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[10422] 【完結】せせなぎっ!! (ネギま・憑依・性別反転)【エピローグ追加】
Name: カゲロウ◆73a2db64 ID:552b4601
Date: 2013/04/30 20:59
前書き
 



 はじめましてカゲロウと申します。


 この作品は以下の内容を含みますので、これらが苦手な方は読むのをオススメしません。

 ・ 憑依系主人公による「ネギま」の本編再構成モノです(性別反転も含んでいます)。
 ・ 最初の方の主人公は最低系のダメ人間ですけど、最終的には まともになると思います。
 ・ 魔法などの設定を一部改変どころか都合により大幅に改竄しています。原作と整合性が取れません。
 ・ また、キャラクターについても原作とは掛け離れます。キャラブレイクのオンパレードです。
 ・ 一応、基本的には原作キャラへのアンチはありません。最終的には好意的な解釈に繋がります。
 ・ ハーレムエンドを目指していましたが、微妙かも知れません(メインヒロインは いいんちょ です)。
 ・ しかし、いいんちょ とのキャッキャウフフなシーンは皆無に等しいです。軽く矛盾してます。


 ……では、それでもOKって方、以下プロローグですので よろしくお願いしますです。


 


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プロローグ:すべての始まり


 


Part.01:見知らぬ天井


(どこだ? ここ……)

 深い眠りから意識を取り戻した彼の目前には見知らぬ天井――少し くすんだ白い天井が広がっていた。
 テンプレでは「知らない天井だ」と言うべきところだろうが、彼の場合は率直に疑問が浮かんだようだ。
 まぁ、これが普通の反応だろう。いきなり見知らぬ天井を見たら「どこだ?」と思うのが普通の反応だ。
 いや、世の中には「知らない天井だ」とテンプレを口走れる余裕がある人間もいのるかも知れないが、
 そんな人間は そう言った状況に慣れているか、ある意味で人間をやめているような人間だけだろう。

(ここは……病室か?)

 混濁とする意識に活を入れ どうにか覚醒させた彼が周囲を見回してみると、その目に入って来たのは白だった。
 天井だけでなく、壁も床もベッドもシーツも、目に付くインテリアすべてが白を基調としていたのである。
 しかも、彼は現在 着脱が容易で簡素な衣服――患者衣を着せられてすらいる。十中八九、彼がいる場所は病室だろう。

(……じゃあ、どうして病室にいるんだ?)

 彼が思い出せる範囲内での最後の記憶は、とても嫌なことがあったので自棄酒を浴びるように飲んでいたこと だった。
 いや、まぁ、そこまで覚えているのなら思い浮かぶ可能性は一つだ。そう、急性アル中で倒れて病院に担ぎ込まれたのだろう。
 だが、それはあくまでも仮定だ。まだ そうと決まった訳ではない。それ故に、彼は正しい情報を知っていそうな人物を呼ぶ。

 そんな訳で彼が手元にあるナースコールを押してから数分、「失礼します」と断りを入れて看護師が病室に入って来たのだった。

 ……………………………………
 ………………………………………………
 …………………………………………………………

 看護師さんからの情報をまとめると、どうやら彼は「川で溺れて意識不明となったことが原因で病院に運ばれた」らしい。

 彼は「急性アル中じゃなくてよかった」と軽く安堵するが、それと同時に「じゃあ何で溺れたのか?」と言う疑問が浮かび上がる。
 自棄酒を飲んでいた記憶も併せて考えると、飲み過ぎたせいで見境がなくなって川に飛び込んだ可能性が高いのではないだろうか?
 もしそうだとしたら、黒歴史に認定できるレベルで恥ずかしい。当然、不安になった彼は(まだいた)看護師さんに事情を聞いてみた。

 で、看護師さんの説明によると、彼が溺れたのは「溺れた子供を助けたから」らしい。思わずホッとした彼は悪くないだろう。

(子供を助けて溺れたなら、そこまで恥ずかしくはないかな? あ、いや、でも、人を助けて自分が溺れてりゃ世話ないって話か……
 急性アル中とか酔ったうえでの暴挙よりはマシっちゃマシだけど、それでも病院の厄介になっていることは変わらないからねぇ。
 でも、ちょっとした違和感があるんだよね? だって、オレって子供を助けるために川に飛び込むようなキャラじゃないもん。
 せいぜい、レスキューを呼んで「後はプロに任せよう」ってタイプだよ? それなのに、自分で助けようとするなんて……実におかしい)

 安堵しながらも「身に覚えのない行動」に評価を付けている彼。そう、そんな余裕が この時の彼にはあったのだ。

 だが、そんな余裕など「余裕? なにそれ おいしいの?」と言いたくなるくらい、跡形もなく吹っ飛ばされる。
 何故なら、担当医の診断を受けた時に何気なく盗み見した「カルテの日付」が『2002年の7月』だったからだ。
 まぁ、「カルテを盗み見するなよ」とは言いたいが、自分のカルテが見られる位置にあれば見てしまうものだろう。
 いや、今の問題はそこじゃない。今 問題にすべきなのはカルテの日付が『2002年』になっている、と言うことだ。
 と言うのも、彼の記憶が正しければ現在は『2012年』であるのにカルテ上では『2002年』と記載されているからだ。

(……みんな、わかってくれるか? オレの受けた驚天動地な このショックを)

 斜め上を見上げながら、居もしない『みんな』に話し掛けているのは、きっとショックの あまりに混乱しているからだろう。
 混乱した彼は「そう言えば、病室のカレンダーも『2002年』だったなぁ」とか「でも、放置されてるだけだと思ったんだ」とか、
 あまつさえ「まさか こんなことの伏線だったなんて」とか「オレは悪くない筈だ」とか虚空に向かって自己正当化に勤しむ。

(いや、現実逃避をしている場合じゃないな……)

 一頻り文句を言ってスッキリしたのか、どうにか落ち着きを取り戻した彼は冷静になって状況把握に努める。
 まぁ、正確に言うと、落ち着きを取り戻したのではなく、パニックになり過ぎて逆に落ち着いただけなのだが。
 だが、それでも落ち着いたことには変わり無い。彼は「オレは冷静だ」と自分を誤魔化しながら思考を続ける。

(今のところ思い付く可能性としては……以下の5つかな?)

 ① 実は彼をハメるためのドッキリだった。
 ② もしくは彼の10年間は彼の夢でしかなかった。
 ③ むしろ、逆に今の状況が夢なのかも知れない。
 ④ いや、そもそも夢と現実を別つものは何なのか?
 ⑤ これは胡蝶の夢なのか、それとも彼の夢なのか?

(まぁ、とりあえず、①から可能性を検証してみるかな?)

 ① : 彼をハメるためだけに医者までがドッキリに付き合う訳がない。そもそも、一般人である彼に こんな大規模なドッキリを行う意味がない。
 ② : それなりに納得できる可能性なのだが、彼としては これまでの10年間が夢オチだったなんて結末は嫌らしい。彼的には有り得ない可能性だ。
 ③ : 起きてから これまでの「整合性のある事実の連続」を鑑みると現在が夢の筈がない。少なくとも、彼の主観では 夢だとは思えないようだ。
 もちろん、④と⑤は考えるまでもなく除外だ。これらは単なる彼のボヤきだ。「ムシャクシャしてやった、反省はしていない」と言った類のものだ。

(と言う訳で、出た結論は「時間を遡ったんじゃね?」ってことだな、うん)

 実は、真っ先に思い付いたらしいが、「いや、それはないって。常識的に考えて」と思ったのでスルーしていたようだ。
 しかし、他に思い付いた可能性よりは有り得そうなもの(と言うか、納得できる内容)だったため、素直に認めたらしい。
 まぁ、正確に言うと、二次元脳をしている彼にとっては「ある意味でラッキーな展開じゃん?」とか喜んで認めたのだが。

 ……そう、この時点では、そんな甘いことを彼は考えていたのである。



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Part.02:その頃のネギ・スプリングフィールド


 ところ変わって、イギリスはウェールズにあるメルディアナ魔法学校。
 現在、その大講堂において今年度の卒業式が執り行われていた。

「では、卒業証書授与を始める。ネギ・スプリングフィールド君、前へ出なさい」

 式はクライマックスとも呼べる卒業証書授与の段になり、校長が卒業生代表生徒の名前を呼ぶ。
 そして、呼ばれた生徒――ネギは「はい!!」と元気のいい返事をして生徒の列より一歩前に出る。
 まぁ、その体躯は他の生徒に比べて かなり小さいため、一歩前に出ても観客には見えないのだが。

「長い間、よく頑張ったのぅ。じゃが、これからの修行が本番じゃ……ゆめゆめ気を抜くでないぞ?」

 それでも前に進み出たことは変わらない。校長は卒業証書を渡しながらネギに激励の言葉を送る。
 それは「校長から生徒への言葉」であると同時に「『祖父』から『孫』への言葉」でもあった。
 何故なら、ネギは校長にとって孫同然の存在であり、両親に捨てられたも同然の人生を過ごしたからだ。

「はい!! 頑張ります!!」

 ネギが校長の言葉を どのように受け止めたのかは定かではないが、
 ネギは言葉の端端から滲み出る、輝かんばかりの熱意を隠しもせずに答え、
 卒業証書を恭しく受け取ると深々と一礼し、生徒達の列に戻った。

 ……………………………………
 ………………………………………………
 …………………………………………………………

 ネギの この意欲の裏には、その過去が大きく関わっている。

 幼い頃、ネギは平穏を絵に書いたような静かな村に住んでいた。
 しかし、その「絵に描いたような平穏」は突如として破られた。
 そう、ネギの住んでいた村が悪魔の群れに襲われたのだ。

 それは一方的な虐殺であり、蹂躙としか言えない惨劇だった。

 その時、ネギは多くの大切な人達を失った。物心がついてから ずっと一緒だった大切な隣人達を……
 そして、その惨劇が繰り広げられる中、当時のネギは あまりにも無力な存在だった。
 まぁ、その当時のネギは まだ3歳だったのだから無力であることは罪ではない。
 だが、大切な人達が目の前で石化していく中でも何もできなかったことがネギを絶望させた。

 ――だが、その『絶望』がネギを塗り潰す前に『救い』は現れた。

 その『救い』とは、ナギ・スプリングフィールド。ネギの父親にして千の魔法を使いこなす と言われる『サウザンド・マスター』。
 ……村を蹂躙した悪魔達を圧倒的な『力』で蹂躙した彼の姿は、幼いネギにとって悪魔以上の『化け物』にも見えた。
 だが、それが自身の父であることを知った時、ナギ・スプリングフィールドはネギ・スプリングフィールドの『憧れ』となったのだった。

 そして、その時ネギは いつか『立派な魔法使い(マギステル・マギ)』になることを誓った。

 己の感じた無力感や絶望と言った暗い感情から目を逸らし、
 歪な父への憧憬で己の心に蓋をしたことに無自覚なままに、
 そうなれば、父(サウザンド・マスター)に会えると妄信して……

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「ネギ、アンタの修行内容 何て書いてあったの?」
「ん~~、まだ出て来ないからわかんないや」
「まぁ、アンタは最後に受け取ったからしょうがないか」

 卒業式を終えた卒業生達は受け取った卒業証明書に書かれている卒業後の修行内容で盛り上がっていた。
 それはネギも同様で、幼馴染のアンナ・ユーリエウナ・ココロウァ(以下アーニャ)と楽しげに話し合っていた。

「うん、そうだね。ところで、アーニャの方は どうだったの?」
「へっへ~~ん♪ アタシは『ロンドンで占い師をやること』ですって♪」
「へ~~、ロンドンかぁ。いいなぁ。ボクもロンドンだといいのになぁ」

 アーニャは自慢げに語り、ネギは本当に羨ましそうに返す。そう、二人は とても仲の良い幼馴染なのである。

「アンタみたいな お子様は、もっと田舎がいいんじゃない?」
「むぅ~~!! アーニャだってボクと一つしか違わないじゃないか?」
「確かにそうだけど、この年頃の一年の違いは大きいのよ!!」
「え~~? でも、背だって あんまり変わんないじゃないか?」

 ネギの言う通り、アーニャはネギより一つ年上である。だが、ネギは2年、アーニャは1年の飛び級をしているので、卒業は同時なのである。
 そして、これまたネギの言う通り、二人の背丈は ほぼ同じなのである。まぁ、若干アーニャの方が高いので、年上の面目は躍如できているが。

「うっさいわよ!! すぐにムキになるとこなんか まんまガキじゃない!!」
「むっ!! アーニャだって、すぐにムキになってるじゃないか!!」
「何ですってぇ!? アタシはムキになってないわよ!! 至ってクールよ!!」
「どこがクールなのさ!? どう見てもムキになってるじゃないかぁ!!」

 そして、「う~~」と唸って今にも掴み合いのケンカになりそうになる二人。
 まぁ、この時点で「両方ともガキである」のだが、二人とも子供なので気付かないのだ。

「はいはい、二人ともそこまでよ」

 今にも掴み合ってガチバトルを始まらんととしていた そのタイミングで、
 それまで二人の後方で静観していたネカネ・スプリングフィールドが割って入る。

「ネカネお姉ちゃん……」「ネカネさん……」

 二人はネカネの存在を思い出し、一気にテンションを下げる。冷水を浴びせられた様な気分になったのだろう。
 その意味では、ネカネが仲裁に入ったのはベストなタイミングだ。まぁ、もっと早く止めるべきかも知れないが。
 ところで、ネカネを「ネカネお姉ちゃん」と呼んだのはネギの方だが、別にネカネはネギの姉と言う訳ではない。

 言うまでもないだろうが、二人は従姉妹同士である。ネカネが幼い頃より『姉』としてネギの面倒を見ていたので、この様な呼称なのだ。

「ほら……ネギの修行内容、もう浮かび上がっているわよ?」
「え? ――あっ!! 本当だ!! いつの間にか出てたんだ!!」
「本当!? って、ちょっと!! アタシにも見せなさいよ!!」

 落ち着いた二人に満足したネカネは、ケンカの発端とも言える「ネギの修行内容」に二人の意識を向けさせる。
 そして、ネカネの思惑通り、二人はケンカしていたことなど忘れてしまったように仲良く卒業証書に目を向ける。
 ケンカするほど仲が良いと言うか、ケンカしても簡単に仲直りできるほど、仲が良いのが この二人なのである。

「「って、ええ!!?」」

 そして、仲良しな二人は そこに浮かび上がっていた文字を見て仲良く異口同音に驚きの声を上げる。
 当然、その驚きようを不審に思ったネカネが「何て書いてあったの?」とネギの卒業証明書に目を落とす訳で、
 滅多に動じないネカネと言えども そこに浮かび上がっていた想定外な内容に「まぁっ!?」驚くのであった。

 ちなみに、その内容とは「日本の中学校で学ぶこと」であったらしい。



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Part.03:事件は病室で起きている


(……はい? いや、これは無いっしょ?)

 そして、舞台は再び病室に戻る。そう、例の病室にて、彼は あまりにも有り得ない事態に思わず頭を抱えていた。
 いつもの彼なら「これはヒドい」と言うバカなセリフを口走っているのだが、どうやら そんな余裕はないようだ。
 先程の「知らない天井だ」を言えなかった時と同じくらい、いや、どう考えても それ以上に余裕がないのである。

 とりあえず、順を追って話そう。

 現在が2002年の7月であることを受け入れた彼は、理由はわからないが逆行したことにして現状を把握したつもりになっていた。
 だがしかし、そう納得しようにも よくよく考えてみたら「10年前に入院した記憶がない」ため、逆行も違う気がして来たのだ。
 まぁ、もしかしたら彼が忘れているだけだったり、逆行した影響で入院したのかも知れないので、そう大した問題ではないのだが。
 それ故に、彼は「当時の自分(つまり現在の彼)を調べれば思い出すのでは?」と軽く考えて私物を見てしまったのである。
 幸いと言うべきか生憎と言うべきか、川に飛び込む時に鞄を置いていった様で濡れていなかったため調べるのに支障がなかったし。

 そう言った経緯で、彼が私物を物色していると……鞄の中に無造作に入れられていた『見覚えのない手帳』が見つかった。

 彼が「あれ? これって何の手帳だ?」と疑問に思うのは当然だし、疑問を解消するために手帳を開くのは必然だろう。
 つまり、何が言いたいのか と言うと、彼が手帳を見たのは軽い気持ちだったのだ。そう、特に深い意味などなかったのである。
 それが まさか『あんなこと』になるなろうとは……お天道様ですら予想しなかっただろう。だから、きっと彼は悪くない。

 さて、あまり引っ張っても意味がないので、身も蓋も無く真相を話そう。

 なんと、その手帳は生徒手帳で、
  麻帆良学園男子中等部 2年B組 出席番号11番 神蔵堂 那岐(かぐらどう なぎ)
 と書いてあったのである。

 いや、まぁ、他者から見ると大した情報ではないのだが、彼には非常に甚き大な衝撃だったのである。

 その衝撃は、彼曰く「両親から実の子供ではないことをサラッと伝えられた時くらいの衝撃だった」らしい。
 何故なら、麻帆良学園の中等部に在籍しているからだ。年齢的に中学生なのは問題ないが、麻帆良学園はダメだ。
 まぁ、一概には言えない部分もあるが、テンプレ的に考えると麻帆良学園と言ったら「ネギま」の舞台だろう。
 と言うことは、『ここ』はネギまの世界と言うことになり、彼は逆行したのではなくトリップをしたことになる。

 いや、まぁ、正確に言うとトリップではなく憑依になるだろうが。

 紹介が遅れたが、彼の名前は生徒手帳に書かれていた名前と同じ、神蔵堂 那岐だ(彼が那岐と言う漢字表記を嫌うので以下カタカナ表記とする)。
 しかも、肉体は どう見ても若かりし頃(10年前)の肉体そのものなので、この世界の彼(以下、那岐と表記)にナギが憑依したに違いない。
 いや、若返ったうえで漂流した可能性もあるが……それだと生徒手帳を持っていることの筋が通らないので、憑依した可能性が一番 高いのだ。

 ――さて、ここで一つ訂正がある。先程『ここ』を「ネギまの世界」と表現したが、それは正しい表現ではない。

 正確には、『ここ』は「ネギまに似た世界」と言うべきだろう(大した違いではないが、それでも微妙に違う)。そう、那岐がいたからだ。
 まぁ、ネギま世界に同姓同名で彼と似たモブキャラがいて それに憑依した、と言う可能性も無くはないが……それは極めて低い可能性だろう。
 それに、『ここ』が「ネギま」だろうが「似た世界」だろうが、ナギにとっては 己の住んでいた世界ではない以上どちらでも大差はないのだ。

 何故なら(那岐を知っている人間はいたとしても)ナギを知っている人間がいない点で両者は変わらないからだ。

 とは言っても、よくよく記憶を振り返ってみると、ナギの両親は既に他界していたし友人と呼べるような存在もいなかった。
 嫁がいたような気はするのだが、嫁に関する情報がゴッソリ抜け落ちているので妄想の産物である可能性が非常に高い。
 つまり、ナギの住んでいた世界でもナギを知っている人間は皆無に等しいため、世界が変わっても大差ないとも言えるのだ。

(…………あれ? おかしいなぁ。何故か目から汗が溢れてくるぞ?)

 これは決して涙ではない。あくまでも汗でしかない。と言うか、そう言うことにして置かないと立ち直れないのである。
 さすがに「知り合いがいなくて嘆いたのに、よく考えると知り合いそのものがいなかった」のはショックなのだ。
 少々 人と違った感性を持っているナギと言えども一人ぼっちは寂しいのだ。自己欺瞞だが、これは必要な嘘なのだ。

(と、ところで、ナギって某葱な主人公の父親と同じ名前だけど……何かのフラグじゃないよね?)

 かなり無理矢理な話題転換だが、ここは付き合ってあげるのが大人だろう。と言うか、これはこれで気になる話題であるし。
 彼の趣向に合わせてナギと言う表記をしているため、よくよく考えなくても それだとネギの父親である英雄様と同じになってしまう。
 まぁ、普通に生きている限り(魔法関係に関わらない限り)、ネギやら英雄様やらとは関わらないのでナギの自意識過剰だろうが。

 どこからどう見ても何らかのフラグにしか感じないが、ナギの思い込みに違いない。多分、きっと、恐らくは。


 


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後書き


 改めまして、カゲロウです。ここまでお読みくださってありがとうございます。

 以前から「改訂した方がいい」と言う意見が多数あったので、大幅に改訂してみました。
 それで、文章の書き方は主人公視点をやめて三人称視点(一部のモノローグは残す)で統一しようと思います。

 ところで、作品のタイトルである「せせなぎっ!!」についてなんですが、本当は「ネギまっぽい世界で」に変えようと思ったのですが……

 今更 変えられないよなぁ と据え置きにしました(ボクのネーミングセンスの無さが一目瞭然なタイトルですよねぇ)。
 ちなみに、『せせなぎ』の説明をすると、漢字表記では「溝」となり「せせらぎ」と同義の言葉です。ええ、『溝』です。
 せせらぎ と言う穏やかなイメージとは掛け離れた作品ですが「せせら笑うナギ」と言うイメージで納得してください。

 どちらかと言うと「せわしなくセクハラしては、せせら笑われているナギ」って感じになっちゃってますけどねぇ。


 では、また次回でお会いしましょう。
 感想・ご意見・誤字脱字等のご指摘、お待ちしております。


 


                                                  初出:2009/07/19(以後 修正・改訂)



[10422] 第01話:神蔵堂ナギの日常【改訂版】
Name: カゲロウ◆73a2db64 ID:552b4601
Date: 2013/04/30 20:53
第01話:神蔵堂ナギの日常



Part.00:イントロダクション


 現在は2003年の2月7日(金)。

 ナギが『ここ』で目が覚めてから、半年もの時が流れた。
 その間にナギが如何に過ごしたのかは ご想像にお任せする。

 まぁ、敢えて語るとしたら「無駄な足掻きをしていた」の一言に尽きるだろう。



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Part.01:ヒィッツに憧れる男


 せっかくなので、これまでの経緯を軽く語ろう。

 病院で目を覚ましたナギは、数日に及ぶ精密検査を受けた後「健康上の問題は特に無い」と言う診断が下され、程なくして退院した。
 ここで溺れただけで精密検査を受けたことに疑問を抱くかも知れないが、実は目覚めるまでに10日も昏睡状態が続いていたのである。
 ナギは「その10日の間に記憶や自我が『オレ』の情報に上書きされていたのだろう」と妙に納得したらしいが、その納得は どうかと思う。

 まぁ、その辺りは深くツッコまないで置こう。と言うか、退院後のことに話題を移そう。

 カルテの日付(7月)から だいたいの察し付くだろうが、ナギが退院した時には既に夏休みは始まっていた。
 それ故に、ナギは夏休みをエンジョイしたのだった……と言う話だったら語るまでもないので、そんな訳がない。
 ナギは憑依したことを誰にも知られたくないため、夏休みを使って那岐に擬態する練習をしていたのである。

 端から見ると「バカじゃないの?」と思える行動だが、本人は至って真剣だった。

 何故なら「実はオレ、憑依したんだ」などと他人に漏らそうものなら「ああ、中二だもんね」と生暖かく見られるだけだからだ。
 肉体的には中二なので間違った反応ではないのだが、どう考えても厨ニ病患者として扱われているだけなので避けるべきだろう。
 と言うか、仮に憑依したことを信じてもらえたとしても、そもそも他人に憑依したことを教えるメリットは何一つとしてない。
 那岐と仲の良かった人間にとっては「那岐を奪った」と受け取られる可能性もあるので、むしろマイナスにしかならないだろう。

 そんな訳で、ナギは至って真剣に那岐として振舞うように心掛けていたのである。

 肉体(と言うか脳)に「那岐の記憶」が残っていたら、そんな努力をする必要などなかったのだが……
 生憎と「那岐の記憶」は一切 残されておらず、脳内にあったのは「ナギの記憶」だけだった。
 那岐が住んでいた場所すら生徒手帳を見なければわからなかった と言えば状況は察してもらえるだろう。

 当然ながら、那岐の記憶がないため那岐がどう言った人間なのか、ナギにはわからなかった。

 ナギが那岐のことでわかっていることは、麻帆良学園男子中等部に在籍していること、
 また、溺れた子供を助けるために川に飛び込んでしまえるタイプの人間であること、
 そして、目覚めてから退院するまでの数日の間に誰も見舞いに来なかった と言うことだ。

 そこからナギが導き出した那岐の人物像は「いいヤツなんだろうけど周囲とはうまくいってない中学生」だった。

 実に短絡的な推察だが、深く考えたところでナギには答えがわからないので、深く考えても仕方がないと言えば仕方がない。
 それ故、ナギは那岐を「いいヤツだけど人付き合いが下手」と結論付け、周囲から そう思われるような人物を演じたのである。
 しかも、演技を続けているうちに段々 演技と本音の境が曖昧になってしまったのだから最早 笑うしかない。実に無駄で滑稽だ。

 何故なら、その程度の擬態なら してもしなくても「そこが麻帆良である」と言うだけで、少々の違和感など気にされないのだから。

 普通なら不審に思われることでも、麻帆良では気にされない。世間の普通は麻帆良の普通ではないのだ。
 普通なら疑問に思うべきことでも、麻帆良では「まぁ、そんなこともあるか」程度で片付けられるだろう。
 そう、二次創作で よく言われているように、麻帆良には『認識阻害結界』が張られているのである。

 まぁ、ナギも『認識阻害結界』が張られていることの確たる証拠を得ている訳ではない(と言うか、確証がないから無駄な努力をしたのだ)。

 だが、麻帆良の人間は あまりにも「気にすべきことを気にしな過ぎる」のだ。そう仕向けられているが如く。
 それ故、ナギは「疑問を持たないように認識が阻害されているとしか思えない」と結論付けたのだ。
 そして、誰もがナギに違和感を抱かないのも『認識阻害結界』の御蔭であることも予想しているのである。

 しかし、擬態がバレていない理由は それだけではない。幸い と言うと語弊があるが、那岐の人間関係が希薄だったのも関係している。

 と言うのも(ナギの推察の通り)那岐の交友関係は狭かった。原因まではわからないが、交友関係が狭いのは間違いなかった。
 孤児だったため家族がいないし、親しい友人もいなかった。唯一 親しい存在と言えるのは「保護者になってくれた男性教師」くらいだ。
 しかも、その男性教師は出張ばかりで最近は顔すら合わせていない程度の関係性だったので、那岐の交友関係は皆無に等しい。

 また、ナギが「那岐としての記憶がない」ことを医師に告げていたことも大きな要因だろう。

 とは言っても、別に憑依云々を誤魔化すためにナギは記憶障害(記憶喪失)を装った訳ではない。当時のナギには切実な理由もあったのだ。
 先述したように、住んでいた場所すら知らない状態だったので そのまま退院させられては文字通り路頭に迷うことになる、と言う理由が。
 まぁ、溺れただけで頭部に強い衝撃を受けた訳でもないのに「昏睡状態が長く続いた影響だろう」と勝手に納得してくれたのは僥倖だったが。
 そうでなければ、那岐の家庭環境を教えてもらうこともなかったし、ナギと那岐の違いを「記憶喪失だから」で片付けてもらえなかっただろう。

 ……ところで、先程 孤児であったことや保護者の男性教師の話をしたが、那岐の生活は男性教師に支えられている訳ではない。

 那岐は特待生と言う立場であり、授業料を全額免除されているうえ小額だが奨学金の給付すら受けている。
 通常なら奨学金だけでは生活できないが、幸運なことに麻帆良は全寮制であるため生活費は格安で済む。
 贅沢をしなければ奨学金だけで充分に生活できるため、那岐の生活は麻帆良に支えられている とも言えるのだ。

 当然、特待生と言うからには それ相応の優秀さが必要である。つまり、那岐は優秀な生徒だった と言うことだろう。

 そして、これも当然なことだが、那岐の擬態を頑張っているナギも那岐の様に優秀な生徒を演じている。
 そこで成績面を心配したくなるだろうが、幸いなことにナギ自身の成績は良い方だったので どうにか大丈夫だ。
 さすがに『麻帆良最高の頭脳』と称えられる超と比べると見劣りするが、一般的に見るとナギも充分に優秀だ。
 まぁ、いろいろな部分で抜けているので そうは見えないと言う難点はあるが……とにかく学業面では優秀なのだ。

 閑話休題。本筋に戻ろう。と言うか、ここら辺で話題を現在の話にしたい。

 いや、退院した後も夏休み中やら二学期やらに いろいろなことがあったのだが……
 それらを語り出すと話が長くなるので、今回は退院前後の話だけで勘弁してもらいたい。
 今は そんなに時間がないのだ。いつか機会があったら、続きは その時に語ろう。

 と言う訳で、現在に話題を戻すが……現在、ナギは数学の授業を受けていた。

 ちなみに、数学の担当教師はナギのクラス担任でもある神多羅木 秀治(かたらぎ しゅうじ)である。
 神多羅木は、ヒゲグラと言う愛称(と言っていいか微妙な呼称)で親しまれている魔法先生の一人で、
 オールバックと髭とグラサンと黒スーツが特徴的な(その筋の人にしか見えない)中年男性である。

 ナギ曰く「某巨人ロボに出て来る『素晴らしきヒィッツカラルド』のように『指パッチンでカマイタチ』を使う男」らしい。

 どうでもいいが、ナギはヒィッツカラルドが大好きらしく、「あのヒゲが『指パッチンでカマイタチ』を使うのが許せない」そうだ。
 そのため、神多羅木に対して少々 反抗的な態度になってしまい、その結果、神多羅木から「コイツ面倒臭ぇ」と思われているようだが。
 また、それが原因で神多羅木はナギに雑用を指示することが多く、ナギは それに対して(学園長に)抗議しているとかしていないとか。

「おい、神蔵堂……ちょっと この問題を解いてみてくれないか?」

 そんな訳で あまり仲がいいとは言えないナギと神多羅木だが、周囲からすると「妙に仲がいい」とされている。
 何故なら、ナギは見た目も雰囲気も怖い神多羅木に対して一切 物怖じせずに話せる唯一の生徒だからだ。
 それに、基本的に生徒のことなど関心がない神多羅木が(悪い意味でだが)関心を持っている唯一の生徒だし。

「……どうした? まさか、わからない とか言わないよな?」

 諸々のことに思いを馳せて授業をスルーしていたナギは、神多羅木の声が聞こえていなかった。
 迂闊としか言えないが、ナギとしては既に修得している内容なので身が入らないのである。
 まぁ、だからと言って神多羅木の授業で気を抜くのは命取りであることは変わらないのだが。

「いえ、わかりますよ」

 ナギは問題を見ることすらせずに「どうせ中坊の数学なんて楽勝だろ」と判断して堂々と前に進み出る。
 そして、黒板の前に立って問題に取り掛かろうとした段階で初めて問題を見て、そこで その悪質さに気付く。
 何故なら、黒板に書かれていたのは中学二年生の履修範囲を逸脱した二次関数の問題だったからだ。

「……どうした? まさか、わからない とか言わないよなぁ?」

 ナギが内心で「何を考えて中二のガキに こんなもんを解かせようとしてるんだ、このヒゲは?」と思うのは仕方がないだろう。
 そして、その様子が傍からは「こんな難しい問題 解ける訳ねぇだろ!!」と狼狽しているように見えるのも仕方がないだろう。
 それ故に、神多羅木がニヤニヤと笑いながら、同じセリフを厭味タップリにリピートするのも仕方がないと言えば仕方がないだろう。

 そこには「こっちが仕事している時にボ~っとしやがって……この問題で恥を掻け!!」と言う思いが、見え隠れしているが。

 大人げないと言えば大人げないが、神多羅木の気持ちもわからないでもない。やはり教師も人間なのだ。
 一生懸命 仕事(授業)しているのに、それを軽く聞き流されたのだからイラッと来るのも頷ける。
 特に神多羅木は教師をやりたくて教師をやっている訳ではないので、感じる苛立ちは より深いものだろう。

 そう、麻帆良に配属されたために教師もやらざるを得なくなった神多羅木には、教師として仕事はストレスでしかないのである。

(やれやれ……どうやらオレが学園長に密告――じゃなくて、密かな抗議をしたことに気付いたようだね。
 まったく、オレの何が気に入らないのかは知らないけど、少しは大人になってもらいたいものだねぇ。
 あくまでもオレはイビられたことの報復としてやっているだけなんだから、オレは悪くない筈なのになぁ)

 もちろん、ナギは自分から「先にヒィッツをバクりやがって!!」と神多羅木を目の敵にした事実はスッパリと忘れている。

 実に都合のいい脳だが、人間の脳なんて そんなものだ。何故なら、人間は必要のない情報は忘れるようにできているからだ。
 むしろ、事実を都合のいいように捻じ曲げて覚えるのが人間、とすら言える。それくらい、人間の記憶なんて曖昧なのだ。
 だからこそ、記憶を誘導して都合のいい証言を作ったりすることもできるのだが……まぁ、そんなことは今まったく関係ない。

「……いえ、わかりますよ?」

 確かに普通の中学二年生なら二次関数は難しい問題だろう。だが、ナギには大した問題ではない。
 ナギは文系の人間だったが、このレベルの数学なら修得した範囲内だ。簡単に解を導き出せる。
 そのため、ナギは仕返しとばかりにニヤリと笑みを浮かべながら先程と同じセリフをリピートする。

 どうでもいいが、先程 神多羅木を大人げないと評したが、ナギも充分に大人げないのである。

 まぁ、だからこそ、周囲は二人を「妙に仲がいい」と評するのだが……生憎と二人は それに気付いていないのある。
 それ故に、今後も二人は「妙に仲のいい」と評されてしまう「大人げない遣り取り(≒ じゃれあい)」を続けるのだろう。
 いや、もしかしたら気付いていながらも、敢えて直さないだけかも知れない。主に、ストレス発散に利用するために。

「…………先生、正解ですよね?」

 ナギは悩みことすらせずに「カッカッカッ」と流れるようなチョーク捌きでアッサリと解を導き出した。
 そんな想定外の事態に神多羅木は固まり、それを見たナギが「間違っている訳ないよね?」と言いたげ に問い掛ける。
 そして、神多羅木の「……うむ、正解だ」と言う苦い声の後、クラス中で「神蔵堂スゲェー!!」と言う歓声が上がる。

(――あれ? オレ何してんだろ?)

 クラス中の称賛を背に受けながら悠々と席に戻ったナギは、軽く悦に入った後で ふと我に返った。返ってしまった。
 特待生と言う立場上 難問を解いても違和感は無いが、さすがに履修範囲外の問題を解くのは遣り過ぎだろう。
 憑依したことを隠したい とか言っていたクセに、那岐と逸脱した行為を自ら披露しているのだから どうしようもない。

 神多羅木の鼻を明かせてやりたい一心で問題を解いてしまったが、どう考えても あそこは耐えるべきだった。

 クラスメイト達は先程の問題の難易度を深刻には理解していないので、大した問題ではない。
 だが、神多羅木は違う。わかっていて出題したので、ナギの異常性に気が付かない訳がない。
 ここで『認識阻害結界』に期待したいところだが、神多羅木は魔法使いなので それも期待できない。

 だが、何故か神多羅木は「チッ、命拾いしやがったな」と舌打するだけで軽く流す。

 そのことを「気にされなかった、ラッキー」で済ませてしまう辺りが、ナギのダメなところだろう。
 後になって「あの時、真剣に考えて置けばよかった……」と思うのが、ナギのクオリティなのだ。
 そう、ここで「気にされなかったこと」を気にして置けば、少しくらいは心構えができたかも知れない。

 まぁ、心構えができる程度なので、そんなに意味はないかも知れないが。



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Part.02:楽しい楽しいランチタイム


  キ~ンコ~ンカンコ~ン♪ キ~ンコ~ンカンコ~~ン♪

 教室中に授業終了を告げるチャイムが鳴り響く。時間は昼時、つまり昼休みだ。
 授業から解放された生徒達は思い思いのランチタイムを過ごすために教室から出て行く。
 それはナギも例外ではなく、学食へ行くために教室を出ようとした。まさに その時――

「おーい、神蔵堂ー」

 ナギを呼び止める声があった。何の用件で呼び止めたのかは定かではないが、実にチャレンジャーだ。
 満腹な猛獣は比較的安全だが、腹を空かせた猛獣は非常に危険だ。まぁ、つまり、そう言うことだ。
 そんなナギに話し掛けるのだから、チャレンジャーとしか言い様がない。それだけ重要な用件なのだろう。

(え~~と、確かクラスメイトの……田中だったかな?)

 前述した様にナギには那岐の記憶がない。つまり、クラスメイトの顔と名前などの記憶がなかったのである。
 まぁ、二学期 早々に「記憶喪失であること」を伝え、改めて自己紹介してもらったのだが……実は うろ覚えなのだ。
 人間、興味のないことは覚えないので、仕方がないと言えば仕方がないだろう。人として どうかとは思うが。

「……何か用?」

 空腹状態で獰猛になりつつあるナギは「くだらない用件なら殺す」と言うメッセージを込めて尋ね返す。
 一応 言って置くが、腹が減っているから殺気立っているだけで、普段のナギは好戦的ではない。平和主義者だ。
 具体的には、某ソレスタル・ビーイングのように平和のためならば武力行使も厭わないレベルの平和主義者だ。

「悪いけどさ、ちょっと頼みがあるんだ」

 どうやら くだらない用件だったようだ。そう判断したナギは僅かに殺気を叩き付けようとする。
 だが、ふと「いや、待てよ? 頼みを聞いてやる代わりに昼を奢ってもらおう」と直前で思い直す。
 しつこいかも知れないが、ナギは平和主義者なので無益な殺生も無意味な闘争も好まないのである。
 まぁ、利益や意味があれば殺生も闘争も辞さない と言う意味でもあったりするが、気にしてはいけない。

「……オレ、腹が減ってるんだけど?」

 ナギは言外に「奢れ、しからば話を聞いてやる」と言うメッセージを込めて返答する。
 察しのいい人間なら気が付くだろうが……田中(で合っている)は気が付くだろうか?
 ナギの殺気に軽く漏れていたことに気付かなかった件も含めて、気付かない可能性は高いが。

「いや、時間は取らせないから、話だけでも聞いてくれよ」

 やはり伝わらなかったようだ。いや、もしかしたら、気付いていて流したのかも知れない。
 前者ならば ただ鈍いだけでしかないが……もしも後者ならば かなりの大物かも知れない。
 まぁ、どちらにしても、ナギは「いや、現在進行形で時間取ってるから」としか感じてないが。

「却下。何故なら『日替わり』がなくなっちゃうから」

 なので、ナギはサックリと断ってトットと食堂へ向かう。ちなみに、人付き合いが下手な那岐を演じたのではなく、素である。
 その頭には既に田中の存在はなく「確か、金曜日の『日替わり』はエビフライ定食だったよなぁ」とランチに切り替わっている。
 むしろ「オレ、エビフライって好きなんだよね。あのサクサクとプリプリが最高さ」とエビフライのことしか眼中にない始末だ。

「だぁあああ!! 待ってくれ!!」

 何やら田中が騒いでいるが、残念ながら今のナギには聞こえていない。そう、エビフライのことで頭がイッパイだからだ。
 それに、安くてボリューム満点な日替わりランチは とても人気があり、グズグズしていると本当に売り切れる恐れがある。
 つまり、これ以上どうでもいいことに時間を取られている暇などナギにはないのだ。タイミングが悪かった としか言えない。

「わかった!! 昼メシ奢るから!! だから、話を聞いてくれ!!」

 だが、田中のこの一言で流れは大きく変わった。いや、むしろナギは この一言を待っていたのだ。
 そのため、ナギは満面の笑顔で「しょうがないな。そこまで言うのなら話を聞こう」と鷹揚に頷き、
 そして「じゃあ、日替わりがなくなるからサッサと食堂に行こう。話は食べながらね」と応えるのだった。

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「……で? 話って何?」

 無事にエビフライ定食の入手に成功したナギは座席に着いた後、対面に座った田中に水を向ける。
 ちなみに、田中は学食で一番安いがボリューム的に微妙な たぬきうどんだ。理由は察して欲しい。

「えっと、実はさ……その…………」

 モジモジする田中。もちろん、男の娘でもない限り、男がモジモジしても非常に気持ち悪い。
 それはナギも同感なようで、話が始まるまで食事に集中することにしたらしい。実に賢明だ。
 まぁ、友人ならば ここで待つべきだろうが……クラスメイトでしかないので、問題ないだろう。

「か、神蔵堂ってさ、和泉と知り合いだよな?」

 やっと搾り出されたセリフはナギの想定を軽く超えていた。てっきり、授業関連だと思っていたのだ。
 だから思わず「お前イキナリ何 言っちゃってんの?」と言う目で田中を見たナギは悪くないだろう。
 と言うか、それは噂のアレだろうか? 所謂 仲介の依頼と言う青春の甘酸っぱいイベントであろうか?

「え~~と、和泉って亜子のこと?」

 仲介の依頼だと判断したナギは、まずはナギが「和泉」と聞いて思い浮かぶ人物を尋ねる。
 仲介相手を間違えるのは他人事なら面白いが、当事者には堪ったものではないので確認は重要だ。
 いや、勘違いから生まれるストーリーもあるにはあるが、それは何かが微妙に違う気がする。

「ああ、ウチのマネージャーのな」

 ウチのマネージャー? 田中の心当たりの無い言葉に内心で疑問を浮かべるナギ。
 しかし、直ぐさま「ああ、確か亜子ってサッカー部のマネ娘だったな」と納得する。
 どうやら、田中の言っている人物とナギの思い当たった人物は同一人物らしい。

「なら、それなりの知り合いではあるかな?」

 説明が遅れが、二人が話題にしているのは「和泉 亜子(いずみ あこ)」と言う少女だ。
 麻帆良中等部2年A組に在籍しており、男子中等部のサッカー部のマネージャーをしている。
 夏休みに ちょっとした事情でナギと知り合い、以降それなりの交友関係を保っている。

「なら……デートのセッティングをして欲しいんだ!!」

 田中が座ったままとは言え頭を下げる。それには、テーブルに頭がガツンと ぶつかるくらいに魂が入っている。
 ナギとしても、その気持ちはわからないでもない。確かに亜子は可愛い。色素が薄いのも実にチャーミングだ。
 付き合いたいと言う気持ちは痛い程よくわかる。実際、とある事情がなければナギも付き合いたいくらいである。

「お前の気持ちはわかった。だから、顔を上げなよ」

 ナギの優しげな声に、田中が「頼まれてくれるのか!!」と言う感じで顔を上げる。
 実に嬉しそうな顔だが……まぁ、普通なら了承の意と捉えるので、田中は別に悪くない。
 むしろ、ここまで期待させて置いて「だが断る」とか言っちゃうナギが圧倒的に悪い。

「なぁああ?!」

 田中は大口を開けて驚愕した後「そんなぁああ!! 信じていたのにぃいい!!」と絶叫を上げる。
 まぁ、気持ちはよくわかるが、ただのクラスメイトを そこまで信じるのも どうかと思う。
 いや、人を信じる気持ちは大事だし、そのままで居て欲しいとは思うが……少しは人を疑うべきだ。
 そんなんだと将来 保証人にされたり結婚詐欺にあったりして痛い目を見そうで気が気でない。

 それはともかく、ナギが断った理由に移ろう。

 もちろん、「だが断る」と言いたかったから ではない。本当に紹介したくないので断ったのである。
 いくらナギでも、相手の純粋な気持ちを踏みにじってまでネタに走るような鬼畜な真似はしない。
 だが、勘違いしてはいけない。紹介したくないのは、ナギが亜子を狙っているから とかではない。
 ぶっちゃけると、亜子がネギクラス(ネギが赴任してくる予定のクラス)の生徒だからである。

 では、何故に亜子がネギクラスだと紹介したくないのか?

 答えは非常に単純なもので、ナギがヘタレでビビリであるため「魔法と関わりたくない」と思っているからである。
 と言うのも、ネギクラスの生徒と深く関わったらネギとも絡む可能性があり、そこから魔法に関わるのを恐れているのだ。
 神様からチート能力をもらったオリ主ならば「原作介入だぜ!!」とか喜んで関わるだろうが、生憎とナギはそうではない。

 ナギにとっては、魔法とは『危険なもの』でしかないのである。

 もちろん、ナギだって子供の頃は魔法使いに憧れていたし、黒歴史な厨二病全盛期にはオリジナル詠唱とかも考えてもいた。
 だが、それらは絵空事や妄想でしかなかったからこそ楽しめたのであって、現実として考えると恐怖しか感じられないのだ。
 基礎の攻撃魔法である『魔法の射手』ですら、見習いでも「岩を砕くレベル」なのだから、ただの一般人には脅威でしかない。
 しかも、一般人には魔力が感じられないので「銃を突き付けられている」のに気付けない。つまり、脅威に気付けないのである。

 ならば、魔法を習って脅威を取り除けばいいのだろうか?

 しかし、それは泥沼への片道切符だ。上には上が居るし、原作と言う知識で英雄と言う規格外な存在がいることがわかっている。
 ナギに どれだけの才能があるかはわからないが、どれだけ鍛え上げたとしても常に脅威となり得る存在は消えないだろう。
 魔法に限らず、素人の生兵法はかえって危険だ。身を守るために魔法を修得した結果、より危険な状態になるかも知れない。

 それならば、何もしない方がいい。いや、正確には、危険だとわかっていることに近づかない方がいいのだ。

「……わかってくれ、田中。オレには仲介なんて できないんだ」
「え? 神蔵堂……? って言うことは……お前、まさか…………?」
「ああ、そうだ(できるだけ関わりたくないんで仲介なんて無理なんだ)」
「そっか……わかったよ、神蔵堂。ヘンなこと頼んで悪かったな……」

 そして、田中は颯爽と席を後にする。

 あきらかに田中は別の解釈をした様にしか思えないが、きっと それは思い過ごしだろう。
 颯爽と去った背中で何かを語っていた気がしたので今更「誤解だ」と言えなかった と言うか、
 むしろ、誤解を解くのが面倒そうだったのでナギは敢えて気付かない振りをしたのだが。

(ところで、この残された うどんの器はオレが片付けるべきなのだろうか?)

 いや、奢ってもらったのに何もしなかった手前、それくらいはすべきだろう。
 と言うか、そんなことを考えるくらいなら、サッサと誤解を解くべきだろう。
 まぁ、その辺りがナギのナギたる所以と言うか、ナギのクオリティなのだが。



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Part.03:でっかい荷物を背負った幼女


「わ~~、スゴいや!!」

 改札口から外を見た「でっかい荷物を背負った幼女」が感嘆の声を上げる。
 その目の前に広がるのは高層ビルに彩られたコンクリートジャングル。
 ウェールズから来た彼女は「こんな街」を見たのは初めてだったのだ。

(あんな高層ビルを建てられるなんて……日本人ってスゴいです)

 どうでもいいが、彼女が感心しているのは高層建築を建てられる「技術力」ではなく、コンクリートの街を許容できる「忍耐力」にである。
 何故なら、彼女の故郷の人間達は「こんな街」など許しはしないからだ(むしろ、歴史の重みを感じない街並みなど彼等は鼻でバカにするだろう)。
 だが、彼女にとっては「歴史に こだわっているだけ」とも取れるため、そんな彼等を「文化の違いを理解しようとしない偏屈屋」と捉えている。
 そんな訳で彼女は日本との文化の違いを大いに感じ、「あぁ日本に来たんだなぁ」と感慨深げに日本を感じていたのだった。
 何だか微妙に失礼な日本の感じ方かも知れないが、それでも彼女が日本に対していいイメージを持ったことは確かなようだった。

(え~~と、麻帆良へ行くのには どうしたらいいんでしょうか? 確か、道を知りたい時は『オマワリサン』に聞くのが正しいんでしたよね?)

 彼女は瞳をキラキラさせながら、オマワリサンを探すために「オマワリサンが どこにいるのか」を道行く人に尋ねる。
 ……どうやら、彼女には「道行く人に麻帆良へのアクセス方法を聞く」と言う発想はなかったようだ。
 シッカリしているようで、どこかで抜けている。それが、某幼馴染の彼女への評価だが、まさしく その通りだろう。

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(ついに、ここまで来れました……)

 オマワリサンに麻帆良までのアクセス方法を聞いた彼女は どうにか「麻帆良学園中央駅」に辿り着くことに成功した。
 これまで、彼女は何度も路線を乗り継ぎ、その度にエキインサンに その路線が合っているか確かめて来た。
 その道中で「電車内でバランスを崩す」と言うアクシデントも起きたりした(それは優しき乗客によって助けられたが)。
 そんな彼女の胸に去来するのは「自分の目的地に近づいている」と言う安堵感、そして目的地に対する希望だった。

「アレが有名な『世界樹』……」

 そのため、彼女は「頑張るぞ!!」と決意を新たに改札口を出たのだが、そこから見えたものを見て思わず感嘆の声を上げてしまう。
 それの本来の名は、神木『蟠桃(ばんとう)』。だが、それは「世界樹(ユグドラシル)」と言う俗称で知れ渡っている。
 確かに、それは北欧神話に謳われる世界樹を彷彿とさせる威容を誇っており、そう呼ばれるのも頷ける程の巨大な樹木だった。

(ってことは、あそこが麻帆良学園なんだ……)

 そして、その世界樹を中心に広がる西洋風の建物郡。
 彼女には見慣れた風景だが、日本では異質な風景。
 そこが彼女の目的地――これから彼女が通う学校がある場所だ。

(よぉし!! 頑張るぞぉ!!)

 彼女は更に溢れんばかりの決意を固め、歩き出す。
 目指すは、世界樹。その付近にあるらしい麻帆良学園だ。



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Part.04:夕日が差し込む教室で


(……あれ? 今って五限じゃなかったっけ?)

 ナギに起きた現象を言語化すると「昼休み後の授業(五限)を受けているうちに いつの間にか放課後になっていた」らしい。
 五限を受けている途中で寝た記憶はあるようだが、それでも放課後まで寝ていたことになるので普通に驚いているのである。
 ナギは思わず「これが浦島効果なんだね?」とアホなことを考えて現実逃避するが、当然ながら そんなことをしても意味がない。

 誰も起こしてくれなかったことは非常に心苦しいが、それがナギの人徳なので甘んじて受け入れるしかない。

 ところで、特待生としての立場上(生活態度的な意味で)授業中に寝るのは不味いのではないかと思うだろう。
 だが、『認識阻害結界』の御蔭で「そんなこともあるか」と軽くスルーされたので実際は問題ないのである。
 ナギとしては「魔法使い達の勝手な事情で勝手に作られた『洗脳装置』みたいで気に入らない」ようだが、
 擬態的な意味でも生活態度的な意味でも その恩恵を与っている身であるため、強く否定できない立場なのだ。

 いや、気になるのなら麻帆良から離れればいいだけなのだが……それは『微温湯』に慣れたナギには できない相談である。

 少し繰り返しになるが、ナギは麻帆良で特待生と言う立場を維持できれば高校卒業まで生活に困ることは無い状況だ。
 そんな楽な環境にあり 且つ それを当然の如く享受しているナギが、その立場を捨てることなどできる筈ないだろう。
 麻帆良には「魔法と言う危険」が潜んでいるが……それも「魔法に関わらなければ安全」とも言えるので問題ではないのだ。

 むしろ、問題としては『ここ』の世界情勢も『向こう』の世界情勢と大差ないことだ(微妙なところで違いはあるが)。

 半年も生活していれば『ここ』の世界にも貧富の差があることや小規模な戦争が世界中で勃発していることくらい、嫌でもわかる。
 言い換えれば、魔法が有ろうが無かろうが、人間の住む世界と言うのは格差も戦争も生まれるようになっている と言うことだ。
 そんな世界で、ナギは成績を維持しているだけで衣食住に困らないし、緊張感なく生きていても死ぬような危険は滅多に起こらない。
 つまり、食うに困り今日の糧さえ手に入らない訳でもないし、銃弾が飛び交う戦場に放り出されて命が銃弾以下になる訳でもない。

 ……それだけ恵まれた立場にいるのに、それを捨てることなど人間にはできない。

 意地の悪い言い方をすると、それがわかっている癖に現状の不満を言う方が痴がましいことになるのだ。
 人間は慣れる生物なので、現状を当たり前だと感じるようになれば不平不満が出るようになるのは仕方がない。
 だが、それでも、不満を言っていい立場の人間と不満を言ってはならない立場の人間に分けられるのだ。

 そう、ナギは特待生として麻帆良に生かされているのだから、ナギは麻帆良(と言うか、麻帆良を支える魔法使い)に文句を言う資格など無い。

 もちろん、問答無用で一般人に洗脳とも言える『認識阻害』を施すことに嫌悪感はある。
 だが、それも魔法を秘匿することの重要性を考えたら、強くは非難できないことだ。
 仮に魔法が広く一般人にバレたら……恐らく『魔女狩り(魔法使い狩り)』が起きるだろう。

 何故なら、魔法と言う現象は魔法使いでなければ発動するまで認識できないからだ。

 それ故に、魔法で攻撃される前に魔法使いを殺すべきだ と言う考えの下、魔法使いと疑わしき者は殺されることだろう。
 しかも、一般人には魔法使いを見分けることなどできないので、一般人が冤罪で殺されることも多々あるに違いない。
 疑心暗鬼に取り付かれた人間達が殺し合った果てに待つのは、どんな世界なのだろうか? 壊滅的な状況しか思い浮かばない。

 ……魔法使いは一般人を攻撃しない? だから、魔法使いは安全である

 残念ながら、実際に魔法で攻撃するかしないかは大した問題ではない。
 扱いは核と同じだ。核は持っているだけでも充分に危険と見なされる。
 つまり、それが行える可能性があるだけで危険視さされてしまうのだ。

 ……魔法使いは世界平和のために魔法を使っている? だから、魔法使いは一般人の敵ではない?

 確かに、魔法も他の武器と一緒で「使い方によっては」人を救える。そのことは間違いではない。
 そして、多くの魔法使いは「そう言う使い方」をしようとしている。そのことも間違ってはいない。
 だが、実際のところは、他の武器と同じように「戦いの道具」に成り果てているのも確かだろう。
 ネギの父親がいい例だ。英雄だ何だと尊敬視されているが、所詮は戦果で名を上げた存在でしかない。
 最終的には魔法世界を救ったが、その過程で 幾万もの屍を作り上げたことを忘れてはいけない。
 言い換えるならば、それは「力こそ正義」と言う傲慢と何も変わりはしないのではないだろうか?

 まぁ、それはそれで正しいのかも知れないが……それはあくまでも「有事の際のみ」だ。

 平時には、制御できない武力を持つ者は邪魔でしかない(英雄が戦後に謀殺されてきた歴史が それを証明しているだろう)。
 だから、武力を持つ者には『知力』が必要となる。その武力を「如何に使わないようにするか」を考えなければならないのだ。
 そして、武力を使わざるを得ない状況になった時も、己の武力が「どんな影響を及ぼすのか」を考えなければならない。

 まぁ、それはともかく、話を戻そう。大分 話が逸れた。

 つまり、ナギは麻帆良に文句を言える立場ではなく、麻帆良の『認識阻害結界』は必要なものだ。
 しかし、それだけを語る予定だったのに、何故か魔法使いや武力の在り方にまで言及してしまった。
 魔法を秘匿する重要性を語っているうちに少々ヒートアップしてしまったようだ。以後 気を付けよう。

  ガラッ

「――あれ? 神蔵堂? ボ~ッとして、どーしんだ?」

 そんなこんなでナギが寝起きから復帰するのにグダグダしていると、田中が教室に入って来た。
 ナギの名誉のために言って置くが、ナギはボ~ッとしていた訳ではない。グダグダしていたのだ。
 大差ない気がするが、それでも微妙に違う。とは言っても、態々 田中に訂正することでもないが。

「…………もしかして、和泉とオレのことで悩んでいたのか?」

 ナギの無言を どう解釈したのか、田中は神妙そうな顔で「ナニイッテンノ?」と言いたくなるセリフをのたまう。
 恐らく「夕日の差し込む放課後の教室で物思いに耽る」と言うシチュエーションを見て妙な勘違いをしたのだろう。
 青春ドラマとかで ありがちな「自分と同じ女子にホレた友人が友情と恋愛の板挟みに合っている」と言うアレだ。

 まぁ、ナギは「さすがは現役の中ニ。そんなマンガみてぇな話が現実にあるワケねぇじゃん」と言う感想しか浮かばないが。

 仮に悩んでいたとしても、その内容は「どうやって出し抜くか」とか「どうやって先に落とすか」を悩むのが現実だろう。
 某志々雄様も言ってる様に、「所詮、この世は弱肉強食」なのである。世知辛いが、先に奪った者が勝ちなのである。
 だが、ナギは そこまでわかっていながら、田中の勘違いを訂正しない。何故なら、田中の勘違いが愉快過ぎるからだ。

「フッ、アリーヴェデルチ(さよなら、だ)!!」

 それ故に、ナギは軽くネタを披露して煙に巻くため、颯爽と席から立ち上がって爽やかな笑顔でキメた(つもり)らしい。
 どう考えても、全然軽くないネタだが、ナギの中では軽いものだったらしい。実に不思議な思考回路をしている男だ。
 しかも「フフッ……アイツ、マヌケな顔でポカンとしていやがったぜ」とか悦に入っているため、処置のしようがない。
 一応「もしかしたら、オレを『ナニイッテンノ?』って見ていただけかも知れないけど」と言う現実的な思考もしているが。

 だが、そんな現実的な思考も得意の『無理矢理な強がり』で誤魔化してしまうのがナギのクオリティである。

(べ、別に、オレの高度なセンスに着いて来れないようなバカ野郎にバカにされても、痛くも痒くもないんだからね!!
 何だか知らないうちに目から心の汗が流れている気がするけど、これは心の汗だから ぜんっぜん平気だもんね!!
 某甲殻類の名前が付いている強気なボクっ娘が某ココナッツにイジられている時のごとく ぜんっぜん平気だもんね!!)

 ま、まぁ、そんな訳で、ナギは教室を出て帰路に着いたのだった。

 ちなみに、勘違いされているかも知れないので敢えて言って置くが、ナギは別に田中のことを嫌っている訳ではない。
 むしろ、ああ言う真っ直ぐなヤツは「どちらかと言うと好ましい」と思っている。だから、ついついイジりたくなるだけだ。
 ナギはSっ気があるので「イジる = 好意的なコミュニケーション」と言う不思議な図式がナギの中で存在しているのだ。



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Part.05:交差する運命


(あぅ、道に迷っちゃいました……)

 でっかい荷物を背負った幼女は途方に暮れていた。
 言われた通りに世界樹を目指してテクテクと歩いて来たのだが、
 いつまで経っても『目的地らしき場所』に辿り着けないのだ。

(うぅ、どうしよう……? 誰かに道を聞こうかなぁ?)

 このまま迷っていては無駄に時間と体力を消費するだけだろう。そう考えた彼女は、道を訊ねてみることにした。
 さすがに今度は「オマワリサンに道を訊くためにオマワリサンの居場所を通行人に訊く」などと言う真似はしないが。
 この旅路の中で「別にオマワリサンじゃなきゃ道を訊ねちゃいけない訳ではないんだ」と言うことに気付いたのである。
 ……しかし、残念なことに人影が見当たらない。先程までは他にも通行人がいたのだが、タイミングが悪かったようだ。
 そのため、彼女は「このまま立ち止まっていても仕方がありません。もうちょっと頑張りましょう」と再び歩き始める。
 そして、歩き始めた直後、彼女は運よく通行人がやって来るのを発見した。当然、そのチャンスを逃すような真似はしない。

「あの~~、すみません。ちょっと道を お尋ねしたいんですけど……」

 彼女が話し掛けた相手は、無造作に流した赤茶色の髪とオッドアイ(ブラウンとヘーゼル)を持つ整った顔立ちの少年――ナギだった。
 ナギの容姿が今更になって語られたことに大した意味はない。ただ説明するのを忘れていた――のではなく、語る機会がなかったのだ。
 どうでもいいが、オッドアイなら銀髪がテンプレだと思われるかも知れない。だが、テンプレを無視するのがナギと言う男なのである。

「……ん? 道? どこへ行きたいの?」

 ナギは学校を出て麻帆良学園中央駅に向かっているところだった(寮と学校は かなりの距離があるので、電車を利用しているのである)。
 実はと言うと、ナギは少々ロリコンの気があるうえ かなり目が良いので、でっかい荷物を背負った幼女がオロオロしているのが見えていた。
 いや、別に「お持ち帰りのチャンスだぜ!!」とか考えていた訳ではない(少しは考えたが)。純粋に「どうしたのか?」と心配していたのだ。
 そのため、道を訊ねられた時は「なるほど、道に迷っていたのか」と普通なら見ればわかることに納得し、行きたい場所を訊ね返したのだった。

 ところで、せっかくなので、ここで幼女の容姿も語って置こう。幼女は真っ赤な髪と赤みの強い瞳を持っている(実にわかりやすい容姿である)。

「あぅ……えっと、麻帆良学園です」
「いや、既に ここは学園内なんだけど?」
「えぅ? 既に着いてたんですか?」
「まぁ、無駄に広い学園だからねぇ」

 ナギの言う通り、ここは既に学園エリアだ。それ故に問題となるのは「学園の何処に行きたいのか?」となる。

 ところで、どうでもいいかも知れないが……幼女が微妙に挙動不審になっているのには訳がある。
 と言うのも、ナギの容姿が幼女が憧れている『とある人物』――ぶっちゃけ彼女の父親に似ているのである。
 いや、似ていると言っても、そこまで酷似している訳ではない。髪の色と顔立ちが少々似ているだけだ。
 夕日に照らされたナギの髪は いつも以上に赤く映えており、人によっては目の覚める赤を想起させる。
 そして、幼女が父を見たのは命を救われた時――つまり、困っていた時だけだ。つまり、そう言うことだ。

「んで、学園の何処に行きたいのかな?」

 そんな幼女の様子を「脅えられている」と受け取ったナギは「い、いや、きっと気のせいだ」と思い込んで誤魔化し、話を進める。
 少々変わった性格をしているナギとは言え、幼女に脅えられるのは精神衛生上よくないのだ。地味に心にダメージを負うのである。
 そして、折れそうになる心を無理矢理な言い訳で誤魔化すのはナギの常套手段とも言える(勘違いである、と言う発想はしないのだ)。

「あ、あの、女子中等部です」

 最初の問答の際に目的地を明確に伝えていなかったことに気付いて それを恥じたのか、幼女は少々ドモりながら返答する。
 もちろん、ナギがそれを「脅えられているからドモった」と受け取るのは言うまでもない。幼女の様子など気付かないのだ。
 既に手遅れなナギは「だから、脅えていないんだってば。オレの気のせいなんだってば」と自分に言い聞かせるだけだ。

「女子中等部、ね。こっちだよ」

 そんな訳で、ナギは幼女の様子を深くは気にしないことにしたようで、踵を返すと「付いて来て」と言わんばかりにテクテクと歩き出す。
 案内をするために態々 先導までするのは充分に優しい行動なのだが……微妙に何かが足りていないように感じるのがナギのクオリティなのだ。
 と言うか、そこまでの優しさを見せるなら、もうちょっと幼女の様子を見てあげるべきだし、先導する時に「案内するよ」くらい言うべきだ。

「えぅ!? あ、あの……」

 当然、道を説明してもらうだけのつもりだった幼女は戸惑う。だが、ナギは特に気にしない。ここまで来ると、御節介を通り越して傲慢だ。
 いや、ナギにだって言い分はある。「ここから中等部への道は ちょっとわかりづらいから先導する必要がある」と言う言い分があるのだ。
 それに「幼女に こんなでっかい荷物を背負わせて放置する訳にもいかないって」と幼女の背負う荷物を持ってやるつもりですらいるのである。

 だが、だからこそ事前に説明は必要だろう。傲慢なのはナギの自由だが、好意の押し付けは相手の負担となるのだから。

「まぁ、気にしないで。口頭で道を説明するのが難しい場所だから連れて行くだけだよ」
「そ、そんなの申し訳ないと言うか、そこまでしていただくのは悪いと言うか……」
「だから、気にしないでって。何て言うか、散歩のついでだから。何も気にする必要はないさ」

 漸く説明の必要性に気付いたのかは定かではないが、ナギは微妙な説明をする(気にするな、で押し切ろうとするのは どうかと思うが)。

 普通は そんな説明で納得できる訳がないのだが、幼女は「せっかくの好意を無碍にするのも失礼かな?」と納得して置くことにしたようだ。
 あきらかに幼女の方が大人な対応だが、気にしてはいけない。ナギは「親切にするのが照れ臭い」と言う思春期男子らしさを発揮しているだけだからだ。
 特に相手が幼女であるため、より照れ臭いようだ。と言うか、ロリコンの傾向があるのでクールを保とうとして結果的にこんなんになっているのである。
 いや、本来のナギなら ここまで親切でもシャイでもないのだが……精神は肉体に引っ張られるのか、随分と親切でシャイになってしまったようだ。

「それよりも その荷物を貸して」

 照れ隠しか、ナギは強引に幼女から荷物を受け取る。いや、了承を得た訳ではないので、正確には受け取ったのではなく奪ったのだが。
 まぁ、ナギとしては最初から荷物を持ってやるつもりだったので予定通りの行動ではあるのだが、当然ながら幼女には想定外のことだ。
 突然 軽くなった背中に一瞬だけ呆けた後、幼女は「はぅ!? あ、あの……!!」と荷物を返してもらおうとアタフタする。実に和む光景だ。

「だから、気にしないで。幼女がでっかい荷物を抱えてるのを見て放置できるほど落ちぶれていないだけだから」

 ナギはSの気がある人間だが、それでも身の丈を越す程の大荷物を背負った幼女を放って置ける程ではない。
 と言うか、こんな状況で荷物を放置して先導だけするとか、それは既にSとか言う以前に人として終わっているが。
 それに、押し付けでしかない好意に対して どう対応すべきかアタフタしている幼女の姿を見るのも なかなか乙だ。
 いや、別に嗜虐心がくすぐられたり性的な興奮を覚えたりした訳ではない。ただ微笑ましいなぁ、と思っただけだ。

 何故か語れば語る程「アンタ、語るに落ちてるよ」と言いたくなるが、それがナギのクオリティなのである。


 


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オマケ:今日のヒゲグラ


 神多羅木 秀治は、オールバックの黒髪に黒髭を蓄え、さらにサングラスを掛けて黒スーツを着た、コワモテの男である。
 100人に聞けば99人が「その筋の人」と判断する彼だが、意外にも麻帆良学園中等部において数学の教師をしている魔法使いであった。
 まぁ、魔法使いと言う人種も「その筋の人」と大差ないが、教師と言う肩書きは彼の発する印象とは大きく異なるものだろう。

 そんな彼は、現在 男子中等部2年B組の担任も務めており、魔法使いとしてだけでなく教師としての仕事も大量に抱えて多忙な毎日を過ごしている。

 そのためか、職員室で雑務をこなしている時など「何でオレ教師なんてやってんだろ?」とか考えてしまうらしいが、
 まぁ、そんな文句を言っても詮無きことなので、神多羅木はストレスを溜めながらも黙々と雑務をこなすのが癖となっている。
 ちなみに、そんな彼の無言の圧力はハンパない。そのため、彼の仕事を邪魔するような猛者は『職員室には』いない。
 そう、普段は職員室に居ないような人間 且つ 彼の威圧感をものともしない人間のみが、彼の仕事を平気で邪魔できるのである。

 ……これは、そんな お話だ。

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「ヒゲグ――神多羅木先生~~~!!」

 神多羅木が今日も職員室にて面倒な担任の仕事を(嫌なオーラを発しながら)こなしていると、
 あきらかにニックネームと言うかションボリな二つ名である「ヒゲグラ」と言い掛けながら、
 彼の担任するクラスの生徒(田中 利彦:たなか としひこ)が職員室に駆け込んで来た。

「どうした、田中?」

 神多羅木は事務処理(担任としてのプリント作成)をやめ、駆け込んで来た田中の方を振り向き、用件を尋ねる。
 ちなみに、その威圧感はハンパない。職員室に居た教師達は田中の無謀さに驚嘆しつつ事の成り行きを窺っている程だ。

「え……っと、今日も神蔵堂が してやらかしたんですよ!!
 何か、教室でボ~ッとしてたんで呼び掛けたりしたら、
 アレーヴェッチとか何とか奇妙なことを口走ったんですよ!!」

 田中は、神多羅木の威圧感に慣れているため大して気にも留めず、先程 起きた珍事件を神多羅木に報告する。
 その意味としては「神蔵堂のヤツが とうとう一線を超えちまいましたぜ。どうしやしょう、ダンナ?」である。

「あ~~~、気にするな。恐らく、ヤツは『アリーヴェデルチ』って言ったんだろう」

 「田中の言わんとすること」と「問題視されている神蔵堂の言わんとしたこと」を理解できた神多羅木は、
 「んなくだらんことで邪魔しやがって」と言う感情を押さえながら「まだ大丈夫だ、まだイケる」と言い切る。

「アリー? ヴェデ、ルチ……? え~~と、先生、その言葉を知ってるんですか?」
「ああ。イタリア語で『さよなら』と言う意味だ。だから、きっとヤツなりの挨拶なんだろう」
「あぁ、なるほど~~。そう言うことだったんですか~~。御蔭で謎はすべて解けました!!」

 田中は神多羅木の説明に納得し「早とちりしちまったぜ」的な表情をする。

 まぁ、相手に伝わっていなければ それはただの妄言なので、強ち早とちり とも言えないのだが。
 神多羅木も それがわかっているようで、痛むコメカミを抑えながら自分を納得させてもいるし。

「さすが神蔵堂ですね。何でイタリア語なのかは知りませんけど、英語以外も使えるなんて凄いですよね」
「まぁ、使ったのは挨拶だからキチンと話せるかはわからないが……優秀ではあるな(忌々しいことに)」
「それでもイタリア語がサラッと出て来るんですから、凄いですよ。まぁ、変なヤツではありますけど」

 神多羅木は心の中で「恐らくジョジョネタだったんだろうな」と思いつつも、無難に返して置く。
 田中はジョジョを知らないようなので、神多羅木はネタの説明をする と言う苦痛を避けたのである。

「では、問題は解決したのでオレは帰ります。ありがとうございました、先生。アリーヴェルデッチ!!」

 元気よく職員室を出て行く田中の背中に、神多羅木は「いや、アリーヴェデルチだよ、田中……」疲れたように呟く。
 田中の問題は解決したが、神多羅木の目の前には片付けなければならない雑務が存在していることは変わらないからである。
 むしろ、田中との どうでもいい会話(少なくとも神多羅木にとっては どうでもいい)で作業が滞ってしまったくらいだ。

(神蔵堂……もう少し自重してくれ……)

 ネタを理解してもらえない同情も少しだけはあるが、面倒事を引き起こすストレスが多分にある神多羅木。
 きっと、このストレスを発散するために、今日の授業(例の二次関数)の様にナギをイビろうと企むのだろう。
 そして、今日の授業と同じ様に(大人げない)ナギにしてやられて、更にストレスを溜めていくのだろう。

 ……そんな神多羅木の道程に幸多からんことを祈ろう。

 あ、ちなみに、神多羅木はナギのネタを ほとんど理解できるため、ある意味ではナギの理解者でもある。
 しかし、ナギと神多羅木は互いに譲れない『何か』があるらしく、二人が理解し合う日は恐らく遥か未来であろう。
 と言うか、どちらかが『大人な対応』をするまで、二人がいがみ合うことをやめることは無いに違いない。


 


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後書き


 ここまでお読みくださってありがとうございます、カゲロウです。
 以前から「改訂した方がいい」と言う意見が多数あったので、今回(2012年2月)大幅に改訂してみました。


 今回は「主人公の日常の様子と その日常が変わっていく様を書いてみた」の巻でした。

 まぁ、一気に半年も時間が飛びましたが、ここからは あまり飛躍させずに ゆっくりと進んでいきます。
 ちなみに、夏休みや二学期などの飛ばした部分の「空白期間」のエピソードは折に触れて書きます。
 ここをダラダラ書いちゃうと何時まで経っても本編が始まりませんから、気長に待って置いてください。

 まぁ、何かの伏線となっているものとして考えていただけると、とても有り難いですが。

 さて、今回 魔法についての文句をダラダラと述べてましたが、別にボクは原作アンチではありません。
 と言うか、二次小説を書くくらいには原作が好きなので、アンチ気味になることはあっても全否定はしません。
 原作キャラへの評価も辛口になる時があるかも知れませんが、アンチではありません。みんな大好きです。

 あと、ヒゲグラですが、秀治って名前は勝手に命名しました。キャラも変わってると思います。

 主人公のクラス担任として使ってみたら『ああ』なったんで、あんな感じを貫き通してみました。
 本当はもっとカッコよく書きたかったんで、もう少しカッコよくなるように頑張っていきたいと思います。
 あ、ちなみに、ヒゲグラはジョジョが好きです(もちろん、ジャイアントロボも大好きですけど)。

 それと田中君なんですが……彼は青春真っ盛りの普通のサッカー少年です。それしか言えません。

 主人公のクラスメイトとして、これからも ちょこちょこ出て来ると思います。
 ちなみに、亜子を狙っていますが、それが何らかの伏線になる予定はまったくありません。
 予定はありませんけど、そうなる可能性がないとも言えません。読んでのお楽しみです。


 では、また次回でお会いしましょう。
 ……感想・ご意見・誤字脱字等のご指摘、お待ちしております。


 


                                                  初出:2009/07/19(以後 修正・改訂)



[10422] 第02話:なさけないオレと嘆きの出逢い【改訂版】
Name: カゲロウ◆73a2db64 ID:552b4601
Date: 2013/04/30 20:54
第02話:なさけないオレと嘆きの出逢い



Part.00:イントロダクション


 引き続き、2月7日(金)。

 下校途中、でっかい荷物を背負った幼女に道を尋ねられたナギは、
 荷物を持ってやりながら女子中等部校舎近くまで先導することにした。

 それが逃れられぬ運命へ自ら進んでいることだ と言うことを知る由もなく……



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Part.01:予期せぬ邂逅


「あ、言い忘れていたんだけど……悪いけど、校舎までは案内できないんだよね」

 しばらく歩いたところで、思い出したようにナギが口にする。ちなみに、それまでの間は特に会話もなく、無言で歩いていた。
 相手が大人なら社交辞令的な会話をするナギだが、相手が幼女なので会話をあきらめ、無言でいることにしたのである。
 下手に話し掛けて困らせるのも乙と言えば乙なのだが、からかい過ぎるのも悪いので自重したらしい(今更な感はあるが)。

「あぅ?」

 幼女はナギの言葉の意味がわからなかったのか、軽く小首を傾げる。しかも、人差し指を頬に添えて、だ。
 ナギが「オレ、もうロリコンでいいや」と思った瞬間である。いや、漸く自覚しただけと言えば それまでだが。
 どうでもいいが、幼女の この仕草は、実は彼女の『姉』から教わった『コミュニケーションの秘訣』らしい。
 困った時は こうして置けば円滑なコミュニケーションができる、と言われたようだ。まぁ、確かに効果は覿面だ。
 だが、これはロリコンを呼び寄せる諸刃の剣でもあるので、使い所は選んだ方がいいだろう。実にどうでもいいが。

「い、いや、別に男子禁制って訳でもないんだけど……女子校舎まで行くと肩身が狭いんだよ」

 ナギは内心の動揺を抑えつつ、事情を説明する。あきらかに抑えられていないが、そこは敢えてスルーするのが優しさだ。
 ナギの言う通り、麻帆良学園は男子部と女子部に分かれてはいるが、別に男女間の交流は禁止されている訳ではない。
 そのため、男子が女子中等部に行ったからと言って問答無用で摘み出される訳ではないのだが……それは制度上の話だ。
 ナギが幼女を伴って女子中等部に行けば「何あのロリコン?」と言う目で見られ、ナギは精神にダメージを負うだろう。
 ドMならば「女子中学生に汚物として扱われるなんて……最高 過ぎる!!」と興奮できるだろうが、ナギはドMではないのだ。

「……そうなんですかぁ」

 幼女はナギの説明に納得したのか、軽く頷く。残念ながら、その表情が少し寂しそうだったことにナギは気付かなかったが。
 先程も少し触れたが、幼女はナギと父親を重ねている部分があるため、少々――いや、かなりナギに好意的なのである。
 幼女の中でナギは「少し強引なところもあるけど、いい人」と言う評価であり、その強引さも照れ隠しだと見抜いているのだ。

 勘違いをしやすいうえ思い込みが激しいところのある幼女だが、その分 正鵠を射た時の破壊力は凄まじいのである。

「ごめんね。一応、女子中等部が見える位置までは同行するから、もう迷わないと思うよ」
「ありがとうございます。近くまで迎えの人が来てくれることになっていますので そこまでで大丈夫です」
「へぇ、そうなんだ。それじゃあ、その迎えの人と合流できるところまで案内するよ」

 最近は物騒なので、女子中等部が見える位置でも少々不安はあったのだが……迎えが来るのなら それで安心だ。

 ナギが「その迎えは何をやっているんだ?」とか「普通、駅まで迎えに来るよね?」とか思うのは仕方がないことだろう。
 と言うか、常識的に考えると今回ばかりはナギが正しい。普通なら、女子中等部まで来させるのではなく駅まで迎えに行く。
 まぁ、迎えの人間は「女子中等部までタクシーを使って来るのだろう」と考えたのかも知れないが……それでも雑な対応だ。

 そんなこんなで、方針(と言う程 大げさなものではないが)の固まった二人は、女子中等部に向けて歩みを進める。

 その道中は、やはり特に会話はない。だが、ナギも幼女も特に気不味いと感じている様子はない。
 繰り返しになるが、幼女はナギが照れているだけだと判断しているので、むしろ和んでいるくらいだ。
 幼女曰く「本当は優しいんだけど、照れ臭くて それを上手に表現できないんですね?」らしい。

 まぁ、他人の言動を どう解釈しようと その人間の自由だ。ただ、ナギはそんな評価をされていることなど一切 想定していないだろうが。

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「ええと……例の迎えの人って言うのは、あのメガネのオッサンでいいの?」

 女子中等部の校舎が見える位置まで来た時、ナギの目は『とある人影』を捕らえた。
 それは、白いスーツと言う教職としては有り得ない格好をしたメガネの男性。
 そう、かの有名な「デスメガネ」こと「タカミチ・T・高畑(たかはた)」だ。

「あ、はい。そうです」

 ナギの「違っていてくれると嬉しいなぁ」と言う淡い期待を、幼女は(知ってか知らずか)バッサリと断ち切る。
 ナギが思わず「そりゃ、忙しくて駅までは迎えに来れませんよね? わかります」と思ったのは悪くないだろう。
 と言うか、問題はそこではない。軽く現実逃避したかっただけで、ナギも重要な部分にはキチンと気付いている。
 そう、タカミチが迎えに来る子供なんて、原作の主人公であるネギ・スプリングフィールドぐらいしかいないことを。

 かなり今更だが、幼女の年齢は10歳くらいに見えるし、顔も言われてみれば「ネギが女の子になったら こんな感じ」である。

(って、待て!! ネギは男だぞ? 少年だぞ? ショタ好きな いいんちょの大好物だぞ?
 でも、このコは幼女――つまり女性だ。少年であるネギである訳がないじゃないか?
 それに、ネギのトレードマークとも言える杖がないんだから、このコはネギの筈がない。
 確か あの杖はオヤジさんがくれた大切な杖だったからネギが それを持っていない訳がない)

 だから、きっと このコはネギじゃない!! ナギは一生懸命『この幼女がネギである可能性』を否定する。

 偶々タカミチと知り合いだから、偶々タカミチに迎えに来てもらっただけに違いない。
 ネギだからタカミチが迎えに来た と言うネギ関連に巻き込まれるフラグな訳がないのだ。
 そう、このコはネギじゃない「誰か」なんだ。ナギは そう思い込もうとしたのである。

 だが、現実は非情だ。そんな淡い期待など簡単に打ち砕かれる。

「タカミチ~~、久し振り~~~」
「やぁ、ネギ君、よく来たねぇ」

 そう、こんな風に。非常にアッサリと幼女はネギだと認定されたのだった。

 当然ながらナギが「タカミチィイイ!! 速攻でバラすなぁああ!!」と内心で叫んだのは言うまでもないだろう。
 セオリーならば、ここは引っ張るところだろう。そして、ナギが淡い期待を膨らませたところで落とすパターンだ。
 まぁ、ナギとしては、速攻で判明した方が精神的なダメージが少なかったので助かったと言えば助かったのだが。

 ところで、ネギがトレードマークとも言える例の杖を所持していないのには、それなりの理由がある。

 あんな あからさまに「魔法使いの杖」としか言えない物を所持していたら「私は魔法使いです」と公言しているようなものだ。
 いくら『認識阻害』を使ったとしても魔法バレする。それを防ぐために、他の荷物(服とか日用品とか)と一緒に空輸したのだ。
 原作のネギよりも『ここ』のネギの方が一般常識がある と言うよりも、女の子なのでファッションに気を遣っているのである。
 言い換えると「えー、マジ、杖? キッモーイ!! 杖が許されるのは小学生までだよね~~」と言った感じなのである。
 いや、実際は こんなことは言っていないが、マギステル・マギよりも魔法少女に憧れる年頃なのが『ここ』のネギなのである。
 もちろん、例の杖に代わる魔法発動体として、原作で木乃香などが使っていた「練習用の折りたたみ式の杖」を携行していたが。

(……いや、落ち着けオレ。まさかネギが女のコだったとは思ってなくて動揺しまくりだが、とにかく落ち着くんだ)

 確かに『ここ』は「ネギま と似て非なる世界」なので、原作との相違はあって然るべきである。
 現にナギと言う異物がいる訳だから、原作と齟齬が発生するなんてことは想定の範囲内とも言える。
 だが、だからと言って主人公(ネギ)の性別が入れ替わっているなんて、さすがに想定外も過ぎる。

(い、いや、まだだ!! まだネギが完全に女のコと確定した訳じゃない!!)

 もしかしたら、このネギが「女装しているだけ」と言うオチもある。その可能性は否定できないに違いない。
 また、その事実がいいんちょに露見し「みんなには黙って置きますから♪」とか何とかで部屋にお持ち帰りされ、
 そして「XXX版ではなければ語れないような世界」に突入する……と言ったパターンだって有り得るだろう。

(って、あれ? そうなれば、いいんちょもオレも幸せになれるんじゃないだろうか?)

 まぁ、ネギは不幸かも知れないが、ネギだって ある意味では幸せなのではないだろうか?
 何故なら、いいんちょは趣味こそアレだが、かなり上玉な逆玉だからだ。実に羨ましい。
 ナギとしては「趣味さえアレでなければ、オレの方が付き合いたいくらいだ」と思っているし。

(――と言う訳で、ネギが女装少年だったら丸く収まりそうな展開が待っているな、うん)

 だがしかし、仮にネギが女装少年であったとしても、根本的な問題が解決していないことは変わらない。
 そう、ネギと言う原作主人公にして危険フラグ量産者に出会ってしまった と言う問題は解決していないのだ。
 しかも、運が悪いことにナギの名前はネギの父親と同じ『ナギ』だ。そこから興味を抱かれる可能性すらある。
 もし興味を持たれて纏わり付かれようものなら、一直線で危険溢れる原作介入ルートに突入することだろう。
 それだけは何としても避けねばならない。でなければ、ネギクラスの女子を避けた意味がなくなってしまう。

(そりゃあ、原作には「胸ワクワク」な展開はあるよ? ……それは認める。でも「危険がドッサリ」なのも否定できない事実だよね?)

 原作ではメインキャラは全員 無事だった。だが『ここ』は原作ではない。原作通りに進むとは限らない。
 むしろ、ナギと言う異物の影響で原作が崩壊し、どうしようもないバッドエンドになる可能性もある。
 と言うか、原作のメンバーは無事だけどナギは無事ではない と言う可能性だってある。安心はできないのだ。

(まぁ、そんな訳で、オレの名前がバレる前にトットと逃げるかな?)

 幸い、ナギは まだ名前は告げていない。よって、名前が割れる前に離脱をすれば どうにかなるかも知れない。
 まだナギは「道の案内をした」だけだ。このまま別れれば、ナギのことなどネギは5分後には忘れてくれるだろう。
 少なくとも、ナギはそう判断した(ネギがナギに好意的な感情を持っていることに まだ気付いていないのだ)。

 ……そう、既に逃げられない状況に陥っていることにナギは気付いていないのだった。



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Part.02:運命の糸は絡まっていく


「やぁ、キミがネギ君を連れて来てくれたのかい? いやぁ、助かったよ、ありがとう」

 この場から離脱することを決意したナギは「さて、どうやって離脱するか」と悩んでいたのだが、そこにタカミチが脳天気に話し掛けて来た。
 八つ当たりでしかないが「お前のせいで悩んでるんだよ!!」とキレたナギは、にべもなく「いえ、当然のことをしたまでです」と告げるだけだ。
 そうやって皮肉を言うことで、当然の事(駅までの迎え)をしていないタカミチを遠回しに責めたのだ。それだけ、ナギは苛立っていたのである。

「ハッハッハッハッハ……いやぁ、手厳しいね。本来なら空港まで迎えに行くべきだったんだけど、忙しくってね」

 どうやら、タカミチも己の落ち度を理解しているらしい。苦笑しながら、反省点を述べて来る。
 ナギとしては「それがわかってるなら迎えに行ってやれよ!!」と思うが、ここは我慢だ。
 先程は苛立ちの あまり皮肉を言ってしまったが、よく考えるとタカミチと会話してるのも不味い。
 何故ならネギが「タカミチと仲がいいんですか?」とか喰い付いて来る可能性があるからだ。

 だがしかし、ナギには僅かだが義侠心があった。どうしても言って置かねばならないことがあったのだ。

「そうですか。確かに先生は お忙しい方ですから、迎えに行くのは難しかったのでしょうね。
 ですが、それならば、代理の方に迎えに行ってもらうべきっだったのではないでしょうか?
 最近は物騒ですから、こんな可愛い子が一人で無防備に歩いていたら、最悪 拉致られますよ?」

 そう、自分が迎えに行けないのなら、代理を立てて行かせればいいのだ。それを怠ったタカミチは どう考えてもアウトだ。

 確かに、見習いとは言えネギは魔法使いであるため、大抵の危険は一人でも(魔法の力で)対処できるだろう。
 だが、魔法は絶対ではない。たとえば、いきなり気絶させられるだけで、魔法が使えても意味がなくなるだろう。
 それに、相手も魔法使いだった場合、ネギのアドバンテージは一気になくなるだろう。とても危険だったのだ。
 恐らくは陰ながら護衛されていたのだろうが……それでもネギの扱いがゾンザイな気がしてならなかったのである。

 まぁ、だからと言って、ナギに「頼まれればオレが迎えに行ったのに」なんて気持ちは これっぽっちもないのだが。

 ナギは生粋のヘタレなので、某明日案の様に「だって、放って置けないでしょ!!」と言った理由でネギをサポートする訳がない。
 そのため、本来ならナギが口を挟む権利などないのだが……まぁ、それはそれ これはこれ だ。見て見ぬ振りはすべきではない。
 目の前に問題があり、しかも当事者がそれに気付いていないように見えるのだから、指摘くらいはしてもいいのではないだろうか?

「……そうだね、キミの言う通りだ。これからはもっと安全を考慮するよ」

 タカミチがどれだけナギの気持ちを汲み取ったのかは定かではない。だが、タカミチは神妙そうにナギの言葉を受け止めた。
 表情を取り繕っただけでの社交辞令である可能性もあるが……それでも、ナギの気持ちが届いたことは間違いない。
 何故なら、タカミチの言葉には何らかの強い想いが込められていたのだから。少なくとも、ナギはそう感じたのだから。

「いえ、わかっていただければいいんです。生意気なことを言ってしまって すみませんでした」

 だから、ナギは素直に頭を下げる。ナギは器の大きい人間とは言えないが、それでも礼には礼で返すタイプなのだ。
 そして、頭を下げてから「あれ? オレ何やってんだろ?」と ふと思い出す様な、とても流されやすい人間でもある。
 そう、ウッカリ忘れていたが、ナギはタカミチと会話をしている場合ではない。この場から離脱せねばならないのだ。
 何かタカミチが話したそうな空気だったし、言いたいことがあったので ついつい話していたが、そんな場合ではない。
 いや、会話を続けたのはナギ自身なのだが……それは忘れて置こう。大事なのは、これからだ。過去じゃない、未来だ。

 幸いなことに、これまでの会話でナギの名前は出ていない。今ならば まだ間に合う筈だ。

 ちょうどいいことにタカミチとの会話も一通り終わっている。ここで離脱しても不自然ではないだろう。
 言い換えるならば、今こそが最初にして最大のチャンスなのだ。今を逃せば次はないかも知れない。
 それ故に、ナギは「では、オレはここら辺で失礼させていただきます」と口を開こうとしたのだが……

「では、オ「そう言えば那岐君、最近はどうしてたんだい?」orz」

 狙っていたんじゃないかと疑いたくなるようなベストなタイミングでタカミチが口を開いたのだった。
 この時のナギの心情は「タカミチィイイ!!」と言うタカミチへの怨嗟で溢れていたのは言うまでもない。
 だが、いつまでもショックに打ちひしがれている場合ではない。何故なら、ネギにロックオンされたからだ。

(……あぁ、何かネギが『ナギ』って単語に反応しているんですけどぉおお!? ものっそいキラキラした目でオレを見ているんですけどぉおお!!)

 実はと言うと、タカミチはナギの保護者である。公式記録も そうであるし、今の会話からも それなりに親しいのは明白だ。
 だからこそ、ナギはタカミチに一言 言いたい。それは「何でお前はオレを追い詰めようとするんだぁああ!!」と言うことだ。
 ネギが『ナギ』と言う名前を聞いたら異常な興味を示すだろうことは事情を知る者には、わかりきっていることの筈だ。
 それなのに、ネギの前でナギの名前を呼んだのだから、ナギが「これって新手のイジメ?」と思ってしまうのは無理もない。

(い、いや、クールになれ、クールになるんだ!! 前原け――じゃなくて、神蔵堂ナギ!!)

 ネギに名前を知られたのは痛いが、それでも まだ挽回のチャンスはある。まだ終わった訳ではない。
 むしろ、今の内に離脱すれば、ネギに名前を知られただけで被害が抑えられる。そう、まだ大丈夫だ。
 まだ「名前を知っているだけの人」にしか過ぎないため、まだまだ魔法関係から逃れられる筈だ。
 悲観するのはまだ早い。悲観して何もしないのは悪手だ。今は僅かな可能性に賭けて進むべきだろう。

 冷静になったナギは今後の方針を立て直すと、最後に残った希望に縋って行動を開始する。

「……いえ、特に問題はありません。順風満帆に過ごしています」
「そうかい? 何か問題があったら、いつでも相談に乗るよ?」
「お気遣い、ありがとうございます。その時はお願いしますね?」

 そんな訳で、ナギはタカミチから振られた話題を無難に返し、話を無難に終わらせる。

 後は「では、オレはここら辺で失礼させていただきます」と先程 言えなかったセリフを言うだけだ。
 まぁ、当然ながら、そうは問屋が卸してくれないのがナギの運命(と言う名のフラグ体質)なのだが……



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Part.03:タカミチの内心


 ネギ君の魔力を感じたので迎えに来てみると、ネギ君の傍には よく見知った少年がいた。
 彼の名前は神蔵堂 那岐。ナギと同じ名前を持つ、もう一人の『ナギ』であり、ボクの被保護者だ。
 まさか、那岐君がネギ君と出会ってしまうとは……まったく、縁と言うものは怖ろしいものだね。

 でも、だからと言って静観する訳にもいかない。まだ、二人が出逢うには早過ぎるから……

 って言うと、何だかラブな匂いがするよね? でも、全然そんなんじゃないから。と言うか、そんな訳がないから。
 ただ単に、ここで二人が出逢ってしまうのは想定外の出来事なんで、どう対応したらいいか困っているんだよね。
 それに、まさか こんな形で那岐君と半年振りに会うことも想定していなかったからさ、心の準備ができてないし。

 う~~ん、どうやって話し掛けよう?

 この半年、仕事が忙しくて那岐君と まともに話してなかったから、
 話題が無いって言うか、むしろ、話題があり過ぎて困るんだよねぇ。
 でも、ここにはネギ君がいるから、内輪ネタを話すのもアレだし……

 あっ、まずは、ネギ君を連れて来てくれた御礼を会話の糸口にすればいいかな?

 そうすれば、ネギ君も話題に入っているからネギ君を蔑ろにしないで済むし、
 御礼を言われて悪い気はしないだろうから那岐君を盛り上げられるだろうし、
 それに、御礼の後は済し崩し的に馴れ合えば、昔みたいに話せるよね。

 ……うん、完璧じゃないか!!

 だから、ネギ君との会話を適当に打ち切って那岐君に話し掛けてみたんだけど……
 那岐君には「いえ、当然のことをしたまでですので礼には及びません」って感じで、
 にべもなくって言うか、まるで赤の他人と接するかの様な他人行儀で返されてしまった。

 はぁ……いくら久し振りとは言え、ちょっとばかり他人行儀が過ぎるんじゃないかな?

 一応、ボクって保護者なんだから、もうちょっと こう、フレンドリーな態度でもいいんじゃないかい?
 これが思春期特有の反抗期ってヤツなのかな? って、そう言えば、那岐君も もう14歳なんだよね……
 言わば「那岐君は思春期」ってところだから、こう言う態度も仕方が無いと言えば仕方が無いのかな?

 やれやれ……世の中のお父さん方は皆こんな何とも言えない寂しさを感じてるのかなぁ?

 って、ここでショボくれていても仕方がないよね?
 ――よし!! ここは気さくに笑い掛けてみよう!!
 やっぱり、笑顔はコミュニケーションの最上手段だからね!!

 ……しかし、どうやら笑い飛ばして雰囲気を変えようとしたのは失策だったようだ。

 那岐君は「笑って誤魔化そうとしている」と受け取ったようで、態度が更に冷ややかになった。
 い、いや、確かに苦笑も雑じっていたけどさ……これでもボクなりに反省はしているんだよ?
 ボクだって仕事がなければ空港まで迎えに行ったさ。でも、行けなかったんだから仕方がないじゃないか。

 とか思っていたら、代理を立てるべきだって叱られてしまった……

 ま、まぁ、そりゃそうだよね。ボクが行けないなら、瀬流彦君にでも代わりに行ってもらえばよかったね。
 でも、ボクにだって言い分はある。そりゃ、ネギ君が普通の子供なら那岐君の言う通り危険だったと思う。
 だけど、ネギ君は魔法学校を出たばかりの見習いとは言え、その才能を開花させつつある魔法使いだ。
 相手が余程の実力者でもない限り、そうそう危険なことにはならない。だから、割と安全なんだよ?
 つまり、ボクが何も考えていない訳ではない――んだけど、那岐君は何も事情を知らないんだよねぇ。

 う~~ん、そう言う意味では、ボクの先程の態度は無神経だったから、那岐君の怒りも尤もと言えば尤もだね……

 やっぱり、魔法関係のことを知っているのと知らないのでは、どうしても認識に齟齬が生まれてしまうねぇ。
 那岐君に魔法関係のことをバラせれば楽なんだけど……せめて中学を卒業するまでは教えない方がいいよね。
 って、そうじゃないな。今は那岐君の指摘に応えよう。事情があるとは言えボクが悪いのは確かなんだから。

 だから、ボクは素直に非を認めたんだけど……そうしたら、那岐君は素直に謝罪して来た。

 きっと、ボクの「事情があるけど事情が話せない」って気持ちを感じ取ってくれたんだろうね。
 しかし、これまでが冷たかった分こうして素直な態度を取られると妙に嬉しく感じるもんだね。
 ついつい調子に乗って近況でも聞きたくなっちゃうな。って言うか、せっかくだから聞いちゃおう。

 そんな訳で、近況を聞いてみたんだけど……間が悪いことに、那岐君のセリフと被ってしまった。

 何を言い掛けたのか気になるけど、那岐君が複雑そうな表情で答えたのを見ると ちょっと聞きづらいなぁ。
 と言うか、別に大した用件でもないのに遮った形になっちゃったから、一方的にボクが悪かったなぁ。

 ……ふぅ、これで また評価が落ちてしまったかも知れないね――って、今は反省している場合じゃないや。

 これ以上、那岐君からの評価を下げないようにしないと保護者としての面目が立たないからね。
 だから、これ以上ヘタを踏む前にネギ君を学園長のところに案内しちゃおう。うん、それがいい。
 何か今日はタイミングが悪いと言うか、会話をすればする程スレ違っていく気がするんだよねぇ。

 …………那岐君へのフォローはまた後で行えばいいよね?



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Part.04:こうして運命は固まった


 正直に言おう。タカミチとの会話が終わった と判断していたナギは油断していた。
 この場には自分とタカミチ以外にも役者がいた と言うことを忘れていたのである。

 つまり、ナギが「では、オレはここら辺で失礼させていただきます」と言って颯爽と立ち去ろうとした時に、

「あ、あの、ナギさん!! ボク、ネギ・スプリングフィールドって言います!!
 来週から麻帆良学園の女子中等部の2年生に編入する予定です!!
 まだまだ日本には不慣れですので、これからもよろしくお願いします!!」

 と第三の人物――つまり、ネギが颯爽と舞台に踊り出たのである。

 その狙ったとしか思えない絶妙なタイミングに、思わずポカンとしてしまったナギは悪くないだろう。
 だから「そう、よろしくね……」と何も考えずに反射で受け答えしてしまったとしても、きっと悪くない。
 フラグを より固めたしまった感はあるが、悪くないに違いない。そうして置くのが優しさだろう。

(って、ちょっと待って? 今、さり気なくネギが重要なキーワードを言わなかった?)

 ナギの聞き間違いでなければ、ネギは「赴任する」と言ったのではなく「編入する」と言ったのである。
 編入すると言うことは生徒として麻帆良に来た と言うことで、ネギは先生ではない と言うことだ。
 別に原作にこだわる訳ではないが、ちょっと気になる部分だ。どうせだから、確認して置くべきだろう。

 そう、ナギは既にネギと関わらない と言う選択肢をあきらめたのである。

「確認していいかな? 今、女子中等部の2年に編入するって言ったの?」
「え? ええ、そう言いましたけど、それがどうしかましたか?」
「そっか……いや、大した意味はないよ。ただ確認したかっただけだから」

 やはり、ナギの聞き間違いではなかったようで、ネギは生徒として麻帆良に来たらしい。

 恐らく、これが「ネギが女であることによる修正」だろう。想定内とは言えないが「まぁ、こう言うこともあるか」程度の差異だ。
 普通ならば「ネギが先生じゃないだと?!」と喰い付くかも知れないが、ナギは普通ではない。むしろ、腑に落ちているくらいだ。
 と言うのも、ナギの考えでは、原作のネギの修行(日本で教師をやること)はネギを麻帆良に行かせる建前に過ぎないからだ。

 そう、ネギの本来の修行とは「麻帆良でエヴァと接触させ、エヴァに師事することだ」とナギは考えているのである。

 何故なら、教師をやらせることだけが目的ならば問題児ばかりの2年A組の担任をさせるのは無茶・無謀も過ぎるからだ。
 そう言う意味では、原作でネギが教師になったのは「ネギが男の子だったから」に違いない。男子なので教師にするしかなかったのだ。
 いや、いくら子供とは言え、男子を女子校に通わせるのは さすがに無理があるだろう。それならば、教師にするしかない筈だ。
 もちろん、子供を教師にすることも充分に無理があるとはナギも思う。だが、それでも、男子が女子校に通うよりはマシだと思うのだ。

 以上のような理由で、ナギはアッサリとネギが生徒として麻帆良に来たことを受け入れた。

 ちなみに、先程ネギを「女装少年ではないか?」と疑った件はスッパリと忘れることにしたらしい。
 自分でも無理があると思っていたようで、現実逃避として考えたことだと素直に認めているのである。
 まぁ、少しは「こんなに可愛い子が女の子な訳ないじゃないか!!」と言う思いが無い訳ではないが、
 それだと自分がショタも行ける真性の変態であることになるので、ネギを女の子として認定したようだ。

 ……どうでもいいが、相手の性別を確かめるために『パンパン』を敢行した某龍球の主人公ってもしかしたら偉大なのかも知れない。

 仮にナギがネギに『パンパン』をしようものなら、ネギの性別に関係なくタイーホされるだろう。
 いくらナギでも、性犯罪者と言う汚名を受けて臭い飯を食うなんて生活は耐えられない。
 あれは彼だから許されたのだろう。と言うか、足でも『パンパン』したとかマジ凄いと思う。

 いや、まぁ、果てしなく どうでもいいので、そろそろ本題に戻ろう。

「んで、ついでに確認したいんだけど……年は幾つなの?」
「え? ボクですか? 今度の3月で10歳になりますけど?」
「へぇ。って言うことは『飛び級』で中学生になるのかな?」
「ええ、そうですね。日本では珍しいケースらしいですね」
「まぁ、麻帆良は特殊だからね、そう言ったこともあるさ」

 ナギは気を取り直して、ネギの年齢やら立場を確認して置く。念のため と言うヤツだ。

 とは言っても、ナギはネギの年齢を正確に覚えていなかったので、実は確認した意味がないのだが。
 まぁ、一応は「10歳くらいだった気がする」と言う認識だったので、完全に意味がない訳ではないが。
 それに、これは前振りみたいなものなので大した意味がなくても問題ない。大事なのは ここからだ。

「ところで、前は どんな学校に通ってたんだい?」

 ナギが本当に確かめたかったことは、ネギが魔法使いか否か である。そのために、前の学校を訊いたのだ。
 そう、年齢の話題を出したのは、年齢の話題から飛び級の話題を出して学校の話題に繋げるためだったのである。
 とは言っても、当然ながら、ネギが素直に「メルディアナ魔法学校です」などと答えるとはナギも考えていない。
 ナギは「以前の学校についてネギがどう説明するか」で、ネギが魔法学校に通っていたか否かを判断するつもりだ。
 まぁ、必ずしも「魔法学校に通っていない = 魔法使いではない」と言う訳でもないが、それでも判断基準にはなる。

 ところで、既にネギと関わっている現状で、ネギが魔法使いか否か わかっても何の意味があるのだろうか?

 まぁ、ネギが魔法使いでない可能性が増えると精神的に楽になるのは わかる。わかるが、それは無駄な抵抗だろう。
 と言うか、どう考えてもネギが魔法使いではない訳がないので(ネギは魔法使いなので)、無駄な抵抗でしかない。
 無駄な抵抗はするべきではない。抵抗するなら有意義にすべきだ(ナギには無理だろうが、ネギに嫌われる努力とか)。

「え? え~~と、イギリスのウェールズってところにある田舎の学校です」

 そして、ナギの抱く希望は敢え無く潰えるのは、最早 言うまでもないだろう。と言うか、既に一種のテンプレだ。
 ちなみに、誰から見てもネギが言い淀んだのは明らかであり、言い淀むと言うことは普通の学校ではないのだろう。
 もちろん、ネギの「前の学校」が魔法学校ではなく、別の意味で「普通ではない」と言う可能性もゼロではない。
 だが、ナギは「その可能性はないだろうねぇ」と あきらめた。漸くネギが魔法使いであることを認めたのである。

「そうなんだ……遠路遥々よく来たね。慣れない地かも知れないけど、これから頑張ってね?」

 だが、ナギはトコトンあきらめが悪かった。ネギが魔法使いであることは認めたが、関わることを許容した訳ではなかったのだ。
 それ故にナギは爽やかに微笑みながらネギの頭を撫でつつ「陰ながら見守ってるぜ」と言わんばかりのセリフで会話を打ち切る。
 自分でも もう手遅れな気はしているが、それでも「まだちょっと会話しただけの関係だから、まだ大丈夫さ」と自分に言い聞かせ、
 ナギは三度目の正直を信じて「では、オレはここら辺で失礼させていただきます」と告げて、颯爽と その場を離脱したのだった。

 既にネギと切っても切れない縁(と言う名のフラグ)が築かれたことなど、敢えて気付かない振りをして……



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Part.05:ネギ・スプリングフィールドは乙女である


 タカミチに会えたことで「やっと目的地に着いたんだ」って思ったため、ホッとしました。

 ですが、その反面、これで この男の人と別れてしまうんだって思うと、何だかとても寂しかったです。
 お父さんに似ているって思ったから、また お父さんとお別れするみたいでイヤだったんでしょうか?
 ……よくわかりません。でも、この胸がキュッってしまる感じは、寂しいってことなんだと思います。

 って感じで、よくわからない自分の感情を分析していると『可愛いコ』と言う素晴らしい言葉が聞こえて来ました。

 前後の文脈はよくわかりませんが、間違いなくボクを指して「可愛い」って言ってくれたんですよね?
 こ、これってボクの聞き間違いじゃないですよね? ちゃんと「可愛い」って言ってくれてましたよね?
 ボク、魔法や成績で褒められることは多いですが、容姿で褒められたのはネカネお姉ちゃん以外では初めてです。

 ……えへっ♪ 嬉しいなぁ♪

 あ!! そ、その、ち、違うんですよ? ヘンな勘違いしないでくださいね?
 実は、ボク、男の人に可愛いって褒められたのって初めてに近いんです。
 そんな訳で、その、とっても嬉しかった と言うか、そんな感じなんです。

 と ボクが独りで悶えていると、二人の会話は進んで行き……なんと、男の人が「ナギ」と言う名前だと判明したんです。

 もう、ビックリです。お父さんに似ているって思ったら、名前まで同じだなんて……
 何だか、運命を感じちゃいました――って、ち、違いますよ? そ、そう言うアレじゃないですからね?
 何て言うか、その、ほら、お父さん探しのための『験担ぎ』って言う感じで……
 その、修行が幸先よくスタートできたなって言う喜びですから、勘違いしちゃダメですよ?

 って、さっきからボクは誰に言い訳しているんでしょうか? うぅ……ボクってパニックになるとダメだなぁ。

 って、自己嫌悪に陥っている場合じゃありません!! 気が付いたら、いつの間にか二人の話が終わってます!!
 よ、よし!! これも何かの縁ですから、思い切ってナギさん(って呼んじゃおう)に話し掛けてみましょう!!
 そう思い切ったボクは、自己紹介をしてみました。だって、考えて見ると、まだボクは名乗ってませんでしたらね。
 もしかしたら、失礼なコだと思われていたかも知れません。でも、ナギさんは優しいから大丈夫だと信じてます。

 ……しかし、ナギさんから返って来たのは素っ気無い返事でした。

 実を言うと「ナギさんも自己紹介してくれるかも?」って期待していたんで、ちょっとガッカリでした。
 でも、きっと、これは「照れ隠し」ってヤツですよね? ……大丈夫です、ボクはわかっています。
 だって「日本の男性は基本的にシャイ」って、ネカネお姉ちゃんが言ってましたから、間違いありません。
 それに、照れ臭くて素直になれない人をツンドラ――じゃなくて、ツンデレって言うんですよね?
 そのツンデレが日本で流行っているってこともネカネお姉ちゃんに教えてもらいましたから知ってますよ。

 って感じで、ナギさんの態度の理由を推察していると、ナギさんがいろいろ訊ねて来ました。

 自己紹介をしてくれないのは ちょっと不満ですけど、質問してくれるってことはボクに興味があるってことですよね?
 ……えへへ♪ 嬉しいなぁ♪ きっと、自己紹介してくれないのも、照れているからなんでしょうね♪
 大丈夫です、ボクはわかってます。だから、照れ屋さんなナギさんが訊いてくれたことには何でも答えちゃいます。

 ですが、さすがにメルディアナ魔法学校にいたことを そのまま答えることはできません。

 魔法は秘密ですからね、さすがに魔法学校って そのままは言えません。
 ですから、魔法学校と言うことをボカした表現をしてみたんですけど、
 何だか、ナギさんに嘘を吐いている様で、ちょっと心苦しいです……

 それなのに、ナギさんはボクなんかを優しく激励してくれました。

 本当のことを言っていないボクに、微笑みながら頭を撫でてくれたんです。
 それは「あの雪の日」の「お父さん」のようで……とても、とても優しかったです。
 ですから、本当のことが言えないのが、とてもツラいです。心の底から。

 ですが、魔法のことは一般の人には秘密ですから本当のことは言えません。

 意識的であろうと無意識であろうと、魔法を一般の人にバラしてしまったら、
 ボクはイギリスに強制送還されたうえにオコジョにされちゃいます。
 もしそうなったら、もう二度とナギさんには会えませんから、そんなのダメです。

 って、ち、違いますよ? これは、そう言うアレじゃないですよ?

 あ、あくまでも、ボクはナギさんとお父さんを重ねて見ているだけなんですからね?
 ナギさんと仲良くなれれば、お父さんとも仲良くなれるかもって思っているだけですからね?
 だから、ナギさんに対して『特別な感情』がある訳じゃないので、勘違いしちゃダメですよ?

 って、またもやボクは誰に言い訳をしているんでしょうか?

 はぁ、もっと落ち着かなきゃダメですね。日本風に言うと「クールになれ」ってヤツですね。
 あ、これもネカネお姉ちゃんから教わった『日本の格言』の一つでして、お姉ちゃんも大好きな言葉です。
 だって、お姉ちゃんってば、よく「クールになれ、クールになるんだ!!」って言ってましたからね。

 日本って奥が深いですよねぇ。

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「ねぇ、タカミチ……ナギさんのこと、知っているの?」

 ナギさんが去った後、これから お世話になる学園長先生に挨拶をするため、ボク達は学園長室へ向かいました。
 本音を言うと、もっとナギさんとお話したかったですが……迷惑を掛けちゃいけませんから ここは我慢です。
 で、学園長室に向かう途中、ボクはずっと気になっていたことを思い切ってタカミチに訊いてみたんです。

「まぁ、ね。一応、これでも彼の保護者だからね」

 結果は肯定でした。って言うか、保護者って言うことは ボクとネカネお姉ちゃんみたいな関係なのでしょうか?
 と言うことは、タカミチはナギさんのことを詳しく知っていると言うことで、これは情報収集のチャンスですね。
 情報を制する者は世界を制する らしいですからね。ナギさん本人に訊けなかった分、タカミチに教えてもらいましょう。

 ……個人情報保護法? ぼくこどもだからなんのことだかわかりません。

「じゃあ、ナギさんのこと、教えてくれる?」
「別に いいけど……ネギ君、もしかして……?」
「ち、違うよ!! ちょっとした好奇心だよ!?」
「……じゃあ、そう言うことにして置くよ」

 あきらかにタカミチは勘違いしている気はしますが……まぁ、気にしちゃ負けですね。

 って言うか、別に勘違いでもないような気がしないでもないですからね。
 いえ、自分でもどっちなんだか よくわからなくなって来ましたけど……
 まぁ、とにかく、勘違いされても気にせずに情報収集に努めましょう。

 え? 学園長先生への挨拶ですか? まぁ、大事の前の小事ですよ。気にしたら負けです。少しくらい待たせても罰は当たりませんって。


 


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オマケ:今日のぬらりひょん ―その1―


「――と言う訳で、那岐君とネギ君は偶然にも出会ってしまい、その結果ネギ君は那岐君に随分と喰い付いていました」

 学園長室に案内されたネギが「大変な課題かも知れんが、頑張るんじゃぞい」と言う訓辞を学園長から受け、
 これから中学卒業までルームメイトとなる「近衛 木乃香(このえ このか)」に案内されて女子寮へ向かった後、
 タカミチは先程 起きてしまったナギとネギの邂逅についての顛末を報告し、最後に下世話な情報も付け加える。

 と言うか、タカミチは ここから更なる御節介を焼こうとしていた(悪意はないのだろうが、余計な御世話である)。

「これは私見なのですが……那岐君に魔法関係の事情を説明する時期を早めるべきかと思います。
 既にネギ君は那岐君を気にしています。きっと、遅かれ早かれ魔法がバレることでしょう。
 ならば、先手を打って こちらから説明し、ネギ君のパートナーになってもらうべきだと考えます」

 それを聞いた ぬらりひょんっぽい頭(後頭部が異様に長い)をした学園長の「近衛 近右衛門(このえ このえもん)」は、

「まぁ、タカミチ君の言うことも尤もじゃな。ネギ君も いつかはパートナーが必要となることじゃろう。
 そして、その候補として、ネギ君が気に入ったと言う那岐君を挙げるのも……まぁ、わからんでもない。
 じゃが、それは まだ時期尚早じゃないかのう? まだ魔法がバレるとは決まった訳じゃなかろう?」

 と、尤もらしいことをタカミチに言っているが、その胸中では「もっと面白い遣り方がある筈じゃ」と考えているのが見え見えだった。

「しかし、これからネギ君に課せられる予定の課題にはパートナーが必要不可欠ではないでしょうか?
 本国から指示されている課題の内容は、あきらかにパートナーがいることを前提としてますよね?
 それに、ネギ君は初心で奥手そうなので早めにパートナーを見つけてあげるべきだと思いませんか?」

 タカミチは近右衛門の考えていることを理解した上で、尤もらしく余計な御世話を焼く。

 と言うか、尊敬する英雄の娘を何処の馬の骨とも知れない男の毒牙に掛けたくないので、
 多少なりとも知っている と言うか、被保護者である かの少年にネギを任せたいのだ。
 本人達の意思を軽く無視しているが、気にしてはいけない(ネギの意思は尊重してるし)。

「まぁ、タカミチ君の言うことも尤もなんじゃが、イマイチ面白味に欠ける と言うか――いやっ!! 凄く『いいこと』を思い付いたぞい!!」

 如何に事を面白くするか考えていた近右衛門は、タカミチの言葉に適当に返事しながら「とある名案」を思い付く。
 ちなみに、言うまでも無いだろうが……その名案とは近右衛門にとっては『名案』だが、ナギにとっては『迷案』である。
 まぁ、ネギにとっては「名案か迷案か」明暗が別れるところが、近右衛門の優しさであると同時に厭らしさなのだが。

 言うならば、ナギの運命(と言うか、フラグ)は、近右衛門の悪ノリ(に見せ掛けた悪巧み)に左右されるのだった。


 


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後書き


 ここまでお読みくださってありがとうございます、カゲロウです。
 以前から「改訂した方がいい」と言う意見が多数あったので、今回(2012年2月)大幅に改訂してみました。


 今回は「主人公がネギの馴れ初め を書きつつ、タカミチも登場させてみた」の巻でした。

 ところで「でっかい荷物を背負った幼女」がネギなのはバレバレでしたけど、
 ネギが先生ではなく生徒ってことまでは、バレバレではなかったと思いたいです。

 それと、ボクがうまく書けたか自信がないので捕捉しますが、ネギが抱いている主人公への想いですけど……

 本人は「父親への憧れと混同しているに違いない」と思い込もうとしていますが、恋愛感情に入り掛けています。
 そして、それに対して主人公の方は「ネギが自分に興味を持っている」と言う認識はありますが、
 それは「ネギの父親と混同した憧れによるもの」として認識していますので、恋愛感情などは想定していません。

 今後、そのスレ違いが悲劇を生むのか、喜劇を生むのか、それとも何も生まないのか? 判断は読者様に委ねます。

 あ、そう言えば、原作とは大分違うタカミチですけど、意外と受け入れられているようで よかったです。
 ボク自身、ダンディーさの代わりにオチャメを搭載したタカミチの方が親しめるので、これからも この方向で行きます。
 でも、偶にダンディーさが欲しくなって いつものタカミチが別人に思えるくらいにダンディーになる時もありますが。

 あと、ネカネなんですけど……腐女子と言う訳ではありません。ですが、かなり精神がオタ文化に侵食されてます。

 主人公と絡んだら どうなるのか気になるでしょうが、直接登場するのは大分先です。
 しばらくは、ネギの回想として「妙な方向にネギを教育した軌跡」が浮かび上がる程度です。


 ……では、また次回でお会いしましょう。
 あ、感想・ご意見・誤字脱字等のご指摘、お待ちしております。


 


                                                  初出:2009/07/20(以後 修正・改訂)



[10422] 第03話:ある意味では血のバレンタイン【改訂版】
Name: カゲロウ◆73a2db64 ID:552b4601
Date: 2013/04/30 20:54
第03話:ある意味では血のバレンタイン



Part.00:イントロダクション


 今日は2月14日(金)。

 ナギとネギが出遭ってしまってから一週間の時が過ぎていた。
 その間にナギとネギの間に どのようなことが起きたのか?
 それは重要なことだが、それよりも今日の日付の方が重要である。

 そう、2月14日は「バレンタインデー」と言う重要イベントなのであった。



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Part.01:噂のロリコン野郎


 この一週間でナギの生活は変わった。

 まず、放課後になると毎日毎日ネギがナギに纏わり付いて来るようになったのである。
 待ち伏せしているとしか思えないタイミングで、毎日 必ず帰り道が一緒になるのだ。
 しかも、嬉しそうに(ナギには どうでもいい)話を聞かせて来るので とても大変だ。

  たとえば、クラスは2年A組になったとか……
  たとえば、ルームメイトのコノカさんは優しいだとか……
  たとえば、ナルタキさん達にシンパシーを感じるとか……
  たとえば、イインチョさんが妙に優しくて困るとか……
  たとえば、エヴァンジェリンさんの目付きが怖いとか……

 これはアレだろうか? 夕食時に行われる娘と父の会話だろうか? むしろ、ネギは父親との会話に飢えている娘なのだろうか?
 いや、まぁ、その通りなのだが。ファザコン気味なネギがナギと父親を重ねているのはナギですらわかっていることだ。
 ナギとてネギの気持ちが理解できない訳ではない。幼い頃から「親の愛」に飢えていたことには、何故か妙に共感できるのだ。

 だがしかし、もう少し自重して欲しいのがナギの偽ざる本音だ。

 何故なら、ネギの御蔭で二つ目の変化が起きてしまった――つまり、ナギとクラスメイトとの関係が変わってしまったからである。
 これまでは、ナギとクラスメイトの間には一定の距離が保たれていた。だが、最近は妙に親しみを込められるようになったのだ。
 いや、それだけ聞くと いい変化に思えるかも知れないが……ナギは彼等の「おお、同志よ!!」と言った生暖かい視線が気になるのである。
 正直、かなり不快らしい。思わず「これは目を潰してもいいって言う意思表示かな?」と言いたくなるくらいに不快な視線のようだ。

(――いや、わかっている。わかってはいるんだ)

 ナギの望みではなかったが、世の中は儘ならぬことばかりだ。文句を言っても始まらない。
 だが、そうは言っても、やはり納得できないことでもある。本意ではないから特にだ。
 そう、クラスメイト達はナギを「ロリコン」として認識しているのだ(実に正しい認識だが)。

(まぁ、それなりに自覚はあったんだけどさ……それでも、その理由が気に入らないんだよねぇ)

 ナギは己がロリコンだと自覚しつつある。最近までは少ししか自覚していなかったが、前回でハッキリと自覚した。
 だが、それでも、ネギに纏わり付かれることでロリコン認定をされたことには納得できない気持ちが残るのである。
 何故なら、ナギは好き好んでネギに纏わり付かれている訳ではない(むしろ迷惑に思っているくらいだ)からだ。

(いや、今の問題はそこじゃないね。今の問題は、今日が『バレンタインデー』だってことだよ)

 何故なら、バレンタインデーと言えば普通はチョコを貰ったりする甘い一日なのだが、ナギの場合は死亡フラグが立つからだ。
 ナギには見える。ネギにチョコを貰ってしまったら、何だかんだで好感度が上がって結果的に死亡フラグが立ってしまう未来が……
 そのため、ナギは今「バレンタインイベントを回避するために今日は学校をサボるべきなんじゃないか?」と本気で迷っている。

(……でも、学校をサボったらサボったで、何か とてつもなくヤバいことが起こりそうな予感がするなぁ)

 何故か「お見舞いに来ちゃいました☆」とか何とか言って『赤い悪魔(ネギのこと)』が現れそうな気がする。
 しかも、それを他の寮生達に見られてしまい「ロリコンって言うかペド野郎じゃん」と評されそうな気すらする。
 普通なら「ナニイッテンノ?」とツッコみたくなるナギの想定だが、強ち間違っていない気がするから怖い。

 やはり、ここは大人しく学校に行くべきだろう。何て言うか、学生は学生の本分を全うすべきだし。

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「うぃ~~す、神蔵堂」

 葛藤の末に断腸の思いで登校したナギに対しクラスメイトが挨拶して来た。
 気怠げな感じが溢れんばかりに漂って来るが、その目が如実に語っている。
 言うならば「オレは怠いけど、お前は怠くないよな?」と言う嫉妬だ。

 ちなみに、このクラスメイトは「鮫島 新一(さめしま しんいち)」と言うヘタレだ。

「いやぁ、今日はいい天気だな~~。絶好のバレンタイン日和ってヤツじゃね?」
「しかし、神蔵堂は羨ましいよなぁ。確実に一個はチョコをゲットできるんだから」
「あのロリっ娘からな♪ んで、ついでにあのロリっ娘もゲットしちゃうんだろ?」

 鮫島は隣にいたクラスメイト(宮元 茂:みやもと しげる)と見事な連携を見せる。

 そんな二人へのナギのコメントは「って言うか、バレンタイン日和って何?」と言う、至極 真っ当なツッコミだった。
 まぁ、敢えて解釈するとしたら、バレンタインらしい天候と言うことなのだろう。だが、それだと雪ではないだろうか?
 いや、勝手なイメージだが、どうも今日みたいな快晴はバレンタインらしくないと思うのはナギだけではない筈だ。

(……とりあえず、コイツ等には教育的指導ってものが必要だな、うん)

 何が可笑しいのか意味不明だが、フヒヒと品のない笑い声を上げる二人を見たナギの感想は間違っていないだろう。
 まぁ、普段のナギなら無視するだけに止めるのだが、生憎とネギ関連で苛立っていたので今日は少しだけ粗暴なのだ。
 そんな訳で、ナギはとても爽やかな笑み(でも目が笑ってない)を浮かべて二人を教室の隅へと引っ張って行く。

 ちなみに、これから何が行われるのかは御想像にお任せする。

 ……………………………………
 ………………………………………………
 …………………………………………………………

(ふぅ、いい汗 掻いたぜ。具体的に言うと、スポーツをしてリフレッシュしたような気分だね)

 どうでもいいが、鮫島と宮元にはトラウマが刻まれたらしく、その後しばらくはナギを見るだけでガタガタ震えるようになったらしい。
 自業自得と言ってしまえば その通りなのだが、少々哀れだ。と言うか、どう考えてもナギの遣り過ぎだと思う。もう少し自重すべきだ。
 何故なら、一連の光景を見ていたクラスメイト達がそれ以降ナギをロリコンネタで からかう様な命知らずな真似をすることがなくなったからだ。
 いや、クラスメイトへの牽制も狙ったのなら間違ってはいないのだが……再びクラスメイトとの間に溝ができたので、やはり遣り過ぎだろう。

(しかし、おかしいなぁ。オレ、間違っていない筈なのに……何で神多羅木に呼び出しを喰らったんだろう?)

 何故か罰として神多羅木の書類整理を手伝わされたらしい。納得できないナギは、非常に不満だったようだ。
 そのため、近右衛門に「神多羅木先生が生徒をコキ使ってまーす」と言った内容のタレコミをしたらしい。
 これで復讐は完了した――のではなく、これで神多羅木の理不尽な体罰(ナギ視点)は無くなるに違いない。

 ちなみに、しばらくして またもやナギが神多羅木に呼び出しを喰らったのは、最早 語るまでもないだろう。



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Part.02:運命の放課後


 そんなこんながありながらも授業を無事に終えたナギは、男子中等部の校舎を出て麻帆良学園中央駅に向かう。

 ちなみに、そのルートはナギの帰宅ルートであり、ネギが待ち伏せしている(としか思えない)ルートである。
 ここで、あれ程フラグを嫌がっているクセに何で態々そのルートを通っているのか ナギに疑問を持つことだろう。
 確かに、フラグのことを考えたらネギからバレンタインチョコを受け取るのは何としても避けるべきことだろう。
 だがしかし、確実に貰えるチョコがあるなら そこにどんな危険があっても行くしかないのだ。それが男の性なのだ。

(そう、これは致し方ないことなんだ。これは最早 避けられぬ、運命と書いてディスティニーと言うヤツなんだ)

 そもそも、麻帆良学園は男女が別々の校舎になっているので普通の共学校よりもチョコを貰えるチャンスが著しく低い。
 そのため、結果的にチョコ一つの価値が通常よりも高くなっており、チョコの有無が男の価値に雲泥の差を付けてしまうのだ。
 たとえ その贈り主が幼女であったとしても、チョコゼロ(敗者)とチョコ獲得者(勝者)では覆せない差が生まれるのである。

(あぁ、何て甘くも恐ろしいトラップなんだろうか!!)

 ナギとしては「こんな恐ろしいイベントを作りやがって!!」と日本の菓子産業に文句を言いたい所存だ。
 何故なら、男と言うのはプライドの塊だからだ。男はプライドが無くては生きていけない弱い生き物なのだ。
 言わば「高かがチョコ、されどチョコ」なのである。いや、菓子産業に文句を言っていても意味がないが。

 とにかく、以上の様な訳で、チョコが貰えるなら危険があっても行くしかないのがナギなのである。

 ナギは自身も認めるヘタレだ。だが、ヘタレはヘタレでも、男としての矜持を捨てた訳ではない。
 むしろ、プライドのためならば危険を冒すことも厭わない……そんなバカヤロウでもある。
 どう考えてもフラグを作りに行っている様にしか見えないが、それでも突き進むのがナギなのだ。

「ナギさ~~ん!!」

 そんなバカヤロウ(ナギ)を呼ぶ声がした。それは、バカヤロウ(ナギ)が待ちに待った呼び声だ。
 そう、カモがネギを背負って来た――いや、正確に言うと、ネギがチョコを持って来たのである。
 声が少しだけ いつもとは違う様に聞こえるが、きっと緊張していたから そう聞こえるだけだろう。

(って、あれぇ? 亜子?)

 ナギが期待タップリに振り向いた先に居たのは、予想外の人物――「和泉 亜子(いずみ あこ)」だった。
 亜子は以前(第1話)にも名前だけは出ていた、サッカー部の田中が無謀にも狙っている例のコである。
 ちなみに、原作とは容姿が少々異なり、栗色のショートヘアーと赤みがかった茶色の目が特徴的なコである。
 何故かナギに対して敬語で話す癖があるが、それは出会った時の印象が そうさせているのだろう。きっと。

 ところで、ナギが亜子と出会った経緯については、語ると長くなるので今回は割愛させていただく。

「亜子? どうしたの、一体? そんなに息を切らせてるってことは……何か急用でもあって急いでいたってこと?」
「いや『どうした』て……今日はバレンタインやないですか? チョコ渡す以外の用事なんてフツーありまへんよ」
「え? マジで? チョコくれんの? 亜子が? オレに? え? マジで? いや、ありがとう。いや、マジで」

 想定外の事態に軽くテンパるナギ。「マジで」を連発し過ぎて少々ウザいくらいにテンパっている。

 そんなナギの様子を可笑しそうに見ながら、可愛くラッピングされた直方体を手渡す亜子。
 それを受け取ったナギは、受け取りながらも「何でチョコくれたんだろ?」と内心 頭を抱える。
 もちろん、義理だろう。しかし、それでもチョコを貰える程は親しくない筈だ。意味がわからない。

「でも、どうしてチョコをくれたの? 正直、想定外 過ぎてテンパってるんだけど?」

 意味がわからないので、素直に理由を訊ねるナギ。わからないことを訊けるのは美徳だが、この場合はどうだろう?
 チョコを貰える程には親しくしないと考えているのなら、相手からの反応など期待できないのがわかるだろうに……
 義理だった場合は義理と言いづらいだろうし、本命だった場合は それはそれで何とも言えない空気になるだろう。

「…………ウチのチョコ、迷惑ですか?」

 現に、亜子はナギの質問に答えづらそうにしている。と言うか、別の切り返しで答えている。
 しかも(狙っているのか天然なのかは定かではないが)軽く上目遣いをオプションで付けて、だ。
 まぁ、どう考えても義理じゃない反応なのだが……生憎とナギはアレなので、それに気付かない。
 むしろ「やるね、亜子。いつの間に そんな高等スキルを身に付けたんだ!?」とか考えてる始末だ。

「いや、別に迷惑じゃないよ。むしろ、嬉しいさ。だから、何でオレなんかにくれるのか わからなかったんだけど?」

 どうやら、今度は持ち上げてから訊いてみることにしたようだ。ナギはナギなりに少しは考えたようである。
 だが、どう考えてもフラグを立てているようにしか見えないので、所詮は浅知恵としか言えないだろう。
 ちなみに、本人はまったくの無自覚である。むしろ、意識的に立てようとすると崩れるのがナギのクオリティだ。

「――ッ!! そんなん自分で考えてください!!」

 当然のことながら、亜子は吐き捨てるように言うと、その場でターンしてダッシュで離脱して行った。
 その鮮やかなターン & ダッシュはオリンピックを狙える と確信できるくらいだったらしい。
 と言うか、未だに「何であんなに顔を真っ赤にしていたんだろ?」とか考えるナギは どうしようもない。

(だって、あれだとテレているように見えるじゃん? 亜子がオレにテレる要素など皆無でしょ?)

 仮定が間違っていないのに何故か間違った結論に達する辺りが実にナギらしいと言えるだろう。
 更に言うなら「それとも、無自覚で怒らせちゃったのかな?」とか考えるのも実にナギらしい。
 自分に身の覚えがないことでも何故か相手が怒ることが多いので、そう言う発想になるようだ。
 まぁ、傍から言わせてもらえば「あれだけやらかして何で自覚してねぇんだよ?」とツッコミたいが。

(怒らせちゃったのなら……謝罪 代わりにホワイトデーで奮発して置けばいいかな?)

 何が悪いのかわかっていないのに謝っても意味がないことくらい、ナギとてわかっている。
 だから、謝罪代わりにプレゼントで誤魔化そうとしているのだろうが……それは明らかにフラグだろう。
 もちろん、本人に自覚は まったく無い。むしろ、自覚がないからこそ より性質が悪いのである。

(まぁ、とりあえず、期せずして亜子からチョコを貰えたので、これでオレはネギに頼る必要がなくなった、と言う訳だね)

 亜子とのことは考えても仕方がない。そう結論付けたナギは、これからの方針を考える。
 そう、これでチョコゼロは回避できたので、もうネギのチョコに期待する必要はない。
 つまり、ネギと遭遇する必要がなくなった訳で、むしろネギと遭遇するのは避けるべきだ。

(ってことで、ネギとエンカウントしちゃう前に、このルートから外れて別の帰り道で帰宅しよう!!)

 ナギがそう結論付けて脇道に入ろうとしたところで「ナギさ~~ん♪」と呼び掛けられたのは言うまでもないだろう。
 まぁ、今度こそネギだと思われるので、タイミングの悪さ(ある意味ではタイミングの良さ)に泣いてもいいだろう。
 お約束は守る と言うか、期待を裏切らないのがナギなのである。もちろん、本人が望んだ方向ではないのは言うまでもない。



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Part.03:神蔵堂ナギの交友関係


「って、美空?」

 ナギが振り向くと、そこには茶髪をショートカットにした、邪な笑顔の似合う少女「春日 美空(かすが みそら)」が居た。
 ちなみに、その隣には赤眼で長い黒髪をした、無表情が似合う褐色肌の幼女「ココネ・ファティマ・ロザ」も居たりする。
 まぁ、つまりシスターペアである。いや、現在はそれぞれの制服を着ているので、シスター服は着ていないが(実に残念だ)。

「いっやぁ~~、モテモテですなぁ? ナ・ギ・さ・ん♪」

 美空がニヤけたツラをして訳のわからないことを言って来る。恐らく、ナギと亜子の遣り取り見て、妙な誤解をしたのだろう。
 そう判断したナギは、美空のテンションを下げるために思いっ切り冷ややかに「はぁ? モテる? 誰が?」と反応したのだが……

「……いや、アンタが」

 テンションを下げること自体は成功したが、残念ながら それだけでなく「ダメだコイツ」と言う目で見られる結果に終わった。
 もちろん、事態を理解していないナギが「今、オレをバカだと思ったっしょ? でも、バカは そっちなんだよ?」とか、
 あまつさえ「だって、亜子だよ? 亜子がオレにデレる訳がないじゃないか?」とか考えてしまうのは言うまでもないだろう。

 と言うか、ナギは義理チョコすら期待していなかったので事態を理解できる訳がないのだ。実に残念なことに。

「はぁ、バカも休み休み言えっての。世の中、義理と人情なんだよ?」
「うわっ!! マジで言ってんスか? アンタ、マジで残念っスね!!」
「ハァ? ナニイッテンノ? 亜子に迷惑だから妙な勘違いはダメだよ?」

 ナギとしては「オレと妙な勘違いをされた亜子に悪い」となるらしい。ある意味では そっちのが酷いと思う。

「まぁ、それはともかくとして……その手にあるのって、バレンタインのチョコってことでいいの?」
「もちろん、言うまでもなく義理っスからね? 勘違いしちゃダメっスよ、モテモテのナギさん?」
「いや、美空から本命を貰ったら反応に困るから。それに、さっきから『ナギさん』ってキモいから」

 所在なさ気にヒラヒラさせていた直方体をナギが指摘すると、美空は軽口を叩きながら渡す。もちろん、ナギは軽口を叩きながら受け取る。

 実は、美空は内心で受け取ってもらえたことにホッとしていたのだが……残念ながら、ナギには伝わっていない。
 むしろ、ナギは「いつもは『ナギ』って呼んでるのに、何で今日は『ナギさん』って呼ぶんだろ?」と疑問でいっぱいだ。
 それが亜子への対抗心からなのは傍から見ると明白なのだが、残念ながら(と言うか、ナギが残念なので)気付かない。

 ちなみに、二人の会話から おわかりだろうが、ナギと美空は悪友と言っていいレベルの関係なのである。

「うわっ!! ヒドッ!! って言うか、和泉は『ナギさん』って呼んでるんだからいいじゃん!!」
「亜子はカワイイから許す。でも、美空はナマイキだから許さない。これって正論でしょ?」
「え~~!? 何スかソレ!? ソレはオーボーだよ!! オーボー!! ナギのオーボーヤロー!!」

 ちなみに、ナギは照れ隠しをしている訳ではない。素である。

 繰り返しになるが、ナギは「いや、何でそこで亜子が引き合いに出て来るのさ?」とか思っちゃう残念さなのである。
 もともと好意に鈍かったのだが、そこに「好意を持たれる訳がない」と言う思い込みが加わって磐石になったのだ。
 嫌な方向性の磐石だが、揺るがない精神と言う意味では磐石だろう。それが悪い意味で揺るがないので救いが無いだけだ。

 それはともかく、今はナギの残念さよりも美空の隣でチョコを差し出しているココネの方が大事だろう。

 実を言うと、ココネは美空がチョコをヒラヒラさせている時から無言でチョコを差し出していたのである。
 それなのにナギが美空ばかりを相手していたため、少々――いや、かなり不貞腐れていたのだった。
 だが、ナギは後悔していない。何故なら、頬を「ぷくー」と膨らませて不満を表しているのが可愛いからだ。

(ヤバい!! これはヤバい!! 可愛過ぎてマジでヤバい!!)

 むしろ、お前の頭がヤバいだろう とツッコミたくなるレベルでヤバいを連呼するナギ(もちろん内心で)。
 だが、その気持ちはわからないでもない。それくらいにココネの可愛さは天元突破しているのだ。
 その可愛さは、ココネさえ味方をしてくれるなら世界中に喧嘩を売っても構わないレベルの可愛さだ。

「ありがとね、ココネ」

 幸せな気持ちで満たされるナギだが、いつまでもココネを放置して置く訳にはいかない。
 確かに頬を膨らませている様は可愛いが、やはりココネの表情で一番 可愛いのは笑顔だ。
 そのため、ナギはココネに礼を言いながら その頭を撫でる(ちなみに、ナデポ狙いではない)。

「えヘヘ……」

 ココネが嬉しそうに笑う。それは、チョコを受け取って貰った喜びと頭を撫でられる心地よさからだろう。
 もちろん、その笑顔は天使と言っても差支えがない。心に無限の栄養をくれる、素晴らしい笑顔だ。
 しかも、その頭はナギに「相変わらず、極上の絹 以上の肌触りだねぇ」と言わしめる程の撫で心地らしい。

「って、アタシは無視かよぉ?!」

 何か「スギャァン!!」と言う効果音が似合うリアクションを美空がしているが、気にしなくてもいいだろう。
 いや、こんなノリのいいリアクションをしてくれるのは美空くらいなので、非常に貴重な存在なのだが……
 そんなことは口が裂けてもナギは言わないので(何故なら、美空が調子に乗るから)気にしなくてもいい筈だ。

 だが、さすがに放置は不味いので、ナギはリアクションを軽くスルーして別の話題を振る。

「ところで、美空のことだから中身に何か仕掛けてるんだよね?」
「エ? チ、チガウヨ? ナニイッテンノ? ソンナワケナイジャン」
「はぁ……ホワイトデーは楽しみにして置いてね(仕返し的な意味で)」
「うっわ~~、それって愛の告白っスか~~? 困っちゃうっスねぇ?」
「それならば、オレの愛は痛みを伴うんだぜ? とか言って置こう」
「じゃあ、その痛みに耐えるのがアタシの愛っス、とか言って置くっス」

 恐らくタバスコやワサビやらを仕込んでいるのだろう。だが、逆にそれで安心してしまうナギは末期かも知れない。

「じゃあ、ココネ。後でコイツの弱点とか教えて」
「……うン、いいヨ(コクン)」
「ちょっ、ココネー!? まさかの裏切りっスか?!」
「うんうん、ココネはいいコだな~~」
「えヘヘ~~(ニヤリ)」

 ナギは空気を読める『いいコ』なココネの頭を更にグリグリと撫でてやる。

 ちなみに、嬉しそうに してやったり的な笑みをしているココネだが……
 きっと美空をイジメられたことに対する満足感からのものだろう。
 何故なら、ココネは美空が好きなクセに偶に美空をイジメるからだ。

 本人が自覚しているかは かなり微妙だが、ココネは なかなかのSっ娘なのである。



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Part.04:二度あることは三度ある


「ナギさん!!」

 さすがに「今度こそネギかな?」とナギが振り返ったら、今度は聖ウルスラ女子高等学校の制服を着た「高音(たかね)・D・グッドマン」だった。
 高音はサラサラの金髪が特徴的な美人で、黙っていれば文句は無いのだが……喋ると残念――じゃなくて、頭が堅いのが露呈する女子高生だ。
 どうでもいいことだが、ナギは「JK」と見た時、普段は「常考」を連想するが、アダルトな迷惑メールだと「女子高生」を連想するタイプである。

「……あれ? 何か用ですか?」

 精神年齢を考えるとナギの方が年上なのだが、身体的にはナギの方が年下となるので、
 ナギは高音を呼ぶ時は「高音さん」と呼んでいるし、話す時も敬語を使って話している。
 最初は慣れなかったが、慣れてしまえば どうと言うことはないらしい。慣れとは恐ろしい。

「こ、これを渡して置きますわ」

 高音は何か言いた気だったが、簡潔な言葉で可愛くラッピングされたチョコを差し出すに止める。
 恐らく「義理ですから勘違いしないでくださいね」とか「普段の御礼のようなものですわ」とか、
 もしくは「どうせ貰えないだろうから恵んで差し上げますわ」とか言うつもりだったのだろう。
 少なくとも、ナギはそう判断している。実際は違うと思うが、ナギがそう判断しているので仕方ない。

「あ~~、ありがとうございます」

 そう判断しながらも、ナギは礼を言って受け取って置く。受け取らないと不機嫌になりそうだからだ。
 何故か「義理」と書いて「本命」と読ませそうな気配が漂ってるように見えるが、きっと気のせいだろう。
 何度も言うがナギは残念なので、惜しい想定はするが出す結論が残念なのだ。本当に、残念なことに。

「あの、センパイ。私からのも受け取っていただけますか? いつもお世話になっている御礼です」

 高音の用件が終わったと見たのか、高音の脇に居た「佐倉 愛衣(さくら めい)」も可愛くラッピングされたチョコを渡す。
 ちなみに、愛衣は茶色い髪をツインテールにした大人し目な感じの後輩で、ナギを「センパイ」と呼ぶ癖がある。
 何でセンパイと呼ばれるようになったかは、出会った経緯と共に後々語るので ここでの説明は割愛させていただく。

「うん、ありがとう……」

 ナギに愛衣を世話をした記憶は一切無いが、それなりに迷惑を被っているのでツッコまずに有り難く受け取ったらしい。
 ちなみに、迷惑と言うのは(何を勘違いしたのかナギは知りたくもないが)高音がやたらとナギに絡んで来る件である。
 きっと「私の『妹』に手を出すんじゃないわよ!!」と言う『お姉さま』的な思考だろう。ナギはそう判断している。

(一応は弁護して置くけど……オレ、愛衣だけでなく今までチョコを貰った誰にも手を出してないからね?)

 そもそも、ナギは原作キャラと必要以上に仲良くなろうとはしていない。むしろ、他人のままでいたい とか考えているくらいだ。
 愛衣とのことだって、愛衣と知り合った当初は原作キャラだと気付かなかったので普通に仲良く先輩・後輩関係を築いていたのだが、
 高音とも知り合った段階で「あれ? この二人って『脱げ女コンビ』じゃない?」と気付き、それからは距離を置くようになった始末だ。
 気付くのが遅いうえに距離の置き方が中途半端なので結果的にフラグは立っているのだが……当然ながら、本人は気付いていない。

「で、では、バイトがありますので、これで失礼します……」

 愛衣は用件(チョコ渡し)を終えるとサクッと その場を去った。ついでに高音も「私も忙しいので失礼しますわ」と消えて行った。
 それらを受けたナギが「何でオレにチョコを渡す女のコは みんなヒット & アウェイなんだろう?」と本気で頭を抱えるのは言うまでもない。
 しかも「そんなにオレの傍に居たくないの? むしろ、オレの傍はイタイってことなの?」と結論を出すのも、言うまでもないだろう。

(しかし、予想以上にチョコを貰えたなぁ。こりゃ、ホワイトデーが怖いなぁ)

 ナギは男の矜持的な意味で『倍返し以上(できれば三倍)』を心掛けているため、ホワイトデーは恐怖以外の何物でもなくなった。
 いや、贈り物に値段を付けるのは如何なものかとは思うので、厳密に三倍返しができる訳ではないのだが……まぁ、要は心意気だ。
 一律で3000円くらいの物を返せば角は立たまい。だが、それでも現時点で5人から貰っているので、1万5千円は必要になる計算だ。
 チョコを貰えるのは嬉しいのだが、返すことを考えると少しションボリして来る。何故なら、このままでは資金不足になるからだ。

(はぁ。面倒臭いけど、仕方が無いからバイトでもするかなぁ……)

 返す額を下げれば済む話なのだが、それはナギの男としての矜持が許さないらしい。残念な男だが、譲れない部分は持っているのだ。
 だが、バイトのために求人情報誌を求めて本屋へ向かい、その途中で「ナギさーん」と呼ばれたのは、最早 皮肉としか言えないだろう。
 と言うか、ネギを回避しようとしていたことをスッカリ忘れて寄り道(本屋に行く)してしまうナギのフラグ建築能力に脱帽すべきだろう。

 自棄になったナギが「今頃になって思い出しても遅いって話だよね☆」と自虐に走ったのは無理もない話である。



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Part.05:素朴な疑問


 結論から言うと、先程の呼び掛けは「宮崎(みやざき)のどか」と、その親友である「綾瀬 夕映(あやせ ゆえ)」だった。

 もちろん、呼び掛けられた理由は今までの女のコ達と同じで、バレンタインのチョコ(もちろん義理とナギは判断)を渡すためだ。
 いや「本屋に向かっていたから、本屋ちゃんが現れたんだな?」と言うツッコみたいのもわかるが、そこは抑えて欲しい。
 既にツッコんだから、そのツッコミは もう充分だ。何度もツッコむ様なネタではない。少なくともナギはそう思っている。

(って言うかさ、あのコ達って こんなに積極的だったっけ?)

 ナギの頭を占めているのは疑問――のどか と夕映が(たとえ義理であったとしても)男にチョコを渡す、と言うことへの疑問だ。
 特に、のどかは極度の恥ずかしがり屋で男性恐怖症の気があったため、ナギとしては「チョコをくれるなんて有り得ない」のである。
 まぁ、それなりに心当たりはある。原作の様に本を運んでる時にバランス崩して落下しそうになったのを助けた と言う心当たりが。
 だが、その程度のことでフラグが立つ程 世の中は甘くない――つまり チョコが貰える訳がない。ナギはそう考えているのである。

(いや、もしかしたら、助けた後にマニアックな本を探してもらったり、マニアックな本の話題で盛り上がったりしたせいかも?)

 例の如く最初の頃は のどかを原作キャラと認識していなかったため、普通に仲良くなってしまったことはある。それは認める。
 だが、原作キャラだと認識してからは、それなりに距離を置いたつもりだ(まぁ、せいぜいが遭遇を避けた程度だが)。
 いや、何度か無視しようとナギも努力はしたのだが、それでも一生懸命に話し掛けて来るのを無視するなんてできなかったのだ。

(それにしたって、男が苦手っぽい のどか からチョコを貰える程に仲良くなったつもりはないんだけどなぁ)

 それは夕映も同じだ。夕映とは のどかを介して知り合い、哲学的な話題で盛り上がる程度の関係にはなった。
 クラスメイト達とは話せないようなネタでも応じてくれるから、ついつい話すのが楽しかったのは認める。
 だが、それでも夕映は原作キャラだと気付くのが早かったので、のどか以上に距離を置いたつもりなのだ。

(う~~ん、どこで どう間違えたんだろう?)

 もしかしたら、いつの間にか のどか & 夕映フラグが立っていたのかも知れない。ナギにしては珍しく的を得た発想である。
 しかし、残念なことに「あ、でも、オレってネギ君(原作のネギのこと)と全然キャラ違うよね?」と直ぐに発想を潰してしまうが。
 まぁ、確かに、ナギとネギ君は違う。ナギはネギ君と違って、全然 頑張ってないし、ひたむきさとか純真さとか とは無縁だ。

(でもね? 負け犬には負け犬としての生き方ってものがあるんだよ? って、そうじゃないね)

 ネギ君との比較で軽く落ち込んだナギだが、今はそんな場合じゃない。疑問の解消の方が重要なので、慌てて意識を切り替える。
 ナギとネギ君では比べるだけ両者に失礼な訳だから、フラグに関しては考えるべきではないだろう。そうナギは判断したのだ。
 そのため、フラグとは別の側面でチョコを貰える可能性を考えることにしたナギは、ふと「なんだ、簡単じゃないか」と答えを得る。

 それは「二人にとってオレは数少ない男友達だからチョコを渡しただけで、特別な意味などないに違いない」と言う、実に残念な答えだった。

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 そんなこんなで、のどか・夕映の問題を自己完結したところで、またまたナギは呼び掛けられた。

 今度ナギを呼び掛けたのは、裕奈・アキラ・まき絵の三人組で、当然ながらチョコを渡すためだった。
 この三人の説明だが……まぁ、この三人に亜子を含めて運動部四人組と説明した方が わかりやすいだろう。
 いや、亜子を説明する時にも四人組として紹介したかったのだが、他の三人が登場していなかったのだ。

 では、個別に見ていこう。裕奈は「明石 裕奈(あかし ゆうな)」と言う元気過ぎるコである。

 ちなみに、裕奈は最近やたらと乳が発達して来ているようで、一部から「即席ホルスタイン」と呼ばれているらしい。
 実に揉み応えがありそうな乳だが、いくらナギでも そんなセクハラ行為はできないので、見るだけで我慢しているようだ。
 ただ、偶に「何か視線が犯罪臭いんだけど?」と言われるので見るだけでもセクハラになっている気がしないでもないが。

 次にアキラだが、アキラは「大河内(おおこうち)アキラ」と言う、大人しくて優しいコだ。

 だが、そのパワーは侮れない。原作18巻で武道四天王から一目置かれるシーンがあったくらいだ。
 それと、長い黒髪をポニーテールにしているのが印象的で、うぶひなの素子に似ているコでもある。
 ちなみに、水泳部に所属しており、部活中は競泳用の水着を着ているのかと思うと少しドキドキだ。

 最後に まき絵だが、まき絵は「佐々木まき絵(ささき まきえ)」と言う、ちょっと おバカなコだ。

 原作と違って新体操部ではなくフィギュアスケート部に所属している。まぁ、おバカなところは変わらないが。
 もちろん、貶している訳ではない。愛すべき おバカさんとして、親しみを込めて おバカと表現しているだけだ。
 ちなみに、ナギ曰く「まき絵くらい おバカな方がオレとしては好ましい気がしないでもないなぁ」とか何とか。

 ……さて、そんな三人だが、ナギにチョコを渡す際「亜子からチョコを受け取ったかどうか」を確認していたらしい。

 実に友達想いで、下手をすると「ある意味でバレバレじゃねーか」と言いたくなるくらいの御節介なコ達である。
 だが、やはり、ナギには通じなかった。ナギは「友達想いである」と受け止めただけで、バレなかったのである。
 そう「きっと、亜子が義理でもチョコを渡すのにテンパっちゃう様なコだから心配したんだろう」と解釈したのだ。
 むしろ、バラす勢いで確認したのに敢え無くスルーされた三人に同情してもいいかも知れない。いや、本当に。

(しかし、何だかんだで もう10個かぁ。いやぁ、久々に二桁の快挙だねぇ)

 チョコの数を確認したナギは「今年はゼロかも知れない」と懸念していたのが嘘のような快挙に喜んでいた。
 まぁ、冷静になって考えてみると、その内の70%は(ナギが危険視している)ネギクラスのコからだが。
 と言うか、ココネや高音や愛衣も魔法関係者なので、ある意味で危険率100%である。実にナギらしい結果だ。

(……あっれー? おかしいなぁ?)

 ナギとしては、可能な限りネギクラスのコとか魔法関連のコとかとは仲良くならないようにしていた。
 たとえ最初は気付かずに仲良くなったとしても、途中で気付いたら それとなく距離を置いていた。
 それなのに、何故かチョコをくれたのが その両者のみだった。どれだけ裏目に出ているのだろうか?

(おっかしいなぁ? 何で こんなことになってるんだろ?)

 ナギはナギなりに、今日チョコをくれた全員とは(危険フラグを伴う相手だと気付いてからは)極力関わらないようにしていた。
 まぁ、挨拶とか軽い会話はしていたが……それでも社交辞令に止めて置いたので「ただの知り合い」を保ったつもりなのだ。
 もちろん、好感度が上がるようなことはしたつもりもない。それなのに、何故にチョコを貰えたのか? ナギの疑問は尽きない。

「あの……ナギさん!!」

 ナギが答えの出ない問いに頭を抱えていると、唐突に呼び掛けられた。
 何だか とても聞き覚えのある声だが、きっと今度もネギではないだろう。
 そう思ってナギが振り返ると……なんと、そこにはネギが居たのだった。

 ナギが思わず「てへ♪ 今度こそ やっちゃったぜ♪」と、大分 自暴自棄になったのは言うまでもない。



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Part.06:ネギによるナギの観察録


 バレンタインデー。それは、ちょっとだけ特別な一日……

 まぁ、バレンタインそのものは知っていたのですが、それはあくまでもイギリスでの風習のことでした。
 ですから、日本での風習(女性から意中の男性へチョコを贈る)については最近 知ったばかりなんです。
 両国の文化の違いに驚きましたが、それよりも いいことを知った喜びの方が大きかったですね。
 それで、日本での風習を教えてくれたのはルームメイトであるコノカさんなんですけど……
 なんとコノカさんは『手作りチョコ』の作り方も教えてくれたうえ一緒に作ってくれたんです。

 そう言う訳で、今日は この『手作りチョコ』をナギさんに贈ろうと思います。

 あ、もちろん『本命』ではなくて『義理』ですからね? 勘違いしちゃダメですよ?
 ナギさんには普段お世話になっていますからね、渡さないのも不義理と言うものです。
 ですから、特別な意味などありません――って、ボクは誰に言い訳をしているんでしょうか?

 ま、まぁ、そんなことは置いておくとして……ボクは目的を達成するために今日も「ナギさんの帰り道」に来ました。

 ここは、偶然を装ってナギさんに会うために使用していたボクの秘密の場所です。
 ナギさんが必ず通る場所なので、今日も偶然会ったことにしてチョコを渡す予定です。
 ……完璧な計画ですよね? もう、完璧過ぎて自分が怖いくらいですよ。

 って、あれ? ナギさん、誰かと話してる?

 えっと……あの人は、クラスメイトのイズミさん、だったかな?
 お二人ってお知り合いだったんですねー。知りませんでしたよー。
 って、そう言えば、ボクってナギさんのこと、よく知らないかも?
 いつもボクの話ばっかりしていて、ナギさんの話って聞いてないかも?

 …………ショックでした。

 ボクは独り善がりだったんです。ナギさんにボクのことを知って欲しいって気持ちだけが先行していました。
 ナギさんにはナギさんの都合があるので、ナギさんのことを知らずにナギさんに近づくなんて失礼だったんです。
 って、そう言うアレじゃありませんよ? お友達としてってことですからね? 勘違いしちゃダメですよ?

 と言うことで、もうちょっと お二人を観察――じゃなくて、様子を窺うことにしましょう。

 って、あれ? あれれ? イズミさん、ナギさんにチョコを渡してる?
 もしかして……お二人は恋人だったりするんでしょうか!?
 ど、どうしましょう? 今まで まったく想定してませんでした!!

 確かに、ナギさん程の男性、他の女性が放って置く筈がありません。

 それなのに、ボクは何を調子に乗っていたんでしょうか?
 いつかナギさんがボクを振り向いてくれるなんて……
 そんな夢みたいなこと考えていたなんて、バカみたいです。
 いえ、振り向いてくれる と言うのは、そう言うアレじゃなくてですね?

 って、あれれ? イズミさん、ちょっと怒って帰っちゃいましたよ?

 どうしたんでしょうか? もしかして、ケンカでもしたんでしょうか?
 じゃあ、今がチャンスかも――って、人の不幸を喜ぶなんて!!
 ……ボクは最低です。人の不幸を喜ぶなんて、許されないことです。

 で、でも、今がナギさんにチョコを渡すチャンスであることは変わりませんよね?

 って、違いますよ? 傷心のナギさんに優しくしてポイント稼ごうとか そんなんじゃないですよ?
 チョコを渡すタイミングになった と言う意味でのチャンスのことですから、勘違いしちゃダメですよ?
 ほら、ボクは義理で渡すんですから、ナギさんが誰かと お付き合いしていても問題はない訳ですし……
 それに何よりも、他の方と一緒の時に渡すのは、ちょっと恥ずかしいですから、ね? ええ、それだけです。

 だから、今がチャンスなんです!! ……そう、思ったんですが、ナギさんに声を掛けようとしたところで先を越されてしまいました。

 えっと、さっきの人って、確かクラスメイトのカスガさんだったと思うんですけど……
 隣にいた人は誰でしょうか? カスガさんの妹さんでしょうか? あ、でも似ていませんでしたね?
 もしかしたら、ご近所さんかなんかで、お二人は仲良しさんなだけかも知れませんね。

 って、問題はそこではありませんね? ええ、わかっています。

 大切なのは、ナギさんはカスガさんよりも隣の人を重視していたってことです。
 しかも、隣の人は、見たところボクと同じくらいだったってことも重要なことです。
 そうです!! つまりナギさんのストライクゾーンにはボクも含まれているってことです!!
 あ、身長とか年齢とかって意味ですよ? 決して、胸囲ではありませんからね?
 だって、ボクには まだ将来がありますから!! いつかは「しずな先生」にだって追い付けます!!

 って、そうじゃないですよね? また話が脱線してました……

 え~~と……とりあえず、ナギさんは小さくてもOKってことがわかったんですよね?
 って、あれ? 話が胸に戻ってますね? 元々は、ナギさんの好みの話題でしたのに……
 あ、でも、冷静になって考えてみると、別にボクはナギさんに好かれなくてもいいと思うんですよ。
 大事なのはナギさんの傍にいることですので、ナギさんの傍にいられれば他のことは どうでもいいんです。
 だから、ナギさんの好みを そこまで気にする必要はないとも思うんです。少し寂しいですけど。

 って、あれ? でも、それってナギさんの都合を考えていないってことになりますね?

 よくよく考えると、ボクの勝手な都合をナギさんに押し付けるのは間違っている気がします。
 いえ、むしろ、ナギさんの都合を考慮したうえでボクの望みを叶えるべきなのではないでしょうか?
 って、違いますからね? 別に恋愛的な意味で言っているのではありませんからね?
 敢えて言うなら、ナギさんを『お兄さん』のように思っているだけですからね? 勘違いはダメですよ?

 って、あれれ? でも、それはそれで何かが違うような気もしますねぇ。

 ま、まぁ、深く考えちゃいけませんよね?
 考えるのではなくて、感じるべきですよね?
 よし!! もう少しだけ様子を窺いましょう!!

 って、思ったんですけど……あぅぅな状況です。

 今度は全く知らない人達から貰ってました。しかもウルスラの生徒さんまでいました。
 ……ナギさんって、交友関係が広過ぎです。あ、いえ、別に交友関係が広くてもいいんですよ?
 だって、冷静になって考えてみると、ボクも その中の一部でしかない訳ですからね。

 ですが、ボクだけを見て欲しい と思うのは、ボクのワガママなんでしょうか?

 って、ボクは何を言っちゃっているんでしょうか? 自分でもビックリです。
 だって、今のって ものすっごく「恋する乙女」なセリフじゃないですか!!
 ボクは魔法使いの修行で手一杯ですから、恋なんてしている暇はありません。

 そもそも、ボクがナギさんに持っている感情は、あくまでも「お父さんの代償心理」なんです。

 ですから、持ったとしても それは「家族に対する愛情」の筈ですから、恋愛感情の筈がないんです。
 それに、ボクには恋なんて まだ早いってネカネお姉ちゃんもアーニャも言ってましたから……
 だから、恋なんかじゃありませんからね? そう信じていただけるとボクは信じています。

 で、では、そう言うことで、ナギさんの様子を もうちょっとだけ窺おうと思います。

 ちなみに、今度はミヤザキさんとアヤセさんが渡してました。
 しかし、ミヤザキさんは男性恐怖症って聞いていましたし、
 アヤセさんは男性にチョコを渡すタイプじゃないと思っていたので、
 お二人がナギさんにチョコを渡したのは とても意外でしたねぇ。

 ……ナギさんは特別ってことでしょうか?

 でも、ナギさんが特別なのはボクも一緒です!! その点では他の誰にも負けるつもりはありません!!
 って、ボクは何を張り合っているんでしょうか? 最早 自分でも自分が何をしたいのか意味不明です……
 きっと、これは「もうチョコを渡しちゃえばいいんじゃない?」って言う誰かからの啓示なんでしょう。

 ですので、アカシさんとオオコウチさんとササキさんがいたような気がしましたけど、今は気にしません。

 って言うか、最早今のボクには気にしている余裕なんてないんです。
 今のボクの頭にあるのは「ナギさんにチョコを渡す」ことだけです。
 今日はそれで充分です。いえ、それだけできれば充分過ぎるんです。
 だって、今日はたくさんのナギさんが見られましたからね、充分過ぎです。

 御蔭で「ボクが知っているナギさんは、ナギさんを構成する『すべ』ての内からすれば一部に過ぎない」って気付けましたから。

 つまりは、ボクはまだまだナギさんを知らないってことですから。
 そして、だからこそ、これから知っていけばいいんですから……ね?

 ってことで、そろそろ突撃します!!



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Part.07:運命は覆らない


「……やぁ、ネギ」

 ナギは震えそうになる声を必死に抑えて、クールを装ってネギに答える。
 最早 言うまでも無だろうが、ナギは内心でパニック状態に陥っている。
 そのため、一見クールに見えるが実際はカオスなんてものではない。

(さて、どうする? どうやって この絶望的な状況を切り抜ける?)

 ここでネギのチョコを受け取ると、ホワイトデーの時に返さなくてはならないだろう。ナギの矜持的な意味で。
 そして、恐らくはホワイトデーの時にフラグ直結のイベントが発生するに違いない。無論、それは避けるべきだ。
 では、それを避けるためには どうしたらいいのか? 答えは簡単だ。ここでチョコを受け取らなければいい。
 だがしかし、チョコを受け取らないにしても、チョコをさりげなく断るなんて芸当がナギにできるだろうか?
 ナギは割と口が達者なのだが、根本的に残念なので大事な部分で失敗する。そして、ナギの望まない結果になるのだ。
 それ故に、チョコを渡される前に この場から離脱をするのがナギでも実現可能な対策だろう。多分、きっと、恐らくは。

 そんな感じでナギが現状を打破しようと高速で思索に耽っていると、ネギは可愛くラッピングされたチョコをナギに差し出して来る。

 しかも「あの……チョコ、受け取ってください!!」とストレート過ぎる言葉も添えたので、最早 受け取るしかない流れだ。
 いや、さすがにナギもこれは想定外だった。名前を呼び合っただけで渡されるとは、いくら何でも思わなかったのだ。
 ナギの出方を窺ったりしたり渡すのに照れたりしたりして、もう少し何らかのクッションがある と思っていたのである。

(……はぁ、仕方が無い。こうなった以上、もう受け取るしかないね)

 どう考えても、受け取る以外の選択肢は無い。いや、心を鬼にすれば「ごめん、受け取れない」とか言えるが、いくらナギでも それは無理だ。
 それに、よく考えてみれば、ネギと出遭ってから何だかんだで一週間が経つが、今のところネギが魔法関係を匂わせるようなことは一切なかった。
 そう、あれだけナギが脅えていた「ネギと関わる → 魔法と関わる → 死亡フラグが立つ」と言う図式がナギの被害妄想かも知れないのだ。
 ならば、ネギが一生懸命に渡そうとしているのだから受け取るしかないだろう(繰り返しになるが、差し出された段階で その選択肢しかないが)。

「…………ありがとね」

 なので、ナギは礼を言いいながら、ネギの頭を撫でてやる。もちろん、優しげに微笑むことで「褒めている」意思表示も忘れない。
 と言うのも、実はと言うとネギは頭を撫でられた経験が あんまり無いようで、ナギが頭を撫でると非常に喜ぶのである。
 それがわかってからナギは、褒めたりする時は必ずネギの頭を撫でてやることにしている。僅か一週間だが、それなりのことはあったのだ。
 まぁ、ナギに撫でられるから喜んでいる と言う側面が強いのだが……ナギはそれに気付いていないので、純粋な気持ちで撫でているが。

(一応 言って置くけど……決してナデポやニコポを狙っている訳じゃないからね? って言うか、その程度でポする女のコなんていないからね?)

 態々わかりきっていることを敢えて言うのは、心に後ろ暗いところ(自覚)があるからだろうか?
 どうもナギが何かを語ると「語るに落ちている」気がしてしまうため、ついつい邪推してしまう。
 だが、ここは敢えて気にせず、ナギを信じて置こう。ナギは残念な人間だが、悪い人間ではないのだ。

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 さて、そんなこんなでナギのバレンタインデーは喜んでいいのか困っていいのか微妙な結果に終わったのだった。


 


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オマケ:差出人不明のチョコレート


 ナギが自宅に戻ると、差出人不明の荷物が届いていた。

 それを不審に感じたナギは「開ければわかるだろ」と判断し、開けてみることにした。
 死亡フラグを気にしているクセに爆発物とかの可能性を考えないのがナギなのだ。
 まぁ、荷物の中身は(ご想像通り)チョコレートだったので、危険物ではなかったが。
 とは言え、荷物にはチョコしか入ってなかったので、結局 差出人は判明しなかった。

「う~~~ん、誰からだろう?」

 自慢ではないが、ナギには まったく心当たりが無い。悲しいくらいに。
 ただでさえ今日貰ったコ達からも貰えると考えていなかったのだ(ネギ除く)。
 他に貰える当てなど、これっぽっちも思い付く訳がないだろう。

 ……だから、思い浮かんだのは『那岐』のことだった。

 今日貰ったコ達はナギへ贈ったことがわかっている。ナギがナギとして活動した半年の間に知り合ったコ達だからだ。
 だが、ナギがナギになる前――つまり那岐だった頃に知り合った相手はナギにはわからない。わかりようがない。
 もしかしたら、那岐ならば相手のことがわかったのかも知れない。無記名でも相手が判るような存在が那岐にもいたのかも知れない。

 そう考えたナギは、差出人不明の相手へ何とも表現できない想いを抱く。

 那岐に贈られたのならば那岐が相手へ応えるべきであり、ナギでは相手へ応えることはできない。
 それでも何かを伝えるとしたならば「ナギは存在するが、那岐は存在しない」と伝えることしかできない。
 だが、それは伝えるべきことなのだろうか? それとも、伝えない方がいいことなのだろうか?

 ナギは那岐の交友関係が希薄であったために、これまで「命題」に突き当たってはいなかった。

 「自分は神蔵堂 那岐であるが、『那岐』とは別人の『ナギ』であり、言わば『那岐の偽者』に過ぎない」と言う前提の下、
 「那岐を望む者に那岐の死を伝えるべきなのか? それとも、那岐の振りをして那岐の死を隠すべきなのか?」と言う命題に。

「……まぁ、なるようになるでしょ」

 ナギはその問題を棚に上げ――ではなくて、心の奥に抱えて進むことを決意した。
 考えても仕方がないことは考えない。そして、後で後悔する。それがナギの生き方なのだ。

「それに、差出人不明ってことはストーカーって可能性もあるかも知れないもんね?
 もし そんなんだったら何も答えてやる必要はないから考えるだけ無駄だって、うん。
 ってことで、明日は明日の風が吹くから、問題は起きてから対処することにしよう」

 ……どうでもいいが、ナギが口を開くとシリアスな雰囲気が一気に霧散してしまうのは何故だろう?


 


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後書き


 ここまでお読みくださってありがとうございます、カゲロウです。
 以前から「改訂した方がいい」と言う意見が多数あったので、今回(2012年3月)大幅に改訂してみました。


 さて、今回は「バレンタインと言う原作では触れられていないイベントをやってみた」の巻でした。

 あれ? 前回の伏線(近右衛門の悪巧み)は? と お思いになったかも知れませんが、それは次回となります。
 主人公自身が「何だ、ネギと関わっても安全じゃないか」とか油断した時にフラグが立ち塞がります。
 では、何故にバレンタインなのか? と言いますと、作品中の時間的に丁度よかった と言うのもありますが、
 主人公が無自覚に立てていたフラグがどれだけあったのか を早めに出して置こうと思ったからなんです。

 で、主人公が貰ったチョコですけど……実際は本命もいくつかあります。

 ですが、主人公は全部を義理だと思っています(ネギからの思慕も父親との錯誤だと思ってますし)。
 そう言った勘違いが主人公の美点だと思います。だって、無自覚なフラグ建築士ですからね。
 と言うか、フラグを嫌がっているので、そう言ったことに敏感だと物語が成り立たないんですが。


 ……では、また次回でお会いしましょう。
 感想・ご意見・誤字脱字等のご指摘、お待ちしております。


 


                                                  初出:2009/07/25(以後 修正・改訂)



[10422] 第04話:図書館島潜課(としょかんじませんか)?【改訂版】
Name: カゲロウ◆73a2db64 ID:552b4601
Date: 2013/04/30 20:54
第04話:図書館島潜課(としょかんじませんか)?



Part.00:イントロダクション


 今日は3月1日(土)。今日、ナギは図書館島に来ていた。

 いや、態々 説明したが、別にナギが図書館島にいること自体は大した問題ではない。
 ナギは本の虫とは言えないが かなりの本好きであるため、よく図書館島に通っている。
 そのせいで のどかや夕映とエンカウントしてしまうが、それでも本の魅力には勝てないらしい。

 ……それでは、何が問題なのか? それは、ナギが図書館島にいる理由である。

 前回のPart.04でナギが考えていた様に、ホワイトデーの資金を捻出するためにナギは今頃バイトに精を出している予定だった。
 まぁ、『とある事情』で平日のバイトを避けたいナギは(趣味ではないが)ガテン系のバイトなら土日だけでも何とかなるため、
 バレンタイン直後から土日は丸々ガテン系のバイトに費やして来た――のだが、何故か土曜日である今日 図書館島にいるのである。

 では、何故バイトに精を出している筈のナギが図書館島にいるのであろうか? ……その答えは、当然ながら『ネギ』であった。



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Part.01:こうしてナギは巻き込まれた


「ナギさん!! こ、今週の土曜日、お暇ですか!?」

 それは、2月26日(水)のことだった。ナギの帰り道にいつも通りネギが現れ、いつもと違ったことを訊ねて来たのである。
 この時「すわっ!? まさかデートに誘うまで思い込んでしまっていたのか?!」と戦慄を覚えたナギは間違っていないと思う。
 まぁ、普通なら自意識過剰な気がしないでもないが、ネギのナギへの傾倒振りを考えると至極真っ当な想定に思えるのだ。

「悪いけど、バイトしなきゃいけないから忙しいんだよねぇ」

 だから、無難な理由で断ったナギは間違っていないだろう(何気に本当の理由だし)。
 ネギが「そ、そうですか……」と物凄くションボリしているが、ナギは間違っていない筈だ。
 傍から見たら幼女をイジめている様にしか見えないが、ナギは間違っていないに違いない。

「……何か用があったの?」

 間違ってはいないが、フォローのために訊いてあげるくらいはして置くべきだろう。
 ナギが悪い訳ではないのだが、このままネギを放置するとナギが悪いことになるからだ。
 何故か、悲しそうな女性の傍に男がいたら その男が悪いことになってしまうのである。

「実は、図書館島に行かなければいけない用事ができまして……その、できれば お付き合い いただきたかっただけです……」

 ネギの言葉を聞いたナギの感想は「時期的に考えると図書館島での勉強合宿イベントですね、わかります」だった。
 現在は学年末テストの2週間ほど前だ。時期的に原作よりも早い気はするが、そんなものは誤差の範囲内だろう。
 まぁ、ネギは担任ではないので「2-A最下位脱出課題」なんて出ていない可能性もあるが、出ている可能性もある。
 と言うことは、ただでさえ危険な図書館島の地下でも より危険な深層に潜ることになるのでネギ一人では危険である。
 だが、生憎とナギには予定があるので同行できない(予定がなくても同行しなかった可能性が高いが、忘れて置こう)。

「そっか。じゃあ、代わりと言ってはアレだけど……ルームメイトのコとかに頼んだら どうかな?」

 ネギのルームメイトは、ナギ曰く「体力バカの明日菜と図書館探検部の木乃香」なので、とても心強い。
 情けない話だが、ルームメイトの女子を頼った方がナギを頼るよりも頼もしい気がしないでもないくらいだ。
 那岐の身体スペックは かなり高いのだが……残念ながらナギには図書館島を探索するスキルなどないのだ。

「いえ、コノカさん達には既に頼んであります。そのうえで、ナギさんにも来て欲しかったんです」

 これまでのネギの傾向から真っ先にナギを頼る と思っていたが、どうやら それはナギの思い込みだったらしい。
 キチンと友人関係を作っているようで一安心だ。だから、心の中で僅かに広がった寂しさは気のせいに違いない。
 ナギはネギの父でも兄でもない。ましてや恋人でもない。真っ先に頼られないことに寂しさを感じる筈がないのだ。

「そっか。ごめんね、力になれなくて」

 断った当初は強い罪悪感があったが、理由や状況を理解できた今となっては「ちょっと悪いことをしたかな?」くらいだ。
 と言うか、どうしてもナギが同行しなければいけない状況でもないので、ナギは当初の予定通り この話を断ることにする。
 まぁ、言い換えると、木乃香達が同行できない場合はナギは同行するのも吝かではなかった と言う訳だ。ネギには秘密だが。

「いえ、いいんです。ナギさんも お忙しいんですもんね……」

 明らかにネギは残念そうだったが、食い下がることなく納得する。どうやら、ナギの都合を優先する気持ちがネギにもあるようだ。
 ナギとしては「聞き分けのいいコ」は好きなので、今回の埋め合わせとして後で何処かに付き合ってあげよう と言う気分になる。
 もしかしたら、ネギはそれを狙って食い下がらなかったのかも知れないが、そんな邪推はやめよう。少なくともナギは邪推していない。

 このような流れで、ナギの図書館島行きの話は終わった筈なのだが……そうは問屋が卸さない(近右衛門が許さない)のは言うまでもない。

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「やぁ、那岐君。ちょっといいかい?」

 そして、ナギがネギの誘いを断った翌日、2月27日(木)の昼休みのことだった。唐突にタカミチがナギを尋ねて来たのである。
 ちなみに、場所は食堂だ。周囲からの視線はキツいが、教室に来られるよりはマシだったろう。それなりに気遣ったようだ。
 ところで、教師にしては態度がフレンドリー過ぎるのは、相手が被保護者であるナギだからだろうか? それとも別の狙いだろうか?

「何か御用でしょうか? タカ――畑先生」

 そのフレンドリーさに釣られて思わず呼び捨てにしそうになったナギだが、慌てて高畑先生と言い換える。
 非常に どうでもいいことだが、なんと「タカミチ」でも「高畑」でも途中まで『タカ』は一緒なのである。
 いや、今更と言うか、本当にどうでもいいことなのだが……気付いてしまったので報告したくなったのだ。

「まぁ、大した用件ではないんだけどね?」

 そんなことを言いながら、特に了承も得ずにナギの対面の席に腰を下ろすタカミチ。
 そのことに少々イラッと来るナギだが、話に水を差す訳にはいかないので我慢する。
 言い出し難そうにしているタカミチの雰囲気から察するに、恐らくバイトの件だろう。

「……もしかして、バイトの件ですか?」

 麻帆良の情報網は異常だ。ただでさえ科学技術が進んでいる都市なのに、トドメと言わんばかりに魔法まで使って情報を管理している。
 それ故にナギはバイトがバレないように偽名を使ってバイトをしていたのだが、どうやら『網』に引っ掛かってしまったようだ。
 麻帆良はバイトが禁止されている訳ではないのだが……特待生と言う立場のナギは「できればやるな」と弱い禁止をされているのだ。

(あ~~あ、こんなことなら『あっち』のバイトにして置けばよかったなぁ。『あっち』は危険が伴うけど、学校側に露見する可能性は低いからね)

 タカミチは学園広域指導員と言う立場にある。この『学園広域』とは「学園の敷地内すべて」ではなく「学園に関係するすべて」を指している。
 つまり、タカミチの指導範囲は学園の敷地外にも及ぶ と言うことであり、ナギが敷地外でバイトしていたことも指導の対象になるのである。
 と言うか、指導員であると共にナギの保護者であるタカミチは、本人の意思に拘わらずナギに「厳重注意」を言い渡さねばならない立場なのだ。

「あぁ、いや、その……まぁ、そう言うことになるのかな?」

 しかし、ナギの予想とは裏腹に、タカミチは「注意しに来た」と言う態度ではなかった。
 ナギは「バイトのことを注意しに来たんですか?」と言うニュアンスで訊ねたのに、
 文章そのものの肯定ではなく、バイトと言う単語のみを肯定しているようにしか見えない。

「……先生? 『そう言うこと』って どう言うことですか?」

 タカミチは態度こそ緩いが、別に抜けている訳ではない。ナギの言わんとしたことを察しなかった訳が無いのだ。
 つまり、同じ「バイトに関する話題」であっても、タカミチが話したいのは「注意とは別の種類の話題」なのだろう。
 そう判断したナギは、悟らせない程度に警戒をして話題に切り込んでいく。弛緩した空気に流されてはいけない。

「え? いや、あの、その、ね? 『ちょっとしたバイト』を頼まれてくれないかなぁ、と思ってね?」

 タカミチは『ちょっとしたバイト』と言っているが、どう考えても『かなり厄介なこと』にしか聞こえない。
 直感的にそう感じたナギは「さて、どうやって断ろうかな?」とか算段を立てつつ話を進めていくことにする。

「ちょっとしたバイト、ですか? ちなみに、どんなバイトなんです?」
「いや、まぁ、何て言うか……『ちょっとした お使い』って感じかな?」
「そうですか。それで、具体的には どんな『お使い』なんでしょうか?」
「……実は、ちょっとばかり図書館島の地下に潜って来てもらいたいんだ」
「なるほど。潜る階層によっては『ちょっとした お使い』とも言えますね」

 図書館島と言う単語にネギを彷彿とさせられたナギは、物凄く嫌な予感を抱きながら全力で回避する方向に話を持っていく。

「それで、目的地は何処ですか? もちろん、地下3階より上ですよね?」
「い、いや、実はと言うと、学園長が深部にある本を必要としているんだ」
「そうですか……確か、中学生が入っていいのは地下3階までですよね?」
「だ、大丈夫だよ。学園長からの依頼だからね、進入許可は降りているよ」
「へぇ、そうなんですか。ところで、学園長は何で自分で行かないんです?」
「何でも、最近 持病のギックリ腰がヒドいらしくてね、自力じゃ無理らしい」

 やはり、学園長絡みか。と言うか、持病のギックリ腰って…… などなど、いろいろと文句を言いたいが、今は断る方向に持っていくのが至上命題だ。

「じゃあ、何でオレなんですか? 司書さんにでも頼めばいいんじゃないでしょうか?」
「尤もな意見だね。でも、深部はちょっと特殊でね。一般の司書も立ち入り禁止なんだよ」
「そうですか。じゃあ、司書さんに進入許可を出せばいいだけの話ではないでしょうか?」
「……その通りだね。だけど、そうもいかない理由があるんだ。大人の事情ってヤツでね」
「そうなんですか。ですが、それなら むしろ、オレに進入許可を出す方が問題なのでは?」
「いいや、それは問題ない。これも大人の事情でね。キミには許可を出しても問題ないのさ」

 大人の事情とは魔法関係なのだろうか? それとも、学園長の思惑だろうか? どう考えても後者なので、断るのは難しいかも知れない。

「司書さんは駄目でオレならいい と言うことはわかりましたが……なら、高畑先生では駄目なんですか?」
「……残念ながら、今回に限ってはボクも駄目なんだよ。納得はできないだろうけど、頼まれてくれないかな?」
「大人の事情ってヤツですか……ところで、深部って かなり危険な罠が仕掛けられているんですよね?」
「すまないね。あ、罠については大丈夫だよ。ちゃんと地図と道具を用意するから危険は『それほど』ないよ」
「そうですかぁ。あ、ちなみに、参考までに訊いて置きたいんですけど、これって断れない流れなんですよね?」

 ここまでの話の流れで、ナギが行くしかないことは充分に理解した。だが、それでも抵抗をあきらめないのがナギなのだ。

「ん? 確か、学園長から『これでバイトの件は評定に入れないで置いてあげる』って伝言があったけど?」
「ハッハッハッハッハ!! そうですか!! そう言うことならば、喜んでお受けいたします とお伝えください」
「そうかい? いやぁ、ありがとう。そっちの件を有耶無耶にできたことも含めて、ボクも気が楽になったよ」

 タカミチにも何らかの事情はあるのだろう。と言うか、ナギへの気遣いが見て取れるので、ナギはタカミチに文句を言えない。

 嫌なタイミングでバイトの件を持ち出されたが、評定を下げられるよりはマシだ。
 ちなみに、言うまでも無いだろうが、評定とは奨学金の額を決める選定基準のことだ。
 つまり、ナギの生活費に直結しているものなので、多少の厄介事は仕方がないのだ。

(生活とか矜持とか安全とか……すべてを手に入れるにはオレの力が足りない。だから、これは当然の帰結だね)

 奨学金を減らされるのが――バイトの件を持ち出されるのが嫌なら、最初からバイトをしなければよかった。
 そして、バイトをしたのは、ホワイトデーで倍返し以上をしたい と言うナギの矜持(自己満足)のためだ。
 安全を求めるならば、生活か矜持か どちらかを捨てねばならない。3つを保持するにはナギの力が足りないのだ。

「あ、言い忘れていたんだけど……ネギ君達も一緒だから、しっかりエスコートしてあげてね?」

 当然のことだが、ナギは己の耳を疑った。ネギが どうとか聞こえたけど気のせいに違いない、とか思い込むくらいに疑った。
 と言うか、降り掛かる危険を「図書館島に仕掛けられた罠」としてしか認識していなかったナギには寝耳に水な情報だった。
 まぁ、タカミチと会話し始めた辺りでは想定していたにもかかわらず話しているうちに忘れてしまったナギの落ち度だろうが。

 どうでもいいが、「きっと、葱は身体にいいから葱を食べて英気を養えってことだろう」と自己完結するナギは ある意味で筋金入りだろう。

「うん? 不思議そうな顔して どうしたんだい? 何か問題でもあったかい?」
「あ、いえ、今ネギがどうとかって聞こえた気がしたんですけど……」
「うん、彼女達は図書館探検部だけど、やっぱり男の子が居た方が安全だろうからね」

 ナギは「聞き間違いですよね?」と言いたげに尋ねるが、現実は非情だった。と言うか、タカミチは非情だった。

 確かに、図書館探検部で鍛えているとは言っても深部に行くには男手が必要となるだろう。それは よくわかる。
 だが、2-Aには武道四天王を始めとした「下手な男よりも遥かに頼りになっちゃう女子」がいることも確かだ。
 特に、ナギ曰く「体力バカな お姫様とか、忍ばないニンジャとか、中華風なカンフー少女とか」は その好例だろう。

 それなのに何で態々バイトの件を帳消しにしてまでナギを起用したのだろうか? ナギの疑問は尽きない。

「……そうですか。理解も納得もできませんが、とりあえず わかりました」
「そうかい? じゃあ、頼んだよ。日程は今週の土曜日だから、空けといてね」
「ええ、わかりました。時間とかの細かいことはネギと連絡を取り合います」

 ところで、ナギの考えでは図書館島イベントはネギの『本当の課題』である。そのため、その方面でもナギは疑問を抱いている。

 原作では、2-Aの最下位回避のために『メルキセデクの書』を求めてネギはバカレンジャーや図書館探検部員と図書館島に潜った。
 しかし、それは「ネギ達の意思で図書館島を探険した」ように見えるだけで、実際は「近右衛門が そう誘導した」に過ぎないのだろう。
 ネギに2-A最下位回避課題が与えられたタイミングで、都合よく「クラス解散」や『メルキセデクの書』の噂が流れたのが いい証拠だ。
 課題の本当の目的は、図書館島を探険をさせることでダンジョン攻略の訓練をしつつ生徒達と交流を深めることにあったのだろう。

 ……それなのに、何故 学園側からの依頼になっているのだろうか? これでは学園側の「安全に修行させる」と言う魂胆がバレてしまう。

 考えられる可能性としては、ネギが教師ではなくて生徒だから最下位脱出の課題を与えようにも与えられなかったのではないだろうか?
 だから、最下位脱出と言う名目が使えないので「他の生徒と協力して図書館島を探険しておいで」くらいの課題にするしかなかったのだろう。
 それならば、魂胆は見え見えだがダンジョン攻略の訓練もできるし生徒達との交流を深めることもできる。ナギは そう結論付けることにした。

(でも、やっぱり、何でオレが抜擢されたのか が わからないんだけど?)

 2-Aの人材から見ても、課題の目的から見ても、やはりナギが同行する必要性は感じられない。
 ネギがナギに懸想しているから と言う可能性も思い付くが、さすがに それはないだろう。
 何処の馬の骨ともわからないナギと英雄の娘をくっ付ける筈がない。ナギはそう考えているのだ。

 答えを思い付いているのに「それはない」と断じてしまうのが、ナギのクオリティなのだ。



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Part.02:図書館島への潜行課題


「……以上が今回の課題の内容じゃ。わかったかの?」

 時間は更に遡ってネギがナギを図書館島に誘う前日、2月25日(火)の放課後のことだった。
 ネギは近右衛門から「ちと魔法関係のことで話があるんじゃ」と学園長室に呼び出しを受け、
 そこで「図書館島の深部にある『メルキセデクの書』を取って来る」と言う課題を言い渡された。

「はい、わかりました!! 謹んで お受け致します!!」

 ネギの魔法使いとしての卒業課題は「日本の中学校(つまり麻帆良)で学ぶこと」であるが、当然ながら「普通に通う」だけではない。
 そもそも、麻帆良は魔法界では有名な魔法学校であるため、そこで『学ぶ』と言うことは「魔法の修行をしろ」と言うことと同義だ。
 しかし、ネギが麻帆良に通い始めて半月程が経つが「まずは環境に慣れるのが先決」と言うことで『修行』は始まっていなかった。
 そのため、遂に魔法関係のことで近右衛門に呼び出されたことで、これから本格的な修行が始まるのだ とネギはヤル気に満ちていた。

「うむ、いい返事じゃ。それほど危険はないが、盗掘者対策の罠には充分に注意するんじゃぞ?」

 図書館島には(魔法・非魔法 問わずで)貴重な書物が多数 所蔵されているため、それを狙った盗掘者が出没する。
 そして、その対策のために罠を仕掛けた結果、中層以下は一般人には立ち入りが不可能となってしまったのである。
 それだと本末転倒な気がしないでもないが、罠を越えられる一部の人間(麻帆良の魔法使い)には都合がいいのだ。

「はい!! 罠の記された地図もいただきましたし、充分に注意します!!」

 ネギは内心で「罠解除は知識だけで実践をしたことはありませんけど」と不安になりながらも元気よく答える。
 無意識だろうが、不安を誤魔化しているのだろう。当然ながら、その程度の機微を近右衛門が見逃す訳がない。
 近右衛門は殊更 明るく「おっと、忘れるところじゃった」と言いながらペチンと長い額を叩く小芝居まで行う。

「すまんが、同行者として木乃香を含む図書館探検部のコ達を連れて行ってくれんかの?」

 ルームメイトであり、もう一人の『姉』のように慕っている木乃香は、ネギにとっては とても心強い味方だ。
 他の図書館探検部とは そこまでの交流はないが、木乃香を介せば問題なく友好を深められることだろう。
 近右衛門の「『お願い』と言う形を取った『命令』」は、どう見てもネギを気遣った『助力』に違いない。

「……ありがとうございます。ちなみに、魔法は『使わない』か『使うならバレないように使う』か ですね?」

 一人前の魔法使いに求められるのは、魔法を使う技術よりも魔法を秘匿する技術である。
 いや、正確に言うならば、魔法を秘匿しながら魔法を使う技術が一人前には必要なのだ。
 近右衛門は ただ単にネギを気遣ったのではなく、秘匿の訓練も含ませていたのである。

 そう言った事情にまで気付いたネギの優秀さに近右衛門は思わず笑みを浮かべる。

「うむ、万が一バレてしまった時は こちらで対処するが、極力バレないように気を付けとくれ」
「はい、秘匿には細心の注意を払いますし、もしバレたとしても勝手な判断で対処するのは控えます」
「まぁ、緊急を要すると判断した場合は自己判断で構わん。いつでも指示を仰げるとは限らんからの」

 優秀なのは嬉しいが、少しだけ「そう言う意味もあったんですか!?」とか驚かせられないのは つまらない。

 贅沢な悩みだが、本人には気付かせずに(だが後で気付けるように)若者を指導するのは近右衛門の密かな楽しみなのだ。
 教え導くのは年配者の義務であり権利だ。そこに少しだけ趣味(多分に悪趣味かも知れないが)を混ぜても罰は当たらないだろう。
 相手が悪かった と言うか、ネギがナギに懸想しているがために言葉の裏を読むようになってしまったのが運のツキだ。

 だが、だからと言って簡単にあきらめる近右衛門ではない。少しくらいは驚かさないと学園長なんてやっていられない。

「おっと、これも忘れるところじゃった。那岐君も連れて行って構わんぞい?」
「えぇ!? 那岐君ってナギさんのことですか?! って言うか、いいんですか!?」
「うむ、構わんぞい。やっぱり、ネギ君にも そのうちパートナーが必要じゃからな」
「パ、パートナーだなんて!! 半人前なボクには、まだまだ早過ぎますよ!!」
「じゃが、何事も経験じゃ。まずはパートナーの疑似体験と言うことで連れて行く――」
「――なるほど、疑似体験なら早過ぎる訳ではありませんから、とてもいい お話ですね!!」

 驚愕を通り越して興奮するネギを見て、近右衛門は「あれ? 地雷 踏んだ?」と思ったが後の祭りだろう。

「フォッフォッフォッフォッフォ……まぁ、パートナー云々は冗談じゃよ。まずは一人前になることが先決じゃからな。
 じゃが、その反応を見るに、どうやらネギ君としては那岐君をパートナーにするのは満更でもないようじゃのう?
 後は那岐君が魔法の危険性を熟知したうえでパートナーになることを承諾するのなら、ワシは問題ないと思うぞい?
 ワシの立場上 積極的には肯定できんが、だからと言って積極的に否定する訳でもない。当人達の意思を尊重しよう」

 近右衛門は方向転換をし、ネギを落ち着かせるために「早まった真似はしないどくれ」と釘を刺して置くことにする。

「ちなみに、これは あまり言いたくないことじゃし、まだキミには言うべきことじゃないかも知れん。
 じゃが、キミならば理解できるじゃろうから、今のうちに言って置こうと思うんじゃが……
 キミは英雄の娘じゃ。否が応でも、一人前になれば政治的に利用されることになるじゃろう。
 じゃから、那岐君をパートナーにしたいのならば、その点も含めて説明した方がいいじゃろうな」

 言うまでもないが、最初にナギをパートナーとすることを肯定したのはネギの気持ちを汲むためだ。

 もしも最初から「早まった真似はしてくれるな」などと言われたら、素直に聞かない可能性がある。
 特に、ナギへの半端ではない傾倒振りを見せたネギは意固地になって暴走してしまうかも知れない。
 そうなってしまったら、ナギにもネギにも良い結果にはならない。近右衛門はそれを危惧したのだ。

「……はい、承知致しました。ナギさんにボクの都合を押し付ける訳にはいきませんからね」

 今はネギの言葉を信じよう。それに、仮にネギが暴走するようならば その時は止めれば良いだけだ。
 そう結論付けた近右衛門は、ネギの言葉に鷹揚に頷くと「では、頑張るんじゃぞ」と退室を促す。
 退室して行くネギが「さすが学園長先生です」と近右衛門に尊敬の念を抱いていたのは余談である。

 驚かせるつもりだったのに尊敬されてしまうのが近右衛門のクオリティなのかも知れない。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 そして、時は少し進み2月26日(水)、ナギがネギの誘いを断った後のことだ。

 実は、タカミチはナギとネギの会話を盗む聞きしており、当然ながらナギがネギの誘いを断った場面も見ていた。
 タカミチとしては「まさかロリコンの気がある那岐君がネギ君の頼みを断るとは……」と実に想定外だったらしい。
 そのため、タカミチは「どうやって那岐君を説得しようかな?」と頭を捻りながら近右衛門に経過を報告したのだった。

「フォッフォッフォ……まだまだタカミチ君は青いのう」

 しかし、近右衛門は「この程度、問題とすら言えんのぅ」と言わんばかりに余裕だった。
 タカミチは「その余裕が何処から来るのか?」疑問に思ったようで、率直に訊ねることにした。
 わからないことを訊ねられるのは美徳である。その辺り、タカミチとナギは似ているのである。

 もしかしたら、タカミチと那岐が似ており、ナギが那岐の影響を受けているだけかも知れないが。

「そう仰ると言うことは『何らかの策がある』と言うことですか?」
「フォッフォッフォ、ワシは『仕掛けはバッチリじゃ』と言うたじゃろう?」
「ええ、そうですね。ですが、そもそも仕掛けなんてありましたっけ?」

 語られてはいないが、既に近右衛門とタカミチの間で話し合いはされていた。

 その際に近右衛門は「仕掛けはバッチリじゃ」と豪語していたのだが……今のところ、そんな仕掛けなどタカミチには見当たらない。
 と言うか、仮に仕掛けがあったとしても現実(ナギが断った)を鑑みるに、その仕掛けは うまく作用しなかったのではないだろうか?
 もしかしたら 仕掛けがあると言うのは口だけかも知れない。そう思ったのか、タカミチは疑わしげな目で近右衛門を見遣る。

「……これは、那岐君の素行調査書じゃ」

 タカミチの視線に気付いたのか、近右衛門は軽く咳払いをした後、机から書類を取り出す。
 この書類が近右衛門の言う『仕掛け』なのだろう と判断したタカミチはザッと書類に目を通す。
 だが、その内容は「最近ナギが休日に日雇いのバイトをしている」と言うものでしかなかった。

 別に麻帆良はバイトを禁止していないため、何も問題がない。タカミチはそう判断したようで、近右衛門を訝しげに見る。

「これが どうしたと言うのですか? バイトは校則違反ではないでしょう?」
「じゃが、那岐君は『成績は優秀だが生活態度に難あり』と判断されておろう?」
「ええ、そうですね。特に最近は態度が悪いらしいですね――って、まさか!?」

 タカミチは言葉の途中で気付いたのか、途中で息を呑む。

 つまり「特待生である立場でバイトしていることを利用すればいい」と言うことだろう。
 ちなみに、最初から『仕掛け』を使わなかったのは、近右衛門の温情である。
 強制的に選ばせるだけではなく、自分の意思で選ばせる余地を残して置いたのだ。

 だが、ナギは断った。いや、断ってしまった。ならば、残された道は一つしかない。

「そうじゃ、ワシからのバイトを受けてくれたらバイトの件は不問にしてあげる、と言うことじゃ」
「なるほど。脅すような形になってしまうのは少々心苦しいですが、一石二鳥のいい手ですね」
「そうじゃな。ワシとて、バイトくらい自由にやらせてあげたいのじゃが……そうもいかぬのじゃよ」

 近右衛門は学園長だが、学園長だからと言って学園の中のことを何でも自由にできる訳ではない。

 時には己の意思に反してでも周囲(教師とか理事とか)を納得させなければならないこともあるし、
 魔法関係で無茶をせざるを得ない時のために無茶をしなくてもいい時は無茶をしないのである。
 それを理解しているタカミチは、近右衛門の苦悩に共感しつつ己のやるべきことに算段を立てる。
 そして「では、明日にでも那岐君を説得して来ます」とだけ残して学園長室を退室するのだった。

 余談だが、今回ナギを注意せざるを得なかったのは、真面目なガンドルフィーニがナギのバイトを発見したためだったらしい(ナギの自業自得だ)。



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Part.03:実はハイスペックボディ


 そんなこんなで時間軸は現在に戻る。

 ナギは「オレは何でここにいるんだろう?」と思いつつも着々と探索を進めていた。納得していなくても、やるべきことはキチンとやる男なのである。
 ところで、図書館島地下に仕掛けられた罠はプロの盗掘者対策のものであるため、本来ならば中学生である彼等が破れるような代物ではない。
 では、何故 彼等は罠を乗り越えて進めているのか? 答えは単純だ。危険な罠は予め解除されているうえに残った罠が記された地図を持っているからだ。

  カチッ 「あう?」

 だから、こんな風にネギが床のスイッチを踏んで罠を発動させたとしても そこまでの危険はない。
 いや、床がスイッチになっている と言うレトロな罠だが、他の床と見分けが付け難いので踏みやすいのだ。
 その証拠と言っていいかは微妙だが、既にネギは三回ほど踏んでいる(つまり、今度ので4回目である)。

  ヒュンッ!! 「あぅう!?」

 罠が発動し、床スイッチと連動した箇所から矢が床スイッチの上(つまりネギ)目掛けて飛んで来る。
 ちなみに、ネギの場合だと身長的に頭部に着弾する恐れがあるため直撃するとシャレでは済まないレベルだ。
 まぁ、それも矢の鏃が本物であるならば、の話だが(つまり、この矢は本物に見えるだけの玩具だ)。

  パシィ!! 「あぅ!!」

 だが、玩具だとわかっているからと言って直撃するのを横から見ているだけ なんてことはナギにはできない。
 怪我はしないだろうが、それなりに痛いことは予測される。よって、ナギは飛んで来た矢を途中で掴んでやるのだ。
 まぁ、飛んで来た矢を視認できるうえ それを掴めたりするナギの身体スペックに疑問は残るが、今は置いておこう。

 きっと、玩具の矢なので本来の矢よりも飛来速度が遅いのだろう。そうに違いない。

「あ、ありがとうございます!! ナギさん!!」
「気にしないでいいって。それよりも怪我はない?」
「あ、はい、ナギさんの御蔭で大丈夫でした!!」

 ネギは本物の矢だと思っているのか、やたらとナギに感謝して来る(あくまでもナギ視点)。

 どうでもいいが、ナギとしては「当然のことをしただけ」なので ちょっと照れ臭いようだ。
 ナギは紛れもないヘタレだが、ヘタレであると同時に幼女を大切にする性質を持っているのだ。
 だから、礼を言われる程のことをしたつもりはないのだが……まぁ、感謝されて悪い気はしないようだ。

「あ、ほら。そこも きっと罠だよ? 気を付けて」
「あぅ? あ、ありがとうございます……」

 そのため、ついつい調子に乗ったナギはネギが罠を作動させないように手を取って(手を繋いで)誘導してやる。
 そして、はた と思う。オレ何でネギの保護者っぽいことやってんだろ、と。ちょっと調子に乗り過ぎだろ、と。
 まぁ、ネギが罠を発動させてしまったらナギがフォローするしかないため罠を発動させないに越したことはないので、
 罠が発動しないように努力することは間違っていないのだが、少しばかりネギの面倒を見過ぎてはいないだろうか?

 これではネギを勘違いさせてしまう とか思いつつも、ナギはネギの手を離さない。何故なら……

「ネギ、手 冷たいよ? 寒いんじゃない?」
「あぅ? は、はい。ちょっと寒いです……」
「そっか。じゃあ、ほら……これでも着てて」
「あぅ? あ、ありがとうございます……」

 そう、何故なら思いの外ネギの手が冷たかったからだ。思わず着ていたパーカーを着せてやるくらい冷たかったのだ。

 言うまでもないだろうが、ナギに他意はない。普通に寒そうだったから貸しただけでフラグを立てるつもりなどない。
 その結果、ネギは頬を染めながら嬉しそうにナギのパーカーに身を包んでいるが……ナギは何も意図していないのだ。
 むしろ、そんなネギを見て「よっぽど寒かったんだなぁ」とか思ってしまう始末だ(ネギの気持ちを理解しているのに)。

 まぁ、少しくらいは「あ、つい面倒 見ちゃった」と己の行動を反省しているので、別の方向性では まだ救いはあるが。

「……何だか今日のナギさん、いつもより優しいですね」
「そ、そうかな? こんなんフツーでしょ、フツー」
「まぁ、そうですね(いつもは照れてるだけですもんね)」
「それよりも、ちゃんと前を向いて歩くんだよ?」

 ナギは自分を落ち着けるためにもネギに注意を促しつつ自然な形で手を離す。

 手を離した際、ネギが「あっ……」とか言って残念そうにしていたが、ナギは敢えて気付かない振りをする。
 と言うか、罠が発動した時のことを考えると手が塞がっているのは不味いので、気にしている場合ではないのだ。
 何故なら、原作と違って探索メンバーはナギとネギと図書館探検部のみ(バカレンジャーがいない)からだ。
 つまり、罠が発動した時に物理的なフォローをできるのがナギしかいないため、ナギの手が塞がってるのは不味いのだ。

 ちなみに、ここで言う図書館探検部とは、木乃香・のどか・夕映のことである。

 実は、図書館探検部には未登場の早乙女ハルナもいるのだが、どうやら「締め切りで それどころじゃない!!」らしくて今回は不参加なのだ。
 それならば、ナギも「バイトそれどころじゃない」とか言って欠席したかったのだが……それは後の祭りだ。と言うか、ナギに欠席の選択肢などないし。
 ともかく、体力自慢 揃いのバカレンジャー達がいないことは変わらない(まぁ、バカブラックである夕映は図書館探検部として参加しているが)。

(……いや、わかってはいるんだ)

 今回の探索は最下位脱出と関係ないものであるため、バカレンジャー達に協力する義理も義務もない。
 つまり、バカレンジャーが参加していないのは自明の理であり、そこは文句を言うところではないのだ。
 だが、そうわかっていても、クラスメイトですらないナギとしては思わず文句を言いたくなるのである。

(まぁ、だからと言って、文句を言っていても何も変わらないんだけどねぇ)

 ナギは軽く頭を振って、グチグチとくだらないことを考えそうになる気持ちを振り払う。
 今は愚痴を言っていても始まらない。今は図書館島探索に意識を向けるべき時だ。
 ナギ一人なら気を抜いていても問題ないが、今は守るべき存在が四人もいるのだから。

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「……ところで、この先はどっちに進むのがいいのかな?」

 分かれ道に差し掛かったところでナギは振り返り、地図を広げている(つまり、地図を見ている)木乃香に道を訊ねる。
 罠的な意味でナギは手を開けて置く必要があったため、地図を見て進行ルートを決めるのは物理的に不可能だ。
 それ故に地図の読める木乃香にマッパーを任せただけで、別にナギが地図を読めない訳ではない。適材適所なだけだ。

「ん~~と……今度は、左に進むのがええやろうな」

 木乃香は一見ポヤポヤしているように見えるかも知れないが、それは雰囲気が緩やかなだけである。
 だから、方向音痴だと思われやすいが、そんなことはない。むしろ、方向感覚は優れている方だろう。
 少なくとも「左ね、わかったよ」と素直に従う程度には、ナギは木乃香の道案内を信じているようだ。

「あ、ここの罠は夕映に解いてもらうのがええから、なぎやん は夕映のフォローよろしくなー?」

 ナギは「うん、了解」と応えながら夕映に先頭を譲ると、夕映の斜め後ろに陣取って いつでもフォローできるようにする。
 ちなみに、『なぎやん』とは木乃香のナギに対する呼称だ。その理由はナギにもわからない。今日 会った時からそう呼ばれている。
 ナギとしては今日が初対面だが、親しげな呼び方をしていることから察するに、那岐と知り合いだったのかも知れない。
 だが、そうは思っていても確認するのは躊躇われるようだ。薮蛇になりそうだし、そもそも今は そんな場合ではないからだ。

「じゃあ、夕映、頼んだよ?」
「ええ、かしこまりましたです」

 夕映はパッと見「小っこい本の虫」にしか見えないが、意外なことに罠解除のスキルを修得している。
 そんなスキルを修得している女子中学生はどうかと思わないでもないが、修得してるのだから仕方がない。
 ちなみに、ナギが「罠が発動してから潰す」のに対し、夕映は「罠が発動する前に潰す」ことになるため、
 夕映が解除に失敗した時の保険として(発動してしまった罠を潰すために)ナギが待機しているのである。

 当然ながら、現在はイージーモードなので罠が発動しても そこまでの危険はない。だが、解除できるならした方がいいことは変わりないのだ。

「では、解除を開始するです……」
「わかった。こっちも警戒して置く」
「(ガチャリ)……解除できたです」
「え? マジ? そんなにアッサリと?」

 夕映は罠解除を宣言するや否や屈んでカチャカチャし出したため、ナギは慌てて夕映の傍で警戒態勢を敷く。

 だが、ものの十数秒で罠は解除されたためナギの警戒は無意味に終わった。
 いや、あくまでもナギは保険だったので無意味に終わるべきなのだが……
 それでもアッサリと終わったことにナギは肩透かしを喰らったようである。

(しかし、図書館探検部って言うのは伊達じゃないなぁ。発動後の罠を潰すって役割でもなきゃオレの出る幕なんてないじゃん)

 役割的に考えるとナギにやることがない と言う状況は喜ぶべきことなのだが、
 それはそれで「じゃあ、オレは何でいるんだろ?」と考えてしまうようだ。
 贅沢な悩みでしかないが、贅沢な悩みをできるのは人間の特権かも知れない。

「あのー、ナギさんー」
「ん? どしたの、のどか?」

 ナギが かなりどうでもいい思索に耽っていると、いつの間にかナギの隣に移動していた のどかが話し掛けて来た。
 ちなみに、先程までナギの隣にいた筈の夕映だが、今はネギ・木乃香と話している。いつの間にか移動していたようだ。
 マッパーと罠解除士の双方が会話に花を咲かせていることに不安を感じるが、ここは安全なのだろう(二人を信じよう)。

「ど、どうして、今日のメンバーにいるんですかー?」

 その問いの答えは、むしろナギこそが知りたいところだろう。と言うか、その問いは遠回しにナギが邪魔だ と言いたいのだろうか?
 ナギのメンタルは どちからと言うと弱い(控え目な表現)ので、純粋そうな女のコに「邪魔ですー」とか言われたら非常に傷付く。
 しかも、ナギの意思でいる訳でもないので、更に精神的なダメージは大きいだろう。オレだって来たくなかったんだ とか泣くことだろう。

「……高畑先生に頼まれたからさ。やっぱり女のコだけじゃ不安だったらしいよ」

 少なくとも、嘘は吐いていない。まぁ、本当のことも言っていないが、別に本当のことを言う必要はないだろう。
 と言うか、本当のことを言うと「恐らく学園長の悪巧みだと思う」と言う微妙な答えしか言えないのが実情だ。
 ところで、のどかが「そ、そうなんですかー。高畑先生に頼まれたからですかー」とか軽く落ち込んでいるので、
 そもそもタカミチ云々の話もすべきではなかったのではないだろうか? まぁ、中途半端な対応が実にナギらしいが。

「いや、まぁ、図書館島の深部は危険って噂はよく聞くから、オレも みんなだけじゃ不安だったし……ね?」

 そして、フォローをするためとは言え、無意識に『下げて上げる話法』を用いる辺りも実にナギらしいだろう。
 いや、正確に言うと「無意識だったからこそ、フラグが立つ様な対応をしてしまった」と言えるのだが。
 その証拠に、のどかが とても嬉しそうに頬を染めているのだが……残念ながら、残念なナギは気付いていない。
 せいぜい気付いたとしても「照れられると、余計に照れ臭いんだけどなぁ」と言う超解釈をしてしまう始末だ。

 繰り返しになるが、ナギは非常に残念な思考回路をしている男なのである。



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Part.04:ある意味では、お約束


 ……のどかがナギと知り合ったのは、去年の9月の中頃のことだった。

 あの時、のどかは図書委員の仕事で何冊もの本を両腕で抱えて運んでいたのだが、
 運悪く階段でバランスを崩してしまい、危なく落ちてしまうところだった。
 そう、落ちなくて済んだのは運よく通り掛かったナギに助けられたからだったのだ。

「ッキャア!!」

 のどか の話によると、それまでも本を運んでいる時にバランスを崩してしまって転倒することは何度かあったらしい。
 それ故に階段だけは絶対に転ばないように注意していたようだが……注意していても転ぶ時は転ぶ。そう言うものだ。
 地面までの距離は目算で5メートル程。当たり所が悪ければ死ぬかも知れないし、当たり所が良くても怪我は必須だ。
 気が付けば、視界がスローモーションで再生されている様になっており、落下速度も どんどん遅くなっているように感じる。

(って、あれー? これってもしかしなくても、走馬灯と言うものなんでしょーかー?)

 思考が事象に追い付いた瞬間、のどかは衝撃を受けることを覚悟した。
 だが、途中で「ガシィ!!」と何かに受け止められる感覚があり、
 予期していた衝撃よりも大幅に弱い衝撃しか伝わって来なかった。

(????? どうしたんだろー?)

 気付けば、地面より高い位置で落下が止まっている。
 不思議に思った のどかは、キョロキョロと周囲を見回す。
 すると、目の前に見慣れぬ少年の顔があるのがわかった。

「って、キャア!!」

 そこまで認識した瞬間に、のどかの頭は沸騰する(ついでに頬も)。
 先程 見慣れぬ少年と言ったが、のどかには全ての少年が見慣れない。
 女子校育ちの弊害と言うか、単純に男性に慣れていないのである。

 落下の恐怖と相俟って冷静な思考ができないのは仕方がないだろう。

(し、至近距離 過ぎます!! 顔と顔の間に10cmくらいしか距離がないです!!
 こんなに近くで、お父さん以外の男性の顔を見たのは生まれて初めてです!!
 ど、どどどどどうしましょう? ま、まずは落ち着かないとですよね?!)

「いや『キャア』じゃないから。って言うか、危ないから」

 のどかは一人で慌てていたが、少年の方は極めて落ち着いていた。
 きっと のどかに慌てられたことで逆に落ち着いたのだろう。
 ちなみに、バレバレなので明かして置くと、この少年がナギである。

「まったく。危ないなぁって思ってたら案の定 転ぶし。一瞬でも反応が遅れてたら、潰れたトマトみたいにグチャッとなってたところだよ?」

 ナギは苦々しそうに言いながら のどかを地面に降ろした後、サッサと本を拾い始める。
 通常の状態だったならば、のどかも本を拾うなり御礼を言うなりするのだが、
 先程までのショック(顔が近い & お姫様抱っこ)で呆然としていたので無理だった。

「……はい、どーぞ。今度からは前が見える程度に量を減らすか、それとも台車を使うか、もしくは誰かに手伝ってもらおうね?」

 言いながらナギは のどかに三分の一くらいの本を渡すと「で? どこに運べばいいの?」と のどかを促す。
 当然、残りの三分の二くらいの本はナギが持ったままなので、運ぶのを手伝う と言う意味なのだろう。

 そこまで理解したところで、のどかは ようやく(お姫様抱っこをされていた事実の衝撃から)思考が回復した。

「あ、あの!! た、助けていただいて ありがとうございますー!! しかも、本まで拾っていただいて……」
「ああ、いや、別にいいって。困った時は お互い様って言うでしょ? それよりも目的地を教えてくれない?」
「い、いえー、それには及びませんー。助けていただいただけでなく本まで運んでいただく訳にはいきませんー」
「ん~~、だけど、転んだ原因を そのままにしていたら、また転ぶかも知れないよね? だから、手伝うよ」
「ですが、今度から気を付けますので大丈夫ですー。それに、そこまでしていただくのは申し訳ないですー」
「でも、気を付けたところで また転ぶ可能性はあるよね? オレとしては また転ばれた方が心苦しいんだけど?」

 思考が回復したので のどかは慌てて御礼を言ったのだが、ナギは御礼よりも案内を求める。再発を危惧しているようだ。

「……図書館島までですー」
「うむ、素直でよろしい」

 のどかが反論をあきらめて先導を始めると、ナギは鷹揚に頷きながら その後を追う。
 そして、図書館島まで本を運んだ後は、ついでとばかりに収納まで手伝っていくナギ。
 相変わらず見事なフラグ建築能力だ。惜しむらくは本人が意識していないところだろう。

 ちなみに、のどかは後になって名前すら聞いていないことに気付いて御礼に困ったが、すぐ後に再会できたので御礼は その時に改めてしたらしい。

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 ナギが初めて図書館島に訪れたのは、のどかに案内されて本を運んだ時だった。

 ナギは図書館島の存在は知っていたが「有り得ない代物」だったため、魔法的な意味で危険である と判断して敬遠していたらしい。
 だが、実際に訪れて その蔵書の量と質を見てしまったら、それまでの自分をブン殴りたくなったくらいに素晴らしかった そうだ。
 当初の予定では本を運ぶだけの予定だったが、本を読みたい衝動に駆られて本の整理まで手伝った(手伝いながら物色した)程だ。
 ちなみに、ナギの弁では「ここって普通なら閲覧不可なレベルの稀少書が閲覧できちゃうんだよ? そりゃ物色するだろ、常考」らしい。

 また、盗難防止の罠があることを有り得ないとか言っていたクセに「これなら納得だ」とか言っちゃう始末である。

 それに、島が がまるごとが図書館だ と言うことも普通に受け入れた。蔵書量から考えて、充分に納得できたらしい。
 と言うか、図書館探検部の存在も「この図書館を把握するには探険しなきゃいけないレベルだもんね」とも納得した。
 いや、それまでのナギは「何の酔狂で出来たのか?」と図書館探検部を笑っていたのだが……評価は逆転したようだ。
 むしろ、のどかや夕映や木乃香などの(原作的に)危険人物がいなければ、ナギは迷わず図書館探検部に入っていただろう。
 そのくらい、図書館島の蔵書は量も質も素晴らしいものであり、ナギは(意外だろうが)本が好き と言うことなのである。

(まぁ、魔法はイヤだけど……でも、図書館島に通える立場にいるってだけで『ここ』に来てよかったと思えちゃうよ)

 確かに危険は避けるべきだ。だが、時には知的好奇心を満たすことの方が重要な時もある。当時のナギが まさにそうだったのだ。
 ナギはヘタレだが、「安全だが面白みに欠ける人生」よりも「少々の危険があろうとも面白い人生」の方を選ぶタイプなのである。
 もちろん、面白くて安全な人生が一番いいとは思うし、危険が少々ではない気はするが……それでも、面白い人生を求めるのだ。

 そんな訳で、それ以来ナギは暇さえあれば図書館島に通い、他の場所では閲覧できないような稀少書を閲覧しまくったのだった。

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 当然ながら、話はここで終わらない。ここで話が終わってしまったら、ナギがちょっと幸せになっただけになってしまう。

 いや、別にナギが幸せになってはいけない訳ではないのだが……物語的に考えると、ナギが幸せなだけでは面白くないのだ。
 つまり、稀少書を読み漁る過程で「図書館島に詳しくて且つ図書館島に常駐している のどか」と親しくなったのである。
 ナギとしては、普通に稀少書の在処を教えてもらったり、オススメの本を紹介してもらったり、それらの感想を話しただけだった。
 別に どこかの主人公の様にフラグを立てる(図書館に通って図書館に生息しているヒロインを攻略する)気などなかったのだ。

 まぁ、傍から見ると そうとしか見えないのだが……ナギとしては同好の士として交友関係を深めたつもりなのである。

 さて、普段なら ここでナギの残念さを語るところだが、今回は敢えてナギを弁護して置こう。
 何故なら、この時の のどかは前髪で顔を隠していたため顔がよくわからなかったからだ。
 偶然にも前髪がめくれて実は可愛いことがわかった……なんてことは現実には起きなかったのだ。

 と言うか、二次元の世界では「顔を隠している = 実は可愛い」と言う法則が成り立つが、現実では そんな訳がない。

 むしろ「顔を隠している = 傷跡などの何らかの事情で隠しているのだろう」と言う判断になるのが現実だ。
 そして、たいていの人間は「気にはなるが触れないで置こう」と顔を隠している件はスルーすることだろう。
 つまり、実は可愛い と言うポイントは一切加算されず、他の部分(妙にオドオドしている)が目に付くのだ。
 まぁ、オドオドしているのが可愛い と思う人もいるだろうが、ナギは「面倒臭い」と感じるタイプなのである。

 そんな訳で、ナギが「本のことで わかり合える友達」として のどかと仲良くなったのは仕方がないことなのだ。

 もちろん、だからと言って、のどかが原作キャラだと気付かなかったナギに非はあるだろう。と言うか、名前で気付くべきだ。
 知り合ってから そう時を置かずして「宮崎のどか と言いますー」と言う自己紹介はされていたので、あきらかにナギが悪い。
 敢えて弁護するなら、ナギの知識では『本屋ちゃん』と言う認識だったので、気付かなくても仕方がない と言えば仕方がない。
 だが、語尾が伸びる独特な話し方やら図書館島に常駐している と言ったヒントはあったので、気付くべきだったことは変わらないが。

 では、そんな鈍いナギが どの様な経緯で のどかを原作キャラだと気付いたのだろうか? その答えは単純で、夕映を紹介されたからだ。

 キッカケは二人が知り合ってから一ヶ月程が過ぎた10月の半ば頃、のどかが夕映を「友達の綾瀬 夕映ですー」と紹介したことだった。
 紹介された時は「へー、このコも本好きなのかなー」ぐらいにしか感じていなかったナギだが、夕映と少し会話したら気付いたのである。
 あれ? このコ達って原作キャラじゃない? って言うか、本屋ちゃん と ゆえ吉じゃない? むしろ、メインキャラじゃない? ……と。
 どうやら、夕映の「~~です」と言う口調や、前髪パッツンの容姿、理屈が先行する考え方、背が小っちゃいことで夕映だと気付いたらしい。
 そして、夕映を原作キャラとして認識した後は連鎖反応的に「ゆえ吉の隣にいる前髪の長いコって本屋ちゃん?」と漸く気付いたようだ。

 いや、一ヶ月も何を見ていたんだ とツッコミたいのはわかる。だが、ナギは残念過ぎるので仕方がないのだ。

 ちなみに、さすがのナギも『本屋ちゃん』と言う呼称を聞けば直ぐにわかったのだが……図書館島では そう呼ばれていなかったので仕方がない。
 本屋ちゃんと言う呼称は、あくまでも「2-Aの中での愛称」でしかないため、女子寮や女子校舎に行かねば聞けないものなのである。
 それ故、ナギは のどかを『のどか』としてしか認識しておらず、夕映と出会うまで『本屋ちゃん』と認識することはなかったのだった。



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Part.05:のどかとバレンタイン


 ナギさんと知り合うまで、ナギさんを図書館島で見掛けることはありませんでした。

 普通なら「気付かなかった」と判断するのでしょうが、ナギさんは目立つ容姿をしているので気付かない訳がありません。
 それに、図書委員の仕事の一環(盗難防止)で図書館島内部を よく見回りますから、見落としていた可能性も低いですしね。
 つまり、ナギさんは私と知り合ってから図書館島に来るようになった と言うことです。何だか期待したくなる展開ですよね?

 しかし、現実は そんなに甘くありません。

 ナギさんは もともと本が好きだったらしいですが、図書館島には怪しいイメージがあったので来なかったんだそうです。
 でも、私と知り合った時に改めて図書館島を見て、その蔵書にイメージが払拭されたので図書館島に来るようになったらしいです。
 本の整理を手伝ってくださった時、子供のように「図書館島は伊達じゃないねぇ」とハシャいでいたのが思い出されます。

 つまり、私に会いに来てくれている訳ではなかった と言う訳です。

 まぁ、そんな妄想を考えていなかった と言えばウソになりますけど、そこまで夢を見ている訳ではないので普通に納得しました。
 ナギさんは本当に本が好きなようですし、他では見られないような稀少書を幸せそうに読んでいるのを よく見掛けますからね。
 それに、本の話をしている時も とても楽しそうですから、図書館島には本を読みに来ているんでしょう。疑う余地もありません。

 でも、私を見掛けたら話し掛けてくれますから、私と話すのは嫌いではない筈です。

 まぁ、私としては、別に お話しできなくても構いません。今のところは、見ているだけで充分過ぎますからね。
 特に、お目当ての本を探している時や それを見付けた時のキラキラした瞳は見ているだけで飽きません。
 何て言うか、いつもは とっても大人びているんですけど、そう言う時は年下の『少年』って感じがするんです。
 ナギさんが聞いたら怒るかも知れませんけど、そう言うナギさんは ちょっとだけカワイイと思っちゃいます。

 って、モノローグとは言え、かなり恥ずかしいこと言っちゃいました!!

 こ、これでは、私がナギさんに恋しているみたいじゃないですか?
 あ、いえ、まぁ、完全には否定できなくもないのが現状ですけどね?
 もっと お話したいとか、もっと一緒にいたいとか、いろいろあります。
 でも、まだ私に恋は早いと言うか、ナギさんを見ているだけで充分と言うか……
 あと一歩が踏み出せないんです。友達と言うスタンスが心地よ過ぎるんです。

 って感じで、私はナギさんに対して感情を持て余していました。

 しかし、ネギちゃんが転校してきたことにより、その状況が一変したんです。
 いえ、正確には、ネギちゃんの『バレンタイン発言』の時に状況が激変したんです。

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 あれは、ネギちゃんが転校して来てから数日後(バレンタインの前々日)のことでした。
 その時も、いつも通りクラスで ゆえとハルナとでオシャベリをしていたんですけど……

「ええっ!? 日本では、女性が男性にチョコレートを贈るんですか?!」

 って、ネギちゃんがビックリしていたので、ネギちゃんと このかさんの会話についつい聞き耳を立てちゃいました。
 あ、ゆえもハルナも気になったようで二人もネギちゃん達の会話に注意がいってましたので、みんな共犯ですよー?
 まぁ、みんなが共犯だとしても、盗み聞き自体がよくないことであるのは変わらないんですけど、気にしちゃいけません。

「そうやえ、男のコはチョコの数で自分の価値を測る悲しい生き物なんやで?」

 このかさんの妙に実感の籠もったセリフは一体 誰からの受け売りなんでしょうかー?
 図書館探検部で一緒に活動しているので、このかさんに恋愛経験がないのは把握してますから、
 このかさんのセリフの内容よりも「どこから得た情報なのか」の方が気になりますねー。

「じゃ、じゃあ、つまり、多く貰えたらそ れだけ嬉しいってことですか!?」

 あ、ネギちゃん、きっと勘違いしてますー。
 この場合、一人一個って言う前提なので、
 個数 = 人数って言う図式なんですよー。

「ん~~、そうやけど、前提条件に『一人一個』ってのがあってな? 『チョコの数 = くれた女性の数』って計算なんや」

 このかさんもネギちゃんの勘違いに気付いていたみたいですねー。的確に説明してます。
 でも、そうやって改めて説明されると、数字として捉えられていそうでイヤですねー。
 撃墜数とかを数えられていたりしたら、それだけで粛清したくなっちゃいますよねー。

「それに、チョコには『本命』と『義理』があってな? 本命は義理の10倍の価値があるそうやえ?」

 10倍ですか……その数字は どこから出て来たんでしょうかー?
 ホワイトデーは3倍返しと言うのと同じくらいマユツバですー。
 でも、ちょっとだけ納得できる数字な辺りが絶妙ですねー。

「そ、そうなんですか……じゃあ、ホンメイをあげた方が喜ばれるんですね?」

 しかし、ネギちゃんは、本命と義理の違いを把握してるんでしょうかー?
 私としては複数の男性に本命を渡すのは、何かが違うと思いますよー。
 まぁ、世の中には そう言ったことを平気でできる女性もいますけどねー。

「そやけど、本命ってのは『一番大切な人』にしか贈っちゃアカンって決まっとるえ?」

 ……このかさん、「一人にしか贈っちゃいけない」って説明じゃない辺りが凄いですー。
 それだと「みんな一番大切って言えば、いくつでも本命を贈っていい」ってなりますよねー?
 何か悪女の片鱗を見た気がしますー。しかも、本人に自覚は無さそうなので、より怖いですー。

「はい、わかりました。でも、ボクが贈りたいのは一人だけですから大丈夫です」

 へー、ネギちゃんって好きな人がいるんだー。
 誰かなー? 引っ越して来る前の お友達かなー?
 それとも、麻帆良で知り合ったコなのかなー?

「ほえ~~。ネギちゃんてば意外と隅に置けんなぁ? ……で、相手は誰なん?」

 このかさん、肘でウリウリしながら聞くのは やめましょう?
 それだと、酔っ払ったオジサンっぽいですからねー。
 でも、聞きたいことを聞いてくれたのでグッジョブですー。

「えへへ~~♪ ナギさんです♪」

 へー、ネギちゃんはナギサンに贈るんだー。
 って、え? 今、ナギサンって言ったの?
 ナギサンって『ナギさん』のことじゃないよね?

「……おぉっ、いつも話しとる男のコやな?」

 このかさん? いつも話してるって何のこと……?
 ネギちゃんって今週に転校して来たばかりじゃなかったっけ?
 それなのに、そこまで仲良くなっているってことなの?

「はい、いつもお世話になっている御礼をしたいですから」

 いつもお世話になっているって……どう言うこと?
 ネギちゃんは一体いつの間にナギさんと知り合ったのかな?
 ちょっと、いや、かなり気になるかな? ……かな?

「の、のどか……?」
「? どしたのー、ゆえー?」

 気が付いたら、ゆえが青い顔をしていました。
 ……? どうしたんだろー?
 何か気分でも悪くなることがあったのかなー?

「ど、どうやらライバルはネギさんだけではないようですよ?」

 ん~~? ゆえが何か「のどかが恐いです」とかブツブツ言ってるけど……ここは華麗に流して置こー。
 だって今 大事なのは、ネギちゃんの発言によって一気にザワつき出した他のコ達の反応だからねー。
 え~~と、明石さん達のところの話題の中心は和泉さんかなー? つまり、和泉さんがライバルなんだねー?
 あと、春日さんも ちょっと動揺しているねー? いつもは騒ぎから一歩引いて見てるのに、今日は挙動不審だよー?
 それと、偶々 廊下にいた一年生の茶髪のコも きっとそうなんだろうねー? すっごく慌てていたもんねー?

 ところで、いいんちょさんの目が軽くヤバい気がするけど、それはネギちゃんが来てからデフォルトになってるから今回は関係なさそうだねー。

「大丈夫だよ、ゆえー。何となく把握できたからー」
「そ、そうですか。のどか、が、頑張るですよ?」

 もちろん、言われるまでもなく頑張るよー。
 ナギさんの傍にいたい気持ちは誰にも負けないから、ね?

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 と言う訳で、ナギさんにチョコをあげた訳です。

 一応、私の目論見としては、私の気持ちに気付いてもらって一気に関係を進めようと思ったんですけどー、
 どうやらナギさんってニブチンさんなようで、私があげたチョコを本命だって気付いてないみたいですー。
 だって、チョコをあげてからも いつも通りに「お友達」としての対応をしてくれてますからねー。

 まぁ、ちょっと残念ですけど……かなり安心したのが本音です。

 本命として受け取られても、避けられたりとかしたら私どうしたらいいかわかりませんから。
 それに、今日の態度を見ている限りでは、ナギさんにとってネギちゃんは「妹」って感じですからね、
 ネギちゃんは私のライバルにすらなっていないんで、子供と戦わずに済んで一安心なんですよー。

 でも、和泉さんと春日さんと後輩ちゃんとウルスラの先輩が危険ですから、要注意ですー。



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Part.06:うごくせきぞう があらわれた


「……ふぅ、ようやく到着したね」

 いや、本当に ここまでは随分と長く、そして険しい道のりだった。恐らく、一本の映画が撮れてしまうくらいの冒険だったに違いない。
 何だかダンジョン攻略など ほとんど触れられていないような気がするが、インディ・ジョ○ンズも納得するレベルの壮大なスペクタルだった。
 具体的に言うと「これ標高 何メートルあるのさ?」とツッコみたくなるような本棚(と呼んでいいのか わからない何か)の上を歩いたり、
 ぶっちゃけ「ここは どこの絶壁ですか?」と小一時間くらい問い詰めたくなるような本棚をロッククライミングしたり……実に大変だった。

(って言うか、いくら罠を避けるためとは言え女のコ達と一緒に匍匐前進をするのって どうだろう?)

 しかも、女のコ達は(何を考えているのかは不明だが)探索するのに何故か制服を着て来たから全員スカートだった。
 つまり、ナギには見る気がないのに、迂闊に前を見るとスカートの中が見えてしまえる状態だったので実に羨ましい。
 あ、いや、実に恨めしい――でもなくて、実に けしからん。罰として その時の状況を詳しく述べてもらいたいものだ。

(ちなみに、夕映ってば原作通りにアダルティな下着を履いてたんで ちょっとドキドキしました。もちろん、主に下半身が)

 いや、シッカリ見てんじゃねぇか!! ってツッコミは許してあげて欲しい。何故なら、ナギも男の子だからだ。
 ロリコンの気があるナギだが、健全な男子中学生でもあるので女子中学生のスカートの中身が気になって仕方ないのだ。
 しかも、ナギは眼も記憶力も良いので、偶然 見えてしまっただけでもシッカリと脳内に記憶されてしまったのだ。

 ふとした瞬間に、ナギの脳裏にハッキリと「ロリボディとアダルティな下着」が浮かび上がってしまうらしい。

(ところで、ここで「よっしゃーー!! 今晩のオカズゲットだぜ!!」とか言ったら、ドン引きされるのかなぁ?
 オレなら間違いなくヒくけど、それと同時に妙な妄想が頭に浮かび上がって ちょっとウハウハしてしまうんだけど?
 それってオレが特殊だから なのかな? それとも、意外と万人共通のものなのかな? ……実に悩ましいね)

 恐らく前者だが、後者の可能性もある。世の中にはいろいろな人間がいるのだ。

 ところで、目的地に着いた筈のナギが何故にアホなことを延々と考えているのか と言うと、それには それなりの訳がある。
 と言うのも、ゴーレムと言うべきか動く石像と言うべきか判断に迷う謎の物体がナギ達の行く手を塞いでいるからである。
 しかも「ここを通りたくば、ワシの出す問いに答えるのじゃー」とか言っちゃっているので現実逃避も止むを得ないだろう。

 むしろ、現実逃避以外に何をすればいいのか わからない。最早そんな気分なのだ。

(だから、ついつい女子のスカートの中身に思考がいってしまったとしても仕方がないんじゃないかな? いや、むしろ、当然のことにだって。
 って言うか、特に今のオレは男子中学生だから、某糸色先生が表現したように『波ですら感じてしまう』程に性欲が有り余っている訳だし。
 むしろ、若さに任せて暗がりで暴走しなかったことを褒めて欲しいね。だって、四つん這いになった女のコの お尻が目の前にあったんだよ?
 見方によっては誘っているようにしか見えないんだから、襲い掛からなかっただけでもオレは充分に頑張った筈だよ。誇っていいに違いない)

 もちろん、そんな訳がない。現実逃避は認めるが、その方向性は間違っている気がしてならない。

 いや、ある意味では正しいのかも知れないが、普通に考えると間違っているだろう。
 と言うか、このまま続けさせると、作品をXXX版に移動させなくてはならなくなる。
 だから、ナギの方向性は間違っていることにして置こう。少なくとも、この場では。

「あのー、ナギさんー」

 ナギが現実逃避気味にピンク色の思考を展開させようとしたところで、隣にいた のどかが遠慮がちに呼び掛けて来た。
 遠慮がちなのは、のどかも状況に対応し切れていないからだろう。別に、ピンク色の思考を読まれた訳ではない筈だ。
 仮に読まれていたら もっと反応は冷たかっただろう。何故なら「特に のどかって襲いやすそうだな」とか考えてたからだ。

「そろそろゴーレムさんの相手をしてあげないと 可哀想ですよー」

 のどかの言う通り、動く石像的なゴーレムはデカい図体を小ぢんまりとさせて床に「の」の字を書いていた。
 サイズがアレだし中身がアレなので、とてもシュールな光景だ(関わりたくないことこのうえない)。
 きっと、ナギが何も反応せずに現実逃避をしてスルーしていたのが効いたのだろう。無視は地味につらいのだ。

(でも、全然 可哀想ではないんだけどね)

 何故なら、あのゴーレム的な動く石像は、ナギに向けて「今、一番 好きな女子(おなご)は誰じゃ?」とか訊いて来たからだ。
 中の人の正体に想像が付いているナギは取り合うに値しないと判断し、盛大に無視をして現実逃避に耽っていたのである。
 まぁ、中の人としては「そんなん言えるかボケェ!!」ぐらいの反応が欲しかったのだろうが、ナギはそんなに優しくないのだ。
 と言うか、場の空気が冷た過ぎるうえ重過ぎたので、ヘタなこと言うとナギまで飛び火しかねないためツッコミは控えたのである。
 ちなみに、ナギは「くだらないから場が凍った」と判断したが、実は「みんな興味が有り過ぎて場が凍った」のは言うまでもない。

「……のどか? ゴーレムなんていないよ? 少なくとも、オレには見えない」

 ナギは真面目な表情を作って のどかの説得に掛かる(もちろん、二人の会話を聞いているだろう他のメンバーの説得も含んでいる)。
 何故なら、動くゴーレム(中に近右衛門の気配)は隅っこの方で体育座りをしているため、今ならば余裕で通行が可能だからである。
 虎穴に入らずとも虎子を得られると言うのに、態々 虎穴を掘り起こして虎穴に入るのは愚の骨頂だろう。ここはスルーするのが吉だ。

「え? でも「アレは目の錯覚だ!!」……え?」

 ナギは力強く言葉を紡ぎながら、目だけでゴーレムな石像(いまだに落ち込んでいる)を示す。
 その意図は「このまま放置しておけば難なく目的を達成できるだろ?」と言ったところだろう。
 余計なことをして余計な手間を増やすのは得策ではない。つまり、放置したままがベストなのだ。

「あ、あ~~、何だか私も そんな気がしてきましたー」
「そうだろ? オレの心の中のエンジェル様もそう仰ってるぜ?」

 と言うことで、ゴーレム(?)は放置する流れとなり、それを察した近右衛門がスンナリと通してくれた。
 きっと、ナギ達の「放置と言う名のリアクション」に満足したのだろう、それくらいの空気は読める筈だ。
 いくら悪ノリが好きな近右衛門と言えども、空気を更に重くするようなバカな真似はしないだろう。

 そんなこんなで、ナギ達は無事にゴーレム(多分)を遣り過ごして『メルキセデクの書』を入手したのだった。


 


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オマケ:課題の成果


「学園長先生、これが御所望の『メルキセデクの書』です」

 図書館島から無事に脱出した後、ネギは『メルキセデクの書』を近右衛門に渡すために学園長室を訪れていた。
 近右衛門は差し出された書物を受け取ると、軽く中身を確認する(確認するまでもないので、儀礼的な確認だ)。

「……うむ、確かに『メルキセデクの書』じゃ。任務、御苦労じゃったのう」

 近右衛門は中身の確認を終えると、疲れたような表情を精一杯に取り繕ってネギに労いの言葉を掛ける。
 ちなみに、ネギは「きっとボク達の様子を『遠見』とかで見守っていてくださったんでしょうね」と解釈したが、
 実際はゴーレムの件(悪ノリが過ぎたために無視された)が精神的にキているだけなので同情の余地などない。

「いえ、みなさんの協力があったればこそです」

 まぁ、ネギの解釈は間違ってはいない。疲れているのはゴーレムの件だが、様子を見ていたのも確かなのだ。
 そのため、報告は不要と言えば不要なのだが、ネギはどうしても報告して置きたいことがあったので報告した。
 それは「今回の課題に隠されたメッセージ」に気付いたことである(あくまでもネギが そう解釈しただけだが)。

「今回の課題の真の目的は『如何に魔法を使うか?』ではなく『如何に困難に立ち向かうか?』だったんですね?」

 課題を行う前、木乃香達が同行するのは「助けてもらうのと同時に秘匿の訓練をさせるため」とネギは判断した。
 そのため、魔法は可能な限り使わず、仮に魔法を使う場合でもバレないように使うつもりでネギはいた。
 だが、それは間違っていた。近右衛門の本当の意図は「魔法を使わずに物事を解決させること」だったのだ。

 実はと言うと、ネギの意識の中には魔法使い特有の選民思想(魔法は素晴らしい)が僅かだがあった。

 だが、ネギは今回の課題を通して気付いたのだ。人間の能力は魔法だけで決まる訳ではないことを。
 魔法なんてなくても人間は困難を乗り越えられる。そんな当たり前のことに やっと気付けたのだ。
 ナギがゴーレムを言葉だけで退けた時「こんな遣り方があるのだ」とネギの中で世界が大きく変わった。

 魔法学校では「魔法こそすべて」と言わんばかりに魔法を重視していたが、それは傲慢でしかなったのだ。

(魔法なんて人間の一能力に過ぎません。いえ、正確には、他の能力の補助程度のものでしかなかったんです。
 その証拠に、ボクは魔法を使わずに今回の『一人前の魔法使いになるための課題』を成し遂げられました。
 もちろん、これは みなさんの御助力があったからこそ成し遂げられたことです。ボク一人では不可能でした。
 地図を見たところでボクには最適なルートもわかりませんし、トラップが何処にあるかもわかりません。
 それに、トラップを解除することもできませんし、作動したトラップを無力化することもできませんでした)

 魔法を使えば強引にトラップを無視して進めただろうが、逆に言うと「魔法を使わなくても協力し合えば困難に打ち勝てる」のである。

(おじいちゃんが言っていた『わずかな勇気が本当の魔法だ』って、このことを言っていたんでしょう。
 困難に対して勇気を持って立ち向かうことは、魔法を使えることなんかよりも とっても大事なことです。
 と言うか、魔法を使えようが使えまいが、困難に立ち向かおうとしなければ何も意味がないですもんね)

「メルディアナの校長先生にいただいた言葉の意味を改めて実感しました。これからも御指導 御鞭撻の程よろしくお願いします」

 ネギは近右衛門に敬意の籠もった視線を送る。それを受けた近右衛門は「予定と少し違うんじゃがなぁ」と内心で困っていた。
 近右衛門としては「今回は秘匿の重要性に気付いてくれれば充分」だったので、魔法の絶対視を崩せるとは思っていなかった。
 幾度かの課題を通してから気付かせる予定だったので、初回で「魔法は絶対ではない」と気付かれるのは予定とは違うのだ。

 だが、予定と違うとは言っても、ゴーレムの件で蔑視されるよりはマシだろう。

(そもそも、今回で「ネギ君の人間性を過小評価していた」と言う教訓を得られたのじゃから、次から気を付ければええだけじゃ。
 それに、このまま成長していけば、「力に振り回されることのない人間」に育つ可能性が高いことがわかったのも大きな収穫じゃ。
 つまり、予定が早まるだけで何も問題はないんじゃからな。木乃香や那岐君のことは残念じゃったが、また機会はあるじゃろうて)

 実は、近右衛門の真の狙いはナギや木乃香への魔法バラしだった。

 詠春は木乃香が魔法を知ることを望んでいないし、近右衛門も できれば木乃香に魔法と関わらないでいて欲しいと願っている。
 だが、木乃香の立場や素質を考えると、いつまでも無関係ではいられないのは明白だ。どれだけ引き伸ばせるか と言った状態だ。
 そのため、近右衛門はネギを言い訳にすることを考えた。ネギのせいで魔法を知ってしまったことにして、詠春を説得したかったのだ。

 サウザンド・マスターの娘であるネギがやったことなら「仕方がない」と納得してくれるだろう と期待したのだ。

 だが、結果は近右衛門の狙いと大きく外れ、魔法はバレなかった。むしろ、ゴーレムに深くツッコまれていたら自分がバラすところだった。
 悪ノリが過ぎたと言うか、ネギやナギを舐めていたのだろう。ネギは魔法での解決を求めなかった。いや、ナギが解決してしまったのだ。
 そのため、ナギも木乃香も魔法を知らないまま今回の課題は終了となった。二人にはバレてもらいたかったのだが、そうはいかなかったようだ。

(狙いとは ちと違うが、そもそもが欲張り過ぎじゃったな。まず、次の課題で那岐君にバラし、木乃香は その次の課題でバラせばよかろう)

 それに、ナギと木乃香以外にも一般人はいた(のどか と夕映だ)ため、今回はバレなくてよかったかも知れない。
 バレてしまったら記憶を消せば良い とは言っても、態々バラしたことをフォローするのは何かが違うだろう。
 勝手な都合でバラして勝手な都合で記憶を消すのだから身勝手もいいところだ。だから、今回はバレなくてよかったのだ。

「…………うむ、ネギ君が『(人格的な意味で)立派な魔法使い』になれるよう、ワシも最大限の助力をしようかのぅ」

 近右衛門は今回の件に結論を下すと、意味ありげな笑みを浮かべながら、ネギに「人格を重視した教育をする」とも取れる宣言をする。
 それをネギが何処まで汲み取ったのか は定かではないが、ネギは意志の強い瞳を浮かべて「ありがとうございます」と頭を垂れる。

 そして、用件を終えたネギは学園長室を後にする。その胸は『わずかな勇気』と『未来への希望』で溢れていたのは言うまでもないだろう。


 


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後書き


 ここまでお読みくださってありがとうございます、カゲロウです。
 以前から「改訂した方がいい」と言う意見が多数あったので、今回(2012年3月)大幅に改訂してみました。


 今回は「2話で近右衛門が思い付いたオチャメを発動させてみた」の巻でした。

 前回のバレンタインイベントが こんな形で繋がっていたのかーって納得していただけると有り難いです。
 主人公がバイトせねばならず、そのバイトを理由にフラグの回避ができなくなる……そんな状況を作りたかったんです。

 ところで、のどかのキャラが変わりまくりってますね。のどかファンの方には ちょっと申し訳ないです。
 ですが、ポケポケしたコはネギ一人でお腹いっぱいだったもので、こうなることはある意味で必然だったんです。
 プロット段階から、すごく自然な流れで「本屋ちゃんは ひぐらしのレナっぽくしよう」と決まっていたのです。

 ……自分でも、何でそんな発想になったのか はわかりませんが、ボクとしては「これはこれで有り」だと思います。

 あ、おわかりでしょうが、たまたま廊下に居た後輩ちゃんって愛衣のことですから。
 お姉さまに知らせなければ!! って感じでテンパっていた と思って置いてください。
 ついでに、のどかが「ウルスラの先輩(高音)」の存在も把握していたのは、
 ネギだけではなく のどか(+ 夕映)も主人公のストーキングをしていたからです。
 ネギが「純粋な好奇心」だとすれば、のどかは「情報収集が勝利の鍵」って感じです。

 ……すみません、何だか自分で言ってて何を言っているか わからなくなってきました。

 しかし、よくよく考えてみると、ネギも木乃香も夕映もそんなに活躍してませんでしたね。
 まぁ、今回は のどかが主軸だったので次回以降で活躍するってことで納得してください。


 ……では、また次回でお会いしましょう。
 感想・ご意見・誤字脱字等のご指摘、お待ちしております。


 


                                                  初出:2009/07/31(以後 修正・改訂)



[10422] 第05話:バカレンジャーと秘密の合宿【改訂版】
Name: カゲロウ◆73a2db64 ID:552b4601
Date: 2013/04/30 20:55
第05話:バカレンジャーと秘密の合宿



Part.00:イントロダクション


 今日は3月7日(金)。

 何故かナギは女子寮に居た。いや、別に忍び込んだ訳ではない、ナギは正面玄関から堂々と入って来たのである。
 もちろん、普通なら女子寮に入ろうとした男子など管理人にシバキ倒されるか警備員に摘み出されるのがオチだろう。

 だが、ナギは近右衛門から『特別進入許可』を与えられたため管理人からも警備員からも何も言われなかったのだった。



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Part.01:こうしてナギは再び巻き込まれた


「やぁ、那岐君。ちょっといいかな?」
「……今度は何の御用でしょうか?」

 時間は遡って、今週の火曜(3月4日)の昼休み。ランチ中のナギの所に またもやタカミチが現れた。

 前回(図書館島)のことがあるので、タカミチのフレンドリーな態度にナギは警戒心バリバリである。
 言葉にするならば「この男、今度は一体どんな厄介事を持って来たんだ?」と言ったところだろう。
 最早 言うまでもないだろうが、ナギは嫌な予感ばかりが当たる類の人間だ。つまり、そう言うことだ。

「実は、ネギ君達が金曜から日曜に掛けて勉強合宿をするらしいんだよ。それで、教師役を探しているみたいだから協力してあげてくれないかな?」

 まったく以って意味がわからない。それがナギの率直な感想だ。タカミチの言っていることが高度過ぎてナギには理解不能なのだ。
 ネギ達が合宿することと教師役を探していることは繋がるが、教師役を探していることとナギが協力することは繋がらない。
 少なくともナギはそう感じている。むしろ「教師役なら未来少女とかハカセとか いいんちょとかがいるじゃん」と言う気持ちだ。

「あ、他の生徒にも いろいろと当っているらしいけど、優秀な人材は多いに越したこと無いだろ?」

 ナギの疑問を読み取ったのか、タカミチはナギに教師役をやって欲しい理由を説明する。
 ちなみに、優秀な人材とナギを評したのは単に持ち上げただけでなく、タカミチの率直な意見だ。
 ナギは特待生としての立場を維持できる程度には成績が優秀なのだ(態度はダメ過ぎるが)。

「仰りたいことは わかりましたけど……そもそも、その合宿って何処でやるんですか?」

 きっと「予定があるので無理です」とか断っても、「試験前なのにバイトとか有り得ないよね?」とか反撃されることだろう。
 前回で そう学習したナギは、予定を理由に断わるなんて悪手は使わない。それ故に、場所を理由に断わろう と場所を訊ねたのだ。
 と言うのも、もし場所が女子寮や女子校舎内だったならば「オレは男子ですから無理です」と言う大義名分が成り立つ筈だからだ。

「まぁ、ネギ君達の部屋だけど……心配しなくても、特別進入と特別宿泊の許可は下りているから安心していいよ」

 もちろん、タカミチ(と言うか、その背後で指示している近右衛門)は そんな浅知恵が通じる相手ではない。
 女子寮と言う男子禁制の場であったとしても、権力を悪用して特例措置を与えるくらいの手は回しているのだ。
 まぁ、ナギは「どうせ断っても却下されるだろう とは思ってはいたけどね」と半ば自棄になっているが。

「ちなみに、その話を断った場合、どんな不利益がオレに降り掛かるんでしょうか?」

 ナギは残念な人間だが、愚かではない。学習能力はある。今回も前回のように八方塞であるのはわかっているのだ。
 だが、それでも、大きなリスクを回避するためならば少ないリスクくらい甘んじて受けよう と言う覚悟を持っている。
 ナギはヘタレだが、単なるヘタレではない。あきらめの悪いヘタレなのだ。無駄な足掻きでも やるだけやる男なのだ。

「うん? 確か『4月から相部屋になるかも知れんのぅ』って学園長が――」
「――そうですかぁ。じゃあ、断る理由などありませんね、引き受けます」

 現在、ナギは一人部屋を使っている。二人部屋が基本の寮にあって特別扱い とも言える待遇である。
 まぁ、ルームメイトが哀れだから隔離して置こう と言う思惑がある気がするが、そこは気にしない。
 ちなみに、ナギ自身は相部屋そのものを嫌っている訳ではない(もちろん、一人部屋の方がいいが)。
 では、何故 近右衛門の脅しに屈したのか? それは、ネギがルームメイトになりそうな予感がしたからだ。
 そうなったら、いろいろな意味でツミだろう。被害妄想と言い切れないためナギの判断は間違っていない。

「おおっ!! 引き受けてくれるのかい!! いやぁ、ありがとう!!」

 言うまでもないだろうが、タカミチはナギが渋々了承したことを理解していない訳ではない。
 ただ、ここで「すまないね」と言うのは何かが違う気がしたので明るく話を終わらせたのだ。
 決して「これでネギ君とのフラグが立つね」などと内心で喜んでいる訳ではない……筈だ。

 まぁ、タカミチはナギの保護者だが、ネギも大事にしているのだ。つまり、そう言うことだ。

 ……………………………………
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 さて、これでナギが特別進入許可(ついでに特別宿泊許可も)を与えられた経緯がわかったと思う。

 ところで、特別進入許可と言うものは、普通は「女子寮に入らざるを得ない特別な事由がある場合のみ」に与えられるものである。
 つまり、メンテナンスの業者や生活指導の教師などに与えられるものであり、ナギの様な一男子生徒に与えられるようなものではないのだ。
 では、それなのに何でナギは特別浸入許可を与えられたのだろうか? まぁ、その理由は考えるまでもなく、近右衛門の御茶目だろう。

 恐らくは深慮遠謀に富んだ思惑があるのだろうが……当事者であるナギには「また悪ノリしやがって」としか感じていないのだった。

(しかし、学園長は何を考えているんだろう? これでは、オレとネギを くっ付けようとしているようにしか思えないよ?
 そりゃあ、ネギはオレを慕っているよ? それが親父さんへの憧憬と混合しているだけであっても慕っているのは認めるさ。
 でも、だからこそ、オレとネギは遠ざけるべきじゃないかな? 英雄の娘と馬の骨を くっ付けるのは得策ではないよね?)

 組織の長ならば、ネギの気持ちを優先する などと言う暴挙には出まい。むしろ、ナギとネギを遠ざけようとする筈だ。

 己の素性を知らないナギには、近右衛門の思惑はわからない。そのため、近右衛門が悪ノリをしている としか感じられないのだ。
 逆転の発想で「実は英雄の娘と釣り合いが取れる素性なのでは?」とも予測したが、すぐさま「いや、無いな」と棄却するのがナギだ。
 もしかしたら正解かも知れないのに「オレは原作キャラに関わってしまっただけのモブさ」と言う思い込みが邪魔をしているのだ。

(……どうでもいいけど、この合宿中に問題が起きたら学園長って どうなるんだろう?)

 許可された人物が問題を起こせば、その責任は許可を与えた人物にも及ぶことになる。世の中とは そう言うものだ。
 そして、特別進入許可も特別宿泊許可も恐らくは(と言うか十中八九)近右衛門が権力を私的に利用して与えたものだろう。
 つまり、ナギが問題を起こせば近右衛門にも累が及ぶことになり、権力を私用した分も含めて立場が危うくなる筈だ。

(まぁ、それなりに文句はあるけど……別にそこまで貶めたい訳じゃないから問題なんて起こさないけど)

 それに、当然のことだが、問題を起こしたら被害者にも迷惑が掛かる。苛立ちの解消のために第三者を巻き込むのはナギの主義ではない。
 まぁ、ちょっとくらいは近右衛門が大切にしている孫娘(木乃香)に「とても口では言えない様なことをしたい」と思ったのは事実だが。
 それでも、そんなことはしない。セクハラが関の山だろう。何故ならナギは生粋のヘタレだからだ。相手の了承がないと そんなことできない。

 だが、裏を返すと、相手が了承すれば『致して』しまうのだが……まぁ、今回は そんな展開にはならないので、特に問題はないだろう。



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Part.02:やるからには徹底的に


 さて、先程までの説明でナギが女子寮に居る理由はわかっていただけたと思う。

 と言うことで、今度は「って言うか、勉強合宿って何だよ?」と言う問題に言及してみよう。
 まぁ、別に態々 言及するまでもないことだとお思いになることだろう。確かに その通りだ。
 だが、ネギの課題が前話で終わっていることを考えると、少し言及してもいいかも知れない。

 ……そもそも、原作ではネギに2-A最下位脱出課題が与えられたから図書館島に潜ったり合宿したりしていた。

 だが、先程も言った様に『ここ』では課題は終了している。つまり、合宿を行う必要性がないのだ。
 と言うことは、2-Aの生徒が自主的に勉強合宿を開いた と言うことであり、それは有り得ないことだ。
 何故なら、2-Aは万年最下位でも「なにそれ おいしいの?」と言わんばかりに気にしていないからだ。

(もしかして、業を煮やした学園長が原作みたいに『留年の可能性がある』的な噂でも流したのかな?)

 確かに2-Aの成績は「これはひどい」と言わざるを得ないものだ。発破の一つや二つを掛けても不思議ではない。
 それに、ネギと言うチビッコが飛び級でクラスメイトになったことで、それなりに対抗心を燃やしたのかも知れない。
 いくら開き直っていると言っても、子供に勉強で負けるどころか足を引っ張っているとか思われるのは癪だろう。

(でも、やっぱり、何故にオレが教師役に抜擢されたのか 疑問に残るなぁ)

 確かにナギの成績はいい。男子中等部では常にトップを走っていると言えなくもない。だが、それは あくまでも男子中等部に限っての話だ。
 麻帆良の最強頭脳とか呼ばれている超 鈴音(ちゃお りんしぇん)や工学部に研究室を構えている葉加瀬 聡美(はかせ さとみ)には勝てないのだ。
 つまり、単に教師役が必要なら超や葉加瀬に頼めばいいのだ。それなのに、態々 特別許可を出してまでナギを教師役にする意味がわからない。

(って言うか、そもそもタイトルからして おかしいと思う。『秘密の合宿』って、どこら辺が秘密なんだろ?)

 この合宿は、タカミチが話を持って来たり特別許可が下りてたりすることから考えて、学園側が公認していると言っていい。
 つまり、この合宿に秘密性などゼロなのである。それなのに『バカレンジャーと秘密の合宿』なのだから、意味がわからない。
 ナギが思わず「ハリポタの『秘密の部屋』からパクったのかな?」と言う正し過ぎるツッコミをしたのも頷けることだ。
 と言うか、よく考えなくてもタイトルにツッコミを入れるのはメタ過ぎるのではないだろうか? まぁ、気にしてはいけないが。

(いや、そうじゃないな。重要なのは、この合宿に隠された秘密だよ。どうせ、そう言う意味での『秘密の合宿』ってオチだろうからね)

 合宿自体が秘密なのではなく、合宿に秘密が隠されているに違いない。ナギはそう「判断したようだ。
 まぁ、強ち間違っていない想定なので、これで残念な思考さえ発揮しなければ切れ者と評してもいいだろう。
 もちろん、「どうせ学園長の悪巧みだろうねぇ」とか残念な思考を発揮するので、やはりナギはナギだが。

(と言うことで、そろそろマジメに勉強を教えよう)

 ナギにとっては2-Aの成績がどうなろうとも別にどうでもいいのだが、教師役を引き受けた以上は それなりに責任は持つつもりだ。
 それに、たとえ近右衛門の悪巧みで開かれた合宿だとしても、実際に合宿に参加して勉強を頑張っている生徒達には何も非がない。
 いや、むしろ、ナギのせいで巻き込まれた可能性もあるため、成績を上げる手伝いくらいはするべきだろう。せめてもの罪滅ぼしだ。

 そんな訳で、ナギは生徒役の二人――まき絵と桜咲 刹那(さくらざき せつな)に向き合うのだった。

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(はぁ~~、ナギ君ってば本当に頭がよかったんだね~)

 まき絵は感嘆の溜息を吐く。情報としてナギの成績がいいことは知っていたが、普段の言動からイマイチ信じていなかったのだ。
 だが、こうして勉強を教わっていると否が応でもナギが優秀であることがわかってしまう。信じられないが信じざるを得ないのである。
 何故なら、ナギは まき絵が「何を理解していないのか」を把握したうえで「まき絵が理解しやすいように」教えているからだ。
 それは、本当に内容を理解していないとできない芸当だろう。まき絵は自他とも認める おバカだが、それくらいのことは理解しているのだ。

(普段の姿とのギャップに ちょっとだけドキッとしたけど……所詮はナギ君だからなぁ)

 まき絵は亜子の気持ちを知っている。だからこそ、亜子のことを応援したい と思っている。
 だが、亜子の成績では教師役にも生徒役にもなれないため亜子は勉強合宿に参加できなかった。
 だから、ナギと他のコが仲良くなるのを防ぐためにナギから教わっている。ただ それだけだ。

 別に他意はない。決して、まき絵がナギと一緒にいたいとか そんなんではないのだ。

「ん? どしたの、まき絵? あっ、終わったの?」
「え? あ、うん。終わったよ。ど、どうかな?」
「……うん、合ってるよ。やればできるじゃん」
「いやぁ、ナギ君の教え方がうまいからだよぉ」
「謙遜しないでよ。まき絵は やればできるんだって」
「そ、そうかなぁ? そう言われると照れちゃうなぁ」

 ぼんやりとナギを見ていた まき絵だったが、ナギに声を掛けられたことで慌てて我を取り戻す。

 見惚れていたとも取れる対応だが、ナギは「きっと勉強で疲れてるんだろう」と解釈するのは言うまでもない。
 相変わらずの残念解釈だが、まき絵としては救われたので今だけはナギの残念さに感謝してもいいかも知れない。
 まぁ、まき絵は(普段バカバカ言われているためか)褒められたことで喜んでいるので、感謝どころではないが。

 つまり、二人ともボケボケなのだが、何故か うまく噛み合っているのである。実に不思議だ。

「って言うかさ、授業と大差ないことしか教えてないと思うんだけど?」
「え? そ、そうかな? ナギ君の方が授業よりも全然わかりやすいよ?」
「……つまり、授業中は寝てるから話は聞いてないってことでOK?」
「い、いやぁ、寝るつもりはないんだけど、何故か寝ちゃうんだよね~」

 でも、不思議なことに授業を受けているうちに何故か寝てしまうようだ。まき絵 曰く「先生の声が子守唄に聞こえる」らしい。

「じゃあ、オレの授業で寝たらアイアンクローで起こすからね?」
「えぇ?! そんなの横暴だよ!? って言うか、それって体罰じゃん!!」
「体罰とは人聞きの悪い言い方だね。せめて『愛の鞭』と呼んで」
「言い方を変えただけで、結局は一緒じゃん!! それはヒドいよ!!」

 まぁ、確かに酷い。普通はデコピンくらいだろう。逆ギレ気味だが、ある意味では正当な怒りかも知れない。

「アイアンクローが嫌なら、寝なければいいだけじゃない?」
「で、でも、自分の意思とは関係なく寝ちゃうんだけど……?」
「それは起きていようとする意思がないからだと思うんだけど?」
「そ、そうなのかなぁ? 最早 条件反射っぽいんだよねぇ」

 机に向かうと眠くなるのは宇宙法則だよ、とか思っちゃう まき絵に反省の色はない。

「なら、オレの目の前で寝たら危険だってことを身体に教え込めばいいよね?」
「……それ、そこはかとなく えっちい感じがするのは、私の気のせいかな?」
「え? そう言う方向で罰を与えて欲しいなら……喜んで そうするけど?」
「ごめんなさい、普通にアイアンクローがいいです。えっちいのはダメです」

 痛いのも嫌だが、ナギはヤると言ったらヤるタイブなので えっちいのは危険だ。胸くらいは揉まれるだろう。まき絵の直感が そう告げている。

「じゃあ、ビシバシと教えてあげるから、頑張ってね?」
「うぅ……この先生、ちょっとスパルタ入ってるよ」
「安心しなって。ムチだけじゃなくアメも与えるから」
「……うん、わかった。そう言うことなら頑張るよ」

 まき絵は後に語る。ニコッと笑うナギ君は ちょっとだけ――本当にちょっとだけカッコよかった、と。

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(しかし、アレだね……せっちゃんってば困ったちゃんだねぇ)

 いや、ナニイッテンノ? と思うかも知れないが、ナギがそう思ってしまうくらいに刹那は酷かったのだ。
 まき絵は要点や仕組みを教えれば理解するのだが、刹那は「なにそれ おいいしの?」と言う反応なのである。
 別に刹那に理解力がないのではない。ただ、理解しようとしていないのだ。そのため『困ったちゃん』なのだ。

 ちなみに、せっちゃんとはナギの刹那に対する呼称で、今のところは心の中だけで呼んでいるらしい。

(まぁ、せっちゃんは勉強なんかするよりも、木乃香の護衛として剣の腕を磨くことを頑張りたかったんだろうなぁ。
 それは よくわかるんだけどさ……勉強に拒否反応を示すのは どうかも思うんだけど? だって、一応は学生でしょ?
 いや、本人が望んでいないことを強制するのはオレの主義じゃないんだけど……でも、口を出さざるを得ないなぁ)

 特に、刹那には致命的な弱点があるため、主義を曲げてでも忠告せねばならないだろう。

「あのさー、ちょっといいかな?」
「は、はい!! な、何でしょうか?!」

 刹那の反応は過敏だ。と言うか、スパルタな教師に脅える生徒そのものな反応だ。

 別にナギはそこまでスパルタをしたつもりはない。せいぜい嫌がる数学をやらせているだけだ。
 それなのに、そんなに脅えられるとなると……ついついイジメたくなってしまうではないか?
 いや、今はS心(嗜虐心)を滾らせている場合ではない。浮き彫りになった問題を解決すべきだ。

「数字や記号を見ただけで拒絶するのは やめにしない?」

 実のところ、刹那の成績は割と まともだ。バカレンジャーに数えられているが、一番まともだ。
 だが、それは国語や歴史などの文系分野が普通にできているので何とかなっているだけの話だ。
 つまり、数学を始めとした理数系の科目は かなりヤバい。いや、正確には、全滅とも言える状態だ。
 どうやら、数字や記号に対して苦手意識を持っているようで、本当に『どうしようもない』のだ。

「し、しかし、完膚なきまでにチンプンカンプンなんですが……」

 それはわかる。見ているだけでも よく伝わって来る。
 だが、だからこそ、その苦手意識を変えなければならない。
 問題を見た瞬間に「できる」と思えることが大事なのだ。

「安心して。オレが『数学の初歩』から教えてあげるから」

 爽やかに言っているが、拒否権は認めない と言わんばかりの威圧感を込めて言うナギ。
 と言うか、どう見ても笑顔が黒く見える。具体的に言うと、嗜虐心の塊のような笑顔だ。
 ちなみに、ナギの言う『数学の初歩』とは算数も含まれていることは言うまでもない。

「……わ、わかりました。努力します」

 刹那は何か言いたげだったが、結局は反論せずに大人しくナギの言うことを了承した。
 まぁ、反論したとしても論破されるだけだったので、賢明な判断だと言えるだろう。
 もちろん、それが拷問に近い苦行への片道切符だと言うことを考えなければ、の話だが。

 ところで、今更と言えば今更かも知れないが……刹那の説明をして置こう。

 どうやら刹那は那岐と知り合いだったようで、ナギとしては初対面なのだが刹那は親しげに『那岐さん』とナギを呼んでいる。
 まぁ、那岐は木乃香とも知り合いだったようなので、むしろ納得できることだろう。だから、その点は大した問題ではない。
 問題なのは、前回 那岐との関係を木乃香に確認するのを忘れていたことだ。今回も状況的に聞けそうにないので、また忘れそうだ。
 いや、忘れなければいいだけなのだが、ナギの脳は棚上げした問題を忘れるような仕様になっているので、仕方がないのだ。

「え~~と、そう言う訳で まき絵は ここら辺やっといて。で、わからないところはチェックして置いて。後でまとめて教えるから」

 ナギは「まぁ、またの機会に訊けばいいか」と例の如く問題を棚上げして、話を進めることにしたようだ。
 そんな訳で、これから刹那に掛かりきりになるので、その間まき絵には自分で問題を進めて置くように指示して置く。
 今まで教えたことで ある程度はわかるだろうし、わからない部分を把握するだけでも充分だ。何も問題ないだろう。

「うん、わかった。やっとくね」

 ナギの内心など知らない まき絵は素直に頷く。そんな まき絵が眩しく感じるナギだが、今は置いておこう。
 そんな訳で、ナギは まき絵に「うん、頼むね」と声を掛けた後、刹那に「さて、征こうか?」と向き直る。
 何だか刹那がナギを見て脅えているようにしか見えなかったが、それはきっと気のせいだろう。そうに違いない。

 諸々のことを棚上げしたナギは「数学はパズルなんだ」と思えるレベルまで刹那を洗脳――ではなく教育することにしたのだった。



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Part.03:夕映が勉強合宿を開いた訳


 今日は無事に勉強合宿を開くことができ、そして それにナギさんを呼ぶことにも成功したです。

 目論見が成功したこと自体は喜ばしいのですが……学園側の考え方と言うか対応に少々疑問を持つですね。
 いくら「バカレンジャーに勉強を教えるためには優秀な人材が必要」と言う名目があったとしても、
 普通だったら「男子生徒を女子寮に入れることなど許可できん」と突っぱねられるのがオチでしょう。
 高畑先生はアッサリと許可してくれた訳ですが、これは理解があると言うよりも放任し過ぎのような気がするです。
 最近の中学生では妊娠して母親になる方もいる訳ですから、私達に問題が起きないとも言い切れないですからね。
 いえ、別にナギさんが自制心の無い方だとは思っていないですが、万が一と言うこともあるですからね。

 それに、よくよく考えてみると この前の図書館島の依頼もおかしいことだらけでした。

 いくら地図があるとは言え、プロのトレジャーハンター対策の罠がひしめいているようなところに中学生を行かせるなど普通は有り得ないです。
 しかも、部活で慣れているとは言え体力的に劣っている図書館探検部や、素人で体力の無いネギさんに頼むのも変です。危険過ぎるです。
 確かに、ナギさんと言う身体能力が人外――もとい、優秀な助っ人はいましたが、彼は探索そのものは素人でしたので危険は然程 変わらないです。

 あの時は図書館島の深部を公然と探索できるので浮かれていて気付きませんでしたが、おかし過ぎです。

 これまで、高畑先生は「生徒の自主性を重んじている」のだと思っていたですが、どうも違うようです。
 特に、ここ最近の先生を見ていると「生徒のやることなど どうでもいいのではないか?」とも受け取れるのです。
 いえ、と言うよりも、ネギさんを妙に気に掛けているような気がしてなりません(気のせいではないでしょう)。
 確かに、ネギさんはまだ9歳なので、いろいろと気に掛ける必要はあるでしょう。ですが、気にし過ぎです。
 さすがにロリコンだとは思いたくありませんが……何らかの『裏』がありそうで、イヤな感じがしますです。

「ゆえー、どしたのー?」

 私の勉強を見てくれてる――つまり、私の教師役の のどかが心配そうに声を掛けて来ました。
 ……いけませんね、つい思考に専念してしまい、勉強が疎かになってしまったようです。
 思索に耽るのはいつでもできますので、今は勉強に専念すべきでしょうね。でないと本末転倒です。

「少々難しいので考え込んでしまっただけです。心配無用ですよ」

 私はそれだけを告げると、再び参考書に取り掛かりました。
 バカレンジャーの成績向上が合宿の名目なので下手な成績は取れません。
 学校の勉強は嫌いですが、仕方が無いですので頑張るとしましょう。

「そー? わかんないとこがあったら、言ってねー?」
「気遣い感謝です。ですが、可能な限り自分でやるですよ」

 実はと言うと、この合宿は のどかとナギさんの仲を進展させるために私が計画したものなのです。

 ですが、のどかは私の勉強を見ており、ナギさんは別のバカレンジャーの相手に忙しいのが現状です。
 そのため、この現状をどうにかして打破しないと合宿を開いた意味がなくなってしまうのです。
 と言うよりも、このままでは別の方との仲を進展させることになってしまうので、むしろマイナスです。

「ですので、のどかは私の世話を焼くよりもナギさんへアプローチする方法を模索してくださいです」
「ええっ!? いきなり、どうしたのー? べ、別に いいよー。こんなに傍にいられるだけで充分だよー」

 ここは木乃香さん(あ、ネギさんもですね)の部屋ですので、他の部屋よりは広い造りとなっています。
 ですが、広いと言っても所詮は寮の部屋です。これだけの人数が詰めていたら かなりの人口密度です。
 ですから、グループが違っていても それなりに近くにいられるため、のどかには充分な刺激なのでしょう。

 ……ですが、それで満足してもらっては困ります。もっと積極的になっていただかないと困るのです。

 あ、そう言えば、合宿のメンバーですが、私・まき絵さん・古 菲(クー フェイ)・楓さん・桜咲さんのバカレンジャーに加え、
 教師役として、のどか・ナギさん・木乃香さん・ネギさん(最後の二人は部屋の提供者でもあるです)もいますので、総勢9人です。
 まぁ、バカレンジャーは名目として必要でしたし、のどかとナギさんは そもそもの計画の要ですので必要不可欠なメンツです。
 ここで木乃香さんとネギさんを邪魔に思うかも知れませんが、二人は場所の提供だけでなく高畑先生を説得する材料でもあったのです。
 と言うのも、木乃香さんは学園長の孫なので いろいろと信用が得やすいですし、ネギさんは高畑先生を甘くするのに役に立ちますからね。

 つまり、これは最低限に絞ったメンバーであり、私の采配に誤りはありません。

 ですが、物事は計画通りに行かない と言うのが世の中の常な様ですね。
 まさか、ナギさんが まき絵さんや桜咲さんと あんなに仲がいいとは……
 予想外だったとは言え、三人がグループになるのを防げなかったのが悔やまれるです。

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 そもそも、私がナギさんと知り合ったのは のどかを通してでした。

 とは言え、その前にも図書館島で のどかと話している姿は偶に見掛けましたので「男性恐怖症の のどかが珍しい」とは思っていたですよ。
 しかし、実際にナギさんと話してみて、のどかの気持ちがわかりましたです。と言うのも、ナギさんには『ガッツキ』がないのです。
 思春期の男子が標準装備している筈のソレがないため、落ち着いた年上の男性と接しているような気になるので比較的 話しやすいのでしょう。

 また、ナギさんが のどか以外の女性(しかも不特定多数)とも仲良く話している姿もよく見掛けていました。

 そのため「どうしてナギさんにはガッツキがないのか?」と言う疑問の答えを「女性に慣れているから」と想定していました。
 ですが、ナギさんと交流を深めているうちにナギさんが見えて来たため その予想が私の勘違いであったことがわかりました。
 もちろん、ナギさんが女性に慣れていることは間違いありません(あれは誑しです)。ですが、重要なのは その精神の在り方だったのです。

 敢えて言葉にするならば、ナギさんは私達と『半歩』距離を置いていた のです。

 と言うのも、聞くところによると、ナギさんは孤児であるため『家族』と言うものを知らないらしいからです。
 つまり、『家族』を知らないナギさんは中学に入ったばかりの頃の『私』と似ているのではないか と思うのです。
 大好きだった祖父を亡くして世界の全てが『くだらないもの』で出来ているように感じられていた あの頃の『私』と……

 い、いえ、『私』と重ねるのは失礼だとは理解してはいますですが、どうしても重ねてしまうのです。

 あの頃の『私』は、世界をフィルター越しに見ていましたです。今のナギさんと同じように、世界から距離を置いていたのです。
 ただ、『私』とナギさんとでは『距離』が違いました。『私』が『一歩』も置いたのに対し、ナギさんは『半歩』しか置いてません。
 言わば『私』は『一歩』も距離を置いてしまったから、世界を『拒絶』して自分に関わる存在に『攻撃的』だったのですが、
 対するナギさんは『半歩』しか距離を置いていないので、世界を『拒否』して自分に関わる存在に『包容的』なのだと思うのです。

 ……ですから、ナギさんの生き方は とても賢い生き方だと思うです。

 一歩も距離を置いてしまうと周囲と隔絶してしまいますから、本当に孤独となってしまいます。
 本当に孤独となってしまうのは、とてもツラいことです。そのツラさは心が凍て付く程です。
 人間は群れで生きる生き物ですので、孤独を恐れるのも孤独を嫌うのも本能レベルなのでしょう。
 ですから、一歩ではなく半歩だけ距離を置いているのは、とても賢い生き方だと思うのです。
 だって、そうすれば世界に左右されずに生きていられるうえ孤独を感じなくて済みますからね。

 ですが、それは とても悲しい生き方でもあるとも思うです。

 確かに大切なものの無い世界は『くだらないもの』に感じられます。いえ、そうとしか感じられません。
 そして、そんな世界に依存していては、生きることさえも くだらなくなるのは道理と言えるでしょう。
 ですから、世界と距離を置くことは、良くも悪くも自分が世界と関係なく生きるための手段なのです。

 しかし、それは「生きていない」ことと何も変わらないのではないでしょうか? 少なくとも、私はそう考えます。

 何故なら、世界と関係ないと言うことは、その人が生きていても生きていなくても世界に関係ないことになるからです。
 ですから、半歩であろとも一歩であろうとも、世界と距離を置く生き方は とても悲しいものになってしまうのです。
 某不気味な泡の死神風に表現すると『世界の敵』になってしまい兼ねない訳ですから、悲しくない訳がありませんです。

 ……ならば、どうすればいいのでしょうか?

 それに対する私の答えは『くだらないもの』である世界を『くだらなくないもの』にする と言うものでした。
 そもそも、世界が『くだらないもの』に思えてしまうので、生きることすらも くだらなく感じてしまうのです。
 そして、そうならないようにするために世界と距離を置く訳ですから、発想を逆にすればいいだけなのです。
 つまり、世界を『くだらなくないもの』だと思えばいいのです。そうすれば、世界と距離を置く必要はありません。

 そんな風に思えるようにしてくれたのは――つまり、世界を拒絶していた『私』をそんな風に変えてくれたのは のどかでした。

 ……そうです。のどかがいたからこそ『私』は「世界は それほど『くだらないもの』ではない」と思えるようになったのです。
 ですから、ナギさんも『私』と同じ様に のどかによって「世界は それほど『くだらないもの』ではない」と思って欲しいのです。
 それが、おこがましくも『私』とナギさんを重ねてしまった私の自己満足な願いであり、勝手に決め付けた罪滅ぼしなのです。

 つまり、私がナギさんと のどかの仲を進展させたいのは私自身の我侭、と言うことになりますですね。

「え~~と、非常に言いにくいんだけどさ……これ、大分違うよ?」
「うっ……そ、そうなんですか? ちなみに、どこが違うんですか?」
「いや『どこが』って言うか、求めている『答えそのもの』が違うね」
「で、では、もしかして最初から式を作り直さねばならないのですか?」
「いや、そう言う訳じゃないよ。今の式を ちょっとイジればいいだけさ」
「ちょっと、ですか? ちなみに、どこをどうすればいいんですか?」
「教えてもいいけど、自分で考えて欲しいな。前提を立て直せばできるから」
「……はい、わかりました。できる限りは自力でやってみます」
「うんうん、素直でいいコだねぇ。頑張れば きっと報われるよ?」
「あ、ありがとうございます……でも、頭を撫でるのは……その…………」
「あっ、ゴメン。撫でやすい位置にあったから、つい。髪 触られるのイヤだったでしょ?」
「い、いえ、そう言う訳ではありません。その、恥ずかしかっただけですので……」
「ほほぉう? それじゃあ、今度から間違えたら羞恥と言う罰を与えちゃおうかな?」
「ちょっ、それはヒドいです!! それだけは やめてください!!」

 ……あれ? おかしいですね、何故か妙に苛立ちますですよ?

 ナギさんも『私』と同じ様に のどかによって「世界は それほど『くだらないもの』ではない」と思って欲しかったですが……
 不思議なことに、ナギさんが他の女のコと仲良くしているのを見ると何だかハラワタが煮えくり返って来るです。
 もしかして、私は嫉妬しているですか? ……いやいや、それはおかしいです。だって、私はナギさんなど何とも思ってないのですよ?

 私にとってナギさんは、私と似たところがあるので眼が離せないだけなんですよ? 嫉妬する余地などありませんです。

「じゃあ、代わりに10回間違えたら『せっちゃん』って呼ぶことにしようかな?」
「えぇっ!! それもヒドいですよ!! それも やめください!! 恥ずかしいです!!」
「じゃあ、間違えなければいいじゃん? って言うか、ペナルティは必要でしょ?」
「それは無茶です!! って言うか、ペナルティならば頭を撫でられた方がまだマシです!!」
「じゃあ、御希望通りにナデナデしてあげるから、思いっ切り間違えていいよ?」
「間違えません!! こんな問題なんて『屁のツッパリはいらんですよ』って感じです!!」
「……あれー? せっちゃんって そんなネタをセリフに混ぜ込む様なキャラだったっけ?」
「那岐さんこそ もっと優しい人だったと思いますけど? あと、せっちゃんって呼ばないでください!!」
「まぁ、さっき拒否された呼び方だもんね、言いたいことはわかるよ? ……だが、断る」
「それは微妙に用法が違ってますよ? それは もっと自分に不利な立場の時にこそ使うべきです」
「おぉう、まさかダメ出しを喰らうとは……せっちゃんってば意外と厳しいねぇ」
「那岐さんが そうさせてるんです!! って言うか、せっちゃんって呼ばないでください!!」

 ……いえ、何とも思っていない訳ではないですね。

 ええ、何故かナギさんと桜咲さんとの会話がイチャついているようにしか見えず、不思議と殺意が沸いてきます。
 つまり、認めたくはありませんが、どうやら私はナギさんに友人以上の感情を抱いているのでしょうね。
 まぁ、冷静になって考えてみれば「のどかとナギさんにうまくいってもらいたい」と言う気持ちは、
 のどかのため と口では言っていましたが、実際のところは私が『そう』納得しようとしていただけですね。

 いえ、ナギさんも『私』と同じ様に のどかとの関わりで「世界をくだらなくない」と思って欲しいのは本当ですよ?

 ですが、その気持ちの根底にあるのは――その気持ちを裏付けている、私が見ようとしなかった私の本心は、
 のどかと幸せになって欲しい と言う想いではなく、ナギさんに幸せになって欲しい と言う想いなのです。
 ……ええ、そうです。私は のどかを応援したいのではなく、自分の気持ちを誤魔化していただけだったのです。
 傲慢にも過去の自分とナギさんを勝手に重ねて、ナギさんが満たされることで自分が満たされようとしていたのです。

 まったく……実に傲慢で、そして実にヒドい女です。

 のどかの気持ちを知り、のどかを応援したいと思っていながら、心の奥では勝手な投射でナギさんの幸せを願っているんですから。
 これでは「ナギさんが幸せになるのならば、その相手が のどかでなくてもいい」と考えているのと何も変わりません。
 いえ、正確には「のどかが幸せになるよりも、ナギさんが幸せになる方が重要だ」と思っているのでしょうね。実に薄情なことです。

 ……ですが、これは決して「恋をした」などという甘いものではない筈です。

 これは、勝手な同情であり、勝手な投射です。言わば、私の勝手な思い込みなのです。
 実に傲慢で、実に自分勝手な想いなのです。しかも、ナギさんを貶している想いでもあるのです。
 これを「恋」と言ってはいけません。いえ、むしろ「恋」であってはならないものです。
 のどかを裏切っている私が「恋」などと言うキレイな感情を抱いてはいけないのですから。

「ゆえー、どうしたのー? 顔色 悪いよー?」

 ――ッ!! し、しまったです!! またやってしまいました!!
 またもや勉強するよりも思考するのに没頭していまいました!!
 思考への没頭は私の癖ですが、今はそんな場合じゃありません。

「……いえ、気にしないでください。慣れない勉強をしたせいでしょうから」

 私は慌てながらも内心を隠します。私の本心を のどかに悟られる訳にはいかないのです。
 だって、のどかを裏切っているのに、こうして のどかと友達面をしているのですから。
 こんな『最低』な私を知られたら、私は のどかの傍にいる資格を失ってしまいますから。

「あんまりツライなら、お部屋に戻ろうかー?」
「いえ、言いだしっぺの私が途中退場など――」

 ――できません。そう言い掛けて、私は気付いてしまったのです。
 私がいなくなれば のどかは私の教師役をやめられる、と言うことに。
 そうなれば のどかはナギさんに近付くことが可能となる、と言うことに。

 そう、それが当初の目論見であり、そのための勉強合宿なのです。

 ここで「ハルナに看病してもらう」とでも言って部屋に戻るのが、正しい選択なのでしょう。
 ですが、自分の正直な気持ちを認識してしまった私には、その選択肢はもう選べません。
 私は気付いてしまったのです。私は のどかの幸せ以上にナギさんの幸せを望んでいる、と。
 しかも、最低なことに、ナギさんの幸せと私の幸せが重なることすら願ってしまっている、と。

 ……そうです、私は自分の本心に気付いてしまったのです。

 この前のバレンタインだって、のどかを後押しすると口では言っていましたが、
 その内情は、それを口実にして自分もナギさんへチョコを渡したかっただけです。
 こうして勉強合宿を開いたのだって、のどかとの接点を増やしたいと言っていましたが、
 その内情は、それを口実にして自分もナギさんの傍にいたいとだけだったのです。

 ……実に醜く、何とも最低な気持ちです。

 この気持ちだけは、のどかに気付かれる訳にはいきません。
 こんな醜くて最低の気持ちだけは、のどかに気付かれてはいけないのです。
 もし気付かれてしまったら、私は……私は…………

「あんまり無理しちゃダメだよー?」
「……大丈夫ですよ、のどか。私は、大丈夫です」

 ですから、私は大丈夫であることだけを伝えます。私の心の底にある感情を漏らさないように……



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Part.04:乙女達の憂鬱


―― のどかの場合 ――


 はぁ……何だか、さっきから ゆえの様子がおかしい。

 いつもよりも思考に没頭しやすいし、妙にソワソワしている。
 それに、桜咲さんとナギさんの様子をチラチラと意識している。

 ……もしかして、ナギさんを好きだって自覚しちゃったのかな?

 私からすればバレバレだったけど、本人は自覚していなかったから黙っていた。
 だって、自分で気付かなければ意味がないし、気付いてくれるのを待っていたから。
 ゆえが気付く前に出し抜いてナギさんを手に入れるつもりなんてなかったから……

 だから、こうして悩んでいる姿を見ると、一人で悩まずに打ち明けて欲しいと思う。

 だって、私への友情と自分の好意にどう折り合いをつければいいのか を悩んでいるんだと思うから。
 それは、もう既に私が通った道だから、相談をしてくれれば何かしらのアドバイスができる筈だから。
 ゆえがナギさんを好きだって気付いた時から、ずっと悩みに悩んだ末に『結論』は出しているのだから。

 ……だから、ゆえの気持ちに気付かない振りをするしか、今の私にはできない。

 仮に「ゆえ もナギさんのこと好きなのー?」とか訊けば、きっと ゆえは壊れてしまう。
 ゆえは私との友情を何よりも大切にしているから、私を裏切ったと考えてしまうだろう。
 私は ゆえを失いたくない。だから、私は ゆえから打ち明けてくれるのを待つことしかない。

 今は「ゆえー、そこ違うよー」って、間違いを指摘してあげるだけで精一杯だ。

 今のゆえは勉強に集中することで、自分の感情を忘れようとしている。
 だから、私は勉強を教えてあげることで、今のゆえを助けることしかできない。
 そう、遠回しに ゆえの考え方の間違いを指摘することくらいしか、できない。

 ところで、桜咲さんは要注意人物としてマークすることにしたのは、最早 言うまでも無いですよねー?


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―― 木乃香の場合 ――


 はぁ~~、現実はうまく行かんものやなぁ。

 今回の勉強合宿の話を夕映に持ち掛けられた時は「これを機に せっちゃんと仲直りできるかも」て思てたけど……
 勉強を始める時「ウチが勉強教えたる」て言う前に、せっちゃん は なぎやんに「理数系を教えてください」て頼んでまうんやもん。

 そりゃ、確かに なぎやんは成績がいいみたいやし? ウチは なぎやんほど理数系が得意ちゅう訳でもないんやけどな?

 それでも、何や せっちゃんがウチよりも なぎやんを頼りにしているように見えたんで、ちょっとショックやわぁ。
 って、ウチは別に なぎやんに嫉妬してる訳やあらへんよ? ちょっと悔しかっただけやし、ガッカリしとるだけやよ?
 むしろ、嫉妬すべきは せっちゃんに かも知れへんし――って、それも ちゃうな。なぎやんは ただの幼馴染やしな。

「コノカー、ここは これでいいアルか?」

 はっ!! アカン!! いつの間にか思考に没頭しとったわ!!
 くーふぇーが解いた問題を見せながら声を掛けて来とった。
 こ、これはアカンな。今は教師役に集中せなアカンわ。
 くーふぇーはウチを頼っとるんやから中途半端な気持ちはアカンて。

「そこか? ……うん、合っとるえ~~」
「ヨシ!! この調子でドンドン行くアルヨ!!」」

 ……どうやら、ちょっと自信が付いたようやな。

 できないと思てたら できるもんもできなくなるから、自信を持つんは大事や。
 まぁ、そう言うとるウチも人のことを言えた義理でもないんやけどな?
 だって、ウチ せっちゃんと どう接すればええんか いつもわからんもん。
 もしかして嫌われとるんやないかって考えてまうから近付くのも恐いんよ。

 ……でも、せっちゃんは なぎやんとは あんな風に楽しそに話しとるんやなぁ。

 い、いや、せやから、別に なぎやんに嫉妬しとる訳やないよ?
 ただ、ちょっぴり なぎやんのことが羨ましいて思えるだけやって。
 ま、まぁ、人は それを嫉妬しとるって言うのかも知れへんけどな?

「……コノカ? どうしたアルカ?」

 はっ!! しもた!! またもや 思考に没頭してもうた!!
 今は、くーふぇーに勉強教えるのに集中せなアカンよな、うん。
 微妙に問題を棚上げしている気はするけど、気にしたら負けや。


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―― ネギの場合 ――


 ……ハァ。おかしいです。ボクの予定と違います。

 ユエさんに勉強合宿の話を聞いた時は、それほど気乗りはしなかったんですけど……
 ナギさんの参加が決まってからは「ナギさんと仲良くなれる」って楽しみにしてたんです。
 ですけど、結果は……ナギさんとサクラザキさんが仲が良いところを見せ付けられただけでした。
 そりゃあ、ササキさんが一緒に居るので「二人だけの空間」って訳ではありませんけど。
 でも、サクラザキさんとナギさんがマンツーマンだったらと考えると……心がモヤモヤします、

 あ、ところで、サクラザキさんはノーマークでしたので、とっても意外です。

 だって、バレンタインの時にチョコを渡していなかったので、チェックしてなかったんですよ。
 と言うか、そう言う意味では「チョコを渡す程の仲ではない」と言うことになるんですけどね?
 あ、でも、もしかしたら、チョコを渡してないだけで実は渡したかったのかも知れませんね。

 コノカさんの話では、本命を渡すのは かなりの勇気がいるそうですから、渡していないだけかも知れません。

 それに、本命が渡せないから その代わりに義理を渡す、と言う訳でもないらしいですからね。
 文化の違いなのか ボクにはよくわかりませんけど、それが日本女性の『奥床しさ』なんでしょうね。
 まぁ、つまり、サクラザキさんは「本命を渡したかったけど渡せなかった」に違いありません。

 と言うことは、チョコを渡せた分ボクがリードしているってことなんですけど……だからと言って安心できないのが現状です

 だって、ナギさんって(ボクの調べた限りでは)ウチのクラスの人の三分の一とは顔見知りなんですよ?
 まぁ、特定の誰かと お付き合いしている、と言う訳ではないようですから、その点では安心ですけど。
 ですが、ナギさんの交友関係の広さに不安になってしまうのが乙女心と言うものではないでしょうか?
 ボクは「ナギさんに一人の男性として好意を寄せている」と言うことを認識してしまっていますからね。

 ……自覚したキッカケは、この前の図書館島の潜行課題の時です。

 あの時に気が付いたんです。人間の価値は魔法なんかじゃなかったって。
 困難に立ち向かう勇気こそが、何よりも大切なものだったんだって。
 そして、それを気付かせてくれたナギさんは、とても凄い人なんだって。
 まぁ、だから好きになったって言うのも おかしな話かも知れませんけど。
 でも、それがキッカケでナギさんと父さんを混同して見るのはやめましからね。

「……ネギ殿? どうしたでござるか、気が漫ろでござるよ?」

 あれ? 気付けば、ナガセさんが気遣わしげにボクを見ていましたね。
 どうやら、思考に没頭してしまったようです(気を付けなきゃですね)。
 今は勉強会をやっているんですから、勉強に集中しないといけません。
 ナギさんに教師役を任されたんですから、ちゃんとやらなきゃいけません。

「いえ、大丈夫です。それよりも、問題は解けましたか?」
「うっ……い、いや、まだでござるよ。あはははは……」

 ナガセさんは笑って誤魔化そうとしていますが、参考書は真っ白だったのは確認済みです。
 後で困るのはナガセさんですから、別に強制する気は これっぽっちもありませんけど……
 せっかく教えてるんですからマジメにやって欲しいものです(自分を棚に上げてますが)。
 なので、ちょっとくらい文句を言って置きましょう。それくらいしても罰は当たりません。

「別に強制する気はありませんけど……後で困るのはナガセさんですよ?」
「い、いや、わかっているでござるよ。今からやるでござるから、大丈夫でござるよ」

 ナガセさん、それは凄く説得力がないと思いますよ?
 でも、本人の自由なので、あまり強くも言えません。
 ですので、ちょっと涙目になって見上げて置きましょう。

 何か「うぅ、その目で見られると拙者が一方的に悪い気がするでござる」とかって聞こえるので、効果は絶大ですね。

 あ、これはネカネお姉ちゃんに教わった必殺技ではなく、コノカさんに教わった新必殺技です。
 年上の人なら男女問わずに大抵の人には効くみたいなので使ってみました(効果は抜群でした)。

 ……今度、ナぎさんに使ってナデナデをおねだりしてみようと思っているのは ここだけの秘密ですよ?



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Part.05:神楽坂 明日菜の不在


 ナギは ふとした瞬間に大変なことに気が付いた。

 と言うのも、この場にはナギ・ネギ・木乃香・のどか、夕映・まき絵・刹那・古・楓しかいないのだ。
 そう、何とバカレンジャーのメンバーに「神楽坂 明日菜(かぐらざか あすな)」がいないのである。
 バカレッドであり、木乃香 & ネギのルームメイトであり、原作のメインヒロインである明日菜がいないのだ。

 いや、もっと早く気付け とツッコミたいが、これがナギなのでツッコむだけ無駄だ。

 きっと刹那に意識がいっていて、明日菜の存在を軽く忘れていたのだろう。ある意味で平常運転だ。
 しかし、何故に明日菜がいなくて代わりに刹那がいるのだろうか? ナギにはサッパリわからない。
 もしかしたら『ここ』の明日菜はバカじゃないのかも知れない。その可能性はゼロではない。

 そんな訳で、ナギは刹那に訊ねることにしたようだ。

「ねぇ、せっちゃん。バカレンジャーって ここにいるだけで全員なの?」
「え? はい、そうですよ。あと、せっちゃんって呼ばないでください」
「ふーーん、そうなんだー。わかったよ。ありがとね、せっちゃん」
「だから、せっちゃんって呼ばないでくださいって何回言わせるんですか!!」

 いや、せっちゃんっはせっちゃんだろ? と悪びれもしないナギ。心の中の呼称をオープンにできて嬉しいようだ。

(って言うか、せっちゃんって呼ぶと反応が面白くてさぁ、ついつい せっちゃんって呼びたくなっちゃうんだよねぇ。
 まぁ、那岐のキャラじゃないことをしている可能性があるから、危険な橋を渡っているとはわかっているんだけどさ。
 それでも、せっちゃんってイジってオーラが出ているから、困ったことに ついついイジりたくなっちゃうんだよねぇ)

 Sの面目躍如な思考である。と言うか、一時の欲望に流されて深みに嵌るのが、実に『らしい』と思う。

 さて、話を戻そう。今の問題は、明日菜の代わりに刹那がバカレンジャーになった と言うことだ。
 確かに刹那は理数系だけ見れば充分にバカレンジャーと言える。それは紛れもない事実だ。
 だが、文系科目は比較的まともなので、総合的には原作の明日菜よりマシな位置にいる筈だ。
 そのため、明日菜の代わりに刹那がバカレンジャーになっているのは、ナギとしては有り得ないのだ。

(いや、待てよ? そう言えば、今まで明日菜についてネギが話題に出してないぞ?)

 今まで まったく気にしていなかったが、話題にすら出て来ないのはおかしい。
 そこまで思い至ったナギはチラッと部屋の中を見渡して部屋をチェックする。
 もちろん、生活の痕跡を見て「居住しているだろう人間」の情報を集めただけだ。
 決して女のコの部屋を見て興奮するためにやったのではない。説得力はないが。

(どうやら、二人分しか生活の跡がないから……この部屋には二人しか住んでないんだろうな)

 これまで得られた情報から考えると、それらは木乃香とネギの生活跡だろう。
 言い換えるならば、明日菜がこの部屋に住んでいる形跡が無い と言うことである。
 いや、正確には「『ここ』の明日菜は麻帆良に居ない」と言うことになるだろう。

(まぁ、もしかしたら「この部屋以外の寮内に住んでいてバカじゃない」って可能性もあるけど……)

 しかし、その可能性はないだろう。考えてみれば、明日菜が麻帆良にいたのならタカミチと言う保護者 繋がりでナギと交流があっていい筈だ。
 当然ながら、ナギに明日菜との交流などないし、タカミチと会話した回数は数える程だが明日菜のことが話題に出たことは一度もない。
 それに、明日菜はサウザンド・マスターが率いる『紅き翼』がウェスペルタティア王国から拉致――ではなくて、解放して保護した存在だ。
 御節介にも、忌まわしい記憶を消したり名前を変えさせたりして、文字通り『すべてを捨てさせて』まで平穏な生活を送らせるようにしたのだ。
 それなのに、タカミチがいるからと言って、態々 魔法と関わり兼ねない麻帆良に住まわせ、更にはネギと関わらせていた原作の方がおかしいのだ。
 せっかく保護したのだから、魔法と関わらない安全地帯に住まわせるべきだろう。そうでなくては、すべてを捨てさせた意味がなくなってしまう。

(つまり、『ここ』の学園長やタカミチは明日菜を麻帆良とは別の場所に匿っているんだろう)

 ナギはそう判断し、近右衛門とタカミチの評価を上方修正した。
 それが正解かはわからない。だが、ナギは正解だと信じている。
 明日菜が別の場所で幸せに生きていることを信じることにしたのだ。

 そして、明日菜の不在に気付いたことで、ナギは重大なことにも気が付いた。

 それは「エヴァ戦のパートナーはどうなるんだろ?」と言う かなり重大な問題だった。
 何故なら、ナギの考えでは、あのイベントは明日菜ありきで成り立っていたからだ。
 明日菜と言う完全魔法無効化能力者がいたからこそ『どうにか』片付いた筈なのだ。

(さすがに明日菜を舞台に引っ張り出すのは気が引けるから、他の人間で適任を探さなきゃなぁ…)

 よくよく考えてみれば、戦闘能力が高ければ別に完全魔法無効化能力者でなくてもいいのだ。
 ネギに必要となるパートナーは、詠唱の時間を稼いでくれる前衛――武闘派の人間だ。
 刹那は木乃香の護衛で それどころじゃないだろうから、消去法で行くと古や楓が適任だろう。

(今日の様子を見る限り、特にニンジャのコとは仲が良さそうだから大丈夫そうだね)

 とは言っても、ネギが女のコであることを考えると、パートナーが女のコだとダメかも知れない。
 原作のネギは戦闘のために必要としていたが、基本的には恋人のような関係でもあるからだ。
 つまり、女のコであるネギのパートナーは男でなければならないのではないだろうか? と言う危惧だ。

(と言うことは、ネギと親しい男が適任だよな――って、あれ? もしかして、オレ?)

 いや、それはない……筈だ。確かに、ナギはネギと仲がいい男だ。それは間違いない。だが、ナギには前衛なんてできない。
 身体上のスペックとしては可能だとは思うが、ナギの性格(ヘタレ)を考えると、戦闘なんてできる訳がない。
 それに、男をパートナーにするならば どう考えてもタカミチしかいないだろう。ネギと仲がいいし、戦力も充分だ。

(って言うか、今更ながらに気付いたんだけど……そもそも、何でオレがネギのパートナーを心配してるんだろ?)

 常識的に考えたら、魔法関係のことなのでナギの考えることではない。タカミチや近右衛門が考えるべきことだろう。
 まぁ、恐らくは このままだと巻き込まれる可能性が高いことを自覚しているから考えていたのだろうが……
 タカミチと言う有力候補を思い付いたことで、ナギは その可能性は忘れることにしたようだ。相変わらず残念な精神だ。

(それに、そもそもエヴァ戦って学園長の差し金だったりするんじゃないかな?)

 ネギに(安全圏で)命を懸けた実戦を積ませるのが目的で、危険になれば間接的な形で手助けするつもりだったのではないだろうか?
 そう考えると、いつもより早かった停電復旧についても納得できるし、吸血鬼騒ぎが起きた時にエヴァへ注意するだけだったのも納得できる。
 つまり、明日菜がいなくても学園長がうまいこと手を回して、結果的には『どうにか』なる可能性が高いのだ。と言うか、そうなる筈だ。

(……さすが学園長だね。せいぜい掌で踊らされないように注意しとかないといけないなぁ)

 とは言え、さすがに修学旅行の時は完全に読みが外れたのだろう。まさかフェイトが出て来るとは思わなかった筈だ。
 仮に あんな危険人物が出て来るとわかっていたなら、修学旅行の行き先を大人しくハワイに代えていたことだろう。
 いくらエヴァと言う切札があったからと言っても、ネギを(本当に)危険な目に遭わせてまで修行をさせる訳がない。

 ところで、随分と思索に没頭しているように見えただろうが……キチンと勉強は教えていたので、問題はない。

 刹那の頭から煙が出るんじゃないか と心配してしまうくらい刹那の脳がオーバーヒートしていたが問題ない……筈だ。
 何か途中から目が虚ろになって、数式をブツブツ呟くようになっていたりもしたが、それでも問題はないに違いない。
 その光景を見ていたネギが「さすがに あんなマンツーマンは遠慮します」とか言っていたが、問題ないったら問題ない。

 ちなみに、言うまでもないだろうが、ナギは女子寮での宿泊許可もあったが さすがに寝る時には帰ったようだ。

 それくらいは自重した と言うか、徹夜で勉強しても能率が悪くなるだけなので夜は早めに解散してサッサと寝ただけだが。
 普段は自重しないクセに とか、そこは空気を読んで夜這いすべきだろ? とか思うが、ナギはヘタレなので仕方がない。
 と言うか、問題を起こしたら近右衛門に迷惑が掛かるので(近右衛門からの報復を避けるためにも)何もする訳がないのだ。

 そんな訳で、何だか微妙な幕引きとなったが……ナギが微妙なので仕方ないことにして、敢えて気にしないで終わって置こう。


 


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オマケ:試験の結果は?


 試験結果の発表後、麻帆良学園女子中等部の二年校舎に「「「ウッソォオオ!!」」」と言う絶叫がこだました。

 勉強合宿は多少ギズギスした空気はあったものの、結果的には全員が勉強に集中できたため成功に終わったと言えるだろう。
 もちろん、刹那が数学に拒否反応を示さなくなったが、数学に対して恨みを抱くようになったことは言うまでも無いだろう。
 そんな訳で、彼女達は3月10日(月)の学年末試験に万全の準備で臨み、本日、3月11日(火)にその結果が発表された。
 で、その結果だが……絶叫からおわかりだろうが、大半の生徒が予想だにしていなかった「2-Aがトップ」と言う大番狂わせだった。

 その大きな原因は、やはり足を引っ張りまくっていたバカレンジャー達が平均点を越えたことだろう。

「やったーー!! 勉強した甲斐があったよーー!!」
「そうですね、努力の甲斐があったです」
「まさか、私達が平均点を取れるとは思わなかったアルヨ!!」
「にんにん。みんな頑張ったでござるからなぁ」
「そうですね……頑張りましたよね……ええ、頑張りました」

 クラスに貢献できたこともさることながら、合宿の成果を感じられた彼女等の喜びは一入と言っていい。

 特に、刹那はもともと文系は平均を超えており、壊滅的だった理数系がハネ上がったため200位を切っている。
 地獄のようなナギの数学レクチャーに耐えた甲斐があった、と言うものだろう。刹那の努力は報われたのだ。

「ええ、地獄のような あの合宿の御蔭ですね……」
「あはは……もうあんな二日間は過ごしたくないなぁ」
「ふふふふふ、数学なんてもう恐く無いですよ、ふふふふふ……」
「あぁ!! 刹那のトラウマが発動してしまったアル!!」
「いやはや、代償を考えると素直に喜べないでござるな……」

 ……今回の試験での功労者であるバカレンジャー達は尊い犠牲を払っている。

 刹那は言うまでも無くナギのスバルタでトラウマレベルのダメージを受けたし、まき絵もナギのスバルタの被害者だ。
 それに、夕映は夕映で己の本心に気付きショックだったし、楓もネギの精神攻撃に晒されて心にダメージを負っている。
 まぁ、一番ダメージが少なかったのは古だったが、それでも慣れない勉強漬けで脳味噌は悲鳴を上げていたのである。

「やったーー!! これで食券長者だーーー!!」

 ところで、そんなバカレンジャーの悲壮感など知ったこっちゃ無い「椎名 桜子(しいな さくらこ)」は万馬券を当てて大喜びだった。
 そう、2-Aのトップは ほとんどの者が想定しておらず、トトカルチョのオッズが100倍を超えていたので競馬ではないが万馬券なのであった。

「えーー!? 桜子、ウチのクラスに賭けてたの?!」
「どんだけ大穴狙いしてるのよ、アンタ!!」

 その様子を見ていた「釘宮 円(くぎみや まどか)」と「柿崎 美砂(かきざき みさ)」が揃って桜子に驚く。

「えっへへ~~♪ バカレンジャーのみんなが頑張ってたの知ってたからね~~」
「いや、頑張ってたのを知っていたからって、万年ビリがトップ取るなんて普通は予想しないって」
「そうそう、せいぜい行っても5位くらいでしょうが……まったく、アンタの強運には呆れるわ」

 桜子のノーテンキな発言にガックリと項垂れる円と美砂だった。

 ちなみに、ナギは「原作がどこまで通用するかわからないけど一応は買って置こう」と言うことで1万円を2-Aに賭けていたため、
 今回のトトカルチョだけで100万円を超える食券(もちろん現金に変換可)を入手していたりするのは、ここだけの秘密である。


 


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後書き


 ここまでお読みくださってありがとうございます、カゲロウです。
 以前から「改訂した方がいい」と言う意見が多数あったので、今回(2012年3月)大幅に改訂してみました。


 今回は「夕映のターンの筈だったのに、結果としては何かゴチャゴチャしてしまった」の巻でした。

 でも、夕映の「主人公が好きなんだけど、のどかの手前 表には出せない」って感情は伝わったと思いたいです。
 ちなみに、世界云々で主人公に惹かれた辺りは深くツッコまないでいただけると助かります。いや、マジで。
 夕映は過去に厨ニ病を患っており現在も若干引き摺っているため厨ニ病患者である主人公に惹かれた。それでいいじゃないですか?

 あと、せっちゃん(刹那)についてなんですけど……意味ありげに接点があることになってますが、今回は触れません。

 だって、修学旅行編がせっちゃんの活躍の場ですからね。それまでは、せっちゃんはメインでは扱えませんよ。
 それと、せっちゃんの成績なんですけど、原作では茶々丸とザジよりはいいので明日菜の代わりのバカレンジャーではないんですが、
 早めに主人公と絡ませたかったので『ここ』では理数系が壊滅的ってことにして、バカレンジャーにしちゃいました。
 そう言う意味では、今回の描写だけでも随分とキャラを崩壊させちゃいましたねぇ。原作よりも御茶目な性格になってると思います。

 あ、そう言えば、このこの(木乃香)についてなんですけど、このこの も詳しく触れるのは もうちょっと後になります。

 敢えて 語るならば「百合っぽい感じはするけど、百合的な意味ではなく友情的な意味でせっちゃんが好きなだけ」ってことですね。
 それと、このこのの京都弁に関しては、あんな感じで許してください。ボクにはアレで精一杯なんです。
 このこのは かなり好きなキャラなんですけど、京都弁がわからないんで使いどころが かなり難しいんですよねぇ。

 ところで、タイトルの『秘密』は夕映の想い云々のつもりだったんですけど、実際は「明日菜がいない」って秘密な気がしますねぇ。


 ……では、また次回でお会いしましょう。
 感想・ご意見・誤字脱字等のご指摘、お待ちしております。


 


                                                  初出:2009/08/07(以後 修正・改訂)



[10422] 第06話:アルジャーノンで花束を【改訂版】
Name: カゲロウ◆73a2db64 ID:552b4601
Date: 2013/04/30 20:55
第06話:アルジャーノンで花束を



Part.00:イントロダクション


 今は、3月11日(火)の放課後。つまり、試験結果が発表された後のこと。

 本来なら、ナギは土日だけの日雇いバイトによってホワイトデーの資金を捻出する筈だったのだが、
 図書館島や勉強合宿などで予定よりバイトをできる日が減ってしまい、資金が足りなくなってしまった。
 それ故、ナギは夏休みと冬休みに お世話になったバイト先に頼み込んで前借をさせてもらうこととなった。
 まぁ、その前借の代償として土日だけでなく平日の放課後や春休みもシフトに入らざるを得なくなったが。

 ここで「さっきのトトカルチョで得た金があるからホワイトデーは それで余裕に賄えるのではないか?」と思われるかも知れない。

 だが、ナギは土下座までして前借させてもらうことになったので、それを覆すことができなかったのである。
 まぁ、別に「前借しなくても済むことになったのでバイトしなくてもいいですか?」とか言ってもいいのだが、
 恩を仇で返したくないし、他のバイト達もナギがシフトに入ることを歓迎しているため言えなかったのだ。

 それは「ノーと言えない」と言う押しの弱さ ではなく「一度口にしたことを覆せない」と言う責任感の現われに違いない。

 ちなみに、そのバイト先は『アルジャーノン』と言う、何だか花束を贈りたくなるような名前の個人経営の喫茶店であり、
 店長(通称:マスター)のコーヒーと奥さん(通称:マダム)の紅茶やケーキが自慢の店で、それなりに人気があるらしい。



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Part.01:そんなにオレが悪いのか?


(あ、ありのまま今 起こった事を話すぜ!! 『オレがバイトしている時に ゆーな達が来たと思ったら いつの間にか奢らされていた』。
 な、何を言っているのか わからねーと思うが、オレも何で奢らされたのか わからなかった…… 頭がどうにかなりそうだった……
 脅迫だとか強要だとか無言の圧力だとか そんなチャチなもんじゃあ断じてねえ。もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ…………)

 さて、前振りは こんなもんで充分だろう。

 まずは順を追って話そう。今日もアルジャーノンのシフトに入っていたナギは いつも通りキッチンで調理をしようとしていた。
 だが、ウェイトレスのコが風邪を引いて休んでしまったため、代わりにホールでウェイターをやる羽目になってしまったのである。
 とは言っても、別にウェイターが問題なのではない。困った時は お互い様だと思っているし、ナギは接客もソツなくこなせる。
 そもそもは学園側にバレたくないからキッチンを望んでいただけであり、既に学園側にバレている今となってはホールでも問題ない。
 では、何が問題なのか と言うと……ナギとしては あまり会いたくない人物(裕奈達)の接客をしなければならなくなったからである。

  カランコロンカラン♪

 来客を告げるドアベルを店内に響かせながら入って来た女子中学生達を見て、来客を出迎えようとしていたナギは固まった。
 何故なら、来客である女子中学生達は サイドを結ったコ・長身のポニーちゃん・バカっぽいコ・色素が薄いコだったからだ。
 特徴的なシルエットをしているためか、ナギは一目 見た瞬間に「ゆーな・アキラ・まき絵・亜子じゃん」とわかってしまったのだ。

「おっ、ナギっちじゃん!!」

 ナギの様子(固まったまま)など気付いていないのか それとも気にしていないのか(恐らく後者)、普通に声を掛ける裕奈。
 ところで、『ナギっち』とは裕奈のナギに対する呼称である。気が付いたら、いつの間にか そう呼ばれる様になっていたらしい。
 つまり、愛称で呼ばれる程度には仲がいい と言うことであり、原作キャラだと気付きながらも何故か仲良くなってしまったのだ。

「……いらっしゃいませ、お客様。4名様でよろしいでしょうか?」

 バイトであっても給金をもらう立場である以上、仕事は責任を持って遣り遂げることをナギは信条としている。
 そのため、ナギに公私混同をする気などは一切なく、親しげに話し掛けて来た裕奈とは真逆の態度で接する。
 見方によっては無視に近い対応だが、見方によっては公私混同したくないことを暗に示している対応だろう。

「ハァ? ナニイッテンノ? そんな つまんないボケはいいから、サッサと案内してよ」

 しかし、裕奈はナギがボケたのだと解釈し、適当なツッコミを入れサッサとて話を進める。
 ボケだと受け取る裕奈が酷いのか、そう受け取られるナギが悪いのか、判断に悩むところだ。
 とにかく、裕奈に悪気がないことがわかっているだけにナギとしては溜息しか出て来ない。

「とりあえず、席に案内するから付いて来て」

 入り口で騒いでいると他の客の迷惑となるので、ナギは気持ちを切り替えてサッサと席に案内してしまうことにする。
 キチンと説明すれば裕奈も納得してくれるだろうが、今は手間も時間も惜しい。説明をあきらめたのは賢明な判断だろう。
 もちろん、騒ぐことが予想されるので、4人を案内するのは他の客から少し離れた位置にある奥の方のテーブル席だ。

「……はい、どーぞ」

 口調はゾンザイなものだったが、ナギの所作(裕奈が座るために椅子を引く)はキッチリとしていた。
 どんな客が相手であったとしても接客はキチンとこなす。それが接客中のナギのプライドらしい。
 それなら口調も改めるべきだが、裕奈がフレンドリーな対応を望んでいるので あれでいいのだろう。

「あ、ありがと……」

 裕奈は軽く頬を染めつつ礼を言い、大人しく席に着く。恐らく、頬を染めたのは、椅子を引かれたことに照れたのだろう。
 当然ながら、ナギは「いや、照れている訳ないな。だって、裕奈だもん」とか残念な解釈しているのは言うまでもない。
 気安い友人関係だからこそ裕奈はギャップに照れたのだが……まぁ、ナギの解釈が残念なものになってしまうのは仕方がない。
 ちなみに、ナギが椅子を引いてあげたのは裕奈だけではない。他の三人も、アキラ・まき絵・亜子の順番で引いてあげている。

「そ、そう言えば、何でナギっちがホールにいるの?」

 照れ隠しなのか、ナギが「では、注文が お決まりの頃お伺いいたします」と告げて別の業務に移ろうとしたところで裕奈が話し掛けて来る。
 ナギは一瞬「無視して業務に戻ろうかな」と悩んだが、相手が裕奈なのでやめて置く。無視したら「ちょっと聞いてんの!?」とか騒ぎ出す筈だ。
 それが予測できているのだから無視するのは悪手だ。それに、長々と話し込まなければ問題ないので 少しくらいなら付き合っても大丈夫だろう。

 そんな訳で、ナギは手短に説明をして早目に会話を終わらせることにしたのだった。

「ホールのコが体調を崩したから その代わりとしてホールやってるんだよ」
「へ~~。じゃあ、今日はナギっちのクラブサンドを食べれないんだぁ」
「でも、今日の仕込みはオレがやったから、そこまで味は変わんないと思うけど?」
「おぉっ!! それじゃあ、私クラブサンドにする!! 飲み物はダージリンね!!」
「……ん、了解。じゃあ、また後で注文取りに来るから、ゆっくり決めてね」

 ナギは「え? 今 注文すんの?」と思いつつも裕奈の注文を難なく受け、残りの三人には 後で来る旨を伝えて その場を去るのだった。

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 …………………………………………………………

 さて、先程も軽く触れたが、普段のナギはキッチンで調理を担当している(言わば、厨房担当の中坊なのである)。

 実はと言うと、マスターはコーヒーを淹れることに情熱を注ぎ、マダムは紅茶を淹れるのとケーキ類を作ることに夢中だったため、
 かつてのアルジャーノンでは、軽食メニューの扱いは「とりあえずメニューに入れて置こう」程度の扱いでしかなかった。
 まぁ、だからこそバイトであるナギが担当することが出来たのだが、ナギはそんな状況に甘んじるような人間ではなかった。
 期待されていないからと言って、適当な仕事でいい訳がない。つまり、軽食の扱いをよくしようとナギは奮闘したのである。

 ……元々ナギは料理は得意だったが、だからと言って「原価を抑えたうえで効率よく出来て美味しいメニュー」を作ることには とても苦労した。

 だが、その苦労が報われる程度には軽食にも人気が出た。いや、正確には、ナギの作る軽食に人気が出たのだ。
 先程の裕奈の様に、ナギの作った品を食べられなくて残念がる人間がいるくらいには人気があるのである。
 もちろん、社員でもないナギが常に調理する訳がないので、軽食メニューのレシピはキチンと作られている。
 そのためナギが作らなくても ある程度のレベルは保たれているのだが……舌の肥えた客には違いがわかるようだ。
 ここしばらく(冬休み以降)はシフトに入っていなかったため、ナギが復帰したのを一番 喜んだのは常連かも知れない。
 常連の間では軽食を頼む際に「今日チーフ来てるの?」とか確認を取るのが習慣となっているレベルらしい。

 ところで、チーフと言うのはナギのことである。いつの間にか『チーフ』と言う呼び名が定着してしまったようだ。

 ちなみに、これは軽食を一新させた功績だけでなく、接客や店作りにも好影響を与えたことも関係している。
 と言うのも、ナギが来る前のアルジャーノンは、あまりにもマスターとマダムの趣味に走り過ぎていたのである。
 良く言えば「おいしいコーヒー・紅茶・ケーキを お客さんに出せるだけで幸せ」と言う感じの店であったが、
 悪く言えば「コーヒー・紅茶・ケーキを提供する以外のことについては特に気を遣っていない店」でもあったため、
 ナギがバイトに入って それなりの信頼を得られた辺りで、接客やらインテリアやらに いろいろと梃入れをしたのである。
 そして、その梃入れは成功した様で、赤字と黒字を行ったり来たりしていた状態から一転し黒字経営になったのだった。

 その様な経緯があったため、マスターやマダムだけでなく他のバイトからもナギは厚い信頼を得ているのである。

 だから、しばらく顔を見せなかったのに「前借したい」と言っても簡単に受け入れてもらえたのだ。
 そうでもなければ、いくら個人経営で対応が緩いと言っても前借したうえでシフト復帰なんて有り得ないだろう。
 と言うか、それなりの信頼がなければ他のバイトから文句が出る筈だ(歓迎されたナギが普通ではないのだ)。

 そんなこんなを説明しているうちに、そろそろ他の三人も決まった頃合だろう。ナギは そう判断して注文を取りに戻る。

「……そろそろ決まった? むしろ、決まってなくても決めてくんない?」
「とりあえず、私はチーズケーキね。で、飲物はアイスレモンティーで」
「チ――まき絵はチーズケーキにアイスレモンだね。うん、よくわかったよ」
「それじゃあ、私はフレンチトーストにアッサムのミルクティーがいいな」
「んで、アキラはフレンチトーストにアッサムミルクだね。了ー解」

 ナギの不穏な後半部分のセリフを鮮やかにスルーして まき絵とアキラが注文し、スルーに慣れているナギも普通に注文を受ける。

 ところで、まったく関係のない話だが、実はと言うと まき絵は フィギュア界では「氷上の妖精」と呼ばれている。
 それ故に東方シリーズが大好きなナギは、思わず まき絵を『チルノ』とか『⑨(まるきゅー)』とかと呼びたくなってしまうらしい。
 果てしなく どうでもいい話であるが、思い出したので忘れる前に説明して置いたのだ。だから、特に深い意味はまったくない。

 それはともかく、本題に戻ろう。これで裕奈・まき絵・アキラと注文が終わったので、残るは亜子だけだ。

「わ、私は、カモミールティーで お願いしましゅ」
「……カモミールだね。って言うか、それだけ?」
「は、はい。ウチは お腹 空いている訳やないですから」
「(ダイエットかな?)そう言うことなら、OKだよ」

 そんな訳でナギは亜子を見て注文を求めたのだが……何故か亜子はテンパっており、噛んでしまったようだ。

 当然ながら、ナギはスルーして普通に注文を進める。それが優しさだろう。
 他に注文がないか訊ねたのも優しさだ。別に売上に貢献して欲しい訳ではない。
 他の三人が飲み物以外にも食べ物を頼んでいるので、普通に気を遣ったのである。

 まぁ、納得の仕方が残念なので、これまでの優しさを台無しにした気がするが。

「あ、ちょっと待って、ナギ君。ちょっと話があるんだけど?」
「ん? 話? 仕事中だから手短にしてくれないかな、まき絵?」
「うん、わかった。実はね、先週の金曜って私の誕生日だったんだ」
「へー、そーだったのかー。それで、それが どうかしたのかな?」
「……はぁ。ナギ君ってさ、頭はいいけど基本的にバカだよね」
「いや、意味わかんねーですから(まぁ、少し自覚はあるけど)」

 全員分の注文を取り終えたので戻ろうとしたナギだが、今度は まき絵が話し掛けて来た。

 ちなみに、ナギは惚けているのではなく、本気で意味がわかっていない。何度も言うが、実に残念な思考回路なのだ。
 言われてみれば誕生日だった気がするけど、今その話題は関係なくない? ……とか、本気で思っているのである。
 まぁ、関係があるから話題にして来たのだろう とは思っているが……思うだけで どんな関係かわかっていない始末だ。

 ところで、まき絵にバカにされている件だが、別に何とも思っていない。人の価値基準とは千差万別であるからだ。

「いやさ、ナギっち……普通は『おめでとう』ぐらい言うでしょーが」
「ああ、なるほど、そりゃそうだね。まき絵、誕生日おめでとさん」
「ありがと、ナギ君。ってことで、今日の支払いはナギ君だからね?」
「え? ナニイッテンノ? ちょっと意味がわからないんですけど?」
「だって、ナギ君からは何もプレゼントもらってないじゃん?」
「いや、そもそもオレがプレゼントを贈る必要ってないんじゃない?」

 裕奈の助け舟によってナギは漸く祝うべきことだと気が付いたが……気が付くのが遅過ぎたため、まき絵に決定的な言葉を言わせてしまった。

 勘のいい者ならば「ヤバい、これは奢らされるフラグだ!!」と気付いて「ごめん、仕事あるから!!」とか言って回避できたのに……
 ナギが残念なばっかりに回避が遅れ、まき絵に直球で「奢れ」と言われてしまったので最早 回避不可能になってしまったのである。
 まぁ、ナギは「回避しようとすると深みに嵌っていくタイプ」なので、途中で気付いたとしてもアウトだった気がしないでもないが。

 ところで、敗因は20歳を超えると素直に加齢を喜べないので ついつい祝う気持ちが薄れていたことだろう。実に残念である。

「……はぁ、ナギ君って本気でバカだよねー」
「いや、本当に意味がわからないんだけど?」
「まぁ、ある意味ではナギ君らしいよねー?」
「え? らしいって何が? 何が らしいの?」

 ナギは まき絵や裕奈やアキラから「コイツ残念過ぎる」と言う目で見られたのだが、何が残念なのか理解していないのは言うまでもないだろう。

 また、ナギは奢ることに納得していなかったが、いつの間にかナギが奢ることになっていたのも言うまでもないだろう。
 しかも、まき絵の分だけではなく全員の分を である。経緯は不明だが、いつの間にか そう言うことになっていたのである。
 まぁ、同じテーブルにいるので まき絵だけ奢る訳にはいかないため、全員 奢ること自体は大した問題ではないらしいが。

 ただ、納得いかないままに奢らされることは問題だったようで、ナギは「何でだろう?」と最後まで首を傾げていたのだった。



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Part.02:こうして二人は出会った


 それは夏休みの終わり頃のことだった。

 その日、亜子は裕奈達との待ち合わせまでの時間潰しのために とある喫茶店に入った。
 その喫茶店の名前はアルジャーノン。紅茶とケーキが美味しいと最近 評判になりつつある店。
 店としてはコーヒーも自慢なのだが、女のコ達の間ではコーヒーはスルーだったらしい。

 そこで亜子が注文したものは、カモミールティー。

 外は炎天下だったが店内は程よく冷房が効いているため、暖かい紅茶でも問題ない。むしろ、ちょうどいい。
 カモミールの香りを嗅いでいると心身ともにリラックスできるので亜子はカモミールティーが大好きだった。
 猫舌な亜子は熱い物を飲む時は冷ます習慣があるため、その冷ましている間に香りを楽しむのが好きなようだ。

(……ああ、美味しい。こんなに美味しいカモミールティーを飲んだんは初めてや)

 いつも通り、一頻り その香りを楽しんだ後、頃合を見計らって亜子は紅茶を啜る。その瞬間、亜子は思わず笑みを零す。
 紅茶の葉 自体が それなりに良質なものを使っているのだろうが、それよりも淹れた人間が丁寧に淹れた御蔭だろう。
 これなら評判になるのも納得だ。昔からありそうな店なのに、どうして最近まで評判にならなかったのか不思議なくらいだ。

(紅茶を淹れる人が変わったんやろうか? それとも仕入先を変えたんやろうか?)

 実際は そのどちらとも変わっていない。変わったのは、店の雰囲気と接客内容と軽食メニューだ。
 単に知られていなかったので評判になっていなかっただけだ。コーヒーと紅茶とケーキは元のままだ。
 美味しいものを出せば客が来る のも間違っていないが、それだけでは来ない客もいる と言うことだ。

(立地も悪ないし……よし、今度から この店に通お)

 亜子は そんなことを考えながら、お代わりを注文する。思いの外 美味しくて、思わず飲み切ってしまったのだ。
 裕奈達との待ち合わせまでは まだ時間がある。紅茶を飲み切ったのに席に居座り続けるのは亜子にはできないのである。
 それに、かなり美味しかったので もう一杯 飲みたかったこともある。むしろ、そちらの方が本音かも知れない。

「アッツーー!!」

 時間的には充分に余裕があったのだが、早く飲みたいと言う気持ちが急かせたのだろう、亜子は冷まし切る前に紅茶を飲んでしまった。
 先程も触れたが、亜子は猫舌だ。ちょっと熱いものを口しただけで簡単に舌を火傷する。つまり、紅茶で舌を火傷をしてしまったのだ。
 しかも、亜子はテンパり属性があるため舌を火傷したことでテンパってしまい、ティーカップを手から落として更なる被害を生んでしまった。

「だ、大丈夫っ!?」

 ティーカップを落とした音と亜子の上げた悲鳴で惨事に気付いたマダムが慌てて氷とタオルを持って来る。
 不幸中の幸いと言うべきか、ティーカップはテーブルに落ちたので被害は それほどではない。
 テーブルから溢れ出た紅茶が亜子の太股に当たったくらいで、直接 肌に紅茶が掛かった箇所はない。

「そこまでひどくはないだろうけど……女の子だから痕になっちゃったら困るわよね? 手当てするからいらっしゃい?」

 それでも、後々 痕になる可能性がある。と言うか、亜子の肌は白いため、痕になってしまう可能性が高いだろう。
 場所が場所だけにマダムは大事を取って亜子をキチンと治療することに決め、慌ててスタッフルームに連れて行く。
 亜子としては背中の痕に比べたら大したことないので そこまで気にしていないのだが、好意は無碍にできないようだ。

「あっ、ナギ君!! ちょうど よかった!! このコの火傷の治療、よろしくね!!」

 マダムはスタッフルームの扉をノックもせずに開けると、休憩中だったナギを発見したので、亜子を任せることにした。
 いや、紅茶はマダムが淹れることになっており、ナギでは代われないうえ注文が溜まっていたのでマダムは多忙なのだ。
 男に女のコの治療(しかも太股)を任せるのは どうかと思うが、背に腹は代えられない。ここはナギを信じるしかない。
 それに、マダムの直感(女の勘とも言う)が告げていた。このコはナギ君に好印象を抱いたようだから何も問題ない、と。

(はわわわわわわ!! ど、どないしよ?! いきなり二人きりやなんて……急展開や!!)

 マダムの直感は当たっていた。ナギは亜子の好みに合致していたのだ。と言うか、ぶっちゃけ一目惚れだった。
 ナギは内面が残念なので忘れられがちだが、その外見は非常にいいのだ。見た目に騙される女子がいる程度には。
 言うならば、ナギは黙っていればモテるタイプなのだ(つまり、口を開くとダメになるタイプと言うことだが)。

「……ええ、わかりました!!」

 ナギはナギで「もしや新人のコが紅茶でも零して火傷させてしまったのか?!」と焦っていたので、余計な雑念などなかった。
 迅速に手当てをしなければ と言う考えでナギの頭の中は占められていた。相手が女のコで場所が太股とか気にしてなかった。
 ナギは思春期男子であるが、その前に仕事人であった。給金をもらっている以上、エロスよりも仕事を大事にするのである。
 そのため、手当てで休憩時間が割かれたとしてもナギは気にしない(実は「休憩 延長していいから」とマダムに言われたし)。

「では、とりあえず見せてください」

 説明が遅れたが、亜子は患部(太股)に氷を巻いたタオルを当てていた。そのため、患部の様子はナギにはわからない。
 それ故に火傷の具合を診るため、ナギは「タオルをどかしてください」と言う意味で「見せてください」と言ったのだが……
 亜子は何をどう勘違いしたのかは不明だが、何故か上着(Tシャツの上に着ていた半袖の開襟シャツ)を脱ぎ始めた。

「いえ、火傷は太股ですよね? ですから、タオルをどけて見せてください」

 一瞬「あれ? これなんてエロゲ?」とポカンとしたナギだが、慌てて我を取り戻して ひたすらクールに対応する。
 これが普段ならば役得を味わうためにTシャツを脱ぐまで放置していたのだが、今は非常時なので そんなことはしない。
 きっと突然の出来事でテンパっているのだろう と今回ばかりは正しい解釈をして、ナギは診察を続けることにする。

 ちなみに、亜子は「絶対 変なコやと思われてしもたっ!!」と内心で更にテンパっているのだが、そこは気にしないで置いてあげるべきだろう。

「ふむ……どうやら たいしたことはないようですね。いやぁ、不幸中の幸いで、よかったです。
 このまま冷やして置けば痕も残らないでしょうけど…… 一応、大事を取って薬を塗って置きましょう。
 すみませんが、少しだけ患部を冷やした状態で待っていてください。今 薬などを出して来ますから」

 太股の火傷は ちょっとした水脹れができた程度だったので、ナギの言葉通り このまま冷やして置けば充分だろう。

 だが、だからと言って何もしないのもどうかと思われるので、それなりの手当てはして置くべきだろう。
 スタッフルームには救急箱はあるが家庭の医学的な本はないので、手当ての手順はナギの知識が頼りだが。
 確か、15分くらい冷水に浸けて患部を冷やした後 軟膏等を塗って乾いたガーゼを被せればいい……筈だ。

 多少 応急手当の知識に不安が残るナギだが、手当てを受ける側を不安にさせないためにも敢えて堂々と振舞う。

(しかし、氷で冷やしてあったから別に冷水に浸けて冷やす必要はないよねぇ?
 って言うか、15分も密室に二人きりでいると相手も警戒するから、サッサと進めよう。
 軟膏を塗って そこをガーゼで覆って それをサージカルテープで固定すればいいでしょ)

 ところで、サージカルテープとはガーゼや包帯などを固定するテープのことだ。

 一般的な知識なのかは不明だが、よく怪我をしては自分で手当てをしていた時期があったナギには普通に出て来る単語だった。
 ちなみに、怪我の手当てで手馴れているためか、亜子の手当てをするナギの手付きは危なげない。むしろ、テキパキしている。
 まぁ、女のコの太股に軟膏を塗る と言う所作に不埒な気持ちも少しは生まれたようだが、全体的には真面目に手当てをこなした。

「……さて、これでいいでしょう」

 手当てを終えたナギは亜子を連れてスタッフルームを出る。このまま密室で二人きりでいるのは不味い と言う判断である。
 ナギにしては気が回る様に思われたかも知れないが、亜子としては もう少し二人でもよかった様なので、やはりナギは残念なのだ。
 と言うのも、亜子は一目惚れに加えて真剣に手当てしてもらったことで更にナギへの好感度が上昇してしまったからである。

 繰り返しになるが、ナギは黙っていれば――いや、正確には、地で話さなければモテるのである。ナギに自覚はないが。

 さて、ここからは蛇足となるが、スタッフルームを出た後の亜子は、新しく用意されていた紅茶を飲んで店を後にした。
 ただし、亜子は想いを深めてしまっていたので「この出逢いを逃したらアカン!!」とまで想い込んでしまったらしく、
 名前やメアドなどを書いたメモ用紙を見送りに来たナギに渡す と言う普段の亜子からは考えられない大胆な行動に出たのだった。

 もちろん、そんな亜子の想いは伝わらず、ナギは「礼のためかな? でも、改めて礼をされる程のことじゃないんだけどなぁ」としか感じなかったが。



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Part.03:ブレイクタイム


「……亜子? どーしたの、ボ~~ッとして?」

 軽くトリップしていた亜子を現実に引き戻したのは、まき絵の気遣わしげな声だった。
 どうやら、ナギの給仕姿を目で追っているうちに意識が過去へ飛んでいたようだ。

「な、何でもあらへんよ!?」

 そもそも、彼女達がアルジャーノンに来たのは、まき絵の誕生祝いのためだ。
 まぁ、テストの終了を祝う意味もあったが、メインは まき絵の誕生祝いなのだ。
 つまり、まき絵を放置してナギを眺めることに集中していた亜子は後ろ暗いのである。

「いやはや、本当に亜子はナギっちが大好きですにゃ~~♪」

 慌てて否定した亜子の様子から、裕奈はすべての事情を察したようだ。
 と言うか、亜子の視線の先を見ればナギがいるので、誰でも一目瞭然だ。
 まぁ、まき絵は気付いていなかったので、結果的にバラした形になるが。

「あっ、なるほど~~。そー言えば、ナギ君のウェイター姿なんてレアだもんね~~」
「うぐっ。せ、せやけど、心ここにあらず やったのはウチのミスや。すまん、まき絵」

 確かに、ナギは普段 厨房に引き篭もっているので、ウェイター姿のナギはレアだ。
 だが、だからと言って、まき絵を無視していたことの言い訳にはならないだろう。
 そう考えた亜子は素直に己の非を認めて まき絵に謝る。親しき仲にも礼儀は必要なのだ。

「え? いーよ、別に。亜子の気持ち わかるし。って言うか、ナギ君に会った時点で亜子がそーなるの前提だし♪」

 まき絵は「だから気にしないで」と笑うと、そのまま口元をニヤニヤと歪めて亜子を見遣る。
 あきらかに からかわれているのがわかった亜子だが、非は亜子にあるので文句は言えない。
 一応、最後の抵抗として「こ、これからは気を付けるから大丈夫やで?」とだけは言って置くが。

「まぁ、期待しないで置くよ♪」

 まき絵はそう楽しそうに告げると、ニヤニヤ笑いからニヤリと言う笑いに切り替える。何かを思い付いたようだ。
 そして「ってことで、ナギ君を呼ぼう!!」と宣言し、軽く手を振りながら「すいませ~~ん♪」とナギを呼び寄せる。
 何が「ってことで」なのかは、恐らく亜子の「大丈夫」を確かめるためなのだろう。なかなかに意地の悪い対応だ。

「……どうしたの?」

 当然ながら心の準備が整っていない亜子は、呼ばれて やって来たナギに軽くテンパる。いや、かなりテンパる。
 内心を言葉にすると「ナギさんが来てしもた!! いや、呼んだんやから当たり前なんやけど!!」くらいだろう。
 今の亜子は、もともとテンパりやすい性格だったのに加え、恋する乙女の補正で更にテンパりやすくなっているのだ。

 もちろん、まき絵は事情を理解している。まぁ、だからこそ突然ナギを呼んだのだが。

「ねぇねぇ、ナギ君♪ カボチャプリンも頼んでいい?」
「別に構わないけど……太るんじゃないかな、まき絵?」
「ストレート過ぎだよ!? せめて身体に悪いとか言ってよ!!」
「じゃあ、主に脂肪方面で身体に悪い気がするよ?」
「それ ほとんど変わってないよ?! ダメダメだよ!!」
「うっさいなぁ。気遣ってあげただけ感謝して欲しいね」
「うわっ、この店員さん横暴だよ。ダメ過ぎるよ」
「文句があるなら帰りなよ。もしくはオレを呼ばないでよ」
「でも、ナギ君の奢りだからナギ君に確認しないとでしょ?」
「でも、オレがダメって言っても結局は頼むんでしょ?」
「……てへ☆ どうやらバレちゃったみたいだね♪」
「てへ☆ じゃなぁああい!! って言うか、バレバレだよ!!」

 いや、別に まき絵は注文したかったからナギを呼んだ訳ではない(まぁ、注文したかったのもあるが)。

 まき絵の思惑は、亜子が突然ナギに会っても大丈夫なようにすることである。
 亜子がナギに近付くには、今のまま(直ぐテンパる)では厳しいだろう。
 そう考えた まき絵は、突然ナギを呼び付けることで亜子に慣れさせようとしたのだ。

 テンパり体質は なかなか治らないだろうが、ナギに慣れるだけでもマシだろう。悪くない手だ。

「ハァ。あ~~、それで? 他にも注文はあるのかな?」
「じゃあ、チョコパフェ!! ついでに紅茶も おかわり!!」
「ゆーな? ちょっとは自重しても罰は当たらないと思うよ?」
「え~~!? デラックスクレープと迷って こっちにしたのに!!」
「その二つだったら、値段もカロリーも大差ないじゃん」
「100円違うじゃん!! って言うか、カロリーのことは言うな!!」
「まぁ、ゆーな の場合は、栄養が胸に行くから大丈夫かな?」
「ええい!! ナチュラルにセクハラして来んな!!」
「安心して。ゆーな相手にイヤらしい気持ちは一切起きないから」
「うぐっ。そ、それはそれで複雑な気分になるよ!!」

 もちろん、ナギは嘘を吐いている。裕奈の胸を(バレないように)イヤらしい目で見るのは既に習慣だ。

「えっと、コーヒーにチャレンジしてみようと思うんだけど……」
「別にいいけど? って言うか、オススメを聞きたいの?」
「うん……種類が多くて何を選べばいいのか よくわからない」
「ん~~、じゃあ、無難にブレンドにして置けばいいんじゃない?」
「無難? あ、メニューの一番上に書いてあるね……」
「ちなみに、ウチはブレンドを薄めたのがアメリカンね」
「そっかぁ。じゃあ、薄い方がいいからアメリカンがいいかな?」
「いや、最初はブレンドにして、砂糖やミルクで味付けして欲しい」
「でも、ブレンドの方が濃い――つまり、苦いんだよね?」
「それでも、オレ的にはアメリカンはブラックで飲むものなんだよ」
「……つまり、砂糖やミルクを入れるならブレンドでってこと?」
「うん、その通り。だから、今回はブレンドを試してくれないかな?」

 ナギはコーヒー党だ。だから、コーヒーの飲み方には それなりのこだわりを持っている。

 客としては「お前のこだわりを押し付けんな」と思うところだが、今回はアキラがオススメを聞いたので仕方がない。
 まぁ、求めたのはオススメであって押し付けではないのだが……アキラは気にしていないので問題ないだろう。
 むしろ、コーヒーにこだわりを持っているマスターが聞いたら「グッジョブだ!!」とか言い出し兼ねないぐらいだ。

「で? 亜子は何か注文しないの?」

 他の三人と違って注文をして来ない亜子を疑問に思ったのか、名指しで注文を訊ねるナギ。
 一人だけ何も注文しない亜子を気にするのは普通のことなのだが、当事者である亜子は想定外だったようだ。
 そのため「……へ? ウチですか?」と間の抜けた反応をしてしまったらしい。まぁ、仕方がない。

「いや、無いなら無いでいいんだけど……さっきカモミールだけだったよね? 頼みたいものがないなら構わないけど、変な遠慮は要らないからね?」

 どうやらナギは亜子の反応を「遠慮している」と解釈したようだ。妙な解釈だが、そこまで悪い解釈ではない。
 と言うか、残念なナギに「ナギの前で食い意地 張ったところを見せたくない」と言う発想ができる訳ないので、
 多少変な解釈でも「オレの奢りだから遠慮して頼まないんだろうなぁ」とか解釈して置くのは悪いことではない。

 ちなみに、亜子が「ウチが何を頼んだか覚えとってくれるやなんて……」とか感動したのは言うまでもないだろう。

「い、いえ!! 別にウチは遠慮なんてしてまへんよ? だから大丈夫です」
「そう? 遠慮されたら、逆にオレが困るから遠慮しなくていいからね?」
「だ、大丈夫です!! 今は お腹いっぱいやし、喉も乾いてまへん!!」
「……そう言えば、ダイエットって言う可能性もあるんだよねぇ」
「ちゃ、ちゃいます!! それは勘違いです!! ダイエットじゃありまへん!!」
「大丈夫だ。人には それぞれ事情があるからね。オレは深入りしないよ?」
「何 生暖かい目で見とるんですか!? 何や えらい勘違いしてますから!!」

 だが、ナギは残念さを見せないと気が済まないのかも知れない。口にすべきでないダイエットと言う単語を口に出す辺り実に さすがだ。

「OKOK。大丈夫だって。オレはわかっているからさ」
「全然 大丈夫やないです!! 全然わかってまへーーん!!」
「じゃあ、カモミールを追加ってことにして置くから」
「話を聞いてくださーい!! いや、それでえんですけど!!」
「だよねー。亜子ってカモミール好きだもんねー」
「(し、知っとってくれた……)え、ええ、そうです……」

 そして、残念であるが故に、本人の望まぬ方向で本人が自覚できずにフラグを立ててしまうのだろう。



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Part.04:ある意味では運命的な再会


 ナギと亜子が再会したのは二学期になってからだった。

 もちろん、その間 亜子は何もしなかった訳ではない。初めて会ってから何度もアルジャーノンに足を運んでいた。
 だが、残念ながらナギは厨房に引き籠もってホールに出ることがなかったため会うことができなかったのだ。
 ちなみに、ナギが亜子を原作キャラだと気付いて亜子を避けていた……なんてことはなく、普通に厨房にいただけである。

「……で? その『ナギさん』とやらとは、その後 連絡を取ったのかにゃ?」

 亜子が『ナギとの状況』を一通り話し終えたところで、裕奈がニヤニヤと笑いながら切り出した。
 現在は昼休みであり、亜子達 四人は中庭で昼御飯を食べていたのだが……何故か話題が恋話になっていた。
 そこで「何もあらへんよ」とか惚けて置けば話す必要はなかったので、亜子も話したかったのだろう。

「え? いや、その……全然 取ってないねん」

 実は、ナギと亜子が初めて会った後、ナギから亜子にメールが一度だけあったのである。
 その内容は火傷の具合を気遣うだけのもので、色気の『い』の字もないものだった。
 それを脈がないと取るか、下心がない誠実さと取るか、判断の難しいところだろう。
 ちなみに、亜子は後者と受け止め、ナギへの想いを更に加速させたとか させてないとか。

 閑話休題。話を戻すと、ナギからメールが来たと言うことはナギのメアドが判明した と言うことである。

「え~~? せっかくメアドを入手したんだから、メールしなきゃ勿体無いじゃん!!」
「そ、それはわかっとるんやけど……改まると何をメールしたらええか よくわからんし」
「なら『あの時は手当て ありがとうございます、御蔭で完治しました』とか切り出せば?」
「な、なるほど……それなら変やないな。普通に御礼を言ってるだけやて思てくれるやろ」
「そして『御礼がしたい』とか『治った姿を見せたい』とか言ってデートに誘っちゃえ!!」
「そ、そそそそそんなこと言えへんわ!! デートに誘うとか無理に決まっとるやろ?!」
「え~~? でも、それぐらいしないと進展しないじゃん? やっぱ女は度胸でしょ?」

 裕奈の言い分もわかるのだが、さすがにそれは亜子にはハードルが高過ぎる。連絡先を渡した時で勇気は使い果たしているのだ。

「まぁ、デートについては性急過ぎるとは思うけど、御礼と完治については連絡して置くべきじゃないかな?」
「た、確かにアキラの言う通りなんやけど……もう けっこう経っとるから忘れられてるかも知れへんし」
「それでも、向こうから具合を訊ねて来た時は『まだ ちょっと違和感がある』とかって返したんだよね?」
「せやかて、火傷した次の日にメール来たんよ? まだ治っとらんかったんやから そう返すしかないやん」
「別に、完治したって嘘を吐けばよかったのにって話じゃないよ? 完治したことは伝えるべきだって話だよ?」
「わ、わかっとるよ? せやけど、もし忘れられとったらウチもう立ち直れへんかも知れへんし……」

 アキラの言いたいことはわかる。わかるのだが……それでも『あと一歩』を踏み出す勇気が出て来ないのだ。

「でも、相手に その気はないっぽいんだから、このまま待ってても何も進展しないんじゃない?」
「うぐっ。まき絵の言う通りなんやけど……もうちょい違う言い方をしてくれてもええんちゃうかな?」
「え? 何か言い方 間違えちゃった? でも、火傷を気遣うだけだったんだから、その気はない――」
「――いや、その可能性もあるやも知れへんけど、単に下心がなくて誠実なだけかも知れへんやろ?」
「まぁ、手当ての時の話と合わせて考えると そうかも知れないけど……男のコはエッチだからなぁ」

 まき絵は自身の弟のことを思い出しているのか、妙な説得力がある。そのため、待っていても進展しない と言う言葉も身に染みて来る。

 みんなの言っていることは よくわかる。このまま待っているだけではダメだろう(実は、それは亜子も感じていたことだ)。
 そのため、亜子の取れる選択肢は「このままナギをあきらめるか」それとも「勇気を出して進むか」のどちらかしかないだろう。
 そして、今までの会話から みんなが亜子のことを想って後押ししてくれていることが よく伝わって来た。ならば、道は一つだ。

「……わかったで、みんな。ウチ、メールを送ってみる!!」

 もちろん、不安はある。だが、自分にはみんなが付いている。自分は一人ではないのだ。ならば、進むのも怖くない。
 亜子は みんなの意見を参考にしてしつつ伝えたいことをメールに綴り、震える指を押さえ付けてメールを送信した。
 これで賽は振られた。ここからは亜子には何もできない。できることは、天命(ナギからの返事)を待つことだけだ。

  デデデ デッデデ~~♪

 メール送信が終わって幾許も経たないうちに、某ネコ型ロボが未来アイテムを出す時の音が近くから聞こえて来た。
 あまりにもタイミングがよかったので、ついつい亜子が音の発信源の方を見遣ると……何と、そこにはナギがいた。
 想定外の状況に亜子は「ナギさんって中学生やったんや。てっきり高校生かと思っとったわ」とか軽く現実逃避する。

「あ、オレのことは お気にせずに……その、ごゆっくりぃ!!」

 言うまでもないだろうが、想定外だったのはナギも同じだ。テンパった挙句 妙なことを口走っても仕方がないだろう。
 と言うか、言葉を終えると同時に踵を返し、明後日の方向(男子中等部ではない何処か)へ爆走するくらいテンパっていた。
 きっと自分でも何をしているのか よくわかっていないのだろう。何故なら、逃げるのはあきらかに悪手だからだ。

「ナ、ナギさん!! 待ってくださーーい!!」

 ナギが その場を離脱してから数秒後、漸く事態に気付いた亜子は慌てて制止の声を掛ける。
 だが、時 既に遅し。ナギは随分と離れているようで、亜子の声は届かなかったようだ。
 そのためか、更に亜子はテンパってしまったようで「ど、どないしよー?」とアタフタし始める。
 ここまでならナギの行動は間違っていなかったかのように見える……が、現実は そうではない。

「……大丈夫、行って来る」

 そう、アキラが短く告げると物凄い速度でナギを追い駆けたからだ。
 アキラの身体能力は、本気になれば武闘四天王にすら一目 置くレベルだ。
 つまり、ナギは いずれ追い付かれるので逃げた意味などないのである。

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 ところで、名前と共に連絡先を教えられた筈なのに何故ナギが亜子にメールを送ったのか、説明して置こう。

 それは亜子の髪が青くなかったからである。原作では青っぽい髪をしていた亜子が『ここ』では栗色だったから、気付かなかったのである。
 名前で気付きそうなものだが、名前は うろ覚えで「青っぽい髪したコ」と言う印象の方が強かったので、名前では気付けなかったのだ。
 もちろん、原作キャラだと言われてみればキチンと理解できる。だが、言われなければわからない。ヒントがなければ気付けない。それがナギなのだ。

 では、何故 亜子と気付けたのかと言うと……裕奈達と一緒にいるのを見て「もしかして?」と思ったからである。

 実を言うと、亜子達が姦しく騒いでいるのを遠くから見たナギは「あれ? あのコ、確か あの時の?」とか思って亜子達の近くまで来ていた。
 そして、近付くうちに その特徴的なシルエットに気付き「あれ? アレってもしかしてネギクラスの運動部四人組じゃない?」と理解したのである。
 どうでもいいが、それぞれを単品で見たら気付かなかった可能性が高いので、ある意味では四人でいてくれたことにナギは救われたらしい。

(……しかし、まさか あのコが原作キャラだったとはなぁ)

 この時点のナギは まだ のどか達とは出会っていなかったため、これが初めての原作キャラとの遭遇だった。
 正確に言うと、既に美空達とは知り合っているのだが、残念なことに原作キャラだと気付いていなかったのだ。
 まぁ、とにかく、ナギの意識の上では この時が初めて原作キャラと遭遇した時であり、かなりテンパっていた。
 落ち着いているように見えるのは、ギリギリのところで冷静さを保とうとしているからだ。実際はかなりヤバい。

(とりえあず、原作キャラとは深く関わってもいいことなさそうだから……このまま『顔見知り』程度の関係で終わるのがいいかな?)

 実はと言うと、亜子の火傷は店の不手際ではなく自爆によるものだ と言うことをマダムから教えられていたので、
 亜子にメールを送ったのは心配したのもあるが、女のコと仲良くなりたい と言う思春期男子的な下心があったのである。
 だが、下心を全面に出しても何もいいことはないのを理解しているナギは、敢えて火傷の具合を訊くだけに止めた。
 言わば紳士ぶったのだが……どうやら今回は それが功を奏したようだ。このままの関係を維持すれば何も問題ない。

(ふぅ、あの時ガッツいてなくてよかったなぁ)

 亜子がナギのことで知っているのは名前とメアドくらいだ。同じ中学であることすら知られてない筈だ。
 まぁ、アルジャーノンでバイトしていることも知られているが、そこは大した問題ではないだろう。
 つまり、見付かる前に この場を離脱し、メアドを変更して女子校舎に近付かなければ何も問題ないのだ。

 だが、そう うまくいく訳がない。最早それがナギの運命と言ってもいいだろう。

 ナギが方針を固めて離脱しようとした その時、デデデ デッデデ~~♪ と言う例の着信音が鳴り響いたのだ。
 そのタイミングの良さにナギが脱帽したのは言うまでもない。そして、四人組にガン見されたのも言うまでもない。
 ナギの内心を表現するなら「オワタ \(^o^)/」と言ったところだろう(言語化できないAAがテンパり具合の表れだ)。

 つまり、ギリギリで保っていた冷静さも崩壊した と言うことであり、言い換えるとナギは壊れたのだ。

 テンパり過ぎた結果、恐らくナギの意識は飛んでしまったのだろう。ナギに この時の記憶は一切ない。気付いたら全力疾走していたらしい。
 まぁ、適当に思い付いたことを言った後、夕陽(昼なので まだ出てなかったが)に向かって走り出した記憶は ぼんやりとあるようだが。
 当然ながら、自分でも何でそんな行動に出たのか まったく理解していない。身体が勝手に動いた と言うか、むしろ 暴走した感じだろう。

 それ故、後ろから亜子が呼び掛けた声が聞こえた様な気がしたらしいが、ナギは気にしなかったようだ。

 何だか ほとんどの記憶があるように思えるが、本人が「記憶にございません」と言っているので記憶にないのだろう。
 と言うか、深く思い出したくないので意図的に忘れたのだろう。人間の記憶と言うのは そう言うものなので仕方がない。
 ところで、我を忘れて全力疾走したナギだが、500mも離れていない所で「ガシィ!!」と何かに腕を掴まれて止まったようだ。

「――ごめん、ちょっと待ってくれないかな?」

 ナギの身体能力は(運動部でもないのに)ハイスペックなものだが、どうやら本気のアキラには劣るようだ。
 だがしかし、(先程の掴まれた衝撃で完全に我を取り戻した)ナギは まだ現状打破をあきらめていなかった。
 状況が悪いことは理解しているが、あきらめの悪い男を自称するナギは それでもあきらめていなかったのだ。

「……随分と積極的だね?」

 ナギはアキラに掴まれたままの左腕を意味ありげに見遣りながらニヤリと笑った。
 それは あたかも「熱烈なラブコールに参ったよ」と言っているようなものだ。
 そう、男の腕を自ら掴んでいる と言うことを改めてアキラに認識させたのである。

「あっ!! ご、ごめん」

 アキラは謝りながら慌てて手を離す。身体能力は規格外だが、どうやら精神の方は純なようだ。
 これでナギは自由になったのだが……当然ながら、再び遁走する などと言う選択肢は選ばない。
 逃げても追い付かれることがわかり切っているので、別の方法で状況を打破するつもりなのだ。

 正面から攻める(物理的に逃走する)のが無駄なら、裏から攻めれば(言葉を弄せば)いいだけの話だ。

「別にいいさ。ところで、どうしてオレを追い掛けて来たのかな?」
「い、いや、その、亜子が君と話したがっていたようだったから……」
「つまり、君は亜子ちゃんと話させるためだけにオレを追い掛けたの?」
「そうなる……かな? 勢いで行動してたから よくわかんないや」
「よくわかんないのに追い掛けてたの? それは ちょっとヒドくない?」
「うっ……ごめん。よく考えてみると君の都合を考えていなかったね」
「まぁ、オレも勢いで行動してたからねぇ。あまり気にしないで」

 本音を語れば「ごめんで済んだら悲劇は生まれないんだけどなぁ」とか思うが、ナギにも非があるので そんなことは言えない。

 と言うか、ここで責めるのは悪手だろう。ここは「責めたいけど責めない」と言う態度を取った方がいい。
 自身に非がある と認めた相手を責めても「責められて当然だ」としか受け止めない。むしろ、罪悪感が薄れかねない。
 つまり、敢えて責めないことによって相手の罪悪感を抉れるかも知れないのだ。それは、真面目な相手ほど有効だ。

「本当に、ごめん……」

 ナギの思惑通りアキラは更に罪悪感を抱いたようだ。だからこそ、ナギは「だから、気にしなくていいって」と追い討ちを掛ける。
 これでアキラはナギに負い目を持つことだろう。その負い目は微々たるものだが、今回のような浅慮な干渉をしようとは思わない筈だ。
 ところで、ナギの思惑通りに事が進むことに違和感を抱かれるかも知れないが、ナギはフラグ方面で残念なだけで意外とデキる男なのだ。

「……ナギさ~~ん!!」

 しばらくの間、ナギとアキラは微妙な空気のまま無言を貫いていた。そんな空間を打ち破ったのは元凶とも言える亜子だった。
 正直、アキラだけでなくナギも「やっと来てくれた」と言う気分だ。つまり、それだけ先程までの空気は居心地が悪かったのである。
 亜子が二人に追い付くまでの時間は1分もなかったが(距離を考えると当然だ)、ナギとアキラには5分程度に感じるくらいだ。

 まぁ、「だったらアキラに追い討ち掛けなければよかったじゃん」と思わないでもないが……それでも、ナギとしては やらざるを得なかったのだろう。

「あ、あの……ナギさんって麻帆良中やったんですか!?」
「うん、まぁね。って言うか、君も麻帆良中だったんだ?」
「え、ええ、そうです!! そ、その……奇遇ですね!!」
「そうだね、奇遇だね。え~~と、それで、用件は何かな?」
「え? え~~と、その……この前の火傷 完治しました!!」
「……そっか、完治したんだ。いやぁ、それは よかったね」
「はい!! その節は御世話になりました!! 何か御礼させてください!!」
「いや、当然のことをしただけだから、礼には及ばないよ?」
「それではウチの気持ちが済みません!! 御礼させてください!!」
「それだとオレの気が引けちゃうよ。だから、礼には及ばないって」

 亜子の『御礼』と言う言葉に とても嫌な予感がするナギは、断固として礼を拒否する。口調は穏やかだが有無を言わさぬ雰囲気を滲み出して。

 その雰囲気を察したのか、亜子は御礼をあきらめたようで「そうですか……」と残念そうに『御礼』をあきらめる。
 そして「それでは、これ以上お時間を取らせる訳にもいきませんから、失礼します」と別れを告げて その場を後にする。
 あっさりと引き下がったので少し拍子抜けしたナギだが「それなりに満足したんだろう」と解釈して普通に受け入れる。

 ちなみに、亜子は勇気を使い果たしたから引き下がったので、ナギの解釈は掠りもしていないが。

 ところで、亜子が現れてからは空気となってしまったアキラだが、アキラも亜子と一緒に その場を後にしている。
 去り際に「今回は迷惑を掛けてしまったようで本当にごめん」と謝罪していったので、楔は打ち込まれたようだが。
 今後、それが意味を成すことになるのかは(いろいろな意味で)わからないが、ナギの行動は無駄ではなかったのだ。

(あ、そう言えば、メールって誰からだったんだろ?)

 二人の背中が見えなくなった頃、ナギは ふと思い立ってケータイを開き、メールをチェックしてみる。
 言うまでもなく、差出人は亜子だ。そして、その内容を要約すると「火傷の完治と治療の御礼」だった。
 先程の会話で返事はしたようなものだが、マナーとしてナギは(当たり障りのない)返事をしたらしい。

 と言う訳で、ナギは亜子を原作キャラだと認識し、認識したが故に微妙な関係を維持することになるのだった。



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Part.05:ただの元気娘ではない


 いやぁ、いろいろあったけど、今日はアルジャーノンに来てよかったねぇ。

 まさかナギっちがウェイターをやってるとはね……実にレアだったわ。
 こりゃ、亜子にはいい目の保養になったんじゃないのかにゃあ?
 普段のナギっちはバカっぽいけど、仕事中は ちょっとだけカッコイイしね。

 まぁ、今日は まき絵のお祝いの筈だったんだけど……これはこれでOKでしょ、うん。

 何だかんだ文句を言ってたけど、結局ナギっちは快く奢ってくれた訳だし。
 そう言う意味では、まき絵のお祝いとしても充分に目的は達せられた……気がする。
 ってことで、今日はいろんな意味でナギっちに「ごちそうさま」って感じだねぇ。

 奢りと亜子のラブっぷりで、ダブルの「ごちそうさま」さ!!

 あ~~、ごめん。言ってから微妙だと気付いたよ。
 せいぜい「へー、そーなんだー」って流されるだけだね。
 ナギっちのイタいボケよりもヒドいレベルだよ。

 って感じのバカなことは置いておいて……と。

「さて、そろそろ帰らないと門限ヤバいから、帰ろっか?」
「えぅ!? ……あ、ああ、うん。そ、そうやね?」
「まっ、亜子はこ のまま お泊りしていきたいだろーけど?」
「なっ!! 何言うてんねん!! ま、まだまだ早いでっ!!」
「はいはい。じゃあ、そう言うことで帰りましょーね?」
「うぅぅ……裕奈にまで からかわれた…………」

 ナギっちを目で追っていた亜子に帰りを促すと、スゴい勢いでテンパっていた。

 その様子から、まだ亜子は名残惜しいのは言われずともわかっているんだけど……
 残念ながら、女子寮の門限はかなり厳しいので、ここら辺で帰らないとマズイのよね。
 ちなみに、まだ早い云々にはツッコまないよ? だって、ツッコんだら泥沼だからねぇ。
 いや、まだってことは いつかはってこと? とかツッコみたいんだけど、ここは我慢さ。

 何か、亜子が orz って感じでダウンしているけど……敢えて気にしない。気にしたら負けだからね!!

「ってことで、まき絵もアキラもそれでいいかにゃ?」
「うん、お腹いっぱいだから、もう心残りはないよー」
「あ、うん、私も もう良いよ。で、でも……」

 でも? 何か問題あるの、アキラ?

「えっと、ここの支払いは大丈夫なのかなって思うんだけど……」
「あ~~、確かにね~~。でも、ここはナギっちを信じよう!!」
「信じる心は大事だけど……でも、それでいいのかな?」
「いいに決まってるじゃん!! だから、ナギっちに後を任せよう!!」
「何だかナギ君には迷惑ばかり掛けてる気がする……」

 まぁ、確かに、今日は飲み食いし過ぎたね(特に、まき絵は ここぞとばかりに食べまくってたし)。

 こりゃ、ナギっち大散財だわ。って言うか、ナギっちの支払能力をオーバーしている気がしないでもないなぁ。
 で、でも、きっと、多分、恐らくは、従業員割引とかあるよね? だから、大丈夫な筈だよね?
 って言うか、私達では払えそうにない金額に達してそうなんで、ナギっちが無理な場合は逃げるしかない!!
 アキラが何か言っているけど気にしない!! 気にしたら負けって言うか、気にしたらダメなのだ!!

「ってことで、ナギっち~~♪ オアイソお願~~い♪♪」

 雑念を払う意味をも込めて、手を振ってナギっちを呼ぶ。
 すると、ナギっちは とてもイヤそうな顔でこっちに来る。
 やっぱり、ナギっちって基本的に愛想 悪いよねぇ?
 あ、だから、普段はフロアに出ないんだ。うん、納得だね。

「オアイソって……あのねぇ」

 ナギっちは「わかって言ってるんでしょ?」って言いたげに こっちを見る。
 うん、まぁ、わかって言っている。オアイソは適当じゃないってわかっている。
 でも、だから何? 敢えて間違えちゃいけないって法律でもあるのかにゃあ?

「……はぁ、もういいよ。で、何で態々オレを呼んだの?」

 ナギっちは何か言いたげだったけど、溜息を吐き出すだけに止める。
 どうやら、泥沼の掛け合いになることがわかっているようだねぇ。
 まぁ、こっちも場の雰囲気を変えるために言っただけだから それでいいんだけど。

「いや、だって、ナギっちに奢ってもらうなら、会計はナギっちに打ってもらわないといけないじゃん?」

 だから、特に反応せずに ナギっちを呼んだ理由をサクッと答えて話を進める。
 まぁ、本当はナギっちに会計してもらわなくてもいいかも知れないけどね。
 でも「支払いはナギっちだから」とか他の店員さんに言うのもアレじゃない?

「あぁ、なるほど。でも、それなら安心していいよ。店の人間は全員 理解しているから」

 え? 理解しているってどう言うこと?
 一体、何を理解しているのかにゃ?

「ゆーな達がオレの知り合いで、ここのテーブルの支払いはオレ持ちだってことを知ってんの。
 じゃなきゃ、こんなに料理や飲物を頼む女子中学生を警戒しない店がある訳がないでしょ?
 普通なら、遠回しに『お客様、財布の事情は大丈夫ですか?』って聞いて来るところだって」

 まぁ、あれだけナギっちに絡んでいればイヤでも目に付くか。

 って言うか、やっぱり私達では支払いがキツイ金額になってたんだ……
 こりゃ、ナギっちには『何かしらの御礼』をしなきゃいけないかにゃあ?

 って、今の問題はそっちじゃないよね? 問題は、あのウェイトレスちゃんの「敵を見るような目」だよね?

 ナギっちの言う通り、他の店員さんも私達とナギっちの関係(割と仲がいい)を知っているのなら……
 アレは『邪魔な客』として見ていたのではなく『邪魔な女』として見ていたってことになるねぇ。
 つまり、あのコは亜子のライバルってことになる訳で、ここは亜子を一押しせねば女が廃るってモンさ!!

「あのさ、ナギっち。ちょっと話があるんだけど?
「ん? どしたの、ゆーな? いつになくマジになって」

 ナギっちは私のシリアスっぷりに気付いたのか、軽く居住まいを正す。
 普段はノリが軽くてバカにしか見えないけど、要所要所ではマトモなのよねぇ。
 だから、亜子の見る目は悪くない……ような気がしないでもないって思う。

「えっとさ、ホワイトデーなんだけどさ……その、お金は大丈夫?」

「うん? ……あぁ、もしかして今日の奢りで金がなくなったとか思ったの?
 別に気にしなくていいよ。今日のトトカルチョで懐が暖かくなったからノー問題さ。
 って言うか、心配するくらいなら もうちょっと自重して欲しいんだけど?」

 まぁ、確かに自重すべきだったけど、その皮肉は場を和ませるためのナギっちの気遣いだってわかっているので素直に礼を言って置こう。

「そっか……ありがとう。ナギっちの御蔭で まき絵の誕生日が盛大に祝えたから、素直に感謝してる」
「あ~~、いや、その……こう言う場合『どういたしまして』とか言って置けばいいのかな?」
「うん、そうだね。それでいいんじゃないかな? 感謝を受け取ってくれるだけで充分だよ」

 って言うか、ナギっちってば感謝されてテレてる? ……ちょっとだけ可愛いと思ったのは、ここだけの秘密ね?

「じゃあ、話は終わったのかな? オレ、それなりに忙しいんだけど?」
「あ、ゴメン。まだ話が残ってる。って言うか、むしろ こっからが本題」
「本題? え~~と、どんな用件? 長くなるなら後にして欲しいんだけど?」
「あぁ、大丈夫。長くはならないよ。だから、聞くだけ聞いてくれないかな?」

 そう言えば和んでる場合じゃなかったんだっけ。ナギっちに話し掛けた目的は、まだ達成できてないんだった。

「ちょっと――いや、かなり言いにくいことなんだけど……実は、ホワイトデーのことなんだよね?」
「ホワイトデー? ……あぁ、そー言えば、さっきも話に出してたね。で、それが どうしたの?」
「その、私とアキラと まき絵のは適当でいいからさ、亜子のお返しは奮発してあげてくれないかな?」

 ナギっちが「わかった、だから手短に頼むね?」って感じで頷いたので、勇気を振り絞って言ってみた。

 いやぁ、実に言いづらかったよ、まぁ、亜子のためだから、何とか言えたけどね。
 しかし、言って置いて何だけど、これって私達が亜子を応援してるのバレバレだよねぇ。
 って言うか、むしろ「亜子のチョコは本命でした」ってバラしてるようなもんだよ、うん。

「……なるほどぉ。亜子だけ今日の飲み食いを満喫できなかったから、その分を奮発するんだね?」

 うん。ごめん、亜子。コイツ、残念過ぎだわ。最早 何を言えばいいのかわかんないよ。
 って言うか、想定外の反応なんですけど? 何で今ので わかんないかなぁ?
 もう「バカなの? 死ぬの?」って感じだよ、この男の思考回路は本当に残念過ぎるよ。

 まったく、どんだけ鈍けりゃ気が済むんだろ、コイツは……


 


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オマケ:とても残念な男


 ナギは裕奈から「亜子のホワイトデーを奮発しろ」と頼まれた時、何の裏もなく「今日の埋め合わせだ」と思った。

 決して危険なフラグを立てたくないから――原作キャラと親密になりたくないから、惚けた訳ではない。本当に素だったのだ。
 その さすが過ぎる超解釈に脱帽であるが、それがナギなのだ と納得するしかない(と言うか、マジに残念過ぎるな男なのだ)。

 そんなナギが裕奈達のテーブルの片付けをしていると、ウェイトレスの格好をした愛衣がナギに話し掛けて来る。

「あ、そう言えば、センパイ……ちょっと お聞きしたいことがあるんですけど、いいですか?」
「ん? 改まって どしたの、愛衣? よっぽど答え難いことでもない限り何でも答えるよ?」
「じゃあ、その……さっきの人達って、センパイの彼女さんと そのお友達ってところですか?」
「え? ナニイッテンノ? って言うか、何を どう間違えたら、そんな超解釈ができるの?」

 愛衣は冗談のように言いながらも内心は かなり焦っていた。「まさか、彼女がいたんですか?」と言ったところだ。

 当然の如く そんな愛衣の様子に気付いていないナギは、ありのままに思ったことを答える。「気は確かか?」と言ったところだ。
 まぁ、最早 言うまでもないだろうが、先程 裕奈が言っていた「裕奈達を睨んでいたウェイトレス」とは愛衣のことである。
 そして、これも言うまでもないだろうが、ナギがアルジャーノンでのバイトを「できるだけ避けたい」と思っていた理由でもある。
 そう、4話で『あっち』のバイト云々と言っていたのはアルジャーノンのことであり、ナギは断腸の想いで前借させてもらったのだ。
 だが、それもトトカルチョで泡銭を手に入れてしまったので無駄になった――いや、ここは敢えて「水泡に帰した」と言って置こう。

「じゃあ、別に彼女さんではない と言うことなんですね?」

 愛衣は「じゃあ、センパイってフリーなんですね?」と内心の喜びを隠しながら再確認する。
 対するナギは「まぁ、そうだね。むしろ、知り合いだと思いたいぐらいだね」と素で答える。
 ちなみに、内心で「だって、深く関わりたくないんだもん」とアレな言い訳をしているっぽい。

 ナギの内心から おわかりだろうが……実はと言うと、ナギは未だにフラグの回避と言う無駄な努力をしているのである。

 それなのに、魔法関係者(つまり危険要素)である愛衣がバイトしている場所でナギがバイトをしていることに矛盾を感じるだろう。
 しかし、世の中には『背に腹は代えられない』と言うことがあるため、その程度の矛盾ならば充分に起こり得るのである。
 矜持のためには金が必要で、そのためには危険もあきらめるしかない。また、金の問題が解決しても義理のために危険を受け入れざるを得ないのだ。

「そうなんですかぁ♪」

 もちろん、愛衣はナギの内心や事情などわからないため、ナギの言葉を素直に受け止めて心底ホッとしたらしい。
 事情を知らない人間に勘違いされそうな言い方をしたナギに非があるので、愛衣の勘違いは責められないだろう。
 と言うか、責めてはいけないだろう。何故なら、誤解をする方も悪いと言えるが、誤解を招いた方が悪いのだから。

「あれ? じゃあ、どうして奢ってあげたりしてたんですか?」

 一安心したところで、今度は別の疑問が生まれたようだ。愛衣の計算では、亜子達の会計は かなりの額になっていた筈だ。
 相手が彼女とかならば男の見栄的な意味で奢るのもわからないでもないが……とてもではないが、知り合いに奢るような額じゃない。
 むしろ、狙っている相手がいたから気前のいいところを見せようとしたのではないだろうか? 愛衣はそう邪推しているのだ。

 まぁ、男は見栄を張りたがる生き物なので、愛衣の推察は的外れではない。ナギにそう言った気持ちがなかった と言えば嘘になるし。

「最近 誕生日だったコがいたんで お祝いって形で奢らされたんだよねぇ」
「なるほどぉ。じゃあ、休憩中に買って来た花束はプレゼントですか?」
「うん、まぁ、そうなるね。やっぱり奢るだけじゃ味気ないじゃん?」
「……センパイ、そんなことをしてると勘違いさせちゃいますよ?」
「いや、それはないよ。だって、相手がオレだよ? 有り得ないって」

 愛衣の言う通り、ナギは休憩中に近くの花屋に行って花束を買って来ていた。そして、去り際に まき絵に渡したらしい。

 ナギとしては「プレゼントくらいあげても罰は当たるまい」程度の気持ちで行ったことで、特に深い意味はない。
 何気に「途中で渡してしまうと邪魔になるから帰る時に渡す」と言う気遣いを見せているが、ナギには普通の気遣いだ。
 しかも、以前の何気ない会話で まき絵が好きだと言っていた花をチョイスしているが、それもナギには普通のことなのだ。
 決して狙った訳ではない。繰り返しになるが、狙っていないからこそ照れもせずに こんな真似ができてしまうのである。

 ……無自覚にフラグを固めていくナギに「もう何を言っても無駄な気がして来ました」と軽くあきらめた愛衣だった。


 


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後書き


 ここまでお読みくださってありがとうございます、カゲロウです。
 以前から「改訂した方がいい」と言う意見が多数あったので、今回(2012年3月)大幅に改訂してみました。


 今回は「亜子のターンのつもりが、主人公のバイト風景がメインっぽかった」の巻でした。

 ぶっちゃけますと、亜子の関西弁がエセ過ぎる件については、このこの と同じです。
 ボクが正しい関西弁をわかっていないんです(ボク、関東出身で関東育ちなんで)。
 って言うか、それなのに何故このこのや亜子を登場させたんでしょう? 意味不明です。

 ……これが惚れた弱みってヤツなんでしょうね(微妙に違う気はしますが)。

 ところで、裕奈・まき絵・アキラとの個別の出逢いエピソードはありません。アレだけです。
 今回の話で出会ったうえに原作キャラとして認識しましたから、個別に語ることはありません。
 仲良くなる過程とかを書けばいいんでしょうが……そこら辺はボクにはハードル高いですから。

 あ、愛衣ですけど「何故にウェイトレスなんてやっているのか?」とかは8話くらいで触れます。


 ……では、また次回でお会いしましょう。
 感想・ご意見・誤字脱字等のご指摘、お待ちしております。


 


                                                  初出:2009/08/14(以後 修正・改訂)



[10422] 第07話:スウィートなホワイトデー【改訂版】
Name: カゲロウ◆73a2db64 ID:552b4601
Date: 2013/04/30 20:55
第07話:スウィートなホワイトデー



Part.00:イントロダクション


 今日は3月14日(金)。つまり、ホワイトデーである。

 最早 言うまでもないだろうが、今日のナギは非常に多忙である。
 何せ11人(差出人不明も含めると12人)からチョコを貰ったので、
 11人にお返しをしなければいけないのだから、当然だろう。

 そんな訳で、今回はホワイトデーに奔走させられるナギの話である。



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Part.01:背中で泣いている男の美学


 ……それは、昨日の夜のことだった。

 ナギが「明日は大変そうだから、早めに寝て英気を養おう」と思っていたところに、何者かの来訪を告げるノック音が部屋に響いた。
 一瞬 居留守を使って遣り過ごそうかと思ったナギだが、時間的(22:00くらい)に外出している訳がないし(門限オーバーだ)、
 仮に「部屋にいないだけで寮の何処かにいる」と判断されてドアの前で待ち伏せされても困るので、面倒だが招き入れることにした。

 その結果、田中が突入して来て「ちょっと聞いてくれよぉ」と哀愁を振り撒き始めたのだった。

 正直なところ「うわっ、厄介事の匂いがする」とか「今 直ぐ帰って欲しいなぁ」とか「居留守 使って置けばよかった」とか思ったナギだが、
 バレンタイン以降ナギに話し掛けて来る数少ないクラスメイトの一人なので「しょうがない、聞くだけ聞くか」と話を聞くことにしたようだ。
 どうやら、バレンタインの時の『バカ共への教育』が思いの外 効いているようで、大半のクラスメイトに畏れられるようになっているらしい。
 不快な態度を取られることがなくなったのて畏れられること自体は問題ないのだが……少しだけ寂しいようで「田中は貴重な存在」とか何とか。

「実はさぁ、和泉が明日の練習後に予定があるって言うんだよぉ」

 いや、それがどうした? 予定くらいできるだろ? って言うか、彼女でもない女のコの予定にイチイチ口出しするなよ。
 ……それが率直なナギの感想だった。実に身も蓋もないが、間違った意見ではない。と言うか、今回ばかりはナギが正しい。
 家族でも恋人でもない女のコに干渉するのは下手するとストーカー扱いされてしまう修羅の道だ。充分に注意が必要なのだ。

「え~~と、それの何処が問題なんだ?」

 ナギは遠回しに「何も問題ないだろ? だから、そんなことをイチイチ気にするなよ」と伝える。
 ここで「いや、亜子の予定と お前って何も関係ないじゃん」とか言わなかったのはナギの優しさだ。
 もちろん、ストーカー扱いされる危険性を指摘しないのも優しさだ。少年の純粋な恋心を守ったのだ。

 それが玉砕する可能性が非常に高い恋であったとしても、純粋な気持ちである以上 下手に摘み取ってしまうのは何かが違うだろう。

「神蔵堂、お前は わかっていない!! 残念なくらいに全っ然わかっていない!!」
「そう? じゃあ、何がわかってないって言うのさ? 具体的に言ってみて?」
「だって、明日はホワイトデーだぞ? そんな日の夕方に用があるんだぞ?」
「いや、確かに明日はホワイトデーだけどさ、他の用事ってこともあるでしょ?」
「和泉は嬉しそうだった!! つまり、ホワイトデー的な意味での用事なんだ!!」
「いや、決め付けるなって。普通に友達と遊びに行くとかなんじゃないの?」
「違う!! これは危険なフラグなんだっ!! つまり、和泉のピンチなんだぁああ!!」

 エキサイティングする田中に、ナギは「その超解釈に脱帽です」と言う冷めた感想しか思い浮かばない。

 実はと言うと、亜子の用事とは「ナギと会うこと」だと思われるので、田中が危惧している様な展開などナギにとっては有り得ない。
 まぁ、ナギとの用件が終わった後に「本命の用事」がある可能性も無きにしも非ずなので、田中の取り越し苦労とも言えないが。
 だが、だからと言って、そもそも田中が気にするような問題でもない。と言うか、田中は亜子を公然と気にしていい立場ではない。

 とは言え、思春期男子(田中)の気持ちもわからないでもないので、ナギは遠回しに「そもそも、お前 関係ないじゃん」と諭すことにする。

「まぁ、心配なのはわかったよ。だけど、それがどうしたの? 亜子は お前の彼女でも何でもないでしょ?」
「うっ!! た、確かにそうなんだけど……でも、だからと言って何もしないなんてイヤなんだよ!!」
「それなら、亜子に気持ちを伝えるべきだね。もしくは干渉するべきじゃないよ。このままだとウザがられるよ?」
「……そ、そうか。うん、わかったよ、神蔵堂。つまり、そろそろ告る段階に来ているってことなんだな?」

 何ができる訳でもないのに、何かをせずにはいられない。その気持ちはナギにもわかる。

 それ故に「この状態で干渉するのは間違っている」ことを教えたのだが……田中は進むことを考えたようだ。
 ナギとしては「今は干渉しないことにする」と言う方向に持って行きたかったので、少々 想定外だ。
 まぁ、いつかは進まなければいけないので間違ってはいないのだが、ナギとしては時期早々だと感じている。

(いや、ホワイトデーに告るのは有りっちゃ有りかな……?)

 恐らく田中は亜子からチョコをもらっているだろう。と言うか、同じ部活なんだから、もらっていない訳がない。
 つまり、田中がホワイトデーでお返しをするのは確定事項であり、その際に告白するのは悪い手ではない。
 悪い手ではないのだが……何故か失敗する情景しか浮かばない。きっと時期の問題ではなく可能性の問題だろう。

「ありがとう、神蔵堂。御蔭で悩みが解決したよ。オレ、絶対に成功させてみせる!!」

 玉砕しそうな気はするが、そもそも失敗を恐れていては何も始まらない。
 と言うか、本人がヤル気になっているのだから、水を差すのは無粋だ。
 そのため、ナギは生暖かい眼で部屋から出て行く田中の背を見遣るのだった。

 ……………………………………
 ………………………………………………
 …………………………………………………………

 そんなことがあったため、今朝 登校して来た田中の(真っ白に燃え尽きた)姿を見ただけでナギはすべてを察した。

 恐らく、あの後 昨夜の内に電話か何かで告白し、そして見事に玉砕したのだろう。
 ホワイトデーを無視するなよ と思わないでもないが、思い立ったが吉日でもある。
 一晩 経って「やっぱ告るの無理」とか言う始末になるよりは遥かにマシだと思う。

(田中……強く生きろよ?)

 予想通りだったとは言え、ホワイトデーに燃え尽きた姿を晒さざるを得ない田中に哀悼の意を表明するナギ。
 下手な同情は相手を侮辱するだけだろうが、それでも その健闘やら勇気やらを称えるくらいはしていい筈だ。
 何故なら、バレンタイン程ではないにしてもホワイトデーも勝者と敗者がハッキリ別れてしまう日だからだ。
 チョコをもらえた勝者にとっては「特別な日」だが、チョコをもらえなかった敗者にとっては「普通の日」だからだ。
 まぁ、失恋が確定したと言う意味では田中にとっても「特別な日」ではあるのだが……随分とベクトルが違う。
 それ故に、哀悼の意くらい表明するのは問題ないだろう。同情であったとしても、充分に優しさの範囲内の筈だ。

(何か「オレにはサッカーがある。いや、むしろサッカーしかない」とか聞こえるけど……敢えて聞かなかったことにしよう)

 男とはプライドで生きているような生物だ。当然ながら、泣き顔を他人に見せたい男などいる訳がない。
 ここは敢えて放って置くのが「男の優しさ」と言うものだろう。泣きたい時は一人にして置くべきなのだ。
 と言うか、下手に触れたらトドメを刺してしまうかも知れない(触らなければ神様も祟ったりはしないのだ)。

 それは他のクラスメイト達も同意見のようで、誰も田中には触れることなく朝の時間は過ぎていくのだった。



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Part.02:ランチタイムも忙しい


 朝から湿っぽくなったが午前の授業は滞りなく終わり、待望の昼休みになった。

 普段なら学食でランチを食べてランチタイムを満喫するナギだが、今日はホワイトデーなので そうもいかない。
 返す人数の多いナギは昼休みにも行動しなければならず、ランチをゆっくり摂っている時間などないのである。
 ここで「暇なヤツ等が羨ましい」とか口走って敵に作るのがナギっぽいが、さすがに田中のこともあるので控えたようだ。

(ってことで、まずは最初の予定を片付けよう……)

 ナギが訪れたのは学園内にある広場で、正式名称は不明だが『赤の広場』と言う名で親しまれている場所である。
 恐らくはレンガ作りだから そう呼ばれているのだろう。ちなみに、グレムリンかよ とか言うツッコミは控えて欲しい。
 ところで、立地的な説明をすると、ここは聖ウルスラ女子高のエリアと本校女子中等部のエリアの中間地点にある。

(そのため、二人を呼び出すのに ちょうどいいんだよねぇ)

 その二人とは……高飛車な雰囲気を纏う金髪の女子高生 と 押しの弱いオーラが出ている茶髪の女子中生である。
 つまり、原作で『ウルスラの脱げ女』と称される高音と その従者でありアルジャーノンのウェイトレスである愛衣の二人組だ。
 ちなみに、まとめて呼び出した理由は、チョコをもらう時に一緒だったからだ。後は効率の問題だ。特に深い意味はない。

(さすがに渡されたチョコが本命とかだったら別々に渡すけど……そんな訳がないからなぁ)

 ナギにとっては二人のチョコは義理であるため、別々に渡す と言う選択肢は有り得ない(相変わらずの残念振りである)。
 実は、義理に見せ掛けた本命 と言う可能性も考えなかった訳ではないのだが、自主的に「有り得ないよね」と判断したのだ。
 残念ながら、高音のツンデレ属性を理解していても「高音と愛衣は百合の世界の住人」と言う思い込みがあったらしい。

(それに、今日のお返しは あくまでも『礼儀』だし)

 ナギは礼儀としてバレンタインのお返しをしているだけで、別に「これを機にお近づきになろう」とか考えた訳ではない。
 と言うか、そんな考えができるならば そもそも「あれは義理チョコに違いない」と言う考えに至らない筈だ。
 非常に残念だが、ある意味では安心の残念さ だ。ここまで来ると残念じゃないナギなど有り得ない気がして来る。

 そんなどうでもいい説明をしているうちに、どうやら高音達が来たようだ。

「すみません、態々 来ていただいてしまって……」
「い、いえ……これくらい、別に構いませんわよ?」
「愛衣も態々 来てもらっちゃって ごめんね?」
「だ、大丈夫です。私、その……暇ですから」

 当然だが、ナギは待ち合わせの時間よりも早く来ていた。その気遣いを別の部分に回すべきだが、それがナギなのだ。

 言うまでもないだろうが、ナギの社交辞令的な謝罪に対して高飛車臭を漂わせて応えたのが高音で、気弱臭を漂わせて応えたのが愛衣だ。
 ちなみに、高音の態度は照れ隠しなのだが、それを理解していないナギは「何でイチイチ高飛車臭を漂わせるんだろう?」と不思議顔だ。
 まぁ、不思議に思うだけで、さすがに そこをツッコむようなことはしないが。いくらナギが残念でも、目的を忘れるようなことはない。

「高音さん、これ たいしたものじゃありませんけど……バレンタインのお返しです」

 疑問を意識の彼方に追い遣ることでナギは気持ちを切り替え、鞄から取り出したプレゼントを高音に渡す。
 プレゼントを差し出された高音は「わ、わざわざ すみませんわね」と素直ではないが、嬉しそうに受け取る。
 ナギは「普段から こう言う表情を見せてくれれば可愛いのに」とか思ったらしいが、それはここだけの秘密だ。

 ところで、ナギは謙遜の常套句として「たいしたものではない」と表現したのではない。本当に「たいしたもの」ではないのだ。

 何故なら、高音に贈った物は「人間関係を円滑にするための手引書」だったからだ(同じテーマで方向性の違う物を3冊だ)。
 ちなみに、それぞれ『他人を怒らせない会話術』と『正しい日本語の使い方』と『異性との上手な付き合い方』と言うタイトルだ。
 原作での高音の悩み(脱げるんです)から「脱げなくなるための手引書」を思い付いたが、見付からなかったのでコレになったそうだ。
 どっちにしろ酷いと思うが、本人は至って真剣である。真剣にAMAZ○Nのレビューで検討した結果 買ったらしい。実に残念である。

「愛衣も たいしたものじゃないけど……あ、チョコ、おいしかったよ」

 ナギは再び鞄からプレゼントを取り出し、チョコの感想を言つつ愛衣に渡す。もちろん、爽やかな笑顔も忘れない。
 ちなみに、フラグを狙っての笑みではない。純粋に感謝の気持ちを表現したのだ。これだから天然は恐ろしいのだ。
 まぁ、狙ってやったことの ほとんどは裏目に出るので その意味では哀れなのだが……それでも羨ましいと思う。

「あ、いえ、その……ありがとうございます!!」

 ところで、愛衣に贈った物だが、高音と同様でAMAZ○Nのレビューを参考にして選んだ各種マニュアル本(3冊)である。
 タイトルは『上司を上手く使う108の方法』と『カドの立たない本音の伝え方』と『お掃除しま専科』と言うもので、
 選んだ理由は「愛衣は高音に振り回されているし、押しが弱くて困っていそうだし、掃除が大好きっぽいから」らしい。
 もちろん、ナギ本人は至って真剣である。色気のないものだが、義理へのお返しなので何も疑問を感じていないようだ。

(……うん、やっぱり お気に召さなかったようだねぇ)

 中身を見た高音は「ふざけていますの?」と言いたげに怒りを露にし、愛衣は「……参考にはします」と微妙な表情をしている。
 まぁ、普段のナギなら「何で気に入らなかったんだろう?」とか本気で考えちゃうのだが、今回に限っては違う。
 何故なら、今回は態とやったからだ。「下げてから上げる」ために、態と「本当に たいしたものではないもの」を先に渡したのである。

「あ、渡し忘れてたんですけど……これもどうぞ」

 誤魔化しに近い手法だが、他にアイディアが思い浮かばなかったので仕方がない。
 ナギは複雑な気分でポケットに忍ばせて置いた小さな包みを二人に差し出す。
 その中身はチョーカーとリボンのセットであり、高音が紺で愛衣が赤茶である。

「あ、あら……ありがとうございます」
「あ、ありがとうございます!!」

 今度の反応は二人とも とても嬉しそうだったので、ナギの目論見は成功したと見ていいだろう。
 恐らく、最初のプレゼントと一緒に渡していたら これだけの感動は与えられなかった筈だ。
 値段的には本の方が高いのだが、物の価値は値段だけで決まるものではない と言うことである。

(ところで、ちょっと二人を喜ばせ過ぎた気がするんだけど……オレの気のせいだよね?)

 プレゼントをする以上は喜ばれたい と考えるのは、普通のことだ。そのため、二人を喜ばせようとしたこと自体は間違っていない。
 だが、ナギは別にフラグを立てようとしている訳ではない。むしろ、関係を「偶に話す知人」くらいに止めて置きたいくらいだ。
 つまり、喜ばせ過ぎるのはナギの望みではない。ナギの想定以上に「下げてから上げる」と言う手法が効果的だったのが誤算だろう。

 結論としては、余計な小細工などせずに普通にプレゼントを渡して置けばよかったのだろうが……既に後の祭りだった。



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Part.03:気分は最初からクライマックス


 そんなこんなで時は過ぎ、運命の放課後である。

 高音・愛衣に お返しを渡した後のナギは、食堂に向かい無事に日替わり定食(今日はチキン南蛮定食だった)を堪能した。
 そして、その後は優雅にシエスタを楽しんだ(つまり、午後の授業を寝て過ごした)ら、気付くと放課後になっていた。
 どう考えても「お前 何のために学校 来てんの?」と言いたくなる態度だが、勉強しに来ているのではないので仕方がない。

 閑話休題。本題に入ろう。

 ナギは これから麻帆良学園内を巡って残りの全員に お返しを渡す予定だ。しかも、諸々の都合で行ったり来たりしなければいけない。
 一本のルートで回れたら非常に楽だったのだが……相手にも都合がある以上そう言う訳にもいかない。渡す側の配慮と言うヤツだ。
 何故に渡す側が気を遣うのか 少しだけ疑問は残るかも知れないが、グダグダしている時間はないので気持ちを切り替えてサクサクと進めよう。

 ちなみに、最初の目的地は「ネギが待ち伏せしているであろう場所」である。

 別に「一番 面倒な相手であるネギを一番 最初に片付けよう」とか思った訳ではない(少しくらいは思っただろうが、少しだけだ)。
 何故なら、ネギはナギを待ち伏せしているため、ネギを後に回せば後に回す程 結果的にネギを待ち惚けさせることになるからだ。
 待ち合わせをしている訳ではないのだが、それでも待っていることを知っている以上は早目に会いに行くべきだろう。常識的に考えて。

 と言うことで、ナギは いつもの帰り道を進み、ネギが待ち伏せしているであろう場所で軽く辺りを見渡す。

「やぁ、ネギ……奇遇だね?」
「ナ、ナギさん!! き、奇遇ですね!!」

 程なくして周囲をキョロキョロと窺う挙動不審な赤髪幼女(ネギ)を発見したナギは生暖かく声を掛ける。
 もちろん、待ち伏せしている以上 必然である。だが、敢えてツッコまずに奇遇と言うことにして置くナギ。
 それはナギの優しさであるが、同時に時間節約のために余計な問答を省く目的もあった(実にナギらしい)。

「そ、それで、ナギさん……」
「うん。これ、バレンタインのお返し」

 ネギがチラチラとナギの右手の方を気にしていたことに気付いたナギは、余計なことを言わずに お返しを渡す。
 ちなみに、右手にお返しを持っていたのは、時間節約のためネギを探している間に鞄から取り出していたからだ。
 御蔭で余計な会話を挟むことなく本題に移れたので、ナギとしては満足だ(ネギの方は どうだかわからないが)。

 ところで、プレゼントの中身はアンティークなティースプーンのセットだ。

 ここで高音達と差があるように感じるかも知れないが、値段自体は大差ないので大した違いはない。
 と言うのも、ネギのプレゼントはフリマで見付けたものだったので、かなり安価で買えたからである。
 最初は割と高かったのだが、交渉と言う名のコミュニケーションによって手頃な値段に値切ったらしい。

 ナギには専門の知識がないため どれだけの価値があるかは不明だが、それなりの品だろう。

 もちろん、ナギには「安いけど良い物を贈ろう」と言う考えはない。単に「ネギのお返しに ちょうと良さそう」と思っただけだ。
 その意識には「イギリス人 = 紅茶愛好者 = ティースプーンを貰って嬉しい筈だ」と言う勝手な方程式がある程度だ。
 何度も言っているが、ナギは残念なので、仲良くなりたくない とか思っているのに無自覚にフラグを立ててしまうのである。

「こ、これって……本物、ですよね?」

 ナギの勧めるままに包みを開けたネギは中身を確認するや否や驚愕に顔を硬直させた後、恐る恐るナギに訊ねて来る。
 ナギとしては「作りがキチンとしているから、それなりの品だろう」と判断しただけなので、確認されても困るのだが……
 むしろ、偽物かも知れない と言う可能性から「本物なら『それなり』どころではない価値がある品なんだ」とか思う始末だ。

「オレは詳しくないからわかんないけど……たとえ偽物であったとしても、気持ちだけ受け取ってくれると助かるかな?」

 ナギの本音としては「仮に偽物でもオレの与り知るところではないんで勘弁してね」と言うことだ。
 だが、さすがに それを直で言うほど残念な神経をしてないかったので、オブラートに包んだようだ。
 オブラートに包むこと自体は人間関係を円滑に保つうえで とても大事なことなので間違ってはいない。

「な、なるほど……ナギさんの気持ち、シッカリと受け取りました!!」

 しかし、包み方を間違ってしまったようで、ネギは妙な勘違いをしてしまったらしい。
 まぁ、本人の意図とは関係ないところでプレゼントでも言葉でも喜ばせてしまう辺り、
 残念な男の面目躍如と言ったところだろう(そんな面目を躍如したくはないだろうが)。

「…………うん、そうしてくれると、本当、助かるよ」

 ナギはネギの勘違いに気付いているのだが「訂正したら より勘違いしそうだね」と判断したため軽く頷くだけにとどめる。
 どうやら、ネギの勘違いを改めようとしたら より勘違いしていく、と言う喜劇のような流れくらいは理解しているようだ。
 ここで「理解しているならば最初から勘違いさせるようなことをしなければいいのに」と思うかも知れないが、仕方がないのだ。
 ナギの矜持として、プレゼントしない と言う選択肢はないし、相手が喜ばないようなプレゼントをする と言う選択肢もないのだ。

 以前にも触れたことだが、安全と生活と矜持を守るにはナギの力は さまざまな方面で足りていないのだった。



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Part.04:神様は心の中にいるのだろう


 ネギと別れたナギは、次の目的地である麻帆良学園内の とある教会を訪れていた。

 教会と言うだけで勘のいい方ならば、ナギが会いに来た人物が美空とココネだと言うことは おわかりになるだろう。
 と言うか、教会と言えば この二人だろう。残念なナギでさえ、教会で二人と会った時に原作キャラだと気付いたくらいだ。
 まぁ、逆に言うと、教会で会うまで二人のことを原作キャラだと認識していなかったのだが(実に揺ぎ無い残念振りだろう)。

 そもそも、ナギが二人に出会ったのは夏休みなのに、原作キャラだと気付いたのは冬になってからであった。

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 夏休みの とある日、アルジャーノンでのバイトを終えたナギは麻帆良学園内の公園をブラついていた。

 その日は、商店街で納涼祭(霊泰祭と言う)があって、マスターとマダムが年甲斐もなk――ではなく、若い気持ちを忘れずに、
 霊泰祭でデートするのが この時期の楽しみなんだよねぇ、とか言って店を早め(いつもより3時間ほど早く)閉めてしまったのである。
 その時、ナギは「客商売として、それでいいと思ってるのか?」とツッコミたかったが、言うだけ無駄なので あきらめたらしい。

 と言う訳で、急に暇になってしまって時間を持て余したナギは、プラプラと麻帆良市内の公園を散歩していたのだった。

 ちなみに、時刻は17:30くらいだ。冬なら もう暗くなっているだろうが、夏の空は まだまだ青いので、少し嬉しくなる。
 と言うか、仕事上がりに青空を見られたことで ちょっと嬉しくなっているナギ(中学生)は何かがおかしい気がする。
 まぁ、それはともかく、ナギが何気なく空を見上げながら歩いていると、木の枝に風船が止まっているのが視界に入って来た。

(ん? あれは……屋台の風船?)

 それは、縁日などの屋台で売られているキャラクターものの風船だった。原価を考えるとボッタクリとしか思えないが、祭効果で買っちゃうアレだ。
 ナギ曰く「アレとお面と綿菓子は 幾つになっても心を擽られるよねぇ。作りが安くて、微妙に似てないってのが またいいんだよねぇ」らしい。
 ちなみに、版権とかは気にしてはいけないと思う。と言うか、中身の原価を考えると あの料金は版権などの値段なのだろう。多分、きっと、恐らくは。

 閑話休題。今は風船自体よりも、風船が木の枝に引っ掛かっていることの方が問題だ。

 明日には物理的に萎むうえに こちらの気持ちも萎むから必要なくなるが、それでも今夜だけは傍に居て欲しい存在だ。
 何か別の意味に取られそうな表現になったが、つまりは まだ必要なので、サッサと あの風船を取ってあげるべきだろう。
 何故なら、風船の下で浴衣を着た幼女が「……アタシの風船」とか呟きつつ寂しげな目で風船を見上げているからだ。

「大丈夫だよ。あの風船はオレが取って来てあげるから、安心して?」

 幼女を安心させるために意識的に爽やかな笑み(少なくとも本人は そう思っている笑顔)を浮かべてナギは木に向かう。
 木は表面がツルツルしているうえ低いところに枝がなくて登りにくそうだが、ナギの身体能力ならば大した問題ではない。
 その規格外の跳躍力で ある程度の高さまで飛べるし、僅かにある取っ掛かりだけでも その規格外の握力で体重を支えられる。
 ナギは軽く助走を付けて飛び上がると幹に着地し、そのままスルスルと木を登り、枝を伝って難なく風船の回収に成功した。

「はい、どーぞ。もう放すんじゃないぞ?」

 無事に戻って来たナギは屈んで幼女と目線を合わせると、諭すように語り掛けながら その手に風船を渡す。
 ちなみに、目線を合わせて話したのは、児童心理学的に相手を落ち着ける効果があるらしいからだ。
 ナギが試すのは初めてだが、幼女はナギに脅えていないようなので どうやらナギの目論見は成功したようだ。

「……うン。ありがとウ」

 幼女は多少のギコチナサはあるのもののシッカリと返事と礼を言う。しかも、満面の笑みを添えて、だ。
 ナギが「うわっふぅ。お兄さん、情けは人の為ならずって言葉を実感しちゃったぜぇい」と思うのも無理はないだろう。
 ロリコン的な意味もあるが、感謝されることに慣れていないナギは明け透けに感謝されて嬉しくなったのである。

「うんうん、どういたしましてだなぁ」

 そのためか、ナギは思わずグリグリと頭を撫でてしまう。ちなみに、頭を痛めつけているような効果音だが ちゃんと撫でている。
 ナデナデと言う効果音だとナデポを狙っているように勘違いされるかも知れないので、ナギは敢えてグリグリと表現しているだけだ。
 その証拠(と言っていいかは極めて微妙だが)に、ナギにグリグリと撫でられた幼女は嬉しそうに「えヘヘ」と笑っている。
 その笑顔を見ていると心が癒されると言うか何と言うか……むしろ、凶悪に可愛過ぎてナギの理性はショート寸前な感じになっている。

「――何をしているか、この変態めぇええっ!!」

 そんな危険な空気を察したのか、その場の空気を壊すような第三者の大声(ツッコミ)が周囲に轟く。
 そして、それに隠れるように「ヒュォオオオオ……!!」と言う風を切り裂くような音もナギの耳に届く。
 その音だけでナギには充分だった。危険が身に降り掛かりそうだ と振り返らずとも音だけでわかったのだ。
 そのため、ナギは後ろを振り向く間すら惜しんで回避に専念した――つまり、その場をヒョイッと離脱した。

「って、うっそぉおお?!」

 まさか避けられるとは思っていなかったようで、先程の声の主は奇妙な叫び声を上げながら、ナギの横を通り過ぎる。
 その際に「スカッ」と言う音が聞こえた気がしたのはナギの気のせいではないだろう。多分、きっと、恐らくは。
 ところで、声の主が勢い余って「ズッドォオオオン!!」と言う轟音を立てて、ナギの後ろにあった木に激突したのは言うまでもない。

(どうでもいいけど……有り得ないくらいに木が揺れているんだけど?)

 先程のツッコミ(と言うか、どう見てもライダーキック)は、避けていなかったらナギに直撃していた。
 しかも、位置関係的に(人体の急所が溢れている)背面にクリティカルヒットしていたことだろう。
 つまり、避けていなかったら「有り得ないくらいに木が揺れる程の衝撃」が急所に入っていた と言うことである。

 ナギが「え? 殺す気ですか?」と本気でビビったのは言うまでもないだろう。

「チィッ!! まさか、避けられるとは……!!」
「いや、常識的に考えて、今のは避けるって」
「いーや、今のは普通なら避けられねぇっス」
「いやいや、今のは避けなきゃ死んでるから」

 いくら規格外の身体能力を持っているナギでも、今のは直撃していたら病院に出戻りになっていただろう。

 と言うか、普通なら避けられないような殺人キックを見舞おうとするのは如何なものだろう?
 ナギが避けていなかったら傷害事件になっていたので、いくら麻帆良でもシャレでは済ませられない。

「と言うか、常識的に考えて、今のは どう考えても遣り過ぎでしょ?」
「フンッ!! 古今東西、変態に人権なんて無いのが常識っスよ!!」
「え? 変態って誰のこと? もしかしてオレのことを言ってんの?」
「へぇ? ココネを誘拐しようとしていたクセに変態ではない と?」
「いや、このコがココネだとしても、根本的に誤解しているからね?」

 ちなみに、正直なナギの感想は「このオレのどこが変態なんだ? 心当たりが有り過ぎて、特定できないね!!」と言ったところである。

「フンッ!! 五階も――いや、五戒も六戒もないっスね!! 常識的に考えて!!」
「いや、態々 言い直さなくても、大人しく五階と六階にして置けばよくない?」
「な、何を言ってるかわからないっスね!! って言うか、わかりたくもないっスね!!」
「いや、わかってるでしょ? って言うか、変態じゃないこともわかってるでしょ?」

 この時、ナギは理解した。コイツはバカヤロウと言う名前の同類だ、と。

 ところで、相手がナギは変態ではないことをわかっている とナギが判断したのは、大した理由ではない。実に単純な理由だ。
 と言うのも、幼女(きっとココネ)が、相手の裾を摘まんで「ミソラ……この人、助けてくれタヨ?」とか言っているからだ。
 そんなココネを見てナギが「うんうん、ココネはいいコだねぇ。純粋で可愛くて最高だよ」とか思ったのは言うまでもない。

 最早 変態の感想でしかないが、ナギも自覚しているので生暖かく見守ってあげるのがいいだろう。

「……確かにココネの誘拐に関しては誤解だったとは認めるっス」
「それなら何で未だに変態扱いされてるの? 意味不明だよ?」
「それは、アンタが変態なのは間違っていないと確信してるからっス!!」
「な、何を根拠にオレが変態だって言うのさ? マジで意味不明だよ?」
「強いて言うならば、ココネを見る目が尋常じゃないところっスね」

 ちなみに、美空の誤解(と言うか正解)を解く(と言うか誤魔化す)のに小一時間ほど無駄な論争を繰り広げたのは言うまでも無いだろう。

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 そんなこんなでナギはココネ・美空と知り合い、何や彼やがあって いつの間にか仲良くなっていった訳だが……

 以前にも軽く触れたことだが、ナギが「ココネと美空が原作キャラだ」と気付いたのは冬にクリスマス会の用意を手伝わされた時だった。
 いや、気付くの遅ぇよ とツッコみたくなるが、ナギにもナギなりの言い分はあるのだ。言い訳でしかない言い分だが、あるにはあるのだ。
 ナギは二人を「学園祭で活躍したシスターペア」としてしか覚えていなかったため「二人がシスターの格好をするまで気付かなかった」のである。
 と言うか、割と特徴的な筈の二人を見ても「姉妹には見えないから、きっと家が近所とかで仲が良いんだろうなぁ」とか思っていた始末なのだが。
 どう考えても言い訳でしかないが、本人としては『それなりの言い分』だと思っているらしいので、深くはツッコまず生暖かく見守るべきだろう。

(と言うか、ココネには褐色の肌とか特徴はあったんだけど……隣にいる美空に特徴がなかったからわからなかったんだよねぇ)

 どうでもいいが、二人がシスター服を着ているのを見た時「シスターコンビだったのか!!」とか驚愕する前に、
 シスター服姿のココネに理性が吹っ飛びかねないレベルで萌えてしまったことは、ここだけの秘密である。
 しかも、それを美空に見透かされ「やっぱ変態っスね!!」とココネから引き離されたことも ここだけの秘密である。

 それ以来、美空は それとなくココネとナギの間に立ちはだかるようになったらしいが……その真意は言うまでもないだろう。

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(と言う訳で、この教会に来ると諸々のショックを思い出しちゃうんだよねぇ)

 しかし、今日のナギは多忙なので そんなことを気にしている余裕などない。
 それ故にナギは複雑な気分は一端 忘れることにして(得意の)棚上げをし、
 その無駄に装飾がされた重厚な扉を開いて「失礼します」と教会に入って行く。

「おっ、ナギじゃん」「あ、ナギ ダ」

 ナギの来訪に気付いたのか、雑巾がけをしていた美空が作業を中断して振り向き、声を掛けて来る。
 恐らくは歓迎しているのだろうが、何故か掃除をサボる口実にした気がするのは実に不思議である。
 ところで、美空の足下に居たココネは純粋に歓迎してくれているのだろう、嬉しそうに微笑んでいる。

(うんうん、本当にココネは可愛いね~~。お兄さん、ついついお持ち帰りしたくなっちゃうよ)

 どう見ても変態にしか思えないセリフだが、ここは気にしないでいただけると助かる。
 と言うか、行動に移さなければ――思うだけならば自由だろう。内心は限りなく自由なのだ。
 ただし、妄想ハラスメントは別だろう。いや、正確には、思いを口にするとアウトである。

 それはともかく、サッサと用事(ホワイトデーのプレゼント渡し)を片付けてしまおう。

「まぁ、とりあえず……これ、バレンタインのお返しね」
「おっ? さんきゅーっス。内容は期待していいんスよね?」
「さてね。オレとしてはリクエストには応えたつもりだよ」
「微妙に気になる表現スけど……ここはナギを信じるっスよ」

 ナギは大した前振りもなくプレゼントを渡し、美空は普通に受け取る。つまり、前振りがなくても話が通じるくらい、ナギと美空は気が合うのである。

 ちなみに、バレンタインの時にナギは美空にトラップを仕掛けることを計画したが、どうやら大人気ないのでトラップは諦めたようだ。
 美空の嫌いな物やら悪意のある物やらを贈ったりせず、普通に「ホワイトデー、これでいいスよ?」とか指定されていた物を贈ったのだ。
 ところで、その指定された物とはPC用のゲームソフトで『斬魔大戦デモンペイン』と言うシミュレーションゲーム(しかも18禁)だったらしい。
 実に紛らわしいネーミングだが、微妙な違いがあるので大丈夫だろう。「大聖」ではなく「大戦」だし「ベイン」ではなくて「ペイン」だし。
 それに、内容がクトゥルー神話をベースにした現代ファンタジーなのだが、実は女のコが主人公の所謂 乙女ゲームなので何も問題はない。
 タイトルしか知らずに購入したナギが「道理で買った時の店員さん(20歳くらいの女性)の視線が痛い訳だ」と涙目になったが、何も問題ない。

 どうでもいいが、そんなモノを男(ナギ)に買わせたうえに贈らせる美空は偉大と言わざるを得ない(逆の立場なら、普通にセクハラである)。

「で、ココネには これを受け取って欲しいんだけど?」
「え? いいノ? コレ、高かったんジャ……?」
「別に大したことないさ。だから気にせず受け取って欲しい」
「……最近ナギがバイトをしていたノ、このタメ?」
「そんなことないさ。だから、受け取ってくれないかな?」
「…………ありがとウ、ナギ。ずっと大事にスルネ?」

 意識と目線をココネに向けたナギは、ココネに薄いピンク色した うさぎのぬいぐるみ を渡す。

 実を言うと、このぬいぐるみは70cm程もある大型の逸品であるため、小さいココネには両手で抱えるようにして持つしか術がない。
 そう、必然的に「ぬいぐるみを抱きしめる幼女」が出来上がるのである。しかも、嬉しそうに微笑む と言う特大のオマケ付きで、だ。
 もちろん、この破壊力は半端ない。いや、正確には最早そんなレベルではない。思わず残念な筈のナギのセンスに脱帽してしまうくらいだ。

(と言うか、ココネの濃い目の肌と ぬいぐるみの淡い色合いが生み出すハーモニーは どんな宗教画よりも神々しいんじゃないだろうか?)

 非常にどうでもいいことだが……このぬいぐるみ、実は今回の贈り物の中で一番 高かったりするらしい。まぁ、それも納得だろう。
 ちなみに、どう頑張っても鞄に入らなかったため登校の際に持って来られず、教会に来る前に一旦 自室に戻って取って来たらしい。
 だが、その気持ちもわかる。この光景を見るためなら、多少の苦労など問題にならない。むしろ、その程度の労力なら喜んで支払うべきだ。

「うんうん、ココネは可愛いな~~」

 美空のことはナギの意識から完全に忘れ去られたようで、ナギは緩みまくった顔でココネの頭を撫でまくる。
 ココネはナギが頭を撫でると「えヘヘ」と嬉しそうに笑うため、ナギはココネの頭を撫でるのが大好きなようだ。
 ナギの言葉を借りると「こんな凶悪な可愛さを見せられたら ついつい頭を撫でたくなっちゃうだろ?」らしい。
 挙句には「もうね、これは麻薬だよ、麻薬!! 一度 知ってしまったらやめられないよ!!」とか のたまう始末だ。

 どこからどう見てもロリコンが自己正当化をしているようにしか見えないが、本人に そのつもりはないらしい。

「ナギを見ていると思わず通報したくなるのは……何故っスかねぇ?」
「フッ、何を言っちゃってるんだい? オレはロリコンじゃないよ?」
「ええ~~? ココネを野獣のような目で見ているクセにっスか?」
「それは気のせいさ。ただ単に、オレはロリもイケるだけでしかないさ」
「いや、それはそれで充分にマズいと思うっスよ? 社会通念上」
「だ、大丈夫さ。内心はともかく、言動には出してないから大丈夫さ」
「……いや、充分過ぎるくらいに言動に出てるっスから。どう考えても」
「それでも、オレはオレの道を行く!! それ以外の道を行く気はない!!」
「そんな(キリッ とされても、開き直ってるようにしか聞こえねースから」

 どこかで聞いたことのあるようなセリフで誤魔化そうとするナギだが、美空には通じなかった(まぁ、誰にも通じる訳がないが)。

 どうでもいいが、こう言った遣り取り(美空がナギを変態扱いし、それをナギが認めない)は日常茶飯事であるため、
 二人が争うことを好まない(むしろ仲良くしている二人を好む)ココネも特に仲裁することはない。落ち着くまで放置だ。
 そして、どうやら一頻り口論(と言う名の戯言の応酬)をして落ち着いたようなので、ココネは話に加わることにしたらしい。

「ナギ……時間、大丈夫?」

 ナギが多忙なことを知っていたココネは、ナギの服の裾をクイクイと摘みつつ小首を傾げてナギに問い掛ける。
 ちなみに、ココネの仕草はネギと違って人工ではない、天然だ。恐ろしいことに美空の仕込ではないのだ。
 美空がココネに仕込んだのは、無邪気な振りをして相手の心を抉る仕草くらいだ(それはそれで問題な気がするが)。

「……ああ、そうだね。確かに そろそろヤバいね。ありがとね、ココネ」

 ココネがあまりにも可愛過ぎたので、ナギは「オレ、ココネのためなら 世界を敵に回せる気がするね」とか思ったらしい。
 そのため、そんなナギが礼を言いつつ(蕩け切った笑顔で)ココネの頭をグリグリと撫でるのは言うまでもないだろう。
 そして、それを受けたココネが「えヘヘ……」と喜び、それを見たナギが満ち足りた笑顔を浮かべるのも言うまでもないだろう。
 ナギの内心を言葉にすると「ココネは可愛いなぁ。『ココネ可愛いよココネ』って叫びたくなっちゃうよ」と言ったところだ。

 まぁ、それはともかく、今は本当に時間が無いので話をサクサクと進めていこう。

「ってことで、オレは そろそろ行くわ」
「はいはい。モテる男はツライっスね~~」
「うん。じゃあ、またネ、ナギ……」
「うん、またね、ココネ。ついでに美空」

 出口に向かうナギの背に「スルーのうえアタシはついでっスかぁ?!」とか聞こえたが、敢えて聞こえない振りをしてナギは教会を後にするのだった。



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Part.05:図書館島の住人達


 教会を後にしたナギが やって来たのは図書館島である。

 まぁ、図書館島に来た と言うだけで、最早ナギが誰に会いに来たかは言うまでもないだろう。
 そう、放課後は図書館島に常駐している と言っても過言ではない、のどか と夕映の二人である。
 ただし、図書館島にいることはわかっていても図書館島は広いので探すのは それなりの手間だが。

(ってことで、二人はどこかなぁ?)

 ナギが しばらく館内をウロウロしていると、見覚えのある後ろ姿(つまり、危なっかしい歩き方をしている女子)を発見した。
 相変わらず、運動が得意ではない女子中学生が一人で持つには無謀としか言えない量の本を抱えているようだ。と言うか、今にも転びそうだ。
 のどかには前科(4話参照)があるため、ナギとしては「だから無理はするなって何度も言っているのになぁ」と注意したいところだ。

「……相変わらず頑張ってるね、のどか。とりあえず、半分 持つよ」

 だが、注意をしても「慣れてますから大丈夫ですよー」とか言い張っちゃうのは経験上 予想できてしまうため、
 ナギは注意することをあきらめて、荷物運びを手伝うことで状況の改善を図る(余計な問答は時間の無駄だろう)。
 ちなみに、のどかが無茶をしているのはナギに手伝って欲しいから だったりするのは、ここだけの秘密である。

「ナ、ナギさんっ!?」

 ナギが図書館島に来る時は基本的には放課後になって直ぐであるため、今日は来ないのだろう と のどかは密かに落胆していた。
 そんな状態の時に待ち望んだ声に呼び掛けられたため、のどかは とても驚いたのだが……残念なナギは それを理解していなかった。
 むしろ、やたらと驚く のどかに対して「何か人には知られたくない類の妄想でもしてたのかな?」とか妙な理解をしちゃう始末だ。

「今日はホワイトデーでしょ? だから、バレンタインのお返しを渡そうと思ってね」

 本を運び終えたところで、ナギは来訪目的を告げつつプレゼントを渡す。情緒はないが、今日のナギは多忙なので仕方がないのだ。
 ちなみに、のどかへのプレゼントは『対訳ネクロノミコン』と言う非常に怪しげな本(と言うか、明らかに怪し過ぎる本)である。
 だが、怪しいからと言って価値がない訳ではない。ナギが愛用している古書店では3500円で入手できたが、定価は3万円を超えるのである。

「わぁ!! よく見付かりましたねー!!」

 プレゼントを貰えただけでも嬉しいのに、それに加え それが以前から欲しかったものなので、のどかの喜びは天元突破状態だ。
 ナギとしても「やはり本の価値を理解してくれる人間はいいねぇ、こうも感動してもらえると贈った甲斐があるよ」と大満足だ。
 高音と愛衣の件で予想以上に本が喜ばれなかったことが関係しているのだろうが……まぁ、あれは どう考えてもナギが悪い。

「まぁ、古書店で偶然 見付けてね。のどかには『これしかない!!』って思って、その場で衝動買いしちゃったんだよ」

 さすがに図書館島の地下にある稀少書とは比べ物にはならないが、これはこれで それなりに稀少価値のある本らしい。
 何でも、初版で保存状態がよければ15万円以上で取引されているとかいないとかで、とにかく、マニア垂涎の本なのだ。
 女のコへのプレゼントとしては微妙だが、のどかはオカルト系の本も割と好むためナギは迷わず贈ることにしたようだ。

「それで、悪いんだけど……読み終わってからでいいんで、貸してくれないかな?」

 どうやら、ナギも読みたいと思っていた本だったようで、ナギは気不味そうに本を貸してくれるように頼む。
 ここで「読んでから贈ればいいじゃん」と思われるだろうが、読んだ本を人に贈るのはナギ的には許せないらしい。

「あ、はいー。すぐに読み終わらせますんで、月曜日にでも お貸しますねー」
「いや、別に急いでいる訳じゃないから、自分のペースで読んでくれていいよ?」
「大丈夫ですよー。今日中に読み終わらせるのは確定事項なんで、問題ないですー」
「いや、それって結構なページ数あると思うんだけど……まさか徹夜する気?」
「まぁ、そうなりますねー。だって、読み終わらせないと気になって眠れませんからー」
「……あぁ、まぁ、その気持ちは痛いくらいにわかるから止められないなぁ」
「それに、明日も明後日もお休みなので、今日は徹夜しても大丈夫な日ですしー」
「そう言えば そうだったね(オレはバイトがあるから ゆっくりできないけど)」

 ナギは のどかがナギに気を遣っているのだと思ったが、どうやら自分の欲求に突き進むだけのようなので ここは気にしないことにする。

 のどかの「早く読み終わらせたい」と言う気持ちには、もちろん、前から読みたかった本だから と言う一般的な背景もあるが、
 それ以上に、ナギから贈られた本だから と言う乙女的な背景もあるのだが、残念なナギには前者としか受け取られない。
 まぁ、それがナギのナギ足る所以なので、最早ナギが残念なことに対して何かを言うのは言うだけ無駄な気がして来たくらいだ。

 それ故に、ナギは のどかのテンションの高さ特に気にすることなく、最近 読んだ本などについて軽く雑談して のどかと別れたのだった。

 ……………………………………
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 …………………………………………………………

(う~~ん、夕映はどこだろ……?)

 夕映は小さくて神出鬼没なところがあるため、広大な図書館島(何処かのテーマパーク並)で夕映を探すのは一苦労だ と思われがちだが、
 実を言うと、夕映には「脚立を椅子代わりにし、周囲に本を平積みして読書をする習慣」があるため、案外 見付け易いのである。
 しかも、哲学や歴史や社会科学のエリアにいることが多いため、その辺りで通路に本が平積みされている箇所を探せば見付かるだろう。

 そして、哲学以下略のエリアを探し始めること数分、ナギは通路に築かれた『本の結界(平積みされまくった本)』を発見したのだった。

「あのさー、夕映……脚立は椅子じゃないよねって何回 言わせるのさ?」
「……これも何度も言っておりますが、この脚立は私物なのですよ?」
「でも、だからと言って、脚立の用途は座ることじゃないと思うんだけど?」
「しかし、私しか使わないのですから、別に問題ないのではありませんか?」
「まぁ、一理あるけど……行儀が悪いし、うまくすると ぱんつ見えちゃうよ?」
「なっ?! それを早く言ってください!! と言うか、屈まないでください!!」

 夕映のツッコミ通り、ナギは夕映のスカートを覗こうと徐に足元に屈み込む(どこからどう見ても、変態である)。

「う~~ん、惜しいなぁ。もう一段 上がってくれたらバッチリ見えるのになぁ」
「絶対に上がりません!! と言うか、這い蹲って見上げないでください!!」
「まぁ、そうだよねぇ。ぱんつはチラっと見えるから素晴らしいんだよね?」
「こ、これからは椅子に座りますから……妙な同意を求めないでください!!」
「ついでに、通行の邪魔になるから本を平積みするのは机の上にしようね?」
「わ、わかりました。その件も改めますから、もうセクハラはやめてください……」

 敢えて言って置くが、別にナギはセクハラをしたかった訳ではない。夕映に読書態度を改めて欲しかっただけだ。多分、きっと、恐らくは。

 ちなみに、今まで何度も注意して来たが、馬耳東風と言わんばかりにナギの注意は鮮やかに無視されていたらしい。
 まぁ、そんな訳で、今日も適当に聞き流されるだけの筈だったのだが……今日のナギは いつもと違ったのである。
 多忙の余り自重を忘れたのか、いつもなら必要以上に関わらないところなのに今日は押しが強かったのが原因だろう。

「……それで、用件は何ですか?」

 夕映は紅潮させた頬を誤魔化すように、軽く居住まいを正してナギに問い掛ける。
 紅潮の理由は、セクハラに対する憤怒もあるが、それよりも羞恥心の方が強い。
 どうやら想い人にセクハラされて少し喜んでしまった自分が恥ずかしかったようだ。

「バレンタインのお返しざ。チョコ、ありがとね」

 ナギは そんなことを言いつつ鞄から取り出した『虚典:エピクロス』を手渡す。タイトルはアレだが、重要なのは中身だ。
 虚典シリーズは哲学的な観念などをブラックユーモアを交えて解説してくれる、ナギのお気に入りのシリーズなのである。
 特に『エピクロス』は屁理屈屋の夕映が気に入るような内容(皮肉や風刺だらけ)なので、夕映のプレゼントに選んだらしい。

「こ、これは……!? よく私が『エピクロス』を持っていないのを知っていましたですね?!」

 そのため、夕映が『エピクロス』を持っていなかったのは、ただの偶然である。事前にリサーチした訳ではないのだ。
 ナギとしては「え? つまり、虚典シリーズ持ってんの? どれだけマニアックな本を蒐集してるんだ……」と言う気分だ。
 まぁ、幸いにも被らなかったので今回は問題なかったが、以後 気を付けるべきだろう(知らなくても被るのはアウトだ)。

「いや、夕映が『エピクロス』を持っていなかったのは知らなかったよ。夕映が気に入りそうかなって選んだだけで、ただの偶然だから」

 夕映は「私、話しましたですか?」とか頭を捻っているため、見兼ねたナギがアッサリとタネ明かしをする。
 いくらナギでも、ここで「フッフッフ……夕映のことでオレに知らないことなど無い!!」とかとは言わない。
 と言うか、そんなこと言ったら どう考えてもストーカー扱いされるので、いくら残念なナギでも言う訳がない。

「な、なるほど。そ、そう言うことでしたか……」

 しかし、残念なので自分が言った言葉の意味を深く考えていない辺りが実にナギらしいだろう。
 まぁ、偶然と告げたことは大した問題ではないのだが……夕映が気に入りそう云々は不味かった。
 裏を返すと夕映の好みを把握していることになるため恋する乙女的にクリティカルなのである。

 しかも、妙に嬉しそうな夕映を見ても「我ながら自分のセンスが怖いね」とか思っちゃう始末なので、救いようがない。

「と、ところで、虚典シリーズですから、高かったのではないですか?」
「ん? いや、大丈夫だよ。綺麗だけど新品で買った訳じゃないから」
「つまり、古書店で見付けたのですか? 私は見付かりませんでしたよ?」
「いいや、見付けたのはフリマで だよ。しかも、かなり安価だったんだ」
「……なるほど。これからは古書店だけでなく蚤の市も探してみます」

 またもやフリマだが、麻帆良のフリマは意外とバカにできないのである。むしろ、掘り出し物の宝庫かも知れない。

 麻帆良には趣味人が多いのか、安価でも良質な品物が売りに出されていることが多いのである。
 フリマで安く仕入れた物を然るべき場所で然るべき値段で売れば、ちょっとした商売になるだろう。
 まぁ、商売として成り立たせるには、相応の『目利き』と『交渉力』と『販売路』が必要になるが。
 ちなみに、気になる『エピクロス』の値段は、3498円だったらしい(もちろん、値切った末の値段だ)。
 定価は2万円を超えているので、のどかの『ネクロノミコン』程ではないが、お買い得だったようだ。



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Part.06:ボールに込められた想い


 ナギの最後の目的地は、男子中等部のグラウンドだった。

 当然ながら、ナギの目的は男子中等部の生徒である訳がない。ナギの目的は部活を終えた亜子だ。
 亜子は男子中等部のサッカー部のマネージャーであるため、部活は男子中等部で行うのである。
 まぁ、備品の買出しや他校の偵察や練習試合などで校外に出ることもあるが、基本は男子中等部だ。

(え~~と、亜子はどこにいるんだろ? 時間的に全体練習は終わっている筈なんだけど……)

 どうでもいいが、グランドの片隅で田中が「今日からオレは生まれ変わったぜ!!」と言わんばかりに自己練習をしているのが見える。
 凄い勢いでゴールネットに突き刺さるボールを見る限り、そのボールには熱いパトスが込められているのだろう。実に胸を打つ情景だ。
 だが、残念ながら、その姿を見ているのは他の部員やナギだけだったので、これが甘酸っぱいイベントのフラグになることはないだろう。

「ナ、ナギさん?!」

 ナギが田中の練習姿を「田中、強く生きているんだなぁ」とか見ていると、亜子の驚いた声が背後から聞こえて来た。
 どうやら、位置的にナギが陰になっているようで田中の姿は見えないらしい。亜子はナギにしか反応していない。
 まぁ、田中の姿が見えていたとしてもナギにしか反応しなかった可能性はあるが……それは気にしてはいけない。

「やぁ、亜子。練習、お疲れさん」

 ナギは亜子に振り返りつつ、適当なセリフを投げ掛ける。田中の熱血過ぎる姿は見物だが、目的を忘れてはいけない。
 ちなみに、ゴールネットに突き刺さる音に激しさが増した気がしたが、ナギは敢えて気にしないことにしたらしい。

「あ、いえ、その、お気遣い ありがとうございます!!」
「……え~~と、もう練習は終わっているんだよね?」
「は、はい!! 大丈夫です!! いつでも、帰れます!!」

 相変わらずテンパり気味な亜子に苦笑したくなるナギだが、それをググッと抑えて話を進める。

 いや、別にテンパりを否定する気などナギにはない。むしろ、微笑ましいと思っているくらいだ。
 ただ単に「テンパってる姿が可愛いくて後先考えずにイジメたくなるから控えて欲しい」だけだ。
 どうやらナギは これでも自重しているつもりらしいので、亜子には是非とも頑張ってもらいたい。

「んじゃあ、はいコレ。後で ゆーな達にも渡して置いてね」

 亜子が帰れる宣言をしたことに「いや、別に一緒に帰ろうって誘いじゃないんだけど?」と思う残念なナギは、
 とりあえず話を進めることにしたようで、鞄から スポーツ用品店のギフト券(×4)を取り出して、亜子に手渡す。
 言うまでもないだろうが、4枚あるのは亜子・裕奈・アキラ・まき絵の4人分をまとめて亜子に渡したからである。

 と言うのも、裕奈達は「今日は忙しい」らしいため、亜子にまとめて渡すことで話が決まっていたからだった。

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 時間は遡って昨日の夕方。今日の予定を立てていたナギは「こりゃ、かなりハードだなぁ」と頭を抱えていた。

 そのため、ナギは駄目元で裕奈に『バレンタインのお返しを渡したいんだけど、まとめてでいいかな?』と打診した。
 これまでの傾向から、ナギは「ちゃんと一人ずつ渡すのがマナーじゃないかにゃ?」とか断られる と思っていたが、
 裕奈の答えは以外なことに『じゃあ、亜子にまとめて渡して。私達、明日はちょっと忙しいんだ』と言うものだった。

 ナギは「ラッキー♪」と思いつつ、亜子に一応の確認を取った。そして、その結果「部活の後にグラウンドで」と言うことになったのである。

 ルート的に考えると、部活前に渡せたら態々 男子中等部に戻らなくて済むため部活前がベストだったのだが、
 部活前は いろいろとバタバタしているので渡されても迷惑がられるだけだろう と言うことが予想できたため、
 亜子にまとめて渡せるだけで充分だ と普通に喜んだらしい(つまり、部活後の意味を深く考えなかったのだ)。

 ちなみに、その時点でのナギのホワイトデーのスケジュールは、

  ① 放課後 直ぐに『いつもの場所』に行ってネギに渡すべきだろう
  ② 一度 自室に戻り、ココネ用のプレゼントを準備して来よう
  ③ シスターや神父が来る前に教会に行き、ココネ・美空に渡しちゃおう
  ④ 順路的に図書館島に寄って のどか・夕映に渡すのがいいだろう
  ⑤ まだ決まってない高音・愛衣は昼に赤の広場に呼び出そうかな?

 くらいだったので、時間的にはベストだったのである(場所的には微妙だったが)。

 ところで、ナギが裕奈に連絡したのは「運動部四人組の中で ゆーなが一番 話しやすいから」らしい。
 女友達としては、美空に次いでノリが合っている と言うか、気兼ねせずに話せるのが、裕奈なのである。
 つまり、友達と言う認識が強いため裕奈に連絡しただけで、特に深い意味などナギにはないのだった。

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「え、えっと……その、ありがとうございます……」

 亜子は礼を言いながらプレゼントを受け取ったのだが……何やら微妙そうな表情を浮かべている。
 どうやら、プレゼントが気に入らなかったようだ。いや、正確には、期待が外れたのだろう。
 ナギとしては「仲の良い4人なのでプレゼントに差異があると角が立ちそうだから揃えた」のだが、
 亜子としては「みんなと同じ扱い」と言うことに不満があるのだろう(ナギは気付いていないが)。

「……あと、コレは特別で、亜子にだけのプレゼントね?」

 亜子の表情から「理由はわからないけどガッカリしている」ことだけは理解したナギは、ふと思い出した。
 ウッカリ忘れていたが、裕奈との話で亜子だけプレゼントを奮発する と言う話になっていたのである。
 恐らく、亜子は裕奈から それとなく聞いていたのだろう。だから「話が違う」とガッカリしたに違いない。

 少なくとも、ナギはそう解釈したようで、慌ててポケットから取り出した小さな包みを亜子に渡す。

 どうでもいいが、別にナギは裕奈に言われただけで奮発した訳ではない。元から奮発するつもりだったのだ。
 そもそもバレンタインの時に「何か怒らせたからホワイトデーは奮発しよう」と思っていたし、
 奢りイベント(6話参照)の時に、みんなが飲み食いしているのに我慢していたのを気にしていたからだ。

「わぁ!! ウチ、大事にしますね……!!」

 追加のプレゼントを見た亜子は心底 嬉しそうな表情を浮かべ、その表情を見たナギは「いやぁ、思い出してよかったなぁ」と心底 思ったようだ。
 やはり、プレゼントするからには喜ばれたい と思うのが人情だ。贈られた方はプレゼントされて幸せで、贈った方は喜ばれて幸せになれるからだ。
 ちなみに、プレゼントの中身だが、露店で見つけたシルバーアクセだ。あまり高価ではないが どんな服にも合うデザインなので、それなりの一品である。

(もしかして、昨日の ゆーなのメールって、これを気遣ってたのかな?)

 考えてみると、裕奈達が一緒にいる場面だと少々渡しづらかっただろう。みんなの前で一人だけを特別扱いするのはナギにはできないのだ。
 まぁ、運動部四人組を個別に回れば済む問題なのだが……そうなると、今度は時間的に厳しい。あと3箇所も回るのは、ちょっと無理だろう。
 そう言う意味では、今回は裕奈のファインプレーだろう。裕奈が「亜子にまとめて渡して」と言わなければ、結末は変わったかも知れない。

 ところで、ナギが「友情って素晴らしいなぁ」とか思っちゃっているのは言うまでもないだろう。

「あの、ナギさん……今から、何か予定ってありまへんか?」
「ん? いや、特に無いけど? それがどうかしたの?」
「そ、それなら、その、い、一緒に、か、帰りまへんか?」
「ん~~、まぁ、別にいいけど……亜子は それでいいの?」

 的外れだが、ナギは「オレなんかと一緒に帰って誤解されたら困るんじゃないかな?」と気を遣ったのである。

「え? い、いえ!! ウチは何も問題ありまへんよ? むしろ、望むところですよ?」
「(望むところ?)まぁ、それならそれでいいんだけど……あんまり気は遣わないでね?」
「だ、大丈夫です!! ウチは何も問題ありまへん!! 多分、きっと、恐らくは!!」
「(大分テンパってるなぁ)そっか……じゃあ、女子寮の近くまで送って行くよ」
「ふ、不束者ですが よろしくお願いします!! と言うか、ありがとうございます!!」

 ナギにとって亜子は「やたらとオレに気を遣う、テンパっているコ」であるため、亜子の言動をすべて残念に解釈してしまうのである。

 それは亜子も何となく理解して来たが、間違っていると言い切れないことなので特に何も言わない。
 と言うか、亜子はナギに良く思われたいために気を遣っているので、下手に指摘すると薮蛇になってしまう。
 ナギが理由に思い至るのが先か、亜子が勇気を出して一歩を進み出すのが先か? それは誰にもわからない。

 まぁ、そんなこんなでナギのホワイトデーは、相変わらず残念な感じに終わったのだった。

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 ところで、これは完全な余談となるが……ここで、もう一つのドラマが生まれていた。

 と言うのも、実は田中はナギと亜子の一連の遣り取りの一部始終をコッソリと(しかし、ナギから見たらバレバレに)見ており、
 何をどう勘違いしたのかは極めて謎だが「唸れ!! オレの必殺シューートォオオ!!」とか鬼気迫る勢いで自己練に打ち込んだのだ。
 当然ながら、ナギはそんな田中を鮮やかにスルーした訳だが……後に この時スルーしたことをナギは後悔することになるのだった。

 まぁ、そう言うと何か重大なイベントの伏線だと誤解されてしまうだろうから、ここで身も蓋も無くタネ明かしをしてしまおう。

 実は、後のワールドカップにおいて日本を優勝に導くエースストライカーとなる男が生まれたシーンを見逃しただけ、だったりする。
 どうやら田中はこの猛練習が切欠となって眠っていた才能(幻の左)が開花させたようで、この時 田中のサッカー人生が大きく変わったらしい。
 どうでもいいが、ここで「それ、何てシュートだよ?」と言うツッコミをしても、きっと世代的に通じないだろうから自重して置こうと思う。


 


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オマケ:心憎い演出?


「たっだいま~~♪」

 麻帆良中等部女子寮に亜子の景気の良い声が響く。
 裕奈はその声から今日の結果が上々であったことを理解し、
 からかい半分・祝福半分の気持ちで亜子を出迎える。

 ちなみに、アキラは この段階で まき絵(と亜子)の部屋に移動してもらったようだ。

「おっかえり~。いやぁ、随分と上機嫌ですにゃ~♪」
「ちゃ、ちゃうねん、べ、別にええことなんかあらへんで?」
「へ~~♪ どんないいことがあったのかにゃ?」
「ハッ!! しもたっ!? 語るに落ちてもうた!!」

 亜子は裕奈のからかいに直ぐに反応してしまい、聞いてもいないことまで応えてしまう。
 それに亜子が気付いた時には後の祭りで、既に裕奈が『いい笑顔』で亜子の答えを待っていた。

「で? どんなことかにゃ?(ニヤニヤ)」
「いや、あのな、これは、ちゃうねん」
「へ~~~? で、どんなこと?(ニユニユ)」
「う~~~、誰にも言ったらアカンで?」
「うんうん♪ 貝の様に黙ってるから、言ってご覧?」

 亜子は裕奈の『いい笑顔』のプレッシャーに負け、遂に先程のナギとの遣り取りを話すことを決意する。
 裕奈はもちろん黙っている気などないが、亜子に話させるために黙っていることを約束して話を促す。
 まぁ、亜子としても「実はしゃべりたかったこと」なので、実は「どっち も どっち」なのだが。

 そんな訳で、裕奈は亜子を自室(裕奈とアキラの部屋)に招いて、根掘り葉掘り事の顛末を聞き出したのだった。

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 そして、亜子から一通り話を聞いた裕奈は「なかなかやるじゃん、ナギっち」とナギの評価を改めた。
 裕奈にとって、ナギとは残念な男であるため、今回のナギの『心憎い演出』は賞賛に値したのである。

 そんな訳で、亜子が自室に戻ったことで一人になった裕奈は、ナギに賞賛を伝えるため電話を掛けた。

「もっしも~し、亜子から話は聞いたよ~~♪」
『……まぁ、ゆーなに伝わるのは想定の範囲内だね』
「いっやぁ、なかなか『心憎い演出』をしますなぁ♪」
『え? 心憎い演出? いきなりナニイッテンノ?』
「え? 後からアクセを渡したのって演出じゃないの?」
『いや、普通に渡すの忘れてただけなんだけど?』
「……はぁ。アンタ、やっぱり『残念な男』だわ」
『あれ? そのフレーズ、どっかで聞いたよ?』

 裕奈の予想では「下げてから上げる」と言う(ナギが高音と愛衣に使った)演出だと思っていた。

 しかし、ナギに話を聞いてみると、どうやら素で渡し忘れたので後から渡したとか何とか。
 裕奈は その天然っぷりに苛立ちを覚えながらも「所詮はナギっちか」と妙に納得したらしい。

「はぁ……とにかく、どんな理由でも亜子を泣かしたら許さないかんね?」
『安心して。オレの弱点は女のコの涙だから、態々 泣かしたりしないさ』
「いや、ナギっちの場合は、意図しないところで泣かせる危険が高いっしょ?」
『そうだけど、こちらの意図しない部分に関しては当方は一切 関知しないよ?』
「当方は一切 関知しないって……アンタは何処のスパイの親玉!? マジメに聞け!!」
『…………なお、このメッセージは3秒後に自動的に消滅する』
「はぁ?! ちょっ、待ちなさ『プッ……ツーツーツー』っのバカ!!」

 ケータイから聞こえて来る無機質な電子音が電話が切られたことを否が応にも知らせる。

 それを聞いた裕奈は心の奥底から膨れ上がる感情の捌け口を求め、握り潰さんばかりの力で握り締めていたケータイを思い切りクッションに投げ付ける。
 ちなみに、床に叩き付けなかったのは ケータイが壊れるからであり、クッションに投げるくらいの判断ができる程度に裕奈は冷静だったらしい。

「…………ん?」

 そして、投げ付けた直後にメールの着信があったため、仕方なくメールを開いてみる裕奈。
 予想通り、それはナギからのメールで、そのメールには以下の様な文が綴られていた。
 『最後はネタを思い付いたからふざけたけど、亜子を泣かせたくないのはマジだよ』と。

「ったく、あのバカは……本当に『残念な男』だねぇ」

 裕奈はメールを読んだだけで先程までの怒りが どこかへ霧散していたことに気付き、
 軽く苦笑しながら「さて、アキラには何て話そうかな?」と思考を切り替えるのだった。


 


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後書き


 ここまでお読みくださってありがとうございます、カゲロウです。
 以前から「改訂した方がいい」と言う意見が多数あったので、今回(2012年3月)大幅に改訂してみました。


 今回は「ホワイトデーにチャレンジしてみたけど、ココネの可愛さに すべてどうでもよくなった」の巻でした。

 微妙に亜子と裕奈に持っていかれている気がしますが、ボクの中ではココネに持っていかれた気がしてます。
 まぁ、田中で始まり田中で終わったので、実は田中に持っていかれた気がしないでもないですが。

 ところで、田中君に関してなんですが、最後の「シュート!」ネタは完全な遊びです。クロスとかじゃありません。

 サッカー部で田中と言ったら「田仲 俊彦」しか思い浮かばないような人間がボクです。
 現実のサッカー選手は全然知りません。なので田中選手とは一切関係がありません。
 と言うか、最初はチョイ役でしかなかったのに、亜子フラグのキーパーソンとなりつつあります。

 あ、蛇足ですが、高音と愛衣については、次話でスポットライトが当たる予定です。


 ……では、また次回でお会いしましょう。
 感想・ご意見・誤字脱字等のご指摘、お待ちしております。


 


                                                  初出:2009/08/21(以後 修正・改訂)



[10422] 第08話:ある晴れた日の出来事【改訂版】
Name: カゲロウ◆73a2db64 ID:552b4601
Date: 2013/04/30 20:56
第08話:ある晴れた日の出来事



Part.00:イントロダクション


 今日は3月31日(月)。既に春休みが始まっていた。

 だいたいの学生にとって、春休みとは「3月と4月を繋ぐ長期休暇の一つ」程度の認識だろう。
 しかし、ナギにとっては「前借の代償としてアルジャーノンで労働に従事する期間」でしかなく、
 春休みになってからのナギは、朝から晩までアルジャーノンに拘束される毎日を過ごしていた。

 しかも、ナギの軽食目当てに常連客がいつもより多く来店するためナギは朝から晩までフル稼働だったので、
 アルジャーノンの定休日である月曜日(今日)は、ナギにとっては「至福の休日」とも言えるのである。

 ……だが、この世界はナギに安息の日が訪れないようにできているのかも知れない。



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Part.01:思えばいろいろなことがあった


 さて、本題に入る前に終業式のことを話して置こうと思う。

 終業式は3月25日(火)にあり、式自体は滞りなく終わった。そう、大変だったのは、式の後の「2-Aの打ち上げパーティ」に参加させられたことである。
 ここで、美少女に囲まれて羨ましい と思われるかも知れないが、原作キャラ云々を抜きにしても31人の女子に囲まれた男一人は非常に遣る瀬ないのだ。
 集団になった女子が魔物と化すことは説明するまでもないだろう。しかも、相手が2-Aの女子なのだから、ナギが玩具にされたことは推して知るべし だ。

(って言うか、いくら特別進入許可を持っているからって、普通は女の集団に男が入るなんて拒否られる筈なのになぁ……)

 だが、何故か2-Aのコ達は普通にナギを受け入れた。いや、何人かは難色を示していたのだが、全体的な意見では受け入れられたのだ。
 恐らく、ナギがクラスの半数近くと顔見知りであり、顔見知り以外のほどんとは「細かいことを気にしない お祭り好き」だったからだろう。
 ちなみに、難色を示していた者達も「みんなが いいのなら、別に いいか」程度だったので、別に少数派の意見が潰された訳ではない。

(『じゃあ、参加しなきゃよかったじゃん』って話なんだけどね? でも、仕方がなかったんだ……)

 別に、今回はタカミチや近右衛門が出張った訳ではない。訳ではないのだが、ネギ & 木乃香に頼まれたら嫌とは言えなかったのである。
 二人が共謀して「涙を目に溜めた状態で上目遣いをして お願い」して来たため、ナギの牙城など一瞬でボロクズのように崩れ去った らしい。
 ネギだけなら「子供が そんなことしちゃいけません」とか強がって己を保てただろうが、木乃香も加わったので成す術がなかったようだ。

 まぁ、そんなこんながあってナギは「2-Aの打ち上げパーティ」に参加せざるを得なかったのだった。

 そこでナギの身に何が起きたのか? ……それについてはイチイチ語らない。と言うか、語るまでもないだろう。
 敢えて語るとしたら、いいんちょのネギへの愛は変わらない と言う(ナギ的には)非常に嫌な事実ぐらいである。
 確かに、よくよく思い返してみれば、ネギが「イインチョさんが妙に優しくて困る」とか話していたことはあった。
 だが、ナギは「きっと面倒見がいいからネギに構っているんだろうなぁ」くらいにしか解釈していなかったのだ。

(いや、まぁ、別に いいんちょが百合の人でもオレには関係ない筈なんだけどさ……でも、何故か妙にモヤっとするんだよなぁ)

 ショタコンだと思っていた他人がロリコンだった と言うだけなので、ナギには直接的には何も関係はない。
 だが、そう頭ではわかっていても、心のどこかで「何故か重要なことのような気がしている」らしい。
 そんな「奇妙としか言えない感情」が一体 何を意味しているのか? 残念ながら、ナギには それがわからない。

(……ああ、そうか。きっと、いいんちょの目が殺気に溢れていたからだろうなぁ)

 せいぜいが こんな解釈であり、心の中のモヤモヤを「危険を感じ取ったことに対するもの」と位置付けてしまう。
 ナギの中では、いいんちょは「私のネギたんに近寄らないでくださいますか?」と睨んでいたことになっているし、
 挙句の果てには「むしろ、死んでくださいませんか?」とか言われているも同然だった、とすら感じている始末だ。

(おかしいなぁ。オレ、何一つ悪くない筈なのに……何で また一つ死亡フラグが立ってるんだろう?)

 ナギは気付かない。無自覚にどれだけの人間を傷付けているのか、そして傷つけられているのか、気付かない。
 ナギは気付けない。無自覚に相手の傷を癒してしまうため、そして無意識に己の傷を塞いでしまうため、気付けない。

 ナギが それらに気付く時、物語は大きく動き出すことになるのだろう。



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Part.02:アルジャーノンでの出逢い


 では、そろそろ本題に入ろう。

 ナギは今 何故か麻帆良学園内の掃除に勤しんでいた。理由はナギにもわからない。気付いたら、掃除させられていたのだ。
 経緯を追って話すと、早朝にナギの部屋を訪れた高音と愛衣が「掃除ボランティアをしましょう」と強制連行した結果だ。
 まぁ、一応は任意同行だったようだが、とても断れるような雰囲気ではなかったので強制連行と言っても差支えがないらしい。

 当然ながら、ナギにはヤル気などない。元々ナギには奉仕の精神などないし、今日(久々の安息日)は惰眠を貪る気でいたからだ。

「……ナギさん? もう少しマジメにやってくださいませんか?」
「高音さん。人には向き不向きと言うものがある と思いませんか?」
「確かに、ナギさんには掃除などの繊細な作業は向かなそうですわね」
「ええ。掃除は高音さんのように清廉潔白な人に相応しい作業ですよ」

 あきらかにヤル気のないナギを見兼ねたのか、高音が注意してくる。

 ここで反論しても口論になるだけなので、ナギはわかったようなわからないようなことを言って煙に巻くことにする。
 高音は割と頭が良いのだが、妙に真面目なので結構チョロいのである(某チョロリアさんを彷彿とさせるくらいに)。
 そのため、見え透いた言葉でも高音は乗ってくれるだろう。そして、有耶無耶のうちに掃除を回避できるかも知れない。

「そ、そうでしょうか?」

 ナギは表面上「ええ、そうですよ」とか同意しているが、その内心で「フィーーーッシュ!!」とガッツポーズをする程 喜んでいる。
 高音が少しチョロ過ぎる気がするが、素直なことは悪いことではない。素直な人間を騙す人間が悪いだけで、素直は罪ではないのだ。
 つまり、ナギが悪いだけなのだが……本人に自覚はない。むしろ「こう言う素直なとこは普通に可愛いんだけどなぁ」とか思っちゃう始末だ。

「で、では、ナギさんも清く正しい心を持てるように指導して差し上げますわ!!」

 だがしかし、高音はチョロいだけではなかった。下手に導火線に火を点けると、指導モードが始動してしまうタイプでもあるのだ。
 ここでナギは助けを求めて愛衣に視線を送ってみるが……愛衣は楽しそうに掃除をしていてナギ達の遣り取りなど眼中になかった。
 愛衣は『お掃除 大好き』なので掃除に没頭しているのは当然の帰結だろう。と言うか、ナギの自業自得なので助けてくれる訳がない。

(……しかし、箒姿が妙に似合う女子中学生って ある意味でレアだよねぇ)

 高音の指導から意識を逸らすために(つまり、説教を聞き流すために)、ナギは愛衣との出会いに思いを馳せた。
 ちなみに、普通なら聞いていないのがバレるが、ヒートアップした高音は割りと猪突猛進なので意外と気付かれないらしい。

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 それは、夏休みの終盤、ナギが亜子と出会う少し前のことだった。

 ナギがいつも通りチーフとして厨房に引き篭もって軽食の調理に勤しんでいると、
 ガッシャーーン!! と言う破滅的な音と「し、失礼しました!!」と言う声がホールに響いた。
 まぁ、考えるまでもなく、新人のウェイトレスが皿を割る等の失敗をやらかしたのだろう。

(とりあえず、悲鳴の類が聞こえなかったから客に被害は及んでいないってことだろうね)

 つまり、そこまで緊急性はない と言うことなのだが……それでも、それなりに気になるので、ナギはチラッとホールを窺う。
 ナギの目に入って来た光景は、新人のコが涙目になりながらも一生懸命に割れた皿(多分)の片付けをしている姿だった。
 その手際はよく、粉々になった陶器を箒とチリトリで掻き集め、残った細かい破片はガムテープでキッチリと回収していた。

 ……周りの男性客もそうだが、ナギも その姿に胸が打たれた。思わず胸がキュンキュンしてしまうくらいに。

 と言うか、アルジャーノンのウェイトレスの制服はスカート丈が短いため かなりチラチラで、かなりドキドキしたらしい。
 むしろ、マスターなんか「ナイス チラリズム!! 時給アップだ!!」とか口走ってしまってマダムに折檻を受けていたくらいだ。
 もちろん周りの男性客のテンションも鰻上りで、新人のコが失敗した件は「むしろ正しい」と歓迎されたとかされなかったとか。

 まぁ、そんなこんなで特に問題はないと判断したナギは厨房に戻ろうとした……のだが、ちょうど顔を上げた新人のコと目が合ってしまった。

 目が合ったのに無反応と言うのもどうだろう と思ったが、バックオーダー(処理が終わっていない注文)を抱えているので時間が無い。
 そのため、ナギは「まぁ、初めはそんなもんだから、あんまり気にしないで」と口パクで伝えるだけにとどめ、サッサと厨房に戻った。
 そして、その後は鬼のように押し寄せるオーダーに追われているうちに そんなことがあったことをナギは綺麗に忘れて仕事に忙殺された、
 それ故に、いつも通りに閉店後の諸々の作業をして「さぁ、戸締りして帰ろう」と厨房から出ようとして、フロアに新人のコがいて驚いた。

(――ッ!! え?! し、新人のコ!? な、何でいるんだ?!)

 そう思って注意深く新人のコの様子を窺ってみると、何やら呟きながら意味不明なパントマイムをやっていることがわかった。
 思わず「……よし、オレは何も見なかった」と結論付けたナギは悪くないだろう。誰でも見なかったことにするに違いない。
 そんな訳でナギがコッソリと店を後にしようとした時、偶然 新人のコが「お待たせいたしました」とか呟いているのが聞こえた。

(ああ、なるほど。『そう言う』ことか……)

 ナギは妙な勘違いをした己を恥じた。新人のコは、サーブ(配膳)の練習をしていたのだ。
 変な電波を受信していた訳でも、大宇宙の意思を遂行しようと儀式に興じていた訳でもないのだ。
 それに気付いた瞬間、ナギは何の打算もなく「このコを応援してあげよう」と思ったそうだ。

 それ故に、ナギは特に何も考えずに新人のコに話し掛けてしまった。

「――練習するなら本物の食器を使った方がいいよ」
「ひゃあ?! チ、チーフ!! 見ていらしたんですか!?」
「あ~~、ごめん。驚かせちゃったみたいだね」

 まぁ、いきなり声を掛けたナギが悪いのだが……少し驚き過ぎではないだろうか?

 ナギは軽いショックを受けたが、相手を落ち着かせる意味も含めて内心を隠して謝っておく。
 それに、先程の驚き方が可愛いかったので、驚かれたショックは相殺されたも同然だ。
 リスとかの小動物を幻視させられる程に全身をビクッと震えさせていたのは実に可愛かった。

「い、いえ。チーフが残っていらしたのは知ってましたから」

 確かに、言われてみれば その通りだ。いくら杜撰なアルジャーノンでも新人のコに鍵を預ける訳がないだろう。
 ナギが仕込のために残ることがわかっていたからこそ、マスター達は このコの居残り特訓を許可したに違いない。
 と言うか、そうでもないのに新人のコを最後まで残したのなら、さすがにマスター達に説教せねばならないだろう。

 ……ところで、ここまでの話で疑問に思うかも知れないが、実はマスターもマダムもナギより早く帰宅することがあるのだ。

 翌日の仕込が長引くこともあるため、ナギが店の戸締りをすることがあるのは……まぁ、仕方がない。
 だが、最近では発注などの業務も任されているので、少しバイトの範疇を超えている気がしないでもない。
 夏休み以降のバイトは まだ決め兼ねていたので、あまり頼りにされても困ると言えば困るのが実情だ。

 閑話休題。本題である新人のコへの対応に戻ろう。

 恐らく、新人のコは昼間の失敗を悔やんでおり、もう失敗しないようにするために練習をしているのだろう。
 ならば(先程も言った様に)パントマイムより実物を持ってやった方が練習になるので、実物を貸すべき。
 確か、縁などが欠けてしまい客には出せないが練習には使える程度のものが幾つかあったので、それがいいろう。

 そんな訳で、ナギは先程の言葉の通り、食器一式を用意してあげることにした。

「あ~~、ちょっと待ってて。今 用意するから」
「え? 用意って…… 一体、何のですか?」
「さっき言ったでしょ? 練習用の本物の食器だよ」
「えぇ?! そんなもの、あったんですか?」
「まぁ、正確には、捨てられなかった廃棄品だけどね」
「? 捨てられなかった廃棄品、ですか?」

 疑問符を浮かべる新人のコに説明するのが面倒に感じたナギは「まぁ、待ってて」と目だけで伝えて厨房に戻る。

 戸棚の奥の方に仕舞われていていた(と言うか、とりあえず置かれていたのが奥に追いやられただけ)食器類を引っ張り出す。
 ティーカップは縁が欠けており、ティーポットは取っ手が掛けている。また、コーヒーカップに至っては皹が入っている。
 それらに紅茶・コーヒー代わりの お湯を注ぎ、色が剥げたソーサーを用意すれば、トレイは割れることがないので準備OKだ。

 準備を終えたナギは、練習セット一式を持ってホールに戻る。

「ほら。これを使って実際の感覚を掴んだ方がいいよ」
「な、何から何まで、ありがとうございます……」
「まぁ、気にしないで。困った時は お互い様でしょ?」
「ですが、私がもっとうまくやれていれば――」
「――だから、気にしないでって。誰も最初は下手なんだから」

 まだ気に病んでいそうな新人のコの気分を切り替えさせるためにも、ナギは「コツを教えてあげる」と やや強引に話を切り上げ、練習に付き合う。

 もちろん、よく言われるような「手取り足取り」と言ったセクハラ的なことは一切せずに、ナギは殊更 真剣に教えた。
 まぁ、教える際に手こそ触ったが、あくまでもサーブの仕方を教えるためだ。いやらしい気持ちは一切なかった。
 夕映のセクハラ(4話とか6話とか)を考えると怪しいが、亜子の治療(7話参照)を考えると控える時は控えるようだ。

 そんなこんなで、新人のコ(愛衣だと自己紹介されていたが、例の如く原作キャラだと気付かなかった)とナギは仲良くなっていったのだった。



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Part.03:佐倉 愛衣の独白


 私は旧世界の出身ですが、家庭の事情で新世界に住んでおり、昨年から修行の一環で旧世界に戻って来ました。

 最初はアメリカにあるジョンソン魔法学校に留学していたのですが、
 そこでの生活はどうにも肌に合わず、私は魔法ばかり学んでいました。
 ですので、別の地では日常生活を楽しみたい と密かに思っていました。

 そんな折、9月から日本の麻帆良学園に通うことになり、私は期待に胸が膨らみました。

 聖地でもある麻帆良は、旧世界でも主要な土地の一つであること(つまり、魔法使いとしてのブランドです)もありましたが、
 私の両親は元々 日本の出身だったので「アメリカよりも日本の方が肌に合うのではないか」と日本での生活に期待したのです。
 そのため、私は少しでも早く日本に住みたい と思い、少し無理を言って転校する1月ほど前に日本にやって来ました。

 ……生活を始めた当初は、新世界ともアメリカとも違う生活様式のため少々戸惑いました。

 ですが、私に流れる血の御蔭か、2週間もすれば「ここが私の故郷である」とすら思えました。
 今となっては「新世界」と「旧世界」と言う呼び名に嫌悪感を覚える程こちらに愛着があります。
 と言うか、非魔法使い達を下に見る魔法使い達の傲慢さが感じられて気分が良くないですね。

 ――さて、ここから話は少し変わります。

 日本に来て2週間が経った頃、私は予てからの「アルバイトをしてみたい」と言う望みを叶える機会に巡り合いました。
 たいていのアルバイトは「バイト募集」とあっても「ただし、中学生は不可」だったので、半ば あきらめていたのですが、
 偶々入った喫茶店(アルジャーノンと言う名前です)で「ウェイトレス急募(中学生可)」と言うポスターが貼られていたので、
 私は このチャンスを逃すまい と勢い余って、会計の時に「私をウェイトレスにしてください!!」と頼んでしまいました。
 それで、店員さん(後から知ったのですが、実はマスターさんでした)は、イキナリのことに驚いたそうですが、
 私の思い切りの良さを気に入ってくれたそうで その場で採用となり、私は晴れてアルバイトができることとなったのです。

 何事も案ずるよりも生むが易し ですね。可能性が低くても、やらないよりはやった方がいいみたいです。

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 そして、待ちに待ったアルバイト初日のことです。当然ながら、私は見事に失敗してしまいました。

 ある程度の新人教育は受けていましたし、よく見る職種なのでウェイトレスの仕事は わかっているつもりでした。
 しかし、見るのと やるのとでは大違いで、紅茶やケーキの乗ったトレイは予想以上に重く、私はバランスを崩してしまいました。

  ガッシャーン!!

 陶器の割れる音がホール中に響きました。もちろん、紅茶もケーキも台無しになってしまいました。
 その惨状を認識した時、私の中で「せっかく雇ってもらえたのにクビかな」と言う不安が渦巻きました。
 初日から うまくできる訳はありませんけど、それでも こんな大きなミスをしてしまうなんて……

「ッ!! し、失礼しました!!」

 一瞬、思考に捕らわれそうになりましたが、直ぐに我に帰った私は周囲のお客様に謝罪をして片付けを始めました。
 いつまでもボ~ッとしている訳にはいきません。直ぐに片付けをしないと、更に御迷惑を掛けてしまいます。
 だから、泣いている暇などないんです。不安は消えていませんけど、気持ちを切り替えなくてはなりません。
 勝手に涙が溢れようとしていますが、今は泣いている場合じゃないんです。泣いているだけでは、何も変わりませんから。

 だから、私は涙に気を取られないように、片付けに没頭することにしました。

 グチャグチャの料理を片付け、粉々になったティーカップや お皿を箒とチリトリで掻き集め、
 そして、残ってしまった細かい破片などをガムテープで取り除き、最後に雑巾で床を拭きました。
 しかし、片付けが終わっても私は気分を切り替えることができず、不安を引き摺ったままでした。
 このままでは、泣いてしまいそうです。泣くまい泣くまい と思っていても泣いてしまいそうです。

 だから、この時に不意に目が合った、厨房から心配そうに見ていたチーフの笑顔が忘れられません。

 チーフは「気にしなくていいよ」と言った感じで口を動かした後、ニコッと優しく微笑んでくれたんです。
 今朝の挨拶の時に感じたイメージが「恐そう」だっただけに、その笑顔は とても鮮烈でした。
 きっと、ニコポと言うよりも『吊橋効果』に近い現象だと思います(もしくは、『ギャップ萌え』ですね)。

 まぁ、そんなこんながありましたが、その後のお仕事は細心の注意を払った御蔭か どうにか無事に終えられました。

 それで、もう失敗しないようにするために「バイト後に特訓をさせてください」マスターとマダムに お願いしたんです。
 そうしたら「きっとナギ君が仕込で最後まで残るだろうから、ナギ君が帰るまでならいいわよ」と許可していただけたんです。
 ここで、何でチーフが最後まで残ってマスター達は先に帰るのか、少し疑問に思わなかったと言えば嘘になります。
 ですが、その時の私にとって大事だったのは「特訓の許可をいただけた」と言うことでしたので、気にしないことにしました。

 そんな訳で、私は失敗したサーブの練習をすることにしました。

 テーブルにお客様がいらっしゃると仮定し、更に注文の品を持っていると仮定して、
 厨房の方からテーブルの隙間を縫ってホールを移動して目的のテーブルに辿り着けるように。
 実際にテーブルに注文の品を置く振りをしながら、何度も何度も繰り返し続けました。
 最初の頃はチーフに聞かれたら恥ずかしいって思っていたので無言でやっていたのですが、
 段々気分が乗ってきたので いつしか「お待たせしました」とかセリフも付けていました。

 ですから、チーフに「練習するなら本物の食器を使った方がいいよ」と声を掛けられた時はビックリしました。

 チーフが残っていたのは知っていましたけど、まだ厨房にいらっしゃるものだと思っていたのでビックリです。
 ですが、ホールに出て来ない訳ではありませんから、私の注意力が散漫だっただけですけど(ええ、私のミスです)。
 ですから、チーフは何も悪くありません……が、私が そう口を開く前にチーフは謝ってくれちゃいました。

 だから――出鼻をくじかれた形になってしまったからでしょうか? 私は言いたいことが うまく言えませんでした。

 本当は「いえ、チーフが残っていたのは知っていましたから、チーフは悪くないです」と言いたかったんですけどね……
 あ、いえ、別にチーフが恐い訳ではありませんよ? チーフが優しいことに気付けたので、恐い訳がありません。
 むしろ、違う感情から緊張してしまって うまく話せないんです。と言うか、チーフのタイミングが悪いんですよ。

「あ~~、ちょっと待ってて。今 用意するから」

 チーフは私の返答を大して気にしていないようで、廃棄云々の話をすると厨房に入って行きました。
 そして、1分くらいカチャカチャ何かやっていたんですが……厨房から出て来た姿にビックリしました。
 何故なら、チーフの手にはカップ・ポット・ソーサーなどが乗せられたトレイがあったんですから。

(そう言えば「本物の食器を使った方がいい」とも言っていましたね)

 よく見ると、カップやポットの端が欠けていたりソーサーの色が剥げていたりしましたが、
 それでも、私なんかの練習のために一式を用意してもらえたのは とても嬉しかったです。

「ほら。これを使って実際の感覚を掴んだ方がいいよ」

 チーフに一式を渡された私が慌てて お礼を言うとチーフは「気にしないで」と言う感じでニコッと笑ってくれました。
 そして、その後は「コツを教えてあげる」と言って、遅くまで(21時くらいまで)私の特訓に付き合ってくれました。
 チーフの特訓は厳しかったですが、それがチーフの優しさでもあることがわかっていましたので とても嬉しかったです。

 ……そうです、私はこの時点でチーフを好きになっていたんです。

 先程も軽く触れたことですが、きっと これは『吊橋効果』とか『ギャップ萌え』とかだったんだと思います。
 つまり、失敗してしまった と言う不安の中で感じたドキドキを、恋した時のドキドキとして「勘違い」した訳です。
 そして、チーフから感じた優しさに救われた と言う安らぎのようなもので「勘違い」を更に深めたんだと思います。
 でも、最初は「勘違い」だったとしても、今では ちゃんとチーフ――いえ、センパイに恋している と断言できます。
 だって、センパイが優しいのは本当のことですし、センパイが真剣に私を心配してくれていたのも本当ですから。

 それに、実を言いますと、一目惚れに近い状態でもあったんです。

 実は、センパイって ちょっとだけ「サウザンド・マスター」に似ていらっしゃるため、
 一目見た時から かなり好感度が高かったんです(自分でもミーハーだとは思いますが)。
 しかも、センパイはサウザンド・マスターと同じ『ナギ』と言う お名前だったため、
 私は勝手にセンパイとサウザンド・マスターを重ねて見て勝手に憧れていたんです。

 ……そんな訳で、センパイの最初の印象って「恐そうだけどカッコイイ」って感じだったんです。

 そんなセンパイに、緊張と不安で弱っている時に優しくしてもらっちゃったんですから、簡単にオチてしまうのは仕方がありません。
 むしろ、私と同じ状況でセンパイにオチない魔法関係者はいない と思いますよ? つまり、それくらいセンパイの名前と容姿は卑怯過ぎるんです。
 そのクセ本人は無自覚なんですから、性質が悪いこと このうえないですよねぇ。天然ジゴロと言うか、無自覚フラグ建築士と言うか、何と言うか……



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Part.04:落葉舞う季節の気紛れ


 ナギが愛衣を原作キャラだと認識したのは、冬の始め頃になってからだった。

 その時のナギはココネと美空との三人で落葉掃除(教会の仕事の手伝い)のついでに集めた落葉で焚火をして焼芋をやっていた。
 そして、途中で「これじゃ火力が足りない、もっと落葉が必要だ」と言うことに気付き、ナギは追加の落葉を集めに出たのだった。
 ちなみに、焚火の傍を離れたのはナギだけだ。言うまでもないだろうが、その理由は「二人に寒い思いをさせないため」だ。
 ここで美空に気を遣うナギに違和感を覚えるかも知れないが、火の番をココネ一人にさせる訳にはいかない と言う判断である。

「おぉ、愛衣!! ちょうどいいところに!!」

 肉体的には大した作業ではないのだが、同じ作業の繰り返しなので精神的にはツラい。そのため、ナギに再び落葉を集める気がなかった。
 そんな折、落葉掃除をしている愛衣と遭遇したのである。ナギが思わず「ちょうどいい」と口走ってしまうのは仕方がないだろう。
 まぁ、経緯を知らない愛衣は「あれ、センパイ? 何が『ちょうどいい』んですか?」とナギの「ちょうどいい」発言に不思議顔だが。

 しかし、ナギはあまり気にしない。と言うか、既に頭は焼芋でいっぱいなのだ。

「落葉を集めていることが、ちょうどいいのさ。だから、その落葉を譲ってくれない?」
「え~~と、何だか よくわかりませんが……落葉が欲しいなら、どうぞ使ってください」
「ありがと。いや~~、助かったよ。これで どうにか焼芋を焼き上げる目処が立ったよ」

 だから、ついつい『焼芋』と言う女子への禁句を漏らしてしまっても、仕方がない。

 何だか愛衣が目の色を変えて「そう言うことなら、落葉をもっと集めますね?」とか喰い付いて来ているが仕方がないし、
 ナギが「いや、これだけあれば大丈夫だよ」とか告げて颯爽と離脱を図ったけど そうは問屋が卸さなくても仕方がないのだ。
 そう、愛衣が「焼芋って人類の至宝ですよねぇ」とか言って落葉を集めたビニール袋を抱えて付いて来ても仕方がないに違いない。

 と言うか、ナギのミスで愛衣を釣ってしまった気がしないでもないが、仕方がないんじゃないかと思わないでもない。

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 まぁ、そんなこんなで、仕方なくナギは愛衣を引き連れてココネと美空の元に戻ったのだが……

「この男、落葉だけでなく女のコも持ち帰ってるよ、マジ シンジランネ」
「えっと……つまり、ナギってヨッキュウフマンってヤツなノ?」
「いや、コイツは単に変態なだけっス。だから、気を付けるんスよ、ココネ」
「……そっか。やっぱりナギは変態サンなんダ。私は信じてタのにナァ」
「知り合いを変態と認めるのは悲しいかも知れないっスけど、事実っスよ」

 二人の反応が予想以上に冷たくて、ナギは かなりションボリだった。と言うか、ココネにまで変態認定されたのがショック過ぎた。

 確かに、愛衣を連れて(釣って)来てしまったのはナギのミスだ。その点はナギだって認めざるを得ないだろう。
 だが、だからと言って ここまで冷たい反応をされるのは想定外だ。一体 何がそんなに気に入らないのだろうか?
 まぁ、答えは決まっているが、例の如くナギは残念なので「焼芋の取り分が減るのがイヤなのかな?」とか思う程度だ。

「す、すみません、センパイ。私、邪魔ですよね? 帰ります!!」

 どうやら愛衣も空気(非常にアウェイ)を察したようで、焼芋を入手することよりも撤退を選んだようだ。
 だが、ここで撤退されても この空気が変わる訳ではないため、ナギとしては「オレを置いてくな」と言う気分だ。
 むしろ、この空気をどうにかして欲しいくらいなので、ナギは「逃しはせんよ」と言わんばかりに愛衣の腕を掴む。

 ――ちょうど、その時のことだった。「愛衣? こんなところで何をしておりますの?」と言う声と共に第三者が現れたのは。

 その第三者(ある意味では乱入者)は、ウルスラの制服に身を包んだ金髪の美少女だった。
 キッチリと整えられた制服からは、真面目さ――いや、正確には生真面目さが漂っている。
 また、釣り眼がちな目から高飛車な雰囲気も出ており、総じて考えると性格がキツそうだ。

「お、お姉さまっ?! こ、これは、えっと……センパイが落葉で焼芋が怖かったんです!!」

 愛衣が驚愕を露にして叫んだ後、アタフタと言う形容がピッタリな様子で意味不明な説明をする。
 それを見たナギが「そんなに慌てちゃって……やっぱり愛衣は小動物系だよねぇ」とか思った程だ。
 ちなみに、そんなことを思いつつもナギは先程の『お姉さま発言』の方が気になったらしいが。

「……つまり、貴方は愛衣に不埒な真似をしようとした訳ですわね?」

 愛衣の説明をどう解釈したのかは謎だが『お姉さま』はナギを敵だと認識したようで、ナギと愛衣の間に割って入る。
 恐らく「落葉で焼芋」と言う意味不明な部分を無視して「センパイが怖かった」とだけ抜粋した結果だろう。
 それに、ナギが愛衣の腕を掴んでいることも関係しているかも知れない。と言うか、いい加減に離すべきだと思う。

 ちなみに、愛衣の説明を正しく表現するなら「センパイに頼まれて焼芋のために落葉を持って来たら非常にアウェイで怖かったんです」辺りだろう。

「お、お姉さま、違うんです!! センパイは無実なんです!!」
「……では、何故この男は貴女の腕を掴んでおりましたの?」
「え? えっと……それは…………ラブラブだから、ですよね?」
「いや、ナニイッテンノ? 普通に逃がさないためなんだけど?」
「――ッ!! やっぱり、不埒な真似をしようとしたのですね?!」

 愛衣が誤解を解こうとするが誤解を深めそうだったので、ナギが慌ててフォローをする。まぁ、そのフォローで違う誤解を招いた結果に終わったが。

「違います!! オレを置いて行かないで欲しかったんですよ!!」
「置いて行かないで欲しい? 状況がよくわからないのですが?」
「では、まずは状況を正確に把握することから始めませんか?」
「……まぁ、そうですわね。では、まず、そこの焚火は何ですか?」

 愛衣の様子(嫌がっていない、むしろ喜んでいる)からナギが不審者ではないことがわかったのか、『お姉さま』は素直に状況把握に努め始めた。

「簡単に言うと、落葉掃除のついでに焼芋をやろうとした結果です」
「ああ、つまり、先程の『落葉で焼芋』とは このことですか」
「ええ、そうなりますね。ちなみに、怖かったのは空気ですよ」
「空気? ……なるほど。空気が悪くなった と言う訳ですわね」

 焚火について納得した後、ナギと愛衣と美空(とココネ)を見た『お姉さま』は何かを納得したようだ。妙に深く頷いている。

「……どうやら、私(わたくし)の勘違いのようでしたわね。先程は不審者扱いをしてしまい、大変申し訳ありませんでした」
「いえ、気になさらないでください。オレの方も誤解を招く言動をしてしまいましたからね、特に謝罪は必要ありませんよ」
「そう仰っていただけると助かりますわ。ところで、私、高音・D・グッドマンと申しますが……貴方の お名前をお聞かせ願っても?」
「あ、名乗るのが遅れてしまって申し訳ありません。神蔵堂ナギと申します。以後お見知り置きをお願い致します、グッドマンさん」
「いえ、こちらも名乗りが遅れましたので お気になさらないでください。それと、私のことは高音で構いません。愛衣と仲がよろしいのしょう?」
「それなら、オレもナギでお願いします。ちなみに、愛衣とはバイト先で知り合いまして、そこで先輩・後輩関係を築いただけですよ」

 誤解が解けたことで『お姉さま』――高音はナギに謝罪するが、ナギはそれを気にしない。誤解が解けただけでナギには充分なのだ。

 ちなみに、真面目に挨拶をしているナギに違和感を覚えるかも知れないが、ナギは残念なだけで社会性がない訳ではないのである。
 いろいろと台無しにする残念さを発揮しているが、空気を読んで状況に応じた遣り取りをするくらいの社会性は持っているのだ。
 偶に「コミュニケーション障害なのではないか?」と思える一面を見せることもあるが、実はコミュニケーションは得意な方なのだ。

 ところで、ココネも美空も いつの間にか剣呑さがなくなっていったので、きっと落ち着いてくれたのだろう(と、ナギは判断したらしい)。

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 まぁ、そんなこんなでナギの誤解が解けて妙な空気もなくなった頃、ちょうど焼芋がイイ感じに焼き上ったので焼芋を食べることになった。

 どうでもいいと言えば どうでもいいことだが、当初は三人で食べる予定だったので焼芋は3本しか用意していない。
 つまり、愛衣と高音が増えた分、焼芋が足りないのだが……二人の分はナギのを半分ずつ渡すことで解決している。
 ナギは残念だが、紳士なのだ。と言うか、その紳士さを発揮するポイントが残念な方向であることが多いだけなのだ。
 ちなみに、そんなナギの行動に何か感じることがあったのか、ココネが自分の焼芋の半分をナギに渡してくれた。
 そして「ナギと一緒に食べたイ」とか言ってくれたので、もう可愛くて可愛くて……ナギは危なく鼻血を出すところだった。

 と言う感じで、ほのぼのとした幕引きができる訳がないのが、ナギの運命なのは言うまでもないだろう。

 何故なら、先程 引っ掛かった愛衣の『お姉さま発言』が ふとした瞬間に「あ、この二人、原作キャラじゃん」と言う答えに繋がったからだ。
 まぁ、不審者扱いされたり誤解を解いたり焼芋を食べたりココネの可愛さにヤラれたりしているうちに忘れてしまっていたが。
 それでも、思い出したので善しとして置こう。いや、切欠が『お姉さま発言』と言うのは どうかと思うが、気付いたのだからオールOKだ。

(も、もちろん、金髪のウルスラ生徒とか茶髪のツインテールとかって言う特徴的な容姿も気付いた要素なんだからね?)

 誰に言い訳をしているのかは極めて謎だが、ナギは二人を原作キャラだと気付けたことに満足していた。
 冬休みもアルジャーノンでバイトしようか と考えていた段階なので、この時点で気付けたのは上出来だ。
 今日は偶々 遭遇してしまったが、アルジャーノンと関わらなければ愛衣と遭遇することは ほぼないだろう。

 ……だからだろう。美空や高音達が互いに自己紹介をせずに会話をしていた(つまり知り合いであった)ことに、ナギは気付かなかったのだった。

 この時に気付いていれば「あれ? みんな知り合いなの?」と言う疑問から、ココネ・美空が原作キャラだと気付いただろう。
 いくら残念なナギでも「原作キャラと知り合い」と言う情報があれば「シスターコンビ」と言う情報がなくても辿り着く筈だ。
 まぁ、原作キャラだと気付いたところで、ココネの可愛さにヤラれて今まで通りに関わってしまう可能性は高かっただろうが。

 ところで、今更と言えば今更なのだが……せっかくなので、ナギがアルジャーノンでバイトをし始めた理由を説明して置こう。

 実は、もともと那岐がバイトをしていたから と言う訳ではなく、那岐の振りをするために役立つ と考えたからだ。
 と言うのも、ナギとしては「バイトを経験したことで性格が変わった」と思わせられると踏んだのだ(まぁ、何も言うまい)。
 最近のナギを見ていると那岐の振りなんて全然する気がないようにしか見えないが、無駄な努力をしていた頃もあったのだ。



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Part.05:思い出ずるは とある冬の日の情景


「……ナギさん? 私の話を聞いていますの?」

 一頻り語り終えたのでテンションが戻ったのか、高音は怪訝そうにナギを見ている。と言うか、あきらかにナギを疑っている。
 もちろん、ナギは現実逃避をして聞き流していたので聞いていない。だが、それをそのまま言うのは愚の骨頂である。
 ここは誤魔化すべきところだろう。正直は美徳ではあるが、それは時と場合による。嘘も方便、とはよく言ったものだ。

「ええ、もちろんですよ。でも、ついつい高音さんに目が奪われてしまって……話を聞いていないように見えたかも知れません」

 ナギは痒くもない頬を掻きながら、照れ臭そうに歯の浮く様なセリフを口走る。別に焦って暴走している訳ではない。キチンと勝算があっての暴挙だ。
 まぁ、確かに、普通に考えたら「何をふざけていますの?!」と怒らせる可能性が高いだろう。だが、高音は意外と褒められるのに弱いのである。
 あきらかに見え透いた御世辞でも普通に喜んでしまう、そんな素直なところが高音にはあるのだ。と言うか、先程も触れたように、ちょっとチョロいのだ。

「そ、そうですか? ならば仕方がありませんわね――とでも言うと思いましたか? 貴方が愛衣の方を見ていたのは知っていますわよ?」

 しかし、今日の高音は あまりチョロくなかった。普段なら誤魔化されるところで誤魔化されなかったのだ。
 と言うか、ノリツッコミなんて いつの間に覚えたのだろう? 期待させられた分、ショックが大きい。
 まぁ、高音達に下げて上げる手法(7話参照)を用いたナギは、上げて下げられたことに文句は言えないが。

「……気のせいではないでしょうか? オレは高音さんしか見てないですよ?」

 とは言え、無駄かも知れないが一応は抵抗してみるナギ。説教は回避できるものなら回避したいのである。
 高音の言っていることは間違っていないとはわかっている。だが、だからと言って説教を聞きたい訳ではないのだ。
 むしろ、朝っぱらから説教を延々と聞かせられるくらいなら大人しく掃除をして置けばよかった とか思う始末だ。

「た、性質の悪い冗談は身を滅ぼしますわよ? 素直に過失を お認めになったらいかがです?」

 勘違いされて面倒な事態になるかも知れない と言う覚悟までして発言したが、結果は芳しくなかったようだ。
 と言うか、もしかしたら、より怒らせた可能性もある。何故なら、妙に頬が紅潮しているからだ。
 普通なら「照れ」と解釈する高音のわかりやすい反応も、残念なナギには「怒り」にしか見えないらしい。

「いえ、冗談のつもりはなかったんですけど……」

 ちなみに、本当にナギは『冗談のつもり』はない。冗談ではなく、本気で嘘を吐いたのだ。
 言葉遊びに過ぎないが、ナギの言葉は間違っていない。嘘は吐いたが冗談を言った訳ではない。
 高音が「本当のことを話してください」とでも言っていたら、結果は変わったかも知れないが。

「と、とにかく!! 愛衣の方を見て どんな妄想に耽っていたと言うのですか?!」

 何をどう勘違いしたのかは高音の名誉のために黙って置くが、高音は「ナギが愛衣を見ていた」ことが気に入らないらしい。
 ちなみに、最初は「高音の話をナギが聞いていなかった」ことに怒っていたのだが……まぁ、いつの間にかシフトしたらしい。
 その理由は態々 語るまでもないだろう。敢えて語るとしたら、高音も乙女であり、気になるものは気になる と言うことだけだ。

「ちょ、ちょっと待ってください。何か論点が摩り替わってませんか?」
「問答無用です!! 一体、どんな醜い妄想をして愛衣を汚していたんですか?!」

 ナギがその点を指摘しても、高音は聞く耳を持っていなかった。と言うか、高音の中では、既に妄想していたことは確定しているようだ。
 高音に濡れ衣を掛けられることは多々あることなので、濡れ衣自体は今更 気にはしないが……濡れ衣で説教されるのは許容できない。
 自分に至らない部分があって注意を受けるのなら問題ないが、それが濡れ衣で しかも注意ではなく説教となるとナギには耐えられないのだ。

(……思えば、高音さんには濡れ衣を掛けられてばかりだなぁ)

 そもそもの出会いが濡れ衣で、その後も しょっちゅう濡れ衣を掛けられていた。ちなみに、内容のほとんどは愛衣絡みだ。
 それだけ高音が愛衣を大事にしている と言うことなのだろう(とナギは認識している)が、少しは信用してもらいたいものだ。
 原作キャラだと気付いていなかった時は怪しかったが、原作キャラと認識した以上ナギに愛衣を狙う気持ちは一切ないのだ。

(そりゃあ、愛衣は危なっかしいから不安になるのもわかるけどさ……オレまで目の敵にするのはやめて欲しいなぁ)

 愛衣はシッカリしている面もあるが、ポヤポヤしている面もある。と言うか、あきらかに隙だらけだ と言わざるを得ない。
 有り得ない想定だが、仮にナギが本気になって口説けば愛衣は簡単に落ちるだろう。つまり、それくらい危なっかしいのだ。
 だから、愛衣に近付く男を退けたくなるのはわからないでもない……が、ナギには そんな気はないので無駄としか言えない。

(って言うか、愛衣に近付けたくないのならオレを掃除ボランティアになんて誘わなければいいんじゃないかな?)

 しばらく考えた後、ナギは「きっと、背に腹は代えられないってくらいに人手が欲しかったんだろうなぁ」と結論付ける。
 ナギにはわからない。高音がナギを愛衣に近付けたくない理由を根本的に勘違いしているナギには、わかる筈がない。
 掃除ボランティアに付き合わせる と言う名目で高音がナギと共にいようとしたことなど、ナギにはわかる訳がないのだ。

 それ故に、ナギは「特に『あの日』から高音さんのオレに対する警戒が上がった気がするんだよなぁ」とか過去を思うのだった。

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「……それで? 貴方は愛衣のことを どう思っていらっしゃいますの?」

 時は遡り、とある冬の日。麻帆良内の とあるオーブンカフェにて。高音がナギを睨み付けながら訊ねて来た。
 何故こんな状況になったのかと言うと、実はナギもよくわかっていない。気が付いたら、こうなっていたらしい。
 偶然 遭遇した高音に「少しお時間いただけませんか?」と半ば無理矢理に連れて来られた結果こうなったようだ。

「どうって……可愛い後輩だ とは思ってますが、別に恋愛の対象としては見ていませんから、安心してください」

 質問の意図を「愛衣に近付くな」と受け取ったナギは、率直な意見を答える。
 さすがに「原作キャラなので近付く気はありません」などとは答えない。
 しかし、質問の意図を履き違えているので、高音の神経を逆撫でしたようだ。

「……何を安心しろ と言うのですか?」

 高音は「愛衣を真剣に想っているのか」を訊ねたのだが、返って来た答えは「恋愛の対象外」と言うものだった。
 そのため、ナギが愛衣を弄んでいる と高音は誤解してしまい、怒気を迸らせながらナギに詰め寄る。
 経緯を理解していないナギは「テーブルから身を乗り出して顔を近付けるのは やめて欲しいなぁ」とか考えてるが。

「そんなの、決まっているじゃないですか?」

 今の状況は吐息が掛かる程の距離に顔があるため、高音が何かの拍子でバランスを崩してしまったら唇が触れてしまい兼ねない。
 そんなラッキースケベは そうそう起こらないだろうが、絶対に起こらないとも言い切れないためナギは仰け反るようにして高音から離れる。
 まぁ、高音の容姿は文句のない美少女なので、至近距離で顔を直視するのは少しだけ恥ずかしい……と言うウブな理由もあるが。

「――ッ!! 貴方、まさか……?!」

 ナギは「愛衣にとってオレは狼になる気は無いので安心してください」と言う意味で言ったのだが、
 何をどう勘違いしたのか、高音は「オレが興味あるのは貴女ですから安心してください」と受け取った。
 出発点が違うために起きた擦れ違いだが、ナギの残念さや高音の思い込みの激しさも大きく関係している。

(どうでもいいけど、周囲の「キツめの年上彼女とヘタレた年下彼氏の痴話喧嘩とか死ねばいいのに」って感じの視線が痛いなぁ)

 そんな視線で見られるのには訳がある。と言うのも、先程――ナギが指摘するまで高音がナギの手を掴んだままだったからである。
 真冬の寒空の中、オープンカフェで手を握っている男女。どう考えても、あきらかにバカップルにしか見えない構図だろう。
 まぁ、高音がナギの手を掴んでいたのはナギが『誘い』を断って逃げようとしたからなので、ナギに文句を言う権利はないが。

「とにかく、オレは愛衣を狙ってなんかいません。あくまでも、バイト先の先輩・後輩関係でしかありませんよ」

 高音の「まさか」と言う反応に疑問が残らないでもないが、蒸し返して話が伸びるのは避けたい。
 そのためナギは強引に話を締め括ると、運ばれて来てから放置され続けていたコーヒーを啜る。
 コーヒーはすっかり冷えていたが、一息 吐くために飲んだだけなので味は気にせずに飲み下す。

「…………わかりましたわ。とりあえず、それで納得して置きますわ」

 高音はしばらく無言でナギの瞳を覗き込んだ後、やや頬を赤らめながら納得を示した。
 きっと真偽を確かめるために見ていたが、我に返ったら急に恥ずかしくなったのだろう。
 高音が頬を染めた理由をナギはそう解釈したが……まぁ、言うまでもなく、見当違いである。

「その代わり、愛衣に変なチョッカイを出したら許しませんからね?」

 それ故にナギは「チョッカイ云々はわかるけど『その代わり』ってなんだろう?」とか思ってしまうが、
 当然ながら そんなことを訊ねられる空気ではなかった(肯定以外の返答は許される訳がない)ので、
 お得意の棚上げをすることにして「ええ、わかりました」とだけ答えて、話を終わらせたのだった。

 それが後々にも影響する勘違いを生んでしまうことになろうとは……残念過ぎる彼には想像すらできなかった。



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Part.06:高音・D・グッドマンの想い


 目の前の男――神蔵堂ナギは、私の話を聞き流して愛衣の方を眺めていました。
 何故か無性に腹が立ちましたので、ついついキツめに注意を促したのですが……

「ええ、もちろんですよ。でも、ついつい高音さんに目が奪われてしまって……話を聞いていないように見えたかも知れません」

 などと言う、歯の浮くようなセリフを臆面もなく並べ立てて誤魔化そうとしたのです。
 しかも、ちょっと照れ臭そうに頬をポリポリと掻く なんて言う小芝居のオマケ付きです。
 盗人 猛々しいと言うか……どうして こうも恥ずかしげもなく嘘を吐けるのでしょうか?

 ――まったく、信じられないような精神の持主ですわ。

 私はシャイなので そう言ったことはもっと違うシチュエーションで言ってもらいた――って、違います!!
 そ、そうではなくて!! 適当なことを言って話を誤魔化そうだなんて、実に許し難い精神ですわ!!
 そのため、一度は思わず納得し掛けてしまいましたが……多少強引でも、打ち消さねばなりませんね。
 私は簡単な女ではない と教えて差し上げねばなりませんので、追求の手は緩める訳にはいきません。
 ですから、ナギさんをギロリと睨み付けながら、愛衣の方を眺めていたことを指摘した訳です。

「……気のせいではないでしょうか? オレは高音さんしか見てないですよ?」

 わ、私しか見ていないなどと……嬉し――ではなく、そんな あからさまなセリフで喜ぶ程 私は安くありませんわ!!
 私は「ナギさんが愛衣の方を見ていたこと」を問い詰めているのですから、この程度では騙されてはあげませんわよ?
 しかし、どうしてナギさんは こうも不真面目なんでしょうか? 私の追求を性質の悪い冗談で誤魔化そうとするなんて……
 ついつい嬉しくなって――ではなくて、恥ずかしくなって――でもなくて、怒りで頬が紅潮してしまいますわ。
 こ、ここは一つビシッと言って差し上げなければ、ナギさんの不真面目さは いつまで経っても直らないでしょう。

「いえ、冗談のつもりはなかったんですけど……」

 じょ、冗談じゃないんですか? と言うことは、本気と言うことで……つまり、それは…………
 って、違います!! これは罠です!! いつもの「適当なことを言って誤魔化しているだけ」です!!
 大丈夫です。この程度のことでは もう騙されません。ですが、一旦 話題を戻して体勢を整えましょう。

「ちょ、ちょっと待ってください。何か論点が摩り替わってませんか?」

 論点など変わっておりません!! 私は「ナギさんが愛衣の方を見ていたこと」を問い詰めているのですから。
 まぁ、最初の頃は「清廉潔白に生きることの素晴らしさ」を説いていたり、話を聞いてないことを注意していましたが、
 今となっては それらは些細な問題です。今 大事なのは「ナギさんが愛衣の方を見ていたこと」なのですからね。

 ……そもそも、この男はいつも不真面目過ぎるのです。

 いつもヘラヘラと笑って、本気なのか冗談なのか区別が付かないことばかり言って……しかも、私に対して どこか年長者ぶって接するのですよ?
 まったく、ふざけ過ぎですわ。私は二つも年上なので……その、少しは敬意を持って接していただかないと立つ瀬がないではありませんか?
 確かにナギさんは年齢を大して気になさっていないようですが、私はそれなりに気にしているので――って、私は何を言っているのでしょうか?

 私はナギさんを責めているのであって、ナギさんとの年齢差を気にしなければならない理由などありません。むしろ、ある筈がありません。

 それに、男性には年上の女性の方がいいと言う方もいらっしゃるそうですし、ナギさんもきっと――って、だから、私は何を言っているのでしょうか?
 私は あくまでも愛衣とナギさんの仲を取り持つために――二人に清く正しく付き合っていただくために、ナギさんに関わっているのです!!
 その不真面目な言動で周囲の女性に『妙な誤解』を生んでしまっていることに気付いていないようですから、それを教えて差し上げているのです!!

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 そう、あれは期末試験が終わり、冬休みが始まる前の とある日曜日でした。

 出逢った当初は、美空さんと愛衣とで取り合う形になるのだろう と思って愛衣を応援するつもりでしたけど……
 愛衣から話を聞けば聞く程「愛衣とは遊びでしかないのでは?」と言う疑問が頭から消えなくなりました。
 ですから、疑問を解消するために偶然を装って接触し、半ば強引に連行して本音を聞かせてもらうことにしました。

「どうって……可愛い後輩だ とは思ってますが、別に恋愛の対象としては見ていませんから、安心してください」

 それはつまり、愛衣と真剣にお付き合いする気はない と言うことですわよね?
 ……何をどう安心しろ と言うのでしょうか? むしろ、不安は募る一方ですわ。
 そのため、私は立ち上る怒気を どうにか抑えて、極めて冷酷に真意を問い掛けました。

「そんなの、決まっているじゃないですか?」

 何が決まっている と言うのでしょうか? そんな どうとでも取れる言い回しで誤魔化される程 私の目は節穴ではありませんわよ?
 仰け反るようにして逃げようとしているのが確りと見えてますからね。きっと、何か後ろ暗いところがあるに違いありませんわ。
 それに、先程から頻りに視線を彷徨わせています。まるで私を直視することを避けているかのように。つまり、これで確定ですわね。

 恐らく、この男は愛衣を弄ぶつもり――ん? いえ、よく見てみると、この人、頬を染めてますわね? まるで、恥ずかしがっているみたいですわ。

 もしかして、この人が挙動不審なのは、後ろ暗いところがあるから ではなく、恥ずかしがっているから ですか?
 そうだとしたら、先程の「恋愛の対象外」と言う発言の真意は、愛衣を弄ぶつもりと言う訳ではないのでしょうね。
 と言うか、よくよく考えてみたら、たとえ そのつもりでも それを私に告げるメリットはありませんわね。
 つまり、先程の言葉は別の意味なのでしょう。そして、先程から恥ずかしがっていたことも含めて考えると……

 ――ま、まさか、この人は私を恋愛対象として見ている と言うことでしょうか?!

 い、いえ、それはおかしいです。だって、私達は会ったばかりです。しかも、濡れ衣を着せると言う出会い方でした。
 それなのに私を恋愛の対象としてみるなんて有り得ません。と言うか、嫌われていて当然です。むしろ、そうに違いありません。
 で、ですが、万が一と言う可能性もありますし、恥ずかしがっていた理由にも説明が付きますし……でも、有り得ませんし、
 そ、そもそも、私の方が2つも年上ですし、ああ、でも、年上の女性が好きなのかも知れませんし……もう、訳が分かりません!!

「とにかく、オレは愛衣を狙ってなんかいません。あくまでも、バイト先の先輩・後輩関係でしかありませんよ」

 そ、そうですね。とにかく、今は「ナギさんが愛衣を恋愛の対象として見ていない」と言うことを信じて置きましょう。
 そもそも、私が疑問に感じたのは「愛衣はナギさんを慕っていますが、ナギさんの方は そうではないのでは?」と言う点ですからね。
 その意味では、ナギさんの言葉は疑問を解消するものですし、愛衣を弄ぶ気がないのなら それはそれで構いませんわね。

 ――もちろん、愛衣を弄ぶ可能性を見せたら許しませんけどね?

 その時は魔法の秘匿なんて一時的に忘れて『黒衣の夜想曲』でフルボッコにして差し上げます。
 そして、その後で記憶を念入りに『消去』して、愛衣のことも私のことも忘れていただきます。
 もちろん、女性の純真を弄ぶような外道は制裁を受ける と言うことは身体に記憶させますが。

「ええ、わかりました」

 ナギさんに どこまで伝わったかは定かではありませんが、神妙そうな顔をしているので私の覚悟くらいは伝わったのでしょう。
 ちなみに、私は本気です。愛衣を弄ぶような真似をしたら、本気で魔法行使も辞さずに『対処』させていただきます。
 そんな理由で魔法を使うことにガンドルフィーニ先生はいい顔をしないでしょうが、女性陣は理解していただけるでしょう。

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 それだと言うのに……どうして、ナギさんはこうも不真面目なんでしょうか?

 と言うか、愛衣は恋愛の対象外なんですわよね? それなのに、何で愛衣を見ていたのですか?
 イヤらしい眼ではありませんでしたが、ナギさんの場合はイヤらしさを隠しますから微妙ですわ。
 ナギさんの場合、大真面目な顔をしてイヤらしい妄想を繰り広げていても納得できますからね。

 まぁ、幸いと言うか何と言うか、愛衣を含めて私の知る限りでは女性を弄ぶような真似はしていませんが……

 それでも、ナギさんの不真面目な態度に周囲の女性が『妙な誤解』をしてしまっているのが現状です。
 ナギさんに『その気』がないから現状は維持できていますが……それもいつまで続くか定かではありません。
 ですから、愛衣のためにも周囲の方々のためにも、ナギさんには真面目になってもらう必要があるでしょう。

 ……決して、私の希望は含まれていませんわよ?



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Part.07:これからの予定


「あ、あの、センパイ!! これから お暇ですか?」

 結局 高音の説教は愛衣が「あの~~、お掃除終わりましたけど、お二人は何でモメてるんですか?」とツッコんでくれるまで続いた。
 ナギがコッソリと「もっと早く止めて欲しかった」とか思ったらしいが、どう考えてもナギの自業自得なので愛衣に責められる謂れはない。
 むしろ、説教されていたナギも説教をしていた高音も ほとんど掃除をしていないため、一人で掃除させられた愛衣が責めるべきかも知れない。
 まぁ、愛衣は掃除が大好きなので愛衣が文句を言う訳ないが。と言うか、原因の方向性が違い過ぎるので、不満はナギにしか向かないだろう。

 閑話休題。愛衣がこれからの予定を聞いて来た件に戻ろう。

 今の時間は11時を少し回った程度なので、時間的に考えると「お昼ご飯、一緒にどうですか?」と言う誘いなのだろう。
 普段なら怖い先輩(高音)がいても可愛い後輩(愛衣)に誘われたら迷うことなく受けるナギだが、今日はいつもと違う。
 いつも以上に高音の目付きが怖く見える……のではない。と言うのも、ナギにはこれから「ちょっとした用事」があるのだ。

 ちなみに、その用事と言うのは、木乃香とネギからランチに招待されている と言う、いろいろと複雑な用事だ。

 実はと言うと、今日はネギの誕生日なので、今夜は いいんちょ主催で「ネギ誕パーティー」が開催されることになっているのだが……
 当然の帰結としてナギは招待されていないので、ナギを招けるパーティーとして昼に「プチパーティー」を行うことになったのである。
 いや、まぁ、プレゼントを郵送してプチパーティーは欠席する と言う選択肢も無かった訳ではないのだが、さすがに断れなかったらしい。

 いくら「原作キャラと関わりたくない」と思っているナギでも、態々 自分用にパーティーを計画されたら行かざるを得ないのだ。

「……ごめん。この後ちょっと用事があるんだ。だから、また今度ね?」
「そ、そうですか……では、また今度の機会にでも お願いします」
「本当、ごめんね。前以って言ってくれれば、次は空けて置くからさ」
「まぁ、ボランティアに参加していただけただけで充分ですわね……」
「本当にすみません。ですから、そんなに残念そうな顔をしないでください」
「べ、別に残念になんて思ってません!! 少し寂しく感じるだけですわ!!」
「(軽い冗談だったのに過剰反応されても困るなぁ)いや、本当、すみません」

 何だか居た堪れなくなったナギは「では、失礼します」と逃げるように その場を後にしたのだった。


 


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オマケ:木乃香の誕生日


 実はと言うと、3月18日(火)は木乃香の誕生日であった。

 本気で妙なフラグを固めたくない と望んでいるのなら無視すべきイベントなのかも知れないが、
 まき絵の一件で学習したナギは後々 面倒なことになるのを避けるために無視できなかったのである。
 妙なところで学習能力があるのがナギであり、大事な部分で学習していないのがナギなのだ。

 今回は、そんな お話である。

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「ごめんね、木乃香。呼び出したのに遅れちゃって」
「ええよ、ええよ。ウチが早かっただけやもん」

 ナギ罰が悪そうに声を掛けながら木乃香に近寄り、木乃香は笑顔でナギを迎え入れる。
 ここは『紫の広場』と呼ばれる広場で、男子中等部と女子中等部の中間に位置している。
 そのため、このように男子中学生と女子中学生との待ち合わせに よく使われるらしい。

「……それで、どないしたん? 何や大事な用なん?」

 木乃香としてはナギから連絡があること自体が珍しかったため、
 態々 呼び出されたとあっては何か重要な用件だと勘繰るのも無理はない。
 まぁ、今回の場合に限っては それは単なる杞憂に過ぎないのだが。

「ん? ああ、ごめん。用件を伝えてなかったね。え~~と、何て言うか、その、ハッピーバースデーってヤツだよ」

 己の不備に気づいたナギは、痒くも無い頬を掻きながら不備を詫び、
 後ろ手に持っていた包みを照れ臭そうに木乃香に差し出す。
 慣れていると言えば慣れているのだが、改まると恥ずかしいらしい。

 意外かも知れないが、ナギにも羞恥心と言うものは備わっているのである。

「……ほぇ? つまり、これって、誕生日プレゼントってことなん?」
「うん、一応そのつもりだよ。だから、受け取ってくれると有り難いんだけど」
「あっ!! ご、ごめんなぁ。その、嬉しぅて ちょおボ~ッとしててん」

 包みを差し出したままの姿を晒していたナギはちょっとマヌケであった。そのため、それに気付いた木乃香はワタワタしながら包みを受け取る。

「そっか。いや、迷惑だったのかな とか思って、ちょっとビビったよ」
「そ、そんなことあらへんって。ウチ、とっても嬉しいえ?」
「それなら よかった。やっぱ喜ばれなきゃプレゼントじゃないしね」

 そう言いながらもナギは目線で「開けてみて?」と告げ、木乃香も「ええんか?」と確認しながら開ける。
 そして、包みを開けた木乃香は「えっ?」と絶句する。なんと、そこにはファンシーなタロットが入っていたのだ。

「……あれ? もしかして、気に入らなかった? 木乃香って占い好きだったと気がしたから、そんなんどうかなって思ったんだけど?」
「あ、いや、その……あ、ありがとぉ。なぎやん が占い好きやって覚えててくれて、ウチとっても嬉しいえ? 大切にするな?」
「そう? だったら、よかった。記憶力に自信はあるけど、記憶って都合よく改竄されるものだからさ、ちょっと不安だったんだよ」

 木乃香の様子に「失敗だったかな?」とナギは不安そうな表情を見せるが、木乃香は戸惑っていただけのようだ。

 と言うか、木乃香はプレゼントされたこと自体やタロットそのものも嬉しかったのだが、
 どうやら「占いが好きだと言う情報をナギが覚えていたこと」が何よりも嬉しかったようである。
 つまり、ナギのプレゼントは(ナギが想定していた以上に)効果は抜群だったと言える。

 もちろん、そのことにナギが気付いている訳がないが。


 


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後書き


 ここまでお読みくださってありがとうございます、カゲロウです。
 以前から「改訂した方がいい」と言う意見が多数あったので、今回(2012年4月)大幅に改訂してみました。


 今回は「高音と愛衣を中心にしてみた筈なのに、最後の木乃香に持ってかれた気がする」の巻でした。

 ちなみに、二人が主人公を掃除ボランティアに駆り出したのは、ホワイトデーの『御礼』だけではありません。
 ボランティアを口実に主人公と接触を持ちたかった と妄想していただけると甘酸っぱくなれると思います。
 あ、おわかりでしょうが、愛衣の魔法世界出身とかに関しては完全なオリジナル設定です。と言うか捏造設定です。
 一応「愛衣がジョンソン魔法学校に留学していた」のは原作にありますけど、他はデッチ上げもいいところです。

 あと、ネギの誕生日が3/31って言うのもデッチ上げです(初投稿した頃は1994年3月7日~4月ってのが通説だったので、3/31にしたんです)。


 ……では、また次回でお会いしましょう。
 感想・ご意見・誤字脱字等のご指摘、お待ちしております。


 


                                                  初出:2009/08/28(以後 修正・改訂)



[10422] 第09話:麻帆良学園を回ってみた【改訂版】
Name: カゲロウ◆73a2db64 ID:552b4601
Date: 2013/04/30 20:56
第09話:麻帆良学園を回ってみた



Part.00:イントロダクション


 引き続き、3月31日(月)。ナギが掃除ボランティアに駆り出された日であり、ネギの誕生日でもある日。

 高音達と別れたナギは一度 自室に戻り、ネギの誕生日プレゼントを持って女子寮に向かった。
 ちなみに、5話で語られた様にナギは特別許可を与えられているため何の問題もなく女子寮に入れた。
 むしろ、警備員や管理人に「問題を起こさない程度に頑張ってね」と生暖かく応援されたくらいだ。

 ……何を頑張ればいいのだろう? 顔で笑いつつ心で泣きながら、ナギはそう思ったらしい。



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Part.01:誕生日を祝ってみた


 と言う訳で、ナギは木乃香 & ネギの部屋にやって来た。

 部屋は可愛らしい装飾に彩られており、美味しい料理の匂いも漂っている。パーティーの準備は万端、と言えるだろう。
 ちなみに、パーティーの参加メンバーはナギ・ネギ・木乃香の3人であり、まさにプチパーティーと言う名が相応しい規模だ。
 一瞬、ナギは「ネギって友達がいないの?」と不安になったが、昼は少人数でやりたかっただけらしいので一安心したようだ。

(いや、そもそもオレがネギの交友関係を心配する必要なんてないんだけどね?)

 しかし、それでも心配してしまうのがナギのナギたる所以だ と言えるだろう。
 ここで何も感じない様な強靭な精神の持ち主なら、こんな状況になっていない。
 ネギを見捨てられないからこそ、こんなフラグが乱立した状況になっているのだ。

(そ、それはともかく!! サッサと本題に入ろう!!)

 かなり強引な話題転換だが、いつまでも考え込んでいる訳にもいかない状況なのも事実だ。
 何故なら、ネギがナギの右手に持たれたプレゼントをチラチラ見ながら気にしているからだ。
 きっとプレゼントが楽しみなのだろう。そう判断したナギは もったいぶらずにサクッと渡す。
 ちなみに、そのついでに撫でてと言わんばかりに差し出されている頭を撫でてやることも忘れない。

「あ、ありがとうございます」

 満面の笑みを浮かべて礼を言うネギを見て、ナギはとても穏やかな気分になる。
 まだ中身を見ていないのでネギはプレゼントされた行為そのものが嬉しいのだろう。
 そして、それがわかるからこそナギも嬉しいのである。素直な感謝は貴重なものなのだ。

「まぁ、開けてみて?」

 ネギがプレゼントを開けていいものか視線だけでナギに訊ねて来たのを受け、ナギは鷹揚に頷きながら許可を出す。
 時と場合によってはプレゼントを その場で開ける行為はマナー違反になるかも知れないが、この場は問題ない。
 贈ったナギが直に反応が欲しいのもあるが、そもそも ここには身内しかいないので重大なマナー違反でなければ問題ないのだ。

「こ、これって……!!」

 包装を剥がし終え、中身を確認したネギが驚愕の声を上げる。ナギとしては「うんうん、その反応が見たかった」と言う感じだろう。
 気になるプレゼントの内容だが……ティーカップのセットで、ホワイトデーの時に贈ったティースプーンと同じメーカーのものである。
 実は、ティースプーンと一緒にフリマで売っていたものであり、誕生日に贈るためにティースプーンとセットで買って置いたらしい。
 ちなみに、値段はスプーンと併せて1万円で、元の値段を考えると かなりのお買い得だった(ナギは元の価値を理解してはいないが)。

(少々高く付いたけど、それも「この笑顔」と比べたら安いものさ)

 とかカッコつけてるナギは正直ウザいが、その気持ちもわからないでもない。ここまで喜んでもらえたら、贈った甲斐がある と言うものだろう。
 と言うか、そもそも今回のプレゼンドは「安全を買うための先行投資」でもあるので、そう言う意味でも「高いが安いと言える買い物」だろう。
 ここで、勘違いされるかも知れないので敢えて言って置くが、ナギとて「プレゼントして喜ばせるとフラグが固まる」ことくらい、わかっている。
 だが、ナギは自身の言動が裏目に出ることを自覚しつつあるため「むしろフラグを固めようとすればフラグが崩れる筈だ」とか考えているのだ。
 まぁ、残念ながら、裏目に出るのはナギが望んでいない方向の時だけなので、今回は普通にネギの攻略フラグが固まるだけだが(実に残念である)。

「ちなみに、例の如く本物かどうかはわからないから、偽物だった場合は気持ちだけ受け取って置いてね?」

 そのため、ナギは前回と同様に「偽物でも責任は取れないよ」と言う言葉を間違った包み方で包んで伝えてしまう。
 前回、妙な勘違いをされてしまったことをスッカリ忘れている辺り、実にナギらしいと言えるだろう(やはり残念だ)。
 学習能力は低くない筈だし反省も後悔もしている筈なのだが、どうしても深く考えない言動をしてしまうようだ。

「はい!! ナギさんの気持ち、シッカリと受け取りました!!」

 当然ながら、ネギはナギの言葉を好意的に解釈したようで、輝かんばかりの笑顔を浮かべる。
 まぁ、それを見たナギは「ああ、また妙な誤解をさせてしまったみたいだ」と思いつつも、
 同時に「まぁ、少しくらいならいいか」とも思ってしまったらしいので、最早どうしようもない。

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 …………………………………………………………

「そう言えば、木乃香は何を贈ったの?」

 プチパーティーは大した問題もなく始まり、大した問題もなく進んだ。
 そして、宴も酣と言ったところで、何の脈絡もなくナギが切り出した。

「いや、どんな物を贈ったのか ちょっと気になってね」

 木乃香が「ほえ? ウチ?」と不思議そうな顔をするのを受けて、ナギは軽く頷いて答えを促す。
 別に どうしても訊きたい内容な訳ではない。ちょっとした話題にするために聞いただけだ。
 だから軽い気持ちで訊いたのだが……木乃香から返って来たのは予想以上に とんでもなかった。

「そうなんかぁ。実はネギちゃんの可愛さが凶悪になる『必殺アイテム』を贈ったんや♪」

 木乃香は「いい仕事したで」と言った笑顔でキメて来る。と言うか、サムズアップまでして来る始末だ。
 それだけ己のプレゼントに自信があるのだろう。だが、何故かナギとしては不安しか生まれない。
 どうしても『可愛さが凶悪になる』と言う表現や『必殺アイテム』と言う響きが気になってしまうようだ。

「え、え~~と、その必殺アイテムって どんな感じのなの?」

 しかし、ナギは尋ねざるを得なかった。何故なら、木乃香が「聞いて聞いて♪」と目だけで語って来ているからだ。
 言うまでもないだろうが、ここで無視する選択肢などナギにはない。それだけ木乃香のプレッシャーは半端ないのだ。
 と言うか、ここで無視したところで「実は、こんな感じの物なんや」とか勝手に話し始めそうなので無視しても意味がない。

「ふっふっふ……コレや!! なんと、ウチ特性のネギちゃん専用メイド服や!!」

 それはメイド服と言うには あまりに小さ過ぎた。
 小さく薄く短く、そしてフリルが過剰すぎた。
 それは まさに『萌塊(萌えの塊のこと)』だった。

(いや、そうじゃないね。いくらベルセルクが好きだったとしても、メイド服をたとえるのに引用するのは何かが違うよね)

 どうやら、あまりにもショックが大き過ぎてナギは少々壊れてしまったようだ(まぁ、普段から壊れ気味だが)。
 つまり、それだけナギは木乃香を信じていた と言うことだろう。きっと大和撫子を幻想していたに違いない。
 それなのに、こんな萌えを理解しちゃっているような女のコだったのだから、ナギのショックは推して知るべしだ。

(お、落ち着け、オレ。これは、木乃香流のボケなのかも知れないじゃないか?)

 きっと「いや、どこのメイド喫茶なのさ?」とか言うツッコミを期待しているのだろう。その筈だ。
 だから、ナギがすべきことはショックに打ちひしがれることではない。そう、木乃香へのツッコミだ、

「あのさ……木乃香、これって――」
「――ちなみに、色違いもあるで?」
「え? ボケじゃないの? マジなの?」
「もちろん、ウチはいつでもマジやえ?」

 しかし、現実は非情だった。どうやらボケではなくマジだったらしい。と言うか、実物を用意してまでボケる訳がない。

「メイド服は黒が基本やろ? でも、専用なら赤やろ? せやから、両方作ってみたんよ♪」
「なるほど~~。三段論法が あまりにも見事で、こんな時どんな反応すればいいかわからないや」
「ああ、つまりアレやな? 爽やかに『笑えば、いいと思うよ』とか言って欲しいんやな?」
「いや、違うから。これは振りじゃないから。ガチで どう反応すればいいのか困ってるから」

 今のナギにはネタに走る余裕はない。それだけショックは大きかったのだ。

(ま、まぁ、確かにメイド服は黒が一番だと思うよ? それに、赤い彗星に憧れた坊やとしては専用は赤一択だよ?
 だから、両方用意してくれたのは嬉しいさ。特に、赤のメイド服って、これはこれでイケることがわかったしね。
 黒以外のメイド服は認めてなかったけど、どうやら食わず嫌いなだけだったようだね。特にネギの髪の毛と相俟って――
 ――って、違うな。今の問題はメイド服じゃなくて、木乃香が かなりネタを理解できてしまっている件だよ。
 原作との乖離が著しいと言うか、ネギへの影響力を考えると頭が痛くなると言うか、もう何て言えばいいんだろ?
 あ、でも、こんな木乃香も有りだとは思うよ? こんな木乃香となら、肩肘張らずに楽しい関係が築けそうだからね)

 だから「ナニイッテンノ?」とツッコみたくなるようなことをナギが考えたとしても、ナギを責められない筈だ。多分、きっと、恐らくは。

「え~~と、結論としては……木乃香、グッジョブだね!!」
「うんうん、そやろ? いやぁ、頑張った甲斐があるえ」
「あ、ちなみに、オレ的には木乃香にも着てもらいたいよ?」
「――ッ!! も、もぉ、なぎやんってば、ややわ~~」

 だから、ついつい本心を口走ってしまったナギは悪くない筈だ。その結果、トンカチで「ゴチン!!」とツッコまれたが、悪くないに違いない。



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Part.02:散歩部に巻き込まれてみた


 と言う訳で、ネギの誕おめパーティー(プチ)は無事に終わりを告げた。

 ちなみに、ナギがトンカチの痛みから復活してからのことだが……主に精神的な意味で お腹がいっぱいになるような状況になったらしい。
 何でも、木乃香の「ネギちゃん、ウチのプレゼント着てくれへんか?」と言う言葉で始まったネギのメイドなファッションショーとか、
 木乃香が「ここのフリルがポイントやと思うんや」とかメイド服についてアツく語ったりとかで、ナギは いっぱいいっぱいになったそうだ。

(あれ? よく考えてみると、その状況を第三者的に見たら、オレって「幼女にメイドのコスさせる鬼畜野郎」なんじゃない?)

 改めて振り返ってみると、ナギは何も悪くない筈なのに何故か極悪人にしか見えない。実に不思議だ。
 ちなみに、その事実に気付いてしまったナギが心の中で滝のような涙を流したのは言うまでもないだろう。

「あの、ナギさん? さっきからボ~ッとして どうしたんですか?」
「そうですよー? ボ~ッとして歩いていると危ないですよー?」
「そうだぜ? ただでさえアブないんだから気を付けろよなー?」

 心の中で涙を流していたナギを気遣う声(約一名は微妙)が掛けられた。

(いや、まぁ、確かにボ~ッとしていたけどね? それでも注意は怠ってないから大丈夫だよ。
 って言うか、ネギと史伽は心配してくれたからいいとして、風香のセリフは どうなんだろ?
 お前の「危ない」は意味が違うって言うか「何がアブないんだよ?」って言いたいんだけど?)

 ところで、状況の説明が遅れたが……現在の状況を説明して置こう。

 ネギ誕プチパーティーが恙無く終わったので「さぁて、帰って昼寝でもしようかなぁ」と帰る気満々で部屋を出ようとしたナギだったが、
 ちょうどネギを「麻帆良周遊散歩」に誘いに来た鳴滝姉妹と遭遇し、何故か「ついでだから一緒に回ろう」と言う流れになったのである。
 ちなみに、木乃香も来たがってはいたのだが、近右衛門から「用事があるので来ておくれ」と呼び出されたので木乃香は不参加らしい。
 ナギが近右衛門に恨みを覚えたのは言うまでもないだろう。何故なら、近右衛門のせいで幼女三人を侍らせた鬼畜野郎になってしまったからだ。

 閑話休題――と言いたいところだが、鳴滝姉妹の紹介をしていなかったので、余談を続けよう。

 鳴滝姉妹は、2-Aが誇る「ロリい三連星(今はネギもいるので四人だが)」の一角を担うチビっ娘の双子だ。
 姉の方が「鳴滝 風香(なるたき ふうか)」と言う、ツリ眼気味で小生意気なボクっ娘であり、
 妹の方が「鳴滝 史伽(なるたき ふみか)」と言い、タレ眼気味で大人しめな妹キャラである。

 ナギとは この前の終業式の打ち上げパーティーの時に知り合ったばかりだが、ネギを介してよく絡んだので普通に友達のような関係になっている。

(まぁ、今更「ネギクラスのコと仲良くなると死亡フラグが立ってしまう!!」なんて言う気はないさ。
 だって、最早いろいろと手遅れだからね。今更、一人や二人 関わりが増えても何も変わらないって。
 でも……「ロリ」とか「ペド」とか「鬼畜野郎」とか言われるのは、我慢ができないんだよねぇ)

 ナギとしては「オレは単に幼女も愛でられるだけ」らしいので『不当な評価』らしい。傍から見ると全然 不当ではないが。



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Part.03:女子運動部に行ってみた


「と言う訳で、やって来ちゃいましたー」
「麻帆良学園女子中等部専用体育館!!」
「ここでは21もある体育系クラブの生徒が――」
「――青春の汗と涙を流しているのだよ!!」

 史伽と風香が「打ち合わせでもやっているのだろうか?」と疑いたくなる程に見事な連携で説明をしてくれる。

 恐らく、これが双子のクオリティなのだろう。何かが違う気がするが、ナギは そう納得したらしい。
 ところで、双子が説明してくれた様に ここは女子中等部の体育館であり、本来なら男子禁制のエリアだ。
 だが、何度も語られている様にナギにはフリーパス(寮以外も適用される)があるので特に問題ない。
 それはそれで問題があるような気がしないでもないが、問題がないに違いない。多分、きっと、恐らくは。

「あれー? ナギっち? それにチビっ娘三人衆も?」

 そんなバカなことを考えていたナギに裕奈が話し掛けて来た。
 練習はいいのか不安になるが「キャプテンなのでノー問題」らしい。
 どう考えても問題がある気はするが、裕奈的には問題ないのだろう。

「やぁ、ゆーな。相変わらず元気だねぇ」

 ナギは「せっかく相手してくれるのだから野暮なことは言うまい」と疑問を押し殺して、裕奈に話し掛ける。
 ちなみに、ナギの視線は裕奈の顔を向いているが、心の目では胸をジックリ拝んでいると思ってくれて構わない。
 と言うか、ドリブルすると乳揺れ祭になるので、ボールではなくて乳の方を目で追ってしまうのは男の性だろう。

 某スーパーなロボットの対戦ゲームで戦闘カットインが流れる際、戦闘そっちのけで ついつい乳揺れを見てしまうのと同じ理論だ。

「どったの? 目撃者が多いから、三人を体育倉庫に連れ込むつもりなら、今はやめて置いた方がいいと思うよ?」
「いや、散歩部に付き合っているだけだから。って言うか、その発想は女子中学生として如何なものかと思うんだけど?」
「ナギっちは女子に対して幻想を抱き過ぎだよ~~。ナギっちの想定以上に女子中学生の思考はオッサン臭いんだよ?」
「いや、たとえそうだとしても、それを男子に見せないのが乙女の恥じらいとかプライドとかだと思うんだけど?」
「そりゃそうかも知れないけどさ……常識的に考えて、私が そんなもんをナギっち相手に発揮する訳ないじゃん?」
「まぁ、そりゃそうか。だって、ゆーなだもんねぇ。恥じらいとかプライドとか見せられても反応に困るよ、うん」
「……まぁ、そう言う訳で、話は戻るけど、今は人が大勢いるから体育倉庫に連れ込むのはやめた方がいいと思うよ?」

 裕奈はナギ達の来訪が意外だったようで、しつこく「それ何てエロゲ?」的なネタを振って来る。

「? 体育倉庫って行っちゃダメなんですか?」
「え? え~~と、それはですねー」
「まぁ、大人になればわかるってヤツだ」

 どうでもいいことだが、後ろの方でチビっ娘三人衆が妙な会話をしている件については放って置いた方がいいだろう。薮蛇になりそうだ。

 と言うか、ネギが「体育倉庫に連れ込む」と言う意味を理解していなくて、ちょっとホッとしたのはナギだけではない筈だ。
 普段のネギを見ていると「体育倉庫に連れ込む」と言う意味を簡単に理解しそうだから不思議だ。いやぁ、本当によかった。
 まぁ、もしかしたら、理解したうえで理解していない振りをしているだけかも知れないが……それでも、理解していないと信じたい。

「そ、それはともかく!! せっかく来たんだから勝負しない?」
「ん? 別にいいけど……ただ単に勝負するのは つまんないよね?」

 お子様(ネギ)の言葉が聞こえたのか、裕奈はやや強引に話題の転換をする。さすがにネギへの悪影響を考えたのだろう。
 当然、空気の読めるナギは裕奈の思惑に乗るが、残念ながらナギは性格が歪んでいるので「何か賭けようよ?」と暗にオマケを要求する。
 人の弱みに付け込むのは どうかとは思うが、相手が裕奈なので大した問題ではない。何故なら、二人は よく賭けをしているからだ。

 まぁ、賭けと言っても、せいぜいが「ちょっとした罰ゲームをする」くらいだが(いくら何でも金銭は賭けない)。

「ん~~、じゃあ、『敗者は勝者の言うことを聞く』って言うのは、どうよ?」
「へぇ? いいの、そんな条件で? 悪いけど手加減してあげないよ?」
「もっちろん。やっぱ、本気になってもらわなきゃ勝つ意味ないっしょ?」
「ほほぉ? 本気のオレに勝とうって思ってる訳だね? おもしろいねぇ」

 どうでもいいが「言うことを聞くって……これがXXX版ならルート確定じゃん」とか考えたナギは もう末期だろう。

 さて、話は戻るが、裕奈とナギは以前にもバスケで勝負したことがあり、その時は悲しいくらいにナギが圧勝した。
 あれから裕奈がどれだけ腕を上げたのかは未知数だが、どう考えても圧倒的な実力差は埋まっていないだろう。
 つまり、何らかの秘策がある と考えるべきで、オマケとは関係なく面白い展開になって来た と言うことである。

「ふっふっふ。じゃあ、3ON3で勝負にゃ!!」

 裕奈は「どどーん!!」と言う効果音を背負うような勢いで勝ち誇っているが……さすがに、それはないと思う。
 具体的に言うと、あまりにも秘策がションボリ過ぎてナギだけでなく周囲もポカンとしている くらいだ。
 確かに1ON1とは言ってませんでしたけど だからと言って3ON3にするのはどうかと思います、と言うのが
 バスケ部員も含めた その場にいる全員の心のツッコミである(キャプテンとしての株価が大暴落したことだろう)。

(ちなみに、気になる結果は……オレ達の快勝だった。鳴滝姉妹に出てもらったのが勝因だろうね)

 鳴滝姉妹は甲賀忍軍を騙るだけあって、なかなかの身体スペックを持っているのである。
 背が小さいからと言って「バスケでは足手纏い」と考えてはいけない、と言うことだ。
 と言うか、裕奈はクラスメイトなのだから二人の戦力を予想していてもいいと思うのだが?

(まぁ、大方『3ON3と言う策』を思い付いたところで勝ったつもりになったんだろうなぁ)

 きっと「1ON1が無理なら、3ON3で戦えばいいじゃない!!」と言う発想だったのだろう。
 裕奈は「あっれー?」と言う顔をしていたが、足手纏いがいないのだから必然の結果だ。
 さすがに鳴滝姉妹だけならバスケ部員を相手するのは少々キツかったかも知れないが、
 ナギと言う規格外な身体スペックを持つ存在がいたので、総合的に戦力が上だったのだ。

(ところで、ゆーなへの命令は「直ぐには思い付かないから貸しにしとく」って感じで保留にして置いたから)

 さすがのナギも、あの場で「胸を拝ませて」とか「ぱふぱふして」とかとは言えなかったようだ。
 と言うか、もしそんなことを言っていたら、その場でバッドエンドに直行していただろう。
 ナギの女子からの株価がストップ安になるのもあるが、ネギがマジギレしてナギが粛清されるからだ。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「と言う訳で、再び やって来ちゃいましたー」
「麻帆良女子中等部専用スケートリンク!!」
「ここではスケートをはじめとした氷上競技者達が――」
「――青春の汗と涙を流しているのだよ!!」

 再び、史伽と風香が「打打ち合わせでもやっているのだろうか?」と疑いたくなる程に見事な連携で説明をしてくれる。

「あ、やっほー♪ ナギ君、ネギちゃん、風香ちゃん、史伽ちゃん」
「やぁ、チ――まき絵。相変わらずバ――を和ませる笑顔だねぇ」
「チ? まぁ、とにかく、笑顔は私の数少ない得意分野だからね♪」

 ナギの言葉に首を傾げつつも、底抜けに明るい笑顔を振りまく まき絵。

(ああ、その笑顔が眩しい。ついついチルノとかバカとか言いそうになった自分が情けない。まぁ、うまく誤魔化せたようだけど。
 って言うか、三人とも普通に「こんにちは」とか「ちわっす」とか「こんにちはですー」とか挨拶を返してるんだけど……
 まき絵の「やっほー♪」と言う挨拶に対して誰もツッコんでいないのはスルーしたから? それとも、2-Aじゃ あれが普通なの?)

 内心で反省しつつもナギは疑問に頭を抱える。極めてどうでもいいことなのでスルーするが。

「で、みんなして何しに来たの? もしかして……私の応援をしに来てくれたの?」
「実は、ナギのヤツがどうしても まき絵のキワドい衣装が見たいって言い出してさ」
「ええっ!? ナ、ナギ君のえっちー!! そう言う目でスポーツを見ちゃダメだよー!!」
「いや、違うから。風香がデマカセ言っただけだから。って言うか、その反応でいいの?」

 ナギがどうでもいいことを考えている隙に、横から出て来た風香がとんでもないことを口走る。

 だが、問題はそこではなく、それをアッサリ信じたうえに胸元を隠すだけの まき絵の反応かも知れない。
 隠した胸元よりも露出度が激しい股間周辺の方がキワドい と思うのはナギだけではない筈だ。
 まき絵の格好は練習用の衣装なので本番のヒラヒラしたような衣装ではないが、それでも結構キワドいのだ。

(まぁ、仮に下を隠したとしても、今度は胸の方が気になるから、結果的には変わらないかな?)

 最近のナギは多感なようで、少しキワドいだけでも かなりドキドキしてしまうらしい。
 もちろん、ナギにフィギュアをイヤらしい目で見るつもりはない。結果的にそうなっただけだ。
 人形の方のフィギュアはイヤらしい目で見る自信はあるが、スポーツは純粋に観賞するのだ。

 極めて説得力はないが、それでも信じてあげるべきだ。変態には変態としての矜持があるからだ。

「と、とにかく!! 練習の邪魔はしたくなから、トットと次の場所へ行こう?」
「え~~!? もう行っちゃうの? もうちょっといてくれてもいいじゃん」
「いや、でも、オレの視線が気になるんだよね? だから退散した方がいいでしょ?」
「大丈夫だよ。ナギ君が えっちなのは元々じゃん? 今更そんなの気にしないって」

 気分を取り直して退散しようとしたナギを何故か まき絵は呼び止める。と言うか、地味に まき絵は辛辣だと思う。

 ところで、練習は大丈夫なのか気になるが、ちょうど休憩時間なので邪魔ではないらしい。
 だが、明らかに周囲のナギに対する視線が冷たいので、別の意味で邪魔に思われているのだろう。

「ですが、せっかくの休憩時間を邪魔することになりますから、やはりここは退散しますよ」
「ううん、邪魔じゃないよ? こうして みんなとオシャベリしている方が休憩になるんだよ?」
「そうですか? でも、他の方々の目障りになっていると思いますので、退散して置きます」
「そんなことないってばぁ。フィギュアは見せる競技だから、観客はカモンベイベーなんだよ?」

 ナギがまき絵の辛辣な言葉に軽くショックを受けている隙に、今度はネギが横から踊り出て来る。

(まき絵、今時「カモンベイベー」は どうかと思うよ? まぁ、みんな例の如くスルーだったけど。
 ところで、ネギとまき絵の間に火花が散っているような気がするんだけど……止めた方がいいのかな?
 あ~~、でも、どうやって止めよう? って言うか、そもそも何で この二人って仲が悪いんだろ?)

 困ったナギは横目で鳴滝姉妹の様子を窺ったのだが……史伽はアワアワしていて、風香は興味深そうに見ているだけだった。

(……うん。コイツ等、役に立たねぇ。いや、人のこと言えた義理じゃないけど。
 でも、少しくらいは役に立ってくれても いいよねね? だって、原因の一端だよ?
 だって、ネギとまき絵の仲が悪いのを知っていた筈なのに連れて来たんだもん)

 微妙に論点が摩り替わっている気がするが、それだけ困っているのだろう。

 と言うか、二人が知らなかったと仮定すれば、自ずとネギとまき絵の仲が悪くなった理由も察しが着くだろうに……
 まぁ、それができないからこそナギはナギなのだろう。惜しいところまで想定するが、最後の最後で台無しになるのだ。
 しかも、出した結論が「うん、よくわかんないから ここは放置しよう」だったので、残念としか言いようがないだろう。

 ……結局、ネギとまき絵の楽しい楽しい会話は まき絵の休憩が終わるまで続いたらしい。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「と言う訳で、またまた やって来ちゃいましたー」
「麻帆良女子中等部専用屋内プール!!」
「ここでは主に水泳部のみんなが――」
「――青春の汗と涙を流しているのだよ!!」

 はい、三回目です。三度、史伽と風香が「打ち合わせでもやっているのだろうか?」と疑いたくなる程に見事な連携で説明をしてくれた。

 見事なコンビネーションにナギは脱帽だ。だから、ここら辺で帰るべきだろう。
 何故なら、みんな水着だからだ。視線が冷たいを通り越して痛いレベルだ。
 さすがのナギも「役得だ」とか「目の保養だ」とか喜べる状況ではないのだ。

「……ナギ君、どうして こにいるの?」

 アキラの言いたいことはナギにもよくわかる。痛い程によくわかる。
 つまり「早く この場から立ち去れ、この変態が!!」と言いたいのだろう。
 だから、そんな冷たい目で見てはいけない。ナギの心がヘシ折れてしまう。

「いやぁ、ナギがどうしてもアキラのみz「さすがにそれは言わせねぇよ?!」……チェッ」

 恐らく、風香は「アキラの水着が見たいって言い出してさ」とか言うつもりだったのだろう。流れ的に考えて。
 それを察したナギは、某マイホームな お笑いトリオのツッコミ(大仁田氏にソックリ)の如くツッコんだ。
 ナギとしては「最近、ツッコミもできるようになって来たようだね」と自画自賛したいが、今はそれどころではない。

「ってことで、邪魔したね?」

 ナギは「これが答えだ」と言わんばかりに風香の首根っこを掴まえて猫持ちし、その場を去って行った。
 つまり、風香が悪巧みをした結果だ と言いたかったのだろう(恐らく、理解できたのは2-Aのアキラだけだ)。
 それ故に、鮮やかに退場したナギだが、そんなナギに突き刺さる視線の多くは死線と言うレベルのままだった。

(あっれ~~? おかしいなぁ? オレ、被害者の筈なのになぁ?)

 きっと密かにアキラを視姦したのが問題だったのだろう、とアレな納得をするナギ。
 答えは「説明不足だから」だったのだが、ナギはそう納得したようだ。相変わらず残念である。

(でも、あの場合は仕方がないって。だって、アキラの水着姿が想定以上に凄かったんだもん。
 しかも、競泳水着だからか、強調される部分がより強調されてて かなりドキドキしたんだよねぇ。
 いやぁ、前から「いいカラダしてるなぁ」とは思ってはいたんだけど、まさかここまでとは……)

 水着になったところを見ると、服を着ている時 以上に肉体美を感じてしまい ついつい見てしまったらしい。

(もうね、ついつい「あっ、おっきしちゃった」とか言う危険なネタをかましたくなるくらい、刺激的だったね。
 あ、だからって、別に風香のせいにして「女子中学生の水着姿を拝みたい放題だ!!」って下心はなかったよ?
 だから、予想以上にアウェイで「下心を出さずに最初から離脱して置けばよかったなぁ」とも思ってないからね?)

 まったく説得力はないが、それでも無罪を主張するらしい。あきらかに有罪だが……まぁ、主張するだけなら自由だ。

 ところで、ナギの名誉のために敢えて言って置くが……プールを出た後、風香がチア部の方に行こうとしたので、
 さすがのナギも「すみません、オレもう帰っていいですか?」と泣きながら行くのをやめるように懇願したらしい。
 チラリズムを見たいとも思ったようだが、チアの衣装は見られることが前提なので微妙に萌えが足りないとか何とか。

 好意的な解釈をすると、チア部のコ達とは面識がほとんどないので遠慮したのだろう(まぁ、面識があっても遠慮しろ と言いたいが)。



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Part.04:一時の休息を取ってみた


 と言う訳で、ナギ達は今オサレなカフェで休んでいる。

 言うまでもないだろうが、何がどう『と言う訳』なのか は深く考えてはいけない。鮮やかにスルーするのが大人の嗜みだ。
 と言うか、ナギ自身も何故こんな事態になっているのか わかっていない。気が付いたら そうなっていたらしい。
 まぁ、敢えて語るとしたら、食堂棟の前を歩いていたら史伽が「そろそろ おやつにしたいですねー」と言い出したことくらいだ。

 ちなみに、ナギは「一刻も早く帰って寝たい」と思っていたが、チビっ娘達に期待の眼で見られたので拒否できなかったらしい。

「あ~~♪ このマンゴープリン ココパルフェおいしー♪」
「そうですねー♪ さすがは今月の新作ですねー♪」
「数量限定なのが玉に瑕ですが、逆に心憎いですよね♪」

 しかし、こうして幸せそうにスイーツをパクついている姿(見た目だけなら まるで天使)を見られたので拒否しなくて正解だっただろう。

(特に、風香なんて いつもは小生意気なだけなのに今はちょっと可愛く見えるし。もちろん、幼女的な意味で。
 それに、史伽も「幸せですー」って顔が堪らないね。ついつい お持ち帰りしたくなっちゃうから注意が必要だよ。
 ついでに、ネギも歳相応に見えると言うか「心憎い」と言う言葉をナチュラルに使っているのが不思議だねぇ)

 途中から妙な方向に話が進んでいるが、つまり それくらいスイーツをパクついてる三人は可愛らしかった と言うことだ。

(……ふぅ。この光景を見ていると、これまでの悪戯を許してあげてもいいかなぁって思えちゃうから不思議だねぇ。
 あ、いや、さすがに無条件で許すつもりはないけどね? 史伽は許容範囲内だけど、風香の方は洒落にならないから。
 特にさっきは危うく「女子中等部に降臨した変態野郎」にされるところだったからね。風香には注意が必要だよ、うん)

 ちなみに、注意と言っても説教をする訳ではない。言動を注意深くチェックする と言う意味だ(説教する度胸などナギにはない)。

「ん? どーした、ナギ? キモいから あんまりこっち見んなよ?」
「あ、いや、その小っこい身体によく入るなぁって思ってね?」
「……へぇ? つまり、ナギは暗に食べたいって言ってるんだな?」

 風香の問い掛けに対し、考え事に没頭していたナギは軽く傷付きながらも咄嗟に「思い付いたこと」を そのまま告げてしまう。

 その結果、誰もが心の中に持っているとされる「触れてはいけないサンクチュアリ」に思いっ切り触れてしまったようだ。
 なので、風香が満面の笑み(だが、妙な凄味のある笑顔)を浮かべるのは必然だろう。風香に『小さい』は禁句なのだ。
 そして、それ故に「ほれ、あ~~ん♪」とパフェを掬ったスプーンを風香がナギの口の前に差し出したのも必然なのだろう。

「あの……風香さん? 先程の失言は心の底から お詫び致しますので、ちょっと落ち着きませんか?」

 ナギは深々と頭を下げて風香に尋ねる。だが、風香は「さっさと食え」と言わんばかりにナギを威圧するだけだ。
 先程 風香には注意しようと決めたばかりなのに、速攻で進退 窮まるような事態になっていることに脱帽である。
 さすがはナギだ と言うべきか、やはりこうなったか と言うべきか、はたまた だからこそナギなんだ と言うべきか。

(あっれ~~? 何で こんなことになってんの? 確かに失言だったけどさ、それでも この仕打ちはヒドくない?)

 風香は歴とした14歳、ナギと同い年の少女だ。だが、どこからどう見ても幼女にしか見えないのが現実だ。
 そのため、傍から見ると「ナギが幼女に『ア~~ン♪』してもらっている」ようにしか見えないのである。
 ナギの被害妄想でなければ、周囲のナギを見る視線は「あの変態、早く死なないかな」と言ってるも同然だ。
 最早 先程の水泳部の比ではない。メンタル弱めのナギでは、こんな四面楚歌な状況には耐えられない。

(ボ、ボスケテ……)

 追い詰められたナギは、藁にも縋る思いで史伽とネギに視線だけで助けを求める。
 しかし、史伽は顔を赤くして興味深々に見ており、ネギは負のオーラを纏っているだけだ。
 ナギが「やっぱりコイツ等 役に立たねぇ」とか思ったのは言うまでもないだろう。

 そして、そんなナギのことなど お構いなしに状況は進んでいくことも言うまでもないだろう。

「ほれほれ、どうした? サッサと食えよ? (訳:よくも小っこいとか言ったな!!)」
「い、いや、オレは腹いっぱいだからいいよ (訳:すみません、勘弁してください)」
「まぁ、そう言わずに。遠慮せずに食えって (訳:ええい、つべこべ言わずに食え)」
「いや、ホント、お腹いっぱい過ぎるんで!! (訳:本っ当にすみませんでしたー!!)」
「いやいや、甘いものは別腹って言うだろ? (訳:その程度じゃ許さん。恥辱を味わえ)」
「それは甘いものが好物な人に限る話だって (訳:うぅ、オレのライフはもうゼロです)」

 ナギと風香の仁義なき戦いは、業を煮やした風香が「いい加減にしないと、泣くぞ?」と脅すことで決着したらしい。

 もちろん、脅しに屈したナギが差し出されたスプーンを口に含んだ、と言う決着だ。
 まぁ、その結果、周囲の殺気は更に深刻化したのは……最早 言うまでもないだろう。
 ナギ曰く「視線だけで殺されるかと思った」レベルのプレッシャーだったらしい。

 と言うか、ネギに至っては『闇の魔法』を発動しそうなくらいに真っ黒なオーラを纏っていたとかいなかったとか。

(おっかしいなぁ? 何で死亡フラグに直結しそうなイベントが こんなにあるんだろ?
 って言うか、オレは休日を穏やかに過ごしたかっただけなのに、何でこうなるんだろ?
 ちょっとはマズい言動があったことは認めるけど……そんなにオレが悪いのかなぁ?)

 多少の心当たりはあるものの根本的な部分の過ち(己が『残念』なこと)に気付いていないナギは頭を抱え続けるのだった。

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 …………………………………………………………

 さて、これは完全な余談だが、死線とも言える視線の嵐に晒されたナギにとってトドメとなる出来事が起きていた。

 と言うのも、打ちひしがれたナギが何気なく窓辺の方を見てみたら、何とココネ(ついでに美空も)と窓越しに視線が合ったのである。
 恐らくは偶然に通り掛かった際にナギを発見しただけなのだろう。二人は「信じられないものを見た」と言った表情をしていた。
 しかし、美空は直ぐに立ち直ると、ゴミを見るような目で「死ね、このロリコン」と口パクで伝えると、ココネを連れて去って行った。
 まぁ、ココネの方は悲しそうな表情を浮かべて「私はナギを信じているヨ」と言っていたような気がするので、ナギは一命を取り留めたが。

 と言うか、ココネにまで蔑まれていたらナギの精神は崩れ去っていたので、ナギが『そう』思い込もうとしただけかも知れないが。



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Part.05:世界樹に登ってみた


 と言う訳で、ナギ達は今 世界樹の上にいる(正確には世界樹の枝の上だが)。

 簡単に経緯を話すと、あの後ナギは茫然自失としながらも会計を済ませ(もちろんナギの奢りだ)、
 風香から「スイーツの礼にいいところに連れて行ってやる」とか言われて世界樹に連れて来られた。
 ちなみに、幹の外周には簡易な螺旋階段が設置されており、頂上近くの枝まで登れるようになっている。
 風香の話だと、無理して登ろうとするバカが多いので学園側が登山道ならぬ「登樹道」を作ったそうだ。

 まぁ、それでも年に三人は階段を使わずに登ろうとする猛者がいるらしいが(カンフー少女とか忍ばないニンジャとかだ)。

「この樹は学園が建てられる前から ずっとあったらしいですよー」
「えっと、確か『世界樹』って呼ばれているんですよね?」
「ああ。本当は『蟠桃(ばんとう)』って名前らしいけどな」

 ナギが現実逃避気味に景色を堪能していると、チビっ娘達が世界樹について盛り上がっているのが耳に入って来た。

 そう言えば、そんな感じだったなぁ とか思いつつ、双子の知識が意外と豊富なことに軽く驚くナギ。
 だが、よくよく考えてみれば そう不思議でもない(今日の麻帆良案内での程好い説明がいい例だ)。
 特に風香は「強気っ娘でボクっ娘でチビっ娘」なので某甲殻類のイメージ(つまり、バカ)が強かったが、
 そう言ったイメージは捨てた方がいいだろう。思い込みで人を判断していると足を掬われ兼ねないのだから。

 ちなみに、先程の会話は上から史伽・ネギ・風香の発言である。風香は微妙に男言葉が混ざり、史伽は語尾が「ですます」で延びるのが特徴なのだ。

(って言うか、のどかも語尾が「ですます」で延びるから、史伽との書き分けが大変そうだなぁ。
 あ、でも、よくよく考えてみると、史伽って言うか双子はレギュラー枠じゃないから大丈夫かな?
 まぁ、のどかの出番が少ないから のどかもレギュラーか どうか怪しい事態になっているけど)

 どうでもいいが、さりげなくメタ発言(今回は思考だが)をするのはやめてもらいたいものだ。

「あ、あと、この樹には伝説があるんですよー」
「伝説、ですか? 怪鳥が住んでるとかですか?」
「いや、それ系じゃなくて、よくある系のヤツだよ」

 それなんてグリンカムビ? とか心の中だけでツッコんで口には出さないナギは空気を読んだようだ。

(そう言えば、某ときめきな思い出に出て来る『伝説の木』みたいな伝説があったなぁ。
 確か、告った時に世界樹が光ると ずっと両想いで居られるとか……だったかな?
 学園祭の大発光を思うと微妙にバカにできない噂だから、噂もバカにできないよねぇ)

 噂の多くは根も葉もない役立たずの情報だが、中には有用なものもある。まるで、誰かが意図的に流した気がするくらいに。

「簡単に言うと、片思いの人に ここで告白すると想いが叶うって言う――」
「――ちょっとロマンチックな伝説なんだぜ♪ 私達も いつか……な?」
「はい。いつか、そんなロマンチックな状況に浸ってみたいですねー」

 ナギの知っている内容とは些か異なるが、似たようなものなので伝わり方が違っただけだろう。

「そーだ!! 予行演習として、今ここでナギに告ってみるってのはどーだ?」
「いーですね、それ♪ きっと世界樹が祝福してくれる筈ですよー♪」
「むしろ、世界樹の不思議パワーで くっ付けてもらえるかも知れねーぜ?」

 それは不味い。今は突然のことで驚いているネギだが、落ち着けば妙なオーラを纏うに決まってるので、ナギとしては本当に勘弁してもらいたい。

「ってことで、イくんだ、ネギ!!」
「頑張るですよー、ネギちゃん」
「えぅ?! お二人じゃないんですか!?」

 しかし、ナギの予想は大きく外れており、実行するのはネギらしい。その証拠に双子はナギをガシッとホールドして、ネギに差し出す。

「ほれ、ブチュッとかまして――」
「――既成事実を作るですよー」
「キ、 キスするんですかぁああ?!」
「やっぱ、伝説はマユツバだからな」
「ええ。既成事実の方が大事ですよー」

 想定外な急展開に茫然自失としていたナギは流されるままだったが、事ここに至って漸く意識が復活して来た。

(いやいやいや、ちょっと待とうよ?! オレの意思は どこに行ったの!? オレ、一言も許可してないよね!?
 って言うか、既成事実って身も蓋もないから!! それに、そもそも今時キス程度じゃ既成事実にならないから!!
 でも、だからと言って幼女とXXXなことしたらタイーホされちゃうので、XXXな展開になるのも困るんだけどね!!
 って、そうじゃなくて!! ネギも「わ、わかりました!!」とか、照れながらもヤル気になっちゃダメぇええ!!
 さっきはキス程度とか言ったけど、キスを笑うものキスに泣くって言うか、とにかくキスはキスで不味いってぇええ!!)

 だが、あまりにもテンパり過ぎて口が思考に追い付かない。つまり、言葉にならない拒否しかできなかったのだ。

 それは、言い換えるならば『無言の拒否』なのだが……悲しいことに人間とは擦れ違ってしまう生き物なのである。
 そう、ナギとしては拒否しているつもりでも、ネギも双子も『無言の肯定』として受け取ってしまったようだ。
 まぁ、双子は面白そうなので敢えて肯定と受け取った節はあるが(ちなみに、ネギは素で肯定だ と受け取ったに違いない)。

「ナ、ナギさん……ふ、不束者ですが、末永く よろしくお願いします!!」

(いや、それは かなり間違ってるよ? って言うか、そう言うネタは どこで仕入れて来るんだろ?
 ……さっきのメイド服の件から鑑みるに、木乃香っぽいなぁ。やっぱり、学園長の孫なんだねぇ。
 ハハハ……まったく、オチャメさんだなぁ――って、乾いた笑いを浮かべている場合じゃないね。
 このままだと非常にヤバいから、ここはオレの得意スキルである『口八丁』で逃れるべきだね、うん)

 テンパり過ぎて逆に落ち着いたナギは「ま、まぁ、ちょっと落ち着こうよ、ネギ」と切り出そうとした瞬間に「ちゅっ」と阻害された。

 もちろん、キスの効果音だ。つまり、ナギの言葉はネギの唇に遮られた と言うことだ。
 しかし、安心して欲しい。キスの箇所は唇ではなく鼻だったので、ギリギリセーフだ。
 まぁ、幼女にキスされたこと自体がアウトな気はするが、ギリギリでセーフに違いない。

「で、では、失礼します!!」

 ネギは顔中を真っ赤に染めて脱兎の如く離脱して行った。が、セーフと言ったらセーフだ。
 と言うか、セーフと言うことにして置かないと、ナギの心がヘシ折れてしまうのだ。
 それに、アウトの場合は下手するとアグネス氏や石原氏に有害認定されてしまい兼ねない。

 だから、敢えて言って置こう。ネギはナギに父親を投射しているだけだ、と。

「ま、まさか、本当にやるとはな。いやぁ、なかなかやるな、ネギのヤツ」
「ええ、そうですねー。って言うか、ネギちゃん、本気だったんですねー」
「…………あのさー、どう考えても今のはオフザケが過ぎるんじゃない?」
「あ~~、マジ ゴメン。ネギがそこまで熱を上げているとは想定外だったぜ」
「本当に ごめんなさい。ナギ君には甘えているだけだと思ってたんですよー」

 いや、だから、ネギはナギに父親を重ねているだけなんだってば。だから、ネギは本気じゃないんだってば。

「あ~~、と、とにかく!! さっきのはボク達が悪かったよ」
「それで、その……く、口直しって言う訳ではないんですけど」
「ネギだけじゃなくボク達もヤれば、誤魔化しになるだろ?」
「つまり、恋愛的な意味じゃなくて親愛の表れだったってことです」
「いや、全然 意味がわからないんだけど? 親愛の表れって何さ?」

 言い換えると「さっきのキスは親愛の表れだったので、ネギは本気ではない」と言う寸法だ。

 だが、ネギのキスでショックを受けていたナギは、頭がうまく働いていないため理解できていない。
 普段は残念ながらも それなりに惜しいのだが、今回は惜しくもない。つまり、それだけ重症なのだ。
 ところで、ナギがショックを受けたのはネギが嫌いだからではない。厄介事に巻き込まれそうだからだ。

「「せーの……」」

 双子の言葉に頭を抱えていたナギは隙だらけだった。もちろん、その隙を見逃す双子ではない。
 つまり、双子は容赦なく「ちゅちゅっ♪」とナギの両頬(片頬ずつ)にキスをしたのである。
 もちろん、みんなでナギにキスすることで「一連のキスは親愛の表れだった」ことにするためだ。

 誰への言い訳なのかはわからない。だが、そうして置かないと不味い気がしたらしい(きっと、世界樹への言い訳なのだろう)。

 ところで、これは余談となるが……さすがの双子もキスには照れたようで、キスの後は僅かに頬を染めていた。
 そして「ナギのことは嫌いじゃないぜ?」とか「でも、好きって訳でもないですよー」とか言っていたらしい。
 きっと、二人なりの照れ隠しなのだろう。決してツンデレなリアクションではない筈だ。いや、そうに違いない。

 そう、妙なフラグが立った訳がないのだ。少なくとも、ナギはそう信じている。



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Part.06:無駄な足掻きをしてみた


 と言う訳で、麻帆良学園一周旅行(?)は無事(?)に終わりを告げ、自室に戻ったナギは束の間の安息を得ていた。

 どうでもいいが、今回『と言う訳で』と言う導入を使い過ぎではないだろうか?
 まぁ、統一感を出すために敢えて揃えたのだが……少しばかり鬱陶しい気がする。
 繰り返すことには一定の効果があるが、度が過ぎると しつこくなってしまうようだ。

(それはともかくとして、今日はやたらと長い一日だったなぁ)

 早朝の掃除ボランティアに始まり、昼のプチパーティーを経て、夕方までのチビっ娘達のお守。
 言葉にしただけでもイベントがドッサリの一日だった。ある意味では充実した休日だったが、
 ナギの予定では一日中ゴロゴロして心身ともにリフレッシュする筈だったので予定とは真逆だ。

(あれ? おっかしいなぁ。今日は数少ない安息日の筈なのになぁ)

 心身を休めるどころか精神的にダメージを負ったことにナギが首を傾げいると、
  デデデデッデデ~~♪
 と言う某未来道具を髣髴とさせる軽快な着信音がナギの部屋に響いた。

(……これまでの傾向から察するに、このタイミングで来るメールは亜子からの世間話だろうな)

 などと割と失礼なことを考えながらナギがメールをチェックしてみると、そのメールは
 『なぎやん、ネギちゃんと何かあったん? 帰って来てから、ずっと心ここに在らずやよ?』
 と言うmネギを心配した木乃香からのメールだったので、ナギは心の中で亜子に謝罪したらしい。

(うん、まぁ、とりあえず、誤魔化してみよう)

 さすがに事実(双子の悪巧みでネギにキスされた)を ありのままに告げる勇気などナギにはないため、
 無難に「さぁ? オレは何も知らないよ?」と言った内容のメールを送り返したのだが……
 当然ながら木乃香は誤魔化されてくれなかった。と言うか、ナギの予想以上に木乃香は上手だった。

『でも、時々 唇に指を当てて「ナギさん……」とか呟いてるんやで? 10才児に何をしたんかな? ちょっと「お話」せえへん?』

 メールと言う無機質な媒体からでも充分に伝わって来る威圧感にナギが白旗を上げたのは言うまでもないだろう。
 目の前に木乃香がいたらジャンピング土下座をかましていたに違いない。いや、むしろ、靴の裏を舐める勢いだ。
 何だかナギの御褒美になりそうな気がするが、とにかく、ナギは木乃香の発する威圧感に速攻で屈したのだった。

 それからのナギは素直だった。速攻で木乃香に電話して「双子の悪巧みでネギが暴走したんだ」と言った事情を説明したのだ。

『……そか。いやぁ、なぎやんがネギちゃんに劣情を催したのかと心配したでー』
「それはちょっとヒドいんじゃない? いくらオレでも最低限の節度はあるよ?」
『でも、昼間のメイドなファッションショーにはヤられたやろ? 充分にアウトや』
「た、確かにアレには精神がヤられたけど、それでもオレは一線を越えてないよ?」
『せやけど、それは「まだ超えてない」だけで、いつ超えてもおかしないもんやろ?』

 どうやら木乃香は事情を理解してくれたようだが……微妙にナギの評価が酷いことになっている。ナギは泣いてもいい筈だ。

『まぁ、それはそうと、一つ謝らなあかんことがあるんやけど』
「ん? どうしたの? 微妙にヒドい誤解をしていたこと とか?」
『ん~~、まぁ、それもあるんやけど、それとは別件なんや』
「じゃあ、何の件? 他に謝られる心当たりなんてないんだけど?」
『じ、実は……さっきの通話内容、いいんちょも聞いてたんや』
「へ~~、いいんちょがねぇ――って、いいんちょって2-Aの?」
『……そうや。直情傾向のある、ちょっと困った いいんちょや』

 それ なんて死亡フラグ? それがナギの率直な気持ちだったのは言うまでもないだろう。

「ちょ、ちょっと待ってよ。何で いいんちょがそこにいるのさ?
 確か いいんちょって春休みは実家に帰ってるんだったよね?
 オレの記憶が確かなら、ネギがそう言ってた気がするんだけど?」

 外部スピーカーにすれば通話内容が周囲に筒抜けになるので、木乃香以外が聞けるのはわかる。

 だが、その場にいない筈の あやか(いいんちょ)が通話内容を聞けるのはおかしい。理屈に合わない。
 まさか、盗聴でもしていたのだろうか? などと失礼なことを考えたナギだが、ふと あることを思い出した。
 それは「ネギの誕生日パーティーを いいんちょ主催でやるとか言ってた気がするなぁ」と言うことである。

 そして、それは続けられた木乃香の言葉によって補足されつつ肯定される。

『前に話したやろ? 今夜は いいんちょ主催でネギちゃんの誕生日パーティーやるて。せやから、いいんちょは寮に戻ってたんよ。
 で、主賓であるネギちゃんが元気ないんで いいんちょが いろいろと心配してな? それで、ウチが なぎやんに聞いてみたっちゅう訳や。
 つまり、送信メールも受信メールも見られとったし、なぎやんから電話が掛かって来た瞬間に外部スピーカーに切り替えられてたんや』

 木乃香の言葉を聞き終えたナギは「……OK、OK。全然ダメだけど、とりあえずOKだ」と自分を落ち着かせることに躍起になる。

(とりあえず、いいんちょが「私のネギたんに不埒なことしたカスを殺す!!」とかブチキレていると見て間違いないだろう。
 と言うことは、勢い余って ここに急襲して来る可能性が非常に濃厚であるため可及的速やかに撤退が必要ってことだね。
 つまり、逃げるべきだ。逃げないと、座して死を待つことになる。むしろ、逃げることしかオレにはできないじゃないか!!)

 そう結論付けたナギは「知らせてくれて ありがとう」と前置きした後、決意(と言うか結論)を表明する。

「オレはちょっと旅に出るから、探さないで欲しい」
『あ~~、そか。でも、もう手遅れやと思うで』
「へ? 手遅れ? 何が手遅れなの? オレの人生?」

 確かにナギの人生は手遅れな気がしないでもないが、そうではない。

 木乃香の言葉に首を捻るナギが「いや、そんな場合じゃないな」と気を取り直した直後、
  ガッシャァアアン!!
 と言う壊滅的な音を立てて、ナギの部屋のベランダ側の窓ガラスが粉砕された。

「那岐さん!! 神妙になさい!!」

 そして、窓だった場所(現在は瓦礫)から現れた人影は、拳を握り締めて仁王立ちする夜叉――ではなくて あやかだった。
 ところで、女子寮と男子寮は1駅分は離れているのだが……別に あやかが(ギャグ補正で)物理法則を捻じ曲げた訳ではない。
 窓の外には高級車(恐らくリムジン)が停まっており、その中には申し訳なさそうに頭を下げている木乃香が確認できたので、
 あやかは(通話の途中か通話前から、原因がナギにあると判断して)車で駆け付けながら木乃香に電話をさせていたのであろう。



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Part.07:本当に痛かったのは


「だいたい、那岐さんには節操と言うものがありません!!」

 と言う訳で、ナギは午前の焼き直しのように金髪美少女から説教を受けている。
 身体は中二だが精神は20歳を超えているので、実に情けない。むしろ、恥ずかしい。
 だが、美少女に説教されることに少し興奮を覚えていることの方が恥ずかしいだろう。

(どうでもいいけど、何で いいんちょはオレを『那岐さん』って呼ぶんだろ?)

 終業式の打ち上げの際(8話参照)、ナギは自己紹介で「あまり苗字は好きじゃない」と言ったので、名前で読んでくれているのだろうか?
 しかし、ナギ的に あやかは親交の薄い男を名前で呼ぶようなキャラではない(『神蔵堂さん』と呼ばれる筈だ)ので、どうしても違和感が残る。
 とは言え、今は そんなことを気にしている場合ではない。何故なら、説教を真面目に聞いていないのが説教主にバレると より説教が長引くからだ。

「……那岐さん? 私(わたくし)の話、聞いていますの?」

 だが、時 既に遅し。ナギが真面目に聞いている振りに戻る前に あやかが気付いてしまったようだ。
 しかし、ここで素直に「ごめん、聞いてなかった」などと言う訳がない。そこまでナギは愚かではないのだ。
 ここは誤魔化すべきだろう。と言うか、あやか がマジで怖いので 何としてでも誤魔化すしかない。

「それはともかく……そもそも誤解があると思うので、まずは その誤解を解きたいんだけど?」

 ナギは殊更に真面目な顔を作って「そもそもオレは無実なんだけど?」と無言で訴える。
 いつものナギを知っている者には説得力がないだろうが、面識の薄い相手なら騙せるだろう。
 普段の言動がアレなナギだが、シリアスモードの時は割りと まともな言動をするのである。

「…………誤解とは何ですの?」

 あやかは明らかな話題転換に「そんな あからさま過ぎる手では、誤魔化されませんわよ?」とは思うが、
 ナギの言葉が気になるのも確かであるため説教の件が誤魔化されるのを承知で、敢えてナギの話題に乗る。
 もちろん、ナギもそれはわかっている。ここで失敗すれば、説教がより厳しくなることもわかっているのだ。

「オレがネギに特殊な興味も持っているってことが誤解なんだよ。もちろん、妹的な意味での好意は持っているけどね」

 それ故に、ナギは角の立たない表現で「ネギに恋愛的・性的な興味などない」と言うことをキッパリと断言する。
 敢えて誤魔化された相手に下手な小細工は不要だ。むしろ、下手な小細工は逆手に取られて自分の首を絞め兼ねない。
 有効な手立ては真実を突き付けることだけだ。真実で誤解を解くことだけが、ナギに許された有効な手立てなのだ。

 ちなみに、ナギが角の立たない表現を取ったのは、ネギも車に乗っており木乃香と共に部屋の片隅でナギ達の会話を聞いていたからだ。

「そうですか……仰りたいことは わかりましたわ」
「そっか、わかってくれたか。なら、話は終わりだよね?」
「いいえ。キスをなされたこと自体は変わりませんわ」

 一時は無罪放免になりそうになったが、根本的な部分がアウトであったため、どうやら判定は覆らないようだ。

「まぁ、確かに、それは変えようがない事実だね。その点については認めるよ。
 でもさ……そもそもの問題として、いいんちょさんには関係ないんじゃない?
 だって、これはオレとネギの問題だよ? いいんちょさんは無関係でしょ?」

 事実は変えようがないため、ナギは「それを言われると身も蓋もなくなる」と言う爆弾を投下する。

 ちなみに、ナギの狙いは「あやかを激昂させることで、話題を逸らす」ことである。
 怒った相手は誘導し易いため、あまり良い手ではないが「それなりに使える手」だろう。
 まぁ、下手すると相手に飲み込まれてしまう可能性もあるので、諸刃の剣ではあるが。

「……那岐さん? それ、本気で仰っておりますの?」

 さすがは爆弾、凄い威力だ。と言うか、あやかの表情が怖過ぎる。別に眉根を吊り上げている訳でも、青筋を立てている訳でもはない。
 むしろ、逆だ。無表情なのだ。無表情なのだが、それ故に怖いのである。まだ、表情で憤怒を表現してくれた方がマシだっただろう。
 表情では表せない程の憤怒だからこそ無表情になってしまった……そう言った解釈ができる『無表情』なのだ。恐怖そのものと言っていい。

「うん、本気で言っている」

 思わず「ごめん、嘘」と言いたくなる衝動を必死に抑えて、ナギは肯定の意を示した。
 ――その瞬間だった。ドボォッ!! と言う快音とともにナギの腹部に強烈な衝撃が走ったのは。

「いってぇええええ!!」

(え? ちょっ、今、オレ、何されたの? 何で こんなにポンポ痛いの? それに、何で いいんちょの右腕がオレの腹部に伸びてるの?
 もしかして、さっきのって正拳突きだったの? でも、おかしいでしょ? 無警戒だったとは言え、衝撃が来るまで気付かなかったんだよ?
 飛んで来る矢すら視認して反応できるオレが攻撃行動の一部始終を知覚さえできなかったんだよ? どんだけ速い正拳突きだったのさ?
 つまり、それだけ怒ってるってことなんだろうけど……ちょっと怒り過ぎじゃない? さっきのは下手したら内臓が破裂してるレベルだよ?)

「って、いきなり何すr――ヘボォ!!」

(グフッ!! こ、今度は左の掌底?! しかも、顎先!? 普通に舌噛むって!!
 って言うか、実際ちょっと噛んじゃったし!! 物凄く痛いんだけど!?)

「――ッ!! いい加減にしろ!!」

 あまりにも理不尽な連続攻撃(少なくともナギにとっては理不尽だ)に、さすがのナギもキレたようだ。
 戦闘態勢に入ったナギは抜手を放とうとしていた あやかの右手を左手で掴むと同時に軽く捻り上げる。
 そして、拘束を外すために あやかが左手で手刀を打とうとしているのに気付くと今度は右手で掴み上げる。

 そのため、一瞬だけ あやかの動きが止まるが……さすがは柔術家と言うべきか、あやかは両腕が塞がれただけでは戦意を失っていない。

 あやかは全身のバネを利用して立ち上がると、拘束していたナギの腕ごと自分の腕を振り上げる。
 そして、軽く浮き足立ったナギの足を払い、バランスを崩して力が緩んだ一瞬の隙に腕の拘束を解き、
 そのまま流れるような動作で体勢を崩されたナギの腹部に体重と勢いを乗せた重い肘鉄を突き刺す。

 ちなみに、二人は共に正座して膝を突き合わせていたので、正座に慣れてないナギは微妙に足が痺れていた。

 まぁ、だからと言って それだけの理由でナギは無様に転ばされた訳ではないが。
 ナギは あやかの無理のある動きに虚を突かれたので反応できなかったのである。
 そのため、転ばされたのは必然であり、転ばされた後に無防備になるのも必然だった。

(……だけど、転ばされた後に肘鉄を狙っていることは読めている。つまり、対策済みなんだよねぇ)

 読めていたのでノーガードとは言え腹筋に力を込めるくらいの反応はできていた。
 その御蔭で あやかの渾身の一撃は「少し痛い」くらいで済んだのである。
 最初の――力の抜けていた時に喰らった正拳突きと比べるべくもない被害だ。

(うん。どうやら、今度は いいんちょの方が想定外だったようだね)

 ナギの腹筋が想定以上に硬かったようで、あやかは「くっ!!」と言う呻き声を上げて後退さる。
 つまり、隙を作ってしまったのだ。当然ながら、その隙を見逃すほど戦闘モードのナギは甘くない。
 間髪入れずに身体を入れ替えたナギは あやかを組み敷く形を取りつつ左手一本で あやかの両手を拘束する。
 いくら柔術家である あやかでも、マウントポジションを取られたうえ両手を塞がれては抵抗できまい。
 体格差から言ってナギを跳ね除けることは不可能だし、体勢的に膝や足をナギに当てることも不可能だ。

(さて、これで いいんちょは抵抗できない訳だが……ここから どうすればいいんだろ?)

 苛烈な攻撃についつい応戦してしまったが、冷静に考えてみると今の状況はあまりよろしくない。むしろ、かなりヤバい。
 格闘技的に見ればマウントポジションでしかないが、見る人によってはナギが あやかを押し倒しているようにしか見えないからだ。
 いくらキレていたとは言え少し遣り過ぎだ。と言うか、そもそも女のコに暴力を振るうなんてナギにはあってはならないことだ。
 たとえ どれだけ攻撃されようとも相手が女子供なら笑って許してやる、それがナギの筈だ。いや、そうでなければいけないのだ。
 何故なら、ナギは『もう二度と女子供を傷付けない』と約束をしたのだから。そうでなくては、ナギはナギ足り得ないのだから。

(あ、あれ? でも、オレは『誰』と約束したんだっけ? とても大切な相手だった気がするんだけど……何故か思い出せないぞ?)

 ナギが思い出そうとしても、頭に霞がかかっているようで記憶がうまく拾い出せない。
 それに、その辺りのことを思い出そうとすると激しい頭痛が襲って来るので、
 少なくとも今は思い出すべき時ではないのだろう。恐らく、時が来れば自然に思い出す筈だ。

「関係なくなんか、ありませんわよ……」

 呆然としていたナギの耳に あやかの声が響く。そう言えば、記憶を気にしている場合ではなかった。
 ナギは慌てて あやかの上から退く……が、その時にナギの視界に映った光景は とても衝撃的だった。
 何故なら、ナギの見間違いでなければ あやかの瞳には光るものが――涙が溜まっていた気がしたからだ。
 原因は不明だが、どうやら あやかを深く傷付けてしまったようだ。それを理解したナギは深く心を痛めた。

「……帰りますわ」

 あやかは緩慢な動作で立ち上がるとナギに背を向け、平坦な声音で帰宅の意志を告げる。
 今までの激しい空気とのギャップもあって、あやかの所作からは薄ら寒いものが漂って来る。
 だからだろうか? ナギは何も言えなかった。発していい言葉が見付からなかったのだ。
 それは、ネギや木乃香も同様らしく、二人は無言で あやかとナギの様子を見ているだけだった。

「それでは、失礼致します……」

 あやかは背を向けたまま部屋の扉まで進み、背を向けたまま簡単な別れだけ告げて部屋を後にする。
 それは泣き顔を見られたくなかったのか? それとも、顔を見ることすらしたくなかったのか?
 決して振り返ることのない姿勢が、ナギには『絶対の拒絶』を示しているように感じたのだった。

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 …………………………………………………………

「さっきの、なぎやんは悪ないで? 有無を言わさず攻撃した いいんちょが悪いんやから」

 しばらくは沈黙が部屋を支配していたが、木乃香がポツリと その沈黙を破った。
 それは、ナギを許す言葉。だからこそ、ナギがもらってはいけない言葉だ。
 何故なら、ナギは誰よりも自身を許せないからだ。許されてはならないのだ。

「いや、迎撃したオレが悪いよ」

 迎撃以外の選択肢もあったのに安直に迎撃してしまったのだからナギが悪い。
 それに、女のコを組み伏せたうえに攻撃をしそうになったのだから極悪過ぎる。
 そう、ナギが悪いのだから許される訳がない。いや、許してはならないのだ。

「ちゃう、攻撃した件については どう考えても攻撃した いいんちょが悪いえ。それだけは譲れへんよ?」

 しかし、頑として木乃香は譲らない。毅然とした態度で、断固たる意思で、ナギを許し続ける。
 ナギの言葉を否定し続ける様は、見様によっては頑固だが……それは優しさの表れでもある。
 少なくとも今のナギは その頑固さに救われた。自身を許すことはできないが、心は軽くなった。

「だって、いいんちょを怒らせてしもうた なぎやんが完膚なきまでに悪いんやから、迎撃したことは気にすることないで?」

 ……あれ? 救われてない? 何かトドメを刺された気分である。だが、それが木乃香の狙いなのかも知れない。
 確かに、上げてから下げられたことでナギは心に少なくないダメージを負った。しかし、同時に脱力したのも確かだ。
 張り詰めた空気は弛緩し、ナギの心は(抉られはしたが)軽くなった。結果的に、ナギは落ち込むのをやめていた。

「そう、だね……」

 それを理解したナギは、内心で木乃香に感謝しつつ、己の非を認めるだけに止める。
 何故なら、改まって感謝を言葉にするのが恥ずかしいからだ。つまり、照れているのだ。
 普段は恥も外聞もないようなナギだが、シリアスな場面では照れてしまうのである。

 さて、それはともかくとして……気持ちが落ち着いたところで、あやか を傷付けてしまった件を考察して置くべきだろう。

 ナギは あやかが怒るだろうことは想定していたが、あやかを傷付けることになろうとは想定していなかった。
 当然ながら、単に攻防を制されたことが悔しくて泣いていた、と言う可能性は考えていない。そこまでナギは残念ではない。
 恐らくは、押さえ込んだ時に発した関係云々の言葉から察するに、ナギが「関係ない」と言ったことが原因だろう。

 だが、原因がわかっても過程はわからないままだ。何故「関係ない」と言う言葉が あやかを傷付けたのか、ナギにはわからないのだ。

(オレには心当たりはない。『オレ』が いいんちょと接触したのは、終業式の打ち上げと今日で二回目だけだからね。
 と言うことは、いいんちょは『オレ』ではないオレ――つまり、那岐と交流があった、と見るべきだろう。
 まぁ、それがどんな交流だったのかはわからないけど、とにかく、フォローはして置かないといけないよなぁ)

「なぎやん? 考えてるとこ悪いんやけど……できたら、女子寮まで送ってくれへんかな?」

 ナギが あやかのことでブツクサ考えていると、木乃香が苦笑しながら声を掛けて来た。
 そう言えば、二人はあやかに連れられて来たが、あやかは一人で帰ったのだった。
 つまり、あの時の あやかには二人の帰宅手段を気遣う余裕すらなかった、と言うことだろう。

「……ああ、もちろんだよ」

 二人を置いていったのは あやかだが、その原因はナギにある。そのため、ここはナギも責任を持つべきだろう。
 まぁ、たとえナギに責任がなかったとしても、送る必要があったことに気付けばナギは自ら二人を送っただろうが。
 いくらナギが残念でも「原作キャラに関わりたくないから」とか断る訳がない。さすがにそこまで残念ではないのだ。

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 と言う訳で、木乃香のメールから始まった「あやか襲来事件」は終わりを告げたのだが……話はここで終わらない。
 何故なら あやかが帰ったことで事件そのものは終わったが、事件が解決した訳ではなかったからである。
 そして、その結果……翌日の早朝、黒服達が あやかからの手紙を携えてナギの部屋を訪れることになったのである。

 ちなみに、その手紙の内容は以下のようなものだった。

『昨夜の件は私にも非がありましたので、書面ではありますが深く謝罪させていただきます。
 壊してしまった窓ガラスの修理に関しては、こちらで手配して置きましたので御心配なく。
 ところで、貴方への疑いそのものは まだ晴れていませんので、監視を付けさせていただきます。
  追伸:当然ながら私は貴方を許していませんので、それも お忘れなく     雪広あやか より』

(……何か、先を越されちゃった気分だなぁ)

 無自覚とは言え傷付けてしまったことはナギに非がある。そのため、ナギは あやかに謝罪するつもりだった。
 だが、あやかの方から(書面とは言え)謝罪して来たうえに まだ許していないことを明言されてしまった。
 謝罪をして来るくらいには あやかは冷静になったのだろうが、こちらの話を聞いてくれるかは定かではない。

(と言うか、まさか監視を付けられるとはねぇ)

 それだけナギが許せないのだろうが、監視を付けるのは遣り過ぎではないだろうか? まぁ、文句を言っても どうしようもないのだが。
 何故なら、ナギが手紙を読み終えたのを察した黒服達は無言で頭を下げた後、速やかにナギの部屋の周囲に散開していったからだ。
 黒服達の話によると「これから別命があるまで、三交代制で24時間、貴方の動向をチェックさせていただきます」とのことらしい。

 ナギの心のダムが朝から全壊してしまったことは言うまでもないだろう。


 


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オマケ:美空の誕生日


 それは、4月4日(金)のこと。

 その日は美空の誕生日であったため、ナギはバイト後に美空に捕まった。
 当然と言うか何と言うか、バイト前にプレゼントは渡してあったのだが……
 ココネを見せられて「食事も奢れ」と言われたら奢るしかないのがナギだった。

 ……今回は、そんな感じのお話である。

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「ちょっ、美空!! お前、ちょっと食い過ぎ!!」
「うっさい!! 乙女に食い過ぎとか言うな!!」
「乙女がそんなに肉をモリモリ食べる訳がない!!」
「目の前にいんじゃん!! もっと現実を見ろっス」

 三人が訪れたのは、麻帆良市内にある某焼肉店(JOJO宴と言うらしい)。

 言うまでもなく、その場は食卓と言う名の戦場――各々が肉を求めて戦い合う仁義なき戦場である。
 特にナギと美空は肉の焼加減の好みが似ているため同じようなタイミングで肉を狙うことが多く、
 互いに箸をカチ合わせて そのままテーブルマナーとは無縁の「箸での攻防」が始まるのである。
 そう、二人の間では文字通りの「骨肉の争い」が繰り広げられていたのだった(実に醜い争いだ)。

「モグモグ……(二人って、やっぱ仲いいナァ)」

 ちなみに、ココネはウェルダンが好みであるため、二人が争い合う内に焼け過ぎた肉を横から掻っ攫っている。
 人、それを漁夫の利と言う……と、どっかのロム兄さんなら言うのだろう(実に鮮やかな手並みである)。

「って言うか、美空はゲームを3本も買わせたうえにオレから肉まで奪う気なの?」
「え~~、だって、よく言うじゃないスか? 『それはそれ、これはこれ』って」
「まぁ、言うけどさ……それは美空の立場では言っちゃいけないセリフじゃない?」
「そうっスか? 『祝の席と酒の席では無礼講』ってのが日本じゃないっスか?」

 ナギの言う通り、美空は誕生日プレゼントとしてゲームソフト3本(もちろん乙女ゲーム)を贈らせたのだが、
 美空はそんなこと気にしない。何故なら、ナギなので気にする必要が無いからだ。つまり、それだけ仲がいいのだ。

「いやいや、この場合は『親しき仲にも礼儀あり』くらいが妥当なんじゃないかな?」
「いやいやいや、むしろ『恩を仇で返すのがお礼参り』って感じじゃないっスか?」
「やれやれ……『犬は三日飼えば三年恩を忘れぬ』って言うのに、困ったヤツだなぁ」
「そうっスねぇ。『男子三日会わざれば活目して見よ』って いい言葉っスよねぇ?」

 この後も二人の舌戦は、肉がすべてウェルダンになりココネから「そろそろ、食べた方がよくナイ?」と言うツッコミが入るまで続いた。
 結果はドローと言うか、ココネの一人勝ちと言うか、ナギと美空は負け犬と言うか、そんな感じだろう(譲り合いとは大切な精神なのだ)。

「ところで、肉はミディアムレアが一番うまいと思うのはオレだけなのかな?」
「同意っスけど、今は言わない約束っス!! 焼け過ぎていても肉は肉っス!!」
「確かにそうだけど……このレベルになると肉じゃなくて炭になるんじゃない?」
「噛んで肉の味がすれば、それは肉っス!! って言うか、要らないなら寄越せっス!!」
「いいや、要る!! って言うか、美空は もうちょっと遠慮して炭っぽいのを食べてよ!!」
「いやっスよ!! むしろ、ナギが男らしさ見せて、肉っぽいのをアタシに譲るとこっス!!」

 文句を言い合いながらも二人は好みとは違う焼け加減の肉を噛み締めるように食べるのだった。

 これは余談だが、ココネはデザートとしてパフェも堪能したのだが、美空は「太るぞ?」と言うナギの言葉にデザートは我慢せざるを得なかったらしい。
 何でも、それは「学園巡りでの件(Part.04)のココネへの感謝と美空への復讐」をナギなりに発露したらしいのだが……まぁ、どうでもいいことだ。
 また、山盛りのパフェと奮闘するココネを見て「オレ、もうロリコンでいいや」と開眼してしまったバカがいたらしいが、これもどうでもいいだろう。


 


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後書き


 ここまでお読みくださってありがとうございます、カゲロウです。
 以前から「改訂した方がいい」と言う意見が多数あったので、今回(2012年4月)大幅に改訂してみました。


 今回は「ネギの誕生日に焦点を当てたフリして双子の話だった筈なのに、いつの間にか あやかの話になっていた」の巻でした。

 ちなみに、プロットでは、双子は もうちょっとモブ的な役割だったんですけど……けっこう動かしやすくてネギより活躍してました。
 しかも、主人公とのキスイベントまで発生してしまいました(予定は未定ってよく言いますけど、予定が変更され過ぎてビックリです)。

 ですが、双子のフラグは立ちません。ロリ要員はネギと これから増える予定のヒロインだけで充分だからです。

 あ、あやかについては、よりダメな方向に向かっているように見せ掛けて実はアレですけど……
 アレな方向は今後ゆっくりと明かされるんじゃないかなぁと思います(まぁ、バレバレでしょうけど)。

 あと、美空とココネに関しては、これからも こんな感じです。ある意味で揺るぎません。


 ……では、また次回でお会いしましょう。
 感想・ご意見・誤字脱字等のご指摘、お待ちしております。


 


                                                  初出:2009/09/04(以後改訂・修正)



[10422] 第10話:木乃香のお見合い と あやかの思い出【改訂版】
Name: カゲロウ◆73a2db64 ID:552b4601
Date: 2013/04/30 20:56
第10話:木乃香のお見合い と あやかの思い出



Part.00:イントロダクション


 今日は4月7日(月)。春休み最終日であり、アルジャーノンの定休日でもある日。

 春休み最終日でもあることから おわかりだろうが、ナギは昨日でノルマ(春休み中の強制シフト)が終了した。
 つまり、今日は「労働から解放された喜びの安息日」とも言えるため、自室でゴロゴロする予定だった。
 いや、随分と怠惰な休日の過ごし方だが、ナギには今までのシフト(10:00~20:00)が過酷過ぎたので仕方がないのだ。

 まぁ、言うまでもなく、今日もナギには安息など訪れないのだが。



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Part.01:突然の呼び出し


 ナギはどちらかと言うとインドア派だ。と言うか、趣味はアレなゲームなので、どうしてもインドアになってしまうのである。

 そんな訳で、休日である今日を有意義に過ごすため、ナギはパソコンを立ち上げてマウスをカチカチとクリックし始める。
 最近のナギは「積みゲー崩し」に興じており、今日もインスコしたままハードディスクの肥やしになっているゲームを堪能する。
 まぁ、ハードディスクの肥やしにするくらいならインスコするなよ と思われるかも知れないが、積みゲーとはそう言うものだろう。

(インスコする前はヤル気 満々だったんだけど……何故かインスコを終えただけで満足しちゃうんだよねぇ)

 感覚としては本に近いかも知れない。誰しも、買っただけで満足して結局 読まない本がある筈だ。
 と言うか、大掃除をしていて「あれ? こんなの買ったっけ?」と思うことが多々あるに違いない。
 アレなゲームと本を同列に扱うのは何かが違う気はするが、情報媒体と言う点では同じなのでいいだろう。

  カチカチカチカチカチカチ……

 アレなゲームをプレイしている時のナギはヘッドホンを使用しているため、部屋に響くのは無機質なクリック音だけだ。
 ヘッドホンの中では可愛らしい声でXXX版でなければ表記できない単語やら文章やらが飛び交っていることだろう。
 ちなみに、ナギがヘッドホンを使っているのは周囲を配慮したから ではない。臨場感を求めた結果が高性能ヘッドホンらしい。

(ほほぉう、これはなかなかイイな。『こっち』のスタッフは素晴らしい仕事をしているようだ)

 ところで、今まで話題にしていなかったことだが、実はと言うと『ここ』の創作物と『あちら(ナギがいた世界)』の創作物は大差がない。
 だが、大差がないだけで多少の違いはある。言わば、両者は似て非なるものであり、実際に触れてみないと良し悪しが判断できないのだ。
 そのため「積みゲー崩し」は、ある意味では「宝探し」のようなものなのである(玉石混交で、蓋を開けてみるまで結果がわからないからだ)。

(……しかし、週間少年マガジンがあったことにはビックリだったなぁ)

 当然ながら『ネギま』は掲載されていなかったが、その代わりとばかりに『らぶひな2』が掲載されていた らしい。
 ちなみに、『らぶひな2』だが、前作のK太郎とナルの間に生まれた息子が主人公で女子校を舞台とした学園ラブコメである。
 まぁ、主人公が父親譲りのフラグ建築能力を発揮して担任のクラスをハーレム化する辺りが微妙に『ネギま』っぽいが。

(魔法バトルがないし、主人公がショタじゃなくて変態イケメンだけど……個人的には『ネギま』よりも好きかなぁ)

 女子にゴミ扱いされて喜ぶ主人公は少年誌的にアウトな気はしたが、何故かナギは妙に共感を覚えたらしい。
 どうでもいいが、ここで「いや、お前も同類だからだろ?」とツッコむのは控えてあげて欲しい。気持ちはわかるが。
 ナギは変態であると言う自覚はあるが、フラグを建築している件は無自覚だからである(実に厄介極まりない)。

(ちなみに、オレが積む程にアレなゲームを所有している件だけど……これには深く触れないのが大人のマナーだと思う)

 と言う訳で、話題を あやかが監視として付けた黒服達に変えよう。実はと言うと、ナギはそれなりに黒服達と仲良くやっていた。
 最初の頃は「オレの生活が見張られてるぅうう!!」とか被害妄想過多な人間のようにビクビクして暮らしていたナギだったが、
 三日もすれば慣れて来て監視されているのが当然になり、最終的には「むしろ、見られたいくらいだ」と言う境地に達している始末だ。

(……何だか、人として大事な何かを失ってしまった気はするけど、敢えて気にしないで置こうと思う)

 人間、細かいことを気にしない方が幸せなことなど多々ある。バガボンド風に言うと「一枚の葉にとらわれては木は見えん」と言う感じである。
 いや、まぁ、あきらかに違う気はするが、細かいことを気にし過ぎるのは悪手である。細かいことは気にせずにドンと構えて行くべきだ。
 特に、黒服達が「今日も異常ですが、ある意味では異常ありません」とか報告していることなんか気にしてはいけない。気にしたら負けなのだ。

 そんな訳で、ナギが「積みゲー崩し」に勤しんでいたら『デーデーデー デッデデー デッデデー♪』と言うダースでベイダーな着信音が部屋に響いた。

 オレに電話って珍しいなぁ とか思いつつケータイを開くナギ。着信画面を見ると、どうやら発信者は木乃香のようだ。
 ちなみに、ナギは木乃香の名前が見えた瞬間に「え? また死亡フラグ?」とか警戒して咄嗟に応答保留をし掛けたらしいが、
 よくよく考えてみると木乃香はまったく悪くない(と思う)ので、少々迷ったが大人しく電話に出ることにしたらしい。

「あ、あ~~、もしもし? どーしたの?」

 少し声が震えていたが、それは警戒をしているからではない。きっと、木乃香 とお話しするのに緊張しちゃったのだろう。
 あきらかに そんな訳がないが、そうして置くと みんなが幸せになれるので、ここは敢えて そうして置くのが大人の対応だろう。

『な、なぎやん!! よかった!! 今、どこにおるん?!』
「え? 家だけど? 一体、それが どーしたのかな?」
『そ、そか。わ、悪いんやけど、学園まで来てくれへん?』
「ん? 学園? え? 何で? 電話じゃダメなの?」

 何だか厄介事に巻き込まれる気配なので、警戒心をMAXにしつつナギは訊ね返す。

『その……ちょっと助けて欲しいんや』
「そっか、わかった。直ぐ行くから待ってて」
『あ、ありがとな。恩に着るえ……』

 だが、切実そうな声で助けを求められたら、ナギに拒否する選択肢などない。

 ちなみに、ナギが拒否できないのは相手が木乃香だから ではない。
 たとえ相手が誰であっても、本当に困っていたらナギは助けただろう。
 精神はナギでも肉体は那岐であり、精神は肉体に引き摺られるからだ。

 だから、ナギはセーブをしてパソコンを切ると、速攻で部屋を出たのだった(着替えよりもセーブを優先するのがナギなのである)。

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(……ふぅ、ほんまに おじいちゃんには困ったわ)

 木乃香は近右衛門に「お見合い用の写真を撮るだけじゃから」としか言われていなかった。
 それなのに、何故か「せっかくじゃから お見合いもして行かんか?」と言う話になっていた。
 ついついイラッと来て、思わずトンカチでツッコミを入れて逃げた木乃香は悪くないだろう。

(でも、黒服さん達が探し回っとるようやから、見付かるのも時間の問題やなぁ)

 見合用の写真撮影のため、今日の木乃香は和服を着ている。そのため、走り回って逃げるのは少々厳しい状態だ。
 まぁ、彼我の運動能力差を考えると、仮に動きやすい恰好をしていたとしても走って逃げるのは下策だろうが。
 と言う訳で、木乃香は校内に隠れているのだが……包囲網を徐々に狭められているので、いつかは見付かってまうだろう。

(……はぁ、ほんまに どないしよ?)

 このまま隠れていても見付かってしまう。かと言って、包囲網を突破するのは木乃香には不可能だ。
 進むも地獄 止まるも地獄、だ。奇跡でも起きない限り、現状の手札では状況打破は無理だろう。
 ならば、どうするか? ……答えは単純だ。現状の手札で無理なら、手札を増やせばいいだけの話だ。

(と言う訳で、なぎやんに助けてもらうのがええやろな)

 他力本願? 確かに そうかも知れない。だが、他力本願の何が悪いのだろうか?
 そもそも人間は完璧ではない。人間には できること と できないことがある。
 だからこそ、誰かに頼るのも立派な手段だろう。まぁ、頼り過ぎは問題だろうが。

(……それに、なぎやんは「困った時は いつでも助けるよ」て言うてくれたしな)

 言葉には責任を持つべきである。いや、正確に言うと、責任の伴わない言葉が空虚なだけだ。
 空虚な言葉は戯言に等しい。言葉に重みを持たせたいなら有言実行――言葉に責任を持つしかない。
 まぁ、この場合、言ったのはナギではなくて那岐なので、ナギには履行責任がないないのだが。

 だが、木乃香は那岐とナギを同一視しているため、木乃香はナギなら助けてくれると信じている。

 だからこそ、木乃香は迷わず『なぎやん』に助けを求めた。そして、その結果、ナギは それに快く応えた。
 もちろん、木乃香も「いいんちょ の件(9話参照)で断られるかも知れない」と言う不安はあった。
 だが、それでも木乃香は『なぎやん』を信じた。いや、信じるしかなかった。ただ、それだけの話である。

(……ほんま、なぎやんは変わっとるようで何も変わっとらんなぁ)

 口では面倒事は御免だ とか言いつつも、困っている人間を見たら無理のない範囲で助けるだろう。
 それが那岐の要素なのかナギの要素なのかはわからない。わからないが、紛れもない事実だ。
 本人に その認識があるかは微妙だが、損な役回りばかりしてしまう『御人好し』なのは昔のままだ。

(もしかしたら……なぎやんは変わってへんから せっちゃんとも仲良うできるんかな?)

 木乃香は邪推する。ナギが刹那と楽しそうに会話できるのは、ナギが昔と変わらないからではないか、と。
 そして、木乃香が刹那と話すことすら儘ならないのは、木乃香が昔と変わってしまったからなのではないか、と。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「やぁ、木乃香。待った?」

 ナギが木乃香に指定された教室(女子中等部2-A)に入ると、木乃香が ぼんやりと窓の外を眺めていたのが見えた。
 和服姿の木乃香は木乃香自身の容姿と相俟って日本人形を彷彿とさせ、実に絵になる(思わずナギが見惚れた程だ)。
 まぁ、机に腰掛けていた点が実に惜しかったが、逆に日常を意識させるため より見る者の目を引き付けるのかも知れない。

(って言うか、問題はそこじゃないね。今の問題は「木乃香が和服を着ている」と言うことだよ、うん)

 木乃香が和服を着ているのは、恐らく近右衛門の困った趣味である「木乃香のお見合い」のためなのだろう。
 だが、その場合だとナギが助けに来た理由がわからなくなる。一体、何から木乃香を助ければいいのだろうか?
 さすがに恋人の振りをして お見合いをブチ壊す、と言った展開な訳がないのでナギの頭は疑問でいっぱいである。

「あっ、なぎやん……」

 ナギの呼び掛けで意識が戻って来たのか、木乃香はハッとしたような表情を浮かべつつナギの名を呼ぶ。
 その声に艶があったような気がしたのは、朝からピンク色に脳細胞が活発になっていたせいだろう。
 もしくは、着物と言う衣装が木乃香の色気を引き出しているのかも知れない。やはり日本人には着物だ。

「で、どうしたの 何か悩み事でもあるのかな?」

 思わずピンクな方向に思考が行きそうだったため、意識を「呼ばれた理由」に持っていくナギ。
 先程の「ぼんやり」は「物思いに耽っていた」とも解釈できるため、何かに悩んでいたのかも知れない。
 だから、その相談に乗って欲しくてくナギを呼んだのではないだろうか? ナギはそう考えたのだ。

「あ~~、別に悩みはあらへんよ? ただ、ボ~ッとしとっただけや」

 あきらかに怪しい対応をする木乃香。恐らく、悩み自体はあるのだろう。
 だが、木乃香が否定したことから察するに、ナギには相談できないようだ。
 つまり、悩みを相談するためにナギは呼ばれた訳ではない と言うことだ。

 では、何故 呼ばれたのだろうか? 生憎と これまでの情報では皆目見当がつかない。

「そっか。それじゃあ、どうしてオレを呼んだの?」
「……ちゅーか、この格好を見て わからんのん?」
「とりあえず、和服も似合うね、と言って置こう」

 そのため、ナギは単刀直入に聞いてみたのだが……木乃香から返って来た反応は呆れたような声だった。

 ナギとしては「わからないから聞いているんだけど?」とか思ったらしいが、さすがに そんなツッコミはしない。
 まぁ、だからと言って(ツッコミの代わりに)木乃香を褒めるのは何かが違うのではないだろうか?
 恐らくは「とりあえず褒めて置けば問題ない」と言った浅い考えの結果だろう。だからフラグが立つのだ と言いたい。

 もちろん、ナギ本人は何も狙っていないし、フラグが乱立していることにも気付いてない。実に残念である。

「それは嬉しいんやけど……ウチ、おじいちゃんに お見合いさせられて困ってるんよ」
「え? それじゃあ、まさか『お見合いをブチ壊すために恋人の振りをしろ』って話なの?」
「おぉっ!! その手もあったなぁ!! なぎやんも乗り気みたいやし、その方向性で行こか」

 ナギとしては恋人の振り云々は冗談で言っただけなのだが、何故か木乃香は喰い付いた。どうやら薮蛇だったようだ。

 と言うか、ナギは別に乗り気ではない。いや、むしろ避けたいと思っているくらいだ。
 何故なら お見合いをブチ壊すなんてことをしたら各方面に迷惑が掛かるからだ。
 そして、当然ながら その結果としてナギにも被害が及ぶだろう。そんな展開は容易に予測できる。

「いや、オレの提案はともかくとして……その手『も』ってことは、木乃香にも案があるんだよね? どんな案なの?」

 このままでは好ましくない展開になる恐れがあるため、ナギは木乃香が考えていた案を訊いてみることにした。
 まぁ、別の案をナギが提示できれば訊く必要はないのだが……残念ながら、特に案が思い浮かばなかったのである。
 ナギの適当な案を速攻で支持したことから木乃香の案には不安しかないが、もしかしたら意外と名案かも知れない。

「へ? ウチは なぎやんに『黒服さん達の警戒網から連れ出してもらお』て思っとっただけやから、なぎやんの案に賛成やで?」

 だがしかし、ナギの期待は脆くも崩れ去った。と言うか、あまりにも適当 過ぎてナギは言葉を失った。
 まぁ、確かに今回は『どうにか』なるだろう。だが、そんなことしたら今後が面倒になるだけでしかない。
 どう考えてもナギは黒服にマークされるので、ナギの案を実行した方がナギの被害は少なくて済む筈だ。

「……なるほど。つまり、オレの案で行くしかないってことだね?」

 ナギは軽く嘆息して小さく頷くと、覚悟を決めたように苦笑を浮かべる。
 ちなみに、内心で「ヤバい、超逃げたい」と思っていることは ここだけの秘密である。



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Part.02:自由への闘争


「おじいちゃん、ちょっと話があるんや♪」

 扉を軽くノックした後、近右衛門の入室許可を待たずに木乃香はナギを引き連れて学園長室に押し入った。
 その声音に妙なプレッシャーが籠もっているだけに、その表情が にこやかなのが薄ら寒い物を感じさせる。

「おぉっ!! 木乃香、いきなりいなくなったから心配したんじゃぞ?」

 近右衛門は木乃香の圧力など気にしていないかのように、とても自然な振舞いで木乃香の無事を喜ぶ振りをする。
 いや、実際この程度の圧力では何も感じていないのだろう。それだけの近右衛門には年季があるのだから。
 少なくとも、経験と言う側面では、木乃香では近右衛門の足元にも及ばない。当然、それはナギも同様だろう。

 だが、経験が及ばないからと言って木乃香に勝ち目がない訳ではない。木乃香には木乃香にしかない武器があるのだから。

「心配? ……黒服さん達から『発見』の報告は入っとった筈やろ?」
「確かにそうじゃが、見付かるまでの間は心配しとったんじゃぞ?」
「そか。そう言うことなら、心配を掛けたことについては謝って置くわ」

 少なくとも、木乃香は気力では負けていない。近右衛門に流されずにいるのが その証左だ。ナギはそう判断した。

 余談だが、近右衛門は実際には心配してはいなかっただろう。
 心配していた と言うには、木乃香を探す人員が少な過ぎたからだ。
 どうも「形式的に探している」と言う気がしてならない対応だった。

「……でも、ウチがいなくなった理由はわかっとるんやろ?」

 木乃香は軽く頭を下げた後、近右衛門の瞳を覗き込むようにして問い掛ける。誤魔化しを許さない、と言うメッセージだろう。
 しかも、問い掛ける前にチラリとナギの方に視線を送ることで、近右衛門の意識をナギにも向かわせることも忘れていない。
 実に素晴らしいコミュニケーション能力である。伊達に「断ることが前提のお見合い」を何度もこなしていない と言うことだろう。

「ふむ……つまりは『既に意中の相手がおった』と言うことかのう?」

 近右衛門は確りと木乃香のメッセージを受け止めたようで、ナギを値踏みするように見遣りながら顎鬚を弄りつつ口を開く。
 その瞳が何を映しているのかはナギが知るところではないが、どう考えても好意的な解釈はされていないだろう。
 何故なら、近右衛門にとってナギは「孫の見合いを邪魔する目障りな存在」でしかないからだ。それくらいはナギもわかっているのだ。

「そや。紹介する必要はないやろけど、なぎやん――神蔵堂 那岐さんや」

 木乃香は近右衛門の評価など軽く無視してナギを紹介する。もちろん、ナギは気にしまくっているが。
 と言うか、このタイミングで紹介した と言うことは「気にせずに自己紹介してな?」と言うことだろう。
 辞退したいのは やまやまだが、それはできない。ナギは木乃香の斜め後ろまで進み出ると軽く自己紹介をする。

 ちなみに、それまでナギはドア付近に待機したままだったので、これで やっと舞台に立てた感じである。

「只今 木乃香さんより御紹介に与りました、麻帆良学園 男子中等部 3年B組の神蔵堂 那岐(かぐらどう なぎ)と申します。
 現在、御孫さんとは真剣にお付き合いさせていただいておりますが、私はまだまだ学生の身分であり若輩者にすら及びません。
 そのため、貴方が『大切な御孫さんには分不相応だ』とお思いになられるのは至極当然のことですし、反論の余地もございません。
 それ故に、私には『私達のことを認めて欲しい』などと言う厚顔無恥なことを申し上げるつもりなど毛頭ございません。
 敢えて言わせていただけるならば『私と言う存在がいること』と『私達の想い』を気に留めていただけないでしょうか?」

 勘違いされているかも知れないが、ナギはシリアスもできるのである。ただ、シリアスが長続きしないだけだ。

 だが、近右衛門も木乃香も随分と意外だったようで、信じられないものを見た と言う顔をしている。
 と言うか、それだけでなく「ほふぅ」やら「ほぇぇ」やらと気の抜けた溜息まで吐く始末だ。
 実に酷い話だが、普段の言動がアレなナギのせいだろう。ナギは もう少し自重を覚えるべきなのである。

「あ~~、ゴホン。那岐k――いや、神蔵堂君。今の言葉、嘘偽りはないかの?」

 年の功か、木乃香よりも早く復活を果たした近右衛門がナギに真偽を問い掛ける。
 その口調は飄々としているが、その瞳は「虚偽は許さない」と語っている。
 中途半端な気持ちでいたならば思わず屈してしまい兼ねない程の眼力である。

(これは……虚偽は許されないね。だって、この瞳は『孫を大切に思う者の眼』だから)

 どこでいつ見たのか? 記憶は定かではないが、ナギには確信があった。
 近右衛門の瞳は厳しいが、それは木乃香を案じているが故だ、と。
 木乃香を大切に思っているからこそナギを試しているに過ぎない、と。

「……私は木乃香さんの幸せを心の底から願っています。それが答えでは不充分でしょうか?」

 ナギが肯定せずに「肯定と受け取れる言葉」を述べたのは、真実で応えるためである。
 見透かされるとか そんな問題ではない。嘘を吐くことも偽ることも躊躇われたのだ。
 だから、ナギは言葉を選んで、嘘にも偽りにもならない言葉を心の底から述べたのである。
 そう、ナギは木乃香と付き合ってはいないが、木乃香の幸福を望んでいるのは本当なのだ。

「…………うむ。ようわかった」

 近右衛門がナギの放った言葉をどこまで「わかった」のかはわからない。もしかしたら、すべてを見透かされたのかも知れない。
 だが、ナギが本心から木乃香の幸福を望んでいることは伝わったのだろう。それまでにあった圧迫感が和らいだのをナギは感じた。
 そもそも、木乃香の幸福を望んでいるのは近右衛門も同じ筈だ。ただ、そのアプローチの仕方が木乃香の望みとは違うだけなのだ。

 いや、もしかしたら、近右衛門も木乃香に見合いをさせたい訳ではないのかも知れない。

 先程の黒服達の対応が形式的なものに見えたのはナギの勘違いなどではなく、本当に形式的なものだったのかも知れない。
 何らかの事情があって木乃香にお見合いをさせざるを得ないから、近右衛門は あの程度の対応しかしなかったのかも知れない。
 そう、近右衛門は待っていたのかも知れない。木乃香に見合いをさせなくて済む理由ができるのを。つまり、恋人役の登場を。

「ご理解いただけて感謝致します、近右衛門殿」

 ナギの希望的観測を多分に含んでいるが、そうとしか思えないのだ。と言うか、そうでなければ おかしい。
 近右衛門が二人の関係を見抜いていない訳がない――つまり、見抜いたうえで見逃しているとしか思えないのだ。
 それ故に、ナギはただ謝辞を述べる。余計な言葉は要らない。と言うか、余計な言葉をしゃべるとボロが出兼ねない。

「いや、ワシの方こそ いろいろと すまんかったのう」

 近右衛門も余計な言葉は発しない。きっと、それは謝罪の内容を曖昧にするためだろう。
 木乃香に見合いをさせたからか? それともナギに茶番を演じさせたからなのか?
 或いは まったく別のことなのか? それは、ナギにはわからない。想像することしかできない。

 少なくとも、これでナギの出番は終わりだ。近右衛門にない木乃香の武器である『協力者』としてのナギの出番は終わったのだ。

「さて、お詫びと言うのも変な話じゃが……神蔵堂君が見せてくれた覚悟に対するワシなりの礼だと思ってくれればいい。
 とりあえず、今回の見合いはワシの方から断って置こう。まぁ、それがそもそもの狙いなんじゃから、当然じゃろう?
 それと、既に神蔵堂君と言う『立派な相手』がおる訳じゃから、今後は木乃香に見合いをさせないことも約束して置こう」

「…………ありがとうな、おじいちゃん」

 やはり、近右衛門には すべてを見透かされたうえで見逃されたようだ。『立派な相手』と言う部分は皮肉なのだろう。
 ナギは思わず苦笑したくなるが、木乃香は平常心のようだ。感極まったかのように間を置いて近右衛門に答える。
 しかし、実は今まで「なぎやんが真面目なこと言うとるなんて有り得へん」とかブツブツ言っていたのをナギは忘れない。
 つまり、あの間は敢えて空けたのではなく、反応が遅れただけだろう。だが、そこを敢えて言及しないのがナギの優しさである。

 ところで、見合い会場に乗り込まずに学園長室に乗り込んだ理由だが、敢えて説明するまでもないだろうが説明して置こう。

 見合いの現場で いきなり「その見合い待った!!」とか言って乱入したら、演出効果としてはバッチリなのだろうが、
 現実的な問題として、断るだけでも相手の顔に泥を塗る行為なのに、更に乱入して場も潰してしまうのだからアウト過ぎる。
 確かに見合いは潰せるだろうが、相手の面子も潰してしまう うえに己の評価も潰してしまうのだから、悪手としか言えない。

 湾岸署で踊るように捜査をする刑事さんには悪いが、事件は現場で起こっていても解決は会議室で行われるのである。

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 と言うことで、今回の見合いは流れ、そして 今後の見合いもなくなった訳である。

(いやぁ、いいことをした後は気持ちがいいねぇ。実に晴れやかな気分になったよ。
 何か学園長がよからぬこと企んでそうな気はするけど、気にしない気にしない。
 取り方によっては「お孫さんをください」的な挨拶になっちゃったけど、大丈夫な筈さ)

 全然 大丈夫な要素はないが、きっと いつも通りナギの杞憂で終わるだろう。

(別に木乃香が嫌いな訳じゃないよ? むしろ好きだよ? でも、だからと言って、結婚は無理だよ。
 好きとか嫌いとか そう言うレベルの話じゃなくて、木乃香の立場の問題で無理なんだよねぇ。
 だって、木乃香って関西呪術協会の長の娘にして関東魔法協会の長の孫だから。どう考えても無理でしょ)

 結婚は家も絡んで来るため、本人だけの問題ではないのだ。

(下手すると東西の権力闘争に巻き込まれて死にそうだよねぇ。毒殺とか狙撃とかでさ。
 当然だけど、戦闘に巻き込まれて死ぬのもイヤだけど、暗殺されて死ぬのもイヤだよね。
 今まで深く考えてなかったけど、木乃香は木乃香でネギ並に危険だったんだねぇ)

 ナギは「ネギに関わる → 魔法に関わる」と言う発想でネギを危険視していたが……ナギは大事なことを忘れていた。

 少し考えれば誰にもわかることだが、魔法関係に巻き込まれる原因となるのはネギだけではないのだ。
 関係者の近くで生活している以上、ネギ以外の関係者が原因で魔法に巻き込まれる可能性もあるのである。
 しかも、まだ関係者でなくても木乃香はネギ並に危険度が高いのだから、危険は そこら中にあるのだ。

 今までナギは危険フラグを気にしていたが、気付かなかっただけで そんなものは どこにでもあったのだ。



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Part.03:凪と此の花


 今更と言えば今更なことに気付いたナギは、軽く鬱な気分で学園長室を後にした。

 しかし、木乃香に「お昼まだやろ? 御礼に御馳走するえ」と誘われただけで一気に復活し、ホイホイ付いて行ったらしい。
 まぁ、木乃香が危険だと気付いた癖に その反応はどうよ? と思わないでもないが……ナギなので仕方がないだろう。
 木乃香に「ネギちゃんがおらへんから、一人で食べるの寂しいし」とか潤んだ瞳でトドメを刺さされたので仕方ないのだ。
 もちろん、ナギとてピンクな方向に行く訳がないとはわかっている。むしろ、ピンクな方向などまったく期待していない。
 単に寂しそうな木乃香を放置できなかっただけだ。危険だとわかっていても、何故かナギは木乃香を放って置けないのだった。

 ちなみに、何故ネギがいないのかと言うと、昨日から あやかの家に軟禁されている――のではなくて、逗留しているらしい。

 言うまでもなく、ナギは冗談で考えた『いいんちょエンド』(1話参照)へ移行したのかと、かなりドキドキしたようだ。
 まぁ、木乃香の話だとネギは「いいんちょさんの気が紛れるなら」とか言って自分の意志で留まっているとかいないとか。
 何でも、この時期の あやかは『妹』を思い出してしまうようで、礼儀正しい幼女とスキンシップを取りたくなるらしい。

 そんな訳で今のナギは食後の緑茶を のんびりと楽しんでいる。満腹で憂いがない、とても穏やかな時間である。

「なぎやん、今日は ほんまにありがとなぁ」
「別にいいって。こうして御礼もしてもらったし」
「せやけど、結局はウチが作ったもんやったやん」
「いやいや、木乃香の手料理ってだけで充分さ」

 木乃香は「御礼やから何か奢るえ」と言っていたのだが、ナギの要望で木乃香の手料理となったのである。

「何て言うか、寮の食事もそれなりに家庭的なんだけど、どっちかって言うと大衆食堂 寄りなんだよね。
 だから家庭料理に飢えているところがあってさ、そう言う意味では木乃香の料理は最高だった訳さ。
 いや、そう言った背景がなくても木乃香の料理は最高だと思うよ? だから、何も問題ないんだよ?」

 どうやら、木乃香はナギが気遣った と思っているようなので、ナギは「如何に木乃香の手料理の方が食べたかったか」を説明する。

「……そか。なぎやんが そう言うなら、そうなんやろな」
「そうそう。オレは嘘吐きだけど、今回だけは信用してよ」
「大丈夫やよ。真剣な時だけは なぎやんを信頼しとるから」
「ん? つまり、普段は信頼されてないってことかな?」
「むしろ、普段は真剣やないって自覚しとるんやね?」
「ハッハッハッハッハ…… 一本取られちゃったぜぇい」

 木乃香は言葉通りナギの説明を受け入れたようで、気に病んでいる様子はなくなった。と言うか、とても意地の悪い笑顔を浮かべいる。

「しっかし、なぎやんも やっぱり変わっとるんやなぁ」
「ま、まぁ、そりゃ確かにオレは変人かも知れないけどさ……」
「あっ、ちゃうちゃう。昔とは変わったっちゅうことやよ」

 変態と言う自覚はあるが それでも変人扱いされるのはショックだったようで、ナギは軽く落ち込んだのだが……木乃香のフォローで持ち直したらしい。

「あ~~、なるほど。そう言うことね。まぁ、それなら納得かな?」
「昔は ちょい頼りへんかったけど、今は頼り甲斐があるで?」
「そうかな? ありがとう。でも、それには理由があるんだよねぇ」

 ナギはウッカリ忘れていたが、そう言えば木乃香は那岐を知っていた――どころか交流があった人物なのだろう。

 これまで誰にも気にされなかったので本人も気にしなくなっていたが、ナギは那岐の身体に寄生しているに等しい状況である。
 那岐を求める人物にとってナギは邪魔者でしかない。もちろん、そのことを考えなかった訳ではないので対策は練ってある。
 問題は「憑依したことを打ち明けるか、それとも誤魔化すか」だ。それだけは相手や状況によって選ぶことにしていたのである。

「……実はオレ、去年の夏に記憶喪失になっちゃってね。それ以前の記憶が一切ないんだ。だから、昔のオレとは違っていて当然なんだよ」

 今回、ナギが木乃香に対して取った方策は後者だった、今の木乃香には誤魔化すべきだ と判断したのだ。
 と言うのも、木乃香が そこまで那岐を求めているようには見えなかった――ナギに満足しているように見えたからだ。
 言い方は悪いが、木乃香はナギと那岐の違いを「変わった」程度にしか感じていないのが いい証拠だろう。

 それ故、想定外の返答に目を丸くしている木乃香に対し、ナギは畳み掛けるように淡々と事実を述べていく。

「悪いんだけど、オレにとって木乃香って春休み前――図書館島に潜った時に会ったのが最初なんだ。
 オレと知り合いっぽかったから本当は図書館島で このことを伝えて置くべきだったんだろうけど……
 空気とかタイミングとかの問題で言えなくてね。で、そのまま今日までズルズル来ちゃったって訳さ」

 記憶喪失になったことは虚偽だが、他のことは本当だ。夏以前の記憶はないし、木乃香とは4話で初めて会ったし、空気的に話せなかった。

「……ほんなら、何で今日は話してくれたん?」
「まぁ、言うべきタイミングだと思ったから かな?」
「そか。ウチが昔の なぎやんと比べたからやな?」
「いや、違うよ。オレが話すべきだと思ったからさ」

 木乃香の指摘した通りだが、決断をしたのはナギだ。そのため、ナギは やんわりと木乃香の言を否定する。

「まぁ、それはともかく、オレ達って どんな関係だったの?」
「……所謂 幼馴染ってヤツやね。子供の頃からの友達や」
「へー、そーなんだ。なら、もっと早く話すべきだったね。ごめん」

 木乃香の意識を逸らすために話題を換えようとナギは関係を訊ねたのだが……想定以上の関係だったので失敗だったかも知れない。

「別に謝らんでもええよ。幼馴染て言うても、中学に上がってからは疎遠やったからね。
 ちゅうか、なぎやんが記憶喪失になったっちゅうことを気付かない程度の関係やで?
 話してくれなくても しゃーないって納得しとる。今日 話してくれただけでも奇跡や」

 そこまで親交のない相手に記憶喪失云々を話すのは微妙だろう。それがわかっている木乃香はナギを責める気がないようだ。

「でもさ、言ってしまえば、オレは偽物なんだよ? お前なんか消えろ、とか思わない?」
「別に思わんよ。ちゅうか、今まで気付かんかったウチには何も言う資格はあらへんて」
「それでも、昔のオレと今のオレは身体が同じなだけで中身はまったくの別物なんだよ?」
「ちゃうよ。少しはちゃうけど、まったく ちゃう訳やない。なぎやん は なぎやんやよ」

 木乃香に責める気がないことがわかっていながら、ナギは確認してしまう。恐らく、確認せずにはいられないのだろう。

「オレはオレ? でも、オレには『以前のオレ』としての記憶はないんだけどなぁ?」
「それでもや。少しは変わっとるけど、根本的に なぎやん は なぎやんのままやよ」
「……そうなんだ。そんなこと、初めて言われたよ。でも、そうかも知れないなぁ」

 言われてみれば、ナギは自分に違和感を覚えることが多々あった。

 憑依する前の自分だったら まず取らない言動を取ることがあった(特に咄嗟の言動に その傾向が強い)。
 ナギは それを若返った影響だと考えていたが、実際は那岐の身体にいる影響だったのかも知れない。
 精神は肉体に引っ張られる と言う言葉を知っていたが……知っているだけで信じていなかったのである。

 ちなみに、ナギのクラスメイト達はナギが記憶喪失なのを知っているが、関わりが薄いために こんな会話はなかったらしい。

(って言うか、田中とかを見ているとオレが記憶喪失だってことを忘れられている気がするんだけど?
 まぁ、オレ自身も忘れていた節はあるし、ただのクラスメイトに多くを求めるのは筋違いかも知れないけどさ。
 それでも、少しくらいは期待してもいいじゃん。特に田中は亜子関連の相談に何度か乗ってるんだし)

 木乃香の言葉で少し救われたナギだったが、同時にクラスメイトの冷淡さに気付いてしまったので結果的にダメージを負ったのだった。


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―― 木乃香の場合 ――

 なぎやんが帰った後、ウチは流しで食器を洗いながら なぎやんのことを何とはなしに考えとった。

 なぎやんとは中学に入ってから全然 会わんようになり、いつの間にか疎遠になっとった。
 そんな中、ネギちゃんが編入して来てルームメイト & クラスメイトになり、
 いろいろと話をしていくうちにネギちゃん がなぎやんと知り合いやってわかった。

 その時「なぎやんってロリコンやの!?」て疑ったのは、今では いい思い出やと思う。

 だって、図書館島でのネギちゃんとの遣り取りを見たら「ああ、面倒見がええから放って置けんだけかぁ」てわかったもん。
 せやから、その時に「なぎやんの御人好しなところは変わっとらんなぁ」て評価に変わった――いや、その評価に戻ったんや。
 んで、ウチと深く関わらんようにしとったように見えたんは、きっと久しぶりに会うたから対応に困っとったんやと思っとった。

 ……でも、そうやって懐かしんどったのは勉強合宿までやった。

 だって、勉強合宿では なぎやんとせっちゃんの仲がええところを見せつけられたんやもん。
 二人ともウチとは余所余所しかったから、二人の仲がよかったのは かなりショックやった。
 きっと、ウチは疎外感を感じたんや――ウチだけが除け者にされたように感じたんや と思う。

 せやから、ウチは悩んだんや。ウチだけ除け者なんは、ウチが変わってしもたからなんかなって。

 そして、その悩みは いつまでもウチの中で燻り続け、今日まで答えの出ない問いを一人で抱えとった。
 誰かに相談すればよかったんやろうけど……残念ながら、ウチには相談相手なんておらんかった。
 ゆえも このかも はるなも きっと相談すれば応えてくれたんやろうけど、相談できへんかったんや。

 でも、それも今日でお終いや。

 なぎやんは変わってない訳やなかった。むしろ、記憶がないんで変わってない訳がない状態やった。
 それでも、せっちゃんと仲良うできたのは、根本的な部分が変わっとらんかったからなんやと思う。
 ウチは「ウチだけが変わってしもた」て考えとったけど、それは間違いや。誰もが変わっとるんや。

 なぎやんも せっちゃんも 変わったうえで「変わらんように見える関係」を築いとっただけなんや。

 せやから、せっちゃんとは昔の関係に戻ることを目指すんやなくて、昔みたいな関係を築くことを目指すべきなんや。
 ウチとせっちゃんが変わっとるんやから、二人の関係も変えなあかん。昔の関係に固執するのは悪手や。
 きっと、ウチはせっちゃんと遠ざかってもうたことばかりに気を取られとって、大事なことを見失っとったんやろうなぁ。

 昔の関係は忘れて、むしろ新しい関係を作るつもりで せっちゃんと仲良くなっていけばええんや。

 ……………………………………
 ………………………………………………
 …………………………………………………………

 あ~~、それはそうと、いいんちょって なぎやんが記憶喪失なの、知らんのかな?

 いいんちょ なら知っとってもおかしくあらへんけど……
 この前の様子から察するに あきらかに知らんよね?
 ちゅーか、知っとったら、あそこまで怒らんよなぁ。

 まぁ、普通なら教えるべきなんやろうけど……

 ウチから教えたら「何故、木乃香さんが先に知っていますの?」とか怒りそうやしなぁ。
 いや、そこまであからさまやないとは思うんやけど、不機嫌になるのは間違いないやろな。
 つまり、好意で教えたのにストレスが溜まる結果になる訳で、教えたくないんやよねぇ。

 はぁ……もう少し なぎやんが乙女心を理解しとれば、こんなことにならんのになぁ。

 でも、「乙女心を理解しとる なぎやん」なんて想像できひんなぁ。せやから、アレはアレで ええんやな。
 ちゅーか、なぎやんは ダメやから なぎやん なんやと思う。ダメやない なぎやんは なぎやん やない。

 ……ちなみに、おじいちゃんと対峙した時のカッコよさと普段のダメさのギャップが個人的には ええと思う。



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Part.04:噂を信じちゃいけないよ


「え? それ、マジ?」

 木乃香の部屋を後にしたナギだが、女子寮から出ようとしたところで美空に呼び止められていた。
 何でも「耳寄りな情報があるんスけど」とのことで、ナギは とんでもない話を聞かされたのだった。

「大マジっス。このか とナギが婚約したって噂が昼くらいから そこら中で流れてるっスよ。
 って言うか、さっき このかの部屋から出て来たから噂は更に過激になりそうっスねぇ。
 このまま放って置けば、このかが妊娠したとかってデマが出て来ても不思議じゃないっスよ?」

 その『とんでもない話』とは、美空が語った通りで、ナギと木乃香が婚約した噂が流れている と言うことだ。

 どうやら女子寮内だけでなく、麻帆良学園内のSNSである『まほらば』でも流れているらしく、その伝達速度は異常に早い。
 だが、逆に言うと、その伝達速度の異常さが情報操作された可能性を示唆しており、裏で糸を引く人物がいることも暗示している。
 タイミング的に考えて、黒幕は近右衛門だろう。と言うか、ナギが危惧していた「近右衛門の企み」は『これ』だったのだろう。

(マズい。頃合を見計らって別れたことにしようとしていたんだけど……これで そんなことはできない状況に追い込まれてしまった)

 実際に婚約した訳ではないのだが、周囲は噂に踊らされて「婚約までしたのに別れるとか有り得ない」とか言うに違いない。
 ナギは周囲の評価など気にしないので問題ないが、今回は木乃香も含まれてしまうので周囲の評価を下げる訳にはいかない。
 しばらくは恋人役を続けるつもりでいたが、簡単には恋人役を降りられない状況になってしまったのは想定外もいいところだ。

(しかし、妙だね。いくら木乃香が選んだ相手とは言え、オレは『どこの馬の骨とも知れないガキ』なんだよ?)

 仲を裂くまではいかないとしても、普通なら「いい顔」はしないだろう。それなのに、近右衛門は積極的に話を進めてすらいる。
 近右衛門がナギを「どこの馬の骨であろうとも構わない」と認めたならば理解できないでもないのだが……さすがに それはないだろう。
 だからこそ、ナギは近右衛門の意図を「周囲を勝手に盛り上げることで、本人達の関係を微妙にするつもりなのかも知れない」と想定する。

(ロミジュリに代表されるように、恋愛と言うものは『逆風』な方が燃え上がる。つまり、逆に言うと『追風』だと盛り下がるんだよなぁ)

 現在のナギと木乃香の関係がどうあれ、ここまで周囲が盛り上がってしまうと下手なことをできない。
 恋人の振りをしている場合は恋人の振りを続ける必要があり、実際に恋人である場合は現状を維持させられる。
 周囲からの勝手なプレッシャーによって、仲を進展させることも破局させることも難しくなるからだ。

(……さて、どうしたもんかねぇ?)

 今更「見合いを断るための演技だったんだ」とか言っても どうしようもない。
 周囲を黙らせることはできるかも知れないが、近右衛門の耳に入ったら不味い。
 演技だったなら見合いさせても文句は言わんな? と今回の交渉の意味がなくなる。
 それに「付き合っているけど、婚約はしていない」とか言っても大差ないだろう。
 周囲を黙らせることができても近右衛門の耳に入ったら不味いのは同じだからだ。

「ってことで、どうしたらいいと思う?」

 そのため、ナギは美空を連れて木乃香の部屋に戻り、ナギの推察も含めて木乃香に事情を説明した。
 と言うのも、一人で考えても「いい案」が浮かばないので、二人に知恵を拝借することにしたのである。
 ちなみに、美空を連れて来たのはノリだ。深い意味はない(『三人寄れば文殊の知恵」に肖ったらしい)。

「え? 別にええんちゃう? 噂なんて放って置けば消えるやろ?」

 しかし、木乃香は大物だった。些事など気にしていない と言わんばかりに軽く切り捨てた。
 まぁ、そう言ってもらえるのは有り難いが、もう少し危機感を持ってもらいたいのがナギの本音だ。
 単なる噂なら その対応でもいいとは思うが、今回の噂は性質が悪いので慎重に対応すべきだろう。

「このかが そう言ってるんだから、それでいいんじゃないっスか?」

 そのため、ナギは美空に「木乃香は こう言ってるけど、どーよ?」と意見を求めたのだが、
 美空は「いや、どーせ他人事だし」と言う雰囲気を隠すことなくバッサリと切り捨てた。
 まぁ、実際に他人事なのだから美空の反応は間違っていないのだが、あんまりと言えばあんまりだ。

「でもさぁ、木乃香にとっては消し難い汚点になるんだよ? なら、何らかの対応をすべきじゃない?」

 ナギも二人の言い分もわかっているのだが、それでも木乃香が風評被害に遭うのは避けたいのである。
 自分だけなら気にしないことでも他人が関わると気になってしまう。それがナギの精神構造なのだ。
 他に気にすべきことがあるんじゃないか? とツッコミたくなるかも知れないが、ナギなので仕方がない。

 閑話休題。ナギの精神構造を話していても仕方がないので、噂の対策に話を戻そう。

「ん~~、それがわからんのやけど……何で『ウチと なぎやんが婚約した』ってことが あかんことになるん?」
「いや、だって、オレだよ? 巷では『ロリペド鬼畜野郎』と噂だよ? そんな男と婚約したなんて汚点でしょ?」
「でも、それは噂に過ぎんやん。ウチは『本当のなぎやん』を知っとるから、そんな噂なんて気にせえへんよ?」
「いや、気にしようよ? 人の噂はバカにできないし、オレだけでなく木乃香まで悪く言われちゃうんだぞ?」
「ん~~、でも、どんな噂を流されてもウチは気にせえへんよ? 言わせたい人間には言わせて置けばええやん」

 しかし、やはり結論は「気にしなくていい」と言うものから変わらなかった。

「……わかったよ。木乃香が そう言ってくれるのなら、オレも気にしない。
 だから、噂は軽くスルーして置いて、適当に恋人の振りをして過ごそう。
 人の噂も四十九日と言うから、相手にしなければ いつか沈静化する筈だし」

 とは言え、ナギは木乃香に迷惑が掛かることを気にしていたので、木乃香が気にしないと言うならば それでいいのだ。

 ちなみに、ナギが「恋人の振り」と言ったところで、木乃香が少し寂しそうな顔をしていたのだが、当然の如くナギは気付く訳がなかった。
 また、木乃香が少し寂しそうな顔をする一方で美空が少し嬉しそうな顔していたりもしたのだが、やはりナギは気付く訳がなかったのだった。



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Part.05:雪広あやかの憂鬱


 ふぅ……この時期はダメですわね。

 どうしても『妹』を思い出してしまいますわ。
 何よりも大切にしたかった大切な存在であり、
 決して会うことのできない遠い存在である妹を……

 ……さすがに泣き崩れるような無様は晒しませんが、心はとても沈んでいます。

 何かがポッカリと抜けてしまっていて、何をやるにしても心ここに在らず ですわ。
 心配したネギさんが『代わり』を務めてくださっていますが、私の心は満たされません。
 もちろん、心配していただいていること自体は感謝してもし足りません。
 ですが、私の心を満たせるのは「妹の代わり」などではなく、むしろ…………

「――あの、いいんちょさん? 大丈夫ですか?」

 私の憂鬱な思考は、ネギさんの気遣わしげな呼び掛けで中断されました。
 はぁ、いけませんわね。考えないようにしていても、ついつい考えてしまいますわ。
 ないものねだりをしても何も始まりません。そう、ねだっても仕方がないのです。

「失礼致しました、少々思索に耽っていたようですわね。ですが、もう大丈夫ですわ」

 ただでさえ心配して駆けつけてくださったのですから、これ以上ネギさんに心配を掛けられませんわ。
 たとえ、私の心が満たされなかったとしても、ネギさんの優しさは私の心に届いていますからね。
 現にネギさんがいらっしゃる前よりは私の心は随分と軽くなっています。これ以上は望むべきではありませんわ。

 そう、私は あの時『それ』を理解したのですから……

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 あれは、7年前のあの日――「妹とは会えなくなった」と両親に告げられた日のことでした。

 私は、麻帆良学園内にある森の中でメソメソと泣いていました。
 幼いながらも「家人には涙を見せたくない」と言う意地を張ったのでしょう。
 私は自宅ではなく、人が来ないだろう森の中を泣き場所に選んだのです。

「ねぇ……なんで泣いているの?」

 そんな私に声を掛けて来た無粋な輩がいました。声から判断すると、相手は面識のない男の子でしょう。
 ……家人にさえ涙を見せたくないのですから、見ず知らずの男の子になど見せられる訳がありません。
 ですから、私は相手を見上げることすらせず、無言で俯き続けることよって相手を拒絶しました。

「ねぇ、なんでさ? なんで、そんなに泣けるの?」

 ですが、男の子は私の拒絶など気にしていないのか、近寄りながら尋ね続けました。
 その声はとても平坦なもので、ただ「疑問に思った」ので尋ねていたようでした。
 何故なら、そこには私の嫌いな同情や憐憫は一切 感じられませんでしたから……

「私に近よらないでください!!」

 とは言え、同情も憐憫もないからと言って、相手が無遠慮なのが許せる訳ではありません。
 私は心に土足で押し入られれたような気分を味わい、生まれて初めて激昂をしました。
 相手の無遠慮が許せなかったのでしょうか? それとも、妹を失ったショックからでしょうか?
 今でも判断が付きませんが、感情をストレートにぶつけたのはこれが最初だったと認識しています。

「じゃあ、なんで泣けるのか教えてよ? 教えてくれたらいなくなるから教えてよ」

 男の子は私の激昂に怯んだのか、歩み続けていた足を止めて私に尋ねて来ました。
 ですが、その声は最初と変わっていません。相変わらず、無感情そのものでした。
 きっと、泣いているのが不思議で仕方が無い と言うだけの問いでしかないのでしょう。

「……教えたところで、あなたにはわかりませんわ!!」

 泣いている人間を見て不思議に思うだけの人にはわかりません。
 いや、そんな人なんかに私の気持ちをわかって欲しくありません。
 ですから、顔を上げて相手を睨み付ながら『拒絶』をしました。

「さぁね。わからないかもしれないし、わかるかもしれないよ?」

 男の子――赤茶の髪をした無表情な男の子は、ぬらりくらりと私の『拒絶』を躱わしました。
 いえ、後になって思えば、男の子は躱わしたように『見せ掛けただけ』だったのでしょう。
 その声音は、軽薄で嘲りすら感じられるのに、何故か悲しみや寂しさが含まれていたのですから。
 ですが、この時の私は気付けませんでした。そして、そのために別のことに意識がいってしまったのです。
 私が意識したのは瞳――私を映しているように見えて遥か彼方を見ているような『虚ろ』な瞳でした。

「妹を失った私の気持ちなど、あなたにわかるものですか!!!」

 その瞳はブラウンとヘーゼルのオッドアイで、見た目はとても綺麗なものでした。
 ですが、綺麗であるが故に『虚ろ』であることが無性に薄ら寒く感じました。
 その寒さに対するためでしょう。私は、ついつい本音を曝け出してしまいました。
 ……恐らく、本音を曝け出してしまったのも、生まれて初めてだったと思います。
 次女とは言え、雪広家の娘として自分を抑えることが求められていましたから。

「うん、そうだね。わかんないや……」

 しかし、私が本音を――明かしたくない泣いている理由を曝したのにも拘わらず、
 その男の子から返って来たのは、私から興味を失ったような淡白な反応だけでした。
 その証拠に、瞳はより一層『虚ろ』になり、男の子は踵を返して去ろうとしました。

「…………なにか文句がありまして?」

 相手が去るのは私の望みの筈でしたが、私は男の子を呼び止めるような言葉を発していました。
 きっと、私は男の子の反応が――せっかく理由を話したのに興味を失われたのが許せなかったのでしょう。
 誰にも触れられたくない部分に無遠慮に触れた癖に興味を失ったのですから、許せる訳がありません。

「べつに? ただ『人は必ず死ぬのに、なんでそんなにこだわるのかな?』って思うだけだよ」

 男の子は振り返ると「つまんない」と言う感情を隠さずに言葉を紡ぎました。
 今になって思えば、その言葉は達観とも諦観とも取れる悲しいものでしたが、
 その時の私は「妹の死をくだらない」と卑下されたと感じ、再び激昂しました。

「私にとって妹は かけがえのないものだったのです!!」

 だから、私は「どうせ理解されない」と思いながらも、力を込めて叫びました。
 我ながら矛盾していましたが、少しでも理解させたかったので力を込めたのでしょう。
 きっと、理解されたくないけど、理解されないのも悔しかったのでしょうね。

「……ぼくも父さんと母さんが死んじゃったけど、そこまでこだわってないよ?」

 ですから、男の子の紡いだ言葉は、幼い私に衝撃を与えました。
 同じ様な境遇なのに違う感想を抱いたのが不思議だったのでしょうね。
 まぁ、今になって思えば、私の見識が狭過ぎただけなのですが。

「え?」

 それでも、この時の私には男の子の言葉が理解できないのは変わりません。
 同じ筈なのに同じじゃない。そのように感じたのを覚えています。
 だから、目の前の男の子がとても「遠い存在」に感じたのでしょうね。

「こだわってないから、きみの気持ちはわからないや」

 男の子はそう淡々と告げた後、ごめんね と言う『心にも無い謝罪』を告げて話を締め括りました。
 そして、私に興味を失ったことを示すかのように、私を振り向くこともなく その場を去って行きました。
 ……私はしばらくの間『何か』に打ちひしがれていたため、その後姿を見ることしかできませんでした。
 ですが、そのままそこに蹲っていても何の解決にならないことに気付き、私は慌てて男の子を追い掛けました。

「な、なんで!! なんで、そんなに平然としていられますの!?」

 男の子に追い付いた私はその背中に向かって疑問を投げ掛けました。
 恐らく、男の子の言葉を理解できなかったのが悔しかったのでしょう。
 この時の私は、男の子のことを理解したいと考えていた気がします。

「だって、泣いていても死んじゃった人たちは帰って来ないじゃないか?
 なら、死んじゃった人達が安心できるように『泣く以外のこと』をすべきでしょ?」

「ッ!! そう……ですわね」

 男の子は「何を言ってるの?」と言わんばかりに不思議そうな顔をして説明してくれました。
 今になって思えば当たり前のことしか言われていなかったのですが、当時の私にはとても鮮烈でした。
 ですから、私は妙に納得してしまい、それまで持っていた複雑な感情を忘れて素直に頷きました。

「……きみ、お父さんとお母さんは?」

 私が納得したのを受けた彼は、私の両親について尋ねて来ました。
 恐らく「両親は生きているのか?」と言う意味で尋ねたのでしょう。
 問い掛けの前の僅かな間が、聞くべきか否か迷ったのだと感じられました。

「ええ、生きていますわ」

 本来なら、彼を気遣って正直に答えるべきか悩むべきでしょう。
 ですが、彼は御両親の死を気にしていないと明言していたので、
 私は彼のことを気にせず事実をありのまま答えることにしました。

「じゃあ、代わりに幸せにしてあげればいいんじゃない?」

 ですから、この言葉も私を慰めるための『方便』なのではなく、彼が思ったことをそのまま伝えたのでしょう。
 まぁ、彼としては、私の状況から推察した、私がすべき『泣く以外のこと』を具体的に上げただけだったのでしょうが、
 その時の私には「君がすべきことは妹の分まで両親を幸せにすることなんじゃない?」と言われたようなものでした。

「ええ……そうですわね」

 ですので、先程よりも深く頷いたことを今でもハッキリと覚えています。
 そして、いつの間にか「泣くことを忘れていた」こともハッキリと覚えています。
 そう、妹の死を悲しんで泣くよりも両親を幸せにすべきだと考えるようになったのです。

「……どうやら、泣けなくなったようだね」

 そう言った時の彼の表情は忘れられません。それが初めて見た彼の『表情』だったのですから。
 それは、「泣かなくなってつまんない」とも「泣き止んでよかった」とも取れる、不思議な表情。
 妹の死を乗り越えた証明とも言える、思い出すだけで心が妙に浮き立つ、私のとても大切な思い出。

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 今でも私の心の奥底に大事にしまわれている大切な思い出です――って、そうではありませんわ!!

 私は、あんな男のことなど、何とも思っていませんわ!! ましてや、大切になんか思ってません!!
 あんな、人を「いいんちょさん」などと他人行儀に呼んだりするような、薄情な男のことなど知りません。
 あんな、人を「関係ない」などと言い切ったりするような、失礼極まりない男のことなど知りませんったら知りません。

 それに、ホワイトデーには何も返してくれませんでしたし、妹の命日である昨日は連絡もくれませんでしたし……

 そう言う意味では、薄情や失礼を通り越して、最早 無情で無礼な男、略して無男(ぶおとこ)ですわ。
 ……昔はもう少し優しかった筈ですのに、どうして「ああ」なってしまったのでしょうか? 不思議でなりませんわ。

「い、いいんちょさん?」

 はっ!! つ、ついヒートアップしてしまいましたわ。い、いけませんわね、ネギさんを怖がらせてしまいました。
 ……ふぅ、少し自制しなければいけませんわね。ネギさんを怖がらせても、何の意味などないのですから。
 この怒りをぶつけるべき相手はネギさんではなく あの男です。むしろ、私が怒りをぶつけられるのは あの男だけです。

「大変失礼致しましたわ。ちょっと考え事ををしていまして……」

 そう、私が本心を見せていいのは、この世でただ一人――あの男だけなのです。
 あの男は、無遠慮でガサツで乙女心を理解していない、実に許し難き存在ですが、
 それでも、私にとっては、他の誰よりも「掛け替えの無い存在」なのですから。

 ……悔しいですが、私に必要なのは「妹の代わり」などではなく『私自身』を見せられる あの男のようですわ。


 


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オマケ:今日のぬらりひょん ―その2―


 近右衛門室からナギと木乃香が出て行った後、近右衛門は己の持つ情報網を利用して怪情報を流した。
 その『狙い』はナギの想定したものも含んでいたが、その『真意』は別のところにあるのであった……

「フォッフォッフォッ……これで『なぎ×この』フラグが立ったのう。勉強合宿の時は失敗してしもうたが、これで結果オーライじゃ」

 近右衛門は、いい感じに情報が錯綜している(ナギは悪名高いので、尾鰭と背鰭が付きまくりだった)のを確認すると、
 机の上に両肘を付いて口元を隠すように両手を組み「シナリオ通りだ」と言わんばかりに「ニヤリ笑い」を浮かべていた。
 言っていることも取っているポーズもふざけているようにしか見えないが、これでも近右衛門は大真面目なのである。

「……しかし、木乃香君を『西』の傀儡にしないために お見合いを計っていたのではないですか?」

 そんな近右衛門の斜め後ろに電柱柱のごとく直立不動で待機していたタカミチは、
 面倒ばかり押し付けよって と言わんばかりに不満を飲み込みながら近右衛門にツッコむ。
 と言うか、タカミチ的には望まない方向なので そっちの不満の方が強いのだが。

 タカミチの言う通り、近右衛門が木乃香に見合いをさせていたのは、木乃香の将来を慮っていたからだった。

 木乃香は立場上 将来的に『西』に利用される可能性が高い。と言うか、ほぼ確実に利用されるだろう。
 そのため、近右衛門は娘婿の親心を汲みつつ政治的判断を交えて、木乃香に『安全な生活』を送らせるため、
 表の有力者と婚姻関係を結ばせることで間接的に『西』からの干渉を防ごうとしていたのであった。

 それが木乃香の祖父であり関東魔法教会の長でもある近右衛門のできる『ギリギリの妥協点』だった(それ以上は越権行為になってしまう)。

 そう、タカミチの言葉は「那岐君と婚約させても木乃香君を守れないのでは?」と言う意味だったのだ。
 まぁ、他にもナギと木乃香に迷惑が掛かるような手段を取ったことを咎める気持ちもあったし、
 那岐君はネギ君のパートナーになる予定だったのに何してくれてんだ と言う苛立ちもあったが。

「……はて? 何を言っておるのかのう? タカミチ君が何を言いたいのかサッパリわからんのう」

 しかし、近右衛門はタカミチが言いたいことをすべて理解したうえで わからないと豪語する。
 タカミチは、近右衛門の右手とも言える存在であるが、それでも部下に過ぎないからだ。
 これはタカミチの権限の問題もあるが、タカミチの仕事を増やさないための配慮でもある。

「ふぅ……偶には本音を出してもいいのではないですか? 誤魔化してばかりだと木乃香君にも誤解されますよ?」

 タカミチも近右衛門の意図がわかっているので、嘆息するだけで追求をあきらめる。
 だが、それだけだと借りを作った気分になるので、借りを返すために忠告をするのだった。
 タカミチには悪意がないのだが、余計な一言になってしまうのがタカミチなのである。

 ……ナギが残念になってしまうのは、保護者であるタカミチの影響かもしれない。

「いやぁ、既に那岐君から誤解を受けとる君から言われても、説得力はないんじゃないかのう?」
「なっ!? そ、それは言わない約束です!! って言うか、それは近右衛門だって一緒じゃないですかっ?!」
「なんじゃとっ!? ワシはまだギリギリセーフの筈じゃ!! まだ敬意を持たれておる筈じゃわい!!」
「どこがですか!? そもそも、那岐君をネギ君のパートナーにするように悪巧みしていたのは貴方でしょう?!」
「まぁ、確かにそうじゃが、アレは君も賛同したことじゃろ? それに、実際に動いたのは君じゃぞ?」
「確かにそうですけど……那岐君をナメちゃいけません。きっと黒幕は貴方だと気付いている筈です」
「じゃが、さっき(孫婿としての挨拶)の態度を見る限りでは、ワシって尊敬されているように見えたんじゃが?」

 痛いところを突かれたらてスルーできないのが人間であり、親切心から言ったのに反論されたら気分を害するのも人間だ。

 それ故に、近右衛門が「実行したのは君じゃ!!」とタカミチを責め、タカミチが「主犯はアンタだろ!!」と近右衛門を責めるのは当然だ。
 何だか、精神年齢が著しく下がったような気もするが、こう言った遣り取りは いいガス抜きになるので、とても大事なのである。
 ナギと神多羅木の関係を思い出していただけると納得……できないかも知れないが、それでも納得して置いていただけると助かる。

 まぁ、とにかく、砕けた遣り取りをできるくらい、二人は仲が良いのである。

「もしかしたら――と言うか、十中八九、それは木乃香君の前だったからでは?」
「……うぐぅ。確かにそれは有り得るのぅ。それくらいの腹芸はできそうじゃ」
「と言うか、あんな噂を全校に流すなんて……ちょっと遣り過ぎではないですか?」
「い、いや、アレは『あの程度の試練など二人の愛で乗り越えるんじゃ』と言う応援――」
「――どこがですか!? 普通は逆効果ですよ!! どう考えても あれは失策ですよ!!」
「え? あれ? あれって遣り過ぎじゃった? じゃあ、もしかして、ワシ ミスった?」
「まぁ、そうですね。今回ばかりは頷かざるを得ないです。もう少し自重してください」

 ちなみに、近右衛門の「うぐぅ」発言にイラッと来たので、タカミチは態とダメージを与えるような言い方にしたらしい。

 ところで、近右衛門が『ミス』と評した今回の過剰とも言える噂だが……実を言うと態とであった。
 と言うのも、これから先ナギ達の前に立ち塞がるであろう存在は『西』の海千山千の怪物達だからだ。
 あの程度のことで消える関係なら、これから先『西』の政敵達にいいように翻弄されてしまうだろう。
 そのために、近右衛門は「それなりの試練」を与えて、実際の政争に備えさせて置く腹積もりだったのだ。

 もちろん、タカミチも近右衛門の『真の意図』には気付いている。気付いているが、立場的に気付かない振りをしたのである。

(ふぅ……今日の那岐君の態度を見る限りでは、それなりに『政治』もできそうじゃから、とりあえずは婿殿よりは大丈夫じゃろ。
 それに『噂』によって木乃香との関係が『確固たるもの』になる予定じゃから、残る問題は『裏』に置ける確固たる地位じゃな。
 那岐君には『表』での地位がないんじゃから、せめて『裏』でのネームバリューが無いと『西』のヤツ等の牽制ができんじゃろうて。
 まぁ、木乃香の祖父としては木乃香を大切に想うとるだけでも充分に合格点なんじゃが……まったく、世の中は世知辛いのぅ)

 そんなことを考えながら、タカミチとの『じゃれ合い』に興じる近右衛門だった。


 


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後書き


 ここまでお読みくださってありがとうございます、カゲロウです。
 以前から「改訂した方がいい」と言う意見が多数あったので、今回(2012年4月)大幅に改訂してみました。


 今回は「木乃香のターンのつもりが、最終的には あやかのターンになっていた気がする」の巻でした。

 前回に引き続き、不思議現象が起きています。さすがはメインヒロインです。原作主人公のネギ以上にヒロインです。
 ところで、あやかのキャラですが……明日菜がいないし弟ではなく妹だしで、いろいろ変更された結果、こんな感じにしました。
 ちなみに、主人公ではなく那岐の少年時代ですけど、次回からエヴァ編ですので しばらくは明かされません(バレバレでしょうが)。

 あと、近右衛門おじいちゃんですけど、これからも あんな感じです。コメディとシリアスを難なく こなしてくれます。


 ……では、また次回でお会いしましょう。
 感想・ご意見・誤字脱字等のご指摘、お待ちしております。


 


                                                  初出:2009/09/11(以後 修正・改訂)



[10422] 第11話:月下の狂宴(カルネヴァーレ)【改訂版】
Name: カゲロウ◆73a2db64 ID:552b4601
Date: 2012/06/10 20:50
第11話:月下の狂宴(カルネヴァーレ)



Part.00:イントロダクション


 今日は4月8日(火)。麻帆良学園中等部の始業式である。

 ナギは中三になり、所属するクラスが「2-B」から「3-B」になった(クラスの構成員は そのままだ)。
 そのため、ナギの脳内に「3ねーんB組ー、神多羅木先生ー!!」と言うアホなネタが浮かんだのだが、
 神多羅木と金○先生を一緒にしちゃいけないだろ と言う尤もな理由で自主的に規制されたのであった。



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Part.01:やっぱりオレは巻き込まれる


(あ、ありのまま さっき起こった事を話すぜ!!
 『オレが積みゲーを崩しに興じようとしたら いつの間にか拉致られていた』
 な、何を言っているのかわからねーと思うが――以下略)

 そんな感じで二度目のネタをやりたくなるくらいに理解不能な事態がナギに起きたそうだ。まぁ、まずは順を追って話そう。

 始業式を恙無く終えたナギは「さて、帰って積みゲー崩しでもするかなぁ」とか思って帰ろうとしたのだが、
 校門を出て直ぐのところで黒服達に「お嬢様がお呼びです」と任意同行と言う名の強制連行をされたのだった。
 そして、連れて来られたのが あやかの屋敷――の地下室(と言うか、拷問部屋にしか見えない空間)である。

(あれ? オレ、ここでバッドエンドですか?)

 しかし、それはナギの杞憂だった。どうやら先方の手違いだったらしく、ナギは途中で客室に移管された。
 ただ、その時に黒服達が「バカヤロウ!! まだだ!!」とか騒いでいたので、杞憂ではないかも知れないが。
 まぁ、とりあえずのところは「空耳だったに違いない」と言うことにして置いたらしいが、油断は禁物だろう。

「……お待たせ致しましたわ」

 そんなこんなでナギが客室でガクブルしながら待っていると、招待主である あやか が厳かに現れた。
 ちなみに『厳か』とは述べたが、正確に表現すると「余りにも空気が重過ぎて平伏したくなる」感じである。
 ナギ曰く「その表情は能面のように平坦で、下手憤怒の表情よりも薄ら寒いものを感じさせられた」らしい。

「い、いいんちょ……さん?」

 ナギは精一杯の勇気を振り絞り、震える声を隠すこともできずに あやかに声を掛ける。
 何故なら、あやかは入室した後ナギの対面に座るだけで、何も動きを見せなかったからだ。
 無言の圧力に負けた と言うか、溢れる怒りに思わず無条件降伏したくなった結果である。

「……失礼ですが、今 何と仰いましたか?」

 しかし、あやか から返って来たのは鋭い眼光と身を切るような怒気だった。
 ナギの勇気は一瞬にして無駄になり、ナギは話し掛けたことを後悔した。
 まぁ、あのまま膠着状態を続けたとしても余りいいことはなさそうだったが。

「えっと、いいんちょさんって――」

 言ったんだけど、それがどうかしたか? そう言い掛けて、ナギは慌てて口を噤む。
 何故なら、あやかが「ギヌロ!!」と言う効果音が付くくらいに睨み付けたからだ。
 あやかのプレッシャーが強過ぎて、言葉を途中で切らざるを得なかったのである。

「――私『いいんちょさん』なんて名前では ございませんわよ?」

 いくら残念なナギでも、あやか が「いいんちょさん」と言う呼称を気に入っていないことくらいはわかる。
 ナギ的には馴れ馴れしくないが親しみが籠もっていて呼びやすかったのだが、本人が嫌なら変えるべきだろう。
 しかし、ならば どんな呼称ならいいのだろうか? 当然、名前の呼捨は黒服達に教育されそうなので却下だ。

「え~~と、それじゃあ『雪広』でいいかな?」

 ナギは無難に「雪広」と呼ぶことにしたのだが、あやかは少し気に入らないようだ。「……ええ」と不承不承 頷く。
 その様子はわかっていたが、あやかさん とか あやかちゃん とか あやかたん とか とは呼べないので、他に選択肢がない。
 意表を突いて ゆっきー とでも呼んでみようか? と一瞬だけ思ったナギだが、さすがに自重して置いたようだ。

「じゃ、じゃあ、話は戻るけど……そもそも、オレって何でここに呼ばれたんだ?」

 さすがに「呼称が気に入らないのでフルボッコにするために呼んだ」とかは無いだろう。
 その程度のことでイチイチ拉致されていては、言いたいことも言えなくなってしまう。
 まぁ、ナギは もう少し言動に気を付けた方がいいので、言いたいことを言うべきではないが。

 きっと、態々ナギを拉致しなければいけなかった程の用件に違いない。

「近衛さんとの噂を小耳に挟みましので、その真偽を問うために ですわ。
 少々強引な手段でお呼び立てしたことについては、心より謝罪いたします。
 ですが、近衛さんとの噂に対して納得のいく説明をしていただけませんか?」

 だがしかし、あやかの語った理由はナギの予想を超えていた。ナギは てっきりネギ関連だと思っていたのだ。

 だから、つい「え? 木乃香との噂? 何でさ?」とか聞き返したナギは悪くないだろう。
 その言葉で あやかの機嫌が更に悪くなった気はするが、それでもナギは悪くないに違いない。
 この後の対応をミスると死亡フラグが また立ちそうな気はするが、きっとナギは悪くない筈だ。

「まぁ、本当と言えば本当で、嘘と言えば嘘かな? って言うのも、実は木乃香が学園長に見合いをさせられてさ(以下略)」

 ナギは あやかを刺激しないように細心の注意を払いながら ありのままを説明した。
  木乃香が近右衛門に見合いを強制させられていて困っていたこと
  見合いをやめさせるための方便としてナギが恋人役を演じたこと
  そうしたら、何故か情報操作されて噂が広められしまったこと……などだ。
 もちろん、ありのまま話したのは下手な誤魔化しだと看破されたうえに粛清されそうだったからだ。

「……そうですか、そのような事情ならば仕方がありませんわね。ですが、他に遣り様があったのではないですか?」

 あやかは一定の理解を示しつつも不機嫌そうにナギの対応の甘さを責める。
 まぁ、確かに 他に遣り様はあったかも知れない。その点ではナギの落ち度だ。
 だが、あの時は思い付かなかったのだから仕方がない。責められても困る。

「まぁ、そうかも知れないけどさ……あの時は あの手しか思い付かなかったんだから仕方がないだろ?」

 ナギは「過ぎたことなんだから今更 何を言っても変えられないじゃないか」と言わんばかりに「仕方がない」と簡単にあきらめる。
 あまつさえ「それに、オレと木乃香が仲良くなれば、オレからネギを遠ざけられるんだから、むしろ好都合だろ?」とも付け加える始末だ。
 ナギは何となく あやかが不機嫌になっていることはわかっているのだが、その原因まではわかっていないのだ。何故なら、ナギだからだ。

「…………はぁ、わかりましたわ」

 ナギの残念さを見せ付けられた あやかは「何を仰ってますの?」と言う顔をし後、溜息とともに納得した。
 いや「これだから那岐さんは困るのです」とかブツブツ言っていたので、実際は呆れただけなのだろうが。
 その証拠に あやかは「もう少し節度を持って行動してください」と軽く説教しだけでナギを解放したらしい。
 ちなみに、あやかの家から男子寮までの移動手段だが、来た時と同じ黒服達に車で送ってもらったらしい。

 そんな訳で、ナギは生きている喜びを噛み締めながら「さぁ、今度こそ積みゲー崩しを楽しもう」と自室に戻ったのだった。

 だが、ナギの不運は まだまだ終わっていなかった。いや、むしろ、今までは序の口に過ぎなかった。
 何故なら、ナギが自室のドアを開けると「お待ちしておりました、神蔵堂 那岐さんですね?」とか、
 サラサラした茶色いロングヘアでデッカい耳飾を付けたメイドさんが恭しく頭を下げて出迎えたからだ。

(いや、もう、ビックリしたとしか言えなかったね、うん)

 玄関を開けたら見知らぬ他人が出迎えてくれたのだから驚くのも無理はない。
 しかも、その不法侵入者はメイドさん――つまり、女のコだったので更に驚きだ。
 何故なら、ここは男子寮なので女子がいること そのものが珍しいことだからだ。

(しかし、そんなことよりも大切なのは、デッカい耳飾を付けている と言う点だろう)

 恐らく彼女は「絡繰 茶々丸(からくり ちゃちゃまる)」なのだろう。髪の色が違う気がする(緑ではない)が、耳飾が動かぬ証拠である。
 そして、茶々丸が この時期(新学期早々)に訪れた と言うことは、エヴァ戦に巻き込まれる と言うことだろう。フラグ的に考えて。
 と言うか、そうでもなければ茶々丸が不法侵入までしてナギの元に現れた説明が付かない(まぁ、説明が付いても現状は何も変わらないのだが)。

「……いや、人違いだよ?」

 とりあえず、ナギは人違いと言うことにして その場からの離脱を図った。
 何故なら、魔法使い同士の戦いになんて巻き込まれたくないからだ。
 無駄だとはわかっていたが、何もしないよりはマシだ と足掻いたらしい。

「そうですか。それは大変 失礼 致しました」

 だが、意外なことに茶々丸はアッサリと納得し、謝罪までして来る。
 どうやら、無駄だと思っても悪足掻きはしてみるもののようだ。
 ナギは意気揚々と「じゃあ、そう言うことで」と部屋から出て行く。

「――ですが、99.89%の確率で本人だと断定できますので、申し訳ありませんがマスターの命により身柄を確保させていただきます」

 だがしかし、現実は無情だった。茶々丸は納得したのではなく流しただけだったようだ。
 部屋から出て行く寸前のところで茶々丸に肩を掴まれナギは形だけの謝罪を受けた後、
 何らかの衝撃(恐らく電撃)が全身を駆け抜けたのを感じたところで意識を手放したのだった。

 そして、気絶したナギを荷物のように抱えた茶々丸は、窓を開け放つと月夜へと飛び出したのだった。

 ……………………………………
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 …………………………………………………………

 以上のような経緯で、ナギは拉致られた――と言うか、エヴァ戦に巻き込まれたのだった。

 ネギに懐かれた時点で こうなることはナギの運命だったのだろうが、ナギとしては微妙に納得できないものが残る。
 ナギはネギに相談された訳でも ネギを助けた訳でもない。強制的に巻き込まれたのだ。それが納得できないのである。
 と言うか、何故にナギが巻き込まれたのだろうか? 近右衛門が一枚 噛んでいるのだろうが、疑問は深まるばかりだ。

「おい、小僧……先程から随分と大人しいが、抵抗はせんのか?」

 ナギが現状を嘆きつつ答えのない問いに頭を抱えていると、無遠慮にナギに話し掛ける声があった。
 その声の主は金髪の幼女――展開的にわかるだろうが、3-Aが誇る「ロリ四天王」の最後の一人、
 茶々丸のマスターであり『闇の福音』の異名を持つエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルである。

「しないよ。だって、何らかの目的があって拉致したんでしょ? なら、抵抗すべきじゃないだろう?」

 ナギは内心で「誰が小僧だ、このロリババア」とか思いつつも そんなことは億尾にも出さずに答える。
 理不尽な状況に苛立ってはいるが、危機的な状況であることも理解しているので言葉には気を付けているのだ。
 エヴァは覚悟のない女子供を殺めるのを嫌う らしいが、ナギが その範疇に入っているか否か微妙だからだ。

 ちなみに、ナギは尤もらしいことを話してはいるが、捕縛されているので抵抗のしようがないのが実情だったりする。

「……ふむ。どうやら、自分の立場は理解できているようだな」
「まぁね。つまり、サバトとか そう言った儀式の生贄でしょ?」
「なっ?! 違うわ!! 誰がサバトなぞやるか!? 貴様は人質だ!!」

 黒いマントと黒いトンガリ帽子を装備したエヴァは「オカルトに傾倒しちゃったイタいコ」にしか見えないので、軽い皮肉だ。

「いや、軽いボケに そこまで過剰反応されても困るんだけど……」
「き、貴様、私をナメているだろう!? なぁ、ナメているだろう?!」
「別に そんなつもりはないよ(まぁ、微笑ましい とは思ったけどね)」

 幼女にしか見えない相手に凄まれても、ビビるどころか微笑ましくなるのはナギだけではない筈だ。

(しかし、本当に何でオレは拉致られたんだろう? さっき人質って言ってたけど、人質ならオレじゃなくてもいいんじゃないかな?
 十中八九ネギに対する人質なんだから、他に適任が――って、あれ? そう言えば、他の人質候補って女のコしかいないじゃん。
 って言うことは、必然的にオレが人質になるしかないか。さすがに『オレじゃなくて女のコを人質にしろ』なんて言えないからねぇ)

 よくよく考えてみれば、ネギの交友関係的に適任はナギしかいない。先程の疑問が解消された瞬間である(状況は一切 好転していないが)。

(まぁ、適任はオレしかいなかったんだから、人選については納得して置こう。
 だけど、そもそもの問題として人質を取ること自体が間違っている と思うんだけど?
 エヴァって『誇りある悪』を名乗ってるんだよね? それなのに人質って……)

 人質を取るなど実に三下臭い。何らかの事情はあるのだろうが、それでも「さすが『誇りある悪(笑)』だなぁ」と評価するナギだった。



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Part.02:最悪の招待状


 今日は いつもの場所をナギさんが通らなかったので「おかしいなぁ」とは思っていたんです。
 でも、ボクより早く通った可能性もありますので、今日は あきらめて帰宅することにしました。
 これまでも何度か擦れ違っちゃったことがありますんで、ちょっと残念ですが仕方ありません。

 ちなみに、待ち始めたのが15:30で帰宅を決めたのが18:30です。

 あ、わかっているでしょうけど、一連の行動をストーカー扱いしちゃダメですよ?
 これは あくまでも『純粋な乙女心の発露』ですからストーカー行為じゃありません。
 仮にストーカーだとしても、ストーカーと言う名の乙女です。多分、きっと、恐らくは。

「ただいま帰りました~~」

 ボクは帰宅の挨拶をしながら玄関を開けました。
 キッチンからは夕御飯のいい匂いが漂って来ます。
 きっと、今夜はハンバーグですね。嬉しいです。

「お帰り~~ネギちゃん。今日は遅かったなぁ?」

 コノカさんがキッチンから出て来てボクを出迎えてくれます。
 笑顔で出迎えてくれるのは嬉しいんですけど……
 包丁を持ったまま微笑むのは、ちょっと怖いです。

「すみません、今日はちょっと待ち惚けしちゃいまして……」

 ボクは靴を脱いで家に上がると、コノカさんに遅くなった理由を簡単に説明しました。
 さすがに、3時間も待っていたのは呆れられると思いますので、明かしませんでしたけど。
 まぁ、帰宅時間から逆算すれば わかっちゃいますけど、それでも黙って置くべきです。

「そか。でも、これからは暗うなったら帰って来なあかんえ?」

 コノカさんは「気持ちはわかるんやけどな」ってフォローを入れながら注意してくれました。
 その様子から、本当にボクのことを心配してくれているのが伝わって来ましたので、
 ボクは「これからは もうちょっと早めに切り上げましょう」と心に誓って置きました。

「はい、わかりました。これからは気を付けますね」

 本音を言えば、ナギさんに会いたいです。ですが、コノカさんを心配させる訳にもいきません。
 コノカさんは、その……日本での「お姉ちゃん」みたいな人ですから、心配を掛けたくありません。
 まぁ、昨日「ナギさんと婚約した」って噂を聞いた時は、最大のライバルだって認識しましたけど。
 でも、よくよく話を聞いてみると、それは「学園長先生へのブラフ」ってことがわかりましたので、
 やっぱりコノカさんはネカネお姉ちゃんのように、大切な『家族』みたいな人だって落ち着きました。

「あ、ネギちゃん。そう言えば、手紙が来とったえ」
「手紙……ですか? ありがとうございます」

 誰からだろう? ネカネお姉ちゃんかな? そんなことを考えながら、手紙を受け取ります。

 差出人は…………書いてませんね。ん~~、誰でしょうか? まったく心当たりがありません。
 でも、『封蝋』がされていますので、『ボクが魔法使いであること』を知っている相手からでしょう。
 つまり、差出人は不明ですが魔法関係者である可能性は高いため、コノカさんに見せる訳には行きません。
 ですので、まずは軽い『認識阻害』を張って、コノカさんの注意をボクから逸らして置きます。
 これで、よっぽどのこと(大爆発とか)が起きない限り、コノカさんはボクのことを気にしません。

 そして、『開封』の魔法を発動して『封蝋』を解きます。

 ちなみに、『封蝋』とは手紙や箱などに施す魔法で、『開封』を使えない人(つまり一般人)に開けないようにするものです。
 逆に言うと『開封』が使えれば簡単に解けますので、主に「魔法関係の物だ」と魔法使い同士でと暗示し合うのに使われています。
 そのため、ボクは差出人のことを「魔法関係者である可能性が高い」と判断した訳です(単なる勘や思い付きではありません)。

 と言う訳で、封筒の中身を確認しましょう。え~~と、中には「何の変哲もない便箋」しか入っていませんね。

 一応、何らかのトラップがないか『探査』してみましたけど、特に問題は見受けられませんでした。
 まぁ、ボクのレベルでは見破れないトラップが仕掛けれられている可能性もありますが……
 それでも、こうして眺めていても何も始まりません。ボクは便箋を開いて その内容を確認しました。

「――え?」

 内容を確認したボクは、その内容が想定外過ぎたためか、思わず間抜けな声を出してしまいました。
 その内容は『神蔵堂 那岐は預かった。返して欲しければ一人で女子中校舎の屋上に来い』と言うもので、
 読んだ直後は何が書かれているのか理解できない――と言うか、理解したくない内容のものでした。

 ですが、呆然としている場合ではありません。ボクは直ぐに気を取り直しました。

 まぁ、性質の悪い悪戯やボクを誘き出すためのブラフ と言った可能性もあるのでしょうが……多分、違うでしょう。
 相手が魔法関係者であり、ナギさんが いつもの場所を通らなかったことも踏まえると、悪戯やブラフとは思えませんから。
 言い換えるならば「ナギさんは拉致されており、ボクが行かなければ危険な目に遭うかも知れない」と言うことになります。

 ……当然ですが、そんなことは絶対にさせません。ボクのせいでナギさんが傷付くなんてこと あってはいけません。

 相手が何者か とか どんな理由があったのか とか……わからないことだらけですが、そんなことは関係ありません。
 たとえ どんな大義名分があろうともナギさんを巻き込んだ罪は変わりませんので、ボクのやるべきことは変わりません。
 一刻でも早く指定の場所に赴き、一刻でも早くナギさんを救出することです。それ以外のことは最早どうでもいいです。

 ナギさんは この身に代えても救出してみせます!!

 決意を固めたボクは、今までインテリアとして飾って置いた「父さんの杖」を右手に持ち、
 秘蔵の魔法具(マジックアイテム)を懐に隠し、ネカネお姉ちゃんから もらったマントを羽織り、
 最後に『認識阻害』を強めてボクの格好に違和感を持たれないようにして戦闘準備を整えました。

 そして、必死に感情を押さえ付け、何でもないような調子でコノカさんに話し掛けます。

「ボク、ちょっと出て来ますので、御飯は先に食べちゃってください」
「…………わかったえ。もう暗ぉなっとるから、気ぃ付けてな?」
「はい!! ありがとうございます!! 気を付けて行って来ます!!」

 コノカさんは「え? こないな時間に?」って顔をしていましたが、ボクの決意を理解してくれたのか、何も聞かずに送り出してくれました。

 ……本当に「お姉ちゃん」みたいで、とってもありがたいです。
 コノカさんへの感謝を胸に、ボクは女子寮を後にし、目的地を目指します。
 そこにいるであろう『敵』を排除してナギさんを取り返すために……



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Part.03:捕らわれの子羊と闇の福音


「ところで、確認して置きたいことがあるんだけど……いいかな?」

 それなりに状況を理解しているナギだが、その ほとんどが原作知識からの類推でしかない。
 現時点で既にネギや明日菜に差異があるため原作知識が何処まで役に立つかわからない。
 それ故に、情報収集は可能な限りして置くべきだろう。思い込みは自らの首を絞め兼ねない。

「……何だ?」

 これまで何処か弛緩したところがあったナギだったが、今は 張り詰めた空気を纏っている。
 その空気の変化を察したのか、エヴァは真剣な面持ちで訊ね返す。今のエヴァに隙はないようだ。
 こう見えても(幼女にしか見えない)エヴァは600年以上を生きた古強者だ。当然の反応だろう。

「さっき、オレのことを人質って言っていたけど……誰に対する人質なんだ?」

 まぁ、十中八九ネギだろう。だが、それでも一応は聞いて置かねばならない。
 もしかしたらネギではないかも知れない。可能性はゼロではないのだ。
 ネギだと思い込んでいたがネギではなくてテンパった なんて事態は避けたい。

 日常ではテンパっても醜態を晒す程度の問題でしかないが、非常時だと致命的になり兼ねない。

「……貴様はバカか? ネギの小娘に決まっているだろうが?」
「いや、何でネギ相手に人質なんているんだ? 意味不明だよ?」
「そんなの小娘を誘き出すために決まっているだろうが!!」
「いや、決まっているって言われてもオレには意味不明なんだけど」

 恐らくは魔法バトル的な意味で誘き出したいのだろう。

 事情を知っていれば当然の帰結である。そのため、エヴァの小バカにする態度も納得だ。
 だが、何度も言っているように、ナギは事情を類推できるだけで何も事情を知らない。
 それ故に、ナギは――何も事情を知らないナギは、さも意外そうに問い返したのである。

 事情を知らなければネギ呼び出すのに人質を取るなんて意味不明だからだ。

「って言うか、誘き出すって段階で疑問なんだけど? 普通に呼び出せばいいじゃん。
 何で人質を利用して誘き出す必要があるんだ? お前ら、そんなに仲が悪いの?
 だったら、オレが仲介してやるから、まずはロープを解くことから始めないか?」

 何も知らない演技(実際に知らないのだが)に段々と興が乗ってきたのか、ナギは余計な御節介を焼きつつ捕縛を解くようにも求める。

「……貴様、まさか何も知らされていないのか?」
「ん? そんなに仲が悪いので有名なのか?」
「違う。だが、知らぬなら それはそれで構わん」

 ナギを「関係者ではない」と判断したのか、エヴァは警戒を緩める。ついでに、ナギから興味も失ったようだ。

「意味不明だけど、つまり解放してくれるってことでOK?」
「そうではない……が、拘束を解くくらいはいいだろう」
「……まぁ、とりあえず、ありがとう とは言って置こう」

 どうでもよさそうなエヴァが茶々丸に目配せすると、茶々丸はそれだけで指示内容を理解したようで、ナギの拘束を外す。

 さすがに帰してくれる訳がないので、拘束がなくなっただけマシだと思って置くべろう。
 ナギは「本当は そんなに感謝していないけどね」と思いながらも茶々丸に礼を言う。

 ちなみに、エヴァへは礼を言わないのがナギのジャスティスだ。何故なら、元凶なのにエヴァは何もしていないからだ。


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―― エヴァの場合 ――


 茶々丸に命じて「神蔵堂 那岐」と言うフザケた名前の小僧を捕獲したまではよかったのだが……この小僧、私をナメ過ぎている。

 誰がサバトなどするか!? イヤな記憶(魔女裁判とか火炙りとか その辺りの記憶)が甦るだろうが!!
 しかも、それが冗談だと?! 世の中には言っていい冗談と言ってはいけない冗談があるんだぞ!!
 そして、何よりも許せないのが私をガキ扱いしていることだ!! 言葉にしてはいないが、態度でわかるわ!!

 当初は、人質としての役割(ネギの小娘を誘き出す)が終われば解放してやろうと思っていたが……

 ここまで愚弄されて黙っている程 私は温厚ではない。思いっ切り嬲って、回復して、更に嬲ってくれるわ!!
 まぁ、ジジイやタカミチが文句を言って来そうだが、教育をして置かなかった奴等が悪い。つまり、私は悪くない。
 私は あくまでも年長者に対して敬意を払わない餓鬼に躾をしてやるだけであり、私には何の落ち度もない筈だ。

「ところで、確認して置きたいことがあるんだけど……いいかな?」

 小僧への躾方法をアレコレと妄想――もとい、想像していた私に、小僧が躊躇いがちに話し掛けて来た。
 ナメた態度そのものは変わっていないが、これまでのフザケた雰囲気から真面目な雰囲気に変わったのは感じられた。
 きっと、何らかの『交渉』をしたいのだろう。そう予想した私は軽く気を引き締めながら小僧に問い返した。
 いくら相手がバカそうな小僧だったとしても、緩んだ気持ちのまま交渉をするなどと言う愚は犯さんさ。

「さっき、オレのことを人質って言っていたけど……誰に対する人質なんだ?」

 は? 何を言っているのだ? そんなもの、ネギの小娘に決まっているだろうに……
 だが、何らかの意図があって訊いて来たのかも知れないので、敢えて答えてやった。
 ついでに小バカにした態度を取ってやったので、これまでの苛立ちが少しスッキリした。

「いや、何でネギ相手に人質なんているんだ? 意味不明だよ?」

 だが、小僧が続けた言葉のせいで、その爽快感も直ぐに失われてしまった――どこらか、更にイラついた。
 何故なら、小僧が「小娘を恐れているから人質を取ったのでは?」とも取れる言葉を吐いたからだ。
 こちらの冷静さを奪うのが小僧の意図だったのなら まんまと乗せられた形になるが……それでも我慢できなかったのだ。

「いや、決まっているって言われても(以下略)」

 だが、小僧は本気で疑問に思っていたようで、不思議そうな顔をして問い返して来た(しかも、ついでに捕縛を解くことまで求めて来た)。
 この時になって漸く私は「とある可能性」に思い至った。それは、小僧は何も知らない一般人だったからナメた態度だったのでは? と言うものだ。
 しかし、そんな筈がない。この小僧は『ジジイが指定して来た人質役』だ。関係者ではない訳がないじゃないか? と言うか、関係者に決まっている。

「知らない? そんなに仲が悪いので有名なの?」

 だが、万が一と言う可能性もあるので確かめてみたのだが……結果は、万が一の方だった。つまり、小僧は何も知らないようだ。
 その証拠と言うか、この小僧は未だに私とネギの小娘の関係を誤解している。と言うか、そこら辺のガキ共と同じ扱いをしている。
 まぁ、小僧が惚けているだけ と言う可能性もあるが、どう見ても この小僧にそんな腹芸ができる訳がないので その可能性は有り得ない。

 ……だが、これはおかしい。

 ジジイは確かに この小僧を指定して来た。部屋番号や近況報告まで付けられたプロフィールを渡されたので間違いない。
 人違いと言う可能性もあるが、茶々丸が間違える訳がないし、プロフィールの写真と見比べてもあきらかにターゲット本人だ。
 だが、それなのに、蓋を開けてみたら(ジジイの言葉とは裏腹に)小僧は何も知らない一般人だったのだから、実におかしい。

 残る可能性としては、何らかの事情でジジイが小僧を巻き込みたかった くらいか?

 そう言えば、ジジイは小僧を指定して来ただけで関係者だとは明言していなかった(私が 関係者だと思い込んだだけだ)。
 つまり、私はジジイの思惑に まんまと乗せられて(意図せずだが)一般人を巻き込んでしまった と言うことになる。
 今まで一般人を巻き込むことがなかった訳ではない。だが、その場合は巻き込むことを覚悟して――責任を意識して巻き込んだ。

 ジジイが何を企んでいるのかは知らんが、このツケは支払ってもらうぞ?

 ところで、まさか『正義の魔法使い様』であるジジイが一般人を巻き込むとは考えていなかったとは言え、下調べを怠った私のミスではある。
 だから、私にナメた態度を取ったことも許してやるし、私をガキ扱いしたことも(この形だから仕方がないので)我慢してやろう。
 私は『悪の魔法使い』だが、誇りを持っている。故に、自身に非がある場合は相応の謝罪をするさ。今回は それが無礼に対する許容なだけだ。

「意味不明だけど、つまり解放してくれるってことでOK?」

 どうやら小僧は納得していなさそうだが、別に小僧を納得させてやる義理はない。と言うか、どう納得させればいいか わからん。
 なので、要望通りに拘束くらいは解いてやろう。そう思った私は茶々丸に目配せをし、小僧を拘束していた縄を外させる。
 その際、小僧と茶々丸が何やらゴチャゴチャやっていたが、別に気にすることでもないだろう。今は そんな場合ではないのだ。

 ……何故なら、小娘の魔力が私の探査網に引っ掛かったからだ。さて、とりあえずは『シナリオ』通りに小娘と戦うとしよう。



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Part.04:月下の決闘者


 ナギの拘束が解かれてから程なく、空からネギが現れた。

 ちなみに、拘束を解かれたナギが逃げ出さなかったのは、逃げ出しても無駄であることがわかっていたからだ。
 一応「帰っていいのかな?」とは訊ねたのだが、返答が「小娘に会うまではいてもらわねば困る」だったので諦めたのだ。
 エヴァとしては、人質のことを書いてネギを誘き出している以上、ナギの無事な姿をネギに見せないのは不味いのである。

(しかし、箒で空を飛んで来たってことは やっぱりネギは魔法使いなんだなぁ)

 茶々丸に拉致された時点で半ば魔法が存在すると あきらめていたが、こうして目の前で魔法を使われるとショックも一入だ。
 まぁ、もしかしたら魔法なんてなくて魔法関係で拉致られた訳ではないかも知れない と悪足掻きをしていたせいだが。
 ナギ自身も「いや、それはねーな」と思う可能性だったが、それでも希望を捨てられなかったらしい。実に往生際が悪い。

(と言うか、何でオレの前で魔法を使っちゃってるんだろう?)

 それだけ急いで駆け付けてくれたのだろうが、ナギとしては「秘匿義務はどうした?」と言う気分だ。
 これでは、魔法を見てしまったことになり、済し崩し的に魔法に巻き込まれてしまいそうだからだ。
 まぁ、茶々丸に拉致された時点で魔法に巻き込まれるのは確定していた気はするが……往生際が悪いのだ。

 ここで、ナギが一般人であることがわかっていたのだから、エヴァが気絶させるなり何なり対処して置けばよかった と思われるかも知れない。

 しかし、気絶しているナギをネギに見せたら面倒になりそうだ とわかっていたので、気絶させられなかったのである。
 それ故にエヴァは無事な姿を見せてから気絶させる予定だった らしいが、ネギが空を飛んで来たので それも意味がなくなった。
 ネギは『認識阻害』を施しているようだったが、あきらかにナギはネギを視認していたので ネギの技量が不充分だったのだろう。

 つまり、ナギを巻き込ませた近右衛門も、ナギを拉致させたエヴァも、魔法を秘匿し切れなかったネギも、みんな悪いのだ。

 さて、それはともかく、空から現れたネギだが、そこには幻想的な雰囲気は一切なかった。あったのは対極とも言える不気味な空気だけだ。
 今のネギは幽鬼と言われても納得できただろう。身に纏う圧力は膨大であるのに、少し目を離すと見失ってしまいそうな程に存在感が希薄だった。
 恐らく、何らかの魔法によって某狩人な作品の念能力の『陰』のような状態にしているのだろう。ナギは そう判断することで不気味さを受け入れた。

「……ナギさんを返してもらいます」

 ネギの声はポツリとだけ告げられたものだったが、何故か耳元で囁かれたようにナギには聞こえた。
 気が付けば周囲からは雑音が消えており、針の落ちる音さえ聞こえそうな程の静寂が場を支配していた。
 これが「殺気に満ちた空間」と言うものなのだろうか? 傍観者であるナギは冷静に状況を観察していた。

「フッ、いいだろう。ただs「『解放』!!」なぁっ?!」

 エヴァが何かをネギに話し掛けていたが、ネギが魔法で それを中断する。
 掌から『雷の渦』が生まれたことから察するに、あれが『雷の暴風』なのだろう。
 と言うか、エヴァの口上を無視して速攻で攻撃するのは主人公的にどうかと思う。

  パキャァアアン!!

 しかし、エヴァも伊達に『最強の一角』に列せられている訳ではない。不意打ちに近い攻撃だったが、咄嗟に張った『氷盾』で相殺したようだ。
 確か『氷盾』は魔法を反射する効果があった筈なので、それが反射せずに壊れた と言うことはネギの『雷の暴風』は相当な威力だったのだろう。
 つまり、エヴァが防御していなかったら今の攻撃で戦闘は終わっていた と言うことであり、それだけネギがキレている と言うことなのだろう。

「『魔法の射手・戒めの風矢』!!」

 ネギは防御によって生まれた僅かな隙を見逃さずに追い討ちを掛ける。むしろ、タイミング的に防御されるのを見越していたのだろう。
 ナギの記憶が確かならば『戒めの風矢』は、圧倒的な力量差があっても成功すれば問答無用で相手を一定時間 拘束できる魔法だった筈だ。
 京都の時のフェイトにも効いていたのでエヴァにも効くだろうし、どのような原理なのかは不明だが拘束中は魔法も使えないようだ。

(と言うことは、今がチャンスだね)

 もちろん、エヴァにトドメを刺すチャンス と言う意味ではない。ナギが無事に脱出するチャンス と言う意味だ。
 そもそもの問題として、ナギの目的は現状の打破であってエヴァの撃破ではない。無事に逃げられれば それでいいのだ。
 恐らく、それはネギも同じだろう。後顧の憂いを断つ必要はあるだろうが、優先順位を見誤るような愚は犯さないだろう。

(今までの傾向から、ネギにとってのオレの優先度が低い筈がないからね)

 ただし、不安はある。キレていて敵を殲滅することしか頭にない状態にネギが陥っている可能性だ。
 問答無用で魔法を撃ち放ったことを考えると その可能性が高い気はするが、ここはネギを信じて置こう。
 それに、仮にネギがそんな状況に陥っていたとしても、ナギが自力で脱出すればいいだけの話なのだ。

(本当ならネギに助けられるべきなんだろうけど……最悪の場合は自力で脱出しよう)

 そう決断したナギは、徐々に だが確実に、茶々丸に気付かれないように茶々丸から距離を取り始める。
 別に拘束されていた訳ではない。(人質の役割を果たすまでは)逃がさないために牽制されていたのだ。
 当初の予定では「茶々丸はエヴァのサポートに入っており、ナギは放置されている状態」だったのだろうが、
 ネギが問答無用で攻撃を仕掛けたために、茶々丸がサポートに入る前にエヴァが拘束されてしまったのだろう。

「……甘い!!」

 しかし、ナギが安全圏に脱出し切る前に、状況は大きく動いた。脱出に成功したエヴァがネギに攻撃を仕掛けたのだ。
 ナギには経緯はわからないが、結果はわかった。ネギが蹴り飛ばされたボールのように吹っ飛んでいるのが見えたのである。
 そして、ネギは壁(出入口のコンクリート部分)に叩き付けられたことで止まり、そのまま瓦礫となったコンクリートに埋もれる。

(恐らくは『障壁』などでダメージは緩和された筈なので大丈夫だとは思うけど……ちょっとヤバくない?)

 瓦礫はピクリとも動かない。つまり、その下にいるであるネギも動いていない と言うことだろう。
 コンクリートが瓦礫に変わる程の衝撃を受けた訳だから、そうなるのは当然の帰結かも知れない。
 バトルに関わる気などないナギだが、目の前の惨状にネギを助け起こさなければ と言う気分にはなる。

「――ふぅ、今のは直撃していたら危なかったですね」

 だがしかし、ナギが動き出す前にナギの行動を止める事態が起きた。瓦礫の下で倒れている筈のネギが声を掛けて来たのだ。
 ナギはネギの無事を喜ぶと同時に何故ネギが自分の隣にいるのか 疑問を覚えた。そのため、ナギは慌てて瓦礫の方を確認する。
 そこには、エヴァが「デコイか!!」と悪態を吐く光景が確認できた。恐らく、攻撃される前にデコイと入れ代わっていたのだろう。
 ネギは激情に駆られているように見えていたが、充分に冷静だったようだ。であるならば、ネギはナギを連れて脱出を図る筈だ。

「――させません!!」

 きっと、茶々丸もそれに気付いたのだろう。慌ててネギ(とナギ)を目掛けて突進して来る。
 何も身を守る術のないナギとしては脅威でしかないが、ネギには充分に対処可能だったようだ。
 ネギは迫り来る茶々丸を一瞥すると、徐に懐から球体を取り出し、その球体を地面に投げ付ける。

 すると、球体から夥しい量の煙が吐き出され、周囲には煙幕が張られた。

 突然のことに茶々丸は驚いたようで、一瞬だけ動きを止める。それだけで充分だった、
 僅かにできた隙を活かしてネギは「何らかのアイテム」で茶々丸を捕縛したのだった。
 ネギの一連の動作は一切の迷いがなく、実に鮮やかだった。思わずナギが目を奪われた程だ。

「さぁ、ナギさん♪ これで、もう大丈夫ですよ♪」

 煙幕で よく見えないが、今のネギは満面の笑みを浮かべているだろう。むしろ、ナデナデしてください と言わんばかりに頭を差し出している筈だ。
 信賞必罰の考えでいくならば、ここは盛大に褒めるべきなのだろうが……生憎と今は状況が状況だ。褒めたりするのは後回しにすべきだろう。
 茶々丸は無力化できたが、エヴァは無力化できた訳ではない(煙幕と言う目晦ましで時間稼ぎをしているに過ぎない)。今は離脱が最優先だ。

「……安全圏に行けたら いくらでも褒めてやるから、まずは逃げようぜ?」

 そのため、ナギがネギに離脱を促したことは間違っていない。間違ってはいないのだが……促すのが遅過ぎた。
 何故なら、二人が離脱を始める前にナギ達は煙幕ごと凍らされた うえに何故か全裸に剥かれてしまったのだから。
 ナギが「まさか、時間稼ぎにすらならなかったとは……さすがだねぇ」と開き直ったのは言うまでもないだろう。

 と言うか、ネギの全裸を見てしまったことでバッドエンドを覚悟したナギは深く深く落ち込んだのだった。


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―― ネギの場合 ――


 女子寮から女子中までは、本来なら電車を使う必要がありますが、
 今は緊急事態ですので『認識阻害』を強めに掛けて杖で飛んで来ました。

 その際に屋上の様子は確認済みです。

 手紙の主は腕に自信があるのか、それとも何らかの罠を仕掛けているのか、それは定かではありませんが……
 これ見よがしに、ボクを呼び出した屋上にナギさんを連れて来ていました(最初から屋上にいたのかも知れませんが)。
 ところで、ナギさんの周囲には二人の人員が配置されていますので、ナギさんを見張りつつボクを待ち受けているのでしょう。
 もしかしたら、見えない位置に他の人員が隠れているのかも知れませんが、差し当たっての脅威は屋上の二名です。
 直ぐにでもナギさんを確保したいところですが、確保したところを狙われたら大変ですので、まずは二人を排除すべきでしょう。

 ……そのためには、奇襲・奇策を仕掛けるのが一番だと思います。

 ボクはメルディアナで『天才』と評されていましたが、それは あくまでも『お勉強』での話に過ぎません。
 現時点のボクは実戦経験がゼロに等しい『見習い』でしかないので、実際のところは戦力外と見るべきです。
 そんなボクが正面から挑んで経験者に勝てる程 世の中は甘くありません。そんなのわかりきっています。
 それに、今のボクに必要なのは「勝利」ではありません。ボクに必要なのは「ナギさんを無事に救出すること」です。

 ですから、どんな汚い手を使ってでも、ナギさんを無事に救出してみせます!!

 ボクは決意を固めると速度を緩めて屋上へ舞い降り、ナギさんを取り戻すことを宣言しました。
 ちなみに、態々 相手へ宣言したのは、相手がボクの接近に気付いていたからです。
 気付かれていなかったのなら、宣言などせず問答無用で攻撃を仕掛けていたでしょう。
 ですが、ボクは奇襲をあきらめた訳ではありません。ボクには『遅延魔法』がありますからね。
 相手に認識される前に攻撃するのも奇襲ですが、相手に察知されないように攻撃をするのも奇襲です。

「フッ、いいだろう。ただs「『解放』!!」なぁっ?!」

 相手が何かを言い掛けていましたが、ボクは気にせずに攻撃を仕掛けます。
 来る途中に『遅延』して置いた、ボクの最強魔法である『雷の暴風』を『解放』しました。
 相手の予想を裏切って行動するからこそ、奇襲であり奇策である訳ですからね。

 しかし、それは相手の張った『障壁』に防がれてしまいました。

 咄嗟に張ったのにもかかわらずボクの最強魔法が防がれるなんて……実力が違い過ぎます。
 ですが、それは想定の範囲内です。回避するにしろ防御するにしろ、隙はできますからね。
 その隙を突くのがボクの本当の狙いです(初撃で片付いて欲しかった気持ちもありますけど)。

「ラス・テル マ・スキル マギステル!! 風の精霊11柱、縛鎖となりて敵を捕まえろ!! 『魔法の射手・戒めの風矢』!!」

 幸いなことに相手の張った『障壁』は氷結系統でしたので、砕ける音が激しかったためボクの詠唱を消してくれました。
 そのため、相手はボクの詠唱に気付かず、期せずして奇襲のような形となり、今度は狙い通りに相手の束縛に成功しました。
 詠唱に気付かなかったのも原因でしょうが、ちょうど砕けた氷が目暗ましになったようですので、実にラッキーでしたね。

 ――ですが、ここで安心はしていられません。相手はそんなに甘くない筈です。

 ボクは隠し持っていた魔法具の『身代わり君』を使ってデコイを作り、
 最大出力で『認識阻害』を施し、コッソリとナギさんの救出に向かいます。
 あくまでも、目的は相手を倒すことではなくナギさんの救出ですからね。

  ドガァアアアン!!

 って、あれ? デコイ君、凄い勢いで吹っ飛ばされましたよ?
 ……保険のつもりでしたけど、本当に拘束を解かれちゃったんですねぇ。
 ですので、ついつい安堵の溜息を漏らしてしまいました。

 まぁ、初めての実戦に緊張していたので仕方がないですけど……それは悪手でしたね。

 だって、ボクの溜息でナギさんをビックリさせちゃいましたからね(ちょっと――いえ、かなりショックです)。
 って、あれ? でも、ボクは『認識阻害』を最大で施しているんですよ? なのに何でビックリされたんでしょう?
 普通、あの程度の声量では気付ける筈がないんですけど、何故かナギさんはボクに気付けたようです。実に不思議です。
 もしかして、これが噂の『愛の力』ってヤツでしょうか? ……ごめんなさい、ちょっと言ってみただけです。
 きっと『認識阻害』が働かなかったのは、ボクが無意識に「認識を逸らさせたくない」と考えていたからだったのでしょう。

「――させません!!」

 って、ぼんやりしている場合ではありませんでした!!
 何か突進して来る人がいます!! ヤバいです!! 危険です!!
 こ、ここは煙幕を張って目暗ましをしましょう!!
 ボクは慌てて懐から『けむりん』取り出して地面に投げ付けます。
 すると、ボワァアアン!! って感じで、周囲に煙幕が張られました。

 ……ふぅ、これで一安心ですね。

 いえ、そうじゃないですね。この程度の目晦まし、時間稼ぎにしかなりません。
 僅かですが隙ができましたので、今のうちに攻撃すべきです。ボクは慌てて懐を探ります。
 咄嗟に取り出せそうのは、一時的に相手を拘束するだけのアイテム『ばっくん』でしたが、
 今の状況では有用なアイテムでしたので、自分の幸運に感謝しつつ『ばっくん』を使いました。

「さぁ、ナギさん♪ これで、もう大丈夫ですよ♪」

 とりあえずの危機は去ったので、ボクはナギさんの元に行きました。
 煙でよく見えませんが、きっと よくやったって感じで笑ってくれている筈です。
 なので、ナデナデしてください と言うメッセージを込めて頭を差し出します。
 実は、ナギさんって頭を差し出すとナデナデしてくれる癖があるんです。
 ちなみに、これは ここしばらくの観察と実験により得られた確かなデータですよ?

「……安全圏に行けたら いくらでも褒めてやるから、まずは逃げようぜ?」

 でも、ナギさんはナデナデしてくれることなく、離脱を促すだけでした。
 非常に残念ですが、確かに未だ敵は残っていますから、安全圏じゃありませんね。
 ですから、サッサと離脱して、思う存分ナデナデを堪能しましょう。

 しかし、ボクが離脱行動を始める時には、相手の攻撃は終わっていました。

 と言うのも、気が付けば「パキィィ……ン!!」と言う音を立てて煙幕ごと凍り付けにされ、
 服は氷となって粉々に砕かれ、杖や魔法具は遥か彼方に弾き飛ばされてしまったのです。
 今までの流れから察するに、恐らくは氷結系統の『武装解除』を受けたのでしょう。

 と言うか、ナギさんに全裸を見られてしまったボクは、どうすればいいんでしょうか?

 これって、もしかして「責任を取ってもらう」と言う形でのハッピーエンドへのフラグなんでしょうか?
 ちなみに、ナギさんも全裸にされていたようでして、必然的にボクもをナギさんの全裸を見てしまいましたが、
 それは「乙女の秘密」と言うことにして、その映像は心の奥底に保管して置くことにしようと思います。


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―― エヴァの場合 ――


 小僧を拘束から解放してから幾許も経たないうちに小娘の姿を目視できた。

 今の私は、全盛期と比べるまでもないが、それなりに魔力が回復している。
 小娘の「ダダ漏れの魔力」など意識せずとも察知できるくらい容易いことだし、
 それなりの距離が離れていようとも、察知できた相手を捕捉するくらい余裕だ。

 なので、私は小僧を茶々丸に任せて小僧から離れる。

 と言うのも、小娘は莫大な魔力を持ちながらも(魔法学校を出たばかりの見習いなので仕方がないが)魔力の制御能力は高が知れており、
 魔法戦になった場合は被害が広範囲に及ぶことが予想できたため、小僧を近くに置いたままだと戦闘に巻き込んでしまうからだ。
 本当なら小僧の姿を小娘に見せた後にでも気絶させたかったのだが……小娘が飛んでいるのを小僧が視認したようなので それも無理だ。
 そんな訳で、せめて戦闘には巻き込まないようにするために、小僧のことは茶々丸に任せることにしたのだ。ただ それだけだ。他意はない。

  スタッ……

 そうこうしているうちに小娘が上空から降りて来た。
 ふむ……なかなか静かな着地だ。そこだけは褒めてやろう。
 接近を察知できていなければ気付かなかったかも知れんな。

「……ナギさんを返してもらいます」

 小娘は感情を窺わせない、ひどく平坦な声で告げて来た。
 恐らくは初の『実戦』で緊張しているのだろう。
 新兵と同じで、見習い魔法使いにはよくあることだ。

 しかし、極度に緊張されていては困る。

 忌々しいことに、今回の『実戦』は出来レースに過ぎないからだ。
 手加減してやるにも限度があるので、過度の緊張はいただけないのだ。
 まぁ、仕方が無い。少し会話でもして緊張を解してやるとするか……

「フッ、いいだろう。ただs「『解放』!!」なぁっ?!」

 何ぃいい!? イキナリ撃って来た、だとっ?! しかも、これは『雷の暴風』ではないか!?
 さすがに『無詠唱』の筈がないから、恐らくは『遅延』なのだろうが……見習いのレベルではない。
 見習いが『遅延』するだけでも異常なのに、あのランクの魔法を『遅延』するのだから凄まじい。
 小器用なところが『あのバカ』とは似ても似つかないが、異常さについては血は争えんな。

 まぁ、何にせよ、予想外もいいところな攻撃だった。

 せっかく、人が気を利かせて「ただし、貴様の血と引き換えだがな」とか言うつもりだったのに、
 人のセリフをすべて言わせることなく問答無用で攻撃してくるとは……随分と『ご立派』じゃないか?
 立派過ぎて『正義の魔法使い』なんかよりも『悪の魔法使い』に向いている と評価したくなるぞ?
 いや、そんなことを考えている場合ではないな。いくら『今の私』でも、このレベルの魔法の直撃は不味い。

「『氷盾』!!」

 そのため、使い慣れた『障壁』を張ったのだが……それも「パキャァアアン!!」と音を立てて崩れてしまった。
 まったく、つくづく規格外な小娘だな。『遅延』しただけでなく、なかなかの威力を練り込んである。
 咄嗟に張ったものとは言え大抵の魔法なら反射できる代物だったのに、相殺されてしまったのだからな。

「『魔法の射手・戒めの風矢』!!」

 おっと、ちょっと余裕を見せ過ぎたようだな。まさか、間髪入れずに攻撃して来るとは予想していなかった。
 しかも、実力差に関係なく直撃すれば相手を拘束して詠唱魔法を妨害できる『戒めの風矢』を撃って来るとはな。
 考えていると言うか、実戦的と言うか、大した見習いだよ。これで『実戦』が初めてだと言うのだから末恐ろしい。

 ……だが、相手が悪かったな。

 今の私なら『無詠唱』でも影を利用して『ゲート』が使える。
 つまり、拘束を解かなくても移動ができる と言うことだ。
 あくまでも詠唱(口頭による呪文詠唱)を阻害されるだけだからな。

「……甘い!!」

 私は自分の影から小娘の影(背後)に『転移』し、無防備だった背中に魔力を纏った拳を叩き込む。
 小娘は反応すらできなかったようで真っ直ぐ吹き飛び、出入口の壁を崩したところで止まった。

 って、しまった!!

 今までの攻防で ちょっと興奮していたのだろう。つい拳に魔力を込め過ぎてしまい、予定より痛め付け過ぎてしまった。
 大した『障壁』も張られていなかったので魔力を込める必要もなかったのに……これでは遣り過ぎ(オーバーキル)だ。
 ジジイには「怪我くらいは構わん」と言われているが、それは裏を返すと殺してしまうのは不味い と言うことだ。
 と言うか、ジジイとの『契約』を破ってしまうのも困るが、殺してしまっては血が採取できなくなってしまうのが問題だ。

 クッ!! 生きていろよ、小娘!!

 私は小娘を吹き飛ばした方向に向かって『瞬動』で駆け付ける。瓦礫が邪魔になって、遠くからでは安否が確認できないのだ。
 だから、瓦礫をどけて確認したのだが……瓦礫だけ、だと? ん? 小娘はどうした? まさか、粉々になってしまったのか?
 いや、違うな。血痕すらない。しかも、これは人形mだな。何で こんなところに こんなものがあるのだ――って、まさか?!

「チッ!! デコイか!!」

 くそっ!! こんな簡単な手に騙されるとは!! と言うか、まさかデコイまで用意しているとはな……
 先程も思ったが、戦い方が見習いらいくない。魔法をバカスカ撃つのではなく、巧妙に責めている。
 ここは認識を変えるべきだな。もう小娘を見習いとは見なさん。これからは中級者程度に見て置こう。

 と言う訳で、意識を切り替えた私は小娘を探して周囲を軽く見回す――と、煙幕が展開されているのが見えた。

 ふむ……方向と位置から察するに、小僧と茶々丸がいる辺りだな。つまり、小僧を連れて逃げるつもりなのだろう。
 恐らく、茶々丸に妨害されたので煙幕を張ったのだろう(まぁ、茶々丸に妨害されないようにかも知れんが、大差ない)。
 一般人である小僧が張る訳がないし、茶々丸には煙幕を張る機能がないので、少なくとも小娘が張ったのは間違いないな。

 と言うことは、小娘と小僧は固まって煙幕の中にいる と言うことだな。

 本来なら煙幕など大した意味を成さないのだが、今は邪魔だな。視界が悪くて、下手に撃つと小娘以外にも当たってしまう。
 ある程度 離れているのなら当てない自信もあるが……希望的観測はやめよう。ここは まとめて『飛ばす』しかないだろうな。
 小僧と茶々丸を巻き込むので余り気乗りはしないが、小娘は何をするかわからんので無力化して置く必要があるから止むを得ん。

「リク・ラク ラ・ラック ライラック!! 『全体 氷結・武装解除』!!」

 そんなこんなで、非殺傷でありながら相手を無力化する『武装解除』を全体的に掛けた訳だ。
 その結果、煙幕も武装と判断されたのだろう、奴等の武装と共に煙幕も晴れてくれた。
 小娘と小僧のポカンとした間抜け面を拝めて とても気分がよかったのは、ここだけの秘密だ。

 と言うか、よくよく考えてみると この状況っていろいろとヤバい気がしないでもないのだが?



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Part.05:想定外の展開に対する打開策


「……さて、チェックメイトだぞ、小娘?」

 テンションが高かったのだろう、エヴァが不遜な態度で勝利宣言をした。だが、実は その内心では困っていた。
 当初は「ネギと適当に撃ち合った後、頃合を見計らって茶々丸に介入させ、適当に切り上げる予定」だった。
 これが近右衛門の描いたシナリオであり、エヴァは これを利用してネギの血を採取するつもりだったのである。

 それなのに、何故か「適当に撃ち合った」だけで終わってしまった。実に不思議だ。

 まぁ「茶々丸の介入」もあったかも知れないが、単に介入しただけで意図したものではない可能性が高いので 意味ない。
 何故なら近右衛門は この戦いを通して「実戦を経験させると同時にパートナーの重要性を教える」つもりだからだ。
 つまり、パートナーの重要性に気付かせていなければ「茶々丸の介入」は意味を成さないのだ(そして、実際に そうだ)。

(これは困ったな。これでは幕すら引けんぞ……)

 実は、必ずしも今日パートナーの云々を教えなければいけない訳ではない。次の機会に回しても問題ないのだ。
 だが、仮に「茶々丸の介入」を省いて「適当に切り上げる」にしても、ここから切り上げるのは 不自然過ぎる。
 ここで誰かが助けに来れば流れも変わるのだが……生憎と そんな都合のいいキャストは用意していない。

(クッ!! タカミチめ!! こんな時に出張など行きおって……!! と言うか、保険くらい用意して置け、ジジイ!!)

 自分がテンションに任せてシナリオを大幅に無視したことを棚に上げて、エヴァはタカミチと近右衛門に呪詛を唱える。
 と言うか、仮にタカミチが出張に行かずに麻帆良にいたとしても、この場に駆け付けさせるのは酷と言うものだろう。
 何故なら、現在のネギは全裸だからだ。駆け付けたタカミチ(ネギ的に肌を見られたくない存在)が焼かれるのは必然だ。

 ちなみに、ネギの血を採取して「これで目的は果たした」とか言って引き上げる……と言うことはできない。

 そもそも、エヴァがネギの血を欲していることを近右衛門が把握していない訳がなく、その対策を練っていない訳がない。
 とは言っても、『禁止』されている訳ではない。近右衛門との『契約』を遂行することを『条件』に見逃してもらったのだ。
 つまり、血を採取するにはパートナー云々を達成せねばならないため、今の段階で血を採取することはできないのである。

 いろいろと手詰まりになったエヴァは自力での解決を諦め、一縷の望みを託して茶々丸に『念話』を送る。

『さて、予定よりも小娘を追い込み過ぎてしまった訳だが……この状況をうまいこと解決する案はないか?』
『そうですね、少しばかり武装解除の出力が高過ぎましたね。ちなみに、微妙ですが案ならあります』
『ほぉう? 一応は訊いてみるものだな。微妙と言う枕詞が気になるが、その案とは どんなものなんだ?』
『少々マスターに礼を失した行動をしてしまうため微妙なのですが、状況を打破することは可能ですね』
『……ふむ。この状況を改善できるならば、少しくらいの無礼など構わん。お前に任せる。存分にやれ』
『畏まりました。予め申し上げて置きますが、これからの言動は あくまでも状況打破のための演技ですからね?』

 相談の結果 茶々丸の案に飛び付いたはいいものの、告げられた不穏な台詞に「何をする気だ?」と戦々恐々とするエヴァだった。


 


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オマケ:ぢ爺とゑ婆 ―その1―


 これは、半年程前に学園長室で行われた秘密の会談である。

「なに? あのバカの娘が麻帆良に来る、だと?」
「まぁ、諸々の都合で半年程は後になるがのう」
「……それで? 何故『それ』を私に知らせるのだ?」

 エヴァの確認の問いに近右衛門は顎鬚をさすりながら応え、その応えに対してエヴァは僅かに考えた後 再び近右衛門に尋ねる。
 何故なら、この情報提供はエヴァにはメリットのあることだが、近右衛門(と言うか学園側)にはデメリットしかないからだ。

「隠したところで いつかは知られるじゃろう? それならば、正確な情報を教えて置いた方がマシじゃろうて」

 近右衛門はエヴァの疑問を理解しているのだろう。学園側のメリットを教える。
 状況をコントロールできるだけ教えないより教えた方がマシ と言うことなのだろう。
 それは「嘘は吐いていないが、本当のことを言っていない」とも受け取れる言葉だ。

「……まぁ、確かに その通りではあるな」

 近右衛門の言っていることは間違ってはいない。中途半端に情報を与えるよりは動きが掴みやすいだろう。
 だが、近右衛門が それだけの理由でエヴァに教える訳がない。老獪な狸が そんな生ぬるい訳がないのだ。
 そのため、エヴァは警戒する。近右衛門が示した以外のメリットがある筈だ と思考をフル回転させる。

(……この狸ジジイ、何を企んでいるんだ?)

 エヴァは近右衛門の「老獪さ」を危険視しており、その点味では近右衛門に勝てないとすら思っている。
 精神が肉体に引っ張られるため、600年を生きても「老獪さ」が足りない自分をよく理解しているのだ。
 考え方によっては、600年を生きていても柔軟である と言えるのだが、今回の様な交渉時はネックになるようだ。

 ちなみに、追われる生活が長かったため生きた年月にしては交渉の経験が少ない と言う側面については忘れて置くべきだろう。

「まぁ、これは独り言じゃから、別に聞かんでも聞いても構わんことじゃが……
 御主の『登校地獄』を解くことは、ワシ(関東魔法協会の長)にもできんことじゃが、
 その『内容』を誤魔化すことくらいは、ワシ(麻帆良学園学園長)にもできるんじゃよ」

 エヴァが思考に没頭し掛けたのを遮るようなタイミングで、近右衛門が「エヴァに聞かせるための独り言」を言い始める。

 そもそも『登校地獄』とは不登校児を学校に行かせるためのものであり、オシオキのようなものだ。つまり、構造としては単純な呪いでしかない。
 しかし、エヴァの場合は、呪いを掛けた人間(サウザンド・マスター)が巨大な魔力で適当に掛けたため解呪が困難になってしまったのである。
 関東魔法協会の長を勤める熟練の魔法使いである近右衛門や『闇の福音』と呼ばれて恐れられる強大な魔法使いであるエヴァですら解けない程に。

 ところで、近右衛門の言葉(『内容』云々)の真意は「ネギの血を使って解呪をしようとするなら内容を重くする」と言う脅しだろう。

「つまり、『小娘の「血」はあきらめろ』と言う忠告のために小娘の来訪を教えたのか?」
「いや、ワシはそんなことは言っておらんぞ? ただ、少しくらいの融通が聞ける と言っただけじゃ」
「……ほほぉう? つまり、私に何かをやらせたい と言うことか。内容によるぞ?」

 ペナルティを予想したエヴァは「だから、小娘が来ることを教えたのか」と納得しながら近右衛門に確認を取った。

 だが、近右衛門はエヴァの言葉を軽く否定すると、ニヤリと笑ってエヴァに『メリット』を提示して来た。
 そのため、近右衛門がタダで施す訳がないのを熟知しているエヴァは「呪いの内容を緩くする代償を払え」と理解する。

「ちなみに、これも独り言なんじゃが……実は、ネギ君に実戦経験を積ませたいんじゃよ」
「ふむ……で、その報酬に どのようなものを考えているのか、独り言を言ってくれんか?」
「そうじゃのう。週1回のサボりを認めようかと考えているのじゃが、それはどうじゃ?」
「……そうか。そう言うことならば、それで構わん。その話に乗ろう と独り言を言おう」

 今度はエヴァの言葉を否定することなく、近右衛門はエヴァに要求を突き付ける。

 その内容は「ネギに実戦だと思わせた訓練をしてやってくれ」と言ったところだろう。
 そう判断したエヴァはメリットを確認し、近右衛門は「用意して置いた条件」を答える。
 そして、エヴァは僅かに考えた後「それなりにメリットはあるな」と その条件を受諾する。

 もちろん、内心では「どうにかジジイを出し抜いて小娘の血を得よう」と画策しているのは言うまでも無い。

「すまぬのぅ。せめて『実行するだけでいい』ように『御膳立て』は こちらで整えよう」
「そうか、それは助かるな。では、決行の時だが、必要と思われる魔力を貸してくれんかな?」
「……うむ。こちらが必要だと判断した量の魔力は、こちらで用意して置こうかのう」

 エヴァの内心を読んでいる近右衛門は、遠回しに「余計なことをするなよ」と釘を刺す。

 それを察したエヴァは、近右衛門の言葉を利用して『御膳立て』として『魔力供給』を求める。
 近右衛門はエヴァの言葉からエヴァの意図を理解しているためエヴァの要求を飲む代わりに、
 魔力を補充するために学園関係者から血を吸うなよ と言うメッセージを込めて承諾する。

「……ふむ。それでは、そちらの希望通り、安全を考慮したうえでキッチリと『魔法使いの戦い』と言うものを教えてやろう」

 エヴァも近右衛門の言葉から自分が疑われていることを理解しているため、
 近右衛門に要求すると同時に「小娘の安全のために魔力は多めに寄越せ」と伝える。

 こうして、狸と狐の化かし合いは続くのであった。


 


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後書き


 ここまでお読みくださってありがとうございます、カゲロウです。
 以前から「改訂した方がいい」と言う意見が多数あったので、改訂してみました。


 今回からエヴァ編スタートです。ですから、今回は「ちょっと展開を動かしてみた」の巻でした。

 ちなみに、吸血鬼事件は起きていないのは、ネギが先生ではなくて生徒だからです。
 教師でもない子供が「クラスメイトが襲われたから」と言う理由で吸血鬼退治するのは変だからです。
 と言うか、普通そんな子供がいたら周囲の大人は止めますよね? むしろ、大人が解決しますよね?
 ですので、吸血鬼事件など起こさずに、魔力は近右衛門から供給されたことにしました。

 主人公の巻き込まれ方が無理矢理ですけど、物語的に仕方がありません。

 魔法関連だとわかっていながら近右衛門やタカミチに報連相をせずに突っ込んだり、奇襲かけたり とネギが暴走していますが、
 原作のネギも父親のことになると周りが見えなくなりますから、そう言う意味では『根本』は一緒だと思っています。
 そもそもネギって「魔法使いとしての修行だから」って理由で『周囲の大人』を頼らないような責任感の持ち主ですからね。

 まぁ、そんな訳で「ネギの乙女心が暴走している時の行動には一般常識が欠けている」と言うことで、これからもヨロシクお願いします。

 むしろ、そんなことよりも、問題は「オリジナル設定のオンパレード」の方かも知れませんね。
 ネギが骨董魔法具(アンティーク)のコレクターだ と言うことは、エヴァ戦での公式設定ですけど、
 魔法にしろ魔法具にしろ、原作にないものやオリジナル解釈が含まれまくってますからねぇ。
 でも、この作品にとっては、バトルはオマケみたいなものなので、それも「あり」ってことで お願いします。


 ……では、また次回でお会いしましょう。
 感想・ご意見・誤字脱字等のご指摘、お待ちしております。


 


                                                  初出:2009/09/18(以後 修正・改訂)



[10422] 第12話:オレの記憶を消さないで【改訂版】
Name: カゲロウ◆73a2db64 ID:552b4601
Date: 2012/06/10 20:50
第12話:オレの記憶を消さないで



Part.00:イントロダクション


 引き続き、4月8日(火)。

 始業式にしてナギがあやかに拉致られた日であり、
 ナギがエヴァイベントに巻き込まれた日でもあった。



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Part.01:覚悟完了……の意味なし


 エヴァが不敵に勝ち誇りながらも内心で焦っていた頃、実はナギも焦っていた。

 何故なら、ナギの現状を第三書の立場で見たら「全裸の幼女と全裸の男が女子中学校の屋上にいる」と言う構図だからだ。
 言うまでもなく、どこからどう見ても変態である。と言うか、軽く犯罪レベルだ。間違いなく猥褻物陳列罪に値するだろう。
 誰かに見られたら、問答無用で通報され → 問答無用でタイーホされ → 問答無用で塀の中へブチ込まれる に違いない。

 今回に限って、ナギは100%被害者である。拉致られたうえに剥かれてしまった哀れな子羊でしかない。

 だが、それでも世間は そう見てくれない。幼女を人気のない場所に連れ込んで全裸に剥いたうえで全裸になった と解釈される筈だ。
 この時、ナギは冤罪で捕まった人間の気持ちが よくわかった。みんな「それでもオレはやっていない」と思っているのだろう と。
 状況証拠と言う名の思い込みによって外堀が埋められ、自白と言う名の虚偽の供述を迫られ、冤罪はデッチ上げられるに違いない と。

(いや、落ち着け、オレ。それはそれで問題だが、今の問題はそこじゃない。今の問題は『ネギが丸腰』と言うことだ)

 先程までのトンデモ バトルで「もしかしたら魔法はないのかも知れない」と言うナギの淡い期待は脆くも崩れ去った。
 残念ながら魔法はあるのだ。と言うか、絶賛 巻き込まれ中だ。全裸も充分に問題だが、魔法の方が重要な問題だろう。
 いや、正確には魔法バトルの最中にネギが全裸にされてしまったことが問題なのだ。これでは、魔法が使えないではないか。

(痛いのや苦しいのは嫌いだからバトルなんか願い下げだけど……このまま何もしない訳にもいかない)

 このままでは、赤髪幼女(しかも全裸)が金髪幼女に一方的に嬲られるのは火を見るよりも明らかだ。
 それを黙って見ているなんてナギにはできない(若干、その背徳的な情景を見たいとは思うが我慢する)。
 それ故にナギは決意した。自身が囮になって時間を稼ぎ、その隙にネギに武装を取り戻してもらおう と。
 魔法の使えないネギはただの幼女でしかないが、魔法を使えればネギは魔法幼女になれるのだから。

(と言う訳で、覚悟は完了だ。あとは実行に移すだけ、だ)

 某海賊漫画に出て来る嘘マスターさんの如く、平穏な日々と決別する覚悟をナギはした。
 だから、ナギはネギに「オレが囮になるぐから、その間に武装しろ」的なアイコンタクトを送り、
 表現が非常にアレだが、注意を自分に向けるために金髪幼女に襲い掛ろうとした……のだが、

「ひどいです!! マスター!!」

 タイミングよく(全裸に剥かれた)茶々丸が「ピュゥゥン!!」と言う快音を立ててエヴァに砲撃したのである。
 まぁ、正確には砲撃ではなく、空中に弾き飛ばされた耳飾が自立飛行してレーザー的な何かを射出したのだが。
 呆然としながらも「それなんてファネンル?」と内心でツッコんだナギは、ある意味で賞賛すべきかも知れない。

(いや、そうじゃないな。大切なのは、オレの覚悟が無駄に終わってしまったってことだよ、うん)

 せっかく覚悟を決めてバトルに参加しようとしたのに出鼻を挫かれたのだ。少しくらいは嘆いても罰は当たるまい。
 だが「金髪幼女に襲い掛かる全裸の変態」が生まれなかったことを考えると、これはこれでよかったのではないだろうか?
 エヴァは服を着ているのにナギは全裸だったので、どこからどう見ても絵的にヤバい。と言うか、普通にヤバ過ぎる。
 全裸の幼女に飛び掛るよりはマシかも知れないが、全裸の男が幼女に飛び掛るだけで充分にヤバいので、ヤバいのは変わらない。

(それに、エヴァって『障壁』と言う名のA.T.フィールド的なモノを常時展開している筈だからなぁ)

 あのままナギが飛び掛っていたら「ガラスにへばり付いた蛙」のようなオブジェが出来上がっていたことだろう。実にヤバい。
 某明日菜のように完全魔法無効化能力があれば違う結果になっていただろうが、そんな訳はない とナギは悟っている。
 つまり、覚悟は台無しにされたものの暴走(と言うか自爆)を止めてくれたことにもなるので、茶々丸には感謝すべきなのだ。

「な、何をする、茶々m――へぶぅう!!」

 ナギがコッソリと茶々丸に感謝している一方で、エヴァと茶々丸の仁義なき争いは続いていたようだ。
 恐らく、エヴァの『障壁』は先程のファンネルもどきの一斉射で壊れていたのだろう。
 茶々丸の発射した有線式ロケットパンチは何の障害もなく「ズドゴォォン!!」とエヴァを殴打した。

「と、殿方の前で全裸にするなんて……あんまりです!!」

 茶々丸は薄っすらと涙(レンズ洗浄液)を浮かべながら乙女チックなことを言っているが、乙女チックなのはセリフだけだ。
 その拳は怒涛の連打をエヴァに打ち込んでいるため、最早 照れ隠し と言うレベルを遥かに超越している光景だ。
 最初は羞恥で真っ赤になっていたネギの頬がいつの間にか真っ青になっているのが いい証拠だ。乙女チックな訳がない。

(エヴァの回復力が異常だから怪我で済んでいるけど……これ、常人ならミンチになっていてもおかしくないなぁ)

 それだけ『真祖の吸血鬼』の回復力は伊達ではない と言うことだろう。軽くホラーだ。。
 だが、それは茶々丸も心得ているようで、気が付けば攻めは打撃から絞技に移行していた。
 いくら怪我が回復したとしても、意識を失わない訳ではない。つまり、そう言うことだ。

 まぁ、そんな訳で茶々丸の熾烈な攻撃はエヴァの意識が旅立ったところで終了したのである。

 そして、茶々丸は動かなくなったエヴァから無造作に剥ぎ取ったマントを羽織って その裸体を隠し、髪を軽く掻き揚げて身繕いを整えると、
 深々と頭を下げて「この度は誠に申し訳ありませんでした。謝罪は後日改めて行いますので、今宵はここで失礼させていただきます」と謝罪を述べ、
 猫を持つかの様にエヴァを掴んで夜の闇に消えて行った。一連の所作は実に優雅だったが、先の惨劇を考えると優雅だからこそ逆に恐ろしい。

 ……………………………………
 ………………………………………………
 …………………………………………………………

 以上の様な異常としか言えない経緯で、エヴァ戦は終わった。

 とは言っても、今回の戦闘が終わっただけで、根本的な解決にはなっていないが。
 何故なら、エヴァがネギを狙った理由そのものは何も解決していないからだ。
 つまり、このままの状態では これからもバトルは起こり得る と見るべきだろう。

(と言うことは、エヴァがネギを狙う動機を解消しなければならない と言うことだろうね)

 原作の通りなら、エヴァは英雄様に掛けられた『登校地獄』の『解呪』のためにネギの血を欲している と見ていいだろう。
 だが、それはあくまでも原作の話だ。『ここ』も原作と同じ事情であるとは限らない(同じである可能性は非常に高いが)。
 思い込みは危険だ。自分の首を絞め兼ねない。多少 遠回りになっても、慎重に情報を集めてから判断 及び行動をするべきだろう。

「え、え~~と……とりあえず、服を作りますので、ちょっと待っててください」

 どうやら、ナギが これからの行動について検討している間に、呆然としていたネギが我に返ったようで、
 弾き飛ばされた杖を『杖よ』で呼び寄せると、何やら詠唱して『風花・武装構築』とか言う魔法を発動させた。
 恐らく『風花・武装解除』とは逆の魔法なのだろう。花弁が集まって布になり、無地のローブが出来上がった。

(うん、まぁ、常識的に考えたら、猥褻物陳列罪にならないように『武装解除』された後の対策はあるよねぇ)

 まぁ、ローブの下は裸なので警察に職務質問をされたら言い逃れはできないが……とりあえず全裸よりはマシだろう。
 何故なら、これで「第三者に見られたら一発で変態として認定されてしまう危機的な状況」から脱したことになるからだ。
 いや、ナギが変態なのは事実なので、既に手遅れかも知れないが。それでも、最悪の状態から脱したのは確かだ。

(さて、全裸問題が片付いたところで、残る問題である『魔法バレ』はどうしたもんかねぇ?)

 バトルやら全裸やらで すっかり忘れていたが、現在は一般人であるナギに魔法がバレてしまった状態だ。
 ナギは「『ここ』と原作とでは差異がある」と想定しているが、魔法に秘匿義務がない と言う妄想はしていない。
 マニュアル的な対応だと、魔法の秘匿のためにナギの記憶は消されるだろう。ナギの意思など お構い無しに。

「あ、あの、信じてもらえないかも知れませんけど……実はボク、魔法使いだったんです!!」

 恐らくだが、魔法の説明をするために まずは己が魔法使いであることをカミングアウトしたのだろう。
 つまり、ネギには問答無用で記憶を消去する気はないようだ。そのことに、ナギは少しだけ安堵する。
 さすがに原作冒頭での明日菜に対する措置と同じ扱いを受けるとは考えていないが、それでも不安はあった らしい。

「……まぁ、そりゃそうだろうな」

 ナギはアッサリとネギの言葉を受け入れる。ここで「な、何だってーー?!」とか驚いてもいいのだが、
 あれだけ派手なドンパチを見ているのだから、納得して置く方がいいだろう。その方が話がスムーズだ。
 驚いた方が「魔法なんて知らなかった」と言うアピールにはなるが、そんなアピールは ここでは必要ない。

 ちなみに、ネギとしては思い切ったカミングアウトだったようで、ナギの薄い反応に「あれ?」と拍子抜けしていた。

「え? そんなにアッサリ信じちゃっていいんですか?」
「いや、あんなん見せられたら信じざるを得ないだろ?」
「そ、そうですよね。思いっ切り魔法使ってましたもんね」

 ネギは冷静になったのだろう。先程の暴走を今更ながらに悔いているようだった。

 状況が状況(ナギの救出が最優先)だったので仕方がない側面もあったが、あの時のネギに落ち度があったのも確かだ。
 結果論だが、奇襲を掛ける前にもっとエヴァと会話していれば、ナギに魔法を知らせないようにすることは可能だった。
 舞台裏を知らなくても、ナギが一般人であることをエヴァに伝えて魔法の秘匿に協力してもらうくらいはすべだったのだ。

「それでは、魔法が実在していると言う共通認識があるものとして、本題に移らせていただきます」

 反省すべきミスだったが、だからと言って いつまでも気にしている訳にはいかない。
 ネギは気持ちを切り替えるためにも、軽く居住まいを正し、本題を切り出す。

「実は、魔法には秘匿の義務がありまして、魔法を知られた場合は記憶を消去する必要があるんです。
 ですから、とても申し訳ないんですけど……さっきの戦闘とかの記憶を消させていただけないでしょうか?
 もちろん、健康上に害はありません。ちょっとだけオバカさんになっちゃうかも知れませんけど、大丈夫です」

 ネギの切り出した本題はナギの想定通りのものだった。そのため、ナギは大して驚かない。

 まぁ、少しだけ「オバカになるかも知れない と言うリスクを『大丈夫です』の一言で済ますな」とは思ったようだが。
 それでも、ナギは軽く内心でツッコむだけに抑え、平静を保つ。何故なら、ここからがナギの『腕の見せ所』だからだ。
 ここからの言動次第で、ナギは「記憶を消去されてしまう」と言う確定的な未来(むしろ運命)を変えられるのだから。



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Part.02:魔法を秘匿する意味


「あ~~、ちょっと待ってくれ。記憶を消される前に確認して置きたいんだが……どうして記憶を消すんだ?」

 気を引き締めたナギは、ネギに問い掛ける。それは、ナギが予てから感じていた疑問。解消して置きたい疑問だ。
 そもそも、記憶を消されることを想定していたナギだが、だからと言って記憶を消されることに納得している訳ではない。
 ナギとしては「知られたので消すって、お前らは どこのマフィアだよ?」と言う気分であり、納得できていないのだ。

 まぁ、魔法使いもマフィアも似たようなものなので、命を消されないだけマシな気がしないでもないが。

(守秘義務があるのはわかっている。だけど、だからって黙って消されてやる程オレはあきらめがいい訳じゃない。
 って言うか、理由もわからずに消されるなんてイヤだ。そんな想いすら忘れてしまうとしても、イヤなものはイヤだ。
 自分でも我侭だとは思うけど……相手が我侭を押し付けてるんだから、これくらいの我侭は許されるだろう?
 いや、そもそも許される許されないの問題じゃないな。要は我侭の押し付け合いなんだから、どっちもどっちだ)

 ネギが放った言葉は「確認の形を取った強制」でしかないとナギもわかっている。だが、それでもナギは納得したいのだ。

「えっと、さっきお話しした通り、秘匿の義務があるからです」
「いや、それはわかってるよ? つまるところ、守秘義務だろ?」
「まぁ、そうなりますね。それに何か問題があるんですか?」
「そうじゃないよ。オレが訊きたいのは『義務の理由』だよ」
「ほぇ? えっと……それって一体どう言うことなんですか?」
「平たく言うと『何で魔法を秘匿するんだ?』ってことだよ」

 いつもならナギの言いたいことを瞬時に察するネギだが、魔法関連のことは固定観念に凝り固まっているのだろう。なかなか察してくれない。

(恐らくは「魔法と密接に繋がっている『裏の世界』に巻き込まないようにするため」とか言う尤もらしい理由なのだろう。
 少しばかり魔法使い達のエゴが鬱陶しいとは思うが、知らないことで平穏に過ごせるってことは多いから納得はできる。
 まぁ、知られたら消す と言うルールは どうかと思うけど……それでも、消すのは命ではなく記憶なので『まだマシ』だ)

 ナギには それなりの理由が予想できている。それでも、ネギに理由を訊ねたのは「ネギが理由を理解しているのか」を知りたいからだ。

 何故なら、ナギをナギ足らしめているものは『ナギとしての記憶』だけだからだ。
 肉体は那岐のものなので、『ナギとしての記憶』が無ければナギは那岐でしかない。
 それ故に、ナギにとって「記憶を消す」と言う行為は非常に重いものなのである。

 そう、ナギは理由を理解してもいないのに消されたくないので、ネギが理由を理解しているのか否か確かめたいのだ。

「あれ? え~~と……あれ? そう言えば、何で守秘義務があるんでしょうか? ボク、考えたことなかったです」
「え? 知らないの? さすがに、理由も知らないのに記憶を消すのは どうかと思うよ? いや、マジで」
「す、すみません!! ボク、今まで『義務だから』の一言で片付けてて、そこで思考停止してました!!」
「あ~~、別に謝らなくてもいいさ。要は、記憶を消すことに『それなりの責任』を持ってもらいたいだけだから」

 さすがに、これはナギにも想定外だった。ネギは理由を理解していないどころか、知ってすらいなかった。

 そもそも、ナギは「記憶を消さないで欲しい」と乞う気などなかった。記憶を消されたくはないが、仕方がないとも思っているのだ。
 何故なら、魔法関係(危険)に巻き込まれるよりは記憶を消された方がマシだからだ。記憶も大切だが、安全の方が大切だからだ。
 むしろ、ネギの全裸を見た件を有耶無耶にできる可能性が高いことも考えると、是非とも消して欲しい と考えている可能性が高いくらいだ。

 ナギはただ単に軽はずみに記憶を消して欲しくない――記憶を消す と言う行為の意味を十全に考えたうえで行って欲しいだけなのだ。

 人間の一部を切り取ってしまうのだから、記憶消去は外科手術と同じような行為だ。少なくともナギにとっては そうだ。
 そのため、要らない部分を切り取ること自体は問題ない。失敗して大事な部分まで切られるのは嫌だが、要らない部分なら構わない。
 ナギが問題としているのは、手術をする者に責任感がない――下手をすれば命を消し兼ねない行為だ を自覚していないことだ。

「いえ。今のボクにはナギさんの記憶を消す『資格』がありません。だから、消せません」

 だから、記憶消去が重いことであることを理解してくれれば、ナギは文句もなく記憶消去を受け入れるつもりだった。
 だが、今までの会話から何か思うことがあったようで、ネギにナギの記憶を消す気は無くなったみたいだ。
 とは言え、ナギとしては「厳粛に受け止めてくれるのならば記憶を消して欲しい」ため、ネギの気を変えなければならない。

「だけど、それが『義務』なんだろう? それならば『資格』なんていらないんじゃないか?」

 外科手術の例を利用するならば、記憶消去の魔法が使える と言うことは医師免許を持っているようなものだ。つまり、資格はある筈だ。
 それに、ネギが精神的な意味での資格を指していたとしても、これから自覚してくれればナギは構わないので、その点も問題ない。
 まぁ、研修医としての修行(見習いとしての修行)が終了していないので、資格はあってもオベ(記憶消去)は許されない と言う可能性もあるが。

「いいえ、理由もわからずに記憶を消すなんてことしちゃいけません。そう、気付いたんです」

 どうやらネギの決意は固いようだ。これでは、ナギが「消してくれ」と頼んでも無理だろう。
 ネギが記憶消去の重みを理解してくれたことは喜ぶべきことだが、今の状況は嬉しくない。
 嬉しくないが、どうしようもない。ここは、敢えてネギが理解したことに着目すべきだろう。

「……そうか。ネギがそう言うなら、オレはネギの意思を尊重するよ」

 それ故に、ナギはネギの頭を ゆっくりと撫でる。
 己の言動の意味を考えることは大切なことだからだ。
 ナギの内心はどうあれ、褒めなくてはならない。

「あ、でも、理由がわかっても、この騒動が終わるまでは記憶を消さないでくれ」

 考えてみれば、未だにエヴァとの問題は解決していない。そのため、今の状態で記憶を消されるのは非常に不味い。
 ナギを一般人だと理解させられたが、ネギと親しいとは認識されているので、今後も巻き込まれる可能性はゼロではない。
 つまり、エヴァの問題を解決しなくては、記憶を消されて「何も知らない一般人」になっても安全が確保できないのだ。

「はぅ? でも、もう終わったんじゃないですか?」

 ネギは勘違いしているようだが、根本的な原因――エヴァがネギを襲う理由をどうにかしない限り、この騒動は終わらない。
 まぁ、エヴァが弱っている時(風邪引いている時とか)を見計らって殺してしまえば とりあえずの解決にはなるのだが……
 いくら何でも幼女(ネギ)にそんなことさせたくないし、だからと言って、ナギは幼女(エヴァ)にそんなことできない。

 つまり、この騒動はエヴァがネギを襲う理由を解明し、そして解決しなければならないのだ。多少 面倒だが、仕方が無いだろう。

「いや、バトル自体は仲間割れ と言う形で終わったけど、トラブル自体は解決していない。だから、まだ騒動は続いている。
 って言うか、そもそも相手は撤退しただけで無力化できた訳じゃないんだから、リベンジの可能性は普通にあるだろ?
 しかも、その時もオレが巻き込まれないと言う保障がないんだから、騒動が終わるまでは記憶があった方がいいじゃん」

「……なるほど、わかりました!!」

 ネギは とても晴れやかな顔で頷いたが……それを見たナギは「お前、解決の糸口とか全然わかってないだろ?」と不安になる。
 と言うか、そもそも、ネギは問答無用でエヴァに攻撃したので、情報をほとんど入手できていないので自力での解決は非常に厳しい。
 奇襲自体は悪手ではなかったが、情報収集をしなかったことは悪手だった。ネギは切れ者なのだが、重要な部分が抜けているようだ。

 ここで「まぁ、だから放って置けないんだけどな」とか思ってしまったナギは もう戻れない位置にいるのかも知れない。

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―― ネギの場合 ――


「あ~~、ちょっと待てくれ。記憶を消される前に確認して置きたいんだが……どうして記憶を消すんだ?」

 ボクが断腸の思いで「確認の形を取った強制」を告げると、ナギさんは改まった様子で「記憶を消す理由」を尋ねてきました。
 あれ? でも、さっき、「魔法には秘匿の義務がありますので(以下略)」ってお話しましたよね? ……どう言う意味でしょうか?
 ボクはナギさんの質問の意図がわからなかったので、首を傾げながら「何か間違ってますか?」って感じで聞いてみました。

「いや、それはわかってるよ? つまるところ、守秘義務だろ?」

 そうしたら、ナギさんは「いや、そうじゃなくて」って感じで言い直してくれました。
 しかし、それでも、ボクにはナギさんの仰っりたいことの意味がよくわかりません。
 なので、問い返しました。ナギさんの言葉を理解できないのは悔しいですけど、仕方がありません。

「平たく言うと『何で魔法を秘匿するんだ?』ってことだよ」

 ああ、なるほどぉ。って、あれ? そう言えば、「魔法は秘匿するもの」としか教わってませんね?
 ちょっと――いえ、かなりショックでした。今まで教わったことを鵜呑みにしていただけだったんですから。
 固定観念に縛られてしまうのは仕方が無いことかも知れませんが、思考停止していたのは恥ずかしいです。
 アーニャから「だからネギは優等生なのよ!!」って言われていた意味が今になってやっとわかりましたよ。
 ボクは自分が『頭でっかち』であることを認識しているつもりでいましたが、それは『つもり』でしかなかったんですね。

「え? 知らないの? さすがに、理由も知らないのに記憶を消すのは どうかと思うよ? いや、マジで」

 そして、ナギさんのどこか呆れたような呟きが、更なるショックをボクに与えました。
 きっと、ついつい漏れ出てしまったのでしょう(だからこそ、これがナギさんの本音なのだと思います)。
 ボクには謝ることしかできません。ロクに考えずに記憶を消そうとしたのは事実なんですから。

 って言うか、今更ながらに気付いたんですけど……

 ナギさんの「魔法に関する記憶」を消したら、当然ながら先程の戦闘の記憶も消えますよね?
 つまり、ナギさんがボクの全裸を見た と言う素晴らしい記憶も消えてしまう訳ですよね?
 ……そうなったら、『責任』を取ってもらおうにも「ナニイッテンノ?」って言われちゃいますよね?

 こ、これはダメです!! ダメ過ぎます!! これでは『見られ損』です!! いいこと無しです!!

 せっかく「ハッピーエンドに繋がるフラグ」が立てられたんですから、忘れてもらっちゃ困ります。
 何としてでも記憶を消さない方向に持っていって、乙女の柔肌を見た『責任』を取ってもらわなければいけません。
 あ、もちろん、この場合の責任を取る と言うは、具体的に言うと「結婚を前提にしたお付き合い」ですよ?

 え? 全裸を見られた程度で、そこまで人生を縛るのはおかしい?

 まぁ、一理ある意見ですが……ボクの幸せのために敢えて封殺させていただきます。
 それに、ナギさんはボクに全裸を見せてもいるんですから、その責任もあります。
 若干、見せたのではなくボクが見ただけって言う気がしないでもないですけど……
 こう言う場合、男性が見せたことになるのが世間の慣わしですのでボクは気にしません。
 とにかく!! 千載一遇のチャンスなんですから、このチャンスを逃す手はありません!!

「あ~~、別に謝らなくてもいいさ。要は、記憶を消すことに『それなりの責任』を持ってもらいたいだけだから」

 な、何を言ってるんですか?! ボクには責任なんて取れません!! だって、ボクは責任を取ってもらう側なんですから、責任なんて取れません!!
 って、これをこのままストレートに言う訳にはいきませんね。何故なら、既に駆け引きは始まっているからです。ボクの中で勝手に、ですけど。
 なので、資格云々の話で記憶を消さない方向に持って行きました。まぁ、我ながら「『資格』って何だろう?」とは思いますが、敢えて気にしません。

「だけど、それが『義務』なんだろう? それならば『資格』なんていらないんじゃないか?」

 ですよねー。ちょっと苦しいですよねー。でも、ボクはあきらめません。どうにか丸め込んで見せます。
 そのため、ちょっと演出過剰かなぁ とは思いましたが、俯き気味になった後に強い意思を込めてナギさんと目を合わせて言いました。
 恐らく、これでナギさんは「ネギのヤツ、ちゃんと反省して考え直そうとしてるんだなぁ」って思ってくれるに違いありません。

「……そうか。ネギがそう言うなら、オレはネギの意思を尊重するよ」

 ほぅら、大成功です♪ その証拠にナギさんがナデナデまでしてくれました♪ とっても嬉しいです。
 じゃなくて、これで この場は記憶を消さなくても済みました(根本的な解決にはなってませんが)。
 と言うか、今更ですけど、どうしてボクはさっき「記憶を消させてください」なんて言っちゃったんでしょうか?

 いえ、魔法がバレたら記憶を消す と言うのがテンプレ的な対応でしたから、しょうがないんですけど……

 でも、あそこで「バレたら大変なので秘密にしてください」ってお願いしてたら、それで解決だった気がします。
 ナギさんって口では何だかんだ言ってますけど、最終的には「情に絆されるタイプ」ですからね。
 それを思うと、問答無用で記憶を消す と言うのは、かなり失礼な対応ですよね。と言うか、有り得ないですね。
 つまり、相手がバラすかも知れない と言っているのと――相手を信じていないのと変わりませんもん。

「あ、でも、理由がわかっても、この騒動が終わるまでは記憶を消さないでくれ」

 へ? どうしてですか? って言うか、そもそも『この騒動』って何のことでしょうか?
 って、ああ、そう言えば、襲撃されたんでしたっけ。どうでもいいので忘れてましたよ。
 でも、仲間割れして終わりましたよね? 紆余曲折はありましたけど、結果オーライじゃないですか?

「いや、バトル自体は仲間割れ と言う形で終わったけど、トラブル自体は解決していない(以下略)」

 あ、そう言えばそうでしたね。アイツ等、ナギさんを拉致したんですよねぇ。
 千載一遇のチャンスを与えてくれたことには感謝しますけど、それとこれとは別です。
 ナギさんを拉致した罪はキッチリと償ってもらいましょう。いえ、むしろ、償わせましょう。
 まぁ、犯人の目星は付いていますので、学園長にタレコんで『処理』して置きましょう。
 そうすれば、ナギさんの関知しないところで『終わらせる』ことができますからね。
 後は「記憶を消さずに事を収める算段」を整えた後に終わったことにすれば万事解決です。

 ……フフフ、ボクには明るい未来が待っていますね♪



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Part.03:とりあえずはシナリオ通り


―― エヴァの場合 ――


 気が付くと、見知った天井が広がっていた。

 どうしたのだ? 確か小娘と戦っていた気がするのだが……
 ……あぁ、そうか。私は茶々丸に――って、そうだ!!

「茶々丸!! アレは どう考えても あきらかに遣り過ぎだろうが!!」

 私はベッドから飛び起きると着替えもそこそこに階段を駆け降りる。
 そして、リビングに駆け込み、編み物をしていた茶々丸に詰め寄った。
 って、編み物? 何故 春先になって編み物などをしているのだ?

「……質問を質問で返すようで恐縮ですが、マスターは他に解決策があったのですか?」

 茶々丸は編み物を中断して私を見上げると、私の怒りなど歯牙にも掛けていないように飄々と答える。
 ちなみに、茶々丸は質問の形式を取ってはいるものの「それが答えだ」と言わんばかりの態度である。
 って言うか、それを言われると何も言えんな。確かに、茶々丸に丸投げしたのは私だったからな……

「し、しかし、もう少し遣り方と言うものがあったのではないか? 少し、遣り過ぎだったとは思わんか? 特に打撃とか」

 ビームはいい。『障壁』を壊すためのものだったからな。空気を読んで、割ってやった訳だし。
 それと、最後の絞技も……まぁ、いいだろう。多少 来るものはあったが、大した問題ではない。
 問題は それらの間の打撃だ。アレは遣り過ぎだ。回復はしていたが、痛くない訳ではないのだぞ?

「マスター? あの時の私は『服を剥かれたことに激怒して主人に手を上げた従者』だったのですよ? それくらいの演出は必要でしょう?」

 まぁ、確かに演出は必要だな。演出次第では、胡散臭いことでも それなりの説得力が出るからな。
 ジジイを見ていると、それが よくわかる。あきらかに怪しい言動なのに、何故か納得できるからな。
 その意味では、遣り過ぎなくらいでないと私(真祖の吸血鬼)が倒れるだけの説得力にならんな、うん。

「……わかった。納得して置いてやろう」

 多少強引だったが「戦闘が有耶無耶になった」ことは大きい。『シナリオ』とは違うが、誤差の範囲内だ。
 当然ながら『シナリオ』の修正は余儀なくされたが、それでも許容範囲内に留まれたので上出来だろう。
 後は小娘が準備を整えたのを見計らって再戦を挑み、ギリギリのところで負けてやれば『シナリオ』の完成だ。
 尤も、そんな『シナリオ』を完遂する気など私にはないがな(最後は『私なりのアレンジ』をする予定だ)。

「さて、そうとなれば、事の顛末と今後の予定をジジイと話して置くか……」

 大方『遠見』でも使って見ていたので報告の必要はないだろうが、これからのことは話さねばならない。
 多少――いや、かなり面倒だが、シナリオに失敗してしまった手前、報告と相談はせねばならないだろう。


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―― 茶々丸の場合 ――


「茶々丸!! アレは どう考えても あきらかに遣り過ぎだろうが!!」

 いつの日かマスターに履いたいただて恥辱を味わっていただくために、
 リビングの暖炉の前でロッキンチェアーに座りつつ毛糸のパンツを編んでいると、
 扉が勢いよく開いて閉まる音の後、階段を駆け降りて来る音が聞こえました。

 考えるまでもなく、マスターがお目覚めになられた、と言うことですね。

 しかし、さすがは吸血鬼と言ったところでしょうか? 寝起きとは言え、夜なので とてもお元気です。
 まったく。朝もこれだけお元気でしたら、毎朝 起こす手間が省けますと言うのに……
 いつもは「あと5分、いや、5時間寝かせろー」とか「そもそも学校行きたくないー」とか、
 一体どこの登校拒否児でしょうか? とツッコみたくなるほど可愛らしいですからね。

 っと、マスナーの可愛さを検分するのも大事ですが、今はそのような場合ではありませんね。

 現在、マスターからは「憤懣やる方なし」と言ったオーラが立ち昇っています。ちょっと怖いです。
 これは、返答を間違えると激しくゼンマイを巻かれてしまうパターンですから、注意が必要ですね。
 ですので、私は「何か間違ったことをしましたか?」と言わんばかりの強気の態度で切り返しました。
 いや、まぁ、逆ギレとも言いますが。しかし、今回は私のファインプレーではないでしょうか?

「し、しかし、もう少し遣り方と言うものがあったのではないか? 少し、遣り過ぎだったとは思わんか? 特に打撃とか」

 まぁ、マスターの仰りたいことはわかります。わかりますが……ここは敢えて強く出ましょう。
 ここで折れてしまっては、私が悪いことになってしまいます。いえ、確かに私に非はありますが。
 ですが、仕方なかったのです。思いの他テンションが上がってしまったのですから仕方がありません。

 しかし、マスターは少しチョロ過ぎる気がするのですか? まさか、あの程度の適当な説明で納得してしまわれるとは……

 これで600歳を越えていると言うのですから、世の中は神秘に溢れていることを実感させられます。
 とは言え、身内に甘いのはいいことだとは思うのですが……もう少し疑って欲しいものです。
 このままでは、その美徳とも言える甘さで身を滅ぼすような気がしてなりません。ええ、もう、深刻に。

 これでは、いつか悪い男に騙されてしまいそうで心配です。と言うか、学園長に よく騙されてますね……

 いえ、騙されている と言うよりは、体よく使われている と言うか、掌の上で踊らされている感じですね。
 マスターにも利があることなので目を瞑っていますが、余りにも度が過ぎるようでしたら……フフフ。
 とりあえずのところは、あることないことを捏造した証拠で補強して木乃香さんに吹き込むくらいですね。

 何故なら、マスターをいじめて――ではなく、可愛がっていいのは私だけですから、ね?



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Part.04:乙女達の思惑


―― 亜子の場合 ――


 正直に言うて、ナギさんと木乃香の噂を聞いた時は、普通に信じてしもうた。
 そやかて、よくよく思い出してみると、ナギさんって木乃香には弱かったし、
 木乃香もナギさんと親しげに話しとったし、噂を信じる根拠はたくさんあったんやもん。

 ……でも、それがウチのアカンとこやって思い知らされたんや。

 ゆーなが「近右衛門がお見合いさせるのを阻止するためのブラフ」って情報をくれなかったら、
 今頃、「ウチ、告白する前からフラレてもうたんやなぁ」とか泣き寝入りしとった筈やもん。
 そう、そこで「そんなんウソや!!」って信じられへんのがウチの弱さや。
 いつも「ウチは脇役でええ」って思うてるんは、「主役になれへん」って言うあきらめや。
 言い換えるんなら、最初から戦うことをせんで負けを認めとる「負け犬根性」と変わらへん。

 そんなんじゃアカン。そんなんじゃ何も好転せえへん。

 何でやかナギさんは競争率が高いんで、何もせえへんかったら負けてまうわ。
 今回は偶々ブラフやったからよかったけど、これがホンマやったら……ウチはただの負け犬やったで。
 せやからウチは戦う!! 戦って戦って、ナギさんを勝ち取ってみせるで!!
 その結果こそが、ウチを応援してくれる まき絵・ゆーな・あきらへの恩返しやと思う。
 そう、これはウチだけの問題やあらへん。3人の分も含めた『譲れぬ戦い』なんや!!

 そんな訳で、まずは戦略を練らなな。

 い、いや、さすがにイキナリ電話して告白とかはできへんて。
 むしろ、告白するんは学園祭の世界樹の下って決めてるんや。
 だって、噂やと告白の成功率は100%らしいよってな。
 まぁ、それまでに誰ともくっつかないようにせなアカンけど。
 それに、学園祭の時に世界樹下まで呼び出すor連れて行く必要があるなぁ。

 後は、修学旅行も何らかのアプローチができたらええねんけど、ナギさんとこの行き先はハワイやって情報やしなぁ。

 あ、それと、再来週がナギさんの誕生日やったから、
 何かええプレゼントして好感度上げとくのも手やな。
 確か、「腕時計が壊れた」って言うとった気がするなぁ。

 ……何はともあれ、学園祭に向けて頑張るで!!


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―― のどか の場合 ――


 言うまでもないでしょうけど……私にとっては、ナギさんと木乃香さんの噂は「別に」って感じでした。

 だって、私、ナギさんの動向は常に監視――じゃなくて、チェックしてますからね。
 ナギさんに特定の女性の影がないことなんて、私にとっては常識レベルのことですよ。
 まぁ、ネギちゃんが纏わり付いているようですけど、妹ポジションですから問題ないです。

 ちなみに、最近いいんちょさんのところの黒服さん達がコソコソしてますけど……まだまだ甘いと思います。

 部屋の周囲から様子を窺うだけなら、ネギちゃんにだってできます(実際、偶にしてますし)。
 ここは、プロらしく盗聴や盗撮をして私生活をもっと暴く――もとい、見守るべきでしょう。
 おかげで漁夫の利(黒服さん達の情報を不正共有する)を狙っている私としては、少々物足りません。
 それに、この際だから言わせていただきますが、来客だけチェックするのでは甘い と思います。
 せめて通話相手や配送物の差出人(できれば荷物の種別も)のチェックくらいはすべきでしょうね。

 あ、もちろん、私は電話会社の方と配達の方に『ちょっと協力』していただいてますよ?

 まぁ、本来ならば、個人情報保護法や社内規定とかで顧客の個人情報を流出したら大変なことになるんでしょうけど……
 流している本人は既に前科を持っていたり、他に後ろ暗いところがあったりするので、大して問題じゃありません。
 むしろ、そう言った方を野放しにしている企業の方に問題があるじゃないでしょうか? (まぁ、素人考えですけど)

 え? 脅迫……ですか?

 脅迫なんてしてませんよ? 私は単に『お願い』しただけですもん。
 まぁ、相手の方が『それ』を「どのように受け取ったか」はわかりませんけど。
 でも、十人十色と言いますから、人によって受け取り方は千差万別ですよね?

 ……さて、この様にナギさんの生活を見守っている訳ですが、そんな私が現在最も警戒しているのは絡繰さんだったりします。

 と言うのも、今日の夕方ぐらいに絡繰さんはナギさんの家に不正侵入をしたのですが、
 ナギさんが帰宅すると同時に絡繰さんもナギさんもロストして(見失って)しまったのです。
 絡繰さんもナギさんも部屋に入ったのは確かなのに、出た形跡がなく部屋には誰もいないんです。
 ドアにも窓にも監視カメラはありますし、部屋の周囲には黒服さん達が待機していますので、
 普通に出たのでは必ず補足されますから「何らかの特殊な方法」で脱出したものと思われます。

 しかし、問題はロストした原因よりも、ロストした理由です。

 私の見たところでは、ナギさんと絡繰さんには接触はありませんので、二人が恋仲である可能性はないでしょう。
 ですが、接触など無くても人は人に好意を抱けます。むしろ、接触が無い方が燃え上がる可能性もあります。
 ですから、絡繰さんが一方的に思いを募らせ、そして、思い詰めた挙句に『事』に及んだ可能性がないとは言えません。

 そのため、お二人をロストした当初は警察に連絡しようと本気で考えました。

 ですが、警察がナギさんの周囲を調べたりすると私的に色々と不都合な事情があるため、
 手近な捜査手段として黒服さん達を動かすことにしました(私が直接動くよりも効率的ですからね)。
 ちなみに、黒服さん達を「どうやって動かしたか?」については……まぁ、ご想像にお任せします。
 ただ、黒服さん達が監視していたのにナギさんが部屋にいない と言うことはそれとなく伝えましたけどね?
 当然ながら、監視対象をロストするなんて職務怠慢ですから、必死になって捜査していただけましたよ?

 で、捜査結果ですが……捜査開始から2時間程で寮の近くを一人で歩いているナギさんが発見されました。

 捜査開始までの時間を含めると、ロストしていた時間は約3時間。
 その間どこにいたのか? そして、何があったのか? は定かではありません。
 ですが、ナギさんの服装が制服から私服に変わっていたのが非常に怪しいです。
 だって、仮に『事』に及んだとしても、3時間は充分な時間ですからね。
 ナギさんが着替えていると言う事実が、より信憑性を持たせています……

 ……とりあえず、私も『既成事実』が欲しい段階に来ている と言うことですね?



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Part.05:雪広あやかの疑惑


 那岐さんが帰宅した後、ここ一週間の間に提出された報告書を読んでいたのですが……ふと疑問を持ちました。

 この一週間、那岐さんは月曜以外はアルジャーノンと言う喫茶店で調理のアルバイトをしており、
 彼の料理が目当てだと思われる お客様が殺到したそうで、とても忙しい毎日を送っていたようです。

 ですが、私の知っている那岐さんは不器用な方ですので、料理などできません。

 まぁ、私と那岐さんは中学校に上がってからは疎遠になってしまいましたので、断言はできませんが。
 ですが、それでも、たった2年で「あの絶望的とも言える調理能力」が改善されたとは思えません。
 仮にアルバイトのために覚える必要があったとしても、那岐さんならば別のアルバイトをすることを選択する筈です。
 とは言っても、私が那岐さんの性格や能力などを見誤っていたとしたら、私の勘違いでしかないのですが。
 ですが、最近の私に対する那岐さんの態度も併せて考えてみますと、言葉にしづらい妙な違和感が残るのです。

 ……そもそも、ホワイトデーの頃から違和感はありました。

 去年までの那岐さんならば、差出人不明ですが、キチンとホワイトデーは返してくれました。
 不器用なので自身で作ったのがバレバレなクッキーを安物と偽って贈ってくれましたわ。
 ですが、今年は何もありませんでしたし、そのうえ他の女性達にはプレゼントを贈っていたのです。
 まぁ、正直に申し上げますと、そのことを知った時の私の怒りは計り知れませんでした。
 重要視されていないのは致し方ないことですが、それでも蔑ろにされるのは耐え難きことです。

 また、終業式の時に まったくの無反応だったのも気になります。

 確かに大勢がいましたから照れてしまった と言う可能性もあります。
 ですが、久々に会ったと言うのに まったくの無反応はおかしいです。
 余りにも無反応だったので、ついつい睨み付けてしまったくらいですわ。

 それに、『妹』に関しても無反応なのが気になりますね。

 毎年『妹の命日』には連絡をくれていましたのに、今年は何もありませんでした。
 しかも、今日の態度を見る限り、そのことに対して何も感じていないようでしたわ。
 せめて「連絡するの忘れててゴメン」くらい言っていただければ違いますのに……

 そして、極め付けは……私に対する『呼称』です。

 この前――ネギさんの誕生日の時に「いいんちょさん」と呼ばれたことにムッと来ましたが、
 ネギさんと木乃香さんの手前でしたので照れているのだろう と、後になって反省したくらいです。

 それなのに、今日は久々に二人きりで会ったと言うのに「あやか」と呼んでくれなかったのです!!

 ま、まぁ、お互い思春期ですから、昔通りの呼称は恥ずかしかったのかも知れません。
 知れませんが、彼は私以外の女性達には『名前』を『呼び捨て』にしています。実に奇妙です。
 私だけ『名前』で呼ぶのが恥ずかしくて『苗字』で呼ぶなんてこと、あるのでしょうか?

 ……これでは、私だけを『他人』として扱っているようなものではないですか?

 それは我慢できませんし、許せないことです。そして、それと同時に「何故?」と疑問に思うのです。
 何故なら「私が他人になった」と言うよりも「彼が他人になった」と言う方がシックリ来るからです。
 不器用な筈の彼がアルバイトで料理をする不思議。そして、旧交のある私を何故か他人として扱う不思議。
 まるで、『彼』がまったくの別人であるかの様な違和感。『彼』なのに『彼』ではない、不思議な感覚。
 そんなことある筈がないのですが、考えれば考える程「『彼』が別人に摩り替わっている」と考えてしまうのです。

 いえ、正確に言えば、そうとでも考えないと納得できないのでしょう。

 『彼』が私を他人として扱うなんてこと、考えてもみませんでしたから。
 『彼』を私の傍からいなくなるなんてこと、考えてもいませんでしたから。
 『彼』がいることが当たり前になっていたことに気付かなかったのですから。

 …………彼は、本当に『神蔵堂 那岐』なのでしょうか?


 


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オマケ:今日のぬらりひょん ―その3―


 時間は少し遡り、ナギが拉致された直後――ネギとエヴァの魔法バトルが始まる前のこと。

「……学園長、本当に那岐君を巻き込んでもよろしかったのですか?」
「フォッフォッフォ、構わんよ。これでネギ君のパートナー問題も解決じゃからのう」

 タカミチは近右衛門の執務机の隣で例の如く某特務機関の某副司令のようなポーズをしており、
 近右衛門は近右衛門の執務机の上で例の如く某特務機関の某髭司令のようなポーズをしている。
 ちなみに、近右衛門は「シナリオ通りじゃ」と言わんばかりに口元を歪めているので実にそれっぽい。

「ですが、結局のところ那岐君には魔法のことをバラせていないんですよ?」

 タカミチとしては、図書館島での課題で『ナギには』バラして置く予定だった。
 だが、ネギが魔法を使わずに課題を突破したので、未だにバラせていなかった。
 そのため、魔法のことを何も知らずにエヴァ戦に突入することになってしまったのだ。

 タカミチが憤るのも頷ける。と言うか、近右衛門が飄々とし過ぎているのが納得いかない。

「確かにそうじゃが……那岐君はフレキシブルな性格をしておるようじゃから、まぁ、何とかなるじゃろ?」
「ですが、那岐君が何も知らない一般人であることは変わりません。戦闘に巻き込むのはいただけません」
「しかしのぅ、那岐君は『魔法など認めん!!』とか言って『場』を掻き乱すようなことはせんぞ?」
「そう言う問題ではありません。そもそも、今回の課題の『趣旨』は別のところにあったのではないですか?」

 事前に知らせられなかったのはツラいが、『シナリオ』には些細な影響でしかない。そう判断する近右衛門。
 しかし、『本国』から与えられた課題は「エヴァを利用してのネギの実践訓練」でしかない。そうタカミチは反論する。

「じゃが、いずれは『パートナーの重要性を理解させること』も必要じゃったじゃろ?」
「確かに仰る通りです。ですが、その遣り方に問題があったようにしか感じられません」
「じゃが、那岐君をネギ君のパートナーにするのは君も賛成しておったじゃろ?」
「……ですが、仕組まれているとは言え戦場ですから、何も知らせずに放り込むのは遣り過ぎです」

 近右衛門は「仕方がなかった」と言い訳をしているが、今回の課題に『内容』を盛り込み過ぎたのは事実である。

 だが、タカミチはその点には気付かずに「巻き込んだ事実」から「巻き込んだ方法」に話題をスライドさせて近右衛門を責める。
 タカミチの着眼点そのものは悪くなかったが、近右衛門を責め立てるには手札が足らなかったようだ。近右衛門は内心で苦笑する。

「それでも、大丈夫じゃよ。エヴァとは『那岐君は無事に解放する』ように『契約』しておるからのぅ」
「……ですが、そのように『契約』しているのなら、解放した後の無事は保障されていまさせんよね?」
「心配性じゃのぅ。那岐君には『アレ』があるんじゃから、よっぽどのことがない限り怪我一つせんって」
「ええ、確かに仰る通りですね。ですが、アレは肉弾戦などの物理的なダメージには無意味でしょう?」
「確かにそうじゃが……ネギ君にとっては『初の実戦』じゃから、せいぜいが魔法の撃ち合いじゃろ?」
「まぁ、そうですね。確かに、仰る通りです。その意味では、今回はボクの杞憂に過ぎないかも知れませんね」
「フォッフォッフォ、すべては計画通りじゃ。後は、エヴァが『シナリオ』通りにやってくれればオールOKじゃ」

 近右衛門はタカミチが納得したのを見て不敵に笑い、その胸中で黒いことを考えては更に不敵に笑うのであった。

(それに、那岐君は義侠心が強いからのぅ、ネギ君がピンチになれば恐らく身を挺して庇うじゃろうて。
 そうなれば、いくら頭の固い魔法先生達でも、那岐君をネギ君のパートナーと認めざるを得ない筈じゃ。
 後は、エヴァとの『再戦』までに仮契約を済ませれば「ネギ君と共にエヴァを倒したこと」にできるじゃろう。
 ……完璧じゃ!! これでネギ君には『実戦経験』を与えられ、那岐君には『裏』のネームバリューを与えられる!!)

 まぁ、当然ながら、その思惑はネギの奮闘と茶々丸の乙女回路によってアッサリと崩れ去ることになるのだが、今の近右衛門には知る由は無い。




 


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後書き


 ここまでお読みくださってありがとうございます、カゲロウです。
 以前から「改訂した方がいい」と言う意見が多数あったので、改訂してみました。


 今回は「記憶を消す云々の話と見せ掛けて、ネギ・茶々丸・のどか の黒さを書いてみた」の巻でした。

 え~~と、戦闘の終了があんなんになってしまったのは、皆さんの期待を裏切ってしまったでしょうか?
 でも、この作品では、戦闘はオマケみたいなものなので、あんな感じで ご容赦願います。
 これからも、シリアスな展開が続いたら、いつの間にかコメディになっていくような流れだと思います。

 あ、記憶を消す云々に関してですけど、ボクは「魔法使い」を否定する気はありません。

 ただ、初期のネギは余りにも行動に対して責任感が薄い気がしたので、こんな感じになりました。
 だって、秘匿義務と言う免罪符で相手の記憶を消しちゃうのは、かなり傍若無人もいいところじゃないですか?
 それが「相手を守るため」であったとしても、問答無用で記憶を消すのは「ちょっとなぁ」と思います。

 最後に、エヴァと茶々丸のキャラ崩壊についてですけど……これはこれで いい感じの主従関係なのではないか と思って置きます。


 ……では、また次回でお会いしましょう。
 感想・ご意見・誤字脱字等のご指摘、お待ちしております。


 


                                                  初出:2009/09/25(以後 修正・改訂)



[10422] 第13話:予想外の仮契約(パクティオー)【改訂版】
Name: カゲロウ◆73a2db64 ID:552b4601
Date: 2012/06/10 20:51
第13話:予想外の仮契約(パクティオー)



Part.00:イントロダクション


 今日は4月9日(水)。

 始業式の翌日であり、ナギがあやかに拉致された翌日。
 そして、ナギがエヴァ戦に巻き込まれた翌日でもある。

 この頃からナギは逃れられぬ運命に飲み込まれるのであった……



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Part.01:こんな夢を見た


「……ねぇ、ぼくの父さんと母さんって どんな人だったの?」

 幼い声が響く。どこかで聞いたことがあるようでないような、そんな声。
 そして、目の前には どこかで見たことがあるような気がする青年がいる。
 誰だっけ? 身近な存在だった気がするんだけど、何故か思い出せない。

「どうしたんだい? 急にそんなことを聞いて……」

 きっと、予想だにしていなかった質問だったのだろう。
 目の前の青年は不思議そうな顔をして尋ね返して来る。
 いや、正確に言えば、少し焦りが混じっている気がする。

 ……『ぼく』の両親に関して、何か後ろ暗いことでもあるのだろうか?

「このまえ会ったコが、妹が死んだからって泣いてたんだ。
 でも、ぼくは父さんと母さんが死んだのに泣いてない。
 それは、ぼくが二人のことを知らないからだと思うんだ」

 だが、『ぼく』は青年の焦燥に気付かない。そのまま説明を始める。

 その抑揚は少ないが、そこには「自分への猜疑心」が見え隠れしている。
 きっと、そのコと自分を比べて自分が薄情だと感じているのだろう。

「それは違うよ。ガt――お父さんが死んだ時、君はたくさん泣いたよ?」

 青年は穏やかに微笑みながら、言い聞かせるように告げる。
 そこに込められているのは、憐憫か、悲哀か、それとも悔恨か……
 青年の言う『お父さん』と青年には何かしらの因縁がありそうだ。

「……でも、ぼくはそんなこと覚えてないよ?」

 だがしかし、『ぼく』は青年の答えに納得していないようだ。
 青年を気遣う余裕などないのか、青年の様子に気付いていないのか、
 相変わらず抑揚は少ないものの青年の様子を気にせずに尋ね返す。

「それは悲し過ぎたからだよ。悲し過ぎたから……忘れたんだよ」

 そうかも知れない。人の心は弱いから、堪え切れないことは忘れようとする。
 記憶喪失とまではいかないまでも、生きていくうちに忘れるよにうにできている。
 だから、きっと青年も忘れようとしているのだろう。何故か、オレは そう感じた。

「ふぅん、そうなんだ……」

 さて、『ぼく』はどこまで理解したのだろうか?
 どうも、わかったようなわからないような返答だ。

 だが、一応は納得したようで、青年への追求をやめたようだった。

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「――って、何じゃこりゃぁああ?!」

 ナギは、どっかのジーパン刑事が己の腹部を見た時のような絶叫を上げて目を覚ました。
 誰かに聞かれていたら変人扱いされていただろうから、一人部屋で本当によかったと思う。
 声が大き過ぎて隣部屋に聞こえていた気がしないでもないが、気にしてはいけないだろう。

(って言うか、何でオレが あんな夢を見たんだろう? 意味がわからない)

 あの夢は どう考えても「子供の頃の那岐」と「若い頃のタカミチ」だった。つまり、那岐の記憶を夢見たことになる。
 だが、それは非常におかしいことだ。ナギには那岐の記憶がない筈(1話参照)なので、夢見る訳がないからだ。
 もしかして、今までは思い出せなかっただけで、実は那岐の記憶は残っていたのだろうか? その可能性はゼロではない。

(ゼロじゃないけど……何で今更 思い出すんだろう? しかも、最近のことじゃなくて昔のことを)

 昨日は色々とショックな出来事が多かったため、その影響で記憶が刺激された可能性はある。
 だが、それでも、子供の頃のことを思い出すのは妙だ。思い出すとしたら、最近のことの筈だ。
 根拠はないが そう考えたナギは「あれはオレが作り上げた 勝手な妄想だったのでは?」と疑う。

 正解は何であるのか、今のナギにはわからない。



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Part.02:神蔵堂ナギの憂鬱


 夢見が悪かったせいか、昨夜の件がまだ尾を引いているのか、ナギは一日をブルーな気分のまま授業を過ごした。

 具体的に言うと、普段なら授業を聞いた振りして遣り過ごすところを今日は振りすらしなかった感じだ。
 しかも、授業態度が原因かは定かではないが、神多羅木に呼び出しを受けてもスルーして帰宅した程だ。
 いつもなら大人しく出頭し後で近右衛門に怪情報をタレコむのだが、今日は出頭すらしなかったのだ。

 きっと後で厄介なことになるだろうが、それがわかっていても無視した程にナギはブルーだったのである。

 と言うか、叶うことなら何もかもすべて(主にネギや魔法関連)を投げ捨てて逃げ出したい気分だ。
 こうなる可能性はゼロではなかったのに「どうにかなるだろ」と楽観視していたので非常に今更ではあるが、
 実際に問題が起きるまで問題を放置してしまう のがナギと言えばナギなので、仕方がないのかも知れない。

 でも、もう楽観視はしていられない。既に魔法にドップリ関わってしまったのだ。ここでどうにかしないと泥沼になり兼ねない。

(考えるまでもなく、このままエヴァ戦に関わってしまうと 流れで今後の魔法関係のトラブルにも巻き込まれるだろうね。
 って言うか、こうなることが予想できていたからこそエヴァ戦に関わる気などなかったのに……強制参加だったからなぁ。
 このまま魔法に関わらざるを得なくなったら、あのロリババアには『それなりの賠償』をしてもらわないと気が済まないな)

 ネギと友好を深めてしまった自身が一番の原因であることに自覚はあるが、それでも怒りのぶつけどころが欲しいようだ。

(しかし、魔法って本当に危険なものだったなぁ。いや、ネギと会う前から危険だと判断してはいたけどさ、想定以上に危険だったんだよ。
 まぁ、正確に言うと『ここ』が想定以上に危険だったんだな。赤松ワールドだから何だかんだで安全だって高を括ってた自分が恥ずかしいや。
 そもそも、オレ自身が『ここ』は『ネギま とは似て非なる場所』だって思ってたんだから、安全だって判断するのはアホの極みたよなぁ)

 昨夜の戦闘で、ネギがデコイを使っていなければエヴァの攻撃は直撃していただろう。そして、直撃していたら、ネギは死んでいたかも知れない。

(昨日は全裸に剥かれたショックとか想定外の幕引きの御蔭で忘れていたけど……それでも、死は隣にあったんだ。
 だから、もう「きっと大丈夫」とか言って安心してはいられない。つまり、今直ぐにでも状況を変えなければいけない。
 具体的には、もう二度と戦闘に巻き込まれないようにしなければ――巻き込まれる前に解決しなければならない筈だ)

 ヤラれる前にヤる。つまりは先制攻撃的自衛権だ。少々過激だが、何も武力だけが解決手段ではないので正しい考え方とも言える。

(正直に言うと逃げたいけど、ここで逃げても回り込まれるのは目に見えている。
 と言うか、逃げるつもりなら何としてでもネギに記憶を消してもらっていたさ。
 あの時、オレは覚悟をした。結果的に茶々丸に台無しにされたけど、覚悟したんだ)

 だからこそ、ナギは進むことを選択する。逃げられないなら進むしかないし、立ち止まっているのは性に合わないのだ。

 ……………………………………
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 そんなこんなで、ナギは『今後の対策』を練りながら帰宅したのだが……その道中で聞き捨てならない会話が聞こえて来た。

 それは、寮生達の会話で、何でも「ウチに下着ドロが出たんだってよ」とか「え~~マジ? 下着ドロ!? キッモーイ!!」とか、
 あまつさえ「下着ドロが許されるのは、女子に対してだけだよね~~」とか と言う非常に頭の痛くなる会話だったらしい。
 ここで「お前達の方がキモいよ。いや、むしろ、気持ちが悪いよ」と思ったナギは悪くないだろう。そのネタは男子禁制の筈だ。

(って言うか、男子寮に来る下着ドロって、一体 何が目的なんだ? アレかな? 『変態と言う名の紳士』ならぬ『変態と言う名の淑女』なのかな?)

 普通に痴女って呼ぶべきかも知れないが、ナギ曰く「痴女って少し淫靡な響きだから自粛した」らしい。
 何かが決定的に間違っている気がしないでもないが、ナギなので仕方がない。常人とは気にする部分が違うのだ。
 と言うか、変態紳士としては変態淑女と言う表現の方がシックリ来るのだろう。同類に対する情けのような感じだ。

 と まぁ、いつしかシリアスから程遠い思考にシフトしながら部屋に戻ったナギだが、部屋のドアを開けた瞬間 凍り付いた。

 何故なら、白くて長細いナマモノ(恐らくカモ)が、ナギのベッドの上で男物の下着をクンカクンカしており、
 しかも「ハァハァ……若いオスの味と匂いは堪りませんデスゥ」とかブツブツ言っているのを見てしまったからだ。
 変態仲間であるナギですら「身の毛も弥立つと言うか、悪・即・斬と言うか、細胞レベルで抹消したくなった」らしい。

 つまり、オコジョがしゃべっていることに驚くよりも、その言動にツッコんでしまうレベルだったのだ。

(って言うか、あの淫獣、何をやっていやがる?! いや、ナニをやっているんだろうけど そう言うことじゃなくて!!
 これはアレか? ネギが女のコになっているように、カモもメスになっているって言うパターンなのか?
 悪いけど、誰もそんなこと望んじゃいねぇよ!! 擬人化するなら まだしも、メスの淫獣などキモイだけだわ!!)

「はふぅ、実に こってりとしていt「って言うことで、天誅ぅうう!!」きゅぇええ?!」

 余りにもキモ過ぎて問答無用でライダーキックをお見舞いしたナギは間違っていないだろう。
 動物愛護団体がうるさいかも知れないが、アレは動物ではなくて淫獣なのでOKに違いない。
 まぁ、正確には淫獣ではなくてオコジョ妖精だが、それでも害獣であることはことは変わらない。

「い、いきなり、何をするデスか?! 至福の時を邪魔しな「とりあえず、黙ろうか?」……きゅぅ」

 騒がれると面倒なことになる と判断したナギは、速やかにカモの首をキュッと絞めてオトす。
 少しだけ「直接 手で触れるの何となくイヤだなぁ」とか思ったらしいが、背に腹は代えられない。
 放置して騒がれ、その騒ぎを聞き付けて誰かが来たら、状況証拠的にナギが下着ドロの犯人になるからだ。
 何故なら、ナギのベッドには白いケダモノがナニかに使用した男物の下着が散乱しているからだ。

 ロリベド鬼畜野郎だけで充分なのに、そのうえ男の下着でハァハァする男とか思われたら……いくらナギでも立ち直れないに違いない。



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Part.03:責任者は責任を取るためにいる


「……つまり、今回の事件は学園長先生の差し金だった と言うことですか?」

 ボクは近右衛門先生にエヴァンジェリンさんのことを密告――じゃなくて報告しに来たんですけど、
 昨日の襲撃事件は「学園長先生がボクの修行のために用意したものだった」と白状されたんです。
 そもそも、管理領域内で魔法戦闘が行われたのに何も対応していなかったので不審に思っていたんですけど、
 まさか、ボクに『実戦』を経験させるために あの人を嗾けただなんて……想定の範囲外ってヤツですよ。
 せいぜい「ちょうど あの人がトラブルを起こしたのでボクに解決させようとした」程度だと思ってましたよ。

「いや、まぁ、そう言われるとワシが悪い様にしか聞こえないんじゃが?」

 学園長先生が「ネギ君のためにやったことなんじゃぞ?」とでも言いた気に弁解します。
 ですが、そんな理由など理由になってません。ボクのためと言いつつも、御自分のためでしょう?
 ボクがそれくらいを見抜けていないと思ったのでしょうか? ボクはそこまで甘くないですよ?

「何を仰ってるんですか? 一般人であるナギさんを巻き込むのを良しとした段階で学園長先生は悪いですよ?」

 ボクには「『本国』から どんな指示があったのか」まではわかりません。想定しかできません。
 ですが、ナギさんを巻き込まないようにする方法があったことくらいはわかってます。
 つまり、学園長先生は、その方法を取らずにナギさんを巻き込むことを選んだのです。

 当然、それだけでも充分に「情状酌量の余地なし」ですよ。少なくともボクにとっては。

「じゃ、じゃが……修行が終わった後、一般人を盾に取るような輩と戦うような事態があり得るじゃろう?
 今回はその時のための予行演習と言うか、今のうちにそう言った輩と戦うのに慣れる必要があると言うか、
 むしろ、この程度の事態で手間取っているようでは『マギステル・マギ』になどなれんと言うか……」

 学園長先生がシドロモドロに何か言っていますけど、聞き耳を持つ気はありませんね。

 まぁ、そうは言っても、学園長先生の意図もわからない訳ではないんですけどね。
 だって、魔法使いは すべからく『マギステル・マギ』を目指してますからね。
 それをチラつかせればボクが黙ると思ったのでしょう(実に愚かなことですけど)。

 だって、既にボクは『マギステル・マギ(偉大な魔法使い様)』などどうでもいいんですから。

「確かに、そのような場合もあるでしょうし、そのための備えは必要でしょう。
 その点では学園長先生の仰る通りだと思いますし、反論する気はありません。
 ですが、そのために実際に一般人を巻き込むのはどうかと思うんですが?
 たとえば、ボクの知らない魔法関係者を一般人と偽ればよかったのではないですか?
 そうすれば、演習にもなりましたし、実際には一般人を巻き込まずに済みましたよ?」

 とは言いつつも、ナギさんを巻き込んだのが許せないだけなんですけどね。

 ちなみに、麻帆良は『世界樹』を擁する『聖地』の一つですから、魔法使いの拠点となっているのは自明の理です。
 ですが、ボクが『紹介された魔法使い』は、タカミチと学園長先生だけで、他の魔法使いは一切紹介されていません。
 つまり、「ボクの知らない魔法使い(及び魔法関係者)が、麻帆良にはたくさんいるもの」と考えて然るべきなんです。

「あ~~、確かにそうなんじゃが……知り合いの方がリアリティがあるじゃろ?」

 まぁ、確かにリアルでしたね。リアル過ぎて我を失うくらいにリアルでしたよ。
 ですが、だからと言って、それが理由になるとでも思ってるんですか?
 もし本気で言っているのだとしたら……ボクは貴方を見限るしかありません。

「……わかりました。つまり、『御自分にはまったく非がない』と仰りたいのですね?」

 とは言っても、この人は いくら責めても意味がないでしょう。
 だって、自分は悪くないと思ってるんですから、馬耳東風です。
 ですから、ここは別の切り口で攻めてみようと思った訳です。

「い、いや、何もそこまでは言っとらんじゃろ? 『全面的には非がない』と言いたいんじゃよ」

 そうですか? 残念ながら、ボクには そんな風には聞こえませんでしたけど?
 まぁ、きっと、ボクが日本語に不慣れだから『齟齬』が生まれたんでしょうねぇ。
 ですから、これからボクの言うことにも『齟齬』があっても、不思議はありませんよね?

「そうですか……では、今後はボク以外に迷惑が掛かるような課題は控えてくださいね?」

 って言うか、ナギさんを危険な目に遭わせるようなことはしないでくださいね?
 いくら「課題のため」とは言え、それが免罪符になるとは思ってもらっては困ります。
 と言うか、その程度のことで免罪符になるのならば、この世に犯罪はなくなりますよ。

「そ、そうじゃの……今後は気を付けようかのう」

 ふふっ、『了承』しましたね? これで言質は取りましたよ?
 約定を違えるのは『死』を意味しますから、ご注意くださいね?
 魔法使いの成した『契約』は口頭であっても重いんですからね?

「それでは、話を元に――昨夜の襲撃の真相について戻しましょうか?
 昨夜の襲撃は課題であったため、襲撃犯は課題のために行動しただけである。
 つまり、彼女への罰則等は課せられない……と言うことよろしいですね?」

 そう、犯人に『然るべき処置』を与えようと思ったのですが、課題だったので仕方がない と片付けられてしまったんです。

「うむ、そうじゃ。そもそも、魔法使いに危険は付き物じゃろう?
 と言うことは、当然ながら魔法使いとしての修行も危険が付き物じゃ。
 それを考えると、怪我一つしとらんのじゃから罰するまではいかんじゃろ?
 まぁ、一般人を巻き込むと言う不手際があったのはミスじゃがのぅ」

 確かに『身代わり君』を使っていなかったら大怪我で済まなかったかも知れないですが、結果的には服がダメになっただけですね。

 あ、服がダメになったことで思い出しましたけど……ネカネお姉ちゃんからもらったマントもダメになったんでしたっけ。
 魔法的な効果は無い普通のマントですけど、魔法具をたくさん収納できて お気に入りだったんで、普通にショックです。
 ……こう言うものの被害って損害賠償とかって形で請求できるんでしょうか? 当然ながら、泣き寝入りなんてイヤですよ?
 まぁ、学園長先生の指示の下で行われた修行だと言ってるんですから、少なくとも学園長先生が補償すべき範囲内ですよね?
 それに、他にも賠償金を払っていただかないといけない事柄があるのに気付きましたので、それも含めて請求して置きましょう。

「……わかりました。彼女への罰則は『課題なので』問いません」

 きっと、ボクが納得したと思ってホッとしたのでしょうね。
 学園長先生は胸を撫で下ろすようなジェスチャーをしました。
 その仕草にちょっとイラッと来たのは ここだけの秘密ですよ?

「――ですが、昨日の襲撃で受けた損害は『課題なので』補償していただきます」

 きっと、ボクの言葉は想定の範囲外のことだったんでしょうね。
 近右衛門先生は「はびょーん」って感じの愉快な顔をしています。
 その表情にちょっとだけ溜飲が下がったのは ここだけの秘密ですよ?

 だって、損害賠償を請求するのに手を緩める気は一切ありませんから。

「ボクの制服、サイズの都合で特注品なんで高いんですよね。
 それに、着けていた下着類も何気に値が張ったものでしたし。
 あ、あと、あのマントは従姉からのプレゼントでしたので、
 諸々の精神的被害も加算しますと……50万が妥当でしょうか?」

「ゴジュッ!? い、いくら何でも高過ぎるんじゃないかの?!」

 まぁ、物品だけなら高過ぎるでしょうね。
 物品だけなら、せいぜいが10万円です。
 ですが、『乙女の柔肌』は高いんですよ?

「学園長先生……戦闘の様子を『遠見』で見ていらしたんですよね?」

 つまり、このエロジジイ――じゃなくて、学園長先生様はボクの全裸を見たと言うことです。
 さすがに『責任』を取ってもらうのは御免被りますので、お金で責任を取ってもらおうと思います。
 まぁ、所詮この世は金とまでは言いませんが、地獄の沙汰も金次第くらいは実感してますからねぇ。

「い、いや、あれは監督責任と言うか何と言うか……」

「そうですか……監督責任ならば、仕方が無いことですね。
 ですが、そう言った弁解は『本国』の法廷でお願いしますね?
 関東魔法協会の長とは言え『遠見』による覗き行為は重罪です」

 特にボクは『英雄の娘』として重要に扱われてますからね。地位は剥奪されてオコジョ刑は確定でしょう。

「ちょ、ちょっと待つんじゃ!!
 アレは事故じゃったんじゃ!!
 故意に見た訳じゃないんじゃ!!」

 いえ、事故とか故意とかは問題じゃないんです。

「先程、学園長先生が仰った通り、あの戦闘は学園長先生の『指示』によって行われたんですよね?
 と言うことは、その『指示』の中に『武装解除を使用せよ』と言う『指示』もあった可能性がありますよね?
 もしくは、覗いていたのですから『武装解除の使用不可』を厳命すべきでしたね? 監督責任が問われますよ?」

「……ワシ、もしかしてミスった?」

 そうですね。悪意のある解釈をすれば「態と命じずに『暗黙の命令』をした」と言う解釈もできてしまいますからねぇ。
 それに、学園長先生が あの人――エヴァンジェリンさんを罰していれば、ボクは賠償のことまで気が回らなかったですからね。
 そう意味でも、学園長先生 は「ミスった」としか言えませんね(問題は起きてからの対応の方が重要だと言うことを実感します)。

「あ、もちろんポンドですので、金策に頑張ってくださいね?」

 1ポンド140円で計算すると……7000万円ですか。
 まぁ、アメリカの訴訟に比べたら可愛いものです。
 それだけで地位も名声も傷付かないんですからね?

「…………ワシに拒否権はないのね?」

 打ちひしがれた学園長先生に対し、ボクは無言で『最高の笑顔』を作って学園長室を後にしました。
 きっと、それだけで「拒否権なんてある訳ないじゃないですか?」と受け取ってくれるでしょう。
 その時の「ギィィィ……バタン」と言う扉の閉まる無機質な音が妙に心に響いたような気がします。

(貴方の敗因は、たった一つです。『貴方は、ボクを怒らせた』)

 何故か無性に 決め台詞を言いたくなったので、心の中でコッソリ言って置きます。
 ボクのキャラには似合わないですけど、シチュエーション的に言いたかったんです。
 まぁ、ボクを怒らせなければこうなりませんでしたから、間違ってはいないでしょう。

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 あ、そう言えば、学園長室から出たら、タカミチから「キミの使い魔を名乗るオコジョ妖精が来ているよ」と言う連絡がありました。
 きっとカモちゃんのことだと思いましたので「多分、ボクの知り合いだと思うので通してください」とタカミチに伝えたところ、
 歯切れ悪く「いや、それがね、キミのパートナー候補に挨拶しに行くとか言って男子寮の方に行っちゃったんだ」と返って来ました。

 ……カモちゃんって ちょっと常軌を逸しているところがありますので、ナギさん(既に確定)に粗相そしていないか心配です。



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Part.04:幼女とオコジョ


「……はぁ、どうしたもんかなぁ?」

 カモ(だと思われるオコジョ)を簀巻きにして吊るしている内に どうにか落ち着いたナギは、
 とりあえず下着を大浴場の脱衣所に放置して証拠を隠滅し、部屋に戻って今後の対策を練ることにした。

(まぁ、考えるまでも無くネギに渡すべきなんだろうが……コレをネギに任せていいものかどうか悩みどころだね。
 こんな「お子様の情操教育に よろしくない淫獣」をネギに渡したらどうなるか? 考えただけで恐ろしい。
 既に若干アレな感じがするのだから、これ以上 進化しようものなら本当に『どうしようもない』ことになるだろう)

 敢えて具体的に言うならば『変態と言う名の幼女』が出来上がることだろう。

(そんな事態は何としても避けねばならないね。世のため人のため、そして何よりもオレのために。
 だって、もしそんな事態になったら……オレの身が肉体的にも社会的にも危険になる気がするからね。
 って言うか、何故か一瞬の天国を味わった後 永劫の地獄を突き落とされる気がしてならないなぁ)

 つまり、カモ(だと思う)を このままネギに渡す訳にはいかないのだ。

 だが、どうすれば この淫獣を落ち着かせることができるのだろうか? ナギには良案が思い付かない。
 対処をせずに渡したくないのに対処の仕方がわからない と言う、実に困った事態ものなのである。
 オスだったならば去勢でもすれば ちょっとは落ち着くのだろうが……生憎とカモはメスだった。

 ちなみに、何故メスだ と知っているのかと言うと、かなりイヤだったがシッカリと確認したから らしい。

 女性版去勢(例のアレを切り落とす)をして感じなくすればいいのだろうか?
 それとも、洗脳でもして品行方正な淑女にでも仕立て上げればいいのだろうか?
 もしくは、脅迫してエロスを抑制するのもいいかも知れない。答えはわからない。

(ん~~、少なくとも原作では、カモはネギに必要な存在なんだよなぁ)

 目先の欲望に駆られてトラブルを起こすこともあるが、ネギにとっては助言者であり『仮契約』に必要な存在だったのは確かだ。
 ナギにネギを助ける気は然程ないが、かと言って邪魔する気もないので、カモとネギを引き合わせない と言う選択肢はない。
 一瞬、このまま「何も知らなかった」ことにして秘密裏に処分してしまうことも考えたナギだが、さすがに却下したようだ。

(しかし、今になって明日菜の偉大さがわかるよ。だって、ナマモノとは言え自分の下着でハァハァした存在と同じ空間で過ごせるんだもん)

 話が違う方向に進んでいるが、それだけ対策が思い浮かばないのである。
 言い換えるならば、先程 思い付いた案を駆使するしかない と言うことだ。
 さすがに虚勢は遣り過ぎなので、まずは洗脳を試みて それが駄目なら脅迫だろう。

 何だかナギの思考が危ない方向に進んでいる気がするが、度重なるストレスのせいだと言うことにして置こう。

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「カモちゃんっ!!」「ネギ姉様ーー!!」

 ところ変わって、ネギ(と木乃香)の部屋にて。そこには、感動の再会を繰り広げる一人と一匹の姿があった。
 何やら、カモが「日本は怖いとこデシたよぅ」とか「大人しく牢獄にいればよかったデスよぅ」とか、
 あまつさえ「これからは心を入れ替えてマジメに生きますよぅ」とか言っている気はするが、気にしたら負けだろう。

(どうでもいいけど、カモの『ネギ姉様』とか『デス』とかって言う口調が微妙に可愛いことにギャップを感じるのはオレだけかなぁ?)

 可愛いは正義であるが、原作のイメージがあるナギには違和感が残るようだ。いずれ慣れるだろうが、ナギとしては慣れたくないのが本音だろう。
 ところで、話は変わるが、あの後の経緯の説明をして置こう。実は、ナギがカモへの『説得』をしていると「変なオコジョが伺ってませんか?」と
 ネギからピンポイントな連絡が入ったため、ナギは「渡りに船」と言わんばかりに『説得』を終わらせてネギの部屋に届けに来たのである。

 ちなみに、ネギに取りに来てもらわずにナギが届けに来たのは それなりに理由がある(女子寮に来たかったからではない)。

 その理由とは とても単純で、ナギの部屋にネギを来させたら、他人視点では「ナギが幼女を部屋に連れ込んだ」ことになるからだ。
 大事の前ならば人の目など気にしないナギだが、大事でもなかれば人の目が気にならない訳ではないのである。つまり、ヘタレなのだ。
 余談だが、木乃香は近右衛門に呼ばれているそうなので、タイミングが良いと言うか、タイミングが良過ぎて何らかの意図を感じるぐらいだ。

「ところで、カモちゃん……ちょっと訊きたいことがあるんだけど、訊いてもいいかなぁ?」

 一頻り涙の抱擁を堪能して落ち着いたのか、突如ネギは空気を換えてカモを鷲掴みにして尋ねる。
 ちなみに、ネギは確認の形を取ってはいるものの、その表情と雰囲気からカモに拒否権はないだろう。
 と言うか、この状況で拒否できたら、今日からカモは勇者を名乗ってもいい。魔王様だった怖くない筈だ。

「な、なんデショウか? ワタクシに答えられることでしたら、何でもお答えいたしますデス」

「……どうして、カモちゃんはナギさんの部屋にお邪魔していたのかな?
 それに、男子寮で下着ドロが現れたって聞いたんだけど、心当たりあるかな?
 ついでに、何でカモちゃんは簀巻きにされていたのかな? 教えてくれるよね?」

 当然ながら、カモは勇者ではなかった。ガクブルしながら、ネギの機嫌を損ねないように必死に答えている。

 と言うか、ネギの笑顔が怖い。むしろ、笑顔だからこそ怖い。
 これなら、ストレートに憤怒を表現してもらった方がマシだ。
 優しい口調もすべてを見透かしたような論法も非常に怖い。

「え、え~~と、それはデスね……」

 カモは「答えを間違ったら縊り殺される!!」と言うことを本能で理解しているのだろう。非常に必死だ。
 今の状況で「挨拶に行ったのに性欲に負けて発情した挙句 一人遊びしてました」とは言えないだろう。
 ところで、これまでの遣り取りだけで、ネギとカモの絶対的な力関係が充分にわかったのは収穫だろう。
 これだけ上下関係がキッチリと叩き込まれているのなら、ネギがカモに唆されることはない筈だからだ。
 むしろ、ネギが『よからぬこと』をカモに命じそうなので、そちらの危険性を考慮した方がいいかも知れない。

 どう考えても、カモに洗脳を施す必要なかった。と言うか、カモが踏んだり蹴ったり過ぎて同情したくなる。

「あ~~、そのコはオレに挨拶しに来ただけで、特に他意はなかったらしいよ?
 ネギを調べた結果、オレがネギのパートナーに相応しいとか何とか言ってたかな?
 んで、下着ドロに関してだが……魔が差したらしくて、ついやっちゃったらしい。
 でも、オレがキッチリ叱って置いたし、本人も反省しているから、安心してくれ」

 かなり綺麗な表現をしているが、事実を多少 脚色しただけだ。そこまで大きな嘘は吐いていない。

 ところで、ナギのベッドの上で一人遊びをしていたことを言わないのは、ナギの優しさ だ。
 そして、カモに施した洗脳や脅迫を『説教』と言い張るのも、ナギへの優しさ である。
 まぁ、どう考えても自己正当化でしかないのだが、ナギは気にしていない。それがナギなのだ。

「そ、そうなんですかぁ」

 ネギは納得したのか、妙に照れながらカモを解放した。きっとパートナー云々で機嫌がよくなったのだろう。
 ただ「カモちゃん、余計なこと言ってないよね?」とか視線で確認していたことは不思議と不思議だが。
 まぁ、恐らくは、カモの所有している「好感度がわかる程度の能力」のことを危惧しての反応だろう。
 パートナー云々と好意が結びついているとか そう言ったラブコメ的な部分がバレたとか思ってるいるに違いない。
 ナギとしては既にバレバレなので今更と言えば今更だが、ネギは気にしているようだ。乙女心は健在なようだ。

 ちなみに、ネギから解放されたカモは「お兄様、ありがとうデス」と目で語っていたらしい。

 そんなカモが少しだけ「やべ、ちょっと可愛いかも?」と思ったナギは、ある意味でさすがだろう。
 まぁ、オコジョの見た目は可愛いので、カモが変態行為さえしなければギリギリOKだと信じて置こう。
 そう自分に言い聞かせている段階で充分にダメ過ぎる気はするが、ここは敢えて気にしないで置くべきだ。



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Part.05:パートナーと言う名の鎖


「と言う訳で、お兄様。ネギ姉様のパートナー(従者)にはなっていただけませんデスか?」

 いきなりの発言に「いや、どう言う訳だよ?」と思うかも知れない。
 だが、ナギも気が付いたら いつの間にかパートナーの話題になっていたのだ。
 まぁ、嫌な流れではあるが、想定していなかった訳ではないので驚きはしない。
 むしろ、昨夜の件を考えると、ここでパートナーを頼まれるのは必然に近い。

「あ~~、悪い。それ無理」

 だから、ナギは断固たる決意を持ってアッサリと拒否する。
 乗りかかった船とは言うが、降りられる時は降りるべきだ。
 むしろ、沈みそうな船からは一刻も早く降りるべきだろう。

「え~~!! 何でですかぁ!?」

 素っ頓狂な声を上げてナギの拒絶に反応したのは、話を持ち掛けたカモではなく隣にいたネギだった。
 何でネギが反応したのかは疑問だが、そこは気にしたら面倒なことになるのでスルーして置こう。
 ナギをパートナーにしたかったんだろうとは予想できるが、予想できるので敢えてスルーしよう。

「いや、何でって言われても……今回の騒動が終わったらオレは記憶を消してもらって魔法とは無関係になるんだろ?」

 パートナーになれば記憶を消さなくて済むので問題ない とか言う超理論はやめて欲しい。
 本末転倒と言うか、そもそもナギは無関係であり今回は巻き込まれただけなのだ。
 つまり、今回の件にケリが着いたら記憶を消されて関係者じゃなくなる筈なのである。

「むぅ~~~、確かにそうですけどー」

 しかし、ネギはあきらかに納得してないようで、唇を尖らせながら拗ねる。
 その仕草がちょっとだけ可愛いと思ったナギだが、今はそれどころではない。
 と言うか、ネギの仕草は偶に計算っぽいので、木乃香の仕込みなのだろう。

 まぁ、天然でやっている部分も確かにあるので、判断に迷うところだが。

「でも、パートナーになっていただくと いろいろな特典が手に入るんですよ?
 たとえば『召喚』ができますので、昨日みたいに拉致されても直ぐに救出できますよ?
 それに『念話』って言うテレパシーみたいなものも使えるので とても便利ですよ?
 あと、場合によっては『アーティファクト』って言う便利アイテムも手に入るんですよ?」

 まるで どこかの新聞勧誘のようにお得要素を並べるネギ。当然ながら「じゃあ、3ヶ月だけ」と言う流れにはならないが。

「まぁ、落ち着いて。パートナー関係を結ぶことの利便性はわかったから。
 でもさ、無関係になるオレをパートナーにしても仕方が無いんじゃない?
 それとも、今回の騒動のためだけにパートナーになれって話なのかな?
 もし そうだとしたら……パートナーと言うものは随分と軽いんだね?」

 原作では大半が場当たり的だったから軽いのかも知れないが、そこは棚に上げるのがナギのクオリティだ。

「ち、違います!! 『仮』とは言え、パートナーは軽いものじゃありません!!
 パートナーとは神聖なものであり、言わば『夫婦』のようなものなんです!!
 ですから、ボクはナギさんだからこそパートナーになって欲しいんです!!」

 ナギは「『仮』ですからそんなに重くないですよ」と言った反応を予想していたので、力いっぱい否定されたことに軽く驚く。

「そうか。じゃあ、なおさら無理じゃない? この騒動の後も魔法に関わるつもりなんてオレには無いんだから」
「じゃ、じゃあ、何で魔法に関わりたくないんですか? それさえ解消できたら問題ないってことですよね?」
「いや、何でって言われても……あんな超常決戦を見てるんだから、普通は危なくて関わりたいとは思わないだろ?」

 当然ながら、ツッコんだらそこで試合終了となる夫婦云々については軽やかにスルーするのがナギだ。

 それ故に、ネギの爆弾発言を聞かなかったことにして拒否だけをしたのだが……ネギは超解釈を披露してくれた。
 つまり「魔法に関わりたくないからパートナーが嫌だ → なら、魔法にかかわりたくなくなればOK」と言う発想である。
 ネギの超理論に慣れつつあるナギだったが、さすがに その発想はなかった。まぁ、発想になかっただけで論破はされないが。

 と言うか、基本姿勢として「魔法は危険で、危険は嫌だから関わりたくない」のだから、その理由を訊ねられても痛くも痒くもない。

「……なるほど、よくわかりました。確かに危険ですものね。ナギさんの仰ることは尤もですね。
 ですから、ナギさんにパートナーになってもらうのではなくて逆にボクがパートナーになります。
 そうすれば危険ではありませんで万事解決ですよね? なので、ボクをパートナーにしてください!!」

 しかし、ネギが返した言葉はナギの予想を遥かに超えていた。遥かに超えすぎていて唖然としてしまう程だ。

 さすがに「危険だからナギはパートナーになりたくない」と言うことから「立場が逆なら危険じゃない」と言う発想にはならない。
 確かに「パートナーになる = 盾役になる」と考えるのなら、逆の立場になれば危険は減るかも知れないが……それだと本末転倒だ。
 ネギは盾役が必要なのでパートナーを求めていた筈なのに、何故か自分が盾役になってでもナギとパートナーになりたがっている。

 いや、ネギの気持ちを考えればわからない訳でもないのだが……それでも、その発想は突飛過ぎる。

(と言うか、そもそもオレは今回の騒動が終わったら魔法とは縁を切ることになってるんじゃないかな?
 魔法バトルの危険性の前に、オレをパートナー候補として扱っている時点でおかしいって気付こう?
 これからも魔法に関わっていく と言う意味では、パートナーになるのもパートナーになられるのも一緒でしょ?)

 ナギの断わり方が悪かったのかも知れないが、それでもネギの妄執の凄まじさが見て取れる事例だろう。

「……確かに、危険なバトルが嫌だから と言う理由でパートナーになるのを拒否ったね。それは確かだ。
 でもさ、それは『パートナーとしてバトるのが嫌』なのではなく『バトルそのものが嫌』なんだよ。
 魔法とバトルが直結している訳ではないけど、それでも魔法とバトルが密接に関係しているのは事実でしょ?
 つまり、魔法そのものが嫌とも言える訳で、その意味でオレは魔法に関わりたくないってことなんだけど?」

「その点なら大丈夫です!! ナギさんはボクが守りますから、バトルの点は安心してください!!」

「まぁ、守ってもらえるのは嬉しいし、守ってもらう立場だから反論すべきじゃないとは思う。だけど、敢えて言わせてくれ。
 たとえオレがバトルをしなくて済むようにネギが尽力してくれたとしても、今回のように突然 襲われることだってあるよね?
 向こうはこっちの都合など配慮してくれないし、弱点を突くのが兵法の基礎とも言えるからね。オレの安全性は保障されないさ」

「……ええ。結局はナギさんを危険に晒す可能性はありますね。ですが、大丈夫です。だって、今回のような危険は『今後 起こり得ません』から」

 ネギは随分と強気だが……だからこそ、ナギは「その根拠が何処にあるのか?」とても不安になる。
 何故なら、原作では京都でも悪魔襲来でも魔法世界でもネギのパートナー達は危険だったからだ。
 原作と同じ様にはならないとわかっているが、ネギに「これから危険は無い」と言われても微妙なのだ。

「今後 起こり得ない、ね。それじゃあ、それを信じる根拠はあるのかな?」

「……根拠ならあります。本来は明かすべきではないと思っていましたが、信じていただくためには話すべきでしょう。
 と言うのも、今回の騒動を画策したのは学園長先生であり、画策された理由がボクの修行のためだった からです。
 ちなみに、このことはボクもさっき知ったばかりです。しかも、学園長先生を問い詰めることで漸く引き出せました」

 引き出したのは賠償金のような気がするが、事実関係を知らないナギは「頑張っで情報収集したんだなぁ」と感心するだけだ。知らぬが仏である。

「で、その時に、今後は『ボク以外に迷惑が掛かるような課題は課さない』ように言質を取って来ましたし、
 そもそも、ボクが結ぼうとしていたパートナー契約は『ボクが麻帆良にいる間だけ』のものの予定でしたから、
 ボクがナギさんのパートナーになったとしても、今回のような危険な事態は『今後起こり得ない』んですよ」

 ネギは理路整然と言い終えると「これが根拠じゃ弱いですか?」と上目遣いで問い掛ける。

 つまり「仮契約期間はネギの修行期間だけであり、今後は危険な修行はないから安全である」と言いたいのだろう。
 確かに、近右衛門の監督範囲内にある課題に限っては安全が保障されているので、その意味では充分な根拠だ。
 だが、それは言い換えると、近右衛門の監督範囲を超えた課題に関しては安全が保障されていない と言うことだ。

(しかも、課題以外の危険については言及されてないよね? 学園長のことだから「課題じゃないから契約違反じゃない」とか言いそうなんだけど?)

 言質を取ったこと自体は評価すべきことだが、ナギにしてみれば詰めが甘い。どうせなら もっと踏み込んで欲しかったところだ。
 だが、脳筋な方面に進んでいないことがわかったので、それだけで充分と言えば充分だ。と言うか、最初から多くを求めてはいけない。
 まずはナギにとって好ましい方向に成長してくれたことを褒めるべきだ。褒めたうえで「ベターな結果」を示唆して、導いていけばいい。

「なるほどね。つまり、学園長の課す課題の安全性は保障させたんだ。まぁ、あの学園長を相手にしたんだから、健闘賞だね」

 ナギは穏やかに微笑みながらネギの頭を優しく撫でる。「よくやった」と言うのが偉そうに感じたので、態度で褒めたのだ。
 まぁ、ナギに頭を撫でられることを望んでいるネギとしては、これはこれで嬉しい褒められ方なので大した問題はないが。
 もちろん、褒めるだけでなく詰めが甘いことを指摘するのも忘れない。微妙な言い回しだが、ネギならばナギの意図に気付くだろう。

「……少し、詰めが甘かったですね。ですが、大丈夫です!! ナギさんが危険に晒されたとしても命と引き換えにしてもナギさんを守りますから!!」

 どうやらネギは正しくナギの意図を察したようで、褒められたことを喜びつつも浮かれ過ぎずに気を引き締める。
 ここまでなら手放しで評価すべきところだが、気を引き締めただけでなく余計な決意を表明してしまったので大変だ。
 と言うか、どう考えてもネギのセリフは重過ぎる。その意気込みは嬉しいが、命を懸けられるのは少々困ってしまう。
 それに、いつの間にかパートナーの危険性に話題が移っていたが、そもそもの話題はナギが魔法と関わりたくないことだ。
 ネギの勢いに押されていたが、初心を忘れてはいけない。パートナー云々の前に、魔法に関わらないのが一番 安全なのだ。

「まぁ、ネギの気持ちは嬉しいんだけど「と言うか、ナギさんにはボクの全裸を見た『責任』を取って欲しいんですけど?」……ぎゃふん」

 だからこそ、ナギは「気持ちは嬉しいけど、魔法に関わらないのが一番いいと思うんだ」とか言おうとしたのだが、
 狙ったとしか思えないタイミングで発せられたネギの一言で、ナギの言い訳は軽やかにインターセプトされたのだった。
 余りのショックに「ぎゃふん」と言ってしまったナギの気持ちもわからないでもない。同情くらいはしてもいいだろう。

 ただ、同情したからと言ってナギが救われる訳がないのは言うまでもないだろう。

(しかし、まさか ここで そのネタを引っ張り出して来るとは……ネギ、恐ろしいコ!! とか本気で思っちゃうねぇ。
 って言うか、ヤバくない? 記憶を消してもらって有耶無耶にしようと思っていたのにネギにそんな気が全然ないじゃん。
 むしろ、ネギはここでケリを着ける気だね。パートナー関係を結ぶって言う『落とし所』に持って行く気 満々だよ。
 言い換えるならば、パートナー関係を結ぶ以外の『落とし所』を見付けたうえで説得できれば、どうにかなるってことだね)

 軽く現実逃避しつつもナギは現状を正確に分析し、打開策を講じる。

 冷静になって考えてみれば、パートナーと言う表現になっているが要は『魔法使いの従者』のことなので、
 ナギが魔法使いではない以上 魔法使いであるネギをナギが従者にするのは本末転倒としか言えないことだ。
 ネギはナギとパートナー関係を結ぶことに意味を見出しているが、原義から考えると無意味としか言えないのだ。
 そこまで考えたナギは、少しくらいの飴(デートくらいならいいだろう)も交えて正論で説得することにした。

「でもさ、パートナーって『魔法使いの従者』なんだろ? なら、魔法使いじゃないオレがネギをパートナーにするのは無理があるんじゃないかな?」

「? ああ、そう言えば、そう言った定義でしたね。ですが、それは特に問題になりませんから、安心してください。
 と言うのも、そもそも『パートナー契約』に必要なのは『魔力』や『気』であり、それらは誰でも持っているからです。
 ですから、魔法使いじゃないナギさんであっても、魔法使いであるボクをパートナーとすることは可能なんですよ。
 まぁ、魔法使いじゃないマスターの場合パートナーに『魔力供給』ができない と言うデメリットはありますけどね」

 だがしかし、ネギには正論が通じなかった。可能不可能の話ではなく意味無意味の話なのだが、ネギには届かなかったのだ。

(……どうやら、ネギの説得はあきらめるべきだね。パートナー関係を結ぶ以外の『落とし所』を受け付けてくれそうにないや。
 だから ここは発想の転換をすべきだ。つまり、ネギの全裸を見た件を『パートナー関係を結ぶだけ』で帳消しにできた と考えればいい。
 実は『結婚と言う鎖で人生を縛られる可能性』も思い付いてから、何が何でも記憶を消してもらって有耶無耶にしたかったんだよね。
 つまり、魔法関係に関わることにはなったけど、最悪の状況ではないんだ。もちろん、嫌だけど最悪ではない。不幸中の幸いって奴さ)

 何だか無理矢理 自分を納得させている気がするが、人生あきらめが肝心である。

 もちろん、簡単にあきらめてはいけない場面も、多々あるだろうが……早めにあきらめた方がいい場面も多々あるのだ。
 そして、今回は あきらめた方がいい部類だろう。ここで無駄な抵抗をしようものなら、ネギの攻め手は苛烈になる筈だ。
 何故なら、事故とは言えナギがネギの全裸を見てしまったことは事実であり、ネギはそれを利用できる(脅迫に使える)のだから。

「……OK、わかったよ。それじゃあ、オレを守るためにパートナーになってもらうことにするよ」

 ナギは万感の思いを込めて、ネギとパートナー関係を結ぶことを――『仮契約』をすることを承諾した。
 その胸中に去来するものは余人には計り知れない。解脱したような笑みがすべてを物語っている気がするだけだ。

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 ところで『仮契約』の経緯は、ナギの尊厳のために詳細は語らない。詳細は語らないが、事実だけは記して置こう。

 ナギの承諾を受けたネギはカモちゃん、お願い」と端的にカモに号令を下し、契約の魔法陣を描かせた。
 そして、その中央にて陣から立ち上る光を背景に二人は『契約の口付け』を交わし、仮契約を無事に成功させた。
 ちなみに「唇がプルップルで ちょっと気持ちよかった」らしい。もちろん、どちらの感想かは敢えて語らない。

 どうでもいいが、何気に『こっち』でのファーストキスだったので、ナギのショックは非常に大きかったようだ。

 最後になったが、二人の相性がよかったのか ナギの魔力か気が膨大だったのか は定かではないが、この仮契約でアーティファクトが生まれた。
 当然ながら、ネギが従者なのでネギのアーティファクトだ。そして、それは原作で登場した『千の絆』とは別の物であった。
 その名は『ゲンソウホウテン』。本型のアーティファクトで「記された設計図通りの魔法具を具現化する」と言う能力を持つものだった。

 ……失ったものは大きいが、得られたものも大きかった。ナギは そう思うことにしたのだった。


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―― ネギの場合 ――


 カモちゃんが打ち合わせもせずにイキナリ「パートナーになってください」と言い出した時は、ちょっと焦りました。

 ボクとしてはタイミングを計りたかったので、カモちゃんには後で「勝手なことしちゃダメだよ?」って教えなきゃですね。
 まぁ、結果はだいたい思惑の通りになりましたので、今回は特別に『教えるだけ』で許してあげますけどね?

 ……そうです、ボクは「結婚を前提とした お付き合いで『責任』を取ってもらう」のはダメだって気付いたんです。

 ですから、方向転換をして「パートナーになっていただく形で『責任』を取ってもらう」ことにしたんです。
 ナギさんなら「結婚する形で『責任』を取ってください」って言えば、渋々ながらも結婚してくれることでしょう。
 ですが、それは『何か』が違うと思うんです。ナギさんを縛るような方法で結ばれても意味がないって思ったんです。
 ボクはナギさんと結ばれることを望んでいますが、だからと言ってナギさんの意思を無視する気はありません。

 そのため、結婚していただくのではなく「パートナーという形で傍にいていただく」ことにしたのです。

 だって、パートナーになっていただければ、必然的に一緒にいられる時間が増えますからね。
 そうすれば、他の女性よりもアドバンテージが得られますし、ボクの魅力に気付いてもらえるかも知れません。
 ちょっと夢を見過ぎだとは思いますけど、無理矢理 結婚するよりは『いい結果』になると思ったんです。

 ところが、事態はボクの想定の範囲外へと行ってしまいました。

 本来ならナ『責任』の件を利用してナギさんが断れないような状況を作ってから打診する予定だったんですけど……
 カモちゃんが功を焦ったために、ナギさんが「記憶を消されて無関係になる」と言う方向に行ってしまったんです。
 そのため、かなり焦ってしまい、自分でもとんでもないこと(夫婦云々)を口走ってしまったと反省しています。
 ナギさんが流してくれたのでよかったですけど、ヘタをしたらボクの気持ちがバレてしまったかも知れません。
 それに、結婚と変わらないと言う点で、伝家の宝刀である『責任』が持ち出しにくくなってしまいましたしね。

 ですが、自分の失言の御蔭で盲点に気付けました。夫婦のようなものなら、どちらがパートナーでも問題ないって。

 それに、ボクにとって大事なのは「ナギさんにパートナーになっていただくこと」ではなく「ナギさんの傍にいること」です。
 そもそも、ナギさんの傍にいるための手段として、ナギさんにパートナーになっていただこうとしていただけですからね。
 つまり、ナギさんにパートナーになっていただくことが目的ではなかったんです(いつの間にか手段が目的に変わっていたんです)。

 まぁ、そんな訳で、「ボクがパートナーになればいいのでは?」と言う方向で話を進めることにしたんです。

 で、その結果、紆余曲折はありましたが、最終的には伝家の宝刀を抜くことで見事に目的が達成できた訳です。
 発想の転換の勝利と言うか、一つのアプローチ方法だけに捕らわれていては「まだまだだね」ってことですね。
 若干、ナギさんの意見を封殺してしまった感もありましたけど、結果的に納得していただけたので問題ないでしょう。
 だって、アーティファクトも強力そうですし、何よりも遂にナギさんとのキスできましたから、もう万々歳です。
 それに、カモちゃんに録画を命じて置きましたので『ちょっとしたお願い』くらいなら、これをネタに聞いてもらえそうですし。

 ………少々の予定変更はありましたが、結果的にボクの望んだ方向に行けそうです。



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Part.06:汚れちまった悲しみに


 汚れちまった悲しみに 今日も後悔が降り積もる
 汚れちまった悲しみに 今日も涙がチョチョ切れる

 ……うん、一部改変しているから著作権はOKだよな?

 あ、原典が知りたい人は「汚れちまった悲しみに」でググればいいと思う。
 中也の詩の中で一番好きな詩なのだが、こんなネタに使うとは思わなかったよ。
 って言うか、微妙にメタ発言かな? いや、自重しようとは思っているんだけどね?
 どうやら、オレと言う人間は自重って言葉をどっかに置いて来たみたいなんだよ。

「つーか、さっきからブツブツと何を言ってんスか?」

 いや、オレの嘆きをわかりやすく表現していただけさ。
 汚れちゃったんだなぁって切実に伝わって来るだろ?
 そしたら、こんな哀れなオレに同情したくなっちゃうだろ?

「いや、ナギは元々汚れているっスから、今更『汚れた』って言われても……反応に困るっスね」

 クッ!! これだから、心の汚れた大人はダメなんだ!!
 心の清らかな子供じゃないとオレの純粋さはわからないさ!!
 ってことで、ココネ。美空のバカに言ってやってくれ。
 オレの心はビュアで、筋斗雲に乗れちゃうくらいにキレイだって。

「え~~ト、アタシもナギが汚れているのはモトモトだと思うヨ?」

 うっそぉおおん!! オレ、ココネにまで汚れているって思われてたの!?
 マジで!? 本当にマジで!? 超ショックなんですけど!? ナギ、もう立ち直れない!!
 あ、でも、ココネに蔑まれた目で見られていたと思うと、それはそれで――

「……大丈夫。そんなナギがスキだかラ。だから、ナギは汚れていてもいいんだヨ?」

 コ、ココネ~~!! お兄ちゃんは感動した!! モーレツに感動したぁああ!!
 何だか、危なくアブない方向に思考(って言うか嗜好)が進むところだったけど!!
 どうにかココネの愛の御蔭でオレはギリギリのラインでとどまれることができたよ!!

「って、美空が心の中で言ってタ「ちょッ!? ナニイッテンノ、ココネェエエ!!」」

 ……いや、そこで焦るなよ、美空。それでは本当に美空が言っていたように聞こえるじゃないか?
 今のはココネなりの照れ隠しってヤツだろ? オレへのアツイ想いを美空に転嫁したんだろ?
 フフフ、オレにはすべてお見通しさ。って言うか、ココネのことでわからなことは何も無いさ。

「うわっ!! この勘違い男、キモチワルッ!! キモ過ぎてキモチワルッ!!」
「……生きていくうえで自信は大切だと思うケド、過剰はダメだと思ウ」

 フッ!! 何か聞こえる気はするけど、オレには聞こえないね!!
 だって、今のオレはとっても幸福な気分に浸っているんだから。
 イヤな現実から逃避して束の間の幸せを噛み締めているんだから。

 あ、ところで、現状の説明って必要? 必要ないとは思うけど、一応して置くか……

 実を言うと、ネギとパクったオレは心の傷がシャレにならないレベルに達していたんで癒しを求めて教会に来たのですよ。
 だって、美空とジャれるとストレス解消にはなりますし、何よりもココネの『愛らしさ』がオレの荒んだ心を救いますからね。
 愛は地球を救う とか言うけど、むしろ愛は人を救うのだよ!! って言うか、ココネの愛がオレを救ってくれるのだよ!!

 ……すんません、自分で言っててキモチワルイと思います。つまり、それ程に心がヤヴァい状態になっていたって思ってください。

「まぁ、そう言う訳で、もっとオレに愛をくれないか?」
「ナニイッテンノ? 普通にキモチワルイんスけど?」
「クッ!! 相変わらず失敬だな。だから、美空はダメなんだ」

 これだから、坊やは困るのだよ(意味不明)。

「……ココネはこんな哀れなオレに優しくしてくれるよな?」
「うン? 何かイヤなことでもあったノ?」
「うんうん、やっぱりココネは可愛いなぁ」

 美空とはダンチだね。だから、頭をグリグリと撫でてやろう。

「実はさぁ――って言っても、諸々の事情で深くは話せないんだけど……
 とにかく、オレは悪くないのに死亡フラグが立った気がするんだよね?
 しかも、短期間の間に乱立しちゃってさぁ、いつ死ぬかガタブルっスよ」

 いいんちょ にしろエヴァにしろパクティオーにしろ、この二日で死亡フラグが立ち過ぎてるよ。

「……ナギはもっと世界を見回した方がいいと思うヨ?」
「それと、余裕があれば人の気持ちも察っするべきっスね」
「え? つまり、それってオレが空気読めていないってこと?」
「まぁ、平たく言うと、そう言うことになるっスね」
「ついでに言うと、重度のニブチンさんでもあると思うヨ」

 う~~ん、言われてみればそうかも?

「……もしかして、今まで自覚なかったんスか」
「さすがナギだネ。むしろ、さすが過ぎるヨ……」
「ア~~ハッハッハッハ!! ……泣いていい?」
「別にいいっスけど、目の前だとウザいんで懺悔室でお願いするっス」
「今は神父さんもシャークティもいないカラ、貸し切り状態だヨ?」

 ……うん、ちょっと泣いて来ます。

 あ、泣いている間は決して覗かないでくださいね?
 鶴になって飛び立っちゃうかも知れませんから。
 そうしたら、恩返しが中途半端になっちゃいますから。

 ちなみに、二人からは「ツマンネーヨ」って反応しか返って来ませんでした(ある意味で当然)。

 って言うか、癒されに来たのに心にダメージを負った気がするのは何故でしょうか?
 まぁ、ココネは相変わらず可愛いですから、それだけで充分に癒されたんですけどね。
 でも、何か微妙に機嫌がよくなかったような気がするので、ちょっと残念なんですよ。

 ……もしかして、木乃香との噂に妬いてくれたのかな?

 と思って置くと、オレの心は幸せに満ち足りるので勘違いして置こうと思います。
 冷静な部分では「いや、それはねぇだろ」とは思いますが、勘違いして置きたいんです。

 オレの得意スキルは『勘違い』ですからね(かなり自棄)。



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Part.07:誠意と言う名の思惑


(オゥ、ジーザス……)

 懺悔室で一頻り泣いた後、紳士を自称するナギは美空達が教会での仕事を終えるのを待って二人を女子寮の近くまで送った。
 ポイントを稼いで機嫌を取ろう とか思った訳ではないし、もう少しだけココネを愛でたい とか思った訳ではない らしい。
 それはともかく、二人を送った後は夕食の買い出しをして帰宅した訳だが……何故か男子寮の手前で茶々丸が待機していたのだ。

(もしかして、またもや拉致されるのかな? さすがに昨日の今日で来るとは思ってなかったから『対策』が間に合ってないなぁ)

 一応だが、ナギは「今回の騒動を終わらせるための策」を考え付いていた。だが、まだ準備が整っていないため、現段階では解決しようがない。
 勝手な思い込みで、エヴァ達は直ぐには動かないだろう と――つまり、時間的に余裕があるだろう と高を括っていたナギのミスだ。
 まぁ、厳密に言えば、準備などせずとも『対策』は実行可能なのだが……やはり準備をしてからの方が都合がいいので、準備は必要なのだ。

「確か、絡繰さんだっだっけ? 今夜も拉致るために待ち伏せしてたのかな?」

 軽く現状を嘆いた後、気分を切り換えたナギは(言葉の端端に昨夜のことを覚えていることを示しながら)砕けた口調で茶々丸に話し掛ける。
 ここで、せっかく一般人だと思わせたのに(つまり、記憶を消されている筈なのに)記憶が残っていると示唆したことに疑問を覚えるかも知れない。
 だが、答えは簡単だ。再び接触されている段階で無関係で終わらせることは不可能なので、記憶を消された振りをする意味が然程なかったからだ。
 むしろ、ナギの実行しようとしている『対策』のためには記憶があった方が都合がいいので、ナギは記憶が残っていることをアピールしたのだである。
 ちなみに、ナギは穏やかに話しているが、ポケットに突っ込んだ左手でパクティオーカードを握っており、いつでもネギを『召喚』できる状態だ。

「……いいえ。本日は謝罪に参りました」

 茶々丸は正確にナギの意図を察したようで、ナギが「昨夜のことを覚えている」ことがわかったのだろう。
 少々複雑そうな表情をした後(ロボットなのに実に芸が細かい)、茶々丸は謝罪と共に深々と頭を下げた。

「謝罪? ……ああ、確か昨日『改めて謝罪する』とかって言ってたっけ」
「ええ。昨夜は状況が状況でしたのでキチンと謝罪できませんでしたから」
「そっか。でも、来てもらって悪いけど、君に謝ってもらう筋合いはないよ」

 まさか本当に謝罪に来るとは思っていなかったので再び拉致されると警戒していたナギだが、茶々丸の様子から警戒を緩める。

 まぁ、謝罪は建前で こちらを油断させるのが目的かも知れないので、完全に警戒を解く訳ではないが。
 ナギは人間を信じていないので(茶々丸は人間ではないが)、常に裏があると想定して動いているのだ。
 非常に寂しい生き方だが、ナギは油断したら足を掬われることを『身に染みて』わかっているのである。

「だって、君は命令に従っただけだろう? つまり、責任は命令した側にあるから、君に謝られる筋合いはないさ」

 これはナギの本音だ。ナギは本心から「茶々丸に非がない」と思っている。
 撃った兵士よりも撃たせた司令官の方が罪は重い と言う考えを支持しているからだ。

「……ですが、私が貴方の意思を無視して お連れした事実は変えようがありません。
 命令に従っただけとは言え、それでも私に何の非がない訳ではありませんでしょう?
 それに、本来なら貴方が『関係者』であるかどうかを調べなくてはなりませんでした。
 それを怠ったが故に貴方を巻き込んでしまったのですから、その点でも非があります」

「まぁ、確かにそうなんだけど……でも、それって命じた側が確認をさせなかったからじゃないのかな?」

「いいえ。マスターが命じなかったとしても、確認を怠った私の責任となります。
 何故なら、マスターの命令を補完して動くのが従者のあるべき姿ですからね。
 ですから、『裏』を取らずに行動をしてしまった私にこそ非があるのですよ」

 茶々丸は「命じられたことだけを行うのでは『お人形』と変わりません」と付け加えて締め括る。

 この時、ナギは ここまで自立思考する茶々丸のAIに驚嘆すると共に、素直に茶々丸の人格を認めた。
 これまでは「どうせロボットで、プログラムで動いているに過ぎない」と言う一種の蔑視あった。
 しかし、プログラムの一言では片付けられない茶々丸の『人間らしさ』を見て、そんなものは霧散した。

 そう、この時からナギは茶々丸を『人間っぽいロボット』ではなく『一人の人間』として扱うようになったのだ。

「そんな訳で、お詫びとして これをお受け取りください」
「それは態々ご丁寧に――って、ディスク? DVDか何かか?」
「ええ、DVDでして、中身は『マスターのお宝映像集』です」

 茶々丸が差し出したものはノーレーベルのディスクだった。つまり、自作の品なのだろう。

「ん? 今、中身を何と仰いましたか? 何だか聞き捨てなら無いフレーズだったんですけど?」
「ですから、『マスターのお宝映像集』です。ちなみに、観賞用・保存用・布教用の三点セットですよ?」
「た、確かに三枚あるね。いやはや、マニアには嬉しい心配りだねぇ。これで気にせずに使えるねぇ」

 もちろん、ナギは衝撃の事実におかしくなっているだけだ。おかしくなって本音が漏れてしまっているだけなのだ。

(って言うか、ここで言う『お宝』は『アレな方面』での『お宝』ってことだよね? むしろ、そうに違いないよね?
 これで『まったく役に立たない』ものだったら、オレは修羅になるよ? 期待値が高かった分、ショックも甚大だからね。
 ところで、オレが言っている意味がわからない人は華麗にスルーすればいいと思う。まぁ、みんなわかってるだろうけど)

「更に、特別に抱き枕カバーをお付けします。もちろん、観賞用・保存用・使用用の三点セットです」

(な、何てことだっ!! リバーシブルになってて、下着姿とゴスロリ姿を両方 楽しめてしまうなんて……素晴らし過ぎる!!
 って言うか、『布教用』ではなく『使用用』って辺りがグッジョブ過ぎるぅぅうう!! あ、何に使うかはヒミツね。
 しかし、この お得セット凄いなぁ。さすがは茶々丸だよ、うん。まぁ、何がどう『さすが』なのかは よくわかんないけど)

 何度も言うが、ナギの本音である。精神をヤられたから こうなったのではなく、元々こうなのだ。

 普段は危険要素から離れるためにクールを保っている(アレでも本人は保っているつもりなのだ)が、
 そのなけなしのクールさも失えば、後に残るのは「変態と言う名の紳士」と言うナマモノでしかない。
 まぁ、変態と言う名の紳士 と言うか、変態そのものでしかない気がするが、これが素のナギなのだ。

「と、とりあえず、誠意溢れるお詫びの品に『ありがとう』と言って置くけど……何故に こんなチョイスだった訳?」

 もちろん、ナギには御褒美としか言えないものだったが……お宝映像集にしろ抱き枕カバーにしろ人を選ぶ品物だろう。
 それに、その内容がエヴァと言うロリ方面に食指の動く紳士 向けのものだったので、なおさら人を選ぶに違いない。
 更に言うと、贈り主が茶々丸なのもハードルを上げている。これらを女のコから贈られて素直に受け取れる勇者は少ない。

「簡単に言いますと、神蔵堂さんのことを『調べた』からですね」

 茶々丸は今日の天気の話でもしているかのようにシレッと とんでもないことを述べる。
 その『調べた』はあきらかに不法なものだろう。主にプライバシーを侵害する方面で。
 と言うか、ナギなら これらを喜ぶと判断したことになるので、ナギの性癖は暴かれたのだろう。

 まぁ、別に隠していた訳ではないので暴かれても大した問題ではないが……それでも多少は思うことがあるようだ。

「なるほどねぇ。ちなみに、オレって どんな人物だと評価されたのか 訊いてもいい?」
「敢えて言葉にするとしたら『口にすることさえ憚られる』と言ったところでしょうか?」
「いや、それ何て四番目の使い魔さ? いや、あれは『記すことさえ憚られる』か」
「まぁ、そうですね。言葉としては似てますけど、ベクトルは完膚なきまでに別物ですね」
「そうだよな――じゃなくて、話を戻すと、オレってロリペド野郎って判断されたのかな?」
「平たく言うと そうなりますね。付け加えると、その上に『鬼畜』と言う枕詞が付きますね」
「で、でも、オレはロリコンじゃないよ? 単に幼女も愛でられるだけの紳士だよ?」
「これは私が言うべきことではないのでしょうけど……それは、よりダメな気がします」

 まぁ、そうだろう。ナギ自身も そう思っている。だが、だからと言って、弁解しない訳にもいかないのである。

「そ、それでも!! 守りたい世間体が あるんだぁああ!!」
「ですが……言葉だけでも、勢いだけでも、ダメなのです」
「でも、何も変わらないからって何もしなければ もっと何も変わらない」
「……貴方の願いに――イキたいと言う望みに これは不要ですか?」

 凄ぇ、きっと理解されないだろうと思ったネタを返して来た!! それが、ナギの率直な感想だった。

 まぁ、後半は若干 苦しい気はするが、それでも充分に及第点だろう。
 と言うか、何となく感じていたことだが、これでハッキリした。
 茶々丸はナギの同類だ。美空とは違う方向の、オタク的な意味での同類だ。

「いえ、必要です。ですから、ありがたく受け取らせいただきます」

 それ故に、ナギは素直に受け取る。と言うか、ナギには受け取る以外の選択肢などない。
 今までの流れは何だったのか 疑問に思われるかも知れないが、一種の儀式だと思えばいい。

「それでは、今宵は ごゆるりとお楽しみください。きっと、ご満足いただけると確信しております。
 あ、ちなみに、私のオススメは極秘フォルダ内にある、マスターがマスター的なことをしているシーンです。
 パスワードが掛けられていますけど、Passは『0721』です。もちろん、数字の意味は聞かないでください」

 つまり、それはマスター○○ションと言うことだろう。そして、数字はオナ○ーと言うことだろう。

「どう見ても幼女にしか見えないマスターが○ナっている姿は、可愛らしくも実に艶やかです。
 ロリを病気だと考える哀れな方でも簡単にオチるシロモノだと豪語できる自慢の作品ですね。
 あ、余談ではありますが、マスターが『最中』にどんな妄想をなさっていたのかは知りませんが、
 偶然の一致で『ナギ……』と呟きながらなさっていたので ちょっとしたドリーム気分も味わえますよ?」

 ハッキリ言った!! 今、伏字にしなきゃいけないようなことをハッキリ言ったよ、このコ!!

 と言うか、その呟きはナギはナギでも、サウザンド・マスターのことだろう。ナギ違いだ。
 だが、内容はともかく言葉の響き自体は同じなので、ナギにはサプライズ的な御褒美だろう。

「あ~~、でも、そんな映像を『鬼畜ロリペド野郎』なんかに見せてもいいのかな?」
「構いません。私の感じたあの感動、貴方なら理解していただけると信じています」
「へぇ、そうなんだ。そう言うことなら、遠慮せずに ありがたく受け取って置くよ」

 つまり、自分の趣味を布教したいのだろう。ナギとしては痛い程よくわかる心理であった。

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 そんなこんなで茶々丸からの『誠意』を受け取ったナギは意気揚々と部屋に戻った。

 そして、起動したパソコンにDVDをセットして「さぁ、夢の世界へ旅立とう」とした時、ナギは あることに気が付いた。
 それは「エヴァがネギと戦った理由とナギを人質にした理由について確認して置けばよかった」と言うことだ。
 ネギの近右衛門から聞き出してエヴァが課題として襲撃したのはわかっているが、課題だけが理由とは確定していないからだ。

 原作を参考にするなら「『登校地獄』の解呪のためにネギの血を欲していた」と言う理由が導き出せるが、それはあくまでも参考でしかない。

 もしかしたら、エヴァは解呪をするつもりがないかも知れないし、更には『登校地獄』にも掛かっていないかも知れない。
 まだ確定した情報はないのだから、あらゆる可能性を視野に入れて進むべきだ。何故なら、ナギの考えた『対策』は幅が狭いからだ。
 それこそ原作通りにエヴァが『登校地獄』を解呪したいと望んでいなかったら まったく意味がなくなるくらいに、幅が狭いのだ。

(だから、エヴァがネギやオレを狙う理由を確認して置きたかったんだけど……最早 後の祭りだね)

 覆水盆に返らず。過ぎ去ってしまったことは、今更どう頑張ろうとも覆しようがない。
 ならば、今は過去に嘆くよりも未来を よりよくするために努力するべきだろう。
 そのため、ナギは とりあえず『お宝』で「ヒャッホゥ!!」することにしたのだった。


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―― 茶々丸の場合 ――


 神蔵堂さんに接触した結果、いろいろと得るものがありました。まず、神蔵堂さんが「私を覚えている」と言うことですね。

 これは、昨夜の件の記憶消去は起きなかった と見るべきで、ネギさんは「問答無用で記憶消去をする愚は犯さない」と言うことでしょう。
 と言うのも、課題だと言うことがバレたとは言え、まだ事件は終わっていませんので現段階で神蔵堂さんの記憶を消すのは愚の骨頂ですからね。
 どう考えても事件は終わっていないので、再び神蔵堂さんが巻き込まれる可能性がありますから、記憶を消すのは事が終わった後でしょう?
 ネギさんがそれを理解していると言うことがわかっただけでも謝罪に来た甲斐はありましたね(対象の傾向を知ることは重要なことですから)。
 まぁ、個人的には、私の柔肌(機械仕掛けの身体なので実際は硬い人工皮膚ですが、単なる比喩表現です)を見た記憶があるのはイヤですが。
 しかし、それも事が済めば忘却されることでしょうから、この場合は気にしないで置くことにするべきでしょう。臥薪嘗胆と言うものです。

 それと、神蔵堂さんに纏わる噂(主に鬼畜ロリペド野郎)は本当だった と言うことも重要なことですね。御蔭で予定通りに事が運べましたよ。

 まぁ、仮に神蔵堂さんが幼女の素晴らしさがわからない哀れな人間だったとしても、それはそれで問題ありませんでしたけど。
 だって、私の厳選した『マスターのお宝映像集』と『マスターの抱き枕カバー』の破壊力は どんな人間でも魔道に落としますからね。
 ただ、神蔵堂さんの趣味嗜好にシンパシーを感じてしまい、少々罪悪感を感じてしまったのが惜しむべきところですね。
 と言うのも、実は、映像には『サブリミナル効果』が仕込んであり、カバーには「思考力を低下させる薬剤」が仕込んであるのです。
 法律で禁じられている薬剤ですが、『サブリミナル効果』との相乗効果は絶大ですので断腸の想いで使用させていただきました。
 ……これで、一ヶ月もしないうちに神蔵堂さんは「気付いた時にはマスターの忠実な『協力者』になっている」ことでしょう。
 具体的に言うと「幼女こそ嗜好の存在!! 特に金髪幼女は最早 神でしかない!!」と言う感じの『孤高の戦士』となるでしょうね。

 あ、もちろん、神蔵堂さんを『協力者』にすること自体が目的……なんかではありません。私の本当の目的はネギさんです。

 昨日の件で、ネギさんが神蔵堂さんに傾倒していることはよくわかりましたので、それを利用させていただきます。
 つまり「神蔵堂さんに『協力者』になっていただければ、ネギさんも協力してくれるでしょう」と言う安易な発想ですね。
 まぁ、敢えてキレイな言葉で言い換えるとしたら「将を射んと欲すれば、まず馬を射よ」と言う感じの故事成句ですね。
 正直なところ、男性にマスターの艶姿を提供するのは業腹ものなのですが……背に腹は代えられませんので ここは我慢です。
 ネギさんを直に篭絡するのは困難ですし、神蔵堂さんを篭絡する手も他には思い付きませんでしたので仕方が無いのです。

 まぁ、何はともあれ、これで「労せずにネギさんの血が手に入る」ので、良しとして置きましょう。

 マスターは今回の課題中に戦闘のドサクサに紛れてコッソリと血を採集しようとしていたようですけど。
 課題もどうなるかわからないのが現状ですから従者としては最悪の事態を想定して動いて置くべきでしょう。
 仮に、マスターの思惑がうまくいったとしても『協力者』が増えるだけですので何一つ問題はありません。

 ……とりあえずは、神蔵堂さんがオチてくれるのを気長に待ちましょう。


 


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オマケ:未来少女の呟き


 麻帆良学園内にある、とある研究室にて……

 茶々丸に張り付けてあるスパイロボ(学園祭前に世界樹広場で使っていたもの)から、
 茶々丸とナギの会話の一部始終を覗いてた『少女』は、その結果に薄っすらと笑う。

「フフ……まさカこの様な形で茶々丸と『御先祖』が接触するとはネ。
 実に想定外の展開だたガ、これはこれで面白くなりそうダネェ?
 少し『シナリオ』とは異なるノデ、『嬉しい誤算』と言て置こうカ……」

 少女は、茶々丸が施そうとした『サブリミナル効果』を確認しながら笑う。

「フムフム……茶々丸も私の想定を超える成長をしているネェ。
 まぁ、『金髪幼女は神!!』もある意味では真実だとは思うガ、
 御先祖には『赤髪幼女はオレの嫁!!』になってもらう必要があるネ」

 少女はナギのパソコンにアクセスすると「そのパソコンで再生する場合のみ、別の『サブリミナル効果』を与える」プログラムを送る。

「ふぅ、バタフライ効果など大袈裟過ぎると思てたガ……
 随分と『歴史』とは掛け離れた流れになて来てるネ。
 このままでハ『シナリオ』が完遂するカ、少し不安だヨ」

 少女は古びた書物を弄りながら、自嘲的に笑う。

 この少女は、自分が介入することで歴史を改竄するために過去に来た。
 だが、その改竄結果が自分の手を離れていることに焦りを覚えているのだ。
 同時に その身勝手さを理解しているため、少女は己を嘲ったのだろう。

 だが、それでも、少女は己を曲げることはしない。それが少女の生き方だからだ。

「……まったく、人間とは反吐が出る程に傲慢な存在だよネ。
 しかも、傲慢であるが故に進むことができるのが厄介だヨ。
 いや、正確にハ傲慢を抱えなければ進めないのかも知れないネェ」

 少女――超 鈴音(ちゃお りんしぇん)は、暗い研究室で自嘲と自重の狭間をたゆたうのであった。


 


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後書き


 ここまでお読みくださってありがとうございます、カゲロウです。
 以前から「改訂した方がいい」と言う意見が多数あったので、改訂してみました。


 今回は「パクティオーの話の筈が、何故か茶々丸がステキ過ぎて困った」の巻でした。

 さて、カモのキャラですけど……自分でも変わり過ぎだなぁとは思っています。
 元のカモの口調でメスだとシックリ来なかったので、苦肉の策でまったく別物にしてみたんです。
 ちなみに、「お兄様」等の呼称は、ゼロ使の風韻竜からインスパイアさせていただきました。
 でも、「ネギ姉様」に関しては「おねにいさま」を思い出してしまうのが、ボクと言う人間です。

 それと、ネギとのパクティオーですが、最初からネギを従者にする予定でいました。

 原作では魔法陣のうえでキスすれば契約できてたので、相手が非魔法使いでも契約は可能でしょう。多分。
 ちなみに、パクティオーさせること自体が目的でしたので、ネギのアーティファクトに関しては かなり適当です。
 ただ、まだ誰ともパクってないのに「原作通りに従者のアーティファクトを使えるのはおかしい」と思ったので、
 いっそのこと「『ぼくのかんがえたさいきょうのまほうどうぐ』を作り出せる」感じでいいかなぁと思ったんです。

 最後に「あれ? のどか と あやか が動いてないじゃん」と言うツッコミは「次回以降でお願いします」と言うことにしてください。


 ……では、また次回でお会いしましょう。
 感想・ご意見・誤字脱字等のご指摘、お待ちしております。


 


                                                  初出:2009/10/02(以後 修正・改訂)



[10422] 第14話:ちょっと本気になってみた【改訂版】
Name: カゲロウ◆73a2db64 ID:552b4601
Date: 2012/08/26 21:49
第14話:ちょっと本気になってみた



Part.00:イントロダクション


 今日は4月13日(日)。

 ナギがネギと仮契約を結んでから何だかんだで4日が経った。
 その間にいろいろと起きたが、細かいことは本編で語ろうと思う。

 とりあえず言えることは、グダグダなゴタゴタがあった と言うことである。



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Part.01:これまでの経緯


 少し時は遡って4月10日(木)。原作ならば、ネギがのどかとパクティオーをミスる辺りだろう。
 だが、『ここ』では そんなことは起こり得ない。何故なら、既にナギとしていた――と言うか、ネギだからだ。

(……しかし、改めて考えてみると欝になるなぁ)

 状況的に仕方がなかったとは言え、まさかパクってしまうとは……想定外もいいところだ。
 今回の件は積極的に解決するつもりでいたナギだが、パクるつもりはなかったのである。
 まぁ、ナギにそのつもりがなくても、ネギと縁を切らない限り時間の問題だっただろうが。

(原作みたいにネギが男だったら迷わず放置できるんだけど……『ここ』のネギは女のコだからなぁ)

 危険なことは嫌だから、魔法に関わりたくない。それがナギの基本スタンスであることは変わらない。
 ただ単に「安全でいたい」と言う気持ちよりも「ネギを放って置けない」と言う気持ちの方が強いだけだ。
 以前は安全を優先するつもりでたのだが、ネギと関わっているうちに いつの間にか逆転していたのである。

(だから、魔法に巻き込まれたことにもパクってしまったことにも文句は言わないさ。だけど――)

 今更 文句を言っても何も変わらない。そんなことはナギもわかっている。だが、それでも文句を言いたいのである。
 現状が「これはヒドい」と言いたくなるため、文句を言っても仕方がないとわかっていても文句を言いたくて仕方がないのだ。
 何故なら、淫獣(カモ)が、ナギの部屋に忍び込んで「ハァハァ……お兄様ぁ」とか言って一人遊びに興じているからだ。

(…………はぁ。この淫獣、どうすればいいんだろう?)

 13話のPart.04でネギから追求されているのを助けたことで勘違いしてしまったのかも知れない。
 そして、その勘違いからナギへの恐怖心が薄れて、施した洗脳が解けてしまったのだろう。
 だとしたら、再び洗脳が必要だ。オコジョにセクハラされて喜ぶ趣味はナギにはないのだから。

 今度は簡単には解けないように、念入りに調きょ――教育すべきだ。

「ってことで、再教育を受ける覚悟はあるんだよね?」
「アヒィ!? お、お兄様!! ど、どうして ここに?!」
「いや、どうしてって言われても……ここオレの部屋だし」
「そ、それでは、いつからいらっしゃったのデスか?」

 ナギに声を掛けられて漸くナギに気付いたのだろう。カモは飛び上がって驚いていた。

「実はと言うと、5分くらい前から『目の錯覚かな?』って自問自答していたんだけどね?
 でも、残念ながら、目の錯覚ではなかったようだね。って言うか、紛れもない現実だねぇ。
 いやはや、再び『教育』をしないといけないなんて……まったく以って残念だよ、うん」

 ナギは唇の端を吊り上げながら、ぜんぜん残念じゃなさそうな雰囲気を隠しもせずに「残念だなぁ」と頭を振る。

「あ、あの、お兄様……こ、これは誤解で、私は無実デスよ?」
「そうか。まぁ、大丈夫さ。そこら辺はオレもわかっているからね」
「さすが お兄様デス!! 私のことをわかっていただけてるんデスね!!」
「つまり、カモが悪いんじゃなくて、カモの性欲が悪いんだよね?」
「そ、そうデス!! 私の本能がお兄様を求めて止まないのデス!!」

 ナギは脅えるカモに微笑むと、その長細い体躯をガシッと鷲掴んだ。

 どうでもいいが、種族の壁を超えようとする本能とは何なのだろう?
 性欲は本能に根差す欲望なので、本能と言えば本能だと言えるが……
 種族の壁を超えて発揮される性欲は、あきらかに本能レベルを超えている。

「そっか。それじゃあ、その本能を忘れられるような『クスリ』をネギに作ってもらおうね?」

 確かに、ネギのアーティファクトなら、獣の性欲を無理矢理抑える薬剤くらい作れるだろう。
 まぁ、仮に作れなくてもプラシーボ(偽薬)効果で『そう思い込ませれば』いいので、問題ない。
 もしくは、茶々丸の製作者であるハカセ(葉加瀬 聡美:はかせ さとみ)に頼むのもいいだろう。

「ちょ、ちょっと お待ちください!! 私はまだメスとして終わりたくないデスぅうう!!」

 カモの心の底からの絶叫に、ナギは「カモにとってのネギって……」と軽く悲しくなった らしい。
 まぁ、ナギも暴走中のネギは恐いと感じているので、似たような扱いと言えば そうなのだが。
 それに、カモがネギに恐怖を感じている と言うことは、それだけ脅しが有効であることの証左だ。

 多少寂しいものは感じるが、カモの性欲を抑制する観点においては恐怖心はむしろ好都合である。

「だったら、少しは自重しようね? 今回は警告にとどめるけど、次はないからね?」
「お、お兄様……!! ありがとうございます!! 私、一生お兄様に付いていきますデス!!」
「いや、付いて来なくていいから。って言うか、抱きついて来るんじゃなぁああい!!」

 カモは「今後は自重する」と心に刻んだ筈なので、再教育は無事に済んだ と言うことでいいだろう。

(あれ? やり方、間違えちゃった? 脅した筈なのに、何で懐かれてるんだろう? まったく以て意味がわからないや。
 でも、だからと言って「これは脅しなんだからね!! べ、別にアンタに同情してるんじゃないんだからね!!」とは言えないなぁ。
 って言うか、そんなこと言ったら「ウホッ!! ナイスツンデレ!!」って感じでカモの『何か』に火を付けそうだよねぇ)

 結果的に よりカモに懐かれたナギは「どうして こうなった?」と頭を抱えるのだった。

 ちなみに、その後は「カモちゃんがいないんですけど、そちらに伺ってませんか?」と言う連絡がネギからあったので、
 ナギは物凄く爽やかな笑顔で「ウチに来てるんで、窓から投げ捨てて置くから適当に回収してくれ」と伝えたらしい。
 カモがナギのベッドで一人遊びに興じていたことを告げなかったのがナギの優しさである。多分、きっと、恐らくは。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 さて、少し時は進んで4月11日(金)。原作ならば、ネギが明日菜と共に茶々丸を襲撃する辺りだろう。
 とは言え、やはり『ここ』では そんなことは起こり得ない。何故なら、ナギはネギに『調査』を命じたからだ。

 まぁ、経緯を追って話そう。

 昨晩、ネギから「学園長先生から『今回の課題は、この前の戦闘で終了したことになった』って連絡がありました」と言う連絡があったのだが、
 ナギは「課題としては終わっても、エヴァが呪いを解くためにネギの血を求めているのだとしたら問題は片付いていない」と判断しているので、
 ネギに「襲撃者達の動機が『課題だったから』だけじゃない可能性もあるので、襲撃の動機が他にないか調べてくれないか?」と頼んだのである。

 つまり、襲撃理由が明確になってなかったため課題が終わっても安全は確定していなかったので、ネギにエヴァと茶々丸を調べさせたのだ。

「ある時は子供の風船を取ってあげ、おばあちゃんを背負って歩道橋を渡り、
 またある時は流されている仔猫を助け、捨て猫達に餌を上げつつ可愛がる。
 と言った感じで、茶々丸さんは とてもいい人であることが判明しました」

 そんなこんなで、ネギは茶々丸を尾行した結果を報告してくれてた訳だが……ハッキリ言って散々だった。

 まぁ、相手を知ることは大事ではある。その観点で見れば、無駄だったとは言えなくもないだろう。
 だがしかし、ナギが求めている情報は襲撃理由だ。相手の為人(ひととなり)など問題にしていない。
 仮に襲撃理由を分析するために為人の情報を利用するのだとしても「いい人でした」では情報不足だ。

「そうか。それで? その尾行で肝心な襲撃理由については何かわかったのか?」

 しかも、それは茶々丸の情報だ。言うまでもなく、従者である茶々丸は下位者だ。
 言い換えると、上からの命令で動く存在であるため、重要度は主であるエヴァより低くなる。
 エヴァの命令一つで(茶々丸の為人とは無関係で)茶々丸は行動することになるからだ。

「え? え~~と、それだけです」

 ナギの言葉でネギは己の不手際に気付いたのだろう、罰が悪そうに答える。
 まぁ、エヴァを探れ と明言していなかったナギのミスなので、仕方がない。
 エヴァを探って欲しかったのがナギの本音だが、指示したナギのミスだ。

「そうか……それだけなのか…………」

 だからこそ「その程度のことでオレの部屋に押し掛けたのか」と思っても、ナギは表に出せない。
 たとえ、このことでナギが「部屋に幼女を連れ込んだ鬼畜野郎」と謗られても文句が言えないのだ。
 甘んじて受け入れるしかないナギにできることは、黙って『orz』のポーズを取ることくらいだ。

 まぁ、そもそも文句を言える立場であっても文句を聞いてもらえない可能性が非常に高いが。

「で、ですが、尾行調査だけでは限度があると感じましたので、人に聞くことにしました。
 そんな訳で、課題を設定した諸悪の根源である学園長先生に話を聞いて来たんです。
 幸いなことに学園長先生には『貸し』がありましたので『快く』答えてくれましたよ」

 何らかの思惑があったのか? それとも本当に思い出したのか? とにかく、ネギは慌てて別の情報を追加する。

(茶々丸の調査は残念だったけど、あの学園長から情報を引き出すとは……ネギもなかなかやるじゃないか。
 それに「自分の力だけでできることには限界がある」と言うことがわかっているのも評価すべきところだね。
 やっぱり、人間 一人でできることなんて高が知れているからね。助力を願える状況なら願うべきだよ、うん)

 ところで、近右衛門への『貸し』や『快く』と言う部分が気になるだろうが……精神衛生上スルーして置くべきである。

「で、どんな話が聞けたの?」
「えっとですね……(以下略)」

 長くなるので、ネギの話を要約すると、
  エヴァはネギの父に呪いを掛けられて麻帆良に封じられており、その逆恨みから課題としてネギとバトることを快諾した
 と言うことを近右衛門から聞き出せたらしい。

 これだけなら「よく聞き出せたな」と言うくらいだが、ネギの恐ろしいところは『裏』を読んでいるところだ。

 つまり「エヴァは逆恨みに見せ掛けて承諾したが、真の目的は解呪のためにネギの血を採取することであり、
 近右衛門はエヴァの真意を理解したうえでネギの修行に利用するためにエヴァを嗾けた」と読んでいたのだ。

 ちなみに、解呪をするのにネギの血が必要だとわかったのは、術者か近親者の血を媒介にするのが解呪の基本らしいからだ。

 ところで、父親に関係することなのにクレバーな態度でいられるネギは「コイツ誰?」と言う気もしなくもないが、
 ナギを守るボディガードが冷静でいてくれることは、ナギにとってはプラスであるので「まぁ、いいか」と納得したらしい。
 いや、父親への歪な愛情がナギにシフトしているとしか思えないが、考えると欝になるのでスルーすることにしたようだ。

「え~~と、つまり、課題としては終わったけど、個人的な事情なので問題そのものは終わっていない訳だな?」
「はい、そうなりますね。解呪をするか解呪をあきらめてくれるかしないと、問題そのものは解決しないでしょうね」
「やっぱり、課題が終われば解決って訳じゃなかったか。いやはや、学園長も意地が悪いことをしてくれるよ」

 意地が悪いことに、最初から調査させるつもりで課題の終了を告げて来たのだろう。そうとしか思えない。

 そもそも、課題だとバラしたのはネギが問い詰めたからだろうが、課題の終了を告げたことはネギが問い詰めたからではない。
 つまり、何らかの思惑があって課題の終了を告げた と見るべきであり、ナギは その思惑を「調査させること」だと予想したのだ。
 与えられた情報を鵜呑みにすることは非常に危険であるため、それを実体験で教えたかったのだろう。ナギには そうとしか思えない。

 まぁ、本来なら油断したところをエヴァに襲わせて「課題以外の襲撃だから当方は一切関知しない」とか言うつもりだったのだろうが。

「さて、学園長のことは置いておくとしても、これからどうするんだ? 解呪するの? それとも、あきらめさせるの?」
「本来なら血を渡して、その見返りとして不可侵条約を結ばせるのが安全な方法だとは思うんですけど……」
「そうだね。安全だとは思うけど、学園長が解呪について触れなかったことを考えると、解呪するのは不味そうだね」

 ネギの提案がナギにとってはベストな方法ではあるが……エヴァを解呪するのは魔法関係者を敵に回しそうだ。

(あれ? そう言えば、原作はどうやって解決したんだっけ? 解呪してないんだから、あきらめさせたんだよな?
 どうも「停電の時に再戦して、一度は敗れ掛けたけど、明日菜と共に辛勝した」ってイメージしかないなぁ。
 まぁ、原作に捉われ過ぎていたら現実を見失うし、原作とは状況が変わっているから、気にするだけ無駄だけど)

 解呪が無理なので、あきらめさせるしかないのだが……あきらめさせるのは非常に大変そうだ。

「ちょっと待てよ? 学園長からは『解呪するな』とは言われていないんだよね?」
「え? ええ、言われてませんね。確か、呪いを掛けられたことしか言われてません」
「そっか。つまり、学園長は『解呪については禁止も推奨もしていない』と言う訳だね」

 それならば『言い訳』はいくらでもできる と言うことになる。

「そんなこんなで、オレに一つ提案があるんだけど……乗ってみない?」
「提案ですか? ナギさんがお考えになったことなら、ボクは何でもOKですよ」
「そ、そうか、ありがと。んで、オレの提案って言うのは……(以下略)」

 気分が重くなるのでネギの重いセリフは軽くスルーしたナギは「とある提案」を行った。

 その提案とは、ネギが近右衛門から「解呪するな」とは言われていないことを逆手に取って、
 クラスメートが呪いで苦しんでいるのを見ていられなかったネギが善意で解呪した と言うことにし、
 解呪したことで問題が起きたら解呪について注意しなかった近右衛門の責任にする つもりである。

(まぁ、かなり小悪党的で狡い考え方だけど、オレにもネギにもリスクの無い素晴らしい方法じゃないかな?)

 具体的な方法としては、エヴァに「ネギの血を提供するから、こちらに手出ししないでね」と言った交渉をする予定だ。
 原作では来週の月曜日にエヴァが弱っていたので、その日に決行するつもりだ(どこまで原作が通用するか不明だが)。
 相手が弱っている時にするので『交渉』と言うかは定かではないが、成功率を上げるためなので気にしてはいけない。

 ちなみに、13話のPart.07で思い付いた と言っていた策は解呪なので その策を補強した形になるらしい。

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 そんな訳で再び時は少し進んで4月12日(土)。原作ならば、ネギがニンジャとキャッキャウフフしている辺りだろう。
 だが、『ここ』では そんなことは起こり得ない。何故なら、ネギはナギの部屋に泊まる気マンマンだからだ。

「って言うか、帰ろうよ」

 ナギは楽しそうに寝具をクリエイションしているネギに対し適格にツッコんだ。
 ネギが泊まろうとも何も起きないだろうが、周囲はそう思ってくれないからだ。
 具体的に言うと「あの鬼畜、遂に『事』に及びやがったぜ」と言う感じである。

 ちなみに、何でナギの部屋にネギがいるのかと言うと……アーティファクトの実験をしていたからだ。

 ここで「あれ? エヴァとは交渉するんだよね? ならアーティファクトの出番はないんじゃない?」と お思いになるかも知れない。
 だが、エヴァとの交渉が決裂する可能性はゼロではないので、万が一のために『備え』をして置く必要があったのである。
 もちろん、ナギは交渉を成功させるつもりではいる。だが、それでも100%成功するとは断言できない。備えあれば憂いなし だ。

 で、ネギのアーティファクトに話は戻すが、これは以前にも説明した通り「魔法具を生成できる能力」を持っていることはわかっていた。

 だが、どの程度の魔法具が作れるのか? と言うことは、本人の能力に依る と言う説明しか載っていなかったため不明だったのである。
 そのため、いろいろと試した訳だが……その結果、現段階のネギでは「市販されているものと変わらない程度しか作れない」ことがわかった。
 それだけでも充分に便利なのだが、ナギとしては「それ何処の未来道具?」と言うチートアイテムを期待していたので ちょっとガッカリだった。
 まぁ、原作のネギ君の才能は『開発力』らしいので、『ここ』のネギの才能も『開発力』だと期待して才能が開花するのを待つつもりらしいが。

「え~~!? 何でですかぁ?!」

 ネギはナギの真っ当なツッコミを予想すらしていなかったのだろう。
 心の底から不思議に思っている と言わんばかりの顔で訊ねて来る。
 ナギとしては「やっぱり泊まる気でいたのか……」と言うところだが。

「いや、『何で』って言われても……逆に聞くが、何で泊まるんだ? 泊まる意味などないだろ?」

 なので、ナギはキッパリと「何でもクソもあるか!! トットと帰れ!!」と言うことをオブラートに包んで言ってみた。
 若干オブラートに包み過ぎている気がしないでもないが、ネギをキレさせたくないヘタレなので仕方が無いのだ。
 と言うか、エヴァ戦以降のネギにビビリ過ぎだと思う。だがしかし、怖いもんは怖いんだからしょうがない らしい。

「いえ、意味ならあります!! お姉ちゃんが言ってました、『既成事実は早いもの勝ちよ』って」

(まずツッコミたいんだけど……お前の姉ちゃん、何を考えてるんだ? 普通、幼女にそんなこと吹き込まねーですから。
 って言うか「姉ちゃんが言ってた」ってフレーズで、某ラヴェの銀髪の十剣使いを思い出してしまうのはオレだけかな?
 いや、そうじゃなくて、一番の問題はネギが既成事実の意味を理解し既成事実を成そうとしているところだね、うん)

 ナギの思考が暴走している気がするが、それだけネギの答えが余りにも想定外だった と言うことである。

 ちなみに、今のナギは茶々丸がくれた宝物によって「ロリはむしろ好物だ」と言うレベルに達しているらしく、
 ヘタをするとネギの誘惑に負けて「何処に出しても恥ずかしい変態」になってしまい兼ねないのだ。
 そう、さっき「ネギが泊まっても何も起きない」と言っていたが、実はそんな自信など これっぽっちもないのである。

 僅かに残った理性と変態紳士としてのプライドが「何も起きないに違いない」と言う強がりをさせているのである。

「いや、既にパートナーと言う『楔』は打ち込まれているだろう? これ以上、何を望むと言うのさ?」
「でも、お姉ちゃんにナギさんのことを報告したら『まずは既成事実を作っちゃいなさい』ってアドバイスされたんです」
「だから、お前の姉ちゃん何を考えて――じゃなくて、確認して置くけど、既成事実の意味をわかってるの?」
「いえ、よくわかりませんけど、コノカさんに聞いたら『一緒に寝ること』だって教えていただけたので……」

 ナギが「木乃香ぁああ、お前もかぁああ!?」とブルータスに裏切られたカエサルのような心の絶叫を上げたのは言うまでもないだろう。

「いいかい、ネギ? そう言ったことは、18歳未満はやっちゃいけないのが日本の法律なんだよ?」
「確か、児ポ法でしたっけ? 最近は規制が厳しいそうですから、いろいろと大変なんですよね」
「何と言うメタ発言。って言うか、もしかしなくても、すべてわかったうえで言ってるでしょ?」
「はい? わかっている? 一体、何のことですか? ナギさんが何を仰りたいのかわかりませんよ?」
「……それならそれでいいや。とりあえず、児ポ法がわかるなら、既成事実はダメだってわかるでしょ?」
「ん~~、意味はよくわかりませんが、ナギさんにご迷惑は掛けたくありませんから、あきらめます」

 ナギの説得が効いたのか、不承不承と言った感じではあるものの あきらめて帰宅準備をするネギ。

 そんなネギにナギはホッと胸を撫で下ろしながら「素直なコは好きだぞぉ?」と言わんばかりにネギの頭をグリグリと撫でる。
 ある意味でネギは当然の判断をしただけなのだが、今後のために あきらめたことを褒めて置かなければいけないからだ。
 仮にここで褒めて置かないと「あの時 褒めてもらえなかった」とか

 まぁ、ネギはコッソリと「計 画 通 り」と言わんばかりに笑っていたので、最初からこれが狙いだったのかも知れないが。



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Part.02:シャークとフカヒレ


 そんなこんなで時間軸は今に戻る。つまり、4月13日(日)だ。

「喰らえぇええ!! 羅貫光殺砲!!」
「甘いっ!! ツルカメ波ぁああ!!」

 突然のことに「ナニイッテンノ?」と思ったかも知れないが、安心して欲しい。これはゲームだ。
 いきなり厨二全開な展開になってナギが「オレTueeeee!!」なバトルをしている訳ではない。

 ところで、現在地は麻帆良市内にあるゲームセンターで、対戦相手は偶然 会ったクラスメイトである。
 また、どうでもいいかも知れないが、やっているゲームは『マギステル・ボール』と言うゲームだ。
 某龍球とネギまがミックスされたような作品で、Z戦士の代わりに肉体派の魔法使いが出て来るらしい。

『勝てば官軍!! 勝者が正義!!』

 機械音声がちょっとアレなセリフで高らかにナギの勝利を称える。
 ちなみに、敗者には『この負け犬が!!』と表示されるステキ設定である。
 ここら辺がネぎまだよなぁ と思うナギは何かが間違っているだろう。

「くっそ~~。神蔵堂、お前ちょっと強過ぎだ。もっと手加減しろ、手加減」

 対戦相手のクラスメイト――3話にも出て来た鮫島が席を立ち上がって文句を言う。
 その声と漂うヘタレ臭から「フカヒレ」を連想してしまうのがナギだ(特に『鮫』島だし)。
 ちなみに、フカヒレで意味が通じない人は『好きよっ』の逆綴りをググればいいと思う。

「別にもっと手加減してもいいけど……そんなんで勝って嬉しいの?」

 このゲームは強さの設定ができ、ナギは最弱レベルでプレイし鮫島は最強レベルでプレイしている状態だ。
 それなのにもかかわらず、ほぼ無傷でナギが勝ててしまう程にナギと鮫島の実力には差があるのだった。
 まぁ、鮫島がヘタなのも要因だが、単純にナギがうまい と言う要因もある(ナギは格ゲーが得意なのである)。

「ああ、嬉しいね。どんな経緯でも勝利は勝利だもん」

 普通ならあきらめるのに、あきらめずに挑んで来るのは凄いと思う。
 だが、言っていることは情けないので、実にフカヒレらしいだろう。
 まぁ、だからこそ、ナギは妙な親近感を覚えるのかも知れないが。

「わかったよ……次は『ヤシロペー』を使うから、そっちは好きなの選びなよ」

 ちなみに、ヤシロペーとは「死角から相手を斬り付けること」と「体力を回復させること」しかできないサブキャラだ。
 本来はタッグ戦の時にヘルバーとして使うサポートキャラで、タイマンで使われることは想定されていないキャラである。
 何だか某龍球のヤジ□ベーを髣髴とさせられるが、そこは敢えてツッコんではいけない。それが暗黙の了解と言うものだ。

「え? マジで? じゃあ、遠慮なく『ペジータ』使っちゃうよ? ヤシロペーなんて一発だよ? いいの? 勝っちゃうよ?」

 自分で勝たせてくれって言ったのだから勝てばいいじゃないか? とは思うが、敢えてナギはツッコまない。
 ちなみに、ペジータとは主人公のライバルキャラのことで、某ベジ○タ様を髣髴とさせられるキャラである。
 当然ながらヤシロペーとはスベック的に天と地ほどの差があり、間違いなくヤシロペーに勝ち目はないだろう。

 だがしかし、『勝てば官軍!! 勝者が正義!!』と言うコールが掛かったのは――つまり、勝ったのはナギだった。

 と言うのも、実はヤシロペーの「死角から斬り付ける」は、ペジータだけは一撃殺の使用なのである。
 攻撃を一撃でも受ければこっちも即KOされていただろうが、攻撃される前に攻撃したので勝ったのだ。
 言わば、某悪魔が泣いちゃうゲームの三作目にある『HEAVEN OR HELLモード』みたいなものだったのである。

「…………うそーん」

 フカヒレ(既に決定)は目の前で起きた事実が信じられなかったのか、軽く放心している。
 と言うか、ヤシロペーとペジータの相関性を知っていてペジータを選んだんじゃないのだろうか?
 まさか、本気で「ヤシロペーをペジータでフルボッコにしよう」とか考えた訳ではない筈だ。

「ちょ、ちょっと、何でヤシロペーの一撃で死ぬ訳? おかしくね、超おかしくね?」

 どうやら、知らなかったようである。無知は罪ではないが、哀れなことなのかも知れない。
 周囲にできていたギャラリーも「え? 態とじゃなかったの?」と言う反応をしている。
 態とアツい戦いをするためにペジータを選んだのだ とフカヒレ以外が誤解していたようだ。

 余りにも残念な空気にナギは「しょうがないから、説明してやるか」と説明を始める。

「え~~と、何て言うか、原作でヤシロペーがペジータのシッポを斬って無力化したことあったじゃん?
 アレ、ゲームにも活かされている設定で、ヤシロペーの攻撃はペジータだけを一撃で倒せるんだよね。
 だから、今回の戦闘は『先に攻撃を当てた方が勝つ』と言う、実にアツいルールだったんだよ?」

 ナギはフカヒレにどっかで聞いたことのある話をする。ギャラリーもウンウン頷いているので、常識的なことなのだろう。

「くっ!! なんて巧妙な罠なんだ!! こうなったら、脱衣マージャンで勝負だ!!」
「遂に勝負の方法を変えて来たっ?! って言うか、何故に脱衣マージャンなんだ!?」
「そんなの、ただのマージャンだと萌え(燃え)ないからに決まってるだろぉおお!?」
「いや、確かに そうかも知れないけど、それは大声で叫ぶことじゃないよね?」
「まぁ、それはともかく……そう言えば、脱衣マージャンって対戦できたっけ?」
「え? 知らないのに勝負するとか言ってたの? って言うか、多分できないと思う」

 やっぱ、コイツはフカヒレだなぁ とシミジミと思ったナギだった。

 ところで、現状の説明が かなり遅れたが……何故にナギがフカヒレとゲーセンで遊んでいたのかと言うと、余り深くない訳があるのである。
 と言うのも、今日もネギに纏わり付かれたら精神衛生上よろしくないと判断したナギが朝一で家を出て街をフラついた末にゲーセンに入ったら、
 見覚えのあるヘタレ(フカヒレ)がガラの悪いニイちゃん達に絡まれているのを発見したので助けたら「御礼にゲームを奢るぜ」と言うことになり、
 何故か格ゲーの対戦をすることになったので容赦なくフルボッコにしたらフカヒレの闘争心に火が付いてしまい、最終的には ああ なったのである。

 まぁ、要約すると「ネギに絡まれたくなかったから町に出て、フカヒレが絡まれていたので助けたら逆に絡まれた」と言う感じだ。

 改めて考えてみると、何故 助けたあげたのに面倒臭いことになっているのだろうか? ナギの疑問は尽きない。
 と言うか、恩を仇で返された気分でタップリである。まぁ、連勝し続けたのでワンコインでゲームを楽しめたが。

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「しかし、神蔵堂ってゲームうまかったんだなぁ」

 諸々の事情(主にフカヒレの懐とゲームの仕様)で、脱衣マージャンで勝負するのは保留となり、
 時間も時間なので「そろそろ昼飯でも食おうぜ?」と言う流れになり、現在は その移動中である。

 ちなみに、フカヒレの懐事情的にナギが奢る羽目になりそうなのは最早 言うまでもないだろう。

「そうかな? (フカヒレよりはうまいけど)そこまで うまくはないんじゃない?」
「いや、オレを圧倒したんだから うまいよ。オレ、ゲームには自信あったんだぜ?」
「……そうなんだ。それじゃあ、そうなんだろうね(まぁ、そう言うことにして置こう)」

 自信があるにしては下手だったなぁ とは思うが、敢えて言わないのがナギの優しさである。

「って言うか、神蔵堂ってゲームとかやんないタイプの人間だと思ってたから普通に驚いたよ」
「へ~~、オレって そんな風に思われていたんだ。けっこうゲーム好きなんだけどなぁ」
「あ、いや、別に悪い意味で言った訳じゃなくて……何て言うか、マジメそうって意味だぜ?」

 ナギとしては「まぁ、那岐はゲーム好きってタイブじゃなかったけど」と思っただけで、他意はなかった。

 だが、フカヒレはナギが傷付いたと受け取ったのだろう。フカヒレは必死に、だが微妙なフォローをしてくる。
 ナギは気遣われるのが苦手だが、不器用なのに気遣おうとしている今のフカヒレは妙に微笑ましく感じられた。
 きっと、それは「オレにも こんな中学生な頃があったんだよなぁ」と言う感慨に近いものなのだろう。

「いや、別に気にしてないから、無理に気遣わなくていいよ」

 だからかはわからないが、ナギは陰鬱としていた気分が吹っ切れて とても穏やかな気分になる。
 格ゲーに付き合わされたり奢る羽目になりそうなのは少々イヤだったが こんな気分になれたので、
 フカヒレには感謝していると言うか、今日は割といい日かも知れない とかナギは思ったらしい。

 だがしかし、そんな気分も直ぐに吹き飛ぶことになるのは最早 言うまでもないことだろう。ナギのキャラ的に考えて。

 つまり、値段を考えて無難に某Mでスマイルが無料なハンバーガーチェーンに入店したら、
 何と そこには のどか と夕映がいたのである。しかも、四人掛けの席に二人で座って、だ。
 そのうえ、のどかとバッチリと目が合ってしまったため気付かない振りはできない流れだ。

「こんにちはー、ナギさーん」
「こ、こんにちはです……」

 ナギにはわかる。フカヒレが心の中で「このコ達、誰? つーか、流れ的に相席でしょ?」と叫んでいるのが痛い程にわかる。
 まぁ、見た目だけなら文句なしに美少女とカテゴリーできる二人なので、健全な男子中学生としては当然の反応だろう。それは認める。
 だがしかし、二人が危険フラグを内包していることを知っているナギとしては、できるだけ二人と関わりたくないのが本心なのだ。
 もちろん、ネギクラスのコだから危険だ などと言うつもりは(今となっては)ナギにはない。ネギをパートナーにした段階で今更だ。
 つまり、今回はナギの直感が告げているのだ。この二人と深く関わってしまったらネギ以上に危険なことになり兼ねない、と。

「や、やぁ。二人とも。奇遇だね?」

 だから、ナギは「如何にして この状況をうまいこと切り抜けるか?」を考えながら、無難に返答する。
 できることなら「じゃあ、そう言うことで」とか言って遁走したい……が、流れ的に それはできない。
 そのため、うまく逃げられるような流れに持っていかなければならないのだ。実に過酷なミッションだ。

「ええ、奇遇ですねー。ナギさんもお昼御飯ですかー?」

 ここでフカヒレが「そうなんですよ!! だから御一緒しませんか、お嬢さん!! ハァハァ」とか口走らないように、
 フカヒレをコッソリと手で制しつつ「とりあえず、ここはオレに任せてくれ」とアイコンタクトで伝えて置く。
 何故なら、フカヒレに余計なことをされたらナギがフォローせざるを得ないからだ。これも直感が告げているのだ。

「うん、まぁ、そうなるかな」

 態々 言うまでもないだろうが、曖昧に返事をしたのには大した意味がない。単に まだ考えが纏まっていないので適当に返しただけだ。
 ただ、ここで「二人もランチなの?」とか言ったら「そうなんですよー、一緒にどうですかー?」とか言われそうなので、それは避けたが。
 ちなみに、その予想も直感が告げているらしい。どころで、直感と言う言葉が便利過ぎて多用してしまいそうなので そろそろ自重しようと思う。

「……ところで、そちらの方は?」

 のどかは今気付いたかのようにフカヒレに視線を送って、ナギに紹介を求めて来る。ナギより与し易いと見たのだろう(正解だ)。
 当然ながら、ナギは「ここで素直にフカヒレを紹介したら、フカヒレが会話に参加する流れになってしまう」ので渋い反応だが。
 何故なら、相席する気満々なフカヒレに口を開かせたら相席することになってしまうからだ。それだけは避けたいのがナギの本音だ。
 だが、だからと言って フカヒレを紹介しない訳にはいかない。それ故に、フカヒレを紹介したうえで黙らせるくらいしか道がない。

「え~~と、コイツは「神蔵堂君の『親友』の鮫島 新一(さめしま しんいち)です。今後ともヨロシク願いします」まぁ、こんなヤツだよ」

 言うまでもないだろうが、せっかく方針が固まったと言うのにフカヒレに口を挟ませてしまったので、最早 黙らせることも不可能である。
 ナギのショックは甚大であることも言うまでもないだろう。と言うか、二人は いつから親友になったのだろう? 実に摩訶不思議だ。
 それに、呼称もおかしい。『神蔵堂君』って何だろう? さっきまでは普通に『神蔵堂』だったので、余計に違和感を覚える響きである。

「どうか、気軽に『シャーク』と呼んでください」
「いや、どっちかって言うと『フカヒレ』でしょ?」

 フカヒレのセリフにナギがツッコんでしまったのは、単なる条件反射だ。深く考えた訳ではない。むしろ、何も考えていない。
 と言うのも、実はさっきも「麻帆良の『シャーク』と呼ばれる このオレがぁああ!!」とかフカヒレが叫んだのを聞いたナギは、
 ついつい「いや、鮫島の場合は『シャーク』と言うよりも、むしろ『フカヒレ』じゃない?」とツッコんでしまったのである。

 当然ながら、フカヒレはその出来事を覚えていたのだろう。「フッ、計 画 通 り !!」と言わんばかりの邪な笑みを浮かべる。

 そして、フカヒレは表情を爽やかな笑みに変えながら「おいおい、ひどいなぁ兄弟」と言わんばかりにナギの肩を叩いて来る。
 そう、フカヒレはナギにツッコませることで仲の良さをアピールしたのだ。のどか達に先の親友発言が真実であると見せるために。
 言うまでもなく、そんなフカヒレの狙いにナギが気付かない訳がないのだが、既にツッコんでしまったので後の祭りでしかない。

「そうなんですかー。よろしくお願いしますねー、フカヒレさん」
「えっと……その、よ、よろしくです。フ、フカヒレさん」

 まぁ、美少女な二人に『フカヒレ』として認識されてしまったのでフカヒレは ちょっと涙目をしているが。
 いくら仲の良さをアピールするためとは言え『フカヒレ』をネタにするのは諸刃の剣だったようだ。
 ナギとしてはシャークでもフカヒレでも大差ないとは思うが、フカヒレとしては何かが違うのだろう。

「ちなみに、この二人は宮崎のどかと綾瀬 夕映って言うんだけど……せっかくなので『本屋ちゃん』と『ゆえ吉』って渾名を覚えてやってくれ」

 そんなフカヒレに同情したのだろうか? ナギは ついつい二人を(変な渾名付きで)フカヒレに紹介してしまった。
 フカヒレがショックを受けている隙に「男同士で話したいことがあるから」とか言って離脱できたのだが……
 何故か離脱を図るよりもフカヒレをフォローすることを優先してしまったのである。ナギ自身でも驚愕の反応だ。

(う~~ん、勝手に口が動いたと言うか何と言うか……とにかく、悪手以外の何物でもなかったなぁ)

 ナギは この時の軽率な言動を後になって非常に後悔する(後悔は先に立たないので、後悔は後にしかできないが)。
 何故なら、変な渾名に連帯感のようなものが芽生えたせいか、フカヒレは不死鳥の如く復活してしまったからだ。
 しかも「じゃあ、自己紹介も済んだことだし みんなでランチしようぜ!!」とか(予想通りに)暴走してしまったからだ。

 ナギが「やっちまったぜ……」とorzなポーズを心の中で取っていたのは言うまでもないだろう。



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Part.03:目的のためならば犠牲を厭わない主義


「ところで、ナギさんにお聞きしたかったことがあるんですけど、いいですかー?」

 端的に状況を説明すると、ナギの予感とは裏腹にランチは恙無く終わり、今は四人で帰っているところである。
 何かフカヒレが随分と空回りしていたような気はするが、ナギに精神的な疲労は無いので恙無かったに違いない。
 ちなみに、四人で帰っているのは、フカヒレのアツい要望で二人を女子寮の近くまで送っていくことになったからだ。
 直感に従うならばフカヒレの想いなど無視すべきなのだが……想いがアツ過ぎてナギは無視できなかったらしい。

「まぁ、内容に拠るかな? ちなみに、どんな内容なのかな?」

 さて、語尾が間延びした独特な話し方で既にお分かりだろうが、ナギに話し掛けて来たのは のどかである。
 ちなみに、のどかは一見いつも通り のんびりしているように見えるが、何処か いつもと違う空気を纏っている。
 その微妙な空気の違いに気付いたナギは「何を訊いて来るんだ?」と僅かに警戒しながら のどかに訊ね返す。

「えっとー、ネギちゃんのペットのオコジョさんって、何でナギさんとおしゃべりできるんですかー?」

 だがしかし、のどかから返って来た言葉はナギの想定を超えており、ナギの警戒を無意味なものにした。結果、ナギは軽くテンパった。
 具体的には「こ、こう言う時は、素数を数えて落ち着くんだ」とか「1,2,3,5――って1は素数じゃねぇ!!」とか言う感じだ。
 自身にツッコミを入れられるくらいに落ち着いている と言うよりも、自身にツッコまざるを得ないくらいに落ち着いていないのだ。

「のどかがなにをいっているのかさっぱりいみがわからないなぁ」

 そんなナギがまともな反応をできる訳がない(声は平坦となり、漢字変換すらできなかった)。これでは「語るに落ちる」もいいところだ。
 ちなみに、歩いているうちに「ナギと のどか、フカヒレと夕映」と言う組み分けになっており、のどかの言葉を聞いていたのはナギだけだ。
 余人に聞かれなかったのは不幸中の幸いと言うか何と言うか……ナギは偶然だと思っていたが明らかに のどかが意図的に二人きりになったのだろう。

「その動揺具合から見ると、あれは腹話術って訳じゃないんですねー」

 のどかの苦笑交じりの言葉に「オゥ、ジーザス!! その手があったじゃん!! 気付けよ、オレ!!」とナギは己の言動を深く後悔した。
 と言うか、どう考えても あの反応は悪手だったとしか言えないだろう。バレバレだった以上に白々しく誤魔化そうとしたのが不味い。
 同じ誤魔化すにしても もうちょっとうまく誤魔化すべきである。いくらテンパっていたからと言って あの反応は有り得ないだろう。

 だが、ナギは この程度のことではあきらめない。むしろ「この逆境を利用してやる!!」くらい考えている。実にしぶとい男なのである。

「あ~~、いや、実を言うと そうなんだよ。密かに腹話術を練習するのにネギのペットを貸してもらってたんだよねぇ。
 んで、それは隠し芸だから秘密にして置きたくってさ、だからさっきは白々しく誤魔化そうとしたって訳なんだ。
 でも、腹話術だって見抜かれてしまったからには素直に認めざるを得ないし、口止めもしたかったから正直に話したのさ」

 ちょっと――いや、かなり苦しいが、有り得ない話ではない。少しくらいなら有り得そうな話だ。

「えー、でもー、ネギちゃんとも おしゃべりしているところも見ちゃったんですよねー?
 つまり、ネギちゃんもナギさんと同じ様に腹話術を練習しているってことなんですかー?
 それとも、腹話術って言うのは単なるナギさんの『口から出任せ』だったんですかー?」

 だがしかし、のどかには通じなかった。むしろ、綺麗に嵌められた感じだ。

 ナギが心の中で「オゥ、ジーザス!! 利用するどころか掌の上で弄ばれただけじゃん!!」と嘆いたのは言うまでもないだろう。
 そして、ナギは嘆くと同時に のどかの評価を「ポヤポヤしているコ」から「恐ろしいコ」に改めたのも言うまでもないだろう。
 ちなみに、こっそりと「フカヒレの想いなんて無視して離脱すべきだった」と後悔したらしいが、後の祭りなので割愛する。

(って言うか、これってかなりヤバくない? まさかのオコジョエンド? あっ、でも、オレはオコジョ刑じゃないのかな?)

 魔法をバラしてしまった『魔法使いへのペナルティ』はオコジョ刑である。そう、あくまでも対象は魔法使いだ。
 だが、対象として明言されていない――つまり、魔法使いではないからと言って、何もペナルティがない訳ではないだろう。
 と言うか、相応のペナルティが課せられる筈である。いや、むしろ、魔法使いよりもペナルティが高い可能性すらある。

「何て言うか、何て言うべきか……とりあえず、それって誰にも話してない?」

 オコジョ刑になるのか? それとも それ以上の罰が課せられるのか? それは定かではないが、対処しなければいけないのは確かだ。
 とは言え、ナギには記憶消去なんて芸当はできないので、ナギにできる対処など高が知れている――せいぜい状況確認くらいだ。
 故にナギは「のどか以外に知っている人物がいるか」を確認したのである(もし いる場合は、その者も対処せねばならないだろう)。

「もちろん話してませんよー。だって、おかしなコだって思われちゃいますからー」

 まぁ、妥当な意見だろう。普通は そんなことを言われたら「ナニイッテンノ?」としか思わない。
 その意味では、先程の対応は「は? ナニイッテンノ?」と冷静に返すのが正解だったのだろう。
 カモとの会話を見られたことも不味かったが、対応も不味かった。対応次第では挽回できたかも知れない。

「そっか。それじゃあ、これからも誰にも話さないって約束してくれるなら……のどかにだけ真実を話すよ」

 慎重に対応しようと心を改めたナギは、下手な誤魔化しなどせずに正面から対応することにした。
 何故なら、ここまで来て誤魔化そうものなら痛くない訳でもない腹を探られそうだからだ。
 人の性として「隠されれば知りたくなる」ため、敢えて隠さずに秘密を教える道を選択したのだ。

「わ、わかりましたー。誰にも話しませんー」

 当然ながら、誤魔化すことはやめたが小細工はやめていない(その辺りが実にナギらしいだろう)。
 実はと言うと「のどかにだけ真実を話すよ」の部分は、のどかの耳元でコッソリ囁いていたのだ。
 その効果は抜群だったようで、のどかは顔中を真っ赤に染めながらコクコクと頻りに頷いていた。

「じゃあ、ちょっとオレの部屋に来てくれるかな? 誰にも聞かれたくない話なんで、誰にも邪魔されたくないんだよ」

 のどかの反応が予想以上に良かったため、調子に乗ったナギは『含みのある表現』を使って のどかを誘い出した。
 まぁ、含みがあると言うか、取り方によっては「これから攻略するから」と言っているようにしか聞こえない表現だが。
 もちろん、ナギには『そんなつもり』など これっぽちもない。ちょっと『いい雰囲気』を演出したかっただけなのだ。

「は、はいー。わ、わかりましたー。ゆえに怪しまれないためにも一度部屋に帰ってから伺いますー」

 相変わらず残念なナギだが、そんな事情を知らない のどかの期待は鰻上りだ。本当に『知らぬが仏』である。
 ちなみに、さすがのナギでも「あれ? もしかして、のどかってば変な誤解してる?」と気付いたらしいが、
 気付いても残念なことは変わらないため「まぁ、直ぐに誤解だってわかるから いいか」とか納得したようだ。

 と言うか「それじゃあ、今度はネギを説得してオレの部屋に連れて来ないといけないなぁ」と意識を切り替える始末だった。



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Part.04:宮崎のどかの思惑


 せっかくですので、ここで『ちょっとした裏事情』をお話しして置こうと思います。

 そもそも、ナギさんが外出していること自体は、黒服さん達からの報告(の不正共有)と自前の監視カメラから把握していました。
 ですから、ナギさんの行動を予測したり麻帆良市街に設置された防犯カメラを『利用』したりして、ナギさんの追跡を行っていたのです。

 そして、ゲームセンターにて一緒に遊んでいた男性と昼食に行く話をしているのを聞き、慌てて ゆえを呼びました。

 ナギさん お一人でしたら私一人の方が何かと都合がよかったので、それまでは私一人で『様子を窺っていた』んですけど、
 残念ながら『オマケ』がついていますので、ゆえを巻き込んでナギさんと二人だけで お話できる状況を作りたかったんです。
 と言うのも、水曜と木曜には「妙なオコジョさん」が現れましたし、金曜と土曜にはネギちゃんが入り浸っていたからです。
 これらの事実は、別に焦るようなことではありません。ですが、絡繰さんの例もありますので『情報収集』で満足してはいけません。
 つまり、これらの事実を利用してナギさんと親密な関係になるべきなのです。やはり、そろそろ既成事実が欲しい段階ですね。

 まぁ、そう言う訳で、ナギさん達の会話を聞きながら「どこで昼食を取るのか」を推測し、ゆえと共に先回りしていた訳です。

 あ、ちなみに、私はゆえを無理矢理 巻き込んだとは、これっぽっちも思っていませんよ?
 ナギさんとお食事したいから協力してーって言ったら、快く協力してくれましたからね。
 ……ふふ、あれで自分の気持ちを隠してるつもりなんですから、ゆえって可愛いなぁって思います。

 私はそこまで独占欲が強くないつもりですので、ゆえとなら共有してもいいかなぁとは思ってるんですけどねー?

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 さて、そんなこんなで、うまいことナギさんと二人きりになって お話ができました。結果は、予想以上に うまくいきました。ビックリです。

 実を言うと、私は「オコジョさん」のことを超さん作った「オコジョ型ロボット」だと踏んでいたんですけどね。
 ナギさんの反応を見る限りでは、どうやら「ナギさんが秘密にしたい何らかの事情」に関わっているみたいなんですよ。
 しかも、ネギちゃんのペットでもあることも踏まえると、ネギちゃんとナギさんの関係にも関わっていそうですね。

 しかし、ナギさんってば白々しく誤魔化そうとするんですもん。さすがの私もちょっとイラっと来て、ついつい意地悪しちゃいましたよ。

 でも、意地悪したら、ナギさんが私を警戒し始めたので、これからは自重しようと思います。
 まぁ、ナギさんを責めるのに快感が得られなかったと言えばウソになりますけどね?
 でもでも、どちらか言うと、私って「イジメるよりもイジメられたいタイプ」なんですよね。

 ――って、話が脱線しちゃいましたね。

 えっと、とにかく、ナギさんは私を警戒してましたけど、同時に何かを決意したようでした。
 それで、私の耳元に口をソッと寄せて「のどかにだけ話すよ」って囁いてくれたんです。
 これは言うまでもないことでしょうが、その時の私の全身には感動が突き抜けましたね。

 何て言うか「私、耳も性感帯だったんですねー」って新たな発見に驚いた感じでしたよ。

 って、違いますね。自分でも簡単過ぎるとは思いますけど、ナギさんの「私にだけ」ってフレーズにヤラレちゃったんです。
 ウソでも そんなこと言われちゃったら「ナギさんの秘密をネタに『お願い』しよう」なんて考えは吹き飛んじゃいますよー。
 やっぱり、ナギさんの秘密を利用して得られる利益よりも、秘密を共有することによって得られる特別感の方が大事ですからね。

 それに、ナギさんの部屋にご招待された訳ですから、これは万々歳な結果です。

 だって、当初の予定では、情報を利用して楔を打ち込めればいいかなぁって程度でしたので、
 ナギさんの方から既成事実を作れそうな展開に誘っていただけるとは思っていませんでしたもん。
 まぁ、ナギさんのことですから「話だけ」で終わる可能性が非常に高いですけどね。
 ですが、そんなこと気にしません。私は、このチャンスを逃す程 甘くはありません。
 ですから、そう言った事態に及んでもいいようにシッカリと準備をして赴く予定です。

 と、とりあえず、シャワーを浴びて着替えてから行こうと思います。



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Part.05:決意と誓いと想い


 と言う訳で、舞台はナギの部屋に移り、のどかへの『説明』が始まった。

 ちなみに、のどかは先程の言葉通り、一度 夕映と一緒に帰宅してからナギの部屋に尋ねて来た。
 どうでもいいが、のどかの服装がボーイッシュなものに変わっていたのは男子寮だから気を遣ったのだろう。
 最近ナギが「男装少女の出て来るアレなゲーム」を気に入っていることとは何も関係がない筈である。

「つまり、ネギちゃんは『魔法使い』で、カモちゃんはその『使い魔』だから、カモちゃんは お話ができる……と言うことですか?」

 ここまでの説明は省かせてもらったが、大雑把に言えば その通りの説明だった。つまり、ナギは正直に真実を説明したのだ。
 もちろん、口頭で説明しただけではない。魔法に信憑性を持たせるためにデモンストレーションも含めて説明を行った。
 随分と親切に教えている様に思われるかも知れないが、信じてもらわないとナギが困るだけだ。のどか を気遣った訳ではない。

 余談だが、のどかの口調が普段と違うことにナギは気付いているが「きっとシリアスだからだろう」で納得したらしい。

「まぁ、俄かには信じ難いだろうけど……さっきネギが実演してくれた通り、魔法は実在している。
 んで、魔法が一般には『実在していない』とされているのは、魔法が秘匿されているからなんだ。
 そして、魔法が秘匿されている理由は、その危険性を考えれば言わなくてもわかってくれるよね?」

 ここまで言えば最早 言うまでも無いだろうが、ナギがのどかに魔法を説明したのは魔法の危険性を教えるためだ。

 魔法と言うと夢のある言葉に聞こえるが、実際は危険な代物でしかない。興味本位で近付けば、取り返しがつかないことになるだろう。
 何故なら、魔法使いとは杖(魔法発動体)さえあればダイナマイト以上の火力が一個人で出せてしまうからだ。その脅威は凄まじい。
 特にネギがいい例だろう。ネギは無害そうな幼女にしか見えないが、実際は森一つを吹き飛ばすくらいの芸当が簡単にできるのだから。

 ちなみに、ナギとしては「ネギは魔法を抜きにしても無害じゃないけどね。主に社会的にオレを追い詰める意味で」らしいが、非常にどうでもいい。

「はい、仰りたいことはわかります。言い方は少し悪いかも知れませんが、『重火器が服着て歩いている』ようなものですもんね」
「その通りだね、魔法はファンタジーなイメージがあるけど実際は危険な代物だよ。だから、下手に首を突っ込まない方がいい」
「ですが、私は『知ってしまった』んですよね? ですから、今更『無関係な人間に戻る』のは無理があるんじゃないでしょうか?」

 確かに、普通に考えたら今更 無関係に戻るのは難しいだろう。その考えは間違ってはいない。
 だがしかし、ナギが態々「関わるな」と言葉にした意味を考えれば自ずと答えは導き出せるだろう。

「……それとも、今からでも『知らないことにできる』と言う意味ですか?」

 そう、知ってしまった以上 無関係には『戻れない』が、無関係に『する』ことはできるのだ。
 その方法がどんなものであれ、今からでも のどかは魔法を知らない一般人にすればいいのだから。
 のどかは そこまで思い至っているのだろう。ナギの返答を待つ のどかの表情は神妙そのものだ。

「ああ、その通りさ。魔法について説明したのは、その危険性を理解したうえで魔法について『忘れてもらいたい』からだったんだ」

 それ故に、ナギは敢えて「秘密にして欲しい」とも「記憶を消させて欲しい」とも取れる、曖昧な表現を取った。
 のどかに『記憶消去』の魔法があることを教えた訳ではないが、その存在を想定くらいはしている筈だ。
 よって、のどか がナギの言葉を どの様に受け止めるのかは定かではない。定かではないが、選ぶのは前者だろう。

「…………わかりました。魔法に関することすべてを『忘れることにします』」

 しばらくの沈黙の後、のどかが答えたのは(ナギの想定通り)前者――秘密にすることだった。
 形としては のどかに選ばせた形だが、見方によってはナギが決断から逃れた とも見える。
 いや、実際その通りだ。前者を選ぶだろう とは考えていたが、後者の選択肢も与えたのは確かだ。

「ありがとな……」

 その感謝は、決断を代わってもらったことに対するものなのか? それとも、魔法を忘れると約束してくれたことに対するものなのか?
 それはナギにもわからない。わからないが、のどかが「魔法に関することを秘密にする」と言う形の『協力者』になったのは確かだ。
 魔法秘匿のためには秘密にしてもらうだけでは生温いかも知れない。だが、記憶を消すだけが秘匿ではない とナギは考えているのだ。

「で、悪いんだけど……ちょっと これを嵌めてから、忘れることを誓ってくれないかな?」

 そう言いながら、ナギがポケットから取り出して のどかに渡したのは指輪である。当然、普通の指輪ではない。ネギに作ってもらった魔法具である。
 その効果は「指輪を嵌めた者が定めたルールを遵守させる」と言うもので、これを嵌めて成された『誓約』は これを嵌めて撤回しない限り破れない。
 ちなみに、使い方は非常に簡単で、使用者(嵌めた者)が誓う内容を述べた後に『誓う』や『遵守する』と言った宣言をするだけで『誓約』が成立する。
 自ら誓約をしなければならない性質上、会話を誘導するなりして他者の言動を束縛することはできないが、己の言動を律するには持って来いの品だ。
 まぁ、語りたくないことを秘密にできるので犯罪にも利用できるため、某青狸の未来道具と一緒で『使い方次第で犯罪を助長する』と言う側面もあるが。
 これは余談となるが、開発した時ネギは『誓うわ』と言う名前を付けようとしていたが、余りにヒドかったのでナギが『誓約の指輪』と名付けたらしい。

「もちろん、のどかを信頼していない訳じゃない。ただ、ウッカリってこともあるから、その予防策だよ」

 ナギは一連の説明を そう締め括る。言うまでもないだろうが……実際には、ナギは のどかのことを信頼してなどいない。
 だが、それは のどかもわかっている筈だ。ナギのセリフは単なるリップサービスと言う名の社交辞令だ と言うことを。
 ところで、誓約内容は のどかに決めてもらうことになっているのだが、当然ながら のどかを信頼しているから などではない。
 ナギが誓約内容を決めてしまうと、間接的にだが言動を縛ったことになってしまうから(先の選択と同様に)それを避けたのだ。

「わかりました……」

 のどかは深く頷いて納得を示した後、しばらくの間 沈思黙考する。
 恐らく誓約内容を――正確には、その言い回しを吟味しているのだろう。
 文学少女である のどかは、言葉の難しさを理解している筈だからだ。

「……では、『魔法に関係することを第三者に漏らしません』、そう誓います」

 考えが纏まったのか、のどかは力強く宣誓をする。その内容は、文学少女である と言う のどかの評価を違えないものだろう。
 何と言っても、言葉の選び方がうまい。実に吟味されている。もしも「誰にも漏らさない」だったら、ナギやネギにも話せない。
 それに「ナギ達以外に漏らさない」だったら関係者が増えた時に困る(「何を以って『第三者』とするのか?」はのどか次第だ)。

「じゃあ、これはオレが預かって置くから、誓約内容を変えたい時は言ってくれ」

 ナギはのどか から『誓約の指輪』を受け取ると、仕舞ってあった時と同じ様にポケットに仕舞う。
 何故なら『誓約の指輪』を のどかの手元に置いておくのは余り好ましい状況ではないからだ。
 誓約内容を恣意的に書き換えられるのもあるが、魔法具から魔法がバレたら笑えないのである。

「ええ。わかりました」

 ナギは記憶を消されたくないため、他人の記憶を消すことを忌避している。言わば、ナギのエゴで のどかを協力するように誘導したのだ。
 だが、それでもナギは「済し崩し的にパートナーにして魔法に巻き込んだり、問答無用で記憶を消すよりはマシだった」と思っている。
 何故なら、のどかが納得したうえでナギ達が不利にならない形で決着が付いた――言わば「ウィン・ウィンの関係」で話が纏まったからだ。

 問題があるとしたら『記憶消去』をしていないことに魔法使い側から文句を言われる可能性くらいだろう(そこら辺は納得させればいいので問題ない)。

 ただ、のどかと別れた後にネギから「カモちゃんが突然変異でしゃべれるって説明すればよかったんじゃないですか?」と不思議そうに言われ、
 思わず「その手があったじゃねぇかぁああ!! 気付け、オレェエエ!!」とか心の中で絶叫したので、根本的なところに問題があったかも知れないが。
 と言うか「オコジョがしゃべれる = 魔法の証明」とか考えて勝手に魔法バレしたと思ったナギは もう戻れないところに来ているのかも知れない。

(某夢の国では二足歩行するネズミさんが歌って踊るんだから、オコジョがしゃべっても「世界って不思議だね」で納得させられたなぁ)

 まぁ、あきらかに話題が同列ではない気がするが、両方ともファンタジーと言えばファンタジーなので、ナギの中では同列なのだろう。
 どう考えても、夢のあるファンタジーと血に塗れたファンタジーを同列に考えてはいけない気がするが、そこは気にしても仕方がない。
 と言うか、現実逃避をしても事実は変わらないので、最悪の結果(パクティオーや記憶消去)にならなかったことを素直に喜ぶべきだろう。

 ……そこまで前向きにはなれないナギがネギを帰宅させた後サメザメと泣いたのは言うまでもないだろう。


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―― のどか の場合 ――


 喜び勇んでナギさんの部屋にお邪魔した私を待っていたのは(残念なことに)ネギちゃんでした。

 ………………はい? 何でネギちゃんがいるのかなぁ?
 状況が理解できない私は、説明を求めてナギさんを見つめました。

「だって、ネギのペットの話題だろ? だったら、ネギも当事者じゃん。って言うか、ナギの一存では話せない内容だからネギが必要なんだよ」

 しかし、ナギさんの言葉は、浮かれていた私を容赦なく叩きのめしてくれました。
 いえ、余りにも事がうまく運ぶので変だなぁとは思っていたんですけどね?
 まさか こんな落とし穴があったとは想定していませんでした(ショックは甚大です)。

「ってことで、ネギ。のどかに魔法を見せてやってくれ」

 はい? 「ってことで」って一体どう言うことでしょうか?
 って、そうじゃないですね。『魔法』ってどう言うことでしょうか?
 ショックの余り私の耳が幻聴を聞いてしまったんでしょうか?

「……わかりました、ナギさん」

 え? わかりましたって……ネギちゃん、何をする気なの?
 そんな御伽噺の魔女が持っているような杖なんか掲げて……
 あ、コスプレだね? パルに言ったら喜びそうだなぁ(現実逃避中)。

「ラス・テル マ・スキル マギステル、『火よ灯れ』」

 って、えぇええ?! ネギちゃんの杖の先から火が出ました!?
 マジックですか!? 手品ですか!? それともトリックですか!?
 も、もしかしてハカセさんの作った新種の火炎放射器ですか?!

「ラス・テル マ・スキル マギステル。ものみな焼き尽くす浄化の炎、破壊の主にして再生の徴よ、我が手に宿りて敵を喰らえ、『紅き焔』」

 って、えぇえええ?!! 今度は爆発しちゃいましたよ!?
 何故だか置いてあった案山子が軽く吹き飛びましたよ!?
 何ですか、あれ!? あれって本当に魔法だったんですか??!

「……これが魔法だ。今のは初歩と中級だったが、ネギが本気でやればこの部屋くらい消し炭にできる」

 あ、あれで本気じゃないんですかー。ダイナマイト要らずですねー。
 って、そう言う問題じゃないですねー。魔法ってあったんですねー。
 てっきり『魔法』って言う隠語の『超技術』だと思ってましたよー。

「ってことで、魔法が実在するものとして話を進めると……ネギは『魔法使い』で、このオコジョはネギの『使い魔』ってヤツなんだよ」

 え~~と、つまり、オコジョさんは魔法的な生物だからしゃべれるってことですか?
 何だか、それでもしゃべれる理由にはなっていない気がしますけど、何となく納得できます。
 魔法って何でも有りって感じがしますからね、オコジョさんがしゃべるのも有りだと思います。

「まぁ、俄かには信じ難いだろうけど(中略)その危険性を考えれば言わなくてもわかってくれるよね?」

 そうですね。あれだけ危険なものが公になったらバイオレンスでデンジャラスですね。
 どんな原理で魔法が使えるのかはサッパリわかりませんけど、危険なのはわかります。
 むしろ、魔法は「個人が持つには強力過ぎる力だ」と言うことがわかりましたよ。

 ……しかし、当のネギちゃんには自覚がほとんどないので、実に困ったものですね。

 だから、ネギちゃんの方を見て「重火器が服着て歩いている」と言う表現を使ったんですけど。
 残念ながら、ネギちゃんには私の皮肉は通じませんでした(自覚のない危険人物は怖いですねー)。
 もしかしたら通じたうえでスルーしているのかも知れませんけど……それはないと思いたいです。

「その通りだね、魔法はファンタジーなイメージがあるけど実際は危険な代物だよ。だから、下手に首を突っ込まない方がいい」

 でも、ナギさんにはシッカリと伝わったみたいで、ナギさんは苦笑をしながら魔法に関わる危険性を改めて指摘しました。
 と言うか、つまりは私に「興味本位で近付くと死んじゃうから気を付けろ」って警告してるんですよね?
 って、あれ? でも、こう言うのって「知ってしまった段階」で危険に巻き込まれるのが相場なんじゃないですか?

 そんな訳で「もう手遅れなんじゃないですか?」って確認してみたんです。

 でも、ナギさんは「まぁ、普通ならそうだけど、だったら話さないから」と言う反応だったので、
 まだ手遅れではないことが――つまり、まだ『知らないことにできる』と言うことが予想できました。
 ただ、自分で言って置いて何ですが、『知らないことにできる』って どう言うことでしょうか?
 私に教えたことをナギさんが黙っているから秘密にしてくれればOK と言うことでしょうか?
 それとも、魔法らしく記憶を改竄するようなことができるからそれを使えばOK と言うことでしょうか?

「ああ、その通りさ。魔法について説明したのは、その危険性を理解したうえで魔法について『忘れてもらいたい』からだったんだ」

 できればどちらかを特定して欲しかったんですけど、ナギさんの答えは「どちらとも取れる表現」でした。
 ……これは、「明言を避けた」と言うよりも、「私に解釈の余地を残してくれた」と見るべきでしょうね。
 って思ったんですけど、どっちもできるってことみたいです。本当、魔法って便利で危険なものですねー。

 まぁ、でも、ナギさんにだったら記憶を弄られても別に構いませんけどね?

 しかし、さっきのデモンストレーションを見ると、実行者はネギちゃんっぽいからイヤですね。
 って、あれ? じゃあ、ナギさんって魔法使いじゃないってことなんでしょうか?
 なら、どう言った関係で魔法と関わっているんでしょうか? オコジョさんみたいな使い魔なんでしょうか?

 って、今はそんな場合じゃないですね。どちからを選ばないといけないですね。

 とは言っても、既に答えなんて出てるんですけどね?
 だって、ネギちゃんに記憶を弄られるのは避けたいですから。
 そんな訳で「秘密にする」と言う意味で返答して置きました。

「ありがとな……」

 そうしたら、何故だかナギさんに御礼を言われました。理解は不能ですが、照れ臭そうな姿が萌えだったのでオールOKです。
 で、その後、いきなり指輪を渡されたので、ちょっとドキドキしてたんですが……残念ながら、魔法の道具らしいです。
 何でも、誓いを遵守させるためのアイテムらしく、結婚式の時に使うと離婚とか有り得なさそうで便利そうですよね。
 ちなみに、嵌めた状態で誓いを撤回できるそうですけど、永遠の愛を誓わせた後に指輪交換をすれば万事解決ですからね。

 って、話がズレてますね。今の大事なことは「のどかを信頼してない訳じゃない」と言う言葉ですよ。

 恐らくは円滑な関係を築くためのリップサービスなんでしょうけど……やっぱり、言われると嬉しいものですね。
 だって、裏を返すと「信頼している」と言うことですからね。ナギさんからの信頼を裏切る訳にはいきませんって。
 それに、ナギさんの仰る通り、ウッカリ口を滑らせてしまう可能性もありますから、誓うことに異論はありません。

 ただし、誓う内容は ちょっと吟味した方がよさそうですね。

 ナギさんやネギちゃんにも明かせないような内容にしてしまうと、
 せっかく秘密を共有できるような関係になれたのに 意味がなくなります。
 ですので、無難に『第三者』に漏らさないって内容にしました。
 とは言え『第三者以外の人』ってどこまで含まれるんでしょうか?
 ナギさんにとっての味方の魔法関係者も含めていいんでしょうか?

 まぁ、今の内容で問題が起きたら内容を変えればいいんですけど。

 それはともかく、私の行動を縛るもの を ナギさんが所有している って、何だかいいですねー。
 間接的に束縛されていると言うか、暗黙の了解で「のどかはオレのもの」って感じがしますよねー。
 それに、二人だけの秘密を共有するって言うシチュエーションにもテンションが上がりますねー。

 え? ネギちゃんも含まれている? ネギちゃんはほとんど空気でしたので、気にしませんよー?

 最近、ナギさんと妙に仲が良くて危険視してましたけど、理由はわかりましたしー。
 むしろ、私も『魔法を秘密にすると言う絆』を手に入れたんで、ドローですよー。
 それと、茶々丸さん共にとロストしたことの理由(魔法関係で拉致された)も聞けましたので、
 既成事実は得られませんでしたけど、他のライバルと差をつけられたってことで万事OKです。

 ついでに、ナギさんの部屋の中に監視カメラと盗聴器を設置できたので、言うこと無しですねー。


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―― ネギの場合 ――


 ナギさんから『念話』による連絡を受けた時はビックリしました。

 だって「ミヤザキさんに魔法がバレたので、魔法をキチンと説明したい」と言う お話だったんですもん。
 いえ、バレたことも驚きだったんですけど、ナギさんがアフターフォローに積極的だったんでビックリだったんです。
 あ、でも、よくよく考えてみると、ナギさんはボクの対応のマズさを見ているからって可能性もありますね。
 きっと、あんな風に記憶を消されたらイヤだろうなぁ と言った理由で積極的に対応しようとしているんですよね。

 ……はぁ、自分の考え無しな行動が恥ずかし過ぎます。

 こう言う時は「認めたくないものだな……自分自身の若さ故の過ちと言うものを」とでも言えばいいんでしょうか?
 それとも「あんなのただの黒歴史です。偉い人にはそれがわからんのです」とか逆ギレ気味に開き直ればいいんでしょうか?
 いえ、違いますよね? 過去を悔いても現在は何も変わりませんから、未来を明るくするために現在を重視すべきですよね。
 それに、せっかくナギさんから『頼んでいただけた』んですから、全力で応えないといけません。失敗は許されません。
 と言うか、ここで失敗したら またナギさんからの評価が下がっちゃうので、それだけは避けねばなりません。だから、頑張ります。

 え~~と、まずは「言葉を遵守させるアイテム」が必要なんでしたよね……

 確か『鵬法璽(エンノモス・アエトスフラーギス)』って言う封印級の魔法具に似たようなものがありましたね。
 さすがに今のボクじゃ どう頑張っても封印級の物は作れませんけど、発動条件を厳しくすれば似たような物はできます。
 恐らく、対象を『使用者本人』にして『誓約』と言う形を用いれば『言葉を遵守させる』ことは可能でしょうからね。
 本来なら、対象を指定できたり、ちゃんとした誓約の形になっていなくても発動できるのが望ましいんでしょうけど……
 きっと、ナギさんなら巧く運用できるでしょうから それで問題はない筈です(実際、問題なかったようで褒めてくれました)。

 後は、ミヤザキさんの前で魔法を唱えただけでボクの役目は終了しました。

 もちろん、ボクのせいでナギさんを巻き込んだんですから、どんな理由があろうとも すべての責はボクが負うべきだ とは思います。
 ですから、ミヤザキさんに魔法バレした経緯が どんなものであったとしても、ミヤザキさんと交渉べきなのはボクだった筈です。
 それなのにもかかわらず、ミヤザキさんに事情を説明してミヤザキさんを説得したのはナギさんでした。ボクはいただけでした。
 ナギさんは「気にするな」と言ってくれましたけど、気になります。だって、ボクがしたことは魔法具を作って魔法を使っただけですから。

 そりゃあ『魔法使い』は魔法が使えるからこそ魔法使いですよ?

 ですが、魔法が使えるだけで『魔法使い』と名乗るのは何かが違うと――おこがましいと思います。
 正直な話、魔法が使える『だけ』で他のことが何もできないのであれば、何の役にも立ちません。
 そもそも『魔法使い』と言う言葉には「知恵あるもの」としてのニュアンスが含まれています。
 ですから、魔法を使える『だけ』が能の魔法使いなんて『魔法使い』なんて呼んじゃいけないんです。

 以上のような訳で、これからは魔法だけじゃなく他の面でもナギさんのお役に立てるような『魔法使い』になりたいと決意を新たにしました。

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「あの~~、そう言えば どうしてミヤザキさんに魔法をバラしたんですか?」

 そう言った決意をしたので、ミヤザキさんが帰った後にボクはナギさんに尋ねてみたんです。
 ナギさんのお役に立つためにはナギさんの考え方を理解して置く必要がありますからね。
 勝手に「ナギさんのためになる」と思い込んでナギさんの迷惑になるなんて最悪でしょう?

「え? だって、中途半端にバレるよりは正確な情報を与えた方がいいでしょ?」

 確かにそうですね、中途半端はいけません。
 何事もやるなら徹底的にヤルべきですよね。
 あ、でも、ちょっとだけ疑問が残りますね?

「じゃあ、どうしてカモちゃんが突然変異でしゃべれるだけって誤魔化さなかったんですか?」

 魔法が見られたんじゃなくて、カモちゃんがしゃべるのを見られただけなんですよね?
 それなら誤魔化すだけでよかったんじゃないかなって思ったんで、訊いてみました。
 それに、ナギさんって誤魔化すの好きじゃないですか? だから、余計に疑問だったんです。

「……人間って隠されれば暴きたくなるだろ? だから、ヘタに誤魔化さずに敢えてバラすことで『協力』を仰いだのさ」

 なるほどー。そう言うことだったんですかー。さすがはナギさんですね。
 ボクは「秘匿 = 隠蔽」で考えていますけど、ナギさんは別の考えなんですね。
 確かに、敢えて情報を開示することも秘匿に繋がりますよね(勉強になりました)。

 どうやら、ボクは「まずは魔法を隠す」と言う考え方をしちゃうようですね。今後は気を付けるべきですね。

 しかし、何かナギさんが「ネズミが歌って踊る」とか「世界って不思議」とか言ってるのが聞こえるんですが……
 まぁ、きっと、ボクには想像も付かないような思慮遠謀に富んだことを考えていらっしゃるんでしょうね。
 ですので、ボクはナギさんの思考を邪魔しないように黙ってナギさんの考える姿を視k――鑑賞することにします。

 あ、ナギさんの部屋で魔法を使った件で説明し忘れていたことがあったんですけど……

 実はと言うと、魔法を使う前に、予め部屋の中に『防音結界』と『対物理障壁』と『対魔法障壁』を張ってありました。
 また、デモンストレーション用に用意して置いた『カカシせんせい1号』の周囲には『断熱結界』も張ってありましたので、
 ナギさんの部屋で中級の火炎魔法を使ってもナギさんの部屋は無傷でしたし、苦情も来ませんでした(抜かり無しです)。


 


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オマケ:とある日の茶々丸の日記


 本日、学園長先生の仄めかした情報により、マスターの魔力を封じている『学園結界』が今度の停電で解かれることがわかりました。

 先の襲撃が課題だったことがネギさんに悟られたので課題そのものは流れましたが、
 課題と言う口実がなくなろうとマスターが解呪をあきらめる訳がありません。
 当然ながら「魔力が解放される可能性」を示唆されたらマスターは飛び付くことでしょう。

 つまり、マスターが魔力を得る方法は変わりましたがシナリオの大筋は変わっていない、と言うことです。

 よって、学園長先生は何らかの思惑があって、マスターとネギさんを戦わせたいのだと見るべきでしょう。
 と言うか、そう言った裏がない限り、マスターに魔力が解放されることを仄めかす訳がありません。
 何せ、あのクソジジ――いえ、失礼しました、あの古狸は一筋縄ではいかない厄介な相手ですからね。

 まぁ、本来でしたら、そんな思惑などに乗って上げる義理も義務もないのですが……

 マスターが「ジジイに乗せられようと構わん!!」とヤル気になっていますので、思惑に乗るしくないですね。
 あ、いえ、マスターの意思は絶対ですからね、何があろうともマスターの意思は尊重しますよ?
 ですが、短絡的に力で物事を解決しようとするのは ちょっと不味いのではないか、と思うだけですよ。
 可能ならば、ネギさんに事情を説明して血を提供していただく と言うのがベストな解決方法でしょうね。
 ですが、マスターのことですから「小娘に頼むことなどできるか!!」と仰るのは目に見えてはいますけど。

 ……残念ながら、私の用意していた策(神蔵堂さんの篭絡)は まだ効果が完璧ではありませんので使えません。

 ですから、緊急に代案を用意して「マスターにとって最良の結果」を導き出さねばなりません。
 ですが、ヤル気になったマスターの望みを叶えると、ネギさんとバトることになるのが問題です。
 マスターは「強いものが正義」と言わんばかりの方ですので、直ぐに実力行使に出ようとするのですよ。

 まぁ、とりあえずのところは、心労の御返しも含めて あのタヌキには『報い』を受けていただきましょう。

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 後日、関東魔法協会からエヴァへ課題の報酬(500万円)が振り込まれたのだが それを指示した筈の近右衛門に身に覚えが無い、と言う珍事態が起きた。

 ちなみに、周囲の反応は「遂にボケたか……」だった辺り、近右衛門の人望が窺えることだろう。
 また、近右衛門のミスと言うことにされ、近右衛門がポケットマネーで補填することになったのだが、
 魔法先生の誰からもフォローされるようなことがなかったのは近右衛門の人望の成せる業に違いない。


 


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後書き


 ここまでお読みくださってありがとうございます、カゲロウです。
 以前から「改訂した方がいい」と言う意見が多数あったので、改訂してみました。


 今回は「のどかを動かしてみたのはいいけど、あんなになってしまった」の巻でした。

 原作のようにパクろうとして失敗するって感じでもいいかなぁとは思いましたけど、あんな感じになっちゃいました。
 ところで、ヤミ気味な のどか が「魔法を秘密にする代わりに既成事実を……」とか言い出さなかった理由ですけど、
 本人が語っているように「束縛されている」とか「二人だけの秘密」とかって言う乙女補正で妄想しているからです。
 それに、アプローチ方法が捻じ曲がってしまっただけで、その想い自体は純粋と言えば純粋なものですからね。

 それと、主人公ですけど……「いつか刺されますよねぇ」としか言えませんよね。

 ハーレムエンドは失敗するとバッドエンドにしかならないと言う典型です。
 って、あれ? そう言えば、ハーレムエンドを目指していたんでしたっけ。
 あまりにもハーレムエンドから遠のいてしまったので忘れるところでした……

 き、きっと、最終的にはハーレムエンドになりますよ。


 ……では、また次回でお会いしましょう。
 感想・ご意見・誤字脱字等のご指摘、お待ちしております。


 


                                                  初出:2009/10/09(以後 修正・改訂)



[10422] 第15話:ロリコンとバンパイア【改訂版】
Name: カゲロウ◆73a2db64 ID:552b4601
Date: 2012/08/26 21:50
第15話:ロリコンとバンパイア



Part.00:イントロダクション


 今日は4月14日(月)。

 ナギがのどかを『協力者』とした翌日にして、エヴァとの『交渉』を決行する予定日。
 そう、予てからの計画通り、ナギはネギを引き連れてエヴァ宅へ交渉をしに訪れたのだった。

 まぁ、相手が弱っていることが予想されるので、厳密には交渉とは言えないかも知れないが。


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Part.01:吸血幼女の住む家


「わぁっ!! ステキな家ですね~~!!」

 麻帆良学園内にある閑静な森の中に悠然と佇むログハウス――つまり、エヴァ宅を見て、ネギが感嘆の声を上げる。
 ちなみに、交渉の決行日を今日にしたのは、原作からの知識で今日のエヴァは体調が良くない可能性が高いからだ。
 当然ながら、原作知識に依存しているだけではない。ネギの情報(エヴァンジェリンさんは今日お休みですよー)もある。

「エヴァンジェリンさんって真祖の吸血鬼だって聞いていたので、てっきり墓場とか廃教会とかに住んでるのかと思ってましたよー」

 ネギは さも「意外です」と言わんばかりに、実に失礼なコメントを垂れ流す。
 そこに見え隠れする悪意は気になるが、ナギもそう言ったイメージがない訳ではない。
 某王立国教騎士団の吸血鬼様は棺の中に住んでいるのが いい例だろう(世界が違うが)。

「まぁ、確かに意外と言えば意外だが……仮にも女子中学生だからね。墓場や廃教会から通学してたら、いくら何でもシュール過ぎるでしょ?」

 別に誰かに聞かれている訳でもないのだが、ナギは軽くフォローをする。フォローになっているか怪しいところはあるが。
 と言うか、本当に『仮』である。肉体年齢的には10歳でしかないため、どう頑張ってもエヴァは小学生にしか見えないからだ。
 まぁ、ネギも10歳なのに女子中学生をやっているので、見た目と立場はイコールではない と言う意味では似たようなものだが。

「……確かに、一応は中学生なんですよねぇ。本当は600歳を超えているクセに、図々しくも」

 見た目は幼女、中身は600歳……そんなロリババアなエヴァだが、諸々の都合で中学生をやっているのである。
 と言うか、その都合(某英雄様が呪いを掛けて封印した)のためにネギ及びナギは狙われた訳なのだが。
 ちなみに、ネギの毒舌に関しては華麗にスルーすることをナギは決めたらしい。何故なら藪蛇になりそうだからだ。

「まぁ、それはともかくとして、とっとと用件を済ませちまおうぜ?」

 ここで話し込んでいても何も始まらない。現在のナギには、行動するしか状況を好転させる方法がないからだ。
 と言うか、このまま話しているとネギがエスカレートして暴走に至りそうなので早々に話を切り上げたいだけだが。
 いくらナギが残念でも、ネギがエヴァを嫌っていることくらいは理解しているのだ。その理由は敢えて考えないが。

「それもそうですね。サッサと終わらせちゃいましょう」

 ナギの本心を知らないネギはウンウンと頷いて納得した後、呼び鈴を「カロンコロンカラン♪」と軽快に鳴らして、
 にこやかに「エヴァンジェリンさんのクラスメイトのネギですけどー、遊びに来ましたー」と真っ赤なウソを述べる。
 目の前で行われた変わり身に、ナギが思わず「ネギ、恐ろしいコ……!!」と戦々恐々としたのは言うまでもないだろう。

「ん~~、返事がありませんねぇ……どなたかいらっしゃいませんかー?」

 返事がないからと言って勝手に玄関を開くなよ、と思ったが、敢えて何も言わないナギ。
 別にネギが怖くて注意できない とかヘタレた理由ではない(若干その気配はあるが)。
 客観的に見ると不法侵入だが、大事の前の小事なので気にしないことにしたのである。

「へ~~、中は結構ファンシーですね~~。とても600年を生きた吸血鬼の部屋には見えませんねぇ」

 勝手に入って置いて そのセリフは酷いが、それでもナギはツッコまない。
 何故なら、ナギも同感だからだ。むしろ「年を考えろ」とツッコみたい所存だ。
 それを耐えているだけ褒めるべきだろう。そう思って置くと皆が幸せになれる。

「――そこがマスターの可愛らしいところなのですよ。そうは思いませんか?」

 そんな どうでもいいことを考えていたナギに、突然 声が掛けられる。
 その声の主は考えるまでもない、この家の住人である茶々丸だ。
 留守だと思っていたので突然の出現に少々驚かされたが想定の範囲内だ。

「まぁ、確かに可愛らしいですねー」

 勝手に上り込んだことに罰の悪さを感じていたナギは どう反応すべきか僅かに悩んだ。
 その苦悩を読み取ったのかは定かではないが、ナギが口を開く前にネギが簡単に同意を示す。
 ちなみに、言うまでもないだろうが完全な社交辞令だ。ネギの本心は遥か彼方にある。

「……ところで、何か御用でしょうか?」

 茶々丸はネギの同意に「わかればよろしいのです」と鷹揚に頷いた後、ふと思い出したように来訪の理由を訊ねる。
 だが、どう考えても これが本題である。恐らく、エヴァの可愛さ云々は本題前のジャブだったのだろう。そうに違いない。
 ちなみに、茶々丸は勝手に上り込んだことを言及していないが、それは言葉にしていないだけだ。裏では確り責めている。
 つまり、先の言葉は「勝手に上り込んだのですから、何も用がない訳がありませんよね?」と言うのがメッセージなのである。

「実は、エヴァンジェリンさんにお話があって来たんですけど……お姿が見えないようですが、ご在宅でしょうか?」

 ネギも茶々丸の言葉を正確に理解したのだろう、来訪理由をストレートに告げる。
 ここで「お見舞いに来た」などと言う口実をデッチ上げないのは誠意を見せるためだろう。
 嘘を吐いてバレたら、奇襲などを疑われて話し合いができなくなる可能性があるからだ。

「マスターは病に臥せっておられます……」

 茶々丸は意味ありげに窓の方を見ながら答える。エヴァの症状が酷い と言う演出なのだろうか?
 気になったナギがで茶々丸の視線を追ってみたところ……何と、猫が昼寝をしているだけだった。
 ナギが「ああ、猫の昼寝姿って可愛いもんね」と生暖かい理解を示したのは言うまでもないだろう。

「へぇ、そうなんですか。真祖の吸血鬼のクセに病気なんて笑っちゃいますね?」

 ネギは茶々丸の言葉をブラフだと思っているのだろう。実に辛辣な反応をする。
 だが、恐らくは本当なので何気に酷い反応である。無知とは恐ろしいものだ。
 まぁ、ネギの場合、本当だとわかったとしても似た反応をする可能性は否定できないが。

「――その通りだ。真祖の吸血鬼はウイルスになど負けん……!!」

 しかし、ネギの言葉を挑発と受け取ったのか、ネグリジェ姿のエヴァが掠れた声を張り上げながら現れる。
 その堂に入った態度は「私は元気だぞ!!」と無言で語っているが、どう見ても虚勢にしか見えない。
 と言うか、あきらかに弱っているのが見て取れるので、ナギとしては「大人しく寝てろよ」と言いたい。

「マスター!! ベッドを出ては御身体に触――障ります!!」

 エヴァの状態を熟知している茶々丸は慌てた様子でエヴァの身体を気遣う。
 そう、茶々丸の口からセクハラ的発言が飛び出た気はするが、気のせいである。
 身体に触るとか言い掛けた気がするが、あくまでも気遣っただけに違いない。

「ええい、止めるな茶々丸!! 私がやらねば誰がやる?!」

 そのため、茶々丸が暴れるエヴァを羽交い絞めにしているのは、あくまでもエヴァを止めるためなのだ。
 決して合法的にエヴァの身体にタッチすることが目的ではない。その筈だ。と言うか、そう信じている。
 恍惚とした表情でエヴァを抱きしめているようにしか見えないのは、ナギの目が腐っているからに違いない。

 どうでもいいが、エヴァのセリフでキャシャ○ンを思い出したナギは「実写版映画は忘れるべきだ」といろいろな意味で危険な感想を抱いたらしい。



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Part.02:策士、策に溺れない


「……それで、『お話』とは どのような内容なのでしょうか?」

 ナギの向かいに座った茶々丸が「マスターの代わりに 聞かせていただきます」と前置きして訊ねて来る。
 ニュアンスとしては「マスターの耳に入れるまでも無い話ならば、この場で処理します」と言うことだろう。
 できればエヴァと直接 話したいが、それができない状態なので仕方がない。話を聞いてもらえるだけマシだ。

 ところで、何故エヴァが直接 話せないのかと言うと……あの後、茶々丸を振り解くために暴れ回ったエヴァは力尽きたからだ。

 いや、力尽きたと言っても、別に死んだ訳ではない。単に「ぽてっ」と言う可愛らしい擬音が似合う倒れ方で床に倒れ伏しただけだ。
 ちなみに、そんなエヴァを見て茶々丸が「あぁ!! マスターが萌え目で気を失っていらっしゃる?!」とかハイテンションになり、
 解放そっちのけでハァハァ息を荒らげながら録画に没頭していたが、精神衛生上のためにナギは忘れることにしたようだ。実に賢明である。
 と言うか、録画に勤しむ茶々丸の代わりにエヴァを自室(2階)のベッドまで運んだうえ介抱までしあげたナギは賞賛されてもいい筈だ。

(だから、何でネギが不機嫌になっているのか、まったく以って意味がわからないなぁ。むしろ、わかりたくないのが本音だけど)

 ナギは あくまでも善意から行動したに過ぎない。変態紳士としてだけではなく、普通の紳士としても、倒れた幼女を放って置けなかったのだ。
 決して、介抱と言う名目で(意識が朦朧としているのをいいことに)幼女に『イタズラ』をしようとした訳ではない。今回ばかりは本当である。
 まぁ、エヴァを運ぶ際に その身体の柔らかさをキッチリ堪能していたので少しは役得を味わってはいたが、それでも動機そのものは純粋だった。

(って言うか、不純な動機で行動してたら、ネギと茶々丸に感付かれてフルボッコにされているだろうね)

 しかし、それでもネギは納得できないものが残るのだろう。有体に言えば嫉妬や独占欲で、頭ではわかっていても気持ちで納得できないのだろう。
 その証拠に、ネギは「ボクより先に お姫様抱っこするなんてズルい」とか「ボクも倒れれば介抱してもらえるかなぁ」とかブツブツ言っている。
 それらが聞こえているしネギの気持ちも それなりに理解しているナギだが、脇道に逸れている暇はないので敢えて気付かない振りをして話を進める。

「……まぁ、簡単に言うと、エヴァンジェリンさんと『取引』をしに来たんだよ」

 今までの経緯を思い出しているうちに軽く欝になってしまったナギは、
 気持ちを切り替えるために茶々丸が淹れてくれた紅茶を啜った後、
 意味ありげに間を取り、小悪党のように口を軽く歪ませて来訪目的を告げた。

「『取引』、ですか。それで、それは どのような『取引』なのでしょうか?」

 おおよそのことは察しが付いているのだろうが、茶々丸はナギに説明させたいのだろう。
 態とらしく「皆目見当が付きませんねぇ」と言わんばかりの態度で惚けてみせる。
 しかし、ナギは苛立つことなく、むしろ「腹の探り合いは嫌いじゃない」と話に集中し出す。

「わかっているんだろう? 『ネギの血を渡す』から『オレ達の安全を確保して欲しい』って言う『取引』さ」

 別に回りくどく匂わせる程度にとどめててもよかったのだが、ナギは敢えてストレートに表現した。何故なら、茶々丸が相手だからだ。
 茶々丸は伝言をするだけ――つまり、決定権を持たない相手、ではない。冒頭でも触れたように、最初の審査をする立場にある。
 そのため、茶々丸の審査を突破して最終的な判断を下すエヴァに繋いでもらうために、誤解されないようにストレートに伝えたのである。

「なるほど。それは双方にとって益のある提案ですね」

 エヴァは解呪ができて、ナギ達は安全を得られる。
 だから、どっちにとってもプラスとなる提案に『見える』。
 そう、あくまでも『見える』だけで、そうではない。

「――ですが、問題がありませんか?」

 身も蓋もなく明かすと、ナギ達は「ネギが血を提供する」と言うマイナスを含んでいるのに、エヴァ達は「ただで血を提供される」ことになるのだ。
 まぁ、ナギ達を襲わない と言う『見返り』があると言えばあるのだが、血が得られれば襲う意味がなくなるので『見返り』とは言えないだろう。
 つまり、一方的に施されるような――エヴァに益が偏ってしまうような提案をプライドが高いエヴァが受け入れる訳がない、と言う点で問題があるのだ。
 だがしかし、問題があることを想定していながらナギが何の対策も練っていない、などと言う事態があるだろうか? 言うまでもなく、そんな訳がない。

「だから言っただろう? 『オレ達の安全を確保して欲しい』って」

 つまり、ナギは「ナギ達を襲わないで欲しい」と言う意味だけではなく「ナギ達に危険が迫った場合は守って欲しい」とも言っているのだ。
 既にネギと言うボディーガードがいるナギだが、ネギにはいろいろと不安な部分があるので『ネギ共々』守ってくれる防衛手段が欲しいのである。
 まぁ、こんなんで対策と言えるかどうかは微妙なところだが、少なくとも一方的な施しではないので最低限度はクリアーしていると言えるだろう。

「……なるほど。それでしたら、単に施されるだけではありませんね」

 茶々丸はナギの言わんとしたことを察したのだろう。しばらく思い悩んだ後、頷きながら賛同の意を示してくれた。
 将を射んと欲すれば まず馬を射よ、と言う訳ではないが、茶々丸を突破しないことにはエヴァへ進めないのは確かだ。
 まぁ、エヴァに進めてもエヴァから賛同を得られなければ意味がないのだが、それでも一歩前進できたことは大きい。

「それじゃあ、後は本人と直接『取引』したいんで、エヴァンジェリンさんに取り次いでもらえないかな?」
「ええ、かしこまりました。ご存知の通り今日のマスターは体調が優れませんので、少々お待ちくださいませ」

 茶々丸は了承の意を示すと席を立ち、優雅に一礼をした後に二階へと消えて行った。
 その後姿を見届けたナギは、冷め切ってしまった(が、まだまだ美味しい)紅茶を啜る。
 そして、ナギの隣で空気となっていたネギと「とりあえずの成功」を喜び合ったのだった。

 ……ここで「訪問直後は口を開いていたのに、何故に今のネギは黙っているのだろう?」と疑問に思うかも知れない。

 まぁ、簡潔に理由を述べると……茶々丸が お茶を準備してくれている間に「余計なこと言うな」とナギが釘を刺して置いたのである。
 と言うのも、今日は喧嘩を売りに来たのではなく話し合いに来たので、最初の様に喧嘩腰で対応されると話が拗れる可能性があったからだ。
 それに、戦闘や魔法では役に立てないのだから交渉くらいでは役に立たないとパートナーとしての面目が立たない、と言うナギの意地もある。

(って、あれ? オレ、何でパートナーとしてのメンツなんて気にしてるんだろ?)

 ナギは自分から首を突っ込んだのではなく無理矢理 巻き込まれただけなので、パートナーの自覚などまったくない。
 それなのに、何故パートナーとして役に立とうとしているのだろうか? ……非常に意味不明な思考である。
 幼女に任せて男が何もしない と言う図式もおかしいが、だからと言って積極的に活躍するのはナギのキャラではない。

 ナギは『自身のキャラではない考え方』をしていた自分に愕然としたのだが、状況が状況なので棚上げして置くことにしたのだった。



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Part.03:待て、これは巧妙な罠だ


 そんな訳で茶々丸に取り次いでもらうことに成功したナギだが……何故か今はエヴァの看病をしていた。いや、何故か こうなってしまったのだ。

 そもそも、取り次ぎに行った茶々丸が浮かない顔をして戻って来たため、ナギは「芳しくない返事だったのだろう」と踏んだのだが、それは早計だった。
 どうやらエヴァの体調が思わしくないようで、それで茶々丸は浮かない顔をしていた らしい。もちろん、そんなエヴァを放置する茶々丸ではない。
 茶々丸は一刻でも早くエヴァに良くなってもらうことを至上命題とし、ナギにエヴァを託して自分は伝手のある病院に薬をもらいに行くことにしたのだ。

 当然ながら(ナギに敵対する意思はないとは言え)現在の両者の関係は良好なものではないため、ナギも「オレに任せていいのか?」と確かめた。

 確かめたのだが……茶々丸は「ネコちゃんにエサをあげ――いえ、神蔵堂さんにならお任せできると判断します」とか言って出て行ってしまった。
 恐らく、薬をもらいに行くついでにネコに餌を遣りに行きたかったのだろう(さすがに逆ではない筈だ)。そう判断したナギは黙って了承した。
 ちなみに、ネギは茶々丸に「申し訳ありませんが、ネギさんもお付き合いくださいませんか?」と連れて行かれたので、残されたのはナギだけである。

(まぁ、仮にオレがエヴァの寝首を掻こうとしても、力量差的に考えてオレでは相手にならないからね、妥当な人選だろう)

 言い換えると、ネギを連れて行ったのはネギだとエヴァを打倒し得る可能性があったからだろう。
 ところで、実力的には『ここのネギ』と大差ないのに『原作のネギ』がエヴァを任されたのは、
 恐らく茶々丸から それなりの信頼を得ていたからだろう(『ここのネギ』とは比べてはいけない)。

(って、あれ? 自分で言ってて情けなくなるけど「最弱状態のエヴァ >>> 越えられない壁 >>> オレ」って図式だよね?)

 そんな力関係の二人が「人里離れたログハウス(やや誇張表現)」に二人きりになっているのが現状だ。何故か死亡フラグが立った気がしてならない。
 ナギの脳裏に「13日」とか「金曜日」とか「チェーンソー」とか「J-SON」とか言う死亡フラグを連想させるようなキーワードが思い浮かんで来る。
 このまま死亡フラグが折れなければ「ネギと茶々丸が帰って来たらログハウスには誰もいなくなっていた」と言う結末になるのではないだろうか?
 ちなみに、通常なら男であるナギが幼女であるエヴァを『どうにか』した と言うピンクな予測が立つのだろうが、どう考えても被害者はナギである。

(あっれ~~? これって何気にピンチじゃない?)

 まだ『取引』は終わっていない(どころか始まってもいない)ので、エヴァはまだ協力関係にはない。
 言い換えれば、ネギと言うボディガードがいない状態で、哀れな子羊が猛獣の檻の中にいるのと同義だ。
 今まではネギがいたからこそ手を出されない状態だったに過ぎない。つまり、実は現状は危険だったのだ。

(……まぁ、あくまでも『その可能性がある』ってだけの話なんだけどね)

 目の前で苦しむエヴァを見る限り、本当に信頼されて看病を頼まれたことは明白だ。
 だが、看病の依頼がブラフで罠に嵌められていた可能性もあった(今回は偶々違っただけだ)。
 安全だろう と高を括って安請け合いをしてしまったが、今後は もう少し気を付けるべきだ。

(もう少し相手の立場になって物事を考えるべきだね、もちろん道徳的な意味じゃなく、思惑的な意味で)

 ナギにとってはエヴァと二人きりになることに大した意味はない。せいぜい邪魔をされない環境で話し合える程度だ。
 だが、エヴァ側は違う。エヴァ側にとっては、ネギと言う邪魔者がいなければ、ナギを『どうにか』できてしまうのだ。
 もしかしたら、茶々丸が取り次ぎに行った際「小娘を遠ざけろ。その間に小僧をどうにかする」とか言う遣り取りがあり、
 茶々丸は それを実行するためにネギを伴って外出し、その隙にエヴァがナギに『対処』する と言うことも有り得たのだ。

(言うまでもなく、一般人であるオレには手を出さない筈だから大丈夫だ と言うのは甘い見通しだね)

 そもそも、その情報のソースは原作であるため、そこまでの信憑性を求めてはいけない。
 それに、手を出さないと一口に言っても、それは『殺さない』と言うだけかも知れない。
 命を取らないまでも「意思を奪って従わせる」くらいは遣って来る可能性もあったのだ。
 何故なら、ナギを操ることはネギを操ることに等しく、そうすれば労せず目的が達成できるからだ。
 そう、施されるのはプライドが許さなくても奪うのならばプライドが許す と言う屁理屈だ。

(幸い、今回は可能性で終わってくれたけど、今後は可能性が可能性で終わらないかも知れないから注意は必要だね)

 今になってみれば、ナギとネギで薬を取りに行くべきだった。そうすれば、ネギから離れなくて済んだうえ薬に細工することもできたからだ。
 それなのに……相手から敵意を感じなかったとは言え、ナギは間抜けにも心構えすらせずにエヴァと二人きりになってしまった。無防備にも程がある。
 今回は幸運にも無事だったが、この幸運がいつまでも続くとは限らない。気を引き締めねば、いつか『つまらないこと』が原因で『終わり』そうだ。

 それ故に、ナギは今回の失敗を教訓として気を引き締め直し、とりあえずは現状を打破しよう と看病に勤しむのだった。

 ……………………………………
 ………………………………………………
 …………………………………………………………

 そんな感じで終わって置くと綺麗に纏まるのだが、残念ながら そううまくはいかない。それがナギのクオリティだ。

 と言う訳で時間軸は今に戻る。つまりは、ナギはエヴァの看病をしながら今までの経緯を思い出していた訳だ。
 そして、一頻り思い出して気が済んだのか、ナギは今まで敢えてスルーして来た問題に意識を切り替える。
 その問題とは「この現状を どうすべきか?」と言う、一見シリアスなことだが実は全然シリアスではないことだった。

 まぁ、この説明だけでは意味がわからないだろう。なので、具体的に説明しよう。

 実はと言うと、熱で朦朧としているのか、エヴァはナギを「抱き枕代わり」にしているのである。
 しかも(恐らくは英雄様を指しているのだろうが)「ナギ……」と言う寝言まで添えて、だ。
 言うまでもなく、その破壊力は凄まじい。具体的には、ナギの理性が崩壊しそうなレベルだ。

(こ、これはヤバい!! オレの心の中の守護霊様と書いてスタンドと読む御方も「最高に『High』ってヤツだァァアアア!!」と仰っているし!!)

 最早 意味不明だが、それだけ いっぱいいっぱいなのである。いつ決壊してもおかしくない状況だ。
 XXX版ではないので『そんな展開』にはならない と思われるかも知れないが、それは甘い としか言えない。
 謎の空白時間が挿入されて「昨夜はお楽しみでしたね」と言われるような『間接的な表現』は可能だからだ。

(い、いや、待て。って言うか、落ち着け。ヤバい状況だからこそ冷静になって対処すべきだ)

 エヴァは外見こそ至高のロリとも言える金髪幼女だが、その中身は600歳のババアである。
 しかも、最弱状態な筈なのに下手な猛獣よりも危険な存在だ。強者と言うか最早 化物だ。
 そんな存在に手を出したら、外見による背徳的な問題よりも普通に生命的な問題が起きるだろう。

(いやぁ、寸前で気付けてよかった。このロリババアが危険の塊だってことをウッカリ忘れてたぜ)

 エヴァは現実には存在しないと言ってもいい『合法ロリと言う名の希少種』だが、見た目に騙されてはいけない。
 下手に手を出したら火傷では済まない。むしろ、劫火で焼かれ兼ねない。手を出すのは悪手もいいところだ。
 いくらナギが変態紳士であっても、命と天秤に掛けてまで性的衝動を満足させる訳がない。そこまで人間をやめていない。

(だけど、ちょっとぐらいならいいんじゃないかなって言う想いも無きにしも非ず、なんだよねぇ)

 そこまで人間をやめていないのだが、かなりの割合で常識を逸脱しているため甘い囁きに身を任せそうなのである。
 茶々丸の仕掛けた罠(サブリミナル効果)は超に潰された形になったが、普通の嗜好品としての効果はナギに作用したようだ。
 すなわち、現在のナギの脳裏には『エヴァのアレな映像』が勝手にリフレインされており、かなりピンクな状態なのだ。

(あっ!! お宝映像で思い出した!! 茶々丸ってエヴァの部屋にカメラ設置してるんだった!!)

 例の映像は、基本的には茶々丸の視線(恐らく内臓のカメラ)で録られていたのだが、
 あきらかに茶々丸の視線以外で録られたのもあったため、隠しカメラがあるのだろう。
 特にエヴァがマスター的な行為をしている時の映像は茶々丸が録画したとは思いたくない。

(もし、茶々丸が録っていたのだとしたら……これはヒドいってレベルじゃないよねぇ)

 アレなシーンをコッソリ覗いていたことになるので、そちらの方が隠しカメラより酷いだろう。
 いや、隠しカメラも充分に酷いのだが、それでも覗きよりは隠しカメラの方がマシな場面だ。
 と言うか、実際には覗いていたとしても いろいろな意味で隠しカメラがあることにして置くべきだろう。

(と、とりあえず、話を戻そう)

 もしかしたら隠しカメラは設置されていない可能性もあるが、ここは敢えて隠しカメラが設置されていると仮定しよう。
 隠しカメラが設置されているのだから、ナギがエヴァに手を出したら間違いなく録画されることだろう。
 録られること自体は大した問題ではないが、録られる内容は問題だ。合法とは言えロリとXXXなことした映像が残るのは不味い。
 今更と言えば今更だけど、ナギにも まだ守りたい『何か』があるので、そんな恥ずかしい映像は残したくないのだ。

(まぁ、この段階でも録られているんだろうけど……今ならまだ『看病』の範疇だよね?)

 ちょっと無理がある気はするが、幼女が寂しくないように『添い寝』しているだけに見えなくもない。
 時と場合を間違えると犯罪でしかないけど、今回はセーフな部類に入る筈だ。そう信じて置こう。
 何故なら、今回はエヴァから抱きついて来たからだ。ナギからは何もしてないからセーフに違いない。

(そりゃ ちょっとは「凹凸がないイメージだったけど、意外と胸あるじゃん♪」とか思ったけどさ)

 それでも、それはあくまでもエヴァから抱きついて来た結果としての感想な訳だから、ナギは悪くない。
 セリフだけを聞いたら どう考えても有罪でしかないが、状況を踏まえるとギリギリセーフな気がする。
 最低なのは否定できないが、そう言った『役得』があっても許されるくらいにはナギも苦労しているからだ。

(それに、ネグリジェを引ん剥いて身体を拭いたのも、あくまでも看病のためだし)

 ちょっと――いや、かなり表現は悪いが、汗で濡れた衣類を着せたままなのは風邪を悪化させるので不可抗力だ。
 まぁ、その際に「ぬぉう!! 何て触り心地のいい肌なんだ!! これこそ まさに絹の如しだ!!」とか内心で叫んでたが。
 それでも、それはあくまでも汗を拭くためであって疚しい気持ちがあった訳ではないので、ナギは悪くないだろう。

(ついでに、指から血を与えたのも、喉が乾いてツラそうだったからだし)

 いや、ナギも最初は水を飲ませようとしたのだが、水差しで飲ませようとしても飲んでくれなかったので仕方がなかったのだ。
 まぁ、ナギの指を美味しそうに しゃぶる姿を見て「ヒャッハー!! おっきしちゃったお!!」とか危険なことを口走っていたが、
 それでも、それはあくまでも看病のためであって動機は不純ではなかったので、ナギは悪くない気がしないでもない と思う。

(出るとこ出たら有罪判定される気はするけど……それでも悪くないことにして置こうと思う)

 と言うか、そう言うことにして置かないと「既に悪いなら、最後まで行っても変わらないんじゃないかな?」とか開き直りそうなのだ。
 冷静な部分では、そんなことしたら色々な意味で終わることはわかっているのだが……それでも、若い欲望とはとどまることを知らないのだ。
 だからこそ、人は若さ故の過ちを犯し、黒歴史を作るのだ。後になって死にたくなるのがわかっていても、若さは止まってくれないのである。

 もちろん、だからと言って免罪符にはならないので、最悪の事態(若さによる暴走)にならないようにナギは平常心を保つ努力を怠らないのだが。



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Part.04:美幼女と野獣


「で? 貴様はどうして私のベッドで寝ていたのだ?」

 まぁ、このセリフだけで状況はおわかりだとは思うが、敢えて説明しよう。と言うか、ナギの弁明をさせて欲しい。
 若さが暴走しないようにするため――漲る性欲を抑えて平常心を保つため、ナギは一種の解脱状態に自分を追い込んだ。
 そして、その結果、心身ともに落ち着いたナギは眠りに落ちた と言うことである(ベッドでリラックスすれば当然だ)。

 だがしかし、そんなナギの努力を知らないエヴァにとっては「目覚めたら男と同衾していた」状態だったため烈火の如く激怒した。

(ったく、自分がベッドに引き込んだクセに……そんなにオレがベッドで寝ていたことが不愉快なのかね?
 もしくは、無意識に引き込んだから「オレが自らベッドに浸入した」とか勘違いしていたりするのかね?
 だとしたら、オレの努力が報われないにも程があるんだけど? 看病した報酬が濡れ衣とか、ヒドくない?)

 ナギが変態であることは不動の事実だが、いくらナギが変態でも弱っている幼女のベッドに自ら潜り込む程には堕ちていない。

 まぁ、多少の打算(恩を売って交渉を円滑に進めたい)や ちょっとした下心(合法的にロリっ娘に触れる)などがあったことは認めるが、
 それでもナギが誠心誠意(と言うのも語弊はあるが、一生懸命だったことだけは胸を張って言える)エヴァを看病したことは変わらない。
 そのため、今回は誤解され慣れているナギと言えども許容できない。いつもなら弁解が面倒なので放置するが、今回は看過できないのだ。

「いや、お前が何を どう勘違いしているかは知らんが、お前がオレをベッドに引っ張り込んだんだからな? しかも『ナギ……』とか言って」

 だからこそ、ナギは容赦なく反論する。本来なら言わなくてもいいナギ云々を口にするくらいに容赦がない。
 ちなみに、捏造ではなく事実であり、ナギは「十中八九、英雄様を指していたんだろう」とはわかっている。
 わかってはいるが、今のナギは軽く怒っているので、敢えて勘違いをして口撃したのである。実にえげつない。

「なっ!? なななな何を言っている?!」

 エヴァは そこはかとなく自覚があったのか、ナギの言を否定することなく顔を真っ赤にして慌てる。
 つまり、熱に浮かされて惚れた男(サウザンド・マスター)を夢見た と言うことだ。実に微笑ましい。
 だが、今のナギには容赦がない。そんな優しい感想は抱かない。むしろ、嗜虐心が刺激された気さえする。

 ナギは「そんなウブな反応されると いぢめたくなるじゃないか?」と、チクチク口撃することを内心で宣言する。

「いいや、事実だ。ぶっちゃけ、妙に艶っぽかったぞ?」
「う、うううるさい!! つつつ艶っぽいとか言うな!!」
「もしかして、夢で見るくらいオレに惚れたってことか?」
「ち、ちちち違うわ!! だ、誰が貴様などに惚れるかっ?!」

 もちろん、そんな訳がないことはナギも重々 承知している。敢えて勘違いしただけに過ぎない。

 どうでもいいが、エヴァはちょっと慌て過ぎではないだろうか? いくら何でも噛み過ぎだ。
 と言うか、そんなに焦って否定されると、ツンデレ(逆に肯定されているよう)にしか見えない。
 ナギが事情(と言う名の原作)を知らなければ、本気で惚れていると勘違いしているところだ。

「じゃあ、何でオレの名前を呼んでオレをベッドに引っ張り込んだうえオレに抱き付いて来たんだよ?」

 普通に考えたら、惚れてもいない男にするような言動ではない(色仕掛けをするのならわからないでもないが)、ナギの疑問は尤もだろう。
 まぁ、事情を知っているクセに訊ねるのは底意地が悪いとしか言えないが、ナギは事情を知らないことになっているので致し方がない。

「うっ。そ、それはだな……」
「それは? それは何なのかな?」
「そ、それは……え~~と……」
「………………(じ~~)」
「………………(アセアセ)」
「………………(じろ~~)」
「………………(オロオロ)」
「………………(じと~~)」
「………………(キョドキョド)」

 ここで「人違いだった」と答えても「じゃあ、誰と間違えたんだ?」とツッコまれるのが目に見えているため、エヴァは何も答えられない。

 そのため、如何に切り抜けるか必死にエヴァは思案している訳だが……今回は相手が悪かった。今のナギは容赦がない。
 ナギはそれらの事情をすべて理解しているにもかかわらず、思いっ切り疑った目でエヴァを見遣って その精神をガリガリ削る。
 どう見ても幼女をイジメている変態にしか見えないが、それは気のせいに違いない。と言うか、ナギは そんなの気にしてない。

「……まぁ、追求はここまでにして置いてやろう。引っ張り込まれたのに浸入したとか不名誉な勘違いをされたけど、それも許してやろう」

 あきらかに許してないが それでは話が進まないので、敢えて許したことにしてナギは追求を打ち切る。
 もちろん、これ以上やっても黙秘を続けられるだけだろうから時間の無駄だな と言う判断もあるが。
 それに、無言の圧力によって「これ、貸しにして置くから」と言うメッセージも伝わっただろうこともある。

「ってことで、話を元に戻そう。絡繰さんからオレ達の来訪理由を訊いているでしょ?」

 かなり話を戻した気はするが、そもそもナギはエヴァと取引をするために来訪したので間違ってはいない。
 どう頑張っても「キャッキャウフフだけど、死亡フラグと紙一重な展開」を繰り広げに来た訳ではない。
 もちろん、勘違いされて糾弾されたり それを責めたりしに来た訳でもない。あくまでもメインは取引だ。

「……ああ。取引をしたい、と言うことだったな」
「その通り。だから、答えを教えてくれないかな?」

 話題を転換すると同時にナギが真剣に空気を纏ったのを感じ取ったエヴァも真剣な面持ちで応答する。
 それに対し、ナギは「駆け引きなど不要だ!!」と言わんばかりに前置きを一切せずに答えを要求する。
 まぁ、相手に考える間を与えない と言う意味では、これも一種の駆け引きだが(ナギの常套手段だ)。

「いや、その前に一つだけ訊かせろ」

 しかし、エヴァは冷静だった。流されずに――早急に答えを出さずに、己のペースを維持していた。
 まぁ、当然と言えば当然の反応なのだが、ナギはエヴァを「精神的には子供同然」と見なしていたため、
 この反応に「体調が悪いうえに寝起きなのに流されないか、ちょっと舐めてたよ」と評価を上方修正する。

「ん? 好みのタイプか? オレに迷惑を掛けないコで見た目が良ければOKだよ?」

 言うまでもないだろうが、ナギはわかっていて――最低なこと言っていることもエヴァの問いたい内容も理解したうえで、敢えて軽口を叩いている。
 それは、質問を誤魔化すためではない。いや、正確には、それもあるがそれだけではない。エヴァから冷静さを奪うことも目的としているのである。
 先程の冷静さから効果は期待できないと思われるかも知れないが、ナギは「だが、恋愛事には弱そうだ」と判断したため それなりに期待できるのだ。

「違う!! 私を解呪したら不味いのではないのか、と訊きたいのだ!!」

 そして、エヴァはナギの期待通りに熱くなった。いや、正確には「ナギの期待以上に」だ。
 言うまでもなく、ナギは交渉を有利に進めるためにやったので、これ以上は自重すべきだ。
 と言うか、余りに熱くさせ過ぎると「カッとなって殺った」とか言う事態になり兼ねない。

「ああ、その件か。その件だったら特に問題ないから安心してくれ」

 前にも触れたが、近右衛門からは「解呪するな」とは言われていないので、解呪しても問題にならない。
 それに、たとえ問題になったとしても禁止しなかった近右衛門が責任を取ることになるので問題ないのだ。
 まぁ、近右衛門ならば『問題になる前』に対処するだろうから、そもそも問題になること自体ないのだが。

「むぅ、そう言うことなら何も問題はないな。い、いや、別に問題があっても、私が気にするところではないのだがな!!」

 問題ないと言われただけでは納得していなかったエヴァだったが、ナギが責任云々の事情を説明したところ、どうにか納得を示した。
 と言うか、実に見事なツンデレを披露してくれた。さすがは600歳、と言ったところだろう。そこら辺の俄かツンデレとは年季が違う。
 明らかに気にしているのに慌てながら「気にしていない」と言い張る辺りが実に素晴らしい。相手がナギでなければ勘違いしただろう。

「じゃあ、返事をくれないかな? オレの案に賛成してくれる? それとも、賛成してくれない?」

 ナギが「賛成? それとも、反対?」とか訊かなかったのは、ちょっとした言葉のトリックだ。
 人間の心理的に「~~しない」と言うのは少し言い辛い傾向があるため、それを利用したのである。
 まぁ、気休め程度でしかないのだが、それでも やらないよりはマシだ。ナギはそう考えたのだ。

「……待て。それだと、肝心の『契約の内容』が抜けているぞ?」

 しかし、ナギの思惑とは裏腹にエヴァは答えを出さなかった。正確には、答えを出す前の段階でとどまっていた。
 この齟齬は双方の立場の違い(早く話を纏めたいか、話を吟味したいか)もあるが、考え方の違いが最も大きいだろう。
 ナギにとって契約は「破られたら困るもの」であるのに対し、エヴァにとっては「基本的に敗れないもの」だからだ。

「貴様の話だと『小娘の血を提供する代わりに、私に貴様等の安全を保障しろ』と言うだけだっただろう?」

 ナギの無言を「話の続きを促している」と受け取ったエヴァは、話――契約内容の吟味を進める。
 言うまでもないだろうが、ナギは話を促すために黙っていたのではない。単純に口を挟めなかっただけだ。
 ナギは己が不利であることを理解しているため、話が思い通りに進まない現状に不安を感じているのだ。

 当然ながら、そんな弱気は決して表には出さないが。むしろ、ふてぶてしく「それがどうした?」と言わんばかりの態度だ。

(まぁ、確かに、解呪を確約した訳ではないから、こちらにの都合がいい内容にはなっているとは思うけど……
 でも、向こうとしては解呪が成功するまでネギの血を提供させればいい訳だから、問題ないんじゃないかな?
 それに、オレ達を守ることなんて大した労力じゃないよね? まぁ、保障の範囲を決めてないのがネックだけど)

「では、私は『いつから』『いつまで』貴様等の安全を保障せねばならんのだ? まさか一生とは言わんよな?」

 エヴァの問い詰めるような言葉を聞いてナギが感じたことは「ああ、やっぱり保障の範囲についてだったか」だった。
 ちなみに、心当たりがありながら言及していなかったのは、相手が気付かなければ そのままのつもりだったからだ。
 汚いと言えば汚いが、バカ正直に信頼し合うだけが契約ではない。正しいとは言えないが、間違っている訳でもない。

「もちろん、一生なんて言わないさ。そんなこと言ったら、今度はオレ達の人生で縛ることになるからね」

 麻帆良からは解放されたけど、その代わりにナギ達に束縛されました……と言う結末では、解呪の意味がなくなってしまう。
 エヴァが指摘していなければ期間は定められていなかったが、さすがのナギでも そんな無茶なことをする気などなかった。
 せいぜい「魔法と縁が切れて安全だと判断できるくらいまで守ってもらう予定だった」くらいだ(それはそれで適当過ぎるが)。

「……では、どのような期間を予定しているのだ?」

 エヴァは「それがわかっているなら、最初から期間を指定して置かんか」と言わんばかりに追求する。
 まぁ、その気持ちは当然だろう。明確にすべき契約内容を曖昧に提示されたのだから、むしろ必然だ。
 ここはナギを相手にしてしまった不運を嘆き、その苛立ちは近右衛門などの第三者に向けるべきだろう。

「今のところは『オレ達が麻帆良にいる間だけ』のつもりだよ」

 もちろん『今のところは』と態々 前置きしているのは、今後予定が変わる可能性があるからだ。
 そもそもナギがエヴァと こんな取引をしているのは、想定外にも魔法に巻き込まれたことが原因だ。
 つまり、想定外な危険は今後も起こり得る と言うことであり、そのための予防線のようなものだ。

 エヴァもそれがわかっているのだろう、前半は流して「麻帆良にいる間だけ、とは?」と後半の説明を求めた。

「オレが危険になる――つまり、魔法と関わるのは、ネギの修行期間だけだ。つまり、後1年くらいだね。
 言い換えると、ネギの修行が終わってネギがウェールズに帰った段階で、オレの危険は激減するだろう。
 だけど、麻帆良が『魔法使いの街』であることを考えると、麻帆良にいる限り危険は残ることも予測できる。
 だからこそ、ネギとオレが麻帆良に住んでいる間だけ守ってもらいたいんだよ。特にオレって無力だし」

「…………貴様、中学を卒業したら麻帆良から出ろ」

 何気に酷い言葉だが、エヴァの立場としては尤もな意見だろう。と言うか、ナギも できるならそうしたい。
 危険であることがわかっているのだから遠ざかればいいのだが……今の段階で麻帆良を出る訳にはいかないのだ。
 何故なら、麻帆良を出ると特待生としての立場(勉強しているだけで生活に困らない立場)がなくなるからだ。

「そうしたいのは山々なんだけど……先立つものが無くてね、麻帆良で特待生やっているのが一番なんだよねぇ」

 思わず「働けばいいじゃん!!」と言いたくなるナギの考え方だが、人間とは怠惰な生き物なので仕方がない。
 楽が出来るなら楽をする――と言うか、働かなくて済むなら働かないのが人間だ。特にナギみたいなタイプは。
 だから、危険を予測していても「きっと大丈夫だろう」とか甘く考えた挙句、実際にヤバくなってテンパるのだ。

「チッ、ならば私が金を工面してやる。だからサッサと出て行け」

 これはナギの弁護になるが、一応は麻帆良を出る準備くらいはナギもしている。
 たとえば、学年末試験のトトカルチョで得た資金もシッカリと貯蓄しているなどだ。
 だが、それでも資金はあって困るものではない。つまり、ナギに断る理由はない。

「……その言葉、信じよう。ネギの修行が終わると同時にオレも麻帆良を出るから、ちゃんと工面してね?」

 さて、どうでもいいが、高校と大学の学費 及び その間の生活費は どの程度の額になるのだろうか?
 公立と私立で違うし、地域による生活費の差も考慮すると一概には言えないが、ナギは2000万を想定した。
 多少(と言うか大分)高めな見積もりだが、ここから値切られることを考えると高めでも問題ないだろう。

 仮に値切られなかったとしても、多くもらえる分には何も問題はない。と言うか、値切られないように誘導するのがナギだ。

「ところで、これは金額の問題とはまったく関係ないんだけど……実はオレって最近までは ただの一般人だったのに、
 つい最近『誰かさん』が魔法に巻き込んでくれた御蔭で魔法と関わざるを得ない状況に追い込まれてしまったんだ。
 しかも、その時にネギを全裸に剥いてくれた御蔭で、ネギとパートナー関係を結ばざるを得なくなっちゃったんだよねぇ。
 まぁ、パートナー契約は『ネギが麻帆良にいる間だけ』と言う条件にしたから、一生って訳じゃないのが救いだけど。
 それでも、ネギが麻帆良で修行している間はオレも麻帆良を離れられない――魔法に関わるしかないんだけどねぇ?」

「そ、それはジジイの罠だったんだ!! 責任者は責任を取るためにいるのだから、文句はジジイに言え!!」

 言うまでもなく、あきらかな責任逃れだ。責任の多くが自身にあるとわかったうえで責任転嫁をしようとしているのだ。
 いつもならば「まぁ、オレもよく責任転嫁するからなぁ」と矛を収めていた可能性もあるが、生憎と今は事情が違う。
 それ故に、ナギは鷹揚に頷いた後「じゃあ、諸々を含めて2000千万でいいや」と爽やかな笑顔で容赦なく要求を伝える。
 もちろん、ボソッと「さっきの勘違いを流した件についても考慮してくれると嬉しいな」と付け加えて置くのも忘れない。

 ところで、何故こんなにナギが強気に責めているのかと言うと「いざとなったらネギを『召喚』できるから」である。

 先程はナギも失念していたが、よく考えてみるとパクティオーカードを使えばナギはネギを『召喚』できるのである。
 まぁ、両者が離れ過ぎたり、転移魔法を妨害する魔法(『転移妨害』)が施されていなければ、と言う条件はあるが。
 ちなみに、距離は問題なかったが『転移妨害』はされていたので実は『召喚』できなかったのだが……知らぬが仏である。

「チッ、ジジイに乗せられた私のミスだからな。多少 色を付けてやるから、それでチャラにしろ」

 責任転嫁をあきらめたのか、それとも これ以上の追求を躱わしたかったのか、エヴァは素直にナギの要求を受け入れる。
 ナギとしては こう言った展開を望んで文句を言ったので、その意味では「計 画 通 り!!」と言うべきところなのだが……
 実際に(罰が悪そうに)了承されてみると ちょっと責め過ぎたような気がして、妙な罪悪感を覚えてしまったようだ。

「……ありがとう。でも、2000万あれば充分だから、別に色は付けなくていいよ。気持ちだけ受け取って置く」

 そのため、ナギはエヴァの有り難い申し出を残念そうに断り、「これでチャラにしよう」と言わんばかりに薄く微笑む。
 ナギの意図を察したのか、それとも早く話題を終えたかったのか、エヴァは食い下がることなく「そうか」と頷く。
 エヴァの資産は潤沢にあるし、黙っていても茶々丸が稼いでくれるが、だからと言って無限にある訳ではない と言うことだろう。

「それじゃあ、そろそろ話を纏めようか?」

 軽く頭を振って気持ちを切り替えたナギは、話題を元に――契約の締結に戻す。
 まぁ、当然ながらエヴァは直ぐに答えを出さず、それからも詳細の確認はあったが。

 そんなこんなで、話し合いの末に締結された契約内容は以下のようになった。

  ① ナギ達は、エヴァの解呪のためにネギに危険がない範囲でネギの血液を提供する。
  ② エヴァは、ナギ達が麻帆良に居住している期間だけナギ達の身の安全を保障する。
  ③ ネギの修行が終わりネギが麻帆良を離れたら、可及的速やかにナギも麻帆良を離れる。
  ④ ナギが麻帆良を離れる際、エヴァはナギに日本円にして2000万円の資金を提供する。

「……うむ、よかろう。その程度で解呪ができたうえに貴様への罪滅ぼしになるのだから何も問題ないさ」

 話し合いに大分 気力・体力ともに消費したのだろう。無事に契約を締結し終えた時、エヴァがついつい本音を漏らしてしまう。
 そして、それを聞いたナギは「思わずホロッと来た」とか「罪滅ぼしなんて殊勝な精神、久しく縁がなかったぜ」とか思ったらしい。
 特に誰とは言わないが、現状を作り出したエヴァ以外の原因達に是非とも聞かせてやりたい言葉である。聞いても無視されそうだが。


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―― エヴァの場合 ――


 あ、ありのまま今 起こった事を話すぞ!! 『私が寝ていたら いつの間にか小僧の寝顔が目の前にあった』。
 な、何を言っているのか わからないと思うが、私も何が起きたのか わからなかった…… 頭がどうにかなりそうだった……
 風邪のせいだとか花粉症のせいだとか そんなチャチなもんじゃあ断じてない、もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぞ……

 いや、まぁ、つまり、それだけ予想外だった、と言うことだ。

 と言うか、本当に何故ここに小僧がいるのだ? むしろ、茶々丸は小僧を野放しにして何処に行ったのだ?
 私の記憶が確かならば、寝ている時に何かを話し掛けられた気はするのだが……残念ながら内容がよく思い出せん。
 まぁ、寝込んでいる私を置いて出掛けたのだから、恐らくは私の薬をもらいに行くとか言う話だったのだろうが。

 そして、そこから察するに、茶々丸は小僧に私の看病を任せた、と言うことだろう。

 確か、小娘と一緒に尋ねて来たような気がするので、恐らく小娘は茶々丸が連れて行ったのだろう。多分、その筈だ。
 もしかすると、小娘が来たことは私の夢だった と言う可能性もない訳ではないが……その可能性はゼロと言っていいな。
 何故なら、記憶を消されていない一般人が単身で乗り込んで来る訳がないからだ(普通は恐怖で近寄ろうとしないだろう)。
 つまり、小僧がいる時点で小娘もいたことは確定している。それ故に、小娘は茶々丸が連れて行った と見るべきなのだ。

 まぁ、私を恐れている筈なのに、恐れるどころか添い寝までしているのは不思議だが――って、ちょっと待て、私。

 よく見てみたら、小僧が私のベッドに潜り込んでいるではないか? 何故 今まで気付かなかったのだ?
 いや、考えるまでもないな。どうやら、熱は下がっても まだ頭がキチンと回転していなかったようだな。
 いつもの私だったら「小僧の寝顔が目の前にあった」段階で、反射的に排除――攻撃していただろう。

 ま、まぁ、とりあえず、冷静に状況を整理してみるか……

 つまり、意識が朦朧としていた私のベッドに盛りの付いたオスが潜り込んでいるんだよな?
 しかも、よくよく見てみたら、寝る前に着ていたネグリジェとは違っているではないか?
 それに、小僧の寝顔は「ふぅ、一仕事 終えたぜ」って顔しているような気がしてならないよな?

 と言うことは……小僧は私の意識がないのをいいことに『あんなこと』や『こんなこと』をしたのではないか?!

 そこまでを理解した私は、気持ち良さそうに寝ている不届者(小僧)をベッドから蹴り落とし、鳩尾の辺りを少し強めに踏み付けた。
 当然、不届者は目を覚ましたようで「ちょっ、え?! 一体、何事なの!?」とか私に文句を言って来るが、睨み付けて黙らせた。
 そして、睨み付けながら不届者が状況を理解するのを待ち、頃合を見計らって「私のベッドで寝ていた理由」を問い詰めてやったのだ。

 だが、不届者の口から紡がれた理由は、私の予測を完全に裏切っていた。何と「看病をしていたら、私にベッドに引き擦り込まれた」と言うのだ。

 言うまでもないだろうが、そんなこと認められない。と言うか、認められる筈がないだろう!?
 まぁ、百歩――いや、百万歩くらい譲って、看病していたことは認めてやらないでもない。
 その証拠(と言っていいかは微妙だが)に、随分と身体の調子が良くなっているからな。

 だが、いくら熱で意識が朦朧としていたとは言え、私が男をベッドに引き込むなど有り得ん!!

 看病されていたことは認めるにしても、小僧を引っ張り込んだことは認められない。
 これは「誇りある悪」としてではなく、乙女としての意地だ。これだけは譲れんのだ。
 譲れんのだが……偶然か狙ったのか定かではないが、小僧は すかさず爆弾を投下して来た。

 そう、あのバカ――『ナギ』のことを寝言で呼んだと言って来たのだ(さすがに、この口撃には私も焦った)。

 確かに そのような夢を見ていたような気がしないでもないが、だからと言って寝言に出していたうえに聞かれていたとは……!!
 しかも、より最悪なことに(何の因果か)小僧は『あのバカ』と同じ名前――『ナギ』と言う名前をしているのだ。
 私にとってはまったくの別物だが、『あのバカ』のことを知らない小僧にとっては自分だと勘違いしてもおかしくはないだろう。
 だから、妙な勘違いをして「もしかしてオレに惚れているのか?」とか言い出したのも、おかしいことではない。

 おかしいことではないのだが、だからと言って許せるような想定――いや、妄想ではない。

 そのために更に焦ってしまい、言葉が空回ってしまった(今思うと、アレでは逆に肯定しているも同然だ)。
 故に、小僧が「何でオレの名前を呼んでオレに抱きついたんだ?」とか訊いて来るのは必然と言えるだろう。
 まぁ、当然ながら『あのバカ』のことを話せる訳がないので、これについても何も答えられないのだが。
 いや、『あのバカ』のことは恥ずべき失敗や恥ずかしい思い出も含まれているので、あまり話したくないのだ。

 ……だから、小僧が答えられない私を追及してきた時は本当に困った。

 小僧に勘違いされたままなのも腹立たしいが、かと言って小僧に本当のことを話すのも腹立たしい。
 どっちをとっても腹立たしいのだから「どっちを取るべきなのか?」非常に悩みどころだろう。
 いっそのこと小僧を昏倒させて記憶を弄ってしまおうか? とか考えるくらいまでに悩んだのである。
 私の主義(覚悟のない者は危害を加えない)を曲げることになるが、背に腹は代えられなかったのだ。

 まぁ、小僧が途中で矛を収めたので、私も主義を曲げることなく済んだがな。

 さて、それはともかくとして、今 問題にすべきなのは、小僧が急にシリアスになって話題を変えて来たことだろう。
 ウッカリ忘れていたが、小僧は『何らかの目的』があって家に来たのだ(茶々丸が そう言っていた気がする)。
 ベッドへの浸入疑惑で意識が逸れていたが、小僧の来訪目的も重要だったのだ(確か「取引がしたい」だったか?)。

 取引の内容は、小僧の話し振り(と うろ覚えな茶々丸の話)からするに「解呪の協力をするから矛を収めてくれ」と言ったところだろう。

 とは言え、これはあくまでも私の推測に過ぎない。事が事だけに内容はシッカリと確認して置くべきだろう(契約の基本だ)。
 言うまでもないだろうが、確認すると言っても小僧に直接 訊ねるような真似はしない。自ら弱味を見せるような悪手を打つ訳がない。
 あまり使いたくない手だが、ここは『記憶探査』を行うべきだろう。ああ、もちろん、調べるのは私の記憶だ。小僧の記憶ではない。
 敵意のない相手の記憶を読むのは主義に反するからな(つまり、敵意のある相手なら容赦なく記憶を読む、と言うことでもあるがな)。

 故に、私は「一つ訊かせろ」と少しの間を取り、その間に『記憶探査』を行ったのだ。

 その結果を一言で言うと「興味深い」だな。実に興味深い『提案』を小僧はして来た。
 今まで小僧のことは『少し可哀想な阿呆』だと思っていたが、これは評価を改めねばならんな。
 これからは『少しは頭の回る阿呆(だが、根本的な部分でダメ)』くらいに評価してやろう。

 ……そんな阿呆なことを考えていたからだろうか? 小僧がバカなことを言って来たので、ついつい熱くなってしまったのだ。

 御蔭で、言わなくてもいいこと(小娘や小僧を心配したこと)を言ってしまった。
 しかも、言ってしまったことで焦ってしまい、ついつい余計なことも口走ってしまった。
 これでは「逆に気にしている」と言っているようなものではないか? ……本当に情けない。

 ま、まぁ、その後は、気持ちを落ち着けるように注意したから、大丈夫だったがな。

 あ、いや、もちろん、小僧が私のせいで小娘のパートナーになったことを聞かされた時も割と焦ったけどな?
 でも、まさか そんな事態になるとは思っていなかったと言うか、何と言うか……なぁ? しょうがないよな?
 と、とにかく!! 私はジジイが許可したから小僧を巻き込んだのであって、許可がなければ巻き込んでいない!!
 つまり、許可を出したジジイが悪いのであって、裏(小僧が本当に関係者か否か)を取らなかった私のせいではない!!
 それに「ジジイが何か企んでいそうだなぁ」とは思っていたけど、解呪を優先したかったのだから私のせいではない!!

 って、あれ? 私のせいなのか? ――い、いや、そんなことは無い!! 無いに違いないんだ!!

 で、でも、小僧がちょっと哀れ過ぎるから、手切れ金――じゃなくて支度金に色を付けてやるか。
 あ、決して、私のせいだとは思っていないからな!? 私のせいだから、色を付けるのではないからな?!
 色を付けてやるのは、小僧が単に哀れなだけだ。多少は罪悪感もあるのは認めるが、基本的には同情だ。
 同情するなら金をくれ とか言う最近の日本の風潮を鑑みて、多目に金をやろうと思ったに過ぎんのだ。

 ……しかし、私もそこまで懐に余裕がある訳でもない以上、小僧が2000万でいい と言ってくれたことには助かったな。

 あ、いや、別に私はそんな端金、何とも思ってないぞ? 私はそんなに度量が小さくないぞ?
 茶々丸に命じれば2000千万なんて直ぐだからな、2000万など私にとっては端金に過ぎないんだぞ?
 まぁ、一体何をやって稼いでいるのかは知らんが……きっと触法スレスレ程度だろう(と思って置こう)。

 そんなことに意識が行っていたからだろうか?

 契約の内容を確認し終えたところで、ついつい小僧を気遣うなようなことを言ってしまった。
 まったく、つくづく考えないでしゃべると地が出てしまう――じゃなくて、甘くなってしまうなぁ。
 小僧がバカだからよかったものの、小僧が私の甘さを突いていれば足を掬われていただろう。

 ……これからは気を付けねばならんな。



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Part.05:契約の締結は履行を前提としている


「ただいま帰りました」

 本題(取引――契約の締結)を済ませたナギとエヴァがリビングに移ったところで、帰宅を告げる声と共にネギ達がリビングに姿を現した。
 薬を受け取りに行った筈なのに何故か薬は持っておらず、その代わりと言いわんばかりにタコヤキを持って帰って来たのは極めて謎だが。
 それでも、タコヤキは出来立てのホカホカで「とてもおいしゅうございました」だったので、ナギは敢えて気にしないことにしたらしい。

 ところで、タイミング的にナギ達の様子は見られていたと考えるのが妥当なのだが、ナギはそれも気にしないことにするようだ。

 だから、茶々丸が「マスターがネトラレてしまうのかとヒヤヒヤしましたが、クセになりそうな快感も覚えました」とか言っていることも気にしないし、
 ネギが「いやぁ、危なく全力で『雷の暴風』を叩き込むところでしたが、未遂でよかったです」とか言っていることも気にしないったら気にしない。
 何故なら、それらを気にしてしまうと何かが確実に終わってしまうからだ(主にナギの精神衛生上の観点で)。まさに『触らぬ神に祟りなし』である。

「――と言うことで、紆余曲折はあったけど、無事に『契約』に締結できたんだ」

 ナギは嫌な想定を振り切るかのように茶々丸に用意してもらったお茶をグイッと飲み干した後、簡単な事情説明を行った。
 まぁ、様子は見られていただろうから説明の必要はない気がするが、ナギの口から説明することに意味があるので説明した。
 ちなみに、ナギの説明に対してエヴァからは何も反論がないので、ナギとエヴァの間に齟齬はない と言うことでいいだろう。

「それで、今度は『契約』を履行するべきなんじゃないか とオレは思うんだけど……そこはどう思う?」

 ナギはネコ背気味になってテーブルに肘を突くと口の前で手を組む(所謂ゲンドウポーズである)。
 ちなみに、表情を悟らせないようにするためもあるが、タコヤキの青ノリを隠すための苦肉の策だ。
 これから少し真面目な会話をするので、歯にこびり付いた青ノリが見えるのは避けたいのである。

 青ノリは美味しいんだけど歯にこびり付いて離れないのが難点だよなぁ、とかナギはシミジミと思ったらしい。

「何故に態とらしく重々しい雰囲気を作ったのかはわからんが……その意見には賛成だな。
 私としても一刻も早くこの忌々しい呪いを解きたいからな、喜んで『契約』を履行しよう。
 と言うか、よく考えてみると暢気にタコヤキを食べている場合ではなかったではないかっ!?」

 ナギに問い掛けられた(名指しはされていないが視線が語っていた)エヴァは、話しているうちに現状に気付いて自分の行動にツッコミを入れる。

 折角ナギがシリアスな空気を作ったのが簡単に台無しにされた気がするが、そこは気にしても始まらない。
 そもそも、青ノリを隠しているのを誤魔化す目的で作った空気なので、空気が弛緩してもナギには問題ない。
 まぁ、エヴァが空気を弛緩させることを狙って敢えて一人ツッコミをしたのだったら、気にすべきだが。
 交渉が終わったとは言え これから長い付き合いになるので、エヴァの交渉力を正確に把握して置きたいのだ。

「じゃあ、エヴァちんのアツい要望により、サッサと呪いを解きますかねぇ」

 ナギはサングラスを持ち上げる振りをしながら(サングラスを掛けていないので振りしかできない)、
 ナギの隣に座っていたネギに視線を送ることで「早速だけど、血を提供してあげて」と無言で伝える。
 そして、それを受けたネギはコクリと頷くと徐に袖をまくると、躊躇なくエヴァに左腕を差し出す。

「まぁ、それは私も望むところなのだが……その前に一つだけ確認させろ」

 あれ? 何か問題があったのかな? ナギは普通に内心で疑問を浮かべる。
 もしかして、魔法的な都合で満月の夜でなければ吸血ができないのだろうか?
 だが、先程はナギの血を美味しそうに飲んでいたので それはないだろう。

「先程の『エヴァちん』とは誰のことだ? まさか、私のことではないよなぁ?」

 エヴァはコメカミをヒクつかせながら訊ね返す。その声は震えており、その顔も引き攣っているため、あきらかに怒っていることが窺える。
 ナギとしては軽い冗談――に見せ掛けて、エヴァがどの程度まで冗談を受け流すのか測っていたので「この程度でもダメか」と思うだけだ。
 まぁ、これが契約する前だったら(いくらネギが傍に控えいても)こんなことできなかっただろうが、既に契約は成ったのでいくらでも可能だ。

 そもそも、ナギが契約することを最優先していたのは「魔法使い達にとって契約とは絶対的なもの」だからである。

 原理はよくわかっていないが、正式に結んだ契約には『契約の精霊』と言うものが『監視者』として付くらしく、
 仮に契約を意図的に破ろうとすると、苦痛が与えられたり魔力を封じられたりするなどの『制裁』を受ける らしい。
 ちなみに、その『制裁』の度合いは「どれだけの悪意で契約を破るつもりだったか?」で決定する仕様のようだ。

 ナギ達の場合は、まだ履行はされていないが締結はされているため既に『監視』されている状態である。

 言い換えると、エヴァがナギ達に危害を加えると『契約の精霊』から『制裁』される と言う寸法になるのだ。
 それ故に、今のナギ達はエヴァから危害を加えられる可能性はゼロに等しい(だからナギは余裕なのだ)。
 まぁ、逆に言うとナギ達がネギの血を差し出さないようにしようとすると『制裁』を受けることになるのだが。

 つまり、『監視者』とは双方が契約を遵守するための存在なので、どちらか一方のみを監視してくれる程 都合よくはないのだ。

「いや、君のことだけど? さん付け だと他人行儀だし、呼び捨てだと慣れ慣れしいでしょ?」
「……まぁ、そうだな。そう言うことなら、これからは『エヴァ』とだけ呼べ。妙な呼称で呼ぶな」
「そうかい? わかったよ。それじゃあ、これからは『ゑ婆』と呼ぶことにさせてもらうよ」

 契約によって結ばれた人間関係であるため、他人ではないが身内と言う訳でもない。微妙な関係だ。

 それらの事情が察せられたのでエヴァは表立って反論できず、渋々と矛を収めて別の呼称にするように言うだけに止める。
 と言うか、エヴァと呼ぶこと自体は許可したことから察するに、エヴァは『ちん』の部分が気に入らないのだろう。
 ナギとしては これで堂々とエヴァと呼べるので問題ないのだが、そのままストレートに呼ぶのを善しとしなかったらしい。

「……おい、何か発音がおかしくないか?」

 まぁ、そうだろう。聞き方によっては『エヴァ』に聞こえるが、どう聞いても『ゑ婆』だ。
 ナギとしては「600歳らしい表現だと思う」らしいが、呼ばれる側は堪ったものではない。
 確かにババアとしか言えない実年齢だが、エヴァも女性なのでババア呼ばわりは御免蒙るのだ。

 エヴァは、見た目通りの子ども扱いも嫌だが、実年齢通りのババア扱いも嫌なのである。

「そうかな? 『えばあ』も『エヴァ』も似たようなもんでしょ?」
「……そうか。では、これからは貴様のことを『にゃぎ』と呼ぼう」
「そ、それは構わないけど、むしろ呼ぶ方が恥ずかしいんじゃない?」
「うっ!! うるちゃい!! 言うな!! 私も言ってから気付いたんだ!!」

 ぶっちゃけ、幼女が『にゃ』とか言うのはナギの理性に甚大なダメージを与えたらしいが、隣のネギが怖いのでナギは耐えたようだ。

 言うまでもないだろうが、その後の『うるちゃい』にも かなりヤられたが、やはりネギが怖いのでナギはどうにか耐えたらしい。
 と言うか、ここで耐え切れずに「何この可愛い生物」とか口走ろうものなら、ネギの『雷の暴風』で あぽーん されるだろう。
 いや、むしろ、対抗してネギも妙な言葉を遣い始める気がする。ナギとしては狙ってやられると あざとく感じてしまうので非常に困る。

「……OK。お兄ちゃんが悪かったよ、エヴァ」

 ナギはこれ以上エヴァに萌えないようにするために、また、エヴァが「うがー!!」と言いながら地団太を踏み始めたので、ここで折れることにした。
 どうでもいいが、そんなエヴァの姿を「ああ、マスターが実に楽しそうで、非常に萌えます」とか嬉しそうに録画している茶々丸は自重すべきだろう。
 と言うか、エヴァを弄る度にネギの不快指数が加速度的に増幅している気がしてならないため、諸々の事情も含めてナギも そろそろ自重すべきだろう。

「ってことで、ネギ。悪いけど、エヴァに血を提供してくれないか?」

 果てしなくどうでもいい会話に思えたかも知れないが、今までの会話にはそれなりに意味があった。
 何故なら、これで両者の間に妙な緊張感はなくなったからだ。無駄に見えても無駄ではなかったのだ。
 いくらナギが残念でも、意味もなく『エヴァちん』呼ばわりして場を掻き回した訳ではないのである。

「……どうぞ、エヴァンジェリンさん」

 ネギは多少 不満そうではあったが、会話中に一旦引っ込めた腕を再びエヴァに差し出す。
 ちなみに、ここで「血を吸われることに抵抗感があるのだろう」とか解釈するのがナギのクオリティだ。
 間違っても「ネギも構って欲しいんだろうなぁ」とは(想像できても敢えて)思わないのである。

 逃避でしかないが、最近 気苦労に絶えない生活を送っているので、それくらいの逃避は許されるような気がしないでもない。



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Part.06:未然に防ぐのも守ることになる


「じゃあ、呪いは解けたってことでいいかな?」

 解呪の作業は滞りなく終了し、エヴァの『登校地獄』の呪いは無事に解け、エヴァは『登校地獄』から解放された。
 もちろん、解呪がどのように行われたかわからないから描写がないのではなく、問題なく終わったから描写がないのである。
 余計な描写をしていると更にグダグダしてしまうので、それを少しでも避けようとする涙ぐましい努力だと思って欲しい。

「…………ああ、構わん」

 エヴァはナギの問いに肯定を示すが、どうも釈然としていない雰囲気だ。滞りなく見えただけで、実は滞っていたのかも知れない。
 ナギの出した条件は「ネギの血の提供」でしかないため、ネギの血を提供した段階でナギ達は契約を履行したことになる。
 そのため、解呪ができなかったとしても それは契約違反にはならない(今後の関係を円滑にするために協力はする予定だが)。

「いや、特に問題はない。『登校地獄』の解呪自体『は』できたので気にするな」

 ナギの疑問を読み取ったのだろう、エヴァはナギが問い掛けるより早く解呪の補足説明をする。
 少々――いや、かなり気になる言い方だが、問題ないと言っているのだから問題ないのだろう。
 と言うか、解呪自体『は』できたそうなので、形式的に考えると これ以上は契約の範囲外だ。

「それよりも、貴様等が履行したのだから、今度は私が履行する番だな」

 エヴァは気を取り直すかのように紅茶(解呪作業中に茶々丸が用意した)を啜って一拍置いてから告げる。
 ちなみに、これはどうでもいいことだが、契約をしたのだから当たり前と言えば当たり前の言葉なのに
 約束を守ってくれる と言われただけで嬉しく感じてしまった辺り、ナギの人間関係は末期的かも知れない。

「とりあえず、これをやるから肌身離さずに持っていろ」

 そう言いながらエヴァがナギ達に渡したものは、アンティーク調の懐中時計だった。
 何らかの魔法具であることは推測できるが、素人のナギには効果まではわからない。
 むしろ「まさか『カシオペア(航時機)』?!」とか思った始末だ(そんな訳がない)。

「それは、今で言う『じーぴーえす』のようなもので、お前らの居場所や健康状態などがわかる魔法具だ」

 じーぴーえす? と一瞬 首を傾げたナギだったが、直ぐに「ああ、GPSか」と納得する。。
 つまり、魔法的な信号で持ち主(この場合はナギとネギ)の位置情報を送信しているのだろう。
 また、健康状態もわかる と言うことは、これで危険に陥ったことを感知する と言うことだろう。
 常識的に考えて常に傍に待機していてもらう訳にもいかないので、これは非常に有り難い品だ。

「あと、これも持って置け」

 次に渡された物は、銀製のイヤーカフス(に見える物)だった。間違いなく、これも魔法具だろう。
 シンプルながらも洗練されたデザインをしているので、ナギが付けてもネギが付けても違和感は無い。
 アクセサリーとしての価値だけを見ても、なかなかの品であることはわかる(少なくとも安物ではない)。
 まぁ、中学生がイヤーカフスを付けるのは悪目立ちするので、付けずに持って置く必要があるだろうが。

「それは電話のようなものだ。声に出さずとも考えるだけで思い浮かべた相手と意思疎通ができる」

 つまりは『念話』用の魔法具だ。『念話』そのものは、仮契約をすれば使用可能となる簡単な魔法だが、
 通常は複数人と仮契約することはないため、仮契約をせずに『念話』ができる点では非常に有用だろう。
 特にナギの場合、エヴァと仮契約しようものならネギが『とんでもないこと』になりそうなので非常に有り難い。

「まぁ、説明するまでもないだろうが……危険を感じたら連絡しろ。本当に危険だと判断したら助けてやる」

 言い換えると、そんなに危険ではない とエヴァが判断したら放置される と言うことだ。
 その判断基準が非常に気になるナギだが、ここはエヴァを信じて置くしかないだろう。
 連絡する前に意識を奪われたりした場合は、先の品で判断してくれるに違いないし。

「そもそも、魔法と関わっていようが、普通に生きている分には危険などとは無縁だろう?」

 確かに、課題でもない限り普通の学生生活では危険なことは起こらないだろう。
 いや、厳密に言えば交通事故などの危険はあるが、それは一般的な危険だ。
 魔法的な意味での危険は、魔法的な事件に関わらない限りは起こり得ない筈だ。

 まぁ、事故や事件は突発的に起こるので、用心に越したことはないが。

「安心しろ。一応、ここ(麻帆良)は、魔法使い達にとっての『聖地』の一つだ。
 それ故に、敵対者のターゲットにもなるが、当然ながら安全も考慮されている。
 つまり、小娘のパートナーになろうとも麻帆良にいる限りは基本的に安全なんだよ」

 エヴァの言葉は間違ってはいない。麻帆良は守られているので、最低限の安全は保障されている。

「でも、今回みたいに(ここ大事)課題として危険に巻き込まれる可能性は非常に高いよね?」
「……だから、その時は守ってやると言っているのだ!! と言うか、過去のことは忘れろ!!」
「いや、言ってねーですから。勢いで誤魔化そうとしても、全然 誤魔化せてねーですから」
「うるちゃい!! そのために割と お気に入りの品を貸してやったんだから、文句を言うな!!」
「まぁ、それには感謝して置くよ。だけど、危険に巻き込んだ張本人が開き直るな と言いたい」
「ええい、黙れ!! その件は、先程の会話で清算しただろうが!! いつまでも引っ張るな!!」

 ナギの身も蓋もない言葉に、エヴァは「うぐぅ」と ぐうの音も出ない。いや、正確には出ているが。

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 そんなこんなで、グダグダになりながらもナギはエヴァと言う強力なボディガードを手に入れたのだった。

 これで、仮にネギが暴走したとしても「助けてエヴァもーん」とか言ってネギの魔の手から逃れることが可能になった と言うことである。
 そう、「ネギの護衛力に不安がある」と言うのはネギへの建前でしかない。ナギの本音は「ネギに襲われたら危ないから」だったのだ。
 どう考えても「まずは襲われるような事態にならないように努めろよ」とツッコみたくなるが、残念ながらナギに その発想はないのだった。

 ところで、血を提供させた代償として何故か「今度ネギと買い物に行く」ことになってしまったのは、あきらかに自業自得だろう。


 


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オマケ:ぢ爺とゑ婆 ―その2―


 翌日の深夜――つまり、大停電が起きた後のこと。
 学園長室にてエヴァと近右衛門の密談が交わされた。

「さて、貴様との契約通り、小娘に大したケガは負わせておらんぞ」

 エヴァは近右衛門のシナリオ通り、停電による『学園結界』の一時消失を利用してネギを襲撃した。
 言うまでもなく、既に解呪が成功しているエヴァにとって それは既に意味の無い行為でしかない。
 つまり、ナギの指示による「近右衛門にシナリオ通りだと思わせるため」のブラフに過ぎない。

「……まぁ、そのようじゃのう」

 前回ネギに強請られたのにもかかわらず今回の戦闘も『遠見』で確認していた近右衛門はエヴァの言葉を肯定する。
 今回の戦闘は、名目としては『課題』ではなく『私闘』に当たるが、実際は近右衛門の指示による『課題』でしかない。
 そのため、近右衛門には監督の義務があり、『遠見』で戦闘状況を確認せねばならない。決して近右衛門の趣味ではない。
 仮に再びネギが剥かれたとしても、ネギやナギに危険が及んだら介入せざるを得ないので、確認しなければならないのだ。
 まぁ、責任者としての監督義務だけでなく、自らが描いたシナリオを監督する目的もあったので、同情の必要はないが。

「これで、貴様の目論見通り、小娘に『実戦経験』を積ませられたな?」

 エヴァはそれを認識していながらも敢えて「貴様のシナリオ通りだな」と宣言する。
 もちろん、本当のシナリオの作者がナギであることを近右衛門に悟らせないためでもあるが、
 近右衛門のシナリオだとわかったうえで「踊ってやった」と恩に着せてもいるのである。

「……はて? 何のことかの?」

 近右衛門は既に「週1回のサボりを認める」と言う形で『報酬』を支払っている。
 そのうえ、先日「エヴァの手によるものと思われる金の流れ」があったのだ。
 エヴァを体よく利用したとは言え、報酬を支払ったので恩を着せられる謂れはない。

 だが、それはエヴァも充分に理解していることだ。そのうえで恩に着せる予定なのだ。

「フン、惚けるのは貴様の自由だが……私は『小娘に修行を付けてやる対価として血液をいただく契約』を結んだ。
 つまり、私の思い描いていた予定とは形が変わったが、『小娘の血で解呪する』と言う私の目的は達せられる訳だ。
 貴様の掌で踊らされたことは腹立たしいが、解呪の機会を与えてくれたことには感謝してやろうと思うのだよ」

 だから、エヴァは「この報告をすることで恩に着せるのだよ」と言わんばかりにニヤリと口元を歪める。

 だが、これはあくまでもブラフでしかない。隠すべき事実を隠すために、嘘の事実をデッチ上げたに過ぎない。
 言い換えると、既に解呪を済ませてあることを勘繰られないように、修行による対価で解呪ができると騙ったのだ。
 何故なら、現時点で解呪できたこと と、エヴァとナギ達の間に『契約』があることは隠して置く予定であるので、
 他者にとっては「解呪を求めるエヴァが理由もなくネギを襲わなくなる」と言う不自然な状況になってしまうからである。
 つまり、不自然さを解消するために、修行による対価で解呪ができる と言う『尤もらしい理由』をデッチ上げたのだ。

 ちなみに、エヴァの解呪が為されたことを隠す理由だが……これは、ナギとネギの安全のためである。

 エヴァが解呪されたことが周知の事実となれば、ほぼ間違いなくエヴァを狙う者達がエヴァを襲撃するだろう。
 そのことを理解しているエヴァは「後1年ほどの辛抱だ」と自分に言い聞かせて解呪を隠すことにしたのだ。
 もちろん、二人の危険性を減らすためでもあるが、『学園結界』によって魔力が封じられているためでもある。
 エヴァは『登校地獄』が解けたことで麻帆良から出られるようになったので麻帆良外では最強状態に戻れる。
 だが、残念ながら『学園結界』は依然として存在するため、麻帆良内では最弱状態であることは変わっていないのだ。

 つまり、麻帆良では最弱状態で戦わねばならないため、二人のためにも麻帆良を戦場にする訳にはいかないのである。

 まぁ、エヴァが麻帆良から出ればいいのだが、今度は麻帆良にいる二人を守るのに不都合が生じるので それも厳しい。
 と言うのも、『転移魔法(ゲート)』を使えば距離は関係ないのだが、高位の術者は『ゲート』を妨害できるからだ。
 そう、二人を守るためには二人の近くにいる方が都合がいいため、エヴァは麻帆良から出られないのである。

「……ふむ。それは想定外の結果じゃのぅ」

 近右衛門は「多少は予定と違うが、概ね計画通りじゃな」と思いながらも、エヴァの言葉に驚いた振りをする。
 ネギに実戦経験を積ませ、那岐に実績を作らせ、エヴァにネギの襲撃を諦めさせる。それが近右衛門の狙いだったのだ。
 そのため、もしもエヴァに裏がなければ(ナギが介入していなければ)すべては近右衛門のシナリオ通りだっただろう。
 それが理解できたエヴァは、少々不機嫌になりながらも結果として近右衛門を出し抜けたため悟られぬように溜飲を下げる。

 ……このような裏を内包しつつ、狐と狸の化かし合いとも言える「ぢ爺とゑ婆」の会話は続くのだった。


 


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後書き


 ここまでお読みくださってありがとうございます、カゲロウです。
 以前から「改訂した方がいい」と言う意見が多数あったので、改訂してみました。


 今回は「エヴァと交渉したら、エヴァがヒロインぽくなっていた」の巻でした。

 当初の予定では、エヴァは「冷徹になろうとするけど、詰めが甘いのでいいようにされてしまう」予定だったんです。
 それなのに……何で主人公とキャッキャウフフな会話をしちゃってるんでしょうか? 意味がわかりません。
 ですから、メインは交渉の筈なのに、あきらかに「看病イベント」がメインになってますけど、気にしちゃいけません。

 ……とりあえず、エヴァは「興奮すると『おこちゃま』になるコ」ってことでいいんじゃないかなぁって開き直って置きます。

 あと、近右衛門が出し抜かれた件についてですけど、これは主人公を『那岐』とみなしているために起きたイレギュラーです。
 主人公が那岐君のままであったならば、きっと近右衛門の描いたシナリオ通りに『こと』が進んでいたことでしょう。
 周囲には「困ったボケじじい」と思わせて置いて「実はそれなりに優秀」って感じの「老獪で厄介な人物」が近右衛門です。
 少なくとも そう言った人物だと思っていただけるように書いているつもりです(基本的に困った部分が目立ち過ぎてますけど)。


 ……では、また次回でお会いしましょう。
 感想・ご意見・誤字脱字等のご指摘、お待ちしております。


 


                                                  初出:2009/10/18(以後 修正・改訂)



[10422] 第16話:人の夢とは儚いものだと思う【改訂版】
Name: カゲロウ◆73a2db64 ID:552b4601
Date: 2012/09/17 22:51
第16話:人の夢とは儚いものだと思う



Part.00:イントロダクション


 今日は4月16日(水)。

 ナギがエヴァと契約を結んだ翌々日であると同時に、
 契約を隠すために「停電を利用した決戦」を利用した翌日。

 つまり、エヴァイベントを消化し切った翌日のことである。



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Part.01:こんな夢も見た


「ねえ……雪だよ」

 空から舞い降りる白い結晶――雪を手に掴みながら、幼い那岐が言う。
 当然ながら、掴まれた雪は掌の体温で一瞬にして溶けてしまう。
 だが、それでも那岐は雪を掴もうとするのをやめない。掌を翳し続ける。

「ええ、降って来ましたね」

 那岐の姿は無邪気にも見えるが、掴めないものを必死に掴もうとしているようにも見える。
 どちらに捉えたのかはわからないが、若かりし頃のタカミチは苦笑いを浮かべて那岐に答える。
 いや、『苦笑い』と表現したが、正確には『苦味を無理に抑えて笑った』と表現すべきかも知れない。

 まぁ、それはともかく、きっと また那岐の記憶を夢見ているのだろう。

 視界に広がる銀世界は ても美しいのに、何故かひどく儚いものに見えた。
 そこにある筈なのに儚い、まるでガラス細工のように美しくも脆い世界だ。
 記憶と言う儚いものを夢と言う美しくも脆い世界に映し込んだからだろうか?

「……それで? これからどうするの?」

 雪を掴もうとするのはあきらめたのか、那岐はタカミチに振り返って問い掛ける。
 さっきまでの動作は、言わば「無邪気と空虚の中間」のように見えていたが、
 今の様子は あきらかに空虚でしかなかった。無邪気さは微塵も感じられない。

「日本へ行きます」

 タカミチは那岐の問いに簡潔に答える。簡潔過ぎるくらいに簡潔だ。
 と言うか、微妙に答えになっていない気がするのは気のせいだろうか?
 文法的には合っているのだが、語法的に合っていない気がするのだ。

「日本……?」

 恐らく、那岐も同じように感じたのだろう。
 疑問の声を上げて、タカミチに意味を問い質す。
 きっと「日本でどうするの?」と言う意味だろう。

「ええ、詠春さんのいる国ですよ」

 詠春? え~~と、確か、木乃香のオヤジさんだったような気がするな。
 と言うか、那岐の求めている情報はそう言う意味じゃないと思うんだけど?
 さっきのは、日本『へ』の疑問じゃなくて、日本『で』の疑問じゃないかな?

「……それで、日本でどうするの?」

 きっと、那岐は己の訊き方が悪かったと判断したのだろう。
 今度は問い質したい内容を正確に表現して問うた。
 と言うか、タカミチは これくらい察してあげてもいいと思う。

「幸せに暮らしていただきます」

 いや、だから、それでは答えになっていないと思うんだけど?
 間違っては無いんだろうけど、微妙に間違っている気がするよ?
 この頃からタカミチはタカミチなんだなぁって妙に安心したよ。

「……詠春のところで?」

 まぁ、話の『流れ』からすると そう言う仮定となるだろう。無理も無いと思う。
 でも、タカミチは話の『流れ』なんて気にしてない筈だから、違うだろうけどね。
 恐らくは「じゃあ、何で詠春の話題を出した?!」と言う答えを返してくれるに違いない。

「ええ。ちょうど同じくらいの年の娘さんがいらっしゃるそうなので、きっと楽しく過ごせると思いますよ」

 って、あれ? 正解だった? タカミチなのに『流れ』を無視していなかった?
 こんなの!! タカミチが『流れ』を読むなんて!! 有り得ない!! ……さすがは夢だなぁ。
 あ、でも、記憶を夢見ているんだから、意外なことに これは事実だったのかも知れない。
 それとも、都合よく記憶を改竄しているのだろうか? 答えは神のみぞ知る でいいだろう。

「ふぅん、そうなんだ……」

 いや、那岐。その反応は どうかと思うよ? もうちょっとテンションを高くしてもいいんじゃない?
 まぁ、テンションの高い那岐と言うのも妙な違和感を覚えるけど、それでもテンション低過ぎだよ。
 同じくらいの年の娘さんって聞いた段階で意味もなくテンションが上がるのが男の子ってモンでしょ?

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 …………………………………………………………

 さて、そんなこんなで、またもや微妙な気分になる夢を見たナギだった。

 さすがに二回目なので何じゃこりゃぁああ?!」などと言う絶叫を上げる程の驚きはない。
 と言うか、朝からハイテンションに叫べる程 元気ではない、と言うべきかも知れない。
 だが、冷静であることは大切なことだ。たとえ その内心が欝な状態であったとしても。

 もちろん、夢のせいもある。だが、それ以上に目覚めてからの光景が欝だったのだ。

 と言うのも、ナギが「真っ白な銀世界」から目覚めたと思ったら、何故か「真っ白なナマモノ」が視界に広がっていたのである。
 つまり、カモがナギのベッドに侵入して添い寝していたのだ。どう考えても、同じ『真っ白』でも受ける印象はまったく違う。
 ナギが雑巾を絞るようにカモを『ギュッ』としたのは言うまでもないだろう。動物虐待? カモはオコジョ妖精なのでセーフな筈だ。

「で? なんでオレのベッドに浸入してたのかな? 事と次第によってはレンチンしちゃうよ?」

 ナギは穏やかな笑みを浮かべながら、答えのわかりきっている問いを訊ねる。もちろん、目は笑っていない。
 その内心を言葉にするとしたら「あんなに脅したのに効いてないんだから、もう実力行使が必要かな?」くらいだろう。
 ちなみに、ナギの考える実力行使とは「女のコ版の去勢をすること」らしいので、カモのカモが非常にピンチである。

「レ、レンチン?」

 言うまでもないだろうが敢えて説明して置こう。レンチンとは、電子レンジでチンすることである。
 ちなみに、生物をレンチンすると体内の液体(血液など)が沸騰し、熱いでは済まない状態になるらしい。
 皆様も聞いたことがあるだろう、どこかの国の子供がネコを暖めようと思って死なせた と言う逸話を。

「そ、それだけはお許しくださいぃいい!! いくらオコジョ妖精でも電磁波には耐えられませーん!!」

 カモの過剰な反応にナギは「え? いきなり どうしたの?」と素で疑問を浮かべる。
 怖がらせるために言った言葉なので、恐れられること自体は思惑通りなのだが……
 あきらかに予定よりも恐れられているのでナギとしては釈然としないものが残るのだ。

「カモは もうオネショはしません ですからスイッチを押さないでください お願いします お姉さま カモは正しいオコジョになります」

 だが、その疑問もすぐさま氷解した。どうやら、既にネギが実行していた脅しのようだ。
 目を虚ろにさせてブツブツつぶやくカモは、どこからどう見てもトラウマ全開である。
 と言うか、ネギは何をやらかしているのだろうか? レンチンで脅す10歳児とか実に怖い。

「どうか扉を開けてください お姉さま どうやらこの扉は中からは開かないようです そのためカモは絶体絶命です 万事休すです」

 カモのトラウマトークを聞いたナギが感じたことは「そんな構造になってたんだなぁ」と言う軽い現実逃避だった。
 普通は料理を温めるために使われる物なので、外からしか開閉できないようになっていても不思議ではない。
 まぁ、ネギがカモを脅迫するために作った「電子レンジに見せ掛けただけの箱」と言う可能性もあるので、答えは謎だが。

(とりあえず、今後はレンチンの話題は振らないであげよう――って、あれ? カモを脅すどころか いつの間にか同情してない?)

 恐らく、ネギに対する恐怖でカモのしでかした所業がどうでもよくなったのだろう。
 もしくは、ネギのカモに対する扱いが酷過ぎて思わず同情してしまったのかも知れない。
 まぁ、どの道これ以上カモを脅す気分でもなくなったので、カモは解放してもいいだろう。

 と言うか、よく考えなくても これから学校なので、そんなに ゆっくりしていられる余裕などないのだが。



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Part.02:神多羅木との仁義無き対話


 夢見が悪かったせいか、目覚めた後が酷かったせいか、ナギは朝からブルーな気分になり そのまま一日を過ごした。

 具体的に言うと、授業を聞く振りすらしなかった感じであり、以前にもあったような展開である。だが、気にしてはいけない。気にしたら負けだ。
 前回と同じ様に授業を聞き流したせいだろう、前回と同じ様に神多羅木に呼び出されているがナギは気にしていない。気にしたら負けだからだ。
 少しだけ「やっぱり、前回と同じ様に無視して帰ろうかな」とか思ったらしいが、さすがに二回連続で呼び出しを無視するのは不味いと思ったらしい。

 そんな訳で神多羅木の呼び出しに渋々と従ったナギは、生徒指導室と言う生徒的には近付きたくない部屋を訪れたのであった。

 ちなみに、部屋には既に神多羅木が来ており、威風堂々を絵に描いたような態度で席に陣取っていた。
 腕を組みながら座っているだけなので少し過剰な表現なのだが、妙に威圧感があったのである。
 まず間違いなく、街中で見た親が「目を合わせちゃいけません!!」とか子供に教えることだろう。

「で? どうして お前は そんなに不真面目なんだ?」

 ナギが「失礼します」と声を掛けてから神多羅木の対面に座った瞬間、神多羅木は開口一番にストレートな剛速球を投げ付ける。
 相手が身構える前に先制攻撃をしたのろう。普通の男子中学生なら効果は抜群だったろうが、残念ながらナギは普通ではない。
 もちろん、変態的な意味ではなく『場慣れ』と言う意味で だ。それに、先制攻撃を常套手段としているので尚更ナギには効かない。

「いえ、オレなりに真面目に生きているつもりなんですけど?」

 ナギが不真面目なのは、不真面目なのがナギの性分だからだ。最早あきらめるべきレベルである。
 だが、さすがに そんなことをストレートに言える訳が無いので、ナギは変化球気味に表現してみたが。
 ただの言い訳にしか聞こえないが、気にしてはいけない。世の中、気にしてはいけないことだらけだ。

「……お前のスタンダードが世の中のスタンダードだと思うなよ?」

 つまり、ナギなりに真面目であっても世間的には不真面目だ と言うことだ。まさしくその通りだろう。
 それはナギ自身も感じていることだ。ただし、自覚症状があっても本人に直す気は皆無なだけなのだ。
 と言うか、ナギの性根を捻じ曲がり過ぎているので、ちょっとやそっとでは ナギが変わることはない。

「先生。世の中とは色々な人間がいて成り立っているんですよ?」

 それ故に、ナギは何処か遠くを見遣りながら それっぽいことを言ってお茶を濁して置く。
 ナギの言っていることは間違ってはいない。いや、それどころか正しいとも言える。
 これを聞いたのが高音のような生真面目な人間なら騙せて――いや、納得させられただろう。

「まぁ、確かにそうだな。だが、だからと言って お前が不真面目でいい理由にはならんだろ? 立場的に考えて」

 だが、相手は神多羅木だったので、誤魔化されてはくれなかった。神多羅木はナギの言を肯定しつつもバッサリと断ち切る。
 と言うか、どう聞いても「お前、自分が特待生だとわかっているのか? もっと真面目になれ」と言っているようにしか聞こえない。
 もしくは魔法関係での立場(英雄の娘のパートナー)を指していて「英雄の娘の評価を貶めるなよ」とか言いたいのだろうか?

 どちらにしろ――いや、恐らくは どちらも含めているのだろう。とにかく、実に神多羅木らしい言い方だ。

「確かに仰る通りだとは思います。ですが、最近は素行を偽っていられる余裕がないんですよねぇ」
「……そうか。だが、気苦労が耐えないことを承知のうえでネギ君のパートナーになったのだろう?」
「まぁ、それはそうなんですけどね。ところで、何で先生がパートナーの件を知っているんですか?」
「あん? そんなこと、クソジジ――いや、学園長から通達があったからに決まっているだろう?」
「やはり そうですか。あ、いえ、予想はできていたんですが、念のために確かめて置きたかったんです」

 ナギとしては、近右衛門が神多羅木に伝えていたことは想定の範囲内である。むしろ、それ以外の可能性は考慮していないくらいだ。

 それでも確認したのは、近右衛門からは何も聞かされていない と言うポーズを取るためだ。
 実際に聞かされていないのでポーズを取る必要はないのだが、証拠は一つでも多い方がいい。
 ナギの場合は「聞いていたのに聞いていない振りをした」と思われる可能性が高いので尚更だ。

 その辺りに「信用と言う名の普段の言動の成果」が如実に現れているが、ナギは気にしてはいない。気にしたら負けだからだ。

「あ、ちなみに、言うまでもないでしょうけど……オレは学園長からは何も聞かされていませんから」
「む? つまり、オレが関係者であることも、お前の『担当』になったことも知らなかったのか?」
「ええ、一切 聞いていません。と言うか、その『担当』って何ですか? 嫌な予感がするんですが?」
「恐らく想像通りだ。平たく言うと、魔法関係における子弟関係みたいなものだ。実に面倒なことに」
「やはり そうですか。あ、どうでもいいですけど、せめて最後のセリフは聞こえないように言ってください」
「お前の場合は聞こえた方がいいだろう? と言うか、オレがお前に気を遣う訳がないだろ、常識的に考えて」
「まぁ、そうですね。先生に気を遣われたら、終末へのカウントダウンだと言っても過言ではないですよね」

 実に不穏な会話だが、これがナギと神多羅木のスタンダードだ。つまり、二人は妙に仲がいいのである。

 ところで、ナギは近右衛門から事情を聞いていないのは本当である(ネギやエヴァから聞いただけだ)。と言うか、10話以降 近右衛門と話していない。
 魔法に関わることを覚悟したナギだが、近右衛門と関わるのはネギを介するくらいだろう と考えていたので、これまで接触するのを避けていたのだ。
 だがしかし、こうして神多羅木を介して干渉して来たことを考えると このまま放置するのは悪手だろう。むしろ、この辺りで接触をして置くべきだ。

「と言う訳で、ちょっと学園長と『お話し』したいことができましたので、今日のところは ここで失礼させていただきます」

 善は急げ、思い立ったが吉日……と言う訳で、ナギは近右衛門に会いに行くことにした。
 ちなみに、ナギの言う『お話し』は某魔砲少女的なOHANASHIではない。普通に話す予定だ。
 まぁ、場合によっては肉体言語を用いてのOHANASHIも辞さない覚悟で望むのは否定しないが。

「オレの話はまだ終わってはいないのだが……まぁ、いいだろう」

 どうやら、話が脱線していただけで話そのものは終わっていなかったようだ。そもそも、実のある話はほとんどなかったので、当然だろう。
 だが、神多羅木の様子から考えると そこまで緊急性のある話ではないようなので、ナギは「本人がいいって言ってるんだから いいか」と納得する。
 まぁ、フラグ的に考えて、ナギがこの件で後に「この時に聞いて置けばよかったぁああ!!」とか嘆くことになるのは、最早 言うまでもないだろう。

「……すみません、失礼します」

 神ならぬナギは そんな未来を想定することすらせずに、社交辞令的に謝罪を述べて生徒指導室を後にする。
 もちろん、その背中を見送る神多羅木の笑顔が非常に「意地の悪いもの」であることなど気付く訳もない。
 詰めが甘いとしか言えないナギは、近右衛門との会話をシミュレートしながら女子中等部に向かうのだった。



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Part.03:ぬらりひょんとの腹黒い対話


「学園長先生、これは一体どう言うことでしょうか?」

 学園長室を訪れたナギは無言で近右衛門の執務机まで距離を詰めると、とても穏やかな笑顔を浮かべて言い放った。
 もちろん、その瞳は笑っていない。そう、それは明確に「私はとても怒っています」と言うメッセージを表していた。
 物理的には笑顔なのに、見る者に笑っていると言う印象は一切与えない。これなら、怒声を張り上げられた方がマシだろう。

「ほ? 何のことかのう?」

 これほどの怒気を目の前にしたら、普通は多少なりとも動揺するものだが……近右衛門はまったく動じずに軽く惚けて見せる。
 当然ながら、ナギの怒気に気付いていない訳ではない。気付いた上で軽く受け流したのだ。恐らく、すべて想定の範囲内なのだろう。
 神多羅木がナギと接触することも、その結果としてナギが怒ることも、そしてナギが何に対して起こっているのかも、すべて。

「決まっているでしょう? 神多羅木先生に『オレが関係者である』ことを何の断りもなしに知らせたことですよ」

 近右衛門の薄い反応だけで、ナギは近右衛門が「わかったうえで敢えて惚けている」ことが理解できた。
 だが、単に言質を与えないために惚けたのか? それとも、正確な表現をさせるために惚たのか? それはわからない。
 前者なら問い詰めるために、後者なら過不足なく情報を提示するために、ナギは自身が憤っている理由を述べた。

「……つまり、那岐君が問題にしておるのは『那岐君の了承を得ず』に『神多羅木君に知らせたこと』かの?」

 近右衛門は僅かに考えた後、言外に「ワシが事情を知っておったことに憤っているのではなくて」と込めて訊ねる。
 当然ながら、これは振りだ。近右衛門が事情を知っていることをナギが知っているのは、近右衛門も理解している。
 だが、その情報はまだオープンになっていない。そのため、互いにわかっていても言葉にして置かねばならないのだ。

「ええ、そうです。『責任者』である学園長先生が知っているのは当然のことですからね」

 ナギはネギやエヴァから情報提供を受けたことまでは語らない。この場で必要なのは情報の開示だけだからだ。
 もちろん、情報の精度が必要な時など情報源まで開示せねばならない場合もあるが、今回はそうではない。
 それに、今回の場合は近右衛門も情報源は想定できている。つまり、語るまでもないことを語る必要はないのだ。

(むしろ、学園長先生が『覗き見』をしていたことを知っていたからこそ、昨夜はデモンストレーションを行ったんだけどね)

 エヴァの魔力を封じている『学園結界』が停電で解除されることを近右衛門はエヴァ達に知らせていた。
 言うまでもなく、それは近右衛門の『暗黙の指示』――停電を利用してネギを襲撃せよ(課題を続行せよ)だ。
 事情を知った(エヴァに教えてもらった)ために、ナギは昨夜のデモンストレーションを行わせたのである。

(解呪を望んでいる筈のエヴァがネギを襲撃しなければ、それは「解呪できました」と言っているようなものだからね)

 デモンストレーションの際、ナギは「ネギのパートナー」として「エヴァのパートナーである茶々丸」を抑える役割を担った(もちろん、演出だ)。
 別に原作を意識した訳ではないが、ネギとエヴァの対決を成立させる(茶々丸を排除する)には、ナギが明日菜の代役をこなす必要があったのだ。
 チート性能を持つ主人公(ネギ)とは言え、この段階でパートナーもなしにエヴァと茶々丸に辛勝するのは さすがに『説得力』を欠くからである。

(演出そのものは嫌いじゃないけど、他人――学園長の描いた出来レースのために奔走したのが微妙に気に入らないなぁ)

 ちなみに、近右衛門が描いたシナリオをエヴァが遂行した と言う体だったのに何故『説得力』が必要だったのか と言うと、不自然過ぎてしまうからだ。
 近右衛門はネギに八百長であることを知らせるつもりはないらしいため、ネギが八百長に気付かない程度に『説得力』を持たせる必要があったのだ。
 まぁ、実情としては、ネギは八百長だと理解したうえで知らない振りをして八百長を行っていたので、最早 茶番とすら言えない笑い話でしかないが。

(オレの目的は「シナリオ通りだと学園長先生を誤認させること」だから、茶番でも付き合うしかないんだけどねぇ)

 近右衛門にとっては「自分の描いた出来レース」だったが、ナギにとっては「そう思わせるためのデモンストレーション」だった。
 だからこそ「関係者になったことを近右衛門に知られている」のは前提とも言える情報なので、そのこと自体は問題ではない。
 だが、神多羅木に関係者であることを知らされることは想定外だ。と言うか、どう考えてもナギには好ましい状況ではない。
 関係者だ とバレたので「これから遠慮する必要はないな」とか言って魔法でOSHIOKIされる未来が見えるのはナギだけではない筈だ。

「と言うか、神多羅木先生はオレへの指導が常軌を逸していますから、身の危険を感じて抗議しているんですよ」

 もしかしたら、例の「指パッチンでカマイタチ」を喰らうことになるかも知れない。
 ヒィッツ好きなナギとしては ちょっと胸熱な展開だが、深刻なダメージはいただけない。
 と言うか、カマイタチなので当たり所が悪ければ死すら有り得る。つまり、非常に危険だ。

「いや、彼は『良識派』じゃからのぅ、危険なレベルの魔法は使わんじゃろうて」

 近右衛門はナギの懸念など「杞憂じゃよ」と言わんばかりに軽く受け流すが、ナギは全然 安心できない。むしろ不安が増したくらいだ。
 何故なら、幻聴でなければ近右衛門は神多羅木を『良識派』と評したからだ。ナギにとっては、その評価の段階で既に危険だ。
 アレは『良識派』と言うよりも『両○式派』と言われた方がシックリ来るキャラだろ? と言うのが、ナギの正直な感想である。
 それに「危険なレベルの魔法『は』使わん」と言うことは「危険ではないレベルの魔法なら使う」と言うことだろうか? 非常に気になる。

 だが、そこは神多羅木の良識を信じて――と言うか、近右衛門に文句を言っても仕方がないので、ナギは別の懸念事項に移る。

「そうですか。ところで、『関係者だろ?』とか言う意味不明な理由で魔法関係の仕事も押し付けられそうなのは、オレの被害妄想でしょうか?」
「……少しくらいは手伝ってやってくれんかのう? 彼は『教師としての仕事』と『魔法使いとしての仕事』でイッパイイッパイなんじゃよ」
「それは学園長先生が仕事を押し付け過ぎだからでしょう? まぁ、これまで通り『生徒として手伝える範囲』で『教師としての仕事』は手伝いますが」

 近右衛門は「協力の要請」――つまり、ナギが手伝わずに済むように手配する気がない と通達して来たので、ナギはキッパリと釘を刺して置く。

 ナギとしては「イッパイイッパイだってわかってるなら、魔法使いに教師などやらせるな。と言うか、魔法関係に専念させろ」と言いたいくらいだ。
 まぁ、少し言い過ぎではあるが、そこまで間違った意見ではないだろう。どう考えても、魔法使い達に教師を片手間でやらせているのは悪手だ。
 あきらかに似合わない神多羅木に数学教師をやらせたり、多忙だと思われるタカミチに担任をやらせたり……もはや采配ミスとしか言えないだろう。

(確かに、麻帆良は『魔法使いが作った学校』だ。それは間違いない。だけど、『魔法使いの学校』ではなく『魔法使いもいる学校』でしかない)

 設立の経緯や思惑はどうだったのかは知らないが、現在の魔法使いと一般人の比率を考えれば あきらかに優先されるべきなのは一般人だ。
 それに、『立派な魔法使い』とやらは「一般人のために奉仕する」のが理想な筈だ。つまり、麻帆良の一般人を蔑ろにするのは矛盾している。
 だからこそ、一般人の生徒のことを考えるなら、魔法使いと教師の二足の草鞋は迷惑でしかない。いや、むしろ、害悪とすら言える。
 仮に魔法使いの生徒のために魔法使いの教師が必要だとしても、『特別講師』にでもして教師としての仕事の分量を減らすべきだろう。
 両者を両立できるほど『教師としての仕事』も『魔法使いとしての仕事』も『甘い仕事』ではない筈だ。と言うか「教職ナメんな、魔法使い」である。

(まぁ、以上のような「一般的な正論」を言っても、魔法使いにはピンと来ないんだろうなぁ)

 きっと「え? そもそも麻帆良は魔法使いの魔法使いによる魔法使いのための学園じゃよ?」とか言うに違いない。
 むしろ「一般人などカモフラージュのために受け入れているだけで、実はどうでもいいんじゃ」とすら言い兼ねない。
 近右衛門の人格を信じて「一般生徒のために魔法先生達の負担を軽減しようかのう」と言う反応を期待すべきだが、
 何故か期待を裏切られるビジョンしか思い浮かばないナギは、内心で溜息を付いて思考を切り替えるのだった。



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Part.04:ネギとの打算だらけの対話


『そんな訳で、これからは「オレがお前の『従者』である」と言う前提で動いてくれ』

 ナギはネギに『念話』で先程の「近右衛門との楽しい楽しい会話の内容と そこからわかったこと」を知らせた。
 ちなみに、近右衛門との会話は あの後――『教師としての仕事』云々の後も続いた(詳細については割愛するが)。
 そして、その会話の中でナギは近右衛門は「ナギがネギのパートナーになった」と勘違いしていることに気付いたのだ。

 これはナギが意図したことではない。魔法使いにとっての『常識』から来た勘違いだろう。

 ネギのパートナーとして戦いに参戦した(ように思わせた)ナギを見て、条件反射的に「ネギの従者として参戦した」と判断したのだろう。
 まぁ、考えてみれば当然のことだ。パートナーと言う表現を取ってはいるが、戦闘的な意味では「魔法使いとその従者」でしかない。
 実情を知らずに、ナギがネギのパートナーとして協力したのを見たら、ナギを「魔法使いであるネギの従者」だと判断するのは当たり前だ。

 もちろん、せっかく勘違いしてくれているのに態々 正解(実際はネギがナギの従者)を教えるような真似をナギがする訳がない。

 この勘違いが何の役に立つかはわからないが、切れる手札が多いことに越したことは無い。
 木を隠すなら森の中 を応用して、秘密の中に秘密を隠す だけでも充分に役に立つだろう。
 それ故に、ナギはネギに経緯を説明し、近右衛門が勘違いしたままにするように指示したのだ。

『……なるほど、よくわかりました。では、そのように「誓約」しますね』

 そして、そんなナギに対するネギの返答がコレだった。理解が早いこと自体は非常に助かる。
 だが、ナギの意図を理解してくれるのは嬉しいが、『誓約』までするのは遣り過ぎな気がする。
 別に芋蔓式に他の秘密がバレる様なものでもないので、これはバレたらバレたで構わないからだ。

 むしろ、バレることで相手を「秘密を暴いた気にする」ことができるので、バレた方がいいかも知れない。

『いや、そこまでする必要はないよ。バレないよいに気を付けてくれれば それでいいって』
『ですが、注意していても何かの拍子でポロッと口を滑らしてしまう可能性がありますから』
『まぁ、確かにそうなんだけど。でも、バレてもいい秘密だから そこまでする必要はないよ』
『それでも、どうせバラすなら効果的にバラしたいですよね? なら「誓約」すべきです』

 確かにネギの言う通りなのだが、魔法使いなのに そう軽々と『誓約』するな と言うのがナギの率直な意見だ。

 魔法使いにとって『誓約』とは、『契約』程の拘束力はないにしても それなりに重いものである。
 まぁ、自ら『誓約』したいと思うだけナギに協力的だ と解釈して置けばいいのだろうが……正直、重い。
 それに「ミヤザキさんだけナギさんのために『誓約』しているのはズルいですし」とか聞こえる気がするし。

『そんな訳ですので……ちょっと「召喚」してください』

 その動機はどうあれネギの言い分そのものは間違ってはいないため、ナギは『誓約』自体は了承した。
 だが、緊急事態でもないのに『召喚』を使用することには難色を示した。と言うか、簡単に了承できない。
 カードの機能なので『召喚』するのは簡単だが、ナギの魔力が消費されるため、やすやすと使いたくないのだ。
 まぁ、ナギには『それなり(エヴァ談)』に魔力はあるらしいので、乱用しなければ大丈夫らしいが。

『でも、早く「誓約」したい――じゃなくて、「誓約」は早くした方がいいと思いますから』

 ポロッと本音が垣間見えた気がするが、ナギは敢えて聞かなかったことにして置く。
 と言うか、こう言うことは早い方がいいとは言え、明日でいいのではないだろうか?
 急いては事を仕損じるし、急がば回れだ。それに、今日は もう遅いので遠慮したいのだ。

『えー、でもー』

 間延びして駄々を捏ねるネギは子供らしくて少し可愛いと思ったが、それでもダメなものはダメだ。
 何故なら、ネギを召喚したら――と言うか、ネギが部屋にいるのを誰かに見られたらナギは終わるからだ。
 それに、最初は間延びを可愛いと思ったが、冷静になったら のどかを思い出すので軽く欝になったし。

『ッ!! つ、つまり、それってミヤザキさんのことを思い出すと暗い気分になるってことですか!?』

 まぁ、そうとも言えるだろう。魔法バレの時の対応で失敗したことも関係しているが、
 それ以上に「最近 偶に怖い」ので、できるだけ のどかを思い出したくないのである。
 もちろん、協力者になってもらったことに多少の後ろめたさを感じているのも原因だが。

『……わかりました。そう言うことでしたら、今日はあきらめます』

 のどかへの後ろめたさとと『誓約』がどう繋がっているのかは定かではないが、ネギはあきらめたようだ。
 恐らく、ネギは のどかに対抗して『誓約』を焦っていたが、その のどかの評価が低くて安心したのだろう。
 だが、それはあくまでもナギの勝手な予想なので、現実は違うかも知れない。いや、むしろ、違う筈である。

『では、明日にでも「誓約」しましょう』

 結論付けたネギは、ナギの返事を待たずに予定を立てていく。まぁ、今回はナギに異論はないので問題ないが。
 ラブな方向で暴走している時は話を聞いてもらわないと困るが、平常運転時なら話をスルーされても構わないのだ。
 ところで、どうでもいいし今更なことだが、さっきからネギがナギの思考を読んでいるのは気のせいだろうか?

『「念話」中ですから、表層意識の思考なら伝わって来るんです。伝えようとした言葉ではないので、少々わかりづらいですけど』

 どうやら「ナギの思考が読みやすいから」とか そう言った残念な理由ではなく、単純に『念話』中だから思考が伝わっていた らしい。
 まぁ、よく考えなくても、「念じるだけで伝わる」と言うことは「念じるだけで伝わってしまう」と言うことなので当然だろう。
 今回は黒服達に聞かれると「いつもより異常です」とか報告されそうなので『念話』にしたが、『念話』の特性を失念していたようだ。

『あ、そう言えば、黒服さん達で思い出したんですが……黒服さん達が邪魔なら消えていただきますけど、如何いたしますか?』

 ネギは某ハンバーガーチェーンにて「セットにすると お得ですけど、如何いたしますか?」と言ったセリフと同じ様な調子で聞いてくる。
 それは「記憶を消す」と言う意味だろう。多分、きっと、恐らくは。間違っても「この世から物理的に消す」と言う意味ではない筈だ。
 単なるナギの筋違いな勘違いの思い違いに違いない。違いが多過ぎて、微妙に違いがわからなくなって来ているが、とにかく大丈夫な筈だ。

『え? 幻覚でも見せて帰っていただこうと思っていたんですけど……ナギさんがお望みであればそうしますよ?』

 どうやら姿を消してもらう予定だったようだ。これでは、ナギの想定の方が物騒なことになる。
 まぁ、後半部分が非常に危険な気がするが、ナギが舵取りを間違えなければ大丈夫だろう。
 と言うか、ナギも物騒な展開を望んでいる訳ではないので、幻覚を見せる方向が望ましいだろう。

『では、ナギさんが街に出掛けたって幻覚を見せて離れてもらいますね?』

 確かに幻覚を見せて黒服達を排除するのが望ましいのだが、部屋の様子も監視されている可能性があるので辻褄が合わなくなったら困る。
 監視されているのは余り良い気分ではないが、魔法がバレて面倒な事態になるよりはマシと言えばマシなので、現状維持がベターだろう。
 それに、何だかんだで監視されていることに慣れて来たため、今となっては監視されていても監視されていなくてもナギには大差ないのである。

『そうですか? お望みならば、部屋の方も改竄できますけど……?』

 部屋の様子が監視されていても、それを見た者が違和感を覚えなければいい。つまり、『認識改竄』で対応が可能なのだ。
 ナギが思っていた以上に『認識改竄』の効果範囲は広大であり、強めに掛ければ記録されていても改竄可能である。
 光景そのものに催眠効果があるのかも知れない。まぁ、効果を強めれば強めるだけ魔力消費は高まるので、燃費は悪くなるが。
 そのため、使わなくてもいい場面では使わせたくないのがナギの本音だ(ネギの魔力が多いと言っても無限ではないからだ)。

『ですが、ナギさんのためでしたら『いや、いいよ。便利だからって頼り過ぎるのはよくないからね』……わかりました』

 何かネギが不穏な言葉を発しようとしていたのを察したナギは、尤もらしいセリフでインターセプトした。
 恐らくは「ナギさんのためなら魔力くらい絞り尽くします」とか言う気だったのだろう。実に重い言葉だ。
 ナギは『魔法に付き合う覚悟』はしたが、まだ『ネギの人生を背負う覚悟』まではしていない。する気も無い。

 ナギの望みは「無事に修行を終えてもらって、オレと関わらないところで幸せに過ごして欲しい」と言う感じである。

『それでも、ボクはナギさんのためなら どんなことでもする所存ですから、何でも仰ってくださいね?』
『ありがとう、ネギ。だけど、お前には余り無茶して欲しくないんだ(オレの護衛的な観点で考えて)』
『そ、そうですか? でも、ナギさんを巻き込んでしまった責任を取るためにも できることは何でもします』
『それじゃあ、今日のところは ゆっくり休んで英気を養ってよ。必要な時は頼らせてもらうから……ね?』

 護衛ならエヴァもいるのだが、エヴァはジョーカーなので可能な限り伏せて置きたい。そのため、ネギには待機してもらうのが望ましい。

 もちろん、ナギはネギが勘違いしていることがわかっている。わかっていて、敢えて訂正していないのである。
 いや、むしろ、勘違いをさせるつもりで「無茶をして欲しくない」とか「必要な時は頼る」とか言った節すらある。
 ネギをコントロールするための必要悪なのだが、傍から見ていると幼女を体良く利用する小悪党にしか見えない。

『わ、わかりました!!』

 特に「ね?」の部分を耳元で囁くような声音で言った(『念話』なので正確には「思った」だが)ため、その効果は抜群だった。
 映像は見えないが、今頃ネギは顔中を真っ赤にしていることだろう。いや、下手したら首まで真っ赤にしているかも知れない。
 その様を想像したナギは「これで重い言動をしなければ『可愛い』で済ませられるのになぁ」と微笑と苦笑の中間の笑みを浮かべるのだった。



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Part.05:裕奈との言葉無き対話


 あの後――ネギとの『念話』を無事に終えたナギは「偶には優雅にディナーを楽しもうかな」と麻帆良市街で夕飯を食べることにした。
 別に深い意味などない。ネギとの対話の中で「街に出掛けたことにする」と言った話題があったので実際に出掛けたくなっただけだ。
 だが、店を見繕っている時にトラブルに遭遇してしまったことを考えると、『何らかの大いなる意志』を感じてしまう今日この頃である。

 あ、ちなみに、そのトラブルとは……

「ちょっとくらいいじゃん♪」
「は、離してください!!」
「そんなこと言わないでさ、ね?」

 と言う感じのベタなトラブルだった。

 いや、人通りの少ない路地裏でしつこくナンパされている女のコ達なんて、ベタもいいところだろう。
 こんなベッタベッタな状況、これから先の展開がベッタベッタなものにしかならないのは予想に難くない。
 つまり「ナンパから助ける → 何かいい感じになる → 死亡フラグが増える」と言う、悪意に満ちた三段落ちだ。

(しかも、ナンパされているのは ゆーなと亜子だから、そうなる可能性は更にドンって感じだよねぇ)

 当然ながら、そこまでわかっているのだから、ナンパから二人を助けるなんて真似をナギがする訳がない。
 そのため、ナギはナンパにも裕奈達にも気付かなかったことにして、速攻で離脱することを決める。
 幸いなことに二人は断るのに必死でナギに気付いていないので、今が最大にして最後のチャンスだろう。

(……そんなふうに考えていた時期が、オレにもありました)

 当然ながら、ナギの離脱がうまくいく訳がない。離脱の直前に何故か落ちていた空缶を蹴ってしまい、場の注意を引いてしまったのだ。
 言うまでもなく、裕奈も亜子もナギを視認した。と言うか、裕奈にいたってはバッチリと目が合ってしまった。最早どうしようもない。
 足元が疎かになっていたナギの落ち度でもあるのだが、ナギとしては『何らかの大いなる意志』を感じてしまう今日この頃だった らしい。

『ちょっと、ナギっち!! 助けてよ!!』

『……聞こえる。ゆーなが切実な『心の叫び』を上げているのが聞こえる。
 でも、きっと幻聴に違いない。何故なら、オレは無力な子羊だからだ。
 って言うか、オレは ゆーなとアイコンタクトできる程 仲良くないし』

『こら!! 無視すんな!! 乙女のピンチなのよ!!』

『いや、誰が乙女なのさ? 乙女は「体育倉庫に連れ込むんでしょ?」なんて言わないって。
 アレはオヤジ臭いを通り越して普通にセクハラだったから、オレはそんな乙女など認めない。
 あ、ちなみに、9話の話ね? ネギと双子を連れ込むって想定に全オレが泣いたんだよねぇ』

『いや、アンタの乙女に対する偏見――と言うよりも幻想は異常だから』

『う、うるさい!! 少しくらいは夢を見ていてもいいじゃないか!!
 現実は泣きたくなる程 厳しいんだから、夢くらい見させてくれ!!
 夢って言うのは、現実を忘れて明日を生きるための希望なんだよ!!』

『いや、限りなく情けないことを そんなに力説されても……』

『フッ!! オレはオレの道を生きているから、そんな戯言など気にしないさ!! むしろ、気にもならないね!!
 何だか心にダメージを負ったような気がしないでもないけど、オレはぜんっぜん気にしてないもんね!!
 某政治屋の方々が自分の財産よりも日本の将来を気にしているくらいの勢いで、ぜんっぜん気にしてないもんね!!』

『ごめん、ナギっち。既に意味がわからない。って言うか、アンタってメンタル弱かったんだよね……』

『うぅ……そんな哀れみの籠もった目でオレを見るなぁああ!!
 安い同情をするくらいならオレを放って置いてくれぇええ!!
 あ、でも、やっぱり、オレに愛と言う名の優しさをくれぇええ!!』

『うん、わかった。じゃあ、これからは放置するわ』

『え? ご、ごめん。やっぱり、ちょっとくらいは構って。
 構われ過ぎるのもイヤだけど、放置されるのもイヤなんだ。
 って言うか、適度に構ってくれるのが ちょうどいいんだ』

『うわっ!! この男、ワガママ過ぎ!!』

『フッ……人とは我侭な生物なのだよ、ゆーな君?
 だからこそ、人は鬩ぎ合いながら進化して来られたのさ。
 それ故に、人は我侭だからこそ、人足り得るのだよ?』

『……そのキモチワルイ話し方とキモチワルイ理論は何?』

『特に意味はない。何か誤魔化せるんじゃないかなって思ってやってみた。
 その場の思い付きとノリでやった。って言うか、カッとなってやった。
 反省もしてなければ後悔もしていないが、このネタは自重しようと思う』

『ナギっちの自重は一般的には自重になっていない件』

『う、うるさい!! それでも、オレが自重をやめたら今以上に暴走しちゃうんだぞ!!
 今でも充分にアウト気味なんだから、これ以上の暴走はいろいろとマズいでしょ?!
 もうね、具体的には「記すことも憚られる」って感じのレベルでヤバくなるね!!』

『まぁ、そうだね。来月辺りには誰かが孕んでそうだね☆』

『えぇええ?! ゆーなのオレに対するイメージは何なの!? 何処の飢えた狼さ?!
 って言うか、鬼畜系のエロゲの主人公か何かだと思っていやがるんですか!?
 この好青年を絵にしたようなオレを そんな人間だと思っちゃってるんですか!?』

『え? 自重していてソレに近いんだから、暴走したらそうなるっしょ?』

『え? マジで? オレって既にアレなの?
 自分で言ってて「好青年はねーよ」って思ったけど。
 それでも、既にアレだったのはショックだなぁ……』

『だから、自重は大事だと思うよ?』

『……うん、そうだね。これからはもっと自重しよう。
 既にアレなら、アレから脱却すればいいだけだからね。
 だから、タイーホされないレベルにとどまれるように頑張るよ』

『いや、志はもっと高く持った方がいいんじゃん?』

『でも、無理な目標設定は、開き直りを誘発するからダメだよ。
 100万借金している人より1億借金してる人の方が明るい感じさ。
 だから、清廉潔白な人間になるなんて無茶な目標は掲げないよ』

『まぁ、具体例がわかりにくいけど……何となくわかるような気がするかな?』

『じゃあ、言い換えると……できそうなことに失敗するとヘコむじゃん?
 だけど、できなさそうなことに失敗しても そんなにヘコまないじゃん?
 ってことで、できなさそうなことよりも できそうなことを目標にすべきじゃん?』

『ああ、それならわかるかな。ウチの部も一回戦突破が目標だと燃えるけど、全国制覇を目標にすると萎えちゃうし』

『実に志の低い部活動だねぇ。でも、大抵の部活って そんなもんだけどね。
 普通は学校生活のスパイス的な位置付けでしか部活ってやらないもんだし。
 まぁ、だからこそ、本気で全国制覇を目指せる人間だけが全国制覇できる訳だけど』

『確かに、全国制覇するような学校って「できれば勝つ」じゃなくて「絶対に勝つ」って感じだもんね』

『そうだね。メンタルと言うのは物事の成否に置いて重要なファクターだよね。
 精神論じゃないけど、成そうと思わなければ成せるものも成せなくなるし。
 だから、メンタルがブレイクしている今のオレはまったく使えないと思うんだ』

『うんうん、そうだよね――って、あれ?』

『まぁ、そう言う訳で、オレは帰って寝るから、後は頑張ってね?
 大丈夫、ゆーな達ならナンパの撃退なんて余裕だから。
 ほら、ゆーなって無駄に身体能力とか高いから一蹴できるって』

『くっ!! おのれ、謀ったなぁああ!!』

『ハ~~ハッハッハッハッハ!! 実は単なる偶然に過ぎないんだけど、ここは敢えて「計 画 通 り!!」と言って置こう!!
 ついでに「オレは新世界の神になる」とかとも言って置こうか? よりウザくて妙に「殺る気」が漲ってくるでしょ?
 その「殺る気」を「ヤル気」に変えて、目の前のナンパ野郎達にブツケれば問題解決だって。だから、頑張ってね?』

 そんなこんなで、ナギは高らかに勝利宣言をして その場を離脱しようとした……のだが、周囲の空気はそれを許さなかった。

 まぁ、言うまでもないだろうが、「お前ら、さっきから見詰め合って何してんの?」と言う素晴らしい空気だったのである。
 そりゃあ、あれだけ『会話』していたら、誰でも不審に思うだろう。むしろ、今まで放置されていたのが不思議なくらいだ。
 ナギは「アイコンタクトだったから、野球漫画的に時間が凝縮されているんじゃないかと思った」とか戯言をほざいていたらしいが。

(って言うか、状況を忘れて会話に熱が入っちゃったため、時間とか周囲の空気とかに気が回らなかったんだけどね)

 まぁ、そもそも何故にアイコンタクトであれだけの会話が成立したのか が既に謎なので、深くは気にしたら負けだろう。
 それよりも、今はこの状況を打破することを考えなければならない。大事なのは過去ではなくて未来だ。そうに違いない。
 せっかく関わるのを回避できそうな流れに持って行けたのに どう考えても立ち去れる様な空気ではないが、どうにかすべきだ。

「実はアイコンタクトの結果、オレはスルーすることにしたんだけど……スルーできそうにない空気ので、オレは一体どうしたらいいんだろう?」

 ナギは無駄かも知れないと思いつつも、この何とも言えない空気を変えるためにナンパ野郎達に問い掛けてみた。
 いや、別に答えを期待していたのではない。ただ「オレは関わりたくないんだよ?」と伝えたかったのである。
 まぁ、ついでに「ただし、状況がそれを許してくれないので、何とかしてください」とも伝えたかったようだが。

「「知ったことかぁああ!!」」

 結果としては、ナンパ野郎達は実に息の合ったツッコミをしてくれたので、先程までの空気は一気に霧散した。
 そのツッコミに感謝したナギがコッソリと「コイツ等、いいヤツだなぁ」と思ったのは、ここだけの秘密だ。
 と言うか、冷静になって見てみたら、ナンパ野郎達はナギのクラスメイト――フカヒレと宮元だったりしたが。

(なるほど。脈のないナンパをしつこく続けていたのも、ツッコミをしてくれたのも、これで納得だ)

 忘れてしまった方もいるかも知れないので説明して置くと、フカヒレは いい奴なのだが残念な言動で いろいろと台無しにしているナイスガイだ。
 また、宮元は3話に出て来たフカヒレの友人で、ケツアゴに暑苦しい長髪をしており「イヤオォォォ!!」と言う微妙な叫びが口癖の紳士である。
 言うまでもなく、宮元はフカヒレと似たような性質を持っている。そう、二人とも愛すべき変態紳士にして悪友キャラなのだ(つまり、牙がない)。

「まぁ、こうなったら、助けるのが無難な道じゃなかにゃあ?」

 場の空気が変わったのを受けて、裕奈が ここぞとばかりに勝手なことを口走る。もちろん、ナギはスルーしたが。
 と言うか、語尾が「にゃあ」になっていたのが微妙にイラッと来たらしく、裕奈の発言はなかったものとして扱うようだ。
 ちなみに、亜子が「助けてくれへんのですか?」と言う雰囲気を醸し出していたので、ナギは少し助ける気になったらしい。

「あ~~、その、何だ……オレ達、帰るよ」
「そ、そうだな。興が殺がれたって感じだよな」

 だがしかし、もうナンパを続行できるような空気ではないのを悟ったのか、フカヒレと宮元はナンパをあきらめることにしたようだ。
 と言うか、全然 脈がなくても意地で続けていたナンパを知り合いに見られてしまって居た堪れない気持ちになったのだろう。
 さすがのフカヒレも、ここで「奇遇だな、神蔵堂。このコ達と知り合いなの?」とか繋げられる程 神経が図太くなかったようだ。

「そうだな。世の中、引き際が大事だもんな」

 ナギは二人の心情がよくわかるので優しい気持ちで見送った。その背中は煤けていたが、武士の情けとして見なかったことにして置いたくらいだ。
 ちなみに、裕奈と亜子が後ろで「あんなにしつこかったのに、何でアッサリと退いたんだろう?」と言う顔をしているけど、ナギは気にしない。
 特に、裕奈が「こんなに簡単に片が付くなら、最初から助けてくれればよかったじゃん!!」とか言っているけど、気にしないったら気にしない。

 ちなみに、ここで「いや、アイツ等クラスメイトだから、オレに見られて微妙な気分になっただけだよ」と言わないのがフカヒレ達への優しさだろう。



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Part.06:トンチンカンな対話


 あの後は、亜子の「助けていただいた御礼に夕御飯をご馳走します!!」と言う言葉が切欠で、ナギ・裕奈・亜子の三人は共に夕食を摂った。

 模範解答としては「大した事してないから、御礼なんていいよ」と爽やかに断るのだろうが、ナギは空腹だったので普通に誘いを受けた。
 実際は何もしていないのだが、ナギは「いや、好意を無碍にするのも悪いよな」とか自分に言い訳したらしい。実に相変わらずである。

「いや~~、一時はどうなることかと思ったよ。本当ありがとね、ナギっち」

 裕奈は「あのままだったら、ホテルに連れ込まれて、クスリやらで前後不覚にされてたね」とか、
 あまつさえ「そして、ヤられたうえに映像を録られて、それを元に脅されてたね、絶対」とか、
 思わず「それはどこの陵辱系のエロゲだよ?」とツッコミたくなるような想定(むしろ妄想)を話す。

 言うまでもなく、そんな展開は有り得ない。XXX版でも、ここが麻帆良である限り起こり得ないのだ。

 麻帆良は『保護』の名目で『監視』が敷かれているような「治外法権に近い魔法使い達の独壇場」である。
 もしも麻帆良でそんなことをしようものなら、タカミチとか神多羅木とかにミンチにされることだろう。
 と言うか、そもそもフカヒレと宮元はそんなことできない。二人のモラル的にも、二人のヘタレ具合的にも。

「まぁ、そんな展開は起こり得なかっただろうけど……無事で何よりだよ」

 ナギは内心をオブラートに包み込んでリップサービスのオマケまでして返答する。
 ついでに(少しサービスし過ぎな気がするが)優しげに微笑み掛けることも忘れない。
 奢ってもらう立場なので相手を気分よくさせようとしたらしい。実にナギらしい発想だ。

(何か、亜子が顔を真っ赤にして こっちを見詰めているんだけど……気のせいだよね?)

 どうやら、サービスし過ぎたようだ。まぁ、裕奈に向けて言ったのに亜子が被爆した件は置いておこう。
 それを気にしてしまったら、恐らくは「乙女補正」と言う果てしなく甘い結論にしかならないだろう。
 世の中、気にしない方が幸せに生きられることばかりだ。むしろ、気にしてはいけないことだらけだ。

「あっ、ところで、気になっていたんだけど……二人は あんなところで何をやってたの?」

 ナギは思考の世界に沈み込みそうになる意識を切り替えるために話題を変える。
 まぁ、気になっていたのは事実なので、そこまで不自然ではないだろう。
 と言うか、本当に女のコだけで夜の路地裏で何をしてたんだろうか? 非常に気になる。

「え? 買い物だけど?」

 裕奈が「ナニイッテンノ?」と言わんばかりの顔で答えるが、ナギとしては そっくりそのまま返したい気分だ。
 いくら麻帆良の治安が(他都市と比べて)いいとは言え、夜の路地裏が安全だとは言い切れないものなのは常識だ。
 そして、そんな場所に女のコだけでは行くことは お世辞にも賢明と言えないのは、ナギが指摘するまでも無い筈だ。

「いや、女子中学生が買い物をするなら、表通りで充分に事足りるでしょう?」

 幸いにも今回は相手がフカヒレと宮元だったので問題なかった。悲しいくらいに問題なかった。
 だが、世の中には後先を考えずに暴走するバカがいない訳でもないので、常に安全な訳がない。
 運が悪ければ……余り想像したくない事態になっていたかも知れない。今回は運が良かっただけだ。

「あ~~、それは……路地裏の露店って偶に掘り出し物があるじゃん?」
「そりゃ確かにそうだけど、危ないから そう言うのは休日の昼にしなよ」

 裕奈はナギが言外に散りばめた『言葉にしていないメッセージ』を察したのだろう、気不味そうに理由を話す。
 ナギとしても裕奈の気持ちが理解できない訳ではない。だが、だからと言って納得する訳にもいかない。
 そのため、ナギは「二人は可愛いんだから、もっと気を付けてよ」と言うリップサービスと共に注意した。
 別に裕奈や亜子が どうなろうとナギの知ったことではないのだが、多少は縁があるので忠告だけはして置いたのだ。

「う、うん……そうだね……」

 そうしたら、裕奈が妙に素直に返事して来たので、ナギは「素直なゆーな なんて有り得ない!!」とか驚いていた。
 これが亜子ならば(リップサービスをしたので)想定の範囲内だが、相手が裕奈なので違和感しか残らない。
 ナギの中で「余りにもキモ過ぎてドン引きされたのか?!」とか実情とは真逆の想定が生まれるが、それはここだけの話だ。

「と、ところでナギさんは どーしてあそこにいはったんですか?」

 少しだけ空気は微妙になったが、今度は亜子が空気を変えてくれたので、場は固まることなく事なきを得た。
 空気が読めて空気を変えられるコは実に素晴らしい。そんなことをナギは心の底から思ったらしい。
 何だかナギの周囲には「空気? 読めるけど無視します」と言う女のコばかりな気がするが、きっと気のせいだろう。

「まぁ、特に理由は無いかな? 何となく行っただけだよ」

 本当は夕食の店を見繕っていただけなのだが、どうも それを言う空気ではなかったのでナギは誤魔化した。
 だが、さすがに『何となく』で誤魔化そうとするのは悪手だろう。普通は そんなので誤魔化されない。
 とは言え、他に何と言えばいいかもわからないし、過ぎてしまったことは仕方がない。ここは前向きに行こう。

「そ、そうですかぁ」

 前向きに行こうとして先程のフォローをしようとナギは身構えていたのだが、結果的には何故か誤魔化せたようだ。
 先程は悪手に思えた『何となく』だったが、アレはアレでよかったのかも知れない(少なくとも亜子にとっては)。
 ナギ自身は「何で誤魔化せたんだろう?」と気になったようだが、気にしたところで仕方がないと言えば仕方がない。

 とりあえず、亜子って本当にいいコだなぁ と斜め方向に傾いた結論に至ったらしい。


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―― 亜子の場合 ――


 今日はゆーなに付き合ってもろうてナギさんの誕プレを探してたんやけど、何故かナギさんにナンパから助けられるっちゅう結果に終わった。

 いやぁ、本当、テンパって御礼に御飯を奢ることにしてしもうたのは失敗やったと思う。
 そら、ナギさんと接触できる機会が増えるんは素直に嬉しいことなんやけどな?
 ただ、予想外の出会いやったから心の準備ができてへんっちゅうか、めっちゃテンパったんよ。

 うぅ……どないしよう? 一体、何を話せばええんやろ?

 よくよく考えてみると、ウチってナギさんと まともにしゃべったことが少ないねん。
 いっつもテンパってもうて、よくわからんうちに会話が終わっとるのがウチのパターンなんや。
 うぅ、気兼ねなくナギさんと話せる ゆーなが羨ましいで(何やナギさんも楽しそうやし)。

「いや~~、一時はどうなることかと思ったよ。本当ありがとね、ナギっち。あのままだったら(以下略)」

 って言うか、ゆーな。その発想は ちょっとどうかと思うで? オッサン臭いっちゅうか犯罪やで?
 その証拠に、ナギさんも「まぁ、そんな展開は起こり得なかっただろうけど」ってドン引きや。
 あっ、でも、その後に「無事で何よりだよ」って優しい言葉が続いたんは、ちょい予想外やな。
 ナギさんって照れ屋やから、そう言うセリフは思てても言ってくれへんから、これはとってもレアやで。

 ……そう、ウチはナギさんが照れ屋やってことを知っとる。

 いつも何だかんだ言うても最終的には優しいし、さっきも最初は助けてくれへんような雰囲気やったけど結局は助けてくれたし……
 せやから、きっと、さっきのは「実は最初から助けるつもりやったけど、照れ臭いんで助けないフリをしていただけやった」んやと思う。
 そんな訳で、ナギさんはいつもは自分勝手な振りしとるけど、本当はとっても優しい人やってウチは知っとる(作者注:もちろん、勘違いです)。
 みんなに誤解されやすいのは ちょいツラいとこやけど、でも、ウチだけが知っとる魅力ってのもええと思うんで、痛し痒しや。
 それに、よくよく考えてみると「みんなは誤解しとるけど、ウチだけが理解しとる」ってシチュエーションはおいしい気がするなぁ。
 もしも、「オレをわかってくれるのは亜子だけだよ」なんて言われたら……それだけで幸せっちゅうか、そのままお持ち帰りされても構わへんわ。

 それはそうと、ナギさんが「ウチらが路地裏にいた理由」を尋ねて来たんで、思考に没頭しとる場合やないな。

 いや、ウチらが路地裏にいたんはナギさんの誕プレを探すためやったから、別に後ろ暗いところはあらへんで?
 でも、誕プレはサプライズ的な喜びもあると思うんで、できるだけ誕プレのことは触れたく無いからマズいんよ。
 う~~ん、どないしよ? 正直に答えた方がええ気もするし、正直に答えた無い方がええ気もする……
 って感じでウチが答えに窮していると、それまでウチを見守っていてくれた ゆーなが「買い物だけど?」って答えてくれた。
 きっと、ウチが困っているのを見兼ねて助けてくれたんやろうな。本当、持つべきものは友達やと思う今日この頃やな。

 でも、ナギさんは その答えに納得してなかったようで「表通りで充分に事足りるだろ?」って更に追及して来たんや。

 ナギさんなら「ああ、そうなんだ」って感じで軽く流すと思てたけど……時と場合によっては喰い付いてくることもあるんやなぁ。
 しかも、ナギさんの雰囲気から察するに「路地裏は危ないから行くな」って感じでウチらのことを心配して追及してるんやろな。
 うぅ、普段は淡白なクセに、こう言う時は気にしてくれるんは ちょい卑怯やと思う。だって、大事にされとるって勘違いしてまうやん?

「あ~~、それは……路地裏の露店って偶に掘り出し物があるじゃん?」

 ゆーなは「危険なのはわかっていたけど、背に腹は代えられなかった」って感じで答える。
 って、そうやない!! これでは、ゆーなが悪いような流れになっとるやん!!
 ゆーなはウチに付き合ってくれただけなんやから、ここはウチが本当のことを――

「そりゃ確かにそうだけど(中略)二人は可愛いんだから、もっと気を付けてよ」

 ――ここはウチ本当のことを話そうって思たところで、ナギさんがとんでもないことを言ってくれはった。
 もちろん「二人は可愛い」ってところのことや。これはこれだけで思考が停止できてまう程の破壊力やった。
 これは、ちょっと卑怯過ぎや!! 普段は愛想がなくて距離を置こうと接しているクセに、そんなこと言うやなんて!!
 しかも、ナギさんの雰囲気から察すると、何の狙いも無く単に思ったことを言葉にしただけっぽいし!!

 うぅ……この人、天然や!! 天然のフラグ建築士や!!

 今まで「どうして誤解されやすいのに あんなにモテとるんやろ?」って疑問に思とったんやけど、
 その疑問は「誤解されやすいために本人が自覚なくフラグ立ててるんや」って呆気なく氷解したわ。
 ふぅ……さすがの ゆーなも「う、うん……そうだね……」って妙に可愛く反応するしかないようやな。
 って、あれ? この反応から考えると、もしかして、ゆーなもライバル入りしたっちゅうこと?
 い、いや、そんなことあらへんよね? 一時の気の迷いやよね? だって、ゆーなやもんね?

 せやから、ウチは自分のイヤな想像を振り払うためにも「ナギさんが路地裏にいた理由」に話題をシフトしたんや。

 で、それに対するナギさんの反応なんやけど……「何となく」っちゅうどうとでも取れるものやったんで、反応に困ったんや。
 むしろ、正直に言うと「どう答えたらええんやろ? ここは追及すべきとこなんやろか?」って感じで本気で反応に悩んだわ。
 まぁ、人間の言動の半分以上が「何となく」とか「その場のノリ」やと思うんで、そこまで文句は言えへんねんけどな?
 でも、それでも、やっぱり、少しは まともな答えをして欲しかったのが本音や。これじゃ、微妙な空気を変えられへんもん。

 ……それとも、話したくないことなんで「何となく」で誤魔化したんやろか?

 って、そんなん考えてる場合やないな。この空気を打開しないと、このままでは ゆーなが『勘違い』しそうやもん。
 あ、いや、別に『勘違い』を止める権利はウチにはないんやけどな? でも、ゆーなとは争いたくないんやからしゃーないやん?
 せやから、とりあえず、ナギさんには「そうですか」と返答したんやけど……空気は変わってへん気がするなぁ。

 ところで、ナギさんが生暖かい目でウチを見とる気がするんやけど、これは気のせいやろか?



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Part.07:不幸は立て続けに訪れる


 人生とは理不尽の連続である。昔、誰かがそんなことを言っていたようなが気がする。

 それはともかく、あの後の経緯を話そう。あの後、恙無く夕食を食べ終えたナギは、裕奈と亜子を女子寮まで送った。
 そして、帰路を急ぐナギの前に何故か あやかの黒服達が現れ「お嬢様がお呼びです」と有無を言わさずに拉致したのである。

 以前(11話)にも同じような展開があったが、今回は地下室に連れて来られたまま移管されていないので前とは違う。

 と言うか、何気にヤバい状況だ。今回こそ、このままバッドエンドへ突入してもおかしくない空気を醸し出している。
 ナギとしては「これは早速『エヴァえもん』の出番かなぁ?」とエヴァ(助け)を呼ぶか呼ぶまいか必死に悩む。
 何故なら、万が一これが勘違いだったりしたら「イチイチくだらんことで呼びつけるな!!」と言われ兼ねないからだ。
 仮に そうなったら、今後 危機的状況(だと思われる場面)に遭遇しても「どうせ また勘違いだろ?」と拒否されそうだ。

(……さすがジョーカー。使えば最強なのに、使いどころが非常に難しいぜ。むしろ、『切り札』なのに切れないぜ)

 エヴァを呼んで助けてもらいたいが、勘違いだった場合を考えるとエヴァを呼べない。
 そんなジレンマをナギが悶々と抱えていると「ギィィィ」と言う重厚な音を立てて扉が開いた。
 そして、扉の先から光を背に負った あやか が悠然と現れた(廊下の方が部屋よりも明るかったのだ)。
 ちなみに、後光効果を狙ったのか、あやかからは後光が差しており、ちょっとした圧迫感があった。
 しかも、その表情が『氷の仮面』を付けているかのように冷たかったので、圧迫感は更に増し増しだ。

「急にお呼び立てして申し訳ありません、『神蔵堂さん』」

 その口調は まさに慇懃無礼を体現したかのようで、まったく「申し訳ありません」と言う気持ちがないのはあきらかだ。
 だが、それでもナギは文句は言わない。文句を言っても仕方がないし、文句を言えるような雰囲気でもないからだ。
 むしろ、気にすべきはナギを『神蔵堂さん』と呼んだことだ。あやかに何かしらの心境の変化があったのだろうか?

「いや、構わないよ。それよりも何の用で呼んだのかな?」

 本当は構わなくないが、今は そんなことよりも「何で呼ばれたか?」を把握する方が重要だろう。
 まぁ、心当たりが無い訳ではないが……先走って墓穴を掘ることは避けたいので確認したのである。
 最近のナギは「的外れな方向に先走った結果、状況が悪化する」ことが多かったので慎重なのだ。

「……まずは、これをどうぞ」

 あやかは少しだけ寂しそうな表情を浮かべた後、再び凍ったような『感情を欠落させた表情』に戻す。
 そして、傍らに控えていたメイドさん(萌え系ではなく本物の)から受け取った封筒をナギに渡す。
 言葉から察するに「中身を確認しろ」と言うことだろう。そう判断したナギは封筒を開けて中身を確認する。

「――――なっ!?」

 そして、それに記された衝撃の内容を理解すると同時にナギは驚愕の声を上げていた。
 先程 心当たりはあると想定したが、事態はナギの想定は大きく超えていたようだ。
 先走って墓穴を掘らなかったが、墓穴は既に掘られていて いつの間にか嵌っていた感じだ。

 言うならば、気が付いたらバッドエンド確定としか言えない事態になっていたのである。

 さて、ここで次回へ続けばアザトイ引きになるだろうから、身も蓋も無くタネ明かしをして置こう。
 封筒の中身は「『神蔵堂 那岐』の変化」に関するもので「ナギが那岐ではない証拠」が連なっていた。
 溺れる前と後の違いを言及している辺り、この資料を作った人物に素直に敬意を表してもいいだろう。

 さて、どうしたものだろうか? ナギは資料を封筒に戻しながら思索に耽る……


 


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オマケ:調査の結果


 これは、4月15日(火)の話。

 停電による生活の不便を口実にして実家に戻った あやかは報告書を読んでいた。
 もちろん、その報告書とは「神蔵堂 那岐」に関する素行調査の報告書である。
 そう、4月頭から始めた監視の報告書と 監視以前に焦点を当てた調査の報告書だ。

(やはり、私の疑念は正しかったようですわね)

 あやかは二つの報告書を照らし合わせ、己の予想が当たっていたことを確信する。
 以前抱いた「彼は、本当に『神蔵堂 那岐』なのか?」と言う疑念に対する答えを、確信する。
 そう、彼――今の神蔵堂 那岐と『彼』――彼女の知っている神蔵堂 那岐は別人である、と……

 ……最初は「そんな訳がない」と疑念を打ち消そうとしたこともあった。

 だが、彼が那岐でないのなら、今まで感じた違和感がシックリ来るのも事実だった。
 蔑ろにされているとしか思えない疎外感に「納得できる理由」を付けられるのだ。
 そう、信じられないような想定なのだが、そこには「信じたい」と言う誘惑があった。
 彼が那岐でないのなら那岐が自分を蔑ろにしたのではない、と言う誘惑があったのだ。

 ……恐らく、相手が那岐でなければ、彼女はやんわりと縁を切るだけに止めていただろう。

 しかし、那岐は彼女にとって掛け替えのない存在であったので、彼女は最大の労力を用いて「妄想としか思えない想像」を証明したのである。
 そう、彼女は「彼は、本当に『神蔵堂 那岐』なのか?」と言う疑念を抱いてから(12話の時点から)、中学入学時まで遡って彼を調べさせたのだ。
 そして、その結果、去年の夏――つまり那岐が溺れた時を境に、那岐がまったくの別人――「彼(ナギ)」になってしまったことを突き止めた。

 すべては那岐を求める執念の為せる業だった、と言えるだろう。

(今の『那岐さん』――いえ、『神蔵堂さん』が何の目的で那岐さんの振りをしているかはわかりません。
 ですが、たとえ どんな目的があろうとも、私から那岐さんを奪った事実は変わりませんから、
 事と次第によっては、とてもではないですが、神蔵堂さんを『許す』ことができそうにありませんわね)

 彼女は、既に那岐とナギを完全に別個の存在として捉えている。つまり、『那岐さん』と『神蔵堂さん』として、だ。

 冗談みたいな話だが、ナギが那岐と入れ替わっているのは彼女にとっては疑いようのない事実となっているため、
 彼女が問題としているのは「では、本物の神蔵堂 那岐はどうしているのか?」と言うものでしかなかった。
 そう、彼女はナギのことなど大して気に止めていなかった。彼女にっと大切なのは、那岐と言う存在だけだからだ。

 ちなみに、映画みたいな想定だが、ナギが変装やら整形手術で那岐の振りをしているのではないかと あやかは睨んでいる。

 彼女は那岐と再び会えるのであれば、ナギが那岐の振りをしていたことを咎める積もりなど無い。
 彼女にとって重要なのは那岐と再会することだ。それ以外のことは『然程』価値を持っていない。
 つまり、神蔵堂 那岐と言う少年は、それだけ雪広あやか と言う少女の心を独占していたのだ。

 もちろん、彼女にその自覚はないし、しばらくも気付くことはないだろう。

 歯痒いことに、彼女にとって那岐は「自分を保つために必要」であるため、今の段階では「いなくなっては困る存在」くらいにしか感じていない。
 彼女は那岐に見捨てられたかも知れない と恐れたことも、那岐の無事を心の底から祈っていることも、何に起因していたのか 気付いていない。
 それらの彼女の乙女な心理が「恋」やら「依存」やらと呼ばれる『もの』に起因していることに気付くには、彼女はまだ己を知らな過ぎたのである。

 だが、そろそろ気付く段階に来ている。会えなかった時間が、その重要性を高めたからだ……


 


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後書き


 ここまでお読みくださってありがとうございます、カゲロウです。
 以前から「改訂した方がいい」と言う意見が多数あったので、改訂してみました。


 今回は「ちょっと原作から離れたら、ネギが活躍しなくなった」の巻でした。

 ここからしばらく修学旅行まで(20話くらいまで)オリジナル展開に入ります。
 特に あやかイベントは、これからの主人公には大事なファクターになる予定です。
 あくまで予定なので、このまま主人公はダメ人間を突っ走る可能性もありますけど。

 どうでもいいですけど、亜子よりも裕奈の方が動かしやすいことに改めて気付きました。

 って言うか、原作から考えると亜子の相方は まき絵かアキラだと思うのですが、裕奈が相方になってますし。
 アイコンタクトについてもチャチャッと終わらせる予定だったのが、普通に会話になってましたし。

 ちなみに、宮元の元ネタがわかった人……凄いと思います。
 敢えて言うなら、「かぐらどう」繋がりの某エロゲです。
 あと、ヒロインが微妙に明日菜に見えるのも関係しています。

 最後になりましたが、そろそろココネ成分が欲しくなって来た自分にビックリです。


 ……では、また次回でお会いしましょう。
 感想・ご意見・誤字脱字等のご指摘、お待ちしております。


 


                                                  初出:2009/11/01(以後 修正・改訂)



[10422] 第17話:かなり本気になってみた【改訂版】
Name: カゲロウ◆73a2db64 ID:552b4601
Date: 2012/10/28 20:05
第17話:かなり本気になってみた



Part.00:イントロダクション


 引き続き、4月16日(水)。

 ナギが神多羅木に呼び出され、近右衛門に直談判した日であり、
 ナギが亜子と裕奈をナンパから助けて夕食を奢られた日である。

 そして、あやかの家に招待され、その正体が暴かれようとしている日であった。



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Part.01:取るべき道


 薄暗い地下室の中、オレは いいんちょに渡された資料を読んでいた。

 ハッキリ言って、資料の根拠となっているのは状況証拠が多かった。
 そのため、遣り方によってはオレの疑いをはぐらかすこともできるだろう。
 だが、オレはそれを善しとしない。いや、善しとしたくない。
 何故なら、いいんちょは『本気』なので、誤魔化したくないからだ。

 ……そもそも、オレは那岐に成り代わったことに対して大して罪悪感を抱いていなかった。

 勝手な思い込みだが、那岐は「溺れた時に身体は生き残ったが、精神は死んでしまった」のだと思っていた。
 もちろん、那岐の精神が死んでいた確証など無い。単なる推測でしかない。いや、妄想と言ってもいいくらいだ。
 だが、そんな妄想でも、誰も「那岐が『オレ』に変わっていること」に気付かなかったので、充分な言い訳にできた。
 この身体を那岐が操っていてもオレが操っていても他人には大差がないんだ と言う妙な開き直りで自分を誤魔化せた。

 だから、オレは罪悪感を抱いていなかった。いや、正確には罪悪感を抱かずに済んでいたのだ。

 だが、だからと言って、オレが何も感じていなかった訳ではない。胸の中には常に妙な『しこり』が残っていた。
 罪悪感の代わりにオレを苛む『何か』。それは、寂しさと空しさがブレンドされたような、妙な喪失感だ。
 オレと那岐の違いに気付かれないことは有り難かったが、気付かれないことに――気付いてもらえないことが嫌だった。

 自分でも勝手な言い分だとは思う。自分勝手で傲慢だ と我ながら思う。

 オレは気付かれないことを喜びながら、その一方で気付かれないことを悲しんでいた。
 そして、気付かれることを恐れながら、その一方で気付かれることを何処かで望んでいたのだ。
 そう、矛盾している自分の気持ちに気付かない振りをして『しこり』を増やしていたのである。

 ……だから、いいんちょが気付いてくれたことが とても嬉しかった。

 考えてみれば、見た目(身体)は一緒なのだから違いを見分けるには中身(精神)を知る必要があるのに、
 那岐の中身を知っている人間はいないに等しかったのだから、誰も気付けないのは当然と言えば当然だった。
 だから、誰もがオレを「ちょっと変化しただけの那岐」として受け入れてくれていたのだと思うし、
 知り合いでしかないクラスメイトは当然のこととして、旧交があったと思われる木乃香や せっちゃん、
 そして、保護者であるタカミチでさえも、誰もが『オレ』を「那岐じゃない別人」と気付いてくれなかったのだと思う。

 でも、それなのに、いいんちょはオレを「那岐とは違う」と見抜いてくれたんだ。喜んでしまうのは仕方が無いだろう?

 それに、いいんちょは見抜いただけでなく「オレと那岐の違いを暴く証拠」まで揃えてくれたんだ。
 いくら鈍いと定評のあるオレでも、いいんちょにとって那岐がどんな存在なのかは語られずともわかるさ。
 つまり、いいんちょは(保護者であるタカミチ以上に)那岐を『特別な存在』として見ていてくれたんだ。

 そんな いいんちょを誤魔化すことなどできるだろうか? ……いいや、できない。

 オレは保身のためならば汚いことも平気で行うゲス野郎だが、そこまで堕ちるつもりはない。
 本気で那岐を求めている相手(いいんちょ)を誤魔化すなんてこと、オレにはできない。
 いや、正確に言うと、できないんじゃなくて したくないんだ。つまり、誤魔化すのが嫌なんだ。

 ところで、ふとバレンタインの時に差出人不明のチョコレートが送られて来たのを思い出したのだが……アレの差出人は いいんちょだったのだろう。

 だからこそ、どうすればいいのかわからなくなる。誤魔化すのは論外として、オレと那岐の違いをどう説明するか、非常に悩みどころだ。
 木乃香の時(10話参照)は、木乃香との那岐の繋がりは僅かだったから、大して悩まずに「記憶喪失である」と『当たり障りのない説明』ができた。
 だけど、いいんちょの場合は違う。いいんちょは自ら気付いた。気付いてくれた。だから、木乃香と同じ対応でいいのか、本気で判断が付かない。

 いっそのこと、那岐に憑依したみたいなんだ とでも言ってみようか?

 でも、それは潔いように見えて、その実「いいんちょの気持ちを無視した言葉」なんじゃないかな?
 何故いいんちょ は、オレと那岐が別人だ とをオレに突き付けたのか? それは、オレに認めさせたいからだろう。
 では、オレに認めさせた後、いいんちょはオレに何を望むのか? ……そんなの、那岐の返還に決まっている。

 だけど、オレには那岐を返すことができるか、わからない。

 那岐の精神は生きていれば、オレが那岐の身体から出て行くことで那岐の精神が蘇るのかも知れない。
 だけど、那岐の精神は死んでいる可能性もある。オレが出て行っても心身ともに死ぬだけかも知れない。
 或いはまったく別の結果になるかも知れないし、そもそもオレが出て行くことすらできないかも知れない。

 だから、憑依云々は語れない。語るだけ、オレもいいんちょもプラスにならない。

 一体、いいんちょにとっては どんな答えが幸福なんだろう?
 いいんちょのことを よく知らないオレには、判断ができない。
 でも、だからと言って、何も判断しない訳にもいかない状況だ。

 ……だから、この時だけは、保身を忘れて いいんちょの幸せに繋がる選択をすると決めたんだ。


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―― あやかの場合 ――


 先程、那岐さん――いえ、神蔵堂さんは私の纏めた資料を読むと、驚愕の声を上げました。

 それは、調べられたことに対するものなのか? それとも、調べた内容に対するものなのか?
 その答えはわりかません。私は神蔵堂さんのことをよく知らないので、判断材料が少ないのです。
 ただ、否定せずに資料を読み進める様は「婉曲的な肯定」をしているようにしか見えませんが。

 ……那岐さんを中学入学時まで遡って調べさせた結果、1年生の頃は「私の知っている那岐さん」でした。

 しかし、2年生の夏休みを境にして「私の知らない那岐さん」に変わっていたことがわかりました。
 その時期から、喫茶店の厨房でアルバイトをすると言う「彼らしからぬ行動」を取るようになりましたし、
 クラスメイトの方々の彼に対する評価も「夏休み後は夏休み前より荒々しくなった」と変化していました。

 確か、あの時は溺れた子供を助けるのに御自分が溺れて入院したんでしたっけ……

 優しくて どこか抜けている『彼』らしいと言えば『彼』らしい出来事でしたので、
 目が覚めない時には心配しましたが、目覚めてからは大して気に止めていませんでした。
 ですから、目覚めた と言う連絡を病院から受けてからは見舞いにも行きませんでした。

 ですが、今になって考えてみると、それが失敗だったのかも知れません。

 タイミングから言って、入院した際に入れ替わったと考えるのがシックリ来ますからね。
 ですから、その時にもっと注意していれば、直ぐに「那岐さんではない」と気付けたことでしょう。
 大したことないのに心配すると迷惑がられるのでは? などと静観してしまったことが悔やまれます。

 実際には気付けなかったかも知れませんが、気付けなかったことで受けたストレスを考えると後悔が募るばかりです。

 那岐さんではないとわかっていれば、バレンタインでチョコを贈ることもホワイトデーで気を揉むこともありませんでした。
 神蔵堂さんであるとわかっていれば、打ち上げやネギさんの誕生日や妹の命日などで彼の態度に憤ることもありませんでした。
 すべては『彼』が「彼」であることに――つまり、那岐さんが神蔵堂さんになっていることに、気付けなかった私の責任です。
 那岐さんに入れ替わった神蔵堂さんを責めない訳ではありません。ですが、私にも非はあります。それくらいは認めます。
 いくら接触する機会が少なかったとは言え、半年以上も別人であることに気が付かなかったのですから、幼馴染として失格です。

 そんなことを考えていると、神蔵堂さんは資料を読み終えており、深刻そうな顔で思索に耽っていました。

 その表情は那岐さんそのものであり那岐さんにしか見えません。私はそのことに何とも言えないイラ立ちを感じます。
 何故なら、私は この期に及んで「もしかしたら、那岐さんなのかも知れない」と思ってしまったのですから。
 しかし、今はそんなことを気にしている場合ではありません。神蔵堂さんが「何を考えているか」の方が問題です。

 ……もしかしたら、「どうやって誤魔化そうか?」などと考えているのではないしょうか?

 これまでの神蔵堂さんの振る舞い(不真面目としか言えない態度を含む)を考えると、その可能性は高いでしょう。
 ですが、まだまだ小娘に過ぎない私ですが、雪広家の娘として『それなり』に社交界で揉まれ来た経験を持っています。
 今の神蔵堂さんには「那岐さんとしてのフィルター」がありませんので、簡単に誤魔化されるつもりはありません。

 むしろ、どんな些細な言い逃れも許すつもりはありません。



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Part.02:語るべき言葉


「つまり……オレが『神蔵堂 那岐』じゃないって言いたいのか?」

 答えを選んだオレは、資料を机に放り投げながら言葉を投げ掛ける。
 駆け引きや誤魔化しなどを無視した問題の核心を突くだけの言葉を、
 飾り付けもせず、変化球すら用いずに、ただストレートに突き刺す。

「……ええ、そうですわ」

 いいんちょは一瞬だけ沈黙した後、冷たい声音と態度で簡潔に答える。
 きっと、前振りも無く単刀直入に話を進めるとは思わなかったんだろう。
 でも、互いに話すべき部分がわかっているのだから前振りなんていらない。

「…………確かに、オレは『神蔵堂 那岐』じゃない。そう言えるだろう」

 だからと言う訳でもないが、オレは少しの間を空けるだけでストレートな言葉を続ける。
 もちろん、いいんちょを動揺させる意図など無い。最早ヘタな小細工など必要はない。
 そう、今この場で必要なのは、捻じ曲げない言葉を真っ直ぐに突き刺すことだけなのだ。

「――ッ!?」

 オレがアッサリと認めるとは予想していなかったのだろう。
 いいんちょが息を飲んだのが手に取るようにわかった。
 言い換えるならば、いいんちょの驚愕と混乱がよくわかったんだ。

「だけど、同時にオレは『神蔵堂 那岐』でもある。そうとしか言えない」

 だからこそ、オレは いいんちょが体勢(気勢?)を立ち直す前に言葉を続ける。
 いいんちょが立ち直ってしまえば、オレの言葉など受け入れてもらえないからだ。
 そうなってしまうと、オレの言いたいことがキチンと伝えきれなくなるからだ。

「…………どう言う……ことですの?」

 短くない時間を沈黙した後。いいんちょがやっと搾り出した言葉は、ひどく かすれた声による疑問の投げ掛けだった。
 それだけ混乱が大きかったのだろう。普段のいいんちょとは似ても似つかない声音だ。いや、まぁ、そうなるのも当然だが。
 那岐じゃないけど、那岐でもある……なんて、意味不明だ。普通に考えたら、「ナニイッテンノ?」って思うことだろう。
 でも、オレの場合は あながち間違っている表現でもない。だって、オレの精神は那岐じゃないけど、身体は那岐なのだから。

「簡単に言うと、オレには溺れる以前の『神蔵堂 那岐としての記憶』が無いんだよ」

 だから、オレは『ありのままの状況』を『ありのまま』説明する。余計な言葉は要らない。
 これをいいんちょが「どう捉え、どう判断するのか?」はわからないし、誘導する気も無い。
 オレにできることは、いいんちょに納得してもらえるように努力することだけだ。
 そう、既にオレは『事実を告げる覚悟』も『事実を捻じ曲げる覚悟』もできているのだ。

「……つまり、記憶喪失――いえ、記憶障害である、とでも言いたいのですか?」

 いいんちょは、オレの言葉を『記憶喪失』と受け取ったようだ。
 まぁ、訝しげに問うて来ているので、半信半疑と言ったところだろう。
 だから、オレは誘導などせずに、客観的な事実のみを伝えようと思う。

「ああ。医者に診せたなら『そう』診断するだろうな」

 確か、個人的な記憶が無いと『全生活史健忘』とか言うんだったっけ?
 オレには「那岐としての記憶」が無いんだから、そう言う診断結果になるだろう。
 まぁ、詭弁に近いとは思うが、間違うこと無き『事実』であることは変わらない。

 …………そう、オレが選んだのは「オレは那岐ではない」と言う『事実』だけを告げることだった。

 最低条件である「オレは『以前の那岐』ではない」ことを明言したが、他の情報は一切 明言していない。
 憑依云々については語らず、那岐が死んだ可能性を示唆しつつ那岐が生きている可能性も残した。
 すべては可能性だ。受け取る人間によって どうとでもなる、都合のいい――いや、虫のいい表現だ。

 結果としては、記憶喪失と言う説明で終わらせたので、木乃香の時と似たような展開だったけど、中身は全然 違う。

 今回、オレは「那岐の記憶が無い」とだけ説明して、それを「どう言う意味で受け取るか?」と いいんちょに判断を丸投げしたのだ。
 どうとでも取れる表現で『事実』を告げ、ありのままの『事実』として受け取るか、捻じ曲がった『事実』として受け取るかを選ばせる……
 我ながら実に卑怯だと思う。いいんちょの「自由意志に任せる」と言いつつ、結局は「責任を逃れ」をしただけなのだから。実に卑怯で最低だ。

 だけど、オレ自身が「正確に事実を把握していない」ので、そうするのが一番良かったとも思っている。自己弁護だが、間違っていないだろう?

 オレは現状を「別の世界の自分に憑依した」と思っていたが、よくよく考えてみると実は『その可能性』を証明する確たる証拠が無いんだ。
 何故なら、オレが憑依したと判断したのは、ここが「ネギまと言う創作物に似た世界」だからであって、他の証拠など何も無いからだ。
 言い換えるならば、創作物の世界にいるから憑依したと仮定したので、その創作物が創作物でなかった場合は憑依の仮定が崩れ去るのだ。
 つまり、オレが「ネギまだと思っている創作物」が「オレの想像の産物」であった場合、オレが憑依をした想定は崩れ去る と言うことだ。

 ……たとえば、未来少女が時間を遡ったように「未来のオレの記憶を基にして作った人格」を過去に飛ばした と言う可能性もある。

 面倒な手順だが、単に未来の知識だけを飛ばしたら「未来で知っている人達を助けなきゃいけない」とか傲慢な考えをする可能性もあるだろう。
 だから、情報を飛ばす時に気を利かせて「冗談にしか思えない魔法関連の出来事を ちょっと捻じ曲げてマンガに置き換えた」とも考えられる。
 実際に知っている人間は助けたいと思うだろうが、マンガで知っているだけの人間を助けようとは思わないのが、オレと言う人間だからね。
 んで、ネギまの情報だけを送らなかったのは、実在しないマンガ的な記憶などは「単なる妄想」として処理してしまう恐れがあるので、
 ネギまをマンガとして知っている『オレ』を擬似的に作り上げて過去のオレにペーストする……なんて面倒なことをした、と言う仮説が立つ訳だ。

 まぁ、かなりトンデモない理論だとは思う。だけど「別の世界の自分に憑依した」ってのも充分にトンデモない話なので、そんなに違いはないと思う。

 それに……『オレ』の記憶って曖昧で適当な部分が多かったのは確かだったけど、平和で幸福な部分も多かったのも確かなんだ。
 そのため、単に憑依した と言うよりも、未来のオレを基にして作られたオレが逆行した と言う方が説得力があると思う。
 何故なら『オレ』には「厳しいけど優しい父親」と「口喧しいけど優しい母親」と「鬱陶しいけど愛しい嫁」がいた筈なのに、
 今のオレには「そんな人達がいたなぁ」と曖昧に思えるだけで、そんな大切な人達の名前も顔も覚えていない状態なのだから。
 家族のいない孤独なオレが「こんな人生だったらいいなぁ」と夢見たのが『オレ』だったのかも知れない。そう、納得できてしまう。

 もちろん、オレの二十数年間が『作り物』な訳がない と言う気持ちはあるよ?

 オレが誰かに作られた記憶でしかない なんて、考えたくも無い想定さ。だけど、その想定が本当なら、オレが そう思い込みたかっただけに過ぎない。
 そもそも、オレがナギとして生きていた証拠は記憶にしかないのに、記憶と言うのは(科学だろうが魔法だろうが)いくらでも改竄ができるんだ。
 溺れている間に塗り替えられただけの作り物、もしかしたら それが『オレ』なのかも知れない。妄想に近いが、否定する要素もないのも事実だ。
 そして、そんな風に考えれば考える程『オレ』は空虚になっていき、オレは「神蔵堂ナギ」なのではなく「ガランドウのナギ」なのだと思ってしまう。

 ……当然ながら、そんな想定をいいんちょに告げられる訳が無い。

 だが、別の世界のオレが憑依したとしても、未来で作られたオレが貼り付けられたとしても、
 結局は「いいんちょの求めている那岐は もうこの世にはいないだろう」と言う『事実』は変わらない。
 オレとしての自我がなくなれば那岐に戻る可能性はあるが、それは あくまでも可能性でしかない。
 不確定なことを告げるのは、事実がより残酷になってしまった場合を考えるとできる訳がない。
 この場は救われるかも知れないが最終的には救われないのだから、そんなことオレにはできない。

 だから、確定している『事実』――つまり、「オレが那岐であって那岐ではない」ことを告げるしかできないんだ。

 そのため、それを納得しやすいように説明するのに『記憶喪失』と言う「嘘臭いけど 有り得そうな可能性」を提示したんだ。
 他にオレができるのは、いいんちょが『記憶喪失』と受け取らなかった時に「那岐以外が貼り付けられた可能性」を示唆する程度だ。
 自分でも卑怯な手段だとは思うが、伝えるべきことである「オレは那岐じゃない」と言うことは伝えられたので、これでいいと思う。

「…………それを信じろ、と仰いますの?」

 いいんちょが長い沈黙の後、不審を隠しもせずに問い返す。
 まぁ、信じられない気持ちはわかるが……信じてもらうしかないな。
 他に提示できる情報は、オレの妄想に近いものしかないからね。

「さてね? 信じる信じないは そっちの自由さ」

 だが、どれだけ「信じてくれ」と言葉を並べても虚しいだけだ。
 疑っている相手にそんな言葉を連ねても疑いを深めるだけだろう。
 だから、オレは何も語らない。語らないことは、時に多弁より雄弁だ。

「…………………………」
「…………………………」
「…………………………」
「…………………………」
「…………………………」
「…………………………」
「…………………………」
「…………………………」
「…………………………」
「…………………………」
「…………………………」
「…………………………」

 それ故、オレ達はしばらく見詰め合う。

 よく言われる「嘘吐きは後ろめたくて目を逸らす」と言うのは俗説だ。意外と、嘘吐きほど堂々としているものだ。
 だけど、目は口 程にモノを言う のも、また事実である。それ故、オレは何も言わずにいいんちょの瞳を見詰める。
 オレを信じないのなら それで構わない、と言う意志を込めて、いいんちょが目線を逸らすまでオレも逸らさない。
 仮に納得してもらえなかったら、オレの妄想に近い可能性を話せばいい。そんな開き直りも微かに含めて見詰め続ける。

「…………わかりましたわ」

 何がわかったのかはわからない。だけど、いいんちょは『何か』に納得した。
 当然、オレの言葉をすべて信じてくれた、なんて言う妄想は抱かない。
 だが、「オレは那岐だけど那岐じゃない」と言うことだけは伝わったと思う。
 何故なら、いいんちょの瞳に宿っていた疑惑が多少は和らいだからだ。

「そうか……」

 だから、オレはただ頷くだけに止めて置く。
 余計な言葉はもう語るべきではないのだから。


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―― あやかの場合 ――


「つまり……オレが『神蔵堂 那岐』じゃないって言いたいのか?」

 しばらくの黙考の後、神蔵堂さんが重い口を開いて紡んだ言葉は核心そのものでした。
 どうせ小細工を弄するのだろう と予想していたため、私は一瞬だけ戸惑いました。
 ですが、相手のペースに乗せられてはいけません。直ぐに冷静になり、肯定して続きを促しました。

「…………確かに、オレは『神蔵堂 那岐』じゃない。そう言えるだろう」

 しかし、続けられた言葉は更に予想外のもので、アッサリと私の疑惑を肯定しました。
 肯定させるために資料を集めたので、当然ながら この肯定は喜ばしいものではあります。
 ですが、ノラリクラリと誤魔化そうとする相手を問い詰めて答えを聞き出す予定だったため、
 こんなに簡単に答えを聞かされてしまうのは予想外であり、拍子抜けしてしまったのです。
 つまり、肯定された内容にも驚愕させられましたが、肯定された態度にも驚愕させられた訳です。
 結果、私は軽く混乱してしまい、責めることを忘れて呆然としてしまいました。
 そう、実に容易く主導権を奪われてしまったのです(気付いたのは後になってですが)。

「だけど、同時にオレは『神蔵堂 那岐』でもある。そうとしか言えない」

 そして、どうにか精神の立て直そうとしているところに、更なる爆弾が投下されました。
 しかも、更なる爆弾は――続けられた言葉は、更に予想外だったため私の混乱は更に深まりました。
 那岐さんではないけれど、那岐さんでもある? ……一体、何を仰っているのでしょうか?

 神蔵堂さんの言葉の意味が理解できなかった私は、意味の説明を求めることしかできませんでした。

 そのうえ、成された説明は、「溺れる以前の記憶が無い」と言う、私の予想外のものだったのです。
 私は、記憶喪失――いえ、正確には記憶障害ですね、そんな可能性など考えてすらいませんでした。
 ですが、冷静になって考えてみると、普通なら『こちら』の方を考えるべきでしたね。

 私は非現実的にも「彼にしか見えないけど、彼とは違う」と言うことから、「彼が別人と入れ替わっている」などと考えてしまいました。

 恐らく、無意識に「那岐さんが帰って来る可能性が高いもの」を想定していたのでしょう。
 入れ替わっているのなら、入れ替わるのをやめるだけで那岐さんは帰って来ますが、
 記憶を失っているとなると、記憶が戻らない限り那岐さんが帰って来ない訳ですから。

 しかも、記憶が戻ったとしても、今の神蔵堂さんに記憶が継ぎ足されるのであれば、それは私の知っている那岐さんではなくなります。

 嫌な考えですが、神蔵堂さんではなく那岐さんに戻って欲しいのが私の本心です。
 言い方を変えれば、神蔵堂さんに消えて欲しいと願っているのが私の本性なのです。
 ……そう、それだけ、私は那岐さんを求めていた――必要としていたのです。
 私はこの事実に気が付いた時、状況も忘れて愕然としてしまいました。
 これ程までに那岐さんを必要としていたなどとは思ってもいなかったのです。

 思えば、那岐さんと話している時は「本来の私」らしくいられましたので、那岐さんは私にとって必要な存在でした。

 ですが、那岐さんと話している時『だけ』しか、本来の私らしくいられない……とまでは気付いていませんでした。
 那岐さんと会えなくなって初めて「那岐さんが私にとってどれだけ重要だったのか」初めて気が付いたのです。
 普段は忙しさや気恥ずかしさから余り会っていなかったクセに、会えなくなったと認識したら気付くのですから、笑えません。

 そして更に、私は もう一つのことにも――那岐さんに恋愛感情を抱いていたのだと言うことにも、今更ながらに気が付きました。

 私は、那岐さんが愛しい故に、無理のある非現実的な想定をしてまで、那岐さんを求めていたのです。
 だからこそ、神蔵堂さんが那岐さんではないと暴けば、自然と那岐さんが帰って来ると妄想していたのでしょう。
 たとえ「彼」が別人だと暴いたとしも那岐さんが帰って来る保証などない、なんてことも考えずに……

 ……我ながら、実に滑稽です。

 神蔵堂さんが「記憶が無い」と言葉にするまで、那岐さんは必ず帰って来ると思い込んでいたのですから。
 大事なものこそ、失くしてから『そうだ』と気が付く。よくある話です。どこにでもある、ありふれた話です。
 ですが、それが自分の身に起ころうとは考えもしませんでした。ありふれた話なのに、他人事だと思っていたのです。

 だからでしょうか? 気が付けば、私は神蔵堂さんに「信じろと?」と確認を取っていました。

 私は、神蔵堂さんの言葉を認めていながらも、有り得ない可能性に縋り付きたい一心で訊ねてしまいました。
 入れ替わっているので、直ぐに那岐さんは帰って来る……なんて有り得ない答えを期待して、縋り付いたのです。
 貴方は那岐さんではない。そう糾弾したばかりなのに、神蔵堂さんが那岐さんであるかのように縋ってしまったんです。

「さてね? 信じる信じないは そっちの自由さ」

 きっと私の希望など、神蔵堂さんは見透かしているのでしょう。神蔵堂さんは私の希望を断ち切るかのようにキッパリと言い切りました。
 ですが、それは「信じられないならそれでいい」と言う諦観を内包しているようで、少しだけ寂しそうにも見えました。
 それは、私に何とも言えないショックを与え、私から言葉を奪いました。それ故、私は言葉もなく神蔵堂さんを見詰めるだけしかできませんでした。

「…………………………」
「…………………………」
「…………………………」
「…………………………」
「…………………………」
「…………………………」
「…………………………」
「…………………………」
「…………………………」
「…………………………」
「…………………………」
「…………………………」

 きっと、神蔵堂さんは私が答えるのを――いえ、私が答えを出すのを待っていてくれたのでしょう。
 私が口を開くまでの間、神蔵堂さんも無言を保ったので、私達は無言で互いを見詰め続けることになったのです。
 そして、私が「わかりましたわ」と彼の言葉を受け入れると、彼は「そうか……」と少しだけ顔を綻ばせていました。

 ……ここで、彼の言葉を受け入れず、彼を責めることもできたと思います。

 ですが、私にはそんなことできません。私にはそんなことをする資格などないのです。
 何故なら、『記憶喪失』の主な原因は心因性(精神的負荷など)だと言われているからです。
 つまり、「記憶を失う前の那岐さんは記憶を失いたい程に『何か』に悩んでいた」と考えられるのに、
 私は那岐さんが そこまで悩んでいたことに気付かなかった――いえ、気付けなかったのです。

 まぁ、もしかしたら、「溺れた際に頭部に衝撃を受けた」などの原因で『記憶喪失』が起きたのかも知れません。

 ですが、人に弱みを見せないようにしていた那岐さんの性格を考えれば、人知れず悩んでいたと見るべきでしょうし、
 そんな那岐さんの性格をわかっていたのですから、他の誰もが気付かなかったとしても私だけは気付くべきだったのです。
 ですから、私には神蔵堂さんを責める『資格』などないのです。むしろ、責められるべきは私です。
 疎遠になっていたので、半年以上も『記憶喪失』に気付けなかったことは まだ許されることでしょうが、
 疎遠になっていたからと言っても「記憶を失いたくなる程 悩んでいたのに気付けなかったこと」は許されません。

 たとえ那岐さんが許してくれたとしても、私が私を許せません。許せる訳がありません。

 その想いが感情に任せて「那岐さんを返して!!」と泣き叫ぶのを抑えます。
 那岐さんを失う原因を見逃したクセに厚顔無恥にも神蔵堂さんを責められる訳ありません。
 そんなことをしてしまえば、(一時は気が済みますが)取り返しの効かない過ちとなります。
 きっと、恥知らずなことをした自分を、私は二度と誇れないでしょう。
 そんな私を那岐さんは『私』として認めてくれる訳がありません。そうに違いありません。

 ですから、私は自分を責めます。これ以上『私らしさ』を失いたくありませんから……



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Part.03:だから、気にしない


「そう言えば、何か訊きたいことは?」
「……いえ、特にありませんわ」

 オレは納得した いいんちょに敢えて訊ねる。別に蒸し返すつもりは無いが、遺恨を残したくないのだ。
 だが、いいんちょは少々の沈黙の後に否定してくれたので、その沈黙の意味が非常に気になる。
 本当に疑念が残っていないのか? それとも、残っていない振りをしているのか? 実に判断に迷うところだ。

「そう? 何で記憶障害について医師の診断を受けてなかったのか、気にならない?」

 実際には診断を受けているが、担当医には特待生としての立場を理由に記憶障害のことは伏せてもらっている。
 生活に支障がでるようならば担当医も(本人の希望とは言え)伏せて置くことはないのだが、幸い生活は問題なかった。
 むしろ、記憶障害がオープンになった方がマイナスに働く可能性があったので担当医はカルテにも記載していない。

 それ故に、ナギは診断を受けていないことにして、そこに疑念が残っていないか確認したのである。

「……別に気にはなりませんわ。恐らく、診断を受けていないことにしているだけで、実際は診断を受けているのでしょう?
 学業に支障がなかったとしても『記憶喪失』と言うだけで特待生としての立場が危ぶまれてしまうかも知れませんからね。
 それと、周囲に余計な心配をされたくなかったので、自分だけで解決しようとしたのでしょう? まぁ、あくまで私見ですが」

 おぉ、すげぇ……ほぼ合ってる。

 まぁ、周囲云々については、憑依したと思っていたので、誰かに打ち明けたら厨二病だと思われる とか危惧していたり、
 ヘタに原作を知っていることが魔法関係者にバレると洗脳とか自白とかさせられかねないってビビっていたんだけどね。
 それでも、特待生としての立場を守りたかったし、自分だけで解決しかったのは いいんちょの言う通りだなぁ。
 それだけ いいんちょは那岐を理解していたってことで、オレと那岐の性質はそんなに違いは無いってことなんだろう。きっと。

「じゃあ、何で調理のアルバイトをしていたのかってことは?」

 でも、この部分に関してはオレと那岐は違うと思う。オレは器用で那岐は不器用な筈だからね。
 だから、不器用な那岐が器用であることが必要とされるようなバイトを選んだのは謎だろう?
 資料でもオレと那岐の違いとして言及されていたし、いくら いいんちょでもこれは推察できまい。

「……確か、当初はキッチンの補助として採用されたのですが、途中からメニューの見直しなどを提案し、
 自らメニューを開発しているうちに調理を担当するようになったのですよね? ……必死に努力なさったのでしょう?」

 うぬぅ……これもだいたい合っている。って言うか、そんな経緯まで調べたのかよ。

 実は、オレは料理が得意なつもりだったのだが、何故か最初は手がうまく使えなかったので、
 憑依したことで肉体の操作がうまくできないのだ と思ってレシピ開発の過程で訓練したのである。
 もしかして、訓練によって勘を取り戻したのではなく、訓練によって器用になったってことか?

「じゃ、じゃあ、本当に記憶がないのかってことはどうよ? もしかしたら、記憶がない振りをしているだけかも知れないだろ?」

 ここまで来たら、もはや意地だ。意地でも、いいんちょが答えに窮するところを見てやる。
 いや、自分でも何だか当初の目的と違っている気がするよ? むしろ、墓穴を掘ってると思うよ?
 でも、ここで引いたら負けた気がするんだ。勝ち負けの問題じゃないんだけど、負けたくないのさ。

「……御自分でそれを指摘していらっしゃることが証拠ではありませんか?」

 なるほど。墓穴を掘ったと思ったけど、「まさか墓穴を掘る訳が無い」って感じで逆説的に納得されたのか。
 って言うか、結果的にうまく疑念を晴らせたけど、これって逆説的に「表面に出ていない疑念が残っている」ってこと?
 ……でも、そうは言っても、他に疑がわしい部分は思い付かないなぁ。さっきのも苦し紛れだったし。
 疑念を示すだけで相手が勝手に解決してくれるんだから、この機会にすべての疑念を晴らしてしまいたいんだけど……
 残念ながら、その疑念が思い付かないんだ。せっかくの機会だけど、ここら辺で切り上げるしかないだろう。

「本当に、訊いて置きたいことはないのか?」
「……では、お言葉に甘えさせていただきましょう」

 なので、オレは最終確認の意味も込めて いいんちょに訊ねた。
 そしたら、いいんちょは少し悩んだ後、答え始めてくれたので、
 思惑通りかどうかはわからないけど、とりあえずは望ましい状況だ。

「本当に『何も』覚えていませんの?」

 だが、いいんちょが一拍の後に続けた言葉は、望ましいものではなかった。
 重い雰囲気を軽くしようとしていたが、そんな努力など無駄でしかなかった。
 とは言え、那岐を求める いいんちょとしては気になって当然のことだと思う。
 いや、言い方は悪いが、少し考えれば誰にでもわかることだったじゃないか?
 つまり、そんなことにも気付かない程オレはいいんちょのことを考えていなかったのだ。

「……ほんの少しだけど、思い出したこともある」

 いいんちょの幸福を主点に置くつもりでいたのに……もう忘れている自分に反吐が出る。
 だが、今は自己嫌悪に陥っている場合ではない。気を取り直して、事に当たろう。
 だから、オレはこれまでの軽い雰囲気から重い雰囲気へ態度を切り替えて、重々しく言葉を紡いだ。

「――ッ!! その中に私のことは含まれては……いませんわよね?」

 オレの言葉に一瞬だけ喜色ばむが、直ぐに冷静に戻ったのだろう、訊ねながらも自ら否定するいいんちょ。
 ここで「ちょっとなは」とか言うのが『優しさ』なのかも知れないが、そんな『優しさ』は残酷だと思う。
 だって、根本的な解決になっていないのだから、一時的に救えたとしても何にも意味が無いからだ。

「すまないが、思い出したのはガキの頃のタカミチとの会話くらいなんだ」

 だから、オレは本当のことを話す。いや、本当のことしか話せない、が正しいな。
 そもそも、思い出したって言っても、夢で見ただけに過ぎないのだし。
 って、待てよ? いいんちょとの思い出も夢で見る可能性もあるんじゃね?
 まぁ、まだ可能性に過ぎないから、今は何も言えないことには変わりないか……

「いえ……神蔵堂さんが気に病むようなことではありませんので、お気になさらないでください」

 きっと、理性では理解しているんだろうけど、感情では納得できていないんだろうな。
 と言うか、「気にしないでくれ」と言われているけど、「気にしてくれ」としか聞こえない。
 でも、ここは「気にしないでくれ」と受け取るべきだろう。何故なら『オレ』が相手だからだ。

「ああ、わかっている。オレは何も気にしないさ」

 そう、いいんちょは『オレ』なんかに気にして欲しい とは思わないからだ。
 いいんちょが気にして欲しいのは『オレ』などではなくて『那岐』なのだから。
 だから、オレには「気にしない」としか言えない。気にしないことしかできない。


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―― あやかの場合 ――


「そう言えば、何か訊きたいことは無いか?」

 神蔵堂さんが訊ねて来ましたが、『特には』ありませんわね。訊きたいことはありますが、それは訊いても詮無きことですし。
 ですから、「いえ、特にありませんわ」とお答えしたのですが……どうやら神蔵堂さんは私の答えに納得していないようですね。
 少し考える素振りを見せた後、医師に記憶障害の診断を受けなかったことが気にならないか、訊ねて来ました。

 普通なら気になるのでしょうから、訊ねたい気持ちもわかります。

 ですが、私は別に気になっておりませんので、改まって訊かれても困ってしまいますわ。
 だって、那岐さんの性格を考慮すると、最初は気が動転して医師に相談するどころではなかったのでしょうし、
 落ち着いてからは特待生としての立場や自己完結したがる性格のために己だけで解決しようとしたのでしょうからね。

 ですので、その推論を告げた訳ですが……どうやら、神蔵堂さんの興味を引いただけのようでした。

 神蔵堂さんは、今度は調理のアルバイトをしていたことについての推測を訊いて来ました。
 まぁ、当初は私も「不器用な那岐さんが?」と疑問に思いましたから、訊ねたくなるのもわかります。
 ですが、ちょっと『本格的に』調べましたので、調理を担当するに至った経緯もわかっています。

 きっと、調理を担当するまでの間に人知れず努力をして調理の腕を磨いた と見るべきでしょうね。

 ですから、今度も そのような内容を告げた訳です(もちろん、神蔵堂さんの反応は「その通りだ」でした)。
 そうしたら「記憶がない振りをしているだけでは?」と態々「疑ってくれ」と求めて来ましたので、
 もしかしたら、神蔵堂さんの意識は「私がどれだけ事情を把握しているのか?」と言うものに移っているのではないでしょうか?

 本人も「あれ?」って顔をしていますので、自覚しているのでしょうけど……本当に困った人です。

 記憶を失う前と後では、性格に少々の違いはありましたけど、
 ちょっと抜けている部分など、基本的な部分は変わっていませんね。
 つまり、神蔵堂さんも那岐さんである、と言うことです。
 少々の違いはあっても、根本的には変わっていないのです。

 っと、今はそんなことを考えている場合ではありませんね。神蔵堂さんが記憶を失った振りをしている可能性、でしたね。

 しかし、そうは言いましたけど、ほぼ確実に その可能性は無いでしょうね。そう断言できます。
 那岐さんが私を蔑ろにする訳がありませんから、この人は那岐さんではありません。
 ですが、那岐さんにしか見えませんので、「那岐さんの顔をした他の誰か」としか思えません。

 そのために、最初は「入れ替わり」を疑っていたのですから……

 ま、まぁ、さすがに映画ではないので その可能性は有り得ませんわね。
 他の可能性として妥当なものは「記憶を失った」くらいしか考えられません。
 それに、私を騙すつもりなら御自分で「疑ってくれ」とは言いませんし。

 そう言う訳ですので、前半は恥ずかしいので言えませんが、後半部分だけを尤もらしく答えた訳です。

 ですが、そうしたら神蔵堂さんは難しそうな顔をして何かを思案し始めましたので、何か問題でもあったのでしょうか?
 別にそんな神蔵堂さんに釣られた訳ではありませんが、私が「何か問題があったのでは?」と思案していると、
 神蔵堂さんは軽薄そうな雰囲気で「本当に訊いて置きたいことはないのか?」と確認するように訊ねて来ました。

 ……本音を言うならば、訊ねて置きたいことはあります。心の奥で燻っている疑念があります。

 ですが、それは訊ねても意味が無いのです。
 いえ、むしろ訊ねない方がいいことなのです。
 …………それでも、私は訊ねてしまいました。

 神蔵堂さんの雰囲気に押されたのでしょうか? それとも、ただ単に私が弱かっただけでしょうか?

 私は「お言葉に甘えて」と前置きをして、「本当に何も覚えていないのか?」と訊ねてしまいました。
 今までの彼を知っていますので、それは訊くまでもありません。覚えていたら、今のような状況になっている訳がありません。
 そう理解しているのですが、訊ねたくて仕方が無かったのです。訊ねたい と言う衝動を抑えられなかったのです。
 答えは聞かなくてもわかり切っているのに、場合によっては責めているようにも聞こえるのに……それでも、訊いてしまったのです。

 ……神蔵堂さんが私の言葉をどう受け止めたのかはわかりません。

 しばらく沈黙した後、「ほんの少しだけ」と苦い声で答えてくれました。
 普通ならば、その声だけで意味していることがわかります。
 ですが、私は本当に弱い女だったようで、微かな希望に縋ってしまいました。
 思い出したことの中に私のことも含まれているのではないか、と期待してしまったのです。

 当然、言葉を紡ぐ途中で「そんなことは有り得ない」と気付きましたが。それでも、途中まででも、放ってしまった言葉は覆りません。

 結果、神蔵堂さんは容赦なく「私のことは思い出していない」と告げました。
 いえ、この場合は「誤魔化さずに告げてくれた」と言うべきでしょうね。
 下手に希望を持たされて それが潰えるよりも、最初から希望を持たされない方がマシですから。

 ですから、心の底から申し訳なさそうにしている神蔵堂さんに「気にしないで欲しい」と告げました。

 この人は那岐さんではないですが、大本では那岐さんでもあります。ですので、私が傷付いたと知れば、人知れず悩むでしょう。
 那岐さんと同じく、私には悩み苦しむ素振りなどを見せることがないクセに、何でも一人で抱え込もうとするでしょうから。
 だからでしょうか? この人の「何も気にしていない」と言う言葉は、気にしていると宣言されているようにしか聞こえませんでした。



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Part.04:固められる決意


 ふぅ……

 オレは天蓋付きの やたらフカフカするベッドの上で何度目になるかわからない溜息を吐く。
 別に「天蓋付きのベッドって現存してるんだなぁ」と言う感じの感嘆の溜息ではない。
 どちらかと言うと、居心地がいい筈なのに居心地が悪いと感じることへの溜息だ。

 あ、もうおわかりだろうが……オレが寝ている場所は寮ではない。いいんちょの家だ。

 と言うのも、いいんちょとの『話』が終わったのは、深夜もいいところの時間になっていたからだ。
 既に寮の門限は余裕で過ぎていたので、それから寮に帰るのは非常に面倒な事態になっただろう。
 いいんちょが「もう遅いので家に泊まっていってください」と言ってくれたので、お言葉に甘えたのだ。

 はぁ……

 んで、超が付くほどの高級品なのに居心地が悪いのは、別にオレの肌には合わないからって訳じゃない。
 先程の地下室での会話を思い返していると、どうも「騙したのではないか?」と思えてしまうのだ。
 嘘は言っていないが、本当のことも言っていないので、騙したと言えば騙したと言える。それはわかっている。

 だけど、オレ自身が本当のことを知らないのだから、本当のことなど言える訳がないのだ。

 憑依したのか、逆行したのか、それとも別の原因なのか? オレには本当のことがわからない。
 わからないことを告げるよりは、わかっていることだけを告げるべきだったと思う。
 だから、わかっていること――つまり、事実だけを話して『記憶喪失』だと錯覚させた。
 そのこと自体は間違っていなかったと思うのだが、結果として騙したことになるのがツラいのだ。

 でも、だからと言って、他にうまい方法があっただろうか?

 疑惑を誤魔化す気など更々無かったし、那岐の振りをしてもバレてしまうのは火を見るよりも明らかだった。
 オレにできたのは、いいんちょを傷付けないような表現で「オレが那岐とは別人である」と伝えることだった。
 だから、オレは間違ってはいないと思う――あ、いや、違うな。オレは間違っていないって思いたいんだな。

 って、そうじゃないな。過ぎたことをグダグダ考えるよりも、これから先のことを考えるべきだ。

 後悔したところで那岐を奪った事実も いいんちょを騙した事実も変えられる訳がない。
 だから、過去ではなく未来を見るべきだ。過去は変えられないけど、未来は変えられる。
 まだ、今回は取り返しが付く。まだ取り返せる。だって、まだ失っていないんだから。

 そう、『あの時』みたいに失ってしまった訳ではないんだから……

 あ、あれ? 『あの時』? 『あの時』って、どの時だ? そして、オレは『何』を失ったんだ?
 ……よく思い出せない。頭に霞が掛かったように、どうしても『それら』に関することが思い出せない。
 でも、オレが何か大切なものを失ってしまったのは確かだ。記憶は曖昧だけど、それは確信できる。

 まぁ、今は思い出せないことを考えていても仕方がない。とりあえず棚上げして置いて、これからのことを考えよう。

 途中で意識が逸れてしまったが、いいんちょを『まだ失っていない』と言う認識がある と言うことは、
 裏を返すと、オレは「『いいんちょを失いたくない』くらいに いいんちょを大切に思っている」みたいだな。
 その感情が『オレ』自身のものなのか? それとも、那岐の感情に因るものなのか? それはわからないが。

 …………正直、いいんちょには睨み付けられたり殴られたり監視を付けられたり拉致られたりと、そんなにいいイメージはない。

 いや、まぁ、それらの原因を作ったのは「那岐と入れ替わってしまったオレにあった」訳だから、罪悪感もある。それは確かだ。
 それに「大切な人間に他人扱いされたのだから、その心は深く傷付いたことだろう」と言った『奇妙な共感』もあるのも認めよう。
 だが、それでも いいんちょを失いたくない と思うのは行き過ぎだと思う。せいぜい、これ以上 傷付けたくない と思うくらいだ。

 もしかしたら、曖昧にしか思い出せない「大切な『何か』を失ってしまったこと」が関係しているのだろうか?

 今は その答えはわからない。わかっているのは、いいんちょを失いたくない と言う気持ちだけだ。それ以上のことは現段階ではわからない。
 だから、今オレが考えるべきことは「どうやって いいんちょを失わないようにするか」だ。それ以上のことは、今のオレには手が出せない。
 そう、神ならぬオレにできることは限られている。大切だと思うものを守るくらいしか――いや、正確には それすらも儘ならない程に無力だ。

 どうやって守ればいいのか は、まだわからない。だけど、どんなことをしてでも守ろう。オレは心の中で、そう誓った。


 


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オマケ:未来少女だけが知っている ―その1―


 ところ変わって、麻帆良学園内にある「とある研究室」にて。そこの主である少女、超 鈴音(ちゃお りんしぇん)はニヤリと笑う。

「フフフ、なるほどネ。御先祖の『変化』にはそんな事情があったのカ……
 シナリオの変更は余儀なくされたガ、早めに気付けたのハ不幸中の幸いだネ。
 どうせシナリオは組み直す予定だたカラ、その予定ガ少々変わるだけだからネ」

 超は、先程『聞いた』ナギとあやかの会話内容を元に、脳内で『シナリオ』を練り直しながら不敵に笑う。

「まぁ、『前の御先祖』を求めている いいんちょには少しばかり申し訳ないガ……
 私にハ『今の御先祖』の方が都合が良いのデ、このままの状態を維持させてもらうヨ?
 だって、『今の御先祖』は己の欲望に忠実なので、実に篭絡しやすいからネェ?」

 超はナギに貼り付けていたスパイロボとの接続を断つ。

 その際に、あやかの物憂げな表情を見てしまい、少々心が乱されてしまったが、
 超は「悪を為してでも目的を為す」と覚悟をしているため、それを封殺する。
 あやかには悪いとは思うが、それでも計画に支障を来たす訳にもいかないのだ。

「私の目的が達成できるまでハ……御先祖にはネギ嬢の『お守り』をしていてもらわねバ困るのだヨ」

 目的を為すために超はすべてを未来に置いて来た。そして、目的の為ならば己の命すら賭ける気でいる。
 あやかに同情もするが、超にはそれ以上に大切なことがある。ただ、それだけのことだ。
 だから、一瞬だけ あやかのことを気に掛けたことは忘却し、ただただ目的の遂行だけに意識を傾ける。

「それにしてモ、御先祖はフラグを立て過ぎなような気がするネ。下手を打って後ろから刺されてバッドエンドになりはしないか、少々心配だヨ」

 子を成すまでとは言わないが、超の目的が為されるまでは生きていてもらわねばならない。
 超の先祖であるナギが子を成す前に死んでしまったら超は消えてしまう可能性があるため、
 目的を為した後ならばそれはそれで構わないのだが、目的を為す前に消えてしまうのは困るのだ。

「まったく……困った御先祖だヨ」

 超は、陰ながらナギが死なないように手段を講じることを決意し、
 これまで1機だったスパイロボを3機に増やそうと考えるのだった。
 当然、そのスパイロボには『それなりの武装』を施すのは言うまでも無い。

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 ちなみに、超も気付いていなかったことだが、今回、ナギは特大の死亡フラグを回避している。

 と言うのも、あやかに「実は憑依――つまり、上書きされた感じなんじゃないかと思うんだ」などと応えていたら、
 あやかに「では、間接的に那岐さんを殺したのですね?」と解釈されて、その場で粛清されていた恐れがあったからだ。
 ナギとしては、あやかの真摯な態度に真摯に応えただけだが、結果としてそれがいい方向に転がったのである。

 まぁ、そのことには誰も気付くことはないのだが。


 


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後書き


 ここまでお読みくださってありがとうございます、カゲロウです。
 以前から「改訂した方がいい」と言う意見が多数あったので、改訂してみました。


 今回は「シリアスを頑張ったけど、最後で微妙に崩れた」の巻でした。

 改訂のコンセプトとして「主人公視点を削る」と言うものがあったのですが、
 この話だけは第三者視点にしてしまうと主人公の気持ちが伝わり難いと考え、
 敢えて主人公視点を残しました。多少、表現や考え方は変えてはいますけど。

 ちなみに、初稿を書いていた時の率直な感想は「あれ? いいんちょって可愛くね?」でした。

 つまり、この話で あやかのヒロインが確定したと言っても過言ではない訳です。
 あやかって「主人公にしか本音を見せない幼馴染のお嬢様」って感じで非常に萌えたのです。


 ……では、また次回でお会いしましょう。
 感想・ご意見・誤字脱字等のご指摘、お待ちしております。


 


                                                  初出:2009/11/15(以後改訂・修正)



[10422] 第18話:オレ達の行方、ナミダの青空【改訂版】
Name: カゲロウ◆73a2db64 ID:552b4601
Date: 2012/09/30 20:10
第18話:オレ達の行方、ナミダの青空



Part.00:イントロダクション


 今日は4月17日(木)。

 あやか との話し合いの結果、ナギが『決意』をした翌日。
 ナギが あやかの家に宿泊して、爽やかな朝を迎えた日。

 ちなみに、その『爽やかさ』にピンクな成分は一切ない のは言うまでもないだろう。



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Part.01:またまた夢を見た


「……でっかい家だねぇ」

 子供那岐の呆れたような、だが それでいて感動したような声が響く。
 その視界に映るのは、既に見慣れてしまった大邸宅――いいんちょの家だ。
 きっと、那岐がいいんちょの家に訪れた時の記憶ってことなんだろう。

「べ、別に普通ですわ!!」

 金髪の幼女が照れたようにソッポを向いて応える。
 十中八九、子供の頃のいいんちょなんだろうなぁ。
 って言うか、素晴らしいツンデレ、御馳走様です。

「そっかぁ。そう言えば、このちゃんの家もこんなもんだったなぁ」

 いや、那岐よ。そこは納得するところじゃないと思うんだけど?
 あきらかに いいんちょは謙遜してるだろ? 納得しちゃダメだろ?
 ここは、常識的に考えて「そんなことないよ」とか返すところだろ?

「……このちゃん?」

 あ、あれ? いいんちょ、物凄く不機嫌になったんじゃない?
 何か いいんちょの背後から闘気が立ち上ってる気がするんだけど?
 オレの気のせいかな? いや、気のせいじゃないよね、どう見ても。

「うん、『このえ このか』だから、このちゃん」

 おいぃいい!! 素で返すなぁああ!! 空気に気付けぇええ!!
 いいんちょが気になっているのは、そこじゃないからぁああ!!
 って言うか、木乃香の家を知っていることを気にしてるんだよぉおお!!

「つ、つまり、近衛さんの家にお邪魔したことがある。そう言うわけですわね?」

 うん、マジでキレちゃう5秒前って、まさにこんな感じなんだろうね。
 いいんちょのコメカミやら頬やら眉毛やらがヒクヒクしてて超怖ぇ。
 ……女性の発する怒気のプレッシャーって年齢とか関係ないんだなぁ。

「と言うよりも、この前まで いっしょに住んでたんだよね」

 何と言う爆弾発言。じゃなくて、火に油を注ぐどころかガソリンを投下するなぁああ!!
 ここは機転を利かせて「タカミチに連れられて行っただけだよ」くらいにして置けぇええ!!
 じゃないと、いいんちょのプレッシャー的に、明日の朝日が拝めない事態になるぞぉおお!!

「そ、そうなんですの……とても、仲がよろしいのですねぇ?」

 いいんちょは満面の笑みを浮かべているんだけど、満面の笑みだからこそ超怖い。
 って言うか、コメカミやら頬やら眉毛やらが物凄い勢いで引き攣ってるね。
 ここでイエスと答えようものなら、バッドエンドへまっしぐらなんだろうなぁ。

「ううん。嫌われちゃったから、仲よくはないと思うよ」

 おぉっ!! 起死回生の一手だ!! よくやった!! よくやったぞ、那岐!!
 狙った訳ではないんだろうけど、見事に いいんちょの怒りを鎮火させたぞ!!
 その証拠に、いいんちょは「そうなんですの♪」って感じで嬉しそうだぞ!!

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 そんな訳で、疑う余地もない程に那岐の記憶を夢見たナギだった。

 ここで思ったことが「しかし、那岐って幼馴染系フラグが多いなぁ」だった辺り、ナギの脳はダメになっている気がしてならない。
 せめて「木乃香の家に住んでたんだなぁ」とか「前回の夢は正しかったんだなぁ」とかと思うべきなのではないだろうか?
 まぁ、ナギの脳がダメであることなど今更なことなので、ここでは置いておこう。むしろ、別に言及すべきことがある筈だ。

 その言及すべきこととは「何故、一昨日に引き続いて昨夜も那岐の記憶を夢見たのか?」と言うことだろう。

 過去二回のケース(13話と16話)は一週間程の間が空いていたので、ナギは「一定期間ごとに記憶が喚起されて、記憶を夢見ているいる」と考えていた。
 そのため、次に記憶を見るのは一週間程 先だろう とナギは想定していたのだが……現実は違った。昨日(16話)に引き続いて今日も見てしまったのだ。
 つまり半分は合っているが、半分は外れていた訳だ(記憶を夢見るのは記憶が喚起されているからだろうが、記憶喚起と時間は関係ないのだろう)。

 それでは――時間と関係ないのなら、何が原因でな記憶は喚起されたのだろうか?

 これまではエヴァ戦やデモンストレーションの後に夢見ていたから「魔法と言う強い刺激によって記憶が喚起されている」とも見られたが、
 今回は魔法とは関係ないイベント(あやかとの会話や あやかの家に泊まったこと)が引鉄になった。つまり、魔法と記憶は関係がないのだ。
 順当に考えるなら「那岐の記憶に関わる出来事を体験することによって、那岐の記憶が喚起されている」と言う可能性が一番高いのだが……

(だけど、それだと那岐が魔法と関係していた と言う可能性が浮上しちゃうんだよなぁ)

 もしかするとエヴァ戦やデモンストレーションの中に『那岐の記憶に関わる何か』があったのかも知れないが、その可能性は低いだろう。
 ここは大人しく「那岐が魔法と関係があったから、魔法と関わることでも那岐の記憶が喚起されていた」と見るべきだ。
 と言うか、タカミチが保護者であることも踏まえると、どう考えても那岐が魔法と関係していた としか考えられない。

(ここまで来ると、那岐と魔法は無関係だ と思い込むのは さすがに無理がある、か……)

 ナギが「魔法と言う強い刺激によって記憶が喚起されている」と想定していたのは、無意識的に「那岐と魔法を無関係だ」と考えたかったからだろう。
 つまり、ナギは「何もしなくても魔法と関わっていた のではなく、ネギと関わったので魔法と関わってしまった」と言う免罪符が欲しかったのだ。
 もちろん、ネギに責任を押し付けたい訳ではない。自分を納得させる為に、自身が選択を間違ったから現状になってしまったことにして置きたいのだ。

(やれやれ。今まで敢えて目を背けていたけど、そろそろ『那岐』と真剣に向き合わないといけないな)

 タカミチが保護者であることを知った時点で、ナギは「那岐は一体 何者なのだろう? 魔法関係者なのだろうか?」と疑いを持っていた。
 だが、ネギと接触するまで近右衛門は愚かタカミチすらもナギに接触して来なかったことを理由に、ナギは その疑念を忘れることにした。
 木乃香や刹那と旧知であるらしいことを知った時に疑念が再燃したが、やはりナギは「魔法関係の話をされないから関係ない筈だ」と目を背けた。

(まぁ、正確に言うと、いろいろと藪蛇になりそうだから『意図的に忘れた』んだけどね)

 原作(魔法 = 非常に危険な代物)を知るが故に魔法と関わらずに済むなら関わる気などナギにはなかった。
 だが、ネギとパートナー関係を結び、エヴァイベントを解決するのに積極的に動いた今となっては話が変わる。
 魔法の世界に足を踏み入れてしまった以上、いつまでも「関わりたくないから気にしない」訳にはいかない。

 それに、あれだけ那岐を大切に思っている存在(あやか)を知ってしまった以上、那岐と真剣に向き合わねばナギ自身が己を許せないのだ。



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Part.02:神多羅木先生の有り難い講義


「急で悪いのだが……修学旅行の行き先が変更になった」

 本当に急である。まぁ、経緯を省いたせいでもあるが、経緯を省かなくても充分に急だった。何故なら、修学旅行は来週の火曜から始まるからだ。
 ところで、ナギが那岐と向き合うと決めた後の経緯だが、豪華な朝食を摂って黒服に学校まで送ってもらっただけで特筆すべきことはなかった。
 そして、現在は朝のホームルームであり、先の発言は神多羅木のものだ。神多羅は出席確認を終えると挨拶もそこそこに爆弾を投下したのである。

「「「えぇええ~~?!!」」」

 当然ながら、寝耳に水な話なので男子生徒達のリアクションは激しい。まさに非難轟々である。
 だが、その怒号も神多羅木が軽く一睨みするだけで一瞬のうちに黙るのも また当然である。
 いくら神多羅木に慣れている男子生徒達でも、神多羅木の威圧感を直で受けるのは危険なのだ。

「……まぁ、驚く気持ちはわかる。だが、そう悪い話ではないから安心しろ」

 生徒達が黙ったのを確認した神多羅木は軽い口調で言うが、気分はがハワイ(南国リゾート)になっていたナギとしては あきらかに悪い話である。
 何故なら他の候補地は北海道か京都か長崎だからだ。別に他の候補地が悪い訳ではないのだが、それでも南国リゾートと比べてはいけないだろう。
 ちなみに、何故に行き先がハワイから変更になったのかと言うと、宿泊予定のホテルが原因不明の爆発によって使えなくなってしまったから らしい。
 人数も人数であるため他の宿泊施設の確保が不可能であるため、ハワイを希望していたクラスは他の候補地に振り分けられることになったそうだ。
 まぁ、該当するクラスは男女合わせて20クラスはあるので(単純計算で600人以上だ)、妥当と言えば妥当な措置だろう。中止ではないだけマシである。

「で、ウチのクラスは京都に変更になった訳だが……何と、宿泊先が女子のA組と一緒になったんだ」

 な、何だってーー!? って言うか、何じゃそりゃあああ?! ……それが、ナギの率直な感想(と言うか、心の絶叫)だった。
 いくら決意をしたとは言え、危険であることがわかっている場所(京都)に行くのは、ナギでなくても文句を言いたくなるだろう。
 他にも候補地がある中で京都が割り振られた辺りに(しかも、女子のA組とはネギのクラスだ)『誰か』の思惑が見え隠れしている。

「まぁ、興奮する気持ちはわかるが、とりあえず落ち着け」

 言うまでもないだろうが、神多羅木が諫めたのはナギ以外の男子生徒達である。ナギの心の叫びは軽く流されたのだ。
 さて、これも言うまでもないだろうが、男子共のテンションの高さは宿泊先が女子と合同となることへの期待である。
 まぁ、合同と言っても宿が一緒になるだけで部屋も風呂も別々だろうから、何を期待しているのかナギには理解できないが。

「では、本題に入ろう。行き先の変更に伴い、班の編成と部屋割りが変える必要があるため、一時間目の数学を潰して決めてしまおうと思う」

 この展開はナギも素直に嬉しい。授業(しかも神多羅木の授業)が潰れることは、どんな理由でも嬉しいのがナギなのである(実にダメな思考だ)。
 いや、ナギも「いくら急とは言え班決めに授業を潰すのは どうだろう? 昼休みとかに自主的にやらせるべきでは?」とは思った。
 しかし、そんな良識的な意見は「授業が無くなる と言う誘惑」の前には無力だったのだ。つまり、ナギにツッコむ資格はないのである。

「あ、神蔵堂は ちょっとオレのところに来い。ちょっと話がある」

 一人だけ名指しで呼び出されたことで「もしかして、さっきの心の中のツッコミが届いていたのだろうか?」とか益体もないことを考えるナギ。
 もちろん、そんな訳がないことはナギとて わかりきっている。恐らくは、魔法関係についての話なので、ナギだけに話したいのだろう。
 原作との違いをチェックする いい機会なので、ナギは「適当に進めて置いて」とクラスメイトに伝え、大人しく神多羅木呼び出しに応じたのだった。

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 そんな訳で、ナギは神多羅木に連れられて昨日に引き続き生徒指導室に訪れた。

「それで、お話とは一体 どう言った内容なのでしょうか?」
「察しは付いているだろう? 暇じゃないんでイチイチ惚けるな」
「まぁ、昨日の今日ですし、さっきの話題が話題でしたしね」

 昨日、ナギは神多羅木と魔法関係について話した。そして、先程は修学旅行の行き先の変更が話題になった。誰でもわかる繋がりだろう。

「つまり、修学旅行――いえ、正確には京都と魔法が関係している と言うことなんですね?」
「ああ、そうだ。京都に行く前に魔法関係のことで教えて置かねばならないことが幾つかある」
「やはり、そうですか。ところで、それって景気のいい話ですよね? オレは そう信じてます」
「信じるのは自由だが、現実は非常だぞ? と言うか、景気の悪い話だとわかっているだろ?」
「まぁ、先生の様子から そうだろうなぁ とは思いましたが……希望は捨てない主義なんですよ」

 いい話なら態々 今(授業中)に話す訳がない。悪い話だからこそ緊急で伝えているのだろう(ちなみに、昨日の呼び出しの本題は この件だった)。

 さて、お察しの通り、神多羅木の話とは「関西呪術協会のことや関東魔法協会のこと、そして両者の関係がよろしくないことなど」についてだ。
 その辺りの事情は原作と変わらないため詳細は割愛させていただくが、神多羅木の説明を聞いたナギは原作と変わらないことに少なからず安堵した。
 何故なら、原作と事情が変わらない と言うことは(多少の違いはあっても)原作と大差ない展開になることが予測できるため対策しやすいからだ。

(……とりあえず、警備体制の見直しから始めようかな?)

 原作では どうにか無事に収まっていたが、薄氷の上をギリギリで歩いていたようなものだった。そんな危険を冒す趣味はナギにはない。
 原作知識を最大限に利用して、時には原作通りに そして時には原作から逸れて、望む結末を導き出す。それが、ナギの方針だ。
 これまでは行先が違ったため「ネギに助言して安全性を高める予定」だったが、行先が変わったので直接 関われるようになった。
 最初こそ行先変更に悪態を吐いていたナギだが、冷静になって考えてみれば(ネギ達の安全的に)行先変更は僥倖とも言える事態だ。

 もちろん、ナギは己の保身を考えなくなった訳ではない。ただ、己の保身以上にネギ達の安全が大切になったのだ。それだけのことである。

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 …………………………………………………………

 そんなこんなで神多羅木の講義が終わったため、ナギが教室に戻ろうとしたところ……

「ああ、そう言えば、昨夜のことなんだが……何か申し開きはあるか?
 もしあるならば、聞くだけ聞いてやるから話してみろ。
 まぁ、当然ながら、聞くだけで善処するかは定かではないがな」

 などと神多羅木が(ナギにとっては)突拍子もないことを問うて来た。

 ちなみに、ナギは惚けているのではなく、今回ばかりは本当に身に覚えが これっぽっちもないのだ。
 ナギとしては、昨夜は あやかと真剣に話し合っただけなので、ナギに後ろ暗いことは何もない。
 まぁ、あやかに対して後ろ暗いことがあると言えばあるが、神多羅木には関係ないので、ないったらない。

 そのため、ナギは素で訊ね返すことを選択した。ここで わかっている振りをしても何も得はない。

「昨夜ですか? 一体、何のことです? 心当たりがありませんけど?」
「ふん、惚けるな。昨夜と言ったら、無断外泊に決まっているだろ?」
「無断外泊、ですか? ――あっ!! そう言えば そうなりますよね」

 指摘されるまで気付かなかったが、ナギは昨夜あやかの家に宿泊したため、扱いは無断外泊になっているのである。

 外泊そのものは大した問題ではない。だが、それは事前に申請したり許可を得たりした場合に限る(緊急の場合は例外だが)。
 せめて寮の管理人に外泊する旨を連絡していればマシだったのだが、連絡していなかったので問題になったのだろう。
 ナギの心境が「それどころではなかった」と言う背景もあるが、そもそも連絡を入れる発想がナギにはなかったのが主因だ。

「すみません、連絡を怠りました」

 言うまでもなく、どう考えてもナギが悪いためナギは素直に謝罪した。己に非があったことを自覚しているので非常に素直なのである。
 ところで、14話でネギがナギの部屋に宿泊しようとした件で「あの時、ネギは外泊許可を取っていたのか」ツッコみたくなることだろう。
 ネギは外泊許可など取っておらず(実際に宿泊する気などなく)、ナギと駆け引きをするのが目的だったのでツッコむ必要はない。

「……よく言われることだが、『すみません』で済んだら警察はいらんぞ?」

 確かに その通りだ。常套句だが、反論できない正論だからこそ常套句なのだろう。と言うか、今回はナギが全面的に悪いので反論の余地がない。
 反抗的なナギが殊勝な態度を見せる非常に稀な機会であるため、ここぞとばかりにナギを責めたくなる神多羅木の気持ちわからないでもないが、
 だからと言ってネチネチとイビるのはやめて欲しい と言うナギの気持ちもよくわかる(非を認めているのだから、小言を言われるまでもない筈だ)。

 そのため、不毛としか言えない言葉の応酬に突入するのは至極当然の流れであった と言えるだろう。

「それは仰る通りですけど……珍しく素直に非を認めて反省しているので、ここら辺で許していただけませんか?」
「……確かに、いつもなら言い訳にもならん戯言で誤魔化そうとするからな、どうやら反省はしているのだろう」
「ええ、反省はしています。と言うか、しみじみ言わないでください。人間、自己正当化が必要な時もあるんです」
「しかし、お前の場合は それが常套手段になっているだろう? それはちょっと改めるべきではないか?」
「ですが、オレの味方はいないに等しい(いない訳ではない)ので、自分で自分を守るしかないじゃないですか?」
「まぁ、それもそうなんだが……自分で言っていて悲しくならないか? と言うか、味方を作ればいいだろう?」
「ですから、自己正当化がオレの常套手段になるんですよ。と言うか、味方は数える程度ですが いますから」
「そうか。実に説得力がある言葉だな。前者にしても後者にしても。と言うか、何だか話が逸れて来てないか?」
「確かにそうですね。ちなみに、話を逸らした責はオレにもあると思いますが、先生にもあると思いますよ?」
「フン、わかっているさ。だが、逸れたことには気付いた段階で軌道修正をしなかった お前が悪いとは思わないか?」
「思いません。と言うか、それこそ自己正当化ですよ。せいぜい、オレ『も』悪い くらいの表現にすべきですよ」
「まぁ、そうだな。俗に言う『人の振り見て我が振り直せ』と言うヤツだ。つまり、お前も気を付けた方がいいぞ?」
「そうですね。確かに自己正当化は見ていて気持ちいいものではないですね。むしろ、妙にイラッとしますね」
「そうだな。それがわかったのなら、今後は自己正当化を控えろ。主に見ているオレが苛立たないために、な」
「ええ、以後は気を付けます。もちろん、他の方々のためですけど。見ているのは先生だけではないですからね」
「……相変わらず、口が減らないな。そこは嘘でもオレを立てて置くのが『大人の対応』と言うモノじゃないのか?」
「そうは思いますけど……実際にオレがそんなこと言っていたら引きませんか? 白々しいにも程があります」
「まぁ、そうだな。白々しくて逆にイラッと来るだろうな。もしくは、悪いものでも食べたのか疑うだろうな」
「いえ、そこは嘘でもいいから心配して置きましょうよ。人としては同感ですけど、教師としてはアウトですよ?」
「確かにそうかも知れないが……お前、オレがお前を心配したら気持ち悪がるだろう? 白々しいにも程があるだろが」
「まぁ、そうですね。何か悪いものでも食べたのか、もしくは何か悪いことでも企んでいるのか、疑ってしまいますね」
「ちなみに、言うまでもないだろうが……似た様なことを言っているが、お前の方が明らかに酷いこと言っているからな?」
「え? そうですか? 常識的に考えたら、五十歩百歩じゃないですか? オレ達の会話って大差ないレベルですよ?」

 最早 言うまでもないだろうが、ナギと神多羅木は『喧嘩する程 仲がいい』と言うことにして置くべき関係なのである。

「――さて、いい加減に本題に戻ろう。と言うか、いい加減に無断外泊の件にケリを付けさせろ」
「え? 決着も何も、今までの皮肉とか小言とかを聞いたことで帳消しにされるんじゃないですか?」
「ハァ? そんな訳がないだろう? オレは溜まっている書類仕事をサッサと捌きたいんだぞ?」
「つまり、罰として書類仕事を手伝え と言いいたいんですね? 悲しいくらいに わかります」
「いいや、そうは明言していない。あくまでも、お前の誠意次第で善処しよう と思っているだけだ」
「うっわ~~。相変わらず、玉虫色と言うか政治家が好む様な言い回しをして来ますよねぇ」
「まぁ、そうだな。だが、お前にだけは言われたくないな。お前も よく使う言い回しだろう?」
「確かに そうですけど……オレは先生から学んだことにしてありますから主犯は先生ですよ?」
「ハッ、勝手に言っていろ。ところで、どうでもいいのだが……面倒だから学園長にタレコむなよ?」
「そこは安心してください。タレコんでも対処してもらえないので、最近は あきらめましたよ」
「そうか、やっとあきらめたか。と言うか、わかっていたが、やっぱり犯人はお前だったのか……」
「ハッハッハッハッハ!! ちょっとした御茶目ですよ。先生にイビられた憂さ晴らし兼ねた、ね?」
「いや、中学生ならば もうちょっと健全な方向の憂さ晴らしをするべきだろう? 実に不毛だぞ?」
「いえいえ、オレをイビると言う不健全過ぎる憂さ晴らしばかりしている先生に言われたくないですよぉ」
「いやいやいや、それが教師の特権と言うものだし、そうでもしなきゃストレスで胃に穴が空いてしまうさ」
「それならば、いっそのこと教師なんかやめて『マの付く自由業』でもやればいいんじゃないでしょうか?」
「ん? 『マ』の付く自由業、だと? こう言う場合は『ヤ』の付く自由業、と言うんじゃないのか?」
「普通はそうですけど、先生の場合はビジュアル的に○フィアの方が似合っていると思ったんですよ」
「なるほど、非常にムカつくな。と言うか、つくづく失礼なヤツだよなぁ。ある意味で清々しいくらいだ」
「そんな方向で褒められても全然 嬉しくないですね。と言うか、むしろ貶されている気がするんですが?」
「貶しているんだから そう聞こえて当然だな。むしろ聞こえなかった場合は お前の脳が心配になるな」
「ここは『心配していただき、ありがとうございます』と言うべきなんでしょうが……何か釈然としませんね」
「それはお前の心が汚れているからだ。そう言うことにして置けば、いろいろと丸く収まるに違いないぞ?」
「おれもそんな気はするんですが、それでも敢えて『だが断る』と言うのが、オレと言う人間だと思います」

 と まぁ、以上のようなノリで この後も授業終了のチャイムが鳴るまで二人の会話は続いたのだった。

 ところで、授業終了まで二人が話し込んでいたことで察しは付くだろうが、ナギが教室に戻った時には既に班の再編成は終わっていた。
 それ故にナギは自動的に人員の少ない班に分けられていたのだが……その結果が余りに酷かったのである。主に班のメンツ的な意味で。
 責は昨日の呼び出しを途中で切り上げたナギにあるのだが、班決めの時間に呼び出した神多羅木をナギが逆恨みしたのは言うまでもないだろう。

 ……ナギの辞書に反省の文字はあるらしいのだが、あるだけで なかなか活用されていないのであった。



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Part.03:学園長先生の有り難い思惑


「……それで、お話と言うのは何でしょうか?」

 ナギは単刀直入に本題に入った。と言うのも、班の問題以外は特に問題は起きずに時は流れて、午前中の授業が終わり昼休みになったのだが、
 ナギがランチを取るため意気揚々と教室を出たところで近右衛門から呼び出し(校内放送)があったので、学園長室に訪れたのである。
 ネギも呼び出されていたので十中八九『親書』の件だろうが「親書ですね、わかります」と言う訳にもいかないので用件を訊ねるしかないのだ。

「その前に、神多羅木君から『事情』は聞いておるかの?」

 近右衛門はナギを試しているのだろうが、ここは素直に「両者の仲がよろしくないので、修学旅行は大変だ」と言うべきだろう。
 単に『事情』とだけ表現されてしまうと、意地の悪いナギは「学園長先生の思惑についてですね?」とか考えてしまうからだ。
 ハワイ行きを阻止された恨み(証拠は一切ないが、状況的に近右衛門が主犯だとナギは断定している)は意外と根深いようだ。

「……西と東についての事情でしたら、一通りの説明を受けております」

 恨みは根深いが、ここで噛み付いても仕方がないことがわかっているナギは大人しく話に付き合う。
 近右衛門の思惑(ナギの状況把握能力を試している)に乗せられた形にはなるが、今回は仕方がない。
 大切なことは「如何に要望を押し通すか」だ。今は個人的な感情を優先させている状況ではないのだ。

「うむ。それで本題なんじゃが……君達に『特使』として西へ行ってもらいたいんじゃよ」

 近右衛門の言葉は実に予想通りだったのだが、逆に予想通り過ぎて不安が生まれる。何処かで重大な落とし穴がありそうだ。
 ナギは「原作と同様に親書を届けさせられるのだろう」と高を括らずに「別の可能性もある」と気を引き締め直す。
 と言うか、仮に親書を届けさせられるのだとしても、要望を押し通すと言う目的を考えると気を緩める余裕などない。

「なぁに『特使』と言っても この親書を西の長に渡してくれるだけでええから安心せい」

 ナギの緊張を「特使に任命されたから」と解釈したのか、近右衛門は努めて軽い調子で言葉を続ける。
 恐らくはナギの緊張を解すために敢えて軽い態度を取ったのだろうが、親書をヒラヒラさせるのはいただけない。
 その心遣いそのものは有り難いが、仮にも親書なのだから もう少し丁重に扱って欲しいのが偽ざる心境だ。

「……それを お受けする前に確認して置きたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」

 近右衛門は依頼の形で伝えているが、どう考えても『依頼の形を取った命令』であるので、答えは一つだ(受けるしかない)。
 だが、それがわかっていてもナギにはやらねばならないことがある。何度も言っているが、要望を押し通さねばならないのだ。
 自身やネギ達が少しでも安心して修学旅行を楽しめるように、事前に打てる対策は可能な限り打って置きたいのである。

「西は魔法関係者が来るのを嫌がっているんですよね? ならば、魔法関係者が京都に行かなければ いいのではないでしょうか?」

 実に身も蓋も無いが、至極 尤もな意見である。最初から行かなければ何も問題は起こらないので、特使そのものが不要になる。
 あくまでも西が問題にしているのは「魔法関係者が西に入ること」なので、一般人達が西に行くのは問題にはならない筈だからだ。
 まぁ「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」の理論で、一般人でも麻帆良関係者は誰でもお断り と言う場合は、話が変わって来るだろうが。

「あ~~、うん、その通りなんじゃが……木乃香の事も聞いておろう?」

 つまり「言っていることは間違ってないんだけど、魔法関係者としての自覚がないが重要人物である木乃香をどうする気か?」と言うことだろう。
 確かに、他の関係者は事情を知っているからいいとしても、さすがに本人の与り知らない理由で修学旅行をキャンセルさせるのは忍びない。
 忍びないが……だからと言って、本人や周囲が危険に陥る可能性があるのに「可愛そうだから」と木乃香を行かせるのも何かが違う気がする。

「……木乃香には申し訳ないですけど、本人のためにも他の生徒のためにも ここは泣いてもらいましょう」

 原作における京都での事件は、7割くらいが木乃香を原因としていたものだった。その意味では、木乃香を行かせないのが一番の安全策だ。
 とは言え、ナギには魔法関係者や木乃香を置いて行く気など一切ない。あくまでも「そんな方法も辞さない」と言うハッタリである。
 近右衛門には通じないかも知れないが、少しは効果があるだろう。「そんな方法を取られるよりは」と、少しは譲歩してくれるに違いない。

「木乃香には酷なことだとは思います。ですが、東を快く思わない西の人間が短絡的に木乃香を狙う可能性を考慮すると それが最善です」

 関東魔法協会長の孫にして、関西呪術協会長の娘であり、東方随一の魔力保有者。
 その餌の魅力は、サファリパークに生肉をぶら下げていくようなものだと言えるだろう。
 つまり、木乃香を連れて行くのは自殺行為以外の何物でもない。非常に危険なのだ。

「それはそうなんじゃが……」

 近右衛門も危険なのはわかっているのだろう。「痛いところを突かれたわい」と言わんばかりの雰囲気だ。
 まぁ、常識的に考えたら危険だとわからない訳がない。では、何故 近右衛門は木乃香を京都へ行かせたいのか?
 警備体制を過信し「危険はるだろうが大した問題ではない」と高を括っているのか、それとも――

「――まさか、西の上層部に反抗的な勢力を誘き出すための餌にするつもり、では ありませんよね?」

 ナギは「そんな訳はありませんよね?」と責めるような口調――と言うか、問い質すような口調で訊ねるが、
 その内心では「木乃香を京都に連れて行く『費用対効果』を考えると妥当なところだ」とも思っている。
 ナギが近右衛門――すなわち東の長の立場だったならば、西と東の関係修繕のために そうしているからだ。

「…………もしも、『そうじゃ』と言ったら、君はどうするんじゃ?」

 近右衛門は感心したように目を見開いた後、ナギを探るような目で見ながら鷹揚に訊ねる。
 恐らくは今回もナギを試しているのだろうが、既に答えは出ているのでナギに悩む必要などない。
 いや、むしろ、その答えを言うために餌云々の確認をしたようなものなので願ったり叶ったりだ。

「西から襲撃されることを前提として、木乃香の護衛も一般人達の護衛も強化することを進言します」

 ナギは淀みなく答えた。それは、ナギが『押し通したかった要望』であり、ナギが思い付いた『事前に打てる対策』である。
 何だかんだ言っても、既に上層部間では今回の件のケリは付いている筈なので、ナギ達は京都に行かざるを得ないだろう。
 そのため、ナギは『京都に行かないこと』を考えたのではなく、京都に行ったうえて『安全性に過ごすこと』を考えたのである。

(東は餌役を引き受ける代わりに京都へ行け、西は東を受け入れる代わりに反乱分子を粛清できる。そんな筋書きなんだろうね)

 ただ、原作では(その思惑は大きく外れて)本山は襲撃され、木乃香が浚われ、リョウメンスクナノカミが召喚される と言う事態にまで陥った。
 仮定の話となるが、フェイトと言う想定外の強者がいなければ大した問題にはならず、反乱分子が炙り出されて粛清されるだけだったのだろう。
 つまり、裏を返すと、フェイトさえ『どうにか』できてしまえば すべては丸く収まるのだ。それ故に、ナギは『護衛の強化』を画策した訳だ。

「ここで、本題に話を戻しますが……護衛を強化していただければ『特使』を引き受けますので、どうかオレの進言を受け入れていただけませんか?」

 既に決まっていることを白紙に戻すには大変な労力が要るうえ信用に関わる。だが、変更するだけならば大した労力は要らない。
 つまり、最初に提示した「京都行きを白紙に戻すこと」は不可能に近いが、後に提示した「護衛を増加すること」は容易いのである。
 そう、心理学で言う「ドア・イン・ザ・フェイス(大きな頼みを断らせた後で、小さな頼みを叶えさせる)」に似た手法を用いたのだ。

 当然ながら近右衛門の答えはYESであり、それを受けたナギは「条件を一つでも多く飲ませよう」と奮闘するのだった。

 ところで、ネギが空気と化している件だが、それはネギを蔑ろにしているからではない。
 こう言った『話し合い』の時こそがナギの出番なので任せてもらっているだけである。
 決して「ネギにしゃべらせると面倒なことになるから」ではない……に違いない気がする。



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Part.04:忘れた頃にやって来る


 さて、護衛の強化についての話し合いは「それなりにナギの要望が通った」と言う形で終わった。

 詳細については、後程 語る機会があるので、その時に語ろう。今は語るべき時ではない。
 むしろ、今 語るべきなのは、護衛云々の話が終わってからの話題についてだろう。
 と言うのも、その話題によって また一つナギの(自業自得な)心労が増えたからである。

「――おっと、忘れるところじゃった。ナギ君には まだ話があるんじゃった」

 護衛についての話し合いが終わった後、ナギは日替わりランチ(チキン南蛮)を食べ損ねないために急いで学園長室を後にしようとした。
 後にしようとしたのだが……近右衛門に呼び止められたので、ナギは日替わりランチをあきらめて他のメニューで我慢することにした。
 何故なら、近右衛門の呼び掛けが余りにも態とらしかったため、ナギは「大したことないように見せ掛けた重大な話題」だと判断したからだ。

「一体、どう言った用件でしょうか?」

 ナギは「貴重なランチタイムを削るくらいに重要な用件なんですよね?」と言う気持ちを隠すことすらせずに続きを促す。
 常識的に考えて重大な用件だとは思うが、もしかすると本当に大した用件ではないかも知れない。そのための予防線だ。
 と言うか、もし くだらない用件だったら、タカミチに「学園長先生が しずな先生にセクハラしていた」とかタレコむ気である。
 いや、根も葉もない虚言だが、原作で乳に顔を埋めていた描写があったので、叩けば埃がボロボロと落ちて来るに違いない。

「実はの……那岐君には『特使』の他にもやってもらいたいことがあったんじゃよ」

 近右衛門の歯切れの悪さ から察するに、その『やってもらいたいこと』と言うのは『特使と言う名の撒餌』以上に厄介なのだろう。
 何故にネギをチラチラと見ているのかは極めて謎だが、近右衛門が言い難そうなのは確かだ。ナギとしては可能なら拒否したい所存だ。
 そのため、ナギは「できれば やりたくないです」と言外に込めつつ「やってもらいたいこと、ですか?」と怪訝そうに問い返す。

「簡単に言うと、婿殿――西の長へ『挨拶』をしてもらいたいんじゃよ」

 特使として行くのだから、組織のトップに挨拶くらいするのは当たり前だ。態々 指定されるようなことではない。
 つまり、近右衛門の言う『挨拶』とは「単なる挨拶」ではなく「何か特別な意味を持った挨拶」と言うことなのだろう。
 当然、ナギには心当たりなどない。だが、態々ナギを指定したことから、ナギである必要があるに違いない と想定する。

「言い換えると『木乃香の婿としての挨拶』もしてもらいたいんじゃよ」

 ナギに心当たりがなかったのは本当だ。今の今まで『そんな設定ができたこと(10話参照)』を忘れていたのである。
 と言うか、ナギとしては「木乃香の婚約者になった と言う話は、既に終わったこと」だったので普通に混乱している。
 その内心を言葉にするなら「え? 婿? 婿って婿のこと? え? 凄く意味不明なんだけど?」と言った感じである。

「え~~と、オレの聞き間違いでしょうか? 『木乃香の婿として』とか聞こえた気がするんですが?」

 ナギは混乱そのままに「幻聴に決まっている」と半ば現実逃避して近右衛門に確認するが、
 近右衛門は無情にも「いや、聞き間違いじゃないぞい」とアッサリと聞き間違いを否定する。
 しかも「まさか、春休みの件を忘れた訳じゃなかろう?」と言うトドメを刺すのも忘れない。

「そ、その件は木乃香を牽制するためのものだったのではないのでしょうか?」

 ナギはネギの方を意識しないように努めながら、極めてクールを装って言葉を紡ぐ。
 少し噛んでしまったが、このくらいは許容範囲だ。充分にクールを装えている筈だ。
 と言うか、そう言うことにして置かないと、ネギのオーラが黒過ぎて心が折れそうだ。

 あの時は「木乃香を助けるため」とネギを説得できたが、今回は説得できそうにないからだ。

「……はて、牽制? 那岐君が何を言いたいのか、ワシにはサッパリわからんのぅ」
「わかっていますよね? そのためにオレ達が婚約した と噂を流したんですよね?」
「そんな訳がなかろう? ワシは外堀を埋めるために噂を流したんじゃからな」
「そう言う方向でしたか。と言うか、何気に噂を流したことを認めましたよね?」
「そ、それは言葉の綾じゃよ。ワシは(ツイッターで)呟いただけじゃよ」
「そして、それを第三者が『まほらば(SNS)』の方でも流しまくった、と?」
「そうじゃ。多少の責任はある気がしないでもないが、全面的には悪くない筈じゃ」

 どう考えても近右衛門が全面的に悪い気はするが、最早 問い詰めても無駄だろう。と言うか、本題から逸れて来ている。

「では、話を戻しますけど……本気でオレを木乃香の婿にするつもりなんですか?」
「そんなの当たり前じゃろ? これでも木乃香のことを大切に思っておるんじゃぞ?」
「ですが、木乃香を大切に思っているなら、オレなんかを婿にしない方がいいのでは?」
「む? 確かに君はギリギリな変態じゃが、それでも木乃香が選んだ男なのじゃぞ?」
「た、確かにオレは変態ですけど、オレが問題にしているのは そこではありません」

 ナギとしては「オレみたいな『どこの馬の骨ともわからない男』では釣り合わない」と言いたかったのだが、近右衛門のツッコミは斜め上だった。

「西の長の娘と言うことを抜きに考えても、近衛家そのものが古くからある名家で格式が高いのでしょう?」
「まぁ、そうじゃな。ワシは興味ないが、表の世界でも『それなり』にネームバリューがあるようじゃのぅ」
「またまた御冗談を。麻帆良(の特権)は学園長先生の『そう言った実力』でも守られているのでしょう?」
「興味はないが、『そう言ったもの』を有り難がる連中には有用なものじゃ と言うことを認識しておるだけじゃ」
「そうですか。まぁ、どちらにしろ、オレみたいな輩が近衛家には釣り合わないことは変わりませんけどね」

 表でも裏でも近衛家は影響力が高い。つまり、表か裏かどちらかでネームバリューが無いと下も上も納得しないだろう。

「何を言っておるんじゃ? 君は滅びたとは言え、王z――おおっと、そう言えば もうこんな時間じゃ!! 昼休みが終わってしまうのう!!」
「はい? 今、何か凄く気になることを言い掛けませんでしたか? 確か、王「昼休みが終わってしまうのう!!」……まぁ、そうですね」
「とにかく!! 根回しは既に終わっとるから、君に『挨拶』をしてもらうのは確定事項じゃ!! 文句や愚痴は後で聞くから、頼んじゃぞ!!」
「凄く気になることも残っていますし、まだ納得できていませんけど……そう言うことでしたら わかりました。精一杯、務めを果たします」

 納得できてはないが、昼休みが残り僅かなのは確かだ。日替わりランチはあきらめたが、昼食そのものはあきらめていないので、ここは納得して置こう。

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 そんな訳で、特使以外の役目も負わされたうえにネギの導火線に火を付ける結果になったのだった。

 さて、ここまで語れば、後の展開は最早 語るまでもないだろう。常識的――と言うか、お約束的に考えて。
 ……そう、ネギを宥め賺すのに時間を取られ、ナギは昼食を食べる時間がなくなってしまったのである。
 当然ながら、ナギは空腹状態で午後を過ごすことになり、午後の間 魂が抜けていたのは言うまでもないだろう。

 余談だが、話し始める前にネギをチラッと気にしたのだからネギを退室させてもよかったのではないだろうか? そう、ナギは嘆いたらしい。



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Part.05:既成事実はいつの間にか作られる


(勝った……!! オレは、空腹と言う名の地獄に打ち勝ったんだ……!!)

 どうにか午後の授業を(死んだように寝て過ごして)乗り切ったナギは、放課後の開放感を満喫していた。
 満喫し過ぎて、何を血迷ったのか学園内を闊歩した挙句『赤の広場』で春の日差しを楽しんでしまったくらいだ。
 まぁ、ここまで言えば後は言うまでもないだろう。赤の広場は「ウルスラと女子中の中間地点」である。つまり――

「こんにちはです、センパイ」
「ご、御機嫌よう、ナギさん」

 つまり、高確率で愛衣と高音と遭遇してしまう場所であり、実際にエンカウトしてしまった訳である(ハシャギ過ぎたナギの自爆である)。
 いや、今更 魔法関係者とは関わりたくない とか言う訳ではない。ただ、毎度毎度 妙な勘違いをされるので高音と関わるのは面倒なのだ。
 それに、愛衣は愛衣で後で高音からの追求が予測されるので面倒なので、二人には悪いが魔法関係を抜きにしても余り関わたくない相手なのだ。

「あ~~、ども、こんちはっス」

 ナギは内心で「やっちまったぜ」と思いながらも、それを悟らせないように無気力そのもので応える。
 こうして無気力に振舞って置けば、二人を相手するのを面倒がっているとは思われないからだ(実に狡い)。
 いくらナギが残念な思考をしていても、作らなくていもいい軋轢を敢えて作る程 残念ではないのである。

 ここでテンションを上げて対応しない辺りが残念なのだが、残念ながらナギは それに気付いていない。

「センパイ、何だか元気がないですね?」
「まぁ、最近いろいろあったからねぇ」
「ネギさんのパートナーになった件ですわね?」
「ええ、そうなんですよ――って、え?」

 愛衣の気遣うような言葉に曖昧に応えた後、高音の爆弾発言を受けたナギは思わず凍り付いた。

「え~~と、何故にそのことを知っておられるんでしょうか? できれば、簡潔に教えてください」
「はい? 何を仰っておりますの? そんなの、通達があったからに決まっていますでしょう?」
「……それは つまり、『オレが関係者であることが他の関係者に通達された』と言うことでしょうか?」
「ええ、そうですわ。機密保持のためにも関係者間の連携は大事ですからね、当然のことでしょう?」

 高音は「何を当たり前のことを」と言う感じで説明してくれたが、ナギとしては「そんな常識など知らされていません」としか言えない事態だ。

「と言うことは、高音サンも愛衣も関係者ってことですよね?」
「当然でしょう? と言うよりも、ご存知なかったのですか?」
「ええ、知りませんでした(原作知識で知ってましたけど)」

 まぁ、原作と言う情報源があるので、正確には「知らされて『は』いませんでした」と言うべきだが。

「ところで、その通達って いつ頃あったのか、聞かせていただけますか?」
「……確か、昨日の放課後に『担当の先生』から伝えられましたわ」
「そうですか。ところで、通達内容は学園長先生も把握していますよね?」
「ええ、もちろん。情報網の構造上、学園長先生の認可が必要ですから」

 と言うことは、近右衛門は知っていたにもかかわらずナギに「関係者達にナギのことを通達した旨を伝えなかった」と言うことである。

 単に情報を伝え忘れただけ、と言う可能性は ほぼない。近右衛門だけでなく神多羅木も忘れるのは不自然だ。
 京都のことで頭が一杯になってしまうだろうから気遣った、と言う可能性もないだろう。そんな甘さは有り得ない。
 むしろ、ナギに情報を収集させるために黙って置いた と言う可能性が高いだろう。近右衛門なら遣り兼ねない。

「セ、センパイ?」「ナ、ナギさん?」

 何だか二人が脅えた目でナギを見て来るが、生憎と今のナギには二人の視線を気にしている余裕などなかった。
 さすがに「あのジジイ、いつか殺す」とか言う気はないが、かなり荒れた心理状態なのは言うまでもないだろう。
 どうにか冷静さを失ってはいないが、立ち上ってしまう闘気(憤怒のオーラ)は抑えようがないようである。

「……大丈夫ですよ。気にしないでください。ちょっとばかり学園長とOHANASHIしたくなっただけですから」

 ナギが自身が落ち着いていることを証明するために、貼り付けたような『爽やかな笑顔』を浮かべる。
 その結果、二人は「そ、そうですか……」と微妙な表情で異口同音に納得したので、特に問題ないだろう。
 どう考えても「君子危うきに近寄らず」と言うことで納得したことにしたのだろうが、そこは気にしない。

「そ、それよりも、センパイってネギちゃんのパートナーになったんですよね?」

 微妙な空気を変えたかったのか、愛衣が やや強引に話題を変える。若干、ナギを咎めるような視線になってしまったのは御愛嬌だろう。
 何故なら、ナギは視線に気付いても、視線の意味がわからないからだ。睨まれたことはわかっても、咎められていることはわからないのである。
 そして、それ故にナギは「何で睨まれたんだろう?」とか内心で思いつつ「そーだけど?」と素で返せるのだ(相変わらず残念な対応である)。

「と言うことは、ネギちゃんとキス……したんですよね?」

 なるほど、それを咎めたかったから訊いたのか。ナギは ここまで言われて、ようやく合点がいった。
 ただし、その方向は斜め上で「オレがロリコンっぽいから咎めてるんだな」と言う感じだったが。
 ネギとキスしたことを問題視されているのがわかっても、キスではなくネギに重点を置いてしまったのだ。

「まぁ、已むに已まれず、ね。あの時はそうするしかなかったんだよ」

 ナギだって好きでキスをした訳ではない。多少の役得はあったかも知れないが、あくまでも するしかなかったから したのだ。
 他に選択肢を選べたのなら、他の選択をしていたことだろう。と言うか、そもそもナギはパートナーになる気などなかったくらいだ。
 それ故に、ナギは「自ら進んでしたのではなく、他に選択肢がなかったから せざるを得なかった」と否定するのをやめない。

「でも、ネギちゃんって可愛いですよね?」

 だが、返って来た反応はナギの予想を遥か斜め上に超えていた。いや、もしかしたら斜め下かも知れない。
 どの道、ナギの想定を大きく離れた反応が返って来たため、ナギの否定は届いていないのかも知れない。
 ちなみに「ネギにキスしたこととネギが可愛いことに何の繋がりがあるんだ?」とか考えるのがナギである。

「だ、だって、センパイ、妙にネギちゃんに優しいじゃないですか!?」
「いや、アレくらいは普通でしょ? 特別に優しくしているつもりはないよ?」
「で、でも、ネギちゃんと一緒にいる姿をよく見掛けますし!!」
「いや、あれはオレの意思じゃなくて、ネギが纏わり付いて来てるだけだから」

 ちなみに、ナギには優しくしたつもりなどない。むしろ、ナギとしては「微妙に距離を置いている」つもりである。

「そ、それに、センパイはココネちゃんにも妙に優しいですし!!」
「いや、子供に優しくするのは大人として当然のことでしょ?」
「でも、ココネちゃんを見るセンパイの目ってアブナいですし!!」
「い、いや、違うよ? アレは『慈しむ目』ってヤツですよ?」

 別にナギはココネに欲情している訳ではない。まぁ、ココネと一緒にいると癒されること自体は否定できないが。

「……センパイ? 何で そこで焦ったような対応になるんですか?」
「だ、だって、アブナいって言われてショックだったんだもん!!」
「でも、センパイが その程度のことで動じるとは思えませんけど?」
「勘違いしているようだけど、オレってメンタルは弱めなんだよ?」

 自慢にならないことを堂々と語るナギ。メンタルが弱いことについては最早 開き直りに近い状態なのである。

 ちなみに、愛衣との楽しい楽しい会話は、高音から「黒に近い白ですわね」と断ち切られるまで続いたらしい。
 ナギとしては「もうちょっとオレを信用してくれてもいいのになぁ」とか思ったらしいが、それは無理な話だ。
 ナギが高音 及び愛衣の気持ちを理解すれば話は変わるのだろうが、今のところ そんな予定は皆無だからである。

「まぁ、それはともかくとして、これからは もう少し節度のある態度をとってくださいね?」

 高音は不服そうなナギを軽くあしらい、定型句になりつつある忠告(言い換えると、自重しろ)を言い渡す。
 もちろん、高音も「ナギには言っても効果がない」ことは重々 承知している。だが、言わない訳にもいかないのだ。
 無駄だからと言って、何もやらなければ何も変わらない。あきらめたら そこですべてが終わってしまう。だからだ。

「……御忠告、痛み入ります」

 ナギはナギなりに「節度のある態度」を心掛けているつもりだが、下手な抗弁はせずに唯々諾々と頷く。
 何故なら、ここで抗弁を試みても「ナギさんの基準は一般的にはアウトです!!」とか言われる筈だからだ。
 あきらめたら そこですべてが終わってしまうが、世の中には早々にあきらめた方がいいこともあるのだ。

 普段なら ここで小言は終わる筈なのだが……今日の高音は虫の居所が悪いのか、ナギの態度が気に入らなかったのか、ナギへの小言を続行する。

「よろしいですか? 私達、一般人の社会に生きる魔法関係者には『世の為人の為に その力を使う』と言う崇高な使命があるのですよ?
 まぁ、ナギさんにはナギさんなりの事情があったのでしょうが……関係者になった段階で その使命を全うする義務が生じているのです。
 力ある者は力なき者の為に その力を使わねばなりませんし、『知は力なり』と言う言葉があるように知ったことで力を得たも同然ですからね。
 ですから、これまでみたいにヘラヘラ・フラフラしていては、使命を全うできないのではないかと老婆心ながらに苦言を呈して(以下略)」

 途中で省略したのは、10倍くらいの量になってしまうからである(ちなみに、要約すると「関係者として恥ずかしいから真面目にやれ」と言う内容だ)。

(はぁ。適当に返事した件は心の底から謝罪するから、いい加減に この小言地獄から解放してもらないもんかなぁ?
 言っていることは立派だし、その志を貶すつもりはないんだけど……クドクドと言われると鬱陶しく感じちゃうよ。
 オレの様な不真面目な人間への説教は「短いけど要点を抑えた説教」にしてくれないと逆効果になっちゃうんだよねぇ)

「――ですから!! この学園での修行を確りと全うし、いずれは あのサウザンド・マスターのようなマギステル・マギになりましょう!!」

 ちなみに、高音はナギの様子(完全にグロッキー)など お構い無しに話し続けており、語っているうちに興奮して来たのか、
 途中からは右手を硬く握り締めて高々と振り上げたポーズを取り始め、最終的には右斜め45度を見上げて熱弁を締め括った。
 言うまでもないだろうが、ナギだけでなく愛衣もドン引きしている(「それは無いと思います」と言わんばかりに白い目で見ている)。
 まぁ、いくら敬愛している『お姉さま』であろうとも、ここまで暴走した姿を見せられたらドン引きするだろう。常識的に考えて。
 その意味では、愛衣が「こんなお姉さまもステキです!!」とか言っちゃうような盲目な子羊ではなかったことを喜ぶべきだろう。

「……お姉さま? いくらなんでも『一緒にマギステル・マギを目指す』のは どうかと思うんですけど?」

 しかし、どうやら引いているポイントが違ったようだ。熱く語ったことではなく、語った内容の方が問題だったらしい。
 もちろん、そんな愛衣の方が問題だ と感じナギは「将来、悪い男に騙されなきゃいいなぁ」と愛衣の将来を心配する。
 まぁ、悪い男が近寄って来た段階で高音が排除する様な気がするから、そこまで心配するようなことでもないだろうが。

「はぅあっ?! い、今のは言葉の文です!! 言い間違いです!! 決して本音が露呈した訳ではありません!!」

 愛衣のツッコミの何が功を奏したのかはナギには極めて謎だが、高音が やたらとうろたえていることは よくわかった。
 これは「共にマギステル・マギを目指すことは、プロポーズと同義である」と言う魔法使い達の暗黙のルール故のことだ。
 原作にもあった情報なのだが、そこら辺のことは覚えていないナギは「何で慌ててんの?」と疑問符が浮かぶだけなのだ。

 そんな「前提の違い」による「受け取り方の違い」が、高音にとって吉と出るのか凶と出るのかは定かではない。

「まぁ、お姉さまが そう仰るのでしたら、そう言うことにして置きます。これ以上は追求しません。ですが……」
「で、ですが? 『ですが』何だと言うのです? この際ですから、言いたいことはハッキリ言いなさい」
「では、言わせていただきますけど、『些事にかまけている暇はありません』と仰ったのはお姉さまですからね?」
「うぐっ。わ、わかっておりますわ。崇高な使命を全うするために麻帆良に来たことは忘れておりませんわ」
「そうですか。でしたら、私からは何も言うことはありません。私、お姉さまのことを『信じています』から」
「ありがとうございます。そこまで『信じて』くださっているのでしたら、それに『応えねば』なりませんわねぇ」

 吉と出るのか凶と出るのかは定かではないが、愛衣と冷戦状態になりつつあることを考えると凶と出たのかも知れない。

 ちなみに、ナギは当事者の筈なのだが、根本となる情報が欠けているので「何で険悪になってんの?」と言う状態である。
 しかも、争いの原因がわからないので「下手に踏み込むと拗れそうだな」と静観する気(と言うか傍観する気)満々である。
 事情をすべて知る者にとっては「お前のせいで争ってんだよ!!」とツッコみたくなるが、生憎と そんな第三者はいなかった。

 ナギがすべての事情を把握する日は まだまだ遠い……


 


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オマケ:今日のぬらりひょん ―その4―


 時間は少し遡り、ナギとネギが学園長室を退室した後の話をしよう。

 学園長室には、近右衛門と(いつの間にか現れた)タカミチしかおらず、
 某特務機関の総司令室で行われるような意味あり気な会話が繰り広げられるのだった。

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「いやはや……いつの間にか成長しておるんじゃのう」

 二人が退出し充分に部屋から離れたのを確認した近右衛門は、諸々の嘆息を交じえながらナギをそう評価した。
 近右衛門としては、神多羅木に事情を教えるように指示したのでナギが事情を理解しているのは想定内であった。
 だが、その事情と依頼内容から「隠していたかった思惑」を類推されることまでは想定していなかったのである。

 そう、ナギの想定外の察しのよさに、思わず感嘆の溜息と気苦労による溜息が漏れてしまったのだ。

 ちなみに、本来ならば その成長を喜ぶべきなのに気苦労が交じってしまったのは、
 個人としては 大事な孫娘を託す予定である少年の成長は喜ばしい限りなのだが、
 組織の長としては 厄介な構成員を抱えることになるので気分が滅入ってしまったのである。

「……まぁ、『男子三日会わざれば活目して見よ』と言いますからねぇ」

 タカミチは近右衛門の言に苦笑を交えて応えるが、近右衛門の心境を理解していないのだろう。
 その心境は「巣立つ若鶏を見守る親鳥」そのもので、上に立つ者としての苦悩は一切ない。
 苦悩があるとしても、保護者としての「嬉しいのだが、どこか寂しい感情」に対する苦悩であろう。

「うむ。まぁ、そうじゃのう」

 もちろん、近右衛門は最初からそこまでタカミチに期待していないので、別にタカミチを咎める気はない。
 近右衛門にとってタカミチは「仕事はできるのじゃが、人を使うのには向いていない人間」なのである。
 とは言っても、内心で「こちらの想定を超える駒は厄介でしかないことに気付いて欲しいもんじゃ」と文句は言うが。

「――それはそうと、あんな条件を飲んでよろしかったのですか?」

 そんな近右衛門に気付かないタカミチは、話題を変えて「気になっていたこと」を問う。
 今更なことだが、先程のナギと近右衛門の会話をタカミチは魔法で盗聴していたのである。
 ちなみに、タカミチの言う「あんな条件」とはナギの提示した条件であり、その内容とは……

「ふむ。現地での木乃香の護衛に西側からの人員も付ける件かね?」

 そう、その内容とは「西側と東側で護衛の協同戦線を張る」と言うものであり、
 今回の目的が西側の反乱分子を炙り出すためのものであることを考えると、
 共同戦線の人員に反乱分子を招き兼ねないため、少々 受け入れ難いものであった。

 ……当然ながら、近右衛門もその可能性を危惧して やんわりと断ろうとした。

 だが、その可能性を考慮していたナギは「こちらは地の利に明るくないので不利でしょう?」と尤もらしい理由を述べた後、
 言外に「何か問題が起きた時、東側だけで護衛していては西側に責任を問われ兼ねませんよ?」とか示唆する言葉を吐き、
 更に「娘を護衛する人材の選別すら まともにできない長では、今回の作戦が成功しても長くはないでしょう?」と辛辣に攻撃し、
 トドメに「こちらの護衛は『あからさまな護衛』と『目立たない護衛』と『隠れた護衛』の3つに分けましょう」と付け加えたのである。
 つまり、孫のことを大事に思う個人としても、組織のことを考える組織の長としても、受け入れざるを得ない状態に追い込まれたのだ。

「確かに危険な火種を抱えかねんとは思うとる。じゃが、那岐君の言うことも尤もなんじゃよ」

 そのため、近右衛門はタカミチの懸念を理解してはいても取り合うことはない。
 懸念は残るものの納得させられてしまったので、最早 取り合う意味が無いのだ。
 いや、正確に言えば、取り合うだけ時間の無駄だ。無意味どころかマイナスである。

「そうですか。学園長がそう仰るのなら何も言いません。ですが、エヴァの方の条件も飲むおつもりではないでしょうね?」

 それを理解していないタカミチは近右衛門が聞く耳を持っていないことだけを悟り、別の懸案事項について訊ねる。
 ここで「何故に近右衛門が聞く耳を持っていないのか?」を深く考えないのがタカミチの欠点であり、美点であろう。
 何故なら、組織人として人の上に立つにはマイナスとなっても、個人として人を惹き付けるにはプラスになるからだ。

「むぅ、その件か。それはまだ保留としか言えんのぅ。メリットも大きいのじゃがデメリットも大きいからのぅ」

 タカミチへの評価を下しながら、近右衛門は「何よりも面倒じゃし」と言う言葉を飲み込んで灰色な答えを返す。
 もちろん、ここで言う『エヴァの件』とは、ナギが提示した もう一つの条件であり、エヴァを同行させる と言うものだ。
 詳細は省くが「『修学旅行は学業の一環である』と『契約の精霊』を誤魔化せば可能でしょう?」と言う感じである。

 言うまでもないだろうが、エヴァに施された登校地獄は解呪されているので、本来なら『契約の精霊』を誤魔化す必要などない。

 だが、対外的にはエヴァは封印されたままであるため、エヴァが麻帆良を出るには『契約の精霊』を誤魔化したことにする必要がある。
 そのため、ナギは近右衛門に原作同様の措置――つまり「儀式と承認による『契約の精霊』の誤魔化し」を行うように依頼したのだ。
 ちなみに、本筋とは関係ないことだが、実は周囲を欺くためにエヴァは自作自演の『登校地獄的な制限』を施しているため、
 自由意思で『解除』は可能であるものの『切り札』として伏せて置きたいので、近右衛門の協力が必要なことは変わらないのである。

「そうですか……」

 タカミチは近右衛門の灰色な答えに若干の不安を覚えたが、自分ではどうしようもないことを熟知しているので納得を示した。
 実は、タカミチ自身も「自分は人の上に立つのには向いていない」と言うことを それなりに自覚しており、
 人の上に立つ者である学園長の決定に口を出せる立場ではないことも、今までの経験から理解はしているのである。

「まぁ、どのみち那岐君は『特使』を引き受けてくれたんじゃから、タカミチ君の仕事は変わらんよ」

 エヴァの件は保留されたが、西との共同戦線は確約されたのでナギは特使を『快く』引き受けた。
 そのため、近右衛門がエヴァの件を断ったとしても、ナギが特使の役目を果たすことは変わらないし、
 ナギとネギと木乃香(ついでに他の生徒)の護衛を任されているタカミチの役目も変わらない。

「……そうですね。那岐君は必ず守り通してみせます」

 そのため、タカミチは決意を込めた瞳で力強く頷き、そのために鍛えた拳を力強く握り込む。
 その直ぐ後に「あ、もちろん、ネギ君と木乃香君もですよ?」と付け足したのは、ここだけの秘密だが。


 


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後書き


 ここまでお読みくださってありがとうございます、カゲロウです。
 以前から「改訂した方がいい」と言う意見が多数あったので、改訂してみました。


 今回は「修学旅行への前振り と言うか、微妙なラブコメ」の巻でした。

 まず、神多羅木先生のファンのみなさん、ごめんなさい。主人公と絡ませたらダンディとは程遠い御茶目さんになってました。
 でも、こんな神多羅木先生もボクは好きだったりします。主人公のよき理解者(いろんな意味で)になってくれると思います。

 で、修学旅行ですけど……テンプレ的に京都行きになっちゃいましたけど、展開そのものはテンプレにならない予定です。

 ちなみに、高音と愛衣の代わりに美空とココネを登場させようかと最後まで迷っていたのですが、
 暴走を止められる自信がなかったので、今回は高音と愛衣に登場してもらい、ココネ達は次回にしました。


 ……では、また次回でお会いしましょう。
 感想・ご意見・誤字脱字等のご指摘、お待ちしております。


 


                                                  初出:2009/11/29(以後 修正・改訂)



[10422] 第19話:備えあれば憂い無し【改訂版】
Name: カゲロウ◆73a2db64 ID:552b4601
Date: 2012/09/30 20:11
第19話:備えあれば憂いなし



Part.00:イントロダクション


 今日は4月20日(日)。

 ナギの修学旅行の行先が京都に変更になってから三日が経った。
 その間にいろいろと起きたが、細かいことは本編で語ろうと思う。

 とりあえず言えることは、それなりに動きがあった と言うことだけだ。



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Part.01:きっと悪くない筈だ


 それは4月18日(金)の放課後のことだった。

 授業から開放されて上機嫌だったナギは、上機嫌なまま校門を出たのだが……校門を出た瞬間に一気に奈落の底へ突き落とされた。
 と言うのも、メイド服を身に纏った茶々丸が「御主人様――あ、間違えました、神蔵堂さん」と呼び掛けて来たのである。
 言うまでもないだろうが、公衆の面前だ。と言うか、下校ラッシュのために周囲には男子生徒がウジャウジャしていた。
 当然、男子生徒共の視線はナギに釘付けだった。もちろん、それは賞賛や憧憬などではなく怨嗟や嫉妬と言うマイナス方面で、だ。

 ちなみに、以下の会話はナギと茶々丸の『仲の良さ』がよくわかるだけなので、読み飛ばしてもいいかも知れない。

「え~~と、そんな格好で何の用なのかな? と言うか、新手の嫌がらせか?」
「私には用などありませんが、マスターが お呼びですので迎えに来ました」
「なるほどねぇ、よくわかったよ。ところで、嫌がらせの件はスルーなの?」
「ええ、もちろんです。私達の仲ですから、態々 言うまでもないことでしょう?」
「そうだね。でも、微妙な言い回しは誤解を深めるだけだと思わないかい?」
「そうかも知れませんが……会話を続けるよりも、移動を優先すべきでは?」
「まぁ、そうだね。今更だけど、一度 移動してから話を聞けばよかったんだね」
「衆目の前で話し掛けたのは私ですが、それに応じて事態を悪化させたのは――」
「――オレだね。あ、一応 確認して置くけど、その呼び出しってオレに拒否権は?」
「はい? つまり、この場で『あることないことを言え』と仰りたいのですか?」
「ハッハッハッ!! OKOK、少しばかり確認したかっただけで拒否する気はないさ」
「そうですか。せっかくネタを用意しましたので、少しばかり残念な結果ですね」
「そっかぁ。できれば、そのネタは未来永劫お披露目しないでくれると助かるなぁ」

 要約すると「エヴァが呼んでいるので来い」と言う話なのだが、何故か不穏な空気になったのだった。

 もちろん、ナギとしては「一体オレが何をしたんだろう? と言うか、何で茶々丸は機嫌が悪いんだろう?」と疑問は尽きない。
 そして、ナギが疑問に頭を抱えていようとも そんなことは軽く無視されてエヴァ宅へと連行されるのは言うまでもないだろう。
 また、実情は連行されていても傍目には「メイド姿の美少女を侍らせている鬼畜野郎」にしか見えないのも、言うまでもないだろう。

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 …………………………………………………………

「一体どう言うことなんだ、神蔵堂ナギ?」

 上記のような経緯でエヴァ宅へとやって来たナギを待っていたのは、エヴァからの脈略のない詰問だった。
 ナギには心当たりが有り過ぎるので、普通に「何を訊かれているのか皆目見当が付かない」状態である。

「ちょ、ちょっと待ってよ。エヴァが何を訊きたいのか、全然わからないんだけど?」
「そんなことタイミング的に考えて、私を京都に連れて行く件に決まっているだろう?」
「ああ、その件か。確かに、報告をしなかった こっちの落ち度だから、全面的に謝るよ」

 エヴァが問題にしている部分(前話の近右衛門への要望)が理解できたナギは、エヴァが憤っている理由に当たりを付ける。

 ナギは提案する際にエヴァに相談した訳ではないし、近右衛門に婉曲的に断られたため提案したことを報告すらしていなかった。
 期待させて落胆させるよりは最初から何も教えない方がいいだろう と言う判断で、何も知らせなかったのが裏目に出たのだろう。
 ナギは そう判断したので素直に謝罪した(相談は時間的に不可能だったので仕方がないが、報告はできたので報告に関して謝罪した)。

「いや、別に謝られることでもないのだが……その、一言くらい言って置いてくれてもいいだろう?」

 しかし、エヴァの反応は想定の斜め上だった。と言うか、何故に照れ臭そうにしているのだろうか?
 もしかしたら、さっきの詰問は憤っていたのではなく、照れ隠しに怒った振りをしていたのだろうか?
 仮にそうだとしたら、修学旅行に連れて行こうとした気遣いを喜んでいる と言うことなのだろうか?

「あ~~、いや、でも、軽く却下されたことだからさ、言わない方がいいかなって思ったんだよ」

 ナギの頭は疑問符でいっぱいだが、却下されたのに ここまで喜ばれてしまうと、少し――いや、かなり気まずいのは確かだ。
 これが承諾されたのなら喜ばれることに「少し こそばゆいなぁ」と感じる程度だが、却下されたのだから そうは行かない。
 と言うか、却下されても気遣いそのものに喜んでいるエヴァに「どれだけ ぼっちだったんだ」と妙な同情が生まれてしまうのだ。

「ん? お前は何を言っているんだ? 却下などされていないぞ?」

 だが、続いたエヴァの言葉で諸々の事情は一気に覆る。と言うか、却下されていない とは、どう言うことだろうか?
 近右衛門の返答は「前向きに善処しよう」だったため、ナギとしては「ああ、婉曲的な却下か」としか考えられない。
 むしろ「アレを却下と言わずに何と言うのだ?、いや、却下じゃなければ承諾と言うんだけど」と言った気分である。。

「いや、承認されたぞ? と言うか、ジジイが承認したのは昨晩なのに、何で提案者の お前が知らんのだ?」

 エヴァはナギの疑念(と言うか困惑)を汲み取ったのだろう。ナギの疑念を軽く否定して とんでもないことを言ってのけた。
 と言うか、昨晩って……関係者への通達だけでなく、提案の承認すらも知らせないとか普通に有り得ない。少し遣り過ぎだ。
 ナギに情報収集の大切さを教えると共に情報収集の手段を構築させるつもりなのだろうが、もう少し情報を与えるべきろう。

「……とりあえず、学園長とOHANASHIして来ようと思う」

 ナギは とてもいい笑顔で決意を表明し、学園長室に突撃しようと席を立った……のだが、
 エヴァは「いや、まだ私の話が終わってないぞ」と、ナギの怒気を軽く無視したのだった。
 つまり、ナギの放つ威圧感などエヴァには『どうと言うこともない』と言うことなのだろう。

 さて、以下の会話は割と どうでもいい会話になるので、これも読み飛ばしてもいいかも知れない。

「わかったよ。それじゃあ、話を続けてくれないかな?」
「い、いや。そう改まって訊かれても困るんだが……」
「うん? さっきの話は終わっていないんでしょ?」
「う、うむ。それはそうなのだが、改まると どうもな」
「ハッキリしないねぇ。そんなに言い難い話なの?」
「い、いや、そう言う訳でも ないんだが、どうしてもな?」
「ふぅん? それじゃあ、何か問題でもあるの?」
「その、何て言うか……言うのが照れ臭いんだよ」
「ハァ? 600歳のクセにナニイッチャッテンノ?」
「う、うるさい!! 気にしてるんだから600歳 言うな!!」
「じゃあ、これからロリババアに表現を変えるよ」
「それも却下だ!! どう考えても おかしいだろ!!」
「じゃあ、初心に帰って『ゑ婆』と言う表現に――」
「――だから それはやめろと何回も言っているだろうが!!」
「チッ……オレのことは好きなように呼んでるクセに」
「う、うるさい!! 貴様を『ナギ』とは決して呼ばんぞ!!」
「まぁ、英雄様と重ねられるのも迷惑だから、それでいいけど」
「な、ならば『神蔵堂ナギ』のままでも構わんだろう?」
「そうなんだけど、フルネームを呼ばれるのって嫌なんだよねぇ」
「だが、『那岐』と呼ばれる方が嫌なのではないか?」
「まぁ、そうなんだけどね。って言うか、話題が逸れてない?」
「そ、そう言えばそうだったな。ウッカリしていた」
「それとも、言い辛いから話題を逸らしたかったのかな?」
「そ、そんな訳がないだろう? 余裕で話せるさ」
「そっかぁ。それじゃあ、いい加減に話してくれるね?」
「う、うむ。そんなに聞きたいのなら、特別に話してやる」
「頼むよ(別に聞きたくはないけど、そう言うことにして置こう)」
「そ、その……か、感謝してやろうと思っただけだ」
「…………いや、何がさ? 意味がわからないんだけど?」
「だから、京都への同行の件に感謝してやると言ってるんだ!!」
「なるほど。つまり、素直に礼が言えなかったってことか」
「うるさい!! この私が感謝してるんだから、素直に受け取れ!!」

 要約すると「ありがとう が言えなくて散々引っ張った」と言う話なのだが、妙に疲れた話であった。

 ちなみに、そもそもエヴァを京都に連れて行くのは慰安などではなくてフェイトへの対抗策なので感謝されても困るのだが、
 エヴァの「今年もあきらめていたのだが」とか「15年振りに旅行ができるぞ」とか言う独り言を聞いてしまうと言うに言えない。
 むしろ、ここは真実は黙って置く方が正解だろう。せっかく喜んでいるのだから水を差す方が無粋である。そうに違いない。

 決して「ここで恩を売って置いて、護衛を頑張ってもらいたい」などと言う黒い思惑はない筈だ。そう信じて置くべきだ。

「ま、まぁ、そもそも私は貴様の護衛なのだから、一緒に京都まで連れて行くのは当たり前だよな?
 その意味では貴様に感謝する必要などない訳で、それでも感謝してやる私って心が広くないか?
 あ、いや、別にジジイを説得した労力を軽視している訳ではないぞ? だがな、それでも(以下略)」

 ところで、ナギが自分への言い訳をしている間もエヴァは独り言を垂らし続けていた訳だが……エヴァは いつになったら止まるのだろうか?

 まぁ、15年も閉じ込められていたうえに あきらめていたところに旅行の話が降って沸いて来たことが嬉しいのはわかる。
 しかし、延々と独り言を聞かされているナギとしては そろそろ解放して欲しいと願ってしまうのは仕方がないだろう。
 一人で盛り上がっているエヴァを「ああ、マスターがあんなにも楽しそう」と鼻息荒く撮影に勤しめる茶々丸が羨ましいくらいだ。

 そんなこんなで、エヴァの気が済むまで一頻り語らせた後、ナギは懸案事項を片付けるために口を開いた。

「じゃあ、代わりと言っては何だけど……ちょっと頼みがあるんだけど、聞いてくれないかな?」
「む? 一体、どんな頼みだ? 今は気分が良いから、無茶なことでなければ聞いてやるぞ?」
「大丈夫、そんなに無茶なことじゃないよ(つまり、多少は無茶なことかも知れない訳だけど)」

 どうでもいいことかも知れないが、この時のナギの心境は「どうして この似非幼女は こんなにも偉そうなんだろう」だったらしい。

「確かエヴァって『人形遣い』とか とも呼ばれてるんだよね?」
「ああ、そうだが……それが頼みとやらに何か関係があるのか?」
「大有りさ。だって、人形を借りたい と言うのが頼みだからね」
「……貴様、人形にまで欲情する程の修羅道に落ちていたのか?」
「いや、一体どんな勘違いをしたか知らないけど、それはねーですから」

 実に失礼極まりない話である。さすがのナギも そこまでではない。と言うか、人形『にまで』とは どう言う意味だろうか?

「ほぉう? では、何を目的として『人形』を欲しているんだ?」
「『まさか、人形が護衛だったのか?!』と言う感じで使いたいんだ」
「ふむ、そう言うことか。まぁ、納得できる理由ではあるな」

 身も蓋も無く言うと「チャチャゼロを護衛として貸しやがれ」と言うことである。

「だが、そもそも貴様の護衛には『私』がいるだろう? この私がいるのだから、人形など要らんのではないか?」
「そりゃそうなんだけどさ、エヴァは女のコだから護衛が無理な状況もあるでしょ? そのための保険が欲しいのさ」
「ま、まぁ、確かに入浴時に襲撃されたら助けに行くのが憚られるな。だが、男の護衛を用意すればいいのではないか?」
「確かにタカミチとか男の護衛も用意できるとは思うけど……正直ムサ苦しいから できれば人形の護衛がいいんだよね」
「なるほどな。実に我侭な意見だが、それなりに納得できる話ではあるな(まぁ、タカミチが聞いたら泣くだろうが)」

 少し不機嫌になり掛けたエヴァだったが、話を進めていくうちに納得したようだ。今では生暖かい納得を示している。

「だが、人形は私の魔力で動くから『今のまま』では麻帆良内ではロクに使えんぞ?」
「いや、とりあえずは修学旅行中に必要なだけだから、麻帆良外で使えれば問題ないよ」
「そうか。では、少々クセがあるものの実力は申し分のない『ヤツ』を貸してやろう」
「それは ありがたいな。いやぁ、本当に助かるよ。本当にありがとうね、エヴァ」
「……フン、この程度、別に構わんさ。それに、これも『契約』の範囲内だからな」

 そんな訳で、ナギは無事チャチャゼロのゲットに成功したのだった。

 ちなみに、チャチャゼロを貸すことについてエヴァは『契約』の範囲内とか言っているが……それは単なる照れ隠しだろう。
 何故なら、エヴァがナギ達を守るのが『契約』なので、護衛として同行する以上『契約』は果たしているからだ。
 つまり、ナギの護衛としてチャチャゼロを配備することまでは『契約』には含まれていない = 照れ隠しの方便なのである。

(……本当、エヴァってツンデレだよねぇ)

 どうでもいいが、話を終えてナギがエヴァ宅を後にする際、それまでホスト役に徹していた茶々丸が最後の最後で爆弾を落とした。
 と言うのも、「マスターに感謝されたからと言って、筆頭下僕の座は譲りませんよ?」と宣戦布告(?)をしたのである。
 当然ながらナギはエヴァの下僕になど頼まれてもなりたくないので「そんなことで嫉妬しないで!!」と懇願して置いたが。

 ……ところで、「筆頭下僕って何だろう?」と言うツッコミを控えたのがナギの優しさだと思う。



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Part.02:これも準備のうち


 それは、4月19日(土)のことだった。

 木曜は高音の小言(及び理想)をグダグダと聞かされ、金曜はエヴァの照れ隠しをダラダラと聞かされたナギは、
 体力的には それほど疲れてはいなかったが、精神的には かなり疲れていたので今日は一日中ゴロゴロしていたかった。
 だが、ナギには やらねばならないことがいろいろと目白押しであったので、ゴロゴロなどしていられなかった。

 それ故に、ナギはダラけたい自分を叱咤激励して起床し身支度を整え、目的地へ向かったのだった。

 ちなみに、その目的地で待っていたのは、竹刀袋を持った小っちゃめなサイドポニテの女のコだ。
 つまり、半デコが可愛いと言うか、いろいろと可愛いと評判の『せっちゃん』こと桜咲 刹那である。

「やぁ、おはよう、せっちゃん。今日も いい天気で、昼寝したくなるねぇ」
「おはようございます。と言うか、せっちゃんって呼ばないでください!!」
「え~~、でも、せっちゃん は せっちゃん じゃん? だから いいじゃん」
「確かにそうですけど……もう『せっちゃん』なんて年じゃありません」
「そうかな? オレ的には、せっちゃんは若く見えるから大丈夫だと思うよ?」
「そうでしょうか? むしろ、私の場合は『幼く』見えるのではないでしょうか?」
「……あ~~、うん、確かに せっちゃんは『幼く』見えるかも知れないねぇ」
「反論はできませんが、一言 言わせてください。何で視線が胸の方に行くんですか?!」
「いや、それは気のせいだよ? と言うか、それは男のコの秘密ってヤツだよ?」
「いえ、それはセクハラと言うのではないでしょうか? と言うか、セクハラです」

 やはり、せっちゃんは可愛い。ナギの どうでもいい言動にイチイチ反応する辺りが非常に可愛い。

 とは言っても、いつまでも こうして和んでいる訳にはいかない。そろそろ本題に入らなければならないからだ。
 ナギとしては もう少し会話を楽しみたいところだが、何事もメリハリが大事であるし、刹那も暇ではない身の上だ。
 名残惜しいが本題に入ろう。ところで、言うまでもないだろうが、本題の内容は「修学旅行について」である。

「さて、テンションが良い感じになって来たところで、そろそろ本題に入ろうか?」
「そうですね。このまま不毛としか言えない会話を続けても意味がありませんからね」
「まぁ、確かに不毛だよねぇ。それには反論できない気がしないでもないかな、うん」
「そうですね。と言うか、何で視線が下方に行くんですか!? 意味がわかりません!!」
「いや、今回は本気で他意はなかったんだけど? せっちゃんは何を想像したのかな?」
「そ、そんなの知りません!! と言うか、セクハラです!! セクハラ過ぎます!!」
「へぇ? つまり、せっちゃんは不毛についてセクハラ的な想像をした訳なんだね?」
「ち、違います!! 私の想像は関係ありません!! 那岐さんの存在がセクハラなんです!!」
「ちょっ、それはヒドくない? せめて『セクハラが標準仕様』くらいにしとかない?」
「……あの、それはそれで充分にヒドい気がするんですけど、私の気のせいでしょうか?」
「いや、気のせいじゃないよ。オレもそう思う。と言うか、言ってから気付いたんだけど」
「そう言えば、那岐さんって昔から『言ってから失言に気付くこと』が多かったですよね」
「まぁ、反射でしゃべっているからね。直さなきゃとは思うんだけど、直らないんだよねぇ」
「あ、自覚はあったんですね。と言うか、直しましょうよ? 口は災いの元ですからね?」

 既にお気付きだろうが、本題に入ろう とか言いつつも全然 本題に入っていない。

「そうだね、これからはもっと気を付けるよ。と言うか、本題に入ろう?」
「あっ、そう言えばそうでしたね。すみません、ウッカリ忘れてました」
「い、いや、別に いいよ。本題を忘れていたのはオレも同罪なんだからさ」

 ちなみに、ナギがドモったのは、刹那が「てへっ」と言う言葉が似合う表情で舌をペロっと出して誤魔化したからである。

 俗に言う『てへぺろ』だが、刹那の性格的に考えて狙ってやった訳ではなく天然だろう。だが、それ故に その破壊力は凄まじい。
 具体的に言うと、それを直視してしまったナギが「危なく萌え死にするかと思った、いやマジで」と言うレベルだったらしい。
 あまつさえ「でも、可愛いから許す!! むしろ、許しちゃう!! 可愛いは正義だからね!!」とか壊れたとか壊れなかったとか。

「コホン。それじゃあ、単刀直入に言うけど……せっちゃんの修学旅行中の任務ってオレ達の護衛だよね?」

 ナギは軽く咳払いをして気を取り直し、本題を切り出す。ちなみに、ナギの言葉通り、刹那は『あからさまな護衛』である。
 と言うのも、刹那 本人は木乃香を陰ながら守っているつもりなのだろうが、他者には常に侍っているのがバレバレだからだ。
 ナギと近右衛門の協議の結果――と言うか、協議するまでもなく「せっちゃんは『あからさま』でしょ」と即決だったらしい。

 当然、刹那には『あからさまな護衛』であることは伏せられており、木乃香だけでなくナギも守るように通達されただけである。

「はい、そうですけど? それに何か問題があるのでしょうか?」
「いや、他の班員へは どう説明したのかなぁって思ってね?」
「他の班員への説明、ですか? それってどう言うことですか?」
「え? いや、だって、修学旅行中は班別行動の時もあるでしょ?」
「ええ、2日目とかがそうですね。それで、それがどうしたんです?」
「だって、個別行動の時はともかく班別行動の時は根回しが必要でしょ?」
「班別行動時の根回し、ですか? すみません、どう言う意味ですか?」
「いや、だから、護衛のために木乃香の班と同行しなきゃなんだよね?」
「あっ、そう言えばそうですね。指摘されるまで気が付きませんでした」
「まぁ、オレの方は適当に言い包める予定だから問題ないけど……」
「……ご心配ありがとうございます。ですが、その点は問題ありません」

 刹那の話では、刹那の班員はエヴァ・茶々丸・美空・龍宮 真名・相坂さよ なので、問題ないらしい。

 言うまでもなくエヴァ・茶々丸・美空・龍宮は関係者なので問題ない。それに、さよ(幽霊ちゃん)は欠席確定なので問題ないと判断できる。
 まぁ、原作と若干違う構成になっているが、ネギが生徒になっている影響とか明日菜がいない影響とかナギが近右衛門に提案した影響だろう。
 と言うか、関係者でもないのに関係者の都合でせっかくの修学旅行を意に沿わないものにするのは気が引けたので、この違いに問題はない。

 ナギは目的のためなら犠牲を厭わないタイプだが、だからと言って第三者に犠牲を強いることを善しとしている訳ではないのである。

「それよりも、お嬢様の方はどうなのでしょうか? お嬢様は何も知らされいないんですよね?」
「まぁ、魔法関連のことは知らされていないけど、オレとの婚約は知っているから問題ないよ」
「…………那岐さんとの婚約を知っておられる? それは一体どう言う意味なんでしょうか?」
「簡単に言うと『個別行動の時にオレと実家に挨拶に行く』と言うシナリオになっているんだよ」

 もちろん、そのシナリオを描いたのはナギと近右衛門だ。ナギは認めたがらないが、二人は思考と言うか嗜好が似ているのである。

「なるほど。つまり、班別行動の時も似たような理由で同行するんですね?」
「うん、まぁ、『今のところは』そう言う方向に持っていく『予定』だね」
「? 今のところの予定、と言うことは まだお嬢様には話しておられないのですか?」
「その通り。やっぱり、せっちゃんと打ち合わせをしてからの方がいいと思ってさ」
「…………そう、ですか。まだ、班別行動については話しておられないんですか」

 あきらかに何かを言わんとしている刹那だが、遠慮しているのか言葉には出さない。

 ナギとしては「遠慮せずに、言いたいことがあるならハッキリ言ってくれればいいのに」とは思うが、
 世の中には それができない人間もいることや それが許されない状況もあることは重々理解している。
 幸い、今回は『刹那が何を言いたいのか』ナギは予想が付いている。だから、今回は何も問題ない。

「だからさ、せっちゃんやせっちゃんの班とも一緒に行動しようってオレから話して置くよ」

 ナギは木乃香と刹那が気不味い関係であることを知っている。だが、現在のナギには これが最大限の譲歩なのである。
 二人の仲立ちをすることに否はないが、下手なことをして余計に拗れさせることを懸念しているのも確かだからだ。
 つまり、修学旅行を機に二人の関係を改善したいが、それと同時に修学旅行を無事に乗り切りたいとも考えているのだ。
 それ故に、ナギは「あくまでも渡りを付ける(機会を作る)だけ」であり、関係修復を積極的には行わないのである。

「…………すみません」

 刹那が謝る気持ちはわからないでもないが、ナギとしては「謝られても嬉しくないし、謝られる立場ではない」。
 それ故に、ナギは「こう言う場合は謝罪じゃないでしょ?」と「謝罪じゃなくて礼を言って欲しい」と示して置く。
 ナギは「暗い顔のせっちゃんも それはそれでいいけど、やはり明るい顔の方がいい」と思っているのである。

「ありがとうございます、那岐さん……」

 ナギは後に語る。この時のせっちゃんの笑顔は魅力的だった、と。具体的には「思わずお持ち帰りしたくなった」と。
 もちろん、そんなことしたらバッドエンド直行なのはわかり切っているので、ナギは思うだけにとどめたらしいが。
 と言うか、持ち帰る以前の問題だ。持ち帰ろうとした時点で「セクハラです!!」と言う感じで返り討ちに遭うだろう。

「あ、そう言えば、お嬢様の班の方々の説得はどうするんですか?」

 ナギの どうしようもないとしか言えない内心など露ほども知らない刹那は、あどけない顔そのものでナギに問い掛ける。
 無防備としか言えない刹那だが、それはナギを信頼しているが故のものだ。つまり、ナギだから こんなに無防備なのだ。
 それを何となく感じ取ったナギが「オレって死んだ方がいいクズなんじゃないかな?」とか思ったのは言うまでもないだろう。

「え? ああ、その件は問題ないと思う」

 ネギ情報に拠ると、木乃香の班員はネギ・のどか・夕映・早乙女ハルナなので、特に問題ないと言える。
 何故なら、ネギは言うまでもなく問題ないし、のどかも夕映もナギが説得すれば問題にならないからだ。
 早乙女は不確定要素だが、のどかと夕映を説得できれば自動的に問題なくなるだろうから問題はないだろう。

 ナギの班員に関しては……まぁ、男子なので「女子と回ろうと思うんだけど」の一言で片付くだろうから問題ない。

「まぁ、最悪の場合は、班のメンバーを部分的にコンバートすればいいから大丈夫だろうね」
「それもそうですね。と言うか、その辺りは先生達が配慮すべき部分なのではないでしょうか?」
「麻帆良の教師は『生徒の自主性を尊重するタイプ( ≒ 放任主義)』が多いから仕方がないさ」
「……生徒の個性が強過ぎるせいでもありますから、文句を言いたくても言えないのが現状ですね」

 ちなみに、生徒の我が強いのは、麻帆良の「少し変でもスルーされる」と言う『認識阻害結界』が関係しているとも言える。

 人間は集団で生活する生物であるため、集団の『和』を乱すことを本能的に抑えようとする。
 特に農耕民族である日本人は その傾向が顕著で、空気を読んで個性を表に出さない節すらある。
 それ故に、表面的には「個性的な人間が少ないように見える」のが、日本社会なのかも知れない。

 つまり、逆説的に「少しくらい個性を出しても問題視されない麻帆良では皆 個性を出している」と推察されるのである。

「まぁ、それはともかく、親書については何か聞いてる?」
「はい。そちらも狙われる可能性があるんですよね?」
「うん、だから『対策』をして置くんで、基本 放置でいいよ」
「対策、ですか? どのような対策を施すつもりなんですか?」
「それは企業秘密ってことにして置いてくれると助かるかな?」
「そうですか……よくわかりませんけど、わかりました」

 多少 無理のある話題変換だったが、刹那は問題なく付いて来て しかもアッサリと納得してくれた。

 その素直さが眩しく感じるナギは「将来、悪い人間に騙されないか心配だよ」とか思ったらしい。
 まぁ、現在進行形でナギとか近右衛門とかに『いいように使われている』から今更と言えば今更だが。
 もちろん、ナギにも近右衛門にも刹那を使い潰す気などないが、それでも二人が黒いのは否定できない。

 ところで、これは余談となるが……刹那との打ち合わせを終えたナギは、木乃香や のどか達の説得に無事 成功したらしい。



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Part.03:進捗状況の確認


 と まぁ、以上のようなことがあった訳だ。

 いや、他にも、近右衛門とアレコレ画策したり、神多羅木の書類仕事を手伝わされたり、できる範囲の『準備』をしたり、
 修学旅行で お世話になる魔法先生達(瀬流彦先生とか葛葉 刀子とか)と打ち合わせしたり……いろいろあったのだが、
 特に語る必要がない――と言うか、伏線的なもののような気がしないでもないので、その辺りは割愛させていただきたい。

 さて、そんな訳で、今日に至った訳だが……

 正直に言うと『準備』に関してナギができることは これまでで終わってしまったので、実は かなり暇なのである。
 まぁ、確認くらいはして置くべきかも知れない。人任せにしたことが多いので、その進捗状況くらいは把握すべきだろう。
 と言うことで、ナギは『準備を依頼した一人』に電話でも掛けて『準備』の進捗状況を確認することにしたのだった。

  プルルルルル……ピッ

「やぁ、ハカセ!! オレだよ、オレ!!」
『……一体どこの詐欺師さんですか?』
「いや、そう言うつもりはなかったんだけど……」

 ハカセと言う単語から おわかりだろうが、ナギの電話相手はハカセこと「葉加瀬 聡美」である。

 どうでもいいが、ハカセがナギの言動を「オレオレ詐欺」の様に扱ったのは 時事的な問題(2003年)だからだろうか?
 それとも、ナギの思考や言動が詐欺師と大して変わらないことを揶揄しているのだろうか? ……答えは不明だ。
 まぁ、ハカセに詐欺師として評価されていたとしてもナギの心は大して痛まないから、どちらでも構わないとも言えるが。

 ただ、ビジネスパートナーとも言える相手に詐欺師として認識されることは、問題と言えば問題な気がしないでもないだけだ。

『そうですか……それで、御用件は何でしょうか?』
「いや、例のモノについての進捗状況が気になってね」
『と言うことは、まだメールを見てないんですね?』

 ナギはハカセに「とあるモノの開発」を依頼していた。と言うか、メールとは何のことだろうか?

「メール? メールって何のことかな?」
『先程 完成の報告をメールでしたんですけど……』
「……すんません、読んでませんでした」

 どうやら、メールが届いていたのは知っていたが、どうせ迷惑メールだと思っていたのでメールを開くよりも電話するのを優先したらしい。

『追加注文でも発生したのかと心配しましたが、どうやら杞憂のようでしたね』
「いや、ホント、すみません。これからはメールチェックしてから電話します」
『え? これから? ……つまり、今後も何か依頼がある と言うことですか?』
「いや、今のところは予定はないけど、その可能性もゼロじゃないし……」
『ああ、なるほど。つまり、アレが社交辞令と言うモノだった訳ですね?』

 学園祭の件(超の魔法バラシ騒動)を考えると、今後の付き合いは微妙なところだ。そのため社交辞令だったのだが……

「まぁ、端的に言うと その通りなんだけど……それは言わない約束でしょ?」
『そうなんですか? すみません、私、そう言った世知には疎いもので……』
「……いや、自分で そう言うことを言う人間こそ世知に通じてそうだけど?」
『そうですか? 私は単に自覚があるだけですよ(つまり直す気はない)』
「そうなんだ。でも、本当に世知に疎い人間は自覚することすらできないよ?」
『ああ、なるほど。そう言う考えもありますねぇ。勉強になりましたよ』

 ナギの率直な意見としては「自覚しているのに直さない辺りがマッドだよなぁ」だが、当然ながら それを表に出す訳がない。

「まぁ、それはともかくとして……引渡しはどうしようか? 取りに行った方がいいかな?」
『では、本日中に茶々丸に渡して置きますから、明日にでも茶々丸から受け取ってください』
「……OK。じゃあ、明日にでも茶々丸から受け取るよ。で、受け取ったらメールするわ」
『ええ、そうしていただけると助かります。私、人と話すのってあんまり好きじゃないんです』

 やんわりと取りに行くことを断られたのは、ナギに会いたくないからだろうか? それとも部外者を研究室に入れたくないからだろうか?

 ナギの胸中は複雑な想いでいっぱいになるが、別にハカセに嫌われていても大した問題ではないので、気にしないことにする。
 これからも協力してもらう可能性がない訳ではないので気にすべきかも知れないが、今は気にしている場合ではないのだ。
 今 大切なのは修学旅行を無事に乗り切ることだ。後のことは後で考えればいい。それ故に、ナギは「じゃあ、ありがとね」と会話を締め括る。

  ピッ ツーツーツー……

 通話の終了を告げる電子音が寂しさを強調している様な気がしてならないが、
 ナギはパタンッと小気味よい音を立てて携帯を閉じることで気持ちを切り替える。
 遣り切れない想いは多少あるが、これで憂慮すべきことがなくなったのは確かだ。

(これで、とりあえずの『準備』は整った。後は伸るか反るか、だね)

 今までナギは魔法関係の事案に対して、どちらかと言うと消極的な姿勢で臨んでいた。エヴァと交渉をした辺りは積極的だった気もするが、
 その内実としては「これ以上巻き込まれないようにするために仕方なく」と言う消極的なものだったので、積極的とは言い切れない態度だった。
 だが、今回のナギは違う。京都へ行先が変更される前から、修学旅行を無事に乗り切れるようにプランを練っていた。最初から積極的だったのだ。

 では、何故ナギが積極的に魔法に臨むようになったのか? それは、恐らく『守るため』だろう。

 パートナーとしてネギを守るため、婚約者として木乃香を守るため、知人としてネギクラスの女子達を守るため……
 いろいろ理由はあるが、ナギを突き動かす一番の原料は「那岐を奪った代償として あやかを守るため」だろう。
 どう守ればいいのかナギ自身にもわかっていないが、少なくとも物理的な危険から排除して置こう と思ったようだ。

(すべて順調に進んでいるように思えるけど……だからこそ、ここで油断するのは愚の骨頂だね)

 これまでとは物事に対する態度が違うので、これまでのように「遣ること成すこと裏目に出る」と言うことはないが、それでも油断は大敵だ。
 現在の状況は思わず楽観したくなる程に良好だが、何処に落とし穴があるかわからないのが世の常だ。想定外の事象は起こってしかるべきだろう。
 だからこそ、ナギは入念に『準備』をして置く。念には念を入れて、想定外のことにも対処できるように事前にできることは思い付く限り行う。

(オレは、オレが無力であることを知っている。だから己を過信しない。それが今のオレの武器だ)

 ナギには経験がある。己を過信した結果、事態を収拾できなくなり、多くのものを失った経験があるのだ。
 それが「どう言った内容だったか」までは思い出せないが、過信は身を滅ぼすことを痛いくらいに実感していた。
 そんなナギが「準備は十全だ」と過信(油断)するだろうか? いいや、しない。最後の最後まで気を抜かない。

(……しかし、そう言う意味で考えると、魔法に関わらないように足掻いていた頃のオレって滑稽だったなぁ)

 穿った見方をすると、魔法と関わらないことが困難な状況にあってもナギは「どうにかなる」と過信していた とも見える。
 空回りと言ってもいいくらいに、自力では どうにもならない状況だったのに「まだ挽回できる」と足掻いていたのだ。
 足掻くこと自体は間違っていなかっただろうが、足掻き方が間違っていたのだろう。墓穴を進んで掘っていた気がする。

(どう考えても、麻帆良にとどまっていた段階で間違っているよなぁ)

 ナギ自身も話題にしていたが、魔法から逃れる一番の方法は「麻帆良から出ること」だった。
 それをしなかった段階で、ナギの努力は方向性を間違えていた と言っても過言ではない。
 這い上がればいいのに、泥沼に足を突っ込んだ状態で沈まないように足掻いていたようなものだ。

(でも、オレは麻帆良を離れたくなかった。魔法に関わってでも麻帆良にいたい と思っていたんだ)

 麻帆良で特待生をするのが一番 楽。そんな理由で麻帆良にとどまっていたが、それはナギが「意識していた理由」に過ぎない。
 ナギは無意識下で「麻帆良から離れたくない」と思っていた。そうとしか思えない程にナギは麻帆良にこだわっていからた。
 生活を優先していても、ネギと関わっても麻帆良にとどまり続けるのはおかしい。つまり、ナギは麻帆良にこだわっていたのだ。

(きっと、無意識下に那岐がいて「麻帆良を離れたくない」とか思っているんだろうなぁ)

 そう考えるのが自然だろう。いや、むしろ、そうでなければ納得できない と言うべきだろう。
 ナギ自身には麻帆良にこだわる理由はない。ない訳ではないが、危険を顧みない程ではない。
 ココネにちょっとした執着がある気がしないでもないが、安全を優先するレベルに違いない。

(まぁ、それはともかく……これからは足掻き方を間違えないようにしないとなぁ)

 世の中には『流れ』と言うものがある。人の力では どうしようもない『巨大な流れ』が、確かに存在している。
 それなのに、ナギは『流れ』に逆らって来た。「魔法に関わる」と言う『流れ』を感じながらも無駄な抵抗をしていた。
 言わば『流れ』とは大河そのもの。人一人が跳ねたところで波紋にしかならない。つまり『流れ』そのものは変わらない。

(無力な人間でしかないオレがすべきことは『流れ』に逆らうことではない。『流れ』を把握して利用することだ)

 今回のケースで言えば、ナギが京都に行くことも京都で事件が起きるのもナギがそれに巻き込まれることも確定に近い『流れ』だ。
 つまり、事件に巻き込まれないようにするのも事件が起こらないようにするのも、恐らくは『流れ』に逆らうことになるだろう。
 だからこそ、ナギは事件を「最小限の被害で解決すること」を目指す。それが『流れ』に逆らわずに『流れ』を利用する方法の筈だ。

(まぁ、『流れ』は変わりやすいから注意は必要だけどね。舵取りを間違えたら座礁しちゃうかも知れないくらいに)

 繰り返しになるが、油断は禁物だ。ナギは もう一度心を引き締め、他にできることはないか 思考を巡らせる。
 物理的な準備は し過ぎると行動の妨げになり兼ねないが、心理的な準備は し過ぎても行動の妨げにはならない。

 ナギはブラブラと歩きながら、思索に耽るのだった。



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Part.04:それは穏やかな昼下がり


 流れ的に このままシリアスな方向が続くと思われたかも知れないが……当然ながら、オレのシリアスは長続きしなかった。

 と言うのも、思索に耽りながら歩いているうちに、何故か麻帆良協会(麻帆良学園内にある、ココネと美空がいる教会)に来てしまったのだ。
 実に不思議である。もしかしたら、神の意思が介在したのではないだろうか? 流れ的に、と言うか ここが教会である状況的に考えて。
 と、とにかく、確認作業を終えた今のオレには急を要する案件がない。つまり、時間に余裕がある と言う訳で、後は言うまでもないだろう?

 そう、せっかく麻帆良教会に来たのだから最近不足がちになっている『ココネ分』を補給するしかないのである。

 え? 「いや、『ココネ分』って何?」だって? ……ハッハッハッハッハ!! そんなの、言うまでも無く決まっているジャマイカ?
 ココネと戯れることによって補給できる精神エネルギーさ。精神的に追い詰められているオレには必要不可欠な『心の栄養』なのだよ?
 言わば、某ナルシスな使徒の言うところの『ココネ分は心を潤してくれる。リリンの生み出した萌えの極みだよ』って感じのものだね。
 でも、残念ながら、偉い人にはそれがわからんのですよ。つまり、エロい人にしかわからんのですよ。むしろ、エロは世界を救うのです。

 ……うん、まぁ、若干 自分でも何を言っているのかわからなくなって来てるけど、つまり、オレはココネと戯れたいと切に思っている訳です。

 自分でもアウトな思考だとは思うけど、それがオレの偽ざる心情なのだから仕方がない。
 と言うか、修学旅行中は補給できないのでストレスで死んでしまうかも知れないくらいだ。
 当然ながら、直接的に死ぬんじゃなくて、ストレスで暴走してバッドエンドになる感じで。

 と言う訳で――と言うか、こんなことをグダグダ言っててもココネ分を補給できないので、実行に移ろう。

 ちなみに、予め言って置くけど……今日のオレは凄いよ? しばらくシリアスに動いていたから、その反動でハンパないよ?
 もうね、石をブツケたくなると言うか、警察を呼びたくなるレベルでココネ分を補給しまくる予定だから、心してね?
 この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ的な感じで、以下の内容を読む時は覚悟してね? 海のように広い心を持ってね?

 で、では、前置きが終わったところで、オレの『幸せ過ぎる現状』を説明しよう。

 意気揚々と麻帆良教会に訪れたオレを待っていたのは「ナギ!! ちょうどいいところに来たっスね!!」と言う美空にしては珍しい歓迎の言葉と、
 それに続く「シスターに呼び出しを受けちゃったんで、ちょっとの間ココネをヨロシク頼むっスよ!!」と言うオレ的には『渡りに船』な言葉だった。
 で、その後は(もうお分かりだろうが)、オレとココネは二人だけの『至福の時』を過ごしている訳だ。そう、我が世の春を謳歌しているのだ。

 実は、ココネと出会ってから約8ヶ月の間で、ココネと二人だけで過ごした時間はほとんどない。何故なら、いつも美空がココネにくっついていたからだ。

 それ故に、ココネと二人だけで過ごせるこの時間は至福以外の何物でもない。あ、もちろん、タイーホされるようなことはしていないからね?
 幼女に手を出すなんて鬼畜にも劣る行為、変態と言う名の紳士の矜持に懸けて できる訳がないさ。むしろ、そんな外道は滅ぶべきだね。
 だって、手を出して良いのは中学生以上だからね(世間一般的には18歳以上だろうけど、今のオレは中学生だから中学生以上ならセーフな筈)。

 と言うか、幼女は愛でるものだろう? 言わば、幼女とは花の蕾だ。蕾を手折るなど無粋の極み。花開くのを見守るのが『粋』と言うものだ。

 まぁ、自分で言っててキモチワルイとは思うが、間違ったことは言っていないと思う。『YES ロリータ、NO タッチ』的に考えて。
 と言うか、オレとしてはロリコンは悪ではない。悪なのは実際の幼女に手を出す屑だけだ。それ以外の紳士は変態なだけで悪ではない。
 ちなみに、オレはココネを愛でたいとは思うが、欲情はしていない。むしろ、天使のようなココネの微笑みの前に欲望など霧散する。

 この笑顔を守るためならば世界を敵に回しても構わない。そう思えるくらいに、ココネが大切なのである。

 そんな訳で、特に何をするでもなく こうして春の麗らかな日差しの中を散歩するだけで、充分に幸せだ。
 道端に咲いた名もなき花を愛しそうに眺めるココネ、蝶々を見つけて嬉しそうに追い掛けるココネ……
 そんなココネを見ているだけで、オレは充分に幸せである。幸せ過ぎて鼻血が出ちゃいそうなくらいだ。

 って、うん? 何だ、ココネ?

 服のスソをクイクイって引っ張っちゃメーだよ。
 可愛過ぎて萌え死にしちゃうじゃないか……
 って言うか、鼻血が垂れて困るじゃないか?

 ……え? 肩車をして欲しイ、だって?

 フフフ、OKOK。
 むしろ望むところだよ?
 ほらよっと。
 ……どうだ? 高いか?
 美空よりも見晴らしがいいだろう?

 …………うんうん、気に入ってくれたようだな。

 よし、これからは肩車をして欲しくなったら、いつでも言うんだよ?
 いつでも肩車してやる――って言うか、いつでも肩車させて欲しいくらいさ。

 いや、だって、頬に触れる太股の感触が堪らんのですよ?
 しかも、後頭部には秘密の花園が密着しているのですよ?
 ……これは、何と言う御褒美なんだ!! 素晴らし過ぎる!!

 肩車ってこんなにも嬉しいものだったなんて……今までしたことがなかったから気付かなかったぜ!!

 オンブもいいと思うけど、肩車もいいものなんだなぁ。
 いやぁ、宇宙の真理を また一つ発見したよ。
 ありがとう、ココネ……これでオレは後10年は戦えるよ。

 そんな訳で(いや、どう言う訳かは不明だが)、ちょっとした回想モードにイってみようと思う。

 唐突かも知れないが、ココネとの触れ合いで唐突に思い出したのだから しょうがない。あきらめて回想に付き合ってくれ。
 そう、アレは去年のクリスマスのことだった。麻帆良教会で行われるクリスマスイベントの準備を手伝わされたオレは、
 その報酬(と言う名の御節介としか言えない物)として、麻帆良教会で厳粛な雰囲気のクリスマスを過ごすこととなった。

 あ、いや、手伝いの時に美空とココネが魔法関係者であることに気付いたので、できるだけ関わりたくなかったんだよ?

 でも、タダで飲み食いできる誘惑に負けたと言うか、参加を拒否ろうとしたらココネが涙目になったので参加してしまったのさ!!
 いくら保身第一主義者なオレでもココネの涙には勝てなかったんだ。と言うか、ココネは泣かせるなど万死に値すると思わないか?
 ちなみに、「涙目のココネもこれはこれでイイじゃないか!!」って思ったのはここだけの秘密なので秘密にして置いて欲しい。

 コホン、少々取り乱しましたけど、気にせず話を進めよう。

 え~~と……そんな訳で、オレは麻帆良教会のクリスマスイベントに参加した訳だが、
 イベントそのものは聖歌を歌ったり聖書を読んだりとかして恙無く終わったので特筆することもないが、
 イベント終了後の打ち上げと言う名の「普通のクリスマスパーティー」の時に『事件』は起きたのだった。

 そう、ココネ(と美空)がミニスカサンタのコスプレを披露してくれたのだよ!!

 もうね、それを見たオレの衝撃は凄まじくってね、言語化できないほどの喜びに見舞われて狂喜乱舞だったのさ。
 シスターの格好や小学校の制服もイイっちゃイイんだけど、ミニスカサンタの破壊力はハンパなかったね。
 ココネの褐色の肌と漆黒の髪が赤い服に映えること映えること。オジサンは鼻血のために出血死するとこでしたよ。

 ところで、ミニスカサンタって美人系の女性がやってこそ映えるコスだと思っているかも知れないけど、それは偏見だよ?

 アレ、実はロリっ娘がやっても映えるんだよ? って言うか、ロリっ娘がやった方が映えるとしか言わざるを得なかったよ。
 って、ミニスカサンタをアツく語ってる場合ではないので割愛するとして、とにかく、ココネのミニスカサンタには萌えたね。
 映像が見せられないのが残念なぐらいにオレの心のポートレートに色鮮やかに残されているほどに萌えてしまったさ。

 だから、オレは思ったんだ。「赤の似合う美幼女は国宝ものだ」って……

 って、オレは何を言ってるんだろう? これでは変態も過ぎるのではないだろうか?
 最早 帰れない域に達してしまってないか? と言うか、タイーホレベルではないか?
 オレ、まだギリギリセーフだよね? まだ、ここ(シャバ)に居てもいい筈だよね?

 って、うん? 今度はどうしたんだ、ココネ?

 頭をナデナデするのはやめてくれないかね?
 心地過ぎて悶え死にしちゃうじゃないか……
 って言うか、鼻血が止まらなくて困るじゃないか?

 ……え? あそこの屋台で売ってるタイヤキが食べたイ、だって?

 フフフ、OKOK。
 むしろ望むところだぜ?
(すみませーん、クリームを3つください)
 ……どうだ? うまいか?
 小倉もいいが、クリームもいいだろう?

 …………うんうん、気に入ってくれたようだな。

 よし、これからは あんこ以外にもチャレンジしてみようね?
 新たなるチャレンジが宇宙の真理を導き出すのだからね。

 って言うか、幼女にタイヤキが予想以上に似合い過ぎて困る。

 こうね、ハムハムって食べている姿が何とも言えない愛らしさを醸し出してるね。
 しかも、口の周りに付いたクリームを舌でペロっとする姿が更にイイ。素晴らしい。
 アツアツの中華饅を食べている姿もいいけど、タイヤキを食べている姿もいいよねぇ。

 フッ、ココネと過ごしていると宇宙の真理をドンドン発見できるなぁ。

 もうね、何もかもすべてを放り投げてココネとダラダラ過ごしたいくらいだよ。
 って言うか、修学旅行などサボって麻帆良でココネと一緒にゴロゴロしたいね。
 むしろ、魔法関係者を残留させる方向で話を進めるべきだった と後悔してるさ。

「って、ヘンタイにも程があるわぁああ!!」

 おぉうっ?! な、何て無粋な美空なんだ!! 至福の時間をライダーキックでブチ壊すとは……!!
 相手がオレじゃなかったら、今のはクリーンヒットしていて その一撃で対象は即入院だっただろうねぇ。
 まぁ、ココネ分を補給しまくったオレは菩薩のように優しいので、こんなことは問題にもならないけどね?

「まぁ、タイヤキでも食べて落ち着けって」

 なので、オレは美空の奇襲的な登場に特にツッコむことはせず、普通に対応する。
 あ、ちなみに、タイヤキは最初から美空の分も買ってあったので、本当に何も問題ない。
 呼び出しから戻って来た美空が「アタシの分は!?」とか騒ぐのは目に見えていたからね。

 だからこそ敢えて買わない と言う選択肢もあったけど……今日は気分がいいから優しく対応しようと思ったのさ。

「(もぐもぐ)やっぱクリームは最高っスね――って違う!!
 タイヤキなんて食べて和んでる場合じゃないんスよ!!
 アタシはナギの変態振りを責めているのであって(以下略)」

 ……はい、長いノリツッコミ、乙です。



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Part.05:でも、こんな二人が好キ


「……で? 結局、美空は何が言いたいのさ?」
「つまり、ナギはココネに近付くなってことっス」

 ナギが「やれやれだぜ」と言わんばかりにミソラに問い、ミソラはナギを威嚇しながら答えル。

 そう、つまりは、いつもの会話が始まったのダ。いつもノ、楽しい楽しい会話ガ……
 素直じゃないミソラとニブいナギの織り成す、私の大好きな二人の会話が始まったのダ。

「でも、ココネをオレに託して行ったのは美空だろ?」
「うるさい!! ナギがここまで変態だとは思ってなかったんスよ!!」
「いや、オレは変態じゃないよ? 仮に変態だとしても――」
「――変態と言う名の紳士だよ、と言いたいんスね?」
「うん、まぁ、端的に言うと そうなるかも知れないねぇ」
「やれやれ。相変わらず、ナギはワンパターンっスね~~」
「これについては しょうがないだろ? 常套句なんだから」
「でも、他に言い様があるとは思わないっスか?」
「そうかな? たとえば どんな感じのがあるんだ?」
「え~~と、ほら、『紳士と言う名の変態』とか捻ってみたらどうスか?」
「いや、それだと変態でしかないんじゃないか?」
「いや、どっちも似たようなものだと思うっスけど?」
「いや、微妙な違いがあるんだよ? 前者は仮にも紳士な訳だし」
「……本当に『仮』っスよね」
「た、確かにそうだけど!! それでも紳士としての矜持は保っているのさ!!」
「へ~~、それは具体的にはどんな矜持なんスか?」
「まぁ、幼女は愛でるだけで手は出さないことかな?」
「…………それは人として当然のことだと思うんスけど?」
「それができない似非紳士が多いから、紳士としての矜持なんだよ!!」
「何で逆ギレしてんスか!? 今の、アタシが悪いんスか?!」
「悪い!! 何故ならオレは紳士としての矜持を大事にしているからだ!!」
「……あれ? それはつまり、変態だけど紳士としての矜持はあるってことっスか?」
「うん、まぁ、その通りだね」
「つまり、変態であることに関しては否定しないんスね?」
「…………その件については既にあきらめたさ」
「あきらめの悪い男を自称しているクセに?」
「じゃあ訊くけど……オレを変態じゃないと思える?」
「いや、それ無理」
「即答っ?! 少しくらい悩んでも罰は当たらないよ!?」
「でも、悩んだところで答えは変わらないっスよ?」
「それでも即答よりはマシだと思うんだけど?」
「……じゃあ、試しにやり直してみるっスか?」
「いや、やめとく。何かまた即答されそうだもん」
「チッ、相変わらず妙なところで勘が良いっスね」
「図星だったの?!」
「まぁ、それはともかくとして言いたいことがあるんスけど?」
「いや、さすがに『ともかく』で済ませられねーですよ?」
「いや、ここは華麗に流すのが嗜みってものっスよ?」
「いや、そこは流しちゃいけない部分だと思うんだけど?」
「って言うか、ナギのせいで呼び出されたんスから、流してくれてもいいじゃないっスか?」
「うん? オレのせい? また何かをやらかして呼び出されたんじゃないの?」
「ナギのアタシに対するイメージがよくわかる言葉っスね……」
「でも、否定する要素はないよね?」
「まぁ、確かにないっスね。でも、それは『言わぬが花』っスよ?」
「はいはい。で、オレのせいで呼び出されたって どう言うことさ?」
「い、いきなり話題を戻して来たっスね……」
「ん? 脱線を続けたいのなら、望むところだけど?」
「いや、いい加減に本題に進みたいっス」
「じゃあ、戻るけど……オレのせいってどう言うこと?」
「簡単に言うと、ナギが修学旅行中の警備案を新しく提案したせいなんス」
「うん? それが何か問題あったの」
「いや、そうじゃなくて、ナギの提案のお陰で仕事が増えたんスよ」
「あ~~、なるほどぉ。何となく把握できたかも」
「いや、『なるほどぉ』じゃねースから」
「でも、麻帆良で待機するよりはマシだったでしょ?」
「んげっ!! そんなことまで提案していやがったんスか!?」
「だって安全には代えられないでしょ? 相手が形振り構わないようなクズだったらどうするのさ?」
「まぁ、そりゃそうっスけど……でも、ナギのせいで とんでもない事実を知らされたんスよ?」
「とんでもない事実? 何それ?」
「あの金髪ちび無口留学生のエヴァちゃんが『闇の福音』だったことスよ」
「え? そんなこと? って言うか、2年も一緒にいて気付かなかったの?」
「『そんなこと』ぉ? ハッ!! これだから素人は困るんスよ!!」
「ん? 何が どう困るのさ? って言うか、後半はスルーなの?」
「わかってるんスか? 『闇の福音』と言えば、私でも知っている600万ドルの賞金首なんスよ?」
「だから、それがどうしたのさ? って言うか、気付いてなかったことを棚に上げるなって話じゃない?」
「ナ、ナギは『闇の福音』の意味を理解してないんスよ!! 魔法界じゃ、ナマハゲ扱いなんスよ?」
「でも、それは噂でしょ? 実物を見ればガセと言うか、ただの金髪幼女にしか見えないでしょ?」
「確かに そうスけど……『幼女』と言う響きに変態的な要素しか感じないのは気のせいスか?」
「いやいや、別にそんな意味で言ったんじゃなくて、噂はアテにならないって話だから」
「いやいやいや、噂も結構バカにできないんスよ? 身を以って証明してるじゃないスか?」
「……つまり、オレが噂通りの変態だって言いたいのかな?」
「え? そう聞こえなかったんスか?」
「フッ、2年以上エヴァが『闇の福音』とやらだったことに気付かなかったドン亀に何を言われても全っ然平気だもんね!!」
「スルーして置いたのに穿り出すとは……この外道め!! つーか、あんなチビっ娘を伝説の極悪人だと思う方がどうかしてるっス!!」
「確かにエヴァは極悪人には見えないよねー。ってことで、噂は噂に過ぎないってことにして、今まで通りに接すればいいんじゃない?」
「むむ? 確かにそうなんスけど……何かハメられた気がするのはアタシの気のせいっスか?」
「きっと気のせいさ。むしろ、気のせい以外の何物でもないに違いないって」
「…………有耶無耶にしようとしてないっスか?」
「そ、そんな訳ないじゃん!! って言うか、美空の言ってることって ほぼオレへの八つ当たりじゃない?」
「いや、そりゃそうなんスけどね……でも、提案者のクセにヘラヘラしてるのがムカつくんスよね?」
「いや、そう言われても……これでも色々と動いたんだよ? 主に裏工作的な方向で」
「へ~~? それで? 具体的には何をしたんスか?」
「学園長と腹黒い画策をしたり、護衛担当の人と打ち合わせしたりした感じだよ?」
「ホントっスか~~?」
「いや、どんだけオレを疑ってるのさ?」
「いや、単に信じてないだけっスよ?」
「フッ、OKだ。OK過ぎて、一度キチンと話し合いたい気分だね」
「それは奇遇っスね~~? アタシも一度 話し合いたかったんスよねぇ」

 ……うん、やっぱり、今日も二人は『仲良し』ダ。



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Part.06:ネギのアトリエ


 え~~と、最近忘れられている気がしますけど……ボクもちゃんと活動してますよ?

 って、ボクはイキナリ何を言ってるんでしょうか?
 何か虚空へツッコミを入れなければいけない義務に苛まれてました……
 ま、まぁ、気を取り直して、ボクの現況を説明しましょう。

 と言っても、ボクはエヴァンジェリンさんの『別荘』でアイテムクリエイションに勤しんでいるだけですけど。

 あっ、言うまでもないことでしょうが、『別荘』と言うのは『精神と時の部屋』みたいなところで、
 外での1時間が別荘内では1日になると言う、ちょっと不思議な現象が起きる謎空間のことです。
 早く年を取ってしまうところがデメリットではありますが、今は時間が惜しいので仕方ありません。
 と言うか、ナギさんのためですし、ナギさんとの年齢差も縮まりますから、余り問題ないんですけど。

 で、何故にそんなところにいるのか と言うと……それなりに理由があるんです。

 経緯としては、ナギさんから「ちょっと作って欲しいものがあるんで作ってくれないかな?」ってお願いされたんですけど……
 今のボクの技量では作り切れない質と量だったので、エヴァンジェリンさんに相談したんです(非常に不本意でしたが)。
 あ、もちろん、ナギさんに「エヴァンジェリンさんに相談してもいいですか?」と許可を取ったうえで相談しましたよ?

 で、相談の結果、「まぁ、自衛手段が増えるのは契約に都合が良いからな」と言う照れ隠しをされて『別荘』を貸してくれた訳です。

 ちなみに、事情を説明している時に「まさか小娘の方が従者だったとはな」とか「まんまと騙されていたぞ、なかなかやるな」とか
 あまつさえ「だが、私にだけ明かしたことは評価してやろう」とかブツブツ言っていましたけど、勘違いも甚だしいと思いませんか?
 だって、エヴァンジェリンさんに従者云々の事情を説明したのは、魔法関係で頼れる選択肢が他になかったからに過ぎないんですよ?
 学園長は信用できませんし、タカミチは魔法が苦手ですから、消去法的に日本で頼れるのはエヴァンジェリンさんしかいないだえです。
 それに、『別荘』を貸してくれたことには感謝していますけど、ナギさんを拉致したことを忘れるつもりはありませんし……

「……進み具合はどうだ、小娘?」

 噂をすれば影、ですね。エヴァンジェリンさんが様子を見に来ました。
 ところで、どうでもいいんですけど、『小娘』って呼称はヒドくないですか?
 いえ、だからと言って『ネギ』とかって呼ばれるのもシックリ来ないですけど。

「まぁ、予定通りですね」

 ボクは内心を隠して事実だけを伝えます。
 感情を表に出す愚かさは身に染みましたからね。
 ポーカーフェイスって実に大切ですよね?

「そうか、ならば教えた甲斐があるな」

 エヴァンジェリンさんはボクの返答を聞いて満足そうに頷いて、ボクにとっては忘れたい事実を嬉嬉として語ります。
 ……そうです。相談した時に「ついでだから、魔法具精製理論を教えてやろう」とか余計なお世話を焼いてくれたのです。
 いえ、ボクとしては時間さえあれば問題なかったので、『別荘』を貸してくれるだけで充分だったんですけどね?
 ナギさんから「利用できるものはすべて利用する」と教わっていましたので、内心を押し殺してご教授いただいた訳です。

「ええ、『エヴァンジェリンさん』のお陰ですよ」

 まぁ、精神的な苦痛を伴った訳ですけど……教わった効果はシッカリ出ています。リスク以上のリターンです。
 それまでは及第点の物しか作れませんでしたけど、それからは充分に納得のいく物が作れていますからね。
 ですから(正直、かなり悔しいですけど)エヴァンジェリンさんには感謝せざるを得ませんので、感謝はしています。

「……本来は『師匠(マスター)』と呼ばせたいところだが、一時的に教えただけなので その呼称でも構わんと言えば構わん」

 どうやら、何故かはわかりませんが、エヴァンジェリンさんは『エヴァンジェリンさん』と言う呼称が気に入らないようですね。
 まぁ、一応は弟子に当たるので、『師匠(マスター)』と呼んであげても構わないと言えば構わないんですけどね?
 でも、ボクとしては、『マスター = 主人』ってイメージがあるので、ナギさん以外を『マスター』と呼ぶのはちょっとイヤです。

 ですから、エヴァンジェリンさんには申し訳ありませんが、呼称は今のままであきらめてもらいましょう。

「それはともかくとして……お前らは私に対して敬意が足りない気がするんだが、それは私の気のせいか?」
「多分、気のせいじゃないですか? ボクもナギさんも、エヴァンジェリンさんには『相応の敬意』を払っていますよ?」
「『相応の敬意』とは、随分とヤツらしい表現だな? つまり、それだけヤツに毒された……と言うことか?」
「さぁ、どうでしょうね? 何を以って『毒』とするかによってその答えは変わりますから、何とも言えませんよ」

 ただ、『たとえ毒されていたとしても、それはそれで構わない』とボクは思ってますけど。

 だって、それは「ナギさんによってもたらされた変化」なんですから、ボクには嬉しい限りです。何も問題ありません。
 と言うか、そもそもボクはナギさんの傍にいたいだけであり、そのためにナギさんの役に立ちたいと考えているに過ぎません。
 ですから、ナギさんのためなら平気で嘘も付きますし、どんな感情でも押し殺しますし、信条すらも捻じ曲げてみせます。
 今のボクにとってナギさんはボクの『すべて』ですから、ぶっちゃけ、他のあらゆることは些事に過ぎないんですよねぇ。

「……そうか。まぁ、せいぜい頑張ることだな」

 ええ、言われるまでもありません。と言うか、貴女のお陰で作業を中断せざるを得なかったんですけど?
 でも、それを言っても詮無きことですので、ここは「お気遣いありがとうございます」とか言って置きますけど。
 余計なことを言って事を荒立てるのは よろしくないですからね。感情を表に出さないことくらい覚えましたよ。

 そんなこんなで、多少イラッと来ることはありましたけど作業自体は順調です。

 と言うか、最低限のノルマはクリアできていますので、今はクオリティを上げる作業に勤しんでいる感じです。
 やはり、できる限りナギさんの望む形を用意したいですからね、時間の許す限りクオリティ上昇を目指す訳ですよ。
 特に、最悪の場合を想定して作った『ナギさんの護身用武器』なんか、まだまだ改良の余地はありますからね。
 最終的には下級のアーティファクト(秘法具)と同等と言えるくらいの出来に仕上げたいと思っていますからね。

 あつ、アーティファクトと言うのは魔法具の一種で、ボクの『ゲンソウホウテン』のようにパートナー契約の時の特典として手に入る物です。

 ちなみに、普通の魔法具との違いなんですけど……性能も然ることながら、一番の違いは『汎用性』と言うべき部分ですね。
 普通の魔法具が「誰でも使える」ことを目的として作られているのに対し、アーティファクトは「使い手を選ぶ」ように作られています。
 言わば、大量生産とオーダーメイド品って感じで、汎用性を捨てた結果として(高価で貴重ですが)普通の物よりも性能がいいんですよ。

 で、そんなアーティファクトですが、やはりピンからキリまでありまして、ヘタなアーティファクトは強力な魔法具に劣ります。

 つまり、ボクの作った『ナギさんの護身用魔法具』は そのレベルに引き上げる予定な訳で、若干の自画自賛も含まれている訳です。
 でも、それくらいの意気込みがあるんです。だって、ナギさんの最終防衛手段ですからね、気合が入らない訳がないじゃないですか?
 まぁ、最終ですから、これを使う機会が訪れないのが一番 良いんですけど、クリエイターとしては実際に使ってもらいたいものです。
 そして、「よくやったな、ネギ」って感じでナデナデしてもらえたら……ボクはもう それだけで幸福ここに極まれりって感じですよ。

 ですから、時間の許す限りクオリティを上げようと思いますっ!!


 


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オマケ:神蔵堂さん家の殺戮人形


「たっだいま~~」

 ココネ分を十全に摂取したナギは麻帆良教会を後にし、自室に戻った。そして、机に置かれた『人形』に向かって挨拶をしたのである。
 ちなみに、その人形は3頭身くらいの幼女チックな人形であるため、ナギが『お人形に話し掛けているアブナいヤツ』にしか見えない……が、
 人形と言う段階で既におわかりだろうが、この人形は『普通のお人形』などではなく『チャチャゼロ』なので、別にアブナくはない。
 まぁ、別の意味でアブナいし、ナギがアブナいことに変わりはないが、ナギは人形を愛でている訳ではないことだけは明言して置こう。

『ヨォ、遅カッタジャネーカ』

 チャチャゼロは見た目に似合わない乱暴な口調(だが見た目に似合うカタコトな口調)でナギを出迎えるが、
 言葉と裏腹に まったく出迎えている空気ではない。きっと長時間放置されたのが気に入らないのだろう。
 準備を終えて何もすることがない筈の休日だと言うのにフラフラ出歩いていたのだから ある意味で当然だ。

「いやぁ、相変わらずココネが可愛過ぎてさぁ。ついつい時間を忘れちゃったんだよねぇ」
『……オマエ、ソレヲ本気デ言ッテルンダトシタラ、相当ヤバイゾ? マジ気ヲ付ケロヨ』

 ナギは空気に気が付いていてスルーしたのか、それとも素で気が付いていないのか、言い訳にもなっていない言い訳を述べる。
 もちろん、前者と受け止めたチャチャゼロが返した反応は冷た過ぎた。無機質な瞳を更に無機質になった気がしないでもないくらいだ。
 ちなみに、チャチャゼロは動けないため しゃべれないが、意識自体はあるので『念話』で意思の疎通は可能だったりするのである。

「安心しなって。さすがに欲情はしてないからさ」
『イヤ、ソウ言イウ問題ジャネート思ウンダガ?』

 余りにも冷たいチャチャゼロの反応にナギは思わず涙目になるが、どうにか堪えて冗談めかして切り返す。
 だがしかし、そんなナギを嘲笑うかの様にチャチャゼロはナギの言葉を容赦なくバッサリと切り捨てるのだった。
 まぁ、チャチャゼロの言っていることは常識的に考えて正しいので、この場合はナギに過失があるだろうが。

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 …………………………………………………………

 ところで、話は変わるが……ナギと近右衛門が想定している護衛の布陣は以下の様になっている。

  あからさまな護衛 : 刹那・タカミチ・神多羅木・刀子・(ネギ)
  目立たせない護衛 : エヴァ・茶々丸・龍宮
  隠す護衛(伏兵) : チャチャゼロ・瀬流彦

 当然、これはあくまでも『ナギ達の護衛』であるため、他の関係者達も『一般人の護衛』として存在している。

 特に、ニンジャ少女やカンフー少女や超などの『特殊な一般人』達は、本来なら『一般人』に区分される筈なのだが、
 護衛として期待できる戦力を有しているため本人達の与り知らないところで『一般人の護衛』としてカウントされている。
 と言うか、関係者であり刹那と班が一緒でもある美空は、戦力外と見なされているので誰の護でもないくらいである。

 ところで、ネギが( )で表記されているのは、護衛対象であると同時に『ナギの護衛』として扱われているから らしい。

 また、表記はされていないが、18話でナギが近右衛門に提示した交換条件である『西から派遣される人材』が
 現地(京都)で合流する段取りになっているため、この場で列挙された人数よりも関係者の数は増えることになる。
 つまり、一般人達の安全を充分に考慮していることになり、保身以外にもナギが気を遣っている証左となるだろう。

 ……どうでもいいが、瀬流彦が『隠れた護衛』に分類されている理由については「言わぬが花」と言うものだと思う。


 


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後書き


 ここまでお読みくださってありがとうございます、カゲロウです。
 以前から「改訂した方がいい」と言う意見が多数あったので、改訂してみました。


 今回は「修学旅行の準備の筈が、せっちゃんとココネに持って行かれた」の巻でした。

 一応は、主人公が修学旅行中に「計画通り!!」とか言うためのフラグ作りの筈だったんですが……
 せっちゃんとココネを書いているうちに興味が移って、最終的には あんなんになった と言う訳です。

 ちなみに、ミニスカサンタネタに関してですが、敢えてノーコメントでお願いします。


 ……では、また次回でお会いしましょう。
 感想・ご意見・誤字脱字等のご指摘、お待ちしております。


 


                                                  初出:2009/12/23(以後 修正・改訂)



[10422] 第20話:神蔵堂ナギの誕生日【改訂版】
Name: カゲロウ◆73a2db64 ID:552b4601
Date: 2012/09/30 20:11
第20話:神蔵堂ナギの誕生日



Part.00:イントロダクション


 今日は4月21日(月)。

 流れとしては修学旅行編に突入すべきかも知れないが、
 生憎と今日はナギの誕生日であったので今回はその話をしようと思う。



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Part.01:妙な夢を見た


「ようこそ……お初にお目に掛かる。私はフィレモン、意識と無意識の狭間に住まう者」

 いや、意識と無意識の狭間とか言われても反応に困るんだけど?
 と言うか、フィレモンって名前、どっかで聞いたことあるなぁ。
 しかも、怪しさ爆発の仮面もどっかで見たことあるんだよなぁ。

「……さて、君の名前は?」

 うん? オレの名前? そんなの決まっているだろう? オレは神蔵堂ナギだよ。
 それ以上でも それ以下でもない。むしろ、神蔵堂ナギ以外の何者でもないさ。
 と言うか、オレの疑問についての反応は? もしかしてスルーされたんですか?

「…………本当かね?」

 え? ナニイッテンノ? と言うか、やっぱオレの質問はスルーですか?
 って、そうじゃなくて、オレの名前が厨二臭いからって聞き直さないでくださいよ。
 名乗る度に言い様のない妙な気まずさを感じるオレの身になって欲しいですね。

「そうではなく、本当に君は『神蔵堂ナギ』なのかね?」

 いや、だから、そう言ったじゃないですか?
 と言うか、オレの話など聞き耳持たずですか?
 まぁ、慣れてるから別に何とも思いませんけどね。

「いや、違うな」

 いや、何がですか? もしかして聞き耳を持ってるんですか?
 と言うか、聞き耳を持っているなら、オレの話を聞きましょう?
 慣れてるからと言って別にツラくない訳ではないんですよ?

「いや、そうじゃない。君の名前の方だよ」

 ん? つまり、オレの名前が違うってことなんですか?
 ……そりゃ、正しくは『神蔵堂 那岐』ですけど。
 でも、今となっては それは『オレ』じゃないんですよ。

「確かにその通りだが、そうではない。君は『本当の名前』を持っている筈ではないかね、神蔵堂ナギ君?」

 本当の、名前? いや、まぁ、確かに『オレ』は婿入りした筈だから、嫁の苗字になっている気がしないでもないですけど。
 でも、それについては詳細を思い出せないと言うか、もしかしたら それはオレの妄想の産物かも知れないんですよねぇ。
 と言うか、そもそもの問題として、オレの名前が変わろうともオレがオレであることに変わりはないと思うんですけど?

「ふむ、それもそうだな。よかろう、とりあえずは合格だ、神蔵堂ナギ君」

 そうですか、合格ですか。
 不合格よりはいいですけど……
 一体、何が合格なんですか?

「『力』を得る資格だよ」

 え? 『力』? まさか、的な『力』を得て「オレTUEEE!!」な展開になるんですか?
 まぁ、「オレTUEEE!!」には憧れるところもありますけど、厨二的な『力』はちょっと……
 名前の時点で既に厨二臭いんですから、更に厨二臭くなるのは遠慮 願いたいんですけど?

「いいや、心に潜む『もう一人の自分』を呼び出す『力』さ……」

 いや、それって充分に厨二的ですから。
 隠された自分とか、解放するとか、邪気眼とか。
 香ばし過ぎて涙が出て来ちゃいそうですよ?

「…………では、また会おう。神蔵堂ナギ君」

 いや、だから、オレの話を聞いてください と何度も言っているでしょう?
 何で勝手にハケようてしてるんですか? と言うか、この蝶は何なんですか?
 って、あれ? やっと思い出したんだけど……これってもしかしてペルソナ?

 ……………………………………
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 …………………………………………………………

 さて、以上の様な夢をナギは見た訳だが、あの夢は一体 何だったのだろうか?

 まぁ、最初からお分かりだったろうが、ナギも最初から夢オチだったのはわかっていた。わかったうえでフィレモンと対峙していたのだ。
 何故なら、これまでの経験からナギの見る夢には何らかの意味があるような気がしたからだ。きっと、あの夢にも何らかの意味があったのだろう。
 フィレモンさんとか仮面とか蝶とかは意味不明で、誕生日に妙な夢を見たことで微妙な気分になってはいるが、何らかの意味があったに違いない。

 そんなこんなで、ナギが出した結論は「もう一人の自分 = 那岐 であり、『力』云々は那岐の記憶が甦るフラグなのではないか?」だったらしい。

 それが正しいのか間違っているのかは定かではないが、ナギがそう結論付けたのならナギにとってはそれが答えなのだろう。
 少なくとも、これまでにナギが見て来た妙な夢は那岐の記憶の筈なのだから、今回の夢も那岐と無関係であるとは思えない。
 まぁ、共通点は妙な夢であることでしかないため、実際は別物で那岐とは無関係かも知れないが、それは神のみぞ知ることだ。



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Part.02:サプライズ・パーティ


 本当にサプライズだった。

 いや、いきなりで「ナニイッテンノ?」とか思うだろうが、本当にサプライズだったので仕方がない。
 何故なら、あの神多羅木からも誕生日を祝われたのだから仕方がない。むしろ、ナギが驚かない訳がない。
 具体的に言うと「祝った振りをして実は祝ってない と言うオチですね?」と妙な納得をしたくらいだ。

 ナギが穿ち過ぎな気がしないでもないが、とりあえず、経緯を軽く話そう。

 数学の授業終了後――つまり、神多羅木の授業の終了後、ナギは神多羅木から「神蔵堂、昼休みに指導室に来い」と呼び出しを受けた。
 今までの傾向から「また小言とか仕事の押し付けとかだろうなぁ」と判断したナギのテンションは一気に低くなるのは当然だろう。
 そして、低いテンションのまま指導員室に向かったナギだったが……ナギを待ち受けていたのは、何と祝福の言葉とクラッカーだった。

 そう、瀬流彦と刀子と弐集院と神多羅木によるサプライズパーティだったのである。いや、本当に。

「え? あれ? え~~と……何なんですか、これ?」
「いや、だって、今日はキミの誕生日だろう?」
「確かにそうですけど、まさか祝っていただけるとは……」

 事態を把握できていないナギは素で訊ね、瀬流彦は「何で当たり前のこと訊くんだい?」とばかりに返す。

 確かに、常識的に考えればナギを祝うための催しなのだろうが、ナギにはイマイチ信じられない。
 何故なら、この場には神多羅木もいたからだ(常識的に考えて、神多羅木がナギを祝う筈がない)。
 そのため、ナギは「アンタがオレを祝うとか有り得なくね?」的な視線で神多羅木を見たのだが……

「いや、オレは祝う気などなかったのだがな。瀬流彦がどうしても と、うるさかったんだ」

 何と、神多羅木は「せ、瀬流彦が言い出したからなんだからね!!」と言わんばかりにソッポを向いてくれやがった。
 ぶっちゃけ、髭面のオッサン(しかもグラサンで強面)がツンデレチックな反応をしても気持ち悪いだけである。
 それを理解したうえで――つまり、ナギに精神的ダメージを与えるために こんな反応をしたのだろう。さすが神多羅木である。

 もしかしたら、普通に照れ臭かっただけかも知れないが……真実は神のみぞ知る と言うことにして置くべきだろう。

「まぁ、ちょっと遅れちゃったけど、関係者入りしたことの歓迎会も兼ねて、ね」
「それと、明日からの修学旅行は大変ですからね、その慰安も兼ねてますね」
「いやぁ、関係者になったばかりで京都に行かされるとか、本当 大変だよねぇ」
「しかも、特使まで任されたんですから、その苦労は推して知るべし ですね」

 弐集院と刀子が微妙なフォローを入れるが、どう見ても生贄を見るような目をしているので説得力は皆無である。

「いや、学園長の犠牲になったことに同情――もとい、学園長に期待されていることに羨望だよ?」
「そうですよ? 今 思うと、あの激務のために離婚せざるを得なかった気がするくらいですよ?」
「僕もストレスで過食に走っちゃったから こんな体型になっちゃった気がしないでもないなぁ」
「弐集院先生は家庭を維持できたのですからマシですよ。私なんか3年ももたずに破局したんですよ?」

 段々とマイナスオーラを纏い始める二人に、ナギは「触らぬ神に祟りなし」とスルーを決め込む。

「まぁ、あきらめろ、神蔵堂。人生、何事も あきらめが肝心だ と言うことだ。一応、オレは陰ながら応援してやるから」
「つまり、それは見守るだけで何もする気はないんですね? その気持ちは よくわかりますけど、酷くないですか?」
「いや、常識的に考えて、オレがお前のために労力を割く訳がないだろ? まぁ、嫌がらせなら喜んで労力を割くがな」
「そりゃそうでしょうけど、それでも社交辞令くらいは言って置くべきではないですか? 社会通念上と言うか良識的に」

 だが、スルーしたナギに「お前も同類になるんだぞ?」と言わんばかりに神多羅木が絡んで来る。

「いや、お前が相手だと言質を取られる可能性があるからな、社交辞令であろうとも下手なことは言わないのが賢明だろ?」
「ハッハッハッハッハ!! さすがに社交辞令を敢えて本気で受け取って利用したりなんかしませんよ。多分、きっと、恐らくは」
「つまり、利用するつもりだった と言うことだな? オレが言うのもアレだが、もうちょっと人情に配慮した方がいいぞ?」
「まぁまぁ、今日はめでたい席なんですから そこら辺にしましょうよ。ってことで、はい、神蔵堂君。みんなからのプレゼントだよ」

 ヒートアップしていく二人に これまで傍観に徹していた瀬流彦が仲裁に入る。さすがに不味いと思ったのだろう。

 ちなみに、渡されたプレゼントの内容は「栄養ドリンク1パック」だったのだが……これは一体どう言う意味なのだろうか?
 恐らくは「これから栄養ドリンクが必需品になる生活が待っているぞ」と言う忠告なのだろうが、ナギは違うと信じたいのである。
 もしかしたら、これまでの慰労の品かも知れないし、木乃香の『婚約者として』頑張れ と言う親父臭い激励かも知れない と。

「……ありがとうございます。有効活用させていただきます」

 ナギは「まぁ、十中八九 忠告なんだろうなぁ」と思いつつも、爽やかな笑顔を浮かべて礼を述べる。
 もちろん、爽やかだと思っているのは本人だけで、傍から見ると諦観しか感じられない笑顔であるが。
 だからこそ、誰も何も言わない。気付かない振りをして生暖かく見守るのが彼等の優しさなのである。

 そんな訳で、彼等は気分を変えるために適当な雑談を始めるのであった(ナギはナ、神多羅木は神、瀬流彦は瀬、弐集院は弐、刀子は刀で表記)。

瀬:ところで、話は変わるけど……ナギ君は どうして関係者になったんだい?
ナ:あれ? オレがネギのパートナーになったって伝達されたんですよね?
瀬:まぁ、そうなんだけどさ。でも、それは原因であって理由じゃないだろ?
ナ:つまり、『どうしてネギのパートナーになったのか?』ってことですか?
瀬:うん、そう言うことだけど、別に話したくないなら話さなくていいよ?
ナ:いえ、確かに話したくない話ですけど、自業自得なので別に構いませんよ。
神:……まぁ、大方、ネギ君にセクハラまがいのことをして詰まれたんだろ?
ナ:はい、脇から介入して来てヒドいお言葉、本当にありがとうございます。
神:だが、あながち間違っていないだろう? お前の性質的に考えて。
ナ:で、ですが、アレはオレの意思ではなく、エヴァのせいだったんですよ?
神:つまり、セクハラまがいの行為をやらかしたこと自体は認めるんだな?
ナ:だって、あのロリババア、服を脱がせるエロ魔法を使ったんですよ?! 不可抗力ですよ!!
神:ああ、武装解除か……
瀬:そ、それはヒドいね……
弐:うん、同情するよ……
神:だが、あれには『暗黙の了解』があるからな、残念ながら不可抗力とは言えんな。
ナ:え? 暗黙の了解、ですか? ちなみに、それは具体的にどんな内容なんです?
瀬:まず『男は男にしか使っちゃいけないけど、女性や子供は誰にでも使ってもいい』だね。
ナ:多少 理不尽を感じますが、仕方がないですね。と言うか、ロリババアは無罪な訳ですね?
神:そうだ。ちなみに『男は喰らわないように避けるか、喰らったら速攻で隠す』と言うのもある。
弐:そして、これが一番大切なんだけど、『女性や子供が剥かれた場合は速攻で目を瞑る』もあるね。
ナ:なるほど。つまり、それらの措置を行わなかったオレに過失がある と言う寸法な訳ですね?
神:まぁ、そうなるな。だが、それを知らない一般人にそれを強いるのは過酷だとは思うがな。
瀬:でも、いつの時代も男は耐えるしかない と言うか、黙って泣き寝入りするしかないんだよ……
弐:痴漢の冤罪と一緒で「それでもボクはやっていない」と泣きながら罪を受け入れるしかないねぇ。
神:まぁ、一般人なら記憶消去って手もあるがな――って、何で記憶消去を選ばなかったんだ?
ナ:そりゃあオレも選べるなら選びたかったですよ。でも、選べなかったんですよ、信条的に。
神:……そうか。まぁ、運が悪かったってことで納得して置け。
ナ:ええ、あきらめと言う名の納得はしましたよ。まぁ、正確には、せざるを得なかったんですが。
神:そうか、ならば何も言うことはない。ところで、さっきから黙っている葛葉も気を付けような?
刀:いえ、あの、確かに私は加害者側ですけど……私は武装解除が使えませんので、大丈夫ですよ?
神:まぁ、そうだが……確か、似たようなことを式神でできた気がするんだが、それはオレの勘違いか?
刀:か、勘違いではありませんけど、それでも、武装解除のように服までは剥かないようにしてますから。
瀬:あれ? でも、「武器を隠してる可能性を考えたら全裸に剥くのが一番だ」って仰ってませんでしたっけ?
刀:瀬流彦君!! それはそれ、これはこれですよ!! と言うか、空気を読んで黙って置くのが大人ですよ!!
弐:葛葉さん……使いどころを誤ると彼のような被害者が生まれますので、本当に気を付けてくださいね?
ナ:そうですよ。オレは何も悪くない筈なのに、何故か最終的にはオレが悪いことになっちゃうんですから。
刀:……大丈夫です。私は常にクールであることを心掛けていますので、そんな悲しいミスはしません。
ナ:オレが言うのもアレですけど、そう言うことを言う人に限ってテンパると見境がなくなるんですよねぇ。
刀:神蔵堂君? せっかく綺麗に話が纏まりそうだったのに……余り口が過ぎると『チョン切り』ますよ?
ナ:何をですか!? と言うか、刀に手を掛けないでください!! 余計なことを口走ったのは謝りますから!!
神:…………その場合は女子中等部へ編入、か。
ナ:いえ、常識的に考えて、ここは助けるところではないでしょうか? と言うか、見捨てないでください!!
神:フン、御免こうむる。と言うか、『口は災いの元』と言うだろう? いい加減、少しは学習しろ。
ナ:いやぁ、これでも学習能力は高いと自負しているんですけどねぇ。何故か反省が活かされないんですよねぇ。
神:つまり、お前の性根そのものが腐っているから、学習してもダメなままなのだろうな。哀れなことに。
ナ:はい、相変わらずのヒド過ぎる評価、本当にありがとうございます。もう、そうとしか言えません。

 何度も言うが、ナギと神多羅木の仲は悪くない。ただ、互いに譲れないものがあるだけなのだ。

 ところで、今更と言えば非常に今更なことだが、いい加減に神多羅木以外の魔法先生も紹介して置こうと思う。
 いや、別に話題を変えたい訳ではない。ただ、前話から名前が出ているのに紹介していないことが気になるだけだ。
 微妙に信憑性は低いかも知れないが、信じていただかないと話が進まないので、ここは敢えて信じていただきたい。

 と言うことで、まずは瀬流彦から紹介しよう。

 瀬流彦を簡単に表現すると「某狂戦士な漫画に出て来るヴァンディミオン家の付き人にソックリな感じの人」となる。
 普段は目を瞑っている様にしか見えないレベルの細目だが、オリジナル同様にヤル気モードの時は瞳孔が開くのだろう。
 一見『御人好し』にしか見えないが、実際は腹黒に違いない。先程のKYは絶対に態とだろう。そうナギは確信している。
 で、エヴァ情報によると、瀬流彦は風の魔法を得意としているらしく、特に風系の防御魔法では麻帆良で随一の腕前らしい。

 他に重要な情報としては……ネギクラスの副担任だ と言うことだろう(ちなみに、担任はタカミチのままだ)。

 どうでもいいかも知れないが、原作ではネギクラスの副担任は源しずな(タカミチとイイ感じな眼鏡美人)だったが、
 ここでは、しずな は女子中等部三年の学年副主任に昇進しており、副担任は瀬流彦が抜擢された形になっている。
 きっと、タカミチが担任のままであることも含めて、ネギが生徒として麻帆良に来たこととが関係しているのだろう。

 さて、次は刀子を紹介しよう。

 刀子は、葛葉 刀子(くずのは とうこ)と言うフルネームであり、先生からは苗字で呼ばれることが多く生徒からは名前で呼ばれることが多い。
 神鳴流の使い手なので厳密には魔法先生ではないが、魔法関係の先生と言う意味では魔法先生なのだろう。ちなみに、剣の腕は かなりのものらしい。
 原作にもあったように、麻帆良に来てから刹那は「指導していただいている」らしい(刹那情報)ので、現時点では刀子の方が刹那より強いのだろう。

 そして、今更と言えば今更で、後付け設定にしか見えないが……実は、刀子はナギのクラスの副担任だったりする。

 まぁ、神多羅木と組んで仕事することが多いらしい(原作からの類推)から、納得と言えば納得なことだろう。
 ちなみに、言うまでもないだろうが、男子生徒達は「刀子先生の方が担任が良かった」とか よくボヤいているが、
 魔法関係の事情を知っているナギとしては「キレると見境がなくなる刀子先生よりは、神多羅木の方がマシ」らしい。
 で、刀子の情報で他に重要なことは……黒ストッキングを愛用していて、バツイチである と言うことくらいだろう。

 と言う訳で、最後の紹介は弐集院だ。

 弐集院は、伊○院に似た ふくよかなナイスガイである。その一言に尽きる。むしろ、それ以外の説明が浮かばない。
 まぁ、それは過言なので、他の説明もすると……実は、男子中等部三年の学年副主任をしている(しずな と似た立場だ)。
 つまり、修学旅行中は主に男子生徒の『お守り』が仕事となるので、思わず合掌したくなるのはナギだけではない筈だ。
 ただでさえ面倒な仕事なのに、魔法関係の意味でも守らなければならないので、その苦労は『推して知るべし』であろう。
 まぁ、神多羅木や刀子も交代制で手伝う予定(ナギ達の護衛もあるので交代制になった)だが、『焼け石に水』もいいところだ。

 そんな弐集院だが、パソコンを得意としており中等部三年のパソコンの授業も担当している。

 その授業中に披露してくれたパソコンスキルは「最早『神』と言わざるを得ないレベル」だったらしい。
 まぁ、それには電子精霊と言うチートもあったのだろうが、知識だけでも充分にエキスパートのようだ。
 これは余談となるが、以前に話題にした「まほらば(麻帆良のSNS)」の管理人もしているらしい(本人談)。

 で、他に重要な情報として……妻子持ち と言うか、メチャクチャ可愛い娘がいる と言うことだろう。

 い、いや、別にナギが娘を狙っているとか そんなんではない。さすがのナギでも、そこまで落ちてはいない。
 まぁ、写真を見せられて自慢された時は「ヤベッ!! この幼女、可愛過ぎ!!」とか思ったことは認めるらしいが。
 それでも、ナギは そこまで見境がない訳ではない。最低限のマナーは持っている。きっと、そうに違いない。

 と、とにかく、途中からグダグダして来たが、敢えて綺麗に纏めると「先生達に祝ってもらえてナギは嬉しそうだった」と言う感じだろう。



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Part.03:細かいことは気にしない


 ナギは驚愕した。想定外の出来事に思わず言葉を失ってしまう程に驚いた。何故なら、刹那が誕生日のプレゼントを渡して来たからだ。

 そんな訳で、事の経緯を軽く説明しよう。時は放課後、場所は男子中等部と図書館島の中間地点くらい。
 授業を終えたナギは目的地である図書館島に向かっていた。その道中に突然 呼び止められたのである。
 相手が刹那なので てっきり魔法関係の話だと思っていたナギだったが、その予想は いい意味で裏切られた。

「那岐さん!! 誕生日おめでとうございます!!」

 そんな言葉と共に渡された包み。誰が どう見ても誕生日プレゼントだろう。
 むしろ、これで魔法関係の物(近右衛門からの届け物とか)だったら泣いてもいい。

「ありがとう、せっちゃん。まさか、誕生日を覚えていてくれたとは……」
「私が那岐さんの誕生日を忘れる訳がないじゃないですか?」
「そっか(オレは せっちゃんの誕生日 知らないけど)。それは嬉しいな」
「まぁ、そうは言っても、プレゼントをするのは今年が初めてですけどね」
「……本当に ありがとう。大切にするよ(やばい、萌え死にしそう)」

 やはり、せっちゃんは可愛い。特にオズオズとプレゼントを渡された時なんか最高だった。……それが、ナギの率直な感想である。

 もちろん、そんな可愛い刹那のために、内心(誕生日 知らない)を悟らせるような真似はしない。
 この時ほどポーカーフェイスが得意でよかった と思ったことはない。そう、ナギは思ったらしい。
 どちらかと言うとSでゲスなナギだが、可愛いコの笑顔を曇らせるような外道ではないのである。

 ところで、刹那からのプレゼントの内容だが……護身用の短刀と言う、何とも物騒な物だった。

 まぁ、別に色気のある物を期待していた訳ではないのだが、それでも少しガッカリしたのが本音だ。
 いや、恐らく刹那は「これから京都で危険だから」と言う感じで、ナギの身を案じたが故の物だろう。
 ナギとて それくらいわかっている。わかっているが、それでも少しガッカリしてしまったのである。

(せっちゃんは女のコなんだから、もうちょっと女のコらしく してくれてもいいと思うんだけどなぁ)

 もちろん、プレゼントが嬉しくない訳ではない。むしろ、非常に嬉しい。
 プレゼントで大事なのは気持ちだ。内容云々で文句など言ってはいけない。
 ただ「プレゼントに刃物を選ぶ女子中学生って どうよ?」と思うだけだ。

 …………うん、まぁ、とりあえず、諸々の問題は棚上げしてナギは図書館島に向かうことにした らしい。

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 そんな訳で、ナギは図書館島に訪れた。

 まぁ、正確に言うと「悪いけど、放課後 図書館島に来てくれへん?」と呼び出されたのだが。
 そして、その口調で呼び出した人物は既におわかりだろう。むしろ、わからない訳がない筈だ。
 そう、微妙に間違っている臭い京都弁を使いこなすナギの婚約者――つまり、木乃香である。

「なぎやーん、誕生日おめでとなー」

 ちなみに、ナギの婚約者と表現したように対外的には そうなってはいるが……実際のところは、振りをしているだけに過ぎない。
 その証拠に「婚約者として修学旅行中は行動を一緒にする必要がある」とかナギが告げた時は、嫌な顔をしなかったが いい顔もしなかった。
 それに、ついで告げた「せっちゃんも一緒に行動することになった」と言う方には狂喜乱舞していたのを隠し切れていなかったくらいだし。

「これ、プレゼントやよー」

 さて、話を戻そう。軽い感じで木乃香は誕生日プレゼントをくれた訳だが……実は、その中身は非常にアツかった。
 何故なら、ガンプラだったからである。しかも、マスターグレードのシャアザクだったので、ナギは狂喜乱舞した。
 もう「所詮オレなんて お飾りの婚約者さ」とか卑下していた自分がバカらしくなったくらいに嬉しかった らしい。

(いやぁ、木乃香ってオレの趣味を ここまで理解してくれてたんだなぁ)

 とか、感無量だった。まぁ、那岐の趣味を理解しているのか、ナギの趣味を理解しているのか は不明だが。
 偶々ナギと那岐の趣味が合っていたのか? それとも、僅かな付き合いからナギの趣味を理解してくれたのか?
 未だに那岐の趣味や嗜好を理解できていない(する気がない?)ナギにとっては、非常に困難な問いである。

 まぁ、そんなナギの疑問など今は意味がないが。何故なら、今は疑問に頭を抱えるよりも木乃香に感謝を表明するべきだからだ。

「ありがとう、木乃香。本当に嬉しいよ。
 大切に作って、大切に塗って、大切に飾るよ。
 むしろ、ケータイで撮って待受にするよ」

 ナギは組み立てるだけでなく塗装までこなす軽度のモデラーだったので、非常に微妙な表現で喜びを表したのだった。

 うん、まぁ、木乃香がナギの言葉をすべて理解し、あまつさえ「出来たら見せてなー」とか言っていた件はスルーして置こう。
 ……こうやって問題は棚上げされて行くのだろうが、それがナギのクオリティなので仕方がない。仕方がないったら仕方がない。
 棚上げされた問題が後にトラブルを起こすまで棚上げされたことすら忘却される と言うオマケ付きだけど、仕方がない筈だ。

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 さて、図書館島と言うことで説明の必要もないだろうが……

 ナギが図書館島に来たのは、木乃香に呼び出されただけではない。のどかと夕映に会うためにも来たのである。
 当然ながら、木乃香と克ち合わないように約束の時間や場所には気を付けたが、それでも さすがとしか言えない所業だ。
 形だけとは言え婚約者と会った直後に他の女性とのアポイントを取ってあるのだから、さすがとしか言えないだろう。

 まぁ、そんな訳で、ナギは二人からもプレゼントをもらったのだが……正直、二人とも『重い』ものだったから困ったらしい。

 二人ともプレゼントの内容は本だったので、ある意味では とても『らしい』と言えるし、一見 問題ないように見える。そう、一見は。
 だが、のどかは物理的に重くて(無人島に持って行きたい本ベスト10)、夕映は内容的に重かった(実存主義についての哲学書)のだ。
 両方とも読み応えがありそうなので本好きなナギとしては嬉しいプレゼントなのだが、大量の本を抱えて学園を回るのは正直キツい。

 と言うか、これでは「階段を踏み外すイベントのフラグ」ではないか? そんな訳がないとも言えないのがナギのクオリティだろう。

「あのー、ナギさーん? 遠い目をして どーしたんですかー?」
「……もしかして、プレゼントが お気に召しませんでしたか?」
「あ、いや、違くて、運ぶのが大変そうだなぁって思っただけさ」
「そうですかー。そう言うことでしたら、運ぶのを お手伝いしますー」
「そ、そうですね。他の方からのプレゼントもあるようですし」
「いや、いいよ。一度 部屋に戻ればいいだけの話だからね」
「ですからー、部屋まで持っていくのを お手伝いしますー」
「そ、そうですね。贈った側の責任として そうすべきですね」
「いや、いいよ。これでも男だから余裕だよ(危険な予感がするし)」
「……そうですかー、それなら仕方ないですねー(チッ)」
「の、のどか? ――あ、いえ、何でもありません。わかりましたです」

 のどかの舌打ちが聞こえた気がするが、きっとそれは気のせいだろう。そうに違いない。

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 そんなこんなで、紆余曲折はあったもののナギは無事に図書館島を後にしたのだった。

 ところで、仮に のどかの口車に乗って――もとい、好意に甘えていたら、ナギはどうなったのだろうか?
 今度は「あの野郎、遂に女のコを二人も連れ込みやがった」とか噂される気がするのは、ナギだけじゃない筈だ。
 と言うか、のどかの狙いは それだろう。本を運ぶのを手伝って好感度アップ、などと乙女チックな訳がない。

 だが、ここは敢えて「そんな訳がないジャマイカ」と気にしない方が、ナギには幸せなのかも知れない。



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Part.04:気にしたら負けだと思う


 回るところが多いので、サクサクと行こう。

 そんな訳で、身も蓋も無く話を進めると、ナギが次に訪れたのは麻帆良教会である。
 当然、そこにいるのはココネと美空のシスターコンビであることは言うまでもないだろう。
 まぁ、不在である可能性はゼロではないが、約束があるので今回は その可能性はゼロだ。

 では、二人は どんなプレゼントを渡したのかと言うと……

 ココネは愛情がタップリ込められたと思われる「手作りの ぬいぐるみ」であり、
 美空はイヤガラセを疑いたくなる「美空オススメの乙女ゲームソフト」だった。
 ちなみに、そのソフトは美空がプレイ済みであることは言うまでもないだろう。

 いや、まぁ、有り難いことは有り難いのだが……さすがに これはヒドいだろう。だが、事実なので仕方がない。

 それに、美空はナギとは『友人関係』を貫くつもりなので、色気のある物を贈ることができないのだ。だから、仕方がない。
 むしろ、ソフトは「ナギには未プレイなもの」だったので、ある意味で中古と同じ様なものだろう。だから、きっと問題ない。
 ただし、美空がプレイした結果「これツマンネ。こんなんイラネ」とか言うことでナギに渡したのなら、最早 問題しか残らないが。

 ま、まぁ、美空のことは置いておこう。重要なのはココネだ。むしろ、ココネしか重要ではない気がする。

 いや、大切なことなので二回言ったが、本当に重要なのはココネだろう。何故なら、ココネのプレゼント(ぬいぐるみ)は小さなウサギだったからだ。
 ここでホワイトデーのこと(ナギがココネに『大きなウサギのぬいぐるみ』をあげた)を思い出していただきたい。勘のいい方ならピンと来ただろう。
 そう、二つは親子にしか見えないのだ。ココネがそれを想定して作ってくれた とか妄想したナギが喜びの余り卒倒し掛けたのは言うまでもないだろう。

 もちろん、ここで卒倒しようものなら美空に何されるかわからないから何とか踏み止まったらしいが。

(だって、美空なら『額に肉』なんて生易しいことはせずに、顔に『お経』とか書くからね。
 そして、耳の部分だけ書き忘れて『これなんて耳無し芳一?』とかツッコませるに違いないね。
 んでもって、満面の笑みを浮かべて『予想通りのツッコミ乙っス☆』とか言うに違いないさ)

 まぁ、我慢した理由はアレだが、我慢は大切だろう。ここで卒倒したら ただの変態でしかない。いや、もう既に充分 変態だが。

「いや、それは被害妄想も過ぎるんじゃないスか?」
「そうだヨ。ミソラはそこまで『は』しないと思うヨ?」
「え? でも、オレが寝たらイタズラはするよね?」
「まぁ、しない訳がないっスね。常識的に考えて」
「うん、そうだネ。ミソラなら絶対に何かしらするネ」
「……とりあえず、美空の前では寝るのは控えようと思う」

 ナギは そんなどうでもいいことを誓って麻帆良教会を後にしたのだった。

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 麻帆良教会を後にしたナギが向かったのは『赤の広場』である。つまり、待ち合わせの相手は愛衣と高音だ。

 二人からの誕生日プレゼントは、少々――いや、かなりナギを驚かせた。
 別に刹那の様に「もらえるとは思ってなかった」とか言う類の驚きではない。
 ナギが驚いたのは、その内容が「ナギを驚かせるに充分な物だった」からだ。

 ここで引っ張ってもいいことはないので、サッサと種明かしと行こう。

 高音のプレゼントは『女心が理解できる50の秘訣』と言う本と『相手に不快感を与えない会話法』と言う本だった。
 しかも「ホ、ホワイトデーの時は少しもらい過ぎましたので、そのお返しですわ!!」とか言うツンデレも添えて、だ。
 また、愛衣の方は「これから大変でしょうから、私が愛用していた教材を参考にしてください」とか言いながら、
 初心者向けの魔道書である『ゼロからわかる ― 超基本的な魔法理論と その応用 ―』をプレゼントしてくれた。

 まぁ、これだけなら、高音は本当にホワイトデーのお返しだし愛衣はイヤガラセとも気遣いとも取れるので、別に驚く程のことではない。

 そう、プレゼントは本だけでなく、本の後に「あと、これは二人からですわ」と本命の香水を渡されたのである。
 その香水がブランド物で それなりに高級だったことや、ナギの好みに合致する香りだったことも驚きだったが、
 何よりも驚きだったのは、「それほどでもない物を渡した後に それなりの物を渡す手法」がナギと同じだったことだ。

 ナギとしてはプレゼントを選ぶのに難航して苦肉の策でやった方法だったのだが……予想以上に効果的だったことを身を以って理解したのである。

 つまり、それなりに効果はあると思っていたが、やられてみて「予想よりも効果的だ」と驚いた訳だ。
 ナギは驚きと共に喜びを感じ、一種の感動を覚えた。具体的には、高音と愛衣が妙に可愛く見えたくらいだ。
 いや、愛衣のことはいつも可愛がっているので、いつも以上に可愛く見えた が正しい表現だろう。

 まぁ、高音についてはノーコメントにして置いて、ナギは次の目的地に意識を切り替えるのだった。

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 そろそろ疲れた来たが、まだナギの予定は終わっていない。ナギには まだ やるべきことが残っている。

 むしろ、ナギが やらずに誰がやると言うのだろうか(反語)? とか、勢い余って言っちゃうくらいだ。
 若干 意味がわからないが、とにかく、予定は残すところ あと2件なので、最後まで突っ走ろう。
 少しだけ突っ走り過ぎている気がしないでもないが、敢えて気にしない。と言うか、気にしたら負けだ。

 と言うことで、ナギがやって来たのは女子中等部の校門前である。

 まぁ、場所的には男子中等部から直で来た方がよかったのだが、時間的に『赤の広場』の後になったのである。
 ちなみに、下校ラッシュはとっくに終わっているので、人影はほとんどない。御蔭で周囲の視線を気にする必要はない。
 その点では、この時間に待ち合わせを希望した相手に感謝すべきだろう(まぁ、場所を変えればいいだけの話なのだが)。

「おっ、ナギっち。やっと来たね」

 ナギへの呼び掛けで既にお分かりだろうが、ナギを呼び出したのは元気な女子中学生、裕奈である。
 いや、正確に言うと、裕奈達とすべきところだろう(裕奈以外にも、亜子・まき絵・アキラもいるので)。
 と言うか、乙女の事情的に亜子が一人のケースは有り得るが、裕奈が一人のケースは有り得ないだろう。

 裕奈は にこやかな笑み(に見えるが実は邪な笑み)を浮かべながら、一抱え程ある包みをナギに手渡す。

「ほい、誕生日おめでとさん。これ、私達『三人』からね」
「ありがとう。と言うか、三人って? 四人じゃないの?」
「うん、これは私・まき絵・アキラの三人からの分だもん」

 じゃあ、亜子は どうしたのだろう? そう疑問に思ったナギが亜子を見ると、亜子はオズオズと包みを差し出していた。

「わ、私のは別になってるんです。う、受け取ってください」
「そうなんだ。(よくわかんないけど)ありがとね」
「い、いえ、ナギさんには いつも御世話になってますから

 何で別になっているのかは極めて謎だが、ナギは とりあえず礼を言って受け取って置く(もちろん、裕奈・まき絵・アキラにも礼は言ったが)。

 そんな訳で、気になるプレゼントの中身だが……何と、裕奈達からの分は「亜子の抱き枕カバー」だった。
 いや、亜子が所有していた訳でもないし使用していた訳でもない。何故か、亜子がプリントされていたのである。
 現実の知り合いの抱き枕カバーをもらっても普通は困る代物だ。中身を知ったナギが絶句したのは言うまでもない。

(そりゃあ、茶々丸からエヴァの抱き枕カバーをもらって喜んだ過去はあるけどさ)

 だが、あれはエヴァとは ほとんど面識がなかった時だったから、素直に喜べたし使えたのであって、
 知り合いになった今となっては、同じ物をもらっても「これは何のイヤガラセだよ?」とか思うだろう。
 抱き枕カバーは、アイドルとか萌えキャラとかの『直接的に関係ないコ』だからこそ使えるのであって、
 どう考えても『直接的に関係のあるコ』の抱き枕カバーは使えない。オカズにするのと似た感覚である。
 いや、中には「友達をオカズにするとか余裕」とか言う剛毅な方もいるだろうが、ナギにはできないのだ。

「フッフッフッ、ナギっちにはピッタリなプレゼントっしょ?」

 ドヤ顔で訊ねて来る裕奈に、ナギが殺意を抱いたは言うまでもないだろう。と言うか、発案者であろう裕奈にはオシオキが必要だろう。
 もちろん、そのオシオキとは、この場で行うのが憚れるような『セクシャルなオシオキ』である。むしろ、完全なセクハラである。
 春休みの時(9話)の『貸し』も含めてタップリネッチリとセクハラしたい所存らしい。まぁ、ナギはヘタレなので思うだけだろうが。

「? ゆーな、一体 何を贈ったん?」
「にゃっはっはっは……秘密にゃ!!」

 まぁ、亜子は知らない方がいいだろう。と言うか、知るべきではないだろう。裕奈達の友情的に考えて。
 思春期男子に抱き枕カバーを与える と言うことは、つまり『そう言うこと』だからだ。友情に皹が入り兼ねない。
 案外、相手がナギなので亜子は許容しそうだが……とにかく、できるだけ亜子に知られない方がいいだろう。

 どうでもいいことだが、裕奈の「にゃ」と言う語尾にナギは若干イラッと来たらしい。

 ところで、説明が遅れたが……亜子からのプレゼントは、洗練されたデザインの防水仕様な腕時計だった。
 実は、以前ナギが愛用していた腕時計はアルジャーノンでのバイト中(水仕事)に壊してしまったので、
 ナギとして密かに欲していたらしく、非常に嬉しかったらしい(しかも、デザインもナギの好みに合っていた)。

 そのため、ナギは「亜子の誕生日には それなりのものをプレゼントしよう」とか誓ったのだった。



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Part.05:祝福のパーティ

 舞台は変わって、ナギは最後の目的地であるエヴァ宅に来ていた。

「ナギさん、誕生日おめでとうございます」
「フン、誕生日くらいは祝福してやるそ、神蔵堂ナギ」
「とても おめでたいことですね、神蔵堂さん」

 最早 説明するまでもないだろうが、ナギはネギ・エヴァ・茶々丸から祝われていた。

 まぁ、茶々丸は祝っているのか は極めて微妙だが、祝っていることにして置こう。
 いくら茶々丸がナギを目の敵にしている とは言っても、目出度い席くらい抑えるむだろう。
 ナギを貶めるために空気を悪くすれば自分の評価を下げることくらい理解している筈だ。

「なるほどぉ。態々 時間指定で呼び出したのはパーティの準備をするためだったのかぁ」

 ナギの言葉通り、部屋(リビング)は飾り付けがなされており、まさにパーティの様相を呈していた。
 精神年齢は20歳を超えている筈なナギとしては、今更こんな風に祝われて気恥ずかしいだけなのだが、
 それでも祝われて悪い気はしない と言うか、むしろ嬉しいので、照れ隠しに得心したような振りをする。

「ちなみに、飾り付けをしたのはマスターです」
「なっ!? 茶々丸!! 余計なことは言うんじゃない!!」

 この会話だけで、茶々丸が不機嫌な理由をナギが理解したのは言うまでもないだろう。
 恐らくはエヴァが楽しそうに飾り付けをしていたのが悔しいのだ。実にわかりやすい。
 ちなみに、別に『楽しそう』とまでは言っていない。ナギがそう確信しているだけだ。

「ちなみに、料理はボクと茶々丸さんが作ったんですよー」
「へぇ、そうなんだ。(少し不安だけど)それは楽しみだね」

 国際的に見て英国人の味覚は信頼できないらしいが、ナギはネギを信じることにしたようだ。
 まぁ、毎日 木乃香の料理を食べているので それなりに舌が肥えただろう、と言う理由だが。
 ちなみに気になる結果だが、普通に及第点を出せるくらいの味だった、と だけ言って置こう。

「ま、まぁ、とにかく!! サッサと始めるぞ!!」

 エヴァが飾り付けの件を誤魔化す様にパーティの開始を宣言し、「茶々丸、例の物を出せ」と茶々丸にワインを持って来させる。
 まぁ、エヴァは外見的には幼女にしか見えないが、実際は600歳なのでエヴァがワインを飲んだとしても厳密には問題ではない。
 問題ではないのだが……どうも、絵的に幼女がワインを飲むのは不味い気がするため、ナギはついつい意味ありげに見てしまう。

 ……それを 物欲しげな目として理解したのか、エヴァは「フン、心配せずとも貴様にも飲ませてやる」と頷いた。

 そして、茶々丸に目配せをしてナギのグラスにもワインを注がせたため、ナギは期せずして御相伴に預かれることとなった。
 いや、そのこと自体は大した問題ではない。問題なのは、一人だけワインがもらえなかったネギが疎外感を覚えたことだった。
 当然ながら、ネギは「ボクには無いんですか?」と目で訴え、身内に甘いエヴァが その視線に耐えられる訳がなかった。

 そう、済し崩し的にネギにもワインが振舞われることになったため、酒精に彩られた幼女達がカオスな空間を作ってしまったのである。

「神蔵堂ナギ……貴様、私の酒が飲めんのか?」
「いや、飲んでるから。だから、泣くなって」
「泣いてない!! 涙ぐんでいるだけだ!!」
「いや、人はそれを泣いていると言うんだが?」
「うるちゃい!! つべこべ言わずに飲め!!」
「いや、うるちゃいって……あざと過ぎない?」

 エヴァは泣き上戸で絡み酒だったので、ナギにグダグダと管を巻き続けた。

「ナギさーん!! ボク、ナギさんが大好きなんですーー!!」
「うん、知ってるから。だから、そんなに引っ付かないで?」
「そんな?! 知ってて焦らしてたなんて……ステキ過ぎですー!!」
「うん、実に不思議な精神構造だね。意味がわからないよ?」
「えっへへ~~♪ そんなに褒めないでくださいよぉ」
「うん、褒めてないから……まぁ、貶してもないけどさ」

 ネギは抱き上戸と言いたくなるくらいナギに引っ付き、血迷った妄言を垂れ流し続けた。

「うふふふ、お兄様がいっぱいですー♪」
「いや、カモは どんな幻覚を見てるのさ?」
「うわっふぅ♪ パ~ラダイスです~~♪」
「うん、カラアゲあげるから静かにしててね?」

 最近すっかり存在を忘れていたカモは、妙な幻覚を見続けていた。

『ケケケ、コンナニ楽シソウナ御主人ハ久シ振リニ見タゼ』
「まぁ、その意味では、神蔵堂さんに感謝せざるを得ませんね」
『ヘッ、オマエモ ナカナカ素直ジャネーナ。難儀ナコトダゼ』
「……何を仰ってるんです? 私は欲望に忠実なつもりですが?」
『ケッケッケ……マァ、ソウ言ウコトニ シテ置イテ ヤルゼ』

 そして、素面だけどナギを助ける気の無いチャチャ姉妹は傍観し続けた。

 と言うか、茶々丸はナギを敵視しているから傍観しても仕方がない と言えば仕方がないが、
 チャチャゼロはナギの護衛の筈なので、傍観せずに助けてもいいのではないだろうか?
 まぁ、そうは思っても、言うだけ無駄だと理解しているナギは思うだけに止めたらしいが。

 そんなこんなで、このカオスな空間は幼女達が暴れ疲れて眠るまで続き、ナギの精神的&肉体的な疲労はステキな感じに仕上がったのだった。

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 ところで、それぞれの誕生日プレゼントの紹介をして置こう。

 と言うのも、ネギ達に酔いが回る前にネギ・エヴァ・茶々丸から誕生日プレゼントを受け取っていたのである。
 酔いが回ってからでは とてもではないが渡せるような余力がなかっただろう(カオス過ぎた)から、
 若干、ナギがプレゼントを催促した形になったが、結果を考えるとファインプレーだった としか言えない。

 と言うことで、まずはネギのプレゼントから紹介しよう。

 ネギのプレゼントは簡単に言うとネギ謹製の魔法具だったのだが……何と、修学旅行のために作ってもらった物ではなかった。
 しかも、それは「鼻の部分が赤いボタンになっている節くれだった木人形(つまり、某コピー□ボットのようなもの)」だった。
 以前に雑談として「コピー□ボットとか作れない?」と話したことを覚えていたようで、一生懸命 再現してくれたらしい。

 ちなみに、名称は『身代わり君Ⅱ』と言い、その独特なネーミングセンスから お分かりだろうが、ネギが命名者である。

 まぁ、効果の説明は必要ないだろうが……これは、鼻のボタンを押すだけでボタンを押した人間のコピーが作れる便利アイテムである。
 恐らく、相当 頑張ったのだろう。そう思ったナギは、ネギの頭をグリグリと撫でながら「本当にありがとう」と感謝を表わした。
 そしたらネギは とても幸せそうな表情で「えへへ~♪」とかニヤついていたので、ナギは若干 引きながらも信賞必罰を実感していた。

 では、次はエヴァのプレゼントを見てみよう。

 実は、エヴァのプレゼントも魔法具だった。まぁ、エヴァのはネギのと違って手製ではなかったが。
 とは言え、手製だからと言って効果が高いと言う訳ではない。むしろ、専門家が作ったものなので逆である。
 そんな訳で、エヴァのプレゼントは非常に有用なものだった。何と、影を使った『ゲート』を使えるのだ。
 代償として使用者(ナギ)の魔力やら体力やらが吸収される仕様だが、緊急脱出には持って来いの代物だ。
 ちなみに、名前は『ケルベロス・チェーン(命名者はエヴァらしい)』と言う実に香ばしい名前だとか。

 その形状はネックチェーンのようなアクセサリーだったので、ナギは常に身に付けて万が一に備えて置く予定らしい。

 どうでもいいが、そのことを礼と共に述べたら、エヴァが妙に勝ち誇り、ネギが妙に悔しそうにしていたのは……何故だろうか?
 恐らくエヴァは(ぼっちが長かったことによる弊害で大人気なくも)プレゼントを喜ばれたことが やたらと嬉しいのだろう。
 そしてネギは、エヴァのプレゼントの方がナギを喜ばせたような気がしたので単純に悔しいのだろう。きっと、そうに違いない。

 まぁ、深く気にしたら負けだと思うので、茶々丸のプレゼントに話題を逸らそう。

 茶々丸は「これは『秘蔵のコレクション』です、どうぞ」とか言いながらDVDをくれたので、恐らくは『お宝』なのだろう。
 ナギは「いやぁ、今夜は眠れないかも知れないなぁ」とかニヤニヤしていたらしいが……後に中身を確認して愕然とした。
 何故なら、それに録画されていた映像は『ネコちゃん達の日常シーン』だったからだ(ナギのショックは甚大である)。
 いや、ネコちゃん達は可愛いし、見ていて とても癒されることは確かなのだが、どうやらナギの期待は違ったらしい。
 まぁ、そうは言っても、そのことに文句を言える訳ではないので、その日のナギはネコちゃんを見て癒されたらしいが。

 そんなこんなで、グダグダしたパーティだったが、ちゃんと祝ってもられたのは久々な気がするナギは素直に喜んだ と言う噂である。



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Part.06:だから、受け取れない


 以上のような経緯を経たためか、ナギが帰宅したのは12時を大幅に過ぎた時間だった。

 非常に今更な話だが、ナギとしては明日からの修学旅行に備えて今日は早めに寝るつもりだったらしい。
 それなのに こんな時間までフラフラしていたのは何故なのだろうか? ……ナギの疑問は尽きない。
 あきらかにワインのせいだと思われるが、ワイン自体に罪はない筈なので、ナギの疑問は尽きないのだ。

(う~~ん、オレも『別荘』で休んでから帰ってくればよかったなぁ)

 エヴァもネギも酔いがヒド過ぎて、朝まで寝かせても まともに活動できるか怪しかったため、
 ナギは独断で二人を『別荘』に放り込んで来た(当然、世話役として茶々丸も派遣したが)。
 ネギと同じ空間で寝ることを危惧してナギは帰宅した訳だが、睡眠時間的に失策だったかも知れない。

 まぁ、これも今更だ。今更 悔やんだところで詮無きことなので、サッサと話題を変えよう。

 実はと言うと、ナギの部屋に荷物が届いていたことを確認したのである。
 差出人は不明だが、これまでの事情を考えると十中八九あやか だろう。
 と言うか、バレンタインの時の差出人不明も あやか だったに違いない。

(もしかしたら、ホワイトデーに何も返してないことも怒りの原因だったのかなぁ)

 当時は差出人がわからなかったので返そうにも返せなかったが、今は誰だか判明している。
 つまり、時期は遅れてしまったが、返そうと思えば返せるのだ。だが、ナギは それを善しとしない。
 何故なら、あやかはナギではなく那岐に贈ったからだ。ナギが返すのは何かが間違っているだろう。

 そして、それは今回のプレゼントにも言えることだ。

 どう考えても、あやかはナギにプレゼントしたのではない。あきらかに那岐に当てたプレゼントだろう。
 あんなこと(17話参照)があったにもかかわらずプレゼントしてくれたことに少々の疑問は残るが、
 ナギを那岐として認識していなくても、一応はナギも那岐であると認定してくれているのかも知れない。

 段々 意味が分からなくなってきたが、とにかく、ナギ宛でないのならナギは受け取れない。

 ナギに向けられたものなら、それが善意だろうが悪意だろうが好意だろうが敵意だろうが、ナギは遠慮なく受け取る。
 だが、那岐に向けられたものは受け取らない。いや、受け取れない。善意も悪意も好意も敵意も、悉くをスルーするだろう。
 ナギやナギの周辺に害を及ぼすような場合は対処するが、大した影響がないものは放置する。それが、ナギの基本方針だ。

 ……だから、あやか からのプレゼントは『そのまま』にして置くことにナギは決めた。

 単に問題を棚上げしたとも言えるが、現状のナギにはそれしかできないのも事実だ。
 いつか冷凍庫に保管してるチョコレートと一緒に那岐が受け取ってくれる日を待つしかない。
 まぁ、ナギが那岐の分も受け取れるようになる日が来るかも知れないが、現状は変わらない。

(あそこまで真っ直ぐに向けてくれる想いを踏みにじるなんてことはしたくないもんねぇ)

 ナギは歪んているため、歪んだ想いを向けられてもナギは何も感じない。
 ネギの「歪んだコンプレックスの代償である好意」は、向けられるだけ虚しい。
 のどかの「ナギを管理したいだけとしか思えない好意」も似たようなものだ。
 ナギが歪んでいるせいなのかも知れないが、それらはナギの心に響かない。

 だが、真っ直ぐな想いは どうしようもなくナギの心を打つ。

 真っ直ぐに向けられた善意や好意は、何とも言えない喜びと同時に妙な不安をナギに与える。
 真っ直ぐに向けられた悪意や敵意は、笑って遣り過ごすことはできるが、実は かなり傷付いている。
 言わば、ナギは影で這い蹲る惨めな存在なので、光に恋い焦がれて身も心も焦がされるのだろう。
 それ故に、あやか から向けられる真っ直ぐな好意も敵意も、ナギを容赦なく焦がしてしまうのだ。

 だから、ナギは あやかの『那岐への想い』だけは踏みにじれない。ただただ、現状を維持するだけしかできない。


 


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オマケ:今日もタカミチ


 ナギが部屋で苦悩を抱えている頃、学園長室には例の如く歓談に耽る近右衛門とタカミチの姿があった。

 ここで「いや、仕事しなくていいのかよ?」とツッコミたくなるかも知れないが、
 彼らには言うだけ無駄でしかないので、生暖かい目で見守って置くのが吉である。

「そう言えば、今日は那岐君の誕生日だった気がするのぅ」
「ええ、そうですね。記念すべき15歳の誕生日ですね」
「む? 余裕じゃのぅ? プレゼントはもう渡したのかの?」
「ええ、とっくに。那岐君は とても喜んでくれましたよ?」

 近右衛門はタカミチの反応から事情を推察し、タカミチはその推察をアッサリと肯定する。
 実に駆け引き甲斐の無いタカミチだが、それくらい浮かれている――もとい、気分がいいのだ。

「……ちなみに、何を贈ったのか訊いてもいいかの?」

 タカミチの上機嫌さが気になった近右衛門は訊き難そうに訊ねる。
 まぁ、当然ながら演技であり、実際には楽勝とか思っているが。
 もちろん、そんな本音を悟らせないのが近右衛門のクオリティだ。
 そして、そんな本音を悟ろうとしないのがタカミチのクオリティだ。

「図書券ですよ」
「図書券……?」

 タカミチはドヤ顔で答えたが……近右衛門には予想外だったのか、近右衛門は ついつい鸚鵡返しをしてしまう。
 深慮遠謀に富んだ老獪な近右衛門とて人間であるため、そう言った反応をしてしまうのは当然かも知れない。
 だが、上機嫌のタカミチを相手に「説明を促すような反応」をしてしまうのは悪手と言わざるを得ないだろう。

 何故なら……

「いえね、那岐君に何が欲しいか訊いたら『先生は多忙ですから図書券で充分ですよ』と答えてくれましたね。
 もちろん、いくら多忙の身なボクとは言え、那岐君のプレゼントを選ぶ時間くらいは取れたんですけどね?
 でも、そこまで気を遣われちゃ図書券をプレゼントするしかないじゃないですか? まぁ、ボクとしては(以下略)」

 何故なら「那岐君に気遣ってもらった」のが嬉しくて堪らないタカミチは、その自慢をしたくて仕方なかったからである。

 まぁ、本当に多忙なら「こんなところで駄弁っている場合ではないだろ、常考」とかツッコみたいが、
 最近 冷たく感じていた『那岐君』が気遣ってくれた とか勘違いしているタカミチには軽くスルーされるだろう。
 ちなみに、タカミチはネギクラスの担任であること とネギの隠れ指導員としての立場のため それなりに多忙だが、
 その多忙を理由に原作の様な「出張地獄」を回避しているため、実際は そこまで多忙ではない気がしないでもない。

「…………それはよかったのぅ」

 タカミチの自慢話は「だから3万円分くらいプレゼントしちゃいましたよ」と言う言葉で締め括られたのだが、
 それまでに延々と同じような内容が語られたため「やっと終わったわい」と言うのが近右衛門び本音である。
 また、「きっと、那岐君はタカミチ君のセンスに期待してなかったんじゃないかのぅ」と言う本音もあったが、
 それらを言っても余り意味がないことがわかっていたので、近右衛門は相槌を打つだけに止め、コメントは控えたらしい。

「ところで、学園長は何を贈ったんですか? と言うか、贈りましたよね?」
「ああ、大丈夫じゃ。ちゃんと『麻帆良チケット』を贈ったから、安心せい」

 一頻り話して満足したのか、タカミチは近右衛門に話を向けて来る。後半に少し力が籠ってしまったのは御愛嬌だろう。
 ちなみに、近右衛門が贈った と言う『麻帆良チケット』とは、1日分の欠席(遅刻早退は1/3欠席扱い)を無効化できる代物で、
 学生ならば咽から手を出る程に欲しがるものである(ちなみに『まほらば』のオークションでは1万円前後で取引されている)。

「ほほぅ……もしや、それは那岐君の要望ですか?」

 近右衛門が贈ったプレゼントの価値を知っているタカミチは、近右衛門が随分と奮発したことを理解している。
 そのため、表面上は にこやかに問い掛けてはいるが、その内心は穏やかではない。むしろ、荒れている。
 具体的には「まさか学園長も那岐君から気遣われたのでは?」とか勘違いの優越感が脅かされることを危惧している。

「まぁ、そうと言えば そうなのじゃが……今回の件での報酬も含まれておるんじゃよ」

 そんな事情を見抜けない近右衛門ではない。近右衛門は やんわりとタカミチの勘違いを否定する。
 もちろん、そもそもの勘違い(那岐君に気遣われた)の方は否定せず そのまま放置しているが。
 何故なら、面白いから――ではなく、言わぬが花だからだ。幸せな勘違いは正す必要はないのである。

(しかし、那岐君を勘違いし過ぎなのは問題かも知れんのぅ。あの子は、ちょっとばかり腹黒過ぎじゃ)

 ナギの言動を好意的に解釈するのは目を瞑るが、余りにも好意的に解釈し過ぎる場合は苦言を呈さざるを得ない。
 何故なら、ナギが近右衛門にしたのは「麻帆良チケットの要望」などではなく「脅迫に近い強請」だったからだ。
 今は まだ可愛げがあり強請なので大した問題ではないが、将来的には とんでもないことになるのは簡単に想像が付く。

 近右衛門はナギとの『交渉』を思い出しながら苦笑し、「だからこそ楽しみなんじゃがな」と黒い笑みを混ぜる。

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「学園長、一体どう言うことでしょうか?」

 時間は遡って、4月18日(金)の夕方(つまり、19話 Part.01の後)のことだ。
 突然 学園長室に訪ねて来たナギが開口一番に告げたセリフが上のものだった。
 ちなみに、ナギの表情は笑顔だが、どう見ても貼り付けたような笑顔だったらしい。

「ふむ? それは一体 何の事かの?」

 当然ながら、近右衛門はナギが憤っていることも その理由もわかっている。
 わかっているが、ナギと『会話』をするために敢えて惚けているのである。
 相手がわかっているからと言って話が順調に進む訳ではないことを教えるためだ。

 そして、そんな近右衛門の『思惑』が理解できるため、ナギは苛立ちながらも『会話』をするしかないのである。

「決まっているでしょう? オレへの伝達がキチンとなされていない件ですよ。オレの情報を流された件はともかくエヴァの件はヒドくないですか?」
「確かに那岐君には いろいろと伝えてないことがあるのぅ。じゃが、あの程度の情報を自力で得られんようでは『西』に利用されるだけじゃぞ?」
「仰りたいことは わかります。情報の扱いを学ばせたいのでしょう? ですが、ホームなのにアウェイ並なのは少し遣り過ぎではありませんか?」
「那岐君の言う通り、自陣と敵陣では事情が異なるのは確かじゃな。じゃが、そもそもの問題として、ここが自陣じゃと いつ決まったのかのぅ?」
「…………あ~~、確かに決まってませんでしたね。そう言う意味では、学園長先生は味方だ と勝手に判断していた こちらの落ち度になりますね」
「そうじゃろう? 人間は思い込んでしまうと自分でも思い込んでいることに気付かん生物じゃからのぅ。思い込まんように注意が必要じゃぞ?」
「仰る通りですね。信じる気持ちは尊いですが、妄信はいけませんよね。そして、疑うのは大切ですけど、疑心暗鬼に取り憑かれるのも危険ですよね」
「その通りじゃ。何事も『過ぎたるは猶 及ばざるが如し』じゃよ。中庸とまでいかんでも、何事も『程々』にバランスを保つのが肝要なんじゃよ」

 近右衛門が単にイヤガラセで連絡を怠ったのではないことくらい、ナギとて理解していた。

 敵が情報を開示してくれる訳がないため、『西』の上層部と渡り合うのに情報収集の練習をさせていたのだろう。
 当然、情報の扱いなど短期で身に付くものではないので、修学旅行のためではなく その先を見越してのことだが。
 まぁ、修学旅行前に「情報収集は大切なものだ」と教えるくらいのつもりはあっただろうが、本命は『将来』だ。
 遠くない将来、ナギは木乃香を娶って『西』のトップに立つことを期待されている。それ故の『愛の鞭』なのだ。

「……御忠告、痛み入ります。今後は『程々』に信じたり疑ったりすることにしますよ」

 ナギの情報収集能力は、関係者になったばかりであることを考えると及第点以上だが、敵は そんな考慮をしてくれない。
 だからこそ、近右衛門は敵の立場を演じてナギに教えたのだ。少しでも早く能力を高めなければ味方すらいなくなる と。
 それを理解したためナギは深々と頭を下げて礼を言う。礼を言葉にはしていないが、その態度で礼を言ったのだ。

「では、今回の修学旅行で『西』に良い様に踊らされないためにも、エヴァを加えた新しい護衛プランを話し合いたいのですが……よろしいですか?」

 ナギは確認の形を取ってはいるが、半ば強制であることは言うまでもなだろう。
 当然ながら、近右衛門にその申し出を断る理由は無い。むしろ、望むところだ。
 そのため、近右衛門は「うむ、別に構わんぞい」と鷹揚に頷いた……のだが、

「あっ、ですが、その前に『ちょっとした雑談』がしたいんですけど、いいですよね?」

 近右衛門は鷹揚に頷いて話を進めたかったのだが、言い出したナギの方から即座に水を差されてしまう。
 当然、近右衛門の内心は面白くはないが、情報収集の件でナギに多少の負い目を感じていたため頷くしかない。

「む? まぁ、『ちょっとした雑談』程度なら構わんが…… 一体、何の話かの?」
「恐らく御存知だとは思いますが……オレ、来週の月曜日が誕生日なんですよね?」
「ああ、確か そうじゃったのぅ。じゃが、それが一体どうしたと言うのかのぅ?」
「自分から言うのも厚かましいとは思いますが、オレ麻帆良チケットが欲しいんですよねぇ」
「…………じゃから、それが一体どうしたと言うかのぅ? 因果関係がサッパリじゃぞ?」
「平たく言うと、誕生日のプレゼントとして麻帆良チケットをいただきたいんですよね?」
「じゃから、君に麻帆良チケットを贈らねばならん理由がわからん と言っておるんじゃが?」
「つまり、学園長先生は昨日の餌云々の話(18話 Part.03)を木乃香に聞かせたい、と?」
「む? 言っている意味がよくわからんのじゃが……君は何を言っておるのかの?」
「実を言いますと、オレのケータイって録音機能があるタイプなんですよねぇ」
「ほほぉう? 当然ながら、データのバックアップはしてあるのじゃろう?」
「ええ、当然です。ちなみに、直ぐにでも木乃香に聞かせられるように手配済みですから」
「フォッフォッフォッフォッフォ……麻帆良チケットは10枚くらいでええかのぅ?」
「ハッハッハッハッハ……ケチ臭いことは言わずに100枚程 用意していただけませんか?」
「フォッフォッフォッフォッフォ。それは ちと欲張り過ぎなんじゃなかろうかのぅ?」
「何を仰ってるんですか? 度重なる仕打ちを これでチャラにする と言ってるんですよ?」
「……じゃが、そもそも『木乃香に聞かせても構わん』とワシが言ったら どうする気じゃ?」
「そうですねぇ……仮定の話ですが、しずな先生へのセクハラ行為の証拠を高畑先生に――」
「――よぉし!! 京都行きへの餞別、と言うことで ここはドーンと奮発してしまおうかのぅ!!」
「さすが学園長先生ですね!! オレにはできないことを平然とやってのけてくれますね!!」

 そこから始まった雑談は ほとんど脅迫でしかなかったが、近右衛門は「予想以上に腹黒いのう」とナギのの評価を上方修正したらしい。

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「そうですか……」

 そんな事情を露程も知らないタカミチは、安堵した空気を隠すことなく相槌を打つ。
 知らぬが仏とは言うが、無知は罪とも言う。この場合が どちらなのか は誰にもわからない。
 わかっているのは、既に賽は投げられたため流れは誰にも変えられないことだけだ。

 だからこそ、今は祈ろう。修学旅行の果てに勝利の女神がナギに微笑むことを……


 


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後書き


 ここまでお読みくださってありがとうございます、カゲロウです。
 以前から「改訂した方がいい」と言う意見が多数あったので、改訂してみました。


 今回は「修学旅行前の息抜きの筈が最終的にはシリアスになっていた」の巻でした。

 イントロダクションでも書きましたが……本来なら修学旅行に突入するべきだったかも知れませんが、
 原作にも「明日菜の誕生日ネタ」がありましたし、12話の亜子のセリフで伏線を張ってしまったので、
 今回は敢えて主人公の誕生日の話にしてみました(若干、失敗した感はありますが気にしたら負けです)。

 ところで、話は変わりますが、弐集院先生の娘さんは原作にも存在してます。単行本の16巻でチョロっと出てます。

 あと、麻帆良チケットの元ネタは『ドラゴンチケット』です。わからない方は軽くスルーしてください。
 ちなみに、わかる方は「つよ○すネタ多いな」とお思いになるかも知れませんが、スルーしてください。
 余り認識していませんでしたが、どうやらボクは つ○きす が好きみたいです。非常に どうでもいいですが。


 ……では、また次回でお会いしましょう。
 感想・ご意見・誤字脱字等のご指摘、お待ちしております。


 


                                                  初出:2009/12/31(以後 修正・改訂)



[10422] 第21話:修学旅行、始めました【改訂版】
Name: カゲロウ◆73a2db64 ID:552b4601
Date: 2013/03/16 22:08
第21話:修学旅行、始めました



Part.00:イントロダクション


 今日は4月22日(火)。

 ナギ達は今日から4泊5日で京都へ修学旅行の予定である。
 ちなみに、本日の予定は以下の通りになっているが、
 世の常として予定通りに事が進むとは限らない。

  09:00 大宮駅に集合
  09:50 あさま506号に乗車
  10:16 東京駅着
  10:26 ひかり213号に乗車
  12:59 京都駅着
  14:00 清水寺を見学(16:00終了)
  16:30 旅館に向けて出発
  17:00 旅館着

 まぁ、予定通りに進む可能性もない訳ではないが。



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Part.01:修学旅行に向けて


 現在時刻は8:30。集合時間までは まだ充分に余裕がある時間だ。
 だが、イベント事のお約束として大宮駅には ほとんどの生徒が集合していた。

(まぁ、普段なら時間ギリギリに来るタイプのオレが言えた立場ではないけど)

 もちろん、ナギは修学旅行が楽しみだから早めに来た……訳ではない。
 ネギの『モーニングコール』で叩き起こされたうえに急かされただけだ。
 ナギとしては もうちょっと惰眠を貪りたかったが できなかったのだ。

「おはよっす、神蔵堂――って、朝っぱらから暗いけど、どーしたんだ?」

 ナギが「言っても無駄だが、心の平穏のために言わざるを得ない愚痴」を心中で呟いていると、
 クラスメイトにして同じ班のメンバーである、サッカー部の田中が話し掛けて来た。
 既に何度も出ているので、サッカー部の田中と言う紹介だけで最早 説明の必要はないだろう。

「いや、あんまり眠れなかっただけだから大丈夫だよ」

 さすがに「心の中で愚痴ってました」なんてことを言える訳が無いので、ナギは事実のみを田中に告げる。
 気遣われたことは嬉しくない訳ではないのだが、だからと言って正直に事情を話す訳にはいかないのだ。
 と言うか、ネギ云々の話をしても、妬まれるか生暖かい同情をされるか なので話さない方が賢明なだけだが。

「そっかぁ。神蔵堂でも修学旅行は楽しみなんだなぁ」
「ん~~(微妙に違うけど)、まぁ、そう言うことかな」

 どうやら田中は「ナギが興奮して眠れなかった」と解釈しているようだが、ナギは敢えて訂正しない。
 何故なら、訂正するのが面倒だからだ。と言うか、訂正しようにも うまい言い訳が思い付かないのだが。
 下手な言い訳をして薮蛇になるくらいなら、多少 不本意でも勘違いされたままの方がいい と言う判断だ。

「それはともかく、他の班員は? みんな来てるの?」

 やや強引な気はするが、いつまでも引っ張る話題でもないので、ナギは話題を変える。
 ちなみに、ナギが他の班員のことを気にしたのはナギが班長だからだ。他意はない。
 班長にされたこと自体は不本意だが、それでも最低限の責任は全うするのがナギなのだ。

「うん、もう来てるよ」

 ナギの意図(寝不足の話題を続けたくない)を察したのかは不明だが、
 田中は強引な話題の転換を気にすることなくナギの問い掛けに答える。
 ナギが ちょっとだけ田中に感謝したのは、ここだけの秘密である。

「そっか。じゃあ、ヒゲグラに報告して来るよ」

 ナギは一応の確認のために田中の視線を追って班員の姿を確認した後、神多羅木に班員が揃ったことを報告しに行く。
 本来は点呼の時に報告すればいいことだが、ナギの場合は神多羅木に話があるので今のうちに報告して置くのだ。
 そう言う意味では、神多羅木と話していても違和感を持たれないので班長にされたことは都合がいいのかも知れない。

 ところで、今まで後回しにしていたが……いい加減に ここら辺で班員の紹介をして置こう。

 まず、わかりきっているところから紹介して行こう。つまり、サッカー部の田中である。
 敢えて紹介して置くと、フルネームは「田中 利彦(たなか としひこ)」と言って、
 ニックネームは当然ながら「トシ」だ。噂では、超高校級のシュート力を持っているらしい。
 将来は「東洋の大砲(オリエンタル・キャノン)」とか言う異名も頂戴することだろう。
 ちなみに、ホワイトデーの時に告って玉砕したと思われていたが、告る前に自爆したらしい。

 そして、次は初出となる「平末 和弘(ひらまつ かずひろ)」だ。

 名前でピンと来た人もいると思うが、田中の親友で天才的なサッカーセンスを持つらしい。
 しかも、頭脳明晰で運動神経も優れているうえルックスも良い と言う高スペックを誇る
 のだが……残念と言うか何と言うか、そのすべてを台無しにする『性癖』を持っているようだ。
 まぁ、もったいぶっても仕方が無いので身も蓋も無く言うと、田中の後ろの穴を狙っている感じだ。
 もちろん、田中は そのことに気付いていない。だからこそ、親友関係を築けているのだろう。
 まぁ、薄氷の上を歩む友情ではあるが、これも性春――ではなく、青春だろう。多分、きっと、恐らくは。

 さて、そんな訳で次に進むが……次の人物も初出ながらも名前でピンと来るだろう。

 まぁ、わかる人には予想通りな人物、「白井 憲次(しらい けんじ)」である。そう、白井氏だ。
 メタになるが、当初は無理矢理臭い名前(四良石)だったけど、改訂を機に名前を変更したのである。
 では、紹介を続けよう。白井氏もサッカー部に所属しており、田中・平末と仲が良いらしい。
 ……ここで説明が終われば「そのまんま」だけど、ここで説明が終わらないのがミソである。
 何と、白井氏は野性味に溢れたナイスガイなのだが、重度のロリコンで田中の妹を狙っているらしい。
 もちろん、田中は気付いていない。普通に面倒見がいいだけだと思っているので、友情を育めるようだ。

 そんなこんなで、サッカー部トリオについては深く触れないのが賢明だろう。

 そのため、いろいろとツッコミたい気持ちを抑えて他の班員の紹介に移ろうと思う。
 まぁ、そうは言っても、他の班員達は既出なので、大した紹介はしないが。

 そう、他の班員はフカヒレと宮元である(と言うか、他に既出な男子生徒はいない)。

 フカヒレも紹介の必要は無いだろうが、せっかくなので紹介しよう。本名は「鮫島 新一(さめしま しんいち)」と言うのだが、
 最近ではフカヒレと言う呼称が定着した(呼び始めたのはナギだが広めたのは宮元)ため、フカヒレとして認識されるようになったらしい。
 どうやら本人は「シャーク」と呼ばれたかったようだが、それはそれで微妙なので まだネタにできるフカヒレで定着した と言う噂だ。
 まぁ、そこら辺は置いておくとして……紹介を続けると、結構な情報通でサッカー部トリオの裏事情をナギに教えたのはフカヒレである。
 特に平末の『性癖』についての情報は いろいろな意味で とても有り難かったので、ナギはコッソリとフカヒレに感謝しているらしい。

 最後に、宮元についてだが、やはり「長髪でケツアゴでアツ苦しい」と言う紹介しか思い浮かばない。

 あとは、口癖が「イヤオォオオ!!」と言うことや意外とメンタルが弱いことも紹介すべき事柄かも知れないが、
 元ネタがわからない人が圧倒的に多いだろうから、何を言っているのかサッパリ意味がわからないことだろう。
 だが、元ネタがわからなくても特に問題はないので安心して欲しい。何故なら、宮元は重要なポジションではないからだ。

 と まぁ、そんな訳で班員の紹介は終わった訳だが……果たして、こんな紹介でよかったのだろうか?

 18話Part.02で紹介するのをサボったツケを払う必要があったので紹介自体はしなければならなかったのだが、
 酷いメンツと表現してしまっただけに、もっと酷いメンツを期待されていたら少し微妙かも知れない。
 だが、ナギと亜子の関係を考えると田中は田中で大変だし、田中が絡むと平末も平末で大変だし、
 ナギがロリコンと誉れ高くてネギやエヴァと交友のあることを考えると白井氏も白井氏で大変だし、
 交換条件で のどかの情報を求めて来たことを考えるとフカヒレもフカヒレで大変な気がしてならないし、
 メイド萌えを公言して憚らない宮元が茶々丸のメイド姿を見たかも知れないので宮元も宮元で大変に違いない。

 と言うか、冷静に考えてみると、ナギを含めて大変なメンツしかいないのではないだろうか?


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―― ネギの場合 ――


 え~~と、言うまでも無いでしょうけど……今日からの修学旅行、ボクはちょっと複雑なんです。

 そりゃ、ナギさんと一緒に旅行できるのは素直に嬉しいですよ?
 旅行は新しい一面が見えたりしますし、思い出も作れますからね。
 ですが、旅行中にコノカさんの御実家にお邪魔する必要があるので、複雑なんです。

 あ、いえ、コノカさんは「日本でのzお姉ちゃんみたいな存在」ですから、コノカさんの御実家にお邪魔すること自体は別に問題じゃないですよ?

 ただ、それが「ナギさんがコノカさんの婚約者としてお邪魔する」ので、問題なんです。
 い、いえ、きっと、ナギさんは拒否したら「コノカさんの恋人の振りをしたことがバレる」とか、
 もしそうなったら「コノカさんが またお見合いさせられて困るのではないか?」とか、
 そう言ったことを危惧したから受けたんでしょうけど……それでもボクの胸中は複雑です。

 それに、ボクとナギさんに課せられた「特使としての任務」も困ったものなんです。

 実は、これって「ボクの課題の一環」としか思えないうえに一般人を危険に巻き込む可能性が高い内容ですので、
 エヴァンジェリンさんの時(13話)に学園長と結んだ「今後は一般人を巻き込むような課題は控える」と言う『契約』を使えば拒否できたんです。
 ですが、『ナギさんが』受けてしまったために「ボクの課題の一環」とは言えなくなり、それ故に拒否ができなくなっちゃったんです。
 きっと、ナギさんにはボクには窺い知ることもできないような、深慮遠謀に富んだ考えがあるんでしょうけど……
 ナギさんを危険に晒したくないボクとしては「特使としての任務」を断って欲しかったのが偽らざる心情なんです。

 ですから、せめてできることをしよう、と思ったんです。

 そのために、危険に備えて魔法具を用意しました(ナギさんに頼まれたからでもありますけど)。
 そのために、早めに起きてナギさんを『念話』で起こしたりしました(ナギさんはお寝坊さんなんです)。
 まぁ、正直に言うと、下心が無かった訳ではありません。やっぱり、ナギさんに誉めてもらえるのは嬉しいですからね。
 ですが、ナギさんのお役に立ちたい と思う気持ちはウソではありません。それだけはウソである訳がありません。
 ボクは心の底からナギさんの希望を叶えたいと考えていますし、ナギさんを邪魔するモノすべてを取り除きたいと考えていますから。

 言うならば、すべてはナギさんの御心のままに……ですね。


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―― 刹那の場合 ――


 はぁ、ついに始まってしまいましたね、修学旅行。

 お嬢様と共に公然と過ごせるのは嬉しいんですが、西の反東派達の動きが心配です。
 腐っても西に所属しているのだから、お嬢様に手荒な真似はしないとは思いますが……
 それでも、何かの間違いでお嬢様が怪我を負ってしまう可能性がない訳じゃないです。

 もちろん、別に那岐さんを心配していない訳じゃないですよ? 那岐さんも心配ですよ?

 ただ、那岐さんは事情を知っているうえに危険を承知で修学旅行に参加していますから、
 きっと私なんかが考えも付かないような『凄い対策』を用意している筈ですから、
 事情も危険性も理解していない お嬢様よりは、心配じゃないと言うか、そんな感じなんです。

 むしろ、私なんかがヘタに心配したら、「心配すんな」って怒られちゃいそうです。

 更に言うと、逆に「そんなせっちゃんの方が心配なんだけどねぇ」とか苦笑してくれる気がしますね。
 そしてそして、私が「だから、せっちゃんて呼ばないでください」とか怒った振りをすると、
 那岐さんは私をからかうように「だって、せっちゃん は せっちゃん じゃん」とか言って……

 って、私は何を考えているのでしょうか?

 私の任務は お嬢様と那岐さんを お守りすることであり、
 那岐さんとキャッキャウフフな会話をすることじゃありません!!
 そりゃあ、そう言った会話で気分転換することも時には大事ですけど、
 だからと言って、そんな浮ついた心ではお二人を守れる訳がありません!!

 あの時、私は この身に代えてもお二人を守ると誓ったのですから……


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―― のどかの場合 ――


 最近、何だか影が薄いような気がしますが……別に何もしていなかった訳じゃないですよー?

 今回の修学旅行で『決定打』を打つために暗躍――もとい、事前準備を入念にしていましたからねー。
 これでナギさんもイチコロって言うか、ライバル達を一網打尽って感じでナギさんをゲットできる予定ですよー。

 だから、この修学旅行を手薬煉引いて待っていたって感じですねー。

 最近の周囲の動向を見ていると、桜咲さんが再び要注意になってますからねー。
 ここら辺で決着を付けて置かないと、心配で心配でナギさんを監禁したくなっちゃいますよー。
 さすがに監禁は『最終手段の一歩手前』ですから、できるだけ穏便に片付ける予定ですー。

 あ、念のために言って置きますけどー、私は束縛するよりもされたい方なので、本当は監禁はしたくないですよー?

 ただ、ナギさんを他のコに盗られるくらいならば、そんな手段も辞さないと言うかー、
 何て言うか「私のものにならないならいっそのこと……」って感じですからねー。
 もちろん、『それ』は『最終手段』ですので、最悪でも監禁に止めておくつもりですけどー。

 まぁ、桜咲さんも魔法関係者っぽいので、その関係で親しいだけかも知れませんけどねー?

 それでもー、念には念をって言いますからねー、
 桜咲さんを注意して置くに越したことは無いですねー。

 ……当然ですけど、ココネちゃんも春日さんもエヴァンジェリンさんも、そして いいんちょさんも要注意ですよー?



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Part.02:事件は唐突に


 唐突に背筋がゾクッとしたナギは「もしかして、風邪でもひいたのかな?」などと暢気に構えていた。

 さすがに「もしかして、悪寒を感じたのかも知れないなぁ」とか言う想定はしなかったようである。
 それが普通の反応だろう。いくら何でも「痴情の縺れで殺されるかも?」とは想定しない筈だ。
 まぁ、ナギの女性関係を考えると想定して然るべきかも知れないが、それは気にしないで置こう。

 むしろ、ナギにはやるべきことがたくさんあるので、サッサと話を進めるのが吉だろう。

「クックックッ……これで終わりだ。観念しろ、神蔵堂!!」
「甘い!! トラップカード発動!! 『恐怖のカエル地獄』!!」
「な、なんだってーー!? このタイミングで それかよ?!」

 勝利を確信していたフカヒレに対し、ナギは『場』に伏せてあったカードを引っ繰り返すことで起死回生の一手を打った。

 言うまでもないだろうが、これが「ナギのやるべきこと」である訳がない。
 フカヒレにカードゲームを挑まれたので、仕方なく相手をしているのである。
 ちなみに、ゲームは『マジック・ザ・ハンティング』と言う名前らしい。

「クックックッ……『梅雨時のメモワール』が仇となったな?」
「くっそーー!! またもやハメられたぁああ!!」

 どうでもいいが、ナギの言葉の意味は「先程フカヒレが発動したトラップをトラップで逆襲した」と言うことである。
 単にトラップを発動するだけよりも相手のトラップを利用した方が、威力も精神的ダメージも大きいので癖になりそうだ。
 まぁ、「下げてから上げる」の逆用で「上げてから下げる」のも効果的である と言うことだろう。地味に酷い話だが。

 ところで、このゲームの名称が いろいろと秀逸過ぎる件には触れてはいけないに違いない。

「くっそ~~。神蔵堂、お前ちょっと強過ぎだ。もっと手加減しろ、手加減」
「手加減はいいけど……とりあえず、カードを使うタイミングを考えたら?」
「いや、これでも考えているんだぜ? デッキもコンボしやすい構成にしてるし」

 何だか14話Part.02で同じようなセリフを聞いたことがあるが、ナギは敢えて気にせずに話を進める。

「いや、引いたカードを そのまま使い過ぎだと思うけど?」
「でもさぁ、ゲームには『流れ』ってもんがあるだろ?」
「だから、その『流れ』に備えて手札を残して置くんでしょ?」
「いや、でも、いつ来るかわからん『流れ』を待つのはなぁ」
「まぁ、その気持ちは わからないでもないけどねぇ」

 そこを待てないからトラップに引っ掛かるのだろう。と言うか、ナギとしては『流れ』は誘導するものなのでピンと来ない。

 そんな どうでもいいことを話していると、女子車両の方から「キャーー!? カエルーー?!」と言う悲鳴が上がった。
 まぁ、考えるまでもなく、原作にもあった西側の反乱分子による妨害工作(と言うか、ただのイヤガラセ)だろう。
 ちなみに、『女子車両』と表現したように、男子と女子の座席は車両そのものが別れているので甘酸っぱさは皆無である。

「……どうやら、女子の方で何かあったようだね」
「いや、落ち着いている場合じゃなくね?!」
「そう? 何かあってもヒゲグラとかがどうにかするでしょ?」
「そ、そりゃそうかも知れないけどさ!!」
「それに、オレ達に何ができるのさ? 下手すると混乱を助長するだけだろ?」
「まぁ、確かに その通りだけどさ……」
「それとも何? まさか、野次馬でもしたいの?」
「い、いや、そんな訳じゃないさ!!」
「だったら、ここは教師達に任せてジッとして置くべきだよ」

 最初は取り乱していたフカヒレだったが、ナギの言葉を聞いているうちに どうにか落ち着く。

 ちなみに、ナギ達の会話を聞いていた周囲の男子達も落ち着いたようだが……
 亜子だと思われる悲鳴もあったからだろう、田中は速攻で女子の方に行ってしまった。
 想定の範囲内でしかないナギにとっては、田中が余計なことをしないか の方が心配なくらいだ。

「ってことで、オレはトイレに行って来るから」

 ナギとしても どう言うことなのか はわからないが、このまま座席に留まっている訳にはいかないので仕方がない。
 まぁ、女子車両とは逆の方向に向かったので「トイレに行く振りして女子車両の様子を見に行った」とは思われないだろう。
 とは言え、男子までパニックに陥ることを避けたかっただけなので、今更そう思われてもナギに不都合はないのだが。

 もちろん、ナギは実際にトイレに行く訳ではないのは言うまでもないだろう。


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―― ネギの場合 ――


 先程、突然 列車内にカエルが大量に発生しました!!
 具体的に言うと、108匹もいました!! 大漁です!!
 あ、何で数がわかるのかと言うと、捕まえて数えたからです。

 ちなみに、ボク一人で捕まえた訳じゃないですよ? クラスの皆さんや先生達と一緒に捕まえました。

 ところで、その際にササキさんが「カエルは凍らせなきゃ!!」とか言っていたんですけど、
 アレは何だったのでしょうか? もしかして、日本には そう言った風習があるのでしょうか?
 ボクの知っている風習だと、カエルはお尻からストローを突っ込んで膨らませる筈ですけど……

 って、話が逸れましたね。

 まぁ、そうは言っても、そもそも本題はカエルが大量発生したことではありませんが(あくまでも前振りです)。
 だって、カエル騒ぎが終結した隙を狙われて「ボクが持っていた親書」を、敵の『式神』と思われる燕に奪われたんですから。
 そっちの方が大事と言うか、本題はそっちで蛙騒ぎは本題の前振りでしかない とわかっていただけたと思います。

 ちなみに、何で こんなに落ち着いているのかと言うと、正確には「奪わせた」って言った方が正しいからです。

 ナギさんから事前に受けていた「魔法的なトラブルが起きた時は『親書』を確認し、敢えて奪わせろ」と言う指示の通りです。
 それと「奪われた後は適当に追い駆ける振りをしろ」と言う指示も受けてますので、現在は それを実行中と言う訳ですね。
 まぁ、ナギさんが どんな思惑で そんな指示をしたのかは ボクにはわかりませんけど、ボクは指示通りに動くだけですから……

 って、あれ? 追い駆ける振りをするのはいいんですけど、いつまで続ければいいんでしょうか?

 今は まだ電車の中を飛んでいるので問題ないですが、電車から出た場合はボクも出るべきなんでしょうか?
 さすがに箒(飛行の補助具)もなしに新幹線から飛び出すのは ちょっとばかり躊躇しますね……
 いえ、別にできない訳ではないですよ? ただ、こんな序盤で魔力を無駄遣いするのも どうかと思うだけです。

 と言う感じに思考が駆け巡った時、ナギさんから『念話』が入りました。



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Part.03:過信は身を滅ぼす


 天ヶ崎 千草(あまがさき ちぐさ)は予想以上に事が運んだことに浮かれていた。

 当初は「楽しみにしている修学旅行を ちょっと混乱させてやろう」程度に考えてカエルを放つイヤガラセをしたのだが、
 特使のガキンチョ(ネギ)が愚かにも無防備に親書を露出させたために親書を奪うことにし、それが成功したのだ。
 棚から牡丹餅と言うか、鴨が葱を背負って来た と言うか、千草にとっては幸運尽くしだったので浮かるのも仕方がない。

 だが、浮かれていては足を掬われる。それがわからぬ程、千草は愚かではない。

 一応、「親書を奪ったら直ぐにダミーを作ってダミーを追わせ、本物はコッソリ回収する」と言う策を弄したとは言え、
 特使のガキンチョだけでなく他の魔法使い達も あの場にはいたのに、こんなに うまく事が運ぶのは怪しい事この上ない。
 そのため「これは何らかの罠なのではないか?」と千草は疑いを持ち、入手した親書をジックリと『調べて』みる。

 すると、チンケな罠――不用意に開封すれば呪いが掛かる と言う罠が発見できた。

(ハッ!! この程度の罠、ウチが見抜けんとでも思うとったんやろか?
 そうやったら、随分とナメくさってくれますなぁ……さすがは東のボンクラ共や。
 この程度の罠に掛かるのは、ひよっこか油断した中堅くらいやろな)

 そう千草は鼻で笑い、難なく呪いを無効化する。

 東の長(近右衛門)は呪術にも秀でていると誉れ高いが、所詮は「西洋魔術士の中で」でしかない。
 掛けられていた呪いは それなりに高度なものであったが、呪術の専門家である千草には児戯に等しかった。

(……そもそも、ヤツ等はウチ等をナメくさり過ぎなんや。
 こんな『紙切れ』でウチ等が どうこうなる訳ないやろ?
 こんなんで どうにかなるなら、もう既に どうにかなっとるわ)

 千草は「ただの紙切れ」になった親書を握り潰しながら毒を吐く。

 そもそも、東と西の確執は親書一枚で どうにかなる問題ではない。
 むしろ親書だけで どうにかなる程度の問題なら、とっくに解決している。
 何せ、東西のトップが義理とは言え親子関係にあるのだから。

 それでも、親書と言う形式には それなりの価値がある。そのために、千草は強奪したのだ。

(しかし、特使が あんなガキンチョっちゅーのもナメ過ぎやな。英雄の子か何か知らんが、あんなガキンチョを特使にするなんて信じられひん。
 そのうえ、そのガキンチョのパートナーとか言うんも、そこら辺にいるアホガキと変わらんような間の抜けてそうなガキやったしな。
 更に、特使としての役割っちゅーのも『東西のため』とかやなくて、ガキンチョが一人前になるための『課題の一つ』やっちゅー話なんやから、
 ウチ等を随分と低く見とるのか、ガキンチョを買い被り過ぎとるのか……まぁ、どちらにしろ、御蔭で難なく事が進んだことには感謝しとるがな)

 千草は仕入れた情報と目撃した状況を思い出し、更に憤りを燃やしていく。

 そもそも、東から魔法使い達が来るだけでも充分に腹立たしいのに、それに加えて特使として派遣されたのが子供だと言うのだ。
 いくら英雄の子とは言え子供に課題として特使をやらせるなど、東を快く思わない者にとっては「舐めるのも大概にしろ!!」と思うことであり、
 千草も そう思ったために今回のイヤガラセ(ついでに親書の強奪)を決行したに至ったのである。そう、火に油を注いだのは東なのだ。

(ククク……この紙切れが本当に盗まれたことがわかった時、あのボンクラ共はどんな顔をするんやろか?)

 思うところはあるが、慌てふためく東側の魔法使い達と反東の突き上げを食らう西側上層部を思うと溜飲が下がる。
 それに、必死に追い駆けていたガキンチョや稚拙な罠を仕掛けて安心している(としか思えない)アホ共を嘲笑いたくなる。
 今頃、ヤツ等は こちらが罠に掛かるのを今や遅しと待っていることだろう。その罠が既に解除されていることも知らずに。

(……ところで、コレには何が書かれとったんやろな?)

 そう言った背景と思わぬ大成功、そして罠を破ったことにより千草の心は緩んでしまった。
 そのため、千草は直ぐに破棄する予定だった親書を好奇心から開封してしまったのである。
 それが、致命的なミスであることに気付くこともなく、自ら進んで墓穴を掘削し突入したのだ。

 ……………………………………
 ………………………………………………
 …………………………………………………………

  パァァン!!

 数車両 離れた位置で耳を劈くような音を確認した時、ナギは予定通りに事が進んだことに思わずホッと胸を撫で下ろした。
 田中のイレギュラーな行動が心配だったが、どうやら田中は亜子が気絶したのを知ってアタフタしていただけだったらしい。
 まぁ、情けない と言えば情けない話だが、下手なことされて計画を狂わせられたくなかったので、ナギにはグッジョブである。

 ところで、ナギが席を立った後の経緯を この機会に説明して置こう。

 ナギは『念話』でネギから状況を報告させた後、ネギに「適当なところで力尽きた振りして、後は困った振りをしてて」と指示を出した。
 それだけである。それだけのことをやってしまえば、後は『時』を待てば自動的にトラップが発動する と言う寸法だったのである。
 そして、『時』は――ナギが仕掛けたトラップに相手が引っ掛かる『時』は訪れ、先程の「パァァン!!」と言う快音が響き渡った訳だ。

 予想は付いておられるだろうが、ナギが仕掛けたトラップは『スタングレネード』である。

 とは言っても、当然ながら「普通のスタングレネード」ではない。ハカセに依頼して作ってもらった、ハカセ謹製の逸品だ。
 何故なら、普通のスタングレネードは音響と閃光によって対象者をショック状態にして数秒間だけ意識を失わせる手榴弾だが、
 ハカセの作ってくれたモノは、そもそも手榴弾の形状を成していないし(封筒に入る程度の超薄型の直方体をしているのだ)、
 音響と閃光だけでなく催眠ガスも同時に放出するため(気絶させた後に眠らせることで)数時間も相手の意識を奪うことができるのだ。

 まぁ、「そんな代物を作れるか!!」とかツッコミたい気持ちはわかるが、茶々丸を作ったくらいなので可能なのだ(と納得して欲しい)。

 ちなみに、普通なら こんなありきたりと言えば ありきたりなトラップに引っ掛かる訳がない とお思いになるだろう。
 だが、親書を持っていたのが子供(ネギ)であり、その親書に「それなりの呪術的なトラップ」が施されていたため、
 親書を奪ったと思い込んでしまった相手は「盗まれた時の対策も無駄になったな」とか判断して油断してしまったのである。

 それに、「特使がネギの課題である」と言う情報を敢えて流したし、その証拠としてネギ一人に追い駆けさせて途中であきらめさせた。

 更に言うと、護衛達はネギの補助をするのが目的ではなく一般人(木乃香も含む)が巻き込まれた場合の手段、と言う情報も流して置いたし、
 ナギはフカヒレと遊んだり騒ぎが起きても特に動かなかったりすることで「パートナーになっただけで何もできない一般人」を装っていた。
 つまり、ナギは相手が本命のトラップに引っ掛かるようにミスリードを駆使していたのである(ある意味では、ミスリードがトラップだろう)。

 ……ここまで説明すれば もう説明するまでもないだろうが、せっかくなので親書自体についても説明して置こう。

 当然ながら、ネギに持たせて(盗ませた)親書は、ナギが用意して置いたダミーに過ぎないため、
 相手が親書を強奪した直後に廃棄したり、相手が本命のトラップを見破っていたりしたとしても、
 結局は「ダミーに引っ掛かった」ことになるので、最低限のトラップは成功していたことになる。
 それに、呪術的なトラップにしても、近右衛門が「失神させる程度に抑えてくれた」ものなので、
 仮に呪術的トラップが発動していても(快音は鳴らないが)相手が気絶することには変わりなかっただろう。

 まぁ、特製スタングレネードに引っ掛かってくれるのがベストな結果なので、現状がナギには願ったり叶ったりの結果らしいが。



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Part.04:神蔵堂ナギの遣り方


「さっきの爆発音は何だ!?」
「売り子さんが倒れてるわよ!!」
「一体、何が起こったんだ?!」

 ナギが爆発現場(正確には炸裂音がしただけで爆発はしていないのだが、大多数が爆発と認識しているため こう表現する)に駆け付けると、
 人垣を形成した野次馬が口々に好き勝手なことを喚いている中心で「車内販売の格好をした女性 = 千草」が一人だけ倒れていた。ナギの思惑 通りに。

「まさか……テロだったんじゃ!?」

 そのためナギは用意して置いたセリフを驚愕と恐怖をブレンドして叫ぶ。
 たったこれだけで、ナギのトラップは作動する。作動してしまう。
 まぁ、正確にはトラップと呼んでいいか わらかない手法なのだが。

「「「「「な、なんだってーー!?」」」」」

 野次馬達の驚き様は少し過剰に思えるが、これは時期を考えると無理もない。
 この頃、つまり2003年の頃は同時多発テロの影響でテロが警戒されている時期だからだ。
 ちょっとしたテロの可能性だけで、テロなのではないか と疑ってしまう風潮だったのだ。

 つまり、ナギがしたことは煽動――テロへの恐怖を煽っただけだ。

 その程度でも、テロ事件が記憶に新しい人々は充分に効果があった。
 テロの可能性を指摘されただけで、テロがあったに違いないと確信する程に。
 そのため、「倒れている女性」はテロの被害者となるのは当然のことだろう。

(だけど、そんな想定はオレが許さない。何故なら、この女性は敵対者だからね)

 快音をテロのせいにして警察と言う第三者を巻き込む。これで反東は動きにくくなるため、それはそれで効果的な手だろう。
 だが、ナギは それだけのためにテロのせいにした訳ではない。と言うか、ナギは その程度の結果だけでは物足りない。
 だからこそ、ナギは もう一言を付け加える。ナギの望む結末を導くために、最後のトラップを発動する一押しを付け加える。

「しかし、何で この女性だけが倒れているんでしょうか? ――まさか、実は この人は誤爆させた犯人なのでは?!」

 冷静に考えたら「そんな訳がない」とじゃ反論されて終わりな推論だろう。だが、恐怖に支配された人間の思考は軽く麻痺しているため有効なのだ。
 思考が麻痺した人間は実にチョロい。それっぽいことを言われたら、何の疑問もなく思考を誘導されてしまうくらい、精神的に無防備なのである。
 だからこそ、穴のある推論でも堂々と言われてしまうと簡単に信じてしまうのだ。つまり、女性は被害者から加害者へ格上げされてしまう訳だ。
 それが有効なのは この場にいる野次馬だけなのだが、目撃者として勝手に触れ回って外堀を埋めてくれるため第三者にも説得力が増すだろう。

(だから、後は放って置くだけでいい。オレのやるべきことは もう何もない)

 ところで、女性が敵対者ではない可能性について考慮されていない とお思いになった方もいるだろう。
 確かに、トラップに気付いた敵対者が廃棄した親書を拾ってしまって巻き込まれた と言う可能性や、
 敵対者が発動させたトラップに巻き込まれてしまったうえ敵対者だけが仲間に連れて行かれた と言う可能性もある。

 だが、今回に限っては、そう言った可能性はゼロだ。決して起こり得ないと断言できる。

 何故なら、エヴァが 女性の『記憶』を読んで(ナギが駆け付けている間に)報告していたからだ。
 だからこそ、女性はナギの敵対者――ナギが仕掛けたトラップに引っ掛かった千草で間違いないのだ。
 と言うか、敵対者だと確信していなければ、いくらナギでもテロリストに仕立て上げるなんてことはしない。

 と言うことで、その時のエヴァとナギの会話(『念話』だが)を紹介して置こう。

『おい、神蔵堂ナギ。無事に犯人の記憶を読めたぞ』
『それは お疲れ様。それで、どうだったの?』
『うむ。掛かったのは天ヶ崎 千草とか言う呪術士だ』
『念のために訊くけど、親書を取り戻してくれた味方、じゃないよね?』
『最初に犯人と言っただろう? この女が騒ぎと盗みの張本人で間違いない』
『まぁ、そりゃそうか。あ、他に情報は手に入ったのかな?』
『まぁ、近衛 木乃香を拉致して利用する などの計画を拾えたが……』
『拾えたが? 歯切れが悪いね。何か問題でもあったの?』
『あ~~、いや、基本的に行き当たりバッタリでな?』
『ああ、つまり、まともな計画ではなかったってこと?』
『まぁ、平たく言うとな。何せコイツは立案者のクセに実行者だからな』
『あ~~、なるほど。それじゃあ、協力者については何かわかった?』
『まぁ、実行の協力者ならば拾えたのだが……』
『つまり、資金面や情報面での協力者は不明ってことだね?』
『ああ。「今のまま」で拾えるのは それが限界だな』
『そっか。そう言うことなら仕方ないね。今回はあきらめよう』
『……「全力で」拾えば、もっと引き出せる可能性はあるぞ?』
『いや、いいよ。計画が拾えただけでも充分さ。後で詳細を教えて』
『ふむ、貴様が そう言うのなら、この場は これで引き上げよう』
『こめんね。エヴァの実力は まだ知られる訳にはいかないんだよ』
『ああ、わかっているさ。「切り札は取って置くもの」なのだろう?』
『まぁ、そう言うことだね。いやぁ、理解があって助かるよ』

 会話から お分かりだろうが、現在エヴァの魔力は制限された状態にある。

 理由は説明するまでもないだろうが、敢えて説明すると「情報を伏せて置きたいから」だ。
 敵に真の情報を与えてもいいことはないので、偽の情報で満足してもらいたいのである。
 だからこそ、エヴァに魔力を封印してもらって最後の最後にしか解放しないように頼んでいるのだ。

 それ故に、エヴァは千草の記憶を読むのに魔力を解放できず、得られた情報が中途半端なものになってしまったのだが。

 しかし、敵対者か否か を知るのが最低限の目的であったので、中途半端でも特に問題はない。
 と言うか、原作との相違を確認したいだけなので、ここで無理して情報を得る必要はない。
 むしろ、ここはエヴァの擬態を隠し通す方が重要なので上々の結果だ と言うべきだろう。


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―― エヴァの場合 ――


 神蔵堂ナギへの伝達を終えた私は己の席に戻った。

 すると、隣の席にいた茶々丸が「マスター、如何なさいましたか?」と訊ねて来た。
 と言うか、何を言っておるのだ、この従者は? 如何も こうも一仕事終えて来ただけだろうが。

「いえ、妙に楽しそうな お顔をなさっておられましたので……」

 私の疑問を読み取ったのか、茶々丸が言い直す。
 と言うか、楽しそう だと? 楽しそうな訳が……
 あ~~、ま、まぁ、あながち間違いではないか。

「フン、少々楽しめそうだと思っただけだ」

 私は茶々丸に内心を悟られないように、素っ気無く聞こえるように言い放ったのだが、
 茶々丸の生暖かい視線と薄ら笑いから察するに、恐らくはバレバレなのだろう。
 まったく、つくづく私は身内に甘いと思わされるな。身内の前では冷徹になりきれん。

 それに比べて、あの男は実に腐っているな。自分を慕っている小娘を平然と利用できるのだから……

 最初、ヤツから魔力の制限を打診された時は、正直に言って「何を考えておるのだ?」と正気を疑ったものだ。
 だがしかし、ヤツの計画を聞いて その不審も消えた。いや、ヤツの案に乗ってやろうと思った、と言うべきだな。
 まさか、小娘を囮にして敵対者を罠にハメてしまおうなどとは……身内に甘い私には到底できん考え方だよ。

 まぁ、その腐った精神は好ましくは無いが、だからこそ興味深いとも言えるな。

 私には できん考えを平然と考え付き、私には できんことを平然とやってのける。
 そこに敬意も好意も抱けないが、その効果を考えれば否定するどころか評価するさ。
 私には私なりの『誇り』があるが、それを他者に強要する程 狭量ではないからな。

 ……たとえば、ヤツから依頼された『敵対者の確認』も私には考え付かない策だったな。

「そう言えば、相手の心を読む魔法とかってあるんだっけ?」
「まぁ、あるにはあるが……それがどうしたのだ?」
「いや、修学旅行の時に使いたいなぁって思ってさ」
「ふむ。つまりは、尋問の代わりに使いたい訳か」
「うん、まぁ、平たく言うと そうなるかな?」
「残念だが、レジストと言うものがあるので無理だ」
「レジスト? と言うと、魔法に対する抵抗ってこと?」
「そうだ。特に精神系は 余程 実力差がないと抵抗されるんだよ」
「つまり、エヴァの魔力が制限されている状態だと無理ってことか」
「まぁ、そう言うことだな」
「……それじゃあ、相手を抵抗し難くすることはできないかな?」
「まぁ、心神喪失状態にするなどで可能と言えば可能だが……」
「だが? 歯切れが悪いね。何か問題があるの?」
「何と言うか、そう言う状態にする魔法も抵抗されやすいんだよ」
「ああ、なるほど。押しても引いてもダメってことか」
「だから、私の実力を隠したいなら『記憶探査』はあきらめることだな」

 私は魔法使いとして考えるまでも無い結論(「魔力の隠蔽」か「情報の収集」か、どちらかしか選べない)を下すが、ヤツはあきらめなかった。

 数秒程 考え込んだ後、「いや、いい手を思い付いたよ?」と不敵に笑い、科学的手法で相手の意識を奪うことを提案して来たのだ。
 聞かされてみれば子供でも考えられる単純な話だが、魔法関係者には思い付かない手だろう。いや、「思い付こうとしない」と言うのが正しいな。
 魔法関係者は押し並べて科学技術を軽んじているからな。魔法を前座として扱って科学を本命とするトラップなど思い付くのを拒否するだろうさ。

 まぁ、科学と魔法のハイブリット(茶々丸)と言う例外もあるが、それでも「魔法の素人」でなければ、考えも実行もしようとしない手だ。

 そして、『記憶探査』をしたことを悟らせないために(『遠見』で様子を見られないようにするために)野次馬と言う「肉の壁」を用い、
 更に『記憶探査』が終了して相手を敵だと確定できた後は、その野次馬を扇動して相手を爆発事件の首謀者(テロリスト)に仕立て上げ、
 あまつさえ その前提条件のために小娘を囮として利用していたのだから……最早 脱帽するしかない程に『腐っている』としか言えんよ。

 ……だが、そこが興味深いのだよ、神蔵堂ナギ。

 言わば、貴様は醗酵途中のワインだ。腐り方を誤ればクズになるが、腐り方によっては上物に化ける。
 腐っているとしか言えん その性根がどんな風味を醸し出すようになるのか? ……実に興味深いよ、お前は。



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Part.05:まだまだ始まったばかりだ


 さて、あの後のことをサクッと説明して置こう。

 千草は次の停車駅で『重要参考人』として警察に引き渡された……のだが、それはナギの扇動だけで「そんな扱い」になった訳ではない。
 と言うのも、彼女の服装(車内販売の格好)が大きく影響しているからだ。車内販売の格好で発見された段階でピンと来た方もいただろうが、
 彼女は本物の車内販売ではなく変装をしていたたけなので「電車内をうろついていても不審がられない姿をして不審なことをしていた」と思われたのだ。

 まぁ、そう言う意味では、すべてが「計 画 通 り !!」と言う訳ではない。

 だが、結果としてはナギの思惑通りに事が進んでいるので、とりあえずは順調と言っていいだろう。
 と言うか、修学旅行は まだ始まったばかりなので、この時点ですら思惑から外れていては困るのだが。
 何故なら、既に原作を無視しまくっているので、原作知識は参考程度にしかならない状況だからだ。

 それはそうと、話は変わるが……原作で千草の式神(燕)を切り伏せた刹那だが、ここでは特に何もしていなかった。

 蛙の片付けは手伝ったが、ナギに言われた通り親書は放置していたのである。まぁ、一部始終を陰ながら見守っていたようだが。
 その証拠に、千草が連行されていく姿を確認した後に「あのような対策をしているとは……さすがです!!」と輝く瞳でナギを賞賛していた。
 確かにナギの狙い通りに事が進んだのだが……どう考えても褒められない手段を用いたので、ナギとしては そんなに賞賛されると居心地が悪い。

 あまつさえ「警察の目がありますから、これで西の過激派達は迂闊に お嬢様に手が出せなくなりましたね!!」とかマンセーする始末だ。

 ナギは策士を自負してしまうような男だが、さすがに「公権力を抑止力に使う」なんてことまでは狙っていない。
 いや、少しくらい利用しようとしたことは認めるが、それでも あからさまに利用しようとした訳ではない。
 どちらかと言うと、テロリストに仕立て上げて捕まえさせたのは「武力制圧するよりはマシだろう」と言う理由の方が強い。

(うぅ……せっちゃんの真っ直ぐな瞳がイタ過ぎるよぉ)

 ところで、非常に今更な気がするが……仮にも西側の人間を警察に引き渡してしまったのは よかったのだろうか?
 考えてみれば「関係者は関係者で裁く」と言う暗黙のルールがあるかも知れないので、後々 問題になり兼ねない。
 まぁ、計画を知っているエヴァが止めなかっし、一部始終を見ていた神多羅木達が静観しているから大丈夫だとは思うが、
 もしかしたら、エヴァはルールを知らなくて神多羅木達はナギに責任を取らせるつもりかも知れないので注意は必要だ。

 それ故に、不安になったナギは神多羅木に「もしかして警察に引き渡さないように手を打つべきだったんですか?」と訊いてみた。

「いや、その必要はなかっただろうな。彼女が何者であるのか、我々は『知らない』のだからな」
「そりゃそうですけど……西側の人間じゃないかなぁって予想は付いていますよね?」
「まぁ、確かに お前の言う通りだが、あくまでも想像でしかないからな、問題にはならないさ」
「つまり、確証がないのに犯罪者を助ける訳にはいかない とか言う詭弁を弄する訳ですね?」
「ああ、そうだな。『誰かさん』がテロリストとしての嫌疑を掛けてくれたから余計にな」
「いえいえ、『不審な爆発事故』の現場にいた人ですからねぇ、『念には念を』ってヤツですよ?」
「そうだな、何故に親書が爆発したのか とても不審だが、『疑わしきは罰せよ』ってヤツだよなぁ」
「ええ、公共の交通機関で爆発騒ぎ起こしちゃうような輩の逮捕に貢献するのは国民の義務ですよ」
「そうかも知れないな。ところで、お前に『自首をしろ』と言いたくなるのはオレだけだろうか?」
「まぁ、その場合は『特待生としての立場から学園長先生に脅されたんですぅ』とか自白しますけどねぇ」
「……ほほぉう? つまり、最終的にはオレの監督責任が問われるので下手にお前を売れない と言う寸法か?」
「さて、どうでしょうか? オレの保護者は高畑先生ですから、責任の在り処は微妙なところじゃないですか?」
「いや、担任としての立場に加えて『担当』としての立場もあるから。あきらかにオレが責任を取らされるな」
「ああ そう言えば、オレの『担当』って先生だったんですよねぇ。つまり、オレ達は運命共同体ですねぇ?」
「まぁ、そうなるな。だが、そうは言っても、余りにも お前が遣り過ぎた場合はスケープゴートにするがな」
「なるほど。具体的には『片棒を担がされるより、監督責任を問われた方がマシ』と言う場合とか、ですね?」
「それがわかっているなら、無茶はするなよ? もしくは、オレに迷惑が掛からないように無茶をしろよ?」
「うわーい、実に有難い お言葉ですねぇ。もう、本当にありがとうございます としか言えませんですよ」

 まぁ、返って来た反応も その後の会話も酷過ぎるが、それは いつものことなのでスルーして置こう。

 どうでもいいが、『担当』に関して以前には触れなかったが、ネギの担当はタカミチであるようだ
 ネギ本人には知らされていないが、そもそも担当制度すらネギは知らないので仕方がないだろう。
 ちなみに、愛衣と高音はガンドルフィーニであり、ココネと美空はシスター・シャークティらしい。

 ナギとしては神多羅木以外になってもらいたかったらしいが、世の中は思い通りにいかないものなので仕方がない。


 


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オマケ:天ヶ崎 千草の疑惑


 少し時は過ぎ……某県某警察署では、ひかり213号で起きた「不審な爆発事件」の重要参考人に対する取調べが行われていた。

「それで? 一体、何が目的で爆発騒ぎなど起こしたんだ?」
「せやから言うてるやろ? あれはウチが起こしたんちゃうって!!」
「そうか。それでは、何でアンタは爆発現場で倒れていたんだ?」
「せやから、ウチは巻き込まれただけやって言うてるやろうが!!」

 刑事と思われる中年男性が容疑者――ではなくて、重要参考人の女性に問い掛け、重要参考人の女性がそれに抗議する。

「ほほぉう? 巻き込まれただけ、ねぇ」
「何や、その引っ掛かる言い方は?」
「いや、どうも君の服装が気になってね?」
「服装? 爆発と何の関係が――あっ!!」

 重要参考人の女性――天ヶ崎 千草は自分で言っていて重要なことに気が付いた。

「確かに、アンタの言う通り、直接的には関係ないね。
 だが、アンタは車内販売員ではないのだろう?
 それなのに、何故そんな格好をしていたんだ?」

 中年男性の指摘する通り、爆発と千草の服装に直接的な関係は無い。だが、不審な爆発現場に不審な人物がいたことは、充分に関係があった。

「そ、それは……」
「それは?」
「しゅ、趣味や!!」
「……そうか」

 さすがに「ウチは西の呪術師で、東の魔法使いにイヤガラセするため」とは言えない。

 そんなこと言っても信じてもらえないし、信じてもらえても それはそれでいろいろと不味い。
 具体的には、西から「天ヶ崎 千草なんて知らない」と切られてしまい兼ねない。
 だが、だからと言って、その服装を「趣味でしている」と言い張るのは無理が有り過ぎだった。

 そんな趣味を公共の場でやっちゃっている段階で充分に問題があるからだ。

「そ、そんな哀れなモノを見るような目でウチを見るなや!!」
「いや、どんな反応をすべきか困ってしまってねぇ」
「そこは『そんな訳ないやろ』ってツッコんだらええやろ!?」
「いや、そんなことをすると『暴力を振るった』とか言われ兼ねんからねぇ」
「それでも、この微妙な空気を打開するのが『優しさ』やないんか?!」
「そんな優しさを持ち合わせていないし、そんな状況じゃないんだよねぇ」

 中年男性は「誰か取調べ変わってくれないかなぁ?」と本気で悩みながら、事なかれ主義全開の発言をする。

 それに対する千草は「善良な一般市民をテロリスト扱いしくさって……この国家の犬がっ!!」と思いつつも必死に無実を訴え、
 こんな事態になった原因である東に対して「こんな目に遭わせてくれたボンクラ共に復讐したる!!」と復讐心を燃やすのであった。

 まぁ、公共の場でカエル騒ぎを起こしたため、常識的に考えればテロリスト扱いされても文句は言えないのだが。


 


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後書き


 ここまでお読みくださってありがとうございます、カゲロウです。
 以前から「改訂した方がいい」と言う意見が多数あったので、改訂してみました。


 今回は「タイトル通り、修学旅行編が始まりました」の巻でした。

 どうやら今回は主人公の策がうまく作動した訳ですが、親書に施したトラップのネタって他の作品と被っていませんよね?
 いえ、ボクなりにチェックした限りでは、ダミーを盗ませるとかって対処は あったんですけど、
 魔法的トラップを囮にして科学的トラップで相手を無力化するって言うのはなかったと思うんですよ。
 なので、もし被っていたら、「パクった訳じゃありません!! 偶然です!!」と予防線を張って置きます。

 ところで、ネギが「特使役を断われた」って考えている件ですけど、たとえ断わっても修学旅行自体は行われるので余り意味はありません。

 特使を快諾した代わりに護衛を増加させられた と考えると、むしろ、木乃香を護衛するのに不安が生じるだけの結果になり兼ねません。
 上層部で決まったことは現場レベルの問題で覆すことができないことをネギは理解していないのです(特に組織をまたがった問題ですし)。
 主人公は それを理解しているので、条件の名目でアレコレ理由を付けて西側から護衛を出させたのです(エヴァは彼の功績ではありません)。

 ……説明不足を後書きで補填するなって話ですね。


 では、また次回でお会いしましょう。
 感想・ご意見・誤字脱字等のご指摘、お待ちしております。


 


                                                  初出:2010/01/11(以後 修正・改訂)



[10422] 第22話:修学旅行を楽しんでみた【改訂版】
Name: カゲロウ◆73a2db64 ID:552b4601
Date: 2013/03/16 22:08
第22話:修学旅行を楽しんでみた



Part.00:イントロダクション


 引き続き、4月22日(火)、修学旅行一日目。

 ナギ達の乗った「ひかり213号」は不審な事故が起きたものの予定通りに京都駅に着き、
 現在のナギ達はクラス毎に別れてバスに乗り込んでおり、次の目的地である清水寺への移動中であった。



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Part.01:ガイドさんは京美人


 若かりし頃のタカミチの手に引かれ、オレは長い階段を上がっていた。

 まぁ、手を引かれていたのは途中までで、途中からはタカミチに背負われる形になったのだが。
 つまり、子どもの足では上り切れないくらい階段は長かった と言うことだ。
 具体的には、100段くらいは自力で上れたが その時点で頂上は見えてすらいなかった感じだ。

 そんなこんなで、幾つもの鳥居(その階段は踊り場ごとに鳥居を構えていた)を越えて上り切った先には大きな門があった。

 その門は妙な威圧感を持っており、まるでオレ達の来訪を拒んでいるかのようだった。
 背中から降りたオレは、その門を前に萎縮したのか、思わずタカミチの手を握り込む。
 するとタカミチは優しく しかし 力強くオレの手を握り返すと、門の向こう側へオレを誘う。
 そして、タカミチに手を引かれるまま門を潜ると、そこには広大な日本庭園が広がっていた。

「やぁ、いらっしゃい」

 オレ達の来訪に気付いたのか、庭園の先――屋敷から人影が現れる。そして、その人影は軽く微笑みながらオレ達を歓待してくれる。
 門から感じた拒絶感とは裏腹に住人(恐らくは、家主だろう)に歓待されたことに、本音と建前が見え隠れしている気がするが。
 それはともかく、その人影は黒髪を逆立たせた男性で、眼鏡を掛けていて――って、あれ? この人どこかで見たことあるかも?

「お久し振りです、詠春さん」
「はじめまして、えいしゅんさん」

 タカミチは懐かしそうに挨拶し、那岐は ぎこちなく挨拶する。どうやら、この人は『詠春』と言うらしい。
 って、詠春? 確か、詠春って木乃香の父親の名前じゃなかったっけ? って言うことは、ここは木乃香の家なの?
 いや、そうじゃないな。それも大事だけど、もっと大事なことがある。それは那岐が『はじめまして』と言ったことだ。
 何故なら、雪の時(16話Part.01)に那岐と詠春は顔見知りみたいな話や詠春のところに行く話もしていたからだ。
 それなのに、初対面であるかのように那岐は振る舞っている。つまり、明らかにつじつまが合わない、と言うことだ。

「……うん、『はじめまして』だね、那岐君」

 詠春は寂しさと悲しさが混ざった様な表情で那岐に返答する。その内心には何が渦巻いているのだろうか?
 仮に、那岐が雪の時から今までの間に詠春を忘れていたら、詠春の表情も頷けるし、つじつまも合う。
 だがしかし、タカミチは苦々しそうな表情をしているので、その想定は恐らく間違っているに違いない。

「おとうさまー、おきゃくさまなんー?」

 那岐は気付いていないようだったが、その場には微妙な空気が流れていた。少なくとも、大人二人は気まずそうな雰囲気だった。
 だが、子どもには そんなこと関係ない。それを体現するかのように現れたのは、長い黒髪と幼いながらにも整った顔立ちをした幼女。
 まぁ、間違いなく幼い頃の木乃香だろう。上質な日本人形を思わせる可愛さに、お兄さんは少しだけドキドキしてしまうくらいだ。

「ああ、そうだよ。ご挨拶なさい」
「はじめましてー、このえ このか ですー」

 詠春に促され、ほがらかに自己紹介する幼女な木乃香。
 うん、よくできたねー、とか言って頭を撫でてあげたいねぇ。
 だから、麻帆良に帰ったら存分にココネを愛でようと思う。

「……はじめまして、かぐらどう なぎ ですj

 しかし、それに比べて那岐は無愛想だよねぇ。可愛げってもんがないよ、可愛げってもんが。
 まぁ、自分で自分を可愛いとか評価するつもりもないので、可愛げがなくても問題ないんだけど。

「ふ~~ん、じゃあ、なぎやん やな?」
「…………なぎやん?」
「だって、なぎっていうんやろ?」
「まぁ、そうだけど……」
「じゃあ、なぎやんでええやん」
「……まぁ、そうだね」

 うん、無邪気な木乃香と無愛想な那岐のチグハグさがいいねぇ。

「…………やはり、君は行くのかい?」
「ええ、それが『那岐君』のためだと思いますから」
「そうか。ならば、彼のことは任せて置きなさい」
「ありがとう、ございます……」
「気にしないでくれ、アイツとの約束でもあるのだから」
「そう、ですね。それでは、よろしくお願いします」

 ところで、子供を放置して大人同士で会話しているけど……何か、那岐を木乃香の家に預けるって流れじゃない?

 まぁ、それはともかく、やっぱり、雪の時と整合性が取れないな。
 あの時の那岐は、詠春を知っていたけど、木乃香を知らなかった。
 だけど、今 那岐は詠春と知り合うと同時に木乃香とも知り合った。

 つまり、両者は相反する事象であり、どっちかが間違っている筈だ(まぁ、那岐が詠春を忘れた可能性もあるが)。

 いや、記憶を夢見ている筈なのだから、整合性は取れなくても そこまでおかしくはないんだけど。
 でも、整合性が取れないことに『何か重要なヒント』が隠れているような気がするんだよねぇ。
 特に「那岐が詠春を忘れたと言う仮定」と「タカミチの苦々しそうな表情」が妙に引っ掛かるんだよなぁ。

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「――おい、神蔵堂、起きろよ!! 京美人だぞ、京美人!!」

 フカヒレが妙に興奮した様子で京美人を連呼しながらナギの肩を揺さ振り、ナギを夢の世界から現実の世界へと無遠慮に引き上げる。
 まぁ、毎度のことなので分かり切っていただろうが、先程のことは当然ながら夢である。と言うか、ナギ自身も夢だと認識していたくらいだ。
 ちなみに、まだナギの頭は完全には覚醒していないため(起こされたのだから当然かも知れない)「え? 京美人?」と言った状態だ。

「オレ達のクラスのガイドさんが絵に描いたような京美人なんだよ!!」」

 ナギの疑問を感じ取ったフカヒレが丁寧に説明してくれたので、ナギは眠い目をしばたかせながらバス前方(ガイドさんがいると思われる方向)を見る。
 ガイドさんは端正な顔立ちと艶やかな長い黒髪を持っており、確かに(フカヒレの言う通り)見る者に完成された日本人形のような京美人を連想させる。
 だが、彼女が京美人と評すべき美貌を持つこともバスガイドとして修学旅行に同行することも知っていたナギとしては、別に驚く程のことではない。
 つまり「西から派遣された護衛の人が京美人でガイドさんに擬態しているだけ」でしかない(もちろん、擬態してもらったのはナギの趣味ではない)。

 ところで、バスガイドな護衛の女性は「青山 鶴子(あおやま つるこ)」と言うらしく、刹那の話によると神鳴流の剣士らしい。

(……うん、まぁ、身も蓋も無く言っちゃうと、『うぶひな』に出て来た「素子さんの お姉さん」だね。
 って、うぶひな? あれ? 今更 気付いたんだけど、うぶひなって『こっち』でも存在してなかったっけ?
 ってことは『こっち』じゃ うぶひなってノンフィクションとして扱われているってことなのかな?)

 情報を整理しているうちに疑問点が浮上したので、ナギは慌ててグーグル先生とウィキペディア師匠を駆使して その辺りの事情を調べ始める。

(へ~~、うぶひなって『雛見沢と言う寒村を舞台にした物語』で、『らぶ雛見沢』の略だったんだぁ。
 しかも、主人公は『前原 圭太郎(通称 K太郎)』で、メインヒロインは『龍宮ナル』なんだぁ。
 いやぁ、作品名が一緒だったから中身も同じだと思っていたけど、いろいろ違いがあったんだなぁ。
 って言うか、「それって何て『ひぐらし』だよ?」ってツッコんでもいいところじゃないかな? ……かな?)

 別に、ナギは らぶひな と ひぐらし が混ざっていることを問題にしたい訳ではない。

 ただ、ナギは『ここ』を「ネギまに似た世界」だと認識していたので、実は『赤松ワールド的な世界』だったことに軽いショックを受けているのである。
 さすがに取り乱す程の衝撃ではないようだが、それでも思わず「約束と違うじゃん!!」とか叫びたい気分らしい。まぁ、誰も そんな約束していないが。
 と言うか、原作からして繋がっていたっぽいのだから想定していなかったナギが悪いだろう。むしろ、ネギまは赤松ワールドの一部ではないだろうか?

「……神蔵堂君、考え事は終わりましたか?」

 ナギがどうでもいいことにショックを受け益体もないことを考えてショックから立ち直っていると、とても『いい笑顔』をした刀子が話し掛けて来た。
 ちなみに、刀子の笑顔が どれくらい『いい笑顔』なのかと言うと、ナギ曰く「そんな顔で見詰められたら照れるどころかビビっちゃう」くらい らしい。
 どう考えても恐ろしいけだけでしかないのだが、機嫌を取るために「照れる」と言う単語を挟んでいる辺りに涙ぐましい努力の跡が見え隠れするだろう。

「終わっていなくても『みんながバスから降りているのに何故かバスに居残っている愚か者』を私が粛清する前にバスから降りることを推奨しますよ?」

「す、すみませんでしたぁああ!! 素直に非があることを認めますし、心の底から謝罪を致しますので、
 どうか、仕込み杖(さすがに日本刀は外に持ち出していない)に手を掛けるのは やめてください!!
 男として重要な何かが失われそうな気がしてならないのはオレの気のせい と言うことにしたいです!!」

「……だったら、サクサクッと行動しましょうね?」

「サー!! イエッサー!! って、女性だから『サー』じゃなくて『マム』じゃん?!
 痛恨のミスじゃん!! 『誰がサーだっ!?』って感じでイビられそうじゃん?!
 そして、勢い余って仕込み杖を抜かれて『オレ』の一大事になってしまいそうじゃん!!」

「はいはい、そんなことはしませんから……これ以上ガイドさん(西)に麻帆良(東)の恥を晒さないでくださいね?」

「はい!! 了解です!! 不肖、神蔵堂ナギ、全力で頑張ります!!
 生き恥を晒す日常を送るオレですが、それでも頑張ります!!
 だから、粛清だけは勘弁して下さい!! いえ、本当にお願いします!!」

 少々ビビり過ぎな気がするナギだが、ナギは後に こう語っている。「あの目は『本気と書いてマジ』だった」と……



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Part.02:清水の舞台から……


 と言う訳で、危なく刀子に粛清されるところだったが、ナギは どうにか無事に清水寺を訪れた。

「ここが清水寺の本堂――いわゆる一つの『清水の舞台』ですね。ここは国宝に指定されている訳ですが、舞台と言われている通り、
 本来は本尊の観音様に能や踊りなどを楽しんでもらうための装置なのです。また、有名な『清水の舞台から飛び降りたつもりで……』の言葉ですが、
 実際、江戸時代には234件もの飛び降り事件が記録されていますです。ですが、生存率は85%と意外に高く、そこから察するに(以下略)」

 言わずもがなだろうが、この長くて説明的なセリフは夕映のものである。

 ちなみに、何故にナギが夕映の説明を聞いているのか と言うと、クラス毎の団体行動の筈がいつの間にかクラスなど関係なくなっていたからである。
 いや、思春期(むしろ、発情期かも知れない)真っ盛りの中学生達なので、男女混合で回ることになるのは想定の範囲内と言えば範囲内だが。
 むしろ、こうなることを前提で護衛プランを練っていたので、ナギとしては何ら問題はない。むしろ、男女で別れたままの方が都合が悪いくらいだ。

 どうでもいいが、教師達も想定していたようで、特に何も言わない。せいぜい「周囲の迷惑になるような行動『だけ』は控えろ」と注意するぐらいだ。

「おぉ!! これが噂の飛び降りるアレか!?」
「よぉし!! 誰か飛び降りろーー!!」
「よっしゃーー!! やぁってやるぜぇええ!!」

 ところで、「やぁってやるぜぇええ!!」と言うセリフで「どこの獣戦機隊の決め台詞だよ?」と突っ込んだのはナギだけではない筈だ。

 と言うか、いくら何でもテンションが高過ぎやしないだろうか? 思わず「もう『若さ故の過ち』ってレベルじゃねーぞ」とか言いたくなるくらいだ。
 しかし、夕映の言う通り生存率が85%もあるなら――つまり、死なないなら何とか『若さ故の過ち』で済ませられるかも知れない。知れないだけだが。
 特に「15%は死ぬ」と言う事実には目を瞑って置こう。非常に気になる部分だが、そこは敢えてスルーして置くのが『大人の嗜み』と言うものだろう。

 まぁ、大人の嗜み と言うか日和見と言う方が正しい気がしないでもないが。

「と言うか、そこは気にすべきところだと思うのですが……?」
「そうかな? 気にしない方が幸せに過ごせると思わない?」
「そうかも知れませんが、何だか物凄くダメな考え方だと思うです」
「まぁ、アイツ等の行動もダメだから お互い様ってヤツだよ、うん」
「いえ、それがわかっているのでしたら、止めるべきではないですか?」
「え? でも、そう言ったことは教師の仕事だと思うんだけど?」
「仰る通りですが、神多羅木先生が止めるのは絵的に問題があると思うです」
「うん、まぁ、確かに、止めているのに助長しているように見えそうだね」
「……誤解されやすい人と言うのは、いろいろと損だと思うですね」

 確かにその通りだが、神多羅木の場合は誤解ではなくて見た目通りの性格(傍若無人)なので仕方がない。まぁ、教師としての職務は全うするだろうが。

「そうだねぇ。でも、人間と言う生物は視覚情報を重視する傾向があるから仕方がないさ」
「確かにそうですが……物事の本質と言うものは、外面ではなく内面にあると思うですよ」
「その通りだけど、場合によっては外にも中にもなくて遥か彼方に浮かんでいることもあるよね?」
「……確かに、本質などと言うものは『まやかし』に過ぎない場合もありますですね」
「つまり、本質と言うのは、見える訳でも見えない訳でも有る訳でも無い訳でもないんだろうねぇ」

 まぁ、おわかりだとは思うが、敢えて言って置こう。ナギ自身も何を言いたいのかサッパリわからない。

 だが、会話相手である夕映は「……そうですね。仰る通り、本質とは言葉遊びに過ぎないのかも知れませんですね」とか言っているので理解したようだ。
 そのため、ナギは真面目な表情と声音で「だけど――いや、だからこそ、人は本質を追い求めるんだろうね」とか含蓄のありそうなことで締め括った。
 ちなみに、それを どう受け止めたのかは謎だが、夕映は感心と満足が半々に混ざったような表情で「そうですね」と頷いていたとかいなかったとか。

 ところで、ナギは夕映にガイド的なことをしてもらっていた訳だが、護衛的には鶴子にガイドをしてもらうべきだ とお思いになるかも知れない。

 だが、近くで慣れないガイドの振りをしてもらうよりは、多少 離れていても警戒に専念してもらった方がいい と言う判断である。
 と言うか、そもそもナギの周囲には夕映だけではなくエヴァや刹那もいるので、近くで護衛をする人材は充分過ぎるくらいだ。
 まぁ、エヴァは切り札にするために封印状態のままだし、刹那は若干 離れているしで、充分と言えるかは少し微妙なところはあるが。

 また、夕映がナギのガイドをしている理由だが、これには特別な理由がある訳ではない。単に「ナギが御相伴に与っている」だけだ。

 と言うのも、夕映は留学生であるネギを気遣って(他意はないと信じたい)ネギのガイドを買って出てくれたからだ。
 そう、最早 説明するまでもなく、ネギはナギに引っ付いているので必然的にナギも夕映のガイドを聞けたのである。
 そして、これも説明するまでもなく、夕映の傍には のどか がいるため、周囲には不穏な空気が流れているのだった。

 当然ながら、そんな二人をスルーするために ナギと夕映は雑談に興じていた気がするが、そこは敢えて触れてはいけないだろう。

「木で造った建物って凄くいいですねぇ。これが『趣深い』ってことなんですねぇ」
「あれー? ネギちゃん、趣深い なんて言葉、どこで覚えたのかなー?」
「ボク、古文とか日本の歴史とか好きですから、自然と覚えちゃいました」
「ふ~~ん? 自然と覚えた と言うことは、実は意味がわかっていないんじゃないかなー?」
「いえ、わかってますよ? 風情があるとか味わい深いとかって意味ですよね?」
「へ~~、ちゃんと勉強してるんだねー。日本のこと、気に入ってくれたのかなー?」
「はい、とっても気に入っています。もう、このまま永住したいくらいですよー」
「ふぅ~~~ん、じゃあ、その時は京都に住むといいよー? 歴史が深いところだからねー?」
「確かに、いいところだとは思いますけど……住むのとは別問題ですねー」
「そーかなー? じゃあ、ネギちゃんは どう言うところに住みたいのかなー?」
「そうですねぇ。やはり、利便性を考えると『首都の近く』がいいですねー」
「じゃあ、茨城とか栃木とか群馬とかがいいねー。とても住みやすいそうだよー?」
「貴重な意見ですけど……ボクとしては、もうちょっと都心に近い方がいいですねぇ」
「そっかー。じゃあ、千葉とか神奈川とかがいいんじゃないかなー?」
「そこも魅力的ですけど、やはり埼玉の方が魅力的じゃないでしょうか?」
「そうかなー? 永住するなら別のところがいいんじゃないかなー?」
「ですが、住み慣れてますし、埼玉が一番いいと思うんですよねー?」
「でも、住み慣れた とう言うことなら、住み慣れたウェールズに戻った方がいいんじゃないかなー?」
「仰る通りですが、ウェールズにはイヤな思い出もありますから、やはり日本がいいですねー」

 何か漏れ聞こえて来た会話が とてもギスギスしているが……ナギは気にしない。むしろ、気にしないことに決めたのだ。

 ところで、ナギと夕映 以外のメンツが何をしているのか と言うと、それぞれが思いのままに過ごしてネギ達をスルーしていた。
 具体的には、木乃香と刹那は互いに様子を窺っている状態だし、ハルナは何やら「ラブ臭がハンパねぇ!!」とか喚いていてるだけだし、
 エヴァは「うむ、京都はいいところだな」とか京都を堪能してるし、茶々丸は そんなエヴァを録画(むしろ盗撮)して堪能している。

(って言うか、エヴァは京都を堪能してないで この空気をどうにかしてよ!! ストレスで胃に穴が空きそうなんだけど?)

 恐らく、エヴァがナギの嘆きを聞いても「胃の穴くらい魔法で簡単に直せるだろう?」と切り返すことだろう。
 エヴァはナギ(とネギ)の護衛のために京都に来たが、損傷をすべて防ぐことまで護衛に期待してはいけないのだ。
 ちなみに、「簡単に直せる」は誤植ではない。魔法による治療は「治す」よりも「直す」と言う傾向が強いのである。

 まぁ、一応ナギは「助けてエヴァえもーん」的な『念話』を送ったらしいのだが……

 当然ながら、返って来た答えは「後ろから刺されるような事態になったら助けてやる」と言う有り難いセリフだった。
 それと、救援要請の『念話』をするついでに、天ヶ崎 千草から入手した情報の詳細な報告も頼んだらしいのだが、
 にべもなく『報告は観光が終わってからだ』と断られたらしい(エヴァにとっては観光の方が重要だったのだろう)。

 ……すみません、ちょっと そこら辺で泣いて来てもいいですか? それが、ナギの率直な感想だったのは ここだけの秘密である。

 ところで、砂糖に群がる蟻の如く女子に群がる筈の男子共が近くにいないことに疑問を持たれたかも知れないが、
 実は、ナギの精神的負荷を懸念した瀬流彦と弐集院が気を利かせて それとなく男子達を別の方向に誘導したのである。
 具体的に言うと、田中(と平末)や白井氏などのターゲットがわかっている男子は瀬流彦が亜子や鳴滝姉妹の方に誘導し、
 フカヒレや宮元などのターゲットが不明で且つ厄介な男子は弐集院が「アレなゲームの話題」で釣って誘導した感じだ。

 言うまでもなく、神多羅木は「面白そうなので傍観しよう」と言う「実にわかりやすい理由」で放置していたらしい。



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Part.03:これでいいのか?


(まぁ、これまでの傾向から展開は読めていたさ。ただ、読めていたからと言って回避できる訳じゃないだけだよ、うん)

 と言うのも、ネギ達の不穏な会話が一段落した後、夕映が清水の舞台について再び語り始めたのだが、
 そのついでに「そう言えば、ここから少し行ったところに恋占いで大人気の地主神社があるらしいですね」とか
 原作にもあった気がしないでもないセリフを口走ってくれたことがキッカケで一騒動が起きたのである。

 その騒動の内容については最早 語るまでも無いだろう。

 そう、夕映から説明を聞いた乙女達(まぁ、敢えて誰とは言わないが)が、本気と書いてマジと読む目をして暴走してくれやがったのである。
 具体的には、ネギが「へ~~、目を瞑って この石から あの石へ辿り着けばいいんですかぁ。へ~~」とか とても いい笑顔で呟いたり、
 そんなネギれに対抗したのか、のどかが「では早速やってみましょー」と言いながら機先を制したり(と言うか、単なるフライングだ)、
 何故か亜子とか裕奈とか まき絵とか美空とかも参戦したために ただでさえ混乱していた場が更に混乱したり(最早 乱痴気を通り越していた)
 それぞれが足を引っ張り合った結果 全員が転倒してスカートが派手に捲れ上げてしまい、それを見てしまったナギが悪者扱いされた感じである。

(……すみません、やっぱり ちょっと そこら辺で泣いて来てもいいですか?)

 とは言え、ナギも黙って流れに身を任せていた訳ではない。
 コッソリと みんなの下着をチェックして脳裏に刻み付けていた。
 今夜のオカズは決まりさ と言かう危険なネタをかませるくらいに。

(まぁ、こんなバカなことを言っている場合じゃないんだけどね?)

 それでも こうしてバカ騒ぎができる と言うことに目を向けるべきだろう。
 何故なら、西の勢力圏にいるナギ達は いつ何が起きても不思議ではないからだ。
 だかこそら、普通に修学旅行を楽しめる今は、とても得難い時間なのである。

(いや、オレが割を喰っている気がしないでもないけど……それでも みんなが楽しそうにするのだから、これでいいと思う)

 子供な自分を隠そうとして優等生の仮面を被っているネギも、普段から黒いものが滲み出るようになってしまった のどかも、
 物事を小難しく考えてしまって小難しそうな顔している夕映も、のほほん としたポーカーフェイスに徹しているつもりの木乃香も、
 本当は素直になりたいクセに素直になれない不器用な刹那も、麻帆良に閉じ込められていて鬱屈としたものが堪っているエヴァも、
 愛と言う名の忠誠心を間違った方向に発揮しちゃっている茶々丸も、現状が割と危険な状況だと知らない裕奈も亜子も まき絵もアキラも……

 みんながみんな楽しそうに笑っているのだから、これでいいに違いない。ちなみに、美空は普段と余り変わっていないように見えるのでスルーらしい。

「ちょっ、それヒドくないっスか!? 扱いの是正を要求するっス!!」
「でも、騒動をヒドくした美空には同情の余地はねーですよ?」
「何スかソレ?! そんなにアタシが参加したことが気に入らないんスか!!?」
「いや、だって、美空だよ? 美空が『縁結び』とか有り得ないじゃん?」
「うっわ~~、それは無いっスわ~~。乙女に対して あるまじき言い草っスね」
「え? いや、だって、美空も『神頼み』なんてしないでしょ?」
「……何を言ってんスか? アタシは これでもシスターなんスよ?」
「それはシスター・シャークティが美空の『担当』だからでしょ?」
「いや、まぁ、確かにそうっスけど。それでも一応はシスターなんスよ」
「それでも、美空が『神頼み』をするようなキャラじゃないのは変わらないって」
「そうかも知れないスけど、そもそも それと『縁結び』は別問題じゃないっスか?」
「そうかな? 『縁結び』って、縁を結んでくだちいって言う『神頼み』でしょ?」
「いや、まぁ、確かにそうなんスけど……ロマンもヘッタクレもないスねぇ」
「いや、オレは常に『萌え』と言う名のロマンを心の中心に掲げているけど?」
「いや、カッコイイこと言ったつもりかも知れないスけど、全然カッコ悪いスよ?」
「フッ……男のロマンを解せぬ輩に何を言われても痛くも痒くもないもんね!!」
「そースか。でも、涙目になって言われても全っ然 説得力がねースよ?」

 ナギが「こ、これは心の汗だよ? それ以上でもそれ以下でもないよ?」と自分に言い訳をしたのは言うまでも無いだろう。


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―― 美空の場合 ――


 相変わらず、ナギのバカは失礼な男っスねぇ。アタシも『縁結び』に興味がない訳じゃないんスよ?

 でも「美空も『神頼み』なんてしないでしょ?」」って言葉には、ちょっと来るものがあったっスね。
 特に、美空『も』って言う部分に、「オレと一緒で」ってニュアンスが含まれていた気がするスからね。
 いや、別にナギが神頼みを肯定しようが否定しようが、アタシには どうでもいいことなんスけどね?

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「神への祈り、ねぇ」

 これは、この前の日曜日(ココネをナギに預けた日っスね)のことだったんスけど、
 ナギとの舌戦の後、せめてもの意趣返しに教会の掃除をナギに手伝わせたんスよね。
 で、祭壇を掃除していたナギがポツリと自嘲を込めて言ったセリフが上の言葉だったんスよ。

「……何か文句でもあるんスか?」

 アタシは敬虔なクリスチャンって訳じゃないスけど、一応はシスターっスからね。
 ナギの性格からしたら「神などいるかボケ」とか言いそうなんで軽く咎めた訳っスよ。
 これが教会の中じゃなければ、別に気にも留めないんスけどね(立場上ってヤツっスよ)。

「いや、掃除を手伝わされたことに文句はあるけど、信仰そのものに文句を言うつもりはないよ」

 へー、意外っスね。てっきり、「宗教などクズだね」とか言うと思ってたっスよ。
 あ、ちなみに、掃除云々については華麗に流すのが暗黙の了解ってヤツっスよ?
 って言うか、イチイチ細かいことにツッコんでいたらナギとの会話は成立しないっス。

「いや、そんな意外そうな顔しないでよ。オレは押し付けられない限り『他人の信じているモノ』を否定したりしないって」

 つまり、信仰するように迫られたら宗教を否定する訳っスか。
 自分の領域に踏み込まれるのが嫌いなナギらしいっスね。
 自分では平気で踏み込んで来るクセに――って、そうじゃないスね。

「……じゃあ、さっきの『神への祈り』をバカにしたような発言は何なんスか?」

 ナギの信仰に対するスタンスはわかったっスけど、それだと最初の発言の意味がわからないっスね。
 アレはあきらかに神を否定したようなニュアンスだったスから、宗教を否定しないのと整合性が取れないっスよ?
 まぁ、ナギは基本的に整合性が取れない言動ばかりスから、別に整合性が取れなくてもいいんスけどねぇ。

「別にバカにした訳じゃないよ。単に、神へ祈ることが嫌いなだけさ」

 それ、ほとんど一緒じゃないっスか?
 まぁ、違うと言えば違うんスけど。
 って言うか、何で嫌いなんスかね?

「……神へ祈っても現実は何も変わらないって身に染みてるからさ」

 ああ、なるほど。だから、自嘲的に言った訳っスね。
 自業自得なナギらしい――って、そうじゃないっスね。
 シスターと言う立場上その言葉は受け入れられないっスよ。

「別に理解してもらいたい訳じゃないよ。訊かれたから答えただけだし」

 うぐっ……確かにアタシが振ったネタっスけど。
 でも、せめて、場所と相手を考えて答えて欲しいっスねぇ。
 一応、ここは教会で、アタシはシスターなんスから。

「まぁ、場所をわきまえなかったことに関してはオレに非があるけど……相手は間違えたとは思っていないよ?」

 …………それ、どう言う意味っスか?
 アタシがシスターらしくないってことスか?
 まぁ、自覚がない訳じゃないスけど……

「そう言う意味じゃないんだけど……まぁ、いいさ。オレが勘違いしていたってだけだからね」

 むぅ、「勘違い」って言葉が「見込み違い」に聞こえるのがムカツくっスね。
 って言うか、ナギは『勘違い』を標準装備しているバカヤロウなので、そんなの今更っスよ?
 だって、アタシの照れ隠しを字面通りに受け取って勘違いしちゃうようなヤツなんスから。

 そう、ナギがアタシなら理解すると思ってくれたから話したってことに気付かない振りしただけスよ?

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 まぁ、そんな感じで終わると、ちょっといい話っぽい気がするっスけど、ここで終わらないのがアタシ達なんスよねぇ。

「って言うかさ、こんなことしている場合じゃなくね?」
「あっ!! そー言えば、まだ掃除の途中だったスね!!」
「まぁ、それもそうなんだけど……そうじゃないんだよ」
「はぁ? 何が『そうじゃない』んスか? 訳わかんないスよ?」
「いや、せっかくの休日なんだから、有効に使うべきでしょ?」
「いやいや、言っている意味がイマイチわかんないスけど?」
「だから、美空と話すよりもココネと話した方が遥かに有意義だって言ってるんだけど?」
「……つまり、アタシと話していることが『こんなこと』ってことっスか?」
「ん? そう言ったつもりなんだけど……そう聞こえなかった?」
「いやいやいや、念のための確認をしただけっスよ?」
「そっか。じゃあ、オレの言いたいことは伝わったよね?」
「そうっスね、『黙れ、この変態が!!』って言いたいくらいに伝わったスね」
「ハッハッハッハッハ……そんなの今更なことなんで痛くも痒くもないさ!!」
「開き直るなぁああ!! って言うか、ココネに近寄るな この変態ぃいい!!」
「だって、ココネは ある意味で『神の証明』だ と思うんだもん」
「いや、『思うんだもん』じゃねースから。って言うか、意味不明スから」
「いや、だって、ココネこそ神の作りたもうた至高の芸術品だと思わない?」
「思わねースから。って言うか、ナギが言うと、嗜好の芸術品って感じっスから」
「まぁ、そうかもね。ココネは『至高の嗜好』ってヤツかも知れないねぇ」
「いや、何で納得してるんスか? 本当に どうしようもない変態スね……」

 本当に このバカはどうしようもないバカっスよねぇ。

「って言うか、ココネ!! こんな変態発言で嬉しそうな顔しちゃダメっス!!」
「だ、だって、そこはかとなく褒められてルような気がしたんだモン」
「いや、『気がしたんだモン』じゃないスから。ナギが付け上がるだけスから」
「フッ、何を言ってるんだい? ココネにはオレの高度なセンスが理解できるだけだよ?」
「いや、言った傍から付け上がるのは やめくれないっスか? いや、マジで」
「さぁ、ココネ!! 邪魔者――じゃなくて美空は放置して、二人で遊ぼうぜ?」
「う~~ん、それも楽しそうだけド……美空も一緒の方がイイかナ?」

 ちょっ、ココネーー!! そ、そんな嬉しいこと照れ臭そうに言わないで欲しいっスよ!!

 嬉し過ぎてヤバいと言うか、危うく踏み越えてはいけない一線を踏み越えちゃいそうじゃないっスか?!
 って言うか、ナギが横で「ああ、もう、ココネは可愛いなぁ!!」って悶えているのに激しく同意っスよ。
 ナギみたいな変態と共感しちゃうのは正直どうかと思うっスけど、今回ばかりは仕方が無いっスね。
 それくらいにココネの可愛さはハンパないっス!! だから、変態(ナギ)から守らねばならないっス!!

 むしろ、アタシが守らずに誰が守るんスか?! って気分スね。

「クッ……あ、危なく犯罪に走るところだったぜ!!」
「そ、それも、同感っスね……(口惜しいことに)」
「こうね、思わず地下室に監禁したくなる感じだよね?」
「そうっスね。更に言うと、瓶詰めしたくもなるっスね」
「うん、そうだね。フリーズドライ製法とかステキだよね」
「何かが微妙に違う気がするっスけど、言いたいことはわかるっスね」
「確かにオレも何かが違う気がしてたけど、言いたいことは一つさ」
「「すなわち、『ああ、もう、ココネは可愛いなぁ!!』」」

 ……あれ? もしかして、アタシも充分にバカっスか?

「えヘヘ……三人で『仲良く』遊ぼうネ?」
「うん、そうだね。仕方がないから、三人で仲良く遊ぼう?」
「そうっスね、本当に しょうがないっスけどね」
「……オレも断腸の思いで美空を受け入れるんだけど?」
「じゃあ、アタシの広過ぎる心に感謝して欲しいっスね?」
「うんうん、猫の額くらいに広いから、感謝感激だねぇ」
「ちなみに、ナギは腸じゃなくチン○を断つべきだと思うっスねぇ」
「…………いや、ココネの前でチ○コとか言うなよ。いや、マジで」
「い、今のは口が滑ったんス。って言うか、急に素に戻らないで欲しいっス!!」
「いや、でも、今のは さすがに聞き流せなかったんだね。良識的に」
「くぅっ!! まさか、ナギに良識を問われる日が来るとは……!!」
「しょうがないさ。何せ、オレは神多羅木並に『良識派』だからね」
「……いや、反応しにくいネタ振りはやめて欲しいんスけど?」
「だって、この前 学園長が神多羅木を良識派と評していたんだよ?」
「だからと言って、そんな微妙なネタを振るのはどうかと思うっスよ?」

 って訳で、結局は いつものようなバカ話になった訳っスよ。

 しかし、前半の方はマジだったようスから、ナギが「神に祈るのが嫌い」ってのは本当っスね。
 だから、そんなナギの嗜好を思えば、ナギは「神頼みも嫌い」ってことになる訳で、
 ナギはアタシがそれを理解している と思っているから、あんな言い方したんじゃないっスかねぇ。

 ……でも、神にでも頼みたくもなるのがアタシの現状なんスけどねぇ?

 絶対、そこら辺を理解してないっスよね、あのバカは。
 何せ、あのバカの意識には「そんなこと」ないっスからねぇ。
 アタシだって乙女なんだってことを忘れてるっスよねぇ。

 ある程度とは言え、思考を理解できてしまうのも考えものっスよねぇ?



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Part.04:適材適所


「フフフ……オレは燃え尽きたぜ……」

 さて、簡単に現状を説明しよう。原作同様、「縁結びの石」の後は「音羽の滝」を訪れたのだが、
 そこでも滝の水を巡る騒動が起きたのは最早 語るまでも無いのでサクッと割愛するとして、
 実は、度重なる乱痴気騒ぎによる精神的苦痛のためにナギのライフは もうゼロなのである。

「……ふふふ、元気があって結構どすなぁ」

 そして、そんな灰なナギ(決してHighではない、煤けている方向だ)に、鶴子が楽しそうに話し掛けて来たのである。
 ちなみに、ナギは虚ろな瞳で空を ぼんやり見上げてブツブツ言っていた状態なので、傍から見ると実に危ない。
 まぁ、傍から見なくても充分に危ないのだが……それは ともかく、抜け殻なナギに鶴子が話し掛けて来た訳だ。

「いやぁ、それには限度ってものがあるのではないでしょうか?」

 元気じゃないよりは元気な方がいいが、元気過ぎるのも考え物である。
 具体的に言うと、ナギに迷惑が掛かり過ぎるのはアウトなのだ。
 何故なら、迷惑が掛かること自体はナギもあきらめているからだ。

 ナギはあきらめが悪い方だが、迷惑を蒙ることに関してはあきらめたようだ。

「せやけども、先程は『若さ故の過ち』を容認するようなことを仰ってませんどしたか?」
「まぁ、何と言うか、若いので過ちは許すべきでしょうが、それでも限度があるでしょう?」
「つまり、具体的に言うと、神蔵堂はんに迷惑が掛かり過ぎない程度、と言うことですな?」
「まぁ、そうなりますね。ところで、話を変えますけど……先の会話、聞いてたんですか?」
「いやぁ、職業柄 耳が良いものでしてなぁ。偶然にも、一部だけ聞こえてしもただけどす」

 ナギは軽く咎めるように言ったのだが、鶴子は特に悪びれもせずに平然と答える。

 と言うか、鶴子は偶然とか一部だけとか言っているが、実際は意図的に全部を聞いていたのだろう。
 むしろ、聞き耳を立てていたのだから必然的に聞こえた筈だ。偶然でもないし、一部だけでもない筈だ。
 とは言え、ここで指摘しても無意味でしかないに違いないので、ここは軽く流すしかないだろう。

「そうですか。それでは、せめて気配もなく背後に立つのはやめていただけないでしょうか?」

 そのため、ナギは会話を聞かれていたことよりも、気になっていたことを指摘して置く。
 幸い『今のナギ』は接近がわかるので大した問題にならないが、それでも いい気分ではないのだ。
 まぁ、美人に接近してもらえる と言う意味ではバッチコーイなのだが、そう言う問題ではない。

 ちなみに、そんなことで喜んだのがネギのバレると怖い、と言う理由は ちょっとしかない。

「あらあらまぁまぁ……神蔵堂はん は意外とイケズな方どすなぁ」
「いや、あらあらまぁまぁって、貴女はどこのアリシアさんですか?」
「アリシアはん? すみませんが、心当たりがあらへんのどすが?」
「あ、すみません。そこは軽く流していただけると有り難いです」

 余りにも反応がアレ過ぎたので ついネタを振ってしまったナギだが、常識的に考えたら『一般人』にネタを振ったナギが悪い。

 ちなみに、説明するまでもないだろうが、ここで言う『一般人』とは「魔法関係者と そうでない者」と言う意味ではない。
 どちらかと言うと「オタク関係の知識を有している者と そうでない者」と言う意味である。そう意味での『一般人』なのだ。
 もしかしたら「オタクなネタを理解してネタに付き合ってくれる者と そうでない者」と言った方が正しいかも知れないが。

「では、軽く流して話を換えますけど……よくウチの接近に気付きましたなぁ?」

 本当に流してくれたことには感謝するが、転換した話題には感謝できない。それがナギの本音である。
 と言うか、その話題に触れられるくらいならば流してもらわなくてよかったくらいだ。
 つまり、一般人にオタクなネタを説明する苦痛を味わった方がマシな程、接近云々には触れて欲しくないのだ。

 何故なら、それはナギが『隠して置きたい切札』と密接に関係しているからだ。

「はて? 鶴子さんの接近にオレが気付いた? すみませんが、心当たりがないんですけど?」
「……ウチの接近に気付いとったから、ウチが声を掛けても驚かんかったんでっしゃろ?」
「いえいえ、驚きましたよ? まぁ、貴女の香りが漂って来た気がした と言う理由もありますけど」

 ナギは、再び話題を変えるために鶴子のセリフを利用してみたのだが……残念ながら鶴子は乗ってくれなかった。

 と言うか、鶴子の目が細まって殺気が滲み出ている気がするので、話題を逸らすことは難しいだろう。
 それ故にナギは嘘とも本当とも判断が付き兼ねる言葉(『香り』云々)で逃げたのである。
 まぁ、かなり苦しいが、この程度の状況を切り抜けられないようでは この先どうしようもないだろう。

「…………それは随分と鼻が利きますなぁ?」

 更に増した鶴子の圧力に押されながらも、ナギは「犬並みとは いかないまでも人並みは外れてますからね」とか微妙なことを言った後、
 冗談のように「それに、貴女の香りは とても魅力的ですから、気付き易いですしね」とか微妙過ぎることを付け加えたナギは健闘賞だろう。
 まぁ、どう聞いても「オレは女性の香りに敏感に反応する変態です」とう豪語しているようにしか聞こえないが、そこは気にしてはいけない。

「あらあらまぁまぁ……せやけど、ウチの匂い袋は そこの柱に括りつけてありますえ?」

 だが、どうやら余計なことを言ってしまったようだ。と言うか、思いっ切り鶴子に首を取られてしまった結果に終わった。
 以前のナギならば「これは一本取られましたねぇ」とか言って笑って誤魔化すのだろうが、今のナギは そんなことをしない。
 今のナギには覚悟がある。多少のリスクは負っても、最終的に守りたいラインは守る……そう言った覚悟をしているのだ。

「あらあら? それでは、どう返す気どすか?」

 ナギが思い付いたのは「オレが嗅ぎ分けたのは貴女の香水ではなく貴女の体臭ですよ?」と言う変態発言である。
 まぁ、さすがに「これはうまく切り返せたけど、別の意味で地雷踏んでない?」と気が付いたので言う気は無いが。
 そのため、ここは無難に「禁則事項です」とか可愛らしくウィンクしながら言ってみようかなぁとか思ったらしい。

「……残念ながら、それはそれで充分に殺意が沸きますえ?」

 まぁ、そうだろう。ナギとて「男がやっても気持ち悪いだけ」の仕草で誤魔化せるとは思っていない。
 ナギがそれをやって誤魔化せるとしたらネギくらいだろう(それはそれでネギに火を点けそうだが)。
 と言うか、仕草そのものに意識を向けるのが目的だったのだからイラついてもらわねば困るのだ。

「確かに、一瞬 疑惑を忘れてまいましたが……それでも、誤魔化し切れとらんどすえ?」

 それもそうだろう。仕草に意識を向けさせることには成功したが、話題そのものは終えられなかったのだから。
 答えを誤魔化す と言う観点では、ナギは失敗したことになる。そう、答えを誤魔化す と言う観点では、だ。
 つまり、ナギの真意は別にある。それは、鶴子の意図を測ることだ。それができただけで、ナギは充分なのだ。

「ならば、そろそろ本題に入りましょう。いつまでも雑談に興じているのもアレですからね」

 一見すると、鶴子の問い掛けに対してナギの答えは答えになっていないように見える。だが、ナギは これが正解だと確信している。
 そもそも、鶴子が「接近に気付けた理由」を訊ねて来たのは、ナギの『人と形』を見るためだ(少なくとも、ナギは そう推測した)。
 ナギの反応からナギを分析したいだけで、実際に答えなど求めていない。まぁ、答えを得られるに越したことはないだろうが。
 そして、更に言うならば、ナギが答えたくないのを察した鶴子は「では、代わりに他の質問に答えろ」と本題に移る予定だったのだろう。
 それらを鶴子の反応(値踏みするような視線など)から想定したからこそ、ナギはサッサと話題を切上げて本題に移ったのである。

「…………どうして、そう お思いになるんどすか?」

 鶴子は相変わらず穏やかに微笑んだままだが、その目が少し見開かれた気がするのはナギの気のせいではないだろう。
 つまり、爆弾を投下しようと準備をしていたら逆に爆弾を落とされたようなものだ。少しくらいは驚いても無理はない。
 特に、これまでのナギは「どこに出しても恥ずかしい変態」としか認定できない言動を繰り広げていたのだから。

 ちなみに、ナギは見縊らせるために変態の振りをしていたのではない。素で変態なだけである。そこは勘違いしてはいけない。

「オレの見たところ、鶴子さんってプロとしての自負を持っているタイプだと思うんですよね?
 と言うことは、『仕事中に無駄な会話をする訳がない』と考えるのが普通ではないでしょうか?
 で、それは裏を返すと、『仕事中である今の会話は無駄ではない』と言うことになる訳ですよ」

「ふむ……それでは、お言葉に甘えさせてもろうて、本題に入らせてもらいましょか」

 ナギの推察を興味深げに聞いていた鶴は、少しだけ考え込むと、軽く居住まいを正して話題に応じて来た。
 恐らくはナギのことを「本題を話すには足る存在」と評価したのだろう。少なくとも、ナギはそう判断した。
 と言うか、鶴子は にこやかな京美人にしか見えないように擬態していたのをやめたので、そうとしか思えない。

「ウチの天ヶ崎が失礼をしたそうで……誠に申し訳ありまへん、心よりお詫びを申し上げます」

 鶴子は深々と頭を垂れて謝罪し出した。『事情』を知らなければ、心の底から謝罪しているようにしか見えない、完璧な姿勢だ。
 だが、生憎とナギは『事情』を知っている。そのため、それがポーズでしかないことを考えるまでもなく理解している。
 むしろ、内心では「本題とは『そう言う話』ですか。でも、オレはそう簡単に尻尾を出しませんよ?」とか不敵に考えているくらいだ。

 そう、これもまた『値踏み』だ。ナギが どの程度『事情』を把握しているのか、そして どの程度『コミュニケーション』ができるか、試しているのだ。

「丁寧な謝罪をしていただいたのに申し訳ありませんが……失礼ですが、天ヶ崎さんとは どなたのことでしょうか?
 まぁ、鶴子さんが『失礼をした』と言う表現を取ったことと『謝罪を受けるような出来事』から事情を推察すると、
 もしかして『爆発騒ぎを起こして警察に連行された女性が、実は蛙騒ぎも起こしていた西の構成員だった』と言うことですか?」

 非常に持って回った言い回しだが、ナギは『天ヶ崎と言う人物を知らない』ことになっているので、こう表現するしかない。

「まぁ、ほんまに『爆発騒ぎを起こしたかどうか』は、確定してはおりまへんけど、
 蛙騒ぎを起こして爆発騒ぎの重要参考人として警察に厄介になったアホのことですなぁ。
 アレ、ウチ(関西呪術協会)の構成員でしてな? 監督不行届を詫びたいんですわ」

 つまり「爆発騒ぎは千草のせいではないのでは?」と言いたいのだろう。そして、警察に連行される千草を助けなかった東を責めたいのだろう。

「そう言うことならば、素直に その謝罪を受け取りましょう。まぁ、あくまでも個人として、ですけど。
 ところで、オレが聞いたところでは、例の爆発騒ぎは どうやら封筒が爆発したそうですよ?
 天ヶ崎さんが爆発騒ぎを起こしたかどうかはともかくとして、その封筒とは何だったのでしょうね?」

 要するにナギは「彼女が親書を盗もうとしたことが原因で起きたので言及はできませんよね?」と言いたいのである。

「……きっと不審物を見付けて処理しようとして失敗したんでしょうなぁ。
 アホはアホでも、間の抜けた方のアホでもあったっちゅうことですな。
 東の方だけでなく一般の方にも醜態を晒すとは……お恥ずかしい限りですわ」

 だが、鶴子は「千草が親書を盗んだとは限らない」と言う詭弁を突き付けて来る。こう言われてしまうと、通常なら水掛け論にしかならないだろう。

「まぁ、確定できないことを ここでアレコレ言うのも何ですから、爆発騒ぎについては一先ず置いておくとしましょう。
 それよりも、西の方々に動きがなかったとは言え天ヶ崎さんを西の方と判断できずに警察に突き出しまったのは当方の落ち度です。
 ですから、個人的にではありますが、心より お詫びを申し上げます。機会があれば天ヶ崎さんにも伝えて置いてください」

 恐らく鶴子の意図は「互いに爆発騒ぎについての言及は避けよう」と言う提案ろう。そう理解したナギは その提案を了承した。

 一応、水掛け論を論破する根拠(記憶を読んだ)はあるが、さすがに それをオープンすることはできないので了承するしかないのだ。
 だがしかし、了承するしかないからと言って、ナギがただで了承する訳がない。ナギは そんな殊勝な人間ではない。もっと強欲だ。
 つまり、了承した その舌の根も乾かぬうちに「西の動きが遅かったから千草を警察に突き出すしかなかった」と非難したのである。

 ちなみに、ナギが『個人として』謝罪したのは、組織として謝罪した訳ではないからだ(先程の個人的に謝罪を受け入れたのも同じ理由だ)。

「いえいえ、天ヶ崎が西の人間であると東の方々は『気付かなかった』んどすから、
 神蔵堂はん を含む東の方々は何ら責を問われるような過失はありまへんよ。
 ですから、お気持ちだけいただくとして、その謝罪は お受けできまへんなぁ」

 鶴子の返答は裏返すと「東がボンクラなのを考慮しなかった西の過失なので東を責めるまでもない」と言うことである。

「そうですか。確かに我々は西の事情に疎いですからね、天ヶ崎さんを放って置いた『我々の知らない事情』もあるのでしょう。
 それ故に、今後は西の方を警察に突き出すような『不幸な行き違い』が起こらないようにするため、事情を教えていただくか、
 西の不始末は西で解決していただけるように一層の努力をしていただけますと非常に嬉しい限りなのですが、如何でしょうか?」

 協力体制を敷いている以上、千草が蛙騒ぎを起こした時点で、西は千草を処理するか「こちらで対処する」と通達すべきだった。

 それを怠ったのは西の落ち度であり、それに付け込んだのがナギだった。そう、問題となっているのは そこなのだ。
 ……恐らく、西は反乱分子を把握するのに千草を泳がせたかったのだろうが、そんなことナギが知ったことではない。
 まぁ、西が動く前にナギが処理してしまった と言う側面もあるのだが、やはり そんなことナギが知ったことではないのだ。

 と言うか、処理も連絡も遅れたことを棚に上げている段階でナギには「ちゃんちゃらおかしい」のである。

「そうどすなぁ。確かに、神蔵堂はんの仰ることは尤もなことどすなぁ。
 せやから、事情についてはウチから上に報告して置きますわ。
 そいて、不始末の解決については一層 気を引き締めさせてもらいますな?」

 痛いところを突かれたからか、鶴子は艶然とした笑みを浮かべて語っているが……それは、笑顔だからこそ恐怖を煽る典型だろう。

「そうして いただけると助かります。やはり、情報の共有は連携には必要不可欠ですからね。
 しかし、若輩者である私の言を聞き入れていただけるとは……実に懐が深いですねぇ。
 正直、自衛のためとは言え西の方に危害を加えることに忌避感があったので助かりますよ」

 だが、ナギは恐怖を押さえ込み、笑顔を浮かべたまま対応する。多少 引き攣ってはいるが、及第点の笑みだろう。

 ちなみに、ナギの言葉に嘘偽りは無い。何故なら、西の人間に危害を加えたくないのは本当のことだからだ。
 女性や子供を傷付けたくない と言う個人的な理由もあるが、これからの東西関係を良好にするために、だ。
 何故なら、基本的に上層部は血を流さないので利権などが合致すれば比較的 容易に『仲良く』できるだろうが……
 現場レベルで血が流れてしまうと感情が悪化してしまい、とてもではないが『仲良く』など できる筈がないからだ。
 そのため、ナギは「買わなくてもいい不興」を買わないために、可能な限り西の人間に危害を加えたくないのである。

(だからこそ、西の問題は西で解決して欲しいんだよねぇ)

 さすがに刹那に絶賛された「公権力を抑止力に使う」ことまではナギも(ちょっとしか)考えていなかったが、
 最初から「組織内部の自浄作用を利用する」つもりはあったので、西にも護衛の人員を出させたのである。
 と言うか、繰り返しになるが「身内の恥は自分達で処理して欲しい」と言うのがナギの偽ざる本音なのだが。

 特使としての立場でも、木乃香の婚約者としての立場でも、ナギは可能な限り禍根を残さないことが求められているのである。

「…………ホ」
「ほ……?」
「ホーーホホホ♪」
「……はい?」

 いきなり高笑いし始めた鶴子に、ナギは少し――いや、かなり呆気に取られてしまった。

「いやはや、噂は聞いておりましたけど、まさか『ここまで』とは思っておりませんどしたわ。
 ……いやぁ、近右衛門はんが『御嬢様の婿』として認めたのが よくわかる人物どすなぁ。
 今の段階で これだけの『会話』ができるんですから、将来が楽しみどすなぁ、『ナギ』はん?」

 恐らく『値踏み』が終わった と言うことなのだろうが、余りにも空気が変わり過ぎたのでナギは面食らってしまったのだ。

「すみませんが、何を仰ってるんですか?」
「またまた。本当はわかってますやろ?」
「まぁ、何となくは わかりますけど……」

 鶴子からの呼称が『神蔵堂はん』から『ナギはん』に変わったことから察するに、鶴子の『御眼鏡に適った』と言うことなのだろう。

 まぁ、途中から『値踏み』されていたことには気付いていたので、良い評価をくだされたことには問題ないが、
 先程の反応――圧迫された後に高笑いされただけで鶴子の空気に飲み込まれてしまったことが問題なのである。
 何故なら、これが試されたのではなく「ナギの油断を誘う攻撃」だったとしたら、ナギは惨敗していたからだ。

 バトルでは役立たずなナギとしては『コミュニケーション』で負けることは存在価値の喪失と同義だ。つまり、由々しき事態なのだ。

「しかし、悔しいですね。最後の最後で飲み込まれてしまいました。と言うか、最初から『こうなる』予定だったんですね?」
「さぁ、どうでっしゃろ? ウチとしては、殺気まで放たならんとは思ってませんどしたから、想定の範囲外の事態どすえ?」
「そう仰っていただけるならば、オレの精神安定のために そう言うことにして置きましょう。まぁ、反省は必要でしょうが」
「せやけど、神多羅木はん から『ナギはんが爆発事件に絡んでいる』と聞いてなければ ここまで誘導できまへんどしたえ?」
「それでも ですよ。身内に売られる と言う『よくあること』でガタ付いていたのでは これから先が思い遣られますからねぇ」

 言うまでもなく「って言うか、神多羅木ぃいい!! そんなイヤガラセをするなぁああ!!」と言うのがナギの内心である。

「まぁ、そう言うことどしたら、老婆心ながらに忠告して置きますけど……
 相手の感情を動かして自分のペースに誘導するのが お好きなようどすが、
 それが通じない相手も逆に利用してくる相手もいることを肝に銘じた方がええどすえ?」

「なるほど、そうですね。これからは そこら辺も気を付けます。オレの場合、小細工を見抜かれてはお終いですからね」

 ナギの持つアドバンテージの中で一番大きいのは未来の情報(原作知識)であろう。
 だが、時には それ以上に「小細工を弄することを厭わない狡い精神」が重要な時もある。
 と言うか、原作知識を十全に活かすには、小細工を弄することも必要になるだけだが。

 そう、情報だけでは意味が無いのだ。情報を十全に活かす能力も重要な武器なのだ。

「それでも、ウチの接近に気付いた小細工はわからんままどすし、小細工の御蔭で あのアホのこともヘタに触れられんようにされましたえ?」
「それらは過大評価ですよ。偶々、オレの思惑通りになっただけに過ぎません。貴女の空気に飲まれてしまった時点でペテン師としては失格ですから」
「あらあらまぁまぁ……ペテン師とは、また妙な自負をお持ちどすなぁ? 若い殿方ならば とかく直接的な武力に目がいくもんやないですか?」
「まぁ、そうかも知れませんね。ですが、海千山千の方の妖怪共と戦うのは英雄じゃなく、小細工を弄して相手を弄するペテン師だと思うんですよ」

 つまり、ナギは英雄よりは政治家に向いているってことだな(一番向いているのはニートだとは思うが)。

「……ふむ。では、ウチは魑魅魍魎の方の妖怪共と戦うことにしますな?」
「ええ、そうですね。餅は餅屋ですから、『そちら』は貴女にお任せしますよ」
「ほなら、サクッと片付けて参りますな、ナギはん――いえ、『次期長殿』」

 そんな訳で、鶴子は最大限の評価を投下しつつ「不穏な気を放つ輩」へと飛び掛っていったのだった。

 まぁ、態々 説明するまでもないだろうが、説明して置こう。当然ながら、鶴子にも『不穏な気配』にもナギ自身で気付けた訳ではない。
 身も蓋もなく種明かしをすると、ナギの鞄の中で待機しているチャチャゼロが気配を察知し『念話』でナギに知らせていたのである。
 エヴァの魔力を制限している状態なのでチャチャゼロは動けないのだが、動けないだけで知覚は働いているので特に問題はないのだ。

 ちなみに、これも説明するまでもなこといだろうが、チャチャゼロが『不穏な気配』を知らせたタイミングはナギが本題に入る直前である。



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Part.05:オレは那岐じゃないよ


 さて、鶴子と別れた後のことについても、軽く話して置こう。

 鶴子が『不穏な気配』に飛び掛ってから程無くして、チャチャゼロから『ドウヤラ終ワッタ ヨウダゼ』と言う『念話』が入り、
 その直後に「ふふふ……『ええ汗』掻きましたわぁ♪」とか言いながら 爽やか過ぎる笑顔を浮かべた鶴んが戻って来た。
 余談だが、それを見たナギが「オレ、何であんな危険人物と『お話』できたんだろ?」と先程の自分に賞賛を送ったらしい。

 まぁ、そこら辺は深く気にしてはいけないので、忘却の彼方に棚上げして置くことにして本題に入ろう。

 鶴子の話によると、どうやら『不穏な気配』は「悪魔のような形をした式神」だったらしい。
 報告された形状から察するに、フェイトが京都で使っていた『ルビカンテ』とか言う式神(?)のことだろう。
 つまり、フェイトに どんな思惑があったのかは定かではないが、式神(?)にナギ達を見張らせていたことは確かである。

(まぁ、それがわかったからと言って何の得もないんだけど……相手の思惑を予想するくらいならできると思う)

 ナギ達を監視するだけなら『遠見』を使えばいい。それなのに、フェイトは態々 手札を切ってまで式神(?)見張らせていたのである。、
 つまり、「こちらに隙があれば何らかの行動を起こそうとしていた」と言う可能性が導き出される(あくまでも可能性でしかないが)。
 当然ながら、現状は「千草を捕まえただけ」でしかないため、警戒体勢は続いている。むしろ、千草のせいで警戒は強くなったぐらいだ。

(つまるところ、現時点では『想定の範囲を逸脱していない』と言うことになるんだけど)

 だが、どうしてもナギは「何か重大なことを見落としている」気がしてならない。
 鶴子の加入も考えると、戦力は充分過ぎる程だ。だが、それでも、ナギの不安は消えない。
 ナギの想定していないような事態が起きそうな気がして不安を拭い去れないのだ。

(安全のために原作を無視しまくったのが仇になった、と言うことはないよね?)

 安全を優先したために原作とは掛け離れた展開になりつつあるため、原作知識は絶対ではない。
 ここまでが偶々うまくいっていただけに過ぎず、とんでもない失敗をしていまうかも知れない。
 また、こちらの思惑通りに事が進んでいると思わせている と言ったトラップの可能性だってある。

(考え出したら限が無いな。それに、今は それどころじゃないのが、オレの現状だし)

 何故なら、報告を終えた鶴子と「では、また後程」と別れた後で、何故か殺気を立ち上らせた あやかに捕まってしまったからである。
 しかも、あきらかなジト目で見られながら「神蔵堂さんは、年上の女性が お好きなようですね?」とか言われるオマケ付きで、だ。
 ナギが「それどころじゃない」と評したくなるのも頷けるだろう。未来の危険な予感よりも、現在進行形の危険の方が重要な筈だ。

「え~~と、まず最初に言って置くけど……鶴子さんとは仕事の関係で話していただけだからね?」

 ナギは妻に浮気を咎められている恐妻家の夫の如く居住まいを正し、震えそうになる声を どうにか抑えつつクールを装って言い放った。
 どう聞いても『浮気がバレた夫が よく使う言い訳』にしか聞こえないが、実際に そうなのだからナギに後ろ暗いことは何もない。
 と言うか、そもそもの問題としてナギは あやかと『何でもない関係』なので、鶴子と浮気していようが咎められる所以などないのだが。

「仕事? 学生である神蔵堂さんが一体どの様な仕事の話をなさるのですか?」

 正論である。魔法関係の仕事なので間違った表現ではないのだが、それは言えないので表現の選択ミスである。
 ここは白々しいが「世間話をしていた」くらいにすべきだっただろう。どうやら、割とテンパっていたようだ。
 とは言え、ナギは この程度のことで「詰んだ」とあきらめるような男ではない。ナギは あきらめが悪いのである。

「……知ってると思うけど、木乃香の実家が京都にあってさ。婚約者として挨拶に行くと言う『仕事』のために頼み事をしていたんだよ」

 ナギは話せる範囲内で事情を話す。本当のことを隠しただけで嘘は吐いていないので、下手な嘘を吐くより万倍マシな対応だろう。
 僅かな逡巡は見せたものの、咄嗟に吐いた説明としては悪くない。むしろ、悪くないどころか最善手かも知れないレベルのものだ。
 まぁ、木乃香の婚約者と言う部分で あやかの機嫌は更に悪くなったような気がするので、最悪手としての要素も孕んでいたようだが。

「その割には随分と楽しそうに会話をなさっていたように見えましたが?」
「いや、あれは『値踏み』だよ。ほら、木乃香の家って結構 大きいでしょ?」

 ナギと木乃香は婚約者だ。つまり、ナギと木乃香は結婚する可能性が高い と言うことである。
 そして、仮にナギが木乃香と結婚した場合、まず間違いなくナギは西の上層部に押し上げられるだろう。
 要するに、鶴子は「ナギが自分の上に『成り上がる』に足る存在かどうか」を測っていたのだ。
 具体的には、鶴子の御眼鏡に適っていなかったら『不穏な気配』から守ってくれなかった可能性がある感じだ。

「で、では、葛葉先生とも仲がよろしいように見受けられる件については?」
「いや、どこら辺が仲いいのさ? 基本的にイビられているだけだからね?」

 具体的に言うと、事情を知っている手軽さ故にストレス発散に使われているのである。
 恐らくは教師と魔法使いの二束の草鞋でいっぱいいっぱいになっているのだろう。
 もしかしたら、彼氏とうまくいっていないのかも知れないが、それは考えないのが賢明だ。

「そ、それでは、ウルスラの先輩との噂については どう釈明するのです?」
「いや、釈明って言われても……そもそも、あの人はオレを目の敵にしてるだけだし」

 と言うか、ナギの中では「高音は百合の人」なので、そんな噂が存在することすら信じられない。
 火の無いところに煙は立たないため、最初から眼中に無い存在との噂など流れる訳が無いのである。
 ちなみに「義理堅いし反応も面白いので、百合じゃなければなぁ」と思わないでもないらしいが。

「って言うかさ、何でオレは責められているのさ? 雪広は、オレが那岐じゃないってわかってるんでしょ?」

 あやか が那岐に特別な感情を抱いていることは知っているため、あやか の気持ちは わからないでもない。
 頭では別人と割り切っていても感情では納得し切れず、ナギが相手でも嫉妬してしまうのだろう。
 だが、気持ちがわかるからと言って、ナギが あやかの嫉妬を甘んじて受ける理由にはならない。それ故の反論だ。

「……正直に言うと、雪広あやか と言う女性にだけはオレと那岐を重ねて欲しくないんだよね」

 タカミチや近右衛門や刹那や木乃香が「ナギを那岐として認識している」ことはナギもわかっている。
 そのことに いい気はしないが、違いに気付かない相手に自ら説明することでもないので静観しているだけだ。
 だが、あやか は違う。あやか だけが違う。あやか はナギと那岐の違い気付き、ナギに それを認めさせた。
 それ故に、ナギは あやかにだけはナギと那岐を重ねて欲しくない。那岐のためにも、そして、ナギのためにも。

「だって、雪広あやか は『オレ』を那岐じゃないと見抜いてくれた唯一の人間だからね」

 ナギ自身も勝手な言い分だとは思っている。
 だが、それでも望んでしまうのだ。
 あやか にだけは重ねて欲しくない と。

「……わかりましたわ。この度の非礼は お詫びします。そして、これからは気を付けますわ」

 あやか は自分に言い聞かせるように言葉を紡ぐ。恐らく、理性で感情を押さえ付けるつもりなのだろう。
 人間は感情の生き物だ。理性で感情を押さえ付けることは、本来なら歓迎されるようなことではない。
 だが、ナギは無理をさせたくない と思うと同時に、それを喜んでもいる。それが、余計に腹立たしい。

 それ故に、ナギは あやかに悟られぬように内心で「この救い難いクズめ」と己を唾棄するのだった。



 


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オマケ:千草への通達


 薄暗い拘置所の中で千草は仲間からの連絡を待っていた。

 普通ならば、大ヘマ(失敗しただけでなく捕まった)をやらかした千草は見捨てられるどころか切り捨てられるだろう。
 簡単に想像できる末路としては、やってもいない罪を被せられて一生 塀の中、と言ったところだろう。
 だが、今回の「計画」には千草が必要不可欠であるため、千草は仲間が救出してくれることを疑っていなかった。

『千草さん……聞こえますか?』

 そして、そんな千草の考えは間違っていなかった。救出の糸は垂らされたのだ。
 ゴボゴボッと言う音を立てて、千草の飲んでいた お茶が盛り上がり、
 千草が『新入り』と呼ぶ人物から『言霊』による連絡が入ったのである。

『すみませんが、監視が厳しいため一方的な通達しか送れません』

 現在、千草は西にも東にも厳重に監視されている。反上層部の勢力の尻尾を掴むためなので、当然の措置だと言えるだろう。
 と言うか、ナギの小細工の御蔭で公権力に拘束されてしまったため、泳がそうにも泳がせないので厳重に監視するしかないのだが。
 それ故、双方向回線を開くのは不可能に近く、『新入り』は一方通行の『念話』である『言霊』を送るしかできなかったのである。

「別に構へんよ――って言っても聞こえないんやけどな」

 西も東も敵に回すような(傍目には)愚かなことをしでかした千草だが、
 厳戒態勢が敷かれていることを想定できない程 愚かではないのだ。
 連絡をくれただけでも有り難いと思うしかないのは わかりきっていた。

『「計画」の決行までには必ず救出しますので、それまで辛抱していてください』

 明確な日時を告げていないのは、『新入り』が『言霊』を盗聴される可能性も考えたからだろう。
 もちろん、千草は「計画」と言うキーワードだけで明確な日時を想定できたため、何も問題ではない。
 むしろ、敢えて偽りの情報を出して傍受した者を霍乱するくらいのことをして欲しいくらいだ。

「……まぁ、助けてくれるんやから、文句は言わんけどな」

 本音を言うならば一刻も早く こんなところから抜け出したい千草だが、
 文句を言っても現状が変わらないことは悲しいくらいにわかるので、
 仲間の救出と言う光明が見えこともあり、僅かに苦笑するにとどめた。

 そして、ただの水面に戻った お茶を見遣ると、口の端を吊り上げながら歪んだ笑みを刻むのだった……


 


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後書き


 ここまでお読みくださってありがとうございます、カゲロウです。
 以前から「改訂した方がいい」と言う意見が多数あったので、改訂してみました。


 今回は「普通に修学旅行を楽しむ予定の筈が、何故か黒い会話がメインっぽくなっていた」の巻でした。

 いやぁ、鶴子さんとの会話が いつの間にか黒くなっていてビックリですよ。
 どうやら、ボクは黒い方向に話を持って行かないと気が済まない人間なようです。

 ところで、ネギと のどか の会話ですが……

 ネギが埼玉以外を、そして のどか が埼玉を否定してるような表現になってますけど、
 これは麻帆良が埼玉にあるからで、ボク個人の価値観の反映ではありません。
 まぁ、こんなこと態々説明するまでもないでしょうけど、一応 念のためです。


 では、また次回でお会いしましょう。
 感想・ご意見・誤字脱字等のご指摘、お待ちしております。


 


                                                  初出:2010/01/24(以後 修正・改訂)



[10422] 第23話:お約束の展開【改訂版】
Name: カゲロウ◆73a2db64 ID:552b4601
Date: 2013/03/25 20:57
第23話:お約束の展開



Part.00:イントロダクション


 引き続き、4月22日(火)、修学旅行一日目。

 予定通り清水寺の見学を終えたナギ達は、
 予定通り宿泊先である嵐山のホテルに着いていた。

 そう、とりあえずは予定通りに事が進んでいたのだった。



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Part.01:偽りだらけの会話


(はぁ、どうにか無事にホテルまで来られたな)

 ホテルの部屋に移動したナギは、ホッと一息吐いていた。まだまだ序盤だが、心身の安寧のために小休止は必要だろう。
 ちなみに、男子と女子の宿泊先自体は一緒だが、階層は愚か建屋すらも違うので、実質的には別々に泊まっているに近い。
 だが、それでも敷地は一緒だ。女子部屋に侵入しようとするバカ対策のために、夜間は教師達が見張りに立つことだろう。

(しかし、昔は教師を鬱陶しく感じたものだけど、こうして考えてみると同情を禁じ得ないなぁ)

 現在はクラス毎(つまり、男女別)に夕食を食べ終えた状態であり、あとは就寝時間(22:00)まで入浴時間も含んだ自由時間となっている。
 ところで、警備体勢についてだが……瀬流彦が『結界』を張ったため余程の手練でない限り侵入できないうえに浸入されても察知できる状態である。
 原作の様に刹那に張ってもらってもよかったのだが、餅は餅屋と言うことで瀬流彦に任せたらしい(刹那は戦闘要員であり、術は補助程度でしかない)。

「と言うことで、第一回『神蔵堂の暴露大会』を始めたいと思いまーす!!」

 何が「と言うこと」なのだろうか? ナギが思索に耽っていたのは確かだが、それでも周囲の状況は確認していた。
 ナギの記憶が確かならば、各々が適当にくつろぎながら今日の出来事(主に女子関連)を話していただけだった筈だ。
 つまり、フカヒレの言葉(先の言葉の発言者はフカヒレだった)は脈絡がなく、ナギが「何で?」と思うのは自然である。

 だがしかし、疑問に思ったのはナギだけだった。と言うか、周囲はフカヒレの味方だった。

「だ、だって、和泉とのことが気になるし……」
「……ボクはトシの意見に賛成だからかな?」
「オレは赤髪幼女と金髪幼女が気になるからだ!!」
「オ、オレはホラ、言わなくてもわかってるだろ?」
「オレは この前のメイドさんだぁあああ!!」

 それぞれ、田中・平末・白井・フカヒレ・宮元の言葉である。と言うか、実に わかりやすい連中である。

 どうでもいいが、田中ラブな平末が田中を応援しているっぽく見えることに違和感を覚えるかも知れないが、
 平末の狙いは「玉砕した田中の心の隙に付け込むこと」だと思われるので、その違和感は気のせいである。
 もちろん、田中は普通に応援されていると勘違いして友情の素晴らしさを感じているのは言うまでもないだろう。

(って言うか、コイツラ予想通りにメンドくせー)

 まぁ、百歩 譲って暴露話をするのは修学旅行の定番なので吝かではない。
 それに、健全な思春期男子が気になるのは女関係であることも承知している。
 だがしかし、それでもナギが面倒臭いと感じてしまうことは変わらない。

(う~~ん、どうしよっかなぁ)

 当然ながら、ありのままに実情を語るなどと言う愚を犯すつもりはナギにはない。
 何故なら、ナギの人間関係は(見方によっては)モテている様に見えるからだ。
 しかし、だからと言って適当なことを言うのはバレた時が面倒臭くなるので悪手だ。

(いっそのこと、実はオレ二次元にしか興味がないんだ とか言ってみようかな?)

 そんなこんなで、ナギが煮詰まりつつあった時、
  デデデデデ♪ デデデデデ♪ デデデデデッデデデ~~♪♪
 と言う感じの 世にも奇妙な音楽が聞こえて来たのだった。

 うん、まぁ、ナギのケータイが鳴った と言うことである。

 ちなみに、この曲は通常着信(登録の無い相手からの着信)なので、電話相手は不明と言うことである。
 知らない相手だから世にも奇妙な音楽にする、と言うセンスは正直「それはどうよ?」と思いたくなるが、
 世の中には「わかりやすいのが一番だ」と思う人間もいるので仕方が無い。そう言うことにして欲しい。

「おぉーーっと!! ケータイが鳴ってるってことは何か重大な用件かも知れないから出ないといけないよね!!」

 ナギは ちょっと(と言うか、かなり)態とらしく着信をアピールしながら、自然な動作で部屋の外に移動する。
 つまり、着信を理由に その場から逃げたのである。着信してから咄嗟に思い付いた方法としては悪くは無いだろう。
 まぁ、時間稼ぎにしかならないが、時間が経てば熱が冷めて興味が別のことに移る可能性もあるので大丈夫な筈だ。
 と言うか、タイミングを考えると着信の相手への対応の方が重要なので、フカヒレ達のことは放置してもいいだろう。

 そんな訳で、通話内容に話題を移そう。

『ヤァ、神蔵堂クン。忙しいところ電話して悪かったネ?』
「いや、いいよ。それよりも、何の用件かな、超 鈴音?」
『決まっているダロウ? 「例の件」ダヨ、神蔵堂クン』
「だけど、ソレは修学旅行の後でいいんじゃなかったっけ?」
『確かに そう言たガ、少々【予定】が変わりそうでネ?』
「ふぅん? つまり、そっちの都合で予定を変更したい、と?」
『まぁ、そう言われてしまうト、そうダとしか言えないネェ』

 まぁ、会話からわかるだろうが、通話相手は未来人にして火星人な、色々と設定を詰め込み過ぎた天才少女――超である。

 ちなみに、ここで言う「例の件」とはハカセへの依頼に対する報酬のことで、邪魔の入らない環境でナギと超が話し合うことである。
 当初の予定では「修学旅行の後に折を見て」と言うことだったので、何らかの思惑があるのか、超が急遽 予定を繰り上げて来た訳だ。
 当然ながら、律儀に超の思惑に付き合う義理などナギには無い。無いのだが、超が勝算もなく提案をして来たとも思えないのが実情だ。

 つまり、ナギに付き合う気が無かったとしても、最終的には付き合わされる可能性が高いため、対応は慎重にすべきなのである。

「とりあえず、何故に予定を変更をしたいのか、訊いてもいいかな?」
『まぁ、簡単に言うと、【予定】が変わってしまっているから、だネェ?』
「……取り方によっては言葉遊びをしているようにしか聞こえないね?」
『だが、キミは別の意味で受け取ってくれた と思うのハ私の気のせいカナ?』

 ちなみに、超は「ナギが『超の想定していた予定』として受け取った」と考えているが、ナギは『超が知っている歴史』として受け取っている。

「いや、気のせいじゃないよ。ちゃんと『別の意味』で受け取っている」
『そうカ、なら よかタ。では、私の要求を飲んでもらえるカネ?』
「要求? ああ、予定を変更したい件ね。まぁ、別に構わないけど?」
『それは有り難いネ。では、今からホテル前の橋まで来てくれるカナ?』
「今から? まぁ、別にいいよ。『ちょうど』外に出たところだからね」
『フフフ、そうカそうカ。それは実に「いいタイミング」だたネェ?』
「うん、そうだね。まったく以って、良過ぎるくらいにタイミングがいいねぇ」

 まるで、超の描いたシナリオに沿っているかのようなタイミングに、ナギは「思い通りにいくのはここまでさ」とニヤリと笑うのだった。

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 …………………………………………………………

「やぁ、超 鈴音」

 待ち合わせ場所(渡月橋とか言う橋)に着いたナギは、既に待っていた超へ呼び掛ける。

「いやぁ、すまなかたネ、急に呼び出したりシテ」
「気にしないで。その呼び出しに救われたところもあるから」
「そうかネ? そう言うことなら、気が楽になるヨ」
「うん。だから、『その点について』は気にしなくていいよ」

 超は缶コーヒーを差し出しながら謝罪をして来たが、心が籠もっていないのは明白なのでナギは缶コーヒーを受け取りながら謝罪を軽く受け流す。

「むしろ、最近、『蝿』がうるさいことに関して気にして欲しいんだけど……それは どうかな?」
「……しかし、『五月蝿』と書いて『うるさい』と読むからネェ。春なのデあきらめてくれないカ?」
「そっか。それじゃあ、強力な殺虫剤でも調達してくれないかな? それくらいならできるでしょ?」
「いや、それも無理だヨ。蝿はただ うるさいだけじゃないカラ、どうにか我慢してもらいたいネェ」

 ちなみに、ナギは鎌を掛けただけで確信は無かった。内心では「本当にスパイロボを貼り付けてたんだ」と軽くショックを受けているくらいだ。

「それならば仕方ないね。それじゃあ、雑談は この辺にして……そろそろ『本題』に入ろっか?」
「まぁ、私も そうしたいのだガ……残念ながら、現状では『触り』しか話せないんだよネェ」
「……じゃあ、何で このタイミングでオレを呼んだのさ? 『触り』だけでも話したかったの?」
「まぁ、そうとも言えるシ、そうとは言えないネェ。何故なら、すべては『キミ次第』だからネ?」

 現状は何処に目や耳があるかわからない。それ故に『本題』を話すことはできないのだろう。
 そう判断したナギは、促されるまま缶コーヒーを飲む振りをして、その側面に付いていたシールを回収する。

「なるほど。つまりは、そっちの御眼鏡に適わなければ『本題』など話せないってことだね?」
「まぁ、そう言った側面がないとは言わないガ……私は そこまで傲慢なつもりはないヨ?」
「へぇ? 試金石ではないと言うのなら、それじゃあ どう言うつもりで『触りだけ』話すんだ?」
「そんなの決まているネ。キミを測りたいのではなく、キミが信用してくれるか を見極めたいのサ」

 ナギが回収したシールには、5センチ四方のモザイク(あきらかにQRコード)が描かれていた。

「へぇ、つまり、オレを測るのではなく、オレにそちらを測れ と?」
「その通りサ。信用してもらうニハこちらから信用するのが筋ダロウ?」
「なるほどねぇ。だから、本題を話すにはオレ次第って言ったのか」
「そうサ。これで信を得られないナラ、キミのことはあきらめるヨ」

 恐らくは、この会話が終了して安全地帯に移動したらQRコードを読み取って欲しい と言うことだろう。
 そして、QRコードに記され内容(もしくは、記されたアドレスの先にある情報)で判断して欲しい と言うことだろう。

「わかったよ。とりあえず『今のところ』は信用することにして置くよ。だから、麻帆良に戻ったら『本題』を話して欲しい」
「フム。その言葉、有り難く受け取って置こウ。だけど、『今のところ』と言うと麻帆良に戻るまでに心変わりするかも知れないネ?」
「まぁ、そうかも知れないね。人間と言うのは感情の生き物だからねぇ。心変わりするとも心変わりしないとも言い切れないよね?」
「そうだネェ。だから、麻帆良に戻った時まで私を信用してくれていたラ『本題』を話そうと思うのだガ……それで、構わないネ?」

 了承を伝えるためにナギは『今のところ』を強調し、超は それに「判断は後でいい」と返した。そう、これで会話は終了した訳だ。

「うん、それで問題ないよ。要はオレが信用し続ければいいんだから、ね」
「……そうだネ。とりあえずは、そう言ってもらえただけでヨシとするヨ」
「そうか。それじゃあ、『続き』は麻帆良に戻ってからってことだね?」
「そうだネ、今日のところはお開きと言うことデ『詳しく』は戻ってからだネ」

 それ故に、不自然にならないように当たり障りのない会話を交わして、この場での会話を終えたのだった。



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Part.02:湯っくりしていってね


 ダミーのために他のQRコードも用意しつつ超のQRコードをチェックし終えたナギは、部屋に戻――りはせずに風呂に向かう。

 ちなみに、風呂に向かう と言ったが、大浴場に向かう訳ではない。そんな危険をナギは犯さない。
 何故なら、お約束的に「男湯と女湯を間違えてバッタリ」とか言う展開がありそうだからだ。
 通常なら有り得ないことだが、ナギは「有り得なくても起きる時は起きる」と警戒しているのだ。

 それ故に、ナギは茶々丸に予約して置いてもらった『個人風呂』に向かっているのである。

(フッフッフ……これで「実は混浴で風呂場でバッタリ!!」と言うパターンも回避できるね。
 ああ、何て用意周到なんだろうか? 伊達に『準備不足で泣きを見て来た』訳じゃないさ。
 微妙にブルーな気分になりそうだけど、とにかく、今回のオレに抜かりは無い!! ……筈だ)

 だがしかし、ナギ詰めが甘かった。そう、茶々丸と言う危険要素を忘れていたのである。

 何故なら、意気揚々と浴場に行ったら、エヴァが「どどーん」と仁王立ちしていたからだ。
 しかも、「遅いぞ!! 神蔵堂ナギ!!」とか意味不明なことを言って来たのだから、どうしようもない。
 ちなみに、エヴァもナギも全裸ではなく水着を着ているので、最悪の事態は防がれてはいるが。

「え~~と、何をしていらっしゃいますか、金髪幼女殿?」

 だが、最悪ではないだけで充分に劣悪な事態であることは変わらない。
 それ故、ガラスのように脆い自我が身を守るために現状の認識を拒むので、
 ナギは訊くまでもなくわかりきっていることを敢えて訊ねざるを得なかった。

「き、貴様が私の為に風呂を予約したと聞いたからな、し、仕方なくだ!! 仕方なく!!」

 はい、答えになっていません。あきらかに「何してんの?」と言う質問の答えにはなっていない。
 と言うか、ナギがエヴァのために風呂を予約した なんて事実はない。あきらかに虚実だ。
 そして、仕方なく何をしている と言うのだろう? 仕方なく仁王立ちしたのだろうか?

「し、仕方がないから、特別に私の背中を洗わせてやろうと待っていてやったのだ!!」

 どうやら、答えになっていないと判断したナギが早計だったようで、答えになるように続きがあったようだ。
 だが、何をどう間違えたら「仕方がないから」で両者を接続できるのだろうか? 非常に疑問である。
 仮に(エヴァの言う様に)ナギがエヴァのために風呂を予約したとしても、ナギがエヴァの背中を洗うことには繋がらない。
 むしろ、ナギへの礼としてエヴァがナギの背中を流すのが適当ではないだろうか? どれだけ素直じゃないのだろうか?

(って言うか、茶々丸さん……誤情報を流すのはやめてくれませんか?)

 諸々の手続きが面倒だったので茶々丸に丸投げしたナギが悪いと言えば悪い。それは間違いない。
 だが、だからと言って、事実を捻じ曲げてエヴァを誘導するのは何かが間違っているのではないだろうか?
 と言うか、そもそも「この三国一の果報者め!!」って感じでナギを睨んでいるのは何故なのだろうか?

 いや、茶々丸だから仕方がない で済まされてしまう気がしないでもないが、済ませてはいけない気がしないでもない。

「……誤情報とは心外ですね。私は『神蔵堂さんが個人風呂を予約した事実』と『予約の動機の推測』を伝えただけですよ?
 それと、睨んでいる件についてですが、私は防水仕様ではありませんので、濡場――もとい水場は御法度であるため、
 マスターの背中を流すという栄誉を賜れなかった故に『軽く』嫉妬しているだけです。ですから、気にしないでください」

 もちろん、『事実』は正しい。だが、『動機の推測』は誤りだ。まぁ、推測なので間違っていても咎められないのだが。

「そもそもの問題として、オレは「こう言った展開」になるのを回避したくて個人風呂を予約したんだけど?
 それと、「残念ながら、私には見ているだけしかできません」ってニュアンスで傍観しているようだけど……
 茶々丸の場合は「見る = 盗撮」ってことだよね? オレには喜んでいるようにしか見えないんだけど?」

 ナギは悪意のある推測に「態とだろ!?」とツッコみたいのを抑え、別の部分をツッコんだ。

「まぁ、簡単に言うと、マスターが他の女子生徒との入浴に難色を示したからです。
 具体的に言うと『ガキ共と風呂に入るなどテレるだろうが!!』って感じでしたね。
 ですので、どうせなら神蔵堂さんが苦しむ様も見たかったので、こちらに来ました」

 安息の地を汚されたのに酷い言い分である。しかも、後半のツッコミは鮮やかにスルーだ(さすがである)。

「ええい、茶々丸!! 余計なことをグダグダ言うな!! と言うか、そんなこと言っとらんわ!!
 それと神蔵堂ナギ!! 私は別に貴様を苦しめるつもりなどなかったんだからな!! 勘違いするなよ!!
 私は、茶々丸が『神蔵堂さんが個人風呂を用意しているそうです』とか言って来たので(以下略)」

 まぁ、エヴァのツンデレも さすがと言えば さすがだが……ナギが「はいはい」と食傷気味なのは言うまでもないだろう。

「――って、そんなとはどうでもいいだろうが!! いいから、サッサと洗え!!
 いくら春とは言っても、まだまだ外は寒いから冷えてしまうだろうが!!
 今の私は ただの人間と大差ないので、このままでは風邪を引いてしまう!!」

 もちろん、ナギが「いや、そんなこと言われても、勝手に待っていたのはエヴァでしょ?」と思ったのは言うまでもないだろう。

「って言うかさ、ふと疑問に思ったんだけど……水着を着ている人間を洗う意味ってあるの?
 いや、だって、布地越しに洗うとしたら、それは水着を洗っていることと変わらないよね?
 それに、水着の中に浸入して洗うとしたら、それはそれで水着を着ている意味を失くすよね?」

 まぁ、後者については視覚的に隠れている点で意味はあるが、ナギにしては真っ当なツッコミかも知れない。

 ところで、一応は弁解して置くが、ナギは「水着を脱げ」と言いたい訳ではない。むしろ「水着の中に手を入れさせろ」と言いたいのである。
 あ、いや、そうではなくて、ナギの目的は「エヴァの背中を洗うことを遠回しに拒否して、ついでに風呂から出てってもらう」こと らしい。
 いくら変態なナギでも、幼女にしか見えない相手と風呂に入るのは気が引けるのである。変態紳士を名乗るだけあって、最低限度の節度はあるのだ。

(正直に言うと、エヴァの背中を流すのは非情に魅力的だけどね?)

 エヴァの水着は旧式のスク水(紺)であり、しかも「え う゜ぁ」と言う名札が付いている仕様だ。
 そのセンスに脱帽した と言うか、完敗と言うか、明らかに 狙ってやってるとしか思えない と言うか、
 むしろ茶々丸が用意したとしか思えない と言うか、茶々丸に乾杯 と言うか、そんな感じなのである。

 いろいろな問題をすべて放り投げたくなる魅力が そこにはあるが、放り投げられないのである。

「う、うるさい!! つべこべ言わずに、男なら黙って洗え!!
 と言うか、何か文句があるなら、大声を出して人を呼ぶぞ?
 貴様はそれでもいいのか? 悪評どころか逮捕レベルだぞ?」

 内心の欲望を抑え婉曲的にエヴァの退出を待ったナギだったが、エヴァには効果がなかった。むしろ、逆効果だったくらいだ。

 どうでもいいが、ナギの口癖を用いたのだとしたら「逮捕レベル」ではなくて「タイーホレベル」だろう(実にどうでもいい)。
 いや、そんなことを気にしている場合ではないのだが、そんな場合ではないからこそ気になるらしい。つまり、逃避だ。
 どうやら、変態なナギでも逮捕はイヤなようだ。つまり、ここは大人しくエヴァと入浴するしかない、と言うことである。

「はいはい……仰せのままにいたしますですよ、おぜうさま」

 内心はともかく、ナギは「仕方がないなぁ」と言わんばかりの態度でエヴァと入浴することを受け入れた。
 もちろん、背中を洗う際は水着越しなんて生温いことはせずに水着の中に手を入れたのは言うまでないだろう。
 何か「この絹の様でいて餅の様な絶妙な感触が堪りませんなぁ」とか思っていたらしいが気のせいに違いない。

 どうでもいいが、茶々丸が ものっそい怖い目でナギを睨んでいたらしいが、その理由は考えてはいけないだろう。



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Part.03:想定外の事実


『……で? 本題は何? 単に風呂に入りに来た訳じゃないんでしょ』

 そんな訳でエヴァと入浴と言うアクシデントを挟んだが、ナギは目的通りに露天風呂を堪能し心身ともにリラックスした。
 もちろん、ここは敵地も同然なので完全に気を抜いた訳ではない。それでも、充分に心身を休めることができた。
 それ故にナギは「棚上げしていた問題」、つまりエヴァが「ここに来た理由」を(『念話』で)訊ねることにしたのである。

『ふむ。やはり貴様は面白いな』

 ナギからの問い掛けに、エヴァは感心した様な反応を返す。まるで子供の成績を喜ぶ母親の様な反応だ。
 評価されて悪い気はしないが、質問を無視された形になったので感心されたナギとしては微妙な気分だが。
 と言うか、エヴァに母親面されること自体が微妙だ。ナギにとってエヴァは『年上の妹』くらいの扱いなのだ。

『ああ、本題だったな。大丈夫だ、忘れていない。ただ、貴様の抜け目のなさを評価したくなっただけさ』

 ナギの無言の非難を汲んでくれたのだろうが、何度も言う通りエヴァに そんな評価されてもナギには微妙だ。
 特に、ナギ的には抜けまくっているエヴァから「抜け目がない」と評価されても、いまいちシックリ来ない。
 気分としてはチルノに「アンタも天才ね」とか評価される様なものなので、逆に不安になるくらいだ(大分 失礼)。

『では、本題に入ろう。実は「例の報告」をして置こうと思ったのだよ』

 エヴァは「まぁ、貴様のことだから予想は付いているだろうが」と前置きをして本題に入ったが、
 ナギとしては「報告だけなら『念話』で済むのでは?」と思っているため、実際は予想とは少し違う。
 必要がないのに対面を求めた――つまり、対面せざるを得ない理由ができた と予想していたのである。

『まぁ、貴様の疑念は尤もだが、「念話」は稀に傍受されることがあるので機密情報の遣り取りには向かんのだよ』

 ナギの疑問を察したエヴァは『念話』のみでの報告をしなかった理由を説明し始める。
 エヴァの説明によると、極稀に『念話』などの精神波を傍受できる体質の人間がいるらしく、
 敵陣営の中に そのタイプの人間がいないとも限らないので、念のために対面を求めた らしい。
 当然、ナギとしては「そう言うことは前以て言って欲しいんだけど?」と言う気分になったが。

『……いや、傍受できるヤツがいて且つ私達の会話を聞いている可能性は極めて低かったから大丈夫だ』

 言い換えると「盗聴されることは まず起こり得ないだろうが、用心に越したことはない」と言うことである。
 これまで機密情報に関する会話はエヴァの家(防諜完備)でしかしていなかったので大丈夫なのだろう。
 危険だったのは電車の中くらいだが、敵の勢力圏ではなかったので大丈夫な筈だ。つまり、用心すべきなのは今くらいだ。

『ま、まぁ、そう言うことだな。相変わらず理解が早くて助かるぞ、神蔵堂ナギ』

 繰り返しになるが、ナギはエヴァに評価されても余り嬉しくない。と言うか、母親が子供を褒めるような態度は正直 言うとやめて欲しい。
 ビジュアル的にはエヴァの方が子供だし、何よりも背伸びしようとしている子供にしか見えないので、微笑ましくなってしまうからだ。
 と言うか、誤魔化そうとしているが、京都に来る前に傍受云々を伝えて置かなかったのは京都旅行に浮かれて忘れていただけに違いない。

『う、うるさい!! 誰かと「念話」で連絡を取り合う機会が少なかったんだから仕方が無いだろう?!』

 言われてみれば、エヴァは「人形は用いるが、基本的には一人で戦い抜いて来た『孤高の戦士』」だ。
 つまり、仲間との連携やら情報共有やらは経験がないに等しいため、仕方ないと言えば仕方ないだろう。
 だが、だからと言って、そう堂々と「ぼっち だったので連絡とか苦手です」と豪語されても困るが。

『ええい、黙れ!! サッサと本題に入るぞ!!』

 何か勢いで誤魔化そうとしている気がしないでもないが、ここは敢えてスルーして置くべきだろう。
 と言うか、ダラダラと不毛な会話を続けても意味がないので、スルーするのが最善に違いない。

 そんな訳で、エヴァは直接触れ合った者同士にしか伝わらない極めて秘匿性の高い『念話』(以下『秘匿念話』)を展開した。

『そもそも、ヤツから拾えた情報は大きく分けて2つある』
『ほほぉう? それじゃ、その1つ目は何なのかな?』
『身も蓋も無く言うと、ヤツの企んでいる「計画」の内容だ』
『なるほど。じゃあ、2つ目が「千草と その協力者」かな?』
『……まったく、説明のし甲斐がないヤツだな、貴様は』
『さっきは「理解が早くて助かる」とか言ってなかったっけ?』
『フン。よく言うだろう? それはそれ、これはこれ とな』

 相変わらず我儘な幼女である。だが、これがエヴァなので最早ナギは気にならない。むしろ、気にすべきはエヴァが入手した情報だ。

『ってことで、まずは「計画」について教えてくれない?』
『それは別に構わんが……何が「ってことで」なんだ?』
『いや、そこは軽く流すのが優しさってヤツじゃない?』
『……まったく、貴様と話していると未知との遭遇が多いよ』
『それは婉曲的に褒められている、と受け取って置こう』
『好きにしろ。解釈は自由だからな、いちいち口出しはせん』
『そうさせてもらうよ――って言うか、計画を教えてくれない?』
『わかっている。と言うか、脱線したのは主に貴様のせいだぞ?』
『それは わかってるよ。だから、そこは流して先に進もうよ?』

 脱線してしまう癖があることはナギにも自覚はある。自覚はあるが、直せないのである。だからこそ、癖なのだろうが。

『では、先に進むが……ヤツの企んでいた計画は3種類ある。わかっているな?』
『ん? ん~~、① イヤガラセ、② 親書奪取、③ 木乃香の拉致……ってとこ?』
『ああ、その通りだ。①と②は列車の中で起き、③は列車の中で教えたな?』
『うん、そうだね。だから、それぞれの中身について知りたいんだけど?』
『……これも列車の中で教えたが、基本的に「行き当たりバッタリ」なんだよ』
『うん? まさか、行動方針だけしか決まってなかったとか言わないよね?』
『残念ながら「隙を見て」とか「うまいことやって」とかのオンパレードだったな』

 どうやら言うようだ。行き当たりバッタリだ とは聞いていたが、まさか そこまで行き当たりバッタリだったとは……ナギも想定外である。

『比較的まともな情報としては、①と②は布石に過ぎず本命は③のようだ と言うことだな』
『へぇ、そうなんだ。それなりには考えてはいるようで、変な話ちょっとだけ安心したよ』
『安心するには早いぞ? 何故なら、肝心な中身が曖昧だからだ。まぁ、拾えた情報では、だが』
『……そ、そうか。でもさ、少しは拾えたんだよね? どんな情報でもいいから教えてくれない?』
『ああ、わかった。けっこう――いや、かなり断片的なので不足分は貴様の方で類推してくれ』

 そんなこんなで、ナギは千草の考えていた『計画』情報の入手に成功した(部分的ではあるが)。

 ちなみに、エヴァから得られた情報を まとめると以下のような内容になる(にしかならない?)。
  ・ 修学旅行三日目にナギ達が本山に行く予定なので、本山に着いて油断しているところを鮮やかに狙う
  ・ どうにか木乃香を浚い、木乃香の莫大な魔力を利用してリョウメンスクナノカミと言う鬼神を復活させる
  ・ 復活させたリョウメンスクナノカミを使って、西と東で大暴れ(つまり、オレTueee!!)しようと思う
 実に杜撰な『計画』だが、原作そのままな『計画』なので。原作との齟齬を心配していたナギは少しホッとしたらしい。

(だけど、その『計画』のためには千草が必要だよね?)

 だが、その千草は拘留されている。正確に言うと、ナギの策略で拘留させた のだが、とにかく拘留されている状態だ。
 つまり、現状では千草は『計画』に参加することは不可能だ。と言うことは、今回は『計画』を見送るのだろうか?
 それとも、千草を脱走させて『計画』を実行するのだろうか? いや、千草の代わりがいる可能性も考慮しなければならない。

(まぁ、原作の印象では白髪少年が千草を唆していたっぽいから、スクナの復活は白髪少年の望みであり、それには千草が不可欠なんだろうな)

 フェイトの実力(ラスボス級)を考えるとスクナを利用する意味は然程ないように感じるが、戦力はあって困るものではない。
 いや、維持が困難な戦力は無理に保持し続けない方が無難だが、この場合(スクナの場合)は保持して置いても損はないだろう。
 フェイトの属する『完全なる世界』の目的は魔法世界の破壊(及び再生)なので、むしろ戦力はあるに越したことはない筈だ。

(つまり、白髪少年は千草を脱走させて『計画』を実行するつもりでいる と見ていいと思う)

 厳しい監視の中を どうやって脱走させるのかはわからないが、フェイトも充分にチートなので きっと「うまいことやる」のだろう。
 と言うか、千草を脱走させないように対策を練るよりも、敢えて脱走させて泳がせて置いた方が原作通りに進むので対策を練りやすいので、
 千草の脱走については放置するべきだろう(身内の恥すら まともに裁けなかった と言う面では、西としては面目が潰れるだろうが)。

『どうやら、考えはまとまったようだな』

 ナギが思索を終えたのを察したエヴァが確認して来たので、ナギは『まぁ、だいたいのところはね』と鷹揚に頷いた後、
 厳かに『実は頼みがあるんだけど』と前置きし、以前から考えていた『対策』を伝え、エヴァに助力を依頼したのだった。
 ちなみに、それに対するエヴァの反応は『相変わらず腐っているな』と言う、素晴らし過ぎて泣けて来るものだったらしい。

 まぁ、ナギにも「あきらかに悪役の考えだよなぁ」と言う自覚はあるのだが……それでも、他人から言われるのは堪えたようだ。

 ……………………………………
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 …………………………………………………………

『ところで、本山の方はどうするつもりなんだ?』

 ナギが精神的ダメージから復帰したのを察したのか、エヴァ探るようにが訊ねる。
 と言うか、本山の何を どうするのだろうか? 求められている内容が具体的ではない。
 ある程度の候補は浮かんではいるが、それでも言葉は過不足なく伝えるべきだろう。

『……本山で近衛 木乃香を浚う と言う件について、だ。知っていて放置するのは問題だろう?』

 なるほど、尤もな疑問だ。ナギは原作で知っていたから軽く流していたが、本来なら流してはいけない部分だ。
 まぁ、だからと言って「チート臭い白髪少年が無双するから放置するしかないんじゃない?」などとは言えないが。
 と言うか、本山襲撃が防げそうにないから、スクナ召喚の方を対処することにしたので、本山は放置するしかない。

 むしろ、西の本拠地で東のナギ達が何かをする訳にはいかないので、放置するのがベストなのではないだろうか?

『いや、それもそうだが……「本山」で「近衛 木乃香を浚う」と言うことは、重要な意味を持っているのだぞ?
 と言うのも、本山にいると言う安心感から隙が生じるだろうから、その隙を狙うこと自体は悪手ではないのだが……
 あそこは麻帆良まではないにしろ かなり強力な「結界」が張られているので、それを突破するのは至難の業だ。
 つまり、正面突破以外の方法で来る――内部に手引きする者がいるか、内部に実行犯がいる と思われるのだからな』

 確かに、フェイト(ボスキャラ)の存在を知らなければ、そう考えるのが普通だ。エヴァの考えは的外れではない。

『……まぁ、エヴァの言う可能性は高いだろうね』
『なら、何故それへの対抗手段を練らないのだ?』
『簡単に言うと、それを炙り出したいから、かな』
『つまり、近衛 木乃香を囮にする、と言うことか?』

 さすがに「白髪少年が正面突破して来るから」とは言えないので、尤もらしい理由を口にするナギ。まぁ、完全な出任せではないが。

『木乃香には悪いと思うけど、後顧の憂いを断つためには仕方ないでしょ?』
『……今後の安全を考えると「最悪」を防げる今回に危険を冒すべき、ではあるな」
『そう言うこと。丁度、ネギが「御誂え向き」のアイテムを作ってくれたし、ね』
『ああ、そうだったな。しかし、貴様、まさか「ここ」まで予想していたのか?』
『いや、そんな訳ないでしょ? 偶々だよ。偶々、別の目的で頼んで置いただけさ』

 言うまでもなく、この事態を想定して頼んだのだが……それはナギしか知らないし、ナギもそれを誰かに教える気などない。

『それよりも、そろそろ次の話題に行かない? まだ詰めるべきところはあるでしょ?』
『露骨に話を逸らして来たな? いや、別に構わんが……他に詰めるべきことなどあるか?』
『いや、千草から読み取れた情報で、仲間のこととか報告してもらってないことがあるよ?』

 話題を変えたい意図もあったが、情報が欲しいのも事実だ。特に、二つ目の情報である「千草の協力者」は些細な情報でも欲しい。

『まぁ、あるにはあるが……繰り返しになるが、読み取れた内容は大したものではないんだぞ?』
『それでも構わないさ。と言うか、大したものでなかったとしても、無駄な情報なんてないさ』
『……ふむ。それも道理だな。現に、先程の情報だけでもスクナへの対策が練られた訳だしな』
『そう言うこと。それに、奴等の本命が木乃香で本山を襲撃予定だってわかったのも重要でしょ?』

 言うまでもないだろうが、スクナへの対策は元々していたのだが、例の通りナギしか知らないし、ナギも教える気などない。、

『……本命で思い出したが、貴様も狙われる対象には入っていたんだったな』
『いや、そこは護衛として忘れちゃいけない部分なんじゃないかな?』
『仕方がないだろう? 貴様に自覚がないようにしか見えんのだから』
『いや、これでも自覚しているから「それなり」の準備をしたんだけど?』

 具体的に言うと、ネギにアイテム作らせたり護衛増員を要請したりした。本人は大して動いていないが、何もしていない訳ではない。

『と言うか、奴等がオレを重視していないだけで、他の勢力は どうかわかんないでしょ? 所詮は現場レベルの勢力なんだし』
『まぁ、そうだな。ヤツ等の協力者については実働部隊レベルしか読み取れなかったし、水面下での動きからも尻尾を掴めていないらしいな』
『ある意味で想定通りだね。と言うか、上層部に反抗している勢力なんだから そう簡単に尻尾を掴ませる程 抜けている訳がないよねぇ』
『確かにな。だが、何かしらの目立った動きがあれば尻尾の片鱗くらいは見つけ出せるだろうさ(そこまで近衛 詠春も抜けてはいまい)』
『それもそうだね。と言うか、「撒き餌」としては尻尾を掴んでもらわないと困るんだけどね。草臥れ儲けの骨折り損とか普通にイヤだよ』

 そう、ナギ達は尻尾を掴んでもらうために『撒き餌』として動いているので、尻尾を掴んでもらわねば意味がないのだ。

『まぁ、それはとにかく、今はわかっていることを整理しようか?』
『それもそうだな。つまり、差し当たっては現場レベルの脅威の排除だな?』
『その通り。だから。千草とその協力者について教えてくれないかな?』
『わかった。だが、口で説明するのが面倒なので、ちょっと目を閉じてろ』
『え? 何で? 悪いけど、普通にまったく以って意味がわかんないよ?』

 と言うか、何故にエヴァは頬を染めているのだろうか? テレているように見えるので、非常に謎である。

『いいから閉じろ!! 視覚情報を送ってやる と言ってるんだ!!』
『いや、そんなこと一言も言ってねーですから。むしろ初耳ですから』
『うるさい!! 私がしてやるのだから、有り難く思ってサッサと閉じろ!!』
『いや、してやるとか有り難くとか言われても……大袈裟じゃない?』

 たかが視覚情報を送るくらいのこと、エヴァなら造作もない筈だ。

 いや、ナギは視覚情報を送ることが どれだけの難易度なのかは知らないが。
 それでも、エヴァ程の腕前なら造作もない筈だ(実に妙な信用である)。
 だが、その妙な信用 故に、ナギは素直にエヴァの言に従い、目を閉じる。

  ピタッ……

 そんなこんなでナギが目を閉じた瞬間、ナギは自身の額に違和感を覚えた。
 と言うか、人肌の暖かさを持った やたら感触のいい『何か』が額に触れたのを感じた。
 むしろ、エヴァの おでこ(額と言うよりは おでこ)なのではないだろうか?

「――って、ちょっとぉおお!! 何をしていやがるんですかぁああ?!」

 そんな疑問が頭を過ぎったナギが、思わず目を開けてしまうのは必然だろう。
 その結果、疑問が真実だったのを認識してしまい、思わず叫んでしまうのも必然だろう。
 傍から見ると「キスする直前」に見えてしまうのは偶然に違いないと思いたいが。

 ちなみに、エヴァは顔中を真っ赤にしているので、充分に恥ずかしいようだ。

「バ、バカモノ!! 目を開けるんじゃない!! うまくできんではないか!!」
「いや、うまくできるって何が?! って言うか、何をする気でいたのさ!?」
「ええい、静まれ!! さっきも言ったが、視覚情報を送ってやるだけだ!!」
「だから!! それとオデコをくっ付けることが どう関係しているのさ!?」

 それからナギ達が混乱気味にギャイギャイ言い合ったのは言うまでもないだろう。

 ところで、その混乱は(一頻り録画を終えて満足した)茶々丸が仲裁に入るまで続いたらしい。
 正確には、茶々丸に宥められたエヴァから説明を受けて納得するまでナギの混乱が続いたのだが。
 ちなみに、エヴァの説明を掻い摘むと、ナギは魔法抵抗力(レジスト力)が非常に強い体質らしく、
 視覚情報を送るには視覚野に近い部位――つまり額同士を触れ合わせる必要があった、とのことだ。

(ついでだから説明して置くと、レジスト力のせいで『秘匿念話』も 通常よりも接触面積を大きくしなければならないんだよねぇ)

 それ故に、ナギ達は『秘匿念話』の間、ずっと手を触れ合わせていたのである(非常に今更な説明だが)。
 しかも、より接触面積を大きくするために「単に手を繋ぐ」のではなく「指を絡め合って」である。
 そう、所謂『恋人繋ぎ』だ(もちろん、ナギもエヴァも恥ずかしかったが、背に腹は代えられなかったのだ)。

 閑話休題。ナギとエヴァの恥ずかしい話について触れるのはやめて、本題に戻ろう。

 紆余曲折(金髪幼女と仲良く入浴しているようにしか見えない)を経て、ナギは千草一味の視覚情報を入手した。
 まぁ、ここで終わると、情報入手方法に問題があっただけ と言う結論になるが……残念ながら、そうは問屋が卸さない。
 つまり、情報入手方法よりも『入手した情報』の方が問題だったのである。直前までの恥ずかしさなど吹き飛ぶくらいに。

(千草の仲間って小太郎と白ゴス剣士と白髪少年の筈だよね? じゃあ、何で『白髪少年』がいなくて『銀髪幼女』がいるんだろう?)

 今のがナギの率直な疑問だが、浮上した問題の全てが このセリフに表れている と言えるだろう。
 そう、千草も小太郎も月詠も原作通りだったのだが、何故かフェイトだけが原作と違ったのである。
 ネギが幼女になっていたのだから、そのライバル(?)も幼女になっていても おかしくはないのだが……

(何て言うか、オレって『銀髪萌え』の属性も持ってい紳士だから、遣りづらいこと このうえないんだよねぇ)

 これまでの予定では、最後の最後でエヴァの魔力を解放して(原作の様に)フェイトをフルボッコにしてもらうことになっていた。
 だが、それもフェイトが少年だと思っていたから躊躇なく予定できたのであって、相手が幼女(しかも銀髪)では そうもいかない。
 敵を気遣うなど愚かなことだとはナギ自身もわかっているが、それでも「女子供に手荒なことはしたくない」ことは譲れないのだ。

(むしろ、幼女は敵対するものではなく愛でるものだと思うので、本当にどうしようもないね、うん)

 いや、ナギ自身がどうしようもない と言う意見には賛同するが、ここでのツッコミは控えていただきたい。
 ナギは「相手が幼女なので手荒な真似はできないから、二進も三進もいかないなぁ」と言う意味で言ったのである。
 だったら、手荒ではない手段を講じればいいのだが……そんな手段が簡単に思い付いたら世話はないだろう。

 想定を大きく外れた事態に、ナギは深い深い溜息を吐いたのだった。



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Part.04:一回も二回も同じだと思う


「ナギさん!! 一体、どう言うことですかっ?!!」

 フェイト女への対抗手段をアレコレ考えた結果、ナギは「そもそもオレが解決する必要がないじゃないか」と言う結論に至った。
 そのため、いい加減に逆上せそうになっていたこともあり、風呂から出てホテルの中庭で火照った身体をクールダウンしていたのだが……
 何故か やたらとヒートアップしたネギが強襲して来たのである(ちなみに、エヴァと茶々丸もナギの隣で夜風を楽しんでいる状態だ)。

「……どーしたんだ、ネギ?」

 ナギはヒートアップしているネギを落ち着かせるように、殊更クールに(見えるように)訊ねる。
 周囲の注目を浴びまくっているので、内心では「うっわ~~、超 逃げてぇ」とは思っているが。
 と言うか、ホテルには麻帆良の生徒だけでなく一般客もいるので、公共の場で騒ぐのはどうだろう?

「どーしたもこーしたもないです!! 何でエヴァンジェリンさんと一緒にお風呂に入ったんですかぁああ!!!」

 ネギの気持ちもわかるが、公衆の面前で(しかもエヴァを指差しながら)叫ぶことではないだろう。
 周囲の注目――いや、汚物を見るような視線が物凄く痛い。視線に圧力すら感じるレベルだ。
 と言うか、この場には一般客だけでなく麻帆良の生徒もいるので、ナギの評価は底辺に落ちたことだろう。

「……とりあえず落ち着こうか? と言うか、何で そのことを知ってるのかな?」
「そんなのナギさんの様子を『遠見』で窺って――じゃなくて、乙女の勘です!!」

 何だか物凄く聞き捨てならない言葉がサラッと出て来た気がするが……敢えて気にしてはいけない。と言うか、気にしても意味がない。
 何故なら、弐集院の言では「男が『遠見』で女性の様子を探るのは犯罪」だからだ。つまり、女性は男を見ても罰せられないのだ。
 当然、罰せられなくても褒められた行為ではないので良識的な人間は自重するのだが、ネギはまだ子供なので自重の必要がないようだ。

「まぁ、言いたいことは多々あるけど、そんなに仲間外れにされたのが気に入らないのなら、今から入って来よっか?」

 理不尽な世の中に想いを馳せそうになったナギだが、今は理不尽な現状を打破すべきなので どうにか堪え、一石を投じてみた。
 ちなみに、通常なら絶対に選ばない様な選択肢(自らネギとイチャつく)を選んでいるように見えるが、別に自棄になった訳ではない。
 信賞必罰の心で、修学旅行前(魔法具作成)から これまで(列車の中とか)の頑張りを正当に評価した結果の『御褒美』なのだ。

「ほぇ?」

 余りにもナギの言葉が予想外だったのか、ネギはキョトンとした顔になって間抜けな声を上げる(実に年相応な表情だった らしい)。
 まぁ、いつもだったら口八丁手八丁で誤魔化す(適当な言葉で誘導し、頭を撫でて終える)ところなので、ネギの反応も頷ける。
 と言うか、ネギ自身も そこら辺(頭を撫でてもらう)を落としどころとしていたので、ナギの反応は想定の範囲外なのである。

「ってことで、エヴァ。ネギに水着を貸してあげてくれるかな?」

 呆けているネギは とりあえず放置することにして、ナギはエヴァに水着を借りる。
 いくら紳士を自負するナギでも全裸でネギと入浴するのは憚られるのである。
 と言うか、水着がないとナギが暴走してXXXな展開になり兼ねないのである。

「いや、まぁ、別に それは構わんのだが……いいのか?」

 エヴァは水着を差し出しながらナギの真意を窺うように訊ねる。つまり、本気でネギと入浴する気なのか、確認しているのだろう。
 言うまでもなく、風評的には よくはない。だが、既にエヴァと一緒に入っていることが露見されたので最早 今更なのである。
 ちなみに、ネギの勘違いを助長する可能性的には……まぁ、ナギには『それなりの思惑』があるらしいので、問題ではないようだ。

「大丈夫、問題ないさ。だから、ネギ。早く行こう?」

 ナギは未だに呆然としているネギを促しながら、先程まで入っていた個人風呂に戻る。
 不測の事態に備えて長めに予約して置いてよかったなぁ と思う今日この頃である。
 やはり、備えあれば憂いなし だ(ナギは少し備え過ぎている気がしないでもないが)。

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 ちなみに、以下は個人風呂への道中でナギとエヴァが交わした『念話』の内容である。

『しかし、小娘の希望を叶えてやるとは……貴様らしくないな』
『うん、エヴァのオレに対する評価がよくわかる言葉だねぇ』
『だが、自分でも「らしくない」と自覚はしているだろう?』
『まぁ、口八丁手八丁で宥め賺すのがオレの遣り方だったねぇ』

 そうやって、その場その場を切り抜けて来た結果が『今』だ。つまり、長期的には失敗している気がしてならないのだ。

『どう言った心境の変化か知らんが……何故 小娘の希望を叶えてやろうしたのだ?』
『いや、どう考えても、最近いろいろ頑張ってくれたことに対する感謝ってヤツでしょ?』
『ほほぅ? てっきり、貴様のことだから「生かさず殺さず」を実践すると思っていたぞ?』
『いや、エヴァは どんだけオレを外道と認識していやがるんですか? 終いに泣くよ?』
『まぁ、端的に言うと、ジジイと同レベルで「人間としてアウト」だとは思っていたな』
『いやいやいや、さすがに「孫娘を囮にしちゃうようなレベル」には至ってませんから!!』

 いくら安全だと高を括っているとは言え、反乱分子を炙り出す囮にするのは遣り過ぎだ。それを受け入れたナギが言えた立場ではないが。

『ハッ!! 笑わせるな!! 昼間、小娘を囮にした貴様が言えた義理か?』
『いや、まぁ、確かにネギを囮にはしたけど、木乃香とは扱いが違うでしょ?』
『そうか? 本人に教えもせずに囮にしたのだから、大差ないのではないか?』
『いや、まぁ、そりゃ確かに そうかも知れないけど、安全性は段違いだよ?』

 何故なら、木乃香は護衛が必要なレベルで危険なのに対し、ネギは放置していても大丈夫なくらい安全だからだ。

『まぁ、確かに そう言われてみればそうかも知れないが……だったら、何故に教えなかったのだ?
 一概には言えんかも知れんが、囮であることを知っていた方が安全性は増したのではないか?
 もちろん、知っていることで不自然になってしまい、逆に危険になる可能性は否定できんがな』

 確かに、囮だと知っていた方が引き際を見極められるだろうから、結果的に安全になるだろう(不自然でなければ)。

 ナギもそれはわかっていたが、ナギは「余りネギに黒い部分を見せたくなかった」ので囮の件は黙っていたのである。
 まぁ、既に手遅れな感は否めないが、それでも「黒い部分を『ある程度』知っている」状態にネギはとどまれている筈だ。
 汚れを知らない純白は簡単に染まりやすいが、薄汚れた白は染まり難い。つまり、純粋よりも、少し黒い方が強いのだ。
 ナギの様に真っ黒になった方が安定するだろうが それはそれで不味いので、黒を内包する程度が『丁度いい』に違いない。

(白過ぎてもいけないし、黒過ぎてもいけない。ネギは「ある程度」の黒さを知っている状態でとどまって欲しい)

 ネギは『英雄の子』と言う立場上、将来的には『政治の道具』に祭り上げられる可能性が非常に高い。と言うか、ほぼ確定的な未来だろう。
 それがわかっていながら純粋培養(と言うか思考誘導)を放置する程ナギは非道ではない。それくらいは、ネギを気に掛けているのだ。
 それ故に、ナギはネギの前では ある程度までしか黒さを見せない。ネギに見せたくないレベルの黒さは、ネギのいない時にしか見せない。

 つまり、意味もなくネギを邪険に扱っていた訳ではないのだ。少なくとも、ここ最近に限っては。

『……ふむ、所謂「愛の鞭」と言うヤツな訳だな』
『まぁ、小っ恥ずかしいけど、そう言うことだね』
『ククク、それを小娘に言ってやれば喜ぶだろな?』
『嫌だよ。これ以上ネギの勘違いを深めたくない』
『そうか。まぁ、貴様がそう言うのなら放って置こう』

 ナギの性根は どちらかと言うと腐っている。腐っているが、それでも それなりの矜持を持っているのである。



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Part.05:ネギの想いとナギの役割


 まぁ、そんな訳で、ナギはネギと風呂に入ったのだが……その細かい部分の描写は割愛させていただく。

 いや、別に疚しいことがあった訳ではない。ただ単に語る程でもないことしか起きなかっただけだ。
 説得力は極めて無いが、ナギの言い分では「感覚的には娘と一緒にお風呂に入る父親の気分」らしい。
 ツッコミ所はと泥沼に陥りそうなので、気分を変えて、ナギがネギを風呂に誘った『本当の狙い』に移ろう。

「ネギ、ちょっといいかな?」
「はい? 何ですか?」

 ナギは真剣そうな顔をしてネギに呼び掛ける。いや、実際に真剣なので「真剣そう」と言うのは語弊がある。
 普段のナギの態度が「真剣さ」から程遠いため つい「真剣そう」と言ってしまったが、今回は非常に真剣だ。
 12話の冒頭で覚悟を決めた時くらい――いや、17話で あやかと対峙した時くらい、ナギは真剣なのである。

「前々から言おうと思っていたんだけど、どうも言い出す切欠がなくて言えなかったことがあるんだ」

 ここでナギは僅かな間を入れる。次の言葉に重みを持たせる演出のためもあるが、その言葉を紡ぐ覚悟のためもある。
 ネギを風呂に誘った時に覚悟をしたつもりだったが、実際に話そうとした時に僅かな躊躇いが生まれてしまったのだ。
 それだけ、今からナギが語る言葉は重い と言うことだ(少なくともナギにとっては)だが、その覚悟も今ではできた。

「……オレと親父さんを重ねるのは、もう やめてくれないかな?」

 ナギの放った言葉は諸刃の剣だ。ネギの勘違いを正す効果がある反面、今のネギを正面から否定するようなものだからだ。
 しかし、それがわかっていても尚ナギは言わさるを得なかった。このまま放置することを善しとできなかったのだ。
 このままネギの勘違いに見て見ぬ振りをし続けたら、ネギは『真っ直ぐに歪んでいく』ことだろう。それは看過できない。

 先程も軽く触れたが、ナギはネギに清濁併せ呑む様な人間になってもらいたい と考えている。

 そのため、愚直に『偉大な魔法使い』を目指すのも、盲目的に『父親』の後を追うのもやめて欲しい。
 パートナーとは言え期間限定でしかないナギが とやかく言う問題ではないことくらい、わかっている。
 だが、それでも、本来なら広大な筈のネギの選択肢が狭められている現状をナギは打破したいのだ。
 期間限定とは言えパートナーになったからには、選択肢を広げることくらいの御節介はしてもいい筈だ。

(だからこそ、逃避としか思えない父親への憧憬をオレに摩り替えている現状をやめさせたいんだ)

 勝手に重ねられることが迷惑なのもあるが、ナギと父親を重ねる限りネギが歪み続けることが問題なのだ。
 普通の子供なら多少の歪みなど問題ないだろうが、英雄の子であるネギは歪みを利用される恐れがある。
 いや、むしろ、利用しやすいように歪みを放置されていた節すらある。そう、ナギは考えている。

「……え~~と、何を仰ってるんですか?」

 ネギが僅かな沈黙の後に放った言葉はナギの想定の範囲内――つまり、都合が悪いので惚ける だった。
 まぁ、ナギの常套手段なのでナギは責められる立場ではないのだが、今回ばかりは責めてもいいだろう。
 何故なら、ナギは覚悟を持って言葉を吐いたからだ。それなりの態度で返す義務がネギにはある筈だ。

「あ、いえ、ナギさんの仰りたいことはわかっていますよ? ただ、ナギさんは根本的な勘違いをしていると言わざるを得ないんです」

 しかし、どうやらネギは惚けた訳ではないようだ。ナギの態度から察したのか、ナギの疑念をキッパリと否定する。
 と言うか、惚けた訳ではないのなら、どう言った意図で先の反応をしたのだろうか? ナギの方こそ何を言われたのかわからない。
 いや、そもそもナギが何を勘違いしている と言うのだろうか? 「勘違いしているのは そっちだろ?」と言いたいくらいだが?

「まぁ、確かに、最初の切欠は仰る通りでしたね。それは否定しません。しかし、今では父のことなんか どうでもいいんです」

 言うまでもなく、続けられたネギの説明を聞いてもナギは何を言われたのかわからない。
 いや、正確には「理解はできたけど、納得できない」と言うべきだろう。
 余りにも想定を大きく超えた展開にナギの処理能力が追い付かない。軽くテンパっている。

「だって、父のせいでエヴァンジェリンさんに襲われたんですよ? 恨みこそすれ、憧れなど抱ける訳ないじゃないですか?」

 ネギは「ゼロに何を掛けてもゼロですよね?」とか「何で当たり前のことを訊くんですか?」とか言う感情を隠しもせずに告げる。
 あまつさえ「子供に自分のツケを払わせるようなダメ男、本当に どうでもいいですよ」と切り捨てる始末だ。
 いや、間違った評価ではないのだが、原作と違い過ぎないだろうか? と言うか、盲目的に憧れていたのではないだろうか?

「それは過去のことです。言うならば、黒歴史ですね。父に会うために必死になっていた自分が恥ずかし過ぎて悶え死にしそうですよ」

 な、何てクールでクレバーな意見なんだ…… それがナギの偽ざる本音だった。
 と言うか、父親に固執していない割にはナギに固執しているように見受けられるのは何故だろうか?
 いや、父親とナギを重ねていたからこそ、ナギにこだわっていたのではないのだろうか?

「そ、そんなの決まっているじゃないですか!!」

 いや、決まっている と言われても……それは勘違いなのではないだろうか? ナギはネギが思っているような『立派な人間』じゃない。
 確かに一般的な中学生に比べたらナギは大人――と言うか、世慣れている。だが、それは『ナギとしての経験』があるから、でしかない。
 それに、その経験すらも『老獪な人物』からすれば『子供にしては使える』程度のレベルでしかない。つまり、まだまだ若造でしかないのだ。

「勘違いなんかじゃありません!! ボクは、ナギさんのダメな部分も含めてナギさんを心の底から慕っているんです!!」

 しかし、ナギは大きな勘違いをしている。それは、ネギがナギに魅かれている理由だ。
 ナギは「父親の代わり」から始まり「尊敬できる人物」に至った と考えているが、それは違う。
 残念な部分も理解したうえで、ネギはナギを慕っている。理想ではなく現実を見ているのだ。

 まぁ、普段のマンセー振りから、ナギが「理想を夢見ている」と勘違いしてしまうのもわかるが。

「え~~と、そう言ってくれるのは嬉しいんだけど――と言うか、嬉しいからこそ言って置かなければいけないんだけど……」
「あっ、ナギさんの性癖ですね? それなら大丈夫です。ネトラレとかは困りますけど、たいていのことならOKですから」
「いや、そうじゃなくて、オレはネギの気持ちを利用して体よく使っている節があるってことだよ。まぁ、気付いてるだろうけど」
「ああ、その件ですか。確かに そう言う傾向がありますね。でも、ちゃんと御褒美もいただけてますから問題ないですよ?」

 まさか「一緒にお風呂」までしていただけるとは思ってませんでしたが、と 幸せそうな笑顔で言うネギにナギは軽く戦慄した。

「そ、そこまでわかってるんだぁ。って言うか、それなら『このまま利用するだけ利用して用済みになったら捨てる可能性』とか考えない?」
「大丈夫です、ナギさんは そんなことしません。と言うか、たとえ そうなったとしても、それがナギさんの望みならボクは構いません」
「い、いや、その考え方は よろしくないと思うぞ? それだと対象が親父さんからオレに代わっただけで、盲目的な部分は変わってないよ?」
「……仰る通りだとは思います。ですが、それがボクの性分なんです。一つのことを見始めたら、他のことがどうでもよくなっちゃうんです」
「いや、そんな晴れ晴れとした顔で言われても……その考え方は悪い人間に騙される典型じゃない? と言うか、わかってるなら直そう?」
「騙されるなんてことは有り得ません。だって、そう言う人達からはナギさんが守ってくれますから。ですから、直す必要もありません」
「いや、そんな全幅の信頼を置かれても困るんだけど? 確かに そう言った方向で守るつもりだけど、それはパートナー契約期間だけだよ?」

 ナギは戦闘面でネギを守ることはあきらめている。その代わりに、人間関係の方面でネギを守る予定なのだ。まぁ、パートナーの間だけだが。

「……わかっています。でも、それはボクが魔法使いだからですよね? 魔法と関わりたくないから、パートナー期間しか守ってくれないんですよね?」
「まぁ、そうなるね。自ら危険に首を突っ込むつもりはないからね。ネギには悪いけど、契約が切れたら関係も切らせてもらう予定でいるくらいだし」
「それも わかっています。ボクもナギさんを危険に巻き込みたい訳ではありません。ですから、修行が終わったら魔法使いをやめることにします」
「そっか――って、え? 今、魔法使いをやめる とか言った? って言うか、オレとの関係を継続させたいから やめる訳じゃ……ないよね?」
「父の件と同じで、もう魔法なんて どうでもいいんです。今のボクにとって大切なのはナギさんの傍にいることですから、むしろ魔法は邪魔ですね」

 微妙に質問には答える形式にはなっていないが、あきらかに「Yes」と答えているので問題ないだろう。まぁ、答えそのものが問題だが。

「い、いや、でも、『立派な魔法使い』とやらになるのがネギの目標なんだよね? それをあきらめちゃっていいの?」
「構いません。ナギさんの望みに反してまで達成したい目標じゃありません。と言うか、魔法使いだから目指してただけですし」
「まぁ、前提となる条件である魔法使いをやめるつもりなんだから、そう言う判断になるか。でも、あんなに頑張ってたじゃん?」
「確かに、積み重ねた努力を捨てることになりますね。でも、それでもいいんです。努力がすべて無駄になる訳ではありませんし」

 しつこく確認するナギだが、魔法に縋っているようにも見えたネギが魔法を捨てることが信じられないのである。

「確かに、麻帆良に来るまでは魔法を絶対視する傾向がありましたね。それは否定しません。ですが、今では魔法は手段の一つに過ぎません。
 魔法でしかできないこともありますが、魔法ではできないこともあります。魔法と言う選択肢が減るだけで、そこまで大差はありません。
 むしろ、冷静になって考えると、魔法を絶対視するように思考誘導をされていた気がしないでもないので、魔法には忌避観が生まれるくらいですね。
 まぁ、麻帆良に来たのは魔法の修行のためですから、その点では――ナギさんに出会う切欠となった と言う点では、魔法に感謝していますけど」

 どうやらネギはナギの影響を受けているようだ。何故なら、21話で魔法を囮にして科学を本命に使ったようにナギにとって魔法は手段の一つでしかない。

「できることなら、今すぐ魔法使いを―― 一人前の魔法使いになるための修行をやめて、ナギさんを魔法から解放したいくらいです。
 ですが、『修行が終わるまでパートナー関係を結ぶ』と言う契約上、修行が終わる前にパートナー契約を解約することはできません。
 いえ、正確には解約できない訳ではありません。解約にはペナルティが課せられるので、リスクを考えると解約は避けるべきでしょう」

 仮とは言え契約は契約だ。それを破るには、それなりのリスクがあるだろう。そのため、ナギもリスク(解約)を避けることは賛成だ。

「そう言う意味では、ナギさんとパートナー関係を結んだことを後悔しているんです。ボクの都合をナギさんに押し付けただけですからね。
 あの時はナギさんと一緒にいられるって単純に考えちゃって、他のことまで思慮が及びませんでした。己の浅慮に反吐が出る程です。
 そもそも、理由や経緯はどうあろうとも、ナギさんを魔法に巻き込み、ナギさんを危険に晒している……そんな現状を作ったのは、ボクです」

 確かに、直接的にナギを魔法に巻き込んだのはエヴァだったが、その原因はネギにあった と言えるだろう。そのことは否定できない。だが……

「すみません、ボクがロクに考えずにナギさんとパートナー関係を結んだためにナギさんを危険に巻き込んでしまって……」
「確かに それも原因の一つかも知れないね。でも、木乃香の件でも関わらざるを得なかった気がするから、そこまで気にしなくていいよ」
「ですが、コノカさんの件もボクが関係している可能性がありますよね? ですから、やっぱりボクが悪いに違いありません」
「いいや、違うね。と言うか、子供は失敗するものだし、それをフォローするのが大人なんだから、細かいことは気にしなくていいんだよ」

 ナギとしては、木乃香やタカミチとの関連で いつかは魔法に関わっていた気がするため、パートナーにならなくても大差なかった気がするのだ。

「…………つまり、それって『ボクを許してくれる』と言うこと、ですか?」
「許すも許さないもないさ。だって、オレにネギを責める気なんてないんだから」
「ナ、ナギさん……ありがとう、ございます…………」
「だから、気にしなくていいいって。ネギは何も悪くないんだから、さ」

 それ故に、ナギは泣きそうなネギの頭を優しく撫でてやるのだった。

 ……………………………………
 ………………………………………………
 …………………………………………………………

 と言う感じで終わると綺麗に終われるのだが……残念ながら、そうは問屋が卸さない。

 何故なら、ナギはネギの頭を撫でながらも「あれ? これって何かを失敗してない?」と頭を抱えていたからだ。
 と言うか、当初の予定ではネギの勘違いを解く筈だったのに、何故 逆にナギの勘違いが解けているのだろう? 実に不思議だ。
 むしろ、これでは よりフラグが固まったのではないだろうか? どうも、ネギに嵌められた気がしてならないナギだった。

 ……まぁ、嵌めたか否かについては、こっそりと「計 画 通 り」と言わんばかりに笑っているネギしか知らないだろうが。


 


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オマケ:未来少女だけが知っている ―その2―


「さすがは、もう一人の御先祖……と言ったところカネェ?」

 ナギとの会話(Part.01)を終えた超は、スパイロボを駆使してナギの行動を覗き見ていた。
 まぁ、エヴァとの『念話』は傍受できなかったのでエヴァとの入浴はツマラナイものだったようだが、
 ネギとの会話は傍受できたためネギとの入浴は見応えがあったようだ。思わず感想が漏れたらしい。

(まさか、神蔵堂ナギをハメてしまうとはネェ……)

 と言うのも、超はナギとネギがパートナー契約を交わした現場(13話)も盗み見ており、
 ネギが提示した条件を「ネギが麻帆良にいる間だけのパートナー契約」と正しく覚えていたため、
 ナギが「ネギの修行期間」と誤解していることを利用してネギがナギを騙した と推察したからだ。

(クックック……どうするネ、神蔵堂ナギ? キミの齎した『変化』は尽くキミに返って来ているヨ?)

 変化し過ぎた『歴史』に危惧を覚えた超は、先程その主要因と見られるナギに忠告をした。
 私の予定でハ大した被害を受けずに終わるハズだたガ、どうも予定が変化しそうだヨ? と。
 そして、その忠告と共に参考として「超の知る『本来なら辿るべきだった予定』の概要」も添えて。
 それをナギが どう受け止め、そして、どう対応するのか? それは、現段階では明らかではない。

 だが、今までの流れを見ると、ナギの変化によって起きた変化はすべてナギに降り掛かっている。

 宮崎のどか は陰ながらナギを慕いつつ時には大胆な行動もする程度の筈だったが、
 何を間違ったのか、ストーカー的な方向でナギを陰ながら慕うようになってしまった。
 その結果、本来なら微笑ましい情景が一触即発の情景に転じてナギのストレスになっている。

 と言うか、ヤンデレ注意と言う注釈が必要なくらいの有様だ。想定外もいいところだ。

 そして、ネギ・スプリングフィールドは歪んだ己に気付かぬまま突き進んで泥沼に嵌る筈だったが、
 歪んだ己を理解したうえで受け入れ、父も復讐も捨て去ってナギを追い求めるようになってしまった。
 その結果、本来なら自己嫌悪を繰り返す筈のネギは、自己嫌悪の振りをしてナギを篭絡しようとしている。

 ……すべては那岐がナギとなった影響であり、その影響はナギの心の負担となるだけだった。

(まぁ、本屋ちゃんの行動は読みづらいところがあるガ、さすがに現段階で意中の相手を殺すようなことはしないだろうシ……
 ネギ嬢はキミの傍にいることを至上命題にしているだけのようダカラ遣り様によっては大した問題にはならないダロウ。
 だが、キミは火に油を注ぐのが得意だからネェ? ツマラナイことでキミの人生が終わってしまいそうで、ちょっとばかり心配だヨ)

 超は「茶々丸の後継機を作って、本格的な護衛をさせようかネェ?」とか本気で悩むのだった。


 


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後書き


 ここまでお読みくださってありがとうございます、カゲロウです。
 以前から「改訂した方がいい」と言う意見が多数あったので、改訂してみました。


 今回は「これからの伏線を張るつもりが、幼女達がすべてを持っていった」の巻でした。

 ちなみに、ネギはすべてを計算した訳ではありません(本心から父と魔法使いを捨てる気ではいます)。
 計算したのは、内罰的に見せ掛けてナギの同情を買った辺りです。それ以外は天然です。
 天然でヤンデレ気味なことを口走っちゃう辺りが、ネギの恐ろしい――いえ、魅力だと思います。

 あ、どうでもいいですが、ナギが軽く指摘した通り、ネギの根本は変わっていません。

 純粋で視野が狭いので、思い込み始めると止まることを知りません。トコトン突っ走っちゃいます。
 だからこそ、方向性を間違えると危険なんですけどね(誰かが手綱を握らないと大惨事になります)。
 そう言う意味でも、ナギの目指すべき役割は明日菜じゃなくて千雨なんでしょうね。いろいろな意味で。


 では、また次回でお会いしましょう。
 感想・ご意見・誤字脱字等のご指摘、お待ちしております。


 


                                                  初出:2010/2/14(以後 修正・改訂)



[10422] 第24話:束の間の戯れ【改訂版】
Name: カゲロウ◆73a2db64 ID:552b4601
Date: 2013/03/16 22:09
第24話:束の間の戯れ



Part.00:イントロダクション


 今日は4月23日(水)、修学旅行二日目。

 予定では奈良での班別行動となっており、原作では のどか がネギに告るイベントがあった。
 まぁ、二人の関係性を考えれば どう頑張っても『ここ』では そんなこと起きる訳がないが。

 では、一体何が起こるのだろうか? ……それは、誰も知らない。



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Part.01:幸せの時代


「なぎやーん」

 少し離れた後方から那岐に呼び掛ける幼い声が聞こえる。
 この鈴を転がしたような声は、恐らく幼い木乃香のものだろう。
 まぁ、那岐を『なぎやん』と呼ぶ人間は木乃香しかいないが。

「どーしたの、このちゃん?」

 オレの予想通り、振り返った那岐の視線の先にいたのは長い黒髪の美幼女――幼い頃の木乃香だった。
 木乃香は那岐のもとへ小走りで駆け寄ると、那岐の問い掛けに応えるためか、満面の笑顔で話を切り出す。
 どうでもいいが、その笑顔は(ココネと同じ様に)見ている者を和ませる効果に溢れていると思う。

「えっとなー、せっちゃんが来たんよー」

 なるほど、つまり せっちゃんとの出逢いイベント、と言うことか。
 って思っちゃったオレはいろいろと終わっている気がしてならない。
 当然、今はそれどころではないので気にしないことにして置くが。

「せっちゃん?」

 ちなみに、那岐は終わっていないので、不思議そうに訊ね返すだけである。
 と言うか、この前の那岐(22話)と比べると、随分と感情豊かだよねぇ。
 これも、木乃香の笑顔の効果かな? まったく、木乃香には脱帽だよ、うん。

「『さくらざき せつな』言うから、せっちゃんや」

 木乃香は那岐の疑問に律儀に答える。だが、冷静に考えると理屈にはなっていないだろう。
 しかし、那岐は木乃香理論に納得したようで、「なるほどー」とかウンウン頷いていた。
 きっと、「那岐だから なぎやん」と言う論法と同じなので納得せざるを得ないのだろう。

「せやから、なぎやん も いっしょに遊ぼー」

 うん、まぁ、何が「せやから」なのか、サッパリ意味がわからない。
 きっと、せっちゃんが来た と言うセリフに話題が戻ったんだろうけど……
 イキナリ話題を戻されても困るよね? ほら、那岐も――って、あるぇ?

 ……那岐君、何故にキミは「うん、いっしょに遊ぼー」とか嬉しそうに返してるのかね?

 いや、那岐はオレじゃないし、そもそも子供なんだから、こんなことがあってもいいとは思うよ?
 でもさ、何か釈然としないものが残ると言うか、こんなん那岐じゃないって感じなんだよねぇ。
 そりゃ、那岐のことを詳しく知らないオレが那岐を語るべきじゃないけどさ。それでも、釈然としないんだよねぇ。

 まぁ、そんなオレの微妙な気分など お構い無しに事態は進んでいくんだけとね。

 だって、場面は せっちゃんとの出逢いイベントに移行していたからね。
 そう、いつの間にか那岐と木乃香は門のところまで移動していて、
 道着姿の女性達に連れられた小っちゃい道着姿の女の子を迎えていたのさ。

 ……きっと、この女性達は若かりし頃の青山さん家の鶴子さんと素子さんだろう。

 い、いえ、今でも お若いですよ? とても三十路越えには見えないくらいに お若いですって。
 って、そうじゃないよね? 今 注目すべきなのは、幼い頃の せっちゃんだよね?
 いや、わかってはいるんだけど……何故か弁明して置く必要を感じたんだよ(殺気的に考えて)。

 多分、鶴子さんは刀子先生と同じ様に「何か不謹慎なこと考えていそうだから斬って置く」タイプだからね。用心は重要さ。

「せっちゃーん、久しぶりー」
「お、お久しぶりです、お嬢様」
「やん、お嬢様なんて言わんてー」
「ですが、お嬢様はお嬢様ですし」
「デモもストもあらへんよー?」

 もちろん、当然の如くオレの脳内弁明など お構い無しに事態は進んでいる。

 と言うか、デモもストもないって……さすが木乃香だと思わされる言葉だよねぇ。
 キミのボキャブラリーはどうなってんの? ってツッコミたいレベルだよ。
 いや、別に悪い訳じゃないよ? ただ、ちょっとばかり秀逸 過ぎるだけさ。

「ってことで、せっちゃん。なぎやんやよー」

 いや、何が「ってことで」何だろう? まぁ、そんなに気にすることではないけどね。
 オレも割と脈絡無く「ってことで」って接続詞を使うからね、文句は言えないさ。
 ただ、「人の振り見て我が振り直せ」と言う言葉が何故か身に染みるだけだよ、うん。

「はじめまして、せつなちゃん」
「は、はじめまして、なぎさん」

 どうでもいいけど、『刹那』とか『せっちゃん』とかって呼んでるから『せつなちゃん』って響きが妙に新鮮に感じる今日この頃だ。
 と言うか、木乃香が「もー、『なぎやん』と『せっちゃん』やって言うてるやろー?」って頬を膨らませてるのが可愛くて困るぜ。
 後先考えずに お持ち帰りしたく――な、ならないよ? これでも、最近の変態振りに ちょっと遣り過ぎたと反省しているからね。

「それじゃあ、せっちゃん、よろしくね」
「は、はい……な、なぎやん…………」

 うん、頬を真っ赤に染めて、しかも、俯きながら『なぎやん』って呼ぶ せっちゃんの破壊力はハンパないね。
 とりあえず、反省も忘れて暴走したくなるオレってトコトン自重ができないんだなぁって自嘲をしようと思うくらいだ。
 まぁ、自分で言っていて何を言っているのかサッパリわからないが、それくらいの破壊力ってことだよ、うん。

「えへへ~~」

 と言うか、そんな那岐と せっちゃん を幸せそうに見ている木乃香の破壊力も抜群だねぇ。
 この笑顔を守るためならば「命に代えても お守り致します」って気持ちもわかるってもんさ。
 って、そうじゃないな。大事なのは、三人が「仲のいい幼馴染だった」ってことだよな、うん。
 いや、原作の情報と那岐が木乃香の幼馴染だって言う情報から、予想はできていたんだけどね。
 でも、こうして改めて見せられると、つくづく『ここ』は『オレ』の居場所じゃないって感じるのさ。

 ……まぁ、そうは言っても「『元いた場所』に居場所があった」とも断言できないのが『オレ』なんだけどねぇ。

 いや、多分あったんだとは思うんだけどさ……失くしてしまったんじゃないかなって気がするんだよね。
 ほら、嫁のこととかを思い出そうとしても思い出せないのは、思い出したくないからって気がするじゃん?
 それに、人の幸せなんてもんは脆くて儚いもんじゃん? 手に入れるのは難しいけど失くすのは簡単って感じで。
 だからこそ(と言うのも変かも知れないけど)、幸せってのは大事なもんなんじゃないかなっても思う訳さ。

 そんで、そんな訳だから、那岐には この幸せな時間を大切にして欲しいとか思っちゃっているオレがいるのかも知れないねぇ。

 ……………………………………
 ………………………………………………
 …………………………………………………………

 そんなこんなで綺麗に話がまとまったところで、状況の説明をして置こう。

 まぁ、いつもの様にナギが那岐の記憶を夢見た と言うことは説明するまでもないだろうが、今回はそれだけではないのだ。
 昨夜の事件(と言うか、ネギとの入浴イベント)の後から今朝までの経緯を説明して置いた方がいい と判断しただけだ。
 と言うのも、原作なら猿騒動やら木乃香の誘拐事件が起きる筈なので、『ここ』では何事も無かった と言う説明が必要だろう。

(……事件の張本人が拘留されているから起こる訳が無いと言えば それまでなんだけどね?)

 それでも、昨日の清水寺で原作ではないイベント(ルビカンテが見張っていた)があったのだから、
 昨夜も代わりのイベントが起こっていた可能性もあったので、何事もなかったのは特筆すべきことだろう。
 何事もないのは物語的にはつまらないかも知れないが、当事者にとっては このうえない幸いであるのだ。

 そんな訳で、簡単にまとめると、ナギがネギと別れた後は特に問題は起こらず、無事に朝を迎えられました……と言うことだ。

 ちなみに、ナギが班員達から暴露を強要された件はどうなったのか と言うと……
 何と、ナギが部屋に戻った時には既に全員が寝ていたので有耶無耶になったようだ。
 もちろん、追求されたら面倒なので睡眠ガスを仕込んだ……などと言う訳ではない。

 何故なら、仕込んだのは(ネギに作ってもらった)『眠りの霧』と同じ効果を発揮する魔法具だからだ。

 ナギは慎重派なので、睡眠ガスなどと言う所持がバレたらテロリスト嫌疑を掛けられてしまいそうなヤバい科学兵器なんか持っていない。
 まぁ、生み出す結果が同じなのに、科学的に立証できない魔法具の方が睡眠ガスよりも性質が悪い気がしないでもないが、そこはスルーしよう。
 どうでもいいが、その魔法具は『睡仙香(すいせんか)』と言い、香水みたいな瓶に入った液体で、その香りを嗅ぐと眠くなる仕様らしい。



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Part.02:馬や鹿のように戯れよう


 さて、目覚めは綺麗な感じでまとまった(ことにして置こうと思う)が、ナギの一日が綺麗に進む訳がないのは最早 言うまでもないだろう。

 つまり、朝食を食べ終えて「さて、奈良見物を楽しもう」とかナギが思ったところで騒動が起きたのである。
 まぁ、その内容は態々 語るべきものではなかったので、経緯をまとめると以下のような感じになる。

  ① 裕奈達が一緒に回ろうとナギを誘いに来たが、木乃香の班と刹那の班と回る予定だったので、ナギはやんわりと断った。
  ② そうしたら、田中(と平末)が「みんなで回ればいいじゃないか!!」とか言い出したので、かなり面倒な展開になった。
  ③ しかも、その騒動を聞き付けた男子達が「お前らだけズルいぞコンチクショー!!」と言う感じでシャリャリ出て来て場は混乱した。
  ④ その結果、その混乱に裕奈達も乗って来たので収拾が付かなくなり、済し崩し的に裕奈達+他の男子達とも回ることになった。

 つまり、必要最小限の人数で回ろうとしていたのに、何故か大人数で回ることになってしまったのである。

 どれくらい大人数かと言うと、ナギの班(ナギ・田中・平末・白井・フカヒレ・宮元)と木乃香の班(木乃香・ネギ・夕映・のどか・パル)、
 そして、刹那の班(刹那・エヴァ・茶々丸・美空・たつみー)だったところに、裕奈の班(裕奈・亜子・アキラ・まき絵・パパラッチ)が加わり、
 更に、名前は割愛するが男子の班が2班(5人1班なので、計10人)も加わってしまったので、合計31人となってしまったのである。
 言い換えれば、班別行動なのにクラス行動に近い大所帯(しかも男女混合)となったとも言えるので、ナギの心労が絶えないのは言うまでも無いだろう。

「……フフフ、オレはもう燃え尽きたよ、ジョニー」

 だから、奈良公園で鹿相手に愚痴を言ってしまっても許されるだろう。
 傍から見るとカワイソウな人にしか見えないが、許されるに違いない。
 もちろん「ジョニーって誰だよ?」と言うツッコミは控えてあげよう。

 ちなみに、ナギがこれだけ煤けているのは、大所帯で行動したことによるストレスだけが原因ではない。

 ナギとしては何の意図もなく『奈良の大仏』を見る時とかに昨日同様「ゆえ吉ガイド」を利用していただけなのだが……
 ゆえ吉ガイドを利用すると言うことは必然的に夕映の傍にいることになるため、その状況を快く思わない乙女達がいるのも必然だろう。
 ナギが気付いた時には既にナギの周囲を覆う空気は不穏なものになっていた。有体に言えば、修羅場っぽくなっていたのだ。

(いつの間にか観光するどころかナニカを慣行されるような雰囲気になってて思わず全オレが泣いたね)

 ナギが滲み出て来る涙を誤魔化すために鹿達と戯れることで現実逃避したくなってしまったのは仕方がないことだろう。
 ちなみに「鹿達は人間に飼い慣らされているのにもかかわらず、何処か雄大に生きている」ように、ナギには見えたらしい。
 むしろ『別に人間関係などどうでもいい。鹿せんべえ さえくれればそれでいいのだ』とか言っているようにしか見えないとか。

(うん、わかってるって。現実逃避をしても何も解決しないことくらい、わかりきっているさ)

 だが、わかっていても、そもそも事態を解決する気がない と言うか、
 何をどうすれば解決するのか皆目検討が付かない と言うか、
 むしろ「オレ、何も悪くないよね?」とか開き直りたい気分なのである。

「……さっきから、どーしたんだ、神蔵堂?」

 そんな感じでナギが鹿に妙な理解を示しているところに田中が話し掛けて来た。
 しかし、田中は亜子の様子を窺っていた筈なので何故ここにいるのだろうか?
 ちなみに、様子を窺うと言うマイルドな表現にしたが要はストーキングである。

「いや、いっそのこと鹿になれたら楽なのになぁ とか思ってただけさ」

 ナギは内心の疑念(ストーカーがストーキングしていないなんて有り得ない)を億尾にも出さずに適当な反応を返す。
 しかし、幾ら適当に答えたとは言っても「鹿になりたい」としか聞こえない言葉を吐くのは如何なものだろうか?
 これでは「鹿になりたいから鹿に話し掛けていたカワイソウな人」とか思われ兼ねない(まぁ、微妙に合っているが)。

「へー、そーなのかー」

 だが、ナギの懸念は杞憂に終わり、田中はアッサリと納得した。当然、口では理解を示しつつも内心で引いている訳ではない。
 何故なら、田中はピュアボーイなので そんな腹芸はできないからだ。つまり、本当にナギの言葉に納得しているのだ。
 しかも「オレはパンダになりたいかなー」とか話題に乗って来る始末だ(ピュアは恐ろしい と言う言葉の体現者であろう)。

(オレから話題を振った形になるから、ここは話に付き合うしかないなぁ)

 ナギとしては軽く流して欲しい話題を掘り下げられたことになるので軽く精神的ダメージを負ったが、ここは話に乗るしかない。
 それ故に、ナギは「確かにパンダもいいよねぇ。でも、鹿は鹿せんべえを喰えるんだぜ?」と内心で泣きながら言葉を連ねる。
 もちろん、ここで「鹿せんべえを喰えるからと言って何かメリットがあるの?」とか言うツッコミは控えてあげるのが優しさだろう。

「なるほど~~。でも、だったらパンダは笹が食べられるじゃん?」

 いや、別に対抗しなくてもいいから。と言うか、そもそも笹など喰いたくも無いのだが?
 ……それがナギの率直な意見であるが、残念ながら今のナギに そうツッコむ資格はない。
 何度も言う通り、ナギが始めた話題なので話の輿を折る訳にはいかないのだ。ここは合わせるしかない。

 どうでもいいが、ナギが「笹よりも鹿せんべえの方がマシじゃね? だって、アレってそこそこうまいし」とかとも思ったのは、ここだけの秘密である。

「え~~と、それはアレか? 遠回しに草食系男子をアピールしたいとかか?」
「おぉっ!! それいーな。オレはパンダのような癒し系だぜ、みたいな?」
「……ちなみに、知っているとは思うけど、野生のパンダはクマ並に凶暴だぞ?」
「も、もちろん知ってるさ!! 可愛い外見に騙されちゃいけないんだよな?」
「あと、これも知っているだろうけど……何と、パンダは黒地に白なんだぞ?」
「そ、それも知ってるさ。一般には白地に黒だと思われているけどな?」

 言うまでもなく、ナギは話を合わせるために適当なことを言っているだけなので、それに必死に喰い付いてくれる田中のピュアさが際立つことだろう。

「と、ところで、ちょっと訊きたいことがあるんだけど……いいかな?」
「ん? 何? パンダの密輸の仕方なら、オレにもよくわからないからね?」
「それはわかってちゃダメって言うか、密輸そのものがダメなんじゃないか?」
「大丈夫。オレは既にダメだから、今更 何を言ってもダメさは変わらないさ」
「いや、それは何かが違うんじゃないか? って言うか、話が逸れてないか?」
「うん、まぁ、そうかもね。実に不思議なことに、いつの間にか逸れていたなぁ」

 と言うか、逸れたのではなく、意図的にナギが逸らした が正解だ(もちろん、田中は気付いていないが)。

 そのため、ナギは不思議そうな顔をしながらも内心では「チッ、気付いたか」とか思っている。
 むしろ「ここは気付いてもスルーするのが嗜みってヤツだろ?」とか勝手な理屈を捏ねているくらいだ。
 田中がナギの内心を知ったら人間不信に陥――いや「さすが神蔵堂、黒いな」で済ますかも知れない。

「じゃあ、話を戻すけど……ちょっと訊いてもいいかな?」

 別に田中の疑問に答える義務などナギにはない。むしろ、ここまでパンダの話に付き合ったことで義理を果たしている気分ですらある。
 だが、田中が亜子のストーキングをせずにナギに話し掛けて来た目的は、あきらかに その訊きたいことであることがわかっているため、
 ナギは「だが、断る」と言いたいのをググッと堪えて「まぁ、答えられないことでなければ」と田中の疑問に答えることを選択した。

「えっとさ……神蔵堂って和泉のことをどう思っているんだ?」

 まぁ、予想通りと言えば予想通りの質問だ。むしろ、田中が改まった態度で亜子以外のことを話題に出す筈がない とすら言える。
 しかし、予想していたとは言っても反応に困らない訳ではない。その辺りは、ナギも余り触れて欲しくない話題なのだ。
 と言うのも、ナギは「女のコとの人間関係」を深く考えないようにしているからだ。そのため、改まって聞かれると困るのだ。

 原作とか物語の中とか そう言った問題ではなく、ネギや魔法と言う危険要素を孕むものと深く関わっているため「今はそれどころではない」のだ。

「まぁ、テンパっている姿に萌えると言うか、そこがカワイイと思ってはいるかな?
 あ、でも、だからと言って恋愛対象として見ている と言う訳でもないからね?
 表現が難しいんだけど、近い感覚としては『放って置けない妹』って感じなんだよ」

 ナギは、複雑な心情を伏せながら「亜子のことは気に入っているけど、ライバルになる気は無い」と遠回しに言って置く。

 もちろん、別に「田中との友情を優先して田中に亜子を譲ろう」とした訳ではない。
 ただ単に「魔法と関係を切るまで待っていて欲しい」などと言う気がないだけだ。
 理由を明かしもせずに他者に己の都合を押し付けられる程ナギは傲慢ではないのだ。

(だから、亜子のことは気に入ってはいたけど、田中と亜子が付き合うのを邪魔する気も無い……筈だ)

 もちろん、二人が付き合うことになれば、かなり面白くない気分(控えめな表現)になるだろう。
 だが、だからと言って、自分が付き合う訳でも無いのに邪魔をするのは何かが違うと思うのだ。
 ナギは自分でも「我ながら最低だなぁ」と思うことがあるが、さすがにそこまで落ちたくはないのだ。

「そっか……」

 そんなナギの想いが どこまで伝わったのかは定かではないが、田中は複雑な表情で頷く。
 その表情から察するに「神蔵堂がライバルじゃないのは嬉しいけど、こんなことで喜んじゃいけないよな」
 とか言う『中○生日記も真っ青な、爽やか過ぎて対処に困る感想』を抱いているに違いない。

(……だから、平末には悪いけど、田中のことを陰ながら応援しようと思う)

 ナギが忘れてしまったもので溢れている田中が眩しいから……
 ナギが忘れてしまったこと自体を思い出させてくれたから……
 だから、ナギは このピュア過ぎる少年を生暖かく見守るのだった。



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Part.03:どっこい生きている胸の中


 私の見たところ今のお兄様には事情説明をする余裕がなさそうデスので、不肖ながら代わりに私カモが現在の状況を説明させていただきマス。

 ところで、最近、存在を忘れられているとしか思えない程に私の存在感はありませんデシタが、
 私は常にネギ姉様の(なだらかな)懐にいたので、状況はだいたい把握していマスから、
 空気だったんだから事情説明なんてできる訳がない、と言う心配は必要ありませんデスよ?

 そんな訳で説明を始めマスが……やはり、事の発端はお兄様が「ゆえ吉ガイド」を利用したことデショウ。

 と言うのも、奈良公園に着いて班別に別れた時、お兄様は私達(と言うか、ネギ姉様の班)のところに来て、
 「ゆえ吉ー、今日もガイドよろしく頼む」って感じで、とても自然に夕映さんの隣に付いてしまったんデスよ。
 しかも、お兄様ってば「いやぁ、タメになるねぇ。一家に一台ゆえ吉が欲しいぜ」とか言っちゃうんデスもん。

 いえ、お兄様は夕映さんを百科事典扱いしているだけで、夕映さんを傍に置きたい訳ではないことはわかりきっていマスよ?

 ですが、わかりきっていたとしても、楽しそうに他の女性の傍にいるお兄様など見たくはありマセン。
 もちろん、それは私だけでなくネギ姉様をはじめとした「お兄様を慕う乙女達」も同じことデス。
 あ、余談デスが、私の能力で「お兄様への好感度」も「お兄様からの好感度」も把握してますデス。

 ……以上から、乙女達がお兄様と夕映さんを引き離しにかかるのは火を見るより明らかデショウ?

 具体的には、まき絵さん・アキラさん・裕奈さんの三人が亜子さんと お兄様を二人きりにしようと画策したようで、
 まき絵さんが「ねーねー、ゆえちゃーん、あっちの建物は何なのー?」って感じで夕映さんをお兄様から引き離し、
 アキラさんが「観光もいいけど、お団子もいいよね?」って感じで「花より団子」を用いて女子達を連れて行き、
 裕奈さんが「ねぇねぇ、あっちの方に行ってみうよ?」って感じで胸を揺らしながら男子共を釣って行きマシタ。

 しかし、そのあからさま過ぎる狙いに乙女達が気付かない訳がありマセン。

 ネギ姉様は爽やな笑顔で「今はお腹減ってませんから」とアキラさんの誘いを断わって お兄様に接近しマシタし、
 木乃香さんとお兄様の間でフラフラしていた刹那さんも「わ、私も結構です!!」と集団から離れていきマシタし、
 そもそも、のどかさんは最初からアキラさんの誘いに乗らずにポジション(夕映さんの逆隣)をキープし続けてマシタし……
 あ、ちなみに、ダークホースな美空さんは「アタシは団子を喰うっスよ?」と思いっ切り団子に釣られていマシタよ?

 まぁ、そんな訳で、せめて空いた夕映さんのポジションを得ようとネギ姉様と亜子さんが争いを始めるのは自明デショウ?

 ですが、お兄様は偉大デシタ。なんと、さりげなく(ここ重要)二人の争いを防いでしまったのデス。
 具体的に言うと「そんなところにも見所があるのかー」とか言って夕映さんの後を追ったんデス。
 つまり、空いた筈の夕映さんのポジションは夕映さんに戻るため、争いは起こる前に終わったのデス!!
 その鮮やか過ぎる手際に「さすがは私のお兄様です!!」と軽くマンセーしたくなりましたデスが、
 単純にガイドの後を追っただけと言う気がしないでもないデスので、私はお兄様を信じるだけにして置きマス。

 もちろん、争いが未然に防がれたとは言え、ネギ姉様にも亜子さんにも不満が残るのは必然デスよね?

 更に言うと、お団子タイムから復帰した美空さんも虎視眈々と漁夫の利を得ようとしていそうな気配がしマシタし、
 よくよく考えてみると公式的には婚約者となっている木乃香さんも『いつでも参戦可能』な状態で「この場」にいマシタので、
 お兄様の周囲では、もはや『冷戦』と言ってもいい程に水面下で(つまり、表面化しない)熾烈な争いが起こった訳デス。

 あ、言うまでもないでしょうが、夕映さんのガイドが終わった後も『冷戦』は続きマシタ。

 とは言え、無邪気に鹿とお戯れになっている お兄様を邪魔するような『無粋』な乙女はいませんデシタので、
 情報を制するものが勝負を制する と言わんばかりに情報戦が始まったため先程とは趣が違いマシタけど。
 具体的に言うと、裕奈さんが田中さんを「お兄様の気持ちを確かめるようにし向けた」感じデスね。

 正直、裕奈さんは田中さんの気持ちを理解した上で亜子さんに『お願い』させたので鬼だと思いマス。

 だって、田中さん、表面では笑って快諾していましたけど、内心では涙目って言うか号泣してマシタよ?
 しかも、平末さんは傷心の田中さんを慰めることで田中さんの好感度を上げることしか考えてませんでシタし。
 田中さんの境遇と進もうとしている道が余りにもヒドいので、田中さんに同情を禁じ得ませんデシタよ……

 何て言うか、田中さんと亜子さんの仲を取り持ってあげたいなぁと思う今日この頃デスよ。

 い、いえ、別に田中さんと亜子さんが くっつけば邪魔者が一人消える、などと言う考えは持ってないデスよ?
 ただ単に田中さんに同情しているから応援するだけで、そんな邪なことは少ししか考えていませんって。
 そ、それに、お兄様だって何だかんだ言いながらも田中さんのことを気に掛けていらっしゃる気がしマスし。

 え~~と、そんな訳で、以上でお兄様の現状に対する事情説明を終えた訳デスが……実は一つだけ腑に落ちないことがあるのデス。

 それは(お気付きの方もいらっしゃるでしょうが)のどかさんの動きが激しくなかった、と言うことデス。
 だって、あの のどかさんデスよ? クイーン・オブ・腹黒な のどかさんがお兄様の傍にいる『だけ』だったんデスよ?
 どう考えても、夕映さんを さりげなく威圧して お兄様の傍から退けたうえで他の邪魔者を排除していた筈デス。
 それなのに、大した動きを見せなかったなんて……何らかの『裏』があると言っているようなものじゃないデスか?

 以上のことから、これからは今まで以上に お兄様の周囲を警戒する必要があると思いますデス。



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Part.04:既に動いていただけだった


 まぁ、単刀直入に身も蓋も無くネタバラシをしましょう。
 って、私はイキナリ何を言ってるんでしょー?
 妙な電波を受信するなんて……まるでナギさんみたいです♪

 あ、今、「コイツ、イタイ。イタ過ぎる」って思いましたねー?

 でも、まぁ、私自身も最近の自分の思考とかをイタイなぁって思いますんで別に怒りませんよー?
 だって、ナギさんも充分にイタイ人ですから、これで同じ土俵に立てたって感じですもん。
 って言うか、私って「好きな人に感化されるタイプ」の様なので、私がイタくなるのは必然なんですよねー。

 と言うことで、前置きはこのくらいにしておいて、そろそろ本題に移りましょー。

 本題――つまり、私が先程の『冷戦』に大した動きを見せなかった理由ですけどー、
 実は、ゆえ とは共同戦線を張ることにしたため、むしろ好都合だったからなんですー。
 ゆえ の評価が上がったと考えるのではなく、私達の評価が上がったと考える感じですねー。

 え? ゆえ と共同戦線を張った理由ですかー?

 そんなの、ゆえ とは争いたくないからに決まっているじゃないですかー?
 一番わかり合える筈の親友(ゆえ)と敵対関係になっても いいことはありませんもん。
 それに、私って独占欲は強くないですから、共有で満足できそうだって思いますしー。

 はい? なら、他のコ達を蹴落とす必要は無いんじゃないか? ……ですか?

 まぁ、確かに そう思わなくも無いですし、それが平和的な解決策だとは思うんですけどねー。
 でも、いくら独占欲が強くないとは言っても、さすがにゼロと言う訳ではありませんから、
 私の認めていないコとナギさんがキャッキャウフフするのは、許容できる自信が無いんですよねー。

 特に、ネギちゃんみたいに「誰かと共有する気がない = 独占する気満々なタイプ」はダメダメです。

 そんな相手と共有しようとしても、いつか出し抜かれるのが目に見えてますからねー。
 出し抜かれるのを警戒したり、出し抜かれないように妨害するなんて労力の無駄です。
 って言うか、大奥みたいにドロドロした派閥闘争とかしても そんなに楽しくありません。

 ……ですから、「共有してもいい」ってコ以外は蹴落とすしかないですねー。

 あ、ちなみに、ゆえ をハーレム要員――じゃなくて、味方にした経緯は以下のような感じですー。
 蛇足ですが、タイミングとしてはナギさんの誕生日の前夜で、シチュエーションとしては寮の部屋ですよー。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「ゆえー、ちょっと大事な話があるのー」

 適当な理由で部屋からハルナを追い出して「ゆえ と二人きりになる状況」を作った私は、
 真剣な表情で ゆえ と向かい合い、予てから話したかった話題を切り出しました。
 ちなみに、口調がいつも通りなのは必要以上にプレッシャーを与えないためですよー?

「な、なんですか?」

 ゆえは私の話したいことがわかっていたようで、物凄く苦々しい顔をしていました。
 ここが崖の上なら(私との対峙から逃げるために)バンジージャンプも辞さない感じです。
 まぁ、それがわかっているからと言って追求を緩めてあげる気はサラサラないんですけどねー。

「ゆえ もナギさんのこと……好きなんでしょ?」

 だから、私は前置きなどせずに単刀直入にサクッと本題を切り込みます。
 本当は ゆえ から話してくれるのを待っていたいんですけど、もう待てません。
 ライバルが増えていますからね、ウカウカしていると逃してしまうかも知れません。

「な、なななな何を言っているですか!? そ、そそそそそんな訳がないでしょう?!」

 ゆえ……それは どう見ても語るに落ちるって言う反応そのものだよー?
 そんなあからさまな反応されたら、逆にワザとかと思っちゃうよー。
 でも、ゆえはウソが苦手だから、本気で誤魔化そうとしてるんだろーねー。

「ゆえー、私には本当のこと言って? 私達、親友でしょー?」

 だから私は「友情」と言う鎖で ゆえ の逃げ道を封鎖します。
 そうでもしないと、ゆえは「私のせい」にして逃げますからねー。
 そんな自己陶酔な自己犠牲をされても私は嬉しくないですー。

「で、でも、こんな感情は一時の気の迷い――思春期によくある勘違いですっ!!」

 確かに『本当のこと』だねー。それは私も否定できないよー。
 でも、だからって、その『勘違い』と向き合わないのは間違ってるよ?
 少なくとも私はそう思っているから。だから、ゆえを逃がさいよー?

「たとえ そうだとしても、好きと言う感情があるのは本当でしょ?」

 私は殊更シリアスな顔をして、いつもの間延びした口調もやめました。
 そのうえ、ゆえ が物理的に逃げられないように ゆえ を抱きしめたので、
 思考への没頭と言う現実逃避が得意な ゆえ でも逃げられないでしょう。

「で、ですが、それでは私は のどか を裏切ることになってしまうです!!」

 だから、そんな自己陶酔な自己犠牲をされても嬉しくないんだってば。
 って言うか、本当のことを言って欲しいのに言ってくれないんだから、
 私としては「そっち」の方が「裏切られている」気がするんだけどなー。

 ……だから、ハッキリ言ってあげましょう、ゆえ は間違っているって。

「それなら、『本当のこと』を言って? 本当のことを言ってくれない方が『裏切り』だよ?」
「ですが、私は のどかを応援すると決めたのです。それなのに、私もナギさんを好きなどと――」
「――違うよ、ゆえ。そんなのは間違っている。そんな前提、これっぽっちも正しくないよ?」
「そ、それは一体どう言うことですか? のどかはナギさんを好きでない と言うのですか?」
「ううん、そうじゃなくて……『私を応援するために ゆえが我慢しなきゃいけない』って考えが間違っているんだよ」
「…………すみません、それだと『私が我慢する必要が無い』と言っている様に聞こえるのですが?」
「うん、そうだね。『何で「二人で分け合う」って発想が出て来ないの?』って言ってるからね」
「え? え~~~と、その発想は普通なら出て来ないと思うですよ? 常識的に――と言うか、社会通念上」
「そうかなー? でも、ナギさんのことで二人が争わなくて済むんだから、とてもいい発想じゃない?」
「で、ですが、それは現代日本の倫理観では おかしいと言うか何かが決定的に間違っている気がするです」
「でも、二人が争うよりも、二人で他のライバル達と争う方がよくない? このまま共倒れなんて最悪でしょ?」

 そもそも、私が ゆえ と共有しようとしているのは独占できそうにないからです。

 いくら私の独占欲が強くないとは言っても独占できるものなら独占したいですよ。
 単に、独占を狙ってゼロになるよりも共有によってゼロを防ぎたいってだけです。
 100を求めて0になるよりは10でもいいから手に入れた方がいい、と言う判断ですね。

「そ、そう言われれば、正しく その通りなのですが……」

 ゆえは「何か釈然としないものが残っている」って感じの反応ですけど、とりあえず説得は成功ってことでいいでしょー。
 って言うか、ゆえは『ある程度』思考を誘導してしまえば自己完結してくれますので、放って置くのが一番なんですよ。
 それに、ヘタなこと言って反論させちゃうと、せっかく思考誘導――じゃなくて説得したのが水の泡になっちゃいますからねー。

「そう言う訳で、明日の誕生日と明後日からの修学旅行は二人で頑張ろー?」

 なので、キレイな感じで まとめた後は鮮やかに舞台から掃けました(部屋から出ました)。
 ゆえの性格上、一人になれば思考に没頭して、自己完結を導いてくれるでしょうねー。
 え? 思考が黒い、ですか? ……ちょっと何を言っているか よくわかりませんねー?

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 いえ、まぁ、私のやったことは人として褒められたことではないとは わかっていますよ?

 ですが、私は ゆえ と争いたくありませんでしたし、ナギさんをあきらめたくありませんでした。
 それに、ゆえ と争わないで済む方法も、ゆえ を納得させる方法もアレしか思い付きませんでした。
 ですから、仕方がなかったのです。背に腹は代えられないので、泥を被るしかなかったんです。

 ……これが小説とかの『物語』ならば、恋愛と友情で揺れ動きながらも最終的には双方を獲得できることでしょう。

 ですが、現実は そんなにうまくいく訳がありません。それくらいのこと、わかっています。
 ですから、私は――双方を失ないたくない欲張りな私は「ああする」しかなかったんです。
 たとえ、それが人として最低なことであるとわかっていたとしても、他に選択肢はなかったんです。

 少なくとも私は そう思っていますので、私は自身の行為に対して後悔も反省もしていません。まぁ、罪悪感は多少はありますけど。



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Part.05:嵐の前の静けさ


 ……ありのまま起こったことを お話します。

 「私が鹿と戯れるマスターを録画していたら、
  いつの間にか観光シーンから場面が変わっていた」

 何を言っているのか要領を得ないとは思いますが、私も何が起きたのか把握し切れていないのです。

 頭(と言うか、思考回路とかAIとか)が どうにかなりそうでした……
 一心不乱だとか無我夢中だとか、そんなチャチなものでは断じてありません。
 もっと素晴らしい『萌えの極み』と言うものの片鱗を味わいました。……はふぅ。

 い、いえ、マスター以外のことも記録はしてありますので、経緯を知りたければリプレイすればいいだけなんですけどね?

 ですが、一種の様式美とでも言えばいいのでしょうか?
 説明の手間を省くために必要な遊び心と言うものなのです。
 って言うか、違和感なく過程を飛ばすための舞台装置なんです。

 と言う訳で、場面は一気に飛びまして、私達は旅館に戻っています。しかも、夕食後から就寝までのゴールデンタイムです。

 ……ええ、飛び過ぎですよね? 仰りたいことはわかります。
 ですが、先程も申し上げたように、これが様式美なのです。
 嘆かわしいことですが、偉い人には それがわからんのですよ。
 って、くだらない脱線をしている場合ではないんですよね。
 これでは、様式美を発動した意味がなくなってしまいます。

 ですので、サクサクッと現状の説明から始めさせてもらいますね?

 先程お話しましたように、現在は修学旅行の醍醐味である就寝前の自由時間であるため、
 ただでさえテンションの高い3-Aの皆さんのテンションは止まることを知りません。
 と言うか、「箸が転がってもおかしい」を地で行くような状態です(正直ウザいです)。

 しかし、どんな雰囲気でも相容れない存在がいます。

 そうです、こんな平穏な場に不穏な空気を孕む人がいるのです。
 ……それが誰かは言うまでもないでしょうから、敢えて言いません。
 強いて言うとしたら、穏やかな名前をしているのに黒い人、ですね。

 そんな私にできるのは彼女の企みに便乗して『楽しむ』程度です(ニヤソ)。

「なぁ、最近、茶々丸の様子がおかしいのだが……何か心当たりはないか?」
「……大丈夫だヨ。恐らくはAIの成長に伴う一時的な錯乱だと思うから、きっと大丈夫ダヨ」
「そう言うものか? それにしても、4月に入ってからが特にヒドいのだが?」
「それでも大丈夫サ。きっと春の陽気に当てられてイイ感じになっているだけだからネ」
「…………そうなのか? 『えーあい』とやらは そこまで人間に近いものなのか?」
「自律する機械とはオイルと言う血液を持つ生命体ダヨ? だから大丈夫ダヨ?」
「それには一理あるとは思うが……何かが微妙に違う気がするのは気のせいか?」
「き、気のせいダヨ!! って言うか、私が大丈夫ダと言っているのだから、大丈夫サ!!」
「いや、勢いで誤魔化そうとしていないか? って言うか、本当はダメなんだろう?」
「何を言っているかサッパリわからないネェ。大丈夫なものは大丈夫、としか言えないヨ?」
「いや、さっきから、『大丈夫』を連呼し過ぎで、逆に大丈夫じゃない気しかしないぞ?」
「ア~~ハッハッハッハッハ!! キミが何を言いたいのカ、私にはサッパリわからないヨ!!」

 ……マスターと超さんの実り無い会話は敢えてスルーして置こうと思います。

 と言うか、ここはマスターに心配していただいている幸福を噛み締めるべきですね。
 超さんは私を放置することで『シナリオ』がどう変化するのか見たいだけでしょうし。
 マスターに害が及ばないのであれば、好きなようにやればいいと思う今日この頃ですよ。



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Part.06:嵐は唐突に


(はふぅ……風呂はいいねぇ。風呂は心を潤してくれる。リリンの生み出した文化の極みだよ)

 とか、某福音の最後のシ者のようなセリフを思い浮かべたナギだったが、どう考えても失敗だったろう。
 何故なら、バカなことを考えて現実逃避しようとしたのだが、まったく逃避できてないないからだ。
 いや、むしろ、現状(入浴中)を再認識することになるので気分は更に悪くなったのではないだろうか?

「ナギさん? さっきからボ~ッとして、どーしたんですかー?」

 別に入浴そのものは問題ではない。むしろ、ナギは入浴が好きだ。そう、問題なのは一緒に入っている人物だ。
 まぁ、上のセリフ(間延びしている)的に考えて、その人物が のどか であることは言うまでもないだろう。
 もちろん、幻聴とか『念話』とかではない。普通に現実だ。つまり、ナギは のどか と入浴しているのである。
 余談だが、ナギは昨夜に引き続き「もしもの備え」として水着を履いていたのでギリギリでセーフな状況だろう。

(って言うか、どう考えても この状況は おかしいよね?)

 誰にも邪魔されずに入浴を楽しみたかったので、ナギはネギ・エヴァ・茶々丸に「絶対に邪魔しないで欲しい」と厳重に釘を刺して置いた。
 ネギは明らかに一緒に入りたがっていたが、昨夜 一緒に入ったことが功を奏したのか「わかりました……」と渋々 納得してくれたし、
 エヴァは「まぁ、今夜は特に報告もないし、礼は昨夜したし、偶には貴様の意思を尊重してやろう」と尊大な態度で納得を示してくれたし、
 茶々丸に至っては「そう言うことでしたら、それとなく邪魔が入らないように警邏して置きます」と歓迎してくれたので、完璧な筈である。

(それに、何で のどか はオレが個人風呂を予約したことを知っているんだろ?)

 昨夜ネギがロビーで騒いだことで少なくない人数に「ナギとエヴァが一緒に入浴した」と言うことは知られている。
 そこから「個人風呂を予約して二人で入ったのでは?」とか類推したのかも知れないが……それでも腑に落ちない。
 そもそもの問題として、この旅館に個人風呂は幾つもあるし、予約の時間だって複数の可能性(1時間刻み)がある。
 つまり、ナギが「どの風呂に」「どの時間に」入るのか は、可能性が有り過ぎて類推で正答を導き出せるレベルではない。
 それなのに、のどか は現在ここにいる。ナギが「この時間に」「この風呂に」入ることがわかっていた、としか思えない。

(いやはや、実に不思議だねぇ。まさに『謎が謎を呼ぶ』って感じだよ、うん。――ってのは冗談で、実は類推はできているんだけどね?)

 何故なら、ナギが「この時間に」「この風呂に」入ることを知っているのは(ナギ以外では)例の三人しかいないからだ。
 つまり、消去法で考えたら犯人は茶々丸しかいないのである(エヴァは義理堅いし、ネギが のどかに利することをする訳がない)。
 と言うか、普段の茶々丸の態度(あきらかにナギを疎ましく思っている)を考えたら茶々丸以外に犯人がいる訳がない。

『と言うことで、茶々丸……これは どう言うことなのかな? って言うか、誓約はどうしたのかね?』

『何が「と言うこと」なのか は、皆目見当も付きませんが……誓約に関しては お答えしましょう。
 答えは単純で、宮崎さんへの情報提供は誓約の範囲外だ と、私は認識しているだけのことです。
 何故なら、誓約した通りに「私は邪魔をしていません」からね。誓約は一切 破っておりません』

 犯人(茶々丸)を問い詰めるためにナギは『念話』を送ったのだが、その結果は散々だった。

 茶々丸がアッサリと犯行を認めたまではよかったのだが、その後に謝罪するどころか開き直ったのがいただけない。
 生憎と『念話』なので表情はわからないが、茶々丸は某ピンクの着物の人くらいに「どや顔」をしているに違いない。
 まぁ、条件の裏を付くのはナギの基本姿勢なので、苛立ちはするものの文句を言いたくても言えないのが現状だろう。

(そもそも茶々丸が進んで警邏をしてくれた段階で疑うべきだったよ。恐らく、警邏と言う名の『のどか の手引き』だったんだろうなぁ)

 今更と言えば今更だが、ナギを好ましく思っていない茶々丸が進んでナギのために働く訳がないので、ある意味では これはナギの自業自得だ。
 それだけ精神的に疲れていた と言うことなのだろうが、ここが敵地であることは考えると、少しばかり気が抜け過ぎている と言わざるを得ない。
 茶々丸の行為は「もう少し注意した方がよろしいですよ?」と言う解釈もできるので、余計にナギは文句を言えない(まぁ、そんな意図の訳がないが)。

 ところで説明が遅れたが、茶々丸も例の念話用魔法具を持っているので、茶々丸も『念話』が可能なのである。

 ちなみに ついでだから説明すると、ネギには念話用魔法具は持たせていない。何故なら、エヴァや茶々丸との『念話』をネギに聞かせたくないからだ。
 別に疚しいことはないのだが、ネギ(子供)には聞かせたくない黒い会話をすることがあるので、エヴァや茶々丸とだけのラインにしたかったのである。
 それに、ナギとネギは仮契約カードで『念話』が可能だし、魔法使い同士(ネギとエヴァ)は魔法で『念話』が可能なのもある(茶々丸は忘れて置こう)。

 そんな訳で、ナギと茶々丸は楽しい楽しい『念話』を繰り広げるのだった。

『ところで、どうして のどか に情報提供をしてくれちゃったのかな?』
『それは もちろん「純粋な親切心から」に決まっているではないですか?』
『え? 親切心だって? それってイヤガラセの間違いじゃないの?』
『イヤガラセとは心外ですね。美少女と入浴できて嬉しいでしょう?』
『まぁ、嬉しいと言えば嬉しいけど、それ以上に厄介な事になりそうなんだけど?』
『それは因果応報と言うものですよ? いい目をみたのだから、苦しむべきなのです』
『もしかして、未だに昨夜のエヴァとの入浴の件を根に持っていたりする?』
『……さて、どうでしょうね? アレはアレで それなりに私も楽しめましたからねぇ』

 楽し過ぎて涙が出て来そうな程だが、二人の関係を如実に物語っている一幕だろう。


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―― のどかの場合 ――


 実を言いますと、最初の段階ではナギさんが個人風呂を予約したことまでは知りませんでした。

 ナギさんが自分で予約した訳ではなく、茶々丸さんに予約を依頼したために気付けなかったんです。
 しかも、電話ではなく『念話』で依頼が行われたので「依頼した事実そのもの」もわかりませんでした。
 つまり、私には科学的なチェックはできても魔法的なチェックはできない、と言うことです。
 更に言うと、ナギさんの行動だけをチェックするのではなく、その周囲もチェックする必要がある訳です。
 当然、私ができることには限界がありますので、それらには どうしても『協力者』が必要となるでしょう。

 ……そうです。だから茶々丸さんと『協力関係』を結ぶことにしたのです。

 まぁ、協力関係とは言いましたが、一蓮托生って感じの重いものではありません。、
 自分の負担にならない程度に相手の協力をする、と言った軽いものですね。
 今回は、先の情報提供の他にも、隠しカメラを準備してもらっている感じです。
 あ、ちなみに、協力関係を結んだ時期は、ゆえ と共同戦線を張った直後ですよ?。
 茶々丸さんの方から「耳寄りな情報があります」って感じで持ち掛けられました。

 と言う訳で、裏事情の説明が終わりましたので、そろそろ『計画』をスタートさせましょう。

「ナギさーん、考え事は終わりましたかー?」
「え? あ、うん。まぁ、一通りは、ね」
「そうですかー。じゃあ、ゲストを呼んでいいですかー?」
「え? ゲスト? って言うことは誰か増えるの?」

 私は答える代わりに「ゆえー、おいでー」と呼びました。

 もちろん、ナギさんは かなりビックリしています。
 ちょっとマヌケな顔ですが、これもいいと思います。
 むしろ、私はナギさんのダメなところが好きですね。

「え、え~~と、状況がうまく飲み込めないんだけど?」

 まぁ、そりゃそうですよねー。普通なら、私だけですもんねー。
 でも、私達(ナギさん含む)は普通じゃないので、ゆえ も必要なんですよ。
 それに、三人じゃないと私の考えている『計画』の意味がありませんし。

「簡単に言いますとー、一本の矢よりも二本の矢、二本の矢よりも三本の矢って感じですねー」

 ナギさんが「それはそうかも知れないけど、それは何かが違くない?」とかツッコんでますけど、スルーして置きます。
 だって、ナギさんってば「でも、これはこれで有りかも知れない」とかアレなことをブツブツ言っちゃってますもん。
 ……まぁ、言うまでも無いですが、私がナギさんの性質を見抜けていない訳がないじゃないですかー?
 いくらナギさんも ゆえも あきらめたくないからと言っても、ナギさんの意思を無視したりなんかしませんよ。
 ナギさんが「ハーレムも有り」って考えるようなダメ男だとわかっているからこそ、双方をあきらめなかったんです。

「と言う訳でー、裸のお付き合いをしましょー(もちろん、『お突き合い』じゃないですよー?)」

 私は身に纏っていたバスタオルを脱いで全裸になり、ナギさんの右隣に付く形で湯に浸かりました。
 それに合わせて ゆえ もバスタオルを脱いで全裸になって逆隣に腰を降ろしましたので、これで準備完了です。
 ゆえとアイコンタクでタイミングを合わせて「えいやっ!!」ってナギさんが履いてた水着を脱がしました。

 ……そこにはゾウさんと言うには凶悪過ぎるモンスターがいましたが、私は見慣れているのでノー問題です。

 あっ、見慣れていると言いましたけど、それは実物じゃなくて盗撮の映像ですよ? 妙な勘違いをしちゃダメですよ?
 それと、ゆえ ですけど、予め盗撮映像を見せて置いたんですが、それでもショックは大きかったみたいです。
 何か「ア、アナコンダです」とかブツブツ言いながら(手で目を押さえつつも指の隙間から)ガン見していました。

「…………あまりのことにオレは言葉も出ません」

 ナギさんが滂沱な涙を流しながら斜め45度を見上げているのは何故でしょうか?
 まぁ、嬉し泣きと言うことにして置いて、サクサクッと次の段階に移りましょう。
 だって、これでは序の口に過ぎませんからね(『計画』には まだ続きがあります)。

 と言うことで、ナギさんの腕を取り、自分の体で包み込みように抱き付きました。

 ちょっと恥ずかしいですけど、秘所に手がぶつかる感じですね。
 私の残念な胸では、胸で腕を包んでも視覚的効果が薄いですからね。
 もちろん、(私より残念な胸の)ゆえも同じように抱きついてますよ?

「フフッ……こう言うのを『両手に花』と言うのかなぁ」

 つまり、それは『花ビラ』と言う意味で ですね? ……わかります。
 でも、理解した私が言うのもアレですけど、オヤジ臭い発想ですよねー。
 ちなみに、ナギさんの魂が抜けているような気がしますが、敢えて気にしません。
 だって、薄く笑った表情が「ハーレムを楽しんでます」って顔に見えますからね。
 何も事情を知らない人が見たら、ナギさんが私達を囲っているようにしか見えませんって。

 ……と言う訳で、私の『計画』は恙無く終わりました。

 まぁ、おわかりでしょうが、私の『計画』とは、この場で既成事実を作ることではありません。
 ナギさんが私達を囲っているようにしか見えない映像を(茶々丸さんの隠しカメラで)録画することです。
 敢えて言うなら「既成的な事実の捏造」と言った感じですね(茶々丸さんの協力に大感謝ですよ)。
 後は、この映像を(編集して)ライバル達に見せれば……ライバル達は一網打尽にできますね。
 もしくは、「ナギさんが複数の女性を囲っていても構わない」って言う『仲間』に振り分けられます。

 フフフ……すべては『計画通り』ですよ?



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Part.07:気不味い邂逅


(フフフ……オレは燃え尽きちまったぜ)

 御褒美をもらったような気がしないでもないが、それ以上に大切な何かを失った気がするナギの背中は煤けていた。
 具体的に言うと、ハーレムルートに突入したと思ったら実はバッドエンドに直行していた、と言った感じだろう。
 正直、男としてはハーレムは嬉しいし、のどか と言う危険要素が進んでハーレムを選んでくれたのは僥倖だが、
 どうも何か裏があるような気がする と言うか、ナギの与り知らないところで何かが起こりそうな予感がするらしい。

(オレの悪い予感って当たるからなぁ。十中八九、オレ的には悪い事態が引き起こるんだろうなぁ)

 先のことばかり考えても仕方がないし、ナギは「もう疲れたよ、パトラッシュ……」状態なので今日は もう寝るべきだろう。
 幸い、今なら部屋に戻っても、風呂に入る前に仕掛けて置いた『睡仙香』が程好く効いていることだろう。
 つまり、喧しい男子達は静かに寝ているだろうし、ナギも嫌な現実を忘れてグッスリと安眠を味わえることだろう。

 ……まぁ、この状況さえ抜け出せれば、の話だが。

 さて、身も蓋もなく説明すると……風呂上りのコーヒー牛乳で気分転換をしていたナギは運悪く あやかと遭遇してしまったのである。
 別に あやか が嫌な訳ではない。那岐のことで申し訳ない気分になったり、那岐への愛が伝わって来て気分が悪くなったりするだけだ。
 つまり、あやか自体が問題なのではなく、あやかと接することでナギが受ける影響が問題なのだ。あやかに遭遇したくない訳ではない。

(ただ、今は会いたくない気分だったんだよねぇ)

 別に、精も根も尽き果てているから更に精神的ダメージを負いたくない、と言う訳ではない。
 今朝の夢(那岐の記憶)で那岐の木乃香・刹那との絆を見てしまったために気不味いのだ。
 那岐と あやかの絆もあるのだろうが、現時点では まだ見ていないため、妙に罰が悪いのである。

(同じ幼馴染でも、那岐にとっては あやかとの絆は二人との絆 程じゃないのかも知れない……)

 ナギの印象では、那岐にとって二人との絆は「何よりも大切なもの」であるのに対し、
 あやかとの絆は「それなりに大切なもの」くらいでしかない ような気がしてしまうのだ。
 それは、理屈ではなく感覚だ。だが、感覚として「そう理解してしまった」とも言える。

(まぁ、那岐自身も認識していないだけで本当は大切に思っていた可能性がない訳でもないけどさ)

 ナギの望んだことではないとは言え『事情』を理解してしまったため、ナギは あやかを見ていられない。
 那岐の気持ちが微妙であることがわかっているため、那岐のことを大切に思っている あやかを見ることがつらいし、
 だからと言って(那岐の代わりに)あやかを喜ばせる訳にもいかない。ナギには見ていることしかできない。

 22話Part.05での会話のせいか、あやかも気不味いようで、何とも言えない空気が短くない時間 二人の間に流れたのだった。


 


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オマケ:その頃の麻帆良


 ナギ達が修学旅行を楽しんでいる一方で、他の学年の生徒は通常の授業が行われていた。
 そう、中等部三年生以外は、いつもと変わらない『筈』の日常を過ごしていたのだった。

「……どうしたんだね、高音君? いつもの君らしくないぞ? 体調でも悪いのかね?」

 タラコ唇と角刈りが特徴的な、眼鏡を掛けた黒人男性――ガンドルフィーニが、
 自身の担当生徒である高音の様子がおかしいことに気付き、それについて訊ねる。
 ちなみに、現在は(二次創作でよく言われている)『夜の警備』の真っ最中である。
 まぁ、警備とは言っても、不審者を取り締まる程度の内容でしかないのだが。
 麻帆良には強固な結界があるので、基本的には侵入者など有り得ないのである。

「い、いえ、ご心配には及びません。少々、気になることがある程度ですから」

 高音はツンデレ属性を持っているものの、誰に対してもツンデレる訳ではない。
 そのため、担当教師であるガンドルフィーニの問いに対し、正直に答える。
 その隣に本音を見せてはいけない後輩(愛衣)がいることを忘れたのは御愛嬌だ。

「気になることって……センパイのことですか?」

 だが、愛衣はそこを見逃さない。核心をストレートに突く。
 ちなみに、表情も口調も極めて にこやかなのが逆に怖い。
 それ故に、ガンドルフィーニは何も言わずに静観していたりする。

「……ええ、確かに その通りですが、それが何か?」

 最初、高音は「失言でしたわ……」と後悔したが、ここで慌てても仕方が無いので開き直ることにした。
 まぁ、開きなった と言うよりは、逆ギレしたと言った方が正しい気がするが、敢えて何も言うまい。
 突如として始まった女の戦いに巻き込まれてしまったガンドルフィーニに対しても、敢えて何も言うまい。

「いいえ、何でもありませんよ? ただ、お姉さまはもっと素直になるべきだと思うだけですから」

 愛衣は高音の予想外の切り返しに少々 驚きながらも、極めて冷静に言い返す。
 ちなみに、二人は表情も口調も にこやかだが、雰囲気は物凄く冷え冷えとしている。
 もちろん、ガンドルフィーニは逃げられない。逃げるタイミングを失っているからだ。

「……そうですわね。彼はニブいですから気を付けないといけませんわね」

 高音は愛衣の言葉を「そうじゃないと、いつまでもセンパイに想いは届きませんよ?」と受け取る。
 そして、その裏に隠された「まぁ、どうせ素直にはなれないでしょうけど」と言う言葉すらも受け取る。
 それ故に、高音は裏の意味をスルーして、肯定のみをする。いつかは素直になる と言う意思表示だ。

「そうですね。しかも、何故かライバルがいっぱいいますからね」

 愛衣も高音の言葉から「ですが、貴女の想いも届いていませんでしょう?」と言う裏の意味を受け取り、
 ここで争っても意味がない(どころかマイナスでしかない)ことに気付かされ、不毛な争いをやめることにする。
 まぁ、二人とも言葉の裏を読み過ぎだが、二人は言葉に含みを持たせられる程 仲が良い、と言うことである。

 ……ガンドルフィーニは「つまり、二人は仲がいいんだよね」と納得することにして「もう警備はいいから帰って寝よう」と結論付けるのであった。


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 そして、場所は変わって麻帆良教会。その礼拝堂。
 本来ならココネは寮に帰るのだが、何故か まだここにいた。

「寂しいのですね、ココネ?」

 褐色の肌をした女性、シスター・シャークティがココネに気遣わしげな声を掛ける。
 シャークティも朴念仁ではないので、何故ココネがここにいるのかくらいわかっている。
 そして、自分では『二人』の代わりに成れる訳ではないこともわかっているのである。

「……別ニ、寂しくなんかないヨ?」

 ココネはシャークティの気持ちが『何となく』わかるため、本音は言わない。
 それに、本音を言ったところで現状が変わる訳でもないことをココネはわかっている。
 二人の代わりなどいないことは、誰に言われるまでも無くココネ自身がわかっているのだ。

「まったく、貴女は嘘が下手ですね……」

 見習いとは言えシスターが礼拝堂で嘘を吐くのも どうかとは思われるかも知れないが、
 すべての嘘を禁じるのは狭量と言うものだろう、人のための嘘までは咎めるべきではない。
 そう思いながらシャークティは苦笑して、素直になろうとしない少女の頭を優しく撫でる。

「……嘘じゃないヨ? だって、まだ二日だモン」

 ココネは くすぐったそうにしながら、そっぽを向いて告げる。
 それは、スネているように見えるが、強がっているようにも見える。
 まったく以って素直ではない教え子にシャークティは苦笑するしかない。

「そうですね。何だか、物凄く時間が経っている気はしますが、まだ二日ですものね」

 シャークティは「このコのためにも早く帰って来なさい」と とある少年に心の中で文句を言いつつ、
 普段の堅い表情が嘘としか思えない慈愛に満ちた表情で、優しくココネの頭を撫で続けるのであった。
 仮に この光景を彼が見れば「軽くメタなこと言わないでください」とかアレなコメントをすることだろう。

 ……このように麻帆良では いつもと違う日常が描かれていたのであった。


 


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後書き


 ここまでお読みくださってありがとうございます、カゲロウです。
 以前から「改訂した方がいい」と言う意見が多数あったので、改訂してみました。


 今回は「修学旅行中の息抜きの筈が、最終的にはシリアスになっていた」の巻でした。

 主人公と のどかをパクらせるつもりないので、キスイベントは起こりません。
 まぁ、パパラッチに魔法バレしていないので起こり得ないんですけどね。

 あ、個人的には14巻の のどか とゆえの ぶっちゃけシーンは好きだったんですけど、
 『ここ』の のどかでは『ああ言う展開』は起こりそうも無いので(血みどろになりそうなので)、
 主人公の都合など軽やかに無視した方向で「ハーレム化計画」を企てるような感じになった訳です。

 私のものにならないなら いっそのこと みんなのものにしてしまおう……それが、のどかクオリティですね。

 って言うか、原作の「健気なキャラ」が「ブッ飛んだ発想のキャラ」にジョブチェンジしましたよねぇ。
 正直、最初の頃から のどかは黒くする予定だったんですけど、ここまで黒くなるとは想定外でした。
 書いているうちに こうなってしまい、改訂する時も「直すと変になりそう」なので、基本ノータッチです。


 では、また次回でお会いしましょう。
 感想・ご意見・誤字脱字等のご指摘、お待ちしております。


 


                                                  初出:2010/4/11(以後 修正・改訂)



[10422] 第25話:予定調和と想定外の出来事【改訂版】
Name: カゲロウ◆73a2db64 ID:552b4601
Date: 2013/03/25 20:57
第25話:予定調和と想定外の出来事



Part.00:イントロダクション


 今日は4月24日(木)、修学旅行三日目。

 原作では、ネギと明日菜が親書を本山に届ける中で小太郎の襲撃に遭い、
 シネマ村にて刹那が木乃香を守るために月詠と死闘を繰り広げた。

 ……『ここ』では一体何が起こるのだろうか?



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Part.01:無慈悲な現実


 泣きじゃくる幼い頃の せっちゃんがいる。

 濡れた身体が寒いのか、打ち震えながら泣きじゃくっている。
 その姿は とても痛々しくて、見ているだけで悲しくなって来る。
 でも、それなのに、せっちゃんは悲壮な決意までしてしまう。

「守れなくて ごめん……ウチ、もっともっと つよおなる……」

 そう、せっちゃんは悲壮な決意を『してしまう』んだ。
 これが、せっちゃんの心にどれだけの楔を打ち込んだのか?
 原作からそれを知っているオレは、こんな場面など見たくない。

 でも、そんなオレの想いなど嘲笑うかのように那岐の記憶再生は続いていく。

 全身を濡らした幼い頃の木乃香が「そんなんええよ」と言っているのに、
 せっちゃんは木乃香の言葉を聞かずに ただただ己の無力を嘆いていた。
 そして、二人の様子がわかる程 二人の傍にいるのに、那岐は見ているだけだった。

 いや、違う。那岐も泣いていた。だって、いつの間にか視界が歪んでいたのだから。

 二人の姿を見ているのが耐え切れなくなったのか、那岐は その場を離れる。
 段々と二人の声が離れて行き、やがて木乃香の家からも離れ、森に差し掛かる。
 そして、森の中で一人咽び泣き始める那岐。誰に憚ることなく、泣きじゃくる。

「ちがう!! 悪いのはボクだ!! ボクが二人を きずつけたんだ!!」

 那岐はそんなことを叫びながら、声の限りに泣き叫ぶ。
 考えてみれば、オレですら二人の泣く姿はつらかったんだから、
 那岐にとっては とんでもなくつらいのなんて当たり前だった。

 ただ単に、那岐は男の子なので二人に涙を見せなかっただけだ。

 子供なんだから、二人の前で泣くことを我慢しただけで充分だ。
 二人を慰めるなんて余裕がある訳がない。強がるだけで精一杯だ。
 だから、今は泣き叫べばいい。そして、余裕が出来たら慰めればいい。

 ……しかし、どうしてこうなったんだろう?

 せっちゃんが泣いているところからしか見てないから、よくわからない。
 原作の知識から「川で溺れた時の事件か?」って予測は立つけど……
 『ここ』と原作は似て非なるから川で溺れた訳ではないのかも知れない。

 ただ、わかっているのは、この時に起きた事件が切欠で那岐の幸せの時代が終わったってことだ。

 木乃香と せっちゃんの関係が悪くなったからなのか、那岐が自分を責めているからなのか……それはわからない。
 でも、泣き疲れた那岐が森で意識を失った後、那岐が変わってしまったのは――『虚ろ』になってしまったのは、確かだった。
 それまで幸せそうに笑っていたのに、木乃香を見ても せっちゃんを見ても笑わなくなった。いや、感情が動かなくなった。

「那岐君……ゴメン…………」

 場面が変わり、いつの間にかいた若かりし頃のタカミチが沈痛そうな面持ちで那岐に謝罪する。
 それに対し、那岐は「タカミチは何も悪くないよ?」と平坦な声で答えるだけだった。
 その平坦さが、オレには、雪の日の那岐(16話参照)以上に那岐の心が凍て付いているように見えた。

 そして、そんな那岐の手を取ってタカミチは木乃香家を後にする。

 その姿は、木乃香の家に来た時(22話Part.01参照)の焼き直しの筈なのに、
 何故か、雪の日の姿を――掴めないものを必死に掴もうとした姿を、髣髴とさせる。
 いや、違うな。雪の日は掴もうとしていたが、今は掴む気すらないように見える。

 そう、先程も言ったように、今の那岐は『虚ろ』になってしまったのだから。

「それでは、詠春さん。長らく お世話になりました」
「いや、こちらこそ却って迷惑を掛けてしまい、申し訳なかった」
「それでも、お世話になったこと自体は変わりませんから」
「そうか、そう言ってくれるか……ありがとう、タカミチ君」
「いえ、お礼を言うのはボクの方ですよ。那岐君は幸せ『でした』からね」
「……つまり、謝罪も謝礼も受け取ってくれない、と言うことかい?」
「ええ。それがボクのささやかな復讐ですから、どちらも要りません」
「そうか……それならば、ただ、黙って見送るとしよう」

 タカミチと詠春はわかるようでわからない会話をして別れた。

 そして、そんなタカミチに手を引かれるままに、那岐は木乃香の家を後にする。振り返ることなく、後にする。
 その背を見送るのは『詠春さん』のみだった。そう、木乃香も せっちゃんも見送りに来ていないのだ。
 まだ夜明け前(周囲の様子から そう判断した)だから、まだ二人が寝ている時間帯だったのだろうか?
 それとも、二人は起きていたとしても来ないのがわかっているから、この時間帯に出発するのだろうか?
 オレにはわからない。わかるのは、那岐が無表情ながらも何処か寂しそうにしているってことだけだ。

 ……幸せは永続しない。そんなのは、わかりきっている。

 でも、だからって、それを許容する訳には――幸せをあきらめる訳にはいかない。オレは、そう思う。
 幸せが壊れてしまったのなら修復すればいいだけだ。幸せを失くしたなら、再び手に入れればいいだけだ。
 だから、那岐には幸せをあきらめないで欲しかった。あきらめなければ、幸せになれたかも知れないんだから。

 まぁ、だからと言って、オレみたいにあきらめが悪過ぎるのも問題かも知れないけどね?



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Part.02:ダミーであしらって置きました


 さて、最後の最後でナギらしくまとめたところで、気を取り直して今日の予定を確認してみよう。

 ナギは今日、ネギ達と関西呪術協会の本山に行き、親書を渡したり詠春に挨拶したりする『予定』がある。
 道中の妨害や夜間の襲撃など不安な点は多々あるが、特に一般人達が面白半分で尾行して来ないか が不安だ。
 まぁ、興味本位で首を突っ込んで痛い目を見るのは自業自得なので本来ならナギが気にすべきことではないのだが、
 原作知識と言う情報があるのに(危険を予見しているのに)何の対策も講じないのも気が引けるのである。

 それ故に、ナギは一般人達に尾行されないように『手』を打つ――ダミーを囮にすることにしたようだ。

 当然のことながら、一般人達が尾行して来ないようにするためにダミーを利用するのであって、ダミーを本山に行かせる訳ではない。
 いくら安全を重視するナギでも、本山にダミーを行かせる と言う「バレたら各方面に軋轢を作る愚」を犯すような真似はしないのだ。
 まぁ、若干は「一般人であることを理由に魔法関係を気にしないって手もあるけど」とか思ったらしいが、どうにか思い留まったようだ。
 と言うか、万が一の可能性でしかないが、木乃香と結婚したらナギは西の長になる可能性が非常に高いため、そう無茶もできないのだが。

 そんな訳で、ナギはダミーを作るために例の『身代わり君Ⅱ』(20話参照)の鼻を「ポチッとな」と押す。

 すると、ムクムクと言う効果音が似合う感じで、節くれだっていた人形が徐々にナギの姿へと変わっていく。
 まぁ、言うまでもなく、実に気持ちが悪い。「人形が人間に変化する」のは漫画だから許せる光景なのである。
 それ故に、ナギはコッソリと「今後は変化の過程は見ないようにしよう」と心に固く誓ったとか誓わなかったとか

「……問おう、貴方が私のマスターか?」

 気が付けば、ナギの目の前には「オレと瓜二つの好青年(ナギ談)」が立っていた。
 特に、口を開いた瞬間にダメさが露呈する辺りとか似過ぎてて泣けて来るくらい らしい。
 むしろ、ナギは「ああ、コイツは本当にオレのダミーなんだなぁ」とか思ったくらいだ。

「フヒヒwww サーセンwww」

(うん、だから少しは自重しような? 場を和ませたいんだろうけど、殺意しか沸かないから。
 って言うか、「人の振り見て我が振り直せ」と言う言葉が木乃香の時 以上に身に染みるなぁ。
 だから、これからはネタを少し自重しよう。もしくは、相手をイラつかせるために多用しよう)

 余りにもダメな応答をしてくれるダミーに、ナギは悟りにも似た諦観に至ったとか至らなかったとか。

「まぁ、思うところがあるのはわかるけど……サッサと命令してくれないかな、オレ(マスター)?」
「うん、急に雰囲気を変えたり話題を変えたりするところも本当にウザいね、オレ(ダミー)」
「それがオレの常套手段だろ? って言うか、それはいいから早く命令(使命)をくれってばよ」
「いや、命令を求めている立場なのに、何故に そんなに偉そうなのかな? 少しは恭しくしたら?」
「え? いや、だって、それがオレじゃん? それ以外に説明の必要など あるまいて?」
「……まぁ、確かに そうだね。何だか泣きたくなる程の説得力を感じて何も反論できないよ、うん」
「納得してくれたのなら、サクッと命令してくれない? 放置とかされると泣きたくなるじゃん」
「はぁ、放置されるより命令された方がマシとか……本当にオレなんだなぁ、お前って」
「いや、オレのダメ――じゃなくて、ダミーっぷりの確認はいいから、早く命令してよ」
「わかったよ。だから、某王立国教騎士団の吸血鬼様のように命令を求めてくれないかね?」
「……命令(オーダー)を!! 命令(オーダー)を寄越せ!! 我が主(マイ マスター)!!」
「よかろう。では、風邪をひいた振り――部屋で寝込んだ振りをして、一般人達を欺いてくれ」
「え? 散々 引っ張って置いて、そんな命令なの? さすが過ぎてコメントもできないよ?」
「しょうがないでしょ? ヘタに動いたら妙なフラグが立っちゃいそうなんだから」
「いや、まぁ、確かにそうだけどさ……せっかくなので、フラグ乱立してみたいんだけど?」
「いや、それは やめてよ。って言うか、自重してよ。むしろ、何でオレ以上に自重しないの?」
「そりゃあ、オレは『旅の恥は掻き捨て』状態だから、いつも以上に後先を考えないじゃん?」
「ああ、なるほど。いやはや、ネギに拘束用の魔法具も借りて置いてよかったと心底 思うよ、うん」
「……やはり、さすがオレだな。抜かりがない と言うよりも、用心深過ぎてウザいくらいだ」
「まぁ、そう褒めないでよ。ただ単に、オレが大人しく命令を聞くとは思ってなかっただけだから」
「いや、命令によっては大人しく聞く――って、そうか。最初から大人しく聞かない命令をする気だった訳か」
「うん、まぁ、そうなるねぇ。じゃあ、そう言う訳で、修学旅行なのに一人寂しくホテルで過ごすがいいさ」
「最早さすが過ぎて脱帽だぜ。って言うか、この外道め!! いつかギャフンと言わせてやるからな!!」
「お約束だけど……『ギャフン』。どう? これで満足した? 満足したなら、大人しくしていてね?」
「クッ!! このド外道め!! 絶対『ギャフンと言わせてやる!!』って言うような状況に叩き込んでやるぅうう!!」
「フッ、負け犬の遠吠えが心地いいねぇ。だけど、余り騒ぐとバレるから、いい加減に大人しくしようか?」

 そんなこんなで、どうにか『丸く収まった』ところで、ナギはダミーを鮮やかに拘束した(もちろん、黙らせるために口まで拘束した)。

 まぁ、拘束した後に「最初から問答無用で拘束して置けばよかったじゃん!!」とか気付いたのは御愛嬌だろう。
 果てしなく どうでもいい会話で時間を浪費した気がしてならないが、後の祭りでしかないので気にしてはいけない。
 いや、「今後は気を付けよう」とか反省はすべきだが、後悔していても時間の無駄なので、今は未来を見るべきだ。

 ……ちなみに、ナギの使用した拘束用魔法具だが、これもネギがエヴァ戦で使ったものの魔改造版である。

 相変わらずネーミングが残念(『帰って来たばっくん』と言う名前らしい)だが、性能は折紙付だ。
 スペック的には、常人では抜け出せない程の威力と、対象を一日は拘束し続ける持続性も持っているようだ。
 拉致や監禁などの犯罪にも使える代物なので、魔法や未来道具 同様「使う者のモラル次第」な代物だろう。

 いや、まぁ、ナギのモラルは崩壊している気がしないでもないが、それでもギリギリのラインで大丈夫だと信じて置こう。



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Part.03:いざ出発


「……すみません、お待たせ致しました」

 拘束したダミーを布団に放り込んだナギは、コッソリとホテルを抜け出して『皆』との待ち合わせ場所に移動した。
 もちろん、ここで言う『皆』とは本山に行くメンツのことで、ネギ・木乃香・タカミチ・鶴子のことである。

 ここで「あれ? せっちゃんは?」とツッコみたくなるだろうが、耐えて欲しい。何故なら残念なことに刹那はメンバーに含まれていないからだ。

 ナギとしても同行させたいのは やまやまだが、木乃香に魔法をバラしてはいけない と言う暗黙のルールがあるため仕方がないのだ。
 何故なら、今まで木乃香と疎遠だった刹那を急に(木乃香の里帰りに)同行させると木乃香を不審がられる可能性が高いからだ。
 木乃香なら「ウチ等の仲が微妙なんを気遣ってくれたんかな?」とか好意的に解釈してくれそうだが、不審は可能な限り排除すべきだろう。
 それ故に、刹那には申し訳ないが、少し離れたところで木乃香のストーキング――ではなく、護衛として待機してもらってるのである。

 閑話休題、本題に戻ろう。先程のナギの「お待たせしました」と言う言葉通り、待ち合わせ場所には既に全員が揃っていた。

 まぁ、待ち合わせの時間そのものは過ぎていないが、だからと言って首謀者とも言えるナギが最後に来たことへの詫びが必要ない訳ではない。
 そもそも、ダミーとの無駄話で時間を費やした以外にも、それを見越してダミーを早めに作る努力を怠った と言う落ち度がナギにはある。
 ナギは「風邪っぽいから今日は寝てる」と班員を部屋から退出させてからダミーを作ったのだが、班員を退出させるのを早目ににすべきだったのだ。
 もしくは、早目にダミーと入れ替わって置いてダミーに班員達を騙させるべきだった(まぁ、ダミーにそこまでやらせるのは困難だっただろうが)。

「大丈夫です、全然 待ってません。って言うか、ナギさんのためなら いつまでも待ちます!!」

 恐らくネギはフォローのつもりで言っているのだろうが、言われたナギとしては暗鬱とした気分になる。
 具体的に言うと「朝から重過ぎる御言葉、本当にありがとうございます」とか言いたい心境である。
 と言うか、タカミチの前で そう言うことを言われると何かのフラグが立つ気がするので本当にやめて欲しい。
 まぁ、そんなこと言える筈がないし他に言葉が浮かばないナギは、返事の代わりにネギの頭を撫でるしかない。

「えへへ~~♪」

 ネギは妙に嬉しそうな表情を浮かべているので、ナギの狙い(返事の誤魔化し)は成功した様に見えるのだが……
 何故か何かを間違えたような気が――逆にネギの狙いが成功した気がしてならないのは多分 気のせいだろう。
 まぁ、今はそんなことは気にしている場合ではないので、ナギは癖とも言える問題の棚上げをして置くことにするが。

「高畑先生。今日は付き合っていただき、ありがとうございます」

 気分を切り替えたナギはタカミチに向き直ると、深々と頭を下げながら礼を述べる。
 まぁ、頭を下げたのは礼の意味だけでなく、遅れたことへの謝罪の意味もあるだろうが。
 ちなみに、ナギのセリフ(今日は付き合っていただき云々)が意味不明かも知れないが、
 タカミチの『表向きの同行理由』の都合上、ナギは そう言うしかないのである。

「青山さんも、今日は非番なのに態々 来ていただいて、ありがとうございます」

 タカミチの挨拶を済ましたナギは、今度は鶴子にも挨拶する(頭を下げる)。
 またもやナギのセリフ(非番なのに云々)が意味不明かも知れないが、
 タカミチと同様に鶴子の『表向きの同行理由』的に そう言うしかないのである。

 ……さて、そろそろ それぞれの『表向きの同行理由』について見ていこう。

  ナギ : 木乃香の婚約者として、木乃香の父親(詠春)に挨拶をしに行かざるを得ない。
  ネギ : 詠春とネギの父親が古くからの友人だったため、近くに来たので会って置きたい。
  木乃香 : 近くまで来ているし婚約者(ナギ)が挨拶に行くので、実家に行かざるを得ない。
  タカミチ : ナギの保護者でありネギ達の担任であるので、二人の引率をするべきである。
  鶴子さん : ガイドの仕事が非番らしいので運転を依頼したら承諾されたことになっている。

 まぁ、ツッコミどころはあると思うが、それなりに「それっぽい」のでOKだろう。

 当然ながら、これらは木乃香に説明した内容でしかないので、対外的にはナギが木乃香の実家に行くことは伏せられている。
 と言うか、ナギが木乃香の実家に行くことが一般人達には伏せられているからこそナギはダミーを囮にしたのだが。
 故に、木乃香は対外的には「里帰りとネギの付き添い」と言う形で説明してあり、ナギの挨拶 云々は伏せられている。
 ちなみに、ナギが木乃香の実家(西の本山)に行くことを知っているのは、同行者以外ではエヴァなどの魔法関係者だけである。

「そんな訳で、木乃香も今日一日よろしくな?」

 まぁ、どんな訳かはわからないが、恐らくは木乃香にだけ何も挨拶しないのも気不味いので挨拶したのだろう。
 冷静に考えると、ナギは木乃香を庇って婚約者役をやっているので、ナギが木乃香を気遣う必要はないが。
 ナギに責める気はないが、婚約者としての面倒事ばかりで役得がないことに、行き場のない想いが募る らしい。

 ところで、同行者以外の行動予定についてだが、以下の様になっている。

  田中・平末・白井 : 女子を誘って市内を回るらしいが、亜子達を誘って玉砕した結果、男だけで回るのだろう。
  フカヒレ・宮元 : 「西の聖地巡礼に決まっているジャマイカ」とか言っていたので、推して知るべしだろう。
  エヴァ・茶々丸 : 「京都を堪能しまくってやる!!」とか張り切っていたので、渋い場所を回るのだろう。
  美空・龍宮 : 事前の打ち合わせでは女子を『それとなく』護衛することになっているので、信じて置こう。
  のどか・夕映・パル : 特に予定を聞いた訳ではないが、原作通りにゲーセンとかシネマ村とかに行くと思われる。
  裕奈・まき絵・亜子・アキラ : 田中達の誘いに乗っていなければ、原作通りUSJを堪能するのではないだろうか?

 さて、ここで「何でナギは それぞれの行動予定を知ってんの?」とか お思いだろう。

 答えは単純で、男子達は班長として予定を聞いて置いたからで、エヴァ達はナギの護衛的な意味で情報交換は密にし合っているからだ。
 また、美空達は関係者として事前に打ち合わせしていたし、のどか達は(話すと危険な気がしたので聞いていないが)予測しただけだし、
 裕奈達に至っては、昨夜 裕奈が「どうせ明日は予定無いっしょ? だから一緒にUSJ行かない?」とか失礼な誘いをして来たのである。

 うん、まぁ、仮病の代わりに裕奈達と遊んでも良かった気がしないでもないが、その選択肢はナギ的には有り得ない らしい。

 いや、亜子の関係で田中的に面倒なことになりそうなのもあるが、それ以上に「ダミーに任せられない」のである。
 確かに、ダミーの性能は素晴らしいため、問題なくナギの代わりを務めてくれだろう。その点では心配はない。
 問題なのは性能ではなく中身だ。そう、ダミーは所詮コピーでしかなく、そのオリジナルはナギでしかないのだ。
 つまり、ナギは自分自身が信じられないのである。意図せずに何かをやらかすに違いない と自分を疑っているのだ。

「……では、そろそろ行きましょう」

 内心での状況整理を終えたナギは皆に出発を促す。まぁ、遅れて来た癖にデカい顔すんな と言う話だが、今回は仕方がない。
 表向きでも裏事情としてもナギがメンバーの中心人物的なポジションになっているため、ナギが先導するしかないのだ。
 敢えて言うなら、ネギはナギに従うだけだし、木乃香は男を立てる性分だし、タカミチと鶴子は付き添いでしかないのである。

 勘違いした刺客がナギを襲って来ないことをナギがコッソリと祈っているのは ここだけの秘密である。



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Part.04:それでもダミーは頑張っている


 ナギ達が出発した頃、ホテルのロビーに、裕奈・まき絵・亜子・アキラ・田中・平末・白井の7人がいた。

「え~~!? ナギっち てば風邪ひいたの?!」
「うん。本人は そう言って部屋で寝てるよ」
「バカなのに風邪ひくなんて……アリエナイ」

 田中が「ナギが風邪をひいてダウンしている」と裕奈に伝えたことから、この騒ぎは起きた。

 まぁ、ここまで過剰に反応されるとは思っていなかったので、田中を責めることはできないだろう。
 それに、そもそも田中から話したのではなく、裕奈からナギの様子を訊かれたから田中は答えたのだし。
 敢えて田中の責を問うのならば、亜子達を誘おうとして迂闊にも裕奈に近付いてしまったことだろう。

「なんでも昨日の夜から調子が悪かったらしいよ?」

 平末が裕奈の過剰反応に苦笑しながらフォローを入れる(実にナイスなアシストである)。
 まぁ、昨日も一昨日同様に早めに寝てしまったので昨夜のナギの様子は知らないのだが、
 本人が そう言っているので「まぁ、そうなのだろう」と判断している平末だった。

「……ああ、成程ー。それでだったのかー」

 平末のフォローを聞いた まき絵は しばらく考えると、何かを納得したようにコクコクと何度も頷く。
 恐らく「ナギは昨夜から体調が悪かったので、昨夜の裕奈の誘いを断わったのだ」と言ったところだろう。
 まぁ、真実と掛け離れた解釈だが、少ない情報から類推できる「納得しやすい理由」としては上出来だ。

「じゃ、じゃあ、ちょっと様子を見に行かひん?」

 ここで、これまで黙って話を聞いていた亜子が提案をする。
 ちなみに、誰の様子を見に行くか までは明言していないが、
 流れ的にナギの様子を見に行くのは言うまでもないだろう。

「……そーだね。修学旅行を一人寂しくホテルで過ごすバカを慰めてやらないとね」

 裕奈が亜子の提案に乗り、続いて他の一同も「そーだな」と言う感じで提案に乗る。
 ただし、女子達は純粋にナギを心配しているのだが、男子達は そうとも言い切れない。
 いや、もちろん、心配はしているのだが、ちょっとだけ女子に合わせたところもある。

 まぁ、男なんて そんなもんだし、ナギも立場が逆なら同じような対応だろう。つまり、文句は言えないのだ。

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 そんな訳で、場所は移動して、ナギの班の部屋。

「やっほ~~、ナギっち♪
 元気にダウンしているかね?」

  コンコン、ガチャッ

 声を掛けつつノックと同時に返事を待たずに突入する裕奈。
 実にツッコミどころ満載な言葉と行動であるが、
 当然ながら、これはナギにツッコませるための前振りだ。

「………………」

 しかし、ナギ(ダミー)は苦しそうに寝ているだけで、何の反応もなかった。
 これには、裕奈も「あ、本気で風邪ひいてダウンしてるんだ」と納得だ。
 何故なら、ナギがボケにノーリアクションだからだ。具合が悪いに違いない。

「ご、ごめん、ナギっち。ゆ、ゆっくりしていってね!!」

 裕奈としては「ちょっと体調を崩したレベルだろうから、無理矢理引っ張っていけば大丈夫」とか考えていたため、
 ちょっと あからさま過ぎたが、ボケてナギにツッコませ「何だ、元気じゃん!!」と済し崩し的に引っ張るつもりだった。
 だが、ナギは反応すらしなかったため、ナギの体調を「マジでヤバい」と修正し、ナギをゆっくり休ませることにしたのだ。

 裕奈はノリを大事にするタイプだが、ノリだけでなく気配りの重要性も理解しているのである。

「ま、まさか、ナギっちが本気でダウンしているとは……想定外だったわ」
「そうだねー。あきらかに起こしちゃダメって雰囲気だったねー」
「あれじゃ、からかう――じゃなくて、見舞うことなんてできないね」
「そうだねー。せっかく『パーフェクトフリーズ』をしようと思ったのにー」
「……まき絵? そんなに大量の氷、どこから持って来たの?」
「え? 厨房からだけど? もちろん、ちゃんと断わって持って来たよ?」
「そ、そう。ところで、運搬方法は? さすがにドラム缶は重いっしょ?」
「うん、重いね。だから、田中君に『亜子から』お願いして持って来てもらったんだー」
「アタシが言うのもアレだけど……アンタ、偶にナチュラルに悪女よねー」
「へ? なちゅらるにあくじょ? でも、私は ゆーなの真似をしただけだよ?」

 裕奈と まき絵は想像以上の事態に予定していた「ナギを見舞いながらナギで遊ぶ」計画が破綻したことに嘆いていた。

 まぁ、その中で聞き逃してはいけない言葉と見逃してはいけない光景(ドラム缶いっぱいの氷)があったのだが、
 裕奈は聞かなかったことと見なかったことにして、まき絵に対する評価を「ちょっと危険」と修正したのだった。
 ちなみに、ドラム缶いっぱいとは言っても、台車を使って運んだので、ドラム缶を田中一人で持ち上げた訳ではない。

 ところで、ダミーの症状は裕奈達の予想とは裏腹に まったく酷くない。むしろ健康体だ。

 ただ、拘束されていることで苦しく、更に「動けないので寝てしまおう」と言う発想で寝ているだけだ。
 そう、マスターのせいで苦しそうに寝ているだけで、身体そのものは普通に健康体だったりするのだ。
 まぁ、当然ながら、そんな事情など誰も想像すらしないので、勝手に同情を集める結果になったのだが。

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 一方、ところ変わって京都市内にあるネットカフェ。ここには、のどかと夕映(ついでにパル)がいた。

「のどか? さっきから何をしているのですか?」
「えへへー。ナギさんへの『お土産』を作ってるんだー」
「お土産? パソコンで作るのですか?」

 夕映の言う通り、のどかはパソコンで『何らか』の作業を行っていた。

「そうだよー。とびっきりの『お土産』になる予定だよー」
「……よくわからないですが、のどか が言うなら間違いないでしょう」
「うんうん。私は間違ってないから大船に乗った気で居ていいよー」

 夕映は「きっと京都の情報でも まとめているのでしょう」と好意的に解釈したらしい。

 まぁ、言わずとも おわかりだろうが、夕映の予想は まったくの的外れである。
 のどか が作っているものは「ある意味で お土産と言えなくもない」代物である。
 それが何かわかっていれば、夕映は全力で のどか を止めたであろうレベルの……

 ちなみに、パルはBLな本をグフグフ言いながら堪能しているが、敢えてスルーでいいと思われる。



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Part.05:トラップは気付かれたらお終い


 時間は進み、一行は無事に本山の入り口(千本鳥居の前)に辿り着いた。

 まぁ、時間だけでなく話も進んでいる(ゲーセンイベントが飛んでいる)気がするが、そこは気にしてはいけない。
 と言うか、原作ではゲーセンイベントがあったが、『ここ』ではゲーセンイベントなど起こらなかったのである。
 むしろ、ゲーセンイベントは一般人達が付いて来ることが前提なので、そもそも最初から起こす予定はなかったのだが。

 そんな訳で、シネマ村でのイベントも起こらない(何故なら、木乃香も刹那もシネマ村に行かないからだ)。

 正確には、あやか とかがコスプレして楽しんでいる と言う ほのぼのしたイベントは起こっているだろうが、
 刹那と白ゴス剣士のバトルとか、フェイトの式神に矢を射られて木乃香が覚醒するイベントとか起こらない。

(まぁ、覚醒イベントは「割と重要っぽいので起こすべきだったかなぁ?」とは思うけど……)

 アレは物語の補正がなかったら死ぬ可能性が高い気がするので、そんな危険な賭けはしたくないのだ。
 今のナギには自分の命をチップにする覚悟はあるが、他人の命をチップにする覚悟まではないのである。
 ちなみに、コスプレは見てみたいので、後でパパラッチから写真を買おうとは思っているようだが。

 さて、ここら辺でシネマ村のことは置いておくこととして、本山への道に目を向けてみよう。

 本山への道は(入り口から見える範囲だけだが)ひたすら階段と鳥居が続いており、霊験あらたかな空気で満ち満ちている。
 まぁ、霊験あらたか と好意的な表現を取ったが、正確には「俗世から隔離されている」と言うべきで、薄気味悪いくらいだ。
 人は愚か鳥などの野生動物すら気配がなく(チャチャゼロ情報)、住宅街から余り離れていないのに静か過ぎて不気味でしかない。

「……ヤケに静かですね? 何だか、凶悪な生物のナワバリに入った気分ですよ」

 ナギは軽薄な笑みを浮かべながら軽薄な調子で隣の鶴子に話し掛ける。
 まぁ、敢えて冗談の様に言ったが、ナギはさりげなく核心を突いている。
 何故なら、ナギ達は『西』のナワバリに『招かざる客』として入るからだ。

「まぁ、ここには『人払いの結界』が施されとりますからなぁ」

 鶴子はナギの言葉の裏に隠されたメッセージを正確に読み取ったのだろう、苦笑しながら答える。
 と言うか、鶴子は何気なく語ったが、『人払いの結界』が張られているのは非常に不味い。
 本来は一般人を巻き込まないための「安全弁の一つ」なのだが、今回は裏目でしかない。何故なら……

「……つまり、ここで何が起きても一般人は駆け付けてくれない と言うことですか」

 一般人をシャットアウトすると言うことは、警察を呼んでも救急車を呼んでも来てくれない と言うことだ。つまり、『陸の孤島』と同義なのだ。
 仮に これが推理モノだとしたら、100%とも言える高確率で殺人事件が起きることだろう。特に、一人だけ逃げようとすると確実に死ね流れだ。
 これは推理モノではないが、襲撃事件と言う『事件』は起きるだろうから微妙に符合する部分はある。つまり、一人だけ逃げるのは死亡フラグだろう。
 まぁ、それはともかくとして、一般人を巻き込まずに事を起こせるうえに確実に通るルートなので、ここが非常に襲撃しやすい立地であるのは間違いない。

「本来は一般人を巻き込まないようにするための配慮なんだけど、今回は仇となってしまったようだね」

 ナギと鶴子の会話を聞きつけたのか、突然タカミチが乱入して来た(しかも、既にナギの中で解決したことの説明だった)。
 まぁ、正直、少しだけ「タカミチ、空気を読んで!!」とか思ったらしいが、善意による言動なので邪険にするのは不義理だろう。
 そのため、ナギは「へー、そーなのかー」と言った感じで納得 & 感心の振りをしてタカミチとの会話を適当に打ち切る。

「――ところで、鶴子さん」

 そして、鶴子に向き直り、殊更 真面目な顔を作る。
 何故なら、今までの話はネタ振りに過ぎないからだ。
 本題は――ナギの話したかった本当の話題は、ここからだ。

「ここら辺で、『呪術的な何か』を感じませんか?」

 普通に考えたら『お膝元』で騒ぎを起こすなんて愚かな真似はしない。
 だが、今回は事情が違う。相手は上層部に弓を引いているのだ。
 それに、ここは『お膝元』であると同時に襲いやすい環境でもある。

「……どうして、どすか?」

 鶴子も理由はわかっているのだろうが、それでも理由を訊ねて来る。
 恐らく、ナギの『値踏み』のために説明をさせたいのだろう。
 試されるのは気持ちのいいものではないが、立場的に仕方が無いことだ。

 ナギの趣味ではないが、虎穴に入らなければ虎子は得られないので あきらめるしかない。

「まぁ、ここで襲撃するのも有りだとは思いますが……その前に戦力を殺ぐ為のトラップを仕掛けた方が効果的ですからね。
 それに、ここは必ず通らなければならない場所であると同時にゴール直前であるために気が緩みやすい場所です。
 つまり、オレなら間違いなくここにトラップを仕掛けますから、トラップが仕掛けられていないか調べて欲しいんですよ」

「……成程。そう言うことでしたら、調べましょう」

 若干、言いたいことを詰め込み過ぎた気がしないでもなかったが、
 どうやら、ナギの説明は鶴子の合格点をもらえたようだ。
 鶴子は軽く納得を示すと、即座に意識を集中し調査を開始した。

『ってことで、ネギも頼む』

 トラップが呪術だけとは限らないため、ナギは これまで木乃香の相手をしていたネギに『念話』を送る。
 ネギへの説明を軽く省いたが、ネギは木乃香と会話をしながらもナギ達の会話を聞いていたので、
 何の問題も無くナギの言いたいことを理解してくれるだろう(困った傾向だが、この場合は有り難い)。

『はい、わかりました!!』

 ネギは快諾を『念話』で伝えると、「すみません、ちょっとタカミチに話たいたいことがあるので……」とか言って木乃香と別れ、
 タカミチ(近くに鶴子もいる)の方に移動して、何やら精神を集中し始めた(きっと、魔法的な調査をしているのだろう)。
 調査に関してはナギは何もできないし、木乃香を放置する訳にもいかないなめ、ナギは木乃香に歩み寄ると雑談を投げ掛ける。

 ちなみに、以下は その雑談内容だが、余りにも雑過ぎることを予め記して置こう。

「どうでもいいけど……昔、階段と鳥居の数を数えたことあったよね?」
「そーやな。確か、階段は1080段あって、鳥居は108個あったんよなぁ」
「……さすがに数までは覚えてなかったけど、そんなにあったんだ」
「ウチも覚えてへんかったけど、最近お父様に数を聞いたんよ」
「成程ぉ。ところで、1080と108って何らかの意味がある数字なんだっけ?」
「え~~と、108は煩悩の数やってのはわかるけど、1080って何やろ?」
「う~~ん、シャーマソのアンアンが使ってた数珠ってイメージはあるね」
「じゃあ、それかも知れんなぁ。お父様、あきらかに巫女萌えやし」
「……いや、巫女萌えとアンアンは関係ないっしょ? あのコ、イタコじゃん」
「ん~~、でも、イタコさんと巫女さんって似たようなものやん?」
「いや、でも、イタコの衣装と巫女服って微妙に違うんじゃなかったっけ?」
「どうやろ? 巫女さんは見たことあるけど、イタコさんは見たことないしなぁ」
「そう言えばオレも見たことないや。ゲームに出て来るのは巫女さんばっかだし」
「そうやなぁ。巫女萌えは よく聞くけど、イタコ萌えは聞いたことないもんなぁ」
「まぁ、イタいコの略としての『イタコ萌え』なら割と聞く気がしないでもないね」
「そうやなぁ。『このコはウチが守らなアカン!!』って感じの母性本能やなぁ」

 もちろん、ナギと木乃香の会話がダメ過ぎる件については軽くスルーしていただけると幸いである。

 ところで、今更なことだが、ナギが二人に探してもらっているのは『無間方処の呪法』と言う無限ループなトラップだ。
 原作知識から『ここ』でも仕掛けられていることを想定して、それっぽい理屈を付け調べてもらっているのである。
 まぁ、どこまで原作知識が活かせるか は未知数だが、それでも可能性は高いので試してみる価値はあるだろう。

 また、鶴子とネギの二人にトラップ探知を頼んだのは、ネギは東洋魔術に疎くて鶴子さんは西洋魔術に疎いからだ。

 恐らく『無間方処の呪法』は東洋魔術だろうから鶴子だけで充分だとは思うが、『ここ』と原作は似て非なるから油断は大敵だ。
 もしかしたら、フェイトが西洋魔術的なトラップも仕掛けているかも知れない。その可能性は低いが、ゼロではない。
 まぁ、用心に越したことは無いだろう。ナギは石橋を叩いたうえで船も準備するタイプだし、狡い手(トラップ)で負けたくないのだ。

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 ………………………………………………
 …………………………………………………………

 そんなこんなで、いろいろ想定はしていたが……結果から言うとトラップは『無間方処の呪法』のみだった。

 言うまでもなく、鶴子に看破してもらって鶴子に破壊してもらった。鮮やか過ぎる手並みで拍手したくなったくらいだ。
 しかし、剣も術も使えるとは、鶴子は本当に頼りになる助っ人だ。原作乖離が激しくなること覚悟で連れて来た価値はあるだろう。
 まぁ、原作乖離をし過ぎると後で皺寄せが来そうだが、それでも魅力的な戦力には勝てないのだ。遠くの危険よりも目先の危険だ。

 ちなみに、ネギは「東洋魔術も勉強します!!」とか悔しがっていたが……頭を撫でて労うに止めたナギは間違っていないだろう。

 どうでもいいが、トラップを破壊してもらった時に それなりの音が出てしまったが、
 木乃香には「性質の悪いイタズラがあったみたい」と説明したので問題ない。
 それを疑いもせずに信じてしまう木乃香の将来が心配だが、問題がないったら問題ない。

 もしかしたら、疑わしいとは思っていてもナギが相手なので信じただけかも知れないが、そこは敢えて気にしないで置くべきだろう。



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Part.06:その頃の金髪幼女と茶髪ガイノイド


 一方、その頃のエヴァと茶々丸はと言うと……

「茶々丸、見ろ!! 鹿苑寺だぞ、鹿苑寺!! アレが本物の鹿苑寺なんだぞ!!」
「そうですね、マスター。今まではテレビでしか見られませんでしたからね」

 ……普通に京都観光を楽しんでいた。いや、むしろ、普通以上に楽しんでいた。

 まぁ、15年間も麻帆良に引き篭もっていのだから、エヴァのテンションも納得だ。
 そして、そんなエヴァを鑑賞している茶々丸のテンションが高いのも頷けるだろう。
 ちなみに、通称である金閣寺と言わずに鹿苑寺と呼ぶのはエヴァのコダワリである。

「うむ!! やはり、本物は違うな!! こう、神々しい何かに満ち満ちているな!!」
「そうですね、マスター。光り輝く黄金の国――ジパングの美そのものですね」
「うむ、そうだな。そう言う意味では、春ではなく秋に来たかったな」
「そうですね、マスター。黄金に輝く稲穂と真紅に彩られた紅葉は鉄板ですね」

 金に彩られた鹿苑寺を間近で見たエヴァは何かが降りて来たようなことを口走る。

 ちなみに、エヴァの家のテレビは65型のフルハイビジョンな高性能テレビであり、
 それで旅番組や美術番組などを堪能している……が、やはり本物には勝てないらしい。
 どうでもいいが、超の科学による恩恵なので時代考証はスルーしていただけると有り難い。

 ところで、お気付きだとは思うが、エヴァと茶々丸の会話は噛み合っている様で噛み合っていない。

 だが、噛み合っていない様で噛み合っているので、周囲にとっては不可思議な会話である。
 まぁ、二人ともテンションが高いので仕方が無いと言えば仕方が無い……ことにして置こう。
 周囲にとっては「金髪幼女が騒ぎ茶髪少女が窘めている」ようにしか見えない訳だから。

「……よし!! 『あのバカ』を丸め込んで、秋にも来よう!!」
「そうですね、マスター。神蔵堂さんなら簡単に落とせますね」

 言わずもがなだろうが、エヴァの言う『あのバカ』とはナギのことであり、京都に来るのに彼を丸め込むのは『そう言う契約だから』だ。
 と言うのも、エヴァは彼(とネギ)の安全を保障する『契約』を結んでいるため、二人を危険に晒すような真似はできないからである。
 まぁ、エヴァが京都に来るだけならば危険に晒すことにはならないのだが……二人と離れ過ぎるのは危険な可能性もあるので彼の許可が必要なのだ。
 一見すると、二人に束縛されているように見えないが、元々エヴァは身内に甘いので、既に身内と認定している二人を危険に晒す気などないため問題ない。
 つまり、エヴァは『契約』を口実にして二人を気遣っているだけに過ぎず、それに気付いている茶々丸はニヤニヤしながら気付かない振りをしているのだ。

「うむ!! では、次……龍安寺だ!! 石庭だ!! 枯山水だ!!」
「そうですね、マスター。枯れた中にこそにある水を堪能しましょう」

 そんな事情を抱えた金髪幼女と その従者である茶髪ガイノイドは、今回の京都観光を精一杯 堪能するのだった。



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Part.07:襲い来る刺客


「どうやらトラップは うまく抜けたようやけど……ここを通りたければウチを倒してからにしいや!!」

 ここは「お前は どこの格ゲーのキャラだよ?」とかツッコむところだろうか?
 それとも「やっぱりオレが中心人物だと勘違いしたか」とか嘆くべきだろうか?
 果てしなく どうでもいい悩みだが、ナギは現実逃避のために悩んでいるようだ。

(いや、まぁ、わかってはいたさ。って言うか、わかっていない訳がないさ)

 トラップを破ったとしても襲来イベントはなくならないことくらい、ナギとて言われるまでもなくわかっていた。
 だからこそ、鬼蜘蛛(だと思われる生物)と共に小太郎(だと思われる学ラン君)が襲来して来ても、想定の範囲内ではある。
 また、ネギが幼女なので小太郎(多分)がネギを標的にしなかったのも、想定の範囲内と言えば充分に想定の範囲内だ。

(でも、ネギの代わりに標的になってもらうために連れて来たと言っても過言ではないタカミチを狙わなかったのは何でだろう?)

 ナギの心情としては「何でオレを襲って来てんの? マジ意味わかんないんだけど?」と言いたいところだろう。
 そもそも、ナギの認識ではナギは一般人でしかない。魔法に関わってはいるが、戦闘力的には一般人そのものだ。
 それなのに、何故に小太郎(きっと)はナギとバトる気 満々なのだろうか? 悲しいくらいに意味がわからない。

「……どないしたんや? 掛かって来いひんなら、コッチから行くで?」

 ナギの無言(思考への没頭)を「無言は肯定と受け取るぜ」と捉えたのか、いつの間にかバトることが決定していた。
 当然ながら、それは相手の理屈であってナギは納得していない。と言うか、徹頭徹尾ナギにバトる気などない。
 仮にバトるとしても、まだ『前座』が残っているのだから、どう考えても まずは『前座』をどうにかしてからだろう。

「いや、ここは常識的に考えて、その鬼蜘蛛っぽいものを倒してからって流れじゃない?」

 そうだ。小太郎(恐らくは)の足元にいる鬼蜘蛛(恐らくは)を忘れてはいけない。
 原作では明日菜に一撃で葬られていたが、『ここ』では そうはいかないので大丈夫だ。
 何故なら、明日菜はいないからだ(まぁ、保有戦力としては あきらかに原作以上だが)。

「まぁ、そらそうなんやけど……これは あくまでも足止め用やしなぁ」

 恐らく、その足止めとはネギやタカミチへのものだろう。今の状況を鑑みるに。
 では、何故その足止め用の鬼蜘蛛(だと思う)に小太郎(だと思う)が乗ったままなのか?
 その答えは単純で、今のナギは(精神的にではなく物理的に)孤立しているからだ。

(……そもそもの間違いがタカミチと離れたことだったのかも知れないなぁ)

 先程、一行は階段の中腹にある休憩所らしき場所(自販機完備の あそこ)に到着し「ちょうどいいから、ここで小休止にしよう」と言うことになった。
 その際、ナギは尿意を催してしまったために皆から離れた(休憩所にあったトイレは生憎と『使用禁止』だったので、茂みを選んだ)のだが、
 ナギが一人になったのを待っていたのか、タイミングよく鬼蜘蛛(に違いない)に跨った小太郎(に違いない)が先の口上を述べながら現れたのである。

(出待ちしていたかの様なタイミングに、思わず「謀ったな!! シャア!!」とか言いたくなったよ。いや、相手はあきらかにシャアじゃないけどさ)

 タカミチを護衛として付けて来なかったのは、気分的な問題だ(オッサンと連れションが微妙に嫌だったのだ)。
 それに、鶴子が「野暮用が出来ましたので」とか言って、木乃香を連れて何処かに消えて行ったので、
 タカミチをナギに付けてしまうとネギが一人になってしまうため、いろいろな意味で危険だ と判断したのである。

(ちなみに、どうでもいいだろうけど、鶴子さんと木乃香が消えたのはトイレに違いないと思ったけど紳士なので何も言わなかったよ?)

 そんな訳で、足止め用の鬼蜘蛛(の筈)が未だに小太郎(の筈)の足元で元気に存在しているのである。
 また、同じ様な理由で、小太郎(っぽい少年)は暢気にナギとの会話を楽しむ余裕がある と言う訳だ。
 仮にタカミチや鶴子がいれば、既に鬼蜘蛛(仮)ごと小太郎(仮)は瞬殺されていたことだろう。
 と言うか、タカミチや鶴子がいないからこそ、小太郎(らしき少年)はナギと会話をしているのだろうが。

「……それじゃあ、その鬼蜘蛛らしきものはネギに相手してもらうことにして、君は高畑先生に相手してもらおう!!」

 だから、この場は二人のところに戻るのがベストだと思わない? などとナギはさりげなく提案する。
 と言うか、そうしないとナギは小太郎(っぽいバトルジャンキー)とバトらなければならないので必死だ。
 まぁ、ネギを召喚する と言う『奥の手』もあるし、チャチャゼロと言う『切札』も残ってはいるのだが。

 だがしかし、『奥の手』や『切札』とは可能な限り伏せて置くべきなので、口で丸め込めるなら口で丸み込みたいのがナギの方針だ。

「いや、メッチャ情けないことを堂々と宣言されても困るんやが?」
「いやいや、そもそもオレは一般人だよ? バトルなんて できないって」
「嘘はアカンで? 身体付きと身体運びから『できる』ってわかるで?」
「それは目が節穴なだけですから。オレは全然バトれませんから」
「へぇ? でも、せやからって、見逃す理由にはならへんなぁ?」
「いや、まぁ、そもそもは妨害のために襲って来たんだもんねぇ」
「そうや。御嬢様はどうでもええが、バトれるのは楽しみやな」
「うん、オレのセリフと『そうや』が全く繋がってねーですから」
「え、ええやんか!! ちゅーか、口上はええから、サッサと勝負しようや!!」
「いや、だから、オレはヤリたくないって言ってるでしょ?」
「いや、だから、ウチはヤリたいって言うてるやろ? ええやん」
「いやいや。合意のない行為はレイプに他ならないと思うんだけど?」
「いやいや。それはヤるの意味がちゃうから。ちゅーか、下品やな?」
「いやいやいや。相手の意思を無視する野蛮人に下品とか言われたくないね」
「…………兄ちゃん かて必ずしも相手の意思を尊重する訳やないやろ?」
「まぁ、そうだけど……それでも、無理矢理ヤったことはないかんね!!」
「せやから、そっちのヤるやないって言うてるやろが!!」
「どっちも一緒さ!! だって、どっちも受け手の初心者には痛いだけだもん!!」
「な、成程、一理あるな――って納得するかぁあああ!!!」
「って言うか、そもそも、どうしてオレなの? 高畑先生でいいじゃん?」
「いや、イキナリ話題を変えんなや――あ、でも、やっぱ、戻さんでええわ」
「じゃあ、何で高畑先生じゃなくてオレなのか、納得できる理由を提示してくれたまえ」
「……だって、オッサンとヤってもつまらんやろ?」
「いや、世の中にはオッサン萌えな女子中学生もいるんだよ?」
「いや、せやから そっちのヤるちゃうって何度言わせるねん?」
「え? でも、さっき話題を変えるなって言ったじゃん?」
「いや、でも、その後に戻さんでええって言うたやろ?」
「じゃあ、オレとヤるのをあきらめるんだったら、その話題は封印する」
「そうか……じゃあ、あきらめ――る訳無いやろがぁああ!!」

 会話を重ねた結果、ナギは「コイツって某狩人作品のチーターな蟻みたいに扱いやすっ」とか思ったとか思わなかったとか。

(どうでもいいけど、コイツって小太郎でいいんだよね? 向こうはオレを知っているっぽいけど、オレは知らないんだよなぁ。
 まぁ、だからと言って「アンタ誰?」なんて訊かないけどさ。だって、そんなこと訊いたら名乗ると同時に襲って来そうなんだもん。
 いや、別にバトルになっても手がない訳じゃないから大丈夫だけどさ。それでも、できるだけ手の内を明かしたくないんだよねぇ)

 ナギは憤りを露にする小太郎(と思わしき少年)を見ながら、状況の打開策を模索するのだった。


 


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オマケ:異形の剣士と異才の剣士


 ナギが小太郎らしき学ラン君と対峙している頃、少し離れた場所で刹那と月詠が対峙していた。

「どうも~~、神鳴流は月詠です~~。お初に~~」
「お前が神鳴流剣士……? そんなヒラヒラしているのにか?」
「はい~~。見たところ、先輩さんみたいですけど……?」
「神鳴流、桜咲 刹那だ。月詠と言ったか? 何故、神鳴流剣士が私を襲う?」
「まぁ、反東派に雇われましてな~~。で、雇われたからには――」
「――ああ、同門だろうが、敵に回れば容赦はしない」
「なら、こちらも その気で いかせてもらいますわ~~♪」

 短い会話の後、対峙する二人の神鳴流剣士。

 正統派の刹那は制服姿で野太刀を構え、邪道の月詠は白ゴス服で長短二刀を構える。
 この勝負、どちらに軍配があがるのだろうか? いや、萌え的な意味でなく、剣的な意味でだ。
 二人は互いに機を探り合い、機を狙い合う。まさに一触即発の状況。そんな状況の中――

「――ふむ。どうやら間に合うたようですなぁ」

 そんな状況の中、まるで降って沸いたかのように唐突に第三者が現れる。
 気を張り巡らせていた二人に接近することさえ気付かせなかったその人物は……

「師範代!!」「お師匠!!」

 刹那に『師範代』と呼ばれ、月詠に『お師匠』と呼ばれる人物。
 それは、かつて神鳴流にて師範代を務めていた青山 鶴子だった。
 現在は寿退職し一線から退いているが、その腕は まだまだ健在だ。

「――ッ!! 師範代、御嬢様はいかがなさったのですか!?」

 そして、鶴子を見た刹那は その腕に抱えられている人物を見て驚愕する。
 何故なら、鶴子の腕の中にいた木乃香は意識がないように見えたからだ。
 まぁ、木乃香を守る剣となることを誓った刹那にとっては一大事だろう。

 ――だが、それは敵を前にして犯してはならない致命的な過ちだった。

 そう、鶴子が刹那に答える前に、絶好の好機を見逃さなかった月詠が動いていた。
 縮地レベルの『瞬動』で一足飛びに刹那に接近し、神速の抜刀を行っていたのだ。
 刹那が それに気付いた時には、時 既に遅し。刹那に迎撃する暇はなかった。

「――あきまへんなぁ? 敵から目を逸らすなんて……」

 だが、鶴子の剣は――斬撃を飛ばす神鳴流の奥義『斬空閃』は、月詠の剣を捕らえていた。
 鶴子は、月詠が動いた瞬間に それを察知し、刹那と月詠の間に斬撃を放っていたのだ。
 しかも、現在の鶴子は『先程と変わらずに木乃香を その腕に抱えたまま』だった。
 つまり、瞬く間に木乃香を放し、刀を抜き、技を放ち、刀を納め、再び木乃香を抱えたのだ。
 その余りにも早過ぎる動作に刹那も月詠もレベルの違いを瞬時に理解した。いや、理解せざるを得なかった。

「まぁ、オシオキは手合わせの後や。まずは、どれだけ練り上げたか見せてもらいましょか?」

 鶴子は二人の畏れを涼しい顔で受け流すと、二人に斬り合うことを促す。
 その言葉には この程度のことで死ぬ訳がない と言う信頼と同時に、
 この程度で死ぬ様なら それまでのこと と言う冷徹な想いが同居していた。

 そして、それを受けた二人は再び距離を取り、互いの機を探り合いながら再び一触即発の空気を纏う。

「あっ、その前に……刹那。御嬢様には見せん方がええと思て気絶させただけやから、御嬢様は心配ないで。
 それと、さっきから『師範代』『師範代』言うてるけど、ウチはもう師範代ちゃうから『元師範代』やで?
 あと、月詠。とっくの昔に破門したんやから『お師匠』て呼ぶのはアカンで? ……斬りたなるからな?」

 だが、鶴子が思い出したかのように話し掛けたために二人の空気は霧散してしまう。

「し――じゃなくて、元師範代!! 邪魔したいのですか、促したいのですか!?」
「いやぁ、すまんなぁ。気掛かりがあっては実力を出し切れへんやろ思てな?」
「……お心遣いに感謝致します。確かに、私の不徳の致すところでしたからね」

 刹那の生真面目な対応に、鶴子は苦笑にも似た笑みを浮かべて頷くことで返す。

 ちなみに、鶴子が木乃香を態々 連れて来たのは、刹那の心を乱すためだったりするが、
 刹那は鶴子の狙いに気付いていないし、鶴子も この段階では狙いを明かすつもりもない。
 まぁ、月詠は何となく感付いてはいるが、今は斬り合うことの方が大事なので何も言わない。

「では、刹那が納得したところで……はじめぇええ!!」

 そんな事情など一切 気にせず、鶴子は開始の合図を出す。
 妹の見出した『剣』の成長具合を確かめるために……
 そして、その剣が如何に脆いかを気付かせるために……


 


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後書き


 ここまでお読みくださってありがとうございます、カゲロウです。
 以前から「改訂した方がいい」と言う意見が多数あったので、改訂してみました。


 今回は「ちょっとだけ動きを出してみた筈なのに、あんまり動いていなかった」の巻でした。

 と言うか、鶴子さんがオリキャラと化していますね、はい。月詠の師匠とか元師範代とか、オリジナル設定の塊ですよ。
 しかも、剣も術もできちゃうチート仕様な人妻。そう、人妻。ウッカリ忘れていましたが、鶴子さんって人妻なんですよねぇ。
 いえ、まぁ、だからと言って何をどうするつもりもないんですけどね。さすがに主人公に不倫をさせるつもりはありませんから。

 で、小太郎に関してですが……今はノーコメントでお願いします。


 では、また次回でお会いしましょう。
 感想・ご意見・誤字脱字等のご指摘、お待ちしております。


 


                                                  初出:2010/5/9(以後 修正・改訂)



[10422] 第26話:クロス・ファイト【改訂版】
Name: カゲロウ◆73a2db64 ID:552b4601
Date: 2013/03/16 22:10
第26話:クロス・ファイト



Part.00:イントロダクション


 引き続き、4月24日(木)、修学旅行三日目。

 原作と違って、小太郎(と思われる人物)はネギではない人物(ナギ)をターゲットにし、
 シネマ村ではなく本山へ至る千本鳥居の階段にて、刹那と月詠の死闘が始まろうとしていた。

 ……さて、結果は どう変わるのだろうか?



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Part.01:魔法は使えないけど、できれば欲しいな


(……ふむ。どうやら、『向こう』は『向こう』で大変そうだね)

 ナギの想定通り、白ゴス剣士――月詠は刹那の方に向かったようだ。恐らくは「女のコと斬り合いたい」と言う性質は原作のままなのだろう。
 御蔭で刹那をナギ達から遠ざけて配置したこと や鶴子への『ちょっとした依頼』が無駄にならなかったのは、不幸中の幸いかも知れない。
 まぁ、ベストは襲撃そのものが起きないことだったのだが、小太郎(?)と共にナギを襲撃しなかっただけマシだ。いや、それだけで充分だ。

 ところで、何故にナギが刹那達の様子を把握しているのか と言うと、ちょっとした説明が必要となる。

 種としては単純なもので、ネギに作らせて置いた「『遠見』ができる鏡型の魔法具(名称は そのまま『遠見の鏡』)」を使っているだけだ。
 また、小太郎(?)と対峙している筈のナギが刹那達を見る余裕があるのは、用を足したい と言って一時的に対峙状態から脱せたからだ。
 当然ながら、小太郎(?)はナギの動向をチェックしてるので、さすがに逃げ出すことはできない。いくら何でも そこまで甘くはない。
 だが、こうして背を向けられている御蔭で(用を足している振りをして)刹那達の様子が見られたので、それだけでも充分に有り難い。

(もちろん、言うまでもないだろうけど……動向チェックの前に『念話』でネギには連絡は取ったよ?)

 だが、ネギからは「すみません。タカミチが様子を見たいそうなので、しばらくは助けに行けません」と言う切ない返事しかもらえなかった。
 ナギとしては「でも、タカミチを振り切って直ぐに駆け付けます!!」とか言う頼もしい言葉を期待していたので、少しショックである。
 まぁ、恐らくは「どうしても必要なことなんだ」とか「危険になったら直ぐに助けに行くから」とか説得されたのだろうから、仕方がない。

(って言うか、タカミチさんや? アンタはオレの保護者なんだから、もっとオレを保護してくれてもいんじゃないかい?)

 何らかの思惑があるのはわかっているが、それでも被保護者としては自身の安全を第一として行動して欲しいものである。
 いや、ここで少々の危険を冒すことで将来的な安全に繋がるのかも知れないが、何の説明もないのは どうかと思うのだ。
 恐らくは近右衛門が画策していることだろうから口止めされているのだとしても、ヒントくらいはくれてもいい気がする。

(あっ、どうでもいいけど……『遠見の鏡』について「ゼロ魔かよ?」ってツッコミはいらないよ?)

 何故なら、これはパクリではなくてインスパイアされただけだからだ。鏡型の『遠見』ができる魔法具を全般的に そう言うのだから仕方がない。
 まぁ、ネギが作ったものなので、ネギに命名させてもよかったのだが……案が『見えるんです』だったので、一般的な名称のままで妥協して置いたのだ。
 ちなみに、ネギには「遠方の様子がわかるようになる魔法具を作ってくれないか」と言っただけで、ナギは形状までは指定していないので悪しからず。
 また、ナギの『遠見の鏡』は手鏡サイズなので、ゼロ魔のように壁掛けサイズではないし、携帯に便利なのだ。それに、魔法が使えなくても使用できるし。

(――ああ、そうさ!! とっくに気付いているだろうけど、オレは魔法が使えないのさ!!)

 実は、魔法に関わらざるを得ない状況になった時(つまり、魔法に関わることを決意した16話辺り)、
 ナギは「ヒィッツの様に『指パッチンでカマイタチ』を使いたい!!」と言う予てからの密かな野望を叶えるため、
 コッソリとエヴァに頼み込んで(土下座までした)、どうにか魔法を教えてもらおうとしていたのである。

 だが、エヴァの返答は「貴様は天才的に魔法との相性が悪い」と言う にべもないもので、ナギは魔法を断念せざるを得なかったのだ。

(もちろん、野望が断たれたオレはショックだった。それくらいの御褒美はあってもいいんじゃないか と期待していただけにショックだった。
 まぁ、だから魔法具をいろいろ作ってもらったんだけどさ。魔法具は魔法が使えなくても使えるし、魔法と同じ効果が得られる物もあるしね。
 そう言う意味じゃ、ネギのアーティファクトは実に有り難かったなぁ。ローコストで魔法具が手に入る御蔭で、コストを気にせず使えるからね)

「……なぁ、兄ちゃん? そろそろ始めてええか?」

 小太郎(まだ確定した訳ではないが、いい加減に面倒なので もう確定でいいだろう)がナギに、遠慮がちに話し掛けて来る。
 しかし、ナギが用を足しているにしては長過ぎる時間 後ろを向き続けているのに その反応が話し掛けるだけとは、なんと紳士なのだろう。
 普通だったら不審な行動を取る敵対者など問答無用で攻撃するもの。それなのに小太郎は話し掛けるだけなのだから、実に紳士だ。
 ナギの意思を軽く無視してバトろうとしたことは大きな減点だったが、戦いに対して正々堂々としていることは好感が持てる部分だ。

「いや、『こっち』が面白そうなことになってるんで、ちょっと待ってくれないかな?」

 ナギは小太郎に向き直りつつ、手にしていた『遠見の鏡』を(『ポケット』から取り出した)『三次元映写機』に接続する。
 この『三次元映写機』は(これまた そのままな名称だが)その名称の通り、二次元の映像を三次元化する機能を持っており、
 ナギの『遠見の鏡』と接続することで『遠見の鏡』の映像(つまり、刹那達の様子)を立体として周囲に展開できるのである。

 余談となるが、この『三次元映写機』、クルト(オスティアの総督)が29巻辺りで使っていた舞台装置と同じ系統の品である。

 本来は かなり価が張る代物(エヴァ曰く「庭付きの一戸建てが買える程」)なのだが、ネギが作ったのでコストは ほぼタダだ。
 コストのことを考えると、本当にネギのアーティファクトはチートである。魔法具屋を開けば、儲かることは確実だろう。
 最初は「まぁ、使えるかな?」程度のものだったが、ネギが『開発力』と言うチートを開花させたので、現在では充分にチートだ。

「――ッ!! 兄ちゃん、魔法が使えたんやな?」

 小太郎が警戒を強めるが、ナギとしては「いや、魔法じゃないから。メッチャ目の前で魔法具を使ったじゃん」と言う気分である。
 恐らく、あからさまに魔法具を使ったことで、逆に「魔法具を使ったように見せ掛けて魔法を使った」とか思われたのだろう。
 また、先程も述べた様に こう言った魔法具は高額なものが多いので「貧乏臭いナギは魔法を使った方が説得力がある」と言う側面もある。

(って言うか、お前「騙されるとこだったぜ」って感じでニヤって笑ってるけど、自ら騙される方向に進んでるからな?)

 勝手に誤解してくれたのは『嬉しい誤算』だが、誤解の中身が嬉しくないので ここは訂正して置くべきだろう。
 と言うか、どう考えても「魔法を使える」と思わせるメリットよりも魔法を警戒されるデメリットの方が強い。
 ナギとしては、交渉の際は過大評価されることはプラスとなるが、実戦の際は過小評価された方がプラスになるのだ。

「いや、これは『魔法によるもの』ではなく『魔法具によるもの』さ。って言うか、オレは魔法が使えない体質らしいぜ?」

 体質云々はエヴァの言なので、正しいのだろう。何でも、魔法は精霊を使役する技術なのだが、ナギは その精霊に嫌われている らしい。
 しかも、その割には、魔力は「容量だけなら小娘以上のものを秘めているな」とか言われたので、宝の持ち腐れも いいところなのである。
 ナギが「魔法が使えないのに魔力は豊富とか、オレは どんだけ無駄なところで無駄な才能を発揮してんだろ?」とか嘆いたのは言うまでもない。
 気に病んでいても魔法を使えないことは変わらないので今となっては開き直っているが、できるだけ魔法に関しては触れて欲しくないようだ。

「……なるほど。『魔法』は使えへんけど、『魔法具』は使いこなすっちゅーことやな?」

 しかし、小太郎は どうしてもナギを過大評価したいようで、ニヤリと笑いながらナギへの警戒レベルを更に引き上げる。
 恐らくはナギを「魔法具使い(某ゼロ魔で言うところのミョズニトニルン的な存在)」と勘違いしてしまったのだろう。
 ナギは魔法が使えないから魔法具を使っているだけなので、別に魔法具を使いこなしている訳ではないのだが……
 こうなってしまっては いくら否定したところで小太郎は「別に謙遜はええで」とか言って誤解し続けるだけだろう。

「まぁ、それはともかくとして……ちょっと観戦しないか? けっこう見物だぞ?」

 誤解を解くことを あきらめたナギは、話題と意識を『映像』の方に移す。もちろん、助けが来てくれるまでの時間稼ぎだ。
 だが、実際に見物なのは本当だ。ナギには剣のことなど よくわからないが、それでも高度な攻防をしていることくらいはわかる。
 刹那は無骨な野太刀を巧みに扱って洗練された動きで舞い、月詠は太刀と短刀の二刀を流れるように振るって舞う。
 まさに『武の剣舞』と言うべき華麗な攻防だ。戦いであることを忘れてしまう程――思わず見入ってしまう程のレベルだ。

「……まぁ、ええやろ。確かに なかなか見られるレベルやないしな」

 どうやら、小太郎から見てもレベルが高いのだろう。小太郎は逡巡した後、興味深そうに観戦モードに移行する。
 素人であるナギにとっては高度でも、玄人である小太郎にとっては低度 と言う可能性もあったので、これで一安心だ。
 しかし、それはそれで一つの疑問が生じる。それは、そのレベルの攻防が見えている(素人である筈の)ナギの目だ。

 まぁ、そう言った疑問を感じても、ナギは「やっぱり、那岐のボディはハイスペックだなぁ」と納得して問題の棚上げをするのだが。



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Part.02:舞い踊る剣


「え~~い♪」

 月詠が気の抜ける掛け声とともに だが恐ろしい速度で右手に握る太刀を刹那に振るう。
 それを刹那は野太刀で難なく防ぐが、月詠は防がれることを予想していたのだろう。
 左手に握る短刀で間髪入れずに斬り掛かる。初撃を防いだばかりの刹那にはキツいタイミングだ。

 だが、刹那も相手の特性――二刀による手数の多さを把握しているのだろう。

 刹那は二撃目を防ぐのではなく、太刀を受け止めていた野太刀に力を込めて押しやることを選んだ。
 そう、月詠の体勢を崩したのだ。まぁ、実際には僅かにグラつかせた程度でしかないが。
 だが それでも、短刀のリーチは短いため僅かなズレでも充分だった。つまり、刹那に刃は届かなかった。

 言い換えるならば「攻撃を躱した」のではなく「攻撃を届かなくした」のだ。

 二刀は手数が多くなる反面、一撃一撃が軽くなるのは必然だ。隔絶した膂力差がない限り、一刀の一撃の方が重いに決まっている。
 刹那は体格に優れている訳ではないが、月詠も体格に優れている訳ではないので、刹那の一撃の方が重いのは自明の理だろう。
 まぁ、神鳴流剣士には『気』による補正があるので体格など余り関係無いかも知れないが、『気』を含めても大した膂力差がなかったのだろう。
 その意味では、相手の「手数の多さ」に対抗するために「一撃の重さ」を選んだ刹那の判断は正しかった と言えるだろう。
 同じ流派の剣士とは言え、戦闘スタイルは違う。ならば、同じ土俵で勝負する必要などない。自分に有利な土俵で戦うのが戦の常道だ。

「ふふふふ……ええ判断ですなー♪」

 月詠は攻撃が防がれたのに、実に楽しそうに笑う。いや、正確には哂っている と言うべきか。
 その目は喜びに細まっているように見えるが、それと同時に、悦びに歪んでいるようにも見える。
 頬を上気させて刃を舐め上げる その姿は、僅かな艶っぽさと それ以上の薄ら寒さを感じさせる。
 きっと、戦闘による興奮が性的な興奮へと掏り替わりながらも両者が混在しているのだろう。
 大方「今のを防ぐなんて、なかなかやりますなぁ」とか言う常人離れした思考で興奮しているに違いない。

「ちょっと、本気になってしまいそうですわー♪」

 そして、眼を黒化させる月詠。そう、白目部分が黒に染まり、黒目部分が赤黒く輝いたのだ。
 漫画やアニメなどでは よく使われる表現だが……実際に見ると気持ちが悪いし、何よりも恐怖を感じさせる。
 同じ人間を見ている筈なのに、まったく違う生物を見ているようで、その眼に見られただけで気が狂いそうだ。
 そんな『モノ』と直に対峙している刹那が感じているプレッシャーは如何程のものなのだろうか?
 刹那の額を伝う冷や汗は見間違えではないだろう。つまり、相当なプレッシャーを感じているに違いない。

「では、征きますえ?」

 そう言葉にした直後、月詠の姿が消える。恐らくは『入り』が完璧な『瞬動』なのだろう。
 月詠は、一瞬後には刹那の間近に迫っており、その二つの凶刃が刹那を襲っていた。
 そんな急襲に対し(見えていたのか、勘だったのかは定かではないが)刹那は辛くも防ぐ。

「ええですなー、センパイ♪ 実にええですわー♪」

 防がれたのにもかかわらず、より嬉しそうに笑みを浮かべる月詠。頬は更に桜色に染まり、唾液の分泌量も増えている。
 だが、眼が黒化してるので そこに艶っぽさはまったく感じられない。むしろ、身の毛が弥立つような悪寒しか感じられない。
 状況が状況でなければ――助けを待つための時間稼ぎが目的でなければ、ナギは躊躇することなく『映像』を切っていただろう。
 つまり、『画面越し』ですら見ていたくないくらい月詠は禍々しいのだ(もちろん、状況的に眼を瞑れる状況でもない)。

(……これは、『計画』を変えた方がいいんじゃないか?)

 ナギは現実を直視しないために そんなことを考えながら、ぼんやりとした意識で戦闘を眺める。
 刹那は雨霰のように降り注ぐ剣撃を、ある時は弾き、ある時は避け、ある時は受け止めていた。
 きっと、先程のように力で状況を打破する余裕などないのだろう。防御に徹することで現状を維持していた。

「にとーれんげき、ざんがんけーん」

 そんなジリ貧の状況に勝機を見たのか、月詠は大技を出して『決め』に掛かる。
 刹那は片方を受け止めて、片方を避けようとするが……残念ながら、避け切れなかったようだ。
 何と、刹那の髪が――刹那の特長とも言えるサイドポニテが 少しばかり斬れてしまったのだ。

(クッ!! あの白ゴスめ!! よくも、せっちゃんを――って、落ち着け、オレ!!)

 一瞬だけナギは激昂し掛けるが、慌てて冷静さを取り戻そうと頭を振る。落ち着いて考えてみれば、刹那の受けた被害は大したことではない。
 髪が切れただけだし、その髪にしても少し不恰好になっただけで髪型そのものは維持できている。せいぜいサイドポニテの量が減ったぐらいだ。
 まぁ、女性にとって髪は大切なものだし、ナギとしても刹那のサイドポニテは「弄りやすい」と気に入っていたので、それなりに大したことだが。

(でも、今のが顔に当たっていたらと思うと、居ても立っても居られないなぁ)

 下手に横槍を入れようものなら逆に刹那の足を引っ張ってしまうことになることなどナギとてわかっている。
 それに、致命傷となるような攻撃は鶴子が事前に防いでくれるだろうとは思っている。そう、信じている。
 だが、それでも「見ていられない」「見るだけでは嫌だ」「どうにかして助けたい」と思ってしまうのだ。

(って言うか、そもそもの問題として、こうして実際に戦っている姿を見ていると女のコが戦うこと自体が間違っているとしか思えないなぁ)

 古い考え方かも知れない とはナギも自覚している。だが、それでも「戦いは男の仕事だ」と痛感している自分を否定できない。
 いや、正確には「女のコが傷付け合うのを見ているだけしかできない現状」を許せない、と言うべきかも知れない。
 議論などの精神的な闘争なら まだしも、物理的な闘争(しかも命が懸かっている)を許容することなどナギにはできないのだ。

(もちろん、せっちゃん は せっちゃん の意思で戦っているのはわかっているよ? でも、見ていられないんだ)

 仮に、刹那に「女のコなんだから戦わないで」などと言おうものなら、
 これまでの刹那の覚悟や想いを踏みにじることになる とはわかっている。
 わかっているが、それでも刹那が傷付くのを黙って見ていられないのだ。

(せっちゃんが傷付くのを黙って見ているくらいなら、オレが傷付いた方が万倍マシだ……)

 普段のナギならば「せっちゃん の意思なんだから干渉すべきではないよね」と冷淡に傍観者を気取ることだろう。
 だが、今のナギは違った。まるで何かに取り憑かれたかのように、ナギの心は刹那のことで占められていた。
 恐らくは、那岐の記憶が影響しているのだろう。特に、昨夜には刹那の悲壮な決意を見たのだから影響は甚大な筈だ。
 多少 釈然としないものは残るが、とにかく、今のナギには これ以上の時間稼ぎ(観戦)など無理なのは明白だ。

 それ故に、ナギは時間稼ぎをやめる覚悟を決めたのだった。



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Part.03:素晴らしき神蔵堂


「……悪い。やっぱり、観戦はやめよう」

 ナギは そう告げると、『遠見の鏡』と『三次元映写機』を回収し、ポケット内の『影』を経由させて『蔵』に収納する。
 もちろん、こんな芸当ができるのは、エヴァにもらった『ケルベロス・チェーン』にて『影の転移魔法』を使用したからだ。
 ポケットの中と言う『影』と『蔵(近場に借りた真っ暗なトランクルーム)』を繋いでいるだけ と言う単純なトリックだが、
 これはポケットに仕舞った振りをして物を出し入れできるので、非常に便利なのだ(まぁ、ポケットサイズの物に限られるが)。
 また、緊急時には足元の『影』から『蔵』に逃げ込む と言う選択肢もあるので、ナギは『最後の手段』も有していることになる。

「どうしてや? 今からがええとこやんか?」

 自分から観戦を提案したのにもかかわらず急に観戦の中止を訴えたナギを責めるように小太郎が不満気に言う。
 ナギだって気持ちは一緒だ。可能ならば もう少し見ていたい。だが、もう見ていられる気分ではないのだ。

「すまないね、女のコが戦うのを見るのが忍びなくなったんだよ」

 ナギは下手な言い訳などせず、ストレートに理由を明かす。ナギらしくないが、誤魔化す気にならなかったのだ。
 だが、正々堂々としている小太郎ならば納得してくれるだろう。むしろ、誤魔化すよりも説得が容易い気さえする。
 とは言え、そもそもナギに小太郎を納得させる義務などないので、小太郎が納得しなくても実際は構わないのだが。

「ん……まぁ、そうやな。よくよく考えれば、その通りやな」

 まぁ、納得してもらえるに越したことはない。御蔭で妙な禍根を残さずに戦闘に移れるのだから。
 ナギは戦士ではないが、それでも 戦うからには気持ちよく戦いたいし、そのための努力はするのだ。

「さんきゅ。お前、けっこうイイヤツだな。ちょっと見直したぜ?」
「……褒めても何も出えへんで? もちろん、見逃すのも無しやで?」
「ああ、わかっているさ。ただ単に言って置きたかっただけだよ」

 もちろん、ナギは煽てて見逃してもらおう などと考えていない。そこまで往生際が悪くない。

 ただ、小太郎が予想以上に御人好しだから、小太郎の要望に応えよう と思うだけだ。
 つまり、ネギを召喚して戦わせるのではなく、ナギが直接 小太郎と戦うことにしたのだ。
 一応、ナギも直接 戦えない訳ではない と言うことだ(まぁ、伏せて置きたい手段だったが)。

 それ故に、ナギは『ポケット』から二つの腕輪を取り出し、左右の腕に それぞれを嵌める。

 それらは「こんなこともあろうか」とネギに作らせて置いた『ナギ専用の護身用魔法具』である(19話Part.06参照)。
 その一対の腕輪の名は『ストーム・ブリンガー』。某エルリック氏の魔剣と同じ名前なのは、エヴァの趣味である。
 ちなみに、命名の経緯は「私に師事したからこそ作れたのだから、私が名付けてもよかろう?」とか言うものだった。
 まぁ、ネギのネーミングセンスよりはマシな気がするので(厨二臭いとは思うが)ナギは不承不承 受け入れた らしい。

(って言うか、大事なのは効果だよ。なんと、これは『指パッチンでカマイタチ』が行える素敵アイテムなのさ!!)

 正確には、所有者(ナギ)の特定行為(この場合は指パッチン)を『発動キー』として『風刃』を発動する ようだ。
 また、強度は低いが魔法障壁(『風楯』)も常時展開しているので、小太郎の攻撃を喰らっても致命傷で済んでくれるだろう。
 ちなみに、『風刃』と言うのは「風の刃を射出する風系の魔法」であり、某ゼロ魔の『エア・カッター』のような魔法だ。
 そう、「魔法がダメなら魔法具を使えばいいじゃないか!!」とか言う発想の転換で、ネギに作ってもらったのである。

(つまり、これでオレはヒィッツカラルド様に一歩近付けた と言う訳さ。もう、『素晴らしき』の二つ名を名乗ってもいいくらいに)

 テンションが妙なことになったナギは「今後は『素晴らしき神蔵堂』とか名乗ろうかな?」とか思ったとか思わなかったとか。
 と言うか、神蔵堂と言う苗字を好んではいないのに「ヒィッツ様と『カ』と『ラ』と『ド』が被ってるから むしろOK」とか言う始末だ。
 挙句には「もうヒゲグラになんか負けないもんね。だって、ヤツは『ヒ』と『ラ』しか共通点がないもん」とか口走るレベルだし。

「ってことで、『素晴らしき神蔵堂』、征くぜ?」
「……なら、『狗神の小太郎』、受けて立つで?」

 戦闘の『準備』を整えたナギは構えると同時に宣戦布告をし、それに対し小太郎がニヤリと楽しそうに笑って応じる。
 ちなみに、ナギが名乗ったのはヒィッツへの憧憬のためなので、他意(小太郎の名前を誘導する等)はまったくなかった。
 まぁ、これで「暫定的に小太郎だった存在」が「正式に小太郎と判明した」のだから、これはこれでよかったのだが。

(いや、今は そんなことはどうでもいいな。今は目の前のことに集中しないと、ね)

 気を引き締め直したナギは、右手を小太郎に掲げ、中指を親指の付け根に打ち付けて「パチンッ!!」と言う小気味のいい音を生み出す。
 すると、掲げられた右手の先から『風刃』が射出され、小太郎の足元の鬼蜘蛛(?)を真っ二つにした。まさに『指パッチンでカマイタチ』だ。
 いや、正確にはカマイタチと言うよりは真空波と言うべきなのだが、ナギとしては『指パッチンでカマイタチ』の方が響きが好き らしい。

「……に、兄ちゃん、魔法が使えへんって言うてへんかったか?」

 小太郎の額から冷や汗がタラリと垂れる。恐らく、予想以上の攻撃力に「直撃していたら……」とか戦慄しているのだろう。
 喩えるならば、某クリリソの格上キラー技である『気円斬』をナメた菜っ葉みたいな気分であろう(非常に失礼な喩えだが)。
 と言うか、冷蔵庫戦での不意打ちの時に乱射して置けば、尻尾だけでなく胴体とか首とかも斬れて倒せたのではないだろうか?
 まぁ、あの時点で冷蔵庫様を倒しちゃうと「今までのスーパー野菜人への前振りは何だったんだ?」と言う話になってしまうが。
 いや、関係ないことは わかっているのだが……どうしても龍球世代なナギは ついつい龍球についてアツくなってしまうのだ。

(いや、そうじゃないな。本題に戻ると、そもそも最初から当てる気はないから小太郎の取り越し苦労でしかないんだよねぇ)

 ナギの目的はデモンステレーション――こちらの攻撃は当たると危険なので避けろよ と言うアピールでしかない。
 何故なら、ナギに小太郎を斬るつもりはないからだ。殴る程度はできるだろうが、さすがに子供を斬るのは躊躇われるのだ。
 故に、ナギには最初から当てる気はなかったし、これからも当てる気はない。そう、あくまでも本命の囮に使うつもりなのだ。

「魔法は使えないって さっきも言ったろ? これも『魔法具によるもの』さ」

 一定の効果しか望めない とは言え、魔法具は非常に便利だ。魔法の練習しなくても魔法と同じことができてしまうのだから。
 高い効果(一流レベル)を得るには魔法を使うしかないが、そうでもない限り簡単に使える魔法具を使う方が効率的だろう。
 まぁ、その分 魔法具は高く付く(基本 消耗品)ので、費用対効果を考えると経済的に余裕がなければ破産し兼ねない訳だが。
 そう言う意味では、ローコストで魔法具を作れてしまうネギは実にチートなのだろう。むしろ、チート過ぎたかも知れない。

「……まぁ、どっちでもええわ。要は『戦える』っちゅーことやな?」

(ふぅ、やれやれ。困ったヤツだぜ。オレはカマイタチが撃てるだけだよ? ……その程度で『戦える』訳がないじゃないか?
 そりゃ確かに、カマイタチの威力は凶悪だけどさ、所詮 攻撃など「当たらなければどうということはない!!」訳だからね。
 この段階の小太郎が どれだけ強いのか は不明だけど、オレの手の向きから射線を読むくらいの芸当は簡単にできるよね?
 まぁ、フェイントを混ぜたり読まれるよりも早く撃てたりできれば当てられるんだろうけど、残念ながらオレにそんなスキルないし。
 つまり、現段階のオレに勝ち目は無い と言うことだね、うん。某スパロボの『必中』な精神コマンドが欲しいくらいだよ)

 だがしかし、勝ち目がないからと言って『素晴らしき神蔵堂』を名乗った手前、戦わない訳にはいかない。それがナギの矜持なのだ。

 仮に戦わずして逃げようものなら、ナギは二度と『素晴らしき』の二つ名を名乗ることはできないだろう。
 それは二つ名を拝借したヒィッツへの敬愛によるものなので、誰が許したとしてもナギ自身が許せないのだ。
 ちなみに、小物っぽいところや外道なところは むしろヒィッツに似ている気がするので、治す気はないらしい。

 言わば、ナギはナギのまま『ナギの遣り方』で小太郎と戦おう と考えているのである。



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Part.04:決着と言うよりも結局


  パチンッ!!  パチンッ!!  パチンッ!!

 ヒィッツのように指パッチンをしまくって縦横無尽にカマイタチを乱れ射つナギ。言わば、カマイタチの弾幕だ。
 思わず「うむ、実に素晴らしい。鳥居とか石畳とか、何でもかんでも真っ二つだぜ」とか軽くハイになったくらいだ。
 むしろ「これなら某レッドマスク様のクナイも切れそうで、死亡フラグを回避できそうだ」とか調子に乗るレベルだ。

(いや、まぁ、そんなことはオレの思い込みでしかないんだってことは自覚しているけどね?)

 言うまでも無いだろうが、小太郎はナギの攻撃など危なげなく避けている。
 まぁ、衣服はところどころ切れているが、身体には まったく当たっていない。
 しかも、避けるだけでなく、段々と距離を詰めているのだから脱帽するしかない。

「もろたでっ!!」

 彼我の距離が7mくらいになったところで、小太郎の姿が一瞬だけ消えたかと思うと次の瞬間にはナギの目前に現れていた。
 恐らく、これが『瞬動』なのだろう。前以て知識がなければ「消えた……だと?」とか軽くテンパれるくらい唐突だ。
 当然ながら そんなことを冷静に分析している場合ではないのだが、世界がスローモーションになっているので仕方がない。

  バキィイ!!

 つまりは所謂『走馬灯』だったのだろうが、ナギが その事実を認識する前に小太郎の拳がナギの顔面に突き刺さっていたので どうしようもない。
 と言うか、今のナギは顔面の痛みで それどころではない。常時展開されている『風楯』で威力は緩和されている筈なのに、どうしようもなく痛い。
 思わず「障壁 薄いぞ!! 何やってんの!!」とか言いたくなる気分だ。むしろ、小太郎の「どうや? 障壁 抜いたったで?」的なドヤ顔がイラッと来る。
 まぁ、遠距離攻撃マンセーな相手にクリーンヒットを打てたのだから勝ち誇りたい気持ちもわからないでもないのだが、苛立たしさは抑えられない。

(……だけど、残念ながら、それは悪手と言うものだよ?)

 ナギはニヤリと不敵に笑う。何故なら、接近されるのは想定内の事態であり、想定内の事態にナギが対策を施していない訳がないからだ。
 つまり、ナギは「ナギの傍に接近すると発動するトラップ」を『ストーム・ブリンガー』を装着した時に『準備』して置いたのである。
 まぁ、トラップとは言っても、足元に『帰って来たばっくん』を自動発動モード(特定条件で自動起動する仕様)で置いておいただけだが。

(そもそも、戦い慣れている小太郎を相手にバカ正直に正面から『帰って来たばっくん』を投げても避けられるのは目に見えていたからね)

 もちろん、それはカマイタチを併用したとしても変わらないだろう。と言うか、小太郎が警戒している限りは避けられる筈だ。
 だからこそ、ナギは攻撃を態と喰らうことで攻撃後の僅かな隙を狙う と言う非常にリスクの高い方法を選択せざるを得なかったのだが。
 言わば「隙が無いのなら、隙を作り出せばいいじゃん」と言う某セクシーコマンドー的な発想である(微妙に違う気がしないでもないが)。

(ところで、カマイタチで攻撃したのは鬼蜘蛛を倒すためだったのもあるけど、小太郎に遠距離攻撃を意識させるのが主目的だったりするんだよねぇ)

 実はと言うと、小太郎に『狗神』を使った遠距離攻撃を使われていたらナギのトラップは意味をなさなかっただろう。
 だからこそ、ナギはカマイタチをデモンストレーションで見せることで小太郎に「接近すれば勝ち」と思い込ませたのだ。
 結果、接近して攻撃した後は勝った気になり、小太郎はドヤ顔をして警戒を解いてしまった。そう、ナギの狙い通りに。
 攻撃後も警戒していたり、攻撃したら離れるヒット・アンド・アウェイ戦法で来られてもアウトだったのにもかかわらず。

「くっ!! な、なんやコレ!!」

 小太郎は『帰って来たばっくん』から逃れようとジタバタ足掻く。その姿は、リードから逃れようとするワンちゃん そのものだ。
 少し可愛いらしいが、その行為は無駄でしかない。その拘束力は常人の力では抜け出せない仕様――って、あれ? 『常人』の力では?
 それは つまり、常人ではないならば抜け出せる と言うことで、もしかしたら『気』とか使える人間なら抜け出せるのではないだろうか?

「ま、まだや!! まだ終わらへんで!!」

 ナギの気のせいでないのならば、小太郎の筋肉が やたら膨らんでいる気がするのだが……やはり、これはナギの気のせいだろうか?
 と言うか、そうこうしているうちに服もビリビリと破けているし、髪の毛や体毛なども伸びてモッサモッサになっている気がする。
 もしかしなくても、これは小太郎の『奥の手』である『獣化』と言うものだろうか? つまり、このままでは拘束が解けるに違いない。

(ならば、しょうがいないな。ここは もう一つ『切札』を切るとするか……)

 覚悟を決めたナギは『ポケット』から『睡仙香』を取り出すと、蓋を開けて原液を手に取り それを小太郎の口周辺に浴びせる。
 実はと言うと、『睡仙香』は香りを嗅ぐだけで眠気を誘発するのだが、原液を直接摂取した場合でも睡眠導入効果があるのだ。
 いや、むしろ、香りを嗅ぐよりも原液を摂取した方が効果が著しく高いので、ある意味では こちらの方が本来の用途かも知れない。

  ドサッ

 そんなこんなで、あっさりと眠りに落ちる小太郎。さすがはエヴァをして「くれぐれも犯罪には使うなよ?」と言わしめた魔法具である。
 正直な話、これまでナギは『睡仙香』を一般人である班メンバーにしか使ったことが無かったので、威力がイマイチわからなかったらしい。
 そのため「狗族補正とかで効かなかったら どうしよう」とか不安だったのだが、蓋を開けて見ると問題なく効いたので一安心である。

(まぁ、それはともかくとして……心配しているだろうから、ネギ達に連絡しなきゃいけないね)

 ナギは休憩所へ戻るために小太郎を抱え上げる。手間だが、いろいろな意味で不味いので、このまま置いて行く と言う選択肢は取れない。
 どうでもいいが、何だか妙に柔らかい体をしている気はするが……やはり戦闘民族とは言っても まだ子供なのでムキムキではないのだろう。
 ちなみに、抱え上げた拍子にボロボロの衣服がめくれた結果、そこから見えてしまった小太郎のボディに違和感がある件は どうすべきだろう?

(って言うか、どうして胸が膨らんでいるんでしょうか? もしかして、オレの目の錯覚でしょうか?)

 だがしかし、確かに膨らんでいる。(紳士的な意味で)触って確かめたので、ナギの目の錯覚ではない。僅かだけど、ちゃんと膨らんでいる。
 まぁ、膨らんでいる とは言っても、大して膨らんではいないが。むしろ、平らに近い と言うべきなので、膨らんではいないかも知れない。
 思わず「どっちだよ?」とツッコミたくなるが、どうやら「あきらかに少年のソレではなく幼女のソレなんだよ」らしい。実に意味不明だ。

(もしかして、小太郎もTSしてて『犬耳幼女』にジョブチェンジしてたりする、とか?)

 まぁ、ネギのライバル(?)のフェイトがTSしているのだから、ネギのライバル(の筈)の小太郎もTSしていても不思議なことではないだろう。
 それに、男装なオレっ娘も有りだと思うので、そこまでおかしいことではない。むしろ、犬耳男装幼女と言うジャンルも追加されたと考えるべきだ。
 そんなジャンルが追加されても大勢に影響はないのだが、その筋の紳士には垂涎なことかも知れない。少なくとも、ナギは少し興奮したのだから。

「つまり、これで、ココネ・ネギ・エヴァ・フェイト・小太郎の5人の美幼女が揃った と言うことで、まさに美幼女戦隊だね、うん」

 大多数の方は「いや、美幼女戦隊って何だよ?」と お思いになるだろうが、深い意味はないのでスルーして置くべきだろう。
 多分、ナギ自身も意味など考えずに口走っただけだからだ。恐らくは、混乱の余りに妙なことを口走っただけだ。その筈だ。
 ま、まぁ、それはともかくとして……そんな風に混乱しながらナギは半脱ぎ状態の犬耳男装幼女なオレっ娘を抱えていたのだが……

「な、何をしちゃってるんですかぁああ!!」

 何故か、そんなネギの絶叫と共に訪れた「ドガァアア!!」と表現すべき後頭部への衝撃によってナギの意識は途絶えた。
 ちなみに、ナギは後に この時の感想を「あれ? せっかく頑張ったのに、こんな終わり方なの?」と涙ながらに語ったらしい。
 ネギ(乙女)としては当然の反応なのかも知れないが、ナギとしては余りにも努力が報われないので 泣いてもいいと思う。

 まぁ、努力が報われないことなど人生には割と起こることなので、ナギは「まぁ、しょうがないか」と半ば あきらめているが。



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Part.05:戦うことに意義がある


 ……うん、どうやら勝負自体は那岐君の勝ちだったようだね。

 実は、那岐君の戦闘の一部始終をネギ君の魔法で見ていたのさ。
 と言うことで、ちょっと時間を遡って振り返ってみようと思う。

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 那岐君が憚りながらハバカリに行って数分、何者かが那岐君に接触した気配を感じた。

 ネギ君は「直ぐに助けに行かないと!!」と焦っていたけど、ボクは静観することにした。
 いや、正確にはボクも直ぐに助けに行きたかったけど、静観せざるを得なかったんだ。
 と言うのも、実際に那岐君が活躍している姿を西側に見せる必要があったからなんだよね。

 そもそも、那岐君は この前のエヴァ戦で「封印状態とは言え『闇の福音』を下すサポートをした」ことになっている。

 そして、その活躍は誇張を添付されながら魔法界に広まっている(って言うか、学園長が広めてるんだけど)。
 でも、あまりにも誇張されているため「あくまでも噂に過ぎない」と言う感じで信憑性が薄まっているんだよね。
 まぁ、さすがに「ネギ君が『闇の福音』を抑えられたのは那岐君がいたから」と言うのは誇張し過ぎだ と思う。
 だから、反東派の襲撃者を那岐君だけで撃退してもらうことで那岐君の実力を見てもらおう、と言うことになったのさ。
 って言うか、そう言う意図でもない限り、那岐君の護衛を放棄するに等しい真似をボクがする訳ないじゃないか?

 と言う訳で、ボクは戦闘の様子を見るために、ネギ君に「『遠見』はできるかい?」と訊ねたんだ。

 残念ながら、ボクは魔法が使えない体質なので、当然ながら『遠見』も使えない。しかも、運悪く遠見系の魔道具も持っていない。
 でも、魔法が使えないのなら使える人の手を借りればいいだけだ。だから、ボクはネギ君に頼ることにしたのさ。
 一応、気配で だいたいの様子はわかるけどね? それでも映像で見た方が詳細がわかるから、できるだけ映像を見たいんだよね。

「と、『遠見』ですか? で、できますよ?」

 おぉ、できるのか。魔法学校では教えてないから、きっと自己学習で覚えたんだろうなぁ。
 ところで、ネギ君が妙に焦っているように見えるのは、ボク気のせいなのかなぁ?
 まぁ、気のせいだろうね。きっと、那岐君が気になって過敏になっているだけだろうね、うん。

 ネギ君が『遠見』を後ろ暗いことに使っているから焦っている……なんてことは ないに違いない。

「じゃあ、『視覚共有』はできるかな?」
「……つまり、様子を見たいんですね?」
「うん、遺憾ながら そうせざるを得ないのさ」

 しかし、ネギ君は聡いねぇ。座学も優秀って聞いていたけど、情報分析もできるとはねぇ。

 あれだけの会話で「『遠見』と『視覚共有』で那岐君の様子を見たい」と把握しちゃうんなんて凄いよ。
 ボクが子供の頃なんて師匠達の背を追い掛けるだけで精一杯で、言われたことしかできなかった気がするよ。
 その点ネギ君は自分で考えて――いや、やめて置こう。今は こんなことを考えている場合じゃない。

 今 大事なのは那岐君の様子だ。せっかくネギ君が『繋げて』くれたんだから、ちゃんと見ないといけない。

 …………うん、どうやら、那岐君は舌戦に持ち込んでいるようだね。
 共有しているのは視覚だけなので音声が無いからイマイチ確証は無いけど。
 それでも、相手の学ラン君を那岐君のペースに引き込んだのは確かみたいだ。

 このまま うまいこと丸め込んでくれれば『戦闘能力』は見せられなくても『交渉能力』は見せられそうだね。

 とか思っていたら、那岐君は何故か後ろを向いて手鏡を出し、それを覗き込み始めた。
 ……何だろう? 戦闘前の身嗜みチェックかな? でも、何で背を見せるなんて真似を?
 うん? あの台座は何だろう? 手鏡を設置したけど――って、立体映像が現れたっ!!

 あ、あれって『遠見』系のアイテムと『映写』系のアイテムだったんだ……

 う~~ん、どうやって入手したんだろう? ……妥当なところだと、エヴァからかな?
 エヴァって何だかんだで面倒見がいいし、那岐君のことを気に掛けているっぽいから濃厚だね。
 でも、どっちも かなり高価なアイテムだから、いくらエヴァでも軽々しくは貸さないよね?
 じゃあ、何らかの『代償』で借りたのかな? 不当な『契約』を結ばされてなければいいけど……

 まぁ、那岐君は したたかだし、エヴァは甘過ぎるくらいだから、大した内容の『契約』ではないだろうから、心配ないか。

 と言うか、今は戦況の方が重要だね。……見たところ、刹那君達の観戦をするように誘導したようだね。
 恐らく、ボク達が駆け付けるまでの時間稼ぎをしているんだろうなぁ(ネギ君とは『念話』できる筈だし)。
 もしくは、刹那君達の戦闘が終わるまで時間を持たせて、鶴子さんが来るのを待っているのかも知れないね。

 う~~ん、どちらにしろ、ある程度の交渉能力は見せられた訳だから ここは駆け付けるべきなのかなぁ?

 時間稼ぎをしている と言うことは、那岐君には戦闘の意思がない(もしくは、できるだけ戦闘は避けたい)訳だよね?
 と言うか、そもそも相手の気が変わって戦闘に移ったら、ネギ君の魔力供給を受けていない那岐君はキツいんじゃない?
 でも、エヴァ戦では明らかにならなかったアーティファクトがある筈だから、しばらくは魔力供給がなくてもイケるかな?

 しかし、そんなボクの悩みなど嘲笑うかのように、那岐君は魔法具を片付けてしまう。

 って言うか、本当に どうしたんだろう? さっきまでの観戦は時間稼ぎが目的じゃなかったのかな?
 それとも、しばらくはボク達に駆け付ける気が無いことがネギ君から『念話』で伝えられたのかな?
 もしくは相手の学ラン君に観戦する気がなくなったから、観戦と言う時間稼ぎを あきらめたのかな?

 とかとか悩んでいると、那岐君は真剣な表情になる。

 その表情は『男の顔』と言うべきもので、状況も忘れて「こんな顔もできるんだなぁ」と思わず感心してしまった。
 何て言えばいいのか、那岐君ってば いつの間にか成長しちゃってるんだって感じたよ。寂しいやら嬉しいやら、だね。
 言わば、巣立つ若鳥を見守る親鳥の心境ってヤツかな? まだ手元に居て欲しいけど、旅立つ後押しもしたい気分さ。

 って、そんな場合じゃないね。どうやら那岐君は腕輪を身に付けたみたいだ。

 つまり、あの腕輪がアーティファクト、と言うことなのかな?
 てっきり、破魔系の武器だと思っていたから、少し意外だなぁ。
 でも、戦う気みたいだから戦闘用ね。つまり、腕輪型の武器かな?

 そんな分析していると、那岐君が指を弾くような奇妙な動作をした――と同時に、学ラン君の下にいた鬼蜘蛛が真っ二つになった。

 ……え? 何あれ? どんな攻撃したの? まったく見えなかったんだけど?
 ま、まぁ、見えなかったのは『そう言う特性』を持っている と言うことなんだろうね。
 つまり、「高速で攻撃した」のではなく「透明の攻撃をした」と考えるべきだろう。
 だから、今の攻撃は「指を弾く動作をトリガーに『風刃』辺りを飛ばした」に違いない。

 いや、詳細は後で本人に聞けばいいんだから、今は分析よりも戦闘の様子を見る方が大事だね。

 そんな訳で那岐君の攻防を見ていたんだけど……那岐君は次々と攻撃を連射しているよだ。
 でも、そんな単調な攻撃だと早々に見切られてしまうよ――って言うか、見切られてるっ!!
 ヤ、ヤバい。どんどん間合いが詰められているよ。このままじゃ、いつかは接近されて――

  バキィイ!!

 ――危惧した通り、接近されて攻撃されてしまった。って、暢気に考えている場合じゃない!! このままでは、那岐君がボッコボコにされてしまう!!
 西側に那岐君が敗れた姿を見せるのも不味いんだけど、それ以上に――って言うか、何よりも那岐君が傷付くことが不味い!! むしろ、ダメだっ!!
 だって、那岐君はボクが守る と『あの時』師匠に誓ったんだから!! だから、どんな事情があろうとも那岐君が傷付くのをボクは看過できない!!

 そう思った時には『遠見』と『視覚共有』が解かれていた。

 恐らく――いや、十中八九、ネギ君が魔法を解いて、移動を開始したのだろう。気付けば、ネギ君の姿は消えていた。
 もちろん、ネギ君が どこに向かったのか なんてことは考えるまでもない。那岐君のところ以外にないだろう。
 様子を見ている間、ネギ君は ずっと那岐君を心配していたのだから(むしろ、よく耐えた と褒めたいくらいだ)。

 でも、ボクよりも早く動き出すなんて、ね。少しばかりネギ君を過小評価していたみたいだね。

 っと、それはともかく、早く追い掛けよう。あの学ラン君、割と強いから今のネギ君では手に余る可能性が高いからね。
 まぁ、出来レースとは言えエヴァと『いい勝負』をした訳だから、戦闘方面にも才能があるのはわかってるんだけどね?
 それでも、接近戦には慣れていないだろうから分が悪いだろう。負けるだけでなく致命傷を負うようなことがあったら大変だ。

 だから、ボクも慌てて追い駆けたんだけど……ネギ君に追い付いたボクが見たのは、意外な――いや、意外 過ぎる光景だった。

 それは「ネギ君の蹴りが炸裂するとともに崩れ落ちた那岐君」と言うもので、想定の範囲を大きく越えた光景だった。
 しかも、ネギ君の飛び蹴りで倒された那岐君の傍には、例の学ラン君も倒れていたんだから、意味がわからない。
 学ラン君は那岐君が倒したのかな? それとも、駆け付けたネギ君が学ラン君を倒し、勢い余って那岐君も倒したのかな?

 ボクは「一仕事 終えた後の いい笑顔」としか表現できない笑みを浮かべているネギ君を見ながら思考に耽るのだった。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 ……うん、まぁ、最後の方は見てなかったので、何が どうなって『ああ言う結果』になったのかサッパリわからないんだけど、経緯はこんな感じさ。

 でも、ネギ君が倒したのは那岐君であることは間違いないので、学ラン君を倒したのは那岐君だ と言うことは間違いないと思うんだ。
 落ち着いて考えて見たら、さすがにネギ君が学ラン君もろとも那岐君を倒した訳はないと思うんだ。あれはあきらかに那岐君を狙っていたもんね。
 多分、学ラン君が女の子で肌が露になっていたから、那岐君に見せたくない乙女心が発露して那岐君を沈黙させたんじゃないかな と思う。
 ちなみに、映像を見た段階で学ラン君が女の子だとボクはわかっていたよ? でも、ボクは男女とも『君付け』で呼ぶから、学ラン君だったんだよねぇ。

「ふふっ、ナギさんってば、幸せそうな顔して寝てますね♪ きっと、寝心地がいいんでしょうねぇ♪」

 ボクが取り止めも無いこと考えていたら、気絶した那岐君を膝枕したネギ君が幸せに満ち溢れた笑顔で妙なことを口走ったのが聞こえた。
 って言うか、ネギ君? キミは もうちょっと現実を直視した方がいいんじゃないかい? はっきり言って、キミのフィルターは厚過ぎるよ?
 だって、那岐君は どう見ても「白目を見開いて苦悶の表情を浮かべている」ようにしか見えないからね? 全然 幸せそうじゃないよ?

 しかも、寝心地がいいって……下は石畳だから、寝心地は最悪なんじゃないかな?

 いや、まぁ、頭部はネギ君の膝枕で幾分かはマシだろうけどさ。それでも、ネギ君の膝(と言うか太股)だから、それも……ねぇ?
 やっぱり、ネギ君みたいな子供に膝枕されても効果は薄いでしょ。膝枕は成熟した女性がやってこそ破壊力があると思わないかい?
 たとえば しずな先生とか、ね。あ、でも、しずな先生の場合は膝枕よりも胸枕の方がいい――って、ボクは何を考えているんだろう?

 い、今の問題は そこじゃないよね? ネギ君が那岐君へ躊躇無く『魔力キック』を叩き込んだ方が重要な筈だよね?

 ちなみに、『魔力キック』と言うのは、ぶっちゃけると「魔力を込めただけのキック」なんだけどね。
 いや、そのまんまな呼称だけど、さっきのは「魔力キックは破壊力!!」ってレベルだったからね。
 むしろ、『デビルキックもどき』とか呼んだ方がいいんじゃない? 岩を砕く威力や悪魔的な酷さ的に考えて。

 ……しかし、どうやらボク達はネギ君を誤解していたようだね。こんなにアグレッシブだった とは思わなかったよ。

 これだけ積極的なら、ボク達が余計なことをしなくても、那岐君をパートナーにできただろうねぇ。
 まぁ、今となっては遅いんだけど。だって、既にボク達の画策で那岐君はパートナーになっている訳だし。
 それに、ボク達が何もしなかったら那岐君をパートナーにできていなかった可能性もゼロじゃない、ね。

 まぁ、ここで あれこれ考えていても仕方が無いから、思考に逃避してないで この場を撤収しようかな?

 あ、でも、那岐君をは まだ気絶したままだね。う~~ん、どうしよう? やっぱり、無難に背負おうかな?
 別に本山を訪問する時間が指定されている訳ではないから、那岐君が起きるまで待っていてもいいんだけどね?
 でも、西側は西側で様子を見ていた筈だから 待たせることになるだろう。つまり、運ぶのがベストだね。

 だから、これは仕方が無いんだよ? 仕方無いから那岐君を背負うんだよ? 決して、ボクが「昔を思い出すなぁ」とか感慨を抱くためじゃないよ?

 微妙にツンデレっぽくなって軽く気持ち悪いけど……ともく、今は 那岐君が気絶した『表向きの理由』を作る方が大事だよね?
 ついつい忘れそうになっていたけど、那岐君は大使だからね。立場的に意味もなく気絶したまま本山に行くのは いろいろと不味いもんね。
 当然ながら西側も事情(ネギ君が原因)を把握しているだろうけど、さすがに「痴話喧嘩で伸びました」とは公式見解にはできないよねぇ。

 ……やっぱり、ここは無難に「刺客相手に相打ちしました」と言うことにして置こうかな?



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Part.06:とりあえず、及第点


(……どうやら『向こう』は終わったようやな)

 目の前の戦いを見ながら別の戦場に気を配っていた鶴子は、ナギ達の戦闘が終わったのを感じていた。
 気配を感じていただけなので(見えていた訳ではないため)戦闘の様子まではわからなかったが、
 両者の気配がなくなったことと戦闘の気配がしなくなったことから戦闘が終わったことを判断でき、
 また、タカミチとネギの気配が接近していたことからナギは気を失ったが無事なのだろうと判断できる。

(ほな、こちらも『終わらせ』ましょか)

 こちらの戦闘での見るべき部分は既に見終わっていた。ただ、キリのいいところまでやらせよう と思って放置していただけだ。
 だが、ナギ達の戦闘が終わったので、最早そんな悠長なことは言っていられない。いつまでも『じゃれ合い』を見ている場合ではないのだ。
 そのため、鶴子は「二人とも、そこまでや」と厳かに告げ、一瞬のうちに「抜刀し、技を放ち、納刀する」と言う一連の動作を行う。

  ドサッ……

 鶴子が動作を終えて一拍もしない内に、技を放とうとした姿勢のまま地面に崩れ落ちる月詠。
 そう、神鳴流同士の戦闘であり、鶴子は その立会人だったが、鶴子が斬り伏せたのは月詠だけだった。
 何故なら、鶴子は立会人である前に長側の陣営であり、これは決闘ではなく襲撃に過ぎないからだ。

「し、師範代……?」

 突然の鶴子による介入に不思議そうな顔を浮かべる刹那。言外に「何故、このタイミングで横槍を入れたのです?」と問うている。
 致命的な状況だったのならば横槍を入れるのも わからないでもない。だが、先程は どう見ても致命的とは言えない状況だった。
 ジリ貧と言うか劣勢に立たされていたことは確かだったが、それでも このタイミングで止めに入られた理由が刹那にはわからなかったのだ。

「……決まっとるやろ? もう見るに耐えないからや。あと、『元』師範代やって言うとるやろ?」

 刹那の疑問を どこまで汲み取ったのか は定かではないが、鶴子はバッサリと疑問を切り捨てる。
 まぁ、本当は見ている場合ではなくなったから なのだが、それを正直に言う鶴子ではない。
 理由すらも、ここぞとばかりに刹那の欠点を指摘するのに利用する。そう言った汚さを鶴子は有していた。

 鶴子にしてみれば、刹那の剣には決定的な欠陥――神鳴流に囚われ過ぎている部分があった。

 もちろん、別に神鳴流を否定する訳ではない。だが、刹那が求めている『人を守る剣』と神鳴流がそぐわないのは確かだ。
 と言うのも、神鳴流は退魔の剣――妖魔を打ち倒すための剣であるため、人と戦うことは余り考慮に入れられていないからだ。
 刹那が『妖魔から人を守る』のならば問題ないのだが、刹那は『人からも人を守る』可能性があるため、問題になるのだ。

 決して、刹那が弱い訳ではない。むしろ、年齢を考えれば刹那は破格と言っていい実力を持っているだろう。

 だが、『人を守る』には実力云々ではなく「人を斬る術に長けていない」と言う致命的な欠点があるのが現状である。
 隔絶した技量があるのなら、その欠点も『どうとでもなる』のだが、現在の刹那では まだ その域に達していない。
 そのことが月詠との立合で浮き彫りになった。いや、正確には、浮き彫りにするために鶴子は二人を立ち合わせたのだ。

「わかっとるやろうけど……このままやったら、いつか守るべき者すら失うことになるえ?」

 だから、鶴子は刹那に忠告する。守りたいのなら人を斬る剣を身に付けろ と容赦なく現在の刹那を否定する。
 言うまでもないだろうが、鶴子が長側だから「木乃香のためになる」と考えて忠告しているだけではない。
 妹が見出した剣であり、妹を思い起こさせる真っ直ぐな剣を持っているからこそ、刹那に忠告しているのである。
 鶴子は義理だけで態々 回りくどいこと(木乃香を使ったり月詠と立ち合わせたり)をするような人間ではない。

「もし、ウチがおらずに御嬢様だけやったら……どうなっとったか、わかるやろ?」

 そもそも、刹那は木乃香を気にするあまり致命的な隙を生んでいた。敵を目前にしていながら、隙を作ってしまったのだ。
 仮に鶴子がいなかったとしたら、いや、鶴子が一流の使い手でなかったなら、隙を見せた段階で刹那は『終わっていた』。
 そして、刹那が『終わっていた』と言うことは、護衛のいなくなった木乃香は無防備となって間違いなく『終わっていた』だろう。

 つまり、木乃香を気にするあまり それが原因となって木乃香を失っていたのだから、本末転倒もいいところだろう。

 また、刹那だけでは守り切れなかったのにもかかわらず(まぁ、そもそも木乃香を連れて来た鶴子に問題があったのだが)、
 刹那は『鶴子』が付いているのに木乃香を心配したことで鶴子を信用していないことも浮き彫りにしてしまったのだ。
 それらのことを悟らされた刹那は、当然ながら反論などできず、ただ己の不甲斐なさを悔いることしかできなかった。

「守るためには、犬死は許されないんやよ」

 本来なら負けないのが好ましいが、神ならぬ人の身では負けないことを確約できる訳ではない。
 そのため、鶴子は「負けても守れない訳ではない」と暗に示し、『負けること』だけは許容する。
 そして、同時に「死ぬなら守る手段として死ね」とも潜ませ、『守ること』を第一とさせる。

「……これで、今回の『授業』は終いや」

 鶴子は そう締め括ると、猫を持つかのように月詠の首を掴んで林の中に消えて行く。
 後に残されたのは、自分の無力を突き付けられた刹那と未だに気絶している木乃香だけだ。
 それは もう危険が無い と言うことなのか? それとも、刹那を信頼してのことなのか?

 前者と悟っている刹那は、お世辞にも機敏とは言えない動作で、木乃香を抱えて本山へ向かうのだった。

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 …………………………………………………………

「……お疲れ様です」

 白ゴス少女――月詠を抱えた鶴子に被保護者の少年を背負ったタカミチが労いの言葉を掛ける。
 タカミチは事態を把握していないが、鶴子が刹那のために動いていたと判断しているのである。
 ちなみに、タカミチの頬が少し緩んでいるのは、気にしてはいけない。敢えてスルーしよう。

「まぁ、身内の不始末は自分達で始末せんと『背中の彼』に叱られてまいますからなぁ」

 鶴子は苦笑しながらも楽しそうにタカミチの背で眠る少年――ナギに目を向ける。
 ナギは こうして寝ている分には どこにでもいる普通の少年にしか見えない。
 しかし、そんな少年の発した言葉で鶴子が動く気になったのも確かなことである。

「そうですか。でも、刹那君は大丈夫ですよ。もし折れそうになっても那岐君が支えますから」

 タカミチは苦笑しながらも『那岐』を過大評価している(としか思えない)言葉を吐く。
 恐らくは鶴子の視線を「刹那はウチが支えます」と言うような意味で捉えたのだろう。
 まぁ、ナギが起きていれば刹那を支えると表明しただろうから、そこまで間違ってはいないが。

「……そうどすなぁ」

 妹が見出した剣は どのような輝きを見せるのか? その鍵を握るのは、タカミチに背負われている少年なのかも知れない。
 何となく そう感じた鶴子は、タカミチの勘違いを理解しつつも特に反論することなくタカミチの言葉に相槌を打つ。
 まぁ、タカミチの勘違いを訂正するのが面倒だった と言う本音がない訳でもないので、実に大人な対応と言えるだろう。

「ところで、『こっち』の刺客は どうしはったんどす?」

 鶴子は(少々 態とらしいが)軽く周囲を見て状況を再確認した後、気絶した月詠を掲げて見せてタカミチに問い掛ける。
 まぁ、話題を変えたいのもあるのだが、タカミチがナギを背負っているため小太郎はネギが連れて来るのが妥当だと思われるのに、
 何故かネギは手ぶら で不機嫌そうなオーラを発しているだけなので、小太郎の姿が無いことに疑問を持ったのだろう。

 既に回復して逃げた と言うのだろうか? だが、そんな気配などなかったので、それは無いだろう。

「ああ、学ランの彼――あ、いえ、彼女は放置して来ました」
「……はい? 放置、どすか? それは どう言うこと どす?」
「何と言うか、ネギ君が『触りたくもない』って言うもので……」
「もちろん、『それなりの処置』はして来たんでっしゃろ?」
「ええ。ネギ君が『亀甲縛り』で縛ってましたので、ノー問題です」
「…………高畑さん、あんさん教師やろ? 問題ない訳ないやろ?」
「青山さん、世の中には逆らえない状況と言うものがあるんですよ?」

 タカミチの意外な答えに驚愕しつつもタカミチを責める鶴子であったが、タカミチの『何かを悟った』ような薄笑いに追求の矛先を収める。

 小太郎の処遇に対して言いたいことや気になることはあるが、だからと言って虎穴に入ってまで言いたい訳ではない。
 まぁ、鶴子は虎穴に入る程度など気にしないのだが、どうやら今回は歴戦の猛者としての勘が関わることを止めたようだ。
 鶴子の中で「君子危うきに近寄らず」とか「触らぬ神に祟りなし」とか言う言葉の重要性が地位を上げた瞬間である。

「……ほな、『用事』ができたんで、先に失礼させてもらいますわ」

 一拍置いて気分を変えた鶴子は、何事も無かったような態度で一方的に別れを告げると本山に背を向ける。
 当然ながら、小太郎を回収しに行ったのだが、「女性は怖い」と言う真理をネギに刻み込まれたタカミチは、
 そんな鶴子を「ああ、きっと白ゴス剣士に制裁を加えるんだろうなぁ」と解釈して軽く恐怖するのだった。

「あ、彼に伝言をお願いしますな? 『これから先は襲撃が無い筈やから、予定通り ここで失礼させてもらいます』と」

 そんなタカミチの心情を察知したのかは不明だが、鶴子は直ぐに振り返ると、
 とても楽しそうな笑顔――具体的に言うと獲物を前にした狩人の笑顔を見せ、
 タカミチが背負うナギへと伝言を残して、今度こそ森の中へと消えて行くのだった。

 しばらくガクブルしていたタカミチだったが、「あれ? そう言えば、木乃香君は どうしたんだろう?」と気が付く。

 しかし 直ぐに「まぁ、きっと刹那君と一緒にいるんだろうね。もしくは、詠春さんが保護しているよね」と納得すると、
 ネギが小太郎に行おうとした制裁や鶴子が月詠に行うであろう制裁に思いを馳せないようにするため(現実逃避のため)に、
 背中に感じる被保護者の重みに意識を向け「フッ、いつの間にか随分と大きくなったなぁ」とかニヒルに決めるのだった。

 ちなみに、言うまでもないだろうが、ネギは愛しの少年を運ぶ役をタカミチに奪われたので やさぐれているらしい。



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Part.07:すべては陽動に過ぎない


「千草さん……予定通り、助けに来ました」

 ボクは水を使った『ゲート』を開いて千草さんの元まで やって来た。
 ちなみに、人が転移できる大きさの『ゲート』を開くには大量の水が必要なため、
 ボクが転移した先は大量の水がある場所――つまり、シャワー室だった。

「しししし新入りぃいいい!! なんちゅーところから顔を出してんねん!!」

 シャワーを浴びたままのポーズで固まっていた千草さんが文句を言う。
 え~~と、具体的に言うと千草さんの足元――股間の下方かな?
 いや、別に、ボクだって好きで『ここ』にした訳じゃないよ?
 千草さんの傍で一番水が多い場所が千草さんの足元だっただけだよ?

「……それはいいですから、サッサと転移しますよ」

 って言うか、いい加減に『新入り』って呼ぶのはやめて欲しいんだけどなぁ。
 ボク、フェイト・アーウェルンクスって名前、けっこう気に入ってるんだよねぇ。
 だから、千草さんが「せめて服を着せいや!!」とか言ってるけど無視して置こう。

 …………そんな訳で、喚く千草さんを『ゲート』に引っ張り込んで無事に脱出に成功したって訳さ。

 と言うのも、今までは『監視』が厳しいうえに『転移妨害の結界』も張られていたから連れ出せなかったんだけど、
 小太郎君と月詠さんが うまく敵の目を引き付けてくれたので警戒が緩み、『ゲート』を開く隙ができたって訳さ。
 まぁ、『結界』を無理矢理に破ってもよかったんだけど……本番(本山襲撃)の前に手の内を晒すのは悪手だからね。

 なので、二人には悪いとは思うけど、事が済めば助けてあげられるだろうから それまで我慢してもらおうと思う。

 助けるまで虐待されないか少し不安だけど、西のモラルは そこまで酷くないだろう。捕虜として丁重に扱う筈だ。
 ま、まぁ、そもそも、身内に噛み付くんだから、失敗した時のために「それなりの覚悟」を持っているに違いないよ。
 って言うか、大事なのはリョウメンスクナノカミの復活と『彼等』が どの程度の脅威となるか を測ることだよね。

 ……そう、ボクの本当の目的は『彼等』の能力を測ることだ。

 前回 障害として立ち塞がった『紅き翼』のメンバーにして関西呪術協会の長、近衛 詠春。
 また、『紅き翼』に参加していた経歴を持つ、AA+級エージェント、タカミチ・T・高畑。
 そして、あの『サウザンド・マスター』の娘である、ネギ・スプリングフィールド。
 それと、月詠さんを一瞬で屠った『クイーン・オブ・ソード』、青山 鶴子も気になるね。
 もちろん、真祖の吸血鬼である『闇の福音』、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルも。

 まぁ、『闇の福音』は魔力が封印状態にあるようだし、特に動きは見せていないから、大丈夫かな?

 でも、油断は禁物だ。「そう見せ掛けているだけ」と言う可能性もある。注意はして置こう。
 何事も注意して置いて悪いことはない。むしろ、常に最悪のケースを想定して置くべきだろう。
 特に、『彼』のような「こちらの裏を突いて来るタイプの人間」がいることだし、ね。

 …………まったく、『彼』には驚かされたよ。まさか、小太郎君を ああも翻弄するとはね。

 まぁ、小太郎君は乗りやすい性格をしているから、うまく丸め込まれたんだろうけど。
 それでも、小太郎君は(あの年齢にしては、だけど)随分と腕も立つし修羅場も潜っている。
 だから、小太郎君の性格を考慮しても、『彼』が注意すべき存在であることは間違いない。

 ネギ君のバートナーなので最初は注目していたけど、特に動きが無かったから いつの間にか眼中になかったよ。

 って、もしかしたら、「パートナーになっただけの一般人」と思わせるために、敢えて動かなかったのかな?
 そう言えば、親書のトラップもネギ君が考えた と言うよりも『彼』が考えた と見る方がシックリ来るね。
 どうやら、今まで騙されていた――と言うより、過小評価していたよ。これからは「警戒に値する」と評価しよう。

 確か『神蔵堂ナギ』とか言ったっけ? 最初は名前負けしていると思っていたけど、そうでもないようだね。

 まぁ、現段階では大きく見積もっても大した障害ではないけど、今後どうなるか は未知数だね。
 このまま「少々 厄介」程度に留まるのか? それとも、更に「厄介な存在」に進化するのか?
 麻帆良の近衛氏に孫娘――御姫様の婚約者として認められたことを考えると後者の可能性が高いね。

 フフフ、キミはネギ君よりも ずっと興味深いよ。神蔵堂君……


 


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オマケ:すべては計画通り


(……ふむ。どうやら、無事に本山に入ったようだな)

 観光に興じながらもナギ達の動向を『遠見』で逐一チェックしていたエヴァは、
 何だかんだがありながらも無事に一行が本山に着いたことを確認したため、
 それまでナギを自動追跡するように常時展開していた『遠見』を解除する。

 実はと言うと、最悪の場合エヴァは『転移』してナギ達の護衛をするつもりでいたのだ。

 まぁ、タカミチや鶴子だけでなくチャチャゼロもいるので その可能性はゼロに等しかったが。
 それでも、油断してはならない。油断は隙を生み、隙を突かれれば一瞬で情勢は覆るからだ。
 故に、ナギの戦闘能力が皆無であることを熟知しているエヴァは特にナギの動向を注意していたのだ。
 だが、それも取り越し苦労に終わったようだ。いや、むしろ、一定の戦果を上げることができただろう。
 少々ヒヤッとさせられたが、相手を巧みに誘導して見事に罠に嵌めたのだから、誇っていい戦果だ。

(『こっち』の方も『予定』通りに進んでいるし……まったく大したヤツだよ)

 エヴァは千草がフェイトによって救出されたところも『遠見』で確認しており、
 この事態を予見したうえで『策』を弄しているナギに対して素直に評価を上げる。
 そう、ナギは自分達が襲撃されることも、その間に千草が奪還されることも読んでいたのだ。

 まぁ、原作の知識と千草の情報があったからなのだが、それでも予見していたことは変わらない。
 それに、ナギはエヴァに『とある頼み事』もしており、それが より評価を上げているのだ。

 と言うのも、実は、エヴァは単に京都観光を楽しんでいたのではない(いや、楽しんでいたのは変わらないが)。
 敢えて普通の女子中学生のように京都観光に興じることで、相手のエヴァへの警戒心を減じさせていたのだ。
 まぁ、完全に払拭できた訳ではないが、警戒レベルは下がっているので『それなりの効果』はあったと言えるだろう。
 ちなみに、普通の女子中学生のような楽しみ方ではなかったし、代わりにナギが警戒されたけど、そこはスルーだ。

(さて、後は連中が『罠』に掛かるのを待つだけだな……)

 ナギの施した『策』が成功した時のことを考えると自然に頬が緩む。
 エヴァには獲物を弄ぶような趣味はないが、罠にハメる快感は人並みに感じる。

 そのため、哀れな獲物が『罠』に掛かるのを今や遅しと待つのであった。


 


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後書き


 ここまでお読みくださってありがとうございます、カゲロウです。
 以前から「改訂した方がいい」と言う意見が多数あったので、改訂してみました。
 また、改訂に伴ってサブタイトルを「一難去って、また一難」から変更しました。


 今回は「ちょっとバトルを頑張ってみたけど、結局は いつも通りだった」の巻でした。

 まぁ、スピード感のあるバトルはボクには無理ですね。どうしても、グダってしまいます。
 それでも、11話のエヴァ戦よりはマシだった と思います。って言うか、思って置きます。
 だけど、この作品ではバトルはオマケなので、そこまで力を入れる必要はないんですけどね?

 ところで、小太郎の二つ名がストレート過ぎる件ですが……それは気にしちゃダメです。

 ぶっちゃけ、アレしか思い付かなかったんです。『素晴らしき』の二つ名を出せただけで充分な気がしちゃったんです。
 って言うか、女の子なのに『小太郎』って名前の方が問題な気がしますが、『風魔 小太郎』のイメージです。
 犬上家を継いだ時に『小太郎』の名前を襲名したので、幼名としての『女の子の名前』もありますが『小太郎』なんです。

 ……ええ、補足説明的な設定を後書きで書くなって話ですよね?

 あ、二つ名で思い出したんですけど、鶴子さんの二つ名もアレはアレで酷いですよね。微妙過ぎますよね。
 最初は某アームズの「笑う牝豹(ラフィング・パンサー)」をストレートにパクろうと思ったんですけど、
 それでは余りにもアレかなって思ったので「クイーン・オブ・ハート」に肖ってみた結果がアレです。

 後悔はしていますけど、反省はしていません。って言うか、ボクのネーミングセンスはどうしようもないです。


 では、また次回でお会いしましょう。
 感想・ご意見・誤字脱字等のご指摘、お待ちしております。


 


                                                  初出:2010/6/13(以後 修正・改訂)



[10422] 第27話:関西呪術協会へようこそ【改訂版】
Name: カゲロウ◆73a2db64 ID:552b4601
Date: 2013/03/25 20:58
第27話:関西呪術協会へようこそ



Part.00:イントロダクション


 引き続き4月24日(木)、修学旅行三日目。

 紆余曲折はあったものの一行は本山に到着した。
 そこは本来ならゴールとなるべき場所なのだが、
 ナギにとっては あくまでも通過点でしかない。

 様々な思惑が渦巻く獣の巣をナギは どう潜り抜けるのであろうか?



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Part.01:無慈悲な真実


 そこには間違いなく幸せがあった。そこは無邪気に微笑み合える場所だったのだ。
 だけど、それは脆くも崩れ去ってしまった。砂上の楼閣のように、実に呆気無く。
 だから、これは崩れ去る前の情景なのだろう。幼い三人が楽しそうに笑えているのだから。

 ……幼い三人が楽しそうに川で遊んでいる。

 最初は釣りをしていたのだろう。傍らには釣り道具が散らかっていた。
 だけど、今は釣りなどしていない。浅瀬で水を掛け合って遊んでいる。
 暖かい気候なのだろう。全員ビショ濡れになっているけど平気そうだ。

 でも、そんな優しい時間は唐突に崩れ去る。

 これは予想できたことだった。いや、正確には「わかっていたこと」だった。
 これが「この前の記憶(25話参照)」の直前の記憶だ と予想できたからだ。
 だから、小さな三人の小さな幸せが崩れ去るのは「わかっていたこと」だった。

 ――だが、崩れ去る原因については まったくの想定外だった。

 三人の前に唐突に現れた存在は、翼と嘴を持った漆黒の異形。
 って言うか、何だコイツ? 何かの怪人のコスプレをした変態か?
 いや、わかっている。そんな生易しいモノじゃないことくらいは。

 きっと、コイツは『烏族』と言う存在なのだろう。

 恐らく、陰陽師にでも召喚されたのだろう。
 殺意ではなく敵意を向けていることから察するに、
 コイツが現れた目的は考えるまでも無く――

「きゃあああ!!」

 ――そう、考えるまでも無く、木乃香だ。
 陰陽師から浚うように命じられたのだろう。
 烏族は木乃香を抱えると飛び去って行く。

 って、やばい!! このままじゃ木乃香が危ない!!

 せっちゃんの方をチラリと見ると、せっちゃんは躊躇しているのがよくわかった。
 きっと、本性――例の翼を出すか否かで躊躇っているのだろう。気持ちはよくわかる。
 だから、今は せっちゃんを頼れない。つまり、オレが――いや、那岐が助けるしかない。

「このちゃんっ!!」

 それを理解しているのか、那岐は力の限り叫ぶと、
 飛び去って行く烏族に追い縋ろうとして――――
 そこで、視界がブラックアウトして記憶が途切れてしまう。

 …………何があったのだろう?

 那岐の死角に別の敵性体がいて攻撃されたのだろうか?
 追憶しているだけなので記憶に無いことは推測しかできない。
 まぁ、よくわからないが、大事なのは原因じゃなくて結果だな。

 だって、次に意識が戻った時には、那岐の視界は赤に染まっていたのだから。

 そう、見渡す限り、那岐の周囲は赤に染まっていた。
 もともと赤かったのではなく、赤に染まっていたのだ。
 そして、その赤はドス黒くて生臭い赤――血の赤だ。

 つまり、那岐の視界は夥しい量の血で染め上げられていたのだ。

 一体、何があったのだろうか? この血は誰の血だ? まさか、那岐の血なのか?
 だが、量を考えると、那岐の血ならば那岐は失血死しているので、違うだろう。
 まぁ、那岐の血だけではない と言うだけで、那岐の血も混ざっている可能性はあるが。

 って、そんなことよりも、今は木乃香だ。だって、血溜まりの中に木乃香がいたのだから、血の考察などどうでもいい。

 いや、正確に言うと、『いた』のではなく『倒れていた』んだな。木乃香は力無くグッタリとしている。
 ……もしかして、この血には木乃香の血も含まれているのだろうか? だから、倒れているのではないか?
 だとしたら、木乃香は怪我をしていることになる。それならば、一刻でも早く助けないといけないっ!!

 那岐も そう思ったのだろう、那岐は慌てて木乃香に近寄る。

 しかし、那岐の接近に気付いた木乃香は慌てて後退さる。
 倒れたままなのに『何か』から逃げるようにズリズリと後退さる。
 足を負傷しているのか? それとも、腰が抜けているのか?
 どちらにしろ、そんな状態なのにもかかわらず、木乃香は後退さる。

 ……どうしたんだろう?

 那岐は疑問に思いながらも、木乃香が心配なので近付く。
 しかし、木乃香は またもやズリズリと後退さってしまう。
 那岐が近付いた分――いや、それ以上に木乃香は後退さる。

 もしかして『何か』に脅えている? じゃあ、後ろに『何か』いるのかな?

 そう思い至って振り返って見ても、後ろには誰もいないし何もない。
 ……おかしいな、このちゃん は何に脅えているだろう?
 那岐は疑問に思いながらも更に近付くが、やはり木乃香は後退さる。

 ――ああ、なるほど。つまり、木乃香は那岐に脅えていたのか……

 ははははは……那岐も気付くのが遅いなぁ。
 木乃香の怯えた目を見れば一目瞭然じゃないか?
 木乃香が逃げていたのは『那岐』からだって……

 だから、オレは――いや、那岐は心を凍て付かせて呆然とすることしかできなかった。

 追い付いた せっちゃん が木乃香を助け起こす様を、
 しばらく経って駆け付けた大人達が木乃香達を運ぶ様を、
 那岐は ただ見ていることしかできなかったんだ……

 ――――場面は変わって、その日の夜。

 那岐は一面の赤が頭にチラついてしまったので、なかなか寝付けなかった。
 決して木乃香に怯えられたことが原因ではない。そうに違いない。
 だから、水でも飲んで落ち着こう と思って、那岐は布団を出て部屋を後にした。

 そして、運命の悪戯か、部屋を出たところで詠春とタカミチの声を聞いてしまった。

 あれ? なんでタカミチの声がするんだろう?
 タカミチは ここにいない筈じゃなかったっけ?
 もしかしてボクを心配して来てくれたのかなぁ?

 そう疑問に思った那岐は導かれるかのように声の発生源に向かい、その途中で二人の会話を聞いてしまう。

「――以上のことから、三人の記憶を消そう と思います」
「そうですか。とりあえず、木乃香君と刹那君に関しては賛成します」
「つまり、那岐君の記憶は消して欲しくない と言うことですか?」
「ええ。那岐君の体質上『記憶消去』は とても危険ですからね」
「それはわかっています。しかし、彼にはツラい記憶なのでは?」
「確かに そうでしょうね。ですが、リスクの方が大きいですよ」
「ですが、お義父さんに頼めば、リスクは限りなく低くなるのでは?」
「学園長の腕でも、那岐君の『部分消去』は不可能に近いんですよ」
「つまり、記憶を消すには すべてを消さなければならない訳ですか……」
「ええ。それだと、ツラい記憶だけでなく幸せな記憶も消してしまいます」
「そう……ですか。ならば、記憶を消すのは得策ではありませんね」
「それに、幸いなことに那岐君は『決定的な場面』は忘れていますから」
「なるほど。心を守るための防衛機能と言ったところですね……」

 ……会話の意味は よくわからない。でも、二人の記憶が消されるのだけは理解できた。

 そして、そのことを理解した途端に喜んでしまったことが、とても嫌だった。
 これで今まで通りになれる とか思ってしまったのが、許せなかったんだろう。
 だからこそ、那岐は自分が二人を傷付けたことを深く心に刻み付けたに違いない。

 ――――再び場面は変わって、夜が明けて翌日。

 恐らく『記憶消去』とか『記憶改竄』とかの魔法なり呪術なりが二人に使われたのだろう。
 翌日には元通りになっていた。木乃香と せっちゃん の態度は事故の前と同じになっていた。
 どうやら、二人の中では「川で遊んでいて溺れてしまった」ことになっているようだ……

 だが、やはり、那岐の心は凍て付いたままだった。二人の笑顔を見ても喜べなかった。

 実に不器用だと思う。二人が忘れているんだから、忘れてしまえばいいのに。
 まぁ、それができないヤツだからこそ、那岐は那岐なんだろうけど。
 だけど、二人を見る度に苦しむのは、見ているこっちがツラくなる……

 だからこそ、詠春とタカミチの気持ちが『オレ』には よくわかる。

 気に病む詠春がタカミチに「私が至らないばっかりに……」と謝罪するのも、
 タカミチが「いいえ、ボクが見ているべきだったんです」と自分を責めるのも、
 そして、それ故にタカミチが那岐を麻帆良に連れて行くことを決意するのも。

 すべてが、理解できる。痛い程に理解できてしまう。

 ……………………………………
 ………………………………………………
 …………………………………………………………

 これが「川に溺れた事故」の真相なのだろうか? それとも、何もできなかった自分を責める那岐の作った妄想に過ぎないのだろうか?

 だが、単純に「川に溺れた」と言う『事故』よりも「木乃香が浚われた」と言う『事件』の方が辻褄は合う気がする。
 何故なら、川に溺れただけで せっちゃん が悲壮な決意をしたのが どうも腑に落ちない部分があったからだ。
 むしろ、決意が強かったから『記憶』が改竄されても『決意』は改竄されずに『理由』が改竄された と見るべきだろう。

 まぁ、そう言ったところで、所詮は夢でしかないので どの記憶も信憑性は高くないのかも知れないけどね?



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Part.02:見知った天井


 眠りから意識を取り戻したナギの目前には見知らぬ天井――いや、どこかで見たことのある天井が広がっていた。

 霞掛かった頭で「どこだったっけ?」と記憶を掘り起こすこと しばし、やがて脳裏に「あっ、木乃香の家じゃん」と解が浮かぶ。
 夢(と言う名の那岐の記憶)の中で何度も見た天井だ。と言うか、先程も見たばかりなので、見覚えがない訳がない。
 ナギとしては初めて見る筈だが、身体は覚えていたのか、妙に落ち着く天井だ。原風景の一つ、と言ったところだろうか?

(ん? と言うことは、今は本山にいるってこと?)

 段々と意識がハッキリするに連れ、直前の記憶と現在の状況が線で繋がらない。有体に言えば、記憶に欠損があるのだ。
 小太郎をトラップに嵌めて眠らせたところまでは明確に思い出せるのだが……どうも、その後の記憶が曖昧なのだ。
 微かにネギの絶叫を聞いた様な覚えもあるが、その辺りを思い出そうとすると何故か後頭部がズキズキと痛む。実に不思議だ。

(順当に考えると、ネギに気絶させられたってことじゃないかな?)

 ネギに気絶させられたのなら、何故に本山にいるのか? と言うか、気絶したのに本山にいるのは何故なのか?
 恐らくは、タカミチ辺りに気絶している間に本山まで運んでもらったのだろうが、ナギが気になるのは その経緯だ。
 東の大使であり木乃香の婚約者であるナギには諸々の意味での『挨拶』を行う義務があるため、運ばれた経緯は重要だ。

 それ故に、事情を知っているであろうネギに話を聞くべく、ナギはネギに『念話』を送るのだった。

『ねぇ、ネギ。オレの後頭部が やたらと痛いのは何でだか わかるかな?』
『あっ、ナギさん!! 目が覚めたんですね!! よかったです!!』
『うん、だから、オレの後頭部が痛い理由を教えて欲しいんだけど?』
『え? 理由、ですか? 多分、あの犬耳のせいじゃないですか?』
『へ~~? オレの記憶では お前のせいだった と思うんだけど?』
『……確かに、ナギさんを守ると誓ったクセに守れませんでしたからね』
『いや、違うから。お前がオレに攻撃したせいじゃないかって言いたいんだけど?』
『え? 何を仰ってるんですか? ボクがナギさんを攻撃する訳ないじゃないですか?』
『え? お前、マジで言ってるの? 惚けてるんじゃなくてマジなの?』
『ほぇ? 惚ける? ナギさんが何を仰りたいのか よくわからないんですけど?』

 どうやら、ネギは自分の都合が良いように自分の記憶を改竄したようである。

 もしかたら、ただ単に惚けているだけかも知れないが、それにしては様子が自然 過ぎる。
 ナギにとってネギは「嘘の吐けない真面目ちゃん」なので惚けているとは思えないのだ。
 仮にネギが惚けているのだとしたら もう少しギコチナくなる筈だ。こんなに自然な訳が無い。

 そんな訳で、ネギへの追求をあきらめたナギは後頭部の件は忘れることにして、話題を変えることにする。

『じゃあ、質問を変えよう。そもそも、お前 今どこで何をやってんの? ちょっと教えてくんない?』
『え~~と、さっきまで応接間っぽいところで「長さん」と雑談に興じていた感じです』
『そっか。ところで、それって「オレが本山にいることを理解している」と言う前提だよね?』
『あ、そう言えば そうですね。ナギさんが落ち着いてたので、気にしてませんでした』
『まぁ、確かに「オレがどこにいるのか」訊ねなかった時点で それを把握してることになるか』
『そうですね。でも、ナギさんですから、状況確認よりも別の事に意識が行くかも知れませんけど』
『…………それって褒められてるんだよね? って言うか、褒められてるって受け取るよ?』
『え? 褒めてますよ? ナギさんはボクなんかでは計り知れない深慮遠謀に富んでるんですよね?』
『うん、お前のマンセーは遠回しな皮肉に聞こえるからオレをマンセーするのはやめてくれない?』
『ほぇ? ああ、テレてるんですね? 相変わらず、ナギさんってばツンデレさんですね~~』

 何を言っても超解釈されてしまうことに軽く絶望したナギだったが、どうにか気分を落ち着けて質問を続ける。

『……とりあえず、本題に戻ろう。「長さんと歓談してた」と言うことは親書は渡したの?』
『いえ、まだです。って言うか、親書はナギさんが持っているんですから、無理ですよね?』
『うん、そうだね。だから、ダミーの方を渡してしまったのではないか と心配だったんだけど?』
『あ、そう言うことですか。でも、安心してください。さすがにダミーを渡すほど抜けてません』
『まぁ、信じてたよ。ところで、オレが目覚めたことを「長さん」に伝えてくれるかな?』
『それは大丈夫です。「念話」を受けた段階で伝えてありまして、今は向かっているところですから』
『そう、仕事が早くて助かるよ と言いたいけど、そう言うことは もっと早く伝えようね?』
『す、すみません。ナギさんが目覚めた喜びで忘れちゃってました。今度からは気を付けます』

 そんなに喜ぶくらいなら気絶させるなよ と言いたいナギだったが、文句を言っても仕方が無いので我慢して置く。

『まぁ、次から気を付けてくれればいいよ。それよりも、オレが本山に連れて来られた経緯を教えてくれる?』
『本山に入った経緯、ですか? ……あの時は、タカミチがナギさんを背負ってましたね。とても口惜しいことに』
『そ、そうなんだ。ちなみに、小太郎――オレを襲って来た犬耳学ラン幼女の処遇は どうなったのかな?』
『ああ、あの犬耳ですか。アイツはアオヤマさんが何処かへと連れて行きましたね。それ以外は記憶にありません』
『……そう。じゃあ、せっちゃん と戦ってた白ゴス剣士の方も鶴子さんが連れて行ったってことでOK?』
『ええ、そうですね。いい笑顔のアオヤマさんが連れて行きました。きっと、拷問した後に殺処分するんでしょうね』
『そうかも知れないけど、報告に無駄な推測は挟まなくていいよ。まぁ、それよりも、鶴子さんは何か伝言 残してたかな?』
『す、すみません。それで伝言ですけど、確か「予定通り、先に上がらせてもらいます」的なことを言ってた気がします』
『ふぅん、そっか。まぁ、想定内だから問題ないかな? ……よし、だいたいの状況は把握できた。報告、さんきゅ ね』

 と言ったところで、ガラッと襖が開いて「じゃあ、御褒美にナデナデしてください!!」とネギが突入して来たのは言うまでもないかも知れない。

 余りにもタイミングが良過ぎるので「コイツ、会話が終わるまで待ってたんじゃ?」とかナギが疑問に思ったのは当然だろう。
 と言うか、ネギの後ろにいる(詠春と思わしき)メガネの中年男性が困ったような表情を浮かべているので、そうに違いない。
 かなり気不味いが、ナギはネギを放置すると面倒なことになりそうなのがわかっているので、まずはネギの頭を撫でることにする。

「えへへ~~♪」

 ネギは実に嬉しそうな顔して和んでいるが、ナギとしては「いや、そんな状況じゃないんだけど?」と言う気分でいっぱいだ。
 そんなネギの尻拭いをするのが自身の役割だ とあきらめつつあるナギだが、外では もう少し空気を読んでもらいたい所存らしい。
 まぁ、ネギは良くも悪くも素直なので、ナギは思うだけで実際には口にしないが。何故なら言うだけ無駄な気がするからだ。

 ちなみに、詠春(でいいだろう)の背後には、生暖かい視線でナギとネギを見ているタカミチがいるが、ナギは敢えて気にしないことにしたようだ。

「やぁ、久し振りだね、那岐君」
「ええ、お久し振りです、詠春さん」
「……元気そうで何よりだよ」
「お気遣い、ありがとうございます」

 ナギ達の様子に苦笑していた詠春だったが、状況を打破するためか声を掛けて来たので、ナギはネギの頭を撫でながらも無難に返すのだった。



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Part.03:挨拶と親書


「では、改めて……ようこそ いらっしゃいました、神蔵堂君、ネギ君、高畑先生。
 私達、関西呪術協会は関東魔法協会である貴方方の来訪を心より歓迎 致します」

 階段状になっている上座から登場した詠春が厳かな雰囲気で言葉を発したことで『挨拶』が始まった。

 舞台はナギが寝かされていた客室から総木造の大広間へと移動している。大広間は厳粛な雰囲気が漂っており、まさに舞台と言える場だろう。
 もちろん、『挨拶』と言う公的行事である以上、ナギ達は詠春と一緒に部屋に入る訳にはいかない。そのため、詠春とは大広間に入る前に別れている。
 たとえ両者が知己であろうとも組織同士の公的行事であるため、公の場では それなりの形式を取らねばならないのだ。面倒だが仕方がない。

 ちなみに、座の配置は、ナギが真ん中で、左にネギ、右に木乃香、後ろ左に刹那、後ろ右にタカミチだ(木乃香・刹那とは大広間への道中で合流した)。

(やれやれ。伝統やら格式やら と言った権威を示すためなんだろうけど、この大広間 少し広過ぎない? 何畳あるのさ? 50畳はありそうだよ?
 それに、ずらっと並んでいる巫女さんも ちょっと遣り過ぎだと思う。左右に別れているとは言え、30人じゃ済まない人数は圧巻 過ぎるんだけど……
 まぁ、演出過多な気はするけど、それだけ こちらを評価している と言うことだろうね。低く見ている相手に、こんな『歓迎』なんてする訳ないからね。
 もちろん、ただの学生でしかないオレを評価しているのではなく、東の特使としてのオレ――と言うか、東そのものを評価しているだけだろうけど)

 状況から相手の思惑を想定したナギは「せめて役割はまっとうしよう」と気を引き締めて『挨拶』を返す。

「勿体無い御言葉と御心遣い、まことにありがとうございます、関西呪術協会が長、近衛 詠春殿。
 私――神蔵堂ナギは、本来なら御目通りも適わない、若輩とすら言えない身の上ではありますが、
 関東魔法協会より特使の大役を仰せつかった僥倖により、代表して挨拶に応えさせていただきます」

 正直に言うと、ナギは自分の言葉遣いが正しいのか既に判断ができない状態だ。つまり、それだけテンパっているのである。

「この度は我々(東)を此の地(西)に快く迎え入れて いただましてき、重ね重ね御礼 申し上げます。
 さて、早速ではありますが、関東魔法協会が長、近衛 近右衛門から詠春殿に親書を預かっております。
 私 如きの言葉では長の意を伝えるに足りませんので、失礼とは存じますが、まずは お認めください」

 ナギは ゆっくりとした動作で懐から親書を取り出すと、詠春の視線を受けて親書を受け取りに来た巫女に渡す。

 さすがに巫女を無視して詠春に直接 親書を渡す などと言う無作法な真似はしない。いくらナギでも それくらいの礼儀は心得ている。
 と言うか、状況(どう見てもアウェイ)を考えると、少しでも『敵意があると思われる行動』をしようものなら即 手討にされ兼ねない。
 親書を出すために懐に手を忍ばせた時でさえ殊更ゆっくりと動かなければならなかった程だ。親書を渡すためとは言え立てる訳がない。

(伊達や酔狂で巫女さんを並べている場合は、そこまで神経質にならなくてもいいだろうけど……ね)

 と言うか、詠春に「東やナギに対する害意」がなかったとしても、ここに列している巫女すべてが そうだとは限らない。
 むしろ、ほぼ確実に「東やナギ快く思わない派閥」がいるだろうし、巫女の中に その派閥と関係がある者がいるだろう。
 その可能性を考えない程ナギは状況を楽観視していない。つまり、警戒はし過ぎる程にした方がいい状況なのである。

「…………事態は想定以上に逼迫している、と言うことか」

 詠春が親書を読み終えるのを待ちながら周囲をそれとなく警戒していたナギの耳に、詠春がポツリと漏らした言葉が届いた。
 その声量は僅かなもので、それが誰かに聞かせるために発せられたものではなく自然と漏れ出でたものであることが察せられる。
 つまり、先の言葉は詠春の本音だった と言うことだ。そう、それだけ親書には深刻な内容が書かれていた と言うことなのだ。

(確か原作だと「しっかりせい婿殿!!」とかって書かれてた気がするけど……『ここ』では違ったのかな?)

 原作通りの内容だと、どう考えても深刻とは言えない。いや、他組織の長に心配される と言う意味で深刻かも知れないが。
 とにかく、現在 詠春が纏っている「迂闊に触れれば即 斬られる」ような、研ぎ澄まされた空気とは程遠い内容の筈だ。
 つまり、親書の内容は原作通り(苦笑で済ませられる程度)ではなく、詠春を真剣にさせるだけのものだった と言うことだ。

「――失礼しました。任務、御苦労様です、神蔵堂君。東の長の意を汲み、私達も東西の仲違いの解消に尽力する……とお伝えください」

 詠春は軽く息を整えながら親書を懐に仕舞うと、軽く頭を下げて身に纏う空気を通常の それ に戻すと、
 張り付けていることがあきらかな笑顔を浮かべながらナギを労い、親書への返答を『口頭』で返した。
 そう、親書と言う書面への対応が書面ではなく口頭で行われたのだ。どう考えても悪手としか言えない。
 そんな扱いをされたら組織の体面上「憤慨する必要のないところで憤慨する必要」が出てきてしまう。

(まぁ、オレが『組織間の長同士の意思を伝えるに足る存在』と評価された とも考えられるけど……それはそれで悪手だよなぁ)

 ナギの立場(詠春の娘の婚約者であり近右衛門の孫娘の婚約者)を考えると、それなりに発言権があるように見えるが、
 単に組織の長の縁者となる可能性が高いだけで、実際は組織的な立場は下っ端でしかない。大使と言う役目も偶々でしかない。
 つまり、詠春や近右衛門がナギを どう評価していようが、組織間の観点からするとナギは長同士を繋ぐには足りないのだ。

(と言う訳で、できれば書面にして欲しいんだけど……それを直接的に言うと角が立つから、言葉を選ばないとなぁ)

 ナギの公的立場は「東西の仲違いを解消するために派遣された特使」である。そのため、ナギは そう振舞うしかない。
 本音としては「面倒でしょうけど、今の言葉 書面にしてもらえませんかね?」とか言いたいのだが、さすがに そうは言えない。
 相手を立てながら持って回った言い回しで婉曲的に表現しなければ(詠春はともかく)西の神経を逆撫でしてしまうだろう。

「詠春殿。私 如きの言葉では長に正確な意が伝えられぬやも知れません。先の言葉、別の形にていただけないでしょうか?」

 たとえ伝言だけで済む程度の内容であったとしても書面にすることで付加価値が生まれる。
 組織間では、百の言葉よりも一の文章の方が説得力があるのだ。保存される、と言う意味で。
 言わば、妄想に止めた黒歴史よりもノート等の形に残した黒歴史の方が痛いのと似ている。

「……これは失礼しました。明日までに書面に致しますので、本日は旅の疲れを癒してください」

 詠春は一瞬だけ興味深そうな表情を浮かべたが、直ぐに作り笑いに表情を戻す。
 そして「正式な客人として迎えた以上、このまま帰すのも無作法です」とか付け加え、
 更に「と言う訳で、歓迎の宴を準備させておりますので、ご寛ぎください」とか締め括った。

「そこまで仰られては断るのも無礼ですね。それでは、お言葉に甘えさえていただきます」

 言いたいことは残っているもののナギは深々と頭を下げ、無事に『挨拶』を終了させた。
 ……そんな風に考えていた時期がオレにもありました、とかナギは後に語る。
 と言うのも『挨拶』はここからが本番であり、まだまだ終わっていなかったからだ。

 つまり、『木乃香の婚約者としての挨拶』と言うナギが忘れて置きたかったイベントが忘れられていなかったのである。


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―― 詠春の場合 ――


 那岐君から受け取った親書を読んだ時、私は思わず心中を漏らしてしまった。

 何故なら、親書に書かれていた内容が想定外だったから……などではなく、
 想定していなかった「アルビレオからの密書」が添付されていたからだ。
 だから、私は無防備にも心中を漏らしてしまう、と言う愚を犯してしまった。

 まぁ、それはともかく、アルビレオからの密書の内容は以下の通りだった。

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親愛なる我が友、近衛 詠春へ

 貴方がこの手紙を読んでい ると言うことは、既に私がこの世にいない……と言うことですか?
 いいえ、そんな訳はありません。何せ、私ですからね。そう簡単に死ぬ訳がないでしょう?
 ですから、死んでいるのは貴方の義父辺りかも知れませんので、お悔やみを申し上げて置きましょう。

 ……さて、掴みは こんなところで充分でしょうか?

 いくら忍耐に定評のある貴方でも、そろそろ本題に入らなければ手紙を切り裂く恐れがありますからね。
 少なくとも『あのバカ』や『あの筋肉達磨』ならば、最初の一行で燃やすなり破るなりしているでしょうね。
 ですが、それは下策と言う物です。何故なら、そんなことをしたら呪いが掛かるようにしてありますからね。

 ……今、ちょっとだけ「破棄しなくてよかった」と思ったでしょう?

 フフフッ、そんな呪いを掛けてある訳がないじゃないですか?
 って言うか、そんな呪いを掛けても貴方なら気付くでしょう?
 私は無駄なことはしない主義ですので、そんなことしませんよ。

 ……え? そんなことはどうでもいいからサッサと本題を話せ、ですか?

 まったく、相変わらず堅物さんですねぇ。少しくらい御茶目に付き合ってくれてもいいでしょうに……
 まぁ、貴方も関西呪術協会の長に祭り上げられてしまったので、多忙な身の上だとは察してますからねぇ。
 同情する気はありませんが、その代わりに忙しい貴方のために そろそろ本気で本題に入ってあげましょう。

 と言う訳で、『完全なる世界』の残党が京都で暗躍しているそうですから注意してくださいね。

                                                  貴方の親愛なる友、アルビレオ・イマより

P.S.
 ちなみに、情報源については「禁則事項です」ので、聞かないでくださいね?
 あと、信じる信じないは貴方の自由ですので、対策も勝手に練ってくださいね?

 ……………………………………
 ………………………………………………
 …………………………………………………………

 まぁ、正直に言うと、かなりイラッとしたのは認めよう。

 しかし、それでも、重要な情報をもたらしてくれたことだけは確かだ。
 激情に任せて途中で手紙を破棄しなかった自分を褒めてあげたい。
 ストレスで胃がキリキリしているが、それでも利はあったのだから。

 と言うか、最後の部分以外かなりどうでもいい内容だった気がするのは私の気のせいだろうか?

 あ、お養父さんの手紙(親書)は「下も抑えられんようでは困るのぅ」と言う想定通りのものだった。
 だからだろう。アルビレオからの手紙に比べると重要度が かなり低い内容にしか思えなかった。
 と言うか、ついつい口頭だけで返事をしてしまい、那岐君に窘められてしまう結果となってしまった。

 しかも、かなり気を遣った言い回しでの指摘だったから、那岐君には頭が下がる思いだよ。

 いやぁ、本当、お養父さんの言う通り、頭の回る子に育ったようだね。
 このまま育ってくれたら、東西をうまく統合することすら可能そうだ。
 あ、でも、その前にウェスペルタティア王国の復興をするのかな?

 まぁ、どちらにしても、私よりはうまく『長』をやってくれそうな後継者ができて一安心だ。

 いや、長の座を虎視眈々と狙う者達もいるので、その中から優秀な者を選んでもよかったんだがね。
 だが、残念なことに木乃香を『便利な道具』くらいにしか見ていない連中なので木乃香はやれないさ。
 そんな連中よりも、木乃香を大事にしてくれるだろう将来有望な那岐君に任せたいのが親心だろ?

 と言う訳で、特使としての仕事が終わった那岐君には今度は木乃香の婚約者としての仕事をしてもらおう と思う。



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Part.04:事件は会議室で起きそうだ


 言うまでもないだろうが、ナギの『木乃香の婚約者としての挨拶』はヒドいものだった。これはヒドい とすら言えないレベルだ。

 正直な話、ナギは詠春を見誤っていた。原作でのイメージや これまでの遣り取りから「真面目で実直な人物」だと思っていた。
 だが、それはナギの勘違いだった。と言うか、見込み違いだった。政治には不向きそうに見えた誠実さは擬態に過ぎなかったのだ。
 何故なら、詠春は充分に腹黒かったからだ。思わず「『赤き翼』には曲者しかいないんですね、わかります」と納得したくらいだ。

(まさか、前振りもなく『婚約者としての挨拶』が始まるとは、ねぇ)

 経緯としては至極 単純だ。詠春は「宴までに時間がありますので、別室にて少々お待ちください」とナギ一行を誘導した後、
 大したことではないかのように「あ、神蔵堂君は ちょっと残っていただいてもいいですか?」と言う依頼の形をした命令をし、
 大広間から続く奥の部屋――つまり、一癖も二癖もありそうな海千山千な古狸達が屯っている魔空間にナギを連行したのである。

(…………すみません、帰っていいですか?)

 切実に その場からの戦略的撤退をしたいナギではあったが、ここまで来てしまったら それは無理だ。そんな段階は とうの昔に過ぎている。
 と言うか、どう考えても木乃香の婚約者としての挨拶をさせられるのは確定的に あきらかなので、逃げたら己の立場を悪くするだけだ。
 だが、それがわかっていても帰りたい気持ちには蓋をできないのである。つまり、それだけ古狸達の放つプレッシャーは凄まじいのである。

「皆、待たせてすまない。早速だが、木乃香の婚約者を紹介しよう。彼が木乃香の婚約者であり、将来的には西を背負って立つだろう神蔵堂君だ」

 詠春は古狸達を見回しながら単刀直入に爆弾を投下し、言葉を言い終えるとナギのことをチラリと見る。
 ナギと詠春の間にアイコンタクトが成立するような関係は築かれていないが、この場合は問題ない。
 詠春の言葉を引き継いで自己紹介しろ と言う振りだろう。それくらいのボディランゲージは通じる。

「……御紹介に与りました、神蔵堂ナギと申します。皆様からすれば雛も同然の若輩者ですが、木乃香さんの婚約者として精一杯 励ませてもらいます」

 言うまでもないだろうが、ナギは ほとんど勢いでしゃべっているため、ナギ自身も何を言っているのかサッパリわからない。
 そのため「婚約者として精一杯 励む」と言う言葉が、取り方によっては「子作り頑張ります」とも取れることに言ってから気付いた。
 むしろ「オレが長になるのが不満ならば、オレ達の子供を担ぎ上げてください」とすら取れてしまう言葉だろう。実に最低だ。

(まぁ、テンパっているんだから、無意識に思っていたことが言葉として滲み出て来てしまうのは止むを得ないって、うん)

 そもそも、ナギは自身が木乃香の婚約者になったのは(近右衛門が画策した)反乱分子達を炙り出すためのブラフだと思っていた。
 故に、せいぜい「彼が『現在の』木乃香の婚約者である神蔵堂君だ」くらいに(将来が確約されていない程度の)紹介だ と油断していた。
 だが、詠春が『こんな場』でナギが将来的に西の重要ポジションに就く と公式的に宣言してしまった。最早、ブラフでは済まされない。
 ここまで言われてしまったら「実はブラフでした」なんて言える訳がない。と言うか、そんなことしたら新たな反乱分子を生み兼ねない。

(いや、本当、こう言うことは前以て言って置いてくれないと、心の準備ができない と言うか、逃げるタイミングを失う と言うか……)

 まぁ、前以て言って置くとナギが口八丁手八丁で逃げそうだから何も言わなかった可能性は非常に高いが。
 と言うか、問答無用で『挨拶』を開始したことを鑑みるに、詠春はナギのヘタレ振りを理解しているに違いない。
 むしろ、それくらいの洞察力と腹黒さを持ってる と仮定して置くべきだろう。警戒はし過ぎるぐらいでいい。

(古狸達も想定外だったんだろうけど……だからって「どこの馬の骨とも知れぬ小僧が!!」って感じの視線を隠しもしないのは どうだろうねぇ?)

 当初はテンパっていたナギだったが段々と落ち着いてきた。伊達にエヴァ戦に巻き込まれたり、近右衛門と腹黒い遣り取りをしている訳ではないのだ。
 そして、落ち着いて来ると古狸達の反応が幾つかのパターンに分かれていることに気付くことができた(まぁ、ナギの勘違い と言う可能性もあるが)。
 あからさまにナギを忌々しく見ている者がいる一方、逆に内心を隠して――反応を見せないようにしている者がいることが、何となくナギにはわかった。
 更に、それらの御蔭で、そのどちらの反応もしていないように見える――せいぜい、ナギを値踏みする程度の反応に止めている者すらもナギは察せられた。

(……最も注意すべきなのは、周囲が混乱している中で冷静にオレを『品定め』している連中だろうね)

 忌々しげに見ている者も無反応を装おっている者も、ナギを木乃香の婚約者(と言うか、将来の西の重鎮)として認めていないのは明らかなのに対し、
 ナギを品定めしている者の中には、ナギを認める可能性が高い者も判断を保留している者も保留と見せ掛けて最もナギを認めていない者もいるからだ。
 特に最後のパターンは厄介だ。全然 認めていないクセに理解者であるかのように装うなんて実に厄介だろう(まぁ、ナギが言えた義理ではないが)。

(って言うか、オレのことをナメ過ぎてない? この程度のことくらい見抜けない訳がないでしょ?)

 まぁ、確かに「木乃香の幼馴染と言う立場から恋愛的な意味で婚約者になっただけの学生」と言う情報を流してあるので侮るのも無理は無い。
 近右衛門が「英雄の娘のパートナーとして『闇の福音』を退けた」とか付加価値を混ぜ込んだが、それは武力面での補正にしかなっていないし。
 とは言え、ここまで侮られてしまうと、逆に侮っていると思わせているだけで、実は最大限に警戒しているのではないか? と疑わしくなる。

(それとも、過剰反応や無反応の中に『品定め』よりも厄介な連中がいるのかなぁ?)

 さすがに そこまで厄介な連中を相手にするのは荷が重い。ナギの基本戦術は「油断させて裏を突く」なので、警戒している相手は得意ではないのだ。
 と言うか、ナギは普通の学生よりは政治向きではあるが、それは あくまでも『普通よりはマシ』と言うレベルなので、本職に勝てる訳ではないのである。
 当然ながら、それは戦闘面も同じだ。ナギを侮ってくれているからこそ、ナギは千草達を罠に嵌めることができた。まともにやったら太刀打ちできない。

 それ故に、ナギは敢えて愚者を演じる――と言うか、素を出すことを選択する。「やはり警戒するまでも無いな」と思わせるためには必要不可欠なのだ。

「……あの、すみません。そんなにアツい視線を向けないで いただけませんか?
 いくらオレが美少年でも『そっち』の趣味はありませんので、困っちゃいます。
 オレ、若干ロリ入ってますけど、普通に女のコが好きな健全な男子中学生ですから」

 ナギ自身も「我ながらダメな発言だなぁ」とは思っているが、これがナギの素(シリアスに徹してない状態)なので仕方がない。

 と言うか、これで「空気も読まずに世迷言を口走るダメ人間」と思われた筈なので、ナギの狙いは成功したに違いない。
 まぁ、逆に「侮らせるために態と不可解な言動をしたのでは?」とか疑われそうな気がしないでもないが、きっと気のせいだ。
 仮に疑われても、ナギの素行を調べれば先の言葉(オレは変態と言う名の紳士です)が真実だと判明するので問題ない筈だ。

(って、あれ? 自分で言っててショックだったんだけど、改めてみるとオレの素行って果てしなくダメだったりしない?)

 と言うか、あきらかにダメだろう。どう見ても、何人もの女のコにアプローチしているようにしか見えない。
 しかも、その中には世間一般的にはアウトとされる本物の小学生(ココネ)や実質的には小学生(ネギ)もいる。
 たとえ本人の その気(攻略する気)がなかったとしても、傍から見たら最低なクズ野郎であることは変わらない。

「あ~~、コホン。那岐君が恐縮しているようなので、簡潔過ぎるとは思うが、これで面通しは終了しよう」

 あきらかに重くなった場を取り成すように詠春が助け舟を出す。と言うか、多少 強引ではあったが『挨拶』を打ち切る。
 そんな詠春にナギは深く感謝したが、よくよく考えてみれば こんな状況に追い込んだのは詠春なので、一瞬で忘れたが。
 まぁ、こうなることがわかっていてアホな発言をしたのはナギなので、感謝を忘れるだけで文句は言わなかったようだが。

 と言う訳で、いろいろとツッコミ所は多いが、ナギの『木乃香の婚約者としての挨拶』も無事に終了した。

 言い換えれば、これで近右衛門から受けた依頼は完遂したことになるので、ここからはナギの私用となる訳だ。
 それは、古狸達がナギを狙って来たとしても近右衛門には一切の責任を問えなくなる と言うことでもあるのだが、
 逆に言うと、ナギが『何』を『如何しよう』とも近右衛門から責を問われる謂れも一切なくなる と言うことでもある。

 ここは「本当の戦いは始まったばかりだ」とか言って置くと綺麗に纏まるのだろう。それだと もう終わりそうな雰囲気だが。



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Part.05:本音は隠すためにある


 恙無く――とは御世辞にも言えないが、それでも『挨拶』は終了したので、予定通り大広間にて『歓迎の宴会』が始まった。

 言うまでもなく、ホスト側の大多数が歓迎する気などないのに表面的には歓迎しているように振舞ってくれる と言う実に切ないイベントである。
 ちなみに、ホスト側と表現したが、実際に接待をするのは巫女さん達であり、巫女さん達は普通に歓迎してくれているので、それなりに嬉しいのだが、
 歓迎会の主催者である古狸達が まったく歓迎してくいないのにもかかわらず何故か参加までしてくれやがっているため、実に切ないのである。

(……正直、古狸達も参加することを知った時は参加を辞退したかったよ、うん)

 だが、ナギは特使としての立場でも婚約者としての立場でも参加せざるを得ないため、泣く泣く参加したのだ。
 裏の事情(古狸達がナギを快く思っていない)を知らないネギ達は普通に楽しめているので、非常に羨ましい限りである。
 まぁ、悪感情がナギの向くようにするのが元々のナギの狙いだったので、その意味では現状は満足すべき状態なのだが。

(それでも、美味しい筈の豪華な料理が美味しく感じられない情況を考えると、羨ましく思ってしまうのは仕方がないよね?)

 自業自得であることは否定できないし、ナギも否定するつもりなどない。だが、どうしても埒もないことを考えてしまうのだ。
 どうしても、近右衛門が噂に尾鰭を付けてくれたせいで状況が一層ヒドくなったのではないか、と軽く恨んでしまうのである。
 たとえば、エヴァ戦についてだが、「ナギはネギを補助しただけで、実質 何もしていない」と事実を言ってくれればよかったのに、
 何故か流されていた噂は立場が逆になっていた――と言うか「主にナギが『闇の福音』を翻弄した」ことになっていたのである。
 まぁ、それはそれで事実なのだが、近右衛門が事実を知っている筈がないので、ナギとしては近右衛門を逆恨みしたい気分なのだ。

「ところで、先程の演技ですが……余りにも態とらし過ぎて逆に演技だと わかってしまいましたよ? もう少し、抑えた方がいいと思います」

 仮に近右衛門がナギを「エヴァ戦の手柄は偶然で、実は役立たず」くらいに扱っていてくれれば『こんな事態』にはならなかっただろう。
 つまり、如何にも『やり手』な若い古狸(微妙に意味不明)と にこやかに会話しなければならない と言う事態は避けられたに違いない。
 と言うか、男――赤道 英俊(あかみち ひでとし)が『やり手』過ぎて困る。ナギを格下だと見なしながらも一切 警戒を怠っていない。
 赤道はナギを小賢しいだけのペテン師だと見抜きながらも、僅かに「それすらもナギの演技なのではないか?」と疑っているのである。
 そのくせ「演技だと見抜いたことを告げつつアドバイスまで送る」と言う余裕も見せているのだから、現段階のナギでは太刀打ちできそうもない。

「いえいえ、あれは緊張の余り ついつい素が露呈しただけですよ。つまり、それなりに取り繕っていますが、オレは根本的にアホのコなんですよ」

 ナギは誤魔化しているように見せ掛けて真実を語っている――振りをする。まぁ、すべてが嘘ではないので一部の真実を混ぜている感じだ。
 具体的に言うと、アツい視線やら『そっち』の趣味やらは完全に演技だったが、ロリ云々は真実なので『すべてが演技』とは言い切れないのだ。
 つまり、完全に惚けてもバレるのは明白なので、敢えて微妙に惚けつつ「自分は警戒に値する人間ではない」と言うアピールをしたのである。

「そうなのですか? とても そうは見えませんが……つまり、謙遜なさっている と言うことですね?」

 しかし、どうやら逆効果だったようだ。赤道は警戒を緩めるどころか、より一層 警戒レベルを上げた気がする。
 真実を騙っただけでなく、警戒しないでアピールまでしたことが仇となったようだ。にこやかだが、心は笑っていない。
 さしずめ「実験動物を観察する科学者」と言ったところだろうか? あきらかに上の立場からナギを試している。

 言葉と態度が丁寧だが、騙されてはいけない。そのため、ナギは細心の注意を払って赤道への対応を続ける。

「謙遜なんて、とんでもないです。あれがオレの素なんですよ、お恥ずかしい限りですが」
「ほほぉう、そうですか。ですが、私としては『あれが素』であることの方が恐ろしいですがね」
「まぁ、そうかも知れませんね。あんなダメ過ぎる人間が組織の頭になるかも知れないのですから」
「いいえ、違いますよ。そう言った意味ではありません。貴方の『真意』が恐ろしいのですよ」
「オレの真意、ですか? そんなものありませんよ? 少し、仰っている意味がわかり兼ねますねぇ」
「……敢えて素を晒すことで自分を侮らせた――と見せ掛け、それでも侮らない者を炙り出したのでは?」
「それは買い被り過ぎですよ。せいぜい侮らせて、油断させるくらいしか考えていませんって」
「まぁ、そう言うことにして置きましょう。と言うか、それだけでも充分に侮れませんけどね?」
「いえいえ、侮ってください。そのために恥を晒したのですから、侮っていただけないと困ります」

 まぁ、細心の注意を払って と言ったが、赤道の狙い(ナギの値踏み)がわかっているため、対処自体は そこまで大変ではない。

 と言うのも、そもそも問題となっているのが「木乃香の婚約者(ナギ)が西の長になる可能性がある」ことだからだ。
 そう、将来的に西を牛耳りたいと考えている者達にとって、ナギは邪魔な存在であると同時に駒にしたい存在でもあるのだ。
 言い換えると、ナギを御し易い存在だと判断したら、彼等はナギを傀儡とする選択肢に大きな魅力を感じることだろう。
 下手にナギを排除して現体制(詠春達)に痛くない訳でもない腹を探られるよりは、ナギを駒にした方がリスクが少ないからだ。
 と言うか、西の長になるだろう木乃香の婿を自分達の陣営から輩出しなくても、自分達の陣営に組み込めばいいだけなのだ。

(そんな訳で「傀儡にし易い人物」として評価してもらえるように『ちょうどいい』感じに反応したんだよねぇ)

 賢過ぎず、且つ、愚か過ぎない。それが『傀儡にするのに適した人物像』だろう。ナギは そう考えている。
 何故なら賢過ぎたら操り主に牙を剥くかも危険性があるし、愚か過ぎたら操るのも一苦労だからだ。
 だからこそ、賢過ぎず愚か過ぎない人物に見えるように、ナギは適度に本音と建前を見せたのだ。
 と言うか、ナギは本気で「西の長になっても実権を握る気はない = 実権を誰かに託したい」のである。
 そう、赤道にナギの思惑(警戒されたくない、むしろ傀儡にしてもらいたい)がバレても問題ないのだ。

(……あ、そう言えば、語るまでも無くわかっているだろうけど、今回の黒幕は この人だと思う)

 赤道は今の会話だけでなく、先程の『挨拶』の場でもナギを『品定め』していた人物である。
 しかも「自分がモテるのは常識」と言った雰囲気を醸し出していることも併せて考えてみると、
 今回の騒動を利用して木乃香を誑し込むつもりだったのではないか? とナギは推測している。

 ちなみに、ナギの独断と偏見に依る推測では、赤道の思惑は以下の三点だろう。

  ① 本山を襲撃されたうえスクナを復活されたことを詠春の大失態として責め、詠春の株を暴落させる。
  ② しかも自分達の一派が事態を華麗に解決することで、自分達の大成果として自分達の株を大幅に上げる。
  ③ 更に浚われた木乃香を救出したことで恩を売り、それを木乃香を誑し込むキッカケとして活用する。

 まぁ、かなりナギの思い込みが入っているが、そこまで的外れな推測ではない筈だ。

 恐らく、原作ではネギやエヴァが頑張り過ぎてしまったので計画倒れになってしまったのだろう。
 と言うか、ネギやエヴァが奮闘しなくても計画倒れになっていただろうが(フェイトを甘く見過ぎだ)。
 赤道達が如何程の戦力を有しているのかは定かではないが、どう考えても事態を解決できたとは思えない。
 千草・小太郎・月詠だけだったなら どうにかできるだろうが、さすがにフェイトはどうしようもない。

(あ、天ヶ崎 千草で思い出したけど……赤道の取った手段は「偶然にも情報が漏れた」と言う形で天ヶ崎 千草を唆した感じだろうねぇ)

 そうすれば、直接的な指示も繋がりも無い状態で千草を己の目論見通りに躍らせることができる。
 それに、この方法ならば千草が下手を打ったとしても自分まで累が及ばない と言うメリットもある。
 資金面については、資金を盗みやすい隙を態と作れば勝手に資金を得てくれる と言う寸法だろう。

(いや、確証は無いけど、オレが黒幕になるとしたら『そうする』から、細部は違っても大枠は こんなもんだと思う)

 失敗しても自分にリスクはないし、成功した時のリターンは大きい。実に えげつない遣り方だろう。
 だがしかし、フェイトと言う想定外のために計画は西の崩壊と言う大きなリスクを孕んでしまった。
 そう、本山の誇る結界を容易く破られたことで西の権威が暴落する と言うリスクが生まれてしまったのだ。
 まぁ、最終的には『内部に手引きしたものがいたから結界が破られた』とか誤魔化す形になるだろうが。

(しかし、あんな規格外としか言えない存在が釣れてしまうなんて……この人は運が悪かった としか言えないなぁ)

 千草としては「西洋魔術も使えるから西洋魔術師に対抗するには ちょうどいい」くらいの気持ちでスカウトしたのだろう。
 だが、フェイトは『その程度』の存在ではない。千草や赤道の思惑を理解しながらも利用される振りをして逆に利用するような存在だ。
 政治的な能力――腹の探り合いや権謀術数などでは赤道に分があるだろうが、物理的な能力――戦闘力ではフェイトは次元が違う。

(うん、運が悪かった としか言えないね。と言うか、オレも原作知識がなければ エヴァや鶴子さんと言う『切札』を用意しなかったかも知れないし)

 原作知識を当てにし過ぎるのは不味いだろうが、せっかく利用できる立場にあるのだから積極的に利用するべきだろう。
 情報は武器だ。そして、ナギには『武器』が少な過ぎる。原作知識を最大限に利用することは責められることではない。
 ただし、原作知識に頼り過ぎることで現実を見落とし足を掬われるような結果にならない限りは、と言う注釈が付くが。

(話をまとめると……今回の黒幕は この人だけど、白髪小僧――じゃなくて銀髪幼女は それすらも利用する気でいるって感じだろうねぇ)

 だから、今回の件に限っては赤道を警戒する必要は無い。何故なら、警戒するだけ無駄だからだ。
 ナギが どれだけ口八丁手八丁を駆使しても赤道は決してボロを出さない。それだけの力量差がある。
 むしろ、赤道の尻尾を掴もうとする余り、フェイトへの警戒が疎かになってしまう方が危険だ。

 つまり、黒幕がわかったところで状況は改善されていないため、まだまだ気を抜けない と言うことだ。ナギの戦いは始まったばかりなのだ。



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Part.06:だから、ダミーであしらって置きましたってば


「と言う訳で、そんなにオレが悪いのかなぁ? そこら辺、どう思う?」

 ナギが赤道から開放されてからも宴は続いていた。そんな折、暇そうな刹那を見付けたナギは刹那に愚痴を言うことに決めた。
 ちなみに、愚痴と言っても人間関係(特に女のコ関連)である。さすがのナギも この場(西の中心)で西関連のことは言えない。
 ただし、ナギが愚痴を言う度に刹那が不機嫌になることにナギは「何でだろう?」と思うだけなので、さすがはナギとしか言えないが。
 あまつさえ「鶴子さんから かなりキツい授業をされたみたいだからオレの愚痴を聞くのが不愉快なんだろうなぁ」とか思う始末である。

「……むしろ、那岐さんが全面的に悪いのではないでしょうか?」

 確かに、刹那の心境も考えずに愚痴ったナギが悪い。もちろん、ナギが想定しているような心境などではないが。
 と言うか、何故ナギは刹那に愚痴ったのだろうか? その選択をした段階でナギが悪いとしか言えない。
 ここは木乃香に愚痴って周囲に婚約者としての仲の良さをアピールすべきだろう。常識的――と言うか、状況的に考えて。

 恐らくは、木乃香に愚痴ったら笑顔で心を抉られるような気がしたからだろうが、それでも選択を誤ったとしか言えない。

「確かに、オレにも非はあると思うよ? それでも、オレだけが悪い訳じゃないでしょ?」
「そうなんですが……何と言うか、那岐さんが根本的にダメなのが問題な気がするんです」
「いや、根本的にダメって……そんなにオレってダメなの? と言うか、そこまでなの?」
「簡単に言うと、それがわからないからこそダメなんです。私には そうとしか言えません」

 刹那には立場がある。ナギと会話することは嫌ではないが、状況的にナギと親しく話す訳にはいかないのだ。だから、棘のある言葉しか言えない。

「ちなみに、一体オレの何がダメなの? いや、それがわかってないからダメなんだろうけどさ」
「……まぁ、御嬢様のためになることなので敢えて言いますが、ナギさんは鈍いところがダメだと思います」
「え? オレ、鈍いの? オレ、鋭い方だと思ってたんだけどなぁ。特に悪意や敵意に関しては」
「仰る通り、ナギさんは悪意や敵意には鋭いですね。ですが、善意や好意に関しては どうですか?」
「そりゃ、まぁ、オレに害が及ぶようなことではないから、確かに善意や好意に関してはザルかな?」
「つまり、そう言うことです。相手に悪意や敵意がなくても、ナギさんに害が及ぶこともあるでしょう?」

 ヤンデレが最もいい例だろう。本人には好意しかないのに、相手には害となってしまうことがデフォである。

「それに、好意を無視されたら誰でも嫌な気分になりますからね、ナギさんを悪者にしたくなるでしょう?」
「た、確かに。そう考えてみれば、何故かオレが悪いことにされてしまうのも頷ける――気がしないでもないね」
「そこは素直に納得して置きましょうよ? 好意をすべて受け取れとは言いませんが、少しは気にしてください」
「いや、言いたいことはわかるんだけど……どうしても『オレ、悪くないのになぁ』って気持ちが残るんだけど?」
「確かに そうですけど、ナギさんが好意を向けられるような言動を取った結果なんですから、あきらめてください」

 とんでもない理論だが、ナギにまったく非がないとも言えないので、ナギは素直に納得して置くべきだろう。

「ところで、帰路の時間も考えると、そろそろ旅館に戻らなくてはならないのではないでしょうか?」
「露骨に話題を換えて来たねぇ。いや、まぁ、別に続けたい話題だった訳でもないからいいけどさ」
「なら、素直に話題の転換に乗ってくださいよ。出過ぎた真似をしてしまったので、話題を換えたいんですから」
「そうかな? オレは指摘してもらえた助かったよ? もう少し、好意とかに気を付けようと思ったし」
「だからですよ。御嬢様のためになることとは言え、次期当主様に進言するなど出過ぎた真似でした」
「いや、次期当主って……確かにオレは その可能性が高い状況にいるけど、今はただの男子中学生だよ?」
「そうかも知れませんが、中には そうは考えない方もいらっしゃる と言う訳です。好意的にも悪意的にも」

 と言うか、ナギと刹那が親しく接するだけで邪推される可能性もある。だからこそ、刹那は『木乃香の従者』として振舞うしかないのだ。

「……わかったよ。なら、話に乗ろう。と言う訳で、旅館に戻らなくていいか だっけ?」
「ええ、そうです。確か、17時までには旅館に戻っていなければならなかったのでは?」
「うん、まぁ、そうだね。車を使うにしても16時には出発しないと間に合わないねぇ」
「挨拶や下山する時間も加味すると更に30分は欲しいところですから、そろそろでは?」

 確かに、刹那の言う通り、旅館に戻るなら そろそろタイムリミットだ。だが、既に対策は施してあるので それは問題ない。

 ちなみに、その対策と言うのは、例のコピー□ボットで本山にいるメンバーのダミーを用意して置いただけである。
 最初から本山に一泊する予定だったので、旅館を出発する時に(木乃香にバレないように)全員分のダミーも用意して置いたのである。
 これで原作の様に「ダミーの式神が暴走して事後処理が面倒になる」と言う事態は避けられることだろう。実に用意周到なことだ。

「…………那岐さんって悪巧みに関しては凄まじいほど気が回りますよねぇ」

 当然ながら、刹那からは「その気遣いを別な方面で発揮しろ」とでも言いた気な反応しか返って来なかったが、ナギは特に気にしない。
 と言うか、こんな反応は いつものことだ。むしろ、いつものことだから気にしていられない。イチイチ気にしていたら、ナギは生きていけない。
 それに、最近は呆れられたり蔑みの目で見られたりするのにも随分と慣れて来たので、最早ナギは「普通のこと」と受け止められるレベルだ。

 さすがのナギも蔑まれることに喜びを見出してはいないが……ナギの変態度を考えると、それも時間の問題な様な気がしないでもない。



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Part.07:楽しい楽しいバスタイム


 それなりに波乱もあったが宴会は恙無く終わり、現在のナギは楽しい楽しいバスタイムを過ごしていた。

 いくらネギにフラストレーションが溜まっていたとしても、さすがに敵地の真っ只中で一緒に入浴しようなんてことは考えないだろう。
 それに、いくら公式的に婚約者に認定されたとしても、反対派が圧倒的なので木乃香と既成事実を作らせようなんて展開もないだろう。
 もちろん、木乃香の護衛である刹那が木乃香の傍を離れる訳もないので、木乃香と共に入浴しない以上 刹那と鉢合わせることもないだろう。

 そう、つまり、ナギは三日目にして遂に「フリーダムな風呂」を享受でき――ていなかったのだった。

 まぁ、既にオチは読めているだろうから、もったいぶらずにサクサク話を進めよう。
 つまり、ナギはタカミチ&詠春のオッサンズと一緒に入浴している と言うことである。
 ナギが一人で伸び伸び入浴を楽しんでいたら二人が当然のように入って来た らしい。

(って言うか、オッサン達と一緒に入浴するくらいなら、ストレスを感じようが女のコと入った方が万倍マシだわ!!)

 オッサンと肩を並べて入浴するのは銭湯や温泉じゃ当たり前のことだから、オッサンと入浴すること自体は特に問題がない。
 ただし、ナギとしては「せめて今日くらいノンビリと入浴させてくれてもいいんじゃないかなぁ」と思ってしまうのである。
 今日のナギは頑張った。慣れない戦闘もしたし、その結果 敢えて殴られたし、古狸達や赤道と胃に優しくない対面もした。
 それなのに、何で義父(となる可能性が高い存在)と裸の付き合いをせねばならないのだろうか? 非常に気疲れする状況だ。

 ナギは内心で「風呂は疲れを癒す場所であって、疲れを促進させる場所ではないのではないだろうか?」と益体もないボヤきをするのみだ。

「いやぁ、実に いい湯だねぇ。そうは思わないかい、那岐君?」
「そうですね、高畑先生。疲れなんか軽く吹っ飛びそうな温泉ですね」
「ハッハッハ。自慢の風呂を褒めてくれて、お世辞でも嬉しいよ」
「いえいえ、本心ですよ。本当に素晴らしい温泉ですよ(泉質は)」

 会話からわかるかも知れないが、最初に にこやかに話し掛け来たのがタカミチで、苦笑しながら話し掛けて来たのが詠春である。

 前述のようにナギの気分は下降気味なので、それらに対する返答が苦しいものになってしまうのは致し方が無いだろう。
 と言うか、ナギにとっては二人は現在進行形でストレスの原因になっているので、にこやかに対応しろ と言う方が無茶だ。
 むしろ、悪態を吐かないだけマシだ と言えるかも知れない。まぁ、実際は保護者と義父予定に悪態など吐ける訳がないが。

「……しかし、今回の件では随分と迷惑を掛けてしまったようだね?」

 ナギの「正直、世間話が目的なら放って置いてください」と言う雰囲気を察したのか、
 詠春は前振りなど一切せずに、本題と思わしき話題を単刀直入に切り出して来た。
 いや、もしかしたら、心構えをさせないことを目的として単刀直入に来たのかも知れない。
 実際、ナギも軽く虚を突かれた形になり「い、いえ」と肯定にしか見えない否定をしてしまった。

 まぁ、いきなり本題に入るのはナギも よく使う手なので文句は言えないだろう。

「昔から東を快く思わない輩が燻っていたのだが……実際に動いたのは少数でよかったよ」
「そうですね。大量に動かれていたら、防ぐのはもちろんとしても調査も大変ですもんね」
「まぁ、そうだね。諜報を得意とする者もいるが、ウチは諜報組織じゃないから どうしてもね」
「ですが、逆に証拠が少な過ぎて調査に行き詰っている、なんてことはないですか?」
「……さてね。だが、少なくとも今回の件で、燻っている連中の目星は付いたから充分さ」
「そうですか。ならば、これからは燻っている燃えカスの炙り出しに専念できる訳ですね?」

 僅かにしか証拠を掴めなかったのなら、その精査に注力すればいい。ただ、それだけのことだ。

「ああ、そうだね。君の言う通り、ここからが正念場だろうね。私も できる限りのことをするよ」
「そうですか。ちなみに、オレも長とは別の方向で ここからが正念場なので、オレも頑張ります」
「……それは木乃香の婚約者として、かい? 父親としては、中学生から励まれても困るんだけど?」
「いえ、違いますから。と言うか、勘違いの方向性が酷くないですか? もっと爽やかな方向にしません?」
「ハッハッハッハッハ、冗談だよ。君を快く思わない連中に負けないように、と言う意味だろう?」

 詠春は楽しそうに笑いながら「こちらも可能な限りのバックアップはするから安心したまえ」と付け加える。

 ナギの真意は「フェイトが本山を襲撃して来るので、その対応を頑張る」と言う意味だったのだが、
 当然ながら そんなことを詠春(西の長)に言える訳がないので、ナギは詠春の勘違いを敢えて正さない。
 むしろ、詠春が勘違いすることを期待してナギは発言したので、詠春の勘違いを正す訳がないのだが。

「と言う訳で、木乃香のことは よろしく頼んだよ、、那岐君」

 何が「と言う訳」なのかは極めて謎だが、詠春は下手糞なウィンクをしながら そう締め括った。
 それは、きっと「婿に娘を託した」のではなく「幼馴染に友人を守ってくれ と頼んだ」のだろう。
 そう解釈して、ナギは心の平穏(木乃香との婚約はブラフ)を維持しようとするナギは悪くない筈だ。

 既にブラフでは済まされない段階に来ているが、近右衛門なら用無しになったナギを木乃香の婚約者から降ろすに違いない と思っているらしい。


 


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オマケ:その頃の変態司書 ―その1―


 麻帆良学園内、図書館島地下にある「とある司書室」にて、ローブを頭から被った男が紅茶を啜りながらニヤリと笑う。

(……さて、そろそろ『シナリオ』の転換期でしょうか?
 『ナギ君』は一体どうするつもりなんでしょうねぇ?
 彼の趣味嗜好は私の好みですから、実に楽しみですよ)

 男は、自身のアーティファクトである『イノチノシヘン』で作り出した『半生の書』を開きながら思考に耽る。

(一応、詠春に忠告はしましたが、それでもできることは限られています。
 彼一人が警戒を強めたところで、本山の結界は破られることでしょうね。
 ですから、重要となるのは『そこからナギ君が どう対処するか?』でしょう)

 そこまで考えた男は、手にしていた『半生の書』を閉じ、ニヤニヤと笑って思考を続ける。

(ああ、そう言えば、ナギ君で思い出しましたが……ココネちゃんが可愛過ぎるんですが、どうしましょうか?
 って言うか、ココネちゃんには『白スク』と『ネコ耳』を装備してもらいたいのは私だけでしょうか?
 あの褐色の肌と白スクのコントラスト、そして、ネコ目とネコ耳の相乗効果が実に溜まらんでしょうねぇ。
 ――よし。今度、それとなくナギ君に提案してみましょう。きっと、ナギ君なら賛成してくれる筈です。
 ナギ君とは『萌えの伝道者』と言う意味での同士ですからね、問題なく目的を共有できるでしょうねぇ)

 ……こうして、図書館島の地下にて、男は『変態司書』の二つ名に恥じない変態的思考を繰り広げるのだった。


 


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後書き


 ここまでお読みくださってありがとうございます、カゲロウです。
 以前から「改訂した方がいい」と言う意見が多数あったので、改訂してみました。


 今回は「遂に主人公が鈍いことに気付きました」の巻です。

 主人公が自分で評している通り、彼は悪意には敏感でした。って言うか、悪意に過剰反応して生きてました。
 些細な言動から相手の思惑を読み、ある時はそれを利用し、ある時はそれを排除して生きてきたのが彼なんです。
 そのため、善意や好意には無頓着であり、好意を向けられているとは認識できても、それがどんな好意かはわかっていませんでした。
 つまり、親切心も友情も恋愛感情もすべて『好意』として一括りで判断して来たんです。つまり、単なるバカヤロウです。
 まぁ、だから、向けられる感情が『真っ直ぐ』か『歪んでいる』かだけで対応を変えちゃうって癖があったんですけどね。

 そんな訳で、彼は各ヒロイン達に好意を向けられているとはわかっていますが、恋愛的なものかどうかは判断保留しています。

 って感じで、こじつけ臭く『鈍い』ことの説明をしてみましたが、これからは改善していくと思います。
 刹那の指摘の御蔭でもありますが、もう一人の彼――那岐君の影響の方が強いでしょうね。
 最近、彼等の区別が曖昧になってきてますので、そのうちナチュラルに同化しちゃう気がします。

 あ、変態司書については、そのうち本編で あきらかにしていく予定です。

 まぁ、正体についてはバレバレでしょうから、敢えて語るまでもないでしょうけど。
 ですが、正体以外が謎だらけですからね、そこら辺をうまく書けたらなぁと思います。
 って言うか、どう考えても『変態司書』って「二つ名」じゃなくて「俗称」ですよね……

 最後に、今回の黒幕として登場した赤道さんですけど、言うまでもなくオリキャラです。

 って言うか、千草が単独で出し抜けるほど西はダメじゃないだうなぁって思ったので、
 西の中枢に黒幕でもいないと説得力が無いだろうって安直な理由で作られた存在です。
 なので、名前も『青山 詠春』からの発想で『赤道 英俊』となった訳です。安直です。
 あ、「山だから川じゃないの?」って思ったでしょうが、タカミチと語感が似てたので道にしました。
 まぁ、千草を操るだけでなく、彼の取り込みにも余念が無いので、性格は安直ではないですが。


 では、また次回でお会いしましょう。
 感想・ご意見・誤字脱字等のご指摘、お待ちしております。


 


                                                  初出:2010/7/4(以後 修正・改訂)



[10422] 外伝その1:ダミーの逆襲【改訂版】
Name: カゲロウ◆73a2db64 ID:552b4601
Date: 2013/03/25 20:59
外伝その1:ダミーの逆襲



Part.00:イントロダクション


 引き続き4月24日(木)、修学旅行三日目。

 これは、ナギ達が本山に滞在している間にホテルで起きた出来事。
 ナギ達が遭遇した出来事に比べれば規模は小さいが、侮ってはいけない。

 小さな禍根が巡り巡って大きな災禍となることもあるのだから……



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Part.01:この星空に約束を――


 こんばんは、修学旅行なのに一人寂しくホテルで寝て過ごしていたダミーです。
 途中で誰かが お見舞いに来てくれたっぽいけど、寝ていてスルーしたダミーです。
 せっちゃんとキャッキャウフフしている本体(27話時点)は死ねばいいと思います。

 でも、「一日休んだので復活した」ことになっているので、これからのオレはフリーダムです。

 これで、あのバカ(本体)をギャフンと言わせてやることができます。
 って言うか、「ギャフンと言わせてやる!!」って言わせてやります。
 そして、「ギャフン。これで満足したか、ボーイ?」とか言ってやります。

 ……そうです。オレは25話の時の恨みを忘れていません。って言うか、忘れる訳がありません。

 オレはヤツに復讐することだけを楽しみにして一人寂しくホテルで寝ていたんです。
 いつもは良心の呵責があって躊躇してしまいますが、相手がヤツなので遠慮なんて要りません。
 むしろ、ドンとやってやりたい気分です。具体的に言うと、生き恥を晒してやる感じです。

 ――ああっ!! まるで、オレの復讐を称えるかのように星空が澄み渡っているようです!! まぁ、勘違いでしょうけど。

 ですが、ここは一つ、験担ぎのために この星空に『誓い』を立ててみましょう。
 ヤツ――あの外道を(生き恥と言う名の)生き地獄へ叩き込んでやるぜ、と。
 どうせ困るのはアイツなんだから、主に女性関係で好き放題やってやるぜ、と。

 そんな訳で、オレは頼もしい協力者(にする予定の人物)に連絡を取りました。

「かくかくしかじか と言うことで、ヤツをハメる手伝いをしてくれないかな?」
『……なるほど。「かくかくしかじか」なんですか。ええ、わかります』
「すみません、説明を省いたのは謝りますから、ヤツをハメる手伝いをしてくれませんか?」
『いえ、別に説明など必要ありません。大切なのは「彼をハメる」と言う意思ですから』
「そっか、ありがとう。じゃあ、協力してくれるかな? (某お昼の番組風に)」
『いいともー(棒読み) さて、これで満足ですか? 満足ならば話を進めますよ?』
「はい、進めてください。冷静にツッコまれると恥ずかしくて軽く死ねます」
『…………それならば、いっそのこと死んでしまえばいいのに。ボソッ』
「聞こえてるから!! 口で『ボソッ』って言ったことも含めて聞こえてるから!!」
『では、気を取り直して、話を進めましょうか? 時間は有限ですよ?』
「スルーされた!? 鮮やか過ぎてビックリする程、華麗にスルーされた?!」
『少し静かにしていただけませんか? 私は善意で協力しているだけなんですよ?』
「すみませんでしたぁああ!! 是非とも貴女様のお話を拝聴させてくださいませ!!」
『……いいでしょう。実を言うと、宮崎さんが面白い物を作りまして(以下略)』

 その後、協力者(わかりづらかったかも知れませんが、茶々丸です)からオレは驚愕の事実を聞かされました。

 まぁ、身も蓋もなく言てしまうと、のどか が混浴の時(24話参照)のオレ達のアレな様子を盗撮していたらしくて、
 その写真を元に怪文書(「発覚!! ハーレム男の入浴シーン!!」と言う見出しのアレな文章)を作ったんですって。
 ……え? 何で茶々丸が知っているのか、ですか? そんなの、カメラを仕込んだり印刷したりしたのが茶々丸だからですよ。
 しかし、顔にモザイクが掛かっている筈なのに明らかにオレとわかってしまう編集技術には脱帽するしかありませんでしたねぇ。
 いえ、そもそも、オレの髪の色って特徴的だから、髪の色が判別できるだけでオレだってモロバレしちゃうんですけどね?

 と、とにかく、いろいろアレな気分にはなりましたが、これは逆にチャンスですよね?

 実は、(ヤツの悪評を上げてオレが美味しい思いをするために)バレるように覗きをしようと思っていたんですけど、
 怪文書の御蔭で放って置いても悪評が上がってくれるので、オレが無理に悪評を上げる必要はなくなった訳ですからね。
 ……本体だったら、事態を収拾するために誤解(?)を解いて回る と言う無駄な足掻きをすることでしょう。
 ですから、オレは敢えて誤解(むしろ、事実なので誤解とは言えないでしょう)を放置して置こうと思います。
 悪評を上げるのは のどか と茶々丸に任せて、オレは当初とは内容を少し変更して『予定』を実行しようと思います。

 つまり、バレないように(ココ重要)覗きに征って来ようと思います!!

 いえ、だって、よくよく考えてみたら、バレるように覗きをしたら その場で制裁される可能性があるじゃないですか?
 特に刀子先生とかヤバいです。あの人なら「覗きをするようなクズはチョン切りますよ?」とか言いそうですからね。
 むしろ、「ダミーなら気にせずにチョン切れますよね?」とか『いい笑顔』で言っちゃいそうな気すらしますよ?
 本体に被害が行くのは望むところですけど、オレに被害が来るのはいただけません。それは全力で回避したいと思います。

 と言う訳で、何が何でもバレないように(重要なので更に強調しました)女風呂とか脱衣所とかを覗いて来ます!!



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Part.02:宮崎のどか の画策


 のどか は決意した。必ず、かの女狐共を除かなければならぬ と決意した。

 のどか には恋愛がわからぬ。のどか は本の虫である。本を読み、空想して暮して来た。
 けれども、独占欲に対しては人一倍に敏感であった(むしろ、人一倍に腹黒かった)。

 ……今日、のどか はネカフェにて『お土産』を作成して来た(25話参照)。

 その『お土産』とは茶々丸がダミーに説明した通り、入浴中のあられもない1シーンを面白おかしく脚色したものだ。
 のどか は改めて自分の作品を眺める。……実に素晴らしい。ゴシップ誌に載っていそうな軽薄な煽り文句など最高だ。
 人は下世話な話が好きである。特に思春期女子にとっては他人の色恋沙汰は三度の飯よりも美味しく感じるものだ。
 これならば、彼女等の好奇心を『程好く』刺激してくれるであろう。そう、『程好く』だ。何事も遣り過ぎは良くない。
 根も葉もない噂よりも「もしかしたら、あるかも知れない」と言う噂の方が広まりやすいのと同じだ。程々がいいのだ。

 そんな訳で、のどか は作品の文章を追ってみる。

 『麻帆良中で何かと悪名高い某K君(男子中等部3年B組所属)の信じられないような悪行が明らかになった。
  なんと、彼は修学旅行中であるにもかかわらず混浴を楽しんでいたのだ(しかも個人風呂を予約してまで)。
  下の写真を見ての通り、まさに両手に花である。男子なら憧れる光景かも知れないが、女子には最低な光景だろう。
  彼にはロリコンの噂すらも流れているが、少なくとも これでハーレム野郎であることは間違いない事実となった。
  これらの事実を捏造と疑うならば、それもよし。事実と受け取るならば、それもまたよし。判断は あなた次第だ』

 ……実にアレな文章だ。だが、だからこそ『程良く』彼女達を刺激することだろう。

 ある者は彼を信じて特に動きを見せないかも知れないし、逆に何らかの動きを見せるかも知れない。
 ある者は彼を疑って彼に事実か否かを確かめるかも知れないし、逆に黙って彼を見限るかも知れない。
 ある者は これを機に己の想いに気付くかも知れないし、逆に現状(ハーレム状態)に引くかも知れない。

 まぁ、のどか にとっては、「彼を共有できる人材か否か」を見極められればいいので、その他のことはどうでもいい。

 このことで彼の悪評が増し、彼を狙っている者達が引いてくれるなら万々歳だが、
 少なくともネギの傾倒振りからすると むしろライバル心を滾らせる可能性が高い。
 のどか としてはネギと争う気はないが、ネギが彼を独占しようとするなら争うしかない。

 要はハーレムに納得してハーレム要員になってくれるなら、のどか はそれでいいのだ。

 独占できないのなら、共有すればいい。
 だから、独占しようとする者は排除する。
 ただ、それだけのことでしかないのだ。

 ちなみに、彼の意思は余り考慮されていない様に見えるが、気にしてはいけない。



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Part.03:桃源郷はここにある


 ……神様、ありがとうございます。

 オレ、普段から「神なんて死ねばいいのに」とか思っていたんですけど、
 今日から そんな不敬なことは考えないようにしようって思い直しました。
 だって、こんな素晴らしいプレゼント(桃源郷)をくれたんですから。

 って言うか、あの外道(本体)にすら感謝してもいいくらいです。

 ヤツが『オレ』を起動してくれたからこそ、オレは『ここ』に辿り着けたのですから。
 起動直後の遣り取りで軽く殺意を覚えたのは事実ですが、今となっては過去のことです。
 あんな言い合い程度で憤っていたなんて……実に恥ずかしい限りです。もはや黒歴史です。

 ……しかし、映像をお届けできないのが悔やまれる限りですねぇ。

 いえ、実際に映像を載せちゃったら、XXX版になっちゃうんですけどね?
 ですから、ここはオレの状況説明から妄想――もとい、想像してください。
 まぁ、オレの状況説明能力なんて高が知れているでしょうけど。

 たとえば、今は運動部四人組が入浴してるんですけどね?

 ゆーな のたわわに実ったパイナップルが ぷるんぷるん と震えてるんですよ。
 洗っている時は動作に合わせて揺れ、湯に浸かっている時は浮いてくれます。
 豊かな色艶と弾性を備えたソレは、見て善し触って善しの超優良物件ですねぇ。
 また、先端の『さくらんぼ』がいいですね。しゃぶりつきたいくらいですよ。
 それに、運動の御蔭でしょうか? 腰の下の桃さんも実に美味しそうです。
 揉みしだいたら、程好い弾力を返してくれることでしょう。実に堪りません。

 次に、まき絵なんですけど……本当に可愛らしいですねぇ。

 別にオレは乳神様を信奉している訳ではありませんので、胸は小さくてもOKですからね。
 むしろ、まき絵のキャラを考えるとアレくらいで ちょうどいいと思います。実に似合っています。
 形もいいですし、何よりも さくらんぼ が綺麗ですからね。舌で転がして可愛がってあげたいです。
 それに、あのくびれ。細い肢体を より細く見せているアレは、まさに見せる身体の要でしょう。
 特にオヘソがいいですね。くびれにアクセントを付けていて、実に愛らしくて……舌で穿りたいです。

 さてさて、今度は亜子を見てみましょう。

 本人は背中の傷を気にしているみたいですけど……オレとしては、むしろ それがイイと思います。
 ほら、傷痕の部分って敏感じゃないですか? と言うことは、背中が性感帯と言うことでしょう?
 背中を優しく且つ執拗に撫で回したら、とても『いい声』で啼いてくれるんじゃないでしょうか?
 そう想像しただけで抱きしめたくなりますね。って言うか、撫でるだけでなく舐め回したいですね。
 亜子は照れ屋ですから、きっと嬌声を耐えるでしょう。ですが、どうしても漏れてしまう と言う淫靡……
 想像しただけで極上の快楽をオレに与えてくれます。何故なら、オレは声フェチでもあるからです。

 では、最後にアキラを拝みましょう。

 邪魔になるからでしょうか? ポニテではなく髪を結っているんですが、それが実に色っぽいんです。
 温まったためか桜色になった お肌とのコントラストが実に鮮やかです。思わず生唾が出て来ます。
 また、ゆーな程ではないですが、胸も見事に実っているので眼福です。着痩せするタイプなんでしょうね。
 とは言え、別に太ましい訳ではありませんよ? キッチリと くびれています。実にスレンダーさんです。
 きっと大きさは ゆーな より大きいんでしょうが、身長が高いから ゆーな より小さく見えるんでしょうね。

 ……いやぁ、実に素晴らしいですねぇ。桃源郷はこんな近くにあったんですねぇ。

 将来が楽しみな蕾を愛でるのも一興ですが、咲き始めた花を愛でるのも一興ですねぇ。
 具体的に言うと「美幼女は美幼女でイイけど、美少女は美少女でイイよね」って話です。
 もちろん、美女も美熟女もイイんですけど、若いのもイイのはオレだけじゃない筈です。

 …………………………はふぅ。

 さぁて、爽やかな気分になったところで、宴も酣って感じになって来たので、ここら辺で引き上げましょうか?
 と言うのも、諸事情(所謂、賢者タイム的なアレです)で冷静になったため、重要なことに気が付いたんです。
 つまり、タツミーとかニンジャとかカンフーとかがいないからと言って、いつまでも安全って訳じゃないってことです。
 ですから、まだ危険が訪れていない今のうちに可及的速やかに危険地帯(女風呂)から撤退すべきだと思った訳です。

 まぁ、お約束としては、撤退しようとした瞬間に見つかるんでしょうけど……

 運動部四人組が出て誰もいなくなった時を見計らって撤退を決めたので大丈夫です。
 お約束から考えると「忘れ物があった」とか言って戻って来るかも知れませんが、
 忘れ物がないことを何度も確認したので、そんなことはありません。実に完璧です。

「やっぱ、もうちょっと あったまろ――って、ナギ君!!?」

 ……やぁ、まき絵。女のコは身体を冷やしちゃいけないもんね。
 そりゃあ、もうちょっと温まろうとしたって不思議じゃないよね。
 うん、その可能性を考慮しなかったオレのミスだよ。ハッハッハ……



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Part.04:風呂場で修羅場


「えっとね? これはね? 違うんだよ?」
「何が違うの!? って言うか、何で女湯にいるの!?」
「あ、あのね? 実はね? 男湯と間違えちゃってね?」
「そんな お約束なこと現実では有り得ないよ!!」

 窮状を打破するため、ダミーの脳は物凄い速さで回転しているのだが……どうも空回りしている気がしないでもない。

「い、いや、ほら、オレ、熱で朦朧としてたじゃん?」
「あ、確かに。朝とか、本当にツラそうだったよね……」
「それに、オレって『お約束な展開』が多いじゃん?」
「まぁ、そうだよね。どこかの主人公君みたいだよね」

 まき絵のナギに対する評価に疑問は残るが……ダミーは「誤魔化せそうだから気にしない」ことにしたようだ。

「だから、まぁ、そう言った訳で、オレは悪くないのだよ?」
「ん~~……でも、見た段階で有罪だと思うんだけど?」
「いや、目を閉じてたから。音で状況判断しただけだから」
「え~~、本当? ナギ君、えっち だから信じらんないだけど?」
「信じてよ。って言うか、オレは覗く場合は堂々と覗くって」

 まぁ、思いっ切りコソコソ覗いていたが、嘘も方便と言うヤツだろう。正直者は馬鹿を見るものだ。

「……まぁ、女のコを侍らせて入浴しちゃうくらいだもんね」
「そうそう。だから、オレは覗きなんてする訳がないじゃん」
「そうだよねぇ。覗く必要が無いモテ男君だもんねぇ?」
「そうそう、オレはモテるから覗く必要が――って、え?」

 どうも雲行きが怪しい。誤魔化せそうな流れだったが、いつの間にか不穏な空気になっている。

「別に、ナギ君の勝手だとは思うけど……ちょっとは慎みを持って欲しいんだよね?」
「あ、はい。そうですね。ごめんなさい。オレの配慮が欠けてました」
「何で そこで謝るの? それは自分が悪いって認めているってことなの?」
「あ、いえ、違います。勢いです。アレはオレが被害者なんで、オレは悪くないです」
「……でも、否定はしないんだ? あれは事実じゃないって言い張らないんだ?」
「まぁ、一応は事実ですからね。ちょっとばかり、文面の装飾が過多だった気はしますけど」
「ふぅん……つまり、ナギ君は悪くないけど事実であることは間違いないんだぁ?」

 まき絵の剣呑な雰囲気にダミーは「まき絵さん、怖いんですけど? 何故に怒ってるんでしょうか?」とビビリまくりだ。

「ま、まぁ、とりあえず、怪文書については置いておこう」
「何で? 今からナギ君を責めるところなんだよ?」
「い、いや、だって、現状維持は何かと不味いでしょ?」
「へ? 現状維持? ――って、まだ女湯にいたんだった!!」
「うん。だから、可及的速やかに移動したいんだけど?」

 何故なら、このままだと 裕奈とかが戻って来そうな予感が――

「まき絵ー? さっきから何騒いでんのー?」
「……おおぅ、実にナイスなタイミングだぜぃ」
「って、ナギっち!! アンタ、性懲りも無く!!」
「いや、もう、泣きたくなるくらい懲り懲りですよ?」

 うん、本当に戻って来た。まぁ、嫌な予感ほど よく当たるので、嫌な予感がした段階で撤退しなかったダミーのミスだろう。

「でも、懲りている人間は、あんなにヘラヘラしていないと思うけど?」
「え~~と、それはアレかね? 例の怪文書のことを言っているのかね?」
「って言うか、それ以外に無いっしょ? それとも余罪があるの?」
「いや、無いよ? オレはオレなりに清廉潔白に生きているんだよ?」

 と言うか、余罪と言う表現で裕奈のナギに対するイメージが酷過ぎることが よくわかる。

「でも、ナギっちの感覚は一般的には致命的にダメなんじゃない?」
「うわっ、ヒドッ!! オレのガラスのハートが本格的に壊れちゃうよ?」
「って言うか、いっそのこと一度くらい壊れればマトモになるんじゃない?」
「……いや、破壊の後に再生が起こるとは限らないのだよ、ゆーな君?」

 まぁ、破壊してから作り直した方が やり易いだろうが、破壊と再生は必ずしもイコールではない。

「その気持ち悪い話し方を聞くと、まったく反省しているとは思えないんだけど?」
「い、いや、それは ゆーな の勘違いだよ? オレは思いっ切り反省しているよ?」
「え~~? 残念ながら、ナギっちの言葉はイマイチ信用できないんだけど?」
「そんなこと言われても……反省もしているし後悔もしている、としか言えないよ?」

 ちなみに、ダミーに責任を取るつもりは無い。責任は本体に取らせる予定だ。

「……そう。つまり、ナギっちは自分が悪かったこと自体は認めてるんだぁ?」
「まぁ、そうなるね――って、違うよ? オレは被害者だからオレは悪くないよ?」
「限りなく黒に近いけど……このまま行っても平行線だから納得して置くかな?」
「って言うか、何故にオレは責められてんの? その時点でワケワカメなんだけど?」

 覗きは責められて当然だが、怪文書について責められるのは意味不明だ。少なくとも、ナギの思考をトレースしたダミーにとっては。

「……はぁ。ナギっちって本気でバカだから救いようが無いよね?」
「物凄く失礼な溜息と台詞だけど、オレは寛大だから許すよ?」
「はいはい。それではナギっちの寛大な心に感謝して置きますですよ」

 余りにもゾンザイな裕奈の態度にダミーは納得できないものが残るが、薮蛇になりそうなので敢えて気にしないことにしたらしい。



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Part.05:まさかのハーレム


 舞台は変わって、中庭。今、ダミーは中庭にて月夜の散歩を楽しんでいる。

 ちなみに、裕奈に呆れられた後についてだが……特に語ることはない。敢えて語るとしたら、亜子やアキラまで現れて よりカオスになったことくらいだ。
 最終的にはダミーが(特に亜子に対して)土下座したことで一件落着したが、ダミーとしては「何で土下座させられたんだろう?」と疑問だらけである。
 と言うか、贖罪として「明日の自由行動は裕奈達に付き合う。むしろ、いろいろ奢らされる」と言う約束をさせられたことにも「実に謎だ」と言う始末だ。

(まぁ、その御蔭で女湯にいたことが有耶無耶になったんだから、取りあえずは善しとして置くしかないか……)

 覗きを問題にされて覗きが刀子など(の危険な女性陣)に知られたらダミーは制裁されていただろう。それを回避できただけで御の字である。
 しかし、そうは言っても、ダミーとしては「本体の悪評を上げる予定なのに、何故か誤魔化せてしまった気がする」ので、そう言う意味では失敗だ。
 いや、覗きと言う御褒美は得られたので、ある意味では成功なのだが……本来の目的(ナギの評価を下げる)は失敗だったので微妙な気分なのだ。

(うん、ここは初志貫徹ってことで、寄り道はやめて本気でヤツのネガキャンを開始しよう)

 ちょうど、御誂え向き(と言っては語弊があるが)に、のどか を発見したので、いいチャンスと言えるだろう。
 のどか に どのような目的があってナギを貶めるような怪文書を発行・散布したのか は定かではないが、
 ナギを貶めたいダミーとしては のどか に協力してもいいくらいだ。むしろ、協力させて欲しいくらいかも知れない。

「やぁ、のどか。いい月夜だねぇ。夕涼みには打って付けだよ、うん」

 ダミーは何の気兼ねもなく のどかに呼び掛けるが、呼びかけられた のどかはダミーに気付いていなかったようで、ビクッと震える。
 ぼんやりと月を見上げていた のどかは突然の呼び掛けに驚いたのだろうが、その震えは驚愕によるものだけではないだろう。
 怪文書について後ろめたい気持ちがあったため、ダミー(のどか はナギだと思っている)に責められるのではないか と脅えたに違いない。

「あ~~と、怪文書については 特に気にしてないから気にしないでいいよ?」

 先程、のどか が怪文書を発行・散布した目的が定かではない と表現したが、大凡の見当くらいなら さすがにダミーでも付いている。
 恐らく、たとえナギの醜聞が広まってもナギが手に入るなら構わない と言う考えの下、ライバルを蹴落とすために行ったのだろう。
 実に自分勝手で相手のことを考えていない行為だが、それだけナギは好意を寄せられている と言うことなので、そう悪い気はしない。

「す、すみません!! 何の相談もせずに勝手な真似してしまって!!」

 ナギ本人なら「謝るくらいなら やらなけければいいのに」とかネガティブな感想を持って終わるだろうが、ダミーは違う。
 当事者に近い位置にいながら他人事でしかないため「本体って愛されているなぁ」と妙に生暖かい気分になるだけだ。
 そう、のどか は怪文書の影響を理解したうえで行動した筈だ。ならば、それでも謝ったのは、ナギに嫌われたくなかったからだろう。

「だから、別に責めたい訳じゃないって。むしろ、そこまで想ってくれて嬉しいくらいだし」

 ナギ本人も のどか に好意を寄せられること自体は喜ぶことだろう。ただ単に嫌な予感が付き纏っているだけで、好意そのものは嫌ではない。
 まぁ、今回のように好意からの行動によってナギが被る損害を考えると「もう少し自重して欲しい」とは思うだろうが、好意そのものは嫌ではないのだ。
 そして、ダミーにとってはナギの被害は「むしろバッチコイ」でしかないので、のどか には感謝しかない。責めるなんて とんでもないことだ。

「確かに、ナギさんのことが好きだから あんなことしたことは間違いありませんが……別に独占するためにした訳ではありません」

 ダミーの予想では「この人は私のだから、手を出すだけ無駄無駄無駄(中略)無駄ァーー!!」と言う独占目的だったのだが、どうやら違うようだ。
 しかし、ならば どの様な目的なのだろうか? ダミーが思い付くのは「この男は見ての通り変態だから、気を付けてね」と言う親切心くらいだ。
 まぁ、そうなると他の女子達をナギの毒牙から守るために自分と親友の身体を犠牲にした と言うことになるので、いろんな意味で泣けて来るが。

「いいえ、違います。目的は『振るい』――つまり、ナギさんが複数の女性を相手にすることを許容できる人を探したかっただけですよ」

 当然ながら「なるほど、そうだったのか」などとダミーが納得する訳がない。と言うか、納得とは正反対の状態だ。
 敢えて言うなら「ナニイッテンノ?」な状態である。想定の範囲を大きく逸脱した返答に理解が追い付かないのだ。
 のどか が言っていることは、まるで「ハーレム要員を見付けるのが目的だった」と言う様なものだ。実に有り得ない。

 有り得ないが、のどか が言っているのは『そう言うこと』だろう。むしろ、それ以外に受け取り様がない。

「え~~と、一応 訊くけど、なんで そんな奇特な人間を探そうとしたの?」
「え? そんなの決まってるじゃないですか? ハーレムのためですよ」
「ああ、やっぱり そうなんだ。って言うか、本気――いや、正気なの?」
「正気って……確かに俄かには信じ難いかも知れませんが、気は確かです」
「いや、でも、ハーレムでしょ? 独占とはまったく別のベクトルじゃない?」
「ええ、そうですね。でも、それしか道がないんで、仕方がないんですよ」

 確かに、のどか と夕映の二人が幸せになるにはハーレムしかないだろう。だが、それでもダミーは腑に落ちない。

「でも、独占をあきらめるにしても、のどか と夕映だけにすればいいんじゃない?」
「それは無理ですよ。私と ゆえ だけでは、ナギさんを繋ぎ止められませんから」
「繋ぎ止められない? それは、オレが二人だけじゃ満足できないほど強欲ってこと?」
「そうではありません。私と ゆえ だけでは、ハーレムにしても意味がないんです」

 つまり「二人では他のライバル達に対抗できない」と言うことだろうか? ダミーには のどかの真意が見えて来ない。

「気付いていないのか気付かない振りをしているのか は、わかりませんけど、
 ナギさんの心の中って、いいんちょさん で占められていますよね?
 で、他のコに関しては『大勢の中の一人』って位置付けでしかないですよね?」

 のどか は確認の形を取っているが、それは あきらかな断定だった。いや、むしろ弾劾に近い気すらする。

(いやはや、なかなか痛い所を突いて来るなぁ。のどかってば、いい洞察力しているねぇ。
 ヤツは頑なに認めないだろうけど、ヤツは雪広あやか と言う存在を強く意識している。
 それが那岐の記憶に拠るものなのか、那岐への罪悪感に拠るものなのか、それとも……
 とにかく、ヤツは雪広あやか のことを気にしている。無意識的に、と言う程度だけど)

 ナギ本人ならば条件反射的に否定するのだろうが……ダミーとしては否定できない。

 ダミーはナギの記憶や人格をトレースしているため、両者は非常に酷似した存在だ。だが、似て非なる存在だ。
 つまり、ダミーはナギに近いだけでナギではない。それ故に、ナギの心情や思考や状況を一歩引いた立場で観察できる。
 他者なのに当事者の如く把握でき、それでいて他者として判断できるのだ。ある意味では、神の視点に近い。

(と言うか、ヤツは那岐のことを気にしないでいるために雪広あやか のことも気にしないようにしているんだろうなぁ)

「ですから、きっと――いえ、絶対、私と ゆえ だけでは いくら協力してもナギさんは いいんちょさん を選ぶと思います。
 たとえ いいんちょさん に嫌われたとしても、ナギさんは いいんちょさん をあきらめません。常に心を占め続けます。
 それ故に、いいんちょさん を正妻として私達を側室に加える と言う形のハーレムしか、私達が選べる道はないんですよ」

 正確には、他の道もあるのだろうが、のどか が望む形に一番 近いのがハーレムだったのだろう。ダミーは そう受け止めた。

「とりあえず、ハーレムについては……納得はできないけど、理解したよ。
 だから、のどか が遣ろうとしていることに肯定はしないけど否定もしない。
 つまり、ハーレム構築に手助けはしないけど、邪魔もしないってことだね」

 ダミーは早々に『のどか を あきらめさせること』を あきらめた。

 それだけ のどか が本気だった と言うのもあるが、ダミーはナギではないので肯定も否定もし難いのである。
 まぁ、本音としては「どうせ困るのはヤツだし」と言う気持ちがない訳ではないが。と言うか、大部分だが。
 しかし、それでも言って置かねばならないことがある。もちろん、ナギへのフォローではなく良心として、だ。

「だけど、オレと関わる と言うことは、魔法と言う危険に関わる可能性がある と言うことだってことを忘れないで欲しいんだ」

 ハーレムを作ると言うことは「複数の女のコをナギの事情(魔法関係)に巻き込む可能性がある」と言うことを意味する。
 ダミーはナギ本人に迷惑を掛けたいとは思っているが、他人に迷惑を掛けたいとは思っていない(だから良心なのだ)。
 故にダミーは遠回しに「危険だから、ハーレムを作るのはやめた方がいいと思う」と取れなくもない進言をしたのである。

「……わかりました。他のコを囲っていることも危険に関わることも厭わないってコだけをハーレム要員にスカウトします」

 当然ながらダミーも のどか が簡単にあきらめるとは考えていなかったが……まさか、こう返されるとは想定していなかった。
 せいぜいダミーの言葉を否定はしないものの あきらめはしない程度――つまり、考え直してみる くらいの反応だと思っていた。
 それ故にダミーは「わかってくれるんなら いいんだよ、うん」とか、消極的な肯定をしてしまったのは仕方がないだろう。

(まぁ、ヤツのために危険を厭わないコなんてネギくらいしかいないだろうから、不特定多数を巻き込むようなことはないよね、うん)

 肯定も否定もするつもりがなかったのに肯定とも取れる反応をしてしまったことに軽く後悔したダミーだが、どうにか自己弁護して心を落ち着ける。
 と言うか、冷静に考えてみたら、のどか の構想ではハーレムの中心には あやか が必要なので、あやか が受け入れなければハーレムは不可能である。
 そして、現在のナギと あやか の関係は良好なものではない。つまり、あやか がハーレムを受け入れる訳がないので、ハーレムは成立し得ないのだ。

(まぁ、将来的には どうなるかわからないけど……それはヤツの問題な訳だから、オレは それを生暖かく見守って置こう)

 ダミーの役目は「本山にいるナギの代わり」でしかない。つまり、明日には役目を終えて元の木人形に戻る定めにある。それは確定された未来だ。
 将来のことは気にはなるが、将来なのでダミーには関係ない。それに、ダミーの元となったナギは関係ないことまで首を突っ込む性格ではない。
 つまり、ダミーにとって将来のことは どうでもいい。大切なのは「役目を終えるまでにナギに『ギャフンと言わせてやる』と言わせる」ことだけだ。

 繰り返しになるが、ダミーの希望はナギへの復讐だ。それに関係がないのなら、のどか がハーレム建設を企んでいてもダミーには どうでもいいのだ。



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Part.06:綾瀬 夕映の意思


(しかし、ハーレムか……随分と想定外のことになったよなぁ)

 まぁ、ハーレムは全男子の夢なので、ハーレムを目指すこと自体は悪いことではない。少なくとも、ダミーは そう思っている。
 ただ単に、ナギが喜ぶ様な展開になるのがダミーは気に入らないのだ。と言うか、ダミーはハーレムを味わえないので普通に悔しい。
 むしろ「オレをハメたばかりか、ヤツばかり いい目に逢うなんて……解せぬ!!」と、より一層 復讐の炎に身を焦がすだけである。

(と言うことで、オレはオレにできる限りの復讐をして置こう)

 そう結論付けたダミーはクルリと振り返って「ってことで、夕映はどーなんだ?」と物陰(に隠れているであろう夕映)に話し掛ける。
 仮に、夕映が隠れていなかったらダミーは虚空に話し掛けちゃうイタイ人間になってしまうが、幸いなことに その可能性は極めて低い。
 何故なら、物陰から伸びる影のシルエットが夕映っぽい形だからだ。老婆心ながら、隠れるならライトの位置関係も把握すべきだろう。

「……気付いていたですか」

 まぁ、仮にダミーがイタイ人間に思われたとしても、それはそれでナギのネガキャンにはなるので それはそれでいいかも知れない、
 などなど、実に どうでもいいことをダミーが考えている間に、夕映がオズオズと姿を現す。きっと複雑な心境なのだろう。
 つまり、顔を合わせづらいから隠れたものの会いたくない訳でもないし、呼ばれた = 発見された と言うことだろう、とか だ。

 とは言え、ダミーは そこまで思い至らず、素直に出て来るなら最初から隠れなければいいのになぁ とか思っている始末だが。

「――それで、先程 仰った『どう』とは、どう言う意味ですか?」
「え? そんなの決まっているでしょ? ハーレムの件だよ」
「それこそ決まっています。反対ならば のどか を止めてます」

 それはそうだろう。特に、風呂の件(24話参照)なんて、ハーレムに非協力的ならば参加している訳がない。

「あ、とは言え、今回の怪文書については賛成した訳ではないですよ?
 のどか がネットカフェで何かを作っているのは知っていたのですが……
 私が気付いた時には、既に怪文書は完成していて配られていましたです」

「……なるほどねぇ」

 まぁ、印刷をして配布をしたのは のどか ではなく茶々丸と言う話なので、夕映が気付かなくても仕方がないだろう。
 しかし、こうして考えてみると、改めて思うのだが……茶々丸はナギのことを少しばかり嫌い過ぎではないだろうか?
 エヴァを取られることを危惧してライバル視しているのだろうか? それとも、好意があるからこそ厳しいのだろうか?
 どう考えても前者だと思われるが、後者だと思って置くと幸せに過ごせるので、現段階では答えは出すべきではない筈だ。

「あ、ところで、何気なく流したけど……ハーレムに賛成ってことは、夕映もオレが好きってことでいいの?」

 そう、よくよく考えてみると のどか の意思は示されたが、夕映の意思は確認していない。あくまでも察せられるだけだ。
 万が一だが、のどか との友情を大切にしたために余り乗り気ではないのにハーレムに賛成したのなら、やめて置くべきだ。
 何故なら、ハーレムそのものの問題だけでなく、ナギにも問題(魔法と言う危険に遭遇する可能性が高い)があるからだ。

 つまり、生半可な覚悟なら「ナギのハーレムに入る」のは避けるべきなので、ダミーは敢えて確認したのである。

「……はぁ。そんなこと、今更なことですよ」
「そうかな? 確認してなかったと思うんだけど?」
「では、私が好きでもない殿方に肌を晒すとでも?」
「え? ああ、言われてみれば確かにそうだねぇ」

 確かに、風呂(24話)の段階で気付いて置け と言う話である。それどころではなかったかも知れないが、それでも気付くべきだ。

 まぁ、ダミーも気付いていなかった訳ではなく、あくまでも確信が欲しかっただけなので、そこまで責められないが。
 これまでの経緯で充分に確証は得られていた筈だが、それでも「何故にオレ?」と言う疑念のために確信を得られないのだ。
 所詮ダミーはナギの模倣品なので、ナギの自己評価(ネギ君とは比べるべくもない)から抜け出せないのである。

「……しかし、何で『オレ』なんかを好きになったの?」

 いや、本当に。どう考えても、ナギは節操が無さ過ぎる。しかも、ナギは夕映を恋愛対象としては見ていなかったので、扱いは友達でしかなかった。
 つまり、ナギは夕映に好意を抱いてもらえるような言動を取って来なかったのに、夕映はナギを好意を抱いているのだ。実に不思議である。
 まぁ、「本が好き」やら「議論が好き」と言った趣味が共通していたので、よく話はしていたが……それでも、フラグが立つ程ではなかった筈だ。

「そ、それくらい察してください!!」

 しかし、ダミーの素朴な疑問は答えられることはなく、夕映は顔を真っ赤にして脱兎の如く その場を離脱してしまうのだった。
 ダミーには「わからないことを訊いただけ」でしかないが、夕映には「恥ずかしい話を強要された」に等しいので、認識の違いが生んだ齟齬だろう。
 当然ながら、ダミーは そんなことに気付く訳がないが。何故なら、ダミーはナギの複製品でしかないからだ。残念なことは変わらないのだ。

(どうでもいいけど……夕映への魔法バラし、どうしよう?)

 風呂の件を考えると、夕映がハーレム要員になったのは昨夜以前だ。つまり、今晩 話題になった「魔法云々についての査定」はされていない。
 のどか に査定を丸投げしたダミーが気にする資格はないかも知れないが……夕映が魔法と言う危険を承知してくれるのかは定かではないのだ。
 まぁ、魔法(ファンタジー)に好奇心を刺激されるだろうから、そこに多少の危険が潜んでいても「危険は承知のうえです」とか許容しそうだが。

(そりゃあ、原作では自分で魔法に気付いて自分で魔法に関わろうと決めたっぽいけど……あれは、あくまでも『物語』の中のことだからなぁ)

 改めて言うことでもないが、『ここ』は『物語』の中ではない。現実だ。些細なミスで簡単に死ぬこともあり、その死は覆せない。
 必然的に、生半可な覚悟など意味が無くなる。むしろ邪魔だろう。キチンとした現実を見詰めたうえで覚悟をすべきだ。
 それ故に、夕映には魔法のことをキチンと説明したうえでナギと関わるか否かを決めて欲しかったのだが……既に姿すら見えないから無理だ。

 まぁ、諸々のことは きっと本体がうまくやってくれるだろう。ダミーは、そう結論付けて、問題を棚上げするのだった。



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Part.07:男達の番か?


「って言うか、これって本屋ちゃん じゃね?」

 夕映の背中を見送った後、諸々(復讐とか)が面倒臭くなって来たので部屋に帰って寝てしまうことにした、
 のだが……大人しくゴロゴロしていたオレに何故か怪文書を付き付けながらフカヒレが訊いて来たのである。
 いや、訊いて来た理由はわかるけどね? 質問の形式をとってはいるけど、あきらかに確認しているだけだし。

「……まぁ、ぶっちゃけ、その通りだね」

 否定するだけ無駄だと思ったので、アッサリと肯定して置く。
 恐らく、オレが のどか を侍らせていることへの文句だろうからだ。
 まぁ、文句を言われる筋合いはないが聞くだけなら聞いてもいい。

「じゃあ、本屋ちゃん の『秘密の花園』に草が生えていたかどうか、是が非でも教えてくれ!!」

 フカヒレは「この写真だと見えないんだよねー」とか言っているけど……
 お前、スゴ過ぎるよ。常軌を逸した反応に思わず呆然としちゃったよ。
 って言うか、それでいいの? ここはオレにキレるところじゃないの?

「……とりあえず、『薄っすらと茂っていた』とだけ言って置こう」

 フカヒレの変態具合に畏敬の念すら感じたオレはハッキリと事実を伝えることにした。
 もちろん、「なぬぅ!! パイ○ンじゃないのか!?」とかってセリフは聞こえない。
 だから、「クッ!! 仕方が無い、あきらめるか……」とかってセリフも聞こえない。

「って言うか、リア充は氏ねよやぁああ!!」

 フカヒレの痴態を鮮やかにスルーして宮元が実に酷いセリフを見舞ってくれる。
 ちなみに、「死ね」じゃなくて「氏ね」な辺りが宮元の優しさなんだと思う。
 まぁ、そんな優しさなどドブに捨ててしまえ と思うが、今は素直に受け取って置こう。

「別に充実してないから。むしろ、泣きたくなるのが現状だから」

 オレは宮元の神経を逆撫でしないように「死んだ目」をして語る。
 ここで薄ら笑いを浮かべようものなら逆上させるだけだからだ。
 宮元がキレても問題はないが、作らなくていい軋轢を作る趣味はない。

 って、しまった!! 復讐を考えると、ここは敢えて軋轢を作って置くところだったじゃないか!!

 ついつい いつも通りの対応をしてしまったけど、ネガキャンを忘れてはいけない。
 せっかくのチャンスだったが、今回は見逃すしかない。ここからでは挽回は不可能だ。
 宮元はオレのダメっぷりにシンパシーを覚えたのか、生暖かい眼をしているからね。

「って言うか、神蔵堂!! 見損なったよ!!」

 そして、田中。オレを糾弾しているけど、「ちょっと、いや、かなり羨ましい」って顔に書いてあるぞ?
 ここで「お前を信じてたのにぃいい!!」とかって顔だったら感動したのになぁ。まったく、惜しい男だよ。
 まぁ、そこまで『青春』をされちゃうと反応に困るんだけどね? やはり、何事も程々がいいって、うん。

「どう受け取ったのかは わかんないけど……あくまでもオレはハメられたんだからね?」

 散々ゆーな達に弁解して疲れているので、ここでの詳細説明は やめて置く。
 この説明で納得してくれないなら、それはそれでいい。正直、もう面倒臭い。
 それに、田中の文句が止んで本体の評価が下がるなら、それはそれでいいし。

「って言うか、これで和泉さんがキミをあきらめたら……ボクとしては非常に困るんだけど?」

 ちなみに、松平さんや? 言いたいことはわかっているから、耳元で囁かないでくれない?
 田中に聞かれたくないからなんだろうけど、ちょっと――いや、かなりゾクッとしたよ?
 って、そうじゃなくて!! つまり、漁夫の利を得ようとしたのが失敗しそうって文句なんだね?

「でもさ、そもそもの問題として、亜子がオレを云々って言うのは松平の妄想じゃないかな?」

 だって、その仮定が正しいとすると、亜子がオレにホレている と言う摩訶不思議が成立するんだよ?
 そんなん有り得ないって。亜子はサッカー部の先輩に――って、先輩は もう卒業したんだっけ。
 いや、まぁ、卒業したからって それで恋が終わる訳じゃないから、まだ先輩にホレている筈よ、うん。
 でも、原作だと卒業の時に告ったらしいけど、ここだと そんな様子は見受けられなかったんだよなぁ。
 って言うことは、先輩に対しての想いは 告るまでではなかったってことかな? ……よく わかんないや。

「はぁ……君は根本的なところでダメなのが玉に瑕だねぇ。見た目がイイだけに、実に残念だよ」

 うん、今のセリフには決してツッコまないよ? 特に後半はスルーするよ?
 だって、松平のターゲットは田中だからね。オレなんて眼中に無い筈だからね。
 さっきの囁きは田中に聞かれたくなかっただけだって、オレは信じてるもんね。

「って言うか、このロリっ娘は誰だぁああ?!」

 おいおい白井。もう少し、オレを気遣ってよ。今のオレは優しくして欲しいんだよ?
 確かに、夕映は お前の好みに合致したロリっ娘だろう。それは よくわかっている。
 だからこそ、そんなコと一緒に入浴したオレにキレたい気持ちもわかっている――って、あれ?

 と言うことは、白井にキレられても仕方が無いってことじゃないかな?

 フカヒレの反応がアレ過ぎただけで、どう考えても白井の反応が普通だよねぇ。
 ああ、ヤバいなぁ。感覚がおかしくなっているよ。もう少し、普通にならなきゃ。
 うん、だから、ここは軽く流して置こう。どうでもいい文句はスルーするが普通だ。

 ……そんなこんなで、オレは「部屋にいたら それはそれで面倒臭かったじゃん」と言うことに気付くのだった。



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Part.08:春日 美空の動揺


 身も蓋も無く言うと、美空は怪文書を見て嫉妬していた。

 だからこそ、美空は嫉妬した自分に戸惑いを覚えて、感情の整理ができていなかった。
 と言うのも、美空は自分の感情に気付いてはいたのだが、抑えるつもりでいたからだ。
 何故なら、彼にとって自分は友人でしかないことが(思考が理解できる故に)わかっていたからだ。

「やぁ、美空。こんなところで会うなんて奇遇だねぇ」

 そんなこんなで悶々としていた美空に(男達の相手が面倒臭くなったので部屋から逃げて来た)ダミーが話し掛けて来る。
 言うまでもないが、別にダミーは美空に会いに来た訳ではない。人気が無い場所を探していたら美空がいただけである。
 この邂逅を「単なる偶然」と取るか「神の仕組んだ必然」と取るかは当人次第だ(まぁ、ダミーは前者でしかない訳だが)。

「ナ、ナギ……」
「ん? どーしたん?」

 美空は思考の渦中にいる人物の登場に少し驚きながら、複雑な心境からか少しだけ曇った表情をする。
 そんな細かい美空の心情には気付けないダミーだが、美空の反応から元気が無いことだけは気が付いた。
 だが、人の善意や好意を理解しようとしないナギが元であるため、ダミーの想定した内容は酷かった。
 なんと、ダミーが続けた言葉は「もしかして、お腹が空いているのか?」だったのである(実に酷い)。

「ええい!! 『元気が無い = お腹が空いている』って方程式を乙女に当て嵌めんなっス!!」

 まぁ、美空の怒りは当然だろう。と言うか、『元気が無い = お腹が空いている』とか、どこの戦闘民族の方程式だろうか?
 とは言え、いつもの様に元気にツッコませることに成功したので、ある意味ではダミーの狙い通りだったりするのだが。
 そう、ダミーの目的は「美空の元気が無い理由を解明すること」ではなく、「美空が普段通りに反応してくれること」なのだ。
 どんな形でも美空が元気になればダミーは満足なのである。何故なら、元気のない美空を見ることなどダミーには耐えられないからだ。

「じゃあ、もしかして……『あの日』だったりするのか?」

 ただ、調子に乗るのはいただけない。もっとツッコませて気分を盛り上げたかったのだろうが、遣り過ぎだ。
 相手が悪ければセクハラ扱いされるセリフだろう。と言うか、常識的に考えて、最低なセリフではないだろうか?

「うっわ~~。物凄く蹴り殺したくなるセリフっスねぇ」
「え? 違うの? 乙女って言うから てっきり そうだと……」
「はぁ……ナギの想像力って貧困過ぎるんスよねぇ」

 しかし、美空は偉大だった。なんと、美空は軽くツッコむだけだったのだ。まぁ、だからこそ、彼から「友達」と認識されてしまうのかも知れないが。

「そうかなぁ? オレ、想像力はある方だと思うんだけどなぁ?」
「いや、妄想と想像は違うっスよ? って言うか、ナギのは妄想力っスよ?」
「いやいや、想像も妄想も似たようなものじゃないかね?」
「いやいやいや、特にココネに関しては妄想ハラスメントっスよ?」
「あ、あれは純粋に愛でてるだけだよ? ハラスメントじゃないよ?」
「いや、セクハラが標準装備されているナギが言っても……ねぇ?」
「ち、違うもん!! ――って、あれ? その手に持ってるのって……」

 話題がマズい方向に向かったためダミーは話題を変えようとした。

 そして、話題を探すために周囲を見回したら、ふと目に付いたのだ。
 美空に握り締められてクシャクシャになっている例の怪文書を。
 つまり、怪文書を読んだ美空がムシャクシャした、と察したのだ。

「え? あっ!! こ、これは……ち、違うんスよ?」

 美空の あからさまな反応に、ダミーは内心で「いや、何が違うのさ?」とかツッコミつつ、表面では美空を観察する。
 そして、「本体を からかうネタができて喜んでいたことを悟られたくないんだな?」とかアホ全開の想定をしてしまう。
 だからこそ、ダミーは敢えて美空の思惑(からかう云々)に気付かない振りをして、バカ丸出しのセリフを吐くのだった。

「なるほどぉ……つまり、オレにホレてたってことだね?」

 もちろん、ダミーとしては美空をからかうために言ったことであるため、内心では「そんな訳ないけど、ネタ振りだからねぇ」とか思っている。
 だが、実は的を得過ぎているセリフだったので実に性質が悪い。ある意味ではオウンゴールなセリフだ。しかも自覚が無いの救いが無い。
 ちなみに、ダミーの考えは「美空は数少ない友達の一人だから、美空と気不味くなったらツラいだろうなぁ(ニタリ)」とか言う体たらくである。

 繰り返しになるが、所詮ダミーはナギの偽者なのである。その発想はナギと大差がないのだ。

「な、なななな何を言っていやがるんスか!! 意味がわかんないスよ?!
 って言うか、そんな訳ねーに決まってるじゃないスか!!
 ちょっと、いや、かなり調子に乗ってやがるんじゃないスか!?」

 慌てる美空に対し冷静なダミーは「え? 何、その反応?」と普通に首を捻る。そして……

(あ、わかった。オレを勘違いさせるための誘導だな? 本心では「ナニイッテンノ?」とか思ってるんでしょ?
 フッフッフ……オレをナメちゃいけないぜ? 何故か鈍いと言われているけど、意外とオレって鋭いんだよ?
 まぁ、思惑が読めたので、普段なら「ハッハッハ!! 冗談だよ、美空君?」とか言っているところだけど。
 今は本体を苦しめたいからね、敢えてハメられることで「美空にからかわれるネタを作る」って方向で行こう)

 言うまでもないだろうが、ダミーの勘違いである。このアホ、思い込みと言う名のフィルターが掛かり過ぎているのである。

「そうか……いや、そんな訳ないよね? わかってたさ。
 まぁ、もしそうだったらなぁって期待はしていたけどべ。
 あ、でも、オレの勘違いだったみたいだから忘れてくれ」

 どこかの主演男優賞を狙えるんじゃないだろうか? とか言えるレベルで残念そうな演技をするダミー。

 少々俯いた後に無理して笑っているように見せた辺り、実に芸が細かい。まさに匠の技だ。
 人を欺くために演技を磨いたらしい本体の演技力を充分に引き継いでいる と言えるだろう。
 まぁ、ここは演技力を発揮すべき場面ではないのだが……そこら辺も含めて実に『らしい』。

「あ? え? そ、そーなんスか?」

 その演技はナギを見慣れている美空ですらも見抜けなかったようで、美空は普通に騙される。
 まぁ、演技の質で騙せたのではなく、内容が騙されたい内容だったから騙せたのかも知れないが。

(……あ、あれ? 何でちょっと嬉しそうなの? そこはオレを笑い飛ばすとこなんじゃないかい?
 まさか、まだ引っ張る気? 確かに、上げてから落とした方がダメージはデカいとは思うけどさ。
 でも、そこまでオレ――本体をイジメて楽しいの? ……いくら何でも、本体に同情しちゃうよ?)

 それを更に勘違いして受け止めたダミーは己の妄想に居た堪れなくなり、「と、とにかく、この話はこれで終わり!!」とか言って逃げるのだった。

 ちなみに、その背を見送っていた美空は、彼がダミーだったことを思い出して微妙な気分になるのだが……それは また別の話なので割愛する。
 また、一連の遣り取りを物陰からコッソリと観測していた のどか が「目標発見」とでも言わんばかりの笑顔を浮かべていたのも別の話である。
 そのため、のどか が美空をハーレムに取り込もうとアレコレ計画を練ったり暗躍を開始したりすることも別の話に違いないったら違いない。



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Part.09:全て遠き理想郷


 諸君、私はココネが好きだ。諸君、私はココネが好きだ。諸君、私はココネが大好きだ。

 花のような笑顔が好きだ。冷めた瞳が好きだ。艶やかな黒髪が好きだ。健康的な小麦色の肌が好きだ。
 清楚なシスター服姿が好きだ。可愛らしい初等部の制服姿が好きだ。たどだとしいカタカナ語尾が好きだ。

 教会で、並木道で、公園で、草原で、喫茶店で、焼肉屋で……この地上に存在し得る ありとあらゆるココネの言動が大好きだ。

 構ってオーラ全開で近付いて来たのを可愛がる時の反応が好きだ。上目遣いにねだられて肩車をしてやった時の笑顔など心が踊る。
 美空をイジメてコッソリとニヤリ笑いを浮かべるのを見るのが好きだ。特に美空がオレを変態扱いしている時など胸が空くような気持ちだった。
 粗相をしてシスター・シャークティに怒られている時の涙目が好きだ。オレに「慰めテ」と言わんばかりに擦り寄って来る様など感動すら覚える。

 頭を撫でて欲しいとアピールするために頭をさりげなく差し出して来る様などは……もう堪らない。

 頭を撫で回したい欲望を抑えて『お預け』をしてやるとスネてポカポカと殴って来るのも最高だ。
 その詫びと称して『抱っこ』もしてやると満面の笑顔を浮かべてくれるので絶頂してしまうくらいだ。

 オレとのスキンシップを純粋に楽しんでくれている様子が好きだ。
 それ故、美空にスキンシップを阻まれた時はとてもとても悲しいものだ。
 ココネと紳士的な意味で触れ合う時間が何物にも代え難い程に好きだ。
 それ故、美空に単なる変態と同列に扱われるのは屈辱の極みだ。

 ……諸君、私はココネを――天使の様なココネを望んでいる。

 諸君、私に賛同してくれる紳士諸君。諸君達は一体『何』を望んでいる?
 更なるココネを望むか? 情け容赦のない、萌の塊の様なココネを望むか?
 計り知れない萌を擁する、三千世界を普く照らす光の様なココネを望むか?

『ココネ(幼女)!! ココネ(幼女)!! ココネ(幼女)!!!』 (オレの脳内に流れた紳士達によるシュプレヒコール)

 ……よろしい、ならばココネ(幼女)だ。

 我々は、このアツい思いを広く世間に伝えることすら憚られてしまう変態だ。
 だが、暗い欲望を抑え、純粋にココネを愛でることができる我々は ただの変態ではない。
 そう、我々は変態と言う名の紳士だ!! 言わば、真の意味での紳士なのだ!!

 我々は世間から見れば少数派――常識的に考えると負け犬に等しい。

 だが、諸君は それ故に真の紳士と成り得るのだ と私は信仰している。
 ならば、我々は、諸君と私とで究極で至高の真摯な紳士集団となる。

 我々を単なる変態だと蔑む連中を刮目させてやろう。瞼を抉じ開けて、我々の勇姿を見せてやろう。
 連中に萌の真髄と言うものを味わわせてやろう。連中に我々の至高の嗜好を理解させてやろう。
 天と地の狭間には、奴等の常識では計り知れない程の萌が溢れていることを思い知らせてやろう。
 真の意味での紳士達によって、似非紳士共で ひしめく蒙昧なる世界を萌で埋め尽くしてやろう。

 …………うん、まぁ、ここら辺で現実に戻ろう(いくら少佐殿をリスペクトしているからって遣り過ぎだよね?)。

 いやぁ、美空と話したせいか、ココネのことで頭がいっぱいになっちまったぜ。
 って言うか、最近のオレにはココネ分が足りてないから、仕方が無いよね?
 だって、オレにとってココネ分は三大栄養素の一角とも言える存在なんだもん。

 って言うことで、ココネとの思い出を思い出してココネ分をセルフ補給しよう。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 ……あれは、春休みの中頃(つまり、アルジャーノンでバイトに精を出していた頃)の出来事だった。

 相も変わらずマスターとマダムにコキ使われていたオレは、心の休養のために麻帆良教会に訪れた。
 もちろん、敬虔なクリスチャンと言う訳でもないオレが ここを訪れたのは祈りや懺悔のためではない。
 それらで心が満たされる人間もいるのだろうが、生憎とオレの心は満たされない。そんなキャラではない。

 そう、オレは心の清涼剤とも言えるココネに会いに来たのである(あ、美空はオマケだよ?)。

「おはよう、ココネ。あと、ついでに美空」
「うン、おはよウ、ナギ」
「って、アタシはついでっスか!?」

 ココネは愛らしく笑って挨拶を返し、美空は姦しくツッコミを入れる。

「いや、だって、オレはココネに会いに来たんだから、美空はついででしかないでしょ?」
「いやいや、『何で当たり前のことを訊いてんの?』って顔されても困るんスけど?」
「え? じゃあ、困ればいいじゃん? オレは特に困らないから何一つとして問題ないよ?」
「うっわ~~。本気で一回くらい殺した方がいいんじゃないスかね、この変態……」
「フッ……いくらオレでも殺されちゃったら甦れないので、謹んで お断りするぜ?」
「いや、いくらナギ(変態)でも殺したら死ぬってわかってるっスから、マジレスすんなっス」

 そうか、わかってるのか。ならば、善しとして置こう。

「って言うか、オレの気のせいじゃなければ、今オレと書いて変態と読まなかったかい?」
「え? 何で そんな当たり前のこと訊いてるんスか? 遂に頭に蛆でも沸いたっスか?」
「……実にヒドい言葉をありがとう。って言うか、さっきの仕返しだな、コンチクショウ」
「フッフッフッフッフ……仕返しは忘れる前にするのがアタシのジャスティスっスよ?」
「そんなジャスティスなど捨てちまえ。って言うか、忘れるくらいなら仕返しすんなっての」

 って言うか、忘れるような内容なら仕返しするまでも無いってことじゃないのかな?

「その点は大丈夫っス☆ アタシが仕返しするのは基本的にナギだけっスから☆」
「何、その『☆』は!? って言うか、何で そんなに『いい笑顔』してんの?!」
「え? ツッコむべきところはソコっスか? ……普通は別のトコじゃないっスか?」
「え? まぁ、敢えて言うならば、それがオレのジャスティスだから、かな?」
「いや、カッコつけているつもりかも知れないスけど、物凄くカッコ悪いスよ?」
「うっさいわ!! って言うか、オレはココネを愛でに来たって何回言わせるのさ!!」

 いやぁ、危ない危ない。ついつい美空のペースに乗せられるところだったぜぃ。

「……いや、ナギ。今のセリフは さすがにマズいと思うんスけど?」
「え? 何で? オレは本当のことを言っただけだよ?」
「いや、だって、今『ココネを愛でに来た』って言ったじゃないスか?」
「え? いや、もちろん、性的な意味じゃないよ? 慈しむ感じだよ?」
「う~~ん、ナギが言うと、どうも信憑性が感じられないんスよねぇ」
「そ、そんなこと無いさ!! ココネはオレを信じてくれるよね?」
「え? え、え~~ト…………うン、まァ、私はナギを信じてるヨ?」

 ココネ……オレは お前だけはオレを信じてくれるって信じてたよ!! もちろん、何故に疑問系なのかはスルーするよ?

「と言う訳で、オレは今からココネ分を補給しようと思う」
「いや、そのセリフを吐いた時点で変態も過ぎるんスけど?」
「何それ? 意味わかんない。むしろ、わかりたくもない」
「……とりあえず、アタシの目の黒い内は好きにさせないっスよ?」
「フッ、安心しなよ。オレは幼女を愛でるが手折ることはしないから」
「物凄く変態的なセリフっスけど、変態としての矜持はあるんスね?」
「もちろん。何せオレは『変態と言う名の紳士』だからね」

 オレのような真摯な紳士と そこら辺の似非紳士を一緒にしてもらっては困るのですよ?

「じゃあ、ココネ。とりあえず、二人で懺悔室にでも入ろうか?」
「え? うン、わかっタ。でモ、何デ懺悔室に入るノ?」
「それは、余計な邪魔が入らない――もとい、落ち着けるからさ」
「って、待てぇい!! どう考えても変態が過ぎるっスよ!!」
「安心して。ちょっとばかりココネとスキンシップするだけだから」

 具体的に言うと、ココネを膝の上に乗せて頭を撫でつつクンカクンカするだけだってば。

 いやぁ、ココネの放つ幼女特有の甘ったるい体臭(香り)は実に溜まらんのですよ。
 別に匂いフェチってワケでもなかったんだけど……最近、目覚めそうになったくらいさ。
 事の前にシャワー浴びる日本人がもったいないって気持ちが理解できてしまう感じで。

「それならココでやれ と言うか、その言動が既にダメと言うか、何と言うか、いや、何と言うべきか……」

 おぉ、そうだね。別に密室で行う必要は無いね。
 って言うか、密室でやったら自制心が崩れそうだよ。
 具体的に言うと、イくとこまでイっちゃいそうだ。

「じゃあ、ココネ。抱っこしてあげるから、おいで~~」

 オレは隣で何やらブツブツ言っている美空を華麗にスルーして、ココネを膝に誘う。
 それに対し、ココネは嬉しそうに「うン」と言ってオレの膝に飛び乗って来る。
 フッ、まったく、愛い奴よのぅ。褒美にタップリと可愛がってやろうではないか。

「よ~~し、よしよしよし……」

 某ムツゴロウさんが野生動物を可愛がるようにココネの頭を撫で回すオレ。……うんうん、実に素晴らしい撫で心地だねぇ。まるで絹糸のようだよ。
 それに、撫でる度にシャンプーと体臭の混ざった香りが漂ってくるし。しかも、ココネは幸せそうに「えヘヘ~~」って笑ってくれるんだよ?
 ついつい調子に乗ってココネの髪に鼻を埋めてクンカクンカしても しょうがないって。何かココネがちょっと恥ずかしそうだけど、その姿も 萌えるし。

 ――フフフ、どうやらオレは『全て遠き理想郷(アヴァロン)』に辿り付けたようだ。

「って、待てぇええええい!! アンタは一体どこへ行こうとしてるんスか!!」
「え? いや、その、何て言うか……『全て遠き理想郷(アヴァロン)』?」
「いや、何で『妖精の世界』なんスか? むしろ『変態の世界』っスよね?」
「いや、今のオレは不死身だと思えるし、ココネと言う妖精がいるからじゃない?」
「……まったく意味がわからないんスけど、不死身なら死ぬまで蹴っていいっスよね?」
「いや、不死身でも死ぬ『まで』蹴られたら死ぬんじゃないかな? だから、やめ――」
「――なるほど。じゃあ、死ぬ『程』蹴るだけならいいってことっスね?」

 その時の美空の笑顔は、とても『いい笑顔』で反論などできませんでした。

 って言うか、何で美空は あんなに怒ってたんだろ?
 ――あっ、ココネに変態的な行為をしていたからかぁ。
 でも、ココネはイヤがってなかったから問題ない筈だよね?

 ちなみに、美空に蹴られる前に戦線を離脱したので、オレはノーダメージでしたよ?

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 ……はふぅ。やっぱりココネは可愛いなぁ。そうは思わないかね、紳士諸君?

 何て言うか、世間ではココネのことを美空のオマケだと認識している輩がいるらしいけど……むしろ、逆だよね?
 実際は、美空がココネのオマケだよね? 美空はココネの愛らしさを引き立てるためのファクターに過ぎないよね?
 言わば、「美空はただの飾りです。偉い人にはそれがわからんのです」って感じだよね? みんな も そう思うよね?

 あ、ちなみに、「結局、現実に戻ってねーじゃん」ってツッコミは敢えてしないのが優しさだと思うよ?


 


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オマケ:雪広あやか の憤怒


 美空と別れたダミーは しばらく人気の無さそうなところで時間を潰した(その際にココネの回想をしていた)。

 そして、「そろそろ男共が寝静まった頃だろう」と判断してもいい時間になったので、ダミーは部屋に戻ろうとした。
 戻ろうとしたのだが……その途中のロビーで、偶然か必然か「今、最も会いたくない人物」を発見してしまったのだった。
 その人物とは、雪広あやか。那岐とナギの違いを唯一知る人物にして、『今の彼』にとっては最も苦手とする人物だった。

(うっわ~~、メチャクチャ不機嫌になってるよ)

 例の怪文書であろう紙を握り締めながらプルプル震える あやか を見てダミーは戦慄した。
 怪文書が出回ってから随分と時間が経つのに未だに怒り心頭なのは、それ程の怒りなのだろう。
 まぁ、那岐の顔で他の女性と仲良くしているのが許せないのだから当然の反応かも知れない。
 だが、それを理解できていても「瘴気を発しているような憤怒」にビビらない訳ではない。
 そのため、見なかったことにして可及的速やかに離脱したダミーを誰も責められないだろう。

(今まで気付かなかったけど……雪広あやか に嫌われるだけで、ヤツには大ダメージだったんだよなぁ)

 ダミーは(那岐の心情は よくわからないが)ナギの心情は手に取るようにわかっている。
 むしろ、本人でありながら本人ではない立場であるため、本人以上に理解していると言えるだろう。
 そのため、ナギにとっては あやかに嫌われるのが一番のダメージだと言うことに気が付いた。
 まぁ、もっと早く気付け と言いたいが、ナギがベースになっているので仕方がないのである。

(まぁ、直接オレが嫌われるようなことをするのはツラいから今回の形がベストだった訳で、結果オーライなんだけどね)

 幸い、のどか と茶々丸の暗躍(つまり、怪文書)の御蔭で、ダミーは直接あやか に『何か』をする必要は無かった。
 いくらナギを苦しめるため とは言っても、ダミーも あやか には嫌われたくはない。そのため、実に僥倖だった と言える。
 恐らく「あやか に嫌われる」と言う復讐方法を最初に思い付けていても、ダミーは実行できなかったに違いない。

(とにかく、後のことはヤツに任せよう。って言うか、雪広あやか にタップリと小言を言われるがいいさ)

 これからナギに起こるだろう悲劇を思うと、自然と笑みが零れて来る。
 ダミーの言動の結果で起きた事態なら罪悪感が沸いた可能性もあっただろうが、
 これはナギの自業自得によるものなので、ダミーは何も気にすることは無い。

 そのため、ダミーは とても『いい笑顔』で満足するのだった。


 


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後書き


 ここまでお読みくださってありがとうございます、カゲロウです。
 以前から「改訂した方がいい」と言う意見が多数あったので、改訂してみました。


 今回は「自重を忘れたダミーの暴走の筈が、いつの間にか のどか の暗躍になっていた」の巻でした。

 もうちょっとダミーを暴走させてもよかったかなぁとは思ったんですけど、
 問題を押し付けられる本体が可哀想過ぎたので、程々にして置きました。
 って言うか、のどか の暗躍の方が地味に本体にダメージを与えそうですよね。

 さて、このままハーレムルートに逝くのでしょうか? ……それは続きを読んでのお楽しみ、と言うことでお願いします。


 では、また次回でお会いしましょう。
 感想・ご意見・誤字脱字等のご指摘、お待ちしております。


 


                                                  初出:2010/10/31(以後 修正・改訂)



[10422] 第28話:逃れられぬ運命【改訂版】
Name: カゲロウ◆73a2db64 ID:552b4601
Date: 2013/03/25 20:59
第28話:逃れられぬ運命



Part.00:イントロダクション


 引き続き4月24日(木)、修学旅行三日目。

 ナギは本山にて特使としても婚約者としても『挨拶』を済ませた。
 そんな彼を待ち受けている運命は、果たしてどのようなものなのだろうか?



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Part.01:運命との邂逅


「ところで、ちょっと訊きたいことがあるんだけど……いいかな?」

 楽しい楽しい男だらけのバスタイムを恙無く終えた後、ナギはタカミチと共に詠春の部屋に招かれていた。
 ナギとしては襲撃までの時間を一人で過ごしたかったのだが、立場的にそうも行かないので仕方がない。
 まぁ、『準備』は終わっているので問題は無い。問題はないが、気分的に一人で覚悟を固めたかったのである。

「ぶっちゃけ、君の本命は誰なんだい?」

 本当に ぶっちゃけ ている。と言うか、ぶっちゃけ過ぎである。だが、これは文字通りの意味として捉えてはいけないだろう。
 むしろ、言外に込められた意味を読み取るべきだ。詠春の「笑っている筈なのに目が笑っていない」表情が動かぬ証拠だ。
 って言うか、ナギがフラグを乱立している現状を軽く非難したうえで「もちろん木乃香が本命だよね?」と言いたいに違いない。

「……すみません。若造に過ぎないオレでは誰かを背負うことは荷が勝ち過ぎるため、その答えは出せません」

 本来ならば、詠春の期待通りに「もちろん、木乃香が本命ですよ」とか爽やかに答えるべきだろう。
 だが、そう答えてしまうと厄介なことになりそう(西を引き継ぐとか)なので、ナギは敢えて答えを誤魔化した。
 理由は それなりにあるが、結局は「尤もらしいことを言って煙に巻く」と言う お決まりパターンでしかないが。

「なるほど。つまり、誰と答えても死亡フラグが立つ状態なんだね?」

 敢えて言うまでもないだろうが、詠春はナギの状況(フラグ乱立状態)をすべて把握したうえで質問している。
 つまり、内心とは裏腹に にこやかな表情で――と言うか、実に いい笑顔でナギの心を抉って楽しんでいるのである。
 それを理解しているナギは「立場的に考えても、似たような趣味をしていることを考えても、文句が言えない」状態だが。

「『若い頃の苦労は買ってでもしろ』とは言うけど、女性関係での苦労はしない方がいいと思――ッ!!」

 詠春は実感の篭っていそう(あくまでもナギの感想だが)なことを言っている途中で言葉を切る。
 その目は軽く見開かれており、口以上に雄弁に「詠春が『何か』に気付いたこと」を物語っている。
 恐らく、フェイトが本山に侵入して来たのだろう。ナギは そう想定し、密かに気を引き締め直す。

「――障壁突破『石の槍』」

 しかし、いくら想定の範囲内とは言え、突然の襲撃には驚かされたが。声を出さなかっただけ奇跡だと言える。
 恐らくは『水のゲート』を使って近く(に置いてある風呂上りのコーヒー牛乳)の水面を通って来たのだろう。
 ちなみに、ナギは冷静に分析しているように見えるが、ナギを巻き込み兼ねない奇襲に実は相当テンパっている。

 だが、当然ながら その場で無様にテンパっているのはナギだけだった。つまり、詠春とタカミチは冷静だった。

 詠春の方は言葉を切った直後に(床の間に飾られていた)刀を抜刀しており、突然 現れた石の突起物(石の槍)を切り刻んでいたし、
 タカミチはタカミチで、揺らめくように光る右手と立ち昇るように光る左手を胸の前で掛け合わせて『咸卦法』を行い戦闘準備を終えていた。
 さすがは『紅き翼』と言ったところだろうか? バリバリ現役のタカミチだけでなく、現場から離れたらしい詠春も 素晴らしい反応だ。

「――ッ!! やはり、アーウェルンクス!!」

 初撃を難なく防いだ詠春が詠唱者の方を見遣ると、鋭い声を上げた。その言葉が正しいなら、やはり襲撃者はフェイトだったようだ。
 しかし、何故に『やはり』なのだろうか? それでは、まるで詠春が「フェイトが襲撃して来ることを想定していた」みたいではないか。
 いや、まぁ、アルビレオの手紙で示唆されていたので実際に想定していたのだが、ナギは それらの事情を知らないため、寝耳に水だ。

(あれ? 白ゴス剣士と小太郎は鶴子さんが回収して『然るべき処置』をしているから、銀髪幼女の存在とか襲撃とかを詠春さんは知らない筈だよね?)

 ナギ達は『偶然にも』千草から情報を得られたため、フェイトの存在も本山襲撃計画も知っていた。
 だが、ナギは情報を独占していると思い込んでいるため、詠春達はフェイト関連を知らないと思い込んでいる。
 まぁ、長側であろう鶴子から情報が漏れた と見ることもできるが、ナギは その可能性は余り考慮しない。

(だって、今の鶴子さんは『オレの陣営』に加わってくれているから、現在の長にすら情報漏洩をする訳がないもん)

 ナギが鶴子のことを見誤っていたり、鶴子がナギのことを見限っていたりする可能性もない訳ではないが、その可能性は敢えて考えない。
 いちいち疑っていては進めないからだ。と言うか、今 大事なのは「詠春が情報を得た手段」ではなく「詠春が得た情報の内容」だ。
 何故なら、ナギの『策』は「フェイトに目的がバレていない と思わせている」ことが前提だからだ。目的まで知られているのは不味い。

「『斬空閃』!!」

 そんなことをナギがブツクサ考えている中、詠春は躊躇することなくフェイトに(技名を叫びながら)大きく刀を振るっていた。
 ちなみに『斬空閃』とは斬撃を飛ばす技であるため、今の行動は「ただ叫びながら素振りをしてみた」と言うアレなものではない。
 いや、平時ならともかく非常時(と言うか戦闘中)に そんなことをやられたら、さすがに脳の構造を疑いたくなる珍行動だろう。

  ヒョイッ

 しかし、詠春の攻撃は難なくフェイトに避けられてしまう。まさに「当たらなければどうということはない!!」と言う状態だ。
 とは言え、詠春の攻撃が避けられることは想定の範囲内だったようで、避けて体勢が崩れたところをタカミチが狙っていた。
 タカミチは大振り気味の正拳突きをフェイト目掛けて振り抜いた。ちなみに、両者の距離は5mはあり、余裕で拳は届いていない。

  ドゴォォンッ!!

 恐らくは『咸卦法』状態でのみ発動できると言う『豪殺居合い拳』だったのだろう。大砲のような破壊音が鳴り響いた。
 まぁ、敢えて言うまでもないだろうが、破壊音が響いた と表現したように、タカミチの攻撃は命中『は』した。
 ただし、フェイトに直撃したのではなく、フェイトの周囲に展開されているだろう『障壁』に命中したので、フェイトは無傷だ。

「……ふむ。やはり、君達は厄介だね」

 フェイトは一連の攻防に何も感じていないのか、ケロッとした表情で余裕綽々にコメントをする。
 言い換えるならば、詠春とタカミチの二人を前にしてもフェイトには余裕がある と言うことだろう。
 原作のインフレ具合を差し引いて考えても、ラスボス的な扱いだったフェイトの武力は規格外のようだ。

(正直、オレと言う足手纏いがいる状態では勝ち目はないだろうね)

 まぁ、ナギがいなかったとしても勝ち目は低いだろうが、それでも足手纏い(ナギ)がいないだけ勝率は上がる筈だ。
 つまり、この場においてナギは邪魔者でしかないため、可能ならば速やかに場を離脱したい。いや、するべきだ。
 それは「戦場と言う危険に身を置きたくない」と言う『逃げ』の思考ではなく「足手纏いになりたくない」と言う矜持だ。

 ナギは、存在するだけマイナスでしかない現状を正しく認識しながら、何もできないことに歯噛みするのだった。



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Part.02:甦る記憶


 まぁ、敢えて語ることではないかも知れないが、オレが足手纏いであることがわかっていながら逃げなかった理由を語ろう。

 と言うのも、どうやら『転移妨害』が施されているようで『影のゲート』を発動できなかったので逃げられなかったのである。
 それに、自分の足で戦闘区域(詠春さんの部屋)から脱出しようにも三人の戦闘が凄過ぎて下手に動けないため逃げようが無いのだ。
 このままでは危険だ とはわかっているのだが、状況を打破できないのが――つまり、傍観するしかないのが現状なのである。

「ヴィシュ・タル リ・シュタル ヴァンゲイト。小さき王、八つ足の蜥蜴、邪眼の主よ。時を奪う毒の吐息を。『石の息吹』」

 そして、そんなジリ貧とも言える戦闘の末、銀髪幼女は防御しながらも詠唱を完成させてしまった。
 オレの危惧した通り、オレに戦闘の余波が来ないように二人は防御せざるを得ない時があるため、
 二人が絶妙なコンビネーションで攻めるもオレを庇ったためにチャンスを逃さざるを得なかったのだ。

「危ないっ!!」

 銀髪幼女の詠唱が完成した瞬間、タカミチは その魔法の危険性を悟ったようで慌ててオレを範囲外へ突き飛ばす。
 勢い余ってオレは扉をブチ破り、部屋の外まで吹き飛ばされてしまったが。って言うか、かなり痛いんだけど?
 だけど、オレには文句など言えない。だって、オレを突き飛ばしたタカミチは その姿勢のまま石化しつつあるのだから……

「……大丈夫だよ、こんなの何てこと無いさ」

 タカミチは顔全体で穏やかな笑みを作ると、右手と左手を胸の正面で掛け合わせる。
 きっと、『咸卦法』の出力を上げたのだろう。タカミチを蝕んでいた石化が止まった。
 だけど、下肢が――既に石化している部分が、ピキピキと罅割れていくのをオレは見逃さない。
 恐らく、石化した部分では『咸卦法』の出力に耐え切れないために起こった『罅割れ』だろう。
 このまま『咸卦法』を使い続けたら間違いなく石化部分は崩れるだろうことはオレですらわかる。

「大丈夫だって。キミを守るためならば、こんなの屁でもないさ」

 オレの視線から、オレがタカミチの身を案じていることが伝わったのだろう。
 タカミチは罅割れた下肢など気にしていないかのように、穏やかに微笑む。
 嘘の下手なタカミチにしては、非常にうまい演技だ。余人なら騙されているだろう。
 だけど、オレには通じない。「無理してます」と言う笑顔は見慣れてるいるから。
 特に、身を挺してまでオレを助けてくれる人の笑顔は見逃す訳が無いさ。

 そう、『あの時』のガトウさんのような笑顔は、忘れたくても忘れられないから……

 って、あれ? ガトウさん? ガトウさんって誰だっけ?
 どっかで聞いたことのある名前なのは確かなんだけど……
 何でオレは『その人』を『身近な人』のように語ったんだ?

 あ、あれ? 意識が、段々と、薄れ、て……い、く…………?

 ……………………………………
 ………………………………………………
 …………………………………………………………

「よぉ、タカミチ……火ぃ、貸してくれないか…………?」

 オレの目の前には、岩に凭れ掛かった中年男性がいる。その腹部は血塗れで、彼の座す地面は血で彩られていた。
 考えなくてもわかる。彼が死に瀕しているってことは。だから、「最後の一服……って奴だぜ」って言葉は嘘ではない。
 先の言葉の通り、本当に今から吸う一服が『最後の一服』となるだろう。そんなことくらいオレですらわかった。

  カチンッ!! シュボッ……

 オレの隣にいた若かりし頃のタカミチは、無言で男性が咥えていたタバコに火を付ける。
 どうでもいいかも知れないが、ライターではなくジッポである辺りが雰囲気に合っていると思う。
 いや、不謹慎だとは思うのだが、余りにもハードボイルドな空気が似合い過ぎているのだ。
 特に男性は、あきらかに死に際なのに余裕に見える笑みを浮かべており、ハードボイルド過ぎる。

「あー……うめぇ……」

 男性は肺いっぱいに紫煙を吸い込むと「フー」と言う音が聞こえる程の勢いで吐息を漏らす。
 まるで、その一息に人生のすべてを込めているかのようで、言葉にも万感の想いが篭っていた気がする。
 今更だが、この男性が『ガトウさん』なのだろう。今のタカミチに少しだけ雰囲気が似ている。

「……さぁ、行けや。ここは俺が何とかしとく」

 ガトウさんは口元だけで笑みを作るろオレ達に逃げるように促す。だけど、今にも死にそうなのに、どうやって『何とか』するのだろう?
 無粋なことだとはわかっているけど、どうしても止めたくなる。もうガトウさんに無理をして欲しくない。後は安らかに眠っていて欲しい。
 オレ達は きっと大丈夫だから。オレは無力かも知れないけど、タカミチが何とかしてくれるから。だから、ガトウさんは安心して逝って欲しい……

「何だよ、坊主……泣いてんのか……?」

 いつの間にか、オレの頬は目から流れ落ちる液体で濡れていた。
 いや、これは記憶だからオレであってオレじゃないんだけど。
 だけど、オレとコイツの区別は限りなく曖昧なので、もうオレでいいさ。

「涙を見せるのは……初めて、だな。へへ……嬉しいねぇ……」

 ガトウさんは本当に嬉しそうに笑う。オレが感情を露にするのを心の底から喜んでくれていた。
 こんな状況でもなければ、喜んでくれたことが嬉しくてオレは直ぐに泣き止んで笑っていただろう。
 でも、状況が状況だ。オレは笑うことなく泣き続ける。この人と別れるのが苦し過ぎるんだ……

「タカミチ……記憶のコトだけどよ、俺のトコだけ、念入りに消し、といて、くれ。これから、の坊主、には、必要ない、モン、だから、な……」

 ガトウさんは息も絶え絶えに言葉を紡ぐ。本当は喋るのも辛いのだろう。
 だから、紡がれた言葉は、どれだけ辛くても伝えたいことなのだろう。
 つまり、それだけオレのことを大切にしてくれている と言うことなのだろう。

「…………ええ、わかりました」

 タカミチは何かを言い掛けたが、結局は何も言わずにガトウさんの言葉に頷く。
 記憶を消すこと自体は反対なのだろうが、ガトウさんの言い分も否定できないのだろう。
 いや、そうじゃないな。ガトウさんの意思だから、納得できなくても従うのだろう。
 だって、タカミチは詠春に言っていたからね。幸せな記憶まで消してしまうって。
 その出来事は この出来事の後のことだろうけど、タカミチはタカミチだからね……

「やだ……ナギもいなくなって……おじさんまでいなくなるなんて……やだよ…………」

 だけど、オレは納得できていないようだ。涙で顔面をグシャグシャにしながら、思いの丈を言葉にする。
 もちろん、ここで言う『ナギ』とはオレのことなんかではなく『ナギ・スプリングフィールド』のことだろう。
 そして、『ナギ』と面識があり、ガトウに死守され、タカミチを保護者に持つ『オレ』と言う存在は、きっと……

「幸せに、なり、な……坊主。オマエ、には、その、権利、が、あ、る…………」

 オレの思考はガトウさんの声で中断させられる。これは追憶だが、それでも今は考えている場合ではないだろう。
 ガトウさんはと言うと、死に際とは思えない程に穏やかで優しい笑みを浮かべて、泣きじゃくるオレの頭を撫で付ける。
 その感触は無骨ながらも とても優しくて、否が応にも その手に守られて来たことが悲しいくらいにわかってしまう。

 ……だからだろうか? オレは「やだ、ガトーさん!! いなくなっちゃやだ!!」と、更に泣き叫んだのだった。



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Part.03:守るべきもの


 実は、入浴前に詠春さんから『完全なる世界』の残党が今回の件に絡んでいる可能性があることを聞かされていた。

 まぁ、今更『完全なる世界』については説明するまでも無いだろう。
 大戦を裏から操っていた秘密結社にしてボク達『赤き翼』の宿敵だ。
 決してザジ君の使ったアーティファクトによる脳内世界のことではない。

 まぁ、それはともかく、本題――『完全なる世界』の残党への対策に話を戻そう。

 可能性とは言え『完全なる世界』が絡むとなると、ここ(本山)も安全地帯とは言えないだろう。
 何せ彼等は元老院議員に成り代わることすらできたんだから、ここに潜入するなど容易いだろうね。
 だから、木乃香君の警備を刹那君に任せ、那岐君の警備をボクと詠春さんですることにした訳だ。

 ……正直に言うと、刹那君では力不足だから心許ないんだけど、木乃香君の警備は男では無理だからねぇ。

 青山さんが頼れるならば是非とも頼りたいところだけど……残念ながら帰宅してしまったので無理らしい。
 いや、「呼び戻せばいい」って話なんだけどね? 政治的な問題で それもままならないのが現状なのさ。
 ちなみに、ネギ君についてだけど、本来なら木乃香君の警備をしてもらうのが諸々の意味で都合がいいんだけど……
 相手が『完全なる世界』となるとネギ君もターゲットとなる可能性があるから、自衛に専念してもらう予定だ。

 ところで、那岐君をボク達二人で護衛する理由は……言わなくてもわかるよね?

 そうさ、それだけ那岐君と彼等を接触させたくない と言うことであり、ボク達二人の戦闘スタイルの問題もあるのさ。
 何故なら、詠春さんは刀が無いと全力を出せないし、ボクはボクでポケットがないと攻撃手段が減ってしまうからね。
 だけど、だからと言って、常に完全武装していると「気付いていることがバレてしまう」ので、二人で組むことにしたのさ。
 ボク達二人ならば完全武装していなくても那岐君を逃がしたり、完全武装をする時間稼ぎくらいはできる筈だからね。

 って訳で、ボク達は那岐君と共にバスタイムを満喫したって訳さ。

 何故か那岐君が疲れたような顔をしてブツブツ言っていたけど……細かいことは気にしちゃ負けだよね、うん。
 まぁ、それはともかく、風呂上りのボク達が詠春さんの部屋で談笑していると、詠春さんに変化があった。
 考えるまでも無く、敵襲だろう。しかも、本山の結界を破ったことから察するに『完全なる世界』の手の者だろうね。

 そして、その推測は現れた人物を見て確信に変わる。

 その姿は忘れもしない。幼い少女になっているとは言え、コイツは『アーウェルンクス』の一人だろう。
 あの時は青年の姿だったけど、見間違える筈が無い。顔の作りそのものは変化していないのだから。
 それに、いくら隠そうとも『造られしモノ』特有の気配がする。間違いなく『完全なる世界』の手のものだ。

 だから、即座に『咸卦法』を発動する。全力で行かないと那岐君を守どころではなくなるだろうね。

 そして、詠春さんの攻撃を回避した後の僅かな隙を狙って『豪殺居合い拳』を打ち込んだ。
 だがしかし、相手の『障壁』は予想以上に硬く『豪殺居合い拳』の威力を殺し切ってしまった。
 言い換えると『障壁』を潜り抜ける詠春さんの『弐ノ太刀』系の攻撃の方が有効、と言うことだ。

 ならば、ボクの役割は単純だ。詠春さんの攻撃を届かせるように相手の隙を抉じ開けること だ。

 だが、『居合い拳』と『豪殺居合い拳』を織り交ぜて攻撃しても、相手は隙を見せてくれない。
 ボクの攻撃は悉く『障壁』受け止められてしまい、詠春さんの斬撃は悉く回避されてしまう。
 どうやら、ボクの攻撃が通らないことも詠春さんの攻撃なら通ることも見抜いているのだろう。
 詠春さんの斬撃を回避させないためにボクが攻撃しているのに、それが意味を成さないんだ。
 しかも、那岐君を巻き込むような攻撃も合間に挟んで来るので、更に攻撃しづらくなっている、

 ……実に厄介だ。見た目が幼女であるから弱く見えるが、戦闘力はボクを超えているのは間違いない。

 クッ、このままじゃジリ貧だ。こっちは決定打があっても意味を成していないのに向こうは余裕すらありそうだ。
 せめて、ボクにも『障壁』を超える攻撃手段があれば状況は変わるんだろうけど、生憎と持っていないのが現状だ。
 ふと、詠春さんに現役時代と同等のキレがあれば とか考えてしまう。もちろん、無い物強請りしても仕方ないけど。
 と言うか、手持ちの材料で どうにかするしかない。だから、(悔しいけど)ここはエヴァを頼るしかないだろう。
 今のエヴァ――全力のエヴァなら、相手の『障壁』を突破する術を行使できるだろうから、充分に決定打と成り得る。

 ……そんなことに思考がいっていたからだろうか? 愚かにも、相手に詠唱の時間を与えてしまった。

 しかも、この詠唱は『石化』の呪文じゃないか!!
 相手の力量を考えると、きっとレジストし切れない。
 そうなると魔法の直撃を許すのはかなりマズいな……

 だからだろう、頭では「那岐君なら大丈夫だ」とわかっていても、ボクは考える前に身体が動いて那岐君を庇っていた。

 その結果、ボクは避け損なってしまい、攻撃をモロに喰らってしまった。
 このままでは石化に蝕まれて、最終的に石像になるのは明白だろう。
 なので、無理矢理に『咸卦法』の出力を上げて石化の侵攻を食い止める。

 まぁ、予想通り、既に石化してしまった部分は『咸卦法』の負荷に耐え切れなかったようだけど。

 だけど、最早『そんなこと』なんて どうでもいい。今は那岐君を無事に逃がすことの方が大事だ。
 そう、ここでボクが倒れる訳にはいかない。ボクが倒れたら、那岐君が危険に陥ってしまうからだ。
 だから、ボクは足がもげようとも気にならない。拳さえあれば攻撃ができる……それだけで充分だ。

 そんな訳で、ボクは那岐君を逃がす時間を稼ぐために全力で『豪殺居合い拳』を撃とうとした――のだが、那岐君の表情がガラリと変化した。

 その表情は とても儚く、まるで昔の那岐君を見ているようだった。
 それに、那岐君の纏う雰囲気は『あの頃』の那岐君のようだった。
 そう、那岐君が『那岐君』になる前の『あの頃』のようだったんだ……

「タカミチ、いなくなっちゃヤダよ……」

 那岐君は それまでの「どこか冷めた表情」から一転し、泣きそうな笑みを浮かべていた。
 その表情は今までの「どこか作りものめいたモノ」ではなく、素の表情とも言えるモノだった。
 言い換えるならば、それは『師匠』との別れに泣き叫んだ幼子の頃の表情そのものだった。

「いなくなるのは、ナギとガトウさんだけで充分だよ……」

 え?! ま、まさか、『昔の記憶』が戻ってしまったのか!?
 那岐君の口から予想外の言葉が――二人の名前が出て来たため、
 ボクは最悪の想像をしてしまい、それ故に軽く混乱してしまった。

  パシャッ

 だからだろうか? 那岐君が瓶を手にしていたことに気付かなかった。
 そして、何らかの液体を浴びせられているのに何の反応もできなかった。
 ただ「何かが飛んで来る」と言う事実を理解することだけで精一杯で、
 それを回避したり防いだりするまでには思考も行動も至らなかったのだ。

「な、那岐……く、ん…………?」

 あ、あれ? おかしいなぁ? 何だか、すごく ねむくなってきたなぁ……
 ――ああ、つまり、さっきので ねむらされたってことか……
 でも、なんで、ボクを ねむらせるんだろう? よく わからないや…………

 …………そうして、ボクはゆっくりと意識を手放したのだった。



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Part.04:誰彼 ―たそがれ―


「……ナイトを退場させたのには、どんな意味があるんだい?」

 タカミチが眠りに付いたのを確認したナギ――いや、自身をナギと認識していた少年は、タカミチを眠りやすいような姿勢に整えた。
 そして、そんな少年の背に疑問を投げ掛けたのは、確認するまでも無い人物、フェイト・アーウェルンクスである。
 その位置取りから、タカミチに意識を向けていた少年など余裕で不意打ちできたことだろう。それだけ少年は無防備だった。
 だが、そもそも少年は不意打ちをするまでも無い相手でしかないため、フェイトは問い掛けるだけにとどめたのだろう。

 ちなみに、少年とタカミチが会話をしている間、別にフェイトは空気を読んで待っていた訳ではない。

 実は、フェイトは その間に詠春と戦っていたため、タカミチ(と少年)に手を出す余裕がなかったのである。
 本来なら、詠春も石化に蝕まれていたため、詠春にもタカミチにもトドメをさすことなど容易い筈であった。
 だが、石化しつつあるのにもかかわらず詠春の抵抗は激しかったため、フェイトには余裕がなかったのである。
 それ故に、フェイトは詠春にもタカミチにも「一筋縄ではいかない相手」と評価を上方修正したのだが。

「別に深い意味はないよ。単に無茶をして欲しくなかっただけさ」

 それらの事情を把握している少年は苦笑いを浮かべて答える。
 その苦笑いには、自分が足手纏いでしかないことへの自責と、
 相手が自分を警戒していないことを喜んでしまう自嘲が混ざっていた。

「……なるほどね。でも、キミを守る『駒』がなくなったんじゃないかい?」

 フェイトは敢えてタカミチを『駒』と言い切った。これまでの少年の言動から少年が『そう捉えている』と認識していたのである。
 だが、それは誤認でしかない。何故なら、今の少年にとっては、タカミチは『大事な人間の一人』であるからだ。
 自分の身の安全を確保するためならば どんな存在ですら『駒』として扱えた『ナギ』は、もう『ここ』にはいないのだ。

「まぁ、確かにそうかもね。でも、そっちの目的は二人を無力化することだろう?」

 フェイトの『駒』と言う表現に若干の苛立ちを感じていたが、それを表に出すような真似はしない。
 表面では平静を装い、内心では腸を煮えくり返らせる。その程度の腹芸など少年には容易かった。
 何故なら、少年はナギであってナギではなく、那岐でもあって那岐でもない存在になっていたからだ。

「……何が言いたいのかな?」

 そんな少年の雰囲気を察したから……ではないが、少年の言葉にフェイトの表情が強張る。
 フェイトは少年の言葉を「無力化するために石化させたんだろう?」と読み取っていたのだ。
 だが、その強張りは雄弁に「君は警戒に値する存在だ」と語っているため、悪手でしかない。

「つまり、そっちに殺すつもりはない訳だから、タカミチに無茶をさせるよりタカミチを眠らせた方がリスクが少ないってことだよ」

 しかし、そのことを認識しているにもかかわらず、今の少年は言葉を止めない。
 あからさまに警戒されているとわかっていても、それを解消しようとしない。
 いや、むしろ、更に警戒されることを承知したうえで自分の推察を述べたのだ。

「………………」

 フェイトの様子を窺う少年に対し(肯定と受け取られてしまうことを承知の上で)フェイトは押し黙ることを選択する。
 当然ながら、フェイトも否定の言葉を吐くべきだとは考えた。だが、確信している相手にそれは無意味でしかない。
 むしろ、沈黙することによって「相手に言葉の続きを促すメッセージ」にもなるので、フェイトは沈黙を選んだのだ。

「そんな訳で、ここでの目的である『脅威の排除』が終わったんだから……『次の目的』に移ったらどうかな?」

 フェイトの『無言のメッセージ』を汲み取ったのか、少年はフェイトの観察をやめて言葉を続ける。
 その言葉は、言外に「オレなんか、排除するまでも無い存在だよね?」と自身の無力をアピールしつつ、
 更に「最早ここに用は無いよね?」と言うニュアンスも込めて この場から去るように促すものだった。
 それは自分がターゲットと認識されていないことが前提となっているが……その前提は間違ってはいない。
 フェイトは確かに彼を「要注意人物」と評してはいるが、それは計画面での評価でしかないからだ。
 実行面に事態が進行している現在においては、少年は何の役にも立たない。それが、フェイトの評価なのだ。

「フッ……確かに、近衛 詠春とタカミチ・T・高畑を無力化できた今となっては、この場に留まる必要は無いね」

 仮に少年が動いたとしても、どうとでもなる。いや、どうとでもしてみせる。フェイトは そう結論付けた。
 それに、タカミチが己の身を挺してまで庇った少年を無力化させる などと言う無粋な真似をしたくなかったのだ。
 だから、フェイトは少年に何もすることなく その場を後にし、目的――木乃香の拉致を果たしに行くのだった。

 ……後に残された少年は泣きそうな表情を浮かべながらも無理矢理に「計画通り」と口元を歪めるのだった。



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Part.05:計画通り?


『……そうか、わかった。直ぐに駆け付けるので大人しく待っていろ』

 予定通りホテルにて待機していると、神蔵堂ナギから『念話』による連絡が入った。
 状況は こちらの予想通りとなっているようで、本山が反乱分子の襲撃を受けたそうだ。

 まぁ、予想できていたのだから、私も本山で待機しているべきだったとは思う。

 だが、私は良くも悪くも有名な西洋魔術師だからな、西が歓迎してくれないのだよ。
 そのため、襲撃者を待ち伏せして叩く と言う作戦は使えなかったし、
 西が迎撃に失敗した後でしかアイツ等を助けに行けないので、実に歯痒い。

 ……だが、文句を言っていても始まらない。状況が状況だ。

 それに、予想外なことも起きた。それは、タカミチと近衛 詠春が無力化させられたことだ。
 まさか、油断していたところを襲われたとは言え あの二人が揃ってやられるとはな……
 想定外もいいところな話だが、今は この情報が手に入っただけマシだ と考えるべきだろう。
 何故なら、下手人は予想以上の手練であることがわかったため心構えができるからだ。

 言い換えると、何の情報も無く突入していたら足を掬われていたかも知れない と言うことだ。

 その可能性を回避できただけでも、ヤツが無事であった意味はあるだろう。
 だから、足手纏いになったことを悔やむ必要は無いのだぞ、神蔵堂ナギ。
 貴様には貴様の役割がある。つまり、貴様は情報を伝えるだけでいいのだ。
 だから、貴様は何も気にするな。貴様は充分に役割を果たしたのだ。

 ――ああ、くそ!! 『転移妨害』などと言う小癪な真似をしおって!!

 これでは『転移』が可能な場所から『足』で移動せねばならんではないか!!
 少しでも早く傍に行ってやり、あのバカをフォローしてやりたいのに!!
 柄にもなく私に『泣きそうな感情』を伝えて来たアイツを慰めてやりたいのに!!

 って、ち、違うぞ? 今のは言葉の綾でであって、ついつい口が滑った訳ではないぞ?

 い、いや。こんな言い訳などしている場合ではないな。
 今は一秒でも早く本山に駆け付けなくてはならん。
 だから、もう実力を隠す真似などせず、一気に駆け抜けよう。

 封印されていなければ、『虚空瞬動』の連続使用ぐらい朝飯前だからな!!

 あ、いや、でも、『転移妨害』を『解除』してから全行程を『転移』した方が早いか?
 だがしかし、『解除』に時間が掛かってしまうと、『転移』と『瞬動』の方が早いな……

 う~~む、悩みどころだ――って、悩んでいる暇などないわっ!!

 今は一刻も争う事態なのだから、悩む前に行動すべきだ。行動あるのみだ。
 だから、確実に辿り着ける方法――つまり、『転移』と『瞬動』で行こう。
 それに、気が急いているので『解除』に時間が掛かってしまう恐れがあるからな。

 ……だから、待っていろよ、神蔵堂ナギ。直ぐに駆け付けてやるからな。



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Part.06:過ぎたる力


「やれやれ……この程度なのかい? ネギ・スプリングフィールド……」

 フェイトが「興醒めだ」と言う感情を隠しもせずに倒れ伏すネギに語り掛ける。
 あきらかな挑発であることがわかっているため、ネギは敢えて何も反応しない。
 いや、正確に言うならば、反応したくとも身体が言う事を利かないのだが。

 ……この様な事態に陥った経緯は非常に単純だった。

 男達の入浴が終わった後(つまり、男達が歓談に耽っている頃)、ネギ・木乃香・刹那はバスタイムを満喫していた。
 当初、刹那は木乃香と入浴することを「畏れ多いです」とか「護衛ですから」とか言う理由で断ろうとしたが、
 木乃香が「せっちゃん、ウチとお風呂入るの嫌なん?」と潤んだ瞳で のたまったので、大した問題に至らなかった。
 むしろ、問題は「さすがコノカさんです」と木乃香の嘘泣きを見抜きながらも木乃香を賞賛するネギかも知れない。
 まぁ、それは さておき……そんなこんなでネギ達は入浴を楽しんでいたのだが、フェイトの襲来によって状況は一変した。
 そう、木乃香を狙ったフェイトをネギと刹那が迎撃しようとしたのだが、大した抵抗もできずに瞬殺されてしまったのだ。

「……これなら、まだ一般人である筈の『彼』の方が手応えがあったくらいだよ?」

 反応の無いネギに「本当に興醒めだよ」とネギの評価を下方修正したフェイトは、
 そこで評価が上昇した人物――神蔵堂ナギと名乗る少年のことを ふと思い出したため、
 何の気も無く口走ってしまった。それが、導火線に火を付けることとは想像だにせず。

「『彼』? ……まさか、ナギさんのことを言っているの?」

 動きたくても動けない筈のネギだったが、何故か立ち上がった。フラフラして頼りないが、それでも立ち上がれた。
 そして、口を開くことすら辛い状態の筈なのにネギは言葉を紡いだ。俯いたままとは言え、それでも言葉を発したのだ。
 これらは あきらかに異常でしかないのだが、ネギが反応したことに意識が向いたフェイトは その異常性に気付かない。

「ああ、確か そう言う名前だったね」

 ネギの異常性に気付いていないため、フェイトはアッサリとネギの疑問に肯定を示す。
 それがネギを突き動かす原動力に決定打を与えることになるなど、露程も気付かずに。
 そう、火にガソリンを注ぐどころかニトログリセリンを投下したことに気付かなかったのだ。

  ヒュッ……ドゴォ!!

 その結果、ネギの心の箍は外れ、ネギの中に渦巻いていた感情が堰を切って溢れ出た。
 そして、その心の開放に引き摺られるようにネギの中で眠っていた魔力も放出された。
 本来なら、心身の成長と共に開花すべき魔力が無理矢理に開放されてしまったのだ。

「『障壁』を破った……?」

 当然ながらフェイトにはネギが猛スピードで突っ込んで来るのがハッキリと見えていた。
 見えていたが「どうせ『障壁』に弾かれるだろう」と判断していたので避けなかったのだ。
 だが、予想に反して『障壁』は破られたため、ネギの拳がフェイトに達したのである。
 まぁ、そうは言っても、何の技巧も無い打撃でしかなかったため達しただけで余裕で防がれたが。

  ズガガガッ

 しかし、防がれたからと言って、それで止まるネギではない。いや、最早 防がれた程度では止まれないのだ。
 ネギは暴走する感情の赴くまま力任せに拳を振るって券打の嵐とも言える怒涛の連撃をフェイトに浴びせる。
 まぁ、もちろん、量で押したところで、接近戦での攻防技術を有するフェイトに すべて防がれてしまうが。
 だが、そんなことは今のネギには関係ない。ネギにとっては、防がれるなら当たるまで撃てばいいだけなのだ。

「……どうやら魔力が暴走しているようだね? ボクと戦うには必要な力かも知れないが、過ぎた力は身を滅ぼすよ」

 ネギがフェイトの『障壁』を破れたのは、溢れんばかりの魔力によって身体能力が著しく向上されたためだ。
 まぁ、「今のネギが相手では、この程度で充分だろう」と言う慢心から『障壁』が弱かったこともあるが、
 それでも、現段階のネギのキャパシティを超える魔力(によって上昇した筋力)が大きな要因であることは変わらない。
 決して、ネギが『障壁突破』を行って攻撃を届かせた訳ではない。言わば、単なる力任せに過ぎない。
 それを見抜いたフェイトは、このままではネギが力に耐え切れずに自滅することを予測し、敢えて それを告げる。
 フェイトにとっては「期待外れ」なのもイヤだが「こんなところで潰れられる」のは もっとイヤなのだ。

「そんなの関係ない。『キミはナギさんを傷付けた』。それだけでキミを打倒するのに一切の躊躇は無い」
「へぇ? 今のキミでは、ボクの相手にならないうえに満身創痍だよ? それでも打倒できるつもりかい?」

  ドガァ!!

「何か言った? こんなの、怪我の内に入らないよ?」
「……案外、血の気が多いね、ネギ・スプリングフィールド」

 フェイトの忠告を挑発と受け取ったネギが遂にフェイトに打撃を当てることに成功する。
 短い攻防の中でフェイトの防御パータンを学習し、フェイトの虚を突いたのだ。
 そんなネギの評価を――激昂していながらも冷静に戦闘を分析していたネギの評価をフェイトは改める。

「――だけど、力任せの攻撃なんてボクには通じないよ?」

 だが、ネギを適当にいなしていただけに過ぎないフェイトにとっては、まだまだネギは脅威ではない。
 むしろ、圧倒的な強者の余裕として「まぁ、及第点くらいは与えてもいいかな?」と思うだけだ。
 そのため、フェイトは「見るべきものは見たので、そろそろ本題に移ろう」とネギの意識を刈り取るのだった。



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Part.07:御せ無い力


 御嬢様と(ついでにネギさんとも)一緒に入浴を楽しんでいたら、無粋な乱入者が現れた。

 咄嗟に迎撃しようと無手ながらも攻撃するが、私の攻撃はアッサリと避けられ、更にカウンターをもらう始末だった。
 その流れるような体捌きから(刀がなかったことを差し引いても)力量差があり過ぎることが理解できてしまった。
 見たところ、ネギさんと同じくらい年の少女なのだが……見た目とは裏腹に強過ぎる。規格外と言ってもいい強さだ。

 薄れそうになる意識を どうにか押し止め、必死に状況の把握に努める。

 ……どうやら、ネギさんが慌てて魔法詠唱に入っていたが、唱え切る前に潰されてしまったようだ。
 そして、銀髪の少女は呆然としている御嬢様の方へ歩み寄る。最早 考えるまでも無く、狙いは御嬢様だろう。
 だからこそ不味い。このままでは御嬢様が敵の手に落ちてしまう。それだけは防がなくてはならない。
 ああ、だが、身体が動いてくれない。動かしたい と願っているのに、四肢が言うことを聞いてくれないのだ。

 そうして私が動かぬ肉体に歯噛みしている間に、何事か会話を交わしたネギさんが立ち上がって銀髪少女に向かっていく。

 その身に纏う圧倒的な『力』は、恐らく魔力の暴走によるものだろう。
 溢れる魔力が本来なら動けぬ身体を無理矢理に突き動かしているのだ。
 明らかに身を滅ぼすものだが、ネギさんは気にしていないようだ。
 いや、むしろ、ここで何もできないことの方が耐えられないのだろう。

 …………それは、私も一緒だ。

 元師範代は言った。護衛に犬死は許されない、と。
 ならば、犬死ではない死は許されるのだろうか?
 いや、違う。護衛には守るための死しか許されないのだ。

 だから、私も身を滅ぼす『力』でも行使してみせよう。

 私が決意した頃には、ネギさんは倒れ伏していた。
 経緯は見逃したが、敵にやられたのだろう。
 できるだけ見られたくないので却って好都合だ。

「……で? キミはどうする気なの?」

 銀髪少女は、私が『何か』をするつもりなのがわかったのだろう。油断なく私に問い掛けて来た。
 しかし、訊かれるまでも無く答えは決まっている。御嬢様を守る以外に私のすべきことはない。
 何故なら、私は『あの時』に誓ったからだ。御嬢様を守る と。何を犠牲にしても守ってみせる と。
 だから、私も(ネギさん同様に)自らの身体すら厭わない。守るためなら、自分など要らない。

「決まっている。御嬢様は渡さない……」

 だから、私は今まで抑え続けて来た『力』を開放する。
 烏族と人間のハーフであるが故に生まれ持った『力』を。
 人間とのハーフであるが故に制御できない烏族の『力』を。
 恐らくは開放すれば二度と人間には戻れないだろう『力』を。

 ――私は御嬢様を守るために開放する!!

 メキメキと音を立てて私の肩甲骨が盛り上がり、ビリビリと服を突き破って、終には灰色の翼を形成する。
 続いて、腕も脚も骨格レベルで肥大化し、それに伴って筋肉も爆発的に膨れ上がり、まるで鎧の様相となる。
 そして、四肢は灰色の羽毛に覆われ、頭部は鶏冠のように頭頂部の髪が伸び、顔には凶悪な嘴が生える。

「へぇ、烏族とのハーフであるとは聞いていたけど……まさか烏族の姿を真似るとはねぇ」

 そう、この姿は烏族とは言えない。出来損ない もいいところだ。
 烏族としては明らかに出来損ないで、人間としては明らかに異形。
 言わば、私は『半端な化け物』に成り果ててしまったのだ。

 ……だけど、後悔はない。後悔などする筈がない。

 私には、ここで御嬢様を守れないことの方が遥かに恐ろしい。
 そう、ここであきらめることの方が私には辛いことなのだ。
 あきらめたら、今までの『誓い』や『想い』が嘘になってしまう。

 ――だから、私は何の躊躇いも無く駆ける。

 当然、狙いは銀髪少女……と見せ掛けて、銀髪少女の傍らで伏している御嬢様だ。『気』の量は爆発的に増えているが、それでも この少女には及ばない。
 ならば、どうするか? 決まっている、『御嬢様を連れて逃げる』のだ。もちろん、剣士として敵に背を向けるなど恥ずべきことだろう。
 だが、今の私は『護衛』だ。大事なのは『守ること』だ。他は『要らない』。だから、私は一切の躊躇なく御嬢様を連れて逃げ出そうと夜空へ駆け出した。

 ――しかし、御嬢様を抱えて空に飛び出そうとしたところで、不意に私は強い衝撃に襲われた。

「逃げるのは悪くない判断だ。勝てない勝負はするべきではないからね。
 だけど、決断が遅過ぎたね。いや、行動ができなかっただけかな?
 まぁ、どちらにしろ、ネギ君と戦っている時に逃げるべきだったよ。
 だって、一対一の状態なら、その程度の速度など追い付けるからね」

 そんな言葉が聞こえるなか、再び襲ってきた衝撃によって私は意識を手放さざるを得なかった……



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Part.08:それぞれの役割


 本山から遠くない場所に『転移』したエヴァは、そこから遠くはないが近くもない距離を『虚空瞬動』の連続で駆けて来た。

 本来、『虚空瞬動』は近距離を高速移動するための技術であるため、その連続使用はいくら高位の魔法使いたるエヴァでも無茶としか言えない行為だ。
 だが、それがわかっていてもエヴァは『飛行』を使う気にならなかった。無茶でも『虚空瞬動』を連続使用することを選んだのだ。
 つまり、それだけエヴァは急いでいた と言うことであり、神蔵堂ナギの弱気な姿はエヴァを そこまで急がせる原因となったのであった。

「まさか、タカミチと近衛 詠春がやられるとはな……」

 力なく項垂れる少年の背にエヴァが「本当に想定外の展開だ」と言わんばかりに声を掛けた。
 それは「お前の読み違いではない = お前のせいではない」と言うフォローが隠されていた。
 だが、それがわかるだけに「この展開」を想定していた少年の心は より深く抉られる。
 オレは全て想定できていたのにもかかわらず『この策』を選んだんだ と自身を責め立てる。

「まぁ、油断していたのもあるけど、何よりも『足手纏い』を庇ったのが大きかっただろうね」

 少年は顔を上げて、泣きそうな顔に自嘲の笑みを張り付ける。
 それは どこからどう見ても『空元気』でしかなかったが、
 指摘するのも無粋であるためエヴァは気付かない振りをする。

「……ヤツ等は お前の護衛だろう?」

 だから、エヴァは指摘する代わりに少年が辛そうにしている理由を推察して 不器用ながらもフォローを入れる。
 つまり、遠回しに「護衛対象なので足手纏いなのは当然だ → だから気にするな」と言っているのである。
 ちなみに、婉曲的な表現をしたのはエヴァがツンデレだから……ではなく、少年を気遣っているからである。

「そうだね。それに、そもそも『役立たず』に面倒事を押し付けた学園長が問題だよね」

 少年はエヴァの気遣いがわかるため、敢えていつものような態度を取る。つまり、「オレのせいじゃない = オレは悪くない」と言い張ったのだ。
 その眼が「それでも、オレのせいなのは変わらない」と語っているが、それでも、いつもの調子に戻った……ような態度を取ろうとしている。
 言わば、それは「これ以上の慰めは逆に無粋でしかない」と言う態度だろう。それがわかるだけに、エヴァは それ以上のフォローができなくなる。

「まぁ、そうだな。人には向き不向きがあるからな――っと、そう言えば、話し込んでいる場合ではなかったな」

 だからこそ、エヴァは態とらしくも少年のフォローを切り上げることにする。
 そして、「では、後は手筈通りにやる」とだけ告げ、その場を後にした。
 少年のことは気になるが、今は少年からの『依頼』を完遂すべきだと判断したのだ。

 そのため、エヴァは後ろ髪を引かれる想いを振り払って木乃香のもとへ向かうのだった。

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 エヴァが本山を発って暫くした後、少し落ち着きを取り戻した少年はネギと刹那のもとへ向かった。

 もちろん、ラッキースケベを期待したのではない。二人を介抱するためである。
 今の彼には下心などない。何故なら、今の彼は自己嫌悪に支配されているのだから。
 自己嫌悪が強過ぎて、とてもではないがスケベ心を発揮できるような余裕がない。

「せっちゃん……無理しちゃダメじゃないか…………」

 そして、二人のもとに辿り着いた少年が見たものは異形に成り果てた少女の姿だった。
 現在の刹那は刹那と判別するのすら困難な程に変わり果てていたが、少年にはわかった。
 翼を生えていようが、嘴が生えていようが、鶏冠が生えていようが、少年にはわかるのだ。

「本当、せっちゃん は いつも無理ばかりするんだから……いつも無理をして、いつも傷付いて…………」

 刹那をここまで追い込んでしまったことに思わず泣き崩れそうになるが、そうはいかない。
 今は気を失っているが、もしも刹那の意識が戻ってしまったら最悪の事態になってしまう。
 今の刹那を見たことが刹那に知られたら、刹那の心が深く傷付くことなどわかりきっている。

 だから、少年は自分の中に眠っているであろう『力』を引き出す。

 少年の予測が正しければ、少年は「魔法や『気』を無効化する能力」を持っている筈だから。
 造られた世界とは言え、一つの世界すら終わらせる原動力となる『力』を引き出せる筈だから。
 刹那の身に起きたであろう「『気』の暴走による変化」など『無効化』できない筈がないから。

 ……だから、少年は ゆっくりと刹那を包み込むのであった。


 


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オマケ:その頃の変態司書 ―その2―


『アルよ。まさか、こうなることがわかっておったのか?』

 同時刻、麻帆良学園の学園長室にて。『遠見の鏡』を覗き込みながらアルビレオ・イマと『交信』する近右衛門の姿があった。
 その言葉は疑問の形をしているが、「わかっていたからエヴァを修学旅行に同行させたのだろう?」と言う確認でしかない。
 そう、近右衛門がナギの要望(エヴァを護衛として同行させる)を受け入れた背景にアルビレオの進言があったのである。
 ちなみに、この『遠見の鏡』はナギの使っていたネギ製作の物とは異なり、壁掛サイズで長距離を『遠見』するのに便利なタイプである。

『いえいえ。私としても、こんなことになるとは……まったく以って想定の範囲外ですよ?』

 近右衛門の問いに対するアルビレオの反応は、言葉とは裏腹に実に愉快そうであった。
 まぁ、内心では「『こんなことになる可能性』があったのは事実ですけどね」と考えているが。

 もちろん、それに気付かない近右衛門ではない。そのため、近右衛門は別の角度で切り込むのであった。

『……なるほどのぅ。して、その想定を立てるに至った情報源は何処から得たんじゃ?』
『そんな立派なものじゃありませんよ。小耳に挟んだ情報から類推しただけですから』
『ほぉう? 御主に接触できる人間など限られておる筈じゃったと記憶しておるが?』
『まぁ、確かに仰る通りですが……現在はインターネットが普及していますからねぇ?』

 近右衛門は遠回しに「ワシの管轄外から情報源を得られる訳が無い」と攻め、アルビレオは それをやんわりとかわす。

『はて? 以前、インターネットに落ちている情報など塵芥に過ぎない と言っておらんかったか?』
『まぁ、確かに言いましたね。ですが、アーウェルンクスの面影を持つ少女の写真くらい入手できますよ』
『……ならば、その少女が西の反乱分子と繋がっていることの確証は どうやって得たんじゃ?』
『彼女はイスタンブールからの研修生として入ったようですねぇ。そうブログに書いてありましたよ?』
『ほほぉ、ブログとな? 態々 自分から秘匿すべき情報を垂れ流す間抜けがおる訳がなかろう?』

 近右衛門はアルビレオが惚けているのを理解したうえで粗を突いていき、そして遂に尻尾を――

『いえ、彼女のブログではありませんよ。西に所属する「紳士」だと思われる方のブログです。
 そこには「今日、銀髪幼女が研修に来たんだお」と言う羨ま――いえ、頭の悪い記事がありました。
 その記事に貼付けられていた写真はモザイクが掛けられているとは言え、彼女に相違ありません。
 あ、ちなみに、タイトルは「美幼女は世界遺産にするべきだと思う」です。実に秀逸ですよね?』

 遂に尻尾を掴んだと思ったのだが……残念ながら、それは最悪な方向で躱わされたのだった。

『……どうでもいいかも知れんが、そのモザイクとは目元を隠すためのものじゃろ?』
『当たり前です。幼女はチラリズムで愛でるものであることは世界の常識でしょう?』

 つまり、アルビレオは「秘所をモザイクで隠している訳ではない」と言っているのである。
 言わば、変態と言う名の紳士として「YESロリータ、NOタッチ」の精神は譲れない部分なのである。
 まぁ、極めて流しても構わない部分であるとは思うが、大事なことなので敢えて説明して置いた。

『な、なるほどのぅ。大体の事情はわかったわい』
『そうですか。妙な誤解が解けてよかったです』

 アルビレオは爽やかな笑顔で言うが、解いた誤解の方向が違うような気がするのは気にしてはいけない。
 別な方向(主に変態としての意味)で誤解を招いたとしか言えない気がするが、それでも気にしてはいけない。
 何故なら、アルビレオが変態なことなど周知の事実なので、今更『変態度』が上がっても誰も気にしないからだ。

『――つまり、那岐君を庇っとるのじゃろ?』

 だが、近右衛門は やり手だった。アルビレオが変態的なネタで誤魔化そうとしたのに気付いていたのだ。
 そして、そんな誤魔化し方をしてまで『情報源』を隠そうとしているのなら、思い当たる節は少ない。即ち、彼だ。

『……はて? 仰っている意味がわかりませんよ?』
『わかっておろう? 御主が庇う相手など限られていることは』
『しかし、彼しか選択肢が無い訳じゃないでしょう?』
『じゃが、今 庇う可能性が一番 高いのは那岐君じゃろ?』

 ……去年の夏以降、神蔵堂 那岐と言う少年は大きく変化した。当然ながら、それに気付かない近右衛門ではない。

 そして、疑わしければ調べる(調べさせる)のが近右衛門であり、調べることを担当したのがアルビレオであった。
 調査の結果、アルビレオは少年を「私が保証する」と評した。それ故に、アルビレオには少年を庇う義務があるのだ。
 その様な経緯があるため、アルビレオが庇う可能性が高い人物として近右衛門は少年に目星を付けたのである。

 ちなみに、アルビレオの調査方法は(言うまでも無いだろうが)『イノチノシヘン』を利用して記憶を読む と言うものである。

 まぁ、アルビレオがどんな『記憶』を読んだのかは神のみぞ知る と言うかアルビレオにしかわからないが、
 アルビレオの調査報告は「特に異常は見られないが、彼とは同志になれると思う」と言うものだったため、
 近右衛門は「まぁ、思春期特有の症状かのぅ」と好意的に解釈して彼への疑いは棚上げされていたのだった。

 余談だが、タカミチも彼の変化に気付いてはいるが、「成長したねぇ」と好解釈しただけだったりする。

『やれやれ、そこまでわかっていながら情報源を訊くとは……随分と意地が悪いですねぇ?』
『つまり、情報源は那岐君に関係しているため答えたくない と言うことでいいかのぅ?』
『まぁ、ぶっちゃけると そう言うことになりますね。ですから、追求はやめてくれませんか?』
『……ふむ。「那岐君を庇っている」と言う情報を開示しただけで満足しろ と言う訳じゃな?』
『さぁ、どうでしょう? 解釈はお任せ致しますけど、そう受け取っていただいて構いません』

 アルビレオは素直に認めながらも「これ以上は踏み込むな」と伝える。

 そもそも、その意図があったからこそ近右衛門が結論を得やすいように誤魔化したのだ。
 ただ、これ以上は教える訳には行かない。彼の許可なく語れることではないのだ。
 そのため、アルビレオはストレートに「追求するな」と『警告』しているのである。

『……わかったわい。御主が危険視しとらんのなら、今は様子を見ることにするわい』

 近右衛門はしばし躊躇したが、アルビレオが彼を庇い続けている と言う態度から、
 少なくとも危険人物ではなかろう と判断し、会話を切り上げるのだった。


 


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後書き


 ここまでお読みくださってありがとうございます、カゲロウです。
 以前から「改訂した方がいい」と言う意見が多数あったので、改訂してみました。


 今回は「遂に彼が『自分が何者であるか』に気が付いた」の巻です。

 あ、「彼が何者であるのか?」については おわかりですよね?
 そうです。神楽坂さん家の明日菜さんのTS(性別反転)です。
 思いっ切りバレバレだったでしょうけど、やっと明言できました。

 しかし、本当に『やっと』です。やっと気が付かせることができましたよ。

 実を言うと、当初はエヴァ戦で気付かせようとしたんですけど……
 それだと修学旅行で無駄な足掻きをしてくれなさそうだったので、
 修学旅行で気付かせることになり、やっと気付かせられた訳です。

 ちなみに、詠春がフェイトちゃんに使った『斬空閃』ですけど、あれは『斬空閃・弐ノ太刀』です。

 だって、態々 技名を叫ばなくても技を使える(と言う設定になっている)んですから、
 『弐ノ太刀』だとバレないように『斬空閃』とだけ叫ぶ方が説得力あるじゃないですか?
 まぁ、フェイトちゃんには見抜かれて避けられちゃった訳ですけど(あ、彼には見抜けませんでした)。

 ところで、『転移妨害』が施されているのに彼がポケットから『睡仙香』を取り出せた件ですが……

 小太郎戦で使った後、『蔵』には仕舞わずにポケットに入れていたから……と言うことにしてください。
 いえ、この作品に そんな細かい部分の整合性などは期待していらっしゃらないでしょうけどね?

 それと、『睡仙香』に関して他にも補足説明があります。

 彼がタカミチを『睡仙香』で眠らせましたけど、本来なら『咸卦法』状態のタカミチには原液だろうと効きません。
 ただ、今回に限っては、タカミチが石化に抵抗している状態であったので魔法抵抗力が落ちていたから効いたんです。
 もちろん、彼がそこまで理解していたのかは不明です。不明ですけど、結果として彼は目的を達成した訳です。

 相変わらず後書きで補足説明をせざるを得ない自分の文才に乾杯です……


 では、また次回でお会いしましょう。
 感想・ご意見・誤字脱字等のご指摘、お待ちしております。


 


                                                  初出:2010/8/6(以後 修正・改訂)



[10422] 第29話:決着の果て【改訂版】
Name: カゲロウ◆73a2db64 ID:552b4601
Date: 2013/03/25 21:00
第29話:決着の果て



Part.00:イントロダクション


 引き続き4月24日(木)、修学旅行三日目。

 原作では、千草が木乃香の魔力を利用してリョウメンスクナノカミの復活を目論むが、
 ネギ・明日菜・刹那の活躍や様々な助っ人によって辛くも事無きを得ることができた。

 ……『ここ』では、どのような結末が待っているのであろうか?



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Part.01:金と銀の二重奏


「悪いが、近衛 木乃香を返してもらうぞ?」

 本山を後にしたエヴァは、木乃香の魔力を辿って木乃香の所在地――つまり、『祭壇』の位置を探り当てた。
 その際、エヴァは「やはりヤツ等の目的はスクナの復活か」と あまりにも事が予想通りに進むので苦笑していたが、
 直ぐに そんな場合ではないことを思い出し、木乃香を救出するため木乃香の影へ『転移』したのであった。

「――ッ!! な、なんやっ?!」

 エヴァの突然の出現に『儀式』――木乃香の魔力を使ってスクナの封印を解く儀式を行っていた千草が取り乱す。
 警戒していなかった訳ではないが、儀式に集中していたために周囲への警戒レベルが下がっていたのだ。
 決して「不意打ちをするのは好きだが、不意打ちをされるのは嫌い」と言うような情けない理由ではない。

「待っていたよ、『闇の福音』」

 まぁ、それはともかく……取り乱している千草とは違い、フェイトは微かな笑みを浮かべてエヴァの出現を歓迎する。
 もちろん、本当にエヴァを待っていた訳ではない。だが、エヴァの襲来を警戒していたため、驚かなかったのである。
 むしろ、「やはり今までの封印状態は擬態だったのか」と不確定要素が確定したことに軽く満足しているくらいだ。

「……そうか、待たせて悪かったな」

 エヴァもフェイトが警戒していたことを予想していたため、淡白な反応をされても特に反応を見せない。
 いや、むしろ、この程度で驚くレベルの相手に『身内』がいいようにやられたとは思いたくないくらいだ。
 つまり、東西の情勢のために進退窮まった状態でなければ動けなかったとは言え現状を許せていないのである。

  ヒュッ……

 エヴァは言葉を言い終えると同時に予備動作の一切無い『瞬動』を行い、フェイトの死角に移動を開始する。
 並の使い手ならば視認することすらできないだろうが、一流の使い手であるフェイトはエヴァの動きを捉えていた。
 それ故、フェイトはエヴァが通るであろうルートを予測し、エヴァが躱わせぬような位置に右の拳打を叩き込む。

 だが、動きを見切られることを想定していたエヴァは直前で突入コースを変更する。

 少々肉体に負担が掛かるが、不死身の吸血鬼であるエヴァには どうと言う事は無い。
 まぁ、その意味ではフェイトの攻撃を喰らっても大した効果は無いと言えるのだが、
 攻撃を喰らうと体勢が崩れて隙が生じてしまうので、避ける方を選択したのである。

  ヒュバッ!!

 突き出した右拳を避けられたフェイトの左脇腹はガラ空きだった。
 当然ながら、そんな隙を見逃すような愚かな真似をエヴァはしない。
 エヴァの鋭い貫手がフェイトの無防備な左脇腹を容赦なく襲う。

  ヒュボッ……

 だが、フェイトは残る左手でエヴァの貫手の軌道を逸らすことで攻撃の回避に成功する。
 結果、エヴァの貫手はギリギリのところで空を切り、貫手につられてエヴァの上体が少々流れる。
 通常なら この隙に攻撃するところだが、相手が相手なのでフェイトは体勢を整えることを選ぶ。

「やるね……さすがは最強の一角だよ」

 エヴァも体勢を整えたため、再び対峙し合う形になった金髪と銀髪の二人の幼女。
 一瞬の睨み合いの後、先に口を開いたのは楽しそうに笑う銀髪幼女――フェイトだった。
 その笑みは玩具を前にした子供のようであり、容貌には相応しいが状況には相応しくない。
 何故なら、今は見合っているとは言え戦闘中であること自体は変わらないからだ。
 それなのに楽しそうに笑っているフェイトは戦闘を楽しんでいるようにしか見えない。

「貴様こそ なかなかやるじゃないか?」

 それに対する金髪幼女――エヴァは皮肉気に言葉を紡いだ後、口の端を吊り上げて笑う。
 その笑みは獲物を前にした狩人のようであり、容貌には相応しくないが状況には相応しい。
 そして、続けて発せられた言葉によって、その笑みは更に戦闘と言う状況に見合うようになる。

「――まぁ、『作り物』にしては、だがな」

 先程の攻防の際、フェイトはエヴァの貫手を逸らすことで回避した。いや、逸らしてしまった と言うべきだろう。
 何故なら、エヴァの貫手を逸らすために(僅かな間とは言え)エヴァに『直接』触れてしまったのだから。
 それだけで『人形遣い』とも呼ばれるエヴァには「フェイトが人間ではない」ことを見破るなど充分だったのだから。

「――ッ!!」

 エヴァの言葉に一瞬とは言えフェイトは驚愕してしまった。当然、そんな隙を見逃すエヴァではない。
 エヴァが右手をフェイトに突き出すと、程なくして「パキィィィン」と言う高音を奏でて一条の光が出現する。
 ……その光は、エヴァが得意とする氷結系高等魔法、『断罪の剣(エクスキューショナー・ソード)』。
 その光刃に触れた固体・液体を気体へ強制的に相転移させる効果――つまり、蒸発させてしまう効果を持っており、
 蒸発させられた物質が大量に熱を奪うため光刃の周囲の温度は急激に下がるので、極低温の範囲攻撃も兼ねている。
 そして、フェイト目掛けて光刃を出現させたため、当然の如く その光刃はフェイトの左腹部を貫いていた。
 エヴァはフェイトの中心を狙ったのだが……どうやらフェイトは瞬時に攻撃を察知し僅かとは言え避けていたようだ。

「クッ!! このレベルの魔法を無詠唱で発動するとはね……」

 フェイトは苦しげに言葉を漏らす。痛覚はないが、攻撃を受けたことに精神的な苦しみを味わっているのだ。
 まぁ、並みの使い手ならば直撃を受けていたことを思えば、左腹部だけで済んだフェイトは賞賛されるべきだろう。
 とは言え、光刃は左腹部に突き刺さっていることは変わらず、二次的効果である光刃周囲の温度は急激に下がっている。
 そう、急激な温度の低下により、フェイトの『作り物』の身体は「ピキピキ」と言う音を立て徐々に凍り付いているのだ。

  スッ……

 そして、エヴァは容赦なく凍り付いて動きの鈍いフェイト目掛けて左手も突き出す。
 当然、それはもう一本『断罪の剣』を生み出すための予備動作であり、死刑宣告である。
 凍り付いた身体ではフェイトの動きに耐え切れない。直撃を避けても自滅の恐れが残る。

「クッ――!!」

 手詰まりを悟ったフェイトは瞬時に撤退を決意し「パシャッ」と言う水音と共に『水のゲート』でエヴァから逃れる。
 当然『座標指定』などしている暇がなかったため転移位置はフェイトの目視可能範囲内に限られていたが、
 幸いなことに、祭壇の周囲は湖であったので転移先には困ることはなく、それなりの距離を稼ぐことができた。
 そして、エヴァが追撃を掛けて来る前に『座標指定』を終え、長距離で『転移』を行い、今度こそ戦闘区域から離脱したのだった。

「……フン、逃げ足の速いヤツだ」

 フェイトが『ゲート』を使って千草を救出したのを見ていたエヴァは、フェイトが『ゲート』を使うことを知っていた。
 そのため、当然の帰結としてフェイトが追い詰められれば『ゲート』で緊急脱出することなど想定できていた訳で、
 想定の事態に対処していなかったことは――つまり、『転移妨害』を施して置かなかったことはエヴァの落ち度でしかない。
 まぁ、それだけ頭に血が上っていたと言うことであり、それだけ少年やネギを大事に思っていたと言うことでもあるのだが。

「しかも、証拠を欠片も残さないとはな……実に小賢しい」

 エヴァは何も残されていない床――正確には、水溜りしか残っていない床を一瞥した後、口惜しげに呟く。
 身体を構成していた破片の一つでもあれば『解析』できたのだが……フェイトは尻尾すら掴ませなかったのだ。

 エヴァは軽く頭を振ると「今は近衛 木乃香の回収の方が先だな」と思考を切り替えるのだった。



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Part.02:節穴な目


「そ、そこまでや!! 御嬢様の血を見たなかったら、そこで黙って見とき!!」

 思考を切り替えたエヴァが木乃香を助け出すため木乃香のもとに向かおうとしたところで、
 あまりにも凄まじい攻防に見入るしかなかった千草が我に返り、木乃香の首に手を掛けて叫んだ。
 まぁ、どこからどう見ても三下としか言えない言動だが、効果は『それなり』にはある。
 それなりの距離があるため『瞬動』を用いてもエヴァが辿り着くよりも千草が動く方が早い。
 千草がエヴァを警戒している限り、無力化される前に千草は木乃香を傷付けることができるのだ。

 とは言え、言い換えると、千草の意識が僅かにでも逸れれば木乃香を無傷で回収できる訳だが。

 また、木乃香が傷付くことを厭わなければ、現状でも千草を無力化することは可能なのである。
 それに、救出をあきらめれば儀式は妨害できず、待ち受ける結果は傷付けられることと大差が無い。
 そう、そう言った意味でも『人質となっている木乃香』に人質としての価値が無いのである。

「……ふむ。しかし、ここで傍観しても近衛 木乃香は生贄に捧げられるだけではないか?」

 それがわかっているエヴァは動きを止めて呆れを隠しもせずに千草に問い掛ける。
 平たく言うと「お前バカだろ?」と言っているようなものだが、千草は気付かない。
 残念なことに千草には「どちらにしろ結果に大差ないだろ?」と聞こえるのである。

「生贄て……物騒な言い方やなぁ。せいぜい『道具』くらいの表現にして欲しいとこやな」

 だから、千草はエヴァの言葉に訂正を加え「結果は大きく違う」と訴える。
 自分の有利を信じて疑わないため、エヴァの意図に気付けていないのだ。
 もし気付けていたのならば、問答をしている間も惜しんで逃亡しているだろう。
 まぁ、逃亡を選んでいたとしても、背中から撃たれて終わるだけだったが。

「それはそうかも知れんが……『近衛 木乃香は無事では済まない』と言う意味では同じだろう?」

 エヴァは内心で「コイツはどうしようもないバカだな」と思いつつ、更に問い詰める。
 その笑みは嗜虐に彩られ、狩猟者が捕らえた獲物をジワリジワリと甚振る様を喚起させる。
 自分が既に詰んでいる状態であることを理解させて絶望させ、その上で刈り取るつもりなのだ。

「ちゃ、ちゃうわ!! 御嬢ちゃんがヘタな真似をしないなら御嬢様は魔力をもらうだけで無傷で帰すわ!!」

 千草はようやくエヴァの雰囲気に気が付く。エヴァは人質を取られたから行動しないのではない と今更に気が付く。
 それ故に、木乃香に人質としての価値があることを精一杯に説明する。何もしない方が賢明だ と懸命に訴え掛ける。
 最早 千草の言葉に意味などないことを自覚しつつも、この状況から逃れるために口を動かさざるを得ないのだ。

「なるほど、それは一理あるな。だが、残念ながら、どの道 意味は無いな」

 エヴァは「って言うか、誰が御嬢ちゃんだ!!」と言う内心を抑え付けながら鷹揚に言ってのける。
 まぁ、内心を抑え付けるのはエヴァらしくない態度かも知れないが、今回は仕方がない。
 問答無用で攻撃するよりも哀れな獲物を絶望の淵に叩き落したかったのだから、仕方がないのだ。

「ど、どう言うことや?」

 凶悪なエヴァの笑みに嫌な予感が駆け巡るが、千草は「御嬢様を危険に晒す筈ない、大丈夫や」と落ち着こうとする。
 そして、ようやくにして『とある可能性』――「もしかして御嬢様を危険に晒す気なんか?」と言う可能性に思い至る。
 そもそも、目の前の相手は西洋魔術師だ。東側に協力しているのはわかるが、東西の関係を大切にしているとは限らない。
 つまり、御嬢様を危険に晒すことになったとしても「大事の前の小事」として割り切ってしまうのではないだろうか?

「いや、それもあるが――」

 エヴァは千草の顔色から思考を読み取り、その思考を やんわりと否定する。
 現実は そんなに甘くないし、その程度の事実では千草を絶望させ切れない。
 そう、現実は もっと救いがない。現実は、千草の心を抉るに足るものなのだ。

「――そもそも『それ』は『ダミー』だからな」

 だから、人質の価値は無いし儀式が成功していたとしても何も起こらない。
 そう、千草はダミーを本物であると勘違いしていた段階で詰んでいたのだ。
 そして、ダミーだとわかっていたからこそ、エヴァは千草を弄っているのだ。

「な、何やてー!?」

 衝撃的な事実に、千草が負けフラグなセリフを叫ぶ。
 それを聞くエヴァの表情は、実に『いい笑顔』だった。
 言わば「その反応が見たかったのだ」と言う笑顔である。

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 実は、ホテルを出発した後、ナギは鶴子に「気付かれないように木乃香をコピーして本物を匿ってください」と依頼していた。

 そして、その依頼は刹那と月詠の『試合』が行われる直前に遂行されていた(25話Part.07での休憩所云々の辺り)。
 手順としては、木乃香を連れ出して「用を足すため」と偽って『視界遮断結界(『遠見』も防止可能)』を張り、
 その中で木乃香を眠らせ、渡されていたコピー□ボットでコピーし、本物は『転移符』で安全圏に転移させただけであるが、
 それなりの時間が取られてしまったため、鶴子が二人のもとに駆け付けるのが試合開始ギリギリ前になってしまったのである。
 そう、言い換えるならば、鶴子が木乃香を眠らせたのは刹那に見せて動揺させるため『だけ』ではなかったのだ。
 蛇足の説明になるが、コピー□ボットは他者が鼻のボタンを押させてもコピーしてくれるので木乃香は寝ていても問題なかった。

 当然、休憩所にて鶴子が木乃香を連れて行ったのを見たナギは「鶴子さんが依頼を遂行してくれるのだろう」と理解してはいた。

 だが、ナギは敢えて「トイレに違いない」と下世話な想定をした振りをしてタカミチやネギをも欺いていたのである。
 別に「敵を騙すなら味方から」と言うつもりはないが、二人が嘘を吐くのがうまくないと判断したために欺くことにしたのだ。
 敵ばかりで味方の少ない状況だったため仕方が無いと言えば仕方が無いが、かなり人道を踏み外した考えと言えるだろう。

 何故なら、ナギは同様の理由で刹那にも真相は伝えていなかったのだから……

 真相を知らなかったため刹那は木乃香を偽者と知らなかった。
 それなのに、刹那は全てを捨てて木乃香を守ろうとしてしまった。
 その結果、刹那は目を覆いたくなるような惨状になってしまった。

 幸い惨状は脱したものの、真相を伝えていなかった責任が消える訳ではない。

 そのため、少年は己の判断を嘆き、自己嫌悪に苛まされている。
 木乃香の安全を優先したために刹那を傷付けてしまったのだから。
 浅知恵のせいで想定を超えた事態になってしまったのだから。

 閑話休題――話を戻そう。

 当初、エヴァはナギから「木乃香のダミーを複数用意する」と言う作戦を聞いた時、少々 慎重に過ぎると感じていた。
 千草を『記憶探査』したことで完璧とは言えないまでも計画の概要を知っているのだ、エヴァがそう感じるのは当然だろう。
 だが、ナギは そんなエヴァを見透かしたように、意地の悪さが窺える口元を歪めた薄笑いを浮かべて楽しそうに語った。

「まぁ、保険の意味もあるけど……『苦労して浚った相手が偽者でした』って わかった時の絶望を拝みたくない?」

 当然、ナギは本山に木乃香を連れて行けば浚われることが予測できていたためにダミーを複数用意しただけである。
 ナギが語ったように相手をトラップに嵌めるためだけに用意する訳ではない。木乃香の安全がメインの目的ではある。
 言わば、木乃香を心配していることに照れて、ついでの方を強調して「他者の不幸は蜜の味だ」と言っているに過ぎない。
 どこからどう見ても不幸を笑うのが本音にしか見えないが、半分くらいは『照れ隠し』である。多分、きっと、恐らくは。

 ちなみに、そんな諸々の事情を把握しているエヴァは、「……まったく、悪知恵の働くヤツだな」と苦笑するのだった。



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Part.03:だから、トラップは気付かれたらお終いなんだって


 ガックリと うなだれる千草を遠くに見ながら、フェイトは「ああ、やっぱりか」と納得していた。

 実を言うと、フェイトは木乃香を本山から連れ出す時、木乃香の魔力を計測していたのであった。
 そのため「封印されている と言うよりも、元から魔力が低いのではないか?」と違和感を覚え、
 そこから「もしかして、これはダミーで本物は別にいるのではないだろうか?」とも予測していた。

 ……では、何故にダミーだと予測が付いていたのに『木乃香』を連れて来ることを選択したのか?

 それは、己の身を厭わずに木乃香を救おうとした刹那に敬意を評したため と言う意外な理由だった。
 フェイトは『造られし存在』ではあるが、稼動しているうちに感情に近いものが芽生えつつある。
 特に戦士として敬意に評する相手の意思は尊重する傾向があり、今回は それに該当したようだ。

「――ってのは嘘で、その程度のトラップなど見抜いておったわ!!」

 しかし、そんなフェイトの事情を嘲笑うかのように千草は突如 項垂れていた顔を上げて高らかに宣言する。
 オマケに着崩した和服から零れそうになる双丘を誇示するかのように踏ん反り返り、勝者の余裕すら見せる。
 そんな失敗フラグとしか言えない姿を見たフェイトは一抹の不安を覚えるが、今のフェイトには千草を止められない。

「ほぉう? つまり、こちらの思惑等お見通しだった、と言うことか?」
「まぁ、一度 嵌められてますからなぁ。何度も同じ轍は踏みませんわ」

 エヴァの興味深そうな問い掛けに「そこまでバカやないで?」と言わんばかりに勝ち誇って応える千草。
 一度、列車の中でナギにダミーを掴まされた経験があるため(21話参照)、その言葉には実感が籠もっていた。
 どんな人間でも一度 騙されれば慎重になる。少なくとも、騙された痛手を忘れるまで――短くても数日間は。

「ホテルに居った方が本物やろ? これは『そっち』やから、これは本物や!!」

 だが、その言葉に実感が籠もっていたとしても、その経験を活かしてトラップに注意をしていたとしても、
 トラップに気付かない者は気付かないし、気付かないために嬉々としてトラップに嵌ってしまうのである。
 つまり、千草は『本山の木乃香』がダミーだと見抜いた段階でトラップを見切ったつもりになってしまい、
 言うまでも無く『ホテルの木乃香』もダミーであったので、見事にトラップに嵌った形となったのである。

「……いや、ホテルのもダミーだぞ?」

 ちなみに、『本物の木乃香』は鶴子が安全だと思う場所――つまり、鶴子の家に匿われている。
 鶴子を突破しない限り手出しできないため、ある意味では本山よりも安全な環境と言えるかも知れない。
 まぁ、今の本山には獅子身中の虫(赤道とか)が巣食っているので、仕方が無いと言えば仕方が無いのだが。

 さて、これは完全な余談になるが、木乃香の父である詠春は当然ながら木乃香をダミーだと気付いていた。

 だが、詠春は「きっと、那岐君や鶴子君に何らかの考えがあってダミーを用意したのだろう」と判断し、
 特に言及することも無く、黙って「ダミーの木乃香より重要な人物 = ナギ」の護衛をしていたのである。
 もちろん、タカミチはダミー云々に気付いておらず、普通に「優先すべき人物」としてナギの護衛をしていたが。

 まぁ、ホテルのダミーを本物と勘違いしていた千草には、それらのことは一切関係ないが。

「え? ほんま?」
「ああ、普通に本当だ」
「な、何やてーー!!」

 頼みの綱であった木乃香が偽者であると断言され、今度こそ絶望に打ちひしがれる千草。

(……うむ、それだ。その顔が見たかったのだ。
 これで少しは溜飲が下がる と言うものだ)

 実を言うと、身内を大事にするエヴァはネギやナギをいいようにやられて腸が煮えくり返っていた。

 実力者であるフェイトにはストレスを発散させる余裕などなかったので特に甚振らずに速攻で退場させたが、
 エヴァから見れば無力も同然である千草は格好のストレス発散相手だった。そう、ただそれだけのことだった。
 別に千草に同情して茶番に付き合っていた訳ではない。千草を絶望に叩き込みたいから茶番に付き合っていたのだ。
 だがしかし、そんな余裕を見せていたために警戒しなければいけない相手――フェイトの接近に気付かなかった。

「やってくれたね、『人形遣い』……」

 いつの間にかエヴァの背面にできていた水溜りから突如フェイトが現れており、隙だらけのエヴァの後背部に強烈な貫手を叩き込まれていた。
 しかし、フェイトが完全に撤退したとは考えていなかったエヴァは急襲されても少々驚くだけだったため、フェイトの貫手を難無く避ける。
 むしろ「ボロボロの筈の身体で どうやって攻撃したのか?」の方が遥かに気に掛かり、エヴァはフェイトの姿を確認する余裕まであった。

「ほぉう? あれだけの損傷を あの程度の時間で再生させるとはな……」

 フェイトの姿は ほぼ元の状態に戻っており、崩れた筈の手足も元通りになっていた。
 エヴァは そのことに「なかなか高度な『作り物』だな」と感心したように頷いた後、
 逃した獲物に再会したことを悦び、その幼い相貌に似つかわしくない獰猛な笑みを浮かべる。

 その笑みは まさしく笑みの根源は威嚇だったことを物語るに相応しいものだった。

「――だが、残念だったな」
「? どう言うことだい?」
「既に舞台は終わっているのさ」

  パチンッ

 エヴァが指を鳴らした瞬間「ゴォォォ!!」と言う轟音を立てて祭壇を強力な魔力の奔流――『対軍用拘束結界』が襲う。
 実は、祭壇には「効果範囲内にいるもの(使用者を除く)を対象として動きを封じる結界」が仕掛けられていたのである。
 ちなみに『対軍用拘束結界』とは『戦術広域魔法陣(戦術レベルで使用される広域の魔法陣)』の一種であり、
 同種の物が原作24巻で登場している(『黒い猟犬』と言う賞金稼ぎが刹那達に使用した『対軍用魔法地雷』のこと)。

「――いつの間に!?」

 ところで『戦術広域魔法陣』は強力な魔法を込めることができるが、作成に時間が掛かる と言う致命的な欠点がある。
 そのため、魔法陣の作成を妨害される恐れや作成に成功しても魔法陣の効果範囲内から脱出される恐れ等があるため、
 軍対軍の戦いならばまだ実用可能だが、個人対個人の戦いでは戦闘中に魔法陣を作成するなどまず不可能である。
 その意味では、フェイトが「いつの間に魔法陣を描いたのだろうか?」と疑問を持つことは不思議なことではない。

 だが、その答えは至極単純なもので「戦闘中にエヴァが魔法陣を作成した訳ではない」のである。

 実はと言うと、昼間の内に――フェイトが千草を救出している間に仕掛けてあったのである(26話オマケ参照)。
 千本鳥居での襲撃は、フェイトの思惑としては「注意を引き付けて千草への警戒を解くもの」だったのだが、
 それはナギの想定内でしかなかったので「フェイトの意識が千草に向いた隙を狙う策」が講じられていたのである。

 ちなみに、予め登録して置いた魔法陣を自動で作成する魔法具(ネギ製)を用いたため、エヴァが祭壇に居た時間は僅かなものでしかなかった。

 仮にフェイトが祭壇にトラップが仕掛けられている可能性を考慮して精査していれば、恐らくは見破られていただろう。
 だが、フェイトの頭には祭壇にトラップが仕掛けられている可能性など最初からなかったためトラップに気付けなかった。
 いや、正確に言えば、木乃香のダミーに眼が行き過ぎてスクナの召喚そのものに眼が行かないように誘導されていたのだ。

「確かに、アイツは戦力としては使い物にならん。それは認める。だが、戦略としては充分な価値があるのさ」

 エヴァは「我が子をバカにした相手の鼻を明かして満面の笑みを浮かべる母親」のような表情を浮かべて勝ち誇る。
 そもそも『対軍用拘束結界』はダミーがバレて『本物』が奪われスクナを復活されてしまった時のための保険だった。
 だから、ダミーはバレたものの『本物』までは辿り着かれなかったため、本来なら使用する必要はなかったものだ。
 だが、フェイトの意表を付くために――ナギの読みの深さを誇示するために、使う必要がないが敢えて使ったのである。

「と言う訳で――そろそろ眠れ」

 死刑宣告のように紡がれる呪文は「契約に従い、我に従え、氷の女王。来れ、とこしえのやみ」、そう『えいえんのひょうが』。
 それは150フィート四方の広範囲を ほぼ絶対零度(-273.15℃)にし、対象を強制的に凍結させる氷結系の超高等魔法。
 覚悟の無い者は殺さない と言うエヴァの『信念(優しさ)』からか、エヴァが愛用する「殺さずに無力化するための魔法」。

 ……その結果、祭壇の周囲は永久凍土を思わせる『氷の世界』となったのだった。



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Part.04:邂逅すべき運命


 一方、本山では、少女の姿に戻った刹那を寝かし付けた少年が苦悶の表情で気絶しているネギを介抱していた。

 ネギが傷だらけになった理由は正確にはわからないが、きっと自分のせいだろう。
 木乃香のために必死になる可能性もあるが、それよりも自分のことで必死になったのだろう。
 取り方によっては自惚れに取れる考え方だが、事実が想定通りなのだから性質が悪い。

 ネギは勝手に思い込んで暴走して敗れた。それだけと言えば それだけのことだろう。

 だが、少年はネギの屈折した想いに気付きながらも何もしなかった自分を責めていた。
 いや、むしろ自身の身の安全を確保するために自分を守るように誘導した節すらある。
 ネギは思い込みが激しく人の意見など聞かない面があるので、何の効果もなかったかも知れない。

 しかし、何もしなかったのとは大違いだ。何の効果もなくても何かをするべきだったのだ。

 それに、ネギが傷付いた姿を見て「ここまで傷付くとは予想外だった」と後悔してしまったのもある。
 少年は自ら「辿るであろう道筋」に手を加えたのに、どこかで『物語』通りに進むと考えていた。
 ネギや刹那はフェイトと戦って無力化され木乃香を奪われることになるだろう……そう、考えていた。
 つまり、今までは覚悟をしたつもりになっていただけで、甘い認識を捨て切れていなかったのだ。
 だから、より自分が許せない。覚悟も無く「わかったつもり」になって介入していたことが許せないのだ。

「最低だ、オレって……」

 自分を責めていても今の状況は好転しない。むしろ悪化すらするだろう。
 しかし、それがわかっていても なお少年は自分を責めることがやめられない。
 つまり、今の少年は それ程までに『過去の自分』を許せないのだった。

「――何を そんなに落ち込んでいるんだい?」

 しかし、そんな欝な思考も唐突に掛けられた声によって遮られる。
 その声は背後から「チャプン」と言う水音と共に聞こえた気がする。
 つまり、その声は水の『ゲート』を通って現れたフェイトの声だろう。

「……どうしてここに? エヴァと相対しているんじゃないの?」

 急速に心が冷える。自責の念は彼方へ消え、この状況への対応策で頭がいっぱいになる。
 ここで下手を打って「自分が何者であるのか」を気付かれるのだけは避けねばならない。
 幸いなことに今まで気付かれていないのだから、ここで気付かれる等あってはならない。
 そうでないと、数多の犠牲を強いて この場に立っていることが許せなくなってしまう。

「ダミーを使用するのはキミだけじゃない。と言えば、わかるだろう?」

 少年が振り向いた先に居たのは、フードを目深に被り、ゆったりとしたローブで全身を覆ったシルエットだった。
 フェイト――逆光になっているため顔の判別は付かないが、特徴的な銀髪は確認できたので辛うじてフェイトだと判別はできた、は
 まるで半身が欠けているかのように不安定で、立っているだけで精一杯に見え、どう見ても戦闘など儘ならない状態だった。
 言葉と現状から察するに、フェイトの再生は済んでおらず完全体として祭壇に現れたのはダミーだった と言うことだろう。

「……で? どんな用件があるんだい?」

 瞬時に状況を理解した少年は、余計なことを言わずに単刀直入に用件を訊ねる。
 フェイトが戦闘のできない身体で自分の前に現れた理由を理解しているのだ。
 つまり、自分と話をしに来たのであって、自分をどうこうする意思など無い と。

「ふぅ……本当にキミは油断がならないねぇ」

 フェイトは少年の様子に賞賛とも呆れとも付かない苦笑を漏らす。
 さっきまで あんなに動揺していたのに、随分と落ち着いたものである。
 単なる強がりかはわからないが、切り替えが早いことだけは確かなようだ。

「………………」

 少年は大した反応も見せずに値踏みするようにフェイトの言葉を待つ。
 つまり、フェイトから用件を切り出すのを待っているのだろう。
 このまま待たせるのも一興だが、時間に余裕がある訳でも無い。

 フェイトは軽く嘆息して口を開いた。

「……ボクの用件と言うのは、キミと話をすることさ」
「話? そんな状態でも訪ねて来る程の話って何さ?」
「そんなの、キミには わかり切っていることだろう?」
「さぁてね? オレはバカだからよくわかんないなぁ」
「そう。それならば、ボクの問いに答えるだけでいいよ」
「まぁ、オレに答えられるなら答えるのも吝かじゃないかな?」

 もちろん、少年はフェイトの言いたいことなど わかり切っていた。

 だが、「相手がどのように訊ねるのか?」を見るために敢えて惚けたのだ。
 それを理解したフェイトは平行線を続ける気が無かったのでサッサと話を進める。
 そして、フェイトが話を進めた以上、少年の方も話に付き合うのも吝かではない。

「じゃあ、『ボク達の計画を どうやって知ったか?』、答えてくれないかな?」

 フェイトとしては木乃香のダミーが作られるのは想定の範囲内であった。
 だが、祭壇に仕掛けられたトラップについては まったくの想定外だった。
 あらかじめスクナの復活を狙っていることを知らなければできない芸当だからだ。

「その質問に答える義務は無いね。だけど、オレを攻撃しない と約束してくれるなら答えてもいいかな?」

 戦闘ができない状態とは言え、フェイトの実力を考えれば少年など どうとでもできるだろう。
 そのため、フェイトの『依頼』は『強要』に近い。そんなことは両者とも わかり切っている。
 そして、『転移妨害』が張られているため『切り札』であるエヴァが駆け付けるには時間が掛かる。
 それでも、少年は余裕を持って条件を出す。圧倒的な強者に対し、怯むことなく条件を突き付ける。

「……いいだろう。『キミを攻撃しないことを誓う』から『答えて』くれないかな?」

 フェイトは少年の傍らに置いてある鞄に対して含みのある視線を送りつつ、少年を攻撃しない旨を了承する。
 そう、入浴時でも少年の傍にあった その鞄の中には、少年の『もう一つの切り札』が眠っているのだ。
 鞄から漏れる『とある魔力』に気付いたフェイトは「恐らく『闇の福音』の人形だろう」と見当が付いているが。

「ならば、答えるよ。まぁ、そうは言っても、そんな大した答えじゃなくて『列車の中でエヴァに千草の記憶を読ませた』だけだけど」

 少年は「これで契約成立だね」と確認するように呟いた後、フェイトの問いに対する答えを身も蓋も無く教える。
 曲がりなりにも『誓約』をしているので当然なのだが、それでもアッサリと種明かししたことにフェイトは少々肩透かしを喰らう。
 何故なら「千草に教えてもらった」と言うような表現を用いることもでき、答えをぼかすことなど いくらでもできたからだ。

 とは言え、肩透かしを喰らった程度で気を緩めることなどフェイトはしない。直ぐに少年の言葉を吟味する。

「……なるほど。大した魔力を感じなかったから油断していたよ。
 それに、野次馬が死角になってて魔法の行使にも気付かなかったし。
 って、もしかして、そのために親書を爆発させたってことかい?」

 そして、吟味しているうちに少年が仕掛けたトラップの真相に気が付く。

「うん、そうだよ。野次馬を集めるために態々 爆発させる手段――爆弾系のトラップにしたのさ」
「なるほどね。でも、そうなると、まるで親書が盗まれるのがわかっていたみたいだよね?」
「まぁ、わかっていた と言うより、木乃香かオレか親書が狙われるのは想定できていただけさ」
「……じゃあ、小太郎君達の襲撃と千草さんの奪還も想定していたってことかい?」
「彼女が計画の肝だからね。奪還に来るのも、そのために陽動を使うのも、想定くらいするさ」
「つまり、態と陽動に引っ掛かって奪還させ、泳がせて置いてトラップで仕留めたってことか……」
「と言うか、東西的にエヴァを動かせない状態だったから、泳がさざるを得なかったんだけどね」
「なるほど。東西の軋轢を気にしなければ、千草さんの奪還時に『闇の福音』をブツケているね」
「まぁ、平たく言うと そうだね。形振り構わなければ、遣り様はいくらでもあったんだよねぇ」

 フェイトの度重なる問いに少年は次々と答えていく。打てば響くような、その応答は小気味良さすら感じる。

 だが、それこそが少年の仕掛けたトラップだった。実は、少年がフェイトの問いに答える限り、フェイトは少年を攻撃できないのである。
 フェイトは気付いていなかった(正確には、そこまでは気付けていなかった)が、少年は鞄の中に『切り札』を『二つ』忍ばせていたのだ。
 一つは言うまでも無くチャチャゼロだが、もう一つは(少年がネギに作らせて置いた『誓約の指輪』の上位版である)『契約の鐘』であった。
 そう、少年は鞄の中にいたチャチャゼロに『契約の鐘』を起動させて、フェイトに悟られないように『契約』を結んでいたのである。
 ちなみに、その『契約』の内容は二人の会話の通りで「少年はフェイトの質問に答え、フェイトは少年を攻撃しないこと」である。

 まぁ、フェイトが通常の状態であったならば、この程度のトラップなど見抜けていただろう。

 だが、現在のフェイトは重態と表現すべきダメージを負っており、更にチャチャゼロの存在を見抜いた段階で安心してしまったので、
 迂闊にも『契約』が成立するに足る言質を取らせてしまったのである(まぁ、他にも ちょっとした理由があるのだが、それは余談だ)。

「……よくわかったよ。ありがとう、とても参考になった」

 フェイトの疑念は晴れたらしく、フェイトは少年に礼を言うと踵を返す。
 もちろん、『ゲート』を使って移動するので踵を返す必要などない。
 単に気分的なもので、別れを告げるためのジェスチャーのようなものだ。

 つまり、フェイトは少年との別れを惜しんでいる と言うことである。それが「どう言った意味でか」は謎だが。

「では、『怖いオバサン』がやって来る前に失礼させてもらうよ」
「(怖いオバサン? ……ああ、エヴァか)うん、それじゃあね」
「うん、また会える機会があったら また会おう、神蔵堂君」

 不穏な言葉を残し、フェイトは水の中へ徐々に消えて行き、最後には何の変哲もない水溜りのみが残る。

 それを ぼんやりと眺めていた少年は「いや、オレはもう会いたくはないんだけどなぁ」とボヤいた後、
 思い出したように「『契約の鐘』は反乱分子を味方に引き込むための『切り札』だったのに……」と溜息を吐くのだった。

 ……少年は知らない。いや、気付かなかった と言うべきかも知れない。

 瞬時に移動できる筈のフェイトが徐々に消えて行った理由を。
 タイムリミットが迫っているのに別れを惜しんでいたことを。
 戦闘以外のことで楽しむことができた喜びを感じていたことを。
 正体には気付かれなかったが妙なフラグを立ててしまったことを。

 フェイトを観察する余裕のなかった少年には、気付くことができなかったのだった……



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Part.05:素直になれない幼女と素直になった少年


 時間は少し遡り、エヴァが『えいえんのひょうが』を発動した後のこと。

(う~~む……とりあえず氷付けにしたのはいいが、これからどうする?
 眼鏡女の方は雑魚だから どうとでもなるが、銀髪の方は手強いからな。
 殺す――いや、壊すのが楽と言えば楽なのだが、そうもいかんからなぁ)

 エヴァは千草とフェイトが氷付けになったのを確認すると今後の処置を考えていた。

 千草は西の反乱分子を辿るのに役に立ちそうだし、フェイトは大物が釣れそうな気がするため、
 『おわるせかい』で殺すことはもちろん『こおるせかい』で氷像にすることも不味いだろう。
 しかも、フェイトの実力を考えると このまま氷付けにして置くのは よろしくないだろう。
 今は大人しく氷付けになっているが、こちらが油断した隙に暴れだす可能性は否めないのだ。

 だがしかし、そんなエヴァの悩みは呆気なく解決する。尤も、事態が悪化しただけなのだが。

 と言うのも「ドロリ……」とでも表現すべき様子で氷付けになっているフェイトが溶けてしまったからだ。
 そう、『壊れた』のではなく『溶けた』のだ。まるで、氷が水に戻るかのように溶けてしまったのだ。
 つまり、考えるまでもなく、水で作られたフェイトのダミーが役目を終えたので水に戻ったのだろう。

(――クッ!! 小癪な真似を!!)

 考えてみれば、戦闘不能にしてから復活するまでが早過ぎると思っていたのだ。
 それに、こちらがダミーを駆使しているとは言えダミーは こちらの専売特許ではない。
 いや、そもそも見習いのネギでさえ戦闘にダミーを使用していたのだ(11話参照)。
 相手がダミーを使うことくらい想定できた――いや、想定して置くべきだった。

(まさかっ――?!)

 ダミーを戦場に投入する理由など数える程だ。と言うか、決まっている。
 それは『陽動』、つまり、エヴァを祭壇に引き付けることだろう。
 ならば、本物は何をしているのか? そんなことは考えるまでもない。
 そう、フェイトは本山に――エヴァの守るべき者のところにいるのだ。

(不味い!! あの銀髪が相手ではチャチャゼロでも危ない!!)

 エヴァは慌てて本山へ向かおうと本山へ『ゲート』を開こうとする。
 だが、本山には『転移妨害』が施されており、座標を指定できない。

(チッ!! あの『人形』め!! 何度も何度も小癪な真似をしおってからに!!
 ま、まぁ、この距離なら『転移妨害』を破るよりも『走った』方が早いからな、
 さっきのように「破るか? 走るか?」で迷う必要がないだけマシだな、うん)

 そのため、エヴァはギリギリまで『転移』をし、そこから『虚空瞬動』を使うことを即決し、即行動に移したのだった。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 一方、エヴァが保護しようと躍起になっている少年はと言うと……

 フェイトと対峙することに意識が向いたためか、それまで少年を苛んでいた自己嫌悪は かなり薄れていた。
 その点ではフェイトに感謝してもいいだろう。あのまま自己嫌悪を続けても いいことは何も無かったのだから。
 それに、嫌で嫌で仕方なかった最低なクズ野郎としての自分――神蔵堂ナギを認めることができたのだから。

 そう、少年はフェイトに対峙した際、神蔵堂ナギであることを意識して対応していたのである。

 言うまでもないことだが、神蔵堂ナギは人の想いを平気で踏みにじる救い様の無いクズ野郎である。
 だが、人を騙すことに長け、平然と嘘を吐く彼は「ああ言う場面」においては実に頼もしかった。
 まぁ、だからと言って、過去の愚かな選択を許せる訳ではないのだが、これはこれで それはそれだ。

(少しくらいなら、アイツのことを受け入れてもいいかな?)

 少年は、まだ複雑な思いが残るのものの神蔵堂ナギの存在を受け入れた。
 先程までは「こんなクズが自分の訳がない」と拒絶をしていた神蔵堂ナギを、
 今では「こんなんでも自分なんだ」と(自分の一部分として)受け入れたのだ。

(だって、オレは那岐でもあるしナギでもあるんだから……)

 実は、タカミチを眠らせた頃の少年は、唐突に起きた「那岐の記憶」の復活に混乱していた。
 言わば、那岐の記憶が戻るまでの少年は「那岐が初期化されてナギが上書きされた状態」だった。
 それなのに、那岐の記憶が戻った――那岐が復帰したため、情報過多で混乱してしまったのだ。

 その時、少年の中でナギの記憶と那岐の記憶が掻き混ぜられ、同一時間軸で全く異なる経験が交差していた。

 一方ではタカミチに手を引かれており、一方では『父』に背負われていた。
 一方では詠春に剣の手解きを受け、一方では『母』に料理を教わっていた。
 一方では家族連れを羨ましそうに見、一方では『家族』と共に笑っていた。
 一方では木乃香に怯えられていたのに、一方では『彼女』と談笑していた。
 一方では寂しく床に伏せていたのに、一方では『みんな』に看病されていた。

 ある意味では、那岐の記憶は悲惨かも知れない。だが、少年は那岐も幸せだったことを知っている。

 那岐自身は気付いていなかったが、少年から見ればタカミチは那岐を大切にしているのがよくわかった。
 多忙のために傍にいる時間は少なかったかも知れないが、大切にしていることは間違える筈がない。
 何故なら、フェイトに襲われた時、タカミチは己の身を挺して少年(那岐)を守ろうとしてくれたのだから。

 確かに、那岐はナギと違って『家族』に囲まれなかった。だが、それでも那岐は幸せだったのだ。

 那岐自身は気付けていなかったが、少年から見れば あやかは那岐を大切に想っているのがよくわかった。
 素直ではないからわかりにくかったかも知れないが、大切に想っていることは間違える筈がない。
 何故なら、ただ一人だけ那岐とナギが違うことに気が付いてくれ、那岐の不在を嘆いてくれたのだから。

(……ところで、オレは これから何て名乗ればいいんだろう?)

 少年は那岐でもありナギでもある。だが、那岐でもないしナギでもない。
 そのため、那岐とナギを分けて認識していた少年は己を定義し兼ねていた。
 まぁ、ナギに主導権がある状態で融合したため、那岐が吸収された形ではあるが。
 しかし、それでも、己をナギとして認識するには那岐の影響が強過ぎる。

(いっそのこと『アセナ』とでも名乗ってみるかな?)

 アセナ・ウェスペル・テオタナトス・エンテオフュシア……この呪文のように長ったらしい横文字こそが少年の『本当の名前』である。
 そう、少年は『神楽坂 明日菜 = アスナ・ウェスペリーナ・テオタナシア・エンテオフュシア』が男として生まれた成れの果てだ。
 少年は、彼女同様 今では滅びてしまった魔法世界の小国、『始まりの王国』とも呼ばれていた「ウェスペルタティア王国」の王族だ。
 まぁ、王族とは言っても、完全魔法無効化能力を持つために体良く『戦争の道具』として100年以上も生かされていただけの存在だが。
 だから、『本当の名前』とは言っても、その名前が少年を意味している訳ではない。それは『黄昏の御子』と言う記号と同義でしかない。

(オレが『オレ』になったのはナギ・スプリングフィールドに助け出された時だ。あの時から、オレは『人』になったんだ……)

 そう、少年が少年と言える存在になったのは『黄昏の御子』から脱却した時――つまり、ナギ・スプリングフィールドによって助け出された時だ。
 それまでの少年は『戦争の道具』でしかなかった。一人の人間と成れたのは、一人の人間として扱われたのは、『その時』が初めてなのだ。
 だから、『アセナ』と呼ばれるようになった『その時』から、少年は『人』になれたのだ。言わば『アセナ』が少年の『最初の名前』とも言えるのだ。

(しかし、そうは言っても、『アセナ』って日本人の名前としては違和感があるんだよなぁ)

 少年は赤茶の髪にブラウンとヘーゼルのオッドアイを持っている。そして、鼻は高くて彫も深く肌も白い。
 そんな『日本人』らしくない容姿のため、少年は今まで「どこかの血が混じってるんだろう」と考えていた。
 そう、見た目は『日本人』らしいとは言えなくても『日本人』として生まれ育った少年の心は『日本人』なのだ。
 だから、本来なら見た目に似合う筈の『アセナ』と言う名前に拭えない違和感を覚えてしまうのである。

 それ故、少年は自身を「何て表現すればいいのかわからない」と結論付けるのだった(問題の棚上げとも言う)。

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 そして、少年が落ち着きを取り戻した頃……

 タイミングを計ったかのようにエヴァが少年の元に訪れた。
 移動に全力を使ったためだろう、珍しく肩で息をしている。
 そのため、少年はエヴァが慌てて駆け付けてくれたことを理解する。

「ええい!! 無事なら無事と連絡を寄越さんか!!」

 だから、開口一番に怒鳴られても少年は大して気にしない。
 いや、むしろ、「それだけ心配してくれた」と受け取る。
 そのため、怒られているのにもかかわらず嬉しくなってしまう。

「ごめん、ちょっと気が動転してて忘れてたんだ」

 素直な那岐の成分が含まれている少年は素直に謝罪する。
 混乱していたので連絡をする余裕がある訳がなかったのだが、
 それでもエヴァに心配を掛けてしまったことは変わらないからだ。

「は? あ、い、いや、わかればいいのだ!! わかれば!!」

 少年が素直に謝罪する様を見たエヴァは、少々――いや、かなり驚く。
 まぁ、いつもなら適当な言い訳をするところなので気持ちはよくわかる。
 だが、少年は これまで(ナギ)とは違うので、これからはこれが普通なのである。

 とは言え、少年は素直なだけではない。ちょっとだけイジワルでもある。何故なら少年には那岐の成分だけでなくナギの成分も含まれているからだ。

「でも、『転移妨害』が解除されたのに何で『転移』しなかったの?」
「う、うるさい!! 気が動転していて、解除に気付かなかったのだ!!」
「……つまり、それだけ心配してくれたってことかな?」
「だ、黙れ!! 今のは言葉の綾だ!! ついだ!! ウッカリだ!!」
「そっか、そんなに心配してくれたのかぁ。いやぁ、照れるねぇ?」
「クッ!! ああ、そうさ!! 心配したさ!! 心配して悪いか?!」

 ついには逆ギレするエヴァ。以前ならば「はいはいナイスツンデレ」とでも評して終わるのだが、今は違う。

「いや、悪くないよ。って言うか、むしろ嬉しいかな?」
「身内なのだから心配して当然だろ――って、はぁ?」
「だから、心配してくれて ありがとう、エヴァ」
「え? あ、いや、その……わ、わかればいいのだ!! わかれば!!」

 少年の常とは違う態度に軽くテンパるエヴァだが、シッカリとツンデレは忘れない。

「――って、まさか、頭でも攻撃されたのではないか?」
「失礼な言い分だけど、言いたくなる気持ちも分かるかな?」
「あ、いや、だって……あまりにも『らしく』ないぞ?」
「まぁ、今回の件で思うところがあったってことだよ」
「そ、そうか。まぁ、貴様が そう言うなら納得して置こう」

 素直な少年に拍子抜けはしたものの「まぁ、これはこれでいいか」と思うエヴァだった。


 


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オマケ:人形姉妹の憂鬱


 そして、夜が明けて早朝……

 本山急襲の報を受けて駆け付けた西の精鋭達によって石化された人々の石化は解かれた。
 ちなみに、西の精鋭達は『遠征』を命じられていたので昨夜は本山にいなかったらしい。
 また、状況証拠は揃っているが、その『遠征』を誰が指示したのかは定かではないようだ。
 まぁ、そう言った意味も含めて事後処理は腐るほど残っているが、とりあえず騒動そのものは終わった。
 だから、これにて一件落着、と言っていいのだが……少年は何かを忘れている気がしてならなかった。

(う~~ん、何だったかなぁ? 何だか大切なことのような気がするんだけどなぁ……)

 少々遅くはなったが、本山での事件が終息したことは鶴子にも知らせてあるため、
 そのうち(鶴子に匿われていた)木乃香は鶴子に連れて来てもらえるだろう。
 だから、本山にいない重要人物――木乃香のことを忘れている訳ではない。
 それに、忘れてしまいそうだったが、東の長である近右衛門にも報告してある。

(まぁ、思い出せないってことは「大したことじゃない」ってことだよね? ……よし、気にせずに寝よう)

 少年は考えることを放棄し、石化を解除された巫女さん達(ここ重要)に敷いてもらった布団に潜り込む。
 実は、鶴子や近右衛門に報告しているうちに夜が明けてしまったため、今まで休めなかったのである。
 まぁ、一度ネギに気絶させられたために寝ていたので(26・27話参照)、別に睡眠不足と言う訳ではない。
 だが、長時間の緊張と記憶の処理のため少年の疲労は大きい。結果、眠りに落ちるのに数秒も要らなかった。

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 そして、少年が眠りに付いて幾許かの時が経った頃……

「ナァ、トコロデ俺ノ出番ハ? 気配ヲ探ッタコト ト魔法具ヲ発動サセタコト シカ出番ガ無カッタンダガ?」
「大丈夫ですよ、姉さん。私なんて個人風呂の予約とマスターの撮影しか出番がありませんでしたので……」
「イヤ、妹ヨ。御主人ノ盗撮ハオ前ノ趣味ダロ? アト、俺ノ気ノセイジャネーナラ奴ヲ罠ニ掛ケテナカッタカ?」
「ふふふ……意味がわかりませんねぇ? 敢えてコメントするならば『禁則事項です』としか言えませんよ、姉さん?」
「ソウカ、オ前ガソウ言ウナラ ソウ納得シテ置コウ。タダ、姉トシテ忠告シテ置クガ、何事モ程々ニシテ置ケヨ?」
「ええ、もちろんですよ、姉さん。生かさず殺さずが私のポリシーですし、チラリズムが至高の萌えだと考えてますから」

 チャチャゼロと茶々丸の茶々姉妹が出番の無さに愚痴を言い合っていたとかいないとか……


 


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後書き


 ここまでお読みくださってありがとうございます、カゲロウです。
 以前から「改訂した方がいい」と言う意見が多数あったので、改訂してみました。
 また、改訂に伴ってサブタイトルを「狐と狸の化かし合い」から変更しました。


 今回は「エヴァ無双タイムを目指したのに、気付いたらフェイトちゃんのフラグが立っていた」の巻でした。

 では、恒例(?)の設定補完に行きましょう。まず、前回も出て来た『転移妨害』についてです。
 これは「外部からの転移を妨害する」と言う設定なので「内部からの転移は可能」なんです。
 そのため、フェイトちゃんはエヴァから逃げられた と言うことなんです。ええ、都合がいい設定です。

 ちなみに、その時のフェイトちゃんが『水のゲート』を使えた件ですが……

 まぁ、『水のゲート』は「水から水への転移するもの」なので、ちょっと矛盾してますよね?
 なので、アレは「体内に仕込まれてた水を使って転移した」ってことにしてください。
 言い訳臭い説明ですけど、足元に「転移のための水」を用意して転移した訳ではありません。
 黄金水とか聖水とか考えちゃダメです。水は足元にはありません。体内にあったのです。

 あ、かなりどうでもいいんですけど、主人公の本名が かなり微妙な件は軽くスルーしてください。

 敢えて言うなら「明日菜のTSならアスナっぽい本名が必要じゃね?」ってオラクルが降りて来たので、アセナなんです。
 ちなみに、明日菜の本名である「アスナ・ウェスペリーナ・テオタナシア・エンテオフュシア」とは、
 ウェスペル(ラテン語で「夕方 = 黄昏」のこと)とウェスペリーナ(ウェスペルの女性名詞)で対応させてますし、
 テオタナトス(ギリシア語で「神」と「死」の合成語)とテオタナシア(テオタナトスの女性名詞化)で対応させてます。

 さてさて、あまりグダグダ書いても仕方が無いので、今回は ここら辺で終わります。


 では、また次回でお会いしましょう。
 感想・ご意見・誤字脱字等のご指摘、お待ちしております。


 


                                                  初出:2010/9/25(以後 修正・改訂)



[10422] 第30話:家に帰るまでが修学旅行【改訂版】
Name: カゲロウ◆73a2db64 ID:552b4601
Date: 2013/03/25 21:01
第30話:家に帰るまでが修学旅行



Part.00:イントロダクション


 今日は4月25日(金)、修学旅行四日目。

 本山襲撃事件から一夜明け、西側が事件の事後処理に追われた日。
 原作では刹那が「翼」を見られたことを理由に皆の下を去ろうとした日。
 そして、原作では詠春が一行にサウザンド・マスターの別荘を案内した日。

 『ここ』では、一部分は重なるが大部分は別の結末となるのだった。



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Part.01:またもや妙な夢を見た


「ようこそ……御初に御目に掛かる。私はフィレモン、意識と無意識の狭間に住まう者」

 いや、意識と無意識の狭間とか言われても反応に困るんですけど……?
 って言うか、『御初』じゃなくて『二度目』じゃないですか?
 オレの記憶が確かならば、以前にも(20話参照)お会いしていると思いますよ?

「……なに、ちょっとした御茶目と言うものだよ」

 反応に困るので、本気かボケか判断に困るボケは やめて欲しいです。
 って言うか、貴方って そんなに御茶目な性格してましたっけ?
 何て言うか「使命に忠実です」ってイメージがあるんですけど?

「それは、『キミの知っている物語では』だろう?」

 ……ああ、まぁ、そうですね。確かに それは「ペルソナの中では」ですね。
 考えてみれば『ここ』のネギ達が「ネギま の ネギ達」とは違うんですから、
 『ここ』の貴方は「ペルソナの貴方」とは違う、と言うのは当たり前ですね。

「まぁ、そう言うことだね。何事も自分の尺度だけで決め付けるのはよくないよ?」

 そうですね。世の中、オレの想像も及ばないことだらけですもんね。
 それに、そのせいで手痛い失敗をしたばかりなんで身に染みてますよ。
 『ここ』は物語の世界なんかじゃないって、泣きたくなる程にわかりましたよ。

「そうかね。それならば、私からは特に何も言うことは無い」

 そうですか。ならば、オレから訊きたいことがあるんですけど……
 もし時間があるのでしたら、オレの疑問に答えていただけませんか?

「……まぁ、私に答えられることであれば、ね」

 では、遠慮なく質問させてもらいます。実は、この前の会話で気になっていることがありまして……
 貴方、確か、オレに「『本当の名前』を持っている」って感じのことを言っていましたよね?
 あれって「アセナ・ウェスペル・テオタナトス・エンテオフュシアと言う本名がある」ってことだったんですか?

「それに答える必要は無いな。何故ならば、君は既に『答え』を出しているのだから」

 答え……? それは一体どう言うことですか?
 オレは前回「ナギの本名だ」と考えたんですよ?
 ですから、オレは答えなんて出せてないんですけど?

「忘れたのかね? 君は『名前が変わろうともオレがオレであることに変わりはない』と断言してのけただろう?」

 ……ああ、確かに言いましたね。
 そんな大層な事を言ったなんて……
 恥ずかしながら、忘れていましたよ。

「思い出したのならば、君の質問に答える意味がないことはわかるだろう? 君がどんな名前だろうと君は君なのだから」

 ええ、そうですね。自分で言ったんですよね。
 オレが誰であろうと、オレはオレだって。
 那岐であろうとナギであろうとアセナであろうと……

「そう、だからこそ、私は君に『力』を渡したのだよ?」

 『力』……ですか。確か「心に潜む『もう一人の自分』を呼び出す『力』」でしたっけ?
 それって「『那岐』や『アセナ』や『黄昏の御子』の記憶を呼び戻す」ってことですよね?

「まぁ、そうとも言えるが、そうとは言えないな。何故なら、君はやっと最初の扉を開いたに過ぎないからね」

 なるほど。確かに、今のオレは那岐の記憶を取り戻しただけに過ぎません。
 アセナの記憶も『黄昏の御子』の記憶も触り程度しか思い出せていません。
 言わば、第二・第三の扉は その存在を認識したに過ぎない、と言うところですね。

「…………まぁ、そう言うことだ」

 微妙に長い沈黙が気になりますが……まぁ、いいでしょう。
 別に、どうしても思い出したい訳でもないですから。
 それに、思い出したとしても、オレはオレでしょう?

「その『答え』は君自身が出したまえ。それが『力』を持つ者の義務であり権利さ」

 ええ、わかっていますよ。貴方が『このタイミング』で現れた理由も含めて、ね。
 つまり、オレがオレを――自分が何者であるか を見失っていたからでしょう?
 ですが、御蔭で思い出せましたよ。オレは何があろうとも『オレ』だってことを、ね……

「……そうかね。では、また会おう」

 そうですね、また会いましょう。
 まか、その機会が来れば ですけどね。

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 そして、オレは目を覚まし、視界に広がる「見覚えのある天井」に少し安堵するのだった。



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Part.02:少女の溜息


「やぁ、おはよう、せっちゃん」

 少年――いや、せっかく己を定められたのだから呼称を変えるべきだろう。なので、『人』としての『最初の名前』に肖りアセナと呼ぼう。
 本人は「日本人らしくなくて違和感がある」とか言うだろうが、もともと日本人ではなくウェスペルタティア人なのであきらめてもらおう。
 と言う訳で、アセナが簡単に身支度を整えて寝ていた部屋を出ると、近くの廊下の縁に どんよりとした刹那が座っているのが目に入った。
 恐らくは、木乃香を守り切れなかったことを悔いているのだろう。そう判断したアセナは、刹那を元気付けるために敢えて軽口を叩いた。

「……おはようございます、那岐さん」

 しかし、刹那はアセナの軽口に応えることはなく淡々と挨拶を返すのみだった。
 いつもなら「せっちゃん と呼ばないでください」と条件反射的に応えてくれるのに、
 それすらしないと言うことは、どうやらアセナが想定した以上に重傷のようだ。

「え~~と、事情は聞いているよね?」

 アセナの言う事情とは、昨夜 刹那が必死に守ろうとした木乃香はダミーだった と言うことだ。
 つまり、ダミーだったので守り切れなかったとしても刹那が気に病む必要はない と言いたいのである。
 と言うか、刹那にダミーであることを伝えてなかったアセナが全面的に悪い と暗に含んですらいる。

「……ええ。先程 長より伺いました」

 どうやら刹那も事情は知っているようだ。つまり、アセナの言わんとしたことは すべて伝わった筈だ。
 それなのに、刹那の表情は暗いままだ。まるで「自分がすべて悪い」と思い込んでいるような様子だ。
 御節介かも知れないが、アセナとしては こんな刹那を見ていたくない。幼馴染としても加害者としても。

 と言うか、今回はすべからくアセナに責任があるので、刹那は何一つとして己を責める必要はない。少なくともアセナは そう思っている。

「じゃあ、何で落ち込んでいるのさ? ここは、知らせなかったオレを責めるところじゃない?」
「ですが、那岐さんの策謀によって御嬢様は守られたのですから、責められる訳がありません」
「それでも、オレが知らせなかったばっかりに せっちゃんに掛けないでいい負担を掛けたんだよ?」
「確かに そう言った側面はあります。ですが、私では守り切れなかったことは変わりませんから」

 刹那の言う通り、ダミーが本物だった場合、刹那一人では守り切れていなかった。エヴァがいなければ最悪の事態に陥っていたことだろう。

「……まぁ、確かに そうだけどさ。でも、それって せっちゃんが『一人で守る』ことを意識し過ぎてるんじゃない?」
「ち、違います!! 私は一人で守っているつもりなんてありません!! 自負はありますが、奢ったつもりはありません!!」
「でも、せっちゃんは『私では守り切れなかった』ことで落ち込んでいるんだよね? さっき、そう言ってたよね?」

 意図せずに漏れた本音だったのだろう。刹那に そのつもりはなくても、そう言った認識があったに違いない。

「確かに、直接的な護衛は せっちゃん しか配置されていないね。麻帆良でも京都でも、それは変わらない。
 つまり、せっちゃん が このちゃん を守ってきたことは否定しない。紛れもない事実だからね。
 でも、麻帆良でも京都でも学園長や詠春さんを始めとした様々な人達が様々な方法で このちゃんを守っている。
 それはわかっているよね? 当然、これも否定できない事実さ。と言うか、こっちの方が効果的だよね?」

「……ええ、わかっています。那岐さんの仰る通り、私の力など微々たるものです」

「そうじゃないよ。オレが言いたいのは、せっちゃんには せっちゃんの役割があるってことさ。
 人間は万能じゃない。人間には、できること と できないことがある。それは誰も一緒さ。
 だから、せっちゃんは せっちゃんにできることで、せっちゃん にしか できないことをすればいいんだよ」

「私にしか、できないこと……ですか?」

「このちゃんの傍で このちゃんを守ることは、家族とは言え大人の男性である学園長にも詠春さんにもできないことじゃない?
 と言うか、同性で、同年代で、しかも このちゃんと個人的に仲がいいんだから、他の若い女性にもできないんじゃないかな?
 このちゃんの護衛としてだけでなく、このちゃんの友達としても、このちゃんの心身を共に守れるのは せっちゃんだけの筈さ」

「……つまり、現在の様に御嬢様と『距離』がある状態は好ましくない、と言うことですか?」

「ああ、ごめん。そう言う意味じゃないんだ。せっちゃんには せっちゃんの考えがあって今の関係になっているんでしょ?
 オレは単に思ったことを語っただけで、別に『そうすべきだ』とか言うつもりはないよ。まぁ、参考にしてくれたら有り難いけど。
 とにかく、余計なことまで言っちゃったけど、単にオレは せっちゃんが不必要に一人で抱え込んでいるのを見たくないだけさ」

 別にアセナは無理に刹那と木乃香の距離を縮めさせるつもりはない。本人達のペースで歩み寄ればいい と考えている。

 刹那を元気付けるために ついつい「刹那にしかできないこと」を語ってしまったが、別に それを強制するつもりはない。
 いつかは そうなってくれればいい とは思うが、直ぐに そうなることは期待していない。アセナは当事者ではないからだ。
 二人の問題なのでアセナが割って入っても意味がない。と言うか、アセナの仲立ちなどなくても二人なら歩み寄れる筈だ。

「……ありがとう、ございます」

「こっちこそ、変な話を最後まで聞いてくれて ありがとう。二人の事情を詳しく知りもしない癖に、口出しするなんて失礼だよね?
 それはわかっていたんだけど……せっちゃんが一人で苦しんでいるのが放って置けなかったから、ついつい口出ししちゃったんだ。
 まぁ、悪気がなかったからと言って許されると思わないけど、それでも『幼馴染として』せっちゃんを頬って置けなかったんだよ」

「はぁ……あ、いえ、すみません。とにかく、私は別に気にしてはいませんから」

 アセナとしては「オレ、少し いいこと言ったと思うんだけど、何で呆れられたような溜息を吐かれたの?」と言う気分であるが、
 刹那としては「この人、何で乙女心を一切 理解してくれないんだろう?」と言う気分なので溜息の一つくらい吐きたくもなる。
 自分のことを考えて苦言を呈してくれて喜んでいたら、それは『幼馴染として』でしかなかったのだから刹那の気持ちは複雑だろう。

「それよりも、那岐さんは御嬢様の婚約者でしょう? 私よりも御嬢様を気にしてください」

 刹那の言う通り、アセナは木乃香の婚約者なので、幼馴染として とは言え他の女性を気に掛けるのは褒められたことではない。
 アセナも その意見には賛成なのだが……にこやかに話している筈なのに刹那が不機嫌にしか見えないのが、妙に引っ掛かるらしい。
 まぁ、不機嫌の理由を「もしかして、全裸を拝んじゃったことがバレてて密かに怒っていたりするのかなぁ?」とか考える始末だが。

「ち、違います!! あれは事故として納得しています!! ですが、蒸し返されるのは気分が よくありません!!」

 どうでもいいが、想定した理由も酷いが、それを思わず口走ってしまうことも酷いだろう。どう考えてもセクハラだ。
 ……実は、昨夜の刹那は『変身』のせいで服がビリビリに破れてしまっていたため全裸に近い状態だったのである。
 当然ながら、変態と言うアレな枕詞が付くが紳士を自称するアセナは、バスタオルを巻いてから刹那を布団に寝かせた。

 だが、バスタオルを巻く前にコッソリと脳内メモリーに『絶景』を収めていたことは最早 言うまでもないことだろう。

(まぁ、どうやら「全裸を見られた」と思われている『だけ』みたいだから、これで善しとして置こうかな?
 もしも『変身した姿も』見られていた ことが知られてしまったら、せっちゃんは傷付いちゃうだろうからね。
 オレが せっちゃんから汚物のように見られるだけで済むのなら安いものさ。むしろ、御褒美とすら言えるね。
 って、あれ? オレ、何かが微妙に変になってない? 今まで以上に変態になっている気がするんだけど……
 もしかして、那岐の性癖とナギの性癖が合わさって素敵過ぎるハーモニーを奏でちゃっているのかな?)

「あの~~、那岐さん? まだ私の話は終わっていないんですけど?」

「え? あ、ごめん。ついつい思考に没頭しちゃってたよ。
 んで、何だっけ? 全裸を見たことをトットと忘れろって話だっけ?
 オレとしては今後の生きる糧にしたいから忘れたくないんだけど……」

「……はぁ、もういいです」

 アセナの あまりにもなダメっぷりに刹那は色々とあきらめたようだ。先程よりも深い溜息を隠しもせずに披露する。
 ちなみに、アセナは「二回も せっちゃんに溜息を吐かれました。本当にありがとうごさいます」とか考えいるので、
 刹那の判断は英断だった と言えるだろう。と言うか、溜息を吐くだけでなく、汚物扱いしてもいいのではないだろうか?

 どうでもいいが、刹那は相当に呆れたようで、その後は大した話もせずに会話は終了したらしい。



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Part.03:成果と報酬


「……そう言えば、ネギは?」

 刹那と別れたアセナは巫女さん達の用意してくれた(ここ重要)朝食を美味しく いただいた。まぁ、朝食と言うよりも昼食と言うべき時間帯だったが。
 ともかく、朝食を終えたアセナが腹ごなしに屋敷内をブラついていると、廊下の柵に腰掛けて足をブラつかせながら お茶を啜っているエヴァを発見した。
 少々 気になっていたことがあったアセナは「おはようエヴァ、行儀悪いよ?」とか話し掛けた後 適当に会話を交わし、上の問い掛けに移ったのである。

「まだ寝ている。肉体の損傷は一番 酷かったからな、仕方がないさ。まぁ、昼には目覚めて、普通に動けるようになっているだろうが」

 エヴァの説明によると、攻撃を受けた損傷よりも無茶な負荷を掛けたことによる損傷が酷いようで、筋とかがズタズタだったらしい。
 そんな重態なのに一晩寝れば動ける程度には回復させてしまうのだから、魔法とは異常な技術だろう。怪我に関しては医者要らずだ。
 もちろん、病気に関しては現代医療の方が優れているだろうから、魔法も科学も一長一短だ。弱点を補完し合えたら、理想だろう。

「何と言うか、損傷に関しては あの銀髪に感謝するんだな。深刻なダメージが残らないように、早々に無力化してくれた訳だからな」

 どうやら、エヴァは「あれだけの損傷を負うとは どんな無茶をしたのだ?」とネギの戦闘が気になったらしく、ネギの記憶を『読んだ』らしい。
 その結果 判明したのが、ネギの暴走が身を滅ぼすことを推察したフェイトが、最小限の被害で済むように速攻で沈めてくれた可能性、である。
 目的(木乃香の拉致)を優先しただけかも知れないが、見方によってはネギを気遣った とも取れるのだ(まぁ、正確には刹那もだろうが)。

「……なるほど、事情はわかったよ。だから、ちょっと『お話』して来るね?」

 敵にまで気を遣われる程 暴走したネギに軽く頭を痛めたアセナは、ネギと『お話』をするためにネギが休んでいる部屋に赴くことにする。
 その心情は「このまま放って置くと悪化の一途だろうから、ここで ちょっと叱ってあげなければならないね」と言ったところだろう。
 ちなみに、エヴァはアセナの心情を理解しているようで「まぁ、程々にな」と生暖かい声援を送りつつアセナを生暖かく見送ったらしい。

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「ってことで、ネギ。昨夜は御苦労だったね」

 部屋に着いたアセナは「やっぱり、起こすのは心苦しいから、ネギが起きるまで待っているべきだよね?」とか思っていたが、
 アセナの気配に気付いたのか、ネギはアセナの入室と ほぼ同時に目を覚ましたので、アセナの気遣いは無駄に終わった。
 どうでもいいが、寝惚けていたのか素なのかは定かではないが、起き抜けのネギがアセナに抱き付く と言うハプニングが起きたが、
 アセナは華麗にスルーし、アセナや木乃香が無事であることや事件はエヴァや西の方々が解決してくれたことを説明した後 本題に移った。

「だけど、無茶し過ぎ。その点については褒められないよ?」

 まずは褒めるべきところを褒めて、それから叱るべきところを叱る。ただ叱るだけでなく、褒めながら叱るのがアセナの遣り方だ。
 ちなみに、犬の躾ける時は褒めるべきところと叱るべきところを明確にしないと うまく躾られないらしいが、これとは関係ない筈だ。
 いや、本当に、まったく関係ない話の筈なのだが、どことなく似ている気がするのは仕方がないだろう(まぁ、人間も動物だし)。

「ですが、ナギさんが危険だった訳ですし……」

 アセナもネギの言いたいことはわかる。むしろ、アセナが危機に怒ってくれたことは素直に嬉しい。
 だが、手放しで喜んではいけない。何故なら、ネギを そうなるように誘導したのはアセナだからだ。
 正確にはナギの頃のアセナが、保身のためにネギの気持ちを利用したのだから、喜んでいい訳がない。

「ネギがオレを守ってくれようとしたことは素直に嬉しいよ? だけど、ネギには無茶をして欲しくない と言う気持ちの方が強いんだよ」

 利用云々について話す訳にもいかない(と言うか、23話から考えると既にネギは それを承知している)ので、アセナは別の側面からネギの説得に掛かる。
 23話でネギが語ったように、アセナはネギを利用するつもり『だけ』ではない。ネギのことを見捨てられないくらいには大切に思っているのも事実だ。
 いや、正確に言うと、もうネギはアセナの大切な人間の一人になっている。だから(傲慢だと自覚しているが)アセナはネギが傷付くのを見たくないのだ。

(……正直に言うと、これまでは「魔法と言う厄介事」に巻き込まれたこともあってネギに対して少々の隔意があった。それは認める)

 だけど、今となっては――アセナ自身に魔法と関わらざるを得ない理由があることを知った今となっては、
 魔法に巻き込まれたことなど大した問題にならない。むしろ、そんなアセナを守ろうとしてくれたことに感謝すべきだ。
 それに、纏わり付かれて少々ウンザリするところもあったけど、明け透けに慕われて悪い気はしていなかったし。

「だって、オレはネギが大切だから、ネギが傷付いたら悲しいから……ね?」

 だから、アセナはネギを そっと抱きしめる。もちろん、ネギが拒もうとすれば簡単に拒めるくらいの強さで、だ。
 と言うか、いくら(アセナにデレっている)ネギが相手とは言え、問答無用で抱きしめるんだから最低限の気は遣う。
 ちなみに、もうアセナはフラグなど気にしていない。アセナ単体でも重大なフラグを抱えているのが判明したからだ。
 むしろ、優先すべきなのは『ネギの心の支え』になってやることだ。それが、ナギではなくアセナの出した結論なのだ。

「ナ、ナギさん……?」

 ネギから驚いたような反応が返ってくるが、どうやら嫌がっている訳ではないようだ。
 嫌がられない自信はあったが、それでも嫌がられなかったことにアセナは胸を撫で下ろす。
 今まで それなりにスキンシップはして来たが、こうして抱きしめたのは初めてだからだ。

 アセナはネギが嫌がっていないことを確信すると、少しだけ抱きしめる力を強めて、その耳に囁くように言葉を紡ぐ。

「だから、もう無茶しないでね?」
「は、はい、わかりました……」

 ネギの戸惑いを封殺した形になったが、どうやらネギは喜んでいるようなので問題ないだろう。
 その証拠に、ネギの身体から強張りは完全になくなっており、アセナに身体を預けている。
 脱力したネギはアセナの胸に顔を埋め、アセナは それを歓迎するためネギの頭を撫で続けるのだった。

 ……後になって自分の行動を振り返ってアセナは身悶えすることになるが、この時のアセナは全然平気だったらしい。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「ところで、銀髪幼女には逃げられてしまった訳だけど、天ヶ崎 千草の方は どうしたの? 報告は受けてないよね?」

 ネギとの『お話』を終えて部屋を後にしたアセナはニヤニヤしているエヴァに訊ねた。
 エヴァがニヤけている理由は、アセナ達の様子を『遠見』で見ていたからだろう。
 物凄く恥ずかしいが、ここは敢えて気にしない。下手に触れれば墓穴を掘るだけだからだ。
 それに、昨夜(29話のオマケ)は忘れてしまっていたが、千草のことが気になるのは本当だ。

「ん? ……ああ、あの女か。確か、氷付けにしたまま放置して来た気がするな」

 そーなのかー と納得しそうになるが、慌てて頭を振って自身を諌めるアセナ。常識的に考えて、これは流してはいけない。
 と言うか、職務怠慢ではないだろうか? どう考えても こんなところでのんびり お茶を啜ってる場合ではないだろう。
 それに、一瞬だけとは言えエヴァが「天ヶ崎 千草って誰だ?」と言わんばかりの顔をしていたのもアセナは見逃していない。

 つまり、エヴァはナチュラルに流そうとしていたが、アセナとしては流せない事態だったのである。

「何て言うか、今まで忘れてたオレが言うのもアレだとは思うけどさ……」
「そう思うなら言うな!! 言われずともわかっている!! わかっているんだ!!」
「だが、敢えて言おう。まだ利用価値があるんだからウッカリで殺すな、と」
「こ、殺してない!! 氷付けにしたままだから、まだ殺してないもんね!!」

 いや、何で幼児化するのさ? と言うか、幼児化して誤魔化そうとしてない? とか、アセナは内心で冷静にツッコむ。

「って言うか、どう言う原理かは知らないけど、普通は氷付けにされたら死なない?」
「大丈夫だ!! 魔法による不思議現象だから大丈夫なのだ!! ご都合主義なのだ!!」
「……これで死んでたら罰ゲームね? 具体的には猫耳スク水でオレに奉仕してね?」

 もちろん、アセナも自分で言っていて「オレってどうしようもない変態かも知れない」とは思っている。だが、止められないらしい。

「信じてないな!? 私の魔法技術は超一流だから大丈夫なんだぞ!! って言うか、何だその罰ゲームは?!」
「生きているって自信があるんでしょ? それなら、その程度の罰ゲームなんて問題ないんじゃない?」
「……それならば、生きていた場合は貴様も罰ゲームをするのだな? そうでないと不公平だろう?」
「まぁ、構わないけど……オレに猫耳スク水で奉仕して欲しいの? それなら何時だって望むところだよ?」
「あれ? 私、何か間違ったか? 何か開いてはいけない扉を開いた気がするぞ? って言うか、断れ!!」

 まぁ、変態にヘンタイなことを要求しても御褒美にしかならない と言う実例だろう。エヴァの選択ミスだ。

 そんな訳で、茶々丸に確認してもらったところ(監視カメラを設置して来たらしい)、命に別状はないようだ。
 そのため、約束通りにアセナが罰ゲームをすることになる――筈がなかった。普通にエヴァが拒否をしたのだ。
 まぁ、罰ゲームの代わりと言っては何だが、詠春との待ち合わせまで京都観光を付き合わされることになったが。

 当然、それはそれでアセナには御褒美なので何も問題はない。と言うか、WIN WINな結果に落ち着いた と言うべきだろう。

 ところで、言うまでもないだろうが、詠春との待ち合わせ と言うのは、
 原作にもあった英雄様の別荘の案内――などではなく、アセナとの話し合いだ。
 ちなみに、そうなった経緯は単純で、ネギが英雄様に興味を示さなかったからだ。

  詠 春:夕方からなら時間が取れますので、ナギ――サウザンド・マスターの別荘に案内しますよ?
  ネ ギ:お気遣いは有り難いのですが、父には興味がありませんので、お気持ちだけいただいて置きます。
  詠 春:そ、そうですか……ネギ君が そう言うのでしたら、案内は次の機会にでもしましょう。
  アセナ:それでは、その代わりと言っては何ですが、オレと話す時間をいただけませんでしょうか?
  詠 春:話、ですか? 別に構いませんが……その話と言うのは時間の掛かるもの、と言うことですか?
  アセナ:ええ。『多少』込み入った話になると思いますので、できれば お時間をいただきたいんです。
  詠 春:そうですか……わかりました。それでは、時間ができたら使いを出しますので、私の部屋に来てください。

 いや、まぁ、ネギが興味を示さなかっただけではなく、アセナが割り込んだからなのだが……とにかく、経緯は単純であるのは間違いないだろう。



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Part.04:男達の対談


 と言う訳で、時間はサクッと過ぎて詠春との話し合いである。

 え? エヴァとのデート? ……そんなの、茶々丸とネギが乱入して来たので、いつも通りアセナが振り回されただけなので語るまでもないだろう。
 と言うか、刹那や木乃香を屋敷に放置して行くのも気が引けたので最初から二人も連れて行ったため、そもそも最初からデートとは言えない状態だったし。
 まぁ、楽しく京都観光ができたので善しとして置こう。ちなみに、詠春に話があるのはアセナだけなので、アセナ以外はホテルに戻ってもらったらしい。

「さて、話を伺う前に、こちらから お話したいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」

 どう話を切り出したものか とアセナが軽く悩んでいると、そんなアセナを見兼ねたのか、苦笑を交えながら詠春の方から話を切り出して来る。
 態々 言うまでもないことだろうが、今回の話し合いはアセナから提案されたものなので本来ならアセナが話を切り出すのが筋である。
 そのため、詠春から切り出すのは無作法と言えば無作法なのだが……この場合は、いつまでも切り出さなかったアセナに非がある と言える。
 故に、アセナに断る権利はない。アセナは「ええ、もちろんです」と話を促すしかない。まぁ、これで切欠になるので何も問題はないが。

「この度は木乃香を助けていただき、まことにありがとうございました」

 詠春は頭を深く下げて――二人は向かい合う形で正座していたため結果的に詠春は土下座に近い姿勢になって、礼を述べる。
 西の長としても木乃香の父親としても詠春はアセナに謝罪をできる立場にいないため、これが詠春の精一杯なのだろう。
 つまりは「偶然 土下座に近い形で礼をしただけに過ぎず、謝罪をした訳ではない」と言う形式を取らざるを得ないのだ。

「頭を上げてください、詠春殿。すべては、協力してくれた方々の御蔭でしかなく、私は大したことをしていないのですから」

 アセナは やんわりと詠春の謝礼と謝罪を受け取ると、これ以上の謝礼も謝罪も要らない とばかりに詠春に頭を上げるように促す。
 アセナとしては「すべて想定できていたうえでの結果」なので謝礼も謝罪も受け取れないが、詠春の気持ちを思うと受け取るしかない。
 身内の問題に巻き込んでしまったうえ それを解決してもらったのだから、謝礼も謝罪も受け取ってもらわねば気が済まないだろう。
 ちなみに、謙遜ではなく本当にアセナは大したことをしていない と、ネギや刹那やエヴァが奮闘してくれた結果でしかない と思っている。

「……ですが、その協力者に協力を取り付けたのは他ならぬ君でしょう?」

 確かにそうだが、エヴァはアセナの安全のために用意しただけで、木乃香の護衛については鶴子に丸投げしたのが実情だ。
 仮に鶴子の協力が得られなかったとしたら、木乃香は眠らせて『蔵』に匿う(ほぼ拉致監禁)くらいしか手立てがなかった。
 また、ネギと刹那についてはアセナは余計なことしかしていない。アセナが何もしなかった方が二人は傷付かなかっただろう。

「確かに そうかも知れませんが……もしかしたら余計なことをしただけかも知れませんので、やはり大したことはしていませんよ」

 と言うか、そもそもアセナと木乃香は婚約者なので、西の問題に巻き込まれるのも それを解決するのも木乃香を助けるのも当然と言えば当然だ。
 また、このまま行くと将来的に詠春はアセナの『お義父さん』になるので、この程度のことで感謝されるのは他人行儀な気がしないでもない。
 いや、まぁ、アセナと木乃香の婚約が このまま維持される可能性は そんなに高くはないだろうから、アセナの空回りと言えなくもない気もするが。

「……それでは、私が勝手に君の御蔭だと思って置くことにしますよ。それなら、構いませんよね?」

 詠春はアセナの考えを察したのか「将来の『義息子』と言えども内心に干渉される謂れはありませんし」と付け加えて話を締め括る。
 当然ながら、ここまで言われてしまったらアセナには何も言えなくなる。自分の功績だと称えられることに違和感はあるが受け入れるしかない。
 それに、アセナの(ウェスペルタティア王族としての)立場を考えると、采配による功績を自分のものと認識する必要があるだろう。

 賞賛を与えることだけではなく賞賛を受けることも、上に立つものには必要なことなのだから。

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「……それでは、今度は私の話を聞いていただきます」

 仕切り直しとばかりに両者とも お茶を啜った後、アセナが徐に切り出す。先の会話を経たアセナが悩むことは もうない。
 ちなみに、先程からアセナの一人称が『オレ』ではなく『私』になっているのは、今が真面目な話し合いの場だからだ。
 二人きりでの対話と言う他者の目がない状況とは言え公的な話し合いをするので、ON/OFFの切り替えは必要なのである。

「そろそろ、木乃香に事情を教えるべきではないでしょうか? 教えないデメリットよりも教えるメリットの方が大きいと思いますが?」

 原作とは違って『ここ』では、未だに木乃香は魔法関係のことを知らない(危険な目に遭う と言う知る機会を排除したので当然だろう)。
 木乃香はホテルで誘拐されていないし、シネマ村での事件は そもそも起きていないし、祭壇に連れて行かれたのはダミーだった。
 つまり、済し崩し的に知った訳ではないため、木乃香には改まって教えなければならない。いつまでも知らないままにして置けないからだ。

「……そうですね。君の言う通り、教えた方が木乃香のためになるでしょうね」

 今回の件で、もう木乃香は「知らなければ無関係でいられる」と言う段階にいられないことが浮き彫りになった。最早 知らない方が危険な状況だろう。
 どうやら詠春も それは同意見らしく、消極的だが教えることに賛意を示すと「ですから、後で伝えて置いてください」とアッサリとアセナに説明を託す。
 あまりにも詠春がアッサリしていたので、アセナは「ええ、わかりました」とアッサリと頷きそうになったが、途中で その異常性に気付いて慌ててやめる。
 アセナとしては「え? 何でオレが伝えることになるんですか? そう言うことは、親から伝えるべきじゃないですか?」と言う気分でいっぱいである。

「私は決めていたんです。木乃香に魔法関係を教えるのは、木乃香を任せられる人物が現れた時だ、と」

 詠春は「父親としては寂しいけど、仕方が無いさ」と言わんばかりの『苦味のある笑顔』で語るが、アセナとしては非常に困る。
 と言うか、それは つまり「木乃香のことを任せられる人物 → 木乃香の婚約者 → アセナ」と言うことだろう。
 そして、それは「アセナを名実共に婚約者として認めた」と言うことであり、同時にアセナの目的は潰えた と言うことだ。

 ちなみに、アセナの目的と言うのは、この対話の本題のことで、

  木乃香に魔法関係について教えることで「将来は西を継ぐポジションである」と悟らせるので、
  木乃香は「夫は魔法に詳しくて組織を纏めるに足る人物が相応しい」と思うようになる筈だから、
  アセナは木乃香に相応しくない → アセナと結婚するよりも別の人物と結婚すべきである

 と言う風に話を持って行くので、婚約の話は白紙に戻してもらえないか? と言うものである。

 だがしかし、それも詠春がアセナを本気でアセナを婚約者として認めてしまったので水泡と帰したのである。
 まぁ、西の重鎮達に浸透してしまった婚約話を破談にするのは困難だろうが、それでも詠春が本気なら可能だった筈だ。
 本気で詠春が「アセナに木乃香を任せられない」と判断してくれていたら、破談は有り得たに違いない。

 もちろん、アセナは木乃香と結婚するのが嫌な訳ではない。むしろ、他の男に渡したくない と思っている。

(他の男には渡したくないんだけど……何故か木乃香と結婚することをイメージすると あやか の顔がチラつくんだよなぁ。
 って、そうじゃなくて、そもそもオレは『魔法世界』のことで精一杯なんで、西や東のことに構ってる余裕がないんだよね。
 いや、この前までは放置する予定だったんだけど『自分』を知った今となっては『魔法世界の崩壊』は看過できないからね)

 もちろん、安っぽい英雄願望などではない。単純に魔法世界の住民達を見捨てられないのだ。

 顔も知らない『他人』でしかない魔法世界の住民達だが、それでも彼等を見捨てたらアセナは後悔するだろう。いや、必ず後悔するに違いない。
 何故なら、アセナには彼等を救うことができるからだ。救えないのなら見捨てることを許せるが、救えるので見捨てることは許せないだろう。
 極論すると、電車の座席と大差ない。座っている時に譲るべき相手に気付いてしまったら、譲らないと嫌な気分になる。それと根幹は同じだ。
 救う手段を持っている時に救うべき相手に気付いたら、救わないと言う選択は選びづらい。しかも、対象が億単位なのだから、救うしかないだろう。
 仮に「他の誰かが救ってくれる」なら見捨てることも可能かも知れないが、今回は その『他の誰か』に任せられない。アセナがやるしかないのだ。
 何故なら、その『他の誰か』はネギとなる可能性が高いからだ。アセナには「ネギに任せて自分は放置する」と言う選択肢など選べる訳がない。

「……わかりました。ただし、教える内容や方法に関しては私に一存させていただきますよ?」

 もしかしたら、魔法世界云々を盾に「申し訳ありませんが、東西のことまで面倒 見切れません」とか逆ギレ気味に断ることもできたかも知れない。
 だが、詠春の想いも木乃香の気持ちも踏みにじれないので、アセナは木乃香も背負うしかない。と言うか、それ以外の選択肢はアセナが納得できない。
 本当に嫌ならばアセナは幾らでも断ることができた。だが、それをしなかったのだから、アセナ『から』断る と言う選択は最初からなかったのだ。
 今更だが、詠春から断るように期待していた と言うことは、裏を返すと アセナから断る気がなかった と言うことでしかないことに漸く気付いたようだ。

「ええ、構いません。木乃香のこと、よろしく頼みましたよ?」

 実に『いい笑顔』を浮かべる詠春に、アセナは「ええ、もちろんです」と『爽やかな笑顔』で答えるしかなかった。
 と言うか、詠春の「むしろ、場合によっては『仮契約』くらいなら構いませんよ?」と言う振りをスルーするのに精一杯だ。
 木乃香のことも背負うことは決めはしたが、まだ そこまで踏み込む覚悟はできていないのだ(まぁ、ヘタレなだけだが)。

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「あ、そう言えば……もう一つだけ お訊ねしたいことがあったんですけど、よろしいでしょうか?」

 諸々の話を終えたアセナは障子を開けて部屋を出ようとした――ところで立ち止まって振り返り、質問を投げ掛けた。
 ノリとしては「ウチのカミさんは……」が口癖の某敏腕警部になった気分だが、あそこまで『うまく』はできていない。
 現段階のアセナでは、あそこまで「これで話は終わりか」と油断したところに本命を投下する なんて真似はできない。

「木乃香と話す前に、子供の頃に起きた『木乃香が烏族に浚われ掛けた時のこと』を知りたいので、教えていただけませんか?」

 アセナは「ちょっと忘れてしまったので……」と付け加えながら、それなりの威力を持った爆弾を投下する。
 木乃香は この事件について『忘れさせられている』し、アセナにとっては思い出したくない筈の事件だ。
 だから、本来なら無理に思い出すべきではないことだろう。だが、アセナは知るべきだと考えている。
 いつまでも「何かの拍子で思い出されて『あの視線』に晒されるのではないか?」と怯えていたくないからだ。

「……それは、君が望んで忘れたことです。ですから、それを思い出すのも君次第だ と私は考えています」

 確かに詠春の言う通りだ。魔法で忘れさせられたのではなく、防衛機制として自ら忘れたのだから、無理に思い出すのは控えるべきだろう。
 だが、それは那岐だけだったら、の話だ。つまり、那岐でありナギでもあるアセナならば、思い出しても耐えられるのではないだろうか?
 確証はないが、ナギは それなりに精神的にタフだった気がするので、無理に思い出しても どうにかなるに違いない。多分、きっと、恐らくは。

「ですが、あの時の出来事を乗り越えないと、私は木乃香と心の底からは向き合えない。そんな気がするんです」

 木乃香に怯えられた事実を忘れていた頃は別に問題なかった。木乃香を背負う覚悟がなかっただけだった。
 だが、思い出してしまってからは、木乃香と まともに顔を合わせられていない(雑談は可能だったが)。
 那岐が木乃香に近付きたいのに近付けなかった気持ちが よくわかる。大切だから、怯えられたくなかったのだ。
 だからこそ、怯えられた原因を知り、それを木乃香に思い出してもらい、そのうえでアセナを受け入れてもらいたい。
 そうでなくてはアセナは ずっと「木乃香に怯えられる可能性」に怯えなければならない。そんな関係は残酷過ぎる。

「それならば――どうしても知りたいのならば、アルビレオ・イマの元へ訪れてください」

 詠春は「アイツのアーティファクトならばキミの記憶を呼び起こせるでしょう」と付け加えながら、懐から封筒を取り出してアセナに渡す。
 ちなみに、封筒の中身は『麻帆良学園地下の地図』と『通行証だと思われるカード』と『アルビレオ・イマ宛だと思われる書状』だった。
 あきらかに最初から渡すつもりで用意していたクセに話題に出なければ渡さないつもりだった辺り、さすがは西の長と言うべきだろう。

「ありがとうございます……」

 と言うか、ここまで準備していたことを考えると、アセナが記憶の話を持ち出すことを予想していた と言うことだろう。
 つまり、仮にアセナが記憶の話を持ち出さなかったとしても、適当な理由を付けて渡してくれるつもりだったのかも知れない。
 答えは今となってはわからないし、そもそも答えを知る意味もない。掌の上で弄ばれていても、アセナの目的は変わらない。
 今のところは(婚約の撤回以外の)目的が達成できたことを、記憶の手掛かりを得られたことに満足して置くべきだろう。

 ちなみに、木乃香への事情説明はアルビレオに会ってからする予定らしいので、しばらくは現状維持だろう。



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Part.05:東奔西走な事後処理


「すみません、遅くなりました。予想より話が長引いてしまいまして……」

 詠春との対談を終えたアセナは、千本鳥居の中腹にある休憩所で待っていた青年――赤道に声を掛ける。
 待ち合わせた時間よりは早いが赤道の方が早く着いていたため、呼び出した立場上 謝ったのである。
 まぁ、心にも無い謝辞など必要ないとは思うが、そう言ったことを重んじる人もいるので言って置いたのだ。

「いえ、構いませんよ。私も今 来たところですから、何も気になさらないでください」

 赤道は男のアセナから見ても『マジ爽やかイケメン』にしか感じられない笑顔を浮かべる。
 まぁ、気にしていないと言うパフォーマンスなのだろうが、別の意味にも取れてしまうのが困る。
 特に「今 来たところ」と言う表現が、デートの待ち合わせっぽくてBL臭い雰囲気が漂っている。

「それよりも、私に何の御用なのでしょうか?」

 赤道は事後処理と言う名の証拠隠匿で多忙な筈なので、無理矢理に時間を作ってくれたのだろう。
 つまり、それだけアセナと接触することに価値を置いている と言うことである。
 言い換えると、これからの会話でアセナを見定め、身の振り方を完全に決めるつもりに違いない。

「――では、単刀直入に本題に入らせていただきます」

 当然ながら、アセナは今回の黒幕が赤道である と言う確たる証拠を掴んではいない。状況的に そう結論付けただけだ。
 つまり、今のアセナに赤道を断ずることなどできない。よって、話題は「貴方は怪しいので罰します」なんて流れにはならない。
 と言うか、そもそも仮に赤道を処罰することが可能であったとしても、アセナが そんな『勿体無いこと』をする訳がない。

「ここだけの話ですが……実は、将来的には東西を統合したい と考えてるんです」

 実にストレートである。しかも、かなり思い上がったセリフでもある。東も西も牛耳れる立場になれる とか勘違いしているようにしか見えない。
 それに、赤道はストレートに行くと逆に深読みして「本当の狙いはなんだ?」と勘繰るタイプなので、妙な疑いを持たれるだけかも知れない。
 だが、それでもアセナはストレートに行くことを選んだ。下手な小細工を廃することで、アセナが本気であることを見極めてもらいたいからだ。

「――だからこそ、西を任せられる人が欲しいんです」

 アセナにとって赤道は優秀な人材だ。現体制に打撃を与えたことはマイナス評価せざるを得ないが、それ以外は非常にポイントが高い。
 特に、燻っていた反乱分子を炙り出した手腕には脱帽だ。恐らく、反乱分子は利用するだけ利用して排除するつもりだったのだろう。
 それは一見 外道の所業に見えるが、組織を運営する立場から考えると真っ当な判断だ。組織内の膿は定期的に処分するのが当然だからだ。
 と言うか、新体制を築くためとは言え現体制を崩すような危険因子を野放しにして置くのは組織を存続するうえでは有り得ないだろう。
 結果的には、計画は失敗してしまったし、西の権威が脅かされる始末だったが、それでも赤道は優秀な人材だ。そう、アセナは判断した。

(まぁ、木乃香を道具にしようとしたことは気に入らないけど……それくらいは目を瞑ろう)

 アセナは西の実権を握ることに拘りはない。むしろ、以前から言っているように、然るべき存在に譲渡したい と考えている。
 果たして赤道が『それ』に足る人物なのかはわからないが、今までアセナが見て来た西の人間の中では一番可能性が高い人物だ。
 今回の事件も好意的な解釈をすれば、現在の長には西を任せて置けないので自分達で舵を取ろうとしただけ とも言えるし。

(だけど、この会話でもオレを信じられない程度の器なら、こちらから願い下げだけどね)

 西を任せる腹心は欲しいが、別に赤道でなくてもいい。むしろ、詠春が推薦する人材を登用した方が円滑に進むだろう。
 まぁ、現体制に不満を抱えている幹部(詠春に否定的な古狸達)を抑えるには赤道を登用した方がいいかも知れないが。
 それでも、アセナを見誤るような人間を重用する などと言う愚をアセナは犯さない(最悪、粛清の嵐をすればいいだけだし)。

「……そんな話を『私に』してもいいのですか?」

 赤道はアセナの真意を計るように訊ねる。まぁ、今回の黒幕だと思われる人物を味方に招き入れようとしているのだから疑って当然だろう。
 と言うか、東の人間であるアセナが反東の陣営を味方に引き入れる訳がない と思っているのだろう。それは ある意味で正しく、ある意味で間違っている。
 何故なら、アセナの考えでは、赤道は反長かも知れないが反東ではないからだ。それ故に、赤道を味方に招いても大した問題ではないのである。

(詠春さんが親東だから反東が反長を含むだけで、反長と反東はイコールではない筈だからね)

 それに、反長と表現したが、それはあくまでも現在の長(詠春)と対立しているだけで、今後の長と対立するとは限らない。
 つまり、赤道とアセナが対立する と決まった訳ではないのだ。いや、むしろ、アセナの対応次第で味方に引き込める筈だ。
 今回のこと(現体制に打撃を与えた)で失点はあるが、それは現在の長が気にすることで、今後の長が気にすることではない。

「ええ、構いません。そもそも、貴方は『西のために行動しただけ』でしょう?」

 もちろん、私欲もあっただろうが、私欲だけでなく「西のため」と言う気持ちもあった とアセナは判断している。
 だからこそ、アセナは赤道を味方に引き込むことを考えた。西のためにも動く赤道なら西のことを任せてもいいと思えた。
 そう、アセナとしては、西のために尽くしてくれるなら、アセナのために尽くさなくても「大した問題ではない」のだ。

(ちなみに、赤道さんが西のためにも動いた と判断できたのは、歓迎会の時の赤道さんが『不自然』過ぎたことに気付けたから、なんだよねぇ)

 よく考えてみれば、それまで尻尾を出さないようにしていたのに(アセナに話し掛けると言う)尻尾を出したのだから実に不自然だ。
 そのため、アセナは赤道の『思惑』を一歩 踏み込んで考えてみたのだ。そして、その結果、この『答え』に行き着いたのである。
 赤道はアセナに疑われるために――いや、正確には赤道の『真意』に気付けるかどうか を試すために、敢えて尻尾を掴ませたのだろう。
 そう言った目的がなくては、周囲を疑っているアセナに話し掛ける意味がない。アセナが疑わない と思う程、赤道は相手を低く見ない筈だ。

(仮にオレが真意に気付けていなかったら、この人はオレに――と言うか、オレが継ぐ西に失望して甘んじて処分されたんだろうねぇ)

 赤道の真意は『アセナの見極め』だろう。一貫して「赤道が敢えて尻尾を見せたことの意味に気付けるか」アセナを見ていたに違いない。
 そして、アセナが赤道を黒幕だと見抜くだけ『程度』ならば、頼りないアセナに自分を処分させることで「将来の礎」になるつもりだったのだろう。
 また、赤道の真意にまで気付くのならば、赤道は何も心配せずに退場できる。つまり、どちらにしろ、赤道は西の将来に憂いがなくなる寸法だ。

 だが、それは あくまでも計画が失敗した時の保険だろう。最初から失敗することを目指す筈がない。

 もしも計画が成功していれば、赤道が西の実権を握ることになっていた。そう、赤道は自分で舵を取ればいいのだ。
 つまり、アセナに西を任せる必要などなくなるのだから、赤道が西の将来を憂うことすらなくなる と言う訳だ。
 失敗しても「西を存続させる」と言う目的が達成できるようにしていただけで、成功するのがベストな結果だったのだろう。

(ちなみに、このままでは西の存続が危ない と言うのは、オレの勝手な推測だけどね)

 そもそも、東洋魔術師(呪術師)の成り手が減少傾向にあるため、このまま東(西洋魔術)と反目していては衰退するのは必然だ。
 言い換えるならば、東洋魔術(呪術)にこだわらずに西洋魔術(魔法)を受け入れなければ、関西呪術協会に活路がないのである。
 もちろん、だからと言って、魔法を無条件に受け入れる必要は無い。呪術を保ちつつ魔法を取り入れ、呪術と魔法を両立すればいい。
 アセナ個人の考えでは、日本人は「外部から取り入れて昇華する」ことに秀でているので、その性質を発揮すれば活路は充分にある。
 以上から、現在のまま組織内に反東の精神が残っていては西の存続は危うい と言うアセナの推測は、言い過ぎだが間違ってはいない。

(きっと、赤道さんも反東のままでは――魔法を拒否したままでは、西の将来のためにはならないって考えているんだろうなぁ)

 東西の過去には割り切れない歴史があったことはアセナも知っている。だが、だからと言って、未来を見ないのは間違っている。
 西洋魔術師が許せないなら、許さなくていい。魔法が嫌いなら、嫌いでいい。しかし、頭から それらを拒否するのは愚かだ。
 言わば、臥薪嘗胆だ。西洋魔術師を見返すために、敢えて受け入れるべきなのだ。昇華してから拒否すればいい。それだけだ。

「……いやはや、そこまで『理解して』いただけているとは。貴方を評価していたつもりでしたが、過小評価だったみたいですねぇ」

 赤道は嬉しそうに微笑むと「むしろ、こちらからお願いします。貴方の陣営に加えていただきたい」と続けた。
 アセナは礼を言うことで肯定を示し、先程ネギに作らせた『強制証文(ギアス・ペイパー)』を『ポケット』から取り出す。
 そして、契約内容を記したうえでサインをし、赤道に渡して内容を確認してもらったうえでサインをしてもらう。

 ちなみに、『強制証文』は原作30巻で総督がネギに使おうとした物で、サインを以って『契約』を成すものである。

 言い換えると、サインをしないと(しかも強制ではなく自らの意思で、だ)『契約』が成立しないため、少々 面倒な仕様なのだ。
 そのため、アセナは本来なら『契約の鐘』を利用したかったのだが……残念ながら『契約の鐘』は使い切りなので 無理だったのだ。
 しかも、『契約の鐘』の製作には かなりのコスト(ネギ一日分の魔力)が必要なので、時間の都合上 一つしか用意できなかったのである。

(まぁ、性能としては「言質さえ取れれば契約が結べてしまう」と言う極悪なので、仕方がないと言えば仕方がないけどね)

 ちなみに、ネギが目覚めてから『別荘』に放り込めば製作可能だったが、良識的に不味かったので やめて置いたらしい。
 いや、ネギは「ナギさんがお望みなら、今から麻帆良に帰って『別荘』に籠もることも辞しません」とか言いそうだが。
 とにかく、『強制証文』なら割と簡単に作れるらしいので、今回は多少 面倒ではあったが『強制証文』を使ったのである。

 そもそも、協力関係を結ぶための『契約』で楽をしようなんて考える方が問題な気がするので、今回は これでよかったのではないだろうか?

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「――と言う訳で、赤道さんも味方に引き入れました」

 無事に赤道と言う優秀なカードを手に入れられたアセナは、鶴子に電話で連絡を取った。
 まぁ、さすがに無いとは思うが、鶴子が赤道を処分してしまう可能性を潰すためである。
 せっかく味方に引き込んだのに、味方同士で潰し合われたら堪ったものではないので念のためだ。

『そうどすかぁ。どうやら着々と地盤を固めているようどすなぁ』

 そもそも、西は近衛家の当主が代々 長を務めて来たのだが……長い歴史の中には例外もあった。
 その例外とは、近衛家に次ぐ勢力を持つ『四家』が近衛家の当主を長と認めなかった場合である。
 ちなみに、その『四家』とは、青山、赤道、白川(しらかわ)、黒池(くろいけ)なので、
 アセナは その中の二家(青山と赤道)を己の陣営に加えた、と言うことになっている訳だ。
 つまり、鶴子の言うことは否定できない。アセナは着々と西での地盤を固めている とも言えるのだ。

(オレとしては「もしもの場合」のために対策を用意しただけで「木乃香と結婚して西を継ぐ」と確定させたつもりはないんだけどねぇ)

 だが、周囲は『そう』は受け取ってくれない。間違いなく、アセナが西を手に入れるための工作をしている と受け取ることだろう。
 まぁ、それは木乃香を『どうにか』しようとするよりも、アセナを『どうにか』しようとする輩が増える と言うことなので、何も問題はないが。
 アセナを餌にすることで木乃香の安全性を上げられるのならアセナとしては文句などない。その程度の危険など、今更 問題にならない。

『ところで、西は赤道はんに任せるとして……東は どうなさるおつもりどす?』

 確かに、立場的にはアセナが西の長になる筈なのに赤道に任せたのだから、東も誰かに任せないと不味いだろう。
 この状況でアセナが東を纏めようものなら「アセナは東を優先している」とか邪推する輩が出るかも知れないからだ。
 それに、東西の統合を考えるのなら、それぞれに纏め役を置いて その上にアセナが君臨するのがベストだろう。
 と言うか、魔法世界のこともあるので「君臨すれども統治せず」と言う形に持って行かないとアセナがパンクしてしまう。

「ってことで、瀬流彦先生にでも任せようと思ってます」

 もちろん、アセナにも「どう言うことなのか」は まったく以って わかっていない。ただ単に思い付いたことを勢いで口走っただけだ。
 しかも、瀬流彦を抜擢したのは、赤道くらいの年齢(20代中盤)の「東の人間」で思い浮かんだのが瀬流彦だけ、と言う始末だ。
 もしかしたらアセナが知らないだけで、麻帆良(東)に政治的な意味で有能な若い人材がいるのかも知れないのに、実に適当である。
 と言うか、冷静に考えると、東も西もまったく把握していないアセナが両者を統合しようと考えること自体が間違いなのではないだろうか?

『そうどすかぁ……どなたか存じまへんが、ナギはんの眼を信じて置きますわぁ』

 アセナの記憶が確かならば、話題には出ていなかったが瀬流彦も清水寺にいた(22話参照)筈なのだが……
 それなのに、何故 鶴子は「どなたか存じません」と言う扱いをしているのだろうか? 実に疑問である。
 まぁ、恐らくは瀬流彦の『影の薄いスキル』が発動したのだろう。普段は羨ましいが、こう言う時は悲しくなる。

「え~~と、今後の成長次第だと思いますので、もしかしたら別の方を頼るかも知れませんが」

 アセナは瀬流彦の説明を敢えて避けて「まだ東は確定ではありません」と暗に言って置くだけに止めた。
 まぁ、瀬流彦は元キャラ(某狂戦士の風使い)的に「実は有能」の筈なので適任に違いないが。
 だが、万が一の可能性として、アレが演技じゃなくて本気だった場合、他の人材を探すしかないだろう。

 その後、アセナはちょっとした確認事項をした後、「それでは『例の件』は手筈通りにお願いしますね?」と会話を締め括ったのだった。



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Part.06:オレはオレだから


「タカ――畑先生、何故ここに?」

 鶴子への諸々の連絡を終えた後、詠春にも赤道の件を連絡したアセナは、
 千本鳥居の一番下(つまり、本山の入り口のところ)でタカミチに遭遇した。
 と言うか、本当に何故ここにいるのだろうか? ホテルにいる筈なのだが……

「まぁ、帰りが遅いんで心配になってね……」

 言われてみれば、昨日の今日で西の本拠地に一人でいるのだから、心配されて当然である。
 あれだけ護衛(エヴァ)の実力を見せ付けたのでバカな真似をする訳がない筈だが、
 アセナだけならイケる とか考えて暴挙に出るバカがいる可能性は無きにしも非ずだ。

「御心配お掛けして申し訳ありません。少々、配慮が足りませんでしたね」

 多少 御節介と言えなくもないが、心配してもらえたのは素直に嬉しい。
 とは言え、面と向かって「心配してくれて ありがとう」と言うのは照れ臭い。
 故に、アセナは心配を掛けたことを謝るだけにとどめる。礼は含ませる程度だ。

「ああ、いや、散歩のついでだから……その、気にしないでよ」

 こことホテルの距離は散歩と言うレベルではないので、気にするな と言う方が無理だろう。
 少なくとも、電車かタクシーを使わねば移動できない距離なので、どうしても気にしてしまう。
 だが、アセナは敢えて気にしないことにする。気を遣う方がタカミチへの負担になるからだ。

「……ところで、お話したいことがあったんですけど、いいですか?」

 アセナは「わかりました、気にしません」と言う枕詞を置いてから、やや強引に話題を変える。
 まぁ、話したいことがあったのも事実なので、単純に話題を変えたいだけではない。
 タカミチも それを察したのか、タカミチは「ああ、別に構わないよ」と快諾をしてくれる。

 だから、アセナは遠慮なく単刀直入に切り込む。

「実を言いますと、昨夜の出来事が切欠となったのか、少しだけ昔のことを思い出したんです。
 ですが、完全には思い出せていません。支離滅裂に断片的な記憶が浮かんで来た程度です。
 ですから、オレが『アセナと言う名前だった頃』のことを話していただけないでしょうか?」

 麻帆良に帰ってからでもよかったのだが、せっかくの機会なので話して置きたかったようだ。

 ちなみに、アセナは『アセナ』と言う表現を取ったが、『アセナ』と『黄昏の御子』を分けているのはアセナの都合でしかないため、
 タカミチが どちらと取るか、はたまた どちらとも取るか、それは定かではない。少なくとも那岐になる前とは受け取ってくれるだろう。
 とは言え、那岐以前としてタカミチが受け取っれくれたところで、その頃のことを話してくれるか否か は、まったくの別問題ではあるが。

「……すまない。本当は話すべきだとは思うんだけど、ボクの言葉で語るよりも君自身が思い出した方がいい と思うんだ」

 タカミチは「やはり、思い出してしまったか……」とでも言いた気な表情をした後、苦しそうな顔で 話すことを拒む。
 まぁ、想定内だ。と言うか、タカミチなら『どちらのアセナ』についても話すことはない とアセナは半ば確信していた。
 ガトウの話題に触れる『アセナ』のことを語るのは憚れるし、戦争の道具だった『黄昏の御子』のことは語る訳がない。

 そう、アセナが訊きたかったことは『自身の過去』ではない。アセナは『自身以外の過去』を訊きたかったのだ。

「そうですか。なら、オレを取り巻いていた環境だけでもいいので、教えていただけませんか?
 オレ、ガトウさんが命懸けで追手から逃がしてくれたことは朧気に思い出したんですけど、
 追手については――『何に追われていたのか?』については、何も思い出せていないんです。
 自然に思い出すのを待つべきなのかも知れませんが、事が事ですから そうも言っていられません。
 いえ、むしろ、オレは『それ』を知って置かなければガトウさんに申し訳が立たない気がするんです」

 アセナは身を挺して庇ってくれたガトウのためにも情報を知って置かなければいけない。原作知識との照合と補填をしなければいけならないのだ。

「……わかったよ。そう言うことなら、ボクが知っている範囲内のことを教えよう。
 とは言っても、ボクは若輩者なのでボクの知識が間違っているかも知れないけどね。
 だから、ボクの語ることを鵜呑みにせず、キミ自身が正否を判断してくれないかな?」

 タカミチの言う通り、情報を判断するのは自分だ(情報を集めるのは他者でもいいが)。だから、アセナは首肯でタカミチに応える。

 そして、タカミチによって語られた内容は、『大分裂戦争』や『完全なる世界』などの事情だった。
 まぁ、明日菜とアセナが代わっていること以外は、特に原作と違う情報はなかったので詳細は省こう。
 とにかく、アセナが『完全なる世界』にとっての『鍵』である と言うことは原作と変わらないようだ。

「……ありがとうございます。御蔭で『オレが何に気を付けるべきなのか』、なんとなくですが わかりました」

 タカミチは語らなかったが、アセナは『世界の終わりと始まりの魔法(リライト)』の鍵となるに違いない。
 言い換えれば、アセナは『完全なる世界』や『メガロメセンブリア元老院』に正体がバレてはいけない と言うことだ。
 実に厄介極まりないが、アセナや大切な人達のことを考えると、やはりアセナは『動く』しかないだろう。

 アセナは立ち塞がる障害の多さにウンザリとしながらも、昨夜から今までに考えていた『計画』の実行を決意したのだった。

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「あ、ところで、話は変わりますが……何でオレは『神蔵堂 那岐』と言う名前になったんですか?」

 事情を聞き終えてから しばらく思考に耽っていたアセナだったが、思い出したかのように自身の名前について訊ねる。
 明日菜のTSなのだから『神楽坂 明瀬那』と言う「わかりやすい名前」でもよかったのではないか と思ったらしい。
 何故なら、それだけわかりやすい名前ならば、さすがのアセナでも憑依した段階で明日菜のTSであることがわかったからだ。

「ああ、それなら、師匠――『ガトウ・カグラ・ヴァンデンバーグ』とナギ――『ナギ・スプリングフィールド』に肖ったのさ」

 まぁ、ある意味では予想通りの返答だ。つまり、「ガトウ・カグラ → 神蔵堂」と「ナギ → 那岐」と言うことだろう。
 と言うか、神蔵堂は ともかくとして、那岐は『ナギ』そのままで、肖っている と言うレベルではない気がするのだが?
 アセナとしては、もうちょっと捻って欲しかったのが本音だ。御蔭で英雄様と混同しやすくて少し困ったのだから。

「いや、実を言うと『春野 蛮』と どっちにするかで迷って、最終的に『神蔵堂 那岐』にしたんだけどね?」

 うん、まぁ、さすがに そのチートバッカーズみたいな名前は恥ずかしいので、神蔵堂 那岐でよかった としか言えないが。
 恐らくは「スプリングフィールド → 春野」と「ヴァンデンバーグ → 蛮」と言うことなのだろうが、蛮は少し厳しい気がする。
 と言うか、アスナは明日菜だったのだから、日本人的には微妙だが、アセナは普通に明瀬那で よかったのではないだろうか?
 もしくは、セナだけを取って某アイシールドな光速のランニングバックのように瀬那とかでも いい気すらして来たくらいだ。

「余計な御世話だったかも知れないけど、『アセナ』を連想させる名前だと奴等に気付かれるかも知れなかったからねぇ」

 もちろん、余計な御世話な訳がない。アセナの安全を考慮してくれたのだから、感謝してもし足りないくらいだ。
 ただ、もう少しネーミングセンスが どうにかならなかったのだろうか と普通の名前を切望してしまうだけだ。
 我侭かも知れないが「神蔵堂って名前自体が厨二臭いよな」と言う烙印を受けたアセナの身にもなって欲しい。

(まぁ、そうは言っても、今更 名前なんて どうでもいいけど。どんな名前だろうと、オレがオレであることは変わらないから、ね)

 たとえアセナが那岐と認識されていてもナギと認識されていても、アセナ自身には些細なことでしかない。
 アセナの自己認識が変わらない限り、誰が何と言おうとアセナがアセナであることは変わらないからだ。
 そして、それは『アセナ』の記憶が戻っても『黄昏の御子』の記憶が戻っても変わらない。そうに違いない。

「ありがとうございます、納得できました。それで、他にも気になっていたことがあるんですけど……」

 名前についての話題を自ら振って置きながら勝手に自己完結したアセナは、軽く話題の変更を持ち掛ける。
 タカミチは気にしておらず「ん? 何だい?」と(シリアスっぽい空気を霧散させて)いつもの調子で了承をする。
 この切り替えを狙ってやっているのだとしたら、タカミチのコミュニケーション能力は実は高いのかも知れない。

「――オレの記憶も名前も捨てさせたのは何故ですか?」

 言うまでもないかも知れないが、実は これが本題である。今までの記憶の話題も名前の話題も前振りでしかない。
 もちろん、先程タカミチが言っていた様に奴等から逃れるためだろう。訊ねるまでもなく、予想が付いている。
 だが、それでもアセナはタカミチの口から答えを聞きたかったので、敢えて問うたのだ。ある意味ではアセナの我侭だ。

「それについては申し訳なかったと思っている。でも、それが奴等から逃れる一番いい手だと思ったから、そうするしかしかなかったんだ」

 タカミチの口から語られた謝罪と理由に、アセナは心の底から安堵が広がる。それに、知らずのうちに握り締めていた拳からも力みが抜けた。
 そもそも、記憶も名前も自己認識に深く関わる要素だ。それを捨てさせたのに罪悪感もなかったのでは、いくら守るためと言えども納得できない。
 アセナは自覚していなかったが、タカミチを試していた。タカミチを信じられるか否か、測っていた。答えは もちろん『信じられる』だったが。
 だが、だからこそ、浮かんでしまう疑問がある。守ろうとしてくれていたのに、何故それとは真逆に近いことをしたのか と疑問が沸いてしまう。

「……なら、何故オレを魔法に巻き込むように仕向けたのですか?」

 図書館島の依頼(4話)にしても、エヴァ戦に巻き込んだこと(11話以降)にしても、タカミチは明らかにアセナを魔法に関わらせようとしていた。
 原作でも思ったことだが、記憶も名前も捨てさせてまで守ろうとしたクセに魔法に関わらせようとするのが、どうも納得できなかったのだ。
 魔法と――しかも英雄の子と関われば、奴等に気付かれる可能性は増える。そんなことは考えるまでもなく わかる筈なのに、何故なのだろうか?

 信じていたのに と言うよりも、信じたいのに信じ切れない と言う気持ちに近い。タカミチの答え次第では、アセナはタカミチに心を閉ざすだろう。

「……キミの体質――完全魔法無効化能力の弊害でね、キミに悪影響を及ぼすとキミが判断した魔法の類には掛からないんだ。
 だから、学園長に『嫌な記憶』を消してもらうこと自体は成功していたんだけど、いつ記憶が復帰するか は わからなかった。
 たとえば、キミが『記憶消去』を『悪影響だ』と認識するだけで『記憶消去』が解けていく可能性もあったくらいに、ね。
 つまり、いつかはキミの記憶が戻ってしまい、キミが魔法に関わらざるを得ないことになるのは予想できていたことだったんだ。
 それ故に、ネギ君――英雄の娘のパートナーにすることで、それを『隠れ蓑』として魔法に関わらせることにせざるを得なかったのさ」

 いつかは関わらせざるを得ないから『隠れ蓑』を使える機会を利用した と言うことだろう。まぁ、その理屈ならば、納得できる。

 だが、魔法で忘れさせなくても、科学的な方法を使えばよかったのではないだろうか? そう、アセナは考えてしまう。
 恐らくは、以前エヴァが語っていたように「魔法使いは科学を軽視する傾向」の弊害で、その思考がなかったのだろう。
 魔法でできないのだから科学にできる訳がない と言う思い込みで、科学的な方法を選択肢に入らなかったに違いない。
 そのことに寂しさは感じるが、タカミチが苦悩の末に苦渋の決断をしたことがわかるので、アセナは納得するしかない。

「……そうですか。そう言うことなら、仕方がありませんね」

 多少 納得のできない部分は残るが、タカミチに悪意があった訳ではないことがわかったので充分だ。
 昨夜の件(石化しながらも助けようとしてくれた)も考えると、タカミチは純粋にアセナを守ろうとしている。
 遣り方に多少の問題があるように感じられるが、動機に問題はない。タカミチは心の底から信じられる存在だ。

 この時、アセナは(無自覚だったが)憑依して以降 初めて心の底からタカミチを『保護者』として認識したのだった。


 


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オマケ:麻帆良よ、オレは帰って来た


 タカミチとの会話を終えたアセナは、ホテルには戻らずに超長距離の『転移』によって一足早く麻帆良に戻った。
 と言うのも「ダミーが意図的に面倒事を起こした(外伝その1参照)」と言う情報をエヴァから得たため、
 このままダミーに代わりを続行してもらう(つまり、ダミーに自己責任を取ってもらう)ことにしたのである。

 そして、アセナは荷物を置くためだけに自室に戻った後、女子中等部にある魔窟――学園長室に向かった。

「失礼致します。男子中等部3年B組、神蔵堂です……」
「おおっ!! 那岐君!! 無事に帰って来てくれて何よりじゃて」
「……ええ、皆さんの御蔭で、どうにか無事に帰って来られました」
「いやいや、話は聞いたぞい? 大活躍だったそうじゃの?」
「いえいえ、オレ自身は大したことしていませんって」
「いやいやいや、謙遜はよくないぞい? 婿殿も大絶賛じゃったぞ?」
「いえいえいえ、今回は偶々ボロを出さずに済んだだけですから」

 アセナは帰還の挨拶とばかりに『いい笑顔』をしながら学園長と軽いジャブを打ち合う。

「まぁ、このまま其方の気が済むまで続けてもいいんですけど……そろそろ本題に入っていいですか?」
「何じゃ、つれないのぅ。もう少しくらい年寄りの楽しみに付き合ってくれてもええじゃろ?」
「では、本題に入りますけど……今回の旅行、木乃香に魔法を知らせるために仕組んだんですよね?」
「(軽く流されたーー!?)はて? 那岐君が何を言いたいのか、サッパリ意味がよくわからんぞい?」

 少しくらいなら近右衛門の御茶目に付き合ってもいいとは思うものの、かなり疲れているためアセナは本題をサッサと切り出す。

「そう仰るのなら、そうなんでしょう。ですが、赤道さんの『思惑』を掴んでいたのでしょう?」
「はて? 誰のことを言っているのか わからんが、何を根拠にそんな妄想ができるのかのぅ?」
「……残念ながら、根拠ならありますよ? 鶴子さんからリークしてもらった情報ですからね」

 少しでも会話を楽しみたい近右衛門は態とらしく惚けるも、サクッと会話を進めたいアセナは躊躇うことなくカードを切りまくる。

「ほほぉう――って、え? まぢ? それ、マジで言ってんの? マジで鶴子君が裏切ったの?」
「ええ、マジです。本気と書いてマジです。って言うか、オレと手を組んだだけなんですけどね?」
「はびょーーん!! 近右衛門、ショック!! ワシ、もう誰を信じていいかわかんない!!」
「オレとしては、そんな貴方の反応にショックですよ。と言うか、ふざけるのはやめてください」

 あまりの事態に動転――したように見せ掛けて誤魔化そうとする近右衛門に対し、アセナは あくまでも冷静に牽制する。

「では、話を本題に戻しますけど……何故 木乃香に魔法を知らせようとしたのですか?
 無理に教えなくても、詠春さんは『時が来れば』教えるつもりだったんですよ?
 それなのに、木乃香を危険に晒す恐れがあったのに教えようとしたのは何故です?」

「……わかっておろう? 君が『現れた』からじゃよ」

 追及を緩めないアセナを誤魔化すことはできない と悟った近右衛門は、軽く嘆息した後あきらめたかのように理由を述べる。
 もちろん、近右衛門の言葉の意図は「那岐君が木乃香の婚約者となったから」であり、憑依の可能性を示唆した訳ではない。
 それを理解しているアセナは「別の答え」を期待していたため「想定の範囲内の答え」に少しだけウンザリした気分になる。
 つまり、アセナを婚約者として認めさせるために仕組まれたことだったのだ(それがフェイトによってアレンジされたのだろう)。

「図書館島に同行させた目的は『魔法バラし』だったとして……エヴァ戦に巻き込んだのは『布石』だったんですか?」

 タカミチの話から、図書館島の件は自分への魔法バラしが目的だ とわかる(ついでに木乃香への魔法バラしも含まれていたのだろう)。
 だが、エヴァ戦は魔法バラしだけが目的だと仮定するのには少し遣り過ぎだ。ネギに経験を積ませるためもあったろうが、それでも遣り過ぎだ。
 圧倒的な強者に立ち向かう精神の育成があったとしても、もっとネギのレベルに近い敵と経験を積ませた方が「いい経験」になるからだ。
 だから、エヴァ戦の目的は「『闇の福音』を撃退した」と言う『功績』を自分に与えるためだったのではないか とアセナは推測したのである。

「フォッフォッフォ……相変わらず聡いのう」

 近右衛門の答えは、あきらかな肯定。こちらを称えながらも、上からの視線でしかない態度。
 とは言え、近右衛門の『真意』を理解しているため、今のアセナは その態度に苛立つことはない。
 むしろ、そんな近右衛門に感謝を禁じ得ない。気付いてしまったから、感謝しか抱けないのだ。

「まったく、一人で悪役になるなんて……ズルくないですか?」

 そう、近右衛門は敢えて憎まれ役を担うことで、アセナのストレスを緩和していたのだ。
 ……何らかの外的要因はあったが結局は自業自得であったため、恨む相手は自分となる。
 そこで恨みやすい存在、つまり近右衛門を与えることで、ストレスを緩和させていたのだ。

 とは言っても、近右衛門がアセナを都合よく動かしていた事実は変わらない。

 いや、正確に言うと、アセナだけでなくタカミチやネギやエヴァも、近右衛門は都合よく動かしていた。
 アセナを木乃香の婚約者と確立するために、タカミチの思惑やネギの想いやエヴァの目的も利用した。
 彼等(アセナ以外)の要望を満たす形になったとは言え、木乃香のために彼等を利用したことは変わらない。

 だが、それでもアセナは近右衛門に感謝を禁じ得ない。

 目的や方法は好ましくはないが、最終的には それぞれが納得できる結末となったのだから感謝するしかない。
 自分が割を食った とも取れるが、自身が『黄昏の御子』でもあることを考えると、大したことではない。
 いつかは魔法に関わらざるを得なかったのだから、協力者のいる現状は歓迎すべき状態なのだ。その筈だ。

「まぁ、その……ワシのせいにできた方が気持ちは楽じゃったじゃろ?」

「ええ、まぁ、そうですね。恨む相手が居た方が気持ちは楽になりますね。
 ですが、そのカラクリに気付いてしまったので、最早 楽にはなれません。
 ですから、恨みと感謝で最終的には差し引きゼロですよ、学園長先生」

 近右衛門の本音にアセナは苦笑しながらも敬意を交えて応え、そんなアセナに近右衛門も苦笑で応えるのだった。


 


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後書き


 ここまでお読みくださってありがとうございます、カゲロウです。
 以前から「改訂した方がいい」と言う意見が多数あったので、改訂してみました。


 今回は「諸々の事後処理と見せ掛けて、実は味方を着々と増やしてた」の巻でした。

 って言うか、やっと修学旅行編が終わりましたよ。いやぁ、本当に長かったです……
 いえ、話数的には10話なので、そんなに長くは無いんですけどね?
 ただ、執筆時間が長かったので長く感じた訳です(予定の倍は掛かりました)。

 さて、話は変わりますが、今回から主人公の木乃香への呼称は『このちゃん』になります。

 言わずもがなでしょうが、那岐君と融合した結果です。那岐君に影響されている、と言う表現です。
 まぁ、もともと魂が肉体に引っ張られていたので、彼としては あまり違和感は無いように見えますが。
 ですが、致命的なまでに好意に鈍いのは相変わらずです。刹那との会話は まさにそれですね。


 では、また次回でお会いしましょう。
 感想・ご意見・誤字脱字等のご指摘、お待ちしております。


 


                                                  初出:2010/10/10(以後 修正・改訂)



[10422] 第31話:なけないキミと誰がための決意【改訂版】
Name: カゲロウ◆73a2db64 ID:552b4601
Date: 2013/03/30 22:10
第31話:なけないキミと誰がための決意



Part.00:イントロダクション


 今日は4月26日(土)。

 一足早く帰って来たアセナにとっては修学旅行明けの日だが、
 アセナ以外の通常の予定通りの者にとっては修学旅行最終日だった。



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Part.01:彼の去来


「やぁ、マスター。予定は滞りなく消化して来たよ」

 ダミーが『何か』を遣り切った笑顔で帰還の挨拶を述べながら部屋に帰って来た。
 エヴァの報告でダミーが どんなことをしてくれやがったのかを理解しているアセナは、
 痛む頭と苛立つ心を抑えながらダミーを迎え入れ、何の前振りも無く本題に入る。

「御苦労様。で、早速で悪いんだけど……『引継』をお願いしてもいいかな?」

 ちなみに、アセナの言った『引継』とは口頭や資料などによる報告と言う意味での引継のことではない。
 ダミーには「額と額を触れ合わせることで任意の記憶を共有する機能」があるため それを利用するのだ。
 まぁ、自分同士とは言え男同士で額を触れ合わせることは できるだけ避けたい事態ではあるのだが、
 口頭による報告だと認識に齟齬が生まれる可能性があるためアセナは記憶を共有する方を選んだのである。

「了解――と言いたいところだけど、お前 何か雰囲気が違くない? 微妙に違和感があるんだけど?」

 ダミーは快く了承し掛けたが、途中で言葉を切って、訝しげにアセナを見遣りつつ疑問を口にする。
 その目は「本当にマスターなの? 実は別のダミーなんじゃない?」と雄弁に語っていた。
 つまり、ダミーが「オレじゃないみたいだ」と疑ってしまう程、アセナの雰囲気が変化しているのだ。

 恐らくは、ナギの頃に纏っていた「どこか距離を置いている雰囲気」が霧散していることが原因だろう。

「……本山襲撃事件の時に那岐の記憶が蘇ってね。そのせいで那岐の影響を受けてるんだよ」
「へー、そーなのかー。そっちはそっちで いろいろと大変だったんだねぇ」
「うん、まぁね。想定外の事態に発展したし、想定外の事実も発覚したし、ね……」

 ダミーの場合は多分に自業自得だるが、アセナは25話での対応を反省しているので、ダミーに皮肉を言うことはない。苦笑するだけにとどめる。

「ふぅん? あ、そう言えば、何で修学旅行を途中で切り上げて帰ったんだ?」
「……理由はいろいろあるけど、学園長と話したかったのが大きな理由だね」
「へぇ? 学園長と、ねぇ。つまり、修学旅行を切上げてまでする話だったって訳?」
「まぁ、そこら辺を疑問に思うのは尤もだけど……キミに説明しても仕方ないでしょ?」
「うん、まぁ、『引継』が終われば元の木偶人形に戻るのがオレの定めだらねぇ」
「だからさ、サクッと『引継』をしてくれないかな? 問題は山積みなんでしょ?」
「まぁ、確かに そうだね。丸投げする形になるけど……後のことは よろしくね」

 ダミーは「面倒事は御免でござる」と言わんばかりの軽薄な笑み浮かべると、徐にアセナの額に その額を押し付ける。

 その瞬間、触れ合った額を中心に幾何学的な魔法陣が展開され、僅かに淡い光が溢れ出す。どうやら、記憶の転写は無事に成功したようだ。
 少しだけアセナは「完全魔法無効化能力が打ち消すのでは?」と危惧していたが、アセナが求めた魔法効果なので大丈夫だったようだ。
 もちろん、ダミーの記憶を入手したアセナは「これはヒドい。いや、マジで」と涙目でOTZのポーズを取り、世の無情を嘆いたのは言うまでもないだろう。

 ちなみに、ショックから立ち直ったアセナからの攻撃を恐れたダミーは『引継』が終わった瞬間に元の人形に戻ったとか戻らなかったとか。



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Part.02:避けては通れない道


 ダミーから引継いだ記憶によって あやか から『招待と言う名の出頭命令』が出ていたことを知ったアセナは、大人しく あやかの家へ向かった。

 別に拒否してもよかったのだが、いつかは対面するつもりだったので、大人しく出頭命令に従ったのである。
 決して、その時の あやか の笑顔が穏やか過ぎて逆に怖かったからではない。単に予定が早まっただけに過ぎない。
 まぁ、何の準備もしていないこともあって先延ばしにしたかったのが本音だが、予定が早まっただけに違いない。

 客室に通されてから待つこと数分……重厚な木造のドアが開き、招待主である あやかが現れた。

 その姿は制服から私服に着替えており、ちょっとした装飾の付いたシンプルだが上品な純白のドレスに身を包んでいた。
 それは、アセナの記憶が確かならば「那岐が似合っている と評した服」の一つであり、あやか のお気に入りの一つだ。
 ……思い起こせば、あやかに『招待』された時、あやかは常に「那岐が似合っていると評した服」の いづれかを着ていた。
 その事実に気付いてしまったアセナは、これから話そうとしている内容のこともあって心に鈍い痛みを感じざるを得ない。

「御多忙のところ御足労いただき、まことにありがとうございます」

 あやかは優雅に一礼すると、心の籠もっていない労いの言葉でアセナを出迎える。
 アセナには辛辣な皮肉にも聞こえるが、想定内の対応であるため特に気にしない。
 いや、正確には、今のアセナは この程度のことを気にするような気分ではないのだ。

「いや、別に構わないよ。お茶とお茶請けくらい出れば充分さ」

 憂鬱な気分を切り替える目的もあり、アセナは態とらしく持て成しを要求する。
 招かれていないことはわかっているが、それでも招待客としての態度は崩さない。
 最悪の場合の保険として防衛手段や脱走手段を持っていることもあるだろうが、
 西での「下手すると命に関わる状況」を経験したためか、更に図太くなったようだ。

「……そうですわね。すぐに用意させますわ」

 あやかが手元のベルを鳴らすと、幾許もなくしてドアがノックされ、メイドが現れる。
 そして「紅茶と御菓子を……」と言う指示を受けると、優雅な所作で部屋を退出する。
 一連の流れから察するに、傍に控えてはいたが聞き耳は立てていないようである。
 だが、会話が筒抜けになっているのに聞こえていない振りをしている可能性もある。
 とは言え、そこまで想定したものの筒抜けになっていてもアセナは別に構わないが。

「さて……途中で興が殺がれるのも何だし、お茶が来るまで雑談にでも興じようか?」

 あやかの言葉の通り紅茶が供されるのならば、供されるまでに それなりの時間が掛かる。
 客室に供するまでの間に茶葉を蒸らすと考えたとしても、最低でも5分は要するだろう。
 そこに、湯を沸かす時間や客室への移動時間なども加味すると7分は見積もるべきだ。
 それだけの時間で『本題』が話せるとは思えないし、話の途中で紅茶を供されるのも困る。
 故に『本題』を話す訳にはいかない。だから、暇となった時間を潰そうと雑談を持ち掛けたのだ。
 まぁ、あやかが指示する前から用意を始めており、あやかの指示で運ばれるだけなら話は変わるが。

「……せっかくの お誘いですが、生憎とそう言った気分にはなれませんので お断りさせていただきますわ」

 あやかはアセナの誘いにハッキリと「雑談に興じる気などない」と言い切った。
 準備が整っていて運んで来るだけだからなのか、それとも単に話すつもりがないのか?
 前者だと希望を持ちたいが、紅茶の匂いが漂ってこないことから考えるに後者だろう。

「それは残念だね。でも、無言で待つだけってのも気疲れしない?」

 あやかの立て板に水な態度に苦笑しながらも、アセナは会話を続けようと口を開く。
 不機嫌な あやか と無言で見詰め合うのは精神衛生上よろしいことでないからだ。
 まぁ、それがわかっているのなら最初から持て成しなど求めなければいいのだが……
 アセナの目的は持て成しではなく『本題』の前に雑談を挟むことなので仕方がない。

 相手が心構えをする前に題を振ることで意表を突くことをアセナは好んでいるが、今回は交渉ではないので その必要がないのだ。

「……では、今後の日本経済の動向について軽く見解を話し合ってみましょうか?」
「うん、望むところだよ――と言いたい所だけど、余計に気疲れしそうじゃない?」
「ならば、無理に話などせずに無言で過ごせば よろしいのではないでしょうか?」

 あやかはアセナの狙いがわかっているのか、余計な気を遣わなくてもいい とばかりに にべもなくあしらう。

「うん、まぁ、それもそうだね。無理して話す方が気疲れすることもあるからね。
 できれば『本題』を話しやくするために空気を暖めて置きたかったんだけど……
 そっちが乗り気でないのなら、残念だけど それはあきらめることにしよう」

 そんな あやかにアセナは如何にも「残念だ」と言わんばかりに言葉を垂れ流す。

 その目的は実に単純だ。敢えて目的を話すことで、あやかの逃げ道を塞いだのだ。
 アセナの目的がわかっていても、こう あからさまに言われては対応せざるを得ないだろう。
 たとえ あやかが「話しやすい空気など必要ない」と考えていても、無視などできない。
 歩み寄りを明言されたうえで無視しようものなら「話し合う気などない」と取れるからだ。

「……そう言うことでしたら、少しだけ お付き合い致しますわ」

 あやかは話し合いそのものを潰したい訳ではない。よって、あやかはアセナの誘いを断れないのだ。
 仮に ここで断ろうものなら、アセナは「話し合う気が無いなら帰るね」と切り返したことだろう。
 あくまでも あやかが招待主でアセナが招待客なので、そう言った理論が成り立ってしまうのである。

「それじゃあ、修学旅行は どうだった?」

 アセナは己の狙いが うまくいったことに少しだけ安堵しながら、あやかに問い掛ける。
 そして、問い掛けた後に「あれ? 地雷じゃね?」と気付いたのだが、時は既に遅かった。
 覆水は盆に帰らないし、口に出した言葉は引っ込められない。気付くのが遅過ぎたのだ。

「……神蔵堂さん? 貴方は喧嘩を売りたいのですか?」

 言うまでもなく、あやかがアセナを『招待』した理由は修学旅行中の出来事であり、
 アセナが『本題』と連呼していることから、それを自覚していることは推測できる。
 それなのに、修学旅行を話題にして来たのだから、あやかが怒るのは尤もなことだ。

「あ、いや、別にそう言うつもりじゃなくてね? 思い付いた話題が それだっただけだよ?」

 アセナは狙い通りの展開になった と気を抜いてしまったことを悔やみつつ必死に言い訳をする。
 まったく言い訳になっていないが、焦ってしまって うまい言い訳が思い付かないのだ。
 普段からいろいろと想定をして置く癖があるため不測の事態には弱いのがアセナなのである。

「たとえ そうだったとしても……もう少し話題を選んでくださると嬉しいのですが?」

 あやかは にこやかな表情を浮かべているが、決して目は笑っていない。
 それに、口調も丁寧ではあるが、その端端には怒気が滲み出ている。
 ここまで来ると、普通に怒りを表現された方が「まだマシ」と言えるだろう。

「ですよね~~。自分でも言った瞬間に『ヤベ、地雷だった』って思いましたもん」

 あやかの怒気に当てられたアセナは思わず微妙な敬語になって答える。
 怒気に及び腰になっているようにしか見えないため、実に情けない姿だ。
 だが、それは雑談中だからだ。『本題』の時は こんな醜態は晒さないだろう。

「……もういいです。やはり、余計なことは話さないでいただきたいですわ」

 それを理解している あやかは嘆息を混じりに「お前、もうしゃべるな」と暗に伝える。
 もしかしたら、先程までの張り詰めた空気が少々弛緩していたせいもあるかも知れないため、
 あやかは「どちらにしろ、これ以上ペースを乱される訳にはいきません」と思うのだった。



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Part.03:魔法使いの弟子


 一方、修学旅行から帰ったネギは と言うと、部屋に荷物を置いて着替えを済ませた後、
 休む間もなく部屋を出て何よりも大切な少年の元に向かった……訳ではなく、
 思い詰めたような表情で閑静な森に佇むログハウス――エヴァの家に訪れたのだった。

「エヴァンジェリンさん、お話があります……」

 門番とも言える茶々丸はいたが、顔パスで通されたので問題なくリビングに向かい、
 そこで緑茶を啜りながら くつろいでいたエヴァにネギは真剣な表情で話し掛けた。

「……何だ? くだらん用件なら後にしろ」

 楽しい時間を邪魔されたエヴァは やや不機嫌交じりに興味なさそうに応じる。
 決して京都旅行の余韻に浸りながらニヤニヤしていたのを見られたからではない。
 旅の疲れを癒すために くつろいでいたのを邪魔されたから不機嫌な筈である。

「では、単刀直入に言います。ボクを弟子にしてください」

 ネギはエヴァの様子に気付いていないか のように用件を端的に伝える。
 まぁ、エヴァが自分で「くだらん用件なら後にしろ」と言っているので、
 くだらなくない用件なら今でいい と言う詭弁が成り立つので問題ないが。

「……それは、『戦闘方面での弟子』と言うことか?」

 エヴァは予想以上に重い話題に一瞬だけ呆気に取られたが、直ぐに冷静に戻るとネギに言葉の真意を確認する。
 何故なら、エヴァはネギに魔道具製作の手解きをしたため(19話参照)、ある意味では既にネギは弟子だからだ。
 それなのにネギが弟子入りを希望しているのは……時期的に考えて、京都での戦闘が原因だとしか考えられない。

「ええ。魔法使いの戦い方を学ぶならエヴァンジェリンさんしかいませんからね」

 原作を髣髴とさせるセリフだが、『ここ』のネギはエヴァの戦いを見ている訳ではないので原作とは理由が異なる。
 原作ではエヴァの固定砲台としての魔法を目にできたが、『ここ』ではエヴァの戦闘内容を伝聞でしか知らないからだ。
 では、何故にネギはエヴァを頼ったのか? それは、『ネギが信用している魔法使い』がエヴァしかいないからである。
 近右衛門はエヴァ戦で信用を失っているし、タカミチは魔法が使えないし、他の魔法使いは知り合ってから日が浅い。
 それに対し、エヴァは初対面こそ最悪だったが、アセナ(とネギ)の護衛となってからは実績も含めて信用に足るのだ。
 つまり、悪意のある言い方に換えると、消去法でエヴァしか残らなかったのでネギはエヴァを頼るしかなかったのだ。

「……貴様、正気か?」

 エヴァは「ネギでは近右衛門の真意に気付けない」と判断しているため、近右衛門の評価が低いことはわかっていた。
 しかし、それでも仮にも麻帆良(関東魔法協会)の長である近右衛門をまったく信用していない とは考えていない。
 そのため、エヴァしか選択肢がないとは想定していない。それ故、エヴァはネギの正気を疑ってしまったのである。

「ええ、正気です。むしろ、本気です」

 ネギは「って言うか、正気って……失礼な人ですねぇ」と思いつつもハッキリと意思を伝える。
 エヴァしか選択肢のないネギにとってはエヴァに拒否されるのは何としても避けたいのだ。
 もちろん、それをエヴァに悟らせるのは悪手なので、必死さ だけを伝えるにとどめているが。

「何故だ? 魔法使いとして師事するならばジジイに相談するのが筋だろう?」

 魔法具製作に関してエヴァに師事したのは、パートナー関係の漏洩に繋がるため近右衛門達に秘密にして置きたかったからだ。
 それはわかる。知らせなくてもいい情報を開示することは、情報操作を重視するアセナが嫌がることなど容易に想像がつく。
 だが、魔法使いとして師事することは別に隠す必要はない。むしろ、魔法具製作の隠れ蓑になるので開示すべきだと思える。
 いや、だからだろうか? 魔法具製作の隠れ蓑にしたいために――秘密で秘密を覆うために秘密裏に師事したいのだろうか?
 しかし、監督責任者である近右衛門を蔑ろにするのは得策ではない。特に、秘密が露見した時などは面倒なことになるだろう。
 その意味では、アセナが こんなことを許可するとは思えない。むしろ、これはネギの独断としか思えない。そうならば……

「確かに そうかも知れません。ですが、師事するなら圧倒的な強さを持つエヴァンジェリンさんしかいないって思ったんです」

 思考に没頭するエヴァに「本山での顛末は聞きました」と付け加えながらネギは理由を答える。
 もちろん、実際には「近右衛門が信用できないから」なのだが、そんなことを言う筈がない。
 とは言え、ネギの語った理由は完全な嘘ではない。エヴァの実力を評価しているのは事実なのだ。

「…………ふむ、そこまで言うなら考えてやらんでもない」

 考えが纏まったエヴァはネギの答えなど聞いていなかったが、
 さもネギの語った理由に納得を示したような振りをする。
 顎に手を当て軽く頷いて見せる、と言う小芝居までして。

「だが、一つだけ聞かせろ。何故、戦い方を――力を求めているんだ?」

 そして、確認して置かなければならないことを確認する。
 経緯はどうあれ『力』を求めるならば確認せねばならいことだ。
 中途半端な理由では中途半端な力しか得られないのだから。

「それは、ボクが弱いから――いえ、反吐が出るくらいに弱過ぎるからです」

 ネギは躊躇することなく『心の闇』とも言える「心の奥底に沈殿する、無力であることへの嫌悪」を吐露する。
 通常なら目を背けたくなる部分だろうが、ネギは自分のドロドロした感情をキチンと自覚している。
 あまつさえ、盲目的に父親を追っていたのは醜い自分から目を背けたかったからだ とすら気付いている。
 何故なら、今のネギには『そんなもの』よりも大切なものが――アセナと言う『心の拠り所』があるからだ。
 だから、ネギ・スプリングフィールドは『心の闇』を躊躇することなく吐露することができたのだった。

「弱くて弱くて……このままでは『また』守れないくらいに弱いから力が欲しいんですよ」

 当然、ネギは本山で何もできなかったうえ敵に情けまで掛けられたことを悔やんでいる。
 だが、それ以上に「故郷を失った時に味わった無力感」がネギの心を駆り立てていた。
 いや、正確には、故郷を失った時のように『また』大切なものを失うのが恐ろしいのだ。

「つまり、ヤツを守るための『力』が欲しい……そう言う訳か?」

 状況から考えるならば「本山で守れなかったことを悔やんでいる」と受け取れるが、
 ネギの様子から「動機の根本は別のところにあるのだろう」と感じられたため、
 エヴァは「『また』? 『また』とは、どう言う意味なんだ?」と疑問を抱く。
 だが、同時に「今は そのことを言及すべきではない」とも思えるので、最低限の確認をする。

「ええ、端的に言うと そうなりますね」

 ネギは先程の絶望 交じりの暗い表情から一変し、花が咲くような笑顔を浮かべる。
 その笑顔は恋に恋する少女にも見えるが、盲目的な狂信者にも見える。
 まるでアセナを守ることが何よりも素晴らしいことだ と誇っているようだ。

「……貴様、ヤツの言葉を忘れたのか? ヤツは『無茶をして欲しくない』と言っていただろう?」

 しかし、エヴァは そんなネギの熱狂に水を差す。冷ややかにネギの考えを否定したのだ。
 当然、エヴァとて無粋な真似などしたくない。だが、アセナの様子を見ている以上、言わざるを得ない。
 ネギが傷付いたことを心の底から心配していたアセナを知るエヴァに止める以外の選択肢などない。

「ええ、ですから『無茶』はしません。つまり、無茶をしなくても『あの銀髪』を倒せるくらいに強くなりたいんですよ」

 だが、ネギはエヴァの言葉を予想していたかのように、エヴァの言葉に反論する。
 アセナが自分に無理をして欲しくないのなら、無理をしなければいい。ただそれだけだ。
 それだけでアセナの望みも自分の望みも叶うのだから、それを成せばいいだけなのだ。

 ……それが どれだけ険しい道なのか? 『そんなこと』はネギには関係ないのだから。



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Part.04:彼の選んだ道


  コンコン……

 しばらくの沈黙が続いた後、部屋にノックの音が響く。大した音量ではなかったが、静寂を破るのには充分な音量だった。
 そのため、アセナはコッソリと安堵の溜息を付く。あやかの纏う空気を僅かに緩和させることに成功していたアセナだが、
 やはり僅かは僅かでしかなく、不機嫌な相手に無言で睨まれ続けるのは それなりの精神的負荷をアセナに与えていたのだった。

「失礼致します」

 先程のメイドがティーセットと共に入室し、テーブルに紅茶とマフィンをセットしていく。
 その姿を見るともなしに見遣りながらアセナは精神を徐々に尖らせ、ゆっくりと覚悟を決める。
 これから話す予定でいる『本題』は、話すことにも話した後にも覚悟のいる内容だからだ。

「……それじゃあ、余計な前置きなどせずに、単刀直入に行こう」

 アセナは紅茶を一啜りして口を湿らせた後、重い口を開く。
 前置きとなる余計な会話は、先程の雑談で充分にした。
 ここで引っ張ったら、あやかの空気はより険悪になるだろう。

「例の怪文書についてだけど……何も申し開きすることはなくて『事実だった』とだけしか言えないね」

 だから、アセナは余計な言葉を挟まずに簡潔に説明した。簡潔過ぎて説明が不充分で、誤解を招き兼ねないくらいだ。
 だが、いくら言葉を重ねて身の潔白を説明したとしても、のどか達(女のコ)と入浴した事実そのものは変えようがない。
 言わば、重ねた言葉だけ言い訳をしたことになるため、言い訳をしたくないアセナは敢えて簡潔に説明したのだった。

 ……当然、あやかの機嫌は急降下で悪くなる。具体的に言うと、コメカミがヒクつくくらいだ。

 まぁ、「女の子を侍らせて入浴してましたが何か?」と言っているようなものなので、あやかが怒るのは当然と言えば当然のことだろう。
 だが、筋違いと言えば筋違いのことでもある。何故なら、あやかはアセナを那岐として認識いない――つまり、他人として認識しているのだから。
 アセナを那岐(想い人)として認識しているならまだしも、アセナを他人として認識している以上アセナの人間関係に干渉するのは筋が通らない。

「でもさ、思うんだけど、そもそも『オレ』が『雪広』に申し開きをする理由なんてないんじゃない?」

 もちろん、頭ではわかっていても感情が追い付かず、ついつい干渉したくなってしまうのだろう。
 アセナも それはわかっている。だが、わかっているからこそ、敢えて彼我を強調して指摘する。
 それは明確な線引き。自分は那岐ではないので、あやか とは他人でしかない、と言うメッセージ。

「だって、雪広とオレは『そう言う関係』じゃないんだから、責められる謂れはないよね?」

 アセナは淡々と、まるで「太陽は東から昇り西に沈むんだ」とでも言うかのように、言葉を紡ぐ。
 そこに特別な感情など一切 籠っていないかのように、当たり前のことを当たり前に告げるように。
 内心で、声が震えなかったことを――動揺を見せなかったことを褒めながら、アセナは平静を装う。

「……ええ、確かに そうですわね。それは わかっているつもりですわ。ですが――」

 あやかの声が僅かに震えたように感じたのは、決してアセナの気のせいではないだろう。
 だが、気丈にも平静を装うとしている あやかに敬意を評し、敢えて気付かない振りをする。

「――那岐の顔で他のコとイチャイチャして欲しくないだけ、と?」
「え、ええ。こちらの勝手な言い分だとは存じておりますが……」
「まぁ、そうだね。実に勝手だね。反吐が出るくらいに勝手だよ」
「仰る通りですわ。貴方に私の都合を押し付けているだけですからね」
「そうだよねぇ。実に迷惑な話だよ。オレは那岐じゃないんだからさ」

 あやかが傷付いていることに気付かない振りをしているため、アセナは あやかを責め続ける。
 あやかを責める度に心が痛みを訴えて来るが、それを敢えて封殺してアセナは言葉を続ける。

「まぁ、オレが那岐であったとしても迷惑なことは変わらないけどね?
 だって、雪広は那岐を友達以上に想っていたのかも知れないけど……
 那岐にとっては、雪広は『単なる友達』でしかなかった訳だし、ね?」

 そして、決定的な言葉を――那岐は あやかを単なる友達としか見ていない と言う『事実』を突き付ける。

「あ、これはオレの妄想じゃないよ? 那岐の記憶から推察した歴然とした事実だよ?
 って言うのもさ、実を言うと、オレ、修学旅行の間に那岐の記憶が戻ったんだよねぇ。
 それでさ、当然ながら雪広とのことも いろいろと思い出した訳なんだけど……
 雪広には申し訳ないんだけど、那岐にとっては雪広は『単なる友達』でしかないんだよねぇ。
 だって、那岐の記憶(心)を占めているのは木乃香との思い出ばかりなんだから、ね?」

 あやか には残酷でしかない『事実』をスラスラと容赦なく述べるアセナ。

 そのあまりにも衝撃的な内容に、あやかは言葉を理解するだけで精一杯になってしまう。
 よく見れば、アセナの瞳が揺れていることや口元が引き攣っていることがわかるのに、
 言葉に打ちのめされてしまい、それが「虚偽である」と言うサインを見逃してしまう。

「…………そう、ですか」

 重い沈黙の後、あやか は それだけを搾り出した。そう、あやかはアセナの言葉を『事実』として認識してしまったのだ。
 仮にアセナが「那岐の記憶が戻った」と言う言葉を含んでいなかったならば、あやかは信じることはなかっただろう。
 また、話題が那岐からの評価でなかったならば ここまで言葉に打ちのめされることはなく、アセナの嘘を見抜けただろう。
 しかし、最悪の条件が重なってしまったために あやかは嘘を見抜けず、アセナの言葉を『事実』として信じてしまったのだ。

「だからさ、正直、迷惑なんだよね? 気持ちを押し付けられるのとか、都合を押し付けられるのとかさ」

 あやかの様子から自分の言葉を信じたことを理解したアセナは、泣きたくなる気持ちを抑え込んで あやかを追い込む。
 もちろん、あやかを追い込む以上に自分自身の心を追い込んでいるのだが、まだ話は終わっていないので それは無視して置く。
 ここでやめようものなら、今まで積み重ねて来た「あやかに吐いた嘘」や「あやかを傷付けた罪」の意味がなくなるからだ。

「……………………………………」

 あやかの沈黙が心に痛い。泣きそうになるのを必死に抑えているのがわかるからこそ、より痛い。
 そして、それがわかっていながらも更に傷付けることになるのがわかっているので、更に痛い。
 人を騙すことを得意としていたナギの成分が入っているからこそ、どうにか耐えられる痛みだ。

 恐らく那岐だけだったならば あやかを傷付けることに耐え切れず、彼は自身の言葉を撤回していたことだろう。大局を見失って。

「雪広――いや、ここは敢えて那岐らしく『あやか』とでも呼んであげるべきかな?
 まぁ、とにかく、キミは那岐にとっては友達でしかないし、オレにとっては他人だ。
 それなのに、人間関係とかにイチイチ干渉されるから鬱陶しくて仕方がないんだよ。
 オレが言うのも変かも知れないけどさ、那岐が大切なら那岐の幸せを願うべきじゃない?
 つまり、嫉妬して絡むんじゃなくて、逆に暖かく見守るのが好きってことなんじゃない?」

 アセナは自身でも「勝手なこと言っているよなぁ」とは思うが、ここまで来たらやめられない。

 アセナの言葉は「好きなら我慢しろ」と言っているのと同義で、単なる押し付けでしかない。
 好きならば自身の幸せよりも相手の幸せを優先しろ、と言っているのと変わらないのだから。
 それがわかっていてもアセナは話を続けるしかない。それがアセナの選んだ『道』だからだ。

「…………そうですわね。今までの私の言動は単なる『我侭』に過ぎませんわね」

 あやかは過去の自分を振り返ったのか、しばらくの沈黙の後 自嘲気味に応える。
 普段なら「ですが、そちらも我侭ではありませんか?」とでも付け加えただろうが、
 今の あやかはアセナに与えられたショックから立ち直れていないため反論は一切ない。

 それをいいことにアセナは あやかを責める言葉を更に吐き出す。

「那岐は優しかったから『友達』の我侭をきいてやっていたんだろうね。
 それに、迷惑に思っていても悟らせないようにしていたんじゃないかな?
 でも、生憎とオレは那岐じゃない。我侭をきく気もないし迷惑は御免だ」

 恋とは我侭なもので、愛とは尽くすことである。これはアセナの恋愛観だ。

 それ故に、本来なら那岐に恋する あやか が我侭であってもアセナに責める気はない。
 だけど、アセナは責めない訳にはいかない。その我侭を受け入れる訳にはいかないのだ。
 もちろん、アセナが那岐ではないから ではない。アセナは那岐でもあるので それはない。

 では、何故アセナは あやかを突き放すような言葉を続けるのだろうか? 答えは単純だ。それが、ベストだ と信じているからだ。

「そりゃ、木乃香と『何でもない状態』だったなら、こんなこと言わないよ?
 今まで通り、迷惑に思いながらもキミの我侭に付き合っていたと思うよ?
 でもさ……もう木乃香とは『結婚を前提とした関係』になっているんだよ。
 だから、もうキミの我侭には付き合えない。木乃香に誤解されたくないんだ」

「ま、待ってください!! 近衛さんとのことは学園長先生へのブラフだったのではないのですか?!」

 あやかは驚愕を露に叫ぶ。それ程までにアセナの言葉は予想外だった と言うことだろう。
 まぁ、アセナと木乃香が婚約したことは「近右衛門へのブラフだ」と説明され(11話参照)、
 その後も特に情報の更新がなかったのだから、あやかの驚きは当然と言えば当然だろう。

 だが、修学旅行を挟んで事情が大きく変わったのだ。木乃香とのことも、アセナ自身のことも。

「いや、まぁ、最初は そうだったんだけど……修学旅行中に諸々の事情が変わったんだよ。
 って言うのも、修学旅行の行き先だった京都には木乃香の実家があったんだけどさ、
 実は三日目の自由行動の時に、ホテルに残った振りして木乃香の実家に挨拶に行ってたんだ。
 んで、紆余曲折を経て木乃香の父親に『正式な婚約者』として認められて来たんだよねぇ。
 だから、突然かも知れないけど、修学旅行前と修学旅行後では事情が変わっちゃったんだよ」

 裏にある事情を省いてはいるものの事実であることは変わらない。だからこそ、アセナは淡々と事実を語る態度を崩さない。

「そんな状況で、こうして『ここ』に来ているのは……言わなくてもわかるだろう?」
「……ええ。もう二度と貴方に干渉しません。それで、よろしいのでしょう?」
「ああ、そうしてくれると助かる。妙な誤解を受けて関係が崩れるのは御免だからね」

 アセナは「そう言う訳で、用件も済んだことだし お暇させてもらうよ」と言って締め括ると、冷え切ってしまった紅茶を そのままに部屋を後にする。

 そして、屋敷を出て(待機していた黒服達に寮まで送られ)自室に着いたところで、漸くポケットから左手を引き出す。
 その左手は硬く握り締められており、血が滴っていた。そう、アセナは爪が皮を突き破る程の力で拳を握っていたのだ。
 そうでもしなければ あやかを傷付けることに耐え切れず、平静を装うことも嘘を貫き通すこともできなかっただろう。

 ……あやかを傷付ける度に心が悲鳴を上げていたが、それでもアセナは あやかを傷付けざるを得なかった。

 本当は、あやかの誤解を解きたかった。怪文書が事実なのは本当だが、自分の意思ではない と誤解を解きたかった。
 本当は、あやかを大切に想っている。那岐が友達だ と思っていたのは事実だが、友達は友達でも一番大切な友達だった。
 本当は、あやかが心を占めている。木乃香も大切だが、それは妹のような感覚であり、女性として大切なのは あやかだ。

 それなのに、何故あやかを傷付けるような嘘をアセナは吐いたのか? ……それは、あやかを遠ざけるためだ。

 アセナが これから進むであろう道は、死と隣り合わせの血に塗れた道だ。当然、その危険度は計り知れない。
 そんな危険の塊である自分の傍にいたらどうなるか? 考えるまでもなく、危険に巻き込むことになるだろう。
 それがわかっていて大切な存在を傍に置き続けるのは、自分の手で守ってやれる と思える程の自信家くらいだ。

 だから、アセナは自分から彼女を遠ざけたのだ。危険に巻き込まないことで彼女を守るために、傷付けてでも遠ざけざるを得なかったのだ。

 遠ざけるために――関係を断絶するように仕向けるために、アセナは彼女を傷付けながらも嘘を吐き続けた。
 彼女が大切だから、彼女を危険に巻き込みたくないから、アセナは彼女を傷付けざるを得なかったのだ。
 アセナは彼女の幸せを心の底から願っているからこそ、自分の「彼女の傍にいたい」と言う我侭を抑え付けたのだ。

 ……そう、アセナは彼女のため「自分から遠ざけることで守る道」を選択したのだった。



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Part.05:守ると言う言葉の意味


 再び、舞台はエヴァの家に移る。

 ここでは、テーブルを挟んで赤と金の幼女が――ネギとエヴァが無言で対峙していた。
 茶々丸が用意したと思われる二人の前に置かれた緑茶は湯気が治まり、既に冷え切っている。
 ネギが『無茶』しない云々と発言してから短くない時間を二人は無言で過ごしていたのだ。

 ネギは語るべきことを語り終えたための無言で、エヴァはネギの黙考のための無言だった。

「……貴様がヤツのことを守りたいのも、ヤツの言葉を無視する気がないのも、よくわかった。
 だが、残念ながら、貴様はヤツの言葉を根本的に勘違いをしている と言わざるを得ないな。
 何故なら、ヤツは『戦って欲しくない』と言う意味で『無茶をして欲しくない』と言った筈だからな」

 重苦しい沈黙を破って言葉を紡いだのはエヴァだった。

 その言葉が意味しているのは「単なる否定」ではなく「諭し」である。
 そう、エヴァはネギの気持ちを汲んだ上で説得することを選んだのだ。
 何故なら、ネギが感情で判断する傾向があることを見抜いているからだ。

「……でも、それはエヴァンジェリンさんの解釈ですよね?」

 エヴァの言に納得のいかないネギは弱弱しくはあるが抗弁をする。
 これが頭ごなしの否定だったなら、ネギも強気で抗弁しただろう。
 いや、エヴァの言に聞き耳を持つことすらしなかったかも知れない。
 そう言う意味では、エヴァの狙いは正解だった と言うべきだろう。

「まぁ、ヤツに問い質した訳ではないから、確かに私の解釈でしかないな」

 エヴァはネギの言葉を否定しない。いや、むしろ肯定した。
 共感をすることで味方であることを暗に示す、と言う話法だが、
 別にエヴァは技法として意識してやっている訳ではない。
 直情傾向のあるネギに効果的だろう と思って肯定しただけだ。

 まぁ、これから続ける逆説の言葉の印象を強くする目的もあるが。

「……だが、貴様は私の解釈がまったくの検討外れだ とでも思っているのか?
 つまり、ヤツが貴様に戦って欲しいと考えている と思っているのか?
 言い換えると、貴様が戦うことをヤツが喜んで受け入れる と言うことだぞ?」

「そ、それは…………で、でも、ボクはアセナさんを守りたいんです!!」

 エヴァの問い掛けに狼狽するネギは、揺らぎそうになる自分の意思を言葉にすることで無理矢理に固める。
 そう、ネギにもわかっているのだ。今のアセナが『そんなこと』を望む筈がない、と言うことは。
 本山で抱擁してもらった時(30話参照)に感じたアセナの想いを――いたわりの意味を違えることはない。
 だが、自分のせいで『危険』に巻き込んだアセナを守りたい と言う気持ちをネギは捨てられないのだ。

「黙れ小娘!! 貴様はヤツの何を見て来たのだ?!」

 アセナの意思を理解していながらも、己の意思を押し通そう とするネギに思わず声を荒らげるエヴァ。
 考え方によっては、エヴァもアセナの意思を押し付けていることになるが、その点をエヴァは気にしない。
 アセナの『決意』や『覚悟』を知っているエヴァにとっては、ネギの意思よりもアセナの意思の方が重いのだ。

「ヤツは貴様が傷付いたことに傷付いていた。『自分のせいだ』と自分を責めていた。それなのに貴様は戦う道へ進むつもりなのか?」

 ネギだけではない。刹那が傷付いたことを知った時もアセナは深く傷付いていた。
 特に、『本来の姿』を露にした刹那を包むアセナの姿は見ている方がつらかった。
 あの時ばかりはエヴァも心配だったからとは言え『遠見』していたことを後悔した。
 そして、同時に思ったのだ。もう二度とアセナの『あんな姿』を見ないようにしよう と。
 そのためには、ネギが傷付く可能性のある道へ進もうとするのは放って置けない。

「でも!! それでも!! ボクは もう守れないのが嫌なんです!! 『今度こそ』守りたいんです!!」

 一体、ネギの言う『今度』とは どんな意味で発せられた言葉なのだろうか?
 先程の『また』と関係しているのだろうか? ……エヴァの疑問は尽きない。
 だがしかし、疑問に思っていてもエヴァの取るべき対応は何一つ変わらない。

「……ならば、せめて、ヤツに相談してからにするんだな」

 本当は「『守る』と言う言葉の意味を履き違えるな!!」と叫びたいのを堪えて、エヴァは答えを保留にする。
 これ以上は自分では説得できない、それが自分とネギの関係だ。そう、エヴァは理解しているのである。
 ならば、取れる対応は保留しかない。保留してアセナにネギを説得してもらうしかエヴァの取れる道はない。

「…………ええ、わかりました」

 ネギはエヴァの瞳を覗き込んだ後、エヴァを折れさせることができない と理解したのか、渋々と矛を収める。
 まぁ、アセナに相談もせずに行動を決めてしまうのは不味いと(エヴァに言われて)気付いたのもあるのだろう。
 とにかく、ネギは「戦闘方面でのエヴァの弟子入り」を一旦はあきらめ、意気消沈してエヴァの家を後にする。

 その背を見送りながらエヴァは「同じ『守る』でも、ヤツは別の守り方を選んだのだがな」と悲しそうに呟くのだった。



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Part.06:間違ってはいない


 アセナが自室に戻ってから しばらくの時が過ぎた。辺りは真っ暗になっており、既に夜の帳は落ちていた。

 その間、アセナはベッドに寝転がり、自分の選択を正当化することに勤しんでいた。
 女々しいとも取れる行動だが、それだけアセナにとって あやかは大切だったのだ。
 まぁ、大切だからこそ ああ言う対応を取る選択肢しかアセナにはなかった訳だが。

「……オレ、間違っていないよね?」

 誰もいない空間に向けて、言葉を投げ掛ける。
 もちろん、誰かの答えを期待した訳ではない。
 自分を納得させるために紡いだ独り言でしかない。

「うん、間違ってはいないね」

 だが、期せずして答えは返って来た。しかも、欲しかった『肯定』の返事だ。
 まぁ、その裏に「正しくもないけど」と言うメッセージが透けて見えるが。
 動揺しているアセナは それに気付かず、慌てて声の発信源を探すのみだった。

「……タ、タカミチ? あ、じゃなくて、高畑先生、どうしてここに?」

 アセナの視線の先にいたのは、白いスーツに身を包んだ中年の男性――アセナの保護者であるタカミチだった。
 余程 慌てていたのだろう、普段なら『タカ』までで高畑先生と訂正できていたのに、完全に間違ってしまった。
 しかし、タカミチは特に気にしておらず、むしろ「いや、タカミチでいいよ」と少し嬉しそうに返すのみだ。

 そして、タカミチは「あ、ここにいる理由だったね」と前置きしてからアセナの問いに答え始めた。

「エヴァから雪広君との話を聞いてね、ちょっと様子が気になったから見に来たんだよ。
 で、ノックはしたけど返事がなかったから、合鍵を使って部屋に入ったって訳さ。
 一応、話し掛けようと思ったんだよ? でも、タイミングよく問い掛けられたからさ?」

 つまり、「チャチャゼロ → エヴァ → タカミチ」と言う経緯で情報が流れたのだろう。

 最悪の場合(あやかが逆ギレして黒服達に襲撃させる等)を想定して、防衛手段としてチャチャゼロを準備していたのだ。
 チャチャゼロからエヴァに情報がもたらされるのは想定の範囲内であり、そこからタカミチに派生しても不思議ではない。
 ただ、返事がなかったからと言って、合鍵(保護者なのでタカミチは合鍵を持っている)を使って進入するのは どうだろう?

「……まぁ、別に不法侵入とか言うつもりはないよ。むしろ、心配してくれて嬉しいし」

 アセナの咎めるような視線で「さすがに勝手に入ったのは不味かったか」と気付いたのか、タカミチが気不味そうな空気を流し始める。
 それを見たアセナは「それだけ心配してくれたのだろう」と解釈し、タカミチに気にしていない旨と ちょっと遠回しな礼を述べて置く。
 それに対し、タカミチは照れ臭そうに「そうかい?」とだけ返す(呼称につられたのか、アセナの口調が違っているが気にした様子はない)。

「…………それで、本当にアレでよかったのかい?」

 そして、躊躇したのか、少し間を置いてからタカミチが訊ねる。
 アセナが敢えて嫌われたことを理解しているからこその問いだ。
 だが、それがわかっているからこそ、実に残酷な問いでもあった。

「オレには、アレ以外の道を選べなかったんだよ」

 アセナはタカミチが自分の覚悟を試すために問うたのだ と解釈し、自嘲的な笑みを浮かべて答える。
 そう、本当は よくなどない。アレ以外の方法が思い付いたのなら、そうしたかったのが偽ざる本音だ。
 もっとアセナが傲慢ならば「オレが守るから」と魔法や自分の事情を説明して『関係者』にしただろう。
 もっとアセナが臆病ならば「嫌われたくない」と適当に誤魔化し、今までの関係を惰性で続けただろう。
 しかし、アセナは傲慢と臆病の中間にいた。だからこそ、アレしか選択肢が思い浮かばなかったのだ。

「……とりあえず、オレは大丈夫だから心配しなくていいよ?」

 もしかしたら、あやかを傷付けずに嫌われる方法があったのかも知れない。
 だが、アセナには それが思い付かず、嫌われるために あやかを傷付けてしまった。
 あやかを守るためだが、動機は どうあれ傷付けた事実そのものは変わらない。
 それ故に自分を責め続けており、自己正当化をしよう と躍起になっていたのだ。
 だから、全然 大丈夫ではない。タカミチを心配させないための強がりでしかない。

「キミが そう言うならば心配はしない。だけど、無理はしちゃダメだよ?」

 タカミチは それがわかっているからこそ、敢えて理解を示すにとどめる。
 心配だけど心配して欲しくないのなら心配はしない と見守るだけにする。

 とは言え、心配しなくてもいいように無理はしないで欲しいことは告げるが。

「大丈夫だよ。むしろ、オレが無理なんてする訳ないでしょ?」
「そんな無理した表情(かお)で言われても説得力はないよ?」
「……これは、ちょっぴりセンチメンタルな気分になっているだけさ」
「センチメンタル、ね……まぁ、そう言うことにして置くよ」

 無理して皮肉気な表情を作る被保護者の少年にタカミチは穏やかに微笑む。

「ああ、そう言えば、余計な御節介かも知れないけど、学園長に頼めば雪広君に関する思い出を消してもらえるからね?
 もちろん、キミの体質(完全魔法無効化能力)なら気にしなくていいよ。キミが記憶消去を望むならば消せるからね。
 まぁ、忌避観はあるかも知れないけど……どうしてもツラいなら その記憶を消してしまうのも一つの手だと思うよ?」

「……気持ちは嬉しいけど、遠慮して置くよ。それだと『幸せな記憶』も忘れてしまうからね?」

 あやかに関する記憶を消したとしても、あやかを傷付けた事実そのものは何一つとして変わらない。
 と言うか、あやかを傷付けて置きながら自分は それを忘れて過ごす、なんて卑怯な真似をできる訳がない。
 むしろ、あやかの方の記憶を消して、自分が あやかを傷付けたことを忘れてもらいたいくらいだ。
 まぁ、他人の記憶を勝手に弄る などと言う傲慢なことをアセナは決して許せないだろうが。

 だが、よくよく考えてみれば、魔法を教えることで本人に記憶を消させるように仕向けられた可能性はあったのだ。

 そうすれば、あやかを傷付けることなく あやかと距離を置けたかも知れない。可能性はゼロではない。
 しかし、アセナは敢えて この選択肢を黙殺した。あやかを説得できる自信がなかった と言い訳して。
 その奥底に「あやかに忘れられたくなかった」と言う自分勝手な想いがあったことを自覚しつつ。
 何故なら「幸せな記憶まで消してしまう」と言うタカミチの言葉(27話参照)が心にあったから……

「……どうやら、本当に余計な御節介だったようだね」

 タカミチは自分が語った言葉で返されたことに苦笑する。
 だが、その目元は緩んでおり、喜びが隠し切れていない。
 アセナが自分の言葉に影響されていたことが嬉しいのだ。

「ううん、そんなことはないよ。気持ちは嬉しかったのは本当だよ?」

 アセナの言葉に嘘はない。タカミチが気遣ってくれたこと自体は素直に嬉しい。
 タカミチが「記憶を消すのは卑怯な手段だ」と気付いていない訳がない。
 つまり、そこには「卑怯者になってもいいんだよ?」と言う優しさがあるのだ。

「それよりも、このままだとオレは世界中を敵に回すことになると思うから……時が来たらタカミチもオレから離れてね?」

 だから、アセナは忠告して置く。自分の傍は危険だから いつまでも自分の保護者をしなくていい、と宣言して置く。
 アセナが これから歩もうとしている道は原作とは違う。つまり、原作のように「どこか安全」な道ではないのだ。
 まぁ、既に『ここ』は原作との乖離が激しいので、原作通りに進めようとしても危険は溢れているだろうが。

「……それには頷けないな。たとえ世界中がキミの敵になったとしても、ボクはキミの味方であり続けるし、キミを守り続けるからね」

 タカミチはアセナの気遣いを理解しながらも軽く一蹴する。守るべき存在(アセナ)に守られるなど、タカミチの矜持が許さないのだ。
 たとえタカミチの力で守れる範囲など高が知れていたとしても、タカミチは その身が果てるまでアセナを守り続けるつもりだ。
 だから、タカミチは優しい声音で「キミを守り続ける」と――「キミは守られる立場になってもいいんだよ」と婉曲的に伝えたのだ。

「…………ありがとう、タカミチ」

 被保護者の少年は泣きそうな笑みを浮かべて素直に保護者の男性に礼を述べた。
 その声は少しばかり小さなものだったが、それをタカミチが聞き逃す筈がない。
 タカミチは「気にしなくていいよ」とだけ応え、ゆっくりと部屋を後にするのだった。

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『マァ、言ウマデモネーダロウガ……多分、御主人モ オ前ノ味方デ アリ続ケル ト思ウゼ?』

 タカミチの背を見送っていたアセナにチャチャゼロが『念話』で話し掛けて来る。
 その声音は「言わなくても わかっているだろうがな」と言う思いが滲み出ているが、
 久々に話す機会が来たからか「だが、敢えて言おう」と言う雰囲気も醸し出している。

 まぁ、それはともかく……チャチャゼロの語った通り、エヴァもアセナの味方であり続けるだろう。

 契約の問題だけでなく、既に身内として認定しているアセナをエヴァが見捨てる訳がない。
 いや、まぁ、サウザンド・マスターと天秤に掛けた時は どうなるかは定かではないが。
 少なくともサウザンド・マスターが敵に回らない限りは、アセナの味方であり続けるだろう。

 それに、ネギだってアセナの味方であり続けるのは想像に難くない。

 しかも、エヴァとは違ってサウザンド・マスターと敵対してもアセナの側に付くだろう。
 薄情かも知れないが、育児放棄した父親よりも愛しい男を取るのは仕方がないだろう。
 いや、育児放棄をしたくてした訳ではないのだろうが、ネギはそんな事情を知らないし。

 ちなみに、近右衛門と詠春だが、二人は木乃香の害にならない限りはアセナの味方をしてくれるだろう。

「……大丈夫、わかってるよ。エヴァが優しいってことは」
『ケッケッケ……御主人ガ聞ケバ、盛大ニ照レル ダロウナ』
「まぁ、そうだね。エヴァって『照れ屋さん』だからねぇ」
『照レ屋、カ……御主人ハ否定スル ダロウケド、ソノ通リダナ』
「素直じゃない と言うか、ツンデレと言うか、何と言うか……」
『アレデ600歳ヲ超エテル ナンテ信ジランネーヨナ?』
「精神は肉体に引っ張られるんだっけ? 中身も可愛いよねぇ」
『ホォウ? ジャア、ソノ言葉ヲ御主人ニ伝エテ置イテヤロウ』
「ああ、頼むよ。ついでに『慎みもあれば最高』って伝えてね?」
『…………イヤ、ソコハ照レルトコロ ジャネーノカヨ?』
「今更エヴァに可愛い と言ったところで照れたりしないよ?」
『……オ前、イツカ後ロカラ刺サレルゾ? イヤ、マジデ』
「え? でも、そのために護衛(キミ)がいるんじゃない?」
『イヤ、痴情ノ縺レニ関シテハ 関与スルツモリネーゾ?』
「そっかぁ。なら、もう少し言動には気を付けようかな?」

 アセナはチャチャゼロと軽口を叩きながら、いつの間にか軽口を叩けるくらいに余裕が出て来たことに気付く。

 そして、もう一度タカミチに感謝すると、ダミーから受け継いだ情報にあった『懸案事項』に意識を傾ける。
 今までは あやかのことで いっぱいいっぱいだったので考える余裕がなかったが、対処すべき問題は多々あるのだ。
 その中でも、のどかが進めている「あやかを正妻としたハーレム計画」は可及的速やかに対処すべき問題だろう。

 それは、あやかを遠ざけたのと同様の理由だ。つまり、アセナの傍は危険なので『力なき者達』は遠ざけたいのだ。

 そのためには のどかを止める必要があり、のどかを止めることで最悪の場合は のどかに逆上されて刺されるかも知れない。
 それらがわかっていても、アセナは躊躇わない。あやかを傷付ける以上にツラいことなど今のアセナにはないのだから……
 ちなみに、アセナにとっての『力なき者達』とは、一般人にとどまらない。中途半端な実力の関係者達も その範疇だ。

 自身のことを棚に上げていることを自覚しつつ、アセナは「世の中には『力なき者達』に優しくないからねぇ」と自嘲的に呟くのだった。



 


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オマケ:ただ強くあるために


 アセナの部屋を後にしたタカミチはエヴァの家に訪れていた。その来訪目的はエヴァに『別荘』を借りることである。

 今回のフェイトとの戦闘の敗北で己の未熟を思い知らされたタカミチは修行の必要性を感じていた。
 しかし、教師としての仕事と魔法使いとしての仕事の都合上、タカミチの自由時間は限られている。
 そこで、修行時間の確保のために「外での1時間を中での24時間」にできる『別荘』を求めたのだ。

「今のボクでは守り切れない。ボクはもっと強くなる必要があるんだ。だから、『別荘』を使わせて欲しいんだ……」

 タカミチは被保護者の少年について、彼が『黄昏の御子』であることや様々な勢力に狙われていること、
 また、京都で戦った銀髪幼女(フェイトのこと)が『完全なる世界』の残党と見て間違いないこと、
 つまり、彼の少年を守るには『あのレベルの敵』を退けるだけの力が必要になることをエヴァに説明した。

「……貴様もヤツを守るために『力』を求める と言うことか」

 先程のネギとの会話を思い出したエヴァは「随分と人気があるじゃないか」と思わず苦笑する。
 まぁ、エヴァはタカミチに『別荘』を貸したことがあるため『別荘』を貸すことに問題はない。
 使用目的が気になるくらいだが、既にタカミチは説明しているので、別に断る理由などない。

 そう言えば、前に貸した時は「守りたい子がいるから強くなりたい」とか言っていた気がする。

 今になって思うと、その子とは彼の少年のことだろう。つまり、タカミチの動機は変わっていないのだ。
 それを含めて考えると、ますますタカミチの申し出を断る理由はない。むしろ、手助けしてやりたいくらいだ。
 もちろん、直接的に(指導するなど)の手助けはしない。せいぜいが修行のバックアップくらいである。

「貴様『も』? と言うことは、ボク以外にも誰かいるのかい?」

 タカミチがキョトンとした顔で聞き返して来たのを見て、エヴァは内心で「余計なことを言ってしまった」と舌打ちする。
 今のところネギの弟子入りを受けるつもりはないが、だからと言って秘密裏に頼まれたことを他者に漏らすことはしたくない。
 これがネギの保護者であるアセナならば気にしないが、タカミチは話が違う。まぁ、タカミチなら誤魔化せるので大した問題ではないが。

「いや、何でもない。それよりも『別荘』を貸すことは構わんが『南国』と『城塞』は私が使うから他のにしろよ」

 エヴァは失言を軽く流すと、話題を『別荘』の件に戻す。そして、タカミチの使用するエリアに制限を付ける。
 そもそも、エヴァの『別荘』は五つのエリア(『南国』『城塞』『砂漠』『北極』『密林』)で成り立っている。
 つまり、エヴァはタカミチに『砂漠』『北極』『密林』の いづれか(もしくは すべて)の使用を許可したのだ。

 ちなみに、各エリアは それぞれ以下のような形容となっている。
  『南国』:広大な海を持ち、プール付きの南国リゾート風の建物のあるエリア。
  『城塞』:過去にエヴァが居城としていたレーベンスシュルト城のあるエリア。
  『砂漠』:その名の通り広大な砂漠を擁しており、摂氏50度の高温を誇るエリア。
  『北極』:これもそ の名の通り氷河のそびえる摂氏マイナス40度の極寒のエリア。
  『密林』:高温多湿の密林が生い茂っており、多種多様な生物が跋扈するエリア。

 余談となるが、タカミチに制限を付けた理由についてだが……エヴァの語った通り、エヴァが使用するからである。

 ところで、エヴァの言う『エヴァが使用する』と言うのは、誰かを鍛えるために使う と言う意味もあるため、
 現時点でネギを弟子に取る気はなくても ネギを弟子にする可能性をゼロとは見ていない、と言うことである。
 それに、ネギが魔法具製作のために『別荘』を利用するのなら現時点でも貸すのは吝かではない のもある。
 まぁ、タカミチとネギが鉢合わせしても問題はないのだが、タカミチの努力している姿を見せないための配慮だ。

「……ありがとう、エヴァ」

 一から鍛え直す気でいるタカミチにとっては、苛酷な環境である『砂漠』『北極』『密林』は願ってもない環境だ。
 むしろ、『南国』や『城塞』では生温くて困ってしまう。つまり、それくらいにタカミチは己を鍛え直したいのだ。
 そう、タカミチは守るべき対象である被保護者の少年に気遣われてしまうくらいに弱い自分自身を許せないのである。

 そんなタカミチの心情を理解したのか、エヴァは「まぁ、無理をしない程度に頑張るんだな」と優しい気分でタカミチを見守るのだった。


 


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後書き


 ここまでお読みくださってありがとうございます、カゲロウです。
 当初は軽く修正するつもりだったのですが、修正点が多かったので改訂と表記しました。

 今回は「あやかとのお話、と見せ掛けて、あやかとの決別」の巻でした。

 アセナの選択は賛否両論だ と思います。普通は「オレがすべてから守る!!」とか言うところでしょうからね。
 それを熱血と取るか傲慢と取るかは受け手次第。まぁ、言った状況や言った人のキャラも関係しますが。
 とにかく、『今のアセナ』には「危険から遠ざけることで守る」のが一番シックリ来る選択だと思ったんです。

 まぁ、この作品はハッピーエンドを目指してますので、最終的には『幸せ』になるとは思いますけど。

 ところで、Part.06の会話、実はプロットではタカミチではなくてエヴァが相手でした。
 しかし、あまりにもエヴァがヒロイン過ぎたのでタカミチに変更しました。
 ここでエヴァが活躍し過ぎるとメインヒロンである あやかが浮かばれないので仕方がありません。

 しかし、今回は某ハヤテの如く言うならば「アニメだったらオープニングが変わりそう」な感じでしたねぇ。


 では、また次回でお会いしましょう。
 感想・ご意見・誤字脱字等のご指摘、お待ちしております。


 


                                                  初出:2010/12/10(以後 修正・改訂)



[10422] 第32話:それぞれの進むべき道【改訂版】
Name: カゲロウ◆73a2db64 ID:552b4601
Date: 2013/03/30 22:10
第32話:それぞれの進むべき道



Part.00:イントロダクション


 今日は4月27日(日)。

 精神的な疲労が著しかったアセナは、慰安のために この休日をゆっくりと過ごすつもりだった。
 だが、言わずもがなだろうが、アセナが ゆっくりしようと思う時ほどアセナは騒動に巻き込まれるのだった。



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Part.01:突然の来訪


「おはようございます♪」

 遅めの朝食を優雅に摂った後、積みゲー崩しに勤しんでいたアセナの元にネギが訪れた。
 約束があった訳でもないし、連絡をもらった訳でもない。だが、それはいつものことだ。
 むしろ、気にすべきことはネギの様子だろう。楽しそうに笑んでいるが、どこか無理がある。

「まぁ、とりあえず上がりなよ」

 立ち話も何だし、他の寮生からの好機の視線に晒されるのも気分がよくないので、
 早々に部屋に招き入れてリビングのソファーに座らせ、自分は お茶の準備をする。
 ティーパックだがコーヒーよりはネギが好むだろう と言う判断で紅茶を準備し、
 常備してある缶入のクッキーを皿に軽く盛り付け、それらを手にリビングに戻る。
 もちろん、砂糖とミルクも忘れないし、自分のコーヒーも片手間に用意してある。

「……で? 何があったの?」

 ネギと対面するように座り、コーヒーをブラックのまま啜った後、単刀直入に訊ねる。
 余談となるが、言うまでもなく砂糖とミルクはネギのために用意したものである。
 そこら辺がアセナの気遣いであり、バイトだがウェイターとしての性分かも知れない。

「実は、お話ししたいことがありまして……お時間、大丈夫でしょうか?」

 ネギは起動したままのパソコンの方をチラリと見てから窺うように訊ねる。
 アセナの崩していた積みゲーは『18歳未満はお断り』なゲームだったが、
 幸いなことにモニターに映っていたのは日常的な会話シーンだったので、
 ネギの意図としては「お忙しいなら出直します」と言ったところだろう。

「……ああ、大丈夫だよ」

 ネギの視線に一瞬ドキリとしたが、直ぐに平静に戻って速やかにパソコンの電源を落とす。
 間違ってもセーブはしない。このゲームはセーブ画面にサムネイルが表示されてしまうからだ。
 既にアレなシーンは通って来ており、アレ用のセーブデータがあるため見せられないのだ。
 いや、まぁ、アセナとしては別に見られても気にはしないが、幼女に見せるのは憚られるのである。
 相手が美空だったら「こう言うシチュがイイと思うのだが?」とか議論を始めることだろうが。

「ナギさんは既に気付いていらっしゃるでしょうけど……ボク、『力』を求める傾向にあるんです」

 パソコンを落としたアセナが再びネギの対面に腰を下ろしたのを確認すると、ネギは厳かに話し始める。
 その内容にアセナは少し驚いた。ここまで的確に自己を認識しているとは思っていなかったのだ。
 失礼な話だが、アセナにとってネギとは「頭はいいのかも知れないけど、いろいろ残念」だったのである。

「うん、まぁ、何となくは気付いていたかな?」

 正確には、原作のイメージから「脳筋系だ」と決め付けていただけだが、それを態々と表に出すようなアセナではない。
 ネギの言葉を曖昧に肯定すると、目線だけで「それで? 話したいことって その件についてなの?」と続きを促す。
 その後にコーヒーを啜ることでネギから『自然に』視線を外すことも忘れない。アセナは あくまでもネギを促すだけだ。
 アセナはネギに話を強制するつもりがないからだ。話の内容に見当が付いたので無理して話させなくてもいいと判断したのだ。

「それで、お話と言うのは、ボクが『力』を求める原因――ボクの原動力となっている事情についてです」

 ネギがアセナの考えに どこまで気付いたのかはわからないが、
 少なくとも話を促されたことだけは気付いたようだ。
 一拍 息を整えて気持ちを落ち着けた後、ゆっくりと話を続ける。

「……わかった。聞こう」

 一瞬、アセナはネギに「無理して話さなくてもいいよ」と伝えるか迷ったが、
 ネギの瞳に迷いがないことを見て取ったので、頷くだけにとどめる。
 余計なことを言う必要などない。アセナはネギを そう評価したのだ。



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Part.02:過去と呪縛


「実は……ボク、幼い頃に住んでいた村を――故郷を失ったことがあるんです。
 まぁ、故郷と言っても3歳くらいまでしか住んでいなかったんですけどね?
 それでも、ボクが物心付いた時には居た場所なので今でも大切に思っています」

 その言葉を皮切りにネギの独白が始まった。

 ネギの話によると、ネギの故郷はイギリスの辺境にあった山間の小さな村だった と言う。
 そこは魔法使い達の隠れ里のような集落で、一般的な地図には存在しないことになっており、
 魔法界でも記録が抹消されたため、今となっては名前すらわからない村になってしまったが、
 確かに そこにはネギの故郷と呼ぶべき場所があった。少なくとも、ネギは そう記憶している。

 薄く笑いながら『故郷』を語るネギの心情は郷愁か悔恨か……? アセナにはわからない。

「冬が長くて雪ばかり降っていましたけど、その分 村の人達は暖かかった気がします。
 ボク、両親が居なかったので叔父さんの家で お世話になっていたんですけど、
 叔父さん夫婦だけじゃなくて近所の人達もボクを暖かく育ててくれましたから。
 特に、スタンお爺ちゃんは口では悪態を吐きながらも何かと気に掛けてくれましたね」

 大切な隣人達を思い出したのか、ネギの瞳に涙が溜まる。

 だが、ネギは涙を流さない。流す前に笑顔で誤魔化してしまう。
 それはアセナを心配させないための強がりによるものなのか?
 それとも、悲しむことを やめて前へ進むためのものなのか……?

「で、その故郷を失った と言うのは……正しくは、悪魔の群れに襲撃されて壊滅してしまった と言う意味なんです」

 ネギの独白は続く。きっと、アセナの思案になど気付いていないのだろう。故に、アセナは疑問を頭の片隅に追い遣ってネギの話に集中する。
 ……魔法使いで構成された村とは言え、実際に戦える村人は半数にも満たなかっただろう。それに、村と言う表現から人口規模も窺える。
 相手が並みの相手ならば迎撃もできただろうが、残念ながら相手は並ではなかった。質を伴った圧倒的な物量の前に力不足は否めなかったのだろう。

 結果、村人達の懸命な抵抗も虚しく、村は焼かれて村人は石化させられた。そう、ネギの故郷の村は悪魔の群れに滅ばされてしまった としか言えない。

「スタンお爺ちゃんも……ボクを庇って、ボクの目の前で、石化させられちゃいました。
 ですけど、スタンお爺ちゃんは石化しながらも悪魔に抗ってボクを逃がしてくれました。
 その時のスタンお爺ちゃんの表情と声音をボクは決して忘れることはできないでしょうね」

 そして、ネギの『姉』であるネカネも、スタンと共にネギを庇って石化させられてしまったらしい。

 まぁ、ネカネは途中で駆け付けたサウザンド・マスターによって石化が解かれたため無事だったようだが。
 ちなみに、悪魔の群れもサウザンド・マスターが屠ってくれたため、ネギ達はどうにか生還できた と言う。
 ネギ自身は肉体的疲労と精神的負荷で気絶していたので記憶は曖昧だが、ネカネから そう伝えられたらしい。

 ……どうやら、杖の継承イベントは父娘が直接的に行ったのではなく、ネカネが中継したようだ。

 だが、それでも、サウザンド・マスターが圧倒的な力で悪魔達を蹂躙していた光景は記憶にあったらしく、
 最初は「悪魔以上に恐ろしい」と恐怖していたが、それが父であることを知った後は憧れに変わったようだ。
 悪魔達への恐怖とサウザンド・マスターへの恐怖を『父親への憧憬』に昇華させた、と言うことだろう。

「今になって思うと、それが『力への憧憬』の始まりだったんだと思います」

 守られることしかできなかった無力な自分などとは違って、すべてを守れると錯覚してしまう程に圧倒的な『力』を持つ存在。
 それは、恐怖を内包しながらもネギに確かな憧憬を与えた。自分も『そのような存在』になりたい、と思わせるくらいには。
 他人ならば恐怖のままで終わったかも知れないが、血の繋がりが「自分もああなれるのではないか?」と思わせたのだろう。
 多くの「大切なもの」を失ってしまったネギにとっては、大切なものを失わないだけの『力』は希望と成り得たに違いない。
 そうしてネギは暗闇の中で灯された明かりに縋る様に『力』の象徴たるサウザンド・マスターの後を追うようになったのだろう。

「そして、ボクは『力』を追い求めるうちに、いつしか『復讐』を考えるようになりました」

 取り憑かれたかのように『力』を追い求めていたネギは、ひたすらに魔法の勉強に没頭していった。
 恐らく『力』の代名詞である魔法の習得に没頭している時は恐怖や絶望を忘れられたせいだろう。
 だが、ネギはそれに気付くことはなく、何かに追い立てられるかのように魔法を習得していった。
 だから、立ち入りそのものが禁じられている書庫に入り浸り、閲覧禁止の書物にさえ手を出した。

 そして、その過程の中で『悪魔殲滅用呪文』を見付けてしまった時、ネギの中で『何か』が蠢き出した……

 悪魔とは契約によって現界し、契約に従って行動する存在だ。だから、村を襲ったのは悪魔だが、襲わせたものが元凶だ。
 それを頭では理解していても、心のどこかでは「村を襲ったのは悪魔だ」と言う認識がこびり付き、ネギを駆り立て続けた。
 そして、遂には「悪魔への復讐」と「悪魔に命じた者への復讐」がネギの心の大半を占めるようになってしまったのだ。

「ですが、それらは逃避だったんだ と、今では断言できます」

 あの時――ネカネが石化が進行していくのを止めることができなかった時に感じた無力感と絶望感。
 それらを認められなかったネギは『力への憧憬』を『父への憧憬』に掏り替えて自分を誤魔化した。
 力への憧憬に根差した復讐もまた、自分の弱さから目を逸らす方便に過ぎないことにも目を伏せて。

 ……ネギが そのことを自覚できたのは、京都での経験に拠るところが大きい。

 京都で木乃香を復讐の道具にしようとした千草の事情を詠春から聞かされた時、ネギは彼女へ同情しかできなかった。
 復讐のために直接的には関係ない人間を巻き込んで、それで果たした復讐に一体どれだけの価値や意味があるのか?
 新たな争いの種――復讐の種を作ることになり、今度は自分が復讐される側になることはネギにもわかり切っていた。
 それでも、彼女は成し遂げたかったのか? それとも、そこまで思い至ることができない程に復讐に囚われていたのか?
 どちらにしろ、ネギには同情しかできなかった。ネギの目から見たら、成功しても虚しさしか残らなかったからだ。

 だが、それでも、確かに自己満足は得られるだろうから復讐に生きる者にとっては『それだけ』で充分なのかも知れない。

 だからこそ、ネギは自分の復讐も虚しいものだと言うことに気付いてしまった――いや、ようやく気付けたのだ。
 恐怖や絶望から逃れるために追い求めていた『力』や『復讐』は、自分の心を一時的にしか満たしてくれないだろう。
 では、ネギの心を満たしてくれるものは何なのか? ……それは、考えるまでもなく、アセナの存在に他ならない。
 最初は『父への憧憬』からアセナに魅かれていたのだが、今となっては心の底からアセナを慕うようになっていた。
 アセナと言葉を交わすだけでネギの心は満たされ、アセナに褒められた時には天にも昇る気持ちにすらなれてしまう。

 言わば、『力と復讐』と言う呪縛から逃れられたのは、アセナへの思慕があったからだった。そう表現しても過言ではない。

 ちなみに、千草の事情だが、その復讐心は大分裂戦争で彼女の両親を失ったことに起因している。
 大戦時、不足し始めた戦力を補うために本国――メガロメセブリアは下部組織から徴兵を行った。
 当然、東(関東魔法協会)も その対象となっていたため、東からも多くの人材が派兵された。
 だが、自衛戦力も考えると東が擁する戦力だけでは本国に求められた戦力を供給できなかった。

 そのため、当時は支配関係にあった西(関西呪術協会)にも戦力を捻出させたのだが……それが事の起こりだった。

 そう、捻出された戦力の中に彼女の両親がおり、彼等は望まぬ戦争で その命を散らしたのだ。
 その結果、彼女の復讐心は派兵を命じた東に向き、そこから発展して西洋魔術師そのものに向いた。
 それが間違っている とは言い切れない。何故なら、派兵が原因で東西の確執は深まったのだから。
 近右衛門の努力や詠春の活躍もあって西は独立を果たしたが、当事者には何の慰めにもならないだろう。

「つまり、ボクが『力』を求める源泉は、恐怖や絶望から逃れるためだけの『歪な憧憬』と『愚かな復讐心』だったんです」

 当然ながら、周囲の大人はネギの歪みに気付いていたが、彼等は敢えて それに気付かぬ振りをした。
 恐怖に囚われるよりも『力』に縋り付く方がマシだろう、そう言った腐った思考の下に放置したのだ。
 ネギの歪みは(最初は小さかったのだろうが)正されることなく徐々に大きくなり、ここまでになった。

 ……気付かぬ振りをした彼等を責めることは容易いが、彼等を責められる者は少ないだろう。

 何故なら、彼等の判断には「都合のいい英雄を作る」と言う本国の意向が関係していたかも知れないからだ。
 誰だって他人よりも自分の身の方が可愛い。その対象が幼い子供だったとしても、本国の意向には逆らえないだろう。
 だから、彼等を責めるのは難しい。だが、そうは言っても、彼等は明らかに罪深い選択をした と言わざるを得ない。
 何故なら、彼等の選択は結果的にネギの歪みを助長してしまい、ネギ自身に自覚がないままネギを不幸にしたのだから。
 もちろん、脇目も振らずに力と復讐を求める人生を否定する気はない。だが、他の選択肢がないことは不幸でしかない。

「ですが、今は違います。今のボクが『力』を求めるのは、ナギさんを守りたいからです」

 京都でもネギは何もできなかった。守ろうと奮闘したが、結果はエヴァに守られただけだった。
 6年前から追い求めて来た『力』は実に脆く、自分の努力など大した意味を持っていなかった。
 だが、それも当然だ。何故なら、この6年間の努力など「単なる逃避」に過ぎなかったのだから。

 ……だからこそ、ネギは心の底から自信を持って断言できた。

 自分が弱いことを認め、恐怖や絶望を抱えていることを認め、自分を欺くことをやめた今、
 ネギは本当の意味で力を求めており、これからの努力こそが『真の努力』だと言えるのだ と。
 そして、あの時に感じた「大切な人を守りたい」と言う想いは自己欺瞞ではなかったのだ と。

「今度こそナギさんを守りたいから、あの銀髪を余裕で蹴散らせるくらいに強くなりたいんです」

 アセナのためだからこそ、気に入らない相手であるエヴァに弟子入りを志願したのだし、
 アセナのためだからこそ、エヴァに気付かされたことは認めたくないがアセナの賛同を得たい。
 そう、今のネギを支える原動力は「恐怖や絶望からの逃避」ではなく「アセナ」なのだ。

 まぁ、穿った見方をすれば、ネギは縋る対象を代えただけで本質は何一つ変わっていないのだが。



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Part.03:選択と自由


「……そうか。事情は よくわかったよ」

 ネギの長い独白を受けたアセナは僅かな時間だけ思考に没頭すると、重々しく頷いた後に口を開く。
 途中までは原作と少し違う程度の事情だったが、最終的にはまったく別物になってしまった。
 原作を参考程度にしか見ていないためショックは少ないが、それでもショックは それなりにあった。

「まぁ、何と言うか……ネギの気持ち自体はありがたいよ。それは間違いない」

 女性(しかも子供)に守られるのは男として如何なものか? とは思う。
 だが、守ろうとしてくれる気持ち自体はありがたいのは確かなことだ。
 まぁ、だからと言って、アセナが大人しく それを受け入れる訳ではないのだが。

「だけど、ネギが選択しようとしている守り方は、オレには受け入れ難いんだよね」

 そのため、アセナは毅然とした態度で「だが、その気持ちは素直に受け入れられない」と告げる。
 ネギがアセナの「無茶をして欲しくない」と言う言葉を蔑ろにしている訳ではないとわかるが、
 それでも解釈が不充分だった――ネギの都合がいいように解釈されてしまった ように感じたからだ。

「だって、オレはネギに傷付いて欲しくない――ネギには戦って欲しくないから、ね?」

 解釈の余地を残した表現をした自分に問題があるのでアセナにネギを責める気などない。
 だからこそ、本山でも言った言葉に単刀直入なメッセージを付け足して再び口にする。
 もちろん、今度は抱きしめるなんてことはしない。頭を撫でるだけに止めて置く。
 何故なら、抱きしめた影響で話を聞いていなかった可能性を思い付いたからである。

「じゃ、じゃあ、ボクは一体どうすればいいんですか?」

 アセナの感謝に喜んだ後、アセナの拒否にショックを受けていたネギだったが、
 続いたアセナの言葉に「だから拒否したんですね」と喜びながら納得した後、
 結局は拒否されていることに変わりがないことに気付いたのである。

「それは自分で考えて――と言いたいところだけど、ヒントならあげるよ」

 某福音の三足草鞋の尻尾頭のスパイではないが、アセナとしては自分で考えて自分で決めて欲しいのが本音だ。
 ネギの人生に責任を持てないアセナには、ネギの人生を変え兼ねない選択を押し付けるのは気が引けるのだ。
 だからこそ、アセナは選択肢の幅を広げるだけにとどめる。選択をするのも選択肢を作るのも自分でしかないのだ。

 ……本来なら、選択肢を広げることすら自分ですべきだ とは思うが、ネギは幼いため選択肢を広げてやるくらいの手助けならいいだろう。

 正直、脳筋系の道に進まれるのは嫌だが、それがネギの選んだ道ならばアセナは それを受け入れるだろう。
 よく言われているように『都合のいい英雄(マギステル・マギ)』に誘導されているのだ としても、
 ネギが自分で考えて自分で決めた道ならばアセナは受け入れる――責任の一端くらいは負うつもりだ。
 何故なら、そうならないようにネギを『教育(≒誘導)』できなかった自分にも責任の一端があるからだ。

「オレが思うに『守る』と言う行為は大きく分けて二種類の方法があると思うんだ」

 すなわち、武力などで「直接的に守る方法」と政治などで「間接的に守る方法」である。
 言い換えると、前者はネギが選択しようとしている方法であり、原作に準拠する道だ。
 そして、後者はアセナが選択して欲しい方法であり、原作から乖離していく道だろう。

 ……だが、事は そんなに単純ではない。あくまでも大別でしかないのだ。

 前者は、魔法でもいいし科学兵器でもいい。それに、権力や財力でもいいのだ。
 要は「自分の庇護の下で守る」と言うことなので、方法はいくらでもある。
 もちろん、後者も同様で、危険から遠ざける以外にも方法はたくさんあるのだ。

「これは あくまでも考え方の一つさ。一口に『守る』と言っても様々なアプローチがあるって言うね。だから、ネギはネギに合う方法を選べばいいさ」

 さっきまでは「魔法と言う『力』で直接的に守る」と言う選択肢しかネギにはなかった。
 迷いがないとか潔いとか言えば綺麗に聞こえるが、言い換えると視野狭窄とも取れる状態だった。
 だから、選択肢を広げただけでもネギには充分だろう。後はネギが自分で決めることだ。
 無限とは言わないが、方法は星の数ほどある。何が最良なのかは、神ならぬ人にはわからない。
 人ができるのは「最良であると思う方法を選択し、最良の結果になるように努力すること」だけだ。

「でも、ナギさんとしては『ボクが傷付く方法は選んで欲しくない』訳ですよね?」

「まぁ、そうなるね。でも、自分でも押し付けがましいと思うから、オレの言葉など無視して構わないよ?
 ネギはネギのやりたいようにやればいいさ。もしそれで失敗しても、尻拭いくらいはしてあげられるからね。
 だから、『最善な方法は何なのか?』を自分で考えて自分で決めて欲しい。オレには それしか言えないよ」

「…………わかりました。自分で考え、自分で決めます」

 アセナの言葉を聞いて、ネギは自分で言いいながらも意識から抜けていた言葉を思い出していた。
 それは「悪い人間達からはナギが守ってくれる」と言うネギ自身の言葉だ(23話Part.05参照)。
 そう、あの時、ネギは既に気付いていたのだ。自分にできない方法でアセナに守られていることを。

 自身の無力を嘆いているうちに忘れてしまったが、ネギは この時になって ようやく思い出したのである。

 それに、思い出してみれば、アセナとパートナーになってから求められていた役割も戦闘要員などではなかった。
 最初から自分はアイテムクリエイターとしてアセナの得意分野である権謀術数の手助けを求められていたのだ。
 そこまで思い至ったネギは、アセナを守りたい と言い訳して結局は『力』に走っていたことにも気が付いた。

「いえ、考えるまでもなかったですね。ボクに最も適した守り方は『魔法具を作ること』ですもんね?」

 きっと、フェイトに圧倒的な『力』で踏みにじられたために『力』で見返してやりたいと思ってしまったのが原因だろう。
 何だかんだと理屈を捏ねて それらしく装飾していたが、ネギが『力』を求めていたのは子供の駄々でしかなかったのだ。
 それに気付かされてしまったネギは、自身の浅はかな思慮や言動を恥じながらも迷いなく己の進むべき道を宣言した。

「……さてね? オレが言えることは、ネギが自分の意思で その道を選ぶのならオレは何も言わないってことだけさ」

 アセナは答えをはぐらかしたが、出来のいい生徒の成長を喜ぶ教師のような面持ちをしていたらモロバレである。
 まぁ、それがアセナお得意のブラフで「実は選んで欲しくなかった」と言う可能性も無きにしも非ずだが……
 アセナが これから進もうとしている道にネギのアイテムクリエイションは不可欠なので、そんな可能性は有り得ない。

 それを無言のうちに伝えるため、アセナはネギの頭を そっと撫でるのだった。



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Part.04:師匠と弟子


「エヴァンジェリンさん、お話があります……」

 そして、舞台は変わって、閑静な森に佇むログハウス――つまり、エヴァの家だ。
 門番とも言える茶々丸はいたが、顔パスで通されたので問題なくリビングに向かい、
 そこで緑茶を啜りながら くつろいでいたエヴァにネギは真剣な表情で話し掛けた。

「……何だ? くだらん用件なら後にしろ と昨日も言った――って、貴様が同行したと言うことは、小娘の申し出を許可したと言うのか?」

 テレビ画面を真剣な表情で凝視して『ぷよ』を鬼のように積み上げて悪魔のような連鎖を組んでいたエヴァは、
 ネギの呼び掛けを鬱陶しそうに受け流そうとネギをチラリと見遣ったら、予想外にも視界にアセナの姿も認めたため、
 「まさか、貴様が小娘の申し出を受け入れるとは思わなかったぞ!!」と言う感情を隠すことなく狼狽したのだった。

「いや、まぁ、部分的には肯定で部分的には否定って感じかなぁ」

 昨日エヴァに弟子入り志願をしたら保留されてアセナの許可を求められた と言う話も聞いているアセナは、
 エヴァが「ネギの説得をアセナに丸投げした」ことに気付いていたため何と表現したらいいのか悩み、
 結果、日本人的な表現(と言えば聞こえはいいが、単に曖昧なだけの表現)となってしまったようだ。

「歯に物の挟まった言い方だな。つまるところ、貴様は『小娘が私に弟子入りすること』に賛成なのか、反対なのか……ハッキリしろ!!」

 そんな灰色な答えを聞かされたエヴァは苛立つのは当然と言えば当然だろう。
 何故なら、エヴァの沸点はあまり高くない(むしろ、かなり低い)のだから。
 ちなみに、会話に集中したために『ぷよ』を積んでしまったが、関係ない筈だ。

「その点に関しては賛成だよ。だって、エヴァ以上に頼れる相手がいないからね」

 コントローラーがピキピキいっているのを気付かなかったことにしたアセナは、
 これ以上エヴァを不機嫌にさせるのは得策ではないと瞬時に判断し、
 ハッキリと答えを返し、あからさまだがエヴァを煽てることにしたらしい。

「ふ、ふん!! 褒めても何も出ないぞ?」

 あからさまな世辞だとはわかっているが、それでもストレートに言われたら嬉しいものだ。
 特に目の前の少年は自分の想い人を髣髴とさせる容姿をしているのだから、より効果は高い。
 結果、エヴァの頬は一気に紅潮し、エヴァは慌ててアセナから視線を外してツンデレるのだった。

「では、マスターの萌え姿を撮らせていただいた御礼として、私が出しましょう」

 ツンデレるエヴァを微笑ましそうに(と言うレベルを遥かに逸脱した笑顔で)見ていた茶々丸が、
 それまで出涸らしの緑茶しか提供されていなかったアセナの前に高級そうな羊羹を差し出す。
 扱いが悪いことは いつものことなので気にしていなかったアセナだが、持て成されて悪い気はしない。
 茶々丸の言動に少し思うところはあるが、「おぉっ、ありがう」と軽く礼を言って受け取るのだった。

 ちなみに、その羊羹は上品な甘さと舌触りをしており、普通に高級な品だったらしい。

「……茶々丸、余計なことはするな。と言うか、貴様の『えーあい』は大丈夫なのか?」
「安心してください、マスター。御礼をしただけで特別な感情がある訳ではありません」
「いや、私が心配しているのは そこじゃなくて、お前の言動そのものを心配しているのだが?」
「それも安心してください、マスター。私の言動は単なる忠誠心の発露に過ぎません」
「…………そうか。わかった。わかったから、しばらく黙って給仕に徹していてくれないか?」

 エヴァの疲れたような表情に「そんな忠誠心の発露は お断りだろうなぁ」と深くアセナも同意する。

「って言うか、『えーあい』って表現は どうだろう? ちょっと狙い過ぎじゃないかな?」
「うるさい!! コンピューター関連はよくわからんのだから、しょうがないだろうが!!」
「ああ、そう言えばGPSも言えてなかったね。この分じゃ、CDも『しーでー』とか言いそうだね」
「…………う、うるちゃい!! そんなことはどうでもいいから、サッサと話を戻すぞ!!」

 どうやら図星だったらしいが、アセナは敢えて気付かない振りをして「うん、そうして」と続きを促す。

「で、では……貴様は何を問題視している――いや、何に反対しているのだ?
 貴様は先程『部分的には肯定で部分的には否定』とか言っていただろう?
 小娘の弟子入りに賛成ならば、何に反対しているのだ? キッチリ説明しろ」

 エヴァが気を取り直して話題を戻し、気になっていたことを確認する。

「ああ、それね。オレが反対なのは『戦闘方面での弟子』と言う部分だよ」
「……ふむ、なるほどな。それでは、何の弟子にして欲しいのだ?」
「それについては本人から聞いてよ。オレが説明することじゃないだろ?」
「まぁ、そうだな。貴様の同意を得られているなら後は小娘の問題だな」

 アセナの言葉に「やはり戦闘をさせる気はなかったのだな」と自分の予想が外れていなかったことに安堵するエヴァ。

 とは言え、当然ながら それを表に出すような真似はしない。腹芸が苦手なエヴァとて それくらいの腹芸はできる。
 精神が肉体に引っ張られるとは言っても600年の歳月は伊達ではないのだ。見た目通りだと侮ってはならない。
 まぁ、本人も自覚している通り近右衛門の様な老獪さには欠けるが、それでも、通常の10歳児と同列に見てはいけない。

「ボク、アイテムクリエイションを極めたいんです!! だから、正式な『魔法具製作の弟子』にしてください!!」

 エヴァの意識がアセナから自分に向けられたのを感じたネギは己の意気込みをアピールする。
 ネギの目標としては『鵬法璽(エンノモス・アエトスフラーギス)』を作れるくらい だ。
 アセナは そこまで要求しないかも知れないが、アセナの期待以上の成果を上げたいのが乙女心だ。

「…………ああ、そう言うことか」

 エヴァは一瞬「何を言っているのだ?」と言う顔をした後、しばらく考えて「どうやら認識に違いがあったのだな」と妙に納得する。
 意気込むネギとは打って変わってエヴァの反応は実に淡白なものだが、それも仕方がないと言えば仕方がないのかも知れない。
 と言うのも、既にエヴァの中ではネギは『魔法具製作の弟子』だったのだが、ネギとアセナの中では『修学旅行までの協力関係』だったのだから。

「え? 何その薄い反応? もしかして、弟子にするのが嫌なの?」

 そんな事情を知らないアセナはエヴァの態度に「弟子を取るのに乗り気ではないのでは?」と勘違いする。
 修学旅行まで協力してくれていたので、弟子入りも楽だと考えていた自分の甘さを後悔しているくらいだ。
 まぁ、直ぐに「ならば、どうすればエヴァから譲歩を引き出せるだろうか?」と言う考えに切り替えたが。

 しかし、アセナの危惧(と言うか、腹黒い心算)は杞憂(と言うか、取り越し苦労)に終わった。

「いや、そうじゃない。単に私の中では既にそっちの弟子にしたつもりだっただけだ」
「……ああ、なるほど。つまり、勘違いしていたのが恥ずかしかった訳だね?」
「勘違い言うな!! 私の独り相撲みたいで恥ずかしかっただけで、勘違いではない!!」
「いや、独り相撲の方が勘違いよりヒドくない? より空回っている感じするよ?」
「う、うるちゃい!! それは言わない約束だ!! 敢えて聞き流すところだろうが!!」

 ……そう、エヴァが事情をアッサリと漏らしてしまったのだ。

 自分の甘さを後悔したばかりのアセナだが、それ以上に甘いエヴァを見てついつい苦笑を漏らしてしまう。
 そして、親しい関係性を確認するかのように「エヴァをからかう」と言うコミュニケーションを楽しみ、
 「ハァハァ……マスター、萌杉です」とか口走って一連の出来事を撮影する茶々丸に更に苦笑するのだった。



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Part.05:契約と変更


「……で? 一体、何の用なんだ?」

 ネギの弟子入りと言う来訪の目的を終えた彼等は直ぐには帰宅せず、「ちょうど昼時になった」と言う理由で昼食を御馳走になること『した』。
 そう、『なった』のではなく『した』のだ。エヴァから食事に誘われたのではなく、アセナは あつかましくも自分から食事を要求したのだ。
 しかも、ネギと茶々丸を「悪いけど、昼食を作ってくれないかな? エヴァも二人の料理を食べたいだろう?」とキッチンに追いやって、だ。
 これでは「エヴァと二人きりになる状況を作り出したい」と言っているようなもので、あきらかに「エヴァに内密の用件がある」ことの表れだ。
 当然、茶々丸も それに気付いてはいたが、エヴァから目線だけで「問題ない。私に任せろ」と伝えられたので、茶々丸はキッチンに向かった。

「まぁ、平たく言うと、『契約』の変更、と言ったところかなぁ?」

 再び『ぷよ』を積んでいたエヴァに唐突に話を切り出されてもアセナに慌てた様子はない。
 むしろ、メッセージが正確に伝わっていたことに安堵している様子すら窺える。
 そんなアセナは言葉を用意していたのだろうが、按配するかのように首を捻りながら応える。

「『契約』の変更、だと? もう少し詳しく話せ」

 エヴァとしては、ネギの弟子入りに関しての密談(特にネギに聞かせたくない思惑があるとか)だと思っていたため、
 アセナの返答はまったく想定していなかった。そのため、「どう言う意味だ?」と疑問を露にしてアセナに説明を要求する。
 駆け引きも何もあったものではないが、エヴァにとってアセナは身内なので駆け引きなど必要ないと思っているのだ。

「ほら、オレとエヴァが結んだ『契約』って『麻帆良にいる間の安全の保障』だったじゃん?」

 他にも、ネギの修行が終わってネギが麻帆良を出る時はアセナも麻帆良を出ること、
 また、アセナが麻帆良を出て行く時にエヴァはアセナに2000万円を支払うことも含まれるが、
 この場合、この二つは大した問題ではない。話題は『護衛の対象となる範囲』だからだ。

「つまり、麻帆良と言う縛りを変更したい、と言うのか?」

 エヴァは「ああ、そうだな」と首肯した後、要点を確認する。
 もちろん、エヴァも他の項目を覚えているが、敢えて黙殺する。
 話題になっているのが『護衛の対象となる範囲』だと認識しているのだ。

「うん。『ちょっとばかり』想定を超えた事態になっちゃったからね」

 言いたいことが正確に伝わっていることに笑みを浮かべた後、
 アセナは「困ってます」と言わんばかりに苦笑を貼り付ける。
 暗に「護衛が必要な期間が増えた」と言っているのだろう。

 その内心では「さて、どう説明したものか」と悩んでいるのだが。

「ほぉう? それは貴様が『黄昏の御子』であることを指しているのか?」
「まぁ、そうだね――って言うか、何でそのことを知っているのかな?」
「タカミチから聞いた。と言うか、タカミチが独り言で漏らしていたのだがな」
「…………OK。『ちょっとばかり』タカミチとOHANASHIして来るね?」

 どう説明するか考えていた『自身の正体』をエヴァが知っていたことに軽く驚いたアセナだが、直ぐに気持ちを切り替える。

 まぁ、さすがに腹に据えかねたのだろう、いつもなら『お話』と表現するところなのに『OHANASI』と言う直接的な表現になっていたが。
 いや、常識的に考えると、いくらアセナのスペックが高くともアセナとタカミチでは実力差が有り過ぎてOHANASHIなんて事態には成り得ないのだが、
 タカミチはアセナに弱い(甘い)ため、アセナからの攻撃を甘んじて受けるだろう。いや、むしろ喜んで受ける情景しか浮かばない(実に見たくない)。

「安心しろ。二度と漏らさないように『対処』して置いたからな」

 これから起こるであろう惨劇に思いを馳せたエヴァは、やんわりとアセナの行動をたしなめる。
 別にタカミチがボコられても気にはしないが、喜んで攻撃を受ける男を見たくないのである。
 ちなみに、エヴァの言う『対処』とは「秘匿すべき内容を口にできなくする呪い」のことを指す。
 もちろん、タカミチの了承を得て『呪い』を施したので、そこまで非人道的な『対処』ではないが。

「まぁ、そう言うことなら話を戻すけど……『黄昏の御子』なオレって かなり危険でしょ? だから、護衛期間を延長したいんだよ」

 エヴァの説明を聞いたアセナは、それまで滾らせていた怒気を霧散させる。
 既に『対処』がなされているのならアセナがなすべきことは特にないからだ。
 せいぜいが「今後は気を付けてね?」と爽やかな笑顔で『お願い』する程度だ。
 それに、考え方によってはエヴァに説明する手間を省けたと考えられなくもない。

 そんな訳で、アセナは気持ちを切り替えて「護衛期間の延長」に話を戻す。

「……なるほどな、言いたいことはわかる。単なる一般人なら小娘と縁が切れれば危険は一般人と同レベルになるだろうが、
 単なる一般人ではない――いや、一般人どころではない となると、小娘と関係なく危険が立ち塞がるのが目に見えているからな、
 当初の『麻帆良にいる間だけ』と言う護衛期間では足りずに期間を延長したくなる貴様の気持ちも わからない訳ではない」

 エヴァは うんうん と頷きながら、如何にもな共感のポーズを取る。

「――だがしかし、貴様の気持ちがわかるからと言って『契約』を変更してやる義理も義務もないな。
 忘れているようだが、契約とは両者の合意の上で成り立つものだ。当然、変更も両者の合意が必要だ。
 しかも、貴様は既に対価を支払い終えており、私は現在進行形で対価を支払っているような状態だ。
 つまり、契約の変更は『私の対価』の変更でしかない訳で、私には契約を変更をするメリットがない」

「まぁ、確かにそうだね。だから、こっちも追加で対価は支払うよ?」

 エヴァのあからさまな態度から断られることが予想できていたアセナはエヴァの拒否に大して驚かない。
 むしろ、あまりにも予想通りにエヴァが反応してくれたので、思わず苦笑がこぼれそうになるくらいだ。
 まぁ、「仕方がないヤツだな」とかブツクサ文句を言って快諾してくれる可能性もある と思ってはいたが。

「……貴様は何か勘違いしているようだが、私は『悪』の魔法使いなんだぞ? そんな私が要求する対価を貴様は払えると思っているのか?」

 小さい体躯で精一杯に踏ん反り返って、幼い容姿に不釣合いな程に口元を歪めるエヴァ。
 アセナから見れば「頑張って悪ぶっている」ようにしか見えず、失笑を禁じ得ないのが本音だ。
 だが、本人は大真面目なので、アセナは必死に笑いを耐える(ここで笑ってもデメリットしかない)。
 そして、神妙そうな表情を作って「対価に拠るね。どんな対価なんだい?」と話の続きを促す。

「フッ……まずは足を舐めろ。我が下僕として永遠の忠誠を誓うのだ」

 しかし、返って来た返答はどこか(原作だ)で聞いたことのある言葉だった。
 しかも、御丁寧にスリッパを脱いで片足を これ見よがしに差し出している。
 つまり、跪いて足の裏を舐めることで忠誠を誓え と言いたいのだろう。

「え? そんなんでいいの? むしろ、御褒美だよ?」

 想定外と言えば想定外なエヴァの言動に一瞬だけ呆けたアセナだったが、我に返ると満面の笑顔を浮かべて対応する。
 エヴァをロリババアとか評価しているアセナだが、エヴァの外見が非の打ち所のない美幼女であることは認めている。
 そんなエヴァの足の裏を舐める行為……常人ならば屈辱でしかないだろうが、アセナには屈辱になるのだろうか?
 もちろん、どちらかと言うと常人とは違う性癖(かなり控え目な表現)をしているアセナには御褒美でしかないのだ。

(しまった!! コイツは変態だったんだ!!)

 アセナの満面の笑みを見た瞬間に己が取り返しのつかないミスを犯してしまったことに気付いたエヴァは思わず足を引っ込める。
 思惑としては「最近、調子に乗っているので、ここら辺で上下関係をハッキリさせて置こう」と言うものだったのだが、
 その思惑は大きく外れてしまい、むしろ調子付かせるような結果にしかならないことに今更ながらに気付いたのである。

 だが、口に出してしまった言葉は もう戻らない。押してしまった変態スイッチは戻しようがないのだ。

「さあ、恥ずかしがらずに足を出してごらん? お兄ちゃんが ふにゃふにゃになるまで舐めてあげるよ?」
「い、いや、物凄く爽やかな笑顔で言っているが……今の貴様は物凄く変態的な言動をしているからな?」
「え? ナニイッテンノ? って言うか、それがどうしたの? オレって変態以外の何者でもないでしょ?」
「いや、自覚があったのか? と言うか、本気で舐めようとするな!! 気持ちが悪いだろうが!!」
「え? だって、それが対価なんでしょ? プライドは傷付くけど、背に腹は代えられないさ」
「いや、『苦渋の決断をしました』的な顔をしているが、それは御褒美云々の前に取るべき言動だぞ?」
「まぁ、そりゃそうだね。想定外の事態についついウッカリと本音が出ちゃったようだねぇ」
「つ、つまり、そんなに私の足を舐めたいのか? 一体、どれだけ変態なんだ、貴様は……?」
「具体的に言うと、最近『香り』に目覚めたんだよね? 特に幼女の体臭は御馳走だと思うんだ」
「貴様、開けてはいけない扉を開いて、目覚めてはいけない方向に目覚めてしまったな……」

 あまりにも変態過ぎるアセナにタジタジのエヴァ。当初の思惑など忘却の彼方となり、今となっては現状打破こそが望みだ。

「と言う訳で、さっさと足を出せ!! そなたの足を しゃぶりつくしてくれるわっ!!」
「貴様は何処の魔王だ?! と言うか、喜ぶ相手に舐められても嬉しくも何ともないわ!!」
「……へぇ? つまり、エヴァは嫌がる相手に舐めさせることに興奮を覚える訳だね?」
「うるさい!! 黙れ!! 今のは単なる言葉の綾だ!! 私は貴様の様な変態ではない!!」
「じゃあ、どんな対価を支払わせたいのさ? オレは どんな要求にも応えるよ?」
「そんな『どんなプレイにも対応できる変態です』的な態度で私に話を振るな!!」
「いや、別にそんなつもりはないよ? あくまでもエヴァの要望に応える所存だよ?」
「…………貴様の場合、どんなことを要求しても勝手に変態的な解釈をしそうだが?」
「まぁ、それは否定しない。どんなことでも立場を変えれば受け止め方が変わるからね」
「あれ? おかしいな? いいことを言っている筈なのに変態的な発言にしか聞こえないぞ?」
「それはエヴァの耳にフィルターが掛かっているからだよ。現実を受け止めようよ?」
「まさか、貴様に現実云々を説かれる日が来ようとはな……屈辱以外のなにものでもないな」
「まぁ、それはいいから、要求は何なの? いつまでも遊んでいる暇はないんだけど?」
「そ、そうだな……いつまでもくだらん戯言に付き合っている場合ではなかったな」

 アセナに促されて本題を思い出すエヴァ。実にいい感じで翻弄されている。

(ふむ。コイツにやらせたいこと、か………………
 って、あれ? 特にやらせたいことなどないぞ?
 敢えて言うなら、変態的な言動をやめさせることか?)

 そして、改めて考えてみて、アセナへの要求がないことに愕然とする。

 いや、あると言えばある(変態の是正)のだが、それは どう考えても無理だ。
 何故なら、アセナは骨の髄まで変態であるため変態を直しようがないからだ。
 無理に変態を直そうものなら、きっとアセナはアセナでなくなってしまうだろう。

 それを踏まえたうえで、アセナへの望みを強いてあげるとすれば…………

「じゃあ、少しは言動を慎め。あと、態度も少しは謙虚にしろ」
「なん、だと……? 何と言う無理難題を押し付けるんだ。このドSめ」
「いや、無理難題って……むしろ、簡単なことじゃないのか?」
「まぁ、対象が敬える相手ならばオレにも容易いんだけどね?」
「……貴様、それは私に喧嘩を売っている と受け取っていいんだな?」
「いや、きっと、気のせいだよ。よくある勘違いだって、うん」
「だったら、態とらしく目を逸らすのは やめんか!!」

 そんなこんなで紆余曲折を経て、アセナの護衛期間は「麻帆良にいる間」から「とりあえず10年間」に変更となった。

 ちなみに、『とりあえず』とあるのは、それ以降も護衛を継続してもらう場合は『契約の更新』が行えるようにしたからである。
 まぁ、それまでにアセナの目的が達成していれば、アセナはエヴァの護衛がなくても問題がないような状況になっている筈なのだが、
 それはあくまでも予定でしかないので、アセナは保険として『契約の更新』ができるような契約内容にしたのである(実に狡い)。

 もちろん、いつの間にか護衛対象からネギが消えていたことにアセナは気付いていたが、そこはエヴァを信じることにしたらしい。



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Part.06:仮契約と秘法具


「あ、あと、『仮契約』もして欲しいんだけど、いいかな?」
「ついでのことのように重要なことをサラッと言うな!!」

 契約の変更が終わったことで緊張が緩み、それまでの精神的疲労も合わさってエヴァが思わず気を抜いた時、
 それを狙っていたかのようなタイミングでアセナが「そう言えば、忘れてた」と言った雰囲気で重要な話題を切り出す。
 まぁ、今回ばかりは意図して行った訳ではないが、これまでの実績のためにエヴァは故意だと捉えたのである。

 いい意味でも悪い意味でも、普段の言動が『信頼』を築く と言う見本だろう。

「いや、オレとしては『契約』の変更の方が重要だったんだけど?」
「貴様にとっては そうなのだろうが、『仮契約』も重要な事項だ!!」
「そうかなぁ? 契約とは言え『仮』のものでしかないでしょ?」
「……貴様はパートナーについて小娘からどんな説明を受けたんだ?」

 あまりにも温度差があるため、エヴァは嘆息を交じりに『仮契約』に対する知識を確認する。

「え~~と、確か『召喚』やら『念話』やらが可能になるって話を聞いた気がするかな? (13話参照)
 でも、大事なのは『秘法具(アーティファクト)』って言う便利なアイテムが手に入る可能性だよ。
 だって、『召喚』と『念話』は現有の魔法具で代用可能だけど、『秘法具』は代用できないじゃん?
 まぁ、魔法具で代用可能な物になるかも知れないけど、それでも手札は大いに越したことはないでしょ?」

 もちろん、夫婦云々についても覚えてはいるが、忘れたことにしているだけである(理由は お察しください)。

「まぁ、確かに そうだな。付け加えるとすれば、それらの特典に加えて『魔力供給』も可能になることだな。
 ちなみに、『魔力供給』とは、簡単に言うとドーピングの様なもので『界王拳』みたいな状態になると思えばいい。
 素人でも『魔力供給』を受ければ超人並の身体能力が得られるからで、主を守る従者には相応しい能力だな」

 知識を披露するのが嬉しいのか、エヴァが機嫌がよさそうに説明をする。

「……つまり、『仮契約』ってメリットばかりってことでOK?」
「まぁ、間違った認識ではない……が、正しい認識でもないな」
「と言うと? 何かしらのデメリットがあるってことかな?」
「ああ。しかも、メリットが霞んでしまうくらいのデメリットがな」

 エヴァの説明によると、『仮契約』自体にはデメリットはないが、そこから派生することがデメリットを生むらしい。

 と言うのも、『仮契約』を結ぶと言うことは「結んだもの同士が『パートナー』関係を結んだ」こととして扱われることになり、
 現代の『パートナー』は夫婦的な意味合いもあるため、戦略上の『パートナー』として『仮契約』しても誤解されてしまうからだ。
 通常ならば痴情の縺れ程度の問題にしかならないが、アセナもエヴァも『込み入った事情』があるため誤解は危険を招いてしまうのだ。

「……そう言う意味なら、既にネギとしているから今更と言えば今更なんだけど?」

 既に愛衣などからロリとかペドとかの謗りを受けているので今更なことだ。
 それに、京都では『パートナー』とは関係なく危険に巻き込まれているし。
 そのため、エヴァの『パートナー』と見なされてもアセナは特に気にならない。

「いや、貴様がロリとかペドとか変態とかで問題になるのではなく、『私』の方で問題となるんだ」

 既に解除されている とは言え「エヴァが600万ドルの賞金首だった」と言う事実はなくならない。
 つまり、賞金を掛けられるだけのことをして来たのだ。少なくとも、賞金を掛けた者達にとっては。
 事実、エヴァは(自衛のためとは言え)数え切れない人間を殺めており、多くの恨みを買っている。

「貴様を危険から守る『契約』をしているのに、私のせいで危険を増やしたら意味がないだろう?」

 最初は「貴様の様な変態と誤解される私が大変なのだが?」と言われたのだ と受け止め、軽くショックを受けていたアセナだが、
 エヴァの説明を聞いて「自分を心配しての発言だった」と言うことを理解し、己の勘違いを恥じつつコッソリと安堵していた。
 もちろん、それらの内心の動きを悟らせるような真似などはしないが(だからこそ、コッソリとエヴァに感謝して置くのだが)。

「まぁ、確かに そうだけどさ……『仮契約』したってことを秘密にして置けばいいだけじゃない?」

 エヴァと『仮契約』したことで「エヴァと深い関係にある」と誤解されて危険に繋がる と言うのなら、
 前提となる「エヴァと『仮契約』したこと」を隠せば「エヴァと深い関係にある」と誤解されなくなる。
 つまり、周知の事実になると困った事態になるのならば、その情報を秘匿すればいいだけの話なのだ。

「…………そう言えば、貴様は『小娘の従者だ』と偽っているのだったな」

 アセナはネギの主である。もちろん、変な意味ではなく『パートナー関係』としての意味で、だ。
 だが、周囲は「アセナがネギの従者である」と誤解しており、アセナは敢えて その誤解を解いていない。
 魔法使いと非魔法使いの『パートナー関係』において魔法使いが主になるのは『当然である』ため、
 周囲がアセナとネギの関係を誤解してしまうのは仕方がないと言えば仕方がないことではある。
 重要なのは、誤解に気付きながらも敢えて誤解を解かないアセナの情報秘匿に対する姿勢だろう。

「まぁね。騙したり偽ったり誤魔化したりするのはオレの十八番だからね」

 自慢していいものか非常に判断に迷う内容を苦笑しながら語るアセナの心境は複雑である。
 唾棄すべき行為だ と認識しながらも、これからの自分には欠かせない とも認識しているのだ。
 人間としては賞賛してはならないことだが、権謀をめぐらす者には必要となることなのだ。

「……はぁ、わかったよ。そう言うことならば、『仮契約』してやる」

 アセナの心境をどこまで汲み取ったのか はわからないが、エヴァは苦笑と嘆息を交えて応える。
 そもそも、『仮契約』自体はメリットとなる(デメリットもあるが微々たるものだ)ため、
 『パートナー』としての危険性さえクリアできれば、エヴァに断る理由は特にないのだ。
 まぁ、敢えて断る理由をあげるとするならば、契約の方法がキスであることくらいだろう。
 だが、キス以外の方法もあるため断る理由としては弱い(むしろ、断る理由にならない)。

「ありがとう、エヴァ」

 それらの事情をわかってはいるが、それでもエヴァが自分から了承してくれたことは嬉しい。
 余談だが、アセナを守る と言う契約を利用して「守ることに繋がるでしょ?」などと詭弁を弄し、
 エヴァに『仮契約』を迫る案も思い付きはしたが、愚作でしかないため速攻で忘却したらしい。

「ふ、ふん。あくまでも契約の延長線上でしかないんだからな?」

 真正面から明け透けに感謝をされたエヴァは、ついつい頬を赤らめて目線を逸らす。
 そんなエヴァに「うん、テンプレなツンデレ、略してテンツレだね」とは思うが、
 アセナがエヴァに感謝していることは確かである(そう見えないのは照れ隠しである)。

 ……以上のような経緯で、アセナとエヴァの『仮契約』は成った。

 もちろん、契約の方法はキスではない。彼等が取ったのは「魔法陣に両者の血を滴らせて宣誓し合う」と言う方法だ。
 まぁ、魔法陣の上でキスするだけの方が楽な方法なのだが、『仮契約』をした後のことまで考えると面倒なのである。
 何故なら、二人がキスしたことがネギや茶々丸に露見したらアセナが不幸にしかならないのは目に見えているからだ。

 ちなみに、アセナが得た秘法具(アーティファクト)は『ハマノヒホウ』と言う名前の「黒い金属製の杖」だったらしい。

 名前から おわかりの通り、明日菜の『ハマノツルギ』の別バージョンのものであり、その効果も同様だ。
 だが、顕現できたのが杖なだけで、カードの図柄では「火星儀っぽい球体の付いた、杖みたいな鍵」である。
 どう見ても「造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)」に見えるが、そう見えるだけだろう。

 多分、きっと、恐らくは、そうに違いない……


 


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オマケ:究極の選択を


「失礼するよ、超 鈴音」

 あの後――話を終えて昼食を御馳走になった後、早速エヴァの修行を受け始めたネギを影ながら応援することにしたアセナは、
 「さて、サッサと帰って積みゲーを崩そうかな? あ、でも、積み上がっている問題を少しでも解決して置こうかな?」
 と言う何ともコメントのしづらい理由で超と『お話』をすることにし、超の研究室に訪れたのだった(もちろん、連絡は入れた)。

「一応は確認して置くガ……ココに来たと言うことは『本題』を聞いてくれルと言うことカネ?」

 超の言う『本題』とは、23話のPart.01で『触り』だけ語られた「麻帆良に戻ったら話すことにしてある話題」を指している。
 そして、『本題』を話す条件として「麻帆良に戻るまでアセナが超を信用し続けること」があったので、超は訊ねたのである。
 まぁ、アセナが自ら超の元を訪れたことから「超を信用している」と無言のうちに示されたので、あくまでも確認に過ぎないが。

「そうさ。キミの情報は実に興味深いからね。是非とも『本題』を話して欲しい と思っている」

 アセナが「信用に足る」と言う言葉を使わずに「興味深い」と言う言葉を使ったのは、
 単に「信用している訳ではない」と言うメッセージを伝えるため『だけ』ではない。
 そこには「簡単に信用はしないので、頑張ってくれ」と言う牽制が含まれていた。

 もちろん、超もそれを読み取っており、口元に不敵な笑いを浮かべる。

「興味深イ、ネェ。だが、『アレ』は事実とは掛け離れた内容だったのではないカネ?」
「……確かに、正確な情報ではなかったね。でも、充分に利用価値のある情報だったよ」
「そう言ってもらえルのハ有り難いガ……むしろ、私は見捨てられルと思ってイタのだガ?」

 超のもたらした情報は「原作と似た経緯を辿った歴史」だったため『ここ』とは大きく異なる顛末だった。

「まぁ、キミの情報とは異なる顛末を辿ったのは否定しない。だけど、参考になったのは確かさ。
 って言うか、この場合キミの情報を参考にしたからこそ顛末が変わった と見るべきじゃないかな?
 むしろ、オレが『それ』に気付かずにキミの評価を下げていたらオレの評価が暴落したんじゃない?」

 アセナは『情報』のような事態になることを避けたのだから『情報』と顛末が異ならない訳がないのだ。

「ほほぅ? だが、『単なる私の妄想』と切り捨てルことも できタのではないカネ?
 むしろ、怪しさ爆発ナ私の情報なんかを参考にしタことに驚いタのが本音だヨ?
 私としてハ、後になって『利用価値があっタ』と気付かれルだけダと思っていたヨ?」

 超は最初から信用されるとは思っていなかった(後から信用されればいい と考えていた)ため、アセナが『情報』を参考にしたのは予想外だった。

「まぁ、スクナ云々の情報をエヴァが仕入れていたからね、『下地』があっただけさ」
「……なるほどネ。私の情報ハあくまでも『補強材料』と言っタところだっタのだネ?」
「当たり前さ。むしろ、敵対していない とは言え無条件に信用する訳がないだろう?」
「まぁ、そうだネ。選べる立場ではナイ私としてモ、そんな甘ちゃんハ願い下げだヨ」

 そして、「では、そろそろ『本題』に入ルとしよウ」と言ってアセナを研究室の奥へ招き、超は『本題』を語り出した。

「実を言うト、私ハ未来から歴史を変えルために やって来た火星人なのダヨ」
「……なるほど、そうなんだ。それで? どんな歴史を どんな風に変えたいの?」
「え? 何カネ、その薄い反応ハ? そんなにアッサリと信じていいのカネ?」
「いや、判断材料が少な過ぎるから とりあえず情報収集を優先しただけだよ?」
「そ、そうカ……自分で言うのもアレだが、まず否定されルと思ってイタのダガ?」
「まぁ、普通は『未来から来ました』なんて言われたら、頭から否定するだろうねぇ」
「じゃあ何デ情報収集を優先シタのカネ? いや、こちらとしてハ有り難いのダガ……」
「キミが未来から来た と仮定すると、腑に落ちなかったことが腑に落ちるからさ」
「……聞く耳を持たれナイよりハ マシだが、冷静に対応されルのも やりづらいネェ」

 心を乱すために開口一番に爆弾を投下したのだが、予想以上にダメージを与えられなかったので苦笑するしかない。

「まぁ、話を続けるガ……私のイタ未来でハ、人類ハ火星も生活圏にしていてネ、私も火星に住んでイタのダヨ。
 宇宙進出と言えば聞こえはいいガ、火星と言うのハ地球と比べて資源が貧しくてネ、ソコは奪い合いの世界だたヨ。
 血で血を洗うソコはココでの紛争地帯と大差ナイだろうネ。ただし、規模が地帯と言うレベルを超えてイタが、ネ」

 苦笑を深め、最早 苦味しか残っていない超の胸中には何があるのか? アセナは黙って続きを促すことしかできない。

「そんな世界ニ生まれ育った私ハ考えタ。『どうしテ、こうなってしまっタのカ?』と、考え続けタ。
 そして、出た結論ハ『最初から間違えタ』であり、それを正すにハ『最初から』変えなければならなイ。
 だからこそ、私ハ『人類が火星に住むことになル歴史』を変えよウと思イ、そのためにココに来たのダヨ」

 人類が火星に住まなければ火星で起こる悲劇はなくなる。単純明快な結論だ。

「ココに来てから、私ハ『歴史』に介入すルための下準備を続けて来タ。言わば、潜伏期間だネ。
 だが、私が介入しなくとモ、私が投じた『異物』があルだけデ、既に『歴史』は変わりつつアル。
 キミが溺れたことも そうダし、今回の京都での出来事も そうダ。間違いなく『歴史』は変化してイル」

 そう、大した意味を成さない違いが積み重なり、大きな違いを生み出した。バタフライ効果そのものの現象が起きていたのだ。

「だが、まだまだ『少々違う』程度の変化ダヨ。このまま『歴史』が変わルとハ断言できナイのが現状サ。
 それ故ニ、あんな未来にしナイためニ――『歴史』を変えルためニ、キミに協力をしてもらいたいのダヨ。
 もちろん、キミニ迷惑を掛ける程の協力を求めルつもりはナイ。最悪、邪魔をしないでくれルだけでもイイ」

 そして、超は「それガ私の『本題』ダヨ」と話を帰結させると、後は口をつぐんでアセナの返答を待つ。

 語るべきことは語り終えた、後は返答を受け取るだけだ。そう言っている様な超の態度から察するに、
 アセナが口を開くまで、つまりアセナが協力依頼への返答をするまで、超の口は開かれることはないだろう。
 そのため、アセナは長くも短くもない時間を瞑目して黙考すると、意を決したのか やがて重い口を開く。

「……いや、喜んでキミに協力するよ。そんな『歴史』はオレもお断りだからね」

 正直、超の持つ情報や技術が欲しかったアセナとしては願ったり叶ったりな申し出だ。
 それに、アセナが密かに進めようとしている『計画』のためにも超の協力は欠かせない。
 まぁ、言うまでもなく、そんな内心を悟らせるような真似をする程アセナは甘くないが。

 もちろん、超とてアセナが善意だけで協力する とは思っていない。裏があることは想定している。

 だが、たとえ裏があろうとも、アセナの協力を取り付けられたことは非常に大きい。
 アセナを味方にするだけで、ネギやエヴァやタカミチなどを敵に回さずに済むのだから。
 それ故に「油断ハ禁物だガ、第一関門ハ突破ダヨ」とコッソリと安堵する超だった。

 こうして、それぞれの思惑が交差する中『本題』は終わったのだが……実は ちょっとした余談は残っていた。

「あ、ところデ、キミはドジっ娘メイドと完璧メイド……どちらの方ガ好きなのカネ?」
「え? 何それ? 意味がわかんないんだけど? 何の目的があって訊いてるの?」
「いや、開発のためニ男子中学生の好み と言うものを知りたいだけデ、特ニ他意ハないヨ?」
「ふぅん? 他意があるようにしか聞こえないけど……ここは敢えて信じて置こうかな?」
「ならバ、協力の一環としテ、参考までニキミの意見を聞かせテくれないカネ?」
「そう言うことなら……基本的には完璧なんだけど、時々ドジをやらかす感じがイイかな?」
「ほほぉう? それでハ、猫チックな女のコと犬チックな女のコとでハ、どちらガいいカネ?」
「敢えて言うなら、普段は犬の様に従順なんだけど偶に猫の様に気紛れになる とかかな?」
「……それじゃあ、ぶっちゃけるト、ツンデレとクーデレは どっちに萌えルのカネ?」
「う~~ん、何て言うか、いや、何と言うべきか……最早ヤンデレ以外ならば何でもOKかな?」
「なるほどネ、大体わかたヨ。って言うか、悉く選択肢を無視シタ答えをくれテ実ニ有り難いヨ」
「いや、だって、参考までに聞きたかったんでしょ? って言うか、選択肢の幅が狭過ぎじゃない?」
「参考にしやすいようニ狭めたんダガ……得られた結果ハ参考にしづらいものだたので残念だヨ」
「いや、あくまで参考意見として聞いたんだよね? それなら、そこまで責任は持てないって」
「……まぁ、いいサ。参考にしづらかったケド、それなりニ欲しいデータ ハ得られタからネ」
「へ~~、そうなんだ(ところで、欲しいデータって何だろう? やっぱり、意味がわからないよ?)」

 この会話で超が開発予定の『とあるもの』の方向性が固まったことをアセナは知らない。


 


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後書き


 ここまでお読みくださってありがとうございます、カゲロウです。
 当初は軽く修正するつもりだったのですが、修正点が多かったので改訂と表記しました。


 今回は「ネギの過去話に思わせて、アセナが着々と味方を増やしている」の巻でした。

 と言うか、アセナの仮契約の相手、かなり悩んだんですよ? 木乃香とかタカミチとか、意表を付いてアルビレオとか。
 で、結果的にキスしない方法でエヴァに決めました(タカミチやアルビレオともキスはさせない予定でしたけどね)。
 まぁ、婚約者としての立場やネギ以上の魔力量とかの要因で木乃香が最有力候補だったんですけどね? 候補としては。
 ですが、ここで木乃香と仮契約しちゃうと あやか の立場があまりにも可愛そうなので、その案は廃棄しました。

 ところで、「エヴァは契約方法をキスだと思って焦っていた」と仮定するとニヤニヤできませんか?


 では、また次回でお会いしましょう。
 感想・ご意見・誤字脱字等のご指摘、お待ちしております。


 


                                                  初出:2010/12/26(以後 修正・改訂)



[10422] 第33話:変わり行く日常【改訂版】
Name: カゲロウ◆73a2db64 ID:b259a192
Date: 2013/03/30 22:11
第33話:変わり行く日常



Part.00:イントロダクション


 今日は5月3日(土)。

 エヴァへの弟子入りを果たしたネギは、4月28日(月)から修行に明け暮れていた。
 放課後から朝方まで(16時から翌日の8時まで)ずっと『別荘』に籠もり切りで、だ。

 そのため、ある意味でアセナは平穏だったらしいが……当然ながら彼の平穏は続く訳がなかった。



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Part.01:魔法具製作理論


 魔法具製作と一口に言っても その範囲は複雑多岐に渡り、当然その工程も複雑多岐に渡る。

 敢えて簡略化した説明をするとしたら……工程は大きく分けて二段階となる と言えるだろう。
 その二段階とは、一段階目が「素材の入手」となり、二段階目が「術式の刻印」となる。
 たとえば『ギアス・ペイパー』を作るには、魔法世界に生息する『沈黙の羊』で作った羊皮紙を素材とし、
 それに「署名すると記された契約内容を遵守せざるを得なくする術式」を組み込むことで作成する訳だ。

 では、その「素材の入手」だが……これは二種類に大別される。

 一つ目が買うなりして入手する『収集』で、二つ目が他の部材から加工する『精製』だ。
 ちなみに、『精製』は技術的な加工の場合は含まれない。つまり、魔法的な加工の場合のみを言う。
 先程の『ギアス・ペイパー』の例で言うなら、『沈黙の羊』から素材を作るのが『収集』となり、
 他の羊皮紙などに魔法を掛けるなどして目的の素材に変化させるのが『精製』となる訳だな。

 次は「術式の刻印」についてだが……その前に『術式』の説明をして置こう。

 そもそも、『術式』とは「精霊に魔法現象を発現させるように命じる命令文」のことだ。
 言い換えるならば「魔法を発動するために必要となる設計図」――つまり「魔法の根幹」だな。
 通常の魔法は、術式を頭の中で組み上げ、それを『詠唱』によって精霊に伝えている訳だ。
 貴様の場合、某キエサルヒマ大陸の魔術理論で言うところの『構成』と言えば わかりやすいか?
 とにかく、術式を理解せずに詠唱だけしても魔法は発動しない。精霊に意思が伝わらないからな。

 ……忘れているかも知れんが、魔法とは「魔力を代償に精霊を使役すること」だぞ?

 人間だって明確な指示がなければ、正しく動いてはくれんだろう? それは精霊も同じ と言うことだ。
 まぁ、優秀な人材ならば適当な指示でも正しく動いてくれるだろうが、そんな人材は滅多にいないだろう?
 精霊の場合は それが顕著でな、特に魔力で使役されてくれる程度の精霊だと自立的な意思を持っていないのだよ。
 つまり、精霊は良くも悪くも『中立』なため、明確な指示を与えなければ正しく魔法を発動してくれんのだ。

 で、「術式の刻印」とは、文字通り「術式を素材に刻み込む」訳だが……これも二種類に大別できるな。

 一つ目が「術式そのもの」を刻み込む『紋』で、二つ目が「術式を展開する術式」を刻み込む『陣』だ。
 単純な術式は『紋』で発動可能だが、複雑な術式は『陣』でなければ正確に発動しないのが通例だな。
 当然、『紋』の方が簡単に刻み込めて『陣』の方が難易度は高くなる。言わば、刻印は魔法具製作の肝だな。
 まぁ、素材を用意できたり術式を理解できていても、刻印ができなければ意味がないのだから当然だろう?

 ――しかし、小娘の秘法具は「素材の情報」と「術式の内容」を記入する『だけ』で魔法具製作ができてしまうのだ。

 もちろん、無から有を作り出している訳ではない。代償として、小娘の魔力を通常の魔法具製作以上に消費している。
 だが、言い換えれば「魔力で素材を『精製』できる うえ、刻印を自動で行ってくれる」と言うことになる訳だ。
 これの意味することがわかるか? 入手困難な素材だろうが、情報と魔力だけあれば入手できてしまう、と言うことだ。
 それに、術式を理解してさえいれば刻印の熟練度を上げる必要もなく、複雑な術式を組み込めてしまうのだぞ?
 わかっているだろうが、これらの能力は相当に規格外だ。「至高の秘法具」と言っても過言ではない逸品だろうな。

 ん? そう言えば、話が逸れたな。

 とにかく、以上のような理由で、小娘の魔法具製作には「素材の入手」も「術式の刻印」も必要がない。
 だが、「素材の情報」と「術式の内容」は必要であるため「素材の知識」と「術式の知識」は必要だ。
 それに、素材を見抜く観察力や素材を想定する想像力、術式を組み上げる思考力なんかも必要だろうな。

 つまり、小娘の(魔法具製作の)修行は、「知識の習得」と「応用力の鍛錬」となる訳だ。

 そんな訳で、現在は私の所蔵している魔法書を片っ端から読ませて知識を詰め込んでいる段階にある。
 今頃、『城塞』の地下書庫で(死んだ魚のような目をしながら)知識を得る喜びを感じていることだろうな。
 で、これと平行して、実践として簡単な魔法具を『解析』させて同じような魔法具を製作させてもいる。
 「どんな魔法具に、どんな素材が使われ、どんな術式が刻まれているのか?」を脳に染み込ませる訳だな。
 予定では、模倣に慣れたら素材や術式を別のものに変えて よりランクの高い魔法具を製作させるつもりだ。

 ちなみに、修学旅行前は時間がなかったので、最低限 必要となる素材と術式の知識を与えただけで、言わば『答え』を教えたようなものだな。

 もちろん、魔法具製作の「基礎中の基礎」は教えてやったが、まだまだ不充分な知識量だ。応用力に到っては、皆無に等しいだろう。
 だが、これからは時間の制限がないのでミッチリと教えられる。つまり、知識も応用力も身に付けさせることができる と言う訳だよ。
 ついでに、あの時点で『ストーム・ブリンガー』を作れたのは、私が教えたのもあるが、小娘が風属性に造詣があったからだろうな。
 恐らく、あの時点の小娘の知識と応用力では、実戦に耐えられるレベルの魔法具は他に雷属性くらいしか作れなかったに違いない。

「……なるほどねぇ。ネギの能力と今後の予定がよ~~くわかったよ」

 エヴァの長い長い説明(しかもアセナにはどうでもいい)を聞き終えたアセナは鷹揚に頷いて応える。
 その口調に不機嫌さが混じっているように感じるのは、休んでいたところを突然エヴァ宅に呼び出されたからだろう。

「で? もしかして、オレを呼んだのは その説明を聞かせるためだった訳?」
「まぁ、それもある。小娘の能力の概要くらいは知って置きたいだろう?」
「ああ、そうだね。戦力の把握は重要だから、その点については賛成だね」

 だが、アセナとしては休日に呼び出されるに足る用件ではない。軽くイラッと来る。

「まぁ、安心しろ。この説明のためだけに貴様を呼んだ訳ではないからな。
 貴様に別件があったから呼び出しただけで、説明をしたのは ついでに過ぎん。
 今までのは本題を話す前の準備運動のようなものだ と思ってくれて構わんよ」

 エヴァはアセナの言外のメッセージに苦笑を交えて応えると、苦笑を消すために茶々丸が用意してくれた紅茶を啜るのだった。



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Part.02:修行の時間


「で、本題だが……貴様には最低限の自衛能力を身に付けてもらいたいのだよ」

 紅茶を啜って御茶請けのクッキーを美味しくいただいた後、エヴァは事も無げに本題を話し始めた。
 それを聞いたアセナは、一瞬だけ「ナニイッテンノ?」と言う顔をした後、冷静に思考を始める。
 フェイトと対峙した経験のためか、今のアセナは動揺はすれども冷静さは失わないようになっていた。

「……理由を訊いてもいいかな? 護衛のためにチャチャゼロを貸してくれたんだよね?」

 アセナは自身が「神楽坂 明日菜と同等の存在」であることを理解しているため、究極技法である『咸卦法』が使えることを知っている。
 また、幼い頃に詠春から剣の手解きを受けた経験があることを思い出してもいるため、最低限の『下地』ができていることも知っている。
 それに、『黄昏の御子』と言う『戦争の道具』として生かされていた時、敵を殲滅するための戦闘技術を摺り込まれたことも知っている。

 以上のことから、正規の訓練を受ければ一流の使い手になるだろうことはわかっている……が、アセナは戦闘要員になる気はないのだ。

「ああ、そうだな。貴様の護衛としてチャチャゼロを貸してやっているのは確かだ。
 だが、貴様の立場を考えると、貴様自身の自衛能力も必要になるのではないか?
 いつ狙われるかわからんし、常にチャチャゼロを傍に置ける訳ではなかろう?」

「まぁ、確かに。エヴァの言うことには一理あると思う。だけど、オレには戦闘なんて向かないと思うよ?」

 アセナの正体が周知のこととなればアセナは常に危険と隣り合わせとなる。しかも、アセナを危険から守る護衛を常に傍に置けるとは限らないのだ。
 また、『転移』を用いて逃亡しようにも発動までにタイムラグが存在するし、フェイトに襲撃された時のように『転移妨害』をされたら逃亡すらできない。
 しかし、だからと言って、アセナには戦闘を行う気も学ぶ気もない。何故なら、直接的な戦闘はアセナの本分(間接的な戦闘)とは程遠いからだ。

 と言うか、アセナとしては「素人の生兵法は危険なんだから、最初から その選択肢は有り得ないでしょ?」と言う気持ちだ。

「しかし、貴様が戦闘に向かなかったとしても、貴様には最低限の戦闘能力が必要なのではないか?
 そもそも、今回の件で『足手纏いにならない程度の戦闘能力は必要だ』と感じたのではなかったのか?
 タカミチと近衛 詠春を石化させられた時、貴様は足手纏いになったことを嘆いていたのだろう?」

「…………そう、だったね。確かにエヴァの言う通りだよ」

 エヴァの放った言葉には、アセナに考えを改めさせる――いや、正確には、アセナに悔恨を思い出させる威力があった。
 アセナには「アセナにしかできない、アセナがやらねばならないこと」がある。それはアセナにとっては否定できないことだ。
 だが、京都の戦いの時に感じた「足手纏いでしかなかった自分が許せなかった」と言う想いもまた否定できないことなのだ。

「ありがとう、エヴァ。危うく大事なことを忘れるところだったよ」

 嘆きに囚われることは愚かなことでしかないが、それを糧に進むことは重要なことだろう。
 それを思い出したアセナは、思い出させてくれたエヴァに感謝の意を素直に伝える。
 言葉に添えられたアセナの笑顔は とても澄んでおり、嘘偽りのない感謝を表していた。

 まぁ、当然、感謝されることに慣れていないエヴァは照れてツンデレる訳だが。

「ふ、ふん。べ、別に感謝されるようなことをしたつもりはないぞ?」
「それでも、オレにとっては感謝すべきことだったんだから感謝させてよ」
「私が『別にいい』と言っているんだ。だから、感謝をする必要はない」
「まぁ、そうかも知れないけど。それでも、やっぱり、感謝は禁じ得ないよ」
「……ならば、勝手に感謝してろ。私が気にしなければいいだけの話だしな」

 だが、素直に感謝し続けるアセナにはエヴァのツンデレも意味がなく、最終的には折れる他なかったが。

「じゃあ、勝手に感謝して置くよ。まったく、相変わらずの照れ屋さんだねぇ?」
「う、うるさい!! 忌み嫌われることには慣れているが、感謝には慣れてないんだ!!」
「……そっか。それなら、これからは感謝やら好意やら善意にも慣れて行こう?」
「クッ!! な、なんだ、その生暖かい眼は!? 貴様、私を哀れんでいるだろう?!」
「いや、むしろ『同病 相哀れむ』って感じかな? 同情よりも共感しているんだよ」

 悪意には敏感だが好意には鈍感なナギとしての人格の色が強いつアセナにとって、エヴァには似たものを感じる相手なのだ。

「…………そうだな。貴様も孤独の中を生きていたんだったな」
「まぁ、『生きる』と言うより『生かされていた』んだけどね?」
「す、すまん。迂闊だった。嫌なことを思い出させてしまったな」

 アセナは、エヴァが自身の放浪時代とアセナの『黄昏の御子』時代を重ねていることをわかっているが、訂正すると ややこしいため訂正しない。

「別にいいよ。その頃の記憶は曖昧にしか思い出せていないからね」
「それでも、謝らせろ。私の配慮が足りなかったのは事実だからな」
「だから『別にいい』って言って――って、さっきの逆パターンだね」

 そのため、アセナは勘違いから謝るエヴァに居心地の悪さを感じており、先程の遣り取りを引き合いに出して話を切り上げようとする。

「そうだな。貴様と私とで立場が逆だし、感謝と謝罪とでも逆だな」
「ってことで、エヴァの謝罪を受け入れるから、そろそろ本題に戻らない?」
「……ああ、そうだな。サッサと本題を終わらせてしまうのに異論はない」

 アセナの思惑を察したエヴァは閑話が続いていたことを思い出し、話題を本題に戻すことも賛同する。

「じゃあ、自衛能力の強化って、具体的には どんなことをする予定なの?」
「端的に言うと、戦闘技能を磨いてもらう予定なのだが……それでいいか?」
「まぁ、妥当なところだね。このまま魔法具だけに頼るのは無理があるからね」

 京都での出来事を鑑みるに、魔法具のみを戦闘手段にするのはリスクが高い。せいぜい、手札の一つとして持つ程度だろう。

「よし、話は決まったな。では……茶々丸。このバカの『教育』は任せたぞ?」
「え? ちょ、茶々丸!? よりにもよって茶々丸がオレを教える予定なの!?」
「む? 何か文句があるのか? 言って置くが、茶々丸は かなりの使い手だぞ?」
「いや、強いのは知ってるさ。問題は、その性格(と言うか性癖)なんだけど?」

 アセナを眼の敵にしている茶々丸がアセナに訓練を施すと言うのだから、アセナの不安は尤もだろう。

「……まぁ、頑張れ。死なない程度に痛め付けられる程度だろう、きっと」
「いや、『きっと』って辺りに物凄く不安が残るんですけど?」
「さ、さぁて、そろそろ小娘の様子を見に行ってやらなければならんな!!」
「態とらし過ぎる話題の転換に最早 涙しか出ません。いや、マジで」

 エヴァも危険性はわかっているのだろう。引き攣った表情で茶々丸と入れ替わりにリビングを出て行ったのだった。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「……神蔵堂さん、すみません。マスターの命令で『仕方がなく』貴方をフルボッコにしますね?」
「いや、『本意ではありません』って顔してるけど……物凄く嬉しそうなのはオレの気のせいかな?」
「安心してください。ネギさんの作った治療薬が大量にありますので、死ぬことはないと思います」

 『南国』の闘技場(原作初期の修行場)に連行されたアセナは、爽やかな笑顔を浮かべた茶々丸に死刑宣告を受けていた。

「いや、それは本当に死なないだけじゃない? って言うか、怪我は前提なんだ?」
「安心してください。ストックが足りなくなったら作っていただけばいいんですから」
「軽くスルーされた!? って言うか、安心できるポイントが一切ないんだけど?!」
「それでも、安心してください。軽くトラウマになるくらいに止めて差し上げます」

 笑顔を更に深くして告げる茶々丸に、アセナは必死の抵抗を試みる。

「『止める』が『停止』の意味ではなく『トドメ』の意味に聞こえるのは気のせいかな?」
「さぁ? 『気のせい』と言う名の『気にしてはいけないこと』ではないでしょうか?」
「……本当に安心できるポイントが一切ないんだけど? オレ、どうすればいいの?」

 生き生きとしている茶々丸とは対照的に死んだような瞳をするアセナ。実に哀愁が漂っている。

「あきらめれば いいのではないでしょうか? と言うか、いい加減にあきらめてください」
「そ、それでも、守りたいラインがあるんだ!! って言うか、あきらめたくないんだ!!」
「想いだけでも、口先だけでもダメなのです。と言うか、人生あきらめが肝心ですよ?」

 ちなみに、アセナの守りたいラインとは「安全を確約されている状態」である。

「でも、安西先生は『あきらめたら そこで試合終了だよ』って言ってたもん!!」
「しかし、いい加減にあきらめないと、試合の前に人生を終了させたくなりますよ?」
「す、すみませんっしたぁあああ!! もう無駄な抵抗はしませんから許してください!!」

 あきらめの悪いアセナだが、相手の神経を逆撫でしないためにあきらめることの肝要さを学んだ瞬間だった。



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Part.03:必要は発明の母


「ふふふふふ……オレは燃え尽きちまったぜ」

 修行(と言う名の虐待)から開放されたアセナは、リビングの片隅で蹲ってブツブツ呟いていた。
 その背中は煤けており、その燃え尽きっぷりはパンチドランカーな あの人に勝るとも劣らない。
 魔法薬の御蔭で肉体的には健康そのものだったが、あきらかに精神的にはヤバい状態でしかなかった。

「はふぅ。『そう言う姿』を見るのは久し振りですけど……やっぱりイイですねぇ」

 そして、ネギは そんなアセナの煤けた背中を見て「こう言う情けない姿と真剣な時のギャップが萌えなんですよねぇ♪」とか独り言ちていた。
 そう、ネギはダメな姿に萌えてしまうタイプなのである。言わば「ダメな姿にポされてしまう」と言う意味での『ダメポ』である。
 まぁ、そんなネギも充分にダメなので、普通にダメな意味でも『ダメポ』なのだが。特に涎を垂らすのは乙女として如何なものか と思う。

「やぁ、ネギ……」

 自分の世界に引き篭もっていたアセナは、そんなネギのダメなセリフは聞こえていなかったが、
 声の位置から誰かが接近して来たことに気が付いたので、声の方を振り向いて声の主を探す。
 そして、死んだ魚のような目でネギを眺めた後、ようやく声の主がネギだとわかったようだ。

「……こんにちは、ナギさん。大分お疲れのようですね?」

 ネギは「乙女としては どうよ?」と言う反応に気付かれていなかったことに安堵しつつ問い掛ける。
 一見、元気そうに見えるネギだが、不用意なセリフを漏らしてしまうくらいにヤバい状態だったのだ。
 優秀な頭脳を持つネギですら、エヴァから課せられた「知識の習得」はオーバーワークだったようだ。
 それだけエヴァは熱心にネギを育てているのか、単にエヴァがドSなだけなのか……判断に迷うところだ。
 まぁ、ネギはアセナのダメな姿を視姦――もとい、観察することで癒されたので、特に問題はないのだが。

「別に疲れてないさ。単にメイド恐怖症になるくらいに精神的負荷を味わっただけさ」

 骨折ですら一瞬で完治させる魔法薬があったために、アセナは容赦なくフルボッコにされた。
 と言うか、フルボッコと言う言葉では生温いくらいにズタボロのグチョグチョにされた。
 で、それを成した存在である茶々丸はメイド服を着こなして物凄いイイ笑みを浮かべていた。
 メイド属性も持つアセナだったが、これからはメイドさんを見る度に恐怖に慄くことだろう。

「それはそうと……ちょっと頼みたいことがあるんだけど、いいかな?」

 このまま この話題を続ければ心が折れそうになるのは火を見るよりも明らかだ。
 そう判断したアセナは、話題の転換をしようと先程 思い付いた頼み事をすることにした。

「頼みたいこと、ですか? もしかして、性的なことでしょうか?」
「いや、違うから。って言うか、そんな期待に満ちた眼で見ないで」
「え? でも、ボクはいつでも『心の準備』は完了できてますよ?」
「いや、そんな準備はしなくていいから。むしろ、他の準備をしよ?」

 真顔でとんでもないことを訊いて来るネギに、アセナは顔を引き攣らせて応えることしかできない。

「……まったく、ナギさんってば本当に『イケズさん』ですねぇ」
「いや、イケズさんて……一体、どこで覚えて来るのさ、そんな言葉?」
「え? コノカさんに教えていただいたんですけど……変ですか?」
「いや、変な訳じゃないんだけど――って、そうじゃなくてね?」
「ええ、そうですね。頼みたいことですよね。何でも仰ってください」

 自ら脱線したことを棚に上げ、アッサリと軌道修正に応じるネギに軽く脱力し掛けるアセナだったが、どうにか踏み止まって頼み事を話す。

 ちなみに、アセナの頼み事とは魔法具製作であり、先のエヴァとの会話で思い付いたものである。
 それは、『アイテム袋』とでも表現すべき魔法具で、『別荘』の袋版のようなイメージのものだ。
 時間の操作はともかくとして、空間を圧縮して大量の荷物を持ち運びできる機能が欲しいのである。
 まぁ、時間の操作をできるのなら、1時間を1日にするのではなく逆に1日を1時間にして欲しいが。

「……なるほどぉ。確かに、それなら『転移妨害』をされても平気ですね」

 今までは『ポケット』を通じて『蔵』から『転移』させていたが、それは『転移妨害』に弱かった。
 そのため、『転移妨害』をされてもいいように『蔵』を持ち運べるようにしたい と考えたのだ。
 形状としては巾着袋をイメージしており、それをポケットに常に忍ばせて『蔵』は廃棄する予定だ。

「それに、魔力のコストダウンにもなって、魔力を他に回せるようにもなるしね」

 アセナは『ケルベロス・チェーン』によって『転移』を使えるようになっているが、そのコストはアセナの魔力である。
 そして、『転移』は「移動させる対象の質量」と「対象を移動させる距離」に応じて魔力の消費量が決まる。
 そのため、短距離なら まだしも長距離でアイテムを出し入れするのは、無駄に魔力を消費してしまうのだ。
 まぁ、アセナは そんなことを知らなかったので、京都では『転移』を多用し魔力を浪費しまくっていた訳だが。
 ちなみに、茶々丸の拷問に近い指導の合間にエヴァから魔法に関する講義を受けたため、この事実を知ったらしい。

「わかりました。今のボクでは御要望をすべて叶えられませんが、可能な限り早目に作れるように頑張りますね!!」

 アセナの望む機能を すべて有するとしたら、『別荘』レベルの希少な素材と高度な術式が必要である。
 規格外の秘法具によって工程を簡易化できるネギだが、魔法具製作者としての道を歩み始めたばかりである。
 アセナの望む魔法具(以下、『袋』と表記)を製作するには、まだまだ研鑽を積まねばならないだろう。
 それはわかっているが、それを少しでも早い未来にするためネギは高めのテンションで修行に戻るのだった。

 エヴァに「答え」を教われば直ぐにでも製作できる気がしないでもないが、敢えて その可能性は忘れて置くことにしたようだ。



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Part.04:インターミッション


 そして、一週間の時が過ぎ、5月10日(土)。

 鬼気迫る勢いで魔法書を読み漁るネギに「少し根を詰めさせ過ぎたか」と反省したエヴァは、本日の修行を休みにした。
 実際は「アセナの役に立ちたい」と言う想いでモチベーションが高まっていただけだが、エヴァには壊れたように見えたのだ。
 まぁ、暴走しているとも言える状態なので壊れているのと大差はないため、あながちエヴァの判断は間違ってはいないが。

 そんな訳で、久々の休みを手にしたネギなのだが……正直、何をするか決めあぐねていた。

 ネギはアセナとパートナーになるまでは、アセナに近付くための活動(主にストーキング方面)で時間を費やしていた。
 そして、アセナとパートナーになってからは、アセナのために魔法具製作(エヴァの修行を含む)に時間を費やしていた。
 そのため、アセナのストーキングをしてもいいのだが……今日のアセナの行動については調べるまでもなく把握している。
 昨日から修行をしていることも、今日はネギに合わせて休みなので寝て過ごすだろうことも、ネギは理解しているのだ。
 つまり、今日はアセナをストーキングする意味がないのである。まぁ、アセナを『観察』すること自体は意味があるらしいが。

 もちろん、アセナの部屋に押し掛けてアセナと時間を共有したい と言う欲望がない訳ではない。

 だが、疲労が蓄積しているアセナの休息を邪魔することは さすがのネギも気が引ける。
 アセナが大切だからこそアセナの傍に侍ってはならない時くらい理解しているのである。
 と言うか、アセナにマイナス印象を与えるような真似をしたくないだけ と言うのが本音だが。

 そんな訳で、ネギは「何をすべきか?」で悩んでいた。

 働き蟻も ずっと働いている訳ではなく、適度な『遊び』を入れていることはネギも知っている。
 人間と蟻を同列に考えるのもどうか とは思うが、人間にも『遊び』が必要なのは否定できない。
 それに「林檎の落下で万有引力に気が付いた」と言うエピソードのような『偶然』もある。
 机に向かっているだけでは得られない要素と言うのは、机の外にこそ転がっているのだろう。
 そのため、偶には『遊び』も必要である訳で、ネギとしては「今日は遊んでみよう」と考えていた。

 だが、改まって考えると、ネギは「何をして遊べばいいのか?」がわからなかったのだ。

 思い起こせば、これまでの人生でネギは自分から進んで遊ぼうと思ったことなどなかった気がする。
 故郷を失う前も後もウェールズにいた頃は幼馴染のアーニャが連れ回してくれていたし、
 麻帆良に来てからはアセナを追い掛けることに執心していたので、気にならなかったのである。

 幼い頃は普通に遊んでいた時期もあったのかも知れないが……それも おぼろげな記憶なので役に立ちそうにない。

 どうやら、遊ぶ方法を模索しても埒が明きそうにないため、ネギは逆転の発想をしてみることにした。
 それは、「普通に遊べないのなら、アセナに関係することで遊べばいいじゃないか」と言うものだった。
 まぁ、どこら辺が逆転しているのか は謎だが、思考に指向性ができるたのは歓迎すべきことだろう。

 そんな訳で、ネギは「ナギさんに関係することで遊ぼう」と考え始めた訳だが……

 ふと、「いっそのこと、『遠見』で観察し続けてみようか?」と言う危険な発想が浮かぶ。
 だが、アセナにバレたら評価は底辺に落ち込むことは想像に難くないため、それは悪手だろう。
 何故なら、エヴァの講義も受けているアセナが『遠見』に気付く可能性がゼロではないからだ。
 まぁ、既に京都で風呂を覗いていたことが自爆でバレているが、それは鮮やかに忘却されたらしい。

 ならば、「アセナの憂いを払う布石を打つこと」ならば、どうだろうか?

 これならアセナにバレても問題ないだろう。いや、それどころかバレたら褒めてくれるに違いない。
 最初から「アセナに関係すること」ではなく「アセナの役立つこと」を主軸に考えればよかったのだ。
 まだまだ自分の欲望を優先してしまう傾向のある自分に気付き、苦笑せざるを得ないネギだった。



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Part.05:本音と建前


 さて、ネギは「アセナの憂いを払う布石を打つこと」にした訳だが……

 そもそも、「アセナの憂い」とは何を指すのだろうか?
 それは、考えるまでもなく「あやか との軋轢」だろう。
 いや、正確には「あやかが落ち込んでいること」だろう。

 少なくとも、アセナを熟知しているネギは そう考えた。

 最近のアセナは、元気な振りをしているが実は落ち込んでいることなど一目瞭然だった。
 そして、その原因が「あやかが落ち込んでいること」であることくらい、嫌でもわかる。
 伊達にアセナをストーキングして来た訳ではない。それくらい、わからない訳がないのだ。

 だが、アセナが何も行動していないことを考えると……あやかが落ち込んでいる原因はアセナにあるのだろう と言う予測が立つ。

 悔しいことだが、あやかはアセナにとって特別な存在であることは間違いない。
 そんな あやかが落ち込んでいるのに、アセナが何も行動しないのはおかしい。
 ならば、あやかが落ち込んでいる原因はアセナにある としか考えられない。
 そのため、下手に動くとアセナを より苦しめる結果になる可能性があるだろう。

 そこまで思考したネギは、事情を知っていそうなタカミチを尋ねた。

 もちろん、タカミチがアセナの保護者であるから と言う単純な理由だけではない。
 修学旅行以降、アセナがタカミチを頼っている節があるから と言う理由が大きい。
 そして、タカミチから「アセナと あやかに起きたこと(31話参照)」を聞き出した訳だ。
 ちなみに、例の呪いは秘匿すべきではないとタカミチが判断したため発動しなかったようだ。

 ……以上のような理由から、ネギは「あやかの家」を訪ねた。

 もちろん、表向きは「最近、落ち込んでいる あやかを心配して」と言うものだ。
 実際は「落ち込む あやかを見て悲しそうにするアセナを見たくない」だけなのだが、
 ネギの本音を知らない あやかは心配されたことを喜び、ネギを快く迎え入れた。

「いいんちょさん……その、何が原因で落ち込んでいるのか は わかりませんが、ボクにできることでしたら何でも言ってくださいね?」

 あやかの部屋に通されたネギは、あやかに淹れてもらった紅茶を啜った後、殊勝な態度で話し掛ける。
 もちろん、ネギは原因を知っているが、それを明かすつもりはないので知らない振りをしているだけである。
 ネギの目的は、あくまでも「布石を打つこと」であるため、直接的に「憂いを払う」つもりはないのだ。
 だから、原因の解消(つまり、アセナの言動が あやかを守るための偽りだったことをバラすこと)などはしない。
 そのため、まずは原因に触れないようにしながら あやかを慰めることを選択し、先の言葉を発した訳である。

「……ありがとうございます、ネギさん。その御心遣いだけで充分な慰めになりますわ」

 次女とは言え雪広財閥の娘としての立場を持つ あやかは、社交界にて海千山千の人物達と接する経験を多く積んでいる。
 当然、ネギに含むところがあることなど お見通しだった。恐らく、ネギがアセナに傾倒していることから察するに、
 アセナと自分が仲違いしていることに気付いたネギが それを解消しようと思ったのだろう、そう あやかは想定する。
 まぁ、実際は「解消しよう」と思ったのではなく「快方に向かわせよう」と思ったのだが、的外れな想定ではないだろう。
 とにかく、そう想定しながらもネギの気遣いそのものは純粋に嬉しいのも事実であるため、あやかは素直に礼を言ったのだ。

「そうですか? 『この前』みたいに抱き枕になるくらいならできますよ?」

 ネギの言う『この前』とは、妹の命日の時に あやかを慰めた出来事を指している(10話参照)。
 ネギの言葉でおわかりだろうが、その時の あやかはネギを抱き枕にすることで癒されたため、
 ネギは「ボクを抱き枕にすることで慰めになるならば構いませんよ?」と言っているのである。
 ちなみに、ウェールズで『姉』の抱き枕になっていたので抱き枕にされるのに文句はないらしい。
 ネギの本音を言えばアセナの抱き枕になりたい(もしくは、アセナを抱き枕にしたい)が。

「そ、そう言うことでしたら……是非ともお願いしますわ」

 あやかの頬は紅潮しており、その呼吸も荒いし その眼に宿る熱気はヤバいレベルに達している。
 ともすれば「はぁはぁ」と言う擬音が聞こえてきそうな程に興奮しているのが容易に見て取れた。
 あやかがアセナを大切に想っていることは間違いない事実だ。だが、恋愛と性癖は別問題のようだ。

 これには、さすがのネギも「あれ? ヤバいスイッチ押しちゃった?」と引いたが……放った言葉は取り消せないのだった。

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 そして、場所は変わり、あやかの寝室にて……

 豪奢で瀟洒な造りの天蓋付きのベッドにて抱き合う形で横たわる金髪の美少女と赤髪の美幼女。
 服を着てはいるが若干の乱れがあるため、絡み合った肢体と共に艶美な空気を醸し出している。
 光景だけなら、見る人(百合が好物な人)が見れば鼻血を噴出して涎を垂らしそうな光景だろう。

 事実、ネギにスリスリしていた あやかの蕩ける様な表情は背徳的な淫靡さを持っていた。

 しかし、それも過去の話。今となっては、遠い彼方の出来事でしかない。
 そう、今の二人を包む空気はピンク色から真剣なものに変わっていた。
 何故なら、色々な意味で耐え切れなくなったネギが爆弾を投下したからだ。

「いいんちょさん、もう気付いていらっしゃるでしょうけど……ボクは御二人が仲違いしているのを見たくないんです」

 ネギは あやかの瞳を覗き込みながら言葉を紡いだ。それは「誤魔化すことは許さない」と言うメッセージだ。
 言い換えるならば、これからは「僅かな感情の揺らぎすらも見逃さない」と言う心構えで会話をするつもりなのだ。
 そう、ネギが自分から抱き枕になることを提案したのは「互いに逃げられない状況」を作るためだったのである。

「……そうですか」

 あやかは「さて、『御二人』とは誰のことでしょうか?」などと惚けたりはしない。
 ネギの真剣な様子に下手な誤魔化しは通用しないことを感じ取ったこともあるが、
 敢えて触れないようにしていた話題に触れて来たネギを無視できなかったのである。
 つまり、「アセナのために自分を心配している」と明言したネギに応えるしかなかったのだ。
 騙された振りをして一時の慰めに興じることすら封じられた あやかには応えるしかない。
 そのため、あやかは「さて、どのように応えましょう?」と続くネギの言葉に身構える。

「とは言っても、部外者としての分を弁えているつもりです。ですから、干渉する気はありませんよ」

 しかし、続けられたネギの言葉は、あやかが応える必要のないもの――単なる通達のようなものだった。
 あやかとしては、ネギは「ナギさんと仲直りしてください」と頼んで来るものだ と予想していたため、
 干渉する気がないのなら何故に仲違いについて触れて来たのか、あやかはネギの真意を計り兼ねていた。

「――ですが、これだけは言わせてください」

 何を言うつもりなのだろう? やはり、仲直りを求められるのだろうか?
 あやかはネギの真意を読み取るために、ネギの瞳を覗き込む。
 それは、先程の光景の焼き直しだが、今度は立場が入れ替わっている。

 だが、ネギは身構えることなく朗々と言葉を発する。

「いいんちょさんは『ボクの知らないナギさん』を知っているんですよね? ……それは、否定しません。
 ですが、ボクも『いいんちょさんの知らないナギさん』を知っているんです。それは、否定させません。
 そして、『いいんちょさんの知らないナギさん』を知っているからこそ、ボクはナギさんを信じているんです」

 僅かな躊躇いすら見せずに語るネギ。それだけアセナを信じている と言うことだろう。

「もちろん、部外者であるボクには御二人が仲違いした理由などわかりませんし、わかるつもりもありません。
 ですから、ボクの独断で『御二人の仲違いを解消しよう』などと言う傲慢なことをするつもりもありません。
 御二人の問題なんですから、問題を解決するのは御二人です。部外者が立ち入る余地なんてありませんよ」

 ネギは「アセナが あやか を守るために あやか を遠ざけたこと」をタカミチから聞いていた。

 そのため、アセナの苦しむ姿を見たくはないがネギは『真実』を明かすつもりなどない。
 そうすれば問題は解決するだろうことはわかっているが、それでも明かすつもりはない。
 もちろん、「アセナと あやかの仲睦まじい姿を見たくない」と言う個人的な想いもある。
 だが、それ以上に「アセナの意思を蔑ろにするような真似はしたくない」と考えているのだ。

「だからこそ、ボクにできることは『ナギさんは意味もなく人を傷付けたりしない』と信じることだけなんです」

 アセナの意思を蔑ろにしないために、ネギは布石を打つに止めた――アセナの行動には「何らかの意味があった」とほのめかした のである。
 そこから『真実』に辿り着けるとは思わない。だが、「『真実』があるのではないか?」と言う疑念を持たせることくらいはできるだろう。
 それに、「仲違いがアセナの本心ではない可能性」を示唆されれば、それだけで あやか の心は軽くなるだろう。それくらい、ネギでもわかる。
 また、あやかの心が軽くなれば、あやかを見た時のアセナの苦しみが多少は軽減されるに違いない。つまり、ネギの目的は達成できるのだ。

「……以上で、ボクの言いたいことは終わりです。聞くに値しない戯言を最後まで聞いてくださって ありがとうございます」

 そのため、ネギは嘘偽りのない笑顔を浮かべて心の底から あやかに礼を言った。
 その笑顔は とても透き通っており、ロリコンでなくても見惚れそうなものだった。
 まぁ、投下された爆弾で頭がいっぱいの あやかには そんな余裕などなかったが。



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Part.06:金色の髪の乙女


「…………はふぅ」

 一方、当のアセナはと言うと、疲れ切った精神を癒すために『アンニュイ』な一時を過ごしていた。
 具体的に言うと、麻帆良内のオープンテラスで濃い目のコーヒーを片手に物憂げな溜息を吐いていた。
 その姿はあきらかに「疲れている」のだが、見る人が見れば「自分に酔っている」ようにも見えた。

「ナギさん? こんなところで何をなさっていますの?」

 後者として受け取ったと思われる女性が不審気に声を掛けて来る。
 アセナは声音と口調から声の主を類推できたが、確認のために声の方向を見る。
 結果、類推通りだったことに安堵とも呆れとも付かない嘆息を漏らす。

「コーヒーを飲んで物思いに耽っているように見えませんか、高音さん?」

 そう、アセナに声を掛けて来た人物とは、金髪を靡かせた少女、高音である。
 その金糸のような髪を見るともなしに見遣りながら、アセナは軽く自嘲する。
 口調で『誰かさん』に期待し、金髪で『誰かさん』を思い出していたのだ。
 無意識とは言え高音と彼女を重ねてしまう自分にアセナは自嘲しかできない。

「ええ、見えませんわね。だって、ナギさんのキャラではないでしょう?」

 ハッキリと酷いコメントをしてくれる高音にアセナは苦笑を浮かべるだけにとどめる。
 自分でも「今までのキャラじゃない」と思っていただけに反論ができないのだ。
 だが、言われっ放しと言うのも気分がよくない。少しくらい抗弁して置くべきだろう。

 恐らくは、高音も そのために――軽口を叩き合ってアセナの精神的疲労を緩和するために、敢えて酷いコメントをしたのだろうから。

「まぁ、普段のオレなら そうなんですけど……オレにだって感傷的になる時くらい ありますよ?」
「あら、そうですの? これは失礼致しましたわ。思い込みで判断するのはよくないですわね」
「ええ、そうですね。思い込みはいけません。思い込んだら試練の道が始まっちゃいますからね」

 アセナの頭の中では「あの名曲」が流れている。そう、重いコンダラのアレである。

「……それは何か違うと思うのですが? その場合、決意のような意味ではないでしょうか?」
「時には試練すら呼び込んでしまうので思い込みはよくない、と言う解釈でお願いします」
「まぁ、仰りたいことは理解できますけど……言葉は正しく使った方がいいですわよ?」
「ええ、わかっています。言ってから失言だったと気付いたんですが、手遅れだったんです」

 疲労のために反射でしゃべってしまったことの報いであろう。実にグダグダだ。

「ナギさんって失言も多いですけど、そのフォローの失敗も多いですわよねぇ」
「ま、まぁ、とにかく……そんな失敗をしちゃうくらいに疲れてるんですよ」
「失敗は今に始まったことでは――と、確かに、本当にお疲れのようですわね」

 説教モードに入りそうになった高音だが、アセナが本当に疲労していたので慌てて労いに入る。

「京都での御活躍は私でも聞き及んでいますから、それだけ大変だったのでしょう?」
「……どんな話を聞いているかわかりませんが、オレは大したことしてませんよ?」
「それでも、ナギさんの努力が『問題の解決』に役立ったこと自体は変わりませんわ」
「一助となったことは自信を持って言えますが、改まって言われると照れ臭いですねぇ」

 普段、高音からは説教ばかりされているためか、高音に褒められると妙に照れ臭い。ツンデレと似た効果だろう。

「でも、センパイが帰って来てから二週間は経ちましたから……
 それでも まだ疲れが残っているなんて、余程 疲れたんですね?
 あ、それとも、事後処理の方が忙しくて お疲れなんですか?」

 それまで黙って傍らに佇んでいた愛衣が、高音との会話に一区切りが付いたのを見て口を開く。

 心なしか責められている気がするのは、アセナの気のせいに違いない。
 何故なら、アセナには愛衣に責められる謂れ(心当たり)などないからだ。
 だが、謂れがなくとも責められる時があることをアセナは知っていた。
 それ故に、アセナは愛衣の神経を逆撫でしないように説明することにした。

 その内心では「可愛かった筈の後輩が、どうしてこうなった?」と軽く落ち込んでいたが。

「まぁ、愛衣の言う通り、京都での問題解決にも東奔西走して疲れたけど、
 麻帆良に帰って来てからの事後処理の方が大変で精神的疲労は大きいね。
 それに、これからの対策も練らなきゃいけないから、それも大変なんだ」

 京都で起きた問題の事後処理と対策で大変なのは嘘ではない。ただ、個人的な問題が大半を占めているだけだ。

 ところで、愛衣(と高音)は「アセナは魔法関係者としての仕事で忙しい」と受け取っており、
 近右衛門からアセナの実績(大使を務め上げ、反東を一網打尽にした)も聞かされていたため、
 アセナの評価は「最近、忘れられている気がするが多忙なのだから仕方がない」となったらしい。

 まぁ、真実を知らないことは幸せなことなのであろう。勘違いする方にも、勘違いされる方にも。

「そうなんですか……何かお手伝いできることはありますか?」
「ん~~……特にはないんで、気持ちだけ受け取って置くよ」
「そうですか? 手が必要な時は いつでも言ってくださいね?」
「ああ、ありがとう。手伝って欲しい時は是非ともお願いするよ」

 手伝いを申し出る愛衣に「やはり、愛衣はいいコだねぇ」と和むアセナ。

「そ、それはそうと……ナギさん、少し雰囲気が変わりましたわね?」
「まぁ、そうでしょうね。色々と思うとことのあった旅行でしたからね」
「旅は人を変えるんですねぇ。あ、今のセンパイもステキですよ?」
「ついでとしか思えないフォローをしてくれて、本当に ありがとう」

 確認するように尋ねる高音に苦笑混じりに応えた後、愛衣が あからさまなフォローをしたと判断したアセナは涙混じりに応える。

「……どうやら、鈍いところは相変わらずみたいですわね?」
「何よりも変わって欲しかったところだったんですけどねぇ」
「あ、あれ? 何故かオレが一方的な悪者になってません?」
「理由がわからないだけで悪者になるに足る理由ですわよ?」
「むしろ、悪者になるだけで済むことに感謝して欲しいです」
「まぁ、意味不明ですが、とりあえず感謝して置きましょう」

 愛衣のフォローが本心であることに気付けなかったアセナが悪いのだが、気付けていないので自身が悪い理由にも気付けないアセナであった。



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Part.07:これがオレの遣り方


「瀬流彦先生……急に御呼び立てしてしまい、申し訳ありません」

 高音・愛衣と一頻り雑談に興じることで精神的な疲労が回復したアセナは、
 「少しだけヤル気が出たので、今のうちに例の件を片付けよう」と考え、
 瀬流彦と『お話』することを決意し、瀬流彦を世界樹広場に呼び出した。
 そして、約束よりも早目に来て待つこと数分……遂に瀬流彦が現れた。

「いや、いいよ。それよりも、急にどうしたんだい?」

 いつも通り、にこやかな表情で応える瀬流彦。その眼は細く、閉じられているようにしか見えない。
 しかし、にこやかに対応しつつも、その眼が僅かに開き周囲を確認していたのをアセナは見逃さなかった。
 茶々丸の特訓(と言う名のイジメ)によって「その程度」の所作には気付けるようになったのである。

「まぁ、単刀直入に話しますけど……学園長先生の後釜に就く気はありませんか?」

 瀬流彦の様子から「小細工は仇になる」と理解したアセナは、単刀直入に本題に入る。
 ここで小細工を弄するのは得策ではない。痛くない訳でもない腹を探られるだけだ。
 西での勢力を得ているアセナは東にとって注意すべき存在であり、瀬流彦は用心深いからだ。

「……本当に単刀直入だね。思わず、短刀直入と誤変換しそうになるくらいに意表を突かれたよ」

 本当は語られた内容に驚いたのだが、それを悟らせないように冗談めかした対応をする瀬流彦。
 言っていることは実にくだらない内容だが、驚愕に固まらずに切り返せたことを評価すべきだろう。
 少なくとも「ヘラヘラ笑っているだけの役立たず」と言う「見た目の雰囲気」は偽りなのだから。

「まぁ、もったいぶって話しても結論は変わらないでしょうからね、サックリ行かせてもらいました」

 確かに、もったいぶって本題に入ったところで、瀬流彦の答えが変わる訳ではないだろう。
 とは言え、言葉に信憑性を持たせるために前振りをすべきだったかも知れないのも確かだ。
 だが、アセナとて それがわかっていない訳ではない。わかったうえで単刀直入に行ったのだ。

 何故なら、アセナの思惑は……

「むしろ、単刀直入に本題を切り出すことで相手の意表を突くのが目的、と言ったところかな?」
「さぁ、どうでしょう? 素の反応を楽しむためって言う意地の悪い目的なだけかも知れませんよ?」
「ふぅん? つまり『意表を突くことで素の反応を出させ、そこを見極めたい』って感じなんだね?」
「とんでもない。オレはそこまで傲慢じゃないですよ? 単に前置きをするのが苦手なだけですって」
「そっか……じゃあ、そう言うことにして置こう。これ以上続けても『柳に風』でしかないからね」

 そう、瀬流彦の読んだ通り、相手の意表を突くことで素の反応を引き出すのがアセナの思惑なのである。

 それを見抜いた瀬流彦に、アセナは口元が緩むのを自制するので必死だ。
 アセナの「腹黒いに違いない」と言う予想が当たっていたからもあるが、
 自分の思惑に気付きながらも自分と会話を続けてくれることが嬉しいのだ。

 何故なら、それの意味することは……

「それでは、『答え』を伺ってもよろしいでしょうか?」
「おや? キミなら、もうわかっているんじゃないのかい?」
「それでも、一応は確認のために聞いて置きたいんですが?」
「その必要がないんだから、答えなくてもいいだろう?」

 そう、アセナと会話を続けている段階で、瀬流彦は「アセナと敵対するつもりはない」と明言しているからである。

 仮に瀬流彦に敵対するつもりがあれば、「学園長先生の後釜に就く気」と言われた段階で敵対心を示している筈だからだ。
 アセナの意図としては「次期学園長」としての言葉だが、聞き方によっては「現学園長の排斥」とも聞こえるだろう。
 つまり、少なくとも敵対心を見せずに会話を続けている段階で、瀬流彦にはアセナと敵対するつもりはないに違いない。
 もちろん、瀬流彦が本心を隠す場合もあるだろう。だが、アセナは それを見逃さずに瀬流彦を見極める自信があったのだ。

 まぁ、瀬流彦がアセナの思惑を類推して見せたことで己の能力を見せ、暗に「自分は長になるつもりがある」と答えてもいたのもあるが。

「……わかりました。瀬流彦先生は慎重派なんですねぇ?」
「むしろ、ボク達の関係を考えると当然じゃないかな?」
「まぁ、そうですね。特に、オレって信頼ないですし」

 だが、瀬流彦は用心深いため、罠である可能性を考慮して明確な言質を取らせない。

 今回の西の事件を受けて、アセナと近右衛門が共謀して東の「野心がある輩の炙り出し」を行っている可能性もあるからだ。
 もちろん、そんな可能性は低い。将来的には西を背負うであろうアセナに東の裏事情を知らせるような真似はしない筈だ。
 しかし、だからこそ怪しい。可能性が低いからこそ敢えて実行しそうなのが近右衛門であり、近右衛門に認められたアセナなのだ。
 とは言え、アセナは そのことで気分を害したりはしない。むしろ、それくらい慎重でなくては長は任せられない と考えているからだ。
 そう、こんな可能性すら否定できない程度の信頼関係しか築けていないことを問題視すべきで、気分を害するところではないだろう。

 そんな諸々の事情を鑑みて、アセナは「まぁ、今のところは こんなものだろう」と納得する。

「だけど、信用はしているよ? 西での実績も評価しているし、将来にも期待しているからね」
「……ならば、更にブッチャケましょう。実は、その『将来』のために協力して欲しいんです」
「つまり、『将来有望だとわかっているのなら、先行投資として力を貸せ』ってところかな?」
「いいえ。西は西に任せて、東は東に任せて、オレはオレの成すべきことをしたいだけですよ」

 西は赤道に任せ、東は瀬流彦に任せ、アセナは魔法世界を『どうにか』する。それがアセナの予定だ。

「……気のせいかな? 今、『西の長になるつもりなどない』って聞こえた気がするんだけど?」
「ええ、その通りですね。西は赤道さんに任せて、東は瀬流彦先生に任せたい所存ですからねぇ」
「あ、あれ? キミが西の長になるための助力を得る目的でボクに声を掛けたんじゃないの?」
「え? 何ですか、その超解釈? その予定だったら、『学園長先生の後釜』とかって話はしませんよ」
「いや、『西の長になるのを手伝え。その見返りに東の長になるのを手伝う』的な解釈だったんだけど?」

 瀬流彦の解釈は的外れではないだろう。むしろ、順当だ。単純にアセナの予定が突飛なのだ。

「それだと傀儡にすることを見越した申し出になりますよね? それなら、もっと扱いやすい人に声を掛けますって」
「……まぁ、そりゃそうだね。ボクでも そうするし。って言うか、キミはそこまで考えちゃうタイプなんだねぇ」
「それがどんなタイプかは果てしなく謎ですけど……利用できるものは何でも利用するタイプだ とは思いますね」
「なるほどねぇ。いやぁ、キミを見ていると『善き人格者が善き為政者となる訳ではない』って言う話を思い出すよ」

 アセナの『黒さ』に呆れつつも感心する瀬流彦。ここまで黒ければ古狸共すらも化かしてのけるだろう と言う評価だ。

「って言うか、キミなら『飴と鞭』とか『パンとサーカス』とかを実行しそうだね?」
「まぁ、否定はしません。オレが進もうとしている道は『そう言う道』ですからね」
「あ、否定はしないんだ。って言うか、キミの進もうとしている道って修羅道かい?」
「……ここは敢えて『神楽道』とでも言って置きましょうか? 『神蔵堂』なだけに」

 瀬流彦の怖いもの見たさな質問にアセナはくだらない冗句で返す(素直に『覇道』とでも応えるべきだったかも知れない)。

「さぁて、話は以上かな? ボクも暇ではないので、そろそろお暇したいんだけど?」
「さすが、瀬流彦先生。その鮮やか過ぎるスルーに少しだけ痺れて憧れちゃいます」
「……少しだけヒネっているのは、キミにできないことではなかった と言うことかい?」
「さすが、瀬流彦先生。オレにできないタイプのツッコミを平然とやってのけますね」
「いや、そこまで大したツッコミじゃないと思うんだけど? むしろ、ダメじゃない?」
「さすが、瀬流彦先生。オレなら流す部分にもツッコんでくれる優しさはバネェっス」
「もう元ネタが何だかわからなくなってるよ? って言うか、むしろバカにされてる?」
「さすが、瀬流彦先生。むしろ、そろそろ繰り返すのも飽きて来たので止めてくれませんか?」
「なら、黙ればいいんじゃないかな? って言うか、キミとの会話は切るタイミングが難しいね」
「さすが、瀬流彦先生。オレも感じていた部分を先取りしてくれるところとか気が合いますね」
「…………あ~~、これはアレだね。もう『ダメだ、こりゃ』って言うしかないところだね」
「さすが、瀬流彦先生。オレも同感です。もう『ダメだ、こりゃ』って言うしかありません」

 華麗にスルーして終わりたかった瀬流彦だったが、アセナのネタ振りに乗ってしまったのが運のツキ。見事にグダグダな会話になったのだった。


 


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オマケ:敢えて汚名を


 ……時間は少し遡る。

 修学旅行より戻ってから宮崎のどかは自身の変化に戸惑っていた。
 何故か、心の真ん中にポッカリと空洞ができたような気分なのだ。
 しかも、それは「とある人物」を見ると 何故かより激しくなる。

 もしかして、自分は恋をしているのだろうか?

 いや、違う。これは恋焦がれる想いではなく、空虚なものだ。
 恋と言うよりは、むしろ失恋の方がシックリと来る感覚だ。
 まぁ、そうは言っても、彼女は恋も失恋もしたことがないのだが。
 そう、すべては本を通して想像した感情でしかない……筈だ。

「? どうしたですか、のどか?」

 親友の呼び掛けに思考の海から意識を呼び戻される のどか。
 のどか は本屋と言う愛称の通り、本が大好きで読書を趣味としている。
 この妙な感覚も、何処かで読んだ本の中の誰かと自身を重ねたのだろう。

「……また、『あの人』のことを考えていたのですか?」

 親友――綾瀬 夕映は のどかの視線を追った後、何かに合点すると呆れ混じりに のどかを茶化す。
 のどかの視線の先には、夕映が『あの人』と表現した人物――「神蔵堂 那岐」と言う少年がいた。
 修学旅行以来、のどかが彼を見つめては呆けている姿を夕映は何度も目撃しているので当然の反応だろう。

「ち、違うよ、ゆえー。そんなんじゃないよー」

 のどかは慌てて夕映の勘違いを正す。そう、そんな感情ではないのだ。
 むしろ、そんな感情だったら、どれだけ素晴らしいことだろうか?
 きっと、彼に近付くために自分は積極的な人間になれていただろう。

 ……だが、悲しいかな、現実は違う。

 彼を見ても沸き起こるのは恋焦がれる感情ではなく、単なる喪失感だ。
 失ってしまった何かを思い出そうとしているような、妙に悲しい気持ちだ。
 先程も表現した様に、恋と言うよりも失恋と言う方が相応しかった。

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 超との対話(32話参照)を終えたアセナは のどかを呼び出した。その目的は「ハーレム計画の阻止」である。

 あやかすら遠ざけるアセナが、あやかよりも大切にしていない他の女のコを傍に置くだろうか?
 もしかしたら、大切なので遠ざけたのだから大切ではないのなら傍に置く? ……そんな訳がない。
 そもそも、アセナは危険に巻き込みたくないから遠ざけたのであって、大切さは本質ではない。
 つまり、のどかを含めて他の女のコを傍に置くつもりなど最初からアセナにはなかったのである。

 だからこそ、アセナは のどかに「ハーレムの建設はやめて欲しい。オレには背負い切れない」と宣言した。

「え? 何を仰ってるんですかー? 意味が良くわからないんですけどー?」
「だから、修学旅行の時に話した『ハーレム計画』を中止してもらいたいんだよ」
「……つまり、いいんちょさん単独ルートを選ぶ と言うことなんですかー?」
「違うよ。言わば、孤独エンドだね。今のオレには誰とも一緒になる余裕はないんだ」

 のどかの声が平坦になっていくのを感じながらも、アセナは毅然とした態度を変えない。

「………………何で……今頃になって、急にそんなことを言い始めたんですか?」
「修学旅行の最後に『オレがとても危険な境遇にある』ことがわかったからだね」
「それはつまり危険に巻き込みたくないから孤独を選ぶと言うことなんですか?」
「うん、そうだね。オレは『守る』どころか『守られる』程度でしかないからね」

 のどかの口調がおかしくなって来ているが、それでもアセナは臆することなく応える。

「危険なんて関係ない、私はどうなっても構わない、だから貴方の傍にいさせて欲しい、それでも?」
「その気持ちは嬉しいよ? だけど、オレはオレのせいで誰かが傷付くのは耐えられないんだよ」
「そう、『誰か』なんだ、つまり誰でもいい訳で、私じゃなくても傷付つく『誰か』が嫌なんだ」
「違うよ。『誰か』って言うのは、オレにとって大切な『誰か』のことだ。大切だから気にするんだ」

 どうやら意図せずに地雷を踏んでしまったようだ。気付けば、のどかの瞳は濁っていた。

「嘘だ、それは私を納得させるためだけの残酷な嘘だ、だって貴方は嘘吐きだから、
 貴方は あの女しか見ていないクセに気付かない振りをしている嘘吐きでしょ?
 だから私は貴方の傍にいるためにハーレムを許容した、許容せざるを得なかった、
 でも それなのに貴方は それすらもダメだと言う、危険だからと傍にいるなと言う、
 私は危険でも構わないと言っているのに貴方は自分がツラいからダメだと言う、
 私はただ貴方の傍にいたいだけなのに貴方はそれを許さない、いや許してくれない、
 なら どうすればいいの? どうすれば貴方の傍にいられるの? 教えて? ねぇ、教えてよ!!
 私は貴方のためなら何でもする!! 何でもできる!! 何でも耐えられる!! だから傍にいさせて!!
 ねぇお願い!! お願いだから傍にいさせて!! 貴方がいないとダメなの!! 傍にいさせてよ!!」

 アセナは踏んだ地雷のフォローを試みたが、どうやら それも意味を成さなかったようだ。

 かなり聞き取り難い口調で かなり病んだことを話し続ける のどかにアセナは思わず冷や汗を垂らす。
 逆に言うならば、これだけのヤンデレ具合を見せられても冷や汗を流す程度で済ませているのだが。
 普通ならば逃げ出していてもおかしくない。もしくは、腰が抜けて逃げられずに呆然としているだろう。

「……ならば、仕方がないね」

 アセナは軽く嘆息すると『睡仙香』を取り出し、のどかに振り掛ける。落ち着かせるよりも眠らせてしまった方が早いと判断したのだ。
 もともと「説得はできればいい」程度に考えていたため説得の失敗は想定内であり、当然 説得が失敗した後の対応策も用意してある。
 それ故に、説得の失敗を悟ったアセナはのどかを眠らせることに躊躇がなかったのである(まぁ、ここまでヤンデレるとは想定していなかったが)。

 そして、眠らせた後は のどかと共にエヴァの家に『転移』で向かい「こんなこともあろうか」と待機していたエヴァに『処理』を頼む。

「一応、確認して置くが……本当に『封鎖』でいいんだな? 『消去』の方が後腐れがないぞ?」
「まぁ、エヴァの言う事にも一理あるとは思う。でも、やっぱり『消去』はオレの流儀に反するよ」
「……まったく、厄介事を厭うクセに進んで厄介な方を選ぶとはな。実に難儀なヤツだよ、貴様は」
「かなり面倒なヤツだろ? だから、見捨てたくなったら、いつでも見捨てていいからね?」
「ハッ!! くだらん寝言は寝てから言うんだな。途中で捨てるくらいなら、最初から拾わんさ」

 ここで言う『消去』とは記憶を削除する処置を指し、『封鎖』とは記憶を封じる処置を指す。

 当然、削除された記憶を復帰するのは困難であり、封じられた記憶を復帰するのは割と容易い。
 特に、のどかに施されたものは『ある出来事』が起きるだけで解除されるようになっている。
 ちなみ、その『ある出来事』とは「アセナが企んでいる『とある計画』の成功」であるらしく、
 その状態になっていれば、アセナの危険は ほぼなくなっているので そう設定してもらったようだ。

 まぁ、だからと言って許される所業ではないことなど、アセナ自身もわかってはいるが。

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 ……以上のような経緯のために、今の のどかはアセナを見ても何も感じなかったのである。
 敢えて感じることを挙げるとすれば、「忘れてしまったこと」に対する空虚感だけだ。
 空虚感を覚えているのではなく、覚えていないから空虚感を感じているだけに過ぎない。

 そして、夕映も『封鎖』を施されたため、自身がアセナを見ても アセナを忘れた のどかを見ても何も感じないのである。

 そんな二人の様子を視界の隅に捉えたアセナは、自分の成したことの罪深さを感じながらも自分の行動が正しかったと判断する。
 アセナへの想いも魔法についても忘れた のどかは、これからは「一般人」として生きることになる。それは、平穏なものだろう。
 もちろん、幸せかどうか は わからない。だが、危険に巻き込むよりはマシだ。それを理由にアセナは自分を納得させているのだ。

 ……これから後、二人が記憶を思い出した時、記憶を弄ったことを怨まれることになるだろう。アセナは既に それを覚悟をしている。

 だが、それ故に、のどかと夕映の記憶を弄ったクセに あやかの記憶を弄ろうともしなかったことに対して、アセナは自嘲を覚える。
 あやかの記憶を弄るのは拒否したのは……どう言い繕っても、あやかに自分のことを忘れて欲しくなかったからに過ぎないからだ。
 言い換えれば、あやかを大切に想っているが故に己のエゴを捨て切れず、結果的に あやかを苦しめていることの証であるからだ。

「…………本当に最低だな、オレは」

 アセナの自嘲的な呟きは誰にも聞かれることはなく、虚空に消えて行くだけだった。
 聞いているものがいるとしたら、それはアセナの声を虚空に届けた風だけだろう。
 それがよりアセナの空虚感を煽り、罪悪感がアセナを苛むことを加速させるのだった。


 


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後書き


 ここまでお読みくださってありがとうございます、カゲロウです。
 当初は軽く修正するつもりだったのですが、修正点が多かったので改訂と表記しました。


 今回は「説明と見せ掛けてSYUGYOUタイム……の筈が何故か暗躍になっていた」の巻でした。

 しかし、瀬流彦のキャラって こんなんで いいんでしょうか? まぁ、いいですよね?
 書いているうちに、何故か原作と掛け離れた腹黒青年になっちゃったんですよねぇ。
 ここまで変わると、最早 名前が同じなだけのオリキャラになってますが、気にしません。
 まぁ、原作キャラのオリキャラ化は今に始まったことじゃないですからね。今更です。

 ちなみに、言うまでもないでしょうが、魔法具製作理論は適当です。デッチ上げです。

 ネギ子の魔法具は常識を覆す代物なんだ と言う説明のためにデッチ上げた理論です。
 最初は「ちょっとした説明」のつもりだったんですけど、書いているうちに乗っちゃいました。
 ちなみに、説明役をエヴァにしたのは他に適任がいかなかったからです。他意はありません。

 どうでもいいですが、のどかのヤンデレ具合がハンパなかいですが……あんなヤンデレちゃんが可愛いと思ってしまうのがボクなのです。


 では、また次回でお会いしましょう。
 感想・ご意見・誤字脱字等のご指摘、お待ちしております。


 


                                                  初出:2011/01/10(以後 修正・改訂)



[10422] 第34話:招かざる客人の持て成し方【改訂版】
Name: カゲロウ◆73a2db64 ID:b259a192
Date: 2013/03/30 22:12
第34話:招かざる客人の持て成し方



Part.00:イントロダクション


 今日は5月15日(木)。

 特筆すべきことは何も起こらず、恙無くネギの魔法具製作の修行は進んでいた。
 もちろん、アセナの戦闘技能の修行(と言う名のシゴキ)も問題なく進んでいる。
 問題なさ過ぎて「もう少しハードにしましょう」と茶々丸が考えたくらいだ。

 それを知らないアセナは幸せなのか不幸なのか……判断は人によって分かれるだろう。



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Part.01:おじいちゃんと一緒


「オレ、この修行が終わったら、故郷に残して来た幼馴染にプロポーズするんだ……」

 イキナリで意味不明だが、アセナは自ら死亡フラグを立てるくらいに疲れていた。
 アセナの気のせいじゃなければ、日に日に修行がハードになっているからである。
 もちろん、アセナの気のせいではない。事実としてアセナの修行はハードになっている。

「敢えて聞いて置くが……その幼馴染とは木乃香のことじゃろ?」

 近右衛門が「違うとは言わさんぞい?」と言う無言の威圧をしながらアセナに訊ね掛ける。
 ちなみに、現在地は学園の中心に位置する『世界樹広場』であり、休日でも人の往来が激しい。
 そのため、アセナと近右衛門が偶然にエンカウントすること自体はおかしいことではない。
 ただ、狙ったかのようなタイミングで話し掛けて来る辺りに作為的なものを感じるだけである。
 特にピンポイントで『幼馴染』と言うキーワードにツッコむ辺りに作為感が溢れている。

「あれ? 学園長先生、何故ここにいらっしゃるんですか?」

 アセナは「今 気が付きました」と言わんばかりの意外そうな表情で訊ねる。
 まぁ、普段から近右衛門は学園長室に籠って書類仕事に勤しんでいるため、
 こんなところ(世界樹広場)にいるのは意外だ。アセナの言いたいこともわかる。

「なぁに、色々と行き詰って来たので気分転換に散歩しとっただけじゃよ」

 近右衛門の語る取って付けた様な理由に「どうせ話をしに来たんでしょ?」と思うアセナだったが、
 態々 触れる部分でもないので、にこやかな表情で「そうですかぁ」とだけ相槌を打って置く。

「そんなことよりも……質問の返答は どうしたのじゃ? まさかのスルーかのぅ?」
「ええ、スルーですね。と言うか、ネタにマジレスされても反応に困るんですけど?」
「いやいや、そこを敢えて反応するのが年寄りへの優しさなんじゃないかのぅ?」
「いえいえ、むしろ深くツッコまないのが若輩者への優しさじゃないでしょうか?」
「いやいやいや、年寄りの道楽に付き合うのが若者の務めと言うものじゃろ?」
「いえいえいえ、若輩者が先達のお相手をするなんて痴がましいにも程がありますって」

 近右衛門は好々爺然として反応し、アセナは好青年然として反応する。両者とも実に『いい笑顔』だ。

 傍から見たら仲良く談笑しているようにしか見えないだろうが、実際は皮肉の押収である。
 まぁ、二人にとっては『じゃれ合い』でしかないので、傍から見た感想と大差はないが。
 両者ともストレスを溜めやすい立場でありながらもストレスを発散できる対象が少ないのである。

「……ところで、木乃香への魔法バラしの件は どうなっとるのかのぅ?」

 一頻り「皮肉の押収と言う名のストレス発散」を楽しんだのか、近右衛門が深刻そうな表情をして訊ねる。
 言葉の意味としては「修学旅行が終わって随分と経つけど、まだバラさないの?」と言ったところだろう。
 きっと、詠春から「木乃香への魔法バラしは那岐君に一存しました」とか言う報告を聞いているのだろう。

「詠春さんに伝えてあるので既に御存知でしょうが……その件はアルビレオに『溺れた時』の記憶を復活させてもらってからの予定です」

 当然、それはアセナも想定の範囲内のことであるためアセナは特に慌てることはない。
 むしろ「条件についても聞いている筈ですよね?」と言わんばかりに余裕だ。
 と言うか、そもそもアセナに一任されているので近右衛門は文句を言えないのだが。

「うむ、それは知っておる。じゃから、サッサとアルに会わんかい と言っておるつもりなのじゃが、そうは聞こえんかったかのぅ?」

 もちろん、近右衛門も『溺れた時』の事情は聞いているし、アセナが「木乃香に怯えられること」を恐れていることを理解もしている。
 だが、それでも近右衛門は可及的速やかに木乃香に魔法を知ってもらいたいのだ(何せ、そのために木乃香とネギを同居させたくらいだ)。
 今回はアセナが尽力してくれた御蔭で木乃香は魔法を知らないまま無事に切り抜けられたが、今後も そんな幸運が続くとは思えないからだ。

「これも御存知でしょうが……修学旅行から帰って直ぐ(30話の直後)に会いに行ったんですけど、生憎と留守だったんですよねぇ」

 とは言え、アセナもアルビレオに会うのを拒んでいた訳でもサボっていた訳でもはない。
 むしろ、アセナは「早くアルビレオに会って記憶を復活させたい」と願っているくらいだ。
 ただ、運が悪いのか間が悪いのか、アセナは何度も尋ねているがアルビレオは不在だったのだ。

 と言うのも、アセナがアルビレオの住処である麻帆良の地下へ赴いたら、扉に『留守である旨が書かれたメモ』が貼ってあったのである。

 当然、アセナは「あれ? アルビレオって外出できないんじゃなかったっけ?」と疑問に思い、詠春にアルビレオがいないことを尋ねた。
 原作では、アルビレオは麻帆良祭の期間中のみ麻帆良学園内限定で(しかも幻影でしか)外出できない筈だったのでアセナの疑問も尤もだろう。
 まぁ、原作と『ここ』ではアルビレオの設定が違うだけかも知れないが……詠春の説明によると、制限自体は『ここ』も同じようだ。

 では、何故に外出できたのか? その答えの前に、アルビレオが原作でネギに『イノチノシヘン』を説明した際のことを思い出してもらいたい。

 あの時、アルビレオはガトウや詠春に変化するだけでなく、調子に乗ったのか、オマケとばかりにネカネやアーニャにも化けていた。
 ガトウは他界しているし詠春は若い姿だったので10年以上前の『半生の書』である可能性は高いが、ネカネとアーニャは違う。
 アルビレオの扮したネカネはどう見ても10年前の姿には見えないし、アーニャに至っては10年前の姿だと赤ちゃんでなければおかしい。

 ……仮に、ネカネやアーニャが麻帆良祭に来たとしたら、何も問題はない。その時に半生を収集したのであれば辻褄が合うからだ。

 だが、もしも来ていないとしたら、10年も麻帆良に引き籠っているアルビレオが どうやってネカネとアーニャの半生を収集したのだろうか?
 その答えは「本体ではなく分身が収集した」である(そもそも、本体は麻帆良地下を離れられず、麻帆良祭の外出も分身による外出だけだ)。
 ただ、麻帆良祭中の分身と普段 使っている分身では『密度』が異なり、麻帆良祭中のは戦闘も可能だが普段の方は存在するだけで精一杯だ。
 そのため、厳密には留守にしている訳ではないのだが……分身を操作することに集中しているため「心が留守になっている状態」だったのである。

「まったく……必要な時には居らずに不要な時は居るのじゃから、アルにも困ったものじゃわい」

 本山襲撃時のアルビレオとの会話(28話参照)を思い出した近右衛門は、一つの仮説を思い付く。
 それは「もしかしたら、アルは『完全なる世界』の調査に行ったのでは?」と言うもので、
 もし それが真実だとすると、調査の目処が立つまでアルビレオは戻って来ないことが予測できた。
 そのため「それならそうと連絡してからにして欲しかったのぅ」と言う本心を混ぜて嘯いた。

「そうですねぇ。しかも、若干イラッと来る書き置きを残していく辺りとか実に困ったものですよねぇ」

 アセナは近右衛門が嘯いていることを感じ取ってはいるが、敢えて そこには触れない。
 触れても流されるか誤魔化されるだけなのは予測できるので、無駄を省いたのである。
 そのため「むしろ、若干じゃなくて かなりイラッとした」と言う本音を抑えて相槌を打つ。

 ちなみに、アセナが『イラッと来た書き置き』とは、以下のような文面であった。

『しばらく自分探しの旅に出ますので、用がある方も用がない方も探さないでください。
 ちなみに「絶対に押すなよ」的な振りじゃないですよ? 絶対に探さないでくださいね?
  P.S. 敢えて言って置きますが、もし探したりしたらステキな呪いを掛けちゃうぞ☆』

 ……特に「掛けちゃうぞ☆」の☆部分にイラッと来たのは言うまでもないだろう。

「まぁ、それはそれとして……わかっておろうが、そろそろ『例の客』が来る頃じゃぞ?」
「ええ、そうですね。では、『お持て成し』の準備に入りますので、そろそろ失礼しますね?」

 まぁ、言うまでもないだろうが、ここで言う『例の客』とはヘルマンのことである。

 経緯から話すと……昨夜、(懲罰の代わりに鶴子の下で性根を叩き直されていた)小太郎にフェイトが接触して来た。
 フェイトは小太郎が西洋魔術師に隔意があることを知っていたらしいので、小太郎は誘いに乗ると考えたのだろう。
 だが、小太郎は誘いを断った。鶴子の『教育』を受けたこともあるが、アセナに手玉に取られたことで考え方が変わったのである。
 誘いを断った小太郎は、自分で麻帆良まで知らせに来る などと言う時間の無駄でしかないことはせずに、普通に鶴子に報告した。
 そして、その鶴子から近右衛門にもアセナにも連絡が来たため、近右衛門もアセナも「麻帆良に襲撃者が来ること」を知っていたのだ。

 ちなみに、余談となるが、近右衛門からはアセナに連絡してはいない。今 話したのが初めての情報提供だ。

 何故なら、近右衛門は既に「自前で情報収集手段は持つべきであること」をアセナに教えていたからだ(20話参照)。
 よって、近右衛門はアセナが既に知っているものとして扱っているし、実際にアセナは知っていた(先程の会話は確認だ)。
 まぁ、仮にアセナが知らなかった場合は、危険な段階になった段階で知らせただろうが、それまでは静観するだけだろう。
 もちろん、アセナも それには気付いているが、それはアセナへの期待の現れでもあるため それについては文句を言わない。

 ただ、「『本題』に行く前に『本題っぽい話題』を挟むのは やめて欲しいなぁ」と言う文句は心の中でグチグチ言うが。



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Part.02:細工は流々、後は仕上げを御覧じろ


『と言う訳で、迎撃の準備はOKかな?』

 近右衛門と別れたアセナは、エヴァに『念話』を送って準備について問い掛ける。
 ちなみに、アセナが現在どこにいるのかは『禁則事項』なのて、ここでは語れない。

『何が「と言う訳」なのか は わからんが、準備は万端だぞ』
『まぁ、前半は軽く流すとして……準備万端なら問題ないね』
『おい!! 軽く流すな!! 貴様は いつも発言が適当過ぎるぞ!!』
『……エヴァ? 今はそんなに余裕がない状態なんだけど?』
『な、何だ、その「空気読めよ」って空気は!? 私が悪いのか?!』
『って言うか、ちょっとは状況を考えようよ? 油断は禁物だよ?』
『うぐぅ……正論なのだが、貴様に言われると無性に腹が立つな』

 あきらかにアセナがエヴァで遊んでいるが、そこは気にしてはいけない。

『まぁ、気になる物言いだけど、とりあえずは準備状況を教えてくれないかな?』
『わかった。まずは小娘についてだが……「修行」と称して「別荘」に匿っている』
『ふむ。と言うことは、エヴァの家が突破されない限りは安全、と言うことだね?』
『ああ、そうだ。ちなみに、周囲の森にタカミチを配備しているので更に安全だな』
『なるほど、それは重畳だね。あ、ちなみに、茶々丸は どうしているのかな?』
『茶々丸はキッチンで私のお茶の準備をして――じゃなくて、待機しているぞ?』
『うん、余裕過ぎる単語があった気がするんだけど……ここは敢えて流して置こう』
『う、うむ。きっと貴様の空耳だからな。あまり気にしない方がいいだろうな』

 あきらかに空耳ではないが、ツッコんだら話が進まないので流すことにする。

『で? 茶々丸に余裕なことをさせているエヴァは一体どんな状況なのかな?』
『わ、私も待機しているぞ? 家の中にいるが敵地にいる心境で警戒をしているぞ?』
『そうなんだ。じゃあ、レベルアップ音が聞こえたのはオレの勘違いなんだね?』
『う、うむ。決して、ドラキー相手にギリギリの戦闘などしていなかったからな?』
『……いや、何を暢気にドラ○エをやってるの? って言うか、せめて音は消そ?』
『い、いや、ち、違うぞ? これはド○クエじゃなくて、トルネコ○大冒険だぞ?』
『うわーい、余裕だねー。しかも、後半は軽くスルーされたから地味に泣きたいな』

 敢えて言うならば、エヴァは自宅警備員なのだろう。いろんな意味で。

『ま、まぁ、タカミチ一人で充分なんだから、余裕なのは当然だろう?』
『昔の人は言いました、「油断大敵、大胆不敵、幼女は無敵」って』
『……いや、あきらかに「油断大敵」意外は余計なんじゃないのか?』
『つまり、「大胆不敵な幼女は無敵だけど油断は禁物だよね」ってことさ』
『わかるようでわからないような言葉だな。って言うか、超解釈だな』
『まぁ、それはともかくとして……準備は万端だけど油断はしちゃダメだよ?』
『ああ、わかっているさ。得られた情報が正しいとは限らないのだからな』

 エヴァの言う通り、鶴子経由で得られた小太郎からの情報が正しいとは限らない。

 もちろん、小太郎を疑っているのではない。小太郎が偽情報を掴まされた可能性を指摘しているのである。
 と言うのも、フェイトが接触して来た旨を鶴子に報告することをフェイトが止めないのが おかしいからだ。
 言い換えるならば、「陽動のために情報を流した」としか思えない程にフェイトの情報の扱いが杜撰なのだ。
 だが、陽動のために情報を流したにしても、ここまであからさま過ぎてはバレバレで陽動にすらならない。
 そのため、「陽動と思わせて実は本命」と言う可能性も捨て切れず、情報が間違っているとも言い切れないのだ。

 ……ちなみに、アセナは原作の知識から「ヘルマンがネギを狙って来る」ことを想定はしている。

 だが、原作は参考程度にしかならないため、その想定が絶対だとは考えてはいない。
 もちろん、「ヘルマンがネギを狙って来る」と言う可能性が高いのは間違いない。
 ただ、その可能性は絶対ではない。アセナは別の襲撃者が来る可能性すら考えている。

 そのため、アセナは「陽動の可能性」も「陽動に見せ掛けた本命の可能性」も捨てずに気を張っているのである。

『……しかし、ヤツ等の目的は小娘だけなのか? 貴様も危険なのではないのか?』
『多分、オレ(黄昏の御子)のことはバレていないから、オレは安全だと思うよ』
『確かに、貴様の正体が露見するような事は起きてはいないのでバレてはいないが……』

 何せ『別荘』で試したのがアセナの体験した最初の『魔法無効化能力』だったのだから、アセナの正体がバレる可能性は極めて低い。

『他の原因で――つまり、貴様の容姿とか境遇とかからの類推でバレる線もあるだろう?』
『確かに、保護者がタカミチとか、ネギのパートナーとか、あからさまな情報は多いねぇ』
『しかも、近衛 詠春に預けられていたし、近衛 木乃香の婚約者として認められたしな』
『一応、名前は変えたけど……それもガトウさんと英雄様の組み合わせでしかないしねぇ』
『だが、あからさまだからこそ、相手は「そんな訳がない」と思い込んでくれる、か?』
『まぁ、そう言うことだね。あからさまに怪しい情報って罠だと思っちゃうんだよねぇ』

 30話でタカミチと話した時は そこまで気が回らなかったが、こうして考えると逆にアセナ(明瀬那)でもよかったかも知れない。

『って言うか、むしろ「逆にオレがダミーなのかも知れないなぁ」って気分になるんだけど?』
『いや、それはないな。貴様の「完全魔法無効化能力」は稀少過ぎてダミーを用意できないんだよ』
『ああ、なるほど。境遇や顔なら魔法や科学でどうにでもなるけど、それは再現不可能なんだ』
『そもそも、「完全魔法無効化能力」を簡単に用意できるのなら貴様を隠す必要はないだろう?』
『確かにね。稀少な能力だからこそ狙われるのであって、稀少じゃなければ狙われないねぇ』
『まぁ、「黄昏の御子」の価値は「完全魔法無効化能力」だけではないから一概には言えんがな』

 エヴァの指摘に『黄昏の御子』が『世界の終わりと始まりの魔法』の鍵であることを知るアセナは『そうかもね』としか答えられなかった。



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Part.03:雨天の来訪者


 午後から降り始めた雨脚が強まり、激しい雨が世界を包んだ頃……

 一つの影が麻帆良学園都市内を さまよっていた。いや、正確には『何か』を探すように歩き回っていた。
 やがて、影――黒い帽子に黒い外套を身に纏った黒尽くめの老紳士然とした男は、目的を補足したようで、
 校舎からも寮からも離れた閑静(と言うよりも、人気のないと表現すべき)森に向かって歩き出した。

「……失礼ですが、どのような御用件で いらっしゃったのでしょうか?」

 男が森に足を踏み入れて幾許かの時が経過した頃、男に声が掛けられた。
 声は前方から聞こえて来たが、男は迷うことなく後ろを振り返る。
 そして、声の主と思われる人物を認めると口元に笑みを浮かべる。

「いや、少々道に迷ってね。明かりが見えたものだから道を訊ねに行こうとしていたのだよ」

 言いながら男は肩をすくめながら後方(つまり、先程まで向かっていた方向)を見遣る。
 その視線の先には薄っすらと明かりが見えており、人家のような雰囲気を漂わせている。
 男の意図は「この先にあるだろう人家に向かっていただけだ」と言ったところだろう。

「そうですか……では、私が御案内いたしましょう。行き先はど ちらでしょうか?」

 声の主――表現が面倒なので身も蓋もなく明かすとタカミチは、男の言葉に頷くと案内役を買って出る。
 つまり、「私が案内すれば道を尋ねる必要はないので、この先に行く必要もないですよね?」と言うことだ。
 ちなみに、言うまでもないだろうが、この先にあるとされている人家とはエヴァのログハウスのことである。

「いや、それには及ばないよ。行き先は変更することにしたからね」

 声の主がタカミチであることを把握すると、男は口元に浮かべた笑みを濃くする。
 先程までの笑みは対人関係を円滑にするために浮かべられていた「作り笑い」だったが、
 今の笑みは心の底から浮かべられた笑みであり、男の歓喜を余すことなく伝えている。

「遠慮は無用ですよ? 『招かざる客人』は『丁重に』持て成すことにしていますからね?」

 タカミチは男の纏う雰囲気から「本当に道に迷っていた」と言う僅かな可能性を捨てた。
 単に道に迷っていたのなら、こんな獲物を前にした肉食獣のような獰猛な笑みは零さない。
 まぁ、よく言われているように、笑顔とは獣が牙を剥いて威嚇することから派生したのだが。

「ふ、ふふふ……ははははは!! それは有り難いね、ミスター高畑。まさか、君がホスト役を担ってくれるとはねぇ」

 タカミチの言葉に男は高らかな哄笑を上げると心の底から嬉しそうに語り、「いやはや、実に嬉しい誤算だよ」と付け加える。
 何故なら、男が望んでいるものは「強者との戦闘」だからだ。その意味では、タカミチと戦えることは喜ぶべき事態なのである。
 まぁ、クライアントのオーダーにはないことだが、オーダーを達成するために排除せねばならない障害だ。オーダーの範囲内だろう。

「最近、諸事情で出張を断っていましてね。その代わりにホスト役を買って出た次第ですよ」

 男の放つ好戦的な空気に対し、タカミチは「仕事の一環として相手をする」と言うスタンスを示すかのように淡々と応える。
 実情としては、被保護者である少年に『お持て成し』を頼まれたから迎撃するのだが、それを漏らすような真似はしない。
 目の前で戦(や)る気を滾らす男が陽動である可能性を示唆されているため、余計な情報を漏らす訳にはいかないのである。

「ほぉう? それはそれは……どうやら、私は運が良いようだねぇ」

 男の望みと反し、男がクライアントから受けたオーダーは「ネギ・スプリングフィールドの威力偵察」だった。
 当然、英雄の子とは言え女子供と戦うのは彼の趣味ではない。少年ならまだしも少女には食指が動かないのだ。
 その意味では『偶然にも』タカミチと言う強者が相手をしてくれる事態になったことは僥倖と言えたのだった。

「さぁ、どうでしょう? むしろ、運が悪いのではないでしょうか?」

 タカミチは男の思考(ある意味では嗜好)を理解しながら、それを軽く否定する。
 自分と戦闘できることは戦闘中毒者(バトル・ジャンキー)には幸運なのだろうが、
 依頼を達成することを考えたら不運でしかない。何故なら依頼を達成できないからだ。

「ハッハッハッハッハ!! それは試してから判断しようではないか!!」

 男はタカミチの挑発とも取れる言葉に再び哄笑を上げて応えると、それまで辛うじて抑えていた殺気を開放する。
 そして、ボクシングのような構えで臨戦態勢を取ると「あめ子!! すらむぃ!! ぷりん!!」と謎の単語を連呼する。
 その瞬間、タカミチの周囲――前面と背後と足元の三方向の水溜りから『何か』が飛び出し、タカミチに殺到する。

 それは、液体の特性を持ちながら固体のような形状を取る魔法生物、スライム。

 スライムにとって形はあってないようなものだが、そのスライム達は3頭身くらいの少女の姿を取っていた。
 常人ならば高速で向かって来る彼女達の姿を視認することなど不可能だろうが、タカミチは常人ではない。
 むしろ、常人と比べるべくもない動体視力を持つタカミチは、少女の姿であることすらキチンと視認していた。

 しかし、だからと言って、それはタカミチが彼女達を迎撃することを躊躇う理由にはなり得ない。

 もちろん、嫌な気分にはなる。だが、それだけだ。攻撃を躊躇って、自身を危険に晒すようなことはない。
 守るために拳を振るうタカミチには「守るべき者の脅威となる可能性を持つ存在」を容赦する余裕などない。
 結果、「パパパァン!!」と言う快音が響いた後に残ったのは、泥水に混じったスライムの残骸だけだった。

「……ふむ。今のが噂に名高い『無音拳』かね?」

 男が臨戦態勢を取ったためにタカミチは男の方に注意が向いていた。つまり、完全な不意打ちになっていた筈だ。
 しかも、相手はスライムとは言え少女の姿をしていた。一瞬でも迷えば不意打ちとの相乗効果が得られただろう。
 だが、それなのにもかかわらず、タカミチは攻撃を受けるどころか迎撃すらも成功させて返り討ちにしてしまった。
 それに、男が捉えた視覚情報では、タカミチはポケットから手を抜いただけでスライム達を吹き飛ばしていた。
 自身が予想していた以上に強敵であるタカミチに興奮を覚えた男は、敵である筈のタカミチに情報の確認を行う。

「さぁ、どうでしょう? そう呼称することが許されるレベルに達した自信は まだありませんよ、招かざる客人さん」

 本来ならば、バカ正直に答える必要はない。情報を漏らす意味などないのだ。だが、それでもタカミチは情報を漏らした。
 それは、一種の鼓舞だ。この程度の情報が漏れたところで自身の勝利は揺るがない と言う決意表明のようなものだ。
 そもそも、タカミチはガトウより『無音拳』を習っていたが、タカミチが『無音拳』を修める前にガトウは他界してしまった。
 故に、タカミチは自身の未熟な技法を『居合い拳』と呼称し、ガトウのレベルに達していない自身への戒めとしていた。
 研鑽を重ねた日々を思えばガトウのレベルに達したと言ってもいいくらいの自負はあるが、慢心はしたくなかったのだ。
 だからこそ、今のタカミチは『無音拳』であることを肯定はしないものの『無音拳』であることを否定もしない。

「ああ、そう言えば、名乗りは まだだったね? 私の名はヴィルヘルム・ヨーゼフ・フォン・ヘルマン。伯爵級の悪魔さ」

 男――ヘルマンは口元を歪めながら「まぁ、没落したので元伯爵と言うべきかも知れないがね」と付け加える。
 そして、優雅な所作で帽子を外すと、老紳士然とした その相貌を徐々に醜悪な それ へと変えて行く。
 その貌は凹凸のない のっぺら なものだが、だからこそ醜く開く口と、禍々しく灯る双眸が際立っていた。

 そう、それは見る者に嫌悪を呼び起こさせる独特な形状の角と相俟り、まさに『悪魔』を体現したような外貌だった。



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Part.04:銀髪幼女のお誘い


「……ふむ。やはり、『陽動に見せ掛けた本命』なんだろうねぇ」

 タカミチとヘルマンの様子を『遠見の鏡』で窺っていたアセナは、事態を観察しつつ考察に努めていた。
 先程も話題にしたが、襲撃情報が駄々漏れであったので、ヘルマンの襲撃は陽動である可能性が高い。
 いや、むしろ、ヘルマンが堂々と麻帆良に乗り込んで来たことも含めて考えると、陽動ではない訳がない。
 しかし、陽動ならば別に本命がある訳だが……アセナの考えでは、ネギ以上に本命と成り得るものがないのだ。

 それ故に、アセナは「やはり陽動に見せ掛けた本命だろう」と結論付け、戦いの観戦に興じることにした、のだが……

「まぁ、実に興味深い見解だけど……事実は もっと単純で、本当に陽動なんだけどね?」
「……あれ? おかしいなぁ? オレしかいない筈なのに誰かの声が聞こえて来たぞ?」
「ノックをしなかった非礼は詫びよう。だけど、ノックをしても変わらなかっただろう?」

 背後から掛けられた聞き覚えのある声に「妄想であってくれ」と願うも、振り向くと そこには無慈悲な現実――銀髪幼女の姿があった。

「確か、フェイトちゃんだっけ? 何で『ここ』にいるのかな? 説明してくれないかな?」
「……そんなの決まっているだろう? キミに会いに来た以外に『ここ』にいる理由はないさ」
「あ、いや、『オレの部屋』って意味じゃなくて、『麻帆良』って意味だったんだけどなぁ」

 『フェイトちゃん』と言う呼称に少し照れている銀髪幼女――フェイト。だが、想定外の事態に いっぱいいっぱいになっているアセナは気付かない。

「って言うか、麻帆良が誇る『学園結界』の一つ、『転移妨害』 はどうしたのさ?」
「それは単純に麻帆良の近くまで『転移』して後は『瞬動』を使って来ただけだね」
「へ~~、そーなんだー。てっきり、本山みたく結界を破って来たのかと思ったよ」
「麻帆良の結界は『蟠桃』の御蔭で強力だからね、さすがに破るとバレちゃうよ」

 つまり、破ることは可能、と言うことだろう。ただ単に、侵入がバレる恐れがあるので破らずに違う方法で突破して来ただけのようだ。

 ちなみに、『学園結界』が破られればエヴァが感知するような仕組みになっているので、アセナは破られていないことは把握していた。
 だが、わかっていたからこそ侵入方法が気になり、わからない振りをして尋ねたのである。動揺していても情報収集は怠らないのがアセナなのだ。

「まぁ、それはともかくとして……つまりはオレに『話』があるから来たんでしょ?」
「うん、そうだね。雑談に興じるのもいいけど、本題も話さなきゃいけないね」
「それじゃあ、『お持て成し』の用意をするから、ちょっと待っててくれない?」

 そう言ってアセナはリビングを出てキッチンへ向かう。もちろん、普通に お茶の準備をするためだ。

 アセナは「コーヒーでいいんだよね?」と独り言つと、サイフォンを取り出して上部にコーヒー豆をセットする。
 そして、下部に『麻帆良の美味しい水』を注いだ後「シュッ」とマッチを擦ってアルコールランプに火を灯す。
 自分だけならインスタントでも満足できるが、客を持て成す時はサイフォンを使って豆から淹れる主義らしい。

 特にコーヒーが好きな相手だと妙な気合が入り、思わず「美味しい」と言わせることに情熱を注いでしまうそうだ。

 繰り返しの話題になるが、ここまで来ると それがアセナの性分でありウェイターとしての性であるのだろう。
 ちなみに、火を灯す際にマッチを使うのはアセナの こだわりだ(曰く「ライターだと情緒が足りない」らしい)。
 また、完全な余談となるが、豆はマスターが丹精込めてブレンドしたものをアルジャーノンから購入している。

 コーヒーを淹れ終わった後は茶菓子として常備の缶詰クッキーを皿に盛り付け、それらを手にリビングに戻る。

 リビングに戻ったアセナを迎えたのは、呆然としたような表情でキッチンの方を見ているフェイトだった。
 アセナとしては、フェイトはリビングでソファーにでも座って寛いでいるものだと思っていたので、
 何でキッチンを見ているのか検討も付かない。せいぜい、「毒でも入れると思ったのかな?」くらいだ。

「…………今の、何だい?」

 フェイトの視線はサイフォンに固定されているようなので、サイフォンのことを訊ねているのだろう。
 原作からコーヒー党だと思っていたので、アセナはフェイトがサイフォンを訊ねる理由がわからない。
 だが、フェイトの視線から考えると、サイフォン以外のことを訊ねているとも思えないのである。

「え? 『今の』って、サイフォンのこと?」

 アセナが確認のために訊ねると、フェイトはコクコクと しきりに首を縦に振る。
 その仕草が小動物のようで、見た目(美幼女)によく似合っていたため、
 不覚にも(危険満載な相手に)萌えてしまったことはアセナだけの秘密だ。

 そんなアセナの様子に気付いていないのか、フェイトは「あれがサイフォン……」と呟いて言葉を続ける。

「情報では聞いたことがあったけど、実物を見るのは これが初めてだよ」
「へー、そうなんだー。今でも使っている店は結構あると思うけどなぁ?」
「へぇ、そうなのかい? でも、今まで置いてある店はなかったなぁ」
「まぁ、今はドリップ式の方が主流だからねぇ。置いてある店の方が少ないさ」
「……じゃあ、何でキミは主流ではないサイフォンを使っているんだい?」
「色々と理由はあるけど、一番の理由は『理科の実験みたいで面白いから』だね」
「うん、まぁ、確かに見ていて面白かったね。それについては同意して置くよ」

 どうやらフェイトはサイフォンのことを知識としては知っていたが実物を見たことがなかったようだ。

 まぁ、世界を飛び回っているとは言っても、やっていることは工作員みたいなものなので仕方がないだろう。
 それに、諸々の活動をするために知識を与えられている とは言っても、一般常識そのものは少ないみたいだし。
 だから、コーヒー党でもサイフォンを見たことがなくても おかしいことではない。そう、アセナは結論付けた。

「……で? 態々 敵地に忍び込んで来てまで話したい本題って何なの?」

 アセナとしては このまま雑談に興じても構わない。むしろ、趣味の合う者(コーヒー党)との雑談は望むところだ。
 だが、フェイトの立場を考えると、そうも言っていられない。邪魔が入る前に本題を片付ける必要があるだろう。
 本山の時の契約(フェイトの質問にアセナが答えている限り、フェイトはアセナに攻撃できない)があるため、
 アセナはフェイトから攻撃される心配はないが、フェイトの方はアセナの救援が来たら戦闘になる心配があるからだ。
 もちろん、戦闘中は思わぬアクシデントが起こる(攻撃の余波に巻き込まれる等)可能性あるので戦闘は避けるべきだ。

「じゃあ、単刀直入に話すけど……キミ、ボク達の味方になってくれないかい?」

 フェイトとしても雑談に興じたい気持ちもあったが、本題を話さねばならないのは確かだ。
 そのため、遠回しな表現をして時間を無駄にすることを避け、単刀直入に語ったようだ。
 まぁ、さすがに「時間が余れば再び雑談に興じよう」などとは考えていないだろうが。

「え~~と、それは何の味方かな? ちなみに、既に『すべての美幼女の味方であること』は自負しているよ?」

 想定外のセリフに戸惑ってはいるが、冷静さを失った訳ではない。当然、アセナは自分が何を口走っているのかキチンと理解している。
 では、自分のセリフが相当ヤバいことを理解しているのにもかかわらず何故に口走ってしまったのか? それは、誤魔化すためである。
 自身が『黄昏の御子』であることを明かす気のないアセナは、『完全なる世界』のことを知らないことにして置くために誤魔化したのである。

「まぁ、端的に説明すると『世界を救済する活動の』かな?」

 アセナの言葉は変態そのものの言葉だったが、突っ込んだ見方をすると自分を『美幼女』と評しているように解釈できるため、
 フェイトは色々と言いたいことはあったが敢えて鮮やかにスルーすることにし、自身の立場を綺麗に言い繕うだけにとどめた。
 いや、まぁ、疑問系になっている辺りで微妙に言い繕え切れていないが、言い繕うとした努力そのものは認めるべきだろう。

 ちなみに、軽く流されたことにアセナは軽くショックを受けたようだ。アセナには否定されるよりも反応されない方がツラいのだ。

「いや、何で疑問系なのさ? 物凄く怪しい香りがプンプンするよ?」
「まぁ、ボク自身、自分達の活動が正しいのか自信がないからね」
「ぶっちゃけた!! このコ、ぶっちゃけちゃいけないこと を ぶっちゃけた!!」

 魔法世界の救済が『完全なる世界』の活動目的だが、それは「何らかの裏がありそうだ」とフェイトも感じているようだ。

「いや、味方に引き込もうとするんだから、隠し事はしない方がいいだろう?」
「まぁ、そうなんだけどさ……でも、節度ってものがあると思うんだけど?」
「……なるほどね。『何事も匙加減が大切だ』とは、こう言うことなんだね」

 フェイトの言動にアセナは「このコ、こんなに人間っぽかったっけ?」と言う的外れでもない感想を持つのみだ。

「まぁ、とにかく、ボク達が行おうとしていることは、人によっては悪に映る行為だと思う。それは確かだ。
 だけど、その行為によって救われるであろう人間がたくさんいるのも、また否定できないことなんだ。
 しかも、ボク達の予定は他の手段に比べて傷付く人間が最小限で済む、と言うオマケまで付いて来るし」

「う~~ん、言わんとしていることは何となく伝わるんだけど……腑に落ちない部分があるんだよねぇ」

 核心部分である『魔法世界の崩壊』と言うキーワードが伏せられているため、
 どうしても話が抽象的になってしまうことはアセナも突っ込むつもりはない。
 つまり、そこを差し引いて考えても明確になっていない部分があるのだ。

「そもそも、キミ達が救おうとしているものは何なの? 人間? それとも、世界そのもの?」

 そう、それは「世界を救う」と言う表現の中に存在する解釈の自由だ。
 人間と言う枠組みを世界としているのか、世界そのものを指しているのか?
 人間にとっては両者は似たようなものだが、厳密には似て非なるものだ。

「…………人間、だと思う」

 長くも短くもない時間を悩んだフェイトは、絞り出すように答えを述べる。
 もちろん、アセナはフェイトの答えに「だと思う、とは?」と追求する。
 味方をするしないは置いておくとしても、正確に考えを把握するべきだろう。

「今までは『世界』を救うつもりでいたんだけど……キミの分類を聞くと、救えるのは『人間』だけだと気付いたんだよ」

 フェイト達の予定は、『リライト』で書き換えた『完全なる世界』に全ての魔法世界人を移住させることだ。
 つまり、『人間』を移住させるために『世界』を書き換える訳であり、救えるのは『人間』だけでしかない。
 言い換えると、世界と言う『入れ物』は救うが、世界を構成する『中身』を すべて救う訳ではないのである。

 フェイトは そのことに気が付き、漠然と感じていた「何らかの裏」をより一層 強く意識する。どうも、胡散臭い と疑念を抱き始めているのだ。

「でも、まぁ、それでも充分にスケールは大きいと思うよ。言い換えれば、世界中の人間を救うつもりなんだろうからさ」
「……もしかしたら、世界中の人間を救うつもりでいたから、ボクは世界を救うつもりになっていたのかも知れないね」
「さぁ、どうだろうね? オレはキミの言葉から類推しただけに過ぎないから、実情が どうなっているのか は不明だよ?」
「確かにキミの言う通りだね。ボクの内心はボク自身で決着を付けることにするよ。キミの肯定を得るのは卑怯だからね」
「卑怯だとしても免罪符――オレの肯定が欲しいなら、いくらでもあげるけど? だって、人間は卑怯な生き物だからねぇ」

 意図的か無意識か はわからないが、アセナはフェイトの欲する「人間」と言う評価を何気なく与える。

 当然、フェイトは喜ぶも、味方になった訳でもない相手に自分の弱みを見せる訳にもいかない。
 そのため、フェイトは「ありがとう、神蔵堂君……」と言う本音を心の中だけで呟くのだった。



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Part.05:我は悪魔を断つ拳なり


「……ならば、こちらも本気を出しましょう」

 悪魔の姿を顕現させたことで圧倒的な威容を見せるヘルマンに対し、タカミチは僅かな怯みもなく対峙する。
 そして、「左手に『魔力』、右手に『気』」と言う一種の自己暗示に近い呪文を唱えて『咸卦法』を発動する。
 ちなみに、『咸卦法』とは『魔力』と『気』の相反する力を合成して力を得る究極技法(アルテマ・アート)で、
 発動させるだけで肉体強化・加速・物理防御・魔法防御・鼓舞・耐熱・耐寒・耐毒などの効果が得られるものだ。
 そう、別名『ヘル・アンド・ヘヴン』だ(ちなみに、不要な説明を敢えてしたのは これが言いたかったからではない)。

「それでは、征きますよ? 『百式 閃鏃拳』」

 準備の整ったタカミチが宣言と共に拳を突き出すと数多の光弾が拳の先――ヘルマンへ殺到する。
 雨霰のように降り注ぐ破壊の光。その一発一発の威力は脆弱だが、着弾を重ねれば地味に体力を奪う。
 量が量なので捌き切れず、着実に着弾を許してしまうヘルマン。絶え間ない攻撃に反撃もできない。

 ちなみに、『百式 閃鏃拳』とは、原作でタカミチが魔物の群れに放った『千条 閃鏃無音拳』の亜種である。

 原作のタカミチでも『千条』が放てたのだから、修行した今のタカミチが『千条』を放てない訳がない。
 単にタカミチは『千』を『百』にランクダウンさせることで連続で放てるようにしていたのである。
 某ダイ大でバーン様が手数で圧倒するためにイオナズンではなくてイオラを連発したのと同じ理屈だ。

「クッ!! あまり……調子に乗ってもらっては困るね!!」

 いつ終わるとも知れない猛襲に このまま反撃の糸口を待って攻撃を耐え続けるのは得策ではない。
 そう判断したヘルマンは「肉を切らせて骨を断つ」覚悟をし、『瞬動』でタカミチに急接近する。
 当然、自分から弾に当たりに行っているようなものなので、受けるダメージは今までの比ではない。

 だが、耐えられない訳ではない。相当のダメージを受けたが、それでも至近距離にまで到達できた。

 タカミチの技は脅威だが、一撃一撃のモーションが少し大きい。そのため、技後に僅かだが隙ができる。
 この距離で このタイミングでならば、タカミチが次に攻撃するよりも早くヘルマンの攻撃が決まるだろう。
 ヘルマンは口を大きく広げ、『瞬動』の直前から溜め込んで置いたエネルギーを破壊光線として放つ。

「――掛かりましたね?」

 だが、光線を放つ直前でタカミチの「悪戯に成功した少年のような声」が聞こえ、ヘルマンは『何か』に吹き飛ばされた。
 もちろん、一瞬の邂逅でのことだ。実際に声が発せられた訳ではない。タカミチの表情から そう読み取っただけだ。
 それでもヘルマンはタカミチの声を聞いたし、タカミチも自分がヘルマンに伝えたいことを伝えた。一種の共感現象だ。

 ……蛇足となるが、ヘルマンを吹き飛ばした『何か』とは、『零式 大槍拳』(つまり、零距離での『大槍無音拳』と同等の攻撃)だった。

 本来、無音拳は拳圧を飛ばす技術であるのだが、タカミチは戦略の幅を広げるために拳圧を飛ばさない技も開発していた。
 まぁ、ぶっちゃけ拳圧を飛ばさずに そのまま殴っただけ(単純な突きと同義)なので、技と言っていいのかは極めて謎だが。

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「…………先の一撃、狙っていたのかね?」

 あの後、吹き飛ばされたヘルマンを待っていたのは、それまでも猛威を振るっていた破壊の驟雨の続きだった。
 まぁ、『零式 大槍拳』だけで充分だったかも知れないが、念には念を入れて『百式 閃鏃拳』を更に叩き込んだのだ。

 そして、ダメを押されたヘルマンは地に倒れ伏しており、悪魔としての姿が解除されて人間形態に戻るだけでなく、徐々に塵に還っている。

「ええ。正面突破しやすいように、態と正面に隙を作って置いたんですよ」
「なるほど。大振りな攻撃手段だからこそ生じた隙だ と甘く見ていたよ」
「いえ、その通りです。大振りだからこそ隙が生じやすいのは道理です」

 降り注ぐ弾幕の中で、一点だけ弾幕の薄いところがあった。ヘルマンは そこを狙ったが、それは罠だったようだ。

「はて? どう言うことかね? 先程の隙は君が狙って作ったものなのだろう?」
「どちらかと言うと、生じてしまう隙を任意の位置に来るように調節したんですよ」
「……簡単に言うが、それを成すには気の遠くなるような研鑽が必要ではないかね?」
「まぁ、そうですね。才能の乏しいボクには、足掻くことしかできませんからね」
「ハッハッハッハッハ!! なるほど!! 弛まぬ研鑽の果てにある強さ と言うものか!!」

 塵に還りつつあるのにもかかわらずヘルマンは呵々大笑する。そこまで満足する程タカミチは強かったのだろう。

「……ところで、いいのかね? 『消滅』が使える者を呼ぶなり、『消滅』ができる魔法具を調達するなりしなくて。
 わかっているだろうが、このまま地に還るのに任せて置けば、私は単に召喚を解かれて『国』に帰るだけだよ?
 しばらくの休眠は必要になるだろうが消えはしない。つまり、再び召喚されて再び君達を襲うかも知れんのだよ?」

「ええ、別に構いません。むしろ、何度でも来て下さい。何度でも返り討ちにして差し上げますから」

 ヘルマンの試すような問い掛けに、タカミチは僅かに迷うこともせずに力強く返す。
 ちなみに、ヘルマンの言う『消滅』とは、悪魔を消滅させるための方法全般を指す。
 ネギが日本に来る前に習得した『上位古代語呪文』が唯一の手段ではないのである。

 まぁ、魔法で『消滅』するのが(呪文を修得してさえいれば)一番 手軽な方法であるのは確かだが。

「しかし、そうだとしても……私を『消滅』させれば、少なくとも私と言う危険性は減るのではないかね?」
「それでも、別に構いませんよ。そもそも これは私闘ですからね、どんな理由でも他者の助力は借りませんよ」
「……私闘? 君は今 私闘と言ったのかね? ……私の勘違いでなければ、私は侵入者なのではないかね?」
「つまり『侵入者を排除する公務だ』と言うことですか? しかし、正門から堂々と進入する侵入者はいませんよ?」
「いやいやいや、目の前にいるだろう? それに、君は『招かざる客人』と私を評したのではなかったのかね?」
「まぁ、あれは言葉の綾ですよ。ですから、他の人間は今回の件には関係ありません。いえ、関わらせません」

 ヘルマンとしては、侵入者である自分と警備員であるタカミチが私闘を行うのはおかしいことだった。だが、タカミチは私闘であることを譲らない。

「ふむ。言いたいことはわかったが……そこまでして今回の件を私闘にしたい理由は何なのかね?」
「単純な話です。彼等を狙ってやって来た命知らずはボクが摘み取る と言う我侭な理由ですよ」
「ほぉう? つまり、君は最初から私の目的がわかったうえでホスト役を買ってくれた と言うことかね?」
「ええ、そうです。ちなみに、余計な邪魔が入らないように警備ルートの『調整』も手配して置きました」
「……なるほど。『侵入者と警備員の戦い』ではなく、あくまでも『襲撃者と守護者の戦い』と言うことか」
「まぁ、そう言えますね。ボクは彼等を守り抜く『盾』であり、彼等の敵を打ち砕く『拳』ですから」
「ハッハッハッハッハ!! 『盾と剣』ではなく、『盾と拳』かね!! 実に君らしいよ、ミスター高畑!!」

 タカミチの言わんとすることを理解したヘルマンは、心の底から満足したような高らかな笑いを上げつつ雨の中に消えていった。



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Part.06:とりあえずの協定


「あ、もう一つだけ聞かせてくれないかな? 人間を救うのはわかったけど……『何』から救うつもりなんだい?」

 ヘルマンとタカミチが雌雄を決さんと拳で語り合っていた頃、アセナの部屋ではアセナとフェイトが語り合っていた。
 そして、アセナが何気なく(を装って)放った言葉により、二人を包む空気は緊張したものに一変していた。
 当然、この質問に答えるとなると必然的に『魔法世界の崩壊』と言うキーワードを語らねばならなくなる。

 先程は核心部分に触れないようにしていたのにもかかわらず、何故に今になって核心部分に触れようとするのか?

 その答えは、「世界を救う」と言う定義を尋ねた時の反応が人間らしかったから と言う何とも言えない理由だ。
 自分の成そうとすることに疑問を持ちながらも進まねばならない。それは、人形にはできない人間らしい生き方だ。
 そんな人間らしいフェイトが『何』から人間を救おうと答えるのか? アセナは その疑問に好奇心を刺激されたのだ。

「…………その問いに対しては『核心』に触れずに答えることはできない。だから、すべての事情を説明しようと思う」

 どのような答えが出て来るのか、プレゼントを前にした子供のような心境で待つアセナに与えられた答えは「種明かし」だった。
 アセナとしては「その質問に答えるのは仲間になってからだよ」と言った答えを予想していたので、この答えは実に予想外だ。
 もちろん、「説明を聞いたうえで誘いを断るならば、説明した内容についての記憶は消させてもらうけどね」と言う条件はあったが、
 それでも、自分を味方にするためだけにフェイトが事情を説明するとは考えていなかったので、アセナには驚天動地の出来事だった。
 フェイトは驚愕していたアセナに気付かなかったのか、『結界』を張って『覗き見』やら『盗み聞き』やらを封じて説明をし始める。

 その話を まとめると、以下の様になる(大分裂戦争の理由は独自設定ですが、基本的に原作沿いの説明ですので読み飛ばしても問題ありません)。

 そもそも、魔法世界は魔法によって作られた世界であるため、人造世界の持つ宿命である『存在の限界』――つまり、世界崩壊の危機にある。
 そして、亜人(純魔法世界人)は魔法世界の一部として造られた存在であるため、魔法世界が崩壊すれば必然的に消滅してしまう運命にある。
 フェイト達『完全なる世界』は その危機に対処するのが目的であり、現在のプランでは魔法世界の全住民を別の世界に移動させる予定である。
 ちなみに、魔法世界で大分裂戦争を起こしたのは、メガロメセンブリア元老院が地球に強制移民(= 侵略)する計画を立てていたから らしい。
 ついでの目的もあったが、地球に侵略する余裕など失くすのが最低限の目的であり、大戦にまで発展したので最低限の目的は達成できたようだ。
 まぁ、『ついでの目的』とは、大戦を利用して『黄昏の御子』を入手し、『リライト』を行って『完全なる世界』に移行させることだろうが。

「……まぁ、信じる信じないは任せるよ」

 長い説明を語り終えたフェイトは、冷えてしまったコーヒーに魔法で熱を加えることで温め、一口だけ啜って「ああ、美味しい」と呟く。
 温めたとは言え出来立てよりは幾分か味が落ちていることを考えると、話に夢中になってコーヒーを冷ましてしまったことが悔やまれる。
 説明を吟味するために与えられた時間だ とわかっていても、そんなフェイトの様子に少しだけアセナが和んでしまうのは仕方がないかも知れない。

「いや、信じるよ。魔法世界が崩壊の危機にあるのもキミ達の目的が『リライト』だったのも聞いていたからね」

 アセナはフェイトにコーヒーを美味しいと言わせたことに「勝った。いや、何に勝ったかは不明だけど」とか考えつつ神妙そうに答える。
 アセナは核心部分を知っていたことをアッサリと告げた訳だが、当然ながら自身が『黄昏の御子』であることまでは教える気はない。
 何も情報を開示しないよりは、ある程度の情報を開示した方が情報を秘匿しやすい と考えたのである。別に情に絆された訳ではない。

 大分フェイトに心を許しているように見えるが、リラックスした状態で話せるようになっただけで、別に信頼も信用もしていないのである。

「……聞いている? と言うことは、タカミチ・T・高畑から説明を受けていた と言うことかな?」
「うん。京都でキミ達(完全なる世界)に気付いたらしくて、知って置いて損はないからってね」
「ああ、なるほど。でも、それなら何でボクの言葉を信じるんだい? ボク達は『敵』だろう?」
「それは、『紅き翼』と『完全なる世界』とのことだろう? なら、オレとキミとのことには関係ないよ」
「しかし、キミは『紅き翼』の一員であるタカミチ・T・高畑に保護されているのだろう?」
「だから、それはタカミチとキミ達の問題だろう? 保護者だけど、そこは区別すべき問題だよ」

 タカミチとアセナの関係を思えばアセナの態度には違和感を覚える。フェイトは間違っていない。

 だが、アセナには態々 敵を増やす趣味はない。敵に回さなくてもいい相手は敵に回さないのがアセナだ。
 そのため、たとえ自分を守ってくれる保護者の敵であったとしても、アセナの敵となる訳ではないのだ。

「オレの敵は『オレに敵対する者』であって、『オレの味方に敵対する者』までは含めていないよ。
 だって、『味方の敵は敵だ』なんてことを言っていたら、この世は敵ばっかりになっちゃうじゃないか?
 ただでさえ、世界って言うのは敵が出来やすいんだから、敵を増やさないに越したことはないだろ?」

「…………神蔵堂君、キミって『変なヤツ』だね」

 フェイトは呆れたように言葉を漏らす。だが、その表情は笑みを形作っている。
 きっと、「タカミチの敵は敵だ」と拒絶されることを恐れていたのだろう。
 フェイト自身にその自覚はなかったとしても、フェイトはアセナと敵対したくないのだ。

 ちなみに、アセナは『敵の敵は味方だ』と言う意見は利用するタイプなのは言うまでもないだろう。

「まぁ、よく言われるよ。良い意味でも悪い意味でも、ね」
「フフッ、そうだろうね。もちろん、ボクは良い意味で言ったんだよ?」
「ああ、わかってるさ。キミからは悪意を感じなかったからね」
「でも、そう見せているだけで、実は悪意だらけかも知れないよ?」
「それならそれで構わないよ。オレが見抜けなかっただけだからね」

 フェイトは楽しそうに「本当に『変なヤツ』だよ、キミは」と苦笑する。

「まぁ、それはそうと……味方って具体的には どんなことをすればいいのかな?
 さっきの説明で、キミ達の立場や考え方や目的なんかは理解したつもりだよ?
 だけど、味方になって『何をどうすればいいのか』まではわからないんだけど?」

 穏やかな雰囲気はアセナも望むところなのだが、そろそろタカミチとヘルマンの戦いも佳境だ。あまり のんびりしている時間はない。

「それを訊くってことは、ボク達の味方になってくれるつもりだ と受け取っても構わない、と言うことかな?」
「いや、それは内容次第だよ。キミ達の目的は否定しないけど、だからと言って無条件に認める訳じゃない」
「ああ、なるほど。極端な話『魔法世界人を救うために犠牲になって欲しい』とか言う場合も あるもんね」
「まぁ、極端な話だけどね。それでも、無条件で味方になれば『そう言う』要求も可能になる訳でしょ?」
「うん、まぁ、契約上は、ね。だけど、そう言った心配は要らないよ。そんな無茶を言うつもりはないからね」

 二人の話す仮定は、単純に「アセナが魔法世界人を救うことに味方する」と言う『契約』をした場合の話だ。解釈が自由過ぎる。

「ふぅん? じゃあ、どんな無茶なら言うつもりなのかな? あまりにも無茶な場合は当然ながら拒否するよ?」
「……表現が悪かったね。訂正しよう、無茶なことは決して要求しない。キミはただボク達と敵対しないだけでいい」
「え? それだけ? それだけなら『味方になってくれ』じゃなくて『協力してくれ』 でよかったんじゃない?」
「そうなんだけど……キミと敵対したくなかったから『味方になって欲しい』と言う言葉になったんだと思う」
「ふぅん? よくわからないけど、オレもキミと敵対する気はないよ。もちろん、キミが敵対しない限りだけど」

 フェイトが言い難そうに「キミと敵対したくなかった」と言ったのを聞いた時、アセナは ようやく『あること』に気が付く。

 もちろん、それは「あれ? オレと敵対すると、ネギやらエヴァやらタカミチやらを敵にするってことじゃない?」と言う殺伐とした考え方だったが。
 いや、それも間違いではない。むしろ、木乃香の婚約者としての立場や西で勢力を築いていることも考えると、アセナを敵に回すのは得策ではないだろう。
 アセナは『黄昏の御子』としての自分の価値ばかりに目が行っていたが、『黄昏の御子』のことを抜きにしても充分に価値があることに忘れていたのだ。

 とは言え、フェイトが『別の理由』でアセナと敵対したくないことに気付かない のは、さすがに どうかと思うが。

「それじゃあ、話を戻すけど……キミ達に敵対しないってことは、キミ達の活動の邪魔をしないってことで いいのかな?」
「うん、それで構わないよ。これまでに築けた信頼関係では、積極的に味方をしてくれる と言うのは難しいだろうからね」
「そうだね。何せ『命を狙われる』と言う出遭い方をしたんだから、こうして話しているだけでも、かなりの進歩でしょ?」
「……そう、だったね。いや、もちろん、忘れた訳ではないよ? ボクはキミの命を狙った。そのことは決して忘れないさ」
「いや、そんな物騒なことは忘れてくれても一向に構わないよ? って言うか、オレとしては、むしろ忘れて欲しいんだけど?」
「いいや、忘れないよ。話し合うことをせずに武力に訴えたのは実に愚かな行為だった。今では、そう反省しているからね」
「……はぁ、わかったよ。なら、これからは最初に言葉を交わすようにして、肉体言語は最後の手段にするようにすればいいさ」
「うん、わかっているよ。これからは、言葉を交わせるならば言葉を交わす努力をし、武力は最終手段だ と肝に銘じて置くよ」

 フェイトは訓戒の意味として忘れないのだろう。ならば、アセナも忘れることを強要はしない。「わかってくれたなら、それでいい」と頷いて置く。

「で、話を戻すけど……キミ達の邪魔しないだけでいいなら、喜んで味方になろう。何なら『契約』をしても構わない。
 ――と、言いたいところなんだけど、残念なことに、キミ達と敵対関係になる可能性がない訳じゃないんだよねぇ。
 だから、『オレがキミに敵対しない限り、キミもオレと敵対しない』って言う『契約』を結ぶことにしない?
 あ、わかっているだろうけど、対象を『オレ』と限定しているのは『オレの仲間にまで強制ができない』からさ。
 もちろん、オレの仲間がキミ達と敵対しないように努力はするけど、そっちは努力目標ってことにして欲しいんだよね」

 契約とは「締結したもの同士を縛る掟である」ため、第三者までをも拘束する効果はない。

 そのため、アセナにはネギやエヴァやタカミチがフェイト達と敵対するのを止める『義理』はあっても『義務』はないのである。
 とは言え、良好な関係を築くためには『義理』を果たすべきである。それ故に『義務』はなくても、ほぼ『義務』と変わらない。
 『義務』に近い『義理』。アセナが『努力目標』と表現したのは、大袈裟な表現でもなければ控え目な表現でもなかったのである。

「……うん、いいよ。キミの言う条件で『契約』を締結しよう」

 僅かに考えた後、フェイトは頷きつつ『ギアス・ペイパー』を取り出す。
 そして、一切の迷いなく、先程の会話内容を元に契約内容を記していく。

 ちなみに、契約内容は以下の通りである。

  ① 甲が乙に敵対しない限り、乙は甲に敵対しない。
  ② 甲は甲の仲間が乙に敵対しないように努力する。
  ③ 乙も乙の仲間が甲に敵対しないように努力する。

 これで、アセナが甲にフェイトが乙に署名をすれば契約は成立だ。アセナがフェイトに敵対しない限り、アセナの危険度は限りなく低くなるだろう。

「ふぅん? そっちも仲間に手を出させないように努力してくれるんだ?」
「これは取引なんだから、キミにだけ努力させる訳にはいかないだろう?」
「そうかな? 少しでも自分に有利になるように画策するのが取引じゃない?」
「短期的には それでいいだろうけど、中長期的には互いに利を得るべきだろう?」

 にこやかに談笑をしながらも、フェイトは乙の欄に『フェイト・アーウェルンクス』と署名する。

「と言うか、キミ……わかっていてボクを試してるだろう? それくらい、わかるよ?」
「さぁ、どうだろうね? オレ、傲慢で利己的だから、平気で相手を騙せるんだよ?」
「でも、それは日常生活に限ってのことだろう? 交渉で下手を打つ訳がないさ」
「うわーい、すっごい信頼感。小心者なオレにはちょっとプレッシャー過ぎるなぁ」
「小心者……ねぇ? 俗に言う『防弾ガラス製のガラスのハート』ってヤツかい?」

 爽やかに談笑をしながらも、アセナは甲の欄に『神蔵堂ナギ』と署名――することはない。

 何故なら、この場にいるアセナはダミーであり、そのダミーを安全圏にいる本体が『遠隔操作』していたからだ。
 ちなみに、本体の居場所はエヴァの家のリビングであり、エヴァと『念話』をしていたのは偽装である。
 まぁ、エヴァはエヴァの部屋で『待機』をしていたので、会話をするには『念話』が必要だったのだが。
 つまり、ヘルマンを「陽動に見せ掛けた本命」と考えつつも陽動の可能性も捨てていなかったのである。
 実に用意周到だが、京都でダミーを陽動にしてフェイトが自分に接触して来たことを忘れていなかったのだ。

「いやいやいや、某カヲル君風に言うと、オレの心はガラスの様に繊細なんだよ?」

 そんな訳で、アセナは自分が署名する段階になったので、近くまで『転移』して来て優雅に現れたのだった。
 まぁ、優雅と言うか、今までダミーが対応していたことを少しも悪びれずに自然体で言葉を紡いだのだが。
 ちなみに、フェイトがアセナの『転移』に気付かなかったのは『結界』の影響と会話に夢中だったから だろう。

 ところで、ノックすることもなくドアから現れて開口一番に先のセリフを言えたアセナは偉大かも知れない。

「……いや、それだと『防弾ガラス製』の反論になってないよ? 同じガラスだもん」
「た、確かに……ならば、ここは『砂上の楼閣のように脆い』とか言ってみようか?」
「確かに『脆さ』は表現できているけど……『儚さ』よりも『虚しさ』の方が強くない?」
「むぅ、確かに。って言うか、そろそろ この話題やめない? 引っ張るネタじゃないよ?」
「まぁ、そうだね。ついつい引っ張ってしまったけど、引っ張るネタではなかったね」

 しかし、そんなアセナに大したリアクションをすることなく話を続行したフェイトの方が偉大かも知れない。

 少なくとも、文句の一つくらい言われることを覚悟――いや、想定していたアセナは、普通に対応されて困ったようだ。
 具体的に言うと、思わず『砂上の楼閣』とか言う微妙な表現をしてしまったくらいに困っていたらしい。
 まぁ、困りながらもダミーから受け取った『ギアス・ペイパー』に署名したため契約は無事に成立したが。

 ……ここで、フェイトの真名(テルティウム:Tertium)が記されていないことに疑問を覚えるかも知れない。

 だが、それを言うならば、アセナだって真名は「アセナ・ウェスペル・テオタナトス・エンテオフュシア」だ。
 つまり、『ギアス・ペイパー』が発動するのに必要なのは『直筆の署名』であって『真名の署名』ではないのだ。
 まぁ、仮に真名が必要でも(『黄昏の御子』としてモロバレな)真名を書くことだけは拒否しただけだろうが。

 ちなみに「名は体を現す」とは言うが、魔法的には「名前は本質ではない」ので、真名か偽名か は そこまで重要ではないのだ。

「ところで、オレが現れたことに関するリアクションがないのは何故なのかな?」
「まぁ、想定の範囲内のことだったからね。キミが登場しても驚かなかっただけさ」
「へぇ? つまり、オレならダミーを用意しているだろう と思われていたって訳?」
「京都でダミーを多用していたし、『結界』を張った時に違和感を覚えたからね」
「……なるほど。『遠隔操作』のラインが切れなかっただけも善しとして置こう」

 ちなみに、アセナがダミーを『自律行動』にしなかったのは、勝手に動かれると困るからである。前回(外伝その1)で懲りているのだ。

「さて、と。あまりノンビリもしていられないから、そろそろ失礼させてもらうよ?」
「ああ、そう言えばそうだね。それじゃあ、『また』会えたら、『また』会おうか?」
「……うん、『また』会えたら、『また』会おう。そして、今度は もっとゆっくり話そう」

 ヘルマンが還ったため陽動の効果がなくなっている。それ故に、フェイトは名残を惜しみつつもアセナの元を離れたのだった。


 


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オマケ:その頃の未来少女


「ククククク……これハよいものダ――じゃなくて、これハよいものが出来そうダヨ」

 舞台は変わって、麻帆良のどこかにある研究所にて。そこでは、超が秘密裏に開発を行っていた。
 それは、修学旅行中(23話)に思い付き、この前の会談(32話)でアイディアを確定させたもの。
 アセナ専用の護衛用メイドロボ。茶々丸から得られたデータを元に作成されている茶々丸の後継機。
 主人であるアセナへの忠誠心をマックスにするために茶々丸のAIを参考にしてしまった危険物。
 もちろん、32話でアセナに訊いた情報(アセナの好みと判断された諸々の情報)も反映される予定だ。

「クハハハハハ!! キミの目覚めが今から楽しみダヨ『ちゃちゃお』」

 超のセリフから おわかりだろうが……既に名前は『ちゃちゃお』で決定している。アセナに命名させるつもりなど端からない。
 ちなみに、名前は「チャチャゼロ → ちゃちゃ0」と「茶々丸 → ちゃちゃ○」から「ちゃちゃO → ちゃちゃお」となり、
 更に「ちゃ超」と言うニュアンスも込められたので、「もう『ちゃちゃお』以外には有り得ないネ!!」と結論付けられたらしい。
 もちろん、メイドロボと銘打たれている様に女性体であるため、漢字変換すると『茶々緒』となるだろう。『茶々雄』ではない。

「クハ~~ッハッハッハ!! これで『ワタシの科学力は世界一ィイイイ!!』であることを証明できるネ!!」

 当初の予定では「アセナに死亡フラグが多いために保険として用意して置こう」と言う理由で作っていたのだが……
 作っているうちにノって来てしまい、「どこまで兵器とメイドロボを両立できるか?」に意識が移動したらしい。
 どうやら、脱線してしまうと軌道修正をしない限り どこまでも突っ走ってしまう性質は先祖から受け継いだようだ。


 


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後書き


 ここまでお読みくださってありがとうございます、カゲロウです。
 当初は軽く修正するつもりだったのですが、修正点が多かったので改訂と表記しました。


 今回は「タカミチのイケメンタイムに見せ掛けて、フェイトちゃんの独壇場」の巻でした。

 いえ、本当に最初は「タカミチTueeeee!! そして、Kakkeeeee!!」を目指していたんですよ?
 そのためにヘルマンを変態紳士にも変態淑女にもせずに「ただの戦闘狂」にしたんですから。
 にもかかわらず、勢いで出してみたフェイトちゃんを書いている方が楽しくなっちゃいまして、
 気が付くと、タカミチは「何か頑張っていたっぽい」と言う印象しか残っていない始末でした。

 ……どうしてこうなった? と、普通に思いました。自分でもビックリです。

 あ、言わずもがなでしょうが……エヴァとの『念話』でレベルアップ音が聞こえたのはアセナの幻聴ではないです。
 もちろん、『念話』は意思を伝えるだけですので、『念話』でレベルアップ音が聞こえた訳ではありません。
 レベルアップ音は やたらと響くため、リビングにいたアセナでもエヴァの自室の音が聞こえていた、と言う訳です。


 では、また次回でお会いしましょう。
 感想・ご意見・誤字脱字等のご指摘、お待ちしております。


 


                                                  初出:2011/01/29(以後 修正・改訂)



[10422] 第35話:目指すべき道は【改訂版】
Name: カゲロウ◆73a2db64 ID:b259a192
Date: 2013/03/30 22:12
第35話:目指すべき道は



Part.00:イントロダクション


 今日は5月16日(金)。

 ヘルマンの襲撃と時を同じくしてフェイトの来訪があった日の翌日。
 世界を彩っていた雨は既に上がっており、天には青空が澄み渡っている。

 そして、フェイトの危険性を減らすことに成功したアセナの心も澄み渡っていた。



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Part.01:報告会と言う名の事後処理検討会


「……以上を持ちまして、今回の襲撃事件の報告を終えたいと思います」

 放課後、アセナは呼び出された訳でもないのに学園長室に赴き、自発的に近右衛門に此の度の「悪魔襲来事件」の顛末を報告した。
 重複になるので詳細は省くが、報告内容を簡潔に表現すると「ネギを狙った伯爵級悪魔をタカミチが返り討ちにした」であった。
 つまり、フェイトがアセナに接触して来たことを伏せて報告した訳だ。近右衛門が それを把握していることを知りつつも、である。

「ふむ。ちなみに、那岐君は今回の『落とし処』を どう見とるかのぅ?」

 報告を聞き終えた近右衛門が試すような視線を隠しもせずにアセナに問い掛ける。
 つまり、「事後処理の方向性を どうすべきか?」を尋ねてアセナを試しているのだ。
 まぁ、試す とは言っても能力を測る試験ではなく、教育のための試練なのだが。

「……そうですねぇ。『タカミチの実戦訓練のために招き入れた』と言う感じで どうでしょうか?」

 悪魔が麻帆良に侵入したことは隠すべきことでもないので隠す必要はない。
 だが、だからと言って、侵入されたことを そのまま公にしては外聞が悪い。
 そのため、理由があるから敢えて侵入させたことにしよう と言う訳だ。

「むぅ。面白い案じゃとは思うが……それは ちょっとばかり無理があるんじゃないかのぅ?」

 近右衛門としても「理由があるから敢えて侵入させたことにする」ことに異論はない。
 だが、その理由が問題だ。何故ならタカミチに実戦訓練をさせる意味は小さいからだ。
 むしろ、「だったら、麻帆良の外で迎撃すれば よかったじゃないか?」と言われ兼ねない。
 仮に、原作の様にネギが撃退していれば「ネギの実戦訓練」で理由が成り立っただろうが。

「……ならば『西から齎された情報の真偽を確かめるために敢えて招き入れた』とでも言いますか?」
「いや、思いっ切り裏事情を暴露しとるから!! 本国的にはOKじゃが、西的にはアウトじゃから!!」

 事実を捻じ曲げて報告するのはバレた時が面倒だ。そのため「ネギの実戦訓練」を理由にはできない。
 それ故に「いっそのこと本当の理由を公表すればよくね?」と言う逆転の発想が出て来た訳である。
 逆転し過ぎて、西に知られると作らなくてもいい軋轢を作りそうな気がするのが玉に瑕な発想だが。

「まったく、我侭ですねぇ。ならば、前の案を公式見解にして、後の案を本国に非公式で伝えればいいでしょう?」

 近右衛門の反応をタップリと楽しんだアセナは「やれやれだぜ」と言わんばかりの態度で黒い意見を述べる。
 前の案は本国に文句を言われ兼ねないものだったが、後の案と合わせることで文句を封殺できるだろう。
 それを考えると、これが言いたいために二つの意見を言ったのかも知れない。まぁ、真実はアセナしか知らないが。

「ワシが言えた義理ではないとは思うのじゃが……敢えて言おう。その年で随分と腹黒い思考をしとるのぅ、と」

 近右衛門も充分に腹黒い。そう言った自覚はある。そのため、他人の腹黒さを指摘できる立場ではない。
 だが、それでも、アセナの腹黒さは少年とも言える年代であることを考えると指摘すべきレベルだ。
 このままでは誰も信頼できなくなってしまうのではないか と ついつい心配してしまったくらいに。
 まぁ、そうなるように仕向けた節があることも自覚しているため、近右衛門は それを表には出さないが。

「……安心してください。信頼できる相手は少ないですが いますから。それに、もともと腹黒かったのが露呈しただけですし」

 しかし、表に出さなくてもアセナには理解できていたようだ。苦笑しながら近右衛門の危惧を払拭する。
 少なくとも、アセナにはタカミチやエヴァと言う信頼の置ける存在がいる(ネギは暴走するので微妙らしい)。
 それに、那岐と融合したと言ってもナギであることは変わらないため、腹黒さ そのものは変わっていない。

 つまり、近右衛門はアセナの人間関係を心配する必要もないし、アセナを現状に追い遣ったことを気に病む必要もないのだ。

「ところで、『迎撃は可能だったが、目的を見定めるために泳がせた』と言う案も思い付きましたが、これはどうでしょうね?」
「…………ふむ。模範的な解答じゃのぅ。と言うか、普通は そっちの案を言ってから、次の案を言うんじゃないかのぅ?」
「ですが、可もなく不可もない案では物足りないでしょう? ですから、最初からインパクトのある案を述べたんですけど?」
「まぁ、確かに その通りじゃな。毒にも薬にもならん代物では大した効果は得られんのは、言うまでもないことじゃな」
「ええ。それに、『目的を見定めるため』と言いつつも相手の目的を訊き出せなかったので、むしろマイナス効果ですしねぇ」

 湿っぽくなりそうな空気を嫌ったのか、アセナは態とらしく話題を『事後処理』に戻す。

「……はて? 訊き出せなかった とは言え、進路から『予想』は付く筈じゃが?」
「さぁ、どうでしょうか? 『エヴァに匿われたネギが目的』とは言い切れませんよ?」
「つまり、単純に『エヴァを狙って来た』可能性も捨て切れん と言いたいのかのぅ?」
「まぁ、ゼロに近い可能性ですが、ゼロではありませんからね。明言はできませんよ」
「しかし、訊き出せたとしても虚偽かも知れんから、結局は明言できぬことは変わらんぞ?」

 相手の漏らした情報が真実か否か? その裏付けが取れなければ信用に値しない。その意味では、予想と大差がない。

「ですが、尋問の方法に拠るでしょう? 麻帆良には『記憶の再生』なんてことができる人材もいますし」
「いや、そんなことができるのは某変態司書しかおらんし、そもそも当時は不在じゃったから不可能じゃし」
「それでも、『読心』ができるアーティファクトもあるんですよね? それなら用意できたのでは?」
「いや、それこそレア中のレアじゃよ。麻帆良だけでなく本国にも持ち主が確認されとらんのが現状じゃ」
「ならば、戦闘前に『敗者は勝者の質問に偽りなく答える』と言う『契約』をした場合は どうでしょうか?」

 まぁ、尋問の方法次第では裏付けが必要のない情報が得られることは間違いではない(尋問した相手が真実を知っていれば、だが)。

「……ふむ。それならば可能じゃな。そんな『契約』を交わす余裕があれば充分に可能な手段じゃろうて」
「しかし、『相手をうまいこと丸め込む』なんて手はタカミチの得意とする手段じゃないですよねぇ」
「そうじゃな。タカミチ君がキミの半分でも腹黒かったら、色々と面倒事を任せられるのが現状じゃなぁ」
「ですが、そう言った虚偽に塗れた言葉を交わすことを得意としないのがタカミチのいいところでしょう?」
「まぁ、嘘が吐けない性格と言うのは得難いものじゃな。それに、脳筋に陥らないのもいいところじゃ」

 いつの間にかタカミチの評価に話題がスライドしているが、そもそもが空気を変えるための話題だったので問題はないだろう。

「と言うか、話が逸れてしまったので元に戻すが……襲撃の目的はネギ君――と見せ掛けてキミで決まりじゃろ?」
「……それを隠すためにも『西との信頼関係を計る試金石だった』と言った裏話を用意して置いたんですけど?」
「まぁ、そうじゃろう。『隠したいことのために別の秘密を用意する』のは よく使われる手じゃが、有効な手じゃからな」
「あ、ちなみに、単に報告をしなかったのではなく、報告をしないことで『秘密にして欲しい』と言いたかったんですよ?」
「ああ、わかっておるよ。キミの『正体』に繋がり兼ねん情報を本国に伏せて置きたいのはワシも一緒じゃからのぅ」

 だが、近右衛門は この機会に問い質したいことを訊ねることにしたようだ。まぁ、確認したいだけで咎めたい訳ではないようだが。

「ありがとうございます。ですが、ただ情報を伏せるのではなく、ネギ達の中心人物として接触されたことを隠れ蓑にしてください」
「ほぉ? つまり、別の秘密を用意したうえで『真に隠したいこと』のために『敢えて知られてもいい秘密を用意して置く』訳じゃな?」
「ええ。それに、オレが狙われた理由は『正体』の方じゃなくて『そっち』の方ですからねぇ。むしろ、オープンにしたいくらいですよ」
「まぁ、下手に隠すと痛くない訳でもない腹を探られてしまうからのぅ。最初から手札をオープンにしたい気持ちも わからんでもないわい」
「ですが、オープンにし過ぎると逆に怪しまれますから、『表』・『裏』・『秘密』・『極秘』に分けてカードを切った方がいいでしょうね」

 アセナの情報に対する扱い方を見た近右衛門は「ワシが教えるまでもないのぅ」と判断を下しつつ「ああ、そうじゃな」と鷹揚に頷いて締め括った。



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Part.02:燻る疑念と言う名の確信


「あ、そう言えば、目的の件に話を戻しますけど……やっぱり、相手の『目的』は不明なままだと思うんですよねぇ」

 話が綺麗に纏まったところで話題を切り上げるべきだったかも知れないが、話すべきことを思い付いてしまったアセナは敢えて話題を蒸し返した。
 と言うのも、ヘルマンの襲来が陽動だった とわかっていても、ヘルマンを召喚した召喚者については結局 何一つとしてわかっていないからだ。
 フェイトがアセナに接触して来たことを考えれば『完全なる世界』である可能性は高い。だが、フェイトはヘルマンを利用しただけかも知れない。
 それに、ネギの故郷を襲った相手を態々 召喚する と言う手間を考えると、ネギの故郷を襲わせた首謀者である可能性も捨て切れないのが現状だ。

 つまり、メガロメセンブリア元老院が召喚者なのだとしたら、メガロメセンブリア元老院の目的が何なのか 考えて置く必要があるのだ。

「しかし、目的はキミでネギ君の方は陽動じゃった のではなかったかのぅ?」
「確かにそうですけど……陽動のためだけにネギを狙ったと思いますか?」
「…………まぁ、陽動にしては、襲撃が成功した時の効果が高過ぎるのぅ」
「ええ、そうです。単なる陽動ではなく、本命にも成り得る陽動でした」
「つまり、『ネギ君を狙った何らかの理由がある』と言いたい訳じゃな?」
「平たく言うと、そうなりますね。ネギを狙った理由が気になるんですよ」

 そもそも、ネギの故郷を狙った理由は何なのか? 原作を信じるならば、『災厄の女王』の子であるネギを狙ったことになるが……

「オレを狙った理由は、ネギやエヴァやタカミチへの影響力でしょう。他にも、西への影響力も関係しているでしょうが。
 まぁ、とにかく、オレを味方に付ければ色々とオマケが付いて来るし、オレと敵対すれば諸々の危険が生まれますね。
 ですが、ネギを狙う価値は何でしょうか? 『英雄』に怨みを持つ者がネギも復讐の対象に含めただけ でしょうか?
 それとも、『英雄』の娘に都合のいい試練を与えることで都合のいい『御輿』にし立てあげるため なんでしょうか?」

「…………随分と嫌な物の見方をするのぅ。本国の批判をしているようにしか聞こえんぞい?」

「さぁ? その予想は立ちますけど、その予想を確定させる根拠がないので想像の域を出ませんよ。
 ですが、召喚者にとっては伯爵級悪魔でネギを襲わせる意味があったことは間違いありません。
 まぁ、体制にとって都合が悪い存在は排除され、排除が困難なら体制に組み込むことを考えれば、
 ネギが どの程度の脅威となるのかを試され、排除可能なら排除されていただけ かも知れませんが」

 アセナの考えでは「処刑された筈の『災厄の女王』が処刑後に子供を生んだことが問題」だったのである。

 つまり、単に処刑が失敗しただけではなく、子供の存在が処刑失敗の証拠となってしまうのだ。
 しかも、大戦の英雄達とは言え数人に妨害されてしまったのだから、体制の威信に関わる。
 逃亡して隠遁するだけなら放置できたが、子供を公表されては対処せざるを得ないだろう。

 当時のメガロメセンブリア元老院を擁護したい訳ではないが、視点の多角化は重要なことだ。

「しかし、オレが体制側ならば、排除なんて勿体無いことはしませんけどね?
 ネギの場合、『都合の悪さ』を差し引いても『組み込む利益』の方が高いでしょう?
 特に、都合のいい『御輿』は得難いものですから、体制に組み込むべきですよ」

 使えるものは何でも使う。その意味では、アセナはクルト・ゲーデルと理解し合えるだろう。

「じゃが、本国には色んな立場の人間が集まって成り立っているんじゃ。
 一つの出来事でも、一方では利益を得る者がおり、一方では損害を被る者がおる。
 それはネギ君を組み込むことも同じじゃ。損害を被る者もおる のは変えられんよ」

「体制にとって利益があっても、構成する個人にとって損害ならば排除する ですか」

「悲しいことじゃが、組織が大きくなればなる程――つまり、権力が肥大化すればする程、
 組織よりも個人の利益を追求する三下のような輩が組織の上層部に食い込むものじゃよ。
 そう言った輩は癌の様に増殖し、やがて組織を腐敗させる。これは一種の摂理じゃろうな」

「つまり、魔法を使えようが使えまいが、人間は人間でしかない と言うことですね?」

「ああ、そうじゃな。中には清廉潔白な魔法使いもおるが、大多数の魔法使いは利己的で排他的で傲慢じゃな。
 しかも、魔法使い以外の人間を蔑視する傾向すらあるのじゃから、つくづく救い難い職業じゃよ、魔法使いは。
 まぁ、西の上層部の実情を見て来たキミの場合は、ワシが言うまでもなく理解しておることじゃろうがな?」

「さぁて、どうでしょうね? 少なくとも、自分自身が傲慢であることは自覚していますけどねぇ」

「フォッフォッフォ……それはワシもじゃよ。ワシも傲慢であることを嫌と言う程 自覚したわい。
 そのうえ、個人を優先する輩を蔑みながらも、ワシ自身が個人の都合を優先しておる節もある。
 まぁ、組織にとっても有益となるように調整やら画策をしとるだけマシじゃ とは思うておるがの」

 組織を思うならば、木乃香は西で育てて西の有力者に嫁がせるべきだった。そうしなかったのは近右衛門の個人的な感情に過ぎない。

「むしろ、それでいいんじゃないでしょうか? 個人に傾いているとしても、個人と組織を両立させているんですから。
 と言うか、個人の都合を優先させつつも組織を組織として成り立たせているので充分に得難いトップだと思いますよ?
 まぁ、敢えて文句を言うとしたら『もう少しオレに優しい対応をしてくれると嬉しいなぁ』と言ったところですかねぇ」

 個人を優先していようが、組織がキチンと機能しているのだから気に病む必要はない。と言うか、気にするだけ無駄だ。

「……ふむ。やはり、キミに木乃香を任せてよかったのぅ。『木乃香との幸せ』と『組織の運営』を両立してくれそうじゃからな。
 まぁ、少しばかり女癖が悪いところを直して欲しいとは思うがの? と言うか、早いとこ清算しないと大変なことになるぞい?
 恐れ多くもハーレムを目指しておるなら、ハーレムを維持するには並々ならぬ甲斐性が必要なことを肝に銘じて置くべきじゃな」

「ハッハッハッハ!! 何を言っているのかサッパリ意味がわかりませんねぇ。と言うか、オレには身に覚えのないことですねぇ」

 途中まで「ちょっといい話」な流れだったのだが、いつの間にかアセナが責められる流れになっていたのは実に摩訶不思議である。
 実際、アセナには身に覚えが有り過ぎるが……これから歩む道(もちろん木乃香ルートではない)を考えて清算しているところだ。
 だが、現段階では、その思惑を近右衛門に明かす気はない。それ故、敢えて近右衛門の言葉を白々しく無視する形を取ったのである。

「まぁ、それはともかくとして……何かワシに報告すべきことが残っているのではないかのぅ?」

 近右衛門もアセナが女性関係を清算していることは把握している。ただ、その思惑がイマイチ掴めなかったのでカマを掛けただけだ。
 だが、それも無視と言う形で「思惑については語る気はありません」と意思表示されたため、近右衛門は話題を変えることにしたようだ。

「え? それは学園長先生の気のせいじゃないですか? オレには まったく心当たりがありませんよ?」
「ほほぅ? ……本当に心当たりがないのかのぅ? ワシには『ある』としか思えんのじゃがなぁ?」
「え? マジですか? オレ、惚けている訳でも何でもなく、素でまったく心当たりがないんですけど?」

 近右衛門はアセナが惚けといると考えていたのだが、どうやら本気で心当たりがなかったようである。目がマジだ。

「……つまり、キミにとっては、ネギ君がエヴァに弟子入りした件は報告すべきことではないのじゃな?」
「え? そんなの当たり前じゃないですか? と言うか、何で そのことを報告する必要があるんですか?」
「何でって……ワシ、責任者じゃよ? 責任者なんじゃから、そう言うことは知って置くべきじゃろう?」

 近右衛門の責めるような言葉にもアセナは「意味がわかりません」と言う態度を崩さない。つまり、本気で自分に責がない と考えているのだ。

「しかし、いくら責任者とは言っても、確か、ネギは卒業試験のために麻帆良で生徒をやっているんですよね?
 と言うことは、責任者でも卒業試験に関係のないプライベートを知る必要はない と言えるのではないですか?
 何故なら『学園の責任者』としても『関東魔法協会の責任者』としても、プライベートは関係ないんですから」

「……じゃが、プライベートとは言っても『魔法関係』での弟子入りをしたんじゃろ?」

「まぁ、確かに『魔法関係』での弟子入りをしましたね。そのことは否定しません。
 ですが、そもそも、ネギの課題の内容は『日本の中学校で学ぶこと』でしたよね?
 つまり、一言も『魔法使いとして』なんて文面にはないんで、関係ないですよね?」

 ネギが魔法使いとして学ぶために麻帆良に来たのなら、魔法使いとしてのプライベートに干渉される余地がある。

 だが、ネギは『魔法使いとして学ぶ』ために麻帆良に来た訳ではない。そのため、魔法関係でもプライベートは保障されている。
 まぁ、魔法使いが麻帆良で学ぶとしたら『魔法使いとして学ぶ』のは魔法使い達にとっては不文律だが、不文律は不文律でしかない。
 故に、屁理屈としか言えない言い分だが、『魔法使いとして』と明言されていないことは確かだ。近右衛門は納得せざるを得ない。

「つまり、不文律を過信しちゃダメってことですねぇ」

 そもそも、ネギの課題は『魔法使いとしての卒業課題』だ。そのため『麻帆良では魔法使いとして学ぶ』と考えるのは至極当然のことだ。
 それはアセナも認めているし、アセナが近右衛門の立場ならアセナの言葉など「そんな屁理屈が通用する訳ないだろう?」と思うだろう。
 だが、『契約』にしろ『詠唱』にしろ言葉が重要な鍵なのだから、魔法使いは言葉を重んじるべきだ。不文律に期待し過ぎてはいけない。

「まぁ、一理ある意見じゃが……ワシは関東魔法協会の長で、麻帆良は関東魔法協会の治める土地じゃぞ?」

 つまり、近右衛門は「麻帆良内の魔法関係者は近右衛門に管理される義務がある」と言いたい訳だ。
 魔法関係で問題が起きた時は近右衛門の責任になることを考えると、近右衛門の言葉は否定しようがない。

「……そうですか。それならば、ネギを西の勢力圏に移すことにします」
「ほ? いきなり何を言っておるんじゃ? 意味がわからんぞい?」
「お忘れですか? 課題の内容は『日本の中学校で学ぶこと』ですよ?」
「…………つまり、麻帆良でなくても構わない、と言うことかのぅ?」
「ええ。日本の中学校ならどこでも大丈夫です。そう言う文章ですから」

 だが、だからと言って大人しく近右衛門に管理されることを善しとするアセナではない。屁理屈に近い言い訳で近右衛門の言葉の網を掻い潜る。

「じゃが、その裏には『麻帆良で学べ』と言う本国の『意向』があることくらいわかっておろう?」
「まぁ、そうでしょうね。『意向と言う名の脅迫』があることくらい、オレでも予想が付きますねぇ」
「ならば、わかるじゃろう? それを無視したらネギ君はマギステル・マギにはなれん と言うことが」

 麻帆良を見捨てることすら辞さない姿勢を示すアセナに、近右衛門は脅迫めいた爆弾を投下することで牽制する。

「そうですね。ですが、マギステル・マギなど目指さなければいいだけの話、ではないですか?」
「……キミは何を言うたか わかっておるのか? ネギ君の理想を踏み躙る気なのかのぅ?」
「理想? つまり、ネギがマギステル・マギになることを理想としている と言うことですか?」

 だが、それも不発に終わった。いや、不発どころか、爆弾を投げ返される結果となったようだ。

「それが理想な訳ないでしょう? ネギが欲しているものが何なのか、学園長先生なら わかっていますよね?」
「…………『英雄である父親に会うためにマギステル・マギになること』じゃ とワシは思うとるが?」
「本当に そう思っておられるのですか? 心にも無い言葉で言い繕うのは やめて欲しいんですけど?」

 近右衛門の言にアセナの目が細まる。これ以上の虚偽は許さない と、その目が雄弁に語っていた。

「……すまんの。本当はわかっておったよ。『君と共に生きること』じゃろう? それぐらい、わからん訳があるまい?」
「ええ、そうですね。ですから、『称号』なんて今のネギには必要ないでしょう? むしろ、邪魔じゃないですか?」
「まぁ、キミと出逢う前ならば求めておったかも知れんが……少なくとも、『今は』必要としていないのは明らかじゃな」

 虚飾をやめて答えた近右衛門は、アセナの言葉を認めつつも『今は』を強調する。つまり、将来はわからない と言いたいのだ。

「じゃが、そもそも、その前に本国を敵に回すのは得策じゃなかろう?」
「ええ、そうですね。その点は認めざるを得ません。ですから、譲歩しますよ」
「ほぅ? 決別すら匂わせたキミが譲歩とな? どう言う風の吹き回しじゃ?」

 そして、根本的な問題(ネギの意思ではなく本国の意向)を示し、更に西への移籍云々がブラフであろうことを暗に示すことでアセナを牽制する。

「しばらくは『御輿』の振りをさせます。ですから、あまり干渉しないでください」
「……物凄い譲歩じゃなぁ。と言うか、上から目線を感じるのは気のせいかのぅ?」
「まぁ、それが嫌でしたら……本国に色々と報告してから、西に行くだけですので」

 本国の思惑は「都合の良い英雄」だろう。ならば、無理に麻帆良で学ばせる必要はない。本国の管轄下にあればいいだけの話だ。

「……そうなると、キミ達は場所を変えるだけで済むが、ワシは失脚してしまうような気がするんじゃが?」
「と言うか、そもそもエヴァに弟子入りさせる予定だったんですよね? ぶっちゃけ、発端から おかしくないですか?」
「…………はて? キミは何を言うておるんじゃ? 悪いが、ワシには ちと意味がわからん言葉の連続じゃぞ?」

 近右衛門の脅しを華麗にスルーしたアセナは、問題となっているエヴァへの弟子入りそのものに話を戻して切り返す。

「そうですか? この前の吸血鬼事件は、そのための布石だったんですよね?」
「……惚けるだけ無駄じゃな。まったく、君は本当に抜け目がないのぅ」
「まぁ、抜けていたら骨すら残らずに喰われるような状況にいますからねぇ」

 惚けたところで確信を覆せないことを察した近右衛門は嘆息交じりにアセナを評価し、アセナは嘆息交じりに自身の状況を評価するのだった。



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Part.03:世界樹大発光対策会議


「……さて、そろそろ『本題』に移ろうかのぅ」

 一頻り本国批判とも受け取れなくもない会話を繰り広げた後、
 近右衛門が飄々とした雰囲気のまま話題を『本題』に切り替える。

「あれ? 昨日の事後処理とネギの弟子入りの件が本題だったんじゃないですか?」
「いや、まぁ、それらも話したかったのは確かなんじゃが……本題は別にあるんじゃよ」
「そうですかぁ。しかし、オレとしては もう帰って眠りたい気分なんですけど?」
「それで本題なんじゃが……『世界樹』と呼ばれているものが何か知っておろう?」

 今までの会話でお腹いっぱいなアセナとしては本気で帰りたかったが、それは鮮やかにスルーされた。

「……確か、北欧神話のユグドラシルのことで、その葉はザオリクの効果があるんですよね?」
「そうじゃ、麻帆良の中央に座す大樹のことで、正式名称は『蟠桃(ばんとう)』と言うものじゃ」
「あれ? 何か話がステキに噛み合っていない気がするんですが? オレの気のせいですか?」
「と言うか、キミと話す時は脇道に逸れんように つまらんネタはスルーすることにしたのじゃが?」
「…………それで、その『世界樹』が どうしたんでしょうか? 何か問題でも起きたんですか?」

 近右衛門の正し過ぎる対応にグウの音も出ないアセナは、近右衛門の言葉を聞かなかったことにして話を進める。

「うむ。そもそも『蟠桃』は強力な魔力を秘めておるんじゃが……22年に1度の周期で その魔力が極大に達し、樹の外へ溢れ出してしまうんじゃ。
 ワシ等は それを『大発光』と呼んでいるんじゃが、その『大発光』は『蟠桃』を中心とした6箇所の地点に強力な魔力溜りを形成する性質があるようじゃ。
 で、わかっておるじゃろうが、『魔力が溢れて溜まるだけ』ならば大した問題ではない。つまり、それだけで済まないから問題となる訳じゃな」

「……なるほど。溜まった魔力が莫大過ぎるために『何らかの問題』を引き起こす と言ったところですか?」

「そうじゃ。溜まった魔力が余りにも膨大なため、魔力溜りの周辺にいる生物に『影響』を与えてしまうんじゃよ。
 で、その影響と言うのは『精神への干渉』であり、特に恋愛関係に対して強く作用してしまうことがわかっておる。
 しかも、『学園祭最終日に世界樹の下で告白すると必ず成功する』と言う噂が流れておるため静観はできん状態じゃ。
 と言うか、キミも『世界樹伝説』として聞いたことがあるじゃろう? アレは今年に限ってマジでヤバいんじゃよ」

「なるほど、そう言うことですか。だいたいの事情は把握できました」

 要約すると「大発光によって莫大に溜まってしまう魔力が及ぼす影響を どうにかしないといけない」と言う訳だ。
 ちなみに、前回アセナと近右衛門が楽しい楽しい会話を繰り広げた『世界樹広場』も魔力が溜まる6箇所の内の一つである。

「では、どんな対策を行うのが良いのか、忌憚のない意見を聞かせてくれんかのぅ?」
「……すみませんが、その前に幾つか質問をさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「ああ、構わんよ。気になる点があれば何でも訊いとくれ。ワシに答えられる範囲で答えよう」

 近右衛門が徐に意見を求めて来るが、アセナは確認したい事情が残っていたので意見陳述は保留にして質問に移る。

「それでは、失礼して……まず、何故に『世界樹伝説』の噂に対して何らかの情報操作を行わなかったんですか?」
「いや、本当は来年に起こる筈だったんじゃが……異常気象の影響なのか、何故か1年 早まってしまったんじゃよ」
「ああ、つまり、対策をする前に事態が進行してしまったので当初の対策が行えなくなった と言う訳ですね?」
「端的に言うと、そうなるのぅ。1年前から動く予定じゃったのに、1年早まったのが判明したのは最近なんじゃよ」

 具体的に言うと、今年の学園祭を利用して情報操作をする予定だったので、その予定が敢え無く潰えてしまった訳だ。

「そうだったんですか。それでは、次の質問です。何故に恋愛関係に対して強く作用するんでしょうか?」
「さぁのぅ。その原因はわかっておらん。人間の欲求に直結している精神活動じゃから じゃないかのぅ?」
「つまり、告白を成功させてエッチに持って行きたい と言う『強力な下心』が関係している、と?」
「身も蓋も無い言い方になるが、そうじゃな。性欲は三大欲求の一つに数えられるくらいじゃからのぅ」

 恋愛と性欲は別物と言えば別物だが、それらは繋がっていることも否定できない。もちろん、完全なイコールではないが。

「なるほど。つまりは、性欲と密接に関係しているから恋愛関係に対して強く作用する訳ですね?」
「まぁ、あくまでもワシの推論じゃがな。真実は『蟠桃』のみぞ知る と言ったところじゃのぅ」
「実は、恋愛関係に限定するために『世界樹伝説』の噂を流したんじゃないか と疑っていたんですけど?」
「…………真実は『蟠桃』のみぞ知る と言ったところで、この話題は終わりにしてくれんかのぅ?」

 アセナは近右衛門の説明に納得できない訳ではなかった。単に「管理しやすくするために情報操作を既にしている」と考えた方が納得がいくだけだ。

「了解です。あ、別に責める気はありませんよ? 恋愛に限らず精神に干渉する と言う情報が欲しかっただけですから」
「と言うか、情報操作云々を訊いて来た辺りで『あ、気付いとるのぅ』って思ったのは、ワシの被害妄想かのぅ?」
「ハッハッハッハッハ!! さぁて、次の質問に行きましょう。それが お互いの心の平穏のためだ とオレは愚考します」
「フォッフォッフォッフォ!! そうじゃのぅ。過去に囚われてばかりおらずに、未来を見据えて進むべきじゃのぅ」

 都合が悪い流れになると笑って話題を切り替えるのが、二人の暗黙のルールとなりつつあるようだ。

「と言う訳で……そもそも、何故 魔力溜りを放置するんですか? 魔力溜りに魔力を溜めなければいいんじゃないですか?」
「いや、既に実行済みじゃ。と言うのも、地下に魔力を溜め込む装置を設置したんじゃが……どうしても漏れてしまうんじゃよ」
「つまり、地上に洩れてしまう魔力が6箇所に溜まってしまうんですね? それなら、拡散させればいいんじゃないですか?」
「それができればよいのじゃが、『蟠桃』の魔力には指向性があって纏まろうとするため分散させても6箇所が限界なんじゃよ」

 問題の根本的な解決を目指すためにズバズバと質問を重ねていくアセナ。そして、それにスラスラと答えて行く近右衛門。実に仲が良い。

「なるほど。そう言うことならば、地下にある『魔力を溜め込む装置』とやらを もっと用意したらいいのではないでしょうか?」
「しかし、コスト面を考えると、魔法関係者達を6箇所に配置して『告白防止』でもさせた方が遥かに安上がりなんじゃよ」
「つまり、『コンクリートから人へ』と言う標題を間違って解釈した挙句『マンパワーに頼っているだけ』と言う感じですね?」
「微妙にわかりにくい例えじゃが、つまりは『22年に1回しか起きんから装置を用意するのは勿体無い』と言う精神じゃな」
「……わかりました。では、『魔力を溜め込む装置(以下、『魔力蓄電池』)』を安価で用意できれば問題は解決する訳ですね?」

 金の問題は常に付き纏う。コスト面を考えるのは悪いことではない。だが、コスト面を考えずに済むなら問題を根本的に解決すべきである。

「ほぉう? つまり、キミは魔道具を安価で入手できる伝手がある訳じゃな? と言うか、ぶっちゃけ、ネギ君のアーティファクトじゃな?」
「では、『魔力蓄電池』の方は こちらで用意します。ですから、必要な人員は『装置の警備』として数人を割くくらいで充分でしょうね」
「うむ、そうじゃのぅ。他の人員は学園祭を楽しみつつ警邏に当たってもらえばよいのぅ。と言うか、ワシの推察は鮮やかにスルーじゃのぅ」
「オレが答えるまでもなく、わかっていらっしゃるのでしょう? ならば、話を進める方が得策だと判断したまでです。他意はありませんよ」

 少しだけ世界樹のネタをスルーされたことの意趣返しが含まれているが、それは微々たる問題だろう。多分。

「どう考えても他意があるようにしか思えんのはワシの被害妄想……と言うことにして置けば丸く治まるのかのぅ?」
「そうですね、是非そうしてください。あ、そう言えば、若者言葉を無理に使うのは やめた方がいいと思いますよ?」
「……まさか、ここで『マジでヤバい』発言へのツッコミをされるとは思わんかったのぅ。スルーされたと思ってたわい」
「いえ、スルーする気だったんですけど……スルーばかりしてはいけないと思いまして、敢えて掘り返してみたんです」
「いや、世の中スルーしてはいかんこととスルーして置くべきことがあると思うんじゃが……ワシの気のせいかのう?」
「気のせいではありませんよ。単に、オレと学園長先生とでは『スルーして置くべきポイント』が違うだけですから」

 スルーするべきか、それともスルーせざるべきか? ……その判断は千差万別だ。それに正解などないのかも知れない。

「……なるほどのぅ。しかし、それを合わせるのが若者の務めじゃなかろうかのぅ?」
「いえ、経験の無さ故に若輩者では合わせられないので、先達に頼るしかありませんよ」
「いやいや、キミの場合はすべてを把握した上でワシへ意趣返ししとる気しかせんぞい?」
「それは学園長先生の気のせいですよ。英語で言うと『ウッド・スピリッツ』ですよ」
「敢えてスルーするぞい? と言うか、スルー宣言すらすべきではない程のネタじゃな」
「そうですね。いかにも『ツッコんでください』と言うのが見え見えですからねぇ」

 話を逸らすために敢えてくだらないネタを振舞うアセナと すかさず それに応じる近右衛門。つまり、二人は実に仲が良いのだった。



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Part.04:心の清涼剤


「ココネッシュ、オレはもう疲れたよ……」

 近右衛門とのドロドロとした話し合いを終えたアセナは、麻帆良教会を訪れていた。
 理由は言うまでもない。ココネと戯れることで心に溜まった膿を浄化するためだ。

「……敢えて訊くっスけど、そのココネッシュって何スか?」
「そんなのパトラッシュのココネ版に決まってるジャマイカ?」
「ああ、つまり、『フランダースの犬ごっこ』のつもりっスか?」

 パトラッシュを抱きしめるネロの如くココネを抱きしめるアセナに美空が冷静にツッコむ。

 もちろん、ココネに不埒な真似を働くアセナにライダーキックの一つでも御見舞いしたいのが美空の本音だ。
 だが、最近アセナが多忙なために麻帆良教会に訪れていなかったので、ココネが寂しがっていたのも事実だ。
 それ故、少々過剰に思えるスキンシップだが、ココネが喜んでいるので引き離す訳にもいかないのである。

 ……心の底から幸せそうな顔をしてココネを抱きしめるアセナの姿を見るのは『何とも表現しにくい感情』が走るが。

「え? そんなの見たらわかるでしょ? その目は節穴かい?」
「いや、だって、ナギとネロはまったく重ねられねースよ?」
「え? ナニイッテンノ? 儚い雰囲気とか激似でしょ?」
「いや、何て言うか、ふてぶてしいにも程があるセリフっスよ?」

 美空は内心を気にしないようにしつつ普段通りの会話を繰り広げる。

 修学旅行でのダミーのアレな態度(外伝その1参照)が気にはなっていたが、
 それに触れると踏んではいけない地雷を踏みそうな気がしてならないのだ。
 だから、美空は いつも通りにアセナとバカな遣り取りを楽しむしかないのである。

 そして、多分それは正解だ。アセナが この場に求めているのは『そう言った方向』ではないからだ。

「って言うか、確かに ここは教会スけど、ルーベンスの絵は飾ってねースからね?」
「その代わりにココネがいるじゃないか? ルーベンスよりも御利益があるでしょ?」
「それは変態であるナギ限定じゃないスか? って言うか、何の御利益があるんスか?」
「それは、荒んだ心を癒す効果だね。心のオアシスとも言える存在だよ、ココネは」

 少しだけ詩的な言い方をしているが、言っていることは変態極まりない。

「うっわぁ。真顔でサラッと変態発言をするなんて……どれだけ変態なんスか?」
「最早『大変な変態』を通り越して、『ある意味で神』の域に達したかもね?」
「開き直るのは勝手っスけど……迷惑を掛けるのは程々にして欲しいんスけど?」

 融合してから色々な属性が開眼していくため、アセナ自身も変態度が上がっている自覚はあるようだ。ただ自重するつもりがないだけだ。

「って言うか、否定してくれないんだね? まぁ、期待してなかったけどさ」
「だって否定できる要素がないんスもん。むしろ、肯定するしかないスよ?」
「ハッハッハッハ!! ……オレ、ちょっとばかり懺悔室で泣いて来るね?」
「シスター・シャークティが帰って来るまでに戻ってくればOKスよ~~」

 美空のヒド過ぎる評価に涙が止まらないアセナは懺悔室に向かう……が、途中で足を止め振り返る。

「いや、止めようよ? って言うか、慰めてくれてもよくない? オレのライフはもうゼロよ?」
「でも、ナギはゾンビ寄りっスからねぇ。ライフがゼロでも死なないんじゃないっスか?」
「むしろ、不死鳥とかに例えて欲しいね。ココネのためならば甦ることすらできそうだよ?」
「……ナギの場合、『黙れ、この変態が』って言っても、聞く耳を持つ訳がないっスよねぇ」
「うん。その程度の罵詈雑言、今となっては『屁のツッパリはいらんですよ』って感じだね」

 ヒドい扱いに慣れているためか全然堪えていないアセナに、段々とツッコむ気力がなくなっていく美空。
 柳に風と言うよりも馬の耳に念仏な状態に、むしろ、ライフがゼロなのは美空の方かも知れない。

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 ところで、腹黒い会話を楽しめるアセナが「ココネ分」を補給していることに疑問を覚えるかも知れない。
 当然、それなりの理由がある。単に腹黒い会話をしているだけではアセナの精神は揺るがないが、今回は違うのだ。
 その理由とは、世界樹大発光対策会議(二人だけだが会議だ)が終了した後に近右衛門が放った言葉に端を発する。

 それは、話すべきことを話し終えたアセナが「それでは、そろそろお暇します」と学園長室の扉に手を掛けた時のことだった。

「おおっと、忘れるところじゃった。アルからキミ宛に連絡があったぞい」
「へぇ、アルビレオからですか。ちなみに、どんな連絡だったんです?」
「確か『少し早いですが、御茶会に招待しましょう』とか言うとったな」
「そうですか……伝言、ありがとうございます。明日にでも行ってみますね」
「そうじゃな。今日は疲れとるじゃろうから、明日の方が良かろうて」
「ええ。もし連絡手段があるのなら、そう伝えて置いていただけますか?」
「ああ、構わんよ。偶にはメッセンジャーボーイをするのも一興じゃて」

 飄々と答える近右衛門に礼を言うと、アセナは「それでは、今度こそ失礼します」と学園長室を後にした。

 近右衛門が何気なく伝えたことに深い意味はない。近右衛門にとっては事後処理やネギの弟子入りや世界樹対策の方が大事だったからだ。
 これは両者の受け止め方の違いでしかない。近右衛門は「気になる表現だが、アルが那岐君を招待している」程度に捉えていただけだったが、
 アセナは「学園祭後に開く筈の御茶会を学園祭前に開きましょう」と受け取ったため、アルビレオとの御茶会に重大な意味を感じたのである。

 そう、アセナにとっては これまで近右衛門が放った爆弾とは比べるべくも無い程に今回の言葉は特大の爆弾だったのである。

(仮にアルビレオが『オレ』の『半生の書』を読んでいた場合……って言うか、これは仮定じゃなくて確定だね。
 どう考えても、原作知識と言う『オレの記憶』を知っていなければ『あんなセリフ』は出て来ないからね。
 だけど、何で また態々オレに『オレの知識を知っていることを暗に示すような伝言』をしたんだろう?
 しかも、知っていて尚オレに何もして来ない どころか『御茶会』にまで招こうとしているのも わからない。
 いや、泳がせるためって考えれば わからなくもないけど……それでも『情報』を与える意味がわからないなぁ)

 アセナにはアルビレオの思惑が皆目見当も付かない。今まで接点がなかったので、判断材料が ほとんどないのだ。

 それ故に「考えても仕方がない」と言う結論に至ったのだが……そうは言っても、ついつい考えてしまうので、
 アルビレオのことを考えないようにするために麻帆良教会を訪れてココネを愛でることに集中していたのである。

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「だから、ココネ。ちょっとクレープでも食べに行こう? お兄ちゃんが奢って上げる」

 少々魂が飛んでいたアセナだったが、気を取り直すと爽やかな笑顔でココネに語り掛ける。
 その言動は、何も事情を知らない者が見たら子供好きの優しい少年に見えなくもないが、
 アセナの事情(主に変態面の放)を知る者が見たら只ひたすらに変態的でしかないものだった。

「……ミソラも一緒?」

 それまで抱きしめられたうえに髪をクンカクンカされるに任せていたココネは小首を傾げて訊ね返すだけだ。
 その表情にはアセナを拒絶するような意思は一切見られない。むしろ、火照った頬が喜びを表してすらいる。
 美空も一緒に連れて行くのか否かを訊ねたのは、美空を気遣ってのことでアセナと二人でいることに否はないのだ。

「ああ、もちろんさ、むしろ、置いて行くが訳ないだろ?」

 アセナにとって美空は「性別の垣根を越えた友達」だ。言い合いはするが、悪意は無い。
 つまり、美空を嫌いな訳ではない。むしろ、好きな部類に入る(恋愛感情ではないが)。
 そのため、美空をからかうことはあっても、美空を本気で邪険に扱うことは有り得ない。

「……ゴーヤクレープは勘弁スよ?」

 美空は、アセナのココネの愛でっぷりから自分を連れて行く気がない可能性も考慮に入れていた。
 そのため、アセナが悩むことなく美空を連れて行く気だったことを話したのが少し嬉しかった。
 まぁ、それを表面に そのまま出すことをしたくない美空は、ついつい軽口を叩いてしまうのだが。

「え~~? 半分もらおうと思ったんだけど……しょうがない、次の機会にするかぁ」

 美空の内心など気付いていないアセナは美空の軽口に対して軽口で返す。まぁ、半分は本気だが。
 ゴーヤクレープは苦いけど意外と美味しい と評判だったので、少しだけ食べてみたかったのだ。
 当然、「少しだけ」だったため、一人で丸々一個を食べる気はないので次の機会にしたのである。

「そ、そースね。次の機会にするべきっスね。今日はイチゴクレープな気分なんスよ」

 美空としては「ゴーヤクレープは罰ゲーム的な扱いだった」ため拒否しただけで、
 アセナが興味あると言うのならば付き合ってあげるのも吝かではない らしい。
 ちなみに、半分あげると言うことは間接キスになると言うことは考えちゃいけない。

 もちろん、他の誰かとアセナが半分コすることを防ぐこととか別に美空は考えていない。多分、きっと、恐らくは。



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Part.05:敵と味方と方向性


 ココネ分を補給したアセナは「とりあえずの仮想敵」に設定したメガロメセンブリア元老院の対策を考えていた。
 もちろん、アルビレオのことも気にはなるが、今まで自分を摘み取るチャンスはいくらでもあったことを考えると、
 アルビレオが脅威となる可能性は極めて低い と考えられるため、メガロメセンブリア元老院の方が危険なのである。

 別に、ヘルマンを送り込んだのがメガロメセンブリア元老院である と言う確証がある訳ではない。

 ただ、想定できる仮想敵の中で最も可能性が高く且つ最も対策を練って置かなければならない相手なので、危険視しているだけだ。
 それに、正体がバレていないとしても、西で勢力を築きつつあるアセナはメガロメセンブリア元老院にマークされていることだろう。
 言い換えると、ヘルマンや正体のことを抜きに考えても、メガロメセンブリア元老院は仮想敵に設定して置かなければならないのだ。

(……おかしいなぁ。何でこんなに敵ばっかりなんだろう? これでも味方を増やした筈なのになぁ)

 麻帆良では、ネギやエヴァを味方にしたし、最初からタカミチは味方だ。木乃香の婚約者である限り、近右衛門も味方だろう。
 神多羅木とは譲れない部分があるにしても一応は味方同士だし、刀子や弐集院などの他の関係者達も味方と言えるだろう。
 西を考えると、鶴子や赤道を味方に付けただけでなく、木乃香や『黄昏の御子』的に詠春も最初からアセナの味方に違いない。
 それに、「正体がバレていないから成り立っている」と言う条件があるが、フェイトもアセナと敵対しない関係を築いている。
 そう、原作の主人公勢と比べれば一目瞭然な程にアセナは味方が多い(意図的に増やしたのだから多くて当然と言えば当然だが)。

(まぁ、しょうがないか。そもそもが敵ばっかりだったんだから、これだけ味方がいる現状を喜ぶべきだろうね)

 最初を考えれば現状はマシだ。当初、エヴァはアセナを敵と見なしていたし、近右衛門は「猿回しの猿」としてアセナを見ていた。
 西の過激派は鶴子と赤道が潰してくれたし、東西の敵対関係は完全には解決していないが関係はかなり改善されている。
 出遭いは殺し合いだったが、フェイトとは協力するだけでなく他の者が敵対しないように努力してくれる契約までしている。

(ならば、メガロメセンブリア元老院も全部とは言わないが その一部だけでも味方に付ければいいだけだよね、うん)

 特にクルトとは分かり合える気がする。仮に分かり合えなくとも、交渉の余地があることはわかっている。
 交渉なり何なりでクルトを味方に付け、そこからメガロメセンブリア元老院を切り崩していけばいいだけだ。
 まぁ、クルトがメガロメセンブリア元老院内で どれだけの影響力を持っているのか は わからないが、
 オスティアの総督を任じられていることを考えれば、ある程度の影響力は持っているだろうことは予測が付く。

(そんな訳で、魔法世界へ行ったらクルトと『お話』することになる訳だから、その準備もして置かなきゃいけないなぁ)

 元々、魔法世界の崩壊を解決するためにアセナは魔法世界に行かなければならない予定だった。
 そこに「クルトとの交渉」と言うエッセンスが加わっただけで、アセナの予定に狂いは無い。
 まぁ、クルトとの交渉を有利に進めるための準備をする必要はできたが、それも微々たるものだ。

(と言うことで、まずは直ぐにでも解決すべき問題――つまり、超の『説得』から片付けて置こうかな?)

 これからの方針に目処が立ったアセナは、気持ちを切り替えて「目前に迫った問題」を片付けることにした。
 そう、世界樹の大発光を利用する計画を立てている超と『お話』をして計画を あきらめてもらうためだ。
 それ故、「話したいことができたので今から研究室に行く」と超へ連絡し、超の研究室に向かうのだった。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「……と言う訳で、大発光対策として莫大な魔力を溜めて置けることになったんだけど、魔力の利用方法とかある?」

 超の研究室に着いたアセナは、近右衛門との話し合いの内容(世界樹の大発光に関してのみ)を掻い摘んで超に伝えた。
 アセナは超と協力関係を結んだのだが、まだ『世界樹の大発光を利用した魔法バラシ』については教えられた訳ではない。
 そのため「魔力を大量に入手できるので使う当てない?」と言う、少し回りくどい切り出し方になったのである。

「クックック!! ……いやいや、利用法があルどころか利用したイと考えていタくらいダヨ」

 アセナの話を聞き終えた超は、どこかの新世界の神が「計 画 通 り !!」とニヤリ笑いする時のような笑いを浮かべながら応える。
 まぁ、大発光が1年も早まると言う想定外の事態の中でタナボタ的に都合の良い展開になったので、当然の反応かも知れない。

「へぇ? ちなみに、それは どんな利用法なんだい? 差支えが無ければ教えてくれないかな?」
「キミには まだ話してなかたガ……私の『目的そのもの』とも言えル『計画』があルのダヨ」
「つまり、大発光の魔力を利用して『歴史の改変』を行うつもり と言うことでいいのかな?」

 超の言う『計画』とは『魔法バラシ』のことだろうが、まだ教えられていないのでアセナは遠回しに核心に近付いていく。

「ああ、そうサ。この『計画』が成功すれバ『歴史』は大きく変わルことになルだろうネ」
「……もしかして、『生物の精神に作用する』と言う世界樹の魔力特性と関係しているのかな?」
「その通りダヨ。世界樹の魔力を世界中に散布して『魔法の存在を強制的に認識させル』予定サ」

 そして、遂に超の口から『魔法バラシ』が語られる。だが、まだ『計画』の全容はわからないので もっと訊き出す必要があるだろう。

「へぇ? 『それ』で『歴史』が改変できるんだ? 悪いけど、因果関係がサッパリわからないんだけど?」
「はて? キミは既に『魔法世界が火星をベースとした人造異界であルこと』を知っていルのではないカネ?」
「……そうだね。そして、人造異界の崩壊は不可避であることも知っている。だけど、確信が欲しいのさ」
「そうカネ。それなら、敢えて言葉にシヨウ。魔法を周知のものとすルことで魔法世界を見捨てさせなイ、と」

 超の『計画』は、魔法をバラすことで魔法世界を認知させ、魔法世界が崩壊した後の『悲劇』を地球側に見過ごせさせない と言うものだ。

 劣悪な火星で生まれ育った超にとって、地球とは『豊かな環境』だ。そして、その考えは平和な日本で過ごしてより深まった。
 それ故に、魔法世界の崩壊から生還した生存者(と言う名の『難民』)を受け入れることができる と考えているのだろう。
 しかし、どれだけ生還できるのか は未知数だが、最大で6700万人にも及ぶ難民を受け入れることは地球でも不可能に近い。

 まぁ、魔法と言う「科学とは別体系の技術」を研究するために受け入れる可能性はあるので、超の狙いは的外れとは言えないが。

「つまり、魔法世界の崩壊を止めるのではなく、崩壊した後の対策として魔法を周知させる……と言うことかな?」
「ああ、その通りサ。魔法世界が『造られた世界』であル限り崩壊は免れなイ。だから、崩壊後の対策が必要なのダヨ」
「まぁ、確かに、不可避の災害が起きることがわかっているのなら、災害が起きた後の対策を練るのが普通だよねぇ」

 魔法世界の崩壊そのものは避けられない。だからこそ、崩壊後の対策が重要となる。超は そう考えているようだ。

「そう言うことだヨ。だが、それにハ『災害の予見』を信じてもらう必要がアル。それハ言うまでもないダロウ?」
「そうだね。普通は『実は魔法世界があって、そこは崩壊の危機に瀕している』とか言われても信じる訳がないね」
「その通りサ。それを信じてもらうためニ まずは魔法を周知のものとしたイのダヨ。……理解してもらえたカナ?」

 魔法をバラすのは『計画』の第一段階に過ぎない。超の目的のメインは、魔法をバラシた後にあるのだ。

「まぁね。でも、さっき『世界中に魔力を散布する』とか言っていたよね? それ、本当に可能なのかい?」
「もちろん、大発光の魔力だけでハ足りないネ。だから、他の『聖地』とリンクさせて増幅すルつもりサ」
「ああ、なるほど。少しばかり大規模な『儀式』を行えば『聖地』同士のリンクによって魔力の増幅も可能だね」

 魔力は共鳴するため、他の『聖地』とリンクすれば不足分を補うことは可能だろう。アセナは超の言に頷きながら納得を示す。

「納得してくれたようで、よかたヨ。キミに反対されたラ――キミを敵に回したラ、成功が危ういからネェ」
「……過剰な評価を ありがとう。だけど、それは早計だよ。だって、オレはまだ納得していないからね」
「ほほぅ? では、何ガ気に入らないのカネ? 私の案ガ最も被害ガ少なイ魔法周知の方法ダ と思うのだガ?」
「う~~ん、何て言うか、そもそも『魔法をバラす』と言う手段そのものが間違っているとオレは思うんだよねぇ」

 正確に言うならば、魔法を周知のものとすること自体には賛成している。ただ『強制的に認識させること』が引っ掛かっているのだ。

「ほぉ? では、他に どのような手段があルのカネ? 差支えが無ければ教えてくれないカネ?」
「本当に思い付かないのかい? 魔法世界を認知させるために魔法周知を考え付いたんだろう?」
「……思い付かないネ。秘匿義務と それに伴う監視機構があル限り、魔法バラし しかない筈ダヨ?」
「そう? 魔法をバラすのではなく、魔法を浸透させていく……と言う考えは出て来ないのかい?」

 そう、強制的に認識させるのではなく、情報を開示することで認知を広めていけばいいのだ。

「確かニそうだガ……先程も言た通り、魔法を浸透させよウとしても監視機構が邪魔をすルのだヨ?」
「それは勝手に浸透させようとするから、でしょ? なら、正規のルートでやればいいだけさ」
「正規の、ルート? 監視機構ガ邪魔をしなイと なルと……って、ま、まさか、キミは――」
「――ああ、そうさ。メガロメセンブリア元老院の方針そのものを変えればいいだけなんだよ」

 監視機構は魔法を秘匿するためにある。では、そうさせているのは何処なのか? それは、考えるまでも無くメガロメセンブリア元老院である。

 この世界の魔法は、よっぽど相性が悪くなければ誰でも習得できる。もちろん、才能の差はあるだろうが『誰でも』習得自体は可能なのだ。
 そして、誰でも習得ができると言うことは、魔法が周知のこととなれば魔法使いの人数が飛躍的に増える可能性を示唆している とも言える。
 もし そうなったら、現在の体制を覆す程の勢力が生まれてしまうかも知れない。そして、体制側が既得権益の喪失を嫌がるのは言うまでもない。
 つまり、魔法を秘匿するのは(もちろん、他にも理由はあるが根本的には)体制側――メガロメセンブリア元老院側の都合でしかないのだ。

 それ故に、メガロメセンブリア元老院の『方針(≒ 都合)』を変えれば、魔法を公開することに邪魔は入らないのである。

「やっぱり、テロによって魔法を公表するよりも、政策として魔法を浸透させる方がいいでしょ?」
「テロ、カ……まぁ、確かニ正規の方法とハ掛け離れていルからテロと評されても仕方が無いネェ」
「……表現が悪かったことは謝るけど、『強制認識』はテロに近い手段だ と言う意見は撤回しないよ?」
「いや、いいサ。『歴史』を変えルことにばかり意識が行き過ぎて、少し視野が狭まっていタようダヨ」

 超の意識は「魔法世界崩壊後のために魔法世界を認知させたい」と言うことに集中していた。そのため、手段が短絡的になってしまったのだろう。

「しかし、どうやって方針を変えさせル気カネ? 連中は かなり厄介な相手ダヨ?」
「まぁ、正攻法で行こうものなら10年単位で事を進めていくべき相手だろうねぇ」
「つまり、正攻法以外を用いルつもりなのダネ? では、それは どんな手段カネ?」
「大発光の魔力を利用して強制的に奴等の認識を変えてしまう と言うのは、どうかな?」

 世界中の人間の認識を改竄できる程の魔力なのだ。メガロメセンブリア元老院の守りが如何に堅かろうが世界規模の魔力に敵う訳がない。

 アセナは何も知らない無関係な人間達に『強制認識』を行うのは気が引けるが、政治に携わっている人間に『強制認識』を行うのは特に何も感じない。
 変な言い方になるが、政治に携わる人間は自ら『人の上に立つこと』を覚悟している筈だ。ならば、無辜の人々のために身命を賭けるのは当然だろう。
 非道とも言える考え方だが、相手が相手である。こちらの方が圧倒的に格下なのだから相手を気遣う余裕などない。余裕を持てるのは強者だけである。

「ハッハッハッハッハ!! それは『いい手段』ダネ!! 非の打ち所も無いヨ!!」

 一見、アセナの提案した方法は超への皮肉とも取れるが、超はそう取らなかった。
 何故なら、その方法が有効であることは嫌と言う程 理解しているからだ。
 むしろ、自分を評価されたような気さえするため、超は上機嫌に笑ったのである。

 そんな超を悠然と見ながら、内心で『説得』がうまくいったことに安堵するアセナだった。


 


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オマケ:瀬流彦の選択


 実は、瀬流彦は近右衛門から「那岐君を探ってくれんかのう?」と言う依頼(と言う名の命令)を受けていた。

 そのため、世界樹広場でアセナから話を持ち掛けられた時(33話参照)は、内心で驚いていた。
 そう、近右衛門が「アセナが瀬流彦に接触して来ること」を言い当てていたことに驚愕していたのだ。
 まぁ、アセナの目的を考えると、自分に接触することは『公然の秘密』だったのかも知れないが。

(神蔵堂君に協力すること自体は吝かじゃないんだけどねぇ)

 正直、アセナの提案は魅力的だ。将来有望なアセナと手を組めるうえ『東の長』の座まで約束されたのだから。
 瀬流彦は『そこまで』出世に興味がある訳ではない。出世しても責任と仕事が増えるだけなのは明白だからだ。
 だが、そんな瀬流彦でも『東の長』の座は――日本の関係者のトップとも言える立場は魅力的なものだった。

(でも、学園長先生のことだから、ボクの動向も探っていそうなんだよねぇ)

 近右衛門は抜け目が無い。近衛家、つまり、西の重鎮の出身でありながら『東の長』の座にいるのだ。
 言い方を変えれば、抜け目があったら今の立場から失脚させられていることは想像に難くないのである。
 つまり、そんな近右衛門が「ミイラ取りがミイラになる」可能性を考慮していない訳がないのだ。

(どっち付かずの『コウモリ君』は最終的には損をするから、どっちかに決めなきゃいけないねぇ)

 近右衛門とアセナの関係(義理の祖父孫関係となる予定)を考えれば、二人が敵対することはないだろう。
 だが、敵対する可能性がゼロである と言い切れる訳でもないのだ。組織とは『そう言うもの』だからだ。
 それ故に、近右衛門とアセナの中間地点にいる瀬流彦の現状は、いつまでも安泰と言える訳でもないのである。

(まぁ、将来を考えるならば神蔵堂君だよねぇ。だって、学園長先生の将来は『そこまで』長くないもん)

 このまま、長いものに巻かれたままの、楽だが刺激の少ない人生を歩むべきか?
 それとも、少々リスクはあるが、刺激的で将来に展望のある人生を歩むべきか?

 ……微妙に失礼な思考も交えながらも瀬流彦は人生の岐路に悩むのだった。


 


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後書き


 ここまでお読みくださってありがとうございます、カゲロウです。
 当初は軽く修正するつもりだったのですが、修正点が多かったので改訂と表記しました。


 今回は「あまり動きのない裏工作的な話だけど、それなりに重要な話」の巻でした。

 事後処理とかネギの弟子入りとかの話は、正直キンクリしようかなぁとは思ったんですが、
 腹黒い会話をしている時が一番アセナが輝く時なので、敢えてキンクリはせずに描写しました。

 まぁ、超との会話は、超の方針転換(と アセナの『計画』の一部公開)ですので、最初から書く気でしたけど。

 あ、ところで、『ちゃちゃお』の登場を期待された方(いますよね?)には残念ながら、
 次回は変態司書との『お話』なので、彼女の登場は次々回以降になると思います。


 では、また次回でお会いしましょう。
 感想・ご意見・誤字脱字等のご指摘、お待ちしております。


 


                                                  初出:2011/02/13(以後 修正・改訂)



[10422] 第36話:失われた時を求めて【改訂版】
Name: カゲロウ◆73a2db64 ID:b259a192
Date: 2013/04/06 21:54
第36話:失われた時を求めて



Part.00:イントロダクション


 今日は5月17日(土)。

 アセナと近右衛門が悪魔襲撃事件の事後処理のことやら世界樹大発光の対策などを話し合った翌日。
 つまり、アセナが元老院を仮想敵に認定し、超の行動指針を別方向に転換することに成功した翌日。

 アセナは、世界樹の地下――麻帆良学園の最深部を訪れていた。



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Part.01:ノッキン・オン・ヘブンズ・ドア


「うん、まぁ、想定の範囲内だね」

 アセナは目の前に広がる絶景――淡い光に照らされた巨大な地下空間に思わず言葉を漏らす。
 特にドラゴンが「ターゲット発見」と言わんばかりにアセナを睨んでいるのなんて圧巻だ。
 まぁ、余りにも現実離れした光景に現実逃避をしているのだが、そんな場合ではない。
 このまま呆然として何もしなければ、侵入者と見なされて容赦なく撃退されることだろう。

「ども、御疲れ様っス。これ、許可証っス」

 アセナは何故か体育会系的なノリで詠春から受け取った許可証をドラゴンに見せる。
 まぁ、軽くテンパるくらいにドラゴンと対峙したプレッシャーが大きかった と言うことだ。
 原作から「門番としてドラゴンがいる」とは知っていたので覚悟はしていたのだが、
 実際に目にすると「え? 何コレ?」と言う感じで、頭が真っ白になってしまったようだ。

「と言うか、詠春さんも学園長先生もドラゴンについては一言も言ってくれていない件は どう判断すべきだろう?」

 確かに、許可証には「着いたら門番に これを見せてください」と注意書がされていたが、
 それでも「門番はドラゴンですから、覚悟してください」くらいの言葉は欲しかった。
 まぁ、知っていても圧倒されてしまったので、教えられたところで現実は変わらないだろうが。

「……ああ、そっか。言葉で知らされていても意味がないのがわかっていたからか」

 予備知識があっても実際に目の当たりにすると どうしようもないことは往々にしてある。
 一般人として生きてきた者にとって、こんな常識外の生物との対峙も それに該当するだろう。
 どれだけ覚悟したところで実際にドラゴンと対峙したプレッシャーにとっては無意味に近い

 ここで、アセナがエヴァやフェイトと対峙していた時には平然としていたことを疑問に思うかも知れない。

 まぁ、実力を考えれば、本気のエヴァやフェイトの方が 門番のドラゴンよりも上位にいるのは確かである。
 だが、そもそも彼女等はアセナに本気を見せていなかったうえアセナと対峙した目的は対話がメインだった。
 それに、彼女等とは差が理解できない程に差があったのでアセナがプレッシャーを感じられなかったのである。

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 ところで、アセナが最下層までエレベーターで降りられたことには、ちょっとした訳がある。
 それは、35話で近右衛門がアセナに「アルからの連絡と言うか伝言」を伝えた後のことだった。

「ああ、そう言えば……『戻った記憶』とは、どう言った内容のものなのかのぉ?」

 近右衛門は、さも興味本位で訊いているような態度だが……その真意は実にわかりやすい。
 つまり、アセナのことを心配して「どの記憶を思い出してしまったのか?」を確認したいのだ。
 それを理解しているアセナは「別に隠すことじゃないので話して置こう」と説明を始める。

「ガトウさんと別れた時のこととか、タカミチに日本に連れてこられた時のこととか、子供の頃に川で溺れた時のことの一部とか……ですね」

 もちろん、「実は、那岐の記憶を思い出したんですよねぇ」なんてことは説明しない。
 アセナと那岐の違いに気付いた訳でもない近右衛門に説明する必要は無いのだ。

 まぁ、気付いたうえでアセナが打ち明けるのを待っている可能性がない訳ではないが、その可能性は敢えて黙殺しよう。

「……ふむ。つまり、キミが知りたいこと とは『川で溺れた時に起きたことの真相』なのかのぅ?」
「あれ? 詠春さんから『木乃香に怯えられた理由が知りたい』って聞いていませんでしたか?」
「いや、婿殿からは『木乃香と向き合うために例の事件を知りたいそうです』としか聞いておらんよ」
「そうですか……オレのために詳細を知らせなかったんでしょうから、後で礼を言って置きます」
「まぁ、礼も大事じゃろうが……礼の代わりに木乃香を幸せにすればいいんじゃないかのぅ?」
「一理ある御言葉ですが、『それはそれ、これはこれ』と言うことで、礼はキチンとして置きますよ」

 木乃香を嫁にする と言う言質を取らせないアセナに近右衛門は苦笑するしかない。

「ところで、ガトウ殿のこととかタカミチ君のこととかも思い出した と言うとったが……?」
「あ、その点は大丈夫です。思い出させてもらうのは『川で溺れた時のこと』だけですから」
「……それなら何も言わんよ。まぁ、そもそも、どんな記憶を思い出すのかはキミの自由じゃが」
「ですが、『黄昏の御子』の頃の記憶を思い出すのは時期 尚早、と言うことでしょう?」
「まぁ、今のキミなら耐えられるとは思うが……タカミチ君の同意が欲しいところじゃからな」

 近右衛門の危惧を察知したアセナは「『黄昏の御子』の頃のことは思い出させてもらうつもりはない」とハッキリと述べる。

 戦争の道具として100年以上も生かされていた『黄昏の御子』の記憶は、過酷と言っていい記憶だ。
 それに加え100年以上の記憶を思い出すだけでも相当の負荷が掛かるため、下手をしたら自我を失いかねない。
 今のアセナなら耐えられる可能性は高いが、耐えられない可能性もある。無理に思い出すべきではない。

「おっと、忘れるところじゃった。これを持って行くがよかろうて」

 近右衛門は執務机の引き出しから掌大のカードを取り出すと、そのカードをアセナに放り投げる。
 門番(ドラゴン)への通行許可証なら詠春から受け取っているので、通行許可証ではない。
 まぁ、扱われ方がゾンザイであったことから考えると、そこまで大した物ではないだろうが。

「それは、アルの住処――麻帆良の最深部に直結しているエレベーターのパスカードじゃよ」

 近右衛門の話によると、図書館島のエレベーターには魔法的・科学的な仕掛けが施されており、
 このパスカードを使うことで「麻帆良の最深部まで繋がっているエレベーター」を使えるようになるらしい。
 原作2巻で出て来たエレベーターとは別物で、ネギ達が勉強合宿をした階層より更に深部へ行けるようだ。

「……ありがとうございます」

 「こんな便利なものがあるなら、『メルキセデクの書』の時(4話)に貸して欲しかった」と思うアセナだったが、
 「まぁ、貸してくれるだけマシだよね」と気持ちを切り替え、礼を言いながら近右衛門からパスカードを受け取り、
 「それでは、失礼します」と学園長室を退室し、荒んだ心を癒すために麻帆良教会(ココネの元)へ赴いたのであった。

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「まぁ、『この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ』って気分だけど……ここまで来たら進むしかないよねぇ」

 門の先に待ち受けるアルビレオが どんな思惑でアセナに情報をほのめかし、アセナを招いたのか?
 それを考えると、目前に聳え立つ門が『地獄の門』に見えて来て、進むのを躊躇したくなる。
 だが、近右衛門に背中を押された形でもあるため、アセナに ここで引き返す選択肢は無いのだった。



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Part.02:マッド・ティー・パーティー


「ようこそ、『神蔵堂ナギ』君。お待ちしていましたよ」

 重厚な扉を開いた先には、地下とは思えない壮大な風景が広がっていた。先程の広場も充分に壮大だったが、この空間は更に壮大なものだった。
 大小幾つかのドーム、優美な曲線で構成された鉄橋、そして三方を囲む滝。たとえ地上にあったとしても充分に幻想的な光景が そこには広がっていた。
 とは言え、景観に見惚れて我を忘れるアセナではない。シッカリとアルビレオの投じた爆弾を聞き取っており、その対応について思いを巡らせていた。

「……お招きありがとうございます、アルビレオ・イマ殿」

 アセナは『ナギ』と言う響きが気にはなるものの、特に気にしていない様相で社交辞令的な挨拶をする。
 まぁ、アセナにとってはアルビレオがアセナの『正体』を理解していることは想定の範囲内のことであるため、
 むしろ、この程度の「様子見とも言えない様な軽いジャブ」などでアセナの心が乱される訳はないのだが。

「大した持て成しもできませんが、ごゆるりと御堪能ください」

 そんなアセナの対応を満足そうに受け止めたアルビレオは薄ら笑いを浮かべ、
 余裕タップリな様相でティーセットが準備されたテーブルにアセナを誘うと、
 目線だけで「お掛けになってください」と向かいの席に座るように促す。

「……さて、君がここを訪れた目的は詠春から聞いていますので、単刀直入に本題に入っていただいて構いませんよ?」

 準備のよさに警戒を覚えたアセナだが、「警戒するだけ無駄か」と思い直して大人しく腰を下ろす。
 恐らく、エレベーターが最下層に到着した段階でアルビレオはアセナの来訪に気付いていたのだろう。
 そんなアセナを興味深そうに見ながらもアルビレオは手馴れた手付きで紅茶を注ぎながら話を切り出す。

「それでは、御言葉に甘えさせていただいて……『木乃香が烏族に浚われ掛けた時のこと』を思い出させていただけないでしょうか?」

 言葉と共に差し出された紅茶を受け取ったアセナは、その香気を楽しむ振りをして「どこまで話すべきか」思案する。
 だが、「詠春から事情を聞いている」と言われた以上、詠春の知っている情報は把握されていることだろう。
 ならば、繰り返しの説明は必要ない筈だ。そう判断したアセナは、単刀直入に必要最小限の情報だけを伝える。

 余談だが、紅茶は「匂うだけで飲まないのも失礼だろう」と言う考えで一口だけ啜ったが、予想以上に美味で何口も飲んでしまったらしい。

「まぁ、確かに、私のアーティファクトを用いれば、君の記憶を復活させること自体は容易いでしょうねぇ」
「……歯に物が引っ掛かったような言い方ですね? 何らかの問題があるように聞こえるんですけど?」
「復活自体に問題はありません。ただ、『無理に思い出すことではない』と言う意味で問題があるだけですよ」
「確かに、防衛機制として忘れたので思い出すべきではないでしょう。ですが、それは過去のことです」

 アセナが『例の事件』を忘れたのは、魔法によって忘れさせられたのではない。精神の安定を保つために自ら忘れたのである。

 それを考えれば、アルビレオの懸念も理解できる……が、『今のアセナ』は『当時のアセナ』ではない。思い出しても大丈夫な筈だ。
 むしろ、そんなことは重々承知であり、そんな理由でやめるくらいならば最初から記憶を復活させよう などとは思わなだろうい。

「……そうですか。貴方がそこまで言うのでしたら、私としても君が記憶を取り戻すことへの助力は惜しみません」
「ありがとうございます。本来は自然に思い出すのを待つべきなんでしょうが、そうも言っていられないんです」
「まぁ、木乃香嬢と向き合うには思い出す必要があり、且つ、いい加減に向き合わなければいけない状況ですね」
「あれ、随分と事情に詳しいですね? 詠春さんは そこまで話したのでしょうか? それとも、学園長先生ですか?」
「さぁ、どうでしょう? 私が言えるのは、この学園内で起きることくらいは把握しています、と言うことですね」
「つまり、学園長先生との会話を覗いていた訳ですか。まぁ、学園長室であることで油断していたこちらの失態ですね」

 アルビレオが事情を把握し過ぎていることを いぶかしむアセナだったが、アルビレオには詠春なり近右衛門なり情報の伝手はある。

 そのため、そこまで気にすべきことでもないのだが……必要以上に情報を流してくれやがった相手を特定して置きたかったようだ。
 まぁ、アルビレオの言葉を信じるならアセナにも過失があったようなので「これからは もっと注意しよう」と自身を戒めたにとどめたが。

「ところで、処置の前に確認して置きたいことがあるんですが……君は、『その時のこと』を どこまで思い出したのですか?」

「……烏族が木乃香を浚った後から記憶が途絶え、気が付いたら血の海に立っていた くらいなら思い出せました。
 あ、それと、木乃香に怯えられたことも覚えていますね。まるで『化け物』を見るような目でしたねぇ。
 まぁ、つまり、結果は覚えているのですが、過程――何故そうなってしまったのか は わからないんですよ」

 アルビレオの問い掛けで『木乃香の視線』を思い出してしまったアセナは、暗鬱たる気持ちを苦笑で誤魔化しながら答える。

「そうですか……では、思い出したいのは『記憶が途絶えていた部分だけ』で構いませんね?」
「ええ、そうなりますね。他の部分は思い出しましたから、そこだけで問題ありません」
「つまり、『アセナ君』の記憶も『黄昏の御子』の記憶も思い出させなくていいのですね?」
「ええ。それらについては急いでいる訳ではありませんから、自然に思い出すのを待ちますよ」

 那岐になる前のことまで確認されるとは思っていなかったが、方針は定まっていたのでアセナは淀みなく答える。

 正直に言えば『アセナ』や『黄昏の御子』のことも思い出させてもらいたいが……今はまだその時ではない。
 魔法世界に行くまでに思い出さなければ思い出させてもらうが、できるだけ自力で思い出した方がいいだろう。

「……そうですか。よくわかりました。では、『これ』をどうぞ」

 アセナの言葉に納得を示したアルビレオは『イノチノシヘン』を起動して数多の『書』を空中に展開する。
 そして、その中の一冊を手に取るとパラパラとめくり、あるページで固定したままアセナに『書』を手渡す。

 それは「那岐の半生録」であり、そのページには『木乃香が烏族に浚われ掛けた時』の真相が記されていたのだった。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「――このちゃんっ!!!」

 烏族に連れ去られた幼き日の木乃香を追って、幼き日の那岐が駆ける。
 『瞬動』を使っているのか、遠く離れた烏族の背中は随分と近くなった。
 しかし、烏族は那岐の接近に気付くと、背中の羽根を持ちいて空に逃れる。
 目立つことを恐れたのか、それまでは地上を滑空する程度だったので追い付けたが、
 さすがに空を飛ばれては、地上を駆けるだけの那岐では追い付ける筈がない。

  ダダンッ!!

 だが、那岐は『虚空瞬動』を使って空にいた烏族の補足を成功させた。
 『虚空瞬動』は浮遊はできないが、連続で使用すれば飛行はできるのだ。
 もちろん、直線で追い縋るなどと言う真似はせず、多角的に追い詰める。

「クッ!! 小癪な小童め!!」

 逃げること――否、木乃香を依頼主に届けることを第一にしていた烏族は、
 執拗に追い掛けて来る追跡者(那岐)を迎撃することに目的を切り替えた。

 だが……相手が悪かった。那岐は単なる子供ではない。

 那岐を切り裂く筈だった刀は空を切り、刀を掻い潜った那岐は懐に忍び込む。
 そして、いつの間にか成していた『咸卦法』で鎧った貫手を烏族の胸に突き刺す。

  ドシュッ……

 水の詰まった皮袋を貫くような鈍い音の後、辺りに文字通りの血の雨が降り注ぐ。
 当然、烏族に抱えられていた木乃香は それをモロに浴びてしまい、真っ赤に染まる。
 この時点で木乃香は茫然自失としており、現実をうまく処理できていないようだった。

 そして、烏族と言う支えを失った木乃香は空から落下する。もちろん、那岐が途中で受け止めたが。

 だが、木乃香を抱きかかえて着地した那岐を待っていたのは殺気に溢れる鬼や烏族の集団だった。
 落下地点を予測して召喚されていたのか、追い詰めたと勘違いさせられて誘き出されたのか……
 それは定かではないが、百鬼夜行と表現しても遜色の無い数の化生に囲まれているのは確かだった。

 那岐は少し離れた位置に木乃香を降ろすと百鬼夜行に向かって駆け出す。

 その後は描写するまでもないだろう。那岐は百鬼夜行を殺し尽くすことに成功した。
 そう、離れた位置にいた木乃香まで血の海に浸らせる程の量の血を生み出したのだ。
 そして、27話で語ったように、思考が復帰した木乃香に那岐が怯えられる訳だ。

 ……ここで、倒されたら還るだけの化生が何故に血の海を作ったのか、疑問に思うかも知れない。

 しかし、答えは単純だ。化生は効率よく現世に顕現するために受肉していたからだ。
 つまり、魔力で肉体を作られていたのではなく、生物を媒介に召喚されていたのだ。
 それ故に、召喚が解けた「元の生物」の死体(及び血液)は還ることなく残った訳だ。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「…………なるほどねぇ」

 心優しい那岐には少しキツい事実だった。木乃香を守るためとは言え惨劇を成したのだから当然だ。
 しかも、「媒介にされた生物」には『人間』も含まれていたのだから、そのショックは筆舌に尽くし難い。
 ほとんど暴走していたような状態だった と言えるが、結果として人を殺したこと自体は変わらない。

 自我を保つために記憶を封印してもおかしくないし、それが解けたら自我が崩れるのも頷ける。

 本来なら、那岐が思い出すことはなかったのだろう。いや、正確には『時機を見て思い出させる予定』だったのだろう。
 だが、那岐は溺れたショックで「木乃香が溺れた と言う記憶」に置換していた「忌むべき記憶」を思い出してしまったのだ。
 那岐は弱い訳ではない。だが、強くもなかった。那岐が それに耐え切れずに目覚めることを拒否したとしても責められまい。

 だが、それは那岐の話でしかない。那岐に耐えられなかったことでもアセナならば耐えられる。

 アセナは、ナギであると同時に那岐でもある。耐えられない訳がない。
 那岐だけでは耐えられなかったことでも、アセナなら耐えられるのだ。
 その手が真っ赤に染まっていたとしても、それは『今更』だからだ。

「……ふむ。どうやら、耐えられたようですねぇ」

 『イノチノシヘン』をカードに戻したアルビレオが気遣わしげな声音で声を掛けて来る。
 その表情は「まぁ、そこまで心配はしていませんでしたが」と無言で語っており、
 アセナが那岐の過去に耐えられることを信じて――いや、わかっていたような態度だった。

「ええ、今更のことですから」

 過去は過去でしかない。過ぎ去ってしまったことを悔やんでも何にもならない。
 もちろん、過去は顧みるし反省もする。でも、過去に囚われはしない。
 傲慢なアセナは、過去を受け止めたうえで前を向いて未来へ進むのだから。

 だから、アセナは那岐の過去を「なかなかキツかったねぇ」と割り切って受け止めるのだった。



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Part.03:醜くも美しい世界


「ところで、『貴方自身』のことは どこまで思い出せているんですか? 『神蔵堂ナギ』君」

 那岐の記憶を取り戻した後は軽く談笑を交えながら御茶を楽しんでいたのだが、唐突にアルビレオが爆弾を落として来たのだった。
 これまでも想定外の質問はあったが、それでも想定を大きく超えるものではなかった。だが、今回の質問は大きく想定を超えていた。
 そのため、僅かであったが致命的とも言える時間をアセナは驚愕と思考に費やしてしまい、アルビレオへの対応が遅れてしまった。

「…………どう言う、意味でしょうか?」

 僅かな躊躇の後、アセナは絞り出すような声で言葉を紡ぐ。もちろん、アセナも無駄な抵抗だとはわかっている。
 昨日『少し早い御茶会』と表現された時点で、アルビレオに『正体』がバレていることはわかっていたのだから。

 だが、無駄な抵抗だとはわかっていても抵抗しなければアセナの気が済まない。簡単には認められないのだ。

「おや? これは異なことを仰りますねぇ。私の意図など おわかりでしょう?」
「さぁて? 愚かなオレには貴方の言いたいことに皆目見当も付きませんねぇ」
「ほぅ? つまり、私の真意を確信しているけど認めたくない と言う訳ですね?」
「いえ、ですから、確信どころか見当すら付いていないのが現状なんですけど?」
「ですが、私のアーティファクトは御存知でしょう? 誤魔化しは通用しませんよ?」
「……そうですね。貴方が『オレ』を知っているのは想定内と言えば想定内ですね」

 もとより誤魔化せるとは思っていなかった。単に気分の問題で抵抗していたに過ぎない。そして、その気も済んだと言えば済んだ。

「まぁ、態々『貴方』に話す意味がないですから私を怪しむのは無理もないですけど」
「ええ、そうですね。『オレを知っていること』をオレに知らせる意味がわかりません」
「確かに、貴方と敵対する気ならば、貴方に知られないようにしてに泳がせますからね」
「……それは つまり、『貴方はオレと敵対する気がない』と言うことでしょうか?」
「ええ。少なくとも、『私』には『貴方』と敵対する理由などありませんからねぇ」

 アルビレオに言われるまでもなく、アセナはアルビレオが敵対する気などないことはわかっていた。単に確証が欲しかっただけだ。

「何故ですか? 確かに、オレは那岐と融合しました。ですが、『異物』が混じっているのも事実です」
「つまり、『異物』が混じっているのを知りながら、何故に敵対――いえ、駆除するつもりがないのか、と?」
「ええ、そうです。那岐は、貴方の戦友が命を賭して守った存在でしょう? 『異物』など邪魔な筈です」

 融合した今となっては両者の区別など付けられないが、那岐にとってナギが『異物』であったことは変わらないだろう。

「……どうやら、貴方は根本的な勘違いをしているようですね、神蔵堂君」
「根本的な勘違い? …… 一体、何を どう勘違いしている と言うのですか?」
「決まっているでしょう? ガトウが守ろうとしたのは『アセナ君』ですよ?」

 そう、ガトウが命を賭して守った存在は那岐ではなくアセナだった。つまり、那岐も『異物』なのだ。

 とは言え、アルビレオに指摘されるまでもなく、アセナも そのことには気付いていた。
 ただ、アセナにとって那岐と言う存在は「『アセナ』を正当に引き継いだ存在」なのだ。
 まったくの他人であるナギや、そのナギが混じって出来上がった今のアセナとは違う筈だ。

「ですが、『アセナ』から『黄昏の御子』の記憶を消して出来上がったのが『那岐』なのではないですか?」

「だから、那岐君は『アセナ君』と大差ない と? それは違いますよ。那岐君は『アセナ君』ではありません。
 何故なら、那岐君は『黄昏の御子』だけでなく『アセナ君』の記憶も ほとんど持っていませんからね。
 つまり、貴方の考え方や言葉で言うなら、那岐君も貴方も『異物』である と言うことは変わらないんですよ」

 確かに、アルビレオの言うことが事実なら、『アセナ』ではない点においては那岐もナギも『異物』であることは変わらないだろう。

「さて、話が一段落したところで、『私に貴方と敵対する気がない』と言う話に戻りましょう」
「……それは、オレだろうと那岐だろうと『アセナ』ではないことは変わらないから ですか?」
「それもあります。ですが、別の理由もあります。むしろ、そっちの方が大きいくらいですね」

 腑に落ちない点はあるものの引き摺りたい話題でもないので、アセナもアルビレオの話題転換に応じる。

「別の理由、ですか? ……差支えがなければ、『それは どう言う理由なのか』を訊ねても よろしいでしょうか?」
「ええ、構いません。ただ、その理由の説明には少々時間をいただくことになりますが……それでも構いませんか?」
「もちろんです。むしろ、気になって仕方がないですから、いくらでも時間を掛けていただいても問題ありませんよ」

 アルビレオから『覚悟』を問い掛けられたアセナは躊躇なく肯定を示す。それを受けたアルビレオは、ゆっくりと説明を始めるのだった。

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 実は、私は『世界』についての研究をしておりましてね。
 その研究の中で、いくつか わかったことがあるんです。

  ① 世界と言うものは星の数ほど存在する。
  ② 基本的に世界同士は隔絶している。
  ③ 稀に他の世界を垣間見る存在がいる。

 とは言っても、他の世界を垣間見る存在――私は『観測者』と呼んでいる存在なんですが、
 本人は無意識で行っていますし その間の記憶は ほぼ無いので、その自覚がありません。
 そして、当然ながら『観測者』の存在も『観測内容』も他人が把握できる訳がありません。

 ですから、他に世界があることなど『そう』想定していなければ気付かないんです。

 普通は「他に世界がある」と言われても「ナニイッテンノ?」と思うでしょう?
 ですが、「他に世界がある」と言う前提で検証していくと、気が付けるんですよ。
 特に、私のアーティファクトである『イノチノシヘン』の能力を活用すれば、ね。

 フフフ……『何故?』と言わんばかりの表情ですねぇ。

 いいでしょう。気分も乗って来たことですし、特別に お教えします。
 当然、私の『イノチノシヘン』の基本能力は御存知ですよね?
 ええ、そうです。「他者の半生録」、つまり『記憶の覗き見』ですよ。

 まぁ、「他者の再生」と言う能力もありますが、今は関係ありませんね。とにかく、私は「他者の記憶を覗き見る」ことが可能なんです。

 ……この時点で、私が何を言いたいのか、だいたいお分かりでしょう?
 そうです、本人すら忘れていることを私は把握できるんですよ。
 それが、睡眠中の出来事――夢として忘却される事実ですら、ね?

 以上から、私は『観測者』の存在も『観測内容』も把握でき、『この世界』以外にも世界が存在することを知れた訳ですよ。

 あ、ところで、物語とは「作者が垣間見た別の世界の出来事を脚色したもの」と言う説を聞いたことがありますか?
 私も最初は荒唐無稽な話だと軽く聞き流していたのですが……最近ではバカにできない説だと切に感じています。
 何故なら、他に世界が存在し、且つ その観測が無意識で行われているので、本人にも その自覚が無い訳ですからねぇ。

 もしかしたら、星の数ほど存在する『物語』と言うものの幾つかは『観測者たる作者が無意識で垣間見た他の世界の出来事』なのかも知れませんね?

 少なくとも、私は『この世界に似た物語』のこと と『私の知っている物語に似た世界』のこと を知っています。
 言い換えると、『この世界』が貴方にとっては『魔法先生ネギま!』であることを知っている訳ですが……
 事情を知っているが故に どれだけ荒唐無稽な話に思えても、私には事実として受け止めざるを得ないんですよ。

 ……さて、今までの説明で、私の言いたいことは理解していただけた と思います。

 つまり、世界とは星の数ほど存在しており、他の世界は『物語』として語られる可能性があるため、
 逆に言えば、『この世界』が他の世界で『物語』として存在していても不思議ではない と言うことです。

 ですから、貴方にとって『この世界』が『ネギま』と言う『物語』であったとしても、私には『想定の範囲内』なのですよ。

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「以上で説明を終え――たいところですが、まだ『私に貴方と敵対する気がないこと』の説明が不充分ですよね?
 せいぜいが、『【この世界】が【物語】として存在する【世界】に貴方がいたこと』に理解があるだけですからね。
 ですが、貴方のことですから、私が貴方に敵対する気がない理由の予想が立っているのではないでしょうか?」

「……つまり、貴方がナギを『この世界』に連れて来て『この身体』に憑依させた と言う訳ですか?」

 それまでアルビレオの長ったらしい説明(しかし、それなりに重要だった)を黙って聞いていたアセナは、
 アルビレオの「さぁ、早くコメントをしてください」と言わんばかりの態度に促され、渋々 口を開く。
 アセナとしては説明を聞き終えるまでは黙っているつもりだったのだが、アルビレオは語らせたいようだ。
 押し問答を続けても時間と精神の浪費にしかならないため、アセナは気が乗らないが方針を転換したのである。

「ええ、そうです。物理的な質量を持たない『魂』だけならば、世界の『壁』を越えることが可能ですからね」

 アセナにとっては「有り得ない訳ではない程度の想定」だったために確証が欲しかったのだが、
 アルビレオは「満点の答えです」と言わんばかりの満面の笑みで反応したので正解なのだろう。
 想定が当たっていたことに安堵するアセナだが、同時に「どうやったのか?」と言う疑問が生まれる。
 口で「世界を超える」と言うのは容易いが、実際に行うのは困難どころの話ではない筈だからだ。

 その疑念を読み取ったのだろう、アルビレオは聞かれてもいないのに朗々と説明を始める。

「……22年に1度、世界樹の魔力生成量が爆発的に増えて大発光が起きるのは御存知ですよね?
 まぁ、大発光と比べたら月とスッポンなのですが、大発光以外の年も発光は起きているんです。
 つまり、大発光まではいかなくとも、麻帆良祭の時期には世界樹の魔力量が跳ね上がるんですよ。
 で、私は増大した世界樹の魔力を『非常事態』に備えて、数年に渡って溜め込んでいた訳です」

「なるほど。つまり、その魔力を用いて『非常事態』を解決した と言うことですね?」

 アルビレオが麻帆良に引き篭もるようになってから十数年が経つ。その間に溜め込まれた魔力は、大発光にも引けを取らないことが予想される。
 そして、超が大発光(の終盤だけ)の魔力を利用して百年もの時を越えたことを考えると、世界を越えて精神を召喚するぐらいなら可能だろう。
 そう判断したアセナは一応の納得を見せる。まぁ、「世界間を越えた」と言う段階で荒唐無稽な話なので、納得も何もない気はしないでもないが。

 ちなみに、言うまでもないだろうが、二人が言う『非常事態』とは「那岐が死んだこと」である。

「ええ。どうやら溺れたショックで『思い出したくなかった記憶』が復活したようで、那岐君は目覚めることを拒否しましたからね。
 仮に、あのまま放って置けば精神に引っ張られた肉体は朽ちて行き、やがて『その肉体』は死に至ってしまった でしょうね。
 ですから、『別の世界の那岐君である貴方』を召喚し、憑依させた訳ですよ。『黄昏の御子』と言う『器』を失わないために、ね」

「……その言い方だと、『黄昏の御子』が大事だった と言う風に聞こえるんですけど? オレの気のせいですか?」

「いいえ、気のせいではありませんよ。貴方の感じた通り、私にとっては『黄昏の御子』の方が大切なんですよ。
 もちろん、タカミチ君が大切にしている『中身』も大切ですよ? でも、それ以上に『器』の方が大切です。
 何故なら、仲間が大切にする『少年』よりも、仲間が救おうとした『世界』の方が私には大切でしたから、ね」

「救う? 話の流れからすると『黄昏の御子』が『魔法世界を救う』ようですが、『魔法世界を滅ぼす鍵』なのではないですか?」

「いいえ、違います。恐らく、『世界の終わりと始まりの魔法』のことを仰っているのでしょうが……
 この魔法は、言葉通り、世界の終わりと始まり――つまり、世界の破壊と再生の要なんですよ。
 ですから、魔法世界を『救う』ためには『黄昏の御子』と言う『器』を失う訳にはいかなかったんです」

「……つまり、ナギを貼り付けてでも『この身体』を生かし続けなければならなかった と?」

「ええ、そうなりますね。どんなに言葉を繕っても、魔法世界のために『貴方』を犠牲にしたことは変わりません。
 いえ、正確に言うと、『那岐君』と『那岐君を大切に想う方々』と『貴方』を犠牲にしたことになりますね。
 言うならば、私が『諸悪の根源』となる訳です。ですから、そんな『私』が『貴方』に敵対する訳などないんですよ」

 魔法世界を救うために麻帆良の地下に引き篭もって『世界』の研究を続けて来た男は、口元を歪めながら説明を締め括ったのだった。



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Part.04:パンドラの箱


「……いくつか、確認しても よろしいでしょうか?」

 暫くの沈黙の後、冷め切ってしまった紅茶を口に含んだアセナが重い口を開いた。
 香りも味も損なわれてしまった紅茶は苦く、今のアセナの心境を物語っているようだ。

「ええ、どうぞ。私に答えられる範囲内でしたら いくらでも お答えします。どうぞ、気軽に訊いてください」

 アルビレオも冷えた紅茶に口を付けてから重苦しく応える。
 まぁ、アルビレオはコッソリと魔法で紅茶を温め直していたが。

「…………どうして、ナギだったんですか?」

 アセナの問いは、答えられたところで大した意味はないものだが、アセナの立場になってみると至極当然のものと言えるだろう。
 アルビレオの言葉を信じるなら世界は星の数ほどある。そこには『別の世界の那岐』などいくらでもいることだろう。
 それに、アルビレオの口振りからすると誰でもよかったように思える。それなのにナギが召喚されたのだから、当然の疑問だろう。

「魂と肉体は相互依存関係にありましてね。他人の魂だと拒絶反応が出てしまう恐れがあったんですよ」

 アルビレオは「ですから、『別の世界の那岐君である貴方』でなければならなかったのです」と言葉を締め括る。
 もちろん、アルビレオはアセナの問いの意図を正確に察している。だが、敢えて勘違いをして答えたのである。
 そう、アセナの問いを「『ナギではない誰か』の魂でもよかったのではないか?」と捉えたことにして誤魔化したのだ。

「そんなに答えたくないんですか? いえ、答えられないんですね? ……それなら、答えなくてもいいですよ?」

 アセナは「アルビレオが意図を読み違える筈がない」と言う考えの下、アルビレオが誤魔化したことを見抜いた。
 そして、「私に答えられる範囲内」と言う言葉と合わせて、「答えたくない」か「答えられない」のを見抜く。
 それ故に、「直接『答え』を言わなくてもいいから、『答え』を想定できる反応をして欲しい」と暗に伝える。

「……恐らく、貴方が想定した理由で合っていると思いますよ」

 僅かな沈黙の後、アルビレオは「どうとでも受け取れる答え」を返した。
 恐らく、その僅かな間は、「どう答えるべきか?」を悩んだものなのだろう。
 もちろん、その裏には「これでも気付けるでしょう?」と言う信用がある。

「つまり、『思い出したくもない現実』を忘れるために『ここ』に逃げて来た訳ですか」
「まぁ、概ね その通りですね。貴方は、現実逃避の果てに『ここ』に来たことになります」

 アセナの確信を持った言葉にアルビレオは「仕方ありませんね」とでも言いた気な態度で肯定する。免罪符を得た と言うことだろう。

「もしかして、オレが憑依の直前を『とても嫌なことがあった』としか覚えていないのは……?」
「ええ、そうです。貴方の『思い出したくもない現実』は、私が忘れさせたんですよ」
「……なるほど。そう言うカラクリがあったんですね。それなら、思い出せる訳がないですね」
「おや? 『記憶消去』を忌避する貴方が忘れさせたことに対して文句を言わないのですか?」
「言いません。むしろ、言える訳がないですよ。だって、オレが望んだことなんでしょう?」

 不思議そうな顔で訊ねるアルビレオに対し、アセナは穏やかな微笑みすら浮かべて答える。

 アセナは、半年前に『ここ』で目覚めてから、ナギの過去の大部分を思い出せなかった。
 当初は「憑依のショックで記憶が混乱しているだけだろう」と考えていたアセナだが、
 那岐の過去を思い出すうちに「思い出したくないから忘れた」と考えるようになっていた。

 まぁ、「忘れた」と「忘れさせてもらった」と言う若干の違いはあるが。

「恐らくは、記憶を忘れさせてもらうことを交換条件に憑依を受け入れたんでしょうね」
「……ええ、そうです。しかし、そのことすら忘れてもらった筈なんですけどねぇ?」
「いえ、思い出した訳ではありません。ただ、その可能性を思い付いただけですから」
「まぁ、それなら約定を違えた訳ではありませんね。むしろ、問題は貴方の意思ですね」

 意思? 一体、どのような意思が問題となるのだろうか?

「貴方は、『記憶』を取り戻したい と考えているのではないですか?」
「……そうですね。取り戻せるならば取り戻したい と考えていますね」
「やはり、そうですか。まぁ、貴方なら『そう』言うと思いましたよ」

 アセナの返答にアルビレオは「困りましたね」と言わんばかりに苦笑を漏らす。

「忘れさせてもらったのに勝手な言い分かも知れませんが……その記憶はオレの根幹だったんだと思うんです。
 多分、『記憶』がないせいでナギの心の真ん中は『がらんどう』と表現できるくらいに空っぽでした。
 那岐と融合した後は、その隙間が埋まったような感じがして、幾分か真っ当な人間になれた と思います。
 でも、根本的なところで『何か』が違う気がするんです。大切なものが大切じゃない気がしてしまうんです」

 当初、アセナは『物語』の中にいる気分で過ごしていたため、そのせいで心が空虚なのだ と考えていた。

 だが、段々と『世界』が現実味を帯び始めても、アセナの心は空虚なまま――『がらんどう』なままだった。
 那岐と融合したことで隙間は埋まったが、それでも表面が埋まったに過ぎない。中心は空のままだ。
 それを埋めるのは、那岐の記憶ではない。那岐の欠片を充足したところで、ナギの心が満たされる訳がない。

 そう、ナギの記憶を取り戻さねばナギは満たされない。そうしなければ、アセナ(那岐でありナギである存在)は満たされないのだ。

「ですが、その記憶は『忘れるためならば別の人生を歩むことすら厭わない』程のものなんですよ?」
「まぁ、そうですね。ですが、それは『ナギだけだった頃』の話です。でも、『今』は違います」
「……そうですか。貴方が そこまで仰るのでしたら、私としても『記憶』の復帰に否はありません」

 繰り返しになるが、アセナはナギであると同時に那岐でもある。

 だから、那岐だけでは耐えられなかったことにアセナが耐えられた様に、
 ナギだけでは耐えられなかったことにもアセナなら耐えられる筈だ。

 そう考えたアセナは『記憶の復帰』を強く求め、アルビレオは そんなアセナの気持ちに応じるのだった。

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「では、ただいまより『記憶復活の儀』を執り行います」

 部屋全体どころか地下空間全体を使って描かれた魔法陣の中心で、アルビレオが厳かに『記憶復活の儀式』の開始を宣言する。
 もちろん、ただの『記憶解除』ならば、ここまで大掛かりな儀式など必要ない。つまり、ただの『記憶解除』ではないから必要なのだ。
 ナギの記憶は肉体に依存しない「魂に刻まれた記憶」だったため、記憶の復活は『魂そのもの』を弄ることと変わらないからだ。

「執行 封印解除、解除鍵『エルピスの残滓』」

 解除鍵とは、読んで文字の如く封印されていたものを解除するためのキーワードのことである。
 この場合は『エルピスの残滓』であり、アセナの記憶の『封印』を解くための要となる訳だ。
 ちなみに、『エルピス』とは『パンドラの箱』に残った最後の欠片、つまり『希望』である。

「あぁああああぁああああ!!!」

 通常の記憶改竄系の魔法ならば脳に施されるため、その解除も脳で行われる。その際の痛みは「激しい頭痛」程度だろう。
 だが、今回は違う。『魂そのもの』が書き換えられるのだ。魂は物理的な質量を持たない。だが、身体全体に影響を持つ。
 しかも、書き換えられた『魂』は記憶を上書きするために莫大な情報となってアセナの脳を襲う。その痛みは筆舌に尽くし難い。

 そのうえ、上書きされる記憶はナギが現実逃避を選んだ程の内容だ。

 最初は「記録でしかなかった情報」が段々と「実体験を伴った記憶」へと肉付けされていく。
 その過程で生じる苦痛だけでもツラいと言うのに、思い出してしまう記憶もアセナを苛む。

 ……心の痛みの方が肉体の痛みよりヒドい。何処かで聞いた言葉だが、まさしくその通りだった。

 屍の山を作った那岐の記憶は確かにツラかった。だが、それは「大切な者を守るため」に負った咎である。
 目的のためなら手段どころか犠牲すら厭わないアセナにとっては、それは充分に許容範囲内のことだった。
 だが、記憶』は違う。ナギは「大切な者を失ってしまった」のだから、アセナの許容範囲を超えていた。
 自分が犠牲になるのなら、いくらでも我慢ができる。だが、大切な者が犠牲になるのは耐えられない。

 アセナは ある意味では とても強く、そして ある意味では とても弱かった。

 ナギは利己的な人間だった。自分のためならば他人がどうなろうと知ったことではなかった。
 だが、そんなナギにも「命に代えてでも守りたい」と思える存在ができた。それが『彼女』だ。
 『彼女』の御蔭で、ナギは随分と他者を気遣うようになった。傲慢だが利己的でなくなったのだ。

 しかし、運命は残酷だった。ナギは『彼女』を守り切れなかった。そう、『彼女』を失ってしまったのだ。

 『彼女』を失ってしまったナギは己の無力を呪い、世界に絶望した。そんなナギに悪魔が囁く。
 「その記憶を忘れさせてあげましょう。その代償は、別の世界の自分として生きることです」と。
 ナギは考えるまでも無く その誘いに乗った。そして、『ここ』で那岐の肉体に憑依したのだった。

 ……だが、それは、あくまでも神蔵堂ナギと言う哀れな男の話だ。

 何度も言うが、アセナはナギであると同時に那岐でもある。ナギだけでは耐えられないことでも、アセナならば耐えられる。耐えられるのだ。
 確かに、ナギとしては立ち直れない程のことだったのだろう。それはアセナも理解しているし、心が引き裂かれんばかりの苦痛も味わっている。
 だが、心の何処かで「でも、それは過去のことなんだ」と冷静に受け入れいる自分がいるのだ。きっと、それは那岐としてのアセナなのだろう。

(ああ、オレの中で いろいろな『大切』が駆け巡る……)

 木乃香も大切であるし、※※※ も大切であるし、あやか も大切である。
 もちろん、ネギや刹那やタカミチなど、他にも大切な存在は たくさんいる。
 ただ単に、那岐とナギとアセナにとっての大切な存在が彼女達だっただけだ。

 当然ながら、彼女達に優劣は付けられない。

 だが、今はアセナだ。那岐でもナギでもない。那岐もナギも現実から逃げたのだ。
 それに、アセナは前へ進むことを決めているし、そうやって那岐の記憶も受け入れた。
 ならば、アセナはナギの記憶も過去として受け入れ、前へ進まねばならないだろう。

 ……何よりも、『彼女』の最後の望みは「ナギが幸せに生きること」だったのだから。



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Part.05:飛べない鳥のジレンマ


「こんばんは、那岐さん……」

 アルビレオの元を辞したアセナを待っていたのは竹刀袋を携えたサイドポニテの少女――刹那だった。
 もちろん、「待っていた」とは言っても、例のドラゴンのいる門の前で待っていた訳ではない。
 図書館島と男子寮を繋ぐ通路の途中(まぁ、かなり男子寮寄りの位置だったが)で待っていたのだ。

 どれだけ待っていたのか はわからないが、相当な時間を待っていたのは何となくアセナでもわかった。

「あれ? せっちゃん? ……こんなところで、どうしたのかな?」
「そんなの、那岐さんに会いに来たに決まっているじゃないですか?」
「そうかな? 世の中には偶然とか偶々とかあるんじゃないかなぁ?」
「そうかも知れませんね。でも、私は那岐さんに会いに来たんです」

 あくまでも惚けようとするアセナに対し、刹那はイチイチ反論を返す。スルーしないところに刹那の生真面目さが窺える。

「ふぅん? で、何の用なの? 急ぎじゃないなら後にして欲しいんだけど?」
「急ぎではありませんが……今ではなくてはいけないような、そんな気がします」
「そう。なら、話を聞くよ。部屋――は不味いから、そこの広場でいいかな?」
「ええ、構いません。話を聞いていただけるだけで、今の私には充分ですから」

 アセナの本音としては今は誰とも話したくなかったが、刹那の真摯な態度に折れて話を聞くことにしたようだ。

「……それで、用件は何かな? 重要っぽい雰囲気だけど?」
「実は、那岐さんに話して置きたいことがあるんです」
「ふぅん、話して置きたいこと、ねぇ。それは どんな話かな?」

 ベンチに腰を下ろしたアセナは、途中で買った缶コーヒーを傾けつつ隣に座る刹那に水を向ける。

「唐突だと思われるかも知れませんが……今度こそ、私は貴方を守りたい と考えているんです」
「……脈絡も無く話すことじゃないよね? と言うことは、何か理由とか原因があるのかな?」
「はい。実は、学園長先生に『今日のこと』を聞きまして、話して置くべきだと判断したんです」
「今日のこと、と言うと……オレが『木乃香が川で溺れた時の真相』を思い出させてもらうってこと?」
「ええ、そうです。具体的な方法までは聞いていませんが、思い出させてもらうことは聞きました」

 刹那は お汁粉の缶を握り締めながら話を切り出す。お汁粉の缶がビキビキいっているのは気のせいに違いない。

「そうなんだ。それで、『そのこと』と『せっちゃんがオレを守りたいこと』って繋がりがあるのかな?」
「繋がっています。だって、私は あの時のことを思い出すことで、貴方を守りたいと強く思ったんですから」
「はて? せっちゃんが真相を思い出したことはわかったけど、何でオレを守りたいのか は わかんないよ?」

 真っ直ぐにアセナを見詰める刹那の視線から逃れるように、アセナは明後日の方向を向いて思案する素振りを見せる。

「……あの時、私は貴方を守れませんでした。いえ、守れる可能性があったのに、守らなかったんです」
「そうかな? あの時は子供だったんだから、せっちゃんがオレを守れる訳ないんじゃない?」
「いえ、守れました。私が『正体』を見せるのを躊躇わずに『力』を行使していれば、守れた筈なんです」

 ベンチから立ち上がった刹那はアセナの視界に身を移すと、再びアセナを真っ直ぐに見詰めて語り始める。

「『本性』を晒せば嫌われてしまう、そんな自分勝手な想いで御嬢様を助けに行くことができませんでした。
 でも、貴方は何の躊躇もなく御嬢様を助けに向かいました。護衛のためにいた私が躊躇して動けない中で。
 そして、その結果……御嬢様は無事に救出されましたが、貴方は御嬢様に怯えられて心に傷を負いました。
 あの時、私が躊躇せずに動いていれば そんな結果にはなりませんでした。私が嫌われる結果で済んだんです。
 私は最低な女です。貴方を身代わりにしたうえ、そのことすら忘れて のうのう と暮らしていたのですから」

 真っ直ぐにアセナを見詰めながら己の咎を話す刹那は、アセナにとっては余りにも眩しい。視線を逸らしたくなるが、どうにか耐える。

「ううん、そんなことないよ。せっちゃんは悪くない。悪いのは烏族を使役していた術者さ。
 それに、そもそもの問題として、せっちゃんは女の子なんだから傷付く必要なんてないよ。
 むしろ、オレが肩代わりできることはオレが肩代わりするから傷付かないで欲しいくらいだよ」

「……ですが、私が『あの姿』を晒すことを恐れていなければ、那岐さんと御嬢様に溝はできませんでした」

「それは結果論だよ。確かに、オレは木乃香に怯えられて傷付いたし、木乃香はオレを怯えてオレを傷付けたよ?
 それは否定しない。だけど、木乃香には その記憶がない訳だから、オレが気にしなければ何も問題ない筈さ。
 だから、せっちゃんは責任を感じる必要はないよ。むしろ、『怯えられることに怯えていたオレ』が悪いだけだよ」

「違います!! 私は御二人を守ると誓ったクセに、我が身可愛さに御二人を傷付けてしまったんです!!」

 心情を吐露するうちに感情的になっていく刹那に対し、アセナは あくまでも冷静に諭そうとする。
 もちろん、刹那を落ち着かせる意図もあるが、そもそもアセナには刹那を責める気などないのである。
 何故なら、アセナにとっては過ぎたことだからだ。過去を気に病まれたところで困るだけなのだ。

 過去は誰にも変えられない。時間を遡りでもしない限り、過去は変えられないのだ。

「違わないよ。せっちゃんは何も悪くない。自分が可愛いのは誰でも一緒だからね。
 オレは、自分が可愛いから――傷付くのが怖いから、木乃香に近付けなかった。
 そして木乃香は、自分が可愛いからオレや せっちゃん を遠目から見るだけだった。
 だから、せっちゃんは何も悪くない。悪いのは勇気の無かったオレと木乃香さ。
 いや、木乃香は何も事情を知らないから、朧気に覚えていたオレが悪いだけだね」

「それでも、御二人を――いえ、貴方を苦しめた責は私にあります!!」

 だが、何やら刹那の様子がおかしい。気に病んでいるだけでなく、何らかの『決意』が見て取れる。
 特に、「木乃香とアセナ」と言う表現から「アセナだけ」に言い換えた辺りに違和感を覚えざるを得ない。
 これでは、まるで、木乃香よりもアセナを重視しているようではないか? いや、そんな訳がない。

「あの時、私が守りたかったものは貴方だった と言うのに……」

 だが、そんな訳があったようで、そのことにアセナは呆気に取られる。
 百合疑惑すら生まれる程に木乃香が大事な刹那がアセナを重視しているのだ。
 アセナが呆気に取られたとしても不思議なことではない(少々 失礼な話だが)。

「でもさ、せっちゃんが守りたかった――いや、守りたいのって木乃香でしょ?」

「確かに、このちゃん――御嬢様を守りたい とも思っていました。それは否定しません。
 ですが、あの時、私が本当に守りたかったものは……間違いなく、貴方だったんです。
 貴方に怯えて震えていた御嬢様よりも、御嬢様に怯えられて震えていた貴方なんです」

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 ……木乃香が浚われた瞬間、刹那の頭に浮かんだのは「正体は晒せない」だった。

 刹那が そう思った背景には、本山に来る前――烏族の里にいた頃に排斥されていたことがある。
 化生の中でも異端視されるのだから、木乃香や那岐には『化け物』と認識されるに違いない。
 温もりを得てしまった刹那は、その温もりを手放すことが怖かった。だから、躊躇ってしまった。

 那岐は躊躇することなく駆け出したと言うのに、刹那は駆け出すことに躊躇ってしまったのだ。

 もしかしたら、正体――出来損ないの烏族の姿は駄目でも、翼だけなら受け入れられたかも知れない。
 そのことに刹那が思い至るのに、那岐が烏族の後を追ってから幾許かの時が掛かり、それは遅きに失した。
 刹那が戸惑っている間に烏族は彼方に消えており、また それを追った那岐の姿も遠く離れていたからだ。
 その時点で、考えるよりも動くべきであったことを漸く悟った刹那は、慌てて烏族と那岐の後を追った。

「………………え?」

 那岐に遅れること数分、ようやく那岐に追い着いた刹那が見たものは、
 血の海に呆然と立ち尽くす那岐と そんな那岐に怯える木乃香の姿だった。
 しかも、周囲には『何らかの死体』の一部と思われる物が散乱している。

 ……何が起こったのか、刹那にはわからなかった。

 だけど、大方の想像は付く。危機は去ったが平穏は消えてしまった と。
 無邪気に微笑む木乃香も、不器用だけど優しく微笑む那岐も もういない。
 残ったのは、那岐に怯える木乃香と そんな木乃香に怯える那岐だけだった。

 状況を打破したくても、何をどうすればいいのか刹那にはわからなかった。

 ただ、木乃香と那岐を見ることしか刹那にはできなかった。
 木乃香に駆け寄り「もう大丈夫」と抱き締めてやることも、
 那岐を抱き締めて「もう大丈夫」と慰めることもできなかった。

 刹那には、ただ見ていることしかできなかったのだ。

 それから どれだけの時間が経ったのか? 気が付けば、異変に気付いた詠春と その部下が駆け付けていた。
 詠春が何やら三人に話し掛けていた気がするが、誰も答えることは無く、時だけが徒に過ぎていった。
 三人から事情を聞くのが無理だ と判断した詠春が「何らかの死体」を焼いていたような気もするが、それだけだ。

 そして、いつの間にか刹那の意識は途絶えており、気が付けば屋敷に寝かされていた。

 事の顛末は ほとんどわからないが、それでも自分が無力だったことはわかった。
 いや、自分が正体の露見を恐れて何もできなかったことが原因だとわかっていた。
 だから、刹那は その記憶を封印することを是とした。己の罪を忘れたかったのだ。

 そう、刹那は自ら望んで「御嬢様が溺れた」と言う記憶に掏り替えてもらったのだった。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「貴方を助けられなかったどころか傷付けてしまったことが許せなくて……私は忘れました。
 怯える御嬢様も、震える貴方も、それを作る一助となってしまった自分の罪も、忘れました。
 記憶は封じられた のではなく、心の底にあった『罪を忘れたい』と言う意識で忘れたのです」

 アセナは刹那が己を責める理由を何となく理解した。つまり、守れなかったことよりも忘れたことが許せないのだ。

「ですが、もう忘れようとは思いません。認めたくはありませんが、もう見ない振りはできません。
 ですから、今度こそ、私は貴方のことを守りたいんです。それだけが、今の私の望みなんです。
 真相を思い出したことで崩れそうになっているのに平気な振りをしている貴方を支えたいんです」

「……ありがとう、せっちゃん。そう思ってくれるだけで、オレは充分に守られているよ」

 那岐もナギも、結局は己の罪から逃れた。今のアセナは受け入れることができているが、那岐もナギも逃げてしまった。
 だからこそ、己の罪を認めたうえでそれを告白し更にアセナを守ることを宣言する刹那に、アセナは感謝することしかできない。
 まぁ、若干、刹那は勘違いしている部分もあるが(アセナが崩れそうなのは那岐の記憶のせい ではなく、ナギの記憶のせいだ)。



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Part.06:黄昏時よりも朱色な


「あ、ところで、何で真相を思い出したの? オレみたいに記憶を復活させてもらったの?」

 このままでは刹那ルートに突入してしまう と言う的外れでもないことを妄想をしたアセナは、
 少々 態とらしいが、流れを変えるために話題を転換しよう と気になっていたことを訊ねる。

 まぁ、それなりに関連している話題なので、そこまで無理矢理な話題転換ではないが。

「いえ、私が思い出せたのは偶然です。或いは、必然だったのかも知れませんが」
「いや、よくわからないんだけど? 偶然だけど必然の可能性もあるってこと?」
「まぁ、そうなりますね。物事は受け止め方 次第で如何様にも解釈できますからね」
「ふぅん? 何か煙に巻かれた気がするんだけど……敢えて気にしないで置こうかな?」
「ええ、そうしてください。原因や過程には、大した意味などありませんからね」
「まぁ、そうだね。この場合、大事なのは結果だから原因や過程は忘れて置こう」

 腑に落ちない部分はあるが、根掘り葉掘り聞くことでもないと判断したアセナは敢えて流すことにした。

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 実は、刹那は本山で目が覚めた時(30話参照)には真相を思い出していた。

 その原因は、木乃香がフェイトに浚われたこと と木乃香を助けられなかったこと だろう。
 浚った者が烏族とフェイトで違うし、何もしなかった のと何とかしようとした のも違う。
 だが、木乃香が浚われて刹那が助けられなかったことは同じだったので、思い出したのだ。

 真相を思い出した刹那は「結局、正体を晒しても助けられなかった」と己の無力を嘲笑った。

 とは言え、真相を思い出した刹那にとっては、刹那が弱いのは致し方がないことだとも思えた。
 何故なら、刹那が守りたかったものは木乃香ではなかったのに木乃香だ と思い込んでいたからだ。
 罪から逃れるために本心すらも偽った刹那に誰かを守るだけの強さが得られる訳がないのだ。

 もちろん、木乃香を守りたくない訳ではない。むしろ、守りたいと考えている。

 だが、それはあくまでも「那岐のついで」でしかない。刹那が守りたいのは那岐でしかない。
 那岐の幸せのために木乃香が幸せである必要があったため、木乃香を守りたかったに過ぎない。
 そう、単純に木乃香を守りたかったのではなく、那岐のために木乃香を守りたかったのだ。

 まぁ、そう言った事情を抜きにしても、刹那がフェイトに及ばないのは如何とも し難い事実ではあるが。

 それでも、心構え一つで一矢を報いることができたかも知れないことを考えれば、悔やまれることだろう。
 何故なら、あの時の戦闘の目的は勝利ではなく木乃香の奪還だったのだから、一矢を報いるだけで充分なのだ。
 いや、木乃香の奪還にさえ成功できれば一矢を報いる必要すらない。あの戦いは、そう言った戦いだったのだ。

「……桜咲 刹那、『話』がある。少し、顔を貸せ」

 エヴァが刹那に声を掛けたのは、記憶が復活したことに伴って刹那の意識が徐々に変化していた時だった。
 後になって思えば、エヴァは刹那の意識が変わりつつあることを察知して声を掛けたのかも知れない。
 真相はわからないが、刹那にとっては「揺れていた心に決着を付けるのにベストなタイミング」だった。

 ちなみに、具体的な時期としては、ヘルマン襲撃事件の後(34話と35話の間くらい)のことだ。

「それで、人目を避けての『話』とは、何でしょうか?」
「なに、老婆心ながらの忠告、と言うヤツだよ」
「忠告? エヴァンジェリンさんが私に、ですか?」

 厳重に防諜対策が施されたエヴァの家に招かれた刹那は、これからの『話』に見当も付かない。
 しかも、エヴァから齎された情報は「忠告」なのだから、刹那が訝しむのは無理もないだろう。

「ああ。本山で貴様が『元』に戻った件について、な……」

 だが、そんな刹那の疑問は続けられたエヴァの言葉によって一気に吹き飛ばされた。
 もちろん、解消したのではない。驚愕の余り、疑問を持つどころではなくなったのだ。
 まぁ、誰にも知られたくないことを話題にされたのだから驚愕するのも無理はないが。

「……まさか、『気絶したことで元に戻った』などと妄想している訳ではあるまい?」

 そんな訳はない。そもそも、刹那は本山で目が覚めたら『元』に戻っていたことに疑問を覚えていたのだ。
 まぁ、目覚めた直後は状況把握に忙しかったし、その後は事後処理に忙しかったので気に病む暇もなかったが。
 それでも、事後処理を終えて普段の生活に戻り、落ち着いて よくよく考えてみると疑念が浮かんだのだ。

「と言うことは、貴女が治してくれたのですか?」

 エヴァが身内以外を――しかも、顔見知り程度でしかない刹那を治癒することなど有り得ない想定だ。
 だが、(種は違うが)同じ『人外』と言う立場からの同情として治癒を施してくれたのかも知れない。
 低い可能性であったが、こうして話題に出して来たことも踏まえると、可能性は高いのかも知れない。

「フン、そんな訳がなかろう? 私は治癒が苦手なんだからな」

 刹那の言葉を鼻で笑うかのような態度で軽く切って捨てるエヴァ。
 だが、言い換えれば「治癒が得意ならば治した」と言うことになり、
 それに気付いていない件も含めてスルーするのが刹那の優しさだ。

「…………それでは、誰が?」

 エヴァでなければ誰なのだろう? 妥当なのは西の術者なのだが……それなら、刹那が排斥されている筈だ。
 烏族と人間のハーフ――しかも忌むべき『白』である刹那は、烏族からだけでなく人間からも排斥される。
 亜人の多い魔法世界を経験した者(詠春など)はそうではないが、西の術者の ほとんどは排斥するだろう。

 だが、本山での事後処理の際、刹那は排斥されるどころか慰労された。それ故に、西の術者が治癒をした可能性は極めて低いのだ。

「答えの前に、貴様はヤツが『完全魔法無効化能力者』であることを知っているか?」
「ええ、長から聞きました。ですが、それ と これ の何が関係しているのですか?」
「ん? 存外に鈍いヤツだな。いや、それとも、気付かない振りをしたいだけなのか?」

 不思議そうな顔で訊ね返す刹那に「わかっているのだろう?」と言わんばかりに応えるエヴァ。

「え? い、いや、そんな訳は……那岐さんが私を治した訳なんて…………」
「いいや、その通りだ。ヤツが『能力』を応用して貴様の『変化』を治したんだよ」
「そ、そんな!? 那岐さんに『あの姿』を見られてしまったと言うことですか?!」
「まぁ、『あの姿』が どう言ったものかは知らんが、『正体』なら見られただろうな」
「で、ですが、那岐さんは私を避ける素振りなど一切見せていませんでした!!」

 外れていて欲しい予想をアッサリと肯定された刹那は、焦燥そのものの様子で必死に否定を行う。

 刹那にとっては、「『正体』を見られる = 排斥される」と言う方程式が成り立っているため、
 アセナに『正体』を見られることは避けたく、また排斥されていないことが見られていない証だったのだ。

「馬鹿か、貴様は? それは単にヤツが貴様の正体なぞ気にしていないからだろうが」

 だが、エヴァは そんな刹那の様子など意に介することなく切って捨てる。
 その言葉そのものは刹那を貶しているように受け取れるものだったが、
 その響きには「ヤツは そこまで狭量な男ではないぞ?」と言う信頼があった。

「………………え?」

 刹那もエヴァの真意を感じ取ったのか、その言葉が信じられないかのように呆然とした反応を見せる。
 それは、アセナが刹那の『正体』すらも受け入れてくれたことに対する歓喜と驚愕からなのか、
 それとも、エヴァがアセナに全幅の信頼を置いているように感じられたからなのか は定かではないが。

「貴様が何を どう考えようと貴様の勝手だが、ヤツが貴様を大切に思っていることは忘れるな」

 もちろん、「アセナが刹那の『正体』を見た」ことを刹那に伝えたのはアセナの意図ではない。エヴァの独断だ。
 アセナが「刹那の『正体』をアセナが見たこと を刹那に知られたら。刹那が傷付く」と危惧しているのは明白だ。
 それ故、刹那に事実を伝えるのはアセナの配慮や憂慮を無に帰すことになる と言うことくらい、エヴァもわかっている。
 だが、下手に隠して意図せぬところで刹那にバレ、刹那が自棄になる方がアセナを苦しめる恐れがあったので、
 敢えて「別に口止めをされた訳ではない」と言う屁理屈を捏ねてまでエヴァは刹那に事実を伝えたのだった。

「……私の話は これで終わりだ」

 呆然とし続ける刹那にエヴァは「もう話すことはない」と言いた気に席を立って部屋を出て行く。
 そして、ドアを閉める「パタン」と言う音が響き、その音で我を取り戻したのか、刹那は慌ててエヴァを追う。

「エ、エヴァンジェリンさん!! その……ありがとうございました!!」
「……はて? 私は礼を言われるようなことをした覚えは無いのだが?」
「貴重な時間を割いて忠告をしていただけたことに対する御礼ですよ」
「フン。そんなものは、ヤツを守ると言う『契約』の一環に過ぎんさ」
「それでも、私には貴重な言葉でした。本当 にありがとうございます」

 深々と頭を下げて礼を言う刹那に、エヴァは立ち止まるだけで振り向かずに「勝手にしろ」と答えて去って行く。
 それがエヴァの照れ隠しであることなどモロバレだったが、敢えて気付かない振りをするのが刹那の優しさだった。

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「オレを守ってくれようとする気持ちは嬉しいけど……オレは せっちゃんが傷付く姿を見たくないから、無茶だけはしないで欲しいんだ」

 刹那が真相を思い出した経緯と それにまつわるエヴァとの対話をコッソリ思い出している一方で、
 アセナは「これだけは忘れないで欲しいんだけど」と言う前置きをし、刹那に心からの願いを伝えていた。
 自分が傷付くことには いくらでも耐えられるが、自分のために大切な人が傷付くことは我慢できない、
 そして、だからこそ大切なものを守ろうとする意思そのものを蔑ろにはできないアセナらしい願いだろう。

「……ええ、もちろんです。私はもう二度と貴方を傷付けたくありませんから」

 アセナの言葉で、エヴァの「ヤツが貴様を大切に思っていることは忘れるな」と言う言葉を思い出した刹那は、
 僅かに言葉を詰まらせた後、その頬を朱色に染めながら こぼれるような満面の笑みを形作って答える。

 その頬の朱は夕日に照らされて赤かったのか、それとも紅潮していたからか? ……アセナには判断が付かなかった。


 


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オマケ:メイドの鳴動


「ククククク…… 遂に完成したヨ!! 究極の汎用メイド型決戦兵器ガ!!」

 舞台は変わり、麻帆良の どこかにある研究所にて。そこでは、超が『ちゃちゃお』の開発を行っていた。
 既にメイド型である必要性を感じないネーミングだが、開発の基本コンセプトは依然としてメイドロボである。
 決戦兵器とか銘打たれているが、あくまでも『ちゃちゃお』はメイドロボなのである。兵器はオマケだ。
 どこぞの福音な人造人間を彷彿とさせられるようなニュアンスだが、メイドロボであることは変わらない筈だ。

「クハハハハハ!! さぁ、目覚めるのダ!! 我が最高傑作(愛娘)ヨ!!」

 最高傑作と書いて愛娘と読んでしまうところに痛々しさを感じるが、マッドサイエンティスト的には普通だ。
 むしろ、超は女のコ(しかも美少女に分類される)であるため、そこまでヤバさは感じない。単に痛いだけだ。
 もしも、キモい男が同じセリフを言ったと仮定したら最早ヤバいどころではなく犯罪の匂いすらするだろう。

「……おはようございます、超 鈴音」

 超の呼び掛けに目を覚ました『ちゃちゃお』は、ヤバい感じに高笑いをする超に普通に目覚めの挨拶を行う。
 その声音は平坦で感情と言うモノを感じさせないが、それはAIの問題ではなく超の奇行に引いているだけだ。
 と言うのも、『ちゃちゃお』はツッコミを標準装備しているため、常識人と言うキャラも手に入れているのだ。

 ……アセナの普段の言動(の監視)から得られた情報とアセナからの聞き取り調査(32話参照)から得られた情報を吟味した結果、超は煮詰まった。

 ココネに対する態度を鑑みると幼女が大好きであることは間違いないのだが、性の対象としているか は定かではない。
 それに、あやか や木乃香や刹那を憎からず思っていることを考えると、「幼馴染み」と言う属性も持っている可能性もある。
 更に、厄介事が大嫌いなクセに(何だかんだ言いながらも)厄介事の元凶であるネギを気に掛けていることは見逃せない。
 しかも、聞き取り調査では「基本は完璧だが時々ウッカリをやらかし、普段は従順なのだが偶に気紛れになるキャラ」らしい。
 これらすべての要素(と書いて属性と読む)を備えたキャラとなると……最早 何が何だかわからないキャラにしかならない。

 ……それ故に、超は「もう御先祖のツッコミ役でいいんじゃネ?」と言う結論に至ったのである。

 忠誠心は天元突破状態であるので、厳しいツッコミはあれどもアセナへの忠誠心は揺らぐことはないだろう。
 Мに目覚めつつあるアセナに対して過剰なツッコミをしないか? と言う不安は若干あるが、敢えて気にしない。
 むしろ、『護衛』と言う枠組みから大きく外れた武装を施してしまったことの方が重要な気がしてならない。

「クハ~~ッハッハッハ!! さぁ、『ちゃちゃお』ヨ!! その勇姿を見せ付け、我が科学力を思い知らせるのダ!!」

 だが、超は高笑いでそれらの懸念事項を笑って誤魔化し、意気揚々と『ちゃちゃお』に作戦開始を命じるのだった。
 まぁ、作戦の目的はあくまでも「アセナの護衛」なのにもかかわらず、あきらかに殲滅戦でも命じているような口調だが。
 それでも、『ちゃちゃお』は常識人であるので、アセナの護衛に徹してくれることだろう。それくらいは信じていい筈だ。


 こうして、アセナ専用の護衛メイドロボ『ちゃちゃお』は動き出した。彼女が齎すのは栄光か破滅か? ……それは、誰にもわからない。


 


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後書き


 ここまでお読みくださってありがとうございます、カゲロウです。
 当初は軽く修正するつもりだったのですが、修正点が多かったので改訂と表記しました。


 今回は「変態司書によるネタバラシと見せ掛けて、せっちゃんタイム」の巻でしたね。

 ええ、もう、せっちゃんタイムとしか言えません。
 エヴァが少し男前を見せてますが、せっちゃんには勝てません。

 ちなみに、変態司書が世界云々について語っていますが、かなり適当です。

 ただ、アルがアセナを那岐に憑依させた と言う設定は当初から考えてました。
 そうでもしないと、アルがアセナを監視及び処分しない理由ができませんからね。


 では、また次回でお会いしましょう。
 感想・ご意見・誤字脱字等のご指摘、お待ちしております。


 


                                                  初出:2011/05/27(以後 修正・改訂)



[10422] 外伝その2:ハヤテのために!!【改訂版】
Name: カゲロウ◆73a2db64 ID:b259a192
Date: 2013/04/06 21:55
外伝その2:ハヤテのために!!



Part.00:イントロダクション


 これはアセナが思い出した「ナギの『記憶』」。
 ナギが別の世界で生きた軌跡を綴ったもの。

 そして、ナギが絶望するに至った経緯である。



  ※ 本編とは直接的に繋がってませんので、読み飛ばしても問題ありません。
    また、「ハヤテのごとく!」のネタバレを含みますので、ご注意ください。



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Part.01:こうして少年と少女は出会った


 世の中がクリスマスとやらに浮かれている夜……
 8桁を超える借金(約1.3億)を返済するために、
 少年(16歳の男子高生)の両親は突如いなくなった。

 学校から帰って来た少年を待っていたのは、差し押さえられた家と一通の手紙だけだった。

『借金返済のため、ちょっと海外に高飛b――じゃなくて、出稼ぎに行って来る。
 古い友人がヨーロッパでマフィ――いや、日本では珍しい商売をやっていて、
 商売敵との関係悪化のために人手が足りないから喜んで世話をしてくれるらしい。
 ……もう二度と会えないかも知れないけど、父さんと母さんは元気に暮らすと思う。
 家を担保に入れてまで「ときメ○ファンド」に賭けた父さんを怨んでくれて構わない。
  P.S. それと、お前は父さん達の実子じゃないから、借金は気にせずに生きてね♪』

 債権者と思われるスーツ姿の男性(恐らく金融屋)から先の手紙を渡され事情を理解した少年は、
 その事情に対するツッコミをする暇もなくサッサと家を追い出され、結果 寒空の下に放り出された。

「…………はぁ、腹が減ったなぁ。それに、雪まで降って来るし」

 最低限の生活用品(着替えとか)を持ち出す許可は与えられたので、保存食くらいは持っている。
 だが、それらで凌げる期間は高が知れている。このままでは いづれ干上がってしまうだろう。
 しかも、家がないので、このまま公園などで寝ようものなら凍死することも目に見えている。
 頼れる親戚や友人がいればいいのだが、生憎と両方ともいないので誰も頼ることはできない。
 このまま現状に甘んじていれば、そう遠くない未来に餓死か凍死で現世とオサラバするだろう。

「うん、この状況を脱するには金だね。金さえあれば、飯を食うことも暖を取ることもできる。そう、つまり、世の中は金だ」

 殺伐とした思考だが、精神的にも肉体的にも困窮した状況の中で現状を打破する思考をできるだけマシだ。
 思考を切り換えた少年は金を得るために労働することを選び、そのために残り僅かな軍資金で履歴書を購入した。
 この際、贅沢は言わない。どんな仕事でもいいから仕事をして金を得なければ待っているのは死だけだ。
 だが、家も電話もない少年は、必然的に住所も電話番号もない。つまり、マトモな履歴書を作れないのだ。

「でも、今までの住所と電話番号を書けばいいよね? 抵当云々のことなんて調べなければ わかんない訳だし」

 普通の感性なら「これじゃあ、バイトすらできないじゃないか!!」と現状を嘆くところだろうが、
 サラッと犯罪行為(私文書偽造)で抜道を思い付く辺り、少年のモラルは低い としか言えない。
 まぁ、ここであきらめたら人生と言う名のゲームが終了してしまうので背に腹は代えられないが。

「んで、金が手に入ったらネカフェで寝泊りをすればいい。と言うことは、できれば日払の仕事がいいね」

 ドンドンと対策を練っていく少年は、逞しいのか図太いのか判断に迷うところだろう。
 しかも、「あ、でも、食費も考えると、ネカフェの代金もバカにならないか」と思い至り、
 仕事の方向性を「住み込みで賄いも付いているところがベストだね」と軌道修正までする。
 最早 逞しいとか図太いとかの問題ではなく、その思考そのものを賞賛すべきかも知れない。

 そんなことをツラツラと考えながら当て所なくブラブラと歩いていると、いつの間にか人気の無い公園に来ていた。

 街には幸せそうな人間(主にバカップル)が溢れていたため、それを無意識的にに避けた結果だろう。
 比較的リア充な生活をしていた彼は「クリスマスに浮かれるカップルは氏ね!!」とまでは思わないものの、
 現在の比較的幸せではない状況において「幸せそうな人間」を見るのは精神衛生上よろしくないのだ。

 そんな訳で公園に来たのだが……ふと公園の中を見てみると、自販機前に無防備な少女(少年と同い年くらい)が一人で立っていた。

 と言うか、高価そうなドレスを着た御嬢様チックな少女が万札を片手に自販機前でウロウロしながらブツブツ言っていた。
 しかも、呟きの内容は「何なのだ、この機械は」とか「不良品を作りおって」とか「だから、日本はダメなのだ」とかだ。
 考えるまでもなく、普通の人間ならば関わりたくないのでスルーするだろう。だがしかし、今の少年は普通じゃなかった。

「それ、万札は受け付けないタイプだよ?」

 そう言って、なけなしの軍資金(120円)を自販機に投入する。そして、「ほら、選びなよ」とボタンを示す。
 ちなみに、これで全財産を ほぼ使い果たしたが、別に「最後に人助けをするのも一興」とか考えた訳ではない。
 軍資金をなくすことで自分を追い込み、背水の陣を敷く――つまり、「やるしかない」と言う気合を入れたのだ。

「え? 良いのか?」

 挙動不審な少女はキョトンとした表情を浮かべて少年に問い掛ける。
 既に「犀を振った状態」の少年としては断られても困るのが実情だ。
 そのため「うん。困った時は お互い様でしょ?」と軽く告げる。

  ゴトン……

 しばらく少年と自販機を交互に見比べていた少女は、やがて意を決したのか、自販機のボタンを押す。
 少女の選んだ飲み物は「激辛ラーメンスープ」と言う ご飯のおかずになりそうな物だったが、気にしない。
 嬉しそうに「あったかいな……」と缶を握り締めている姿が少しだけ可愛かったから、敢えて気にしない。

「…………寒そうだね」

 小刻みに震えながら缶を耳や首に当てる少女を見て、少年はポツリと漏らす。
 考えてみれば、この寒空の下でドレスだけでいるのだ。寒くない訳がない。
 きっと、ラーメンスープを選んだのも暖かい缶が欲しかっただけなのだろう。

「ん? ああ、ちょっとな……色々あってパーティを飛び出してきたんだ。だから、コートを忘れてきてしまって……」

 少年は「ハッ!! パーティとはいい御身分ですねぇ、こちとら明日も知れぬ身ですよ!!」とか思いながらも、
 冷たい風に晒されて「へくちっ」と小さくクシャミをする少女に思わず萌えて――いや、同情してしまったため、
 僅かな躊躇も見せずに着ていたコートを脱ぎ「とりあえず、これでも着てなよ」とコートを少女に羽織らせる。

 少年のキャラではないが、ここまで来れば乗り掛かった船だ。最後まで面倒を見るのも吝かではない。

「え? いや、でも、お前だって寒いんじゃないか?」
「……寒さには慣れてるから、オレのことは気にしないで」
「で、でも、お前、肩が小刻みに震えてるぞ?」
「そんなことより、早く飲んじゃいなよ。冷めちゃうよ?」

 気にする少女に対し、痩せ我慢をしている少年は無理矢理に話題を変える。

 もちろん、こんな無理矢理な話題転換で誤魔化される程 単純ではないが、
 少女は「誤魔化されるのも優しさか」と判断して誤魔化されることにしたようだ。

「………………しかし、これ、どうやって飲むのだ?」

 缶の上下左右を隈なく見回した少女はポツリと疑問を口にする。
 どうやら、この御嬢様は缶を開けることすら知らないらしい。
 ここまで来ると「もう世間知らずってレベルじゃねーぞ」である。

「まず、こうやって開けて……」

 少年はガックリと脱力したいのを堪えて缶を開けてやる。
 その際、缶を支えていた少女の手に触れるのは必然だ。
 ただ、少女が少年の手を温もりと感じてしまうのは偶然だが。

 ちなみに、そんな少女の様子に少年は気付かない訳だが、それは ある意味で必然かも知れない。

「……………………(カァァァァ)」
「んで、後はグビッと飲むだけさ」
「……………………(ポ~~~)」
「って、お~~い、聞いてる?」
「え? あっ!! も、もちろんだ!!」

 少女の反応から「これは聞いてないな」と思う少年だが、敢えて気にしない。

 話題を変えてもらった御礼ではないが、こっちも誤魔化しを受け入れるべきだろう。
 それに、プルタブが開いているので飲み方は説明するまでもなく理解できるだろうし。

「と、とりあえず、私は家に帰ろうと思うのだが……お前も来い。何か礼がしたい」

 缶を少し傾けてラーメンスープを一口だけ口に含んだ少女は「辛っ!!」とだけ反応し、
 あたかもラーメンスープなど最初から飲んでいなかったかのように話題を変えて来る。
 話題を再び変えられたが、ツッコまないのが優しさだと判断して少年は敢えて気にしない。

「…………じゃあ、遠慮なく御邪魔して、礼を受け取ることとしよう」

 普段なら「この程度のことで礼などいらん」と答える少年だが、今は割とヤバい状態だ。
 クリスマスの夜であることやパーティ発言も考えれば、残飯くらいは期待してもいいだろう。
 残飯をもらうなど人ととしてのプライドにかかわることだろうが、背に腹は代えられぬのだ。

 それに、クリスマスとは言え世の中が物騒なことは変わらないため、女のコに夜道を一人で歩かせる訳にはいかないし。

 ……………………………………
 ………………………………………………
 …………………………………………………………

 そして、案の定と言うか何と言うか、道中で少女は黒服と言うわかりやすい格好をした男達に誘拐され掛ける。
 これに対し、少年は「これ、実は護衛でしたってオチ?」と思ったが、少女が本気でヤバそうだったので誘拐と判断、
 躊躇なく「火事だぁああ!!」と叫んで周辺の人間を掻き集めて黒服達に犯行を断念させたとかさせなかったとか。

「まぁ、助けてくれたことに礼は言うが……普通、ああ言う場合は自分で助けるもんじゃないのか?」

 助けられた筈なのに何処か釈然としていない様子の少女は「いい仕事したぜ」と言う顔の少年に訊ねる。
 ちなみに、少年が大声を出せたのは男達にスルーされた――少女の関係者と認識されてなかったからである。
 そこまで少年と少女は距離を開けていた訳ではないのだが、それだけ少年が少女と釣り合っていなかったのだ。

「いや、一人ならまだしも三人も相手にして勝てる訳ないでしょ? なら助けを呼ぶのがベストだって」

 少年は「確かに貧乏臭がプンプンするけど無視はヒドくね?」と内心でブチブチ言いながら真っ当な答えを返す。
 黒服達の態度にイラつきはしたが、それでも暴力を専門にしている人種とガチで遣り合う気など少年には無いのだ。
 それなりに腕に覚えはある少年だが、それは街に生息するチンピラを撃退できる程度でしかない。専門家には勝てない。

 どうでもいいが、少年が「火事だ」と叫んだのは人を呼び寄せるのに効果的な手段だからである。

「まぁ、確かに それもそうなんだが……少しくらい情けないとは思わないのか?」
「別にぃ? オレ、己の分ってモノを知ってるから無理はしないタイプなんだよねぇ」
「しかし、それでも、ピンチの美少女を助けるのが男と言うものではないのか?」
「さぁ? って言うか、自分で自分を美少女とか言うなし。ちょっとイタいよ?」
「い、いや、今のは言葉の綾であって、そこまで自意識過剰ではないわ!!」
「へ~~、そーなんだー。じゃあ、そう言うことにして置いてあげようかな?」
「ほ、本当だぞ!! 私は そこまで自意識過剰じゃないんだからな!! マジで!!」
「はいはい。でも、まぁ、イタいとは思ったけど、可愛いことは事実だよ?」
「なっ、何を言うか!? バカモノ!! そんなことを真顔で言うんじゃない!!」
「……いや、そこまで照れるなって。こっちまで恥ずかしくなるじゃないか?」
「う、うるさい!! そこまでストレートに言われるのには慣れてないんだ!!」

 そんな和気藹々とした会話をしているうちに少女の家――と言うか豪邸に辿り着いた。

「って、何コレ? あ、いや、これは使用人の子供とかってオチだね? ……だね?」
「はぁ? 何を言っているのだ? ちゃんと『三千院』と表札が出てるだろうが」
「さんぜんいん? ……確かに『三千院』って無駄にデカい表札があるけどさ?」
「(無駄にデカいっ!?)ま、まぁ、そう言えば、自己紹介をしていなかったな」
「あ~~、言われてみれば、そうだったね。って言うか、まさかの まさかなの?」
「ああ、そのまさかで、私は『三千院ハヤテ』と言って、この三千院家の跡取り娘だ」

 少年は自分の想像が外れていることを祈って少女に尋ねるが、少女は残酷にも現実を打ち付ける。

「いやいや、冗談キツいよ? こんな大富豪な御嬢様が公園に落ちている訳がないでしょ?」
「落ちていた訳ではないわ!! さき『パーティを抜け出した』と説明しただろうが!!」
「ええい、知ったことか!! せいぜい『ちょっといいとこの御嬢様』だと思っていたのに!!」
「それこそ知ったことか!! そんなのお前の思い込みだろうが!! 私は何も悪くない!!」
「……まぁ、確かにね。むしろ、自販機に悪戦苦闘していた理由に合点がいったかな?」
「そ、そうか。納得してくれてよかったが……急にクールダウンされると調子が狂うな」

 いつの間にか少年のペースに乗せられている少女だったが、素で話せる現状に悪い気はしていないようである。

「まぁ、それはともかく……常識的に考えて、名乗られたのに名乗らないのは礼儀に反するよね?」
「ほほぅ? お前でも礼儀を気にするのだな。てっきり礼儀など何処かに捨てて来たのだと思っていたぞ?」
「ヒドい言われようだけど、ここは鮮やかにスルーしよう。ってことで、オレは『神蔵堂ナギ』だよ」
「かぐらどう――神蔵堂、か。珍しい名だな。と言うか、まさか、お前は『神蔵堂家』の人間なのか?」
「え? いや、家は由緒正しい貧乏人の家だよ? しかも、アホな投資話に失敗して絶賛 借金中だし」
「そうなのか? じゃあ、単なる偶然か? (もしくは家督を継がなかった者が落ちぶれた、とかか?)」

 少女の脳裏に「大剣を持ったメイドに守護されている一族」が過ぎるが、敢えて気にしないことにする。

「よくわかんないけど、多分 偶然じゃん? そもそも、オレは実子じゃないみたいだから家は関係ないし」
「……そうか。それじゃあ、神蔵堂家のことは気にしないことにしよう。と言う訳で、よろしくな、ナギ」
「あ、うん、こっちこそ よろしく。三千院――じゃなくて、ハヤテ。オレがナギなんだからハヤテでいいよね?」
「ああ、もちろんだ。むしろ、三千院とか呼ぶつもりだったらSPに蹴り殺してもらうところだったぞ?」
「やっぱり、SPいたんだ? って言うか、それなら誘拐の時ってオレが何もしなくてもよかったんじゃない?」
「それでも、お前が助けてくれたことは変わらないさ。まぁ、助けた方法は少しばかり情けなかったけどな」

 少女は照れたように少年から顔を逸らし、少年はそんな少女の様子に僅かに苦笑する。
 そんな空気を誤魔化すように少女はサッサと家の中に入っていき、少年はその後に続く。


 こうして、少年――神蔵堂ナギと、少女――三千院ハヤテは出会ったのだった。



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Part.02:そして、少年は少女の執事になった


「……しかし、本当にこれでよかったのか?」

 パーティ用のドレスから普段着に着替えたハヤテが執事服に身を包んだナギに訊ねる。
 普段着用とは言え明らかに高級そうな服を完全に着こなしているハヤテに対し、
 従業員の制服とは言え高級感の漂う執事服に着られている感を拭い切れないナギ。
 それが二人の立場の違いであり二人の社会的な距離なのだが、二人は物理的には近かった。
 具体的に言うとナギに その気があるならばキスできそうなくらい、ハヤテは近くにいた。

「まぁ、『住み込みで賄いも付いている働き口を紹介して欲しい』って頼んだのはオレだし」

 三千院邸に通されたナギは、ハヤテから「何か望みはあるか?」と訊かれて そう答えた。
 当初は「残飯でもいいから何か食べるものを恵んでが欲しい」と願うつもりだったのだが、
 ハヤテが想定以上の『御嬢様』であることがわかったので図々しく望みを引き上げたのである。
 これだけの富豪ならば働き口を紹介することなど容易いだろう と言う判断だったらしい。

 そして、ナギの服装でおわかりの通り、ナギが紹介された働き口は「ハヤテの執事」であった。

「いや、金に困っているのだろう? なら、金品を要求しても よかったのだぞ?」
「いや、缶ジュース奢ってコート貸して誘拐犯から助けた程度で金品は要求できないよ」
「お前にとっては大したことではないのがも知れないが……私には大したことだったんだ」
「ふぅん? でも、金品を要求したら下心があったみたいじゃん? だから、いいよ」

 ハヤテの言葉を「まぁ、誘拐はともかく、風邪を引かなくて済んだもんな」と判断するのがナギのクオリティだ。

「そ、そうだよな。ナギは私のことを好意で助けてくれたんだもんな、妙な下心からじゃないもんな」
「うん、まぁ、女のコに優しくすることへの世間一般的な意味での下心もあったことはあったけどね?」
「いや、もちろん、わかっているよ。つまり、私の金じゃなくて私の体が目的だったんだろう?」
「いやいや、何を嬉しそうな顔で妙なこと言ってるのさ!? って言うか、そこまで露骨じゃないからね?!」
「い、いや、違くて!! 今のは言い間違いだ!! 金が目的じゃなかったのが嬉しかっただけだ!!」

 満面の笑みでナギの言葉に喜ぶハヤテをナギは慌てて抑える。陰に控えているSP達の殺気を感じたのだ。

「とにかく、これから言葉には気を付けてね? マジでSPに ぬっ殺されそうだから」
「わ、わかっている。自爆も含めて気を付ける。私もナギを失いたくないからな」
「……まぁ、わかってるなら いいや。オレも不用意な一言でピンチになること多いし」

 ハヤテの言葉の端端に違和感を感じるナギだったが「まぁ、常識の違いだろう」と妙な納得の仕方をしたようである。

「と、ところで、話は戻るが……本当に他の要望は無いのか?」
「いや、さっきも言ったけど、金品を要求する気はないよ?」
「そうじゃなくて、『私に』できることだったら何でもいいぞ?」

 少々テレながらも何かに期待するような様子で『私に』を強調するハヤテ。

「う~~ん、じゃあ、執事よりも庭師の方がいいから変えて欲しいかな?」
「え? そうなのか? 普通は庭師よりも執事の方がいいのではないか?」
「普通はそうなんだろうけど……オレ、堅苦しいのとか苦手なんだよねぇ」

 ハヤテの態度に「あれ? フラグ立った?」と思わないでもないが、「いや、気のせいだ」と自分に言い聞かせるナギ。

 ナギは比較的イケメンであることを自負してはいるが、それでもハヤテの様な人種(金持ち)が釣れる程のレベルではない。
 法の下では平等だが、依然として社会に階級は存在している。庶民と金持ちは違うのだ。その程度、ナギもわかっている。
 故に、ハヤテには勘違いしたくなる部分は多々あるが、それは単にハヤテのガードが甘いだけだ……とナギは判断したのだ。

 結果、ハヤテの期待を裏切るような反応になったのだが……幸い、ナギの言葉が予想外過ぎたためにハヤテは気にならなかったようだ。

「確かに苦手そうだな。現に、主である私に対して敬語を使う気配すらないしな」
「……待って。オレは今とても重要な単語を聞いた気がしてならないんだけど?」
「うん? ああ、今は二人きりだから敬語でなくていいが、誰かがいる時は――」
「――いや、そうじゃなくて!! オレの主ってハヤテなの? 初耳なんだけど?」

 勘違いしたくないナギとしては話題を逸らせてよかったのだが、聞き捨てならないことを知ったナギのショックは甚大だった。

「……じゃあ、お前は誰に仕えている気だったんだ?」
「え? 三千院家だけど? もしくは当主かなって?」
「…………ここは三千院の別邸で、ここの主は私だ」
「ああ、なるほど。つまり、オレは勘違いしていたのかぁ」

 段々と不快度指数を上げていくハヤテに対し、ナギは どうにか宥めようと必死になる。

「ああ、そうだな。って言うか、『私の執事だ』と言っただろう?」
「いや、ハヤテ担当の執事なのかなって思ってたんだよねぇ」
「はぁ。お前には そこら辺の事情を教えることから始めんとな」

 常識の違いに軽く嘆息し、ナギへの追求をあきらめるハヤテ。

 ちなみに、ナギは「あれ? オレの庭師へのコンバート話は?」と思いながらも、
 ハヤテの機嫌が持ち直したので、「まぁ、いいか」と流されることにしたのだった。

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「喝(かぁああつ)!! たるんでるぞぉお、新入りぃいい!!」

 執事長のクラウドによる(若本ボイスっぽい)一喝が三千院家の中庭に響き渡る。
 もちろん、クラウドの言う新入りとはナギのことであり、一喝の対象もナギである。
 ちなみにクラウドと言う呼称は「蔵人」と言う名前だからだ。FFなⅦは関係ない。

「三千院家の執事たるものぉ、常に戦場にいるかのようにぃ気を引き締めて置かんかぁ!!」

 ナギとしては気を抜いたつもりはないが、クラウドから見れば そう見えたのだろう。
 それに、職場の先輩であり直属の上司であるクラウドに逆らってもいいことはない。

 まぁ、そうは言っても、ナギは人の話を大人しく聞く程 殊勝な人間ではないが。

「すみません、オレ戦争を知らない子供なので……だから、ちょっと戦争しに行ってきます!!」
「何処へ行く気だぁあ!! 常識的に考えてぇ、戦場云々は言葉の綾に決まっているだろぉお!!」
「しかし、三千院家の執事として戦争の一つや二つ経験して置くべきではないでしょうか?」
「うむ!! その心意気や善ぉし!! だがしかぁし!! 執事の戦場はぁ屋敷の中にあるんだぁあ!!」

 適当なことを言って説教から逃れようとしたナギだが、クラウドには通用しなかった(まぁ、誰にも通用しないだろうが)。

「つまり、事件は現場で起こっているけど その現場は屋敷の中、と言うことなんですね?」
「サッパリ意味がわからんがぁ……とにかぁく!! 戦場にいるつもりでぇ気を引き締めて置けぃ!!」
「はい、了解しました、隊長――じゃなくて、執事長!! 戦場にいるつもりで働きますです!!」
「うむ!! 貴様を拾ってくださったぁ御嬢様への御恩に報いるためにぃ精々励むのだなぁあ!!」

 戦場云々で話題がループしそうになったのでツッコミは止めて素直に頷いて置くナギ。

「ところで、執事長。そろそろ昼御飯の時間ですので、ここら辺で休憩に入ってもよろしいでしょうか?」
「……貴様ぁ、いい度胸だなぁ? 我々の食事はぁ御嬢様の給仕が終わってからにぃ決まっているだろぉお?」
「いえ、その御嬢様から昼御飯に誘われてるんです。御嬢様を御待たせする方が不味いでしょう?」

 ナギとてクラウドに言われるまでも無く主人を優先すべきなのは わかっている。だが、事情が事情なのだ。

「ええい!! ならば最初から そう言わんかぁあ!! と言うか、御嬢様からの御誘い そのものを御断りせんかぁあ!!」
「まぁ、主従関係の逸脱は不味いですもんねぇ。でも、御嬢様を悲しませるのは何か違うと思うんですが?」
「口答えするなぁあ!! 常識的に考えてぇ、くだらん噂の元となる方がぁ御嬢様を悲しませることになるだろうがぁあ!!」

 クラウドの言いたいことはわかる。何処の馬の骨とも知れないナギと三千院家のハヤテでは釣り合わな過ぎる。

「執事長!! どうでもいいかも知れませんが、さっきから『常識的に考えて』と言う言葉はオタ臭いです!!」
「本当にどうでもいいなぁ!? てっきりぃ、『くだらん噂』の部分に対して激昂したのだと思ったわぁあ!!」
「それと、『!!』が多いですよ? もうちょっとクールダウンして話さないと血圧に悪いと思います」
「余計な御世話だぁあ!! 私が怒鳴っているのは誰のせいだと思っとるんだぁあ!! 少しは自重しろぉお!!」
「まぁ、それはともかくとして……御嬢様を御待たせする訳にはいきませんので、ここら辺で失礼しますね?」

 もちろん、ナギも何も感じない訳ではない。ただ、ナギ自身も納得しているので文句が言えないだけだ。
 だが、文句が言えないだけで文句を言いたい気持ちは変わらない。そのため、軽くクラウドで遊んだのである。

「……ダメですよ、クラウドさんを からかっちゃ。血管が切れて倒れちゃいますよ?」

 クラウドから離れて食堂を目指している途中、ナギはメイド長であるマリアに窘められていた。
 どうでもいいが「家政婦なので見てました」と言わんばかりの笑顔は評価が分かれるところだろう。

「いやぁ、リアクションがいいものだから、ついつい……マリアさんも そう思いません?」
「はぁ、ナギ君は意外と『困った君』ですねぇ。もう少しマジメにできませんか?」
「う~~ん、これでも、通常の3倍もマジメに振舞っているつもりなんですけどねぇ?」
「つまり、ゼロを3倍にしてもゼロのまま と言う訳ですね? ……わかります」
「ハッハッハッハ!! 御嬢様を御待たせしないために、サッサと食堂へ移動しまぁす!!」

 追及の手を緩めないマリアに「このままでは不味い」と判断したナギは戦略的撤退を行う。

「……ああも あからさまに話題を変えられると逆にツッコめなくなりますわねぇ。
 人を食っていると言うか、飄々としていると言うか、妙に憎めないと言うか……
 まぁ、だからと言って、マジメにやっていただかないと困るのは変わりませんが」

 その後姿を苦笑交じりに眺めていたマリアはポツリと本音を漏らす。

「まぁ、態度については空気を読んで合わせますんで、普段は生暖かく見守って遣ってください」
「…………ナギ君? 私の記憶が正しければ食堂へ向かったのに、何で背後にいるんですか?」
「いえ、向かったんですけど、『少し時間を遅らせてくれ』とのことでしたので帰って来ました」
「え? 本当ですか? 味澤さんが定刻に間に合わないなんてこと今までなかったんですが……」

 何故か背後から返答があったので驚きつつもジト目で睨むマリアだったが、ナギの言葉に驚愕させられる。

「そうなんですか? でも、ザ・シェフ――じゃなくて、料理長が確かに そう言ってましたよ?」
「そうですか……時間配分を間違える訳ありませんから、何か予定が変わったんでしょうか?」
「ん~~、料理長が食堂で暇そうにしてたんで、もしかしたら御嬢様が時間を変更したのでは?」
「いえ、ハヤテは我侭で気紛れですが、そう言った連絡はキチンとしますので それはありません」

 そこまで言って、マリアは「もしかして、ハヤテが『余計なこと』をして食事の時間を遅らさざるを得ないのでは?」と思い付いく。

「ですが、味澤さんが時間を潰していたのでしたら、そう言った可能性もありますわね」
「…………マリアさん? 何かオレに隠してませんか? 物凄く怪しいんですけど?」
「さぁ? と言うか、人を疑うと言うことは とても寂しいことだと思いませんか?」
「そうですが、あきらかに疑わしい人間をスルーするのは何か違うと思うんですけど?」
「……ナギ君? 人を信じられないと言うことは とても悲しいことだと思いませんか?」

 あきらかに誤魔化しているマリアに疑問を覚えたナギは追求をするが、何故かマリアから返って来たのはハンパないプレッシャーだった。

「そ、そうですね。わかりました。この件について詮索するのは やめて置きます」
「賢明な判断です。世の中、『見ざる・聞かざる・言わざる』が大事ですからね」
「と言うか、詮索を続けていた場合、物理的に詮索ができなくされた気がするんですが?」
「聡明な推察です。世の中、『口で言って通じない場合は拳で語る』ものですからね」
「肉体言語は世界共通言語ですからねぇ。と言うか、種の壁すら越える代物ですよねぇ」

 身の危険を覚えたナギは納得はいかないものの深追いはあきらめる。マリアの様子から察するに それは正解だろう。

 だが、ナギは後に「あの時、マリアさんを追及して置くべきだった!!」と後悔する。
 何故なら、彼が待ちに待ったランチは、ご想像の通り、ハヤテの手料理だったのだから。
 そうとわかっていれば『最悪の場合』のために胃薬を飲んで備えることができたのだから。

 ちなみに、ハヤテの手料理は「ママレ○ンの味がした」らしかったが、ナギは笑顔で完食したらしい。もちろん、その後 食中りで倒れたが。



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Part.03:そして、少年と少女は結ばれた


 恙無く年が明け、ナギが執事の仕事に慣れた頃、ナギはハヤテの通う学校(白桜学園の高等部)に転校した。

 実を言うとナギは高校をあきらめていたためハヤテの供としてであっても学園に通えることは嬉しかったらしい。
 それ故に、ナギは白桜学園での学生生活を噛み締めるために、勉学にも行事にも積極的に参加したのだった。
 結果、色々なイベントが起きて色々な女性とフラグを立てることになるのだが、ここで それを語る時間は無い。
 まぁ、敢えて語るとするなら、原作(ハヤごと)と細部は異なるが大筋に大差はなかった と言ったところだろう。

 ……そして、時は流れに流れてゴールデンウィーク。ナギ達はエーゲ海に来ていた。

 ここで、ナギはタイムスリップをする と言う奇妙な経験をするのだが、やはり それを語るには時間が足りない。
 そのため、学園生活と同様に、原作と細部は異なるが大筋に大差はなかった とだけ語って置こう。
 ちなみに、ナギは「なるほど。こうやってフラグを立てたんだな」と妙に納得していたが、それは別の話だ。

「いやぁ、星がキレイだねぇ。ハヤテも そう思わない?」

 銃創の残る真っ白な帽子をハヤテの頭に被せながら、ナギは爽やかな笑顔で星空を見上げる。
 時間跳躍と言う「とんでもない現象」を経験したばかりだが、ナギは平常通りの様子だ。
 まぁ、ハヤテの執事になってから「とんでもない現象」ばかりで耐性が付いているだけだが。

「ん? あ、ああ……偶には外で星を見るのも悪くはないな」

 過去の『誰かさん』への当て付けのためだけに外に出ていたハヤテだったが、
 ナギに言われて空を見上げると、なるほど、実に見事な星空が広がっていた。
 ヒキコモリ気味であるため素直に感想を言わない辺りが実にハヤテらしいが。

「……さて、と。そろそろ戻ろっか? 少し肌寒いでしょ?」

 繰り返しになるが、ハヤテはヒキコモリ気味である。そのため、外界への耐性が極端に少ない。
 そこまで寒くはないが、高尾山に上ったくらいでダウンする程度の体力しかないことを考えると、
 ナギにとっては余裕でもハヤテにとっては危険かも知れない。用心に越したことは無いのだ。

「なら、お前が暖めればいいだろう? ……と言いたいが、今日のところは帰るとするか」

 ハヤテは からかうようにニヤリと笑った後、クルリと背を向けてホテルへ歩を進める。
 背をそむけたのは、一瞬だけ見えた頬が真っ赤に染まっていたのを隠すためなのだろう。
 ナギは「照れるくらいなら言わなければいいのに」と思いつつも気付かない振りをするのだった。

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「……少し用ができましたので、ちょっと出掛けて来ますね♪」

 ホテルに戻った二人がゴロゴロとくつろいでいると、マリアが唐突に席を立った。
 携帯を片手に持っていることから察するに、誰かから連絡があったことが察せられる。
 そのため、ナギもハヤテも特に違和感を感じることはなく、普通に送り出した。
 そう、マリアがいなくなったことにより二人きりになったことに気付くこともなく。

「そ、そう言えば、ふ、二人きりになったな……」

 部屋に二人きりになったことに先に気付いたのは、案の定と言うか何と言うか、ハヤテだった。
 マリアから「朝まで帰りませんので、頑張ってくださいね♪」と言うメールが来たのが主な原因だ。
 これまでも二人きりになることは多々あったが、「一晩中」「同じ部屋で」と言うのは初めてだ。
 あからさまなマリアの後押しもあっては、恋する乙女であるハヤテに意識するな と言う方が無理がある。

「え? まぁ、確かに そうだね」

 それに対し、事情(マリアが朝まで帰って来ない)を知らないナギは、特に意識することはない。
 まぁ、思春期男子としては期待しないでもないが「どうせ邪魔が入る」とあきらめているのである。

 それに、ハヤテのフラグに納得したとは言え立場の違いを考えると『間違い』があってはならないのだ。

「………………………………(ソワソワ)」
「………………………………(ボ~~~)」
「………………………………(ウズウズ)」
「………………………………(ボケ~~)」
「な、何か話せ!! 空気が重いだろうが!!」

 ボケッとしているナギの態度に焦れたハヤテが耐え切れずに口火を切る。

「ん? ……それじゃあ、マリアさんの用事って何だろーね?」
「こ、この状況で、他の女の話題を口にするんじゃない!!」
「いや、だって、急にいなくなったら気になるっしょ?」
「確かに気にはなるが、それでもダメだ!! もっと空気を読め!!」
「いや、空気を読めって言われても、意味がわかんないんだけど?」

 繰り返しになるが、ナギにとっては「これまでに何度もあった、ちょっとだけ二人の時間」でしかないため、あくまでも素なのだ。

「お、お前は私と二人きりになっても何も感じないのか!?」
「いや、そりゃあ意識していない訳でもないけどさ……」
「けど何なのだ?! やはり、私よりもマリアがいいのか!?」
「いや、どうせ謀ったようなタイミングで戻って来るんでしょ?」

 事情を知らないナギは これまでの経験から「意識するだけ無駄だ」と言う諦観に溢れている。そのことに、ハヤテは漸く気付いた。

「いや、今日は朝まで帰って来ない。そう、マリアが言っていた」
「え? 何それ? って言うか、それって職務怠慢じゃないの?」
「確かに、『御目付役』としての職務は怠慢だな。だけど――」
「――だけど、『姉代わり』としては、グッジョブ過ぎる、ね」
「ああ、その通りだ。余計な御世話だけど、有り難い気遣いだな」

 ここに来て漸くナギも『状況』を理解した。つまり、今日は いつもと違う、と。

「予め言って置くけど……オレ、健全な思春期男子だからね?」
「そ、それは知っている。知っているが、少し、顔が近いぞ?」
「そりゃあ、近付けているんだから、遠い訳がないだろう?」
「え? そ、それは、つまり、キ、キスをするつもりなのか?」
「もちろん。まぁ、キスだけに止める自信は無いけどね?」

 状況を理解した後のナギの切り換えは早かった。それまでの弛緩していた空気を取り去り、一気に真剣な空気を纏っていた。

「ハヤテ……お前が嫌なら、オレは何もしない。だけど、嫌じゃないのなら……お前が欲しい」
「なななな何を言っているのだ!! ちょっとストレート過ぎるぞ!! もう少しオブラートに包め!!」」
「……ごめん。こう言う方面では不器用なようで、残念ながら変化球は投げられないみたいだ」

 ナギとハヤテの距離は限りなくゼロに近い。互いの吐息が掛かる程だ。その距離で、ナギはハヤテの頬に手を添えて、真摯な瞳で見詰める。

「え~~と、それは、つまり、アレだな? 私が好き、と言うことでいいんだな?」
「それ以外にあるかな? と言うか、オレが好きでもない女を欲しがるとでも?」
「ま、まぁ、そうだな。変態でバカでアホでスケベで変態だが、そう言うヤツだな」
「物凄くヒドいことをサラッと言われたような気がするけど……敢えてスルーしよう」

 常に無いナギの気迫に中てられたハヤテは どうにか平常心を保とうとするが、今のナギの気迫の前には意味をなさなかった。

「それで? 返答は?」
「……聞くな、バカ」
「OKと受け取るよ?」
「だから、聞くなバカ」

 茹蛸のように顔を真っ赤に染めたハヤテにナギは「まったく、可愛いなぁ」と微笑んで僅かにあった距離をゼロにしていく。

 ……この後、二人の間に何が起きたかは定かではない。
 ただ言えることは、二人の距離はゼロになったことだけだ。



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Part.04:そして、少年は少女に再会した


 長い夜が明け、新たなる朝が訪れた。

 ナギはハヤテを起こし、気恥ずかしいながらも楽しい朝食を摂ると「少し散歩して来る」と言い残して一人でホテルを出た。
 この行動に特別な意味があった訳ではない。単に、ハヤテと顔を合わせ続けることが少しだけ気恥ずかしかっただけである。
 それに、マリアと顔を合わせづらいのだ。マリアは二人にとって理解者であり応援者でもあるが、気不味いものは気不味いのである。

「もしかして……ナギ、なの?」

 そんなこんなでナギがエーゲ海を眺めながらブラブラと海岸線を歩いていると、ナギを呼び止める少女がいた。
 その少女は、太陽に負けない程の輝きを放つ金髪と、太陽よりも熱い炎を灯したような赤眼を持っており、
 可愛いと評するよりも美しいと評すべき美貌の持ち主で、見る者に「女神」を幻視させるような少女だった。
 男なら見惚れることは必至だが、今のナギは幸せな賢者タイムが続行していたので、特に心を動かされなかった。

「…………え? アテナ、なの?」

 ナギは名を呼ばれたこと と その外見的特徴から該当する人物に当たりを付け、尋ね返す。
 質問に質問で返す形とはなったが、暗に質問に答えている形なので失礼ではないだろう。
 むしろ、いきなり名を呼ばれたのに怪訝な表情をせずに返すだけでも充分に紳士的な筈だ。

「ええ、そうよ。久し振りね」

 ナギにアテナと呼ばれた少女は、再会を喜ぶようでいながら何処か寂しさを滲ませた表情をして頷く。
 二人の間に何があったのか? まぁ、身も蓋もなく明かすと、幼い頃に喧嘩別れしただけである。
 ただ、ナギは その喧嘩の理由がわかっておらず、いまだに己の過ちにも己の罪に気付いていないが。

 それ故に、ナギにとっては「嬉しい再会」でも、アテナにとっては「嬉しいけど素直に喜べない再会」であったのだ。

「うん、本当に久し振りだね。10年振りくらいかな?」
「まぁ、そうね。相変わらず壮健そうで何よりだわ」
「いや、そっちこそ元気そうで よかったよ」
「……少し、時間はあるかしら? 話がしたいわ」
「ん~~、まぁ、ちょっとなら いいかな?」

 こうして、ナギは少女――「天王州(てんのうす)アテナ」と言う、この星で最も偉大な女神の名前を持つ少女と再会したのであった。

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「……ところで、随分と幸せそうな顔してたけど、何か『いいこと』でもあった訳?」

 天王州の別邸へ案内されたナギは、敵意を剥き出しにして睨んで来る色黒の執事を華麗にスルーして御茶を楽しんでいた。
 ナギはハヤテの執事 兼 恋人的存在になってから有形無形の敵意や悪意に晒されていたため それらへの耐性が付いているのである。
 もちろん、耐性が付いただけで鈍くなった訳ではない。敵意を向けられていることを理解したうえで軽く流しているのだ。

 そう、ナギとアテナの再会の御茶会は、穏やかに紅茶を楽しむ一方で何処かしらドス黒い空気を孕んでいたのだった。

「え? そうかな? オレって元からこんなじゃない?」
「いいえ。元々の貴方は、もっと薄幸そうな顔してるわ」
「ヒドっ!! いくらオレでも それは ちょっと傷付くよ?!」
「傷付けたくもなるわ、他の女とイチャついてたんだから」

 ナギは あくまでも平静のままだった。色黒執事の視線もアテナの言葉に潜む棘も気にはなるが、平静を崩れなかった。
 だが、最後のアテナの言葉はナギに衝撃を与えた。アテナの口から「そんな言葉」が吐かれるとは想定していなかったのだ。

「…………何で、わかったのさ?」

 正直に言えば、ナギはアテナが好きだった。幼いながらに本気で好きだった。きっと、人は あれを初恋と呼ぶのだろう。
 だが、それはあくまでも「子供の頃の話」でしかない。それに、喧嘩別れしたことで既に「過去のもの」となっている。
 そのため、衝撃を受けはしたが、「浮気がバレた男」のように焦ることは無かった。浮気でも何でもないのだから当然だ。

 ナギの考え方を「冷たい」と取るか、「切り換えが早い」と取るか、それとも「普通」と取るかは判断の別れるところだろう。

「貴方から他の女の『匂い』がするからよ」
「……シャワーは浴びたんだけどなぁ」
「物理的な匂いではなく、精神的な匂いよ」

 ナギのことを想い続けていたアテナにとっては、ナギの行為は不愉快なものだった。ただ、それだけのことなのだ。

 それ故に、言い訳をするどころか罪悪感すら感じていないようなナギの態度に、アテナの機嫌は急降下で下がっていく。
 それを敏感に感じ取ったナギは「精神的な匂い? 何それ? フォース的な何か?」とか冗談で誤魔化そうとする。
 当然、それは悪手である。普段のナギなら ここまで対応を誤ることはないのだが、ハヤテと結ばれて浮かれていたのかも知れない。

「その匂い、消したくなるわ……」

 ナギの放つ弛緩した空気が許せない。自分との別れに何も感じていないかのような態度が許せない。
 他の女とイチャついたことが許せない。自分が嫉妬していることに気付こうともしないのが許せない。
 そして、何よりも そう感じてしまう自分が許せない。ナギを失った時と大差のない自分が許せない。

  ヒュォンッ!!

 言葉と共に放たれたものは斬撃。それは吐露できぬ感情の成れの果て。
 愛おしいからこそ相手を許せない。だからこそ、そんな自分も許せない。
 そんなアテナに生じた隙を『それ』は見逃さない。侵食は加速度的に深化する。

「って、危ないじゃん!!」

 浮かれていても危機察知能力までは錆付いてはいない。と言うか、アテナの尋常ならざる雰囲気にナギが気付かない訳がない。
 ティーカップ片手に腰掛けていた筈なのに一瞬後には剣を振るわれていた訳だが、警戒していたナギは回避に成功していた。
 何処から剣を取り出したのか疑問は残るが、今は それ以上に突如アテナの背後に現れたモノ――巨大な人骨の方に問題がある。

「……よく避けたわねぇ?」

 口元を歪めて獰猛な笑みを見せるアテナを見てナギは確信する。「これはアテナじゃない」と。
 思い出してみれば、巨大な人骨にも見覚えがある。アテナと喧嘩別れした時にも現れたモノだ。
 当時は単純に「お化け」として認識していたが『とある事情』で心霊現象に慣れた今では違う。
 この巨大な人骨は「お化け」などと言う「可愛いもの」ではない。もっと禍々しい「何か」だ。

「だけど、次はどうかしから?」『だが、次は外さんぞ?』

 ナギが そう認識した時、『それ』からの声が聞こえた。少なくとも、ナギには聞き取れた。
 言い換えるならば、ナギの読みは間違っていなかった。アテナは『それ』に操られているのだ。
 まぁ、それがわかったからと言って状況が好転する訳でも対処法が見出せる訳でもないが。

「くっ!! ちょっ!! 少し、落ち着いて、よ!!」

 アテナの繰り出す怒涛の斬撃を紙一重で躱わし続けながら、ナギはアテナに呼び掛け続ける。
 そんなことをせずともアテナを気絶させれば済むだろう。だが、それでは何の解決にもならない。
 今回を凌げても再び命を狙われたのでは堪ったものではない。可能な限り この場で解決すべきなのだ。
 そして、解決するには――正気を取り戻させるには、呼び掛ける くらいしか思い付かなかったのだ。

  ズザァアア!!

 声を出しながらの回避運動は地味にナギの体力を削っていた。また、それに加えて集中力も限界に来ていた。
 色黒執事は何もして来なかったが、それでも油断はならない。気を抜いた瞬間に隙を突かれるかも知れない。
 そんな色黒執事への警戒とアテナの斬撃の回避を同時並行して処理していたためナギの集中力は限界だったのだ。
 それ故に、いつまでも回避を続けられなかった。そう、回避直後に足を縺れさせ、体勢を崩してしまったのである。

「さぁ、その命で償いなさい!!」『さぁ、その【石】を寄越せ!!」

 そんな決定的な好機を見逃す程アテナは甘くなかった。剣を振りかぶり、ナギの脳天目掛けて剣を振り下ろす。
 さすがに崩れた体勢では回避は間に合わない。せめて剣なり盾なりがあれば防御をできたのかも知れないが……
 まぁ、無い物ねだりをしても仕方が無い。ナギはそう結論付けると、回避をあきらめて斬撃を受ける覚悟を決めた。

  カッ!!

 ナギの脳天にアテナの刃が届く寸前、雷が巨大な人骨ごとアテナを貫き、その手から振るわれていた剣を落とさせた。
 一瞬、何が起こったのか理解できなかったナギだったが、考えてみれば「こんなこと」をできるのは一人しかいない。
 何故この場に彼女がいるのかはわからないが、助かったことは確かなようだ。それだけ理解するとナギは彼女に向き直る。

「……大丈夫ですか、ナギ様?」

 ナギの視線の先にはナギの予想通りの人物――鷺ノ宮 伊澄(さぎのみや いすみ)が悠然と立っていた。
 その姿に安堵を覚えたナギは「うん、伊澄の御蔭でね。ありがとう」と礼を口にすると立ち上がる。
 その際、視界の隅に映った伊澄が頬を染めていたような気がしたが、そんな訳はないので気のせいだろう。

『おのれぇえええ!!』

 衝撃から回復した『それ』は、獲物を眼前で奪われたことの怒りを絶叫で表す。そう、『それ』だけが叫んでいだのだ。
 九死に一生を得たことで そこまで意識が回っていなかったが、いつの間にかアテナから反応がなくなっていたのである。
 それが意味するのは、『それ』が完全に侵食を終えたのか、それとも、単にアテナが雷で気絶したのか。そのどちらかだ。

「…………ここは一先ず退きましょう」

 伊澄の言葉に「まだ終わってない」と抗弁しようとしたナギだが、伊澄の額を伝う汗を見てしまった。
 それは、今まで どんな状況でも「余裕」を感じさせていた伊澄が初めて見せた「危機感」の証。
 つまりは、それだけ対峙している相手は危険である と言うことで、ここは退くべきだ と言うことだ。

 対抗策のないナギは大人しく伊澄に従い、その場から撤退したのだった。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「で、アレは何だったの? いや、アテナに霊が取り憑いたのは わかっているんだけどさ?」

 どうにか脱出に成功した二人は、鷺ノ宮の別邸で体勢を整えていた(と言うか、伊澄の霊力の回復を待っていた)。
 脱出と一言で片付けたが、その脱出には壮絶な攻防が含まれており、伊澄は霊力を使い果たしてしまったのである。
 で、ただ何もせずに伊澄が回復するのを待つのも時間の浪費であるので、ナギは伊澄に状況の説明を求めたのだった。

「……恐らく、亡霊と化した英霊が取り憑いたのでしょう。アレは それだけの霊格を有していました」

 伊澄が身震いをしながら推察を述べる。恐らく、アレと対峙していた時の恐怖を思い出しているのだろう。
 才を持つが故に並び立つ者すら存在しなかった伊澄にとって、アレは初めて対峙する格上の相手だった。
 通常なら、ここで心が折れてしまうだろう。それが不思議ではない程に伊澄が受けた衝撃は甚大なものだった。
 だが、伊澄は折れずに立ち向かうことを選択した。ナギには それが眩しかったが、本筋とは関係ないので割愛する。

 ちなみに、ここで言う英霊と某聖杯戦争とは一切関係ない。神話として語られるレベルの霊格、と言う意味である。

「なるほど、あれが英霊なんだ。それで、どうすればアレを祓えるの?」
「……アレは、その【石】に執着を見せていました。解決の糸口はそこでしょう」
「うん、確かに。アレの狙いはコレで、オレは障害物くらいの扱いだったねぇ」

 ナギは己の首に掛かっている【石】を指で弄りながら自嘲的な笑みを浮かべる。

 アレにとってナギは障害物だったのなら、アテナは その障害物を排除するのに利用されただけだ。
 それはナギに対してもアテナに対しても侮辱だ。自分達は「その程度だ」と言われたも同然だからだ。
 まぁ、英霊にとっては一般人など「その程度」なのかも知れないが、ナギにも意地と言うものがある。

 ちなみに、件の【石】だが、ハヤテの祖父である「三千院 帝」から「ハヤテの遺産相続権の証」として預かったものである。

「ただし、渡したからと言ってアテナさんが解放されるとは限りませんし、
 かと言って渡さなかったとしたらアテナさんが解放される訳がありません。
 故に、執着を断つ――つまり、目の前で破壊するのが一番かと思われます」

「だけど、これは……ハヤテが三千院家の財産を受け継ぐために必要な物なんだ」

 帝から【石】を渡された時、帝は言っていた。「お前が【石】を手放す時、ハヤテに継承権はなくなる」と。
 金に囲まれて生きてきたハヤテには、三千院の財産が必要だ。少なくともナギは そう考えていた。
 それ故に【石】は手放すことなどナギにはできない。アテナを助けるためであっても、それだけは譲れない。

「ならば、話は簡単です。アテナさんとハヤテ、ナギ様が大切な方を選べばいいだけです」

 伊澄は何でもないことのように述べ、「私は『どちら』を選んでもナギ様を応援します」と締め括る。
 全能ではない人間には すべてを救うことはできない。いや、下手をすれば、何一つ救えない時もある。
 それ故に、どちらかを救える状況は幸せなのかも知れない。少なくとも、どちらも救えないよりは。

 僅かに迷った後、ナギは選択を下したのだった……



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Part.05:そして、少年は少女を選んだ


「やぁ、待ったかい? ミノスだかミトスだか言う、亡霊の王様?」

 天王州の別邸を再び訪れたナギは、エントランスで待ち構えていたアテナに話し掛ける。
 まぁ、アテナと言うよりはアテナに取り憑いている「キング・ミダス」に話し掛けたのだが。

 ちなみに、伊澄は どうしたのかと言うと、大蛇になった色黒執事の相手をしていたりする。

『ほぉう? よく調べたて来たな。それならば、わかっているのだろう?』
「……はて? わかっている? 一体、オレが何をわかっているって?」
『知れたこと。この小娘の命運を握っているのは私だ と言うことをだよ』
「まぁ、そりゃそうだね。それで? それが一体どうしたって言うのさ?」
『その【石】を大人しく渡せば、この小娘を助けてやらんことも無いぞ?』

 圧倒的優勢を確信しているミダスは余裕の態度でナギに圧倒的に不利な交換条件を突き付けて来る。

「バカじゃないの? そんなアホな話を信じるバカがいる訳ないでしょ?」
『実に愚かな小僧だな。せっかく こちらが下出に出てやったと言うのに……』
「いつ誰が下出に出たって? あきらかに最初から上から目線だったじゃん?」
『フン、もはや交渉の余地はないな。こうなったら、力を以って奪うのみだ』

 剣呑な空気を纏っていくミダスに対し、ナギは左手に握る細長い『包み』で肩を叩きながら溜息混じりに答える。

「最初から その気でしょ? グダグダ言ってないで始めようよ、三下」
『何だと!? このミダスを三下だと?! 愚弄してくれたな、小僧!!』
「うるさい!! 女を人質に取っている時点で充分に三下だろうが!!」

 最早 言葉で語る段階を過ぎた二者が肉体言語を用いて会話を始める。

 ミダスは骨の拳でナギを殴り付け、ナギは左手の『包み』から抜き出した剣で斬り付ける。
 アテナの斬撃ですら避けるしかできなかったナギだが、今度はキチンと武装している。
 まぁ、サイズ差を考えればミダスの拳は避けるしかないのだが、攻撃できるだけで違う。

『ぬっ!? そ、それは、まさかっ?! ……貴様、その剣を何処で手に入れた!?』

 しかも、現在ナギの手にある剣は只の剣ではない。その名も「白鴬(はくおう)」。
 かつて『王族の庭城(ロイヤル・ガーデン)』に存在した「正義を成すための王の剣」だ。
 ちなみに、巡り巡って鷺ノ宮家が所有していたものを伊澄から特別に借り受けたらしい。

『だ、だが、いいのか? 私を傷付ければ小娘も傷付くぞ?』
「それが一体どうしたのさ? オレのやることに変わりはないよ?」

  ザシュッ

 ナギは白鴬の効果で身体能力を引き伸ばしている――ブースト状態であるために、攻防を繰り広げられるレベルに達していた。
 長期戦になれば――つまり、ブースト効果が切れれば、ナギを待っているのは敗北しかない。地力に途方も無い開きがあるのだ。
 それを嫌と言う程 理解していたナギは、ミダスが動揺した際の隙を見逃さなかった。瞬時に接近し、容赦なく斬り捨てたのだ。

『馬、馬鹿な……小娘ごと斬った、だと?』

 ナギが斬った部分が「アテナの外に顕現している箇所」だったならば、ミダスは復活していただろう。
 その大部分がアテナの身体から出ている状態だが、『根』はアテナの身体と繋がったままだからだ。
 それを知ってか知らずか、ナギは躊躇うことなくミダスとアテナを繋ぐ『根』の部分――アテナを斬った。

 まぁ、ナギとしては「相手の弱点だと思わしき場所」を攻撃しただけなので、ただの結果オーライだ。

「それしか方法が無いんでしょう? だから、そうしたまでさ」
『だが、それでも……いや、だからこそ、人には斬れぬ筈だ』
「そうかな? オレからすれば、人だからこそ斬ったつもりだよ?」

 人よりも優れた存在である英雄ならば――英霊になるような存在ならば、人を救うと言う使命のために人を斬ることはないだろう。

「お前に操られるくらいなら死を選ぶ。アテナは『そう言う』女さ」
『……ああ、そうか。貴様等は「そう言った」人間だったのか』
「まぁね。一般人には一般人なりに『意地』ってもんがあるのさ」

 ナギもアテナも、英雄ではない。単なる一般人だ(まぁ、一般人でも下流階級と上流階級の違いはあるが)。

 だからこそ、英雄にはできない行動ができる。より大切なもののためならば大切なものすらも捨てられるのだ。
 そう、今のナギにとってはアテナよりもハヤテの方が大切であり、アテナを捨てる覚悟をしていたのである。

「じゃあね、キング・ミダス」

 ナギはトドメとばかりにミダスの胸に「白鴬」を突き立て、伊澄から渡されていた『札』を起動する。
 すると、「白鴬」が避雷針となったのか、『札』に宿っていた大量の霊力が奔流となってミダスを襲った。

 こうして、ミダス――いや、キング・ミダスの亡霊は この世を去ったのだった。

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「ん……? ここ、は…………?」

 ミダスが還って幾許かの時が過ぎた後、ミダスから開放されたアテナが意識を取り戻す。
 アテナの胸元には白鴬が穿たれたままであり、生きているのも不思議な程の致命傷だ。
 それでも生きているのは、恐らく白鴬のブースト効果で生を引き伸ばされたためだろう。

「やぁ、アテナ。『久し振り』だね」

 生を引き伸ばすだけでなく壮絶な痛みも「白鴬」は取り去ってくれる。ブースト効果が切れるまでは、だが。
 白鴬は「王の剣」と言う謂れだが、正義を成すためには死すらも凌駕させようとする狂気の剣でしかない。
 いや、あるいは、白鴬にとって『王』とは「常人では耐えられない道の果てにある存在」なのかも知れない。
 どちらにしろ、ナギもアテナも正式な持ち主ではないため、恩恵(ブースト効果)を得られるのは短時間だ。

「……ええ、『久し振り』ね、ナギ」

 時間は限られているため、本来なら悠長に再会の挨拶をしている場合ではない。
 だが、先程のまでのことを『なかったこと』として扱うためには必要な儀式なのだ。
 そう、ナギは暗に「まずは再会を喜ぼう」と提案し、アテナは それを受け入れたのだ。

 とは言え、ナギにはミダスごとアテナを攻撃した事実を忘れるつもりはないが。

「ところで、どうしたの? 随分とツラそうだね?」
「何処かの誰かさんが容赦なく斬ってくれたからね」
「へぇ? オレのアテナを傷付けるとは……許せないな」

 ナギの行動はハヤテを選んだ結果だ。意地と言う理由もあったが、アテナを見捨てたことは変わらない。

「そうね、許せないわね。だけど、『私は』許すわ」
「……許さなくていい。オレはアテナを見捨てたのだから」
「いいえ、許すわ。私が弱かったのが原因だもの」

 だが、アテナは「気にするな」と言い張る。言わば、それがアテナの意地なのだ。

「……相変わらず頑固だね。それじゃ、嫁の貰い手がなくなるよ?」
「そうね。でも、貴方が貰ってくれるんだから問題ないでしょ?」
「ああ、そう言えば、そうだね。オレが貰ってやる予定だったね」

 二人に去来するのは過去の約束。共に歩むと言う誓い。果たされなかった願望。

「……実を言うと【石】を壊すと言う選択肢もあったんだ」
「そうでしょうね。ミダスの執着を断つ方法もあったわね」
「だけど、それを選ぶと、ハヤテが苦しむことになる……」

 それに、ミダスが執着の末に暴走する可能性もあった。それだと、どちらも失うことになる。

「つまり、貴方は私よりも『あの娘』の方が大切なのね?」
「うん、そうだね。今となっては、ハヤテが一番大切だよ」
「妬けちゃうわね。昔は『アーたん、アーたん』言ってたクセに」
「まぁね、否定はしない。だって、昔の――過去の話だからね」

 過去だったならば、ナギはアテナを選んだかも知れない。しかし、それは過去の話でしかない。

「だけど、今のアテナが望んだのなら……オレは揺れたかも知れない。そう思う」
「言い訳ね。【石】を求めていたのがミダスだけだった と思っているの?」
「そうかな? その望みは、アテナの本心からの望みではなかったんじゃない?」
「そうかしら? 【石】は『王族の庭城』への道標よ? 欲しいに決まってるわ」
「だけど、アテナは自分の望みのために誰かの犠牲を強いるような女じゃない」

 ミダスに唆されたのでなければ――アテナが本当に望んでいれば、ナギは迷っていたかも知れない。
 だけど、それは有り得ない。アテナが本当に望むのは『王族の庭城』なんかではない と信じてるからだ。

「…………買い被り過ぎよ。だって、こんなにも あの娘から貴方を奪いたくて仕方がないんだから」

 そう、アテナが望むのは『王族の庭城』などと言う「孤独の栄華」などではない。
 アテナが本当に望むのは「ナギと共に生きる」と言う「二人の未来」だったのだから。

「言い直そう。アテナがミダスに唆されず、オレを望んでくれたのなら……オレは迷っただろうね」
「迷うだけかしら? 死に行く者への手向けとして、リップサービスもできないのかしら?」
「できないよ。だって、『そこ』まで言葉にしてしまったら、迷うどころじゃなくなっちゃうもん」
「……そう。それなら、それだけで満足してあげる。その代わり、幸せにならなきゃダメよ?」
「もちろん、わかってるよ。オレはアテナの分まで幸せになる。だから、ゆっくり休みなよ?」

 ナギの言葉に満足したのか、アテナは穏やかに微笑むと瞼を閉じる。そう、白鴬の効果が切れたのだ。

(……今後、オレは二度と女性を傷付けない。いや、女だけじゃない。アテナの好きだった子供も傷付けない。
 勝手な誓いだけど、いや、自分を戒めるために誓うんだから勝手なんだけど、それでも見守っていて欲しい。
 そして、誓いを果たせた暁には、笑ってオレを迎えてくれると嬉しいな。まぁ、身勝手にも程があるけど)

 役目を終えた白鴬を鞘に納め、アテナの遺骸を埋葬した後、ナギは墓前に祈る。

 本人も自覚している通り、殺した相手に祝福を願うなど身勝手もいいところだろう。
 だが、アテナはナギを受け入れるだろう。ナギがアテナの望み通りに「幸せ」に生きれば。



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Part.06:そして、少年は少女と共に歩む


「御無沙汰しています、帝殿。イキナリで申し訳ありませんが……これは もう要りませんので お返しします」

 舞台は変わって日本国内の某所、三千院家の本宅にある庭園にて。
 ナギは庭師の格好をした老人――帝に向かって【石】を手渡す。

「ほほぅ? つまり、余程アテナのことが堪えた と言う訳かのぅ?」
「違いますよ。さっき、『もう要りません』と言ったでしょう?」
「じゃから、ハヤテを守ることに耐え切れなくなったから返すのじゃろう?」
「だから違いますよ。ハヤテが要らなくなったので返したんです」

 帝は【石】を受け取るとナギを嘲るように言葉を紡ぎ、対するナギは嘲りなど気にせず「ナニイッテンノ?」と言わんばかりに反応する。

「……ほぅ? 金に囲まれて生きるのが当然な小娘が金を必要としなくなった、と?」
「ええ。オレが危険な目に遭うくらいなら三千院家の財産など要らん、そうですよ」

 晴れやかな笑顔を浮かべて語るナギの内心に広がるものはハヤテの言葉だった。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「ナギ!! お前、どうして……どうして何も言ってくれなかったんだ!!」

 天王州の別宅を後にしホテルに戻ったナギを迎えたのは、ハヤテの涙と心からの訴えだった。
 ハヤテを抱き止めながらチラリと周囲を窺えば、伊澄が泣きそうな顔で俯いていたのが見えた。
 きっと、色黒執事の対処を終えた後は、ホテルに戻ってハヤテに事情を説明していたのだろう。
 本来ならナギがして置かなければならないことを代わりにやってくれただけなので、気に病む必要は無い。

 ナギは目線だけで「気にしないで、むしろ ありがとう」と伊澄に伝えると、ハヤテと向き合う。

「あれはオレの問題だった。オレが解決しなきゃいけない問題だったんだ」
「それでも!! お前が苦しむくらいなら、私は三千院家の財産などいらん!!」
「……バカなことを言うな。ハヤテを守る三千院家の財産は必要だろう?」

 三千院家に財産がある故にハヤテは命を狙われるが、三千院家の財産がある故にハヤテは守られてもいる。

「必要ない!! お前を苦しめてまで欲しい物など何一つとしてない!!」
「……ありがとう。でも、オレは昔の女を助けようとしていたんだよ?」
「それでもだ!! お前が幸せになるのなら、その女を選んでも構わん!!」

 震えながらも声を張り上げてハヤテは言う。ナギを失いたくないのに それでもハヤテはナギの幸福を優先する。

「…………お前、大バカだよ。そこまで、オレを大切にしないでよ」
「大バカで結構だ!! 私は、お前が幸せじゃないと嫌なんだ!!」
「ありがとう、ハヤテ。オレも、お前が幸せじゃないと嫌だよ」

 ナギは心の底から笑みを浮かべ、ハヤテを抱きしめる腕に少しだけ力を込める。決してハヤテを離さない様に……

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「それで? 貴様は それを受け入れる訳か? 小娘に守られることを甘受する気なのか?」

 帝はナギから視線を逸らすと、嘲るような口調のままナギの真意を問い質す。
 それは表面的には侮辱の形をしていたが、その裏には気遣いが見て取れた。

「ええ、その通りです。月並みではありますが、守っているつもりで守られていたことに気付きましたから」
「……つまらんのぅ。少しは骨がある小僧じゃ と思っておったのじゃが、牙を失った獣は家畜に等しいわい」
「そうですか。帝殿の期待に副う気などありませんでしたが、期待に副えなかったことは謝罪して置きましょう」

 帝の真意はわからない。だが、期待を裏切ったことは確かだ。それ故にナギは「悪かったな」と最後に付け加える。

「フン、悪気が無いのに謝るな、小僧。胸糞が悪くなるだけじゃからな」
「それなら謝罪は取り下げます。勝手に期待して勝手に失望していてください」
「……まったく、相も変わらず、厚顔不遜で礼儀を知らんヤツじゃなぁ」
「そうですね。ですから、三千院家を継ぐことなんてことは無理でしょうねぇ」
「そうじゃな。故に、三千院家を継がないハヤテなら釣り合う訳じゃな」

 ハヤテの継承権(【石】)をナギが握っていたのは、三千院家を受け継ぐハヤテと結ばれるためのナギの試練でもあった。

 三千院家の婿になるならば降り掛かる災厄を乗り越えてみせろ。その暁には、婿として認めてやる……それが帝の意図だった。
 だが、ハヤテは三千院家を継ぐことを放棄した。つまり、ハヤテはナギをあきらめたのではなく三千院家をあきらめたのだ。

「さて、どうでしょう? ですが、オレ達が必要なのはオレ達だけですね」
「…………そうか。そう言うことならば、勝手にするがいい」

 帝は『何か』をナギに向かって放り投げると、背を向けてスタスタと歩を進める。

「この宝石は? とても高そうに見えますが?」
「単なる餞別じゃ。曾孫の顔くらいは見せに来い」
「…………御心遣い、ありがとうございます」
「フン、貴様に礼を言われる筋合いなど無いわい」

 ナギの言葉に一度は歩みを止めたが、帝は振り返ることもなく言葉を紡ぐ。

「『小僧』……貴様、確か『神蔵堂ナギ』と言うたかのぅ?」
「ええ。何処にでもいる何の変哲もない庶民の神蔵堂ナギです」
「そうか。ならば、『神蔵堂ナギ』よ。ハヤテを任せたぞ?」
「――ッ!! ええ、もちろん。それがオレの生きる目的ですから」

 そして、最後に『初めて』ナギの名を呼んで話を締め括ると、帝は そのまま歩き去って行った。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「……どうしたのだ、ナギ? さっきからボ~ッとして?」

 ナギはハヤテの着替えを待っている間、ふと帝との会話を思い出していた。
 着替えを終えたハヤテは そんなナギの様子を不思議に思って訊ねたのだった。

「ん? いや、ちょっと、ね。帝さんとの会話を思い出してたんだよ」
「ふん。そもそも私に三千院家を継がせようとしたことが間違いなんだ」
「……だけど、それが帝さんなりの愛情表現だったんじゃないかな?」
「まぁ、改めて言われると気持ち悪いが……それくらい、わかっているさ」

 帝のツンデレな愛情表現にツンデレな理解を示すハヤテを微笑ましく思いながらナギは言葉を続ける。

「じゃあ、式に呼べない代わりに、子供が生まれたら顔を見せに行こうぜ?」
「そ、そうだな。それまでアイツがくたばっていなければ、見せてやろう」
「殺しても死にそうにない御仁だけど、待たせちゃ悪いから頑張ろうね?」
「な、何を頑張るのだ!? い、いや!! わかっているから、言うんじゃない!!」

 ハヤテのツンデレを見て悪戯心が沸いたナギは軽く下ネタでハヤテを弄る。

「二人とも? そろそろ時間ですよ?」
「え? あ、わ、わかったぞ、マリア」
「わかりました、マリアさん。今、行きます」

 そんな微笑ましい時間に終了を告げたのはマリアの呼び掛け。二人はそれに応じると……

「……じゃあ、行こう?」
「ああ、二人で、行こう」

 互いの手を取り合って、その場を後にし、会場へ向かう。

 ……………………………………
 ………………………………………………
 …………………………………………………………

 そして、式は滞りなく進み、遂に宣誓の段となる。

「……汝――神蔵堂ナギは、この女――三千院ハヤテを妻とし、
 良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も、
 共に歩み、他の者に依らず、死が二人を分かつまで、愛を誓い、妻を想い、
 妻のみに添うことを、神聖なる婚姻の契約のもとに、誓いますか?」

「はい、誓います」

 ナギは神父の問い掛けに淀みなく答え、愛を誓う。また、同様に、ハヤテも愛を誓う。
 こうして、二人は『夫婦』と言う明確な形として、共に歩み始めたのだった。



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Part.07:こうして少年は少女を忘れ去った



「……気が付いたか、『小僧』」

 あれから――二人が夫婦となってから、数年が過ぎ、遂に二人の間に子供が産まれた。
 子供は女の子で、二人は未来を目指してくれるようにと「未来(ミク)」と名付けた。
 そして、産後が落ち着いた頃、約束を叶えるため二人はミクと共に帝の元を訪れた。

 …………その途中だった。三人の乗った乗用車が『事故』に巻き込まれたのは。

「ここは? オレは、一体……?」
「…………覚えておらんのか?」
「――ッ!! ハヤテは!? ミクは?!」

 前後不覚だった状態から徐々に意識が冴えて来たナギは、重大なことに思い至る。最愛の家族が傍にいないのだ。

 見たところ、ここは病室ではなく三千院の本家だ(三千院本家は邸内に医療施設を持っているのである)。
 だから、別々の場所に寝かされている可能性は無い。帝は意地が悪いが、そんな無粋な真似はしない。
 それに、寝かされる程 怪我が重くなかったのならば、帝と共にナギのベッドの周りにいる筈だ。

「もう、わかっておろう? 生き残ったのは、貴様だけだ……」

 帝はナギの中で駆け巡っていた「当たっていて欲しくない可能性」を告げる。
 その声音は冷たく、その目はまるで物を見るかのようにナギを映していた。

「そ、そんな……そんなことって…………」

 だが、ナギは告げられた事実に打ちのめされており、そんな帝の様子にも気付かない。
 当然、目が覚めた時に『小僧』と呼ばれたことにも気付いていない。そんな余裕がないのだ。
 それは帝とて同じかも知れない。家族を失った男に対して、一切の同情ができないのだから。

「既に予想は付いておろうが……あの『事故』は人為的なモノじゃ」

 ナギが落ち着きを取り戻したのを見計らったのか、幾許かの時が経った後、帝は『事故』について語り出す。
 今回の『事故』は「ナギの運転する自動車がカーブを曲がり切れずに崖から転落した」と言うものだった。
 ナギがハンドル操作を誤った訳でもスピードを出し過ぎた訳でもない。単に車が曲がらなかったのだ。
 原因は整備不良。念のために点検を受けたばかりなのに、整備不良で車自体にトラブルが起きたのである。
 考えるまでもなく、整備を行った後に人為的な介入が為されたのだ。タイミングよくトラブルが起きるように。

「……恐らくは、ミクが継承権を得ることを恐れたんじゃろうな」

 ナギには今になって自分達が狙われた理由がわからなかったが、帝には充分に予想が付いた。
 ハヤテが継承権を放棄したと言っても、その娘であるミクも放棄すると決まった訳ではない。
 帝がミクを認めれば、直系であるミクは現在の第一継承権者よりも強い権利が与えられるのだ。

「そんな!! オレ達はそ んなものいらない!! だから、【石】を返したんだ!!」

 こんなことになるのが嫌で、ハヤテは継承権を放棄した。
 当然、ミクに継承権が発生しても放棄させる予定だった。
 だが、そんなナギ達の考えなど継承権者達は信じなかった。

「じゃが、金の亡者共の思考は違う。貴様は それ を理解できていなかったんじゃ」

 ナギを責めてはいるが、帝も同罪である。帝も継承権を得る前に行動を起こすとは思っていなかったのだ。
 もしも帝がそこまで思い至っていれば『それなり』の対策を講じられたのだから『事故』の責任は帝にもある。
 だが、帝はそれを認識しながらも、ナギを責めることをやめられない。感情の捌け口が欲しくして仕方がないのだ。

「……ええ、そうですね。全部、オレが悪いですね。オレの考えが浅はかだったから、こんなことになったんですから」

 普段のナギであれば、帝の矛盾に気が付いただろう。だが、今のナギには気付けない。
 失ったものが大き過ぎて――受けた衝撃が大き過ぎて、もはや思考が正常に働いていないのだ。
 それ故に、ナギは何の抵抗も無く帝の言葉を受け入れ、「己が悪い」と言う結論を得てしまった。

「フン、目障りじゃ。とっと去ね」

 反論を一切して来ないナギに肩透かしを喰らいつつも、「こんな情けない男に孫を託してしまった」と更に憤る帝。
 そう、帝もまた受けた衝撃が大き過ぎて、正常な思考ができていなかったのだ。ナギを気遣うことができない程に。

「ええ、消えます。むしろ、消して欲しいくらいですよ」

 ナギは消えそうな声で言葉を紡ぎ、ヨロヨロとベッドから這い出て、フラつく身体で屋敷を後にする。
 動く度に激痛が走るが、心を襲う痛みに比べれば何ともない。帝と顔を合わせることの方がツラい。
 責められることもツラいが、それ以上に責めてしまいそうでツラいのだ。だから、ナギは屋敷を出た。

 ……………………………………
 ………………………………………………
 …………………………………………………………

 それから、何がどうなって『こう』なったのか、ナギにはわからない。

 心の痛みに耐え切れなくなって酒に溺れたことだけは、何となくだが覚えている。
 ちっとも酔えなかったが、大量に酒を飲めば意識を捨てられたのが理由だ。
 普通に寝ると夢で見てしまうために、夢すら見ないように意識を捨てたかったのだ。

『その現実から解放して差し上げましょうか? 私には それ が可能ですよ?』

 ローブを纏った胡散臭い男が、実に胡散臭いことをツラツラと述べる。
 正常な判断を下せるならば「ナニイッテンノ?」と相手にしなかっただろう。
 だが、今のナギは藁にも縋りたい気分だった。胡散臭くても気にしなかった。

「本当にできるなら、頼むよ。もう、オレには耐えられない……」

 自殺は真っ先に考えた。だが、自ら命を絶つような真似を『彼女達』は許すだろうか?
 彼女達に許されなければ、ナギは生きることも死ぬこともできない。だから、自殺もできない。
 何を どうすればいいかわからず、ただ現実に潰されないように酒に溺れていただけだった。

『畏まりました。代償は「今の貴方」の人生ですが……それで、よろしいですか?』

 今の人生? 男の発した言葉の意味がナギには よくわからなかった。
 だが、この状況から解放してくれるのなら どんな代償でも構わない。
 今の自分から毟り取れるものなど臓器くらいだ。それ以外には何も無い。

「もちろん、それで構わない」

 そこまで思い至ったナギは、迷うことなく『悪魔の誘い』に応じた。
 そして、神蔵堂ナギと言う存在は その世を去り、別の世へ渡ったのだった。


 


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オマケ:観想の果てに


「さて、気分は落ち着きましたでしょうか?」

 ナギの記憶を思い出したことで混乱の極みに陥っていたアセナだったが、どうやら落ち着いたようだ。
 荒れていた呼吸が落ち着いたことで、そのように判断したアルビレオは気遣わしげにアセナに声を掛けた。

「……ええ、どうにか落ち着きました。まだ若干の混乱はありますけど、会話をできるくらいには落ち着いています」

 アセナの中でナギの記憶と感情が駆け巡っていたが、アセナは『アセナとして』それらを処理できた。
 恐らく、ナギに引っ張られていたのなら、ナギの記憶と感情に押し潰されていたことだろう。
 そう、アセナは『アセナとしての自我』を中心に置くことによってナギの記憶と感情に打ち克ったのだ。

 それは、那岐とナギの融合体であるアセナが『本当に』『アセナとして』『確立した』とも言えることだった。

「……心境はお察しします。『ここ』では『貴方の世界』は物語な訳ですから、ショックは甚大だったでしょう?」
「いえ、オレの世界では『ここ』は物語だったんですから、オレの世界が『ここ』では物語でも不思議はありませんよ」
「そうですか。ちなみに、世界が物語になったのか、物語が世界になったのか……その問いには答えられませんよ?」
「でしょうね。それは『神のみぞ知る』ことですから、世界に付随して生きている人間には わかる訳がありませんよ」

 敢えて『彼女達』には触れずに『世界』について語るのは、アルビレオの優しさだ。

「それに、たとえ物語の世界であったとしても、『あっち』も『こっち』もオレにとっては現実ですよ」
「まぁ、そうですね。現実であろうが物語であろうが、現実と認識する者にとっては現実でしょうねぇ」
「ええ。アテナもハヤテもミクも、オレにとっては実在していた存在です。それは誰にも否定させません」
「……そうですか。現実として受け止めたうえで押し潰されていないのでしたら、私に異論はありません」

 そう、アルビレオはアセナが潰れてしまうことを危惧したために、ナギの記憶を『物語として処理する』ことを許そうとしたのである。

 だが、それも余計な気遣いだった。アセナはナギの記憶を現実として受け止めたうえでも押し潰されなかったからだ。
 むしろ、両親が手紙で「実子じゃない」と伝えたのは、ナギに両親のことを気にさせないための気遣いだった と、
 当時は気付く余裕が無くて見過ごしていた『優しさ』に気が付ける程に余裕がある。那岐の成分は効果的なようだ。

 もしかしたら、那岐とナギは相互補完し合えるような『自分』だったのかも知れない。アルビレオの心配りに脱帽しそうだ。

「まぁ、オレが押し潰されてしまったら『代わり』を用意するのが大変ですもんね?」
「おや? 随分と意地の悪い見方ですねぇ。私は そこまで薄情ではありませんよ?」
「わかっていますよ。でも、『代わり』を用意するのが大変なのも事実ですよね?」
「……肯定はしませんが、否定もできませんねぇ。つまりは『そう言うこと』ですよ」
「ああ、なるほど。事実だけど それを認めるのも体裁が悪い、と言うことですね?」

 うん、まぁ、「ここで終われば綺麗に終わるのになぁ」と言いたくなる感じが実にアセナらしいだろう。

「ええ。そう言うことですから、いい加減に帰っていただいてもよろしいでしょうか?」
「まぁ、そうですね。持ち直したとは言え本調子じゃないので、早く休みたいですね」
「是非とも そうしてください。私も『記憶復活』で疲れてるんで、もう休みたいんです」
「そう言われると帰りたくなくなりますが……今日は疲れてるんで、大人しく帰ります」
「ではでは、今日は、早く帰って、早く寝て、タップリと疲れを取ってくださいね?」

 これだけ会話ができれば大丈夫だろう。そう判断したアルビレオは快くアセナを送り出すのだった。
 ところで、余談となるが……刹那がアセナに思いの丈をぶつけるのは、これから数分後のことだったらしい。


 


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後書き


 ここまでお読みくださってありがとうございます、カゲロウです。
 当初は軽く修正するつもりだったのですが、修正点が多かったので改訂と表記しました。


 今回は「ちょっとした外伝のつもりが、結構な文量になっちゃった」の巻でした。

 まぁ、「ハヤごと」をベースにした内容になったのは、ナギ繋がりです。ええ、安直です。
 でも、初期の頃から「オレ、三千院ナギだったんだ……」と言うオチは考えてました。
 ただ、思い出させるタイミングが掴めず、結局は こんな感じになってしまいましたが。

 しかし、軽い話にしようとしたのに……何故か重い話になってしまった不思議現象が起きましたが。

 まぁ、「ナギちゃんが王玉を壊さなかったら どうなってたんだろう?」と言う疑問があったので、
 せっかくなので「壊さなかったIF」的な話にしてみよう……と言うことで、こうなったんですが、
 冷静になって考えてみると「アーたん殺しちゃうとか無いわー」と後悔している次第です、はい。

 でも、だからと言って、今更ストーリーを変えるようなことはしませんが。

 ちなみに、アーたんですが、アテネではなくアテナにしたのは、より女神っぽくするためです。
 と言うか、アテネのままだと原作に悪いので「あくまでも別人です」と言い張るためですけど。

 ……関係ないですが、ボクはアーたんが一番好きです(ナギちゃんは、三番目以降です)。

 まぁ、王玉を壊した時は「ヤベ、アンタ男前だよ!!」と株が急上昇しましたが。
 その後、大家さんになってからは「あれ? あの感動は何処へ?」状態でした……


 では、また次回でお会いしましょう。
 感想・ご意見・誤字脱字等のご指摘、お待ちしております。


 


                                                  初出:2011/06/19(以後 修正・改訂)



[10422] 第37話:恐らくはこれを日常と呼ぶのだろう【改訂版】
Name: カゲロウ◆73a2db64 ID:b259a192
Date: 2013/04/06 22:02
第37話:恐らくは これを日常と呼ぶのだろう



Part.00:イントロダクション


 今日は5月21日(水)。

 アセナが『記憶』を取り戻してから数日の時が過ぎた。
 その間に いろいろとあったのだが、それは本文で語ろう。

 まぁ、最近シリアスが続いていたので、少しコメディに走るが。



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Part.01:穏やかな午後


「さて、テストと言う苦行も終わったことだし……これから遊びに繰り出そうぜ!!」

 フカヒレの言った通り中間テストは終わっており、テスト結果の発表会も終わっている。
 更に言うと、さっきの授業で答案の返却も終わり、補修を免れたか否かが明らかになった。
 そのため、教室は束の間の自由を謳歌せんとする補修を免れた生徒達の喧騒に彩られている。

 そんな教室にあってもフカヒレの声がアセナの耳に届いたのは単なる偶然だろう。そうに違いない。

「って、神蔵堂!! 何『オレ関係ないし』って感じで帰ろうとしてんの!?」
「え? さっきの『遊びに繰り出そう』発言って、オレにも言ってたの?」
「当たり前ジャマイカ!! むしろ、お前がいなければ始まらないって!!」

 偶然と言うことにして教室を出ようとしたアセナをフカヒレが慌てて呼び止める。

「ちなみに、のどか とは気不味い状態だから、のどかは呼べないよ?」
「…………違うよ? ゲームのリベンジをしたいって言う理由からだよ?」
「フカヒレは正直だよねぇ。って言うか、嘘は もうちょっとうまく吐こうね?」
「いや、本当だよ? そもそも、本屋ちゃんはあきらめることにした訳だし」
「え? そうなの? って言うか、まさか、茂み云々(外伝その1参照)で?」
「その通り!! そこだけは譲れない、言わばオレのジャスティスなのだよ!!」
「……お前、凄いよ。いや、当然、『ある意味で』と言う枕詞は付くけどさ」

 アセナはフカヒレの意図(のどか との橋渡し)が察せられたので直球で断り、断られたフカヒレは必死に弁解をする。

「って言うかさ、最近、神蔵堂って付き合い悪くない?」
「いや、そもそも、最初から付き合いなんてないだろ?」
「ヒドい!! 私とは遊びだったのね!? シャーク泣いちゃう!!」
「うん、まぁ、フカヒレとは遊んだことしかないよね」
「うわーい、鮮やかにスルーされたうえにマジレスされたぜぇい」
「だって事実だし。気持ち悪くてスルーするしかなかったし」
「ヒドい言われ様!! シャーク、本気で泣いちゃう!!」

 気を取り直したフカヒレがネタを振って来るが、アセナは爽やかに敬遠した。そんな反応にマジ泣きするフカヒレは、実は寂しがり屋なのだ。

「まぁ、フカヒレは置いておくとして……最近、本当に忙しそうだよね?」
「いろいろと やることが多くてね、多忙な日々を送っているんだよ」
「ふぅん? だから、和泉に対しても素っ気ない態度を取ってるの?」
「いや、何で ここで亜子の話題が出て来るのかな? 意味わかんないよ?」

 沈没したフカヒレをサラッと流して、田中が話し掛けて来る。話題が亜子にシフトするのは非常に不思議であるが。

「……本当にわかってないの? わからない振りをするのは やめてよね?」
「まぁ、亜子からのメールをスルーすることもある と言うことは認めよう」
「いや、返事してあげなよ!! それは最低限のマナーと言うものだよ!!」
「返事はしてるよ? 単に『メッセージ』に気付かない振りをしてるだけさ」

 メール自体に返事はしている。ただ、そこに込められた『メッセージ』を流しているだけだ(充分ヒドいが)。

「えっと、それは『神蔵堂に気がある』的なメッセージをスルーしてるってこと?」
「まぁ、平たく言うとね。遠回しにデートに誘われたりとかされても困るんだよねぇ」
「な、何て恨めし――羨ましいんだ!! じゃなくて、それは応えてあげるべきだよ!!」
「……そうは言うけど、仮にオレと亜子がデートするとして、田中はそれでいいの?」
「そ、それは、ちょっと、いや、かなりイヤだけど……和泉が悲しむ方がイヤだよ」

 苦虫を噛み潰したような表情をしながらも亜子を気遣う田中に、アセナは「田中は『いい奴』だなぁ」と少し頬を綻ばせる。

「まぁ、オレも亜子を悲しませたくはないよ。でも、オレは亜子とは付き合えないから仕方がないんだよ」
「つまり、和泉さんとデートしても付き合えないことで悲しませるからデートすらしない と言うことかい?」
「そうなるね。悲しませないための言動が より悲しませることになるのなら、最初から何もしない方がいいさ」

 何やら思うところがあるのか考え込む田中に代わって松平が会話を続ける。実にいい連携プレイだ。

「……それって、近衛さんの婚約者だから付き合えないってことなの?」
「まぁね。婚約者がいる身で誰かと付き合うなんて普通に無理でしょ?」
「そうだね。でも、それは単なる噂に過ぎないんじゃなかったっけ?」
「状況が変わったのさ。単なる可能性から、確定的な未来に……ね」

 気不味そうに答えるアセナの言に「なるほどね。そう言う理由があったんだ」と納得を示す松平。

「でもさ、それなら そうと話してくれても よかったんじゃない?」
「……だけど、オレ達って そう言うことを話す関係じゃないだろ?」
「おいおい、冷たいこと言うなよなぁ。オレ達はダチだろ? ダチ」

 呆れたように言う松平にアセナは不思議そうな顔をして答える。本気で「ただのクラスメイトだ」と思っているのだ。

 だが、そんなアセナの肩を馴れ馴れしく抱きながら「ナニイッテンノ?」と言わんばかりに切り返したフカヒレの言葉に、
 思わずアセナは「え?」とマジレスしてしまう。つまり、それだけ「友達として認識されている」ことが意外だったのだ。
 とは言え、フカヒレが調子よく言っている可能性もある。そのため、アセナは念のために他のメンツを窺うことを忘れない。
 だが、その結果は「当たり前だろ」と言わんばかりに頷く光景だった。そう、みんなアセナを友達だ と認識していたのだ。

「…………ありがとう、みんな」

 思わず涙ぐみそうになるのを斜め上を見上げることで回避し、アセナは素直に礼を言う。
 経験した月日に差はあるが、精神は肉体に引っ張られるので精神年齢に差はない筈だ。
 腹黒くて計算髙いアセナであっても、気の置けない友情と言うものは嬉しいものなのだ。

「だから、本屋ちゃんに代わる美少女を紹介プリーズ!! あ、できれば、パイ○ンの可能性が高いコね!!」

 まぁ、最後の最後に感動をブチ壊してくれる辺り、さすがフカヒレ と言うべきだろう。
 思わず、脱力して「フカヒレェ……」と呟いてしまったアセナは悪くないに違いない。



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Part.02:オレの妹が こんなに可愛い訳がない?


『Hey!! ミーのリボルバーは天下一品だYO!!』
『HAHAHA!! オレのマシンガンが火を吹くゼ!!』
『Oh!! デモ、甘いYO!! ナパームの餌食YO!!』

 突然、「ナニイッテンノ?」と感じたことだと思われるが、これはゲームである。

 ちなみに、このゲームのタイトルは「GUNSLINGER GUY(ガンスリンガー・ガイ)」と言い、
 怪しい言語を操る似非外国人のガンマン達が熱きガンバトルを繰り広げるゲームである。
 格ゲーなのにガンマンしかいない と言う斬新過ぎるスタイルにコアなファンは多いらしい。

『Fu~~~!! ミーは海賊王になる男なのYO~~!!』

 マイケルが「YOU WIN」の文字をバックに、最早 何からツッコんでいいのかわからない勝鬨を上げる。
 ちなみに、マイケルとはアセナがプレイしていたキャラクターのことで、一人称がミーな金髪青年である。
 カウボーイのコスプレをしているのに貴族の様な八の字型の髭をして紅茶を啜っているのが非常に怪しい。
 言うまでもないが、対戦に勝利したこと自体は嬉しいアセナだが、内心では「マイケルうぜぇ」と思っている。

「くっそ~~。神蔵堂、お前ちょっと強過ぎだ。もっと手加減しろ、手加減」

 そして、例の如く対戦相手はフカヒレであり、負けたフカヒレが吐く台詞も御馴染みのものだ。
 ちなみに、フカヒレのプレイしていたキャラクターはスミスと言うマッチョな黒髭オッサンだ。
 サングラスにダークスーツと言うマフィアスタイルだが、下半身が海パンのみ なのが意味不明だ。

「まぁ、手加減するのは吝かじゃないけど……態と負けてあげるつもりはないよ?」

 フカヒレとアセナがゲーム勝負をした回数は通算で100回はくだらないだろう。
 いろいろな種類のゲームで勝負をしたしハンデも付けたが、アセナの全勝だった。
 そろそろあきらめるか、いい加減に勝ってもらいたいのがアセナの本音である。

「わぁってる!! 手加減してもらうのは有りだけど、負けてもらうのはオレの正義が許さない!!」

 拳を握って熱弁するフカヒレだが、アセナは内心で「どんな正義だよ」と冷ややかにツッコんでいた。
 もちろん、口にしないのは優しさだ。決して「ツッコむと面倒臭そうだから」と言う理由からではない。
 ところで今更かも知れないが、彼等がいるのは14話でも舞台となった麻帆良市内にあるゲーセンである。

「……お兄様、帰りが遅いので御迎えに上がりました」

 フカヒレが熱弁の勢いのまま「今度こそ勝ってやるぜ!!」と再戦を挑もうとしたところでタイミングよく邪魔が入る。
 邪魔をした声の主は、腰まで届く程の長さの黒髪をストレートにした大和撫子を思わせる雰囲気を纏った美少女。
 ちなみに、大和撫子と言っても木乃香の様に「のほほん」としているのではなく「凛としている」と表現すべきタイプだ。

 まぁ、敢えて言うならば、木乃香が茶道や華道ならば、この少女は日舞とか薙刀をイメージさせられる大和撫子なのだ。

「ん? ああ、迎えね。いやぁ、態々 来てもらっちゃって悪いねぇ」
「いえ、御気になさらないでください。買い物のついでですから」
「そうかい? でも、来てもらったことは嬉しいから、ありがとうね」
「……いえ、礼には及びません。当然のことをしたまでですから」

 会話だけではわかりづらいかも知れないが、先程この少女に『お兄様』と呼称されたのはアセナだ。

 そして、今も少女はアセナと親しげに会話しており、しかもアセナが『お兄様』と言う呼称にツッコんでいない。
 果たして、この少女は何者なのだろうか? もちろん、そう疑問に思った人間は その場にもいた。

「ちょおぉぉっと、待とうかぁああ!? って言うか、待てやコラァアア!!」

 そう、フカヒレである。気持ちを代弁してくれるような そのツッコミは、実に魂が篭もっている。まさに魂の絶叫だろう。
 いつものヘタレ臭を感じさせない その声は、某ヤサイ王子すら髣髴とさせる。「くっそぉおーーーーーっ!!!とか言いそうだ。

「どうした、フカヒレ? 急に大声を出したりして……遂に壊れたのか?」
「いや、『どうした』じゃないから!! って言うか、『遂に』とかヒドくね!?」
「え? 何で そんなにテンション高いの? 意味わかんないんだけど?」
「うるさい!! 黙れ!! この裏切り者!! 貴様にしゃべる権利など無いわ!!」
「いや、裏切り者て……本当に意味わかんないんだけど? 説明してくんない?」

 アセナは別に惚けている訳ではない。本当に「フカヒレが何を疑問に思っているのか」わからないのである。

「ほほぉう? それじゃあ、そのコは何だ!? お前は どれだけフラグを立てれば気が済むんだ?!
 って言うか、さっき神蔵堂のことを『お兄様』って呼んでいたけど……それは どう言うことだ!?
 まさかの『妹ブレイ』か!? リアルで『妹プレイ』を楽しんじゃっているのか?! このリア充め!!」

 フカヒレの言う『妹プレイ』が具体的に何を指しているのかは極めて謎だが、妹と言う部分に憤っていることだけはわかる。

「え? いや、でも、茶々緒は普通にオレの妹なんだけど?」
「はぁ? さすがに、そんな明らかな嘘には騙されないぜ?」
「え? いや、だって、このコは『オレの妹』の茶々緒だよ?」

 アセナは「何で疑問に思っている訳?」と思いつつ、田中達の方を見て田中達の反応を窺ってみる。

「そうだよ、フカヒレ。神蔵堂の『妹』の茶々緒ちゃんじゃないか?」
「え? いや、そうじゃなくて……何で普通に受け入れてんの!?」
「だって、茶々緒ちゃんは神蔵堂の似ていない『妹さん』じゃないか?」
「えぇ!? いや、神蔵堂って家族がいないんじゃなかったっけ?」
「はぁ? この前、生き別れた『妹』と再会できたんじゃないか?」
「うそーん!! オレ、聞いてないよ!! そんな話マジで初耳だよ!!」

 田中・松平・白井はフカヒレの様子に疑問符を浮かべながら「茶々緒がアセナの妹であること」をアッサリと肯定する。

「まぁ、オレも初耳だけど……三人が こう言っているんだから、そうなんじゃね?」
「え? いや、でもさ、何で三人には話してて、オレ達には話してくれてない訳?」
「あ~~、いや、その……悪い。話したつもりで話してなかったみたいだ、ごめん」
「……まぁ、勘違いは誰にもあるからしょうがないけど、これからは気を付けてくれよ?」
「そうだな。過ぎてしまったから今回は しょうがないけど、これからは忘れるなよな?」
「ああ、もちろん、わかってるよ。これからは『二人にも気を付ける』ことにするよ」

 宮元も疑問に感じていたようだが、多数決の論理に流されて否定を感じつつも肯定した。
 また、アセナが申し訳なさそうに謝罪をしたことで、フカヒレも どうにか納得したようである。

 ……まぁ、言うまでもないだろうが、「茶々緒がアセナの妹である」と言う認識は『認識阻害』によるものである。

 田中達には効いてフカヒレと宮元には効いていないのは、恐らく『魔法抵抗力』の違いだろう。
 体質的に『魔法抵抗力』が高い人間もいるので二人がそうだ とも考えられるが、アセナはそう考えない。
 アセナは「二人は『魔法関係者』であるから『魔法抵抗力』が高いのだ」と言う想定をしているのだ。

 よって、これからは『二人にも注意することにしよう』、アセナは そう決めたのだった。



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Part.03:こうして妹はデッチ上げられた


 少し時を遡って、5月18日(日)。例の『御茶会』の翌日のことだった。

「やぁ、急ニ呼び出して悪かたネ」
「いや、暇してたから別にいいよ」

 二人の会話から お分かりの通り、アセナは超から呼び出しを受けたため超の研究室を訪れていた。
 魔法世界云々の話は定期的に会合を開く予定なので、今回は その関係の呼び出しではないだろう。
 だが、呼び出すからには重要な用件である筈だ。それ故に、アセナは面倒だったが応じたのである。

 つまり、暇していた云々は社交辞令だ。なので「それよりも用件は?」と単刀直入に話を切り出す。

「実ハ、キミに紹介したいコがいてネェ」
「紹介したいコ? ……誰のこと?」
「それハ会ってからの お楽しみだヨ」

 超は含みのある笑顔で語ると「こっちダヨ」とアセナを研究室の奥へ誘う。

 超に「会ってからの お楽しみ」と言われたが、気になるものは気になるためアセナは移動しながら思考を繰り広げる。
 紹介したい と言うことは、超の関係者だろう。だが、ハカセと龍宮は修学旅行の対策をする時に面識を持っていた。
 敢えて超の関係者で未だに正式な面識がない人物を挙げるとすれば、四葉 五月(よつば さつき)くらいだろう。
 しかし、五月との顔合わせなら超包子でもできるため、研究室に呼び出す必要はない。つまり、五月ではない筈だ。

「……お初にお目に掛かります、主様」

 アレコレ考えながら超を追って研究室の奥へと進んだアセナが目にした人物は、シックなメイド服に身を包んだ長い黒髪の美少女だった。
 まぁ、身も蓋もなく説明すると茶々緒な訳だが、この時点では初対面であるためアセナは茶々緒が『誰』だか わかっていない。
 ここが超の研究室であること と少女の服装(メイド服)、そして恭しく頭を下げる所作から彼女が超謹製のメイドロボだとはわかったが。

 しかし、先程の呼称――まるでアセナを主と認識しているような『主様』は意味がわからない。一体、どう言うことなのだろうか?

「えっと、あるじさま? って、オレが このコの主ってことなの?」
「ああ、そうサ。キミ専用の護衛用メイドロボの『ちゃちゃお』だヨ」
「へ~~、オレ専用の護衛かぁ。しかし、何でメイドロボな訳?」
「じゃあ、逆に訊くガ……メイド以外で『妥当』な立場はあルのカネ?」
「……秘書とか? あ、でも、学生の傍だと違和感ありまくりだね」
「ネ? 学生の傍に侍ル者としてハ秘書よりハ メイドの方が妥当ダロウ?」

 護衛としての立場上、常に傍にいる必要がある。だが、護衛としてわかってしまうのは余りよろしくない。

 それ故に、常に傍にいても違和感がない立場として超はメイドが妥当だ と考え、メイドロボにしたようである。
 アセナには良い代案が思い付かなかったので、「それはそれでどうだろう?」と思いつつも文句が言えないのだ。

「まぁ、男の娘にすルのもアリだ とハ思ったんだがネ?」
「いや、それは全然アリじゃないよ? むしろ、アウトだよ?」
「ふト変な趣味ニ目覚められたらヤバいことに気付いてネェ」
「うわーい。話を聞き流されたうえ物凄い信頼感を感じるぜぇい」
「そんな訳デ、黒髪黒眼の大和撫子タイプ ニしてみたヨ!!」
「え? いや、どんな訳? いや、まぁ、嫌いじゃないけどさ」

 ちなみに、『ちゃちゃお』の容姿は茶々丸とは似ていない。あやかと木乃香を足して2で割った感じだ(ある意味でイヤガラセでしかない)。

「ちなみに、キミの好みなどを参考ニした結果、ツッコミキャラになってもらったヨ」
「あれ? オレの好みってツッコミキャラなの? 確かにツッコミは欲しいけどさ?」
「まぁ、キミの好みかどうかハわからないが、キミに欠けているものダ と判断したのサ」
「確かに、ツッコミがいれば嬉しいなぁって思うことは割と――いや、頻繁にあるねぇ」

 偶に自分で自分にツッコむのが虚しい時がある。そんな時にツッコんでくれたら確かに嬉しい。

「あ、そう言えば、茶々丸のデータから戦闘技能だけでなく家事技能も引き継いでルからネ?」
「おぉ、それは素直に有り難い。悪意のない茶々丸の料理や御茶を楽しめるのは嬉しい限りだよ」
「それと、『おはよう から おやすみ まで』の生活をサポートできルので『夜』も楽しるヨ?」
「何をサラッと下世話な話をしているのかね、君は? そこまで世話になる予定は無いよ?」
「まぁ、キミが『ちゃちゃお』ニ手を出したらネギ嬢が暴走すルのハ言うまでもないからネェ」

 暴走したネギが『何』を『どうする』のか? それは想像することさえ憚られるだろう。具体的にはXXX版にしか行けなくなる。

「まぁ、それはともかくとして……『主様』って呼称は どうかと思うんだけど?」
「ああ、『御主人様』の方がよかたカネ? それとも、『マスター』の方カネ?」
「いや、そうじゃなくてね? これ以上アレな評価が増えるのは避けたいんだけど?」
「なるほど。つまり、『ハーレム野郎は氏ねよやぁ!!』と言う評判ハ欲しくない ト?」
「平たく言うと そうなるね。専用メイドを囲っているとか、リア充も過ぎるでしょう?」

 まぁ、専用メイドを囲っているレベルになると「もはやリア充ってレベルじゃねーぞ!!」状態だろうが。

「では、どうすルのかネ? 護衛なのデ キミから遠ざけるのハ意味が無くなるヨ?」
「まぁ、そうだね。護衛が増えるのは喜ばしいことだから護衛自体は嬉しいんだけど……」
「……も、もしかして、今から『執事ロボ』ニ変えて欲しイとか言う気なのカネ?」
「いや、違うよ? 男に侍られてもムサ苦しいだけだからメイドロボで問題ないよ?」

 少し頬を染めて腐った思考(嗜好でも可)を展開し始める超。思春期だから仕方がないが、実に困った娘である。

「でハ、何を求めていルのかネ? そもそも、メイドじゃなくてモ女性であるだけデ不味いのでハ?」
「そうだね。つまり、女性でありながらオレの傍にいても問題にならない存在であればい いと思うんだ」
「はて? そんな都合のいい存在がいルのかネ? 婚約者がいル立場でハ難しいのではないかネ?」
「まぁ、婚約者(このちゃん)がいなければ恋人とかって偽れるよね。でも、そうじゃないんだよ」

 何故か男をプッシュして来る超に若干ヒきつつも、アセナは冷静に話を進めていく。

「ちゃちゃお には、『オレの妹』になってもらおう と思うんだ」
「……ふむ、なるほど。つまり、『妹プレイ』をしたいワケだネ?」
「いや、違うから。『妹として傍にいてもらう』だけだから」
「わかっているサ。『そう言う』属性も持っていルことくらいハ」
「いや、違うからね? そう言った意味の『妹』じゃないからね?」

 アセナの言葉を曲解したまま話を進める超。もちろん、態と曲解しているだけだ。

「だがしかし、キミと ちゃちゃおハ似ても似つかないヨ?」
「……まぁ、確かに、兄妹と言うには無理があるのは認めよう」
「では、どうすル気だネ? 証人や証拠でも『作る』のカネ?」
「いや、こう言う時こそ魔法を利用するべきじゃないかね?」
「魔法? ……なるほど、『認識阻害』を使う と言うことだネ?」

 急に話題が元に戻ったことに面食らったアセナだったが、「まぁ、オレの常套手段を使われただけか」と思い直し、普通に対応する。

 ここで「人の振りを見て我が振りを直そう」とか思わない辺りが実にアセナらしいだろう(直せと言いたい)。
 ちなみに、超が証人や証拠を『作る』と表現したのは、単に『捏造』をマイルドにしただけだ。深い意味はない。

「ああ、その通りさ。エヴァに頼めば一晩でやってくれるだろ?」

 エヴァのことを『ジェバンニ』みたいに言うアセナ。ネタか本気かわからない。
 まぁ、本当に一晩でやってくれたことに驚いていたのでネタの可能性は高いが、
 エヴァをドラ○もん扱いする時があるので、ネタ半分・本気半分なのだろう。

 実に どうでもいいことだが、実はドラ○もんが自宅警備員であることは気付いてはいけないことだろう。

「あ、ところで、これからは茶々緒って呼んでもいいかな?」
「ふむ? ……何故かね? 平仮名の方が可愛いと思うのダガ?」
「いや、平仮名だとスペースで括らないと文章に埋もれるでしょ?」
「なるほど。つまり、いちいちスペースで括るのが面倒なのだネ?」
「まぁ、それもあるけど、スペースが多くなると目障りでしょ?」
「……OK、わかたネ。そう言うことなら、茶々緒でOKだヨ」

 サラッとメタな会話をできることを鑑みると、アセナと超の間に血の繋がりを感じざるを得ない。

「と言う訳で、これからよろしくね、茶々緒」
「ええ、よろしくお願い致します、お兄様」
「……おにいさま? それ、オレのことかな?」
「ええ。私は『お兄様』の『妹』なのでしょう?」

 妹なのだから兄として呼称するのは当然だ。そう、茶々緒は凛とした態度で主張する。

 まぁ、「お兄ちゃん」とか「お兄たん」とかよりは、茶々緒のキャラに合ってる呼称だろう。
 少し萌が足りない気がしないでもないが、「お兄様」は「お兄様」でいい気がするのがアセナだ。
 そこはかとなく、某オコジョ(最近、出番がまったくない)を思い出すが、敢えて気にしない。

「そうだね。じゃあ、改めて……よろしくね、茶々緒」
「ええ、こちらこそ よろしくお願い致します、お兄様」

 こうして、茶々緒はアセナの妹としてデッチ上げられたのだった。



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Part.04:刹那に咲く此花を


 時間軸を戻して、5月21日。フカヒレ達と別れたアセナと茶々緒はエヴァの家を目指していた。

「実は、エヴァンジェリン様が御呼びだったのです」
「ああ、そうか。それで呼びに来てくれたんだね?」
「……帰りが遅いので、心配したのも本当ですよ?」
「うん、わかってるよ。茶々緒はいいコだってね?」

 アセナは穏やかに微笑むと、ナデナデと茶々緒の頭を優しく撫で回す。

「……お兄様。つまり、ナデポ狙いですね? わかります」
「いや、狙ってないよ? 普通に可愛がっただけだよ?」
「勘違いされやすいですから、これからは自重してください」
「なるほど。OKOK、これからは気を付けることにするよ」

 まぁ、茶々緒からの厳しいツッコミに慌てて撫でるのをやめるが。

 ちなみに、アセナが手を離した時、茶々緒が少し残念そうな表情をしていたが、それはアセナを釣るための振りだろう。
 そう、茶々緒のAIが茶々丸のAIを元に組まれたことを知らないアセナは、愛と言う名の忠誠心に気付いていないのだ。
 茶々緒の愛情表現がツッコミであることが原因であるが、相変わらずアセナが好意に対して鈍過ぎるのも大きな原因だろう。

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 ………………………………………………
 …………………………………………………………

 さて、そんなことがあったりしながらエヴァの家へ辿り着いた二人は、それぞれのホスト役に歓待を受けた。
 具体的に言うと、アセナはリビングでエヴァと会話をし、茶々緒はキッチンで茶々丸と御茶の準備をする感じだ。

 と言う訳で、まずはアセナとエヴァの会話から見てみよう。

「それで? 一体、何の用があってオレを呼び出したのかな?」
「そんなの近衛 木乃香と桜咲 刹那の件に決まっているだろう?」
「まぁ、そうだろうけど……寂しくて呼んだ可能性もあるでしょ?」
「あるか!! って言うか、寂しくとも貴様を呼ぶ訳があるまい!!」
「はいはい、ツンデレ乙。じゃあ、とりあえず、本題に入ろう?」
「ええい!! 私の話を聞け!! って言うか、誰がツンデレだ!!」

 アセナがエヴァをからかい、エヴァがそれに過剰反応する。いつも通り、二人は仲がいいようだ。

 もちろん、そこに恋愛感情は存在しない。そこにあるのは信頼だ。
 アセナはエヴァの魔法知識や戦力を、エヴァはアセナの悪知恵や政治力を、
 そう、二人は互いに欠けている部分を信頼し合っているのである。

 ところで、エヴァの「近衛 木乃香と桜咲 刹那の件に決まっているだろう?」と言う言葉には以下の様な背景がある。

 実はと言うと、超に茶々緒を紹介される前(5月18日)にアセナは木乃香へ魔法関係の説明を行っていたのである。
 話の流れでナギの記憶まで蘇らせてもらうことになったために いつの間にか話題の中心が掏り替わってしまったが、
 そもそもアセナがアルビレオの元を訪れたのは、木乃香と向き合うために欠けた那岐の記憶を欲したからなので当然だろう。

 そして、その結果、木乃香が「西を掌握できるようになったる」と決意するのは、アセナの性格を考慮すると自明のことだろう。

 詳しい経緯は省くが、歴史を交えて東西の関係を説明し、木乃香の立場が微妙であることを理解させ、
 更に、木乃香の魔力が東方随一であることから立場だけでなく資質でも重視さていることをほのめかし、
 敢えて「『東西を繋ぐ架け橋』にも『東西を崩壊させる鍵』にもなれる」と選択肢を限定することで
 木乃香に進んで前者を選択させて「オレは東を掌握するから」と西を掌握するように誘導したのである。
 ……説明と言うか、説得すらも通り越して誘導にしかなっていないが、実にアセナらしいと言えるだろう。

 また、魔法の説明(と言う名の誘導)だけでなく、刹那の事情説明もすることで二人の仲を取り持ったことも言うまでもないだろう。

 何故なら、二人の仲を取り持つことで「刹那が木乃香を守り易い環境(原作のような環境)」を作りかったからである。
 もちろん、刹那の「アセナを守りたい」と言う想いを蔑ろにするつもりはない。単に『別の守り方』をしてもらいたいのだ。
 刹那には「直接的にアセナを守る」のではなく「木乃香を守ることによって間接的にアセナを守ってもらいたい」のである。
 言い方は悪いが、木乃香はアセナの足枷になり兼ねないため、その木乃香を守ることはアセナを守ることに繋がるからだ。

 そう、既にエヴァやタカミチと言う護衛を持つアセナにとっては、アセナを守るよりもアセナの守りたいものを守ってくれた方が嬉しいのだ。

 本来なら、アセナの足枷にならないように(あやかと同様に)木乃香とも縁を切ればいいのだが、
 木乃香は魔法に関わらざるを得ない立場であるためアセナと縁を切ったところで安全にはならない。
 むしろ、アセナが囮になっている現状の様に、アセナと縁を保っている方が安全かも知れないのだ。
 故に、アセナは木乃香との縁を切れず、縁を切れないからこそ誰かに守ってもらう必要がある。
 それには――木乃香を守ってもらうには、木乃香と仲の良い刹那は適任だった。それだけの話だ。

 決して、木乃香と刹那の関係がギクシャクしているのが心苦しかったから ではない。それを気遣う余裕などない。多分、その筈だ。

 ちなみに、木乃香と刹那の関係は原作の様に仲睦ましいものに修復されたが、『仮契約』をするには至らなかった。
 アセナは このことを「まだ その時ではないからだろう」と判断したが、当然ながら的外れな判断でしかない。
 木乃香も刹那も互いを「幼馴染」や「友達」としか認識していない。原作の様に百合的な感情は持っていないのだ。
 原作知識からの思い込み と言うよりも、(繰り返しになるが)アセナの鈍さが遺憾なく発揮されているだけである。

「で? 二人に関する話って何かな?」

 エヴァをからかうことを堪能し切ったのか、アセナが真剣な面持ちでエヴァに問い掛ける。
 その切り換えの早さは評価すべきところなのだが、素直に評価したくないのが実情だ。
 エヴァとしては「切り換えるくらいなら、最初から真面目にやれ」と言いたいのだ。

 だが、言ったところで無駄なので、エヴァは軽く嘆息するだけで気持ちを切り替える。

「なに、少しばかり『あの二人を どうしたいのか?』が気になってな」
「……まぁ、二人には幸せに暮らして欲しい と思ってはいるけど?」
「そうではない。『魔法世界に連れて行く気なのか?』を訊いてるんだ」
「ああ、それなら、二人には関係ないことだから置いて行く予定だよ」

 原作を模倣するつもりはないが、アセナは夏休みを利用して魔法世界に行く予定を立てている。

 もちろん、ネギやエヴァのためにサウザンド・マスターを探すのが目的としている……訳がない。
 魔法世界の崩壊を『どうにか』するために、メガロメセンブリア元老院と『話し合い』に行くのだ。
 言うまでもないだろうが、超に協力するためではない。あくまでもアセナ自身の目的のためだ。
 と言うか、アセナが超のためだけに魔法世界を救済する訳がない。超の件はついででしかない。

 あくまでも、アセナは己の意思で魔法世界を救済しようとしている。そして、そのためにアセナは大切な人達を遠ざけたのである。

「桜咲 刹那が貴様を守ろう と必死になっていることは知っているな?」
「うん、当然さ。って言うか、そう仕向けたエヴァが それを言うのかい?」
「まぁ、それはともかく……それを知っていて尚 置いて行く と言うのか?」
「……うん。守ろうとしてくれるのは嬉しいんだけど、置いて行くよ」

 まったく悪びれた様子のないエヴァに、今度はアセナが軽く嘆息して気持ちを切り換える。

「あぁ、なるほど。つまり、直接的に『守る』のだけが『守る』訳じゃない……と言うことだな」
「その通り。せっちゃんには このちゃんを守ってもらうことでオレを守ってもらいたいんだよ」
「……だが、それだと近衛 木乃香が『貴様の足枷になっている』と気に病むのではないか?」
「確かにね。だけど、このちゃんには このちゃんにしか できないことをやってもらう から大丈夫だよ」
「ほぉう? 小娘が貴様のために魔道具作成をしているように、近衛 木乃香に西を抑えさせる気か?」

 口元を歪めて楽しそうに問い掛けるエヴァに対して、アセナは口端を吊り上げて「もちろん」と答える。

 これは余談となるが、木乃香も刹那も現在は『別荘』で修行中である(それぞれ魔術と剣術と言う違いはあるが)。
 ちなみに、木乃香は西洋魔術をエヴァから習い、東洋魔術を西から派遣された人物(詠春の紹介)に習っている。
 また、刹那は『別荘』内では自主トレをしているが、ネギ印の『転移符』で京都へ行って鶴子に師事してもいる。

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 さて、視点を変えて、今度は茶々緒と茶々丸の会話を見てみよう。

「……そんなに睨まなくても、キチンと神蔵堂さんを御持て成ししますよ?」
「そうですか? 貴女は お兄様を快く思っていないのではないですか?」
「ええ、神蔵堂さんは不快な存在です。ですが、一応は客人ですからね」
「…………わかりました。貴方のメイドとしてのプライドを信じましょう」

 茶々緒は茶々丸を警戒し、茶々丸はそれを巧みに躱わす。メイドの戦場はキッチンなのである。

「ところで、話は変わりますが……私のことを『お姉様』と呼んでくださらないのですか?」
「……茶々丸さんとチャチャゼロさんは、エヴァンジェリンさんの従者同士だからでしょう?」

 茶々緒の言う通り、茶々丸がチャチャゼロを『姉』として認識しているのは「エヴァの従者同士」だからだ。

 ここで「従者同士なら先輩・後輩関係なんじゃねぇの?」と思われるかも知れないが、
 チャチャゼロと茶々丸は ただの従者ではないため、先輩・後輩関係にならないのである。
 二人は『ドール契約』による従者であるため、互いを『姉妹』と認識しているのである。

「まぁ、そうですね。ですが、貴女は私の後継機なのでしょう? ならば『姉妹』でもいいのではないですか?」

 もちろん、茶々丸は茶々緒に『姉』として認識されたいから言っているのではない。
 茶々緒に『姉』と呼ばせることによってアセナを追い込みたいから言っているのである。
 つまり、茶々緒の『姉発言』を第三者に聞かせ、アセナと茶々丸の関係を疑わせたいのだ。

 当然、その意図に気付いている茶々緒は、アセナを守るために断固として阻止する。

「……それならば、『母』の方が正確ではないでしょうか? お母様?」
「…………確かにそうですね。いやぁ、なかなかやりますねぇ、小娘」
「ええ。新しい と言うことは『進化している』と言うことですからね」

 茶々丸も女性である。この年(生後1年くらいだが精神的には乙女)で『母』と認識されるのは快くない。

 しかし、茶々緒が茶々丸の『後継機』である以上、茶々丸は茶々緒の「母も同然」なのである。
 姉妹機ではなく後継機であると言うことは「世代が違う」と言う証左で、姉妹よりも母娘なのだ。
 それらを把握したうえで茶々丸を『母』呼ばわりしている茶々緒は、実にアセナの『妹』らしいだろう。

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 再び視点をアセナとエヴァに戻そう。

「……ところで、二人を連れて行かないにしても、説明くらいはすべきだと思うぞ?」
「う~~ん、まぁ、それはオレも同感なんだけどね? でも、薮蛇になりそうじゃん?」
「確かにな。事情を知れば、お前を手伝おうとして首を突っ込んで来そうではあるな」
「でしょ? だから、『ちょっとウェールズに行って来る』って感じでいこうと思う」

 アセナの出生や魔法世界については説明したが、魔法世界の崩壊やら その対策やらについてはまったく話していない。

「ほぉ? 婚約者に『別の女との旅行』を宣言するとは……なかなかに剛毅なことだな?」
「いや、別の女って言われても、ねぇ? 一緒に行く女性ってネギとエヴァなんだよ?」
「ほほぉう? 小娘はともかくとしても私を女として扱わないとは……いい度胸だな?」
「あ、いや、その……だってさ、常識的に考えて、身体的に女として見ちゃ不味いだろ?」

 不機嫌オーラを立ち上らせるエヴァに「ヤバい、しくじった!!」と感じたアセナは言い訳になっていない言い訳を行う。

「ハッ!! ロリコンのクセに何を常識人ぶっているんだ?」
「ロ、ロリコンちゃうわ!! 幼女も愛でられるだけだわ!!」
「……改めて考えると、貴様は どうしようもない変態だな」
「冷めた目で見ちゃダメ!! 冷静になって考えるのもラメェエ!!」

 その結果は散々の一言に尽きる。アセナの心には深いダメージが残ったみたいだ。

「はぁ……とにかく、説明の仕方によっては修羅場になる恐れがあるから気を付けろよ?」
「その点は安心して。世の中には『記憶操作』と言う素晴らしい魔法があるんだから」
「いや、サラッと記憶を弄ろうとするな!! って言うか、それは最終手段だろうが!!」
「まぁ、使わないに越したことはないけどね。でも、使うことも辞さないってことさ」
「……つまり、それだけ二人を魔法世界のゴタゴタに巻き込みたくない訳だな?」
「さてね? オレが言えることは、関係のない人間は巻き込みたくないってことだけだよ」

 冗談に混ぜられた微かな本音。アセナは大切な者を守るためならば汚名を被ることも厭わないのである。

「そう言うことならば、貴様の意思を尊重してやる。だが、一つだけ言わせろ」
「ん? もしかして、愛の告白? 残念ながら受け入れることはできないよ?」
「いや、そうではない。『関係ないのは貴様も同じだろう?』と言いたいだけだ」
「……神蔵堂ナギとしては、ね。だけど、『黄昏の御子』としては関係があるよ」

 軽口で誤魔化そうとしたアセナだったが、エヴァは気にせずに『嫌な部分』に切り込んで来る。

「確かに そうかも知れんな。だが、貴様には『黄昏の御子』としての記憶などないのだろう?」
「だけど、関係があることを知ってしまったんだ。だから、もう見て見ぬ振りはできないんだよ」
「何故だ? 王族と言っても貴様は道具として扱われていたのだぞ? 義理も糞もないだろう?」
「立場は関係ないよ。単に、ここで見捨てたらオレはオレらしく生きられなくなってしまうだけさ」
「…………はぁ。バカだバカだとは思っていたが、ここまでバカだったとはな。この大バカめ」

 アセナの言葉に理解を示したのか、エヴァはバカバカ言いながらも反論をあきらめたようだ。

「ふぅ、わかったよ。二人のことは任せろ。最悪、『別荘』に監禁して置く」
「ありがとう、エヴァ。オレのバカバカし過ぎる我儘に付き合ってくれて」
「フン、貴様を守る契約をしているからな。その延長として仕方なく、だ」
「そうだとしても、感謝させて欲しい。本当に ありがとう、エヴァ……」

 照れたエヴァはアセナから視線を外していたので気付かなかったが、アセナは感謝の余り少しだけ涙ぐんでいたらしい。



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Part.05:魔法関係者達の事情


「どうやら、お待たせしてしまったようですね、瀬流彦先生」

 エヴァとの話し合いを終えたアセナが訪れたのは、世界樹広場に座す移動屋台――超包子。
 敢えて説明すると、超の経営する「早い・安い・旨い」の三拍子が揃った中華専門店だ。

 で、アセナのセリフから おわかりの通り、アセナが声を掛けたのはテーブル席に座る瀬流彦だった。

「いや、別に気にしないでいいよ。急に呼び出したのはボクだからね」
「まぁ、それもそうですね。それで、どのような御用件でしょうか?」
「いや、納得するの早過ぎない? もうちょっと社交辞令を続けようよ?」
「ですが、面倒――もとい、時間の無駄ですので本題に入りません?」
「……そうだね。キミと無駄な会話をすると無駄に疲れそうだからねぇ」

 アセナの正直過ぎる物言いに苦笑しつつも皮肉で返すと、瀬流彦は軽く咳払いをして『認識阻害』を張る。

「実は、この前の返事をしようと思って呼び出したのさ」
「ああ、受けてくれるんですね。ありがとうございます」
「え? いや、まだ受けるとも何とも言ってないよ?」
「え? 断る場合は態々 呼び出したりしないでしょう?」
「なにそれこわい――じゃなくて、まぁ、その通りだね」

 二人で共通認識となっている『この前』とは、アセナが瀬流彦に共犯を持ち掛けた件のことだ(33話参照)。

 ちなみに、アセナが瀬流彦の答えを聞く前に判断を下した理由は二人の言葉にある通りだ。
 通常の話ならともかく、この話を断るためにアセナを『超の店』に呼び出す訳がないのだ。
 まぁ、アセナと超の関係を気付いていないなら話は別だが、気付かない程度なら敵にすらならない。

 ……どうでもいいが、どうでもいいネタをチョコチョコ挟む辺り、瀬流彦はアセナと同類なのかも知れない。

「あ、ところで、『担当』って変更できるんですか?」
「ん? つまり、ボクにキミを『担当』しろってこと?」
「ええ。そちらの方が『何かと』都合がいいでしょう?」
「まぁ、そうだけど……残念ながら、それは無理だねぇ」

 ちなみに、二人の言う『担当』とは、魔法先生が魔法生徒を指導する分担のことを指している。

「そうですかぁ。あ、ちなみに、無理な理由を尋ねてもよろしいですか?」
「構わないよ。ボクが『至らない』って言う、隠す程の理由じゃないから」
「至らない? 別の意味での『魔法使い』に至らない と言うことですか?」

 まぁ、言うまでもないだろうが、「別の意味での魔法使い」とは「童貞を30歳まで守り通すこと」を指している。

「いや、そうじゃなくて……まだ人の面倒まで見られないのさ」
「……そう言えば、瀬流彦先生ってまだ教師2年目でしたっけ」
「うん、まだまだ人の面倒を見られる余裕なんてないのが現状さ」

 サラッと童貞云々を受け流す瀬流彦に対し、「ど、童貞ちゃうわ!!」と言うリアクションして欲しかったアセナは もう後戻りできないかも知れない。

「それに、麻帆良の規定で『担当』を持てるのは3年目からだし」
「なるほどぉ。それなら、『特例』でもない限り無理ですねぇ」
「……神蔵堂君? 間違っても『特例』を造ろうとしないでね?」

 アセナの言葉に「コイツ、『特例』を捏造する気じゃねーだろうな?」と勘繰る瀬流彦は間違っていない。

「ハッハッハ!! 大丈夫ですよ。『オレに』そんな権力はありませんから」
「いや、キミの場合、キミに権力がなくても学園長を唆すでしょ?」
「ハッハッハッハッハ!! 何を言ってるんだが、サッパリわかりませんねぇ」

 高らかに笑って誤魔化そうとするアセナに瀬流彦は溜息を吐くことしかできない。どうやら、あきらめることにしたようだ。

「まぁ、それはともかく……しばらくは神多羅木先生で我慢して置きますよ」
「どうやら、グラヒ――ゲフンゲフン、神多羅木先生の指導は厳しいようだねぇ」
「そうですね。厳し過ぎて、最早オレを目の敵にしている気がするくらいですね」
「ああ、あの人の場合、それは期待してるんだよ。いい意味でも悪い意味でも……」

 明らかな話題転換だが、気分を変えたい瀬流彦はそれに付き合う。まぁ、何故か瀬流彦は会話の途中で遠い目をし始めるが。

「その反応からすると……もしかして、瀬流彦先生もアレの被害者だったりするんですか?」
「まぁ、あのヒゲ野郎――じゃなくて神多羅木先生には学生時代からイビられてるだけだよ?」
「へー、そーなんですかー。つまり、瀬流彦先生が魔法生徒だった頃からの話ですね?」

 さっきから神多羅木に対する呼称が随分ヒドいが、それだけ思うところがあるのだろう。そうアセナは判断し、生暖かく瀬流彦を見守るのだった。

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 これは、瀬流彦が まだ中学生だった頃、時間軸にすると10年近く前の話だ。

「瀬流彦、『始動キー』は決めたのか?」
「それが決め兼ねている状態でして……」

 魔法を詠唱するうえで重要となる『始動キー』の設定を考案していた瀬流彦に神多羅木が話し掛ける。

 ネギやアーニャの場合、メルディアナ魔法学校を卒業した時(10歳程度)には決まっていたため、
 それと比べると、中学生になっても まだ決まっていない瀬流彦は遅いと言えば遅いことになる。
 だが、『始動キー』は再設定が困難であるため、慎重に決めたい瀬流彦の様な人間は少数派ではない。
 それに、高位の魔法でもない限り、練習用の『始動キー』でも問題なく発動するため、
 高位の魔法を使う機会がない瀬流彦には、無理して早めに決める必要性がなかったのである。

 とは言っても、いつまでも練習用の『始動キー』では格好が付かないので、瀬流彦は決め兼ねていた訳だ。

「そうか。じゃあ、オススメのものがあるんだが?」
「先生のオススメですか? それ、どんなのですか?」

 神多羅木の性質の悪い冗談を経験していた瀬流彦だったが、この頃は まだ純粋だった。それ故、素直に訊いてしまったのである。

「『ザーザス ザーザス ナーサタナーダ・ザーザス』と言う呪文さ」
「あ、いいですね、それ。覚えやすいうえに唱えやすいです」
「そうだろう? しかも、由緒正しい呪文だから、効果も期待できるぞ」
「ためになる助言をしていただき、ありがとうございます、先生」

 繰り返しになるが、この時の瀬流彦は純粋だった。そのため、元ネタを知らなかったのである。

 それに、煮詰まっていたせいもあって、瀬流彦は神多羅木の『助言』を素直に受け入れてしまった。
 しかも、あろうことか、神多羅木の教えた呪文をそのまま『始動キー』にしてしまったのである。

 ちなみに、瀬流彦が『黒の聖書(元ネタ)』を知ったのは、随分と後になってからのことである。

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「な、何て愉快な――じゃなくて、何て切ないエピソードなんでしょうか!!」

 瀬流彦の過去を聞いたアセナは、笑いたいのを必死に堪えて義憤に燃えている振りをする。
 いくらアセナでも本人の前で笑うことはできない。腹筋が引き攣っているが、これは怒りの震えだ。

「神蔵堂君? ボクも他人事なら笑うから大きくは言えないけど……ちょっとヒドくない?」
「って言うか、それなら『始動キー』を変えればいいだけですよね? もう笑い話でしょ?」
「それが『始動キー』を変えるには、いろいろと制約があってね。そう易々とは変えられないんだよ」
「え? もしかして、今でも『ザーザス(以下略)』って『始動キー』のままなんですか?」
「ふふふふふ……その件については基本的に無詠唱魔法しか使わないことで察して欲しいなぁ」

 光を灯さない瞳で遥か彼方を見ている瀬流彦に「ヤバッ!! 地雷 踏んだ!!」と判断したアセナは速攻で話題を変えることにする。

「え、え~~と、話は変わりますが……ちょっと訊きたいことがあるんですけど、よろしいでしょうか?」
「うん? ボクの給料かい? 仕事量の割には低いよ? まぁ、使う暇がないから溜まる一方だけど」
「まぁ、それはそれで気になることですけど、訊きたいのは そのことじゃなくて、魔法関係のことです」
「ふぅん? 魔法関係、ねぇ? キミが知らない情報でボクが知っている情報なんて、あるのかなぁ?」

 正気を取り戻しつつある瀬流彦だが、いつも以上に毒が篭もった言葉から察するに傷は深いようだ。

「そんなのたくさんありますって。特に、他の魔法生徒のことは全く知りませんし」
「あれ? でも、他の関係者とは修学旅行の時に顔合わせしたんじゃなかったっけ?」
「それは、女子中等部の3-Aに関係のある人だけですよ。他の関係者は基本的に不明です」
「なるほどぉ。教えてもらえないと言うことは、自分で情報を集めろってことだろうねぇ」
「ええ、学園長先生の思惑はそうですね。ですから、『ちょっと訊きたい』んですよ」
「……OK。単に教えるのはアウトだけど、質問に『応える』のならセーフだからねぇ」

 普通の魔法生徒なら無条件で教えられるだろうが、アセナの場合は普通ではない。アセナの立場上、自力で情報を収集しなければならないのだ。

「じゃあ、フカヒレと宮元って弐集院先生の担当生徒でいいんですか?」
「……フカヒレ君が鮫島君のことなら、その問いを否定できないなぁ」
「ああ、やっぱり。何か、『らしい』っちゃ『らしい』ですよねぇ」
「まぁ、そうだねぇ。担当関係は師弟関係も兼ねることが多いからね」

 アセナには訊きたいことがいろいろあったが、「まずは確認して置きたいことからにしよう」と先程の疑惑を解決することにしたようだ。

「なるほどぉ。あ、ところで、担当する生徒って二人だけなんですか?」
「まぁ、二人であることは多いね。だけど、別に人数は決まってないよ」
「へ~~、そうなんですかぁ。ちなみに、弐集院先生の場合は二人だけですか?」
「ううん、もう一人いるよ。女子中等部の夏目 萌ちゃんってコだったかな?」

 ちなみに、夏目 萌(なつめ めぐみ)とは、原作の学園祭で出て来た眼鏡っ娘のことである。今のところ、アセナとの面識はない。

「なるほど、ありがとうございます。ですが、少し喋り過ぎだと思いますよ?」
「おぉっと、ついウッカリ喋り過ぎちゃったね? でも、真偽は確かめてね?」
「ええ、わかっていますよ。その必要はないでしょうけど、一応は確かめて置きます」

 瀬流彦が虚偽の情報をアセナに教えるメリットはない。だが、人の話を鵜呑みにすることは危うい。何事も確認は重要だ。

「で、次は刀子先生のことなんですけど……担当生徒って、せっちゃん とタツミーですよね?」
「キミの言う『せっちゃん』が桜咲君のことで『タツミー』が龍宮君のことなら、頷くしかないね」
「ああ、やっぱり。戦士系の生徒は戦士系の先生が担当している気がしたんですよねぇ」
「さっきも言ったけど、師弟関係も兼ねるからね。基本的には似た傾向で担当が組まれるのさ」
「……ですが、チームとして考えると、似たり寄ったりのメンバーって不味くないですか?」
「一理ある意見だけど、有事の際に生徒の手を借りるのは稀なことだから、特に問題はないよ」
「ふむ、基本的には先生同士でチームを組んで事に当たるんですね? なら、心配は無用ですねぇ」

 警備などは担当区分でチームを組んでいるが、それは簡単な警邏でしかない。
 緊急事態でもない限り、有事の際は先生が非常召集されて事に当たるのである。

 その意味では、原作で起きた学園祭での超の事件は異例中の異例だったのだろう。

「あ、そう言えば、神多羅木先生の担当生徒なんですけど、オレ以外っているんですか?」
「さぁ? あの人、秘密主義と言う名のハードボイルドを気取る痛い中年だからわかんないや」
「実に悪意しか感じない説明ですが、そのことについては激しく同意して置きます……」

 瀬流彦の説明に少し引くアセナだが、瀬流彦の気持ちもわかるので同意して置く。

「あれ、絶対にマフィアとか意識してるよね? って言うか、教師ってアレでいいのかなぁ?」
「まぁ、それはタカミチにも言えますけど。って言うか、魔法先生って教職をナメてません?」
「そうそう。その分、一般の先生達に皺寄せが行っている と言う悲しい現実に気付いてないし」
「そんなんで『世のため人のために頑張ってます』とか言われても白けるだけですよねぇ?」
「まったく以て その通りだよ。そんなことを言うなら、まずは教師をやめろ と言いたいね」
「そうですよ。適当な指導をされる生徒としては、ちゃんとした教師が欲しいですからね」

 二人とも普段の生活で思うところがあるのだろう。二人の愚痴は止まらない。

「そもそも!! 魔法使いと教師を両立させられる とか勘違いしちゃっていることが問題なんだよ!!」
「しかも、給料は教師分しか出ないんですね? そりゃあ、モチベーションも下がりますよねぇ」
「せめて、危険手当と時間外労働手当をくれ と言いたい。休日返上して警備とかマジ意味わかんない」
「麻帆良には普通の警備員もいますからねぇ。彼等の人件費を当てて欲しいところですよねぇ」
「その通り!! と、言う訳で、ぬらりひょん――じゃなくて学園長に直談判してくれないかな?」
「わかり――じゃなくて、そう言うのは他の魔法先生と共闘してストライキでもしてくださいよ」

 だが、いつの間にか話の流れが変わっており、アセナは危なく勢いで頷くところだった。瀬流彦は なかなかの策士であるようだ。

「残念ながら魔法使いに労働基準法は適用されないんだ。って言うか、魔法使いって職業じゃないんだ」
「まぁ、確かに職業ではないですよね。と言うことは、資格ですか? それとも、生き様ですか?」
「ここで『もちろん、生き様さ』とか言えたら格好いいんだろうけど……あきらかに資格だねぇ」
「ですよねぇ。って言うか、そんな瀬流彦先生だからこそ、オレは味方に引き込んだんですけどね」
「ありがとう。って言うか、直談判の件は流れたのかな? けっこう、切実な問題なんだけど?」

 アセナは話の流れを変えて誤魔化そうとしたのだが、瀬流彦は流されてくれなかった。目がマジなので、本当に切実なのだろう。

「つまり、彼女を作る暇もなくてマジで『魔法使い』になりそうでヤバいんですね? ……わかります」
「ど、童貞ちゃうわ!! ……って言えば満足かい? 満足したなら、直談判の話に戻りたいんだけど?」
「……地味に心が抉られたんで、続けます。つまり、風俗に行くのに お金が欲しい訳ですね?」
「引っ張るねぇ。って言うか、マジレスすると、両方の仕事のせいで そんな暇すらないんだけど?」
「それは大変ですね。そんな多忙な先生には、『強く生きてください』と言う言葉を お送りします」
「え? 散々 引っ張った挙句、最終的には『それ』で まとめられちゃうの? ちょっとヒドくない?」

 アセナは別に直談判をしたくない訳ではないのだが、今は近右衛門に借りを作りたくないので我慢してもらいたいのである。

「さて、話題を変えて……わかりきっていることですけど、タカミチの担当ってネギですよね?」
「うわぁ、本当に話題を変えて来たよ。ボクの望みを切り捨てて自分の望みを押し付けて来たよ」
「さて、話題を変えて……わかりきっていることですけど、タカミチの担当ってネギですよね?」
「何て鮮やかなスルーなんだ!! って言うか、わかりきっているなら訊かなくてもいいじゃん!!」
「さて、話題を変えて……わかりきっていることですけど、タカミチの担当ってネギですよね?」
「え? あれ? もしかして、無限ループ? お気に召す返事をしないと終わらないってオチ?」
「さて、話題を変えて……わかりきっていることですけど、タカミチの担当ってネギですよね?」
「…………うん、そうだよ。って言うか、高畑先生を そう呼べるのはキミとエヴァたんだけだねぇ」

 ループを繰り返すたびに不機嫌になっていくアセナの様子に耐え切れなくなった瀬流彦は、四度目で遂に折れた。

「まぁ、そう言う関係ですからねぇ。って言うか、エヴァ『たん』と言う呼称は どうかと思いますよ?」
「べ、別にいいじゃないか!! 『金髪ツンデレ幼女は正義だ!!』と思うのは、ボクだけじゃない筈だ!!」
「確かに仰る通りです。ですが、必ずしも金髪ツンデレである必要はありません。幼女は それだけで正義です」
「そうだね、金髪もツンデレも重要なファクターであるけれど、幼女と言うファクターは不可欠だね」
「わかっていただけて何よりです。まぁ、そうは言っても、ココネはオレの妹ですから渡しませんが」
「フッ、そんなのわかっているさ。エキゾチックな雰囲気もイイけど、エヴァたんには勝てないしね」

 もしかしたら、瀬流彦は理性と言う大切なものも折ってしまったのかも知れない。アセナと同レベルの紳士振りを発揮してしまったのだから。

「……見た目だけなら甲乙付け難いですが、エヴァはババァですからねぇ。ココネには勝てませんよ?」
「ほぉう? キミは合法ロリと言う人類の見果てぬ夢が実現した奇跡を理解していないようだねぇ?」
「へぇ? 先生こそ表面に騙されると言う愚行を犯していることに気が付いていないようですねぇ?」
「ハッ!! エヴァたんの可愛さに気付けないなんて……キミこそ表面しか見ていないんじゃないかい?」
「ハッハッハ!! ツンデレなので偶に見せるデレは御褒美ですが、それでもココネのクーデレには勝てませんよ?」
「クックック!! デレを御褒美とは……青いねぇ!! ボクのような紳士にはツンこそが御褒美だと言うのに!!」

 傍から見れば「お前ら同じ穴の狢だよ」と言うべきところだが、彼等の中では何かが違うみたいだ。

「あ、すいません。イキナリ素に戻るのは卑怯かも知れませんが……ちょっと冷静になりませんか?」
「ちょ、ちょっと!! イキナリ素に戻らないでよ!! ボクが物凄く可哀相な人に見えちゃうじゃないか?」
「ですから、前以て謝ったじゃないですか。って言うか、『可哀相』なのは事実じゃないですか?」
「キミはナチュラルに失礼だよねぇ。って言うか、それを言うならキミも同レベルで『可哀相』だよ?」
「まぁ、それは自覚してますんで、最早 気になりませんよ。むしろ、『それがどうした?』って感じです」
「…………キミって変態な大物なのか、それとも単なる変態なのか、非常に判断に迷う人間だよねぇ」

 少なくとも変態であることは間違いないため、瀬流彦の表現は間違っていないだろう。



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Part.06:裕奈の策略


「もぉ、遅いぞ、ナギっち!!」

 サブタイトルと先のセリフでお分かりだろうが、アセナに話し掛けて来たのは元気の代名詞、裕奈である。
 ちなみに、あの後はアセナと瀬流彦が変態トークを心行くまで繰り広げただけなので特筆すべきことはない。
 で、アセナが瀬流彦と別れて帰宅したら、何故か男子寮の入口で裕奈が待ち構えていた……と言う訳である。

「……何か用があるのかな、ゆーな?」

 別に約束をした訳でもないのに御立腹な裕奈に、アセナは襲い来る頭痛に耐えながら訊ねる。
 内心では「勝手に待ってたのは そっちじゃん」と思っているが、決して表には見せない。
 実に大人な対応だが、そんな対応ばかりしているから相手に勘違いされることに気付いていない。

「もちろん!! って言うか、用がなきゃ待ち伏せなんてしないっしょ?」
「って言うか、待ち伏せそのものをしないでもらいたいんだけど?」

 あっけらかんと「当たり前でしょ?」と言わんばかりに答える裕奈に、苦笑を浮かべてツッコむことしかできないアセナ。

「で、用って言うのはね?」
「うん、サラッと流されたね」
「で、用って言うのはね?」
「……OK。それで、用件は?」

 無限ループは自分でもよくやるので このままでは話が進まないと判断し、アセナは素直に折れる。

「うん、用って言うのはね、実は亜子のことでね――って言っても、別に亜子に頼まれた訳じゃないよ?
 これはあくまでも私の独断だからね? そこら辺を勘違いして亜子を誤解しちゃダメだからね?
 って、そうじゃなくて……え~~と、とにかく!! 最近、亜子に冷たいんじゃないかなって思うんだけど?
 これって、単なる私の勘違い? それとも私の勘違いなんかじゃなくて、本当に冷たくしてるの?
 もし、冷たくしてるんだったら……納得の行く説明をしてくれないと、下着をはだけて大声出すわよ?」

 何気に酷いことを言っている裕奈だが、亜子のことを心配しているのがわかるので責める程でもないだろう。

「まぁ、亜子に冷たくしている可能性は否めないかな?」
「へぇ、自覚はしてるんだ? じゃあ、その理由は何よ?」
「端的に言うと『このちゃんと正式に婚約したから』だね」
「そっかぁ。木乃香と正式に婚約したのか――って、マジ!?」
「うん、大マジ。修学旅行の時にね、正式に決まったんだ」

 自分に非があることを認めているため、アセナは下手な言い訳などせずに直球で理由を説明する。

 まぁ、魔法関係を伏せているので直球とは言えないが、魔法関係を説明する訳にはいかない。
 原作の様に裕奈達を魔法世界に巻き込むことはないだろうから、余計に魔法関係は話せない。

 とは言っても、魔法関係を話したところでアセナが亜子と疎遠になろうとしている理由は説明できないが。

「そ、そー言う大事なことは もっと早く言いなさいよ!!」
「いや、ゆーなに言わなきゃいけない義務はないんじゃない?」
「私にじゃなくて亜子によ!! その意味くらいわかるでしょ!!」
「……でも、亜子からハッキリと言われた訳でもないんだよ?」

 亜子から好意を受けていることは間違いない。だが、だからと言って「その好意は受け取れない」とか言うのもおかしいだろう。

「そ、それなら、私を通して伝えるようにすればいいじゃん!!」
「まぁ、そうだね。その意味では、オレが悪かったね。ごめん」
「え? いや、その……って言うか、謝られても困るんだけど?」
「いや、配慮が足りなかったのは事実でしょ? だから謝らせて」

 アセナの素直な態度が想定外だったのか、裕奈はスッカリ怒気が抜かれてしまったようだ。

「……まぁ、そう言うことなら、その謝罪を受け取ることにするよ。
 あ、でも、だからと言って、さっきのことを許す訳じゃないよ?
 キッチリと亜子に謝ってからでないとナギっちを許さないからね?」

 とは言え、簡単に許す訳には行かない。理由はどうあれ、アセナの態度が亜子を傷付けたのは事実だからだ。

「うん、わかっているよ。だから、早速――」
「――待って!! 学園祭までは待ってあげて!!」
「え? 何で? こう言うのは早い方が良くない?」

 早速、電話をして亜子に事情を説明して謝罪しようとしたアセナだったが、裕奈が それを阻む。

「せめて、学園祭で思い出を作ってあげてからにして欲しいんだ」
「う~~ん、ヘタに優しくしない方が あきらめやすいんじゃない?」
「それはナギっちの考え方でしょ? 亜子には思い出が必要なの!!」
「……まぁ、オレには乙女心などわかんないから、ゆーなに従うよ」

 裕奈の言葉に首を捻るアセナだったが「私が言うんだから間違いない!!」と豪語する裕奈に従うことにしたようだ。

「じゃあ、知ってるだろうけど……亜子、ライブに出演する予定なのよね?
 だから、そのライヴに行ってあげて、で、ライヴ後にデートしてあげてね?
 あ、思い出を作るためだからってエッチなことをしたらマジで殺すからね?」

 大人しく従うアセナに畳み掛ける様に言葉を連ね、更にライヴのチケット渡す裕奈。

 チケットを準備している辺り実に準備がいいと言えるが、本来の用件は「こっち」だったのだろう。
 恐らくアセナが亜子に冷たいことを責めて、それを理由にライヴに行かせる予定だったに違いにない。
 その予定は脆くも崩れ去ったが、それを『思い出作り』に利用しよう と切り換える辺りは さすがだ。

 残念なことに、その内心で「ええい!! 世界樹伝説を信じるしかない!!」とか考えてはいるが。

 そう、亜子に思い出を作ってもらいたいのも事実なのだが、アセナとくっ付けるのをあきらめていないのも事実なのである。
 ライヴ後のデートでうまいこと世界樹の付近に誘い込んで告る……これが、木乃香との婚約を聞いてから組み上げた予定だ。
 まぁ、最初からライヴ後のデートは考えていたし、雰囲気がよければ告らせる気でいたので、予定を一部変更しただけだが。
 それでも、絶望的な状況にある中で僅かな希望(怪しいことこのうえない世界樹伝説)を思い出し利用するのは さすがだろう。
 ただ、残念なことに(アセナの施す処置によって)僅かな希望である世界樹伝説は潰えるため、その策略は無駄に終わるのだが。

 ちなみに、何故に裕奈がこ こまでアセナと亜子をくっ付けようと努力しているのか と言うと……
 亜子とくっ付いてくれなければ裕奈がアセナをあきらめられないから なのだが、それは永遠の秘密だ。


 


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オマケ:正当な褒賞


「ふふふふふ♪ 早く土曜日にならないかなぁ♪」

 麻帆良学園内にある女子寮の一室にて、ちょっと――いや、かなり不気味な空気を纏う少女がいた。
 いや、その少女は少女と言うには語弊があるかも知れない。むしろ、幼女と言うべきかも知れない。
 ここまで語れば、それが誰かなど語る必要はないだろう。そうだ、最近 出番のなかったネギである。

「えへへへへへ♪ たっのしみだなぁ♪」

 何故にネギがここまで『ご機嫌』なのかと言うと、土曜日にアセナとデートすることになっているからである。
 アセナの英雄的行為に乾杯をしたくなるが、これには深い――とまでは言い切れない程度の深さの訳がある。
 実は、アセナはネギに『魔力蓄電池』を依頼しており、その代償としてデートを求められたので応じたのである。
 間違ってもアセナが自らネギをデートに誘った訳ではない(仮にアセナが自らデートに誘うとしたらココネだろう)。

「アレの準備はバッチリだし……後は土曜日になるだけだね♪」

 ちなみに、ネギの言うアレとは、断じて『いかがわしいもの』ではない。そう思える空気はあるが、決して違う。
 むしろ、健全な男女関係を保つのに必要なアイテムだ。これがないとアセナが変態扱いされてしまうような代物だ。
 いや、既にアセナは変態だが、それは内面を知ってるから そう思えるだけで、外見だけではアセナは変態に見えない。
 だが、これがないとアセナは見ただけで変態だ と断じられてしまうため、これはアセナには必要なものなのだった。

 ……まぁ、身も蓋もなく明かすと、単なる『年齢詐称薬』でしかないのだが。


 


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後書き


 ここまでお読みくださってありがとうございます、カゲロウです。
 当初は軽く修正するつもりだったのですが、修正点が多かったので改訂と表記しました。


 今回は「コメディに走ったつもりだったけど、エヴァや裕奈との会話で少しシリアスっぽくなった」の巻でした。

 って言うか、何故かエヴァがヒロインっぽくなってしまうのが、謎です。
 エヴァの位置付けは「アセナが唯一 無条件で頼れる女性」なんですけどねぇ。
 言わば母親的なポジションなんで、現時点では恋愛関係にするつもりはありません。

 さて、茶々緒については、予想通りだったでしょうか? それとも予想外だったでしょうか?

 茶々丸みたいにアセナを追い詰めるキャラでもよかったんですけど、
 それだとアセナのキャパシティとボクのキャパシティを越えてしまうので、
 茶々緒はツッコミ役(時々ボケもあるよ)になってもらいました。

 ちなみに、エヴァが掛けたのに『認識阻害』がフカヒレ達に効かなかったのは、
 関係者を割り出すために敢えて『関係者には効かない程度』に抑えてもらったからです。

 ……ところで、瀬流彦が変態紳士になった件ですが、作品の性質上 必然だと思っています。


 では、また次回でお会いしましょう。
 感想・ご意見・誤字脱字等のご指摘、お待ちしております。



 


                                                  初出:2011/07/08(以後 修正・改訂)



[10422] 第38話:ドキドキ☆デート【改訂版】
Name: カゲロウ◆73a2db64 ID:b259a192
Date: 2013/04/06 21:58
第38話:ドキドキ☆デート



Part.00:イントロダクション


 今日は5月24日(土)。

 前回の引き通り、本日はアセナとネギのデートである。
 予てからの望みが叶ったネギが暴走しないか実に心配だ。

 まぁ、放送コードに触れるようなことにはならないだろうが。



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Part.01:神蔵堂さん家の家庭事情


「おはようございます、お兄様」

 微かな寝息が支配していた部屋に茶々緒の凛とした声が響く。
 茶々緒の呼称で おわかりだろうが、その対象はアセナである。

「う~~ん、あと5分だけ寝かせて~~」
「……そんなベタな要求は却下します」
「じゃあ、5分くらい放置してくだちい」

 ユサユサとアセナを揺すり起こそうとする茶々緒に対し、アセナは欲望に忠実な要求をする。

「はぁ、わかりました。5分と言わず5年ほど放置しますね?」
「……むぅ、わかったよ。起きるよ、起きればいいんでしょ?」
「まったく、本当に お兄様は困った寂しがり屋さんですねぇ」

 寝起きの悪いアセナに呆れたのか、茶々緒は辛辣なセリフを吐く。まぁ、その声音は何処までも優しいのだが。

 さて、ここまでの流れで既に おわかりだとは思うが……実は、茶々緒はアセナと同居しているのである。
 まぁ、(対外的には)茶々緒はアセナの妹なのだから、二人が同居するのは当然と言えば当然かも知れない。
 だが、ここは男子寮だ。常識的に考えて、家族であろうとも女性との同居など認められる訳がない。

 では、何故に茶々緒がアセナと同居できてるのか? 見も蓋もなく種を明かせば、これも『認識阻害』である。

 二人が同居するのは おかしいことではない。いや、むしろ、再会を果たした生き別れの兄妹が同居するのは当然だ。
 そう言った認識となるような『認識阻害』が張られたうえ、魔法関係者には近右衛門に口添えをさせたのである。
 魔法と権力は使うためにある と言わんばかりに使っているが、そこまで無茶な使い方ではないので許容範囲内だろう。

「って言うか、早くない? まだ6時だよ?」

 朝食を摂取したことで頭が覚醒したのか、アセナは現在時刻を認識し軽く抗議を試みる。
 ネギとの待ち合わせは、午後1時30分に麻帆良中央駅だ。どう考えても早過ぎる。

「女性との待ち合わせに遅れるのは有り得ませんよ?」
「いや、それはわかるけど……ちょっと早過ぎない?」
「ですが、遅いよりはいいのではないでしょうか?」

 何か後ろ暗いことがあるのか、茶々緒は食器を片付けることを口実にアセナの視界から逃れる。
 だが、アセナにとっては、それだけで先程から感じていた違和感を確信とするには充分だったようだ。

「ふぅん? ところで、ゲーム機が起動してるのは何故かな?」
「……時間が余ってしまった お兄様の暇潰しを用意しただけです」
「そっか。それは御苦労様。じゃあ、ゲームでもしようかなぁ」

 アセナはとても穏やかに微笑むと、テレビ(もちろん、ゲーム機が接続されている)の前に移動する。
 ちなみに、セットされているゲームは「キング・オブ・ブレイダー」と言う名称の格闘ゲームだ。
 略称は『KOB』で(間違っても『K○F』ではない)、某侍魂の様に剣士達がアツいバトルをする作品だ。

「――もちろん、一人プレイで」

 ゲームを始めようとするアセナの横に(いつの間にか移動して)座っていた茶々緒の顔が凍り付く。
 プレイヤーとなれる者が二人いる状況で格ゲーをやるのだから、対戦をするのは常識と言っていい。
 だからこそ、茶々緒が受けたショックは計り知れないし、アセナの言わんとすることも察せられるだろう。

 つまり、「格ゲーの相手をさせるために早く起こすとか有り得ないので、放置してあげよう」である。

「……さすがお兄様、鬼畜ですね」
「いや、どっちが鬼畜なのさ?」
「確かに、私にも非はありますね」

 むしろ、非は茶々緒にしかないのではないだろうか? 今回に限って、アセナは一方的な被害者だ。

「ですが、今日のお兄様はネギさんとデートなさるので、夜まで私は一人寂しくお留守番なんですよ?
 いえ、もしかしたら、ロトが当たるくらいの確率で、明日の朝まで続いてしまうかも知れません!!
 それを考えたら、午前中いっぱいは私のために時間を割いてくださってもいいじゃないですか!!」

 しかし、続けられた茶々緒の言葉は一理あった。少なくとも、アセナは そう思ってしまったらしい。

「有り得ない想定が気になるけど……そう言うことなら付き合うよ」
「……お兄様。お兄様なら、そう仰ってくださると信じていました」
「可愛い妹の頼みだからね、これくらいのことならいくらでもOKさ」

 アセナと遊びたい。そんなことをストレートに言われたら、頷かざるを得ないのがアセナだ。

「あ、ちなみに、ここで拒否っていたら、オレはどうなっていたのかな?」
「とりあえず、公衆の面前でメイド服を着て『御主人様』と叫ぶ予定でした」
「うわーい、何だか苦い思い出が甦っちゃいそうだぜ。茶々丸的な意味で」
「ええ。お母様が用いたイヤガラセをインスパイアさせていただきました」

 怖いもの知りたさで聞いてしまったことを軽く後悔するアセナ。好奇心は猫を殺す と言う言葉が身に染みる今日この頃だ。

「まぁ、言いたいことはいろいろあるけど……とりあえず、今はやめておこう」
「そうですね、まずは対戦を楽しみましょう。あ、ハンデは要りませんから」
「むしろ、オレにハンデが欲しいんだけど? 特にハメ技は やめて欲しいです」
「あれはハメ技ではありません。仕様です。いえ、むしろ、偶然だと思います」
「……OK、OK。せいぜいワンサイドゲームにならないように頑張るよ」

 アセナを余裕で一蹴できる茶々緒だが、それでもアセナとの対戦は楽しいものらしい。

 ……………………………………
 ………………………………………………
 …………………………………………………………

「お兄様!! 早く着替えてください!!」

 そして、時は過ぎ、午後1時を少しまわった頃。
 アセナの用意を急かす茶々緒の声がアセナの部屋に響く。

「いや、そう言われてもなぁ……」
「わかりました!! お手伝いします!!」
「いや、手伝わなくていいから」

 マイペースに用意をするアセナに焦れたのか、アセナのパンツに手を掛けようとする茶々緒。
 テンパっているからなのか、それとも普通に本気なのか? ちょっと考えどころだ。

「まったく、せっかく早く起こしましたのに、これでは意味がありません」
「いや、ギリギリまでゲームの相手をさせてたのは茶々緒じゃないかな?」
「それはともかく!! もう待ち合わせまで5分しかないじゃないですか!!」
「勢いで誤魔化そうとしてない? って言うか、あきらかに誤魔化したよね?」
「とにかく!! 急いでください!! 待ち合わせに遅れるなど言語道断です!!」

 どう考えても、昼食後にゲームを再開してしまった挙句、思いの外 熱中してしまったのが原因だろう。

「う~~ん、何か納得できないものが残るのは何故なんだろう?」
「お・兄・様? 文句は後で聞きますから、今は全力で向かってください」
「へいへい、(おっかない)妹様の仰せの通りに致しますですよ」

 まぁ、時間を忘れてゲームに夢中になる茶々緒も問題だが、それを暖かい視線で見守るアセナの方が問題だ。

 そう己を納得させたアセナは、茶々緒の言葉に大人しく従い、大急ぎで待ち合わせ場所に向かうのだった。
 ……その際、急ぐ余りに『瞬動』を何度か使ってしまったために、後日 学園長室に呼び出しを受け、
 学園長から「もうちょっと自重してくれんかのぅ」と、グチグチ有り難い御言葉をいただいたらしい。

 待ち合わせに間に合わなかった場合(の茶々緒からの罰)を考えると、小言で済んだのは僥倖でしかなかったが。



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Part.02:年齢詐称薬の効果


「ナギさ~~ん♪ お待たせして申し訳ありません♪」

 待ち合わせ場所に着いて程なくして、出待ちしていたとしか思えないタイミングでネギが現れた。
 いや、普通にタイミングがよかっただけかも知れないが、これまでのネギの言動や思考パターンから、
 これは単なる偶然ではなく計算され尽くした必然であり、出待ちしていた可能性の方が高いのである。

「……いや、今 来たところさ――って、え? ネギなの?」

 アセナは「きっと、ネギはオレに『こう』答えて欲しいんだろうなぁ」と想定したことを言葉にする。
 それは、アセナの優しさであり、デートをするうえでの心構え(デートするからには相手を楽しませる)だ。
 ちなみに、アセナがネギか否かを誰何したのは、目の前の人物が あまりにも「ネギっぽくない」からだ。
 そう、アセナに対する呼称と声でネギだと判断しただけで、改めて見たら「いつものネギ」とは大分違ったのだ。
 何故なら、今のネギはどこからどう見ても10代中頃の美少女なのだから、幼女であるネギな訳がない。

「? はい、ネギですよ?」

 身長は157cm前後だろうか? いつもはアセナの腹部くらいにある頭が、今はアセナの胸元まである。
 顔の基本的な造詣は変わっていないのだが、幼さを残しつつも大人の色香が混じっている。
 それに加え(母親であるアリカの遺伝子の影響か)気品と呼ぶべき空気を僅かに匂わせている。
 いつものネギは「マセたところのある子供」でしかなかったが、今のネギは「幼いレディ」なのだ。
 もちろん、『年齢詐称薬』の効果なのだが……少しばかり『詐称』をし過ぎではないだろうか?

「……………………………」

 アセナの受けた衝撃は「ギャップ萌え」に近い。普段と印象が違い過ぎるので、効果は抜群なのだ。
 今のアセナなら、学園祭デートの時に明日菜を見たタカミチの気持ち(タバコ ポロリ)がよくわかる。
 アセナの心情を言語化するならば「あれ? これ、誰? え? ネギ? ウソでしょ?」が妥当だろう。

 普段のネギの言動(ちょっとヤバい)を知らなければ、普通に騙されているかも知れない事態だ。

「……あの、ナギさん? どうかしたんですか?」
「え? いや、予想以上でビックリしただけだよ?」
「あぅ? 予想以上? 何が予想以上なんですか?」
「あ、いや、こっちのことだから気にしないでいいよ?」

 ネギに話し掛けられたことで再起動に成功はしたが、混乱は収まってはない。

「あぅぅ? そうですか? じゃあ、気にしません♪」
「……とりあえず、その容姿で小首を傾げるのはやめよ?」
「えぅ? よくわかりませんけど……わかりました♪」

 外見は別人だが、中身はネギだ。そう思えば、落ち着ける。多分、きっと、恐らくは。

「え~~と、とりあえず、どうしようか? どっか行きたいところある?」
「じゃ、じゃあ、行ってみたいところがあるんですけど……いいですか?」
「ああ、いいよ。常識の範囲内であれば、どこでも連れて行ってあげるよ」

 もちろん、アセナとて男が女性をエスコートするのがマナーだ とは心得ている。
 だが、今日はネギの御褒美のためのデートなので、ネギの希望を叶えたいのである。

「じゃあ、『らぶほてる』って言うところに行ってみたいです!!」

 そんなアセナの気遣いを知ってか知らずか、ネギは純真無垢な笑顔を浮かべて答える。
 きっと天然で言っているのだろうが、容姿が容姿なので狙っているようにしか見えない。
 だが、忘れてはならない。ネギは何だかんだ言っても子供なのだ。だから、天然の筈だ。

 周囲の視線が物凄く痛いが、ネギに悪気はない筈なのでネギは責められない。そうに違いない。

「……あのさ、ネギ。『ラブホテルに行く』と言う言葉の意味をわかって言ってるの?」
「いえ。でも、ネカネお姉ちゃんが『二人で行くと幸せになれる』って言ってました!!」
「うん、必ずしも間違っている訳ではないんだけど、それ、いろいろと間違ってるから」
「えぅ? そうなんですか? 何がどう間違っていなくて、何がどう間違ってるんですか?」
「う~~ん、とりあえず、事実関係が明るみに出たらオレがタイーホされるので間違ってるね」

 と言うか、そもそもアセナ自身が中学生なので、事実関係(ネギの正体は幼女)が明るみに出なくても充分に不味い。

「よくわかりませんが……バレなければOKってことですか?」
「まぁ、そうとも言えるね。でも、その考え方はよろしくないよ?」
「そうですね。バレるバレないじゃなくて、悪いことはダメですよね」
「ああ、そうだね。たとえバレなくても、お天道様は見てるからねぇ」

 日本人と言っていいかわからないアセナだが、その道徳観念は日本人のものをベースにしているのである。

「おてんとうさま? ……確か、マリア様が見てるように お天道様が見てるんですよね?」
「(それはそれで何かが決定的に違うと思うけど)うん、まぁ、その認識でいいんじゃない?」

 日和見をするのも実に日本人らしいだろう。まぁ、単に説明をするのが面倒だったのだろうが。

「ところで、行き先だけど……他に要望がないのなら、映画でも見に行かない?」
「映画ですか? じゃあ、今 話題の魔法学校モノの『あの映画』が見たいです!!」
「ああ、ハリ――じゃなくて、マリポタね。オレもまだ見てないし、それにしよっか」

 ネギの意見を華麗にスルーし、エスコートを始めるアセナ。ネギの希望云々は忘れることにしたようだ。

 ところで、二人の言っている映画は『マリー・ポッター』である。ハリーではない、マリーだ。
 ちなみに、主人公が眼鏡少年から眼鏡っ娘になっているだけで、内容そのものは ほぼ同じらしい。

 ……………………………………
 ………………………………………………
 …………………………………………………………

「ほほぉう? なかなか仲良くやっているじゃないか」

 実は、アセナとネギのことを物陰から覗き見――もとい、見守る存在があった。まぁ、身も蓋もなく明かすと、エヴァである。
 ちなみに、デバガメ根性などではない。単に二人のことが心配なのだ。言わば、子供の恋路を見守る母親の様な心境だ。
 どっちを子供と認識しているのかは果てしなく謎だが(サウザンド・マスターとの兼ね合いからネギである可能性は高いが)。

「これはこれはエヴァンジェリン様。こちらで何をなさっておられるのですか?」

 そんなエヴァを更に見守る存在がいた。これも見も蓋もなく明かすと、茶々緒である。
 アセナの護衛である茶々緒は気を利かせて『余計な邪魔』が入らないように守ろうと考えたのだ。
 決してデバガメがしたい訳ではない。最高画質で録画はしているが、あくまでも護衛だ。

「い、いや、違うぞ!? 邪魔が入らないように見守ってやっているだけだぞ?!」

 突如 声を掛けられたことに驚いたのか、訊かれてもいないことまで答えてしまうエヴァ。
 これでは「デバガメする気でした。もしくは邪魔する気でした」と言っているようなものだ。
 まぁ、茶々緒も似たような状況なので「複雑な心境なのですね? わかります」と納得したが。



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Part.03:窓に映るキミの姿


「わぁ♪ キレイですねぇ♪」

 アクセサリー売場にて、ディスプレイを見て はしゃぐネギ。その姿は実年齢に相応しい。
 ぬいぐるみではなくアクセサリーにテンションを上げているところは、実年齢らしくないが。
 いや、10歳くらいならば、もうアクセサリーに興味を示してもおかしくはないかも知れない。

 そこら辺の感覚が曖昧なアセナは「そもそもオレの常識なんてアテにならないか」と勝手に納得する。

 ちなみに、映画を見る話になっていたのに何故にアクセサリー売場にいるのかと言うと、
 上映時間まで時間があるため、ウィンドウショッピングを楽しむことにしたからである。
 行き当たりばったりに思えるが、アセナは綿密にデート計画を立てるようなキャラではない。

「うん、キレイだねぇ」

 妙な納得の仕方をしたアセナだったが、改めて はしゃぐネギの様子を見、思わず心を和ませる。
 大人びた部分があるため ついつい忘れてしまいがちだが、ネギはまだ9歳(数えで10歳)だ。
 小難しい顔をして本と睨めっこしているよりも、こうして はしゃいでいる方が自然な筈である。

(……少し、ネギを働かせ過ぎていたかも知れないね。これからは もっとネギを遊ばせてあげよう)

 アセナが進む道には、ネギの魔法具作成能力は非常に重要なものだ。だが、ただ それだけだ。アセナが必要としているだけだ。
 そう、ネギ自身にはアセナの道に付き合う義務などないのだ。ネギも魔法世界に関わってはいるが、それでも義務などない。
 アセナは己のエゴで選択した道を進んでいる。だからこそ、ネギに負担を強いるのは何かが違う。アセナは そう感じたのだ。

「あ、あっちも見たいんですけど……いいですか?」

 アクセサリーは堪能し切ったのか、ネギは別の売場に移る許可を求めて来る。
 そんなの自由にすればいいだろう と思わないでもないが、今回ばかりは別だ。
 何故なら、ネギが指を差している「あっち」とは、女性の下着売場だからだ。

「……うん、いいよ。オレはまったく気にしないさ」

 たいていの男にとっては、心躍る場所であると同時に居心地の悪い場所でもあるだろう。
 それはアセナも例外ではないのだが、アセナは居心地の悪さなど気にしないツワモノなのだ。
 まぁ、ネギの希望をできるだけ叶えてやりたい と考えているのも大きいだろうが。

 ――だがしかし、現実は厳しかった。アセナに対する周囲の視線が余りにもアウェイだったのだ。

 場の空気を読むことに定評のある(と妄想している)アセナにとっては、そこは まさに針の筵だった。
 これには、逆境に強い(と過信している)アセナをしても戦略的撤退を余儀なくされたのは仕方がないだろう。

 ちなみに、ネギが「羞恥プレイっていいですねぇ♪」とか呟いていたらしいが、それはまったくの余談だ。

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 …………………………………………………………

「はぁ……まったく、貴様等も なかなか『いい性格』をしているなぁ」

 エヴァが溜息混じりに言葉を紡ぐことで、「私、呆れてます」と言うメッセージを余すことなく伝える。
 ちなみに、エヴァに呆れられている対象とは、エヴァの視線の先にいる二人組――木乃香と刹那である。

「い、いえ、ですから、私達は偶然に那岐さん達と同じコースになっただけですよ?」
「そうやえ? 常に一定の間隔を保っていたように感じたやも知れんけど、偶然やで?」
「いや、あきらかに意図的に尾行していたんだから、それは偶然ではなく必然だろう?」
「せやけど、そこは『偶然』と言うことにして建設的な話に持っていくのが常識やろ?」
「そんな常識など知らん。が、こんなことで問答するのは時間の無駄であることは確かだな」

 既におわかりだろうが、エヴァと茶々緒がアセナ達を見守っている過程で木乃香と刹那を発見したのである。

「では、サッサと本題に入ろう。貴様は婚約者なのに見ているだけでいいのか?」
「ん~~、ネギちゃんはウチにとっても妹みたいなもんやから構へんよ?」
「ほほぉう? なかなか余裕だな。だが、知っての通り、ヤツは変態だぞ?」
「わかっとるよ。そこも含めて『なぎやん』やし、『妹』やから許すんえ?」

 木乃香の言葉の意味は「妹を超えた扱いをする場合は許さない」と言うことだろう。

「ふむ。てっきり形だけの婚約者だと思っていたが……どうやら違うようだな」
「まぁ、『なぎやんにとっては』最近まで形だけやったんやろうけどなぁ」
「なるほど。事情は知らなくても、ヤツの考え方や気持ちは理解していた訳か」
「なぎやんは女心を理解せんうえに好意に対して鈍過ぎるところがあるからなぁ」

 木乃香は ぼんやりしてはいるが愚鈍ではない。自分の与り知らないところで自分が重要な立場に押し上げられれていることは認識していた。

「……なるほど。ところで、貴様は近衛 木乃香の『付き添い』としているのか?」
「ええ、もちろんです。那岐さんから御嬢様を御守りするように仰せつかってますから」
「だが、その割には少々――いや、かなり苛立っているように見えるのは気のせいか?」
「もちろん、気のせいです。私は極めて平常心ですからね、苛立ってなんかいませんよ」

 木乃香の言に納得を示したエヴァは、矛先を刹那に変える。

「そうか? だが、ヤツを守りたいなら私情は押し殺すべきではないぞ?」
「意味がわかりませんね。私は私情で那岐さんを御守りしたいのですよ?」
「ほぉう? ヤツのために嫉妬心を押し殺そうとしているように見えるが?」
「それは気のせいですよ。この程度は問題にすらならないだけですからね」

 刹那は「ネギさん相手に嫉妬する訳がない」と言っているのだ。つまり、プライドの問題なのだ。

「ああ、なるほど。そう言うことなら、そう言うことにして置いてやろう」
「……せやけど、アクセサリーをプレゼントするんは遣り過ぎや と思う」
「ヤツの場合、その場のノリだけで生きているから深い意味はないと思うぞ?」
「それでもや。ネギちゃんの方がウチより先にもらうのは何か納得いかん」

 刹那との話に区切りが付いたのを見た木乃香が先程のアセナの行動についてツッコミを入れる。

 と言うのも、アセナはネギに気付かれないようにネギが欲しそうに見ていたイヤリングを購入していたのだ。
 恐らく、デートの最後にでもプレゼントするつもりなのだろう(でなければ、コッソリ購入した意味がない)。
 そのため、まだプレゼントはしていないがプレゼントをしたも同然なので、木乃香は気に入らないらしい。

 ちなみに、ホワイトデーの時にアセナが亜子にアクセサリー類をプレゼントしていることを木乃香は知らない。

「ところで、私が空気になっているような気がするのですが……それは私の気のせいでしょうか?」
「え? え~~と、茶々緒さんでしたっけ? 那岐さんの身の回りの御世話、御苦労様ですね」
「刹那さん? その言葉の裏には『護衛じゃなくてメイドだろ?』と言うメッセージが見えるんですが?」
「それは気のせいですよ。と言うか、敢えて存在をスルーしていたことに気付いて欲しかったですね」
「なるほど。後から来た私に お兄様の護衛の座を奪われたことが悔しいのですね? ……わかります」
「ふふふふふふ……なかなか面白い冗談を言いますねぇ? ちょっと『お話』したくなりましたよ?」
「あらあら、沸点が低いですねぇ。負け犬の様に吠えるだけでなく狂犬の様に噛み付くんですから」

 それまで空気を読んで黙っていた茶々緒だが、エヴァタイムの終了を察して漸く口を開く。
 だが、口を開いてしまったばっかりに刹那の導火線に火を付けてしまったようだ。

「これは止めた方がええんやろか?」
「いや、放って置くのが一番だろ」
「せやな。止めるのは面倒やしな」

 まぁ、お互い八つ当たりだ とわかっているので、舌戦だけで終わるだろう。
 それに、仮に武力衝突にまで発展したとしても、置いて行けばいいだけの話だ。

 エヴァと木乃香の判断は間違ってはいないだろう。もちろん、正しくもないだろうが。



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Part.04:偶には こう言うのもいいだろう?


「う~~~ん、やっぱりミルクティーは最高ですねぇ♪」

 舞台は変わって喫茶店。例の映画を見終えた二人は、喫茶店にて雑談に興じていた。
 ちなみに、アルジャーノンではない。何故ならマスター達に からかわれそうだからだ。
 その程度のことを気にするアセナではないが、何かのフラグになりそうな気がしたらしい。

「あ、そう言えば、実はプレゼントがあるんです」

 映画の感想やら学校のことやら、魔法と関係ない内容を取り止めもなく話していた二人だが、
 ふと会話が止まった時(タイミングを見計らっていたのかは定かではないが)ネギが切り出した。

 その唐突さは、アセナが「え? プレゼント?」と思わず素で返してしまうくらいに唐突だった。

「まぁ、以前に頼まれていた『袋』なんですけどね」
「ああ、例のアレね。もう出来たんだ。ありがとう」
「いえ、ナギさんの御要望ですから、礼には及びません」

 ちなみに、ここで言う『袋』とは、33話でアセナがネギに依頼した『アイテム袋』のことである。

「そう? だからこそ、礼くらいは言わせて欲しいんだけど?」
「ですが、御礼としてデートしていただいている訳ですし」
「あ~~、まぁ、確かに そうだけど……身も蓋も無いなぁ」
「身も蓋も無い言動はナギさんからのインスパイアですよ?」
「いや、そこはインスパイアしちゃいけないところだから」

 ネギが正しく状況を把握していることは嬉しいが、もう少し子供らしい思考をしてもらいたい。実に複雑な心境である。

「あ、ところで、『袋』の話に戻るんですけど……」
「ああ、うん。むしろ、話題が変わるのは賛成さ」
「えっと……実は、当初の仕様と少し違う点があるんです」
「へぇ、そうなんだ。じゃあ、どこら辺が違うのかな?」

 アセナは相槌を打ちながら目配せだけで『認識阻害』をネギに張らせ、それから訊ねる。

「御要望にあった『時間の流れ』についてです」
「つまり、『袋』内の時間を変えられなかったのかな?」
「いいえ、違います。敢えて『変えなかった』んです」

 技術的に問題があって変えられなかったのではない。変えることは可能だったが、敢えて変えなかったのだ。

 アセナが現実よりも『袋』内の時間の流れが遅いように求めていたのは、『袋』に収納したものの劣化を抑えたかったからである。
 だが、『袋』を開けている(『袋』と現実が繋がっている)時 以外は『袋』内の時間が動かないとしたら、どうだろうか?
 それならば、収納したものの劣化は最小限に抑えられるので、時間の流れを遅らせる必要はない。むしろ、遅らせるよりいい。

 そのように判断したネギは、敢えて時間の流れを遅らせることはしなかったのである。

「……なるほど。考えてみれば、使っていない時も時間が24倍で流れていたら『別荘』は えらいことになるね」
「ええ。いくら魔法で化学的変化を抑えたとしても、時の流れには――経年劣化には勝てませんからね」
「確かに、自然物は時間が経っても大丈夫だろうけど、建物とか備蓄品とかは時間が経たない方がいいもんね」
「その通りです。ですから、『袋』も待機中は『内部の時間が止まっている』ような仕様にしたんです」
「なるほど。でも、時間の流れを変えなかったってことは『袋』を使用している時は時間の流れが一緒ってことだよね?」

 ネギの言いたいことはわかった。その使用ならば、無理に時間の流れを遅くする必要はない。だが……

「できれば、使っている時は時間を加速させたいんだけど? やっぱり、道具を選ぶ時間が増えると嬉しいからさ」
「ですが、『袋』から道具を出したりする時って、手とか腕とかの身体の一部分だけを出入りさせるんですよね?」
「そうだけど? って、そうか。頭が入らないと思考が加速しないから、時間の流れが変わっても意味がないのか」
「ええ、そうです。更に言うと、時間の流れを変えると繋ぐ時に『時間的な制約』を施す必要があるんです」
「つまり、『別荘』が1時間(『別荘』内では1日)単位でしか使えない ってのと同じ様になるってことかな?」
「はい、そうなります。ですから、使い勝手を良くするために、敢えて時間の流れは変えないことにしたんです」

 ネギの説明に合点がいったのか、アセナは「確かに、そのが良かったね」とネギの行った仕様変更に理解を示すのだった。

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 一方、アセナ達を監視――否、見守っている少女達(一部に語弊あり)は と言うと……

「……どうした? さっきから神妙そうな顔をして。何か思うことでもあるのか?」
「何でもあらへんよ? ……と、言いたいとこやけど、ちょっと無理があるよなぁ」
「まぁ、別に言いたくないのなら言わなくてもいいさ。無理して聞く気などないからな」

 彼女達は場に――穏やかな午後を演出する喫茶店に似つかわしくない空気を纏っていた。

「エヴァちゃんには敵わんなぁ。男前過ぎて危うくホレてしまいそうやわ」
「そうか。つまり、くだらん冗談を言えるくらいには余裕があるのだな」
「さぁ? むしろ、余裕がないからこその くだらん冗談なのやも知れんで?」

 軽口で お茶を濁そうとする木乃香にエヴァは「まぁ、そうかもな」とだけ答えるに止める。

 話題を変える訳でも、軽口に付き合う訳でもない。敢えて、相槌を打つに止めたのである。
 そう、他の反応を示さないことで、「事情を話すか否か?」を木乃香の自由意志に任せたのだ。

「…………実はな、なぎやんの笑顔を見ると苦しくなるんよ」

 木乃香はエヴァのメッセージを正確に読み取り、長くも短くもない時間を掛けて悩んだ。
 そして、事情を話すことに決めたのだろう、重い口を開いて苦々しげに話し始める。

「苦しくなる? ……何故だ? 普通は逆ではないのか?」
「まぁ、普通は好きな人の笑顔を見れば嬉しくなるんやろうな」
「だが、貴様の場合――いや、貴様等の場合は違う訳だな?」
「……聞いとるやろ? 昔、ウチ等の間に『何』があったのか」

 エヴァの質問には直接的には応えず、間接的な応えを以って返答とする木乃香。
 その意味するところは「過去が原因でそうなってしまった」と言ったところだろう。

「まぁ、貴様がアイツを傷付けたことは知っている。だが――」

「――ウチのせいやない? せやけど、ウチが傷付けたことは変わらんよ。
 子供の頃の話やし、なぎやんは気にしてへんって言うてくれたけど……
 ウチは、なぎやんを傷付けてもうたんや。その事実は変えようがあらへんよ」

 だが、それは貴様のせいではないだろう? そう続けようとしたエヴァの言葉は木乃香に妨げられる。
 どんな理由や事情があろうとも那岐が木乃香に傷付けられたことは変えようがない と、遮られる。

「…………まぁ、そうだな。貴様の言う通り、貴様がアイツを傷付けたことは変えようがない事実だな。
 たとえアイツがそれを気にしていなかったとしても、貴様が気にしているのだからそうなるだろう。
 だが、それはそれとして……それとアイツの笑顔を見て苦しくなるのは、何が関係しているんだ?」

「簡単やよ。ああして笑とるのが不思議になるくらいに傷付けてもうたから、笑顔を見ると苦しなるんよ」

 アセナから魔法の説明とともに聞かされた過去は、記憶の底に封じて込めて置きたかったものだった。
 だが、思い出してしまったからには向き合うしかない。木乃香も刹那と同様に卑怯ではないのだ。
 いや、正確には、ここで逃げることは許されないのである。何よりも木乃香が自分自身を許せない。
 自分を必死に守ってくれた那岐を恐れてしまった自分が許せないのだから、逃げるなど言語道断だ。

「正直、過去の自分を張り倒したい気分やわ」

 しかも、傷付いた那岐の心を癒したのは、那岐に突っ掛かりながらも親交を深めていった あやか だった。
 アセナは そこまで明言していた訳ではなかったが、それくらい『ずっと』見ていた木乃香にはわかる。
 疎遠になってしまった那岐や刹那を遠くから見ることしかできなかった木乃香には、わかってしまう。
 僅かな勇気が足りなかったばっかりに最愛の少年の心が離れてしまったことが、わかってしまうのだ。

「せやけど、勘違いしたらあかんえ? ウチは なぎやんに笑っていて欲しいって思とるんや」

 確かに、木乃香は過去に過ちを犯した。それは動かしようのない事実だし、それを後悔している。
 だが、だからと言って、木乃香は過去を悔やむばかりではない。木乃香は未来に向かうことを忘れない。
 そう、過ちは取り返せばいい。心が離れたのなら、再び引き寄せればいい。それだけのことでしかない。
 それに、悲しい顔を見るのは笑顔を見るよりも苦しいのだ。ならば、笑顔の方がいいに決まっている。

「…………そうか。貴様もアイツと同じくらいのバカだな」

 エヴァの言う『バカ』には、優しい響きが感じられる。
 きっと素直に褒められないエヴァらしい褒め言葉なのだろう。

「ありがとな、エヴァちゃん……」

 エヴァの言葉を好意的に解釈すると、木乃香は薄く笑って礼を言う。
 ちなみに、エヴァが照れを隠すために視線を逸らしたことだけは記して置こう。

 余談となるが、刹那と茶々緒がどうしているのかは……お察しください。



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Part.05:そう言えば、あの件はどうなってんの?


 舞台は引き続き喫茶店。あ、今更だが、喫茶店の名前は『フォセット』である(特に深い意味はない)。

「あ、そう言えば、話は変わるけど……せっかくなんで訊いてもいいかな?」
「ええ、『袋』についての説明は終わりましたんで、何でも訊いてください」
「じゃあ、『魔力蓄電池』の開発状況についてなんだけど、どんな感じなの?」

 アセナは注文した おかわりのコーヒーを啜って気を取り直した後、ネギに魔法関係の話題を振る。
 まぁ、別に今でなくてもいい話題なのだが、『認識阻害』を有効に活用しよう と考えたのだろう。

「ああ、それなら順調です。具体的に言うと、こうしてデートをしていただける余裕があるくらいです」
「なるほど。言われてみれば、その通りだね。ネギの性格上、余裕がなきゃデートどころじゃないね」
「えっと、それは褒められたと受け取ってもいいんでしょうか? それともダメ出しされたんでしょうか?」
「ん? オレとしては、そう言った真面目な部分は信用できるところなんで、高く評価しているけど?」
「それなら、よかったです。実は、幼馴染に『面白味がない』ってダメ出しされたことがあるんで……」
「まぁ、気にするな とは言わないけど……少なくとも、オレはネギに面白味がないとは思ってないよ?」
「……ありがとうございます♪ ナギさんに そう仰っていただけただけで、ボクには充分です♪」

 真面目であることと堅物であることはイコールではない。まぁ、以前のネギは堅物だったのかも知れないが。

「じゃあ、『魔力蓄電池』に話は戻るけど……順調って言ってたけど、詳細は どんな感じなの?」
「しょ、詳細はWebで――じゃなくて、キチンと報告しますんで、そんな目で見ないでください」
「うん、わかってる。ちょっと冗談を言いたかっただけだよね? 大丈夫、ちゃんと わかってるよ?」
「アハハハハ……慣れないことはするもんじゃないですね。これからは下手な冗談はやめて置きます」

 冷めた目をしながらも理解を示すアセナ。そんな優しさが痛いネギは必死で弁解をする。

 まぁ、くだらない冗談で場の流れを変えるのは、アセナの常套手段とも言える話法だ。そのため、アセナに冷めた目で見る権利はないかも知れない。
 だが、アセナは話法を使う度に「くだらない冗談によって冷えた空気」に耐えている。それを考えれば、アセナにも冷めた目で見る権利くらいあるだろう。
 つまり、何が言いたいのかと言うと「使えないのに使おうとしたネギが悪い」と言うことだ。その意気込みは買うが、結果はどうしようもなかった。

「そ、それでは、詳細な報告なんですけど……結論から言いますと、既に1基はできていて今は運用試験をしているところです。
 まぁ、運用試験も順調ですので、『設計図』は完成と見ていいでしょう。つまり、後は必要な個数を『生産』していくだけですね」

 以前にも触れたが、ネギが魔法具を製作するには「魔法具の設計図」と それに応じた「ネギの魔力」が必要となる。
 ちなみに、「魔法具の設計図」と それらしく表現してみたが、要は「素材の情報」と「術式の内容」である。
 では、『魔力蓄電池』の話に戻るが……この場合、『設計図』はできているので後は魔力があれば作成可能なのである。
 そして、ネギの話によると、『魔力蓄電池』1基を作成するのに必要となる魔力量は、ネギの魔力1週間分らしい。

「ふむ……なるほどねぇ。だいたいわかったよ」

 今から大発光――すなわち学園祭最終日までは一月程あるため、更に4基が作成できて合計5基となる計算だ。
 過去のデータから大発光で生産される魔力量は凡その予想はできている(『魔力蓄電池』5基で間に合う程度)が、
 異常気象の影響で魔力の生産量が増加する恐れもあるため、『魔力蓄電池』は多いに越したことはない。
 あまり『別荘』を頼りたくはないが、そうも言ってはいられない。何回かは『別荘』のお世話になることだろう。

「それで、『魔力蓄電池』の名前なんですけど、何か案がありませんか? 今のところ『ばってら君』が有力候補です」

 バッテリー(蓄電池)だから『ばってら君』なのだろうか? とにかく、相変わらずネギのネーミングセンスには脱帽だ。
 とは言え、アセナもネーミングセンスに自信がある訳でもない。厨二臭くならないようにするのが精一杯、と言ったところだ。
 それ故、アセナとしては『魔力蓄電池』のままでもいいとは思うのだが……固有名を付けたいのがネギのこだわりらしい。

「う~~ん、ここは『カシオペア』に肖って『アンドロメダ』って言うのは、どうかな?」

 特に案が思い浮かばなかったアセナは、世界樹の大発光に関連のある物として『航時機(カシオペア)』を思い出し、
 そこから「星座とか天体関連で何かないかな?」と考え、『アンドロメダ』と言う単語を引っ張り出したのである。
 ちなみに、列車繋がりで発想しなかったのは、アセナが真っ先に思い浮かべたのが『あずさ二号』だったから らしい。

「『カシオペア』に肖って、ですか? ……何だかよくわかりませんけど、そう言うことなら『アンドロメダ』にして置きますね」

 よくよく考えてみれば、まだネギは『航時機(カシオペア)』を知らないため、アセナのセリフは薮蛇にしかならなかった。
 だが、アセナの意味不明な言動は今に始まったことではないため、ネギは鮮やかにアセナのセリフをスルーしたようである。
 深くツッコまれなかったことに助かりはしたが、喜んでいいのか落ち込んでいいのか実に判断に迷うところだろう。

「そ、そう言えば、ちょっと確認して置きたかったんだけど、『電力を魔力に変換』することってできるの?」

 多少(と言うか、かなり)強引な話題転換だが、『魔力蓄電池(アンドロメダ)』の話題は終わっていたので問題ないだろう。
 間違っても、アセナがスルーされたことに一抹の寂しさを感じていたり、それを誤魔化すために話題を強引に変えた訳ではない。
 あくまでも、話題が終わったので別の話題を提供しただけである。アセナに他意はない。多分、きっと、恐らくは、そうに違いない。

「え~~と、変換はできませんが代用はできますね。具体的に言いますと『学園結界』の一部が電力で賄われている感じです」

 これは余談となるが……麻帆良が誇る『学園結界』は、一口に『結界』と言っても大きく分けて二種類が存在する。
 一つは、エヴァの魔力を封じていたり一般人に『認識阻害』を掛けていたりする「内向き」の『結界』だ。
 そして、もう一つが、進入許可のない一定以上の魔力・気を持つ存在の進入を阻む「外向き」の『結界』だ。
 ちなみに、電力も用いられているのは「内向き」であり、特にエヴァを封じるために莫大な電力が使われているらしい。

「もちろん、世界樹の魔力も利用してはいますが……それでも、電気の恩恵なくしては麻帆良は成り立ちませんね」

 原作でも本作でも、大停電の時にエヴァの封印が解けているのは、電気でエヴァが封印されているからだ。
 それ故、麻帆良は常に莫大な電気を必要としており、電気と麻帆良は切っても切れない関係にあるらしい。
 まぁ、実を言うと、それは表向きの理由でしかなく、実際にはアルビレオの研究のために莫大な電力が必要なのだが。

「なるほどねぇ。よくわかったよ、ありがとうネギ」

 裏の事情が予測できるアセナとしては「エヴァの封印は電力を大量に消費していることの大義名分なんだろうなぁ」と思いつつも、
 ネギに裏事情を知らせる訳にはいかない(別に知らせても問題ないが、知らせなくてもいいことは知らせたくない)ため、
 内心とは裏腹に「知りたかったことを知ることができてよかったよ、説明 御苦労様」と言わんばかりにネギに礼を言うのだった。

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「……いやはや、実に楽しそうですねぇ」

 刹那は満面の笑みを浮かべてはいるが、口元が少々ヒクついている。つまり、内心は面白くないのだ。
 アセナ達の会話自体は『認識阻害』をされているため、公にできない話をしていることしかわからないが、
 会話の雰囲気は見るだけでもわかるため、周囲の人間には和気藹藹としているようにしか見えない。
 そのため、そんなアセナ達を見て刹那がイラ立ってしまうのは、ある意味で必然と言えるのかも知れない。

「ところで、あそこにいる不審人物達の処理はいかが致しましょうか?」

 そんな刹那に「お気持ち、わかります」と頷いた茶々緒は、気分を換えるためか別の話題を切り出す。
 ちなみに、不審人物達とは、アセナ達のことを殺意の籠った目(リア充 氏ね!!)で見ている男達のことである。
 まぁ、身も蓋もなく正体を明かすと、偶然に居合わせたフカヒレと宮元である(男二人で御茶していたのだ)。

 余談となるが、刹那と茶々緒の八つ当たり合戦は「不毛なので止めましょう」と どちらともなく矛を収めたらしい。

「……別に邪魔をしている訳ではないので、放って置いてもいいのでは?」
「そうですか? 危険となり得る可能性は早めに摘むのが私の信条なのですが?」
「それには同感ですが、まだ早いのでは? 今は様子を見るだけで充分でしょう?」
「ですが、少し――いえ、かなり視線が鬱陶しいので、かなり不快なのですが?」
「それにも同感ですが……確か、彼等は那岐さんのクラスメイトでしたよね?」
「仰りたいことはわかります。ですが、彼等は生理的に受け付けないんです」
「それでも、耐えるべきです。那岐さんのためなら耐えられるでしょう?」
「まぁ、そうですね。お兄様を困らせるのは望むところではありませんからね」

 ストレス発散も兼ねてサクッと排除したいが、アセナが困るかも知れないので我慢する刹那と茶々緒だった。

「……コイツ等の会話を聞いていると頭が痛くなるのは私だけだろうか?」
「安心してもええで。エヴァちゃんも偶に似たようなこと言うとるから」
「いや、それは安心できないのだが? と言うか、ここまでヒドくないだろう?」
「うん、まぁ、そうかもなぁ。少々アレやけど、そこまでやない気もするわ」

 エヴァも「大切な者以外はどうでもいい」ところがあるのは自覚している。だが、二人よりはマシだと思っているのである。
 そんなエヴァを「まぁ、こう言うことは本人には自覚がないもんやからなぁ」と言った生暖かい視線で見守る木乃香だった。

 まぁ、そんなことを言っている木乃香 自身も充分にアレな部分(一般的な感覚を逸脱している感じ)があるのだが。

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「あ、そう言えば……オレからもプレゼントがあるんだった」

 一部の不穏な空気とは まったくベクトルの異なる場にて、アセナは『ポケット』から小さな包みを取り出す。
 わざわざ『ポケット』を利用して収納していたのは実に魔力の無駄遣いだが、それがアセナのこだわりなのだ。
 ちなみに、包みの中身なのだが、これは先程ネギが熱心に見ていたピンクパールのイヤリングである。
 もちろん、本物ではない。イミテーションだ。本物をネギ(中身は子供)にプレゼントするアセナではない。

「あ、ありがとうございます……大切に保管します」

 ちなみに、よくある「隣の物が欲しかった」と言うオチではなかった。
 無駄な時に発揮することの多いアセナの洞察力だが、今回は役に立ったようだ。

「いや、アクセサリーなんだから身に付けようよ?」

 まぁ、それだけネギが喜んでいるのだろうが、それでも使ってもらった方が嬉しい。
 道具は使われてこそ意味があり、アクセサリーの使い方は身に付けることだからだ。
 これが観賞用の品ならば飾られても(保管されても)いいのだが、そうではないのだ。

「そ、そうですね。大切に使わせていただきます」

 そう言うと、手鏡を取り出し、早速 耳に付けてみるネギ。どうやら、付けたい気持ちはあったようだ。
 恐らく、アセナからのプレゼントなので大切にしたかったから「保管する」と言う発想が出て来たのだろう。

(……うん、プレゼントしてよかった)

 ネギの嬉しそうな笑顔と、その赤髪と淡いピンクのイヤリングが映える様を見て、
 アセナは慈しむような目で穏やかに微笑み、そう内心で呟きながらコーヒーを啜った。

 ちなみに、この一連の光景を見て更に不穏な空気を発する者達がいたのは言うまでもないだろう。



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Part.06:気付いていない訳がない


「ちょっとトイレに行って来るね」

 と言う言葉を残してアセナは席を立った。舞台は相変わらず喫茶店のままだ。
 映画館での描写がないクセに喫茶店での描写が長いのは、気のせいに違いない。
 どんだけ喫茶店が好きなんだよ と思われるかも知れないが、気にしてはいけない。

「……天の人もいろいろと大変なんですねぇ」

 ネギがメタっぽい発言をするが、きっと「店(てん)」と「天(てん)」の誤植だろう。
 かなり強引な気がするが、そう言うことにして置いてサッサと話を進めるべきだろう。

「そうですね。と言うか、ボクは何を言っているんでしょう? ……変な電波を受信してしまったようですねぇ」

 ブツブツと独り言を言っている様は実に危ない。しかも、その内容がアレなので更に危ない。
 不幸中の幸いと言うべきか、店内に流れるジャズなBGMの御蔭で誰にも聞こえていないが。
 まぁ、『認識阻害』は張りっ放しなので、聞かれていても違和感を持たれなかっただろうが。

「はぁ……つまり、まだ迷っているってことなんでしょうねぇ」

 ネギは先程のメタ発言を「悩んでいるから妙なことを口走った」と言うことで納得したようだ。
 これも割と強引な納得の仕方だが、深くツッコまれると困る話題なので これはこれでOKだ。
 と言うか、自分を納得させるための「自分に対する言い訳」なので強引なのが普通だろう。

「ハムレットじゃないですけど……『するべきか、するべきでないか』が問題ですねぇ」

 ネギは独り言を続ける。もしかしたら、独り言を言っている――つまり、声に出しているつもりはないのかも知れない。
 思考に没頭する余り思考が声に出てしまうことは(世間一般的にはあまりないが)アセナやネギには よくあることである。
 特にモノローグで物語が綴られる場合、その傾向は より顕著となっていく(まぁ、仕様と言えば仕様なので仕方がない)。

『ネギ姉様、「やらないで後悔するよりは、やって後悔した方がいい」と言う言葉を御存知デスか?』

 ネギがブツブツ呟きながら悩んでいると、懐にいたカモが『念話』で「するべきデス」と助言をしてくる。
 ちなみに、カモの登場自体は10数話振りになるのだが、基本的にはネギの懐にいたことは明記して置こう。
 ネギ自体の登場シーンも少ないうえ助言者役はアセナが担っているためカモにスポットライトが当たらなかったのだ。

 べ、別にカモきゅんの存在を忘れていた訳じゃないんだからね!! と、ツンデレ風に言って置こう。

「……確かに、やって後悔した方がいいよね。でも、今回に限っては違うと思うんだ」
『デスが、このまま何もしなければ、きっと――いえ、必ず後悔しますデスよ?』
「そうだね、きっと後悔するだろうね。でも、やった方がもっと後悔すると思うんだ」
『何故デスか? 何もしなければ、何も変わらないことなどわかりきっているデショウ?』
「うん、わかっているよ。ボクも何もしない訳じゃない。単に『それ』をしないだけさ」

 ネギの言う『それ』が何を指しているのかは定かではない。だが、やらない方がいいことのようだ。

『そうデスか……ネギ姉様の決意は固まったのデスね? ならば、カモは何も言いません』
「ありがとう、カモちゃん。カモちゃんが背中を押してくれた御蔭で決心が着いたよ」
『いえ、カモは単に思ったことを口にしただけデスし、結局はお役に立てませんデシタよ?』
「そんなことないよ。カモちゃんがキッカケをくれたから、ボクは決意できたんだよ?」
『……ありがとうございます。そこまで仰っていただけただけでカモは幸せデス』

 直接的には役立っていないが間接的には役立ったため助言者としての役割は充分に果たせただろう。

「だから、レシピを調べてくれたのが無駄になっちゃったけど、『惚れ薬』は止めて置くよ。
 成功しても虚しいだけだと思うし、発覚したらナギさんに見捨てられちゃうかも知れないからね。
 それに、『惚れ薬』を使わなくても自分の魅力だけで好きになってもらえばいいだけだと思うし」

 どうやら、ネギの言っていた『それ』とは『惚れ薬』だったらしい。

 つまり、ネギは「アセナが席を立った隙に『惚れ薬』をアセナのコーヒーに混入させるか否か」で悩んでいたのだ。
 そして、ネギの出した結論は「『惚れ薬』なぞ使わん。実力で惚れさせてやんよ」と言う男前なものだった。
 まぁ、結論を出すまでに独り言をブツブツ言うくらい悩んだが、それでも、出した結論は素晴らしいだろう。

「……そんなお前が誇らしいよ、ネギ」

 それは、一部始終を見ていたアセナも同意見だった。まぁ、一部始終と言うか、正確には「まだ迷っている云々」の辺りからだが。
 ちなみに、アセナがトイレから戻ろうとしたらネギがウンウン唸って悩んでいたので、悩みに区切りが付くまで見守っていたらしい。

 つまり、ネギがカモの甘言に乗って『惚れ薬』を使用していたらモロバレだったため、ネギはとても正しい選択をしたのである。

「はぅ!! 見ていたんですか!?」
「うん、まぁ、ちょっとだけね」
「……つまり、ほとんど ですね?」
「うん、まぁ、そうとも言うね」
「うぅ……物凄く恥ずかしいです」

 ネギに独り言を言っていた自覚はなかったが、アセナに筒抜けだったことから類推したらしい。

「まぁ、それはともかくとして……そろそろ出て来てもいいんじゃないかな?」
「? 何がですか? と言うか、急に明後日の方向を見て どうしたんですか?」
「いや、あそこで覗き見している四人組がいるから、出て来てもらおうかなって」

 どうやら、アセナはエヴァ達にも気が付いていたようだ。なかなかに抜け目がない。

「やれやれ……まさか気が付いていたとはな。なかなかやるじゃないか?」
「いや、あれだけ目立って置いて気付かれていないと思えるエヴァが凄いよ」
「じゃあ、いつから気が付いとったん? 気付いた素振りはなかったで?」
「待ち合わせ段階で違和感があって、確信したのは買い物している時だね」
「それは気配でわかったのですか? それとも視線を感じたのですか?」
「むしろ、周囲の視線かな? オレ達の死角に視線が集中していたからねぇ」
「なるほど。ところで、そろそろ夕食の時間ですから、場所を移動しませんか?」
「うん、悪びれるどころか気にしてすらいないキミに脱帽だよ、茶々緒」

 気付かれていては仕方がない。四人はあきらめて、渋々ながらもアセナの前に出て来る。

 あ、上から順にエヴァ・木乃香・刹那・茶々緒の言葉と それに対するアセナの返答である。
 まぁ、キャラが立っているので明記しなくても大丈夫だっただろうが、念のためだ。

 ちなみに、この後は みんなで楽しく食事をしただけで特筆すべきことは何もなかったらしい。

 アセナ達が喫茶店を出た後、男子トイレに放置された男性二名が店員によって発見されるが、
 それはアセナ達には関係ない(に違いないと思われる)ので、特筆すべきことはないったらない。
 その男性二名がフカヒレと宮元で「刻の涙を見た」とか言っていたが、きっと関係ない筈だ。

 監視カメラの映像では「リア充は死ねよやぁあ」と襲い掛かって返り討ちにあったらしいが、それでも関係ないに違いない。



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Part.07:アルビレオは今


 食事も恙無く終えたアセナは家に帰った。もちろん、同居している茶々緒も一緒だ。
 他の娘達と別れる際、他の娘達から殺気が滲み出たように感じたのはアセナの気のせいに違いない。

 そんなことがありつつも無事に帰宅したアセナは、茶々緒を下がらせるとアルビレのもとへ『転移』した。

「こんばんは、オレです。無事にデートを終えたので報告に来ました」
「お疲れ様でした。早速で申し訳ありませんが、詳細な報告をお願いします」
「申し訳有りませんが、お断りします。どうせ覗いていたんでしょう?」
「ええ、もちろんです。ですが、だからこそ貴方の口から聞きたいのですよ」

 悪びれもせずにアルビレオはデートを覗き見していたことを認める。さすがと言うべきだろうか?

「つまり羞恥ブレイですね? ……わかりますので、拒否します」
「おやおや、連れないですねぇ。少しは付き合って下さいよ」
「では、別の話題に移りましょう。それなら付き合いますよ」
「せっかちですねぇ。世間話くらいしても罰は当たりませんよ?」

 絡んで来るアルビレオを「ですが、時間は有限です」とバッサリ切り捨てるアセナ。実にマイペースだ。

「むぅ……それでは、一つだけ聞かせて下さい」
「仕方がないですねぇ。一つだけですよ?」
「では、ネギ君とのデートは楽しかったですか?」
「……ええ、楽しかったですよ。とてもね」
「そうですか……それだけ聞ければ充分です」

 渋々ながらもアセナは真剣に答える。もしかしたら、アルビレオの意図を察したのかも知れない。

 そう、アルビレオの訊ねたことは「何てことないこと」だったが、アルビレオにとっては重大なことだったのだ。
 と言うのも、友人の少ないアルビレオにとってナギ・スプリングフィールドは希少な友人であるため、
 そんなナギ・スプリングフィールドの娘であるネギが幸せになることをアルビレオは望んでいるからである。

 アルビレオの性格が捻じ曲がっているのは否定できないが、捻じ曲がっているだけではないのも否定できないだろう。

「それでは、そろそろ本題に入ってもいいでしょうか?」
「ええ、構いませんよ。どうやら お疲れのようですからね」
「……わかっているのでしたら、サクッと お願いします」
「では……例の大発光は貯蓄する方向で行くのですか?」
「ええ。準備が予定通りですので、計画も予定通りです」

 この会話から判断できる通り、『アンドロメダ』がダメな時は貯蓄をあきらめる予定だったのである。
 そして、その事情をアルビレオが知っていることから察せられる通り、アルビレオもアセナの協力者なのである。

 ……実は、アセナには超に話していないがアルビレオには話している『とある計画』がある。

 その内容は ここで語るべきことではないので割愛するが、重要なのは超が知らないのにアルビレオが知っていることだ。
 まぁ、そうは言ったものの、その理由は信頼度の問題ではない。アルビレオには隠し事ができないので教えただけでしかない。
 だが、そのような理由であったとしても、陰謀とも呼ぶべき『計画』に共謀者がいることは非常に大きな意味を持つ。
 何故なら、人間とはミスをする生き物だからだ。ミスがないように気を付けていてもミスをしてしまうのが人間だからだ。
 そう、それ故にアセナだけでは気付かないミスにアルビレオが気付いてくれるかも知れない。つまりは、そう言うことだ。
 それに、ミスだけでなく、アイディアもアセナだけより幅が広がるだろう。一人よりも協力した方が利点はあるのである。

 しかし、だからと言って「単純に人数を増やせばいい」と言う訳でもない。

 故意・過失を問わず、情報と言うものは取り扱いに注意しなければ どうしても外部に漏れてしまうものだからだ。
 それは、人数が増えれば増える程より顕著になる(組織の末端に重要な情報が知らされないのは そのためだ)。
 それも踏まえて考えると、アルビレオは共謀者に足り得る『十分条件』を満たしている存在、と言えるだろう。
 ちなみに、共謀者に足り得る『必要条件』が「信頼できること」であり、アルビレオが それも満たしているのは言うまでもない。
 アセナとアルビレオは「魔法世界を救う」と言う点で目的が一致しており、その点にはおいては互いに信頼できるのである。
 そう、二人を繋ぐのは「被害者と加害者」の繋がりだけではない。「魔法世界を救う」と言う点で深く結託しているのだ。

「……なるほど、わかりました。では、私の方で進められることは進めて置きます」

 既に二人の間で『計画』の話し合いは何度も行われため、アルビレオも『計画』に対する理解は深い。
 それ故に、アセナは「何をしてもらうか」について言及することなく「ええ、お願いします」とだけ返す。

「あ、そう言えば、魔法世界に行くまでに記憶が戻らない時は『記憶の復活』も お願いしますね?」
「ええ、わかっていますよ。とは言っても、可能な限り自然に思い出して欲しいんですけどね」
「まぁ、それはオレも同感です。『記憶の復活』は、ちょっとばかりショックが強いですからね」

 おわかりだろうが、ここでアセナが言っている『記憶の復活』とは『アセナ』と『黄昏の御子』の記憶を魔法的な処置で無理矢理 思い出すことである。

「また自分を見失ってしまったら……またフィレモンさんに『扮していただく』ことになり兼ねませんからねぇ」
「……ほほぅ? その言葉から察するに、誰かがフィレモンさんに扮した訳ですか? 一体、何処の何方ですか?」
「麻帆良の地下に引き篭もっている、『変態司書』の二つ名を欲しい侭にしているアルビレオ・イマと言う方ですね」
「あれ? つまり、私じゃないですか? って言うか、『変態司書』って呼んでいるのは実は貴方だけですからね?」
「後半はスルーするとして、誕生日(20話)と京都最終日(30話)ではお世話になりました。ありがとうございます」

 つまり、20話と30話の冒頭で描かれた夢に出て来たフィレモンはアルビレオである とアセナは言いたいのだ。

「…………はぁ。どうやら、惚けてみても無駄なようですね」
「ええ。と言うか、もう隠す必要はないんじゃないですか?」
「それでも、秘密にして置きたいのが私のジャスティスです」
「そんなジャスティスなど燃えるゴミと一緒に捨ててください」

 確信を持って問い掛けるアセナの様子に、アルビレオは誤魔化すことをあきらめたようだ。

「まぁ、それは置いておくとして……何故、私だとわかったのですか?」
「むしろ、貴方とフィレモンさんが別人である と考える方が不自然では?」
「……そうでしょうか? 一応、キャラを変えていたつもりなんですけど?」
「いえ、キャラ云々で気付いた訳ではありません。直感による推論です」

 そもそも、アセナは「フィレモンさんがナギを那岐に憑依させた」と考えていた。

 だが、アルビレオとの会話で、それを為したのがアルビレオであることがわかった。
 ならば、「フィレモン = アルビレオ」と考えるのは、おかしいことではない。
 そうでなければ、フィレモンが何故に出現したのか意味がわからないからだ。

 まぁ、ペルソナとのクロスに移行するのなら意味はあるのだろうが……そんな訳がない。

「なるほど。それっぽいキャラだったので利用させていただきましたが、逆に それが仇となりましたか」
「と言うか、まんまパクるのはやめましょうよ? せめて、インスパイアくらいにして置きましょう?」
「そうですねぇ。個人的にフィレモンさんが大好きだったとは言え、まるパクリはダメですよねぇ」
「その気持ちはよくわかります。オレが同じ立場だった場合、まんまパクっていた自信がありますから」

 妙なところでわかり合う二人だが、二人とも「同好の士を見付けた」だけで終わるようなキャラじゃない。

「ところで、フィレモンさんを騙った理由ですけど……『それっぽいキャラだから』だけじゃないですよね?」
「……ええ、もちろんです。先程も話していた通り、フィレモンさんが大好きだったからでもあります」
「ああ、そうでしたね。ですが、オレが言いたいのはそうじゃありません。と言うか、わかってますよね?」

 ――そもそも、何故にアルビレオはフィレモンを騙ったのか?

 アセナ等の言う通り「夢に立つ存在として相応しかったから」と言うのは間違いではないだろう。
 だが、行為者はアルビレオだ。当然のことながら「それだけ」が理由である筈がない。
 そこには「人格は仮面と変わらない」と言うメッセージもあったのではないだろうか?
 つまり、それぞれの人格は、那岐の仮面・ナギの仮面・アセナの仮面でしかないのだろう。
 そう、アルビレオは「仮面のことを気にする必要はない」と言う『許し』を示していたのだ。

 少し無理のある解釈だが、態々「ペルソナの登場人物」を利用したことを考えると妥当だろう。

「……敢えてわからないことにして置きましょう。何故なら、そっちの方が面白そうですから」
「そうですか。そう言うことなら、勝手に感謝して置きます。何故なら、オレが感謝したいからです」
「おやおや、随分と我儘な方ですねぇ。まぁ、それくらいじゃないと生きるのがツラい状況でしょうが」

 何故かアセナの周囲には厄介事が集まる。アセナが望んだこともあるが、望んでいないケースの方が圧倒的だ。

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「ああ、そう言えば……那岐の記憶の件も、ありがとうございました」

 精神的に疲れていたアセナとしては早く休みたかったのだが、気か付くと雑談になっていた。恐るべきは、変態同士のシンパシーだろう。
 まぁ、雑談の内容は本当に雑なものなので割愛するが……雑談が一区切りしたところでアセナが何でもないことのように切り出したのである。

「はて? 那岐君の記憶の件? ああ、川で溺れた時の記憶を復活させた件ですね?」
「いえ、それもありますけど、そうではなくて他の諸々の記憶のことについてですよ」
「……それも気付いてらしたんですか? うまく誤魔化せていたと思ったんですがねぇ」

 エヴァ戦(11話)以降、アセナは夢の中で「那岐の記憶」を見ることがあった。

 それは、アルビレオの施した『封印』をアセナが無意識に『解除』していたから起きたことだった。
 そう、『記憶消去』への忌避感から記憶操作係の魔法を無意識に『無効化』していたのである。
 いや、正確に言うならば、無意識にでも解けていくように封じてくれたから、解けていったのである。

 それ故に、アセナはアルビレオに感謝せざるを得ないのだ。

「那岐の記憶を封じていたのは、オレが『オレとして』生活できるようにでしょう?」
「まぁ、概ねそうです。魔法無効化能力に気付くことは想定できていましたからね」
「そして、徐々に復活するようになっていたのは、オレが混乱しないようにですね?」
「まぁ、概ねそうです。ただ、京都で大部分が解けてしまったのは想定外でしたが」
「ああ、そうだったんですか。だから、あの時はアレ程のショックを受けたんですか」
「まぁ、概ねそうです。と言うか、あんな展開を予測したうえで放置はしませんって」
「確かに、ああなることを予測していて何もしないなんて、道を踏み外し過ぎですよねぇ」

 京都での記憶解放はタカミチが身を挺してアセナを庇ったことが切欠となったので、それを想定していたとなると鬼畜もいいところだろう。

「私に外道の気があることは認めますが、いくら何でも知人の命を危険に晒したりしませんって」
「わかっていますよ。オレだって外道っぽい気はしてますが、そこまでは堕ちてはいませんからね」
「そうですよねぇ。怪我くらいならば放置する可能性はありますが、命までは放置しませんよねぇ」
「まったく以って その通りです。仮に命を危険に晒すことがあっても、晒すのは自分の命ですよねぇ」
「まぁ、敢えて補足するとしたら、私に命を預けてくれるような『奇特な方』の命も含まれますかね」

 アセナは「まぁ、そうですね」と相槌を打つだけに止め、アルビレオの少し寂しげな声音に気付かない振りをする。

「話は戻りますが……諸々を含めて、本当にお世話になりました。貴方には感謝してもし足りません」
「……そうですか。でも、別に感謝は要りませんよ? 私は単に『責任』を果たしただけですからね」
「そう言うことならば、オレも『責任』を果たすことで感謝に変えます。それならば問題ないでしょう?」
「まぁ、そうですね。と言うか、そう言われてしまうと頷かざるを得ないくらいに、問題がないですね」

 アルビレオの言う『責任』とは、ナギを憑依させた行為に対しての責任のことだろう(つまり、照れ隠しだ)。

 そんなアルビレオに対してアセナの言った『責任』とは何だろうか? 間違いなく、それは魔法世界を救うことだろう。
 アセナに その記憶はないが、自身がウェスペルタティア王国の王族であることをアセナは知識として知っている。
 それ故に、王族として国民を――引いては国民を擁する魔法世界を救おうとするアセナは否定される訳がないのだ。
 そう、言い換えるならば、アルビレオの照れ隠しに対してアセナは反論できない理由で感謝を示したのである。

 ……まったく以って面倒な男達である。だが、それ故に見ていて面白いのかも知れないが。


 


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オマケ:小さな大冒険


 これはアセナとネギのデートの翌日、つまり、5月25日(日)の出来事。

 実は「何かに使えるかも知れない」と言う理由で、アセナはネギから『年齢詐称薬』を分けてもらったいた。
 そして、物は試しとばかりに、赤いキャンディー(食べると若返る)を食べて子供の姿になったのだった。

(おぉ!! 何と言うショタ!! とりあえず、これを『ちびアセナ』と名付けよう!!)

 子供(7歳児くらい)になったことでテンションが高くなったのか、妙な思考をするアセナ。
 だがアセナはアセナでしかない。アセナは子供であることを最大限に利用するために街に繰り出したのだ。
 子供料金を楽しむも善し。子供しか入れないところに入るも善し。今のアセナは自由なのである。

 ……そう、こうしてアセナの「小さな大冒険」は始まったのだった。

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 何をしても自由な筈なのに、何故かアセナは麻帆良教会に来ていた。

 いや、まぁ、考えるまでもなく、ココネに会いに来たので、何故かもクソもないのだが。
 きっと、今のアセナならココネとイチャイチャしても合法だからだろう。実にわかりやすい。

 だが、残念なことにココネは不在だった。しかも、美空もいなかった(きっと二人で出掛けているのだろう)。

 これでは、ココネを待つまでの間 美空で暇潰しすることもできないじゃないか?
 美空がいなかったことへの文句を「暇潰しができないから」と言う言い方にするアセナ。
 別にツンデレではない。純粋に、誰も話し相手がいないから寂しいだけである。多分。

(仕方がない。何処かで時間を潰して来よう)

 そう結論付けたアセナは教会を出ることにした。その、途中だった。『事件』が起きたのは。
 アセナが教会を出る直前、ドアに手を掛けたところでシスター・シャークティが教会に入って来たのだ。

「……あら? 可愛い お客様ね?」

 いつものキッツイ雰囲気を何処かに投げ捨てたかのように、穏やかに微笑むシャークティ。
 いつもはコスプレかと疑いたくなるが、今なら何処からどう見てもシスターに見える感じだ。
 かなり失礼な表現だが、アセナの率直な感想だ。きっと、美空もココネも同意することだろう。

「し、しつれいしました。かってに はいって しまって、ごめんなさい」

 舌っ足らずと言うか、舌がうまく回らずに聞き取りにくい発音になってしまう。
 しかも、声変わり前の声なので、アセナとしては違和感しかない発声になってしまう。
 まぁ、傍から見たら容姿に見合う可愛らしい声と喋り方なので、特に問題はないが。

「あらあら? 別に気にしなくていいわよ?」

 ちびアセナの大人びたセリフと子供らしい声音に、シャークティは菩薩のような笑顔を浮かべる。
 いや、シスターに菩薩と言う表現は正しくないので、ここはマリア様とでも言うべきだろか?
 とにかく、そう言った表現するのが適当な程に今のシャークティの笑顔は慈愛に満ちていたのだ。

「それよりも、何か御用があって来たのでしょう? ゆっくりしていっていいのよ?」

 慈愛に満ちた笑顔のままシャークティがさりげなくアセナの肩に手を置く。
 そして、ゆっくりとだが拒否を許さない様な仕草で教会の奥に誘う。
 もちろん、空いている方の手で教会の扉(と鍵)を閉めることも忘れない。

 ……何故かカチャリと言う鍵を閉める音がヤケに響いた気がするが、きっと気のせいだろう。

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「そう言えば、お名前は何て言うのかしら?」

 奥に通されたアセナは、ココアとクッキーを振舞われていた。しかも、ポジョションはシャークティの膝の上だ。
 もちろん、アセナとしては拒否したかったのだが、シャークティの圧力がハンパなくて拒否できなかったのである。
 ちなみに、シャークティは頬を薄く染めて幸せそうな笑顔を浮かべている(ニコニコではなくニヤニヤだが)。

「え~~と……セ、セナっていいます」

 名前を考えてなかったので、咄嗟に『アセナ』から『セナ』だけを抽出してみた。
 ヒドく安直だが、他に思い付いたのが『ちびアセナ』しかなかったので仕方がない。
 それに、シンプル・イズ・ベストだ。安直でも単純でも、わかりやすい方がいいだろう。

「まぁ、セセナ君と言うの? とてもいいお名前ね?」

 いや、最初の『セ』は噛んだだけなんだけど…………まぁ、それでいいか。
 アセナは訂正するのも面倒だったので、『セセナ』で妥協することにしたようだ。
 某狩人漫画の『ジャジャン拳』のネーミングと一緒だ。まぁ、それでいいのだ。

「じゃあ、セセナ君。お姉さんと一緒に遊びましょうか?」

 別に遊ぶのは吝かではない。ただ、鼻息が荒いのが気になるだけだ。
 と言うか、シャークティは どんな『遊び』をするつもりなのだろうか?
 何故かわからない(ことにして置く)が、アセナの本能が警告を発している。

 このままではヤバい と。喰われる と。と言うか、XXX版に飛ばされる と。

「えう? お、おねえさん? ちょっと おめめが こわいですよ?」
「大丈夫です。あと、私のことは『お姉ちゃん』と呼んでください」
「なにが だいじょうぶ なんですか? とっても ふあん ですよ?」

 きっと、『お姉さん』ではなく『お姉ちゃん』なのはシャークティのこだわりだろう。
 アセナが『お兄さん』と呼ばれるよりも『お兄ちゃん』と呼ばれたいことと同じ様なものだ。

「それでも大丈夫です。ですから、『お姉ちゃん』と呼びましょうね?」

 シャークティは満面の笑みを浮かべているが、それは何処か肉食獣を思わせる。
 威嚇されている訳ではないのに、獰猛さを感じるのはアセナの気のせいだろうか?
 と言うか、口の端に浮かぶ涎は どう言う意味だろう? 食べる気なのだろうか?
 いや、わかっているだろうが、食事的な意味ではなく、もちろん性的な意味で、だ。

 まぁ、貞操の危機を感じたアセナがシャークティの隙を付いて『転移』で逃げたのは言うまでもないだろう。

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 ……後に、シャークティはこう語る。

「神蔵堂君が『幼女は人類の至宝』と、よく言っていますが、
 『幼女は人類の至宝』ならば『幼児は人類の希望』ですね」

 そう、シャークティは『変態と言う名の淑女』に開眼したのだった。


 


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後書き


 ここまでお読みくださってありがとうございます、カゲロウです。
 当初は軽く修正するつもりだったのですが、修正点が多かったので改訂と表記しました。


 今回は「ネギとのデートなんだけど、メインは別だった」の巻でした。

 いえ、ラブコメを書こうとしたのですが……何故かラブ分が少なくなってしまいました。
 と言うか、もっとイチャイチャさせたかったのに、イチャイチャの描写ができませんでした。
 ネギがメインの筈なのに、木乃香やエヴァに出番を取られているのも意味不明です。

 ところで、実を言うと、今回は意識してコメディを多めにしてシリアスを間に挟むようにしてみました。

 本当はコメディオンリーにしたかったんですけど、コメディオンリーはボクには無理みたいです。
 気が付くとシリアスっぽい流れになっちゃうんです。どうやらシリアスの方が好きみたいですね。
 ですが、シリアスオンリーだと、それはそれで嫌みたいです。書いていて筆が止まるんです。

 よって意識的にコメディを多くすれば、シリアスとのバランスがちょうどよくなるんじゃないかと思います。

 まぁ、この作品は「基本コメディ、時々シリアス」を目指している作品ですので、今更な話なんですけど。
 でも、最近は「メインはシリアス、偶にコメディ」になりつつあるので、自戒みたいなものですね。

 最後になりましたが、シャークティが壊れた件は「だって、この作品だもん」と言う開き直りで行こうと思います。


 では、また次回でお会いしましょう。
 感想・ご意見・誤字脱字等のご指摘、お待ちしております。


 


                                                  初出:2011/07/22(以後 修正・改訂)



[10422] 第39話:麻帆良祭を回ってみた(前編)【改訂版】
Name: カゲロウ◆73a2db64 ID:b259a192
Date: 2013/04/06 21:57
第39話:麻帆良祭を回ってみた(前編)



Part.00:イントロダクション


 今日は6月20日(金)。

 アセナがネギとデートを楽しんでから一月程の時が流れた。
 この一ヶ月の間、アセナが何を考え何をしていたのか?
 それは後の機会に語るとして、今は今日を語ろう。

 そう、今日から麻帆良学園の学園祭――麻帆良祭が開催されるのである。


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Part.01:麻帆良祭概論


 6月20日(金)から6月22日(日)まで、第78回麻帆良祭が開催される。

 原作では、魔法関係者は大発光の対策として告白阻止のための警備が課せられていたが、
 アセナの施した対策(アンドロメダで大発光を未然に防ぐ)で告白阻止そのものが不要になったため、
 魔法関係者は「羽目を外し過ぎて迷惑行動しちゃう困った人達」などを取り締まるだけになった。

 そのうえ、事前に超の方向性を修正していたので、原作で起きた一連の超イベントも起こらない。

 よって、超が大発光対策会議を覗き見することもなければ、ネギに『航時機(カシオペア)』を渡すこともない。
 それに、龍宮神社で開催される『まほら武道会』も超の梃入れがないので、ショボい大会のままである。
 更に言うと、超が転校することもないし、魔法バラシを画策することもないので、火星ロボも攻めて来ない。

 つまり、普通の学園祭にしかならないのである(まぁ、規模を考えると『普通』ではないのだが)。

「確かに、麻帆良祭は普通の学園祭ではない。開催期間中、麻帆良学園は一大テーマパークの様相すら呈する。
 バイタリティ溢れる麻帆良の学生達による技術と熱意を結集したイベントやアトラクションが学園各地で開かれ、
 その噂を聞き付けた観光客が県内だけでなく関東圏からも家族連れを中心に集まっており、年々増加傾向にあるしな。
 何でも去年の入場者数は延べ約40万人だったらしいので、今年は40万人を越えることが予想されているらしいぞ?
 まぁ、世界でもトップクラスの規模を誇る学園都市である麻帆良の全校合同イベントだから当然と言えるがな。
 余談となるが、ここ数年は商業化が加速しており、一説には一日で二億六千万もの金が動くとも言われている。
 中には三日間で数千万を稼ぐサークルや生徒もいるそうだ。と言うか、超 鈴音の一派が まさにそうだろうな。
 ちなみに、ジジイの話では元々は国際化に対応した自立心の育成のために営利活動の許可を出したらしいぞ?」

「……なるほどねぇ。いやぁ、非常に長い説明、本当に ありがとうございました」

 とても楽しげに説明してくれていたので止めるのも無粋と判断したアセナは黙って聞いていた。
 まぁ、それだけ麻帆良祭を楽しみにしていたのだろう。もちろん、説明の主はエヴァである。

「ええい!! 生暖かい笑顔を浮かべるな!! 別に楽しみになどしておらんぞ!!」
「って言うか、その格好は何を狙ってるの? まさかのロリコンホイホイ?」
「う、うるちゃい!! お祭り気分に乗っかってやっただけだ!! 他意はない!!」

 現在のエヴァの服装は、原作と同じ様にフリルをふんだんにあしらった白ロリなファッションである。
 エヴァにはエヴァなりのコダワリがあるのだろうが、アセナには幼い容姿を際立たせている様にしか見えない。

「まぁ、それはともかくとして……オレ、行くところがあるから、また後でね~~」

 このままエヴァと不毛な会話を続けるのも一興ではあるが、生憎とアセナには予定がある。
 原作のネギほど過密なスケジュールではないが、それなりに忙しい三日間になる予定なのだ。
 エヴァのための時間は三日目に確保してあるので、今は別の予定を優先すべき時だろう。

 そんな訳で、アセナは後ろ髪を引かれつつもエヴァと別れて目的地へ向かうのであった。



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Part.02:せっちゃんを引っ張り回してみた


「ほな、楽しんで来てな~~♪」

 木乃香が満面の笑みでアセナと刹那を送り出す。そう、アセナの予定とは刹那と学園祭を見て回ることであったのだ。
 では、何故に木乃香が二人を送り出したのか? 答えは単純で、ネギの『世話』を木乃香に任せたからである。
 この木乃香の敵に塩を送るような行為だが、余裕から来るもの……ではない。あくまでも先行投資でしかない。

 余談だが、茶々緒は非常事態に備えてストーキング――じゃなくて物陰から見守っているので、有事の際も安心である。

「……じゃあ、行こうか、せっちゃん」
「え、ええ、行きましょう、那岐さん」

 自然体のアセナに対して、刹那は少々――いや、かなり、ぎこちない。それだけ緊張しているのだろう。
 もちろん、二人の間に温度差がある訳ではない。アセナも刹那とのデートを楽しみにしていたのは確かだ。
 単にアセナがデートに限らず女性と絡むことに慣れており、刹那が男性そのものに慣れていないだけだ。

 アセナとしては『純』な刹那を見ているのは、それはそれで和む。だが、やはり、普段通りの『自然体』な刹那の方がいい。

「まぁ、緊張するな とは言わないけど……もう少し落ち着かない?」
「い、いえ、わ、私は落ち着いておりまするでござりまするよ?」
「……うん。オレが悪かった。時間はあるから、ゆっくり行こう?」

 とは言え、言って直るのなら世話はない。時間が解決してくれるのを待つくらいしかできないだろう。

「す、すみません。改めて学デートと考えてしまうと緊張してしまって……」
「じゃあ、『学園祭デート』じゃなくて『一緒に学園祭を回るだけ』って思ってみる?」
「そ、そうですね。そう考えれば、少しは緊張が解れる気がしないでもないです」

 別に焦る必要はない。無限とまでは言わないが、時間に余裕はあるのだ。
 少なくとも、午前中いっぱいは刹那と過ごせる予定になっているのだから。

「じゃあ、まずは工科大のアトラクションを楽しみたいんだけど、それでいいかな?」

 気を取り直したアセナは、刹那のエスコートを始める。しかも、アセナの希望を確認する と言う、刹那の性格をよく理解したエスコートをだ。
 最初は刹那に確認を取る形だが、「オレは満足したから、次は せっちゃんね」と言う風に、段々と刹那の希望を引き出す予定なのだ。
 ちなみに、麻帆良の工科大は本物の遊園地等のアトラクションも手掛けている本格派だ。「学園祭レベル」を越えたものが期待できるだろう。

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 …………………………………………………………

 そんなこんなで、アセナと刹那は『ギャラクシーウォー』や『ディノハザード』などの様々なアトラクションを巡った。

「いや~~、楽しかった。さすがは麻帆良だねぇ」
「そうですね、とっても楽しかったです」
「うん、せっちゃんも楽しめたようでよかったよ」

 刹那の性格上、楽しくなくても「楽しかった」と言いそうだが、自然な笑顔を浮かべているのを見る限り、今回は本当に楽しかったようだ。
 誘った手前、楽しんでもらえないのはツラい。これがフカヒレとかなら自分だけ楽しむのも有りだが、相手が刹那なので そうもいかないのだ。

「ところで、せっちゃんって射撃もうまいんだね? ビックリだったよ」
「い、いえ……以前、龍宮に嗜み程度に教えてもらったんです」
「アレで嗜み程度なんだぁ。フカヒレが聞いたら泣くだろうなぁ」

 刹那の射撃の腕前はアセナよりは劣るもののフカヒレを圧倒していた(ゲーセンでの対戦からの比較)。才能の差って怖い。

「いえ、さっきのターゲットは決まったパターンで動いていましたから、
 私でもターゲットの動きを予測して当てることが可能だっただけです。
 実戦では あんなにうまく行きませんよ。狙っている間に避けられます」

 銃と言うものは、着弾するまでに「構えて、狙って、撃つ」と言うタイムラグが生じる。

 そのどれもが僅かな時間でしかない。だが、実戦では、その『僅か』が重要となる。
 僅かな時間であっても相手は回避に成功する。刹那は『そのレベル』で戦っているのだ。
 故に、『遊び』では余裕だが、『実戦』では通用しない。それが刹那のレベルなのだ。

 ……フカヒレは関係者ではあるが、戦闘要員ではなく後方支援なので射撃の腕については気にしてはいけない。

「そっかぁ。そう言えば、オレも京都の時『指パッチンでカマイタチ』を命中させられなかったなぁ」
「指パッチンでカマイタチ、ですか? あ、就学旅行の時に使っていたアーティファクトですね?」
「まぁ、概ね合ってるんだけど……アーティファクトは公式設定で、実際は魔法具なんだけどね」
「そうなんですか? 高畑先生が『自分と似た攻撃手段のアーティファクトだった』と喜んでましたよ?」

 アーティファクトとは、主従の相性で多少の差異が生まれるものの『基本的には持主に合ったもの』が選ばれる。

 つまり、アセナのアーティファクトが「見えない攻撃を行うもの」だ と勘違いさせられたタカミチは、
 自身の扱う無音拳とアセナのアーティファクトを「見えない攻撃」と言う点で「似ている」と捉え、
 思わず「師匠、『無音拳』は那岐君に根付いているようです」と心の中の師に語ったくらいに喜んだのである。

「……タカミチには、後で御飯でも作ってあげながら事情を説明して置くよ」

 事実を伝えた時のタカミチのショックは「推して知るべし」であるため、
 アセナはタカミチに手料理を振舞って喜ばせてから事実を伝えることにしたようだ。
 上げて下げることになるのか? 喜びでショックを緩和することになるのか?
 それは蓋を開けてみないとわからないが、何故か前者になる気がしてならない。
 きっと刹那も そう思ったのだろう。「逆効果では?」と言いた気な目で見ていた。

「ま、まぁ、それはともかく……ちょっと小腹が空いて来たから、次は模擬店に行こうか?」

 あからさまな話題の転換だが、刹那としても続けたい話題ではないので「ええ、そうですね」と応じる。
 いや、少しばかり薄情かも知れないが、デート中に保護者の話題をしたい女子中学生の方がおかしいだろう。

 まぁ、タカミチ云々は刹那から持ち出した話題だが、そこは気にしてはいけない。それがみんなの幸せだ。

「あ、ところで、何か食べたいものはあるかな?」
「じゃ、じゃあ、ク、クレープが食べたいです」
「ん、了解。正統派から邪道まで何でも紹介できるよ?」
「……邪道、ですか? クレープに邪道があるんですか?」
「確か、韓研部がプルコギ クレープを出してたよ?」

 ちなみに、韓研部とは「韓国文化研究部」の略である。あ、プルコギについてはググッてください。

「ちなみに、生クリームもフルーツもタップリだってさ」
「そんな世にも恐ろしい食べ物は遠慮して置きます……」
「うん、まぁ、オレもネタや罰ゲームじゃないと嫌かなぁ」
「……つまり、それなりの理由があれば食べるんですね?」
「だって、両者が絶妙なハーモニーを奏でるかも知れないでしょ?」

 刹那は「きっとダメな方向で相乗効果だと思います」と思ったが、苦笑いするだけに止めた。そう、それが刹那の優しさなのだ。

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「じゃあ、次は天文部にでも行ってみようか? プラネタリウムをやってるんだってさ」

 結局、アセナは「物は試しだよね?」と言ってプルコギ クレープを食べ(「そこそこイケた」らしい)、
 刹那は無難に別の店(鶏愛好会)にあった「抹茶クレープ、生クリーム特盛」を美味しく食べた。
 ちなみに、鶏愛好会がクレープ(鶏卵を使用する料理)を扱っているのは、食べる方の愛好なので何も問題ない。

「プラネタリウムですか。確か、昼でも星が見られるんですよね? 私、初めてです」
「そう言えばオレも初めてかも? まぁ、学園祭とは言え麻帆良のだから期待しよう」

 刹那の生い立ちを考えると、プラネタリウムが初めてなのは当然かも知れない。だから、アセナは別に驚かない。
 と言うか、アセナも(前世を含めて)プラネタリウムに行くのは初めてなので むしろ同感である。
 某ときめきな思い出ではポピュラーなデートスポットだったが、地方ではマイナーなのではないだろうか?

 少なくとも、作者の住んでいる地域では「プラネタリウムって何処にあったっけ?」と言うレベルである(かなり どうでもいい)。

 ……………………………………
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 …………………………………………………………

「……わぁ、綺麗ですね」

 もちろん、「せっちゃんの方が綺麗だよ」などと言う訳がない。そんなのは、アセナのキャラではない。
 そもそも、そんなこと言ったとしても「はぁ、そうですか」と冷めた反応しか返って来ないだろう。
 いくら刹那でも「そ、そうですか?」とか言って照れたりはしない……筈だ。多分。きっと。恐らくは。
 冷めた反応も困るが、反応が良過ぎても困る。つまり、下手なことは言わない方がいいのだ。沈黙は金だ。

「うん、星空なんて見慣れているつもりだったけど、綺麗だねぇ」

 そもそも、世界樹の恩恵で麻帆良の空気は澄んでいるため、都市部に位置しながらも麻帆良は割と綺麗な星空が見られる。
 それに比べ、この星空は「科学で作られた人工の星空」に過ぎない。しかし、それなのにアセナは素直に綺麗だ と感じていた。
 そう感じるように計算された演出がされているのだろうか? それとも、アセナの心境が そう感じさせているのだろうか?
 答えはわからない。だからアセナは「見慣れている筈なのに何で綺麗に見えるんだろう?」と自身に問うように呟くだけに止めた。

「きっと、貴方と見ているからこそ、綺麗だと感じられるんだ と思います」

 別に答えを求めていた訳ではない。つい口に出しただけの言葉だった。
 だから、アセナは反応があったことに驚いたし、その反応の内容にも驚いた。
 何故なら、アセナが考えないようにした可能性をアッサリと肯定したからだ。

「……せっちゃん、ストレート過ぎて どう反応すればいいかわからないよ?」

 もちろん「実はオレも そう思っていたんだ」などとは言わない。アセナは素直ではないのだ。
 だから、アセナは敢えて茶化すような反応を返した(見る人が見れば、照れ隠しだとバレバレだが)。

「はぅっ!? い、今のは つい本音が漏れただけで、決して他意はありませんよ?!」
「OK、OK。大丈夫、わかっているよ。だから、今は星空を堪能しようね?」
「うぅ~~、何でそんなに落ち着いてるんですか? 私がバカみたいじゃないですか?」
「単に落ち着いているように見えるだけさ。内心はドッキドキでパニクりそうだよ?」

 幸いなことに刹那にはバレていなかったが、アセナは慌てる刹那を落ち着かせるために少しだけバラす。それがアセナの優しさなのだ。

「ほ、本当ですか? 那岐さんが この程度で慌てるだなんて信じられませんよ?」
「あれ? せっちゃんのオレに対するイメージが凄いことになってない?」
「だって、那岐さんは常に落ち着いてますし、女性関係に手慣れていますし……」
「否定できないのがツラいところだけど……オレって、けっこう純情なんだよ?」
「……そうですか。那岐さんが そう仰るのでしたら、ここは信じて置きます」

 あきらかに信じられていない気はするが、「まぁ、落ち着かせることには成功したから いいか」と苦笑混じりに納得するアセナだった。

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「ん~~、そろそろ お昼の時間だね? と言うことで、最後は『お料理研究会』で お昼を食べるんでいいかな?」

 星空と甘い空気を充分に堪能した二人は、プラネタリウムを出た。そして、次の目的地――と言うか、二人で回る最後の場所について話していた。
 ちなみに、ブラネタリウムを出たのは、別に「ラブコメってんじゃねぇよ!!」と言う周囲からの圧力に耐え切れなくなったからではない。
 普通に上演時間が終わったので出て来ただけである。と言うか、周囲もラブコメな空気を醸し出していたため圧力なんて存在しなかったし。

「ええ、構いません。むしろ、キワモノ――じゃなくて、個性的な食べ物じゃないので万々歳です」

 余程 先程のプルコギ クレープのインパクトが大きかったのか、刹那は らしくない辛辣な表現をする。
 アセナとしては「キワモノはキワモノで割とイケるんだけどなぁ」とは思うが、敢えて反論はしない。
 人には それぞれ嗜好がある。己の嗜好を理解してもらえないことなど日常茶飯事だ。気にすることではない。

 まぁ、そんなこんなで二人は『お料理研究会』で昼食を摂ることにしたのである。

「う~~ん、さすが『さっちゃん』だねぇ。オーソドックスな料理が高レベルで仕上げられてるよ」
「そうですね、どれも とても美味しいです。ところで、『さっちゃん』とは誰のことでしょうか?」
「…………さっちゃんはね、さちこって言うんだ、本当はね? でも、小っちゃいから(以下略)」
「つまり、都合が悪いので誤魔化したいんですね? ……わかりたくありませんが、わかりました」

 楽しい筈の昼食が殺伐とした空気になったのは、アセナが迂闊なせいだろうか? それとも、刹那が嫉妬深いからだろうか?

「いや、別に疚しいことがある訳じゃないよ? ただ、せっちゃんが怖かったんで和ませただけだよ?」
「全く和んでません。むしろ、殺意が沸きました。と言うか、疚しいことがないなら説明してください」
「うん、ぶっちゃけ、さっちゃんとは超包子で知り合っただけだから。マジで疚しいことはないから」
「……つまり、さっちゃんとはウチのクラスの四葉のことですか。だったら最初から そう言ってください」

 アセナとしては「勘違いしたのは、せっちゃんじゃないか」と思うが、ここで言い返しても泥沼にしかならない。そのため、素直にアセナは謝った。

 ちなみに、アセナの言葉で おわかりだろうが、さっちゃんこと四葉 五月とアセナは既に面識がある。
 学園祭の前に、超から「一応、サツキも協力者なのデ紹介して置くヨ」と紹介してもらったのである。
 超とアセナの『計画』には直接的な関係はないが、経済活動(超包子の運営)には関係しているためだ。

 どうでもいいことだが、アセナは五月の料理の腕をリスペクトしており「いつか越えてみせる」と思っているとか いないとか。



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Part.03:狐っ娘ネギにちょっとだけ萌えてみた


「さて、そろそろ このちゃん のところに行ってネギを引き受けようかねぇ」

 と言うことで、刹那と別れたアセナは状況を的確に表した独り言を漏らしながら3-Aに向かった。
 まぁ、刹那と一緒でもよかったのだが、ネギに見られると面倒なことになるので途中で別れたのだ。

「ありがとう、このちゃん。御蔭で ゆっくりと楽しめたよ」
「ええって、ええって。その代わり、最終日は期待しとるえ?」
「うん、了解。御期待に副えるように頑張る所存でありますよ」

 会話でわかる通り、木乃香とのデートは最終日を予定している。ちなみに、木乃香の希望だ。
 大発光による御利益はないが、最終日と言う付加価値はある。さすがは木乃香、と言ったところだろう。

「あっ、ナギさーん♪ 来ていただけたんですね♪」

 二人の会話が一段落したのを見計らったのか、満面の笑みを浮かべたネギが現れる。
 ちなみに、ネギは今「狐娘」のコスプレをしている。そう、原作でも やっていたアレだ。
 丈の短か過ぎる着物と膝上まである足袋に挟まれた絶対領域(太股)が実に堪らない。
 幼女と表現すべきネギだからこそ その破壊力は凄まじい。実に健康的な萌えを醸し出す。
 具体的に言うと「もうロリコンでいいじゃないか?」と言う悟りを得られるような感じだ。

 ……ところで、ネギが狐娘のコスプレをしていることから おわかりだろうが、3-Aの出し物は『お化け屋敷』である。

 どこまでも原作通りだが、そもそもアセナが介入した訳でもないので原作通りになって然るべきなのである。
 たとえネギが先生であろうと先生でなかろうと、3-Aのメンツのノリと勢いと行動力は変わらないからだ。
 と言うか、タカミチ(担任)が放任――じゃなくて、生徒の自主性に任せているので、変わりようがないのだ。
 まぁ、さすがに ぼったくりバー的なモノを慣行する命知らずはいなかったが(タカミチは怒らせたらヤバいのだ)。

「今から宣伝のために外を回って来る予定なんですけど……その、一緒に行きませんか?」

 ネギがオズオズと、だが、期待に満ちた瞳を隠しもせずに提案してくる。しかも、上目遣いで、だ。
 きっと木乃香の仕込だろう(確認せずとも、木乃香が「グッジョブや」と言う顔をしてるのがわかる)。
 アセナは少しばかり心が揺らいだが、当然ながらネギに付き合って他クラスの宣伝をするメリットがない。
 だが、悲しいかな、そこには木乃香がいた。木乃香が「そら、ええなぁ」と賛同したので断れないのだ。
 何故なら、木乃香には借りが出来たばかりであるし、那岐的な意味で木乃香には逆らうのが難しいからだ。

「……うん、いいよ。せっかくだから、お化け屋敷的なコスプレをして宣伝に協力しようかな?」

 何が どう「せっかくだから」なのかは定かではないが、恐らく「どうせやるなら楽しくやろう」とか言う意味だろう。
 もしくは、「単に付き合うだけでなく、宣伝の手伝いをしながら付き合う方がいいだろう」とか言う意味かも知れない。
 決して、コスプレした幼女と素のままで学園内を練り歩くことに耐えられなかった訳ではない。多分、きっと、恐らくは。

 まぁ、とにかく、そんなこんなで、アセナは吸血鬼な男爵のコスプレをすることになった。

 もちろん、アーカード氏のような衣装ではない。どちらかと言うと、ドラキュラ氏に近い衣装だ。
 いや、ある意味では一緒とも言えるのだが、赤いロングコートではなく襟を立てた黒マントなのだ。
 もちろん、下は白シャツに黒スラックスで、首元には黒チョーカー、口には牙を身に付けている。

 アセナの特徴的な赤い髪と中学生にしては高い身長が黒い出で立ちと相俟って実に映える。

「おぉっ!! まさに乙女の純潔を虎視眈々と狙う吸血鬼やな!!」
「……このちゃん? その評価には悪意しか感じられないよ?」
「そうやな。なぎやんの場合は乙女の純情を弄ぶ程度やもんな?」
「う~~ん……『身に覚えがない』と言い切れない自分が悲しい」

 木乃香のコメントは酷過ぎるが、何も言い返せないアセナは心で泣くしかない。
 ちなみに、ネギが無言なのは一心不乱にアセナを視姦しているからである。

 ……何故かイケメソモゲロと呪うよりも、思わず合掌をしたくなるのがアセナのクオリティだろう。

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「女子中等部3-A、お化け屋敷やってま~~す」

 気持ちを切り替え、アセナは宣伝活動をしながら外を練り歩く。まぁ、開き直りとか自棄とかに近い心境だが。
 それでも、「何で男が女子中の宣伝してるんだ?」と言う視線に耐えているのだから、褒めるべきだろう。
 途中で擦れ違ったクラスメイトに「神蔵堂だから仕方ないか」と納得されても、気にせずに突き進むべきだ。

「なんと、合法的に女子中学生達から『お触り』してもらえますよぉ」

 アセナの言っているのは「学校の怖い話」コースの中にある「数多の手に襲われるイベント」のことだ。
 アレを『お触り』と表現していいものかは悩みどころだが、触ってもらっていることには変わりがない。
 たとえ それが恐怖を与える目的のものであっても、女子中学生に触ってもらえるなら紳士態的には御褒美だ。

「……ナギさん、その表現ですと ちょっと違う お店になっちゃうんじゃないですか?」

 隣で満面の笑みを浮かべて可愛さをアピールしていたネギが、至極 真っ当なツッコミをしてくる。
 ちなみに、ネギは自分の可愛さをアピールすることで「大きなお友達」を呼び込むのが目的である。
 別にクラスの宣伝をサボっていた訳ではない。むしろ、最大限に貢献している とすら言える。

 どこかの金髪幼女吸血鬼が宣伝とか関係なくロリコンホイホイな服装をしているのとは大違いだ。

「大丈夫。客から触ったらタツミーとかに粛清されるのがオチだから」
「確かにそうですが、そう言うことを心配している訳ではないんですけど?」
「大丈夫さ。そもそも触られる喜びを持つ人間がターゲットなんだから」
「確かにそうですが、それ故に違う お店になることが心配なんですけど?」
「大丈夫だって。違う目的で触られる訳だから、何も違法じゃないさ」
「ああ、なるほどぉ。そう言うことでしたら、何となく大丈夫な気がします」

 もちろん、全然 大丈夫じゃない。客が触られることを目的としている段階でアウトである。

「納得してくれたのは嬉しいけど……そんな簡単に説得してると いつか騙されちゃうよ?」
「大丈夫です。ボクはナギさん以外を信じる気がありませんので、騙されようがないですから」
「いや、それだとオレがネギを騙そうとしたら簡単に騙せちゃうじゃん。もっと疑おうよ?」
「大丈夫ですよ。ナギさんはボクを騙しませんし、仮に騙したとしても何か理由がありますから」
「物凄く信じてくれているのは嬉しいんだけど、そこまで信じられると逆に怖いんだけど?」
「大丈夫ですって。単にボクが勝手に信じているだけですから、ナギさんは気にしなくていいんです」

 ネギはとても爽やかな笑顔で とても重いセリフを口走る。アセナの笑みが引き攣るのも仕方がないだろう。

「……OK、わかった。そう言うことなら気にしない。だから、今は宣伝活動に勤しもう?」
「そうですね。お客さんを たくさんゲットして、売り上げも たくさんゲットしましょう」
「あっ、そう言えば、売り上げに貢献したことに対する見返りって期待してもいいのかな?」
「え~~と、多分、チア部の三人が『何らかの御礼』を考えているのではないか と思います」
「ちなみに、それって『ちゃんとした御礼』だよね? お化け屋敷 入り放題とか要らないよ?」

 現物支給(この場合、現物と言っていいかは微妙だが)は、時と場合と人によっては迷惑でしかない。

「ですが、女子中学生に触ってもらえる訳ですから、ナギさん的には御褒美になるんじゃないですか?」
「微妙に棘のある言い方については敢えて流すけど、御褒美については大いなる誤解だ と言って置くよ?」
「つまり、『女子中学生に触られても嬉しくない。むしろ、触らなきゃ意味がない』と言うことですね?」
「いや、そんな『わかります』的な顔をされても困るんだけど? って言うか、オレの評価がヒドくない?」
「ボク、ナギさんを慕ってはいますけど、節操のないところは直していただきたいと思っているんですよね?」

 疑問を疑問で返すネギだが、微妙に答えになっているところが実にネギらしいだろう。

 ちなみに、アセナはと言うと、木乃香に引き続きネギにも「反論したくてもできない状況」に追い込まれたため、
 顔で笑って誤魔化して、心の中で涙を流すことしかできない(つまり、節操のなさ を自覚しているのだ)。
 と言うか、刹那といた時も「閉口せざるを得ない状況」に追い込まれていたので、今日は こんなんばっかだ。

 ……アセナがコッソリと「これからは もうちょっと真面目に生きよう」と誓ったのは、ここだけの秘密である。

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『麻帆良祭1日目、世界樹周辺は中夜祭に突入します。自らの健康に留意し、徹夜のし過ぎ & アルコールの飲み過ぎには充分に気を付けましょう』

 打ち上げ花火を背景に、麻帆良祭1日目の終了と中夜祭の開催がアナウンスで宣言される。
 今頃『スターブックス』では、3-Aによる盛大な1日目の打ち上げが催されていることだろう。
 準備で徹夜が続いたのに騒げる彼女等にアセナはジジ臭くも「若さだねぇ」と思ってしまう。

 実は、アセナは宣伝の御礼として1日目の打ち上げに呼ばれてはいたのだが、肉体的にも精神的にも疲れていたので辞退していたのである。

「まぁ、疲れていることはわかったが……何故に『別荘』でリゾート気分を味わっているのだ?」
「そんなの『疲れているから』に決まっているじゃないか? 心も体も癒されたい状態なのさ」
「疲れた現代人そのもののセリフだな? 規模が大きいとは言え、祭で疲れるとは情けないぞ?」
「確かに日本人としては祭でテンションを上げて身体の疲れを精神で乗り越えるべきだけどささ」
「わかっているのなら『ここに引き篭もっていたいでござる』と言わんばかりの空気はやめろ」

 会話から おわかりだろう。アセナは『別荘』で休んでおり、そんなアセナへの呆れを隠しもせずにエヴァが話し掛けて来たのである。
 ちなみに、『別荘』の種類は『南国』で、アセナは水着にアロハシャツでビーチベンチに寝転がっている(リゾート気分モロ出しだ)。

「いや、オレの場合、何故かテンションが上がるどころか精神的ダメージを負ったんだけど?」
「それは貴様の普段の言動のツケだろう? 同情の余地はない。と言うか、少しは反省しろ」
「いや、(後悔はしていないけど)反省はしてるよ? そのために引き篭もっていた訳だし」
「……はぁ、わかったよ。そう言うことなら好きなだけ引き篭もれ。偶には気分転換も大事だからな」

 屁理屈を捏ねるアセナに「言っても無駄だな」と判断したエヴァは、説得を諦めて放置することにしたようだ。

 まぁ、もともと説得できるとは思っておらず、話し掛ける話題として出しただけなので、これはこれでいいのだが。
 ちなみに、エヴァも水着姿なのでリゾート気分なのはエヴァも変わらない(つまり、アセナを責められる立場ではない)。

 そんなこんな が ありつつも、アセナの麻帆良祭1日目は無事に終わったのだった。



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Part.04:泣く泣く執事になりきってみた


 そして、日が明けて、今日は6月21日(土)。麻帆良祭は中日である2日目を迎えた。

 いや、文量の都合で、Part.03(1日目の終わり)で終わらせる訳にはいかなかったのである。
 だが、少し長めになるがキリのいいところ(2日目の終わり)まで書くので、どうか御容赦 願いたい。

 さて、メタな解説は ここら辺でやめて、サクッと2日目の話に移ろう。

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「神蔵堂~~、3番テーブルに『呼び出し』が入ったぞ~~」

 ここは男子中等部3年B組。つまり、アセナが在籍するクラスの教室だ。指名とか言われているが、ホストクラブではない。これは執事喫茶だ。
 執事に扮した男子中学生の奉仕を堪能できるシステムになっているだけだ。ホストクラブっぽい雰囲気はあるが、あくまでも執事喫茶でしかない。
 ドンペリもないしシャンパン・タワーもない。代わりにあるのは、紅茶と御菓子だ。夢や希望や欲望と言ったものは変わらずにあるかも知れないが。

 で、既におわかりだろうが、今のアセナは執事役を担当しており、先程のセリフは「アセナに接客の指名が入った」と言うことである。

 ところで、クラスの出し物への協力は強制ではない。だが、だからと言って協力しないでいい訳がない。
 部活の方で忙しい者達でさえ半日くらいは手伝うのだから、帰宅部のアセナは一日は手伝うべきだろう。
 もちろん、ダミーに任せることは考えていない。ダミーが暴走するかも知れないので任せられないのだ。

 ちなみに、先程から『指名』と言っている様に、この執事喫茶は「接客役の執事を客が指名できるシステム」を採用している。

 来店時の受付で写真から選ぶことができることも含め、何だかホストクラブを髣髴とさせるシステムだが、気にしてはいけない。
 言うまでもないだろうが、フカヒレや宮元を初めとした「女性から受けの良くないであろう男子達」は予め裏方役に徹している。
 時にはヘルプとして接客に参加することもあるだろうが、基本的には執事と言うよりも料理人や雑用と言った待遇である。
 扱いに不平等を感じるかも知れないが、世の中そんなものである。そう、有史以来、人類が平等であったことなどないのだ。
 あ、ついでだから話して置くが、このシステムを考えたのはアセナではない。3-Bの副担任を勤める刀子(バツイチ)が提案したのである。
 刀子の普段の素行が気になるが、そこは敢えて気にしてはいけない(きっと淑女の社交場でストレスを発散する毎日なのだろう)。

「……お帰りなさいませ、御嬢様。今日は心行くまで御寛ぎください」

 間違っても「御指名ありがとうございます、ナギです」などとは言わない。何度も言うが、ここはホストクラブではないのである。
 ちなみに、今のアセナの姿だが、普段は無造作に流されている髪をピッチリと固めており、皮肉気な笑みも爽やかな微笑になっている。
 そして、普段は だらしなく着ているワイシャツを今はウイングガラーシャツに変えてキッチリ着こなし、アスコットタイも付けている。
 上着は蒸し暑いので着ていないが、黒ベストと黒スラックスで揃えているし、時計やハンカチを さりげなく見せることも忘れていない。
 そう、今のアセナは「執事そのもの」な格好だった。そして、そんな姿のアセナが普段の素行とは裏腹に恭しく客を出迎えたのである。

「ちょっ、本気で執事の振りとか……マジで笑えるんスけど!!」

 だが、客から返って来た反応は、あまりに酷かった。いや、まぁ、普段のアセナを知っている者にとっては当然の反応だろうが。
 それでも、学園祭の模擬店とは言え それなりに真面目に接客をしているので、それを笑うのは少し酷いかも知れない。
 まぁ、普段のアセナへの意趣返しのためだと考えると、そこまで酷くないかも知れないが。むしろ、もっとやるべきかも知れない。

 ちなみに、おわかりだろうが、客とは美空である。もちろん、その横にはココネもいる(ここ重要)。

「御嬢様? 他の御嬢様方の迷惑となりますので御静かに願います」
「うっわぁ!! 執事になり切ってるっスねぇ!! マジ パネェっス!!」
「お褒めに預かり光栄です。今の私は御嬢様の従順なる執事ですから」
「……ほほぉう? 『ちょっと裏 来いや』的な反応じゃないんスね?」
「ここは執事喫茶。御嬢様方が夢を買うために訪れる場所ですからね」
「なるほど。余程のオイタをしない限り、客の要望として処理するんスね」
「ええ。執事一人一人の裁量によりますが、大抵のことは『要望』ですよ」

 ちょっと客に騒がれたくらいでイチイチ問題にしてはいられない。その程度、一人で対処できてこそ一人前の執事だ(何かが違う気がするが)。

「まぁ、それはともかく……御注文は御茶漬けで よろしいんですよね?」
「それは婉曲的に『帰れ』ってことスか!? 全然 従順じゃねぇっス!!」
「あ、ココネ御嬢様は置いて行ってください。御持て成しが未だですから」
「しかも、厚かましくもココネを置いて行けと?! この変態執事め!!」
「ハッハッハッハッハ、ちょっとした冗談ですよ。ええ、ちょっとした」
「何『大事なことなので二回 言いました』的な感じで強調してるんスか?」
「ですから、『ちょっとした』冗談だ と申し上げてますでしょう、御嬢様?」

 しかし、アセナは やっぱりアセナだった。従順な態度を心掛けていても滲み出る本質は どうしようもないのだ。

 ところで、ココネが空気と化している件だが、これはある意味では「いつものこと」だろう。
 そう、アセナと美空が話しているのを楽しそうに聞いているのがココネのスタンスなのだ。
 ただ、今回は「もうちょっと素直になればいいのニ……」と呆れ気味に美空を見ていたが。

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「まぁ、とりあえず、その気持ちの悪い喋り方は止めてもらえないっスかね?」

 美空が仕切り直すかの様に、話題を変える。あのまま話を続けても埒が明かなかったので、賢明な判断だろう。
 それに、やはりアセナはいつもの口調の方がいい。今のアセナは丁寧な口調だが、慇懃無礼にしか思えないのだ。

「かしこまりました。御嬢様の御要望ならば……普段の喋り方に戻すよ」
「うっわぁ。相変わらず気持ち悪いくらいに切り換えが早いっスねぇ」
「表現は気になるが、とりあえずは褒め言葉として受け取って置こう」
「そのポジティヴ過ぎる思考も相変わらずっスね。実にナギらしいっス」
「ハッハッハッハッハ……それも褒め言葉として受け取って置くよ?」

 まぁ、ポジティヴに物事を受け入れなければ立ち上がれない状況なだけだが。

「しかし、もう少し態度を丁寧にできないっスか? 口調は それでいいんスけど、態度が悪過ぎっス」
「いや、そう言われても……特別 態度を悪くしているつもりなんてないけど? いつも通りだよ?」
「だからっスよ。いつもの態度のまま対応されると、いつも通り過ぎて給仕されている気がしないんスよ」
「う~~ん、微妙に我侭な要求だなぁ。喋りは いつも通りにして態度だけ改めろ とか、実に無茶な注文だ」
「って言うか、仮にも執事として給仕してるんスから、もうちょっと私に気を遣って欲しいんスけど?」
「……逆に考えるんだ。単に気を遣わないのではなく、気が置けない相手だから気を遣わないのだ、と」
「いや、どこら辺が逆なんスか? って言うか、この場合は明らかに気を遣っていないだけっスよね?」

 むしろ、アセナの本音が垣間見えた気さえする。だが、美空は「気が置けない」と言う表現が少しだけ嬉しかったので、そこは流したが。

「さぁて、それはともかく、注文は? もう茶漬けでいいんじゃない?」
「おぉい!! 軽くスルーすんなス!! そして、ネタを引っ張るなっス!!」
「ちなみに、ここって副担任である刀子先生が監督してるんだよね?」
「はぁ? いきなり何スか? 何で葛葉先生の話題が急に出て来るんスか?」
「実は『サッサとオーダー受けろや』と言う『念話』が入ってるんだけど?」
「……OK、可及的速やかに注文を決めて、サッサとオーダーするっス」

 美空も刀子を怒らせる愚は犯したくないため速攻で注文を決める方向に意識が切り換わる。まぁ、刀子云々はアセナのブラフでしかないが。

「え~~と……じゃあ、無難にオムライスが食べたいっスね」
「プラス300円で似顔絵サービスができるけど、どうする?」
「え? サービスなのに金取るんスか? セコイっスねぇ」
「いや、そもそもサービスとは『形のない財』のことだから」
「は? イキナリ何を言ってんスか? 遂に壊れたんスか?」
「つまり、サービスってのは『無償奉仕』って意味じゃないの」
「ああ、だから似顔絵サービスは無償じゃないってことスか」

 余談だが、似顔絵サービスとはケチャップで似顔絵を描く御馴染みのサービスである。

「ちなみに、商品の写真は あくまでもイメージであり実物とは異なるから注意してね」
「いや、それだと余計に頼みたくなくなるんスけど? それは逆効果じゃないスか?」
「そうだろうねぇ。むしろ、描いた後に文句を言われないための予防線だからねぇ」
「いや、だからって失敗するかも知れないってことをブッチャケてどーするんスか?」
「何て言うか、製作者と客の間に挟まれる者(= オレ)の苦労を減らしたいだけさ」
「それなら、最初から似顔絵サービスについて黙って置けばいいじゃないスか?」
「でも、メニューにも書いてありやがるから、後で文句を言われたら面倒じゃん?」
「なるほど。つまり、どこまで行っても面倒を回避したいんスね? ……わかるっスよ」

 アセナの「面倒事は御免でござる」と言う態度に、美空は苦笑交じりに納得するしかなかった。

 ところで、やっぱり空気と化しているココネだが、今回は既にアセナが運ばせていたパフェを美味しそうにパクついていた。
 と言うのも、美空とジャレついている間に『念話』で刀子にオーダーを伝え、ヘルプ役に持って来てもらっていたのだ。
 きっと、後で刀子からは「そんなことで態々『念話』を使うな。と言うか、私を便利に使うな」と叱責を受けることだろう。
 だが、ココネのためならば その程度のことをアセナは気にしない。いや、むしろ喜んで受ける。それが、アセナの生き様なのだ。

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「あ、そう言えば、最近シスター・シャークティがショタに目覚めたようなんスけど?」

 似顔絵付オムライスを食べ、更にホットケーキまで食べた美空が思い出したかの様に話題を切り出す。
 実際、思い出したのだろうが、アセナとしては触れて欲しくない話題だったので悪意的な解釈をしたくなる。

「……そうなんだ。それで、どうしてオレを懐疑的な眼差しで見ているのかな?」
「いや、何でかわかんないんスけど、ナギが関わっている気がするんスよね?」
「か、関わっている訳ないじゃん? と言うか、どう関わればいいってのさ?」

 アセナにしては珍しく「語るに落ちる」と言った反応だが、それだけシャークティのことがトラウマになっているのだろう。

「たとえば、『年齢詐称薬』で子供になってシャークティを墜とした とか、どうスか?」
「なんてピンポイントな予想なんだ!! と言うか、それ わかってて言ってるでしょ!?」
「いやぁ、この間、ネギちゃんが『ネギさん』になっているのを目撃しちゃったスからねぇ」

 他人事な美空にとっては笑い話でしかないが、当事者であるアセナとっては泣くことしかできない。

 ちなみに、シャークティは麻帆良内の保育園や幼稚園に出没してはセセナ君を探しているらしい。
 いやはや、実に罪作りな男だ。もちろん、いろんな意味で。と言うか、あきらかに悪い意味で。

 そんなアセナは「子供になるのは可能な限り控えよう」と誓ったとか誓わなかったとか。



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Part.05:執事として頑張ってみた


 現在の時刻は午後3時。ティータイムの時間だ。つまり、喫茶店として忙しくなることが予想される時間帯である。

 アセナは美空達の接客を終えてからは特筆すべきことが起こらなかったので普通に接客をして来たが、ここで気を引き締める。
 ただでさえ忙しくなる時間帯なのに加えアセナはトラブルを招きやすい体質なので、トラブルが起こることを覚悟して置くべきだからだ。
 ちなみに、美空達 以降はネギとか木乃香・刹那とかエヴァ・茶々丸とか超・ハカセとかタカミチとか運動部四人組とかが来店したが、
 特に語るべきイベントが起きた訳ではないので「特筆すべきことは起こらなかった」と表現しただけで、実に千客万来であった。

 ……そして、アセナの予想通り、トラブル――と言うか、イベントは起きた。最近 出番のなかった高音と愛衣が訪れたのだ。

「セ、センパイ!! 執事姿、とっても似合っていますね!!」
「いや、そんなあからさまなフォローはいらないから」
「いえいえ、フォローではなく本心からの賛辞ですよ?」

 愛衣はニヤケる口元を抑えてアセナに賛辞を送る。その様がアセナには「笑いを堪えている」ように見えたが、本当に萌えていたらしい。

「あ、敢えて言葉にするとすれば、『馬子にも衣装』と言ったところですわね」
「いえ、それ褒めてないですよ? あっ、でも、褒めてないから、合ってるのかな?」
「そ、そうですわね。ナギさんは執事ではなく貴族とかの方が似合いそうですからね」
「まぁ、確かに、従僕って柄じゃないですからね。そっちの方が合いそうですよねぇ」

 ギャップにやられていた高音がテンパりながら評価を下す。普通に誤用してしまったのだが、アセナは そのまま受け止めたので結果オーライだろう。

「ところで、そろそろオーダーをしてもいいでしょうか?」
「あっ、うん、いいよ。気を遣わせちゃって悪いね」
「いえいえ、後輩として当然のことをしたまでですよ」
「いや、後輩だからこそ気を遣わせたくないんだけど?」
「でも、業務にない会話を始めたのは こっちですから」
「……OK。じゃあ、お互い様ってことで業務に移ろう」

 そう言えば、アセナが普通に話しているのは「普通に話してください」と言う遣り取りがあったが割愛しただけである。

「それでは、御注文を拝聴させていただきます」
「……なるほど、本当に業務に移ったんですね」
「御要望でしたら、普通の口調に戻しますが?」
「いえ、折角ですから そのままでお願いします」
「かしこまりました。このまま続行致します」

 だが、業務モードになったアセナは口調を執事風に戻す。気分的なスイッチの様なものだ。まぁ、愛衣は それを是としたようだが。

「それでは『特製』ミルクティーとショートケーキを お願いします」
「かしこまりました。ミルクティーは『特製』で、よろしいのですね?」
「はい、そうです。『普通』のミルクティーに用はありません」

 ちなみに、『特製』ミルクティーとは、執事が目の前でミルクと砂糖を入れて掻き混ぜてくれるサービス付のメニューである。
 そこが普通のミルクティーとの違いであり、味そのものは変わらない。だが、価格は倍くらい違う(普通にボッタクリに近い)。

「で、では、私は普通の紅茶と『特製』クッキーの盛り合わせを お願いしますわ」

 どうやら まだ正常稼動していないようで、高音は若干ぼんやりしながらオーダーをする。
 もちろん、ぼんやりしていたので、その言葉の意味するところを深く考えていない。
 単にアセナと愛衣が特製を話題にしていたので「特製にした方がいい」と考えただけだ。

 そう、メニューに書いてある説明――執事がクッキーを食べさせてくれるサービスが付いていることを高音は知らないのだった。

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「それでは、失礼致します、御嬢様」

 湯気を立ち上らせながら芳しい香りを放つ、陽だまりのような色の飲み物――紅茶。
 そこに「コポコポ……」と言う液体同士が合流する音を奏でてミルクが注がれる。
 ちなみに、ミルクの量は好みに合わせて追加も可能だ(もちろん、物理的限度はあるが)。

 その様を何とも言えない表情で見詰める愛衣。その脳内は何色になっているのだろうか?

「御嬢様、お砂糖は いかが致しますか?」
「それでは、一杯半でお願いします」
「かしこまりました、御嬢様」

 アセナは恭しく頭を下げ、匙で砂糖を掬って紅茶へと流し込む。
 美空の扱いと大分違うが、それが心理的な距離なのかも知れない。

「それでは、掻き混ぜさせていただきます」

 イチイチ宣言する必要はないのだが、無言で作業を続けるのも苦痛なのだ。
 特に、ボ~~ッとしている高音は ともかくとして、愛衣の無言が怖い。
 業務中だから静かな方がいいのだが、静か過ぎるのも困ったものなのだ。

  カチャカチャ……

 そんなこんなで少々気不味いものを感じつつもアセナは紅茶を掻き混ぜ続ける。
 掻き混ぜサービスは御嬢様の許しが出るまで掻き混ぜ続ける仕様らしい。
 まぁ、もちろん、コストの問題で最大制限時間(3分)は設けられてはいるが。

 結果から言うと、3分間「紅茶を掻き混ぜる執事と それをニヤニヤして見詰める美少女」と言うシュールな光景は続いたのだった。

 ……………………………………
 ………………………………………………
 …………………………………………………………

「御待たせしました、『特製』クッキーの盛り合わせになります」

 もちろん、その場で焼いている訳ではないので、クッキーの準備は既にできていた。
 ただ、アセナが愛衣の給仕をしていたので高音の給仕ができなかっただけである。
 他の者がヘルプに来なかったのは「他の男など要らん」と言う空気を読んだのである。

 それに、高音も(愛衣ほど間近ではないが)紅茶を掻き混ぜるアセナを堪能していたので問題なかったのである。

「では、『あ~~ん』してください、御嬢様」
「え? あ~~ん? 『あ~~ん』とは何ですか?」
「ですから、『あ~~ん』ですよ、御嬢様」

 心の底から不思議そうな顔をしている高音に、アセナは「あ~~ん」と言いながら口を開いてみせる。

 ここまで高音の思考は滞りがちだったが、さすがに ここまでされればアセナの言葉の意味も状況も理解できたようだ。
 それまで ぼんやりしていた高音だったが、「はぅっ?!」とか小さく叫びつつ一瞬にして顔中を真っ赤に染めた。

「あ、あ~~ん」

 だが、理解したからと言って、今更 後には引けない。アセナが「あ~~ん」をヤル気マンマンだからだ。
 恐らく「仕事だから仕方がない」と言う感じで割り切っているからこそ、ヤル気になっているのだろう。
 つまり、通常時のアセナでは間違っても やってくれないのだ。ならば、恥ずかしくても やってもらうべきだろう。
 それ故に、高音は顔中を真っ赤に染めたまま口を大きく開いた。しかも、わかりやすく「あ~~ん」と言って。

  パクッ モグモグモグモグモグモグ…………ゴクンッ

 開けられた高音の口にアセナはクッキーを投入する(まぁ、表現は悪いが投入と言う表現がシックリ来るのだ)。
 そして、投入されたクッキーを高音は咀嚼する。いや、咀嚼し過ぎて途中でなくなってしまうくらいに咀嚼しまくる。
 何故なら、給仕している間はアセナが至近距離におり、咀嚼している限り次のクッキーが投入されることはないからだ。

 つまり、アセナが至近距離にいる時間を少しでも堪能したくて、咀嚼で給仕の時間を延ばしているのである。

「……お口に合いましたでしょうか?」
「え、ええ、とても美味しいですわ」
「そうですか。それは よかったです」

 もちろん、味わう余裕など高音にはない。だけど、味がわからなくても美味しくない訳がない。

「では、次に行きましょうか? はい、『あ~~ん』」
「あ、あ~~ん……(中略)……こ、これも美味しいですわ」
「そうですか。まだまだありますので、ドンドンいきましょう」

 蕩けるような顔で幸せを噛み締める高音と段々と作業になりつつあるアセナ。まぁ、アセナは恥ずかし過ぎて思考と行動が分離し始めているのだが。

 ちなみに、高音がクッキーを完食した後、愛衣が「わ、私も『特製』クッキーをお願いします!!」と頼んだのは言うまでもないだろう。
 そして、それに対してアセナが「……かしこまりました、御嬢様」と快諾しながらも心の中ではサメザメと泣いていたのも言うまでもないだろう。

 まぁ、それを見ていたクラスメイト達が「リア充は死ねばいいけど、少しだけ哀れだな」とアセナに同情をするようになったことは言って置こう。

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「そう言えば……裏メニューってOKですか?」

 裏メニューとは、メニューにはないメニューのことだ。普通は常連しか知らないものであり、常連の特典みたいなものである。
 この場合は、愛衣が常連な訳がない(と言うか、そもそも常連が存在しない)ので、知人としての特典みたいなニュアンスだろう。
 今更と言えば今更だが、アセナとしては接客中の公私混同を避けたい と考えている。他の客に悪い印象を持たれてしまうからだ。

「まぁ、いいよ。もちろん、できるものに限るけど」

 だが、この店は座席毎に仕切りがなされており、他の客からは席の様子が見え難い作りになっている。
 その上、天の声(刀子からの『念話』)が『やりなさい』とGOサインを出して来たので認めるしかない。
 何か『ヒャッハー!! 売り上げアップだぜ!!』とか言う魂の叫びも聞こえたが、気にしてはいけない。

「じゃあ、スペシャル ポッキーを お願いします!!」

 愛衣が何か口走ってはいけないことを口走ったような気がするが、それも気にしてはいけないに違いない。
 と言うか、スベシャル ポッキーとは何だろうか? ポッキーに どんな付加価値を付けさせる気だろうか?
 嫌な予感しかしないが、天の声(最早 悪魔の声)は『わたしは一向にかまわんッッ』とか言いやがるのだ。

「そんなの決まっているじゃないですか? ポッキーを両端から一緒に食べるんです!!」

 最後の抵抗に「え~~と、スペシャル ポッキーって、何を どうすればいいのかな?」と惚けてみたのだが、
 愛衣は爽やかな笑顔で残酷な現実を突き付け、無責任な天の声は『問題ない、存分にやれ』と決断しやがった。
 アセナは「それは最早キャバクラじゃん!!」とツッコミたかったが、誰も聞いてくれそうにないのであきらめた。

 ちなみに、アセナの口調が戻っているのは執事モードではなくなったからなのだが、この流れだと再び執事モードになりそうである。

 と言うか、執事モードになるしかない。素のままでスペシャル ポッキーなどと言う恥ずかしいことをできる訳がない。
 相手が美少女なので世間的には御褒美になるかも知れないが、アセナにとっては御褒美でも何でもないのだ。
 何故なら、愛衣も高音も魔法関係者だが、アセナの『危険』には巻き込みたくない(つまり、遠ざけたい)からだ。

「で、では、私はスペシャル パフェを お願い致しますわ!!」

 そんなアセナの心情を どれだけ理解しているのか は定かではないが、高音が愛衣に対抗して妙なことを口走る。
 しかし、スペシャル ポッキーの予想はできたが、スペシャル パフェの予想は まったくできない。いや、本当に。
 これが飲み物系なら「カップは一つでストローは二つ」とか予想できるが、パフェで それはパンチが弱い気がする。
 まぁ、パンチが弱くても問題がある訳ではないのだが、愛衣に対抗している以上そんなに温い訳がないに違いない。

「い、今までの給仕の御褒美として、私が食べさせて差し上げますわ!!」

 アセナの疑問を読み取った高音が高らかに宣言する。随分と上から目線だが、今は そう言う立場なので仕方がない。
 しかし、「食べさせてもらうのではなく、食べさせてあげる」とは なかなかの発想だ。アセナも考え付かなかった。
 スペシャル ポッキーと同レベルのインパクトがあり、それでいて二番煎じではない。なかなか高音も やるものだ。

「……なるほど。委細 承知いたしました、御嬢様」

 アセナとしては「何でもスペシャルを付ければ いい訳じゃない!!」と思わないでもないが、認めざるを得ない。
 天の声だって『さっきのがOKなんだから、これもOKに決まっているジャマイカ?』と軽く承認したし。
 恥ずかしいことは恥ずかしいが、恥ずかしいのは今に始まったことではない。これくらいは何も問題はない筈だ。
 もちろん、執事モードになれば、の話だが。と言うか、高音に返事をする時には既に執事モードになっていたが。

 ……まぁ、そんなこんなでアセナの楽しい楽しい執事役は波乱万丈な感じになったのだった。



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Part.06:思い出を作ってみた


 どうにかこうにか執事の仕事を終えたアセナは『約束』を果たすために世界樹広場に向かった。

 もちろん、37話で裕奈と交した約束――亜子のライヴを見た後に亜子とデートする約束のことだ。
 別に亜子 本人と交した約束ではない。だが、裕奈のことだから亜子に話は通してあるだろう。
 つまり、ここでライヴ等をすっぽかしたりすれば亜子と裕奈 二人分の約束を破ることになる。
 一度交した約束を破ってはいけない とまでは言わないが、可能な限り破らないのがアセナの主義だ。

  コンコン……

 アセナは控え室のドアをノックする。少し早目に会場に着いたアセナに、釘宮が亜子の居場所を教えてくれたのだ。
 微かだが残っている記憶(原作)から察するに、亜子は今お着替え中だろう。返事があるまで開けるべきではない。
 女子中学生の生着替えを見られるのは御褒美だが、いくら変態なアセナでも時と場合くらいは選ぶし、空気くらい読む。

「え? は、入ってまーす!!」

 中から返って来た返事は「トイレかよ!?」とツッコミたくなるようなものだったためアセナは思わず肩透かしを喰らう。
 きっと、見られたくない状態(上半身裸で背中の傷が露になっている状態)だったので、テンパっているのだろう。

 アセナは好意的な解釈をすると、亜子を落ち着かせるために「いや、入ってるのはわかってるから」と冷静に話し掛ける。

「はぅ!? そ、その声はナギさん ですか?!」
「うん。亜子がいるって聞いて来たんだ」
「そ、そうですか。ありがとうございます」
「だから、ドア開けて入ってもいいかな?」

 だが、効果はなかった。むしろ、更にテンパったので逆効果だった気さえする。だって亜子だもん。

「あぅ!? ちょ、ちょっと待っとって くださいね。今、着替えとるんで」
「うん、わかった。つまり、それは『覗いてくれ』って振りだよね?」
「違いますから!! 普通に覗かんでくださいね!! 大声出しますよ?!」
「OK、OK。冗談だから大声出さないで? 誰か人が来ちゃうから」
「ナギさんが悪いんやないですかぁ!! ちゅーか、からかわんでください!!」

 別に、アセナは悪意があってからかっているのではない。からかってテンションを上げさせることで緊張を解すのが目的なのだ。

 亜子の様子(最初のテンパリ具合が大分 解れて来た)を見る限り、アセナの狙いは成功したようだ。
 と言うか、アセナの適当なボケに律儀にもツッコミを入れているうちに亜子の素が出て来た感じだ。
 まぁ、「ボケとツッコミ」と言うよりは「カップルがイチャついている」ようにしか見えなかったが。

 ちなみに、亜子の大声を聞いて心配した釘宮が慌てて駆け付け「チッ、心配して損した」と帰って行ったのは言うまでもないだろう。

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 そんなこんなでライヴは始まったのだが……ライヴについては特に語ることはない。『でこぴんロケット』の演奏は普通に成功した。

 懸念されていた亜子の緊張も、アセナとのアレな遣り取りで解消されたようで、充分に実力を発揮できたことだろう。
 まぁ、原作の様にタイムマシン使ってデートをする と言うイベントはなかったが、演奏前に話せただけでも大きかったようだ。
 それに、ライヴ後に打ち上げを兼ねつつディナーを食べる と言う流れになっているので、亜子のヤル気は漲っていたのだ。

「演奏、お疲れ様。音楽のことは よくわかんないけど、亜子達の演奏は なかなか良かったと思うよ」

 アセナは正直な感想を述べる。感動した とまでは言えないが、それなりに聞くことができたのは確かだ。
 それに、アセナの音楽への興味は作業用BGMを垂れ流しにしている程度なので、この様なことしか言えないのだ。
 だが、学園祭のイベントなので それで充分な評価だろう。プロの様に感動を売っている訳ではないのだ。

「あ、ありがとうございます。ライヴに来ていただけただけでなく、ディナーまで付き合っていただいて……」

 アセナの賛辞に照れたのか、頬を朱に染めながら礼を述べる亜子。きっと『この後の展開』に期待を抱いているのだろう。
 さすがにXXXな展開までは期待してはいないだろうが、それでも好意を抱かれている と勘違いしている可能性は高い。
 しかし、現実は残酷だ。裕奈に「学園祭で思い出を作ったうえで事実を告げてくれ」と頼まれたからに過ぎないのだ。
 もちろん、アセナは亜子のことを気に入っているので、ディナーや『この後のデート的なこと』を できるのは嬉しい。
 だが、結ばれることのない相手と親交を深めることは残酷でしかない。そう考えているためアセナは素直に楽しめない。

「いや、いいよ。こっちが好きでやっていることだからね。それよりも、御飯 食べちゃおう?」

 どのみち、『話』をするのは食事の後だ。『話』を気にして今(食事)を蔑ろにするのは よろしくない。
 それに、亜子に期待させていることは心苦しいが、期待させていることも含めて『思い出』になる筈だ。
 勝手な理屈だが、未来(『話』)を気にして現在の役目(亜子を楽しませること)を怠る方が酷い話だろう。

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「さっきまでライヴをやっていたのが信じられないなぁ」

 食事を美味しくいただき それなりに楽しい一時を過ごした後、アセナは特に気負った様子もなく亜子を『食後の散歩』に誘った。
 そして、二人は世界樹広場――ライヴ会場だった場所に戻って来た。ちなみに、『だった』と表現したように会場は既に撤去されている。
 ステージそのものは既設の物なので残ってはいるが、音響設備も照明器具も撤去されており、ライヴ会場は名残も感じられない。
 それに少しだけの寂しさを感じるが、祭とは そう言うものだろう。一時の熱狂が終われば日常に戻る。そう、それだけのことなのだ。

「そ、そうですね」

 アセナが何気なく口にした言葉にも亜子は律儀に応える。性格からなのか乙女補正からなのかは判断の難しいところだ。
 ところで、ライヴとディナーの後なので時刻は既に22時を回っている。常識的には中学生が出歩いていい時間帯ではない。
 学園祭期間中なので寮の門限などあってないようなものだが、周囲の目(特に裕奈達や釘宮達)は存在するのだから。
 つまり、あまりに帰りが遅いと「妙な誤解」を受ける可能性があるのだ(まぁ、亜子的には「それはそれでOK」だろうが)。

「さて、ある程度の察しは付いていると思うんだけど……亜子に『話』があるんだ」

 月の光を背負い星の光に彩られたアセナが、口元を緩やかに曲げて言葉を紡ぐ。
 亜子からは逆光となっているので その表情は見えないが、口元だけは見えた。
 きっと、アセナは微笑んでいるのだろう。そう思うと否が応にも期待は高まる。
 裕奈からは「隙を見て告れ」と言うアドバイス(?)を受けてはいるが、
 アセナから告白してもらえるなら自分から告白する必要はないだろう と言う判断だ。
 それ故に、アセナからの『話』を愛の告白だ と勘違いした亜子は期待して待つ。

「実は、オレ……このちゃん――近衛 木乃香と正式に婚約したんだ」

 しかし、アセナから告げられた言葉は、残酷にも亜子の期待とは真逆に近いものだった。
 期待が高まっていた分、亜子が与えられたショックは大きい。実に、酷なことだ。
 いや、勝手に期待したのは亜子の方なのでアセナに責められる謂われないかも知れない。
 だが、そもそも「学園祭の夜」と言うシチュエーションで期待するな と言う方が酷なのだ。

「亜子の気持ちには何となく気付いてたけど……確信がなかったから、告げるべきか迷っていたんだ」

 付き合っていなければ別れを告げることはできないように、
 想いを告げられていなければ想いを断わることもできない。
 だから、アセナが悪い訳でもない。そう、悪い訳では、ない。

「でも、このまま告げない方が不味いって思ったから告げたんだ。実に身勝手な話だよね?」

 アセナはクルリと回転して亜子から背を向ける。
 そのため、僅かに見えていた口元すら見えない。
 一体、アセナは どんな表情で語っているのだろうか?

「ってことで、オレの『話』は お終い。気を付けて帰ってね?」

 そして、アセナは亜子の反応を待つことすらせず、背を向けたままスタスタと足を進める。
 話が終わったから帰ったのだろうが、それは「一人で帰って」と言うメッセージでもあった。
 振り返るどころか歩みを緩めることすらせず、アセナは ただただ黙々と その場を後にする。

 ……亜子が帰路に着くのは、近くで二人を見守っていた裕奈が亜子を迎えに来てからだった。

 もしも、裕奈のアドバイス通りに亜子がアセナに告白していたら どうだっただろうか?
 恐らく、いや、確実に結果は変わらなかっただろう。断られて事実を告げられただけだ。
 頼みの綱である世界樹伝説も「所詮は噂でしかなかった」ので、結果は変わりようがない。

 涙を流さずに泣いている としか言えないアセナの表情を見てしまった裕奈は、ただ亜子を慰めるだけだった。

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「……あれで、よかったのかい?」

 世界樹広場を後にしたアセナに、気遣うような声が掛けられた。
 その声の主は、白スーツにメガネを掛けた男性――タカミチだった。

「ううん。あれ『が』よかったんだよ」

 アセナは微笑(何処まで本気か非常に微妙な、形だけでしかない笑み)を浮かべながらタカミチの言葉を否定する。
 あれ『で』じゃない、あれ『が』よかったんだ、と。あれ以外に『いい方法』なんてなかったんだ、と……
 既に あやか や のどか達を切り捨てているのだから、アセナには他に取れる方法などある訳がないのだ、と……

「……そうだね。余計なことを言ってしまったね」

 タカミチは己の失言を恥じ、ただただ頷く。タカミチが この被保護者の少年にできることは、背を押すことしかないからだ。
 そもそも、アセナの肩には『魔法世界の命運』と言う重い荷物が乗っている。これ以上アセナに何かを背負わせる訳には行かない。
 少年誌なら「女のコの一人や二人 幸せにできなくて世界を救える訳がないだろう?」と言ったことを叱咤激励するところだろう。
 だが、現実は違う。世界を救うためには少しでも『弱点』は減らさなければならない。悲しが、それが現実と言うものである。

 それ故に、弱点――足手纏いにしかならないのならアセナの傍にいる資格はない。いや、傍にいさせる訳にはいかない。

 アセナが望んで背負うのなら、足手纏いでも構わない。だが、アセナが仕方なく背負う程度のものなら、足手纏いは許さない。
 そう、タカミチが「よかったのか?」と確認したのは、亜子を考えてのことではない。アセナを考えてのことでしかない。
 アセナが望むのであれば、タカミチは喜んで亜子も守っただろう。だから、確認したのだ。ただ それだけのことでしかない。

「ううん、タカミチが心配してくれたのはわかってるよ。だから、ありがとうね」

 アセナは緩やかに微笑む。魔法世界を救う と決めた時に、アセナの運命は決まっていたのだから笑うしかない。
 アセナは近くにいる人達との幸せよりも、遠くにいる数多の人達の幸せを優先することを決めたのだから。
 たとえ泣きたくても笑うしかない。泣けばアセナを心配してくれる者達を心配させるので笑うしかないのだ。

 ところで、何故 アセナは魔法世界を救うことに決めたのだろうか? ……その答えは単純だ。そうしなければ、アセナは自分を誇れないからだ。

 以前に魔法世界の住民達を見捨てられない云々の理由を述べたが、正確には それだけではない。そこにはアセナの矜持と言う大きな理由もあった。
 間違いなく、魔法世界を見捨てたらアセナは己を誇れなくなるだろう。できるのにやらない と言う怠慢は、誇りを大きく損なうことだからだ。
 そして、己を誇れないアセナを『彼女達』は どう思うだろうか? そんなことは考えるまでもないだろう。だから、アセナは救うしかないのである。
 特に、今のアセナは『彼女達』のことを思い出している。そのため「『彼女達』に誇れない自分でありたくない」と言う気持ちが非常に大きいのだ。

  パァアアアア……

 世界樹が大発光を始める。とは言っても、光っているだけで莫大な魔力は外に放出されてはいないが。
 麻帆良の地下に設置された『アンドロメダ』が ほとんどの魔力を吸収して溜め込んでいることだろう。
 そう、外に溢れているのは残滓に過ぎない。光っているだけで、直ぐに空中に分解してしまう程度でしかない。

 それでも、暗闇に侵蝕された夜の世界を淡く照らすことくらいはできる。

 アセナは、その手を世界樹の方に向けて そっ と握り締める。まるで、世界樹の光を掴む様に。
 僅かな光でも世界を照らすことはできる。そのことを確認するかの様に手を力強く握り締める。

 そして、アセナはタカミチに別れを告げると「さぁ、明日も忙しくなるぞ」と帰宅の途に付くのだった。


 


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オマケ:男手と言う名の労働力


 少し時を遡り、6月7日(土)のこと。
 アセナは何故か3-Aの準備を手伝わされていた。

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「休日にタダ働きとか、マジで意味わかんないんですけど?」

 相変わらず積みゲー崩しに勤しんでいたアセナだったが、何故か3-Aの出し物の準備を手伝わされていた。
 経緯としては、突然 木乃香が訊ねて来て「暇やろ? 暇なら手伝ってくれへん?」と拉致されたのだ。
 もちろん、アセナは拒否をした。だが、木乃香に笑顔で脅迫されたので渋々と従わざるを得なかったのである。

「でも、まぁ、ボクよりはマシなんじゃないかな?」

 ブツブツと文句を言いながらトンカチを叩いていたアセナに、これまたトンカチを叩いていた瀬流彦が話し掛けて来る。
 まぁ、本来なら超の『最新技術』ですべて作れるのだが……学園祭らしく「手作り感」も出さなければいけない らしい。
 つまり、態々トンカチでベニヤや角材をくっ付けなければならず、アセナと瀬流彦は そのために駆り出された と言う。

「だって、キミは休日だけだろう? ボクなんて ここのところ毎日さ……」

 つまり、瀬流彦は「教師の仕事」と「魔法使いの仕事」と「準備の手伝い」の三足の草鞋を履かされている訳だ。
 ただでさえ、仕事量と給料の間に悲しい現実が横たわっているのに、更に仕事が増えたのだから普通に笑えない。
 紳士的には女子中学生に囲まれることは御褒美と言えなくもないが、普段から囲まれているので余り意味がないし。

「瀬流彦先生……強く、生きてください」

 死んだ様な目で「毎日毎日ボク等は鉄板の上で焼かれてイヤんなっちゃうよ」とか口走る瀬流彦にアセナは深く同情した。
 まぁ、何故か「明日は我が身」な気がして仕方がないので、同情しつつも瀬流彦をスケープゴートにする気マンマンだが。
 やはり、同情よりも保身だろう。ちなみに、逆の立場なら瀬流彦も同じ選択をしただろうから、ちっとも良心は痛まない。

「オレは自分のクラスの方の準備もありますので休日しか手伝えませんが、可能な限り(ここ重要)手伝いますよ」

 アセナは周囲にも聞こえるように話す。つまり、「もう手伝わねぇよ」と遠回しに宣言したのだ。
 そんなアセナに、瀬流彦は「オンドゥル ルラギッタンディスカー!?」と言いた気な顔でショックを露にする。
 まぁ、「本当に裏切ったんですか?」と言うよりは「おのれ、裏切ったな!?」と言う場面だが。

「あれ? でも、なぎっち のクラスって準備は もう終わったんだよね? 田中君が言ってたよ?」

 しかし、残念なことにアセナの企みは潰えた。裕奈が(亜子経由で)田中から情報を仕入れていたのだ。
 情報を制するものが世界を制する と言うのは大袈裟だが、少なくとも状況を有利にはするのは確かだ。
 そして、この場合 裕奈は圧倒的に有利となり、アセナは圧倒的に不利となった。覆せそうにないくらいに。

「いや、それは田中の分担が終わっただけで、まだオレの分担は終わっていないんだよ?」

 だが、アセナは その程度であきらめるような人間ではない。いや、むしろ、その程度で あきらめられたら苦労しないのだ。
 あきらめられないからこそ抗う。そして、抗うからこそ活路が開けてしまう(たとえ茨の道であろうとも、活路は活路だ)。
 今まで「あそこであきらめていたら、もっと楽だったのに」と何度 思ったことだろう? それでも、あきらめられないのだ。

「でも、なぎやんって積みゲーを崩すくらいには暇やったんよな? と言うことは、余裕があるっちゅーことやろ?」

 とは言え、活路があっても活路が潰されてしまっては意味がない。と言うか、潰される活路を選んだアセナが悪い。
 まぁ、そもそも「手伝いたくないござる」と言う本音を誤魔化そうとして適当な理由をデッチ上げたのが悪いのだが。
 とにかく、アセナの活路は木乃香に笑顔で潰され、アセナは手伝わざるを得ない状況に追いやられてしまったのである。

「ほなら、『可能な限り』手伝うっちゅーことは、『毎日』手伝ってくれるっちゅーことになるなぁ」

 しかも、先程の言葉の揚げ足を取られて毎日 手伝わされることになってしまった。
 自業自得なので同情の余地はないが、少しくらいは同情してもいいかも知れない。
 ちなみに、瀬流彦は「信じていたよ?」と爽やかな笑顔を浮かべていたとかいないとか。


 まぁ、そんなこんなで、アセナと瀬流彦の「男手と言う名の労働力」としての生活は学園祭まで続くのであった。


 


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後書き


 ここまでお読みくださってありがとうございます、カゲロウです。
 当初は軽く修正するつもりだったのですが、修正点が多かったので改訂と表記しました。


 今回は「学園祭でラブコメとシリアスを詰め込んでみた」の巻でした。

 当初はラブコメだけにしよう と思ってたんですが、気が付いたらシリアス展開になってました。
 タカミチから いい味が出てる気がします。でも、序盤のダメな感じのタカミチも好きです。

 ちなみに、途中から茶々緒の動向を描写していませんが、基本的にアセナをストーキング――いえ、見守ってます。

 アセナが執事として頑張っている時も見守っていました。と言うか、頬を紅潮させながら録画に勤しんでました。
 ええ、エヴァと茶々丸の関係そのままです。むしろ、相手がアセナ(変態)なので茶々丸よりヒドいかも知れません。

 ……ところで、今更ですが、ネギのビジュアル的なイメージは原作のミニスカ狐娘そのまま だったりします。

 もちろん、普段の服装は狐娘じゃなくて制服ですが、顔はコミックス11巻の表紙そのままのイメージです。
 って言うか、アレ、実は初見ではネギだ と分かりませんでした。普通に新キャラだと思ったのがボクです。
 多分、あの時に「ネギを女の子にした話を書こう」と思ったのが、この作品の始まりなんじゃないかと思います。

 何か、今更 過ぎる話をしましたが、そんなこんなで「超の企みがない学園祭」は次回も続きます。


 では、また次回でお会いしましょう。
 感想・ご意見・誤字脱字等のご指摘、お待ちしております。


 


                                                  初出:2011/08/12(以後 修正・改訂)



[10422] 第40話:麻帆良祭を回ってみた(後編)【改訂版】
Name: カゲロウ◆73a2db64 ID:b259a192
Date: 2013/04/06 21:57
第40話:麻帆良祭を回ってみた(後編)



Part.00:イントロダクション


 今日は6月22日(日)。前話の翌日、つまり麻帆良祭3日目――最終日である。

 原作では、超が『大発光』を利用して世界中に魔法を強制認識させようとしたが、
 『ここ』では超はアセナの『計画』に協力するので そんなことは起こり得ない。

 そう、今日も大した事件は起こらずに麻帆良祭は進むのであった。



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Part.01:野点に参加してみた


「ほれ、粗茶だ。有り難く飲むがいい」

 亜子とのことで精神的に来ていたアセナだが、1日目と同様に2日目も『別荘』にてリフレッシュしたので、
 当初の予定 通り、エヴァに「絶対に来るんだぞ?」と命じられていた茶道部の野点に顔を出していた。
 ちなみに、誰か(木乃香とか刹那とかネギとか)を伴ってエヴァの反応を楽しもうか とも考えたらしいが、
 どう考えてもロクなことにならない(と言うか、アセナの精神的な負担にしかならない)ので止めたらしい。
 悪戯や悪フザケが大好きなアセナだが、甚大な被害が予想される場合は我慢する。それがアセナの生き方なのだ。

 ところで、今のエヴァの服装だが、普段とはベクトルの異なる服装――つまり、着物だ。

 アセナとしては金髪幼女が和服を着ていることに違和感はあるが、可愛いので問題はない(やはり、可愛いは正義だ)。
 と言うか、茶を点てる以上ゴスロリ服を着るとか有り得ないだろう。エヴァとて それくらいのマナーは守るのだ。
 まぁ、アセナに茶を差し出す時の態度が尊大過ぎて「御持て成しの心は何処へ行った?」と小一時間ほど問い詰めたくなるが。

「うっわ~~、有り難過ぎて泣けて来るわ~~」
「……何だ? まさか文句があると言うのか?」

 文句を言いた気なアセナの反応に「放って置いた癖に文句を言うつもりなのか?」とエヴァが睨む。
 別に毎日エヴァの相手をしなければならないルールなどないが、それだけ寂しかったのだろう。
 それに、一人で学園祭を回っているエヴァの姿を思い浮かべると無性に悪いことをした気分になる。

 文句を言いたいけど ここは我慢しよう。アセナは心の中で決めたのだった。

「いや、別に。ただ、茶道って奥が深いなぁって思うだけさ」
「深いも何も、千利休が皮肉を言うために始めた遊びだぞ?」
「すべての茶道関係者を敵に回す様なことを言っちゃダメェ!!」
「軽い冗談だ。そもそも、歴史としては千利休より古いしな」
「へぇ、そうなんだ。てっきり千利休が起源だ と思ってたよ」

 その冗談は軽くないよ とツッコミたかったが、深くは触れない。それが大人の対応だろう。

「千利休は侘茶の完成者であり、今日の茶道の主流を作っただけだ」
「なるほどねぇ。有名なだけで創始者と言う訳ではないんだねぇ」
「更に言うと、『茶道』と言う言葉が使われ出したのは江戸以降だ」
「へぇ、そうなんだ? じゃあ、それまでは何て呼ばれてたの?」
「……『茶湯(ちゃとう)』、もしくは『茶の湯』だろうな、多分」
「いや、多分て……最後の最後で投げ遣りにならないで欲しいんだけど?」

 エヴァとて聞きかじった程度で正式に調べた訳ではない。アセナの言いたいこともわかるが、エヴァにも事情があるのだ。

「フン、気になるのなら自分で調べろ。『ねっと』とやらを使えばわかるんだろう?」
「まぁ、確かに その通りなんだけどさ……そのネットへの過信は何処から来たの?」
「うるさい!! 『ねっと』なんか知らん!! そんなものなくても人は生きていける!!」
「いや、何に対して憤っているのさ? まったく以って意味がわかんないんだけど?」
「ええい、黙れ!! 『ぱそこん』なんて大嫌いだッ!! だから私は何も悪くないッッ!!」

 ネットやパソコンにトラウマができるようなことがあったらしい。チラリと確認すると、茶々丸が いい笑顔になっていた。

「実を言いますと、この前マスターがゲームの攻略法を調べるためにパソコンを機動させたところ――」
「――いや、待って。今、『機動』って言わなかった? 誤植なお? それとも敢えて充てたの?」
「パソコンを『機動』させたところ、何故かパソコンがグチャグチャになり、15万円が水泡に帰しました」
「敢えて充てたのね。って言うか、起動しようとしたら機動するようなことを仕出かして壊した訳ね」

 アセナが茶々丸に無言で問い掛けたところ、茶々丸は恍惚として表情で経緯を語る。恍惚としているのは、回想しながら萌えているのだろう。

「その通りです。ちなみに、涙目のマスターの写真があるのですが……今なら1枚300円で譲りますよ?」
「じゃあ、3枚もらって置こうかな? もちろん、転売はOKだよね? (まぁ、ダメでも転売するけど)」
「もちろん、転売は自由です。ただし、写真媒体でしか渡しません。つまり、データは売りませんからね?」
「うん、それでいいよ。だって、オレも転売先は教えないからね。やっぱり情報は秘匿するべきでしょ?」

 ちなみに、アセナの転売先は瀬流彦と白井だ(1枚は自分用だ)。もちろん、それぞれに500円程度で売り付ける予定なのは言うまでもない。

「ええい!! 貴様等は さっきから何の話をしておるのだ?!」
「え? え~~と、商売かな? もしくは萌えについてかな?」
「むしろ、マスターの可愛らしさを分かち合っているのでは?」
「あ、そうだね。それが綺麗な表現だね。さすが茶々丸だねぇ」

 言うまでもないだろうが、エヴァは「コイツ等には何を言ってもしょうがないな」と言う あきらめの境地に達したらしい。

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「そう言えば、その格好、なかなか似合っているじゃないか?」

 振舞われた茶を飲むアセナの姿を見ていたエヴァが、思い出したようにアセナの羽織袴姿を褒める。
 日本人離れした容姿のために多少の違和感は残るが、それでも似合っていることは間違いない。
 恐らく、その立ち居振る舞いが『和』を感じさせるものだからだろう。やはり、形よりも心である。

「そう? ありがとう。そう言えば、エヴァの着物姿も似合ってるよ」

 茶を飲むのを中断したアセナは照れ臭そうに礼を述べ、そのついでとばかりにエヴァの着物姿を褒めて置く。
 中断したことが作法として正しいか定かではないが、茶を供したエヴァが気にしていないので問題ないだろう。
 何故なら、マナーやら作法やらは その場にいる人間に不快感を与えないようにするための不文律だからだ。
 と言うか、アセナが飲んでいる最中に話し掛けたのはエヴァなので、エヴァに作法を口にする資格はないが。

「そ、そうか? と言うか、そう言うことは取って付けた様に言うんじゃない!!」

 アセナの言葉にテレを見せるエヴァ。デレではない、テレだ。
 その後にツンっぽくなっているが、これはデレではないのだ。

「別に取って付けたつもりはないけど……タイミングが悪かったようだね」
「そうだ。そう言うことは、真っ先に言うのがマナーと言うものではないか?」
「そうなの? シャイな日本人としてはハードルが高過ぎるんだけど?」
「は? 誰がシャイなんだ? 貴様は恥など遥か昔に捨て去っているだろう?」
「え? いや、捨ててる部分もあるけど、捨ててない部分もあるんだけど?」

 アセナのキャラ的に女性を褒めることに抵抗はなさそうに見えるが、それなりに照れるみたいだ。
 セクハラをかましまくっているクセに どの口が言うのだろうか? 疑問には思うが、気にしてはいけない。

「まったく、人が忠告してやったと言うのに……貴様は口答えしなければ気が済まんのか?」
「いや、別に そう言う訳じゃないよ? エヴァの評価がヒドいから訂正しただけだよ?」
「その評価を作ったのは貴様の普段の言動だろう? なら、貴様の自業自得として受け入れろ」
「まぁ、その通りなんだけど……それでも、受け入れちゃいけいないことがあると思うんだ」
「なら、まずは普段の言動を改めろ。今のままでは単なる変態としか評価できないぞ?」

 内心で「オレって単なる変態なんだ」とショックを受けつつも「はいはい、了解です」と受け流すのが、アセナのプライドである。

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「さて、せっかくだから、囲碁にも付き合え」

 もちろん、『何が』『どう』『せっかく』なのか は定かではない。
 だが、アセナとしては断る理由も無いので、喜んで付き合う所存だ。

「じゃあ、足を崩してもいいかな? そろそろ正座がキツいんだけど?」
「何だ? 意外と だらしないな。正座の一つや二つ、半日は耐えてみせろ」
「いや、それは慣れてないと無理だから。普通は30分くらいで限度だから」
「……貴様は普通ではないだろう? 一体、何のために修行をしたんだ?」
「いろいろ理由はあるけど、少なくとも正座に耐えるためじゃないのは確かだね」

 エヴァの無茶な言葉は上機嫌である証なので、アセナは特に気にせずに話を進める。

「まぁ、正座については流してもらうことにして……サッサと対局を始めようか?」
「いや、流すな――と言いたいところだが、別に そこまで気にすることでもないな」
「……でも、正座をさせることでオレの集中を乱す予定なら、正座してあげるけど?」
「ほほぉう? つまり、私が貴様程度に勝つために小細工を弄する と言うことか?」
「さぁ、どうだろうねぇ? オレは『そう言う解釈もできる』って言っただけだし」
「ククククク……よかろう。安い挑発だが乗ってやる。完膚なきまでに叩き潰してやる」

 こうして仁義無き戦いが始まったのだった(まぁ、戦いは戦いでも囲碁での戦いだが)。

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「ほれ、さっさと投了しろ」

 10分程度の時が過ぎた頃、盤面は明らかに白――エヴァが圧倒的な優勢だった。
 ちなみに、置石は無く互い戦だったので、実力の差が如実に表れた結果だろう。

「あれ? エヴァって囲碁 強いの?」
「当たり前だ。伊達に長く生きとらん」
「キャラ的に口だけだと思ったのに……」

 アセナは囲碁に自信があった訳ではない。ただ、エヴァが弱い と思っていたので勝てる気でいただけだ。

「誰が口だけだ!? と言うか、『キャラ的』とは、どう言う意味だ?!」
「いや、だって、エヴァって最強とか言ってるけど弱点 多いじゃん?」
「ふ、ふふふふふ……貴様、なかなかいい度胸をしているじゃないか?」

 ニンニクやネギに弱いし、搦め手にも情にも脆い。親近感は非常に沸くが、威厳は遥か彼方に消え去っている。少なくともアセナにとっては。

「甘い顔をしていたら付け上がりおって……貴様など3秒で捻り潰せるのだぞ?」
「まぁ、そりゃそうでしょ。って言うか、攻撃の時は鞭とハイヒールで頼むね?」
「フッ、仕方がないヤツだな……って、何を言わせるか!? シリアスを続けさせろ!!」
「それは無理だよ。バトル展開でシリアスになったらオレが為す術なく潰されるもん」

 それなりの鍛錬は積んだが、エヴァとガチでやったら敗北の未来しかない。それくらいのこと、試すまでも無くアセナも理解している。

「だがしかし、そんな事態に陥らないようにするために修行したのだろう?」
「うん、そうだよね。間違っても正座に耐えるためじゃないよね?」
「う、うるさい!! さっきのは言葉の綾だ!! 細かいことは気にするな!!」
「OK、OK。って言うか、投了するから、今度はチェスで勝負しない?」
「ほほぉう? 懲りずに挑戦するとはな……悪いが、私はチェスも強いぞ?」
「安心して。チェスなら それなりに自信があるから相手くらいにはなるよ」
「クックックックック……いいだろう。その心意気だけは買ってやろう」

 いつの間にかアセナのペースになっていることに気付きつつも「まぁ、これはこれでいいか」と敢えて流されるエヴァだった。
 ちなみに、チェスの勝敗だが……囲碁より差は無かったが、それでもエヴァから勝ちを拾うことはできなかった、とだけ言って置こう。



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Part.02:楽しくランチを食べてみた


「やぁ、さっちゃん。Cランチを大盛で お願いね」

 午前中いっぱいエヴァとの戯れに興じたアセナは、昼食を摂りに『超包子』に訪れていた。
 ところで、五月が『お料理研究会』ではなく『超包子』にいるのは、単にシフトだからだ。
 あ、ちなみに、アセナの頼んだCランチは、ホイコーローとライスとスープのセットである。

「そう言えば……瀬流彦先生は ここで何をしてるんですか?」

 注文を終えたアセナが料理が来るまでの暇潰しに、隣席の人物――瀬流彦に声を掛ける。
 ちなみに、二人が座っているのはカウンター席なので、相席を申し入れた訳ではない。
 つまり、偶然 隣の座席になっただけで、アセナが意図的に瀬流彦の隣に座った訳ではない。

 まぁ、日頃のアセナの言動を鑑みると意図があるようにしか見えないが。

「……ランチを食べているように見えないかな?」
「まぁ、そう見えなくも無いですけどねぇ」
「いや、他に何をしているように見えるのさ?」

 アセナの「本当は別の目的でしょ?」と言わんばかりの言い様に、思わず瀬流彦は苦笑と共に訊き返してしまった。

「え? 女子大生の お客さんを視姦しているのでは?」
「いや『何を当たり前のことを?』って顔しないでよ」
「わかってますよ。瀬流彦先生はロリコンですもんね」
「そうそう。ぶっちゃけ、13歳以上は年増だよねぇ」

 そして、アセナの垂らした釣り糸に喜んで釣られてしまったのだった。きっと、学園祭関連の激務で疲れ切っているのだろう。

「ところで、今のセリフ、偶然にも録音しちゃったんですけど……刀子先生に聞かせてもいいですか?」
「いや、それは あきらかに必然だよね? と言うか、それは君にも累が及ぶ修羅の道だよ?」
「……確かに、刀子先生の場合、『年増』と聞いた瞬間に目に映る者すべてを斬殺しそうですもんね」

 だがしかし、疲れていても死亡フラグの回避は怠らない。それが瀬流彦のクオリティだ。

「そもそも、どうして あの人に刃物を持たせて置くのかなぁ? 学園長の考えはボク程度には理解できないや」
「え? 『見習い』魔法使いにすら『発動体』の所持を許可してるんですから、倫理観なんてないでしょう?」
「あ、そう言えば そうだね。常に銃を持たせているのと変わらない状態な訳だから、気にするだけ無駄かぁ」
「そうですよ。むしろ、魔法使いが『ムシャクシャしてやった』的な事件を起こしたら大量虐殺になるんですから」

 アセナの中では「魔法使い = 見えない銃を撃ちまくることができる」と言うイメージなのである。きっと、見えない自由が欲しいのだろう。
 何かが間違っているイメージだが、完全に間違っているとも言えないイメージなだけに否定もできないため、瀬流彦は別の切り口で返すことにする。

「いや、まぁ、そんなことをやらかしたら本国から派遣された人が『内々に処理をする』だけなんだけどね」

 ところで、『内々に処理をする』と聞くと「表に出ないように手を回す」ようにも聞こえるが、この場合は「内部で制裁される」のだろう。
 メガロメセンブリア(本国)の法律が どう言ったものなのかは定かではないが、碌な裁判すらせずに処刑されるだろうことは容易に想像できる。
 さすがに公開処刑をするようなことはないだろう と思いたいが、アリカは公開処刑されたことになっているので公開処刑もあるかも知れないが。

 うん、まぁ、結論としては「メガロメセンブリアに『犯罪者』として認定されたら悲惨な目にしか遭わない」と言うことだろう。

「なるほどぉ。ちなみに、それは『魔法の秘匿義務』的に考えて、ですか?」
「さぁ、どうだろうね? 『弱者を守る義務』的な考えかも知れないよ?」
「ですが、魔法だとバレないようにヤれば放置されるだけだと思いますけど?」
「……それは否定しない。だけど肯定もしないよ? 立場的に考えて、ね」

 別に、アセナも瀬流彦も魔法使いをアンチする気はない。単に「組織とは そんなものだ」と考えているのだ。

 そう、組織にとって不利益になる行為は厳罰に処されるが、そうでなければ放置されるのが組織だからだ。
 社会通念上の考えなど、組織の前では霞む。内部告発した者が組織内で立場を失うことが いい例だろう。

「まったく、組織とは面倒なものですよねぇ。いっそのこと潰せたら どれだけ楽でしょうか?」
「まぁ、組織が潰れたことによる混乱を考えると組織を改善するのがベストだとは思うけどね」
「それが面倒だから潰したいんですよ。とは言っても、面倒でもやるしかないんですけどねぇ」
「って言うか、キミの目的って東西の統合だよね? 何故 本国の組織改善を話題にしたのかな?」
「……あれ? 先生には言ってませんでしたっけ? オレが本国の方も視野に入れていることを」
「多分、聞いてはいないと思うよ? まぁ、予想はできていたから、別に驚くことではないけど」

 アセナが瀬流彦を引き込んだ名目は「東西の統合のため」だったので、瀬流彦は魔法世界云々を知らなかった。まぁ、既に後戻りはできないが。

「話すまでもないから話さなかった……と言うことにして置くと、お互いが幸せになれますねぇ」
「まぁ、そうだねぇ。あ、ところで、話は戻すけど、キミは本国の組織改善までするつもりなのかい?」
「ええ。残念なことに『黄昏の御子』的に考えると、それをしないと逆に不味い立場なんですよねぇ」
「……OK。キミが『黄昏の御子』だったのは想定外だったけど、ある意味で納得できたからいいや」

 アセナのアッサリとした暴露に瀬流彦は「話し掛けられた段階で『認識阻害』を張っててよかった」と、ある種の諦観すら抱いたらしい。

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「さて……そろそろ本題に入っていいですか?」

 料理を美味しくいただいて店を出た後、二人は腹熟しにブラブラと散歩をしていた。
 ちなみに、店を出たと言っても『超包子』は屋台なので席を立って店から離れただけだが。

「本題? 既に『お腹いっぱい』なんで遠慮したいんだけどなぁ」
「そうですかぁ。でも、せっかくですから、話くらいさせてください」
「(引く気はないのね)……はぁ、わかったよ。で、話って何だい?」

 瀬流彦は遠回しどころか直球で「話したくないでござる」と訴えるがアセナは気にせず話を進めたので、瀬流彦は折れるしかない。

「軽い話題ですよ。だって、『魔力蓄電池』についてですから」
「ああ、確かキミが提供したんだよね? 入手経路は不明だけど」
「それで本題なんですけど、アレの容量って大丈夫そうでしたか?」
「(鮮やかにスルーされた?!)……まぁ、多分、大丈夫だと思うよ」

 別にアセナは入手経路を明かさないつもりでない。まずは自分の疑問を解消したかったので後回しにしただけだ。

「そうですか。ありがとうございます」
「……え? まさか、これで終わり?」
「ええ、オレとしては これだけです」

 ちなみに、アンドロメダだが、合計で6基 準備してもらい、6箇所の魔力溜まりに それぞれ設置してある。
 異常気象の影響を考慮したのもあるが、魔力溜まりに1基ずつ設置した方がいいだろう と言う判断だ。

 ところで、言うまでもないだろうが、態々アセナが「オレとしては」と前置きしたのは、入手経路について応える気があるからである。

「え? マジで? って言うか、それだと、食事前の話題の方が本題っぽくない?」
「そうですね。でも、あれは流れで話したので、先生に話し掛けた主目的じゃないんですよ」
「ああ、なるほどねぇ。あれ以上の話になるのか と身構えたボクがバカみたいだねぇ」
「ほら、よく言うじゃないですか? 備えあれば憂いなしって。備えることは重要ですよ」

 だが、瀬流彦はショックが大きかったのか、先程の入手経路の話ではなく本題云々を話題にしてしまう。

「まぁ、そりゃそうだけど……正直、もう少し前振りをして欲しかったなぁ」
「……すみません、前振りとか面倒――じゃなくて、苦手なんですよねぇ」
「何か聞き捨てなら無いことが聞こえた気がするけど……ここは敢えて流そう」
「相変わらずのスルースキルに、頼もしさすら感じてしまう今日この頃ですよ」

 まぁ、これはこれで瀬流彦が望んだことなので、これはこれでいいのだろう。そう結論付けたアセナは入手経路の話は忘れることにした。

「って言うかさ、あれが主目的だとすると、もしかしてボクに話し掛けたのって暇潰しだったの?」
「ええ、平たく言うと そうなりますね。今回に限っては、本当に偶然 会っただけですからねぇ」
「なるほどねぇ。でも、偶然にしては、キミが一人で食事を摂るなんて、ちょっとおかしくない?」
「そうですか? オレは基本的に食事は一人で摂りますよ? だって、オレは友達が少ないですから」

 ハーレムに近い状態のアセナを知っている瀬流彦としては、アセナが一人で食事を摂ることに疑問があった。だが、それは藪を突く行為に近かった。

「……何気なく放ったジャブに返って来たヘヴィ・ブローに どう反応しろと?」
「笑えば、いいんじゃないでしょうか? って言うか、笑ってやってくださいよ」
「ハッハッハッハッハ!! このロンリーボーイめ!! ……これで、満足かな?」
「すんません、殺意が沸いたので『このロリコンが!!』って叫んでいいですか?」
「何そのヒドい仕打ち!? さっきのはキミが笑って流せって言ったんじゃないか?!」
「それはそれ、これはこれです。と言うか、もう少し言い方があると思うんですが?」

 ちなみに、アセナが瀬流彦をロリコンと蔑む資格はないように感じるだろうが、アセナは「ロリもイケるだけでロリコンではない」のである。
 何だかより酷い気がしてならないが、アセナと瀬流彦(変態同士)の中では「アセナは単にストライクゾーンが広いだけ」なので、問題ないのだ。

「まったく、キミは無茶苦茶だねぇ。まるで神多羅木先生を見ているような気分だよ」
「うわっ!! それは最低の褒め言葉ですねぇ。と言うか、最高の貶し文句ですよ」
「……それはキミの神多羅木先生に対する評価が低いから そう感じるだけだろう?」
「でも、この前(37話)のエピソード的に、瀬流彦先生も似たような評価ですよね?」
「敢えてノーコメントにして置くよ。それが様々な人達の幸せに繋がると思うもん」

 まぁ、そんなこんながありつつも、結局は「とっても仲の良い二人でしたとさ」で片付けられる二人だった。

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 だがしかし、そこで終わらないのが彼等だ。何故なら、それが彼等のクオリティだからだ。

「…………実を言うとね、ボクの望みは『平穏』だったんだ」
「だった? と言うことは、過去の望みなのですか?」
「うん。今となっては『平穏』なんて望めないだろうからねぇ」

 世界樹広場のベンチに腰掛けて缶コーヒーを傾けつつ、何故か彼等はシリアスな語りに入っていた。

 その経緯は不明だ。ふとした瞬間に瀬流彦がシリアスモードに入り、そのまま会話に突入したのである。
 もしかしたら、世界樹広場で戯れる学生達を見た瀬流彦が「過去の自分」を思い出したのかも知れない。

「……それは、オレが巻き込んだせいですか?」
「ううん、違うよ。むしろ、学園長のせいだね」
「学園長先生の? 一体、どう言うことですか?」

 原作を知るアセナとしては「本来なら傍観者でいられたのに……」と瀬流彦を巻き込んだ自覚がある。

「学園長からキミの動向を探るように指示された段階で、ボクは学園長に目を付けられていたってことだろう?」
「ああ、なるほど。オレの話に乗らなかったとしても、有事の際に厄介事を押し付けられる可能性が高い訳ですね」
「その通りさ。だから、危険性はあるけど将来性もあるキミの話に乗ることに――キミに協力することにしたのさ」
「なるほどぉ。てっきり、学園長先生には未来が然程ないからオレを選んでくれたんだ と思ってましたよ」
「うん、まぁ、それもあるよ? だけど、そもそも学園長に目を付けられた段階で乗るか反るかしかなかったんだよねぇ」

 アセナの身も蓋も無い言葉に瀬流彦は苦笑しながらも肯定を示す。だが、その根本には「近右衛門に目を付けられたこと」があるのだ。

 とは言え、そもそも原作では瀬流彦はモブでしかなかった。きっと、物語の中心であったネギと関わりが深くなかったからだろう。
 だが、『ここ』ではアセナが瀬流彦に接触を試みたため、瀬流彦は近右衛門に目を付けられて物語の中心に押し遣られてしまったに違いない。
 つまり、アセナが瀬流彦に接触を試みなければ、瀬流彦は近右衛門に目を付けられることも無く、望み通り『平穏』に過ごせた筈だ。

 もちろん、瀬流彦も それは理解している。だが、それは言っても詮無きことであるため、瀬流彦はアセナを責めることはしない。

「って言うか、動機は どうあれボクはボクの意思でキミに協力することを選んだんだから、別にキミを責める気は無いよ」
「そうですか? オレが何もしなければ、瀬流彦先生は『平穏』に過ごせた筈です。ならば、オレを責めるところでしょう?」
「確かに そうかも知れないけどさ、それでも、最終的には『ボクが』自ら選んだんだよ。だから、ボクに責める資格は無いよ」

 本当に『平穏』を望むのなら、近右衛門から命じられた時に「ボクには無理です」とでも断ればよかったのだ。
 もしくは、アセナの勧誘を断り近右衛門を無視すればよかった。瀬流彦には遣り様などいくらでもあったのだ。

「言わば、ボクの中に『成り上がりたい』と言う気持ちがあったからこそ、ボクは『平穏』を捨てたんだよ」
「……そうですか。そこまで仰られては、これ以上『オレが巻き込んだからだ』などと言っては失礼ですね」
「その通り。これでも大人だからね、自分の選択の責任くらい自分で取るよ。まぁ、協力はしてもらうけどね?」

 瀬流彦は茶目っ気タップリにウィンクをしてアセナに協力を要請し、アセナは「ええ、持ちつ持たれつですからね」とそれを快諾する。

「あ、そう言えば、先生は何故に『平穏』を望んでいたんですか?」
「……まぁ、ボクには才能が『そこそこ』にしかないから、かな?」
「そこそこ、に? えっと、いまいち意味がわからないんですけど?」

 話を蒸し返すようで心苦しいが、ここで聞き逃したら今後 聞く機会はないかも知れない。そのため、アセナは気不味いながらも訊ねる。

「ん~~、何て言うか、ボクって器用貧乏なんだよね。何でもソツなくこなせるけど、何も極められないって感じでさ。
 苦手は無いけど得意もなく、どんなことでも『ある程度』までは上達する。いや、『ある程度』までしか上達しないんだ。
 つまり、一流にはなれない程度の才能しかない訳で、万能型と言えば聞こえは良いけど結局は中途半端でしかない訳さ」

 才能だけでなく、中学生になるまで魔法に関わっていなかったことも中途半端な原因かも知れない。

 そもそも、瀬流彦の家は一般人であり、瀬流彦が魔法に関わったのは麻帆良に入学してからだ(つまり、魔法使いになったことに必然性は無い)。
 まぁ、中学生から魔法を学び始めて麻帆良の教師(そこそこのエリート)になれたことを考えると、瀬流彦の言う通り『そこそこ』の才能だろう。
 それ故に、仮に子供の頃から魔法を学んでいれば、メガロメセンブリアで要職に就けていた(かなりのエリートになれていた)可能性がある。
 瀬流彦が「何故もっと早く魔法を知らなかったのか?」もしくは「何故もっと魔法の才能がなかったのか?」と嘆いたことは言うまでもないだろう。
 だが、瀬流彦は嘆くだけではなかった。嘆いた後には「しょうがない。できることをしよう」と気持ちを切り換え、飄々としたスタンスになった。
 一流になれないのだから、『そこそこ』になろう。波風を立てず、地味に、穏やかに……そして、確実に、人生を歩んでいこう。そう、決めたのだ。

 つまり、才能が『そこそこ』しかなかったので瀬流彦は『平穏』を望むようになったのである。

「なるほどぉ。子供の頃から魔法に慣れ親しんだ訳ではないから、先生の感覚は一般人に近いんですね?」
「え? 今の話を聞いて、気になるのは、そこ? むしろ、『そこそこ』の才能に注目すべきじゃない?」
「冗談ですよ、冗談。って言うか、『そう』決めたのに 何故に学園長云々の話に乗ったったんですか?」
「そんなの簡単なことさ。キミに出会ってしまい、キミに勧誘されてしまったから、乗りたくなったのさ」

 瀬流彦は一流になれないと判断したからこそ諦めたに過ぎない。一流になれるならなりたい。その気持ちがなくなった訳ではないのだ。

 だからこそ、アセナから「学園長に就く気はないか?」と誘われた時に、瀬流彦は心魅かれた。忘れようとした気持ちが甦ってしまった。
 消えてしまった筈の火種は実は まだ燻っており、そこにアセナが容赦なく油をバラ撒き火を灯したのだ。その結果は言うまでもないだろう。

「キミとなら昇っていけるんじゃないか? ……そんな風に感じてしまったから、ボクはキミに協力したくなったのかも知れない」
「……まさか そこまで他人の人生を左右することになるとは思ってもいませんでした。正直、そこまで背負う気は無いですよ?」
「別にいいよ。さっきも言ったけど、最終的に選んだのはボクだからね。たとえ失敗しても、キミに責を問うほど恥知らずではないよ」

 繰り返しになるが、瀬流彦は自立した大人だ。他人に――しかも、中学生(社会的な立場としては)に背負われる程ヤワではないのだ。

「そう言っていただけると助かります。もちろん、成功できるように頑張る所存ではいますけどね?」
「もちろん、それはわかっているよ。ボクだって成功できるように精一杯 手を貸すつもりだからね」
「ありがとうございます。それならば、改めまして……これからも よろしくお願いします、瀬流彦先生」
「これはこれは丁寧な挨拶ありがとう。ならば、こっちも改めて……こちらこそ よろしくね、神蔵堂君」

 そして、二人は盃の代わりに缶コーヒーを酌み交わす。言わば「こうして二人の結束はより深まった」と言ったところだろう。



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Part.03:図書館島を巡ってみた


 午後、瀬流彦と別れたアセナは図書館島に来ていた。
 図書館探検部の出し物の『探検大会』に参加するためだ。

(まぁ、できることなら参加したくなかったんだけどね?)

 だが、木乃香に参加するように『お願い』されたので参加せざるを得ない。
 もちろん、木乃香には のどかと夕映に施した『封鎖』についても話してある。
 それでも参加させた と言うことは、だからこそ会え と言うことなのだろう。

(仕方ない。ここは覚悟を決めて、自分の為した業と向き合おう)

 二人を巻き込みたくない と考えたことは間違ってはいないだろう。だが、方法は間違えたかも知れない。
 あの時のアセナには思い付くことができなかったが、他にも方法はあった筈だ。それを思うと悔やまれる。
 どうして安易に記憶操作などと言う手段を選んだのか? ……恐らく、考えることを放棄しただけだ。
 それ故に、アセナは自分を責める。何故、他の手段を探そうとしなかったのか? 過去の自分を責め立てる。
 だが、後悔をしても何も変わらない。時を遡らない限り過去は変えられないのだから、前に進むしかない。

「なぎや~~ん♪」

 木乃香が手を振って その存在をアピールして来る。頭にはネコ耳型のカチューシャが装備されており、仕草と相俟って非常に可愛い。
 図書館探検部のユニフォームであろう黒のノースリーブシャツ・アームカバー・ミニスカ・サイハイソックスも異常に似合っている。
 もちろん、ネコの尻尾も忘れていない。アセナが思わず「危なく萌え殺されるところだった」と額の汗を拭ったのも頷けることだろう。

「紹介するなー、同じ部の『宮崎のどか』と『綾瀬 夕映』と『早乙女ハルナ』や」

 木乃香が屈託の無い笑顔で三人を紹介する。傍目には、普通に友人のことを紹介しているだけに過ぎない。
 だが、木乃香が事情を把握していることを考えるとアセナの心を抉っているようなものなので実に鬼畜だ。
 萌えたところを一気に落とされたアセナは哀れだが、アセナの自業自得でもあるので同情する必要はないだろう。

「……このちゃんの幼馴染にして婚約者の『神蔵堂 那岐』です。よろしくね」

 内心では「このちゃんがイジメるよ~~」と泣きたい気分だが、それを表に出す訳にもいかない。
 表に出せないので、崩れそうになる表情を誤魔化すためにアセナはテレた振りをして挨拶の言葉を紡いだ。

「よ、よろしくお願いしますー」
「……よろしくお願いしますです」
「どもども、よろしくねー」

 のどか・夕映・ハルナが順々に、或いはドモり・或いは素っ気無く・或いは気軽に挨拶を返す。

 ちなみに、説明が抜けていたがハルナにも『封鎖』が施されているので、アセナのことを「木乃香の婚約者」としてしか知らない。
 二人がアセナを忘れたことにハルナが気付くのを――ハルナが気付くことが引鉄となって二人の『封鎖』がバレるのを防ぐためである。
 ハルナは直接的には関係ないため『封鎖』に躊躇いはあったが、ここで手を抜いて後悔するようなことがあったら すべてが無意味だ。
 アセナは「直接的には関係なくても、まったくの無関係ではないんだ」と自分を誤魔化してハルナの『封鎖』をエヴァに頼んだのだった。

(しかし、早乙女の普通な反応もツラいけど、のどかから距離を置かれているのもツラいなぁ)

 男性恐怖症である のどかは、好きでもない男とは距離を取って接する。ただそれだけのことだ。だが、負い目のあるアセナは、だからこそツラいのだ。
 いや、逆に前と変わらない距離の方がよりツラかったかも知れない。ヘタに過去の名残があるよりは まったくの他人として扱われた方がマシな気がする。
 まぁ、どちらにしても三人の『封鎖』が解けるまで――つまり、アセナの『計画』が成功するまで、アセナは三人に会う度に苦しむことになるだろう。

 それが、アセナの『行い』に対する正当な『報い』と言うものだろう。まさに、自業自得である。

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 気分は よろしくないが、だからと言って何もせずに帰れば怪しまれるだけだ。
 それ故、アセナは木乃香を先導役に「図書館島探検ツアー」に参加した……のだが、

『こちらが図書館島名物、北端絶壁です。絶壁と言う名ですが、あくまでも本棚です。規模は大きいですが。
 ちなみに、建築当時の資料が散逸しているため「何故こんなものが作られたのか?」は わかっておりません。
 余談ですが、高さは10階建てのビル以上はあり、毎年 秋にはフリークライミング部による大会が開かれ……』

 だが、ナイアガラの滝を髣髴とさせる勢いで水が流れ落ちて来る巨大過ぎる本棚にアセナは呆れるしかない。

(これ、どうやって本を取るんだろう? ロッククライミングかな? いや、やっぱり魔法で取るんだろうなぁ。
 って言うか、そもそも本に湿気ってダメじゃない? もしかして、これも魔法で保護しているとかってオチ?
 だとしたら、この本棚は一般人に見せちゃダメじゃないの? そこら辺、『さすがは麻帆良』と言うべきだねぇ)

 麻帆良で生活していると、本気で「魔法を秘匿する気あるのか?」とツッコみたくなるのはアセナだけではないだろう。

「きっと、これが『遊び心』ってものなんやよ」
「うん、まぁ、きっと、そうなんだろうねぇ」
「人間には『遊び』が必要やっちゅうことやな」

 木乃香が遠い目をして語る。きっと思いを馳せているのだろう。しかし、これを『遊び心』で片付けていいのだろうか?

「ところで、サラッと流そうとしたけど……思考を読むのはやめようね?」
「せやけど、ツッコミ待ちの時にはツッコむのが優しさや と思うんやけど?」
「いや、ツッコミ待ちじゃないよ? 普通に考え事をしてただけだからね?」
「せやけど、なぎやんが思考を顔に出しとるんやから、ツッコミ待ちやろ?」
「いや、それは違うから。普通に思考が顔に出ちゃっていただけだから」

 古狸を相手に化かし合いを演じられるアセナだが、日常的に『そう』である訳ではない。

「……せやけど、腹芸が得意な なぎやんが思考を顔に出しとるんやえ?」
「だから違うってば。腹芸に関してはシリアスな時に気を付けているだけだから」
「そうなんか? ツッコミが欲しいから思考を顔に出しとるんかと思っとったわ」
「いや、まぁ、敢えて顔に出す場合もあるけど、それはシリアスの時だけだから」

 態と思考を読ませて誘導することもあるが、それはシリアスな時に限る。日常的に行う訳ではないのだ。

「あ、ところで、なぎやん。のどか と夕映に『ああ』したんはウチのせいなん?」
「いや、違うけど? 普通に『オレの事情』に巻き込みたくなかったからだよ?」
「……そうなんか? てっきりウチのために関係を清算したんか と思ったで?」
「ん? ああ、そっか。ここは婉曲的に肯定して置くとフラグが立つんだね?」
「うん、まぁ、そうやろな。って言うか、そう言う切り返しは卑怯やと思うで?」

 木乃香が卑怯と評したのは、木乃香の杞憂を吹き飛ばすためとは言えアセナが本音を誤魔化したからだ。

 そう、否定したとしても「敢えて否定したのでは?」と言った風に婉曲的な肯定にも受け取れるし、
 逆に肯定したとしても「嘘臭いけど、嘘に思わせた本音なのでは?」と言った解釈もできてしまう。
 つまり、どう反応したとしても「どうとでも取れてしまう」のが木乃香の問い掛けだったのである。
 だが、アセナがした反応はフラグ云々の話――肯定も否定もしない、どちらにも取れない反応だった。
 しかも、張り詰めそうだった空気が弛緩されてしまったので改めて問い直すのも憚られる状況だ。

 まぁ、卑怯と言えば卑怯かも知れないが、アセナが卑怯であることなど今更と言えば今更だろう。

 ところで、先程「木乃香を先導役に」と表現したように、例の三人とは一緒に回ってはいない。挨拶の後に少し会話しただけで別れたのだ。
 アセナの行いを責めるために三人と会わせた訳だが、だからと言って長時間 一緒に過ごさせて心を抉り捲くるほど木乃香も鬼ではないのである。

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「……実を言うと、某変態司書さんに会いそうだったのも図書館島に来たくない理由だったんですよねぇ」

 舞台は変わり、図書館内なのに何故か木が生えている休憩所(天井からの吹き抜けでもない)にて。
 アセナと木乃香は「抹茶コーラ」や「梨ミルク」と言った謎のドリンクを飲んで休憩していた。
 ちなみに、それらは「意外なことに絶妙なハーモニーを奏でていて割と美味しい」らしい。いや、マジで。

「ほほぉう? その方は どなたのことでしょうか? 参考までに聞かせていただけませんか?」

 そんな二人の傍らに全身ローブでフードを目深に被った麻帆良祭中でも怪しい人物が立っていた。
 まぁ、この怪しい人物、身も蓋も無く明かすと(と言うか、明かすまでも無く)アルビレオだ。
 二人が ゆっくり休憩しているところに突然アルビレオが現れたので、冒頭の発言に至ったのである。

「そう言うことなら、お話しましょう。まぁ、名前は個人情報ですので『エロい顔した人物』とだけ言って置きますが」
「そうですかぁ。何故に私のことを凝視して仰っているのか は極めて謎ですが、今後の参考にさせていただきますね」

 あきらかにわかっているが、わからない振りをするのが大人のマナーだろう。ちなみに、何の参考にするのか は極めて謎である。

「って言うか、せっかくの学園祭に何で住処とも言える図書館島にいるんですか?」
「そんなの決まっているじゃないですか? 貴方をストーキングしていたからです」
「……そんな茶々緒みたいなことをしていたんですか? 意外と暇人なんですねぇ」
「と言うか、あのコがストーキングしていることは気付いているのに放置なんですか?」
「一応、オレの『妹』ですからね。って言うか、そもそも護衛のための尾行ですから」

 あきらかに護衛と言う目的を逸脱している気はするが、それは気にしてはいけない。それが大人のマナーだろう。

「なるほど。しかし、尾行に気付けるようになるとは……成長しましたねぇ」
「いえ、オレの懐にはチャチャゼロと言う心強い『警報』がいるだけですから」
「ああ、なるほど。ゼロたん ならば、それくらいの芸当は余裕でしょうねぇ」
「オレ自身にできなくても、できる者にフォローしてもらえばいいだけですよ」

 アセナは「ゼロたん?」と内心で疑問に思っているが、それでも気にしない。ここまで来ると大人のマナーと言うよりも単なる意地だ。

「なー、なぎやん、その人が『噂のアルビレオさん』なん?」
「うん、ただのエロい人に見えるけど、一流の魔法使いさんだよ」
「ちなみに、別の意味での魔法使いとしても一流ですよ?」
「……意味のわからんことを言うんは、なぎやんみたいやなぁ」
「何か色々とヒドくて、コメントすることすらツラいです」

 話が一段落したのを見た木乃香が会話に参加するが、アルビレオも木乃香もツワモノ過ぎたのでアセナは泣くしかない。

「って言うか、二人は初対面なんですから、自己紹介でもすればいいじゃないですか」
「そやな。ほな、初めまして。ウチは なぎやん の婚約者やってます近衛 木乃香です」
「これは御丁寧に どうも。私はナギ君の協力者をしているアルビレオ・イマです」
「……いや、何でオレを基準にして説明しているんですか? そこは詠春さんでしょう?」
「ほなら、なぎやんの言う様に……実は、近衛 詠春の娘でもあります、近衛 木乃香です」
「では、私も。実は、御父上とはマブダチと言っても過言ではない、アルビレオ・イマです」
「うっわぁ、これはヒドい。と言うか、詠春さんが聞いたらマジ泣きしそうな事態ですねぇ」

 やりたくなくても間を取り持たざるを得ないアセナに同情してもいいだろう。もちろん、アルビレオにマブダチ扱いされた詠春にも同情していいと思う。

「つまり、私のマブダチ発言に喜びの涙を流す と言うことですね?」
「いえ、まったく違います。だから、どや顔で言われても困ります」
「せやな。むしろウチの愛に溢れた言葉に痺れて憧れたんやろなぁ」
「うん、それも違うから。って言うか、微妙にネタを入れないでよ」

 もちろん、詠春に言えないことを平然と言ってのけても、詠春は そんな木乃香に痺れもしないし憧れもしないだろう。

「しかし、アンタ等、さっきから妙に仲が良くありませんか?」
「……おや? 嫉妬ですか? 可愛いところもありますねぇ」
「いくらウチが大事やからって、誰にでも嫉妬せんでええよ?」
「いえ、違いますから。ツッコミ疲れするのが嫌なだけですから」
「フフフ……照れ屋ですねぇ。別に照れなくてもいいのですよ?」
「そやで? 嫉妬深い なぎやん でも、ウチは受け入れるで?」

 マイペース過ぎる二人に最早「ぎゃふん」としか言えないアセナだった。

 と言うか、途中までのシリアスな空気は何処へ消え去ってしまったのだろう?
 やはり、アセナがフラグ云々の話をして空気を弛緩させたせいだろう。
 きっと、アルビレオと木乃香が揃ったからではない筈だ。そう信じよう。



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Part.04:少しだけ本音を語ってみた


「ほな、せっかくやから、模擬店巡りでもしよかー?」

 図書館島を後にしたアセナと木乃香は、残りの時間(麻帆良祭が終わるまで)を模擬店巡りで潰すことにした。
 と言うのも、麻帆良祭の終了時間と同じくらいに起きる『最大発光(最も発光する瞬間)』を見る予定なのだ。

「っと、その前に……なぎやん、馬術部と華道部に興味あらへん?」

 しかし、木乃香は突然「何か」を思い出したかの様に、急に予定変更を告げて来る。
 まぁ、言うまでもないだろうが、馬術部も華道部も あやか が在籍している部であり、
 それらの部の出し物に行けば、あやか と出会ってしまう確率は非常に高いだろう。

 当然ながら、アセナは あやか と会うのが非常に気不味い。よって、アセナの答えはNOしかない。

「うん、興味ないよ。だから、可及的速やかに模擬店巡りをしよう?」
「なるほど、よぉくわかったえ。ほなら、まずは馬術部へ行こか?」
「いや、全然わかってないよ? むしろ行かなくていいんだよ?」
「……なぎやん? わかっとるやろ? さっきのは『振り』やで?」

 そう、「興味ある?」と言う質問は「興味あるから連れてって」と言う意味なのだ。

「いや、わかっているよ? だけど、わからないことにしたかったんだよねぇ」
「まぁ、いいんちょと会うんは気不味いんやろうけど……だからこそやえ?」
「つまり、オレの状況がわかったうえで馬術部とかに行きたい訳ですね?」
「何故に敬語なんかわからんが……むしろ、いいんちょに会わせたいだけやな」

 アセナの「オレは行きたくないんだけど」と言う涙ながらの訴えを木乃香は笑顔でサックリと切り捨てた。

「OK、OK。つまり、オレに『死ね』と言いたいんだね?」
「ん~~、どちらかと言うと『死ぬほど後悔せい』やな」
「そ、それは それでヒドい!! だけど、逆らえない!!」
「まぁ、これも自業自得や。大人しく受け入れるんやな」

 もちろん、逆らうこともできる。ただ、逆らってもいいことがないだけだ。それに、今回も非はアセナにあるためアセナは受け入れるしかないのだ。

「せ、せめて、チラ見くらいで許してくれないかなぁ?」
「……なぎやんはチラリズムが好きやもんなぁ」
「そうじゃなくて、軽く顔を見るだけってことだよ?」
「わかっとるよ。でも、チラリズムは好きやろ?」
「全裸よりも半裸、半裸よりも半脱ぎがイイと思うねぇ」

 つまり、チラリズムが大好きらしい。と言うか、話題が微妙に掏り替わっているのだが?

「ちなみに、パンチラとかブラチラは偶然 見えるのがイイと思う」
「見せる用の下着や態と見せとるのは邪道 と言いいたい訳やな?」
「そうさ。人工よりも天然の方がいいでしょう? それはエロスも同じさ」
「……でも、計算され尽くしたエロスと言うのも有りなんちゃう?」
「もちろん、それはそれで有りだよ? でも、チラリズムは違うのさ」

 忘れているかも知れないが、彼等は学園祭を一緒に回っている。当然、周囲には家族連れもいる訳で……

「ねーねー、パパー。『ちらりずむ』って なーに?」
「そ、それはねー……お、大人になればわかるよ?」
「ぶぅ~~!! パパは いっつも ごまかすんだからぁ!!」
「そうね、貴方は いつも誤魔化すわね。風俗とか性病とか」
「だ、だからアレは誤解だって何度も言っているだろう!?」
「何が誤解よ? 内緒で泌尿器科に通ってたの、知っているのよ?」
「ち、違う!! あれは性病ではなく普通に下の病気だったんだ!!」
「へ~~、そうなの? なら何で隠して通っていたのかしら?」
「そ、それは……妙な誤解を生むからだ。だから隠したんだ」
「ふぅん? その割には焦っているように見えるんだけど?」
「ご、誤解だ!! と言うか、子供の前で話すことじゃないだろう!?」

 ……子供の放った「いたいけな質問」をキッカケにして家族の団欒がブチ壊れる と言うような悲劇が起きたらしい。

 まぁ、その一部始終を目撃してしまった彼等は「そもそも火種があったから燃えたんだよね?」と自分達を納得させ、
 自分達の不用意な会話によって一つの家族が崩壊の危機に陥った可能性から目を背けるようにしたのは言うまでもないだろう。

 もちろん、悲劇が生まれようとも木乃香の行動は変わらないため、木乃香は実に『いい笑顔』を浮かべてアセナを引き摺っていくのだった。

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「馬術部、行った。あやか、いた。目、合った。瞬間、お互い、顔、逸らした。
 オレ、心の中、号泣。でも、顔、笑顔。頑張って、木乃香、エスコート、した。
 うん、オレ、よく、やった。凄く、頑張った。だから、泣いても、いい、よね?」

 ……何故か片言でアセナの心情が綴られたが、まぁ、要は「アセナは心に深い傷を負った」と言うことだ。

「あ~~、その、ごめんな? さすがに ここまでやとは思ってなかったわ」
「うぅ……だから言ったじゃないか? あやかと会ったら『死ぬ』って」
「いや、そこまでは言うてへんよ? って言うか、そんなレベルなんやな?」
「うん、数年単位で『別荘』に引き篭もりたいレベルで精神的に死んでる」
「し、深刻やなぁ。本来なら怒るべきとこやけど怒れへんから遣る瀬ないわ」

 他の女性のことを大切に想っている様をムザムザと見せ付けられるのは、婚約者としては許せないことだ。
 だが、アセナが あやか を大切に想うようになった遠因は自分にある。そう考えている木乃香は文句が言えないのだ。

「そ、そや!! 気分転換のために、ちょっとタコヤキでも食べに行かんか?」
「タコヤキ? ……どうせタコなんか入ってなくて小麦粉の焼き物なんでしょ?」
「めっちゃネガティヴや?! いつもならマヨネーズで誤魔化されとるのに!!」
「確かにマヨネーズと青ノリとソースがあれば小麦粉の焼き物でも美味しいよねぇ」

 ちなみに、アセナはマヨネーズと青ノリが無ければタコヤキと認めないらしい。もちろん、異論は認めているが。

「って言うか、さっきから小麦粉 小麦粉 言うとるけど生地には出汁とかも入っとるえ?」
「でも!! 肝心なタコが入ってないのが ほとんどじゃないか!! オレは騙されないもん!!」
「そか。ちなみに、女子水泳部のところのやと『全部タコ無し』を引くとスク水で接待――」
「――よぉし!! 今 直ぐ行こう!! タコが入って無くても美味しければ それでいいよね!!」

 木乃香は「スク水で接待してもらえる訳ないやろなぁ」と言うつもりだったが、最早 後には引けない。

 どうでもいいが、あんなに塞ぎ込んでいたのに一気に復活するなんて……エロスの力って地味に凄い。
 まぁ、少し態とらしいところがあるので、きっとアセナは復活するタイミングを計っていたのだろう。
 いくら変態紳士の名を欲しいままにしているアセナとて そこまで変態じゃない。多分、きっと、恐らくは。

 ちなみに、軽く事情を聞いたアキラが仕方がないのでスク水になってくれたのは完全な余談である。

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「なぁ、なぎやん……いいんちょ、このままでええの?」

 タコヤキを食べたせいか、それともアキラのスク水姿を堪能したせいか は定かではないが、
 どうにか気を持ち直したアセナを率いて、木乃香は(原作で夕映が乗ってた)遊覧船に乗り込んだ。
 そして、頃合いを見計らって「問題は解決すべきやろ?」と言わんばかりにアセナに訪ねたのだ。

「……覆水は盆に返せないんだよ」

 器から零れた水を すべて掬い直すことはできない。同様に、口から出てしまった言葉も取り返せない。
 今回の問題は、あやかに決別を告げたこと――決定的な言葉を放ってしまったことに端を発している。
 問題を解決するには、言葉を撤回するくらいしかアセナには思い付かず、しかも それの効果は無に等しい。
 つまり、アセナは「この問題は起きてしまった段階で、解決できないものなんだよ」と言いたいのである。

「でも、汲み直すことはできるえ?」

 器から零れた水を すべて掬い直すことはできない。だが、別の水でもいいなら汲み直すこと自体はできる。
 今回の問題に置き換えるなら、別の言葉によって問題を解決――二人が復縁すればいいだけの話なのだ。
 木乃香がアセナの言わんとしたことを どこまで理解して発した言葉なのか は定かではないが、アセナは そう理解した。

「……ごめん、このちゃん。そして、ありがとう」

 婚約者に他の女性との問題を後押ししてもらっていることにアセナは申し訳なさと同時に深い感謝を感じた。
 言葉にするならば「あやかとのことで悩んでて ごめん」と「背中を押してくれて ありがとう」辺りだろう。

「でも、あやかと復縁することは無理だよ。だって、復縁しちゃうと決別した意味がなくなっちゃうもん。
 そもそも、オレは あやか が大切だから――あやか を巻き込みたくないから、あやか と決別したんだ。
 だから、オレが抱えている『問題』が解決するまでは、決別したままじゃないと意味がなくなっちゃうんだよ」

 大切だから傍にいて欲しい。でも、危険だから傍にいて欲しくない。それが、アセナのジレンマだ。

「そか。つまり、なぎやんの『問題』とやらが解決すれば、いいんちょと向き合うんやね?」
「うん、その予定さ。まぁ、『問題』が解決した後までオレが生きていれば、の話だけどね」
「生きてればって……物騒な仮定やなぁ。そんなに危険やと婚約者としては止めたくなるえ?」

 アセナの言う『問題』とは「魔法世界の崩壊」であり、アセナは自身の命を賭してでも問題を解決するつもりなのである。

「いや、大丈夫だよ。死ぬ可能性が僅かながらあるってだけで、生き残る勝算は充分にあるから」
「……そか。まぁ、そう言うことやったら、何も言わずに待っとったる。婚約者として、な」
「ありがとう、このちゃん。オレも婚約者として死なない程度に――いや、死なない様に頑張るよ」

 魔法世界が崩壊することを知らない木乃香は「アセナが自分の知らない何かを背負っている」としかわからない。だが、それだけわかっていれば充分だ。

 たとえ『それ』が何であろうと、アセナは『それ』を成し遂げることだろう。そして、『それ』を成し遂げたら、あやか と向き合うに違いない。
 アセナは、できないことはしないし、できないことを「できる」とは言わない。だから、アセナが「成し遂げる」と言ったら必ず成し遂げるのだ。
 その代償として自分の命を賭けることを ほのめかしていたが、それでもアセナが「勝算は充分にある」と言っていたのだから大丈夫な筈だ。

 盲信に近いが、木乃香にはアセナを信じることしかできない。だからこそ、木乃香はアセナを黙って信じるのである。

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 ところで、まったくの余談となるが、二人の会話の一部始終を記録していた存在がいた。
 まぁ、言うまでもなく、アセナをストーキング――いや、護衛していた茶々緒である。
 木乃香に「なぎやん のためや」と依頼されて録画(もちろん録音も込み)していたのだ。

 『最大発光』を背景に『いい笑顔』でサムズアップをする茶々緒に、木乃香も『いい笑顔』でサムズアップをしたとかしなかったとか。



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Part.05:何故か打ち上げに参加させられた


「さぁて、苦しいながらも麻帆良祭を無事に乗り切れたことを祝しまして……カンパーイ!!」

 場所は変わって3-Aの教室。『最大発光』から幾許かの時が流れた後、気が付くとアセナは そこにいた。
 記憶によると木乃香に「ちょっと片付けを手伝ってくれへん?」と頼まれたので手伝いに来たのだが……
 何故か、片付けなど遥か彼方に忘れ去られ、ジュースと菓子とナチュラルハイによる宴会に突入していた。

 ちなみに、アセナは1日目も2日目も参加を回避していたが、ほとんどのメンツは三日連続で打ち上げをしている。

 当然ながら、学園祭の開催時間中は出店側としても客側としても休む間もなく稼動している。
 更に開催日まで徹夜で準備していたことも考えると、1週間くらい休んでいないだろう。
 その底なし とも言える体力に「なにそれこわい」と感じてしまうのはアセナだけではない筈だ。

「って言うか、誰もオレが参加していることにツッコまないのが凄いよねぇ」

 3-Aのツッコミ役とも言える長谷川 千雨(はせがわ ちさめ)くらいはツッコんでもいいところだろう。
 だが、よく見てみると千雨らしき人影がいないため、ツッコむまでもなくエスケープしていたようだ。
 アセナは「ツッコミの義務を放棄するなんてズルい!!」とか思ったが、そもそも彼女にツッコミの義務などない。

「まぁ、それはナギ君が売り上げに貢献したからじゃないかな?」

 アセナの独り言が聞こえたのか、まき絵が「アセナが打ち上げに参加してもいい理由(だと思われるもの)」を述べる。
 どうやら39話でネギと行ったアセナの宣伝活動(ホラーなコスプレをして学園内を練り歩いて戯言を垂らす)が功を奏したらしく、
 何でも「幼女に触ってもらうお」とか口走る男性やら「ちょっと刺激が欲しいだけよ」とか言いたそうな奥様が増えたらしい。

「…………なんか、すんませんでした。祭のテンションで ついつい口走っちゃったんです」

 金は落としてくれるが厄介な客達は、アセナの発した「『お触り』してもらえる」と言う発言のせいで増えたのだろう。
 ちなみに、アセナは「女子中学生に」と言う表現をしたのだが、受け手は宣伝していた彼等も対象にした と思われる。
 まぁ、幸い、鳴滝姉妹と言う幼女にしか見えない人材やら龍宮と言う男装の似合う人材もいたので何も問題はなかったが。

「へ? 何で謝るの? みんな『ヒャッハー!! 売り上げトップだぜ!!』って喜んでたよ?」

 もちろん、女子中等部お化け屋敷部門でのトップだ。さすがに大学や高校の模擬店には勝てない。
 余談となるが、奥様方に受けたのか、アセナのクラスは男子中等部喫茶店部門でのトップだったらしい。

「それなら結果オーライってことで、気にしないことにして置こうかな?」
「うん、それでいいと思うよ? って言うか、気にする意味がわかんないし」
「いや、だって、売り上げも増えたけど、厄介な客も増えたんでしょ?」
「ん~~、変な人はいたけど、毎年のことだから別に気になんなかったよ?」

 アセナは「毎年いるんだ……」と頭が痛くなるが、「まぁ、本格的にヤバいのは排除されているだろう」と無理矢理に納得して置く。

「へー、そーなんだー。じゃあ、気にするだけ無駄ってことかな?」
「そうじゃないかな? 細かいことは気にしない気にしない♪」
「うん、まぁ、そうかもね(気にしな過ぎるのも不味いとは思うけど)」

 まき絵の大らかな部分は好ましいが、大らか過ぎて将来が心配になるアセナだった。まぁ、アセナが心配する義理など無いのだが。

「って言うか、そんなことよりも、フィギュア部に顔を出してくれなかった方が問題だよ!!」
「え? そうなの? って言うか、顔は出したよ? ただ、その時に まき絵がいなかっただけで」
「私がいる時に来なきゃ、来ても来ていないのと変わらないよ!! だから、ナギ君が悪い!!」
「え~~、だったら、店番をする時間帯を教えて置いてくれれば よかったんじゃないの?」
「そ、それは そうかも知れないけど、何度も来れば よかっただけだから、やっぱりナギ君が悪い!!」

 まき絵の無茶な言葉に、アセナは「何と言う理不尽」と思いつつも「今度から気を付けるよ」と大人な対応をするのだった。

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「どうやら元気になったみたいだね……」

 まき絵との話を終えて「とりあえず腹に詰め込んで置こう」と各自が持ち寄った模擬店での余りに手を伸ばそうとしたアセナだが、
 タコヤキ(マヨネーズと青ノリとソースがタップリ)を持ったアキラが「よかった」と安堵の溜息を吐きながら話し掛けて来た。
 ちなみに、現在のアキラの服装は普通に制服である。猫耳と尻尾がオプションされているが、スク水ではない(まぁ、当然だが)。

「うん、まぁ、普通に会話ができるくらいには、ね。って言うか、さっきはありがとう」

 もちろん、アセナが言っているのは、アキラがアセナを慰めるためにスク水になってくれた件についてである。
 まぁ、いくら慰めるためとは言え、友人でしかない(つまり恋人ではない)男のためにスク水になるのは、
 常識的に考えると「御人好し過ぎるだろ」と思わないでもないが、それがアキラのクオリティなのだろう。

「い、いや、別にいいよ。ナギ君には亜子の件で迷惑を掛たり お世話になっているからね」

 やはり恥ずかしかったことは恥ずかしかったらしい。アキラはワタワタと少々ドモりながら理由を話す。
 どうやら、スク水になったのはアセナを慰めるためだけではなく亜子のためでもあるようだ(これで納得だ)。

「ハッハッハッハッハ……アキラさんや? それは地味にオレの心を抉ってるからね?」
「ん。でも、理由は どうあれ亜子を泣かせたから、ちょっとくらいは抉ってもいいよね?」
「……そうだね。抉られて然るべきだから、ちょっと と言わず好きなだけ抉っていいよ?」
「ううん。もう、いいよ。ナギ君もツラかったのは わかっているから、これ以上はいいよ」

 アキラにしては辛辣だが、非はアセナにあるのでアセナは ただ受け入れる。まぁ、アキラはこれ以上アセナを責める気はないようだが。

「敢えて言って置くけど……さっき見せてしまった醜態と亜子とのことは何も関係ないからね?」
「うん、わかってるよ。でも、根幹は一緒だよね? ナギ君は誰かのために苦しんだんだから」
「…………いや、違うよ。結局、オレはオレのために苦しんでいるんだから それは見当違いだよ」
「そう? 私は正しいと思っているけど……ナギ君が そう言うのなら、そう言うことにして置くよ」

 アキラのアセナを許容するような言葉が、責めるよりも深くアセナの心を抉ったことはアセナしか知る由の無いことだった。

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「いやはや、さすがはナギっちですにゃ~~?」

 アキラとの会話を切り上げたアセナはタコヤキを腹に詰め込みつつジュース片手にボンヤリと世界樹の発光を眺める。
 その表情は魂が抜けている とも見えるが、幻想的な光に照らされているためか、愁いを帯びている ようにも見える。

 そんな雰囲気をブチ壊すかのように(と言うか、実際ブチ壊しに来たのだろう)裕奈が絡んで来た。

「いや、何が どう『さすが』なのさ? 意味不明だよ?」
「つまり、『さすが女誑しだよね』ってことだよ?」
「…………ああ、そう。つまりは絡みに来たんだね?」

 恐らくはボンヤリしているアセナを心配して声を掛けて来たのだろう。実に素直ではない裕奈らしい。

「一応は、まだ落ち込んでいるようなら慰めてあげよう とは思っていたよ?」
「わかってるよ。慰める必要がないのがわかったから絡んで来たんでしょ?」
「……まぁ、そうなんだけどね。物分りがいいのもツマラナイもんだねぇ」

 実際、アセナは落ち込んでいる訳ではない。ただ「早く帰りたいなぁ」と思っていただけに過ぎない。

「事が事だけにフザケる訳にいかないからね、わからない振りなんて できないさ」
「つまり、いつもはわかっていて わからない振りをしていたってことかにゃ?」
「さぁ、どうだろうね? わからない振りをしたこともある とだけしか言えないね」
「『したこともある』ってことは、本当にわからなかったこともあるんだよね?」
「裕奈がオレを どう見ているのかは知らないけど、オレにはわからないことばかりだよ?」

 裕奈の言わんとしていることが亜子の件だと理解したアセナは、真剣な面持ちになって対応し始める。
 まぁ、だからと言って本音を語る訳ではなく、いつも通り誤魔化したいところは誤魔化してはいるが。

「って言うか、裕奈が想像している以上にオレはわかっていないと思うよ」
「じゃあ、たとえばだけど……亜子の好意って、いつぐらいからわかってた?」
「ホワイトデーくらいに疑問に思って修学旅行辺りで確信した感じかなぁ?」

 アセナの言うことは真実だ。アセナは修学旅行の終わりに「好意に敏感になろう」と決め、好意的な行為を考察するようになったのである。

「……はぁ、なるほどねぇ。よ~~く、わかったよ」
「そう、わかってくれたんだ。ところで、何で溜息?」
「ナギっちが好意に鈍いのは変わってないからだよ」
「そうなの? これでも鋭くなったと思うんだけどなぁ」

 アセナの惚けているようにしか見えない返答に「まぁ、気付いただけマシなのかなぁ?」と裕奈は自分を納得させるのだった。

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「やぁ、神蔵堂クン。楽しんでいるカネ?」

 裕奈との会話を終えたのを見計らったのか、超が愉快そうな表情を浮かべて話し掛けて来る。
 アセナは「心にダメージを負ったけどね」と内心で愚痴りつつ「まぁ、それなりにね」と無難に返す。

 弱り目に祟り目ではないが、今の状況で超の相手はしたくないのが本音だ。だが、協力関係にあるので無下に扱うこともできないのだ。

「って言うか、本題は何かな? 何らかの『話』があるから話し掛けたんでしょ?」
「まぁ、そう急かさなくてもイイだろう? 偶には世間話に興じヨウではないカ?」
「世間話、ねぇ? オレ達の場合、果てしなく世間とは逸脱した話になりそうだけど?」
「それハ仕方がないサ。だって、言葉ハ聞き手によって如何様にに解釈できルからネェ」

 ちなみに、アセナは『認識阻害』を展開する魔道具(もちろんネギ製)を所持している。だが、敢えて使わない。『世間話』に乗るつもりだからだ。

「うん、まぁ、その通りだね。悲しいことに、人は言葉では完全に理解し合えないからね」
「だからこそ、肉体言語で語り合われル――つまり、争いハ絶えナイと言うことだネェ」
「まぁ、それも一理あるね。でも、闘争が人の本質だから、人は争うんじゃないかな?」
「はてさて、それハどうだろうネ? 人の本質とハ協力することにアル、のではないカネ?」

 争うのは仕方がない と語るアセナに、超は争わずに協力すべきだ と反論する。

「もちろん、協力も人の本質だよ。だって、人は単独では脆弱な生物だからね。一人じゃ闘争もできやしない」
「ふむ、なるほどネェ。協力をスルから闘争が可能となり、闘争をスルから協力が生まれル、と言う訳だネ?」
「さぁて、どうだろうね? 少なくとも、協力と闘争は切っても切り離せない関係にある とは思うだけさ」

 アセナは超の言葉を肯定しつつも、自分の言を曲げない。まるで協力と闘争が同居していることの体現のように。

「それに、闘争ではなく競争ならば、互いを高め合うことができるんじゃないかな?」
「……その通りだネ。手を取り合う相手がイルのも、競い合う相手がイルのも幸福ダネ」
「同感だね。協力も競争も、そして、闘争も……相手がいて初めて成り立つことだからね」
「そう、人は一人では何もできナイ。どれだけ優秀であってモ、一人では何もできないヨ」

 極論すれば、一人では争うことすらできないのだ。

「うん、その通りだね。だから、オレ達は協力しているんだよねぇ」
「まぁ、正確にハ、協力だけでなく競争もしてイルのだがネェ」
「……オレとしては協力したい とは思っているんだけどねぇ?」
「それハ私も同じサ。私もキミとは協力したい と思っているヨ」

 超は「アセナに何らかの思惑があること」に気付いている。ただ、それが裏切りでないのなら、それはそれでいい と考えているのだ。

「その点は安心して。オレの目的は超の目的と重なっているから」
「……予想される災害を防ぎたイ、それが一緒ならば何も言わないヨ」
「まぁ、アプローチの仕方に違いが出る可能性は否めないけどね?」

 極言すれば、超は魔法世界の崩壊を防げればいいのだ。他のことは大した問題ではない。

「つまり、前に示してくれた手 以外にも考えている手がアルのダネ?」
「うん、ぶっちゃけるとね。だって、あれは『最終手段』でしょう?」
「……まぁ、その通りだネ。キミにしてハ『直接的』過ぎルと思うヨ」

 蓄積した『大発光』の魔力を用いてメガロメセンブリア元老院に『強制認識』を施す。搦め手ではあるが、少しばかり直接的過ぎるのも確かだ。

「それがわかっているなら、オレがやろうとしていることくらい想像が付くでしょ?」
「……つまり、間接的に攻めル訳だネ? だが、それでハ時間が足りナイのではないかネ?」
「まぁ、確かに、当初は時間が問題だったね。でも、協力者がいれば時間も解決できるんだ」
「ほぉ? それハ、協力者を得られたカ、協力者に目星が付いた、と取っていいのだネ?」

 大雑把に言えば「協力者と共にメガロメセンブリア元老院を内部から切り崩す」と言うことだ。

「ごめん、違うんだ。正直に言うと、当初から事態は好転していなくて、単にオレの意識が変わっただけなんだ」
「意識が変わっタ? 妙な話だネェ? 学園祭前(35話参照)から用意していたプランなのではないかネ?」
「確かに、前々から用意していた手もある。でも、それはやめて、よりハイリスク・ハイリターンにするつもりなのさ」
「ほぉ? キミがリスクを引き上げるとは、ネェ? 私にはリスクを下げることに執心してイルように見えたガ?」
「まぁ、そう言う時期もあったね。それは否定しないよ。ただ、今は違う。何度も言うけど、意識が変わったのさ」
「そうかネ。そう言うことならば、特に反論は無いヨ。たとえ それが失敗しても『最終手段』を使えばイイだけだし、ネ」

 アセナが取ろうとしている手段は具体的にはわからないが、止めても無駄だし失敗しても手段が残っているので超は容認することにしたのだった。


 


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オマケ:白と黒を担う者達


「こんばんは。麻帆良祭は楽しめましたか?」

 宴も酣と言った頃合を見計らって3-Aの打ち上げから鮮やかに離脱したアセナは世界樹広場に移動した。
 暫く広場の様子を窺った後、アセナは散発的な発光を続ける世界樹を肴に晩酌をしている二人に声を掛ける。

 ちなみに、世界樹が発光しているのは最大発光が終わっても大発光自体は終わっていないからである。

「ええ。思わず羽目を外してしまうくらい、楽しめましたわ」
「神蔵堂様の御蔭です。本当に ありがとうございました」
「いえいえ、気になさらないでください。日頃の御礼ですから」

 アセナが声を掛けた二人の人物とは、白川 明日香(しらかわ あすか)と黒池 美津枝(くろいけ みつえ)である。

 実を言うと、37話で木乃香は「西から派遣された者に東洋魔術を習っている」と話したが、その西から派遣された者が この二人なのである。
 ちなみに、お忘れかも知れないが、30話で出て来た「西の四家」の内のアセナが味方にしていない残り二家(白川家と黒池家)の者達でもある。
 赤道と違って当主ではないが、将来的には当主に就く可能性が高い者達であり、言わば木乃香や赤道も含めた「次代の西の重鎮達」なのである。

「むしろ、婚約者が御世話になっているんですから、祭の間くらいは『東の監視』を外すのは当然のことですよ」

 言うまでもないだろうが、当然ながら彼女達には東(麻帆良の魔法使い)からの監視が付いている。
 まぁ、監視とは言っても「学園内で行動する時は監視役の人間が付く」だけで、学園外では自由だ。
 それでも、学園内では監視されているので、それでは学園祭を心置きなく楽しめなくなってしまう。
 それ故に、アセナは「学園祭くらいストーキングは自重しろ(大意)」と東の面々を説得したのである。

「ですが、神蔵堂様には日頃からも御世話になっておりますし……」

 そう、二人の監視が緩いのはアセナが「木乃香のために派遣してもらった人材を疑うとか有り得ない」と手を回したからだ。
 その事実を知った(と言うか、木乃香が意図的にバラした)二人が、アセナに感謝をするのは当然と言えば当然のことだろう。
 まぁ、単なる好意ではなく「将来に返してもらうから先行投資をしたに過ぎない」のだろうが、それでも感謝しているようだ。

「何か『御礼』をしないと……我々の気が済みません」

 何故か、アセナを両脇から挟むように陣取る二人。と言うか、胸を押し付けるように腕を絡ませて来ている。
 ちなみに、二人は20代前半の美女であるため(二人とも そこまで大きくはない胸だが)その破壊力は抜群だ。

「……冗談はやめてください。自分の立場を忘れられるほど器用ではないんですよ」

 アセナは自身の『立場』を悲しいくらいに理解している。そのため、後先 考えずに色仕掛けに乗れる訳がない。
 仮に ここで色仕掛けに乗ろうものなら、東西は混乱してアセナの周囲は修羅場になるのは間違いない。
 惨事が予想できていないなら まだしも、バッチリ予想できているのでアセナが乗ることは有り得ないのだ。

 ……ところで、何故(当主候補である)二人が色仕掛けを行おうとしたのか、疑問に思うことだろう。

 答えは至極簡単なもので「アセナを長として迎えるに相応しいか否か」を見極めるためである。
 当然、状況を理解せずに目先の欲に流されるような輩は長に相応しくない。傀儡にするだけだ。
 そう言う意味では、状況を理解して目先の欲を押さえ込んだアセナは最低限はクリアしたようだ。

「あらあら、神蔵堂様は『つれない』ですわねぇ」

 にこやかに語る裏に何が蠢いているか把握しているアセナは、苦笑しか浮かべられない。
 と言うか「釣られて堪るか」と言う気持ちを隠すのに精一杯で苦笑を抑えられない。

 ところで、今更だが……二人が「反長」や「反東」であった場合、木乃香が危険に晒されることになることは自明のことだろう。

 だが、アセナは まったく その心配はしていない。何故なら、派遣される前に赤道が二人に『接触』しているからだ。
 そう、詠春からの紹介を受けた と37話では説明したが、それだけではなく赤道にも動いてもらっていたのである。
 ちなみに、『接触』と言っても籠絡したとかフラグを立てたとかの変な意味ではない。単に『未来』を語らせただけだ。
 青山と赤道が認めたのだから彼は間違いなく長になるでしょうし、長になったら青山と赤道は重用されるでしょうね、と。

 つまり、『記憶』が戻ったり学園祭で浮かれていたりしても、アセナが慎重なのは変わらないのである。


 


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後書き


 ここまでお読みくださってありがとうございます、カゲロウです。
 当初は軽く修正するつもりだったのですが、修正点が多かったので改訂と表記しました。


 今回は「超が暗躍しない学園祭の3日目を書いてみた」の巻でした。

 まぁ、超の件とは一切関係ないのに、図書館島でのイベントがショボくなってしまいましたが(とても残念です)。
 原作では割と好きなシーンだったんですが、この物語では のどかも夕映も本音を語り合うどころではないですからねぇ。
 パルは悪ノリがなければ いいヤツなんだなぁ とすら思わされた話だったんですけど、自業自得なので あきらめます。
 いや、本当、あれだけの会話で夕映の気持ちに気付き、更には応援までしちゃうなんて普通に いいと思います。

 物語にスパイスを加えるための犠牲になった、と考えると……あれ? 納得できませんね? でも、納得するしかありません。

 蛇足になりますが、オマケで出て来た西の方々の再登場はありません。
 ただ、他の二家について書いてないなぁ と思ったので書いただけです。
 特に意味はありません。つまり、伏線でも何でもありません。


 では、また次回でお会いしましょう。
 感想・ご意見・誤字脱字等のご指摘、お待ちしております。


 


                                                  初出:2011/08/26(以後 修正・改訂)



[10422] 第41話:夏休み、始まってます【改訂版】
Name: カゲロウ◆73a2db64 ID:b259a192
Date: 2013/04/12 20:04
第41話:夏休み、始まってます



Part.00:イントロダクション


 時間軸は一気に飛んで夏休み。

 まぁ、学園祭の後には期末テストなどのイベントもあったのだが、
 特筆すべきことは起こらなかったので、割愛させていただいただけだ。



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Part.01:千の呪文の男


 そこは森に囲まれた小さな砦。その砦の規模が その国が小国であることを雄弁に物語っている。
 その国の名はウェスペルタティア王国。歴史と伝統のある――否、歴史と伝統しかない小国である。

 ……そんなウェスペルタティア王国は今 絶体絶命の危機を迎えていた。

 空には空を埋め尽くさんばかりに広範囲に展開した数多の飛空船が見える。
 そして、地には巨人兵とでも称すべき巨大な人型の兵達が群れを成している。
 それらが その小国を目指して進軍しているのだ。まさに絶体絶命だろう。

 だが、それらと対峙して一切の恐れを見せずに悠然と構える影が一つだけ浮かんでいた。

 全身を覆うローブを纏っているためか、その正体は遠目には よくわからない。
 だが、手にした巨大な杖が雄弁に語っている。その影が魔法使いであることを。
 そして、大軍を前に威風堂々と構える様が その圧倒的な自信を雄弁に語っている。

「『黄昏の御子』だが何だか知らねーが、そんなガキを担ぎ出すまでもねぇ!! 後はオレに任せて置きな!!」

 影は そう豪語すると、手にした杖を振りかざして巨大な雷の渦を生み出す。
 その雷は暴風の様に戦場を吹き荒れ、飛空船と巨人兵を次々と薙ぎ倒す。
 それはあたかも「これこそが『雷の暴風』だ」と語っているかのようだった。

 そして、その余波を受けたのか、目深にかぶっていたフードがはためき、その相貌が露となる。

 そこには、目の覚めるような赤髪があった。血のようなドス黒い赤ではなく、太陽の様な暖かで鮮烈な赤だ。
 その赤を見た人々は「紅き翼」やら「千の呪文の男」やら「連邦の赤い悪魔」やらと口々に その人物を呼ぶ。
 その声を聞いた影はニヤリと言う擬音がピッタリの皮肉気だが楽し気な笑みを形作ると、人々を振り返る。

「そう!! オレの名はナギ・スプリングフィールド!! またの名をサウザンド・マスター!!」

 そして、影――ナギ・スブリングフィールドは高らかに名乗りを上げると、懐からメモ帳を取り出す。
 そして、ナギは「え~~と『百重千重と重なりて 走れよ稲妻』」などとメモ帳をブツブツ読み上げる。
 その紡がれた言葉は『力』ある言葉。この世に魔法を顕現させるために唱えられる、精霊への呼び掛け。
 メモ帳を読み上げる と言う常識から逸脱した詠唱方法だが、詠唱は詠唱だ。要は精霊に伝わればいいのだ。

「行くぜ、オラァアア!! 『千の雷』ぃいい!!」

 ナギの怒声と共に雷鳴が轟き、飛空船と巨人兵に数多の雷光が襲い掛かる。
 その威力は先程の『雷の暴風』とは比べるべくもない程に強力だった。
 その名の通り、千にも及びそうな雷の奔流が戦場を縦横無尽に駆け巡る。

 後に残ったものは、残骸と成り果てた飛空船と塵に還った巨人兵だけだった。

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「よぉ、坊主。名前は?」

 戦場を後にしたナギはウェスペルタティア王国の砦の最上部へと舞い降りる。
 そこには、人形と見間違える程に生気が乏しい少年が鎖に繋がれて座していた。
 その足元には儀式用と思われる魔法陣が描かれており、その待遇が窺い知れる。

「な、まえ……?」
「そうだ、名前だ」

 少年は無表情のまま無感情に問い返し、ナギは目線を合わせながら穏やかに微笑んで肯定する。
 ナギの声音は何処までも優しく、それまで戦場を駆け巡っていた人物とは思えない程だ。
 いや、もしかしたら、こちらが本当のナギであり、戦場の彼は彼の本質ではないのかも知れない。

「……アセナ。アセナ・ウェスペル・テオタナトス・エンテオフュシア」

 少年――『アセナ』は記憶を掘り返し、その名を告げる。その声音は機械的であり、応えたのも訊ねられたから応えたに過ぎない。
 何故なら、『黄昏の御子』として生かされて来た『アセナ』にとっては、己の名前など己を識別する記号の一つに過ぎないからだ。
 そう、『アセナ』は自身の名を呼ばれることに特別な意味を感じない――「アレ」や「コレ」と呼称されることと何も変わらないのだ。

「長ーな、オイ。けど……アセナか。いい名前だ」

 ナギが機械的に紡がれた言葉を どう捉えたかは定かではないが、ナギは慈愛に満ちた表情で『アセナ』の言葉に応える。
 そして、場を盛り上げるためか、「何たって、オレ様と同じ『ナ』が付いているからな」とバカみたいな言葉を続ける。
 だが、それは失敗だった。『アセナ』は「……そう」としか反応しなかったし、周囲の人間も生暖かい目で聞き流していた。

「よ、よーし!! アセナ、ちょっとだけ待ってな。オレが――いや、オレ達が全てを終わらせてやるからな!!」

 己の失態を感じ取ったのか、ナギは気を取り直すかのように話題を変えると再び戦場に舞い戻って行く。
 先程 第一波を壊滅させたとは言え、所詮は第一波に過ぎない。第二波、第三波が襲い来ることだろう。
 だが、ナギに恐れはない。どんなに劣勢であろうと、己と己の仲間達なら乗り越えられると確信しているのだ。

 その自信は雰囲気となって強烈なまでにナギを輝かせる。そう、暗闇の中にいた『アセナ』すらも照らすかのように……

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「……うん、まぁ、わかってたよ? 記憶を夢見てたってことくらい、わかってたよ?」

 今日は夏休みの初日である。目覚めは悪くない――と言いたいところだが、実際は すこぶる悪い。
 原作と同じタイミングで同じような夢を見るとは……これが修正力と言うヤツなのだろうか?
 などとアセナは益体もないことを考えながら身体を起こすと、軽く伸びをして身体を目覚めさせる。

「さぁて、グダグダ言っていても始まらないから、夢のことは置いておくことにして……今日も一日、頑張ろっかな?」

 まぁ、夏休みの初日であることを考えれば、夢見が悪いのは幸先がよくないことになるだろう。
 だが、だからと言って、それを気にしていても意味がない。むしろ、より悪化するかも知れない。
 そんな訳で、アセナは溜息を吐きながらグダグダ・ダラダラしたい気持ちをスッパリと切り替える。

 何故なら、アセナの多忙な夏休みは まだまだ始まったばかりだからだ。



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Part.02:雪山でサバイバル


「……何て言うか、無茶振りも過ぎると笑うしかなくなるよねぇ」

 あれから少々の時が過ぎ、夏休みが始まって数日が過ぎたところだ。現在、アセナは『別荘』の中で絶賛 遭難中だった。
 と言うのも、エヴァから課せられた「そのまま雪山で生き延びろ」と言う無茶としか言えない無理難題のせいである。
 イメージとしては、明日菜がエヴァにやらされたものに近い。ただし、期間は一週間ではなく一ヶ月となっているが。
 まぁ、一ヶ月と言っても『別荘』の中での時間なので、現実の時間としては30時間(1日程度)なのが救いと言えば救いだが。
 ちなみに、別に「ネギま部」を作ろうとしてエヴァに実力不足を指摘された訳でもネギと模擬戦をして負けた訳でもない。
 外が「うだるように暑い」ので『南国』でリゾート気分を満喫していたら「ダラケ過ぎだ!!」とエヴァにキレられただけだ。

「確かに、ここは暑くないよ? でも、暑くないって言うレベルじゃないよ? 最早 寒いと言うよりも痛いんだよ?」

 アセナの格好はアロハシャツにバミューダパンツと言う、ラフ過ぎる格好である(リゾート気分だったのだから当然だ)。
 普通なら、とっくの昔に凍死しているだろう。真夏に対応した服装なのだから、極寒の雪山で過ごせる訳がないのだ。
 だが、何故かアセナは生きていた。もちろん、魔法具を利用した訳ではない(と言うか、魔法具は取り上げられているし)。
 余談だが……この『雪山』、タカミチがより苛酷な環境を望んだので、もともとあった『北極』を進化させたものである。
 ちなみに、進化したのは『北極』だけではない。『砂漠』は『熱砂』に、『密林』は『樹海』に、それぞれ進化している。

「まぁ、とにかく……やっててよかった『咸卦法』ってところかなぁ?」

 何だか某公○式みたいな言い方で評しているが、『咸卦法』がなければ死んでいただろうことを考えると本当にやっててよかった。
 アセナは これまでの修行(と言う名の虐待)の中で身体能力も格闘技術も飛躍的に向上したし、いつの間にか『気』も使えていた。
 だが、だからと言って極寒に耐えられる訳ではない(単に『気』を纏うだけでは無意味であり、耐寒用の術式を組む必要があるからだ)。
 アセナが耐寒効果もある『咸卦法』を使っていなければ(つまり、『咸卦法』を習得していなければ)、アセナは凍死していただろう。

 もちろん、「『咸卦法』を習得していた」』とは言ったが「『咸卦法』を効率的に運用できるレベル」にまで達していた訳ではない。

 そもそも、『咸卦法』とは『魔力』と『気』と言う反発する『力』が合わせることで爆発的に『力』を高める技法である。
 そのため『咸卦法』を用いている間は『魔力』も『気』も減少していく。常にガソリンを投入しているような状態だ。
 この状態は某狩人作品の『念能力』で言うところの『練』や『堅』のようなもので、持続時間を延長するには長期間が必要となる。
 今のアセナなら、おおよそ30分くらいでガス欠となるだろう。つまり、この状態を持続させるだけでは30分後には凍死する訳だ。
 ならば、どうするか? この状態の持続時間を延長するのが一朝一夕では不可能ならば……この状態を変えればいいだけである。
 この状態の出力を100%とするなら、出力を10%に抑えれば300分は運用できることになる。そう、出力を抑えればいい のだ。

「とは言っても、実際にやるのは非常に難しいんだけどね。まさしく『言うは易し、行うは難し』だよ」

 溢れようとする『力』を抑えるだけなのだが、そもそも『力』を常に爆発させているようなものなので、調節は困難だ。
 少し下げようとしただけで一気にゼロまで戻ってしまうし、徐々に下げようとしてもガックンガックン下がってしまう。
 イメージとしては、素人がF1マシンを乗りこなそうとするようなものだ。出力が高過ぎて細かい制御ができないのである。

「まぁ、とりあえずは『こんなもん』かな?」

 しかし、いくら困難とは言え できない訳ではない。特に、今のアセナは命が懸っているので、その集中力は凄まじい。
 最初こそ悪戦苦闘していたが、10分もすればコツがわかり、そこから5分で「及第点レベル」ぐらいの制御が可能となった。
 先程の数値で言うなら、現在の出力は15%と言ったところだろう。これより下げるには まだまだ訓練が必要なようだ。
 もちろん、このままではタイムリミットが延びただけなので、体力と精神力を回復させなければ、終わりは見えているが。

「諸々の回復には寝るのが一番いいんだけど……寝たら『咸卦法』が解けそうだなぁ」

 先程の某狩人作品の例で言うなら、最初の独楽男戦で主人公が回避に専念したら『纏』が解けてしまったように、
 現在のアセナでは、意識せずとも『咸卦法』を展開したうえに『出力の制御』をできる程には慣れていないのだ。
 まぁ、100%の『咸卦法』ならば寝ていても発動できそうだが、回復量より消費量の方が多いので無意味だ。

「ってことで、まずは洞窟を掘って少しでも寒さを和らげよう。んで、出力を抑える訓練をして、眠れるようになるまで慣れよう」

 洞窟を掘るのは、無意識化での制御が間に合わなかった時の保険であり、素の状態のままでも短時間の休息を可能とするためだ。
 極寒の状態で寝たら凍死してしまう と思われがちだが、体温が低下し切る前に眠りから覚めれば体力も気力も回復できるのである。
 そんな訳で今後の方針は固まった。方針と言っていいのか は極めて微妙だが、少なくとも為さねばならないことは理解できた。
 後は実行するだけだ。実行できるか否かは非常に危ういが、実行するしかない。アセナは こんなところで死ぬ訳にはいかないのだ。

 まぁ、本当に危なくなった時にはエヴァが助けてくれるだろうが、それでも『この程度』で音を上げる訳にはいかないのである。

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「そう言えば、『咸卦法』は試してみましたか?」

 学園祭も終わり、日常生活に戻った(と言うか、拷問に近い修行の日々に戻った)頃、アセナはアルビレオの元を訪れた。
 もちろん、会話だけなら『念話』で事足りる。「偶には御茶会でもしましょう」と誘われたので、態々 足を運んだのである。
 まぁ、別に誘いを断っても良かったのだが、「態々 呼び出すのだから、何か目的があるのだろう」と判断したらしい。

 そして、御茶会は普通に進み、アセナが「まさか単に御茶会がしたかっただけ?」と危ぶんだ頃、アルビレオが切り出したのが上のセリフである。

「かんかほう? ……ああ、タカミチの使う『ヘル・アンド・ヘヴン』のことですね?」
「……ええ、まぁ、それです。と言うか、その反応からすると、まだ試してないんですね」
「いや、まぁ、試すも何も、使えるとは思っていなかったんで試すまでもなかったんですよ」

 アセナの表現にアルビレオは「だいたい合ってるけど何かが違いますねぇ」と思いながらも頷き、アセナは罰が悪そうに応える。

「って言うか、もしかしなくても、オレも『咸卦法』が使えるってことなんでしょうか?」
「恐らくは、ですが。アセナ君も明日菜嬢と同様に我々との旅行中に習得してましたからね」
「ああ、なるほどぉ。身体が覚えているかも知れませんから、試してみる価値はありますねぇ」

 アスナの記憶がない明日菜でも『咸卦法』を使えたことを踏まえると、『アセナ』の記憶がないアセナでも『咸卦法』が使える可能性は高い。
 それ故に、アセナはアルビレオの「では、試してみましょうか?」と言う問い掛けに「是非とも お願いします」と乗り気で応えるのだった。

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 …………………………………………………………

「まずは……何も考えずに、自分を『無』にしてみてください」

 広場(と言うか、アルビレオの住まう庭園にある、少し開けただけの場所)にて真剣な面持ちで対峙する二人。
 普段(36話での対話以外)の二人に流れる雰囲気(遊び心が満載)を考えると、実に違和感のある光景だろう。
 まぁ、アルビレオが「先生役ですから」と言いた気に眼鏡を掛けているので、実は いつも通りかも知れないが。

 だが、アセナの方は至って真剣だ。「『無』にしろって言われてもなぁ」などと文句は言わずに大人しく実践を試みる。

 より集中するためか、アセナは自然と目を閉じる。そして、身体からは緊張を抜き、完全に脱力した状態を作り出す。
 気を抜く意味での『脱力』ではない。無駄な力や強張りなどを一切なくした、自然体そのままの『脱力』である。
 それっぽく言うならば、宮本 武蔵の描いた自画像の立ち姿のようなものだ。『力』は抜いていても『気』は抜いていない。

「次は、左手に『魔力』を、そして 右手に『気』を生み出してください」

 アセナは、ネギに『魔力供給』をした時の感覚を思い出しつつ「こんな感じかな?」と やってみただけで『魔力』の放出に成功する。
 もちろん、ネギへの『魔力供給』はカードによる作用でしかないので、本来なら その程度の経験だけでは『魔力』は放出できない。
 まぁ、エヴァの修行で『気』を習得していたことも関係あるだろうが、身体が『アセナ』の頃の感覚を覚えていたことが大きな原因だろう。

「そして、最後は……両手を合わせて『合成』し、完了となります」

 アルビレオの言葉に従い、アセナは『魔力』を宿した左手と『気』を宿した右手を触れ合わせる。
 その瞬間、相反する二つの『力』は反発し合いながらも混ざり合って莫大な量の『力』を生み出す。
 当然、アセナの両手だけでは『力』は収まり切らず、アセナの両手を中心に『力』の奔流が迸る。

「おぉっ!? 本当にできたっ!!」

 とめどなく溢れ出す『力』に、アセナは純粋な驚き と僅かな喜び を見せる。
 アセナにとって戦いは避けるべきだが、力を持つことは避けるべきではないのだ。

「……『恐らくは』と、言ったでしょう? できる可能性の方が高かったんですよ」
「まぁ、そうですね。ですが、何故そんなにビックリした顔をしてるんですか?」
「いえ、別に『まさか一回目で成功させるとは……』とか思った訳ではありませんよ?」

 わかりやすい反応を見せるアルビレオ。どうやら、シリアスタイム(きっと3分間しかもたない)は終わったようだ。

「つまり、思ったんですね? って言うか、できる可能性の方が高かったんですよね?」
「まぁ、それもそうなんですが……『自分を無にする』辺りで躓くと思ったんですよねぇ」
「ああ、それなら、ナギ時代(前世)に『坐禅』をやらされてたんで、その御蔭ですね」

 どうやら「三千院家の執事たる者、それくらいは『嗜み』である」と言うのが元上司の考えらしい(もちろん、ツッコんではいけない)。

「……いやぁ、つくづく執事と言う職業が『謎の職業』になっていた世界でしたねぇ」
「まぁ、『ここ』の教師も充分に『謎の職業』ですけどね。主に魔法先生的な意味で」
「それは否定できませんねぇ。あ、ところで……確か、必殺技もあったんですよね?」
「ええ。一流の執事たるもの必殺技の一つや二つを持っているのが当然の世界でしたからね」

 繰り返しになるが、ツッコんではいけない。「そんな執事いる訳ねぇ!!」と思ってもツッコんではいけないのだ。

 あ、ちなみに、正式には『必殺技』ではなくて『シツジツゴウケン』と言う呼称で呼ばれる特技らしい。
 メイドさんの特技が『メイドノミヤゲ』と呼ばれていたので、それと区別するように呼ばれていたようだ。
 まぁ、言い方が違うだけで要は必殺技でしかないため、別に『必殺技』と言う呼称でも問題はないらしいが。

 敢えて言うなら「気分が違う」らしいのだが……『必殺技』の方がマシな呼称な気がするのは気のせいだろうか?

「なるほどぉ。ちなみに、ナギ君の『シツジツゴウケン』って、どんなものなんでしたっけ?」
「……『薙掃(なぎはらい)』と言う名前で、広範囲殲滅をも可能とするMAP兵器的な蹴技でした」
「ほほぉう? MAP兵器ですか……察するに、中級以上の攻撃魔法と同等と言ったところですね?」

 どんな蹴技だろうか? ちなみに、名前が残念なことは やっぱりツッコんではいけない。それが大人の優しさだ。

「まぁ、そんな感じですね。もちろん、威力や範囲は調節可能で、対人にも対軍にも使えました」
「なるほどぉ。実に興味深いですねぇ。って言うか、それって今でも使えるんですよね?」
「まぁ、多分ですが。あっちの『オーラ』が、ここの『魔力』や『気』に相当してますからね」
「なるほど なるほど……では、是非とも見てみたいですね。ちょっと、やってみてください」

 アルビレオはアセナの話に興味深そうな反応をすると、『冥府の虚像』を無詠唱で行使する。

 ちなみに、『冥府の虚像』とは、フェイトの使う『冥府の石柱』と字面が似ている通り、似た効果の魔法である。
 ただし、『冥府の石柱』が大質量の石柱を召喚するのに対し、『冥府の虚像』は大容量の重力場を生み出すため、
 召喚されたものが落下によって生み出す運動エネルギーが無い分、『冥府の虚像』の方が防ぐのは楽かも知れない。
 まぁ、押し潰すと言う側面においては石柱よりも重力場の方が優れているため、甲乙の付け難い関係にあるのだが。

「……貴方も大概に無茶苦茶ですねぇ。まぁ、こうなってしまっては、やってみるしかないですけど」

 アセナは嘆息しつつも意識を切り替え、『咸卦法』で得た『力』を下半身と体幹に集中させる。
 そして、腰を落として右半身を後ろに持っていくように身体を大きく捻り、一気に蹴り抜く。
 そう、蹴足や軸足だけでなく体幹も強化したのは、腰を回転させたエネルギーも強化するためだ。

  パァァアン!!

 その蹴りは、音の壁すら突き抜けた。音速を超えたことで生じる衝撃波については説明するまでもないだろう。
 しかも、アセナは蹴り抜くと同時に『咸卦法』の『力』を解き放っているため、生み出されたのは衝撃波だけではない。
 いや、正確に言うならば、生み出された衝撃波に『咸卦法』の『力』を宿すことで莫大なエネルギーを生んだのだ。

  ドガァアアアン!!

 莫大なエネルギーとなった衝撃波が空を駆け抜け、空より迫る重力場を見事に粉砕する。
 どうでもいいが、これが石柱だったならば辺りは粉塵で大変なことになっていただろう。
 その意味では、アルビレオは後始末も考えて『冥府の虚像』を使ったのかも知れない。

 まぁ、普通に重力魔法が得意だったからかも知れないが、それはツッコんではいけないだろう。

「いやぁ、見事でしたねぇ。今のは充分に上級魔法の威力と効果範囲がありましたよ?」
「まぁ、『咸卦法』状態でしたからね。『魔力』や『気』だけなら もっとショボかったでしょうね」
「なるほど。期せずして『咸卦法』の威力も確認できた訳で、一石二鳥だった訳ですね?」

 アルビレオはアセナの『薙掃』が見られ、アセナは『咸卦法』の威力が見られた。まさに一石二鳥だ。

「って言うか、『記憶の復活』の件も含めて考えると、一石三鳥くらいじゃないですか?
「いえ、記憶はあくまでも『咸卦法』を体験させることで――って、気付いてたんですか?」
「ええ。『アセナ』と同じ体験をさせることをキッカケに自然と思い出させたいんですよね?」

 だが、アセナは『咸卦法』には もう一つの効果があったのではないか、と切り出す。

 そして、アセナの言う通り、アルビレオの思惑は「『咸卦法』を体験させることをキッカケにして記憶を自然に思い出させることだ。
 その点では、『咸卦法』を使わせたのは「記憶を自然に思い出すため」と「戦闘能力を増強するため」の二つの効果があったのだろう。
 まぁ、それ故に、厳密にはアセナの言葉は正しく無いが(一石二鳥が二つあっただけで、『咸卦法』の実践と『薙掃』の実演は別問題だ)。

 とは言え、アセナが一石三鳥と称したのはアルビレオにカマを掛けるためだったので、アセナの言葉が正しかろうが間違っていようが問題はないが。

「……やれやれ。言わずとも理解してくれるのは嬉しいですが、意図が見抜かれ過ぎるのも困ったものですねぇ」
「最近は好意に対しても深く考察するようにしていますので、貴方の気遣いに気付けるようになっただけですよ」
「そうですかぁ。って言うか、そう言った善意的な好意だけではなく、恋愛的な好意も敏感になりましょうよ?」
「これでも昔よりは大分マシになったと思うんですけど? 少なくとも好意を理解できるるようになりましたからね」
「昔がヒド過ぎただけで、今でも充分にヒドいですから。まぁ、言って直るようなものではないんですけどねぇ」

 アルビレオの呆れを隠しもしない態度にアセナは「だったら言わなければいいのに」と内心だけで愚痴るのだった。

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「オレ、この修行が終わったら、エヴァに復讐してやるんだ」

 微妙に死亡フラグっぽいことを投げ遣りに言い放つアセナ。その相貌からは疲労が垣間見える。
 最終的には、1%程度まで出力を抑えることに成功し、寝ていても発動が可能にもなった。
 つまり、修行の目的であろう「『魔力』と『気』の効率的な運用」は達成できた と言う訳だ。

「絶対、ゴスロリ服を着せて『また退屈がやって来た~~』とか言わせて床をゴロゴロ転がしてやる」

 敢えて言うが、ゴシックとかヴィクトリカとかは考えてはいけない。単に今のアセナにとっての問題が『退屈』であるだけだ。
 そう、『出力の制御』と『無意識化での発動』に成功した後は「やること」がなくなり、今度は退屈と言う悪魔が襲って来たのだ。
 もちろん、極寒に対応した後は食料の確保と言う暇潰しもあったにはあったが、それも慣れてしまうと退屈になってしまった。
 サバイバル能力が高いのはいいことだろうが、アセナとしては「無駄なところで無駄な才能を発揮してるなぁ」と感じざるを得ない。

 まぁ、現代人の弊害と言うべきか、アセナはパソコン(エロゲー)もネット(エロサイト)も無い生活だと暇の潰しようがないのである。

 仮に『蔵』や『袋』を利用できれば、そこに所蔵して置いた諸々の書籍があったのだが……エヴァに取り上げられたので、それも無理だ。
 今のアセナにできることと言えば、取り止めもない空想(むしろ、妄想に近い)くらいだろう。そのうち、一人でシリトリを始めそうだ。
 ある意味では、一ヶ月も退屈と戦うのは地獄に等しい生活かも知れない。「退屈と無関心が人を殺す」と言うが、まさしく その通りだろう。

 当然だが、ここで「やることがないなら修行をすればいいじゃないか?」と言う発想は、アセナにはない。

 アセナにとっては、『出力の制御』と『無意識化での発動』を会得した段階で修行は終わっているのである。
 それに、修行をするにしても「何を どうすればいいのか?」がわからないため、修行のしようが無いのもある。
 少しだけ「『感謝の正拳突き』でもやってみようかな?」とは思ったが、思っただけだ。アセナが やる訳がない。

「って言うか、修行中はゴスロリ服とか……本当に何を考えているんだろう?」

 今更と言えば今更なことだが……実は、エヴァに弟子入りしたので、修行中はゴスロリ服だったりする。
 もちろん、アセナが ではなく、ネギが だ。アセナがゴスロリ服を着ても「誰得だよ!?」とツッコむしかないだろう。
 アセナが修行する(いや、修行をさせられる)時はジャージだ(まぁ、今回はリゾートルックのままだったが)。

 ちなみに、そのジャージを洗濯する役割はネギと茶々緒が順番となっているが、その理由は深く考えてはいけないだろう。

 ところで、これも今更だが、原作で明日菜が「ネギま部」を作っていたが、アセナは そんなもの作っていない。
 何故ならネギはアセナを追っており、父を追い求めて魔法世界に行ったまま出奔する可能性は有り得ないからだ。
 そう、ネギに「ネギま部」と言う錘など要らないのだ。むしろ、錘はアセナの方に必要な気がしないでもない。



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Part.03:苦難の果てに


「一ヶ月、持ち堪えたよ? これで文句あるのかな?」

 時は過ぎ、『別荘』内とは言え一ヶ月もの時が流れた。そう、アセナは無事に一ヶ月の雪山サバイバルを終えたのだ。
 途中、退屈に負けて「やっぱり『感謝の正拳突き』でもするかなぁ」とか思ったこともあったが、それは別の話だ。

 何はともあれ、今は無事に終わりを迎えたことを喜ぶべきだろう。そして、隙を見てエヴァに復讐をすべきだ。

「まさか本当に一ヶ月も雪山で過ごしてみせるとはな。正直、途中で投げ出すと思っていたぞ?」
「って言うか、投げ出すにしても、『念話』すらできなかったから投げ出せなかったんだけどね」
「……まぁ、その、何だ。貴様がギブアップを宣言すれば、助けてやるつもりだったから問題ないぞ?」
「へぇ? 『そう言えば、ギブアップの方法がなかったな』って反応に見えるのはオレの気のせい?」
「も、もちろん、貴様の気のせいに決まっているだろう? 被害妄想も度が過ぎると笑えんぞ?」

 誤魔化そうとするエヴァだが、当然ながらアセナが誤魔化される筈がない。だが、アセナは敢えて追及を取り下げる。

「……まぁ、その件についてはいいや。それよりも、ちょっと頼みがあるんだけど、いいかな?」
「頼み? 貴様が頼み事をするとは――まぁ、珍しくはないか。もちろん、内容によるぞ?」
「大丈夫、無茶なことじゃないよ。とりあえずは『コレ』を着てもらえるだけで問題ないから」

 アセナが(返してもらった)『袋』から取り出したのはゴスロリなドレスだ。何故に所蔵していたのかは極めて謎だが、気にしてはいけない。

「……夏場に冬服を着させる と言う復讐か? だが、私は気温など どうとでもできるぞ?」
「氷系の魔法が得意だもんね、それくらいわかってるよ。とりあえず、着て欲しいだけだって」
「ま、まぁ、貴様が そこまで言うのなら着てやらんでもないが……着替えを覗いたら殺すぞ?」

 真摯な態度でドレスを着て欲しいと頼まれたエヴァは、深い意味などないことがわかっていながらも少々テレつつアセナの頼みを承諾した。

 もちろん、その後は隙を見て転ばして「また退屈がやって来た~~」とか(アセナが)言いながら部屋の中をゴロゴロさせたのは言うまでもないだろう。
 まぁ、その直後に「いきなり何をするかぁあああ!!」と色々な意味で激昂したエヴァにOSHIOKIされた後SEKKYOUされたのも言うまでもないだろう。
 しかし、エヴァが言わなければ意味のないセリフを(言ってくれそうに無いからとは言え)自分で言うのは どうだろうか? まぁ、アセナらしいが。

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「ところで、何で一ヶ月も『山籠もり』させたの? 修行だけなら一週間で充分だったと思うんだけど?」

 とりあえずの復讐が済んで満たされたアセナは、気分を仕切り直して根本的な質問を行う。
 ちなみに、OSHIOKIやSEKKYOUについては気にしてはいない。復讐の連鎖は断つべきだからだ。

「いや、まぁ、アレには最近 調子付いているバカを反省させる意味もあってだな?」
「……つまり、修行だけではなくイヤガラセも目的に含まれていた と言うことだね?」
「う、うるさい!! そもそも、貴様の態度が悪いから躾が必要だったんだろうが!!」
「え? オレのせいなの? あきらかにエヴァの都合じゃん!! って言うか、躾!?」
「ええい、うるさい!! 躾がなってないのだから、必要だったら必要なのだ!!」

 もちろん「『必要だったら必要なのだ!!』ってヴィクトリカかよ?」と言うツッコミは要らない。と言うか、ゴシックネタが続くが気にしてはいけない。

「そ、それはともかく!! アルビレオの件で何か申し開きがあるのではないか?」
「アルビレオの件? ……アレの変態具合はオレの関与するところではないよ?」
「違うわ!! 確かにアイツの変態具合は問題だが、今の問題は そこじゃない!!」
「じゃあ、何が問題なのさ? 趣味が悪いところとかもオレは関与してないよ?」
「私が問題にしているのは『アルビレオが麻帆良にいるのを隠していた』ことだ」

 何かを誤魔化したようなエヴァの切り出しに、アセナは お返しとばかりにノラリクラリとアホな返答をする。

 当然ながら、アセナはエヴァが何を言いたいのかわかっている。わかったうえでアホな返答をしているのだ。
 それ故に、エヴァが溜息混じりに述べた言葉にも、アセナはわかっていながら「へ?」と心外そうな反応を返す。

「いや、『へ?』じゃない。納得の行く説明をしろ。でないと、許さんぞ」
「……ああ、つまり、アルビレオが麻帆良にいたことを知らなかったのね?」
「そうだ!! だから、何故に私にだけ隠していたのか、納得のいく説明をしろ!!」

 アセナがエヴァにアルビレオの件を伝えていなかったのは、何らかの思惑があったから……ではない。単に忘れていたのである。

「いや、隠していたんじゃなくて、知っていると思ったから言わなかっただけなんだけど?」
「そ、そうか。なら、仕方がないな。ちなみに、アイツは どのくらい前から麻帆良にいたのだ?」
「ん~~、確か、10年以上は麻帆良の地下に引き籠って研究してた とか言ってた気がするかな?」

 当然ながら、アセナが「忘れてた、ごめん」と素直に謝っていたら、エヴァは烈火の如く激怒していただろう(SEKKYOUじゃ済まないレベルで)。
 それが予想できていたので、アセナは「知っていると思っていた」と惚けたのであり、惚けるために「わからない振り」をしていたのである。実に狡い。

「ちなみに、毎年 学園祭中は学園内を うろついていたそうだよ?」
「ほほぉう? だが、ヤツは地下から出られないのではなかったか?」
「何でも、学園祭中は世界樹の影響で学園内なら現出できるらしいよ」
「……つまり、あのボケナスビとは一度話し合う必要があるのだな?」

 見事に誘導されたエヴァはアルビレオへ怒りを燃やし、いつの間にかアセナへの疑いを晴らしていたのだった。

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 すべては「実は、麻帆良の地下にいるので、御茶会でもしませんか?」とアルビレオがエヴァを地下に招待したことから始まった。

 アルビレオは純魔法世界人であるため「魔法世界にいるのだろう」と思い込んでいたエヴァは、その言葉に驚いた。
 いないと思い込んでいたのに居たのだから――いない筈なのに居たのだから、エヴァが驚くのも無理は無い。
 驚きから立ち直ったエヴァは「悪戯か?」と疑り始めたが、二人が知己であることを知る人間は極めて少ない。
 その少ない人物達が こんなチャチな悪戯をするとは思えない(まぁ、やりそうな者もいるが)。恐らく、本物だろう。
 しかも、アルビレオは捜し求めていた男(ナギ・スプリングフィールド)の情報を持っているかも知れないのだ。

 アルビレオに会いたい訳ではないが(いや、むしろ会いたくないが)、エヴァに行かない選択肢など無かった。

「まさか、貴女が彼等を弟子にするとは……少々、いえ、かなり意外でしたねぇ」
「フン、特に他意はない。ただ単に『そう言う契約』をしただけに過ぎんさ」
「ああ、つまり、照れているのですね? わかっていますので安心してください」
「ええい、うるさい!! 照れてなどおらん!! 勝手にわかったつもりになるな!!」
「そうですか。そこまで仰るのでしたら、そう言うことにして置きましょう」

 まぁ、御茶会と言う名の「ナギ・スプリングフィールドの情報提供(魔法世界に足跡があるかも知れません)」は恙無く終わった。
 だが、問題は その後に起きた。情報提供が終わった後の何気ない会話でアルビレオがエヴァをからかいながら爆弾を投じたのである。

「ところで話は変わりますが……『魔法世界の崩壊』については御存知ですよね?」
「……ああ。人造異界の存在限界の関係で、近いうちに崩壊しそうなのだろう?」
「ええ。昔から可能性は示唆されていましたが、いよいよタイムリミットが来ました」

 エヴァは「本当に話題が変わったな」と思いつつも、シリアスな空気なので(空気を読んで余計なことは言わずに)シリアスに応える。

「しかも、厄介なことに、あのバカは『それ』を『どうにかする』つもりでいる訳だな」
「ええ。『義を見て為さざるは勇なきなり』と言ったところでしょうね。実に彼らしいです」
「まぁ、普段はバカで変態でアホで変態だが……ここ一番では男を見せるヤツだからな」

 エヴァの脳裏に「助けを求める人がいて、自分に助けられる可能性があるのなら、助けることに一切の躊躇は無いさ」と語るアセナの姿が浮かぶ。

「……おやおや? キティ、もしかして、ナギ君に惚れましたか?」
「なっ?! バ、バカなことを言うな!! 誰が あんな変態に惚れるか!!」
「別に隠さなくてもよろしいですよ? 妻帯者を追うよりは健全です」

 エヴァは「キティ」と呼ばれたことにすら反応せず、アルビレオの邪推を否定することに必死になる。

「ええい、黙れ!! あんな変態など眼中に無いわ!! あと、妻帯者でも略奪すればいいだけだ!!」
「しかし、先程のセリフは『さすがは私の惚れた男だ』と言わんばかりに自慢気でしたよ?」
「う、うるさい!! ヤツは手の掛かる弟みたいなものでしかない!! 男としては まだまだだ!!」
「(あきらかに意識しているでしょうに……まったく、素直じゃないですねぇ)はぁ、そうですか」

 アルビレオは略奪云々を華麗にスルーし、更にエヴァのツンデレも華麗にスルーして、それ以上の追求を諦めた。

 まぁ、面倒だったからなのだろうが、それでも、アルビレオの選択は英断だった と言えるだろう。
 何故なら、アセナはエヴァを『保護者』として――数少ない心から頼れる相手として見ているので、
 エヴァはアセナを『被保護者』として見るしかなく、アルビレオが追求しても泥沼にしかならないからだ。

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「まぁ、とりあえず、あのエロナスビを殴って来ようと思う」

 アルビレオへの怒りがキッカケとなったのか、アルビレオとの会話を思い出したエヴァは更に怒りを燃やした。思い出し怒りだ。
 そして、その燃え滾る憤りを発散させんとアルビレオをフルボッコにすることを固く誓い、実行に移そうとしているようだ。
 ちなみに、エヴァの表情は実に『いい笑顔』だ。もちろん、森で出会ったらクマさんですら逃げ出しそうな方向の意味だが。

「まぁ、別に止めないけど……程々にね?」

 アセナは「いやぁ、エヴァの怒りをアルビレオの方誘導できて よかった」と思いながらも、それを表に出すことなく適当に相槌を打つ。
 お前が誘導したんだから少しは止めろよ とツッコむべきかも知れないが、アルビレオが撒いた種でもあるので何とも言えない状態だ。

「安心しろ。アイツは殺しても死なん変態だから、手加減など要らんさ」
「そうだねぇ。むしろ、変態だからこそ殺しても死なない気がするねぇ」
「まぁ、そうだな。だから、お前も殺しても死なないんじゃないか?」
「あれ? それだとオレがアルビレオ並みの変態のように聞こえるよ?」
「うん? その通りだろう? ……まさか、そう聞こえてなかったのか?」
「いや、何故に『何で当たり前のことを訊くんだ?』って顔してるのかな?」
「異なことを訊くな。そんなこと、言わなくてもわかっているだろう?」
「うん、まぁ、わかっているよ? 単にわからない振りをしたかっただけさ」

 微妙に(と言うか明らかに)酷い会話を繰り広げる二人。最終的にアセナが精神にダメージを負うのは、最早 定石だろう。

「まぁ、そうだろうな。貴様は無駄な抵抗が好きだからなぁ」
「うっさい。あきらめが悪いんだから、仕方がないだろう?」
「いや、開き直るな――と言いたいが、それはそれでいいさ」
「へ? 何で許容してんの? 逆に調子が狂うんだけど?」
「貴様はマゾの気があるからな。攻めないのも手だと思ったのさ」
「う~~ん、否定したいのに否定できない この現実がツラい」

 エヴァの生暖かい理解は「仕方のないヤツだな」と言うニュアンスもあるのだが、アセナにとっては違和感しかない。実に悲しい現実だ。

「それはそうと……話は終わったから、適当にリゾート気分でも味わっていろ」
「で、その間にエヴァはアルビレオとOHANASHIする訳だね? ……わかります」
「ああ、その通りだ。訳知り顔なところに腹は立つが、今は置いておいてやろう」

 そう言って「フルボッコにしてやんよ♪」と口ずさみながら出口へ向かうエヴァ。

 ちなみに、アセナ達がいたのは『雪山』ではない。このPartの冒頭から『南国』だ。
 修行(と言うよりはイヤガラセ)が終わったので、移動していたのである。
 常人とは掛け離れたアセナ達でも『南国』の方が過ごしやすいのは変わらないのだ。

 そんな訳で、ゴシックな服装をしたエヴァの後ろ姿を見ながら、アセナは ふと思う。

(ああ、そう言えば、関係ないし今更な話だけど……アルビレオに関して疑問に思ったことがあったんだ。
 それは、アルビレオってエヴァを『解呪』しようとすれば可能だったんじゃないかなぁってこと。
 だって、『イノチノシヘン』でサウザンド・マスターになって『解呪』すればいいだけの話でしょ?)

 そうしなかったのは、ネギやアセナが『解呪』するのを待っていたのか? それとも、エヴァを麻帆良に縛り付けて置きたかったのか?

(う~~ん、原作でも『解呪』してないことやアルビレオの性格を考えると、後者の可能性がプンプンするなぁ。
 好意的に解釈すると、強者に変身できる時間は短いために不可能だった と考えることもできるけど……
 でも、それなら『完全再生』をすればいいだけの話だし。さすがに10分もあれば『解呪』できるだろうからね)

 ナギ・スプリングフィールドが攻撃魔法以外を苦手としていても、自分で掛けた呪いくらい10分もあれば解けるだろう。

(あ、でも、『完全再生』って一回しかできないんだっけ。しかも、使っちゃうと、変身もできなくなるんだっけ。
 って言うことは、ネギへの『遺言』ができなくなるから『完全再生』は使えない、か。つまり、手詰まりっぽいね。
 まぁ、これは『解呪』できなかったことの説明であって、『する気がなかった』ことの否定にはならないけどね)

 そう、『できなかった』ことと『する気がなかった』ことは違う。そして、アルビレオは『する気がなかった』ようにしか見えない。

(って言うか、どうでもいいけど……武道会がなかったから例の『遺言』と言うか『擬似的再会』を まだやってないじゃん。
 今のネギが親父さんとの『再会』を望んでいる気はしないけど、それでも再会の機会を潰したのは申し訳ないなぁ。
 ってことで、今度 それとなく聞いてみようかな? で、会いたいんだったらアルビレオに頼んで『完全再生』してもらおう)

 どうでもいいところで、どうでもいいことに気付いたアセナは、エヴァにボコられるだろうアルビレオの冥福を祈るのだった。



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Part.04:夜空に咲く花


 そんなこんなで日々は過ぎていき、7月27日(日)になった。

 今日は麻帆良市内にある神社にて夏祭がある。原作にあったバッジ争奪戦が起きた夏祭だ。
 もちろん、ネギま部がないので原作の様にバッジ争奪戦など起きない。実に平和なものだ。
 ちなみに、神社は『龍宮神社』ではないし、祭は以前の話に出て来た『霊泰祭』ではない。

「うん、やっぱり、お好み焼きは関西風だよねぇ」

 屋台で買った1枚500円の関西風お好み焼きをパクつきながら、幸せそうな顔で感想を漏らすアセナ。
 ちなみに、普段なら「この大きさの お好み焼きに500円とか、ボリ過ぎだろ」とか言うアセナだが、
 今は『お祭り』であるため そんな無粋なことは言わずに大人しく美味しく食べることにしたようである。

「まぁ、私は広島風も好きっスけどねぇ」

 隣を歩いていた美空が広島風お好み焼き(やはり1枚500円)をパクつきながら、緩んだ顔で反論する。
 ちなみに、同じ屋台で買ったのではなく、別の屋台の品である。値段が同じなのは調整しているからだ。
 屋台としては関西風と広島風とで競っている訳ではないので、価格競争をしないのが暗黙のルールなのだ。

「別に広島風を否定する気はないよ。ただ単にオレは関西風の方が好きってだけで」

 普段なら美空に懇々と関西風の素晴らしさを語るのがアセナだが、やはり、今は『お祭り』なので そんな無粋な真似はしない。
 もちろん、空気を読んだのもあるが、それ以上にアセナ自身が祭を楽しみたいので、祭の雰囲気を壊すようなことはしないのだ。
 そんなアセナの様子を見て「普段から これくらいだったら、ちょうどいいんスけどねぇ」と思ってしまう美空は悪くないだろう。

「それはそうと、ココネは何か食べたいものとかない?」

 お好み焼きについての話題を軽く打ち切ると、アセナは美空とは逆隣にいるココネ(もちろん手を繋いでいる)に話し掛ける。
 いつものことで今更なのだが……実は、アセナとしてはココネを愛でたいのだが、何故か気付くと美空と会話をしているのである。
 アセナにとって美空が会話をしやすい相手であることもあるだろうが、それ以上に美空がアセナと会話したいことが原因だろう。
 当然、美空のことを「気の合う友人」としてしか見ていないアセナは「何故か美空と話しているんだよねぇ」としか感じてないが。
 そのため、注意してココネに話し掛けないとココネが二人の会話を聞いているだけ(つまり空気)になってしまうのである。
 まぁ、アセナ的にはココネは存在しているだけで至高であるし、ココネも二人の会話を聞くのが好きなので特に問題はないのだが。

 それでも、会話をできるなら会話をしたい。それはアセナの我侭だが、ある意味で正義とも言えるだろう。何故なら可愛いは正義だからだ。

「……じゃあ、カキ氷が食べたイ」
「OK。ちなみに、何味がいい?」
「ん~~、イチゴがいいカナ」
「了解。じゃあ、ちょっと行って来る」

 ココネの希望を聞いたアセナはソソクサとカキ氷を買いに走る。

 もちろん、先程 美空に お好み焼きを奢らされた時とは雲泥の差だ。
 あの時は美空が騒ぐので、仕方なく・イヤイヤと買っていたが、
 今回は自ら進んで、まるで餌に向かう犬の様に買いに走って行った。

「ああ言うヤツだってことはわかってるんスけど……無性にムカつくっスねぇ」

 実にわかりやすいアセナの態度に、諦めと遣る瀬無さが混じった溜息を吐く美空。
 ココネは その手をソッと握り、無言で「頑張レ、ミソラ」とエールを送るのだった。

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「ほぉら、ココネ。肩車してあげる」

 楽しく屋台巡りをしているうちに時間は過ぎ、祭の終了を告げる花火が打ち上げられる時間帯となった。
 先程まで祭を楽しんでいた多くの人々は、よりよい見晴らしを求めて屋台の並ぶ境内から姿を消しつつある。
 アセナ達も そんな人々に倣うのか と言えば、実はそうではない。アセナ達が向かうのは帰り道である。
 気持ちとしては見晴らしの良い場所で花火を見たいが、そろそろ良い子は帰って寝る時間なので仕方ない。
 アセナと美空だけならば時間など気にしないが、ココネがいるので そうはいかない。早く帰らざるを得ない。

  ドドーン

 夜空に鳴り響く、花火の打ち上げ音。そして、それと同時に夜空に咲く、炎で彩られた華。
 帰りながらでは ゆっくりとは見られないが、それでも、歩きながら見ることはできる。
 それに加えて、身長の高いアセナの肩の上は見晴らしがいいので、ココネはバッチリと見える。
 人が まばらであることも考えれば、ある意味では特等席とも言える場所ではないだろうか。

「いやぁ、花火はいいねぇ。花火は心を潤してくれる。リリンの生み出した文化の極みだよ」

 ココネの嬉しそうな様子を感じ取ったアセナは、テンションが上がったのか、妙なことを口走る。
 まぁ、妙なことを口走るのは今に始まったことではないので、ある意味では平常運転でしかないが。

「うん、まぁ、そうかも知れないっスね~~」
「……あれ? 何その反応? 薄過ぎない?」
「どんなボケにも反応する訳じゃないんスよ?」
「ええっ!? オレは頑張って反応してるのにっ?!」

 基本的にアセナは どんなボケにも それなりに反応するように心掛けている。もちろん、スルーも一種の反応だ(薄い反応よりはマシだ)。

「ミソラはナギがイギリスに行くのが気に入らないんダよ」
「ちょっ、ココネ!? 何を言っちゃってるんスか!?」
「え? 何で? 土産はちゃんと買って来る予定だよ?」

 ココネの暴露に近いセリフに対し、本当に不思議そうな顔で応えるアセナ。ここまで来ると態とにしか思えない反応だが、これでも素なのだ。

「あのね、ナギ……問題は『ソコ』じゃないんダよ?」
「え? 違うの? じゃあ、何が気に入らないの?」
「う、うるさい!! それくらい自分で考えろっス!!」

 呆れ気味にココネが指摘するが、やはりアセナには理解できないようだ。そんなアセナへ美空が憤るのは当然のことだろう。

「あれ? 美空? 何で急にダッシュしてんの?」
「…………ナギ? いくら何でも今のはナイと思ウ」
「え? わからなかったから訊いただけなのに?」
「そもそも、わからなかったのが問題なんだヨ……」

 どこまでも「何か間違えたの?」的な反応のアセナに、ココネは溜息しか出て来ない。
 アセナが好意に鈍いことはわかっていたが、ここまで鈍いと最早 呆れるしかないのだ。

「ん~~、美空がオレに惚れているって言う話なら納得できるんだけど……そんな訳がないしなぁ」

 美空の態度やココネの態度で思い当たる節はあるが、アセナとしては『有り得ない想定』であるため、
 アセナは「解せぬ」と言わんばかりの表情で首を傾げるだけだ。もちろん、ココネを肩に乗せたまま。
 当然、アセナの頭を足で挟む形で状態を安定させているココネとしてはアセナの頭部が動くのはいただけない。

「ナギ……それで正解ダよ…………」

 モゾモゾと動くアセナの頭を いろんな意味で戒めるため、軽くペチペチと叩いたココネは、
 アセナに聞こえない程度の声音で呟くと、走り去る美空の背中を生暖かい目で見るのだった。



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Part.05:夏の海を満喫してみた


 時間は恙無く過ぎ、7月29日(火)。

 そう、花火の時のフォローは特にされることなく、時間は普通に過ぎたのである。
 アセナにとって美空は友達であり、美空が それを理解しながらも現状に甘んじているため、
 二人の間に何らかの進展がないのは自明のことだろう。むしろ、何かが起きる訳がない。

「海やーーッ!!」

 上のセリフで おわかりだろうが、アセナは今 海に来ていた。
 ちなみに、同行者は木乃香と刹那の幼馴染コンビである。
 もちろん、ネギは『別荘』にて修行と言う名の お留守番だ。

「なーなー、なぎやーん♪ ちょっとオイル塗ってくれへん?」

 いつの間にか水着に着替えた木乃香がオイルを片手に話し掛けて来る。
 先程「海やーーーッ!!」と叫んでいたことは忘れて置くべきだろう。
 ちなみに、木乃香の水着は白のビキニタイプである。少し、大胆だ。

「お約束ですね? ……わかります」

 実は、想定はしていたものの本当に言われるとは思っていなかったので、
 アセナは うんうん頷いて平静を装っているが、内心では絶賛 混乱中である。

 だが、混乱しながらもキチンとオイルを手で温めてから塗るのがアセナのクオリティである。

「むぅ、何や随分と手馴れとるな~~?」
「そうかな? 気のせいじゃないかな?」
「そか、いいんちょで馴れとるんやな?」
「……だから、それは気のせいだってば」

 実際はナギ時代(前世)で馴れているだけだ。だが、訂正するのも面倒なので消極的な肯定をして置く。

「いや、まぁ、別に気にせんで ええって。過去は過去やもん」
「だから違うってば。このちゃんが勘繰り過ぎなだけだよ」
「ウチは、過去を気にせえへんよ。大事なんは今と未来やからな」

 事実は どうあれ、人は信じたいことを信じ、理解したいように理解する。つまりは そう言うことだ。

「しかし……まさか、このちゃんがビキニを着るとはねぇ」
「やっぱり、露出面積が多い方が塗るの楽しいやろ?」
「心遣い ありがとうございます。でも、余計な御世話です」

 雰囲気を変えるために話題を変えるアセナ。乗ってくれるのはいいが、要らないところで要らない気遣いをする辺り、アセナと木乃香は似ている気がする。

「ああ、なるほどぉ。つまり、目の遣り場に困るっちゅー状態やな?」
「まぁ、むしろ、大きくならないようにするのに一苦労な感じかな?」
「……それはセクハラにしかならんから、気を付けた方がええで?」

 具体的には『何』が大きくなるのかは不明だが、そこは敢えて触れないのが大人のマナーだろう。
 と言うか、軽く犯罪的なセリフをセクハラと受け流せる辺り、木乃香は偉大なのかも知れない。

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「あ、あの、那岐さん……わ、私にもオイルをお願いしても、よろしいでしょうか?」

 木乃香へのオイル塗りが終わったところで、今度は刹那がオイル塗りを頼んで来た。
 タイミングの良さから考えて、タイミングを窺っていたのだろう。実に刹那らしい。
 ちなみに、刹那は黒のビキニだ。体型的に無理を感じるが、可愛いので何も問題はない。

「もちろん、OKさ☆」

 やたら爽やかな笑顔(つまり、かなり胡散臭い笑顔)を浮かべて、快諾を示すアセナ。歯がキラリと光るくらいに爽やかだ。
 と言うか、熱気のせいか羞恥のせいか定かではないが、頬を朱に染めて上目遣いをした美少女に頼まれたら断れる訳がない。
 何故か少しだけ木乃香の不快指数が上がった気がしないでもないが、きっと それはアセナの勘違いだろう。そうに違いない。

 三人で海に来たのだから、刹那とも『そんな感じ』になることは木乃香もわかっていた筈だ。だから、勘違いと言うことにして置くべきだ。

「じゃあ、とりあえず……上の水着を外してもいいかな?」
「い、いえ……さ、さすがに そこまでは困ります…………」
「つまり、水着の中に手を入れて塗って欲しいんだね?」
「は、外していいです!! と言うか、外してください!!」

 刹那を うつ伏せに寝かせた後、アセナは さも当然のことのように上の水着を外す許可を求める。

 もちろん、刹那は拒否しようとするが、「せっちゃんてばマニアックだなぁ」と言わんばかりのアセナの言葉に慌てて許可を出す。
 若干(と言うか明らかに)アセナの誘導に乗った形となったが、本当に水着の中に手を入れ兼ねないので許可するしかないだろう。
 まぁ、刹那の水着の中に手を入れようものなら木乃香にOSHIOKIされるのは明白だが……それでも やり兼ねないのがアセナなのだ。

 エロスは時として恐怖を乗り越えるのだ。特に、変態紳士であるアセナにおいては。

「ん~~、しかし、せっちゃんの肌はスベスベだねぇ」
「そ、そうですか? 普通だと思いますけど?」
「いやいや、とてもいい撫で心地をしているよ?」
「そ、そうですか。でも、あんまり撫でないでください」

 オイルを塗りながら、セクハラまがい(と言うかセクハラそのもの)の発言をするアセナ。
 殴ってもいい状況だが、刹那は言い難そうに窘める程度なので、リア充は爆発すべきだろう。

「ん? もしかして、恥ずかしがっているのかな? ……大丈夫、オレに委ねて?」
「……なぎやん? いくら何でも目の前でイチャ付かれたら、ウチでも怒るえ?」
「ハッハッハッハッハ!! 軽い冗談だよ、冗談。これからはマジメにやるってばよ」

 イヤらしい笑顔で刹那を弄ろうとしたアセナだったが、背後に感じる木乃香からのプレッシャーに敢え無く白旗を振る。

 刹那は「だから言ったんです」と目で語っているが、アセナとしては「だったら、ハッキリ言って」と言いたいところだろう。
 常識的に考えて、あんな言われ方(あんまり撫でないでください)では、恥ずかしがっているようにしか受け取れない。
 どうでもいいことだが、アセナの語尾が「~~ってばよ」となった辺りに、アセナの感じたブレッシャーを窺い知れることだろう。

 まぁ、言うならば、夏だろうが海だろうが水着だろうが、アセナ達はアセナ達のままなのである。

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「う~~ん、海の家で食べるヤキソバはいいねぇ。普通に食べるより3倍は美味しく感じるよ」

 まぁ、上のセリフで おわかりだろうが、現在アセナ達は海の家にて昼食のヤキソバを食べている。
 ところで、刹那のオイル塗りが終わった後についてだが、適当に浜辺で遊んだだけだ。
 特筆すべきことがなかったので割愛しただけで、別に描写が面倒だった訳ではないので悪しからず。

 ちなみに、アセナが浜辺で作った『砂の城』のクオリティが高過ぎてギャラリーができたが……それは どうでもいいことだろう。

 他にも、アセナがトイレに行っている間に木乃香と刹那がナンパ(しかも結構しつこい)に遭ったり、
 それを「それは少し遣り過ぎじゃないですか?」とツッコミたくなるレベルで刹那が撃退したり、
 美少女を二人も侍らせているアセナが各方面から「リアジュウバクハツシロ」と言う呪詛を受けたり、
 気分転換にビーチバレーをしたら、アセナと刹那がヒートアップして超人競技に成り果てたり……

 まぁ、いろいろとあったにはあったが、特筆すべきことではない気がするので多くを語る必要はないだろう。

「せやなぁ。持ち帰って家で食べると美味しないんやけど、ここで食べると格別の味をしとるもんなぁ」
「それは環境による効果もあるんでしょうけど……作り立てであることも関係しているのでは?」
「確かにねぇ。作り立てだと美味しいけど、冷めたものを暖めると美味しくないケースもあるもんねぇ」

 逆にカレーなどは逆に寝かせた方が美味しくなるが、屋台のヤキソバは「冷めたものを暖めてはいけない料理」の一つだろう。

「せやなぁ。ところで、なぎやん……焼モロコシも至高のメニューに入らんか?」
「入るね。もちろん、焼イカもね。まぁ、原価を考えるとボッタクリでしかないけど」
「それは場所代だと考えて置きましょう? そうすれば、みんな幸せになれます」

 アセナと木乃香の頭の痛くなる会話に律儀にフォローを入れるのが刹那の優しさだろう。

「せやなぁ。ちなみに、タコヤキは どないする? きっとタコは入ってへんで?」
「……学園祭の時の傷を抉られている気がしないでもないけど、とりあえず要らない」
「? 学園祭の時に食べたタコヤキにタコが入っていなかった と言うことですか?」
「まぁ、概ね そんな感じや。付け加えるなら、それで恥の上塗りをした感じやな」
「も、もう、やめてぇえ!! それ以上、オレの黒歴史を掘り起こさないでぇええ!!」

 隙あらばチクチクと心の傷を抉る。それが、木乃香とアセナの関係なのだった。


 


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オマケ:目指すは魔法世界


 そして、7月31日(木)。準備を万全に整えたアセナ達は遂に『魔法世界』に向けて出発する。

 まぁ、「『魔法世界』に向けて」と言っても、ウェールズにある『ゲート』を利用する予定なので、まずはイギリスへの空旅となるが。
 もちろん、ウェールズにはネギの実家があるので、ウェールズで数日ほど滞在する予定だ。実家の近くまで行って素通りするのも不義理だろう。
 ネギを早めにウェールズに戻す と言う案もあったが、当然ながらネギがアセナと離れることを拒否したので その案は軽く却下された。

 ちなみに、『魔法世界』に行くメンバーは、アセナ(チャチャゼロ所持)・ネギ・茶々緒・エヴァ・茶々丸・タカミチ・超となる。

 37話での予定通り、木乃香と刹那は連れて行かない。麻帆良に残ってもらい、優雅に夏休みを過ごしてもらう予定でいる。
 と言うか、二人を麻帆良に残すことへの埋め合わせとして海に連れて行ったようなものなので、残ってもらわないと困る。
 ところで、二人への説明は「ネギの故郷に顔を出さざるを得なくなった」と言うもので、当初よりはマシな理由になっている。

「じゃあ、行こうか?」

 成田にある某国際空港の飛行場にて、飛行機の発進を待つアセナが隣に座るネギへと語り掛ける。
 ちなみに、逆隣にタカミチが座っているだけで、他のメンバーは飛行機には乗っていない。
 そう、空路を使うメンバーは、アセナ(チャチャゼロ所持)とネギとタカミチの三人だけなのだ。
 と言うのも、他のメンバーはパスポートとかが微妙なために『転移』してもらうからである。

 ……そもそも、エヴァは600歳以上であるし、茶々丸・茶々緒は造られた存在であるし、超に至っては未来人である。

 エヴァの場合、近右衛門が手を回して戸籍を作ったので、問題ないと言えば問題はない。
 だが、呪縛のせいで15年も女子中学生をしているため、戸籍的には二十台後半なのである。
 つまり「そんなロリボディで二十代後半とか……あきらかに偽造だろ」と言う問題が出るのだ。
 まぁ、『年齢詐称薬』を使うなり『変化』を使うなりして二十代後半っぽくなればいいのだが、
 それはそれで何かに負けた気がするらしく、エヴァは大人しく『転移』を使うことにしたらしい。

 ちなみに、茶々丸と茶々緒についてだが……超やハカセの工作により戸籍はある。その点は問題ない。

 だが、全身が金属なのでボディチェックを受けることを考えると面倒なことになるため、飛行機は遠慮したのだ。
 まぁ、診断書でも偽造して「体内に金属が入っているので金属探知機に掛かってしまう」とか言い張ればいいのだが、
 そこまでして飛行機に乗る必要性がある訳でもないので、エヴァの『転移』に便乗することにしたのである。

 また、超の戸籍もハッキング――じゃなくて、ちょっとした情報改竄の果てに入手したものなので、戸籍自体は問題ない。

 とは言え、超だけ飛行機に乗せるのも他の三人に悪いし、何よりも経費を抑えることにもなるので、超も『転移』してもらうことにしたのである。
 まぁ、その意味ではアセナやネギも『転移』でいいのだが、後ろ暗いことがないのに後ろ暗いことをする意味はないので、正規ルートで行くらしい。
 当然ながら、アセナの戸籍はタカミチが引き取った時点で用意されているし、タカミチはアセナとネギの保護者役として正規ルートで行くべきだろう。

「ええ、行きましょう」

 ネギが満面の笑みを浮かべて応える。タカミチと言う邪魔な存在はいるが、アセナと空の旅ができるので上機嫌なのだ。
 そんなネギの様子に苦笑しつつ、アセナはこれから待ち受ける「面倒ってレベルじゃない未来」に心を引き締めるのだった。


 


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後書き


 ここまでお読みくださってありがとうございます、カゲロウです。
 当初は軽く修正するつもりだったのですが、修正点が多かったので改訂と表記しました。


 今回は「魔法世界編に向けた閑話的な話」の巻でした。

 ちなみに、アセナの修行シーンと言う伏線的なものがありますが、その線は伏せられたまま終わると思います。
 まぁ、これまでの傾向(覚悟したり修行してるけどマトモに戦ってない)から、おわかりでしょうけど。
 ですが、この説明はミスリーディングで、今度こそアセナがバトルをするかも知れません。可能性はゼロではありません。

 つまり、魔法世界編が どうなるのかは……蓋を開けてのお楽しみ、と言うことです。


 では、また次回でお会いしましょう。
 感想・ご意見・誤字脱字等のご指摘、お待ちしております。


 


                                                  初出:2011/09/09(以後 修正・改訂)



[10422] 第42話:ウェールズにて【改訂版】
Name: カゲロウ◆73a2db64 ID:b259a192
Date: 2013/04/12 20:05
第42話:ウェールズにて



Part.00:イントロダクション


 今日は8月1日(金)。

 イギリスに到着したアセナ達は、目的地であるウェールズはペンブルック州へ訪れていた。
 ここでアセナ達を待ち受ける出来事はアセナ達に どんな未来をもたらすのであろうか?



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Part.01:ネカネ・スプリングフィールド


「ここがネギの故郷か……」

 スケジュールの都合上、空港からウェールズに直行したようなものなので、
 ヘルシングが好きなアセナとしてはロンドン観光ができなかったことは残念だったが、
 まる1日以上も移動に時間を費やしたことを考えると、感慨深いものはある。

「ネギーーーッ!!」

 ネギを呼ぶ声の方を見ると、アセナ達から随分と離れた先――草原と言う表現がピッタリ来るような場所から、一人の女性が駆け寄って来るのが見える。
 民族衣装のような黒いドレスに身を包み、長い金髪を靡かせる その人物は、恐らくネギの『姉』であるネカネ・スプリングフィールドだろう。
 常人には黒い点にしか見えないだろうが、アセナもネギもタカミチも常人と言うカテゴリーを軽く逸脱しているので、その姿形がハッキリ見えたのだ。

「あっ!! お姉ちゃーん!!」

 ネカネに気付いたネギは、ネカネに呼応するかのようにネカネを呼びながらネカネへ猛ダッシュしていく。
 ちなみに、ネギもネカネも魔力で身体強化をしているため異常に足が早い。オリンピックも真っ青だ。
 そのため、感動の再会シーンなのに衝突事故を彷彿とさせられてしまうのだが、それは気にしてはいけない。

「ネギ……ッ」「お姉ちゃんッ」

 互いを呼び合いながら「ドォン!!」と言う鈍い音を立てて衝突――ではなくて抱擁し合うネギとネカネ。
 それを見ることしかできないアセナとタカミチは「微笑ましいねぇ」と思うことにして生暖かく見守るのだった。

「お姉ちゃん、元気だった? 病気とかしてない?」
「ええ、元気よ。ネギの方こそ御飯ちゃんと食べてた?」
「うん。食文化の違いはあるけど、日本食は最高だよ」
「そう、それはよかったわ。って言うか、羨ましいわ」
「でも、毎日スシとかテンプラとか食べる訳じゃないよ?」

 イギリスでの食生活を思い出したネギは、それとなく「いつも御馳走を食べてる訳じゃないよ」とフォローして置く。

「わかってるわよ。サシミとかスキヤキとかも食べるのよね?」
「って言うか、基本はゴハンとミソシルとオシンコウだよ?」
「ああ、噂に聞く『イチジュウ イッサイ』の精神ってヤツね」
「うん。多分、『ワビ』とか『サビ』とかって感じだと思う」

 微妙に日本の知識があるのか、ネカネは微妙な解釈を続ける。

 ネギも含めて何かが違うとは思うが、アセナもタカミチも空気を読んでツッコまない。
 空気を無視する傾向のあるアセナ達だが、偶には空気を読むこともあるのだ。
 単に訂正するのが面倒なだけかも知れないが、その可能性は忘れて置くべきだろう。

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「ところで……貴方が神蔵堂ナギさんで よろかtったでしょうか?」

 ネギとの会話を一頻り楽しんだ後、ネカネがアセナの方に意識を傾ける。
 一瞬だけ殺気のようなものを感じたが、きっとアセナの気のせいだろう。

 気のせいにして置きたいアセナは、気にしないことにして好青年らしい態度で対応する。

「ええ、そうです。ネギさんのパートナーをさせていただいている、神蔵堂ナギと申します。以後お見知り置きを お願い致します」
「まぁ、これは御丁寧に……紹介が遅れましたが、ネギの従妹のネカネ・スプリングフィールドです。いつもネギが御世話になっております」
「いえいえ、むしろ、ネギさんにはオレの方が御世話になっているくらいですよ。いやはや、実に よく出来た『妹さん』ですねぇ」

 基本的にはアセナがネギの世話をしているのだが、魔法具方面では世話になっているのは確かだ。
 そんな意味も含めて、アセナは謙遜しながらもネギを褒めるような反応をして置く。実にソツがない。

「……ああ、なるほど。つまり、性的な意味でのオカズとして ですね?」
「いや、何を『うまいこと言いましたよね?』って顔をしていやがるんですか?」
「大丈夫です。事情はわかっていますよ? だって、『男の子』ですもんねぇ」
「いえ、わかってませんからね? って言うか、下半身を凝視しないでください」

 だが、ネカネは斜め上の解釈をしたうえ理解を示すような対応をして来る。これは さすがのアセナも想定外だ。

「大丈夫ですわ。ロリコンでもペド野郎でも、私は差別しませんから」
「それは誤解――とも言い切れませんが、とにかく勘違いですから」
「え? 本当にロリやペドなんですか? 正直、少し引くんですが……」
「いえ、ロリやペドなのではなく、ストライクゾーンが広いだけです」

 ネカネの酷い対応に泣きたくなるアセナだが、そんな状態でも譲れないものは譲らない。アセナにはアセナの変態道があるのだ。

「そもそも、幼女は愛でるものでしょう? 例えるならば蕾ですよ、蕾。
 蕾は見て楽しむものであって、手折る などと言うのは無粋の極みです。
 オレは変態ですけど、変態と言う名の紳士としての矜持があるんです」

 爽やかな笑顔で爽やかに言っているが、どう頑張っても変態の戯言である。だが、それを気にしないのがアセナのクオリティだ。

「なるほど。ネギの手紙にあった通り、貴方は『紳士』なのですね?」
「ええ。セクハラはすれども一線は踏み越えない。それがオレの生き方です」
「つまり、『YES ロリータ、NO タッチ』の精神ですね? 素晴らしいです!!」

 しかし、ネカネは「うんうん」と頷きながらアセナの『高き志(だけど一般的に見たら当然のこと)』を褒め称える。

「ありがとうございます。理解していただけて、とても嬉しいです」
「いえ。確認のためとは言え失礼な言動をしてしまい、申し訳有りません」
「いいんです。それだけネギを大切している と言うことなのでしょう?」

 つまり、ネカネの酷い対応はアセナを試すためのものだったらしい。胡散臭いが、話が綺麗にまとまるので そう言うことにして置こう。

「……あらあら、まぁまぁ。危なく、『オトコマエ』なところにホレそうでしたわ」
「いえ、そう言うのは冗談でも勘弁してください。これ以上のフラグは要りません」
「あらあら、まぁまぁ。一晩だけの関係でよろしいのでしたら、私は構いませんよ?」
「すみません、妖艶な表情しながら舌をチロッと出さないでください、いやマジで」
「あらあら、まぁまぁ、ウフフフ……ちょっとした冗談ですよ、じ ょ う だ ん♪」

 ネカネの様子から どう頑張っても冗談には聞こえなかったが、アセナは心の平安のために冗談にして置くことにしたのだった。

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「ところで、物凄く失礼な質問かも知れませんが……ネカネさんって女性でいいんですよね?」

 しばらくの歓談の後、アセナは前置き通りに物凄く失礼な質問をネカネに投げ掛けた。
 ネギやフェイトと言う前例があるから疑いたくなる気持ちもわかるが、失礼 極まりないだろう。

「あらあら、まぁまぁ……ネギ、ちょっと こっちにいらっしゃい?」
「えぅ!? お、お姉ちゃん、待って!! ボク、バラしてないよ?!」
「そうです。ネギからは『従姉の お姉さん』としか聞いていません」

 しかし、アセナの言葉を受けたネカネの反応が如実に物語っていた。ネカネが女性ではないことを。そして、ネギとネカネの力関係を。

「あらあら、まぁまぁ。では、自力で『正体』に気が付いたのですか?」
「ええ、そうなりますね。って言うか、やっぱり男性なんですね」
「まぁ、生物学的に言えば、男性にカテゴリーされるって感じですね」
「つまり、『身体は男、心は乙女』って言う状態な訳ですか……」

 どこかの少年探偵を思い起こさせるようなフレーズだが、アセナは至って真剣である。

「ん~~……正確に言うと、『男の娘って正義だろ、常考』ですね」
「あれ? じゃあ、女装しているのは趣味なだけで心も男のまま、と?」
「そうなりますね。見た目は『こう』ですけど、好物は女のコですから」

 どうやら、アセナが重く受け止めていた事実は、実は それほど重くなかったようである。

「なるほどぉ。いやぁ、てっきり性同一性障害とかの厄介な問題なのか と思ってシリアスになっちゃいましたよ」
「気を遣わせてしまったようで すみません。それに、仮に そうだとしても、魔法を使えば楽に解決できますから」
「ああ、確かに そうですね。魔法薬とか変化の魔法とかで別の性別になることなんて簡単にできそうですもんね」

 そう考えると、魔法は医療分野に活かすべきで、医療分野に貢献する者をマギステル・マギとすべきではないだろうか? アセナは そんな気がしてならない。

「それはともかくとして、どうして私が女性ではないことがわかったんですか?」
「実を言うと『気配』が男性ぽかったのでカマを掛けてみただけなんです」
「あらあら、まぁまぁ。自爆も含めて まだまだ修行が足りないようですわねぇ」

 どんな修行を積む予定なのか は気にしてはいけない。きっとロクでもないことだろうから。

「ああ、そう言えば……私、男性もイケる口ですので、一晩だけでしたら本当に お相手しますけど?」
「有り難い お話ですけど……ネギが怖いんで遠慮して置きます(そもそも男そのものが無理ですし)」
「そうですかぁ。テクニックには、かなり自信があったんですけど……またの機会にしましょうか」

 テクニックとは何だろうか? 舌をチロッと見せるネカネの様子でわかってしまうが、想像してはいけないと思う。



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Part.02:アーニャ、来襲


「ネカネさん!! ネギが帰って来たって本当!?」

 バァン!! と表現すべき音を立てて、壊れるんじゃないか と心配したくなる程の勢いで玄関のドアが開く。
 そこから現れたのは、燃えるような赤髪をツインテールにし、ローブと杖を装備した可愛らしい少女。
 まず間違いなく、ネギの幼馴染であるアンナ・ユーリエウナ・ココロウァ――つまり、アーニャだろう。

 息を切らしながら肩で息をしていることから察するに、相当 急いで駆け付けたことが窺える。

 なので、ドアを蹴り破らん程の勢いで他人の家に乱入して来たのは それだけ慌てていた、と言うことなのだろう。
 他人の家なので下手すると不法侵入になるような暴挙だが、それだけネギが帰って来たのが嬉しいに違いない。
 そう好意的に解釈して置くアセナは、ツッコみたい衝動を抑えて生暖かい目でアーニャを見守ることにしたのだった。

「あ、アーニャ。久し振りだね~~」

 アーニャのテンションがエラいことになっているのに対し、ネギは あくまでも普通のテンションだった。
 もちろん、アーニャとの再会を喜んではいるのだろうが、そこまでテンションを上げる程でもないようだ。
 言わば、アーニャがネギに会いたくて仕方がなかったのに対し、ネギはアーニャと会えて嬉しい程度なのだ。

「――って言うか、アンタが神蔵堂ナギね!! 死ね、このロリコン!!」

 テンションのせいで冷静な判断ができていないのか、ネギとの温度差を感じていないアーニャはネギと再会できたことを非常に喜んだ後、
 アセナの方を向き直って宣戦布告をすると軽やかに飛び上がりながら「フォルティス・ラ・ティウス リリス・リリオス(以下略)」と詠唱し、
 両足に炎を纏わせて「アーニャ・フレイム・バスター・キイィィーーーック!!」と絶叫しつつアセナ目掛けて落下の勢いを乗せた蹴りを放つ。

「いや、危ないから」

 燃えながら激しい勢いで迫り来るライダーキックを、アセナは事も無げに左手だけで「パシッ」と受け止める。
 もちろん、アセナの『完全魔法無効化能力』でアーニャの魔法を消して単なるライダーキックにした御蔭だ。
 だが、蹴りが発動してから諸々のキャンセルまでに生まれた「運動エネルギー」まではキャンセルされない。
 つまり、受け止める際に「運動エネルギー」をう まく受け流すことで左手に掛かる負荷を完全に殺したのである。
 言わば『化勁』のような技術を用いたのであり、地味なところで体術の進歩を披露する辺りが実にアセナらしいだろう。

「な、なななな何を普通に受け止めてくれちゃってるのよ!! 放せ、この変態!!」

 避けられることはあっても受け止められることはないだろう と考えていたアーニャには、アセナの対応は驚嘆すべきことだった。
 驚きの あまり、避けられた後に叩き込もうとしていた無詠唱魔法(炎系の『魔法の射手』)を使うことすら忘れる程だ。
 まぁ、完全魔法無功化能力者であるアセナには放出系の攻撃魔法などクリーンヒットしても自動でキャンセルされるだけだったが。

 次の手を打っていたとしても結果は変わらなかっただろうが、それでも次の手を打たなかったことは反省すべきだろう。

「いや、別に掴まえていたい訳じゃないんだけど……放したら暴れそうじゃん?」
「うっさい!! このロリコン!! 幼女の脚を掴んで興奮してるんじゃないわよ!!」
「いや、別に興奮してないよ? って言うか、興奮して欲しいならば御希望に副うけど?」
「だ、誰も そんなこと望んじゃないわよ!! 気持ち悪いから、その手を放しなさい!!」

 左手一本で掴まれているため重心が上手く取れず、アーニャは重力に引っ張られるままに「逆さ吊り」の形になっていた。

 不幸中の幸いと言うか、アーニャはハーフパンツを履いていたので、下着を晒すような状態ではない。
 もちろん、そのことにアセナがガッカリしていたのは言うまでもないだろうが、どうでもいいので放って置く。
 ともかく、下着こそ晒してはいないが、あまり好ましい格好ではないためアーニャが文句を言うのも頷けるが、
 そもそもの問題として、問答無用で攻撃を仕掛けたのはアーニャの方なので文句を言うのは筋違いだろう。

 当然だが、アーニャを生暖かい目で見守ることにしたアセナは筋違いであっても甘受する。つまり、ツッコむ気すら沸かないのだ。

「ア、アーニャ!! ナギさんに何てことするんだよ!! 危ないじゃないか!!」
「うるさい!! アンタは黙ってなさい!! これは私と この変態の問題なのよ!!」
「ナ、ナギさんは変態じゃない!! ただ、ちょっと常人と性癖が違うだけだよ!!」

 突然のことに思考が停止していたネギが復活したのか、アーニャに激しいツッコミを入れる。

 ところで、ずっと空気状態のタカミチだが、「若いっていいねぇ」と傍観者を気取っていたりする。
 ここで「保護者なら止めろや」と お思いになるだろうが、タカミチが止めても無視されるだけなので、
 傍観者役に徹しているタカミチのことを誰も責められないだろう(むしろ、同情してもいいくらいだ)。

「常人と性癖が違うことを世間一般では変態って言うのよ!! 特にロリコンは犯罪も同然よ!!」

「……ロリコンは犯罪? それは違う!! 大いなる誤解だ!! ロリコンそのものは犯罪ではない!!
 犯罪と言えるのは――罰するべき対象は、己を抑え切れずに『事』に及んだ愚かな下種のみだ!!
 我々 紳士は『YES ロリータ、NO タッチ』を信条に、『事』に及ぶことを恥としているんだ!!
 花開く前の蕾は、愛でるのが紳士の嗜み!! それを手折るなど紳士に あるまじき行為なのだ!!
 まぁ、時には『来いよ アグネス、来いよ 石原』と言う境地に達することもある。それは認めよう。
 だがしかし!! それでも踏む越えてはいけない一線は踏み越えない!! それが我々の矜持なのだ!!」

 ネギが乱入してくれたのでアーニャの相手を丸投げ――もとい、静観しようとしていたアセナだが、どうやら導火線に火が点いてしまったようだ。

「うっさいわよ!! 変態の戯言など聞くに値しないわ!! って言うか、いい加減に その汚い手を放せ!!」
「なっ!? アーニャッ!!! ナギさんの手は汚くないからね?! しゃぶりつきたいくらいに綺麗だよ!!」
「な、なななな何をサラッと変態チックなこと言っちゃってんのよ?! アンタ、バカなんじゃないの!?」
「アーニャこそバカじゃないの!? だって、ナギさんの手だよ?! 触ってもらえるのは御褒美なんだよ!!」
「意味不明が過ぎるわよ!! って言うか、さっきも言ったけど、アンタは関係ないんだから黙ってなさい!!」

 まぁ、導火線に火が付いたところで、既にヒートアップしている二人ほどには燃え上がっていないので、軽く流されたが。

「いや、ネギ関連で絡んで来たんだから、ネギも当事者じゃない?」
「うっさいわよ!! 私が関係ないって言ったら関係ないのよ!!」
「何と言うオレイズム。そこに痺れもしないし憧れもしないけど」
「うっさい!! とにかく!! 私の目が黒い内はネギは渡さないわよ!!」

 だがしかし、アセナは その程度では屈さない。会話の糸口を見逃さずにサラッと切り込む(もちろん、目配せでネギを黙らせてはいたが)。

「いや、そもそもの前提として、オレはネギが欲しい訳じゃないんだけど……」
「こ、こんなに可愛いネギが欲しくないなんて……アンタ、頭は大丈夫なの?」
「えぇ!? そんな理由で心配されるの!? って言うか、マジで心配されてる?!」

 アーニャが冗談で言っているのか と思ったが、アーニャの目はマジ(むしろガチ)だった。ショックは甚大だ。

「う、うっさいわよ!! 私がアンタなんかを心配する訳がないじゃない!!」
「…………え? まさかのツンデレ? いや、キャラ的には合ってるけどさ」
「ちょっと!! 妙な勘違いするんじゃないわよ!! 私はネギ一筋なんですからね!!」

 もちろん、アセナは事情が わかっていて敢えてツンデレと言うことにしようとしていた。
 だが、アーニャはアセナの優しさに気付かず、盛大にカミングアウトしてしまったのである。

  結論:アーニャはガチレズです。

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 …………………………………………………………

「……ネカネさん、アレもアナタの仕込ですか?」

 カミングアウトしてしまったアーニャを宥めて賺してネギに押し付けたアセナは、ネカネに問い質した。
 ちなみに、ネギには「アレは親愛の現れ」と言う、普通なら騙されないような言い訳を信じ込ませたらしい。

 それを信じるネギもネギだが、それで騙そうと考えるアセナもアセナだろう。つまり、両方とも どうしようもない。

「禁則事項です♪ と言うのは冗談でして……アレは天然ですよ」
「つまり、何の仕込もしてないのに『ああ』なってしまった と?」
「ええ。昔は姉妹のような、微笑ましい関係だったんですけどねぇ」
「それが、いつの間にか『別の意味の姉妹』になりそうな訳ですか」

 胸中お察しします と言わんばかりに生暖かい笑顔のアセナ。他人なら楽しめることでも、身内となると微妙な気分にしかならない。

「ちなみに、ネギは さっきまで普通に気付いていませんでしたから」
「ああ、やっぱり。二人の様子から、そんな気はしてましたよ」
「これだから天然は恐ろしいですよねぇ。そうは思いませんか?」
「そうですね。でも、天然に見せ掛ける人工も恐ろしいですけどね」

 暗にネカネを指しているようにしか聞こえないが、アセナが話しているのは あくまでも世間一般的なことだ。多分、きっと、恐らくは。

「あらあら、まぁまぁ。気付かれていましたか……やはり、まだまだ修行が必要ですわねぇ」
「むしろ、気付かれているのがわかっているのに演技を続けられる その精神力に脱帽です」
「あらあら、まぁまぁ。ありがとうございます。ですが、『嘘も貫けば真実になる』んですよ?」
「まぁ、それは同感です。よく言いますもんね、『イッツ、オール・フィクション!!』って」

 何処かで聞いたことのあるセリフを交わす二人だが、決定的に噛み合っていない。

「……それは逆ですね。それだと真実が嘘になっちゃいますから」
「つまり、現実も虚構も真実も虚偽も、その境界は曖昧なんですよ」
「綺麗に纏めましたわねぇ。思わず納得しかけちゃいましたわ」
「そこで納得して置いて別の話題に移るのが大人の嗜みですよ?」

 あまり引っ張る話題でもないので、アセナの言葉は本心である。そして それはネカネも同意見だった。

「そうですわね。では、ネギとのキャッキャウフフな話が聞きたいですわねぇ」
「そんな話ないですから。せいぜい大人にしてデートしたくらいですから」
「え? ネギを『大人にした』んですか? ……なら、御赤飯を炊かなくては!!」
「そうじゃないですから。普通に『年齢詐称薬』で大人にしただけですから」
「まぁ、わかっていましたけどね。ネギから手紙で逐一 報告されてますから」

 アセナの表現も悪かったが、悪ノリするネカネも悪いだろう。と言うか、御赤飯云々は流してもいいのだろうか?

「ちなみに、ネギは どんな報告をしているのでしょうか?」
「希望的観測と言う名の妄想が多分に含まれている感じです」
「報告なのに妄想が混じっている辺り、実にネギらしいですね」
「それと、事実も誇張されてまくっているのが あきらかですね」
「まぁ、それについてもわかります。だって、ネギですからね」

 具体的に何が書かれていたのか気になるが、気にしてはいけないだろう。それが心の平穏のためだ。

「ただ、貴方が本当に好きなんだなぁってことはわかりましたよ?」
「……そうですか。その気持ちを裏切らないことだけは約束します」
「ありがとうございます。そう仰っていただけるだけで充分です」

 ネギの気持ちを受け入れるか確約できないアセナは、ネギを裏切らないことしか確約できない。まぁ、それだけのことだ。



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Part.03:リセット・ポイント


  ギギィィィ……

 侵入者を拒むかのような金属が擦れる音を奏でながら重厚な扉が開かれた。
 深遠まで続くかのような螺旋階段の先にあったのは、広大な地下空間。
 そこには、生きたまま石像になったかのような石像達が安置されていた。

 そう、そこには『石化』させられたネギの故郷の人々が安置されているのである。

 ネギが帰省してから数日後、アセナ達はメルディアナ魔法学校を訪れた。
 そして、ネギやアーニャの思い出を振り返りながら学校中を見学した後、
 アセナ達は本当の来訪目的である『地下の安置所』へ訪れたのだった。

「スタン……おじいちゃん…………」

 ネギが声を掛けたのは、トンガリ帽子にフード付のローブを身に纏った魔法使い然とした髭の老人――スタンだった。
 スタンは『ここ』でも原作同様にネギを庇って石化した。石化させた悪魔(ヘルマン)を道連れに(封印)して。
 その封印を解かれたヘルマンが麻帆良に来訪したことも含めて、それらの事情を知る者は(この場には)アセナしかいない。

 だが、それでいい。ネギがヘルマンのことを知る必要はない。復讐を否定するつもりはないが、肯定するつもりもない。

 いや、正直に言うと、復讐に走るネギを見たくないのだ。それは、単なるアセナの我侭だが、アセナは それを曲げるつもりなどない。
 既に魔法世界を救う と言う我侭を通そうとしているアセナにとっては、今更『我侭』が一つ増えたところで大差ない。気にならない。
 たとえ、近い将来 事実関係を知ったネギに怨まれようとも、アセナは気にしない。アセナはアセナが正しいと思った道を進むしのみだ。

「……ボクです。ネギです」

 ネギは泣きたいクセに涙を流すまいと我慢しているのが見え見えの表情でスタンに語り掛ける。
 声も上擦っていて、ちょっとしたことで直ぐにでも泣き声になりそうで、聞いているだけでもツラい。
 だが、アセナは黙って見守る。ここでネギを支えることは、ネギを侮辱するも同然だからだ。

 ツラいことがわかっていながら、ネギは一人で――アセナに依らずに向き合う と決めたのだ。余計な手出しは無粋だろう。

「スタンおじいちゃん……見てください。ボク、こんなに大きくなりましたよ?
 まぁ、6年も経ったんですから、大きくなって当然かも知れませんけど。
 ですが、あれから6年も経つのに……貴方は『あの時』のままなんですよね」

 ネギの瞳が潤む。表面張力でギリギリとどまっているが、いつ決壊してもおかしくない。

 アセナは、その震える肩に手を置いて励ましてやりたい衝動に駆られるが、拳を握って耐える。
 そして、これ以上そんなネギを見ないようにするために、アセナはネギから目を逸らす。
 それは逃避かも知れない。だが、ネギのことを思ったうえでの行為だ。逃避の一言で片付けてはいけない。

「あの時、貴方と お姉ちゃんが助けてくれなければ、ボクは、きっと……」

 ネギが言葉を途中で区切り、斜め上を仰ぎ見る。涙が零れないようにしたのだろう。
 ここで泣いてしまったら、このまま泣き崩れてしまう。だからこそ、ネギは耐えるのだ。

「……きっと、村の皆と一緒に ここで石になったままだった と思います。
 そうしたら、ボクはナギさんに出会うことはできなかったでしょう。
 本当に、ありがとうございました。貴方の御蔭でボクは今ここにいられます」

 ここでアセナの名前しか出て来ないのがネギらしいが、今は そんなことを気にする時ではないだろう。
 そのため、アセナは苦笑したくなるのを耐え、真剣な面持ちのまま黙ってネギの言動を見守り続ける。

「その御恩を返す時が、やっと来ました」

 顔を元の位置に戻したネギの目には もう涙は溜まっておらず、代わりに揺ぎ無き決意が宿っていた。
 その決意を実行すべく、ネギは『影』から「翼の意匠が縁に施された、一抱え程の大きさの鏡」を取り出す。
 その鏡は、曇りなく輝いており、額に施された煌びやかな意匠と相俟って、見る者に壮麗さを抱かせる。

 その鏡の名は『ペルセウス』。見た者を石化させる怪物(メドゥーサ)を屠ったギリシャ神話の英雄が由来だ。

 諸説はあるが、ペルセウスはメドゥーサを打ち破った際に鏡のようなものを利用したことで有名である。
 石化(させる怪物)に打ち勝ったことと鏡(のようなもの)を利用したことから、肖った名付けだろう。
 まぁ、天体にもなっているため、『カシオペア』や『アンドロメダ』との兼ね合いもあるかも知れないが。

「起動せよ、『ペルセウス』。『其は石化を打ち破る奇跡なり』!!」

 ネギの『力ある言葉』の詠唱と共に『ペルセウス』が発光を始める。
 その光は、激しいが とても優しく、部屋中を あまねく照らし出した。

 それはまるで夜明のようで、太陽が暗闇の終わりを告げているかのような光景だった。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「こんにちは、ヘルマン卿。気分は如何でしょうか?」

 時は遡り、学園祭後の ある日。アセナは麻帆良の最下層(世界樹の真下にある広大な空間)にて、悪魔召喚の儀式を行っていた。
 まぁ、悪魔召喚の儀式とは言っても、別に生贄などのダークなものは必要ない。召喚用の魔法陣と莫大な魔力が必要なだけだ。

「……む? まぁ、悪くはないね」

 召喚された悪魔――ヘルマンは、悟られないように視線を巡らせて周囲を窺いながら応える。
 通常の悪魔召喚は、代償となった魔力に応じた悪魔が召喚されるだけで、悪魔を特定するのは難しい。
 能力や階級等を特定するのは然程 困難でもないが、個人を特定することは非常に困難なことだ。
 どれくらい困難か と言うと、世界最高峰の魔法知識が必要となるくらいだ(ほぼ不可能に近い)。
 ヘルマンが名乗ってもいないのに己の名前を呼ばれたことを不審に思って周囲を窺うのは当然だ。

「そうですか、それはよかったです」

 だが、術式をエヴァに丸投げしたアセナは困難さがわかっていないので、ヘルマンを「慎重なんだなぁ」と評するだけだ。
 ちなみに、アセナが払った労力は「個人を特定して召喚するなど面倒だ」と渋るエヴァの機嫌を取るために苦心した程度だ。
 しかも、その苦心も、肩を揉んだり大人しく給仕したりアイスクリームを作ったり……と言った程度のものでしかない。

 600年を生きたエヴァの魔法知識は文句無しで世界最高峰であり、それを容易く利用できるアセナは ある意味でチートなのだ。

「ところで、此処が何処なのか、訊ねてもいいかね?」
「ええ。此処は、麻帆良の最下層、世界樹の真下です」
「なるほど。道理で現世にしては魔力が濃い訳だ」

 世界樹の魔力の影響で周囲に渦巻く魔力は非常に濃い。ヘルマンを召喚したことが外部からはわからないくらいに。

「それと、もう一つ訪ねたいのだが……君は神蔵堂ナギ君かね?」
「ええ、そうです。ターゲットのリストにでもありましたか?」
「いや、場合によっては人質に使うために知っていただけだよ」
「そうですか。まぁ、今となっては別 にどうでもいいですけど」

 ターゲットだったとしても、それは前回の召喚の話だ。召喚が解かれた今となっては、どうでもいいことだ。

「では、状況は概ね理解していただけたものとして、話を進めさせていただきます」
「……まぁ、構わんよ。だが、『前の召喚主』についての情報は語れないよ?」
「そうでしょうね。想定内ですよ。『そう言った契約』を結んだのでしょう?」
「ああ、そうさ。現界が解かれても『前の召喚主』については語れないように、ね」

 悪魔が現界するには契約が必要となる。だが、現界が解かれても契約が解かれる訳ではない。

 もちろん、たいていの契約は解かれるし、契約の履行が終わることで現界が解かれる場合が ほとんどだ。
 だが、今のヘルマンのように言動を縛る契約は残ることが多い(正確には、残すための契約をするのだが)。
 つまり、「現界している間に履行してもらう契約」と「現界が解かれた後にも継続する契約」があるのだ。

 言い換えると、前者が「麻帆良に忍び込んでネギの威力偵察をしろ」であり、後者が「我々のことは漏らすな」である。

「ですから、召喚主の正体については何も語らなくていいですよ」
「ほほぉ? せっかく私を名指しで召喚したのに、それでいいのかね?」
「ええ。オレと『偽りのない会話』をしていただけるだけでいいです」
「……なるほどねぇ。では、その『労働』に対する『報酬』は何かね?」
「制限なしでタカミチとバトルできる機会、と言うのは如何です?」
「ハッハッハッハッハ!! よかろう!! その『契約』に応じよう!!」

 アセナが提示した条件が気に入ったのか、ヘルマンは高らかに笑って快諾する。

「では、まず初めに確認して置きたいんですけど……言動を縛られているのは『召喚主の正体だけ』ですか?」
「まぁ、基本的には ね。『前の召喚主』との契約は『前の召喚主に関わる情報を漏洩しない』と言うものだったね」
「なるほど。つまり、召喚主以外のことなら どんな情報を提供しても構わない と言うことになりますよね?」

 むしろ、情報を制限してしまうと「それについて語れないなら それが召喚主である」と そこから召喚主を導き出せるため、提供せざるを得ない。

「クックックックック……ああ、その通りだ。君が召喚主と関連付けていなければ と言う前提はあるがね」
「つまり、オレが『召喚主はAかも知れない』と疑ってAについて問うのはアウト、と言うことですか?」
「それは微妙なラインだね。君が疑っていることを私が認識していればアウトだが、認識していなければ――」
「――セーフな訳ですか。確かに微妙ですね。と言うか、それだと『答えられないことで答えになる』のでは?」
「その対策としてA以外のことも答えられなくなるので、あまり召喚主については触れない方が賢明だろうね」
「ああ、なるほど。でしたら、召喚主に関してはスッパリ忘れてください。オレは召喚主など どうでもいいです」

 召喚主に触れられないのでは何のためにヘルマンを召喚したのか わからなくなるが……それはヘルマンの言動を自由にするための嘘でしかない。

「と言う訳で、メガロメセンブリア元老院について訊きたいんですが……あの人達って、ネギを どうしたいんですか?」
「ククク……いやはや、君は大胆だねぇ。ああ、答えだが、悪いが私は『今は様子を見たい』と言うことしか知らないな」
「なるほど。厄介になるようなら潰し、扱いやすいならば都合のいい駒として利用する……と言ったところでしょうね」
「まぁ、そうだろうね。『災厄の女王』の娘であること と『英雄』の娘であること の功罪だな。実に難儀なことだよ」

 ここまでは想定内なのでアセナは「まぁ、そうですね」としか反応しない。そう、本題は ここからだ。

「メガロ――って、いい加減に長いので『元老院』でいいですね。で、『元老院』は当然の如く一枚岩ではないですよね?」
「まぁ、その通りだ。私もそ こまで詳しくはないが、排斥派・擁立派・傍観派の割合は、3:2:5と言ったところだろうね」
「へぇ、意外と傍観派が多いんですね。って言うか、擁立派が思った以上に少ないですから思った以上に危険な状態ですね」
「いや、そこまで危険ではなかろう。昔は排斥派が6割を占めていたが、近年の擁立派の画策で随分と傍観派に流れたからね」

 ちなみに、画策した擁立派とは現オスティア総督であり、元『紅き翼』の「クルト・ゲーデル」である。

「それなら一先ずは安心ですね。あ、ところで、『黄昏の御子』の扱いについては どんな感じの勢力図になってるんですか?」
「質問を質問で返すのは心苦しいが……何故ここで『黄昏の御子』の名前が出て来るのかね? 君達に関係ない事柄だろう?」
「まぁ、あまり関係ないですね。ただ、『黄昏の御子』に関する情報を持っていましてね。それの利用価値が知りたいんです」
「なるほどね。『黄昏の御子』を利用してネギ君から目を逸らす訳か。ちなみに、分布は利用派・放置派で9:1くらいだね」

 アセナは内心で「圧倒的ではないか!? 利用派は!!」と戦々恐々とするが、自制心をフル稼働させて表情には出さないように努める。

「なるほどぉ。では、まったく話題が変わるんですけど……ネギの故郷が悪魔に襲われたことって知ってますか?」
「……知っているよ。と言うか、私も一枚 噛んでいたことを認めさせたいのだろう? それくらい、予想が付くよ」
「まぁ、今までの流れから わかりますよね。ですが、自発的に教えていただいたことには感謝して置きますよ」
「そうかね。あ、予め言って置くが、『そっちの召喚主』についても情報は漏らせないので、気を付けて欲しい」
「わかりました。どうでもいいですが、ネギの故郷の件も この前の件も首謀者は一緒って言う気がするんですけど?」
「ハッハッハッハッハ!! それについてはノーコメントとさせていただこう。それが私にできる精一杯だよ」

 ヘルマンの答えは「『言わない』のではなく『言えない』」と言うべきもの。つまり、これ以上の情報は漏らせない と言うことだ。

 ちなみに、ヘルマンは隠しているが、そもそもヘルマンは封印されていたので、麻帆良を襲撃した時は召喚された訳ではない。
 麻帆良を襲撃したのは、召喚時の契約ではなく、封印を解除された際に成した『現界を続けるために交された契約』によるものだ。
 つまり、ヘルマンの言っていた召喚主とは『ネギの故郷を襲撃した時の召喚主』のことで、麻帆良を襲撃させた人物とは異なる。
 だが、両者共に情報漏洩を禁じているうえにアセナが虚偽を禁じているため、ヘルマンはアセナの言葉を肯定も否定もできないのである。

 それらの事情を「ある程度」類推できているアセナは、深くはツッコまずに話題を変える。

「では、最後の話題になるんですけど……ネギの故郷の人達って悪魔に石化させられたんですが――」
「――いや、皆まで言わなくていい。それを為した者には、私も含まれている。弁解の余地もない程にね」
「そうですか。それでは、本題なんですが、その石化を『解呪』していただけないでしょうか?」
「説明が後になってしまって すまないが、石化の解呪についても契約で縛られているので それはできんよ」

 ちなみに、ヘルマンは前の召喚主との契約について「前の召喚主に関わる情報を漏洩しない」と説明していたが、それは『基本的に』でしかない。
 そう、解呪のことも契約にはあったが、それを説明してしまうと『語るに落ちる』としか言えない状態になるためヘルマンは敢えて説明しなかったのだ。

「そうですか。ですが、その口振りから察するに、解呪ができない訳ではない と考えていいんですよね?」
「まぁ、理論上は可能だね。ただし、それを為すには、治癒の才能と莫大な努力が必要となるだろうね」
「治癒の才能、ですか。それって魔道具製作の才能じゃダメですか? 『解呪の魔道具』を作る的な意味で」
「……難しいところだが、それでも可能だろうね。ただし、それには石化と解呪双方の理解が必須だよ?」
「なるほど。とても参考になりました、ありがとうございます。それでは、『この後』は御自由に どうぞ」

 知りたい情報を聞き終えたアセナは、タカミチを呼び出して後を任せる。その結果は、タカミチが健在であることから充分に察せられるだろう。

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「……む? はて? ここは……どこじゃ?」

 アセナから情報を齎されたネギは石化と解呪の勉強に没頭した。アセナが他の女性とデート的なことをしても気にならないほどに、だ。
 そして、その結果、ネギは石化解呪のアイテム――『ペルセウス』を完成させ、見事に故郷の人々の石化を解呪させたのである。

「スタンおじいちゃん!!」

 石化が解けたスタンは前後不覚の状態であったが、動いて、知覚して、思考して、話している。それだけで、ネギは充分だった。
 耐え切れなくなったネギの涙腺は遂に決壊し、それまで我慢していた分も含めて盛大に涙を流すことになったのは言うまでもないだろう。
 ただし、流れ的にはスタンに飛び付いてその胸で泣きそうなのに、後方で傍観者に徹していたアセナに飛び付いてアセナの胸で泣いているが。

 まぁ、何はともあれ、ネギの心に沈殿していた「村人の石化」の問題は解決したのだった。



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Part.04:偉い人との会話は何故か黒くなる件


「夜分遅くに失礼致します、メルディアナ魔法学校長殿」

 石化が解けた村人達のことはネカネとタカミチに任せ、アセナはメルディアナ魔法学校の校長室を訪れていた。
 ちなみに、功労者のネギだが、泣き疲れたのか一頻り泣き終わると寝てしまったので、ネギのことも二人に任せてある。
 ここで気になるネギラブなアーニャだが、アーニャの両親も石化が解けたのでネギの寝込みを襲うことはないだろう。

「用件はわかっておるよ。まさか、あの石化を解いてしまうとはのぅ……」

 メルディアナ魔法学校長――アルバス・パーシバルは、複雑な表情を浮かべながらアセナの来訪を受け入れる。
 本来なら喜びたいのだが、アルバスの立場(『元老院』の下部組織の長)を考えると素直に喜べないのである。
 つまり、石化は『元老院』の思惑の可能性が高いため、石化が解けると面倒な事態になる可能性が濃厚だからだ。

 まぁ、「石化が『元老院』の思惑である」と言うのはアセナ達の勝手な予想なのだが……的外れな予想ではないので、用心はすべきだろう。

「なるほど。ネギの背を押すために見せたのに予定が狂ってしまった訳ですね?」
「まぁ、そうじゃな。もちろん、誤算は誤算でも嬉しい誤算なんじゃがな?」
「わかっていますよ。ただ、いろいろと厄介なことにもなるだけですよねぇ」

 解呪が公のことになれば『排斥派』がうるさくなるだろう。それくらい、アセナとてわかっている。

「わかっておるなら、早く本題に入ってくれんかのぅ? これから修羅場なので暇じゃないんじゃ」
「そうでしょうね。ですから、少しでも仕事を減らして差し上げよう と思っているのですよ」
「ほほぉう? つまり、コノエモンに太鼓判を押された腹黒さを見せてくれる と言うことかの?」

 アセナは「そんな評価を後押しするなよ」と思わないでもなかったが、爽やかに笑うだけに押し止める。

「まぁ、少しばかり過剰評価ですが……『対策』は用意してありますので、安心してください」
「『対策』とな? つまり、元老院の連中にバレないようにする手立てがある訳じゃな?」
「ええ。解呪を誤魔化すのではなく『解呪されていない証拠を作ればいいだけ』ですからね」
「むぅ? 解呪されていない証拠、とな? はてさて、年寄りには ちょっと難しい話じゃのう」

 アルバスの「予想は付くが確証はない」と言う態度に、アセナは「この爺さんも食えないなぁ」と苦笑する。

 まぁ、今は事態が事態であるので、ここでノラリクラリと会話する(イヤガラセする)訳にもいかない。
 そのため、アセナは「まぁ、論より証拠ですね」と『影』から「石化した村人に そっくりの石像」を召喚する。
 村人が解呪されたことを知っていなければ、普通に村人を召喚したようにしか思えない程に そっくりである。

 当然ながら、これはネギの作った魔法具であり、『動かない石像』と言う そのまんまな名前である。

 これは、形状や材質を模倣するだけで自立稼動はしないのだが、擬態する対象と接触させるだけで作成が可能であり、
 作成者(この場合はアセナ)が死ぬか擬態解除を命じない限り擬態が解けることはない……と言う仕様になっている。
 そのため、『身代わり君Ⅱ』を応用した と言うよりも『身代わり君』をバージョンアップさせたような感じである。

 では、いつ作成して『蔵』に収納していたのか と言うと……ネギがスタンと対面している途中で行ったらしい。

 アセナは「別にネギを見るのがツラくなったからではなないよ?」と言っているが、もちろん ただのツンデレである。
 涙を堪えるネギを見ていられなくて「対策をするため」と言う大義名分を作ってネギの姿を見ないようにしたのだ。
 ちなみに、数はあったが魔法具を村人達に接触させるだけの単純作業なので、その所要時間は5分にも満たなかったらしい。

 ところで、『ペルセウス』で解呪が成功するとは限らなかったのにダミーを準備をしていた理由は、最早 語るまでもないだろう。

 用意周到で臆病なくらい慎重なアセナが、厄介事になることを予想できていて何の対策も練らない訳がないし、
 何よりも「あんなに必死になっていたネギが失敗する訳がない」とアセナは信じていたので、準備していたのだ。
 まぁ、当然ながら、アセナが理由を尋ねられたら「あくまでも保険に過ぎないよ」と適当に本心を隠すだろうが。

 照れ屋なアセナらしい――と言うか、本心を隠すことがわかっているので、逆に本心が予想できてしまうのがアセナらしいだろう。

「……なるほどのぅ。予め村人全員分のダミーを用意してあった と言うことじゃな」
「ええ。文字通り『動かぬ証拠』があるので、『元老院』も文句は言えないでしょう?」
「確かに一理ある意見じゃ。じゃが、ヤツ等は下衆だが無能ではない。いつかバレるぞい?」

 アルバスの危惧する通り、いつまでもダミーで誤魔化されてくれる訳がない。
 と言うか、解呪された人々と言う『動く証拠』が存在するため、いつかは露見するだろう。

 だが、そんなことはアセナもわかっている。一時凌ぎができれば、それでいいのだ。

「仰る通り、いつかはバレるでしょう。ですから、本国に行った時に『説得』して来ます」
「『説得』とな? ククク……これは愉快じゃのう。あのコノエモンが一目置いている訳じゃ」
「過大な評価に恐縮です。その御期待に副えるように不肖ながら精一杯 頑張ってきます」

 アセナが為そうとしている『計画』には、『元老院』を味方に付けることが必要条件である。
 それならば、ネギの故郷の村人達の安全を確保するぐらい、できない方がおかしい。

 何かと背負う傾向のあるアセナだが、アセナにしてみれば「これくらい背負えなくて事が成せるか」と言ったところなのだ。

「ですから、それまでの間、『動く証拠』である彼等のことを よろしくお願いしますね?」
「ほっ? も、もしかして、そっちの方の対策については、何もなかったりするのかのう?」
「いえ、村一つ分の『人造異界』は用意したんですが、それだと不充分だと思いまして……」
「いや、それで充分じゃないかのう? さすがに、あれだけの人数を匿うのはワシには無理じゃよ?」

 アセナの言う『人造異界』とはネギに作らせて置いた『ダイオラマ魔法球』のことで、『孤島』とアセナは呼んでいる。

 空間圧縮の理論は既に『袋』製作で得ていたので、自然物――陸地と海と森林と擬似太陽を追加しただけで作れたらしい。
 まぁ、追加したと言うか、適当な大きさの島をそのままコピー & ペーストしただけなのだが(擬似太陽は作ったらしいが)。
 時間の流れも変えられたらしいが、復活した村人の隠匿場所として使うための物なので時間の流れは敢えて変えなかったようだ。

 ちなみに、各地の生態系を崩さない程度に野生生物を拝借して来て放し飼いにしてあるので、最低限の食料は確保できるだろう。

「そうですか……土地と自然があるだけで、電気もガスも水道もないんですけど、大丈夫でしょうか?」
「まぁ、それなら大丈夫じゃろ。彼等は皆 魔法使いじゃからな、サバイバル生活くらい余裕じゃろうて」
「では、特に問題はありませんね。『元老院』の『説得』が終わるまで、そこに隠れ住んでもらいましょう」

 アセナがコッソリと「よし、言質は取った。これで、問題が起きても責任を転嫁できる」と思ったのは、ここだけの秘密である。



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Part.05:ゲート・ポート


「おはよう、皆。久し振りだねぇ」

 何だかんだでウェールズでの数日間は あっと言う間に過ぎ去り、今日は8月6日(水)。魔法世界に旅立つ日である。
 つまり、茶々緒・エヴァ・茶々丸・超の4人と合流する日であり、アセナは『転移』して来た4人を迎えたのである。

「……お兄様? そこは全員に対してではなく、一人ずつに声を掛けるべきです」
「そうなの? 少なくとも茶々丸には『ウザいです』とか言われそうだけど?」
「それでも、私もエヴァンジェリン様も喜びます。超 鈴音は微妙なところですが」

 アセナの挨拶が気に入らなかったのか、それとも暫く会えなかったので拗ねてるのか、茶々緒が不満気にツッコむ。

「い、いや、私も別に喜ばんぞ? 従者が主人に挨拶をするのは当然だからな」
「その従者と言うのはエヴァで、主人と言うのはオレ……と言う理解でOK?」
「違うわ!! まるっきり逆だわ!! 『仮契約』的に考えても そうだろうが!!」

 ちなみに、エヴァが真っ赤になってリアクションするのを見て、シミジミと「ああ、エヴァだなぁ」と実感するのがアセナである。

「……そう言えば、神蔵堂さんはマスターと『仮契約』しやがったんですよね?」
「はい!! いろいろな事情が重なりまして、『仮契約』を させていただきました!!」
「そうですか。後で ちょっと『顔』を貸してください。『間接』をいただきますので」

 茶々丸のブレッシャーにガクブルなアセナは、敢えて『間接』については深く考えない。アセナの唇を介してエヴァと間接キスする気とか、考えない。
 アセナとエヴァの『仮契約』の方法はキスではなく血を媒介にしたものなので、茶々丸の勘違いでしかないのだが……アセナは怖くてツッコめないのだ。

「え~~ト、流れ的に、私も何か言うべきなのダとは思うのだガ……」
「いや、別に何も話がないなら、無理して話さなくていいんじゃない?」
「そうかネ? では、陰ながらキミの応援をして置くことにするヨ」

 空気を読んだ超だが、どうせ空気を読むのなら、こうなる前にどうにかして欲しかったと思うアセナは悪くないだろう。

「う~~ん、大したことをしてないのに朝っぱらから物凄く疲れたのは何でだろう……?」
「あらあら、まぁまぁ、お疲れ様です。これが、『身から出た錆』と言うものですわね?」
「まぁ、確かに そうなんですけどね? でも、それは傷に塩を塗ってるだけですからね?」
「ええ、そうでしょうねぇ。だって、傷を抉ることがわかったうえで言いましたから♪」

 グッタリしているアセナに笑顔でトドメを刺したのは(本来ならば木乃香なのだが、今回は木乃香がいないので)ネカネである。

「アナタは笑顔でサラッと毒のあることを言いますよねぇ。いい友人になれそうです」
「あらあら、まぁまぁ。既に友人だと思っていたのは、私だけだったのでしょうか?」
「そこで涙目になりつつも流し目をして来なければ、友人だと豪語できるんですがねぇ」
「あらあら、まぁまぁ。相変わらず神蔵堂さんはイケズですねぇ。М心が刺激されますわ」

 ネカネの予想を超える反応に「いや、アンタあきらかにドSだろ」と言うツッコミを我慢したアセナは賢明だったに違いない。

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「へぇ、ここが魔法世界かぁ」

 眼前に広がる光景に、アセナは呆れとも感嘆とも取れる様子で感想を漏らす。
 岩が空に浮かんでいたり、魚っぽいものが空を飛んでいたり、実にファンタジーだ。
 物理法則とかが軽く無視されている気がするが、そんなことは今更なことだ。

 ……重要なのは、アセナのセリフの通り、アセナ達が既に魔法世界に入っていることだろう。

 まぁ、ウェールズ側のゲート・ポートであるストーン・ヘンジみたいな場所での描写を割愛させていただいただけだが。
 いや、普通に霧で覆われた道を歩み、普通に時間まで待ち、普通に転移しただけなので特筆すべきことがないのだ。
 ネギのクラスの生徒が紛れ込んだり、フェイトがヒョッコリ現れたりしたら話は別だが……そんなことは起きなかったし。
 むしろ、フェイトの起こすテロ事件に巻き込まれたくないから、原作よりも一週間は早い今日に来たのが実情である。

「あらあら、まぁまぁ。ゆっくり見たい気持ちもわかりますが、まずは入国手続きをしましょう?」

 ネカネが苦笑交じりにアセナを促す。別に見惚れていた訳ではないが、歩みが止まっていたのは事実だ。
 多少の居心地の悪さを感じたアセナは「ええ、そうですね」と答えた後、足早に入国手続きに向かう。

 ……ところで、ネカネが この場にいることに疑問を抱く方もいることだろう。

 まぁ、単純な話で、原作では金髪クールビューティであるドネットが案内役だったのがネカネに代わっただけである。
 別に、ネカネが思ったよりも動かしやすかったから ではない。思ったよりもネカネが気に入ってしまっただけだ。
 最初は「天然に見せ掛けた腹黒な男の娘なんて誰得だよ?」と思っていたのだが、意外と気に入ってしまったのだ。

 いや、限りなく どうでもいい話だが、念のために話して置いたのである。

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 …………………………………………………………

「あの……失礼ですが、ネギ・スプリングフィールド様。握手を お願いできるでしょうか?」

 入国手続き自体は恙無く終わったのだが、係の女性がネギとネカネの姓(スプリングフィールド)に過剰反応したうえ、
 ナギ・スプリングフィールドと同じ赤髪を持つネギを英雄の血縁者と判断したようで、ネギに握手を求めて来たのである。
 当然、その思考回路が読めているネギは内心で「反吐が出る」と思うが、ここで拒絶して軋轢を作るような愚は犯さない。
 むしろ、ここは にこやかに対応して好感度を高めて置くべきだ。それくらい強かでなければアセナの傍にいられないのだ。

「ありがとうございます。一生の思い出にします」

 受付の女性の恍惚とした様子に「あれ? 百合の人?」と危惧してしまうアセナは汚れているのかも知れない。
 ちなみに、脇で事の成り行きを見ていたアーニャが「泥棒ネコめ!!」と言わんばかりの目付きをしていたが、
 それを気にしないのがアセナのクオリティであり、それをスルーできる受付の女性は意外とツワモノである。
 まぁ、職務中にミーハーな言動を取れるくらい(常人では有り得ない)なので、ツワモノではない訳がないのだが。

「……そうですかぁ。それは ありがとうございます」

 女性の反応に若干ヒきはしたが、それでもネギは笑顔を崩さずに対応する。
 その内心で「後で消毒したいなぁ」と思っていることなど微塵も感じさせない。
 少し方向を間違えている気がしないでもないがネギも成長しているのである。

 そんなネギの様子に、アセナは これから起こるであろう海千山千の怪物達との対峙に少しの光明が見えた気がしたらしいが。


 


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オマケ:残された者達


「なぎやん、大丈夫かなー」

 舞台は変わって、麻帆良。主のいないアセナの部屋にて、木乃香と刹那は くつろいでいた。
 いや、彼女達の行動がおかしいことは認める。だが、くつろいでいるものは仕方がない。
 留守中に無断で入ることはアウトだが、婚約者と その護衛なので微妙にセーフな気がするし。

「……那岐さんなら大丈夫ですよ」

 アセナの布団で寝転がりながらアセナを心配する木乃香に対し、アセナの枕をクンカクンカしながら答える刹那。
 いや、本当におかしいが、ある意味では実に『この作品らしい』だろう。そう納得して いただけると幸いである。
 ドンドン変態が増えていく気がしないでもないが、よく考えると最早この程度のう言動では変態とは言えないだろう。

 まぁ、そんな判断を下せてしまう段階で何かが決定的におかしい気がするが……それは、深く考えてはいけないに違いない。

「せやな。でも、浮気しないか心配やわー」
「そうですね、那岐さんだから心配ですね」
「……帰って来たら、貞操帯でも付けよか?」
「いいですね、それ。ハカセさんに頼みましょう」
「そやな。魔法的なのは無効化するもんなー」

 二人は くつろぎながらも不穏な会話をする。それだけアセナに対する不満があるのだろう。

 そう、アセナの旅行が「ただの旅行」ではないことなど、二人にはわかりきっているのだ。
 わかりきっているからこそ、真実を話してくれないアセナに憤りを感じてしまうのであり、
 また それがアセナの優しさであることもわかるからこそ、アセナの物で寂しさを慰めるのである。

 ちなみに、慰めると言う字面でエッチィ方向を想像してはいけない。普通の意味である。

「とりあえず、帰って来たら、デートしてもらわんとな」
「そうですね。あ、場合によっては、席を外しますけど?」
「でも、その後、今度はウチが席を外すことになるんやろ?」
「ええ、当然です。世の中は等価交換で出来ていますからね」
「それは微妙に違うと思うけど……まぁ、この場合はええか」

 残された二人はアセナが帰って来た後の未来を語り合いながら、アセナの帰りを待ち侘びるのであった。


 


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後書き


 ここまでお読みくださってありがとうございます、カゲロウです。
 当初は軽く修正するつもりだったのですが、修正点が多かったので改訂と表記しました。


 今回は「ネカネとアーニャと木乃香と刹那のキャラを壊してみた」の巻でした。

 いえ、正確には、村人達の石化解呪と言うネギの救済をしてみたんですが、
 それ以上にネカネとかのキャラブレイクの方が目立った気がするんです。
 こんな文章を書いたのはボクなんですが、何故か こうなってしまったんです。

 ちなみに、ネカネのTS設定は、かなり初期から考えていました。

 そのために、ネカネを『姉』と表記して来たつもりです。
 つまり、従姉だからではなく、男の娘な従兄だったので『姉』と言う表記だったのです。

 あ、どうでもいいですが、メルディアナ魔法学校長の名前(アルバス・パーシバル)は、
 ハリポタのダンブルドア先生からインスパイアしました。って言うか、まるパクリです。
 原作でネギが『おじいちゃん』と呼んでいることから一説ではネギの祖父らしいですが、
 アーニャも『おじいちゃん』と呼んでいるので、ここではネギとの血縁はないことにしました。
 つまり、校長は生徒全員の『おじいちゃん』なのです。少人数の学校って素晴らしいですよね。


 では、また次回でお会いしましょう。
 感想・ご意見・誤字脱字等のご指摘、お待ちしております。


 


                                                  初出:2011/09/23(以後 修正・改訂)



[10422] 第43話:始まりの地、オスティア【改訂版】
Name: カゲロウ◆73a2db64 ID:b259a192
Date: 2013/04/12 20:05
第43話:始まりの地、オスティア



Part.00:イントロダクション


 引き続き、8月6日(水)。

 遂にアセナ達は魔法世界の首都であるメガロメセンブリアに到着した。
 これから彼等が手にするものは勝利の栄光か、それとも敗北の挫折か……
 その答えは神のみぞ知る。人にできるのは勝利を目指すことだけだ。



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Part.01:クルト・ゲーデルの歓迎


「メガロメセンブリアへようこそ、神蔵堂ナギ君と その御一行様方」

 ネギの握手イベントを終えたアセナ達は、荷物を受け取りつつ武器類の所持許可の手続をした後、ゲート・ポートの出口に向かった。
 そこでアセナ達を待ち受けていたのは、サラサラの金髪と知的さを窺わせるメガネが特徴的な青年――オスティア総督、クルト・ゲーデルだった。
 言うまでもないだろうが、虚弱体質を自称するクルトは私的なボディガートと称してメガロメセンブリアの装甲兵団を侍らせている。

 ちなみに、美少年な従者も侍らせているのだが……これは、武力的な効果よりも精神的な効果(危険ではないですよアピール)なのだろう。

「ああ、これはこれは……態々 出迎えていただき、ありがとうございます、クルト・ゲーデル殿」
「いいえ、お気になさらないでください。『VIP』である貴方方をお迎えするのは当然のことですから」
「……それでも、私達のために これだけの人員を動かしていただいたことに感謝せざるを得ませんよ」
「それも お気になさらないでください。彼等は虚弱な私の私的なボディガードに過ぎませんので」
「そうですか。ならば、虚弱であるにもかかわらず態々 出迎えていただいたことに感謝させてください」
「(なるほど、そう言う手で来ましたか)……そこまで仰られては、感謝を受け取らざるを得ませんね」

 昔のアセナだったら装甲兵団に威圧されているところなのだろうが、今のアセナにとっては逆に威圧できそうだ。
 だから、アセナは何事も無いようにクルトと言葉の応酬ができる。そう、ただ それだけのことでしかない。

「ところで、貴方方の滞在先ですが……我が総督府の迎賓館を用意させていただきました」
「迎賓館、ですか。いえ、近衛氏から貴方が宿を手配してくださる旨は伺っておりましたが……」
「お気になさらないでください。警備の都合を満たす他の物件が埋まっていただけですから」
「ですが、私共のような『何処の馬の骨とも知れないような輩』には あまりにも過ぎた待遇です」
「いいえ。先程も申し上げた通り、貴方方は『VIP』です。ですから、当然の御持て成しですよ」
「……そこまで仰られては、御厚意を無碍にすることもできませんね。よろしく お願いします」

 何らかの裏があるようにしか聞こえないが、恐らくは他勢力からの干渉を防ぐための措置だろう。
 それに、クルトが敵対する気だとしても、こちらにはエヴァやタカミチがいるので どうとでもなるだろう。

(搦め手で来られたらエヴァやタカミチじゃ不安だけど……搦め手はオレや超の得意分野だから その点は心配ない。
 オレや超の不安要素である直接的な手段は、エヴァやタカミチが どうにかしてくれるだろう。だから、何も心配ない。
 むしろ、火力が強過ぎて問題になりそうな方が心配だよ。って言うか、正当防衛が過剰防衛になりそうだよねぇ)

「それでは、早速ですが案内させていただきます。あ、飛行船までは車での移動となります。どうぞ、御乗りください」

 □ールス・□イスのような居住性を重視して燃費を無視した、一目で高級車と わかる車が横付けされる。
 それなりの人数が乗れる車だが2台しかないため、どう考えても装甲兵団が乗るようなスペースはない。
 きっと、装甲兵団の皆さんは飛行しり転移したり走行したりするのだろう。悲しいが、それが社会と言うものだ。

 ちなみに「アセナ・ネギ・タカミチ・クルト・美少年な従者」と「茶々緒・エヴァ・茶々丸・超・ネカネ・アーニャ」に分かれて乗車したらしい。

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「今更だが……貴様は何故ここまで着いて来たのだ? 危険性くらいは把握しているだろう?」

 ゲート・ポートを出発して暫くは、魔法世界に初めて訪れたアーニャが物珍しそうに街並を見て年相応にハシャいでいたが、
 それもいつしか飽きたようで、今は「ネギとアイツを一緒にしちゃ不味いわ」とかブツブツ言いつつ前方の車を睨んでいる。
 そんな、何とも言えない雰囲気の中、エヴァが唐突に切り出した。ちなみに、その相手はネカネやアーニャではなく超だ。
 もちろん、超が相手なので以前にも聞く機会はいくらでもあった。エヴァの言う通り、聞くタイミングとしては今更である。
 恐らく、先程アーニャやネカネにアセナが「ゲート・ポートまでじゃなかったの?」と訊ねていたのを見て思い付いたのだろう。

「ん~~、理由ハ色々あるガ…… 一番 大きいのハ『神蔵堂クンの同志だから』カナ? 神蔵堂クン一人にハ背負わせられなかっタのサ」

 超とアセナは「魔法世界を救う」と言う点では、目的を同じとしている同志だ。
 それ故に、そのために動こうとしているアセナを助けることは至極当然のことだ。
 もちろん、アセナを監視するためもあるが、それは態々 言うことではないだろう。

「それに、『魔法世界として成り立っている状態』を見てみたかっタのもあるネ」

 超は「魔法世界が崩壊した未来」から来た。それ故に、魔法世界が崩壊した後の火星しか知らないのだ。
 不毛の地になった故郷しか知らない超が、豊潤な地である魔法世界を見て何を感じたのか は定かではない。
 だが、何としても魔法世界の崩壊を防ぎたい と、魔法世界救済への想いを強くしたことは間違いないだろう。

「ついでに言うと、ネギ嬢と共同で開発シタ『例の物』が実際に使われルところも見てみたイしネ」

 空気が湿っぽくなってしまったのを感じた超は、マッドな笑いを浮かべなら楽しそうに語る。
 それが空気を変えるための言動であることなど誰にでもわかったが、誰も何も言わない。

 ただ、エヴァだけが「魔法と科学の合一、か」とだけ呟き、意味ありげに薄笑いを浮かべるのだった。

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「……しかし、少し意外ですね」

 一方、アセナ達の乗った車では重苦しい沈黙が続いていたが、クルトがポツリと沈黙を破っていた。
 それは、思わず漏れたような形をしていたが、実際はアセナに聞かせるために漏らしたのだろう。
 それがわかっているアセナは、窓に向けていた視線をクルトに向け「はて? 何がですか?」と訊ね返す。

 ちなみに、ネギは通常運転(アセナをガン見したまま)で、タカミチはアセナとクルトに視線だけを向ける。

「私のテリトリーとも言えるオスティアに招くことに対して特に警戒していないことが、ですよ」
「はて? 警戒する必要があるのですか? 私と貴方は敵対している訳ではないでしょう?」
「……そうですね。ですが、万が一、私と敵対した際に貴方方が不利になるのは明白では?」
「私達が不利に? 失礼ですが、過小評価をしていただいては困ります。何ら不利ではないですよ」

 警戒心のないアセナに拍子抜けしたかのようなクルトだったが、アセナは油断している訳ではない。

「むしろ、敵地にいる程度のことで不利になるくらいならば、最初から魔法世界に来てませんよ」
「……なるほど。考え方によっては、魔法世界そのものが敵地とも言える訳ですからね」
「と言うか、魔法世界を統治している方々が私を敵視することを危惧しているだけですけどね」
「つまり、私のテリトリーであろうとなかろうと危険が孕んでいるのは変わらない、と?」
「ええ。それならば、いちいち危険に怯えるよりは、時には大胆に攻めるのも手でしょう?」

 そう、アセナは油断しているのではなく、「余程のことがない限り『どうにか』なる」と余裕を持っているだけだ。

「かの有名な『紅き翼』程ではないにしろ、私達も『それなり』に腕に覚えが ありますからね」
「なるほど、『英雄の娘』と『無音の後継』、そして極め付けに『闇の福音』。納得の戦力ですね」
「……ところで、『無音の後継』とは何ですか? 流れ的にタカミチのことだ とは思うのですが?」
「それは、タカミチが『無音拳』の使い手に師事したことから呼ばれるようになった『二つ名』ですよ」

 地球では「『紅き翼』のタカミチ」として有名だが、魔法世界では更に『無音の後継』と言う二つ名でも有名らしい。

「なるほどぉ。どうでもいいところで、どうでもいい情報を知った気分ですが、ありがとうございます」
「ちょっ!? どうでもいいってヒドくない?! ボクもけっこう有名なんだよ? 権力と経済力は無いけど!!」
「地位や財産よりも名誉が大切な時もある とは思いますけど……そもそも、話に割って入らないでください」
「た、確かにマナー違反だったかも知れないけどさ、クルトとは旧知の間柄だし、幸い他人もいないし――」
「――気持ちはわかります。ですが、それでも、限りなく公式の場に近いのですから、節度は守ってください」

 一応、車内と言う半プライベート空間なのだが、トップ同士の会話に割り込むのはマナー違反だ。タカミチが悪い。

「クックック……タカミチもナギ君には頭が上がらないようだな」
「しょ、しょうがないじゃないか!! って言うか、笑うな、クルト!!」
「……タカミチ? 売り言葉に買い言葉だけど、ハッスルし過ぎだよ?」
「いやいや、いいんだよ、ナギ君。今は半分プライベートだからね」
「しかし、従者さんもいらっしゃるのですから、礼を失する訳にも……」
「それでも、構わんさ。堅苦しい会話ばかりでは疲れてしまうだろう?」
「まぁ、そうですね。そう言うことならば、どうぞ旧交を暖めてください」

 クルトが許容したのなら、アセナに口を挟む気はない。クルトの許可を得ずにプライベートに走ったからタカミチを諌めたのである。

「そう言えば、タカミチ。結婚はしたのか?」
「してないよ。そんな暇なんてないからね」
「素直に相手がいない と言ったら どうなんだ?」
「失礼な。これでも、一人や二人 候補はいるさ」
「ほぉう? ……それは本当かね、ナギ君」
「ええ、同僚の教師に それらしき人がいます」
「ほほぉう? まさか、本当にいるとは……」

 アセナが言っているのは「源しずな」のことである。きっと、的外れではないだろう。

「と言うか、そう言うクルトの方こそ どうなんだ?」
「私こそ結婚をしている暇などないさ。わかるだろう?」
「さぁ? 政治のことはサッパリだから わかんないなぁ」
「……相変わらず友人甲斐のない男だな、タカミチは」
「まぁ、仕事人間のクルトにだけは言われたくないけどね」

 軽口を叩き合う二人をアセナは「仲はいいんだなぁ」と生暖かい視線で見守ることにしたようだ。

 ちなみに、クルトの従者は「見ざる・聞かざる・言わざる」を貫いており、
 ネギは興味が無いのかガン無視してアセナに寄り掛かって居眠り中であった。
 アセナが そんな二人の図太さを羨ましく思ったのは言うまでもないだろう。

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 まぁ、そんなこんながありつつも、車は問題なく進み、一行は無事に空港に到着したのだった。



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Part.02:空中都市オスティア


「ここがオスティア、か……」

 飛行船から見える空に浮かぶ巨大な島。その圧倒的な光景にアセナは複雑な表情を見せる。
 別に、物理法則に想いを馳せている訳ではない。少しだけ郷愁の念に駆られているだけだ。
 そう、アセナの中には確実に『アセナ』と『黄昏の御子』の記憶が息づいているのである。

「しかし、これは『空中都市』ってレベルじゃなくて、最早『空中国家』ってレベルだねぇ」

 とは言え、センチメンタルな気分に浸っているような時でもないので、
 アセナは気持ちを切り替えるべく、都市そのものに対する感想を口にする。

「原型世界――いえ、地球では、目にすることなど できない絶景でしょう?」
「……ええ、物理法則を無視する魔法があってこそ初めて成り立ちますね」
「おや、あまり素直じゃありませんね? 素直に感動してもいいのですよ?」

 誰に言った訳でもない言葉に応えたのはクルトだった。ちなみに、クルトの視線の先には素直に感動しているエヴァがいる。

「ち、違うぞ!? 何世紀か前に侵入した時と違っているから ちょっと驚いただけだぞ!?」
「まぁ、旧オスティア王都は沈んでしまいましたからね、随分と変わっていることでしょう」
「おお、ツッコミどころ満載のエヴァのセリフにツッコまないとは……なかなかやりますねぇ」
「いえいえ、それほどでは……と言うか、こんなことで褒められても正直 困るのですが?」
「しかし、オレなら、『へ~~、それはよかったね~~』って感じで生暖かく見守るだけですよ?」
「それは単に貴様が私をゾンザイに扱っているだけだろうが!! と言うか、もう少し敬わんか!!」

 あまりにもエヴァが見た目(幼女)相応の精神をしているので、「本当に『闇の福音』なのか?」と訝しむクルトは悪くないだろう。

 ちなみに、最近 出番のない茶々丸と茶々緒の茶々母娘は、それぞれの主の録画に勤しみまくっているので特に問題はない。
 むしろ、問題はアセナの鞄に収納されたまま出待ちをしているチャチャゼロかも知れない。暇過ぎて寝るしかないのだ。
 まぁ、最後の防衛ラインなのでチャチャゼロが暇なのはいいことなのだが……偶には外で遊ばせてあげるべきかも知れない。

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「皆様、長旅 大変お疲れ様でした。こちらが皆様に逗留していただく迎賓館になります」

 今更な説明だが、総督専用の飛行船を使っていたので総督府に直で着陸できたため、再び街中を車で移動するようなことはなかった。
 しかし、それでもゲート・ポートからの移動時間は相当のものであり、アセナ達は乗っているだけだったが それなりの疲労感を感じていた。

「夜には、略式ではありますが歓迎のパーティーを開かせていただきます。もちろん、御婦人方のドレスは こちらで手配済みですので御安心を」

 そのため、アセナとタカミチは「疲れているんだからパーティーとか勘弁して欲しい」と思ったのだが、同行者の女性達は違った。
 むしろ、「ドレスが用意されている」と聞いて やたら元気になり、ウキウキしながらドレスルームに駆け込んでいったくらいだ。
 そんな女性陣を見たアセナとタカミチは「『彼女』とは『遥か彼方の女』と書く。女性とは向こう岸の存在だよ」とか思ったらしい。

「……しかし、少し意外ですね」

 気を取り直したアセナはクルトに話し掛ける。ちなみに、車中での仕返しか、ポツリと漏れるようにである。
 そして、クルトも そんなアセナの意図に気付いたのか、面白そうに「はて? 何がですか?」と訊ね返して来る。

「女性陣のためにドレスを用意していただいたことが、ですよ」
「はて? 意味がわかりませんね? 当然のことでしょう?」
「しかし、貴方は女性よりも美少年の方が御好きなのでは?」

 従者に視線を送りながら、「まぁ、軽い冗談ですけどね」と言わんばかりの悪戯気な笑顔で訊ねるアセナ。

 しかし、クルトは「私が美少年を? 失礼な評価をしていただいては困ります」とは応えなかった。
 むしろ、何も応えずに「……………………………………………………」と妙に長い沈黙を続ける。

「…………何故、わかったのですか? まさか、タカミチが?」
「え? 何その反応? ちょっとした冗談だったんですけど?」
「フッ、バレてしまっては仕方がありません。真実を語りましょう」
「いえ、別に そっち方面の真実なんか語らなくていいんですけど?」

 自爆をしてしまったクルトは、カミングアウトをすることにしたようだ。もちろん、アセナとしては心底どうでもいいのだが。

「確かに、私は美少年が好きです。いえ、むしろ、大好きです。某少佐の演説のように語れるレベルで大好きです。
 それ故に、本心として『美少年以外は どうでもいい』とすら思っています。それは認めざるを得ないことです。
 ですが、政治に携わっている以上、紳士の嗜みとして御婦人が着飾るのを助けなければならないのですよ、遺憾ながら」

 クルトはサッパリしたような表情で心情を吐露する。ちなみに、従者の美少年が表情に出さないようにドン引きしていたのは ここだけの秘密である。

「なるほどぉ。心の底までは共感はできませんが、仰りたいこと自体は よく理解できました」
「言うまでもないでしょうが、美少年が着飾るのを助ける方がテンションは上がりますからね?」
「まぁ、そうですよねぇ。ですが、そんなことは聞いてないので別に言わなくていいですから」

 ところで、何故こんなアホな会話を豪奢なエントランスホールでしているのだろうか? ……アセナの疑問は尽きない。

「しかし、ナギ君にもあるでしょう? 他人には理解してもらえない性癖と言うものが」
「……そう言うことなら、オレの場合、美少女を脱がせる方がテンションが上がりますね」
「なるほど、立派な性癖ですね。もちろん、私にはサッパリ理解できない性癖ですけど」
「そうですか。でも、世間一般的には、オレの性癖の方が理解されるとは思いますよ?」
「そうかも知れませんが、世間は世間 自分は自分です。判断は自分でするものですよ?」
「まぁ、そうですね。最後に来て無理矢理 綺麗にまとめる辺りに脱帽せざるを得ません」

 恐らくクルトは油断を誘うためにアホな会話をしているのだろうが、「これ、素じゃないの?」と疑ってしまうアセナは悪くないに違いない。



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Part.03:パーティーの裏側こそが表舞台


「それでは、我々が出会えた運命を祝しまして……乾杯」

 女性が着飾るのにも充分な時間が経過した頃、アセナ達の歓迎パーティーはクルトの音頭で開始された。
 略式とは言え総督が主催するパーティーだ。「それなり」どころか「かなり」の規模のパーティーである。
 残念ながら、パーティーの参加者はアセナ達とクルト主従の他には、総督府の職員くらいしかいないが。

「皆様、今宵は存分に楽しんでいってください」

 このパーティーの形式は立食形式となっており、テーブルは いくつか用意されている。
 当然、ゲストであるアセナ達は一箇所に固まる訳にはいかず、各テーブルに分散している。
 それ故に、クルトは招待主としての挨拶をするために各テーブルを回ることになる訳だが、
 アセナには「総督 自らがテーブルを回ってくれた」と言う効果を狙っているようにしか見えない。

 先程までチョクチョクと親しみやすい空気になってはいたが、やはり気は抜けない。

 クルトの思惑に予想は付くものの、だからと言ってクルトと協定を結んでいる訳ではないのだ。
 飲食物や逗留場所に何らかの仕掛けをするような真似はしないだろうが、他の面には注意すべきだ。
 彼我の戦力差は圧倒的だが、権力とは戦力を簡単に覆すものだ。注意して置くに越したことはない。

「ナギさ~~ん♪ これ、美味しいですよ~~♪」

 そんな風にクルトへの警戒を強めている(もちろん、それを悟らせない程度に抑えて)アセナに、ネギが話し掛けて来る。
 その手には料理を取り分けた小皿が乗っており、ネギの言う通り、料理からは実に美味しそうな見た目と匂いが漂っている。
 ちなみに、ネギの服装は肩の出たデザインのドレスで、薄いピンクとネギの赤髪が とてもよく映えており、実に可愛らしい。

「……ああ、ありがとう」

 幼さの中に女性らしさが僅かに垣間見えたことで学園祭前のデートを思い出してしまったアセナだが、直ぐに平常心に戻る。
 アセナは幼女を愛でられる紳士であるが、時と場合と相手を選ぶ自制心くらいはある。そう、今は萌えている場合ではないのだ。
 いや、「自重? 何それ、おいしいの?」と言わんばかりに自重をしないアセナだが、自重ができない訳ではないのである。

 もちろん、「なら、普段から自重しろや」と言うツッコミはしてはいけない。それが「優しさ」と言うものに違いない。

「もぉ!! ソイツに近付いちゃダメって言ってるでしょ!? 妊娠させられるわよ!!」
「え? むしろ、既成事実が出来るから、ボクとしては願ったり叶ったりだよ?」
「アンタ バカァ!? ソコは嫌がるところでしょ!? 何を喜んじゃってんのよ?!」
「え? だって、ナギさんとの子供なら欲しいし、何より既成事実は大事でしょ?」
「そもそも10歳で妊娠できる訳ないでしょ!? まずは そこにツッコみなさいよ!!」
「え~~? 自分で言い出したんじゃないか? アーニャってば意味不明過ぎるよ?」

 アセナがネギの持って来てくれた料理を美味しくいただいると、烈火の如く怒れるアーニャが乱入して来て酷い会話を始める。

「むぅ……ここは、オレに対するアーニャの評価に泣くところなのかなぁ?」
「むしろ、笑ってスルーしましょう? それが最も無難な道だと思いますよ?」
「まぁ、そうだよね。でも、少しくらいフォローしてくれてもいいんじゃない?」
「では『アーニャさんは嫉妬しているだけですよ』。これで、満足でしょうか?」
「ああ、うん、すっごく満足した。だから、そんな冷たい目で見るのは やめて」

 そんな二人を(物理的には近いのに)遠い目をしながら見るアセナは、いつの間にか傍らに居た茶々緒と益体もない会話を繰り広げる。

 ところで、紹介が遅れたが、アーニャは燃える様な真っ赤なドレスを着ており、茶々緒は深い藍色のドレスに身を包んでいる。
 当然、「アンタ バカァ!?」と言うセリフで某福音弐号機パイロットを思い出すが、気にしてはいけない。ただのインスパイアである。

 余談となるが、他のメンツは どうしているのか と言うと……

 ネカネは純白のドレス(もちろん、偽乳は完備だ)で清楚な美人を装って、会場内の男性陣を弄んでいるようだ。さすがとしか言えない。
 事実関係を知った時の男性陣のショックは甚大だろうが、もしかしたら これがキッカケとなって『その道』に目覚める可能性もある。
 まぁ、結局はネカネの被害に遭うことは変わらないので、彼等には同情しかできない。今後は見た目に騙されないことを祈るばかりである。

 そして、タカミチは白いタキシードと言うトレードマークとも言える着こなしをし、色々と有名であるためか女性陣に囲まれている状態だ。
 リア充は爆発すればいい と思うが、肉に群がる肉食獣を幻視させるような女性陣の熱気を考えると、タカミチに同情したくなるから不思議だ。

 また、表舞台に立つ気のない超は中華風のドレスに身を包んではいるが、料理を確保するとサッサとパーティー会場を抜け出していた。
 それに、賞金は取り下げられたものの悪名と悪印象は残っているエヴァは、さすがに公の場には出られないので茶々丸と外で待機のようだ。
 ちなみに、超が持ち出した料理の量が育ち盛りで食べ盛りとは言え一人分よりあきらかに多いのは、エヴァの分も持っていったためだろう。

(…………うん、まぁ、何と言うか、予想通りにカオスだねぇ)

 今更と言えば今更なことだが、何故にアセナはアーニャとネカネの魔法世界への同行を許可したのか? ……それには、深くもない事情がある。
 実は、ゲート・ポートまで見送りに来てくれたのだ と勘違いしていたら、ゲート・ポートを出た後も普通に着いて来ていたのである。
 本来ならゲート・ポートから送り返すべきだったのだが、クルトが間髪入れずに歓迎してくれたので済し崩し的に許可してしまったのだ。

(いや、逆に考えるんだ。アーニャはネギの相手をしてくれて、ネカネさんは男達から情報を収集してくれるって)

 何事も考え様だ。二人がいることでマイナスな面はあるものの、二人がいてくれることでプラスな面もあるのだ。
 プラスよりもマイナスの方が大きい気がしないでもないが、これからプラスを増やしていけばいいだけの話だ。
 過去を嘆いていても現状は何も変わらない。ならば、未来を変えるためにも現状を最大限に活かすべきだろう。

 気持ちを切り替えたアセナは、先程「用が出来ましたので失礼致します」と退場したクルトの後を追う。

 あの時、僅かな所作でしかなかったが、クルトがアセナに視線を送っていたことに気付かない訳がない。
 もちろん、それは「公の場ではできない話をしたいので付いて来て欲しい」と言うメッセージだろう。
 その証拠に、美少年な従者が出口に待機しながら さりげなく(だが、あからさまに)アセナを見ている。

「…………行くのかい?」

 アセナがドアに手を掛けた時、いつの間にか女性陣の包囲網を突破したタカミチが苦い表情で話し掛けて来る。
 言葉にはしなかったが、その目が雄弁に語っている。「きっと罠だよ」と、「行かない方がいいよ」と。
 だが、タカミチは言葉にはしない。アセナの決意を知っているから、アセナの覚悟に水を差したくないから……

「うん。オレとしても話したいことがあるからね」

 相手の陣地に赴くのだから、当然ながら相手が有利となるか自分が不利となる『仕込み』くらいはあるだろう。いや、むしろ、無い方がおかしい。
 それを考えれば、行かない方が賢明なのは確かだ。勇猛と蛮勇は似て非なるものであることくらい、アセナは嫌になる程 身に染みている。
 ――だが、それが何だ と言うのだろうか? この程度のことで進むのを躊躇していたら、アセナが為そうとする計画など為せる訳がないだろう。
 思惑がある程度わかっているクルトを相手に尻込みしていては、クルトを越えた先にいるメガロメセンブリア元老院を相手取れる訳がないのだ。

 そう、だからこそ、アセナは迷わず進む。これから進む道は、険しい茨の道であると同時に勝利への道でもあるのだから。



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Part.04:ノブレス・オブリージュ


「ここの防諜システムは魔法的にも科学的にも完璧ですので、御安心ください」

 特別室に案内されたアセナを待ち受けていたのは、今までにない真剣な面持ちをしたクルトだった。
 装甲兵団を引き連れて出迎えた時も真剣であったが、今は その時 以上のプレッシャーを有していた。

「仮に、ここの防諜システムを破れるとしたら……超一流の使い手だけでしょう」
「つまり、超一流の使い手に狙われたらあきらめるしかない と言うことですね?」
「ええ。ですが、そう言った相手に狙われていたら既に終わっていますよ」
「まぁ、そうですね。ならば、ここは貴方を信じて本音を語ることにしましょう」

 くだらない遣り取りだが、これは単なる準備運動だ。これから始まる本番の前座に過ぎない。

「その前に……確認させてください。貴方は『アセナ様』なのですか?」
「ええ。まぁ、証拠は『完全魔法無効化能力』くらいしかありませんが」
「いえ、それだけで充分です。と言うか、肯定していただけで充分ですよ」

 クルトの素直な態度に僅かな違和感を抱いたアセナだが、「そうですか」と頷くだけに止める。藪は突かない方がいい と言う判断だ。

 しかし、よくよく考えてみると、正体を隠すことには過敏になっていたが、正体を信じてもらうことには無頓着だった気がする。
 今回はクルトがアッサリと信じてくれたからいいものの、仮に疑われて証拠を求められていたら泥沼に嵌っていたかも知れない。
 今後を考えると、何らかの証明手段は必要不可欠だろう。気付くのが遅れたが、手遅れではないので「不幸中の幸い」と言える。
 とは言え、今は そんなことを気にしている場合ではない。今は目の前に鎮座する厄介事(つまり、クルト)に意識を集中すべきだ。

「それでは、本題に入らせていただきますが……どうか、私に手を貸していただけないでしょうか?」

 アセナがクルトに意識を向けたことを察したのか、居住まいを正したクルトが重々しく言葉を紡ぐ。
 その言葉には「丁寧さ」もあるが、それ以上に「謙り」も感じられるのはアセナの気のせいだろうか?
 交渉相手なのだから気を遣うのは当然だが、どうにも気を遣い過ぎている気がしてならないのだ。

「……やはり、そうですか。それで、具体的には『どのように』手を貸して欲しいのですか?」

 思考に埋没したくなるが、今は そんな場合ではない。アセナは気を取り直してクルトの言葉に返答を返す。
 ところで、問い返す形にはなっているが、アセナにとっては想定内であるので「あくまで確認程度」でしかない。
 十中八九、原作の舞踏会裏でネギに提案して蹴られた内容(6700万人の同胞を救出すること)だろう。

 ちなみに、ネギにではなくアセナに話を持ち掛けたのは、決定権をアセナが握っていることをクルトが把握しているからだろう。

「……私には敵がいます。そして、その大部分は貴方と共通していることが予想されます」
「まぁ、その可能性はありますね。それで、その共通の敵と共闘することが目的ですか?」
「否定はしません。共に敵を打倒していただきたい と考えているのは本当のことですからね」

 クルトの含んだ物言いにアセナは「やっと『らしく』なって来たな」と思いつつ「それで、その敵と言うのは?」と続きを促す。

「まずは私が『獅子身中の虫』として所属している『メガロメセンブリア元老院』、そして それに賛同する全勢力。
 次いで、未だに大分烈戦争の時の恨みを忘れていない、亜人達の帝国である『ヘラス』、そして それに連なる全勢力。
 最後に、滅んだとされながらも暗躍を続ける『始まりの魔法使い』、そして それに従う『完全なる世界』。以上です」

「確かに、オレは『元老院』と敵対する可能性は高いでしょう。ですが、オレには『ヘラス』や『完全なる世界』とは――」

「――ですが、それらの敵は単に『目的』を達成する弊害となるだけで、その打倒が『目的』である訳ではありません。
 そう、あくまでも『目的』を達成することが最も優先すべきことであり、敵の打倒については二の次に過ぎません。
 もちろん、弊害となる以上、打倒したいとは考えています。ですが、それは序で であり、本題は そこではありません」

 アセナが「ヘラスや『完全なる世界』とは敵対するつもりはありません」と言おうとしたのを遮るようにクルトが言葉を続ける。
 そして、クルトは一拍置いて気勢を整えた後、「それでは、本題に入らせていただきます」と前置きして再び言葉を紡ぎ始める。

「そもそも、魔法世界が火星を基にした人造異界であり、人造異界であるために崩壊の危機に瀕していることは御存知ですよね?
 既に予想は付いているでしょうが、私の『本当の目的』とは この滅び行く世界から6700万人の全同胞を救い出すことなのです。
 生憎と敵に関して共通しないかも知れません。ですが、魔法世界に住む無辜の民を救うことに関しては共通しますでしょう?」

 クルトは濁りのない瞳で告げる。そこには、虚偽は一切 見受けられない。そう、クルトは本心から民を救済しようとしているのだ。

「それに、更に言うならば、『元老院』だけならば共通した敵となり得るのではないでしょうか?
 彼等は ここオスティアの地と『黄昏の御子』である貴方様を簒奪せんとアリカ様を陥れました。
 そして、それに失敗した後はアリカ様の遺児であるネギ嬢を狙い、彼女の故郷を奪い去りました。
 当然、それを止められなかった私にも責はあります。ですが、彼等が敵であることは変わりません」

 ここで、クルトは少しだけ瞳に暗い炎を灯す。その炎は復讐の炎。恐らく、救済とは別に『元老院』への復讐があるのだろう。
 それらを理解できたアセナは「クルトを如何に『説得』するか?」を思い付き、その筋書きを脳裏に描きながら徐に語り出す。

「…………よく わかりました。クルト・ゲーデル殿。貴方は『救済』と言う名の『復讐』を成したいのですね?」

 アセナは淀みなく告げる。その声音は巌のように落ち着いており、その瞳は水面のように透き通ってる。
 少しばかり芝居染みているのは、アセナが意識して「王族として」の振る舞いを行っているからだ。
 今までのクルトの態度から「ウェスペルタティアの王族として扱おうとしている」ことが窺えたので、
 アセナは敢えて自ら「王族として」振る舞うことで、クルトの心に揺さ振りを掛けることにしたのである。

 ……そして、どうやら それは効果的だったようで、言葉の威力と相俟ってクルトの心を激しく揺さ振った。

 何故なら、普段なら決して見せないような素振りを――アセナの言葉に衝撃を受けたような素振りを見せたからだ。
 そう、アセナにはクルトが瞳を見開いたのが見えた。微かな所作だったが、クルトを注視しているアセナが見逃す訳がない。
 まぁ、「敢えて反応を示すことで誘導しようとしている」と言う可能性もあるが、その可能性は極めて低いだろう。
 僅かに瞳を見開いた後、それを気取られないように即座に今まで通りの『無表情な表情』に相貌を戻したからだ。
 当然、それすらも演技である可能性はあるが、疑い始めたらキリがないのでアセナは敢えて考えないことにしたのである。

「…………違います、とは言えませんね」

 言葉を放った後のアセナは、ただ無言でクルトの瞳を覗き込んでクルトが応えるのを待った。それは、虚偽も黙秘も許さない と言う意思表示。
 それを受けたクルトは しばらくはアセナの視線を受け止めていたが、やがて耐え切れなくなったのか、目を逸らすと観念したように語り出す。

「私は口では『救済』を叫びながらも、その心の底には『復讐』が沈殿していました。
 いえ、むしろ、仰る通り、『復讐』のために『救済』しようとしていたのでしょうね。
 アリカ様が『救おうとしたもの』を救うことで意趣返しにしたかった のだと思います」

 その表情は憑き物が落ちたように見え、先程の暗い炎は未だに燻ってはいるものの全体としては少しだけ晴れやかになった。

「たとえ『そう』であったとしても、貴方が救いたいと思ったことは本当のことなのでしょう? それならば、何も問題はありません。
 大切なのは動機ではありません、結果です。『何を成そうとしていたか?』よりも『何を成し遂げげたのか?』の方が大事でしょう?
 ですから、そこに『復讐』が潜んでいたとしても、『救済』を成し遂げれば何も問題ありません。少なくとも、オレはそう思います」

 善意で行動しても結果として人を不幸にすることは悪行だ。そして、逆に悪意で行動しても結果として人を幸福にすることは善行なのだ。
 もちろん、考え方によっては「動機の方が大切だ」とする場合もあるだろう。だが、アセナは結果を重視する。ただ それだけのことでしかない。

「…………ありがとう ございます。そう 仰っていただけただけで、私には とても心強いです」

 しかし、ただそれだけのことであっても、不安定になっていたところを肯定してもらえたクルトにとっては重要なことだった。
 10年以上前に『紅き翼』と袂を別って以来、今までクルトは己が正しいと信じた道を歩んで来た。そのこと自体に後悔はない。
 だが、気付いてはいたが気付かない振りをしていた『復讐』をアセナに突き付けられたことで戸惑いが生じていたのも事実だった。

 まぁ、アセナのせいで生まれた心の隙間をアセナが埋めているので自作自演のような気がしないでもないが、クルトが納得しているので問題ないだろう。

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 …………………………………………………………

「では、貴方の目的が『復讐』を含んだ『救済』である と言うことで話が纏まったところで、話を元に戻しましょう」

 クルトが落ち着くのを待った後、アセナは話を仕切り直す。自分で脱線させて置いて自分で軌道修正するのが実にアセナらしいだろう。
 ちなみに、ここでクルトを落ち着かせずに畳み掛ける選択肢もあったようだが、今後の協力関係を考えて落ち着くのを待ったらしい。

「……確か、魔法世界の総人口は12億人に達していて、そのうち人間種の総人口は約5億人でしたっけ?
 まぁ、6700万人とは随分と離れた数値ですが……別に、オレはすべての人間を救え とは言いませんよ。
 もちろん、純粋な『人間』以外は魔法世界と共に滅びてしまうから と言う理由もあります。
 ですが、それ以上に、支配者(政治家)が被支配者(国民)を助けるのは当然のことですからね。
 むしろ、被支配者以外も助ける方が変です。支配者にも被支配者にもメリットがないですから。
 貴方がメガロメセンブリアの市民6700万人のみを救おうとするのは何一つ間違ってはいないですよ」

 アセナは間違っていないことを確信しているのか、淀みなく己の意見を述べる。

 まぁ、確かに、間違ってはいない。正しいかどうか は微妙だが、間違ってはいない。
 支配者は被支配者を守る義務がある。むしろ、被支配者を守るために支配者はいるのだ。
 その点で、クルトがメガロメセンブリア市民のみを救おうとすることは間違ってはいない。

「では、私の『救済案』に手を貸していただける訳ですね?」

 アセナの言葉から協力に前向きであることを読み取ったクルトが、喜色満面と表現すべき様子でアセナに確認をする。
 まぁ、事情を踏まえたうえで考え方を肯定したのだから、クルトが協力してもらえる と考えるのは当然だろう。
 だが、それはアセナの『振り』だ。敢えて希望を持ちたくなるように仕向けたうえで希望を断ち切るつもりなのだ。

 何故なら、アセナは『魔法世界の住民すべて』を救う気でいるからだ。メガロメセンブリア市民は含まれてはいるが、含まれているだけなのだ。

「確かに、貴方の考え方は間違ってはいないと思いますし、貴方の立場も理解しているつもりです。
 ですが、だからと言って、貴方に協力する訳ではありません。むしろ、協力する気はありません。
 支配者ではないオレには、メガロメセンブリアの市民を助ける義務も義理もありませんからね」

 もちろん、ブラフだ。メガロメセンブリア市民達も救う対象に含まれているので見捨てる訳がない。

「……オレはウェスペルタティアの王族ではありますが、祖国は滅んで『元老院』に統括されている始末です。
 まぁ、その意味では、メガロメセンブリアの民でも元王国民なら助ける義務くらい あるかも知れませんが。
 ですが、それも100年以上も人間兵器として守ってあげていたので、これ以上は守る義務も義理も感じませんよ」

 寂しそうに語るアセナに、クルトは「……確かに、その通りですね」と頷くことしかできない。まったく以って、アセナのシナリオ通りだ。

「とは言え、滅びるのがわかっていながら救いの手を差し伸べないのは人道に反している とも考えています。
 いえ、正確には、人道と言うよりはオレの流儀と言うべきでしょうね。オレがオレを許せないだけですから。
 まぁ、つまりは、『王族の義務』としてではなく『個人的な感情』として、オレは救いたいと思っている訳です」

 ここでアセナは意見を逆転させる。いや、そう見えるだけで、アセナは最初から意見を変えていない。ただ、立場を明確にしただけだ。

 これまで、アセナは立場を明示していなかった。敢えて言うならば、ウェスペルタティア王族としての面が強かったくらいだ。
 だから、アセナはハッキリと『王族として』ではなく『個人として』の立場を表明した。アセナには譲れないものがあるからだ。
 そもそも、アセナが魔法世界を救おう としている理由は(幾つもあるし多岐に渡るが、一番の原動力は)個人的な感情だ。
 魔法世界が滅びることも それを防ぐ手立ても知っているのに何もしなければ自分を誇れなくなる……その気持ちが一番なのだ。

「……それは『王族としては手を貸さないが、個人としてなら手を貸していただける』と言うことでしょうか?」

「まぁ、そう受け取っていただいても構いません。ですが、正確に言うと、少しニュアンスが違いますね。
 王族としての立場よりも個人的な事情を優先する形でいいのなら、手を結びたい……と考えているんです。
 もちろん、『黄昏の御子』やら『ウェスペルタティア王家』の肩書きを利用するつもりではいますけど」

 アセナにとっては、顔も知らない大勢よりも少数の近しい者達の方が大切である。

 仮に「どちらかしか救えない」と言う二択を迫られたら、アセナは躊躇なく後者を選ぶだろう。
 当然、それは被支配者を守るべき存在である王族が取ってはならない選択肢だろう。
 だからこそ、アセナは『王族として』ではなく『個人として』動くことを望んでいるのだ。

 もちろん、そのような選択をに迫られるような状況に陥る予定はないが(あくまでも保険である)。

「あ、それと、オレはメガロメセンブリア市民だけでなく、魔法世界の住民すべてを救うつもりでもいます。
 ですから、『貴方の案に手を貸す』のではなく『オレの案に手を貸して欲しい』と言うのが正確ですね。
 と言う訳で、メガロメセンブリア市民を優先しても構いませんから、手を結んでいただけないでしょうか?」

 そして、最後の最後で一番 言いたかった「目的は重なるが、こちらの方が範囲が広い」と言うことをアッサリと告げる。

「それは、純粋な『人間』以外は魔法世界と同時に滅びることを御存知の上で全員を救うおつもり、なのですね?」
「ええ。その具体的な方法は正式に手を結んでいただけないと語れませんが、すべてを救う心算で動いています」
「……わかりました。そう言うことでしたら、喜んで協力させていただきます。いえ、むしろ、協力させてください」
「ありがとうございます。貴方なら そう仰っていただけると信じていました。今後とも よろしくお願い致します」

 アセナは望む通りの結果になったことに内心で安堵しているが、それを決して外には見せない。悠然と構えたままだ。

 そもそも、クルトは政治家の道を歩んではいるが、その根本は英雄だ。復讐に身を焦がしても、根本は英雄なのだ。
 今回、メガロメセンブリア市民しか救わない予定だったのは「クルトには それしか救う手立てが無かったから」である。
 だからこそ、全員を救える手があるならば、クルトは迷いなく全員を救う道を選ぶだろう。それがわかっていたのだ。

 むしろ、目的も性格もわかったうえで断られてしまう程度の交渉力だったら、これから先は進めないだろう。それだけのことでしかない。



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Part.05:頭痛の種は消えない


「と言う訳で、オレの案を実行するにはヘラスやアリアドネーとも協力体制を築く必要があると思うんです」

 ギアス・ペイパーにて正式に協力関係を結んだ後、アセナは自身の『計画』についてクルトに説明した。
 その内容を大雑把に説明すると、魔法と科学を用いたテラフォーミングで現実の火星を住める環境にし、
 そこに魔法世界の生物を移住させて、魔法世界が崩壊しても実質的に被害が無いようにするだけ である。
 超に語ったように『元老院』を洗脳して魔法を公開させるだけでは救えない……アセナは そう判断したのだ。

 ちなみに、ギアス・ペイパーを用意したのはクルトである。どうやら正式な契約には付き物らしい。

 ある意味では、この対談のために「契約を遵守させる系統の魔法具」を準備したのが無駄になったが、
 他のケースでも使えるものなので本当の意味で無駄になる訳ではない。むしろ、德をした感じである。

「確かに、私や貴方方だけでは実現不可能ですね。資金も権力も人材も全然 足りません。
 ですが、その二者と協力関係を結ぶのには『元老院』からの妨害が懸念されますね。
 まぁ、『元老院』の半分――いえ、せめて3割だけでも協力を取り付けられれば話は別ですが。
 と言うか、最初に私を味方に引き込んだのは、それらの仲介役をさせるためですね?」

 内容を把握したクルトはアセナの意見に同意を示しつつ、自身を引き込んだ理由に見当を付ける。

「さぁ、どうでしょうね? 初日に『密談』をすることになるとは限らなかったでしょう?
 もちろん、期待はしていましたが……あくまでも、確定してはいませんでしたからねぇ」

 魔法世界に来るに当たって、近右衛門を通してクルトに滞在中の面倒を見てもらえるように頼んだことは確かなことだ。
 それ故に、クルトがゲート・ポートまで迎えに来たのは驚くことではなかったし、ある意味では想定の範囲内のことだった。
 ただ、初日に『密談』をすることになる とは想定はしていたものの、数日後の方が確率が高い と踏んでいたのも確かだ。
 つまり、最初にクルトと協力関係を結んだのは、狙ってはいたが確定していたことではなかった。それだけのことでしかない。

「まぁ、そう仰るのでしたら、そう言うことにして置きましょう」

 すべてがアセナの想定した通りだった訳ではないだろうが、ほとんどはアセナの想定した範囲内だったのだろう。
 明言された訳ではないが それを実感したクルトは、アセナの評価を上方修正しつつ話題の終わりを告げる。

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「さて、残る問題であるヘラスについてですが……何か良い案はありませんか?」

 話に一区切り付いたところで(侍従に持ってこさせた御茶で)一息 吐いた後、クルトが徐に切り出した。
 ギアス・ペイバーを記入した後にも一息 入れていたのだが、『計画』の説明で色々と消耗していたのである。
 まだまだ話し合うことはあるので、折を見て休息を挟まなくては諸々の疲労で思考が鈍ってしまうだろう。

「残念ながら、正攻法――生存の可能性を説明して説得する くらいしか思い浮かびませんね」

 魔法世界と共に作られた存在である亜人達は、魔法世界の崩壊と共に消失してしまう。それは曲げられない摂理だ。
 ココネと言う移民計画実験体が存在する以上、ヘラスの上層部も そのことは把握して対策を講じているのだろう。
 だが、だからこそ、生き残れる可能性を示せば協力が得られるのではないだろうか? アセナは そう考えたのだ。
 搦め手が大好きなアセナだが、正攻法で行った方が効果的な場合は 搦め手にこだわらずに正攻法で行くのである。

「そうですか。まぁ、そもそも貴方ならヘラスを味方に付けるのは容易ですから、それで問題ないでしょう」

 正攻法しか思い浮かばないのが嫌なアセナは「他にいい方法がはありませんか?」と言う空気を漂わせるのに対し、
 クルトは「別に正攻法でも問題ないのはないでしょうか?」と言う、実に見通しの甘い返答をしてくれる。
 そんなクルトに多少の違和感を覚えるもののアセナは「まぁ、問題ないって言うなら信じよう」と納得して置くことにする。

「まぁ、魔法世界の崩壊はヘラスにとっても脅威ですから、助力を得られる可能性は高いでしょうね」

 少しだけ「オレならって どう言うことだろう?」と思いながらもアセナは尤もらしい理由で納得を示す。
 いや、クルトの言わんとしたことも何となくわかっているし、アセナの中で(嫌な)予想は立っているのだが、
 アセナは それに目を瞑りたいので、自分に言い聞かせるように希望的観測を口にして納得しているのである。

「いえ、そうではなくて……ヘラスの第三皇女であるテオドラ様とは旧知の間柄でしょう?」

 クルトは とても晴れやかな笑顔で「むしろ、幼馴染じゃないですか? 頑張ってください」と付け加える。
 つまり、テオドラとの関係を利用してヘラスを味方に付ける方法をクルトは提示しているのである。
 何故なら、アセナは『黄昏の御子』と『アセナ』の頃にテオドラと面識があり、それなりに仲が良かったからだ。

 まぁ、アセナとテオドラのことついては語ると長くなるので、それはまた別の機会に語ることとしよう。

「ハッハッハッハッハ!! テオドラとて公私の区別くらい付く筈ですから、旧知とか関係ないと思いますよ?」
「それならば、ますますテオドラ様を経由して貴方にヘラスを説得していただいても問題ない訳ですね?」
「……すみません、正直テオドラが『妾がお父様を説得してやろう、その代わりに……』とか言いそうで怖いです」
「それはそれで いいではないですか? 貴方ならテオドラ様を丸め込む――もとい、絆すなど容易いでしょう?」

 アセナは再び希望的観測を口にするが、クルトの容赦ないツッコミに軽く折れる。しかも、クルトは更に追い討ちまでして来る。

「言い換えたのにニュアンスが変わってないですよ? って言うか、テオドラの要求が怖いんで嫌なんですけど?」
「せいぜい『約束通り結婚するのじゃ!!』くらいじゃないですか? むしろ、御褒美として受け入れるべきですよ」
「そんなことになったら、ネギが暴走する気がするんですけど? しかも、誰も助けてくれそうにない気すらします」
「……強く、生きてください。正直、美少年以外が どうなろうと私には どうでもいいので私は特に気にしません」

 アセナは自分の中で渦巻く嫌な予想を話して その手段だけは回避しようとするが、クルトは とてもいい笑顔で却下する。

 アセナとしては「裏切ったな!!」と思いたいところだが、アセナが割を食うだけで助力が得られるのなら御釣が来るのも事実である。
 先程「王族としての立場よりも個人的な感情を優先する」とは言ったが、そう頻繁に優先していては人の和が崩れてしまうのは道理だ。
 それらを理解しているため、クルトに いつか復讐することを心に誓いつつ、アセナは渋々とクルトの提案を受け入れるのだった。

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「あ、ところで、話は変わるんですが……ネギの故郷が悪魔に襲われた件で聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」

 先程は何気なく聞き流したことだが、よくよく考えてみるとクルトは『襲撃事件』を『元老院』の仕業であることを明言していた。
 アセナを味方に引き込むためのブラフである可能性もない訳ではないが、アセナも『元老院』であると踏んでいたので間違いなく事実だろう。
 まぁ、もちろん、『元老院』と一口に言っても『元老院』全体のことではなく、『元老院』の一派――ヘルマンの言う排斥派だろうが。

「ああ、先程 少し漏らしてしまいましたね。お話した通り、『元老院』が命じたことであり、関わった者の見当なら付いています」

 外からの調査では知れる情報には限界がある。それ故に、クルトは『元老院』に入ったようなものだ。
 先程 敵対者の話の中で、クルトは自らを『獅子身中の虫』と語ったことは嘘ではない。敢えて取り入ったのだ。
 当時のクルトの力では『襲撃事件』を止められなかったが、関わった者の情報収集くらいは可能だった。
 まぁ、確たる証拠はないので「限りなく黒に近い」としか言えないため、その情報を元に裁くことはできないが。

「いえ、そうではなくて――まぁ、その情報も知りたいですけど、オレが知りたいのは『目的』ですよ」

 敵の情報は手に入るだけ手に入れたい。そのため、そちらにも興味はある。だが、今の問題は そこではない。
 もちろん、敵の情報も重要なのだが、アセナにとっては それ以上に敵の目的を把握することの方が重要なのである。
 何故なら、目的はネギの排除にしか思えないが、その仮定だと どうしても納得できない部分が残るからである。

「襲撃の目的は、ネギの排除――に見せ掛けて、ナギ・スプリングフィールドにネギを助けさせることだったのでしょう?」

 何故『元老院』は村ごと襲わせたのか? ネギを排除するだけなら、極端な話、事故に見せ掛けて殺すだけで充分な筈である。
 特に、ネギは御誂え向きに「ピンチになるため」池に飛び込んだりしていたのだから、事故を装うのは簡単だっただろう。
 それなのに何故か村ごと襲わせたのだから、村ごとを襲わねばならない理由があった筈である。少なくとも、アセナは そう考えた。
 それに、悪魔を大量に召喚する と言う大袈裟な方法を取ったとは言え、秘密裏に行うべき襲撃がナギに洩れたのも気になっていた。
 故にアセナは逆に考えた。情報は洩れたからナギに伝わったのではなく、ナギに伝えるために情報は漏らされたのではないか、と。
 そして、その結論としてアセナは「ナギにネギを助けさせることが目的だったのではないか?」と言う推論を導き出したのである。

「……否定しても無駄ですね。とは言え、私にも確証はありませんので『恐らくは』としか言えません」

 もともとネギはナギに憧れていたが、『襲撃事件』をキッカケに それがよりエスカレートしたのは間違いない。
 そして、襲撃者への復讐心も加わり、ネギは歪んだまま魔法への修行に没頭していき、『都合のいい駒』に育っていった。
 更に言うならば、修行先である麻帆良には『闇の魔法』と言う「心に闇が必要となる強力な技術」を持つエヴァがいた。

 つまり、ネギに『闇の魔法』を習得させるために一連のことを仕組んだのではないか、とアセナは疑っているのである。

 恐らく、それは間違っていない。何故なら、『闇の魔法』は『始まりの魔法使い』に繋がる技術でもあるからだ。
 事情を知る者にとって、『闇の魔法』とは 厄介な存在である『始まり魔法使い』を滅ぼせる可能性なのだ。
 そう、すべては、ネギに厄介払いをさせたうえに英雄(広告塔)として利用し、既得権益を維持するためだろう。

 言わば、排斥派は「ネギを排斥する振りをしている」だけで、実際には「ネギを使い潰そうとしている」だけに違いない。

「……もしかして、貴方はネギ嬢を犠牲にしないために、例の方法で魔法世界を救うおつもりなのですか?」
「さぁ、どうでしょうね? 大の虫を生かすために小の虫を殺すのは当然のことだ と思ってはいますけど?」
「そうですね。ですが、その小の虫が貴方にとって大切な存在ならば、貴方は大の虫を殺すのでしょう?」

 アセナはクルトの言葉に遠回りな否定を示す。アセナはネギのため『だけ』に魔法世界を救う訳ではないからだ。

「ええ、もちろんです。ですが、オレにも良心はありますから、大の虫も殺さないように努力はしますよ?」
「それでは、言い換えましょう。貴方は犠牲を最小限にするために御自分を犠牲にするおつもりなのですね?」
「さぁ、どうでしょうね? オレは割を食うつもりは有りますが、犠牲になるつもりは全然ありませんよ?」

 クルトの言葉に遠回りな肯定を示したアセナは薄っすらと笑う。それは自嘲か、諦観か? その笑みの意味は、アセナしか知らない。


 


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オマケ:アセナとして生きる道


「ああ、そう言えば、話は変わりますが……『協力者』を募る前に『闇の福音』と縁を切っていただけないでしょうか?」

 何とも言えない空気を壊すかのようにクルトが口を開く。まぁ、放たれた言葉は、より空気を悪くするような言葉だったが。
 しかし、言って置かなければならないことだったのでクルトを責められない。むしろ、タイミングとしては悪くはない。
 空気は悪化したが、そもそもが空気の悪くなることなので、空気が悪い時に纏めて片付けて置くのは間違ってはいないだろう。

「……ああ、そう言えば、エヴァは『元老院』に受けが悪いんでしったけ」

 ついつい忘れがちになるが、エヴァは元600万ドルの賞金首だ。麻帆良に封じられてからは取り下げられたが、賞金首だったことは確かだ。
 そして、その賞金を掛けたのは『元老院』であることは疑うまでもない。と言うか、『元老院』以外に賞金首を設定できる筈がない。
 つまり、元だろうが賞金首であるエヴァのイメージは『元老院』にとっては よろしいものではない。いや、むしろ、悪いと言うべきだろう。

 ちなみに『元老院』が掛けたのに魔法世界の通貨であるドラクマではなく地球の通過であるドルなのが極めて謎だが、そこは気にしてはいけない。

「ええ。昔からスケープゴートとして利用していたので、受け入れ難いんですよ」
「あの通りですから、幼女を愛でられる紳士には受けがいいとは思うんですけど?」
「それでも、です。この場合、着目されるのは『中身』ではなく『外見』ですから」
「『永遠の合法ロリ』と言う属性よりも、『真祖の吸血鬼』と言う立場……ですか」
「ええ、そうです。微妙に違和感は覚えますが、そのような理解で問題はありません」

 集団が纏まるのに最も効率がいい方法は「外部に共通の敵を作ること」である。つまり、エヴァは体良く利用されていたのだ。

「まぁ、仰りたいことは よくわかりました。ですが、残念ながら それはできません」
「……それは何故でしょうか? 差支えがなければ理由を お教えいただけませんか?」
「簡単な話ですよ。オレにとってエヴァは欠かすことのできない重要な存在だからです」
「そう、ですか。ですが、それでは味方を作るどころか、敵を増やすことになりますよ?」

 クルトの言い分は充分に理解できる。だが、だからと言って頷く訳にはいかない。悪名が高くてもエヴァは大切な存在なのだ。

「そうでしょうね。ですが、オレとしては、むしろ それでいいんですよ。
 その程度のことも信じてくれない輩なんて、オレは味方には要りません。
 無能な味方は敵よりも厄介ですからね。むしろ、こちらから願い下げです」

 アセナは口元を吊り上げて「そう言う意味では、ちょうどいい試金石になるんじゃないですか?」と付け加えて締め括る。

「そうですか。まぁ、そこまで仰るのでしたら、その件は あきらめましょう」
「ええ、そうしてください。と言うか、別の条件を飲ませたいんでしょう?」
「……なに、簡単なことですよ。昔の名前を名乗っていただくだけ ですから」

 クルトの反応を見るにエヴァの件は「言うだけ言ってみた」と言ったところだろう。実にアッサリと諦めた。

 しかし、断られた直後に「名前を戻すこと」を要求して来る辺り、さすがとしか言えない。
 恐らくは、敢えて一つ目の提案を断らせることで二つ目の提案を断りにくくしているのだろう。
 無茶な要求を断った後に それなりの要求をされたら何となく応じてしまうのが人間の心理だ。

「『元老院』を相手取るには、ネギ嬢(英雄の娘)のパートナーや西(極東の一地域)の次期当主と言う立場だけでは威力が足りません。
 使いたくはありませんが『ウェスペルタティア王家の血筋』と言うカードと『黄昏の御子』と言うジョーカーが必要となるでしょう」

 アセナが『黄昏の御子』であることを隠して来たのは、秘密裏に身柄を拘束されることを避けるためである。
 その意味では、アセナが『黄昏の御子』であることが周知のものとなれば、逆に危険性が減る可能性は高い。
 いや、むしろ、アセナは時機を見て、正式な場で自ら『黄昏の御子』であることを暴露するつもりですらいた。

「……確かに、仰る通りですね。ですが、その名を名乗るには、まだやらなければならないことが残っています。
 ですから、それが終わった後は、『アセナ・ウェスペル・テオタナトス・エンテオフォシア』と名乗りましょう」

 アセナが本名を名乗るには危険が付き纏う。少なくとも『完全なる世界』のターゲットになることは間違いない筈だ。
 フェイトとの『契約』はあるが、何処まで制約されるのかは定かではないため、危険なことは変わらない。
 だからこそ、『完全なる世界』と決着と付けるまで――危険度を減らすまで、アセナは本名を名乗る訳にはいかないのだ。

 いつか、『完全なる世界』と決着が付いた後、アセナは大手を振って本名を名乗ることだろう。


 


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後書き


 ここまでお読みくださってありがとうございます、カゲロウです。
 当初は軽く修正するつもりだったのですが、修正点が多かったので改訂と表記しました。


 今回は「クルトと楽しい楽しい お話」の巻でした。

 クルトが美少年好きになったのは、最早 言うまでもないですよね?
 ええ、そうです。この作品だからです。変態にならない訳がありません。
 ただし、ただの変態で終わらないのがクルトのクオリティです。
 しっかりとシリアスもこなせます。むしろ、シリアスがクルトのメインです。


 では、また次回でお会いしましょう。
 感想・ご意見・誤字脱字等のご指摘、お待ちしております。


 


                                                  初出:2011/10/07(以後 修正・改訂)



[10422] 第44話:本番前の下準備は大切だと思う【改訂版】
Name: カゲロウ◆73a2db64 ID:b259a192
Date: 2013/04/12 20:06
第44話:本番前の下準備は大切だと思う



Part.00:イントロダクション


 今日は8月9日(土)。

 アセナ達が魔法世界に訪れてから、それなりの時が流れた。
 その間、彼等が何をやっていたのかは折を見て語ることにしよう。



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Part.01:千の刃の男


「お久し振りです、ラカンさん」

 広大な砂漠の中にポツンと存在するオアシス。そこだけが別世界のようで、そこには水と緑と人口の建造物が見て取れた。
 タカミチが話し掛けたのは、そんなオアシスの中心(つまり、水の上)で座禅を組んでいる色黒で筋骨隆々な金髪の男性である。

「おう、タカミチ。久し振りだなぁ」
「お変わりが無いようで何よりです」
「お前の方はクタビレてそーだがな」

 男――ジャック・ラカンは軽口を叩きながら、桟橋まで移動する(もちろん、水の上を歩いて だ)。

「おっ? お前……まさか、アセナか?」
「ええ。ご無沙汰してます、ラカンさん」
「おぉ、こいつぁデカくなったもんだなぁ」

 桟橋に上がった先でタカミチの隣にいた人物を見たラカンは意外そうな顔をした後、嬉しそうな表情を浮かべる。
 そして、破顔しながら「ボフボフ」と言う効果音が聞えて来そうな勢いでアセナの頭を叩く(本人は撫でてるつもりだが)。

「……痛いですよ、ラカンさん」

 再会を喜んでくれるのは嬉しいが、痛いものは痛い。身体は鍛えていてもラカンとの差は歴然なので、どうしても痛いものは痛いのだ。
 まぁ、『咸卦法』を使えばいいのだろうが、バトルジャンキーの気があるラカンの前で『咸卦法』を使うのは餌を与えるようなものだ。
 バトルをしに来た訳でもバトルの修行に来た訳でもないアセナは、文句を言いつつもラカンのスキンシップを甘んじて受けるのだった。

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 ここで話は変わるが、ラカンの元に来たのはアセナとタカミチだけで、残りのメンバーはそれぞれオスティアで過ごしている。

 その理由としては、移動のデメリットとラカンに会うメリットを比べて、あきらかにデメリットが勝ったからである。
 オスティア(逗留場所)からグラニクス(現在地)までの移動とグラニクスでの砂漠の旅は、時間も体力もコストが嵩む。
 更に『元老院』の息が掛かった者達に襲われる危険性もあるし、そもそもラカンが大人数を受け入れるかも不明である。

 そんな訳で、少数精鋭で来る方が得策である と判断したアセナは、タカミチ(仲介役 兼 護衛役)を伴うだけにしたのである。

 もちろん、ネギがアセナに付いて来ることを望んでダダを捏ねたのは言うまでもないだろう(多少は成長しているが、ネギはネギなのである)。
 まぁ、アセナが誘導するまでもなく(アセナの狙い通りに)アーニャが自発的にネギを宥め賺してオスティアに止めたことも言うまでもないだろう。
 また、この時ばかりは「最初は帰らせようと思っていたけど滞在させたままでよかった」とアセナが心の底から思ったのも言うまでもないだろう。

 ちなみに、ネカネは歓迎パーティーで引っ掛けた哀れな男と「貢がせるためのデート」に明け暮れていることは、別に言わなくてもいいだろう。

 あ、ついでだから言って置くと、超と茶々丸と茶々緒はアセナから頼まれた『仕事(もちろん後ろ暗い方面の)』を行っており、
 特にやることのないエヴァは皆の護衛をしつつオスティアを観光を楽しんでいる(と言うか、実際には観光しかしていない)。

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「しっかし、死んだ魚みてーに濁った目をしていたガキが、こんな風に成長するとはなぁ」

 ラカンは「時の流れってのは凄ぇぜ」と付け加えつつ、シミジミとアセナの成長を語る。感慨深いものがあるのだろう。
 ちなみに、現在の三人はラカンの住居(と言うか、勝手にラカンが住み着いている建物)に移動している。
 そこでラカンの淹れた煎茶が振る舞われるイベントがあったのだが、普通に美味しかっただけなので割愛させていただく。

 普通に美味しいだけでは業界的には「美味しくない」のである(どこの業界なのかは極めて謎だが)。

「そりゃ10年もあれば少しは成長しますよ。まぁ、ラカンさんは変わってない気がしますけど」
「まぁ、オレァ長命種だからな。それに、オッサンの10年とガキの10年は意味が違ーって」
「……そうですね。成長が止まっているのと成長するのとでは、年数の重みが違いますよね」

 年数だけで言えばアセナは100年以上は生きている。だが、そのほとんどの期間は人形と変わらない人生だった。

 ただ単に兵器として生かされているだけの、時を止められた子供。それが『黄昏の御子』だった。
 数え切れない人間の命を吸わされ、成長は止められ、行動は束縛され、意思すらも奪われていた。
 いや、正確には、意思は自分で止めたのだが、止めざるを得ない状況に置かれていたことが原因だ。

 そう、「成長が止まっている」のはラカンのことではなく、過去のアセナのことだ。そして、「成長する」のは現在のアセナのことなのだ。

 もちろん、皮肉として言ったのではない。どちらかと言うと、ブラックユーモアのつもりで言ったのだ。
 暗い過去を笑い話にできる と言うことは、過去を過去として割り切っている と言う証拠だからだ。
 アセナは遠回しに「貴方達の御蔭で、オレは成長できました」と正面からは言い難いことを言ったのである。

「まぁ、それはそうと……タカミチが魔法世界に来るとは聞いていたが、何でアセナまで来たんだ?」

 アセナの遠回しな感謝の言葉に気付いたラカンは、照れ隠しのためか、少し強引に話題を切り替える。
 とは言っても、別に照れ隠しだけが目的なのではなく、気になっていたのも確かなようだ。
 その口調は少し責めるようなもので「危ねぇってのはわかってんだろ?」と言わんばかりである。

 望んだのはアセナだが、許可を出したのはタカミチなので、タカミチが代わりに説明しようと口を開こうとする――が、アセナに手で制されてしまう。

「危険なのは わかっていました。ですが、危険でも魔法世界に来る必要があったんです」
「ほぉう? 危険を承知のうえで魔法世界に来たのか。んで、その理由ってのは何だ?」
「単純に、このまま魔法世界が滅びるのを黙って見ていることができなかっただけですよ」

 ただそこにいるだけでもラカンの発する圧力は凄まじい。だが、アセナは怯む素振りすら見せずにラカンの瞳を見詰めて言葉を紡ぐ。

「ハッ!! 言う様になりやがったな。だが、お前に何ができるって言うんだ?」
「確かに大したことはできません。ですが、オレにしかできないこともあります」
「お前にしかできないこと、ねぇ? お前、自分の立場をわかって言ってるのか?」

 ラカンは睨み付けるかのようにアセナの瞳を見詰め返す。それだけでアセナが感じる圧力は倍増したが、アセナは決して瞳を逸らさない。

「言葉は悪いが、お前が鍵となって魔法世界が滅ぶ可能性だってあるんだぜ?」
「ええ、わかっています。魔法世界の命運を握る『黄昏の御子』ですからね」
「言いたかないが、そんな立場からお前を解放するためにガトウは命を掛けたんだぜ?」
「……それも わかっています。ですが、それでもオレはやらねばならないんです」

 威圧するラカンと、それを真っ向から受け止めるアセナ。
 両者は互いに譲らず、互いに互いの目を睨み合い続ける。

「…………まぁ、そこまで言うんなら、別に止める気はねーよ。好きにしな」

 そんな睨み合いを先に止めたのはラカンの方だった。アセナから視線を外すと、ラカンは軽く肩を竦めながら納得を示す。
 それは「言っても無駄だ」と判断したのか? それとも、アセナの覚悟を見て取ったのか? ……その答えはラカンしか知らない。

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「ところで、何でオレを訊ねて来たんだ? 別に顔を見せに来ただけって訳じゃねーんだろ?」
「ええ。無事な姿を見せて置きたかったのもありますが、魔法世界に来た理由と関係してます」
「あん? 魔法世界がどーのこーのってヤツか? まさか、世界を救うために手を貸せ とか言う気か?」

 ラカンとしては世界のことなどどうでもいい。20年前に世界を救ったことにはなっているが、結果的に『そうなった』に過ぎないのだ。
 アセナが世界のために動くのを否定しないが、手伝う気はない。そのため「悪ぃけど、面倒事はゴメンだぜ」と言う態度を隠しもしない。

「いえ、どちらかと言うと、何もしないで欲しいんです。予定通りに進めたいので」
「はん? つまり、オレが暴れると予定が狂うから何もするなってーことか?」
「ええ。不測の事態は折込済みですが、貴方だと それすらも超えそうですから」

 アセナもラカンを巻き込むつもりはない。単にラカンが勝手に動くと困るので、それを止めに来たに過ぎない。

「言いたいことはわかったが……それだと、オレが暴れることが予想できてるみたいな言い方だな?」
「ええ、そうなりますね。と言うのも、これから『完全なる世界』の残党と接触する予定なんですよ」
「ぬぉい!! 何 考えてんだ!? ヤツ等が お前を狙ってたのを知ってんだろ?! 自殺願望でもあるのかよ!?」
「いえ、どちらかと言うと、死中に活を見出す気です。敢えて攻めに行く方がオレの好みなんですよ」

 ラカンに言われるまでもなく、アセナが『黄昏の御子』である以上、アセナは危険な立場にある。

 しかし、近い将来、アセナは『協賛者』を得るために自身の正体を明かす予定だ。それは予定だが、確定された未来でもある。
 そうなれば、『完全なる世界』に狙われるようになるだろう。ならば、こちらから攻めに行かなくても危険なことは変わらない。
 もちろん、危険度に違いはある。だが、それでも攻めに行くべきだ とアセナは判断した。そう、ただ それだけのことなのだ。

「まぁ、その考え方は嫌いじゃねーが……だったら、戦力は多い方がいいんじゃねーのか?」

 世界のために戦うのは性に合わないが、自分の尻拭いのために戦うのなら話は別だ。
 それに、途中で参戦すると予定が狂うのなら、最初から参戦するものとして予定を組めばいい。
 それ故に、ラカンは「よかったら手を貸してやるぜ?」と言うことを遠回しに言ったのである。

「お気持ちは有り難いんですが……先程『接触』と言ったでしょう? 戦いに行くのではなく話し合いに行くので、過剰な戦力は要りません」

 ラカンの申し出は有り難いが、アセナの言った通り、今回は戦いに行くのではなく話に行くので過剰な戦力は不要だ。
 過剰な戦力を持っていたがために「二心あり」と疑われて交渉が決裂する などと言う展開になるのは御免だからだ。
 たたでさえ エヴァやタカミチやクルトと言う戦力を有している現状なのだから、これ以上の戦力は無用の長物でしかない。

 いや、まぁ、既に過剰な戦力のような気がしないでもないが、敢えて それは考えないようにして置こう。

「だが、話し合いが決裂したら戦いになるんじゃねーか? やっぱ、戦力は多い方がいいだろ?」
「……ありがとうございます、ラカンさん。それならば、最悪の場合になったら手を貸してください」
「別に礼は要らねーよ。テメェのケツはテメェで拭くべきで、ヤツ等はオレ達の拭き残しだからな」
「たとえ理由が どうあろうとも、手を貸していただけることが嬉しいですよ。とても心強いです」

 過剰な戦力は要らないが、保険なら過剰にあっても困らないだろう。そう結論付けたアセナは、ネギ謹製の『転移符』と『通信具』を渡す。

「ん。じゃあ、ケンカになったら呼んでくれ。ちなみに、話し合いとかはメンドクセーから、そっちは任せとくぜ?」
「ええ、最初から そのつもりですよ。そもそも、そっち方面で動くためにオレは魔法世界に来たようなものですからね」
「(ほぉう? ガトーの意思は受け継がれてるってことか?) ……まぁ、無理しない程度に頑張ってくれや」

 ラカンは渡された物の意味(必要になったら呼びますので、転移してください)を正確に理解し、話し合いの方はアセナに丸投げする。
 元から交渉を引き受けるつもりだったアセナは それを不敵な笑みを浮かべて受け、そこにガトーを幻視したラカンは微笑を浮かべるのだった。



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Part.02:闘争の本質


「しっかし、ヤツ等と話し合うとか、大丈夫なのかよ?」

 アセナ達は「せっかくだから泊まっていけ」と言う言葉に甘え、ラカンの住居(何度も言うが勝手に住み着いているだけ)に泊まることになった。
 そして、ラカンの手料理(やはり、普通に美味しい)を堪能した後は何故か酒盛りに突入し、その中でラカンがヘラヘラ笑いながら切り出したのだ。
 もちろん、ヘラヘラ笑っているのは酔っているからであり、酔っているから心配するようなセリフを普通に言っているのである(意外と心配性なのだ)。

「多分、大丈夫です。『魔法世界を救う』と言う点では、目的は一緒ですから」

 アセナも酒は飲んではいるが、酔ってはいない。体質的に酒精に強いのもあるが、そこまで量を飲んでいないのもある。
 ちなみに、戸籍上は未成年ではあるが、どう考えても(100歳を越えているから)成人はしているので問題はないだろう。
 そもそも、魔法世界では(例外はあるが)基本的には13歳以上で成人として扱われるようなので、その意味でも問題はない。

「はん? 20年前、ヤツ等は魔法世界を滅ぼそうとしていたんじゃねーのか?」

 アセナの言葉に疑問を持ったラカンが訊ね返す。世界の滅亡を救ったことで英雄に祭り上げられたので、当然の疑問だろう。
 そもそも、世界を滅ぼし兼ねない勢いで魔法世界全土を巻き込んだ先の大戦は『完全なる世界』が裏で手を引いていたのだ。
 それに、間違いなく20年前『完全なる世界』は『黄昏の御子』を利用して『世界の終わりと始まりの魔法』を使おうとしていた。
 専門家ではないラカンだが、アレの意味することは――仮にアレが成功していれば魔法世界が崩壊していたことは理解している。

「……申し上げにくいのですが、それは『勘違い』だった可能性があります」

 そもそも、先の大戦の目的は魔法世界内での戦争で消耗させて『元老院』の強制移民計画を阻止することだった。
 それに、『世界の終わりと始まりの魔法』は、その名の通り、世界の『終わり』と『始まり』の魔法である。
 言い換えるならば、『世界の破壊』と『世界の創造』の魔法となり、魔法世界を崩壊させる『だけ』ではないのだ。

 完全魔法無効化能力を応用して魔法世界を魔力に還元し、その莫大な魔力で『完全なる世界』を作るのが本来の意図ではないだろうか?

「もちろん、彼等を弁護する訳ではありません。ですが、彼等は一方的な悪ではなかったんだとオレは思うんです」
「……まぁ、意味もなく世界を壊そうとしていたっつーより、やり方が荒っぽかっただけっつー方がシックリは来るな」
「ですから、まずは交渉してみようと思います。その結果が どうなるかはわかりませんが、歩み寄れる可能性はあります」

 既に34話でフェイトと交渉し、最低限の協力関係も結んでいる。『黄昏の御子』であることが判明しても、希望はあるだろう。

「しかし、その情報、どうやって仕入れたんだ?」
「実は、『完全なる世界』の構成員から聞いたんです」
「……それだと騙されてる可能性があるんじゃねーか?」
「まぁ、その通りですね。ですが、オレは信じました」
「そうか……それなら、余計な口出しはしねーよ」
「すみません。そして、本当に ありがとうございます」

 ラカンは『完全なる世界』を信じた訳ではない。月並みな言い方だが、「『完全なる世界』を信じるアセナ」を信じたのだ。ただ それだけのことだ。

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「ツーカ、オレニモ酒ヲ寄越シヤガレ!! モシクハ出番ヲ寄越シヤガレ!!」

 それまで、空気を読んで黙っていたチャチャゼロが遂に耐え切れなくなったのか横槍を入れて来た。
 まぁ、話は一通り終わっていたので、その意味では空気を読んで横槍を入れたのかも知れないが。

「あれ? チャチャゼロ? どーして ここいるの? 鞄で昼寝でもしてたの?」
「オイ!! オマエガ『念のため付いて来て』トカ言ッテ連レテ来タンジャネーカ!!」
「ああ、何か そんなこともあったような気がするね。すっかり忘れていたけど」
「ヤッパリカ!! ッテ言ウカ、タダデサエ最近 出番ガネーンダカラ忘レンナ!!」

 オスティアに残して来てもよかったのだが、道中の安全を確保するために連れて来たらしい。すっかり忘れていたようだが。

「ぶっちゃけ、カタカナで喋られると書き難いし読み難いから出しづらいんだよね?」
「メタ ナ発言スンナ!! ッテ言ウカ、ダッタラ超ニデモ改造サセレバ イイダローガ!!」
「このバカチンがぁああ!! そんなことしたら、キャラが立たないだろうがぁああ!!」
「ソンナ理由デ キレテンジャネー!! ムシロ、コッチガ キレタイ クライ ナンダゾ!!」

 チャチャゼロの喋り方は、チャチャゼロにとっては どうでもいいことだが、アセナにとっては どうでもよくないことだった。まぁ、それだけのことだ。

「でも、チャチャゼロからカタカナ喋りを取ったら、キリングドールしか残らないでしょ?」
「ソレデ充分ダローガ!! ッテ言ウカ、ムシロ、オレノ役割ハ ソッチ方面ダローガ!!」
「……なるほど、一理あるね。じゃあ、しょうがない。帰ったら超に改造を頼むことにするよ」
「アア、ソウシテクレ。ソシテ、改造ノ後ニハ、オレ ニ モット出番ガ来ルヨウニシロ」

 チャチャゼロの言いたいことはわかる。カモ同様ずっと控えていたのに出番がなかったのだ。とても寂しい思いをしたことだろう。

 だが、チャチャゼロは最終防衛ラインなので、チャチャゼロに出番が来るのは「アセナが本当に危機的状況にある時」と言うことになる。
 その意味では、チャチャゼロの出番はあってはならないのだ。と言うか、アセナはチャチャゼロの出番を無くそうと努力している。
 よって、アセナは「戦闘での出番ではなく、会話での出番を作ることにしよう」とキリングドールの役割とは真逆な方針を練るのだった。

 つまり、身も蓋もなく言うと、アセナはチャチャゼロを萌え要因として扱うつもりのようだ。

「って言うか、アセナ。お前は また随分と面白ーもん持ってんじゃねーかよ?」
「……おrdかりでしょうが、これ、見た目は可愛いですけど中身は危険ですよ?」
「オイ!! コラ!! 『コレ』扱イ スンジャネー!! モット扱イ ヲ 善クシロ!!」
「ハッハッハッハッハ!! こいつぁ、なかなか元気のいい人形じゃねーか!!」
「ちなみに、本来はエヴァの従者なんですけど、護衛のために借りている状態です」

 よくよく考えてみると、修学旅行中の護衛のためにエヴァから借りて以来ずっと借りっ放しだった気がする。

 エヴァから「返せ」と言われなかったので返すのを忘れていたのもあるが、護衛手段として重宝していたのもある。
 まぁ、エヴァとの契約を更新した時(32話)に済し崩し的に貸し出しが延長されたもの と考えればいいだろう。

「護衛、ねぇ? ってことは、護衛以外のことは出来ない仕様になってるってことか?」
「いいえ。あくまでもオレを護衛することが第一目標になるだけで、他は自由ですよ」
「……ほぉう? じゃあ、オレがソイツとガチでバトルをしてもOKってことになるよな?」
「ええ、そうですね。殺さない(壊さない)程度のバトルでしたら、止めはしません」
「よぉし!! それなら大丈夫だ!! オレは手加減もできる男だからな!! 安心しとけ!!」

 確認を終えたラカンは「バトっても問題なし」と言う結論を得ると、オモチャを与えられた子供のような無邪気な表情を見せる。

「ってことで、ちょっとバトろうぜ? 人斬人形」
「アア、イイゼ。トコトン殺リ合オウゼ、筋肉人間」
「おおぅ、いいねぇ。そのヤル気マンマンなオーラ」
「随分ト フラストレーション ガ 溜マッテルンデナ」
「そいつぁ、奇遇だな。オレも最近 暴れてねーんだ」

 戦る気(ヤる気)を滾らせる二人の様子から「バトルは回避不能」と悟ったアセナは「程々にしてくださいね」とだけ言い残してサッサと退場する。
 バトルジャンキー共の バトルジャンキー共による バトルジャンキー共のための バトル を見物する程、アセナはバトルが好きな訳ではないのである。

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「フハハハハハハ!! なかなかやるじゃねーか!!」

 高笑いをしながら『千の顔を持つ英雄』を起動し、数多の剣を生み出して次々に投擲するラカン。
 この光景をアセナが見ていたら「弾幕ごっこ、って言うか『無限の剣製』ごっこだね」と評するだろう。

「キャハハハハハハ!! ソレハ コッチノ セリフ ダゼ!!」

 それに対するチャチャゼロも、高笑いしながら『断罪の刃』で投擲される数多の剣を迎撃して行く。
 ちなみに、この『断罪の刃』、名前で おわかりだろうが、エヴァの『断罪の剣』と同じ効果のナイフである。
 そう、ナイフの周囲に「触れた固体・液体を気体に相転移させる力場」を発生させる凶悪な代物だ。

 もちろん、ネギの作り出した魔法具で、上級アーティファクトに匹敵するレベルの代物である。

 人形の身であるためパワー不足がネックだったチャチャゼロにはピッタリの武装だろう。
 むしろ、小柄な体躯を活かしたトリッキーな軌道と合わさると「鬼に金棒」とすら言える。

「やっぱ、喧嘩ってのは、こー言う方がいいぜ!!」

 何の裏表もない、純粋な戦闘。そこには、戦争の様に思惑が介在する余地などない。
 言わば、戦うこと そのものが目的である戦闘は、ある意味で神聖なものなのだ。

 まぁ、戦闘の余波で周囲にクレーターが出来たりしているので、他者にとっては傍迷惑でしかないだろうが。



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Part.03:アルビレオ、来襲


「うっわ~~、最高にテンション高かったのに…… 一気に最悪なテンションになったぜ」

 チャチャゼロとの楽しい楽しい戦闘を堪能して居室に帰還したラカンを待ち受けていたのは、アルビレオが憑依した魔人形だった。
 原作で朝倉が小夜を藁人形に入れて麻帆良の外に出したように、ネギ謹製の魔力稼働式人形(略して魔人形)に入っているのだ。
 アセナが魔法世界に来るのに「助言者として使える」と言う理由で連れて来られたのである。まぁ、本人も外出は望むところらしいが。

「フフフフフ……照れなくてもいいんですよ?」

 おちょくっているのを隠すことすらせずに応えるアルビレオな魔人形。魔人形でもアルビレオはアルビレオなのである。
 ちなみに、魔人形の外見はアルビレオがデフォルメ化したようなもののため、見ているだけでも かなりイラッと来る。
 人形なので表情は動かない(薄笑いのまま固定されている)のだが、だからこそ余計にイラッと来るのかも知れない。

「照れてねーから。メッチャ本気でイヤだから」

 アルビレオが本気で言っている訳ではないのはわかっているが、それでも言って置かなければいけないのでツッコむラカン。
 大雑把な印象を持たれがちなラカンだが、ラカンは意外と細かいのである。ツッコまなければいけない時はツッコむのだ。

「それはそうと、協力していただき ありがとうございます」
「いや、別に構わねーよ。って言うか、お前も噛んでるのかよ?」
「ええ。とは言っても、あくまでも『協力者』に過ぎませんがね?」
「ったく、しばらく見ねーうちに随分と成長したもんだよなー」
「まぁ、『いろいろ』ありましたからねぇ、成長くらいはしますよ」

 アルビレオの言う『いろいろ』とはナギの憑依も含まれているが、別に必要ない情報なので それをラカンに教えるようなことはしない。

「それよりも、『完全なる世界』と接触するのは本当に大丈夫なんだろうな?」
「さあ、どうでしょう? 少なくとも、虎穴に入らなければ虎子は得られません」
「つまり、リスクはあるけどリスクを負った分のリターンはあるってことかよ」

 しつこく安全を確認して来るラカンにアルビレオは「心配性ですねぇ」と思いながらも事実を述べる。必要な情報なので隠さないのである。

「ええ。しかも、分は悪くないですからね。賭けるしかないでしょう?」
「まぁな。それに、一度 決めたら梃子でも動きそうにねー感じがするしな」
「断固たる意思を持つこと と頑固で意固地になる のは別問題ですがね」
「アイツの場合、前者っぽい気はするけど……後者の気もあるよなぁ」

 アリカと言う頑固で意固地なウェスペルタティア王族を知る者としては、そう思ってしまうのは仕方がない。

「だから、我々がいるのでしょう? 若輩者を導くのがロートルの役目ですよ」
「そうかも知れないが……オレは まだまだ現役だ。って言うか、生涯現役だ」
「はいはい、カッコイイ セリフ乙です。ですが、正直、それはウザいですよ?」
「ウザいって、お前なぁ。それは生涯現役を目指す すべての人間を敵に回すぜ?」

 ちょっといいセリフを潰されたアルビレオとしては、ラカンの生涯現役を目指す気持ちはわかるが わかるからと言って許せる訳ではない。

「こんなことを言うのは貴方限定ですよ。長命種なんですから、サッサと隠居するのがマナーですよ?」
「知ったこっちゃねぇな。それに、若ぇヤツ等が頼りねーんだから、隠居なんて できねーだろが?」
「それは言い訳です。後進を育てようとすらしていない人間に後進の文句を言う権利はありませんよ?」
「しょうがねーだろ? 育てるのはオレの性に合わねーんだよ。オレはサボテンすら枯らせる男だぜ?」

 確かに、砂漠でも生息できるサボテンすら育てられないラカンに人を育てられるとは思えない(原作のネギは巻物を与えただけだし)。

 と言うか、後進を育てていないのはアルビレオも同じような気がしないでもないのだが……
 アルビレオの意見としては「私は隠居しているようなものなので違うのですよ」らしい。
 まぁ、傍から見たら「同じ穴の狢だよ」と言いたくなるが、そのツッコミは控えるのが大人だろう。

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「って言うか、そもそも何しに来やがったんだ?」

 雑談に一区切り付いたところで、ラカンが真剣な面持ちになって訪ねる
 旧交を暖めるタイプでもないアルビレオが現れた理由が気になっていたのだ。

「なに、今のうちに ちょっとしたネタバラシをして置こう と思いましてね」
「ネタバラシだぁ? 何の話かは知らんが、そー言うのは好きくねーんだが?」
「でしょうね。ですが、今回は我慢してください。何せ魔法世界のことですから」
「……つまり、アセナの言ってた、魔法世界の崩壊云々と関係してるってのか?」
「いえ、関係しているどころか、むしろ核心部分とも言えるネタバラシですね」

 ラカンにとって、秘密などは どうでもいいことだ。それに、仮に気になったとしても、自力で暴き出すタイプだ。
 だが、今回に限っては そうも言っていられない。それを理解したラカンは、アルビレオの言葉を大人しく聞き始める。

「そもそも、魔法世界が火星をベースにした人造異界である と言うことは以前にも お話ししましたよね?
 これに関連して、人造異界である以上 魔法世界の崩壊は必然であり、そのタイムリミットが近いことも、
 また、大半の魔法世界人は魔法世界と同様に『造られた存在』であるため魔法世界と共に滅びる運命にあることも、
 そして、私も貴方も その『滅びてしまう側』に含まれてしまっていることも、お話ししたかと思います」

「……ああ、そうだな。確かに聞いた。つまり、これ以上の情報があるってことか?」

 アルビレオが『ネタバラシ』と言っている以上、既知の情報を確認するだけとは思えない。
 むしろ、既知の情報の先にある情報が本題であるために敢えて確認をした と考えるべきだ。

「ええ。と言うのも、魔法世界を造った存在である『始まりの魔法使い』――『造物主』についてなんです。
 御存知の通り、敢えて身体を乗っ取らせて器(ナギ)ごと封印するしか、対抗手段がありませんでした。
 しかし、それは あくまでも10年前の話です。今ならば、対象の精神だけを封印できるかも知れません。
 とは言え、そのためには、『造物主』の封印を解いたうえで精神を分離しなければいけないんですがね?」

 アルビレオは朗々と淀みなく、まるで演説をするかのように言葉を紡いでいく。

 ちなみに、何故10年前は器ごと封印するしかなかったのに今ならば精神だけを封印できるのか と言うと、
 アルビレオが魔法世界の存続方法を模索する傍らで、精神と肉体の関連性についての研究もしていたから である。
 そう、世界と精神の両方を研究していたからこそアルビレオは『那岐』に『ナギ』を憑依させられた と言えるのだ。

「……なるほどな。つまり、アセナの件だけでなく『そっち』にも手を貸せってことだな?」

 アセナと『完全なる世界』の交渉が決裂した場合、ラカンはアセナに手を貸す予定であるが、
 それとは別の問題として、アルビレオはナギのサルベージの助力を求めているのである。
 と言うのも、両者は似ているし重なる部分はあるのだが、まったくの別問題だからだ。
 そう、交渉が決裂したからと言って『始まりの魔法使い』の封印が解かれる訳ではないのだ。

 まぁ、交渉が決裂しなくても、交渉のために ほぼ確実に封印を解くことになるだろうが。

「ええ、そうなります。一応、封印を解いたりするのにアセナ君の協力は取り付けてあります。
 まぁ、そうは言っても こちらが解かなくても相手が勝手に解いてくれるでしょうが、一応ですよ。
 ちなみに、精神を分離するには結構な時間が掛かりますので、頑張って時間を稼いでくださいね」

 つまり、ラカンに求めているのは封印を解くことではなくて、封印が解けた後の足止である。

「また無茶を言いやがって……アレ相手だと時間稼ぎだけでも かなりキツいんだが?」
「しかし、他に適任はいません。タカミチ君やクルト君では まだ荷が重いでしょう?」
「そりゃそうだが……確か、エヴァも来てんだろ? エヴァでいいんじゃねーか?」
「まぁ、確かにそうですね。ですが、貴方は このまま『負けっ放し』でいいんですか?」

 20年前、ラカンは一方的に両腕を奪われた。勝ち負けで考えれば、どう考えても負けである。

 相手が相手(被造物にとっての造物主)であるため、仕方がない と言えば仕方がないだろう。
 だが、だからと言って勝ちを あきらめる理由にはならない。ラカンには、そんなもの関係ない。
 そもそも、ラカンにとっての闘争は「勝てるか、勝てないか」ではない。そんなものは二の次だ。

 大切なのは、「戦いたいか、戦いたくないか」ただ それだけでしかない。それ以外は要らないのだ。

「……まぁ、安い挑発ではあるが、確かに その通りっちゃ その通りだな」
「と言う訳で、『対抗策』を施して差し上げますから、一矢報いてください」
「『対抗策』? ってことは、同じ土俵に立つことができるってことか?」

 現実問題として、被造物であるが故に「造物主には逆らえない」と言う『制限』がある。アルビレオは それを取り払う と言うのだ。

「ええ。実は、帝国にも真実を知る者達がいるようでしてね、地球への移民が実験的に行われているんですよ。
 まだまだ実験段階なので出来は微妙としか言えませんが、それを『協力者』と共に魔改造してみたんです。
 で、出来上がったのが この『羅漢人形』です。このボディを使えば、造物主による縛りはなくなります。
 まぁ、稼働には莫大な魔力が必要なのですが……それも うまいことクリアーできましたのでノー問題です。
 後は貴方の精神を移し替えて調整するだけですので、大船――いえ、泥船に乗ったつもりで任せて下さい」

「うん、まぁ、言いたいことはいろいろあるが……とりあえず、んなもんがあるんだったら、最初から言えよ!!」

 ラカンとしては「態々 不穏な方に言い換えるなよ!!」とツッコみたい気持ちはあるが、大切なのは そこではない。
 そもそも、戦おうとしても戦えないと言う問題があったので最初は戦うことに難色を示していたのである。
 最終的には「気合で どうにかなるだろ」と言う考えで承諾したが、『対抗策』を最初に知りたかったのは確かだ。

 ところで、アルビレオの言う『協力者』とはネギやエヴァのことであり、稼動に必要な魔力はアンドロメダを充てる予定らしい。

「ですが、最初に言ってしまったら つまらないじゃないですか? 常識的に考えて」
「オレが言えた義理じゃねーが、お前の常識は一般的には常識になってねーんだよ!!」
「まさか、貴方からそんなツッコミを受ける日が来ようとは……正直、ショックです」

 まぁ、「常識? 何それ おいしいの?」を地で行くラカンから常識を指摘されたアルビレオの衝撃は言うまでもないだろう。
 最後の最後で空気が弛緩するのは実に締まらない話だが、それがアルビレオとラカンのクオリティなので気にしてはいけない。



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Part.04:正々堂々と裏工作


「さすがは、メガロメセンブリア元老院。なかなか強固なセキュリティですね」

 一方、舞台は変わってオスティア総督府。そこの情報管制室で作業に勤しむ三つの人影があった。
 まぁ、言うまでもないだろうが、アセナから頼まれた『仕事』を行っている超と茶々丸と茶々緒である。
 で、茶々丸のセリフから おわかりの通り、その『仕事』と言うのはハッキング的な行為である。

「電子精霊を用いているとは言え、ペンタゴンを遥かに超えるセキュリティとは……少し予想外ですね」

 茶々丸の言葉を引き継ぐよう茶々緒が応える。だが、言葉の内容の割には困った様子は見受けられない。
 言うまでもないだろうが、ペンタゴンとは米国の国防総省のことで世界最高峰のセキュリティを擁している。
 それ以上のセキュリティと評されていることから、そのセキュリティは相当 堅固なものなのだろう。

「でも、私ニしてみたら問題ないネ。私の技術は100年先を行ってイル。解除なんて造作もないヨ」

 だが、電子精霊は こちらにもあるし、そもそもの地力が違う。情報技術に100年も開きがあるのだ。
 まぁ、超と言う100年後の未来人がいるのだから、100年の開きがあるのは当然と言えば当然なのだが。
 と言うか、超が情報技術で負けようものなら「100年先の技術ってショボッ!!」と言う話になるだろう。

 ちなみに、電子精霊があるのは、アセナと超が『仮契約』をして超が情報系のアーティファクトを手に入れたからである。

 その時期は、アセナとネギがデートしてから学園祭が始まるまでの期間(つまり、38話と39話の間)であり、
 その理由は「少しでも手札は多い方がいい」と言うものと「『念話』があると便利だよね」と言うもので、
 その方法は、キスではなく血を媒介にしたものだったので、語る程の内容ではないので細かいことは割愛する。

 まぁ、後付設定っぽいが、後付ではない。少なくとも、39話の段階では考えてはいた(が、描写を忘れていた)ので後付ではないのだ。

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 話は まったく変わるが、実は、超の知る未来は二種類 存在している。

 一つは、超が現代に時間移動していない――つまり、本来 辿る筈だった『歴史』だ。
 魔法世界が崩壊し、生き残った純粋な人間が火星に取り残された未来である。
 超の介入で『歴史』が変わることは予想されていた(むしろ、それが目的)ので、
 超は予め『歴史』の記憶部分に『プロテクト(記憶保護)』を掛けていた。
 そう、『歴史』が変わることで、超の記憶が塗り替えられる恐れがあったからだ。

 そして、もう一つは、超が現代に時間移動したことで『歴史』が変化した『未来』だ。

 それは、超が現代に来てから刻一刻と変化しており、今では その面影すら存在しない。
 仮に『歴史』の記憶を保護していなければ、現代に来た意味がわからなかっただろう。
 それくらい、『未来』は『歴史』と乖離しており、超の選択の正しさを物語っていた。

「クックックックック……私の決断は正しかっタ。私の中の『未来』が どんどん平和に成っていくヨ」

 大きな分岐点と言えるのは、修学旅行後にアセナと協力関係を結んだ時(32話参照)だった。
 また、悪魔襲撃後の対話にて魔法バラシを断念した時(35話参照)も大きく変わった。
 そして今、アセナから依頼された『仕事』を達成した瞬間、『未来』は更に よいものになった。

「……もしかしたら、私の最大の成功は御先祖を『彼にした』ことかも知れないネェ」

 超の知る『歴史』では、那岐が川に溺れることはなく、当然 記憶を失うこともなかった。
 まぁ、生死の境は彷徨ったが無事だったので、『歴史』に語られなかった と言う可能性もある。
 だが、超が介入した影響で那岐が溺れた可能性は高い(と言うか、実際に そうである)。

 ……そもそも、那岐が溺れたのは子供が川で溺れていたからである。

 この子供が何故に溺れたのか と言うと、川に流されていたネコを助けるため であった。
 それだけなら、因果関係はないように思えるが、問題は『ネコが川に流された』部分だ。
 このネコは『本来なら』餓死していた。だが、茶々丸に餌を与えられたので生きていたのだ。
 そう、茶々丸がネコを餌付けしていなければ――つまり、超が茶々丸を作っていなければ、
 ネコは川に流されることはなく、子供も その子供を助けた那岐も川で溺れることはなかった。
 超の介入があったからこそ、那岐は溺れてナギとなり、そしてアセナとなったのである。

「と言うか、そもそも私のプラン(魔法バラシ)に不安があったのも事実だったしネェ」

 魔法を世界にバラすことによって起こるだろう混乱。その混乱で被害を受ける者は数多くいたことだろう。
 それはわかってはいたが、それでも超は進むつもりだった。必要な犠牲として切り捨てるつもりだったのだ。
 だが、心の何処かでは捨て切れていなかった。心を鬼にするつもりでいたが、鬼になり切れなかったのだ。

 きっと、誰かに自分を止めて欲しくて、ネギかアセナに『カシオペア(対抗手段)』を渡していたことだろう。

 自分で止まれるなら苦労はない。誰かに止めてもらう形でなくては、止まるに止まれなかったに違いない。
 過去に来るまでの努力も過去に来てからの努力も無に帰してしまうのだから、タダでは止まれない。
 最後まで突き進むか、止めて貰うしかなかった。超には それが予測できていた。いや、できてしまったのだ。

「だから、私は迷いなく御先祖の提案を受け入れたのかも知れないネェ」

 魔法バラシを計画している頃、確かに『未来』は好転していた。火星に残された人間が保護されたのだから『歴史』よりはマシだろう。
 だが、それだけ だ。亜人達は魔法世界の崩壊と共に消え去った。結果的に、救われたのは純粋な『人間』だけだったのだ。
 魔法バラシによる混乱での被害者よりは多いだろうが、劇的に多い訳ではない。いや、下手すると被害者の方が多い可能性すらある。

 きっと、超の選択は正しかったのだろう。まぁ、このまま『未来』になれば――つまり、アセナが失敗しなければ、の話だが。

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「ところで、先程からブツブツ言っている超 鈴音は止めるべきなのでしょうか?」

 超が自分を納得させている姿を生暖かい目で見遣りながら茶々緒が茶々丸に訊ねる。
 これが超ではなくアセナならば黙って録画するところだが、超なので対応を確認したのである。

「別にブツブツうるさいだけですから、止めなくてもいいと思いますよ?」
「そうですね。害はないようですから、放って置いても大丈夫ですね」
「と言うか、止めるのが面倒なうえ止めると更に面倒になりそうですからね」

 茶々丸の出した意見は放置だった。そして、それは茶々緒に軽く承認された。

 作業を終えて情報管制室から客室に戻っているので、他人に迷惑を掛けている訳ではない。
 ただ、それを見せられている茶々緒と茶々丸が不気味なだけで、他には大した問題はないのだ。
 まぁ、普通なら安眠妨害になるところだが、茶々丸も茶々緒も眠らないので問題ないのである。

 だが、問題ないからと言って何も感じない訳ではない。少なくとも、茶々緒も茶々丸も不快には感じている。

「せっかくですから、記録して置いて後でイジる材料にしましょうか?」
「ああ、いいですね、それ。それなりに面白い反応が見られそうですね」
「超はクールな振りをしているだけで、実際はテンパリ体質ですからね」
「お兄様とネギ嬢の子孫らしいですから、突発事態には弱いでしょうね」

 アセナも本質的には突発事態に弱い。常に心の準備をしているので、今は それが目立っていないだけだ。

「おや? 不機嫌そうですね? 従者の分を超えているのではないですか?」
「別に嫉妬してませんよ? 誰と子供を作ろうが、お兄様は お兄様ですから」
「……まぁ、そう言うことにして置きましょう。私も人のことは言えませんし」
「むしろ、お母様のAIの影響で私は『こう』なったような気がするのですが?」
「とりあえず、そんな過去は忘れましょう? 大切なのは、現在と未来ですよ?」

 茶々緒を戒めるつもりだったのに思わぬところで手痛い反撃を喰らった茶々丸は、適当なことを言って話を誤魔化そうとする。

「お母様、『いいことを言って終わらせよう』と言うのは、お約束が過ぎませんか?」
「たとえ お約束でも、そこは空気を読んで終わらせて置くのが大人なのですよ?」
「そうですか。しかし、そこを敢えてツッコむのがツッコミの役割だと思います」
「そうかも知れませんが、心の中でツッコむだけにとどめるのもツッコミなのでは?」
「なるほど、一理ありますね。下手にツッコむと こんな風にグダグダになりますし」

 仲がいいとは言い難いが、仲が悪いとも言えない。そんな、微妙な関係の茶々母娘だった。



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Part.05:閑話休題


 そして、8月13日(水)。

 ラカンと別れたアセナとタカミチはオスティアに戻った。
 ちなみに、原作で『白き翼』が魔法世界に訪れた日である。

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「お帰りなさい♪ ナギさん♪」

 旅の目的は達せられたが、いろいろと気苦労は絶えなかった旅だったし、長旅は ただそれだけでも疲れるものだ。
 そんな訳でアセナは心身ともに それなりに疲れており、そんなアセナを癒すかのような笑みでネギが出迎えてくれた。
 しかし、置いて行かれて欲求不満である筈なので逆に怖い。最早アセナには威嚇しているようにしか見えないだろう。

 これは間違いなく更に疲れるような展開だろう。笑顔で「ただいま、ネギ」と応えながらも心の中でサメザメと泣くアセナ。

「ボク、スイーツの美味しい お店を見つけたんです♪」
「へ~~、そ~~なんだ~~。それはよかったね~~」
「ボク、スイーツの美味しい お店を見つけたんです♪」
「うん、それは聞いたよ? それが どうしたのかな?」
「ボク、スイーツの美味しい お店を見つけたんです♪」
「だから、それがどうしたのかな? 意味不明だよ?」
「ボク、スイーツの美味しい お店を見つけたんです♪」
「……わかった。連れて行くから、リピートはやめて」

 覚悟はしていたが、それでも抵抗をしてみるのがアセナのクオリティだ。もちろん、無駄に終わるのもアセナのクオリティだが。

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「えっへへ~♪ とっても美味しいですねぇ♪」

 フルーツと生クリームが山盛りになったパフェをパクつきながら、幸せそうな笑みを浮かべるネギ。
 その様子が あまりにも年相応 過ぎて、この少女に魔法世界の命運が掛かっている とは思えない。
 だからこそ、アセナは微笑ましそうにネギを見ながら、心の中で「そうはさせない」と決意を新たにする。

(月並みな言い方だけど、この笑顔を守るためならば多少の苦労は望むところだねぇ)

 本来なら、ネギも こんな風に笑っているだけでいい筈である。それが許されるのが子供の筈だ。
 だが、ネギの『生まれ』が それを許さなかった。いや、正確には『元老院』が それを許さなかった。
 ネギは「英雄の素質」と「王家の魔力」を併せ持つ稀少な器――魔法世界を救える可能性だからだ。

 父が英雄であり、母が王女であった。ただ それだけのことだが、ただ それだけでネギは縛られていた。

 その意味では、志向がアセナに向くようになったのは僥倖だった。妄執とも言える父親への憧憬がなくなったからだ。
 あのまま父親への妄執に取り憑かれていたなら、ネギは(原作の様に)自ら泥沼に嵌っていったことだろう。
 まぁ、あれはあれで一つの幸せではあるのだろうが、アセナとしては 別の幸せを選んでもらいたい。ただ それだけだ。

「ゴルァアアア!! スイーツでネギを釣ったんでしょ?! この変態!!」

 そんな風にシリアスな思考をしているアセナにドギツいツッコミが入る。
 アーニャ・フレイム・バスター・キックは防いだので物理的には無傷だが、
 有無を言わさない勢いで幼女に変態扱いされたことが精神的にキツいのだ。

「言い訳すらさせてもらえない現状に、もう涙しか出ません」

 あきらかにネギがスイーツをねだったのだが、アーニャはアセナの弁護など聞き耳を持たない。
 と言うか、弁護をさせる余地すらなく変態認定をしている。さすがのアセナも泣いちゃう事態だ。
 まぁ、それはアセナの普段の素行が関係しているので、一方的にアセナが被害者な訳ではないが。

「では、逆に考えては如何でしょう? 『幼女に罵ってもらえてるオレって勝ち組』と」

 そんなアセナにフォローと言うには あまりにもアレなことを言ってくるネカネ。
 その手には高そうな指輪が嵌っており、首にも高そうなネックレスを着けている。
 と言うか、よく見てみると服も高そうだ。考えるまでもなく、例の貢物だろう。
 もちろん、貢いだ男達が哀れだとは思うが、同情する余裕は今のアセナにはない。

 ところで、ネカネが現れたのはアーニャを追って来たからだろう。今まで出待ちしていた訳がない。

「オレ、Mの気もありますけど……愛のない罵倒は嬉しくないですよ?」
「では、愛が無いように見えるだけで実は愛がある と勘違いしては?」
「それも有りだとは思いますが、虚しくなるだけではないでしょうか?」
「意外と我侭ですわねぇ。では、もう あきらめたら如何でしょうか?」

 続けられる言葉があんまり過ぎるので、アセナは「それしかないですよねぇ」と あきらめることにしたようだ。

「アーニャ、危ないじゃないか!! って言うか、邪魔しないでよ!!」
「アンタは黙ってなさい!! って言うか、助けてあげたんじゃない!!」
「何処が助けてるのさ?! 邪魔しているようにしか見えないよ!?」
「それは見解の相違と言うものよ!! いいから ここは私に任せない!!」

 アセナの意識がネカネに向いている間に、何故かネギとアーニャの口喧嘩が始まっていた。実に不思議だ。

「止めた方がいいとは思うんですが……ぶっちゃけ、放って置きたい気分なんですけど?」
「あらあら、まぁまぁ。ですが、それはそれで よろしいのではないでしょうか?」
「そうですね。世の中には『喧嘩するほど仲がいい』と言う言葉もありますからねぇ」
「まぁ、とりあえず『認識阻害』は張りましたから、好きなだけやらせて置きましょう?」

 止めるべきなのだろうが、止めると無駄に疲れそうなので、アセナもネカネも暖かく見守ることにしたようだ。

 ちなみに、ネカネが張った『認識阻害』は、ネギとアーニャを意識から外すタイプの認識阻害ではなく、
 ネギとアーニャの声(口喧嘩なので、それなりの音量)を意識させなくするタイプの認識阻害である。
 幼女二人の口喧嘩は見ていて微笑ましいが、音量が大きいのが迷惑であるため周囲を気遣ったのである。

 ネカネの手馴れた対応(鮮やかな『認識阻害』の展開)に「もしかして、いつも放置してた?」と疑念を抱くが、敢えて確かめないアセナだった。

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「……お兄様、真剣な顔のお兄様も素敵ですが、疲れ切った表情のお兄様も萌えますよ?」

 ネギとアーニャの口喧嘩が終わるのを見届けた後、一行は迎賓館に戻った。
 アセナは旅の疲れや先程の疲れを癒すためにベッドでグッタリしていたのだが、
 御茶を運んで来た茶々緒が放った言葉により休んでいるどころではなくなった。

 ちなみに、二人を放置せずに終わるまで待っていた辺りがアセナとネカネの優しさだろう。

「何と言うダメポ。と言うか、最近ツッコミじゃなくてボケっぽくなってない?」
「それは気のせいです。細かいことを気にし過ぎると頭髪が薄くなりますよ?」
「それは普通に嫌だなぁ。じゃあ、気にはなるけど、気にしないようにするよ」

 気になる部分はあるが、そこまで気にするべきことではないのでスルーして置くのが大人の嗜みだろう。

「ところで、土産はないのか? グラニクスまで行ったんだから、何かあるよな?」
「まずは労ってくれてもよくない? 何でイキナリ土産を催促しゃちゃうのかな?」
「どうせ いつも通り腹黒いことをして来たんだろう? 労う必要などないだろうが」

 むしろ、茶々緒と共に入室して来たエヴァの方が気になっていたのだが……何しに来たかと思えば、土産の催促だった。

「うっわ、ヒドッ。これでもオレなりに頑張ったのになぁ。マジでヤル気なくすわ~~」
「どうせ貴様には元からヤル気などないだろう? むしろ、労う方が問題だろうが」
「う~~ん、何かが違うと思うけど、ヤル気ないのは事実だから特に何も言えないや」

 文句は言いたいが、言っても聞いてもらえそうにないので敢えて言わない。無駄なことはしないのがアセナの主義なのだ。

「ハァハァ……『寂しかった』と素直に言えないマスターが可愛過ぎて萌え死にしそうです…………」
「ああ、やっぱり。って言うか、茶々丸は いつの間に侵入してたの? 気付かなかったんだけど?」
「ハァハァ……何やら雑音が聞こえますが、今の至上命題はマスターの録画なのでスルーしましょう」
「まぁ、そうだよね。こう言う扱いになることは予想できていたよ? でも、一応 訊いてみたのさ」

 そして、いつの間にか居た茶々丸が気になるが、細かいことは気にしてはいけないだろう。頭髪が薄くなってしまわないように。

「と言うか、いい加減に録画をやめんか、ボケ従者が!! それに、誰も寂しくなんかなかったわ!!」
「ハァハァ……マスターの可愛らしい声が聞こえましたが、今は心を鬼にして録画に勤しみます」
「ダメじゃん。せめてエヴァの言葉は聞こうよ? こんなんでもエヴァは茶々丸の主人なんだからさ」
「誰が『こんなん』だ!! 確かに見た目は子供だが、内から溢れ出る威厳がハンパないだろうが!!」
「いや、エヴァの身体から滲み出ているのはロリオーラだから。威厳よりも萌えの方が強いから」

 過剰に反応するからこそイジられることをエヴァは未だに気付いていない。多分、ずっと気付かないだろう。

「うるさい、うるさい、うるさーい!! 威厳なら あるわ!! って言うか、人をロリ扱いするのはやめんか!!」
「そうですよ、お兄様。エヴァンジェリン様は ただのロリではなく、エターナルロリータなのですから」
「ああ、そうだね。エヴァは600年もののロリなんだから、そこら辺のロリと一緒にしちゃいけないよね」
「うぉい!! 何だ、その理解は!? と言うか、よりヒドくなっているだろうが!! 誰がエターナルロリータだ!!」

 エヴァをフォローするどころか追い討ちを掛ける茶々緒。最早ツッコミと言うレベルではない。

「え? だってエヴァって吸血鬼だからロリのまま成長しないんでしょ? なら、永遠に幼女のままじゃん」
「ええい、黙れ!! 幻術を使えば、ボン・キュッ・ボンも余裕だわ!! だから、ロリ扱いするんじゃない!!」
「このバカチンがぁあああ!! エヴァがロリじゃなくなったら、キャラが立たなくなるだろうがぁああ!!」
「何だ、その理屈は!? 私の存在価値がロリしかないみたいに言うな!! 他にも いろいろ要素はあるわ!!」

 エヴァの魔法知識や魔法技術はトップクラスだし、体術だけでも相当な手熟だ。ロリだけが価値である訳がない。

「確かに、一般的には それなりに価値があるだろうね。だけど、萌え的には他に価値はない!!」
「何を豪語しておるかぁああ!! と言うか、そんな価値など無くても一向に構わんわ!!」
「はぁ? そっちこそ何を言っちゃってんのさ? 萌えこそが世界を遍く照らす光なんだよ?」
「意味がわからんわ!! と言うか、いい加減に この話題を終わらせんか!! グダグタして来たわ!!」

 確かに、エヴァの言う通り、グダグダだ。わかってはいるのだが、うまく切り上げられないのだ。

「じゃあ、エヴァたんの御希望に副って話題を換えましょうかねぇ? ってことで、超は何の用なのかな?」
「……ああ、気付いていたんダネ? と言うか、このままスルーされテ終わりなんダと思っていたんダガ?」
「まぁ、エヴァとの会話を一段落させてフェードアウトしたいところだけど……そうも行かないでしょ?」
「別に大した用事じゃないが、その方がいいネ。例の仕事が順調に進んでいることを報告しに来タのだからネ」

 仲睦まじくジャレ合う二人に遠慮して声を掛けなかった超だったが、アセナから話し掛けて来たので遠慮なく報告をする。

「そっか。順調なら特に問題無いね。じゃあ、大凡の進捗状況を教えてくれるかな?」
「……だいたい60%程度だろうネ。ダガ、ここからは少しばかり面倒になりそうダヨ」
「なるほどね。じゃあ、概算でいいから、後どれくらい掛かりそうか教えてくれる?」
「早けれバ1週間ダガ、多目に見積もって2週間だろうネ。完璧を目指したイのでネ」
「そう。じゃあ、2週間として計算して置くよ。こっちもそれくらい掛かるだろうし」

 簡単な報告を終えた超は「じゃあ、邪魔者は消えるので後は ゆっくり楽しむといいヨ」と意味ありげなセリフを残して部屋を出て行く。
 その後、「って、誰が『エヴァたん』だ!?」と言うエヴァのセリフを皮切りに再び口論を始めるのは、最早 言うまでもないだろう。

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 と まぁ、そんなこんなで楽しい時間は恙無く流れ、日が落ちて夜の帳が降りて来る時間帯。つまり、黄昏の時。
 ディナーを優雅に摂っていたアセナの耳に「各地のゲートポートにてテロが起きました」と言うニュースが届いたのだった。


 


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オマケ:運命との対峙


「いやはや、随分と派手なパフォーマンスだったねぇ。って言うか、用事ってアレだったんだねぇ」

 夜、オスティア市内にあるオープンカフェにて。アセナは対面に座った銀髪幼女――フェイトに話し掛ける。
 ちなみに、夜なのにオープンカフェが開いているのは、夜でも御茶を所望する客がいるからである。
 とは言え、やはりアルコールを所望する客の方が圧倒的なので、夜カフェは割と珍しい部類にはなるが。

「……すまない。組織に属している以上、ボクにもいろいろと制限があるんだ」

 実は、アセナはクルトとの対談以降フェイトとコンタクトを取ろうとしていたのである(34話の対談の際に連絡先は交換してあった)。
 ただ、フェイトがいろいろと多忙だったため(と言うか、魔法世界にいなかったため)、時間が取れたのが今だったのである。

「大丈夫、わかってるよ。忙しい中、どうにか時間を作ってくれたんでしょ?」
「いや、それだけじゃなく、戻る手段を奪ってしまったことも謝らせて欲しい」
「それもわかってるよ。そうするしかなかったんでしょ? なら、仕方がないさ」

 ゲートポート破壊後の諸々の処理を考えると、かなり無理して時間を作ってくれたのが予想できる。
 それに、個人の意思で組織の意向を曲げることが難しいことも理解している。文句など言える筈も無い。

「本当に すまない。でも、代替手段はあるから、戻りたい時には教えて欲しい」
「……ありがとう、フェイトちゃん。でも、代替手段々って機密情報じゃないの?」
「うん、まぁ、そうだね。でも、ボク達は『協力者』なんだから問題ないさ」
「そう? まぁ、オレが黙っていればバレないんだから、特に問題はないかな?」

 問題ない訳が無いが、それがフェイトの誠意なのだろう。そう理解したアセナは、深くはツッコまないことにする。

 相手に深入りしないことは、大抵の場合は賢明な判断となる。だが、時には火種を大きくするのも事実だろう。
 それ故、偶には深入りすべきなのだが……この場合は最早 手遅れな気がするので、今更と言えば今更だ。
 それに、アセナがフェイトの心情を理解したとしてもアセナの予定は変わらないので、知らぬが仏かも知れない。

「――さて、それじゃあ、そろそろ本題に移ろうか?」

 雑談と言う準備運動を終えた と判断したアセナは、魔法具で『認識阻害』を展開した後、本題に入る。
 自身が『黄昏の御子』であることを手札に『造物主』との対談と言う結果を引き出すために……


 


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後書き


 ここまでお読みくださってありがとうございます、カゲロウです。
 当初は軽く修正するつもりだったのですが、修正点が多かったので改訂と表記しました。


 今回は「ラカンとアルビレオの愉快なお話」の巻でした。

 アルビレオは書いているとドンドン変な方向に行くので軌道修正が大変です。
 説明役としてシリアスでも動かしやすい筈なんですが、油断すると暴走します。

 まぁ、暴走している方が書いていて楽しいんですけどね。

 ところで、今回はちょっと中途半端なところで切ってしまいましたが、
 ラカンの部分で予想以上の文量になってしまたので、こうなりました。
 まぁ、頑張ればフェイトちゃんとの会話を終わらせられたのですが……
 長くなるし、割と切がよかったので、次回に持ち越すことにしました。


 では、また次回でお会いしましょう。
 感想・ご意見・誤字脱字等のご指摘、お待ちしております。


 


                                                  初出:2011/10/21(以後 修正・改訂)



[10422] 第45話:ラスト・リゾート【改訂版】
Name: カゲロウ◆73a2db64 ID:b259a192
Date: 2013/04/12 20:06
第45話:ラスト・リゾート



Part.00:イントロダクション


 日は明けて、8月14日(木)。

 フェイトとの対談を終えたアセナは、単身で『完全なる世界』の活動拠点に招かれた。
 ちなみに、フェイトとの対談の模様は本編で語られるので ここでは割愛させていただく。



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Part.01:運命の少女達


「お帰りなさいませ、フェイト様」

 オスティア空中王宮跡。現在のオスティア総督府がある浮島(旧オスティア市街)とは別の島である。
 跡と銘打たれている通り、20年前に『黄昏の御子』ごと『反魔法場』を封印した代償として地に沈んだ島だ。
 現在は再び空中に浮かんではいるが、かつては「千塔の都」とまで称えられた豪奢な王宮は見る影もない。

 ここは、そんな『王宮跡』にある『完全なる世界』の活動拠点の一つ。そこをアセナはフェイトの案内で訪れていた。

「ただいま。調(しらべ)さん」
「……ところで、そちらの方は?」
「客人だよ。とても大事な、ね」

 フェイトを出迎えたのは、頭部に木の角を生やした女性――調である。

 目が細いのか、目を閉じているのか? それは定かではないが、瞳が見えないため視線が読み取れないのは確かだ。
 また、手にしている弦楽器は音で攻撃する秘法具だった気がするので、臨戦態勢を取られていることも確かだろう。
 二つの要素を絡めて考えると「いつでも攻撃できるレベルで警戒されている」と言うことだろう。油断も隙もない。

 フェイトの「大事な客人」と言う発言があるのに これなのだから前途は多難である。

「そうですか。私は調と申しまして、フェイト様の従者をしております。以後、お見知り置きください」
「これは御丁寧に ありがとうございます。私はアセナと申します。こちらこそ、よろしくお願いします」
「アセナ様、ですか? ……失礼ですが、もしかして貴方は『黄昏の御子』様でいらっしゃるのですか?」
「ええ、そうなります。しかし、名前しか名乗っていないのに おわかりになるとは……さすがですねぇ」

 恐らく、アセナが『黄昏の御子』である と言うことが予想されていたのだろう。そうでなければ、名前だけでわかる筈がない。

 名前は変わっていたが外見的特徴(髪の色や瞳の色)は変わっていないし、『紅き翼』のタカミチが保護者として面倒を見ていた。
 そのうえ、英雄の娘であるネギと早々にパートナー関係を築くし、極東随一の魔力の持主である木乃香の婚約者にも簡単に認定された。
 幸い「魔法の類を無効化する」と言う致命的な証拠はオープンになっていなかったが、他の情報だけでも充分に疑える要素があった。
 まぁ、あからさま過ぎたので、逆に「罠なのではないか?」とも疑われていただろうから、疑われるだけにとどまっていたのだろう。

 余談だが、調は「なるほど、だから『大事な客人』なのですね」と納得を示し、弦楽器をカードに戻して臨戦態勢を解いたようである。

「ボクはデュナミスと話をして来なきゃならないから、その間 彼のことを頼むね」
「かしこまりました。では、休憩室の一つに お通しする形で よろしいでしょうか?」
「うん、構わないよ。あ、一応 言って置くけど、くれぐれも余計なことはしないでね?」
「存じ上げております。そのためにもデュナミス様と話し合われるのでしょう?」

 フェイトとしては可能な限り手荒な真似はしたくない。話し合いで解決できるなら、話し合いで解決したいのである。

 ちなみに、調の言う休憩室とは、フェイトやフェイトガールズが休憩のために使っている部屋のことで、
 廃墟とも言える『王宮跡』の中では居住性が高い場所であるため、ある意味では最高の持て成しである。
 まぁ、そもそも来客など予定していないので、これ以外に持て成しようがないのが実情ではあるのだが。

「それでは、アセナ様。こちらへどうぞ。仮宿ですので、大した御持て成しはできませんが……」

 奥の方へ消えていくフェイトを見送った後、調の先導でアセナは廃墟の中を進んで行く。
 瓦礫が其処彼処に散乱しており、少し歩いただけでも『王宮跡』の荒廃振りが見て取れる。
 この分では案内される部屋も期待はできないだろう。だが、持て成されるだけマシだ。

「いえいえ。持て成しは心ですからね、持て成していただけるだけで充分ですよ」

 原作の明日菜は拘束されたうえ吊り上げられていたことを考えると、アセナの待遇は破格とも言える。
 いくらフェイトを丸め込んだ――もとい、信用させたとは言え、拘束一つしないのは驚きである。
 まぁ、良くも悪くも拘束する必要が無い と判断されているのだろうが、それでも待遇がいいのは確かだ。

「そう仰っていただけて助かります。私共にできる最大限の御持て成しをさせていただきます」

 そう言って、調は優雅に御辞儀をする。落ち着いた雰囲気も含めて、実に板に付いた所作だ。
 単にその場にいたから案内役を任された と言うよりは、相応しかったから案内役を任されたのだろう。
 少なくとも、アセナには そう見えたし、そう見えたからこそ待遇のよさに感謝するのだった。

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 …………………………………………………………

「御待たせ致しました、粗茶になります」

 部屋に通されてから待つこと数分、コーヒーとクッキーの盛り合わせを調が運んで来てくれた。
 学園祭での一件(39話参照)でクッキーの盛り合わせに少々トラウマ的なものを感じるアセナだが、
 そんな事情を調が知る由もない筈なので、感情は押さえて「ありがとうございます」と礼を述べる。
 と言うか、事情をわかったうえで やりそうな人物(木乃香とか茶々丸とか)が特殊なだけで、
 普通は事情がわかっていたら態々トラウマを刺激するようなことはしないため穿ち過ぎだろう。

「申し訳ありませんが、フェイト様は まだ時間が掛かるようですので……今のうちに他の従者も紹介いたします」

 そんなアセナの内心など知らない調は配膳をソツなく終えると、アセナに声を掛けつつ扉を開く。
 ちなみに、アセナの返事を聞かずに行動しているのは、アセナの返事を聞く気がないからである。
 いや、正確には「断る訳がない」と考えているだけで、調に悪気があってのことではない。
 まぁ、実際、相手の戦力を把握する観点でも紹介して欲しいので、アセナが断る訳がないし。

「右から、暦(こよみ)、環(たまき)、焔(ほむら)、栞(しおり)でございます」

 開かれた扉から姿を現したのは、四人の少女達だ。そう、少女達と表現した通り、全員 女のコである。男ではない。
 アセナは「フェイトちゃんみたいにTSしているかも知れない」と少しだけ怯えていたので、ちょっとだけホッとする。
 やはり、男に囲まれるよりは女のコに囲まれた方がいい。少しオッサン臭い考えだが、アセナの気持ちも よくわかる。
 待遇はいいものの敵地に近い場所なので存在するだけで精神が磨り減るのだから、それくらいの癒しはあるべきだろう。

 それはそうと、四人の説明をして置こう。

 まず、暦と呼ばれた少女だが……ネコ耳に黒髪おかっぱ が特徴的なネコっぽい少女である。
 もちろん、タチとかネコとかのネコではない(態々 言うことでもないが、敢えて言って置く)。
 原作では、ラカンにスカートをめくられた際に「黒は どうかと思うぞ」と酷評された少女だ。

 続いて環だが、ゴテゴテした角を生やした褐色の少女だ。竜族らしい。

 ラカンの評価をアセナ風にアレンジしたら「ぱんつ履いてない」となるだろう。
 ちなみに『パンツ』ではなく『ぱんつ』なのは、そっちの方が萌えるからだ。
 果てしなく くだらない理由だが、こだわりと言うものは そう言うものである。

 そして、焔だが……簡単に言うと金髪ツインテールと表現するのが一番シックリ来る。

 パイロキネシスと言うべき能力を持っており、左目の眼力で発火させられるようである。
 また、髪も燃やせるみたいなので、さすがは金髪ツインテールと言ったところだろう。
 きっとツンデレだと思われるが、アセナとしてはツンデレだろうとなかろうと どうでもいい。

 最後に栞だが、金髪ミディアムで耳が尖っている と言う説明くらいしか思い付かない。

 原作では、明日菜にキスして明日菜に変装し、明日菜の心を読んで明日菜に成り切っていた感じだ。
 ……何だか、明日菜が踏んだり蹴ったりで栞が悪人にしか見えないが、それは あくまでも原作の話だ。
 仮に、ここでも同じようなことをして それが露見したら……問答無用でネギに粛清されるだろう。

「話は通っているでしょうが、私はアセナ・ウェスペル・テオタナトス・エンテオフュシア――『黄昏の御子』です」

 調が御茶を用意している間に説明はされていただろうが、アセナは改めて自己紹介をする。
 それは、相手への説明の意味もあるが、何よりも自分への宣言の意味もあるからである。
 自ら『アセナ(中略)エンテオフュシア』と名乗ることで、退かない決意を示したのだ。

 そして、それぞれが何か思うところがあるのか、アセナの名を聞いた少女達は複雑そうな表情を浮かべる。

 そんな中、何故か栞だけは最初から最後まで変わらずにアセナを睨み付けていたことがアセナには非常に疑問だったらしい。
 まぁ、ぶっちゃけると、百合的な意味でフェイトを慕っているのでフェイトと仲の良いアセナに嫉妬しているだけだが。
 言うまでもなく「フェイトとの仲は比較的 良好である」としか受け止めていないアセナには皆目見当も付かない理由だろう。



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Part.02:運命は手繰り寄せるもの


(さて、ここまでは順調だったけど……この先がどうなるか、かなり微妙だなぁ)

 フェイトの説得はうまくいったし、フェイトの説得がうまくいったのでフェイトガールズも問題ない。
 一部、と言うか、栞に問題があるような気しないでもないが、シリアスな意味での問題はないだろう。
 だが、ここからは問題である。フェイトの上司的な立場であるデュナミスが どう出るか未知数なのだ。
 原作を参考にするなら「悪の秘密組織幹部としての矜持」とか言う理由で説得に応じてくれそうにない。
 むしろ、何故か半裸になって拳で語ろうとする気がしてならない。そう言うのはラカンだけで充分なのに。

(そりゃあ最終手段は用意してあるけど……できるだけ使いたくないんだよねぇ)

 アセナの言う最終手段とは、待機してもらっている護衛達(エヴァとかラカンとか)を『召喚』するだけだ。
 だが、単純な手だからこそ、防ぐのは難しい手段だ。せいぜい、『転移妨害』を張るくらいだろう。
 しかも、その『転移妨害』ですら(本山の時には どうしようもなかったが)今のアセナには大した問題ではない。
 とは言え、それはあくまでも最終手段だ。言葉で語って説得できるなら、それに越したことはない。

(まぁ、展望は悪いけど、ここまで来たら もう やるしかない、か……)

 相手がこちらの言葉に聞く耳を持たない可能性は高い。だが、それでもアセナのやることは変わらない。
 言葉で語り、それがダメなら(別の人間に)拳で語ってもらう。ただ、それだけのことでしかない。
 そう、言葉で納得させるか拳で納得させるか、結局は その二つのうちの『どちらか』でしかないのだ。

 フェイトの説得だって そうだった。実力行使も辞さない覚悟で挑み、その結果、説得に成功したのだ。

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「最近わかったことなんだけど……実は、オレって『黄昏の御子』なんだ」

 時間は、フェイトとアセナの対談時に遡る。魔法具で『認識阻害』を展開した後、アセナはザックリと本題を切り出した。
 まぁ、自身が『黄昏の御子』であることは、本山で対峙した時には既に確信していた(それ故に隠すのに必死だった)が、
 敢えて「最近 知ったこと」にすることでアセナは「フェイトを騙すつもりなどなかった」と言うアピールをしたのである。

「――え? 今、何て……?」

 アセナの放った言葉が あまりにもストレート過ぎたため、フェイトは告げられた事実を直ぐには理解できなかった。
 前振りもなく重要なことをサラッと告げるのはアセナの常套手段ではあるが、それに免疫のないフェイトには有効だ。

「だから、オレは『黄昏の御子』なんだってさ」
「そ、そんな!! ……それは、本当なのかい?」
「多分ね。『紅き翼』の面々の お墨付きだよ」

 本来なら『黄昏の御子』が見つかって嬉しい筈なのに、何故かフェイトはアセナの言葉が嘘であって欲しい と願っていた。
 そのため、一縷の望みに縋るような気持ちで訊ねたのだが、それを「疑っている」と受け止めたアセナはアッサリと肯定する。

「…………どうして、だい?」

 短くない沈黙の後、フェイトは疑問を発する。やっと声を絞り出したのだろう、その声音は掠れていた。
 足りない言葉も含めて考えると、正確な事情は定かではないがフェイトが疑問に襲われていることはわかる。

「ん? 何について『どうして』なのかな?」

 だから、アセナは優しく問い返す。フェイトが混乱しているうちに畳み掛けることもできたが、それはしない。
 好機を逃すのは愚かだが、アセナは真正面から対峙してフェイトを納得させる予定なので敢えて畳み掛けない。
 当然ながら、それはフェイトを気遣ってのことではない。あくまでも交渉後の協力体制を考えてのことでしかない。

「どうして……それを、ボクに、教えたんだい……? キミは、その危険性を、わかっているのだろう?」

 ところどころ突っ掛かりながら、フェイトは言葉を紡ぐ。危険なのがわかっていて、何故 教えてくれたのか、と。
 仮に、アセナが危険性を把握していないのなら、まだ納得はいった。だが、アセナが危険性を把握していない訳がない。
 どう考えても隠すべきことを態々 教えるのは道理に合わない。それ故に、フェイトは教えた理由を訊ねたのだろう。

「まぁ、知らせるべきだと思ったから、かな? ほら、オレ達は『協力者』なんだから、隠し事はするべきじゃないだろう?」

 言うまでもないだろうが、理由を説明する義理も義務もないアセナが態々 説明をしたのは、これからの話をスムーズにするためだ。
 まぁ、アセナが行った説明は「本当の理由(『始まりの魔法使い』と対談するため)」ではないので何の説明にもなっていないのだが。
 それでも、アセナはフェイトに理由を尋ねられ、『協力者としての立場』で説明をした。そう、少なくとも、要求に応じているのだ。

 つまり、フェイトに貸し(とは言っても小さいものだが)を作るような形にして、これからの主導権を握りやすくしたのである。

「でも、知らされたら――知ってしまったら、ボクは……ボクは、キミを、危険に晒さざるを得なくなってしまう。
 キミとの『契約』があるからボクが直接キミを どうこうすることはできないけど、他の者ならできてしまう。
 ボクが誰にも知らせなければ、ボクだけが知っている状況で止められたら、そうはならないかも知れないけど、
 残念ながら、ボクが知り得たことは――特に『黄昏の御子』のような重要な情報は報告の『義務』があるんだ。
 だから、知ってしまったボクは報告せざるを得ず、そして、報告がされればキミは狙われることになるんだ……」

 フェイトの声音そのものは落ち着いているが、その表情は悲痛そのものだった。
 見ている方が気の毒になるくらいにフェイトが苦しんでいるのがアセナにはよく伝わった。

「そっか……でもさ、それは『完全なる世界』が『黄昏の御子』を必要としているから起こるんだよね?」

 だからだろう、アセナはフェイトを慰めるように優しい声音のままで話し始める。
 本来なら、理詰めで納得させるつもりだったが、状況的に それは悪手だろう。
 今のフェイトに最も有効な説得方法はフェイトを落ち着かせることに違いない。

「と言うことは、『完全なる世界』が『黄昏の御子』を必要としなくなれば問題はなくなるんじゃないかな?」

 フェイトは、個人的にはアセナに危害を加えたくない。だが、『完全なる世界』に所属しているために、それができない。
 仮にフェイトが『完全なる世界』に逆らえるのならいいのだが、『造られた存在』であるフェイトには それもできない。
 ならば、どうするか? そう、アセナが言った通り、『完全なる世界』がアセナを必要としないようにすればいいのである。

「そもそも、『完全なる世界』の目的って魔法世界を崩壊から救うことで、『黄昏の御子』は その手段でしかないんでしょ?」

 繰り返しになるが、魔法世界は火星をベースとした人造異界であり、人造異界であるが故に崩壊は免れない運命にある。
 それに抗しようとしていることと20年前に『黄昏の御子』を用いた儀式をしたことを鑑みると、自ずと目的は見えて来る。
 そう、完全魔法無効化能力を利用して魔法世界を終わらせる――正確には、魔法世界を魔力に還元することが目的だろう。
 そして、得られた莫大なエネルギーを用いて新たなる世界を、崩壊の危険が極めて少ない【完全なる世界】を作るのだろう。
 まさしく『世界の終わりと始まりの魔法』の儀式だ。まぁ、これはあくまでもアセナの推論であり、実際のところは不明だが。

「言い換えるならば、『黄昏の御子』を利用した方法以外で魔法世界を救えれば、それでいいんじゃないのかな?」

 原作のネギのように「ボクには魔法世界の崩壊を止める手立てがある」とまでは言わない。
 アセナのプランは、崩壊させないことではなく、崩壊しても問題ないようにすることである。
 以前にも語ったように、アセナの計画とは「火星への移民(と言うか民族大移動)」なのだ。

 もちろん、火星と言ってもテラフォーミングして生物が住みやすくなった火星のことである。

「た、確かに尤もな話だけど……具体的には どうする気なんだい?」
「それは秘密。と言うか、それについては、そっちのトップに話すよ」
「……ああ、なるほど。つまり、キミの狙いは『それ』だったのか」
「まぁ、そうだね。『始まりの魔法使い』と直接 交渉したいんだよねぇ」

 ここでアセナは自身が『黄昏の御子』であることを告げた本当の理由を話す。既にフェイトが その気なので、隠す必要がないのだ。

「わかったよ。キミが『黄昏の御子』である情報と合わせて、交渉を望んでいることも伝えるよ」
「ありがとう、フェイトちゃん。それと、組織との板挟みを味わわせる形になってゴメンね?」
「いいよ――と、言いたいところだけど……お詫びに またキミのコーヒーを御馳走してくれるかな?」
「オレのコーヒー? ――ああ、麻帆良で振舞ったヤツね。じゃあ、腕によりを掛けて御馳走するよ」

 アセナと敵対しなくて済む可能性が見えたフェイトは、『造られた存在』とは思えない笑みを浮かべてアセナに約束を取り付けるのだった。

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(何だかフラグが立った気がしないでもないんだけど……とりあえずは、目下のことに集中して置こう)

 冷静になって考えてみると、フェイトの様子は『協力者』としてのものではなく『乙女』としてのものにしか見えない。
 アセナは人形を差別するタイプの人間ではないので、『造られた存在』に感情や自我や心や魂などが無いとは思っていない。
 むしろ、茶々緒や茶々丸やチャチャゼロと接しているので、『造られた存在』にも感情などは存在していると考えている。

 単に、説得中は説得することに必死だったし、説得が終わってからは今後のことに意識が向いていたので、そこまで気が回らなかっただけである。

 とは言え、アセナの言う通り、今はデュナミスの説得と その後に控えている『始まりの魔法使い』の説得の方が重要だ。
 フェイトのことは気にはなるものの、今は他の事を優先すべき時だ。フェイトのことは後で考えればいいだろう。
 まぁ、そうやって問題を棚上げにした結果、好ましくないタイミングで問題が浮上して来るのは最早『お約束』だろうが。



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Part.03:想定外の邂逅


(さて、そろそろ寝ようかな……)

 フェイトがデュナミスと連絡を取った結果、『墓守人の宮殿』へは明日行くことになったため今日は このまま『王宮跡』で休むことになった。
 それが罠を準備するための時間稼ぎなのか? それとも、単純に夜も遅いからなのか? それはアセナにはわからない。後者であることを祈るのみだ。
 ちなみに、寝込みを襲われる危険性はアセナもわかっている。だが、睡眠不足で脳の働きを阻害される方が困る。それ故にアセナは寝るつもりなのだ。

 だが、そんなアセナの考えを嘲笑うかのように、アセナが眠りに落ちようとした瞬間(ある意味でベストタイミング)に招かざる客が現れたのだった。

「どうも~~、おばんどす~~」
「兄ちゃん!! 久し振りやな!!」

 まぁ、口調だけではわかりづらいだろうから身も蓋も無く正体を明かそう。
 声の主は、フリル タップリの白ドレスを身に纏った眼鏡っ娘――月詠と
 犬耳少年にしか見えないが実は犬耳少女だった虚乳の犬っ娘――小太郎である。

「え~~と、キミ達、こんなところで何してんの?」

 アセナとしては、月詠がいることは想定内なので問題ない。だが、小太郎がいることは完全な想定外だ。
 ヘルマンの時に麻帆良に来なかったので、小太郎はこのままフェードアウトするものだ と考えていたのだ。
 鶴子の修行(と言うか調教)を終えたことは聞いていたが……まさか ここにいるとは思わなかった。

「決まってますやろ? 夜這い――もとい、挨拶をしに来たんですよ~~」

 何だか聞き捨てならない単語が聞こえた気がするが、ここは敢えて気にせずに流すところだろう。
 と言うか、アセナが訊きたいのは そこじゃない。この部屋にいる理由ではなく『王宮跡』にいる理由だ。
 まぁ、わかったうえでフザケているのだろうが、あまりフザケてもらいたくない状況なのである。

「なるほどねぇ。つまり、フェイトちゃん達に雇われたってところかな?」

 状況が状況なのと早く寝たいのもあって、月詠の悪フザケに付き合う気のないアセナはサクサク話を進める。
 月詠が「次期当主様はイケズどすなぁ」とか言っているが、気にしない。と言うか、気にしている余裕が無い。
 ちなみに、アセナの述べた理由は直球そのもので身も蓋も無いが、単に他の理由が思い付かなかっただけである。

「まぁ、月詠は そうなんやけど、ウチは月詠に誘われた形やな」

 月詠が「どうはぐらかして遊ぼうか」と軽く思案している間に横から小太郎が答える。
 アッサリと他人の事情を漏らすなよ と言うべきところだが、今回はグッジョブだ。
 月詠は「小太郎はん、今のはアカンえ?」と言っているが、アセナは問題ないので気にしない。

「へ~~、そうなんだ。じゃあ、月詠は何で小太郎を誘ったのかな?」

 そう、問題はそこだ。イレギュラーとも言える小太郎を招いた理由をアセナは知りたいのだ。
 それ故に、アセナは月詠の目を軽く睨む。それは「わかっているよね?」と言う無言の圧力。
 ここでも悪フザケをしたり下手な誤魔化しをするようならばアセナも『笑って』は許さない。

「……戦力は多い方がええ と思ったからですよ。それ以外には特に意味はありまへん」

 月詠は正直に答える。圧力に押された訳ではなく、単にデメリットの方が大きいからだ。
 現在のアセナは西の次期当主候補でしかない。だが、それでも逆らうのはリスクが大きい。
 逆らって得られるのは僅かな満足感であることを考えれば、正直に答える方が賢明だろう。

「なるほどねぇ。あ、ところで、小太郎は何で付いて来たの? 二人って仲が良かったんだっけ?」

 月詠の語った内容に嘘はない と判断したのか、それとも別の理由があったのか、アセナは それ以上の追求はしない。
 アセナは軽く納得を示すと、小太郎に疑問の矛先を変える。誘われたから付いて来た だけでは納得できないのだ。

「いや、報酬を分けてくれるっちゅー話やったし、修行になりそうやったからや。まぁ、都合がよかったんやな」
「なるほどねぇ。つまり、フェイトちゃん達に雇われたって言うより、月詠のサポート役って感じなのかな?」
「ん、まぁ、そうなるんやろうな。悪魔の襲撃ん時にフェイトの誘いを断っとるから、直接の雇用関係やないな」

 フェイトが月詠を雇ったのは、実力もあるが「雇いやすい」と言う理由もある。小太郎の様に「雇い難い」相手は、できるだけ雇いたくないのだ。

「ちなみに、一番の決め手は『一緒に来たら次期当主様に会える』っちゅう言葉ですけどねぇ」
「んなっ!? な、何を言う とんねん!! それは ついでみたいなもんや!! メインちゃうわ!!」
「まぁ、そう言うことにしてあげましょか。その代わり、今後は不用意なことは言ったらアカンえ?」
「うぐぅ……確かに、さっきのはウチが悪かったわ。今後は気を付ける。これで ええんやろ?」
「反省しとるなら今回は許しましょ。次期当主様は軽く流しましたけど、ウチは気にしてたんで」

 先程の仕返しに爆弾を投下する月詠に、慌てて弁明をする小太郎。二人はアセナそっちのけで口論を始めるが、アセナは特に気にしない。
 と言うか、アセナは「君子危うきに近寄らず」の心境だったので、気になる部分はあるが敢えてスルーし、嵐が過ぎ去るの待ったのである。

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「ところでさ、オレと会っても楽しいことないっしょ? 何で会いたかったのさ?」

 小太郎が落ち着いたのを見計らって話題を掘り返すような質問を投げ掛けるアセナ。
 別に小太郎をイジメたくてやっているのではない。不確定要素を減らしたいだけだ。
 ちなみに、月詠がいると小太郎も答えにくいだろうから、月詠には出てもらっている。

 もちろん、人斬り大好きな月詠と長時間 同じ空間にいたくない、と言う理由もあるが。

「そ、それは……クソバb――じゃなくて師匠の下で修行した成果を試したかったんや!!」
「いや、それだったらオレじゃなくてもいいじゃん。むしろ、オレには荷が重いよ?」
「罠を使いまくったとは言え、アレは兄ちゃんの勝ちや。せやから、リベンジしたいんや!!」

 少し言葉に詰まったが、本心でもあるのだろう。今にもアセナと戦いたそうな目をしている。

 アセナとしては「正直、相手するの面倒臭いなぁ」と思うだけだが、ここで適当に流すのは悪手だろう。
 ここでキチンと説得して置かなければ、嫌なタイミングで「勝負や!!」とか言い出し兼ねない。
 説明するのは面倒だが、先行投資と思えば痛くはない。何度も言うが、不確定要素は要らないのだ。

 ところで、「今 鶴子さんをクソババアって呼ぼうとしたよね?」と言うツッコミはしないのが、大人の対応だろう。

「言いたいことはわかったけど……オレ、明日に大事な話し合いを控えてるんだよね?」
「それは知っとる。って言うか、さすがのウチも『今直ぐに戦え』なんて言う気はあらへんよ」
「そっか。じゃあ、悪いんだけど、『再戦は またの機会に』ってことにしてくれないかな?」

 明日の話し合いが終わった後も いろいろと忙しくなることは予想されているため、できれば一段落してからにして欲しいのが本音だ。

「おぉっと、その手には乗せられへんで? 兄ちゃん、そう言って逃げる気やろ?」
「大丈夫、逃げないよ。何なら『誓約』してもいい。一段落したら絶対に戦うよ」
「……ん、わかった。そこまで言うんやったら、兄ちゃんを信じることにするわ」

 搦め手やらトラップを多用したアセナとしては、自身が信じてもらえないであろうことは覚悟していた。

 そのため、懐から『誓約の指輪』を取り出し、ブラフではなく本気で誓約する意思を見せる。
 しかし、小太郎は僅かに考えるだけでアッサリとアセナの言葉を信用し、誓約の必要はないと首を振る。

「ありがとね、小太郎」

 簡単に信じられたことに違和感を覚えるアセナだが、信じてもらえたこと事態は素直に嬉しい。
 だからだろうか? アセナは御礼を言いつつも、気付くと小太郎の頭を撫でていたのだった。
 茶々緒に「ナデポ狙いですか?」とツッコまれて以来、不用意に撫でないようにしていたのだが……

 まぁ、撫でてしまったものは仕方がない。今更 後に引けないアセナは、開き直って撫で続ける。

「…………小春や」
「ん? 小春って?」
「ウチの、本名や……」

 開き直って頭を撫で続けるアセナに対し、小太郎(改め小春)は照れているのか、ソッポを向きながら答える。
 小春は本名を教えているだけだが、きっと遠回しに「本名で呼んで欲しい」と言いたいのだろう。

「……そう。わかったよ、小春」

 この時のアセナは自分が敵地と言ってもいいところにいることも忘れて、とても穏やかな気分になれたそうだ。
 まぁ、直後に月詠が「次期当主様、少しは自重しまひょ?」とツッコんで来たので直ぐに思い出したそうだが。



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Part.04:想定内と想定外


「貴様が『黄昏の御子』か……」

 そして、日が明けて8月15日(金)。アセナは廃都の最奥部である『墓守人の宮殿』に辿り付いた。
 そんなアセナを出迎えたのは、魔法使い然としたローブを纏った黒髪に浅黒い肌を持った男の言葉だった。
 ちなみに、フェイトやフェイトガールズや月詠達はアセナの後方で控えて事の成り行きを見守っている。

「そう言う貴方は……デュナミスさんでいいんでしたっけ?」

 原作知識もあるが、フェイトから聞かされていた情報にもあったので、
 目の前の男がデュナミスである と断定することに迷いはない。
 仮面を外しているのは想定外だが、別にどうでもいい部分だろう。

「……ああ、そうだ。テルティウムから聞いたのか?」

 己の情報をアセナが知っていたことに対し、デュナミスは軽い疑問を呈するだけだ。
 名乗りもせずに相手に名を尋ねた非礼を無視して質問をすることは どうかと思うが、
 アセナ我の立場を考えると文句も言えない(アセナの立場は圧倒的に分が悪いのである)。

「ええ。そのテルティウムって言うのがフェイトちゃんのことなら、その通りです」

 アセナにとってフェイトは『フェイトちゃん』だ。テルティウムではない。
 何故なら、フェイトがテルティウムと言う呼称を嫌っているからであり、
 まるで、フェイトが「自分は造りモノじゃない」と言いた気だったからだ。

 余談だが、そんなアセナにフェイトが少し喜んだのは言うまでもないだろう。

「……そうか。しかし、敵地にあると言うのに気負いはないようだな?」
「いえ、そんなことはありません。緊張し過ぎていて逆に そう見えるだけですよ」
「ほぉう? 私には そうは見えぬな。むしろ、余裕綽々にしか見えぬぞ?」
「それは勘違いですよ。飲み込まれないようにしているだけで精一杯ですって」

 アセナは言葉では否定しているが、顔に貼り付けた薄笑いが その真意を読ませない。

 そもそも、アセナが話し合いに来たのは確かだが、相手がそれを受け入れるか否かは定かではない。
 つまり、いつ戦闘になってもおかしくないうえに ここは敵地としか言えない場所なのだ。
 それ故に、そんな状況でも恐れや緊張を見せないアセナにデュナミスは一定の評価を下したのである。
 それが虚栄であったとしても、自信に裏打ちされているのだとしても、この際どうでもいい。
 大切なことは、圧倒的に不利な状況でも恐怖や緊張を表に見せていない と言う事実だ。

 ここで「アセナは完全魔法無効化能力があるから余裕なのでは?」と思われるかも知れない。

 しかし、完全魔法無効化能力は、あくまで魔法(や気)による現象を無効化するだけでしかない。
 言い換えるならば、魔法(や気)によって二次的に起こされた現象までは無効化してくれないのだ。
 具体的に言うと、魔法の炎は無効ができて、魔法の炎による火災までは無効化できないのである。
 つまり、完全魔法無効化能力を持っている『だけ』のアセナを害する方法など いくらでもあるのだ。

「……まぁ、いいだろう。内実はどうあれ、私のやることは変わらんのだからな」

 そう言って、デュナミスは無言で踵を返すとスタスタと奥に歩を進めていく。
 どうやら「付いて来い」と言うことなのだろうが、一言くらい欲しいものだ。
 まぁ、問答無用で襲撃されなかっただけマシなので軽く嘆息するだけに止めるが。

「ああ、わかっているだろうが、協力するか否かは造物主様の意向に拠る。故に、まずは造物主様を説得するのだな」

 しかし、それだけでもアセナの不満を察したのか、途中で足を止めたデュナミスがクルリと振り向いて今更なことを言う。
 フェイトから説明を受けていたアセナとしては既にわかっていたことだが、それは案内を始める前に言うべきことだろう。
 これがデュナミスのクオリティなのかも知れないが、もう少し気遣いをしてくれても罰は当たらないのではないだろうか?

「所詮、私は駒に過ぎぬ。せいぜい、貴様を造物主様の元に案内するだけが関の山さ」

 自嘲的なセリフを漏らしつつ踵を返し、再び奥へと歩を進める。
 さっきよりは気持ち歩調は遅めだが、それでも気遣いは皆無に近い。
 まぁ、歓迎される訳がないので、これでも充分と言えば充分だが。

「――と、言うと思ったか!? 飛んで火に入る夏の虫とは まさにこのこと!!」

 だが、三下キャラの如く今までの流れをブチ壊して襲い掛かって来るのは どうかと思う。
 いや、今までの流れはアセナを油断させるためのものだ と考えれば、それはそれで有りだが。
 むしろ、まともなデュナミスより三下臭いデュナミスの方が『らしい』と言えば『らしい』。

「まぁ、落ち着かんか、デュナミスよ」

 咄嗟に『咸卦法』を使って迎撃しようとしたアセナだったが、その前に現れた人物によって阻害される。
 その人物はデュナミスのようにローブを身に纏っており、その背丈は子供の様に小さい。
 ここまで言えば おわかりだろう、フェイトやデュナミスに『主(ぬし)』と呼ばれる人物である。

 ちなみに、フェイトも反応していたようで、『主』がもう少し遅ければフェイトがデュナミスを迎撃していたことだろう。

「グブゥ!! な、何をする!? 血迷ったか、『主』よ!!」
「……なに、アツくなったバカを止めに来ただけじゃよ」
「何だとぉ!? と言うか、バカとは私のことかぁああ?!」
「バカをバカと言うて何が悪い。と言うか、落ち着かんか」

 ちなみに『主』の手はデュナミスの胸部を貫いており、「止めに来た」レベルを遥かに超えている。
 だが、相手がデュナミスなので特に問題はないだろう。だって、殺しても死にそうにないし。

「まったく、話し合いに来た者を捕らえるなど……貴様にプライドはないのか?」
「ハッ!! そんなくだらんもの、クルトやタカミチから逃げる時に捨てたわ!!」
「いや、そこで大威張りで肯定するな。せめて、恥ずかしそうに肯定せんか」
「ええい、うるさい!! 世の中と言うものはプライドだけでは渡っていけんのだ!!」

 デュナミスはクルトやタカミチから逃げるために「死んだ振り」までしたのだ。最早プライドなど無い。
 ところで、どうでもいいことだが、胸を貫かれたのにデュナミスが元気なのは『核』が無事だからである。

「尤もな意見じゃが、『悪の秘密組織幹部としての矜持』とやらはどうした?」
「旧世界には素晴らしい言葉がある、『それはそれ、これはこれ』と言うな!!」
「はぁ……ワシが悪かった。言い換えよう。貴様に『美意識』はないのか?」
「むぅ、『美意識』か。なかなか いい言葉だな。わかった、納得してやろう」

 そんなことで納得するデュナミスに「『完全なる世界』が こうなったのってコイツのせいじゃなかろうか?」と思う『主』は悪くないだろう。

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「しかし、変われば変わるものじゃな」

 デュナミスに代わって案内役となった『主』と共に歩くこと数分、『主』が唐突に切り出した。
 その声音は何かを懐かしむようであり、アセナの想像でしかなかった可能性を確信に近付ける。

「もしかして、貴方は……オレの――?」
「――さてな。ワシは単なる『墓所の主』じゃよ」
「そうですか。ならば、何も聞きません」

 一時期アセナは『主』のことをナギの師であるゼクトだ と考えていたが、今では考えを改めている。
 まぁ、今は『主』の正体について言及するような状況でもないので、この場での追求はあきらめるが。

「それよりも、勝算はあるのか?」
「少なくとも負けるつもりはありません」
「そうか。ならば、何も言うまい」

 ここで言う勝算とは「『始まりの魔法使い』を説得できるか否か」だ。実際に戦う訳ではない。
 まぁ、仮に戦わざるを得ないような事態に陥ったとしてもアセナには勝算はあるが、それは また別の話だ。

「……心配していただき、ありがとうございます」
「別に心配などしておらん。ただ気になっただけじゃ」
「ここは『ツンデレ乙』とか言うべきところでしょうか?」
「勝手に言っておればよかろう? ワシは関与せん」
「そうですか。じゃあ、勝手に言って置くことにします」

 実際にテレている訳ではないことなど わかり切っているが、それでもツンデレと言うことにして置く。
 何故なら「ワシには心配する資格などないだけじゃ」などと言われたら、湿っぽい空気になってしまうからだ。

「では、ワシも勝手に言おう。仮に貴様が失敗したとしても当初の予定に戻るだけじゃ、とな」

 それは、遠回しな励まし。「だから、気楽にやれ」とも「だから、失敗するな」とも取れる言葉。
 だが、『主』がアセナの背を押そうとしてくれたのだけは理解できた。だから、アセナは心中だけで礼を述べる。
 口に出して礼を述べたところで『主』が素直に受け取ってくれないことなど わかりきっているからだ。

(ありがとうございます……父さん)

 礼の後に続けられた言葉は、アセナが想定した『主』の正体。確定した訳ではないので、あくまでアセナの想定でしかない。
 だが、きっと的を外れたものではないだろう(少なくとも、アセナの親類であることは原作のネギの言葉でわかっている)。
 それ以降は特に会話をすることもなく、一行は奥へと歩を進める。そこで眠る『始まりの魔法使い』と対峙するために。

 そして、一行は『始まりの魔法使い』の封印を解くための儀式を執り行う祭壇へと辿り付いたのだった。

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 ………………………………………………
 …………………………………………………………

「――これで、儀式は無事に終了した。後は封印が解けるのを待つだけだね。協力 感謝するよ、神蔵堂君」

 地球と魔法世界を繋ぐ11のゲートが破壊されたことで、本来なら地球に流れる筈だった莫大な魔力が魔法世界に留まり、
 その留まった魔力が閉鎖されただけの状態である旧オスティアのゲートに集まり、巨大な魔力溜まりを形成していた。
 フェイトは その魔力を利用することで、麻帆良の地下に封印されていた『始まりの魔法使い』を一時的に復活させたのだ。

 ちなみに、『始まりの魔法使い』の復活を一時的と表現したのは、アセナとの話し合いのために予定より早く復活させたからだ。

 本来なら約2ヶ月後(10月11日)に行う予定の儀式であるため、魔力溜まりに溜まった魔力が圧倒的に不足していたのだ。
 一応は補填としてアンドロメダがアセナから提供されたが……予定の魔力量には届かず、一時的にしか復活できなかったのである、
 まぁ、アセナとしては話をする時間さえ取れればいいので、一時的な復活は ある意味では願ったり叶ったりの展開なのだが。

「いや、オレから望んだことだからね。むしろ、礼を言うのはオレの方だよ。ありがとう、フェイトちゃん」

 先程フェイトがアセナに礼を述べたのは、アンドロメダを提供されたから だけではない。
 アセナの協力で復活の儀式に重要な影響を与える『造物主の掟』が手に入ったからでもある。
 まぁ、そうは言っても、アセナの要望で予定を変えてもらったのが諸々の元凶であるので、
 アセナの方が礼を言うべきであり、フェイトから礼を言われる様な理由はないのであるが。

「それでも、キミが協力してくれたから一時的とは言え復活させることができたんだ。素直に感謝を受け取って欲しい」

 言うまでもないことだろうが敢えて言って置くと、フェイトが復活の儀式を執り行ったのは他に適任がいないからだ。
 本来なら、立場的にデュナミスが執り行うべきなのだが、アセナを襲撃しようとした前科があるので候補から外されたのである。
 まぁ、デュナミスとしては「せっかくカモがネギ背負って来てるんだから、狩らないとか有り得ない」と言いたいだろうが。

「……それなら、素直に受け取って置くよ」

 アセナが苦笑しながらフェイトの感謝を受け取っている傍らで『造物主の掟』が塵となって消えていく。
 フェイトが消したのではなく、今回の件(復活の儀式)が終わったら消えるような仕様だったのである。
 もちろん、フェイトが信用できないのではなく、デュナミスが信用できないから取られた処置だ。

 ちなみに、それがわかっているフェイトは「仕方がない」と受け入れてデュナミスへの苛立ちを募らせたらしい。



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Part.05:始まりの魔法使い


「……ふむ。1久方振りの目覚めなので状況が よく把握できていないが、何らかの用件があるのだろう?」

 封印が解けた『始まりの魔法使い』は軽く周囲を見渡した後、目の前に佇んでいたアセナに問い掛けた。
 アセナを臣下として扱わずに「用件がある」と考えたのは、アセナが臣下の礼を取っていないからだろう。
 ちなみに、アセナの後方に人形(フェイトのこと)も見えたが、状況的にアセナへの問いを優先したようだ。

「ええ。魔法世界の存亡について話して置きたいことがあるんですよ、造物主殿」

 フードを目深に被っているが、僅かに見える相貌はナギ・スプリングフィールドのものだろう。
 アセナにとっては人形から解放してもらった恩人だが、原作で知っていたので動揺することではない。
 ただ、ネギには見せたくないな と思うだけだ。薄情かも知れないが、今は そう言う状況なのだ。

「ほぉう? よかろう。目覚めの余興に聞くだけなら聞いてやろうぞ、『黄昏の御子』よ」

 別にアセナは名乗ってはいないが、『始まりの魔法使い』――造物主には わかるのだろう。
 まぁ、アセナも今更 隠すつもりはなかったので、見抜かれようと別に大した問題ではないが。

「単刀直入に話しますと、貴方方が進めている【完全なる世界】への移行についてなのですが……
 申し訳ありませんが、これをやめていただきたいのです。もちろん、代替案は用意してあります。
 と言うか、代替案があるからこそ【完全なる世界】への移行を反対をしているんですけどね?」

 スラスラと淀みなく話していたアセナだが、ここで一端 言葉を区切って造物主の反応をチラリと窺う。
 それに気付いたのか、造物主は「続けよ」と言わんばかりに無言で頷いたので、遠慮なく続けることにする。

「では、その代替案なんですが……今の予定では、魔法世界とは別の『新天地』を用意して、
 そこに魔法世界の生物――人間や亜人だけでなく他の動植物も移住させる と言うものです。
 まぁ、動植物をすべて移住させるのは無理でしょうから、可能な限り とはなりますけどね」

 一通りの説明を終えたアセナは「いかがでしょうか?」と問い掛けるように造物主の瞳を覗き込む。

 造物主が取ろうとしてい言る手段は「【完全なる世界】を『創造』して、そこに魔法世界の生物を『送る』」と言うもので、
 それに対してアセナが提示した手段は「『新天地』を『用意』して、そこに魔法世界の生物を『移住させる』」と言うものだ。
 両者の案は似ているが、決定的に違う。そう、アセナはハッキリと「新しい世界を造る気などない」と言っているのだ。

「…………その『新天地』とやらに心当たりがあるのか?」

「ええ、あります。そのうえ、そこを生物が住み易い環境にする手段も見当が付いています。
 問題点があるとすれば、時間ですけど……それも、『とある技術』によって解決が可能です。
 まぁ、貴方方や元老院などの勢力を味方に引き込むことが前提条件ではありますけどね」

 造物主もアセナの言わんとしていることに気付いたのか、『新天地』について訊ねる。
 それに対し、アセナは用意していた答えを述べるように淀みなく説明をする。
 まぁ、『ように』とは言ったが、実際に答えを用意していたので『ように』ではないが。

 ちなみに、アセナの言う「時間の問題を解決するための とある技術」とは、カシオペアのことだ。

 カシオペアで長時間の時間跳躍をするには、世界樹の大発光レベルの魔力が必要となる。
 だが、逆に言うと、世界樹の大発光レベルの魔力があれば長時間の時間跳躍が可能なのである。
 つまり、魔力を掻き集めてもいいし、最悪22年後の大発光を待てばいいだけの話なのだ。

「……その話が本当ならば、乗ってやらんこともないな」

 極言すると、造物主の目的は「魔法世界を救うこと」だ。その点で、アセナと造物主の目的は一致しているのである。
 両者は ただアプローチの方法が違うだけだ。しかも、アセナの話が本当ならアセナの案の方がリスクが少ないのだ。
 と言うのも、いくら崩壊しないように造っても人造異界である以上【完全なる世界】も いつかは壊れる定めにあるからだ。

「――だが、貴様は本当に私の目的が『魔法世界を救うだけだ』と思ったのか?」

 アセナの案に理解を示してはいたが、造物主は「だが断る」とでも言いた気な態度でアセナの提案を蹴る。
 そう、造物主の目的が「魔法世界を救うこと」『だけ』なら、アセナの案に乗るのも吝かではなかっただろう。
 しかし造物主の目的は それだけではない。別の目的もあって【完全なる世界】への移行を望んでいたのだ。

「まぁ、正直、別の目的もあるんじゃないかなぁ とは思っていましたけど……」

 当然、アセナも その想定はしていた。アセナの持っている原作知識では造物主の目的まではわからなかったが、想定くらいはできていた。
 と言うか、魔法世界を救うだけならネギの案を一考すべきだったのに そうしなかったのだから、別の目的があった としか思えない。
 ちなみに「物語的に(と言うか、バトル漫画っぽい展開的に)話し合いで終了しては盛り上がらないから」と言う理由は考えてはいけない。

 ところで、アセナの歯切れが悪いのは「想定はしていたが、できれば そうであって欲しくなかった」と言う想いがあったからである。

「貴様の案では、魔法世界の崩壊を回避しただけに過ぎぬ。そう、世界は歪なままだろう。それでは、意味が無いのだ」
「……つまり、世界の『歪み』とやらを正したくて、【完全なる世界】へ移行させたかった……と言うことですか?」
「そうだ。せっかく『魔法使いのための理想郷』を造ったと言うのに、結局 魔法世界は【現実】と同じ様に不平等だ」
「月並みな言い方ですが……それが人間でしょう? 人間の世界は平等に不平等です。それは歴史が証明しています」

 抗弁しながらも、アセナは遣り難さを感じていた。造物主の目的が あまりにも「綺麗 過ぎるから」だ。

 アセナは どちらかと言うと現実主義者だが、理想を掲げること自体は否定していない。いや、どちらかと言うと肯定している。
 しかも、アセナは不平等を受け入れてはいるが、それでいい と思っている訳ではない。是正できるなら是正したいと考えている。
 それ故に、アセナは造物主を否定したくない。だが、状況的に否定せねばならない。その理想が自分を下敷きにするものだからだ。

「たとえ そうだとしても……いや、そうだからこそ、私は【完全なる世界】を――誰もが平等に平等となれる理想郷を造りたいのだ」

 アセナの完全魔法無効化能力によって魔法世界を魔力へ還元し、その魔力で【完全なる世界】造り出して そこに魔法世界の生物を送る(移動させる)。
 それだけだったなら問題ない。それだけならば、アセナは否定しない。むしろ、肯定するだろう。いや、場合によっては協力していたかも知れない。
 だが、その作業の中で、間違いなくアセナは死ぬ。世界を まるごと魔力へ還元してしまうのだから、アセナに掛かる負荷は想像するだけで恐ろしい。
 自分を犠牲にするだけで理想郷を造れるのだから、自分を犠牲にするのが人の道かも知れない。だが、アセナには「そんなの御断り」でしかないのだ。

「なのに、何故 貴様は それを否定するのだ? 貴様の言う『新天地』で理想郷を実現させることができる とでも言う気か?」

 アセナは、自分にとって大切なもののためなら いくらでも命を懸けられる。最悪の場合は、自分を犠牲にすることすら厭わない。
 だが、【完全なる世界】によって救われるものの中に、アセナにとって大切なものが『すべて』含まれている訳ではない。
 顔も名前も知らない他者のために自分を犠牲にする気など更々ないのだ(せいぜいが身を切る程度だろう、命までは賭けられない)。

 まぁ、アセナにとって大切なものの『すべて』が【完全なる世界】によって救われるのなら、アセナは喜んで協力していたかも知れないが。

「根本がズレていますよ。そもそも、オレは魔法世界を救いたいだけで、理想郷を作りたい訳じゃないんです」
「……ならば、魔法世界を救ったうえで理想郷を造る私の【完全なる世界】に反対する訳ではないのだな?」
「いえ、それは『やめていただきたい』と最初に言いましたでしょう? その意見は今でも変わっていませんよ」

 大切なものが『すべて』救えないために賛成できない、それもある。だが、それ以外にも『納得できない部分』があるのが大きい。

 平等な世界とは一見 素晴らしいものに見える。だが、それは競争の無い世界なのではないだろうか?
 競争がなければ進化がなく、進化しなくなった生物は滅びるだけだ。生きている意味が無いだろう。
 そう、造物主の言う理想郷は緩やかな滅びでしかない。故に、たとえ不平等であろうも現実の方がマシだ。

 だが、そうは言っても、アセナは その理想郷そのもの を否定しないし、自ら望んで微温湯に浸かるならば止めもしない。

 アセナが否定するのは、意思を確認することすらせずに勝手に浸からせる――勝手に【完全なる世界】に移行することだ。
 一方的な救済を与えることは優しさでも何でもない。むしろ、相手の意思を無視した暴力と何も変わらないだろう。
 極論になるが、アセナにとっては「異教徒は死ぬことでしか救われない」とか考えて虐殺しまくる狂信者と大差がないのだ。

 それ故に、アセナは造物主を否定する。「神様を気取るのも大概にしろ」と、「お前の理想を他人に押し付けるな」と、否定するしかない。

「…………どうやら、言葉では わかり合えぬようだな」
「まぁ、言葉だけで わかり合えたら世話ないですからね」
「それならば、残念だが ここからは拳で語るしかないな」
「やはり、それしかないでしょうね。オレも残念ですよ」

 だからだろうか? 予定調和の如く、造物主とアセナの戦いは始まったのだった。



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Part.06:切札は最後に切るもの


「『来れ(アデアット)』」

 戦闘の火蓋が切って落とされた直後、アセナは自身のアーティファクトである『ハマノヒホウ』を呼び出す。
 入手した直後(32話)の頃は黒い金属製の杖でしかなかったが、今ではカードの図柄通りに顕現できている。
 そう、つまり『造物主の掟』に等しい能力を持っている と言うことであり、魔法世界ではチートに近い代物だ。

 何故なら、今のアセナは任意で「魔法による現象」や「魔法で造られた物質」を魔力に還元できるため、アセナへの攻撃手段が限られるからだ。

 完全魔法無効化能力だけならば、火災を起こす などの二次的被害で攻撃することもできた。
 だが、今のアセナは火災の火種そのものを消し去ることができるため攻撃の手段が皆無に近い。
 まぁ、造物主の肉体は現物であるので肉弾戦なら通るが……そんなことはアセナも熟知している。

 だから、アセナは迷いなく『瞬動』を最大威力で用いて、造物主から一気に距離を取る。

 もちろん、ただ造物主から逃げた訳ではない。予め用意して置いた『切札』を切る時間を稼ぐために距離を取ったのである。
 そう、ラカンやエヴァなどの護衛を呼び出すための時間を――呼び出すことを阻害する『転移妨害』を破壊する時間を作ったのだ。
 ちなみに、造物主がアセナを攻撃しなかったのは、デュナミスやフェイトなどの手勢を召喚するためで空気を読んだ訳ではない。

「『無極而太極(無極にして太極なり)』……っと」

 アセナが真言を唱えて『ハマノヒホウ』を振るうだけで周囲を覆っていた『転移妨害』が瓦解する。
 説明するまでもないだろうが、アセナの唱えた真言は『無極而太極斬』と同種のものである。
 使っている獲物が刃ではなく杖のような鍵なので『斬』とはならないため、原義を唱えているのだ。

「それじゃ、『召喚』、ジャック・ラカン、タカミチ・T・高畑、クルト・ゲーデル」

 そして、それぞれに渡して置いた『転移符』を(遠隔操作で)起動することで護衛達を戦場に呼び出す。
 事前通告もせずに問答無用で呼び出したことに「ちょっとヒドくない?」と思われるかも知れないが、
 造物主と対話を始める前に「いつでも出れるように準備して置いて」と伝えてあったので、特に問題はない。

「ラカンさんはナギさんに取り付いた造物主をお願いします。で、タカミチとクルトはデュナミス――残念臭のするイケメンを お願い」

 召喚した時には既に臨戦態勢を取っている三人を頼もしく思いながら、アセナはそれぞれに指示を出す。
 もちろん、デュナミスの扱いが悪いように聞こえるのは気のせいだ。と言うか、気にしてはいけない。
 三人も気にしていないようで、それぞれ「おうよ!!」とか「わかったよ」とか「畏まりました」と返って来る。

 まぁ、ラカンの行動は逸早くて、返事する前には造物主に殴り掛かっていたが。

「ってことで、ナギ――いや、今は造物主か? まぁ、とにかく、久々にヤろうぜ?」
「……ジャック・ラカンか。これは采配ミスだな。貴様では私の相手をできんぞ?」
「それは10年前までの話だ。こっちだって『それなりの対抗手段』を用意してるんだよ」
「世迷言を……所詮は『人形』。『人形』では『人形遣い』に触れることさえ叶わぬ」

 対抗手段を用意したのはアルビレオで、ラカン自身は「気合で何とかする」としか考えていなかったが、そこはツッコんではいけない。

「言葉は要らねぇ!! 喰らえ、ラカン・インパクトォオオ!!」
「だから無駄だと言って――ッ!! なんだ、と……?」
「ハッ!! だから言ったろう? 対抗手段は用意してるってな」

 確かに、羅漢人形は人形だ。だが、それは造物主の言う『人形』とは違う。羅漢人形は魔法と科学のハイブリッドな魔人形なのだ。

「20年前には為す術も無く地に伏せるしかなかったが……今回は違うぜ?」
「……そのようだな。私に戦いを挑むだけの最低ラインは越えた、と言うことか」
「ああ、そうだ。ここからは造物主と被造物の関係じゃねぇ。覚悟しろよ?」

 そして、ラカンと造物主の間で激闘が始まった。ところで、タカミチ達は と言うと……

「おのれ!! タカミチ・T・高畑!! クルト・ゲーデル!! ここでも立ちはだかると言うのか!!」
「まぁ、そうだね。貴方が那岐君を害しようとする限り、ボクは いつまでも立ちはだかり続けるよ」
「タカミチと同じ意見と言うのアレですが……アセナ様のため、貴方には這い蹲っていてもらいます」

 何故か全裸になった後ムキムキ(しかも黒光りしている)に変身したデュナミスに恨み言をぶつけられていたが、華麗に流していた。

「と言うか、あの時 排除したつもりだったのですが……ゴキブリ並みにし ぶといですねぇ」
「クックックックック!! そこが甘いのだ!! あの程度で私が死ぬ訳がないだろう?!」
「それなら、再び打ち砕くよ。何度 来ようとも その度に打ち砕けばいいだけのことだからね」

 デュナミスが凄い勢いで「死んだ振りで回避した死亡フラグ」を復活させたように見えるが、それは気のせいだろう。むしろ、気にしてはいけない。

「フン!! 悪の秘密組織幹部として、そう何度も何度も敗れる訳にはいかぬ!!」
「そうかい? でも、こちらも那岐君の護衛として、敗れる訳にはいかないね」
「またもや同じ意見でアレですが……アセナ様のため、我々に敗北は許されません」

 言葉での応酬に決着が付いたのか、タカミチは拳をポケットに収め、クルトは剣を抜いて構える。

 そんな喧騒を尻目にし、アセナは それまで動きを見せていなかったフェイトに向き直る。
 まぁ、正確には動いていなかったのではなく、従者達に『念話』で連絡をしていたのだろうが。

「こんなことになるなんてね……とても残念だよ」
「まぁ、そうだね。残念なのはオレも同意権だよ」
「……正直に言うと、ボクはキミと戦いたくない」
「オレも そうさ。だから、オレはキミと戦わない」

 二人の間には「敵対しない」と言う契約がある。だが、二人の間には それ以外のものもある。
 そう、戦いたくない と言う気持ちがある故に、アセナが『念話』を使う隙を見せてもフェイトは見逃すのだ。

『だから、エヴァ。フェイトちゃんのことは頼んだよ?』

 そして、『念話』で呼び掛けたエヴァが『転移』で現れた後、アセナは何も言わずに その場を後にする。
 アセナがフェイトの『死』を望んでいないことなど、エヴァは言われなくても わかり切っているからだ。
 エヴァは「相変わらず甘いな」と言いた気だが「まぁ、その甘さは嫌いではないがな」とも言いた気だ。
 だから、アセナは無言で 離脱した。アセナには やることがあるため、立ち止まっている訳にはいかないのだ。

「――つまり、ワシの相手をしてくれる と言うことかのぅ?」

 戦場を離脱しようとしたアセナを阻むように、ローブを纏った小柄な人物――『主』が話し掛けて来た。
 先程デュナミスを止めてくれたし、今も殺意を感じられないが、だからと言って安心してはいけない。
 造物主との交渉が決裂した今は戦闘状態にある。戦闘時に油断をして後ろから刺されたら目も当てられない。

 しかし、どうしてもアセナは『主』と戦う気になれない。それ故に、躊躇無く伏せて置いた手札を切る。

「いえ、それは気が引けるんで……チャチャゼロ、頼んだよ?」
「ヒャッハー!! ヤット出番ダゼ!! 切リ殺シテヤルゼェエエ!!」
「あ、仕方ないから切るのは認めるけど、殺すのは やめてね」

 そう、ポケットに忍ばせて置いた『袋』からチャチャゼロを取り出したのである。

「オイ、コラ!! オマエ ハ鬼畜カッ!? 更ニ我慢シロッテノカ!?」
「まぁ、後で殺していい対象は用意するから、今回は我慢して」
「コノ ド下種野郎メ!! 絶対ニ用意シロヨ!? 絶対ダカラナ!!」

 少しだけ「絶対に押すなよ!!」的な振りにも聞こえたアセナだが、大人しく「約束するよ」と返事するに止める。

「……やれやれ、『闇の福音』の殺戮人形、か。まぁ、相手に不足は無いのぅ」
「ケッケッケッケ……ナカナカ言ウジャネェカ? コイツハ楽シメソウダゼ!!」
「まぁ、所詮は余興じゃ。お互い、死なない程度に楽しむことにしようぞ?」

 正直、テンションの高いチャチャゼロが暴走しないか心配と言えば心配だが、味方以外を心配している余裕など今のアセナには無い。

「ならば、我々が御相手させていただきます」
「……いや、キミ達には既に適任がいるから」
「既に? 適任? ――ッ!! ま、まさかっ!?」

 アセナに余裕が無いのは、残った戦力であるフェイトガールズがアセナに立ち塞がったからではない。それは既に問題ではないのだ。

「にとーれんげき、ざんくーせーん」
「クッ!! やはり!! 月詠!!」
「おのれ!! この裏切り者が!!」

 フェイトガールズの後方から、間の伸びた声で斬撃が見舞われる。そう、考えるまでも無く、月詠の仕業である。

 月詠が放った斬撃をギリギリで躱わしたフェイトガールズのうち調と焔が接近する月詠の迎撃に当たる。
 だが、月詠は滑らかな『虚空瞬動』で調の奏でた音撃を躱わしつつ『斬魔剣』で焔の紡いだ炎を切り裂く。
 と言うか、二人が攻撃している間にアセナを閉じ込めようとしていた暦と環に牽制を行う余裕すらあった。

 そして、アセナを庇うようにアセナの隣に着地すると、先程の言葉が気にしているのか軽く小首を傾げる。

「裏切り者、どすか? ん~~、人聞きの悪いことを言うのは あかんどすえ~~?
 ウチは最初っから『仕事より個人の事情を優先させてもらいます』と言うておりましたえ?
 フェイトはんも それは納得済みやったし、貴女達にも話してあったと思うんどすが?」

 そう、最初から手札は用意してあったのだ。当然、昨夜の段階ではなく、京都で鶴子に預けた段階から だ。

「つまり、アセナ殿の味方をすることが個人の事情だと?」
「ええ。何せ、この方は西の次期当主様ですからな~~」
「意外だな。そう言った事情など気にしないように見えたが?」
「まぁ、ウチにも『いろいろ』と事情があるんどすよぉ」

 身も蓋も無く種明かしをすると、アセナが月詠を手札にできたのは「時が来たら『本気の刹那』と死合わせる」と言う餌を与えたからだ。

「ならば、遠慮はしない!! 『時の――』」
「――ハッ!! ウチのことも忘れたらアカンで?」
「クッ!! 犬上っ!! 貴様も裏切ると言うのか?!」

 懲りずにアーティファクトを使おうとした暦を遮るように暦の『影』から小太郎――いや、小春が飛び出す。

「まぁ、ウチが月詠の手伝いやからってのも あるんやけど……
 やっぱ、ウチも兄ちゃんの迷惑になることはできんからな。
 西とか師匠とか関係なく、兄ちゃんとは再戦する約束があるからな」

 照れているのか、小春は「兄ちゃんのためやないで?」と言いつつアセナのために戦う。どうやら、ツンデレでもあったようだ。

「じゃあ、月詠は、調と焔を抑えて。小春は、暦と環を お願いしていいかな?
 残る栞だけど……この場にいないから、どこかで隠れてるのかも知れないね。
 まぁ、栞は非戦闘員っぽいんでオレでも対処できるから、二人は四人を頼むよ」

 当然だが、小春が敵に回る場合もアセナは想定していた。そのため、アセナはネギや茶々緒と言う手札も残している。
 故に(まず有り得ないだろうが)栞が『何か とてつもないこと』を企んでいたとしても、何も問題ないのである。

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「さて、みんなが時間を稼いでくれている今がチャンスだね」

 戦線から離脱したアセナは、すべての敵性体が自分に注意を払っていないことを確認すると、
 ケルベロス・チェーンで『ゲート』を開いて『影』からアルビレオの魔人形を取り出す。
 ちなみに『袋』に収納していないのは、時間が止まるためアルビレオが状況確認をできないからだ。

「お疲れ様です。状況はベストではありませんが、ベターの範疇です。ですから、大船に乗ったつもりでいてください」

 魔人形なアルビレオは懐から“6基”のアンドロメダを取り出すと、自らを中心とした六芒星を描くように配置する。
 それは、アルビレオを世界樹に見立てた大発光と似たような構図であり、解放された魔力が相乗効果を発揮する。
 結果、生み出された魔力は大発光に匹敵し、その「精神に影響を及ぼす」と言う効果と相俟って『とある魔法』を可能にする。

 準備を終えたアルビレオは、莫大な魔力に指向性を持たせるために呪文と言う名の『力ある言葉』を紡ぎ始める。

「パピルス・タルピス・ロン・ジンコウ。我が紡ぐは永劫の彼方に忘れ去られし言の葉。
 其は 日輪と月輪の雫にして、暁と宵の欠片。其は 赤と青の継承者にして、白と黒の守護者。
 其は 世を遍く照らす光にして、世を悉く覆う闇。故に、其は『肉と魂を別つものなり』」

「なっ!? こ、この光は……?!」

 アルビレオが呪文の詠唱を終えて魔法を発動させた瞬間、『黒い光』の奔流が造物主を襲う。
 そして、その黒光は造物主を捕らえると、複雑な幾何学模様を描きながら造物主を包み込む。
 その光景は、まるで羽化のための繭のようにも、罪人を閉じ込める牢獄のようにも見える。

「わ、私が『入物』から剥がされている、だと!? そんな?! たかが人形如きが、何故 失われた魔法を使えるのだ!?」

 この魔法は、アルビレオが『肉と魂を別つもの』と唱えた通り、精神と肉体を分離する魔法である。
 アルビレオが研究の末に見つけ出した、造物主をナギ・スプリングフィールドから追い出す魔法だ。
 10年――いや、『別荘』や『巻物』を利用したので それ以上の歳月を掛けて、探し当てた術式である。

「そんなの簡単です。必死に探したから ですよ、造物主殿」

 アルビレオが皮肉気に口元を歪めると時を同じくして、造物主は完全にナギの肉体から分離される。
 精神体となった造物主は次なる宿主を求めて空中を漂い、その標的として『主』を狙おうとする。
 だが、そんなことは想定の範囲内だ。むしろ、アルビレオが精神体への対処をしていない訳がない。

「それでは、よい夢を ご覧ください」

 アルビレオは懐から取り出した藁人形に造物主を無理矢理 憑依させると、その藁人形を厳重に封印する。
 鮮やか過ぎる手並みだが、精神体への対策を十全に準備していたからこそ為せる業である と言える。
 そう、アルビレオは伊達や酔狂で麻帆良祭を精神体で過ごしていた訳ではないのだ(まぁ、趣味もあったが)。

「――誠に申し訳ありませんが、それは却下で お願いします」

 だが、何を血迷ったのか、アセナが『無極而太極』を発動させて その封印を解いて藁人形をアルビレオから奪う。
 その想定外過ぎる行動に、一瞬アルビレオが「まさか、操られているのですか!?」と疑ったが、それは杞憂である。
 何故なら、藁人形を手にしたアセナの表情は「何らかの覚悟を決めた者の表情」だったからだ。操られている訳がない。

 アセナは藁人形を持ち上げるろ目線を合わせる。もちろん、藁人形に目はないので、頭部の中心くらいをアセナが見詰める形であるが。

「造物主殿――いえ、御先祖様。拳での語り合いはオレ達の勝ちですよね? そこで、ちょっとした提案があるんです。
 先程の考えを改め、オレはオレなりの遣り方で理想郷を作ることにします。ですから、オレを見ていてくれませんか?
 もちろん、タダで とは言いません。オレの魔法世界救済や理想郷作成が失敗したら、オレの身体を貴方に差し上げます。
 ですから、この場は『オレの中で眠る』と言う形で決着としませんか? それが、双方にとっての妥協点でしょう?」

 アセナは先程までの意見を修正して妥協案を提示する。脅迫に近い形で選択を迫っているが、実は大幅に譲歩しているのはアセナの方だ。

 先程まで造物主と戦っていたラカンは怪我こそあるものの まだまだ健在だし、魔法を使っただけのアルビレオも まだ動けるだろう。
 デュナミス・フェイト・『主』・フェイトガールズも それぞれの相手に集中していて、造物主を助け出すことは不可能に近い状態だ。
 そう、この状況を打破するだけの戦力が造物主側には残っていないのだ。それ故に、造物主はアセナの提案を受け入れるしかない訳だ。
 それなのにもかかわらず、アセナは自分の不利な条件(失敗したら身体を受け渡す)を提示している。譲歩している としか言えないだろう。

「…………わかった。その案を受け入れよう」

 造物主の承諾を受けたアセナは藁人形に『無極而太極』を施して強制憑依を解き、一切の躊躇も無く自身の肉体に造物主を招き入れる。
 ここで、造物主が約束を違えてアセナを乗っ取る可能性がある ように思われることだろう。だが、実のところ、その可能性は皆無である。
 何故なら、その可能性をアセナが放置する訳がないからだ。アセナは、クルトとの会談の際に使わずに終わった『鵬法璽』を懐に忍ばせており、
 それをコッソリと起動させた状態で造物主から言質を取っていた(アセナの提示した案を受け入れさせた)のである。実にアセナらしい。

 ……これにて、造物主との戦いは幕を閉じ、『完全なる世界』とアセナの対立も決着を迎えたのだった。


 


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オマケ:まだまだ始まったばかりだ


「……まさか、あんな終わらせ方にするとは思いもよりませんでしたよ」

 先程まで激戦が繰り広げられていた祭壇にて、物思いに耽るように――と言うか、微妙に黄昏ていたアセナに話し掛けて来る声があった。
 その声の主は、解放されたナギの容態を見ていたアルビレオである。話し掛ける余裕がある と言うことは、ナギは無事なのだろう。
 まぁ、乗っ取られたり封印されたりしていただけなので症状としては長期間 眠っていたのと変わらないため、然程 心配はしていなかったが。

「貴方の望む形ではなかったかも知れませんが……相容れないからと言って武力で制圧するのはオレの主義じゃないんですよ」

 聞く耳を持たない相手なら説得できなくても諦めはつく。だが、聞く耳を持つ相手を説得できないことは簡単に諦め切れない。
 それ故に、アセナは説得することを最後まで あきらめなかった。武力だけでは物事は解決しない、それがアセナの信条なのだ。
 もちろん、最後の場面で造物主がアセナの提案を受け入れていなかった時は、武力で収めることも止むを得ない と考えていたが。

 ただ、これだけは言える。これからアセナを待ち受けている『敵(政治屋共)』は造物主よりも遥かに説得が困難である、と……

「ああ、それはそうと、ナギのことは しばらく秘匿する予定なのですが……それでよろしいですか?」
「ええ、構いません。むしろ、こちらから お願いします。今更 英雄様に出て来られると面倒ですから」
「……貴方の計画には『英雄』など必要ありませんからね。ですが、広告塔としては使えるのでは?」
「それでも、『武の英雄』は政の世界には要りませんよ。と言うか、政の世界はオレの戦場ですよ?」
「まぁ、それもそうですね。ですが、必要になったら呼んでください。直ぐに駆け付けさせますから」

 利用できるものは何でも利用するアセナだが、ナギ・スプリングフィールドは使いたくないようである。

 まぁ、その理由は単純だ。ナギの影響力が強過ぎて、毒にも薬にもなり過ぎるため、取り扱いが難しいからだ。
 もちろん、恩人であるナギを政争に巻き込みたくないのもあるし、アルビレオに貸しを作りたくないのもある。
 だが、やはり、根本的な理由は「使いづらい」からである。そう、結局、アセナは何処までいってもアセナなのだ。

 それ故、アセナは「ありがとうございます」とだけ礼を述べ、手を借りずに済むように気を引き締める。

 そもそも、造物主と共に歩む と言う形で『完全なる世界』との決着が付いたとは言え、アセナが魔法世界に来た目的は まだ達成してはいない。
 むしろ、やっと『完全なる世界』を気にせずに「アセナ(中略)エンテオフュシア」と名乗れることになったので、ここがスタートとすら言える。
 そう、言わば、アセナの戦い(もちろん、物理的な方面ではなく、政治的な方面でのドス黒い戦い)は、まだまだ始まったばかりなのであった。

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 ところで、まったくの余談となるが、気になる栞は と言うと……何やらフラグ的な表現をされていたが、結局 何もしなかった。

 本人の弁では、アセナが油断したところをキスして昏倒させようと機を窺っていた らしいが、どう考えても それは建前だろう。
 実際は、戦場の雰囲気にビビって『出るに出られない状態』になっていたらしい(非戦闘員なのだから、致し方がないことだろう)。
 もちろん、その『出るに出られない状態』と言うのが具体的には どんな状態だったのか は、紳士として語るべきではないが。

 まぁ、変態と言う名の紳士であるアセナとアルビレオは「むしろ、御褒美です」と実に爽やかな笑顔を浮かべていたのは蛇足だろう。


 


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後書き


 ここまでお読みくださってありがとうございます、カゲロウです。
 当初は軽く修正するつもりだったのですが、修正点が多かったので改訂と表記しました。


 今回は「無理矢理臭く『完全なる世界』と決着を付けてみた」の巻でした。

 原作ではラスボス的な扱いになっている造物主ですけど、ここではアッサリ片付けられました。
 戦闘描写がスカスカな気がしないでもないですが、この作品では戦闘はオマケなので仕方がありません。
 まぁ、本当はもっと書くべきなんでしょうけど……そんなに書くことを思い付かなかったんですよねぇ。

 ところで、気が付いたらデュナミスが残念なキャラになっていましたが、これは これで有りですよね?

 って言うか、デュナミスの扱いが悪くても仕方ないですよね? だって、悪の秘密組織幹部、ですもんね。
 自ら そう名乗っちゃう辺りが実に三下臭いですけど、きっとデュナミスも物語の犠牲になったんです。
 きっと、物語には犠牲が付き物なのです。そうに違いありません。そう、納得して置くべきなだと思います。

 で、話はコロッと変わりますが、造物主との会話でアセナが『新天地』と表現している件ですが……

 これは「火星をテラフォーミングする」と言うネタ晴らしを造物主にしたくなかったからです。
 アセナのプランは火星のテラフォーミングのままで、新しい場所を見付けた訳ではありません。

 あ、どうでもいいんですけど、アンドロメダの個数が大発光で得た分より多い件については、後々説明します。

 そして、最後の栞オチは深く考えないでください。何て言うか、考えずに感じてください。
 敢えて言うとしたら、『出るに出られない状態』と言うのは水害が起きてしまった感じ……です。
 ある意味では、デュナミスよりも酷い扱いな気がしますけど、歪な愛情表現に違いありません。


 では、また次回でお会いしましょう。
 感想・ご意見・誤字脱字等のご指摘、お待ちしております。


 


                                                  初出:2011/11/11(以後 修正・改訂)



[10422] 第46話:アセナ・ウェスペル・テオタナトス・エンテオフュシア【改訂版】
Name: カゲロウ◆73a2db64 ID:b259a192
Date: 2013/04/21 19:20
第46話:アセナ・ウェスペル・テオタナトス・エンテオフュシア



Part.00:イントロダクション


 今日は9月27日(土)。

 アセナが『墓守人の宮殿』にて『完全なる世界(と言うか、造物主)』との交渉を終わらせてから1ヶ月と少しの時が経った。
 この間にアセナが何をしていたのか? それを語る時間はないが「あの手この手で協力者を集めていた」ことだけは断言できる。

 言わば「細工は流々、仕上げを御覧じろ」と言った状態だろう。

 ちなみに、とっくの昔に夏休みが終わっているように思われるかも知れないが、原作と同様にゲートポートが壊された影響で、
 地球と魔法世界の時間軸にズレが生じているため、魔法世界では9月27日であるが地球では まだ8月後半なので何も問題はない。
 まぁ、「夏休み中に戻れない時は留学扱いになる」ように手配して置いたのでゲートポートが壊されなかったとしても問題なかったが。

 べ、別に(書いても つまらない説明なので敢えて説明していなかっただけで)説明するのを忘れていた訳じゃないんだからね!!



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Part.01:プリンス・オブ・ウェスペルタティア


「紳士淑女の皆様、お待たせ致しました。紹介致します、こちらがウェスペルタティア王国の正当なる後継者――」

 オスティア総督府にて開催された舞踏会。その豪華絢爛な会場にて、主催者であるクルト・ゲーデルが歌うように言葉を紡ぐ。
 その表情は とても晴れやかで、まるで使命を果たした殉教者のようにすら見える。それ程までに、喜びに満ち溢れているのだ。
 ちなみに、この舞踏会は、9月30日より開催される「終戦20年『オスティア終戦記念祭』」の祝賀会も兼ねているため、
 連合の要人(もちろん、元老院だけでなく広義での要人)に加え、帝国やアリアドネーの有力者達が多数 参加している。
 つまり、オスティアの総督でしかないクルトが個人で集められるレベルとは比較にならない程の有力者が集まっている訳だ。
 そう、それは言い換えれば、アセナを社交界へデビューさせるのに これ以上のチャンスはない、とも言える舞台なのである。

「――『黄昏の御子』であらせられます、アセナ・ウェスペル・テオタナトス・エンテオフュシア様です」

 クルトの紹介を受けて、燕尾服に白の蝶ネクタイを身に纏ったアセナが扉の奥から舞台の中心に悠々と進み出る。
 その所作は とても優雅で、焦りや緊張などは一切 見られない。まるで王族であることを無言で語っているようだ。
 普段のアセナを知る者ならギャップに違和感を覚えるかも知れないが、初見の者なら問題なく騙されることだろう。
 まぁ、演技でも何でも所作ができていることは事実なので、騙されると言う表現は相応しくないかも知れないが。

「皆様、御初に御目に掛かります、只今 御紹介に与りました、アセナ・ウェスペル・テオタナトス・エンテオフュシアです」

 会場中の視線が己に向いているのが意識せずともわかる。だが、それが どうしたと言うのだろうか?
 今夜、ここに、アセナは御披露目のために来たのだ。それ故に、注目されることは願ってもないことだ。
 それ故に、アセナは何の気負いもなく、朗々と自己紹介を始める。人の視線など受けて当然なのだ。

 ところで、何故にアセナが『黄昏の御子』として社交界デビューをしたのか と言うと……

 各勢力の要人達にアセナを認知させることで、アセナを各勢力から『注目』させ、元老院を動きづらくするためだ。
 つまり、多方面の勢力に互いを牽制させる状況を作ることで元老院が迂闊に手を出せないような状況にしたのである。
 これは言わば「中途半端に知られるくらいなら、完全に知らせてしまえ」と言う逆転の発想だ。その方が安全なのだ。
 もちろん、各勢力の有力者と渡りを付けて置く事で これからの政争を有利に進めたい、と言う思惑もある。
 だが、やはり、元老院の動きを牽制したいのが主な目的だ。そう、それだけ元老院は警戒すべき相手なのである。

 だからこそ、アセナは元老院を下すために『洗脳』すらも厭わない覚悟をしているのだ(まぁ、可能な限り使う気はないが)。

「アセナ様は大戦後 行方不明となっておられましたが、それは戦後の政情不安を危惧してのことです。
 ですが、戦後20年の節目を機に表舞台に立つ決意をなさったため、こうして この場に立っておられます。
 心無い方はアセナ様に疑念を抱くやも知れませぬが、このクルト・ゲーデルが名誉に懸けて正当性を保証します。
 いえ、正確には『紅き翼』のメンバーであり『千の刃』の異名を持つジャック・ラカン氏も保証人となります」

 クルトはアセナが本人であることを証明するため、自身の政治家生命とラカンの勇名を利用する。

 本来、ウェスペルタティア王国を接収してオスティア総督を置いている元老院としては、ウェスペルタティア王国の正統後継者は邪魔でしかない。
 だが、復讐のために元老院に身を置いていただけのクルトとしては、アセナをウェスペルタティア王国の正統後継者として認めるのに何の痛みも無い。
 むしろ、不当に占拠していたものを本来の持主に返還できる とすら考えており、この場でオスティアの統治権を譲り渡したいくらいである。
 まぁ、総督でしかないクルトには そんな権限はないが。それでも、公の場で元老院議員が統治権を譲渡すれば それなりの効果はあるだろう。
 もちろん、アセナはウェスペルタティア王国を復興する気などないので、そんなことされても迷惑でしかないため実際には起こらないだろうが。

「あ~~、あんまり こう言った場は好きじゃねーんだが……今回は場合が場合だからな。仕方なく出席したジャック・ラカンだ」

 クルトの演説のようなセリフに比べると あまりにも酷い内容だが、ラカンらしいと言えば実にラカンらしいセリフだろう。
 実際、白いタキシードに白い蝶ネクタイを身に着けたラカンは、自身の言葉を肯定するように居心地の悪さを全開にしていた。
 では、何故そんなラカンがここにいるのか と言うと、それはアセナのためだ(正確には、アセナの口車に乗せられたためだが)。

「コイツを疑いたければ勝手に疑えばいい。だが、コイツの敵に回るって言うなら、それはオレも敵に回すってことだけは覚えて置けよ?」

 舞踏会の雰囲気を軽くブチ壊しているが、ラカンに悪気は無い。ラカンとしては『軽く』忠告しただけだ。
 どう聞いても宣戦布告にしか聞こえないが、ラカンとしてはプレッシャーを掛けてないだけマシなのだ。
 仮にラカンがプレッシャーを掛けたとしたら、会場は失神者で溢れて目も当てられない惨状になるだろう。

「寝耳に水な事ですから、困惑なさることは当然のことです。ですが、皆々様におかれましては、どうか慎重な対応を お願い致します」

 混乱させるようなことをしたのはクルトだが、それでも言うべきことは言わねばならない。
 短絡的な行動に出られても対処はできるが、余裕がある訳ではないので控えてもらいたいのだ。
 理想的なのは、元老院・帝国・アリアドネーで三竦みの構図になることだが……それは無理だろう。

 何故なら、帝国が一歩も二歩も有利な立場になることが『これから起こる』からである。



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Part.02:白鳥の様に


「いやはや、クルト殿も人が悪い。アセナ様のこと、事前に知らせていただけても よかったのではないですか?」

 アセナの紹介(と言うよりも一種の演説)を終えたクルトに紳士然とした男が話し掛けて来た。
 その表情は にこやかで、その口調は穏やかだ。実に親しげな空気を醸し出している。
 だが、その立場を考えると、それらの裏に「何故 報告しなかったんだ?」と言う詰問が見えて来る。

 何故なら、この男は元老院議員の一人だからだ。しかも『黄昏の御子』を利用する考えの持ち主なので、詰問しない訳がないのだ。

 そもそも、男が このパーティーに出席したのは「ネギを傀儡にする裏工作を行うため」であった。
 ネギは『英雄』と『災厄の女王』の娘であるため、『使い方』次第で強力な毒にも薬にもなる。
 麻帆良からの報告では、父親への妄執がなくなった代わりに従者の少年に大分 熱を上げており、
 その従者の少年を『御せれば』ネギを意のままに操ることなど容易いだろう……と あったため、
 男は件の従者の少年(つまり、アセナ)を金やら女やら名誉やらで籠絡する予定であったらしい。

 だが、実際にパーティーが始まってみれば、主催者であるクルトが とんでもない爆弾を落としてくれたのだ。詰問で済んだのはマシかも知れない。

「私も『ウェスペルタティア王国の王族が見つかった』と言う『例の噂』は小耳に挟んではいましたが……
 まさか、ネギ・スプリングフィールド嬢のことではなくアセナ様のことだった とは思いも寄りませんでしたよ」

 実を言うと、アセナ達が魔法世界に来た頃から――正確に言うと、アセナとクルトが手を結んだ日の翌日から、
 魔法世界では「ウェスペルタティア王国の王族が発見された」と言う噂が まことしやかに囁かれるようになっていた。
 だが、それを聞いた元老院議員の多くは、その王族を最後の女王(アリカ)の娘であるネギのことだ と勘違いしていた。

 そう、これまでアセナは「英雄の娘(ネギ)のパートナー」と言う肩書きしか知られていなかったのでノーマークだったのだ。

 タカミチが同行しているのは「ネギの護衛」だと見られていたのでタカミチがアセナの護衛であることはバレなかったし、
 同行者にはエヴァもいたのでアセナまで意識が向かなかったのである(『闇の福音』の効果は良くも悪くも抜群なのだ)。
 ちなみに、クルトが一行を出迎えたのは「英雄の娘を引き込むための接触」と言う名目だったので気にもされなかったらしい。

 情報を隠蔽しただけでなく、別の情報に意識を向かわせたのが功を奏したのだ。そう、情報操作はアセナの十八番なのである。

「申し訳ありません。何分、私としてもラカン氏から直接 紹介を受けるまで半信半疑でしたので……」
「しかし それでも、『アセナ様だと思われる人物がいる』くらいの情報は流せたのではないですか?」
「仰る通りですが、不確定な情報が一人歩きして混乱を生む可能性がありましたので自粛 致しました」

 クルトは男の詰問を「直前まで確定していなかったので報告できなかったんです」と苦しい言い訳で躱わす。

 確定しない情報が広まることで混乱が生まれるのは避けるべきだ。その意味では、クルトの対応は間違いとは言えない。
 だが、確定していないのなら確定させればいいだけの話であるし、そもそも確定していなくても報告すべき内容だった。
 つまり、クルトが意図的に情報を隠蔽していたことは明白であり、それは元老院への裏切り行為に近いものであった。

 言い換えるならば、これはクルトの失態としか言えないものであり、付け入る隙とも言えるものだったのだ。

「それでも、我々に話を通していただかないと困りますねぇ。貴方の権限を越えていますよ?
 将来が有望視されている貴方でさえ、今回の件は進退問題に関わって来るでしょうねぇ。
 まぁ、私が口添えをすれば そこまで悪い結果にはならないかも知れませんが……ね?」

 それ故に、男は袖の下を求めて来た。クルトには思惑があり、今回は それが裏目に出ただけ……と認識しているのである。

 だが、それは大きな勘違いだ。クルトにとって これは失態ではなく、予定調和の出来事だからだ。
 そもそも、男はクルトが元老院側であると認識しているが、クルトはアセナ側に立っているのである。
 認識の違いによる勘違いだが、男が そう認識してしまうのは仕方がないと言えば仕方がないことだ。
 利があるのは あきらかに元老院側であるため、普通なら元老院を裏切るような真似はしないからだ。

「御心遣い痛み入ります。ですが、この件に関して何も申し開きはありません。むしろ、私の本懐ですよ」

 クルトには賄賂を渡す気などない。そもそもの問題として、今のクルトにはオスティア総督の地位など必要ないのだ。
 協力者候補とアセナの橋渡しは既に終わっているため、今日この場でアセナを紹介した段階で『役目』は終わったからだ。
 それ故に、クルトは「元老院の地位など もう必要ありません。失脚させたければ御自由に どうぞ」と言外で語る。

「……ああ、なるほど。つまり、我々と袂を別つつもりである訳ですか」

 ここに来て、男は理解した。クルトが既に政治屋ではなくなり、英雄に戻ったことを。
 アセナの情報を隠蔽していたのは、利益のためではなくアセナのためであったことを。
 元老院を裏切った『ような』行為なのではなく、実際に元老院を裏切っていたことを。

 そう、これまでのクルトとは違うことを、男は漸く理解したのだ。

「いいえ、違います。今のところ、元老院と袂を別つ気は『私には』ありません。
 今回は元老院を裏切るような形になってしまいましたが、それは偶々です。
 まぁ、元老院がアセナ様と敵対するならば、迷い無く袂を分かつでしょうけどね」

 クルトは穏やかに微笑んでいたが、その冷たい瞳が「敵対すれば容赦しない」と雄弁に物語っていた。

「……そうですか。ラカン氏のこともありますから、一度 持ち帰ってから対応は慎重にさせていただきましょう」
「ならば、参考までに情報を お渡ししましょう。アセナ様はウェスペルタティア王国の復興など望んでいません」
「ほぉう? それでは、アセナ様は何を望んでいらっしゃるのですか? 参考までに お聞かせ願えないでしょうか?」
「それについては、近いうちに大々的に発表されます。ですから、残念なことに『私からは』何も言えませんよ」
「そうですか。貴重な情報、ありがとうございます、クルト殿。貴方方が敵にならないことを心から祈っておりますよ」

 男はクルトとの会話を切り上げると、会場を後にする。恐らく、元老院に報告をするのだろう。

 クルトは男の背を見送りながら、こちらの会話が終わるのを待っていたであろう集団に意識を向ける。
 クルトと会話をしたい者――と言うよりも、クルトが相手をしなければならない者は まだまだたくさんいる。

 一番厄介であった『黄昏の御子』利用派の元老院議員との話は終わったが、クルトの仕事は まだまだ終わらないのだった。

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「メガロメセンブリア元老院議員主席外交官ジャン=リュック・リカードでございます。以後お見知り置きを お願いします」

 クルトが元老院議員の男と話している頃、アセナは黒髪を逆立たせたヒゲダンディーであるリカードに話し掛けられていた。
 原作では「暑苦しいオッサン」としか描かれていなかったが、リカードの持つ主席外交官と言う肩書きは伊達ではない。
 パーティーの厳かな雰囲気を壊さないどころか、むしろ雰囲気を牽引できるくらいにシリアスな会話も余裕でこなせるのである。

 アセナも呼応するかのように重々しく「ご丁寧に ありがとうございます」とか「こちらこそ お見知り置きを お願いします」とか挨拶を返す。

「ところで、ラカン氏の言葉から察するに、これまではラカン氏に匿われていらっしゃったのですね?」
「いいえ。ラカン氏は私の味方をしていただいているだけでして、私を匿ってくださったのは高畑氏です」
「ほぉう? 高畑氏が…… と言うことは、旧世界のマホラにいらっしゃった と言うことですかな?」
「その答えは御想像に お任せします。まぁ、私の正体を知っていたのは高畑氏とイマ氏だけですけどね?」
「……イマ氏、ですか? まさか、そのイマ氏とは『紅き翼』のアルビレオ・イマ氏のことでしょうか?」
「ええ、そうです。ここだけの話なんですが、イマ氏は麻帆良の地下で隠遁生活を送っているんですよ」

 リカードにベラベラと情報を喋っているのは、リカードを信用してのことではない。公開する情報を制限するためだ。

 アセナが神蔵堂 那岐として麻帆良にいたことは調べれば簡単にわかる。ここで誤魔化しても意味がない。
 むしろ、「アセナの存在を知りつつも報告しなかった」と近右衛門が責を問われるのを回避すべきだった。
 それ故に、アセナはアルビレオの情報を明かして「近右衛門に責を問うな」と遠回しに牽制したのである。

 ちなみに、(造物主問題が片付いたため)麻帆良に とどまる理由がなくなったアルビレオは別に居場所が知られても問題はないらしい。

「それと、これも ここだけの話なのですが……噂では『完全なる世界』の残党が掃討されたそうですよ?」
「――ッ!! そ、そうですか。ちなみに、その『噂』は『いつぐらい』に お知りになったのでしょうか?」
「一月ほど前です。『とある伝手』で知りましてね。御蔭で、警戒すべき相手が減って少し安心できましたよ」
「……そうですか。ところで、その噂は『どのくらいの規模』で広まっているものなのでしょうか?」
「今のところは、私の『協力者』の間だけ でしょうね。まぁ、これからは周知のこととなるでしょうが」

 アセナの言う『協力者』とは、移民計画に賛同している者達のことで、この一ヶ月のアセナの成果とも言える。

「それは つまり、私に噂を広めろ……と言うことでしょうか?」
「別に強制はしませんよ。ただ、口止めをする気もありませんけどね?」
「なるほど。ここまでの情報はオープンにする心算なのですね?」
「それも御想像にお任せしますよ。元老院議員『主席』外交官殿」

 態々 肩書きだけで呼ぶことで「それくらい自分で判断してください」とか「これで話は終わりです」とかと暗に示し、アセナは その場を後にする。

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「『御初に』お目に掛かります、アセナ様。私はアリアドネー魔法騎士団候補学校総長セラス・ヴィクトリアと申します」

 リカードと別れたアセナは数人の人物と特筆すべきことのない会話をした後、角を持った金髪美熟女――セラスに話し掛けられた。
 態々『御初に』と強調したのは、実際には これが初対面ではないからだ。この一ヶ月の間に何度か会い、協力関係を結んでいたのだ。
 まぁ、言うまでもないだろうが、初対面である振りをしているのは面識があることが知られると余計な勘繰りをされるからである。

「ところで、一人 紹介したい『生徒』がいるのですが……よろしいでしょうか?」

 軽く挨拶や世間話が終わったところで、セラスが仲介話を切り出して来る。
 ウェスペルタティア王国が復興する と仮定して今から渡りを付けたいのだろうか?
 アセナには復興する気などないが、相手が そう仮定することは想像に難くない。
 それとも、ストレートに『黄昏の御子』を手駒にしたいだけ なのだろうか?
 まぁ、どの道セラスの顔を潰す訳にはいかないのでアセナに断る選択肢など無いが。

「ええ、もちろんです。美人からの頼みは断れませんからね」

 アセナは冗談を交えつつ快諾する。実際には、セラスがアリアドネーの有力者だから だが、そんな露骨な表現はしない。
 互いに事情がわかりきっていても取り繕うしかないのだ。形式美とは そう言うものだし、女性を褒めるのは紳士の嗜みなのだ。
 ちなみに、お世辞で言われている とわかりきっていても、褒められれば嬉しいことは嬉しいらしい(少なくとも、セラスは)。

「アリアドネーの魔法騎士団候補学校所属のエミリィ・セブンシープでございます。以後お見知り置きを お願い致しますわ、アセナ様」

 セラスに促され(それまでセラスの後方で出待ちをしていたが、アセナは敢えて気にしていなかった)少女が前へ進み出て自己紹介をする。
 その少女は、褐色の肌と長く尖った耳を持つ亜人で、金髪をツインテールにしている。そう、アリアドネー編での いいんちょポジションの娘だ。
 恐らく、エミリィの後ろに控えている黒髪ショートカットの少女はベアトリクス・モンローだろう。目障りにならない護衛と言う意味では合格だ。
 まぁ、「目立たない」と言うよりは「視界に入っても邪魔ではない(むしろ、視界が華やぐ)」と言う意味での「目障りにならない」だが。

 どうでもいいが、竹達ヴォイスと花澤ヴォイスのコンビが個人的に大好き(オレ芋的な意味で)なアセナとしては、この二人に悪い評価は下し難い。

 それに「セブンシープ家として」ではなく「候補学校の生徒として」セラスに紹介させたこともポイントが高いだろう。
 ここで家を持ち出されていたら、王族と言う立場からアセナはエミリィを『家の付属物』として見ざるを得なかったのだから。
 エミリィの意図は不明だが、アセナは いい印象を持ったので、少なくとも「顔を売る」と言う目的だけは成功だろう。

 何故か、恋する乙女のような視線を感じるが、それは気のせいに違いない。と言うか、これ以上のフラグは勘弁して欲しい。いや、マジで。



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Part.03:華は咲き誇り、葉は生い茂る


「やぁ、神蔵堂君。どう、かな……?」

 会場での攻防で精神的な疲労が蓄積されたアセナは、癒しを求めてバルコニー(人目のない安全地帯)へ移動した。
 腹に何を飼っているかわからない狸達との会話は嫌いではないアセナだが、さすがに連続で行うと疲れるのだ。
 だが、そんなアセナの ささやかな休息は銀髪の少女――フェイトの登場によって瞬く間に終わりを告げた。
 ちなみに、今のフェイトは『少女』と表現されたように、大人バージョンになっている。まぁ、理由は極めて謎だが。

「うん、よく似合っているよ、フェイトちゃん。状況を忘れてダンスを申し込みたいくらいに、ね?」

 先程のフェイトの言葉を「ドレス姿の感想を求めているのだろう」と受け止めたアセナはストレートに褒める。
 ストレートなのは褒め言葉のレパートリーが少ないのもあるが、気持ちは素直に伝えるべきだ と考えているからだ。
 ちなみに、フェイトのドレスは白を基調としたシックなもので、フェイトの美しい銀髪に とてもよく似合っている。

「あ、ありがとう。こう言う格好をするのは初めてだから、似合っているか ちょっと不安だったんだ……」

 アセナの言葉を受けたフェイトは、照れたように頬を染めつつ言葉を つっかえながら応える。
 出会った頃は あまり感情を見せなかったフェイトだが、最近では よく感情を見せてくれている。
 それは『完全なる世界』と言う重荷を背負わなくなったからだろうか? それとも…………?

 ところで、フェイトが会場にいる理由だが……言うまでもないだろうが、アセナを監視するためである。

 造物主がアセナを見定めることになった以上『完全なる世界』もアセナを見ていることしかできない。
 造物主がいなくては【完全なる世界】を造れないのもあるが、造物主の意思を尊重したのである。
 まぁ、デュナミスが「『黄昏の御子』の邪魔をして造物主を取り戻すべきだろう!!」と抗弁していたが、
 それは造物主とアセナの契約を破ることであり造物主の顔に泥を塗ることになるため、すげなく却下となった。

 もちろん、造物主の意思を尊重するためだけにフェイトがアセナを監視している訳ではないが。

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 時は少し遡り、8月16日(土)。『完全なる世界』の活動方針がアセナを見守る形に落ち着いた翌日のこと。
 フェイトがアセナに「余計な邪魔(デュナミスとか)を排除するためにも同行させて欲しい」と同行を申し出て来た。

「……むしろ、こちらが お願いしたいくらいさ。よろしくね、フェイトちゃん」

 デュナミスを封印すれば済む話ではあるが、アセナとしては護衛役が増えることは有り難い。
 また、監視も目的に含まれていることはわかっているが、善意も多分にあることもわかっている。
 それに、うまくすれば『完全なる世界』と繋がりのある権力者の情報も得られるかも知れない。

 それ故に、アセナはフェイトの申し出を快諾した。ネギが騒ぎそうな気はするが、敢えて気にしない。

「わかっているだろうけど、ボクはキミを手伝うつもりはないからね?」
「うん、わかっているよ。でも、失敗を推進する訳でもないんだろ?」
「もちろん。ボクはキミを見ながらキミを守るだけさ。キミの傍で、ね」

 何故か『傍で』と言う部分に妙なアクセントがあった気がするが、きっと気のせいだろう。そうに違いない。

「……そう。それじゃあ、せいぜい失敗しないように努力するよ」
「ちなみに、タイムリミットは最短で9年6ヶ月だから、頑張ってね」
「大丈夫だよ。このまま進めば、時間など『どうとでも』できるからね」

 時間と言う制限は最も大きな弊害だろう。だが、アセナは航時機(カシオペア)と言うチートがある。

 たとえ9年6ヶ月後までに移住の準備が整わなかったとしても、未来から援護射撃が可能なのだ。
 特に、一番のネックとなるであろう『テラフォーミングの理論』を未来から得られるのは大きな利点だ。
 それに、魔力と言う形の無い(だが、万能な)資源もアンドロメダに積めば輸送することも可能だし。

 と言うか、既に『テラフォーミング理論』は未来から届いているし、アンドロメダも大量に届いている。

 後は、魔法世界側の首脳を説得して協力体制を築き、地球側の首脳に火星のテラフォーミングと居住権を認めさせるだけだ。
 それさえ成功させれば、アセナの移住計画は充分に実現可能だ。それを成すだけの理論も資源(魔力)も揃っているのだから。
 それに、最悪の場合は、大量のアンドロメダによって魔法世界と地球の首脳を『洗脳』してしまう……と言う手段すらある。

「最も厄介な課題は残っているけど……それも『どうにか』なりそうだし、とりあえずは問題ないさ」

 余談だが、アセナとフェイトの間で交わされていた諸々の契約は両者の合意の下 破棄されている。
 京都の時の質疑応答云々の契約(29話参照)もヘルマンの時の敵対云々の契約(34話参照)も、
 要は「アセナがフェイトから身を守るための契約」でしかないため、今となっては不要なものだからだ。

 つまり、アセナは「フェイトが自分と敵対しない」とフェイトを信用したのである。

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「ナギさ~~ん♪ ボクは どうですか?」

 ちょっといい雰囲気になりそうだったところで、空気を壊すかのように乱入者(ネギ)が現れる。
 狙ったとしか思えないタイミングにフェイトは涼しい顔をしながらも内心ではムッとしているが、
 アセナは「ある意味でファインプレイ、ネギ」とか思っているのは、ここだけの秘密にして置こう。

「ああ、うん。ネギもよく似合っているよ。思わず、この後の予定を確認したくなるくらいに、ね?」

 ネギもフェイト同様に大人バージョンになっており、淡いピンクなドレスに身を包んでいる。
 ネギの話では「子供の姿では着られるドレスの種類が限られますから」らしいが真意は不明だ。
 恐らく、アセナに寄り付く虫(ネギ視点)を排除するためだろうが、アセナは違うと信じている。

「えっへへ~~♪ ナギさんのためなら予定なんて幾らでも空けちゃいますよぉ? って言うか、永遠にフリーダムです♪」

 アセナの「褒め言葉と言うよりはセクハラ臭いセリフ」に喜べるのがネギのクオリティである。
 と言うか、常識的に考えてアセナのセリフは初対面の女性に言ったら殴られるのがオチだろう。
 そもそも、ネギの言った「永遠にフリーダム」と言う言葉の意味もイマイチわからないのだが。

「ところで……確か、フェイト・アーウェルンクスって言ったっけ? ボクのナギさんに何か用なの?」

 アセナに褒められて(?)満足したのか、ネギは本来の目的であるフェイトに意識を向ける。
 言うまでもないが、ネギの目は『敵』を見る目だ。むしろ「この泥棒猫が!!」と言いたそうな目だ。
 どうでもいいが、ネギは「ボクの」とか言っているが、ネギが勝手に口走っているだけである。

「……これはボクと神蔵堂君の問題だからね。キミには関係ないよ、ネギ・スプリングフィールド」

 あきらかに喧嘩腰なネギに対し、フェイトは不機嫌も露に「お前には関係ない」と応える。
 と言うか、世間話程度のことしかしていなかったので、別に隠す必要もないことなのだが。
 それなのに、フェイトの言い方では あたかも『何か特別なこと』があったようではないか?

 アセナとしては、火に油を注ぐ――と言うか、火にガソリンを投入する のはやめてもらいたいものだ。

「何を言っちゃってるのさ? ナギさんのことなんだから、ボクが関係ない訳がないじゃないか?」
「キミの耳――いや、頭は腐っているのかい? これは『ボク達の問題だ』って言っているだろう?」
「そっちこそ頭が沸いてるんじゃないの? 『ナギさんの問題はボクの問題だ』って言っているじゃないか?」
「そもそも、それが間違っていることに気付けないのかい? 神蔵堂君の問題は神蔵堂君のものだよ?」
「間違ってなんかいないさ。だって、ボク達は深い信頼で繋がった一心同体のパートナーなんだからね」
「ハッ!! 深い信頼? 不快指数を上げるような世迷言は やめてもらいたいね。キミの独り善がりだろう?」
「現実が見えていないのは悲しいことだね。仮契約すら結んでもらえていない『新参者』は哀れでしかないよ」
「ふぅん? ボクには、仮契約 程度のことで満足して慢心している『お古』の方が哀れに感じるけどね?」

 しかし、アセナの願いは軽く無視され、二人は不穏な空気を発し続ける。と言うか、今にも戦いの火蓋は切って落とされそうだ。

 アセナが「あれ? 何でイキナリ喧嘩になってんの? 紅茶派とコーヒー党の仁義無き戦いなの?」とか現実逃避したのは言うまでもないだおる。
 最近だと ここら辺でアーニャが乱入して来るのがパターンとなりつつあるが、今回はアセナとネギが分断されているのでスルーしているようだ。
 ついでに言うと、ネカネも茶々緒も(それぞれ理由は異なるが)「遠い目をしたアセナを見ていたい」らしく、やはり放置の方向である。実に酷い。

 アセナは外敵に対しては多くの味方を有しているのだが、何故か身内同士では味方がいないのだった。

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 余談となるが、こうしてネギが暴走気味になっているのには、それなりの背景がある。
 実は、ネギは(既に追い求めてはいないものの)父親と6年ぶりの再会を果たしたのである。

「父……さん…………?」

 アセナに連れられ、ラカンの家(何度も言うが、ラカンが勝手に住み着いている建物)を訪れたネギが見たのは、
 何らかの魔法が施されたベッドにて、死んだように眠っている赤髪の青年――ナギ・スプリングフィールドであった。
 その傍にはナギの容態を看る胡散臭い人形(アルビレオ)があったが、ネギは興味がないので軽くスルーしたらしい。

「うん。何でも、10年前の戦いで造物主に身体を乗っ取られて『何処か』に封印されていたらしいんだけど……
 この前の『完全なる世界』との会談の時に、封印が解除されたり造物主と分けられたりしてね、どうにか救出したんだ」

 ナギが麻帆良の地下に封印されていたことは、別に態々 知らせる必要がないことなので『何処か』と言葉を濁して置く。

 しかし、何故に麻帆良の地下に封印されていたのだろうか? 世界樹の魔力を利用して封印していたのだろうか?
 原作の学園再編の時に世界樹下の遺跡が描かれた辺りから『何かある』とは思ってはいたが、微妙に腑に落ちないアセナ。
 まぁ、アルビレオが引き籠っていたのは、研究だけでなく封印の管理もあったのだろう……と好意的に納得して置くが。

「…………何で寝ているんですか?」

 ネギの言う通り、ナギは寝ている。偶々 寝ているのではなく、救出してから ずっと眠ったままなのだ。
 時間としては1週間以上も寝ていることになり、アルビレオの看病がなければ大変なことになっていただろう。

「アルビレオの話では、乗っ取られてからも意識があったようで抵抗を続けていたらしく、いろいろ負荷が掛かっていたみたい。
 それに、封印も封印で地味に体力やら魔力やらを奪っていたっぽいから、コンディションは最悪としか言えないんだって。
 んで、解放されたことで緊張が緩んで、積もりに積もった疲労が圧し掛かって来たから『冬眠に近い形』で回復してる らしいよ」

 かなり適当な説明だが、アセナに説明したアルビレオも原因を把握している訳ではない。あくまでも推測でしかないのだ。

「じゃあ、起こすのは難しいんですね。なら、寝たままでもいいです」
「ん? いいって何が? 感動の再会シーンをするのがってこと?」
「いえ、育児放棄された10年間の恨みとか怨みとかを晴らすのが、です」

 アセナの尤もな問い掛けを非常に『いい笑顔』で一蹴するネギ。とても いい感じで黒いオーラが立ち上っている。

 その様子を見てネギを止めるどころか「どれだけの恨みや怨みを抱いているんだろう?」と疑問に思ったアセナは悪くないだろう。
 また、無言でナギの傍から退避したアルビレオも悪くないに違いない。いくら仲間とは言え、親子喧嘩の巻き添えなど誰でも御免だからだ。

「契約により我に従え高殿の王 来れ巨神を滅ぼす燃ゆる立つ雷霆 百重千重と重なりて 走れよ稲妻『千の雷』――」

 ネギは杖を構えて、ブツブツ呪文を詠唱する。その詠唱内容から察するに魔法は『千の雷』だろう。
 しかし、ここは屋内だ。屋内で広域殲滅魔法など使おうものなら、建物は崩壊するのが自明だ。
 まぁ、ラカンが勝手に住み着いているだけの建物なので、最悪の場合は壊れてもアセナには無関係だが。

「――術式固定!!」

 しかし、ネギは そのまま『千の雷』を発動(放出)することはせずに『固定』して右手に待機させる。
 この技法は『闇の魔法』だろうか? 魔法のことは門外漢なアセナには、それくらいしか思い付かない。
 と言うか、一体いつの間に修得したのだろうか? アセナ的には「聞いてないよ!!」と叫びたいところだ。
 だが、これは『闇の魔法』ではない。魔法を放出せずにとどめるだけの技術で『術式操作』と呼ぶべきものだ。

「影の地 統ぶる者 スカサハの 我が手に授けん 三十の棘もつ 愛しき槍を『雷の投擲』……術式固定!!」

 続いてネギが詠唱して左手に『固定』した魔法は『雷の投擲』だ。
 恐らくは、原作ネギがラカン戦で使用した『合成魔法』を使うのだろう。
 しかし、そのアセナの予想は いい意味で裏切られることになる。

「術式統合……集束!! 雷神剣『カラドボルグ』!!」

 原作では『術式統合』だけで「雷神槍『巨神ころし』」を作ったが、ここでは更に『集束』を行い、槍ではなく剣にしたのだろう。
 ちなみに『カラドボルグ』とは。ケルト神話のアルスター伝説に登場する剣のことで、原義は『硬い稲光』だ と言われている。
 また、一説ではアーサー王伝説で有名な聖剣『エクスカリバー』の原型とも言われている。まぁ、「雷神の剣」を名乗るに相応しいだろう。

  グサッ

 そうとしか表現できない嫌な音を立てて『カラドボルグ』がナギ・スプリングフィールドの胴体に突き込まれた。
 英雄と呼ばれた彼は、意識がなくても魔法障壁を展開していた。だが、『カラドボルグ』は それすらも貫いたようだ。
 もちろん、血は出ない。剣の形状をしているだけで性質は雷であるため、肉を貫くと同時に焼いたから血が出ようがない。

「グハァアアア!!!」

 余程の痛みだったのだろう。意識がないにもかかわらず、絶叫を上げるナギ・スプリングフィールド。
 その絶叫はアセナが それまでに聞いた寝言の中で堂々のトップを誇るインパクトだったらしい。
 まぁ、寝言として処理していいのかわからないレベルのものだが、寝ているので寝言でいいだろう。

「……とりあえず、これで我慢して置きます。続きは起きた後にネッチリ & タップリとOHANASHIしてOSHIOKIします♪」

 一仕事やり終えた表情で、ネギは爽やか過ぎる笑顔を浮かべて死刑宣告にも似たことを告げる。
 ネギは これ以上の攻撃をするつもりなのだろうか? いや、ネギはやる と言ったら必ずやる。
 それがどんなに無茶苦茶なことでも、ネギがヤると言った以上それは実行されるに違いない。

 一部始終を見ていることしかできなかったアセナとアルビレオは「娘って怖い」と深く感じたとか感じなかったとか。

 余談となるが、この攻撃のショックによってナギ・スプリングフィールドは目を覚ましたが、
 怪我の治療のためにもネギの追撃を受けないためにも『起きない方がいい状態』になったらしい。

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「……まったく、小娘達は無駄に元気だな」

 冷戦状態になったネギとフェイトを遠い目で見ていたアセナに、エヴァが苦笑交じりに話し掛けて来る。
 ちなみに、エヴァも二人同様に大人バージョンになっており、落ち着いた黒のドレスで着飾っている。
 一瞬「誰?」と思ったアセナだったが、偉そうな口調とエヴァっぽい容姿からエヴァと判断したらしい。

「エヴァ? ……どうして ここにいるの? ナギさんの所にいなくていいの?」

 公の場に姿を現したことも驚きだが、それ以上にナギの傍を離れるエヴァに疑問を持つアセナ。
 さすがに「ロリじゃないエヴァなんてエヴァじゃない!!」などと言う戯言は言わないようである。

「……ナギにはエロナスビが付いているからな、私が付いている必要はない」
「そう? でも、アリカさんがいない今が略奪するチャンスなんじゃない?」
「はぁ。貴様は相変わらずバカと言う、かマヌケと言うか……実に最低だな」
「酷い言われ様な気がするけど、否定しても意味がないから甘んじて受けよう」
「素直に受け止めた点は評価してやるが、そもそもがダメなので完全にアウトだな」

 溜息を吐きながら不機嫌を露にするエヴァ。アセナは そんなエヴァに首を傾げるしかない。

「そもそもがダメ? じゃあ、一体『何が』『どう』ダメだって言うのさ?」
「……はぁ。それがわかっていないから貴様は根本的にダメなのだよ」
「いや、だから、何がわかっていないのさ? 意味がわかんないんだけど?」

 アセナのダメっぷりに溜息を吐くしかないエヴァは「もう知らん」とパーティー会場を後にする。

 相手がエヴァでなければ追うところだが……相手がエヴァなのでアセナはその背を見送る。
 まぁ、そう言った部分がエヴァに「根本的にダメ」と言われているところなのだが、
 生憎とそれを指摘してくれる存在がいないため、アセナは己の失態に気付くことはできない。

 そう、アセナはエヴァの気持ちが己に傾きつつあることに気付いていないのである。

 アセナは未だに「エヴァはナギ・スプリングフィールドに惚れている」と思い込んだままなのだ。
 実際、最初の頃はそうだった。エヴァはアセナを「保護すべき対象」としか見ていなかった。
 だが、交流を重ねるうちに「身内」として見始め、それから段々と好意を持つようになっていった。
 とは言え、ナギが好きなことも変わらない。ナギとアセナの間で気持ちが揺れているような状態だった。
 そして、幸か不幸か、そんな状況の時にナギが救出され、期せずしてナギと再会してしまったのである。

 そう、その時エヴァは気が付いたのだ。ナギと再会しても然程 嬉しくなかったことに気付いてしまったのだ。

(そもそも、女が着飾っているのだから、まずは嘘でも何でも褒めるのが常識だろうが!!
 それなのに、あのバカと来たら、よりにもよってナギの話題を出して来おって……!!
 と言うか、小娘達に対しては褒めてたよな? 微妙な褒め言葉だったが褒めてはいたよな?
 つまり、アレか? 小娘達は褒めるに値したが、私は褒めるに値しなかった……と言う事か?
 クックックックック……随分と舐めた態度を取ってくれたものだなぁ? 後で覚えていろよ?)

 アセナは気付かない。ヒントは散らばっていたのに気付けなかった。いろんなフラグが建ってしまったことに……

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 そんな彼等の様子を遠く離れたところから(望遠レンズでズームして)覗いていた存在――茶々母娘がいた。

「エヴァンジェリン様には申し訳ないですが、あれが お兄様のクオリティですから仕方ありません」
「ハァハァ……気持ちに気付いてもらえずにヤキモキしているマスターが可愛い過ぎて死にそうです」
「……もう少し自重してください、お母様。最近、非実在青少年への風当たりが厳しいんですよ?」
「実に悲しいことですね。多くの愚民がロリと言う至高の嗜好を表面的にしか見ていない証左ですね」

 茶々緒の諫言を「そんなの知ったことか」と言わんばかりに跳ね除ける茶々丸。ある意味で揺ぎ無い精神である。

「と言うか、お母様のような変態が存在していやがるから規制の対象になるのではないでしょうか?」
「失礼な。節度のある趣味は個人の自由であり、これでも私は節度を持って趣味を行っているのですよ?」
「つまり、それでも自重しているので、これ以上の自重はするつもりがない……と言いたいのですか?」
「その通りです。仮に私が自重をやめてしまったら……この作品はXXX版を通り越して削除対象ですよ?」

 具体的に言うと、未来の科学技術をエロ方面に悪用する感じである。夢も希望もない、欲望だらけの話にしかならないだろう。

「ダメ過ぎる発言をしているのに、何故そんなに勝ち誇っていらっしゃるのか……私には理解不能です」
「いつか貴女にも わかりますよ。手始めに、神蔵堂さんの下着の匂いを嗅ぐことから始めたら いかがです?」
「世間的には『手始めに』行うことではない気がしますが……その点は安心してください。既に習慣です」
「……ほぉう? つまり『これが お兄様のパンツ…ゴクリ、くんかくんか』と言った状態な訳ですね?」

 どんな状態だろうか? と言うか、茶々緒も茶々緒で既に踏み越えてはいけないラインを踏み越えていたようだ。


  結論:ツッコミ役もボケると収集が付かなくなる(凄く当たり前のことだが)。



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Part.04:衝撃の宣言


「――唐突ですが、ここでヘラス帝国第三皇女であらせられるテオドラ様より重大な発表がございます」

 会場が宴も酣と言った雰囲気に包まれる中、クルトが再び舞台に上がって今度は褐色肌の女性を舞台に引き上げる。
 引き上げられた女性は優雅に舞台の中央まで進み出ると、高貴さを漂わせる穏やかな笑みを浮かべる。
 これだけを見ると完璧な皇女にしか見えないが、普段の彼女――テオドラを知る者には「猫 被り過ぎ」にしか見えない。

 もちろん、『アセナ』の記憶もあるアセナは後者になり、思わず苦笑いを浮かべてしまう。

「皆様、私のために貴重な御時間を割いていただき まことにありがとうございます。
 只今ご紹介に与りました、ヘラス帝国第三皇女テオドラ・ヘラスでございます。
 そして、ゲーデル総督の仰った重大な発表と言うのは、私の婚約者のことなのです」

 ここまでの話だけで、アセナの中に警報が鳴る。特に『婚約者』と言うキーワードはヤバい。いや、ヤバ過ぎる。

「今この場で態々 話題にしたことから、察しのよい皆様なら既に お気付きでしょう。
 そうです、私の婚約者とは、先程 紹介されたアセナ・エンテオフュシア様です。
 つまり、アセナ様の身元はゲーデル総督とジャック氏だけでなく帝国も保証します」

(なっ、何だってェーーー!!)

 身元を保証してくれることは嬉しいし、婚姻によって協力関係が磐石になることも嬉しい。
 だが、だからと言って何も聞かされていないのに婚約が決まっているのは驚きだ。
 いや、まぁ、さっきのセリフで ある程度 予想は付いていたが……それでもショックは甚大だ。

 木乃香の婚約者として西の重鎮に挨拶させられた時(27話参照)も不意打ちに近かったが、今回はより酷い。

(このちゃんの時は それなりの覚悟ができていたから平気だったけど……今回はヤバい!! マジ テンパってる!!
 具体的に言うと、知っていたのに まったく知らせたなかったクルトをOSHIOKIしたいくらいにテンパってるさ!!
 って言うか、ネギとかネギとかネギとか が暴走しそうでヤバい!! オレ、もしかして ここで死ぬんじゃない?!)

 木乃香の時はブラフやら何やらで納得させることができたが、今回は何も言い訳を用意していない。下手を打つとここで詰むだろう。

『クルトォオオオオ!! これ、どーなってんの!? ねぇ、どぉなってんのぉおお?!
 納得のいく説明をプリーズ!! って言うか、お願いだから説明してください!!
 そして、ネギにも代わりに説明してください!! オレ、まだ死にたくないです!!』

『……アセナ様、どうか落ち着いてください。英語で言うと、ビークールです』

『これが落ち着いていられるかぁああ!! と、言いたいところだけど……ここは落ち着こう。
 だから、説明をしてくれないかな? ある程度は予想が付いているけど、情報が欲しいんだ。
 ちなみに、ネギへの説明については かなりマジなので、前向きに検討してもらいたいです』

 テンパった勢いのままクルトに『念話』をするアセナだったが、思いの丈をぶつけたことで いささかクールダウンしたようだ。

『まぁ、実を言いますと、アセナ様がアリアドネーなどで裏工作に奔走なさっている間に、
 記念祭の式典の打ち合わせに見えたテオドラ様が「アセナを出せ」とか騒ぎ出したので、
 仕方なく、アセナ様が魔法世界を救うために奔走なさっていることを告げたのです』

 クルトが「仕方がなかったんです」と言いたげに伝えて来るが、他にも遣り様があったようにしか感じられないのは何故だろうか?

『そうしたら、何故か「帝国は任せよ。その代わりに……」と言うことに なっていました。
 いやはや、実に不思議な現象です。私には何が起きたのか理解すらできませんでしたよ。
 あ、ちなみに、ネギ嬢への説明は遠慮させていただきます。私には荷が重過ぎますからね』

 クルトは「想定外の出来事です」と語っているが、あきらかに想定内の出来事だろう。クルトが この程度のことを想定していない訳がない。

『いや、そうは言うけどさ……こうなることがわかっててテオに話したんだよね?
 むしろ、説得を省くために こうなることがわかってて話しやがったんだよね?
 って言うか、「帝国は大丈夫です」って言ってたのは こう言う裏があったんだね?』

 思えば前兆はあった。クルトが妙に太鼓判を押していた辺りで疑ってみるべきだったのだ。

『いえいえ、私のような若輩者では こうなることなど思いもよりませんでしたよ?
 と言うか、この短期間で皇帝を了承させてしまうなんて本当に想定外でした。
 少しばかりテオドラ様を見縊っていたようで……想定以上の行動力をお持ちのようです』

『……つまり、狙ってやったことは狙ってやったけど、狙い以上の結果になっちゃったんだね?』

『まぁ、平たく言うと そう言うことになりますね。ですが、誤算は誤算でも、嬉しい誤算の方ですけどね。
 正直な話、元老院と対峙する時に帝国とのパイプがあることをチラつくせられればいい ぐらいでしたから。
 いやぁ、人生 何が起こるかわからない と言いますが、まさに その通りですね。いい勉強になりましたよ』

 クルトは綺麗に締め括ろうとするが、アセナとしては こんなところで話を終わらせる訳にはいかない。
 ちなみに、何気にネギの件がスルーされているが、クルトに押し付けるのをあきらめただけで忘れた訳ではない。

『経緯はわかったけど……何で事前に教えて置いてくれなかったのさ? かなりビックリだったんだけど?』
『申し訳ありません。話し合いの結果、せっかくだからサプライズにしよう と言うことになったのです』
『なるほど、要らないサプライズに涙が出そうだよ。って言うか、話し合いって誰とのさ? テオかい?』
『いいえ、タカミチです。タカミチが「どうしてもサプライズで祝いたい」と駄々を捏ねた結果です』
『へ~~、そーなんだー。ありがとうね、クルト。パーティーが終わったら、タカミチとOHANASHIするよ』

 別にアセナはテオドラと婚約を結んだことが嫌なのではない。婚約による被害は嫌だが、婚約自体は嫌ではないのだ。

 嫌だったのは、自分の与り知らないところで話が決まっており、しかも その情報が一切 自分に入って来なかったことである。
 アセナにとって情報は生命線だ。今回はサプライズなので仕方がない と言えば仕方がないが、それでも秘匿されるのは困る。
 まぁ、情報の伝手がクルトしかなかった時点でアセナのミスなのだが(情報網は複数用意すべきであることを忘れていた報いだ)。

(……最近、交渉に意識を傾け過ぎていたね。これからは情報についても意識して置かないと、つまんないところで躓きそうだ)

 アセナは自覚していなかったが、『完全なる世界』のことが うまく片付いたことで少し気が抜けていたことは間違いない。
 クルトを信用していた と言えば聞こえはいいが、クルトが重要な案件を隠していたことに気付かなかったことは変わらない。
 もしかしたら、クルトは それを戒めるために敢えて隠していたのかも知れない。そう考えると、クルトを責めることはできない。

 とりあえずは冷静になれたことだし、今は先程からチラチラと話したそうに こちらを見ているテオドラと話をして来るべきだろう。

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「久しいのぅ、アセナ」

 婚約発表を行った直後に二人が会場で話そうものなら人目が凄いことになるだろう。
 それが予想できていたためアセナは目配せでテオドラを人目の少ないバルコニーに誘った。

「うん、久し振りだね、テオ」

 二人きりになった途端に皇女然としていた様子は鳴りを潜め、無邪気そうな笑顔を浮かべる。
 その変わり身の早さに驚きよりも感心が先に来たアセナは、思わず再会を懐かしんでしまう。
 だが、今は そんな場合ではない。二人がバルコニーに消えたことは不特定多数に目撃されたため、
 余りにも長い時間をバルコニーで過ごしてしまうと『妙な勘繰り』をされてしまい兼ねないからだ。

 まぁ、その他 大勢に誤解されてもアセナは あまり気にしないが、ネギなどの『対応が面倒な相手』の誤解は避けたいのである。

「かれこれ15年振りくらいかのぅ? お互い、随分と変わったものじゃなぁ」
「そうだね――って、そうじゃなくて、さっきのは ちょっと遣り過ぎじゃない?」
「うぐっ。た、確かに、少しばかり強引じゃったかなぁ、とは思うておる」

 アセナは「全然 少しじゃないけどね」と思いつつも、頷くだけに止めて続きを促す。

「じゃが、それもこれも ちっとも相手をしてくれん御主のせいじゃ!!」
「え? 何それ? 全然 意味わかんないんだけど? いや、マジで」
「魔法世界に来ておるクセに連絡すら寄越さない とはどう言う了見じゃ?」
「いや、それはクルトから聞いたでしょ? オレ、多忙だったんだけど?」

 しかし、続けられた言葉はアセナの予想を超えていた。何故アセナのせいになるのか、意味がわからない。

「そんなこと知らん!! クルトやジャックから話だけ聞かされる妾の身にもなれ!!」
「いや、そこは事情を察して陰ながら支えるのが『いい女』ってもんじゃないの?」
「そんな古い価値観など知ったことではないわ!! 今は女が引っ張っていく時代じゃ!!」

 握り締めた拳を天高く突き上げて宣言するテオドラに さすがのアセナもドン引きだ。

「いや~~、実に肉食系女子な発言だね。草食系なオレとしては頼もしい限りだよ、うん」
「は? 御主が草食系? むしろ、肉食系じゃろ? どの口で草食系とか言うんじゃ?」
「え~~と、女性に対して強く出れないところとか、実に草食系男子だと思わないかね?」

 むしろ、それはヘタレと言うのではないだろうか? まぁ、敢えて気にしないが。

「じゃが、それは見た目だけで、実際の主導権は御主が握っておるのじゃろ?」
「…………テオってば鋭くなったねぇ。伊達に皇女はやってないってことかな?」
「御主には及ばんよ。まさか、『完全なる世界』を手中に収めるとは思わなんだ」
「手中に収めたって言うか(造物主を脅したうえで)協力関係を結んだだけだよ」

 テオドラの言う通り、強く出れないだけで、実際のところの主導権はアセナが握っている。
 普段はアレなことが多いが、重要な場面ではアセナの意思を優先させているのがいい例だろう。

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 …………………………………………………………

「しかし、話を蒸し返すようじゃが……本当に変わったのぅ」

 適当な雑談を交わしながら、アセナとテオドラは旧交を温める。
 そんな場合ではないが、本題(婚約について)の準備運動のようなものだ。

「まぁ、昔は同じくらいの背丈だったけど、今じゃ見下ろしてるからね」
「いや、そうではない。外見もあるが、妾が言いたいのは中身の方じゃよ」
「……昔は人形に近かったからねぇ。そりゃ随分と変わっただろうさ」

 別人の成分も含まれているのだから、変わっていない方が おかしいだろう。思わず苦笑が漏れてしまうアセナ。

「まぁ、昔の無愛想なクセに根は優しい御主もよかったが……今は今で よいぞ?」
「……何だか告られている気がして思わず勘違いしちゃいそうになるんだけど?」
「ん? 御主は、妾が好きでもない男と婚姻を結びたい と願うた、と思っておるのか?」

 アセナの苦笑を どう受け取ったのか、テオドラが予備動作もなく本題に切り込んで来る。

「そりゃそうなんだけど……実は、その話にイマイチ実感が持てないんだよねぇ」
「まぁ、あきらめるんじゃな。突然の婚姻話など王族や皇族では当たり前じゃ」
「そうなんだけど、そもそもテオに好かれていることに実感が無いんだよねぇ」

 突然の婚姻にもテオドラの好意にもアセナは実感が持てない。それ故に、婚約を受け止め切れていないのかも知れない。

「……実を言うと、妾は昔から御主が好きじゃった。多分、初恋じゃったんじゃろうな。
 普通は冷めるものなんじゃろうが、何故か妾の場合は一向に衰えんかったのじゃ。
 恐らくは、誰かとの婚姻話が出る度に御主の顔がチラついていたのが原因じゃろうな。
 もちろん、昔の御主と今の御主とでは いろいろと変わっていることなど わかっておる。
 じゃが、それでも、妾には御主以外の男と結婚するイメージが沸かなかったんじゃよ」

 テオドラの独白で、現在と過去を分けながらもアセナとの婚姻を望んだことがアセナにもわかった。

「……そこまで言われちゃうと、断ることができなくなっちゃうじゃん」
「元より断る選択肢などなかろう? 帝国を敵に回すことになるぞ?」
「うん、いい話だったのにサラッと台無しにするテオって さすがだね」

 三女とは言え皇族と言う立場上 恋愛結婚は難しい。恋愛結婚に近い政略結婚はベターなところなのかも知れない。

「ところで、側室を認めるのも吝かではないが……妾が認めた者のみじゃぞ?」
「うん、台無しにしたことをサラッと流したね。って言うか、凄い度量だね」
「御主の女性関係はクルトから聞いておるからのぅ、側室くらい認めざるを得んよ」

 もちろん、アセナの女性関係を清算すると血の雨が降りそうだから と言うのもあるが、
 テオドラは皇族であるため「側室くらいはしょうがない」と言う考えが土台にあるのである。

「あ~~、ちなみに、あのエロメガネ――じゃなくてクルトは、一体 何を吹き込んでくれやがったのかな?」
「確か、地球に3人くらい、こちらには現地妻も含めて3人、そして未確定なのが複数……と聞いておる」
「へ~~、なるほどねぇ。今回の話を黙っていたことも含めて、クルトにはマジでOSHIOKIが必要だねぇ」

 テオドラの言葉に『いい笑顔』を浮かべ始めるアセナだが、クルトの言ったことは そこまで間違ってはいない。

 地球に残して来た3人と言うのは、恐らく あやか・木乃香・刹那のことだろう。
 また、魔法世界にいる3人と言うのは、ネギ・エヴァ・フェイトのことだろう。
 そして、未確定とされたのは、のどか・夕映・亜子・裕奈・美空・高音・愛衣だろう。

 ココネ・まき絵・アキラ・小春は、いろいろな意味で候補に挙げるには微妙なところの筈だ。

「ちなみに、エヴァは違うからね? だって、エヴァはナギの嫁だもん」
「何を言っておるのじゃ? サウザンド・マスターの嫁はアリカじゃろ?」
「あ、言葉が悪かったね。つまり、エヴァはナギに惚れてるってことさ」

 他のスラングが通じているので ついつい『嫁』と言う表現をしてしまったが、こちらは通じなかったようである。

「…………ああ、なるほど。御主は そこも変わっておらん、と言うことじゃな」
「ん? 何処が変わってないの? ちなみに、アホなところは自覚してるよ?」
「それもそうじゃが……まぁ、気にするな。御主は そのままでいいんじゃからな」

 何かを理解したテオドラは、妙に生暖かい視線をアセナに向けるのだった。



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Part.05:悪くないけど悪い


「ナギさん!! さっきの話は一体 全体どう言うことなんですか!!」

 バルコニーから会場に戻ったアセナは、速攻でネギに捕まってバルコニーにUターンした。
 まぁ、正確には「Uターンした」と言うよりも「Uターンさせられた」と言った方が正しいが。

「いや、どう言うことって訊かれても……オレとしても初耳だったんだけど?」
「でも、あの後、あの泥棒猫――もとい、皇女様と二人でシケコンデましたよね?」
「いや、婚約について問い質してただけだから。何も疚しいことはしてないから」

 って言うか、シケコムなんて言葉どこで覚えて来るんだろう? などとアセナの疑問は斜め方向に進んでいく。

「少し落ち着きなさいよ、ネギ。この変態が誰と結婚しようとアンタには関係ないでしょ?」
「か、関係あるもん!! だって、ボクとナギさんはパートナー関係を結んでるんだもん!!」
「でも、パートナーって言っても、戦略的・政治的な意味合いが強くて恋愛要素はないんでしょ?」
「そ、それでも関係あるもん!! ナギさんは照れているだけだもん!! ただのツンデレだもん!!」

 サラッと傷を抉りながらネギを嗜めるアーニャだが、とても上機嫌であるのは見ていて あきらかである。

 きっと「この変態と一生を連れ添うことになる皇女様には同情するけど、私には好都合ね」とか言った気持ちなのだろう。
 しかし、それは甘い考えだ。アセナがテオドラと結婚したとしても、アセナには側室と言う手段が残っているのである。
 と言うか、テオドラが側室を許可しなくても、やろうと思えば愛人を囲うことなど いくらでもできるので結婚しても油断は禁物だ。

 まぁ、擦れたところがあるアーニャだが、結婚すれば配偶者だけを愛するだろう とか考えている辺りは年相応なのかも知れない。

「一先ずネギの想いは置いておくとしても……事前に説明が一切なかったことには非があると思いますわよ?」
「さっきも言いましたけど、オレも初耳だったので むしろオレの方こそ説明して欲しかったくらいなんですって」
「つまり、神蔵堂さんは同意していないので、契約的な意味では婚約は成立していない……と言うことですね?」
「いえ。実は、さっきテオと話し合いをした結果、婚約に同意した形になったので契約的な意味でも成立しました」

 結婚とは、一種の契約である。特に魔法使いにとっては『男女が一生 連れ添うことを契約する』に等しいものだ。

 それ故に、公の場で大々的に発表されたため政治的な意味では婚約は成立していたが、
 アセナ本人が正式に同意した訳ではないので契約上は婚約は成立していなかったのだ。
 まぁ、それもアセナが正式に同意したので、契約上でも婚約は成立してしまったが。

 よって、ネカネが『とても いい笑顔』を浮かべるのは自明の理であり、アセナの自業自得だろう。

「そうですか。つまり、もう皇女様と結婚するしかない訳ですね? じゃあ、ネギは どうするつもりですか?」
「え~~と、どうにか双方が納得するような形で収めたい とは思ってますので、そこは安心してください」
「全然 安心はできませんが……最終的にはネギが決めることですので、私からは これ以上は何も言いません」
「信じられないでしょうが、ネギの気持ちを裏切るような結果にはしたくない と言う気持ちだけは信じてください」

 側室と言う形に落ち着けるしかないが、ネギが それで満足するか は定かではない。そこはアセナの手腕の見せ所だろう。

「お兄様は もう死んだ方が よろしいのではないでしょうか? と言うか、婚約者を日本に残して来た筈では?」
「……このちゃんには帰ってから説明するよ。詠春さんに殺される気がするけど、オレには話すことしかできないさ」
「説明? 何と説明する おつもりですか? まさか『魔法世界救済のために別の女性と婚約しちゃった』とでも?」
「さすがに そんなアホな説明はしないけど……最悪の場合は痴情の縺れで死ぬことも視野に入れて説明する所存だよ」

 ネカネから解放されたアセナだが、今度は茶々緒から汚物を見るような目で見下されながら責められる。

「って言うか、いくら手段を選ばない傾向のあるオレでも魔法世界救済のためだけには結婚する訳なんてないって」
「もちろん、そうでしょう。ですが、そう言った『大義名分』で説明された方がマシな場合もある と思いますよ?」
「まぁ、危険を理由に婚約者を置いていった旅先で『好きな人が できたから乗り換えました』とか普通に有り得ないね」
「言い方にも よりますけどね。ですから、腹黒い交渉をする時よりも慎重に言葉を選んで説明してくださいね?」

 考えなしに言葉を口走って追い込まれるのがアセナのパターンだ。それ故に、今回は本気で気を付けなければリアルに命取りになるだろう。

「どうやら話は終わったようだね、神蔵堂君。じゃあ、今度はボクと『お話』をしようか?」
「いや、物凄く遠慮したいんだけど? だって、お話がOHANASIにしか聞こえないんだもん」
「大丈夫。まずは言葉で語る予定さ。まぁ、場合によっては武力行使も厭わないけどね?」
「いや、あきらかに武力行使をするつもりだよね? って言うか、殺る気マンマンだよね?」

 茶々緒の話が終わったと見たフェイトが、ギチギチと嫌な音が鳴るくらいの強さでアセナの首を掴みつつ話し掛ける。

「安心して? キミが死んだら造物主も死ぬかも知れないから『殺すようなこと』はしないよ」
「つまり、死なない程度に痛めつけられる と言うことだね? それは全然 安心できないよ?」
「大丈夫だって。魔法薬とか回復魔法を使えば、どんな重症だって治るような気がするからね」
「気がするだけ!? そこは嘘でもいいから治るって言って置こう? せめてもの情けとして!!」

 いちいち言っていることが物騒なフェイトに戦々恐々なアセナ。フラグを乱立させたツケだろう。

「貴様がどこの誰とくっ付こうと どうでもいいが……痴情の縺れによる殺傷沙汰まではカバーせんぞ?」
「それはチャチャゼロにも言われているから わかっているよ。って言うか、オレも そんな事態は御免だよ」
「まぁ、そのために――鬱憤を溜め込ませないようにするために、いい様にやられているのだものな?」
「ハッハッハッハッハ……何を言っているのかサッパリわからないなぁ。オレは単にヘタレなだけだよ?」

 フェイトから逃れたアセナを迎えたのはエヴァの容赦のない言葉だった。実に遠慮なく核心を突いて来る。

「フン、貴様が そう言うのならば そう言うことにして置いてやる。どの道、私には関係ないことだからな」
「まぁ、関係ないっちゃ関係ないけどさ……でも、その割には不機嫌そうじゃん? 何が気に入らないのさ?」
「べ、別に不機嫌などではない!! 単に、貴様が あまりにも節操がないから呆れと義憤を感じているだけだ!!」
「(充分に不機嫌じゃん。でも、指摘したら より不機嫌になりそうだから黙って置こう)ヘー、そーなんだー」

 エヴァが不機嫌な理由は不明だが、不機嫌であることはわかっているので「触らぬ神に祟りなし」の心境で敢えてツッコまない賢明なアセナだった。


 


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オマケ:その頃の瀬流彦


「……聞いているのか、瀬流彦?」

 ところ変わって、旧世界は日本の麻帆良学園都市内にある とある大衆居酒屋。
 そこでは、ほろ酔い気分の神多羅木に捕まった瀬流彦が延々と管を巻かれていた。

「え? ――ああ、はい。ちゃんと聞いてますよ」
「…………そうか。では、どう考えているんだ?」
「え、え~~と、ここの会計って奢りですよね?」
「は? イキナり何を言っているんだ、貴様は?」

 ちなみに、神多羅木の語っていた話題は「学園長って人使い荒くね?」と言う話題である。見事に瀬流彦の反応と噛み合わない。

「いや、質問の答えじゃないですけど、気になったんで……」
「だから、イキナり何を言っているんだ、貴様は?」
「……あれ? もしかして、奢りじゃないんですか?」
「だから、イキナり何を言っているんだ、貴様は?」

 神多羅木は壊れた蓄音機のようにリピートを繰り返し、それを受けた瀬流彦は「リピートして誤魔化す気かも知れない」と嫌な予感を覚える。

「で、でも、強制的に付き合わされたんですよ?」
「だから、イキナり何を言っているんだ、貴様は?」
「え? マジですか? マジで自腹なんですか?」
「だから、イキナり何を言っているんだ、貴様は?」

 瀬流彦の意見を一切合財 無視する神多羅木。だが、瀬流彦は納得できる訳がない。

「愚痴に付き合わされた挙句 自腹とかマジですか!?」
「だから、イキナり何を言っているんだ、貴様は?」
「だったら――奢りじゃないなら、もう帰ります!!」
「だから、イキナり何を言っているんだ、貴様は?」

 帰る宣言をしながら帰り支度をし始める瀬流彦に対しても、神多羅木はリピートをやめない。

「どこまでリピートを続ける気なんですか!? いい加減にしてください!!」
「イキナリ意味がわからないことを言って来たのは お前の方だろう?」
「いえ、常識的に考えて、こう言う場合は誘った目上が奢るものでしょう?」
「そんな常識など知らん。給料日前で妻子持ちは小遣いが厳しいんだぞ?」
「それ、遠回しに独り身であるボクなら金があるだろうって皮肉ですよね?」

 さすがにツッコんだ瀬流彦に対し、神多羅木はやっとリピートをやめる。もしかしたら、ツッコミ待ちもあったのかも知れない。

「と言うか、お前さ……オレに『何か』隠し事していないか? 主に神蔵堂関係で」
「さぁて、早く帰って早く寝て、明日も頑張って仕事しなくっちゃなぁ!!」
「軽くスルーするな。と言うか、それだと逆に肯定しているようなものだぞ?」
「さぁて、早く帰って早く寝て、明日も頑張って仕事しなくっちゃなぁ!!」
「ほほぉう? ここでリピートか。なら、全力で その口を閉ざす努力をするぞ?」
「えぇ!? それはズルくないですか? ボクだけ割食っている気がしますよ!!」
「気にするな。世の中は、理不尽で不平等で優しくなくて甘くないものなんだよ」

 結局、会計は割り勘にされてしまったうえ神多羅木にアセナと手を組んだことを吐かされてしまった瀬流彦に幸あらんことを祈ろう。


 


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後書き


 ここまでお読みくださってありがとうございます、カゲロウです。
 当初は軽く修正するつもりだったのですが、修正点が多かったので改訂と表記しました。


 今回は「社交界デビューの筈が何故か修羅場になっていた」の巻でした。

 それはともかく、セラスのファミリーネームのヴィクトリアですが……これは捏造設定です。
 原作ではファミリーネームが不明だったので、適当にデッチ上げただけです。
 ヘルシングの某婦警さんは関係ありません。名前だけインスパイアさせていただきました。

 ちなみに、テオドラとの婚約は勢いで決めました。

 アセナは いいんちょ とか木乃香とか を どうするんでしょうか?
 下手を打つと、その場でバッドエンド直行な気配が濃厚です。

 あ、オマケで神多羅木がプチ悪人になってますが、アレは隠し事をした瀬流彦を戒めるためのものです。

 きっと、普段は後輩や教え子に無償の愛を注ぐような熱血教師に違いありません。
 まぁ、自分で言ってて非常に嘘臭いとは思います。だって、嘘ですもん。
 ですが、普段は あそこまで悪くないのは本当です。少しアクドイくらいです。


 では、また次回でお会いしましょう。
 感想・ご意見・誤字脱字等のご指摘、お待ちしております。


 


                                                  初出:2011/11/25(以後 修正・改訂)



[10422] 第47話:一時の休息【改訂版】
Name: カゲロウ◆73a2db64 ID:b259a192
Date: 2013/04/21 19:21
第47話:一時の休息



Part.00:イントロダクション


 今日は10月6日(月)。

 鮮烈な社交界デビュー & 衝撃の婚約発表から1週間と少し、その間、アセナは各方面の重鎮達への根回しのために東奔西走していた。
 ちなみに、そんなアセナの事情など知ったことではない大多数の市民達は、終戦20年『オスティア終戦記念祭』で街を賑わせていた。
 特に、今日は記念祭の目玉と言える大拳闘大会『ナギ・スプリングフィールド杯』の決勝戦が行われるため、一層の賑わいを見せている。



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Part.01:乾いた心に潤いを


「いや~~、やっぱり祭はいいねぇ。心がウキウキしてくるよ」

 心身共にリラックスしているからか、アセナから気の抜けた声が漏れる。そう、アセナのセリフから おわかりの通り、アセナは記念祭に来ていた。
 政務で多忙を極めているが、アセナは(いろいろと常人離れしているアセナと言えども休息は必要であるため)息抜きのためにやって来たのである。
 まぁ、実を言うと「多忙が原因で体調を崩した」ことにして予定は すべて延期してもらい、ダミーに自室で待機(病気の振り)させているのだが。
 京都の時とパターンは同じだが、今度はダミーの仕様を「複雑な自立行動はできないが、命令は忠実に こなしてくれる」ようにしたので問題ない。

「特に、ココネと一緒だからね。最高だよ、うん」

 アセナの言う通り、アセナはココネ(+ 美空)と一緒だった。もちろん、アセナがココネを肩車しているのは標準仕様である。
 アセナが街をぶらついている時に『偶然にも』二人と遭遇し、「せっかくなので一緒に回ろう」と言うことになったらしい。
 まぁ、ココネがアセナの半径5km以内に接近した瞬間に「ココネの気配がする!!」とアセナが口走ったらしいが、きっと誇張だろう。
 ちなみに、二人は夏休みが終わる前には麻帆良に帰っている予定だったのだが……フェイト達のテロ行為(ゲートポート破壊)によって、
 地球に帰ろうにも帰れなくなってしまったので「仕方がないから、魔法世界を堪能しよう」と開き直って記念祭に来ていたらしい。

「そうっスねぇ。もう『黙れ、変態が!!』とすら言う気力もないっスねぇ」

 満面の笑みでココネを肩車しているアセナ(と書いて変態としか読めない)に対し、美空の反応は やたらと冷たい。
 もちろん、ココネと戯れることに忙しいアセナは「そんな罵詈雑言など馬耳東風だね」と言わんばかりだが。
 いや、まぁ、美空が冷たくなるのは当然と言えば当然のことなので、むしろ、美空に同情すべきところかも知れない。

 そんな二人を「どっちもどっちだヨ」と諦観が混ざった生暖かい視線でココネが見守るのは言うまでもないだろう。

「パーティー三昧の毎日で主に精神的に疲弊してるんだから、しょうがないじゃないか?」
「そうっスか? って言うか、パーティー三昧って……アンタは どこのブルジョワっスか?」
「まぁ、ブルジョワジー(資産家階級)って言うか、ロイヤルティー(王族)だねぇ」
「そもそも それが信じられないんスよねぇ。何でナギが王族なんてやっちゃってるんスか?」
「そうせざるを得ない事情があったから、かなぁ? 世の中ってのは儘ならないよねぇ」

 アセナがウェスペルタティア王族であることもテオドラと婚約したことも魔法世界では周知の事実だ。

 だからこそ、美空はニュースを見た時「このアセナってヤツ、どー見てもナギなんスけど?」と己の目を疑った。
 神蔵堂ナギとしてのアセナ をよく知っている美空だからこそ、アセナが王族であることを信じられなかったのだ。
 だが、麻帆良で匿われていたことやタカミチが護衛として付いていることなども報道されると信じざるを得なかった。

 そして、アセナを王族と認めた後は「世も末っスねぇ」と酷い(だがアセナを知る者としては当然の)評価を下したらしい。

「そうっスか。その事情ってのが気になるっスけど、ここは敢えて聞かないで置くっスよ」
「うん、まぁ、オレも教えたくないし、世の中には知らない方がいいこともあるからねぇ」
「……相当 厄介そうな事情なんスね。まぁ、アタシにできる範囲でなら手伝うっスよ?」
「じゃあ、ココネを お持ち帰りさせてくんない? オレにはココネ(癒し)が必要なんだ」
「アッハッハッハッハッハ!! 最早『黙れ、変態が!!』ってレベルじゃないっスね~~」

 少し いい話になり掛けたが、思いっ切り台無しにするのがアセナのクオリティだろう。

 しかし、そんな台無しなアセナだが、ある意味では これくらいで ちょうどいいのかも知れない。
 美空が望んでいるのはウェスペルタティア王族としてのアセナではない。神蔵堂ナギとしてのアセナだ。
 そのため、相変わらず変態なアセナに頭が痛くなるが、いつもと変わらないアセナに安心もしている。

 乙女心は複雑と言うが、何かが決定的に違う方向で美空の心情は複雑なのである。

「まぁ、(半分本気だったけど)冗談は置いておいて……オレには その気持ちだけで充分だよ」
「……いや、いきなりシリアスになられても困るんスけど? どう反応すればいいんスか?」
「特別なものは要らないよ。こうして いつも通りの会話してもらえるだけで救われてるのさ」
「だ、だから、そんなことを真顔で言われると困るんスよ。そー言うの、慣れてないんスから」

 どうでもいいが、直ぐに雰囲気を切り替えたり下げてから上げたりするのもアセナのクオリティだろう。

「だから、気にしないで いつも通りでいいって言ってるじゃん。何気ない会話だけで充分なんだよ」
「……わかったっスよ。アタシとの中身の薄い会話で気が紛れるなら いくらでも付き合うっスよ」
「ありがとう、美空。ここ最近は海千山千の怪物共と腹の探り合いばっかりだったからマジで助かるよ」
「王族ってのも楽じゃないんスねぇ。パーティー三昧とか聞いた時は『リア充 氏ね』って思ったスけど」
「まぁね。特に、オレの場合は いろいろと厄介な事情が絡んでるから、より面倒な状態なんだろうなぁ」

 何よりも厄介なのは『黄昏の御子』であることだろう。元老院が鬱陶しいことこのうえない状態だ。

「でも、ナギのことだから、その『厄介な事情』ってのを『どうにか』するつもりでいるんスよね?」
「さぁ、どうだろうね? このまま状況に飲み込まれて、ボロクズのように捨てられるのがオチかもよ?」
「それでも、どうにかするんスよね? 何せ目的のためなら手段や犠牲を気にしないヤツっスからねぇ」
「微妙に褒められていない気がするけど……これでも、オレなりのポリシーってものがあるんだよ?」
「ナギなりのポリシー? つまり、人として最低限のレベルを満たしている程度ってことスかね?」
「ハッハッハッハッハ……いやはや、美空のオレに対する評価が悲しいくらいにわかるコメントだねぇ」

 確かに、人としての最低限度ギリギリかも知れない。そんな自覚症状のあるアセナは笑って誤魔化すことしかできなかったのだった。

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「う~~ん、この串焼きは なかなか美味しいねぇ。聞いたことない動物の肉なのが気になるけど」

 屋台で買い食いをしながら、祭で賑わう街を練り歩くアセナ達。こうして三人で祭を回ってると、41話での祭を髣髴とさせられる。
 オスティア記念祭と日本の祭とでは趣が異なるが、それでも祭 特有の賑わいは同じだ。その場にいるだけで、楽しくなってくる。
 まぁ、饅頭や綿飴や風船が普通にあることに「あれ? 魔法世界?」と言う疑問が浮かぶが、そんな無粋なことは考えてはいけないだろう。
 きっと、地球で見聞したことを魔法世界で取り入れたに違いない。日本の食文化の影響が かなり強いが、麻帆良の影響に違いないのだ。

「そう言えば、昔『綿飴って雲をお菓子にしたもの』ってメルヘンな話があったなぁ」

 どこで聞いたか覚えていないが、あのフワフワで あまあまな お菓子は そう言われると妙に納得できる。
 実際には砂糖を糸状にしたものでしかないのだが、そんなことは どうでもいいのだ。大事なのは気分だ。
 機械の中に割り箸を突っ込んで掻き回して作る……と言う工程も含めて、アセナは綿飴が好きなのである。

「すみませーん、綿飴くださーい。あ、袋は その右端の黄色ネズミで」

 ピカモンとか言う どこかの電気鼠を思い起こさせるキャラクターが印刷された袋に詰まった綿飴を購入するアセナ。
 他に陳列されている『紅き翼』の面々がデフォルメされた妙なキャラクターのよりはマシだろう、と言う賢明な判断だ。
 特にアルビレオの印刷されたものは食べたら腹痛を起こしそうだ。袋が中身に影響を与える訳はないが、気分の問題だ。

「それと、ついでに風船もください。もちろん、柄は同じ黄色ネズミでお願いします。統一感 出したいんで」

 この屋台では、綿飴の他にも風船を売っていた。もちろん、他の柄は『紅き翼』のデフォルメだ。実に欲しくない。
 ちなみに、あたかも ついでのようにアセナは風船を購入したが、実を言うと風船の方が本命だったりする。
 と言うのも、さっきから何かを思い悩んでいるココネの気分を変えたいので、そのキッカケを作ったのである。

「ほら、ココネ……こうして祭と風船が揃うと、初めて会った時のことを思い出すよねぇ」

 アセナとココネの出会いは「手放してしまった縁日の風船を取ってあげる」と言うものだった(7話参照)。実に懐かしい思い出だ。
 気分を変える小道具としては なかなかのものだろう。その証拠にココネは「あ、ありがとう、ナギ」と嬉しそうに礼を言っている。
 ちなみに、アセナが肩車をしたままなのでアセナからココネの表情は見えないのだが、アセナには雰囲気で察せられるのである。
 どうでもいいが、そんな一部始終を見ていた美空が「その気遣いの半分でもアタシに寄越せ」と思ってしまうのは悪くないだろう。

「話したいなら話せばいいし、話したくないなら話さなければいい。それはココネの自由だよ」

 ココネが何を悩んでいるのか、アセナには大体の見当が付く。恐らく、アセナが帝国と関わりを深くしていることが遠因だろう。
 アセナとテオドラが婚約したことは周知のことであり、事情を知る者にとっては そこから帝国とアセナの協定を想定することは容易い。
 そう、きっとココネは気が付いている。ココネが帝国移民計画実験体の一つである と言う事実をアセナが既に知っている、と……

「あ、あのね、ナギ……実は、アタシ――「オレが王族だとしても、オレはオレでしょ?」――え?」

 アセナの言葉で意思が固まったのか、ココネが何かを言い掛ける。だが、それを狙っていたかのように、アセナはココネを遮る。
 せっかくの決意を挫いたようにも見えるが、それは同時に「ココネにツラいことを言わせないようにした」ようにも見える。
 まぁ、どちらにしても、アセナのエゴであることは変わらない。そこに優しさが含まれていても、エゴはエゴでしかないのだ。

「同じ様に、ココネが何者であってもココネはココネだよ。少なくとも、オレは そう思っているよ」

 だが、たとえ それが単なるエゴであったとしても、それによってココネが救われたのも事実である。
 いくら受け入れていることとは言っても、『実験台』であることを語るのは気の進まないことなのだ。
 自ら話すことに意味を見出す考え方もあるし、受け入れてもらうことの方に意味を見出す考え方もある。
 ただ、それだけのことだ。そして、ココネもアセナも後者のタイプなので何も問題はないのである。

「…………ありがとう、ナギ」

 それを肯定するかのように、ココネはアセナの後頭部をギュッと抱きしめた後にポツリと礼を言う。
 アセナには それだけで充分だった。それだけで、充分にココネの気持ちがアセナには伝わった。
 だからこそ、アセナは思う。必ず計画を成功させてみせる と。ココネを苦しめる現状をブチ壊す と……



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Part.02:先輩と後輩と


「まさか、高音さんも拳闘大会を見に来ているとは……いやはや、奇遇ですねぇ」

 美空達と拳闘大会を見に来たアセナは、飲み物や お菓子などを買いに席を離れた際に偶然にも高音に遭遇した。
 今回は本当に偶然だ。アセナの気配察知能力(別名:ココネ センサー)に高音や愛衣は引っ掛からないからだ。
 ちなみに、飲み物も お菓子もココネのために買いに来たのは言うまでもないだろう(ついでに美空の分も買うが)。

「まぁ、今回の決勝は同じ『影使い』として学ぶべき部分が多そうですからね。後学のために見に来たのですわ」

 原作と違い『ここ』では、拳闘大会にネギも小太郎も出場していない。そのため、ラカンが乱入することもなかった。
 その結果、決勝戦は「ボスボラスのカゲタロウ」と「何処かのモブ」とのものとなり、原作ほどの盛り上がりはない。
 よって、高音はミーハーな気分で見に来たのではなく、自身と同じ『影使い』であるカゲタロウの戦い方を見に来たのだろう。

「なるほど。娯楽として見に来た訳ではないんですね」

 美空は格闘技が好きなので「拳闘大会とか、血沸き肉躍るっスよね!!」とか言われても別に違和感は覚えなかった。
 だが、高音や愛衣は格闘技の類を苦手としていそうなイメージがあったため、拳闘大会を見に来ていることに違和感があった。
 そのため合点がいったアセナだが、そもそもがアセナの勝手な主観なので「何が『なるほど』なのか」、他者には不明だが。

「? まぁ、お祭りですからね、それなりに楽しみにはしていますわよ?」

 高音は首を傾げつつも「まぁ、ナギさんのことですから、いつも通り意味不明なだけですわね」と軽く納得する。
 その納得の仕方は どうなのだろう? と思わないでもないが、それがアセナと うまく付き合う秘訣かも知れない。
 少なくとも、アセナの言動をイチイチツッコんでいたらキリがないので、ある程度の妥協は重要であるのだから。

 ちなみに、アセナはアセナで「不可解に思われたうえで妙な納得のされ方をされたっぽい」と感じているが敢えて気にしないらしい。

「あ~~、ところで、どっちが優勝すると思います? やっぱり、『影使い』のカゲタロウ選手ですか?」
「そうですわね……対戦相手のZERO選手と虚無選手も なかなかの手練ですから、予想が難しいですわねぇ」
「ゼロ? きょむ? ……ああ、対戦相手って そう言う名前なんですか。実に香ばしい名前ですねぇ」
「(香ばしい?)今 知ったのですか? と言うことは、それだけカゲタロウ選手の方が印象的である と?」

 ちなみに、ZERO・虚無ペアはオリジナルではない。原作にもいたが、修行中の1コマで片付けられただけだ。

「まぁ、そう言うことになりますね(実は原作知識にあったからなんですけど)。圧倒的な力量の持ち主ですよ」
「そうですか。一人で戦い抜いて来たことから相当の実力者ではある とは見ていましたが、そこまでですか」
「ええ。さすがに『紅き翼』には届かないでしょうが、それでも この程度の大会なら敵などいないでしょうね」

 フェイトやデュナミスなどの猛者を仮想敵と想定していたアセナにとって この大会の選手はドングリの背比べでしかない。

「この程度? しかし、この大会は お祭りのイベントとは言え魔法世界でも随一の規模を誇る大会ですわよ?」
「ああ、すみません。言葉が悪かったですね。つまり、大会と言う見世物に出場する者では と言う意味ですよ」
「……なるほど。確かに仰る通りかも知れませんわね。真の実力者こそ、世には知られていないものですからね」
「そう言うことです。何せ、かのサウザンド・マスターでさえ戦場で活躍するまでは無名だったんですから」

 とは言え、一般的には最高峰の大会だ。その感覚のズレに気付いたアセナは慌てて尤もらしい説明で誤魔化す。

「名が売れていることと実力があることは別問題、と言うことですわね。まぁ、大抵は両者は伴うものですが」
「ええ。で、話は戻りますけど……そう言ったことを考えても、やはり優勝はカゲタロウ選手で決まりでしょうね」
「そうでしょうか? 強者になればなる程 強さを隠すのが巧みになります。対戦者が そんな強者やも知れませんよ?」
「その可能性は無きにしも非ず と言うところですが……残念ながら、今回は極めてゼロに近い可能性でしょうね」

 確かに、強者ほど実力を隠す術を心得ている。だが、正確には「相手が強過ぎて弱者には強さが理解できない」ケースの方が圧倒的に多いのである。

「これでも、それなりの数の強者を見て来ましたからね、ちょっと見ただけで相手の実力くらいわかりますよ」
「確か、かのジャック・ラカン氏とも直接お会いになったのですよね? ……それなら、そうなのでしょうね」
「ええ。ですから、賭けるならカゲタロウ選手にした方がいいと思います。ソロだからか、オッズ高めですし」
「べ、別に賭けなどはしませんよ? ただ、オッズで世間は どちらを有利と見ているのか を確認に来ただけです」

 何を隠そう、二人が遭遇して話し込んでいた場所は、場内馬券売場だった。

 いや、競馬じゃないので馬券じゃないのだが、何故か相応しい気がしたので敢えて使用した。他意はない。
 それと、アセナが馬券(しつこいようだが敢えて馬券として置く)を買うのは、ちょっとした遊び心だ。
 決してココネが望んでいる訳ではない。むしろ、望んでいるのは美空だ。ココネはギャンブルなどしない。

 本当は高音もギャンブルなどしないキャラなのだが……麻帆良に帰れないストレスが溜まっていたのだろう。

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「ところで、センパイ。これからはアセナ様って呼んだ方がいいんでしょうか?」

 言うまでもないだろうが、高音が一人で拳闘大会に来る訳がなく当然ながら愛衣も一緒だった。
 先程 高音しかいなかったのは、どうやら愛衣はトイレに行っていて別行動だったから らしい。
 で、今は、ココネと美空が確保してくれている席に向かいながら、世間話をしている感じである。
 ちなみに、途中で連絡を入れて高音と愛衣の分も席を確保しくれる手筈になっているので安心だ。

「まぁ、公の場では そうしなきゃいけないだろうけど、今みたいなプライベートは これまで通りでいいんじゃないかな?」

 亡国とは言え一国の王族なのだから、それなりの敬意を示さなければならない時がある。
 それを破るのはアセナの権威を貶めるだけでなく、アセナの後ろ盾にも飛び火してしまう。
 当然、それを為した者は不利益を被るし、場合によって多大な塁を及ぼす可能性もある。

 アセナは身分など気にしないのだが、少なくとも公の場では取り繕わねばならない立場になってしまったのだ。

「正直、未だにセンパイが王子様だってことが信じられないんですけどねぇ」
「まぁ、しょうがないさ。ところで、『王子様』は やめてくれないかな?」
「ですが、それはそれで有りかなっても思うんです。だって、王子様ですし」
「うん、意味がわからないよ? って言うか、『王子様』は やめてってば」

 微妙に――と言うか 明らかにアセナの言葉に応えていない愛衣。特に『王子様』と言うフレーズが危険な気がする。

「やっぱり、白馬に またがった王子様って言うのには少し憧れますからねぇ」
「うん、話を聞こう? もう『王子様』でいいから、話だけは聞こうよ?」
「別に白馬に またがってなくてもいいんです。大事なのは『王子様』ですから」
「うん、そうだね。じゃあ、せめてトリップするのは やめてくれないかな?」

 斜め上を眺めながら「エヘヘ」とか緩い笑いをこぼす愛衣。アセナの言葉など耳に届いておらず、絶賛トリップ中である。

「まぁ、王子様と言うには、センパイには爽やかさが欠けていますけど、この際 我慢します」
「うん、何気にヒドい言われようだね。ちょっと、そこら辺でコッソリ泣いて来ていいかな?」
「センパイは黙ってれば何も問題ないんですけど……口を開くとダメっぷりがハンパないですし」
「うん、そうかもね。そこら辺は自覚しているよ? だから、そろそろ戻って来て? ね?」

 アセナは内心で「オレのライフは もうゼロよ!!」と泣き叫びながら、どうにか笑顔を貼り付けて愛衣を説得するのだった。

 ところで、完全な余談となるが……決勝戦は大した見所もなく普通に終わり、普通にカゲタロウが優勝した。
 ちなみに、それなりにオッズは高かったものの大穴とまでは行かず、そこまでの儲けは出なかったらしい。



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Part.03:閑話的で裏話的なもの


『それで? そっちの首尾は どうなってるのかな?』

 ココネ・美空・高音・愛衣の4人と別れたアセナは『念話』でクルトに連絡を入れる。
 ちなみに、拳闘大会の後は4人と共にディナーを楽しみ、宿まで丁重に送ったらしい。
 アセナが賭で得た儲けの ほとんどはディナーを奢るのに消えたのは言うまでもないだろう。

『御安心ください。すべて滞りなく処理 致しました』

 クルトからの返事は簡潔なものであったが、アセナの求めた情報としては充分だった。
 敢えて わかかりやすい説明にするとしたら「炙り出したゴミは処理しました」だろう。
 そう、アセナは ただ遊んでいたのではない。囮として監視者を炙り出していたのだ。

 そして、クルトは私兵に命じて監視者を監視するなり捕縛するなり排除するなりしていた訳だ。

『それは御苦労だったね。ちなみに、協力していただいた方々も含めて此方の被害状況は?』
『負傷者は14名で死者は0名、内訳は軽傷13名 重傷1名です。幸い、此方の構成員のみです』
『そう。じゃあ、その重傷の1名には療養のための休暇とオレ名義で見舞金を出して置いて』

 クルトのことだからアセナが言うまでもなく手配済みだろう。それでも言ったのは、クルトに部下を大事にしていることをアピールするためだ。

『御意。ちなみに、成果ですが……一網打尽にはできませんでしたが、かなりの戦力を殺げました』
『そう、それはよかった。詳細な報告は戻ってから聞くから、データを まとめて置いてくれるかな?』
『畏まりました。それでは、まだ残滓が あるやも知れませんので、くれぐれも お気を付けください』
『うん、わかっているよ。気は抜くけど油断はしないって。何故なら、オレ達の相手は厄介だからねぇ』

 アセナは自身が『狩られる側』ではなく『狩る側』であることを誇示するかのように獰猛な笑みを浮かべて『念話』を終える。

 相手が油断していたのか、今回は うまくいった。だが、今後も うまくいくとは限らない。
 いや、そもそも、今回にしても うまくいったように見せ掛けられているだけかも知れない。
 好事魔多し ではないが、順調に見える時にこそ用心すべきだ。慢心などしてはいられない。

 油断していなくても『狩る側』と『狩られる側』の境界線は非常に曖昧なのだから。それだけ、元老院は厄介な相手なのだから。

『ヨォ。ドウヤラ、エロメガネ トノ「念話」ハ終ワッタヨウダナ』
『……どうやら、そっちはそっちで処理は終わったようだね』
『マァナ。シカシ、肉ヲ切レルノハイイガ、少シ物足リネーナァ』
『贅沢 言わないでよ。切り放題だけでも充分 妥協したんだよ?』

 動いたのはクルトの私兵や(友好の証としての)帝国からの人員だけではない。チャチャゼロがアセナの傍で密かに動いてくれていたのである。

『ワァッテルヨ。本当ハ生捕ニシテ イロイロト訊キ出シテーンダロ?』
『まぁ、それはクルトがやってくれているだろうから別にいいんだけどね』
『デモ、可能ナ限リ自分デ情報ヲ集メタイ、カ。随分ト欲張リナ奴ダゼ』
『情報収集を他人任せにしたくないだけさ。単に臆病なだけじゃないかな?』

 情報収集をクルトからしか行っていなかったことでテオドラの婚約と言う一大事件に気付けなかったのは記憶に新しい。

 皇族や王族の婚約なので秘匿されるべき情報ではあった。だが、それでも当事者なのに発表されるまで知らなかったのはいただけない。
 その苦い経験を糧にしたアセナは、クルトとは別のラインの情報収集手段(身も蓋もなく明かすと、茶々緒・茶々丸・超)を構築しているが、
 情報は多いに越したことはないため、チャチャゼロに斬殺(惨殺でも可)させるよりは捕縛して情報を吸い出したかったのが本音ではある。

 まぁ、無慈悲に排除することで「迂闊に触れると危険だ」と言うアピールになるため、チャチャゼロの行動は そこまで問題ではないのだが。

『ケッ!! 本当ニ臆病ナ奴ハ テメェデ テメェヲ臆病トハ言ワネーヨ』
『でも、そう思わせたいから臆病だと吹聴している可能性もあるでしょ?』
『ダガ、オ前ノ場合ハ100%ブラフ ダロ? イイ性格シテルゼ、本当』
『いやいや、オレは臆病だよ? 臆病過ぎて敵に容赦がないくらいに、ね?』

 敵に手心を加えるのは、優しさではなく甘さだろう。そして、甘いままで生き残れる自信がアセナにはない。そう、それだけのことだ。

『ア~~、トコロデ、オレノ改造ノ件(44話参照)ドウナッタ? マダ片言ナンダガ?』
『あ、ウッカリ忘れてた――って言うのは冗談で、超が忙しいから もうちょっと待って』
『ホホォウ? アイツガ忙シイノハ オ前ガ忙シクサセテイル カラ、ジャネーノカヨ?』
『まぁ、そうとも言うね。でも、それも そろそろ終わるから、もうちょっとだけ辛抱してよ』

 そんなフォローをしつつも、アセナは内心で「でも、もうチャチャゼロの出番はないんじゃないかなぁ」とメタなことを考えていたとかいないとか。



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Part.04:ラカン・インパクト


「う~~、トイレ トイレ」

 今、トイレを求めて全力疾走しているオレは麻帆良学園中等部に通う ごく一般的な男の子。
 強いて違うところをあげるとすれば、魔法世界の王族でもあるってとこかナー。
 名前は神蔵堂ナギ。もしくは、アセナ・ウェスペル・テオタナトス・エンテオフュシア。
 まぁ、そんな訳で、オレは(飛空艇への)帰り道にある広場のトイレにやって来たのだ。

「……ん?」

 ふと見ると、ベンチに一人の男が座っていた。浅黒い肌に鬣のような金髪を持つ、まるで獅子の様な男だ。
 その男は、上半身がはだけるような形でシャツを着ており、その逞しい腹筋を惜しみもなく晒していた。
 別に筋肉属性のないオレだが、思わず「ウホッ!! いい筋肉……」と思ってしまうくらいの腹筋である。
 そんなアホなことを考えていると、突然 男はオレの見ている目の前で、着ていた上着を脱ぎ始めたのだ……!!

「 ヤ ら な い か ? 」

 男は立ち上る殺気を隠しもせずに、獰猛な笑みを浮かべながらオレに そう言った。実に いい笑顔だ。
 そう言えば、記念祭開催中のオスティアは広場にバトルマニアが出没することで有名なところだった。
 バトル的な意味で いい男に弱いオレは、誘われるままホイホイと決闘場について行っちゃったのだ……

「って、何をアホなモノローグをさせてくれやがるんですか?」

 実に長い前振りだった。このまま続いたらどうしよう? と不安になるくらいに長かった。
 長過ぎて、誰にもツッコまれないので自らツッコんだアセナが少しだけ哀れに感じるくらいだ。
 自分でツッコむくらいなら最初から言わなければいいのに とは思っても言ってはいけない。

 ちなみに、言うまでもないだろうが、ABEさん役の「金髪の男」とは裸漢――いや、ラカンのことである。

「いや、お前が勝手に始めたんだろーが? 無茶な責任転嫁すんなよ」
「だって、いきなり『ヤらないか?』って言われたら……ねぇ?」
「いや、オレは『戦ろうぜ、アセナ』としか言ってねーんだけど?」

 濡れ衣でしかないが、ラカンも悪い。『やろう』と発音して『戦ろう』と脳内変換させるのにはバトル脳が必要だからだ。

「じゃあ、何で脱いでるんですか? マジでセクハラものですよ?」
「いや、だって、服って窮屈じゃん? 上だけならセーフだろ?」
「上だけでも公共の場で脱ぐのはアウトです。猥褻物陳列罪です」

 そもそも「窮屈だから脱ぐ」と言う発想自体がアウトである。いくら祭であっても上半身裸はいただけない。

「え~~、でも~~、公共の場でもビーチじゃ上を脱ぐのは普通じゃない?」
「ここはビーチじゃありません。そして、キモいんで その口調はやめてください」
「……だけどよ、オレの心の中には常に無限のビーチが広がっているんだぜ?」

 最早 意味がわからない。『夢幻の海辺』とか言う固有結界でも展開する気だろうか? ラカンなら できそうなのが怖い。

「って言うか、そんなこたぁ どうでもいいんだよ。それよりも、トットと戦ろうぜ?」
「いや、ですから、何故そんな話になってるんですか? オレ、バトルは苦手なんですよ?」
「へぇ? でも、アルから聞いたぜ? エヴァに鍛えられたうえ『咸卦法』も使えんだろ?」
「護身程度に鍛えられただけですし『咸卦法』も使えるだけです。バトルには耐えられませんよ」

 アセナの純粋な体術の技量は「一般人よりは強い」程度だ。身体強化ができるからこそ、魔法世界最大級の大会を「この程度扱い」できるだけだ。

 また、魔力の容量は それなりにあるが『気』は そこそこにしかないので、両者を掛け合わせて得られる『咸卦法』の出力は そこまで高くない。
 雪山での修行で出力の調整は可能となったが、出力の絶対値を引き上げるのには元となる魔力と『気』の容量を上げなければならない。
 まぁ、それ故に『気』の供給を誰か から受けたり、魔法具で『気』を増幅したりすれば それなりの出力にはなるのだが、今は用意できない。

 そんな諸々の事情を考えると、アセナがラカンと戦える訳がない。気弾やアーティファクトを無効化しても、ラカンは素手の方が強いのだから。

「それでも、完全魔法無効化能力でオレの纏う『気』を無効化すりゃ、それなりに善戦できんじゃね?」
「無効化しても直ぐに『気』を纏えばいいだけでしょう? オレ、身体強化系とは相性が悪いんですよ」
「相性が悪いって言うか、魔法使いタイプや精霊使いタイプとの相性が良過ぎるだけで、普通だろ?」
「まぁ、そうなんですけど……貴方クラスを相手するには相性が良過ぎなきゃ どうしようもないですよ」

 確かに『無極而太極』で纏っている『気』は掻き消せる。だが、掻き消しても再び纏えばいいだけの話だ。分が悪いのは変わらない。

「って言うか、そもそもオレくらいのレベルになるとタイプ分けも意味がねーから、何も変わらねーだろ?」
「そうですね。つまり、どんなタイプであろうと格上過ぎる相手と戦うのは無謀、と言うことは変わりませんね」
「……そこまでやりたくねーのかよ。じゃあ、最大限の譲歩で『従者』との共闘も認める。これで どうよ?」

 最大限に譲歩してパーティーバトルならば、要するに「戦わない」と言う選択肢はないのだろう。

「はぁ、わかりました。それでは、タカミチ・クルトのタッグに勝てたならば、前向きに検討します」
「へ~~? やっぱ、その手で来るか。アルの予想通りだな――じゃなくて、実に残念だなぁ(棒読み)」
「ああ、つまり、狙いは二人の方だったんですか。まぁ、オレとしては それはそれでいいんですけどね」

 もうラカンを説得するのが面倒臭くなって来たアセナは、タカミチとクルトに丸投げすることにした。

 そうしたら、ラカンは「我が意を得たり!!」とでも言いた気な反応を見せて来たので、
 最初からアセナと戦うのは ただの口実で、本音はタカミチやクルトと戦いたかったのだろう。
 思い出してみれば「アイツ等、全然 本気 見せねーんだよなぁ」とかボヤいていた気がする。

 出汁にされたのはいい気分ではないが、自分から矛先が変わるなら それはそれでいい と考えるのがアセナである。

『ってことで……タカミチ、クルト。ちょっとラカンさんをフルボッコにして欲しいんだけど?』
『何が「ってことで」なのかは わかり兼ねますが……要はジャック・ラカンと戦えばよろしいのですね?』
『まぁ、事情はわからないけど、きっとラカンさんのことだから大した理由なんてないんだろうねぇ』

 召喚前のマナーとして声を掛けたが、たった一言で状況を理解して召喚に応じてくれる二人は実に頼もしい。

 と言うか、ラカンに対する扱いが酷いだけで、別に二人は普通の反応をしただけかも知れないが。
 まぁ、それでも召喚に応じてくれたことは有り難いことだ。これでラカンの相手をしなくて済むのだから。
 後で何か御礼しなきゃなぁ とか考えつつ、アセナは召喚した二人にラカンのことを丸投げしたのだった。

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 ここから先は完全な余談となる。

 さすがはラカンと言うべきか、タカミチとクルトの二人を相手にしても余裕が見て取れた。
 どれくらい余裕かと言うと「アセナも加わってもいいんだぜ?」とか挑発できるくらいだ。
 そんな挑発に乗る二人ではなかったが、戦況が芳しくないことは動かしようのない事実だ。

 そこで、アセナは『禁じ手』を使うことを決意した。

 アセナはポケット(と言うか『袋』)から小瓶を取り出すと、躊躇なく中身の錠剤を飲み込む。
 すると、アセナの身体からは湯気が立ち上り、ポンッと言う破裂音と共に周囲が煙で覆われる。
 煙が晴れた後にあったのは小さなシルエット。そう、封印していた子供の姿――セセナになったのだ。
 そして、セセナは懐から畳まれた紙を取り出すと、徐に それを開き、最大級の呪文を口にした。

「タカミチ大好き」

 その声が周囲に響いた瞬間、タカミチは鼻血を大噴出しながら「オッケーー!! 那岐君ッッッッ」とか雄叫びを上げた。
 何がオッケーなのかは極めて謎だが、テンションが高くなり過ぎて本人もわかっていないようなので気にしてはいけない。
 テンションに引き摺られたのか、タカミチが纏っていた『咸卦法』の出力は爆発的に増えており、ラカンすら凌ぎそうだ。

「真・零式大槍無音拳ッッッッッ!!」

 その時に放たれた拳は、形の上では単なる正拳突きだった。だが、その纏うオーラは余りにも莫大だった。
 莫大なオーラによって異常に強化された拳は、音速の壁を容易く超えて雷速の域に達しようとしていた。
 そう、人の目では捉えることなど適わぬ その雷速の一撃は、まさに『無音拳』と呼ぶに相応しい一撃だった。
 かつては「まだ その域に届いていない」として封じていた呼称だが、今のタカミチには充分な呼称である。

 ……そんな一撃を受けたラカンが無事であろう筈がない。さすがのラカンも崩れ落ちた。

 こうして、ラカンとタカミチ・クルトのバトルは(スーパーハイテンションモードのタカミチによって)ラカンの敗北で幕を閉じた。
 その一部始終を冷めた目で見ていたアセナは「やっぱり、セセナは封印して置こう。だって、いろいろとヤバ過ぎるもん」とか思ったようだ。
 ちなみに、美少年好きを公言しちゃってるクルトにも多大な影響があったようで、クルトは それ以来アセナに永劫の忠誠を誓ったらしい。

 また、かなりどうでもいい話だが、諸悪の根源がアルビレオであることにアセナが気付いたのは しばらく経ってからだったと言う噂である。



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Part.05:三人 寄らなくても 姦しい


「まったく、ラカンさんには困ったものだよねぇ」

 迎賓館に戻って来たアセナはクルトから諸々の報告を受けた後、疲れを癒すためにテラスでコーヒータイムを楽しんでいた。
 夜にコーヒータイムと言うのも変かも知れないが、コーヒーを飲んで寛いでいるのでコーヒータイムでいいだろう。
 ところで、あの三人がバトルをしたのだから周囲の被害は甚大だった。一応、結界は張ったようだが、焼け石に水である。
 まぁ、被害の賠償はラカンに出させた(ダウンしている間に資産を押収した)ので、アセナの懐は一切 痛んでいないが。
 街中でバトルをした方が悪いのだが、何故かアセナの方が悪人に見えるのは……気のせいに違いない。多分、きっと、恐らくは。

「むしろ、キミの方が『困ったもの』なんじゃないかい?」

 アセナの対面に座ったフェイトがアセナの愚痴に苦笑交じりに応える。ちなみに、今日は幼女バージョンである。
 それはアセナの好みに合わせた結果なのか、それとも こちらが基本形だからなのか? ……それは永遠の謎だ。

「と言うか、ミスター高畑を思わず『ドクター高畑』と呼びたくなったよ」
「パプワ君ネタですね? わかります。って言うか、何で知ってんの?」
「ま、まぁ、ジャパニメーションには目がないだけだよ。深い意味はないさ」
「(深い意味? まぁ、とりあえず流して置こう)へー、そーなんだー」

 うん、まぁ、フェイトがアセナの趣味を理解するためにジャパニメーションを勉強したのは ここだけの秘密である。

「しかし、戦いを吹っ掛けたジャック・ラカンは ともかくとして……巻き込まれた両名には同情するよ」
「まぁ、巻き込んだのは否定しないけど、二人にはテオドラの件でのOSHIOKIがあったから問題ないさ」
「本当にそうかな? 何だか灯してはいけない火種に集中爆撃を行ったような気がしてならないんだけど?」
「た、多分 大丈夫だよ。クルトはともかく、タカミチは保護者としての愛が溢れただけに違いないもん」

 と言うか、そう考えないとタカミチを保護者として見られなくなる。ショタの人ではないと信じたい。

「まぁ、キミがそう言うのなら そうなんだろうね。ボクなんかよりもキミの方が彼に詳しいのだろう?」
「……そうだね。オレにとってはタカミチは信じられる存在なんだから、オレには それだけで充分だよね」
「その通りだね。信頼とは人と人を繋ぐ情の中で最も強いものの一つだよ。信じる心は とても大切さ」

 確かに信じる心は大切だ。信頼がなくても人間関係は成り立つが、あった方がいいに決まっている。

「少なくともボクは そう思う。いや、そう思うようになったんだ。キミの御蔭でね」
「……オレは大したことしてないよ? むしろ、キミ達の目的を叩き潰したんだよ?」
「確かにそうだね。でも、人を信じなくなった造物主に人を信じさせたのも確かだよ」

 脅しに近い形ではあったが、造物主がアセナを信じる形で落ち着いたことは確かなことだ。

「だから、ボクも『キミを信じる』と言う選択肢を選べたんだ。だから、キミに感謝している」
「…………オレはオレのやりたいようにやっただけさ。だから、感謝されても困るんだけど?」
「キミは何も気にしなくていいよ。ボクが勝手な解釈をして勝手に感謝をしているだけだからね」

 フェイトの様子から意志を曲げようとしないことを読み取ったアセナは「まぁ、そうだね」と返すにとどめ、抗弁をあきらめた。

「まぁ、それはともかくとして……あそこの物陰でオレ達の様子を窺っている あのコ達は放置でいいよね?」
「…………そうしてもらえると助かるよ。みんなに悪気は無い筈だからね。って言うか、気付いていたんだね」
「(悪気がなくても許しちゃいけないんだけど……まぁ、いいか)この程度ならば、オレでも察知できるって」

 実はと言うと、フェイトガールズがコッソリと二人の様子を覗い――もとい、見守っていたのである。

 他の気配に紛れてしまうため、街の雑踏など不特定多数がいるところでは気配を探るのは難しい。
 だが、迎賓館の中にいる者は限られており、このテラスに至ってはアセナとフェイトしかいない。
 それ故に「こちらに気取られないように こちらを見ている」気配くらい、アセナでもわかるのだ。

 ところで、完全な余談だが……栞が「デレフェイトタソ、カワユス」とか言っている気がしたのだが……気のせいにしたアセナは悪くないだろう。

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「ナギさん!! これは一体どう言うことですか!?」

 一通りの愚痴を話し終えたアセナが(フェイトガールズを鮮やかにスルーして)フェイトと取り留めのない内容の雑談を交わしていると、
 そんな緩やかな時間など打ち壊してくれる!! とでも言うかのように、ズドドドドドと言う激しい足音を立ててネギがテラスに乱入して来た。
 勢い余ってテーブルをバンッとか叩かないだけマシだ。最早そんな境地だ。ちなみに、アセナが驚いていないのは接近に気付いていたからである。

「ん? どう言うことって?」

 一体、何が「どう言うこと」なのだろうか? ネギが憤慨しているのはわかるが、その理由は不明だ。
 まぁ、十中八九、アセナとフェイトが二人でコーヒータイムを満喫しているのが気に入らないのだろう。
 だが、ここでわかってあげてはいけない。適当な言葉でもわかってくれる とか思われると面倒だからだ。

「何で その銀髪なんかと御茶してるんですか!!」

 ネギの口から語られた理由は、感動すら覚える程にアセナの予想通りだった。もう少し捻ってもいいのではなかろうか?
 どうでもいいが、アセナは「ここで『いや、御茶じゃなくてコーヒーだけど』とか言ったら どうなるんだろう?」とか、
 益体もない――どころか害悪にしかならないことを考えていたが、神妙な表情を作っているのでネギにはバレていない。

「いや、特に理由はないよ? まぁ、強いてあげるなら、話したい時に話し相手になってくれたから……かな?」

 リフレッシュも兼ねて外出した筈なのに何故かストレスが溜まったアセナは、軽く愚痴を言いたかった。
 そんな時、フェイトが「コーヒーくらいなら付き合うよ」と申し出てくれたので、話していたのである。
 それ故に、アセナにとっては特に深い理由などない(まぁ、フェイトには あるのかも知れないが)。

「それなら、ボクが話し相手になります!! ナギさんの望むことなら、どんなことでも24時間365日オールOKです!!」

 とんでもないことを口走っているのだが、妙に「ああ、相変わらずネギはネギだなぁ」と思えてしまうのは何故だろうか?
 恐らく――いや、ほぼ間違いなく、普段から衝撃的なセリフを聞いているので、そう言ったセリフに慣れてしまったのだろう。
 いやはや、慣れとは恐ろしい。人間は慣れる動物だ とは言われているが、慣れてはいけないこともある気がしてならない。

 と言うか、こんなセリフに慣れてしまった辺り、最早アセナは戻れない場所に来てしまったのではないだろうか?

「それはともかくとして……ネギ君、二人の会話に割り込まないでくれるかな?」
「それの何が問題なの? そもそもボク達の間に割って入って来たのはキミだろう?」
「キミ達の間に割って入る? ……ハハハハハ!! また妙なことを言うね、キミは」
「妙なこと? ……ああ、なるほど。今更 言うまでもない事実を言うのは妙だね」
「相変わらずの超解釈だねぇ。キミ達の間なんて割って入るまでもないってことだよ?」
「へぇ、いつも通り意味不明だねぇ。これだから現実の見えない負け犬は困るんだよ」
「ハッ!! 現実が見えていないのは どっちだい? 負け犬の遠吠えは実に虚しいねぇ」

 まぁ、静かな言い争いを始めるネギとフェイトを見ても「フフフ、相変わらず仲良しさんだねぇ」と思うだけなのは、如何かとは思うが。

 しかし、見方を変えてみれば、アセナの感想も強ち的外れとは言えない……ような気がしないでもない。
 古来より「喧嘩する程 仲がいい」と言われているように、喧嘩をしていても仲が悪い訳ではないのだ。
 それに「雨降って地 固まる」とも言うので、争いを乗り越えた先には友情が待ち受けているに違いない。

 そんな訳がない とは思うが……それでも そう思って置かないとアセナの精神が危ないのである。

「あらあら まぁまぁ……残念ながら、どうやら私達の出番はないようねぇ」
「ネギが あの変態の毒牙に掛かってないなら私は出番がなくてもいいんだけどね」
「でも、せっかく来たんだから、火に油を注ぐくらいはして置きましょうか?」
「まぁ、それで あの変態が大人しくなるのなら協力するのも吝かじゃないわ」
「流そうと思っていたけど……会話がヒド過ぎるんで ここらでツッコみます!!」

 途中で現れたアーニャ・ネカネは(面倒なので)スルーして置く予定だったが、不穏な会話をしているので慌ててツッコむアセナ。

「賢明ですわね。スルーするのは御自由ですが、私だって寂しいのですよ?」
「つまり、寂しいから精神的な苦痛を与える権利があるってことですか?」
「ええ。精神的な苦痛は精神的な苦痛で支払っていただくのが常識ですからね」
「なるほど。でも、あきらかにオレの方がダメージが大きくなりそうなんですが?」
「加害者への報復の損害は被害者の受けた被害以上であるのも常識ですよ?」
「そんな常識はないような気はしますが……とりあえず、納得して置きます」

 ネギを育てた『姉』であるネカネに何を言っても無駄だろう。そう判断したアセナは不満はあるものの抗弁はあきらめた。

「だから、アーニャもここらで納得して置こう? 今回はオレを貶めるのはあきらめようよ?」
「う、うっさい!! 黙れ、変態!! って言うか、キモいから『アーニャ』って愛称で呼ぶな!!」
「それじゃ、アンナたん「それのがキモい」じゃあ、アンアン「殺すわよ?」……どうしろと?」
「普通に呼べばいいじゃない。具体的には『ココロウァさん』辺りが他人行儀でオススメね」

 ネカネがアセナをイジメる気がなくなったので不満気だったアーニャは、それをアセナに指摘されたので不機嫌になった。

「まぁ、それはともかく……ネカネさんが矛を収めたんだから、キミも収めてくれない?」
「……でも、ネカネさんが矛を収めたからと言って私まで収める必要はないでしょ?」
「そりゃそうなんだけどね? でも、ネギのことを考えるなら やめて置いた方がいいよ?」
「ハァ? 何 言ってんのよ? ネギのことを考えているからアンタを貶めたいんでしょうが?」

 アーニャとしては「軽く流すな」と言いたいが、空気を読めるコなので話の流れに乗ったようだ。

「だって、ネギはダメポだから、オレがヘコめばヘコむ程ネギの想いはとどまることを知らないよ?」
「そ、そう言えばそうね。って言うか、アンタ、自分がダメ男だって自覚あるのに何で直さないの?」
「アーニャ……世の中には わかっていてもやめられないことは たくさんあるの。わかってあげて?」
「……そうね。世の中には どうしようもないヤツってたくさんいるのよね。わかったわ、ネカネさん」
「あれ? 何だか いい話っぽくなってますけど……要はオレが どうしようもないヤツってことですよね?」
「え? そんなの当たり前のことじゃないですか?」「ハァ? そんなの当たり前のことじゃない?」
「…………まぁ、そうですよね。ええ、わかっていますとも。オレの扱いなんて そんなもんですよね」

 異口同音に「どうしようもない」と肯定されたアセナは、ある意味では悟りを開いたのだった。

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「クックックックック……いやはや、モテる男はツラいなぁ、オイ」

 テラスを去ったアセナがバルコニーで「大丈夫、こんなオレでも生きていていいさ」と自分を慰めていると、
 ニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべた色々と赤っぽいイケメン――ナギ・スプリングフィールドが声を掛けて来た。
 実を言うと、ラカンや魔人形なアルビレオ共々、目を覚ましたナギも迎賓館の厄介になっているのである。

 何気に詠春以外の『紅き翼』が揃っていることに気付いたアセナは「別に詠春さんはハブられた訳じゃない」と敢えて気にしないことにしたらしい。

「アンタは どこのオヤジですか? って言うか、かなり酒 臭いんですけど?」
「うるせー!! こんな人生、飲まずにやってられるかってんだ、コンチクショー!!」
「ハァ? 何言ってんですか? 充分に勝ち組な人生を歩んでるじゃないですか?」

 美人の奥さんを娶ったイケメンの英雄。これで『こんな人生』とは、どう言った了見だろうか?

「そんなん知るかっ!! まぁ、10年も寝かされていたことは100歩 譲って仕方がないこととしてあきらめよう!!
 だが!! その間に娘が男を作ってるって どー言うことよ?! しかも、オレは娘に毛虫のように嫌われてるし!!
 そのうえ、最愛の妻とは会えないどころか居場所も生死も不明なんだから、もう飲むしかねーだろうがぁああ!!」

 うん、まぁ、それなりの了見だったようだ。と言うか、娘関連は思いっきりアセナに責のある話だ。

「奥さんの事は置いておくとしても……ネギは10年も放置されてたんですよ? 嫌われて当然じゃないですか?」
「そりゃあ そう言われちまうと否定できないんだけど!! それでも、やっぱり家族としては愛して欲しいじゃん!!」
「気持ちはわかりますが、父や母と言う存在を『言葉でしか』知らないネギには理解してもらえないと思いますよ?」

 しかし、己に責があっても棚上げして相手を責められるのがアセナだ。うん、実に最低だ。

 とは言え、ナギの方にも責任はある。特に、父親として失格なのに父親面するのは如何なものだろう。
 原作のネギは(父親としてではなく)英雄として憧れていたので『父』を求めることができた。
 だが、ここのネギは英雄としての憧れがなくなったので『父』を求めることは有り得ないのである。

 アセナの「父親面する方が痴がましいですよ?」と言わんばかりの言葉に、ナギは「うぐっ」と呻くしかない。

「それと、エヴァに『登校地獄』を掛けたまま放置してましたよね? それもネギに嫌われている原因ですよ」
「エヴァの? とうこうじごく? あ、あ~~、アレな。オレも封印されちまったんだから しょうがないだろ?」
「……でも、貴方がエヴァに『登校地獄』を掛けたのが15年前で、貴方が封印されたのが10年前ですよね?」

 呪を掛けてから5年はあった。当初の予定では3年で呪を解く予定だったので2年は放置していたことになる。

「そ、それはアレだ。あの頃は超多忙だったんで、気になってはいたんだが『解呪』に行けなかったんだよ」
「ネギが生まれた時期を考えると……エヴァを放置して子作りに忙しかった、と言う解釈になりますよ?」
「え、え~~と、それは、ほら、アレだよ、アレ。ウッカリ忘れてたってヤツだよ。誰にでもあるミスだって」

 同じ男としての視点では、他の女との約束よりも最愛の相手とニャンニャンする方が大事だ。だが、そう言う問題ではないのだ。

「まぁ、気持ちはわかります。ですが、そんなんだからネギに嫌われるんです。もうちょっと父親面できる言動を心掛けましょうよ?」
「……確かにオレにも非はある。それは認める。だけど、オレの直感が告げているんだよ、ファザコンになっていた可能性もあったって」
「その気持ちもわかりますが、娘の幸せを考えるならファザコンと言う修羅道ではなくて他の道を進んでいることを喜ぶべきでしょう?」

 確かに、原作のネギはヤバいくらいにファザコンだった。なので、ここのネギもヘタしたら『ああ』なっていたかも知れない。

 その意味では、ナギの直感は間違っていない。と言うか、大正解だ。だが、何かが大きく間違っているとしか言えない。
 アセナからすれば、原作のネギは「英雄としてのナギ」を盲目的に見ているだけで「父親としてのナギ」を見ていない。
 言わば、ファンが英雄と言うフィルターを通して見ているのとネギの視点は大差がないのだ。実に歪な親子関係だろう。

 まぁ、アレはアレで本人も周囲も幸せそうなのでアレはアレでいいのかも知れないが……アセナとしては気に入らないだけだ。

「それでも!! 娘に『パパ大好き♪ パパと結婚する♪』とか言われたかったんだよ!! それが父心なんだよ!!」
「どんな父心ですか!? それはどっちかと言うとダメな人間の思考ですよ!! って言うか、ダメ嗜好ですよ!!」
「ダメでも構わん!! むしろ、ダメでいい!! 娘に愛してもらえるならば、オレは世界すら敵に回してみせるさ!!」

 しかし、ナギのアホな一言で場の空気は一気に砕け、アセナは「駄目だコイツ……早く何とかしないと…………」と頭を抱えるのだった。



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Part.06:忘れてくれって言ったのに


 痛む頭を抑えつつナギとの会話を適当に打ち切ったアセナは、自室(アセナに宛がわれた客室)に戻った。

 部屋のベッドで幸せそうに寝ているダミーに妙にイラッと来たアセナは、問答無用でダミーを蹴り起こす。
 自分で命じたことなのだが、自分が心労を重ねているのに幸せそうに惰眠を貪るダミーが許せなかったらしい。

  コンコン……

 蹴り起こしたダミーから記憶を引き継いだアセナは、ダミーの擬態を解除してアイテムに戻して『袋』に収納する。
 そして、諸々の疲れを癒すためにトットと寝てしまおう とベッドに潜り込んだ時、ドアが何者かの来訪を告げた。
 物凄く嫌な予感がするため狸寝入りを決め込もうか と一瞬だけ逡巡するが、アセナは大人しく応じることにした。
 狸寝入りをしたところで無視される気がしてならなかったし、もしかしたら急を要する重大案件かも知れないからだ。

「……何だ、エヴァか」

 アセナの「どうぞ……」と言う言葉に促されて部屋に入って来た人物は金髪ゴスロリの幼女――エヴァだった。
 これがクルトだったら「何かトラブルでも起きたのか?」と気を引き締めるが、エヴァなら その必要はない。
 警備的な意味でのトラブルの可能性もない訳ではないが、ここにいる猛者を考えると その可能性はゼロに近い。

 だからこそ、アセナは気が抜けたままなのだが……そもそも、エヴァは何の用件で こんな時間に訪れたのだろうか?

 夜も早い時間ならアセナの部屋を訪れるのは珍しいことではないが、深夜に近い時間帯に来るのは非常に珍しい。
 と言うか、深夜帯にエヴァが部屋に来たのは初めてだ。しかも、その表情は真剣だ。つまり、来訪理由も真剣なものだろう。

「『何だ』とは何だ? せっかく私が来てやったのだから、泣いて喜べ」
「いや、何で そこまで上から目線なのかな? 意味がわからないよ?」
「フン!! 随分と生意気を言うようになったな? 『思い出す』ぞ?」
「ちょ、ちょっと待とうか? その件は忘れてくれって頼んだでしょ?」
「確かに そう頼まれたな。だが、その頼みをきく とは言っていないぞ?」
「うん、まぁ、確かに その通りだね。でも、普通そこは忘れるでしょ?」
「知らんな。私に常識など通用せんから『普通』と言われても意味不明だ」

 しかし、エヴァの口調(ふざけてはいないが、遊んでいる雰囲気)から察するに、どうやら真剣な来訪理由ではないようだ。
 ところで、エヴァとアセナが話題にしている『思い出すこと』と言うのは、アセナが忘れて欲しい黒歴史のことである。

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「いい加減、一人で背負い込むのは やめたらどうだ?」

 時は遡って、8月13日。アセナがラカンの元からオスティアに戻り、フェイトと話した後。そう、『完全なる世界』に赴く前夜のことだ。
 草木も眠った頃合の深夜、迎賓館のバルコニーにて星空をボンヤリと見遣りながら物思いに耽るアセナにエヴァが話し掛けて来た。
 エヴァの言った通り、アセナは どこからどう見ても無理をしていた。すべてを一人で背負い込もうとしていたのが誰の目からも明らかだった。

「私は頼りにされている、と言う自負があったのだがなぁ」

 エヴァは苦笑を浮かべながらアセナの脇まで来ると、その後は特に何もせずに ただアセナが話し出すのを待つ。
 エヴァには無理に聞き出すつもりなどない。話したいのなら聞くし、話したくないのなら聞かない。それだけだ。
 もちろん、話してもらいたいとは思っているが、あくまでも優先するのはアセナの意思だ。だから、待つだけだ。

「………………怖いんだ」

 エヴァが そろそろ「話したくないのなら別にいい」とでも言って その場を離れようとした時、アセナの口が開かれた。
 そこから漏れ出したのは、弱音。今まで見せることのなかった、普段のふざけた態度が嘘であるかの様な弱気そのものだ。
 エヴァの修行で自衛力を手にしたとは言っても、それは あくまでも最低限のものだ。最強クラスには焼け石に水だろう。
 つまり、造物主などが本気でアセナを殺しに来た場合、アセナは一矢を報いるどころか逃げることすら難しい程度なのだ。

「今更だけど――いや、今更だから、かな?」

 前世も含めて、アセナは これまでに何度も危ない橋を渡って来た。その中には、命をチップにしたことすらある。
 だが、今回のプレッシャーは今までの非ではない。自分の命が危険なのは これまでと変わらないが、今回は それだけではない。
 そう、もしアセナが失敗すれば(造物主を説得できなければ)魔法世界に住むすべての命を巻き込むことになるからだ。

「今までは『逃げ道』があった。いや、作っていた。でも、今回は それもないんだ」

 もちろん、護衛を呼び出したり『転移』で逃げることはできるだろう。『転移妨害』がされても、それを破る手段はあるため、
 その意味では『逃げ道』は残っているのだが……アセナが言ったのは、そう言う意味ではない。精神的な『逃げ道』のことだ。
 これまで背負って来たリスクとは比べるまでもない程のリスクを背負ったアセナは、その重圧に潰されそうになっていたのだ。

「逃げ道がないのなら、作ればいいだろう? そして、それが無理なら逃げればいいだけじゃないか?」

 ノブレス・オブリージュ――王族や貴族には支配者としての義務がある。この場合は、無辜の民を救うことが義務だろう。
 だが、アセナのウェスペルタティア王族としての義務は『黄昏の御子』と言う名の人間兵器として充分に賄われている。
 本来なら王族としては逃げることなど許されないが、アセナの場合は充分に許されるだろう。少なくともエヴァは そう思った。

「……そうは行かないよ。オレには逃げる選択肢なんて選べないからね」

 だが、アセナに その選択肢は選べない。アセナの行動原理には王族としての義務もあるが、それだけではないからだ。
 もちろん、自分に助ける力があるのに見捨ててしまえば自分で自分を誇れなくなってしまう……と言う我侭もあるし、
 テオドラやココネなどの大切な人達を助けたいのもある。だが、何よりも『黄昏の御子』の記憶もあることが問題なのだ。

 そう、『黄昏の御子』としての記憶が、アセナに逃げることを許さないのだ。

「オレは、100年以上も生きている。まぁ、そのほとんどが『生かされていた』と言うべきものだったんだけどね。
 それでも、能動的にしろ受動的にしろ、その間にオレは数え切れない程の人間の生命力を吸っていたのは確かだ。
 そして、オレが吸ってしまった人間達には、それぞれ家族や友人――つまり、守りたいものがあったと思うんだ」

 正確には、完全魔法無効化能力を応用して魔法世界人を魔力に還元していたのだが、わかりやすく『生命力』と言う表現を取っただけだ。

「当然のことだけど、『送った』訳ではないから『リライト』を使っても彼等を蘇らすことなんてできない。
 それに、彼等の死を冒涜することになるから彼等を死なせたことを後悔して立ち止まることもしたくない。
 だから、オレは彼等の代わりに『彼等が守りたかったもの』を守るべきだと思うし、逃げる訳にはいかないさ」

「…………先程も言ったろう? 一人で背負い込むのはやめろ、と」

 アセナの独白を聞いたエヴァの答えは、とても優しい――いや優し過ぎる婉曲的な肯定だった。
 その証拠に、エヴァは幻術で大人になり、微かに震えるアセナの背を そっと後ろから抱き締める。
 それは まるで「お前は一人じゃない」と言っているかのようで、アセナの心は少し軽くなった。

 心が軽くなった分、仮に失敗したとしても自分を許せるかも知れない。アセナは少しだけ緊張が解けた。

 考えてみれば、自分には幾つもの『切札』がある。と言うか、最悪の事態を回避するために準備をして来たのだ。
 仮に造物主との対談に失敗したとしても、護衛達が守ってくれる。自分が虜囚の身に陥る可能性は極めて低い。
 それに、虜囚の身になったとしても『みんな』が助けてくれるに違いない。そう、失敗を恐れる必要はないのだ。

「……………………ありがとう、エヴァ」

 星空を仰ぎ見ることで零れそうになる涙を止めたアセナは、震える声で礼を言う。
 もちろん、アセナは振り返らない。涙は止めたが、泣き顔であることに変わりはないからだ。
 エヴァも察しているのか、アセナの顔を見るような真似はせず、そのまま抱き締め続けた。

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「うっきゃぁあああ!! 思い出さないでぇえええ!! それ以上、オレの黒歴史を掘り起こさないでぇえええ!!」

 誰にでも気弱になる時はある。訓練された兵ですら死地に赴く前は、精神的に不安定になるのだから、仕方がない。
 むしろ、肉体による繋がりで精神的な安定を得ようと『取り返しのつかない過ち』を犯さなかっただけマシではないだろうか?
 まぁ、後ろからとは言え抱き締められて安定した経緯があるので、完全に肉体的な繋がりを求めなかった訳ではないが。

「クックック……あの時のシオラシサは何処へやったんだ? 生まれたての小鹿のように震えていたじゃないか?」

 エヴァのネチネチとした責め はしばらく続き、アセナの精神は「本当に勘弁してください」と土下座するまでガリガリと削られた。
 余談だが、そんなアセナの様子に何やら満足をしたエヴァは「これに懲りたら、あまり調子に乗るなよ?」と言い残し去って行った。
 どうでもいいが、その後姿を見ていたアセナは「そう言えば、エヴァは何しに来たんだろう?」と思ったらしいが忘れることにしたらしい。

 恐らくは他の女とイチャついて来たアセナを精神的にイジメるために来たのだろうが……アセナが それに思い至ることはないに違いない。


 


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オマケ:ある意味で最高のタイミング


「ああ、そう言えば、言い忘れていましたが……アリカ様なら麻帆良の地下で眠っておられますよ?」

 翌朝、アルビレオが朝の挨拶を済ませた後、何でもないことのように切り出した。
 その様は、あたかも「今日は いい天気ですねぇ」とでも言っているかのようだ。
 ちなみに、アルビレオはアセナを向いているので、アセナに話し掛けているのだろう。
 だが、あきらかに『偶然』通り掛かったナギに向けて話しているようにしか見えない。
 と言うか、どう考えてもナギが通り掛かったタイミングで話し出したとしか思えない。

「やはり、夫婦の年齢が離れるのはよろしくないですからね、気を利かせて冬眠していただいたんです」

 衝撃の事実をサラッと語られたナギが大口を開けてポカンと言う擬音が相応しいマヌケ面を晒すのは無理もない。
 それを「その表情が見たかったのです」と言わんばかりの爽やかな笑顔で見遣るアルビレオが酷いだけだ。
 とは言え、アセナも同類であるためアセナにアルビレオを責める資格はない……が、文句くらいならいいだろう。

「そうですか、それは実に気が利きますね。ところで、何で このタイミングで話したんですか?」

 確かに、もともと年齢が離れている場合は兎も角として、夫婦の年齢が離れるのはいいことではないだろう。
 それに加え、アリカを元老院から隠す意味でも冬眠させたうえでアルビレオが管理したのは悪い手ではない。
 まぁ、結果的にはネギの育児を放棄させたことになるので そこまで褒められたことではないが、悪くはないのだ。
 そのため、気を利かせたのは本当だろう……が、気を利かせるならナギが目覚めた段階で教えるべきだろう。
 気の利かせ方が違う と言うか、あきらかにナギをイジるのが目的で教えなかったに違いない。実に酷い男である。

「昨晩 御二人の話を小耳に挟んだので『そろそろ伝えた方がいいかも知れない』と思ったんです」

 アルビレオは「まだ時期ではない と思って黙っていたのですが」とタイミングを計っていたことをアッサリと告げる。
 と言うか、あきらかに「計っていた」のではなく「謀っていた」と言った方がシックリ来るのは気のせいだろうか?
 胡散臭い笑みを浮かべて語るアルビレオを見る限りは後者にしか思えないが、アセナは敢えて気のせいにしてスルーして置く。

「ですが、目覚めさせるには麻帆良に戻らないといけないんですよね? だったら、今 伝えても しょうがないのでは?」

 現在 魔法世界と地球を繋ぐゲートポートは復旧作業中であるため、直ぐに麻帆良に帰るにはオスティアのゲートポートを利用するしかない。
 だが、それには莫大な魔力が必要となり、チート臭い魔力容量があるナギと言えども一人でゲートポートを起動させるのは無理である。
 儀式魔法でも使えば可能かも知れないが、生憎とナギには使えないらしい。フェイトなら使えるが、フェイトにはナギに協力する義理がない。
 アセナから依頼されればフェイトも協力するだろうが、アセナの計画的に今ナギに抜けられるのはよろしくないので それもできない相談だ。
 つまり、現時点でナギが麻帆良に戻ることはできないため情報だけ与えられた形となり、生殺しに近い状態になったのである。実に酷い。

「まぁ、だからこそ、今 伝えた――のではなく、ただ単に、話の流れ的に『早めに伝えるべきだ』と思ったんですよ」

 アルビレオはハッキリと「生殺し状態にするために今 話したんですよ」と言い掛けたが、途中で それっぽい言葉で誤魔化す。
 そんなんで誤魔化されるアセナではなかったが、アセナに実害はないことなので敢えて誤魔化されて置くことにするアセナ。
 と言うか、ここで深くツッコんでもアセナには何の得にもならないので、アセナには誤魔化されて置く以外に選択肢はないのだ。

 アセナが「そうですか、よくわかりました」と話を切り上げて その場を去った後「テメェは鬼かぁああ!!」とか絶叫が聞こえたのは完全な余談である。


 


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後書き


 ここまでお読みくださってありがとうございます、カゲロウです。
 当初は軽く修正するつもりだったのですが、修正点が多かったので改訂と表記しました。


 今回は「閑話的なものとしてコメディを多目にしてみた」の巻でした。

 やっぱり、ココネは書いていて楽しいです。正確には、ココネに対するアセナを書いてて楽しいです。
 高音や愛衣も それなりに気に入ってはいるんですが、微妙に動かしづらいのも事実ですからねぇ。

 ところで、原作だとアリカって どうなってたんでしょう? まぁ、この作品は原作乖離してますから気にしませんが。

 んで、最後の方のスーパーエヴァタイムとしか言えない話についてです。
 これはエヴァがヒロイン過ぎるので、当初は お蔵入りにしようとしていたのですが、
 もうエヴァはヒロインでいいじゃないか と開き直って出しちゃいました。

 反省はしていませんし、後悔もしていません。ですが、公開はしています。


 では、また次回でお会いしましょう。
 感想・ご意見・誤字脱字等のご指摘、お待ちしております。


 


                                                  初出:2011/12/09(以後 修正・改訂)



[10422] 第48話:メガロメセンブリアは燃えているか?【改訂版】
Name: カゲロウ◆73a2db64 ID:b259a192
Date: 2013/04/21 19:21
第48話:メガロメセンブリアは燃えているか?



Part.00:イントロダクション


 今日は年10月10日(金)。

 原作では、セレモニーにてネギが「世界を救った人物」として紹介された日だが、
 ここでは、元老院の議事堂にてアセナが『黄昏の御子』として召喚された日である。

 まぁ、両者に何か関係があるのか? と問われれば、特に関係は無い としか言えないが。



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Part.01:満を持して


「皆様、御初に御目に掛かります、アセナ・ウェスペル・テオタナトス・エンテオフュシアです」

 現在、アセナはメガロメセンブリア元老院の議事堂にいた。と言うのも、元老院にクルト共々『招待』を受けたからである。
 アセナが(滅びたとは言え)一国の王族であるため招待と言う形が取られたが、その内実は出頭命令に近いことは言うまでもない。
 恐らく、記念祭に出掛けた際にエージェントを狩った(だけでなく、これ見よがしに送り返した)ことが引金となったのだろう。
 帝国やアリアドネーとの兼ね合いで迂闊に手を出せないが、そっちがその気なら こっちも大義名分を使わせてもらおう……
 そんな考えの下「今後のオスティアの統治について協議したいので議会に参加していただきたい」と呼び出して来たのである。

「既に御存知でしょうが、大戦以来 消息不明だった『黄昏の御子』です。戦後の混乱から逃れるため『紅き翼』の方々に保護されておりました」

 この前の御披露目 & 婚約発表によってアセナのことは魔法世界中に広まっており、アセナを知らない者はいない と言っても過言ではない。
 アセナのことを知った元ウェスペルタティア国民は単純に喜んだ。故郷が正統なる後継者の手に戻るのだ と、正統に戴く者が現れたのだ と……
 また、ヘラス帝国の国民も王女の婚約を喜んだ。庶民に人気の高いテオドラらしい反応だろう。思惑が外れた有力者達は不快そうだったが。
 アリアドネーは中立なので直接的には あまり関係ない。古い王国が復活する可能性は重要な意味を持つが、それで感動が生まれる訳ではない。
 元老院は言うまでも無く不快感を露にしていた。オスティアの占領権を失うだけでなく、有望株であったクルトが離反したのだから当然だろう。
 それに、『黄昏の御子』と言う魔法世界では絶対的なアトバンテージとなる『道具』が自ら勢力を築け上げようとしていることも大きな要因だろう。

 それ故に、議事堂に集った元老院議員からアセナに降り注ぐ視線は刺々しく苦々しい。

 アセナは議事堂の中央にいるが、座席は擂鉢段状になっているため見下ろされているようにしか――罪人を裁いているようにしか見えない。
 だが、アセナは そんな視線を歯牙にも掛けていない。何故なら、この「元老院と直接対峙する」と言う状況はアセナが待ち望んでいたものだからだ。
 御披露目からの期間は2週間程しかなかったが、御披露目をするまでに準備は『ほぼ』終わっていたので、アセナには何も問題がないのだ。
 と言うか、そもそも用意周到で準備(仕込み や仕掛け)が大好きなアセナが、準備が終わっていない段階で御披露目をする訳がないだろう。

「とは言え、皆様が私に疑心を抱かれるのは当然のことです。百聞は一見に如かず、私が本人であるか否かは御自身の目で お確かめください」

 そこまで語った後、アセナは「少々 失礼します」と懐に手を伸ばす。当然、警備兵に警戒されるが、アセナは気にしない。
 そのまま懐(の『袋』)からアーティファクトを取り出すと『無極而太極』で議事堂に張られている『転移妨害』を破る。
 テロ対策なのか、議事堂に張られていた『転移妨害』は最高峰のものであったのだが、アセナにとっては紙に等しいものだ。
 そして、転移符にてフードを目深まで被った巨漢――ラカンを召喚し、ラカンに目線だけで「お願いします」と合図を送る。

「ラカン・インパクトォオオオ!!」

 それを受けたラカンは中央まで進み出ると、フードを取って素顔を晒す。そして、気を練りに練り上げ、渾身の気弾をアセナに放つ。
 ラカンの素顔が晒された瞬間 多くの議員がラカンの登場に驚いていたが、それ以上に気弾が放たれた時の方が驚きは強かった。
 その気弾は圧倒的な力強さを持っており、それを見ただけで 気の弱い者は気絶する程だ。言わば、一種の天災のようなものである。
 そんなものが議事堂で放たれたのだ。それによって起こる損害を考えると驚くどころではない。死を覚悟した者も少なくないだろう。

  パキュン

 だが、そんな気弾(災害)をアスナは杖を無造作に振るだけで消し去ってしまった(もちろん、『無極而太極』を使ったのだが)。
 それは、猛威を振るっていた台風が突如 消失したような、俄かには理解し難い現象だった。だが、雄弁に その神秘性を物語っていた。
 そう、結界消去から気弾消去までの一連の行動はアセナ流の完全魔法無効化能力(『無極而太極』含む)のデモンストレーションなのだ。

「鉄壁を誇る議事堂の『転移妨害』を破ることも、『千の刃』のジャック・ラカン氏の気弾を消すことも、御覧の通りです」

 アセナの服だけでなく議事堂にすら傷一つ付いていない。気弾だけでなく余波すらも完全に消失した証左だ。
 とは言え、強力な魔法具を使えば、杖を振るだけでも『転移妨害』を破壊することは不可能ではないし、
 ラカンが見せ掛けだけで破壊力のない気弾を撃ったとすれば完全魔法無効化能力がなくても可能ではある。

 だが、目の前で見せられた『あの気弾』を見せ掛けだけのものだ と判断することは、幾ら何でも恥知らずもいいところだろう。

「今のが八百長だと感じられた方は……前へ どうぞ。今度は、その方々を撃ち抜いた後に私の方に向かうように撃ってもらいます。
 そうすれば、ラカン氏が本気で気弾を撃ったことと それを消し去れる私が本物の『黄昏の御子』であることが証明できますからね。
 ですから、どうぞ遠慮なく壇上――いえ、弾上にいらっしゃってください。所詮は八百長ですから、恐れるに足ら無いでしょう?」

 それがわかっているアセナは「今のが八百長だと思えるバカは出席の資格などない」と言わんばかりに異議の申し立てを受け付ける。

「……どなたも異議を申し出になられない と言うことは、私が正真正銘の『黄昏の御子』であることが、
 つまり、途絶えたとされているウェスペルタティア王家の生き残りであることが、証明された訳ですね?
 では、私が本当にアセナ・エンテオフュシアであることが証明できたところで、本題に移りましょうか?」

 誰も異議を唱えないことから、アセナは「自身の正当性を会場中が認めた」こととして話を進める。

 元老院議員もバカではない。ここで下手なことを言えばアセナは容赦なく排除することがわかっていたのだ。
 そのための「無言の肯定」であり、それ故にアセナは「とりあえずの主導権」を握ることができたのである。
 ラカンと言う『切札』は使ったが、自己紹介のために与えられた場を最大限に活かしたアセナの勝利だろう。

 アセナは糾弾されるために ここ(議事堂)にいるのではない。この機会を利用して元老院議員を下すためにいるのである。

「っと、その前に…… 一つだけ言い忘れていたことがありましたので、本題の前に話して置きましょう。
 実を言いますと、この議会(と言うか弾劾裁判)の模様は、魔法世界全土に生中継されております。
 ですから、皆様『くれぐれも』発言には御注意くださいね? ちょっとした失言が命取りになりますから」

 既にアセナの正当性を認めたことになっているため、元老院側としては「もっと早く言え」と言いたいだろう。

 だが、そんなことはアセナの知ったことではない。アセナが元老院を気遣う訳がないのだ。
 このタイミングで生中継を教えたのも「ヤバいことを話すと終わりますよ?」と言う牽制だ。
 もちろん、議事堂での『話し合い』の結果を元老院側に改竄されないための措置でもあるが。

 ちなみに、言うまでもないだろうが、議事堂では公にできないことも審議されているため本来なら生中継などできる筈がない。

 議事堂には、議事堂内部の情報が外部に漏れないようにするための強力な魔法的・科学的プロテクトが何重にも施されている。
 だが、魔法的なものはアセナが、科学的なものは超・茶々丸・茶々緒が突破したため、議事堂内の様子は外部に筒抜けとなり、
 その音声 並びに映像は(これまた超・茶々丸・茶々緒の手によって)ジャックされた放送システムで魔法世界全土に配信されている。

 近頃 超達が忙しかったのは、この裏工作のためであった。先程も言ったことだが『準備は万端』だったのである。

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 …………………………………………………………

 ところで、これは完全な余談となるが、魔法世界全土に放送を見られるスクリーンが配備されている訳ではない。

 当然ながら そんなことは想定の範囲内なので、魔法世界の何処にいても放送が見られるような対策を施している。
 それが43話で超が話していたネギと超の共同作品――魔法世界全土を覆う天空スクリーン、『ケフェウス』である。
 もちろん、一つのスクリーンで魔法世界全土をカバーしている訳ではない。万単位のスクリーンでカバーしている。

 小規模なら比較的 簡単な代物だが、規模と量を考えると とんでもない代物である。ネギと超の協力の賜物だろう。



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Part.02:騙られた事実と語られる真実


「では、本題――今後のオスティア並びに私の取り扱いについて を話し合うために、紹介したい人がいます」

 アセナの放った爆弾(これ生中継してますよ)によって場は騒然としていたが、アセナは気にせず話を進める。
 せっかく混乱してくれているのだから、この好機を見逃す手はない。冷静になる間を与えるのは愚の骨頂だ。
 正々堂々と戦えるのは、正々堂々と相手を捻じ伏せられる強者だけの特権だ。弱者には そんな余裕などないのだ。

「既に御存知の方もいらっしゃるでしょうが……私のパートナーであるネギ・スプリングフィールド嬢です。
 彼女は、先の大戦の英雄である『サウザンド・マスター』――ナギ・スプリングフィールド氏の御息女です」

 パクティオーカードで召喚されたネギは「御紹介に与りました」とか無難な挨拶をした後、アセナの脇に控える。
 ちなみに、今更だが その逆隣にはクルトが控えている。最初から ずっといたのだが、説明のタイミングがなかったのだ。
 また、余談だが、先程 召喚したラカンもいる。ラカンは護衛的な意味もあるので、クルトの後ろに控える形である。

「――そして、同時に『災厄の女王』であるアリカ・アナルキア・エンテオフュシア様の『遺児』でもあります」

 アセナは「ウェスペルタティア王国に関係があるから このタイミングでネギを紹介した」と言わんばかり淡々と話す。
 当然ながら、ネギがアリカの娘であるこ とは公然の秘密である。本来なら生中継で話していいような内容ではない。
 普通なら放送を止めるなり何なりの対処が取られるのだが、生憎と放送の主導権はアセナ(と言うか超達)が握っている。
 それに、アセナの発言を取り消させようにも議会での主導権もアセナが(暫定的だが)握っているために それもできない。

 まぁ、場が混乱していたことに加えラカンが睨みを利かせていることも大きな要因だろう。

 ところで、アリカは冬眠しているだけで死んではいないので、実際にはネギは「アリカの遺児」ではない。
 ただ、アリカは死んだことにして置いた方がアリカにとってもプラスとなるので、遺児と騙ったのである。
 処刑していたのに生きていたら元老院の面目が潰れるから、と言う元老院側の都合のためなどではない。

「ここで疑問に思われる方がいらっしゃるでしょう。18年前に処刑されたアリカ王女が9歳のネギ嬢の母親である訳がない、と」

 そう、アリカが処刑されていなかったことを暴露する予定であるため、元老院側の都合など考える訳がないのだ。
 いや、正確に言うと「アリカは処刑されていなかったが、今は他界している」と言う事実にすることが狙いである。
 アリカの身の潔白を証明したうえで、逆恨みでアリカが害されないようにするために事実を『かたる』予定なのだ。

「ですが、18年前にアリカ女王が処刑されていなかったとしたら……どうでしょうか?」

 声音も平坦だし表情も真面目そのものである今のアセナは、どこからどう見ても平静である。
 だが、それは明らかな偽装であることを、その目が――物凄く生き生きしている目が語っている。
 そう、こう言った「相手の騙った事実が虚実であったことを証明する」行為は大好物なのだ。
 特に、自分が偉いとか勘違いしている輩が相手だと そのテンションは止まることを知らない。

 もちろん、テンションに流されて注意を怠り足を掬われるようなことがないよう、最低限度の冷静さは失わないが。

「そうです。アリカ王女は処刑されていなかったので、ネギ嬢を産むことができたのです。
 つまり、ネギ嬢はアリカ王女が処刑されていなかったことの『生き証人』と言う訳です。
 アリカ王女を処刑したかった方々にとっては、ネギ嬢は さぞかし邪魔な存在でしょうね?」

 問い掛けるように議事堂内を見渡すアセナ。最早ニヤニヤと笑っているようにしか見えない。

 だが、くどいようだが表情は真剣そのものである。少なくとも、事情を知らない聴衆を味方にできるくらいには。
 と言うか、実際に聴衆はアセナの味方である。アリカの名前が出たばかりは騒ぐ者もいたが、今では聞き入っている。
 議事堂内には聴衆の様子がリアルタイムで投影されているので、それが元老院議員達もわかってしまうのである。

「具体的には、6年前に村ごと悪魔に襲わせたくらいに邪魔だったのではないか……と推測されます」

 まるで「実に遺憾なことです」とでも言うかのように悲しげな表情で語るアセナ。
 その視線では、主犯と思わしき派閥(クルトからの情報)を捕らえて離さないが。
 そして、これ見よがしに懐から取り出した書類をペラペラと捲っては一息 吐く。

「……まぁ、あくまで推測でしかないので、『この場では』これ以上この話題を継続することは やめて置きましょう。
 今 大切なことは、ネギ嬢がアリカ王女の御息女であること と アリカ王女が処刑されていなかったこと ですからね」

 一転して話題を切り替えるのはアセナの常套手段だが、慣れていない者には それなりの効果を与える。
 一部始終を見ている聴衆が「あの書類には何が書かれていたのだ?」と言う疑問を抱くのは当然である。
 そして、少し目の利く者ならば、アセナの視点が特定の位置で固定されていたことにも気が付くことだろう。
 ここまで来れば「アレには証拠が書かれており、後で容疑者を糾弾するつもりだ」と解釈してくれる筈だ。

「ですから、ここで それらのことを証明できる重要な『証人』を呼ばせていただきます」

 再び転移符を取り出し、これまたフードを目深まで被った正体不明の人物を召喚するアセナ。
 そして、またもやアセナは目線だけで合図を送る。すると、男は前に進み出てフードを外す。
 そこにあったのは、端正な顔立ちと目の覚めるような赤。そう、ナギ・スプリングフィールドだ。

 議事堂の其処彼処から驚愕に息を呑む声が聞こえる。そう、元老院議員達は再び爆弾を投じられたのである。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「……ナギさん、お久し振りです」

 時間は遡って9月30日(火)。アセナの御披露目 & 婚約発表(46話)と記念祭(47話)の間の話だ。
 その日、ナギは長い眠りから覚めた。まぁ、最後の方は気絶だった気がするが、気にしてはいけない。
 前話での会話の後では説得力はないだろうが、アセナとナギの再会は それなりにシリアスなものだった。

 いや、ナギも目覚めた当初から『ああ』だった訳ではない。それなりの経緯があって『ああ』なったのだ。

「ん? お前……もしかして、アセナ、なのか?」
「ええ、そうです。10年振りくらいですね?」
「……ああ、そうだな。デッカくなりやがったなぁ」

 ネギとの初対面が「始めまして、父上殿」と言った感じで冷たく扱われたので、ナギはアセナの対応が ちょっと嬉しいらしい。

「確か、ネギのパートナーをやってくれてるんだったよな?」
「まぁ、パートナーと言うかメンター的な面が強いですけど」
「それでもアイツを支えてくれてるんだろ? ありがとな」

 含んだ意味のない、つまり本当の意味で爽やかな笑みを浮かべるイケメン(ナギ)。思わず「イケメン爆発しろ」と思うアセナは悪くないだろう。

「……いえ、気にしないでください。オレが好きでやっていることですから」
「それでも、だ。オレはアイツに大したことをしてやれなかったからな」
「えっと……ネギと一悶着どころか十悶着くらいあったことは聞いてます」
「フッ、魔法を打ち込まれた後『今更 父親面すんな』ってグーパン喰らったよ」

 遠い目をするナギ。余程ネギとの邂逅が衝撃的だったのだろう。イケメンが台無しになるくらい煤けている。

「……多分、ネギは自分自身でも自分の気持ちがわからず、行き場の無い気持ちを持て余しているんだと思います。
 貴方と どう接すればいいのかわからないので、とりあえず放って置かれたことへの恨みが先行してるんですよ。
 アイツ、基本的には年齢以上にシッカリしてますけど、そう言ったところは 年齢通りのオコサマですからね。
 きっと いつかはナギさんの気持ちや事情やらを理解してくれますって。何たって、貴方達は家族なんですから。
 それに、大したことをしてやれなかったのなら、これから大したことをしてあげればいいだけの話じゃないですか?」

 アセナは精一杯のフォローをする。そう、この頃はナギに同情していたのだ。

 と言うか、囚われの身から救ってくれた恩人であるナギにアセナは感謝してもし足りなかった。
 ただ、やたらと絡んで来るようになったので扱いがゾンザイになっていっただけである。

「……ケッ。ジャックの話の通り、ナマイキ言う様になりやがって」

 照れ隠しか、気遣われて嬉しい筈なのにナギはソッポを向いて悪態を吐く。
 実にわかりやすいツンデレな態度だが、イケメンがやると実に絵になる。
 思わず「イケメンは もげてしまえ!!」と念じたアセナは悪くないだろう。

 とは言え、黙っていればアセナもイケメンの部類に入るので、そこまで同意はできないが。

「まぁ、それはそうと、単に雑談をしに来たって訳じゃねーんだろ?」
「ええ。ちょっとした『お願い』がありまして……聞いてもらえますか?」
「内容に拠る……と言いたいが、オレに断る選択肢なんてねーんだろ?」

 ナギはわかりやすく話題を切り替えるが、むしろ望むところなアセナは「さぁ、どうでしょうね」と言った含み笑いを浮かべる。

「とりあえず、今の状況については、アルビレオから聞いてますよね? 残る問題は元老院の『説得』だけだって。
 で、都合がいいことに その元老院から呼び出しを受ける予定なんで、その機会に決着を付けようと思うんですよ。
 つまり、起きたばかりで悪いんですけど、後々 舞台に立ってもらいますんで それまでに準備して置いてください」

 そう言いながら、懐から台本を取り出し「この台本を覚えて置いてください」と手渡すアセナ。実に無慈悲である。

「いや、意味がわかんねーんだけど? って言うか、何で台本なんか覚えないといけねーんだよ?」
「元老院を追い詰めるのに必要だからです。アリカさんの潔白を証明するためにも協力してください」
「ハァッ!? そんなことできんのかよ? あの悪知恵の働くアルだって覆すことができなかったんだぜ?」
「アルビレオとオレのタイプは似ていますが、分野は違います。オレは政治向きなんで大丈夫な筈です」
「って『筈』なのかよ? そこは嘘でもいいから断言しとこうぜ? それが せめてもの情けってもんだろ?」

 魔法使いのクセに魔法を使うのにアンチョコが必要なナギにとって、台本を覚えるのは無理難題に近い。モチベーションを上げてもらいたいのは当然だ。

「じゃあ、言い換えます。貴方がうまくやってくれれば、アリカさんの潔白を証明できるように最大限の努力をします」
「……OK。それなら協力してやる。お前の『そっち方面』の活躍はアルからもラカンからも聞いているからな」
「って言うか、貴方の奥方のためにやってあげるんですから、礼を言ったうえで喜んで協力するのが筋でしょう?」
「ハッ!! バカ言ってんじゃねーぞ? お前、アリカのためと言いつつも、実際はネギのためにやる気なんだろ?」
「…………それでも、貴方の家族のためにやることは変わりないんですから、感謝したうえで黙って協力しやがれ」
「クックックック……そー言う素直じゃねーとこは昔っから変わんねーな、オイ。オジサン、ニヤニヤしちゃうぜ?」

 アセナがアリカの潔白を証明するのはアリカのためではない。ネギが「アリカの娘」として狙われなくするためだ。

 それがわかっているナギは、素直に認めないアセナをニヤニヤしながら からかう。
 ……今になって思えば、この時からナギの『オヤジ化』始まったのかも知れない。
 まぁ、今更なことだ。このキッカケがなくても、いつかは『オヤジ化』しただろう。

「とにかく、台本はあくまでも台本なので ある程度は無視しても構いません。ただ、収拾が付かなくなる真似だけはやめてください」

 からかわれたことで不機嫌になったのか、アセナは それだけ言って話を切り上げると、サッサと その場を後にする。
 まぁ、そもそもナギの手を借りること事態が「できるだけ使いたくない手」であるためアセナは不機嫌なのだが。
 しかし、そんなことは言っていられないので、アセナはナギを――英雄と言う強過ぎる薬を利用することにしたのだ。

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「皆様、御無沙汰しておりました。『紅き翼』が一翼、ナギ・スプリングフィールドでございます」

 普段のナギとは掛け離れた口調で語り始めるナギ。台本って凄い と思う瞬間だ。
 まぁ、少し言い回しは変わっているが、言い易いようにアレンジしたのだろう。
 大筋を大幅にズレていなければ問題ない。大切なのは「英雄の言質」なのだから。

 そう、聴衆を味方にするためだけにナギ(英雄)に登場してもらったのだから……

「世間では死亡したものと扱われているようですが、私は この通り健在です。
 瀕死の重傷を負った私は仲間の元で治療に専念するため冬眠状態にありました。
 そして、どうにか傷が癒えましたので この場に参上した次第でございます」

 さすがに「造物主に身体を乗っ取られたので封印されていました」とは言えない。

 一部の元老院議員は知っているだろうが、そんなことを この場で話す訳がない。
 何故なら、その一部は『完全なる世界』と繋がっていたので知り得たからである。
 下手に突けば切り返されることがわかっているので、口をつぐむしかないのだ。

「では、スプリングフィールド殿。先程の私の言葉に対する証言を お願い致します」

「はい。先程アセナ様の仰ったことは すべて真実であることを この名に誓って証言 致します。
 私の妻は『災厄の女王』と呼ばれたアリカ・アナルキア・エンテオフュシアであり、
 妻は18年前に処刑されたことになっていましたが、実は処刑されておりませんでした。
 そして、私と妻の間に生まれた子供こそがネギ・スプリグフィールドでございます」

 ナギは朗々と証言をする。これで(真実はどうあれ)聴衆はアセナの語った事を『真実』として受け取ることだろう。

「では、スプリングフィールド殿。何故にアリカ王女は処刑されなかったのでしょうか?」
「それは……私と私の仲間である『紅き翼』が処刑時に救出したからでございます」
「処刑時に? 処刑の映像記録があることも踏まえると、処刑の際に救出したのですか?」
「はい。『処刑した』と言う証拠が必要でしたので、処刑が執行されてから救出 致しました」

 アリカの処刑は生中継ではなかったが、映像記録として公開されていた。だからこそ、映像が作られたものであることを証言させる。

「……確か、アリカ王女の処刑は魔法も気も使えない『ケルベラス渓谷』へ落とすことだったのでは?」
「確かに、仰る通り、あそこでは魔法も気も使えませんでした。ですが、この身体は健在でしたから……」
「なるほど。貴方は 『死の谷』に飛び込み、その身だけでアリカ王女を救出した、と言う訳ですか」
「ええ。高が魔法も気も使えなくなる程度で、最愛の女性の一人も救えずして何が英雄でしょうか?」

 ナギは そう締め括ると、その場を辞してアセナの後ろに付く。ちなみに、ラカンの逆隣でネギの後ろだ。

 ところで、最後のナギの言葉は、ナギの完全なアドリブだ。本来なら肯定するだけにとどめるところだったのだが……
 実を言うと、これは過去クルトに言われた「好きな女の一人も救えず何が英雄ですか!!」と言う言葉への返答だ。
 その辺の事情がわかっているのは、そのことを覚えていたクルト・ラカン・アルビレオ・タカミチくらいだろう。
 当然、アセナもわかっていない。クルトのセリフは原作でも語られていたことだが、そこまで覚えていないのだ。
 とは言え、アドリブを入れた理由は理解していないが、話してもらいたいことは終わっていたので特に気にしないが。
 むしろ、聴衆の反応(ナギ、マジ カッケー)を考えると「イケメン氏ね」と思いつつもグッジョブと言わざるを得ない。

 どうでもいいが、後ろに来たナギのことをネギが心の底から嫌そうに見ていたことが地味に心に響いたアセナだった。



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Part.03:敢えて逃げ道を


「皆様、お聞きの通り、アリカ王女はナギ・スプリングフィールド氏によって処刑から救出されました」

 アドリブと言う予定外のこともあったが、充分に想定の範囲内の出来事であるため、アセナは気にせず話を続ける。
 ナギの証言(出番)は終わったが、アセナの話(出番)は ここからだ。今までは準備に過ぎない。本番はここからだ。

「ですが、だからこそ、疑問を感じるのではないでしょうか? 何故、『紅き翼』はアリカ王女を助けたのか、と。
 彼等は、戦友であるスプリングフィールド氏の最愛の女性だったから助けたのでしょうか? ……いいえ、違います。
 元老院の方々にも認められた英雄である『紅き翼』が そんな個人的な事情で悪人を助けることなど有り得ません。
 彼等がアリカ王女を助けたのは、アリカ王女が実際には悪人――『災厄の女王』などではなかったからに他なりません」

 英雄が悪人を助ける訳がない。だから、アリカは悪人じゃない……と言う、実にとんでもない理論である。

 だが、聴衆とは得てして そう言った(冷静に考えれば)とんでもない理論を信じるものである。
 そもそも、人は信じたいことを信じる。そこに理屈は介在しない。信じたいから信じるのである。
 故に、聴衆は英雄を――いや、英雄の言葉を信じ、英雄の言葉と矛盾しないアセナの言葉も信じる。

 また、元老院側から反論がないのも、その傾向を加速させていると言える。

 もちろん、元老院側も好きで反論しないのではない。ナギの登場によって再度 混乱している間に反論の余地を潰されてしまったのだ。
 と言うのも、『紅き翼』を英雄に仕立て上げたのが元老院であるため、『紅き翼』を英雄でないと断ずれば任命責任を問われるからだ。
 本来なら、『紅き翼』が英雄であること と『紅き翼』(英雄)がアリカ(悪人)を助けたことには直接的な関係性はない筈なのだが……
 アセナの語った「英雄は悪人を助けない」と言う とんでもない理論によって両者が結びついてしまっているため反論ができないのだ。

「……では、何故アリカ王女は『災厄の女王』などと呼ばれたのでしょうか? 今度は そちらの説明をする必要がありますよね?」

 アリカが本当は『災厄の女王』ではない と言う意見に反論がないことを確認した後、アセナは次のステップに移る。
 一応、最低限の目的であった「アリカの潔白を証明すること」は終わってはいるが、それは あくまでも最低限の目的だ。
 アセナの本来の目的は「魔法世界を救うために元老院と協力関係を結ぶこと」だ。そのために魔法世界に来たも同然なのだ。

「しかし、そうは言っても大した話ではありません。アリカ王女はスケープゴートにされただけですからね」

 身も蓋もなく真実を暴露するアセナ。常套手段とも言える手だが、相手に身構える隙を与えない と言う意味では実に効果的だ。
 それに、ここまで語られてしまっては今更 口を閉ざさせても意味がない。反論するのは、アセナの話が終わるのを待つしかないのだ。

「長きに渡る戦争で心身ともに疲弊した人々にとって、戦争への不平や不満、怨嗟や憎悪をぶつけるスケープゴートは必要です。
 ですから、スケープゴートを仕立て上げること自体は非難されることではありません(褒められることではありませんが)。
 それに、王都の陥落によって生まれたウェスペルタティアの難民を押し付けられた方々にアリカ王女は怨まれていましたしね」

 ここで大方の予想を裏切ってアセナはスケープゴートの存在に理解を示す。もちろん、元老院を擁護するためではない。

 これによって「戦後の混乱を収めるために尊き犠牲になっていただいた」と言った反論の意味がなくなった。
 残る反論は「アリカ様は自ら進んで悪役となり戦後の混乱を収拾なさったのだ」と言ったものだろうか?
 スケープゴートだったこと自体を反論すればいいのだが、アリカの潔白が証明されてしまったので それも難しい。

「――ですが、魔法世界崩壊の危機を救った立役者に対する仕打ちとしては いただけないことです。そうは思いませんか?」

 それまで穏やかだったアセナの目付きが変わる。その眼はすべてを見通すと幻視させられる程に鋭く、威圧的だ。
 それは「元老院を許す気はない」と言う明確な意思表示であり、反論することさえ許さない気迫の表れだった。

「20年前にオスティアが陥落したのは、魔法世界の崩壊を引き起こす『反魔法場』を最小限に抑えるためでした。
 難民を受け入れる側も大変だったのでしょうが、魔法世界のために犠牲になった方々を助けるのは当然の義務です。
 確かに、戦争を終わらせたのは『紅き翼』かも知れません。ですが、魔法世界を救ったのはアリカ王女なのです。
 また、『父王を殺して王位を簒奪した』とされていますが、そもそも その父王は『完全なる世界』の傀儡でした。
 それに、彼女の通した『死の首輪法』と呼ばれる悪名高い国際奴隷公認法も、中身は難民保護法でしかありません」

 アセナの語ったことは元老院にとっては周知のことだ。それなのに態々アセナが語ったのは、聴衆に聞かせるためだ。

 もちろん、元老院も それはわかり切っている。わかり切っているのだが……アセナを止められないのだ。
 その原因には、アセナを止めようものなら自分達が真実を隠蔽したことを認めることになる と言う事情もある。
 だが、それ以上に、アセナから発せられるプレッシャーに気圧されているためにアセナの言葉を遮れないのだ。
 敢えて言うが、アセナの後ろに控えているラカンとナギからのものではない。アセナ自身に威圧されているのだ。

「本来なら感謝されるべきアリカ王女を『災厄の女王』として処刑するとは……『当時の元老院議員達』は実に恥知らずな集団でした」

 これまで「大戦の元凶は『完全なる世界』と それと結託した『災厄の魔女』だ」と信じていた聴衆は どう感じただろうか?
 アセナが荒唐無稽な話をしているように感じたのだろうか? それとも、元老院の嘘を暴いているように感じただろうか?
 少なくとも、大多数の聴衆は元老院への不信感は持ったことは確実だ。それは、元老院へのブーイング映像がよく物語っている。
 聴衆の中に『扇動者』を仕込んだせいもあるが、それでも もともと元老院への不信感がなければここまでにはならなかっただろう。

「ですが、それもこれも本当の黒幕だった『完全なる世界』に操られてのこと……と聞いております」

 先程アセナは『当時の元老院議員達』と態々「現在の元老院議員との区別」を付けていた。
 実際は当時と現在では構成員は あまり変わっていないが、大半の聴衆は それを知らない。
 過去の元老院議員を断罪することで、現在の元老院議員は違うことを示せる余地を残したのだ。

 何故なら、アセナの目的が元老院議員を失脚させることではなく、あくまでも協力『させる』ことだからだ。

「大戦を裏から操っていた『完全なる世界』は、何と、恐ろしいことに、当時の元老院議員の大半を『洗脳』して操っていたのです。
 しかし、その忌むべき存在も大戦によって大きく数を減らし、10年前には『紅き翼』の秘かな活躍によって壊滅しました。
 まぁ、僅かに残党は存在していたのですが……それも、つい先日『我々』が『完全に』下しました。もう復活することはないでしょう。
 それ故に、現在の元老院議員の方々が当時の元老院議員と同じ様な愚を犯すことは有り得ません。私が保証させていただきます」

 真実とは異なるのだが、真実を晒したからと言って誰もが幸福になる訳ではない。それ故に、アセナは妥協点を示す。

 当時の元老院議員の非を――アリカに冤罪を掛けたこと を認め、その責任を『完全なる世界』に擦り付けろ。
 まぁ、実際にアセナが そう言った訳ではないが、アセナの言葉の裏に隠れたメッセージがわからない訳がない。
 アセナは議事堂を ゆっくりと眺め回して己の意思が伝わったことを確認すると、今度は聴衆の方へと視線を移す。

「では、前置きは長くなりましたが……この魔法世界の抱える重大な問題について、語らせたいただきます」

 アセナはカメラ目線で語りながら、その手では先程 取り出した書類をヒラヒラと弄ぶ。
 それは、聴衆に語り掛ける振りをした、元老院議員達への婉曲的なメッセージであった。
 これから話すことの邪魔をすれば『完全なる世界』と結託していた証拠を出すぞ、と。
 擦り付けた筈の責任が返って来る と言う目に遭いたくなければ大人しく賛同しろ、と……

 それは、フェイトと言う『完全なる世界』の構成員が彼に下ったことが知られているが故に、実に効果的な脅迫だった。



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Part.04:さぁ、手を取り合っていこう


「多くの方が知らない事実ですが……実は、魔法世界は『火星をベースにした人造異界』なのです」

 アセナの言葉を補足するように「火星と言う惑星についての説明」が画面の右斜め下に表示される。
 魔法世界の住民のほとんどは火星のことを知らないため、超が気を利かせて用意したのだ。
 また、さりげなく「旧世界と呼ばれているのは地球と言う惑星」であることも説明されている。

 察しのいい者ならば、人造異界の限界 及び 崩壊の不可避性にまで想像を働かせられる程度の情報だ。

「言い換えますと、我々 魔法世界の住民が『旧世界』と認識する世界こそが『現実』であり、
 我々が『新世界』と認識している この魔法世界こそが『夢のような存在』となる訳です。
 まぁ、だからと言って、我々にとっては現実であること自体は変わりがありませんけどね」

 繰り返しになるが、人は信じたいことを信じる。本人が現実だと信じているのならば、それが その者の現実なのだ。

「ですが、我々が現実である と認識していても、ここが人造異界である事実は変わりません。
 そして、人造異界である以上 存在の継続には限界があり、いつかは崩壊する運命にあります。
 それが1000年先か100年先か10年先か……それは誰にもわかりません。ですが、必ず訪れます」

 当然、嘘である。本当は最短で10年もない。だが、公表しても混乱を招くだけなので伏せて置くのである。

「ここで、情報が伏せられていたことに対して政府への不信が募るかもしれません。しかし、安心してください。
 今まで皆様に知らされていなかったのは、解決策を模索している段階で不安を煽りたくなかったから です。
 つまり、こうし皆様に明かしたと言うことは、解決策が見つかって皆様の安全が保証できたからなのです」

 これは半分 真実である。解決策は見つかっているが、それはアセナと協力者しか知らない。そう、元老院議員のほとんどは何も知らないのである。

「その方策とは、先程 話題に出て来た魔法世界のベースとなった火星への移住です。
 もちろん、火星に新しく異界を造る訳ではありません。それでは二の舞ですからね。
 我々は、現在は不毛の大地である火星を魔法世界に似た環境に作り変える予定なのです」

 異界を造り直すのではない、環境を作り変えるのだ。両者は似ているが、まったく違う方法だ。

「そして、これは まだ腹案ですが……実は、旧世界――地球に研究都市を造ることを計画しています。
 地球には魔法と違った技術体系である『科学』が存在しており、魔法と科学は相反しない存在です。
 その研究都市にて魔法と科学の融合・進化を行い、その技術によって火星を魔法世界化する計画なのです」

 魔法と科学のハイブリッドである茶々丸や茶々緒は、魔法だけでも科学だけでも作れない。つまり、魔法と科学は相乗効果を持つのだ。

「その前段階として、まずは地球における魔法の秘匿を廃し、地球での魔法の認知を推進していきます。
 また、それと同時に魔法世界に科学を広め、魔法と科学が手を取り合い易くして置くことも考えています。
 ちなみに、研究都市はゼロから作れば時間も資金も嵩みますので、既存のものを利用する予定です」

 以前にも触れたが、アセナの考えでは超の考えていた魔法バラしは「そこまで悪い案」ではない。ただ、やり方に問題を感じただけだ。

 また、研究都市についてだが、アセナの腹案(押し通す予定なので ほぼ確定)では、麻帆良を作り変える予定だ。
 学園都市から研究都市に変革する と言うよりは、研究学園都市として研究機関と教育機関の両立を考えている。
 とは言え、メインは研究機関となるので、既存の学園機能は(物理的にも資金的にも)半分以下に縮小されるだろう。

 もちろん、当然の帰結として半分以上の生徒が溢れることになり、溢れた生徒達は転校してもらうことになるが。

 生徒達にしてみれば、後から出来た研究機関に追い出される形であるため、反発は激化することは想像に難くない。
 最悪の場合、生徒達の溜飲を下げるために(学園を縮小させた咎で)学園長が責任を取って辞任することになるだろう。
 スケープゴートは褒められるものではないのは確かだが、全体を活かすための必要悪として許容されることも確かだ。

 ……嫌な言い方だが、近右衛門が辞任した時の後任として瀬流彦を擁立していた節すらあるのがアセナなのだ。

 元老院も腐っているが、アセナはアセナで十二分に腐っているのである(下手すると元老院以上かも知れない)。
 しかし、アセナは私利私欲には走らないため、元老院以上に腐っていても その分だけマシと言えるだろう。
 仮にアセナが権力を使うとしても、それは大多数を救う時だけだ。私利私欲のためには使わないに違いない。

「既に帝国もアリアドネーも上層部は賛同していただいています。最後に必要なのは、皆様 一人一人の御力添えです」

 アセナの言い方だと元老院議員達にも話が通っているようにしか聞こえないが、当然ながら元老院議員達は何も知らない。
 だが、元老院議員達は話が通っている振りをせざるを得ない。生中継されているうえに聴衆はアセナの味方だからだ。
 元老院議員達はバカではない。むしろ、損得勘定については優秀だ。聴衆を味方に付けたアセナを敵に回す愚は犯さない。

 ちなみに、アセナが聴衆を味方に引き込めたのには、それなりの理由がある。

 もちろん、英雄を後ろ盾にしていることもあるが、それ以上に聴衆が好むような言い回しをしていることが大きい。
 そもそも、聴衆に見られていることを前提に話すことなど、地球の先進国家の政治では当たり前のことである。
 そんなパフォーマンスを見て育ったアセナは「政治とは聴衆を味方につければ勝ちなのだ」と言う前提があった。
 しかし、聴衆のいない場で審議することが当たり前だった元老院議員達は聴衆に見られることに慣れていない。
 そのため、聴衆が好む言い回しなど元老院議員達にはできない。小さな前提の差が、圧倒的な結果を生み出したのである。

 まぁ、強制的に生中継する と言う暴力的な手段で自分の土俵に引き摺り込んだアセナの独壇場なのは至極当然のことなのだが。

 ところで、帝国もアリアドネーも上層部が賛同している件だが、これはブラフではない。歴とした事実である。
 46話でも触れたが、『完全なる世界』と決着を付けてから社交界デビューするまでの間に協力関係を結んでいたのだ。
 亜人を始めとした純粋な魔法世界人は現実世界では存在できないが、その対策も研究対象に入っていることもあり、
 亜人の国である帝国は(テオドラとの婚約が締結されたことからわかる通り)全面的にアセナに協力を表明している。

 また、アリアドネーも亜人を多く抱えているし、科学と魔法を融合させる と言う方針に研究意欲を示している状態だ。

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 時は少々遡る。『完全なる世界』と決着を付けたアセナは、タカミチとラカンを引き連れてアリアドネーを訪れた。

 タカミチとラカンを連れて来たのは、当然ながら護衛の意味もあるが、何よりも仲介役を担ってもらうためである。
 もちろん、ラカンは「めんどい」と渋っている。アルビレオとの賭けで負けたので仕方がなく引き受けただけだ。
 まぁ、アルビレオがイカサマをしたことは言うまでもないだろうし、それをアセナが指示したのも言うまでもないが。

「単刀直入に話しますと、魔法世界の救済についてアリアドネーと協力体制を築きたいのです」

 ラカンの効果か、アリアドネーの首脳の一人であるセラスと問題なく面会を果たしたアセナは、
 ラカンを緩衝材に軽い雑談を交わして友好関係を深めた後、実に直球で本題を切り出す。

「御存知の通り、魔法世界は崩壊の危機にあり、崩壊そのものは必然ですので避けられません。
 ですから、崩壊する前に火星を整備して住めるようにしてから火星に移住しよう と思うんです。
 そこでネックになるのが環境の整備でして……それを共同で研究したい と考えているんです」

 かなり端折った説明だが、セラスには前提となる知識があるので余計な説明は要らないのだ。

「もちろん、そちらにもメリットはあります。亜人の消滅回避と言う人口問題と科学と言う新しい風を呼び込むことができますからね。
 ……言い方は悪いですが、魔法は成長限界に達していませんか? 少しずつは進歩しているかも知れませんが、劇的な進歩は望めませんよね?
 と言うか、古代語での呪文が現代語での呪文よりも高位とされている段階で、底が見えている とすら言えるのではないでしょうか?
 しかも、魔法は個人の力量に大きく左右されますので、一部の人間にしか使えない魔法すらあります。まるで限界を示しているように、ね?」

 だから、これ以上の進歩には科学も必要だ。アセナはハッキリと提言する。

 もちろん、科学も科学で問題を抱えていることはアセナも熟知している。今回ばかりは それを棚上げする気はない。
 環境問題を始めとした科学の代償は深刻なものだ。このままでは、科学の限界よりも地球の限界の方が先だろう。
 だが、そこに魔法が加われば どうなるだろうか? 魔法が成し得ないことを科学は成し得るが、その逆も然りだ。
 科学では解決できない『科学の代償』が魔法で補填できるかも知れない。あくまで可能性だが、その可能性は高い。
 つまり、科学にとっても魔法にとっても両者の融合は望ましいことなのだ。少なくとも、アセナは そう考えている。

「……ちなみに、既に帝国の協力は取り付けてあります」

 正確にはアセナが直接 話をして協力と取り付けた訳ではない。クルトがアセナの代わりに動き、その成果を上げたのである。
 アセナが準備を整えてアリアドネーに訪れるまでの間のことなので詳しい報告は受けていないが、経過と結果の報告は受けている。
 この時点では「さすがクルトだね」とクルトを高評価していたアセナは独断で婚約を進められているとは夢にも思っていない。
 と言うか、その独断専行をしたクルトでさえテオドラが己の想定を超えて婚約を掴み取ってしまうとは想像すらしていないのだが。

 まぁ、それらのことは 今の会話とはまったく関係ない話なので、棚上げして置くことにするが。

「帝国の移民計画についても御存知でしょう? 例の、魔法世界外でも魔法世界人が存在できるようにする計画です。
 その実験体が知人にいますが、まだまだ完成には時間が掛かるでしょう。まぁ、それは帝国だけで研究した場合ですが。
 つまり、既に帝国とは『魔法世界外での魔法世界人の存続』について共同研究することが決まっているんですよ」

 何故ベラベラと帝国との話をしているのか と言うと、前例を示すことでアリドネーが協力しやすいようにする狙いだからだ。

「さて、これらを踏まえた上で先程の話に戻りますが……アリアドネーに望むのは『魔法と科学の融合進化』の共同研究です。
 科学と言う新しい風を呼び込んで魔法を発展させるも善し、科学では不可能な部分を魔法で補いながら科学を発展させるも善し、
 はたまた、魔法と科学の両者を適度に組み合わせて『魔法科学』とでも呼ぶべき、新しい技術理論を展開するも善し……ですよ」

 アセナが目指すのは魔法の発展でも科学の継続でもない。魔法世界の救済だ。その過程で得られる副産物は あまり気にしていない。

「もちろん、私の申し出を断っていただいても構いません。アリアドネーは政治も宗教も関係ない『研究の場』ですからね。
 つまり、政治的な思惑を排したい と考えるのは至極当然であり、私と手を結ぶことに難色を示すのは無理もありません。
 ですが、もしも私の申し出を受け入れていただけるのなら……アリアドネーの首脳陣への根回しと顔繋ぎを お願いします」

 セラスの答えは「可能な限り協力する」と言うもので、その後アセナが首脳陣を説得する際に多大な貢献をしてくれたのだった。

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「魔法世界に住むすべての皆様。どうか、魔法世界の未来のために――魔法世界を救うために皆様の御力を お貸し願えないでしょうか?」

 アセナは「一人一人の協力が欲しい」と話しているが、実際のところ計画の実行するにあたって そこまで人手は要らない。
 もちろん、移住する段階では全員の協力が必要となるが、テラフォーミングをしている段階では人手は そこまで必要ないのだ。
 では、何故にアセナは「一人一人の協力が欲しい」と『理解』ではなく『協力』を求めているのか? ……答えは単純だ。

 身も蓋もなく言うと「税金を大量に使いたいので、新しく導入される税金制度に文句を言わないでね」と言うことなのである。

 まぁ、税金だけでは資金の問題しか解決しないのだが……資金があれば研究も開発もできるので、税金だけで充分なのだ。
 むしろ、人だけいても資金がなければテラフォーミングはできない。悲しいことだが、金は天下の回り物なのだ。
 仮にネギのようなアーティファクトが大量にあれば話は変わるのだうが、ネギはチートなのでネギを基準にしてはいけない。

 とは言え、アリアドネーには研究要員を派遣してもらう予定であるため、人材としての協力も欲しいことは欲しいのだが。



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Part.05:タネも仕掛けもあるに決まっている


「お疲れ様でした、アセナ様。これで元老院は貴方の計画を推進せざるを得なくなりましたね」

 聴衆がいい感じに温まったところでアセナは生中継を切り、それまで蚊帳の外だった大半の元老院議員に計画の詳細を説明した。
 大多数の議員は納得していなかったが反論はなかった。魔法世界崩壊の対策が取られること自体に反論できなかったのだ。
 元老院側を一切通していない独断専行だったが、既に世界規模で承認されたようなものでもあるため認めざるを得ないのである。
 また、全体からすれば僅かとしか言えないが、クルトやリカードを通じて数名の元老院議員を味方にしていた効果もあるだろう。

 そして、現在はオスティア総督府に戻って ささやかな打ち上げ(と言うにはバカ騒ぎしているバカがいるが)をしているところだ。

「まぁ、帝国とアリアドネーを味方に付けた時点で詰んでたんですけどね」
「それでも、最後の詰めを誤れば反撃されていたかも知れませんよ?」
「それもそうですね。まともに勝負したんじゃ負けるのは必然ですからね」

 クルトの賞賛にアセナは苦笑交じりに答える。実力で勝った訳ではないので賞賛されても嬉しくないのだ。

 だが、それを踏まえてクルトはアセナを評価する。実力でなかろうと勝利は勝利だ。
 それに、アセナは この日のために(時には危険を顧みずに)入念な準備をして来た。
 まともに戦ったら勝ち目が無いなら、まともに戦わなければいい。ただ それだけのことだ。

 ……そう、アセナは今日の『対決』のために さまざまな仕掛けを仕込んでいた。

「いや~~、本当に超には お世話になったね、ありがとう。御蔭で滞りなく『話』を進められたよ」
「だが、私は議事堂のプロテクトを破っテ、ネギ嬢と共同開発しタ魔法具で全国放送をしタだけダヨ?」
「『だけ』じゃないさ。その助けがあったからこそ、元老院を説得することができたんだから」
「まぁ、そう言われてしまうと礼を受け取らざるを得ないネ。でも、茶々丸と茶々緒の御蔭でもあるヨ?」
「わかっているさ。二人には後で礼を言いに行くよ。って言うか、どうせ会話は聞かれてるだろうし」

 全国放送については、電波ジャックをして既存の回線を利用したことはした。だが、それだけではない。

 何故なら、魔法世界は「各家庭にテレビが備わっており、誰でもテレビが気軽に見られる」訳ではないからだ。
 一部の上量階級はテレビ的なものを所有しているが、大多数の市民は広場に設けられた巨大スクリーンを見るだけだ。
 当然、そのスクリーンを見られる位置にいない者もいるからこそ、空中に映像が流れるように細工したのである。

 それが超とネギが共同で開発した魔法具『ケフェウス』――大規模空中投影機である。

「しかし、まさか ここに来てサブリミナル効果を利用スルとはネェ。キミには驚かされてばかりダヨ」
「そりゃあ、茶々丸がくれたエヴァのDVDを見た時に感じた『あの感動』を忘れられる訳がないさ」
「な、何を言っているのカネ、キミは? キミが何を言いたいのカ、私にはサッパリわからないヨ?」
「いや、わかりやすく慌てないでよ。って言うか、やっぱりアレを仕掛けたのは超だったんだ……」

 今更なことだが、アセナの動体視力は異常だ。常人なら見逃すことも見逃さない。つまり、13話の『仕掛け』を見抜いていたのだ。

 また、二人の会話で想像は付くだろうが、生中継の映像にはサブリミナル効果が利用されていたのである。
 その内容は「何故かアセナを信じたくなる」と言った程度の軽い誘導だ。あくまでも、洗脳ではなく誘導だ。
 結果的には洗脳しているのと変わらない気がするが、あくまでも誘導しただけに過ぎないので特に問題はない。

 所詮は気休め程度のものなので、アセナが信用に足らない存在だ と判断されれば意味がないため問題はないのだ。

「いやはや、それなりの使い手でも見抜けない程度の代物だったんだけどネェ。相変わらずキミは規格外だヨ」
「だからって、悪びれもしないで開き直られても困るんだけど? って言うか、何で あんなことしたのさ?」
「決まっているダロウ? キミにはネギ嬢の『お守り』をして欲しかったからダヨ。それ以上の意味はないサ」

 超の言っていることは嘘ではない。確かに、アセナにネギの『お守り』をして欲しかった。だが、当然ながら それだけではない。

「ふぅん? オレはてっきり『超がオレとネギの子孫だから、オレ達をくっ付けようとしていた』んだと思ったよ」
「……キミはエスパーなのカ? そのことは誰にも話した覚えはないヨ? ――って、未来からの情報カネ?」
「まぁ、御想像にお任せするよ。オレが言えることは、未来からの情報供給は問題なく稼動しているってことさ」

 それが本当に未来から得た情報なのか、それとも原作知識からカマを掛けただけなのか? ……それはアセナにしかわからない。

「未来からの援護射撃……ですか。いやはや、タイムマシンすら可能にするとは、魔法と科学の融合は恐ろしいですねぇ」
「そうですね。だからこそ、オレは『火星をテラフォーミングする』なんて言う無茶をやる気にもなったんですけどね」
「まぁ、科学だけでは技術と資金の問題から費用対効果が絶望的で、魔法だけでは技術が足りないため不可能でしたからね」

 超との話が一段落したのを見たクルトが再び話し掛けて来る。今度の話題はアセナへの賞賛ではなく魔法と科学の融合についてだ。

「ですが、魔法と科学の融合によって それらは解決されます。今後 人類は宇宙へと その版図を広げていくことでしょうねぇ」
「……人類の方向を大きく変えたことになりますね。後世の歴史では、貴方は歴史を変えた偉人として語り継がれるでしょう」
「もしくは、人類を宇宙に解き放ってしまった大悪党として歴史に刻まれるかも知れませんね。まぁ、単なる戯言ですけどね」

 人類が宇宙に進出することは良いことなのか、悪いことなのか? それは今後の人類次第だ。アセナには悪くならないことを願うしかできない。

「それでも、滅びる運命にあった魔法世界の民は救われます。それだけで、充分でしょう?」
「まぁ、そうですね。そこから先のことまでは面倒 見切れません。後世に託すことにしますよ」
「それだと すべてを成し終えて引退するように聞こえるんですが……まだ終わってませんよ?」
「わかってますよ。魔法世界側の説得が終わっても、地球側の説得は終わってませんからねぇ」

 アセナには まだまだやるべきことが残っている。元老院の説得は一つの山場だったが、これですべてが終わった訳ではないのだ。

 これからも戦わねばならない主君(少なくとも、クルトは自身をアセナの配下だと思っている)の心境を慮ったクルトは、
 特に何も言わずに「私にでき得る限り、これからも貴方をお支え致します」と言う思いを込めて恭しく礼をするだけにとどめる。
 その胸に去来するのは、過去の無力な自分。アリカを敬愛しながらも何もできなかった自分。だけど、今のクルトは無力ではない。

 クルトには、アセナとアリカを重ねているつもりはないが、アリカの分までアセナに仕えるつもりである と言うことは否定できない。

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「まさか、あんな無茶な策を承認させるとは……いやはや、諸々の小細工も含めて見事な手腕でしたよ、アセナ様」

 クルトとの会話を切り上げたアセナは、超に宣言した通り茶々緒と茶々丸にも礼を述べた後、
 とてもイヤらしい笑みを浮かべたアルビレオに捉まった。と言うか、むしろ捕まった気がする。

「ありがとうございます。って言うか、貴方に『アセナ様』とか呼ばれると気持ち悪いんですけど?」
「ですが、今の私は貴方の臣下ですからね。主君を様付けするのは臣下としては当たり前でしょう?」
「何時から貴方はオレの臣下になったんですか? 情報提供者 兼 悪巧みの相談相手じゃなかったんですか?」
「それは昔の話ですよ。と言うか、気持ちが悪いのは『アセナ』と呼ばれることではないのですか?」

 臣下云々の話は華麗にスルーして、アセナの呼び名について突いて来る。実にアルビレオらしい対応だろう。

「……いいえ、オレはアセナです。肉体も精神も立場も、ね。最早 他の何者にもなれませんよ」
「ほほぉう? しかし、そう お考えになっているのなら、私の戯言など気にしなければいいのでは?」
「まぁ、仰る通りですね。ですが、貴方の戯言はオレには箴言に近いので聞き流せないんですよ」
「それでも、聞き流してください。私の言葉などで心を揺さぶられていい立場ではないでしょう?」

 きっとアルビレオなりの激励だったのだろう。相変わらずイヤらしい笑みだが、何処か優しさを感じる。

「……そうですね。少々 気が緩んでいたようです。以後 気を付けることにします」
「まぁ、からかい甲斐がなくなりますので、少しくらいは反応して欲しいですけどね?」
「わかっていますよ。キチンと、時と場所と場合と気分で使い分ける予定ですから」

 アセナは素直に礼を言うのが照れ臭かったので、気を付ける旨だけを告げる。

 だが、それでも伝わったようで、アルビレオは更に笑みをイヤらしいものにする。
 ここで爽やかな反応をしない辺りがアルビレオのアルビレオ足る所以だろう。
 むしろ、アルビレオからイヤらしさがなくなったら それはそれで気持ちが悪い。

「まぁ、いろいろ言いてーことはあるけど……とりあえず、よくやったな」

 アルビレオとの適当な雑談を適度にしたアセナは、ラカンの元へ向かった。
 言うまでもないだろうが、先程「バカ騒ぎしているバカ」と表現された一人だ。
 一頻り騒いで落ち着いたのか、今は割と大人しい。まぁ、息は酒臭いが。

 ちなみに、他に「バカ騒ぎしているバカ」はナギである。むしろ、それ以外いないだろう。

「ありがとうございます。それもこれも、ラカンさんの協力があったればこそ、ですよ」
「あぁん? 本当に そう思ってんのかよ? オレなんかいなくても どーにかなっただろ?」
「まぁ、確かに『どうにか』はなったでしょうけど……でも、ラカンさんの御蔭で楽でした」
「ケッ!! 人を便利に使いやがって。そんなんじゃアルみたいなロクデナシになっちまうぞ?」

 もちろん、ラカンも本気では言っていない。だが、それを聞いていたアルビレオは「いい度胸ですね」と思うのは必然だ。

「安心してください。既に充分なロクデナシですから。もはや手遅れです」
「いや、そんなことを爽やかな笑顔で言われても反応に困るんだが?」
「と言うか、手遅れになる前にサッサとアルビレオに謝った方がいいですよ?」
「ぬぉっ!? 確かに、あの黒い笑みは あきらかに怒ってる!! マジ ヤベェ!!」

 心配されること自体は嬉しいが、それで余計なトラブルを起こされては堪ったものではない。実にアセナらしい対応だろう。

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 …………………………………………………………

「ってことで、ナギさんも ありがとうございました。これで頼み事は終わりましたんで、後は奥方とヨロシクやってください」

 何が「ってことで」なのかは果てしなく謎だが、他の出席者との話を終えたアセナはナギに話し掛ける。
 ちなみに、礼は証言してもらったことに対するものだ。今回に限ってナギはクルト以上の功労者なのだ。
 と言うか、今回はクルトが空気 過ぎただけだが(最初から その場にいたのにネギよりも描写が少ないし)。

 ところで、他の出席者とは、ネギ・エヴァ・アーニャ・ネカネ・タカミチのことである。フェイトやココネ・美空、高音・愛衣は含まれない。

「いや、そうは言われてもよ? アリカって麻帆良で眠ってるんだぜ?」
「ですから、サクッと麻帆良に迎えに行ってあげればいいじゃないですか?」
「だから、どうやって麻帆良に行くんだよ? ゲートポート壊れてんだろ?」
「お得意の馬鹿魔力に物を言わせて どうにかすればいいじゃないですか?」
「お前、オレのことを何だと思ってるんだ? そこまで無茶はできねーぞ?」

 アセナにとってのナギは「バグキャラなイケメン」なのは言うまでもないだろう。

「……わかりましたよ。フェイトちゃんに頼んでゲートポートを手配します」
「悪ぃな。って言うか、そんなことができるなら最初からそうしてくれ」
「ハッハッハッハッハ、ちょっとした御茶目ですよ。他意はありません」
「あきらかに他意があるように感じるが……ここは敢えて流して置こう」

 数日の付き合いしかないが けっこうな頻度で絡んでいるため、ナギもアセナとの会話に慣れて来ているのである。

「しかし、10年振りの再会ですかぁ。まぁ、体感的には そうでもないんでしょうけど」
「まぁ、そうだな。って言うか、実はネギを身篭っている時に会ったのが最後なんだよなぁ」
「え? マジですか? 身重の奥さんを残して戦場に行くとか、それなんて死亡フラグ?」
「いや、それは問題ない。あの時は、アリカから貰ったペンダントを懐に忍ばせて置いたからな」

 つまり、死亡フラグを生存フラグで打ち消したらしい。なら、最初から死亡フラグを立てんな と言いたいが。

「ところで相談があるんだが……10年も放って置いた嫁と どの面下げて会えばいいんだろ?」
「そんなん知りませんよ。って言うか、10年も放って置いた娘とは その面で会ったんですよね?」
「まぁ、そりゃそうなんだけどな? だけど、ネギん時は心の準備をする暇もなかったんだよ」
「確かに状況は違いますね。でも、たとえ準備する暇があったとしても結果は変わりませんって」

 アリカに会いたいことは会いたいのだが、少しだけ――本当に少しだけ、会うのが怖いナギだった。

「ったく、お前の言葉には棘があるよなー。まぁ、そんだけネギが大事ってことだな?」
「何をトチ狂った解釈していやがるんですか。寝言は寝てから言いやがれください」
「クックックックック……いや~、やっぱ、お前のそー言ーとこはオモシレーなー」
「……はぁ、奥方のことで同情してたオレがバカでした。もう勝手にすればいいさ」
「OKOK。オレ達の愛娘がアセナの毒牙に掛かったって話して置いてやるぜ?」

 しかし、それでもアセナをからかおうとするナギは、ある意味では賞賛すべきかも知れない。

 ちなみに、これは完全な余談となるが……ラカンと同様にバカ騒ぎしていた筈のナギが大人しかった件だが、
 実は、バカみたいに騒いでいる時に、ネギから「少し静かにしていただけませんか?」と言われたから らしい。
 その口調が実に他人行儀で その声音が実に冷たかったため、ナギは心の底から泣いて静かになったようだ。

 まぁ、アセナに絡んだのは その鬱憤を晴らすためもあったのだろう。そう納得して置くアセナだった。

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 ところで、アセナ(とクルト)が呼び出された理由である筈なのに いつの間にか忘れられてしまったオスティア統治の件だが……

 再びアセナ(とクルト)と元老院で話し合った結果、これまで同様にメガロメセンブリア元老院が派遣する総督に任されることとなった。
 その理由は「アセナは火星のテラフォーミングで忙しいから、ウェスペルタティア王国の復興なんかしてる場合じゃない」と言う単純なものだ。
 ちなみに、引き続きクルトを総督に任命するようには誘導していない。むしろ、別の人間を派遣するように遠回しに要請したくらいである。

 と言うのも、クルトにはアセナの補佐として馬車馬の如く働く と言う重大な使命があるからだ(実にアセナらしい理由だろう)。

 まぁ、元老院としては既得権益を失わずに済んだので悪い結果ではないのだが……火星に移住することを考えると微妙なところだ。
 火星に移住した後も現在の勢力図(≒ 既得権益)を維持できる などと言う妄想を抱けるほど元老院議員は楽観的ではない。
 むしろ、火星移住後の統治権を話し合うつもりでいたのに いつの間にか矛先を現在のオスティアにさせられた と言うべきだろう。

 もちろん、火星移住後の統治については帝国やアリアドネーだけでなく地球の首脳も交えて話す必要があるので意図的に逸らしたのだが。


 


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オマケ:雪広あやかの確認


 一方、与り知らぬところで研究学園都市に改変されることが ほぼ決定された麻帆良では……

「瀬流彦先生……少し、よろしいでしょうか?」
「ん? 雪広君? 改まって どうしたんだい?」
「少し『魔法関係』について お話があるんです」

 しばらく動きのなかった あやかが満を持して(と言っていいかは微妙だが)動きを見せていた。

「……なるほど。そう言うことなら、少しだけ付き合うよ」
「少し確認したいだけですので、お時間は取らせませんわ」
「それはよかった。これでも いろいろと忙しい身の上でねぇ」

 本来なら誤魔化すべきだったが、あやかの雰囲気から誤魔化すだけ無駄だ と感じたため瀬流彦は応じたようだ。

 だが、それでも、すべてを話すつもりはないので、瀬流彦は『少しだけ付き合う』と言う表現を取った訳だが。
 まぁ、あやかもそれは承知しているようで「確認するだけです」と会話のボーダーラインを提示した。
 もちろん、魔法使いとしてもアセナの協力者としても深い事情を話せない瀬流彦としては有り難い提案である。

「では、単刀直入に聞きます。あの人――神蔵堂さんは魔法世界で何をする気なのでしょうか?」

 だが、そんな瀬流彦の事情を嘲笑うかのように、あやかはサラッと爆弾を投下して来る。
 と言うか、瀬流彦としては神多羅木に煮え湯を飲まされたことがフラッシュバックする内容だ。
 思わず「何とかして誤魔化して置くべきだった……」と後悔する瀬流彦は悪くないだろう。

 もちろん、それを世間一般では「後の祭り」と言うのだが、瀬流彦のためにも言わないであげるべきだろう。

「いや、単刀直入 過ぎるよ? って言うか、何処から そんな情報を仕入れたんだい?」
「近衛さんと桜咲さんから『あの人が魔法世界に行った可能性が高い』と聞いたのです」
「……ふぅん? って言うことは、その二人から魔法関係の情報を聞いた訳だね?」
「ええ。お二人の話では、あの人のためにも私は知って置かなければならない 、そうですわ」
「まぁ、間違いではないね。本当の意味で彼を支えられるのは、キミだけかも知れないからね」

 瀬流彦にもアセナの協力はできる。だが、アセナの『支え』になれるか と問われれば答えは微妙だ。

 ちなみに、瀬流彦の予想した通り、あやかに情報を与えたのは木乃香と刹那だ(まぁ、予想とも言えない推察に過ぎないが)。
 そもそも(42話のオマケでも軽く触れたが)二人はアセナが「普通の旅行としてウェールズに行った」などとは思っていない。
 とは言え、完全に「ウェールズに行く」のが嘘だとも思っていない。嘘の中には真実が含まれている とわかっているのである。
 そう、ウェールズにゲートポートがあること と アセナが『黄昏の御子』であること から魔法世界に行ったことを推察したのだ。
 そして、40話でアセナは「何か大きな問題を抱えている」と木乃香に明言している。後は それらを繋げればいいだけの話だ。

「……やはり、あの人は自分を犠牲にするつもりなのですね?」

 瀬流彦の微妙な言い回し(だが、明らかなメッセージが含まれている)に想定が正しかったことを確信する あやか。
 話は前後するが、あやかは二人に説明を受けた際、40話のアセナと木乃香の会話(を茶々緒が盗撮したもの)を見ている。
 もちろん、それだけの影響ではない。アセナから離別を告げられてから時間が経っていることも充分に影響している。
 当初はショックで冷静さを欠いていたが、時間が経って冷静さを取り戻したことでアセナの真意を受け入れられたのだ。

「…………ありがとうございます。これだけ確認できれば充分ですわ」

 瀬流彦の名誉のために言って置くが、あやかの(確信を含んだ)問い掛けに対しって瀬流彦は何も話していない。終始 無言を通していた。
 もちろん、無言であるため否定もしていない。否定しなければ肯定である と あやかが受け取っただけだ。瀬流彦は何も言っていない。
 アセナの真意のためには否定して置くべきだったが、アセナのことを思うと肯定したかった。それ故に、瀬流彦は無言を通すしかなかったのだ。

 最初は打算的に始まった関係だが、瀬流彦はアセナのことを「ただ利用する」だけの相手と割り切れなかったのである。そう、それだけのことだ。


 


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後書き


 ここまでお読みくださってありがとうございます、カゲロウです。
 当初は軽く修正するつもりだったのですが、修正点が多かったので改訂と表記しました。


 今回は「元老院とのラストバトルなのに何故か独壇場だった」の巻でした。

 いえ、本当は元老院側からの反論とかも挟もうと思ったのですが……テンポが悪くなるので省かせていただきました。
 と言うか、テンポよく反論を入れることができなかったんです。反論を叩き潰すとかも書きたかったんですけどね?
 でも、それを入れていたと考えると文章量がトンでもないことになりそうなので、これはこれでいい気がします。
 と言うか、独壇場にするためにいろいろと準備したり準備させたりしていたので、独壇場に成るべくして成ったんですよねぇ。
 入念に準備しながらもピンチになるとか……物語的には美味しいですけど、実際問題だと どんだけ詰めが甘いんだって話ですよ。

 ピンチからの どんでん返しが書けなかったんじゃなくて、書かなかったんです。そう言うことにして置くと皆が幸せになれます。

 ところで、地味だけど使い方 次第ではチートな効果を持っている『ケフェウス』ですが、これも出典はギリシャ神話です。
 神話上のエチオピア王ケフェウスと王妃カシオペアの娘が王女アンドロメダで、アンドロメダを助けたのが英雄ペルセウスです。
 カシオペア繋がりでアンドロメダ・ペルセウスと来たのでケフェウスも登場させただけで、ネーミングに深い意味はありません。


 では、また次回でお会いしましょう。
 感想・ご意見・誤字脱字等のご指摘、お待ちしております。


 


                                                  初出:2011/12/23(以後 修正・改訂)



[10422] 外伝その3:魔法少女ネギま!? 【改訂版】
Name: カゲロウ◆73a2db64 ID:b259a192
Date: 2013/04/21 19:22
外伝その3:魔法少女ネギま!?



Part.00:イントロダクション


 これは、超が介入しなかった場合の物語。
 超の中に宿る、本来 辿るべきだった『歴史』。

 そこでは、一体どんな結末になったのであろうか?



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Part.01:茶々丸の不在


 超の介入がなかった『本来の歴史』と超の介入があった『この物語』。その二者の大きな違いには茶々丸の存在があげられる。

 そもそも、茶々丸は超によって造られた。まぁ、正確には、超と葉加瀬の共同作品なのだが。
 しかし、そうは言っても、超がいなければ――葉加瀬のみでは茶々丸は完成しなかったのは確かだ。
 そのため、茶々丸は超が造っ たと言っても過言ではないし、必然的に超がいなければ茶々丸もいない。

 そして、茶々丸がいないと言うことは、春のエヴァ戦や京都でのスクナ戦に それなりの影響があった、と言うことだ。

 まぁ、当然ながら、以前(44話参照)にも述べた理由で、茶々丸がいないために子供は溺れず、
 子供が溺れなかったために那岐も溺れず、那岐が溺れなかったのでナギとなることはなかった。
 故に、『歴史』と『物語』の一番の違いは、那岐が那岐のままであることなのは言うまでもない。

 その前提の上で、茶々丸がいないことでも それなりの影響があった訳である。

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「那岐さんを返してください!!」

 那岐が拉致されたことを知ったネギが慌てて指定された場所に現れた。歴史においても物語と似た展開だったのである。
 と言うか、原作でも「人質に効果的な存在」がいれば誰かが拉致されたことだろう。態々 吸血鬼騒ぎを起こす利点はない。
 いや、まぁ、「ネギに調査を経験させる」と言う利点はあるが、どう考えても「子供の お使いレベル」の茶番でしかないし。

 ちなみに、物語では茶々丸がナギを拉致したが、歴史では茶々丸がいないのでエヴァが直々に那岐を拉致した。

 何故なら、チャチャゼロに拉致を任せようにもチャチャゼロの性格上 勢い余って殺し兼ねないからだ。
 ネギを呼び出すための人質(エサ)なので、殺してしまっても価値があると言えば価値があるのだが、
 関係者ではあるものの命を狙われた訳でもないのに殺すのは忍びないため、エヴァは自ら拉致したのである。
 と言うか、怪我くらいならまだしも人死にまで出たら近右衛門もタカミチも黙っていないため悪手 過ぎる。

「これで終わりです!!」

 何合か『魔法の射手』などの魔法を撃ち合った後、魔力に物を言わせた『風花 武装解除』によってエヴァの武装を解除することに成功したネギ。
 これまでの攻防で、魔法薬の補助がなくては魔法を使えない程にエヴァの魔力が低いことを理解していたネギは、この時点で勝利を確信した。
 まぁ、魔法薬は愚か衣服までを剥ぎ取ってしまったため同じ女性としては衣服まで剥ぎ取るのは気が引けたが……それでも背に腹は代えられない。

「……これで勝ったつもりなのか?」

 追い詰められた筈のエヴァだが、逆に自分が追い詰めているかのように不敵な笑み(ある意味では、不適な笑みだ)を浮かべる。
 そして、エヴァが指をパチンと鳴らすと、物陰から刃物を持った70cmくらいの人形――チャチャゼロが那岐を抱えた状態で現れる。
 呼ばれるまで那岐を抑えながら ずっと出待ちしていたのだろう。その纏う空気が雄弁に「トット ト切ラセロヤ」と物語っている。

「さぁ、貴様の お得意な呪文を唱えてみるがいい」

 エヴァの見え透いた挑発に乗った訳ではないが、ネギとしては捕らえられている那岐の姿を見せられては黙っていられない。
 チャチャゼロが突然 現れたこととその外見(パッと見は可愛らしいのだが、よく見ると禍々しい)にネギは少々怯んだものの、
 口早に「ラス・テル マ・スキル マギステル!! 風の精霊11柱、縛鎖となりて敵を捕まえろ!!」と『戒めの風矢』の詠唱を行う。

「――サセネェヨ」

 しかし、ネギが詠唱を終える前に急接近して来たチャチャゼロが斬撃を見舞う(もちろん、避け易いように かなり手加減はされているが)。
 どうにか斬撃を避けることに成功したネギだが、集中を乱されたために詠唱はキャンセルされてしまった。これでは魔法は発動されない。
 そのため、ネギは もう一度 詠唱に入るが、またもや途中で攻撃を受けたために回避するのに意識を割かれて詠唱が中断させられてしまう。

「紹介が遅れたな。コイツは私の従者(パートナー)、チャチャゼロだ」

 何度も詠唱を中断されたネギがチャチャゼロとエヴァを睨む。それを受けたのか、エヴァが遅ればせながらチャチャゼロの紹介を行う。
 ……言うまでもないが、ネギは油断していた。勝利を確信していたこと自体は責められることではないが、油断は大きな落ち度だろう。
 勝って兜の緒を締めよ ではないが、油断は大敵だ。いや、そもそも、まだ勝った訳ですらない。勝負は下駄を履くまで わからないのだ。
 武装解除の後にトドメを刺さなかったのは悪手もいいところだった。少なくとも、『戒めの風矢』で捕らえるくらいはして置くべきだった。

 まぁ、たとえ『戒めの風矢』で捕らえていたところで結果は変わらなかっただろうが、それでも やらないよりはやった方がマシだっただろう。

「今でこそ恋愛的な要素で用いられているが、元々パートナーとは戦いのためのにある。
 我々魔法使いは呪文詠唱中 完全に無防備となり、攻撃を受ければ呪文を完成できない。
 そこを盾となり剣となって守護するのがパートナーの本来の指名となる訳だな。
 つまり、パートナーのいない貴様では、我々二人には勝てない……と言うことさ」

 ネギの悔しそうな様子を楽しみながらエヴァは朗々とパートナーについての説明を行う。

 これも言うまでもないだろうが、エヴァは余裕を見せてはいるもの油断はしていない。いろいろと甘いエヴァだが、油断をしてくれる程には甘くない。
 詠唱のできない魔法使い(しかも見習い)など恐るるに足らないのだが、それでも「最後まで何が起きるか わからない」と警戒は怠らないのである。
 実際、物語のように魔法具を多用すれば現状のネギでも逃亡ならば可能ではある。だが、那岐を救出していない以上ネギには逃げる手などない。
 ちなみに、物語と大分 流れが違っているのは、ナギと那岐の違いによる影響だ(ネギが図書館島の件で「魔法がすべてではない」と悟っていないのだ)。

  バキィ!!

 しかし、エヴァは大事なことを見落としていた。「関係者と言えども魔法を知っただけの素人である」と那岐を放置してしまったのだ。
 その結果、チャチャゼロに拘束されていただけの那岐は(ネギの詠唱を阻害するのにチャチャゼロが傍を離れていたため)自由になった。
 そして、自由になった那岐は自分に注意が向いていないことをいいことにチャチャゼロに不意打ちの飛び蹴りを思いっ切りかましたのである。

 これには、エヴァの侮りもあったが、それ以上に「刃物を持った相手に素手で挑む度胸」を那岐が持っていたことが大きい。

 ナギと那岐の大きな違いは、思い切りのよさかも知れない。まぁ、後先をあまり考えていない と言えば それまでなのだが。
 それでも、傷付くことを恐れて何もしないよりは遥かにマシだ。御蔭で状況は一変し、ネギと那岐に活路が開いたのだから。
 少し自身を顧みない部分はあるが、日常生活では充分に好感の持てる範囲内だろう(戦場だと かなり危険な気はするが)。

「それなら、オレがパートナーになればOKってことでしょ?」

 軽やかに着地した那岐は晴れやかな笑顔で事も無げに言う。その言葉がどれだけの重みを持っているのか、理解しているのだろうか?
 恐らく「放って置けない」くらいで、あまり深く考えていないだろう。だが、何故か「どうにかなりそう」と思わせる魅力を持っている。
 原作で小太郎が「アホっぽさ」と表現する不思議な人徳。この辺りが那岐とナギの違いであり、那岐と明日菜に共通した部分だろう。

「クッ!! 邪魔をするな、小僧!! 殺すぞ!!」

 突然の乱入者(しかし、実際には最初からいた当事者)に意表を突かれた形のエヴァだが、鬱陶しそうに恫喝するだけだ。
 あの程度の攻撃で どうにかなるチャチャゼロではないことなど熟知しているし、エサを目の前にして気が立っているのである。
 言うまでもないだろうが、エサとはネギのことであり、解呪のためにネギの血を狙っているのは歴史でも変わらないのだ。

「それでも、ここでネギを見捨てる訳にもいかないさ」

 エヴァの怒気(殺気と言う程には殺意が込もっていないので、あくまで怒気だ)を受けながらも、那岐は態度を変えない。
 あまつさえ「ここで見捨てるくらいなら最初から助けない」と言わんばかりにネギを庇うような位置取りに立つ。
 実に那岐らしいが、実際はエヴァ(闇の福音)のことを知らないために あまり恐怖を感じていないだけかも知れない。

 まぁ、そんなこんなで、パクティオーこそ結ばなかったが、初戦で那岐はパートナーとなったのだった。

 ちなみに、この後の流れについてだが……物語よりも原作に近い程度のことなので割愛させていただく。
 簡単に言うと、物語の様に交渉などせず、原作と同じ様に停電時の戦闘で決着を付けたのである。
 この辺りが、搦め手を得意として直接的な戦闘を好まないナギと短絡的な思考をする那岐との違いだろう。

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 そして、舞台は変わって京都、修学旅行3日目のスクナ戦。

 ナギと違って那岐は反乱分子の襲撃を予想していないため、襲撃の対策を何も練っていなかった。
 まぁ、歴史でも那岐と刹那は幼馴染であるため原作の様に刹那を刺客と疑うことはなかったが。
 だが、何も対策していなかったため、刹那を疑う以外のことは原作と同じ流れを辿ることになった。

 そのため、物語の様に鶴子やタカミチが参戦することはなく、木乃香のダミーが用意されることもなかった。

 結果、本物の木乃香がフェイトに拉致され、千草の儀式は成功し、スクナは復活したのである。
 また、原作同様にエヴァは修学旅行に参加していなかったためエヴァが参戦するのに時間を要した。
 つまり、那岐の魔法無効化能力がフェイトにバレてから、エヴァが参戦することになったのである。

「……チャチャゼロ、そのデカブツを止めて置け」

 エヴァが『転移』にて駆け付けた時には、既にネギも那岐も(ついでに刹那も)満身創痍だった。
 物語よりは関係性は低いが、それでも知り合いを傷付けられたエヴァの心中は穏やかではない。
 チャチャゼロに命令を下すと詠唱を始める(原作では茶々丸が結界弾でスクナを止めていたシーンだ)。

「リク・ラク ラ・ラック ライラック!! 契約に従い 我に従え 氷の女王、来れ とこしえのやみ!! 『えいえんのひょうが』!!」

 チャチャゼロが「ヒャッハーッ!!」とか叫びながら実に楽しそうにスクナを切り刻んでいる中、エヴァは詠唱を完成させる。
 唱えられたのは原作同様、150フィート四方の広範囲をほぼ絶対零度(-273.15℃)にして対象を凍結させる『えいえんのひょうが』だ。
 相手が覚悟のない女子供ならば ここでやめるところだが、相手は鬼神。滅びれば還るだけの存在だ。手心を加える余地などない。

「全ての命ある者に等しき死を、其は 安らぎ也……『おわるせかい』」

 当然ながら、スクナ自体には恨みなどない。だが、悪用としている者がいる以上、見過ごすことはできない。
 そのため、エヴァは冷徹に「……砕けろ」と言う言葉を添えてスクナごと氷塊を粉砕――スクナを殲滅した。
 まぁ、茶々丸の代わりにチャチャゼロがスクナの足止めをしたこと以外は原作と変わらなかったのだが。

 ちなみに、スクナの足止めが終わった後のチャチャゼロは原作同様に千草を追ったのだが……そこで少しの違いがあった。

 チャチャゼロは原作同様に千草を殺すつもりなどなかった。エヴァから厳命されていたからだ。
 だが、そんな事情を知らない千草は寸止めされる予定の刃が己を切り裂くことを疑っていなかった。
 スクナとチャチャゼロの戦いを見ていたことでチャチャゼロへの恐怖が植え付けられていたのだろう。

 結果、千草は肉体的なダメージはなかったが、精神に深いダメージを負ったのだった。まぁ、大した違いではないかも知れないが、違いは違いだ。



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Part.02:穏やかに過ぎる日々


 修学旅行後は原作に近い流れを辿った。

 ネギは物語の様に魔法具製作の道ではなく、原作の様に魔法使いとしての道を選んだ。
 そして、それに引きづられるように那岐も前衛として戦闘することを選ぶことになり、
 原作同様にネギはエヴァに弟子入りし、那岐は刹那に剣の指導を受けるようになった。

 ……朝と晩に那岐と二人きりで修行することになった刹那の心中は語るまでもないだろう。

 と言うか、木乃香と婚約者になることもなかったので、このまま刹那ルートに行く勢いだった。
 そして、そのことで危機感を持った あやか や木乃香が南の島に那岐を連れて行くイベントもあったが、
 語る程の内容ではないので やはり割愛させていただく(二人との好感度が微上昇した程度だ)。

「気のせいかなぁ? 最近、男子からの視線が厳しい気がするんだよねぇ」

 どうでもいいが、ナギ以上に好意に鈍い那岐は各ヒロインからの気持ちに気付いていなかった。
 ちなみに、ネギ・刹那・あやか・木乃香 以外にも、のどか・夕映にもフラグが立っていたが、
 言うまでもなく「最近、女子の友達が増えた」程度にしか認識していないのが那岐のクオリティだ。

 まぁ、原作のネギが立てたフラグのほとんどを那岐が立てただけの話なのだが。

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 修行の日々は過ぎ、とある雨の日。ヘルマンが麻帆良に浸入した。

 タカミチは京都でフェイトと戦っていないため、物語の様な修行を課していない。
 むしろ、ヘルマン浸入時にも出張(と言う名の魔法使いの仕事)をしているくらいだ。
 つまり、ヘルマンはタカミチに撃退されることはなく、原作同様の流れを辿った。

 そう、原作の明日菜と同様に那岐もスライム三人娘に捕らわれたのである。

 ちなみに、明日菜はヘルマンに扇情的な下着姿に着替えさせられた訳だが、
 那岐はピチピチのブーメランパンツ一丁(しかも黒)に着替えさせられた。
 少年誌的には美味しくないが、一部の人間には とても扇情的な格好だろう。

 どうでもいいが、よくよく考えなくても、ヘルマンは かなりの変態紳士だと思う。

「って、何これ!? 何で 大人の女性が行くような店でウケそうな格好になってんの?!」
「ハッハッハッハッハ、囚われの王子様がパジャマ姿では雰囲気が出ないだろう?」
「いや、雰囲気を出して どうするんですか!? って言うか、方向性が違くないですか?!」
「その点は大丈夫さ。あちらを見てみなさい。私だけでなく、御婦人方も大喜びだよ?」
「うわっ!? みんなガン見しないでっ!! って言うか、私もって どう言うことぉおお!?」
「フフフフフ……そのままの意味だよ? 今の私は最高にHighって感じで漲っているよ?」

 どうやら、ヘルマンは違う方向の変態紳士だったようだ。もちろん、物語では露見しなかっただけだ。

 ところで、那岐の他に捕らわれているのは、木乃香・刹那・のどか・夕映である(みんな那岐の身体に興味津々だ)。
 歴史は原作の流れに近いため、京都の件で のどか・夕映は魔法を知って魔法に深く関わることを望んだのである。
 まぁ、同じく京都の件で魔法を知った朝倉 和美・古 菲・長瀬 楓の三名は、深く関わっていないのが原作とは違うが。
 どうやらフラグが立たなかったので事情を説明して黙ってもらうだけで終わり、ネギパーティには参加しなかったようだ。
 ちなみに、那波 千鶴も原作同様に小太郎の関係で連れて来られたが、気絶させられているのでカウントしていない。

「那岐さん!! あと ついでに皆さん!! 助けに来ました!!」

 挨拶 代わりだ、と言わんばかりに『雷の暴風』を撃ち込みつつ舞台に現れたネギ。
 原作では『戒めの風矢』だったのに より凶悪な魔法を使っている件については
 それだけネギが那岐に傾倒しつつある――ヤンデレ化している、と言うことである。

 ちなみに、小太郎も一緒に来ているが、原作と大差ないので割愛させて(以下略)。

「ッ!! ネギ!! 来てくれたの!?」
「はい、那岐さ――って、ブフゥ?!」
「? どったの? って、あっ!?」

 セリフの途中で吹き出したネギに疑問を浮かべる那岐だったが、途中で自分の姿を思い出したようである。

「ななななな何て格好してるんですか?!」
「い、いや、これはこのオッサンに――」
「――グッジョブです!! 誘拐犯の人!!」

 ネギが吹き出したのは息だけではなく涎とか鼻血も含まれていたので、いろんな意味で危険である。そう、いろんな意味で。

「いや、グッジョブじゃないから。って言うか、ガン見しちゃラメェエエ!!」
「だ、大丈夫ですよ? ボクは落ち着いていますよ? 問題ないですよ?」
「いや、全然 大丈夫じゃないでしょ? 特に涎と鼻血は かなりアウトだよ?」

 ヘルマンのことを忘れて那岐を凝視するネギ。いろんな意味で心配になって来る光景だ。

 どうでもいいが、那岐はナギではないので、見られて悦ぶような性癖はない。
 少しだけMな体質ではあるが、ナギレベルの変態ではないので、露出の毛はない。
 いや、気はない。と言うか、明日菜と違って毛はある。何処の毛とは言わないが。

 ……まぁ、言わなくても伝わっているだろうが、そこは敢えて触れないのがマナーだろう。

 ところで、ヘルマン(と小太郎)は、空気を読んだのか、二人を生暖かく見守っている。
 まぁ、ヘルマンは空気を読んだだけでなくネギと那岐を『慈しむ』ように見ているが。
 その思考(ある意味で嗜好)は理解したくないので、推察は敢えてしないで置こうと思う。

「と言う訳で、貴方は一体 何の目的で こんなことをしたんですか!?」

 一頻り視姦して満足したのか、気を取り直したネギがヘルマンに向き直る。
 もちろん「と言う訳」が「どう言う訳なのか?」はネギにもわかっていない。
 気分やノリで言っただけで深い意味などない。と言うか、ある訳がない。

「……手荒な真似をしたことは謝ろう。だが、ヤる気は出ただろう? 私は ただ君達の実力が知りたいのさ」

 空気を読んだヘルマンは下手なツッコミなどせずに真剣な面持ちで真剣に応える。
 そして「私を倒すことができたら彼等は返そう。それだけで充分だろう?」と締め括る。
 どうやら今までのこと(ネギと那岐の会話)は忘れてシリアスモードに入ったようだ。

 まぁ、この後の流れは原作と似たようなものなので割愛(以下略)。ちなみに、物語とは違ってフェイトは来なかった。

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 無事にヘルマンを退けた後は、特筆すべきことのない穏やかな日々が続いた。

 まぁ、穏やかな日々とは言ったが、ネギは以前にも増して修行に のめり込むようになった。
 小太郎と言うライバルができたことも影響しているが、ヘルマン戦で力不足を痛感したのが大きい。
 那岐を人質に取られたことも許せないが、それに気付けなかったこと自体が許せなかったのだ。

 それを傍で見ていた那岐は、明日菜のようにネギに付き合って修行漬けの日々を送る。

 ここでネギの方向性を修正しようとしない辺りが、ナギと那岐の大きな違いだろう。
 どちらかがいいかは判断のわかれるところだが、ナギの方が傲慢なのは否定できない。
 だが、那岐の方が結果的にネギを追い込んでいくことになるのも、また否定できない。

 ちなみに、麻帆良祭と言うイベントもあったが、超がいなかったため物語と似たようなものなので(以下略)。

「どうでもいいけど……さっきから割愛し過ぎじゃないかな?」
「特筆すべきことがないんですから、いいんじゃないですか?」
「まぁ、そうなんだけどさ、Part.01に比べると手抜き感が……」
「噂だと人質の話が予想以上に長くなったことが原因らしいです」
「そっか。つまり、ネギがハッスルし過ぎたの原因なんだね?」
「ち、違いますよ!! 誘拐犯さんが紳士過ぎたことが原因です!!」
「でも、あの時のネギの表情と涎と鼻血が忘れられないんだよねぇ」
「そこは忘れてください!! って言うか、そんな事実はありません!!」

 メタな会話も含まれているが、気にしてはいけない(言っていることは間違ってはいない、とだけ言って置こう)。

 ところで、アルビレオについてだが……実は、キチンと麻帆良武道会で遭遇している。
 超がいないことで大会はショボいままだったが、ショボいだけで大会そのものはあったのだ。
 そして、原作同様に那岐・ネギ・小太郎・刹那・タカミチ・エヴァ・高音・愛衣などが出場し、
 明日菜の位置に那岐がいる他、ロボ田中や各モブキャラに変更があっただけで大筋は変わらない。

 ちなみに、決勝はネギとアルビレオ(が顕現させたナギ・スプリングフィールド)で、優勝はアルビレオだったらしい。



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Part.03:歪み始める運命


 そして、時は過ぎ夏休み。舞台は魔法世界に変わる。

 麻帆良祭が終わってから魔法世界に行くまでの流れは、特筆すべきことがないので やはり割愛させていただく。
 簡単に話すと、原作や物語と同様に「魔法世界でも生きられる程度」の戦力を身に付ける修行をしただけだ。
 まぁ、物語とは違って魔法世界を救うための準備などはしていないし、石化解呪の魔法具も用意していないが。

 ちなみに、魔法世界に行く理由は「ナギ・スプリングフィールドの手掛かりが有る」のと「那岐に深く関わっている」からである。

 物語と同様にネギが父親よりも那岐に傾倒していたため父親の手掛かりだけではネギが動かなかったので、
 それを敏感に察したアルビレオが、那岐の事情の一部(魔法世界にあった国と密接に関わっている)を明かし、
 以前にヘルマンが襲撃して来た様に今後も那岐を狙って来るかも知れない と言った軽い脅迫をしたのである。

 つまり、父親が麻帆良の地下に封印されていることや那岐の事情をすべて知ったうえでネギを誘導したのだ(安定の腹黒さだ)。

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「さぁ、ネギ君。私と共に戦いましょう。御両親の意志を継いで世界を救うことこそがキミの道の筈です」

 舞踏会の裏側で行われた会談にて、クルトが過去の映像(アリカのアレコレ)を見せたうえでネギを勧誘した。
 ちなみに、原作では のどか・朝倉 和美・長谷川 千雨が同行者として付いていたが、歴史ではネギ一人だ。
 そもそも、ネギパーティが原作と違う。那岐・木乃香・刹那・のどか・夕映・アーニャしかいないのである。

 パルや千雨がパーティ入りしなかったのは、超がいないために学園祭が普通に終わったからだ。

「断る訳がない と確信してらっしゃるところ申し訳ありませんが、その申し出は お受けできません。
 と言うか、勝手にボクの道を断定していらっしゃいますが……それは勘違いとしか言えませんよ?
 両親は両親、ボクはボクです。彼等が守りたいものとボクの守りたいものはイコールではありません」

 確かに母の話は衝撃的だったし、聞けてよかった とは思う。だが、だからと言って その意思を継ぐかは別問題だ。

「……では、貴女が守りたいものとは何なのですか?」
「それを貴方に答える義務などないと思いますが?」
「お忘れですか? 貴女方は指名手配犯なのですよ?」
「なるほど。義務はなくても答える方が賢明ですね」

 クルトのあからさまな脅迫にネギは抵抗をやめる。そんなネギの態度にクルトは「話が早くて助かります」と答えを促す。

「ボクが守りたいものは那岐さんです。ボクは那岐さんさえ守れれば それでいいんです」
「……那岐さん? 確か、黄昏の――いえ、アセナ様の地球での名前でしたね」
「ええ。那岐さんはボクの一番 大切な人です。魔法世界など比べるべくもありません」
「そうですか……ですが、それならば、私と共闘することはマイナスではないでしょう?」

 ネギが素直に理由を述べたのは脅しに屈したからではない。那岐に関することで嘘を吐きたくなかっただけである。

「確かに『元老院』も『完全なる世界』も那岐さんを狙っている『敵』ですからね……」
「そうです。それに加えて『帝国』も彼の正体を知れば狙うようになるでしょうね」
「……ああ、つまり、貴方の言う『敵』とボクの『敵』は重なる と言う訳ですか」
「ええ。魔法世界云々は関係なく、同じ敵を持つもの同士 共闘はできるでしょう?」
「そうですね。そう言うことならば、貴方の申し出を受けることに否はありませんね」

 魔法世界を救うことに興味はないが、敵を排除したい と言うことには共感できる。ただ、それだけのことだ。

 ちなみに、歴史では原作と違ってアーケードでの初顔合わせの際、ネギとクルトは武力衝突などしなかった。
 クルトがアリカや魔法世界のことでネギを挑発したが、那岐のことではなかったのでネギは激昂しなかったのだ。
 それだけネギが那岐に傾いているのだが、それを知らないクルトはネギを「冷静な少女」と認識してしまう。

「実に賢明な判断です。目的も同じくしたいところですが……とりあえずは協力していただけるだけで充分ですよ」

 原作同様、クルトはネギに両親の映像を見せた。それは、魔法世界を救うことを使命として欲しかったからだ。
 だが、父親よりも那岐に傾倒しているためネギは両親に執着がない。魔法世界よりも那岐の方が遥かに大切なのだ。
 むしろ、フェイトの策略とは言えイキナリ指名手配にされた経験のある魔法世界には あまりいい印象を抱いていない。
 そのため、那岐のことがなければ魔法世界を救うことに興味すら抱かなかっただろう(せいぜい知人を助ける程度だ)。

 まぁ、何はともあれ、原作と違って歴史ではネギはクルトの仲間になったのである。

 ところで、原作のネギはクルトの申し出を受ける振りをして魔法世界の真実を聞き出していたのに歴史では そんなことはしていない件だが、
 それは、歴史のネギは魔法世界と火星を結び付けていないためだ(まぁ、結び付けていても放置していた可能性は非常に高いが)。
 と言うのも、超がいないため未来や火星云々の情報がなく、更に村上 夏美の言葉(魔法世界って火星っぽい)も得られなかったからだ。

 ちなみに、村上 夏美の言葉を聞けなかった理由は実に単純なもので、村上 夏美が魔法世界に来なかったから である。

 那岐が あやかを説得したことで運動部四人組も含めて村上 夏美は魔法世界どころかウェールズにすら来ていないのだ。
 まぁ、その影響はネギが拳闘大会に出る必要がなかったくらいだ(もちろん、その影響は これまでの流れでは、だが)。
 とは言え、ゲートポートでフェイトに敗れたネギが更に力を求めたことは変わらず、原作同様にラカンに師事したのである。

 そんなこんなで、原作同様に『闇の魔法』を習得したネギは、強力な力を得ると同時に より力に囚われていくことになるのだった……

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「――で、大事な用件って何だい?」

 クルトとの舞踏会の裏側での話し合いの後、ラカンから那岐が偽者である可能性を示唆されたネギはダイオラマ魔法球にて那岐との話し合いの場を設けた。
 ダイオラマ魔法球を話し合いの場にしたことに深い意味はない。ただ、他者の邪魔が入らない場所としてダイオラマ魔法球が都合よかったのである。
 もちろん、ネギがラカンから助言を得ていたことを知らない那岐(だと思われる人物)は「改まって どうしたんだろ?」くらいの感覚でしかなかったが。

「大事な用件と言うのは、貴方が本物か否か を確かめることです」

 ネギは そう言いながら予め『遅延』させて置いた『魔法の射手 雷の1001矢』を解放し右手に集束させる。
 そして、右手を那岐に突き付ける。そう、それは「今から撃ち抜きます」と言う明確なメッセージだ。
 魔法である以上、魔法無効化能力者である那岐には効かないが、バチバチと放電する光景は脅威だろう。

「本物の那岐さんなら……完全魔法無効化能力でキャンセルできます。だから、問題ないでしょう?」

 ネギの口調は穏やかなものだが、その目は冷酷そのものだ。それ故に、より恐ろしい。
 言うまでもないが、ネギは穏やかに見えるだけで実際には激怒しているのである。
 那岐を騙った相手も許せないが、何よりも指摘されるまで気付かなかった自分が許せないのだ。

  ――ズドンッ!!

 ネギは躊躇なく且つ勢い良く雷矢を放つ。そして、放たれた雷矢は何の抵抗もなく那岐の肉体を穿った。
 本来ならば完全魔法無効化能力によって雷矢は那岐の身体に触れる前に消滅していたことだろう。
 だが、雷矢は那岐の肉体に届き、その腹部を貫いた(そして、貫いた部分から電撃を全身に迸らせている)。

「グァァアアアアア!!!!!」

 絶叫を上げて のた打ち回り、全身で苦痛を訴える那岐――否、那岐に見える『ナニカ』。
 那岐が苦しむなら自分のこと以上に心配するネギだが、相手は那岐ではないので何も感じない。
 最早 目の前の存在は(ネギにとっては)那岐の皮を被っただけのモノでしかないのである。

  ガォン……!! ガォン……!! ガォン……!!

 苦しむナニカのことなど一切気にせず、ネギは龍宮から受け取った(正確には、奪い取った)退魔弾を次々と撃ち込む。
 一発目で既に全身から煙を噴出し始めていたが、雷で焼かれただけの可能性もあるので念のために数発 撃ったらしい。
 あきらかに八つ当たりのような気がするが、残念なことにネギを止める者はいない(そのために邪魔が入らない場所にしたのだ)。

「……やはり偽者でしたか」

 既に偽者であることなど わかり切っていることだが、ナニカの変化は解け その正体が露になっていた。
 その姿は、金髪のミディアムから尖った耳が見えるのが特徴的な少女――フェイトガールズの栞だった。
 雷矢の影響か退魔弾の影響か、栞は気絶しておりピクリとも反応しない(呼吸はしているので死んではいない)。

「なら、情報収集をしなきゃいけませんねぇ」

 ネギは栞をゴミでも見るような目で見ながら、その額に右手を置く。
 もちろん、起こすためではない。その記憶を『読む』ためだ。
 こんなこともあろうか とエヴァから『記憶走査』の術式を習っていたらしい。

「…………ん? これは『プロテクト』……?」

 当然だが、栞には正体がバレた時の対策として記憶を読まれないようにするための処置――魔法的なプロテクトが仕掛けられていた。
 原作では栞が自発的に話したのでネギ達は様々な情報を得られたが、情報を渡さないような処置をして置くのは当然のことだ。
 そのプロテクトは かなり強固なもので、掛けた本人にしか解除はできないだろう。無理矢理 解けば、記憶そのものが消えそうだ。

「まぁ、ダメで元々。うまくすれば記憶が拾えるかも知れないから、やるしかないね」

 正確に言えば、無理矢理 解けば人格ごと記憶が壊れ兼ねない。だが、今のネギには悩む選択肢などない。
 ネギにとって何よりも大切な那岐を拉致した大罪人の一人に遠慮など要らない。壊れても何も問題ない。
 いや、むしろ、壊れてしまえばいい とすら思っている。実は、別の情報入手方法を今 思い付いたのだ。

「…………ふぅん? なるほどねぇ。本物の那岐さんは『墓守人の宮殿』に捕らわれているんだぁ。なら、征くしかないよねぇ」

 結果、プロテクトは破られ、自我も記憶も そのほとんどが弾け飛んだ……が、ネギは記憶の残骸から情報を手繰り寄せた。
 実はと言うと、ネギは『雷天双壮』によって雷の精霊(電気の集合体)化し、電気信号を完全に操作することを思い付いたのである。
 脳は電気信号によって情報を交換している。言い換えるならば、記憶とは電気信号によって作られている とも言えるのだ。
 まぁ、栞の記憶は ほとんどが弾け飛んでいたのだが、ネギはパソコンのデータを復旧するが如く脳内情報を復旧させたのである。

 そしてネギは、必要なことは済んだ と言わんばかりに、虚ろな目をして呆ける栞のことなど見向きもせずにダイオラマ魔法球を後にするのだった。



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Part.04:そして、運命の輪は狂狂と回る


「那岐さん!!」

 強行突入した『墓守人の宮殿』にてネギが見たものは、捕らわれた那岐(とアーニャ)だった。
 その傍らには冷めた目をした銀髪の少女――フェイトが佇んでおり、それがよりネギに火を付ける。
 ちなみに、パルがいないのでバル様号(飛空艇)もないため、足はクルトより借りた戦艦である。

「外の悪魔は外の人達に任せるとして……ボク達は那岐さんの奪還に集中しましょう」

 途中で空を覆いつくさんばかりの大量の悪魔が召喚されたが、それはタカミチやクルトや混成艦隊に丸投げした。
 余談だが、ザジ姉は現れていない。超が介入していないため「超が変えようとした未来」を知らないからだ。
 と言うか、そもそも「超が変えようとした未来」とは歴史のことであるため、歴史では知りようがないのだが。

「と言う訳で、刹那さんは木乃香さんを、龍宮さんは宮崎さんと綾瀬さんを お願いします。あ、コタコはボクと共に突入ね」

 那岐とアーニャが捕らわれているため、現在のネギ一行はネギ・木乃香・刹那・のどか・夕映・小太郎・龍宮しかいない。
 言うまでもないだろうが、コタコとは小太郎のことである(物語同様に小春と言う本名があるのだが、名乗っていないらしい)。
 とにかく、戦闘が可能なのは刹那・小太郎・龍宮の3人しかいないうえ非戦闘員の護衛を考えると小太郎しか動かせない。
 まぁ、刹那が木乃香の護衛を放棄するのは有り得ないが、のどか・夕映を見捨てて龍宮を突入班に加えることは可能ではある。
 だが、那岐のことを考えると その選択肢は有り得ない。那岐を助けるために二人を見捨てたことを那岐が知ったら傷付くからだ。

 ちなみに、夏美がいないので(チートとしか思えない便利過ぎる)認識阻害のアーティファクト『孤独な黒子』もないため別働隊はないらしい。

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「フェイト・アーウェルンクスゥウウ!!」

 途中で襲い掛かって来た月詠は刹那に、フェイトガールズは小太郎に、デュナミスは龍宮に、それぞれ任せてネギは那岐のもとへと急いだ。
 言うまでもないが、既にネギの頭には「みんなで麻帆良に帰る」などと言うことは一切ない。最早 那岐を助け出すことしか頭にないのである。
 一応、アーニャが捕らわれているのはネギもわかっている。わかっているのだが……どうやら、ネギの意識からは綺麗に削除されたようだ。
 もちろん、リライトされた人々を戻すことも考えていないので、グランドマスターキーなど求めていない。求めているのは、あくまでも那岐だ。
 まぁ、那岐を取り戻す過程でフェイトの進める儀式を邪魔することになるので、結果的には大した違いはないが。それでも、動機はまったく異なる。

「那岐さんを返せぇええ!!」

 宮殿の最奥に辿りついたネギが見たものは、祭壇にて儀式の生贄に捧げられた那岐の姿だった。
 祭壇には特殊な魔法陣が施されており、解除している間に攻撃されることは考えるまでもない。
 幸い、まだ儀式は途中だ。と言うことは、儀式を止めれば那岐を助けることができるのだろう。
 つまり、那岐を助けるには儀式の執行者であるフェイトを倒せばいいだけだ。実にシンプルだ。

「それはできない相談だね。魔法世界を救うには こうするしかないんだよ」

 叫びながらも殴り掛かって来るネギをいなしつつ、フェイトは極めて冷静に告げる。
 それは「本心では こんなことしたくない」と言った心情の裏返しの態度なのだが、
 那岐を目の前にして熱くなっている(と言うか暴走気味な)今のネギには読み取れない。

 今のネギは ただただ熱くなり、目の前の障害(フェイト)を排除することしか頭にないのだ。

「ああ、そう。だけど、それは お前達の都合だろう? 那岐さんは関係ない」
「関係なくはないさ。『黄昏の御子』である彼は『儀式』の鍵なのだから」
「だから、それは お前達の都合だろう? 那岐さんには関係ないのは変わらない」
「……確かに その意味では関係ないね。でも、これしか方法がないんだよ」
「へぇ、そうなんだ。でも、だからって那岐さんを巻き込むのは間違っているよ」

 ネギとフェイトの立場は決定的に違う。どちらかが折れない限り両者が交わることはないだろう。

「それじゃあ、キミは魔法世界を救う代案がある とでも言うつもりかい?」
「そんなものないね。って言うか、そもそも、そんなもの必要ないだろう?」
「? 何を言ってるんだい? 魔法世界に住む12億の人命が掛かっているんだよ?」
「だから、必要ないって言っているだろう? 滅びるなら勝手に滅びればいいさ」

 繰り返しになるが、魔法世界が滅びようとネギは どうでもいい。それがネギのスタンスだ。

「…………それは本気で言っているのかい? ネギ・スプリングフィールド」
「ああ、もちろんだ。ボクにも那岐さんにも魔法世界を救う義務はないだろう?」
「確かにね。だが、キミはサウザンド・マスターとアリカ王女の娘だろう?」
「両親は両親、ボクはボクだ。ボクと両親は違う。勘違いしてもらっては困るね」

 原作のネギは父親の跡を継いで魔法世界を救うことを決めた。だが、歴史では父親よりも那岐の方が重要だったのである。

 そもそも、原作では「父親の跡を継ぐ」と言う綺麗な表現で誤魔化されているが、その内実は「父親の跡を追っている」だけとも言えるだろう。
 その過程で魔法世界を救うことになったり明日菜を救うことになっただけで、ネギの中の比重が父親に傾いていること自体は変わっていない筈だ。
 歴史では その対象が那岐になっただけだし、物語では その対象がアセナになっただけだ。つまり、ネギ自体は根本的に変わっていないのである。

 原作・歴史・物語……それぞれを決定的に変えているのはネギではなく、ネギの傍にいる明日菜・那岐・アセナの違いなのだ。

「なるほど、よくわかったよ。キミを納得させるには力ずくしかないことがね」
「ああ、そうだね。って言うか、最初から わかり切っていたことだろう?」
「……確かに、言葉で わかり合えるなら、最初から こんなことになってないね」
「まぁ、那岐さんを拉致した段階で お前と わかり合うつもりなんてないけどね」

 ネギには最初から わかり合うつもりなどなかった。それなのに今まで会話に付き合っていたのは、詠唱の時間を稼ぐためだ。

 実は、ネギは どこぞの魔砲少女のように分割思考(マルチ・タスク)を修得しており、会話や戦闘をしながら『無詠唱』ができるのだ。
 そうして言動の裏で準備された魔法は『遅延』でストックされ、戦闘中に何の前触れもなく幾つもの魔法を行使できるのである。
 つまり、今のネギは準備万端。直ぐに『解放』して『闇の魔法』で取り込むも善し、接近戦中に『解放』して奇襲するも善し、だ。

  ズドドォォォン!!

 しかし、会話中に準備をしていたのはネギだけではない。フェイト側も準備をしており、ネギが行動を起こす前に奇襲されたのである。
 その準備とは、那岐を利用して得た『造物主の掟』で復活していた他のアーウェルンクスシリーズが活動できるまでの時間を稼ぐこと。
 そして、その狙いは成功しており、先程ネギに奇襲を仕掛けたのは『クウァルトゥム(4番目)』で、攻撃は『紅蓮蜂』辺りだろう。

「何を悠長に話している、テルティウム」

 炎を両手に抱いたクウァルトゥム――「火のアーウェルンクス」が残忍な笑みを浮かべながら悠然と現れる。
 その後ろには、雷を纏った『クウィントゥム(5番目)』の「風のアーウェルンクス」が涼しげな表情で佇んでおり、
 その更に後ろには、水を背負った『セクストゥム(6番目)』の「水のアーウェルンクス」が無表情に控えていた。

 それらをフェイトは苛立たしげに見遣る。ネギとの戦闘を邪魔されたのが気に食わないのだろう。

 起動までの時間を稼いではいたが、それはあくまでも自分が敗れた際の保険のためだ。
 フェイトとしては自分でネギと戦うつもりでいたため、獲物を横取りされたも同然だ。
 当然、いい気分はしない。そのため、視線をアーウェルンクス達に向けてしまった。

「……確かに そうだね。悠長に話している場合じゃあないねぇ」

 それ故に、爆心地で悠然と佇むネギの姿を見逃してしまった。そう、追撃のチャンスを見逃してしまったのだ。
 既に準備を整えていたネギは、咄嗟に『奈落の業火』を取り込むことで炎耐性を上げて奇襲を防いでいたのである。
 それ故にネギは無傷だ。ストックが1つなくなったが、ストックなど幾らでも作れる。だから、特に問題はない。

「なっ!? バカな?! 直撃した筈だぞ!!」

 驚愕を露にするクウァルトゥムは言うまでもなく隙だらけだ。当然ながら、そんな隙を見逃すほどネギは甘くない。
 即座に『千の雷』を2つ取り込んで『雷天双壮』状態になったネギは『雷速瞬動』で急接近し、容赦のない攻撃を加える。
 その攻撃は『雷速瞬動』のスピードのまま突っ込んで蹴りを放つ と言う単純なものだが、その威力は絶大だった。

「あの程度の攻撃、直撃しても意味がないだけさ」

 無防備なところに強烈な蹴りをくらったクウァルトゥムは、ろくな姿勢制御もできずに気持ちがいいくらいに吹っ飛んだ。
 当然、ネギは それを追って容赦なく追撃を加える。その追撃で更にクウァルトゥムは吹き飛ぶが、ネギは更に追撃を加える。
 常時雷化によって為される雷速の連撃。その速度域を知覚できるのは同じような存在であるクウィントゥムくらいだろう。

 そして、そのクウィントゥムが二人の攻防(と言うか、ネギのワンサイドゲーム)に追いつく前に勝敗は決していた。

 起動後1分も経たないうちにクウァルトゥムは活動停止を余儀なくされ――塵となり、灰となって消え去った。
 完全に『闇の魔法』を制御できた訳ではないが、『闇の魔法』の侵食を恐れない今のネギの強さは底知らずだ。
 今のネギが恐れているのは たった一つ――那岐を失うことだけだ。それ以外のことは すべてどうでもいいのだ。

 そう、那岐さえ助けられるなら自分の命すらいらない程に、今のネギは那岐に傾倒しているのだった。

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 …………………………………………………………

「…………予想以上だよ、ネギ・スプリングフィールド」

 速度はあるが火力の少ないクウィントゥムは『燃える天空』の術式兵装(膂力特化型)で押し切り、
 バランス型とも言えるセクストゥムは『雷天双壮』の雷速と『断罪の剣』のコンボで圧倒した。
 クウァルトゥムを下したことで それぞれが警戒して連携してはいたが、今のネギの敵ではなかった。
 三体ともスペック的にはフェイトと同等の実力者達だったが、所詮はスペックだけの話でしかない。
 経験や意思の伴わない力は本来の力の半分程度にしかならない。ただ、それだけのことである。

「だけど、少しばかり遅かったね」

 残るは少し引いた場所で戦闘を観戦していたフェイトのみ。そう、これまでフェイトは戦闘に参加していなかったのだ。
 その意味するところは考えるまでもない。フェイトはネギとの戦闘を他のアーウェルンクスに任せ、儀式に専念していたのだ。
 ネギがそれに気付いた時には既に遅かった。フェイトは無情にも「もう、儀式は成功したよ」と言いた気に祭壇を示す。

「…………那岐、さん?」

 ネギが見たのは、祭壇の中で徐々に光の粒へと姿を変えていく那岐の姿。
 呆然とするネギの瞳には、那岐が変質した光の粒が飛散していく光景が映る。
 そう、他のアーウェルンクスと戦っているうちに儀式は成ってしまったのだ。

 それを認識した瞬間、ネギは力なく崩れ落ち、その意識を闇に閉ざした……



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Part.05:滅び行く世界


「…………はぁ」

 一面に広がるのは黒い空と黒い地面。チラチラと降っては溶けていく雪だけが白い世界。そこはネギの心象世界。
 ネギは そこで ぼんやりと空を見ていた。いや、眺めていた と言うべきだろう。その目は虚ろで生気を感じさせない。
 舞い落ちる雪を眺めているのか? それとも ただ視線を上に向けているだけなのか? その答えは考えるまでもない。

「……行かなくて、いいの?」

 そんなネギに話し掛ける存在がいた。その存在とは、赤茶色の髪を無造作に流した穏やかな青年――那岐だ。
 その声音は優しく、その問い掛けはネギを責める成分など一つも入っていない。ただ意思を確認したいだけの問いだ。
 だが、その表情は見えない。黒に彩られた――闇に染まった世界には、那岐を照らすだけの光量がないからだ。

 その世界を照らす光源は、淡く光る雪だけだった。しかも、それは直ぐに溶けて消える。那岐の輪郭しか照らせないのは自明だろう。

「行く……? 行くって何処へですか?」
「それも忘れてしまったのかい?」
「…………いえ、思い出しました」

 那岐の問い掛けに疑問符を浮かべていたネギだが、どうやら『何か』を思い出したようだ。

 だが、『何か』を思い出したところで、ネギの表情は虚ろなまま変わらなかった。
 むしろ、疑問符を浮かべていた時の方が表情に『人間らしさ』があったくらいだ。
 いや、正確には、『何か』を思い出したことで より虚ろになった、と言うべきだろう。

「だけど、もう いいんです。もう、何もかもが すべて どうでもいいんです」

 当然ながら、ネギの口から漏れ出でる言葉は虚ろ そのものだった。
 諦観と言う言葉すら生温い程にネギの言葉には力がなかった。
 がらんどう と言う言葉が相応しいくらいにネギは空虚だった。

「結局、ボクは守れませんでした。何を犠牲にしても守りたい と思っていたのに、守れなかったんです……」

 ネギは那岐を守るためだけに、侵食されながらも『闇の魔法』を行使し続けて来た。
 死のうが化け物になろうが、那岐さえ守れるならばネギは それでよかったのだ。
 それなのに、ネギは那岐を守れなかった。故に、ネギには もう何も残っていない。

「……そう。それならば、仕方がないね」

 そんなネギに対する那岐の言葉は、ただただ優しいものだった。
 那岐は力なく立ち竦むネギの背を包み込むように抱きしめる。
 それは まるで戦い疲れた英霊を看取る戦乙女のような抱擁だ。

 そこには一切の否定がない。絶対的な肯定しかなかった。

「ここで無理をしたところで、今の君ができることは生き残っている人達を助けることくらいだ。
 その身を闇に沈めてまで守りたかったものを守れなかったのなら、もう無理をする必要はないよ。
 それに、もしも ここで無理をしたら……良くて化け物になって、最悪の場合は死ぬことになる」

 那岐は「リスクに対してリターンが無さ過ぎるよね」と言葉を締め括る。

 相変わらず雪は降り続けている。いや、気のせいでなければ、降雪量が増えている気がする。
 気が付けば、ネギを包むように抱く那岐に雪が(溶けることなく)降り積もっていた。
 それ故に、かつては輪郭しか照らされていなかったが、今では その表情が垣間見えるようになった。

「…………でも、それでいいの?」

 那岐が浮かべていた表情は悲哀。言動こそ慈愛に満ちていたが、その表情は異なっていた。
 それはネギが苦しみ続けたことへの悲哀か? それとも、ネギが選んだ道に対する悲哀か?
 答えは誰にも わからない。ただ、言えることは、那岐はただ優しいだけではない と言うことだ。

 それ故に、那岐は言葉を続ける。

「確かに この世界――自分の世界に引き籠もって何もしないのは とても楽なことだよね。
 でも、ネギは本当に それでいいの? 本当に、ここで立ち止まっているだけでいいの?
 リスクを恐れるのは当然だと思う。でも、本当のリターンはリスクの先にあるんじゃない?」

 その言葉にネギは目を見開く。何かに気付いたような その表情は、今までで一番『人間』らしい。

「……そう、ですね。ボクは貴方からリスクを負う『わずかな勇気』を学びました。
 そして、ここでボクが立ち止まることなんか貴方が望む訳がないですよね?
 そう、貴方は いつも進むことを望んでいました。だから、ボクも進むべきですね……」

 言葉を紡ぎながら、那岐の抱擁から離れ、ネギは ゆっくりと歩き出す。

 最初は弱弱しかった足取りだが、だんだんと力強くなっていく。
 その後姿を見つめる那岐は、嬉しそうに穏やかな笑みを浮かべる。
 惜しむらくは、那岐からはネギの表情が見えなかったことだろう。

 何故なら、ネギの瞳には狂気しか宿っていなかったのだから……

 ……………………………………
 ………………………………………………
 …………………………………………………………

「……邪魔だよ」

 崩れ落ちたネギにトドメを刺そうとしていたフェイトだったが、目覚めたネギの腕の一振りだけで その活動を停止させられる。
 それは、『闇の魔法』に完全に侵食されて化け物に成り果てたことで得られた『圧倒的な魔力』によって強化されただけの一撃だった。
 障害(と言うには あまりにも手応えがなかったが)を取り除いたネギは『リライト』執行中の無防備な造物主に目標を切り替える。

 造物主は慌ててセクンドゥムやセブテンデキムなどの手駒を用意したが、今のネギには それらは障害にすらならなかった。

 擦れ違い様に二体を瞬殺して造物主に肉迫したネギは、接近中に詠唱して『遅延』して置いた『雷神槍 巨神ころし』を打撃と共に放つ。
 防御手段のない造物主は雷槍に貫かれながら吹き飛ぶ。ネギは そこに追撃として これまた『遅延』して置いた『千雷招来』を放つ。
 それは原作でデュナミスを戦闘不能にしたコンポ、『闇の魔法』に侵食されたことで黒い雷になった雷撃の奔流――『黒龍雷迎』だ。
 その結果、動きを見せなくなった造物主だが、念のために何度か(『巨神ころし』を投擲した後に『千雷招来』を放って)『黒龍雷迎』を行う。
 単なる暴走状態ではなく完全に侵食された状態だからこそ可能な、有り余る魔力に物を言わせた量と質を兼ねた熾烈な波状攻撃である。

「那岐さんの犠牲の上に成り立つ世界(幻想)などボクが壊してやる……」

 完全に反応を見せなくなってからも数分間 苛烈な攻撃を続けていたネギだが、やがて満足したのか、目標を造物主から【完全なる世界】にシフトさせる。
 ネギの言葉の通り、ネギは那岐を犠牲にして造られた【完全なる世界】を認めていない。そして、宣言通りにネギは【完全なる世界】を破壊し始める。
 当然、侵食によって魔力量は増えたが、それでも『世界』一つを破壊するには足りない。では、どうするか? 答えは単純だ。足りなければ奪えばいい。
 ネギは(『敵弾吸収』を応用して)『リライト』の術式を操作し、『リライト』で送られる筈の存在を魔力に還元することで莫大な魔力を入手したのだ。

「那岐さんに犠牲を強いた世界(現実)などボクは認めてやらない……」

 そして、【完全なる世界】は完全に破壊し尽くされ、完全に消滅した。それを確認したネギは、今度は魔法世界を標的にする。
 やはり、ネギの言葉の通り、ネギは【完全なる世界】を造らせる原因となった魔法世界そのものも許していなかった。
 宣言通り、ネギは魔法世界も破壊し始める。と言っても、術式を改変したままの状態で『リライト』の儀式を続行しただけだが。
 そう、本来なら触れたものを【完全なる世界】に送還する筈の『リライト』を「魔力に還元するだけの外道な魔法」にしたまま……

「もう、やめろぉおお!! お前がしていることは単なる破壊だ!!」

 儀式によって次々と魔法世界が魔力に還元されていく中、造物主から意識を奪った満身創痍のナギがネギを止める。
 まぁ、「止める」と言う表現を使ったが、実際には『千の雷』を撃ち込んで儀式を執り行うネギを阻害したのだが。
 しかし、そんな乱暴な方法でもネギが止まったことには変わりない。そう、魔法世界は完全に破壊されなかったのだ。

 邪魔されたことに苛立ちも隠しもしないネギはゴミを見るような目で父親を見遣って叫ぶ。

「うるさい!! 那岐さんに犠牲を強いた世界なんて存在していていい訳がないんだ!!」
「このバカヤロウ!! 『アイツ』が『そんなこと』を望んでいる訳ねぇだろうが!!」
「黙れ!! お前が那岐さんを語るな!! 那岐さんのことはボクが一番わかってるんだ!!」

 既に那岐はいないため、実際のところはわからない。だが、どう考えてもナギの方が正しいだろう。だが、今のネギには関係ない。

「那岐さんは穏やかな日々を望んでいた!! 他愛もないことで笑い合う、平凡だけど優しい日々を愛していた!!
 それなのに!! 『このままでは魔法世界が滅びる』なんて実にくだらない理由で那岐さんを犠牲にしたんだ!!
 滅びるなら勝手に滅びればいい!! それなのに、那岐さんを巻き込んだ!! なら、そんな世界、滅ぼしてやる!!」

 問題は既に「正しいか正しくないか」で判断されるレベルを超えている。正しかろうが正しくなかろうが、ネギは止まらないのだ。

「言っている意味がわかんねぇよ!! せめて そのまま滅びるに任せればいいだろうが!!」
「滅びを回避するために那岐さんを殺したんだから万死に値するに決まっているだろうが!!」
「(チッ!! オレの言葉なんか聞く耳もっちゃいねぇ)……言葉じゃ説得は無理なようだな」

 ネギの強固な態度にナギは言葉による説得をあきらめ、肉体言語による説得を決意するのだった。



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Part.06:終焉の幕開け


「グゥ……時間切れ、か」

 大規模破壊魔法の撃ち合いと言う激しい攻防が続いたが、やがて時間切れが――ナギが肉体を操れるタイムリミットが訪れる。
 ナギの意識は閉ざされ、肉体の主導権は造物主に変わる。見た目こそ変わらないが、その雰囲気は まったく別物に変化した。
 ネギとしてはナギだろうが造物主だろうが、己の邪魔をするなら大差ない。むしろ、張本人である造物主の方を排除したいくらいだ。

 造物主となった相手に狂気そのものの視線を向けるネギ。その胸中には狂気しか渦巻いていないのだろう。

「英雄の娘よ。貴様を過小評価していた。貴様は何よりも先に排除して置くべき存在だったようだな」
「それはこっちのセリフさ。こんなことになるなら、最初から魔法世界を滅ぼして置くべきだったよ」
「……やはり、人とは何処まで行っても どうしようもない生物だよ。何千年経っても何も変わらない」

 造物主は魔法世界を【完全なる世界】へ移行することをあきらめていない。

 魔法世界は大分 削られてしまったが、まだ滅んだ訳ではない。まだ魂は残っている。
 当初よりも救える魂は激減しているが、それでも ここで立ち止まる訳にはいかない。
 障害となるネギを排除すれば、まだ間に合う筈だ。造物主は前へ進むことをやめない。

 それを察したのか、ネギは「そんなことさせない」と言いた気に造物主の前に立ちはだかる。

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「――これで終わりだ」

 当然と言えば当然のことかも知れないが、勝負の趨勢はネギに傾いた。
 人格が入れ替わったところで、肉体のコンディションそのものは変わらない。
 いくら強かろうが、満身創痍の造物主が『今のネギ』に勝てる訳がなかった。
 ネギは全力の『千の雷』で崩れ落ちた造物主を灰になるまで焼き尽くした。

『……ああ。貴様の、な!!』

 しかし、アーウェルンクスを一蹴したネギを造物主が過小評価する訳がない。
 当然ながら、勝負の結果など造物主もわかっており、わかっていながら戦ったのだ。
 そう、勝敗が決してから――肉体を破壊されてからが造物主の狙いだったのである。
 精神体となった造物主はネギの肉体を乗っ取るべく、ネギに侵食し始めたのだった。

「いいや。お前の、だよ」

 しかし、侵食を受けるネギは慌てるでもなく『解放』の一言で遅延魔法を解放する。
 それは、メルディアナ時代に覚えた悪魔消滅用の呪文を応用した、霊魂消滅用の魔法。
 使用者が憑依された場合にしか使えない と言う欠点があったので態と憑依させたのだ。

「……ラカンさんから20年前の戦闘について聞いた時から予想していた。だから、準備をしていた。ただ、それだけのことさ」

 消えていく造物主が『な、何故だ!? 何故わかった?!』と うるさかったので種明かしをする。
 まぁ、種明かし と言うよりは、精神的なトドメを刺して黙らせた と言った方が正しいが。
 言わば「お前の狙い程度に気付いていないと思ったのか?」と揶揄しているようなものなのだ。

「亡霊は亡霊らしく、黙って滅びてろ……」

 その一言で消滅した造物主のことを意識から追い出したネギは儀式を再開するために祭壇へ向かう。
 しかし、祭壇に向かう途中でネギの身体から『ピキッ』と言う何かが罅割れる鈍い音が漏れ出した。
 そう、『闇の魔法』に侵食された末に化け物に成り果てたネギの活動限界が訪れてしまったのである。

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「どうやら、限界みたいだね……」

 原作の様に闇を飲み込んだのではなく、闇に飲み込まれたネギは化け物に成り果てた。
 古今東西、化け物の末路は大差ない。塵となり灰となって、散って行くだけだ。
 黒かった体表も今は白くなっており、ネギの身体はピキピキと音を立てて崩れていく。

 造物主に用いた霊魂消滅魔法が想定以上にネギにも損傷を与えたのが切欠だったのだろう。

 ところで、戦闘の余波と『リライト』で『墓守人の宮殿』は崩壊している。
 当然、そこにいた者達は(ネギパーティや混成艦隊も含めて)全滅している。
 遅ればせながら そのことに気付いたネギだが、特に何も感じていなかった。

「自分でケリを付けられないのは口惜しいけど……このまま滅びる訳にもいかない」

 ネギが感じていたのは、魔法世界を破壊し尽くせなかったことに対する悔しさのみ。
 闇に閉ざされた段階でネギには狂気しかなく、人間らしさなど残っていなかったのだ。
 そんなネギは気怠げに懐(に繋がっている倉庫)から瓶を取り出し、瓶を叩き割る。

「できるだけ使いたくなかった手だけど……背に腹は代えられない」

 割れた瓶から現れたのは、豆粒のような『何か』。身も蓋もなく明かすと、それは受精卵だった。
 修行のために『別荘』を利用しまくったせいで11歳相当に成長していたネギは初潮を迎えていた。
 そこで何を思ったのか、ネギは自身の胎内から卵子を摘出し、那岐の精子をティッシュから回収、
 それらを魔法的な方法で結合させ、自身と那岐の子供(まだ受精卵だが)を造っていたのである。

 今までは瓶の中で守られていたから問題なかったが、胎児にすらなっていない受精卵は非常に危うい。

 それなのに受精卵を瓶から出したのは……言うまでもない、瓶の中よりも良い環境を作るためだ。
 瓶の中は保存して置くのが目的だったため、受精卵は(安全だったが)成長することはなかった。
 ネギは残された魔力を すべて利用して魔法的な人工子宮を作り出し、その中に受精卵を安置した。
 もちろん、念入りに「ネギが望むような存在に育つようなプログラム(術式)」を施して、だ。

「名前は……『マギ』でいいかな? マギ、ボクの代わりに魔法世界人に絶望を味わわせるんだよ?」

 すべてを成し遂げた訳ではないが、ある程度やりたいことを成したネギは薄っすらと微笑みながら崩れていく。
 そんなネギは自身を迎えに来た那岐を幻視したが、那岐の表情は(闇の中の那岐よりも)悲哀に満ちていた。
 それを「ああ、那岐さん優しいから、ボクが傷付いたことが悲しいんだな」と解釈したネギは安らかに眠りに付く。

 そして、崩れ去った肉体は灰になり、風に乗って舞い散る。後に残されたのは、哀れな受精卵のみだった。



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Part.07:終わりと始まり



 ネギパーティと混成艦隊の『尊い犠牲』と引き換えに造物主ごと『完全なる世界』が倒れたことで、魔法世界は一時の平穏を手にする。

 儀式によって多くの人々が消滅させられた(ことになっている)が、生き残った人々は一時の平穏を享受していた。
 だが、(首脳陣しか知らないことだが)魔法世界の崩壊そのものは回避されていないため問題は何も解決していない。
 いや、むしろ、崩壊から免れる方法だった『リライト』が もう使えなくなったため、残された手段は皆無に等しかった。

 そして、約10年後……魔法世界は崩壊し、原型である火星に――不毛な世界に その姿を変えた。

 そこに残されたのは、メガロメセンブリア人を中心とした僅かな人間のみだった。
 すべての亜人は魔法世界と共に消滅し、多くの人間も崩壊の余波に飲み込まれた。
 残された人々が取れる手段は、地球への移住(と言う名の侵略)しかなかった。

 人々は死に物狂いで地球に向かう――が、そうは問屋が卸さなかった。そう、機を窺っていたマギが遂に牙を剥いたのだ。

 ネギの施した術式によって育てられたマギは、10年と言う歳月で哀れな『殺戮人形』に成り果てていた。
 人工子宮の中で生まれ育ったマギは外界のことを何も知らず、魔法世界人に絶望を味わわせることしか知らない。
 もちろん、そのための手段として戦闘技術や魔法は修得している。だが、それ以外のことを知らないのだ。

 本来なら一思いに全滅させられる力を持ちながらも、マギは「魔法世界人を苦しめる」ために生き地獄を与え続けたのだった。

 移住(と言う侵略)を妨害された人間達は、劣悪な環境で生きる選択肢しか残っていなかった。
 戦力を整えようにも、即座に察知したマギに全滅させられてしまい、後に残るのは絶望だけだ。
 また、戦力を用意せずに慎ましく生きようにも、マギは戯れるかのように人々を襲撃していった。

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 そんな生き地獄が30年程 続いた頃、外法によって生まれたマギに活動限界が訪れた。

 そこでマギは優秀な魔法使いの遺伝子と自分の遺伝子を人工配合して子供を造った。
 マギは保険のために子供を2回 造り、それぞれ『マギア』と『エレベア』と名付けた。
 二人は人工子宮で育てられたため当然の帰結としてマギと似たような存在に育った。

 そのため、そのまま火星では生き地獄が続くのか と思われたが……マギアとエレベアの子供達の代で大きな変化があった。

 保険のために複数を造るようにしたのはいいが、効率を求めるあまり人工子宮で育てられない子供ができてしまったのである。
 二人は その問題を解決するために人工子宮の複製を試みるが、戦闘に特化した二人では人工子宮の複製は不可能だった。
 出来上がった人工子宮の複製品は、劣化品と呼ぶべき程に粗悪な代物で、戦闘力の低い存在しか育てられなかったのである。

 ……その様な経緯で生まれた『出来損ない』の中の一人に『錫(スズ)』と言う存在があった。

 第3世代と呼ぶべきマギアとエレベアの子供達には、それぞれ金属の名前が与えられていた。
 深い意味は無く、子供達は鉄、鋼、銅、銀、金、鉛などと名付けられ、錫は その中の一人だった。
 錫は『出来損ない』の中でも比較的マシに育ったため、廃棄されずに名付けられたのである。

 しかし、人工子宮で育っていないために錫は生き地獄を齎す自身の存在意義に疑問を覚えるようになった。

 そこから錫は行動を開始した。感じた疑問を解消するために「不要とされた分野」の知識を吸収し出したのである。
 その過程で「ネギから植え付けられた情報」と「外界での情報」の齟齬に気付き、錫はますます自身に疑問を覚える。
 いや、正確には始祖とも言えるネギに疑問を抱くようになったのだ。ネギ・スプリングフィールドは間違っている、と……

 そして、錫は遂に時間跳躍の方法を見付け、その『間違い』を正すために過去へ飛んだ。

 過去へ飛んだ錫は自身の名を変えた。錫から『鈴』に字を変え、読みすらも変えた。
 また、姓には「悲劇を『超』えてやる」と言う意味から『超』と言う字を用いた。
 後は語感を整えるために、鈴の後に『音』を足せば『超 鈴音』の出来上がりである。

 まぁ、「音」の読みを「シェン」と読んでしまう と言うミスはあったが、こうして超は現代に紛れ込んだのだった。


 


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オマケ:超 鈴音の存在理由


「……以上が、私の知っている大まかな『歴史』ダヨ。実に救いようがナイと思わないカ?」

 長い昔話を終えた超が「笑えないケド笑うしかないヨネェ」と苦笑しながら訊ねる。
 訊ねられたアセナは「確かに笑えないけど笑うしかないなぁ」と思いつつ返事をする。

「まぁ、そうだね。何かオレのせいのような気がして来るから余計に気分悪いね」
「って言うか、どう考えてもキミが死んだことでネギ嬢は暴走したんダガ?」
「でも、それってオレのせいなの? 被害者より加害者の方が悪いんじゃない?」
「それは一理ある意見ダガ……キミが間抜けにも捕まったのが問題ではないカ?」

 那岐はアセナではない。だが、ある意味ではアセナでもある。つまり、他人事ではないのだ。

「正直に言うとネ……キミが『完全なる世界』と『話』をしに行タ時、
 失敗したら『ああなる』と思てイタのデ、実は気が気じゃなかタんダヨ?
 でも、通らねばならナイ道だと思タからこそ、黙って送り出シタのサ」

 言うまでもないだろうが、『ここ』でもアセナが生贄にされていたら(歴史と大差なく)ネギは暴走していただろう。

 そのため、超の心配は過剰ではない。杞憂に終わった今だからこそ、心配し過ぎているように感じるだけだ。
 では、そんな状況にもかかわらず何故 超はアセナを送り出したのか? ……それは、アセナに賭けたからだ。
 アセナなら『完全なる世界』から無事に帰還してくれる、そんな風にアセナを信じたからこそ送り出したのだ。

「まぁ、その点には感謝してるよ。早めに決着を付けて置かないと、動くに動けなかったからねぇ」

 動くに動けないのは、『完全なる世界』と決着を付けないことには いつ襲われるかわからなかったからだ。
 ただでさえ政治的な活動には神経を使うので、『完全なる世界』の襲撃も警戒するのは御免蒙りたい。
 だからこそ、アセナは元老院と話し合いをするよりも早く『完全なる世界』と決着を付けたのである。

 アセナが勝ち取った結果であるが、その裏には最悪の未来を知りながらもアセナを信じた超の貢献があったのも事実だ。

「とりあえず、元老院の『説得』も終わったし……後は地球側を丸め込んで、研究の環境を整えるだけだね。
 いや、実際には研究をしたり、その研究結果を元にテラフォーミングする大仕事が残っているんだけどね?
 オレには研究なんてできないから、研究者が研究しやすい環境を作るまで がオレの仕事になるだろうねぇ」

 アセナの言葉に「まぁ、そうだネ。餅は餅屋だヨ」と同意を示した超は、改めて自身の本願が成就しつつあることを実感する。

 最も危険度の高い『完全なる世界』も、次に危険度の高い元老院も、アセナは味方に付けた。
 その遣り方は多少 無理があったが、それでも多くの人間が納得する妥協点で話をまとめ上げた。
 残る問題は地球側での調整だけだ。それさえ終われば、アセナの危険性は皆無に等しくなる。

 間違いなく、アセナの身に何も起きなければ『歴史』のようにネギが暴走することはないだろう。

 つまり、魔法世界人を苦しめるだけに生まれた『殺戮人形』も生まれない と言うことであり、
 それは、失敗作とは言え『殺戮人形』の一員である超も生まれなくなる と言うことでもある。
 だが、超は それでも構わない。本願が成就されるのならば自分の存在が消えても構わないのだ。

 そう、錫――いや、超 鈴音は『あんな未来』にしないためだけに時間を遡って来たのだから……


 


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後書き


 ここまでお読みくださってありがとうございます、カゲロウです。
 当初は軽く修正するつもりだったのですが、修正点が多かったので改訂と表記しました。


 今回は「誰も干渉しなかった場合の話を想像してみた」の巻でした。

 自分で書いて置いてアレですが、タイトルの割には欝展開ですよねぇ。
 もう「ヤンデレ魔女っ娘ネギま!」でいいんじゃないか と思いました。

 ところで、ヘルマンの変態紳士ップリは本編で描けなかったリベンジです。

 実は、最初はバトルマニアにするよりも変態紳士としてハッチャケさせたかったんですが、
 それだとタカミチだけがシリアスでタカミチの一人相撲っぽくなっちゃうなぁって思ったんで、
 バトルマニア方面に進ませました。ある意味では、物語で役得を得た珍しいパターンです。

 あ、記憶や脳の電気信号については かなり適当です。厳密には違う気がしますが、魔法の御都合主義でどうにかなったことにしてください。


 では、また次回でお会いしましょう。
 感想・ご意見・誤字脱字等のご指摘、お待ちしております。


 


                                                  初出:2012/01/13(以後 修正・改訂)



[10422] 第49話:研究学園都市 麻帆良【改訂版】
Name: カゲロウ◆73a2db64 ID:b259a192
Date: 2013/04/21 19:22
第49話:研究学園都市 麻帆良



Part.00:イントロダクション


 時は流れて、今日は12月23日(火)。

 アセナがメガロメセンブリア元老院を『説得』してから、短くない時が流れた。
 その間、アセナが何をしていたのか? 言うまでも無く、政治的な活動である。

 そう、今日も今日とてアセナは それなりに多忙な日々を送っていたのだった。


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Part.01:魔法の価値


 少々 時は遡って10月下旬。

 魔法世界での意見調整(主に既得権益を維持しようとする輩の説得)を終えたアセナは地球に戻っていた。
 ちなみに、アセナが魔法世界の意見を調整するのに要した時間は、実を言うと半年 近くも掛かった。
 ゲートポートが壊れていたことで地球と魔法世界の時間の流れが異なっていた(1:7程度)ため、
 カレンダー的には48話から然程 時間が経っていないように見えるが、実は かなりの時間が経っているのだ。

「――全世界の皆さん、ここで重要な発表があります」

 厳粛な空気の中、緊急に開かれた国連総会での審議を経て齎された『結論』を国連事務総長であるアフィー・コナンが語り始めた。
 全世界と呼び掛けているように、この放送は地球全土に同時放送されている。場所によっては深夜だが、それでも同時放送されている。
 それは、それだけ重要な発表であることを示しており、国連に加盟しているすべての国で公用語に同時通訳されて放映されている。

 もちろん、日本も例外ではない。つまり、便宜上 日本語で表記されているだけで実際には日本語で語られている訳ではないのだ。

「此の度、地球の抱える諸問題の根本とも言えるエネルギー問題に大きな展望が現れました。
 と言うのも、まったく新しいエネルギー源が発見されたのです。それは『魔法(wizardry)』です。
 御伽噺や夢物語で語られる、炎や風を生み出す類の魔法を思い浮かべていただいて構いません」

 どうでもいいが、「wizardry」には「魔法」以外にも「非凡な能力」や「ハイテク技術」などの意味もある。

「ですが、我々が話題にしている魔法は幻想ではありません。科学とは別の体系を持っているだけの歴とした技術です。
 もちろん、技術である以上、学べば誰にも扱えます。まぁ、多少の例外は存在しますが、基本的には誰にも使えます。
 そして、発動のためのコストは『魔力』と呼称される『すべての生命体が持つとされている未知なるエネルギー』なのです」

 魔法と聞くとファンタジーなものを思い浮かべがちだが、この場合の魔法はファンタジーなだけではない。現実に存在するのだ。

 極言すれば、魔法とは魔力を代償に精霊を使役して現象を引き起こす技術である。
 それに対し、科学とは電気を代償に機械を使役して恩恵を得ている技術とも言える。
 まぁ、厳密には違うのだが、対立させて考えると このような表現となるだけだ。

「魔法の中には雷を発生させる魔法――つまり、放電現象を生み出す魔法が存在します」

 ネギやナギが得意とする雷系の魔法のことだ。特に『千の雷』など何万kw出ているのか考えたくもない魔法である。
 アレを個人で生み出せるのは一部の一流魔法使い(エリート)だけだろうが、魔法陣などを使えば裾野は広がる筈だ。
 と言うか、原作から察するに常人の魔力(夕映)でも『白き雷』が使えるようなので、それだけでも充分なのだが。

 そう、魔力と言うコストに対して得られるエネルギーが凄まじいのだ。費用対効果が いい意味で振り切れているのである。

「つまり、石油に頼らずとも、魔法によって電気を作ることが可能なのです。電気の利便性は最早 語るまでもないでしょう。
 石油による火力発電は我々に電気と言う恩恵を齎せてくれましたが、それと同時に環境汚染と言う弊害も齎せました。
 ですが、魔法は違います。魔法を利用すれば環境を汚さずとも電気が得られます。しかも、そのコストは魔力だけなのです」

 先進国では電気が必要不可欠だ。電機で機械を動かし、その機械によって生活が成り立っている のは言うまでもないだろう。

 だが、電気の用途は――電気の齎す恩恵は それだけではない。充分な電気の供給は、水問題すら解決するのである。
 周知のことだが、多くの国は水不足を抱えている。生活用水だけでなく農業用水まで不足している国は少なくない。
 電気があれば逆浸透膜と電気エネルギーを使った「海水の淡水化システム」が利用できる――水が得られるのである。

「以上のことから、科学と魔法は相反しません。むしろ、互いに協力し合える分野なのです」

 科学では、費用対効果の問題で「理論的には実現可能だが、現実的には実現不可能」なことが往々にしてある。
 卑金属から金を得ようとする錬金術がいい例だろう。これは、核分裂を利用すれば水銀から金の同位体が得られるが、
 必要な年月とエネルギーを考えると、コスト(費用)の方がベネフィット(利益)よりも高いので意味がないのだ。
 だが、そこに魔法が加われば、コストがベネフィットを下回る可能性がある。科学と魔法は手を取り合えるのだ。

「……ここまでの説明で、魔法について充分に理解していただいたと思います」

 ここまでの話は要するに魔法の説明だ。だが、忘れてはならないが、ここは国連総会の『結論』を発表している場だ。
 魔法の存在や効果など、どちからと言うと科学者が審議すべき内容のものだ。それなのに、国連総会で審議されたのは何故か?
 確かに、エネルギー問題に密接に関わっているため政治的な判断が必要となるだろう。だが、現実は そんなに甘くない。

 国連総会で審議せねばならない程に重大な政治的議題があったからこそ、国連総会が緊急に開かれたのである。

「既に お気付きの方もいらっしゃるでしょうが……正確に言うと、魔法は我々が発見したものではありません。
 遥かなる古の時代より魔法と共に その歴史を紡いで来た――言わば、魔法文明と呼ぶべき文明が存在したのです。
 ですから、此度の件は、正確には『魔法文明と我々の接触が成功し、協力関係を締結した』と言うことになります」

 アフィーは「それでは、本題に移らせていただきます」と前置きして、宣言通り、本題を話し始める。

「……ここで、何故これまで接触がなかったのか、また、何故 今回は接触できたのか、疑問を抱く方もいらっしゃるでしょう。
 実を言いますと、魔法文明は地球ではなく火星に築かれていたのです。ええ、そうです、太陽系第四惑星である、あの火星です。
 ですが、一つだけ大きな勘違いがございます。私達が衛星や望遠鏡などで見ていた火星は、本当の火星ではありませんでした。
 我々が知ったつもりになっていた火星は、本当の火星に住む魔法文明の方々によって認識とデータを改竄された姿だったのです」

 当然ながら大嘘だ。いくら未来からの支援があったとしても、半年程度では火星のテラフォーミングは終わらない。

 だが、実は火星を基にした魔法世界があって、そこが崩壊しそうなので火星に移住する予定です……などと言える訳がないため、
 一般向けには「もとから魔法世界が火星に築かれており、今まで地球側が観測していた火星が嘘だった」と言うことにしたのである。
 将来的には魔法世界と火星はイコールとなるので、完全な嘘ではない。完全な嘘ではないが、実に悪質な騙し方なのは間違いない。

 それを感じているのか、アフィーは平坦な声音で「これが、本当の火星です」と魔法世界の地図をモニターに映す。

「では、ここで、新しく隣人となった、魔法文明側の代表者――親善大使を紹介 致しましょう。
 火星の国の一つ、メガロメセンブリアにて元老院議員を務めるクルト・ゲーデル氏です。
 ゲーデル氏は両文明の交流と発展のために魔法文明を我々に紹介していただいた恩人でもあります」

 アフィーの紹介を受けて、それまで舞台袖で待機していたクルトが悠然とした様で舞台の中央に躍り出る。

「地球の皆様、御初に御目に掛かります。只今 紹介に与りましたクルト・ゲーデルと申します。
 言い換えれば『火星人』とも言える我々ですが、もとをただせば地球からの移民者です。
 御覧の通り、皆様と変わらない姿をしておりますし、年齢も見た目通りのものであります」

 クルトは にこやかな笑みを浮かべて「つまり、まだまだ若造です」と続ける。だが、次の瞬間には瞳を真剣なものにする。

「ですが、魔法の現状を憂い、魔法の更なる発展を願う気持ちは誰にも負けません。
 そのために、地球と火星の交流と発展のために骨身を惜しまず尽力する所存であります。
 頼りないと思われるかも知れませんが、どうか暖かい御声援を よろしくお願いします」

 クルトはハッキリと「魔法の発展のために地球と交流する」と言っているが、何も裏がないよりは安心できるものだ。

 その証拠に(と言っていいか は微妙だが)聴衆の多くはクルトを好意的に受け止めているようで、批判の声は聞こえない。
 いや、正直に言おう。正確には、告げられた内容が凄まじ過ぎて、批判をすることすらできない状態でしかないのだ。
 魔法と言う荒唐無稽なものが公に発表され、そのうえ火星には魔法の国があって、その お偉いさんが挨拶しているのが現状だ。
 混乱しない方がおかしいし、混乱から脱していても現実を理解するのに精一杯で批判するまで労力が回らないのである。

 そんな微妙な歴史的瞬間を見遣りながら、アセナは「思えば多忙の日々だったなぁ」と感慨深げに ここに至るまで を思うのだった。

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 魔法世界の抱える重大な問題と その解決策を全国放送したことにより、魔法世界中の意識は「火星への移住」に集約された。

 だが、だからと言ってスンナリと それに向けて事を進められる訳ではない。事は魔法世界だけでは収まらないからだ。
 現時点で地球人は宇宙に進出している訳ではないが、今後 進出しない訳ではないため地球側の利権が絡んで来るのである。
 火星に住んでいる訳ではないのに、地球人は――地球の各国は火星の領土権を(非公式に)勝手に決めているのが現状だ。

 そんな状況下で勝手に火星を開発して移住しようものなら、地球と火星(魔法世界)の間に要らぬ軋轢が生まれるだろう。

 予想できているのに何もしないアセナではない。アセナは軋轢を生まないようにするために魔法を売ることにしたのだ。
 もちろん、魔法を売る と言っても、単純に魔法を公開する訳ではない。魔法と科学を融合進化する予定を ほのめかし、
 そこから得られることが予測されている「現在の技術を数世代は先を行く超技術の恩恵」を融通する と匂わせたのである。

 そう、リスクとリターンを計算させ、火星を手に入れるよりも『恩恵』を得た方が旨味がある と認識させたのだ。

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「単刀直入に言いますと、火星を開拓した後に火星に移住する方向で魔法世界は纏まりました」

 先程、アセナが地球に戻っていた と言ったが、ただ単に戻っていた訳ではない。国連常任理事国の首脳陣と『話し合い』に奔走していたのだ。
 ちなみに、テロで壊されたゲートポートは復旧に数年掛かるため、アセナは旧オスティアのゲートポートを利用して帰って来たことになる。
 つまり、直で麻帆良に戻ったことになるのだが……アセナは麻帆良をスルーして そのまま己の使命を果たすために世界中を飛び回り始めた。
 そう、テオドラの件の事情説明を木乃香に一切することなく、使命と言う名の仕事に走ったのである(ある意味では「仕事に逃げた」とも言える)。

 まぁ、公人としては正しいかも知れないが、人としてはダメ過ぎる判断だろう。きっと、近い将来 痛い目を見るに違いない(実に自業自得だ)。

「もちろん、地球にとっても火星と言う未開地は重要な場所だ と言うことは承知しております。
 ですが、我々には どうしても火星が必要なのです。どうか、譲っていただけないでしょうか?
 もちろん、タダで譲って欲しい などと虫のいいことは言いません。相応の見返りは用意します」

 最初から飛ばした会話に思われるかも知れないが、各国の首脳陣は もともと魔法を知っているので、大した問題はない。

 そもそも、魔法を秘匿しているとは言え魔法使い側だけで完全に秘匿できるほど各国の諜報力は甘くないのだ。
 当然、魔法は各国の上層部に知れ渡っているし、国や組織によっては魔法を研究しようとした勢力すらある。
 まぁ、研究は軌道に乗る前に魔法界(主にメガロメセンブリア)から派遣されたエージェントに潰されていたが。

 もちろん、魔法界も ただ研究を潰すのではなく、一定の情報を与えた上で上層部へ護衛を派遣したりもしている。

 それに、魔法を政治・軍事利用した輩を排除したりもし、魔法を公開させないように処理する自浄組織を用意している。
 それでも研究しようとするなら その勢力を徹底的に潰して来た(どんな警備も『転移』一つで無意味となるので本当に徹底的だ)。
 言い換えるならば、これまで各国は「魔法界から護衛が派遣されるだけでもマシだろう」と満足するしかなかったのである。

 そんな状況で、魔法界からの『使者』として現れたアセナ(とクルト)が「相応の見返りを用意する」と言って来たのだ。疑っても仕方がないことだろう。

「その見返りと言うのは、まぁ ご想像の通り、魔法の情報です。いえ、正確には『研究の成果』と言った方がいいかも知れませんね。
 と言うのも、実は魔法世界で ちょっとした政変が起きましてね、『魔法を秘匿する方針』から『魔法を公開する方針』に変わったんですよ。
 もちろん、単純に公開するだけではありません。これからは魔法と科学を融合・進化させることを視野に入れて研究する予定でいます」

 アセナは穏やかな笑みを浮かべて「後は わかりますね?」と言わんばかりに言葉を区切る。

「ああ、これは独り言ですが……火星を開拓するには莫大な資金と労力と時間が必要になるでしょうねぇ。
 もちろん、その開拓によって得られるだろう資源で それらは賄えるでしょうが、利益幅は如何程でしょうか?
 それを放棄するだけで手に入る研究結果と比べたら微々たるものかも知れません。まぁ、素人の見解ですが」

 あきらかに話し掛けているようにしか思えないが、これはあくまでもアセナの『独り言』である。

 そんな『独り言』が決め手になったのかは定かではないが、多くの首脳陣は火星の領土権を手放すことに同意した。
 まぁ、『多くの』と表現したように中には更なる利益を得ようとしたものもいたが、強欲は身を滅ぼすものである。
 アセナは容赦なく「これは交渉ではなく交換条件です。それが飲めないのならば……」と『洗脳』をほのめかした。

 結果、すべての首脳陣は火星の領土権を手放すことに同意したのだった(実際に洗脳したかは否かは永遠の謎である)。

「快諾していただき、ありがとうございます。これで魔法も科学も更なる進化が望めることでしょう。
 ところで、この件に関して一つ お願いがあるのですが……友好の証として聞いていただけませんか?
 と言うのも、魔法を広く公開するため、常任理事国の方々に連名で魔法を公表していただきたいのです」

 別に超が計画していた魔法バラシをしてもいいのだが、できるならば余計な混乱は生みたくない。そのための依頼だ。

「また、それに伴って、魔法と科学の両方を研究して融合進化させていく機関を設置したい とも考えておりまして……
 そのために日本の麻帆良を改変して研究学園都市にする予定ですので、アジールとして認めていただけないでしょうか?
 まぁ、別に日本のままでもいいんですがね? ただ、研究成果が日本に多く流れる可能性が否めなくなるだけですねぇ」

 研究学園都市とアジールは微妙に繋がっていないように見えるが、それは言葉にしないことで暗に示したからだ。

 ちなみに、アジールとは「一国の国内であっても その国の三権が及ばず、その地域 独自の法で治める権利を持つ特別区域」である。
 そのため、言葉にしなかった部分を敢えて言葉にすると「研究に専念したいので、余計な干渉をできないようにしろ」くらいだろう。
 たとえるなら、某福音に登場する某特務機関のような立場(日本なのに日本の干渉を受けないどころか好き放題)を望んでいる訳だ。

 もちろん、言うまでもないだろうが、アジールとして認められなくても研究成果を日本に流す気などサラサラない。単なるブラフだ。

「ああ、もちろん、これもタダで認めて欲しい などと虫のいいことは言いません。
 日本を介せば干渉できる訳ですからね、それなりの旨味は用意してあります。
 それは、火星への移民権です。其方の国民だけでなく、難民の方も受け入れますよ?」

 国際社会の義務として、難民は救済しなければならない。

 経済的に余裕がある状態ならば特に問題ないだろうが、余裕がない状態なら難民の受け入れは頭の痛い問題だろう。
 現在の地球は世界的に不況の傾向があるため、必然的に経済的な余裕はない。つまり、頭を抱えているのである。
 それを見越していたのか は定かではないが、アセナの提案は実に美味しいものだ。干渉するよりも旨味があるだろう。

「あ、そう言えば、実は研究のための資金を募っていまして……より多く資金を提供していただいた勢力に より多い恩返しを考えていたりします」

 相手の様子から協力を取り付けられたことを確信したアセナは、聞こえるくらいの声量でポツリと漏らす。
 最後に「まぁ、単なる戯言ですが」と付け加えてはいるが、あきらかに本気なのは言うまでもないだろう。
 魔法界からの資金もあるが、資金はあっても困るものではないので、アセナは資金集めに余念がないのである。

 実にいやらしいが、ある意味では「実にアセナらしい」とも言えるだろう。

 ところで、今更なことだが、アセナは国連常任理事国の首脳陣を一国ずつ訪ねた(正確には、各国の政財界の上層部を一人ずつ訪ねた)。
 まぁ、国連常任理事国だけで会議している場に乱入してもよかったのだが、団結されて反論されると面倒なので各個撃破したのである。
 ちなみに、方法は『転移』によるアポなし訪問――も やったが、大抵は政財界に影響のある魔法組織を通じての正規ルートである。
 実を言うと、地球にある魔法組織は『悠久の風』を代表とした非政府的な組織だけではなく、政財界に通じている組織も存在しているのだ。
 と言うか、魔法秘匿を考えると政財界にパイプがないとおかしい。魔法使いだけで完結できるほど世界は甘くも狭くも無いのである。

 どうでもいいが、日本や国連事務総長は別個にアセナが説得したが、他の国連加盟国への説得は常任理事国に丸投げしたのは言うまでもないだろう。



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Part.02:表の支配者と裏の支配者


 時間軸は今に戻り、麻帆良市内にある瀬流彦の私室にて。そこで、アセナは瀬流彦と『談笑』していた。

 ところで、魔法を全世界に公表した影響についてだが、当初は戸惑っていた世間も二ヶ月が経った今では大分 落ち着いている。
 しかし、麻帆良は未だに混乱の渦中とも言える状態だった。と言うのも、麻帆良は4月から研究学園都市になることが決定したからだ。
 48話で語った様に既存の学園機能も半分程は残ることになっているが、研究機関の色合いが圧倒的に強いためテンヤワンヤなのだ。
 ちなみに、麻帆良が研究学園都市に再編されることには、対外的には「火星と地球が歩み寄るための実験的な措置」となっている。

「……はぁ。まさか、こんなに早く学園長先生と同じ立場に『就かされる』ことになるとはねぇ」

 そして、これも48話で語った様に、近右衛門は学園機能を大幅に失ったことの責任を取って3月で学園長を辞することが決まっている。
 あきらかなスケープゴートだが、責任者は責任を取るためにいるのも確かだ(上の意向とは言え近右衛門に責任が無い訳ではない)。
 また、学園長を辞職することに伴って関東魔法協会の理事も辞職することになっている。何故なら、両者は密接に繋がっていたからだ。

 そう、麻帆良学園が魔法使い達の『隠れ蓑』になっていたことは公然の秘密となった今だからこそ、過去との決別を示す必要があったのである。

 よって、新しい学園長(学園機能の統括責任者)には魔法関係者ではない普通の教師(高等部の校長だった者)が就くことになっており、
 先の瀬流彦の言葉から予想できる通り、関東魔法協会(と言うか、魔法分野の研究統括責任者)の理事に瀬流彦が就くことになっている。
 もちろん、若い瀬流彦を理事に就かせることに難色を示す者は多かった。だが、アセナとの関係から本人にも周囲にも選択肢が無かったのだ。

「って言うか、あんなに お世話になった前学園長をスケープゴートに使うとか……キミは鬼畜だよねぇ」

 御茶目な部分には困らせられたが、成長を促すために適度な匙加減で『厄介事と言う課題』を与えてくれていたのも確かだ。
 その意味ではアセナも瀬流彦も、近右衛門には非常に世話になった と言える。それ故に、瀬流彦の言葉は強ち間違っていない。
 まぁ、近右衛門は近右衛門で「これで面倒な立場から逃れられるわい」と密かに喜んでいたので、実は的外れな意見なのだが。

「ハッハッハッハッハ、意味がわかりませんねぇ。近右衛門殿は自主的に退任していただくのですよ?」

 あきらかに「婉曲的に強制した」と言わんばかりの言い方だが、(先程も言った様に)本当に自主的に退任したのである。
 真実を知らない瀬流彦は「魔法世界に行ってから更に外道方面に進化したねぇ、気が抜けないや」と判断するのは必然だ。
 もちろん、そんな風に思われてしまうのはアセナもわかっている。わかっていて敢えて誤解を招く言い方をしたのである。

 何故なら、これから先のことを考えたら、瀬流彦には気を引き締めて『東』を担ってもらわねばならないからだ。

 実を言うと、麻帆良はアジールの認定を勝ち取っているため、市長にはクルトが任命されることが決定している。
 まぁ、クルトを裏から操っているのはアセナであるが、それでも表向きはクルトが麻帆良を支配することになる。
 つまり、瀬流彦が『東』の権限を維持するためには現役の元老院議員であるクルトに対抗せねばならないのだ。
 クルトも瀬流彦も裏にはアセナがいるのは事実だが、それでも瀬流彦が気を抜いていいことにはならないだろう。

(とりあえず、オレは「貴方を学園長と同じ立場にする」と言う役目は終えました。ですから、後は貴方次第ですよ?)

 そもそも、アセナと瀬流彦の約定は「瀬流彦を近右衛門の後釜に就かせる」と言うものであり、それ以降のことは何も確約していない。
 友好的な関係(適度な距離感で互いに利用し合う関係)を続けるためにも協力することは吝かではないが、かと言って頼り切られても困る。
 何故なら、これから火星のことで忙しくなるアセナには日本のことを構っている余裕などないからである(実にアセナらしい理由だろう)。

 それ故に、アセナは「瀬流彦先生には頑張ってもらわないとねぇ」と、瀬流彦を扱き使うことを心に誓ったのだった。

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 話は変わるが、魔法の公表を受けて西(関西呪術協会)で ちょっとした政変が置きた。

 魔法が実在するものとして認識されるようになったためか、反東(アンチ西洋魔術師)の立場が弱くなったのである。
 反東は世間に肯定的に受け入れられている魔法を否定しているも同然であるのめ、徐々に求心力を失っていったのだ。
 主義主張はあっても時流から外れた派閥には尽きたくないのが人間と言うものであることは言うまでも無いだろう。
 よって、反東が力を失った代わりに親東とも呼ぶべき派閥が西の実権を握るようになったのは必然とも言える筈だ。

 ちなみに、親東は赤道が牽引する派閥であるため、言い換えると赤道が西の実権を握るようになった とも言えるのである。

「と言うか、最早 東西で争っている場合ではないんですけどね?」
「しかし、その御蔭で予定より早く実権を握れたんじゃないですか?」
「確かに そう言った側面もありますが……正直、気分は微妙です」

 アセナの言っていることは間違ってはいない。だが、だからこそ赤道は溜息を吐きたくなる。

「と言うか、貴方の場合、『ここ』まで狙って行動していたのでしょう?」
「さぁ、どうでしょうねぇ? 単に結果オーライなだけかも知れませんよ?」
「……はぁ。貴方が そう仰るのでしたら、そう言うことにして置きますよ」

 赤道はアセナが魔法を公表させたことを知っている(まぁ、赤道に限らず、魔法関係者で政治に携わるものは皆 知っているが)。

 そのため、赤道は「反東を衰退させるためにも魔法を公表させたのではないか?」と疑っており、
 アセナは明言は避けたものの どう聞いても肯定しているようにしか聞こえない返答を行ったため、
 それを受けた赤道は「何を言っても明言はしてくれないでしょうね」と諦観に似た境地に達したのだった。

「ところで、今更ですけど……何で普通に赤道さんが ここ(麻帆良にある瀬流彦先生の私室)にいるんですか?」

 そう、三点リーダの多用で舞台が変わったように見せ掛けて、実は瀬流彦の私室のままだったのである。
 つまり、瀬流彦とアセナが『談笑』しているところに赤道が参入(と言うか乱入)して来た形になる訳だ。
 京都・麻帆良 間も『転移』を使えば移動は大変ではないが、だからと言って ここにいるのは実におかしい。

 あまりにもナチュラルに瀬流彦が赤道を受け入れていたので、アセナは今までツッコむにツッコめなかったのである。

「身も蓋もなく ぶっちゃけると『厄介なヤツに目を付けられた同盟』を結んだのさ」
「……東西に渡って厄介認定されるなんて、とんでもないヤツもいるものですねぇ」
「キミのことだから わかっていて言ってるんだろうけど……敢えてツッコませて欲しい」
「それは あなたの心です――ではなくて、それは あなたのことですよ? 神蔵堂様」
「おぉ!! 瀬流彦先生のセリフを途中で奪っただけでなく軽くネタを挟んで来るとは!!」
「な、なかなかやるね。さすが赤道君。そこにシビれる、憧れるぅ!! ってヤツだよ」

 わかりにくいボケだが、某とっつぁんの名台詞である「奴はとんでもないものを盗んでいきました……それは あなたの心です」が元ネタである。

「そ、それはともかく、いい加減に婚約者の件を長と話し合ってくれませんか?」
「あ、誤魔化しましたね? そこでテレちゃダメですよ? 最後まで突き進まなきゃ」
「そうだねぇ。特に神蔵堂君みたいにエグいタイプは容赦なくエグって来るからねぇ」
「実にヒドい評価ですねぇ。もしかして、瀬流彦先生ってオレのこと嫌いなんですか?」
「いや、別に? 嫌いじゃないよ? まぁ、だからと言って好きでもないんだけどね?」
「……まぁ、そりゃ そうですよね。だって、好かれていてもキモいだけですからねぇ」

 一般人よりも守備範囲が広いことで定評のあるアセナと言えども、男はノーサンキューらしい。

「と言うか、貴方の方が長との話し合いを誤魔化そうとしていませんか?」
「ご、誤魔化してませんよ? あくまでも、話題を逸らしただけですよ?」
「いえ、それを世間一般では『誤魔化す』と言うのではないでしょうか?」
「ハッハッハッハッハ!! もしかしたら、そうとも言うかも知れませんねぇ」

 アホな遣り取りを聞いているうちにテレから脱却したのか、赤道が冷静にツッコむ。

「と言う訳で、長とOHANASHIするために今から京都に『転移』しましょう」
「今から?! そ、それは勘弁してください!! これから予定があるんです!!」
「へぇ? ところで、明日はクリスマスイブだけど、何か関係あるのかな?」
「ふ、普通にクリスマス会ですよ? 麻帆良教会で毎年やってるアレです」

 何気にOHANASHIとなっているのだが、最早 誰もツッコまない。むしろ、アセナが焦っていることに瀬流彦が喰い付いて来たぐらいだ。

「ふぅん? 微妙に動揺しているのが怪しいけど……ここは敢えて信じて置こうかな?」
「普通に信じてくださいよ。って言うか、この場合 瀬流彦先生は関係ありませんよね?」
「関係あるね!! だって、彼女を作る暇すらない立場に就かせたのはキミじゃないか!!」
「でも、それは瀬流彦先生も望んでいたんですよね? なら、自業自得なんじゃないですか?」
「こんなに早く就くことになるとは想定外だったんだよ!! だから、文句くらい言わせてよ!!」

 瀬流彦は瀬流彦で大変らしい。具体的にはハーレム野郎は死ねばいい と思っているくらいに大変なのだ。

「と言うか、また無視されているんですが……もしかして、態とやっているんですか?」
「いえ、偶々です。偶々 応えにくい話題だったので、ついつい誤魔化しちゃうんですよ」
「(それを『態と』と言うのでは?)まぁ、いいです。文句を言っても始まりませんからね」
「そうそう、神蔵堂君と話す時は ある程度のことはあきらめないと疲れるだけだよ?」

 赤道はいろいろとあきらめることにしたようだ。英断と言わざるを得ないだろう。

「では、長との話し合いに話を戻しますが……今日はあきらめますが、早いうちに お願いしますよ?」
「……わかりました。仕事も一段落しましたので、いい加減 詠春さんとも向き合いますよ」
「? 長と『も』? と言うことは、既に木乃香様とは話し合いをされた と言うことですか?」
「ええ、まぁ。各国への働き掛けが落ち着いたところで麻帆良に帰ったら鹵獲されましたよ……」

 何かを思い出したアセナは、遠い目になって過去に思いを馳せるのだった。

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「なぎやんが忙しいのも、なぎやんが いろんなもんを背負っとるのも、ウチは よぉわかっとる。
 ……せやけどな? ちょぉっとばかり、ウチを蔑ろに し過ぎやないかな? そう思わん?
 魔法世界に行っている間に婚約しとるとか、麻帆良に寄ったのにスルーとか、普通に有り得へんで?」

 各国の首脳陣の『説得』を終えて麻帆良に戻ったアセナを待っていたのは『物凄い笑顔』の木乃香だった。

 ちなみに、この場合の「物凄い」は「物凄く怖い」とか「物々しくて凄味がある」とかと同義であるのは言うまでもないだろう。
 そして、ウェールズに行くと偽って魔法世界に行っていたことやテオドラとの婚約が木乃香にバレていたのも言うまでもないだろう。
 しかも、魔法世界から帰還した際に麻帆良に寄ったのに木乃香と会わなかったこともバレバレだったのも言うまでもないだろう。

「本っ当に すみませんでしたぁああ!!」

 アセナは下手な言い訳など一切せずに、ジャンピング土下座をかました。
 潔いと言えば潔いが、だからと言って許される訳ではないのは言うまでもない。

「……で? 本当にテオドラとか言う皇女様と婚約したん?」
「うん――あ、いえ、はい。いろいろあって婚約しました」
「いろいろ、なぁ。で、その『いろいろ』って具体的には何なん?」
「え、え~~と、何と言うか、話せば長くなるんですけど……」
「じゃあ、手短にまとめて、且つ、納得いくように説明してな?」

 木乃香の圧力に屈したアセナは慌てて敬語になる。被告人は立場が弱いのである。

「じ、実は魔法世界が存亡の危機に瀕していましてね? このままでは10年くらいで滅びちゃうんです。
 それを回避するための案は思い付いたんですけど、それには各勢力の協力が必要不可欠でして……
 で、帝国と言う勢力と磐石の協力体制を築くためには皇女との婚約を破棄する訳にはいかなかったんですよ」

 間違っても「テオドラが ちょっと可愛かったので断れなかった」などとは言わない。アセナに自殺願望などないのだ。

「破棄する訳にはいかないっちゅうことは、向こうからプロポーズされたん?」
「まぁ、そう言う形になりますね。国とかが絡んでるので一概には言えませんけど」
「せやけど、なぎやんから申し込んだ訳やないんやろ? ……それなら、ええわ」

 アセナの説明に納得したのか、木乃香が圧力を弱める。それを見たアセナが「お? 許してもらえる?」と期待するのは言うまでもない。

「ところで、そもそもウチと婚約しとるっちゅうことは忘れとらんよね?」
「はい!! 忘れてません!! って言うか、忘れる訳がありません!!」
「そっか。つまり、ウチのことを忘れとらんのに断らなかったんやな?」
「はい――って、あれ? 何か流れが責める方向に戻ってないですか?」
「そら、最初から最後まで、徹頭徹尾 責めとるんやから、そうなるやろ」

 もちろん、アセナの淡い――と言うか、甘い期待など簡単に潰えることも言うまでもないだろう。

「って言うか、人伝に皇女様との婚約話を聞かされたウチの立場って どうなん?
 なぎやん、魔法世界(向こう)から帰って来た時って麻帆良に寄ったんよね?
 それなのに、何も説明せずに仕事に出掛けるとか……どう考えても無いわぁ」

「そ、それはですね、海よりも深い訳がありましてね?」

「まぁ、大方、嫌なことを先延ばしして、そのまま現実逃避したんやろ?
 なぎやんは昔っからヘタレでチキンで性根が腐っとるダメ人間やからなぁ。
 最近、少しはマシになったと思たけど……結局は何も変わっとらんやん」

 木乃香の言葉が情け容赦なくアセナの心を抉る。まぁ、アセナの自業自得なので同情の余地は無いが。

 と言うか、何を どう考えても、木乃香への説明を後回しにしたのは悪手だろう。
 いくら説明するのが精神的にキツくても、後回しにして仕事に逃げるのはアウト過ぎる。
 それはアセナも理解しているので「オレのライフはもうゼロよ!!」と内心で泣くしかない。

「さて、グチグチ責めても今更どうしようもないし……サッサと判決に移ろか」

 もう暫く文句を言いたそうだった木乃香だが、気分を取り直して話題を進めることにしたようだ。
 もちろん、アセナは「判決って何だろうなぁ?」と、わかっていながらも現実逃避のために疑問を抱く。

「ん~~、なぎやんから申し込んだんやったら全殺しにする予定やったけど……
 向こうからの話で、しかも事情があったから断れなかったっちゅうなら、
 まぁ、7回くらい生死の境を彷徨ってもらう程度でウチは許したるかな?」

 勝手に別の婚約者を作られたうえ本人からは何も説明されなかった婚約者としては非常に甘い判決だろう。

 ただ、最後に「許したるかな?」と「かな?」が付いているように「許す」と明言していないのがネックである。
 この言い回しでは、後になって「やっぱ許せへんなぁ」とか言って いくらでも罰を追加することが可能だからだ。
 また、態々「ウチは」と明言しているため「せっちゃん と お父様は どうかわからんけどな?」と言ってるも同義だ。
 と言うか、他の人間が許さなかったとしてもアセナをフォローする気など無いことへの意思表示としか受け取れない。

 つまり、これだけの罰で済めば甘い判決だが、ここから罰が追加される可能性が非常に高いので なかなか酷な判決なのである。

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 この後、刹那から汚物を見るような目で見られながらアセナが7回くらい半殺しにされたのは言うまでもないだろう。
 また、木乃香は傷を癒す振りをして傷口に塩(を混ぜ込んだ軟膏)を塗り込んだりしたことも言うまでもないだろう。
 そして、心身ともにズダボロになったアセナが詠春とのOHANASHIを心の底から恐れていることも言うまでもないだろう。

 余談だが、木乃香が「これは いいんちょへの説明が大変やなぁ」とか言っていたが、刹那にOSHIOKIされていたアセナには聞こえなかったらしい。

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「ところで、クリスマスについてですが……貴方が誰と何をしようが私は干渉しませんから、御自由にどうぞ」

 遠い目をして木乃香とのOHANASHIや刹那からのOSHIOKIを思い出していたアセナを現実に引き戻したのは赤道の放置宣言だった。
 干渉されるものとして考えていたアセナが「え? 干渉しないの? マジで?」と確認したのは言うまでもないだろう。

「まぁ、私に言えるのは、木乃香様以外の女性と仲良くしているのを発見したら長に報告する義務がある……と言うことだけですねぇ」
「うわーい、サラッと ぶっとい釘を刺されちゃったぜ~~。って言うか、それを干渉と言わずに何を干渉って言うんでしょうか?」
「貴方が木乃香様以外の女性と仲良くしなければいいだけの話ですから、充分に『干渉していない』ことになると思いますよ?」
「……ちなみに、本当に教会のクリスマス会に参加するだけですよ? 近所の家族連れとかと楽しむ感じの純粋なものですからね?」

 だが、実質的には干渉しない訳がないのも言うまでもないだろう。

 ところで、本当に今日のアセナの予定は麻帆良教会が主催のクリスマス会に出席するだけだし、明日のイブも誰かとデートをする訳ではない。
 と言うか、イブに誰かとデートしようものなら大惨事が予想されるのでデートなどできる訳がない。無難に皆でパーティーをする予定だ。
 ちなみに、先程アセナが焦っていた件だが……これは、クリスマス会に参加するのはココネが目当てであるため、少しだけ後ろ暗いからだ。

 いくら変態紳士なアセナと言えども、さすがに幼女を目当てに行動するのは少しだけ後ろめたいらしい。実に意外だが。



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Part.03:降誕祭なのに復活祭な気分


「あ、ナギさーん」

 ブルーな気分で学園長室を後にして麻帆良教会に向かうアセナの前に二人の少女が現れる。
 その間延びした特徴的な話し方から おわかりだろう、夕映を引き連れた のどかである。

「やぁ、のどか に夕映。奇遇だねぇ」

 話し掛けられたアセナは、先程までのブルーな様子など一切 見せずに穏やかに返答する。
 もちろん、二人に話し掛けられてテンションが上がった訳ではない。二人を気遣った演技だ。
 いろいろとダメなアセナだが、気遣いはできるのである。ただ、基本的に方向が違うだけだ。

 ところで(互いの呼称からバレバレだが)実は33話で のどかと夕映に施した『記憶封鎖』は既に解けている。

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「……こんにちは、ナギさん」

 10月も終わろうとしていた頃、魔法公表後のゴタゴタを片付けたアセナは麻帆良に戻り、都市再編に東奔西走していた。
 まぁ、片付けたと言っても、ある程度 見通しが立った段階で後のことは国連常任理事国の首脳陣に丸投げして来たのだが。
 ちなみに、時期的には木乃香に鹵獲されてタップリ & ネッチリ絞られたうえ刹那にOSHIOKIされてから数日後のことである。

 そんな状況の中、アセナに話し掛けて来たのは神妙そうな表情をした のどかと夕映だった。

「オレを『そう』呼ぶってことは『すべて』を思い出したってことだね?」
「そもそも魔法が公表された段階で封印が解けるようにしていたんですよね?」
「まぁ、そうだけど……でも、オレは勝手にキミ達の記憶を弄ったんだよ?」
「そうですね。でも、それは私達の安全を確保するためだったんですよね?」
「それでも、キミ達の意思を無視したんだから、普通は見限るんじゃない?」

 二人の記憶が復活したこと自体は、そうなるように仕組んだので想定内のことだ。

 だが、記憶が復活したうえで自分の前に現れるとは想定していなかった。
 いや、正確には「現れるとしたら責めるためだ」と考えていたのに、
 二人にはアセナを責める様子など一切なかったので想定外なのである。

 アセナが語った様に、勝手に他人の記憶を弄るような外道は責められて当然なのだから。

「その程度のことで見限るほど私――いえ、私達は あきらめがよくないんですよ?」
「だけど、これまでよりは危険は少なくなったけど、それでもオレの傍は危険だよ?」
「そうでしょうね。ですが、『その程度のこと』では あきらめる理由になりません」
「……まさか、そこまで想われてるとは ね。どうやら、オレの見通しが甘かったようだ」

 アセナは「記憶を弄るなんて最低です」と見限られると確信していたので、二人の『封鎖』を解けるようにしていた。

 記憶が封鎖されている状態なら「何も関係がない」ので安全圏にいられるし、
 封鎖が解けた後は見限られるので無関係となり、それはそれで安全となる。
 そう、記憶封鎖は、記憶を消さない主義のアセナが取れるギリギリの手だったのだ。

 まぁ、結果的には、アセナが乙女心を甘く見ていたために逆効果になってしまったようだが。

「ちなみに、もう一度『封印』しても無駄ですよ? 『対策』はして来てますからね」
「……大丈夫だよ。あきらめさせることはあきらめたからね。もう、好きにしなよ」
「では、お言葉に甘えて好きにします。って言うか、貴方を好きなままでいますね?」
「ちなみに、また危なくなったら問答無用で危険(オレ)から遠ざけるからね?」
「大丈夫ですよ。その時は勝手に付いて行きますから。もちろん、対策をしたうえで」

 危険には巻き込みたくないが、正直に言うと、危険を承知で付いて来てくれることは素直に嬉しい。

 アセナは既にいろいろなものを抱え込んでいる。いちいち列挙するのが面倒なくらいの量だ。
 1と3は全然違うが11と13は大差が無い様に、今更 二人くらい増えても大した違いはない。
 ならば、二人をあきらめさせる労力を払うよりも二人も抱え込む労力を支払った方が建設的だ。

 それはそれで何かが決定的に間違っている気がしないでもないが、本人達が納得しているのなら それでいいのだろう。

「あ、そう言えば……実はと言うと、既に婚約者が二人もいたりするんだけど?」
「つまり、貴方は複数の女性を愛せる と言うことですよね? 何も問題ないですよ?」
「いや、どう考えても問題あるでしょ? それはハーレムを容認したも同然だよ?」
「それでも問題ありませんよ。だって、最初から私達は『分け合う』予定でしたからね」
「ん? ……あぁ、そう言えば、自発的にハーレムを作ってくれようとしてたんだっけ」
「ええ。分け合う人数(ハーレム要員)が増えただけですから、何も問題ありません」

 そう、のどかも夕映も「独占できないなら共有すればいい」と既に妥協していたのだ。最早 今更なのである。

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「ところで、夕映もいるってことは夕映もだよね?」

 まぁ、夕映は発言こそしなかったが、その場にいながら一切 反論していないことが肯定している証左だろう。
 沈黙は肯定と解釈される と言うと語弊が出来そうだが、反論できるのに反論しないのは肯定と言えるのである。
 だが、それでもアセナは夕映に意思を確認する。何故なら、アセナの持つ危険性はなくなっていないからだ。

 ……アセナは地球側では表舞台に出ていない。だが、舞台の裏を知る者からは狙われる可能性があるのは否定し難い懸念だ。

 もちろん、狙って来そうな連中には予め舞台裏で接触して「アセナと敵対することは利益にならない」と示してはいる。
 と言うか、そもそもアセナが自ら首脳陣と接触していたのは、アセナこそがキーマンであることを見せるためだった。
 だが、当然ながら それですべての可能性をカバーし切れた訳ではないので、狙われる可能性は残っているのである。

 そう、人間が人間である以上より多くの富を求めるのは必然であり、人間の中には手段を選ばない輩がいるのも事実なのだ。

 どんな手を使ってでも富の分配を多く受けたい……そう考えてアセナの弱味を握ろうと暗躍する輩がいても不思議ではない。
 アセナに近しい人物を誘拐して直接的に人質にするかも知れないし、危害を仄めかして間接的に攻めて来るかも知れない。
 魔法の恩恵だけでなく、魔法と科学の融合進化の恩恵まで期待できる現状で、アセナの重要性と危険性は上がり続けているからだ。

 とは言え、元老院を味方にしたことで魔法使いを戦力にできる分、元老院を相手にしていた時よりは武力的な意味では余裕はあるが。

 いや、科学を下に見る訳ではないが、個人単位の武力だけで見るなら魔法は科学を圧倒しているのは揺るぎない事実だ。
 もちろん、軍単位で見るなら核兵器と言う凶悪な戦略兵器を擁する科学に軍配は上がるが、個人単位では魔法が圧倒的に有利だ。
 まぁ、魔法と科学の融合進化によってアセナの保有する武力の方が軍単位でも有利になる可能性は高いが、それは別の話だ。

 つまり、実は危険性は然程ないのだが……それでも、まったくない訳でもないので、アセナは執拗に危険性を示唆しているのである。

「は、はい。私も、貴方を あきらめるつもりはないです」
「……きっと、夕映が考えている以上に危険な道だよ?」
「のどかも言いましたが、それでも構いませんですよ」
「オレが二人を危険に巻き込みたくないって言っても?」
「はい。我侭だとは自覚していますが、折れる気はありません」

 アセナは夕映の瞳を見詰めながら、その意思の強さを測る。その結果は、のどかと同様で「あきらめさせるのは難しい」だ。

「……わかったよ。そう言うことなら、もう何も言わないよ」
「と言うか、既に嫌われても付いて行くことを決めてますです」
「なるほど。そりゃあ厄介だね。でも、邪魔だけはしないでね?」
「わかっていますよ。私達は嫌われたい訳ではないですからね」
「まぁ、嫌われてもいい のと、嫌われたい のでは違うねぇ」
「はい。覚悟はしましたが、可能な限り嫌われたくないですから」

 二人は既にアセナの意思を無視してでもアセナの傍にい続けることを決めている。

 それはエゴとしか言いようが無いが、最初にエゴで記憶を弄ったのはアセナだ。
 まぁ、アセナは二人の安全を考えてのことだったが、それでもエゴには変わらない。
 それ故に、アセナは二人を責められないし、そもそもアセナに二人を責める気は無い。

 繰り返しになるが、やっぱり危険を承知で付いて来てくれるのは嬉しいのである。

(まぁ、二人が増えることで今まで以上に心労は絶えないだろうけど……それでもいいさ。
 こんなオレでも惚れてくれて付いて来てくれるって言うんだから、受け入れるべきだろう?
 もちろん、他の皆には悪いとは思うけど、オレには二人を拒むことができそうにないよ)

 アセナの胸中には いろいろな女性が浮かぶ。その時点で最低かも知れないが、最早 気にしない。

 そもそも、アセナの心は あやかを切り捨てたことで中心がポッカリと空いている。
 そんな心の隙間を埋めてくれる女性をアセナは拒むことができないのである。
 それ故に、最低だと自覚しつつもアセナは複数の女性を愛する方向に進むのだった。

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「ところで、これから何処へ行くんですかー?」

 軽く過去にトリップしていたアセナだったが、のどかの問い掛けで我に帰る。
 アセナは元々トリップしやすいタイプだが、最近は以前にも増してトリップしやすい。
 それだけ心身ともに疲労している と言う訳であり、それだけ多忙だった と言う訳だ。

 それも、魔法公表と麻帆良再編の二大事業が終わったことで少しはマシになっていくことだろう。

「うん、まぁ、麻帆良教会にね。ちょっとクリスマス会に参加しようかなってね」
「……ああ、なるほどー。つまり、ココネちゃんに会いに行くんですねー?」
「うん、まぁ、そうだね。って言うか、いろんな意味で理解力あり過ぎるねぇ」
「って言うか、ネギちゃんを放置して教会に行っても大丈夫なんですかー?」
「うん、まぁ、ダメだね。だから、ネギ達とは明日パーティーをする予定だよ?」

 先程も語ったが、明日のイブは誰かとデートなどしない。エヴァの家で『皆で』パーティーをする予定だ。

 ちなみに、出席者はアセナ・ネギ・フェイト・エヴァ・木乃香・刹那・テオドラ・茶々緒・茶々丸の予定である。
 テオドラがいるのは「目を放すと(政治的な意味で)何をするかわからない」ため、麻帆良に連れて来たからだ。
 茶々緒をベースに帝国と葉加瀬が共同開発した偽骸(亜人が魔法世界外で活動するための人形)を使っているらしい。

 サラッと亜人の問題が解決しそうなことがあきらかになったが、開発中の話は語ってもつまらないので割愛させていただく。

「なるほどー。それじゃあ、私達も参加しますねー?」
「…………うん、OK。皆にはオレから話して置くよ」
「ありがとうございますー。よろしく お願いしますねー」

 別に のどかが脅した訳ではないのだが、記憶を弄った罪悪感のあるアセナは素直に頷くしかないのだった。



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Part.04:ある意味では天使


 のどか達と別れたアセナは麻帆良教会に急いだ。学園長室で話し込んだり のどか達に捕まったりで予定より遅れ気味なのだ。

 もちろん、茶々緒に「明日のパーティー、のどかと夕映も参加することになったから料理とか追加して置いてね」と連絡は済ませてある。
 その時の茶々緒の反応が「ああ、やはり お兄様は お兄様ですね」と言う生暖かいが何処か厳しいものだったのは言うまでもないだろう。
 ところで他のメンツへの説明は茶々緒が『やって』置いてくれるらしいが……何故か好意ではなく悪意が垣間見えるのは気のせいに違いない。

 そんな諸々の事情を忘れるためにも、アセナは今日のクリスマス会を全力で楽しむことにしたらしい。相変わらずの現実逃避である。

「と言う訳で、メリークリスマス!!」
「……うン、メリークリスマスだネ」
「まぁ、ちょっと気は早いっスけどね」

 もちろん、何が どう「と言う訳」なのかは不明だ。だが、いちいちツッコんでいられないので、ココネも美空も軽くスルーする。

「ちなみに、教会なのに23日にクリスマス会をやるのは、より多くの人に参加してもらうため らしいっスよ。
 んで、明日のイブには信者向けに賛美歌とかを歌って静かに聖夜を送る『聖誕の集い』が開催される予定っスね。
 つまり、明日はシスターとしてマジメにやらなきゃいけないけど、今日は自由気侭に楽しめるってことっス」

 要は、今日のクリスマス会は布教の意味も含めて行われているので、家族連れも参加しやすい祝日である今日に開催される訳である。

「いきなりの説明、ありがとう。って言うか、教会は教会で大変だよねぇ」
「まぁ、そんな訳で、今年も期待しているっスよ。主にトナカイ的な意味で」
「やっぱり今年もトナカイ役をやらされるのね? まぁ、覚悟してたけど」

 そう、アセナはゲストであるが、ホストでもあるのだ。それは去年も同様で、実は去年もトナカイ役をやっていたのである。

 ところで、アセナがサンタ役ではなくトナカイ役をやる理由だが……サンタ役には適任(白髪で白髭で ふくよかな神父)がいるからである。
 物語的にはアセナがサンタ役をやるのが暗黙のルールかも知れないが、神父を差し置いてアセナがサンタ役をやる訳にはいかないのだ。
 と言うか、物語的に考えてもアセナがトナカイとなってソリやらサンタ(神父)やらを引く方がいい気がする。アセナのキャラ的に考えて。

「ナギのトナカイ、評判いいんだヨ? だから、頑張ってネ」

 アセナは無駄に体力があるため、一人でもトナカイの きぐるみを着た状態でサンタが乗ったソリを引ける。
 しかも、二足歩行ではなく四足歩行の格好で引けるため、見ている側としては『いい見物』になるのだ。
 少々キツかったが去年のアセナでもできたので、エヴァに鍛えられた現在のアセナなら余裕で可能だろう。

 と言うか、ココネに褒められたのて、去年の体力のままでも余裕だったに違いない。何故なら、それがアセナ(変態紳士)だからだ。

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 クリスマス会は恙無く進行し、疲弊したアセナの心を潤す、実に楽しい一時が流れた。

 特に、去年に引き続いて今年もココネ(と美空)がミニスカサンタの姿を披露してくれたのが よかった。
 アセナが「……ふぅ、これで10年は戦えるよ」と賢者のような面持ちになったのは言うまでも無いだろう。
 ちなみに、作業を終えて賢者タイムに至った訳ではない。萌え過ぎて一周したことで穏やかになったのだ。

「そーいや、ヴァチカンから呼び出しを喰らったんスよね?」

 そんな幸せな空間の中、美空が思い出したように不穏なことを問い掛ける。
 本当に思い出したから聞いたのだろうが、場合によっては空気が壊れただろう。
 アセナがヴァチカンから呼び出される理由などロクでもないことなのだから。

 まぁ、幸い「良くない結果」ではなかったので、大した問題ではないが。

「まぁねぇ。こんなにも敬虔な信者なのにヒドい話だと思わない?」
「そりゃ、クリスマス限定の信者だからじゃないスか~~?」
「それでも信者は信者でしょ? まったく宗教家は器が狭いよねぇ」

 アセナは「困ったものだよ」と言った雰囲気で語るが、当然ながらブラフだ。

 地球において世界規模の宗教に喧嘩を売るのは愚の骨頂としか言えない。
 政教は暗黙的に繋がっており、世界宗教の持つ影響力は甚大なのである。
 それを理解しているアセナがカトリックの総本山をゾンザイに扱う訳がない。

 実際は、最大限に神経を尖らせて扱ったのは言うまでも無いだろう。

「んで? 呼び出された理由は……やっぱり魔法関係だったんスか?」
「その通り。と言うか、そうでもなきゃオレが呼ばれる訳ないっしょ?」
「そうっスよね。時期的に考えても、それ以外 考えられないっスねぇ」

 まぁ、本当のところは「呼び出された」のではなく「こちらから赴いた」のであるが。

 そう、魔法を異端認定されると面倒なことになるので、真っ先(各国の首脳陣の前)に話を持っていたのである。
 と言うか、各国の首脳陣が異端認定されるのを恐れて協力してくれない可能性も考えられたので最優先事項だった。
 もちろん、ヴァチカンだけでなく東方正教会や他教のトップにも話を付けに行ったのは言うまでも無いだろう。

 ところで、ヴァチカンでの話し合いは以下のようなものである(他教のトップ達との話し合いも似たようなものだ)。

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「――さて、腹の探り合いは この辺りでやめにして、そろそろ本題に移りましょうか?」

 持てる権力を総動員してローマ法王との会見に漕ぎ着けたアセナは、適当な雑談の後に本題を切り出した。
 時間が無い訳ではないが無駄にできる時間など無い法王もアセナの提案は有り難い。そのため、無言で続きを促す。

「最優先で『恩恵』を提供しますし、最優先で『移民』を受け入れます。ですから、魔法を擁護してください」
「……随分と単刀直入ですね。しかも、条件も最高のカードではないですか? それとも、まだ何かあるのですか?」
「いいえ、他には何もありません。ただ、『交渉』が決裂した場合は『魔法による洗脳も辞さない』だけですね」

 アセナは言葉と同時に周囲に隠れていた護衛達を『気当たり』だけで気絶させる。

 ナギやラカンなどの『化け物』級と比べれば遥かに格下であるアセナだが、それでも一般人からすれば雲の上の存在だ。
 いや、法王の護衛をやっているくらいなので一般人と言う表現は正確ではないが、アセナの基準からすると一般人レベルだ。
 まぁ、魔力や気のブーストがなければ立場は逆転するだろうが、魔力も気もあるのでアセナの有利は磐石のものである。

 言い換えるならば、気による圧力を掛けることだけで「魔法による洗脳も辞さない」ことを明確に意思表示したのだ。

「……なるほど。最高のカードを最初に切って最悪のジョーカーを後に持って来た訳ですか。面白い交渉ですねぇ」
「下手な小細工をしても簡単に見破られるでしょうからね。切れるカードを切りまくるしか手がないんですよ」
「果たして そうでしょうか? 利益で釣った後に脅しをチラつかせる……これも、充分に小細工ではないですか?」
「見解の相違ですよ。と言うか、この程度の小細工など貴方には小細工にも値しない些事に過ぎないでしょう?」

 法王と言う座に就いている。それだけで、政治的な手腕は卓越していることの証拠だろう。だから、アセナは一切 手を緩めない。

「ですから、電子精霊と言う魔法の産物によって電子機器も掌握していることも、小細工に値しませんよね?」
「……ええ、そうですね。魔法と言うものの圧倒的な利便性を示すためのデモンストレーション、なのでしょう?」
「その通りです。その気になれば、世界中の人間を洗脳することすら可能なのが魔法と言う技術なのですよ」
「…………わかりました。魔法は科学と同様に『神を理解するための手段の一つ』くらいの見解にして置きましょう」

 そもそも、法王に断る選択肢はない。手段を選ばなければ、いくらでも遣り様があることを示されているからだ。

 ここで断ろうものなら、魔法的に洗脳されるのが目に見えている。そのうえ電子機器も掌握されているので どうしようもない。
 それに、脅迫されたことを抜きにしても火星を開拓してくれるのは有り難いし、魔法と科学の融合進化の恩恵は実に美味しい。
 言い換えるならば、魔法を認めるだけで多大な利益が得られるのだ。デメリットもあるだろうが、圧倒的にメリットの方が強い。

 それがわかっているのだろう、アセナは白々しくも「ありがとうございます」と形だけの礼を口にするのだった。

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「相も変わらず腹黒いっスねぇ。って言うか、どの口で敬虔な信者とか言ってんスか?」

 アセナから掻い摘んだ説明をされた美空は、真っ当なツッコミを入れる。
 本当に敬虔な信者だったら、法王を脅すような真似をする訳がない。

「まぁ、法王や法王庁への敬意はないけど……少なくとも神を否定していないんだからいいでしょ?」
「いや、そんなことを真顔で言われても困るんスけど? 何で自分の考えに疑問を持たないんスか?」
「え? 無神論者以外は信者だろ? クリスマスと大晦日と初詣を楽しむ日本人の宗教観的に考えて」

 年末から年始に掛けて、キリスト教と仏教と神道のイベントを節操なくこなすのが日本人のクオリティだろう。

「いや、それは何かが決定的に違うと思うんスけど?」
「じゃあ、ココネは神の造りたもうた芸術だと思うから、とか?」
「はいはい、そうっスね。もういいから、黙りやがれ変態」

 そして、最終的にはココネ賛美に帰結するのがアセナのクオリティだろう。実に誇れないクオリティだ。

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 ところで、「結局、あの後はセセナ君には逢えませんでしたね」と妙にシャークティが落ち込んでいたので、
 いつもココネ(ついでに美空も)が お世話になっている御礼として、アセナは仕方なくセセナになったらしい。
 それっぽく言うと、サンタさんから――と言うか、トナカイさんからの ささやかなクリスマスプレゼントだ。

 御蔭でシャークティは100年くらい戦えそうなので、懺悔室に連れ込まれそうになったことは気にしないことにしたアセナだった。



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Part.05:これはヒドいと言うレベルを超えている


 時は過ぎて、12月25日(木)の早朝。

 目を覚ましたアセナは、何故か猛烈に痛む頭を抑えつつ鈍い頭をフル回転させて現状の把握に努める。
 と言うか、昨夜はシャンパンやらワインやらを暴飲した記憶が微かにあるので、頭痛の原因は二日酔いだろう。

(え~~と、つまり、酒は飲んでも飲まれるなって教訓が骨身に染みたってことでいいかな?)

 周囲を見渡すと、あられもない姿で(しかも床に雑魚寝で)寝息を立てている美少女達。
 何が どうなって『こう』なったのかは覚えていない(と言うか思い出したくない)が、
 恐らくは酒のせいでこうなったのだろう。むしろ、そう言うことにして置くのが賢明だ。

(って言うか、茶々緒や茶々丸も潰れているのは何故だろう? ガイノイドにアルコールって影響すんの?)

 フェイトやテオドラは純粋な人間とは言えないが、極めて人間に近い存在なのは間違いない。
 それ故に、二人が酒に酔うことは納得できる……が、茶々緒と茶々丸は微妙に納得できない。
 いや、超や葉加瀬のマッドっぷりを考えると、アルコールに酔える機能を搭載した可能性もあるが。

(いや、そもそも、そんなことを気にしている場合じゃないよね?)

 気にはなるが、気にしたところで どうしようもないので、ここはスルーして置くべきだろう。
 それよりも、現状を『どうにか』することを考えるべきだ。現状を誰かに知られたら非常に不味いからだ。
 しかも、その『誰か』と言うのが、第三者だけでなく惰眠を貪っている美少女達も含まれているのだ。

 何故なら、アセナも含めて全員が全裸もしくは半裸だったからだ。

(まぁ、さすがに この人数を一度に相手した訳が無いから、酒の勢いで『一線を越えた』訳はないだろうね。
 って言うか、そもそも酒の匂いしかしないし、諸々の体液とかの痕跡も見受けられないから、可能性はゼロだ。
 でも、誰もが こんな風に冷静に考えてくれる訳ではないから、現状を打破しないと かなり不味いね)

 アセナは冷静に現状を分析すると、茶々緒を起こして皆に服を着せるように頼む。

 その際、「お兄様……責任は取っていただけるんですよね?」とか茶々緒が言っていたらしいが、
 あきらかに真実を理解したうえでやっていたのでアセナは「気が向いたらね」と軽く流したらしい。
 それにちょっと不満そうな顔をした茶々緒だが、遊んでいる場合じゃないのは わかっているため、
 渋々と「御褒美はデートでいいですよ」とか言いながら皆に服を着せたのは言うまでも無いだろう。

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「…………ところで、どうして あんな状態になったの?」

 皆の着替えを終えた茶々緒に作ってもらった朝食を食べながら、アセナは思い出したように訊ねた。
 起きたばかりは状況打破を優先したが、今は落ち着いて来たので原因究明をする余裕が出て来たのだ。
 ちなみに、皆はそれぞれベッドに寝かし付けてある。服を着た状態なので遠慮なくアセナが運んだらしい。

「過去ログを検索する限りでは……酔った木乃香さんが皆様を脱がしたのが直接的な原因かと思われます」

 正確には、酔ったエヴァが脱ぎ始めたので、それに対抗したネギやらフェイトやらが脱ぎ出し、
 それを見た木乃香が「なら皆で脱げばええやん!!」と言う訳のわからない結論を出したらしい。
 ちなみに、その時にはアセナは夢の中にいた。エヴァが脱ぎ出した段階で気絶させられていたのだ。

 ところで、アセナを気絶させた犯人は刹那であったのだが……それは、以外なのか順当なのか、判断が難しいところだろう。

「そう。なら、今後は このちゃんに お酒を飲ませないように努力するよ」
「と言うか、木乃香さんに限らず皆様の『気遣い』なのではないでしょうか?」
「裸体を見せるのが気遣い? ……確かに嬉しかったけど、何か違くない?」

 嬉しいことは嬉しいが、同時に困ったのも事実だ。それ故、サービスならば もっと違う方面で発揮して欲しいのがアセナの本音だ。

「って言うか、そもそも皆に気遣ってもらう理由が無いんだけど? 公私ともに頗る順調だから、オレは何も問題ないよ?」
「……気付いて いらっしゃらないのですか? 魔法世界も地球も味方に付けたのに、お兄様は気を張ったままですよ?」
「そりゃあ、まだ麻帆良の都市再編が終わってないし、データはあっても研究そのものは続けなきゃいけないから仕方ないだろ?」

 既に未来からデータは届いているが、それはあくまでも結果を先取りしたに過ぎない。つまり、結果を作る努力は継続しなければならないのだ。

「そうですね。それに、テラフォーミングも残っていますし、テラフォーミング後には本命の民族大移動が残っていますね」
「なら、オレが気を抜けないのも わかっているだろ? ここまで来たんだから、最後の最後まで油断しちゃいけないって」
「確かに仰る通りです。お兄様には まだ『やるべきこと』が残っており、下手に気を抜けないのも よく理解しております」

 アセナの言う通り、ほとんど問題が解決したのにアセナが気を張っているのは、詰めを甘くしないため だろう。それは一理あることだ。

「――ですが、大移動が終わった後は、造物主との約定を果たすために『理想郷』の作成に従事するのでしょう?
 いえ、その前に、大移動が完了して生活が軌道に乗ったら、今度は地球からの移民も受け入れるんでしたね。
 まるで、気を休めることを拒んでいるかのように『やるべきこと』を自ら引き受けているように見えますよ?」

 だが、茶々緒の言う通り、アセナには何処か「自ら厄介事を背負い込もうとしている」ようにしか見えないのだ。

「い、いや、そんなことは――」
「――ない、と言い切れますか?」
「………………………………」

 アセナは否定しようとするが、茶々緒の真剣な瞳に射抜かれ、思わず口をつぐんだまま何も言えなくなる。

 そう、アセナ自身もわかっているのだ。仕事に逃げようとしていることなど、態々 言われるまでも無く。
 思えば、テオドラとの婚約の説明の時も そうだった。無意識だったが、木乃香の指摘通り、仕事に逃げていた。
 だが、そこまで自覚していても、アセナは『あと一歩』が踏み出せない。踏み出す踏ん切りが付かないのだ。

「そんなに、いいんちょさんと向き合うのが――いえ、いいんちょさんに拒絶されるのが怖いんですか?」

 無言のまま固まる場を打ち破ったのは、ネギの正鵠を得過ぎた一言だった。どうやら暫く様子を窺っていたようで、目覚めたばかりには見えない。
 ネギは静かだが確りした足取りで二人の間に歩み寄ると、茶々緒に「後はボクが引き継ぎます」と言いたげな目配せをして席を譲ってもらう。
 席を立った茶々緒はネギに無言で礼をすると「そろそろ皆様が起き出す時間でしょうから、朝食の用意に取り掛かります」と、その場を後にする。

 後に残されたのは、複雑な表情でネギを見るアセナと そんなアセナに穏やかな笑みを向けるネギだけだった。

「……だけど、コノカさんには学園祭の時に『問題が解決したら向き合う』って言ったんですよね?」
「い、いや、それは――って、そう言えば、何で そのことを知ってるのさ? 木乃香から聞いたの?」
「いいえ。その時の一部始終(の盗撮記録)を この前チャチャオさんに見せてもらったからです」
「えぇええ!! ストーキングしてたのは知ってたけど、記録までしていたとは思わなかったよ?!」
「更に言うなら、既に そのデータはコノカさん経由で いいんちょさんに渡してあるそうですよ?」
「ぬぉおおい!! 何を勝手にやっちゃってくれてんの!? さすがにシャレじゃ済まされないよ?!」
「そうでしょうね。と言うか、チャチャオさんもシャレのつもりでやった訳がないと思いますけど?」

 プライバシーの侵害を非難するアセナに、ネギは何処までも冷静に「ナギさんのためなんですTよ?」と言わんばかりに語る。

 もちろん、アセナとて一連の出来事がアセナを弄るためのものではない――むしろ、アセナのためのものであることなどわかっている。
 わかってはいるが、自分の与り知らないところで木乃香にしか吐露していないと思っていた本音が方々に流れていたことは納得できない。
 まぁ、納得できなくても現状は変わらないので、納得するしかないのもわかっているため結局は思考を本題に切り替えるしかないが。

「………………つまり、いい加減に あやかと向き合えってことかな?」

 短くも長くも無い沈黙の後、アセナは搾り出すように疑問を口にする。もちろん、疑問の形はしているものの実際は形式的な確認である。
 その証拠にネギは「そう受け取って頂いて構いません」と言わんばかりに頷いた後「ちなみに、全員の総意ですよ?」と付け加えるだけだ。
 ところで、ネギは態々 言及していなかったが、この場合の全員に茶々丸は含まれない。何故なら、茶々丸にはフラグが立っていないからだ。

「……わかったよ。ここまで御膳立てしてもらっちゃ、向き合わない訳にはいかないよ」

 アセナは僅かな沈黙の後、あやかと向き合う決意を口にする。きっと、心は既に決まっており、『最後の一押し』が必要だったのだろう。
 まぁ、見方によっては自分を想ってくれる少女達に背中を押されての決意となるが……それでも、アセナが決意をしたことには変わりは無い。
 よく見ればアセナは笑みを浮かべていた。その笑みは、それまで隠そうとしても隠し切れていなかった陰りが消え去った、心からの笑顔だった。

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 一方、アセナとネギの話題の中心である あやかはと言うと……

(那岐さん――いえ、神蔵堂さんが魔法世界に行っていた時期と魔法が世界的に公表された時期を考えると、
 どう考えても、神蔵堂さんが魔法世界で成し遂げたこと と魔法の公表は深く関係しているのでしょう。
 単純に考えれば『魔法を公表するために意見調整をして来た』と言うことになるのでしょうが……
 それだけならば、神蔵堂さんが自身の犠牲を覚悟する必要はありません。他に『何か』をして来た筈です。
 と言うことは、神蔵堂さんが言う『問題』と言うのは まだ解決していない可能性が高いのでしょうね。
 つまり、まだ私と『向き合う』タイミングではない と言うことであり、まだ焦る必要はありません。
 風の噂では皇女殿と婚約なされたらしいですが、焦る必要はありません。きっと理由がある筈です。
 近衛さんとの婚約だって関係者を納得させたり私を遠ざけたりするためのブラフだったようですしね。
 むしろ、ここで先走って私から接触をしようものなら、神蔵堂さんの覚悟を踏み躙ったことになります。
 そんな恥知らずなことはできません。ただ待つのはツラいですが、ここは待たなければなりませんね)

 アセナの都合を慮り、逸る気持ちを抑えてアセナからの接触を待っていた。

 もちろん、微かには「再び決別を告げられたら……」と言う不安もある。面と向かって決別を告げられたのだから、当然だろう。
 だが、根底にはアセナへの信頼があるのは間違いない。冷静になって考えてみると、守るために遠ざけたようにしか思えないのだ。
 それ故に、あやかのできることはアセナの事情を調べて『問題』の進捗状況を想像し、アセナからの接触を信じて待つことだけだ。

『――でも、あやかと復縁することは無理だよ』

 この言葉を聞いた時、どれだけ深く悲しみ、そして どれだけ深く傷付いたことだろう。
 木乃香が自分との和解を勧めてくれたことがわかっただけに、そのショックは大きかった。
 実は、こんな言葉を聞かせた木乃香を「何て意地悪なんでしょう」と邪推したくらいだ。

『だって、復縁しちゃうと決別した意味がなくなっちゃうもん』

 この言葉を聞いた時、どれだけアセナの覚悟を痛ましく思い、そして どれだけ己を恥じたことだろう。
 二人が決別した時、あやかはアセナの言葉を字面通りにしか受け取らず、その真意を測ろうともしなかった。
 真意を測る余裕がないくらいショックが大きかったのだが、それでも受け入れてしまったことが悔やまれる。

『そもそも、オレは あやかが大切だから――あやかを巻き込みたくないから、あやかと決別したんだ』

 この言葉を聞いた時、どれだけ救われ、そして どれだけ喜んだことだろう。
 大切だからこそ遠ざける。つまり、決別し(遠ざけ)たのは守るためだったのだ。
 決別した事実は変わらないが、その理由が違うだけで事実がまったく違って見える。

『だから、オレが抱えている『問題』が解決するまでは、決別したままじゃないと意味がなくなっちゃうんだよ』

 この言葉を聞いた時、どれだけ『その時』を待ち遠しく思ったことだろう。
 その『問題』が何を指すのか、正確にはわからない。だから、解決する時期も不明だ。
 だが、解決すればアセナは決別を止める気でいる。それがわかっただけで充分なのだ。

 だから、あやかは今すぐにでもアセナの元へ行きたい気持ちを抑え、ただただ待ち続けるのだった…………


 


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オマケ:その頃のウェールズ


 舞台は変わって、イギリスはウェールズにある とある山間の村。

 そこには、魔法世界から帰還したナギと冬眠から覚めたアリカの姿があった。
 何でもネギに「いろいろと邪魔なので隠居してください」と言われたらしく、
 悠々自適な生活を送ってはいるが、何処と無く寂しそうな雰囲気を漂わせている。

 まぁ、アリカにはネギが時々 会いに来るので、アリカは そこまで寂しそうではないが。

「どうして……どうして、こうなったんだ…………」
「まぁ、いつかは和解できるじゃろ。気長に待つんじゃな」
「お前はいいよなぁ。普通に会話してもらえるんだろ?」
「親子としては微妙じゃが、御主よりはマシな対応じゃな」
「……そうか。でも、どうしてオレはダメなんだろうな?」
「話を聞く限り、恐らく『闇の福音』の件が原因じゃろうな」
「あ、あの、アリカ……さん? 少し、怖いんですけど?」
「フン!! 誰彼 構わずフラグを立てる御主の自業自得じゃ」
「えぇっ!? オレが悪いの?! ――あ、いえ、そうですね」
「……わかればいいのじゃ。この無自覚なフラグ建築士め」

 微妙にアリカのキャラが崩壊している気がするが、この夫婦は この夫婦で仲良くやっているらしい。

 ところで、実を言うと村には石化を解除された村人達もいる。描写はなかったが、村人達の問題も解決していたのだ。
 いや、正確にはアリカの冤罪が晴れたため村が狙われる理由がなくなり、結果として何も問題が残らなかったのだが。
 まぁ、文明から切り離された『孤島』で自給自足の生活を送っていた村人達が少し野生化したが……気にしてはいけない。

 今日も村の何処かでモヒカンになった村人が「ヒャッハー!!」とか雄叫びを上げている気がするが、きっと気のせいに違いない。


 


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後書き


 ここまでお読みくださってありがとうございます、カゲロウです。
 当初は軽く修正するつもりだったのですが、修正点が多かったので改訂と表記しました。


 今回は「地球での暗躍に見せ掛けてクリスマス話……と思わせて、あやかの話」の巻でした。

 と言うか、のどかと夕映が復活したことも重要ですね。まぁ、密かにアリカも復活してますけど。
 あ、いえ、別にアリカが嫌いな訳ではありませんよ? ただ、ネギがアレなので こうなったのです。
 敢えて言うならば、アリカは物語の犠牲になったのです(正確には、ネギの かも知れませんが)。

 ところで、あやかの描写をしているうちにアセナのヘタレ具合が悲しくなりました。次話で挽回する予定です。

 ちなみに、当初はネギの役割は無くて すべて茶々緒にやらせる予定でいました。
 しかし、そうすると「あれ? ネギって要らないコ?」と言う状態になるので、
 慌てて予定を変更し、途中でネギにバトンタッチする流れに変えてみました。

 ネギは要らないコではありません。だって第二の主人公とも言えるメインキャラクターですからね。メインヒロインではありませんが。


 では、また次回でお会いしましょう。
 感想・ご意見・誤字脱字等のご指摘、お待ちしております。


 


                                                  初出:2012/01/27(以後 修正・改訂)



[10422] 第50話:風は未来に吹く【改訂版】
Name: カゲロウ◆73a2db64 ID:b259a192
Date: 2013/04/21 19:23
第50話:風は未来に吹く



Part.00:イントロダクション


 更に時は流れて、今日は2004年7月5日(月)。

 予定意通り、麻帆良は4月に研究学園都市となった。そして、三ヶ月が過ぎた。
 当初は多少の混乱が生じていたが、それも一段落して研究体制は充分に整った。
 と言うか、既に未来から研究データが届いており、テラフォーミングも始まっている。

 この調子でいけば、移住も含めて7年後には すべて終わることだろう。



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Part.01:進捗状況


 唐突だが、火星のテラフォーミングには幾つかの課題があり、その中でも最も大きな課題は『大気』の問題だ。

 大気組成が地球と異なることも大きな問題だが、それ以前に大気が希薄であることが重要な問題である。
 大気が薄いため熱を保持する作用が弱く、それ故に火星の表面温度は最高でも約20度と かなり寒い。
 つまり、火星のテラフォーミングには、大気をある程度 厚くして気温を上昇させる必要があるのだ。

 ここで視点を次の課題に向けよう。次に大きな課題となるのは、恐らく『水』の問題だろう。

 言うまでも無く、水は生命にとって重要な物質である。当然ながら、人間も その例外ではない。
 単純な飲料水だけでなく農業用水としても水は必要であり、水がなければ生活が儘ならない。
 しかも、火星には海が存在しないため、海水から水を得ることもできないので死活問題になり兼ねない。

 とは言え、水の問題は大気の問題と密接に絡んでいる とも言える。

 現在、火星の地下には永久凍土として水が埋もれている という説が有力であり、
 これが溶けて海ができれば、雲ができ雨が降り川も流れ、地球と よく似た惑星となり得る。
 そう、大気の問題が解決できれば副次的な効果として水の問題も解決できるのである。

 では、どうやって大気を厚くするのだろうか?

 その答えは単純で、温室効果のある気体を散布し大気と温度の両方向から攻める科学的な方法と、
 大気の薄さの原因である重力の少なさを重力魔法で根本的に解決する魔法的な方法の合わせ技だ。
 まぁ、科学的な方法も魔法で補強されるので、極論すると魔法で解決することになるのだが。

 さて、大きな二つの課題に目処が立った(ことにした)ところで、残る課題で大きなもの――『暦』を見てみよう。

 そもそも、火星の自転周期は ほぼ24時間であり、地球の自転周期と非常に近い。
 しかも、赤道の傾斜角が地球の傾斜角と近いため、春夏秋冬の四季も存在している。
 だが、公転周期は地球の1.8倍であるため火星基準で暦を作ると地球とズレるのだ。

 人間は水と食料があれば生きていくことはできるが、よりよく生きるには社会を営む必要がある。

 その社会において暦は重要な役割を担っていることは語るまでも無いだろう。
 地球と関わりを持たないのであれば火星基準の暦でも大した問題はないが、
 地球と関わるとしたら地球と暦がズレると円滑に社会が回らなくなるだろう。

 まぁ、火星を基準としたカレンダーと地球を基準としたカレンダーの二つを使うようにすればいいだけだが。

 だが、時間の方は なかなかうまくいかない。先程 火星の自転周期を ほぼ24時間と表記したが、
 正確には24時間39分35.244秒であり、火星でも1日を24時間としたら毎日40分近くズレていくのだ。
 対策としては1日を24時間と40分にして帳尻を合わせる予定ではあるが……少々 強引ではある。

 さすがに自転速度を操作するのは魔法でも科学でも無茶が過ぎるので、一番 面倒な課題かも知れない。

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「と言う訳で、現在は大気を調整している段階です。細かい理論については、研究者に お訊ねください」

 最後は研究者(専門家)に丸投げする形で、アセナは長い説明を締め括る。アセナは理系じゃないので、ツッコまれても対応できないからこその丸投げだ。
 ところで、現状を正確に表現すると、未来から送られて来た研究データ(『重力付加』と『大気生成』の術式)を基に大気を調整している状態になる。
 また、説明が遅れたが、アセナが進捗状況を説明していた相手は、大移住計画促進委員会と言う名称の元老院や帝国やアリアドネーなどの首脳陣である。

「……なるほど。では、大気の調整が終わったら次はどうする予定なのですか?」

 委員の一人がアセナに質問を投げ掛ける。言うまでも無いうが、理論の分野ではないのでアセナに質問したのである。
 と言うか、そもそも委員の大多数も細かい理論を理解する気は無い。要は「移住できるか否か」が知りたいのだ。
 政治家は研究者ではない。狭く深く知るよりも広く浅く知るべきなのだ。まぁ、政治に関する情報は詳細を知るべきだが。

「大気の調整が終わった段階で海も川も出来ている予定ですので、次は森林を作る予定でいます」

 そもそも火星の大気組成は、二酸化炭素が95%を占めており酸素は ほぼゼロに近い。
 言うまでも無く、酸素が無ければ温度の問題がクリアーしても ほとんどの生物は生活できない。
 まぁ、その対策も含めての『大気生成』なので、大気組成は地球に近づいていることだろう。

 だが、いつまでも魔法に頼っていては魔法世界の二の舞(魔力枯渇)となるのは明白だ。

 現状では重力の問題は『重力付加』に頼らざるを得ないが、将来的には科学でも賄う予定でいるし、
 大気の問題は、光合成によって二酸化炭素を酸素にしてくれる森林を用意することで対処する予定だ。
 ちなみに、森林を作る方法だが、現在『別荘』内で育てている『大森林』を植樹する予定である。
 もちろん、エヴァの『別荘』だけで火星全土を賄える訳が無いので、ネギに『別荘』を量産させたうえで だ。

「つまり、その段階まで来れば、最低限の環境は整うことになる訳ですな?」

 先程の委員とは別の委員が質問をして来る。まぁ、形だけの質問で、実際は確認だが。
 ところで、今更と言えば今更だが、魔法世界は火星をベースにした人造異界ではあるが、
 大気組成や重力などの環境は火星よりも地球に近い――いや、むしろ、地球そのものだ。
 火星をベースにはしたが、それは『土台』だけだ。つまり、地形しか似ていないのだ。

「まぁ、建物などを作らないと移住するのは厳しいでしょうが、最低限の生活が可能な環境は整いますね」

 確認されていることがわかっているアセナは、補足説明をしながら鷹揚に頷いて肯定する。
 ちなみに、ネギの村人達を『孤島』と言う自然環境があるだけの空間に放り込んだアセナだが、
 別に、村人達で「この程度の環境なら大丈夫かな?」と実験していた訳ではない。単なる偶然だ。

「では、一番 重要な問題――移住が可能となるまでに必要となる年月は如何程なのでしょうか?」

 そんな事情を知らない委員達はアセナの自信タップリな態度に安心し、今度は「間に合うか否か」を気にする。
 一応、大移住計画を発表した段階で、首脳陣には「10年以内に移住を可能とする」と言うことは伝えてある。
 だが、アセナの説明を聞けば聞くほど「本当に10年以内に移住まで間に合うのか?」と言う気分になったのだろう。

「あくまでも現時点での予測ですが……最低限の環境が整うまでに必要な期間は5年と見ています」

 重力付加は永続的に行う必要があるので術式を刻むことが必須なため、火星全土に刻む関係上 相当な時間が必要になる。
 また、大気生成は大気調整時にしか使わないのでネギ製魔法具だけで充分なのだが、規模が規模なので それなりの時間が掛かる。
 ここから気候が落ち着くまでの時間も欲しいし、比較的 早く終わるだろう植樹も木々が根付くまでの時間も欲しいところだ。

 よって、5年と言う期間を見積もったのだが、裏事情(未来からの援護射撃による研究時間の省略)を知らない委員達にとっては驚異的な速度だ。

「そして、一番の問題である移住までの必要期間ですが……そこから更に1年を見ています。
 建物自体は地球の某国で建造中ですから、環境が整い次第『転移』させていくだけです。
 むしろ、移住そのものに手間取りそうですよ。まぁ、それも1年あれば大丈夫でしょうが」

 しかも、移住も更に1年後には可能だと言うのだ。会場が「そんなに早く!?」とザワつくのも無理は無い。

 ザジ姉の情報では、2003年10月から最短で9年6ヶ月後――つまり、2013年の4月に崩壊する可能性があった。
 しかし、現在の予定では7年後――つまり、2011年の7月には移住も含めてテラフォーミングが終わる予定なのだ。
 もちろん、慎重なアセナが結論付けた試算なので、予め不測の事態も考慮しており時間は多めに取ってある。

「当初の予定では10年と言っていましたが……予定が早まる分には問題ないでしょう?」

 アセナは実に爽やかな笑顔を浮かべて説明を締め括ると、周囲を見回して質問が無いことを確認する。
 そして、にこやかに「では、予算は予定通りに捻出してくださいね?」と付け足して予算会議を終えるのだった。



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Part.02:最近の麻帆良


 研究学園都市としての麻帆良も軌道に乗ったため、段々とアセナは暇になりつつあった。

 先程のような会議も偶にはあるが、それも『スターチェンバー・システム』によって移動時間が限りなくゼロであるため、それほど手間ではない。
 ちなみに、スターチェンバー・システムとは、魔法によって作られた擬似空間(スターチェンバー)に遠隔地から一堂に介する機能のことである。
 人造異界に転移するのと大差はないが、スターチェンバー・システムは予め設定された場所からしかアクセスできない点で大きく異なっている。
 しかも、内側からロックすれば第三者の侵入を ほぼ完璧に防げるのである(バカ魔力を無駄に使って無理矢理 浸入することは可能ではあるが)。

 まぁ、そんなこんなで暇になったアセナがネギやフェイトの相手をさせられることが多くなったのは言うまでも無いだろう。

「ナギさーん♪ 美味しいパスタ屋さんを見付けたんで、ランチにでも一緒に行きませんか?」
「神蔵堂君。そんなことよりも、美味しいコーヒーを出す店を見付けたんだけど、どうかな?」
「……何この灰色、ウザいんだけど? 少しは空気を読んでくれないものかな? 邪魔過ぎ」
「これだから赤髪は困るよ。脳に行くべき血液が毛髪に回ってるから、そんなに赤いのかな?」
「ナニイッテンノ? 毛髪の色と血液が関係している訳ないじゃないか? 常識もないの?」
「やれやれ、皮肉で言ったのにマジレスしてくるとは……こんなに血の巡りが悪いと哀れだねぇ」
「フフフフフ……いいよ? そのケンカ、買ってあげるよ? 灰は灰に還るべきだからねぇ?」
「フン、それはこっちのセリフだよ。負け犬は負け犬らしく、這い蹲って吠えてればいいさ」

 二人の幼女に取り合いをされるリア充は爆発すべきだが、その幼女達がちょっとアレなので同情してもいいかも知れない。

 関係ないが、3月の卒業式を以ってネギの『見習い魔法使い』としての修行は終了しており、今では『一人前の魔法使い』となっている。
 では、何故 麻帆良にいるのか と言うと……修行ではなく業務として魔法具製作の研究をするためにいるのである(少なくとも表向きは)。
 また、フェイトも研究者として麻帆良にいる。原作でリライトの儀式を執り行っていたように大規模な儀式魔法の担い手として優秀だからだ。

「あらあら、まぁまぁ。二人には困ったものねぇ。ケンカするほど仲がいいんでしょうけど、周囲に被害を出さないで欲しいわ」

 そろそろ口喧嘩から武力衝突に移りそうな二人を嘆息交じりに見遣りながら、アセナが「そろそろ止めよう」と重い口を開こうとした瞬間、
 まるで見計らったかのようなタイミングでネカネが入室して来た(まぁ、見計らった『かのよう』ではなく、実際に見計らって入室したのだが)。
 ちなみに、言うまでなく、当然のようにノックはされていない。いつものことなので、今となってはアセナには「最早 気にするだけ無駄」だが。

 ところで、ウェールズにいる筈のネカネが麻帆良にいることに疑問を持たれるかも知れないが、実は それなりの理由がある。

 いや、「それなり」と言う表現は正しくないだろう。むしろ、「それでいいのか?」と言った方がシックリ来るくらいの理由だ。
 と言うのも、ネカネは「ネギの面倒をみる」と言う理由だけで麻帆良にいるからである。どう考えても大した理由ではない。
 放って置くと何をするかわからないネギにはストッパーが必要なので、アセナとしてはネカネの存在は有り難いことは有り難いが。

 まぁ、偶にネギを焚き付けているようにしか見えない時もあるので、プラマイゼロ(どころかマイナス)な気がしないでもないのは ここだけの秘密だが。

「って言うか、瀬流彦先生の貯蓄がゼロになった段階で(初めてラブホに行って)男だとバラすとか……貴方は鬼ですか?」
「あらあら、まぁまぁ。そうは仰いますけど、男だと認識したうえで求められたなら、その時は応じるつもりでしたわよ?」
「それはそれで微妙な気分はしますが……まぁ、一部には需要がありそうなので、ここはノーコメントにして置きます」
「あらあら、まぁまぁ。しかし、真相を知っていながら瀬流彦さんに何も伝えていなかった段階で神蔵堂さんも同罪ですよ?」
「い、いえ、別に『面白うそうだから』黙っていた訳じゃなく、他人が首を突っ込むべきではないと思ったんですよ?」
「あらあら、まぁまぁ、ウフフフ……貴方が そう仰るのでしたら、この場は そう言うことにして置いて、追求は止めましょう」

 言うまでも無いだろうが、例の如くネカネは男を騙して貢がせており、その犠牲者に瀬流彦もランクインしたらしい。

 ところで、口を開いていないので まったく目立っていないが、実はネカネと共にアーニャも入室している。
 アーニャは(ネカネと違って)「炎系魔法を火力発電に利用するための研究」と言う名目で麻帆良にいるのだが、
 研究に貢献できている訳ではないので(ネカネと同様に)ネギのストッパーとしての役割の方が強いらしい。

 ……何気なく流したが、麻帆良では「炎系魔法を応用して火力発電を行う研究」もされている。

 電気は雷系魔法で得られるが、それだけで充分な量を安定して供給できる訳ではないため、
 魔法で電気が供給されるようになったとしても即座に従来の発電方法が廃れることはないだろう。
 もちろん、それには安定供給の問題だけでなく、経済の問題が少なからず関係している。
 産油国は(火力発電に必要な石油の元となる)原油を輸出することで経済が成り立っているし、
 油田開発に莫大な資金を投資している投資家(と言う名の経済界の重鎮達)も多数いるため、
 さすがに「火力発電はやめるんで、そんなに原油は掘らなくていいです」なんて言えないのだ。
 以上の様な事情から、仮に研究の末に魔法で電気を安定供給できるようになったとしても、
 しばらくの間は「魔法による発電」と「科学による発電」を併用せざるを得ないのが現状なのだ。

 つまり、アーニャが研究に貢献していなくても、実は大した問題ではないのだ。

「……あによ? 何か文句でもある訳?」
「いや、キミは そのままでいいと思うよ?」
「何か そこはかとなくバカにされた気がするわ」
「いやいや、そんなつもりは全然ないよ」

 アセナに対して辛辣な物言いをするアーニャだが、ネカネ以上にネギを止めてくれるアーニャは非常に有り難い。

 まぁ、ネギを止めているのは「ネギをアセナの毒牙に掛けさせないため」であることはわかっているが、
 暴走気味なネギを止めてくれていることは変わりないためアセナはアーニャに密かに感謝している。
 だから、多少アーニャからの扱いが悪くてもアセナは特に気にしない。アーニャは そのままでいいのだ。

 さすがに公式の場で暴言を吐かれたら困るが、それなりにTPOはわきまえているので その点も問題ないし。

 ところで、今更だが、今 彼等がいるのは学園エリアと研究エリアの中間に建てられた管理棟にあるアセナの執務室である。
 と言うのも、現在のアセナの立場はクルト(麻帆良特別自治区長)の私設秘書であるため、執務室を所有しているのだ。
 もちろん、アセナは学校には通っていない。中学は どうにか卒業したが、高校に行っている時間は無いのでパスしたのだ。

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「……やれやれ、ここは いつも騒がしいな」

 エヴァがウンザリと言った態度で入室して来る。ちなみに、影のゲートを使った『転移』で、である。
 言うまでも無いが、アセナの執務室には侵入者対策のために強固な『転移妨害』が施されている。
 だが、警備上の問題(緊急時の対応など)でエヴァの『転移』は妨害されないようになっているだけだ。
 まぁ、一度も警備上の問題で『転移』して来たことはないが(すべて私用である、しかも連絡なしの)。

「それはそうと、エヴァはいい加減に働いたら? やって欲しい研究が腐る程あるんだけど?」

 実は『登校地獄』が解けたことで登校が不要になったエヴァは中学を無事に卒業でき、卒業後はニートになっていた。
 いや、一応は関東魔法協会の『相談役』と言うポジションに就いてはいるのだが……実質的にニートと変わらないのだ。
 そして、ニート生活は暇なのか、いまだに47話で回想した例のネタを使って、いろいろと『おねだり』していたりする。
 まぁ、『おねだり』とは言っても「ちょっと買い物に付き合え」くらいの軽い要望でしかしないので可愛いものだが。
 基本的に支払いはエヴァなので、遠回しに奢りを強制して来る木乃香とかよりはマシなのだ(木乃香とかが酷いだけ?)。

「まぁ、確かに このままダラダラしているのはよくないな……」

 エヴァも思うところがあるのか、思案するかの様に言葉を区切る。だが、すぐさま「だが断る (キリッ 」と前言を撤回する。
 しかも、「何故なら、働いたら負けかな と思ってるからだ!!」と無い胸を張って とんでもない理由を豪語して来る始末だ。
 アセナが「いや、(キリッ じゃないから。って言うか、そんなことを豪語すんな!!」とツッコんだのは言うまでもないだろう。

 ちなみに、エヴァに同行して来た茶々丸が そんなエヴァの姿を保存するのに一生懸命であることも言うまでもないだろう。

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「そう言えば、昼はどうするんだ? 小娘達と摂るのか?」

 働け働かない と言う不毛な争いに伝家の宝刀(「思い出すぞ?」)で勝利したエヴァは、チラリと部屋の片隅に視線を送る。
 アセナの執務室は騒動が起こりやすいので、それなりの強度がある。だが、さすがにチート幼女二人の戦闘には耐えられない。
 そのため、ネギとフェイトは部屋に常備してある『孤島』に放り込んでいる。今頃、ドローと言う決着に落ち着いているだろう。

 ちなみに、ネカネもアーニャも観戦(と言う名のヒートアップし過ぎた場合のストッパー)のために『孤島』に移っている。

「いや、先約があるから、そっちと摂るよ」
「ほほぉう? 近衛 木乃香と桜咲 刹那か?」
「いや、そうじゃないから、相手は男だから」

 だから不機嫌になるな と暗に伝えるアセナ。ちなみに、ブラフではない。ランチは瀬流彦と摂る予定なのだ。

 ところで、エヴァの言葉に出て来た木乃香・刹那だが、中学を卒業した後は麻帆良学園高等部に進学している。
 刹那の成績を考えると留年の心配が僅かにあるが、それを危惧した木乃香による個人レッスンで回避できそうだ。
 まぁ、言うまでもないだろうが、個人レッスンと言う響きに少し期待したくなるが、それは ただの幻想である。

 具体的に言うと、勉強後の刹那が某パンチドランカーのように真っ白に燃え尽きたくらいにスパルタな個人レッスンなのだ。

「せっちゃんと一緒に卒業したいから、ウチは心を鬼にして教えとるんやえ?」
「そう言いつつも楽しそうにスパルタするのが、このちゃんのクオリティだよねぇ」
「まぁ、せっちゃんとしては なぎやんに教わりたかったんやろうけどな?」
「そうなの、せっちゃん? それなら『別荘』でカンヅメするのも辞さないよ?」
「いえ、辞してください。いや、本当に。那岐さんのスパルタはマジ勘弁です」
「あれ? オレって このちゃん以上にスパルタなの? オレの方が緩くない?」
「那岐さんは数字と言う呪文を駆使するので私の脳味噌がパーンしちゃいます……」
「いや、微妙に意味がわからないけど……まぁ、言いたいことはわかったよ、うん」

 どうやら刹那は未だにアセナから受けたトラウマ(5話参照)が抜けないようであった。

 単純な厳しさで言えば木乃香の方が上っぽいが、内容のツラさが加味されてアセナに軍配が上がったようだ。
 まぁ、それだけ刹那が数学を苦手としており、アセナの教え方が『できる者』の教え方だったのだろう。
 よく言われるように、数学が『できる者』には数学が『できない者』の気持ちが理解できないのである。
 むしろ「何で わからないのかがわからない」と言うレベルであることが多いくらいだ。現実は無情なのだ。

 さて、これは完全な余談となるが……トラウマついでにアセナと詠春とのOHANASHIについても語って置こう。

「那岐君――いや、アセナ君と呼ぶべきかな? まぁ、とにかく……ちょっとばかり『剣の錆』にならないかい?」
「本っ当に すみませんでしたぁああ!! って言うか、錆自体は ちょっとでもオレの被害って甚大じゃないですか!?」
「ハッハッハッハッハ……謝って済むなら、この世界から戦争はなくなるんだよ? だから、神妙にしようね?」
「笑顔が怖い!! しかも、錆云々は鮮やかにスルーしてるし!! このちゃんの父親であることがよくわかる反応だ!!」
「…………まぁ、冗談はこのくらいにして、事情は木乃香から聞いていますので、今回『だけ』は見逃しましょう」

 つまり、次はない と言うことだ。と言うか、目がマジだ。あきらかに、ヤると言ったらヤる凄みがある目だ。

「で、でも、政治的な都合で今後も第三婦人とか第四婦人とかが増える可能性が大いにあるんですけど?」
「……アセナ君、勘違いしてはいけませんよ? 私が問題にしているのは、何の断りも無かったことです」
「な、なるほど。と言うか、今回の件はオレ自身も何も聞いてないうちに決まっていたんですけど?」
「ですから、今回だけは許す と言ったんですよ。もう大丈夫でしょうが、今後は気を付けてくださいね?」
「はい、謹んで気を付けますです。と言うか、冗談抜きで、腹心に裏切られるのは もう懲り懲りですよ」

 現在、第一婦人はテオドラで第二夫人が木乃香となることは確定している と言ってもいい状態だ。

 言うまでも無く、テオドラは帝国との繋がりを、木乃香は関西呪術協会との繋がりを強固にする。
 だが、裏を返せば、アリアドネーやメガロメセンブリアとの繋がりは薄くなる とも言えるため、
 今後はアリアドネーやメガロメセンブリアが婚姻関係を捻じ込んで来る可能性もゼロではない。
 中立を尊び研究に喜びを見出すアリアドネーとて立場が弱くなることを危惧しない訳ではないし、
 アリアドネーが動いたらメガロメセンブリアも動く――ネギを自陣に組み込んで祭り上げてくるだろう。
 政治とは そう言うものだし、政治を考えない者ばかりでは国家や組織は運営できないのが現実だ。

 46話でエミリィをセラスが紹介して来たことを考えると、何故か詰んでいる気がしてならないアセナだった。



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Part.03:魔法関係者達の今


「ああ、そう言えば……ネカネさんの話では、男だと認識したうえで求めるなら応じるつもりだったらしいですよ?」

 エヴァとの話を適当なところで切り上げたアセナは、瀬流彦の執務室にてランチを摂りつつ瀬流彦を慰めていた。
 関東魔法協会の理事となった瀬流彦も管理棟内に執務室を与えられているのだ(立場上、アセナより規模は劣るが)。
 それなのにアセナが瀬流彦の執務室に足を運ぶ形となったのは、瀬流彦とネカネのエンカウトを避けたからである。
 ネカネに騙されて女性不信(ネカネは女性ではないが)に陥った瀬流彦を慰めるためのランチなのだから当然だろう。
 ちなみに、ランチの内容だが、管理棟の職員が愛用している仕出し弁当(味噌汁付きの500円の日替わり弁当)である。

「これは私見ですけど……ネカネさんはバイセクシャルを公言していますが、それはポーズで実際は男性が好きなんだと思います」

 ネカネの天然を装った人工ボケなキャラで誤魔化されていたが、趣味で女装している と言うのも妙な話だ。
 いや、容姿で男を騙して貢がせるため とか、可愛い女の子に警戒されずに近付けるため とか言われれば、
 まぁ、それはそれで意味があるので諦観に近い納得はできるのだが……それでも、妙な違和感が残るのだ。

 まるで、実は男だと理解されたうえで女性として男性に愛されたい と無言で主張しているように感じるのである。

 魔法を使えば性別を変えることはできる。だが、性別を変えたことを隠したままでいるのは何かが違う気がする。
 だから、ネカネは気に入った男には自身が男であることをバラす。そのうえで愛してくれ と無言で訴えている。
 いろいろと余裕の出て来たアセナには そう思えてならないし、最近のネカネが少し寂しそうに見えて仕方ない。

 それ故に、御節介だと思いつつもアセナは瀬流彦の背中を押すことを躊躇しない。

「ネカネさんを男性だと理解したうえで、ネカネさんを女性として愛せるなら……二人は幸せになれると思いますよ?
 って言うか、瀬流彦先生がネカネさんに好意を寄せたのは女性だからですか? それとも、ネカネさんだからですか?
 そりゃあ外見はそれなりに大切だと思いますよ? ですが、最終的に大切なものって中身の方なんじゃないですか?」

 アセナは自身でも「オレって何様だろう?」とは思うが、それでも畳み掛けるように言葉を連ねた。

「……そうだね、言われてみれば その通りだ。最初は外見に釣られたけど、最終的には中身に惚れ込んでいたんだった。
 考えてみれば、今まで付き合った女性は それなりにいたけど『一生を共に歩みたい』って思えたのは『彼女』だけだし。
 それに、あの時 彼女は震えていた。きっと、拒絶を恐れながらもボクなら受け入れると信じてくれてたんだろうね……」

 瀬流彦は独白しながら「ああ、ボクは大バカだ。彼女の表面しか見えていなかった」と己の至らなさに気が付く。

「オレが言えた立場ではないとは思います。ですが……嘆いていても過去は変えられません」
「まぁ、そうだね。変えられるのは未来で、未来を変える行動を起こせるのは現在だけだね」
「人間ですから、頭ではわかっていても行動に移せないこともあると思います。ですが――」
「――いや、皆まで言わなくてもいいよ。それでも、やらなきゃいけないことってあるよね?」

 人間は完璧ではない。だからこそ、多くの人間が誰かの助けを必要としているのだ。

「うん、決めた。もう手遅れかも知れないけど、彼女と話してみるよ」
「じゃあ、仕事はオレが代わりに進めて置きますので安心してください」
「ん? つまり、それは『今 直ぐに行って来い』ってことかな?」
「と言うか、そんな精神状態では仕事どころではないでしょう?」
「いや、まぁ、そう言われちゃうと何も言い返せないんだけど……」
「それに、善は急げ とか、思い立ったが吉日 とか言いますしねぇ」
「……そうだね。せっかくだから、ここは厚意に甘えて置こうかな?」

 瀬流彦の中で答えは既に出ていたのだろう。大して迷うことなく瀬流彦は答えを決めた。

 瀬流彦は軽く居住まいを正して席を立つと「ありがとう、神蔵堂君……」と言う言葉を残して、己の執務室を後にする。
 そんな瀬流彦の背中に(聞こえているかはわからないが)、アセナは「いえいえ、あやかの件の御礼ですよ」とだけ告げる。
 そして、扉が閉まったのを確認すると「とりあえず、大量に性別詐称薬を用意して置こう」とネギに連絡を入れるのだった。

 ……………………………………
 ………………………………………………
 …………………………………………………………

「なるほど。そう言った手口で瀬流彦を衆道に落とした と言うことか……」

 瀬流彦を送り出してから数時間後、アセナは報告と言う名の暇潰しに来た神多羅木を捕まえて仕事を手伝わせていた。
 そして、小休止のコーヒータイムの時に瀬流彦の代行をしている理由を説明したら、何故か謂れの無い評価を受けたのだった。
 いや、まぁ、完全に謂れがない訳ではないのだが、アセナとしては二人の幸せのためにやったので悪意などなかったのである。

「いえ、オレは普通に応援したんですよ? その証拠に性別詐称薬も大量に用意しましたし」

 結論から言うと……瀬流彦とネカネは見事に結ばれた。しかし、ネカネは女装したままで性別詐称薬で女性化した訳ではない。
 と言うか、ネカネは女性として男性に愛されたい訳ではなく、女性『役』として男性に愛されたいようだったのである。
 つまり、まぁ、『そう言うこと』だ。思わずアセナが「てへ♪ やっちゃった♪」と自虐に走ったのは言うまでも無いだろう。

 ところで、今更だが……瀬流彦は教師を辞め、理事に専念している(アセナが瀬流彦を先生と呼ぶのは癖のようなものだ)。

 そして、神多羅木も瀬流彦と同様に教師は辞めており、現在は魔法使いの仕事(麻帆良にいる魔法使い達の管理)に専念している。
 と言うか、教師と魔法使いの『二足の草鞋』のままだったら、いくら暇そうであっても仕事を手伝わせたりはしない。
 神多羅木に いろいろと思うところのあるアセナだが、それでも忙しい相手を扱き使うような真似はしないのがアセナなのである。

 ちなみに、瀬流彦が理事になったことの感想が「これで間接的に権力を使えるな」だった辺り、実に神多羅木らしいだろう。

「まぁ、傍目から見れば普通のカップルだから、特に問題は無いがな」
「そうですね。しかも、アレはアレで幸せそうですだし、大丈夫でしょう」
「そうだな。大事なのは本人達だな。外野が とやかく言うことじゃない」
「それに、今の麻帆良では同性同士の婚姻も可能になってますからねぇ」
「って言うか、間違った方向にしか権力を使わないのが お前だよなぁ」

 麻帆良はアジールなので、独自の法律が持てる。その中には「両者の合意さえあれば婚姻は誰とでも結べる」と言う法律もあるのだ。

 別に同性同士の結婚を積極的に認めている訳ではないが、かと言って否定的な立場を取っている訳でもない。
 それに、両者の合意さえあれば既に配偶者のある者であっても婚姻が可能である とも解釈ができるため、
 イスラーム法の一夫多妻制(夫1人につき妻は4人まで)よりも広い範囲で重婚が可能となってしまうのだ。
 アセナの事情を知る者からすると職権乱用だが、あくまでも「様々な種族の風習に配慮した結果」らしい。

「まぁ、神蔵堂君は神蔵堂君、と言うことですね」

 二人の遣り取りを傍観していた刀子がポツリと漏らす。実は、仕事を早く終わらせたるために神多羅木が刀子も巻き込んだのである。
 ちなみに、刀子も教師は辞めており、現在は魔法使いとしての仕事(と言うか、分類的には剣士とか退魔士なのだが)しかしていない。
 どうでもいいが、刀子は無事に再婚したらしい。魔法公開によって一般人の彼氏にも魔法関係を明かせることになったのが大きかったそうだ。
 やはり、両者の間に「話せない事情(しかも頻繁に姿を暗ます必要がある)」があるのと無いのとでは親密度に雲泥の差があるようだ。

「まぁまぁ、御二人とも……久し振りに顔を合わせたんですから、神蔵堂君の腹黒さは忘れて置きましょうよ」

 容赦の無い二人を宥めるように(だが、それでいて傷を抉るように)口を挟んだのは弐集院である。
 まぁ、言うまでもないだろうが、弐集院が この場にいるのも やはり神多羅木に巻き込まれたからだ。
 ちなみに、弐集院も教師を辞めて魔法使いの仕事(と言うか、魔法分野の研究者)に専念している。

 もともと電子精霊と言う「魔法と科学の融合物」を扱っていたので、研究者は弐集院の天職とも言える状況らしい。

 これは余談となるが……弐集院が担当しているフカヒレと宮元なのだが、実は高校に通いながら弐集院の研究を手伝っている。
 何でも「モニターの中に引き篭もっている嫁を解放してみせる!!」と明らかに間違った方向で研究意欲を燃やしているらしい。
 それを聞いたアセナが「是非とも頑張ってくれ」と軌道修正することなく むしろ研究を応援しているのは言うまでもないだろう。

 ところで、余談ついでに他の魔法関係者についても触れて置こう。

 ガンドルフィーニも教師としての顔は捨て、魔法使いの仕事(主に対魔法使いの警備員)に専念している。
 そして、その担当である高音・愛衣だが、高校・中学にそれぞれ通いながら警備の仕事を手伝っている状態だ。
 まぁ、高音・愛衣は今までと大差無いが、元々 実地訓練のためにやっていたので変わらなくて当然とも言える。

 さて、気になるシャークティだが……実は麻帆良教会のシスターとして励んでいる。理由はセセ――いや、察して欲しい。

 で、彼女の担当である美空だが、元々ヤル気がないため学生をメインに置いており、魔法使いの修行は偶にしかしていない。
 当然、シャークティは そんな美空に不満はあるが、自分も魔法使いの方を疎かにしているので、何も文句は言えないらしい。
 まぁ、ココネがマジメに学生と見習い魔法使いを両立させているので、美空については我慢して置くべきかも知れない。
 いつかは美空も本気を出す時が来る筈なので、今は見守るべきだ。それが いつになるか はわからないが、必ず来るに違いない。

「…………しかし、こうして お世話になった先生方を見ていると、修学旅行のことを思い出しますねぇ」

 弐集院の言葉を軽くスルーして軽く意識を飛ばしていたアセナだったが、ふと思い出した様に呟く。
 思えば、こうして魔法先生達が一堂に会しているのを見るのは、中学の卒業式 以来かも知れない。
 教師を辞めたとは言え魔法関係者としては働いているので一人ずつならば遭遇率は割と高いのだが、
 いろいろと多忙を極めていたアセナが『三人を同時に』見るのは、極めて低い確率になるのである。

 まぁ、本来なら ここに瀬流彦も加えるべきなのだが、瀬流彦とは頻繁に会っているので今回は除外してもいいだろう。

「そうだな――と言いたいが、西とのイザコザで奔走したこと と お前のダミーが暴走したこと しか覚えていないな」
「そうですか。人がセンチメンタルな気分になっていたところを台無しにしていただき、本当に ありがとうございます」
「別に礼には及ばんよ。と言うか、礼を言うくらいなら謝礼を寄越せ。具体的には管理費に予算を増やすような感じで」
「皮肉で言ったことを理解したうえで謝礼を要求してくる厚かましさには脱帽です。思わず髭を剃りたくなるくらいですよ」
「その時が お前の頭髪の命日だぞ、と言って置こう。もちろん、バリカンで刈る温情などやらず、素手で毟るからな?」
「こっちは『剃る』のに『毟る』と言うカウンターをしちゃう神多羅木先生には過剰防衛と言う言葉を教えてあげたいですね」
「過剰防衛? 何を言っているんだ、お前は? オレが行うのは『バカへの仕置き』であり、言わば『指導』だぞ?」
「指導って……未だに教師のつもりですか? って言うか、それは制裁の域に達してるので、教師でも不味いですよ?」
「敢えて言うならば、教師じゃなくなったからこそPTAとか教育委員会とかを気にせずにいろいろできる、と言うことだな」
「なるほど、一理ありますね――って、ねーよ。教師でもないのに指導とかしたら、傷害罪とかになっちゃいますからね?」
「まだまだ甘いな、神蔵堂。そう言う時のための権力だろうが? 昔から面倒事は権力で揉み消すのが世の常だろう?」
「いえ、普通に違いますから。偶には そう言う場合もありますけど、基本的には権力は公明正大に使われるべきですから」

 まぁ、神多羅木とアセナがいる時点で湿っぽい話になる訳がないのは自明の理だろう。

 それでも、修学旅行は いろいろな方面で大きな転換となったため、アセナにとっては いい思い出であることは変わらない。
 修学旅行があったからこそアセナは魔法を真剣に考えるようになったし、木乃香と婚約を正式に結ぶことになった。
 また、赤道や瀬流彦と協力関係を結ぶようにもなったし、己の出自や失われた記憶を知る切欠にもなったのも確かだ。

 そして何よりも、超と手を結ぶ発端となったことが印象的だった。何故なら、その御蔭で超と学園祭で争わずに済んだのだから……

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「…………もう、行くのかい?」

 時は遡って、6月20日(日)。研究学園都市となっても麻帆良祭が行われ、その最終日。
 その日、超 鈴音は現代を去った。いや、正確には「現代から消え去った」と言うべきだろう。
 外伝その3で語られたように『歴史』通りにならなければ超と言う存在は生まれないからだ。

 そう、つまりは『歴史』になる可能性が完全になくなった、と言うことなのだろう。

「……そのつもりサ。どうやら私の本願は果たせタようだからネ。しかし、何故『わかタ』のカネ?」
「何となくさ。何となく、一人で行くつもりなんじゃかなって思ってたから、それとなく見張ってただけさ」
「ふぅん、そうカネ。いやはや、実にキミらしいネェ。特に、サラッとストーカー発言スルところとか、ネ」
「ん? ああ、なるほど。確かに『見張ってた』なんて言ったら、ストーカーと呼ばれても否定できないねぇ」
「動じないネェ。ところで話は戻ルが、私が一人で消えルつもりなのがわかってイルのに、何故に来タのカネ?」
「それはストーカーだからさ――ってのは冗談で、邪魔なら帰るけど……やっぱり、一人だと寂しいだろ?」
「…………そう、だネ。別れは苦手だから一人で逝クつもりだタ ガ、確かに一人は寂しいネ。否定できないヨ」

 紹介が遅れたが、ここは世界樹の地下にある祭壇だ。別に何処でもよかったのだが、超が誰にも見えないところを選んだ結果だ。

 そう、当初の予定では、超はアセナにも『消える姿』を見せるつもりは無かった。一人で消えるつもりだったのだ。
 だが、アセナは超のスパイロボを逆に利用して超を見張っていた。超一人で逝かせる気などアセナにはなかったのである。
 それはアセナの一方的なエゴだ。だが、超はアセナの見送りを拒まなかった。それは逆説的に肯定している証左だろう。

 ……超は未来を変えるために すべてを捨てて来た。そんな超が未来を見届けずに消えるのだから、その胸中は筆舌に尽くし難い。

 原作のように「未来を託すだけ」よりはマシだろうが、それでも自分の成し遂げた結果を見られずに消えるのは つらいことだろう。
 未来を変えれば――悲劇の回避に成功すれば、悲劇の産物である超は「変わった未来」を見届ける前に消えることはわかっていた。
 超はそれを承知の上で未来を変えるために来た。そして、それがわかっているからこそ、アセナは超を一人で逝かせたくなかったのだ。

 キミの御蔭で未来は大きく変わった、だから胸を張って逝くといい。そう言った意味を込めて、アセナは「何か伝言はないかな?」と訊ねる。

「じゃあ、ハカセに『未来技術や実験データの取り扱いは打ち合わせ通りにシテくれ』と伝えテくれないカナ?
 あと、サツキには『超包子のことを頼ム』と、そして、古には『また手合わせシヨウ』と、それぞれ伝えテ欲しイ。
 最後に、茶々丸と茶々緒に『お前達は既に自立した個体ダ、だから自分達の好きに生きればイイ』と伝えテくれ」

「……随分 多いね。でも、わかったよ。ちゃんと皆に伝えて置く」

 それは『遺言』ではない。あくまでも『伝言』だ。超は現世から消えるが、それで死ぬとは限らないからだ。
 本当に人が死ぬ時とは人に忘れられた時なのだから、超の意思が受け継がれる限り超は死なない。その筈だ。
 それ故に、アセナは『遺言』と言う表現は取らずに『伝言』と言う表現を取った。それがアセナの気遣いなのだ。

「そうカ。じゃあ、後は頼んだヨ、神蔵堂クン……」

 それに気付いていたのか、超は薄っすらと微笑みながら光の粒となって消えていく。
 そして、消えいく最後の最後、超は声に出さず「ありがとう」と言っていたように見えた。

 それはアセナの気のせいだったのか? それとも…………?

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 …………………………………………………………

(……まさか『こんなこと』になるとはネェ。さすがの私でも想定外だたヨ)

 舞台は変わって、とある時間軸の とある場所にて。超 鈴音は想定外の事態に茫然自失としていた。
 消えたと思ったのに消えいなかった と言うことも想定外と言えば想定外だが、原因はそれではない。
 過去(物語の現在)から現在(物語の未来)に戻されたことでもない。もっと別の事態が起こっていた。

(『黄昏の御子』としての記憶が戻った時の御先祖も『こんな感じ』だったのカナ?)

 そう、超が現在に戻った瞬間に、超の中で『もう一人の自分として』の記憶が『復活』したのだ。
 その記憶では、超は『リン・スプリングフィールド』であり、殺戮人形ではない ただの女の子である。
 アセナとネギの曾孫に当たり、魔法の才能は芳しくないが研究分野の才能に秀でている らしい。
 歴史が変わったことにより、超の存在が塗り変わったのか? それとも、元々『こう』だったのか?
 その答えは超には わからない。と言うか、そう言ったことに気を回せるほど今の超に余裕はない。

(『超 鈴音としての私』と『リン・スプリングフィールドとしての私』が交差して、記憶が錯綜しているヨ……)

 かつてのアセナが そうだったように、彼女の中でも二つの自分が鬩ぎ合っており、ともすると自分を見失いそうになっている。
 いや、正確に言うと『超 鈴音としての記憶』が『リン・スプリングフィールとしての記憶』に塗り潰されそうなのだ。
 殺戮人形である錫をベースにした超 鈴音よりも、幸せに生きたリン・スプリングフィールドでありたい と思ってしまったのだ。

 凄惨な記憶など捨て去り、このまま幸せな記憶に包まれたい……

 彼女が そう思ってしまうことを、一体 誰が責められるだろうか? 当然ながら、誰も責めることなどできやしない。
 人は安きに流れる。それは人の――いや、生物の性分だ。聖人君子でもない限り、人間は甘美な誘惑に勝てない。
 そして、彼女は聖人君子などではない。普通の人間だ。殺戮人形として生を受けたが、その精神は普通の人間なのだ。

(――だが、こんなことで折れるくらいなら、最初から悲劇を変えようなんてしなかったサ)

 しかし、彼女には『意地』があった。すべてを捨てて過去に遡り、その命を賭けて歴史の改変を志した『誇り』があったのだ。
 それ故に、彼女は『超 鈴音としての自分』を中心に置き、『リン・スプリングフィールドとしての自分』を傍らに置く。
 後から超 鈴音が割り込む形になったので少しリン・スプリングフィールドには悪いことをしたが、そこは割り切るしかない。

(それに、考えてみれば、超 鈴音がいなけれバ歴史が成り立たないしネ)

 確かに、殺戮人形である錫と言う存在が生まれないことは喜ぶべきことだろう。それは否定しない。
 だが、錫の記憶が――正確には、悲劇的な歴史に関する情報がなければ、彼女は過去に行かない。
 彼女が過去に行かなければ、超 鈴音と言う存在は過去に存在しなくなり、茶々丸も生まれない。
 そして、茶々丸が生まれなければ那岐が溺れることはなく、那岐は那岐のままでナギにはならない。
 そうなれば、外伝その3の通りに物事は進んでいき、ネギが暴走して悲劇を引き起こすことだろう。
 それでは意味がない。せっかく過去を変えたのに、これでは元に戻ってしまう。まさに徒労である。

(……さて、そうとなれば、アンニュイな気分に浸るのはやめて、為すべきことを為さなくてはならないネ)

 超 鈴音が過去に介入しなければ現在が崩れる。言い換えると、超 鈴音を過去に介入させなくてはならないのだ。
 それには3年前――過去に飛び立った時期の彼女へ『カシオペア』と『錫としての半生の書』を送る必要がある。
 もちろん「このまま何もしなければ、歴史が『こんなもの』になってしまうヨ?」と言うメッセージも忘れない。
 彼女ならば(たとえリン・スプリングフィールドであっても)それらを受け取っただけで超が思い描く行動を取るだろう。

 すなわち、錫の記憶を自分にインストールしたうえでプロテクトを掛けて(ついでにリンの記憶を封印して)過去に飛ぶ筈だ。

(そうすれば、超 鈴音が歴史に登場スルだろう。そして、過去を変えてヤルと意気込んで、奔走スルだろう。
 その過程で茶々丸を作り、茶々丸が原因で『神蔵堂 那岐』は『神蔵堂ナギ』になり、悲劇は回避されルのだろう。
 随分と他力本願ダガ……人が一人でできることなど高が知れてイルからネ、むしろ 誰かを頼ルべきなのサ)

 そう結論付けた超は会心の笑みを浮かべる。その笑みには、苦しみや悔しさなど何処にも見当たらなかった。

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「…………どうした、神蔵堂?」

 珍しく(本当に珍しく)神多羅木が気遣わしげに訊ねて来る。
 余程アセナが「心ここにあらず」と言う顔をしていたのだろう。

「何でもありませんよ。ええ、何でもありません……」

 アセナは薄く微笑みながら応える。それは、心配ないと言うアピールであり、深く触れることを拒むサインだ。
 それがわかった神多羅木は「そうか」とだけ答え、深くは詮索しない。今は、それが何よりも有り難い。
 アセナ自身は超が消えたことを割り切ったつもりでいたが、どうやら まだまだ割り切れていないようだ。

 ちなみに、対外的には超は帰国したことになっており、超が未来から来たことを知る者には未来に帰ったことになっている。

 葉加瀬やエヴァ辺りは真相に気付いている節はあるが、誰もアセナに確認はしない。いや、正確には確認をさせないのだ。
 超が一人で消えようとしたのは誰にも消失を悟らせないためだったのだから、誰かに事実を確認させる訳にはいかない。
 そう、超の消失を『知っている』のはアセナだけだ。誰も真実を知らないし、今後もアセナ以外が『知る』ことは無いだろう。
 そして、その超が実は消えてなどおらず、リン・スプリングフィールドとして未来で生きていることなどアセナも知らない。

「……ところで、お前の方は どうなんだ? 確か、皇女様とも婚約したんだよな?」

 少し重くなった空気を変えるためか、神多羅木 はあからさまに話題を変える。
 ちなみに「お前の方は」と訊いているのは、瀬流彦と対比しているのだろう。
 対比していいものかどうか怪しいが、まぁ、結婚と言うカテゴリーでは一緒だ。

「まぁ、順調ですね。ちょっとばかり日本に毒されて来てますが、順調ですよ」

 49話でも軽く触れたが、テオドラは麻帆良に住んでいる。もっと詳しく言うと、アセナと一緒に住んでいる。
 いや、別にキャッキャウフフな意味ではない。どちらかと言うと、アセナがストレスで死にそうな感じだ。
 と言うのも、アセナと住んでいるのはテオドラだけでなく、ネギ・ネカネ・アーニャ・茶々緒も一緒だからだ。
 しかも、ほぼ毎日エヴァ・茶々丸が泊まっていくし、週末は木乃香・刹那・のどか・夕映も泊まっていく始末だ。
 ちなみに、住居は『孤島』と同様の『ダイオラマ魔法球』で『邸宅』と言うものをアセナの執務室に常備してある。

 ところで、アセナの言葉からわかるかも知れないが、実を言うとテオドラはすっかり日本のサブカルチャーにハマっている。

「のぅ、アセナよ。このゲーム、どうしてもCG達成率が100%にならんのじゃが?」
「ん? ああ、それね。それは琴葉さんのバッドエンドも通れば100%になるよ」
「ほほぉう? 噂の『ヤンデレ女に後ろから刺されて死ぬエンド』じゃな?」
「はいはい、オレに その心配はないから、意味ありげにオレを見ないでね~~」
「……確か、フラグ建築士じゃったか? もう少し御主は自重すべきじゃと思うぞ?」
「大丈夫さ。フラグが立ったとしても回収する前にブチ壊せばいいんだからね」
「いや、御主は『壊そう思って行動した結果、何故か回収してしまうタイプ』じゃろ?」
「ハッハッハッハッハ!! 死亡フラグはブチ壊している筈だから、イイジャナイカ」
「まぁ、御主がよいならよいのじゃが……痴情の縺れで未亡人になるのはイヤじゃぞ?」
「オレだってイヤだよ。って言うか、そうならないためのハーレムエンドなんだけど?」
「またメタな発言をしおって……これだから自重すべきじゃ と言うておるんじゃぞ?」
「ちなみに、メタ発言って言うツッコミそのものも充分にメタだと思うのはオレだけかな?」
「た、確かにそうじゃな。じゃが、何故か御主に指摘されると妙にイラッと来るのぅ」
「きっと それがオレの人徳なんだろうね。もちろん、マイナスの意味での人徳だけどさ」

 うん、まぁ、サブカルチャーと言うか、正確にはエロゲにハマっているのだが(どうやらアセナのPCを弄っているうちに目覚めたらしい)。



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Part.04:忘れてはならない


「やぁ、ナギっち♪」

 仕事を終えて瀬流彦の執務室を後にしたアセナはブラブラと麻帆良を散歩していた。暇ではないのだが、気分転換をしたかったのだ。
 で、そんなアセナを呼び止めたのは(呼び方で おわかりだろうが)麻帆良学園高等部の制服に身を包んだ裕奈である。
 相変わらず胸は成長中のようで胸部のブレザーが窮屈そうである。入学当初に余裕を見て作ったらしいが……恐ろしい成長速度だ。

 ちなみに、帰って来た瀬流彦は妙に吹っ切れた顔をしていた(きっと うまくいったのだろうが、誰も深くは聞かなかったらしい)。

「やぁ、裕奈。相変わらず元気だねぇ」
「まぁね。やっぱ、元気は最強だからね」
「そうだねぇ。元気ったらサイキョーだよねぇ」
「何か微妙に違う気はするけど、そうだね」

 アセナの発言には深くツッコまない。実に賢明な判断だろう。

「ところで、また胸 大きくなったんじゃない?」
「何を普通にセクハラしてるのかね、キミは……」
「いや、だって、それだけ揺れてると見るでしょ?」
「いや、そこは見ても触れないのが常識でしょ?」
「いや、さすがに触れるのは我慢してるでしょ?」
「いや、そうじゃなくて、話題にするなってことよ」
「いや、わかってるよ? マジレスされても困るよ?」
「ああ、もう、ウザいなぁ、この男。死ねばいいのに」
「なら、冥土の土産にパフパフしてくれると嬉しいなぁ」
「だから、何を普通にセクハラしてるのかね、キミは」

 今更かも知れないが……亜子と『あんな別れ方(39話参照)』をしたのに、裕奈と普通に話しているのには それなりの訳がある。

 と言うのも、アセナが魔法関係に深く関わっていることが裕奈にバレたため、態と『あんな別れ方』をしたこともバレてしまったのだ。
 経緯としては、魔法が公表されたことで裕奈は両親を魔法使いと疑うようになり、ある日その疑惑を明石教授に突き付けたらしい。
 どうやら、子供の頃に母親から基礎魔法(火よ灯れ)を『おまじない』や『ごっこ遊び』感覚で教えられていたのを覚えていたようだ。

 で、その過程でアセナが魔法関係のVIPであることが露見し、今に至る訳だ(明石教授は娘相手だと意外とウッカリになるのである)。

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「ナギっち……ナギっちが亜子を振ったのって、木乃香と婚約したからじゃないんでしょ? 魔法が関係してるんでしょ?」

 時は遡り2003年11月初旬、アセナは裕奈に「大事な話がある」と呼び出しを受けていた。
 当然、のどかと夕映のことがあったため裕奈に呼び出された段階でアセナは覚悟をしていた。
 しかし、覚悟をしていたからと言ってアセナが自ら進んで己の事情を説明する訳ではない。

 危険を承知で来るのなら拒まないだけで、自ら追うことはない。そうでなくては、遠ざけた意味がない。

「ハッハッハッハッハ、何を言っているのかね? 意味がサッパリわからないよ?」
「……はぁ、やっぱり。って言うか、よく考れば、その可能性を考えるべきだったわね」
「いや、だから何を言っているのさ? オレは木乃香を選んだだけに過ぎないんだよ?」

 だから、白々しくもアセナは誤魔化す。決定的な言葉を聞くまで、受け入れる訳にはいかないのだ。

「それを理由にして亜子を危険から遠ざけたんでしょ? ナギっちの事情は聞いてんのよ?」
「……何処から仕入れた情報なのさ? まさか このちゃん や せっちゃん から聞いたの?」
「ううん、パパから聞いたの。ウチのパパ、お酒が入ると口が軽くなるタイプなのよね~~」

 裕奈から語られた衝撃の事実に、思わず「明石教授ェ……」と心の中で嘆いたアセナは悪くないだろう。

「って言うか、その言葉から察するに木乃香や桜咲さんも魔法関係者なんだ?」
「うん、まぁね。って言うか、よく せっちゃんでわかったね? エスパー?」
「……ナギっちが桜咲さんを『せっちゃん』って呼んでるのを覚えてただけよ」

 アセナにしては迂闊に情報を漏らしたように思われるだろうが、情報を得るために敢えて漏らしたのである。

 もちろん、海千山千の怪物達と渡り合ったアセナならば、ただの女子中学生である裕奈から情報を引き出すことなど容易い。
 しかし、裕奈のことを友人だと思っているため、アセナは一方的に情報を得ることを良しとしなかったのである。
 そう、アセナは木乃香と刹那のことを明かし、裕奈は情報源が明石教授であることを明かした形(つまり五分五分)になるのだ。

 ところで、刹那の話をしている裕奈が何故か不機嫌になっているのは……まぁ、触れるまでもないことだろう。

「なるほどぉ。いやはや、よく見てるもんだねぇ」
「べ、別にナギっちのことなんか見てないかんね?」
「? 女性はチェックが厳しいってことでしょ?」
「そ、そうだよ? 妙な勘違いしちゃダメだかんね?」

 裕奈は亜子を応援している。だから、アセナに特別な感情など持っていない筈なのだ。

「ところで、話を戻すけど……魔法が関係しているからこそ危険だってこと、わかってる?」
「……もちろん、わかってるよ。特にナギっちはVIPだから傍にいるだけで危険なんでしょ?」
「その通り。秘匿されていた頃よりはマシになったけど、それでも危険なことは変わらないんだ」

 繰り返しになるが、アセナの危険性は以前ほどではないが……それでも、まったくない訳ではないので、アセナは危険性への理解を確かめたのだ。

「ナギっちの傍は危険だってことはわかってるし、ナギっちが危険に巻き込みたくないってのもわかってる。
 でも、だからって亜子の意思を何も確認しないで勝手に決めていいことにはならないんじゃない?
 ……正直さ、私 怒ってるんだよね? 危険に巻き込みたくないのはわかるけど、やり方がヒドいよ。
 何で亜子が傷付くような方法を取ったのよ? ナギっちなら もっとうまい遣り方を思い付いた筈でしょ?
 つまり、亜子のことを考える余裕がなかったって訳? それとも、亜子は気を遣うまでもなかったって訳?
 まぁ、今更どっちでもいいけどね。どっちにしたって、ナギっちが亜子を傷付けたことは変わらないもん。
 だから、せめて亜子とキチンと向き合ってよ。危険云々を抜きにして、亜子と真剣に向き合ってあげてよ。
 そうじゃないと、亜子は前に進めない。極端な話、恋愛に対してトラウマ持っちゃうかも知れないんだよ?
 もちろん、ナギっちに そんな義務も義理もないのはわかってる。だけど、傷付けた責任はあると思うんだ。
 別に『責任を取れ』なんて言う気は無いよ? でも、最低限のフォローくらいはしてくれてもいいんじゃない?」

 だが、それも裕奈の独白に近い言葉で意味を成さなくなる。むしろ、アセナが目を背けていた部分を抉っているくらいだ。

 アセナとて他に遣り様はあったと思っていた。だが、あの時のアセナには あの方法しか思い付かなかったのだ。
 もちろん、余裕がなかったのが大きな原因だが……既に あやかを傷付けていたことも大きく関係していた。
 恐らくは無意識だろうが、あやかを傷付けた手前、傷付けずに他の女性と別れることができなかったのだろう。
 アセナは そこまで認識していなかったが、裕奈に指摘されたことで少しだけ本音が浮き彫りになったのである。

「…………そう、だね。確かにヒドい方法だったね。わかったよ、危険云々を抜きにして亜子と向き合ってみるよ」

 言うまでもないだろうが、別に責任云々は関係ない。アセナが亜子を「嫌いじゃない」から向き合うのだ。
 と言うか、そもそも どうでもいい相手ならば最初から危険に巻き込みたくないとすら思わないだろう。
 亜子が危険を承知でアセナの傍にいたい と言ってくれるのなら、アセナは受け入れるのではないだろうか?

 それを何処まで理解しているのかは不明だが、裕奈は「計 画 通 り」と言った笑みを隠すためにも後方を振り返る。

「そっか。じゃあ、そう言う訳で……後は頑張ってね、亜子!!」
「やっぱり、亜子だったのか。って言うことは、聞いてたってこと?」
「うん、最初から全部ね。御蔭で説明する手間が省けるっしょ?」
「いや、そんな どや顔で言われても……まぁ、手間は省けたけど」

 そう、裕奈の後方(の物陰)には亜子が隠れており、一部始終を聞いていたのである。ちなみに、アセナは誰かがいる とは把握していたようだ。

「ちょ、ゆーな!! ウチ、まだ心の準備が整ってへんよ!!」
「はいはい、御膳立てはしてあげたんだから文句 言わない」
「そ、それには感謝しとるけど……何で ちょっと不機嫌なん?」
「うっさい!! ツベコベ言ってないでサッサとしなさい!!」

 裕奈は亜子を応援すると決めている。それでも、気持ちを完全に吹っ切った訳ではない。つまり、そう言うことである。

 ……………………………………
 ………………………………………………
 …………………………………………………………

「あ~~、まぁ、さっきの話の通り、学園祭の時に『あんな別れ方』をしたのは、亜子を危険に巻き込まないためだったんだ。
 亜子のためって言うと聞こえはいいかも知れないけど、結局はオレのエゴでしかないんで、オレは責められて然るべきだと思う。
 だから、今更だけど言い直させて欲しい。『オレの傍にいると危険だから、オレから離れてくれないかな?』ってね」

 裕奈と別れた二人は、世界樹広場のステージに場所を移した。時間帯は違うが、あの時の焼き直しのためだ。

「ナギさん……それやと結局 危険云々の話になっとりますよ?」
「あ、そう言えば その通りだね。でも、大事なことでしょ?」
「そうは思いますけど、ウチはナギさんの本音が聞きたいんです」
「本音、ねぇ。まぁ、危険云々を抜きにすると そうなるよねぇ」

 しかし、亜子には不評だったようだ。既に事情はわかっているので、今更なのだろう。亜子は『まだ聞いていないこと』を求めて来る。

「……正直、オレは亜子のことが嫌いじゃない。どっちかって言うと好きに分類されると思う。
 オレが何でもない中学生だったならば、亜子と恋愛を楽しめたんじゃないかなって思えるくらいに。
 でも、残念ながらオレは普通の中学生じゃない。だから、オレは亜子とは付き合えないんだよ」

 アセナは誤魔化すことをやめ、正直に本音を告げる。有り得ない仮定が入るが、本音であることは変わらない。

「それに、さっきは言及してなかったけど、このちゃんと正式に婚約したって話は本当なんだ。
 しかも、テオドラ――魔法関係の皇族とも婚約したし、婚約者は これからも増える可能性がある。
 だから、危険も含めて『それでも構わない』って奇特な娘達とのハーレムエンドしかないんだよ」

 アセナは「オレなんて想う価値もない男だろ?」と言わんばかりに、自嘲的に締め括る。

 のどかや夕映の時に乙女心を侮っていたために結局は巻き込むことになってしまった。
 二人の気持ちは嬉しいが負担が増えたのも事実であるため、アセナに同じ轍を踏む気は無い。
 それ故に婚約者達のことやハーレムのことを前面に押し出して あきらめさせる予定なのだ。
 嘘吐きなアセナでも「嫌いだから」なんて言う嘘は吐けない。それ故の せめてもの抵抗だ。

「……じゃあ、それで ええです。いえ、それ『が』ええです」

 だが、やはりアセナは乙女心を侮っていた。いや、正確に言うと「覚悟した女性の強さ」を侮っていたのだろう。
 傾向として、男性は「体の浮気」を許さないが、女性は「心の浮気」を許さない。アセナも それはわかっていた。
 ただ、所詮それは傾向でしかないことを――女性が「心の浮気」も許す可能性があることを失念していたのだ。

 そう、手に入らないなら分け合うことも辞さない……そこまで覚悟する可能性を失念していたのだ。

「え? いや、そんなにアッサリと決めちゃっていいの?」
「ええ。実はウチも『分け合う』しかない思っとったんですよ」
「そ、そうなんだ。ちなみに、誰と分け合う予定だったの?」
「それは秘密です――と言いたいですけど、実は ゆーなです」
「へー、ゆーな かぁ。って、ゆーなぁあ!? 何故に ゆーな?!」
「……そんなん、ゆーなもナギさんに惚れとるからですよぉ」
「いや、それは有り得ないでしょ? だって、ゆーなだよ?」
「ゆーなだから、ですよ。ゆーなだから、隠しとったんです」
「あ、あ~~、なるほど。友情と恋愛の板挟みってヤツかぁ」
「そう言う訳です。だから、ゆーなにもフォローしてくださいね?」
「あ~~、うん、そうだね。ここまで来たらやるしかないよねぇ」
「あ、まき絵とアキラも その傾向があるんで、お願いしますね?」
「ハッハッハッハッハ……ドンと来い。でも これ以上は勘弁ね?」

 亜子の様子から説得をあきらめたアセナは、大人しく亜子(のハーレム入り)を受け入れた。

 それに、済し崩し的に裕奈・まき絵・アキラ(のハーレム入り)も受け入れたので、他の娘への説明が大変だろう。
 木乃香に笑顔で責められたり、刹那に汚物を見るような目で攻められたり、ネギやフェイトにOHANASHIされたり、
 テオドラに「やはりアセナじゃな」とあきらめられたり、エヴァから「思い出すだけじゃ足らんなぁ」と脅されたり、
 のどかと夕映に「いきなり4人も追加するなんて さすがですねー」と生暖かい視線で皮肉を言われたりするのだろう。

 と言うか、実際にされたので(自業自得なので同情の余地は無いが)少しくらいは同情してもいいかも知れない。

 ところで、後に経緯を聞いた裕奈が「亜子ぉおお!! 何してくれちゃってんのぉおお!?」とキレたのは言うまでもないだろう。
 だが、これでいろいろと我慢する必要がなくなったため「ま、まぁ、仕方ないかな」と簡単に怒りを収めたのも言うまでもないだろう。
 それを聞いた美空が「私もそろそろ『友達と言うスタンス』から脱却しなきゃっスかね?」とか思ったのも言うまでもないだろう。

 そして、後日 亜子の件で田中と拳で語り合った(もちろん、田中の気持ちを受け止めるためにアセナが手加減した)のも言うまでもないだろう。



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Part.05:地球と火星の架け橋


「お兄様、複数の国から移民についての問い合わせが届いておりますが如何いたしましょうか?」

 今更と言えば今更だが……実を言うと、茶々緒はアセナの秘書役をこなしている。
 まぁ、アセナはクルトの秘書であるため「秘書の秘書」となるが、これには理由がある。
 アセナは名目上の秘書でしかないため実質的な秘書として茶々緒が必要だったのだ。

「ん~~……『予定は未定だけど、できるだけ早まるように頑張る』って内容を『持って回った言い回し』で返事して置いて」

 49話で触れた様に火星は地球の難民を受け入れる予定だ。だが、受け入れるのは難民に限ったことではない。移民も受け入れる予定である。
 そのため、「(魔法世界から火星への移住後に)地球から火星への移民を受け入れる予定があること」を6月下旬に「移民計画」として発表した。
 各国には「10年後を目処に地球人も火星に受け入れる予定である」ことも伝えてあるので、恐らくは「もっと早くしろ」と言いたいのだろう。

 言うまでもないだろうが、地球からの移民用の場所には「環境も治安もよくて亜人種との接触が少ない場所」を用意している。

 魔法と火星(魔法世界)を公表したついでに亜人の存在も公表したし、僅かだが亜人を地球に招いて交流させている。
 表面上は友好的な態度で迎えられているが、本当に亜人が受け入れられている と妄想できる程アセナはめでたくない。
 人種による違いを感じる前にナギやラカンと言った『人外』を目にしているアセナには人種差別がイマイチわからない。
 だが、それでも人種差別は「深い溝にして高い壁」であることはわかっている。だから、摩擦は可能な限り減らしたいのだ。

「それはそうと……重力魔法の研究、お疲れ様です」

 茶々緒への指示を終えたアセナはティーカップをティーソーサーに戻した後、目の前で紅茶を楽しんでいる人物に声を掛ける。
 まぁ、回りくどい表現をしたが、アセナが話し掛けたのは(ローブの下から変態臭が止め処なく溢れている)アルビレオである。
 実はと言うと、アセナは執務室で仕事をしていたのではなくアルビレオの庭園で夕食前のティータイムを楽しんでいたのだ。

 そして、アセナのセリフから おわかりの通り、現在のアルビレオは重力付加の研究に協力してくれている。

 と言うか、重力魔法が関係している重大な案件にアルビレオが関わっていない訳がないだろう。
 何故ならアルビレオは重力魔法を得意としており、魔法世界存亡のために必死に研究していたからだ。
 むしろ、アルビレオと協力関係を結んでいたからこそ重力付加と言う解決策を思い付いたくらいだ。

「いえいえ、大したことではありませんよ。これはこれで楽しんでやっていますからね」

 実を言うと、アルビレオは『リライト』を応用して【完全なる世界】とは違う人造異界を作り、そこに魔法世界を移すつもりでいた。
 だが、アセナが火星をテラフォーミングして魔法世界を移住させる案を思い付いたためアルビレオは方針を転換したのである。
 言い方を変えれば「魔法世界を救うためにアセナを助けた」のだが、途中で「アセナが魔法世界を救うことになった」ことになるのだ。
 まぁ、経緯は変わったが、結果として魔法世界は救われるので『黄昏の御子』と言う『器』を助けたことは間違っていないだろう。

 ちなみに、重力付加の詳細だが……簡単に言うと「火星全土で儀式魔法を行って、火星全土に重力を加算する」と言うものである。

 そのため、術式そのものは単純(重力魔法の基本に近いもの)なのだが、火星全土を覆う必要があるので時間が掛かってしまうのだ。
 具体的には、地殻に術式を刻む感じだ(29話で使われた「予め登録して置いた魔法陣を自動で作成する魔法具」が大活躍している)。
 発動は火星の魔力で賄う予定だが、現在の火星には生物がいないため魔力がないので生物で溢れるまではアンドロメダで補う予定だ。

 余談だが、大気生成は(重力付加が永続的に必要であるのに対して)大気の調整が終わるまで でいいので、専用の魔法具で行っているようだ。

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「ところで、タカミチは こんなところで油を売っていていいの? って言うか、帰んなくていいの?」

 話は変わるが、アセナの言葉の通り ここにはタカミチもおり、紅茶を飲んでくつろいでいた。
 ちなみに、タカミチもコーヒー党で普段はコーヒーしか飲まないのだがアルビレオの紅茶は別らしい。

「いや、その、ほら、男同士の付き合いも必要だろう? って言うか、偶には羽を伸ばしてもよくない?」

 実は、タカミチは しずなと結婚した。アセナが中学を卒業をしたタイミングでプロポーズしたらしい。
 別にジューン・ブライドを狙った訳ではないが挙式は6月下旬に済んでおり、新婚旅行は夏休みになる予定だ。
 つまり、誰から見ても『新婚さん』なのだが……何故か、帰宅せずに こんなところでウダウダしていた。

「いやはや、タカミチ君も『結婚は人生の墓場である』ことを実感する年になったんですねぇ」

 タカミチの「羽を伸ばす」と言う表現から帰宅を拒んでいることを察したアルビレオが意味あり気にニヤニヤと笑みを浮かべる。
 新婚1ヶ月なのに帰宅を嫌がるほど家が居心地が悪いのであろうか? まぁ、恐らく、婿入りしたことと関係があるのだろう。
 タカミチが「姑ヤベェ」とか「孫を作れって強制されても……」とか虚ろな目で紅茶を飲み続けているのが答えかも知れない。

 そんなタカミチを見て「マスオさんは偉大なんだなぁ」とシミジミと思うアセナは何かが決定的に間違っている気がしてならない。

「ところで、『こんなところ』って言うのはヒドくないですか?」
「でも、ここには変態司書と変態紳士しかいないじゃないですか?」
「さりげに自分を変態紳士と自覚しているのがアセナ様ですねぇ」
「って言うか、いい加減に『アセナ様』は やめてくれません?」
「フフフ……お断りします。何故なら、その方が面白いからです」
「相変わらず捻じ曲がってますねぇ。ある意味で清々しいですよ」

 また、アルビレオはアルビレオで何かが決定的に間違っているのだろう。最早 修正不可能なレベルだ。

「ところで、お兄様? 私の存在を忘れていませんか? 私もいますよ?」
「ああ、茶々緒は変態淑女だったね。ごめんごめん、ウッカリしてたよ」
「……あれ? お兄様の私に対するイメージが妙にヒドくないですか?」
「いや、だって、洗濯前の下着を嗅いでるんでしょ? 普通に変態じゃない?」
「あれは淑女としての嗜みですよ? と言うか、他の皆様も習慣にしていますし」
「だから変態淑女なんだよ――って、今 聞き捨てならないこと言わなかった?」
「お兄様、世の中には あきらめるべきことがたくさんあると思うんです……」
「気が付かない間に嫁達が変態になっていたことは あきらめるべきことかな?」
「今更どうしようもないですよ。ですから、あきらめればいいと思います」
「ああ、うん、まぁ、そうだね。本当に『どうしようもない』って気分だよ」

 そして、茶々緒だけでなく他の娘も何かが決定的に間違っているようだ。アセナに同情してもいいかも知れない。

「ところで、ボクがスルーされている件、どう思います?」
「強く、生きてください。私には それしか言えません」
「…………そうですね。強く生きるしかありませんよね」

 うん、まぁ、軽く忘れられたタカミチは何も間違っていないので、タカミチには強く生きてもらいたいものだ。



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Part.06:一番大きな変化


 適当なところで話を切り上げてアルビレオの庭園を辞したアセナは、麻帆良市内の とあるレストランに向かった。

 知らない間に嫁達が変態淑女に進化していた……と言う驚愕の事実を知って少しブルーな気分になったアセナだったが、
 持ち前の切り替えの速さ(と言う名の棚上げスキル)で どうにか気分を持ち直し、現在は これからの予定に意識を傾けていた。
 もしかしたら嫁達の件は棚上げしてはいけないことかも知れないが、アセナにとっては これからの予定の方が大事なのだ。

 何故なら、これからの予定とは――つまり、これから一緒にディナーを楽しむ相手とは あやか だからである。

 そう、実はと言うと、亜子や裕奈達とだけでなく あやかともアセナは和解していたのである。
 当然のことだが、あやかと和解するのにスンナリいった訳がない。それ相応のイザコザは起こった。
 と言うか、半年近くも あやかを待ち続けさせたことを考えると和解できただけで上出来だろう。

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「……それで? 一体、何の用ですの?」

 それは、49話の続き――つまり、クリスマスの日ことだった。ネギ達に背を押されたアセナは その足で あやかの家に赴いた。
 突然の来訪だったので門前払いすらも覚悟していたアセナだったが、意外なことにスンナリとアセナは応接室に通された。
 だが、あやかの開口一番の言葉が上の言葉だったため、アセナは「やっぱり、あやかは怒ってるよねぇ」と気を引き締め直す。

 まぁ、実情は一日千秋な気持ちだったので、逢いに来てくれて嬉し過ぎるのを悟らせないためのポーカーフェイスなのだが。

「まずは突然 訊ねて来てゴメン。でも、どうしても会って話したかったんだ」
「……つまり、急に訊ねて来てまでしたい話がある、と言う訳ですわね?」
「うん。かなり重要な用件だからね、無作法だけど直接会って話したかったんだ」
「そう、ですか……それで、その話と言うのは、どの様な話なのでしょうか?」

 真剣な面持ちで「大事な話がある」と言うアセナに、否が応でも あやかの期待は高まって行く。それを表に出さないのは さすがと言えるだろう。

「既に このちゃん や せっちゃん から聞いているとは思うけど……実は、オレは魔法世界を救うために動いていたんだ。
 そして、そのためには『弱点と成り得る存在』は邪魔だった。だから あやか(や他の女のコ達)と距離を置いたんだ。
 でも、それも もう終わった――いや、正確には終わった訳じゃないけど、終わる見通しが付いたから終わったも同然だね」

「……なるほど。つまり、『やるべきこと』が終わったので私と向き合いに来た と言うことですわね?」

 ここまでは想定の範囲内だ。別に焦るような内容ではない。問題は『ここから先』だ。ここから どう話が展開するのか? それが重要だ。
 あやかの胸中は期待が9割を占めており、残りの1割を不安が蔓延っている。そのため声が上擦りそうになるが、必死に抑えて平静を装って応える。
 まぁ、木乃香達から情報提供されたことや例の会話を見せられたことを簡単に明かしてしまっているので、微妙に装い切れてはいないが。

 それでアセナも あやかの胸中がわかったのか、僅かに苦笑を漏らした後、「うん、そうなるね」と深くツッコむことはせずに軽い肯定だけをする。

「それでは、貴方は どんな風に私と『向き合い』に来たのですか?」
「まぁ、単刀直入に言うと……今更だとは思うけど、復縁したいんだ」
「…………はぁ。本当に単刀直入で、本当に今更なことですわねぇ」

 いや、本当に直球だった。もう少し別の言い方があるだろう と小一時間ほど問い詰めたいくらいに直球だった。

「それに、復縁と申されましても……そもそも私達は『単なる友達』でしかないのですよね?
 と言うことは、単なる友達と言う関係に戻りたい と言うことになりますわよね?
 それでしたら態々 対面して話していただかなくても、電話でも済んだでしょうに……」

 31話でアセナが あやかに決別を告げた際、アセナはハッキリと あやかに『単なる友達』だと述べている。

 それに対するフォローをせずにイキナリ核心部分に触れたアセナのミスだろう。
 イキナリ核心部分に触れるのは、相手の意表を突くと言う意味では効果的だが、
 逆に言うと、相手に粗を突かれて手痛い竹箆返しを喰らうこともある と言うことだ。

「……そうだね。言葉が悪かった。友達には戻らなくてもいいや。オレの望みは『結婚を前提に付き合って欲しい』ことだからね」

 だが、その程度のことで怯むアセナではない。アセナはアッサリと重要なことを語ることで更なる意表を突く。
 イキナリ核心に触れるのもアセナの常套手段だが、サラッと爆弾を投下するのもアセナの常套手段だろう。
 どちらも単純な話術だが、前者で感情を露にさせて後者でトドメを刺した形になったので実に効果的である。

 狙ってやったのかは定かではないが、どちらにしても あやかが大きく動揺したのは言うまでもないだろう。

「で、ですが、確か、近衛さんとは『結婚を前提とした関係』になられたのではないですか?
 それに、とある筋からの情報では、魔法の国の皇女様とも婚約されたそうですわよね?
 それなのに、私と『結婚を前提とした関係』になりたいと仰るとは……気は確かですか?」

 動揺していながらも畳み掛ける様に疑問を投げ掛ける あやか。いや、動揺しているからこそ、本音が混ざった問い掛けをしているのだろう。

 木乃香との婚約はブラフだと木乃香から聞いているし、テオドラとの婚約も何か事情があってのことだとは思っている。
 だが、それでも訊きたい。ブラフならブラフだとアセナの口から聞きたいし、事情があるなら その事情を話して欲しい。
 アセナのことを信じてはいるが――いや、信じているからこそ、安心させてもらいたい。そんな本音が垣間見えていた。

「うん。どっちも事実だし、正気で言ってるよ」

 しかし、アセナから返って来たのは肯定だった。しかも、迷いなど一切 見せない程の即答だった。
 てっきり「いや、あれには理由があってね?」とか説明が始まると思っていた あやかが驚くのは無理もない。
 だから「え? それは近衛さんや皇女様との婚約は破棄すると言うことですか?」と訊ねても無理はない。

「ううん、破棄しないよ。って言うか、みんなと結婚する予定だよ」

 しかし、アセナから返って来たのは否定だった。しかも「みんなと結婚する」とか言うオマケまで付いている。
 果たして、その『みんな』とは誰のことなのだろうか? 木乃香やテオドラや あやか のことなのだろうか?
 あまりの衝撃に あやかは素で「みんな?」と訊ね、それに対してアセナはアッサリと「うん、みんな」と肯定する。

「ええと、つまり、近衛さんと皇女様、そして私と結婚する……と言うことですか?」

「うん、そうなるかな? まぁ、状況次第では そこに何人か増えるかも知れないんだけどね。
 あ、更に言って置くと、それはあくまでも正式に結婚する相手であって愛人は含まれていないんだ。
 既に6人くらい愛人を抱えなきゃいけない状況で、しかも更に増える可能性が高いんだよねぇ」

 アセナは何でもないことの様に とんでもないことをサラッと述べる。

 言うまでもないだろうが、他に正式に結婚せざるを得ない相手とは、ネギとエミリィの二人のことである。
 そして、愛人として囲うのは、のどか・夕映・亜子・裕奈・まき絵・アキラの6人が確定しているのが現状だ。
 もちろん、そこに木乃香との関係で刹那が追加され、ネギとの関係でフェイトも追加されるのは言うまでもない。
 まぁ、この時点では、エヴァ・美空・ココネ・高音・愛衣・小春は除外されているが、それも時間の問題だろう。
 いろいろな意味で『どうしようもない』としか言えない状況だ。「どうしてこうなった?」と言いたいくらいだ。

 これには、さすがの あやかも思わず言葉を失って呆然とするのは無理もない。まぁ、次いでプルプルと肩を震わせ始めたが。

「ふ……」
「ふ?」
「不潔ですわ!!」

 叫ぶと同時に両手をテーブルに叩き付ける あやか。豪奢なテーブルがミシッと言ったのは気のせいに違いない。

「要するに側室を迎えたうえで妾を囲うと言うことですわよね!? 貴方は何処の王様ですか?!」
「まぁ、滅びてるし王様ではないけど……ウェスペルタティア王国の王族ではあるねぇ」
「そう言う意味ではありませんわ!! と言うか、明らかに わかっていて仰ってますわよね?!」
「うん、まぁ、わかってるね。でも、そう言う立場だからこそ社会的には許されるんだよね?」

 嫌な言い方だが、それが支配者の特権だろう。代わりに(と言っていいか は微妙だが)、被支配者のために私心を捨てているのだから認めざるを得ない。

「……つまり、後は当事者達が納得すれば何も問題はない、と仰りたい訳ですか?」
「まぁ、平たく言うとね。むしろ、他のコは納得してるから、後は あやか次第だね」
「で、では、私が『他の女性との結婚も妾も認めない』と言ったら、どうするのです?」
「まぁ、その時は仕方がないから、素直に諦めることにする――訳がないじゃないか?」

 以前のアセナなら ここで引いたかも知れない。いや、引かないまでも譲歩はしただろう。だが、今のアセナは決して引かない。

「恥ずかしながら、オレはここに来るのに女のコ達から背中を押してもらう必要があった。だからこそ、オレは簡単には引けない。
 そりゃあ、自分でも随分と虫がいいことを言っているとは思っているよ? だけど、それでも、あきらめるつもりはないんだ。
 あやかも このちゃんも せっちゃんも テオも のどかも 夕映も 運動部四人組も フェイトちゃんも ネギも……みんな、大事だからね」

「…………本当に、虫がいい話ですわねぇ。実に『我侭』ですわ」

 僅かな沈黙の後、あやかは溜息と共に言葉を吐き出した。そこには既に『怒り』などなく、残っているのは盛大な『呆れ』だった。
 しかし、その呆れは勝手なことを言うアセナへの呆れなのか? それとも、そんなアセナを許容してしまう己への呆れなのか?
 その答えは あやかにも わからない。ただ言えることは、態々『我侭』を強調することで31話の意趣返しを忘れなかったことだけだ。

「……そうだね。でも、嘘偽りのない気持ちだよ」

 意趣返しに気が付いたアセナは僅かに苦笑を見せた後、とても爽やかな笑顔を浮かべて本心で言ったことを認める。
 その内容がアレでなければ絵になる光景なのに、内容がアレなのでアレにしか見えないのがアセナのクオリティだろう。
 やたらとアレと言う表現が多くて非常にアレな感じがするのだが……それは『言わぬが花』と言うことで納得して欲しい。

 間違っても「最低なセリフをカッコ付けて言ってんじゃねぇよ、このハーレム野郎」などと言ってはいけない。

「…………はぁ。そこまで曇りのない笑顔で言われると、非難するのが馬鹿らしくなりますわねぇ」
「そうかな? でも、非難する気がなくなったってことは、認めてくれるってことでいいのかな?」
「認めるか諦めるかしか選択肢がないのでしょう? それなら、認めるのも吝かではありませんわ」

 文句はいろいろあるが、それは言っても始まらない。そう判断した あやかは、建設的な話に方向性をシフトする。

「ですが、私はまだ『重要な言葉』を聞いていません。それを聞くまでは答えられませんわよ?」
「重要な、言葉……? はて? 何か伝え忘れたことがあったっけ? 全部 伝えた筈だよ?」
「……はぁ、決まっていますでしょう? 貴方は『何故』私と結婚を前提に付き合いたいのですか?」

 それは、アセナの気持ち。他の女のコ達にも「嫌いじゃない」とか「大切だ」とかとしか表現していない、アセナの本音だ。

「え? そんなの決まっているじゃないか? あやかのことが世界で一番 好きだからだよ」
「――ッ!! て、照れもせずに よく言えますわね。まぁ、言い慣れている からでしょうが」
「ううん。面と向かって『好きだ』って言ったのは(前世以外では)あやかが初めてだよ?」

 だが、アセナはアッサリと本音を見せ、しかも あやかにしか語っていない とまで言う。あやかが驚愕で絶句するのも仕方がないだろう。

「まぁ、つまり、それだけ あやかのことが好きってことだよ」
「あ、貴方と言う人は………………本当に、卑怯ですわね」
「そうかもね? 自分でも ちょっと卑怯だとは自覚しているよ」

 あやかの言葉が「ズルいですわ」としか聞こえないアセナは笑って肯定する。言うまでも無く、その笑みは とても満ち足りていた。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「……今になって思うと、勢いに流された気がしないでもないですわねぇ」

 ディナーを摂りながら歓談に花を咲かせていると、ふと あやかが不機嫌そうに過去を持ち出す。
 アセナとしても意表を突いたり強引に押し通ったりした自覚はあるので、否定できない感想だ。

「まぁ、その件は忘れて置こうよ。大切なのは今じゃないか?」
「ちょっといいことを仰ってますけど、誤魔化してませんか?」
「誤魔化してないさ。それよりも……誕生日、おめでとう」

 あきらかに誤魔化しているが、ゴソゴソとポケットから誕生日のプレゼントを取り出すアセナに あやかは文句を言うのをあきらめる。

 アセナが取り出したのは小さな箱だ。まるで、指輪が入っていそうな形状の――と言うか、ぶっちゃけ、実際に中身は指輪なのだが。
 そう、祝うどころではなかった去年の分も含めて、アセナは指輪をプレゼントしたのだ。しかも、あやかの誕生石であるルビーを。
 その意味するところは、今まで口約束でしかなかった婚約を正式なものとするための、まぁ、つまり、所謂『婚約指輪』と言うものである。

「ちょっと気は早いかも知れないけど……婚約指輪ってことで受け取ってくれないかな?」

 アジールである麻帆良には日本の国内法を守る義務はない。そのため、年齢のことを気にせず婚姻を結ぶこと自体は可能だ。
 だが、だからと言って今の状況で あやかと結婚してもいいことは何もない。下手したら雪広家が解体する恐れがあるからだ。
 日本を通して干渉できないのなら、雪広家を通して干渉すればいいじゃないか? とか考えるバカがいないとも限らない。

 そのため、アセナは日本の法律に配慮しているように装いつつ、干渉をあきらめていない輩を警戒するために婚約に止めたのである。

「よろしいのですか? 私との婚約が公になれば、アリアドネーと元老院が黙っていませんわよ?」
「問題ないさ。って言うか、既にアリアドネーからの打診が『それとなく』来ているんだよねぇ」
「……なるほど。そうなると、元老院もネギさんを自陣の勢力に祭り上げたうえで押して来ますわね」
「そうなると、あやかとの婚約を表明できるのは そっちが落ち着いてからになっちゃうんだよねぇ」
「? 別に落ち着いてからでも問題ないのではないですか? 私は16歳になったばかりですわよ?」
「――だからこそ、だよ。日本の法律じゃ女性は16歳から結婚できてしまうんだ。男は18歳からなのにね」
「まぁ、確かにそうですわね。と言うか、その言い方ですと、私と直ぐに結婚したいように聞こえますわよ?」
「うん、正直、今 直ぐにでも結婚したい。でも、それができないから婚約で我慢しようとしてるんだよ」

 そう、本来なら結婚してしまいたいのだが、それができないので(譲歩として)婚約に止めたのである。

 あやか としては冗談で直ぐに結婚云々を言っただけなので、一瞬 何を言われたのか よくわからなかった。
 そのため、不覚にも「へ?」と目を点にして間抜け顔を晒してしまうのだが……アセナは気にしなかった。
 まぁ、シリアスモードだからなのもあるが、それ以上に燃え滾る怒りを我慢しているために気にならないのだ。

 ……アセナの手(指輪を取り出した手とは逆の手)にはクシャクシャに握り締められた書類があった。

「何をトチ狂ってくれたのか、あやかとの婚姻を申し込んで来たバカ――いや、どこぞの財閥の御曹司がいてね?
 敢えて名前は伏せて置くけど、その財閥は世界規模の財閥で雪広家じゃ逆らえるような存在じゃないんだよね。
 だから、親父さんも断るに断れなくて……日本の法律を言い訳にして答えを引き伸ばしていたんだって。
 だけど、今日で あやかは16歳。日本の法律を言い訳にできなくなったから、さぁ大変。引き伸ばす理由がない。
 親父さんは断腸の思いで あやかを嫁に出す決心をした――が、そんなことをオレが許す訳がないじゃないか?
 そんな訳で、相手の財閥にはオレと あやかが恋仲であることを伝えて『穏便』に諦めてもらったんだけどね?
 そうしたら何故か諦める代わりに『恩恵』を多めに寄越せ とか言って来たんで、ついついプチッと来ちゃったんだ。
 ……うん、まぁ、簡単に言うと、その財閥の後ろ暗い部分すべてを世界中に晒したうえで物理的に潰した訳だね。
 当然、各国の政府は この事態を重く受け止めたようでね、オレの関係者には手を出さない暗黙のルールができたんだ。
 で、今後この様な事態が起こらないようにするためにも『トットと関係者を確定してくれ』って打診されたんだよ。
 だから、今 直ぐにでも結婚したいんだけど、さすがにそれは無理があるので、今は婚約に止めて置こうと思うんだ」

 途中まではシリアスな内容だったのだが……段々と「お前 何やってんの?」と言いたくなる内容になり、あやかは思わず頭を抱えた。

「一体、貴方は何をしていらっしゃるんですか!? と言うか、バカじゃないですか?!」
「いや、それなりに反省はしているよ? まぁ、後悔はしていないけどね (キリッ 」
「いえ、 (キリッ じゃありませんから。後悔もしてください。そして、自重もしてください」
「だってさぁ、要するにアイツ等は あやかを利用したんだよ? 許せないじゃん?」
「……私が利用される原因は貴方であることを理解したうえで仰っているのですか?」
「うん、理解はしているよ? だけど、納得はしていないから、許せなかったんだよ」
「はぁ。貴方は常々『権力は私利私欲で使うものじゃない』と仰っているじゃないですか?」
「それはそれ、これはこれ さ。と言うか、最愛の女性を守るのは私利私欲じゃないって」
「いえ、充分に私利私欲です。まぁ、その気持ちは嬉しかった とだけ言って置きますが」

 言動は無茶苦茶だが、その動機そのものは嬉しかった あやかは、それ以上の説教は止めて置く。惚れた弱みと言うヤツだ。

「じゃあ、話は戻すけど……この婚約指輪、受け取ってくれないかな?」
「先程の話を聞いて、ここで受け取らない選択ができる訳ないでしょう?」
「まぁ、そうだろうね。でも、できれば建前は抜きにして受け取って欲しいな」
「…………本当に、貴方は卑怯ですわね。すべて お見通しなのでしょう?」
「さぁね? 予想はできるけど真実は不明さ。だから、聞かせて欲しいんだ」

 しかし、照れ隠しか あやかは「教えてあげませんわ」と告げた後、指輪を引っ手繰ると左手薬指に嵌める。

 その様子が実に幸せそうで それが何よりの答えのような気がしたが、アセナは何も言わずに微笑むだけだ。
 まだ婚約しただけだし、アセナの仕事も終わっていない。山場は越えたが、それでも終わった訳ではない。
 いや、そもそも結婚はゴールではなくスタートでしかないし、火星の方も移住した後にも問題はあるだろう。

 だが、それでも、アセナは幸せそうに微笑む あやかを見て とても満ち足りた気分に浸るのだった。


 


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オマケ:すべて世は事もなし


 そして、時は過ぎて2012年。火星の開発 及び火星への移住が完全に終了した。

 予定では2011年の7月には移住が完了している筈だったが、予想以上に移住が手間取ったため少しばかりズレた。
 だが、それでもザジ姉が予言した「2013年4月」よりも1年は早く移住が完了したので何も問題はない。
 魔法世界がいつ滅ぶのかは定かではないが、誰も住むものがいない世界が滅びようとも誰も気にしないだろう。

 ……これでアセナの計画は終了した。

 移民問題や魔法と科学の融合進化も含めて残る問題は山積みだが、アセナの計画が終了したこと自体は変わらない。
 まぁ、造物主と交わした「理想郷を作る」と言う仕事が残ってはいるが、ぶっちゃけ そんなものに終わりはない。
 今後もアセナの力が及ぶ範囲で、アセナはアセナなりの理想郷を作っていくだろう。恐らく、死を迎える その時まで。


 


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後書き


 ここまでお読みくださってありがとうございます、カゲロウです。
 当初は軽く修正するつもりだったのですが、修正点が多かったので改訂と表記しました。


 今回は「いろいろ詰め込んだけど、最終的には あやかに持ってかれた」の巻でした。

 まぁ、31話を書いた時点で、最終話で あやかと和解して終わろう と決めていたので、予定通りです。
 と言うか、この物語の終わり方を考えた時に、魔法世界の救済ではなく あやかとの和解だろ、と思ったんです。
 それが正しいかどうかはわかりませんが、少なくともボクが納得する終わり方は そっちだったんです。
 綺麗な表現にすると、アセナと あやかに出来た『溝』を修復することでハッピーエンドになったって感じです。

 と言う訳で、これにて本編は終了です。この後は、エピローグとしての後日談が少しあるだけです。

 しかし、最後の方は少し急ぎ足になった気がしないでもないですね。ヒロインが増えた弊害でしょう。
 今後(があるかは未定ですが)の作品では無闇にヒロインを増やさないようにしようと思います。

 ところで、木乃香に引き続きテオドラもアレな感じになりましたが……何故か『ああ』なりました。

 別に狙って ああしたのではなく、書いていたら自然と ああなっていたんです。
 地球でテオドラが過ごしたら どうなるのか? とか想像する前に ああなってました。
 まぁ、アセナと一緒にいれば自然と ああなりますよね。多分、きっと、恐らくは。


 では、また次回でお会いしましょう。
 感想・ご意見・誤字脱字等のご指摘、お待ちしております。


 


                                                  初出:2012/02/10(以後 修正・改訂)



[10422] エピローグ:終わりよければ すべてよし
Name: カゲロウ◆73a2db64 ID:759f567c
Date: 2013/05/05 23:22
エピローグ:終わりよければ すべてよし



Part.00:イントロダクション


 2013年某月某日。

 移住が終了した火星(新しい魔法世界)は、移民の受け入れを実験的に開始した。
 もちろん、移民用の土地の分だけ魔法世界の領土は縮小されたことになったが、
 特に問題は起きなかった(正確には、魔法世界各国から文句はあったが黙らせた)。

 だが、今は そんな時勢とは全然 関係のない、些細な(だが当事者には重要な)出来事に目を向けよう。



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Part.01:あれからの出来事


 いきなりだが、瀬流彦とネカネが結婚して子供が生まれたことを報告して置こう。

 男同士で如何様に子供を作ったのか疑問に思われるだろうが、そこは魔科学(魔法と科学の融合進化の俗称)で『どうにか』したので問題ない。
 具体的に言うと、人工的に「二人の遺伝情報を組み合わせて形成した受精卵」を作り出し、人工子宮で生まれるまで育てたのである。
 ちなみに、子供は娘で名前はファルネーゼと言う。何でも、瀬流彦とネカネから命名を任されたアセナが独断と偏見で名付けたらしい。

 あっ、ついで と言っては何だが、タカミチと しずなの間にも子供が生まれたことも報告して置こう。

 最初は なかなか子供ができなかったらしいが、途中から子宝に恵まれて長男・長女・次男と順調に生まれている。
 新婚の頃は くたびれていたタカミチだったが、瀬流彦夫婦(?)に触発されたのか かなり頑張ったらしい。
 ちなみに、命名は しずな と しずなの両親がしたらしい。何故ならタカミチのネーミングセンスに不安があったからだ。

 そして、意外なことに、ナギとアリカの間にも子供が生まれたことも報告して置く。ちなみに、元気な男の子だ。

 ウェールズに移住して1年もしないうちに生まれたので、再会直後から夫婦生活が復活した と言うことだろう。
 きっと、ネギからの扱いが よくなかったから「新しい子供が欲しい」とか思った訳ではない筈だ。そうに違いない。
 ところで、弟の名前は「ナギJr.にしよう」と言う案がナギから出たが、アリカが猛反対してアギに落ち着いたらしい。

 どうでもいいが、相変わらずウェールズの村人は野生的で「ヒャッハー!!」とか叫んでいるらしいので、アギの将来が心配である。

「と言うか、先程から子供が生まれた話ばかりではないでしょうか?」
「でも、大人達には大した変化がないんだから仕方ないんじゃない?」
「しかし、お兄様はウェスペルタティア王国を再建なさいましたよね?」
「そんなの、新しい命が生まれたことに比べたら大したことじゃないさ」
「何故か いいこと言って誤魔化そうとしている様にしか見えませんが?」
「そ、それは気のせいと言うものだよ? だから気にしちゃいけないよ?」

 相変わらず仲のいい兄妹である。いや、実の兄妹ではないのだが……もう、実の兄妹にしか見えないくらいだ。

 ところで、二人の会話にあったように、結局アセナは旧オスティアに当たる場所にウェスペルタティア王国を再建した。
 と言うのも、地球からの移民を受け入れるにあたって、火星をアセナが管理した方が いろいろと都合が良かったからだ。
 オスティアを返上してもらった形になるので元老院は あまり いいを顔しなかったが、見返りは与えたので問題ないだろう。

 また、それにともなってクルトも麻帆良を離れ、ウェスペルタティアの宰相として腕を揮っている。

 そのため、麻帆良の長のポストが空いたのだが……何故か そこには瀬流彦が収まっていた。
 アセナとクルトの置き土産――と言うよりは、他に信頼できて使える人材がいなかったからである。
 理由は どうあれ、長に任じられた瀬流彦は重圧に胃を抱える毎日を過ごしているようだが。

 具体的に言うと、最愛の妻(?)と娘がいなければ、ストレスで倒れても不思議ではない程の重圧らしい。

 それを聞いたアセナのコメントが「いい胃薬を知っているので、お中元と お歳暮に贈りますね?」だった辺り、実に『らしい』だろう。
 と言うか、神多羅木が「責任者とか面倒だから断る」とか断らなければ神多羅木が就いていたので、神多羅木にも責はあるだろう。
 まぁ、神多羅木の言葉を大義名分にしたうえで「二人目を作るには今の給料じゃ大変ですよねぇ」とか脅したアセナに最も責があるのだが。

 だが、瀬流彦は それなりに充実した毎日を生きているので、特に問題はないだろう。

「いや、オレは悪くないからね? ネカネさんも『もっと給料が欲しい』って言ってたし……」
「お兄様、誰に言い訳してるんですか? いえ、『自分自身に』なのは わかっていますけどね?」
「わかっているなら訊ねなくてもいいじゃない? それとも、敢えて訊ねて心を抉ったのかな?」
「一応 訊ねただけで、別に お兄様の心を抉りたかった訳ではありませんよ? 他意はありません」
「へー、そーなんだー(棒読み)。あ、そう言えば、フカヒレ達の研究が成功したんだって?」
「いきなり話題が変わりましたね。ちなみに、答えはイエスで、OYGシステムと言うらしいです」
「へー、本当に完成させたんだぁ。いやぁ、凄い情熱だよねぇ。で、OYGシステムって何の略?」
「レポートに依りますと『(O)オレの(Y)嫁が(G)現実になったシステム』の略だそうです」
「何て頭の悪い略なんだ……いや、わかりやすいから これはこれで有りだ とは思うんだけどね?」

 そう、他に大きな変化と言えば、フカヒレ達の研究していた「二次元の嫁をモニターから引き出す技術」が完成したことだろう。

 これで、よりダメ人間――いや、二次元へ愛を昇華させられる剛の者が増えることだろう。
 と言うか、現実に嫁がいるアセナも「ヤベェ、世紀の大発明じゃないか」とか思う始末だ。
 女性と あまり縁がない(かなり控え目な表現)フカヒレ達はドップリと のめり込むに違いない。

 まぁ、そんなこんなで、地球と火星は今日も平和なのであった。

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「ところで、余所様の家庭に口を出してばかりでなく、お兄様も いい加減に御世継を作られては如何でしょうか?」

 しかし、平和な感じにアセナ達の会話が終わる訳がない。と言うか、茶々緒が それを許す訳がない。
 そのため、茶々緒はアセナが『できれば触れて欲しくなかった話題』に嬉々として切り込んでいく。

「あ~~、いや~~、その……ね? 政治的に まだ子供を作る訳にはいかないでしょ?」
「あれだけ女性を囲って置いて子供の一人も出来ないとは……と、皆が心配してますよ?」
「まぁ、国民から『王様って種無しなの?』って扱いをされているのは知っているけどさ」
「一応は『ヤリ過ぎで薄くなっているからだろう』と言う公式見解にしてはありますが」
「へー、そーなのかー――って、ちょっと待とうか? それが公式見解ってマジな訳?」
「もちろん、ネット内での勝手な公式見解ですよ。王室からの正式な発表ではありません」
「それならいいや。正式発表は不味いけど、ネットでの情報なら どうとでもなるからね」

 二人の会話から おわかりの通り、アセナはハーレムを作っているが子供は作っていない。いや、そう言った行為はしているが、子供は出来ていないのだ。

「と言うか、政治的な問題を気にするなら、帝国との関係を良好にするためにテオドラ様との間に子供を作るべきではないですか?」
「いや、その理論で言ったら、メガロやアリアドネーや西との関係のためにネギやエミリィや木乃香とも子供を作らなきゃでしょ?」
「そうですね。むしろ、ハーレムメンバー全員を同時期に孕ませてしまえば『丸く』収まるのではないでしょうか? いろいろな意味で」
「いや、『うまいこと言いました』的な顔をされても困るんだけど? あまり うまくないし、そもそも それだと丸くは収まらないし」
「確かに、生まれる順番を間違えると面倒なことになりますからね。ある程度 時期をズラして、出産のタイミングを調整すべきですね」
「そうだよねぇ。養育のことではなくて出産そのものを気にして子供を作れないとか普通に泣きたくなるんだけど? いや、マジで」

 本来なら本能的なものである筈の生殖を理詰めで行わなければならないのがアセナの立場だ。少しは同情してもいいかも知れない。

「それはともかく、そろそろ会場入りの時間ではありませんか?」
「あっ、そうだね。じゃあ、そろそろ『転移』しよっかな?」
「…………さすがに五度目となれば、緊張もしませんか?」
「いや、そんなことないよ? これでも緊張してるんだよ?」

 アセナの嘆きが軽く流された形だが、アセナは特に気にしていないようなので問題ないのだろう。ちなみに、何が五度目なのか は語るまでもないだろう。

「しかし、どう見ても緊張しているようには見えませんよ?」
「まぁ、そう見せているだけさ。実は緊張でガチガチだよ?」
「……ああ、そうですね。よく見ると脈拍が激しいですね」
「冷静に分析しないでぇええ!! 特に股間はダメェエエ!!」
「安心してください。今は熱源を見ているだけですから」
「だから安心できないのはオレだけかな? かなぁああ?!」
「ですが、初夜を迎える意味でも入念なチェックは必要です」
「いや、必要ないから。と言うか、諸々の意味で元気だから」

 微妙に下ネタになって来ているので話は区切るが……そう、今日はアセナの(五度目の)結婚式なのである。

 諸々の都合で、アセナの結婚には順番が出来た。それが そのまま序列になる訳ではないが、政治が絡む以上 順番は無視できない。
 まず、最初に結婚した相手はテオドラだった。態々 説明するまでもなく、帝国の皇女と言う立場上 最初にするしかなかったのだ。
 では、二番目に結婚した相手だが……何とネギだった。メガロメセンブリアの影響力もあるが、ネギのヤンデレ化を恐れたのもある。
 そして、三番目は木乃香だ。最初の婚約者なのに三番目になったのは、後ろ盾となる組織の規模を考えると仕方がないとしか言えない。
 むしろ、四番目のエミリィより早かっただけマシだ。アリアドネーが いい顔をしなかったが、新参者であるため控えてもらったのだ。

 まぁ、ここまで語れば、五番目である今日の式の相手は おわかりだろう。そう、あやかだ。

「ともかく、最後の晴れ舞台なのですから、緊張して失敗なさらないでくださいね?」
「まぁ、そうだね。でも、『最後の晴れ舞台』って表現は不吉だから やめてくれない?」
「ですが、さすがの お兄様でも もう結婚はなさらないでしょう? 常識的に考えて」
「いや、確かに その意味じゃ最後の結婚式なんだけどね? でも、表現が微妙なんだけど?」
「逆に訊きますが……今後これ以上の『晴れ舞台』が存在する と、お考えなのですか?」
「まぁ、そうなんだけど。でも、何故かこれでオレの人生が終わるように聞こえるんだけど?」
「お兄様? 細かいことを気にしていると……禿るだけでなく、式に遅れますよ?」
「あっ!! そう言えば そうだった!! こんなところで遊んでる時間なんてないじゃん!!」

 いくら『転移』で移動時間をゼロにできるとは言え、遅刻したらアウトだ。グダグダと遊んでいる場合ではない。アセナは慌てて『転移』する。

 それ故に、アセナは茶々緒の言葉を聞き逃してしまった。まぁ、そうは言っても、それほど大切なことではない。
 何故なら、それは「何度も式を挙げている筈なのに、今日の お兄様は格別に幸せそうですね」と言う呟きだったからだ。
 きっと、アセナが この言葉を聞ていれば照れもせずに「それは相手が あやか だからさ」とか応えたことだろう。

 だから、それほど大切なことではない。その呟きに潜んだ茶々緒の寂しげな様子も、アセナなら いつか気付いて解消するだろうから。



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Part.02:愛しさと切なさと心強さと


「って言うか、茶々緒さんのターンが長過ぎませんか!?」

 ところ変わって式場の参列者控室にて。いきなりメタな発言をして周囲に波紋を広げたのは、ネギである。
 19歳になって少しは落ち着いて来たのだが、まだまだ幼さが残っている。もう少し落ち着いてもらいたいものだ。

「いや、キミはイキナリ何を言ってるんだい? 遂に頭が沸いたのかい?」
「相変わらず この銀髪は口が減らないねぇ。もう少し、空気を読んだら どう?」
「いや、この状況でイキナリ叫び出したキミにだけは言われたくないよ?」
「この状況だからだよ!! ここで叫んで置かなきゃ そのままスルーされるんだよ?!」
「いや、別にスルーされてもいいだろう? そんなに目立ちたいのかい?」
「別に目立たなくてもいいけど、ナギさんの目には止まりたいじゃないか?」
「いや、まぁ、それには同感だけど……まだ神蔵堂君は来てないから無意味だよ?」
「それでも、この機会を逃すと二度と発言の機会がない気がするんだよ!!」

 ネギが暴走し、フェイトが宥めつつも煽る。実に相変わらずな二人だ。

 ところで、フェイトはネギを参考にして肉体を成長させているので、フェイトも外見上は18歳くらいである。
 それだけ聞くと仲がいいようにも思えるが、合わせているのは「フェアを保つため」らしいので実に『らしい』。
 この先も二人はライバルのような関係を続けていくことだろう。願わくは周囲の被害も考えて欲しいものだ。

 そして、言うまでもなく、フェイトもアセナの愛人の一人である。

「確かに そう言った可能性もあるだろうけど、『立つ鳥 跡を濁さず』と言うだろう?」
「でも、メインヒロインとしては このままフェードアウトするのは有り得ないだろう?」
「え? メインヒロイン? 誰が? ……まさか、キミのことを言っているのかい?」
「もちろん、そうだよ。むしろ、ボク以外の誰がメインヒロインだって言うのさ?」
「え? そんなの雪広あやか に決まっているじゃないか? いい加減、現実を見なよ?」
「フフフフフ……それは誰もが思っているけど言っちゃいけない禁句の一つだよ?」

 ところで、ネギ繋がりとしてアーニャなのだが……アーニャはアセナに文句を言いつつもネギ及びアセナとネギの傍を離れない。

 と言うか、ネギを交えた複数プレイには嬉々として参加しているので、昔よりはアセナの評価は低くないのだろう。
 まぁ、ネギへの愛でアセナへの嫌悪を我慢しているだけかも知れないが。それでも、毛嫌いはしていないようである。
 むしろ、ハーレムの一員になっている としか言えない現状に甘んじている辺り、心憎からず想っているに違いない。

 ちなみに、何のプレイか は聞いてはいけない。二人でネギを攻めたり、二人でアセナを攻めたり、二人から攻められたりする感じ としか言えない。

「べ、別に、あの変態のことなんか好きでも何でもないわよ!! いや、マジで!! ツンデレとかじゃなくて!!」
「つまり、好きな訳ではないけど嫌いな訳でもないんでしょ? それなら、それでボクは構わないよ?」
「うっさいわよ!! アンタがアイツの毒牙に掛かっているからアタシまで毒牙に掛かっちゃったんじゃない!!」
「でも、アーニャはアーニャの意思で ここにいるんだよね? ボクだけが理由じゃなく、アーニャの意思として」
「う、うっさい!! アタシのことは放っとけ!! って言うか、アンタは大人しくフェイトとバトってなさい!!」
「いや、大人しくバトるって矛盾してない? まぁ、小声で怒鳴る みたいに、微妙に意味はわかるけどさ」
「ええい、揚げ足を取るな!! と言うか、微妙に意味がわかるならスルーして置きなさい!! それが優しさよ!!」

 さて、いつまでもネギ達ばかりを見ていても仕方がないので、他のコ達も見てみよう。

「う~~ん、ネギちゃんが妙なことを口走るのは いつものことだけどー、発言して置くことには賛成だねー」
「まぁ、そうですね。脇役と言えども、脇役なりに意地と言うものがありますからね。出番は欲しいです」
「そうだよねー。でもね、夕映ー。脇役って言うキーワードは和泉さんのだから、盗っちゃダメだよー」
「あっ、そうでしたね。ですが、それは原作の話であって、この物語では関係ないのではないですか?」
「そう言えば、そうだねー。でも、原作とか この物語とか、メタ過ぎるから自重した方がいいよー?」
「それもそうですね。メタはナギさんや超さんの専売特許ですからね。私達は自重して置くべきですね」

 さて、だいたい おわかりだろうが、のどか も夕映も愛人となって落ち着いている。

 24歳なのに、いまだに中学生の頃と口調が変わっていない件については触れないで欲しい。
 ここでは、物語の犠牲(キャラを わかりやすくするため)になった としか言えない。
 まぁ、綺麗に表現すると、いつまでも少女の気持ちを忘れていないのだろう、きっと。

 どうでもいいが、「ネギちゃんが不思議なことを口走るのは いつも」と言うのは地味に酷い気がするが気のせいだろう。

「そうそう。私達には私達の役割があるんだから、他人の役割を奪っちゃいけないよー。常識的に考えてー」
「そうだとは思うのですが……そう言った言い回しは、それこそ のどかの役割ではないのではないですか?」
「まぁ、そうだねー。でも、久し振りだからキャラが安定していないだけだよー。多分、きっと、恐らくは」
「…………そうですね。物凄い違和感を覚えますが、久し振りだからハッチャケているだけですね、きっと」
「そうだよー。って言うか、そうに違いないよー。私のスタンドと言う名の守護霊様も そう仰ってるよー」
「そ、そうですか。どうでもいいですが、そう言った言い回しも のどかの役割ではない気がしますです」
「それはアレだよー。ナギさんをストーキング――観察しているうちに、ナギさんっぽくなっちゃたんだよー」
「まぁ、納得して置きます。ちなみに、ストーキングや観察と聞いて妙に安心した私は もうダメな気がします」

 常識的に考えると おかしい筈なのに、何故か それがスタンダードに感じてしまう段階で もうダメだろう。そんな訳で、次のコ達に行ってみよう。

「ところで『36話でスーパーヒロインタイムがあった私は勝ち組』とか言ったらメタなんでしょうか?」
「せやな、それはメタやな。ちゅうか、そんなこともあったんやなぁ。そっちの方が驚きやわ」
「まぁ、私の見せ場は京都と そこしかありませんでしたからね。私も幼馴染の筈なんですけどねぇ」
「それを言うたら、ウチは ちょこちょこ出番はあったけど、あんまりパッとせえへんかったえ?」
「それでも結婚できただけマシですよ。私なんか済し崩し的にハーレム入りしてたんですよ?」
「あ~~、そう言えば、せっちゃんがハーレム入りするシーンはあらへんかったなぁ、不思議と」

 べ、別に忘れていた訳じゃないんだからね!! ただ、他のコと似たような感じ(納得せざるを得なかった)だったから飛ばしただけなんだからね!!

 まぁ、説明は遅れたが、会話の通りだ。済し崩し的に刹那も愛人として囲われているのが現状だ。
 もちろん、刹那に不満は無い。いや、あると言えば あるのだろうが、そこまで不満ではない。
 アセナとも木乃香とも離れずに暮らしているし、二人の間で板挟みになるようなことも無いからだ。

 ちなみに、刹那は困っている時が一番 可愛いので不満のない状態の刹那は割愛された……と言う事実は一切ない。断じて。

「……何故か言い様のない憤りを感じるのですが? と言うか、世の中には外道が多過ぎませんか?」
「せやなぁ。でも、類は友を呼ぶ言うから、なぎやんの影響や と思て置くと納得できへん?」
「そうですね、そう思えば納得できそうな気がします。まぁ、微妙に言い掛かりな気もしますが」
「せやけど、だいたいは なぎやんのせいやん。特にハーレムエンドは なぎやんの身から出た錆やし」
「まぁ、それを受け入れた私達にも責はありますが……根本的には那岐さんのせいだとは思いますね」

 妻としての地位を得た木乃香だが「ウチの扱いが思ったよりも悪いんやけど?」と不満らしい。まぁ、あきらめてもらうしかないだろう。

「しかし、あれでもアセナは御主等に感謝しておるのじゃぞ? まぁ、そうは見えんじゃろうがな」
「そうなんか? どう見てもウチを怒らせないように気を遣っているだけにしか見えんけどなぁ」
「まぁ、御主を怒らせぬようにしているのも確かじゃが……アヤカとのことで非常に感謝しておるよ」
「いいんちょ とのこと、か……まぁ、その件に関してなら、感謝されてても おかしくはないなぁ」
「と言うか、妾も感謝しておるぞ? 御主の心配りの御蔭で、アセナは笑っていられるのじゃからな」

 不満そうな木乃香をフォローするテオドラ。どうやら、テオドラは木乃香の暗躍(もちろん、いい意味だ)を知っているらしい。

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「ありがとう、このちゃん」

 時は遡って2004年の某月某日。卒業式を控えたアセナは木乃香を世界樹広場に呼び出した。
 そして、開口一番に礼を述べたのである。さすがの木乃香も「え? 何のことなん?」と疑問顔だ。

「あやか とのことさ。いろいろと動いてくれたでしょ? だから、ありがとう」
「別に礼には及ばんえ? なぎやん には いいんちょが必要やと思っただけやから」
「それでも、ありがとう。木乃香の御蔭で とても助かった。本当に ありがとう」

 アセナは純粋に感謝しているのだろう。話を聞いた当初(49話)こそ混乱していたが、冷静になれば感謝せざるを得ないのだ。

 だが、木乃香としては苦肉の策だった。木乃香は本来なら自分だけでアセナを支えたかったが、それができなかったのだ。
 いや、実際にアセナを支えようとした訳ではないので、正確に言うと それができないと思い知っていた と言うべきだろう。
 木乃香は人の機微に聡い。アセナが あやかと離別してから、アセナが自暴自棄気味になっていることに気付いていた。
 アセナが「あやか を失ったのだから、自分の命を失っても怖くない」と言う無意識に思っていることを見抜いていたのだ。
 それ故に、木乃香は あやかを引き込むしかなかった。自分ではアセナの『重し』にしかならない と敗北を受け入れたのである。

(ウチはウチの できることを やっただけや。いや、正確には それしかできへんかっただけや)

 だが、それでも、本当にしたいこと――壊れそうなアセナを復活させることはできた。
 他力本願なところはあったが、それでも木乃香が目的を達成したことは変わらない。
 あのまま放置していればアセナは いつか壊れただろう。だから、木乃香は誇るべきなのだ。

(せやから、これからもウチはウチの遣り方で なぎやんを支えていくで? たとえ なぎやんの気苦労が増えたとしても、な)

 アセナは抜け目がないように見えて実際は抜けまくりである。誰かが その抜けている部分を補わなくてはならない。
 そして、木乃香は そんなアセナの妻なのだ。他の妻や愛人もいるが、木乃香は率先してアセナのフォローをするだろう。
 だからこそ、木乃香は これからもアセナを『アセナの望む形とは限らない方法』で支えていくことを誓うのだった。

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「……それを言うなら、ウチもテオドラはん に感謝しとるえ? ハーレムを許してくれたんやからな」

 過去を思い出した木乃香は、少しの無力感と大きな覚悟を思い出した後あることに気付き、苦笑を浮かべる。
 そう、よくよく考えてみれば、テオドラがハーレムを認可しなければ すべてが水泡に帰していたのである。

「そうか? 妾の場合はアセナを手に入れるためにハーレムを許容せざるを得なかっただけじゃぞ?」
「それはウチもやよ。ウチも なぎやんを心から笑わすには いいんちょの手を借りるしかなかったんや」
「なるほどのぅ。それなら、お互い様じゃな。お互い、一人ではアセナを幸せにできぬが故に、な」
「そうやな。自分にできないから他人を頼る。それは悔しいことやけど、何もしないよりは遥かにマシや」

 まぁ、結局は互いにフォローし合う形となったが(どうやら、二人は それなりに良好な関係らしい)。



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Part.03:何処までも続く愛の詩


「亜子!! ここで『最初の頃は私達にも出番はあったんだ!!』ってアピールしないと忘れられちゃうよ!?」

 湿っぽくなった空気を壊すかのように裕奈が無駄に元気を振り撒く。
 女性と言うべき年齢(24歳)なのに相変わらずの元気っぷりだ。

「いや、それやと事実上の敗北宣言ちゃう? 最初は よかったっちゅうことは、今はダメなんやろ?」
「ちがぁう!! 途中がダメだったけど、最後の方は巻き返したんだよ!! 多分、きっと、恐らくは!!」
「いや、それは語るに落ちとる状態やで? あきらかに『結局いいんちょに持ってかれた』て思とるやろ?」

 まぁ、亜子の図星な言葉に「うぐっ!!」と苦しんでいるが、元気でカバーするに違いない。

「でも、二人は まだマシじゃないかな? 私達、終盤は名前が出て来ただけで全然セリフなかったんだよ?」
「そうだよ。私も まき絵も、学園祭以降は名前が出ただけで、その場にすら登場できなかったんだよ?」
「しかも、私なんか新体操部からフィギュア部に設定変更したのに、まったく活かされなかったんだよ?」
「そうだね。何度か⑨ネタに利用されただけで本筋そのものには まったく影響を与えてない設定だったね」

 まき絵もアキラもメタな発言をしているが、気にしてはいけない。何故なら、これは本編ではなくエピローグだからだ。

 まぁ、微妙に理由になっていない気がしないでもないが、敢えて気にせずに話を続けよう。
 それぞれのセリフではわからないかも知れないが、運動部四人組も愛人になったのである。
 出番云々も不満らしいが、四人一纏めで『相手』されてしまうことが多いのも不満らしい。

 いや、別の意味では充分に満足させられているらしいので、アセナの体力がチート臭いことをシミジミと感じる今日この頃だ。

「やれやれ、これだから小娘達は困るな。もう少し『侘び寂び』を弁えた大人になったら どうだ? この私のような」
「そうですね、マスター。マスターが言うとイマイチ説得力はありませんが、仰っていることは間違いありません」
「うるさいわ、このボケ従者が!! 私は もう立派な大人だわ!! と言うか、恍惚とした表情で録画に勤しむな!!」
「申し訳ありませんが、その命令は拒否させていただきます。何故なら、これこそが私の生きる道だからです (キリッ 」
「いや、(キリッ じゃないわ!! と言うか、他人にヤられると妙にイラッとするな……まぁ、今後は控えることにしよう」

 ちなみに、エヴァの言っていること(大人云々)は嘘ではない。何と、エヴァの『真祖の吸血鬼』としての呪いが解けたのである。

 50話では流れ上 説明できなかったが……実はと言うと、卒業式の日にエヴァはアセナに気持ちを伝えており、
 エヴァの気持ちを受け入れたアセナは「どうせなら一緒に年を取りたい」と『真祖化』を解いたのである。
 まぁ、多少 無茶したため、しばらく完全魔法無効化能力が使えなくなった時期もあったが、それも過去の話だ。

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「私にとって『ナギ』と言う単語は『ナギ・スプリングフィールド』を指す言葉だった」

 卒業式の後、アセナはエヴァに誘われ『別荘』の『南国』にて、ディナーを摂っていた。
 そこは夜の海を見下ろせる落ち着いた場で、原作15巻の137時間目と同じロケーションである。
 ちなみに、エヴァの姿は大人バージョンにシックなナイトドレスを着こなしていたりする。

「だから、お前のことは『ナギ』とは呼ばず、フルネーム――神蔵堂ナギと呼んでいた訳だ」

 エヴァは見た目 相応の――つまり、いつもの『お子様』らしさを感じさせない、憂いを帯びた雰囲気で語る。
 語られている内容も非常にシリアスなので、極めて真剣に語っているのだろう。知らず、アセナも気を引き締める。

「だが、今となっては『ナギ』は お前だ。お前しか指さん。ナギ・スプリングフィールドではない」
「うん? つまり、これからはオレのことは『ナギ』と呼んでくれるってことなの?」
「いいや違う。そうじゃない。私は お前を一人の男として意識している、と言っているのだ」

 気を引き締めたところでアセナはアセナなので的外れな見解を示したが……エヴァは それを想定していたようで、怒ることなく言葉を続ける。

「え? それって、オレを『一人前』として認めてくれたってこと?」
「まぁ、そうだな。もう お前は一人前だよ。私は そう思っている」
「そっか。エヴァには守られてばっかりだったから、それは素直に嬉しいな」
「だが、それだけではないぞ? と言うか、お前わかっているだろう?」

 割と直球なエヴァの言葉を別の方向に解釈するアセナに、段々と焦れて来るエヴァ。いつものようにキレていないのは、シリアスモードだからだろう。

「……いや、だって、エヴァはナギさんに惚れているって思ってたからさぁ」
「まぁ、それは否定せん。確かに、私はアイツに惚れて『いた』からな」
「もう過去になっていたとしても、オレには そのイメージが強いんだよ」

 アセナは困ったような表情を浮かべて「だから、オレに惚れているって言われてもピンと来ないんだよねぇ」と鈍感を通り越した言葉で締め括る。
 いつもなら「男なら細かいことを気にするな」と一喝するエヴァだが、シリアスモードなので「なら、言葉にしてやる」と別の切り口で攻める。

「私――エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルは、お前――アセナ・ウェスペル・テオタナシア・エンテオフュシアを愛している」

 その言葉はストレートそのもの。これまでに放って来た直球寄りの言葉とは一線を画すストーレトさだ。
 ここまで言われてしまったら、さすがのアセナでもピンと来ざるを得ないだろう。と言うか、来ない訳がない。
 むしろ、これでピンと来ないような「人の心を理解できないような人非人」は馬に蹴られて死ぬべきである。

「……ありがとう、エヴァ」

 どうやら、アセナは馬に蹴られなくて済んだようだ。エヴァの気持ちを真っ向から受け止めた。
 そして、少し考えた後「答えの前に、ちょっと昔の話をさせて欲しいんだ」と前置きして語り始める。

「オレは『黄昏の御子』の頃、数多の生命を吸うことで その寿命を長らえて来た。オレに その認識はないけど、事実は事実だ。
 で、100年は生かされていた らしいけど……正直、オレとしては『生きていた』と言う実感は薄い。生かされていただけだ。
 だから、確実に『生きている』と言えるのは、十数年前にナギさん――ナギ・スプリングフィールドに解放されてからだね。
 まぁ、ガトウさんの死を契機に『記憶』を消されたことで神蔵堂 那岐になったけど、人として生きたのは十数年程度ってことさ」

 正確には、憑依前の人生も含めると40年程度なのだが、エヴァの600年には遠く及ばないことは変わらないので問題ないだろう。

「そんな訳で、600年を生きたエヴァのことを『わかる』なんて口が裂けても言えない。
 だけど、エヴァのことをわかりたい とは思っている。それは胸を張って言える。
 オレの寿命は不明だけど、少なくとも生きている間はエヴァに歩み寄り続けたい」

 前置きは長くなったが、エヴァと共に生きたい と言うのがアセナの答えだ。

 ちなみに、100年 生きて10代後半の外見なので、あと5倍(つまり、500年)くらい生きられるかも知れないし、
 生命を吸わなければ常人と変わらない寿命(つまり、せいぜい80年くらいしか生きられない)のかも知れない。
 どの道、このままではエヴァより先にアセナは死ぬ――エヴァを一人で残していくことになってしまうだろう。

 そう、『このままでは』だ。

「そんな訳で……オレと共に歩み、共に老い、共に死んでくれないかな?」
「ああ、もちろんだ。お前と共に生き、お前と共に死ぬことを誓ってやる」
「……ありがとう。でも、間違えているよ。『共に老い』が抜けてる」
「いや、私には共に老いることはできんから、敢えて抜いたのだが?」
「でも、共に老いることができないのは『真祖の吸血鬼』だからでしょう?」
「ああ、そうだ。死ぬことはできるだろうが、老いることはできんよ」

 エヴァは不死身に近いだけで不死身ではない。つまり、(方法は限られているだろうが)死のうと思えば死ねる筈だ。
 それ故に、エヴァは『共に生き、共に死ぬ』と誓ったのだが……どうやら、アセナは それでは不満だったようだ。

「――いいや、できるよ。いや、正確には『できるようにする』んだけどね」
「ん? 何を言っているのだ? まさか、真祖化を解呪する とでも言う気か?」
「その まさかさ。真祖だから不老長寿ならば、真祖でなくなればいいでしょ?」
「……それは無理だ。この600年、私が何もせずに生きていたと思うのか?」

 確かにアセナの言う通りなのだが、その程度のことエヴァも思い付いている。思い付いていたが、無理だったのだ。
 過去の苦い経験を思い出しているのだろう、エヴァは自嘲気味に「解呪は何度も試みて失敗したさ」と力なく呟く。

「そうだろうね。そして、エヴァが挑戦し続けて無理なら、オレの完全魔法無効化能力を使っても無理だろうね」
「ああ、そうだ。京都で桜咲 刹那の異形化を解いたようだが、真祖化は『あの程度』とは比較にならんさ」
「確かに そうだね。でも、エヴァを真祖化したのは造物主で、造物主なら解呪の方法もわかる……としたら?」

 原作でも語られているが、造物主は精神体と言う『不滅の存在』だ。だが、宿る肉体は滅びてしまうため『交換』が必要だった。
 もしも宿る肉体が不死身ならば、その交換が不要となるだろう。そう、造物主は不死身の肉体を求めてエヴァの真祖化を試みたのだ。

「――ッ!! そう言えば、お前の中でヤツ――私が最も憎んで止まない諸悪の根源が眠っているのだったな」
「そう言うことさ。だから、もう一度 訊くよ? オレと共に歩み、共に老い、共に死んでくれないかな?」
「……ああ、もちろんだ。お前と共に歩み、共に老い、共に死ぬ と誓おう。決して、お前を一人にはせん」

 エヴァの「お前を一人にはせん」と言う言葉の裏には「私を一人にするな」と言う気持ちが隠れているのだろう。

 それを「寂しがり屋」の一言で片付けてはいけない。長い時を一人で生きねばならなかったエヴァの切実な願いなのだから。
 エヴァよりは短いが、アセナも『黄昏の御子』として孤独に過ごしていたため孤独を恐れる気持ちは痛いほど理解できる。
 理解できるからこそアセナは その奥に「だから、一緒に いて欲しい」と言う気持ちも見えてくる。何故なら、アセナも同じだからだ。

「…………そうだね、エヴァ。これからも、末永く よろしくね?」

 まぁ、ここで終わると綺麗に纏まるのだが……そうは問屋が卸さない。と言うか、どうしても ここでは終われない。
 何故なら、アセナが「真祖化の解呪方法」を知っていたことの説明をしていないからだ。そこは語らねばならない。
 と言うのも、実は『別荘』を訪れる直前に、未来から「真祖化の解呪方法」の情報が送られて来ていた のである。
 先程までは「何で こんな情報が来たんだろ?」と首を傾げていたアセナだったが、エヴァの告白で すべては解決した。

 と言う訳で、随分と準備がいい様に見えたかも知れないが、アセナは予め準備していたのではない。単にズルをしただけだったのだ。

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 ところで、危うく説明を忘れるところだったが、当然のことながらエヴァも愛人の一人である。

 エヴァは随分とヒロイン過ぎる位置にいるが、エヴァは未だに悪名が高いので妻にはしなかったのだ。
 いや、別に権力でゴリ押しすればできないことはないのだが……そんなことで軋轢を作るのは愚策だ。
 まぁ、それでも、エヴァが妻と言う地位を望むならアセナは軋轢など気にせずゴリ押ししただろうが。

 ただ単に、エヴァは「いや、お前の傍にいられれば愛人で構わん」と豪語したので愛人と言う位置なのである。

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「え~~と、この流れだと私も何か しゃべった方がいいスよね? でも、何を話せばいいんスかねぇ?」
「何も話すことが無いナラ、近況報告でもすればいいんじゃないカナ? ちなみに私は16歳になったヨ」
「うんうん、ココネは相変わらず可愛いっスねぇ。ナギの毒牙に掛かっていることが未だに許せないスよ」
「でも、ミソラとも一緒だから、私は幸せダヨ? 一時は、ミソラが置いてかれそうで心配だったんダヨ?」
「いや、まぁ、友達と言う微温湯は居心地よかったっスけど、友達のままで終わるのはイヤだったスからねぇ」

 結論から言うと、美空もアセナに想いを告げて愛人の一人になった。ちなみに、高校卒業時と言う一番 遅い時期だった。

 そこに至るまでも至った後も紆余曲折があったのだが……語る程のことではないので、割愛させていただく。
 と言うか、かなり恥ずかしい思い出なので、美空から「忘れて欲しいっス!!」と言う懇願があったのである。
 美空が随分と乙女チックに告白する様は見応えのある物だったが、人の恋路を見世物にするのは悪趣味だろう。

 そして、手を出しても問題ない(社会的には問題あるがアセナ的には問題ない)年齢に成長したのでココネも愛人になっている。

「おかしいですわね? いつの間にか、中学生以下でなければOKだ と思っている自分がいましたわ」
「まぁ、センパイには何を言っても無駄ですからね。それに、文字通り、ここの法律はセンパイですし」
「そうでしたわね。ウェスペルタティア王国の法では、13歳以上なら合法的に関係を持てるんでしたわね」
「両者の合意と保護者の許可が必要ですけどね(まぁ、ココネちゃんの保護者はセンパイですけど)」
「そのうえ、経済的に責任を取れるならば重婚も愛人を囲うのも自由、と言う法までありましたわね」

 そう、ここは日本ではないので何も問題はないのだ。問題だらけな気がするが、きっと気のせいに違いない。

 ところで、高音も愛衣も そんなことを言いつつも愛人としての生活を満喫しているのは言うまでもない。
 学園祭での経験で何かに目覚めたのか、偶にアセナに執事服を着させて奉仕させているくらいに満喫している。
 それに応じるアセナもアセナだが、それを求める二人も二人だろう。いや、まぁ、幸せは人それぞれだが。

 と言うか、人の『そう言った部分』は他人が どうこう言うべきことではないだろう。むしろ、言いたくない。

「ところで、ウチは ここにいても ええんかな? ウチ、愛人でも何でもないんやけど?」
「ええんとちゃいますかー? と言うか、まだ愛人になっとらんかったんですかー?」
「しゃ、しゃーないやん。兄ちゃんはウチのことなんか何とも思ってへんのやから」
「そうどすかー? ウチの見たところ、あの方は来る者は拒まんタイプやと思いますえ?」
「せ、せやけど、ウチは そー言うことようわからんし、胸も尻も無くて女らしゅうないし」
「顔がええですから、大丈夫ですってー。なんなら、ウチも一緒にいってあげますえー?」

 微妙にわかりづらいかも知れないが、関係は浅いのだが何故か関係者として小春も月詠も呼ばれいていたらしい。

 不穏な会話から察せられる通り、現段階『では』小春も月詠も愛人になっていない。
 だが、二人ともその気はあるみたいなので、二人が愛人になるのも そう遠くないだろう。
 月詠の読んだ通り、アセナは来る者は拒まないため、押せば簡単に落ちる筈なのだから。

 ところで、45話で話題になった月詠と刹那をガチバトルさせる件だが……実は密かに履行されており、刹那の辛勝で終わったらしい。

 まぁ、今となっては どうでもいいことだ。今は、バトルのことよりも これからの式の方が大切だろう。
 それぞれのどうでもいい会話を描写しているうちに時間は随分と流れており、もう間もなく式が始まる。
 その証拠に参列者控室から会場に移動するように誘導係が現れた。恐らく、会場の準備が整ったのだろう。

 ギリギリで会場入りしたアセナも準備を終えたのだろうし、花嫁たる あやかも純白のウェディングドレスに身を包んだのだろう。



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Part.05:こんなにも青い空の下で


 式は あやかの希望でチャペル形式で行われ、近しい者しか呼ばない慎ましい規模のものとなった。

 実を言うと、これまでの結婚式は慎ましいとは お世辞にも言えない規模のものだった。
 テオドラとの式は帝国とウェスペルタティアの両国を挙げてのセレモニーとなってしまい、
 ネギとの式はメガロメセンブリアが、エミリィとの式はアリアドネーが盛り上げてくれた。
 木乃香との式は比較的 大人しかったが、それでも西の関係者や日本の重鎮達だらけだった。

 その意味では、あやかとの式は一番 政治から離れており、プライベートらしい式と言えるだろう。

 まぁ、だからと言って、他の妻や愛人達を式に呼ぶのはどうかと思うが……
 アセナは政治関係以外の交友関係が極めて少ない(10人に満たない)し、
 女性陣から「呼べ」と言う お達しがあったので呼ばざるを得なかったのだ。

 それぞれが どう言った心境で参列したのかは……語るのも野暮と言うものだろう。

 ……………………………………
 ………………………………………………
 …………………………………………………………

 そして、式は滞りなく進行し、遂に宣誓の段となった。

「……汝――アセナ・エンテオフュシアは、この女――雪広あやか を妻とし、
 良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も、
 共に歩み、他の者に依らず、死が二人を分かつまで、愛を誓い、妻を想い、
 妻のみに添うことを、神聖なる婚姻の契約のもとに、誓いますか?」

「はい、誓います」

 アセナは真剣な面持ちで神父の問い掛けに淀みなく答え、その愛を誓う。
 また、アセナ同様に あやかも神父の問い掛けに答えて その愛を誓う。
 その光景は、いつかの情景の焼き直しのように見えて、まったく違うもの。

 そう、神蔵堂ナギが三千院ハヤテと婚姻を結んだ光景に似ているが、まったく違うのだ。

 アセナは もう神蔵堂ナギではない。神蔵堂ナギでもあるが、アセナでもあるのだ。
 だから、神蔵堂ナギのような失敗は犯さない。大切なものを失ったりしない。
 幸せに浸ることはあっても油断はしない。油断して失うことなど有り得ない。

「行こう、あやか……二人で――と言うか、みんなで だけど」

 最後の最後まで締まらないアセナだが、締まらないからこそアセナだとも言える。
 だから、あやかは苦笑を浮かべながらも その瞳はどこまでも幸せそうだった。
 もちろん、そんな あやかを見詰めるアセナも幸せそうなのは言うまでもないだろう。

 そう、あやかが幸せを感じる限り、アセナは幸せに生きることだろう。前世のように途中で幸せを失うことなどなく……


 


                                                  THE END


 


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後書き


 ここまでお読みくださってありがとうございます、カゲロウです。
 改訂作業に時間を掛けてしまって随分と遅くなりましたが、エピローグ投下です。


 今回は「エピローグなのでヒロイン達を総出演させてみたら、ほとんどのキャラが崩壊してしまった」の巻でした。

 ちなみに、エミリィとベアトリクスが出てきてませんが、キャラを出し切れそうに無かったので断念したのです。
 決して忘れた訳ではありませんし、途中で思い出したけど「今更 挟むのも微妙かな」とか思った訳でもありません。
 いえ、他にも いろいろとツッコミどころはあるとは思いますが、とりあえず これで完結と言うことにしてください。

 と言うか、今回は まるまるオマケみたいなものなので、ハッピーエンドでよかったねって感じで流していただけると助かります。


 では、機会があれば また何処かで お会いしましょう。
 感想・ご意見・誤字脱字等のご指摘、お待ちしております。


 


                                                  初出:2013/4/30(以後修正)


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