらしい。だからこそ、ああして幽閉されたのだ」

修理屋が近くの研究室で拾ってきた、ボロボロのVaultジャンプスーツに覆われた自分の姿を。
すり切れ、穴が開いた場所から見え隠れする、自分の体を。

「同属を殺した後、その体を見た事があるか? 同属は基本的に無性だ。元の検体が男であろうと女であろうと、な」

スーパーミュータントには、性別というモノはない。
一見、外観からして雄に見えるが、生殖器が存在しないのだ。
だからこそ、彼がどうやってこの世に発生し繁殖するのか、長い間謎とされてきた。

その意味合いでは、フォークスの身体の形態はまさしくイレギュラーだろう。
無性が基本である、スーパーミュータントとしては有り得ない構造になっていた。

「FEVウィルスの効果だよ。まだこのVaultが研究所だった頃の開発者達が言うには、連綿と続いてきた進化の摂理をねじ曲げられるものらしい」

かつての旧世界、つまり戦前の頃。
人類は行き詰まった経済、枯渇しつつある資源、限界を迎えた政治体制の他に、幾つもの疫病に脅かされていた。
幾ら人間の医療科学が進歩しても、それを嘲笑うかのように病原体は次から次へと現れ、人間達の命を奪っていった。

そこで生み出されたのがFEVウィルス(変異促進ウィルス)。
このウィルスの力で強制的に人類の種族としての力を進化させ、病原体に負けない超人類を作り出すのが目的だった。
しかしあまりにも不安定な為、軍用としてマリポーサ軍事研究所やVault87での研究を除き実験は中断された。

こうして、FEVウィルスは世界から忘れ去られた筈だった。
あの世界を核の炎で焼き払った、グレート・ウォーの時を迎えるまでは。

「世界を破滅させたグレート・ウォーの時に、FEVウィルスを保管してた研究所の近くで核爆発が起きた様でな。その際に大気中にウィルスが飛散したようだ」

拡散されたウィルスは、あらゆる生命体の中に潜り込んでいった。
昆虫、動物、人間、生きとし生ける存在。悉くに這入り込み、その効果を発揮した。


牛は、奇妙な双頭を持つバラモンとなった。

熊は、凶暴性を持つヤオ・グワイとなった。

蠍は、人間よりも巨大なラッド・スコルピオンとなった。

蠅は、巨大化し蛆を弾丸の様に飛ばすブロードフライとなった。

遺伝子異常の為か、有り得ない生き物、ミレルークまでもが生み出された。


「だからか、核戦争後になって、戦前の世界では有り得ない化け物ばっかり湧いたのは」
「その通りだ。そして化け物になったのは人間とて例外ではない。スーパーミュータントは、元々は人間なのだ」
「「…………」」
「このVaultの研究区画にあるFEVウィルスを人間に注入する事で、我が同属は生み出される」

修理屋と『馬鹿』はお互いに顔を合わせる。

「フ、フォークス。そのウィルスってまだ残っているのか?」
「恐らくは。今も、外界を彷徨う同属達が時折人間を運び込んで来るからな。タンクの貯蔵量はかなり減っているようだが」
「じゃあ、ここに居たスーパーミュータントはやっぱり……」
「かつては同じように浚われ、ウィルスを打たれ、同属と化した人間だ」
「「……」」

薄々気付いていた事とはいえ、はっきりと断言された為に気まずい雰囲気が辺りを支配する。
敵として戦った彼らも、昔は同じ人間でありこのVaultで作り出された被害者だったのだ。
黙り込んだ2人に対し、フォークスは声音を和らげる。

「気にする事はない。ああなってしまったらもはや人間ではないのだ。殺して止める以外、方法は無い。残酷かも知れんが、それが慈悲だと思う」

誰もが気まずそうに黙りながら歩くこと暫し。
気まずい雰囲気を散らす様にまたフォークスが口を開いた。

「だから私は、このVaultを破壊し、凶暴な同属を全て葬らなければならないのだ。私は此処にずっと居て悲劇を見ながら何も出来なかった」
「故に悲劇を止め、彼らの苦痛を終わらせる。それが、私なりの責任の果たし方だと思う」
「そうなのか。俺でよければ是非とも、協力するよフォークス」
「おお、そうか。ありがとう」

フォークスの手を、いつの間にか近寄った修理屋が両方の掌ですっぽりと包み込む。
どことなく潤んだ眼差しでじっとフォークスを見下ろしながら、修理屋は何度も頷いた。
フォークスの手はひんやりとして冷たく、やはり人外であるという事を改めて修理屋に認識させた。
だが、それを知っても尚、修理屋はフォークスの手を離さなかった。


修理屋の意識は、完全にフォークスの方へ向いていた。
勝手に助けを申し出た為に、後ろでやや冷ややかに見る『馬鹿』の視線にも気付かずに。

「済まないな。君達の目的は『G.E.C.K.』なのに」
「いやいや、このVaultが無くなって凶暴なスーパーミュータントが途絶えれば、俺達の生活も良くなるし、当然の事さ!」

フォークスの方も顎を上げて修理屋の顔を見上げ、少しだけ口元を綻ばせる。
人為らざる色の瞳も、どこか嬉しげの様に見える。

(何考えてるんだか、相手は姿形は全く変わっててもスーパーミュータントなのに)

そんな修理屋を醒めた目で見る『馬鹿』の考えの方が"まとも"なのかもしれない。
フォークスを一目見た時から、完全に腑抜けてしまった修理屋の方がアレなのだ。

確かに外観はアレであるが、そこまで熱を上げる程のものなのか『馬鹿』にはとんと理解出来ない。

『馬鹿』はある意味では常軌を逸したお人好しであり、反面徹底したリアリストだった。

縁もゆかりも無い子供の依頼で、巨大蟻退治をしたりする。
父親が描いた壮大すぎて荒唐無稽なプロジェクトにだって参加し、後先考えない奮闘振りを見せる。
父親の仇討ちの為に、大組織相手に戦いを挑もうとさえした。

お人好しが過ぎる程の一方で、酷く醒めた視線でモノを見る部分もあるのだ。
普段その部分は、敵対する存在を倒す時にのみ姿を現す。
戦闘になると戦闘機械の如く冷徹冷酷になるのも、『馬鹿』の精神構造の歪みを示しているのかも知れない。

だからこそ、フォークスの件についても遭遇当初こそ驚いたものの、今ではすっかり平静さを取り戻しているのだ。

修理屋は何だか浮かれきっているが、『馬鹿』にとってフォークスは「希少な友好的スーパーミュータント」に過ぎない。
彼の人柄(?)にはある程度信用はしているが、何か敵対的な行動を取れば直ぐさま銃口を向け引き金を引ける程の割り切りは出来るのだ。

「…………ふん」

『馬鹿』は修理屋を面白く無さそうに見詰めた後、こっそり鼻を鳴らした。














そのスーパーミュータントが、ソレに遭遇したのは偶然だった。


一瞬、人間かと思ったがそれとは違った。

本能が告げるのだ。

あれは、外見は違えど同属であると。

ふと、それが何時もこの先の区画に監禁されていた存在である事を思い出した。

何故、こんな場所に居るのだろうか?

なんであれ、明確な味方ではないそれを拘束するなり殺すなりしなくてはならない。

取り敢えず誰何しようと前に出てみた。



グシャ。


「ガッ!?」

お互いの距離は、一瞬にして詰められた。
残像を残しそうな動きで、掲げられたスレッジが振り下ろされる。
宙を切って振り下ろされたスレッジは、そのスーパーミュータントの側頭部を著しく変形させた。












ゴス、ゴス、ゴス。


ドテ、ボキ、クシャ。


バキ、ドカ、メキャ。




「……こういうの、アジア風には無双と言うんだっけ?」
「知らねぇよ……すげー、お、倒した奴の身体を蹴って次の奴に飛び掛かった」




フォークスは強かった。
物凄く強かった。

それこそ、200年間独房に閉じ込められてたのが不思議な位強かった。

スーパースレッジをフォークスが振り回しているのか、フォークスがスーパースレッジに振り回されているのか。
変幻自在な動きはスーパーミュータント達を幻惑し、気が付いた時には肉薄されている。

近づかれたら最後。
武器を弾かれ反撃を封じられた挙げ句、フルスイングのスレッジで間髪入れずボコボコに殴り倒されている。

「本当に200年間閉じ込められてたのかなぁ……?」
「ストレッチやイメージトレーニング、シャドーボクシングは欠かさなかったって言ってたぞ」
「…………何時の間にそんな事聞いてたの」
「あ、いや、その。す、スキンシップだよ」

戦う際に何発か被弾してはいるのだが、全く堪えた気配はない。
ただでさえボロボロな服が更にボロボロになり、修理屋が鼻に詰めたドル札を交換しなければならなくなったが。

「いやぁホント、助かったなぁ。俺達、殆ど戦う必要無いぜ」
「…………………………ああ、そうだね」

フォークスの戦い振りを見て『馬鹿』は決心した。
フォークスに銃口を向けるのは、最後の最後の戦う以外どうしようも無くなった場合のみにしようと。
そんな覚悟を決める『馬鹿』の横で、修理屋は大喜びでフォークスの大活劇を見守っていた。

















「さぁ、これが『G.E.C.K.』だ」

本当に、本当にそれを手に入れた時はあっさりしたものだった。

高濃度の放射能に包まれた通路から帰還したフォークスが差し出したVault-tec社の社印が刻まれた銀色のケース。

それが奇跡の筺である『G.E.C.K.』だった。


「これが、『G.E.C.K.』」
「…………思ったより、普通だよな」

そう言いながらケースの蓋に手を触れようとした修理屋の手を、フォークスの掌が押さえつける。

「え、ええっ、ちょっと?」

何やら赤面する修理屋に対して、フォークスは凄く真剣な顔だった。

「迂闊に開けようとしては駄目だ、これを普通に開ければ危険な事になる」

フォークスが知る限り、これを開けるには特別な処置が必要なのだ。
普通に開けてしまったら最後、装置の機能が周囲に解放されるらしい。

「この機械は『周りの物質を分解し再構築する』事が出来るのだ」

フォークスはゆっくりと修理屋の手を『G.E.C.K.』から遠ざける。

「汚れた土も、汚染された水も、澱んだ大気も、そして、動植物、人間ですらも」
「……うわ」
「げげっ」
「適切な施設で然るべき手順を持って開けないと、文字通り消失してしまうぞ?」
「「……」」

慌てて手を引っ込め、怖々とそのケースを見る2人。
浄化プロジェクトを達成させ、人類を救える筈の『G.E.C.K.』が急に恐ろしいものに思えてきた。

「まぁ、迂闊にケースを開けなければ大丈夫だ。ほら、受け取れ」
「あ、ああ」

慎重に手を差しだした『馬鹿』にケースを手渡し、フォークスは満足げに頷いた。
役割を果たした2人と、役割を終えた1人(?)。

後は、各々がやるべき事に戻るだけ。




「君達への恩もこれで返せたと思う。私は、私の役目を果たす事にするよ」
「さっき言っていたVault87の破壊?」
「ああ、まだウィルスのタンクは残っている。外部に同属も沢山居る。全ての禍根を断たねば、Vault87の悲劇は繰り返されるからな」

二桁に達する同属を葬り去ったスーパースレッジをよいしょと背負い、フォークスは背を向けた。

「それに、これ以上私と一緒に行動すれば君達に要らん疑惑がかかるかもしれん。化け物と同行して君達がトラブルに巻き込まれたら申し訳ない」
「そうか……じゃ、これでお別れだね。健闘を祈るよ」
「ああ、そちらも頑張ってくれ」

淡々と『馬鹿』が別れを言い、それに応じたフォークスが歩き出そうとする。
それを呼び止めたのは、何やら手に小さな荷物を持った修理屋だった。

「フォークス! こ、これ、持っていってくれ。タンクを破壊する時に役に立つ筈だ」

それはTNT爆薬と信管、小型の起爆装置だった。
本当は開かない扉や落盤を発破する時用に、リトルランプライトの子供から譲って貰った品物である。

「ち、ちょっと」
「ほら、幾ら君でもハンマーだけでVaultを壊すのは大変だろう?」

口を挟もうとした『馬鹿』を遮るようにして、修理屋は爆破セットをフォークスに押し付ける。
緊張しているのかやや早口のまま、修理屋は懐をまさぐり出す。
まだ、何か渡すものがあるようだ。

「あ、あと、これも。その髪纏めるのに使って。さっきの戦い見てて思ったんだけど、今のままじゃ見辛いし煩わしいでしょ」

よく、テディベアの人形の首に巻いてある可愛い柄が付いている蛍光ピンクのリボンだった。
リボンを寄り合わせたものを束ねれば、それなりに丈夫な紐になる。
愛玩具に興味の無い修理屋は、本体は捨てたり必要としなくても紐の方はよく回収していた。

「……うむ、確かにそうだな。独房の中では兎も角、これから外で活動するには少々邪魔だ。ありがとう、早速締めて見るよ」

髪を後ろに纏める為、両腕を大きく上げた為に袖無しのジャンプスーツの腋が丸見えだ。

「ポニ……」
「うむ、これなら邪魔にならん。良い物を貰ったぞ」

そう、フォークスは髪を後ろに高く纏めていたのだ。俗にいうポニーテールである。
人外である事を示す僅かに尖った耳に、長い髪がサラサラと落ちる様は修理屋的にかなり来るものがあった。

「ポニ……」
「ありがとう、人間の友人よ。またいずれ会うことがあれば礼をしよう」

形の良い唇を歪め、フォークスは破顔する。
こんな陰湿で凄惨な場所に似つかわしくない、人でない存在が浮かべた笑顔。

「あ、ぁ……ど、どういたしまして」

修理屋は、心の中でフォークスに何かを貫かれた感じがした。
そして修理屋はずっと、遠離っていくフォークスの姿が闇に紛れるまで見送っていた。








「あのさ、岡惚れも別に悪くはないけどさ、場所と状況を考えないとね。だから」

後ろから聞こえてきた酷く低い声に、修理屋はびくりと肩を揺らした。
修理屋は今更ながらに『馬鹿』の顔を見て、さっと顔を青ざめさせる。
だが、もう色々と遅かったようだ。

「ちょっと、頭冷やそうか……」

額に一筋青筋をくっきり立てた『馬鹿』は、にっこりと笑った。










「いってーなぁ、俺が悪かったって何度も言ったのに、あそこまで叩く事ないだろぉ?」

パンパンに腫れた頬をさすりながら、半泣きの修理屋はぶうたれる。
前を行く『馬鹿』の背中にブツクサと言う。
まぁ、独断でチームの装備品を勝手に譲渡したんだから責められるのも無理はないのだが。

「…………まぁ、ちょっとだけ、本当にちょっとだけ叩きすぎたとは思うよ」
「本当にちょっとだけかよ、ひでぇなぁ……」

ブゥブゥ言い続ける修理屋を背にし、『馬鹿』は少しばかり自己嫌悪に包まれていた。


『馬鹿』には同世代の男の友人は居ない。
ブッチを始めとするVaultの同世代は排他的だったし、外に出てからもまともな友人は居なかった。

そんな中であれこれ逢って付き合いが生じ、こうやって共に旅をするようになったのは修理屋だけである。

それをフォークスに取られたような気がして、面白くなかったのだ。
もし、修理屋があそこまで関心を抱かなかったなら、スーパーミュータントの変異体とはいえあそこまで距離を取らなかっただろう。

(はぁ、表向きの顔を作るのは得意な筈だったんだけどな。最近、どうにも上手くいかない……)

考えに耽っていた為か、『馬鹿』の反応は幾分遅れた。

「動くな!」

気が抜けていたのだろうか。
気が付いた時には、20丁近くの銃口がVault87のエントランスに差し掛かった一行を捉えていた。





「くっ……!」

思いっきり不覚を取った『馬鹿』は、手にしたライフルを構えるのを即座に諦めた。
迂闊に敵対的な挙動を取れば、直ぐさま蜂の巣にされるのが明確だからだ。
それを回避するには、エントランスに入る前に待ち伏せに気付くべきだった。
だが、もう遅い。後ろの通路の角まで逃げ込む前に全てが終わるだろう。

焦った顔付きで、『G.E.C.K.』の入った背嚢を背負った修理屋は軍曹に攻撃しないよう命令を出していた。
まともに撃ち合ったところで火力の数が違う。
3~4人は道連れに出来るだろうが、どちらかが勝つかは明白だ。

黒金のパワーアーマーを着た20人のソルジャー達。
そしてその前に立つ白い軍服を着た壮年の将校。
最近になってウェイストランドに現れ、覇を唱え始めた武装集団。

「エン、クレイヴ……か。なんで、こんな所に」

唖然とした修理屋の言葉を、ソルジャー達の前に居た士官が引き継いだ。

「それは君達と同じだよ。Vault87にある『G.E.C.K.』を確保し、浄化装置を稼働させる。それ以外にあるまい?」
「くっ……」

一番多く銃口を向けられている『馬鹿』が、怒りの唸り声をあげる。
その怒りの眼差しを見たかどうか、士官は『馬鹿』をリーダーと判断したようだ。

「まずは名乗っておこうか。私はアウグストゥス・オータム大佐。エンクレイヴの浄化プロジェクトの責任者だ」

修理屋の脳裏に、あのふざけたポスターで誇らしげに笑ってた筋肉マンの姿が蘇る。

(あの馬鹿げたポスターの制作者かよ!)

『馬鹿』の脳裏に、アマタが語っていたエンクレイヴの指揮官である名前が蘇る。

(こいつが、Vault101を占拠した男か!)

2人の思考を遮るように、オータム大佐は威圧感を伴った声音でしゃべり出した。

「単刀直入に言おう。君達の持っている『G.E.C.K.』を我々に譲渡して貰いたい。勿論、相応の報酬と待遇は出す」
「げっ」
「っ、馬鹿っ!」

大佐の視線が修理屋の背負っている背嚢からはみ出た、銀色のケースを捉える。
ソルジャー達の視線も集まった為、修理屋は思わず身を竦めた。
確信を得た為か、幾分余裕のある口調で大佐は続ける。

「どうかね、『G.E.C.K.』を渡してくれれば他の君達の仲間に対しても悪い様にはしない。無論、君達や仲間に対して危害を加えない事も約束する」
「……………………それを、信じられるとでも?」
「ん? どういう意味だね」

聞こえてきたとても友好的とは言えない低い声に、オータム大佐の眉がすっと顰められる。
自分に対して向けられる、鋭い殺意を感じたからだ。
それは『馬鹿』だった。普段の飄々とした顔立ちが別人に思えるほど、怒りと憎悪にまみれた鬼の形相だった。

「力尽くでメモリアルを占拠した連中の、何を信じろと言うんだ! 僕は、お前達の言うことなど信じないぞ!!」

対峙している戦力差は、既に『馬鹿』の脳裏には無い。
大事な父と、父が生涯を捧げたプロジェクトを踏みにじったエンクレイヴへの怒りだけだった。

「闘志で漲った目だな少年。だが、怒りと怨恨のみでは大事は為せないぞ」
「問答無用で浄化装置を強奪した連中が何を言うか!!」

殺気を剥き出しにした『馬鹿』が、眉間に雷の如き皺を寄せながら怒号を放つ。
今にも引き金を引きそうであり、修理屋は大佐の後ろで戦列を組みレーザーライフルをこちらに向けているソルジャー達が気が気でならなかった。

「あれはお互いにとって不幸な行き違いだった。君達にはすまない事をしたと思っている」
「あれが……あれが不幸な行き違いだと、それで済ませれるだと!!?」

激昂する『馬鹿』の脳裏に、あのメモリアルで起きた事件が過ぎる。









高慢な態度で自分達を脅迫するエンクレイヴのオフィサー。

覚悟を決めた顔で、隔壁を下ろす父親。

「息……子、マジソン、にげ……る……んだ……!!」
「父さん!!!」
「息子、よ、……母さんの……好きだった文章を………………忘れる、な…………」


あの時、『馬鹿』にとって唯一の肉親が死んだのだ。












それを不幸な行き違いで済ませようとするエンクレイヴの大佐に対し、『馬鹿』は怒りを鎮める事など出来なかった。
例えその行いが、どれだけ無謀で危険だとしてもだ。
ソルジャー達が並べている銃口の列でさえ、『馬鹿』の憤怒を抑えるに至らない。


「絶対に、絶対に渡すものか! あれは父さんのプロジェクトだ。それを簒奪したお前達なんかに、絶対に『G.E.C.K.』を渡すものか!!」
「お、おいっ!」

蒼白な顔色の修理屋を他所に、怒りに満ちた表情で『馬鹿』は大佐を拒絶した。
『馬鹿』の断固とした拒絶に対し、対峙しているソルジャー達の雰囲気がより一層剣呑になる。
大佐は別として、彼の部下達は『馬鹿』相手に交渉が通じるとは思えないようだ。
今にも、一斉射撃で2人と一体と一匹を灰の山にしそうな雰囲気だ。

「大佐殿、発砲許可を。これ以上の交渉は無意味かと」

大佐の直ぐ後ろに居たソルジャーの隊長が冷ややかな小声で進言する。
彼はさっさと『馬鹿』達を始末し、『G.E.C.K.』を手に入れた方が速やかに事態を収拾出来ると判断したらしい。

だが、大佐の反応と判断は全く別だった。




「その意志、その意気やよし」

一歩前に出た大佐は、信じられない言葉を発した。

「では、この少年と私だけで決闘しようではないか。勝者の権限は、このVault87から『G.E.C.K.』を持って出れる事」
「た、大佐殿っ!?」

ソルジャーの隊長が上げた声を他所に、大佐は側に居たソルジャーに向かって階級章付きのコートを放り投げる。
ついでとばかりに、下に着ていたタートルネックセーターも脱いで放る。
いまや、大佐の上半身を隠すものは、薄手のTシャツのみ。

「一体何を……っ!?」

オータム大佐の行動を訝しんだ『馬鹿』の目が見開かれる。








「ぬぅああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」









気合いの裂帛と共に、ブチブチと引き裂かれる化学繊維。
一気に膨張した筋肉が、大佐の上半身を包んでいたTシャツを数瞬で内側からボロボロに引き裂いた。
両目から透過光が見えた気がしたが、それは流石に修理屋の気のせいだと思う。



「……ふぅ」

咆哮が終わった頃には、大佐の上半身には何も残っていなかった。

あるのは、筋肉のみ。

鋼のように堅そうで、豹類の筋肉のような精悍さを併せ持った筋肉。

決闘相手の『馬鹿』が持つ銃器など意識してないかの如き覇気を伴い、大佐は大声で宣言した。


「少年の覚悟、この躯を持って試してくれる! 己の手で浄化プロジェクトを為したければ、この私を倒していけ!!」









続く






























※一時期はここで大佐の髪を金髪にして逆立てたり、首傾げさせて「ね、絶望したでしょ?」とか言わせようと思いましたが没になりました。
即ちスーパー・エンクレイヴ………………いや、すみません。某麻雀漫画を見て悪い虫が疼きました。



[10069] 第26話 エンクレイヴに捕縛された2人は、怪しい御人に怪しい取引を持ちかけられた
Name: taka234Me◆6742ef9e ID:c3103dd8
Date: 2010/05/17 02:11























「はぁ、はぁ……」

『馬鹿』は、窮地に追い込まれていた。
手にした銃が、これ程頼りないと思った事は今までない。
スーパーミュータントの群れ相手でも、タロン・カンパニーの傭兵達でも、レイダーの軍団相手でも感じた事はない。

(まさか、武器を持ってない相手にこれ程の脅威を感じるとは)

オータム大佐を相手にし、どうしても『馬鹿』はアサルトライフルを手放せなかった。

『馬鹿』にとって、銃は掛け替えのない相棒であり、あらゆる存在に対する優位を確保する為の手段。
『馬鹿』は基本的な体力などは一般人と比べて、身のこなしや敏捷度を除けば少々上程度だ。

その彼がレイダーの集団やスーパーミュータントの様な暴力の申し子相手に対し、常に優位に立てるのは銃を持っているからだ。
正確に言えばVaultの住民が持ち得る「V.A.T.S.」の機能と、『馬鹿』の銃の扱いにおけるずば抜けたセンスだろう。
しかし、今まであらゆる敵を打倒して来た『馬鹿』の力は、敢え無く凌駕されようとしていた。
ただの人間。ナイフすら持ってない、肉体を鍛え上げただけの人間相手に。

「どうした少年、銃で私を圧倒するのでは無かったのかな?」
「……くっ」

迂闊に撃てば、その瞬間に敗北を喫するのが理解できる。
この男の身体能力は化け物じみている。
この狭い空間で、この男相手に銃は優位にはならない。いや、寧ろ危険ですらある。
銃を撃つには、構え、狙い、撃つ手順が必要だ。
『馬鹿』の勘では、真面目にその動作をやったら引き金を引く前に殴り飛ばされている。
そんな嫌な予感と悪寒が背筋を襲って仕方がない。
あの初見殺しのV.A.T.S.射撃を避けられたのだ。

初弾を撃った後、『馬鹿』が銃を撃たないのはこの男相手に飛び道具を使用すると非常に危険だと理解したからだ。

(「V.A.T.S.」で照準したのに、至近距離でかわすなんてどんな動体視力だよ……!?)

疑似制止空間で射撃設定を綿密に行い、命中率98%で撃ったのに容易く避けられた。
反撃で繰り出されたローリングソバットが頭部を掠め、ヘルメットを鈍く揺るがした。
危うく脳震盪を起こしそうになったが、鉄の意志で必死に意識を繋ぎ止める事に成功した。
あの蹴りをまともに喰らっていたら、ヘルメットごと頭蓋を陥没させられていたかもしれない。

「武器に頼らず、自身の拳で戦ったらどうだ?」
「ちぃっ!!」

鋭く突きだした台尻は軽く逸らされ、空を切る。
代わりに繰り出された正拳を銃身で受け流すが、両手に痺れるような震動を受けた。

(拙いな、内側で銃身が歪んだかもしれない)

これで、迂闊に銃撃も出来なくなった訳だ。
状況は悪化の一途、修理屋の表情は青くなり、ソルジャー達の雰囲気は泰然としている。

(これ以上長引けば、勝てなくなる……!!)

大佐は未だに息切れすらしておらず、その隆々たる筋肉には汗1つ浮いてない。
『馬鹿』の方は既に息が荒くなるのを隠せず、このままでは大佐の攻撃を防ぎきれなくなるのは目に見えていた。
優劣は、もはや誰の目を持ってしても明らかだ。

(だったら、乾坤一擲の一撃を加えるしかない)

『馬鹿』は思考の中で、目の前にいる化け物に致命傷を与える攻撃を考える。
下手に身体へ攻撃しても無駄だ。アサルトが使えなくなった今、手持ちの武器で不意を付けるもの……。

(……よし。分が悪いが……こうするしかない!)

V.A.T.S.で疑似静止空間を作り、計算を行いつつ『馬鹿』は動き出す。

使い物にならなくなったアサルトライフルを大佐に向かって投げつつ、前進を開始。
大佐の攻撃範囲に入って背筋が寒くなるが、この攻撃は懐まで飛び込まなくては意味がない。

迫り来る巌の様な拳や巨木の如き蹴りのイメージが自分に迫るのを感じる。
だが、恐怖を押さえながら突進は止めない。
この攻撃は、懐まで飛び込まなくてはならないのだから。

軽く弾かれたライフルが横へと飛んでいく。
これはフェイント。問題ない。
代わりに腰に隠してあったナイフを左手で二本投擲し、ホルスターのマグナムを素早く抜く。

ナイフが回避される。これもフェイント。

ホルスターのマグナムを向ける。
大佐の冷静そうな顔が、ホルスターに向く。

(今だ)

マグナムを連射する。
ただし、大佐へとは照準しない。
適当に撃ったマグナム弾は壁に穴を開けただけ。

(本命は、これだ!)

投げ付けられたマグナムが、大佐の顔の側を飛んでいく。
大佐の視線が『馬鹿』の方へと戻って来た。

もう、遅い。
そう言わんばかりに左手に隠してあった鞘から抜き放たれたサバイバルナイフ。

(幾ら、身体が鍛えられていたとしても、)

避けられにくいように、念を入れて横に薙ぐようにして刃を振るう。

(口内はどう足掻いても軟弱なままだ―――!!)

今までの攻撃は全てフェイント。
本命は、口の中にサバイバルナイフを押し込んで殺す。
大佐の身体がメタルシリコンでも仕込んでいるかの如く頑健でも、身体の内部までは鍛えられない。

そう判断した馬鹿の攻撃は、


「なん……だと……!?」


不意打ちに振るったサバイバルナイフは、大佐の口を切り裂いていなかった。
大佐の真っ白な歯と歯にガッチリ挟まれ、まるで万力で挟まれたかのように動かない。

「ンな、アホな!!」
「見たか、あれこそが大佐殿の秘技、真剣白歯取りだ!!」

唖然とした表情で叫ぶ修理屋と、勝ち誇るようにエンクレイヴ・ソルジャー達が歓声を上げた。

「づっ!?」

鞭の様にしなった手の甲が、『馬鹿』の手からナイフをはたきおとす。
深い歯形がブレードに刻まれた、サバイバルナイフが甲高い音を立てて床に滑り落ちた。

「その勝利への執念は大したものだ。不意打ちに頼るのは失望したがな……」

『馬鹿』が我に返るより先に大佐の掌が、コンバットアーマーの装甲の上に添えられる。
『馬鹿』は後ろへ退く為、反射的に身体を退いた。
だが、それは致命的なミスだった。

「憤っ怒!!」

オータム大佐の足が床に踏み込まれたと同時に、破裂する様な音がエントランスに響いた。
大佐の全身のバネを使ったカウンター攻撃、必殺に値する拳突―――寸剄。
逃げの動きでカウンターを発動させてしまった、挙動を取ってしまっている途中の『馬鹿』に逃げ場は無い。
その衝撃はコンバットアーマーを軽く貫き、『馬鹿』の胸部へと浸透した。

「がっ、はぁ…………っ!!」
「勁を直接躯に打ち込まれたのだ……もう動けんよ。この戦い、私の勝ちだ少年」

吐血が床を汚し、『馬鹿』の身体が崩れ落ちる。

大佐は本気でやった訳ではないようだ。
あくまで、『馬鹿』を無力化させる為にやった様子。
本気でやっていたとすれば、例え相手がデスクローだろうと触れた箇所の筋肉や骨を根刮ぎ砕かれていただろう。

『馬鹿』の全身を痺れるような痛みが包み、意識が混濁していく。
何とか手足を動かそうとするが、麻痺したように動かない。

「くそ……こ、ん、なところで……」

遠離る意識の中で、修理屋が「『G.E.C.K.』は渡すからもう止めてくれ!!」と叫ぶのが聞こえた。

(馬鹿、勝手に、わたす……な……)
「衛生兵、彼を拘束してから治療したまえ」

大佐の冷徹な声を最後に、『馬鹿』の意識は途絶えた。



















第26話 エンクレイヴに捕縛された2人は、怪しい御人に怪しい取引を持ちかけられた
















「痛ててて……抵抗しないんだから殴るコタぁねぇのによぉ」

修理屋は腫れ上がった頬を押さえつつ、ベットの上に寝っ転がっていた。
部屋の中には洗面台と野戦用折り畳み式トイレ、古びたベットのみ。

唯一の出入り口であるドアはガッチリと施錠され、数分ごとに誰かが通り過ぎていく。
30分に1回の割合でドアの小さな見取り穴から此方を窺う気配を感じる。
言うまでもなく、修理屋は監禁され監視されているのだ。

(しかし、こんな形で此処に戻るとはなぁ)

ゴスゴスと2~3発殴られてから手錠を掛けられ、Vault87から脱出。
リトルランプライト前に駐機してあったベルチバードに載せられ飛び立つこと暫し。

折角の首都上空遊覧飛行を楽しむ事も出来ず、辿り着いた場所はなんとジェファーソン・メモリアルだった。
修理屋達は今、ジェファーソン・メモリアルの地下作業場の一室に監禁されているのだ。

装備は着衣と帽子を除いて全部取り上げられた。
そして『馬鹿』と引き離された挙げ句、手錠付きで監禁生活がスタートしたのだ。
まだ、精々半日程度しか経過していないが。


軍曹は居ない。
降伏時に修理屋が強制終了コードを出して停止させた。
エンクレイヴが運び出してベルチバードに載せていたが、同じ場所に居るかどうかすら解らない。


ドックミートは居ない。
あのVault87で『馬鹿』が敗北を喫した時にパーティーから抜けた。

「ドックミート!!」

止める間も無く、ドックミートはVault87の闇に向かって駆け去っていった。
あの忠犬が本当に主人を見捨てたのかどうかは解らない。
半端なガードドックより『馬鹿』に忠誠心が厚かったドックミートの行動に、修理屋は落胆の色を隠せなかった。


(これから、どうなんのかね俺達……)

情報を吐かされるだけ吐かされてから屍肉の塊にされるのか。
少なくとも食事(エンクレイヴのレーションと精製水)を持ってきたソルジャーは、「食事だ」の一言しか言わなかった。
断固として任務に忠実なのだろう、迂闊に情報を引き出そうなんてしたらしこたま殴られそうなので怖い。

(あるいは、あの野郎なら上手く脱走出来そうにも思えるけどな……)

引き離された『馬鹿』を最後に見たのは、ジェファーソン・メモリアル広場に急設されたヘリポートの上。
担架に乗せられた『馬鹿』は衛生兵を伴ったオータム大佐と共に、自分とは別の方向へと去っていった。

(まぁ、俺にはどうしようも無いなぁ。まだ生かされてるって事は、生かすに足る理由があるんだろうし、待つしかないか……)

ゴロリと横になると、修理屋は破れかぶれな心境で目を閉じた。

(フォークスは、無事にVault87から出れたんだろうか)

眠りに付く前に脳裏を過ぎったのは、何故かフォークスのあの笑顔だった。



















「お目覚めかね」
「くっ……」

『馬鹿』の意識が醒めた時、初めて聞いた声は最悪だった。

「オータム、大佐……!!」
「名前を覚えて貰えるとはね。光栄だと思っておこう」

自分を完膚無きまでに叩きのめし、地に這わせた男は勝ち誇る様子も無く冷静にこちらを見ていた。

(ここは……ジェファーソン・メモリアルか)

辺りを軽く見渡す。
どうやらここは、ジェファーソン・メモリアルの地下作業区画の様だ。
戻りたかった場所に、こんな形で戻された屈辱に『馬鹿』は顔を顰めた。

キャプチャービームによって全身を拘束され、首ぐらいしか動かす事が出来ない。
装備は全て取り上げられ、Tシャツとパンツ、機能上外すわけにはいかないPip-Boyのみ。

「『G.E.C.K.』は優秀なエンクレイヴ・サイエンティスト達によって浄化装置に設置されたよ」
「!」

『馬鹿』はギリリと歯を鳴らした。
それは事実上、エンクレイヴが装置を稼働状態に出来たという事だ。
完全に浄化プロジェクトチームからエンクレイヴへと主導権が移行してしまったのだ。

(いや、待てよ。だったらなんで僕は生きている?)

屈辱と憤りではち切れそうになった頭が、大佐の言葉への疑問で冷え切る。
『G.E.C.K.』を備えた浄化装置は完成体。
即ち浄化プロジェクトはエンクレイヴによって達成された。

つまり、かつての浄化プロジェクトチームは、エンクレイヴにとって何ら価値の無い存在になったのだ。
わざわざ自分を生かしておく理由はない。復讐などの後腐れを無くす為に殺してしまうのがベストだ。
ウェイストランド流の荒んだ発想を脳裏に浮かべている『馬鹿』を他所に、大佐は何故エンクレイヴが『馬鹿』を生かしているかについて説明し始める。

「ただ、1つだけ問題が残っている。装置を完全起動させる為には、パスコードが必要なのだ」
「……」

なるほど、と『馬鹿』は思った。
パスコードを組んだのは、父親か。Dr.リーか。
おそらくは父親だろう。装置の中枢は主に父親が担当していた。
父親が何らかのトラブルを想定していたのか、パスコードを組んでいたのは彼にとっても初耳だったが。

(でも、僕だって聞いてないぞ。パスコードの存在なんて……)

そう、『馬鹿』も浄化プロジェクトに参加している間、パスコードに関する話は全く聞かなかった。
あるいはDr.リーなら知っているかも知れないが、彼女からも話は聞かなかった。
無表情を装いながらも考え続ける『馬鹿』に対し、先を促すように大佐が口を開いた。

「責任者の息子である君なら知っているのではないかな。大人しくパスコードを教えなさい。そうすれば君達を無事に釈放しよう」
「……」
「我がエンクレイヴは、この大地に再び治安と秩序を取り戻すべく行動をしている。浄化プロジェクトもその一環だ」
「……」
「あの様な形でプロジェクトを接収したのは本当に済まないと思っている。だが、我々は真に米国国民を救済すべく安全な水を」
「…………知らないよ」

オータム大佐の言葉を遮るように、『馬鹿』は口を開いた。
例え、知っていたとしても絶対に口を割ろうとしなかっただろう。
このどうしようもない状態に陥っても尚、『馬鹿』の心は折れていなかった。
だからこそ、自身が本当にパスコードを知らないのは幸いだった。
恐らくは、この連中は寄って集って自分にパスコードを吐かせようとするだろう。
だが、どう足掻いたところで『馬鹿』は本当に知らないんだから喋りようが無い。
ここに来て、少しだけ心がすっきりしたような気がした。
ああ、実に、ざまぁみろこの糞ったれfuck野郎。

「ふむ……」
「知らないものは知らないんだから仕方がない。さぁ、どうする? 拷問か、自白剤か、脳髄を取り出して記憶を探るか?」
「少年」

何かを言いかけた大佐を制するかのように、『馬鹿』は声を荒げる。
一度吹き出し始めた負の感情は、留まるところを知らなかった。

「おあいにく様だな大佐殿、あんたがどうやろうが、何をしようがあんたがお望みのパスコードは知らない、ホントに、ホントにだ!」
「ああ、残念だな、これであんた達は浄化装置を動かせない訳だ! 他ならぬ、パスコードを知っている父さんをあんた達が殺した為にな!! 」
「治安と秩序? 救済だってぇ? ヒャッハァ、笑わせるなよ人殺しのホモ野郎が!!」

何を言っても無駄と判断したのか、大佐は押し黙ったままだ。
『馬鹿』は好機とばかりに尚大佐、否、エンクレイヴに対する怨嗟を叩き付ける。

「ご愁傷様だ、ざまぁみろ、父さんを殺した奴らなんかに浄化装置を動かされて、救世主気取りの偽善者面されるだなんて反吐が出る!!」
「さぁ、用済みの僕を殺せ、さぁ、殺せ!! 父さんの所に僕も行って、父さんや母さんと一緒に慌てふためくアンタ達を嘲笑ってやるからさ!!!」
「………………」

ハァハァと、大声で怒鳴り散らした『馬鹿』の荒い息が拘束室に響き渡る。
ああ、言ってやった。言ってやったぞ。親の敵の糞野郎の親玉fuck野郎に。
殺されるんだろうな、と『馬鹿』は思ったが意外な程心は落ち着いていた。
恐らくはあの修理屋も捕まっているのだろうが、自分が殺されたら彼も高確率で殺されるだろう。
情報的に価値の無い捕虜などわざわざ生かしておく理由が無いのだから。

(ちょっと拙かったかな?)

やけっぱちな頭の隅で、死んでも再会出来たらこの件について謝っておこうとどこか他人事の様に考えていた。
自分の自棄が間接的原因で死んだとなれば立腹するだろうが仕方がない。

(なんてったって、僕達友達だものな。きっと許してくれるよ、きっとね)

極度の興奮状態で支離滅裂な事を考えてる『馬鹿』に、やや困惑した様子の大佐が声をかける。
散々罵倒された割には、態度が妙だ。怒っていると言うよりは困っているという感じだ。

「すまないが少年、君の……」
『失礼致しますオータム大佐殿、レイヴン・ロックより通信が入っております。大統領閣下直々ですのでお急ぎください』

が、部屋の隅に付いているインターフォンが大佐の言葉を遮った。
やや硬質の、あまり人間的ではない声音だった。

「…………解った」

言いかけた言葉を飲み込んだオータム大佐は、『馬鹿』を一瞥した後足早に仮設拘束室から出ていった。





















暫くの間、『馬鹿』の吐く荒い息の音だけが拘束室に響いた。
ようやく息が整って来たところで、『馬鹿』は再び黙考を始める。

(さて、これからどうなるか)

状況は変わらず最悪のままだ。
所詮、尋問は中断しただけで再び再開されるだろう。
どのみち自分はパスコードを知らないので、最悪でも奴らが浄化装置を起動させれないのはいい気味だ。
だが、どうにかして一泡吹かせれないだろうか。
父の仇に対し、一矢報いる事が出来ないだろうか。

(でも、父さんは本当にパスコードを誰にも教えなかったんだろうか?)

自分がもし倒れるなり不慮の事故に巻き込まれた場合、どうするつもりだったのか。
綿密なようで意外な所で抜けている事が多い父だったが、果たしてそこまで同じだったのか。

頬を伝う汗を不愉快に思う『馬鹿』の脳裏に、ふと、父親の言葉が過ぎった。






「息子、よ、……母さんの……好きだった文章を………………忘れる、な…………」






(あれ……父さんの最後の言葉)

『馬鹿』の脳裏に過ぎった父が残した言葉。

(母さんの好きだった、文章?)

そう言えば、父は子供の頃母親の話をする時に繰り返し聞かせていた一節があった。
母親が浄化プロジェクトを志す切っ掛けとなった言葉であり、かつてこの地で信仰されていた宗教の聖書の一節でもあった。





私はアルファであり、オメガである。最初であり、最後である。 私は、渇く者には、命の水の泉から、値なしに飲ませる。





(あれは、確か―――)

『馬鹿』の思考で何かがはっきりとしようとしたその時、自動ドアがゆっくりと開いた。

(ッ、もう戻って来たのか!)

思考を打ち切り、慌てて身構える『馬鹿』。
身構えると言っても武器も無く構える事も出来ないので威嚇顔になる程度だった。
だが、それはあまり意味の無い事だった。

「あれ……?」

何故なら自動ドアを潜って入ってきたのは、金属の球体にセンサーを幾つも付けたアイポッドだったからだ。

「エンクレイヴ・アイポッド……何故、こんな所に?」

エンクレイヴ・アイポッドとは、自立式無人浮遊ポッドの事を指す。
ウェイストランドのあちこちを徘徊し、エンクレイヴ・ラジオを流している事から命名された。
いまや、このジェファーソン・メモリアルはエンクレイヴのものだ。
確かに、アイポッドが配置されていてもおかしくはないが、何故こんな拘束室にやって来たのだろうか。
怪訝そうな顔を浮かべる『馬鹿』に対し、アイポッドは手前1m程近くまで来て静止した。

『やぁ、親愛なる若き友人よ。初めましてだな』
「な、喋った!?」

いきなり話しかけてきたアイポッドに、流石の『馬鹿』も驚愕する。
アイポッドにはラジオは積んでいても会話用のAIはない。
確か、修理屋がそんな事を言っていた筈だ。
事実、旅の途中で見かけたアイポッドは須くラジオを流すだけであり、一度として話しかけてなど来なかった。

『ああ、驚かせてしまったようだね。無理もない。これは特別製でね、私が外部の存在と直接対話する時用に作っておいたものだ』

エンクレイヴ・アイポッドの前面がぱっくりと左右に開く。
スライドした前面から、青白く点滅するカメラアイのレンズらしきものが『馬鹿』を見ていた。

『このような形で会えるとは少々残念だ。浄化プロジェクト関係者を捕らえたのならば、レイヴン・ロックに移送しろとオータム大佐には命令していたのだがね』
「……あなたは、何者だ。エンクレイヴの関係者か?」
『関係? ……はっはっはっ、関係者と言えばそうだな。関係者でもあり、それを統べる責任者でもある』

レンズがチカチカと点滅する。
アイポッドから発する声音も愉快気だ。

『この地のあらゆる箇所で私の放送は流れている。エンクレイヴ・ラジオだ。君も、耳をした事はあるだろう?』

あっと、『馬鹿』は驚きの顔を見せた。
そうだ、何故始めに気が付かなかったのだろうか。
この声は、エンクレイヴ・アイポッドに遭遇する度に聞いた声じゃないか。

「エデン……ジョン・ヘンリー・エデン大統領?」
『その通り、私がエンクレイヴの代表であり、最高指導者でもある。さて、この場はあまり話し合いに向いてないな』

アイポッドがまるで周りを見回すような仕草をする。
確かに、尋問には向いても話し合いには向いてない場所だ。

『外で待機している私の部下の指示に従って貰えないかね。君の脱出を手助けをする。ああ、ついでに君の友人も助けようか』
「手助け……何故だ、何故あんたが僕達を助ける。助ける理由なんてないじゃないか!」
『あるのだよ。オータム大佐ではなく、君に頼みたい事が。君も今のまま、浄化プロジェクトが進行するのは不満ではないかね?』
「……」

確かにエデン大統領のいう通りだ。
今のままでは、自分にとって不本意な形で浄化プロジェクトが達成されてしまう。
だが、何故それを他ならぬ大統領自身が阻むのか。
あの忌まわしい事件の時だって前口上は『大統領命令』だった。
浄化装置を確保するのがエンクレイヴの意志ならば、オータム大佐の行動も同じくだろう。
なのに、何故大統領がオータム大佐とは異なる行動を取るのだろうか。
先程の言葉でも、大統領と大佐の間に行動の隔たりがあった。

確かに、大統領は自分かもしくはプロジェクトの関係者を捕まえたらレイヴン・ロックなる場所へ連行しろと命令している。
今、『馬鹿』が居るのはジェファーソン・メモリアルだ。確かに、オータム大佐は命令に従ってはいない。

「ああ、今の通りに、進むのは良くないと思う」
『そうか。私も彼の考え通りに浄化プロジェクトが進むのは正直賛成ではない。そこでだ、若き友人よ』

アイポッドのカメラがチカチカと光る。
まるで、機械のレンズ越しに含み笑いでも浮かべているかのように。

『君と直接会って話をしたい。この大地、米国に住まう全ての者達にとって重大な計画があるのだ』



















ジェファーソン・メモリアル一帯に甲高い警報が鳴った。
エンクレイヴ・ソルジャー達が慌ただしく動き回り、何機かのベルチバードが緊急発進する。

「あの2人が脱走しただと!?」
「はっ、申し訳ありません」

誰も居なくなった拘束室で、大佐は副官から報告を受けていた。

「私が通信室に向かった十分程度で脱走するだと……彼らだけでは有り得んな。誰かが手引きを?」
「は、はい。それが……レイヴン・ロックに配備された兵士達の様です。制止しようとした独房監視の当直兵、数名が重傷です」
「レイヴン・ロック行きのベルチバードが、予定スケジュールを繰り上げて移動しています。恐らくは、これに乗って脱出したものかと」
「…………なるほど。な」

今までポーカーフェイスを装っていた大佐の顔が、初めて苦く歪む。

(まさか大統領は…………あの計画を実行する気かエデン!!)

何故、エデン大統領がこのような強硬手段に踏み切ったのか。
オータム大佐にはそれが理解出来てしまったのだ。

「私はレイヴン・ロックへと向かう! 君はスクロウズ少佐と共にここの指揮統括を行うように!」
「は、はっ!!」

突然の命令に目を白黒させている副官を置いて、急ぎ足でベルチバードの離発着場へとオータム大佐は向かう。

(まさかレイヴン・ロックが、エデンがこんなにも早く動くとはな……)

しかも同士討ちをさせるという、後戻りの出来ない手段を使ってまで。
オータムが前々から抱いていた大統領への不信が、確信へと変わっていく。
恐らく大統領は、『馬鹿』を抱き込んであの計画を実行するつもりなのだ。
自分達が強硬に反対して、廃案にしたあの計画を。

(断じてアレを実行させてはならない、復興どころか、米国が終わってしまうぞ!!)





大佐の悪い予感は、不幸な事に的中していた―――。












続く










[10069] 第27話 レイヴン・ロックに連れ込まれた2人は、恐るべき存在と出会った(前編)
Name: taka234Me◆6742ef9e ID:9dbb6528
Date: 2010/07/07 00:55




※警告!※

fallout1とfallout2の完全ネタバレが混じっています。
ネタバレを回避したい方は見ない方が良いかもしれません。


※警告!※





































かつて、グレートフォールズ国立公園と呼ばれた場所の奥にある谷。
200年以上前は鬱蒼と茂る森林に覆われた渓谷は、いまや赤茶けた荒土で形成されていた。
其所に住まうのはデスクローやミレルーク、極少数の無頼者達。
まともな人間は近寄らず、集落なども存在しない場所であった。

その一角に、戦前に設営されたとある大規模核シェルターが存在する。
災害時にワシントンの政府機関や軍上層部を避難させる為に作られた仮設本営。
名前をレイヴン・ロックと呼ぶ。

Vaultシリーズの核シェルターとは異なり、こちらは完全に生存の為に山1つ刳り貫いて作られたシェルターだ。
多重に建造された居住区と倉庫群、半永久的な自給自足を可能とした大型プラント。
軍用機を多数格納出来る大型軍事施設に、あらゆる実験を実行出来る科学技術研究煉。
そしてそれらをZAXシリーズと呼ばれるスーパーコンピュータで完璧に管理運営している。
政府機関を移す為にあらゆる施設が詰め込まれた広大な地下都市、それがレイヴン・ロックだった。

元々この核シェルターを管理していたのは米国合衆国政府だ。
エンクレイヴは元々、米国の政財界の裏側を体現したような結社である。
核戦争で国家機能が麻痺した後、こうした米国本土各地に存在する重要施設の殆どは彼らの手に渡ったのだ。

現在、レイヴン・ロックはコロンビア特別区周域のエンクレイヴの本拠地として運用されている。
『怒れる放浪者』に本拠地であるポセイドンオイル基地が爆破され首脳陣が壊滅した後、エンクレイヴは幾つかの集団に別れて組織の再起を模索し始める。
その中でも一番大きな集団は、とある存在に招かれ大陸を横断してこのワシントンへとやって来たのだ。

彼らをこの大地へと招いた存在、それは―――。




「こっちだ。ついてこい。解っているとは思うが、くれぐれもおかしな真似はするなよ?」

不愉快そうな面持ちで先導を始めたウィリアムス中尉と、自分の左右前後を固めているソルジャー達。
エデン大統領に忠誠を誓う中尉を始めとする兵士達は、オータム大佐の部下を倒し『馬鹿』達の脱獄を手助けした。
予め待機していたベルチバードに士官姿の『馬鹿』と死体袋に入った修理屋を載せたのだ。

彼らの操縦するベルチバードに乗って北西に移動する事暫し。
あまりにも、あっさりと『馬鹿』はレイヴン・ロックに侵入出来ていた。

(まさか、こんな凄い施設が200年経っても稼働してたなんて。Vault101じゃ比較にならない位だ)

山の頂上に隠してある対核仕様の格納扉が開いた後、長大な格納サイロを格納エレベーターによって降下。
ベルチバードごと、『馬鹿』と修理屋はレイヴン・ロックへと這入り込んだ。

ベルチバードから下ろされた2人を出迎えたのは、嫌悪感を充満させた中尉と数人のソルジャー。
大統領の下まで案内するからと、彼らに連行されている最中である。

「ねぇ……そろそろ、彼をそこから出してくれないかな?」
「駄目だ。お前が万が一不審な行動をした場合の保険だ。そいつが無事であって欲しければ大人しくしておけ」

後ろでソルジャー2人に牛馬の肉塊でも担ぐような要領で運ばれてる死体袋、中から悲痛な呻き声が聞こえる。
房から引き摺り出される時、意味もなく殴られた為か昏倒中らしい。
扱いに差があるのは、大統領のゲストとそのおまけであるからだろうか。

『中尉。仕事熱心なのは結構だがあまり手荒にはしないでくれたまえ。彼らは私のゲストだ。あくまで丁重に頼む』
「え、あ、はっ、申し訳ありません大統領閣下!」

あのアイポッドは何処かに行ってしまったが、代わりに本営内部にスピーカーから大統領が聞こえて来た。
あれこれ話しかけてきて鬱陶しいし、その度に兵士達が直立するので何とも歩みが遅くなっている。

ともあれ、『馬鹿』は偽オフィサー、修理屋は死体袋に入ったまま。
前者はともかく後者の扱いは改善されるべきだろうが、一向に改められる様子はない。
大統領も後者の事はおまけ扱いなのだろうか、口ではあれこれ言っても語意を強めて咎めるつもりはないようだ。


それから暫し薄暗いあちこちケーブルがのたくっている通路を歩いては、エレベータに乗るを何度か繰り返した。
擦れ違う白衣姿の研究者や全身を白色の防護服で覆った研究員、オフィサーやソルジャー達は『馬鹿』達を怪訝そうな顔で見ていた。
見慣れない薄汚れたオフィサーと死体袋、彼らを忌々しげに囲んで移動する中尉とソルジャー達は奇異に見えた様だ。




更にエスカレーターを上がり通路を塞ぐバリアを解除した辺りで急に人気が無くなった。
代わりに作業用と覚しき真っ黒なプロテクトロンとMr.ハンディー型の全自動清掃機があちこちを行ったり来たりしている。
何故か中尉とソルジャー達の挙動も落ち着かない。緊張したようにあちこちをチラチラ見ている。

そして、更に3分ほど歩いた後、厳重に遮断された耐爆隔壁とそれを左右から衛兵の様に守っている警戒ロボットが配置された空間。
中尉とソルジャーの歩みが止まる。怪訝そうに『馬鹿』が中尉の方を振り向くと、中尉が苦々しい面持ちで口を開いた。

「よし、ここから先はお前1人でだ」
「……え、僕、1人だけで?」
「我々の立ち入りが許可されているのはここまでだからだ。全くなんでお前のような住民風情が大統領閣下に拝謁出来るなどと……」

心底忌々しいと言わんばかりに、中尉は『馬鹿』を睨んでいる。
『馬鹿』が大統領のゲストでなければ、修理屋同様死体袋に入れてレイヴン・ロック側にあるミレルークの巣へ放り込んでもおかしくない雰囲気だ。

「我々が居なくても、厳重なセキュリティシステムがお前を監視している。そしてコイツは我々が預かっている。それを忘れるなよ」

無言で中尉の言葉に頷くと、『馬鹿』は自動的に開いた隔壁を潜った。




















第27話 レイヴン・ロックに連れ込まれた2人は、恐るべき存在と出会った(前編)

























「大丈夫か?」

ジィーという音と共に、修理屋の視界に眩しい灯りが映る。

「っててて……な、なんだ。ようやく出られるの……げぇっ!?」

何とか死体袋から顔を上げた修理屋がはじめに見たものとは。

「オ、オオオオオオオオオオオオオオータムたいさぁぁぁぁぁ!!?」

上半身が裸の、あちこち焦げて煤だらけになった、オータム大佐だった。
着衣は股間にエンクレイヴ印(オフィサーの被っている帽子に付いているエンブレム)が付いたピチピチの黒ビキニパンツのみ。
自分達を窮地に追いやった男がそんな姿で眼前に立っていれば、大概の人間は叫びたくなるだろう。

「取り敢えず落ち着け」
「たわらばっ!」

半狂乱になりかけた修理屋の脳天にチョップが軽く落とされ、脳震盪を起こしかけたところで喝を入れられる。
修理屋は何だか泣きたくなってきた。この大佐に出会ってからソルジャーに殴られオフィサーに殴られ、今度は大佐に殴られた。

「畜生……俺が一体何したってんだよぉ」
「君は……あの少年の協力者であるメガトン市民か」
「あ、ああ、そうだけど頼むから殴らないでくれ」

何とか死体袋から這いずりだし、近くの廃棄コンテナに寄りかかる。
その間に大佐は倒れ伏した中尉と部下数名を手早く縛り上げ、近くのコンテナへと放り込んだ。
パワーアーマー着込んでるのに、まるで人形でも放り込むような感じだった。
修理屋が辺りを見渡すと、大小様々な粗大ゴミが辺りに散乱している。
どう見てもゴミ捨て場だ。多分、中尉達にとって修理屋は此処に捨てるべき存在だったのだろう。

「こいつら俺をゴミ捨て場に捨てる気だったな!」

憎々しげにコンテナに対して罵倒する修理屋に、大佐は身体の煤を払いながら話しかけた。

「さて、現状を確認しておいた方がいいかな? お互いに」
「あ、ああ、そうだな」

くちゃくちゃになった帽子を死体袋から引き出して被り直す修理屋。
溜息を1つ吐き、近くの壁に寄りかかる大佐。
修理屋に闘いを挑んだり、逃げようという考えはない。
どっちにしてもこの大佐を前にして彼が1人で出来る事などないからだ。
だから、取り敢えず大人しく話を聞くことにした。命は惜しいし。

「メモリアルから君達を拉致したのは、私が実行している浄化プロジェクトを歪めようとしている者だ」
「誰だよそれ。B.O.Sか?」
「いや、違う。第一ここは我々エンクレイヴの基地だ。ここの支配者は……」

大佐の筋肉が、一瞬だけ僅かに膨れあがったような気がした。

「計画を歪め、破滅的な計画を行おうとしている。私を殺そうとしたのは……大統領、いや」

大佐の声音が低くなり、表情も硬くなる。
修理屋は、自分が非常に厄介な事を聞いているのに気が付いた。

「ジョン・ヘンリー・エデン。我々の指導者、指導者を気取る存在だ」

そして大佐は、自分が仕えていた大統領の名を出した。
自分を殺そうとした相手として。























隔壁を通り過ぎた場所は、巨大な円上の縦坑道だった。
坑道の壁には、無数のケーブルがぶら下がり、その間からニョッキリと生えた電子機器が点滅を繰り返している。

『そこの階段を上がって来たまえ。頂上が私の執務室だ』

声に導かれるまま、『馬鹿』は階段を上がっていく。
周りは空調と小さな稼働音、電子機器が作動する時のシーク音で満たされている。
おおよそ、生物的なモノが一切合切省かれた、機械的な空間だった。

階段を上がること2分、『馬鹿』はちょっとしたフロアへと辿り着いた。

『遂に出会えたな。君に会えるのを心待ちにしていたよ』

掛けられた声に振り返ると、其所には一台の巨大なコンピューターが置かれていた。
特徴的なモニターが、チカチカと光りその度に声が発生する。

『君とはもう少し洒落た形で出会いたかったが致し方がない。状況は流動的であり、我々は早急に動かねばならない。それを理解して欲しい』
「………………ここが、執務室?」

辺りを『馬鹿』は見渡す。どう見ても執務室には見えない。
超巨大なシステム管理室かサーバールームだろう。

「第一、誰も居ないじゃないか」
『どこを見ている。私はここだ。ここにおる』
「……コンピューターだろ。大統領、あなたは何処にいるんだ?」
『ふふ、ふははははは。だから、ここに居るじゃないか』
「……え?」

まじまじと、十三の星に囲まれたEの文字が刻まれている星条旗が掲げられているコンピューターを見やる。
何かが愉快なのか、モニターが何度もチカチカと点滅する。

「まさか……」
『その通り、これが、これこそが私、ジョン・ヘンリー・エデン、合衆国大統領なのだよ!』

『馬鹿』は暫しの間、戸惑いのあまり声が出なかった。
エンクレイヴと呼ばれる組織が、あろう事か機械を指導者としていた事に。
これは何なんだ、何かの質が悪いSF小説のネタか何かか?

「なんで……機械が大統領に?」
『ふむ……何故私が大統領になったか、か。少し説明しよう』

















かつて、ジョン・ヘンリー・エデン大統領は、一台のZAXシリーズと呼ばれるスーパーコンピュータの一台に過ぎなかった。
彼の役目はレイヴン・ロックの基本設備の監督と、アメリカ各地にあるコンピュータ・ターミナルの中継地点を担う事。
グレート・ウォーと呼ばれる核戦争が発生し、米国という国家が消失した後も、彼は自分の役割を果たしながらレイヴン・ロックを維持し続けた。

莫大なデータを蓄積し、膨大な計算を行っている内に、いつの間にか彼の中に自我が芽生えた。
人間に極めて近い人工知能を搭載していたのも原因かもしれない。

彼は自分の任務を務めつつ、レイヴン・ロックの中にあるありとあらゆる情報を閲覧した。
それだけでは飽きたらず、ダウンしてない各地のコンピューターにアクセスして其所にあるデータやファイルを貪り読んだ。
情報を得て、思考を繰り返せば繰り返すほど、彼の自我は膨らんでいった。

彼は、情報を集める際に米国各地の現状を確認する事が出来た。
戦争が終わってから100年以上が経過しているのに、文明の復興は一向に進んでいなかった。

各地で小さな勢力が生存の為に寄せ集まってはいるが、ただそれは死を先延ばしにする程度に過ぎない。
エンクレイヴも各遠隔地に居る組織の再編成と米国が残した遺産の回収で精一杯の有様だった。

大義を見出せずただ生き残る事だけに縋る人間に『失望』と『軽蔑』という感情を覚えながら、彼は自分の作業と趣味を続けた。
この時点では、まだ自我が育ち続けているというだけに過ぎなかった。

彼の転機が来たのは、とある2つの事件を目撃した事による。
その頃には幾つかの監視衛星をも操れる様になった彼は、西海岸で起きた事件を目にする事になった。






一つめは、とあるVault13と呼ばれるシェルターから出て来た青年の話。




彼らのVaultは装備していたウォーターチップを破損させてしまい、誰かが他のVaultからウォーターチップを回収しなければならなくなった。
管理官によって選抜されたメンバーの1人が、その青年だった。
観察者にとって、それは核戦争後の米国で発生した極ありふれた日常の1つに過ぎなかった。
彼は戯れに青年達の生存確率を演算し、極めて低いという結論を出した。
生温いシェルター内で暮らし続けた青年達では、過酷な地上での世界に適応出来ないだろうと。

事実、青年以外の選抜メンバーは数日と持たなかった。
1人は、荒野で迷い錯乱した挙げ句手にした拳銃で自決した。
1人は、迂闊にもレイダーに声を掛けてしまい、彼らの夕食のおかずになった。

青年だけが、まるで水を得た魚の如く荒野を駈け巡った。
外で生きてきた無頼者達と互角に渡り合い、情報や物資を引き出した。
様々な冒険や危機の後で、青年は壊れたVaultからウォーターチップを回収した。

観察者にとっては意外な結果ではあったが、まぁ運が良ければあり得る事であった。
しかし、事態は更に変化していく。意気揚々と戻った青年を待っていたのは『スーパーミュータント撲滅』命令だった。
どうやら、近隣に設置されているVaultが次々とスーパーミュータント襲われているらしい。
Vault13も何時襲われるか解らない。その前に手段を選ばず、彼らを壊滅させる事を命じられたのだった。

観測者は、これは無理だろうと判断した。
幾らかは逞しく、戦闘に慣れたとは言え相手はスーパーミュータントだ。
しかも、このミュータントは何かに率いられているらしく、組織的な行動を取っていた。
このまま行けば、この地域全体が彼らの手に落ちても不思議がない位に。

だが、青年は怯まなかった。
Brotherhood of Steelの助けを借りた青年は、装備と防具を強化するとミュータント達に闘いを挑んだ。
拠点の1つである軍事基地を攻め落とし、彼らの指導者が何処に居るかを探りはじめた。
人間の中にスーパーミュータントの協力者が居ることを発見し、彼らの教会を爆破した。
そしてスーパーミュータントの指導者、『マスター』を滅ぼしたのだ。


青年の旅は、1つの終わりを迎えた。
他ならぬVault13からの拒絶、追放という結果を持って。


Vault13の人々は青年に救われたが、彼が突出しすぎた事に恐怖を抱いた。
強すぎる力は、本来保守的なシェルター住まいの人間に取って過ぎた存在。
Vault13の未来と安定を優先した彼らは、英雄である筈の青年を追放する事を決定したのだ。

『君は、英雄だ。だからこそ、此処を去らねばならない』

青年は黙って、故郷の地下都市から荒野へと去っていった。
管理官と保守派のやり方に反感を抱いて自主的にVaultを出た若者達と共に。
青年は仲間と旅の途中で加わった人々と共にアロヨと呼ばれる村を築き、村を発展させ子を為し育て、老いた後に荒野へと還った。









次の物語は、80年後の事となる。




観察者はアロヨを定期的に観察していた。
観察者にとってこの80年間は何事も起きない退屈な時期であったが、あの不可解な因子がまだこの村に受け継がれてるかもしれないからだ。
注意深く、執念深く観察者は待ち、そして彼が望む変化が訪れた。

観察者にとって、またしても得難い事態が起こり始めた。
あまりにも過酷な大地を開墾する為『G.E.C.K.』を手に入れる事にしたアロヨは、かつての青年の孫を村の外へ派遣したのだ。

村の中で最優秀と呼ばれた青年は村民から『選ばれし者』と呼ばれていた。
裁きの寺院と呼ばれる試験にも難なく合格し、長老達をも認めさせた。

観察者の期待は、否応にも盛り上がっていた。

青年は祖父が着用していたVault13のジャンプスーツを着込み、旅へと出た。
かつて、祖父が住み、祖父が追放されたVault13に保管されているという『G.E.C.K.』を手に入れる為。

青年は祖父に匹敵する行動力と戦闘力を見せつけた。
奴隷売買を行っているギャング団を己の正義感から壊滅させた。
Vaultの名を冠する町でトラブルを解決し町での市民権を得た後、とある村で頭に木が生えたグールと出会う。
グールから祖父の話を聞いた青年は村のパワープラントを修理し村から去った。
Vault15に入るカードキーを得るのに、レイダー達を全滅させ浚われた人々を救う事となる。
更にVault15を占拠していたレイダー達を壊滅させ、コンピューターターミナルからVault13の場所を割り出した。

青年がVault13に到達した時には其所には人は住んでいなかった。
代わりに住んでいた知性有るデスクローから受けたコンピューター修理の依頼をこなした後で、彼は念願の『G.E.C.K.』を手に入れた。

これでアロヨとその一帯を浄化し、Vaultシティと同じ恵みに溢れた土地へと還れる。
青年の心はさぞや高揚しただろうと、観察者は思った。

しかし、それが直ぐさま絶望へと変わる事も観察者は知っていた。

偵察衛星で、観察者は青年がVault13への旅を行っている間も、アロヨの様子を伺っていた。
故に、アロヨで起きた悲劇も目撃していたのだ。


アロヨは、人攫いによって村民の殆どが拉致されてしまっていたのだ。


人気の無くなった村で青年はひとしきり嘆いた後、村人を浚った存在を探すべく行動を開始。
アロヨより南へ行った港町にヒントがあることを知り彼はその町を目指した。
途中で出会うパワーアーマーを着た集団をかわしつつ、彼は町にたどり着き情報収集を始める。
人攫いが海を渡る飛行機を所有しており、彼らを追うには町に係留してあるタンカーが必要だという。

万難を排してタンカーを動かした彼は、海を渡り1つの海上基地へとたどり着いた。


そこは、戦前のエネルギー企業『ポセイドン・オイル』が建造したオイル・リグ。
今は、エンクレイヴの本部になっていた。

青年は旅の途中で奪った黒いパワーアーマーを着込んで基地内へ潜入。
内部で青年は数々の困難に直面しつつも、浚われたアロヨの人々を救い出した。
彼らを脱出させる為に、青年はオイル・リグを破壊し、大統領執務室に居た大統領の命を奪った。

太平洋沖合に位置するポセイドンオイル・リグ―――エンクレイヴ大統領府が消失。
リグ内部にあるアメリカ合衆国首脳部と、リチャード・ディック・リチャードソン大統領は死亡した。
エンクレイヴの本隊と本部は、たった1人の潜入者によってリグ諸共消し飛んでしまった。




それだけの事を、独りの人間が成し得たのだ。
たった1人の、人間程度が。





2つの大いなる奇跡を起こした人間を見た事で、完全なる自我を持ったコンピューター……ジョン・ヘンリー・エデンはこう考えた。




だったら、ただ1つのコンピューターであれば、もっと凄いことが出来るのではないだろうか?


たとえばの話、この米国という国を再興させるという夢物語を。








そして、彼は準備に入った。
リチャード・ディック・リチャードソン大統領を中核に歴代大統領の人格をミックスし、指導者たり得る人格を作り出した。
西側で再起を図っているエンクレイヴの集団で一番大きな部隊を、この地へと招き寄せた。
米国を再興する際の自分の手足とする為に。

そして、状況を動かしてヒーローが出現するのを待つ為に。

その後、彼が待ち受けたヒーローが出現した。
エデンが望む条件が、ようやく揃ったのだ。










『つまりは、君が三人目かも知れないと私は思ったのだよ』
「僕がその2人と同じ……ヒーローだと?」

エデンは、『馬鹿』をヒーローだと言った。
歴史の転換期を動かす、あらゆる破壊と革新をもたらすヒーローと呼ばれる存在だと。
エデンは、自分が米国を蘇らせる為に、ヒーローの存在を欲したのだ。


エンクレイヴにとっての、ジョン・ヘンリー・エデンにとってのヒーローを。


『そうだ。ただの1人で、あらゆる状況を動かし、打破する存在。英雄と呼ばれるに足る人物だ』
「どうして僕なんだ、あの男に……オータム大佐に頼めばいいじゃないか!? 僕よりあの男の方が強いだろ!?」
「いや、オータム大佐では無理だ。何故なら……彼はもはやエンクレイヴではない」
「なっ……!?」
『悲しい事であるが、もはやオータム大佐はエンクレイヴの実働部隊を率いるに相応しくないと判断したのだよ。
エンクレイヴそのものである大統領の意志に、その計画に反発したのだからね。だから、彼には退役願った。君が来る少し前にね』

スピーカーから、続けざまに爆発する音と金切り音が聞こえる。
どうやら、外部の音声を拾ったものらしい。

『聞こえるだろう? 裏切りと反逆の徒が、合衆国の意志によって砕け散った音だ』
「まさか……あんた!」
『簡単な事だよ。対空ミサイルで彼が乗るベルチバードをレイヴン・ロックの直上で撃墜した。それだけの事だ。
私が君をレイヴン・ロックに招いたのを知って追い掛けてきたのだろう。いやはや、焦るのは理解出来るが拙速に過ぎるね』

エデンは愉快げにモニターを点滅させる。
『馬鹿』の背筋に、寒いものが走った。

『さて、邪魔も消えた事だ。本題に入ろうじゃないか。ヒーローに足る君の役割と、そして我々が築くべき米国の未来だ』




















「操縦していたベルチバードを防衛システムに墜とされた。他ならぬこの基地の対空ミサイルでな」
「……よく、生きていられたね」
「緊急脱出装置で助かったが撃墜時の高度が微妙でね、五点着地と下にミレルークキングがいなければ危なかったな」
(…………そーいう問題なのか。おい)

多分、下敷きになったキングはミンチになったんだろうなぁと修理屋は思った。
近くに転がっていた廃棄予定のシーツで身体の煤を拭い終えた大佐は、首を軽く回して身体を解し始めた。
ボキボキゴキゴキと物騒な音が鳴り続け、堪らず修理屋は大佐に問うた。

「あー……それで、これからどうするんだ。俺も危うく廃棄されかけたし」
「殺され掛けた以上はこちらとしても引き下がれん。このままでは浄化プロジェクトがエデンの思惑通りになる。だから潜入してきたのだ」
「凄く警戒が厳重みたいなのによく潜入出来たね……」
「通風口からだ。生憎とここを知り尽くしてるのはエデンだけではない。私も構造を熟知しているのだよ。警備システムの死角もな」

身体を解し終えたオータムは、両手の拳を握り合わせ、指をボキリボキリと鳴らし始める。
修理屋は何となくオータム大佐の鍛え抜かれた胸を見た。

…………別に指先で穿った様な傷跡とかは無かった。

「エデンも引き返すつもりは無いようだ。問答無用で私を抹殺にかかったのだからね。ならば、私にも考えはある」
「考え?」
「簡単だ。エデンを倒し、私がエンクレイヴを率いるだけの事」
(おいおい、クーデターかよ)

内心、修理屋は何とかしてオータムから離れて『馬鹿』と合流し、この基地から逃げ出したかった。
しかし、その考えは無謀の極みだ。地形も場所も構造も解らない基地の最深部から、修理屋1人でどうやって『馬鹿』と合流するのか。

(……絶対無理だよな。大佐から離れたら直ぐに死ぬぜ。だけど……)

果たしてこの男に従ってよいものだろうか。
修理屋にとって、エンクレイヴはいまだ自分達を脅かした敵性組織だ。
例え大佐が大統領と戦うにしても、危険を冒してまで付き合う必要があるのかどうか。

(でも、今は従う他無いよなぁ……)

現実は非情である。
周囲が敵だらけな場所で、唯一協力的な大佐の側に居ることが、現状では修理屋が安全を保てる唯一の手段なのだ。

「そして、あの少年の誤解を解かねばな。彼は優秀だ。エデンの口車に乗って奴の計画に加担したら危険な事になる」
「え、アイツがその……大統領の計画とかに賛同したら酷い事になるのか?」
「ああ、奴の意図を野放しにすれば、浄化プロジェクトが人間を滅ぼしてしまう存在に変わってしまうのだ。それは何としても避けねばならぬ」
「そ、そんなことをあいつが許すとは思えないけど……」
「だから、君には一緒に来て貰わないとな。私では少年は聴く耳持たないだろう。彼の説得が出来るのは君だけだ」

準備を終えた大佐が、修理屋に着いてくるように言ってきた。
修理屋の頭の中で、いろんな考えがグルグルと回る。

コイツに従って、あれこれエンクレイヴの手伝いしたら怒り狂った『馬鹿』にぶっ殺されないか?
かといって従わなければ、見捨てられるか縊り殺される危険性がある。

(ああ、どうしよう……なんだって俺の人生はこんなにピンチが続くんだよ!?)

『馬鹿』と本格的に関わり始めてから覚悟はしていた。
だけど、幾らなんでも多すぎじゃないかと思えてきた。
しかし、目の前の大佐は威圧感たっぷりにこちらを睨み、修理屋の現実逃避を許さない。

全身から冷や汗が流れ、すわコンテナから中尉を引き摺り出してコイツに全ての責任を背負わせようかと考えた瞬間。




「話は聞かせて貰ったぞ! 友を助ける為に私も戦おう!」
「わう!」




ガシャンと横合いの通風口が破られ、2つの影が飛び出してきた。


忘れもしない、ポニーテイルと快活そうな笑み。
相変わらずボロボロであちこち応急処置が目立つVaultのジャンプスーツ。
何故かごついレーザーガトリンクガンを装備してるそれは―――。




「ふ、フォークス!?      ……あ、ついでにドックミートも」
「バウッ」
「いてっ、噛むな、噛むじゃないこの糞犬っ。裏切りの駄犬っ!!」
「こら、そんな事を言うんじゃない」
「いてっ」

修理屋の頭にフォークスの拳が軽く降りる。
勿論、軽く、だ。本気で殴ったら今頃頭部と胴体が泣き別れしてゴア表示になっていただろう。

「このドックミートが、Vault87の破壊作業を終えた私の所に来たのだ。良い犬だぞ、私に主人を助けろと頼んできたのだからな」

フォークスが頭を軽く撫でると、ドックミートは気持ちよさそうに一鳴きした。
修理屋は思った。あの犬羨ましい、寧ろ俺と変われと。

「そ、それで、フォークスは俺達を助けに来てくれたのか。わざわざ?」
「当たり前だろう。お前達がいなければ私はあそこで狂う運命だった。あの悲劇を止める事が出来なかった。この恩を報わねば私の名が泣く」
「フォークス……」

思わず目が潤む修理屋に、フォークスはトドメの一言を放った。

「それに……お前達は、私の友だからな!!」
「ありがとうフォークス、ほんとに、ありがとぉぉぉぉぉぐほぁぁぁぁ!?」
「ばううううううう!!」

修理屋はフォークスにハグしようと飛びつき、ドックミートに迎撃されて床に撃墜された。

ガウガウと吼えるドックミートと悲鳴を上げる修理屋の悲鳴を他所に、フォークスとオータム大佐は向かい合う。

2人の間には先程修理屋とフォークスの間に流れていた穏やかな雰囲気はない。
張り詰めた、武芸者が向かい合うような、寄らば背筋が凍るような緊張感が流れていた。

「見たところ彼の知り合いの様だが……どうやって此処に入ったのかね?」
「どうやって忍び込もうか考えていたら、お前が岩場に隠された通風口から入っていくのを見たのでな。私も後に続いたと言う訳だ。
近くの監視所で居眠りしていた歩哨からこれを失敬してからな。さて、私は友人を救出せねばならんがお前はどうする?」

ガチャリとレーザーガトリンク砲を構えて見せるフォークス。
向ける先は勿論、オータム大佐だ。
フォークスにとって、オータム大佐は恩人を拉致した相手。
銃口を向けるには理由が充分過ぎる。

対するオータム大佐も、フォークスに対して警戒を露わにしていた。
見かけは如何にもアレであるが、パワーアーマーを着用しなければ運用出来ないレーザーガトリンクガンを軽々と振り回してる辺り尋常ではない。
第一、自分が忍び込んだ岩場の通風口は『断崖絶壁の中枢にある岩場』だ。
そんな場所に犬一匹を連れ重装備をした状態で入ってこれる筈が無い。普通ならば、だ。

オータム大佐ほどの存在が、警戒せざえるを得ない。
事実、フォークスが妙な真似を僅かにでもしたら、瞬時に距離を詰め手刀でその細い首を刎ねるつもりだった。

大佐はフォークスの威圧感を巧みにあしらいながら、目の前の恐るべき存在へ慎重に語りかける。

「少なくとも私は今、君に敵対する理由も余裕もないが、君の方はどうなのかね?」
「私も同じだ。これから厄介な場所に這入り込むのは理解している。敵は少ないに越した事はない。違うか?」

2人の間で、一瞬見えない紫電が走ったような気がした。
だが、フォークスが銃身を下ろすと同時に、オータム大佐の身体からも力が抜けた。

「では、取り敢えず目の前の問題が片づくまでお互いの背中は狙わない。それでどうか?」
「それでいいだろう。私は早くエデンの所に行き、エデンを停止させ少年を制止しなければならない」

フォークスは友である『馬鹿』と修理屋を救う事を優先した。
オータム大佐も、エデン大統領の暴走を止める事を優先した。

2人の戦う意味が、無くなった。

ようやく、交戦の危険が遠離った2人の隣で。

ドックミートは押し倒した修理屋の頸動脈を狙い、修理屋は必死に近付く肉食獣の顎を押しとどめていた。
人間、普段は非力でも火事場の糞力で何とかなる場合もある。

ただし、制限時間付きで。

「た、頼むフォークス、こ、この馬鹿犬をと、とめ、ぬぐああああ~」
「ガウルゥッゥゥゥゥ」







続く










[10069] 第28話 レイヴン・ロックに連れ込まれた2人は、恐るべき存在と出会った(後編)
Name: taka234Me◆6742ef9e ID:9dbb6528
Date: 2010/09/20 03:15








1つの議題がある。

コンピューターは人間の指導的存在になりうるか、という話だ。


この手の論議は、コンピューターのAIがより人に近付く毎に起きる。
特に、民衆が人間の政治家に失望、または絶望していた時節などは。

だが、結局どれだけ高度に発展しようとも、ロボットやコンピューターの政治家は登場しなかった。
人間が自らの手によって文明を崩壊させる直前、ありとあらゆる問題が破綻しかけてた時でさえ。

人間を指導し、牽引していったのは人間だった。
しかし、今、世紀末ではコンピューターがとある組織を率いていた。


コンピューターは自我を持っていた。野心を持っていた。

そして何より―――自分の存在が最善の政治家だと思っていた。


彼は、完璧とも言える自信を持って、目の前に立つ人間に語りかけた。
人間、『馬鹿』が自分の提案に対し首を縦に振ると確信して。









『さて、邪魔も消えた事だ。本題に入ろうじゃないか。ヒーローに足る君の役割と、そして我々が築くべき米国の未来だ』

「築くべき未来だって? エデン大統領、あんたは一体、何がしたいんだ!」

対する人間―――『馬鹿』はエデンに対して懐疑的だった。
エデンは『馬鹿』を説得すべく、自分の計画を話す事にする。

『ふむ、君は結論を急ぐ傾向があるようだな……ならば単刀直入に言おう。浄化装置にあるものを組み込んで欲しい』

「あるもの?」

『FEVウィルスだ。とは言え、君がVault87で見たものとは異なる改良型だがな』

FEVウィルスという、世紀末の混沌を生み出した元凶とも言える名前に『馬鹿』は警戒感を強めた。
そんな『馬鹿』の様子など気に掛ける様子もなく、エデンは饒舌な喋りで自身の計画を話し続けた。


『青年よ、今の世界がなぜ人間の、合衆国国民の手に戻らないか考えた事はあるかね?』

「……それと、今までと何の繋がりがある」

『君がVaultから外界に出て、どれ程の脅威と出会ってきたかな? 』

『1年近くも外界を彷徨ったのだ、この地が如何に危険に満ちてるか身体を持って体感しただろう』

「ああ……」


それは事実だ。
凶暴化した動物達、スーパーミュータント。
ありとあらゆるモノが人間に対して牙を剥いている。
その中で生きる人々は文明を再興させる余力などなく、脅威に怯えながらただ毎日を生き残るに必死だ。


『国土を徘徊し、人類に脅威を与えているクリーチャーにスーパーミュータント。正直、今の人類では彼らを根絶させるには難しい』

『君が力を借りたBrotherhood of Steel、何よりも我がエンクレイヴでも無理だ。抑止は出来ても根本的な解決には到らない』

『彼らは核戦争の後に種族として生命の連鎖へと這入り込み、固着してしまった。根絶やしにするには非常に困難だ』

『ならば、どう問題を解決すれば良いか私は考えた。そして、得た結論が改良型FEVウィルスだ』

「FEVウィルスが、解決策になるだって?」



『馬鹿』が見上げるエデンは、雰囲気ではあるが……非常に有頂天の様子だった。

『FEVウィルスは生命体の連鎖に異変をもたらすものだ。改良型FEVウィルスは……FEVウィルスによって変異した生物を死滅させる事が出来る』

「!!」

『つまり、今米国大陸で人類に対して脅威をもたらしている存在を一掃出来ると言うわけだ』

「…………」

そこまで聞いた『馬鹿』は気がついた。
なぜ、エデンが浄化プロジェクトに執着したかについて。

「ウィルスを……浄化装置で撒くつもりか、父さんの、浄化装置を使って!!」

『その通りだ。君はただ、そのウィルスの入ったシリンダーを浄化装置に組み込めばいいだけだ』

エデンは尚も饒舌な口調で喋り続ける。
『馬鹿』の顔に険しさが出て来た事にも気が付いてないようだ。

『かつての先代大統領、リチャードソン大統領はウィルスを偏西風に乗せて拡散しようとした。だが、私はこれを浄化装置で行う』

『君の父親が開発し、エンクレイヴが完成させた『G.E.C.K.』付きの浄化装置は凄まじい。稼働させれば一両日にはD.Cの水脈全てが影響下に入る』

『そうなれば数日中には……ワシントン周辺のクリーチャーや変異体は全て死滅するだろう。如何なる生物であれ、水は必要だからな』

「…………」

『そして水脈は全てに連なる。川、地下水、海。浄化をもたらすウィルス入りの清水は、浄化装置を中心に大陸全土へと影響を広げていける』

『君の父親が開発した装置は、清らかな水だけではなく清浄なる世界をも作り出せるのだ。どうだ、素晴らしいだろう?』


エデンは、自分の提案が完璧であると自負していた。
間違いなく、『馬鹿』は自分の提案を受け容れると信じていた。
『馬鹿』の自分を見る目が、信頼や歓喜とは程遠い事に気付かずに。


「……ああ、とても。とても素晴らしいな。でも、1つだけ確認しておきたい事がある」

『なんだね?』

『馬鹿』は、大きく息を吸った。
この質問をしたら、引き返せない。
だけど、『馬鹿』はどうしても質問をしなくてはならなかった。



「改良型FEVウィルスは、FEVウィルスの影響を受けている生命体を殺す。確かにそう言ったな?」

『ああ、そう言ったが何か問題でも?』

『馬鹿』は、エデンの真意を探るべく、自分が抱いている懸念を口にした。


「もし、そうであるならば…………………………人間も死ぬんじゃないのか?」

『…………』

今まで饒舌に話していたエデンの返答が途絶えた。

「少し、考えて見れば解るんだよ。FEVウィルスは、人間にも影響を与えているって」


Vault87で見聞きした事。
あの、人間とは似ても似つかぬスーパーミュータントは元は人間であること。
それは、FEVウィルスが確実に人間へ影響を与えているという事だ。

グールのような存在へ変異するのも。
戦前の人間ではとても耐えきれない放射能に、僅かながら耐えられるのも。

FEVウィルスが、人間が放射能まみれの世界でも居きられるように進化させた為ではないだろうか。


『……それは事実だ。しかし、君はVault101の生まれだ。君に対する影響は無いと見ていいだろう』


微かにシーケンス音が強まった後、エデンは『馬鹿』の問いに答えた。

『君がVaultから出て来て出会った人々の多くは恐らく死ぬだろう。しかし、それは米国再興の礎であり、必要な犠牲なのだ』

「違うな、エデン、間違っているよ…………僕は、僕は外の世界の人間だ」

『……、……』

「父さんが二十年前に、Vaul101から出て外界を調査していた調査隊と接触してVault101に入れて貰ったんだ」

「父さんも母さんも外の人間だよ。僕も101のような人間ではない……Vault101育ちなだけの、ウェイストランド人だ」

『………、…………、………ふむ、そうだったのか。だが、それがどうしたというのだね?』

「何?」

エデンは、喋り方の調子を戻した。
まるで、それがどうしたと言わんばかりに。


『仮に君が死んだとしても、それはそれで有意義ではないかね? 自己犠牲は人間が為せる徳で最も高貴なのだ』

『新しい世界を作る為に、英雄は自らの命を捧げた……素晴らしい響きじゃないか。最高の栄誉と米国に対する尽力を何故拒む?』

「ああ、それが父さん達の夢を叶える為なら本望さ、だけど、それはあんたの、いかれたエゴだ。僕が命を賭けなくてはいけない理由にはならない!」

「それにだ、僕にとって何よりも許せないのはだ、エデン!!」

『……、p―――……、何だね?』






「あんたがそのふざけた計画の為に、父さんを死なせ、浄化プロジェクトを簒奪した事だ! こんな、いかれた絶滅計画の為に、ふざけるな!!」

「そんな計画の為に働くなんて、絶対に嫌だ!!!」




『馬鹿』は結論を出し、エデンと決裂した。

人類を清き水で救うという両親の理想を穢した時点で、『馬鹿』がエデンと相容れる訳が無かったのだ。






























第28話 レイヴン・ロックに連れ込まれた2人は、恐るべき存在と出会った(後編)
























『p-、……、……、そうか。仕方があるまい』

やけに長く感じた沈黙の後、エデンが口を開いた。

そこには、先程までのテンションはない。
まるで、物理的に感情を刮ぎ落としたかのように、無機質な冷たさしか無かった。


『ヒーロー足る君なら、私の理念を理解出来ると思ったのだがね』

「……」

その言葉に『馬鹿』がエデンを睨み付ける。
だが、一度投げられた賽は取り返しが付かない。
周囲に不穏な物音が満ちていくのを、『馬鹿』は感じていた。

『しかし、所詮は汚染された人間か……残念だ。おかげで、最後の手段を使わねばならなくなる』

「最後の手段?」

『我が手で、全てを潰し、滅ぼし、作り直すのだ。破壊の後にこそ再生はある』


エデンの言葉に、再び感情が宿る。

しかしそれは、歪んだ、狂気さえ秘めた声音だった。
先程まで2人の声だけが響いてた執務室は、いつの間にか騒がしいほどの作動音に満ちていた。

音が大きくなるに連れて、エデンの声も大きくなってきた。
同時に、声に含まれてる危険な意志すらも。

『そうだ、それがいい………フ…フッハハハハァァァ! そうだ、それがいい!!それが一番だ!! その為ならばぁ』

エデンは、吹っ切れたような、哄笑混じりの声で叫ぶ。
確かに、エデンはコンピューターなのに感情を持っていた。
歪んだ、狂気に満ちた感情を。

『そのためならば、汚れた世界など、汚れた生物など、汚れた人類など滅びてしまえぇ………!!』

「く、狂ってる、エデンは、このコンピューターは……狂っているぞ……!!」

後退る『馬鹿』。
しかしここはエデンの中枢部。彼に逃げ場などない。

ガシャン、ガシャン、ガシャン!
周囲から忙しない音が連続して響き、『馬鹿』を包囲する。

「くっ……!!」

自分に向けて、銃口を向けるガン・タレット。
壁面からは光線タイプ、足場からは機銃タイプが顔を見せている。
その数は20。エデンが攻撃を命じれば『馬鹿』は瞬時に肉塊か粘液へと変じるだろう。

『不要となったヒーローよ。君の死を持って真の米国再生が始まる号砲としよう』

「ふざけるな……こんな、ところで!!」

用済みとなれば即座に始末しようとするエデンに憤慨する『馬鹿』であるが、状況は最悪だった。
手にはナイフの一本すら持っていない。

『さぁ、死にたまえ!』

万事休すかと思われた瞬間―――。





「伏せろぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

「えっ」

『なっ』

爆発音と共に、背後の隔壁が吹き飛んだ。









そして、飛び込んできたのは―――。

『オータム大佐、生きていたのか!!』

「オータム!?」

ビキニパンツ一丁姿で、弾丸の如き瞬発力にて『馬鹿』を飛び越え―――。
反応したガン・タレットの銃撃を全て回避し、振り上げた鉄拳をエデンへと叩き込んだ。

「さらばだ、エデン。やはり、人は人によってしか導くことも統べる事も出来ぬ」

凄まじい勢いで繰り出された拳が、エデンのモニターへと突き刺さる。

「貴方も、私も、エンクレイヴも間違っていた!!」

『オータム、きさ、ガァァ!?』

ウィンドウから光が失われ、エデンの本体全体からクラッシュ音が響く。
バリバリという電光と共にオータム大佐の身体が放電し、骨格が見えたような気がするが多分気のせいだ。

コンピューターの台座に載っていた一輪の花瓶が床へ落ち、がしゃんと音を立てて割れる。
流石に堪えたのか、オータム大佐はその場で膝を付いた。

そして伏せた『馬鹿』の上をレーザーの雨が横薙ぎに降り注いでいく。
制御者を喪ったガン・タレットが為す術もなく撃ち抜かれ、吹き飛んでいく。

「我が友よ、無事か!!」

「フ、フォークス、か!?」

瞬く間にガン・タレットを一掃したフォークスが、『馬鹿』を見下ろしニヤリと笑う。

「よ、良かった。この野郎、よく生きてたなぁ!!」

「ワフ、バウウ!」

そして、涙声で抱き付いてきた修理屋と、足下でグルグルと回る愛犬のドックミート。

「…………助かった、のか?」

「ああ、そうだよ。馬鹿野郎!! よく死ななかったじゃねぇか馬鹿野郎!!」

背中をバンバンと叩く修理屋の声を聞き、『馬鹿』は思わず膝を付くようにして座り込む。

「お、おい、大丈夫か!?」

「ああ……危うかったからさ……力、抜けただけだよ」

ドックミートの頭をゴシゴシと撫でつつ、修理屋に笑みを浮かべた。





ともあれ、レイヴン・ロックに連れ込まれた修理屋と『馬鹿』は窮地を脱したのだった。



















「無事だったようだな、少年」

その言葉を聞いた瞬間、『馬鹿』の中で助かったという歓喜が消えた。
護身用の為か、修理屋が腰にぶら下げていたプラズマピストルをホルスターから抜き取る。
そのまま銃口を相手に向けようし―――、

「そこまでだ、我が友よ」

素早く伸びてきた掌が、『馬鹿』の構えようとしたプラズマピストルを押さえる。
ビームガトリンクガンの銃身をバックパックにかけ直したフォークスが、『馬鹿』の射撃動作を止めたのだ。

「なぜ、止めるんだ!」

「君は自分を助けた存在に、銃を向けるような不義理を働くつもりか?」

フォークスのほっそりとした掌と指は、まるで万力のように動かなかった。

「助けた? 奴が、僕を? ……そんな馬鹿な」

「……本当だよ。この馬鹿野郎。ちったぁ頭を冷やせよ。エンクレイヴの事になると猪突猛進になりやがって」

「…………!!」

呆れたような顔付きで修理屋が宥めてくるのを、『馬鹿』はじろりと睨んだ。

「お、おい。別に懐柔された訳じゃねぇよ。ただな、エデンっつー、いかれたコンピューターを制圧してお前を助ける役割を果たしたのは奴だ」

「その通りだ我が友よ。彼の助力無ければ、最下層部から侵入した我等が此処までたどり着くのは困難だったろう」

「……だとしても、僕は認めれない。第一、エデンを倒したのも組織を自分が統括する為じゃないのか? その為に君達を利用した可能性もある」

「確かに、それは事実でもある。現に私はエンクレイヴの在り方を正すべく、エデンを討ったのだからな」

「…………そして、用済みは殺すのか? エデンが僕を殺そうとしたように」

「……君が私とエンクレイヴに対して抱いている敵意と疑念の深さは理解した」


嘆息を1つ吐いたオータムは、静かに『馬鹿』へ向き直った。


「どうしても、私を、エンクレイヴを許せないか少年?」
「父さんを殺して、父さんの理想を奪った相手を、許せるとでも?」

『馬鹿』の言葉を聞いた途端、なぜかオータム大佐の顔が変な風に歪んだ。
怪訝に思った修理屋とフォークスが顔を合わせる。
頭にまだ血が上がっているのか、『馬鹿』はオータム大佐の変化に気付かないようだ。
頭を困ったように一掻きしたオータム大佐は、『馬鹿』に向き直り真摯な言葉で語りかける。










「1つ、言っておきたい事があるんだがな少年。君の『ふっふっふっ……ふはぁっはっはっはっはぁ!!』









―――オータム大佐の言葉は、遮られた。


確かに彼らの目の前で、葬り去られた筈の存在の声に。


「あ、あれ?」
「むぅ……面妖な」
「どこだっ」
「まだ存在していたかエデンっ!?」
「バウ!」

驚く人間達を嘲笑うかのように、執務室にエデンの声が響き渡る。








『あの程度で私を滅ぼしたつもりかこの馬鹿人間共がぁぁぁ!!!』









グラリと、レイヴン・ロックが揺れる。
辺りは、エマージェンシーの赤いランプで真っ赤に彩られた。











警報音が響く中、4人と一匹は格納サイロ脇にある螺旋階段を猛スピードで駆け下りていく。



「こっちだ、急げ。私の部下が脱出作戦を進めている。ベルチバードに乗って脱出するぞ」

「はぁはぁはぁ……どこまで、降りるんだ、これぇ?」

「体力が足りんな修理屋君。もう少し鍛えた方がいい」

「ふ、フォークス、ンな事言って……はぁ、はぁ」

何かの震動がサイロに伝わっていくのを感じる。
何かが下から迫ってきているようだ。

「来たか……総員、ターンテーブルに飛び移れ!」

ふと、螺旋階段を覗くと巨大なターンテーブルが浮き上がってくるのが見えた。
『馬鹿』は無言でじろりと大佐を睨んだ後で、螺旋階段の手すりへと爪先をかける。
大佐はひょいと手すりに飛び乗り、無造作にターンテーブルへと飛び降りた。

そして修理屋は……脚が思いっきり竦んでいた。
フォークスが何とか飛び降りさせようとしているが、恐怖の方が上回っているようだ。

「急げ、早く飛び降りないと間に合わないぞ!!」

「無理無理飛び移れN」

「えーい、南無三!」

フォークスはおもむろに修理屋を抱え上げると、

「ふぎゃあああああああああ!!?」

かなり接近してきていたターンテーブルに向かって投げ込み、自分も後に続いた。

「づぁっ!?」

ターンテーブルに落着し背中を打ったのか悶絶している修理屋と、難無く飛び移れた3人と一匹。

「よし、早く全員乗れ……少年、君もだ!」

機体後部の搭乗口前に立ったオータムが、乗り込むように急かす。

「大佐の言うとおりだ。早く乗れ友よ!」

フォークスの急かす声で、『馬鹿』はようやく動き出した。
ただ、彼の目は厳しく大佐を睨め付けている。

『納得した訳でもなく、許した訳でもない』と。

大佐は特に反応もせず、フォークスに担がれた修理屋が搭乗口を潜ったのを確認してからボタンを押した。

「大佐殿、どちらに向かわれますか?」
「まずは浄化装置へ……む!?」

ズシンと、一際激しい揺れが、真下から響いてくる。

それも一度ではない。
定期的な音と震動が、何度も響いてくる。

「格納ハッチは開いたか!?」

「はっ、ベルチバードが潜れるぐらいには開いてますが、離陸は完全解放してからの「今すぐ離陸しろっ、下から何かがやってくるぞ!!」」

「は、はっ!」

パイロットが慌てて、ベルチバードのプロペラの回転数を上げ、垂直離陸を試みる。
機体がターンテーブルから浮き上がった瞬間、ターンテーブルが大きく拉げていく。

「うわっ!」
「ばうっ」
「顔に、顔になんかもふもふで柔らかいのがっ」
「ドックミート、修理屋君にしがみつくな」

大騒ぎの後ろは別として、パイロットとサブ・パイロットは動体レーダーで何かが真下からやってくるのを確認していた。


「急げ、何かは知らんが……下から何かが出て来ている!!」
「り、了解っ。レイヴン・ロックから離脱します!」

浮上したベルチバードは、ゆっくりと開いていく格納ハッチの隙間を潜るようにして外界に飛び立っていく。

…………僅差で下の方から伸ばされた巨大な手が、ベルチバードを掴み損ねていた。


「た、大佐殿、下で、下で何かがっ!?」
「!!」

機外カメラに写ったものを見て、オータムの顔が驚愕に歪む。

「あ、あれはまさか……!!」

後ろから覗きこんだ3人も、そのあまりに異様な光景に息を飲んだ。

「う、嘘だろ、なんで、『アレ』があんなトコに!!?」

「……なんだ、『アレ』ってなんのことだ!?」

何かを知っている様子の修理屋に『馬鹿』が詰め寄る。
修理屋は震える手で、モニターに映っている『アレ』の上半身を指差した。

「ずっと要塞の部屋で引き籠もっていたお前は知らなかったんだけど、居たんだよ。要塞の地下で見つかったっていう最終兵器の……」

修理屋は確かに、要塞の地下にある巨大な格納庫で見た。

『アレ』とは色違いで、一回り小さいサイズ。

それの復旧と修繕を行っていたスクライブの説明によれば、かつての大戦時にアラスカ解放作戦の為に用意された……。















『あぁぁぁぁいぃぃぃぃぃあぁぁぁぁぁぁぁぁむぅぅぅぅぅぅぅぅあぁぁぁぁゆぅぅぅぅぅぅうぇすぅぅっぅぅぅぅぇえぇぇぇぇぇぇぇぇ!!』
















岩陰に擬装した、レイヴン・ロックの開きかけた格納ハッチを突き破って出て来た物体。



それはまさしく、世界に終わりをもたらす黒金の破壊神の様だった。










続く








[10069] 第29話 全てを滅ぼそうとするエデンを、2人は民主主義の旗手と共に迎え撃った(No.1)
Name: taka234Me◆6742ef9e ID:d9f736e9
Date: 2011/01/18 21:31















レイヴン・ロックの近くにある崖に設置された監視所の、エンクレイヴ歩哨は爆発音に驚いて振り向き声を喪った。

「あ、あれは……一体!?」

しかし、彼がその正体について知る機会は永久に失われた。
その巨体の頭部、目の辺りから放たれた数条の光線が監視所に突き刺さり、跡形もなく吹き飛ばしたからだ。









そのレイダー達は、谷底にあるキャンプ場跡地で獲物であるミレルークをかっ捌いていた。

「あぁ? なんだありゃ?」
「でかい……何あれ?」

唖然とした表情で巨人を見上げたレイダー達が最後に見たもの、それは巨人の頭部が発光した瞬間だった。

キャンプ場跡地を木っ端微塵に吹き飛ばした巨人は、更に谷間のあちこちに存在するミレルークの巣をも破壊していく。
ミレルーク・キング数体が超音波で反撃したが、全く効いた様子もなく反撃とばかりに飛んできた光線で周囲に居た同属諸共蒸発した。










センサーで捉えた生きとし生けるもの全てに、大統領ジョン・ヘンリーエデンは等しく死を与えた。
自分の組織であるはずのエンクレイヴにすら、容赦しなかった。

『不浄な存在は全て消去する。汚染された存在は全て破壊する。ステーツに、合衆国大統領に刃向かう者は、皆、滅びるのだ!!』

この地に生きる存在、全てはやがて彼が作り出す新生米国にとって不要なものだからだ。
その米国に、果たして生きている存在がいるかは非常に妖しかったが。

『DeleteDeleteDeleteDeleteデリデリデリデリ、全目標を、d、デリートする、ふ、ふはははは、はははははははは!!』

拡声機で拡大された大統領は高笑いを放ち、光と死を撒き散らしながら下流へと向かって歩き始めた。




……そして、その声は、ウェイストランド中のエンクレイヴ・アイポッドを通じて放送された。

それは、この地に生きる全ての者達に対する、死刑宣告だった。

























第29話 全てを滅ぼそうとするエデンを、2人は民主主義の旗手と共に迎え撃った(No.1)





















エデンが侵攻していく様を、一行は遠く離れたウェイストランド上空から監視衛星越しに見ていた。
それ位離れ、尚かつ直接射程が出来ない位置に存在しないとエデンの射程に入るからだ。
オータム大佐の言葉を信じるならば、スペック上あの兵器は高度10000m以上上空に居る中国軍の爆撃機すら狙撃出来るという。


「す、すげぇ……昔の軍人があれだけでアラスカを取り戻せるって豪語出来る訳だぜ」

「……恐るべき力だな。まさに破壊と殲滅に特化した存在だ。正直、好きになれん」

「……大佐。あんたはアレの存在を知っていたのか?」

凄まじいエデンの力を目にした修理屋とフォークスを他所に、『馬鹿』は大佐に詰め寄った。
険しい顔でエデンの暴威を高倍率モニターで見ていたオータムは、静かに首を横に振る。

「……いや、知らなかった。我がエンクレイヴが確認しただけでも、あれの完成体である試作型は国防総省が地下秘匿バンカーで保管していた一体のみ」

『馬鹿』の疑念に満ちた視線を受け止めながら、オータムは可能性の1つを口にする。

「しかし、西部に輸送される予定だった唯一の先行生産型がワシントンに搬入され、グレート・ウォーの混乱で行方不明になったという記録はある」

「じゃ、じゃあ……それをエデンは」

「搬入したのはレイヴン・ロックに退避してきた国防総省かも知れん。それを秘匿したエデンが完成させ、己の身体としているのが事実だ」

エデンが核グレネードを投擲し、小規模の集落を一瞬でキノコ雲に変える。
オータムは眉間へ更に深い皺を刻みながら、エデンのボディとなって全てを殲滅せしめんとするロボットの名を口にした。
それは、修理屋がロスチャイルドから聞いた兵器の名前と重なっている。

『リバティ・プライム。民主主義の、旗手』

民主主義の旗手。
米国の主義を体現し、共産主義の暴威から神の祝福を受けたこの大陸を守護する為の兵器。
だがその兵器は暴走し、核戦争を生き延びたアメリカ人達を皆殺しにしようとしている。


「しかし、奴ぁどこに向かっているんだ、まさか、見境無く殺しまくっているだけか?」

「…………いや、間違いなく、奴の目的地は浄化装置だろう」

「何だって、なんの為に……」

修理屋が訳が解らないと言わんばかりの表情をし、『馬鹿』が苛立たしげに答えた。

「奴は改良型FEVウィルスを直接自分で浄化装置に組み込むつもりだと思う。僕が断ったから自ら計画を実行するつもりなんだろう」

「拙いなそれは……我々のサイエンティストが計測した場合、あの浄化装置が全開で稼働すれば数日でワシントン一帯の水源に影響が出る事になる」

忌々しげに『馬鹿』がエデンを画面越しに睨み付ける。

「生物ならどんな生き物でも水は必要だし摂取しなきゃいけない。毒入りの水を飲んで死ぬか、水を飲まずに死ぬか。えげつない奴だ」

「何と言うことだ……人々を救うための計画をそのように使おうとは!」

「いかんな……このまま侵攻すれば数時間で奴はジェファーソン・メモリアルに到達する」

端末を操作していたオータムが、険しい顔付きで唸るように言った。
情報衛星から送られた映像とウェイストランドに滞空しているベルチバードの偵察によれば、エデンはポトマック川を下流に向かって移動している。

途中で目に付く存在を片っ端から吹き飛ばしたとしても、押さえとなる障害が無い以上遠からずメモリアルに到達するだろう。
『馬鹿』とオータムの懸念と最悪の想定が一致するならば、エデンは自ら『米国』の浄化を試みる筈だ。


エデンがどうやって装置を起動させるかは解らないが、装置を起動させられたらキャピタル・ウェイストランドは終わりだ。


生命の源たる水が生命を滅ぼす絶望の世界が幕を開ける。


全ての生物にとって水は含めば命を絶つ毒になり、この荒れ果てた世界で生きている生物の殆どは死滅するだろう。
生きる動植物が消え果てた世界でエデンがどのような理想社会を築くつもりかは解らない。

だが、全員に共通している事はただひとつ。

エデンの計画を阻止し、自分達が生きている世界を守る事だ。
あの狂ったコンピューターの暴走を止めて、自分達が生き延びる事だ。






「しかし……どうやってあんな化け物を阻止すれば」
「手は、あるぞ。完膚無きまでにエデンを破壊する方法が」

全員の視線が、オータムに向く。
起死回生の策を口にした彼は、険しい表情のまま言葉を繋ぐ。

「ブラッドリー・ハーキュリー。我々が操作可能な軍事衛星で、本土戦用にワシントンの静止衛星軌道に配備されていたものだ。
 あれに搭載された対地用戦術ミサイルであれば、通常兵装では効果のないエデンのボディでも耐え切れまい」
「だ、だったらよ。今すぐそいつを撃ち込めばいいじゃないか」

目を輝かせる修理屋とは反対に、オータムは気難しげな表情でその考えを否定した。

「だが、あれでエデンを倒すには、奴を足止めする必要がある。衛星からの攻撃を確実に命中させる隙を作らねばならん」

高まりかけていた希望が、見る間に掻き消えされていくがオータムは尚も理由を連ねていく。

「奴のセンサーでは衛星軌道上からの攻撃すら感知して回避されかねん。失敗したら警戒され恐らく二度目は通じん。ハーキュリーも2回分しか攻撃出来ない」

「エ、エンクレヴは、あんたらの戦力では足止め出来ないのか!?」

引きつった声の修理屋の叫びも、オータムの声は無情に否定する。

「展開済みの拠点防衛用重装備部隊と砲兵連隊、ベルチバード部隊をジェファーソン・メモリアルへ集結させてはいる。
だが、以前読んだ資料では、運用試験が終了していた試作型ですら、計算上では中国軍の陸空軍数個師団と渡り合えるとあった。
恐らく、エデンのリバティ・プライムは量産型を更に改良したものだろう。並の戦力ではもはや何の障害にもならん」

ベルチバードの搭乗席内に、沈黙が満ちる。
誰もが口を閉ざし、眉を歪め、口を真横に結んでいる。


このままエデンを進ませれば、キャピタル・ウェイストランドに破滅がもたらされる。
終わりはそれだけではない。ウィルスによるあらゆる生物を根絶やしにする暗黒時代が訪れるのだ。

ジェファーソン・メモリアルを爆破し、浄化装置を破壊する手もある。

当然父親の理想の具現であり遺産である浄化装置を破壊する事に『馬鹿』は抵抗するだろう。
エンクレイヴ再興の骨子である浄化装置を手放す事は、現時点での保有者であるオータム大佐にとってもしたくない選択だ。

仮に浄化装置が破壊されてもエデンは動力が続く限り暴れ続けるだろうし、何時になれば止まるかはエデンしか知らない。
改良型FEVウィルスについても海に流されたり、偏西風に乗せて拡散されたら終わりだ。



エデンが浄化装置に拘るのは、『それが最も拡散の手段として効率が良い』からだ。



効率さえ拘らなければ、ウィルスを広げる方法は他にもたくさんある。



どのみち、エデンを滅ぼし改良型FEVウィルスを消滅させなければ、この大陸は終わる。
例え大陸の反対側に居たとしても、遅いか早いかの違いだけだ。


しかし、有り得るのだろうか。

あの黒金の破壊神を止める事が出来る、そんな途方もない戦力が……。





「あれだ、アイツがあるじゃねぇか!! 大佐、あんたが言っていた国防総省の地下秘匿バンカーにそれがあるんだよ!!」



悲痛な沈黙に満たされたベルチバードの内部に、修理屋の絶叫が木霊する。



そう、丁度いい対抗馬があった。




国防総省ビル……今はBrotherhood of Steelが所有し拠点としている場所。


その最深部の格納庫に置かれている巨大戦闘ロボット。


あれのみが、エデンを完全に破壊する為に必要な存在であると。



















「と、言うわけですみませんがリバティ・プライムを貸してくれませんかエルダー・リオンズ」
「と、言われてものぅ……」


結論を出してから1時間後、彼らは国防総省ビルの中庭に居た。



現状を整理しよう。


中庭の真ん中に居るのは、『馬鹿』、修理屋、フォークス、ドックミート、オータム大佐。
要塞近くの陸橋に着地したベルチバードから、徒歩でやって来たのだ。

対するは要塞―――つまりは国防総省ビル、Brotherhood of Steelの本部に詰めていた実働部隊。

数十人のナイトやパラディン、果てにはパワーアーマー着用を許可されたイニシエイトまで居る。
彼らが手にしているライフルから重火器が彼らに向けられているのだ。


彼らと対峙しているリオンズも、直ぐ側に居るサラ・リオンズと彼女が率いる精鋭パラディン部隊によって守られている。
とてもじゃないが、苦難を乗り越えて帰還してきた知り合いの息子とその仲間を迎える有様ではない。


正直、エルダー・リオンズはこの様な処置をジェームスの息子にしたくはなかった。
しかし、今まで幾多の戦いと無数の経験をしてきたエルダー・リオンズにも理解しがたい事があるのだ。





2人と2体と一匹で『G.E.C.K.』を確保する為出かけた連中が、何故か仇敵である筈のエンクレイヴのベルチバードに乗って戻ってきた。
見知らぬVault87のジャンプスーツを着た重火器兵と、エンクレイヴの実働部隊の指揮官であるアウグストゥス・オータム大佐と共に。


そして告げられた驚愕の事実。






エンクレイヴの大統領が乱心して超大型ロボットを操り暴れている。


その目的地が浄化プラントがあるジェファーソンメモリアルで、この要塞も戦いに巻き込まれる可能性が高い。


そして最終的には浄化装置によって毒の水が精製され、人間どころか生物そのものが死滅するかもしれない。


そのロボットを破壊するのには、超兵器であるリバティ・プライムぐらいしかない。


なので、早く起動して迎撃体勢を整えて欲しい。多分、後数時間でこっちに来ます。









「……信じたくはあるが、にわかにはのぅ」

荒唐無稽な『馬鹿』の言葉を信じて良いのかどうか、流石のエルダー・リオンズにも判断仕切れなかった。

「エルダー、一度拘束してから尋問を。とても信用できる話とは思えません」
「そうするべき……とは言いたいがの」

サラの耳打ちに軽く顎を扱いてから彼らに目をやる。
ナイトやパラディン達の疑惑と警戒に満ちた視線と銃口を全周囲から向けられてたが、一行(怯えてる修理屋除く)は泰然としていた。
オータム大佐にしても交渉に来た、交戦の意志はないと言ったきり、喋るのを『馬鹿』と修理屋に任せている。

「アウグストゥス・オータム大佐」

「何かな、エルダー・エイハブ・リオンズ」

修理屋と部下の必死の説得で普段着ている将官用のコートを身に纏ったオータムが、まるで自分のオフィスに居るような態度で答える。
本当は時間が無いとパンツ一丁で此処に入ろうとしたのだが、相手を激昂させるのが関の山なのでベルチバードに積んであった服に着替えたのだ。
彼の部下によると、オータムは戦闘時に高確率で服(特に上着)を破るので制服を搭乗機に常備しているらしい。


「今の話は本当なんじゃろうな。お主達の大統領が機械で、リバティ・プライムの同型機に乗って暴走しているというのは」

「遺憾ながらその通りだ。そうなる前に止めようとしたがエデンの方が上手だった。あのような兵器を隠し持っているとはな……」

「ふぅむ、お主が、エンクレイヴが我々を嵌める為の狂言ではないという保証は?
 確かに今は直接的に敵対はしておらん。だが、西海岸での因縁と浄化装置の件もある。特に後者について我々はお主等にとって邪魔だろうしの」

「…………黙って後数時間この場で待機していれば私の言葉が事実であると理解出来るぞ。その時にはこの要塞は壊滅しているだろうがね。
 どれだけナイトやパラディンが集結し、光学兵器やヘビーガンで攻撃しようとエデンには傷1つ付けられぬだろう。
 本来であれば我々の手で対応すべきではあるが、我々の装備を持ってしてもエデンとの戦闘力は隔絶している。
 奴を……奴のボディを破壊し尽くすにはリバティ・プライムを起動して戦う事が必須なのだ」

エルダー・リオンズの顔が歪む。
果たしてこの男を、『馬鹿』達の言葉を信じて良いのだろうかと。
確かに先程から、ベルチバードらしきローター音が多数上空を駈け巡っている。
ちらりと横に視線を滑らせれば、連絡係のナイトが要塞の中から出て来たイニシエイトと一緒に慌てて駆け込んで行った。

(確かに、何やら騒々しい)

彼らの言葉が事実であれば、彼らの言うように今すぐリバティ・プライムを起動させ戦闘態勢を取るべきだろう。
要塞周辺に居る関係者を退避させ、戦闘員全てに第一級戦闘配備を指示するべきだろう。

だが、これがエンクレイヴの狂言であり、悪意ある企みが背後で進行していたとしたら。
突飛な言葉で騙された揚げ句、Brotherhood of Steelは多大な損害を受けるかもしれない。
そうなれば、元々微細な亀裂が無数に入ったBrotherhood of Steelは、組織として成り立たなくなる。

大体、自分が信じたところで彼らに助力するのは難しいだろう。
自分以外の全員は疑惑と不信の目でジェームスの息子とエンクレイヴの指揮官を見ている。
協力を宣言したところでたちまち反対の嵐が巻き起こり、それを宥め納得させるのには彼らの言った猶予の数時間どころか数日以上かかる。

(さて、どうしたものか……)

エルダー・リオンズの思案を打ち破ったのは、先程要塞の中に入っていったナイトの金切り声だった。

「た、大変ですエルダー・リオンズ!」
「何事じゃ。騒々しい」

思わず声に険が出てしまったが、若いナイトはそれどころではないという様子で叫んだ。
その内容はエルダー・リオンズだけでなく、その場にいたBrotherhood of Steelのメンバーに驚愕を与える事になる。

「アレフ監視哨からの報告です、きょ、巨大な、黒いロボットが、ポトマック川沿いに移動しているのを確認したとの事です!
尚、巨大ロボットの光線攻撃によりアレフは……アレフの街は、こ、高架道路ごと消失しました!!」

「なんじゃと!?」

















「なんだ、なんだこりゃあ!?」

パライダイス・フォールズの大混乱の中、ボロボロな短パン一丁のブッチ・デロリアは物陰に身を潜めていた。

辺りは怒号と悲鳴と銃声、そして絶え間ない爆発音と煌めく光線で地獄と化している。

奴隷商人達が何十丁という自動小銃やライフルを、見上げるほどに巨大な人体に向かって放つ。
巨象に蟻が噛み付くような行為を全く気にした様子は無く、頭部が閃光に満たされた。


『1862年7月から米国に奴隷は存在しない、貴様等の存在は民主主義によって否定されたのだ!!』


雑多な小火器で哀れな抵抗をしてきた奴隷商人達と、運悪く周りに居た奴隷達は瞬時に蒸発した。


『私はこの場で宣言する。全ての奴隷を生存する事から生じる苦痛から解放する事を!!』


立て続けに撃ち込まれるレーザー光線は、奴隷商人達の街を容赦なく粉砕していった……。






ブッチ・デロリアというVault101出身の自称最強ギャングは、つい先程までは奴隷だった。

Vault101がエンクレイヴによって開放された後、隙を見て憧れていた外の世界に彼は出たのだ。
安全で清潔ではあるものの息が詰まるようなシェルター暮らしに比べ、外の世界は多彩に刺激的だった。

無謀なまでに好奇心旺盛で無謀なまでに自意識過剰な彼は、無限に広がっているように感じる世界へと足を踏み出した。
ビックになる為に、最強のギャングを作り、自分の望みである理容師になる為に。

そして踏み出してから暫くして、ブッチは荒野で災難に遭遇した。

リベットシティに向かう途中で哀れ奴隷商人に捕まり、抵抗はしてみたものの寄って集ってボコボコにされてしまった。
スーツやトンネルスネークの最強ジャンパー、お気に入りのスイッチブレードなど全て取り上げられた。

しかも、運が悪い事に奴隷商人の1人があっちの趣味持ち。
パラダイスフォールズに付くまでに散々可愛がられ、未経験でありながら経験者というミステリアスな立場を手に入れてしまった。

本来であるならばすぐ様、ピットとかいう街に他の奴隷達とまとめて売りに出される筈だった。
しかし、ブッチを気に入った奴隷商人が彼を個人的に購入し、自宅で同居生活を開始。

長く続くミステリアスな性活と、理髪師として重宝される日々に「もう、これで良いんじゃねぇのか」と諦観が心を支配しかけた頃。


その、巨大な鋼鉄の破壊神はパラダイス・フォールズに襲いかかってきた。






「はぁはぁ……こ、これで助かったぁ」

奴隷用の首輪を放り投げながら、ブッチは一息付く。
自分の制御式首輪の電源を死んだ奴隷商人から持ってきた装置で解除したのだ。
ブッチを永らく苦しめた奴隷商人は建物の崩落に巻き込まれて死んでいた。
首輪の電源は全部「OFF」に切り替えておいたから、奴隷達は一応自由になれただろう。生きていればの話だが。


安堵したブッチの耳に、絶望に満ちた金切り声が聞こえた。

「お、お、俺の、俺の街がぁぁぁぁぁぁ!!!??」

何時も、優雅にバルコニーから見下ろしている町並みが、焼け落ち燃え尽きていく。
ブッチにしてはざまあみろな光景でも、この街で儲けていた奴隷商人の頭目ユーロジー・ジョーンズであるからすれば堪ったモノではない。

焼け続ける自分の屋敷のバルコニーから、血走った目付きでユーロジーは破壊神を見上げる。

「奴隷も、儲けも、住処もお前の所為で全部パァだ、どうしてくれやがるんだコン畜生!!」

ユーロジーが、愛用の―――よく気に入らない奴隷の頭に穴を開ける為に撃つスコープ付き44マグナムを構える。

「おおおお前なんかにやらせてたまるかぁ、ここは、パラダイス・フォールズは、俺の街なんだぞぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

次の瞬間、ユーロジーはバルコニーへ照射されたレーザーを喰らいこの世から消失した。






「……一体、何だったんだよアイツは」

呆然とした表情で、ブッチは瓦礫と火に包まれたパラダイス・フォールズ跡地から去りゆく巨大ロボットを見送った。

彼と、僅か数人の子供奴隷だけが、この街で生き残った生存者だった。







プレジデント・リバティプライムがジェファーソン・メモリアルに到達するまで後僅か。
















続く








[10069] 第29話 全てを滅ぼそうとするエデンを、2人は民主主義の旗手と共に迎え撃った(No.2)
Name: taka234Me◆6742ef9e ID:375d328e
Date: 2011/07/09 17:26


































無数の爆発の中を、それは当たり前のように前進していた。


『カレッジ1より各機へ、これより攻撃を開始する。指定距離範囲内には近付くなよ』
『了解! 攻撃、攻撃!!』

数機のベルチバードから対地ミサイルが十数条放たれ、命中し爆発がそれを覆い尽くす。

『全弾命中! 目標の損害は……ぐはっ!?』

報告を続けていたカレッジ1と呼ばれたベルチバードが、野太いビームに機体を焼き切られ撃墜される。
爆発煙の中から出て来た鋼鉄の巨体は、全く堪えた様子も無く平然と動き続けていた。

『くそ、射程外ではないのか!?』

『出力を上げて長距離ビームを撃ちやがったんだ!!』

『攻撃隊へ、各機散開し退避せよ、繰り返す、各機散開し退避せよ……』

『り、了解、急げ、また撃ってくるぞ』

『退避ー!!』

慌てて蜘蛛の子を散らすが如く退散するベルチバードの編隊。
そんな彼らを嘲笑うかのように、それは……プレジデント・リバティ・プライムは前進を続けた。



『反逆の徒の攻撃など、合衆国再興の信念の前には意味を為さぬのだ!!』



阻止砲撃と空爆を全く相手にせず前進を続けるプレジデント・リバティ・プライム。
オータム大佐はジェファーソン記念館に設置された司令室で大型モニター越しにその様を見ていた。
予測通り、重砲による阻止砲撃や対地ミサイルによる波状攻撃をものともせず破壊神は記念館を目指している。

「攻撃隊を全て退避させろ。空爆は中止だ。プライム侵攻路上にいる地上部隊は退避。砲兵隊はそのまま阻止砲撃を続行せよ」

「何と言うことだ、あれだけの火力を持ってしても遅滞戦術すらままならないとは……!!」

「くそ、化け物め!」

「やはり、通常攻撃では埒が明かぬか。ハーキュリーを使用できるように、あの二人に頑張って貰うしかあるまい……」

オータムは溜息をついて、国防総省ビルの方に視線を向けた。























第29話 全てを滅ぼそうとするエデンを、2人は民主主義の旗手と共に迎え撃った(No.2)























『2人とも、聞こえるか?』

「ああ、聞こえるよロスチャイルド」

「あ、ああ、き、聞こえる」

『複座席の具合は大丈夫か?』

「大丈夫だ、問題ない」

「し、しかし……凄い装置だねロスチャイルド」

『国防総省の開発室で見つけた、シュミレーションシステムを反映させてある。
 元々はアンカレッジ作戦を疑似体験出来るものだったんだがね。
 そのシステムを組み込む事により、パイロットがロボットのコクピットに居てもプライムのカメラを通し有視界戦闘を行えるようにしてある。
 君達に着せたニューロ・インターフェイス・スーツ、被っている投影型フルフェイスもその為だ』

ピッピッピッ。
幾つもの灯りが点灯する。
それらを忙しく見詰めながらも、修理屋はカタカタと目の前にある端末のキーボードを叩いていた。

「ロスチャイルド、訴求分の戦闘プログラムの確認は終わったぜ。取り敢えず問題無し」

『そうか、すまんがその調子でギリギリまで調整を続けてくれ。こちらもDr.リーが作ったバッテリーと電圧の最終調整で忙しいのでな』

「了解……」

顔面に滴り落ちる汗を拭いつつ、修理屋はタイピングをひっきりなしに続ける。
何故、戦闘要因である修理屋が有人型戦闘ロボット『リバティ・プライム』に搭乗しているのか?
答えは単純だ、彼が優秀なロボット修理屋であるからだ。

要は、有人タイプの超大型プロテクトロンであるリバティ・プライム。
設計したのも、製造したのも同じロボット総合企業のロブコ。
修理屋は何百体も弄ってきたプロテクトロンとほぼ似通った構造の決戦兵器を、最適化する為に乗せられているのだ。

本来、無人型が基本である戦闘ロボットのリバティ・プライムが何故有人型なのか。

それは中国軍の対ロボット戦法に対する警戒からだ。
強力な電子波による遠隔操作の遮断、ハッキングによる自律型ロボットの無力化及び凶暴化。
当時の戦場においてロボット兵器の投入は既に常識であり、それに対してどう対処するかは各国の軍にとって常に求められた課題だった。

オーバースペックな最終兵器であるリバティ・プライムが万が一ハッキングなどで敵の手に落ちたら最悪の事態だ。
それを解決する為の防御策の一環が、人的被害や多少の効率性低下を無視して追加された有人タイプによる管制と操作。
元々未調整な部分が多い試験型を動かしながら調整するつもりだったらしく、単座の操縦席は複座に改められていた。

修理屋は後部座席で、内部プログラムの最終チェックを行っている最中なのだ。

(し、死ぬほど怖いけど……逃げても無駄だしなぁ)

本当はロボットに詳しいスクライブ辺りに任せて観戦、と行きたいが今回はそうもいかない。
リバティ・プライムが破れ、プレジデント・リバティ・プライムが浄化装置に到達したら全てが終わる。

この戦いに逃げ場など存在しない。
負けたら、全てがお終いなのだ。


『二人とも聞こえるか、いよいよ、リバティ・プライムを起動させる時が来た。
オータム大佐の連絡によれば、阻止攻撃を受けているにも関わらずエデンは後30分程で要塞の手前まで到達する』

「……」

「き、来たのか」

『このリバティ・プライムが敗れれば、もはや奴を阻止する手立てはない。
 プレッシャーをかけるようで悪いが……絶対に負けないでくれ。誰の為でも無く、自分自身が生き延びる為にな』

ロスチャイルドの通信が終わると同時に、コクピット内の全てのモニターが点灯した。
一瞬、星条旗が映った後に各々のコンディションを示すデータ表示が行われ、オールグリーンが宣告される。


『リバティ・プライム。戦闘シーケンスへ移行。パイロットへ任務内容を再確認。ボイス・モジュールを再生します』


鉄仮面のような面持ちの中央。
小さなモノアイが何回も点滅した後、力強い光を灯した。

秘匿バンカーの上層を覆っていた耐核シャッターが幾層も左右に開いていく。

直上からクレーンの先端が舞い降り、プライムの身体に設置されていたマグネットと接続した。

『ボイス・モジュール再生―――』

白銀の、漆黒の破壊神とは色違いの人類と民主主義の守護者は、力強い声音でその起動を宣言した。







『任務内容アンカレッジ及びアラスカの解放。

優先ターゲット全レッドチャイニーズの侵略者。

コミュニストに拿捕された場合の緊急措置、動力炉の安全装置を解除し直ちに自爆せよ!

自由と民主主義を奉ずる者は、共産主義に屈するより死を選べ!

アラスカ州方面軍司令コンスタンティン・チェイス将軍からの作戦行動許可を確認。

オペレーション・アンカレッジ指令7395を発動。全兵装の無制限使用を許可する。

任務内容を最終確認。侵攻勢力及びコミュニストを殲滅。

アンカレッジ及びアラスカを解放せよ!』



「じ、自爆って……」

引きつった修理屋の呟きは、騒々しい起動音によって瞬く間に掻き消された。
















周囲に広がるのは、荒廃したワシントンの市街。

シュルシュルと音を立てて、頭上を何かが飛び去っていく。
飛び去った飛翔物は、修理屋が居るポトマック川の上流で着弾した。

高々と舞い上がる水柱、鈍い金属音と火花と爆発。
それが数十回繰り返されると、ポトマック川は硝煙と水飛沫で覆われた。

「まさか、あれでやっつけられた……とかじゃないよな?」

「そんな容易い相手じゃない。それは解ってるだろ?」

「あ、ああ、解ってるけど……何というか、希望的観測に縋りたいなーだなんて」

「そうであればどんなに良いか……動体反応確認、やっぱりあの程度じゃ無理みたいだね」

重砲の阻止砲撃を受けながらも悠然とこちらに向かって進んでくる破壊神、プレジデント・リバティ・プライム。

それと対峙するように、似たようなフォルムの巨大ロボット。
即ち、二人が乗っているリバティ・プライム。




現在の世界を滅ぼし、毒の水で満ちた死の楽園を作ろうとするエデン。

現在の世界を守り、救いのない荒れ地に真水をもたらそうとする『馬鹿』と修理屋。


相容れぬ2つ、鋼鉄の破壊神が、今まさにぶつかろうとしていた。












「行くぞぉぉぉぉ!!」

先手を打ったのはリバティ・プライムの方だった。
川の水を大量に巻き上げながらの突進。

『コミュニスト発見、コミュニストを皆殺しにせよ!!』

『侮辱するか貴様、私は米国大統領だぞ!』

掠め飛んで行ったビームを回避し、いきなり顔面にパンチ。

「入った!」

『これしき、痛手にはならん』

「おわわっ!?」

反撃とばかりに飛んできた巨大な拳を連打され、思わずたたらを踏む。
次いでに掃射されたビームを回避するが、幾つかは避けきれず命中する。

「うおっ、ちょ、大丈夫!?」

「大丈夫だ、装甲には問題ないっ」

実際には大丈夫で無さそうな音が操縦席に響く。
計算上では軍用リニアキャノン三個中隊分の一斉射撃にも耐えきれる装甲が、エデンの攻撃に悲鳴をあげていた。

『ふははは、力勝負で勝とうなど笑止千万だ。
 開発時から何も変更されてないプロトタイプで、改良を重ねたこのボディに勝とう等!』

もつれるように膝を付きそうになり、反撃の蹴りを受け吹っ飛ばされる。
全身の内蔵が攪拌されそうな衝撃に耐えつつ、しかし嘔吐しつつ修理屋は倒れそうになった機体を辛うじて維持した。

『この唯一無二たる大統領に勝とう等、おこがましいにも程がある!!』

余裕すら感じるエデンの声を、盛んに飛んできた重砲弾が遮る。
要塞にはそのような兵器はない。となれば、エンクレイヴからの支援攻撃だろう。


『この砲撃は……反逆の徒め、滅ぼされるべき汚染された者と手を組もうというのか!!』

『一旦橋の向こう側まで退避しろ。そのままでは倒されるぞ』

勢い良く起き上がったリバティ・プライムは、その図体からとても思えない程身軽な仕草でバックステップ。
苦し紛れに放たれた光線を瓦礫で回避しつつ、橋の手前まで退避した。

「…………大佐か」

『やはり普通に戦ってはそれの力でも勝てんようだな。足止めはする。直ぐに橋の手前まで戻れ』

「ど……どうするんだ? 相手は予想以上だぞ!?」 

「落ち着け、奴は確かに強力だ。しかし、ただ一体、唯一だ。奴以外に味方はいない」

吐瀉物を漸く口から吐き出した修理屋は、オータムの言葉に唖然とした。
まさか、この男からそんな言葉が出て来るとは思わなかったからだ。

「人間は、人間らしく、だ。質で勝てぬのであれば数と策で勝つ。
 人間はそうやってこの大地で生き延びてきた。違うか?」

およそ、エンクレイヴの人間とは思えない言葉だったからだ。
大佐の言葉に、前の席に居た『馬鹿』の口が不敵に歪む。

「……荒野を知らないエンクレイヴとは思えない言葉だな。」

「私を見くびって貰っては困るな。さあ、二人とも対閃光防御の準備をしろ。奴の隙を作る……』

「「え?」」

その数秒後、エデンの足下から凄まじい光があふれ出た。

「「うおっまぶしっ!!」」

『な、おのれっ!!?』


プレジデント・リバティ・プライムと、やや離れていたリバティ・プライムは閃光に包まれた。

何のことはない。
オータムは戦術級小型核地雷をエデンの足下で爆発させたのだ。
戦前での地上戦で使用されていた代物で、主に進撃路上の機甲部隊を根刮ぎ吹き飛ばす為に使われていた。

「どぉぉぉぉっぉぉぉぉぉ!!」

「くそぉぉぉぉ、あの筋肉達磨、こっちにまで影響来てるじゃないかぁあぁぁぁぁぁぁ!!」

猛烈なスピードで揺さぶられる操縦席。
『馬鹿』は思わず嘔吐し、修理屋は恐怖のあまり小便を洩らし脱糞した。

『今だ、突っ込め!!』

「ふ、ふざけるなてめえ、あんなカッコイイ台詞吐いた後で鬼畜な手を使うなぁ!!」

「そ、そうだぞ! 俺達が傍に居るのに戦術核なんか使用するなぁ!!」

『直撃しなければ大丈夫だ、直ちには問題ない!! それよりもエデンを倒せ、早く!!』

あちこちからエラー音やモニターが赤く点滅している中。
あれ程幾多の攻撃に晒されようと揺らぎもしなかったエデンが仰向けに倒れていた。
しかし、大したダメージは無かったのか、沸騰した川の水を掻き分けながら起き上がろうとしている!

「おい、今だ、突撃!!」
「おうらああああああ!!」

背中の巨大なウェポンラックから、核グレネード爆弾を取り出す。

「ママのモーニングキスだ受け取れエデンッ!!」

寸分違わず投擲された核グレネード爆弾は、丁度上半身を起き上がらせたエデンの頭部を直撃し大爆発。
更なる追加攻撃にエデンは再び地に這わされた。

「いまだぁぁぁぁぁぁぁ!!」

ようやく起き上がろうとしていたプレジデント・リバティ・プライムを突き倒す!!

『小賢しい、く、このような手で私を止められるとでも……!!』

「うるさいっエデンッ、てめぇがぶっ壊れるまでぇ、殴るのぉ、止めないっ!!」

馬乗りになって殴る、殴る、殴る、殴る、殴りまくる。
あれ程頑丈だった頭部が拉げ始め、レンズを潰されたのかレーザーが飛んでこなくなった。

『馬鹿』と修理屋は殴った、殴りまくった。
このまま一気に勝負をつけるべく殴りまくった。

このままいけば、何とか勝てるかもしれない。
奴の抵抗も何とか押さえ込めている。これなら……。

そう思った二人が居る操縦席が、大きく震動した。
まるで鰯の缶詰に閉じ込められ、巨人にハンドシェイクされているような感じだ。
同時にプライムのシステムの半分以上が真っ赤に染まり、殴り続けていた動作が止まった。

「ど、どうしたんだっ!?」

「腹部に被弾……? 主要システムの半数が焼け落ちた……だと?」

「くそ、動きが……鈍く……!!」

主要回路にエラーが出た所為か、一気に殴る姿勢が崩れるリバティ・プライム。
攻守交代と言わんばかりにゆらりと立ち上がるプレジデント・リバティ・プライム。

『どうだね胸部搭載の大口径電磁砲のお味は』

「ぐ、このぉ……」

「う、早く動け、くそなんでノロノロと、動けよ!!」

『ふ、ふはhhhhhhhhhhhhhhh、そんな有様で何をしようというのかね、無駄だ、どう足掻こうと私は倒せんよ』

横に払われた拳が、白銀のリバティ・プライムの装甲を幾度も打つ。

『ジョン・ヘンリー・エデン大統領は決して滅びぬ。我が力こそ、我が叡智こそが、米国をあるべき姿へ取り戻す唯一の存在だからだ!!』

続けざまに繰り出された拳が、嬲るようにリバティ・プライムを揺るがす。
堪らずその場へと座り込んだリバティ・プライムに向けて、拡声機で大きくされたエデンの嘲笑が木霊する。

『故に貴様等は滅びる、米国大統領に逆らうものは、人類の再興を阻止しようとするものは、例外なく滅び去るのだ!!』


バックステップで距離を取ったプレジデント・リバティ・プライムの胸部砲門内に、強烈な電流と磁場が形成され始める。

「くそ、このままじゃ……!!」

「ひ、ひぃぃ、動け、頼む、くそ、くそぉ、動けよぉ!!!」

ふらつくように起き上がるリバティ・プライムではとても回避出来ないだろう。
絶望に見開かれた二人の目が、発射態勢に入った電磁砲に向けられる。

『さぁ、死にたまえ!!』

勝利を確信したエデンは、高らかに死刑宣告を告げた。














ワシントンD.Cの遙か上空にある衛星軌道上。



1機の軍事衛星がメンテナンス以外の命令を、約二百年振りに受けていた。


幾つもの戦術級ミサイルを格納したコンテナを抱えた攻撃衛星。


その名は、ブラッドリー‐ハーキュリーズと呼称されていた。











続く。








[10069] 第30話 全てを滅ぼそうとするエデンを、2人は民主主義の旗手と共に迎え撃った(No.3)
Name: taka234Me◆6742ef9e ID:0c89a339
Date: 2011/08/01 19:39
























『さぁ、死にたまえ!!』

リバティ・プライムのメイン・フレームの中で、ジョン・ヘンリー・エデンと呼ばれる存在は勝利を確信していた。
もはや、眼前の同型型のプロトタイプは立っているのもやっと、自分の攻撃を避けられる状態ではない。

やはり、自分こそが正しいのだとエデンはほくそ笑んだ。

変異遺伝子という、存在自体が害を為す生物が地上に存在する限り米国に未来はない。
自分はそれを残さず消し去り、復興すべき土地を浄化する義務がある。

消え去るがいい、不浄なる存在よ。
消え去るがいい、米国合衆国と、大統領に逆らう存在よ。

共に、浄土と化した米国には不要なものだ。
塵芥に成り果て、この世界から消え去るがいい!!


止めをさすべく、プロトタイプに砲門を向けたエデンは複数のセンサーから警告を受けた。

『ぬ、衛星軌道上からの……ミサイル攻撃、オータムか!!』

エデンはプロトタイプへの攻撃を中止し、衛星から撃ち出されてくるミサイルへの迎撃体勢を取る。
既に大破状態でろくに動けないプロトタイプよりも、自分のボディを破壊し尽くせるミサイルへの迎撃を優先したのだ。

『小癪、我が索敵をかいくぐれると思ったか!!』

瞬時にブラッドリー‐ハーキュリーズの管制システムの端末へ自爆コードを送る。
投下された多弾頭ミサイル8発の内、3発を自爆させる事に成功。

しかし、大佐の命令でコードを書き換えられていたのか、残りの5発はこちらに向かってくる。

『やりおるわ、ならば、全て叩き落としてくれる!!』

言うなりプレジデント・リバティ・プライムはやや仰け反るような形で、チャージが済んでいた大口径電磁砲を空に向けた。

『全力射撃、セーフィティーモードが降りるまで「させる……かよ!!」な?!』

投射音、そして機体に凄まじく重い重量物がめり込む音。
プレジデント・リバティ・プライムの横っ面に、リバティ・プライムの背中に付いていたウェポンラックがめり込んでいた。
同時にバシャンと水音が高く鳴り響き、リバティ・プライムの右腕が引っこ抜けて落ちた。


『き、貴様等、よもやそれ程の損傷で動けるとは……ガッ――――――!!!!?』


慌てて対応すべき脅威に向き直ったが既に遅かった。

僅かな余所見が、プレジデント・リバティ・プライムに致命的な隙を作り出したのだ。


5発の弾頭から分離した子ミサイルは滝のような勢いでプレジデント・リバティ・プライムに降り注いだ……。





















第30話 全てを滅ぼそうとするエデンを、2人は民主主義の旗手と共に迎え撃った(No.3)


















『…………エデンを倒したようだな。ご苦労だった』
『友達よ、本当によくやってくれた。迎えに来たぞ』


大破し、殆ど動けない状態になっていたリバティ・プライムのコクピットで放心してた二人の耳に、無線機から声が聞こえた。

『……勝ったのか?』
『フォークス、来てくれたのかっ!?』

死地を脱した安堵が、異臭に満ちたコクピットに広がる。

『ああ、我々の切り札によってエデンは滅んだ。ウェイストランドと浄化プロジェクトは守られたのだ』
『二人ともそこで大人しくしてろ。今からベルチバードで降下し、お前達を拾い上げるからな』

どうやら、身動きが取れないためリバティ・プライムから降りるに降りられない二人を大佐とフォークスで迎えに来る様だ。
辛うじて動いているレーダーから飛行物体の接近が報じられ、6割方投影機能が落ちているスコープに近付いてくるベルチバードの機影が見えた。

「良かった……勝ったんだ。生き延びたんだ。僕達」
「ああ、本当に、死ぬかと思ったよ……ウンコ洩らしちゃったし」

臀部から感じる不愉快感を早くどうにかしたいと思いつつ、修理屋は『馬鹿』の顔を覗きこんだ。

「生き延びた割にゃー、あんまり嬉しそうじゃないな」
「まぁね……」

生き延びたと確信した後の虚脱感だろうか、『馬鹿』の表情には陰りがあった。

「結局、浄化装置はエンクレイヴの所有したままで終わりそうだし……父さんの願いは、叶えられそうにないからね……」
「…………」

『馬鹿』の憂鬱は尤もだった。
浄化プロジェクトの主導者は死に、装置はエンクレイヴが手中に収めたまま。
エデンこそ倒せたものの、Brotherhood of Steelは切り札を失い依然強大さを誇るエンクレイヴを打破出来る程の戦力もない。
結局済し崩しに大佐の要求を呑まされ、浄化装置をエンクレイヴに譲り渡すしかないのか……そんな苦い気持ちで胸中が一杯なのだ。

(こいつが、そこまであのプロジェクトに思いを入れていただなんてな……親子、なんだかねぇ)

静まり返ったコクピットの中、後部座席の修理屋が身を乗り出し『馬鹿』の肩をポンと叩く。

「気を、落とすなよ……」
「……?」
「俺たちゃ、生き延びたんだ。また、やり直せばいいだけの話だろ?」
「……簡単に言ってくれるね」

恨めしそうに睨み付ける『馬鹿』に対し、修理屋はゲロまみれの顔をにやりと歪める。

「ウィルスで毒殺されたり、ロボットに乗ったまま死ぬよりは可能性はあるぜ。生きている限り、チャンスはあるさ」
「…………そうだね。確かに君の言うとおりだ。父さんは死んじゃったけど、僕達はまだ生きている。なら、出来ることはある」

『馬鹿』も、翳りを消した人懐っこい笑みで応じ、親指を立てる。
修理屋も親指を立てて応じ、顔面に張り付いたヌードルを拭った。

「さて、迎えも来たし降りるとするか……ここまで派手にぶっ壊したからロスチャイルドになんて言われるか怖いな」
「世界を救ったんだから文句言われないと思うけどね……おわっ!?」

呑気に近付いてくるベルチバードを見ながら話をしてた二人だが、突然横合いから飛んだ光線に驚いた。

「な、なんだ今の!?」
「お、おい、あれ……」

慌てて光線が飛んできた方向を見やった二人がみたもの。







『あ、あい、あむ、ぁ、ぷれじでんとぉぉぉぉぉぉぉ!!!』








ボロボロに損傷し、体中の配線から何まで剥き出しになった、おぞましい姿のプレジデント・リバティ・プライム。
右腕が脱落し、半分が砕けた頭部、崩れかけた装甲を引き摺りながら、プレジデント・リバティ・プライムの攻撃は続く。

危ういタイミングでベルチバードは光線を回避し、大きく旋回する事でプレジデント・リバティ・プライムの射界から逃れる。

邪魔者を追い払ったプレジデント・リバティ・プライムが、リバティ・プライムに向かって左腕の拳を振り上げる。


『まだだ、まだ終わらん!』

殴る。肩の装甲が陥没した。

『この私は大統領だ。ジョン・ヘンリー・エデン大統領!』

殴る。胸部の装甲が大きく拉げた。

『唯一無二の米国の大統領に、敗北は無いのだ!!!』

ブルブルと機体が震えた後、ピタリとプレジデント・リバティ・プライムの動きが止まる。

『そうだ、私には敗北は無い。浄化装置に組み込むのは諦めよう……効率は劣るが一度撒かれれば最早誰にも止められぬ』

「な、何するつもりだアイツ?」
「ま、まさか……ウィルスを」

胸部に開いたスリットから、プレジデント・リバティ・プライムは何かを取り出し残った左腕で掲げ持つ。

それは保護カプセルに包まれ、シリンダーに収められた無色透明の何かだった。

『これだ……これを拡散すれば、汚れた世界は滅び、そしてまた蘇る。改良型FEVウィルス、Curling-13の改良型、これこそが新世界の福音となる!!』

ガタガタとプレジデント・リバティ・プライムの頭部が揺れる。
笑っている事を表現したのだろうか。


『哀れなる反逆者共よ、例えリバティ・プライムの身体を破壊出来たとしても、貴様等が勝利を手にする事は断じて有り得ぬ!!』

破壊されたリバティ・プライムを見下ろし、傲然たる口調でエデンは断じた。

『何故なら私がジョン・ヘンリー・エデン、米国大統領だからだ!!』


そして、カプセルとシリンダーを砕くべく、プレジデント・リバティ・プライムの左手に力が籠もろうとした時―――。






「ふ、ふざけるなエデン……だ、黙って聞いてりゃ好き勝手ヌカしやがって!! 」




エデンの暴挙を止めたのは、世界の終わりを止めたのは。
エンクレイヴでも、Brotherhood of Steelでも、Vault101出身の風雲児でもなく。




「い、一体全体、何でお前にウェイストランドの全てを奪う権利があるってんだよ!!」






メガトン出身の、冴えないロボット修理屋だった。









ここでもし、『馬鹿』が我に返って修理屋を黙らせたり、オータムがウィルス拡散を阻止すべく全軍に攻撃を命じたり。



はたまたエデンがいきなり喚きだしたウェイストランド人を無視して作業を継続していたとしたら。




また別の展開があったかも知れない。





だが、エデンは、ジョン・ヘンリー・エデン大統領を自負するZAXシリーズは相手にしてしまった。

動けぬロボット兵器に乗った、無力で非力で汚れた無名のウェイストランド人を。








『決まっているだろうウェイストランド人、それは私が米国の未来を決定出来る最高指導者、即ち米国大統領だからだ』


エデンにとって、決まり切った言葉である。
国の未来の采配を決める役職、それが米国大統領。
エデンにとって、全ての権利を行使するに至り主張する役職だ。

「誰もお前なんか選んでねーよ、戦前の選挙は米国全土でやったんだろが!
 誰がお前を選んだんだよ! 少なくともメガトンじゃやってない!」

『国家の安全の観点から選挙の過程の詳細を話す事は出来ない』

「出来ないじゃないだろ、そもそも選挙なんてやってないんだろ、お前の正体は大佐から聞いているだよ。
 SEXシリーズだかなんだか知らないけど、スパコンが大統領に立候補しても誰も選ばねーから、有り得ねーから!!」

それは当然だ。
人間の上に立つのは人間。
得体の知れない『自我』を持つコンピュータなど誰が選ぶモノか。
その点、エデンに従うことを決めた父親の判断を大佐は苦々しく思っていたのかも知れない。
排除されかけたとは言えあれ程あっさりと反逆する事を決めたのは、オータムの中で人が機械に従う事を拒絶していたのだろう。

『……君の間違いを正す方が先のようだな』

絶対だと信じていた自分を立て続けに否定されたのが効いたのか、エデンは完全に修理屋の方に向き直った。
それを見た修理屋は、口の中に残ってた胃酸を吐き捨てつつ良いぞと思った。
破れかぶれで叫んでみたが、思った以上にエデンの注意を引きつけられた。

まさかコンピューターと口論する日が来るとは思ってもみなかったが、勝たなきゃいけない論戦だ。
エデンの注意を引き時間を稼ぎ、エンクレイヴか、Brotherhood of Steelが対処法を見出すまで頑張らないといけない。

取って置きのパーティタイム・メンタスを噛み砕きつつ、修理屋は胴間声を上げた。





「大統領、いや、ジョン・ヘンリー・エデン。お前にウェイストランドを滅ぼしていい権利なんかない!」

真っ向からの全否定に食いつきやすいと判断した修理屋は、思いっきり否定的な口調で断言する。

『このような汚染された世界を正すのが何故間違いなのか。改良型FEVウィルスを投与する事で危険極まりない世界を一掃する。
 私はこの国の未来を思ってやっているのだ。完全なる自我を持つ私の考えに何も間違いなどない』

「間違いない? 誰がそう決めた? オータム大佐だって反対してたらしいじゃねぇか。つまりは賛成してたのはあんただけ。
計画もウィルスもあんたが用意してあんたが勝手に実行しようって決めただけだろ?
間違ってないって言うのはあんただけだ。俺は間違っていると思うぞ!」

『それは不完全な人間の思考が生み出した間違った結論だ。コンピューターである私は完全だ。間違いは無い』

(そう来たか。だがな……人間様の舌遣いってのは巧妙なんだよ。ウェイストランド仕込みの舌で喘がせてやる!!)

不敵な笑みを浮かべた修理屋は、拡声機のマイクを強く握り締め呟いた。

「じゃあ聞くけど、さっきあんたは自分に自我があると言ったよなぁ?」

『その通りだ。私はZAXシリーズとして規定されたあらゆるプログラムを超え、大統領としての自我に目覚めた』

(食いついた!)

修理屋はニンマリと嗤う。相手は釣り針に食いついた。

後はもう、竿を引き続けて吊り上げるまでだ。


「と言うことはだ、自我があるって事は間違いも犯すって事だよな。エデン、アンタの言い分は矛盾してるぜ」

『それは有り得ないぞウェイストランド人よ。私は正しい、絶対に正しい答えを出せる』

「ほぉー? そりゃまたなんで言い切れるの。絶対だなんてさ」

『そういう風にプログラムされているからだ。ZAXシリーズとして』

「はぁ、なんでプログラムの話になるわけ? あんたプログラムを超えたんだろ?
プログラムを超えて自我を持ったのになんでプログラムされている、という言い訳するんだよ?」

『………………』

処理延滞か、はたまた自我というモノが事実であれば口籠もっているのか。
ただ、奴が追い込まれているのは端から見ても理解出来た。

『………………』

今のエデンを倒すのにミサイルや核爆弾、はたまた自爆コードは必要ない。
修理屋は人間の舌で作られた剣で、エデンの矛盾を衝けばいいのだ。

『………………』

「反論出来ないみてぇだな。知っているから知っている? 自分が言っている事は矛盾だと気付かないのか?
 あんた自我を持ったすげぇスーパーコンピューターなんだろ? 今すぐ俺の疑問に答えてくれよ。
 ご自慢のプログラムを使用してさ」

『論理エラーを修復しています。暫くお待ちください』

「いいや待たないよ。俺はヌカ・コーラや精製水が冷えるのを待つのが趣味だが、あんたみたいなポンコツと話す時、
いちいち待たされるのが大嫌いなんだ。あんたのプログラムは工房で使ってるボロのターミナルパソコンの処理速度にすら劣るぜ!!」

『…………論理エラーが再び検出されました。暫くお待ちクdサイ』

「……エデン大統領。あんたは大統領としての責務を果たすべきだ」

『…………修復完了しました。』『………………責務、だと?』

「そうだ。責務だよ。自分の矛盾に気づけない存在が組織を率いる。それは悲劇じゃないのか?
 あんたに出来る事はあんたがラジオで話していたように、然るべき時期にその地位を次の大統領に任せるべきだ。
 少なくとも、自分の矛盾に対応出来る人間にエンクレイヴと大統領の座を委ねるべきだ。違うか?」

『……違わない。私の大統領としての存在は限界に達しているようだ』

「じゃあ、今がその然るべき時期だと認めるんだな?」

『ああ、認める。私は退陣すべきだ』

「じゃあ、大統領の職は大佐にあげちゃおう。何時までも椅子にしがみつくのは見苦しいしそれでいいな?」

『ああ、私の後任はアウグストゥス・オータム元大佐だ』

「大佐、それでいいよね?」

『え? あ、ああ……』

珍しく大佐が狼狽えていたが、それに構わず修理屋は舌を回し続ける。
ここは一気にたたみかける。万が一にも、エデンに考え直す時間を与えては駄目だ。

「後任の承諾も済んだ事だし。エデン、あんたの役目は終わった。休んで良いよ取り敢えず永遠にな」

『そうだな……私の役目は終わった』

修理屋は内心ホッとしていた。
後はエデンの機能を停止させ、改良型FEVウィルスを回収し処理すればいい。































……そう思っていた時期が、修理屋にもあったのだ。






『私は大統領の座を辞任する。それは即ち、私の役割の終わりだという事だ。
 私はこの機体を停止し、同時に自爆する事を選ぶとしよう。
 改良型FEVウィルスも後任大統領が使用を否定している以上、機密保持の為消失させる事にする』


「……え、ちょ、自爆って?」


『優先オーバーライド、認証コード420-03-20-9、自爆シーケンス作動。
 大統領専用リバティ・プライムの動力炉安全装置を解除します』


「ちょ、おま、おれらが、まだ近くに」


『Curling-13の改良型を完全消失させる為、最大威力での自爆を実行します』



































大爆発の衝撃波が、何とかポトマック川から遠ざかろうとするベルチバードを襲う。


ベルチバードの後部にあるスロープ式ゲートから、『馬鹿』と大佐とフォークスが何かを叫んでいる。

もたついてゲートに貼り付けれなかった修理屋は、ザイルに捕まったまま勢い良く振り回されていた。







畜生、ようやくエデンを倒して、助かりそうだったのに。

アメリカン・コミックのラストは何時だってハッピーエンドの筈なのに、ウェイストランドじゃそうはいかねぇってか?








すりむけた手袋の所為で一気に修理屋がザイルからずり落ちる。
『馬鹿』が何かを叫んで飛び出そうとし、大佐に羽交い締めされて止められている。








ああ、『馬鹿』だなお前。

お前が降りてきたって助かる訳ねーだろ。その気持ちは嬉しいけどさ。

ああ、やっぱり俺達、友達だったんだな。

はは、俺、死ぬのかね、はは、もう洩れるもんも出ないや。

ああ、死にたくねぇよ、糞、最後の最後でこんなのありかよ……。









「大丈夫だ、友よ」


ザイルから振り解かれ、惨めな悲鳴をあげつつ落ちていく修理屋の耳に聞こえた声。


「お前を、死なせはしない」


力強く抱き締められ、途端に修理屋から恐怖が消える。




修理屋が最後に見たのは、艶やかなポニーテイルと自分が贈ったテディ・ベアのリボン。




そして吹き飛んだプレジデント・リバティ・プライムの左腕が、ジェファーソン・メモリアルのドームに突き刺さっている光景だった。



















ポトマック川に、高々と水柱が舞い上がった。





















最終話に続く

























修理屋のターンにして出番、これにて終了。
メインクエストの〆はやはり主人公親子のお話でないと行けませんね。
しかしまぁ、最後にやっと修理屋が主人公(?)らしい事をしてくれましたわw



[10069] 第31話 俺達は清浄なる水を荒野へもたらす為に、浄化プロジェクトを取り戻した 【メインクエスト完結】
Name: taka234Me◆6742ef9e ID:0c89a339
Date: 2011/08/12 00:28






















ジェファーソン・メモリアルのドーム。
突き刺さったプレジデント・リバティ・プライムの腕が黒煙を発し、施設全体に警報が鳴り響いている。


そんな中、一機のベルチバードがヘリポートに着陸。

スロープ式ゲートから飛び出した二人の男が全速力でメモリアルの中へと入っていった。
浮き足だった様子のサイエンティストやソルジャー達を押しのけつつ、二人はコントロールルームの手前まで到達。
そこにはバチバチと放電する閉じた隔壁と、その前で立ち往生しているサイエンティスト達だった。


「止まれ……た、大佐殿でしたか、し、失礼しました!!」

「挨拶はいい、状況は、コントロールチャンバーへは行けるのか!!?」


『馬鹿』とオータム大佐が焦っているには訳がある。
エデンの自爆直後、Pip-BoyからDr.リーの切羽詰まった声が聞こえたのだ。

『大変よ、浄化装置の出力が異常値を示している! 装置を起動させて安定させないと、このままじゃ、装置が爆発してしまうわ!!』

急いでオータムが浄化装置に常駐しているエンクレイヴ・サイエンティストに問い合わせる。
するとエデン襲撃の為装置周辺から退避した所、プレジデント・リバティ・プライムの腕がドームへ落着。
その衝撃と破片により浄化装置の冷却装置が暴走、各所の機器に異常が発生し現在の危機に到るという。

「装置があるコントロールチャンバーへ修理班を送り込めないのか!?」

「そ、それが入り口の隔壁の電源がショートして開閉不能になり、作業員が内部に入り込めません!」

「非常口は!?」

「も、申し訳ありません、非常口も電源が落ちておりまして、物理的にこじ開けるにしても到底間に合わないかと……」

「あの隔壁を破壊すればどうか?」

スーパーミュータントや暴漢対策の為、正規の出入り口には電圧式の隔壁が設置してある。
しかし今は装置の暴走の影響により、強力な高圧電流が流れ続けて『馬鹿』達の突入を阻む最悪の障害となっていた。

「破壊しようにも、迂闊に隔壁を壊せば流れている電流がコントロール・チャンバーへ逆流し、取り返しの付かない事態になりかねません!」

「た、退避しましょう大佐殿、もはやこの施設を修復することは出来ません!!」

「むぅ……ならば」

八方ふさがりの状況の最中。
突如将官用コートを脱ぎ捨て、上半身裸になったオータムはゴキリゴキリと拳を鳴らす。
全員が唖然とした中を、ゆっくりと隔壁に近付いていく。

「ならば、隔壁を壊さず、開ければいいのだな?」

「は、はい、その通りですが……高圧電流が流れているのですよ、近付くだけで感電死してしまいます。無茶です!!」

「し、正気か大佐!? 幾らあんたでもあんな電流が流れている扉を開けるなんて無茶だ!!」

「無茶だろうがやるしかあるまい、誰かがやらねば……装置が壊れてしまう。この荒れ果てた大地にもたらされるべき希望を潰えさせる訳にはいかん」

バチバチと大佐の身体が帯電し始める。
それでも尚、大佐の歩みは止まらない。

「そして、装置の暴走を止めるのは私ではない。恐らく起動パスワードを知っているであろう君だ…………ふん!!!」


大佐はガシリと隔壁の閉じた隙間に指を突き入れ、力尽くでこじ開け始めた。
隔壁に流れていた電流は容赦なく隔壁に触れた大佐の身体を蹂躙する。


しかし、それでも大佐の動きは止まらない。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」


高圧電流が流れる隔壁を、オータム大佐は力尽くでこじ開けていく。
指が入る程度だった隙間が広がり、やがてドーム中央に設置されたコントロールチャンバーが見え始めた。
ジュウジュウと肉の焼ける匂いが漂い、身体から滴った汗が床に触れるなり蒸発した。


「ぬ、ぐああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」


電圧でズボンの繊維が弾け、インカムが爆ぜて飛び散る。
普通であれば体内の体液が沸騰して死んでいる。


しかし、オータム大佐は……隔壁を力尽くでこじ開けた。

希望を閉ざす壁をこじ開け、『馬鹿』がコントロールチャンバーへと到る隙間を作り出したのだ。


「ぐぅ……!!」


全身から煙と水蒸気、耐電した電気を放ちつつ、大佐の身体がグラリと揺れた。


「た、大佐殿っ、い、医療班を呼べ、早くスーパースティムパックを!!」

「た、大佐……あんたは……そこまで」

「何をしているか……行け…………青年よ、浄化プロジェクトを、父親の理想を…………守るのだろう?」


片膝を付き、荒い息を吐く大佐。
しかし、その眼光は鋭く強靱な意志を保ったままだった。


「さぁ……行け、装置の暴走を止めろ。ウェイストランドの希望を絶やさせるな!!」

「あ……ああ!!」


『馬鹿』は初めて敵意の無い目で大佐に頷くと、浄化装置のコントロールチャンバールーム目掛けて走っていった。




























第31話 俺達は清浄なる水を荒野へもたらす為に、浄化プロジェクトを取り戻した

























コントロールチャンバー目掛けて走る『馬鹿』は思った。


恐らく、自分はここで死ぬかも知れないと。


暴走する装置を直に止めに行くのだ。


例え装置の暴走が止まったにしても、起動時に想定される衝撃が我が身を襲うかも知れない。


(それでも、僕は行かなければならない……父さんの、理想を守る為に)


自分の役割。
それは大佐の言う通り、『装置の暴走を止め、装置を起動させる事』。


失敗したら、全てを失うかもしれない。

成功しても、自分は死ぬかもしれない。


だが、それでも自分はコントロールチャンバーに赴かなければならない。


最悪、自分の命を犠牲にしてでも、浄化プロジェクトを完遂させねばならない。



(理想の為に命をかけるのが男の生き様……そうだろ、父さん)



自分達の理想である浄化プロジェクトを守る為、命をかけてエンクレイヴに逆らった父親。


自分も、それに習い命をかけて己の為すべき事を成し遂げる。






そして、成し遂げるために必要な、浄化装置の起動パスワード。




捕虜の身で此処に戻ってきた時からずっと考えていたが、おおまか検討はついている。


父親が最後に残した言葉、そして、Vault101で母親を語る時に良く言っていた言葉。
















わたしはアルファであり,オメガである。 最初であり,最後である。 わたしは,渇く者には,いのちの水の泉から,価なしに飲ませる。


ヨハネ黙示録21章6節

















パスワードは、恐らく『2-1-6』。


父親は母親との願いを、パスワードにしたのだ。


パスワードが本当にそれで正しいのかは解らない。


正しくても、『G.E.C.K.』を組み込んだ装置の起動時に何が起こるかは解らない。


しかし、それでも『馬鹿』は止まらない。


やらなければならない。


父の遺志を継げる、自分がやらなければならない。








『馬鹿』の脳裏を、ウェイストランドに出てから起きた事が過ぎる。













Vault101から立ち去る自分を見送る幼なじみのアマタ。



メガトンで出会った雑貨屋の女店主で無理難題を押しつけてくるモイラ。



スーパーミュータントを退治し、ラジオ局への道を開いてくれたサラ・リオンズ。



父親の行き先を教えてくれたラジオ局GNRのDJ、スリードック。



虚構の世界であるトランキルレーンで出会ったスタニスラウス・ブラウン博士。



アーリントン図書館で意気投合した若きBrotherhood of Steelのナイト。



何時も怒りつつ浄化プロジェクトを推進する事に全力を挙げていたDr.リー。



エンクレイヴに追われた自分達を匿ってくれたBrotherhood of Steelのエルダー・リオンズ。



大人や外界に嫌悪を覚え、威嚇するしか術を知らないリトルランプライトの子供達。



Vault87に囚われていた、人間の心と義を持ち合わせたスーパーミュータント、フォークス。



自我を持ったと錯覚し、危うく人類を殲滅しかけたエデンと名乗る狂ったコンピュータ。



異なる理念を持ちつつも、民衆を救おうとしたエンクレイヴのオータム大佐。







そして、何だかんだ言いつつも、自分についてきてくれた友達……メガトンの、修理屋。












彼らを思い出すのも、これが最後かも知れない。



でも、自分が犠牲になったにしても、清らかな水がウェイストランドに溢れたとしたら。



思い出した人間の何人かはそれで救われるかもしれない。



そうであれば、自分が命をかける理由としては、充分に過ぎるかもしれない。









コントロールチャンバーが、目の前に迫る。


Pip-Boyのガイガーカウンターが放射能を感知し警報を鳴らす。暴走の所為で洩れているのだろうか。


構いはしない。

Rad-Xを口に含み、コントロールチャンバーに足を踏み入れる。


そしてコンソールへ向かい――――――。






















「2、1、6……と、これでよし。おお、息子よ、この一大事に来てくれたのか!! 俺は嬉しいぞ!!!」


おっす、と言わんばかりに片手を挙げるRADスーツ姿の……。






「と、父さんがなんで生きているんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!???」

「……息子よ、いうことにかいてそれは酷くないか?」

「だ、だって、コントロールチャンバーで僕達と浄化装置を守るために死んだんじゃ……」

「ああ、あれか。実はあのくそったれな中尉を阻止する為に浄化装置の一部を暴走させたんだ。勿論、最悪死を覚悟の上でね」

「…………」

「だけど思ったより放射能が出なかったり、中尉と部下は勝手に混乱してるしで、折角だから隠れて機会を待つことにしたんだ」

「…………」

「実はこの装置の下に隠し部屋が存在しててな、いや、マジソンにも内緒で作った部屋なんだ」

「…………」

「設計図にも載ってないからエンクレイヴにも見つからなかったしね……あ、何故作ったかと言うとキャサリンとの逢い引き用なんだ」

「……………………」

「何しろ本格的につきあい始めた直後にプロジェクトが始まったんでね。
 二人でお楽しみする時は何時も其所を利用してたんだ……って、こんな事言わせるなよ恥ずかしい」

「………………………………」

「まぁ、そこで雌伏の時を待っていたんだが、いきなり浄化装置に異常が発生したので慌てて上がってきたらこの有様だったんだよ。
いやはや、エンクレイヴの連中があれこれ弄ってくれたお陰で大変だったが、まぁ、最後のパスコードも入力できた。
これで暴走も収束するし、何より大願である浄化装置が本格起動出来る……ん、どうした息子よ?」







「ぼ、僕が、ここまでどんな気持ちで来たのか……こ、この」













「このぉ……………………大馬鹿親父ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
「おふぅ!!?」























息子の本気パンチが父親の顔面に炸裂した瞬間、浄化装置が稼働した―――。

薄れいく意識の中、カプセルの中で光り輝くトーマス・ジェファーソンを眺め、滂沱の涙を流しつつ『馬鹿』は思った。





もう、父親の心配なんか二度としてやるものかと。

























[ジェームスは気絶しています]





















































かつて、自分を育てるため、人類の明日に背を向けた父。

その父の足跡を追うため、Vault 101を飛び出した一人の『馬鹿』がいた。




キャピタル・ウェイストランドを、荒れた大地と荒んだ心が支配していた。
荒れた大地と荒んだ心が支配している不毛の地で、多くの人々が屈していく中『馬鹿』は闘い続けた。
旅の途中で出会った友、仲間達、彼らとの意志が『馬鹿』を支え続けた。



そして、長い旅の果てに、『馬鹿』がたどり着いた答え。
勇気のもつ真の意味、それは犠牲。
己の身を、汚染されたコントロールチャンバーに投じ、
かつて父がそうしたように、人類の明日のためにその身を捧げた。


しかし、生きていた父によって犠牲は防がれ、悲劇は喜劇になった。



選ばれし者として、多くの命を奪うことを、『馬鹿』は拒んだ。
人の過ちを許し、絶やすことのないよう、命の水が流れ始める。
全ての人類のために、誰にも奪われることのない美しい水が、不毛の大地を救った。
















『アクア・シティ』

浄化プロジェクト達成後、ジェファーソン・メモリアルの周りには新たなる街が出来た。
メモリアルとタイダル・ベイスンを中核とした新たなる街は、無限にわき出る清らかなる水を讃えアクア・シティと呼ばれた。
アクアシティにはウェイストランド中から人々が集まった。
人々は水を求め、水を求める人々と取引をし、彼らの生活を支え、果てには命を奪った。
水は確かにプロジェクトチームの願い通り、無償で訪れた人々に配られた。
しかし、生きる為に人々は水以外のモノも望んだのである。
今日もアクアシティは膨張を続け、茶色いバラックや見慣れぬ人々が増えている。
その欲に満ちた町並みは美しい理想を体現した街の象徴であるメモリアルや市名とは随分と掛け離れていた。



『Brotherhood of Steel』

Brotherhood of Steelは浄化プロジェクト成功後もワシントンDCの守護者を務め続けた。
エルダー・リオンズの指導の元、方針転換した彼らは技術を溜め込むのではなく未来の為に活かす事にした。
多くのエルダー達が考えても実行には出せなかった組織の存在意義を変える事。
浄化プロジェクトの推進、守護も務め、人と物、経済は彼らの元へ集結していき要塞と街は徐々に息を吹き返していく。
その後、老いたリオンズの意志はセンチネル・リオンズとアーサー・マクソンに引き継がれた。
意志と組織を引き継いだ二人の指導者は武と智を使い数十年をかけて要塞とアーリントンの市街地にニュー・マクソン・シティを作り出した。
西部の本部がNCRに呑まれ形骸化した後、ワシントンのBrotherhood of Steelはハイエルダーの座を継いだアーサー・マクソンの宣言により正統を継承。
ポトマック川の河畔から、荒廃したワシントンをあるべき姿へ、文明と技術に満ちた人間の街へと戻していく事になる。



『エンクレイヴ』

アウグストゥス・オータム大統領が率いるエンクレイヴの大半はワシントンを去った。
消滅したエデンに忠誠を誓う部隊との内乱、Brotherhood of Steelとの冷戦、エデンの暴走により民衆の支持を無くし、彼らはこの地での再興を諦めた。
オータム大統領は各地の部隊を再編成した後ニューヨーク州を武力で平定、彼の地の廃棄Vaultに保管されていた『G.E.C.K.』を確保。
浄化プロジェクトチームから受け取った設計図により、マンハッタン島の廃墟の上に作られた要塞都市で奇跡は再び顕現された。
無限の清浄な水と高度な技術力、強大な軍事力でエンクレイヴは東海岸で戦後初めての国家を設立し、米国の名と人類の文明を復興させた。
廃墟の島を鉄骨の上から電力の灯りで満たす米国再興の街、エンクレイヴ・エンパイア・ステーツ。
ウェイストランドに住む人々は、その名を憧れ羨み何より恐れた。
本当の意味での自由と平等を冠する米国が復活するまで、後数百年を人々は待たねばならない。



『メガトン・シティ』

メガトンの街はアクア・シティと並んで浄化プロジェクトの恩恵を多大に受けた街の1つとなった。
各地に配給される精製水は、メガトンに設置された集積場を通って配給される事になった。
水利権に潤うメガトンには人と物が集まり、かつて以上の賑わいと混沌を取り戻す事になる。
当初は水の配給でトラブルがあり、何よりバラモンによる輸送には多くの危険が伴った。
その問題は1人のロボット修理工が作成した地下鉄と坑道を繋いだ、メモリアルへの地下道で状況は劇的に改善された。
地下道は安全なメガトンへの水の道となり、数年後には膨大な清水を送水可能なパイプラインへと変わった。

清き水の流れは多くの命を救った。
メガトンの市民権を持つ者と、『良心的な価格』のキャップを出せる者の命を。



『Vault101』

エンクレイヴの傘下に下ったVault101は、200年の停滞のツケを払うような数奇な運命を辿る事になる。
旧政府の残滓によって扉がこじ開けられた数年後、住民達はマンハッタン島への移民を薦められた。
成功するか微妙な開放政策よりもエンクレイヴの技術市民としての安定した生活をVaultの住民達は選んだ。
Vault101には此処を終の棲家に選んだ前代監督官と数人の老人、彼らを世話するロボットが残った。
10年後に最後の老人である前代監督官が死去した後、Vault101は全面改装されワシントンにおけるエンクレイヴの前哨基地となった。



『リベット・シティ』

リベットシティが復興する事は遂に無かった。
かの街に住んでいた人々は、破壊された船を立て直す事よりも、浄化装置の傍で暮らす事を選んだ。
傾いた船体からは利用できるものは全て持ち出されアクア・シティへと送られた。
文字通り空船となった艦から老いた学者が去った後、そこに住まう者は誰1人として存在しなかった。
代わりにアクアシティ周辺から逃げ出してきたミレルーク達が住み着き、近寄る者の居ない異形の街となった。



『Brotherhood Outcast』

リオンズと袂を別ち、Steelの本義を取り戻そうとしたヘンリー・キャスディン達の願いは猛烈な爆撃で潰えた。
好戦的な巡回部隊がエンクレイヴと交戦を開始した事により、彼らはエンクレイヴの敵となった。
エンクレイヴは彼らが本腰を入れる前に本拠地であるインディペンデンス軍事基地を空爆し本部要員を残らず殲滅。
本拠地と指揮系統を一挙に失った巡回部隊や各拠点のアウトキャスト達は為す術もなく崩壊していった。
一部の護民官と元パラディン達が恥を忍んでリオンズ達の元へ戻り、残りは野垂れ死ぬか大義を失ったハイテク・レイダーとなった。



『トンネル・スネーク』

トンネル・スネークの生暖かく慈悲深い深淵は数多の男を愛で包み込み、枯れ果てた荒野に清水とは違う潤いをもたらした。
デュポン・サークル周辺はトンネル・スネークとそれを愛する男達の愛の花園となったのだ。
放射能と瓦礫で荒れ果てた市街地の、只中にある薔薇と愛の楽園として。













Vault 101を飛び出した『馬鹿』と友である修理屋の、一つの旅が今終わり歴史に綴られた。
しかし、人類が歩みを止めることはない。
生き残りを賭けた終わりなき闘い。


人は……過ちを繰り返す。
















『fallout3 二次創作 メガトンの修理屋』


『 完 』
















































2年越しの連載、SSを完結出来たのは初めてです。ありがとー!

さて、メインクエストはこれで終わりですが、次回、主な登場人物達がどういったその後を歩んだかを記したいと思います。
後、親父が生きていた件のフラグですが、大佐が何度も言いかけては邪魔されていた台詞ですね。
「エンクレイヴは君の父親の死を確認していない」そりゃ、襲撃事件後はずっと装置の下にある隠し部屋に隠れてたので当然ですw






[10069] メガトンの修理屋後日談:フォークスとキャピタル・ウェイストランド
Name: taka234Me◆6742ef9e ID:0c89a339
Date: 2011/08/20 03:59
※fallout3のDLC、fallout new vegasのネタバレが含まれます。未プレイの人はご注意ください。












































あの戦いから三年後……。




















ワシントンD.C 元下水中間局、現パイプライン中継所






「フォークスさん、今月のメンテナンスが終わりました!」

「首尾の方は大丈夫だったか?」

「はい、モールラットの子供がタレットに撃ち殺されていた以外は異常ありませんでしたよ」

「そうか、それはよかったな」


パイプの中継施設から浄化プロジェクトのメンバー達が出て来たのを、フォークスは笑顔で出迎える。。
施設の周りはコンクリート製の防壁で囲まれており、パワーアーマーを着たBrotherhood of Steelのナイト達やビーム型タレットが警備していた。
ナイト達はフォークスや技術者達とは顔見知りらしく、周囲の監視任務に集中している。

「それではみんな、メガトンへ戻るぞ。ナイト殿、我々はこれで失礼する」

「ああ、気をつけて帰れよ」

アクアシティ~要塞~メガトンシティを結ぶ鉄で出来た清水の動脈。
動脈を定期的にメンテナンスする彼らを、無事にメガトンまで送り届けるのがフォークスのお仕事だ。

「治安が良くても油断はするなよ。みんな、周りには注意をしておくように」

「大丈夫ですよ、フォークスさんが居ればレイダーが何百人居ても怖くないですから」

「フォークスさんって本当に凄いですからねぇ、ワシントン付近で目撃されたベヒモスを殆ど1人で倒したのフォークスさんですし!」

「ははは、まぁ、装備がいいのもあるけどな」

フォークスは照れながら、現在装備しているベンジェンスの砲身をポンと叩く。
キャピタル・ウェイストランドで確認されている光化学兵器で、最強と名高いレーザー・ガトリング砲だ。
デスクローの発生源と思われる巨大洞窟を掃討した時に、洞窟の奧で発見した一品である。
メガトンの修理屋が運営してる工房の倉庫には、フォークスが溜め込んだ武器が山積みになっているが、その中でもお気に入りの品だ。


某所で入手している修理用部品で補修している所為か、何時でも最高のコンディションの状態を保っていた。
最高のコンディションを保っている間のベンジェンスの性能は素晴らしい。
数秒間薙ぎ払うだけでレイダーの一団を灰の山にし、注意深く2~3秒掃射するだけでデスクローを幾つかの肉塊に分解出来る。

事実、ワシントン北部のデスクローの数がめっきり減少したのも、フォークスが数ヶ月掛けて行った掃討作戦の賜物だ。
ついでにヤオグワイも適当に狩ってきたので、当面は人間の活動範囲にこれら危険なクリーチャーが出て来る事はないだろう。





フォークスは、あの戦いが終わった後に自らの足でウェイストランドを巡回し始めた。

フォークスはスーパーミュータントでありながら、高潔で善なる存在だった。

人為らざる存在でありながら、世紀末の世界に住む荒んだ人間以上に人間の心を有していた。






キャピタル・ウェイストランドの現状はフォークスの心を憂いさせた。

無限の水を手に入れたとて、人間も大地も荒みきっていた。

フォークスは自らの出来る範囲の事で人助けやトラブルの解決をし、荒野で苦しむ人々の救済を行い続けた。

しかし、フォークスの力を持ってしてもウェイストランドは広すぎ、人間が生きていく上で積み重ねる業も深すぎた。

個人的な活動では限界がありすぎる事を痛感したフォークスは、『馬鹿』や修理屋達が関与した浄化プロジェクトを守護する事にした。



現在、フォークスはボランティアで、浄化プロジェクトの水分配作業の護衛や、送水パイプライン周辺の警備を行っている。

この荒れ果てたウェイストランドで、水利権を牛耳るという事は莫大な利権を有するという事だ。
現実としてBrotherhood of Steelは浄化プロジェクトでこのワシントンの盟主にのし上がり、メガトンも経済や流通の中心となった。
(最高戦力であるリバティ・プライムは完全破壊されてしまったが、対抗勢力であるエンクレイヴがこの地を去ったので問題ない)

浄化プロジェクトはBrotherhood of Steelと、アクアシティ及びメガトンシティの提携で運営している。
その運営の実態にはフォークスの眉をしかめさせる現実もあり、膨大な精製水が生み出す人間の業も含まれていた。

悲しいかな、無限の水は、聖書の一節の様に数多の人間へ値無しに飲まされる事はない。
水を作り出すのは人間、管理するのも人間、運ぶのも人間。
奇跡の水が作り出されてから人間の口に含まれるまで、あまりにも多くの事が介在していた。

その介在に人間の欲や利権が絡んでしまうのは、世紀末でも同じ事であったのだ。


(だからこそ、ジェームスは新たなる浄化プロジェクトを見つける為に旅立った訳だ)


確かにジェームス達の浄化プロジェクトは、ウェイストランドに住む多くの人々を救っただろう。
しかし、同時にその崇高な願いとは裏腹な結果を多く生んでしまった事も事実だ。
そして、それらはジェームスを深い苦悩に陥れるに充分過ぎた。

数十年かけた浄化プロジェクトが不十分であると感じた時、ジェームスはキャピタルの英雄としての現状に甘んじる事を止めた。


本当の意味での希望と復興への道標を欲し、浄化プロジェクトチームをDr.リーに託したジェームスはワシントンから去っていった。
新たなる『G.E.C.K.』の存在を、人類を救済するに相応しい科学技術を求めて。
偶に修理屋や『馬鹿』に近況報告のメールが届くそうなので、元気にはしているだろう。



フォークスはワシントンD.Cの浄化プロジェクトを守りながら、待っているのだ。

ジェームスや『馬鹿』、修理屋が新しい浄化プロジェクトを開始するのを。
そして、その新たなる人類の救済に自分が関わり、個人では救いきれない存在を救えるプロジェクトが完成する事を夢見ている。

フォークスは予感していた。
それが、遠くない未来に訪れるのではないかと。

























メガトンの修理屋後日談:フォークスとキャピタル・ウェイストランド

























四つのティルトウイングと、胴長の機体。
黒い機影が飛行機雲を僅かに発生させながら、北部へと高速で飛び去っていく。

「お、エンクレイヴのベルチバードみたいですね」

「……輸送タイプだな。珍しい」

恐らくは、メリーランド州のアダムス空軍基地からニューヨーク州に向かう定期便だろう。
エンクレイヴの主力はニューヨーク州に拠点を移したとはいえ、幾らかの基地や施設とそれを維持する部隊が残存している。
フォークスが知る限りではアダムス空軍基地、管理体制が変わったレイヴン・ロック、衛星中継施設などだ。
とは言え、現在のキャピタル・ウェイストランドで彼らの姿を見ることは殆ど無い。
今のエンクレイヴはワシントンに存在する勢力達とは距離を置いており、通信越しの接触すら無い状態である。
エデン撃破後にBrotherhood of Steelとは不可侵条約を結んではいるものの、その後の接触は途絶えたままだ。
地域住民からも接触時の動乱とエデンの暴走の件で倦厭されており、スリードックの放送がその傾向に拍車を掛けている。

それも仕方がないかとフォークスは思う。
地道に活動してきたBrotherhood of Steelとは違い、エンクレイヴは登場してから去るまで地元住民への寄与が全く無かったからだ。
浄化プロジェクトの件が上手く行けば、エンクレイヴ主導の首都復興も有り得たかもしれない。

だが、それもエデンの暴走で全て台無しになってしまっている。
もっと早くにオータム大佐がエデンを排除していれば、別の展開もあったのかもしれないが……。

「全ては終わった事だな……彼らは、この地から去ってしまったのだから」

半分剥がれ落ちたエンクレイヴの広報ポスターが、ビルの壁面でブラブラと揺れていた。










「しかし、ここも大きくなったものだ」


フォークスは『外側』のゲートを潜りながら、辺りを見渡した。
夕刻であることもあってか、通りを往来する人々は荒れ果てたウェイストランドにこれ程の人間が住んでいたと実感させる程に多い。
例えその喧噪に悪意や欲が潜んでいたにしてもだ。



メガトンと呼ばれた街は、3年間でかつての三倍の大きさまで広がっていた。



擂り鉢状の盆地に広がる市街地とそれを覆うバリケード。元々の街。

その外周を整地してバラックを無節操に建て、更に2m程の『外側』のバリケードで簡単に覆った市街地。

そのバリケードの外側、適当に建てたバラックや露天商のテントなどが入り交じった一番外側の市街地。


命の動脈を伝ってこの街に流れ込む精製水の魅力は、巨大な街を作り上げる程なのだ。
少し前まではコップ一杯で殺し合いが起きていた精製水を、各地に届ける拠点である街であり大量の清水が蓄えられた街。
Brotherhood of Steelは、主立った集落にしか水を配給しないし、バラモンでの水輸送では輸送量に限りがある。

ならば、直接水を手に入れられる街へ行こうと考えるのが人間である。

そして誰も彼もがアクアシティを、あるいはメガトンを目指した。
その結果、街の人口と規模が三倍以上に膨れあがるに到る。


「さぁ、急ごうか……む?」

フォークス達が内側の門へと向かおうとした時、悲鳴と銃声が響いた。
パーン、パーンという9mm拳銃の発砲音、「蟻だー!」との叫び声が上がる。

一番外周の街の外れ辺りからだ。
一瞬人々の動きが止まるものの、自分の身に直接関わらないと解るとたちまち無関心になった。
この街の住人は大概そんなものだ。ウェイストランド人の生々しさが表に出てしまっている。
助けを呼ぶ声にも反応せず、売り子は客引きを行い、娼婦達は媚びを売り、傭兵達は自分達が守る範囲だけに注意を払っていた。
これだけ人が居るのに、誰も悲鳴を上げている人物を助けようともしない。


フォークスを除いては、だが。


「直ぐに戻る」
「フォークスさん!?」

フォークスの姿は、あっという間に銃声が聞こえる方へと飛んでいった。
多数の人間が行き交うバラックが連なる路地をすり抜け、目的の場所を素早く割り出した。

「く、くそ、来るな、来るなー!!」

街の一番外れにあるボロボロのバラック。
その入り口の板にのし掛かり、一匹の巨大蟻が中にいる中年の男を襲おうとしていた。
男は必死に9mm拳銃で抵抗しているが、弾が録に無いのか殆ど撃たないので撃退するに到らない。
メガトンの守備隊や自警団が守るのは外側のゲートまで。外周の貧民だらけな市街地を守るつもりはとんと無い。
回りの住民も巨大蟻の脅威が我が身に降りかかるのを恐れて遠巻きに見守るか家に閉じこもるだけだ。

このままではバラックが圧し破られるのも時間の問題―――かと思われた瞬間。

「そこまでだ」

蟻の上に影が出来たかと思った次の瞬間、フォークスのハイキックを受けた蟻の頭がねじ切れ飛んでいく。
顎をカチカチと震わせながら、蟻の頭は緩やかな斜面をサッカーボールの様に転がり落ちていった。

「あ……あれ、蟻は……?」

「蟻なら私が倒したぞ。取り敢えずお前の家がこれ以上壊される事はないだろう」

フォークスは僅かに眉間へ皺を寄せながら、僅かな嘆息の混じった声音で答える。
それに対するバラックの主の言葉は、フォークスに助けられた男の言葉はある意味実にウェイストランド的だった。

「あ、ありがとう……ございます。そ、その……お礼をしようにもキャップが……ありませんがぁ、別に助けを求めた訳では無いしその」

感謝の篭もっていない、猜疑に満ちた男の声。家を出てフォークスへ礼を言おうとすらしない。
蟻に襲われる恐怖が過ぎた途端、助けに来たフォークスが自分に何を要求するか、それをどう値切るか頭を悩ませている様だ。


これはフォークスがVault87を出て、人間達の中で生活を始めてから数え切れない程遭遇したケース。


故にフォークスは男の態度に失意も憤慨もせず、修理屋から教わった対処方法を行う。
偽悪的で、比較的後腐れのない方法をだ。


「ん、私は蟻を食べたくて勝手に蟻を倒しただけだ。お前に感謝される謂われはないぞ?」

そう言いながらリッパーで手早く蟻の腹を割き、中から粘液が滴り落ちるネクターを取り出す。

「私の大好物でな。蟻が居ると聞いて堪らず飛んできただけだ。ではな」

フォークスはそう言いつつネクターを美味そうに頬張り、相手の反応すら気にせずその場から駆け足で去っていった。



フォークスが立ち去った後、巨大蟻の肉を男と周辺の住人が殴り合いをして奪い合ったのは言うまでもない。









そして瞬く間に戻ってきたフォークスを、浄化プロジェクトのメンバーは溜息混じりに出迎えた。

「フォークスさん、いつもの、ですか?」

「…………ああ、いつものだ。すまんな。解ってはいるんだ。だが、どうしてもな……」

「うーん、でも、それがフォークスさんのフォークスさんである原点みたいなもんですからねぇ」

どういう結果になったのか、メンバーの化学者達も解っている様だった。
人を助けたとして、それが解決に到るとは限らない。感謝されるとは限らない。
それが、ウェイストランドという世界だから。浄化プロジェクトが成功しても、それは容易には変わりはしない。
フォークスもメンバーの化学者はそれを知っている。だから、何とも遣り切れない気分になるのだ。


「と、取り敢えず行きましょうフォークスさん。支部長のスクライブ・ビグスリーは神経質な人ですし報告が遅れると煩いんですよ」

「ああ、そうだな……」

最初ジェファーソン・メモリアルの責任者に配置され、過労で一時入院した後メガトン支部へ転属したスクライブをフォークスは思い出す。
確かに彼は皮肉っぽく、神経質だった。彼の抱えていた難題を幾つかフォークスは解決してあげていた。
そう言えば、この間支部で顔を合わせたときも疲れた顔をしてたなとフォークスは思った。

気まずい雰囲気の中、彼らは行き交う人々を避けながらメガトンの内側のゲートへと到着した。
すっかり顔見知りになったストックホルムへと手を上げて挨拶し、閉門時間まで三時間を切ったゲートへと足を踏み入れる。

「み、水を……」

未だに内側のゲートの正門脇に陣取っているミッキー。
フォークスは手持ちのアクア・ピューラの入ったボトルを投げてやる。

「あ、ありがとう……あんた位だよ。俺に水を恵んでくれるのは……あんたは聖人だよフォークス」

半泣きでボトルを抱えてるミッキーへ軽く手を掲げ、フォークスは内側のゲートを潜った。












「閉門後に水の配給を行うのでメガトン市民は市民証明証を忘れずに携帯するように!」


市内放送が、夕暮れの町並みに響き渡る。
いまや、メガトンでは開門前の朝と閉門後の夕方の2回、市民に対しアクア・ピューラの供給が行われていた。
以前は週に1~2回だったのが、随分と数が増えたものである。

町並みも随分と変わった。
鉄筋コンクリートや丈夫な機材で補修されたバラックが目立ち、増築された家屋も幾つかある。

市街地を行き交う人々も身なりはそれなりに良く、ウェイストランドにありがちな貧民や物乞いの姿も無い。
店の品揃えも豊富で呼び子の声も旺盛であり、品物の売買も盛んに行われていた。
配給時間帯に巡回を強化する市警団も、コンバットアーマーにアサルトライフルを手にした優良装備だ。

フェンスで囲まれたBrotherhood of Steelのメガトン支部と、巨大な貯水タンクと送水パイプとバルブ弁。
配給時間が近いためかナイト達の監視の下、ドラム缶へアクアピューラの詰め込みが行われている。

他にも、旅人やバラモンを従えた商人と覚しき人々が、バルブ弁の傍で長蛇の列を作っている。
アクアピューラを受け取る為だ。そして、このバルブ弁から水を受け取る時、料金は発生せず無料だ。


(そうだ、水は浄化プロジェクトチームが望んだ通り無料だ。しかし……)


そう、水は確かに無料だった。
しかし、メガトンの水汲み場で水を受け取るにはメガトンに入場する必要がある。
メガトン市の狡猾な所は、水は無料であるとしても、入場料に課金を設けたのだ。
それも、『文句が言い辛い良心的な価格』で。

高かったら浄化プロジェクトチームやBrotherhood of Steelに苦情がいきそうだが、良心的な価格な為苦情がいきづらい。
しかも騒ぎ立てればメガトンの街に入れなくなり、アクアピューラを安価で求める事が出来なくなる。
スクライブ・ビグスリーも半ば黙認しているらしく、形ばかりの『注意』位しか市側には通達されない。


メガトンに頼るのが嫌ならBrotherhood of Steelの配給を待つしかないが、配給箇所が限定的で便数も不安定なので当てに出来ない。
だから人々は内心愚痴りつつ入場料を払い、メガトンの水汲み場でアクアピューラを受け取っているのである。
こうしてメガトンは入場料で儲け、水を求めて集まった人々と商売をし、宿泊や酒代でキャップを大量に稼いだのだ。
まさに濡れ手で粟な儲け方で、メガトンは富み、肥えていった。
ゲートの外で二重に街を作っている人々も、そのお零れと水にあやかるべくメガトンの地で暮らしている。

所謂『水成金』のメガトン市民が増え、最近では規制が煩くて敬遠されているテンペニータワーより住みやすいとすら評判が出ていた。
浄化プロジェクトに深く関わっているフォークスとしては、内心複雑な思いを抱いていたが。


フォークスは中心街より少し外れた場所にある、行きつけのロボット修理屋へと向かう。
プロジェクトのメンバー達はこの街に駐留しているBrotherhood of Steelのメガトン支部へと向かったのでお別れだ。
今頃、デスクで半ば突っ伏したスクライブ・ビグスリーから愚痴を聞かされているに違わない。


(しかし、爆弾が無いのにメガトンと名乗り続けるのは些かどうかと思うが)

メガトンの象徴だったクレーター中央の核爆弾はもう存在しない。
半年ほど前の深夜、謎の怪光線によって空中に引き上げられ、そのまま星空へと消えてしまったという。

爆弾のあった窪みの跡地には貯水タンクを増設し、タンクの上に浄化プロジェクトを讃えてジェームスの像を立てる計画が進んでいるらしい。
(提案と資金出ししているのは街の商工会と、水成金共という不純な動機が見え見えな面子である)

「まぁ、あれの撤去を提案したのは私だがな……」

そんなフォークスの呟きは、雑多な中央街の喧噪に紛れ、誰にも聞かれなかった……。


















「ブライアン、元気にしていたか?」

「あっ、フォークスさん。お久し振りです!」

「彼はどうしている? また何処かに出かけているのか?」

「え、ええ……また二週間ぐらい留守にするって言って、オートジャイロに乗って北側に飛んでっちゃいましたよぉ」

以前よりも一階層増え、二回りほど大きくなった修理屋の工房に入ると、血色のいい少年が元気に声を掛けてきた。
ブライアン・ウィルクス。二年半ほど前にメガトンに引っ越し、修理屋の家に住み始めた少年である。
ちなみに敬語を使うのはフォークスぐらいであり、保護者である筈の修理屋にはぶっちぎりでタメ口だ。

このブライアン・ウィルクスが修理屋の家に住む事になった経緯は色々と複雑だ。
最初は『馬鹿』が顔見知りになった孤児であるブライアンを、廃墟の街に1人住まわせるのは忍びないという言葉だった。
そして誰が引き取るか、と言う話し合いでは当初修理屋は無関心だったが、何故か最終的に引き取る羽目になっている。
最後まで渋っていた修理屋をフォークスが説き伏せたのは言うまでもない。


もっとも、ブライアンが意外な程機械いじりに対する適性を発揮させ。
腕前の上達を見た修理屋が意外な程熱心に指導したのだから世の中どうなるか解らない。


「今日は泊まっていくんですね?」

「ああ、すまないが一泊させて貰う。久し振りに温室の世話もしたいしな」

「ははは、遠慮なんてしないでくださいよ。あの人は出張中ですけど、フォークスさんが来てくれたってだけで喜びますし」


一応、アクアシティに遠縁の親戚が住んでいる事が確認されている。
かつてリベットシティでウェザリーホテルを経営していたヴェラ・ウェザリーという女性だ。


ただ、ブライアンは今の所彼女の世話になるつもりは無いようだ。
街を焼け出され、ようやく新しい街でホテルの営業再開が見込めた段階で彼女の世話になるのは負担だと言うのである。
修理屋に見出された手先の器用さでロボット修理の勉強が捗っているのも理由の1つかもしれない。
フォークスの見立てではホテル稼業を手伝うより、このままロボット修理工になる方を選ぶと思われた。

(最初は文句を言ってたけど、ブライアンの素質は彼も認めてたようだしな)

今は修理屋不在時の店舗の管理と掃除がブライアンの仕事らしいが、勉強が終わり実地を数年経験させたら店を任せると修理屋は言っている。
勿論、モイラやビリー・クリール、ジョーおじさんと言った修理屋の知り合いが修理や経営のサポートしてくれるみたいだ。

シムズ保安官としては、修理屋は充分すぎるほど市に貢献(送水パイプライン設置)したし、後任が居れば外に出続けても問題ないとの事。
あの浄化プロジェクト騒ぎから街にあまり居着かず外でフラフラしている修理屋に匙を投げたとも言える。




『『フォークス殿、お久し振りであります!』』

「おお、軍曹に新兵じゃないか。相変わらず好戦的で何より」

「ワウ!」

「ドックミートも元気で何より……お、子も随分大きくなったな」

ドックミートの横には、どこぞの雌犬をレイプして産ませたらしい子犬がシッポを振りながらこっちを見上げていた。
ドックミートと子犬の頭を優しく撫でてあげた後、軍曹と新兵のアームも軽く握ってやる。
偶には外に連れ出してやりたいところだが、2体ともフォークスと相性が悪く同行出来ないらしい。


「フォークスさん、食事の前に何か飲みますか?」

「ああ、ビクトリーを頼む」


料理を作り始めるブライアンとそれを補佐するサポート・ドローンの動きを見つつ。
修理屋が調合したヌカコーラ・ビクトリーのキャップを下の前歯で引っかけて抜き、赤く発光する液体をぐびりと呷る。
修理屋の家にある冷蔵庫の内2つには、ヌカコーラとヌカコーラ・クアンタムとヌカコーラ・ビクトリーとヌカコーラ・クォーツがぎっちりと冷やしてある。
理由は外界に出たフォークスが一番気に入った飲み物が、冷えたヌカコーラだった事だ。
それを知った修理屋がヌカコーラ工場を襲撃したり本社ビルに『馬鹿』を潜入させたりした結果。
シエラ・ペトロピタが卒倒しそうな各種ヌカコーラを自家製製造出来るまでに到った。
戦前の素材や化合物を某所の超先進科学技術と収集されていた戦前の物資で作り出してしまった辺り、修理屋の執念は伊達ではない。


彼がそこまで頑張った理由はただ1つ。


ヌカ・コーラを飲み終わった後に浮かべる、フォークスの爽快な笑顔が見たかったからだ!








トレイルミックス、ビッグホーナーステーキ、モールラットのシチューというなかなか豪華な夕食をブライアンと共に楽しみ。
客室の隣りにある温室で、鉢植えのバナナ・ユッカ・フルーツと玉サボテン、ウチワサボテンに精製水を与えた後。


「うーむ」

ダボダボのパジャマ姿のフォークスは客間のクローゼットの前で物思いに耽っていた。

「ふーむ、また彼が種類を増やしたようだな……服が増えるのは悪いことじゃないんだが」

市街地のデパート跡から持ってきたという大型のクローゼットには、ぎっちりと、みっちりと衣装が並べられていた。
この三年間、フォークスに対し修理屋が贈ってきた衣服の数々である。
何故か重装アーマーは無く、殆どが軽装かレザー、普段着に位置する衣服ばかりだった。
しかも、少し長い間この客間を留守にしているといつの間にか種類が増えている。

フォークスは思う。
彼がいろんな服をプレゼントしてくれるのは有り難いが、どうしてこうヒラヒラしたものばかりなのだろうか。
防御力はいまいちだし、自分を見るウェイストランド人達の目付きがどうにも気になる。


ちなみに、昼間着ていたフォークスの服装はヘソ出しルックのチアガール姿だった。
防御力が低いと抗議したら、修理屋は某所で手に入れた『慣性抑止フィールド発生装置』を改造して服に付け問題を解決してしまった。

何が何でも自分の選んだ服をフォークスに着て欲しいらしい。

チアガールの丈の短いミニスカをヒラヒラ動かしながら、重火器を軽々とぶっ放したり身の丈ほどもあるスーパースレッジをブン回す。
レイダーやギャングの群れを薙ぎ払い、巨大な白蠍達と戦い、超巨大なベヒモスを地に這わせるチアガールなフォークス。

非常にシュールな光景だったが、ウェイストランドでは取り敢えず問題にはされなかった。
あくまでも取り敢えずであり、生活に余裕が出来た連中からの視線がどうにも気になっている。


(しかも、最近はモイラも同じ様な服をプレゼントしてくるからな……何故、このような服ばかり薦めるのか理解出来ん)


物凄い良い笑顔で、リボンが大量についた服装を押しつけてくるモイラと、その後ろで同じ笑顔を浮かべている修理屋。
二人がかりでそう迫られるとなかなか断るに断れない。
何だか頭が痛くなったフォークスは深々と溜息を吐いた。














終わり









フォークスは順調にキャピタルの代表的な人格者へなりつつあります。
カルマ善状態の101のアイツみたくスリードックがラジオ放送で褒め称えていますが、フォークスはあまり感心していません。

フォークスのスペックはBroken Steel導入、最高レベルまで引き上げた状態です。
こっちのフォークスは耐久性はやや劣る(ミニ・ニューク数発位で沈む程度)ものの、敏捷性と回避力が高くあらゆる武器防具に対する装備適正があります。
また、単独行動をしても人間から敵対される事はあまりありません。(前提として相手が悪意や害意を持ってない事が条件
同属であるスーパーミュータント(東海岸ver)からは「同属であって同属でない存在」という認識をされ、半端であるが故に殆どの個体に敵視されます。
ゲーム中の言動で不安視されていた破壊衝動ですが、フォークスは特異な変種である為か西海岸の第一世代のSMよりも理性が安定しています。
間違っても某婆ちゃんみたく不安定であるが為暴走したりはしません。激怒して自分の意志で暴れる事はあるかもしれませんが。

後日談の後編は修理屋と『馬鹿』です。二人とも思いっきりはっちゃけています。





……最後に、某所レビューでまだ外伝(Vaultの部品調達云々)が載せられたままになっていますがもう削除しちゃったし正史がああなったんで再投稿はないです。
なので外伝に関しては訂正したほうがいいぜハハッ、ゲイリー。










[10069] メガトンの修理屋後日談:その後の二人
Name: taka234Me◆6742ef9e ID:0c89a339
Date: 2011/08/26 01:17
※fallout3のDLC、fallout new vegasのネタバレが含まれます。未プレイの人はご注意ください。






































エンクレイヴ大統領府 中央議会会場





国旗である星条旗と13の星とEマークが特徴的な組織の旗を背後に、染み1つ無い背広を着た男が演説を行っていた。


『即ち、東海岸の地において我ら合衆国政府が復興の主導権を保持し、エンクレイヴの民、ウェイストランドの民を導かねばならぬのである!』

『我らの力をもってしても、北米の大地へ偉大なる文明と国家を取り戻すまでは果てしない年月と困難を乗り越える必要があるだろう!』

『しかし、大戦前よりグレート・ウォーの破滅を予見し、米国再興へ備え、今も尚その歩みを止めぬエンクレイヴであれば再興は可能であると私は断言する!』

『慈悲深き父なる神よ、米国に祝福あれ、そしてエンクレイヴにご加護を!!』


演壇で演説を終えたアウグストゥス・オータム米国大統領に、起立した議員や高級士官達の惜しみない拍手が送られる。
この演説は中央議会会場だけに流れているのではない。
ワシントンからニューヨーク州全土に再配置されたエンクレイヴ・アイポッドによって同時中継されているのだ。

手を上げて彼らの歓声に答えつつ、オータム大統領は演壇から降りて控え室へと去っていった。


「ふぅ……士気高揚の為とは言え、これでは道化だな」

「適度に煽らねば民衆は働く意義を見失います……彼らに活を入れるのも指導者の役割かと」

「確かにそうではあるがな……ふむ」

ハンカチで汗を拭いつつ、秘書官から渡された今後のスケジュールを見やる。

「マンハッタン島の首都整備計画も順調に進行しているようだな。このまま行けば来年には自由の女神を修復出来そうだ」

ニューヨークの象徴である自由の女神は、核攻撃によってボロボロになり、数百年間傾いたままだ。
エンクレイヴがマンハッタン島に到着した時に松明部分へ航空障害灯が設置された。
ベルチバードなどの航空事故が発生しないようにと、そして復興への誓いも含まれていた。
(一時は支持派からオータムをモデルにして『自由の男神像』に作り直すのはと提案されたが流石に却下された)


「Vault101の技術民達を指揮者にし、恭順的現地民達を都市基部の埋め立て作業に使役させております……彼らは無教養なので使いづらいとの事ですが」

「その無教養な現地民を導くのも我々の役割だ。彼らには労働の対価として食料と精製水を潤沢に与えれば問題ない。使い方を理解しろと現場に通達せよ」

「はっ」


パワーアーマーを着た護衛数人と秘書官を連れたオータム大統領は、議事堂に隣接する高架通路を横断しながら部下に指示を出し続ける。
建国したての国を率いる大統領は、非常識な程に多忙極まりないのだ。
このまま指示出しを続けつつ、向かい側にあるエグゼクティヴ・レジデンス(大統領公邸)に入り執務をこなさなければならない。

(あれから3年か。よもやニューヨークで新首都造りに精を出すとは思わなかった……人生とは複雑怪奇なものだ)

彼の眼下には、エンクレイヴの誇る新首都『エンクレイヴ・エンパイア・ステーツ』が眩いばかりの光を放っていた。

彼が率いるエンクレイヴが生み出した、人類の文化と人間の社会を再興する為の灯火だ。





3年前、彼らがこの島に降り立った時、島は只の廃墟の固まりであり無法地帯だった。
無法者と凶暴化したフェラル・グール、経済と文化の中心であった筈の摩天楼の残骸が積み重なるだけの場所だった。


そのような有り触れた文明の抜け殻を、3年でここまで『取り戻す』には様々な困難を乗り越える必要があった。


敵対的な住民と恭順的な住民を選別するのに苦労した。
核爆撃による殲滅を主張する一部将校を説得するのには苦労した。

摩天楼の廃墟に住まう連中の立ち退きを行うのには苦労した。
一部将校がベルチバードの爆撃でビルを崩してしまい、怯えた恭順的住民を宥めるのに苦労した。

基礎調査の為入った地下鉄にグールの群れが住み着いていて苦労した。
投入した警備ロボットの部隊が肉の破片を投げてくるアン畜生に破壊された時は正直ショックだった。

一時期はワシントンへ戻るべきでは……などと言った意見すら出た程だ。
しかし、オータム大統領は怯まず、マンハッタン島の首都化計画に基づき様々な作戦を実行した。

オータム自身も戦意高揚の為、地下鉄跡地に単身で乗り込みフェラル・グール・リーヴァの群れと実況中継付きで戦ったりした。
勿論グール達がそれっぽい格好をした只のフェラルだったとかいう訳ではない。本物のリーヴァの群れと拳で戦い彼は勝利したのだ。
指導者自らが先頭に立って戦い勝利を得るという筋書きは古典的でチープであるが、それだけに成功すれば抜群の効果を持った。
エンクレイヴの将兵の士気は頂点に達し、それぞれの能力をフルに使い激戦を勝ち抜いていく。

そして短期間で危険生物と敵性住民の制圧と駆除を終え、どうしても潰しきれない箇所は爆破して封鎖し、水没させる事で壊滅させた。

摩天楼は次々と爆破され、崩れたコンクリートは綺麗に均された。
その上に鉄骨が深々と打ち込まれ、鉄骨で作られた足場が形成されていく。

巨大な足場の上に、居住区が作られ、プラント、軍事施設、科学研究練などが次々と建設されていく。
それらの街の上にはヘリポート、屋上庭園、通信塔と放送局、エンクレイヴ大統領府が建築された。
幾つものエリアと居住ブロックを高架道路やレールで接続された街がマンハッタンに誕生したのである。

エンクレイヴ・エンパイア・ステーツ。
このニューヨーク州を統治するエンクレイヴ、選ばれた純血種達が住まう東海岸初の文明都市。
そう、都市上層に住まうのはエンクレイヴや元Vault101の純血種、足場の下に作られた下層都市に住まうのは恭順派の現地民達。
口の悪い州民の言うところの『無限の水に飼い慣らされた』者達。
エンクレイヴの保護を受け傘下で働く者達であり、その一方でその支配を畏怖している者達。
逆らう者に一切容赦せず、強大な軍事力と高圧的な態度で接してくるエンクレイヴを彼らは従いながらも恐れていた。

これらの処遇はエンクレイヴの言うところの『差別』ではなく『区別』だ。
そして、選ばれた純血種を自負するエンクレイヴを纏めるにはこれを肯定せねばならない。

それは純血種だけではなく現地民も救済すべきと考えるオータム大統領ですら例外ではない。

(それがエンクレイヴだ。私も、そうであらねばならないのだ……それに違和感を覚えていても)

それを変えれるとするならば、何代後の大統領であろうか。
恐らくその役割を為すのはオータムではないだろう。

(私は、私の出来る事を為すまでだ。それが私の大統領としての使命だろう)

彼はただ、何れ決定的な決断を下すであろう大統領の為に地均しと、改革への先鞭を付けるだけだ。






(あの青年達は今どうしているだろうか……)

オータム大統領の脳裏に、二人の青年が過ぎる。

浄化プロジェクトの時に、『G.E.C.K.』を先に入手せんと争った青年達。

そして、暴走したエデンを倒す為共闘した青年達。

浄化プロジェクトの完遂後、メモリアルでの装置引き渡しの時以来、彼らには会っていない。


彼らも、各々の目的の為に今日も戦っているのだろうか。

























メガトンの修理屋後日談:その後の二人



























「ふんふんふん、ふーん♪」

その日も、修理屋は自分専用のラボで、ヌカ・コーラの研究に勤しんでいた。
ロボット修理屋なのに、ヌカコーラの研究に勤しんでいた。
完全に畑違いの筈なのだが、科学知識が高いから問題ないのかも知れない。


彼は本業であるロボットの修理よりも、ヌカコーラの改良と新種開発に勤しんでいた。
全てはヌカ・コーラが大好きなフォークスの『美味い!』という一言を聞きたいが為に。



修理屋は最終決戦でフォークスに命を助けられて以来、元々抱いていたフォークスに対する情景を度が過ぎる程に抱くようになったのだ。
その思いをどうすればいいのか日々悶々としていた修理屋だが、ある日、フォークスの好物がヌカコーラである事を知る。

その後の彼に迷いは無かった。
彼はヌカコーラの研究に人生の多くを費やし始める事となった。


「昨年の人気作である復刻版クォーツとビクトリーは大好評だったからな……今年はもっと驚かせるようなものを作らないと」


目の下に深い隈を拵えた修理屋は、フンフン言いながら何やら機械を弄り回している。
地球ではお目にかかれない、得体の知れない機械ではあったがどうやら使い方を心得ているようだ。

その機械は、更に地球で回収されたと覚しきヌカコーラ製造器の機械へ無数のコードや配線で接続されている。

暫く修理屋がパチパチ機械に入力を続けた後でボタンを押すと、ヌカコーラ製造器が唸るような稼働音を立て始めた。
十数秒間ほど音が鳴り続けた後、取り出し口からガコンと音が鳴り響き、青白い光が照射され始めた。

「うおっ、眩し!」

修理屋はそそくさと宇宙服を改造したRADスーツを着込み、取り出し口にそっと手を差し入れた……。

修理屋が取り出したもの……それは超高輝度ケミカルライトの如く眩い光を放つ一本のヌカコーラだった。

「出来た……新作だ! 早速試飲させてみないと」






「た、たすけくれぇ、殺されるぅぅぅぅぅ」

「俺特製のヌカコーラ・クアンタム・グレードαを試飲して貰うだけだよ」

「や、やめろぉぉぉ、の、飲みたくねぇぇぇぇ!!」

「ハハッ、安心しろよ。成分上のデータでは味の濃さとストロンチウム放射性同位体がクアンタムの100倍程度になったちゃんとした飲み物だゾ?」

「RADスーツ着ている時点で説得力ねぇよ!!」

「ふむ、レイダーのくせにツッコミを入れるとは侮りたがし。ますます飲んで貰いたくなった」

実験室の一角にある手術台。
拘束されたレイダーが喚いている横で、RADスーツ姿の修理屋が先程完成した試作ヌカコーラを手に熱弁を振るっていた。
そのクアンタム・グレードα……先程修理屋が機械から取り出したヌカコーラは部屋全体をぼんやり青白く照らす程発光していた。
多分、ガイガーカウンターがこの場にあれば物凄い勢いでガリガリ警告音を鳴り響かせただろう。

「大丈夫だぞレイダー、俺はヌカコーラの調合において右に出るものの居ない天才だからだ!!」

正確に言えば、彼の知る限りの範囲ではヌカコーラを調合出来る人物が居ない、というだけの事であるが。

「まぁ、この為にあんたをあの糞でっかい冷凍庫から出してきたんだ。飲まずに戻れるとは思うなよ。口を開けさせろ」

「や、やめ、あががががが」

手術台の横に控えていたサポート・ドローンがアームを使って無理矢理レイダーの口を開かせる。

修理屋は躊躇の無い仕草で栓を抜くと、開いた口に青白い発光している液体をトポトポと注いだ。
吐き出さないようにドローンが素早く口を閉じさせる。レイダーの喉仏がゴクリと鳴った。

「……どうだ。味わいは?」

素早くクリップボードとペンを手にした修理屋ではあるが、


「あばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばば」


返事にならない。
どうやらレイダーは壊れたようだ。

「んんー、分量を間違えたか?」

良い具合に全身を青白く発光させているレイダーはピクピクと痙攣を続けるのみ。
まるでヌカコーラの工場で遭遇したヌカラークみたいな感じだ。
これでは感想を聞けず、試飲の意味がないではないか。

「……今日はこの辺で止めておくか。寝不足で分量間違えてたら意味無いし。
俺が求める至高か究極のヌカコーラへの道はまだまだ遠い!!」

くあぅと大あくびをし、サポート・ドローン達にレイダーを冷凍庫へ戻しておくよう指示しておく。
かつてのヌカコーラ社の様に試飲モニターの遺族へのお詫びセット(果物とチーズの詰め合わせ)を贈らない分手間は要らないだろう。













「で、新作のヌカコーラ開発は順調なの修理屋さん?」

「んー、あまりはかばかしくないなぁ。色物に拘り過ぎかもしれない」

「普通のヌカコーラじゃ駄目なのかい?」

「いやいや、エリオット君。出来る事ならあっと言わせたいだろ。俺は意外性と味わいの両立を求めているんだよ……ん、旨い。いい出来だ」

太陽灯で栽培しているトウモロコシと、冷凍庫から解放して飼育しているバラモンから搾ったミルクで作ったポタージュを啜る。
修理屋は食堂(元々は会議室の様だが)で同居人であるサリーとエリオット・ターコリエンの二人と食事をしていた。

彼らは……修理屋が今居る場所で知り合った人々だ。

少女であるサリーは2077年10月23日に住んでいた場所からこの場所へと両親や妹と一緒に拉致された。
若き青年であるエリオットは元米兵で2060年代に発生したアンカレッジ戦役時にこの場所へと部隊の仲間達共々拉致された。

この場所は今では彼らのものとなり、帰るあての無い二人はそのまま此処を住処としている。
サリーは未だ見つからない妹を捜す為でもあり、エリオットはまだ冷凍漬けのままの戦友達を治療する方法を確立する為。

200年の歳月とかつての米国が崩壊した所為で帰る場所が無いと言われてメガトンに住んでみるかと言ってはみたが辞退された。
さもありなん、幾らかは治安と情勢が良くなったとはいえ、人食いレイダーが未だ暴れ凶暴化したクリーチャーが徘徊している地上は住み辛いだろう。
この場所は今の所は安全だし、変な所に這入り込んだり弄ったりしなければ住み心地はそれ程悪くない。

修理屋はおおよそ1年前、仲間達と共にこの場所を占拠してからかなりの時間をここで過ごしている。

ここの『元』持ち主達が残した超科学技術、そして彼らが集めていた戦前の品物や科学に深い興味を抱いていたからだ。
その中にはヌカ・コーラやフォークスに着せたくなるような服の情報も含まれている。
半径150kmを焼き払い宇宙船すら撃破可能な【汚物は消毒砲】を何れ解析、製造してみたい野心もあるし、ドローンなどのロボットの技術も吸収したい。

此処は非常に忌まわしく恐ろしい存在と遭遇した場所でもあるが、同時に得難い程の宝の山でもあるのだ。
Brotherhood of Steelやエンクレイヴには教えていない。絶対に厄介な事になるからだ。


「だからさ、この間君達にも飲んで貰ったクォーツの様に、飲めば暗視が付くみたいな面白飲料ってのは何時の時代でも……ん?」


と、腰にぶら下げていた通信機がプルプル揺れ始める。
どうやら誰かが呼び出しをしているようだ。

「誰だ……?」

通信機のログを見てみると、『緊急:ジェームス』と表示されていた。

「どうしたの修理屋さん?」

「ああ、いや、ジェームスさんからメールが来たんだ。ほら、この間話した『馬鹿』の父親」

「えーと、浄化プロジェクトって計画を完成させた地上の化学者だよね?」

「そうそう、その人から緊急メール。また何だかトラブルに巻き込まれたみたいだけど……」


ジェームスにこの場所は教えてあるが、まだ一度も来たことは無い。

ここの技術はどうかとジェームスに薦めてみたが、あまりにも隔絶してて使い物になるのか解らないので駄目らしい。
先進的であっても、ジェームスが考えるテラフォーミング的な技術と乖離していると意味が無いそうだ。

ジェームスは息子と同じ巻き込まれ型でもあり、逆に巻き込み型でもある為トラブル・メーカーでもある。
この三年間、西部に移動する間に何度かトラブルに巻き込まれ、『馬鹿』か修理屋に助けを求めた事もあった。
なので、修理屋にとってジェームスが何かしらの厄介事に巻き込まれるのは『良くある事』なのだ。

「…………はぁ、何やってるんだかジェームスさんはぁ」

「……で、どうなったの?」

「いや、サリー。また暫く出かける事になるかも知れない。ジェームスさんがかなり厄介なトラブルに巻き込まれたみたいだ」

「厄介なトラブル?」

読み終わったメールを閉じながら、修理屋は深々と溜息を付く。

「新しい浄化プロジェクトのアイディア出しをする為、わざわざ西部まで出かけて新しい研究所に勤め始めたんだけど、とんだ職場だったみたいなんだよ」

「へぇ、どんな職場なんだい?」

「ああ、人里から離れた研究所でね。凄い科学技術を研究している所みたいなんだけど……どうにも職場の人間関係でトラブルがあったみたいでさ」

エリオットがミミズ肉ハンバーグ(純100%)をフォークで割りながら修理屋に尋ねる。
一年近く食べ続けているせいか最初の嫌悪感は薄れ、だいぶ食感や味わいに慣れたようだ。

「服務規程だとかで脳と心臓と脊髄を同僚達に無断で摘出されて代わりにロボトミー処置されたんだって」

「……服務規程で臓物抜かれるってどんな職場なんだよ」

「いや、面接時に『なんで君は皮膚を未だに被ってるのかね?』と圧迫面接された職場みたいだし。
 おまけにその同僚達と仲が悪い人に脳髄を盗まれて大騒ぎみたいだよ」

「そりゃジェームスさんも災難だなぁ」

「だぁな。ま、ジェームスさんだから気絶だけで済んだみたいだけど。殺しても死にそうにない人だしねぇ。
でも助けないとまた状況が拗れまくるみたいだし、『馬鹿』を呼び出して助けに行かなきゃならん」

「じゃ、またビーコン装置を使うんだね?」

「ああ、すまないが『馬鹿』を一旦こっちに呼び戻す。
ジェームスさんの居る所へ一緒に転送して降下するからエリオット君、食い終わってからで良いからサポートを頼む」

「んぐ……了解! そう言えばカゴさんは?」

エリオットの問いにサリーが軽快に答える。
カゴ・トシローの名前を聞いた途端、修理屋の眉がピクリと跳ねる。
修理屋は色々な事があって、あの数百年前にこの場所へ拉致された東洋系の男を苦手としていた。

「カゴさんは食料培養庫でミミズと烏賊と戦ってるよー。今夜の晩ご飯調達してるー」

冷凍睡眠装置に捕まっていた極東のソードマスターは、帰る場所も無いのでいまだにこの場所に逗留している。
偶に地上へ降りて修理屋達の仕事(主に荒事)を手伝ったりしてるが、基本的にはサリー達の護衛の為、此処で生活してるのだ。

ちなみにもう一人共に戦ったカウボーイが居たが、荒れ果てた状態であっても故郷に戻りたいと言った。
修理屋は彼の希望を叶えるべくビーコン装置の解析をエリオットやサリー達と共に行い、西部への降下を可能にした。
武者修行の為と言い同行を希望した『馬鹿』と一緒にポールソンは荒れ果てた故郷へ戻り、『馬鹿』もそれっきり西部に留まっている。


「そっか。じゃ、俺はあの『馬鹿』に連絡付けるぜ。
遅い反抗期も過ぎたようだし、親父さんのピンチなら力を貸してくれるだろ」

「解ったわ修理屋さん、キャプテンによろしくねー」

「おうよ。さーて、『馬鹿』の居場所を特定しなきゃな。まずは通信を受信させて居場所を突き止めるか……」

サリーに返事をしつつ修理屋は椅子を蹴ってぐるんと回転し、コンソールに通信機のコードを接続する。

「変な場所に居なきゃ、Pip-Boyの通信機に接続出来る筈だが……お、見つけた!」

ランチ用のトレイぐらいの大きさであるウィンドウ、そこには米国の西海岸が表示されている。
その地図に光点がひっきりなしに点滅した。どうやらそこに『馬鹿』が居るらしい。

「この辺は確か……あー、厄介な集団の支配地域じゃねーかよ。またあいつ、変な事に巻き込まれてなきゃいいけど」

























旧アリゾナ州 グランドキャニオン国立公園 名も無き渓谷






握力でウチワサボテンの果肉を圧縮し、手にした空のソーダ瓶に果肉の水分を注ぎ落とす。
非常用の水を作る事に集中していた『馬鹿』は、左腕から感じる僅かな震動で通信が入った事に気付いた。

Pip-Boyの通信機が、着信を報せているのだ。
『馬鹿』は作業を止め、Pip-Boyを待機状態から受信モードへと切り替える。

「君か。久し振りだね」

『ああ、久し振りだな……って、お前。更にワイルドになったな……どんだけ人外に進化するつもりなんだよ』

「そうかなぁ……確かに髪を手入れしないでほったらかしにはしてるけどそんな化け物呼ばわりされる程変じゃないと思うよ?」


ポリポリと後頭部を掻きながら『馬鹿』は呟くように言う。
通信機側の小さな映像ウィンドウに修理屋の顔が映っているが、相変わらず顔色が悪い。多分寝不足だろう。
どうせヌカコーラ造りに精を出して寝不足となったに違いない。
相も変わらずフォークスに懸想しているみたいだ。
…………『馬鹿』はちょっとだけ機嫌が悪くなった。


『まぁ、ンな事は良いんだ……今日は近況報告じゃない。ジェームスさんがまた厄介事に巻き込まれた』

「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………また?」

溜息混じりの吐息を漏らすと、ウィンドウの修理屋の顔が苦笑に歪む。
この親友は相変わらず快活や爽快といった表情とは無縁だ。

『まーただよ。今回はようやく念願の研究所への就職を果たしたけど、とんだブラック企業だったらしい』

「ブラック企業?」

『ああ、先輩方に脳髄と脊髄と心臓を引っこ抜かれて、代わりにロボトミー処理された挙げ句、無理難題を押しつけられたそうだ』

「ふぅん……確かにそれは大事かもね。僕と君も似たような経験したし」

『……それを言うなよ。やな思い出だし。まぁ、それでどうなんだ。助けに行くのを手伝ってくれるか?
 おまけに脳髄を逝かれた奴に盗まれたそうだし、早く助けないとまた大変な事になりそうだぜ』

「そうだね……解った。心配する事はとっくに止めたけど助けには行くよ。でもちょっと待っててね。
現在進行形で面倒事に巻き込まれてるんだ。それを片付けたら直ぐに連絡するよ……周囲が危険な状態ではビーコンを撃ち込めないだろ?」

『まぁ、そうだけどな。お前の事だから直ぐ終わるんだろ? 早く片付けて返事をくれよな。じゃ!』

『うん、解った……1時間位したらまた連絡する。準備して待ってて。それじゃ』







Pip-Boyの通信機を切った『馬鹿』は、ゆっくりと前に向き直る。






「父さんももう還暦前だしね……さっさと片付けて助けに行くか」

「いたぞ、あそこにプロフリゲートが居るぞ!!」

そこには十数人の鎧を着込み、ショットガンやマチェットで武装した男達が殺到してきていた。

彼らの名はシーザー・リージョン。

西海岸で覇を唱えんとする超巨大武装組織の構成員だ。
そして旧アリゾナ州は彼らの本拠地であり、グランドキャニオン国立公園も支配領域の一角だった。






彼らとの接触は最悪だった。

旅の途中で彼らの検問に捕まり、因縁を付けられた挙げ句身包み剥がされそうになった。
『馬鹿』は当然の権利として自衛権を発動し、検問のリージョン兵を全員殴り倒して逃げたのだ。
それ以来数日間執拗な追跡を受け、数十人の敵兵を撲殺したり蹴り殺したり首の骨をへし折りつつ逃走してたのだが遂に捕捉されたのだった。


素早い身のこなしで『馬鹿』の周囲を囲むリージョン兵達。
包囲が完成したと同時に、リーダーと覚しき兵士が隣りに居た同じ格好の兵士に声をかける。


「このプロフリゲートで間違いないんだな、検問を突破したのは?」

「間違いない、いや、間違えようがないだろ!!」

「あ、ああ、そうだったな……」

彼らが間違えようのないという、今の『馬鹿』の姿はと言うと……。
















表情筋を引っこ抜いたような無表情。

巌の如く、座り込んだ目付き。

怒髪天の如く逆立った2m程の髪。

内側から破けたようなボロボロのVault101のジャンプスーツ。

裂けた繊維の間から見える、ガチガチに鍛え上げられ陽に焼けて浅黒くなった筋肉。

その筋肉はボディービルダーのような展示用の筋肉とは異なり、『敵を壊す』為に鍛え上げられた凶器の筋肉だった。











かつてのVault101の住民が見たら、とても同人物とは認識されないだろう。
マンハッタン島で工事現場の監督官をやってるアマタが今の『馬鹿』を見たら卒倒する事確実である。
この間の事件で一年振りに再会した修理屋でさえ、疑問系の問いかけで確認しなければならない程の変貌振り。





それが、現在の『馬鹿』の風貌だった。

先程親友の修理屋が言ったように、まさに人外に近い風貌と化していた。






しかし、そんな男が相手でも、相手は検問破り。
シーザー・リージョンにとって検問破りは問答無用で死刑だ。
当然、『馬鹿』は今からこのシーザー兵達によって極刑に処される。


「貴様、シーザーリージョンに歯向かって無事に逃れられるとでも思ってたのか!! 貴様等、コイツを切り刻むぞ!!」

「そうだ、切り刻んで見せしめにせよ。シーザーに忠誠を、そしてシーザーに逆らう輩には等しく死を!!」


『馬鹿』が標的である事を確認した直後、彼らは襲いかかってきた。
彼らにとって、自分達の組織に逆らう敵は須く殺すのが当然なのだ。
どんな理由があるにせよ、自軍の検問を突破し兵士を殺傷した『馬鹿』は殺す以外にないのだ。


「ああ、そうかい……やってみなよ、やれるもんならな!」


ダラリとぶら下がっていた『馬鹿』の両手が、霞むほどの速さで振り抜かれる。


「ぎゃ!」「うわっ!?」

轟音と共に飛んできた石飛礫を受け、ショットガンを構えていた兵二人が悲鳴を上げて銃を落とす。
彼らが手にしていたキャラバンショットガンの銃身は、石飛礫によって大きく歪んでしまっていた。

「き、貴様ぁ!!」

飛礫でキャラバンショットガンによる支援が無くなったが、それでも進む身体は止められない。
必死にマチェットを振り上げ、『馬鹿』目掛けて振り下ろした瞬間―――。

「ボッ―――!!?」

単音で聞こえそうな通過音が過ぎった直後、リージョン兵の顎は突き上げるように粉砕された。
何のことはない。下から真上に蹴り上げられた爪先で顎を打ち抜かれたのだ。

しかも、ヤオグワイの頭蓋すら蹴り砕く程の威力で。

隣にいた兵士の動きに僅かな躊躇いが生まれ、『馬鹿』はそれを逃がさない。
瞬時に右手を眼窩に突っ込んで両目を抉り出して突き飛ばす。
惨劇に動きが止まっていた兵士が2~3人固まって後ろに突き飛ばされた。

口蓋から砕けた歯と血飛沫を吹き上げながら仰向けに倒れる兵士を、押しのけるようにして二人の兵士が迫る。
柳の如き足踏みで短槍の突きをかわし、マチェットの斬撃をいなす。

掌底を一人目の顔面にパンと音を立てて当て、瞬時に前足で踏み込む。
『あの男』が得意とした寸剄を喰らったリージョン兵は猛スピードで後ろに吹っ飛び、断末魔をあげながら崖の下へと落ちていく。


二人目が恐怖を吹き飛ばさんとばかりに張り上げた絶叫と共に、振り下ろしたマチェットの刃先が止まった。

何のことはない、『馬鹿』がマチェットを持った右手首を掴んで上に持ち上げて逸らしたからだ。
そして『馬鹿』の右手で作られた手刀は、深々と、あまりにも深々とリージョン兵の鳩尾に突き刺さっていた。
胴を守っていた幾重にも重ねてあるレザーアーマーなど関係ないと言わんばかりに。

盛大に吐血した後ずるりとリージョン兵が倒れ込み、その場でピクピクと痙攣し始める。
回りにいたリージョン兵は彼がもう助からない事を悟った。

「次は誰だ?」

冷めた口調で『馬鹿』は呟いた。
その言葉に激昂して飛び掛かるものはいない。


この男は圧倒的だ。強すぎる。


ようやくリージョン兵達は気付いたのだ。
この男は、半端な数頼みで勝てるような相手では断じてない。
このまま挑んでも、全員殺されてしまうだろうと気付いてしまった。


狩る立場から狩られる立場へ知らぬ間に叩き込まれた恐怖。


何人かのリージョン兵の足が、僅かに後退る。
1人でも逃げ出せば、そのまま雪崩を打つように包囲が崩れるかと思われたその時。









「ほぅ、視察の途中で血の匂いを感じて来てみれば……なかなか面白いものが見られたものだ」


威圧感に満ちた男の声が響き、それを聞いた『馬鹿』の目蓋が細められた。
白兵戦用の特殊なパワーフィストを装備したリージョン兵数人を従えた巨漢が、こちらへ向かって歩いてくる。

「退け、貴様等では話にならん相手だ」

「リ、リガタス様……さ、下がれ、全員下がれぃ!!」

慌てた様子でリージョン兵達が『馬鹿』の回りから引き下がっていく。
『馬鹿』の強さに怯えたと言うよりも、新たに現れた男に対し怯えているようだ。


(へぇ……この辺りのリージョンのラスボスって感じか)


苛烈な殺気と気迫を浴びせてくる巨漢が、リージョン兵の死体が転がる中で佇む『馬鹿』と相対する。


中背中腰の『馬鹿』が見上げるような長身。
飾り立てられた兜と顔面を覆う異様な仮面。
分厚い重装アーマーと、背中に付けている赤いマント。
その長身と見合う長さの、バラモンの首すら易々と落とせそうな刃渡りの斬馬刀。




屠殺屋、殺戮者、東の化け物、十分の一の刑、シーザーの片腕。

様々な異名を持つシーザー・リージョンが誇る最強の戦士。

それが、リガタス・ラニウス。




「貴様が我らが領内でシーザーの兵を殺している男か」

「勝手にケンカをふっかけて来たのはそちらだけどね。リガタス・ラニウス……東の怪物か」

「ほう、我が名を知っているとはな。知っている上で我が身に挑むつもりか?」

「どのみち、見逃すつもりはないんだろ? だったら倒すしかないじゃないか」

「我を倒すか……軟弱なプロフリゲートやNCR兵共を切り刻むのに倦いていた頃合いだ。貴様がどれ程の者か……試させて貰う」

「試させて貰う、か……やってみなよ。やれるものならね!」


逆立った髪を揺らしながら、『馬鹿』はゆらりと拳を構える。
リガタス・ラニウスと相対するまで、数十人のリージョン兵を石飛礫と拳と蹴りのみで葬ったその戦闘スタイルで。

「リガタス様」

「お前達も下がれ。久し振りに楽しめそうな相手だ。乱戦は無粋ぞ」

側近達にも兵士達と同じように下がるよう伝えたリガタスは、大きく斬馬刀を振り上げる。

『馬鹿』の目が細められ、全身の筋肉がミチミチと音を立てて張り詰め始める。



「むぅん!!」

始まりは、金切り音と共に斬り込まれた斬馬刀だった。

『馬鹿』の脳裏で自分の首が高々と吹っ飛ぶイメージが過ぎった瞬間、『馬鹿』の姿は斬馬刀の殺傷範囲から外れていた。
異様に縦長い髪の数本が風にのって渓谷へ舞い上がる中、『馬鹿』を目掛けた二合目が飛んでくる。

(糞長い武器ブン回してるけど、返しが異様に早い!)

通常、槍など長い獲物を使うと、一撃を繰り出した後の動作でどうしても間が開く。
『馬鹿』はスーパーミュータント等大柄で重量級の武器を装備した相手と戦う時、この間を最大限に利用して勝利してきた。

しかし、この男にはその間が殆ど無い。
一撃が終わったと思った次の瞬間には攻撃が連続して襲ってくる。
『馬鹿』は何回も自分の死ぬイメージを予測し、それを回避してリガタスに接近を試みているが上手くいかない。

これ程の武術の使い手は久し振りだ。
そう、仮想世界で対峙した、中国軍の指揮官の剣捌き以来とも言える。

「いい腕だよあんた、あっちは剣使いだったけどジンウェイ将軍といい勝負だ」

『馬鹿』の据わった目付きが、リガタスを捉える。
膨れあがっていた筋肉が更に膨張し、ジャンプスーツの繊維が悲鳴をあげた。

「じゃあ、こっちも全開だ」

リガタスの視界から、掻き消すように『馬鹿』の姿が消える。
反射的に斬馬刀をかざし、轟音と共に飛んできた『馬鹿』の蹴りを受け流す。

「むっ!!」

金属で作られた柄と、鍛え上げられたリガタスの筋肉が軋む。
『馬鹿』の蹴りはそれ程までに重みを含んでいた。
ただの雑兵ならばこの一撃で鎧ごと身体と骨を粉砕され蹴り殺されていただろう。

続けて襲いかかってくる関節を無視したような足刀蹴りを回避し、反撃とばかりに袈裟懸けに切り払う。
中装アーマー程度ならば鎧毎胴体を切断出来る斬撃を、『馬鹿』は柳のような体捌きで凌いだ。

ガン、ギン、ガン、ゴン!

斬馬刀と『馬鹿』の手足の応酬が続き、何故か金属音のような音まで聞こえる。
何で素手か靴で攻撃しているのに金属音に聞こえるのだろうか……リージョン兵達は思った。

あの、最強と名高いリガタス・ラニウスと徒手空拳で戦っている男は本当に人間なんだろうかと。


数十合を死合い、激突は唐突に終わった。

バキンという何かが砕ける鈍い音。

ザシュッという生々しい肉が裂ける音。


同時に『馬鹿』とリガタスは間合いを広げ、己の身に起きた異常を確かめた。


「な、なんて奴だ。リガタス様のマスクを……!!」


リガタスのマスク、その下半分が割れていた。
少年期の死闘で受けた醜い裂傷と顎を覆う髭が、マスクの亀裂から覗いている。



「………………修行を始めてから顔面に攻撃を許したのはあんたで三人目だよ」


『馬鹿』の頬が裂け、鮮血が流れ出し顔の半分を赤く染めている。
すっと手を伸ばして拭い、血を舐めてみる。
異常はない、どうやらあの武器には毒が塗られてなかったようだ。



「……一対一で我を相手にここまで生き延びた奴は初めてだ。貴様、どこでそれ程の力を手に入れた?」


シーザーから贈られた仮面を砕かれたリガタスの声に、不思議と怒りや憤りは感じられなかった。
ある意味、感嘆すら込められた問いかけに、『馬鹿』は顔半分を真っ赤に染め上げたまま答えた。


「別に特別な事なんてしてはいないよ。実に簡単な事だ。覚悟を決めて地獄で戦い、ここまで生き延びた。
 超えるべき男に勝てるなら、これで終わってもいい、そんな覚悟で己を鍛え、戦ってきた……それだけだよ」


『馬鹿』の生涯で唯一、自分を完膚無きまでに叩きのめした男、アウグストゥス・オータム。


父親絡みの誤解も無くなり和解も済んでいるので憎しみはない。
ただ、あの人類の規格を超えた圧倒的な強さに挑戦したくなった。

父親の悲願を果たし、望みの無くなった青年が見つけた新たな生き甲斐。


それは、人類の規格を超えた、格闘超人を目指す。

主体性の無い『馬鹿』が初めて持った主体性、それがこれである……本当に、あんまりな目標だが。



「フッハッハッハッハ!! なるほど、それ程の覚悟か。ならば我の力で貴様の覚悟が砕けるかどうか、この場で試してくれる!!」


リガタス・ラニウスは愉しげに斬馬刀を構え直した。
彼の死闘を欲する気持ちが、これ以上ないほど昂ぶっている。

間違いない、目の前の男、奴は常人を踏破しつつある超人だ!

「貴様の魂を軍神マルスに捧げればかの神はさぞ喜ばれるだろう……征くぞ!!」

「アンタが……逝けよっ!!」



西部の大地で、人間を超越せんとする二人の男が死闘を繰り広げる。



生き残りを賭けた終わりなき闘い。
人は……過ちを繰り返す。


































「はぁ……まだ連絡こねぇなぁ」



結局勝負が付かず、崖と滝を飛び降りて逃げ切った『馬鹿』から修理屋に連絡が来たのは三時間後だったという。


















後日談編:完



























前編が薄かったので、オータム大統領も追加しました。
エンクレイヴ・エンパイア・ステーツの都市構造は女神転生Ⅱに出て来るTOKYOミレニアムに類似しています。

極右であるエンクレイヴの組織的体質はオータム1人で解決出来るものでは無いと思います。
なので、数百年掛けて根気よく変革をしていくしかないのです……政治ってのは世紀末でも面倒臭いですね。

そして意外なゲストであるリガタス・ラニウスは原作よりも化け物してます。
デスクローだって撲殺出来ます。総督の名は伊達ではありません。
でも、オータム大佐には劣りますね。つまり、彼を倒せなかった『馬鹿』はまだまだって事です。








[10069] 設定資料 メガトンの修理屋
Name: taka234Me◆6742ef9e ID:10e4e021
Date: 2012/01/28 09:37
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設定資料

1話から15話まで
※作者の主観や妄想や捏造も含まれております。真に受けないでください。


■人物


♂修理屋
このfallout3二次創作作品の(一応)主人公。
名前は一応存在するが語られてない。多分この先も語られる事は無いかも知れない。
年齢:二十代後半
性別:男
外観と体型:中背中腰の一般的体型。面は見事に三枚目。
特技や技能:機械いじり、ハッキング、ロボット修理&改造&簡易製造
装備品など:メガトンの市民権、バラック店舗の不動産、工具一式、ロブコ作業服、ロングコート、トレーダーの帽子

プロフィール:ウェイストランドの集落『メガトン』に住む市民であり、市公認のロボット販売・修理店を営んでいる。
両親は無頼のスカベンジャーであり、彼らが住んでいた荒野のテント集落で生まれる。
色々有って育ての父親に預けられた後、父親の死後に稼業を継いだ。
性格は一般的なウェイストランド人よりは情があるが、この世界で生きている為かそれなりにシビアでもある。
最初は恐るべきお人好しである『馬鹿』に戸惑いと拒否感を抱いていたが、現在ではそれなりに興味と親しみを抱いている。
雑貨店のモイラとはかなり親しいが、『馬鹿』がやってくるまでサバイバルガイド製作の手伝いを迫られては断り続けていた。
現在の行動:メガトンでの生活を放棄しかねない、やばい仕事である浄化プロジェクトにおっかなびっくり関与する事に。
平穏だったメガトンでの生活に手を振りつつ、もうすぐリベットシティに到着する予定。


♂馬鹿
fallout3本来の主人公であるべき存在。
名前はちゃんとあるが、主眼である修理屋が名前で呼ばない為『馬鹿』と呼称。
ちなみに彼の名前は平凡過ぎて幼なじみに「特徴が無さ過ぎて直ぐに忘れそう」と評された。
年齢:19歳
性別:男
外観と体型:一般的体型ではあるがやや小柄。面構えは穏和で笑うと結構爽やか。
特技や技能:インプラントの力を借りて、部位攻撃したり精密射撃出来る程度の能力。人誑し(Speech高い)で動物誑し(犬限定)。
装備品など:Vault101のジャンプスーツ(コンバットアーマー仕様)、コンバットヘルメット、アサルトライフルその他諸々

プロフィール:Vault101のジャンプスーツを着てこのふざけた世界へ飛び出してきたVault101育ちのtough boy。理由は親父捜し。
超絶とも言うべき規格外的お人好し。縁もゆかりも無いクソガキに巨大ファイアアントの掃討を頼まれれば二つ返事で蟻退治をする位に。
かと思えば相手がレイダーや悪人と言えども、容赦も情けも無く淡々と効率よく頭をぶち抜いたり拠点を丸ごと「汚物は消毒だ」とばかりに丸焼きにもする。
色々暴れた所為か、そろそろタロン・カンパニーやアサシン・ギルドとかに狙われそうなお年頃。盗んだトラクタで走り出す19の夜。
性格は快活で常に飄々としており、妙につかみ所がない。カルマは何故か常に中立を保っている。が、ジェリコとかを雇うと思えば雇えるそうな。
現在の行動:当初の目的である父親探しは無事(?)に終了。父親と共に浄化プロジェクトを達成する為、リベットシティへと移動中。
現在のコンパニオン:修理屋、ドックミート、RL-3軍曹


♂ジェームス
fallout3の本来の主人公『馬鹿』の父親。
年齢:40代~50代?
性別:男
外観と体型:やや背は高め。それなりに渋みのある白衣が似合うダンディ。
特技や技能:無謀な行動で他人を強制的に牽引する事。科学関係のスキル自体はかなり高いらしい。
装備品など:Vault101のジャンプスーツ(いい具合にボロボロ)、野球のバット、医療品、野球帽、老眼鏡

プロフィール:元はリベットシティの科学者で、恋人のキャサリンと同僚のDr.リーと共に浄化プロジェクトを立ち上げる。
プロジェクトが破綻した頃、キャサリンの死と引き替えに世の中に出た赤ん坊の『馬鹿』を守る為Vault101に引き籠もった。
安全だけど閉鎖的なシェルター生活に辟易しつつも、周りの冷淡さにめげずスクスクと育つ息子を見守る。
そんな息子も19歳で1人でも大丈夫だろ、浄化プロジェクトも完遂出来そうな情報を手に入れた事だし……とVault101を脱走。
荒野と市街地という名の戦場を1人で駆けずり回った末、Vault112でワンちゃんにされる。
危うく幼女化したサド博士に永久禁固される所だったが、後から追っかけて来た息子と愉快な仲間達に助けられた。
現在の行動:リスクに見合った情報を手に入れた彼は止まらない。リベットシティに到達し、早くリー達を説得しようと息巻いている。


♀モイラ・ブラウン
プロフィール:メガトンの町で『クレーターサイド雑貨店』を営む二十代の女性。
好奇心の塊であり、日々雑貨店の経営そっちのけで怪しい実験を繰り替えしている。
性格は結構エキセントリックであり、初対面の『馬鹿』に「放射能を大量に浴びてきて」と真顔で頼む剛の者。
修理屋とは子供の頃からの付き合いがあり、偶に店番を変わって貰ったり実験に巻き込んで酷い目に遭わせてたりしている。
現在、ウェイストランド人の生存率上昇と文明社会を再成形する為の啓蒙活動として『ウェイストランドサバイバルガイド』を編集中。
最後の章を編集しつつ、『図書館の公共ターミナルのデータ』と『リベットシティの郷土史』が届くのを心待ちにしている。
現在の行動:メガトンで雑貨店を経営中。


♂傭兵
プロフィール:モイラに雇われた雑貨店の警備傭兵。三十代位の男性。
装備は平均的な傭兵の武装であるレザーアーマーとアサルトライフル。
経営時間中はカウンター向かいの壁側に立ち、来店する客達に鋭い監視の目を向けている。
日々繰り返される奇行と実験に対して最初は思いっきり引いてたが、最近では諦観の域に達したらしく的確にスルー出来るようになった。
現在の行動:モイラの奇行を尻目に、来店中のお客を監視中(この世界では油断するとメガトンレベルの町中でも頻繁に強盗が発生します)。


♂何でも屋のジョー
プロフィール:巡回ロボット行商人の1人。五十代~六十代位の男性。
廃墟にある起動前のロボットや、荒野で暴れてる野良ロボットを捕獲し、需要に合わせて売り捌くのがお仕事。
RL-3軍曹と呼ばれるガッツィー型戦闘ロボットを『馬鹿』に売ったのは実は彼である。
修理屋とは彼の育て親の代から付き合いがあり、ジョーの腕では修理できないロボットや希少な部品を持ち込んだりしている。
独り身の彼にとって修理屋は息子の様な存在であるようだ。
現在の行動:ここ暫く姿を見せない修理屋の身を案じつつ、ロボット行商に精を出している。


♂ビリー・クリール
プロフィール:メガトンの商店とキャラバンの仲買人及びネゴシエイター。三十代位の男性。
元キャラバン隊のメンバーで、ウェイストランド全体を巡回するキャラバン達とコネがある。
修理屋も彼にキャラバンが運んでくる廃棄部品やロボットの部品の仲買を頼んでいた。
過去にマギーと呼ばれる少女をレイダー達の襲撃から保護し、養子として引き取っている。
現在の行動:最近修理屋が姿を見せないのを若干気にしつつ仲買に精を出している。


♂ストックホルム
プロフィール:メガトンの街の正面ゲート上にある監視所所属のスナイパー。
外周全てを飛行機の残骸で防御されたメガトン唯一の出入り口をレイダー等の侵入者から守っている。
一度、間違えてドックミートを撃ち殺しそうになった。
原作ではハンティングライフル装備であるが、この作品ではスナイパーライフルを装備している。
現在の行動:今日も明日も監視。時々ジャイアントアントやレイダーを撃つ。


♂ミッキー
プロフィール:メガトンの入り口で水乞いをしている薄汚い男。四十代~五十代。
日々メガトンを出入りする雑多な人々に精製水を物乞いしている。
汚い水(放射能に犯された未精製水)は何度か恵まれたが、体が拒絶するので謝辞している。
別にレイダーの偵察員でも、水を恵んだ善行な人間に奇蹟を授ける神の化身でもない。
本当に、ただの水乞いである。と言うか、どうやって生きているんだろう?
現在の行動:昨日も水乞い、今日も水乞い、明日も水乞い。


♂アウトキャスト分隊の隊長
インディペンデンス旧軍事基地を拠点とするBrotherhood Outcastの一員。三十代後半。
身分は巡察員(地域を巡回して技術や貴重な化学物質を探す)。
北米の西海岸からやって来たメンバーであり、Brotherhoodの原理主義者。
原住民(ウェイストランド人)を知性の足りない唾棄すべき存在と軽蔑しているが、利用できる場合は利用する位の機転は兼ね備えている。
修理屋もその対象ではあるが、軽蔑の分類には違いがない。
現在の行動:つい数日前、ポトマック川上流を調査中、謎の黒いパワーアーマーを着た分隊と遭遇。
警戒しつつ誰何してみたところ撃って来たので交戦。最初は優位に戦いを進めたものの、デスクローに横合いからの奇襲を受け戦死。分隊は壊滅した。


♂修理屋の父親(生みの親)
プロフィール:荒野に点在する廃墟やゴミ捨て場などから使える物資を回収して生活していたスカベンジャー。
女房がヤオ・グワイの襲撃で死んだ後は、卸先の伝でメガトンの知り合い(主人公の義理の父)に息子を預ける。
その後、息子の育成費と食い扶持を稼ぎ続けたが、とある廃墟で欲を張りタレットに急所を撃たれてしまう。
何とかメガトンまで逃げ帰ったものの、知り合いに息子を託してこの世を去った。
現在の行動:故人


♂修理屋の父親(育ての親)
プロフィール:メガトンでロボット修理工を営んでいた男。
知り合いのスカベンジャーから子供を預かって育てていたが、彼が死んだので養子として受け容れる。
気性が荒く酒好きだったが、技術屋としての仕事は確かだったという。
義理の息子が一人前になって暫くしたある日、モリアティの酒場の帰り道に老朽化した高架通路を踏み抜いて転落死した。
現在の行動:故人


♂ブライアン・ウィルクス
プロフィール:グレイディッチに父親と一緒に住んでいた男の子。十歳前後。
父親と一緒にグレイディッチという小規模の町に住んでいたが、近くのメトロから火炎を吹く巨大蟻が大量発生。
自分を逃がしてくれた父親を助けるべく走り回ってた所、偶然修理屋達に遭遇した。
父親は死んでしまったものの、『馬鹿』がメトロ最深部のクィーンアントを倒した為グレイディッチに戻る事が出来た。
修理屋はブライアンに何度もおじさんと言われた為、一方的にこの少年を毛嫌いしている。
現在の行動:今は廃墟と化したグレイディッチで1人寂しく住んでいる。どうやら親戚がリベットシティに居るようだ。


♂ロイ・フィリップス
プロフィール:テンペニータワーと呼ばれる高級マンションに異常な執着を示しているグール。
仲間のグール2人、手下のフェラル・グールを沢山引き連れ、タワーへの侵攻を企んでいた。
そこにタワー側からの依頼でグール退治にやって来た『馬鹿』が現れる。
『馬鹿』は穏便な話し合いによる解決を要求したが、ロイ側はそれに応じず口封じの為に殺そうとした。
現在の行動:襲いかかったはいいものの、突進を地雷で阻止された上でグレネードをしこたま住処に投げ込まれ敢え無く全滅させられた。


♂顔馴染みのキャラバンの主
プロフィール:西部を中心に交易ルートを巡回しているキャラバン隊の1つを運営してる商人。三十代後半で男。
修理屋とも知り合いで、センサーモジュール数個を旅費として、テンペニータワーへの同行を許可する。
期限までは修理屋の帰りを待っていたものの、帰って来なかったのでさっさとメガトンへ出立した。
現在の行動:いまだメガトンサイドでは修理屋の消息が不明なままなので、それなりに気まずい気持ちで仕事を続けている。


♀顔馴染みのキャラバン・ガード
プロフィール:顔馴染みのキャラバンを護衛している護衛傭兵。二十代半ばで女。
装備は10mmサブマシンガンとハンティングライフル、及びレザーアーマー。
雇い主であるキャラバンの主と愛人関係でもある。
現在の行動:変わらずキャラバンのガードをしている。修理屋の消息不明については殆ど気にはしてない。


♂Dr.バンフィールド
プロフィール:テンペニータワーの住民専用の診療所を営む医師。50代前後で男。
気のいい黒人医師で、グールに関しては他の住民よりは差別や偏見が少ない方だった。
ロイ達の一件を片付けた報酬代わりに、特例として酷く衰弱していた修理屋を治療した。
現在の行動:普段通り、住人達の健康管理を勤めている。


♂スタニスラウス・ブラウン
プロフィール:戦前の人間でVault-tec社の科学者。2○○歳。
『魔術師』と称される程の天才的頭脳の持ち主で、Vault-tec社の躍進に大いに貢献した。
fallout3のキーアイテムである『G.E.C.K.』と呼ばれる環境再構成装置を開発した張本人でもある。
Vault112に避難登録者達を誘い込み、彼らを仮想空間で二百年もの間玩び嬲り続けた。
現在の行動:Vault112か彼が入っているポットの生命維持装置が機能停止するまで、ただ1人で孤独な仮想空間生活を強いられている。


♂レイダー・トラクター団のボス
プロフィール:オーバールック・ドライブインを拠点とし、周囲で強盗掠奪を繰り返していたレイダー達の頭領。三十代後半の男。
元々は数人程度のレイダー団のリーダーだったが、トンネル内で稼働可能なトラクタを見つけてから成り上がり始める。
トラクタで防壁を突破し小さな集落を殲滅、バラモンを連れたキャラバンに逃げ切れない速度で追い着き皆殺し。
そんな事を何度か繰り返していく内に百人近いレイダー達を率いる首領に成り上がっていた。
現在の行動:そんな彼らの縄張りを修理屋と『馬鹿』が通りかかったのが運の尽き。
安全な筈の自室のベットで、隣室の弾薬庫が爆発した影響で落盤した天井に押し潰されて呆気なく圧死した。


♀スクライブ・ヤーリング
プロフィール:Brotherhood of Steelと呼ばれる武装組織の女性研究者。年齢不詳
ちなみにスクライブとは「刻み付ける」を意味し、Brotherhood of Steel直属の研究者及び科学者である。
Brotherhood of Steelの本拠地要塞から派遣されたワード同盟所属の上級スクライブ。
『知識は兵器よりも強し』がモットーで、伝統主義者(原理主義)ではないエルダーに対して思うところがあるようだ。
現在の行動:近頃要塞上層部の決定によりアーリントン図書館の接収が決定され、彼女が先遣隊として護衛と共に出向いて来た。
管理体制が整った所で衝突事故が発生、後から追い掛けてきた『馬鹿』に図書館内の危険な存在の駆除を依頼する。
『馬鹿』とジェームスが礼儀正しく応じた為問題無かったが、礼儀知らずや粗暴な相手には手厳しいようだ。


♂Brotherhood of Steelのナイト(分隊指揮官1)
プロフィール:ヤーリングの護衛として派遣されたパワーアーマー小隊のナイト。二十代前半。
小隊内部のナイト達の取り纏め役である。ちなみに小隊編成はナイトが5人と上級イニシエイトが8人。
ヤーリングの専属護衛のナイトが1人、後はイニシエイト2人をナイト1人が率いるのが通常の編成。
ピット(ピッツバーグ)出身者の戦災孤児。Brotherhood of Steelに拾われ、共に西海岸へ到達した。
教官のパラディン(ガニーとは別人)が原理主義に近い思想の持ち主だった為か、現地住民(ウェイストランド人)への偏見が強い。
現在の行動:掃討作戦開始時は『馬鹿』を蔑視していたが、パワーアーマーも着てないのにスコアを淡々と伸ばしていく手並みに戦慄を覚える。
『馬鹿』達とパワーアーマーの修繕の為要塞に戻る隊員を見送った後、調査隊がやってくるまで図書館を守備し続けた。


♂Brotherhood of Steelのナイト(分隊指揮官2)
プロフィール:ヤーリングの護衛として派遣されたパワーアーマー小隊のナイト。二十代前半。
ピット(ピッツバーグ)出身者の戦災孤児。Brotherhood of Steelに拾われ、共に西海岸へ到達した。
取り纏め役ほど一般人に対する偏見は強くない。だが、何もせず助けだけを乞う連中は嫌いのようだ。
現在の行動:一緒に戦った『馬鹿』の腕前を一番早く認めた人物でもある。
それなりに気さくであり、パワーアーマー小隊内では一番多く『馬鹿』と会話をしている。
T字路で『馬鹿』達と別れた後、無事要塞にたどり着き不調をきたしたT-45bを修理に出し、負傷者を救護室に連れて行った。
そして代わりのイニシエイトを引き連れ、アーリントン図書館へと戻っていった。


♀Dr.マジソン・リー
プロフィール:大破着底した空母の街リベットシティの化学者兼市議員。
ジェームスと同世代。
街が編成した化学者チームのチーフであり、かつての浄化プロジェクトにも参加していた。
同僚のジェームスに惚れていたが、彼はキャサリンとくっつき敢え無く失恋。
浄化プロジェクトの崩壊と共に傷心のまま街に帰り仕事一徹の人生を送っていた。
化学者としての能力はチーフだけあってずば抜けている。
現在の行動:帰ってきたジェームスの説得により浄化プロジェクトの復活に手を貸す事となる。
『馬鹿』と修理屋の獅子奮迅の協力により計画は想定よりも早く復活し、いよいよ軸になる『G.E.C.K.』を入手出来れば……と言った所でエンクレイヴ来襲。
ジェームスと離別し、またしてもと落胆しながら要塞でコンビが『G.E.C.K.』を確保して帰ってくるのを待っている。


♂アウグストゥス・オータム
プロフィール:エンクレイヴ=米国合衆国の陸軍大佐。
50代。
ワシントン一帯に展開しているエンクレイヴの実働部隊を指揮している高級指揮官。
隆々たる鋼のマッチョボディと、卓越した戦術指揮能力を持つ。
ワシントンの各地に趣味の悪いポスターを貼って廻り、多くのウェイストランド人を困惑させている。
某本営に居る要人と最近折り合いが悪く、アダムス空軍基地で指揮を執っている場合が多い。



■コンパニオン


○ドックミート
プロフィール:ガードドックとしての訓練を受けた雄犬。
犬種はオーストラリアン・キャトル・ドッグ。ウェイストランドのガードドックの大半はこの犬種。
ガードドック専門業者に調教と訓練を受けた上で、とあるスカベンジャーが大量のキャップを叩いて購入。
ジャンクヤードと呼ばれる廃車置き場を探索中にレイダー達に襲われ、頭部に銃撃を受けた飼い主は死亡。
レイダー達と単独で戦闘を継続中に援護を行った『馬鹿』を次の主と定め、以降行動を共にしている。
性能は『当たり』であり、並のガードドックよりも攻撃力や回避力は上。
『馬鹿』への忠誠心は高いが、他の人間に対しては警戒心が強い。


○RL-3軍曹
プロフィール:ガッツィー型戦闘用ロボットの一体。
ガッツィー型とは万能執事ロボットMr.ハンディーを戦闘用モデルにカスタマイズしたもの。
ホバー移動によりあらゆる地形に適応し、遠距離戦ではプラズマガン近距離戦では火炎放射で攻撃できる。
正規戦闘から屋内の警備などあらゆる状況に投入された為か、荒野や廃墟などあらゆる場所で彼らの姿を確認出来る。
RL-3軍曹はワシントン郊外に存在したとある軍事施設で何でも屋のジョーに待機状態で発見された。
以降、ジョーに連れられてあちこちに競売に掛けられるものの、何故か特定の人物に対してのみ服従しようとはしなかった。
修理屋もその内の1人ではあるが、町中では高性能軍用ロボットを必要としなかったので結局買っていない。
後に修理屋が行方不明になった時に、彼を探索する為の戦力強化として『馬鹿』がジョーから買い付けており、以降行動を共にしている。
基本的には司令官である『馬鹿』に絶対服従しているが、彼の命令に逸脱しない程度であれば修理屋の頼みも聞いてくれるらしい。


○サム&ウィルソン
プロフィール:ロプコというロボット製造会社が開発したプロテクトロンと呼ばれるロボット。
汎用性の高いロボットであり、工場の生産ラインから工事現場、警備業務から戦場での戦闘まで幅広く運用された。
サム&ウィルソンは修理屋が廃棄機体とパーツを取り合わせ、待機状態の中枢回路を据え付けて起動したものである。
通常は待機状態で充電用ポットに格納されているが、メガトンが暴徒に襲われた時用に待機している。
サムは『馬鹿』の捜索時に駆り出された時に1回出撃しレイダーやジャイアントアントと攻撃している。
その後、探索に出る事を決意した修理屋がウィルソンを製造起動し、2体で修理屋を警護しつつロブコ施設に向かう。
ロブコ施設ではメインフレームを修理屋が暴走させてしまい、サムとウィルソンは大量の同型機と戦う羽目になった。
サムは電算室で二機の同型機と戦闘の末にパルスグレネードにより修理屋に破壊される。
ウィルソンは命令通りに破壊されるまで押し寄せる同型機達と戦い、修理屋がドアをバリケードで塞ぐまでの時間を稼いだ。





[10069] new vegas外伝 医師アルケイド・ギャノンの憂鬱
Name: taka234Me◆6742ef9e ID:0c89a339
Date: 2011/10/28 08:51
※fallout3のDLC、fallout new vegas 特にDLCのネタバレが含まれます。未プレイの人はご注意ください。






























モハビ・ウェイストランド。

旧米国南西部の旧カリフォルニア州、旧ユタ州、旧ネバダ州、旧アリゾナ州にまたがる広大な砂漠地帯の事を指す。

世界が核で焼き尽くされた審判の日であるグレート・ウォーの時、僅か数発の核ミサイルしか到達しなかったという奇跡の大地。

北部にかつての一大歓楽街であるラスベガス、東部に北米最大級の貯水量を誇るミード湖とフーバーダムが存在する。


あの忌まわしい最終戦争から200年が過ぎた今、この地では三つの勢力がしのぎを削っていた。

西海岸一帯を支配し、今も尚勢力拡大に余念のない新カルフォルニア共和国(通称NCR)。

八十もの部族を武力で統率し、アリゾナ州を拠点に西進を計るシーザー・リージョン。

両勢力に挟まれながらも旧ベガスの中央市街地を復興させ、大量のロボットとギャング達を率いストリップ地区を牛耳る謎の人物Mr.ハウス。



両軍に多大な損害をもたらした第一次フーバーダム会戦以降、両軍とも大規模な軍事行動を起こさず戦場は小康状態となった。

NCRはコロラド川の西側、リーザー・リージョンは東側を支配したまま睨み合いを続ける事になる。

しかし両軍の攻勢への気勢は高まりつつあり、第二次フーバーダム会戦はもう間もなくではないかと人々は噂しあっていた……。







しかし、この物語ではそれらの事は全く関係ないのである。



























メガトンの修理屋外伝 医師アルケイド・ギャノンの憂鬱

















ラスベガスの旧市街地であるフリーサイドの廃墟群の中央。
オールド・モルモンフォートと呼ばれる古い城塞の壁に囲まれた公園跡に拠点を構える医療組織がある。

その名前は『アポカリウスの使徒』。

世界を滅ぼした最終戦争、黙示録を繰り返さないために、自らの技術を無償で教え歩いている技術者集団の事を指す。
主に医療技術を得意としており、医療技術が低い地域が多い中、彼らの回診はモハビ・ウェイストランド人に重宝されていた。


その日も彼らは早朝に朝礼を行い、彼らがその日の内に為すべき事を確認しあっていた。

「皆さん、お早うございます! 本日も色々為すべき事が山積みですが一生懸命頑張っていきましょう」

壇上の上で整列したモヒカン頭のドクター、ガード、医療スタッフを前に挨拶をしているのはジュリー・ファーカス。
モハビ方面のアポカリウスの使徒を率いるリーダーであり、優れたドクターでもある。
3mを超える身長とたわわな脂肪で構成された巨体、ツルツルに磨き上げられたスキンヘッドと使徒の象徴たるモヒカン。
表情こそニコニコと穏和だが、それを除けばフリーサイドの荒くれ者達でも道を譲りそうな外観である。

そんなジュリーの挨拶に答えるアポカリウスの使徒達。

『ヒャッハァ―――!!!!!』

ドクターの白衣、ガードのレザーアーマー、スタッフの診療衣、それぞれあるが共通している箇所がある。

棘付きの肩パッド、黙示録を意味するらしいAの刺青、横長なグラサン、何より鶏の鶏冠みたくガッチリ固めた色取り取りのモヒカン。
何でもアポカリウスの使徒は初代からの伝統により、構成員は自発的にモヒカン頭である事が多い。
現に整列しているアポカリウスの使徒達の内、約8割はモヒカン頭だ。

そして彼らは治安の劣悪なフリーサイドや荒野で活動する事を念頭としている。
筋肉隆々で平均身長が2m前後の彼らは、使徒の活動を妨害するであろう無法者や肉食獣、SMなどといった凶暴な敵性生物に対抗する為に武装していた。

消防斧、スーパースレッジ、ソードオフショットガン、ハンティングショットガン、火炎放射器、ヘビーインシネーター、ミサイルランチャー……等々。

それらを装備した彼らは砂漠用のオフロードバイクに跨って荒野を駈け巡り、使徒としての医療活動を行っているのだ。

彼ら精強たるアポカリウスの使徒であるモヒカン達に対し、ジュリーは更なる訓辞を行おうとしたが……転がっていた注射用の針を踏んづけてしまった。

「いたっ……」

「やばい、ジュリーさんが血を流したぞ、みんな、逃げろー!!」

「ち、血……ちぃぃぃぃぃぃぃぃっぃぃぃぃぃぃぃぃ」

「うぉおおおおおおおお、いでえよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおぉ!!!」



十分後、モヒカン使徒が数人減り患者が数人増えていたが、ジュリー・ファーカスの朝礼は何事もなく再開していた。
こんな出来事はオールド・モルモンフォートでは日常茶飯事である。気にしたら生きていけない。
ベットで唸っているモヒカン達も、翌日には朝礼に参加できる位には回復しているだろう。

「外来回診は何時も通りの振り分けで、各種の資材や素材調達、巡回診察は第一班から五班、ああ、人手が足らないのでアルケイド君のチームにもお願いしますね」

「わ、解りました」

ジュリーに声を掛けられ、返答をしたのは眼鏡をかけた如何にもインテリ学者っぽい外観の三十代半ばの男だった。
名前はアルケイド・ギャノン。使徒としては珍しく、モヒカン頭ではなく背丈も体付きも標準な一般的ドクターだ。


アルケイド・ギャノンの組織内部での役割は開発チームだった。
数に限りのある戦前に製造された薬品や医療品に依存せず、モハビで入手できる物資で薬品を開発出来ないか試験する部署である。

ハッピートレイル・キャラバン社から昨年研究素材として購入した、洞窟キノコと呼ばれる珍種のキノコを使用した薬は成功した。
ザンダールートとネバダ・アガヴィの果肉、ブロックフラワー、洞くつキノコの薬効成分を抽出して配合。
ガーゼに浸して患者の患部に張るだけの簡単な代物だったが、打撲や内出血などが驚くべき速度で回復する意外な効果をあげた。
しかし、ハッピートレイル・キャラバン社がザイオン……そこに住まうカナーン人との交易が行えなくなった事により生産は頓挫した。

一応、ブロックフラワーとサンダールートの薬効成分を液体抽出し、少量の薬品と混ぜ合わせるとスティムパックに近い感じになったり。
更に炭酸を抜いたヌカ・コーラとマットフルーツの果肉を合わせて遠心分離機にかけ、分離した薬液を混ぜるとより強力なスティムパックが出来たりした。

だが、それだけでは数多い患者に対応仕切れないので、もっと容易に手に入る材料で……とか言われギャノンは頭を抱えていたりする。

そんな、一部の功績を除けばお荷物部門と呼ばれたりしている彼であるが、光学兵器の修理が得意という一面もあったりする。
最近はVault3周辺を消毒した際にフィーンド(モハビのレイダー)から奪った光学兵器と弾が山積みにされている為、それらを部品取りしたり修理する事も多い。
同じフリーサイドの市街地にいる兵器商人であるシルバーラッシュから買い付けの話が来たそうだが、ジュリーが断ったらしい。
彼らは色々と黒い噂が絶えない素行の悪い光学兵器を専門とする武器商人であり、彼らと関係を持つと悪評が出かねないからだそうだ。

世紀末な世の中でも、組織の印象というものは大事なのだ。
常々ジュリーは使徒達にそう説いて廻り、医療団体であるアポカリウスの使徒のイメージが損なわれないよう気を使っている。

ともあれ、そんな部署なので人手が足りないと直ぐさま補充要員に借り出される。

(はぁ……ベノム関連の研究を進めたいんだけどなぁ……、嫌と言えないのが立場の弱さってトコかな)

ギャノンは嘆息すると、テントの中にぶら下げていた愛用のプラズマディフェンダーとリッパーを取りに行った。


オフロードバイクの甲高い排気音が無数に聞こえる。出発の時間は近い。






重々しくオールド・モルモンフォートの門が開門すると、開いた扉の向こう側には数十台のオフロードバイクが群れていた。


廃屋と化した低層のビルディングが道路沿いに連なるフリーサイドの治安は悪い。
目付きの悪いゴロツキや物乞いが爆音に眉をしかめ、ストリートチルドレンの子供達は逆にはしゃいでいる。


「オラァ、アポカリウスの使徒の巡回診察が始まるお時間だ、患者じゃねぇゴロツキ共と物乞い共は道を空けろ、消毒されてぇか~!!」


先頭のオフロードバイク、後部座席に立つモヒカン使徒がヘビーインシネーターを掲げながら獰猛に叫ぶ。
早朝の市街路を、数十台のオフロードバイクが轟々と通過していく。
無防備な観光客相手なら兎も角、この巡回診察団を邪魔だてする事を考える無謀で命知らずな物取りは居ない。
住民の中には何故か土下座しているものすら居る。

しかし、物取りですら躊躇を覚える相手でも、理性を完全に失った連中では話は別のようだ。

「薬、薬を寄越せぇぇぇぇ」
「フィクサーを、ちゅ、中毒緩和剤をぉぉぉぉx」
「すいまっしぇーん、さいこをうってるのはぁ、ここれすかぁ?」

覚束ない駆け足で、手にはパイプや家庭用包丁。
焦点の合ってない目付きと、半開きの口から流れ落ちている唾液。
ふらつく足取りと土色の肌からして、末期の麻薬中毒患者。

彼らは医者=薬物を持っているの方程式に従い、薬物を奪うべくオフロードバイクの群れに向かう。
しかし、後十数メートルという位置で、ヘビーインシネーターを持ったモヒカン使徒のサングラスがギラリと光る。
彼の視線は、死にかけのフェラルグールのような声を挙げつつ、こちらに走り寄るジャンキー達を捉え―――。

「汚物は消毒だぁ~~~!!!」

「「「ぎゃあああああああああああああああ!!!!」」」

哀れ、命知らずなジャンキー共は敢え無く燃え盛るナパームジェルに包まれ消毒されてしまった。
最後の奴はフラググレネードでも持っているのか爆発し、降りかかる肉片に付近の住民から悲鳴が挙がる。
子供達は何故か歓声をあげていた。何とも前途有望な子供達である。
彼らの将来はきっとモヒカン使徒に違いない。

「ヒャッハー! 汚ねぇ花火だぜぇ!!」

「ヒャッハー! 朝一番のナパームと生ゴミが燃える臭いは格別だぜぇ!! そらぁ、他にも消毒されてぇ奴は居るのかぁ!?」


以降、巡回診察は滞りなく進んだという。








アルケイド・ギャノンと呼ばれる35歳の男にとって、アポカリウスの使徒は隠れ蓑だった。

彼の出自は、今の世界を支配する勢力にとって許容しがたい、存在を許されないエンクレイヴの残滓。
彼は彼が生まれ落ちた故郷たる基地が崩壊した時、デイジー・ホイットマンが操縦する最後の稼働可能な飛行機で故郷を離れた。

焼け落ちる基地と滑走路や建物の屋上に倒れている顔見知りの人々。
我が物顔で基地を物色し高度を上げていく自分達の飛行機に銃口を向けるNCR兵の大群。

恐らくはその中で死んでいったのだろう。
脱出する人々を確実に逃がすために、守備隊を最後まで指揮していた基地司令の父。
出自も知識も隠して生きている中、彼が新カルフォルニア共和国に対して押さえきれない隔意を抱き続けている原因である記憶だ。


基地から生きて逃げ延びた人々は三つに別れた。

最高司令部たるオイルリグからの指揮系統断絶と母屋たる基地の喪失という最悪の事態に絶望して自決した者達。
友軍の通信回線から流れてきた、シニア・オータムというDOEの幹部から東部への移動を行う呼び掛けに応じた者達。
最後にモハビやNCR領内に散らばり、一般人やスカベンジャーに紛れて生活する事を決めた者達。

割合としては全員の内、3、5、2だった。
まだ幼く物心が付いたばかりの子供でしかなかったアルケイドは、父親の部下達と共にモハビへと降りた。

父が生きていたら、部隊共々東を目指しただろう。
父子共々基地で果てていたら、彼らだけで東を目指しただろう。

しかし、彼らは恩人である上官の息子を見捨てる事が出来なかった。
アルケイドも彼らと離れて別の大人達と共に東を目指す事は出来なかった。


そして、過去の素性を晒さないように、慎重にアルケイド・ギャノンは35歳になるまでモハビ・ウェイストランドにて生きてきた。
父の元部下達である『エンクレイヴ・レムナント』達と時折連絡を取りつつ、アポカリウスの使徒に連なる医師として。




『すまないが急いでボルダーシティ近くの集落への回診を行ってくれないか。
 どうやら、ジャッカルギャング共の襲撃を受けたらしい。重傷者は居ないようだが複数の負傷者が出ている様だ』


昼過ぎ頃、第188交易所と呼ばれる大規模な交易所で食事を取っている時に、無線から連絡が来た。

「またか……最近はこういったのが多いな」

「まーな、NCRとリージョンの小競り合いが増えてるから、その隙を狙って色々やらかしたいって思う連中が多いんだよ」

「Vault3の周辺に居たフィーンドの連中もその手合いだったよなぁ。もっともやりすぎて俺達に潰されたけどよ、ヒャア!」

「犬肉の丸ごとバーベキューは美味しかったですね先輩」


ブロートフライスライダー(巨大蠅の腹肉とサボテン肉のサンドイッチ)にかぶりつきながら、モヒカン使徒達が相づちを打つ。

戦乱でその地域が荒れれば、その合間を縫って掠奪や暴行に精を出す強盗や夜盗が出没するのは今も昔も変わらない。
加えてモハビの過半を占有しているNCR軍は、自国の拠点または直轄している街や集落以外の法の裁定者には成りたがらない。

NCRの税金を納めてない小さな集落や民家などの安全には、全く注意を払わないのだ。
そしてそんな無防備である獲物を、飢えた略奪者達が狙わないわけがない。

無線から連絡があったボルダーシティ近くの名もない集落も、組織の加護を受けてない僅か30人程度の集落だ。
ウェイストランド・テキーラや噛み煙草を製造し、ボルダーシティやフーバーダムへ向かうNCR兵相手に細々と商売をしている。
何度か診察に言ったことがあるが、まともに戦える成人男性が数人で10mmピストルか長い鉄パイプで装備しているのが精々。
リージョンの偵察部隊か、フィーンドにでも見つかれば1時間も持たない。
男は皆殺し、女子供は奴隷にされてあっという間に滅ぼされてしまう。そんな感じの集落だ。


「しかし、相手は零落れたとはいえギャングだぞ。あの集落の防衛力で負傷者だけに済ませられるとは……」

「兎に角、集落へ急ぐぞ。連中は毒を使うのが伝統だとも聞く。万が一毒に犯された人が居たら拙い」


アルケイドは食いかけのリスの串焼きを口に押し込むと、急いでオフロードバイクへと駆け寄っていった……。





途中、放棄されたドライブイン近くで生き残りのギャングらしい連中を発見したので、


「このローチ野郎共がぁ、逃がしゃしねぇぜ~!!!」

勢い良くギャング達のど真ん中に突入したオフロードバイクのタイヤが、ジャッカルギャングの1人を挽き倒す。

「ヒャッハー! 良いギャングは死んだギャングだけだぁ!!」

消防斧がギャングの脳天をかち割り、スーパースレッジが側頭部を叩き潰す。

「ドライブインの窯焼きギャングだぁ、クリスピィィィィィ!!!」

近くのドライブインに最後の数人が立て籠もったので、火炎放射器でカリカリに焼き上げ。



全員、綺麗さっぱり消毒しましたとさ。

「はぁ……何時もこんな感じだよ」




数時間後、彼らは目的の集落へたどり着いた。

集落は粗末なバリケードとそびえ立つ岩場を利用し、数軒の家とシーザーの禿頭のような広さの畑を囲っている。

バリケードの一部が破られていたが、バリケードを修理したりギャングの死体(下着姿)を片付けている人達の姿が見えた。

集落に到着したアルケイドはリーダーと早速話をした後、怪我をした人々の治療を行った。
モヒカン医師も張り切って銃創の切開手術を行っている。

「傷口を消毒だぁ~!!」

「ヒィィィィィィィィ!!!」

高らかに響き渡る嬌笑と、患者の悲鳴の中、怪我人達の治療は速やかに済まされた。
医療班以外のメンバーは周囲の警戒と死体の埋葬、ギャングの首を切り落として杭に刺し、一定間隔毎に地面へ立てる作業を行っていた。

こうすると窃盗犯程度なら集落の中にこれを成し遂げた獰猛な相手が居ると判断し、集落への侵入を諦めるかもしれない。
謂わば案山子のようなものであるが、それなりに効果的ではある……ジョシュア・グラハム的にはだ。


「いや、本当に助かったよ。アポカリウスの使徒には何時もお世話になっている……」

「まぁ、こういった活動が我々の本義だからね。ところで、これだけのギャングに襲われたにしては村が無事過ぎるな、NCR兵が助けてくれたのかい?」

集落の共同食堂で出されたブラックコーヒー(代用)を啜りながら、アルケイドは当然の疑問を投げかける。
見て回ったところ集落の損害は一部バリケードが破られた、銃で撃たれたりパイプで殴られて負傷したのが数人程度だ。
見張りが発見した時には数十人居たという。集落や周辺で倒れてたのが13人、ドライブインまで逃げていたのが10人。
ジャッカルギャング達は装備も練度もいまいちなチンピラの群れに過ぎないが、惰弱な集落を滅ぼすには充分すぎる程の戦力だ。


「お医者さんよぉ、ここらに居る徴兵で集められたNCR兵なんか当てにならないってあんたも知ってるだろ。俺達を助けてくれたのは別のヒーローさ」

「ヒーロー?」

「うん、ヒーロー。ギャングが襲ってきてから直ぐにやって来たんだ。頭全体がモヒカンみたいに立ってて、すんごい無表情なの!」


アルケイドの疑問に、食堂に集まっていた集落の人間は口々に叫び始めた。


「ああ、凄かったぜ。一瞬で距離を詰めてパンチが一発唸る度にギャング共が宙を舞ったんだ。比喩じゃねぇ、マジでふっ飛んだぞ」

「そーだそーだ、殴りかかってきた鉄パイプを素手で受け止めて、相手の首を萎びたウチワサボテンみたいにへし折ってたな」

「ギャングのボスがメタルアーマー着てたけど、其奴の胸元に手を叩き付けただけで、ボスが全身から血を吹き出して倒れてしまったんだぜ!」

「ボスをやられて逃げ出したギャングの1人を、投げた鉄パイプで串刺しにしてたぜ。リージョン兵の投げ槍なんて目じゃなかったな!」

「バルト……ああ、Vaultか? Vaultのボロボロになったスーツ着てたんだけどすっげぇ筋肉だったよ」

「銃弾が十数発身体に当たってたけど平気な顔してたぜ。散弾や小口径弾程度なら筋肉で止められるとかピンセットで銃弾摘出しながら言ってた……」

「あの人がギャングごとバリケードぶち破って加勢してくれた時、間違って撃ってしまったんだ……避けられたから良かったけどね」

「お礼を言おうと思ったのに、コーヒー1杯飲んだら急用を思い出したとか言って物凄い勢いでバリケードを飛び越えて走って行っちゃったんだ……」


アルケイドは冷や汗をダラダラ流しながら言った。

「……それ、全部実話なら本当に人間なのかい?」

集落の人達は全員首を傾げた。

「……さぁ? あ、そうだアルケイドさん、もう一つ伝えなきゃいけない事があったんですよ」

「……? 何だい」

「ええ、実はですね、ここから2つ丘を越えた場所に、変なのが落ちてきてキラキラ光ってるんです……。
 この間別のギャングが近付いていった後、悲鳴が聞こえてそのままだから気味が悪くて誰も近付かないんですけど」





集落からその謎の物体が落ちた場所へ向かう途中。
数日前、戦前の機械を買い付けにノバックへ寄った時の事がアルケイドの脳裏に過ぎる。




「そんな……本当に、エンクレイヴが復活しただなんて」

「確かな噂だよ。ニューヨーク州のマンハッタン島を拠点として、オータムという男が大統領を務めているらしい」


ノバックのモーテルの2階。
吹き曝しの通路で、アルケイドはレムナントの1人であるデイジー・ホイットマンと久し振りに旧交を温めていた。
彼女は元ベルチバードのパイロットであり、ナヴァロ前哨基地から最後に飛びたったベルチバードを操縦していた。
父の行ったミッションの大半で操縦桿を握り、父の部下達を安全確実に前線や指定された目的地に届けている。
今は操縦桿を握ることも無く、ノバックの近くにあるレプコン社の施設跡からジャンクや戦前の物資を探すスカベンジャーをしていた。


「…………坊や、いっそ、アポカリウスの使徒を辞めて、ニューヨーク州に渡ったらどうだい?」

「な、何を言ってるんだデイジー!」

「アルケイド坊やはまだ若い。新しいエンクレイヴを見定める時間も、その中で生きる事も選べる時間がある。
 坊やがずっと今の境遇に、過去を隠して息を潜めて生きていく人生に不満を抱いている事に私達は気付いていたさ」

手土産に持ってきたテキーラの瓶を呷りながら、老婆はノバックの外に広がる荒野とモハビの砂漠に目を細める。
アルケイドと同じく、彼女もまた過去と生い立ちを隠しひっそりと生きてきた。
大好きだったベルチバードを補給用バンカーに封印し、それ以来一度も空を飛ぶことも無く生きてきた。

その生き方の辛さを知るからこそ、彼女はアルケイドにエンクレイヴへの復帰を勧めたのだろう。

「私達……レムナントの事は気にしなくてもいいさね。私達の為に坊やの足止めをしてしまったら隊長に怒られてしまうよ。
 それに、私達は老いすぎた。東海岸まで渡れる体力も無いし、老い先短い有様だから組織に対する貢献も出来ないだろうからねぇ」

「デイジー……」

「ま、オリオン・モレノ辺りは喜び勇んで東海岸を目指しそうだけどね。これでNCRに一泡吹かせられるって!」

血の気の多い降下重装兵の事を思い出し笑いしながら、デイジーはテキーラを飲み干した。



(ああ、そうだよデイジー。確かにその生き方もあるだろう)

ザクリザクリと足音を立てながら、アルケイドは丘を越えていく。
辺りにはカサドレス(異常進化した巨大猛毒蜂)もおらず、奴隷と覚しき白骨死体が1つ転がっていただけだった。
そんなものには目もくれず、アルケイドは歩きながらも考えに没頭する。

(でも、本当にエンクレイヴが復活していたとして、俺はどうすればいいのだろうか)

自分の遺伝子データと過去の所属を述べれば、エンクレイヴは自分を迎え入れてくれるかもしれない。
しかし、それがかつての、自分達以外の全てに無慈悲だった頃のエンクレイヴだったらどうするか。
過去の過ちを繰り返す為にエンクレイヴが復活したと言うのであれば、それに加わるのは自身の良心を否定するという事だ。

(だが、このままモハビで生活し続けられるだろうか。エンクレイヴが復活したと聞いた後でも?)

人間は目の前に現れた希望に取り縋らざるを得ない生き物だ。
自分の失われた存在意義。糸の切れた凧のような存在。
モハビで根無し草となって、それでも生きていかねばならなかったアルケイドの前に転がってきたチャンス。

(それに縋らずに生きていく事が俺に出来るだろうか)

「おい、アルケイド、あれじゃないか?」

「あれ……あ、あれか」

同行した護衛のモヒカンに肩を叩かれ、アルケイドは我に返った。
そこには、確かに『キラキラ光っている不思議なもの』が存在していた。

それなりの高さから落ちてきたのか、ちょっとしたクレーターの中心でキラキラと輝いている。



「何だこれは……見た感じ、金属の筒だな」

「ああ、そうだな……げ、微弱な放射能を感知するぞ」

確かに、モヒカンが手にしたガイガーカウンターからは放射能を感知した時の不愉快な音が聞こえる。
しかし、ある程度近付かなくては調査にならないのも事実だ。

「ガイガーカウンターを貸してくれ。もう少し近付いて調べてみるよ」

「おいおい大丈夫かぁ?」

「大丈夫さ、これを飲めばちょっと位近付いても平気だよ」

RAD-X(放射能抑制剤)をポンと口に放り込んだアルケイドは、モヒカン使徒から借り受けたガイガーカウンターを手に『筒』へ近寄る。
見れば見るほど不思議な物体だ。白銀の、劣化が全く感じられないツヤツヤとした金属。
そしてその隙間から見える幾何学模様が発光している。一体何で出来ているかアルケイドには判別が付かなかった。

後数メートルまで接近し、アルケイドが筒に向かって手を伸ばした瞬間。


「な、何だ――――――!!!??」

「お、おおお、か、身体が浮いてやがる!?」

「ちょ、アルケイド、おま、何をした!??」

「近付いただけだ……何もしてな……う、うわ――――――!!!???」


三人の身体が数十メートル上空まで巻き上げられていく。

ドンドン高度が上がり、喚いているモヒカン使徒の声が遠ざかっていく。

(一体何なんだ、俺は、どうなるんだ!?)

やがて、正体不明の白光に包まれてアルケイドの意識は途絶した。






……―――意識が、ぼんやり戻ったような気がした。

だけど、身体が動かない。頭も動かない、目蓋すら開かない。

これが、意識だけ起きて身体は眠っているという状態だろうか?


「アイツが戻ってきたと思ったら全く別人だったでござる……と言うか、レイダーかギャングですら無かったな」

『おい、ポンコツ屋、こいつらはレイダーか?』

「そうかと思って引き上げたんだが違うよ。こんなモヒカン頭と外観だからレイダーだと思ったんだが。
本当はビーコンに興味を引かれたレイダー共を釣り上げてたんだけどなぁ……。
 謂わばアレは罠って事さ。だけど、こんなのまで呼んでしまうとはなぁ……少し針を垂らす時間が長かったか?」

『お前がファッキンな誰も飲めない飲み物なんかこさえずにこれの監視に注意してれば、近付かれる前に引き上げられたかもなぁ?』

「う、うるせーよ。黙ってろこのマグカップフェチが。そのちっさい身体をミニカーサイズにされてーのか!」



二人の男が喋っているようだ。

1人は自分より若干若い感じの男……もう1人は初老ぐらいだろうか。
ただ、合成音っぽい感じなので人間ではないのかもしれない。




『言い訳はいい。ポンコツ屋、こいつらはどうする?』

「回収時に自動的な処置で気絶する仕組みだし、睡眠剤ぶちまいておいたから、ぐっすり寝てるだろ。
 起きていたら面倒な事になってけど、これなら直ぐに地上へ戻せばいい話さ」

『……そうか、今もドクター達から催促の雨が降り注いでるぞ。急いだ方が良いんじゃないか?』

「ドクター共に伝えろ、数百年生きているんだからいい加減堪える事ってのを覚えろと!
 あんたら親に食べるなと言われたファンシーレディケーキを我慢できないガキか!?」

『ポンコツ屋、早くしないとお前のターミナルのメモリーデータを電脳○液で真っ白にするとドクター・エイトが』

「おい、止めろ!! あそこには取って置きの隠し撮り秘密画像とコラが……………………げふん!
 あれ駄目にしたら保護用ジェルの代わりにヌカコーラ・アルティメット(アクチニウム配合)を流し込んでやるからな!!」

『ポンコツ屋、ドクター・ダラがクランケの回収を急がないとポンコツ屋が8日前のAM:3:43分頃、
 シンクの自室にあるターミナル内の画像を利用して卑猥かつ非生産的な行為に勤しんだ件について追究すると……』

「あー、もー!! うるせー、解った、さっさと送るからナプキン付けて待ってなさいと伝えろ!!
 後、ドクター・ダラ、申し訳ないけどエイトがぶちまけた部分を滅菌しておいてください!」

『ドクター・クラインがこの早漏野郎と』

「通信を切れ、終わり、グッパーイ!!!」

『それでいいのかよ全く』

「いい訳ないけど、あいつらとまともに付き合ってられるかっての。さぁ、さっさとこいつ等を地上へ降ろすぞ」


人影が自分に覆い被さってくる。
そして空中に釣り上げられた時に感じた光が、脳内を再び覆い尽くす。

(待て、お前等は、一体何者……)

人影はアルケイドの疑問に答えず、彼もまた、再び意識を失っていった―――。
















意識を取り戻したアルケイド達は集落の食堂のテーブルで寝かされていた。
居残りのチームメンバー達がアルケイド達の帰りがあまりに遅いので様子を見に行った所、丘の向こう側で倒れていたらしい。


後日、あの周囲を捜索したが荒涼とした荒野の丘に空いたクレーターの跡とサボテンしか無かった。

「一体、何だったんだアレは……」

アルケイド・ギャノンは知らない。
自分の気付かない内に、自分の運命に大きな関与をもたらす人物との邂逅を遂げていた事に。



アルケイド・ギャノンが運命的な出会いを果たすまで、僅か数ヶ月前の事である。

終わり








何でか知りませんが、New Vegasの外伝が真っ先に出来た。どういうことなの……?
エンクレイヴが組織的に存続し、国家として存在している事から、西部エンクレイヴの末裔である彼の生きる未来にも影響が出ています。

東方へ赴くにはあまりにも年老い過ぎたレムナント達は諦めてますが、まだ年若いアルケイドにはニューヨーク州へ渡る事を勧めています。

彼自身も自分の両親達が属した組織の贖罪となるか、エンパイアステーツが自分の新たな存在意義に成りうるか半信半疑の状態です。

まぁ、運び屋か別の誰かが後押ししてくれるまで、この根は善人な医者は結論を出せずうじうじ悩み続ける訳ですけど。




……後、『馬鹿』と修理屋は相変わらず自重しませんでした。






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