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[10435] 母であること(リリカルなのは プレシア憑依もの A's Pre終了 TS・憑依・多重クロス要素有り
Name: Toygun◆68ea96da ID:6b398a8f
Date: 2013/04/22 00:57
 Toygunです。

※注意事項追加
 多重クロス要素ありです。現状ネタ程度ですが、だんだん深くなっていきますので。

 ちょっと事前に注意書きを追加~。
 本作はタイトルどおり、憑依ものです。一応TSにもなりますが、書いてる本人がその辺はあまり気にしていないため、あまりその辺の突っ込んだ描写は、今のところありません。それでもTSものが嫌いな方や、また憑依ものが嫌いな方は読むのはやめておいた方がいいと思われます。大丈夫だと言う方は、どうぞ以降の本編をお読みください。

さらに注意書き追加~
 ここの傀儡兵は魔改造仕様です。めちゃくちゃな魔改造ではないつもりですが、格下には無双でき、格上には難敵ではないが厄介レベルにはなるくらいで。


 以下、前の記述です。

 別スレッドで他のネタと一緒にしていたものですが、勢いで分量が増えてきたのでこちらに分けます。
 文が安定していない、一区切り辺りの量が安定していないなど色々ありますが、大目に見ていただけると幸いです。
 あと、まだ思いついたネタでしかないので、お約束程度のキャラクターの掘り下げも出来ていません。それですので、そのうち最初の方は大幅に手を加えるかもしれません。
 長くなりましたが、それではどうぞ。

 ※別スレで読んでいた方へ
  プレシア憑依もの3 5.とりあえず現状把握 からが新規になります。

 以下、更新の履歴です(メモ書き程度)

09/7/21 21:30 プレシア憑依もの4~6 を追加。

09/7/24 22:53 プレシア憑依もの7を追加。

09/7/27 プレシア憑依もの8~10を追加。

09/8/2 17:51 タイトル変更、投稿板をとらハに変更。
18:25 母であること11、番外編1を追加。

09/8/7 1:15 母であること12追加。

09/8/12 15:00 母であること13追加。

09/8/24 0:47 母であること14、15追加。

09/8/24 20:11 指摘された部分も含めて、改行や誤字を修正。しかし、魔法陣と魔方陣のミスなどというベタなことをやってしまうとは・・・。

09/8/25 12:43 さらに指摘を受けた部分を修正。ついでに微妙に感じた部分の表現など一部を変更、句読点の追加など。

09/9/5 20:52 母であること16追加。

09/9/29 11:52 母であること17追加。

09/10/14 17:59 母であること18追加。

09/12/21 0:28 母であること19 A's Pre1追加。

10/2/9 21:21 母であること20 A's Pre2追加、母であること4のレイジングハートのセリフに英文を追加。

10/5/17 21:48 母であること21 A's Pre3追加 母であること18の誤字「放し始める」→「話し始める」に修正

10/11/17 1:29 母であること22 A's Pre4追加
     4:33 同話「アリシアを事故を」→「アリシアを事故で」

10/11/21 0:48 母であること4 5.夜の大捜査線→5-2.夜の大捜査線 番号全部ずれるんで-で子番号つけることにしました。

10/11/28 14:00 母であること 番外編2を追加

10/12/13 23:35 母であること23 A's Pre5追加

10/12/14 20:07 母であること23 A's Pre5 指摘された誤字を修正

11/3/2 23:10  母であること24 A's Pre6追加

11/3/3 18:04 Pre6の指摘された誤字・脱字等を修正

11/5/31 17:35 母であること25 A's Pre7追加

11/6/2 21:40 指摘された誤字・脱字・改行異常を修正、注意事項を追加

11/9/13 17:40 母であること26 A's Pre8追加

11/9/13 一部表現の修正 
      母であること5 遭難ブイ→救難ブイ
      母であること 13 プラズマランサー→フォトンランサー:プラズマランサーはフェイトのオリジナルなので。リニスのターン可能なフォトンランサーは加速リングがない、ということにします。そのため誘導使用時の追撃能力は低いが、処理が誘導なしとほとんど同じで軽い、という利点ありということで。
      母であること26 A's Pre8 指摘誤字修正

11/10/2 1:31 母であること 番外編3追加
       番外編 の内臓スピーカー→内蔵スピーカーに修正

11/10/11 22:53 母であること 番外編4追加

12/2/2 22:16 母であること27 A's Pre9追加
       いきなり凡ミス ロンワール一佐の役職を課長で統一。機動六課でも?に思ったが「部隊長で課長」で文字イメージがごっちゃに。

13/4/7 18:51 母であること28 A's Pre10,母であること29 A's Pre11を追加

2013/4/23 0:57 タイトルを修正



[10435] 母であること 1
Name: Toygun◆68ea96da ID:6b398a8f
Date: 2009/08/25 11:05
1.わたしが母さんよ?

 けほ、こほ。
軽く咳き込む。

むうぅ、風邪かなぁ。ちょいと夜更かししすぎたかな?

と、そんな軽い現実逃避も許してくれなさそうな状況です。

どこやねん、ここ?

デスクと一言で片付けるには年代物な感じの机の上に何冊もの本が置かれている。椅子も同様のアンティーク調な奴だ。部屋の窓はまあ、なんというか、丸っこい上縁部を持つ縦長の奴だ。外の風景は都会ではありえないのどかな草原が見える。ぶっちゃけ、6畳一間のアパートではありえない。

というか私は誰だ?

これまたでかい姿見に映っているのが俺らしい。腰まではあるだろう長い紫がかった黒髪、やや疲れた感じを受けるが充分美人の部類に入る顔。ちょっときつめかな?濃紺のドレスに収まってる体はまあ、なかなかのプロポーションだ。

 なんとなくやりたくなってクルっと回ってみた。
 直後に壮絶な自己嫌悪とともにorz。

 ついでになんか体を動かすのもたるい感じを受けた。どっちにせよ疲れているな、こりゃ。
 とはいえこれもまた、どー考えても三十路過ぎた会社員(男)の格好じゃない。

 「どうなってるんだかねぇ・・・。」

声も低めではあるが、女性のものだ。断じて俺の声じゃない。しかし明らかに声を発しているのは俺なんだが。

などとしているうちに、

けほ、こほ。
また咳が出る。
けほ、けほ
こほ。
けほけほけほ。

やばい、咳とまらん。

ごほっ、ごほっ。

目に付いた小卓に水差しとグラスが見えた。立ち上がるのも億劫で立膝で卓に取り付くとやや震える手で水を注ぎ呷る。口の端から零し気味だがこの際どうでもいい。

「ふー。」

とりあえず咳はおさまってくれたがまいったな。今の俺、風邪ってより気管支炎か結核状態か?医者はどこだ。

などと考えていたらどたどたと駆けてくる音が聞こえて、今まで気にしていなかったドアから人が飛び込んできた。

 「大丈夫ですか、プレシア!」

 そっかー、今の俺の名前プレシアですか、リニスさん。

 研究が大事なのも分かりますが体のほうも気をつけてください、とか聞こえますが乾いた笑いしか浮かびません。

 「どうしました?プレシア」

 そんな俺の様子に怪訝そうな表情を向けてくるリニス。ここでいきなりばらすのもなんだし、黙っておくか。ああ、リンクは切れ気味にしておかないとばればれかな。

 「少し無理をしすぎたみたいね。しばらく休むことにするわ。」

その場はそう誤魔化して、リニスの手を借りて立ち上がる。さて寝室は・・・そう考えたところでここからの場所も、部屋の情景もすぐに思い浮かんだ。どうやら「プレシア・テスタロッサ」の記憶を利用できるようだ。

 寝室で、そばにいますといったリニスに、フェイト達の面倒をたのんでなんとか下がらせた。とりあえず一人で考える時間が必要だ。

 記憶、よしというか二重化してる(泣)

 魔法・・・軽く確認に明かりなんぞ出してみたが問題ないらしい。まあ、体調に響きそうだからこれ以上はやめるが。

 状況・・・まだ犯罪までは踏み出してないよな・・・少なくとも管理局とガチバトルにはなってない。で、ここ「時の庭園」の最深部にはアリシアが眠ってると・・・現状維持するしかないかな。埋葬するにしたってどこに埋葬したものやら。

 リニスとフェイトとアルフがいることは分かったし、「時の庭園」もまだ次元空間に移動してない。

 どーやってシナリオのつじつま合わせたもんかね。


2.本当は怖い家庭の医学(泣)

 えー、そこのあなた、体がやたらだるい日々が続いていませんか?

 咳が毎日出て、時折咳が止まらなくなったりしませんか?

 放っておくと、大変なことになりますよ。

 具体的には、
 入院シマスタ・・・orz

 やばいんです、呼吸器系が。慢性の気管支炎つーか初期の結核というか・・・だからあれほど薬品の扱いには気をつけろと小一時間問い詰めたいぞ、プレシア。というわけで、金だけは余ってたんでクラナガンの大病院に今います。

 ベッドの脇には家族総出で待機中・・・気まずい!

「まあ、喀血までは行っていないのが不幸中の幸いでしたね、テスタロッサさん。」

 検査後、リニスだけつれて結果を聞いたら主治医はこともなげにそう抜かしやがりました。

「しかしこうも呼吸器系が傷ついてますとねぇ、順当な方法は対症療法くらいしかないんですよ。」

「臨床試験的な方法はまあ、いくつかありますので、そちらの方で気長にいきましょう。」

気長にいって治るんかいな。確か原作じゃフェイトが9歳の段階であと1年生きればいいほうってレベルだったぞ。ぶっちゃけ器官まるまる培養して交換したほうが早いんじゃないのか?

「まあ、最近は再生療法が発達してきてますからねぇ。まあ、そちらはご存知でしたよね?」

 なぜ俺が知っている・・・ってそういえばプロジェクトFATEの研究結果、当たり障りのないのは特許出したんだった・・・。

結局、プレシア自身の特許をベースにした再生療法で治療していくことになったとさ。


3.家族旅行

 次元空間ってのは暗いね、ほんと。

 いくら技術で守られているって言っても、不気味で心細い。

 宇宙飛んでるのと変らんがな。

 で、今居るのが個人用次元航行クルーザー。お金持ちのステータスアイテムの一つってやつ。定員25名、航続距離は・・・まあ、その辺のスペックはどーでもいいや。

 なんでこんなもんに乗ってるかというと、退院祝いで家族旅行に行くことになったわけで。都会と田舎しかないようなミッドチルダを脱出、常夏の一大リゾートと化している第32管理世界「アリア」に行くこと・・・。

 お船はどうしたかって?

 買いました。

 お金はどこからって?

 そりゃ私のポケットマネーっつーか、特許で稼いで使い道もなくうなってたお金からですよ。

 自分の退院祝いを自分の懐から出してるのもなんか妙だけど、まあ、フェイトもアルフも初めての旅行に喜んでるからいいか。リニスは相変わらずですが。

 そういやフェイトももう9歳か・・・なんか色々不都合起きそうだな。戸籍とかはどうにか伝手やらコネやら駆使して何とかしたけど、うん、ジュエルシード事件は起きないから親友が出来そうにないな・・・都会に引っ越して学校行かせた方がいいかもしれん。

 それにしてもコネ使った時点で気付いたけど、結構やばい方面にもコネあったね。うん。J.S.さんなんかからは要約して「最近おとなしいね」な通信もらってたり(TT)。庭園の倉庫もやばいものいっぱい。戦争準備始めるの早過ぎだよ、プレシア。

 庭園といえば、・・・アリシアはお留守番・・・って言っていいのかな~。やっぱりそっちの研究もするべきだろうか・・・。しかし退院っていっても治療継続中だし、きついなぁ。

 などと思考のドツボにはまってたら、リニスの声で現実に引き戻されましたよ。

「あら、通信ですね。」

ブリッジのコンソールが軽く光ったと思ったら激しく点滅し始めた。何だ?!

『メーデー!メーデー!こちらトラヴィス貨物701、所属不明船より攻撃を受けている、至急救援求む!繰り返す、こちら・・・』

うげ、次元空間内で海賊?!こっちは非武装船じゃ、勝ち目なんぞねぇ。

「リニス!救難信号中継して、あとは適当に退避可能な次元世界をソート、通常空間に・・・」

「トラヴィス701及び海賊船、視界内に入ります!対向航路上、急接近中。」

リニスがそう叫んだ直後だった。いきなり急接近していた貨物船が爆ぜた。破片とそれ以外のもろもろがこちらの船にも降りかかってくる。なんて無茶しやがる!

「通常空間に転移します!」

とリニスが操作するのを瞬間止める。目に見えたものは流石に見捨てられない。見えたのは3つ!

 何を、とリニスが問うのに答えもせず転移魔法を使用する。近距離とはいえ視覚情報のみで、それも3つ同時に引き寄せた。起動から完了まで5秒。結果、3人の人間がブリッジ内に出現する。

「転移して!」

転移した先も真っ暗だった。何故?と考える間もなく船が激しく揺れる。リニスが操縦席から放り出されるのが見えた。立っていた自分、ブリッジに転送した3人も揺れにひとたまりもなく投げ出され、あちこちに体をぶつける。キャビンにいるフェイトは、と思ったところで頭をぶつけたらしい、でかい星とともに意識が闇に閉ざされた。


後書き:

プレシアの病気とかどう治すのか問題ありそうだけど、とりあえず思いついたんで書いてみたネタです。これから後はお母さん無双になる予定。足りない敵役は海賊を配置したわけで。それにしても、プレビューしながら文章直すの大変で。メモ帳から貼り付けて即ってわけにはいきませんね。



[10435] 母であること 2
Name: Toygun◆68ea96da ID:6b398a8f
Date: 2009/08/25 11:08
4.家族旅行転じて遭難


 目が覚めるとベッドの上でした。

 あれ?っと一瞬思ったけど、天井は船内キャビンのものだったんでリニスあたりが運んでくれたものと判断。ふと隣を見るとベッドの端に頭をもたれて眠っているフェイトはっけーん。うん、これは保存、と思ったがデバイスもカメラも手元にはなしでガックリ。適当なストレージでもいいから作ろうと決意して、それはともかくフェイトを起こす。

「起きなさい、フェイト。」

軽くゆすってみると、ん、と声を出してすぐに顔をあげた。とはいっても眠いのか目をこすっている。

 むー、この感じもなかなか。

などと馬鹿なことを考えつつ、ちゃんとベッドで寝ないと風邪引くでしょ、と声をかける。すっかり母親に馴染んでます。

 当のフェイトはやっと頭が動き出したらしく、

「母さん!大丈夫!?」

と飛びつかん勢いで迫ってくる。おー顔が近い上に真剣だ。

「大丈夫よ。頭を打ったと思ったけど痛みも無いから、リニスが治療してくれたんでしょうね。」

 フェイトも怪我が無くて良かったわ、といいながら頭を撫でてやる。

「そういえばリニスは?」

ほわわんとした表情のフェイトを眺めていたかった気もするが、あえて質問する。

「リ、リニスはその、怪我した人の世話とか、結界張ったりとか忙しそうにしてる。」

反応が怪しいのはなでなでにだれきっていたからか?・・・あまり撫ですぎるのも教育上に良くないかも知んない。

「そう、それじゃ私も動かないとね。」

「か、母さん、無理しない方が。」

大丈夫よ、と言って起き上がる。とりあえず状況確認が必要だが、やることはいっぱいありそうだ。貨物庫に入れておいたあれも必要かもしれない。

 
 ブリッジに行ってみるとリニスの他に二人の男性がいた。とすると、怪我人は一人かな?

「プレシア、まだ休んでいた方が。」

「そうも言ってられないでしょ。遭難したとなったならやることはいっぱいあるわ。とりあえずは、」

自己紹介からね?といって周りを見回した。

 やや年配で恰幅のいい男性から口を開いた。あごひげは立派だが頭は致命的に寂しい。

「わたしはトラヴィス貨物701 警備主任のサフラン・エスパスです、マダム。」

襲撃を受けたときはこっちの若いの、それと後もう一人と貨物庫にいたんですがと続ける。

「僕はサフランさんの下で警備を担当してたクリオです。」

んー若いな~20になったかならないかくらいかな?

「私はプレシア・テスタロッサ。この船の所有者よ。」

でこっちが娘のフェイト、と自分の後ろに隠れていたフェイトを引っ張り出す。人見知りかなぁ?ちゃんと挨拶なさい、と軽く叱っておいた。

「フェ、フェイト・テスタロッサです。」

うむ、よろしい♪ 

 私はさっき二人に自己紹介しましたので、とリニスが続けたので、とりあえずブリッジ内は問題なしと。と、サフランが真剣な面持ちでこちらを見ている。あの、何か?

「マダム、この度は命を助けていただき、ありがとうございます。」

クリオも一緒に頭を下げてくるもんで思わずおろおろ。

「いや、まあその、困ったときはお互い様というか。」

 ふと生暖かい視線を感じたんで見るとリニスがこちらを見ていた。その手に持っているデバイスはなんですか!ここ数年はプレシアの新しい面を見れて楽しいですとかぬかしとる!状況は不利です!

「え、えーと、怪我人がいると聞いたんだけど、やっぱり警備の方?」

とりあえず強引に話題転換。

「ああ、怪我されたトランサーさんは私が治療して、安静にしてもらっています。」

傷口や火傷を治すので精一杯だったので、しばらく安静が必要ですね、とリニスが告げる。

「ああ、トランサーは警備ではなく、機関室の技術員ですよ。配属が違います。」

私もたまに顔を合わせるくらいでして、とサフランが続けた。

「あれ?それでは貨物庫にいたもう一人っていうのは?」

途端にサフランとクリオの顔が暗くなるところを見ると、どうやらあの時不幸にも私の視界には入らなかった人物のようだ。

「その、言いにくいのですが、残念ながらその彼はまだ次元空間内かと思います。」

「そう・・・」

私の影に隠れ気味のフェイトも事態が飲み込めたのか暗い顔をしている。

「こんなことをマダムに言うべきではないでしょうが、出来れば私ではなく彼を救って頂きたかった。」

失礼、ただの愚痴です、とサフランは続ける。

「その彼のお名前は?」

「今回の荷物の管理責任者、ユーノ・スクライアです。」

はへ? ユーノ・スクライア?

完全に呆けました。


後書き:

 萌えっぽい表現はあまり得意でもない為、型どおりしか書けない・・・表現し切れん!精進あるのみか。



[10435] 母であること 3
Name: Toygun◆68ea96da ID:6b398a8f
Date: 2009/08/24 18:10
5.とりあえず現状把握


 やるべきことはいっぱいあった。現在位置の確認、船の状態の把握、非常食のストック、etc。

「救難信号の中継はうまくいっていた?」

「ログ上では中継済みになってますけれど、本船の分は発信してませんし・・・。」

「次元空間用の救難ブイはまだ出さない方がいいわね、多分襲撃した連中がまだうろうろしている筈よ。」

獲物の荷物をばらまいてしまった連中に、稼ぎの足しになるかもしれない獲物の位置を教える気にはならんです。

「食料、医薬品等のストックは完璧です。この人数なら3ヶ月は持ちますね。」

まあ、定員25名の船に7人しかいないし。

「船の状態は、通常空間なら移動は可能ですけど、次元空間は移動に支障が出そうで・・・。」

そこは救助が来たら曳航してもらうか。いきなり船にかけておいた保険を使う羽目になったのも痛いなぁ。保険のシステムなんて世界が変わっても一緒だから当分保険料が下がらないのは確定したっぽい。おのれ、海賊め!

「で、現在位置なんですが・・・第97管理外世界です。」

外部モニターを見ると、山頂中腹付近に突っ込んだようで。隔離結界を張っておいたから船が見つかることは無いと思うが、突っ込んだ分の山の被害は外から丸見えになる・・・。

「それと、このデータを見て欲しいのですが。」

船が通常空間に突入後、何かが多数近くにばらまかれたらしいデータだ。船のセンサー自体が半分busy状態だったので大雑把な落下地点しか分かりそうにも無いが・・・。

「十中八九、サフラン達の警護対象のロストロギアでしょう。」

 ジュエルシード、でしたっけとリニスが続ける。こっちの内心はがっくり来たというか、ほっとしたというか。本来のプレシアがやることを海賊が行ったわけだ。しかしこれでフェイトの親友ゲットのフラグは立ったのか?先行き不安だけど。

「回収が必要ね。」

「危険です!次元空間からもこれは観測出来ている筈です。海賊と鉢合わせする可能性が。それに、ロストロギア自体も。」

「なおさらよ。ロストロギアを積んだ貨物船に撃沈レベルの砲撃撃ち込む連中よ?ロストロギアの扱いなんて分かっているとは思えないわ。物によるかも知れないけど、次元空間に逃げれない状況で暴走された日には、巻き込まれる可能性が高いわよ。」

まー実際には完全に暴走したら逃げ場が無いんだけど。それより、なのは、ユーノ組が海賊に鉢合わせる可能性も高いんで、それの警告もしてやらなきゃならんし。生きてるよな、あのフェレット。

 完治したわけではないんですから自重してください!とのリニスのお小言もどこ吹く風で考える。あ、その前に薬飲まなきゃ。

「そこはそれ、負担を考えて程ほどにしておくから。」

 病み上がりで通院中とはいえ、Sランク魔導師なめるなと。さて、封印処理が出来るのは自分とリニス、フェイトとアルフの4人。残念ながら、サフランとクリオは封印処理が出来るほど熟達していない。ランクもDだと言っていたし。まあ、民間でDランクはましなほうだけど。Cランクもあれば管理局に確実にスカウトされるから。

「戦闘を考えると、手数が足りないから奥の手出さなきゃね。」

捕虜も取らなきゃならなくなるしー、と気軽に呟きながら貨物庫の方に歩いていく。捕虜ってなんですかーとリニスが叫んでいるが気にしない。


「いつの間にこんなもの積んでたんですか・・・。」

「積む自体は簡単よ、収納ケースを担がせて歩かせるだけだから。」

それよりも積み込むまでが大変だった。運送屋に頼んでアルトセイムから空港まで付き添い、さらには空港では係官をなだめすかして書類上は危険物にあたるこれをミッドチルダ外に持ち出すことを許可させるまでが。ほとんど引退状態とはいえSランク魔導師、結構無理が利くのは恐ろしかったが。フェイトに魔導師ランク試験受けさせてなかったのも幸いした。ぶっちゃけ娘の護衛の一点張りで押し通してた気もする。

 出てきたのは傀儡兵が5体、いずれもAランク相当の一品。接近戦用のメイスと中距離用の直射魔力砲を左肩に取り付けたモデルだ。身長は約2mとでかい。「プレシア」が時の庭園に溜め込んでいたものからピックアップしたものである。

「お金があると便利よね。こういうものの所持許可出やすいし。」

護衛対象の登録や非殺傷設定などをいじくりながらしゃべる。有能な魔導師は大体管理局に取られてしまう以上、民間は低ランクを雇うか、こういった魔道兵器に頼るしかないのは明らかな為、ややグレーゾーンだが所持・運用許可は取りやすかった。もっとも、「プレシア」はそういったことさえも気にかけずに集めていたので後で「自分」が苦労したわけだが。


「とりあえず2体はここの護衛に付けるとして、あと3体は自由に使えるわ。1体は私が護衛に連れて行くとしてと。」

フェイトは魔導師としては仕上がってるはずよね、とやや真剣な面持ちでリニスに尋ねる。

「ええ、「最初の契約」通りに。」

それじゃ大体把握出来たことだし。

「じゃ、サーチャー撒くところから始めましょう。」


後書き:

 章が進むに従って分量が増えてきた気がする。実はテンプレ乙とかいいながら、書き出しが一番難しいような。



[10435] 母であること 4
Name: Toygun◆68ea96da ID:266f305a
Date: 2010/11/21 00:48
5-2.夜の大捜査線


 夜、捜索をかねてサーチャーを設置する。リニスは自分がやりますと言っていたが、あいにくとこの「仕込み」は何が何でも自分でしなければならない。何分フェイトのためである。看板や電柱の銘板で確認した「海鳴」の文字より、ここが海鳴市であることを確認。あえて都市部はフェイトとアルフに任せ、自分は郊外を飛び回って見つけた「屋敷」と「温泉旅館」まわりを重点的にチェックする。探せばジュエルシードはあるかもしれないが、そこは「彼女」と娘が接触する可能性があるポイントだ。今、回収するわけには行かない。

「そして連中にも回収させるわけにもいかないっと。」

温泉旅館からやや離れた川沿い。

闇夜に走る、羊が二匹。

「足の遅い羊はどれかいな、っと。」

実際には足の速い羊の前に連れていた傀儡兵を転送したわけだが。

「うわっ、傀儡兵だと!」

直後にしたのは銃声。しかし、傀儡兵にその程度の銃撃など効果は無い。とはいえ、やはり自分が前に出なくて正解だった。念話の要領で魔力砲を海賊の一人に向けて発射させる。回避の間もなく、一人倒れた。残る一人が逃げにかかる。走るしかないその一人に、先ほどと同レベルの魔力弾を今度は自分が撃った。

 後の処理は慎重に行った。傀儡兵に連中を後ろ手にさせて、手と足を遠隔でバインドする。これで二人無力化。問題は、この辺りに何人投入されたかだけど。一帯をサーチしてみたものの、特に反応はなかったのでこの辺りにはもういないようだ。とりあえずリニスに連絡してからこいつらを適当な船室に押し込めておくように指示して、転送した。見張りには当然傀儡兵を立てるようにして。

 さて、あとはどうするか。

海沿いの公園とかも回るべきか。あの辺は回収しても良さそうな気もするが、捜索するとなると手間がかかる。リニスが私の「体調」を気にして定めたタイムリミットも近い。

 八神一家に反応されても嫌なので、住宅街はパスするとして、公園には上空をパスしながらサーチャーをばらまいてから引き上げることにした。もしかするとフェイトより働いてないかもしれない・・・。趣味に走りすぎたかも。

 
その頃の高町家:

『Master,the high magic source seem to have passed the distance a little.(マスター、高魔力源がやや遠距離を通過したようです)』

「え、もしかしてジュエルシード?」

「高魔力源が通過だから魔導師かもしれない。まさかあのときの襲撃者が!?」

プレシアのニアミスに、なのは、ユーノはパニックになりましたとさ。



[10435] 母であること 5
Name: Toygun◆68ea96da ID:266f305a
Date: 2011/09/13 17:43
6.夜明けの取調室


 捕虜を尋問した結果、

『あの砲撃は砲撃手のミス、沈めるつもりはなかった。』

『せめて反応があった積荷の一部が回収できないかと通常空間に何人か送ってみた。』

『積荷が何かは知りません。』

ということが分かりました。完全に流しの海賊の犯行です、本当にありがとうございました。

「困ったわねぇ。」

「その原因が何を言っているんですか。」

昨日、タイムリミットを1分オーバーしてしまったのでリニスの機嫌が大分悪い。とはいえ、困ったことは別のことなんでその辺の誤解は解かねばなるまい。

「困ったのは救難ブイの打ち上げタイミングよ。捕虜自体のことじゃないから。」

はっきり言って捕虜というか善良なる市民による逮捕は予定通り。でないと情報が手に入らない。

「まったくですな。」

「今上げるとこっちの存在を教えちゃうことになりますね。」

私の意見をサフランとクリオが補足してくれた。

「下手をすると船ごと持っていかれるわね。」

通常空間に出るのは向こうとしちゃ博打になるでしょうけどね。あのときの撃沈で、多分向こうのセンサーはこっちを明確には探知出来なかったのだろう。だから多少なりともセンサーが捕らえたロストロギアの反応を追ってきたわけだ。

「かといってこのまま膠着状態で逃げられてもしゃくだし。」

管理局の艦艇―近くを航行しているのはアースラの筈だから、来るのはアースラだろう―が来てくれるのが一番なんだが。

いっそ次元跳躍攻撃で沈めてやろうかしら、と呟いたのを、リニスが青い顔で止めてくる。

「過剰防衛で逮捕されます!」

やっぱりそうなるよねぇ。

「ああ、向こうの人員の構成を聞き出すのを忘れていたわね。また後で聞くとしましょう。」

その言葉にリニスが顔面蒼白になった。卒倒寸前かもしれない。流石に「尋問」に電撃マッサージはやりすぎだったかな。ちなみに、サフランとクリオはその時は立ち会っていなかったため、リニスの反応を別に取ったようだ。サフランが申し出る。

「マダム、その役目は我々が引き受けましょう。口の悪い連中の相手は慣れていますので。」

数刻後:捕虜にした海賊を収容した船室内にて

「貴様らの相手などにマダムのお手を煩わせることも無い。」

「知っている事を吐いてもらおうか。」

傀儡兵を従えた男二人と「マダム」という単語に怯えた海賊はただただ頷くだけでした。



[10435] 母であること 6
Name: Toygun◆68ea96da ID:266f305a
Date: 2009/08/24 18:18
7.目撃!未来の魔王


 サーチャーをばら撒いて一週間、あまり芳しくなかった。いや、ジュエルシードは2個ほど見つかった。地道なサーチによってだが。

休眠状態にあるジュエルシードはサーチャーには簡単には引っかかってくれないようだ。ついでに海賊をさらに2名捕虜にする羽目にもなった。見つけちゃったんだからというかその時はこっちが見つかったからしょうがない。そして、7日目、フェイトが都市部に設置したサーチャーが大量に反応した。

「あっら~。」

モニター上には都市の複数のブロックにまたがって増大する植物が。ベースはただの木か?

「まずいですな。」

「どうしましょう。」

パニックこそ起こさなかったものの、ここまで派手に暴走されると逆に気が抜ける。

「真昼間っから暴走されちゃこっちもろくな手が打てないわね。」

中心点を把握して転移、一撃離脱が理想だけど。

「サーチャー周囲、反応が大きすぎて暴走の中心を特定できません。付近のサーチャーも暴走体の意図せぬ行動で次々に潰されています!」

リニスの報告を聞きながら思考する。ここまで広範囲に暴走されると結界もそうはれない。いや待て、確か何か忘れているような。

「さらに、別の高魔力源出現!」

「どこ!」

「サーチャーが大分潰されたので・・・暴走体からやや離れた建物から」

そこでいきなり、計測ゲージが跳ね上がった。幾つかのモニターにはピンク色の魔力光に輝く砲撃が映りこむ。それだけで終わりだった。暴走体、沈黙しました、とリニスが計測結果を報告した。リニスの横からパネルを操作する。目的の映像はすぐに取り出せた。

「この子ね。先ほどの砲撃は。」

ビルの屋上にたたずむバリアジャケット姿の女の子―の後姿。金色の杖による光の反射が映像の状態をより悪化させている。サーチャーが大分潰れたのと、この屋上に直接設置されたサーチャーがないせいでそれが限度だった。

「子供!?」

「のようね。サーチャーによると遠隔でジュエルシードが回収されているし。」

「かといって管理局員でもなさそうですな。」

この子が高町なのはかー。この時点ではフェイトより格下、の筈だが、全然そう見えないのが恐ろしい。なんですか、あの馬鹿みたいな砲撃。ぶっちゃけまかり間違ってもうちのフェイトと喧嘩なんてさせたくない。

「とはいえ海賊なはずもなし。」

少なくとも捕虜から聞き出した海賊の構成員は全員男だし。

「どうにかして接触して協力体制を取りたいところね。フェイトとアルフにも教えておかなきゃ。」

念話でフェイトとアルフにブリッジに来るように伝える。程なくしてフェイトとアルフがやってきた。

「母さん、話って何ですか?」

即座に反応してくるフェイトと比べて、アルフは反応が悪い。そういや最初にアルフに会ってるのは『プレシア』の方だから印象が悪いままなのかもしれない。まあ、睨みつけたりはしてこないから、とっつきの悪い人ぐらいになってるのかな?まあ、そういった関係改善はおいおいやっていくとして、二人に映像を見せる。

「この子に出会ったら、事情を話して協力してもらえるようにお願いしてちょうだい。あと、海賊がジュエルシードを探していることについても警告をしておいてね。」

「はい、母さん。」

アルフがなんか黙ったままだから、アルフもお願いね、と声をかけておいた。

「ん、わかった。」

まあ、ちょっと素っ気無い返事だけどOKとしますか。


後書き:

  オリジナルな情景を描いていくのは大分難しい・・・。オリキャラもほとんどうごかせていないし(モブキャラとはいえ)。トランサーなんて船室でうなってるだけじゃないか。

 サウンドステージあたりだとアルフにとってプレシアは相当こわいおばさんになってるよな。まあ、フェイトを虐待することがなければ憎悪までは感じることは無いだろうけど。



[10435] 母であること 7
Name: Toygun◆68ea96da ID:a9b80411
Date: 2011/03/02 23:19
8.猫めーわく


 『ええ、次元航行についてはエネルギー系統の切り換えが上手くいっていなかっただけなので、設定でなんとかなりますよ。駄目になってる回路を迂回させてやればいいだけですので。』

ブリッジにて機関室でチェックをしてくれているトランサーの報告を聞いている。補助にリニスをつけておいたが。工学系の知識持ちが助手に付くだけで相当違うそうだ。

『ただ、メインドライブも地上衝突の衝撃によるダメージが大きいとの診断を制御系が回答してきてますので、全力運転は無理ですね。リミッターをかけて運用するよう設定します。通常空間での航行も同様ですね。』

お願いしますね、と返答して通信ウィンドウを閉じる。大分回復したトランサーが、何かやることはないかと申し出てくれたので機関のチェックをお願いしたのだが、致命的な被害は無いものの、根本的な解決にはならなかった。全力運転が出来ないとなると、整備状態の悪そうな海賊船相手でも逃げ切るのは難しいだろう。大体、海賊船ってのは安全装備無視して速度を上げてたりするから厄介なわけだが。

 安全装備-そのことに意識が向いた途端、また気分が悪くなってきた。先ほどもそうだ、機関チェックの補助は自分がやろうと思っていたが、出来なかった。気が付くと倒れそうになって、リニスに支えられていた。大型魔力機関-プレシア・テスタロッサにとって、それは鬼門なのかもしれない。

 沈んでいく気分を変えるために、船の外部カメラやサーチャーで外部の様子を見ることにする。船のすぐ外ではサフランとクリオが結界内でランニングやら運動していた。そういえば体を動かしてくる、といってしばらく前に船外に出ていたな。

 さらにウィンドウを切り換えて市街の様子も見る。ちらりと目に入った喫茶翠屋の看板が恨めしい。日本円さえ持っていれば有閑マダムを決め込むのに・・・。

 気分がまた別な方向に飛びそうになるので、フェイト達が今どの辺にいるか探すことにした。実はフェイトとアルフは今出かけている。まあ、現地貨幣を持っていないのは全員同じなんで、お弁当に水筒で飲料物を二人に持たせたわけだが。遊びたい盛りの二人には流石に一週間缶詰(実際には夜間捜索には出ていたが)は精神的にきつそうなので、適当に散歩するのもいいだろう、という事で出かけさせることにした。フェイトが補導されると洒落にならないので、アルフには人間形態でいるように注意しておいたが。都市部、郊外、海岸沿いや公園と、設置済みのサーチャーに検索させてみると、すぐに見つかった。公園-海側の出口の方にいた。

「そういえば二人とも海は初めてだったか。」

アルトセイムは山脈寄りの内陸の地方だ。首都、クラナガンも海からは少し遠い。もっとも、クラナガンから行ける海なんて開発されきっていて、ここみたいな海岸は望めない。二人とも海をぽーっと眺めているようだ。道路を渡って砂浜に下りればいいのに。

「って、車に注意しろって言うの忘れた!」

流石にそれぐらい分からんでもないと思ったが、ここは車社会日本、アルトセイムなんかとは訳が違うはず。慌てて念話をしようと思ったときに、別口のサーチャーが反応を返してきた。海鳴りの郊外-住宅地の向こう側。即座に映像を出してみると。

 森の中に、馬鹿でかい猫が一匹。

陰鬱なのも食い物の恨みみたいなのも吹っ飛びました。うん、生中継は違うね、リアルデカヌコです。即座にフェイト達から連絡が来る。

『母さん、反応が出たよ!』

「こっちでも確認したわ。座標を送信するから、即座に飛んでちょうだい。人様の敷地内だから、結界は忘れないように。」

はい、母さんとの返事とともに念話を終了する。座標も即座にバルディッシュに送信したし、問題はないだろう。あの猫にはたいした危険性はない筈だから、フェイトとアルフが「彼女」と接触するのを見守る方がいいだろう。ふと見ると、封時結界が展開されているのが目に入ったので、いくつかのサーチャーを操作して結界内の様子を映し出す。ちょうど彼女達が馬鹿馬鹿しい情景に呆れている様子が映った。と、デバイスを起動させている、これはお着替えが見れるか?と思ったが、フィールドに包まれているので見えるわけもなし・・・そうこうしている内に、フェイトとアルフの到着を検知した。

「このままコンタクトが取れれば心配事も一つ減るけど・・・。」

少なくとも、「自分の記憶」通りなら、協力者ではなく「友達」になれる筈だ。

 だが、大事なときほど邪魔とは入るもの。ウィンドウの一つが別の反応を知らせてくる。C~Bの魔力反応が3つ。

「やれやれ。」

船内に配置している傀儡兵の2体をピックアップして転移処置に入る。まだ機関室にいるリニスに声をかけておくのも忘れない。

「リニス、ちょっと出てくるわね。」

ちょっとプレシア、と返事が返ってくるが、引き止めにブリッジに上がってこられる前に行くとしよう。転移魔法を即座に発生させる。数瞬ののち、月村家上空への転移が完了した。即座に結界内へと降下する。ちょうど、フェイト達がジュエルシードの封印に取り掛かっていたときだった。海賊どもはバラバラの服装で、野放図に改造されたと見て取れるデバイスを各々構えて木陰からチャンスを伺っていた。

「ご機嫌いかがかしら、皆さん?」

いっせいにこちらを振り向く男達。気配を消すとか器用な真似は出来ないんだけど、何も気付かなかったんかい、こいつら。

「ちなみに私の機嫌はサ・イ・ア・ク。」

そういってバチバチと手から放電を開始して大仰に魔法陣を展開する。男達が慌ててデバイスを構えるが、そのときには自分の正面にラウンドシールドを展開した上で3基の射撃用スフィアの生成を完了していた。海賊の放つ魔力弾がシールドに当たり始めたが気にせずにフォトンランサーを連射する。それだけで防御一方になる連中の両翼から傀儡兵を向かわせる。決まり手は傀儡兵のメイスによる直接打撃でした。あとはいつも通りに拘束し、3人とも傀儡兵に担がせた。

 少し様子を見てみると、フェイト達の方も終わっていることが分かったので、そちらに出て行くことにした。

「母さん、どうしてこっちに。」

「気分が悪いんじゃなかったのかい。」
 
アルフが意外にもこちらの心配をしてきた。はて?と思ったら、リニスが連絡してきたよ、と言ってきたので

「こいつらを放って置く方がよっぽど気分が悪いわね。」

といって捕まえた海賊を指し示す。

「でも、無理はしないで。」

フェイトが心配そうな顔でこちらを見上げる。うん、いい子だ。この程度大丈夫よ、と言って頭を撫でてやる。

「でも無茶はやめといてくれよ、また入院されたらかなわないからさぁ。」

フェイトは誤魔化せたと思ったらアルフに釘を刺された。あんときはフェイトをなだめるので大変だったんだからね、とアルフが続けた。

「お体、悪いんですか。」

「彼女」に話しかけられた。記憶どおりに、こっちもとてもいい子だ。

「前に無理したせいでね。まあ、今は落ち着いてるわ。」

あなたも無理は駄目よ、と釘を刺しておく。もっとも、今言って、それが意味のあることかは分からないが。

「で、フェイト、紹介してくれる。」

「うん、なのは、私の母さんのプレシア・テスタロッサ。」

よろしくね、と言って手を出す。高町なのはです、と素直に握手に答えてくれる。それと、こっちがユーノ君です。と肩のフェレットを指し示す。

「ユーノ・スクライアです。こんな姿で失礼しますが。」

「あら、あなたがユーノ?」

僕をご存知なのですか、と聞いてきたからサフラン達の無事を教えてやった。あの人達も無事でしたか、良かったと呟いている。さて、色々と話したいこともあるのだが・・・。

「プレシアさん、フェイトちゃん、ごめんなさい。友達を待たせてるから、ちょっとこれ以上は誤魔化しきれないかも。」

このまま放っておくと、月村家+客総出でなのはを探しに来るだろう。とりあえず後ほど連絡する、としてその場は別れることにした。さて、感触は良好、今後の行動はしやすくなるだろうか?

 そんなことを考えながら、海賊から没収したデバイスをもてあそんでいた。



後書き:

 ミスが一つ。プレシアもデバイス使ってたorz。無印は見たの大分前だったからなぁ。まあ、公式絵からすると両手首飾りが待機状態のデバイスだろうってとこだろうけど。まあ、さも悪役な杖型だったからなしでいいや。というわけで、ここのプレシアはバリアジャケットもなしでうろついております。リニスも気が気でないw



[10435] 母であること 8
Name: Toygun◆68ea96da ID:5b7d73cd
Date: 2009/08/24 18:27
9.ひとときの休息


 アームドでもないのに付けられた刀身やハンマー。雑多に放り込まれたデータ。粗雑なプログラム構成。使用されている部品とかの質も低そうだ。使い込まれて手に馴染んでいそう、と言うことだけは確実だが。見れば何度も修理したらしい後が見て取れる。物持ちは良い連中のようだ。

「まあ、海賊なんて補給もまともにないしね。」

基本は使い勝手と頑丈さに定評があるストレージデバイスで構成されているが、ジャンクや出所の怪しい部品も多いようだ。全体のパフォーマンスは3つとも低い。その割りに余計な機能も多く、ハッキング関連で機能強化されていたり、斥候を良くやるのか通信機能と視界強化系のプログラムに特化した作りになっているものもあった。ちなみにデータ領域を覗いてみると。

「やっぱり海賊ってのはこの手のデータが多いか。」

非常時に持ち出すなら紙媒体よりはいいだろうが、捕まったら自分の性癖もまとめてばれると言うのは諸刃の剣ではないだろうか、と愚にもつかない考えをする。それにしてもこの男、妙に年齢層の低いデータが多い。連中を押し込めてある船室には近づかないようにフェイトに言っておかないと。

 違法取引のデータや、転送ゲート通過時の記録などに目を通しているときにリニスとサフランがやってきた。

「ブリッジに篭って何をやっているかと思えば・・・。」

「あまり根を詰めるのは体に悪いですぞ。」

とりあえず全メモリ、船のコンピュータにバックアップしておいた。データの有効性の問題も出るだろうから、各デバイス単位でひとまとめにして無編集で。その上でリニスにデバイスを全部押し付ける。

「なんなんですか、いったい。」

「それ使って適当に一台、でっち上げてくれない?」

「いいんですか、一応証拠品だと思いますが。」

「データは部品構成含めて全部こっちにコピーしたから、緊急避難ということで通せばいいわ。捕虜が増えた分、使える傀儡兵が減っちゃったし。細かいところでもいいから戦力強化して置きたいのよ。」

実際のところ、質量兵器に頼るような低レベルは押し込めておくだけでいいが、昨日捕まえた3人は腐っても魔導師だ。「看守」を行う傀儡兵が1体では流石に少ないので2体に増やしたところなのだ。外の警護に1体まわしてあるので、自分が自由に使える傀儡兵は昨日と同じ2体になってしまった。クリオとサフランも交代で看守役についていてくれるが、どちらにせよ見張りの傀儡兵は減らせない。

「わざわざプレシアが出る必要が無いんです。私がいるんですから。」

確かに合理的にはそうだ。だが違う、と心は訴えてくる。リニス、フェイト、アルフ。この3人がいればたいていのことは切り抜けられるだろう。ロストロギアでも、海賊でも。でも、そうしたら、自分は何をしてやれるんだ?ただ待つだけか。そもそも今なんでここにいる。何かをする為だった。フェイト達に何もしてこなかった自分ではない自分と、入院なんてしてろくに面倒をみてやれなかった自分自身の分を合わせて。

「ごめんなさい、リニス。でも、これは私の役目だから。」

フェイト達に、ロストロギアの回収なんて仕事を振ってしまった以上、後詰めをするのは自分であるべきだ。子が子でいるうちは、それが「親」の役目だろう。親、そうか親か。親という役目を、自分は出来ているのだろうか。そんな様子の私に、リニスは軽くため息をついて答えた。

「わかりました。でも、無理は厳禁ですからね!」

なんとなく笑っているような顔で、そう宣言するリニス。では、話もまとまったところで、とサフランが続ける。

「食事にするとしましょう。お嬢さんも待ってますよ?」

そういやもうそんな時間か。


「うー肉が食いたい!」

「お肉ならあるよ?」
 
フェイトが皿の上の肉-シチューに煮込まれた肉の塊をフォークで指す。

「そういうのじゃなくってさ、もっとでかい塊で、骨付きで、豪快に焙ってさ、」

それでかぶりついて食べるんだよ、とアルフは続けた。

「そういう食べ方は一度してみたいですね。」

とクリオが続ける。何分、警備担当とはいえ船乗りだ。仕事中はそんな食事は拝めないだろう。

「私は御免こうむるね。これ以上太ってはかなわん。」

サフランは一応ダイエット中だとか。どうりで日課のごとく船外での運動を欠かさないわけだ。

「アルフ、ともかく今は我慢です。というより、あなたは普段の我慢が足りませんから、今のうちに我慢すると言うことを覚えてください。」

うむ、まったくもって今は我慢のとき、リニスの言う通りだ。

「肉が足りないと言うなら、これも食べるかね?実のところ、まだあまり食欲が無いんだ。」

トランサーがアルフに皿を指し示す。流石にそこまではさせられないとばかりに気まずい顔でアルフは断った。

「いや、あたしの食べたい「肉」てのはそうじゃないし。第一あんたは食欲が無くても食べなきゃ。怪我、治ったばかりなんだから。」

うむ、アルフもいい子だ。

 いい食卓の風景だと思う。これでここに並んでいる食事が、リニスの手料理だったら最高だったのだが。しかし並んでいるのは、保存食-味のグレードは高いものの、手を加えることが出来るものではない。ビーフシチュー、ポテトサラダ、保存容器の形のついたパン、新鮮さの欠けた野菜サラダ。どれも、画一的な味がする。デザートにゼリーがあるだけまだましか。少なくとも「MEET」と書かれた缶詰を開けてダイレクトに食べるのよりはいい気はするが。

 本来なら、私達はリゾート地「アリア」で豪華なお食事、サフランたちは航海終了後の打ち上げで馴染みの店の料理と酒、というところだったんだろうけど。


 ちなみに、捕虜の海賊どもも同じメニューだ。食事を運んだのは傀儡兵だが。監視記録をあとで見ていたら、なぜかみんな毎回涙を流しながら食べていた。思わず、自分はそんなに贅沢なのかと思う。

 でも言いたい。お前ら、そんなに食い詰めてるんなら足洗えよと。


後書き:
 
 短い・・・。 




[10435] 母であること 9
Name: Toygun◆68ea96da ID:5b7d73cd
Date: 2009/08/24 18:32
10.方針確認


 「魔導師」の海賊を尋問した結果によれば、どうやら、あの猫騒ぎの様子は海賊船の方にも中継されていたらしい。もう少し、連中のデバイスのデータを注意して見るべきだったか。なんにせよ、これでこちらの存在は確実にばれたわけか。あとは、連中がこちらに留まるのか、逃げ出すのか・・・。

「連中の船のセンサーはまあ、食い詰め海賊の例に漏れず、精度も整備状態も悪いようで、かなり大きな魔力反応でないと次元空間からは追えないようです。」

「それがこっちとしては救いよね。でも、まだ数の利は向こうが上だし。」

「問題は、このまま逃げても廃業、くらいの経済状態らしく、何か獲物を獲るまでは帰る気はないと言うところですな。」

ちなみに、まだ40人くらいはいるらしい。魔導師は半分くらい。船の状態は悪いと言えば悪いが、通常空間に出てくるのも問題ない程度だとかで、私達の船があるんなら、船ごと来るんだったとぼやいていたそうだ。

「とりあえず、彼女たちとも話をして方針を決めましょう。」



 時刻は夕方近く。高台から街を見下ろせる場所でなのは達と会合をした。こっちは自分とサフラン、向こうは当然なのはとユーノだ。ちなみに、ここが桜台らしい。出来れば親交を深める意味でもフェイトを連れて来たかったが、話し合いくらいで船から人手を引き離すのはしたくなかった。かいつまんで現状を説明する。

「というわけで状況はあまり良くないわね。」

「そうなんですか。」

「海賊は、魔導師としてはそんなに強いのがいないから数で来られない限りはそんなに心配ないけれど、ジュエルシードが厄介だし。あれが暴走する方が、魔導師としては危険ね。」

「そうですね、あんなことが起きるのはもういやです。」

先日の市街での「木」騒動のことだろう。

ユーノがそこへ口を挟む。

「ジュエルシードが発動すると海賊もやってくる、と考えた方がいいですよね。」

「そうね、到着が早いか遅いかはともかく、確実に来ると見ていいわね。非殺傷設定は忘れないように。海賊相手でも、重度の傷害や殺人は問題にされるから。これ以上、捕まえてる余裕も無いから、来ても叩きのめしてやるだけでいいわ。」

あうう、と彼女が呻く。問題が多いので処理し切れてないようだ。ユーノが尋ねてくる。

「その対応でいいんですか?」

「人手が足りないのよ。食料だって限りがあるし。」

「私やクリオもほとんど船の方で見張りをしている状態だね。傀儡兵がなかったらとても出来ないよ。トランサーは整備が仕事だしね。」

サフランが現状を伝えた。

「これ以上、傀儡兵を見張りにまわすと、自分自身の護衛用がなくなってしまうのよ。私自身はフェイトやアルフと違って、接近戦は得意じゃないしね。」

そっちは何か問題はある?と聞いてみる。

「わたしの方は、ジュエルシード探しに時間制限があることくらいです。」

くらいです、と小さなことのように言っているが、それでもなのはは申し訳なさそうな顔をして言った。

「まあ、親御さんに秘密でやっているのだし、そこは仕方ないでしょう。あまり、心配させないようにしなさい。」

ユーノがそこへフォローを入れた。

「そこは僕が上手くサポートしますよ。昼間は僕はなのはの家で寝てても問題ないですし。」

「ともかく、発動前に見つけ出せるのが一番ね。」

現在、彼女達が持っている4つはそのまま保管していてもらうことにした。それに対して、こちらは3つ。今はフェイトが保管している。海賊はまだ1個も確保していないらしい。なんせ1個でも確保したら逃げ出しそうな勢いだということだ。

「で、合計で21個ですから、あと14個ですね。」

まだ1/3か、と全員でため息をついた。



 船に戻ったところでリニスに声をかけられた。

「プレシア、頼まれていた物が出来上がりました。」

「ありがとう、リニス。」

有り合わせの部品で作ったせいか、色が統一されていないデバイスを受け取りながら言う。ブルーとグリーンのコアパーツがヘッド部分に枠で収まったような杖だった。持ったところ、バランスに悪さを感じた。先端側に重量が寄っていて持ちにくい。見てくれからしてそうなわけだが。

「頑丈さを優先で組み合わせましたが、それでも無理があります。劣化を起こしている部品も多いので。」

内部プログラムを確認しながらリニスの言葉を聞く。

「コア自体の内部回路が一部駄目になっていたので、ご覧の通り、コアを二つ取り付けて無事な回路で機能を分担させています。バランスが悪いですが我慢してください。」

「なるほど。」

「それと、保険にしか過ぎませんが、プログラムで許容魔力量にリミッターをかけました。AAランクを超える魔力にはリミッターがかかるようになっています。AAランクでも、処理能力が低下する可能性があるので注意してください。」

「そこまで出来れば十分よ。とりあえず、これでやれることの幅が広がるわ。」

そう言ってさっそく船からプログラムをダウンロードする。

「何をしているんです?」

「サーチャーの統合制御プログラム。流石に出先で多数のサーチャーを自分の脳でコントロールするのは無理があるから。」

基本的な魔法はリニスがプログラムしてくれているのでいじることは無い。次元跳躍レベルはこのデバイスでは無理だからいいとして。転送処理も、このデバイスでまるまる行うのはやめて置こう。最初の座標指定くらいだな。

「残りの部品は保管しておいてちょうだい。多分、管理局に余裕があったら流通ルートを追うような部品も混じっている筈だから。」

試しに、デバイスで船外のサーチャーを数個呼び出してみた。たちまち複数のモニターが展開される。同時に適当に小さなラウンドシールドなどを発生させてみる。

「並列処理にも問題はないわね。あとは魔力弾の誘導制御くらいか。」

流石に船内でやるわけにも行かない。適当に出先でテストしてみるか。

「一つ言い忘れました。耐電処理は部品の耐久力任せになるので、雷撃系はAAランクでも持たない可能性があります。」

あら、っと思わず声を上げる。それは自分も忘れていた。

「フェイトのバルディッシュと違って、耐電処理済の部品なんてありませんでしたので。」

「仕方ないわね。そこは自前でなんとかするわ。」




後書き:

 なんかまとまりがないです。

 バルディッシュやストラーダって、多分、そこらのデバイスよりは電気に対する耐久性は上げてると思うんですよね。



[10435] 母であること 10
Name: Toygun◆68ea96da ID:5b7d73cd
Date: 2009/08/25 11:28
11.温泉?そんなの関係ありません


 そして翌日。

「さてと。」

朝食終了後、おもむろに準備を開始する。水筒に、弁当箱を3人分。

「あの、プレシア、何を?」

「何をって捜索の準備に決まっているでしょう。とりあえず山奥の方だから、あまり人目を気にせずにこれの実地テストも出来るし。」

と、腰に下げたデバイスをリニスに指し示す。まあ、山奥と言っても、近くには温泉旅館があるわけだが。海賊が持ち去っていたりしなければ、まだその近辺にあるはずだ。傀儡兵も一応連れて行くとして・・・。

「それでしたら私も参りますかな。」

運動不足を解消したいのか、サフランが申し出た。ふむ、手数は多い方がいいか。それではお願いしますね、と答えた。

「では、僕はいつもどおり見張りと言うことで。」

クリオがそこへ続ける。

「機関部はこれ以上いじることもありませんし、ブリッジで例のモニターでも見ていますよ」

トランサーはここのところそれぐらいしかやることが無い。あとは大体、リニスを手伝って食事の準備などしてくれるが。

「ともかく、気をつけてくださいね。」

とりあえず声をかけてきたリニスに4人分に変更になった弁当と飲み物を手伝ってもらう。さてと、温泉はまあ無理としても、ピクニック程度にはしますか。

「まあ、今日は夕方くらいで帰るから。」

そう言って4人で出かけた。


 そう遠くもない地点だったので飛行して移動、小川と橋が見えた地点で降りた。飛行の出来ないサフランはアルフに運んでもらった。この中で腕力が一番強いのはアルフだったりするので。まあ、自分は自分で傀儡兵を2体も「魔法で」運んでるんだけど。いや、人を運ぶんなら抱えた方がいいよね?ちょっと気を抜いたら過失致死なんてやだよ。

「この橋から向こうには、ちょっと現地の施設があるから、そっちに接近するときは注意して。」

と言いつつ、この先に、海鳴温泉の旅館「山の宿」があるのかと考えると・・・少し恨めしい。ああ、今頃はなのはとユーノは旅館に着いた頃だろうか。ユーノはあとでいびってやろう。などと遠い目をしていたのだろう。

「どうしたの?母さん。」

とフェイトに不審に思われてしまった。

「な、なんでもないわ。」


 捜索は、可もなく不可もなく。フェイトとアルフ、サフランと傀儡兵1体、自分と傀儡兵1体の組み合わせで行った。まあ、自分はアームチェアこそ無いものの、木陰でサーチャーを制御していたわけなので、実際に足で探しているのはフェイトにアルフ、サフランな訳だが。にしても、この辺りに撒いたサーチャーはそんなに数が多くなかった。数にして10個少々。仕方ないので、低速ながらもサーチャーを巡回させるようにプログラムを組んだ。これだとモニター監視してても見落としやすいが、そこは贅沢を言っていられない。

「あとは探知条件の設定か。」

発見済みのジュエルシードのデータを一応入力する。封印状態のデータなので、同時に微細な魔力反応と、一定サイズの宝石状のものとの探知条件を追加。野生生物もたまに若干の魔力を有するので、誤探知は出るだろうが仕方が無い。それと、魔力パターンを入力して自分達を探知から除外する。

「さっそくヒット。」

って、「山の宿」の方角のサーチャーか。一応反応を確認するが、これはなのはとユーノなので除外する。続いてヒット・・・鼠が引っかかるとは・・・当然Fランクよりも遥かに低いレベルの魔力反応なので、ジュエルシードでどうにかなった鼠というわけではなさそうだ。どうも隠蔽されているサーチャーを、明確には認識できていないものの興味を持って追いかけているようだ。

「勘がいいのか、こういうのが意外と生存しやすい個体なのかも。」

なんとなく研究者的な思考をしつつも、魔力パターンを登録しておいて除外。サーチャーの巡回経路を変えながら、みんなの報告を聞きつつ、午前の時間が大体過ぎた。

 ゆえに、いったん集まって昼食である。

「現場で細かく探査できるようになったとは言っても、なかなかうまくはいかないものね。」

「まあ、ゆっくりやるしかないでしょうね。この辺にあるのは確実なんでしょう?」

「船から近い場所の反応だったから、一番センサーのデータがはっきりしていたのよね。誰かが持ち去ってない限りはあるはずよ。」

まあ、昼間に見つからなければ、夜になって発動するわけだが。温泉になのは達が来ている以上。

「母さんがそういうならきっとあるよ!」

なんかお母さん至上主義になっていないか?フェイト。ちょっと依存傾向・・・この年齢の子なら、その傾向があってもいいのかな?しかし考えてみればあまりかまってやれなかったのが影響しているのかも。天然&マザコンというのも嫌なコンボかもしれない。ふと視線に気が付くと、アルフがジト目でこっちを見てた。アルフとは精神リンクなぞ無いのに、あんたのせいだろ、との声が聞こえた気がする。

「まあ、退屈だろうけど、みんなこの後もお願いね。」

「はい、母さん。」

「異論はありませんな。」

「わかってるよ。」

とりあえずはなんとなく誤魔化して食事っと。


 さてと、午後も同様に捜索しているわけだが・・・。まだ試していない巡回経路があるから、まだ問題は無いんだけど。

「んと、反応が出たかな?」

微細な魔力反応が出たので、反応を検知したサーチャーを一度停止させる。隠蔽したままだと若干ながら精度に影響が出るので、隠蔽を解除して該当のサーチャーでサーチ。うん、誤反応でもないようだ。動いている気配もなし。ただ、方向は分かるものの、どこに、というレベルでもない。いくつかのサーチャーを該当箇所に集中させて範囲を絞り込んでみる。

「んー、これ以上は絞り込めないか。」

何というか、微細な魔力反応が一帯に薄く広がっている感じだ。発生源を特定できない。場所は・・・橋のある川の上流の方の一部の地域と言う感じだな。そこでフェイトが念話をしてきた。

『母さん、サーチャーが移動していったけど、どうしたの?』

『反応が出たんで、そっちに集中させてみたのよ。反応が薄く広がってて、あとは自分で探すしかないけど。』

『どこ、わたしも行く。』

『ちょっと待って、みんな呼ぶから。』

とりあえず、当たり外れは別として、該当地点を全員で探すことにした。傀儡兵は範囲外において警戒に当たらせる。まあ、捜索までは出来ないし。

「捜索範囲はサーチャーでぐるっと囲んだから、見ての通りよ。」

「川の中も捜索範囲ですかな?」

捜索範囲中を流れる川を見て、サフランが尋ねてくる。

「そうね、まあ、まずは地上からで。」

「あたしは対岸側から探すよ。この範囲にあるんなら、結構見つかるのは早そうだね。」

アルフがそう宣言した。

「木の上も?」

フェイトが聞いてきたので少し思案する。

「そうねぇ、除外できないかも。ここら一体に反応が薄く広がっているから。」

「それでは私はあちらから探すとしましょう。」

1基のサーチャーを基点に、サフランがそう告げた。では、反対側から探すとしよう。

 アルフは宣言どおりに、川向こうの方に行ってしまった。まあ、あとで合流することになるだろうが。

フェイトはふわっと飛び上がると、太目の木の枝に乗った。どうやら聞いてきたことをそのまま実行するつもりのようだ。手で触れる範囲の枝をガサゴソとやっている。足場が無い場合は浮遊して。

自分とサフラン、アルフは地べたを探すわけだが・・・腰にくる。ふと顔を見上げると、サフランも同様らしく、時折体を起こしては腰を叩いている。アルフも同様かと思ったら・・・遠目に見ると、草むらから狼の顔が見えた。

「むう・・・そんな手が。」

ないものねだりをしても仕方が無いが。

 ふと、上の方でトンっと音がした。ガサゴソと続けて音がしたので、フェイトだと気付いたが。魔力的には一番疲れるのはフェイトかなと思ったそのとき。ぽとっと、なんか落ちてきた。

 首筋に。

 なんか動いてるよ!さわさわしてる。え、何々、何よこれ。

「ちょ、フェイト!何、これ、取って、取って!」

どうしたの、母さん、と声が聞こえたが、そんなこと気にしちゃいられない。なんかじたばたしてたみたいです。結局、様子を見かねたサフランがこっちに来てくれました。ちょっと大き目の蜘蛛が落ちてきたみたいです。ぜーはーぜーはー。

「どうも、お見苦しいところをお見せしました。」

「いえいえ、どうと言う事でもございませんので。」

そのままサフランはまた反対側に戻っていった。フェイトがなんかしゅんとしていたが、とりあえず、下に人がいるときは注意するように、とだけ言って、自分も捜索に戻る。あー恥かいた。

結局1時間ほどで、二人がかりでの川のこっち側の捜索は終わった。向こうでも見つからなければもう一度になるが。とりあえず川向こうに渡るか。サフランがえいやっ、と向こう側に跳んでいる。「飛ぶ」のも面倒だし、同様にするか。などと、川寄りの草むらを掻き分けて進むと、滑りました。こう、ズルッと。

 どぼん。

「~~~~~~~~っ!」

深さなんて大して無かったので腰を打ちつけたみたいで、痛い。おまけに5月とはいえ上流側の水は冷たかった。と、フェイトが上から叫んでた。

「母さん、それ、スカートの上!」

ふと視線を落とすと、ジュエルシードがありましたとさ。


 

 「お帰りなさい、プレシア・・・どうしました?」

「とりあえずシャワー浴びるわ・・・。」

 なんだか踏んだりけったりな一日でした。
 

後書き:

 なんだかついていないプレシアでした。




[10435] 母であること 11
Name: Toygun◆68ea96da ID:251b0d90
Date: 2009/08/25 11:40
12.ナイトシフト・・・までは行かず。


 日もそろそろ暮れ、暗くなり始めた都会のビルの屋上にて。

「大体このあたりのはずなんだけど・・・」

「これだけゴミゴミしてると探すのも一苦労だね。」

「とはいえ仕方がないわ。地道に探しましょう。とりあえず、サーチャーをここら一帯に集中させるわ。」

そう言って、デバイスを活性状態にして空中に投影したパネルを操作する。この間の「木」騒動でこの辺りのは数が減ってしまっているが、エリアを絞るなら十分だろう。問題は、ここまで人が多いと、休眠中のジュエルシードの魔力反応を追い難いところか。夜勤のモニター監視員の気分になってくる。

「ん?」

思わず顔をしかめる。まだ人も多いというのに、明らかに魔力反応のある人間が10人近く、サーチャーに引っかかってくる。風体の傾向は似たような感じ・・・連中か。路地裏を中心に探しているようなのでまだ目立ってはいないが、浮いた格好の連中が多い。

「フェイト、アルフ。連中が来てるわ。捜索時は注意して。それと彼女達にも連絡をお願い。」

うん、と返事が来た後、すぐに回答が返ってくる。

「なのはがそろそろ時間的に無理そうだから、ユーノが残って一緒に探してくれるって。」

「出来るだけ3人で固まって行動するようにしなさい。連中、バラバラに動いてはいるけど10人はいるわ。」

通りを歩くときは危険だけどバリアジャケットを解除して普段着で行動しなさい、と伝えた。わかった、との返事の後、フェイトとアルフは飛び立った。さて、自分も注意はしなければならないが、せいぜい出来ることは背中の守りを傀儡兵に任せることくらいか。むう、モニターの一部にノイズが走る。駄目そうな回路はソフトウェアで回避している、とリニスは言っていたが、動作可能、のレベルの話のようだ。

「さて、画面を見るだけなら誰にも出来るか・・・。」

前回同様、探索条件を限定しないと。こうも人が多いと魔力反応だけではまともに探知できまい。光を反射するから光物っと。たちまち街灯から歩行者のはめている指輪まで監視対象に入ってしまう。

「サイズ制限と、発光しているものの除外っと。」

これで車のヘッドライトや街灯、店頭の明かりなどは除外できた。あとは地道に探すしかない。移動している物も外すか迷ったが、一応入れておくことにした。魔力反応を持つ個体も外すことは出来ない。フェイトの位置はバルディッシュの反応をチェックするとして・・・。地図を出して各反応の移動状況をチェックする。即座にフェイトに連絡した。

『フェイト、彼女達とは合流できたみたいね。左の通りに入る場合は注意して。連中の一人がいるわ。』

一応、現状での直接接触は避けたい。路地裏なら撃ってくることも考えられる。サーチャーでフェイトたちも追ってみると、通りをまずは覗きこむ4人が見えた。別のサーチャーにはその通りにいる海賊の一人が映し出される。やはり、デバイスを剥き身で持ち歩いている。連中の探し方はいたってシンプル、道端の隅を見たり、ゴミ箱を漁ってみたり。こっちも最終的にはゴミ箱を漁る羽目になるのかな、とうんざりする。管理局が来なければ。

 接触しそうだった海賊をやり過ごし、路地裏に入っていく4人。一応、確認はしておくつもりのようだ。こっちは4人の位置を確認しつつ、他のモニターを見ているしかない。なお、なのはの位置はレイジングハートで確認することにした。アクセス許可はバルディッシュ越しでOKもらいました。同時に、各サーチャーの配置を少し見直す。高度を約3mにし、視野を広げた上で各海賊にも張り付かせることにした。連中が先に見つけたとしても、多分これで手を打てるだろう。 

 しばらくはモニターとにらめっこだ。サーチャーは落ちたコインさえも見つけ出してくる・・・見た感じ500円玉。そこらの自販機でジュース4本は・・・まともなケーキなら1個買ってお釣りがいいところか?などと思考が飛ぶ。店頭の照明は反応しなくなったが、店頭の装飾品は容赦なく引っかかる。どれも手動で除外するが・・・ええい、頑張ってるフェイトにアクセサリーの一つさえ買ってやれんとは、遭難中のこの身が恨めしい。今度から換金しやすい物を持ち歩くか。

 突如として反応が増大した。発動したか、と舌打ちをする。

複数のモニターが警告を告げてくる。さて、今度はどんな惨事になるのか。死者が出なければ御の字といったところだろう。そんな覚悟で画面を見てみれば、なんというか、蛮人?がいた。

 身長は3mくらい?なんか服の成れの果てのようなぼろきれが所々に見える。道路のどまんなかに立っているせいで、そこらじゅうのドライバーからクラクションを鳴らされている。そんな蛮人のまわりで数人の海賊があたふたしているところを見ると、どうやら海賊の1人がジュエルシードで変化した結果のようだ。さて、海賊が願うことなどたかが知れているが・・・。

 突然と通行人を襲って装飾品を奪い始めたりしている。そうかと思えば飲食店に殴りこみ始めた。店頭の見本をかっ食らって首をかしげている。こんどは客の皿を奪い取って皿ごと食い始める始末・・・。

 少しうんざりしたが、仕方ないので結界の展開を始めた。

『フェイト、ジュエルシードが発動したわ。結界を展開するから、そちらも準備してちょうだい。』

モニターで見ればまだ4人そろっている。なのははまだ帰っていなかったようだ。

 結界が展開されたことで、海賊達の狼狽振りも一段とひどくなった。さて、高みの見物を決め込んでいるのも限界があるか。傀儡兵を連れて屋上から降りる。海賊が蛮人のところに集まる前に片をつけた方がいいか。

 さて、現場に到着してみると、意外と早く事は終わりそうな感じだった。

「なのは、フェイト、動きは押さえたよ!」

ってな具合にフェレットユーノが複数のチェーンバインドで蛮人の動きを押さえていたし、

「邪魔なんかさせないよっ!」

とばかりにアルフはまわりの海賊を押さえにかかっていた。あー、容赦なく噛みついてますねぇ。

フェイトはフェイトで高速戦闘中。わらわらと集まってくる海賊を引っ掻き回している。さて、この分担となると、我らが悪魔、高町なのはは、当然、封印処置と言う名の砲撃を準備中。となるとあとは、邪魔を仕掛けてきそうな連中を娘同様に引っ掻き回してやることか。

「行けっ!」

3人ほど固まっているところに、掛け声と共に傀儡兵を上から突入させた。勢い良く行かせたせいか、アスファルトを砕いてこれでもかというくらいにアブソーバーを効かせている。約1秒、完全に固まった海賊の前で、傀儡兵は完全に姿勢を立て直すと、そのメイスをおもむろに構えた・・・妙に芝居がかってないかなぁ?個体差?

 凄む傀儡兵に恐慌状態になったらしい海賊3人が魔力弾を撃ち放つ。そんなものには気にも留めず、彼は踏み込みとともに大振りにメイスを打ち込む。対象とされた男はすんでのところで横に身をかわしたが、足が付いて行かずに転倒。その真横でメイスが大地を文字通り砕いた。仕方がないので転倒した男には、情けとばかりにオーバーキル気味にフォトンランサーを上空から撃ち込んでやった。

『メイスは使用禁止。非殺傷設定厳守の上魔力砲にて目標を殲滅すること。』

不安になって傀儡兵の攻撃手段を変更させる。させたはいいが、何故こっちを見上げる?「彼」はメイスを腰部ラッチに下げると、やや腰を落としてから両腕をゆっくり大回しにしてから拳を構えた・・・こいつ、何かAIに紛れ込んでない?

 傀儡兵が姿勢を低く相手に接近する。海賊の斧状のデバイスの一撃を装甲された左腕で軽く捌くと、返しとばかりにその腹へと金属の拳を叩き込んでいる。質量・硬度・技術、どれをとっても海賊に勝ち目はなく、腹に一撃をもらった海賊はそのまま後ろへと吹き飛んだ。もう一人が無謀にも同様に突っ込んでくるが、それを右腕で捌くと、今度は左手でそいつの襟首を掴んで持ち上げる。

「顔面を左肩の魔力砲前」へ。

 やっぱり何か取り憑いていそう、と思ったところでピンク色の閃光が周囲にきらめいた。

「ジュエルシード、シリアル19、封印!」 

彼女の行動が終了したらしい。ジュエルシードがレイジングハートに収納される。残るはそこらじゅうに噛みつき跡のある奴や、見事にのされている連中ばかりだった。

「今回の発動は意外に小規模で助かったわね。」

「そうですね。」

と、ユーノが答える。

「で、こいつらどうすんのさ。」

アルフが聞いてくる。

「結界をこのまま残しておくわ。仲間が回収に来るでしょうから、ほっておきましょう。」

これ以上押し込めておく場所もなし。

「さて、いったん「跳ぶ」からみんな集まって。」

そういってなのは達も集める。流石にこの状況で直接帰すのはまずい。一旦別の場所を経由しないと。転送座標をデバイスで指定してから、転送処理を自分で行う。少し時間がかかるが仕方がない。このデバイスは信頼性があまりないから。そうして、その場を後にした。


 転送終了後、なのはが目を丸くしていた。転送は初めてだったのかな?と思ったが良く見れば船を見上げている。

「なんというか、魔法もそうなんですけど・・・。」

「実際に目にすると現実感がなくなる?」

はい、と返事が返ってくる。まあ、こんなものが人知れず存在している時点で、地球の常識からするとどうかしているわけだが。

「でも、なんか色々壊れてますね。」

「別の船の破片に巻き込まれたし、山に突っ込んだりしてるからね。まあ、みんな無事だから良かったけど。」

とりあえず、いったん休んでく?と声をかけてみたが、

「いえ、もう遅いんで帰ります。」

まあ、確かに日も落ちてるし。というわけでなのはとユーノの二人を転送で近場まで送っていってその日は終わり。
なんか疲れた。明日はまず傀儡兵のAIのチェックから始めるかなぁ。



後書き:

 ×ARMS同様、まとまりがなくなってきたというか、細切れの情景をつなぎ合わせて話を作っている感じに。途中、傀儡兵の描写が唐突に沸いてきましたが、思ったほど書けなかったかな。次の機会にはこれでもかと書きたい感じもあるけれど、そこまでの描写ができるかは微妙なところです。





[10435] 母であること 番外編1
Name: Toygun◆68ea96da ID:251b0d90
Date: 2009/08/25 11:45
番外編1.秘密

 
 プレシア・テスタロッサ。

 Sランクの魔導師。類まれなる研究者。

「時の庭園」の所有者。フェイト・テスタロッサの母親。

そして、使い魔である私の主人。

とりとめの無い思考だった。今のプレシアに親しみやすさと同時に違和感を感じるせいなのだろうか。最近は彼女のことについて考えることが多い。彼女の変わりようが大きかったせいだろうか。

「何が変わったかなんて、はっきりとは分からないというのに。」

そう、リニスには分からない。本来見る筈だったプレシアの「狂気」を見ていないリニスには。それでも、その狂気の一端は目にすることにはなったのだが。

 行動の変化は分かる。あるときを境に、あれほどに打ち込んでいた「研究」に対して、それほどの執着を持たなくなったようである。事実、研究室に篭る時間は格段に減っていた。研究室にいるときには、良く自分にお茶を頼んでいる。前は誰一人、そこにはいれなかったのに。それでも、フェイトとアルフには立ち入らせてはいないが。

 フェイトとアルフにも良く接するようになった。食事を一緒に取るようになったのはもっとも大きな変化だ。まあ、研究に熱中しすぎて呼びに行かなければならないこともちょくちょくあったが。だが、接し方はぎこちなかった。まるで接し方を忘れてしまったように。いや、それ以前に、プレシアはどの程度フェイトに接していたのだろうか?使い魔たる自分にはそこまでは分からない。


 使い魔-そう、使い魔である自分には、プレシアとの精神リンクが存在する。だが、それは切られたままだ。時折、ふとした弾みでつながったような感覚がすることもあるが、そういうときはなんとも言いがたい、もやもやとした感覚が伝わってくるぐらいだった。

 ある日のことだった。確か、フェイトに作成中のバルディッシュを見せた日だったと思う。夕食時になっても食堂に来なかったプレシアを呼びに行ったところ、研究室にいなかった。研究室に、異常は無い。プレシアは時折、ふらりとどこかで佇んでいる事があるが、これもそうなのか?しかし、何か違う気がした。

『プレシア、どこですか?』

普段は使わない念話を試みた。何か感触はあった。だが、返事は返ってこない。

『プレシア?』

『・・・・・』

イメージだけが返ってきた気がした。いつもは切られている精神リンクが僅かにつながったようだ。不審に思って位置をサーチする。

庭園の下層の一室。


 「保存室」のプレートの付けられた扉。この中だ。

「プレシア、もう夕食の時間で・・・」

なんだ、これは。プレシアがいる。いくつかの機器をここに運び込んで、何か作業をしていることは分かる。だが、これは。

「プレシア、「これ」はいったい」

 瞬間、振り向いた彼女の顔は、怒りに染まっていたと思う。思うと言うのは・・・それがあまりに短い時間だったからだ。気が付いたときにはプレシアの顔は、どこか悲しみを伴うような穏やかな顔だった。

「リニス、「これ」なんて言わないで。心が引きずられてしまうから。」

「プレシア、この子はいったい。」


心がつながる。これは、悲しみ?いえ、憐れみ?


「この子は、アリシア・テスタロッサ。私の-プレシア・テスタロッサの娘。」

プレシアにはもう一人、娘がいたのか。では、この状況はいったい?何故、その子はフェイトと共にいない?

「ねえ、リニス、母親って何だと思う?」


心がつながる。それは、困惑。咳き込むプレシアが見えた。


「子のために何をするのが母親なんだろう?どうやって子供に愛していることを伝えればいい?」

再びプレシアが咳き込む。そして、呼吸が落ち着いたところで口を開く。

「時として母親は、子のために鬼にでもなる。悪魔にでも。」

何も感情は伝わってこなかった。精神リンクは繋がったままなのに。

「でも、その子を、区別してはいけないんだと思う。全ての子を、愛してやらなければ。いかなる生まれであろうとも。」

ごほっ、ごほっ、とプレシアが咳き込む。この感情は-決意?

「それでも、母親は選ばなければ・・・。」

咳がひどくなる。プレシア!と私は駆け寄った。彼女は口元を押さえながら、しゃべり続けた。

「どちらか一人しか・・・助けられないなら・・・」

「プレシア、もうしゃべらないで下さい、体に障ります!」

「フェイトを選ぶ事しか私には・・・。」

ええい、薬湯は食堂に置いたままだ。プレシアの背中をさすりながら考える。ここは環境的にも良くない。長いこと放置しているのか、埃が多く、このところ咳の多いプレシアにはきつい筈だ。

「それでも、見捨てることは・・・」


心がつながる。未練?


「あきらめることは出来ない。まだ・・・方法がある筈。それが「私」の義務?」

「プレシア!」

どうにかプレシアを部屋から運び出した。咳き込み、またどうにか落ち着いて呼吸するプレシア。先ほどからそれの繰り返しだ。

「ともかく、食堂まで「跳びます」!」

それを片手で制された。

「フェイトの魔導師としての「完成」が・・・契約だった、わね。」

こんなときに何を、と思った。それよりも、このままでは共に消えてしまいそうな、そんな感じさえ受ける状況だと言うのに。

「契約の、条件を変えるわ。」

何の為に?あの子-アリシアを見てしまったから?

「死が、二人を、分かつまでよ。私と共にいて、私と共にフェイト達を・・・」

咳き込むプレシア。だから、今はそんな場合では。

「守るんだ。命ある限り。」

力強かった。その言葉は。今、この場で回答しなければならないほど。

「分かり・・・ました。」

今度こそ、私は「跳んだ」。

 結局、翌日も咳が止まらない為に、プレシアは入院した。退院まで大分時間もかかった。皆で何度も病院まで足を運んで、プレシアの世話を焼いていた。これじゃ母親失格だな、なんてプレシアはぼやいていたと思う。そういえば、この騒ぎでフェイトが「一人前」の魔導師になるのも遅れたっけ。


 急造でいいからと、デバイスの作成を頼んでくるプレシア。どうしても、自分が出るといって聞かなかった。

「ごめんなさい、リニス。でも、これは私の役目だから。」

頑として、というには弱いけれども、そこには、普段は感じられないつながりを通して、知ることが出来る感情があった。これは、きっと、決意。母親が子供を守るんだという。それが分かったから、それ以上言うのは私もあきらめた。

「わかりました。でも、無理は厳禁ですからね!」

なんとなく、それが分かったからだろう、私は心配というより、プレシアだからしようがない、という気持ちで釘をさしていた。私もまた、母親なのかもしれない。「誰の」なのかは知らないが。



後書き:

 思いつきで書いている面もあるので、本編とは雰囲気が合わないものも出てきます。でも、なんか書かなきゃならない感じがしたんで。描写されている情景は、小説の方を読んでる方はどこかは分かると思いますが。





[10435] 母であること 12
Name: Toygun◆68ea96da ID:0c91d6c7
Date: 2009/08/25 11:53
13.夜は大人の時間です


 ここしばらくはジュエルシード捜索も空振りが多く、また管理局も相変わらず当てにならない状況が続いていた。適度な散歩に、適度な運動で適当に体調を整える日々。あまりバリエーションのない食事は質こそ上だが、病院食を思わせてあまりよろしくない。暇にあかせて適当にプログラムを弄くってみたり、「私の考えた凄いデバイス」みたいなものを考案して頭を抱えてみたりしてみたが退屈であった。そして、リニスの今回の報告は簡潔かつ現状の役には立たないものだった。

「どうも、フェイトが夜更かしをしているようです。」

「まあ、丸分かりな訳だけど。」

朝、あれだけ眠そうな顔して出てくりゃ誰でも気付くわ。

「お嬢さんもそろそろ夜更かしくらいする年頃では?」

サフランよ、随分と理解があるな。

「僕なんかは遊び疲れて寝てましたけどね。シャワー浴びてから寝ろって親に叩き起こされてましたよ。」

平均的な腕白坊やの生活だったんだな。クリオは微妙に線が細い割には健康的だ。

「夜遊びではないだけうらやましいですな。うちの娘なんぞどこほっつき歩いているのやら。」

明かされるトランサーの家庭事情の一端。しかしそれ以上は泥沼になりそう。それにしても、フェイトが夜更かしか・・・理由は大体分かるが。なにせ娯楽のない船内だ。

「まあ、フェイトには私から言っておくわ。その方が効果もあるでしょうし。」

「本当に大丈夫ですか?」

リニスがやや疑いを帯びた目を向けてくる。むう、確かにリニスは押さえどころをきっちりと押さえるが、それに対してこっちはどこか「甘い」らしい(リニス談)。とはいえ、リニスに任せっきりでは親の沽券に関わるのは明らかだ。

「大丈夫よ。まあ、ほっとくと先方に迷惑がかかることだし、それとなく釘を刺しておくわ。」

「先方、ですか?」

「まあ、初めての友達なわけだし、やたらきつく言っても逆効果だから匙加減は必要ね。」

友達-その一言にどうもリニスはショックを受けているようである。あれ、リニスには話してなかったけ?そこではたと気が付く。

「ああ、そういえばリニスには協力者としての認識しかないかもね。」

「いつの間に・・・友達が・・・。」

厳しく接することは出来ても、精神的にはフェイトべったりなリニスには、その事実を知らないことは大分衝撃らしい。

「前に話した高町なのはって子と、サフランたちの知り合いのユーノって子よ。ジュエルシード探しの協力者だけど、実際責任問題等含めるとユーノがジュエルシード捜索の総責任者になるところだけどね。」

その二人ですか、とリニスが返事をする。

「ほほう、その二人ですか。」

と、サフラン。ちなみに二人はこんな感じね、と映像を見せる。これが出来るだけでもデバイスを用意した価値があった!



 昼食後、フェイトとアルフを部屋に呼ぶ。

「フェイト、アルフ、ちょっとこっちへいらっしゃい。」

フェイトは一瞬きょとん、としていたが、こっちへ素直にトコトコとやってくる。対してアルフはやや顔をしかめながらこっちへ歩いてきた。アルフの方が勘がいい・・・というよりフェイトが絶望的に鈍いのか?いや、あえて怒った口調も、堅い口調もせず自然体に呼んだわけだが。

「フェイト、ここ最近、夜更かしをしているようね。」

「え」

どうやら完全に不意打ちになったらしい。絶句した上に目をまんまるに見開いている。はて、そこまで衝撃を受けることなのか?

「まあ、お友達との会話が楽しいのも分かるから、するな、とは言わないわ。余計な仕事もさせてることだし。」

「節度を持って、楽しいことは楽しむこと。そうね、10時には寝なさい。」

しゅん、としてフェイトは答える。

「はい・・・母さん。」

いい子ね、と素直なフェイトの頭を撫でてやる。素直すぎる、とも思う。アリシアだともっと我が儘なところが・・・一瞬、記憶に「引きずられた」ようだ。まあ、いい、そう実害もない。ついでに付け足しをすることにした。

「いい、フェイト、夜更かしは女の敵の一つよ。それは美容の大敵なの。時間は可能な限り節約して眠る時間を作ることが重要よ。」

フェイトはいきなりの話題の転換に?な顔をしていたが、そのうちわかるわ、とだけ言っておいた。

「アルフも、その辺において注意しておいてちょうだい。」

「分かったよ。」

フェイトの現状はアルフが一番分かっていたので、そう答えてきた。アルフは素直でこそないが、物分りはいい方だ。

「あと、今日の捜索は中止にするわ。二人とも、良く休んで体調を整えてちょうだい。それと、アルフには話したいことがまだあるからもうちょっと残って。」

その言葉に、アルフが代わりに怒られるのでは、と思ったらしいフェイトが私もと言ったが、ただの相談だからと言ってなだめて行かせた。さてと、これで話を進められる。

「プレシアがあたしに相談なんて珍しいじゃないか。どういう風の吹き回しだい。」

相変わらず、憎まれ口に近い口の利き方だ。やっぱり嫌われているんだろうな、思いつつ、話を始める。

「フェイトのことだけれど、アルフから見てどう思う?」

「どうって・・・何か問題があるのかい?そりゃまあ、今回の件で注意しなかったあたしもまずかったけどさぁ。」

「いや、その件はこれから注意してくれればいいから。まあ、まだフェイトの歳だとあまり気にするべきことでもない筈だったのだけれどもね。ここへ来て荒事が増えてきてるから、そうも言ってられなくなったのよ。」

「フェイトは疑うことを知らなすぎると?」

やっぱりアルフは物分りがいい。

「そういうこと。まあ、大体においては私の責任ではあるけれど、能力はともかく精神面では箱入りね。」

「本来なら、もっと教えておくべきだけど、それもそれで嫌な話しだし、ともかく、フォローお願いね。」

「そういうことなら任しときな。フェイトにちょっかいかける奴にはガブっといってやるからさ。」

こういう面は単純なんで少し心配になるのだが。

「あまり大騒ぎにならない方法で対処してちょうだい。まあ、話はこれで終わりだから、もう行っていいわよ。」

あいよ、と言ってアルフは立ち上がる。部屋を出るとき、アルフは突然立ち止まってこちらを向いた。何?と声をかけてみたら。

「あんたも結構話せる相手だな、って思っただけ。じゃあね。」

そういってアルフはフェイトの部屋に戻って行った。話せる相手か、どうやらアルフとの溝は狭まったようだ。一つ問題はクリアしたかな?でも、別の問題が見えてきた気もする。

「素直・・・すぎるよな。」

あれくらいの年齢なら、珍しくもないかもしれない。でも、素直すぎる。フェイトの中では、プレシア・テスタロッサという存在は全肯定されている可能性だってある。能力があって、ある存在を全肯定してしまっている子供・・・。

「星座の話でもするべきなのか?」

思わずそんな愚にもつかない考えを呟く。まあいい、ずるい大人達のことはそのうち教えていけばいいことだ。今は自分がいて、リニスも、アルフもいる。まだ、時間はある。



 『そういうわけで、今日の捜索は中止と言うことにしたいのだけれど、それでいいかしら?』

フェイトちゃんのお母さん-プレシアさんが夕方に連絡してきた。フェイトちゃんたちの体調を整えるため、ということだけれど、やっぱりわたしたちも原因なんだと思う。

『なのはさん達もとりあえず今日のところは休んでちょうだい。毎晩娘が迷惑をかけてごめんなさいね。』

「いえ、ご迷惑だなんて、わたしも楽しかったですし。」

『でも、そちらもそろそろご両親に何か言われる頃合じゃないかしら?』

完全に読まれてます。手ごわいです、プレシアさん。

「あうう・・・。」

『とりあえず、娘には10時までには寝るように言っておいたから、まあ、その辺だけ注意してちょうだい。ユーノもよろしく頼むわね。』

「ええ、分かりました。」

『それじゃ、何かない限りはまた明日ね。』

そう言ってプレシアさんは通信を切った。思わず、わたしは呟きました。

「けっこう、気付かれてるもんなんだね。」

ユーノ君は少し寂しそうに答えたけれど。

「親ってのはそういうものだって。」


P.S. 一ヵ月後、高町家にて。

 「あらら、変ね。」

高町桃子は疑問に思った。

「どうした?」

士朗が聞いてくる。

「なのはの携帯代、上がってないのよ。プランからするとそんな筈はないのに。」

「そりゃ変だな・・・夜更かしして話し込んでた筈なんだが。」

「変ねぇ。」

 通話プランなど気にせず話せるデバイス通信であった。



後書き: 
 
 というわけでほのぼのというか、「夜更かし」という言葉から出来上がった話になりました。





[10435] 母であること 13
Name: Toygun◆68ea96da ID:2d6c541c
Date: 2011/09/13 18:13
14.一網打尽


 次元空間内を航行する船が一隻。管理局が誇る次元航行艦アースラ。


 「そろそろ例の次元空域に到達するわね。減速及び、各探知系を精密観測モードで起動して。」

「了解、減速を開始。」

「精密観測モードにて各センサーを再設定・・・反応、出ました。」

モニターに映し出されるは一隻の船。

「情報照合・・・救難信号にあった襲撃者の船で間違いありません。」

「流石にこの距離ですと向こうの探知系ではこちらを捕らえられない様です。動きに変化ありません。」

「救難信号の受信から既に2週間-まだ現場に留まっているとは思っていなかったけれど、どういうことかしらね。」

「どちらせよやることは変わりませんがね。武装隊の出撃準備をさせますが。」

よろしいですね、艦長、とクロノが許可を求める。当然、異論は無い。

「そうね、もう2隻も被害が出ていることに変わりは無いから。」

「出撃準備が整い次第、全速にて接近、内部を制圧します。敵の砲撃に対処するため、前面シールドは強度を上げておいて。」

了解、とクルー達の返事が聞こえる。その直後だった。  

「ん・・・これは・・・」

「対象、転移を開始しています!」

クロノは苦虫を噛み潰したように表情を歪める。出鼻を挫かれた、ただそれだけが悔しい。転移中の船に人員を転送するなどという危険なことは出来ない。リンディは即座に指示を出した。

「攻撃は一時中止、転移先割り出し急いで!」

「対象、転移完了、次元空間からは完全に消えました。」

「痕跡より転移先ポイントを解析中・・・」

『解析中』がモニターにも大映しになる。計算値が瞬く間に画面上を大量に流れて行き、進行状況を示すバーが埋まっていく。その速度は途中から極端に遅くなった。中途の結果をオペレーターのエイミィが叫ぶ。

「解析途中ですが転移先世界は割り出せました、第97管理外世界です!座標割り出しは続行中・・・。」

「参ったわねぇ。」

クロノが進言する。

「同世界に転移して、並行して捜索も行った方が良いと考えられますが。」

リンディは思案する。確かにそれも手ではあるが、下手をすると惑星一個が捜索範囲になってしまう。

「エイミィ、第97管理外世界の詳細はどうなってる?」

「えーと、文明レベルはそこそこ、質量兵器全盛ってところでしょうか。魔法文明はなしです。」

悩ましいところだ。対象-海賊船である以上、被害が出るのは間違いない。場合によってはこちらも現地勢力と鉢合わせする危険がある。時間をかけるのは得策ではない。

「転移して反応を追った方がいいわね、座標を惑星軌道上に設定して転移準備を。」

「待ってください、新たな転移反応・・・質量小!」

「緊急信号受信、次元空間用救難ブイです!メッセージ『こちらキルケーⅣ、海賊の襲撃を受けている、至急救援を請う。』、座標データ、第97管理外世界内です。」

「行方不明の一隻! 該当座標近辺に転移、完了次第武装隊出撃よ。クロノ、あなたも出てちょうだい!」

全員から了解、との応答が返ってくる。そして、アースラは通常空間へと転移していった。





 どうなってやがる。

それが正直な感想だ。発端は単純。船のセンサーと近辺のサーチャーが全て同時に警報を発したことだ。

「大質量の転移反応、来ます!」

リニスの声と共に、空の一部にやや歪み気味の大きな魔法陣が展開される。遂にばれたか。どういう理由かは分からんが、やはり、前回の見逃しが原因か?展開された魔法陣の中心から船首を現す船、あのときの海賊船だ。そこから空間の安定を待たずに海賊達が飛んで、または降下用の装備を使って降りてくる。

「くっ、全員で出るわよ!」

その前に捕虜を捕らえている部屋周りのロックレベルを上げておく。中から乗っ取られても困るし。

 全員で外に出る。トランサーは純粋に非戦闘員なので、流石に中に残ってもらうしかなかったが。出た直後、早速銃声やらが聞こえ始めたので大きくプロテクションを展開した。魔力弾、銃弾、果ては携行ミサイルの類が着弾したが、こちらの陣形を整えるまでは何が何でも持たせる。まずは出し惜しみなしで傀儡兵を5体、前衛として立たせる。あいにくと飛行能力がないので地上にいる海賊相手がメインになるが、走ることしか出来ない連中は魔導師ランクが低いか銃で武装した奴らばかりだ、引っ掻き回すにはちょうどいいだろう。問題は上空だ。

「フェイト、アルフ、リニス、悪いけれど、上空の連中、引っかきまわしてくれる?」

「うん、やれるよ、母さん。」

「まかせときな!」

「お任せください。」

「サフラン、クリオは私の後方から援護をお願い。」

「了解です!」

「承りました、マダム。」

「まずは傀儡兵を突っ込ませるから、その後から行動開始よ。」

そういってプロテクションの内側に大きなラウンドシールドを展開する。展開完了と同時にプロテクションを解除した。思念通話により、5体の傀儡兵が肩の魔力砲を発射しながら前進を開始する。機械である傀儡兵の照準は正確で、大規模砲撃で殲滅されることを恐れて、間を広く取っていた海賊達の各々に魔力弾が着弾する。それだけで地上にいる連中は混乱し始めた。

「今よ!」

合図に従ってフェイト、アルフ、リニスが上空へと飛び出した。上空に滞在している海賊は10人、こちらの攻勢に気付いて、魔力弾を各々撃ち始める。しかし、フェイトは華麗にかわし、アルフはシールドを展開し、そしてリニスは魔力弾をもって迎撃してこれを無効化した。あちらはしばらく大丈夫そうだ。

 後方からサフランとクリオが魔力弾を放ち始める。

「それで、マダム、いかがいたします?」

「まずは地上の連中から掃除するわ。」

上の連中はこちらを見る暇はない。地上からの攻撃は傀儡兵による撹乱と、前に張ったラウンドシールドで問題なし。そして私はおもむろに術式を起動した。これはこのもろいデバイスを通せない攻撃だから、自力で行うしかない。ロック対象は約30、シールドの維持処理をデバイスに渡し、私は詠唱を開始した。

「アルカス・クルタス・エイギアス・・・」

同時に、ロック対象となる海賊たちの方を見る。そこでは、最初の指示に従って傀儡兵たちが戦っていた。



 兵装選択-メイス、非殺傷設定に従い魔力打撃に設定-

 囲まれていた彼は、いっせいに攻撃を受けた。銃弾が甲高い音を立てて彼の装甲で弾かれた。装甲そのものには痛みはない、ただその表面塗装のみが削られた。続いて魔力弾が彼の装甲上で弾けたが、それは何の損傷も彼に負わせることは出来なかった。そして彼は反撃を開始する。正面に2人、銃とデバイスを構えた男達。「彼」はメイスを持つ右手を限界まで後ろに-腰の捻り、足の位置まで利用して振りかぶると、右足を踏み込みながら全力で水平に振り回した。哀れな1人目の犠牲者のわき腹にそれは命中すると、完全にその体を浮かせた。彼はそれでも腕を止めない。結果、1人目の犠牲者はその隣に立っていた男に叩きつけられることになり、最後に地を這うものを合計で2人とした。

 警告-優先排除目標発見、こちらへの危険行動を確認。

無視できないターゲット-単発ハンドロケットランチャーを持った男を彼は発見する。

 兵装選択-肩部マジカルキャノン。

彼が照準を男に合わせた瞬間、相手のロケットは発射された。ロケットともなれば彼に損傷を負わすことは可能である。

 照準変更-設定変更、対物設定。

瞬時に彼は照準と設定を変更してキャノンを放った。魔力弾の直撃を受けたロケット弾は彼の2m前方で爆散する。爆風が彼の体を炙り、破片が装甲を傷つけるが、直撃でなければどうということもない。

 設定変更-非殺傷設定。

爆風で混乱したセンサーの回復にわずかな時間を消費したものの、それ以外何の問題もなかった。彼は、相手に再度照準を合わせると、慌てて次弾装填を行っている男に、冷酷に魔力砲を放った。そして男はただ崩れ落ちる。

 次目標-捜索。

そして、彼はセンサーを煌かせて、次の獲物を探すのであった。 




「制裁の閃光、降り来たりて眼下の敵を討て。」

効果範囲を意識する、ロックオン対象をしっかりと意識しなければ、混戦中の傀儡兵まで撃ってしまう。だからロックオンには細心の注意が必要だ。人ではないといえ、壊してしまうとその、懐が痛くなる。

 


 「はっ!」

 フェイトは掛け声と共に、サイズフォームのバルディッシュを相手に振り下ろした。相手はそれを辛うじて止めたが、男は自分のデバイスに取り付けた「だけ」の刀身で受けた為に、あっさりと接近戦用の武器を失った。本当にただの刀身でしかなかった為に。フェイトは何の加減もせずに二の太刀-いや鎌を振るう。男はシールドを展開してぎりぎりそれを防ぐと、すぐさま離脱にかかる。フェイトはあえて追わず、三撃目にはスフィアを発生させることを選んだ。

「フォトンランサー!」

逃げる男に対して次々とフォトンランサーを浴びせかける。かわしきれずに男はただそのまま落とされるだけであった。




「バルエル・ザルエル・ブラウゼル」

当然設定は非殺傷設定。殺傷設定で撃った日には黒焦げは間違いないだろう。何人か既に傀儡兵に倒されているが、ロックを外すのも面倒なのでそのままにする。追い撃ちもいいところだが、まあ我慢してもらおう。



 「おっと。」

アルフはフェイトが「撃墜」した男をチェーンバインドで捕まえる。そのまま落としてもいいが、フェイトが何らかの罪に問われても困るし、というのがアルフの心境であった。これで4本のチェーンバインドを制御していることになるが、特に問題でもなかった。問題と言えば、捕まえている連中のうち3人はまだ元気なことぐらいだ。魔力弾が飛んでくるが、さらに同時展開したシールドで防いだ。この程度のへなちょこ弾では、アルフを落とすのは困難であった。




「突き立て、雷光の剣!」

ここまでくればもう一息。思考の中で全ての手順を再チェックする。まずい部分はない。最後のワードを口にする為に、息を吸い込んだ。



 
 「ターン!」

回避する男達を、方向転換させたフォトンランサーで追い回す。誘導性能は低いが、引っ掻き回すなら有効だ、そうリニスは思った。落とす必要はない。形勢を逆転する大技なら、プレシアが今行っている。そのために、空は黒雲に覆われていた。ならば、魔力を不必要に消費することは避けるのがいいだろう。もっとも、このメンバーなら、そもそも逆転、という言葉を使うことさえ必要ない気もする。そう考えながら、リニスは逃げる海賊達を追撃する形でフォトンランサーを別々の方向へターンさせた。先ほどからリニスが空中の海賊を撹乱しているせいか、フェイトとアルフの方に人数が集中することもなかった。数少ない海賊の反撃に対しても、軽やかに、リニスはその身をかわすだけであった。

―それにしても、フェイトは1対1では敵なしですが、多対1ではいささか経験不足ですね。まだ、教える必要があるかも。

そんなことを観察し、考えるだけの余裕が彼女にはあった。





「サンダーレイジ!」

最後の言葉と同時に、稲妻が地上へと殺到した。いや、魔法の練習はリニスに隠れてたまにやっていたが、確実にばれるサンダーレイジはやってなかったんでその効果にびっくり。音、すごいや。というか耳が、耳が・・・。

「いやはや、凄まじい威力ですな。」

「なんか言いました?サフランさん。」

轟音をそのまま聞いたらしくて、後ろの二人もちょっと耳が利いてないようだ。実際、自分もさっきから耳鳴りがひどい。次から多数に対して使用するときは耳栓必須だな。バリアジャケットに同様の効果を付加できればいいけど。

 雷光の落ちた先を見れば、立っている人影はいずれも傀儡兵のみ。ロックオン対象以外には毛ほどもダメージを与えないというのがこの魔法の売りだが、本当に言葉どおりの効果だ。30人ほどいた飛べない連中は完全にノックアウト出来た。しかし、さすがに魔力消耗も大きかった。制御にそのほとんどを取られた気もする。次からはデバイス必須だな。さて、上はどうなっているか・・・。

 今の轟音で皆動きが止まっている。いや、正確には複数のフォトンランサー?が飛んでいて・・・あ、着弾した。撃墜まではいかなかったようだが、結構手痛かったらしく、複数の海賊が船のほうへと逃げ出す。今更逃げても仕方がない気もするが。そして海賊船はというと・・・あれ?なんかこっちに船首を向け始めたような。逃げ出すんなら逆方向って、まずい、砲を撃つ気か!

「みんな、散開して!」

叫びながら飛び上がる。サフランとクリオも船から離れるように逃げ出す。念話で伝えたのでトランサーもハッチから転がりだしてきた。く、これじゃ大赤字もいいところだ。完全に船―キルケーⅣに海賊船の船首が向いたんでああ、駄目だな、と思ったところで。

 そのままさらに海賊船は旋回を続けた。あれ~?と思ったんだけど、なんかこっちを向いてる?10mほど右に移動してみる。やっぱり「こっち」に向いてきた。どうやら、完全に私を標的にしているようだ。慌ててラウンドシールドを展開する。

「母さん!」

「「プレシア!」」

流石にやばいかな、と思ったとき。互い違いの方向から飛んできた砲撃が、海賊船に直撃した。ピンク色の砲撃が船首魔力砲を。複数の誘導砲撃が海賊船全体に適度に。

『こちら時空管理局次元航行艦、アースラです。戦闘行為を直ちに停止しなさい!』


今頃かよ・・・。


後書き

 無双というほどでもないが無双かな?しかし、デバイスなしで30目標にマルチロックは少しやりすぎたかも知れない。それと、Sランクになれば船の主砲でも落とせない感じもしますが、そこは演出と言うことで。



[10435] 母であること 14
Name: Toygun◆68ea96da ID:ad6cb78f
Date: 2009/08/25 12:18
15.後始末―全部丸投げしたかった


 アースラから武装隊員が降下してくる。四方八方に逃げ始めた海賊の残存勢力を瞬く間に制圧してしまった。海賊船も内部制圧されたようである。そんな武装隊員達の中から、一人の少年がこちらに降りてきた。

「時空管理局執務官、クロノ・ハラオウンです。よくぞご無事で。」

「プレシア・テスタロッサよ。その言葉からすると・・・。」

「出港記録と目的地からすると、経過時間の面で絶望視していましたもので。」

なるほど。乗員名簿のチェックもしたとなればこちらの顔も知っていたか。と、皆がこちらにやってくる。

「母さん、大丈夫?」

「大丈夫よ、少し疲れただけ。」

あなたも怪我はないようね、と声をかけておくのも忘れない。ざっとまわりを見回す。皆怪我とかはないようだ。ふと、上を見ると彼女が降りてきた。

「皆さん、大丈夫ですか。」

彼女の肩にいるフェレット―ユーノが発言する。

「とりあえず怪我もないわ。最後のは助かったわ。ありがとう。」

しかし見事に海賊船の主砲を吹っ飛ばしている。末恐ろしい。

「彼らは?」

「現地協力者の高町なのはと、肩にいるのがトラヴィス貨物701にロストロギアの管理責任者として乗り組んでいたユーノよ。」

「高町なのはです。」

「こんな姿で失礼しますが、ユーノ・スクライアです。」

「あとこちらの3人もトラヴィス貨物701の生き残りよ。」

どうも、執務官、とサフランが代表で挨拶をする。

「色々とあるようですが、詳しいことは艦の方で聞きたいと思いますので、とりあえずはこれで。」

陣頭指揮のために戻ろうとしたクロノを呼び止める。

「ああ、その前に、何人か人を寄こして頂けない?7人ばかり捕まえているのだけれども。」

もうこっちで捕まえておく理由もない。わかりました、との返答が返ってきたので、すぐに来るだろう。戻ってきた傀儡兵を連れて船に戻る。

「とりあえず片付けでもしましょう。提出するものもあるし。」

映像記録された襲撃時のデータに、捕まえた海賊のデバイスに入っていたデータ。銃などの連中の持っていた武器もある。今手に持っているデバイスも提出する対象だろう。それと、船も次元空間に移す必要があるし。速度が出ないからアースラに曳航してもらう必要があるが。




次元航行艦アースラ内―その会議室にて。

「当艦艦長のリンディ・ハラオウンです。」

あれが噂の甘党艦長リンディ・ハラオウンか。こちらと同様年齢不詳の外見だが、実年齢はこちらが上という事実に少し沈みたくなる。

「まず簡単に状況を説明しますが、みなさん、すぐにでも帰りたいところでしょうが、残念ながら当艦は事後調査及び、ロストロギアの捜索を続けることになる為、ここにしばらくは留まらなくてはなりません。」

「皆さんの船で先に帰っていただく、という方法もないわけではないのですが・・・エイミィ。」

「はい、情報士官のエイミィ・リミエッタです。えー、トランサーさんの報告と、当艦の技術士官からの報告によりますと、皆さんの船、キルケーⅣは損傷のため動力機関にリミッターをかけた状態になっていますが、心臓部たる魔力炉自体が不安定になっていると言う事実もあり、実質停止状態で本艦に係留している状態です。そのため、修理なしでの運用自体が危険ともいえます。」

エィミィの状況説明のあとをリンディが引き継いだ。

「そういうわけですので、申し訳ありませんが、皆さんにはしばらく本艦に留まっていただくことになります。」

「まあ、仕方ありませんな。」

サフランが良くあることと、といった感じに肩をすくめる。

「もちろん、皆さんの無事については既に連絡済です。」

その後、艦内での部屋の割り当てや、注意事項、また、この後の事情聴取での呼び出しなどが語られた後、しばらく休憩となった。ふと気付くと後ろでフェイトとなのはが会話をしている。

「さっきの話からすると、フェイトちゃんもしばらくこっちにいることになるのかな?」

「うん、そうなるね。」

「もし暇だったりとかしたら家に来ない?なんならお店の方もいいかも。」

「お店?」

「うん、うち、お父さんとお母さんが喫茶店やってるから。ケーキとかがおいしいって結構近辺じゃ有名なんだよ。」

「ケーキ・・・なんて名前のお店なのかな。」

「喫茶翠屋っていうんだ。場所とかわからなかったら言ってね。わたしが案内するから!」

「うん、お願い。」

うむうむ、訪問フラグはたったな。さて、では娘のために資金調達をせねば。服はまあ船のほうにあるから取ってくるとして。



 その後、ロストロギア―ジュエルシードについての話になる。回収が完了しているのは9つ。これは私達テスタロッサ一家と、なのは・ユーノコンビ双方の分を合わせての数である。残りは12個。この話にリンディ提督は眉をひそめ、この話の段階になって会議室に来ていたクロノと、武装局員のギャレットは頭を抱えた。

「いや、9個あるだけでもまだましと考えるべきか。」

「ああ、それで提出するものが。」

そういってエイミィにディスクを渡した。

「あの、これは?」

「キルケーⅣが通常空間に転移したときに、センサーが捕らえたジュエルシードの落下データよ。まあ、センサー自体ビジーになっているものが多かったから、船から距離が遠いデータほど当てにならないけれど。発動したもの以外はこのデータを頼りに探していたわ。それと、記録できた暴走時のデータも入っているわ。」

「エイミィ、直ちに分析にまわして。」

了解、と答えてエイミィが退室する。ブリッジでデータを分析するのだろう。リンディがこちらに頭を下げる。

「ありがとうございます。これで闇雲に捜査する事態を避けられました。」

「いえ、お礼を言われるほど精密なデータではないですから。」

「それで皆さんの今後の処遇についてなのですが・・・。」

来たか、ただのお客さんになるか、それとも協力者としてか。

「ユーノさん、先ほどの話で申し訳ないのですけど、ジュエルシードは次元干渉型の可能性があるとのことでしたね?」

フェレット形態ではないユーノが答える。

「あくまで可能性ではありますが、発掘前の資料の記述からはそう推測できました。」

やはりそうなんですね、と呟いてからリンディは続けた。

「現状、人手は一応足りてはいるのですが、暴走状態のジュエルシードに対し封印処理を強行できる、となるといささか人手が足りない状況です。そのため、まことに申し訳ありませんが、優秀な魔導師である皆さんには協力をお願いする可能性もあります。もちろん、危険が伴いますので拒否権もありますが。当然、報酬も出ます。」

ふむ、そう来たか。ここは恩を売っておくべきかな?しかしすぐには発言しない。ここはあえて会話のボールを他人に渡すことにした。最初に発言するのは・・・。

「あの、時間とかその、あまり取れないかもしれないんですけど、お手伝いさせてください!」

やはりなのはか。まあ、乗りかかった船を途中で降りるのも気分が悪いだろうし。

「我々は戦力外ですな。まあ、捜索の方で人手が足りない場合はお手伝いいたしますが。」

「そうですね。暴走したロストロギアなんて相手にしようがないですし。」

「私もお手伝いすると言っても捜索ぐらいしか出来ませんね。あとはキルケーⅣや海賊船の機関チェックくらいですかねぇ。」

サフラン、クリオ、トランサーと次々に発言する。そんな様子をきょろきょろと見回しているフェイト。アルフはなんというか、我関せず、といった面持ちであくびなどしている。リニスは・・・ふむ、こちらを観察中か。さて、自分から申し出てもいいが、ここは一つ、迷っている娘の後押しでもしますか。フェイトにだけ、念話で伝える。

『後悔のないように、自分がするべきだと思うことをしなさい。』

少し余計に言い過ぎかもしれないが、まあ、まだこんなものだろう。聞こえたとおぼしき瞬間にビクッとフェイトが動いてこちらを向く。軽く頷いてやる。ふむ、多少やる気のある顔になったかな?

「あ、あの、私も、その、お手伝いします・・・。」

尻すぼみ気味になるフェイト。きちんと自己主張出来るようになるのはいつの日か。まあ、仕方がない。どちらにせよ後はフォローせねばなるまい。

「娘もやる気のようですし、私達もお手伝いしますわ、リンディ提督。」

その様子に、仕方ありませんね、と肩をすくめるリニス。フェイトがやるんなら、とアルフ。さて、これはリニスの小言を覚悟しておくべきだろうか?

「ありがとうございます、皆さん。詳細は追ってお知らせいたしますので。」

と深々と頭を下げるリンディ。もっとも、クロノやギャレットは思うところもあるのか、あまりいい感じの顔はしてなかったが。



 そして、一時解散となった。まあ、なのはとユーノは一旦高町家に戻るようだ。許可をもらってくる、と言っていたので、確実にこの捜索に参加できるのかはまだ分からないかもしれない。そして、私たちには一足先にアースラ艦内での部屋の割り当てが伝えられた。曳航しているキルケーⅣは安全のため魔力炉を最低レベルの出力に落としてあるし、いちいち移動するのも何かと問題があるためだ。

「とりあえずいくつか私物を持ってきたほうがいいかしら。」

「とりあえず着替えとか持ってきたほうがいいですよね。あとは・・・私のほうはメンテツールぐらいしかありませんけど。」

「フェイトにアルフは?」

「私も着替えとかくらい。」

「わたしもそんなところだよ。」

ぬいぐるみとか本とかないのか?いやそれより・・・フェイトの私物ってどれだけあるんだろうか。オタクとかも嫌だが、あまり無趣味に育ってもそれはそれでなんかいやだなぁ。というか娘の趣味の1つも知らないって、母親としてどうよ?ああ、あとアルフも最近は人型でいることが多いが、骨のおもちゃとか持ってないのだろうか?というか、自分、資料整理とかで部屋に篭りっぱなしで、おまけに入院したから、家族とろくに交流出来てない・・・。

などと、思考の深みにはまっていると転送ゲートに到着した。後ろでなんか会話していた気がする。

「母さん、どうかしたのかな。」

「ぼけるにゃまだ早いよね。」

「たまに考え事をしてるとああなるんです。それよりアルフ、あなたはもう少し言葉の使い方と言うものを改めなさい。フェイトが悪影響を受けたらどうするんですか。」

うーん、教育問題に発展すると最後はお前が悪い、とか言われそうだから無視するか。オペレーターのエイミィに声をかける。

「それじゃエイミィさん、転送お願いね。」

『はいはーい、それじゃキルケーⅣまで転送しますね。帰りも声かけてくださいね。こちらの制御でないとアースラ内に戻れませんので。』



 とりあえず私物・・・といっても着替えに薬、携帯端末程度しかないが。いや、もう一つあった。フォトフレームに入ったわたしと「アリシア」の写真。これをフェイトは持っていない。私がそばにいるのだから持っている必要がないのだとも言える。しかし、それは少し悲しいことだと思った。私とフェイト、リニスとアルフの写真ではないのだ。

「この件が終わったら、皆で写真を撮ろう。」

すぐさま思いついたことを口に出して見る。うん、それがいい。忘れないように、端末にメモを残すことにした。そして写真も持っていく。それはそれ、これはこれ。これは「プレシア」とアリシアの思い出だ。見かけはフェイトに見えても。ならば私と共にあらねばならない。

 キャビンのホールに出てみると、傀儡兵がうろついていた。警備対象がいないのに、プログラムがそのままになっているためだ。少し面倒だが、ついでに貨物庫にしまうとしよう。端末からアクセスして設定を変更する。あとは貨物庫までついてこさせればいい。まあ、収納ケースの蓋を閉めるのは自分でやらなければならないが。そう言えば、1体、行動がおかしいのがいたな。帰ったらプログラムを調べてみるか。

 ホールまで戻ってみると、どうやら荷物は持ったらしく、皆、集まっていた。

「どこへ行っていたんですか、プレシア。」

「貨物庫よ。傀儡兵を片付けていたのよ。」

「ああ、それで姿が見えないのですか。」

「うろうろさせておいてもエネルギーの無駄でしょ。航行中に転倒とかして壊れても嫌だし。」

「皆、準備はいい?」

「はい。」

「こっちも持つもんは持ったよ。」

ちらりと二人の荷物を見る。別段、変わったものもなし。少し残念。

「それじゃ、戻りましょ。」

ブリッジまで戻り、エイミィに連絡する。それで、アースラまで戻ると、それぞれ割り当てられた部屋まで戻った。流石に1人部屋はないので、私とリニス、フェイトとアルフの組み合わせだが。

簡素な二段ベッドに机が二つ。まあ、艦内設備なんてこんなもんだろう。奥の机にフォトフレームを置く。荷物も適当に置いたところで、リニスが口を開いた。

「プレシア、その写真は・・・。」

問いを無視して、キルケーⅣでの思い付きを口にすることにした。

「リニス、この件が片付いたら、皆で写真、撮るわよ。」

「だって、ここには「私達」が写ってないもの。」

今の自分、今の家族、今の生活。それを思い出せるように。ああ、でもいつの日か、「全員」で撮れる日は来るだろうか?



後書き:

  妙に感傷的に文が走った。もうちょっとほのぼのを書きたいのだが・・・。




[10435] 母であること 15
Name: Toygun◆68ea96da ID:ad6cb78f
Date: 2009/08/25 12:35
16.ジュエルシード、封印完了


 あれから2週間。荒事と言うほどの荒事もなかった。サーチャー1つとってもより高精度なものを揃えている管理局。まして精度は甘いながらも落下地点のデータがあるのだ。要請を受けて出動しても発動前のジュエルシードであることが多く、簡単な封印処理だけで済んだ。そして、少なくとも地上に落下した分は一掃できたと結論は出た。


 雰囲気は物々しい、の一言に尽きる。ここ数日、楽に処理できていることが多くても、相手はロストロギア。沖合いの海中に沈んでいるから、簡単には手が出せない。残りがすべてここにあると仮定するなら、数は6個あることになる。本当に6個だったかは記憶にないが。バリアジャケットの設定を海中用に調整した武装局員が潜っていく。人数にして10人。本来なら20人いるべきところだが、残り半分はアースラ内で50人近い海賊相手に警備中だ。一人頭5人近くを相手に警備、というのは随分とひどい感じもするが、まあ、武器は取り上げてるし監獄もあるしで、何とかなるようだ。

「それにしても・・・。」

海上に展開された結界を見て思う。ユーノって、齢(よわい)9歳にしてこれだけのものをはれるって天才だよな。何で影が薄くなったんだろう、と非常に疑問に思う。やっぱり無限書庫勤務になったせいか?それともやっぱり結界とバインドでは地味すぎるのかと・・・。ちなみに当の本人は張り切りすぎたのか、人間形態も維持できなくなってなのはの肩の上でお休み中。ちゃくちゃくと人間を止め始めているのかもしれない。フェレットもどきめ、という呟きが某執務官から聞こえた気もしたが、気付かなかったことにしよう。

「うーん、なんか暇だねぇ。」

これまでのジュエルシード探索で、荒事に出会ったらしいアルフが呟く。

「今のところはな。何事もなければ、ギャレットたちがロストロギアを回収して終わるさ。我々はあくまで緊急時の保険だ。」

声以外はいっぱしの大人のクロノ執務官が至極当然だ、といわんばかりに状況を述べる。現状、ジュエルシードは発動していない。ならば、武装局員が回収作業をするだけでもお釣りが来るシチュエーションだ。万が一、発動した場合は複数のジュエルシードが共鳴する可能性が高い為に、A~Sランク7名で上空に待機しているわけだ。もっとも、結界展開でユーノがへばった為実質6名になったが。

 
「海中に潜るのもぞっとしませんけど、残りが全て発動するかもしれない、というのも嫌ですね。」

たしか山猫は泳ぎが達者だと思ったが、それでもリニスは水が苦手なのだろうか?と愚にもつかない疑問が頭をかすめる。風呂は平気だったと思うが。風呂と言えば、フェイトは頭を洗うのが苦手らしいとリニスから聞いたような。そっちの方がむしろ重要事項か、と思考がずれていくところで、プレシア、と声をかけられた。

「ん?」

なんかリニスの顔が近い。

「聞いてました?」

「ごめんなさい、ちょっと考え事していたせいか、聞こえてなかったわ。」

やはり科学者型らしく、一度思考の海に没すると戻って来れないみたいだ・・・むしろ今後の課題はこれか。

「調子が悪いのなら戻られますか?」

クロノが丁寧に聞いてくる。やはり母親と同レベルの年齢相手ならこうなるか。

「いえ、調子が悪いわけではないから。」

気を取り直して海上に目をやる。今のところ何も起きてはいない。起きてはいないのだが。

『ありゃりゃ?』

クロノと通信していたらしい、エイミィの声が耳に入る。見ればクロノの前に通信ウィンドウが開いている。

「どうした、エイミィ。」

『なーんか動いている魔力反応が多いような・・・うん、やっぱり一個多いよ。』

「ジュエルシードか?!」

『反応は低めだけど可能性はたっかいね~。潜ってるギャレット達に注意しておく。』

「頼む。」

「もしかすると前の猫みたいな普通に願いが叶った魚とか?」

なのはの話をクロノが肯定する。

「君らが報告してくれたあの話のパターンか。有り得るな。」

などと話していると、いきなり海面の一部が盛り上がる。直後に1人の局員が空中に弾き出され、同時にそれよりも高く1匹と形容していいのか分からない魚が跳びあがる。局員が空中で体勢を立て直すのと、「魚」が海中に没するのとは同じタイミングだった。

「おっきいマグロ・・・。」

なのはの呟きで全員、動き始める。

「何があった。」

「捜索中に今の生物と接触しました。魔力反応が低めなので判断に迷いましたが、あれがエイミィ補佐官の言っていた対象の可能性があります。突っ込んできたので捕獲を試みたのですが、対応し切れませんでした。」

「なのは、あれが通常の現地生物の可能性は?」

「マグロは大きいお魚だけど、あそこまで大きくないよ。」

流石に10m級のマグロはいないだろう。一瞬、刺身何人前かな?との思考がかすめる。さっきから集中できていないのはこの人数のせいだろうか?

「よし、暴走までいっていないが時間の問題だ。早急に封印の必要がある。」

『まずいよ、クロノ君、海中の魔力反応が増えてる!』

「ちっ、共鳴し始めたか、ギャレット、全員上がらせろ、来るぞ!」

クロノが海中の武装局員全員に念話を飛ばした。直ちにギャレットたちが上がってくる、と同時に、海面に5つの光点が生じる。フェイトが叫ぶ。

「ジュエルシード、発動してる!」

しかし今一、気分が乗り切らない。

「ノルマは1人1個ね。まあ、さっきのマグロはちょっと面倒だろうけど。」

「何をのんきなことを言っているんですか!」

リニスが目をむいて叫ぶが、口に出したことで、緊迫感よりも冷静さが自分の中に生じてきたのを感じた。封印術式の詠唱をとっとと始める。標的は完全にランダムに決めた。浮かび上がるジュエルシードと、それに合わせて渦を巻き始める海面。風がそこらじゅうで吹き荒れ始めた。

「浮かび上がってきたジュエルシードは個々に封印を!このメンバーなら出来る。」

クロノが指示を飛ばす。さらに海面へと降下しながら叫んだ。

「ギャレット、僕が囮をやる。奴が上がってきたら全員でバインドをかけて動きを止めろ!」

執務官だけあってこの場では一番危険性がある仕事を引き受けるようだ。すぐに海中へとその姿を消した。それと同時に皆動き出す。

フェイト、なのははデバイスをシーリングモードに変化させ、アルフとリニスも封印魔法の詠唱を開始する。ギャレットたち武装局員は魔法陣を展開して上空で待機した。おそらくチェーンバインドあたりを実行直前で保持しているのだろう。

 少し過剰とも思うくらいに魔力を込めて詠唱を完成させた。相手は発動中のロストロギア、それくらい用心してもいいだろう。右手に保持したパープルの魔力球をジュエルシードに向ける。

「ジュエルシード封印!」

パープルの光がジュエルシードへと伸びる。約2秒、暴走する魔力を完全に散らすのにそれだけかかった。内包する魔力の分時間がかかったのだろうか?それはともかく、封印の完了したジュエルシードを手元に引き寄せる。他の影響を受けて再度暴走されてはたまったものではない。とりあえずこれでノルマは果たした。

「さて、フォローは必要かしら?」

直後にピンクと金の砲撃が走った。なのはとフェイトの2人だ。続いて、バイオレットの光。これはリニス。最後にアルフのオレンジの光がジュエルシードに到達する。都合4つの光が数秒、それで終わりだった。封印の完了したジュエルシードが各々に引き寄せられる。

吹き荒れていた風も、渦を巻いていた海面もすぐにおさまった。これで海中に潜ったクロノもやりやすくなるだろう。それから少しもしない内に海面の一部が黒く盛り上がる。即座に色とりどりの鎖がそちらへ殺到した。クロノに追い回された化けマグロはそのまま束縛されて空中へと持ち上げられた。

「ジュエルシード、封印!」

至近距離からの封印魔法、青い魔力光が派手に飛び散る。数秒後、それでも2m近いマグロが再び海中へと没した。最後のジュエルシードがクロノのS2Uに格納される。

「エイミィ、付近を再探査してくれ。」

『はいはーい。うん、付近に怪しい魔力反応なし。今のが最後のジュエルシードだから、回収任務、完了だよ!』

「まあ、完了と言っても色々後始末もあるけどな。とりあえず完了だ。皆帰還するぞ。」



 そしてアースラ会議室。

「皆さん、お疲れ様です。本日、同時刻をもって、ロストロギア・ジュエルシードの捜索・回収は完了です。」

高らかにリンディ提督が宣言する。もっとも、と後に付け加えはするが。

「とはいいましても各種現場検証など後処理もありますので、引き続きアースラはここに留まることになりますが。まあ、それも数日程度のことになります。」

「それでご協力いただいた皆さんのお仕事はここまで、となります。今しばらく不自由な思いをさせてしまいますが、艦内設備の利用や、上陸などについては出来る限り手配させていただきますので、随時ご相談ください。」

「質問とかございますか?」

はーい、と手を上げるなのは。

「今日はもう帰りますけど、たまにこっちに来てもいいですか?」

にこやかに回答するリンディ。

「もちろん歓迎ですよ、なのはさん。」

出来れば入局して欲しいと考えているに違いない。さて、その辺もどうしたものか。そして上がる手。今度はユーノだ。

「すいません、ちょっと相談したいことが。」

「ジュエルシードのことかしら?」

「それもあるんですけど、それとはちょっと別口で。現在、僕はなのはの家でフェレットとしてご厄介になっているわけなんですが、ミッドに帰るに当たって誰かの迎えをお願いしたいんです。」

クロノが引き継ぐ。

「つまり君の「飼い主」役を誰か引き受けて欲しいと。」

ふむ、少し考える。うちでやるべきか。いや待て、今後ここを個人的に訪れないとは限らん、というか来るだろう。その際にユーノを連れて来る必要が生じる、というのも面倒だ。

「今後またここを訪れることを考えると、私たちはやめておいた方がいいわね。」

リンディが尋ねて来る。

「プレシアさん、今後こちらに来る予定が?」

「ええ、娘にも友達が出来ましたし、まあ、暇があったら来たいですわね。」

「そういうことですと辻褄合わせの問題が出てくると・・・そうですねぇ。」

「仕方ない、それは僕の方でやろう。ユーノ、それでいいかい。」

「それで頼むよ。」

いつの間にやら、ユーノとクロノもそれなりの仲になっていたようだ。砕けた感じでやりとりしている。

「迎えは最終日が決定した段階でいいな。それと、ジュエルシードの所有権の件だが。」

クロノが続ける。

「こちらで回収したことになる12個については、すまないが手心は加えようがない。管理局所有と言うことになる。だが、そちらで回収した9個は別だ。そのへんはテスタロッサさんたちとユーノで話し合って決めて欲しい。」

なるほど、そうなるか。

「そういうことなら、こちらで回収した分についてもそのままユーノ、というかスクライア一族の所有ということで構わないわ。こちらはあくまで自衛のために回収していたわけだし。船の修理代とかは保険がおりるから、金銭面で困ってもいないしね。」

「ありがとうございます。プレシアさん。」

ユーノが頭を下げる。まあ、最終的には全部管理局にいくとはいえ、回収されてしまうのと、売るのとでは相当違う。ジュエルシード9個分ともなれば結構な値段になることだろう。そしてリンディが続ける。


「それと、今後のことですが、皆さんには今回の事件について、証人として裁判に出席していただくことになります。日程的には大分先になりますので、連絡も大分あとになるでしょう。ああ、なのはさんだけは出席は難しそうですので、後で証言映像を撮らせてくださいね。」

「また、今回のご協力に対する報酬ですが、これも後日連絡、という形になります。そう多くもないかもしれませんが、期待して待っていてください。」

「あと、何人か魔導師登録されていない方もいらっしゃるようですので、登録をお勧めします。出来ましたら嘱託でもよろしいので管理局員としても登録していただけると嬉しいのですが・・・ともかく、その件でご質問がありましたら、私のところまで来てください。」

「それでは、これにて解散とします。」

やれやれ、これで一休みできるな。では、例の計画を発動させますか。などと考えていたら、顔に出ていたらしい。

「何か企んでいますね、プレシア。」

リニスに問い詰められました。



後書き:

 魔力光について、なのはのピンク(桜色との表現も多い)、フェイトの金色(黄色)はまあ、有名どころですが、無印を見直すと、プレシアのはピンク色に近い紫なのでパープルとしました。で、アルフは無印とA'sを見て黄色に近いオレンジなので、使い魔は主と近い色になるとここでは推測してリニスの魔力光をバイオレット(青に近い紫)としました。

 そして書きたいシーンにまたも到達できずorz



[10435] 母であること 16
Name: Toygun◆68ea96da ID:12ae99c2
Date: 2009/09/05 20:43
17.家族のグルメ


 さあ、気分をちょっと変えようか。相手は甘党で有名な提督だから、頼むこと自体は何の問題もないだろう。黄金色のお菓子ではなく本物のお菓子で買収できそうなところは問題な気もするが。キルケーⅣで回収した現金も持ったし、あとはブリッジに向かうのみ。うん、通常勤務時間ならブリッジにいるよね。

「リンディ提督、ちょっとよろしいですか?」

「あら、プレシアさん、どうしました?」

「私的なことですみませんけど、実は折り入って相談が。」

「私的なことですか・・・それでは私室の方に行きましょう。」

やってきました、どこか狂った和風チックな艦長室。

「とりあえず座っちゃってくださいね~、今お茶入れますから~。」

お茶・・・生で見れるのか、あれを。それ以前に日本茶なんて飲めるのは久しぶりだな・・・。などとぽけっとしていると、いつの間にか湯のみが置かれている。急須とかもどこから入手したんだろう?しかし本当に砂糖を多量に入れてるな。ヨーロッパの方じゃ緑茶に砂糖とミルクを入れる飲み方もあるそうだが、それにしても入れすぎじゃ・・・。

「それ、味が変わりすぎません?」

おいしいんですよ、と一蹴される。まあいいか。まずはお茶にて一服。ふー、落ち着く。見るとリンディさんも同様の状態。さてと、話を始めますか。

「アースラの物資の中に、97管理外世界の現地貨幣で日本円ってありません?出来ましたら両替をお願いしたいのですけれど。」

「ええ、ちょっと待ってくださいね・・・ありますね。日本円と。」

ウィンドウを確認しながら返事をしてくれるリンディさん。

「どれくらい、両替します?ああ、それと上陸許可、取るんですよね。」

「ああ、そうですね。そちらもしないといけませんね。」

「ならついでに作成しちゃいましょう。観光目的でいいですね。お仕事はもう終わっちゃいましたし。」

「そうですね、フェイトたちの名前も入れておいて下さい。」

と相槌を打つ。

「あと、出来ましたら大体でいいので行き先を教えていただけます?」

「ええと、海鳴市でしたっけ?なのはさんがお住まいの都市です。なんでもなのはさんのご両親が経営している喫茶店、地元ではケーキがおいしいことで有名だそうですので、そちらに行ってみようかと。」

「あらあら、そうなんですか」

食いついてきた。目の色が変わってる。

「娘も世話になったことですし、挨拶がてら、お伺いしておこうと思いまして。」

「そういう話でしたら、私も・・・いやいや表彰の件は事情を説明するのも難しいし・・・」

どちらにせよ協力はしてもらったし事後説明でも、いやそれでも難しいか、いっそ半舷休息で上陸して、などと一人の世界に没頭し始めるリンディ提督。例の「リンディ茶」だけでは足りないらしい。確か、魔法関係は伏せてる、って話だったからそりゃ難しいだろう。

「なんならお土産にいくつか買ってきましょうか?」

「いえいえ、流石にそれはご迷惑でしょう。大丈夫ですのでそこまでお気を使わずに。」

シフトをいじくって、などとも聞こえる。それでいいのか時空管理局。



 ショートケーキにモンブラン、レアチーズケーキにザッハトルテ、アップルパイにフルーツタルト、シュークリームは人数分、ハンバーグセット・・・うわあ、なんだか凄いことになっちゃったぞ。ん?なんか最後に違うものが。

「アルフ・・・ケーキ屋に来てハンバーグセットもないでしょう。」

「いーじゃんさ。あたしはケーキより肉がいいの。」

喫茶翠屋。喫茶店だけあって、軽食も存在する。ハンバーグセットまであるとは思わなかったが。ランチタイムもとうに過ぎた時間に、それを頼むアルフもどうかと思うが。ええい、焦るんじゃない、私はケーキを食べたいだけなんだ、細かいことは無視だ。おもむろにハンバーグ(しかも2枚に増量。それでラストだった)を食べ始めるアルフを無視して、テーブルに並んだケーキを選び始める。

「プレシア・・・この量もそれはそれでどうかと思いますが。」

「シュークリームを含めて1人3個でしょ?これくらい軽いじゃない。」

「フェイトあたりは夕食に響きます。ただでさえ小食なんですから」

リニス、細かいことは言いなさんな。ケーキなんてものは現状のフェイトのように目をきらきらさせて見つめながら食せば良いのだ。後のことなんざ考えるな。まーとりあえずここは年長者が譲るとして、

「フェイト、気にせずに好きなの選んでいいのよ。」

「いいの?」

「いいのよ、このところまともな甘いものは食べれてないんだから。それに、フェイトも頑張ったんだから、これはご褒美よ。まあ、私達にとってもだけど。」

いつもなら甘いものもリニスがそれなりに作ってくれるが、非常食に艦内食ばかりのここのところでは望むべくもない。まあ、アースラの艦内食はまともな味ではあったが、そこはそれ、なんというか、そう言った組織の味、みたいなものか。レストランとかとはものが違う。第一、甘いものに縁がない。

 フェイトがケーキを選ぶのを見ながら、紅茶に口を付ける。うん、うまい。シュークリームは人数分(アルフは見向きもしないがアルフの分も)あるので、それ以外を選べばいい。まあ、見た目で選んだようだが。フェイトが選んだのは、見るからにチョコレートの香りがしそうなザッハトルテ、色とりどりの宝石を載せたようにカラフルなフルーツタルトの2品だった。

 続いてリニスに促がす。はぁ、とため息をついてリニスが選んだのはショートケーキにアップルパイ。さてはアップルパイの味を盗むつもりだな?さて、残りはレアチーズケーキにモンブラン。リニス、なんか遠慮して選んだんじゃないだろうな・・・まあ、いいか。また来ればいいし。

「アルフはなんか我慢できずに食べているけど、まあ、それは置いといて、」

3人でいただきます、と言いながら食べ始める。フォークでレアチーズケーキを手ごろなサイズに切って刺し、口へと運ぶ。程よく冷えたレアチーズ部分、かけられたブルーベリーソースの酸味が舌に心地よい。ああ、至福なる時!などと思考がぶっとび始めたら、リニスに注意された。

「プレシア、その緩みきった顔をどうにかしてください。」

何故か手鏡が目の前に差し出される。映し出されるは久々に見る自分―プレシア・テスタロッサ―そう形容していいのか迷うくらいに「緩んだ」顔だった。眉も目じりも、口の端も下がりきっていた。はっとして周囲を見回す。

 フェイトが目をまんまるにしてこっちを見ている。店主―高町桃子はあらあらという感じでこっちを見ている。他の客にコーヒーの用意をしている高町士郎は「あえて」こっちを見ていない。そしていつの間にか来ていたなのはの動きも止まっていた。思わず咳払いで誤魔化し、紅茶に口を付けるが、恐らく顔は真っ赤になっているのが分かる。うう、恥かいた。気付けば紅茶も空になっていた。

「あのー、紅茶のお代わりはいかがですか。」

恐る恐る声をかけてくれるなのは。

「お願いするわ。」

なんか疲れた。左手に持ったソーサーの上にカップを置き、ソーサーごとカップを通路側に置く。なのはがティーポットから紅茶を注いでくれる。

「ありがと。」

「フェイトちゃんもどう?」

見ればフェイトのカップも空だった。

「うん、お願い。」

そう言ってフェイトのカップにも紅茶を注いでくれる。喫茶店としては珍しく、お代わりが多少出来るのは嬉しい限りである。まあ、軍資金はたっぷり用意したからアースラ停泊中は通ってやるぜ!

「なのは、お知り合いかしら?」

いつの間にかカウンターの向こうから来ていた桃子が聞いてくる。

「うん、新しい友達のフェイトちゃんとそのお母さんに、えーと、なんて言えばいいんだろ?」

アルフとリニスをどう述べればいいのか苦悩しているなのは。うむ、ここは助け舟を出すべきだろう。

「プレシア・テスタロッサです。娘のフェイトと仲良くしていただいていて、大変助かっています。」

「なのはの母の高町桃子です。こちらこそ、なのはがお世話になりまして、ありがとうございます。」

「こっち娘のフェイト、それにリニスとアルフです。みんな、ご挨拶しなさい。」

「フェ、フェイトです!」

勢い余って中腰になりながら頭を下げて挨拶をするフェイト。それに対してリニスはあくまで落ち着いている。確かに親御さんへの挨拶だが、今は客としても来ている。店長に対して立ち上がらなかったからといって非礼には当たるまい。リニスは座ったまま、頭を下げて簡潔に挨拶をした。

「リニスです。」

それに対してアルフは、状況をここに至って掴んだようである。

「ん?んぐ、ちょっ、待って!」

何かコップの水をいきなりがぶ飲みしているアルフ。のどにでも詰まらせたか?

「はー、遅れて御免、アルフだよ。」

遅れて挨拶をしたアルフ。まあ、相変わらずざっくばらんな感じだが、それがアルフの持ち味だし、仕方あるまい。

「以上が私の『家族』です。」

「ご丁寧にどうも、なのはの父の高町士郎です。」

いつの間にかこっちに来ていた士郎も挨拶をしてくれる。細かいことを聞かれる前にこっちから話を振るか。桃子は失礼しますね、と言いながらバトンタッチとばかりにカウンターの方に戻っていく。本来なら逆のパターンしたいんだろうけど、士郎が後から来たんじゃ仕方がないか。

「なのはさんにご実家が喫茶店を経営をしていると聞きまして、せっかくですから滞在中のうちにと、来てみました。」

「それはそれは、今後ともどうぞご贔屓に。こちらにはご旅行ですか?」

「それが旅行の方がちょっとしたトラブルから中止になってしまいまして、せっかくなので近場で行ける所を探していましたらこちらをなのはさんから聞きまして。」

「それは災難でしたね。」

「まあ、そろそろ帰れそうですし、その間だけでも、こちらに通わせていただきますわ。」

「ありがとうございます。」

深々と、とまではいかないが、礼をする士郎。あいにく武芸者ではないので一挙手一投足について何か言える事はないのだが、それでも動作の端々になんか感じ入るものがある。そして、ごゆっくり、と声をかけて行ってしまった。それと同時にコーヒーを注文する声が聞こえる。と、紅茶とケーキを持ってなのはがこちらにやってきた。

「休憩かしら?なのはさん。」

「はい、お母さんが休憩くれました!こちら、いいですか?」

「どうぞ、歓迎よ。」

そういって卓上の皿やソーサーの位置を動かす。なのははいったん紅茶とケーキを置くと、椅子を持ってきて座った。4人席のところだから通路側に椅子を置くしかないが。

「今日は来てくれてありがとうございます。」

開口一番、なのはがそう言ったので、返礼を帰すこととした。

「お礼を言うのはこっちの方よ。こんなにおいしいケーキを出してくれるお店を紹介してくれたのだから。」

「とってもおいしいよ、なのは。」

ザッハトルテを食べ終わってフルーツタルトに取り掛かり始めたフェイトがそれに続く。

「えへへ、ありがと、フェイトちゃん。」

リニスが後に続ける。

「このアップルパイもとてもおいしいですし。」

「このケーキはどなたが?」

分かりきっているが、話題作りのためにあえて聞いてみる。

「お母さんが作ってるんです。パティシエなんですよ。」

「それはすごいですね。」

「でもコーヒーの方はお父さんの担当なんですけど。」

「明日はコーヒーも頼んでみようかしら。」

「このハンバーグセットはどっちの担当~?」

「それは共同くらいかな?今日はあとから入ったから分からないです。」

「ま、いいか。おいしいし。」

「明日もそれ頼むんじゃないでしょうね。」

「流石に明日はケーキを頼むよ。ただあたしは肉の味が欲しかっただけさ。」

「はぁ、まったく。焼肉にでも連れて行くべきかしら。」

「プレシア、甘やかすのは良くありませんよ。」

「厳しすぎても駄目でしょ。今回はアルフも頑張ってくれたことだし、多少甘くてもいいでしょ。まあ、焼肉自体趣味に合わないけれど。」

なんというか、焼肉に行くような面子ではないな。焼肉って?と目をきらきらさせるアルフに、なのはが説明してやっている。あちゃー、こりゃ行かないと恨まれるかな、と思いつつ、さて、どこを探したものかとも思考する。そこへ助け舟とばかりに、食べ歩き系のフリーマガジンを持ってきてくれる桃子さん。サービスいいなぁ。さて、中身を見てみるか。

「読めないんですけど・・・。」

「あたしも・・・まあ、写真で店の雰囲気は掴めるけどさ。」

「わたしもちょっと読めないかな。」

「にゃはは。」

まあ、日本語なんてミッド出身者は読める人間の方が少ないわな。

「まあ、場所は私が選んでおくとするわ。出来ればどこかで地図も買っておいた方がいいわね。」

なんで読めるんですか、という言葉は無視することにする。問い詰められても答えられんわ。なのはもなんでミッドチルダ人の中で私だけ読めているのか、不思議そうにしていた。とは言っても、そこは日本人、すぐに興味の対象からは外れたようだが。

 なんだかんだで色々と話し込んだものの、なのはも休憩時間が終わり、こっちも食べ終わったのでそこでお開きとなった。手ぶらで帰るのもなんだし、差し入れ用にケーキを多目に買っていったので、後の時間帯に来る常連客にはちょっと迷惑だったかもしれないが、そこはまあ、残念賞ということで。ブリッジに持って行ったらたいそう喜ばれました。


後書き

 なんとなくゴローさん降臨。そして原作とのギャップを無意識に求めるせいか、プレシアを緩ませる描写が思いつきやすいです。恭也、美由紀、アリサやすずかも出したかったが、どうにも詰め切れませんでした。しかし、緩んだ描写も難しいなぁ。




[10435] 母であること 17
Name: Toygun◆68ea96da ID:ba08f048
Date: 2009/09/29 11:42
18.海鳴住宅地帯を経て中央ビル街大通りの焼き肉

 
 むー、焼肉といって色々あるなぁ。

翌日の外出というか上陸許可はもらい済み、の状況で部屋で色々と探している。備え付けの端末には言い訳代わりの言語資料を表示して。あまり詳しいとは言い難いが、予想通り、ミッドチルダ語―日本語の辞書データは存在した。

アルフがいるから出来ればバイキング方式がとも思うが、それはそれで味に響くかもしれない。軍資金はまだあるし、その辺には目をつぶるか。あと、店の雰囲気は重要だ。これぞ「焼肉」っていう感じの店よりはもっとこう、お洒落な感じで、女1人でも入れるようなところが・・・。メニューも大事だしなぁ。サラダとかデザートとかも充実しているところがいいし。あ、でもデザートは翠屋で食べればいいか。アルフはどうせ肉しか食べないだろうけど。服のチョイスも要注意だ。白い服は厳禁だな。

 各店、食べ歩きパンフレットのクーポンは使えるようなのでそれは活用するとして、問題はどの店かということだ。小さいとは言わないが、決して大きくもない写真と文字情報を頼りに決定しなければならない。

「本気で行く気なんですね。」

「まあね。せっかくだから楽しまなきゃ。」

「そういえば、第97管理外世界の技術資料とかもあったかしら・・・確か以前何かで見たのよね。」

もちろん嘘です、知ってました。ただの言い訳です。といいつつ、色々とチェックする。管理外と言う割りに資料多いな。そこそこ出身者がいるせいか?うん、焼肉といえば炭火かコンロ、どっちも事故注意だな。

「二酸化炭素と一酸化炭素には注意っと。」

「そんな危険が?!」

思わず目を剥いてるリニス。

「事故例としてあるってことのようね。まあ、日本という国は比較的レベルが高いそうだから、そう警戒する必要もないってあるけど。空調とかも行き届いているところが多いから、そうないわよ。」

「はあ。」

「それよりも「箸」の使い方が問題ね。」

「箸、ですか?」

モニターに箸を表示してやる。何故か使い方の動画も出るところが凄い。

「確かに慣れるのに時間がかかりそうですね。どうするんです?」

「ちょっと代用品で感触掴んで、」

「掴んで?」

「あとはぶっつけ本番。」

そんなもんでいいでしょ。




 やってきました焼肉店、店名は「安息亭」である。何が安息なのかは知らない。とりあえず白っぽい服は避けろと皆に言っておいたが、実質普段とあまり変わりがない。

「これは帰りにどこかで服を買うべきかしら。」

「は?」

「あなたとアルフの服のことよ。あなたたち、他の服、持ってないじゃない。」

「私はこれでも構いませんが。気が引き締まりますし。」

「普段の生活で気を引き締めててどうするのよ。そういうのはここぞというときだけにしておくのよ。」

フェイトの黒のワンピースはいい。ワンポイントの黄色いリボンも効いている。自分の黒のシャツの上に薄紫のスウェットシャツ、青のスカートもまあ普段着でいいだろう。上の色が薄いのが焼肉には不向きだったかもしれないが・・・濃紫のドレスはいかにもになりすぎるからやめておいた。しかし、まずアルフ、軽装過ぎだ。その薄ピンクの袖なしショートシャツ、犯罪を誘発するぞ。下も赤系のショートパンツだけだし。ここに来るまでの間、男性の視線集めまくってるのに本人まったく気付かんから手に負えん。まあ、普段なら気づくんだろうけど、今は肉にしか頭がいってないみたいだし。リニスに至っては例の特殊メイド服だし。この2人はもっとなんか普通の服も用意せんとどーしよーもないわ。

 その後も店員さんが席を用意できるまで服装談義を続けた。うん、この後はリニスとアルフの着せ替えだな。もちろんフェイトもだ!と考えていた時もありました。よりによって自分がその立場に立たされるとは思わなかった。



 席に案内されて、いきなりぶつかるのは箸(割り箸)の使い方か。

「えーと、割り箸はまずこうやって割って、」

ここまでの実演はいいだろう、問題はこの先か。

「こう、1本はペンを持つような感じで、もう1本も同様な感じだけど、中指と薬指で動かすのよ。」

昨日、試しにペン2本でやってみたけど、記憶だけじゃ動かなかったぜ、指先はミッドチルダ人だからな。今やってみても、指が慣れないせいかぎこちない。

「短く持ちすぎないようにね、火傷するから。」

さて、それはそうと何を頼むか・・・メニューを読めるのは自分1人、となれば自分が決めるしかない。なお、他の席で肉が焼ける匂いにアルフのテンションは最高潮に近い。あまりメニューとにらめっこで待たせて暴れられても面倒だ。それにしても、考えてみれば焼肉って自分には馴染みがなかったなぁ。ステーキ屋でも探した方が良かったか。先ほどの箸、お絞りに続き、水を配りに来た店員に注文する。

「えーと、ロースにカルビに、レバー。ロースとカルビは、そうね6人前で。レバーは2人前でいいわ。」

「6人前・・・でございますね、ロースとカルビはオーストラリア産と国産がございますが。」

少し、店員の顔が不審そうになったが、なんとなく興奮気味のアルフに納得したようだ。

「それじゃ国産で。あ、あとサラダもいいわね。」

そういってメニューのシーザーサラダの写真を指差して頼む。さすがに「読めすぎる」のもなんだし。かしこまりました、と言って店員は焼肉台に火を入れてから去った。

「6人前ですか。」

リニスが多いんじゃ、と言いかけたが、

「1人1人前じゃ到底すまないでしょ。」

と言っておく。ちなみに自分の対面に座っているのはアルフだった。果たして、6人前で足りるのかどうか。それとアルフ、興奮しているのは分かるが、その尻尾をとっととしまえ。

 程なくして肉が来る。色合いからしてレバーは分かるがロースだのカルビだのはどっちがどっちやら分からん。どっちも肉だ!まあ、ともかく慣れない手つきながら肉を焼くとしよう。

「自分で焼くんですね。」

「だから火傷に注意してと言ったのよ。あら、けっこう油もはねるわね。」

「自分で焼くところから、ってのも面白いもんだな~。好みで焼けるし。」

アルフの言葉に少し注意しておこうと思ったので口を挟む。

「生焼けはやめて置きなさい。半端な焼き方で食中毒起こしたとかあるみたいだから。」

フェイトもその辺は注意しなさい、と言っておく。はい、と素直に返事をしてくれるのでいいが。アルフはレアの方が好きなのかやや不満顔であるが。そんなアルフに店内に貼られているポスターを示す。

「んなこといったて、読めやしないよ。」

「O-157っていう食中毒起こす奴が流行っているから、肉はよく焼いてください、って書いてあるのよ。昨日見た渡航者向けのデータにもあったわ。だから生焼けはやめなさい。」

はーい、とアルフが返事をしたのでなんか調子が狂った。まあいい。とりあえず焼き方も慎重になったし。そうこうしている内に続けてサラダやサラダ用の取り皿も運ばれてきて、テーブルの上はいっぱいになった。ともかく食べなければ始まらない。程よく色の変わった肉を取って食べてみる。あちっ。ふーふーと冷ましてから再度挑戦。

「んー、おいしいといえばおいしいけど・・・」

なんか足りない。ちらりと周囲を見回してみる。フェイトは箸の扱いに四苦八苦の上に、台の上にのせた肉をおっかなびっくりつついている。アルフは至福、と言うしかない表情で焼けた肉を咀嚼している。いいからその耳を隠せ。この中ではリニスが一番普通にしている感じか。うむ、山猫は雑食から肉食寄りだと思ったが、彼女は食にはがっつかないタイプのようだ。まあ、それは置いといて、さらに周りを見回す。他の客の、取り皿に見える黒い液体―ああ、それか。

「なるほど、肉だけじゃ足りないわけね。」

テーブルの上に置かれたいくつかの瓶からそれを取る。いわゆる「焼肉のタレ」という奴である。これに気付かないとは、いったいどれだけ意識が日本人から離れていたのやら。まあ、今はミッドチルダ人だが。皿にタレを適量注いで瓶を置く。焼けた肉をタレに浸して、注意して口まで運ぶ。うむ、うまい。アルフの味覚ではどうだか知らないが、人間の味覚ではこの方がいい。それに、焼けて熱くなった肉も程よく冷めるし。さっそく皆に使うように勧める。それにしても煙が凄くなってきた。主にアルフの前でだが。

「アルフ、1人で焼きすぎ・・・。」

アルフの隣のフェイトが思わず呟く。

「いや、どれも旨くって。」

アルフはどれもというが、肉は3種類だ。アルフの前に並んだ肉に胸焼けを起こしそうである。こんなときはサラダだ。

「アルフ、バランスを考えてサラダも食べなさい。せっかくプレシアが頼んでくれたのですから。あとその端の肉、焦げてます。」

あうっと慌ててアルフが取ろうと箸を操る。慌てたせいか掴んだ肉を取り落とし、そして焦げた肉はスリットから一気にバーナーのところへと落ち去った。あたしの肉がぁっ、との落胆した声が聞こえるが気にしない。

「一気に焼きすぎなのよ。みんな箸を上手く使えないんだから、もっとゆっくり焼いて食べればいいのよ。ほら、フェイトみたいに。」

あぐあぐ、とでも形容するべきだろうか、フェイトの食べっぷりは。箸を上手く使えない為、焼く肉を1枚に絞っている。1枚焼けたら食べて、また1枚焼く。それくらいのペースでいいんだ、この場では。まあ、フェイトの場合はそれに加えて少食、というのもあるが。

「しかし、匂いも凄いですね。なんというか・・・」

肉の焼ける香ばしい匂いにリニスも若干、野生を刺激されているようだ。なんか八重歯―いや牙が光ったように見えた。

「多分、服は帰ったらそのまま洗濯ね。匂いが染み付いていそうだから。」

合間合間にサラダを食べながら、そう答えておく。うーん、昼食に焼肉、という選択もちょっと問題だったかな。午後の買い物に焼肉の匂いをさせていくと言うのも・・・まあ、いいか。

 レバーを焼いてみる。レバ刺、などという言葉も浮かんだが、焼肉に縁のなかった自分としては生で食べる、という選択肢はない。まあ、このレバーは焼くためのものだろうが。ふと、昔(プレシア以前)に食べた焼き鳥のレバーを思い出す。あれはまずかった。これはどうだろう?焼いただけ、のレバーを少しかじってみる。食感はやはり苦手だが食べられないほどではない。臭みもあるが・・・まあ、タレに浸せばそう気にするほどでもないだろう。頼んだ手前もあるし、食べきらねばなるまい。

「何というか・・・レバーというのですか、これ。」

リニスも食べていたようだ。感覚が鋭敏なだけに、ダイレクトに臭みが直撃しているのかもしれない。同様に先ほどから食べているアルフは何も言わないが。本当に肉なら何でもいいのか、アルフは。

「まあ、肝臓だし。栄養価は高い、って話だから頼んでみたけれど。」

「動物の肝臓ですか。どうりで。」

自分とリニスが食べているので興味を持ったフェイトも焼いているが、うん、子供にはやや不向きな味ではなかろうかと思う。

「「これ」は焼いて食べているけれど、薄く切って生で食べるレバ刺しなんていうものもあるそうよ。」

「この国の人はけっこう食の面では挑戦的ですね。」

「生で食べるといったら、ある種類の魚料理はまさに切っただけよ?刺身というらしいけれど。」

「刺身・・・はて、ミッドでも聞いたような?」

刺身、刺身と何かを思い出そうと呟くリニス。うん、地球の文化はミッドチルダにも侵食してきてるからねぇ。主に日本とイギリスだろうが。それはそうと、フェイトとアルフの様子を見る。フェイトはレバーが口に合わないらしく、あぐあぐ、があぐ、で止まった感じで顔をしかめている。アルフの前は多少おとなしくなったものの肉が並んでいる。そろそろ、追加した方がいいだろうか。

「で、まだ食べたりない人~。」

即座に手を上げるアルフとおずおずと手を上げるフェイト。うむ、量を食いまくるアルフと割を食ったフェイトの構図そのままである。ちなみにリニスももう少し程、と言って手を上げていた。

「ロースとカルビ各4人前、追加で~。」

なんとなく気が抜けて来る声を出している気がする。うん、まあ、今はいいか。それにしても、みんな結構食べるな。まあ、肉とサラダばかりだし。ん?肉とサラダ・・・ライスがない。

「あそこの席、肉をすげぇ勢いで食ってるのがいるぜ。」

「しかもライスなしとか。やっぱりアメリカか?アメリカ人なんだな。きっと肉が溶けるとか言ってるんだ。」

「しかし、あの肉食いまくりの、ワイルドだな。」

なんか周りの若いのに色々言われてますよ・・・。ぶっちゃけ、肉食うのをこよなく愛すアメリカ人扱いかよ。肉をどっちゃり用意してからMore?とか聞けってのかい。うちにはMore!って即答するのがいるけどな。まあいい、無視だ無視。

 幸いにして、アルフが満足したのかそれ以上追加注文することはなかった。しかし次回からはライスを頼もうかと思う。肉ばっかりじゃ高いってーの。



 4人が4人ともガムを噛んでいる―あんまり見てくれはよろしくないが、仕方ない。会計の時にレジに並んでいたミントのガムで気が付いたのは良かったと思う。うん、焼肉後に何のケアもなしに店を出てしまうのは―未だに自覚が欠けている気もするけど、女として終わっちゃうよね。買ったガムをみんなに配ってとりあえず一件落着。まあ、嗅覚が落ち着いてきたアルフとリニスは気付き始めてたけど。

「うわ、きっつー。」

焼肉の匂いが鼻についてきたところから一気にミントの刺激にぶちこまれたアルフはなかなか辛そうである。一部感覚が鋭敏なのも考え物だな。しかしリニスは平然としているが、気合か?気合なのか?



 さて、ブティック・・・とは限らんがまあ服関連を巡ってみた。うん、疲れるね。最初、家長としての強権発動してアルフとリニスの服を見に行くことにしたんだけど。とりあえず最大の問題点のアルフの服装はなんとかなった気がするんだが。リニスが色々とおとなしめな服をアルフに勧めるんで、それはそれで違う気がして色々と選んでみたよ。

 結果、薄ピンクのタンクトップにデニムのハーフパンツ、さらにデニムのベストで、赤系のラインの入ったスニーカーと、露出度を落としながら活動的な印象は維持できたんから、アルフのイメージからは外れてないと思う。へそ出しは阻止できたし、生足そのまんまも膝上まで覆ったから、帰りは幾分ましだろう。肩は出っ放しだけど。

「ふーん、結構いい感じだね。この靴もなんかいいし。」

黒い指貫手袋は相変わらずなんだな、と思いつつ眺めている。フェイトがアルフのタンクトップにプリントされたイラストを覗き込みながら言った。

「このシャツ、何だろうね、なんかのキャラクターかな?」

リニスがプリントされた文字を眺めながら言う。

「キャラクターの下に文字も書いてありますね。名前でしょうか?」

うむ、それは見つけてしまったんでわざと選んだんのだ!さて、文字の方だけ読んであげよう。

「下の字は「アルフ」って書いてあるわ。この国じゃなくて他国で使用している文字らしいけれど。まあ、ちょうどいいと思って選んでみたのだけど。」

「へー、なるほど。サンキュ、プレシア。」

とまあ、アルフは「ALF」の文字に見入っているが、こっちとしてはなんとなくその上の、「宇宙人」アルフの絵に目がいって思わず苦笑してしまう。誰にも気付かれないいたずらってのもなー。まあいいか。

 リニスの服選びには苦労した。うん、本人は恐縮しまくって選ぼうとしないし、アルフは自分の感性でちぐはぐなものを選んでくるし、帽子は必須ですってリニスは言うし。フェイトが落ち着いた感じのを中心に持ってきてくれたのは幸いだった。でも黒ばっかりはどうかと思うよ。で、結局、面白みのない服装に落ち着いた気がする。帽子は少し小さい気もするが、ブラウンのベレーで。メインはクリーム色の半袖で丈の長いワンピース。それだけじゃ足りないので薄手でブラウン系のケープも追加した。春だってのに茶系でまとめてるのもなんだけど、なんとなくリニスのイメージカラーって感じだしいいや。ついでにやっぱり茶系でヒールの高いサンダルなどもセレクトしてみた。スカートに慣れないのか、しきりに足元を気にするリニス。

「なんか足も下もスースーするんですけど。」

「あなたスカートもはかないからたまにはいいでしょ。これくらい。」

ちょっとベレーに深さがないから耳にのっかり気味になるが、いいかなー。地味すぎる気もするけど、あとはブレスレットとかでも買わないと飾りきれんわ。

 さーて、この2人だけで終わる筈がない。次はフェイトじゃ。リボン付きとはいえ黒のワンピース、これでは華がない。まったく逆系統の色でいってみよう。ということで薄ピンクの襟付き半袖ワンピースに。黒いブーツも朱色のショートブーツに変更!ツインテのリボンも黒からピンクにしてみました。なんか表現すると色変えただけかよ、って感じだけど。ワンピースの丈は長めで。うん、これで色は明るくなった。
 
「ど、どうかな」

おずおずと聞いてくるフェイトに、にこやかに答えてやる。

「良く似合ってるわよ、フェイト。」

リニスもそれに続く。

「やっぱり明るい色の方がいいですね。」

アルフもいいね、とうなずいている。

「そうかな?」

まだ子供なのに、感性が黒に偏り気味なフェイトは首をかしげている。これからも適当に服は押し付けるようにして買うか。なんとなくリニスにアイコンタクト。リニスも目で返してきた。どうやら通じたらしい。

「それじゃまあ、こんなところで・・・」

帰ろうか、と言う前になんかガシッと両腕を掴まれました。右にリニス。左にアルフ。

「まあまあ。」

とアルフ。

「ここまで来たならプレシアの服も選ぶべきでしょう。まあ、お金を出すのはプレシアなんですけれど。」

いや、別にそこまでしなくても。

「あんたもいつもその服だしね。」

う、言い返せん。

「というわけで、次の店に行きましょう。」

とのリニスの号令の元、ずるずると連れて行かれました。そっからが大変で。

「じゃーまずこの辺かな。」

アルフよ、その紫のハーフシャツとデニムのショートパンツはなんだ?齢ゲフンゲフンな自分にへそ出しで生足を晒せと?

「アルフ、それはいくらなんでもむちゃくちゃです。まずはここら辺で。」

リニス、その肩背中出しリトルブラックドレスはなんだ、しかもLBDだから丈短い!

「黒だったらこっちの方が・・・」

フェイト、丈長くて助かるけど、何にもない日にドレスなんて着ないから。それとちょっとは黒から離れなさい。

 とまあ、なんか変なスイッチが皆入ってたみたいで、結局自分で選びましたよ。黒のシャツにデニムのショートジャケット(長袖)、それにベージュのタイトスカートで。んで同じくベージュのブーツ。いいんです、地味で。派手な服着るには歳です。原作みたいなバリアジャケットは勘弁です。しかし、服だけでもこの騒ぎなのに、下着まで選ぶようになったらと思うと気が重いなぁ。フェイトが成長したら行く羽目になるんだろうけどね。




「あらあら、楽しんできたみたいね。」

アースラに帰って、とりあえずリンディの私室で駄弁る。歳も近いんで気付けばタメ口です。

「まあね。」

どちらかというと疲れたけどな。

「いいわねぇ。最後に服を買いに行ったのはいつだったかしら・・・。」

やはり管理局提督、そんな状況か。翠屋のケーキをつつきながら、リンディの愚痴に相槌をうつ。ここしばらくのアースラ女性陣の楽しみは、ほぼ毎日に近いテスタロッサ家からの差し入れである。

「提督ともなるとやっぱりそうなるか。内勤とかも考えたことは?」

むーと唸りながら返答するリンディ。

「それも魅力的だけど、クロノもまだ心配だし。」

「んーそれならまだ我慢するしかないわね。」

「まあ、そうなんだけれど。」

「まあ、ここにいるあいだは愚痴くらいには付き合ってあげるから。」

ありがとうね、とリンディ。本来ならレティ提督とするような会話なのかもしれないが、距離や時間の関係もあるし、直接話す方が愚痴吐きとしては効果が高いだろう。

「それもそろそろ終わりそうなのよね。データも大体まとめ終わったし。」

「ああ、そうなの。」

意外と早かったな。

「あとはジュエルシードの影響が残ってないかを、規定時間観測するくらいね。」

「それじゃ、ユーノを迎えに行かないとね。」

「そうね。クロノに適当な時に行かせるわ。」

ん、そうするとなのはは地球に残ってるわけだから・・・どういう流れになるんだ?

「そういえば、なのはのことはどうするの?」

「なのはさんからは色良い返事は聞けてるから、細かい話は次来たときくらいね。」

流石は提督、話を既に通していたか。しかしなぁ。

「戻ってからの処理、結構手間よね。容疑者多すぎるし。」

自分の指摘に、リンディは相槌を打った。

「そうねぇ。あ、裁判での証言お願いね。」

「ええ、それはわかってるわ。トラヴィス貨物への補償問題もあるから、4ヶ月から半年くらいかしら?」

「プレシア」の思考と知識で大体の期間を推定してみた。リンディもそれを肯定する。

「そんなところよねぇ。」

「その間、連絡なしで彼女をほっとくのもまずいんじゃない?」

「そうよねぇ、どうしたものかしら。」

となると原作同様の方法しかあるまい。ここで一芝居打つか。フェイトの為でもあるし。

「管理外って言っても、現地協力者くらいいるんでしょ。現地の郵便システムとか使って、コンタクトは取り続けたら。」

「ご家族にも秘密にしてるのよねぇ、彼女。不審に思われないかしら。」

うん、そのままだと上手い偽装しないと駄目だろうけどね。

「そこで相談なんだけどね。その連絡にうちのフェイトからの分も混ぜてもらえない?」

「フェイトさんも協力してくれたから、出来ないこともないけれど・・・。」

流石は提督、その辺は「何もなくても」通せるって口ぶり。ではそこへ理由も付けてあげるとしよう。

「うち、地方なものだからフェイトには友達もいなくて。あの子にとっては初めて出来た友達なのよ。」

「なるほど。そうね、むしろそれを前面に押し出して、連絡の方を混ぜ込んでおく様にしておけば。」

よし、のってきた!

「偽装としてもいいでしょう?それでお願いできないかしら。」

「こっちこそお願いする立場よ。連絡の形としてはその方がいいし。ご家族の方にも怪しまれないだろうし。」

「翠屋で常連になってるから、もう顔見せはしてるしね。」

「細かいところはなのはさんとも相談して決めるとして、大筋はそれでいきましょう。助かったわ。結構、懸案だったのよね。なんてったて管理外世界だもの。ここの出身者もいないわけじゃないけれど、行き来している人間も少ないし。」

「フェイトには私から話をしておくわ。」

「お願いね。後日、正式に要請の形で文書も送ると思うけれど。」

「なんなら、クロノもたまに混ぜておく?ユーノの近況込みで。」

「それもいいわねぇ。」

ちょっとした思い付きを口にしてみたが、お互いツボに入ったらしく、思わず2人で笑いあった。すまんなユーノ。お前は当分フェレットらしい。


後書き:

 焼肉は行かないからあんまり情景描写出来ていない感じで。あと、服装についてはまともに描写してなかったから、今回ある程度書いて見ました。でも、リニスの服って描写困難だよな・・・。

 そして最後の。ちょっとした駄弁り、のつもりが母親2人の悪巧みみたいな感じに。リンディさんが「色々と」しゃべっちゃってますが、事件関係者なので無問題、という感じです。





[10435] 母であること 18(無印終了)
Name: Toygun◆68ea96da ID:b5cebdd1
Date: 2011/06/02 21:02
19.「トラヴィス701襲撃事件」終了


 ?・・・天井が低いな。

首だけ動かして周囲を確認する。照明は最低限だ。おかげで発光している時計表示が目立つ。そういえば二段ベッドの下だったな。天井じゃなくて上段ベッドの底か。ミッドチルダ語で表示された時計を少しにらむようにして見る。まだ5時だ。いつもはリニスに起こされるから、ぼんやりと天井を見る、ということもあまりない。今日は何故だか随分と早く目覚めたので、いわゆる朝の至福の時間、という奴があと1時間はあるわけだ。

 とはいえ、なんでこんなに早く目が覚めたんだろう?
ここには窓がない。何せ次元航行艦アースラ内だ、窓なんてあっても見えるのは目にもココロにも悪そうな不思議色空間。となれば、艦内照明を生活時間に合わせて変化させるだけの方がましである。起床1時間前だから艦内照明はまだ強くはなっていない。昨日もいつもの時間に寝たしなぁ。そこで喉の渇きに気付いた。ふむ、原因はこれかな。仕方ない、起きるか。

 ベッドから降りると着ている薄紫のネグリジェを脱いだ。ベッド下の衣装入れを引き出すと、何を着ようかと思案する。まあ、簡素でいいや。白いYシャツと、いつもの青のスカートを引っ張り出す。途中で顔も洗うからタオルも。着替え終わって、いつもの方のヒールを履く。この格好でブーツも変だしね。あとはデスクの上の携帯端末を胸ポケットに入れて準備良し。リニスを起こさないよう、ヒールでの音に注意しながら部屋を出た。
 
 艦内の洗面所にて顔を軽く洗う。最新鋭艦であってもこういったところは、デザインはともかくそう進んだ装備を持っているわけでもない。出てくる水は普通の水温なので、冬の朝程の効果はないが、それでも頭をすっきりとさせてくれた。

 食堂にてセルフサービスの水を飲む。樹脂製のコップに八分目に注いだ水をゆっくりと飲んだ。・・・まだ足りなかったらしい。もう1杯。随分と渇いていたみたいだ。昨日はそんなに水分を摂っていなかったのかな?その辺はあまり覚えていないが。端末を取り出し時間を確認する。5時20分。まだ夜勤以外の皆が起きるのには早い。もっとも、食堂の人間は既に動いていたが。忙しそうなので声をかけるのはやめておいた。

 なんとなく艦内をぶらついてみた。途中通った休憩室に、飲料物の自販機があったが、喉の渇きも癒した後なので特に用はない。何より、同じ金を使うのならば地球の飲み物に使う。いや、待て。思うところがあって、4本、甘めの炭酸飲料を買い、その足でブリッジへ向かった。



「おはよう、夜勤お疲れ様。」

そう言ってブリッジの上段側に入った。

「あら、おはよう、プレシア。」

「「おはようございます。」」

リンディ、クロノ、エイミィの3人が口々に挨拶を返してくる。そしてリンディが時間をちらりと見てから言った。

「今朝は随分と早いわね。まだ5時半よ。」

「なんか目が覚めてね。起きたついでにぶらついてたんだけど、3人とも当直だったな、って思い出して。」

差し入れよ、といってそれぞれに缶を渡す。

「どうせ当直勤務中はブラックコーヒーばかりでしょ?リフレッシュに炭酸飲料はどうかと思って。」

「毎回差し入れありがとうね~。助かるわ。」

そういって缶をあけるリンディ。

「確かに夜勤明けに炭酸は効きますね。」

クロノは一口飲んでからそう言った。

「きっくねー、炭酸。ブラックばっかりのところで甘いのもいいし。」

エイミィはくぅ~と声を上げながら二口目を飲む。そんな様子を見ながら自分も缶を開けた。

「ああ、エイミィ、さっきの教導メニューを頼む。」

「あいよ~・・・あらら?」

缶から口をはなしたエイミィが、素っ頓狂な声をあげた。

「どうした?」

「うーん、まいったねぇ。なのはちゃん達、広域結界はってトレーニングしてるよ。」

コンソールを操作して該当地点の情景をモニターに映し出す。確かに、結界が展開されている。

「あらあら、練習熱心ねぇ。」

リンディのあとに言葉を続けた。

「こんな時間から練習してるのね。」

「毎日こんな感じらしいわよ。」

「あんまり魔法一辺倒なのもどうかと思うけどね。」

そう言いながら、缶に口を付ける。数度目であるが、炭酸が朝の鈍り気味になる頭を叩き起こしてくれる。

「仕方ないな。送るのは後にして、日誌でもつけはじめるか。」

「その方が良さそうだね。あと1時間は続くしね・・・あれ?」

エイミイの疑問の声と共に、モニターに映った結界の様子が変化している。なんとなく光り始めてる?

「なんか広域結界内の魔力値が急速に上昇してるよ!」

「なんだいったい!」

「AA・・・AAA・・・AAA+・・・S!結界越しだから正確性は欠けるけど、Sランクの魔力が集中してる!」

あー、これはもしかして、と思ったところで、モニター上の結界が弾けた。

「け、結界、内側から破壊・・・えーと、なのはちゃん達は・・・」

「なのは!ユーノ!生きてるか?大丈夫かー!」

クロノの呼びかけに、通信が返ってくる。

『ふぇぇぇ・・・なんとか・・・・。』

一同、突然の事態だったが、その声に胸を撫で下ろす。

「何か新しい魔法でも試したのかしら。」

リンディの言葉を肯定しながら続けた。

「そんなところでしょうね。それよりも、今のはどっちかしら?」

「どっちって?」

「魔力砲撃による結界の貫通だったのか、それとも結界機能自体の破壊だったのか・・・正直、破壊規模が大きくて私には判別がつかなかったわ。」

まー、結界機能自体の破壊の筈なんだけど、本当に大きすぎて「プレシア」としての能力でも判別がつかなかった。

「そうねぇ、エイミィ、解析できる?」

「ちょっとやってみますね。というわけでクロノ君、当直日誌の方は任せた!」

「ああ、分かった。」

エイミィとクロノは残っている飲料に口をつけながら作業を開始した。それを艦長席側から眺める。

「まったくもって末恐ろしい子ね。今回はちょっと失敗したようだけど、推定Sランクの魔法を組んだのは間違いないわね。」

そういうと、リンディが頷きながら続けた。

「そうね。まったく、将来が楽しみだわ。」

自分には恐ろしいですが。だってフェイトとやりあってないのにスターライトブレーカー組んでるんだよ!



 そして朝食。

「単純魔力砲で広域結界を破壊?貫通じゃなくて?」

フェイトの疑問にクロノが答える。

「「結界機能の完全破壊」だよ。」

朝食のコロッケをつつきながらクロノが答える。

「使った魔力砲もどうかしてるんだが。収束砲だよ。それのチャージタイムに時間がかかるところを、さらに伸ばして威力重視に調整してみたんだそうだ。その結果がそうなったと。まったく、感覚で魔法を組む子は恐ろしいよ。」

その言葉に、野菜サラダのトマトを突き刺しながら、ちょっといじわるしてみることにした。

「ここをしばらく離れるのが怖いわね。次はどんな魔法を組むのかしら?収束技術を物にしたなら、語弊はあるけれども魔法に関しては何でも出来るのに等しいわよ。魔力の問題をクリア出来るようなものだから。」

発言が終わると同時にぱくりとトマトを食べる。自分の言葉に食事中の一同が唸った。む、脅かしすぎたか?まず、パンを手にして止まったエイミィが口を開いた。

「確かに、ただでさえ魔力AAAの魔導師が収束魔法を使えたら、なんでも出来るようなもんですよね。」

それにサラダにドレッシングをかけながら、リンディが続く。

「まあ、それ以外の細かい技術は学ぶ必要はあるけれども。これは少し釘を刺しておいた方がいいかも。」

「魔法理論に詳しい者を教師役につけた方がいいのでは?」

と、パンをちぎりながらリニスが助言した。それに対してコロッケの半分を飲み込んだクロノが答える。

「しばらくは無理だ。ここを離れる間について、今までのことの練習に留めるように言い聞かせておくしかないな。そういった人間をつけてやれるのはその後になる。」

「うう、またやることが増えた感じだ。」

とナイフもフォークも置いて頭を抱えるエイミィ。ちなみに、アルフは我関せず、といった感じに食事を続けていた。仕方ない、まとめるか。

「まあ、その辺はちゃんと言うことを聞いてくれるでしょう。素直な子だし。それとアルフ、少しは話に混ざりなさい。」

うにゃ?といった感じにコロッケをフォークで口に放り込んだアルフがこっちを見た。

「なんかまずいことでもあった?」

どうやら、まったく聞いてなかったらしいな、この狼は。




 翌日、いつものとおり、翠屋に行ってみると、普段は目にしないものを目にしたので思わず声をあげてしまった。 

「あら?」

「どうも。」

翠屋のおもてのカフェテラス用に置かれた椅子に座った、私服のクロノ、である。黒のトレーナーシャツにジーパン、スニーカーと、服がくたびれたりしていない点を除けば、非常にくだけた感じである。

「どうしたの、クロノ?」

フェイトが思わず質問する。それにクロノは疲れた顔をして答えた。

「半分仕事で半分休暇だよ。」

そう言って、別の椅子に置かれた小動物用のケージを指差した。

『そういうこと、なのはの家にクロノたちが迎えに来てくれたんだけれども・・・』

念話でユーノが返事を返してくる。ふむ、そのままリンディに引っ張られてここまで来たというわけか。

「それならなんでクロノは外にいるんだい?」

アルフの疑問に淡々とクロノは答えた。

「この状態のユーノを、飲食店の中に入れるわけには行かないからな。それに、中はなんだか落ち着かなくてね。」

それにしてもこのコーヒーはうまい、と言いながらカップに口をつけるクロノ。なんだか背中が煤けている様な雰囲気だ。コーヒーを味わう姿もなんだかさまになっている。お前ほんとに14歳か?と疑問に思う。と、ベルの音とともに翠屋の扉が開いた。

「クロノ君、コーヒーのお代わりはいかがかな。」

コーヒーポットを片手に持った士郎である。と、そこで私達に気付いた士郎がいらっしゃい、と声をかけてくる。

「お願いします。」

クロノの言葉に、お代わりのコーヒーを注ぐ士郎。

「いやしかしすまないね、1人だけ外で。」

「いえ、ユーノをほっておくわけにもいきませんし、それにちょっと中にいるのは落ち着かなくて・・・」

実際にそうらしい表情をしているクロノ。

「ははは、うちは基本的に女性客が多いからね。確かに男1人じゃ落ち着かないかもしれん。」

そう、軽く答える士郎だったが、実際のところはどうなのか?とクロノに念話で聞いてみた。

『なんだか妙なプレッシャーを感じるんだ。』

プレッシャーか。うむ、なんとなく理由は分かったぞ。それはさておき、中に入るとしよう。士郎に続いて入ると、気が付いた店員―
美由希がいらっしゃいませ、と声をかけてくる。桃子に恭也は奥のようだ。なのはは―今日は手伝いの予定ではなかったらしく、リンディの前に座っていた。

「毎日ご贔屓にありがとうございます。」

「それもあと少しなのよね。そろそろ本国に帰るものだから。」

「そうなんですか。」

「まあ、折を見てまた来るけれどもね。」

そのまま美由希が席まで案内してくれた。リンディたちのすぐ傍なので彼女達の目にすぐ入る。すぐになのはが声をかけてくる。

「こんにちは、プレシアさん、フェイトちゃん、アルフさんにリニスさん。」

「こんにちは。」

「「こんにちは、なのは。」」

「よー、なのは。」

「あら、私には何もなし?」

「あなたとは毎日顔を合わせてるじゃない、リンディ。」

「こんにちは、リンディて・・・さん。」

フェイトは提督、と続けかけてすぐに訂正する。アルフはちわーとどこで覚えたのか省略した挨拶をする。リニスは声ばかりなのもどうかと思ったのか、深々とお辞儀をした。

「あら、アルフさんにリニスさんはこの間着ていた服ね。」

「まあ、こっちで出かけるのにいつもの服じゃまずいでしょ?」

「それもそうね。あなたもこの間のにすればいいのに。」

今日は昨日の朝同様、Yシャツに青のスカートという気の抜きっぷりである。

「毎日気合入れられてらんないわよ。それにブーツはそろそろ厳しい季節になるし。」

「リニスさん、似合ってますよ。」

「ど、どうも。」

なのはの言葉に、リニスはややどもり気味に返事を返す。服装を褒められる、などというのはリニスにとっては未知の領域だろう。それにしても、例の変形メイド服のイメージが強い為か真っ先に声をかけられるわけだが。そしてそのままアルフの服装にも言及するなのは。

「アルフさんも・・・そのシャツ。」

「似合ってるだろ?まーあたしはあんまりこういうの分からないからプレシアが選んでくれたんだけど。」

「そーなんだー。」

なんだか引きつったような笑いを浮かべているなのは。ふむ、やはり小学生。気付いたか。そのままアルフにも私にも追求せずにフェイトの方へと目を向けるなのは。

「あ、フェイトちゃん、リボン変えたんだ。」

「うん、この間買ってもらったんだ。」

今日のフェイトはこの間の細めのピンクのリボンで髪をまとめ、服のほうは前から持っている横縞の入ったラフなシャツに白のスカートだ。服のほうは?と聞くなのはに、これは前から持ってる服、と答えている。そんなこんなで服談義が深まりそうになるところで、恭也が人数分の水を持ってきた。

「いらっしゃいませ、ご注文はお決まりでしょうか?」

いつも通りに色々と頼む。ちょっと違うのは、自分だけ紅茶ではなくコーヒーを頼んだことぐらいか。そのことにリンディがなんとなく聞いてきた。

「あら、あなたもコーヒー?」

「いつもは紅茶だけどね。ここのコーヒーもなかなかのものらしいし、クロノがとても感慨深げに飲んでいたのも気になったから。」

だがリンディ、お前のそれはもうコーヒーじゃない。コーヒーカップなのに液面がやたらと白いぞ。ミルクと砂糖をどれだけ入れたっていうんだ。

「それにしても本当にいい店よね、ここ。おいしいし。」

そう言ってぱくっとケーキの一欠片を口に放り込むリンディを見て思う。その砂糖過多なコーヒーを飲んだ後でどうやってケーキの味を判別しているのだろうかと。実は解剖したほうがいいんじゃないのかってくらい謎だ。

「また折を見て来れる様にしないと。申請書類とか面倒だけど。」

そう言った自分に微笑みながらリンディが答える。

「あら、いいわねー。書類出すときは声かけてね。私も休暇のときに来たいからまとめて書類通しちゃうから。」

それはまことに有難い。持つべき友は官僚の友人・・・言葉面を思い浮かべただけで一気にやな感じになる言葉だが。しかも賄賂が甘いお菓子で通りそうって何よ。逆に山吹色のお菓子では通らないってのが一般人の想像の上ぐらいを行ってるけど。

「お待たせいたしました。」

恭也がケーキや紅茶を運んできた。頼んだコーヒーの匂いが香ばしい。ケーキの甘い香りが消されてしまうのはちょっと失敗だったかな?と、配り終わったところで恭也がなのはに声をかける。

「なのは、紅茶のお代わりはいるか?」

「うん、お願い、お兄ちゃん。」

お盆に載せておいたティーポットからとぽとぽとティーカップに紅茶が注がれる。ありがとう、と言って受け取るなのは。うん、とても和むなぁ。それではごゆっくり、と言って恭也は去る。とはいっても他の客のところに言っては紅茶の補充をしているが。そんな様子を見ていると、私の視線の先で、少々勢い良く翠屋の扉が開かれた。

「こんにちわー!シュークリーム2つと紅茶2人分、カフェテラスの方にお願いしまーす。」

「ア、アリサちゃん、もうちょっと抑えて。」

テンション高いなー。あらあら元気ねぇ、と桃子の声が聞こえる。それからアリサは軽く店内を見回すと、とことことこちらにやってくる。

「やっほー、なのは。」

「こんにちは、アリサちゃんにすずかちゃん。今日って習い事あるんじゃなかったけ?」

「なんかよく分からないけど先方が都合が悪くなったとかで今日はなし。せっかくだからと翠屋に寄って良かったわ。」

そこまで言って、アリサとすずかは、なのはの向かいに座っているリンディと、その向こうからなのはの方を見ているフェイトに気が付いたらしい。いや、自分もわざわざ体をひねってなのはの方向いてるけどね。

「どうも、アリサ・バニングスです。」

「月村すずかです。」

口々に自己紹介をする2人。うむ、礼儀正しい。

「リンディ・ハラオウンよ。」

「私はプレシア・テスタロッサ。」

「フェイト・テスタロッサです。」

アルフとリニスも自己紹介をする。アルフのTシャツははここでもなんらかのインパクトを与えていたようだが。まあ、小学生なら知っているか。むしろ私は見ていなかったから存在ぐらいしか知らん!と、そこでアリサがはたと何かに気が付いたようだ。

「あ、ハラオウンってことは。」

「あら、外にいるクロノともう話したのかしら。」

リンディの言葉をなのはが補足する。

「リンディさんは、クロノ君のお母さんだよ。」

「そーなんですか。いえ、籠の中のユーノに気がついたから。」

そー、ユーノよユーノ!途端にわめきだすアリサ。

「なのは!あんたも来なさい。ユーノが帰っちゃうんだから!」

と引っ張られていくなのは。リンディは手を振って見送る。それに対してお騒がせしてすみません、と頭を下げてから行くすずか。その様子に、フェイトがそわそわしだしたので、声をかけてやる。

「あなたも行ってらっしゃい、フェイト。ついでにお盆を借りてなのはの紅茶も持って行ってあげなさい。」

「はい!」

元気良く返事をして席を立つフェイト。タイミングとしては大分速いが、これで友達が増えるか。

「世界間の移動許可申請だけじゃ足りないかも。」

どうやって「原作」に近い環境に持っていこうか、と考えながら、リンディにも聞こえる程度に呟く。行儀は悪いが、体はもう通路側に向けて足も出した状態だ。

「あら、移住まで考える?」

「はっきり言って家の環境だと友達が出来ないから。開発レベルがここよりも低いのよ。」

アルトセイムには自然しかありません。と、リニスが聞いてきた。

「移住するとしたら庭園はどうするんです?」

「売ったりはしないわ。あそこに揃えた研究環境もなかなかのものだし、収入から考えても、それでも余裕があるし。」

今はまともには動かしてはいないが、次元空間内を航行出来る出力のある、魔力炉まであるんだ。手放すのは惜しい。

「あら、いーわねー、お金持ちって。」

リンディが少々拗ねたように茶化すのに返答してやる。

「あなたのところだって似たようなものでしょ。」

現役提督の給料が安い筈があるか!まあ、彼女の場合、問題は使う暇がないことだろうが。





 そしてその日はやってくる。もう少し翠屋通いを続けたかったが、そうも言っていられない。

「リンディも来れば良かったのに。」

「艦長も多忙ですから。」

と、生真面目にクロノが答える。現在、ここ海鳴臨海公園にいるのは立場上責任者のクロノに、自分にフェイト、アルフ、リニスにユーノである。この辺りは砂浜がないんだな、と思いながら海を眺める。はて、砂浜があるのはもう少し南の方だったか、と記憶を探る。

「どうしました?」

リニスが聞いてくる。

「海はあまり見たことがなかったな、と思っただけ。」

砂浜を見たかったと思っているのは、はたして自分なのか、それとも「プレシア」なのか?答えの出ない問いをしているような、そんな気がし始めたところで、声が聞こえた。

「フェイトちゃーん、ユーノくーん。」

なのはが遠くからかけてくる。朝一で連絡を受けて、けっこうきつかったんじゃなかろうかとも思うが、そんな気配も感じさせない。
とはいえ、そばまで寄ってきたところで大分息が切れていた。そういえば、なのはって運動は苦手だったな。

「今日で、お別れなんだね。」

「そうだね。」

なのはの問いに、少し寂しそうに答えるフェイト。雰囲気が少し落ち込みそうになるのを、無理やり持ち上げる。

「ほらほら、今生の別れって訳じゃないんだから、そう寂しそうにしない!」

そう言って並んでいた2人を両手で抱き寄せ、囁く。

「また来れるように色々とやるから。それに、少し時間がかかるけれど連絡は出来るし。」

その辺は聞いてるでしょう?となのはに聞く。はい、と答えるなのは。その答えを聞いてから、2人を放してやる。色々と話し始める2人。うん、雰囲気の修正には成功したな。さて、頃合を見つつ・・・ユーノもけしかけるか。

「あなたも行ってらっしゃい。」

「いいんですか?」

「あなたにとっても友達でしょう?うちの娘に独り占めにさせるわけにもいかないわ。」

はい、と行って2人の傍に寄るユーノ。3人でも会話は弾む。どうせだ、と思いクロノにも声をかけるが。

「自分はまた来ますので。この場は彼らに譲りますよ。」

それに、時間を告げるのは自分の仕事ですから、と続けるクロノ。ふむ、確かに次はスカウトとして来る事になるんだろうな。

「いいんですか?プレシア。」

「何かしら?」

「また来る、と言っても色々と手間ですよ。」

「申請関係はアースラの端末で調べたから大丈夫よ。リンディも乗り気だしね。第一、ここの座標はキルケーⅣの中央AIも記憶した筈だから、船で来る手も使えるわよ。」

流石にそれは費用がかかるので、恒久的なゲートを設置する方が安く上がるが、そこは手続きが煩雑だったりもする。

「移住するんだったら、現地協力員としての立場を手に入れる手もあるしね。」

まあ、色々と手はあるのだ。帰った後の様々な問題を片付けるのが先だが。

「帰ってからが問題よね。リニス、とりあえず庭園内のことはしばらく任せたわよ。」

「は?」

「は?じゃないわよ。多分、私は再入院だから。」

うん、とっくに薬は終わってたし。アースラの医療スタッフから間に合わせの薬はもらっていたが、それまで使っていたのは臨床試験中の新薬だ。間に合わせでは効果はろくに望めない。途中経過を見るために何度か行くべきところを完全にすっぽかした事になるから、医者はてぐすね引いて待っていること間違いなしだ。

「プレシア、またかい。」

アルフがジト目で見てくる。

「今回は私のせいじゃないわ。文句はあの海賊連中に言ってちょうだい。まあ、前みたいに長期入院はないと思うけれど。」

「出来ましたら裁判までには退院していただけると有難いんですが。」

クロノがやや冷や汗をかきながら要望してくる。

「さすがに長期入院にはならないと思うけれど。裁判が早めに始まるのなら、いくつかの打ち合わせは病室まで来てもらうことにはなると思うわよ?」

頭を抱えるリニスとクロノ。うん、余計な仕事が増えた、って感じかな。リニスには庭園の各種機材の維持をまたやってもらうことになるし。

「分かりました、その辺の事情は艦長にも伝えておきます。」

なるようにしかならん、と吹っ切れた感じでクロノが言う。と、アラーム音が聞こえた。

「時間だな。」

そう言うと、クロノはなのは達の方へと伝えに行った。


 転送のために、一まとまりになる自分達。

「それじゃ、「また」来るわね。」

そうなのはに声をかけてやる。

「はい!フェイトちゃん、ユーノくん、みなさん、またね。」

元気良く、返事をするなのは。またね、と手を振るフェイト。良く見ると、フェイトの黒いリボンが白いものに変わっている。いつの間にか交換したようだ。転送のための魔法陣が大きく広がる。そして、次の瞬間にはアースラの転送ゲートにいた。そしてクロノが口を開く。

「それでは、ミッドチルダに向けてアースラも出発します。みなさんの行動については、艦外への移動以外は大体自由になりますので、承知して置いてください。」

やっと一区切りだ、と続けて聞こえたクロノの呟きが、やけに印象に残ったのを覚えている。



後書き:

 ワンシーンごとの密度を増やせず、結果ぶつ切りのシーンをつなげる羽目になりました。とりあえず無印編は終了です。次はA's・・・とはいかず、その準備段階の閑話をまたぶつ切りでつなげることになるかな、と言ったところ。それにしても、会話シーンが多いと文章密度が下がるのがつらい。なお、原作とは違いますが、ユーノもここで引き上げです。



[10435] 母であること19 A's Pre1
Name: Toygun◆68ea96da ID:53f1b60f
Date: 2011/06/02 21:17
20.退院と散財とベルカ式

 予想通りの再入院―うん、待ってた病院スタッフが多かったな~なんて。どーも例の新薬、効果が従来品と比較して目覚しかったらしく、その臨床試験中の患者が行方不明になったもんだから、向こうも上へ下への大騒ぎになったようで。1週間、検査漬けの毎日を送る羽目になりました。

「いやまったく心配しましたよ。せっかく退院した患者が事件などで死亡なんてのは御免こうむりたいですから。」

そうは言ってもままならないのが世の中ですが、とやや安堵した表情で告げてくるのは主治医のバルカ・レクター博士。普段はレクター博士と、地球では不穏極まりない通称を持ってはいるが、人は食わない。もっとも、人を食ったような態度はよくとるらしいが。

「今までそんな経験も?」

その言葉に、ややまじめな顔でレクター博士は答えた。

「管理局員の方がほとんどですな。最近は治安も良くなりましたが、昨日退院した人間が翌日には重傷で運ばれてくるなんて、ざらでしたので。それはそうと、検査結果のほうですが。」

一応アースラで出てた薬で、現状維持は出来ていたらしく、病状の悪化はなし。細胞の代謝に干渉する薬なので、逆に薬が途絶えることで代謝低下などの反動も予測されたけれどそれもなかったようで。若干の細胞の腫瘍化も見られたが、そこも簡単な処置でOK(地球じゃいちいち外科手術になりそうなところだが)。病状経過もいいから、腫瘍化を抑えるために効果を落とした薬を処方された上で退院となりました。時間にして10時半。

「どこか寄って帰られますかな?」

レクター博士の問いに軽く答える。

「そうですね、家族も皆来てる事ですし、少々買い物などをして行こうかと。」

「確かアルトセイムにお住まいでしたな。ふむ、それでしたら南部海岸ライン沿いをお勧めしておきますか。あの辺は高級ホテルや建築中のマリンガーデンなどがありますから、治安面を大分重視されているようで管理局のパトロールも多いですよ。」

大型デパートもありますし、と、おそらく「常連の」管理局員から聞いたであろう情報をレクターは披露してくる。ふむ、同じ南部地域、横の移動で帰りは楽そうだ。クラナガンの南に位置するこの病院からも移動しやすいし。



 待合室にいた皆と合流する。

「どうだったよ、プレシア。」

アルフが状況を聞いてくる。

「症状の悪化はないそうよ。薬も弱めのものを出してくれたから、あとは気長に、てところでしょうね。」

「それは良かったです。それはそうと、この後どうします?」

ほっとした表情を見せつつも、聞いてくるリニス。彼女には心配をかけっぱなしだ。もっとも、一番心配をかけている相手は、フェイトだろうが。

「とりあえず買い物でもしていきましょう。家のほうも色々と入用でしょ?」

そう言って、リニス同様にほっとした顔をしているフェイトの手をとった。

「どこに行くの?」

「ドクターのお勧めの、南部海岸ライン沿いに行ってみるわ。大型デパートもあるようだから、食材とかもなんとかなるでしょ。」

聞いてくるフェイトに、そう答えておいた。



 レールウェイで南に1時間、やってきましたミッドチルダ南部湾岸地域。クラナガン近くの湾岸地域は開発されきっているか、廃棄区画のような荒廃しきった有様だが、ここの海は違う。やや高層気味に作られたレールウェイの駅からでもその海は、そして一部の砂浜は見えた。少し距離も遠いが、開発中のマリンガーデンらしきものも見える。しかし、その風景に反して、レールウェイの南部行き終点駅であるここの名前は、「南部湾岸地区」という素っ気無い名前しかなかった。見える風景も、規則正しく開発されたような街並みと建築中のビルや家屋、整備中の新たな施設と、味気なさが多く、整った街並みも、やや人が少ないように感じた。きっとここは、管理局設立以前に一度更地になるまでの戦渦に見舞われたのかもしれない。この土地が持っているはずの名さえも消えるほどの。

「あれがレクター博士の言っていたマリンガーデンね。まだ建築途中だそうだけれど、一部利用できる施設もあるようだから帰りに回ってみるのもいいかもしれないわ。」

駅構内の立体映像からの情報から、そのように提案する。オープンは来年になるが、レストランや喫茶店等飲食店関係はすでにオープンしており、東アクアラインも既に開通していてアクセスは可能なようだ。

「ミッドにもあんな海があったんだ。」

おそらく海鳴の海と比較したのだろう、フェイトがそう言った。アルトセイムからほとんど出たことのなかったフェイトにとっては、いわばこれが「故郷の海」になるのかもしれない。故郷はアルトセイムだが。そういう意味では、事件のために「アリア」に着けなかったのは良かったのかもしれないが・・・あっちはあっちでリベンジマッチが必要だ。次は地球に行く為のダシになりそうだけれど。

「ふーん、あの砂浜、再生したんだ。」

情報パネルを見ていたアルフがそう告げた。どれどれ、と見てみると、確かに、最低限の区画整備の後に手をつけたのが、砂浜の再生らしい。部分的には砂浜が自然に再生していたところもあったが、残りは人手が入っている。やはりこの辺は荒廃のさらに一歩先まで行ってしまった地域だったようだ。

「それで、どちらに参ります?ちょうどお昼時ですし、レストランを探すのもいいでしょうけれど。」

時間にして12時過ぎ。リニスの発言どおり、食事もいいかもしれないが・・・

「お昼は少し時間をずらしましょ。多分、混んでるわ。」


 というわけで、昼はちょっとずらして買い物の一部を先に。選んだのは海岸沿いの大型デパート、フィリーズ。ちなみに27階イベントホールでの催し物は「ベルカ文明展」だった。あとで見ておこう。まずは定番の地下階、食料品売り場だ。移動の足が公共交通機関しかない以上、全て配達してもらうしかないが。

「意外と安いものですね。」

とはリニスの言葉。

「アルトセイムは個人商店ばかりだから。おまけが付く事が多い以外は、こういった大型店の方が有利なのは仕方ないわね。」

そうはいっても、アルトセイムの商店の製品は地産地消そのものだから、鮮度と季節感では圧倒的に有利だ。種類の豊富さなどでは、おそらく仕入れが農業用に開発された次元世界、というデパートには敵わないが。せっかくだから普段は目にしない食材を、といった感じに様々な生鮮食品をリニスは籠に放り込んでいく。肉。牛肉、豚肉、鶏肉、鴨肉、鹿肉、熊肉、猪肉、竜肉・・・竜肉!?犬と猫を入れないだけましなのか。というか犬と猫もあるのが恐ろしい。野菜。通常の3倍はあるカボチャはアルフに持たせた籠にどうにか収まった。キャベツにレタスは普通。トマトはプチトマトも普通のトマトもどちらも入れた。巨大な白菜、パイプを加えた水兵の絵がある缶詰に入ったほうれん草、投げれば刺さりそうな人参、聖王教会印の入った袋に収まったじゃがいも。グリーンピースは缶入りのために中身は良く分からない。調子に乗ってその隣に並んでいた長ねぎとたまねぎをアルフが入れようとしていたがそれは止めておいた。それがために家ではシチューなどに若干味が足りないのだが、その辺は仕方ない。乳製品についてはアルフはそこそこ慣れているので問題はないが。まあ、使い魔になってから体質の変化もあるだろうから大丈夫かもしれないが、危ない橋を渡ることもない。

「ちなみに同じ理由でチョコレートも食べないように。」

ただ今の発言でアルフがリアルorzしました。けっこう好きだったらしく、ちょこちょこ食べていたようだ。時折アルフが調子を崩していたのはそれが原因か。とりあえず、我が家はチョコとたまねぎは厳禁と。実はねぎ類は危険らしくニラ・にんにくも駄目らしい。これはリニスも同じである。リニスの場合チョコレートは問題ないが。

牛乳にチーズ、別世界で採れたらしい紅茶葉、パスタ、オリーブオイル、ワイン、卵、小麦粉、パン粉、パン自体は近場のベーカリーで買うのでパス、あとは果物か。りんご、オレンジ、ぶどうは駄目なのでパスしてメロンは・・・なんかいいや。スイカもあるが気分が出ない。なんでもあるはないのと一緒って感じだな。イチゴにキウィ、etc、etc・・・。

「こんなところですかね。」

たっぷり1週間分は籠に放り込んだ為に、全員のカートの籠は満杯である。

「随分と多く選んだわね。ついでに魚も見ていかない?」

そうリニスに提案してみると。

「あいにくと魚だとあまりレパートリーがなくて。」

ふむ、ムニエルくらいかな。我が家の食卓は地球圏で言うならヨーロッパ寄りな為に、確かに魚料理は少なかった。なんとなく魚のコーナーを見る。タラの切り身が並んでいる。お勧め料理まで表示されているが、表示されてはいるが・・・「フィッシュアンドチップス」。なんとなく食欲が減退する。

「どうかしました?プレシア。」

リニスも一緒になってモニターを見るが。

「あなたはこれは覚えなくていいわよ。」

あとベイクドビーンズとかも覚えなくてよろしい。これを持ち込んだのは、あの提督か?あの提督なのか?それとももっと前の漂流者か。ハラペコ騎士王がお怒りになりそうな料理の数々が持ち込まれているに違いない。まあ、それでもフィッシュアンドチップスはきちんと作ればましかもしれないが、油の選択を間違えただけで死ねそうな味になるとは思う。アフタヌーンティーの習慣は評価するが。


 会計を済ませてそのまま配達の手配もする。距離も遠ければ量も多い以上、持って帰るなんて選択肢はない。しかし、普段は近場での買い物が多いとはいえ、毎回これではなぁ。車でも買うか?先に免許が必要になるが。

「車より先に船を買っているのがそもそも間違いです。」

リニスに指摘されてうなだれる。少し反省。まあ、それは置いといて。

「時間も1時を過ぎたし、上の階で食事にしましょう。」

買った食材は配達係に任せて、エレベーターで移動する。大型デパートの標準通りに、結構上の階にレストラン街が存在した。真っ先に目に飛び込んできたのは27階のイベントに合わせたらしい、「ベルカ料理フェア」。と言っても、それを出せるのはベルカ料理レストランの「アルテリーベ」だけのようだが。レンガ作りをイメージした佇まいとなっており、いくつかの両開きの窓からシックな感じの店内が見える。立て看板のメニューを、少しの間見る。ふむ、ここにするか。

「ここにしましょう。アルフが好きな肉料理も多いことだし。」

途端に目が輝き出すアルフ。とは言え、釘は再度刺さねばなるまい。翠屋では平然と食べてはいたが、やはり外食でのハンバーグは禁止した方がいいだろう。我が家ではたまねぎ抜きハンバーグを作るしかあるまい。

「ベルカってなにかな?」

フェイトの疑問にリニスが答える。

「数百年前に存在した次元世界です。大本の世界は滅びてしまいましたが、文化や技術はまだそれなりに残っていますよ。」

「ミッドの北部には生き残りの子孫が住んでいるわ。」

「へー。」

アルフも多少興味を持ったようだった。



 ウェイターに案内されて席に座る。早速メニューを見てみると、ミッドチルダ語表記だけでなく、ベルカ語表記まである念の入りようだ。しかし、その内容は・・・ソーセージ料理とじゃがいも料理の多さでどうみてもドイツです。ビールが無いのが違いか。代わりにワインは数多く入っているが。とはいえ、まずは質問しなければなるまい。

「たまねぎ抜きの料理でお勧めはどれかしら?」

ウェイターの顔が少し引きつった。まあ、多種多様な料理に使われるたまねぎを抜けといっているんだから当然だろう。しかしそこは商売人、すぐに冷静に提案する。

「そうですね、いくつかお選びしましょうか?」

ふむ、おまかせもいいだろう。どちらにせよ、初めての店だ。訳の分からないものを頼んでしまうよりはいい。

「この子だけ肉料理をやや多めでお願いね。あとはお任せするわ。」

「かしこまりました、ところで、ワインはいかがでしょう?」

残念ながら、薬を常用している以上、しばらくアルコールは控えなければならない。丁重にお断りしておいた。結果、出されたものは。


レバークネーデル・ズッペ:レバーを含んだ肉団子のスープだ。幸いにしてこの店ではこのスープにたまねぎは使っていなかった。残りのスープは壊滅。

「焼肉のときとはずいぶんちがうね。」

レバーを食べて固まっていたフェイトでもそこそこ食べられるくらいに、レバー入りの肉団子にはクセがない。スープはあっさりとしていた。


ブラート・カルトッフェルン:ベーコンと茹でたじゃがいもを炒めて、香辛料を加えたもの。本来ならたまねぎも加えるのだが、今回は抜いてあると説明された。別名、ベルカンポテト。つまり、地球圏ではジャーマンポテトだ。おそらくベルカ料理レストランとしての意地でこの料理を出したのだろう。


「じゃがいもがホクホクですね。でも少し辛いかも。」

とのリニスの感想。たまねぎがない分を香辛料で補ったせいかも。



ヴァイスヴルスト:付け合せにザワークラウト(キャベツの漬物)、調味料としてマスタードが皿に載せられている。言ってみれば白いソーセージだが、これは皮を剥いて食べるとのことだ。調理法は茹でる、というよりは沸騰したお湯で温めるという感じらしく、普通に茹でると皮が破れて旨味が逃げてしまうとか。

「なんか柔らかい・・・マスタード付けてるけど辛くないな。」

肉の歯ごたえも楽しむアルフにとってはやや不満かな?ウェイターの話では、マスタードは甘めの専用のものらしい。

「ザワークラウトってのも、すっぱいけれどおいしいわね。」



アウフラウフ:野菜と肉をたっぷり積重ね、ホワイトソースをかけてオーブンで焼いたもの。一種のグラタンらしい。言葉の意味自体も「上に積み重ねていった」ということらしい。当然、たまねぎ抜きでお願いしたが。普段、どんな野菜を入れるのかは知らない。

「たまねぎ抜きだと少し間が抜けた感じになるけれど、それでもおいしいといえばおいしいわね。」

「家庭料理の一つですので、その家ごとにそれなりにレシピが変化します。」

と、水の補充に来てくれたウェイターが注釈を入れてくれた。作ってみるのもいいかもしれない。



アプフェルクーヘンと紅茶:量的にいっぱいいっぱいだろうとデザートに突入。紅茶の銘柄は分からないがそこそこの味だった。アプフェルクーヘンは言ってみればりんごのケーキだが、のせただけではなく、タルトっぽいベースでクリームやらがのった上に焼いている。しかし、アップルパイとは明らかに違うものだった。食後のケーキは至福の一時・・・大分この味覚に馴らされてしまった感じがするな。「前」から甘いものは好きな方だったが、「プレシア」になってからさらにその傾向が強くなっているのかもしれない。リンディとは違うが。

 それにしても、ここは「当たり」だ。味はもちろんのこと、ウェイターにまで教育は行き届いているようだし、料理人もこちらの少々無茶な注文に対応出来るだけの力量を持っているし。それにしても少々食べ過ぎたか。

「なんだか食べ過ぎた感じ。ケーキの味がよくわからなかった。」

フェイトには大分多かったようだ。

「肉料理、という感じでなくても肉が多い、という料理が多かった気がします。」

「たまねぎ抜きであれだけ肉料理が出てくるんだから、あたしは満足だよ。」

「また来るのもいいわね。」

 さて、服や装飾品でも見て回りますか。興味深いベルカ文明展もあとで見るとして。




 どちらかというと装飾品関係を多く見ている感じがする。指輪にイヤリング、ネックレスにサークレット、ブレスレット。しかし、どれも購入するというよりは、参考にする、といった感じだが。装飾の多い携帯端末(見かけは腕時計だ)もあるが、やはりシンプルなのがいいだろう。少し、食指が動きそうな端末が目に入る。

「やっぱりこの辺ね。」

そう言ってリニスに示したのは、茶色のレザーバンドに腕の形状に合わせて湾曲した、長方形寄りのケースを持つ腕時計型端末だ。ケース本体は特に特徴のないステンレスカラーだが、時刻表示は本物の機構部品を持つアナログ表示。文字盤は淡いクリーム色に黒色の目盛りで構成されている。ミッドチルダ語による数字の表記が無いのも都合が良さそうだ。説明書きによると、文字盤を保護するクリスタルガラスはガラスではなく、表示モニターを兼ねているとのこと。普段は透明だが、指示を出せばすぐにでも必要な情報を表示、場合によっては空間投影さえ行う優れものとのことだ。

「端末ならすでにありますが。」

そういってリニスはいつも使っているカードタイプの端末を取り出す。まあ、それはあるにはあるだろうが、それでは味気ない。

「服に合わせたデザインのを探していたのよ。まあ、私のはデバイスで代用するからこのままでもいいんだけれど。」

リニスには、海鳴で買った服を私的な外出時には着るように言ってあった。おかげでこの場で合わせて見る事も出来る。まあ、追加で色々と同系統の服も買う必要があるが。

「そうだとしても値段がどうかしています。車が1台買えるじゃないですか。」

はて、と値段を見る。170万クレジット。ふむ、デザインやブランドがあるにしても、携帯端末にしては桁が一個多いような。

「失礼いたします、実はこちらの商品、この系統のモデルの最高グレードでございまして。」

フロアに入ったときにいらっしゃいませと声をかけてくれた、やや年配の女性店員が注釈を入れてくれる。それと同時に、ショーウィンドウからその腕時計型端末を取り出して、柔らかい布が張られたトレイの上に載せる。

「通常モデルはあくまで高スペックの端末ですが、こちらは標準スペックのストレージデバイスとなっております。詳しい説明には担当者をお呼びしますが、その前に試着などいかがでしょうか?」

にこやかに勧めてくる店員に、やや気圧された様子のリニスは無視して、了承の返事をした。ただの携帯端末ならともかく、デバイスとなれば話は変わる。リニスの技量は確かに優れているが、デバイスの有無は、今後の事件での生存性に関わってくる。

「担当者も呼んでちょうだい。標準スペックのままだと色々と不都合も出るでしょうから。」

とりあえず着けるだけ着けて見ろ、とリニスに促がす。観念したのか、店員が差し出した「腕時計」に手を通すリニス。皮ベルトを締めて、試着完了。うん、イメージ通り、シンプルでいいかな。欲を言えば、ケースはステンレスよりも銀無垢な感じの方がいいかもしれないが。と、そこへギャルソンで身を固めた店員がやって来た。細身の長身、縦長の顔にこけた頬と、神経質な印象を与える異相を、右目に掛けたアイ・ルーペがいっそう引き立てる。銀髪、ともいえるような白髪はオールバックにまとめられていた。

「いらっしゃいませ、クラーレ宝飾品店へようこそ。私、当店にて各機器を担当しております技師のクリストフです。」

と、失礼、と言いながらアイ・ルーペを外すクリストフ。なんでも時計を調整していたところだったとか。

「本業は機械式時計なんですがね、いつの間にやらデバイスまで扱うようになっていまして。」

個人用携帯端末やデバイスが普及していても、その手のものが好きな人間は多いらしく、そこそこ売れるとのこと。

「ああ、こちらの商品ですね。形態はこのままで固定されており、待機形態、デバイス形態といった区別はありません。まあ、常時待機形態とも言えますが。」

「魔力許容値はどの程度?」

「通常使用でAA、限界でS-程度ですね。それ以上は素子が持ちません。」

「Sランクに合わせて部品を交換して。」

「どう考えても無駄使いです・・・デバイスなんて自分で作れるのに。」

うん、それは分かってるよ。でも出来上がるのはシンプルだけど質実剛健、どう見てもその服に合いませんて感じがするし。落ち着いた感じの時計にしか見えないから、外出時は常に身に着けていて不自然ではない、というのが重要なんだ。

「まあ、あなたには他に作ってもらう物があるから。」

「Sランクとなりますと・・・」

主処理装置、魔力伝導回路、魔力バッファー、etc。メイン系は総とっかえになりそうだな。クリストフがあーだこーだと端末を取り出して部品検索や計算を行っているが、どれくらいになるだろう?

「処理系、伝導系等コアまわりは交換ですね。メインフレームはそのままで大丈夫ですので、大体このあたりかと。他に何かございますか?」

表示される金額は総額で205万クレジットとあいなった。

「使用魔法の問題があるので、耐電仕様の部品を使ってください・・・。」

ああ、プラズマバレットからサンダーレイジにいたるまで、どれも電撃系ばかりだった。ただ、リニスは魔力変換資質はないから使用に余計魔力食うんだけど。ふむ、と頷くクリストフ。

「耐電仕様となりますと・・・部品取り寄せとなりますので、少々お時間をいただきますが、よろしいでしょうか?」

お値段の方はおまけということで、と前置きしてから、大体1週間程の期間を提示された。それなら早いほうだろう。だが、ここで黙っていないのがリニスだ。

「使用部品ですが、チェスカー社のCZ75Dプロセッサと、ゾーン社のP220バッファーを使用するつもりでしたら組み込まなくていいです。手持ちがありますから。」

「とすると、調整も御自分で?」

「ええ、私も資格は持っていますので。基礎的なパーツも大体揃っています。」

「そうですか、それでしたら、配線周りは少し余裕を持たせておきます。えーと、そうしますと・・・」

再提示された金額は195万クレジット。プロセッサが大分値段を食っていたとのこと。ちなみにCZ75FSTプロセッサだと計算精度は上だが耐久性に劣るのでCZ75Dを使う、とリニスは言っていた。そこまで細かい型番までは「プレシア」も覚えてはいなかった。

さて、仕上がりは1週間後となったが、とりあえずリニスの「ファッション」についてはいったん完成ということで。


 フェイト達の方に目を向けてみる。なんというか、こういう店ははっきり言って初めての筈なので、圧倒されている感じだな。こういったジュエリーショップの類は、やっぱり独自の建物で店を構えているところが、規模の問題はあるにせよ最上級だとは思うが、フロアの半分を店舗としているここも結構な規模だ。並んでいる装飾品の数もかなりのもので、また警備員も他のフロアに比べて巡回している人数が多い。しかし、そこはそれ、ミッドチルダのジュエリーショップ。並んでいる商品のかなりの数が精密機器を組み込まれている。純粋な「装飾品」もそれなりの数はあるにはあるが、各商品の表記からすると、どうも天然物が少ない印象も受ける。

「なんだか合成石が多いみたいね。」

そんな呟きにクリストフが説明してくれる。

「天然石は流石に少ないですよ。特にミッドチルダ産は。並んでいる天然石は、だいたいが開発レベルの低い管理世界から産出されたものです。それ以外はデザイン性を前面に押し出した合成石ものばかりです。」

「それに、最近の若い人は宝石よりも端末、って人も多いですし、実際のところ、競争相手は携帯機器店ですね。」

なるほど。

なんとなくぼーっとしている感じのフェイトに声をかけてやる。

「どう、フェイト。何か欲しいものでも見つかった?」

はっとしたようにこちらを向くフェイト。

「ううん、なんか、こういうところは初めてだから、目がちかちかして。」

キラキラにやられましたか。ここは照明も大分明るめになっているし、たとえ合成石といえど輝きを最大限に見せる努力をしているようだ。

「あたしもなんだか妙な気分だよ。」

色気よりも食い気のアルフでもですか。

「アルフにもデバイスがあったほうがいいかしらね。どう思う?」

目に付いたのはブレスレットタイプのデバイスを示しながらリニスに聞く。機能を抑えているのか、先ほどのものよりずっと安く、表記は70万クレジットだった。むしろ装飾等の影響でこれよりも高い携帯端末があるくらいだ。

「どちらかというと近接格闘が主体のスタイルですから、たしかにこんな風な、邪魔にならない形状のがいいですね。」

教育を担当したリニスがそう助言してくる。うん、そうだろう。

「え、いや、あたしはいいよ。」

なんとなく気乗りしない、という感じと遠慮が見えるアルフ。しかしだ、いざと言うときはフェイトにとって盾となるのはお前なんだぞと言いたい。

「バリアブレイクなんて特技もあるんだし、あればあったでいいと思うけれど?」

「うーん、でもなぁ、あれも結構感覚で術式を変えたりしてるし・・・。デバイスに登録してあるのを使う、ってのだとなんか違うし。」

んー?状況に応じて術式にアドリブでアレンジしているのかな?でもそれなら。

「それなら使った術式も記録するような感じでパターンデータを増やしていくといいんじゃない?確かに登録した魔法をただ使うだけ、だとあまりよろしくないけれど、登録のために術式構成を見直す、なんてことも多いから、あればあったでいいと思うわよ。」

そうなのかい?とフェイトに聞いているアルフ。

「うん、バルディッシュに登録するときに術式の無駄はぶきとかけっこうやったし、最近も何回か見直ししてるよ。」

うーん、と悩み始めるアルフ。まあ、デバイスの設定やらで苦労しそう、ってとこで悩んでいるのかもしれないが。バリアブレイクはアルフにとって特技だが、相手のバリアに直接触れなければならない、と言うのは欠点でもある。となると、欠点を補うには、処理時間を縮めることだ。デバイスは確実に、生身での処理よりも速いのだから、アルフがデバイスを使用するのはメリットの方が大きい。

世間一般から見ると、使い魔にまでデバイスを持たせるのはやりすぎ、と言うかもしれないが。なんせ、使い魔は通常、期間限定だ。

期間限定の相手に高価なデバイスなど用意する筈もない。その点ではフェイトや自分、また管理局提督のグレアムなどの「長期契約者」は変り者と言ったところか。

「せっかくだけど今は止めておくよ。術式の見直しとかやってみて必要そうだったらいうからさ。」

うーん、「戦力強化」をしておきたかったけれど、あんまり強く勧めても仕方がないか。まあ、術式を見直して効率化する、というのも強化と言えば強化だし、まあ、いいか。

「それじゃ、アルフのはまた今度と言うことで、次はフェイトね。」

何が似合うかな~と思いつつ、イヤリングやネックレスを眺める。アルフはそれでも買うのかい、などと言っているし、フェイトはええっ、と驚いている。

「フェイトにこういった物はまだ早いとは思いますが・・・まあ、感覚を磨く、という意味では何かあった方がいいかもしれませんね。」

どちらにせよ、将来欲しいものくらい出てくるでしょうし、とこちらの行動を擁護してくれるリニス。うん、教育方針としては間違ってはいないと思う。それに対してフェイトはあたふた、まあ、何だか良く分かっていない、言ったところか。まあ、はっきり言うと、この辺の物の価格等についてもいくらか知識を持っていて欲しい、というのもあるが。そこへクリストフが助言をくれた。

「指輪や、あまりサイズに余裕のないブレスレットはおやめになられた方が良いかと思われます。数年でサイズが合わなくなるでしょうから。」

ふむ、それは確かに。とするとネックレスやイヤリングか。イヤリングはちょっとな、年齢的に、華美になりすぎる気がするし、ネックレスもあまり派手なものは敬遠した方が・・・自分の好みの押し付けになるだろうか?フェイトに選ばせるのが一番いいのだが、当の本人を見てみれば光景に圧倒されているばかり。予備知識でカタログとかでも見せていれば、とも思ったが、あまり興味を持ちそうにもないしな。気まぐれにアルフにも聞いてみる。

「うーん、フェイトの好きな色が黒だから、黒っぽい何かでいいんじゃないのかい?」

黒いもの・・・宝石だとブラックオニキスや黒真珠、黒曜石などか。黒曜石はなんとなくイメージとして無骨すぎるな。試しにフェイトに選ばせて見る。

「それじゃ、初めてで迷うだろうけれど、自分の好きな色で選んでみなさい。」

フェイトが様々な装飾品をじっと見る。小粒の黒真珠をぶらさげた銀のイヤリング、円筒状にカットした黒曜石をつらねたネックレス、オニキスのペンダント、ジェット(黒玉)、テクタイト、メラナイト(黒いガーネット)、etc,etc・・・。

 結局、フェイトが選んだのは、黒のチェーンで、プレートにトパーズがはめ込まれたネックレスだった。自分で選んだと言っても、納得した感じではない。クリストフの「渋いな・・・」との呟きが聞こえる。この選択にアルフ、リニスともども微妙な表情になってしまった。これではバルディッシュをアクセサリー型に改造した方がいい感じだ。待てよ?バルディッシュか。

「フェイト、ちょっとバルディッシュを貸してくれる?」

?という表情になったフェイトだが、すぐにポケットからバルディッシュを取り出すフェイト。

「はい、母さん。」

バルディッシュを受け取ると、すぐにクリストフの方へ向き直る。

「ご覧の通り、待機形態のデバイスなんだけれど、これをペンダントトップとしてネックレスを作りたいのだけれど、いいかしら?」

「こちらのデバイスをペンダントトップに、取り外し自由ではめ込む形ですね?」

さすが職人、一発でこちらの意図を汲んでくれる。

「ええ、チェーンと基部は黒色がいいわね。」

「そうですね。基部の製作もそんなに手間もかかりませんし、注意する点は作成する基部に色を合わせますので、チェーンも塗装済みの汎用品ではなく、無塗装のものに焼付け塗装を行う様にしたほうがいいぐらいですね。では、サイズを測りますので、少しお借りします。」

そう言って、クリストフはバルディッシュを受け取ると端末を再度取り出す。メジャーや定規など必要ない、計測プログラムを走らせるだけだ。わずか数秒で、バルディッシュはフェイトの手元へと戻る。

「それでは材質の方はどういたします?まあ、塗装しますから、貴金属はむしろいらないと思いますし、チタンかステンレス辺りで良いとは思いますが。」

クリストフの勧めに即答する。

「そうね、出来るだけ純度の高いチタン製でお願い。」

チタンはステンレスよりも軽いし、強度もある。合金でない限り、アレルギーも起き難いのでそちらを指定した。こちらもリニスに買ったデバイスと同日に受け取れるよう製作してくれるとの事である。

「なるほど、バルディッシュぽいペンダントじゃなくて、バルディッシュそのものをアクセサリーにしちまおうってのかい。」

アルフの言葉にようやく気付くフェイト。慣れない状況で頭が回っていなかったのか?状況についてこれなかったのだろうが。バルディッシュはポケットに入れておくのが普通だったが、それはそれで収まりが悪い。首にかけておく、というのもある意味レイジングハートとお揃いの形式になるだろう。

「ありがとう、母さん」

『Thank you,Presea.』

なんとバルディッシュまでもが礼を言ってくる。「定位置」というものがなくて居心地が悪かったのかもしれない。リニスがそんな方法もありますかと呟いているのが聞こえる。まあ、ちょっとした工夫なんだと思うけれど。

 支払いはカードで、一括。デバイスなんて買ったので、額の大きさが心配だったが、そこはそれ、ゴールドカードのお力で。うん、手も震えずにすんなり出せたのは「私自身」であるせいか?ちなみに、帰ってから利用履歴調べてみたら、ろくに使ってなかった。代わりに現金取引の記録らしい、妙に暗号の多い帳簿が見つかった事に泣きそうになったが。




 27階、イベントホール。ベルカ文明展ではシスターと騎士達がお出迎え。それでいいのか聖王教会。

 入り口付近、まず目に付くのは聖王達の肖像画。かけられた一つの肖像画に目が行く。最後のゆりかごの聖王、オリヴィエ・ゼーゲブレヒト聖王女らしい。映像記録手段は当時からあったものの、肖像画が残される事も多かったのは、デバイス等の機器が高価だったためもあるのか。何代分かの聖王の肖像画の他、貴族や騎士の肖像画もあった。中には映像記録もあったが、詳細が不明なものがほとんど。世界消滅のあおりでまともに残っていないものが多いとか。

 歴史は戦乱と平和の繰り返し。戦乱の時代の方が長い・・・とは言っても、それは今でも同じようなものだろう。流石に、使用兵器による汚染で青い空がない、なんてことは今はないが。よりによって歴史の項目に展示されているパネルは空を覆う戦船の艦隊ってのは・・・戦船もピンキリでゆりかごクラスは流石にそうなかったようだ。ところで、聖王が聖王と呼ばれる所以―覇権を争う王達の中、各代の聖王は、ただただ平和と民の安寧を希求して戦いを終わらせることを目的としていたからだそうだ。聖王のゆりかごを以ってしても、戦乱を終わらせる力足り得なかったあたりがベルカの業の深さか。ダモクレスの剣、のような例えさえ通じないほど相手を破壊することに腐心する連中が多かったのか。

「何のせいでほろんじゃったんだろうね。」

フェイトの単純な疑問にこれまた単純にアルフが答える。

「ロストロギアだろ。質量兵器も見境無しに撃ち合ってた時代だって言うし。」 

「原因は今もって不明ですが、最後は大規模次元震によって複数の世界が滅んだとのことです。ベルカが存在したとされる座標付近は次元断層が多数存在するため、学会では次元干渉型ロストロギアが原因だろうと推測されています。」

真実は闇の中、ただ見える事実で推測された仮説を、シスターが説明してくれた。この展示、何と係員が全員聖王教会の司祭・シスター、さらには騎士達なのだ。まあ、美術品としての価値のある絵画や、ベルカ式デバイスを出品している為、警備も兼ねているのだとか。

 歴史の最後の方には、現代のことが説明されている。ベルカ崩壊を逃れ、各世界に散ったベルカの民。騎士も多く残っていたために、新たな戦いに身を投じることも多かったが、結局のところ時空管理局の設立と共に大半がミッドチルダの地に落ち着いたのこと。自治区を形成できるだけの人口が残ったのは、次元航行が可能な戦船が多数存在した為らしい。自治政府はあるものの、どちらかというと聖王教会が政治の中心なのがなんとも。まあ、聖王を信仰している限りは、そう馬鹿な思想に染まる奴もいそうにないか。


 当時の生活習慣などのコーナーはあまり大きくない。少なくとも聖王領の人間は身分に関わらず脱出できた者は多かったとの説明だったが、民衆はほとんど着の身着のままだったらしく、家具や祭りの道具などは、落ち着いた先で作り直したものばかりだとか。まあ、現状のベルカ料理のコーナーは気合が入っていたが。

「じゃがいも料理でフルコースですか・・・」

「肉でフルコースならあたしも歓迎なんだけど・・・」

リニスとアルフがげんなりしていた。



 ベルカ式デバイス―ベルカ式魔法の使用を前提とし、特徴としてカートリッジと呼ばれる魔力蓄積体を撃発させるための専用機構を有するデバイスの総称―まあ、術式の演算の仕方から古代ベルカ式、近代ベルカ式と分けられる訳だが。決して、通常のデバイス2個分のコストで3個は作れるデバイスのことではない。ベルカ関連の展示でこれを見ずして何を見ろと言うのか、と言う考えは偏りすぎだろうか?

 方式の説明文とともに、カートリッジ及び近代ベルカ式の剣型アームドデバイスが展示されている。こちらは現行の代物のようだ。古代ベルカ式のものは可動品も数少ないながら残っているものの、流石に地方の展示程度で貸し出せる物でもなく、展示はない。代わりに、不可動品は多数展示されている。面白いことに、強度や機構の簡略化は別にして、ベルカ式の特徴であるカートリッジシステムは、その規格がほとんど変わっていないとのことだ。

「カートリッジシステムは規格に変化らしい変化がないので、特にカートリッジそのものは近代でも古代でもそのまま使えるそうですよ。」

説明してくれているシスターはあいにくと専門ではないらしく、その説明は伝聞形だ。そばにいる騎士も、警備が主任務らしく、寡黙な印象を周囲に振りまきながら突っ立っている。まあ、その騎士自身も展示の一つと言わんばかりに「騎士」としての正装をしているわけだが。

 真新しい近代ベルカ式のデバイスを横目に、不可動品の数々を見る。その全てが杖ではなく、「武器」。剣、槍、メイス、矛、トライデント、ハルバード。バルディッシュさえあった。いずれも特徴的なカートリッジシステムを持っている、と思いきや、非搭載のものもあった。逆にショートソードにカートリッジシステムみたいなやりすぎだろう、と言った様なものも。外見の破損はそんなでもないものも多く、修理して使わないのか、という質問を別の係員にぶつけては見たが、

「年代が古いものなどは洗練されていないせいか、複雑な部品構成のものも多くて、なかなかそこまで出来ないのが実情ですね。残っている可動品の維持が精一杯なんですよ。」

とのこと。これは、あとあと大変だろう。一線級のレア物デバイスが三つ加わる筈だから。

 ふと、とある展示の前で足が止まる。そこにあるのはデバイスの残骸だ。刀剣型のデバイス―しかし、これは刀ではないだろう。剣と言うには片刃ではあるが、峰にはベルカ式に特徴的なカートリッジシステムがあった。刀身はその排莢部の分も残っておらず、排莢部のカバーさえほとんど砕けた状態だった。残ったカバーは黒ずんだ青に見えるが、きっともう少し鮮やかなバイオレットをしていたのだろう。デバイスコアと思われる部分は、ナックルガードにも近い、大き目の鍔の中央にあったのだろうが、そこはきれいさっぱり「なかった」。鍔の金属光沢も、今は失われており、またこれもひどく劣化している。唯一状態のいい柄は、ところどころが赤黒く変色していた。

「これは・・・コアのみ移し変えた?」

展示名は、古代ベルカ式アームドデバイス(銘不明)とある。年代計測から千年以上前のものとだけ判明しているとのこと。柄の状態から推測するに、まさに討ち死にした、と言った様相だ。

「どうしました?プレシア。」

「んー、このデバイスなんだけどね。どこかで見たと思って。」

流石に知ってますとは言えません。しかしコアが丸々抜けてるって事は、少なくともレヴァンティンは、稼動状態を続けているオリジナルということになるかも知れん。守護騎士であるシグナムに属している筈だが、闇の書に収納領域を確保しているのか?しかし、これ、少なくとも使い手は戦場で死んでるよな。それがシグナムだったのかな?ゼロから人格を組み上げたのか、それとも生きている(もしくは死んだ)人間を取り込んだのか。

「どういたしました?」

若い―若すぎるシスターに声をかけられる。就業年齢が低いのはミッドチルダじゃ当たり前だが、いいとこ12歳にしか見えん。というかどっかで見た2人組みだった。長い金髪にヘアバンドと、赤いおかっぱ頭の修道女の2人組です。

「いえね、こちらのデバイス、どこかで見たように思っただけだから。」

「そうですか。こちらのものと同型となると、かなりの貴重品でしょう。もしもみかけることがございましたら、ぜひとも聖王教会までご一報をおねがいします。」

よどみなく言葉を続ける金髪の少女。この年齢にして、大分交渉ごとを重ねている可能性もある。

「同型というか・・・「これ」のコアパーツがそっくりないところから見ると、現在まで稼動を続けているこのデバイス自身かもしれないわね。連絡先はどちらになるかしら?」

若干絶句する少女。千年物のデバイスなんてそう出ないから驚いたようだ。まあ、見れる見れないは運次第。連絡できるかも運次第。目にしたらあの世行きの危険性大だから。

「れ、連絡先でしたら、聖王教会の古代遺物保存局までおねがいします。場合によっては、部署はちがいますがわたしあてでもかまいません。あ、申しおくれましたが、今回の展示責任者のカリム・グラシアです。」

そう言ってカリムは連絡先を書いたカードを渡してくる。若干不用心じゃないかね?まあ、上手くいったら連絡はするけどね。しかし、展示責任者か・・・グラシア家も随分スパルタな。とはいえ地方回りでも、まだミッドチルダから出さないだけ優しい方か。

「今回の展示について、ご感想等ありましたら、こちらの端末にてアンケートにご協力をおねがいします。あ、もちろんお家などからアンケートページにアクセスすることもできますので、おひまなときでかまいませんから。」

おかっぱのシスターがアンケートを勧めてくる。こっちがシャッハか。

「帰ってからにするわ。まあ、感想を一つ言うとしたら・・・」

なんとなく身を乗り出す感じで耳を傾けてくる2人。うん、素直だな。

「「聖王教会入信の勧め」くらい配っていてもばちは当たらないと思うわよ。」

唖然と固まる2人。ふむ、効きすぎたか?

「プレシア、冗談にしてもその発言は悪戯が過ぎますよ。」

リニスに注意されるが、ここはあえて自重しない!

「いやいや、本当にそう思ってるから。もう少し商売っ気くらいは出さないと、下のベルカ料理専門店もベルカ自治区行きの旅行案内くらい置いておけばいいと思うし。戸別訪問までやったりして不快さを感じさせなきゃいいのよ。」

「「はあ・・・」」

いまいち釈然としない表情で生返事を返す2人。まあ、この年齢ではそれだけの商売っ気を出すのは無理か。これが20そこそこでそれなりの腹芸をこなすようになるのだから恐ろしい(金髪限定だが)。



 展示のパンフレットだけもらって会場を後にする、というか、フィリーズ自体を後にした。ベルカ土産の販売もないなんて、生真面目すぎるぞ聖王教会。

「3時半ですか・・・そろそろ帰ります?」

リニスの言葉に少し思案する。そろそろ夏も近い季節だから、まだまだ日は高いが、帰りにどれくらい時間がかかるかだな。携帯端末を取り出して経路を検索する。ふむ、南部海岸ラインからレールウェイへの接続があるようだ。アルトセイムまで1時間半程か。

「ん~帰りもけっこう時間かかるわね。マリンガーデンくらい寄って行きたいと思っていたけれど・・・。」

「マリンガーデンって、まだオープンしていないんだよね。」

フェイトの言葉にアルフが続ける。

「正式オープンは来年だっけ。」

アルフは駅で見た情報を繰り返す。端末を操作してマリンガーデンの情報を表示する、やはり来年だった。遺跡観覧トンネルは途中まで入れるようではあるけれど。

「残念だけれど、今日は帰りましょう。回っていったら、家のまわりは真っ暗よ。」

また夏に来ましょう、そう言って帰ることにした。リニスは、宅配の荷物の受け取りもありますし、と続ける。それだけ条件が揃えば、フェイトは理解する子だ。それでも表情は微妙に沈みがち・・・理解は出来ても納得は出来ない、そんなところだろう。この歳の子供で理解が出来る時点でどうかしているとも思うが。マリンガーデン、または海の何がフェイトの琴線に触れているのかは分からない。ただ、見たかっただけかもしれない。

 そう思ったから、帰りの列車では海側の座席を探した。アルフと一緒に海を眺めているフェイトの姿だけが、やけに印象に残っている。






 さあ、休むときは終わった。デスクワークが主になるだろうが、やることはいっぱいある。長らく動かしていなかった端末を起動する。最初にやるべきことは―闇の書か。局員ではない身では、調べられることも少ないだろうが。

 闇の書事件―公になっている部分は少ない。しかしながら、管理局に所属していなくても、知ることが出来る資料も存在している。「闇の書被害者の会」。直近の闇の書事件はわずか11年前に起きたのだ。機密問題は色々と絡んできても、被害者自身やその遺族の口をつぐませることは、非常に難しい。

 クライド・ハラオウン―管理局提督にして次元航行艦「エスティア」の艦長。リンディの夫にして、クロノの父親。本来、それなりの順番に並んでいるべきリストのトップに彼が来ているのは、おそらく被害者遺族の希望をリンディ自身が蹴る事が出来なかったせいだろう。現役の提督さえもが犠牲になった、という事実を、被害者と遺族達は前面に押し出したいのだ。だが、欲しい情報はそれではない。リストをチェックする。検索するべきは、魔導師。特に事件を機に引退せざるを得なかった、生還者達だ。幸いにして、11年前の事件だけに老齢で亡くなっている人間はいなかったが、前の事件では守護騎士達は手加減さえもせずに蒐集を行ったと思われ、その数は非常に少ない。

「生存者はわずか11名・・・死亡者の中にはSランクも存在か。」

Sランクといえど、AA~Sランク4人がかりでやられたらしく、死亡者が出ている。これは相当気を引き締めていかなければなるまい。「大魔導師」などと言われてはいたが実戦は未経験だ。唯一の安心材料は、「今回は」命の心配は・・・駄目だ、シグナムあたりは状況が許さないと分かれば殺しにかかってくる筈だ。たとえ、それが彼女が自分に課した「禁」を犯す事となろうとも。

「出来れば、生存者に戦闘時の様子も聞きたかったけれど、今は時間もないな。」

デバイスを用意することの方が今は重要だ。そっちはおいおい調査していくしかないだろう。問題は、用意するデバイスが複数という点だが・・・闇の書「自体」の調査資料がないか探してみるものの、何もヒットしてこない。捕獲さえされていない以上、出てくる筈もない。待てよ?思うところがあって「夜天の書」、「夜天の魔導書」で検索する。今度はヒットした。早速情報を見ては見るが。

「資料保管場所がベルカ自治区、聖王教会所属古代ベルカ遺物保管庫・・・資料No0007770653・・・分類:未解読。」

がっくし。今から解読なんて間に合いやしない。全て仮定で進めるしかないか。仕方ない、デバイスの方の設計を始めるか。


 端末をいじり、設計ツールを起動する。アームドは論外として、インテリジェンスかストレージか・・・相性問題や許容魔力量を考えると、やはりストレージかなぁ。魔力変換資質からして耐電性も上げとくべきだし、処理速度を考えても、やはりストレージだな。メンテナンスを考えると部品の入手のしやすさも考えないと。特注の部品なんて使うとあとで泣きを見るだけだし。ざっとデバイス用の部品を検索してみる。耐電性が高くて入手しやすいと。耐電性が高い時点でロット単位での注文、って部品も多いが、保守部品として流通の多い部品もそれなりにあるな。これはこの点を重視しても組めそうだ。最悪、一部の重要部品は自費でストックしておくことも考慮してもまあ、なんとかなりそうだな。さて、問題は外装かな。基本は杖型ベースとしても、アームドデバイスに近い強度は欲しい。仮想敵はヴォルケンリッターが烈火の将、シグナムの斬撃だ。これを受けられなければ明日はなさそう。

 杖が基本。杖からの連想だとポールウェポンか。長すぎて扱えそうにないな。では、錫丈?これもちょっと長い。うーん、ちょっと短くしてみよう。最悪振り回すとして、柄の長い斧・・・トマホークか。消防用のイメージ、全金属の一体型、うん、近いイメージになってきた。こいつを両刃に。うーん、なんか違うよな。全金属、一体型。やや長めのメイスか?鈍器で強度もピカ一、技術的にも振り回すだけ、しかしちょっと押しにかける。相手が脅威に思うのは確かだが、装甲に対する突破能力も・・・ハンマー?先がやや尖り気味の、インパクトが集中しそうな。ロケットハンマー・・・グラーフアイゼンかよ。あの形状だと強度に不安が出るから、出来る限り一体成型なイメージで、長さは扱いやすいように短めでいいだろう。容量や演算能力はオーダーメイド品らしく、ぶっちゃけバルディッシュクラスは欲しいな。

 しかしこれだけでは終わらない、というか終われない。もう一つ・・・こっちも重要だ。基本はストレージデバイスでいいだろう。というか「ストレージ」のお化けだ。サイズは個人が運搬出来るサイズならいい。携帯、ではなく運搬可能、のレベルでいい。その代わり、記憶容量は半端なく大容量に。これでもかってくらいに大容量に。どの程度あれば足りるのか、基準が分からないからなんとも。666ページに余すところなく術式を記録していく、と言ってもそれは蒐集した術式、過去に蒐集された分の容量を考えても、洒落にならないサイズだろう。それも貴重だが、必要なのは制御プログラム。管制のメインプログラムにユニゾン機構とそのプログラム、蒐集機能と蒐集した魔法を効率よく検索・利用する機能、ともかく重要部位を保存できればいい。自己防衛プログラムはどうしても引っ付いてくるだろうが、何、保存領域が確定したらあとから容量を削って防衛プログラムが活動できる場をなくしてしまう手もあるだろう。ともかく「夜天の書」管制プログラムの移し変えさえ出来ればいいのだ。問題は、その容量が分からないために、大容量の「ストレージ」を用意してやらなければならないことだが。部品は、携帯性を切り捨てるから、信頼性と価格を考えてデバイス用ではなく、一般の汎用システムに使われている部品でいい。管制プログラムの人格部分が動く程度の能力は持たせておいてやりたいので、一部の処理系にインテリジェントデバイス系の部品と、さらには互換性を考えてベルカ系の部品を組み込む。ベルカ系AI向け、中央処理装置はその数の少なさもあってかミッドチルダ式の物の1.5倍はする値段だが、運良く出物もあったので押えて置く。ここまでで、かかる費用は・・・意外と安い。記憶部品に安価な一般システム用部品を使うためか、複数の中央処理装置を組み込んでいるにもかかわらず、標準ストレージデバイスの5個分と言ったところか。それでも500万クレジットはするのだが、預金残高を考えると何の問題もないのが恐ろしい・・・というか、定期的に入金があるよ。いったいいくつの特許を押さえているんだ?ちょっと思い浮かべてみようとして、やめた。数が多かった、というか売った分、研究していた分も含めて記憶が洪水のように溢れてきそうになった。

 と、重要なことに気付く。ここまではバックアップのための容量の確保でしかない。問題は、緊急停止機構を含む安全機構の付加だ。これは手を抜けない。同じ徹を二度踏むわけには行かない。少なくとも今度は自分の設計に従って製作してくれる、従順で誠実なスタッフがいるのだから。外部からの緊急停止機構を複数の機構で考案し、その全てを組み込むようにする。プログラム実行部には使用魔力を制限する為に、わざと耐久性の低い部品を使用する。大容量のプログラムの使用に制限がかかるよう、実行部のキャッシュ容量も抑える。さらには、このデバイス自体が保持できる魔力も制限する為に、魔力リミッターをも設ける設計とする。いかに悪名高い自己防衛プログラムといえど、魔力をCランク相当まで落とされては世界を滅ぼせまい。あとは・・・使いたくはないが、ソフトウェアのほうで自壊プログラムを用意するぐらいか。これだけ考えてみても、費用はさして増えてはいない。まあ、企業的に考えれば、人件費がかかってくるが、そこまで考える必要もないし。

などと、基礎仕様をを決めていたらリニスに見つかりました。うん?と思い時間を確認すると、緊急停止機構の基礎設計に思いのほかかかったらしく、10時を過ぎていた。

「プレシアー!」

「ああ、分かったから、そう青筋立てないで。」

とリニスをなだめつつ、そういえばフェイトにおやすみの挨拶をしそこねた、と考える。

「そうやって研究ばっかりやってるから体を悪くするんです!退院したばかりなんですからまずは休んでください!」

「分かったから、休むから。」

「まったく、今度はいったいなんだというのですか。というか考えてみれば以前の研究についても何も聞いていなかったような・・・」

おっと、それはリニスといえど聞かせる内容ではないな。まあ、半分知っているようなものだろうけれど。

「『以前』のはしばらくお休みよ。今日はちょっとデバイスの仕様を考えていただけ。」

デバイス、の言葉にリニスがのってくる。

「デバイスですか?言って下されば私が作りますのに。」

「もちろん、あなたに頼むつもりよ。ただし、頼めるのは仕事量を考えると1つだけね。」

そう言ってリニスを画面の方へ引き寄せる。

「何だと言うのですか、一体。プレシアのデバイスではないんですか・・・なんなんですか、これは。」

うまくいけばデウス・エクス・マキナになるかもしれない一品。

「インターフェースはミッド式と近代ベルカの双方に対応出来るようにしてちょうだい。可能なら古代ベルカ式もね。カートリッジシステムはいらないけれど。」

「何なんですか、これ。デバイスというより・・・保存装置?」

リニスの指摘を無視して先を続ける。「こんなもの」を作る理由なんて、聞かれたって答えられるわけがない。

「サイズはトランク程度に収まればベスト、最悪、キャスター付き旅行鞄サイズでもいいわ。いい、サイズはほとんど考慮しなくていい。これはデータの保存を最優先に考えたストレージデバイス―いえ、ただのストレージね。ただし、保存対象の術式は恐らく古代ベルカ式。容量は、ここにあるとおり、一般的なストレージデバイスの1000倍は見込んで。今のところ、予算はこの仕様で600万は見込んでいるけれど、倍使ってもいいわ。保存領域の信頼性と、緊急停止機構には特に気を使ってね。」

「なんでこんなものを。」

「必要になるのよ。きっと。」

先は見えない。見えなくしてしまったから。なら、先人の知恵というのは、取って置きたくなるものだ。

「プレシアのデバイスはどうするんですか?こちらの仕様なんでしょう。」

「残念だけど今回はよそに頼むわ。こっちだけでいっぱいいっぱいになるでしょ?」

「確かにそうですが。」

「あ、そうだ。これも用意しておかないと。」

思い出したので、メモを追加する。CVK-792-R、CVK-792-A及び周辺部品にカートリッジ一式。それにA用予備マガジンと、R用スピードローダーを複数。あとで必要になるだろう。

「これは部品を用意しておくだけだから、私がやっておくわね。」

「またベルカ式ですか。いったいどういう風の吹き回しなんですか。あれもこれもベルカ式で。」

「あいにくと、ベルカ式だけじゃ終わらないわよ?」

うん、色々と2人して駆けずり回るとしようか。とりあえず、そっちの大容量の、チェックもあるから3ヶ月で仕上げてね。




 翌日、デバイスについてはよそとリニスに丸投げした分、自分は色々と奔走する。まず始めにしたことは移住に関する書類と、それに関わる諸事についての資料の取り寄せだ。資料の方はデータだが、移住関連は紙の書類だ。こういったことはデータ化しても記録を確実に残す為に書類として作成することになっている。現地貨幣への両替についても同様だ。ふむ、管理外世界であっても、移住についてはそう厳しい規制もないようだ。手続きは身元の詳細なチェックが多いので煩雑になるが。まあ、犯罪組織の構成員に合法的に移住されて、現地で組織の尖兵を勤められても困るわけだし。なお、現地協力員としての登録をしておくとそれなりの優遇なども受けられるようだ。一線を引いた魔導師が、特に管理外世界に移住する場合はこのパターンも多い。まあ、私の場合は、現地協力員、というのもあるが、別口の伝手も考えてはいるが。それは今やることじゃないし、デバイスが出来上がらないと、そっちは手を着けられないしなぁ。

 各種言語資料の手配もする。日本語に英語、イタリア語は少々で。現地ではアメリカ国籍でイタリア系移民の数代目、を偽装するつもりなので、そんな感じに。実際、ミッド式魔法で英語寄りな言語を扱うことが多い分、その方が面倒が少なくていい。しかし、自分はともかく、他の皆は日本語に英語と少々苦労するだろう。早めに教えなければ。

 それにしても、管理外世界だと、かかる手数料が結構多いな。ふむ、戸籍の作成などの手間があるせいかな?あと、聖祥付属への編入用書類をどの段階で入手しようかな。どっかの段階で居住物件の下見も含めてやっておかないと。

 キルケーⅣの修理について、保険屋とも連絡を取る。修理見積もりについては被害調査を空港の整備関係者がやってくれているので、遅かれ早かれ額は出てくると伝えておいたが、管理局から書類が来ないことには手続きに入れないとの一点張りだ。こっちは裁判等の資料が揃わないと、出てこないだろうから待ちの一手しかない。見積もりが出来次第送るので、担当者には保険でまかなえる範囲かの確認をお願いしておくのみとした。

 と、ここまでの段階で、通信が入った。通信元は管理局、数ある次元航行部隊のオフィスの一つから。

『しばらくぶりね、プレシア、元気にしてた?』

リンディからだった。仕事場・・・本局のオフィスから、だからまだ事後処理に追われているのだろう。

「おかげさまで。検査では特に症状の悪化もなくて、ほっとしたわ。」

『それは良かったわ。色々と手伝ってもらったりしたからちょっと心配してたのよ。特にうちのとこの医務官なんかが。』

「最後の方で大分のんびり出来たから、それが良かったんじゃないのかしら?」

うん、休暇、って感じだったぞ。それはさておき。

「で、連絡してきた、ってことは、何らかの進展があったの?」

『ええ、とりあえず裁判の日程が決まったから、それに出席を頼みたいのと、今回の件での感謝状と報奨金のお知らせね。日程についてはたった今データを送ったところよ。届いてるかしら?』

ふむ、端末でチェックする。受信データ、新着順に表示して・・・一番新しいこれか。その他、デバイス関連の見積もり依頼に対する返信なども色々と受信しているので、ほっとくと重要案件が埋もれてしまいそうだ。日程は・・・打ち合わせが1週間後で、初日が10日後か。本局で行うと。感謝状などについては裁判後、と。

「けっこう早く資料がまとまったみたいで何よりだわ。」

『アースラ内であらかた片付けられたのも大きいわね。あとは本局内で取り調べ担当が頑張ってくれたおかげよ。』

「とりあえずまずは1週間後ね。意外と早く再会することになったわね。」

『そうね、それと、例のビデオメール関係だけれど、手続きの方は大体終わったから、そろそろ始められるわ。』

おおう、それもあった。

「じゃ、早速撮っておかないとね。娘達にも話しておくわ。」

『それじゃ、1週間後、本局で会いましょう。総合受付にはもう話を通して置いたから、受付で私の名前を出してちょうだい。』

「分かったわ。ああ、それとちょっと用意しておいて欲しいものがあるんだけれど、お願いできるかしら。」

「なにかしら?」

「嘱託関連の書類と資料一式。」

少し驚いた顔をするリンディ。

『本気?まだ本調子じゃないでしょう?』

「すぐ出すわけじゃないわ。医者からの許可もまだ出ないだろうし。ただ、規定とかの確認もしておきたいから、早めに欲しいのよ。」

『分かったわ、用意しておく。人事にも話を通しておく?』

「お願いするわ。あなたにスカウトされた、って形式でもいいわよ。」

『それはそれで有難いわね。他には用件はあるかしら?』

「あとは今回の事件での被害証明を早めに出してもらえるとうれしいかなってところ。ないと保険屋が仕事してくれないのよ。」

『それも関係部署に伝えておくわ。空港の方から被害見積もりが上がってきてないって言うから、まだ時間がかかりそうだけど。』

「とりあえず、お願いね。それじゃ、1週間後に。」

『それじゃ、またね。』

それで通信は終了した。



後書き:

 食事がらみは書いていると腹が減る。それにしても、食べたことのないものを書くことの難しさよ。ヴルストとザワークラウトしか食べたことがありません。

 それにしても、オリジナル要素が増えてきました。あまり書くと整合性が取れなくなって大変なんですが、そうは言っても、「対策」を取らないのも不自然ですし。あとの問題は自分で書いたことを忘れないことでしょうか。自作品であっても、以前書いたこととの矛盾なんて簡単に生じますから、書きながら読み直すこともしょっちゅうです。



[10435] 母であること20 A's Pre2
Name: Toygun◆68ea96da ID:404dab0a
Date: 2011/06/02 21:22
21.家族の肖像


 撮影に当たって、部屋選びに苦労する。寝室など当然選ぶ筈もないが、食堂なども選べない。キッチンなどは普通、生活の場の一つではあるが、時の庭園のそれは・・・王侯貴族のそれと言って、差支えがない規模と構造だ。ただでさえ、食堂と厨房に分かれている上に、食堂の天井はどうかしているくらい高く、天井を支える石造りの柱は神殿もかくや、というサイズだ。そう、時の庭園は、その構造に奇怪な部分を持ちながらも、それは城と言っていい。なんせ、フェイトとアルフの寝室にしたって、緑に埋もれ気味な、尖塔の一つにあるのだ。あまり広くない部屋と言うと、私が普段研究に使用している、書斎くらいだ。これは研究室の一つとして使っているのだが、実はこの部屋、あまり広くはない。いや、狭くはないだけで、十分な広さなのだが、「時の庭園の部屋」としては広くはないのだ。むろん、実験を行うなどの場合はより広い部屋を使用する。機材は既にそこに設置もしてある。しかし、ただ、何かの理論を立てる時、また設計を行う時などは、この書斎で行う。きっと、広すぎる部屋では落ち着かなかったのであろう。一人でいることに。

 話がずれた。部屋選びだ。屋外は、場所によってはいいが、時の庭園自体を映像に納めてしまうところも多いので、いいポイントを見つけるまではまだやめておこうと思う。それに最初は、家族の紹介からだ。ならば、その家族が暮らす場がいい。というわけで、適当な部屋を探しているのだが・・・。

「やはり一番ましなのはこの居間でしょうか。」

リニスの言葉に納得するしかない。居間とは言うものの、暖炉(意味があるのか?)があり、買ったときからあるアンティーク調の家具も置きっぱなし、作者不明の風景画はかかってる、壁は壁でなんというか・・・城か屋敷の内部と丸分かりな部屋だ。天井画とか壁画とかがないだけましなのかもしれないが。

「あまり一般的な情景にはならないわね。」

「それは仕方ないでしょう、雰囲気としてあちらに近い部屋は、プレシアが使用している書斎くらいですよ?」

むう、書斎か・・・あの部屋は今はしまってあるが、「危険物」もないわけではないしな。まあ、この居間で我慢しよう。ここだってそう使わないわけでもないし。何分、ちょっとお茶をするにも食堂は広すぎるので、この居間はちょくちょく使用する。今だって、そのままティータイムに雪崩れ込むつもりなのか、保温ポットにティーセット、クッキーなどがテーブルには置いてある。アルフなんかはそっちに目が行ってるし。フェイトはよくよく考えればいつ使うのかわからない暖炉を眺めて首を傾げている。暖炉の意味自体、多分知らないだろうし、時の庭園内は常に適温に保たれている為、はっきり言って飾りにしかならない。まあ、それはさておき、居間の様子を確認する。

 ぱっと見で、場違いな物は見当たらない。テーブルの上に置かれた、電気製品的デザインの保温ポットが場違いと言えなくもないが、少なくともどこの世界にもありえる物である。これは問題ない。さらに、ぐるりと部屋を見回して目に付いたのは時計。暖炉の上に置いてあるそれは、いささか市販品的で部屋の雰囲気に合っていないが、それはそれでいい。文字盤をじっと見る。書かれている数字は、多少の変形はあるものの、地球ではローマ数字で通る表記だ。他、風景画なども特に不自然な光景は描かれていないので、問題はないだろう。

「とりあえず、先方に不自然に思われるものはないわね。」

「?」

フェイトが何のことかと言った顔をしていたので、リニスが説明を始めた。

「「向こう」はそれなりに文明が発展していますから、それと齟齬が生じる物が映っていると、色々と問題が生じます。まあ、見たところそう言ったものもありませんが。」

「ああ、そうだね。」

即座に納得するフェイト。多少鈍感なときはあっても、理解は速い子だ。鈍感・・・というより天然だろうか?その辺は少し心配ではある。そんな愚にも付かない思考を走らせながら、動画撮影モードにした端末を空中にセットする。撮影開始も停止も、念話の要領で行えるのが便利なところだ。リモコンを探してうろうろする必要もない。無論、音声でも制御は可能なわけだが。

「さて、そろそろ始めるわよ。準備はいい?」

ぐるりと皆を見回して言う。色々な「経歴」は皆と既に打ち合わせ済みだが、その確認も込めて。最後にフェイトを見る。フェイトは視線に気付いて頷いた。ならばいい。今回の、いやこのビデオの主役はフェイトだ。フェイトからなのはに送るビデオメールだから。

「撮影開始。」

端末が、動作開始警告音を鳴らして撮影が開始される。その音にやや驚きながらも、少し呼吸を整えただけでフェイトが話し始めた。



「こんにちは、なのは。」

挨拶は基本。いつ見るかは分からなくても。

「久しぶり、というにはそんなに時間はたってないよね。」

このビデオメールはどれくらいで届くだろう?1ヶ月も先になるようなことは無いだろうけれど。出来るだけ、早く届いて欲しいものだ。

「なのはは元気かな?私は元気だよ。」

確かにフェイトは元気だ。そして、よく笑うようになった。残念ながら、その笑顔は違うけれども。違う?何と違うのだろう?

「前もいろいろ話したけれど、最初だし、やっぱり紹介からかな?」

紹介、と言っても、その内容はどうしても嘘が多くなる。イタリア系アメリカ人、あくまでイタリア系移民の末裔だからイタリア語はもうろくに話せない、と言った感じに。コロラド州ボルダー在住。山脈そばで、写真で見た感じのイメージは、アルトセイムに近いといえば近いからだが。実際のところ、コロラド州にはイタリア系はあまりいないそうだが。聞かれたら、「私」が体を壊して引っ込んだのがそこだった、と言うことで誤魔化せばいいだけ。ところで、気になることが1つ。コロラドなのに、ジェルサレムズ・ロットという地名が何故かあった。決して足は踏み入れたくは無いので、嘘とはいえ在住設定はそこにはしないでおいた。あるとすればメイン州にあるはずの地名なんだが・・・。

「私の紹介はこれで大体終わり。次は家族を紹介するね。まずは母さんから。」

「経歴」から逸れた思考で、完全にフェイトの自己紹介を聞き逃した。あとでコピーで見直そう。コホン、咳払いを1つ。

「では、改めて。プレシアよ。」

「今のが私の大好きな母さん。」

その言葉を聞く度に、なんだかむずがゆくなると同時に、どこか冷めた感覚を覚える。それでも、今のフェイトのように、自分の顔はやや赤みを帯びているのだろうが。

「最近は家にいてくれるけれど、すこしまえは仕事がいそがしかったり、入院したりで、ちょっとさびしかったな。」

うぐ。

「まだ病気もなおってないみたいだからちょっと心配だけれど、うん、でも元気なんだと思う。」

確かに調子はいい。少なくとも「以前の」プレシア・テスタロッサでは、今ここにいることは出来ない。

「まえやってたお仕事とか、研究とか、止まってて大丈夫なのかな?」

「それは子どもが心配するようなことじゃないでしょ。」

大人びている、というのもそれはそれで問題だと思う。



「次はリニス。」

「リニス・テスタロッサです。」

我が家の地球向けの家族構成は、長女リニス、次女アルフ、三女フェイトで決まった。このビデオでは、紹介者がフェイトのためにアルフがトリを勤めるが。もちろん、はたから見て血縁だとするなら無理がある構成ではあるが、当然、今は言及しないものの、リニスとアルフは養子ということに「なっている」。

「忙しい母さんに代わって、色々と家の中のことをやってくれているんだ。」

「でも、そっちが習慣になっちゃったせいか、普段着がずっとこの服で・・・」

相変わらずのあの服である。帽子はまあ、あまり猫耳を見せたくない、というポリシーもあるだろうから仕方ないが、服のほうは早めになんとかしないと。

「それで母さんが色々な服を着せようと計画してるんだって。」

リニスがジト目で睨んでくる。この話はフェイトにだけ言っておいたからな!

「それでね、家の中のこととかもそうだけど、私やアルフの勉強とかも見てくれてるんだ。だから、」  

「なんだか、姉さん、っていうより、「先生」ってイメージかも?」

少なくとも魔法の先生ではあるし。先生、という言葉に、なんだかえっへん、という感じに胸をはるリニス。ふむ、そういう感じも新鮮かもしれない。



「最後がアルフ。」

「アルフだよ。」

胸を張って、高らかに宣言。アルフらしいといえばアルフらしい。

「アルフは、頼れるお姉ちゃん、って感じかな。」

年齢に反して姉御肌、って感じもあるし。直情径行のきらいがあるのが玉に瑕だが。

「こう見えてもけっこう力持ちなんだよ。」

フェイトの言葉になんだか無意味に力こぶを見せてみるアルフ。狼が素体だけあって、身体強化魔法無しでもけっこう力あるしな。それにしても・・・大分気に入ったのかあのTシャツを着ている。あんまり頻繁に着てると痛むのが早くなるんだけどなぁ。また買ってやるか。ちなみに、あとで検索したとか言って、「ALF」について教えてやった。多少興味を持ったようだ。む、そういえば。移住したらアルフの処遇をどうするか。外見年齢からすると、高校生程度だし。とはいえ、高校行くとも思えん。耳と尻尾を常時隠すのも負担と言えば負担になるだろうしな。

「なんだかんだで、いっしょにいることが多いかな。」

まあ、それはそうだろう。

「なんだかわたしにべったりかも。」

「ちょ、ちょっと、フェイト!」

真っ赤になって慌ててるアルフ。まあ、フェイト至上主義者のアルフがフェイトべったりなのは当然のことかと。いつものことだよ?と当然のように返答しているフェイト。そして先ほどの件で私に詰め寄ってくるリニス。締めの言葉もフェイトにやってもらおうかと思っていたが、収拾がつきそうにないので、ここで終わりにしよう。思念制御で、録画を停止する。でも最後に、1枚、写真を撮る。なんだか、「わざわざ」撮るよりも、こんな形の方がいいと思えたから。ただそれだけ。






 「ふあぁぁ~」

アルフがでっかいあくびをする。そこそこ早めに出てきたので無理も無いか。ほぼ開店と同時にフィリーズに入る、とは言ってもなんだかセールだったのか、世の奥様達のあとに続いてだが。目指すは18階、クラーレ宝飾品店だ。意外と1階のセール目当てではないご婦人も多く、3基あるエレベーターはそれなりに混み合っていた。一番背の低いフェイトが見えなくなるぐらいには。各階の乗り降りで人の流れに巻き込まれても困るので、少し強引だがフェイトを抱き寄せて手を繋ぐ。5階でかなりの人数が降りたが、どうやらそちらもセールだったようだ。

 18階、クラーレ宝飾品店。

開店から間もない時間の為か、複数の店員が入り口でいらっしゃいませ、と声をかけてくれる。こういったところは、いわゆる「百貨店」の形式としてどこへ行っても一緒なのだろうか?と何となく思う。世界が違うのだから違ってもいいと思うのだが。

 こちらが誰かということに気付いた店員の1人が、奥へと引っ込んだ。しばらくしてクリストフがやってくる。

「お待たせして申し訳ありません。少々準備に手間取りました。こちらへどうぞ。」

そう言って、相談スペース?のようなところまで案内してくれる。それなりに上質のソファに全員が着席する。テーブルには既に準備されていたのか箱が2つ。1つは立方体状でやや大きめ、もう1つは縦長の直方体状だ。形状でどちらがどちらかはすぐ分かる。

「それでは、まずはこちらから・・・」

そう言って、立方体の箱を開けるクリストフ。中身は予想通り、腕時計型ストレージデバイスだ。箱の中は布で内張りがされており、まるっきり高級時計のイメージである。ただし、デバイスとは別に小型のデータメディアも入っていたが。

「ご注文通り、プロセッサと魔力バッファ以外の部品は換装済みです。それと付属のメディアには、マニュアルと交換した部品のリストデータが入れてあります。」

それと、と言ってクリストフはさらに別の箱を取り出してきた。

「こちらは交換後に余った部品です。一応お付けしておきます。」

まあ、間に合わせの修理部品ぐらいにはなるし。

「既に稼動していますので、あとは認証登録をするだけの状態です。」

ふむ。

「せっかくだから、着けていきなさい。」

そうリニスに告げる。まだ換装する部品は残ってるが、せっかくよそ行きの服を着ていて、この後人にも会うのだから、それなりの「装備」をさせておきたいところだ。外見は時計1つ、とは言っても全体の「完成度」が違う。

「はあ。」

気のない返事をするリニスだが、言葉に従って「腕時計」を手に取る。そういえば、素材にレザーが使われているが、破損したときにリカバリー出来るのだろうか?などと疑問に思ったら、クリストフが疑問に答えてくれた。

「あと、こちらは予備のベルトです。皮のベルトはリカバリー出来ませんので。」

おまけで付けてくれた。ふむ、やはりリカバリーは無理か。クリストフは用意しておいた手提げ袋に本体の箱や部品の入った箱、パッケージされた予備ベルトを入れると、リニスに手渡した。手提げ袋は紙袋ではなく布製で、店のロゴ入りだ。

「質問等はございませんか?」

クリストフの問いに、デバイスを操作しながらリニスが答える。初めて扱ったデバイスであっても、空間にモニターを投影するくらい朝飯前だ。

「特にはなさそうですね。元々標準的なストレージですし・・・あ、けっこうインストールしてありますね。」

「標準的なものは既にインストールしておきましたので。まあ、あくまで「標準的なもの」ですので、チューニングされたものに比べて、幾分リソースを消費しますが。」

クリストフの言葉を聞きながら、リニスは各種操作を続ける。当分戻ってこないだろうから、クリストフに先を促がした。

「それでは、こちらがご注文のネックレスになります。」

その言葉とともに、直方体の箱が横に開かれる。ごくシンプルな、黒色のチェーンネックレスがあった。バルディッシュがはまっていないと、プレートがペンダントトップの位置に来る以外はただの黒色の鎖、といった趣であるが、半光沢の塗装は落ち着いた印象を与え、装飾品としての質を感じさせる。まあ、そのまま眺めていても仕方がない。フェイトに目で促がしてやる。クリストフが差し出した箱から、おずおずとネックレスを取り出すフェイト。そのまま頭の上からかけようとするので、クリストフが止めた。

「チェーンの連結を外してください。上からかけるには多少、短いですから。首の後ろにくるところが連結部になっています。」

その言葉に従って、鎖の連結を外す。首の後ろで何度か再連結に手間取り、最後は結局、首の前に連結部を持ってきてつないだが。まあ、そのうち慣れるだろう。

「重くはないですか?一応チタンですので、それなりに軽い筈ですが、慣れないうちは重さを感じるかもしれません。」

「大丈夫です。」

ペンダントトップにポケットから取り出したバルディッシュをはめ込みながら答えるフェイト。ふむ、よく似合っている。そんなフェイトの様子に、アルフとリニスが口々に似合っている、と告げる。あまりそういったことに慣れていないフェイトは縮こまってしまうが。そんな主人は放って置いて、ペンダントトップに納まったバルディッシュが呟いた。

『It's comfortable.(快適です)』




 本局、ミーティングルームにて。

「こんにちは、マダム。」

相変わらず、「マダム」と呼んでくるサフラン。

「こんにちは、サフラン。元気そうね。」

「おかげさまで。ここしばらくはデスクワークだけですので体が鈍りそうですよ。」

トレーニングは欠かしませんけどね、と続けるサフラン。ダイエットは続行中らしい。

「乗る船がない状態なんで、しばらくは「陸(おか)」でのんびりやってます。」

とはクリオの言。人手不足の管理局もそうだが、民間会社であっても予備の船などない。会社が船や人員を手配するまでは開店休業状態だろう。

「私は医者に止められまして、しばらくは自宅療養ですよ。」

とはトランサー。まあ、怪我人だったし。あんな娘でも泣いてくれるんですね、などと感慨深げに言っている。どうやら、帰ってみたら親戚一同集まっていたらしい。まあ、船が沈んで行方不明ならそういう状況にもなるだろう。

「・・・・」

なんだかずーんと沈んでるユーノ。どうしたんだい?とアルフが声をかけている。まあ、大体予想はつくが。

 と、スライドドアが開いてリンディたちが入ってくる。

「どうも遅くなりました。早速始めましょう。」

続いて入ってくる、資料と機材を抱えたクロノとエイミィ。紙媒体の資料はそれほど多くないので、あとはモニタにでも表示させるのだろう。

 大体の説明は、1時間ほどで終わった。やはり、事件規模からして、最短でスケジュールは組んだものの、4ヶ月はかかるということだ。

「ただでさえ被害が大きい上に、犯人も多いですから。こればかりは我慢していただくしかありません。」

と、クロノが説明する。被害は貨物船1隻撃沈に、積荷のロストロギアの一時的散逸とその他積荷が全損、搭乗人員は20人の内、生存がわずか4名、さらには小型民間船が中破判定とのことだ。ここしばらくとしてはかなりの凶悪事件となってしまったとか。

「犯人達の罪状はどれほどのものになりそうですかな?」

サフランの言葉に、クロノが答える。

「単純に見て殺人に殺人未遂、傷害、器物破損、質量兵器の所持及び行使とかなりの重罪だ。それに比べれば微罪もいいところだが、連中の船についても、安全基準違反に無許可武装などもある。今まであったと思われる余罪も含めると、無人世界の刑務所行きは確実だな。」

刑期は100年単位だろう、続けるクロノ。

「けっこうなランクの魔導師もいたけれど、更正施設行きになる余地もないね。」

とさらに続けるエイミィ。うん、その辺は心配だった。「使えそう」な人材は犯罪者でも引き込んじゃうことの多い管理局だから。

「連中の船も、証拠としてしばらく保存はされるが、裁判後は即解体される予定だ。一部は中古業者に売却されるだろうが、ほとんどの部分がとっくに耐用年数が切れてるような部品ばかりらしい・・・。」

おかげで被害をろくに補填できん、と愚痴っている。

「とまあ、裁判関係大体の話は、以上で終わりです。みなさん、お疲れ様。」

 そのあとは細かい事務・手続き関係の話となった。今回、サフランたちはトラヴィス貨物の代表としても来ているため、被害証明等の書類を受け取っている。こちらも同様だ。また、死亡した乗員達に対しては、管理局からも多くはないが見舞金などが出るらしい。局員の人件費でも汲々としている管理局の筈だが、ロストロギア輸送中での被害の為、立場上何とか捻り出す、と会計担当が息巻いているとか。他、今回の捜査に協力した褒賞の話など、etc。


「プレシア、はい、例の資料と申請書類1式。」

そう言って、封筒を渡してくれるリンディ。

「ありがとう。まあ、提出はまだ先になるだろうけれど。」

とりあえず中身を確認する。数枚の書類とデータメディアが入っていた。問題はなさそうだ。確認後、お返しというわけではないがこちらもデータメディアを渡す。

「例のビデオメール用のデータよ。一応、情景には注意したけれど、出来ればそちらでのチェックもお願いね。」

他人にチェックさせるには少々、気恥ずかしい映像だが、まあその辺は仕方あるまい。

「あら、ありがとう。こっちで撮ったクロノとユーノさんのデータもあるけれど、いるかしら?」

ふむ、もらっておくか。あいにくとメディアの予備など持って来ていなかったので、端末にそのまま転送してもらう。ちょっとさわりだけ見てみる・・・きゅーきゅーと必死に存在をアピールしているのが1匹。

「やっぱり最初が肝心よね。」

「そうね。」

「うぐっ。」

ユーノのうめきにアルフが再度声をかける。

「どーしたー、調子でも悪いのかい?」

片や使い魔なのに人間扱い、片や人間なのにペット扱い・・・ペット扱いなことに自分の存在に疑問でも持ったのだろう。残念ながら、フェレットとして行動していた以上、仕方のないことだ。まあ、それはさておき、一応フォローはしておくか。

「まあ、そのうち話せるようにはなるでしょ。部外者からはしばらく不審に思われるかもしれないけれど。」

予定通りで行けば、あと半年ちょっとか。予定通り行くならいいけれど。そして一部は予定から外れてもらうつもりだけれど。手のひらの上に載せられるような物事ではないが、両手をつっこんで救えるなら、抱えられるだけ救いたいとも思う。

「話せるように、なりますか?」

随分と真剣な表情で、ユーノが尋ねてくる。うん?歳に似合わず大人びた子供の1人の筈だが、自己嫌悪かなんかで頭が回ってないのかな?当然とばかりに答えてやる。

「あの子が魔法を捨てない限り、早いうちに話さなければならなくなるわよ。」

だからもう少ししゃんとしてなさい、と付け加えてやった。



 夜。夕食も片付けも終わって、またデスクにかじりつく。リニスはあれの設計を開始したようだ。時折、仕様の詳細をこちらに聞きに来る。特に、緊急停止機構は重要なので、一部は私が設計を行っている。それでも負担の大半はリニスにかかっているが。まあ、まだ設計段階だから、そう負担にはならないようだが、実作業が開始されたらそうも言ってられなくなるだろう。その際にミスが発生しないように詳細はきちんと詰めておかなければ。とはいえ、こちらはリニス主体である。


 問題となるのはヴォルケンリッター対策だ。リニスにあっちを投げておいた以上、こっちは自分でやるしかない。やらないという選択肢もない。自他共にSランクとはいえ、ベルカの騎士相手に1対1など悪夢でしかない。こちらはあくまで魔法使い。騎士と正面戦闘など愚の骨頂だ。となれば、「距離」を稼ぐ存在が必要になる。 その盾が傀儡兵のみってのが問題と言えば問題だが・・・1体だけ有望なのがいる。

 ただ近くの対象を攻撃するだけの傀儡兵にしては、個性がありすぎる。上手くすれば、状況改善の1手になるか?とりあえず「例の」個体と、比較用に持ち出した数体を比較する。まずは単純な演算能力。

「いきなり違うし。平均値に対して7%も演算性能が高いって・・・。」

なんだ、このOne Of Thousandは。のっけからして違った。しかし、この結果は利用できない。質の高い部品だけを選別して組み上げていく、なんて工程を繰り返すのは個人では無理がある。となると、次は稼働時間の確認だ。

「うーん…」

関連性が見えない。稼働時間はある意味AIの学習時間とも言えるが、例の奴より稼働時間の長い個体さえもある。こうなってくると、AIそのものをチェックするしかないのだが・・・その前に、駄目もとで記憶領域を覗いて見ることにする。

「データが消されていないとは、いい加減な仕事してるなぁ。」

例の個体、GRD-4 Serial 00A7M3は、中古で購入した機体だ。当然、それまでの「経歴」もあるわけだが、通常、AIの学習結果はともかくとして、それまでの顧客の秘密に関わりそうなデータは消されるのが普通である。ところが、00A7M3のそれは消されていない。前オーナーが使用した環境や、その戦闘記録、一切合財が残ったままである。

「3度は転売されている上に、戦闘回数が12回?」

機体構造に致命的な損傷を受けた事もあったようだが、頭部を含むAI系は損傷を受けたことがなく、そっくり移し変えられている。まったくもって「古参兵」と言っていいレベルの戦歴である。しかも、それだけではなかった。AIのパラメータを調べて分かったことだが、学習フィードバック関連のパラメータを大分いじられている。購入時期・稼働時間が同程度の機体と比較してみて思うに、これは出荷段階からこの設定だった可能性が高い。現場のお遊びって奴だろう。このいじくったパラメータを記録さえしていない可能性が高い。とりあえず、データのバックアップと、パラメータの記録を行う。

「しかし残念なことは、これ、陸戦タイプなのよね・・・」

空戦型ではないのだ。そして今度の相手は、空戦もこなす魔法戦のエキスパート。となると、この個体であっても改造を含めた対策が必要になる。いかにして飛行能力を獲得させるか。無論、飛行タイプも使用する予定ではあるが、あれだけでは心許ない。何せ、軽量な上に武器は槍だけ、おまけに足もないのだ。飛行ユニットである翼を破壊されれば手も足も出なくなってしまう。

 飛行ユニット、ふむ、追加装備方式にするか?本体の記憶容量はともかく、演算速度を考えると、飛行魔法を同時制御など出来まい。となると、ユニット自体に演算装置も組み込んで・・・出力足りるかな。傀儡兵の平均に漏れず、この陸戦タイプはAランクの魔導師相当の戦闘能力。つまり魔力炉の出力もAランク。常時飛行魔法を使用すればその分他にまわすエネルギーが足りなくなる。出力にある程度余裕があるとは言っても、「飛べる」ではなく「飛んで戦える」を実現する以上、さらなる余裕が欲しい。大型の魔力炉に交換するか、それとも飛行ユニットにも魔力炉を組み込むか。機体構造面ではあまり余裕はない、とすると、飛行ユニットに魔力炉を組み込むしかなさそう。

「魔力炉に制御装置、ユニットの装甲も本体と同程度として・・・。」

概略でこんなところか。魔力炉は傀儡兵用の物が意外に小型だったので同型の物を使用することにして、ユニットに組み込む制御系は、ストレージデバイスの中でも幾分低価格帯の物を丸ごと使用することにする。本体AIの「指令」で「飛行ユニット」側のデバイスが飛行魔法を運用する形だ。魔力炉が2つになるから、本体側ともエネルギー系を接続することにするものの、2倍もの魔力に回路が持つはずもなし。エネルギー制御をどうするか・・・。本体に流入するエネルギーを制限する形にすればいいか。基本は飛行ユニット側は飛行ユニット側で完結させて、あくまで余剰魔力の一部を本体にまわす様にしよう。回路容量から考えて、AAとまではいかないにしてもA+程度には引き上げられそう。

「この形式なら飛行ユニット側に防御系も追加出来そうだな・・・。」

さらに何かないかと思案していた時に、出した声に気が付く。1人でいると、口調がたまに「戻る」。声と口調の相違で気付くことが多い。頻度が少なくなっていってるようなので、大分「慣れてしまった」と感じはするが。2年も「プレシア・テスタロッサ」でいれば嫌でも慣れる。慣れざるを得ない。それでも、人前ではまだ演じているだけなのかもしれないが、自暴自棄になって何かをわめくようなほど、環境が悪いと言うわけでもないし。むしろ、「私」が環境を改善していってやらなければならない立場だ。まったくもって、人間、精神の方も意外と適応能力は高いものだ。

「ふ・・・。」

家族の写真、を目にして微笑みがこぼれるくらいには。




後書き:

 今更な説明になりますが、フェイトの口調について。原作においては、プレシアに対しては敬語(というか丁寧語?)で会話をしていたフェイトですが、本作では一部を除き、友達と接するときと同様、または近い口調で表現しています。単純に言って作者のイメージの問題ですが、それと同時に、子供ならこんな感じだろうという感覚で書いている為です(それでもフェイトは子供らしくない感じですが)。



[10435] 母であること21 A's Pre3
Name: Toygun◆68ea96da ID:bbdc1448
Date: 2011/06/02 21:27
22.日常と非日常の影


 なのはからのビデオメールが届いたのは、こちらから送って約1ヵ月後、5月の終わりくらいの時期だった。

『おひさしぶりです、フェイトちゃん、ビデオメールありがとう。』

向こうもリビングルームだろうか?近年の日本社会で見られる和風とも洋風ともつかない無国籍な部屋が見える。ちなみに、家族勢揃いだ。

『フェイトちゃんにならって、わたしも自己紹介からはじめたいと思います。』

『わたしこと高町なのはは、現在聖祥大附属小学校3年生をしております。』

相変わらず元気のいい子だ。

『得意科目は数学かな。実は体育が苦手で・・・運動、あまり得意じゃないんだ。』

えへへ、と苦笑いするなのは。運動は苦手というが、素質がないはずはないのだが・・・単純に、慣れていない動作が多いだけなのではないだろうか?

『趣味は・・・あれ?趣味は・・・って特にないや。特技ならあるよ。』

そうして紹介される一般家電から電子機器に対する強さと、PCを利用したDTP技術の紹介。翠屋のPOPなどはほぼ彼女の手によるものだが、それはいいとして、9歳児が一番PCを扱える状況なのはどうだろうか?他の家族はむしろその辺に疎かったと思ったが。それより趣味だ、趣味。早いとこ何とかしないと、リンディにワーカホリックに仕立て上げられてしまうぞ!

 などと考えていると、いつの間にか桃子の自己紹介に移っていた。移っていったのだが・・・グダグダである。パティシエだのなんだのの情報が飛び交うのはいいんだが、いちいち士郎にべたべたしているのは如何なものか。なし崩しに士郎の紹介に入っていったが、これもまた桃子にべったりで紹介なのかなんなのか分からなくなる。辛うじて小太刀二刀御神流の話や、入れるコーヒーの旨さなどが出るが、正直言って自重しろ、である。

「なんだかすごい仲良しだね。」

とフェイトが呟いたが、人様の目に触れる予定の動画でこれはどうかと思う。恐らく、局員がデータチェックをしている筈だが、担当した局員にはご愁傷様、という他はない・・・局員が同種の可能性もあるし、何よりチェックしたのがリンディだった場合、「あらあら」の言葉だけで済ませそうだ。

 と、うんざりした顔の恭也が中央に出てくる。ああ、もう士郎の話が終わってた。話だったのかなんだったのかと言う感じだったが。

『どうも、なのはの兄の、高町恭也です。先ほどはうちの馬鹿親どもが失礼しました。』

『おいおい恭也、そいつはひどいな。』

『ええい、やかましい、人様にお見せする映像でいちゃつく奴らにかける言葉などこれで十分だ、時と場所を選べ!』

『まあ、ひどいわ、なのは~恭也がぐれちゃった~』

と、ヨヨヨと目元を押さえて屑折れる桃子。

『高町母もそのわざとらしい泣き真似はやめろ!』

はて、恭也ってこんな性格だっけ?と思いつつも、あまり接触がなかったことに気付く。確か、翠屋で会っただけだ。うろ覚えの予備知識どおりならば父親同様、それなりの「使い手」の筈だが。もちろん、翠屋で会ったときのレベルでは、自分は何も気付きようがない。「魔法使い」に「剣士」の仕草を気付け、というのはなかなかの難題だ。

『現在は大学生の傍ら、翠屋の店員などを変則的にやっています。あとはまあ、父同様、剣術を少々かじっていますが。』

ふむ、うわさの「神速」なども使用できるレベルなのだろうか?非常に興味深いが、ぶっちゃけ剣士に真っ向勝負なんぞ仕掛ける気にもならんから確かめるのは無理だな。

『とりあえずフェイトちゃんの教育に悪そうなこの2人には、後でよく言い聞かせておきますので、なにとぞご容赦を。』

深々とカメラに向かって礼をする恭也。「予備知識」とは大分違う人間なのではという気がしてきた。神速だの何だのと色々使いそうだ・・・「次」に乱入されると、それはそれで厄介だが、気をつけるくらいしか対策がないかな。

『高町美由希です。現在、高校二年生です。』

ふむ、こちらも接触回数が少ないのでなんとも。

『翠屋でも何度かお会いしてますよね。空いた時間はけっこう翠屋でウェイトレスをやってたりします。』

うん、確かに。レジ打ちとかもやってたな。

『出来れば厨房の方もやりたいんだけど・・・』

『やめろ、店を潰す気か、このバカ弟子が。』

即座に恭也のツッコミが入った。どうもこの男、家族に対して容赦がない。というか、気を許した相手には何の遠慮もしないタイプか?

『まあまあ、そう言わない、美由希だって頑張っているんだし。』

『それでユーノが一時重態になったと思ったがな。』

「なんだか会話の内容が見えない気がするんですが。」

リニスの疑問ももっともである。いくつかの事前情報を知っている私でも見えにくいが、多分料理がネックとなっている、ということだろう。

『料理うまくなりたいな・・・』

ぼそりと沈んで呟いた美由希がとても印象的だった。あれだ、まずは食事療法からじゃないのか?こちらからのビデオメールに一般的な味覚改善方法でも混ぜ込んでやるか。


 

 とまあ、ビデオメールを家族総出で見ていたりしたのだが、実のところ、最近はちょっと忙しい。大体家(といっても時の庭園だが)にはいるが、やることが多い。まず、家事。はっきり言って、あのデバイスの作成をリニスに振ったのは失敗だったかとも思うが、他に適任もいないので仕方がない。設計こそ順調に終わったものの、作業量が単純に多い構成のために、リニスの忙しさが単純にレベルアップしてしまった。毎日炊事・洗濯・掃除とやっているところに、記憶素子の接続を延々と続けるようなデバイスを作成させているのだ。リニスの見かけは変わらないように見えるが、こちらから供給している魔力が大分増えた。普段は切ってる精神リンクも、なんだかどんよりした感じが伝わってくることが多くなった。徹夜もしているかもしれない。そんなわけで、私が今、掃除をしているわけである。いや、フェイトとアルフも掃除やら皿洗いやら手伝っているわけだが。

「それにしてもなー」

掃除をしながらアルフがのたまう。

「アンタがそうやってるのって、なんか違和感があるんだけど、どことなく合ってるとも感じてよくわかんないよ。」

「違和感があるのは以前の私を見ていないせいでしょ。昔は私1人でやっていたのよ?」

とは言ってみたものの、自分でも実感はない。それでも「プレシア」が1人でやっていたことは確かだが。アリシアに手伝わせるには、少々年齢が低かったし。やはり首をかしげているアルフ。まあ、3人の前ではエプロンをすることも滅多になかった・・・ほぼなかった筈だし。フェイトだけは「覚えて」いるようだが。ちなみに、今しているエプロンは掃除用のものである。

「以前、でちょいと疑問に思ったんだけどさ、」

「なに?」

「旦那はどうしたんだい?」

相変わらず、アルフは何をするにも直球勝負だ。聞き難いことでさえも、聞くときはダイレクトに聞いてくる。奥歯に物が挟まったような物言いとは無縁だ。本当に聞き難いことに対しては、きっと黙り込むのだろう。多分、午前中に見たなのはからのビデオメールも発端の一つか。とは言え、答えねばなるまい。しかし、詳しい経緯はいらないと思う。

「・・・技術屋同士で結婚なんかするもんじゃないわね。」

「自分」に結婚の経験はない。それでも、実感のこもった答えを返せたと思うのは、「技術屋」としての経験だろうか?流石にそこから先には、アルフは踏み込んでこなかった。まあ、相変わらず失礼な物言いで返してきたが。

「ふーん、そんなもんかねぇ。まあ、さっきの2人みたいになってるってのもなんかイメージに合わないから、あたしは「今」で満足だけどね。」

第一、旦那がいたら、フェイトが割り食うじゃないかなどとも呟いている。いや、それは違うぞ。普通はその旦那と私でフェイトにかまうんだから。そしてその思考はそのまま続いた。

 マルチタスクで思考しながら、そのままアルフと掃除を続ける。フェイトに父親は必要だろうか?と。現状、「父親」という存在について、フェイトはまったく気にしていない。というより、いないことが当たり前になっているのかも知れない。「父さんは?」とあの子に聞かれたなら、覚悟を決めるしかないか・・・いや、それ無理、と別の自分が即答する。絶対無理、再婚するとしたら同年代以上、ダンディな殿方、というのは憧れの対象としては見られるが、「抱かれる」ことを考えると無理だ。「女性としての快楽」に興味が無いわけではないが、「これぞ漢」や「これぞ殿方」といった方々の相手は耐え切れない。「年下の優男」のレベルならば耐えられるかもしれないが・・・そのうち男がフェイトの方を向きかねないので却下。一種のパターンだからな、母親の結婚の犠牲になる娘って。

 いっそ同性に走るか。

という考えが掠めて、ぞっとした。矛先がフェイトに向きかねない。全身が総毛立つ。娘を組み敷く母親―おぞましい、おぞましい!まだ本来の「プレシア」の方がましだ!

「どうしたんだい?」

随分と、アルフの顔が近かった。なんだか、蒼白だったよ、とアルフに告げられる。そんな顔を真剣に見つめて告げる。

「アルフ、あなたはフェイトにとっての最後の「盾」よ。」

「なんだい、いきなり。そんなことは当たり前のことじゃないか。」

「ただ身を盾とする、という意味ではないわ。いい、あらゆる敵から、あの子の体と心を守りなさい。これは私からの「お願い」。」

「なんだってのさ。」

「敵はね、どこにでもいるわ。いい、たとえ私が相手であろうとも、何の躊躇も持たないで。」

アルフはようやく、真剣な表情を返してくれた。

「プレシアが相手だったら、どうやってフェイトの心を守ればいいんだよ。」

その答えで満足だった。アルフなら私を切り捨てられる。力で劣っていても、あの子の守り方は分かっている。だから、アルフの分からない部分だけを教えてやればいい。今は自分でも分からないから、ヒントしか出せないが。

「悲しみなんて一時のことよ。私があの子の心に致命的な傷を負わせてしまう前に、私を排除してしまえばいい。」

「想像がつかないね。まあ、近いことはやってやるよ。物理的に近づけなければいいだけだろ?」

殺さずにやってのけるさ、という宣言みたいなものか。ランク差など、何の障害でもない、ってのが彼女の意識のようだ。頼もしい、と思いつつも、不安は募る。絞り出すようにして言葉を紡いだ。

「・・・私がだめだったら、何とかしてリニスを残す方法を考えておくわ。2人で、何とかしてフェイトを支えて。」

「いったい何が不安なんだい?」

どうも、今にも泣き出しそうな顔をしていたらしい。いーから話してみな、と背中を叩かれる。そのあと、全部ゲロってしまった。えらく弱気になっていたらしい。話を聞いたアルフは、少々神妙な顔つきのまま、答えてくれた。

「もしそうなったら、あたしがぶっ飛ばしてやるから、安心しな。」

神妙なままだったが、凛々しかったと思う。「使い魔」ではなく、ベルカ式の「守護獣」と呼びたくなったのは内緒だ。同時に妬ましくも思った。自分がどうあがいたとしても、彼女がフェイトに一番「近い」から。






 陰鬱になりかかる考えを振り払って、届いた資料・教材を整理する。流石に3言語分は多かったが、ないとそれはそれで困るし。意外と、英語、日本語の資料が多いのは助かる。まあ、移住者がそこそこ多いためだろうが。イタリア語はそれに比べると少なめである。まあ、こちらは軽く済ませるつもりのため、それで問題はないが。

「どれからやるかが問題よね。」

それも出来る限り負担にならない形でだ。カリキュラムは自分で作らなければならない。生徒はフェイトにアルフにリニスの3人。自分も生徒の立場ではあるが、少なくとも日本語についてはアドバンテージがある。英語についてはミッドチルダ語との共通部分も多い為、それほど苦労することもないとは思うが、その辺は偽装した経歴の「アメリカ人」の部分と混ぜながらやっていくか。イタリア語については、自分がやっておくだけでいいだろう。おそらく披露する機会もそうないだろうし、「移民の子孫」ということならその方がリアルだ。

「アリサが多分、バイリンガルだから英語学習は要注意よね。」

資料は幸いアメリカ英語だった。これがイギリス英語だったらそれはそれで大変である。アリサ、というか、バニングス家はどっちだろう?状況次第では一部の会話に不都合が生じるかもしれないが、どうせ日本語も通じるだろうからそっちでもいいか。


 と、いうわけで、みんな揃って語学のお勉強が日課の一つとなっている。語学教育用の動画を見たり、書き取りの練習をしたり。書き取りの練習は自分もやった。なんというか、思考に手がついてこなかったから。箸の時と同様、使っていない事柄には体は対応出来ないようだ。

「なんてーか、漢字ってのが難しいな。」

「数も多いしね。」

全員、漢字の書き取りで大いに苦労している。文字自体が意味を持つために、種類が単純に多くなるのがネックだ。文字の並びを覚えればいい英語やミッドチルダ語とは別の苦労である。大体同じ内容をやってから、途中からそれぞれ必要と思われる内容の学習にシフトした。


「んー。」

フェイトが文章題を睨んでいる。文章題、とは言っても難易度は簡単、ただそれが「日本語」で書いてあることだけがネックになっている。それに日本語で回答しなければならない。このなかで唯一、試験を受けなければならないフェイトの為に課した課題集だ。幸いにして、私立とはいえ、入手した聖祥大附属小学校の過去問題(編入試験用)は常識的な問題ばかりだった。これが公立という枠組みから外れたためのいかれた問題ばかりだったら、流石のフェイトであってもお手上げだったろう。

 そんなフェイトを横目に見ながら、自分は何故か「サイン」の練習をしている。カタカナで、英語の筆記体で。これも必要に当たってのことだ。「こちら」で申請する分の書類はいいが、向こうに提出する分はこうでなければならないからだ。最悪の場合は、入手した書類に上手く出来たサインを「コピーする」ことで書類をでっち上げる、という方法もあると言われていたが、それはそれで、「寸分違わぬ、まったく同じサイン」というものが公文書に残ってしまう為、まずいと思って念入りにやる。自分の名前を延々と書いていると、まるでどこかの殺人鬼のようだ・・・ふと指先を見る。そういえば最近、爪の手入れをしてなかったな。

 当然、これにはリニスも参加している。一番こういった「文」に接触の低そうなリニスは、もの凄い勢いでテキストを参照しながら、同時に音声データを再生している。マルチタスクで視覚と聴覚を別々に運用しているようだが、視覚の方の速度が洒落にならないほど速い。この辺の能力レベルは「主人」に依存しているのが使い魔だが、そうすると、自分も同様のことが出来るのだろうか?なんとなくやな感じだったので、今日はリニスの真似をするのはやめておいた。後々試しておこう。

 黙々と各人が学習を続行して数刻、

「あーっ!」

ぼすんとクッションの上にテキストを放り投げてアルフが声を上げた。どうやら限界だったらしい。ふと目を上げると、時間はもう4時を過ぎていた。ふむ、そろそろ夕食の準備をするべきか。

「それじゃ、今日はこの辺にしておきましょう。」

「そうですね、夕食の準備をしなければならないですし。」

ここからいつもの時間だ。つまり、「子供たち」は自由時間なのだが。

「わたしはもう少し続ける。」

とテキストから目も離さずに答えるフェイト。相変わらず、大した集中力だ。この辺は遺伝だろう。遺伝・・・「プレシア」の特性をより色濃く受け継いでいる。そんな益体もない考えを振り払って、声をかけておく。

「程々にしておきなさい。時間はまだあるんだから。」

この分だと、なのはよりは国語の成績は上になるかもしれない、などという全くもって親馬鹿な考えが頭の中をかすめた。




 飛行ユニットは意外と早く形になった。飛行魔法を使用するので、「翼」などの外観的イメージを重視しなかった為もあるが、サイズ面で、庭園に設置済みの工作機を使ってほぼ全自動で製作できたことの方が大きい。外装・フレームの製作で1週間もかからなかった。内蔵する予定のストレージデバイスも、組み立て前のパーツ単位でならストックがあったし。傀儡兵用の魔力炉は、流石に予備はなかったが、所有している傀儡兵の数からして多いので、何体か不可動状態にしても問題はなかった。むしろ各種配線の方が手間がかかったぐらいだ。傀儡兵本体への取り付けも、小改造で済んだ。

「むしろこれからが大変か。」

 各プログラムの調整の方が時間がかかりそうだ。とりあえず動く物を作らなければならないので、術式の最適化は後回しにした。流用できそうなものは以前の試作やパッケージソフトなど、出所に構わず使用したおかげで、3日ほどで済んだ。実際に動作させての、問題洗い出しは厄介だろう。ある程度のところで他機分のパーツ製作や不足部品の発注もやらないと、「実戦」に間に合わなくなるし。ネックになりそうな、AI―飛行ユニット間のコマンドの送受信系については気を使って調整した。「日常」をこなしながらなので、これだけで1週間かかった。


 そんなこんなで、取り掛かって何日目だろうと思いながら、今日も夕食後の団欒もそこそこに、作業場に向かった。残すところは、ユニットに組み込んだストレージデバイスである。リストを見ながら、飛行魔法の他に防御系魔法など戦闘に使用できそうなものも詰め込んでいく。ここで、ふと思いついたのでさらにもう一個、プログラムを放り込む。バリアジャケット生成プログラムだ。傀儡兵の自前の装甲の上に、さらにバリアジャケットを被せる―うん、かなりの耐久性の向上が見込めるな。強度設定はとりあえずBランク相当にしておいて、あとあとテストした時に設定をいじることにしよう。攻撃や補助系は入れなかったので、リソースには大分余裕があるが、この辺にしておこう。攻撃系は本体のAIが持っているし。あとは、傀儡兵のAIに行動設定を追加して・・・これで大体動くかな?ざっとチェックした上で、AIに自己診断を行わせる。行動設定の一部で矛盾が生じたようだが、AIが暫定で順位設定を行ったようだ。各種術式にミスはなし。最適化チェックでは大分悪い値が出ているが、そこは仕方がない。おいおい調整するとして・・・最後の問題点、起動時間が延びた、ということが発覚したぐらいでおさまった。

 ヴン、と唸りを上げて、傀儡兵が着座状態から立ち上がる。タイプGRD-4改めGRD-4飛行試験型の暫定的な完成である。さて、簡単な動作テストといくか。

「飛行高度30cmで浮遊状態を維持しなさい。」

命令に従って、浮遊する傀儡兵。各計測器及びモニターによるチェックで何も問題は発生していない。消費魔力も普通の飛行魔法と同程度の数値だ。そこでそのまま他の魔法を使用させてみる。といっても、プロテクションとラウンドシールドぐらいだが。こちらは強度設定などをしなかったため、AIが任意に設定して展開したらしく、どちらもBランク程度だった。多用することを考えて、AIが定格出力よりもランクを落としたようだ。余裕がありそうなので、バリアジャケットを展開させる。瞬間的にリソース消費と魔力消費が跳ね上がるが、すぐに安定した。これも問題ない。まあ、バリアジャケットのデザインを設定していない為、傍目からは分からないが。出力・リソース共に余裕があったので、バリアジャケットの設定を変更する。強度をAランク相当に、デザインを単純にカラーリング変更のみとして、色は黒に設定した。再度バリアジャケットを展開させる。

「黒騎士って感じになったわね。」

傀儡兵は元々騎士系のデザインをしているため、肩の魔力砲、背中の飛行ユニットを除くと、まるで黒騎士である。威圧感倍増だ。各測定値をチェックしたが、まだ余裕がある。やはり魔力炉が二つ、と言うのは大きいな。あとは模擬戦でもして調整していくか。まあ、バリアジャケットの強度はこのままでいいだろうけれど。あとは稼働時間がどこまで減るか、というところだが。一応、飛行ユニット側にもエネルギーパックは追加しているが、大容量化することに比べるとロスが出やすいし。出力を上げれない、と言うこともあるから、そんなに影響は出ないとは思うけれど。

「あとは明日以降と・・・」

とっとと風呂入って寝ようかな・・・とも思ったが、時間にして8時半か。フェイト達はそろそろベッドに入れなきゃいけない時間だな。私やリニスはまあ、まだ起きてる時間だが。とりあえず、風呂を沸かすか。


 相変わらず広い浴場である。その分使う湯の量も多いが、循環処理のうえ再利用出来るので、水道代などの心配もあまりしなくて済むのが助かる。まあ、時の庭園は航行速度は低速ながら、次元航行船である以上、循環処理システムは必須機能であるが。コンソールを開いてお湯の温度を設定、実行アイコンを押すと、ありがちなライオンの頭像の湯口からお湯が浴槽へと流れ始める。こういった部分はインターフェースの違いはあっても、どこも大して変わりはない。あとは浴槽がお湯で満たされるまで待つだけだ。とはいえ、ただ待っているのも芸がない。ポケットから携帯端末を取り出すと、湯が満杯になったら通知するように設定し、移動した。

 

 厨房にてティーセットを用意する。用意するのは2人分なので、それほど重くはないはずなのだが、意外と銀製のトレーが重かった。さらに適当につまめる物を、と見つけてきたクッキーも皿に出して載せたので、いっそう重くなる。しかし問題ない。こういうときは魔力でちょっと自分を「強化」すればOK。片手でだって持ててしまう。まあ、両手で持つけれど。しかし、このトレー、どこで買ったんだろう?少し記憶を探るが、「プレシア」にも買った記憶がない。自分で買うならもっと軽い物を選ぶだろうしなぁ。リニスだろうか?しかしリニスも物選びは機能的な面を重視するし。とりあえず、これから行くのだしついでに聞いてみよう。
 
 リニスの部屋に行く前に、「子供部屋」に寄る。着く直前に携帯端末からpipi!っと音が鳴った。ふむ、タイミングが良い。トレーから片手を離すと、「子供部屋」の扉をノックする。はい、と声が聞こえてから少しして、両開きの扉の片方が内側へと開いた。

「あ、母さん。」

聞こえた声もフェイトだったが、出てきたのもフェイトだった。む、アルフは部屋にいるかな?と思い、フェイト越しに部屋を覗き込む。珍しく狼フォームで骨のおもちゃを咥えていた。正面にかかっていたやたら古い柱時計、は既に8時50分を指していたため、すぐに用件を告げる。

「2人とも、もう遅いから、お風呂に入って寝なさい。」

はーい、あいよと2通りの返事が同時に返ってくる。とフェイトが聞いてくる。

「それは?」

私の手元のティーセットのことだ。

「リニスの部屋にこれから行くところなのよ。私が頼んだ仕事の為とはいえ、ちょっと根を詰めすぎだから。」

その返答と同時に、マルチタスクでアルフに念話する。

『というわけだから、お風呂でのフォローは頼んだわよ。』

『あいよ。』

『あと、フェイトが頭を洗うのは手伝わないこと。』

『・・・そういえばまだ駄目だったんだっけ。』

昨日はリニスが手伝ってしまったようだし。アルフもフェイトには甘いが、リニスは部分的に駄々甘なとこがある。

『そこのところは努力目標と言うところで。』

『手元にない桶を差し出してやるぐらいの手助けは認めるわ・・・。』

アルフの返答に、要求内容を少し下げてやる。そうでもしないと一から手伝ってしまうだろう事は明白だ。それで手を打つ、との返事代わりに、いつの間にか人型に変身したアルフが片手をひらひらさせている。まあ、これで大丈夫だろう。アルフの方が体が大きいから、とっさの場合はアルフがフェイトを抱えるくらいはやってくれる筈だ。と、こちらに近づいてきたアルフの手が一閃した。

「歯もちゃんと磨きなさい・・・。」

「ふぁいふぁい。」

クッキーをくわえたままのためにまともでない返事が返ってきた。まあ、報酬の先払いとして認めておこう。ただし、明日の朝、追加しようと思っていいた高級犬缶は、またの機会にしておくことにする。





 扉をノックする。どうぞ、と言う声が返ってくるが、それ以上の反応がないので、トレーを支えるのに戻した右手を再度離して扉を開ける。卓上の機材とにらめっこしているらしい、リニスの背中が見えた。

「邪魔しに来たわ。」

無造作に積まれた、記憶素子部品が大量に詰まっているらしい部品箱を避けて、部屋に置かれているもう一つの卓にティーセットを置く。かちゃかちゃと紅茶を用意する音と、かちゃかちゃと部品を接続する音がシンクロした。と、お湯をティーポットに注いだ当たりで、リニスが手を止め、軽く伸びをした。

「いつかとは逆の立場になったみたいですね。」

くるりと椅子ごとこちらに向くと、リニスはそう言った。はて、いつのことだろうと思いつつ、頃合になった紅茶をカップに注ぐ。ああ、あの時か。リニスがアリシアの作文を見つけてきた時。

「そうね。」

それも「プレシア」の思い出。思い出の1つだと、彼女が気付けなかった思い出。私の思い出は・・・ないんじゃない。「今」作られているところだ。紅茶に口をつけながら、そう思う。

「フェイトとアルフは?」

リニスが2人のことを聞いてくる。

「今、お風呂に入っているところよ。」

「2人だけで大丈夫ですか?」

「フォローはアルフに頼んでおいたから。今のアルフなら十分なんとか出来るわ。」

風呂場ではフェイトは良く転ぶ。これでもかってくらい転ぶ。はっきり言って、1人では入らせたくない。なんというか、ろくにフェイトに関心がない「プレシア」の記憶にまで「フェイトが風呂場でよく転ぶ」とあるのはどうかと・・・アリシアもそうなんだけどね。

「まあ、確かに。以前のように2人ずぶ濡れで泣いている、ってことにはならないでしょうけれど。」

ふむ、それはいつの話だろう・・・それも「プレシア」の時のことか。プレシアと私両方に記憶が残ってるって、ちょっと天然が入っていてもドジが過ぎない?今更ながらに心配になってきた。

「まあ、大体頭を洗っている時に転ぶようですけれど。」

「座っていて?」

「目を開けていられないんだとかで。周りにどう物が置かれているのか分からなくなるようです。」

なんぞそれ。日常生活でそうなのに、視覚などろくに頼りにならなくなる高速戦闘をどうやってこなしてるんだ?あの子。

「とりあえず、頭を洗うのを手伝わないように、アルフには言っておいたわ。」

「そうですね、そろそろ1人で洗えるようにならないといけませんね・・・」

むー、と腕を組みながらリニスが思案している。こう見ていると、いったい誰が母親なのだろう、と考えてしまう。

「いい方法が思い浮かびませんね。」

「まあ、おいおい何とかなるわ。しばらく誰かが一緒に入るようにして、練習させればいいのだから。」

ああ、でも解決方法は1つあるな。シャワーをつければ多分、そんな事も無くなる筈だ。いくらなんでも、完全に固定されているものの場所が分からなくなる、と言うことはないだろう。うん、ないだろうと思いたい。それ以前に風呂場が広すぎるのが原因ともいえるな・・・。

「それより、少しは頭を休めなさい。ただでさえ、ここのところ根を詰めてるのだから。」

使い魔がそうそう倒れるとも思えないが(普通、その前に主人が倒れる)、休ませる目的で来たのに余計に考えさせては意味がない。

「あら、頭はそんなに使ってませんよ。延々と記憶素子を接続しているだけですから。」

リニスが言うには、現状は大した作業ではないとのことだった。ただ、その圧倒的な量のみがネックだと。そして、再び持ち出される彼女の疑問。

「いい加減、「これ」の用途を教えてください。そろそろこの単純作業に対するモチベーションの維持も限界です。」

何度目かになる質問だった。どうしたものか。非常に話しづらいことこの上ない。が、少々捻ればいいか、と思いつき、話すことと話さないことを頭の中で整理する。

「そうね・・・実のところロストロギア絡みだから、情報は私だけに留めておいた方がいいかと思っていたんだけれど。」

これが間に合わないと困るし、と付け加えて話を続けた。

「夜天の魔道書、というロストロギアがあるのよ。」

余計な質問はせずに、その先を目で促がしてくるリニス。

「ロストロギア、とは言っているけれど、古代文明の遺産としては、比較的新しい方かしら。それでも千年級のものだけれど。」

「実はデバイスなのよね。古代ベルカ時代に製作された、大規模ストレージデバイス。」

「千年物のデバイスですか。」

「そう、その目的は、各地で作られた魔法技術を保存すること、といった話よ。」

これだけ話せば、聡明なリニスは現在製作中のデバイスの目的に気付く。事実、彼女は確認の言葉を投げかけてきた。

「つまりプレシアの目的は、ロストロギアそのものではなく、そこに保存されたデータというわけですね?」

よしよし、いい感じに自分で推論を組み立ててくれている。そのまま話を続けた。

「ええ、実際、夜天の魔道書が現在も正常稼動しているなら、これも必要なかったんだけれど。」

「ロストロギアに不具合が?」

「ええ、ほぼノーメンテで稼動しているが為に、どうもシステムに異常が発生しているような現象を起こしている記録があって。」

「それでバックアップするためのデバイス製作ですか。直接ここに持ち込むわけには行かないんですか?」

もっともな疑問だが、それは話せない理由だ。ただし、表向きの理由は作れる。

「魔法技術を保存していることが目的なだけあって、魔法文明圏にランダムで転移して情報を収集するようになっているのよ。ここに持ち込む以前に再転移されてしまうわ。」

うむ、いくらか尤もらしい。

「それでは・・・」

「発見と同時に重要な根幹データ―管制AIを主とする各種動作プログラムをこっちに引っこ抜いた上で保存、その後魔道書の機能を停止させて確保。といったところね。」

「保存されている魔法技術が優先じゃないんですか?」

「魔法技術の保存基準がザルなおかげで、悪食って言ってもいいぐらいゴミデータも混ざってるのよ。そんなの、いくら容量があっても足りやしないわ。それよりも、千年物のAIや構造データのほうが重要よ。」

「なるほど。」

ふむ、とそれなりに納得したような表情で、リニスは紅茶に口をつける。ここで終わってくれればいいのだけれど。

「大体は納得しましたが、ちょっと腑に落ちないところが。」

「何かしら?」

「メイン部分に組み込まれている、この過剰なまでの安全機構は何なんでしょう?」

そこに行き着くよね。まあ、それも考えたけれど。

「さっきも言ったわよね、異常が発生しているような「現象」があるって。」

「ええ、どんな現象なんです?」

「魔法の暴発よ。保存済みの術式から何が選ばれるかの基準も不明で、間隔もランダム、威力もランダム。術者無しで周囲から魔力を集めて自動実行出来るレベルで完結しているものだから、発生しているんでしょうね。恐らく、実行プロセスに、参照プロセスのルーチンが紛れ込む形で発生しているんじゃないかと当たりを付けているんだけれど。」

「何が出るか分からないびっくり箱、と言ったところですか。」

なかなかに存在しない物をでっち上げるのは難しいが、それなりに情報としては出来上がっているかな?あとの問題は・・・

「今、「これ」を作っていると言うことは、出現が近いということですね?いつ頃です?」

押さえるところはきっちりと押さえているのがリニスだ。少なくとも情報は整った形で渡さなければなるまい。

「最短で1ヵ月後、遅くとも、今年の終わりには出現しているわ。周辺の魔法技術をオートで探索して、それ以上データが集まらなくなるまで付近に留まると言うことだから、探索には最低でも1年かけて問題ないわ。もし、誰かが捕まえてマスター登録をしていれば、その人物がいる限りランダム転移はしないそうだから、そうすればいっそう捕まえるだけなら楽になるわね。」

「場所の予測はついてますか?」

「あまり絞り込めてはいないけれど、今回はミッドからそこそこ近いわね。この間行ってた97を含めた数世界、ってところね。」

これで大体いいかなー。必要な情報としてはいいよね?もうないよね。

「分かりました。とりあえず、これの製作の理由も分かりましたので、このまま続けますね。あと、出来ましたら、」

「何?」

「その辺の文献や、出現予測のデータも、余裕のある時でいいから下さいね。」

作った藪から蛇が出たって感じに。仕方がない、データの捏造、今からやるか。



 マルチタスクで出現データを捏造しながら、仕事から話題を変える事にする。捏造データはポケットの端末に記録中だ。並行してネットワークにアクセス、過去の闇の書の出現データからずらして、先ほどまでの「仕様」のロストロギアだったら出現しそうな次元世界をピックアップする。それと同時にリニスに質問する。
 
「ところで、話を変えるけれど、このトレー、あなたが買ってきたの?」

突然の話題転換な上に、少々記憶をたどるのに手間がかかったのだろう、しばし遅れて返答が帰ってきた。

「いえ、厨房に前からありましたが・・・プレシアが用意したのではないですか?」

いや、そんな記憶ないよ・・・ああ、待てよ、そういった食器とかが結構あるな。これはもしかして、うん、ビンゴ。

「ああ、思い出した。これ、庭園に最初からあったものだわ。」

購入した時の庭園に、最初から置かれていた備品だ。食器類や、妙に年月を感じさせるような備品もその類だったんだ。「プレシア」は購入時の説明など、ろくに意識して聞いていなかったので思い出すこともなかっただろうが、記憶を検索するような形で参照できる自分は、その話を聞いた記憶自体を確認できる。

「どうりで、記憶にないものが多かったわけだわ。」

「なんというか、強度はあるんでしょうけれど、少々重い、と言った食器類が多かったのはそのせいですか?」

「そうね。本来はもっと大勢の使用人を抱えてる家が使うような施設だし。ここは。」

その使用人には当然男性も含まれる。重いものは男が担当するか、魔法を使えばいい。そんな考えで用意されたものが多いのだろう。

ああ、そういえば。

「ああ、「ここ」もろくに調べてなかったわ。ここしばらく無為に過ごしすぎたのが勿体無いわね。」

「あまり手を広げすぎるのもどうかと思いますが。それに、明後日はまた病院ですよ。」

少々はしゃぎ過ぎたか、リニスにたしなめられた。病院、面倒だけれど、さぼると12月に間に合わなくなるから仕方がない。経過からするとそろそろ大丈夫なのだが・・・。

「分かってるわよ。」

そういいながら、見もせずに皿の上に手を伸ばしたが、会話の端々で消費したために、クッキーはもう無くなっていた。



P.S.フェイトとアルフのお風呂風景

 お風呂に入って体をわっしゃわっしゃと洗って少し。

「アルフ、」

いつもこんなタイミングだよねぇ。

「ごめん、フェイト、頭洗うのは手伝うなって、釘刺されちゃっててさ。」

「むー。」

ちょとうなって、仕方なく自分で洗い始めたようなんだけどさ・・・、なんか片手があちこち行き来してるよ。あ、こっち向いたって、目、閉じてるし。ああ、こういうことね。しゃーないからと、お湯の入った風呂桶の位置をずらしたさ。

「あ、あった。」

ようやく掴めた風呂桶のお湯を一気に被って・・・なんか方向ずれてて前髪側にかかってないよ!どーなってんだい、いったいさ。 
仕方ないから別の風呂桶にお湯入れて渡すしかなかったよ。

「ありがとう、アルフ。」

ほんと、どっか抜けてるよね、フェイトって。
ほんと、あたしがしっかりしなきゃね。


後書き:

 はたして映画ではどれだけの情報があるんだろうか?と思いつつ書いていたが、見に行くことも無いままに公開終了かな?上映箇所が限られていると、ちょっと見に行けません。

 そして部分部分で変な筆の走り方をする文章。自分は男性なのですが、どうも女性のように取り留めの無い思考の羅列や展開をする傾向があるように感じた今日この頃です(あくまで一般論です)。それともこれって、キャラが走るって奴なのだろうか・・・なんだかプレシアが暴走した。まあ、暴走内容は思いついてしまった内容に対する伏線なのかもしれませんが。でも言っておきます。大丈夫ですよ?
この作品におけるプレシアはフェイトの絶対的守護者ですから。

・・・それでも鬱展開が思いつく俺って何?って気もしますが。

 さらに追伸。恭也にKYOUYAが混じったかも・・・恭也・美由希の人柄その他をアニメ本編から想像するのって大分困難。そこらのSSのイメージが入りまくりなのがネック。



[10435] 母であること22 A's Pre4
Name: Toygun◆68ea96da ID:3af55d40
Date: 2011/06/02 21:30
23.Pain Killer


『漢字って難しいね。』

不定期、とは言っても月一くらいで送られてくる、フェイトからのビデオメールを鑑賞することは、最近の高町家の習慣の一つだ。テスタロッサ家の家族構成については、普通の一般家庭には疑問を持たれるところだろうが、高町家にとってどうと言うことはない。それに、末娘のなのはは認識していないが、実のところ、高町家の家族構成も、なかなかに複雑であるがゆえに、フェイト達のことはすんなりと受け入れられていた。

 そして冒頭のフェイトの台詞である。ふいに彼女の手元がズームアップされる。そこには何度も繰り返し書かれた漢字が映し出されていた。まだ慣れないらしく、所々いびつである。

「会話はなんなくこなしていたようだが、やっぱりそこで行き詰るか。」

夕食後のコーヒーを飲みながら、士郎はそう呟いた。

「仕方ないんじゃないかな。まあ、俺にとってはアルファベットの綴りもなかなかの難敵だけど。」

こちらは緑茶をすする恭也。むろん、ごくごく普通のお茶である。決して砂糖やミルクなど入ってはいない。

「言語が違うと並びが微妙に変化してくるし、場合によってはアルファベット自体が変わったりもするしな。」

英語に加えて、目下のところドイツ語も学習している恭也だった。

「フェイトちゃんが来たら手伝ってあげないとね、なのは。」

「にゃはは・・・」

美由希の言葉に、国語の苦手ななのはは苦笑いを返すしかなかった。

「今からでも遅くはないな、俺が国語の方を見よう。」

相変わらず国語を克服出来ていないなのはに、恭也が助太刀をせんと名乗りを上げる。学問の面ではやや不真面目とはいえ、大学生は大学生である。また、剣士であらんとする恭也にとって、文武両道は欠かすことの出来ない要素だ。間違っても小学生の問題に梃子摺ることはない。いや、あってはならない、というのが恭也の考えである。

「おてやわらかにお願いします。」

決して暇とは言いがたい、恭也の手を煩わせることに、なのはは神妙に返事を返すしかなかった。


 続いて見るのが、クロノからのビデオメールだ。

『やあ、なのは、久しぶりだな。』

『こっちは押し並べて事もなし、ユーノもこのとおり相変わらずさ。』

カリカリとフェレットフードを食べているフェレット、ユーノ。ふと、気付いたように頭を上げて画面のこちら側に視線を向ける仕草は、高町家の女性達には非常に愛らしく映った。しかし、それも短時間のこと、画面内のユーノは再びフェレットフードに夢中、と言う絵になる。そんなユーノの様子を横目に見ながら、クロノは言葉を続ける。

『最近の悩みと言えば・・・うん、コーヒーかな。うちのあたりはあまりいいコーヒーが入らなくてね。通販を視野に入れようかと検討中なんだ。』

「コーヒーか。なあ、なのは、彼は本当に14歳なのか?」

「うん、そういってたけれど?」

なのはとしては、士郎の質問は、クロノの身体的特徴、つまり背の低さからくる質問だと思っただろう。だが、士郎の意図はまったく逆だった。

「なんというかな、コーヒーを飲む様が堂に入りすぎているというかな、苦労人の管理職にしか見えなかったんだが・・・」

『そのうち、またそちらにお邪魔するよ。』

きゅ、とユーノが前足を振っているのは、少々やりすぎではないかとなのはは思ったが、どうやら高町家にとっては問題ないらしい。美由希などはその動作に完全にやられている始末であった。






 ちょっと変わった内容だった。母さんは飛行技術の練習と、データ取りが目的だから、と言っていたけど。

並行して飛ぶ、漆黒の機体に目が行く。色は違うけれど、前に母さんが動かしてた傀儡兵だ、と気付く。「飛ぶ練習」なのに、剣と、以前は持っていなかった盾を持っている。なんでだろう、と思ったけれど、戦う時と同じようにするためだと、多分思った。今の速度は、わたしにとってはまだ余裕がある、というぐらいだけれど、この傀儡兵にとってはどうだろう?母さんは、Aランク程度の出力だから、わたしの本気には追いつけない、とは言っていた。

『飛行安定性は今のところ問題なし、それじゃフェイト、まずは飛び方を教育してやってちょうだい。』

母さんの言葉と共に、わたしは上昇を始める。ちらりと目だけで左を見ると、わたしについてくる傀儡兵が目に入った。前進と上昇を同時に行い、ループへと繋げる。バルディッシュが傀儡兵の状態を念話で伝えてくる。この程度は問題ないようだ。ならば、と再度水平飛行からループに入る。より小さく、より速く。まだ、ついてくる。今度は水平飛行に入らず、そのまま次のループへと繋げた。先ほどよりもさらに小さく回ろうとした為に、バリアジャケットでは補いきれないGがかかりはじめる。でも、それくらい、以前もやった。何の問題もない。

 4週目。何の問題もなくループが終わる。

 5週目。ループが3/4終わったところでバルディッシュが警告を発した。

「Caution,target was course out.(注意、ターゲットがループ軌道から外れました)」

「え?」

ループを終えて水平飛行に入ったところで、下方から傀儡兵が上昇して追いついてくる。

『質量が大きいから、追従し切れなかったみたいね。降下でついた速度を抑え切れなかったみたい。』

母さんの念話で何が起こったか理解した。ああ、確かに、わたしよりもずっと重そうだ。慣性制御も魔法で行えるが、そこまでリソースに余裕がないんだろう。

『続けてちょうだい。』

母さんの念話に返事を返すと、水平飛行から右にロール、そのまま右旋回を始めた。大きめに半円を描くように飛行する。速度はそれほど上げてはいない。ループの時は良かったけれど、水平面上での飛行となると、いくら広い庭園でも、すぐにその空域の外に出てしまうから。傀儡兵もロールと同時に旋回してついてくる。適当なところで左にロール、逆に旋回を始める。出来るだけ急にやったつもりだったけれど、バルディッシュがマルチタスクの一つに投影してくれている映像では、ほぼ同時に同じ機動を傀儡兵が行っていた。

反応はとても速いみたい。

 それなら、と思って更に右方向に、「ターン」する。空力も慣性も無視した、航空機では出来ない魔導師ならではの方向転換。予備動作もなしに急に右方向に移動し始めた私に、傀儡兵の反応は少々遅れた。この方法の欠点は再加速までのタイムラグだけれど、それも飛行魔法に割く魔力を大きくすることで、力任せにはなるけれどある程度補える。

 同様の飛行を繰り返すと、傀儡兵はこっちについて来れなくなった。追随しようとする反応は速くなってきたけれど、どうしても再加速が遅くて、距離が離れてきてる。でも、下降を混ぜたらその時に一気に追いつかれた。また同様の機動を繰り返したらまた引き離しちゃったけど。ただ、反応も、飛行状態もずっと安定してきてる。傀儡兵のAIって、そんなの高性能なのかな?

『Warning! Target is approaching!(警告! ターゲットが接近中です!)』

「え?」

いきなり、距離5mまで接近されていた。慌てて増速して距離を離す。向こうも速度を出しすぎたと思ったのか、こちらに速度を合わせながら距離を調整してる。そのあとは、完璧にこっちの機動に着いてくるようになった。と、母さんから念話が入る。

『フェイト、ちょっと中止して降りてきてちょうだい。』

『うん、わかった。』

後ろを確認すると、傀儡兵はもう速度を緩めて下降を始めていた。先に母さんが指令を出したんだろう。なんとなく、それを追い抜くように下降してみた。追い抜いたんだけど、途中で追いつかれた上に引き離せなかった。地上が近づいていたから仕方なく減速する。



 くるりと体を翻して着地する。と、同じような動きで続いて傀儡兵が着地した。慣性を殺しきれなかったのか、思い切り体を沈み込ませているけれど。


「お疲れ様、フェイト。」

「そんなでもないよ。」

本気なんて出してないから、半分はただ飛んでいただけ。

「本当はまだ続けたかったのだけれど、少し不具合が生じたのよね。まあ、不具合とするかも判断に迷うところだけれど。」

「すごく調子が良かったみたいだけれど、この子。」

「いきなり魔力消費量が11%も増えた上に、飛行魔法にリソースが35%も消費され始めたのよ。チェックしてみたら、飛行魔法を二重起動していたわ。」

「二重起動って、あんまり意味がないんじゃ。」

「1つの魔法にそれだけの魔力を注ぎ込めるならね。この傀儡兵は、出力は最大でA+がいいところだから、単位時間当たりに1つの魔法に使用できる魔力は当然そこまでよ。でも、本体とバックパック両方に魔力炉を持っているから、実は複数の魔法に対して別々に魔力を供給できるの。」

「?」

「ああ、回路は無改造のままだから、2基の魔力炉からの同時供給には耐えられないのよ。だから、本体とバックパックの制御系と回路を別々に使用して、飛行魔法を同時起動したわけ。」

「それでいきなり追いつかれたんだ・・・」

「でも効率が悪い上に、本体AIにせよ、バックパック側の制御系にせよ、どちらかがタイミング制御を丸々行わなきゃならないから、リソース消費が大幅に増えてしまったのよね。どうしたものかしら。」

「それじゃ、今降りてくるときのもそうだったのかな?」

「?」

下降時に追いつかれたことを母さんに言うと、母さんは少し考えてから答えてくれた。

「確か、空戦においては下降で逃げるのは意味がなかったわね。パワーの低い機体でも、重力加速度を利用してある程度追いつけるから。」

マックもそれで18に追いついたし、って母さんが言ったけど、マックって誰?って、重力加速度か・・・そっか、空戦で利用できるんだ。あ、そういえば空戦で高い位置を取るのは基本だってリニスが言ってたっけ。

「それを利用した空戦機動もいくつかあったわね。ヨー・ヨーだったかしら。ドッグファイト中の機動だから、完全な直線飛行で負けてると使えないと思うけれど。」

まあ、とりあえず、その辺はあとで調べましょう、って母さんが言って、その場はお開きになった。あとで、リニスにヨーヨーのことを聞いてみた。


「ヨーヨー?」

「うん、母さんが言ってたよ。」

「そんな言葉は初耳です。空戦機動関係の用語だと?」

「そう言ってたけれど・・・母さんに聞いたほうがいいかな?」

「私の方で聞いてみます。私も興味がありますので。」

リニスと母さんは大体同じ事を知っている・・・というか、使い魔は魔法や技術をそのまま受け継ぐから、そうすると、リニスを作った後に母さんが覚えたのかな?でも、以前母さんと模擬戦をしてみたい、言ったら、リニスの方が多分強いって言われたから・・・あれから練習でもしたのかな?



 時折、プレシアがつぶやく言葉はまったく聞いたことのないことである時がある。ただし、ここ最近は、それの出所が分かり始めたが。

「今度の謎の言葉は『ヨーヨー』ですか。」

空戦機動というのは確かに重要で、魔導師養成の教本にもそれなりにページは割かれているが、ヨーヨーという言葉などなかった。今度もおそらく、出所は97管理外世界だろう。英語・日本語の学習をするようになってから、プレシアの言動にあの世界の言語をベースにした言い回しが混じっているのに気がついたのは最近のことだ。いつからかは分からないが、だいぶ前から知っていたのだろう。

「ミッドにはあの世界の出身者もそこそこいますしね。」

さて、今度はどういった面白い話が聞けるだろう?

そんなことを考えながら、リニスはプレシアの書斎へと急ぐのであった。











落ちる。

落ちていく。

闇の中へ。

闇の中を。

光はなく。

音もなく。

落ちる先もない。

ただ、落ちていく。

"何故?"

術式を起動する。飛行術式。キャンセル。浮遊。キャンセル。空間への自分自身の固定の為にバインド。キャンセル。照らし出そうと光源を作り出そうとするが、これもキャンセル。やけになって手当たり次第に記憶にある術式を起動する。バリア、シールド、バリアジャケット、射撃、砲撃、雷撃、次元跳躍攻撃、転移。ことごとく一切合財有象無象の区別なく全て消去(キャンセル)された。ふむ、全術式がキャンセルされる空間―虚数空間というわけだ。

経緯が思い出せない。

状況に心当たりがない。

声をあげても何も聞こえない。

かろうじて呼吸は出来ているようだ。空気があったとは驚きである。帰還出来たならば、大いなる発見として世間を賑わすであろう。

なけなしの体力を振り絞って、状況に抵抗せんと手を伸ばす。おかしい、ただこれだけの動作なのに、とても疲れる。

何かが左手に当たった。幸いにして当たった程度で対象は吹っ飛んだりしなかったようだ。同じ空間で「掴んで」みたら、物を掴むことが出来た。ああ、なんだ、私の杖じゃないか。

杖?

おかしいな、私の杖はまだ作らせているところだ。

しかし、これは私の杖だ。

ああ、そういえば、見えなかったのに、「見えている」。

暗闇なのに、見える。

伸ばした手が見える。掴んだ杖が見える。背中から落ちているから少し見るのに苦労するが、自分自身の首から下を見ることも出来る。ああ、良かった、五体満足だ。

ん?少し服に血が付いてるな。誰の血だろう。

分からない。

分からないことが分からない。

ああ、また何か見える。

誰か、落ちてくる。

いや、一緒に落ちている、か。

少なくとも一人じゃない。

なんだか安心した。

向こうの方が少し速いのかな?なんだかこっちに追いついてくる。

誰だろう?

闇の中にあっても輝く金糸の髪が目に入る。衣服はなく、晒されたその体躯はあまりにも幼かった。私が見間違えるはずはない。受け止めようと、ゆっくりとしか動かない体をどうにかして手を伸ばす。あと少し。開かれていたあの子の瞳と目が合う。何らかの意思を見つけようとして、私の心は絶望に染まる。そこに、光はなかった。






 文字通り、飛び起きた。悲鳴を上げなかっただけ、ましだとは思う。


―落ちてきたのは、アリシアだった。


うまく、息が出来ない。眠っていたのに、全力疾走したかのように、酸素を求めて荒い呼吸を繰り返す。汗で張り付いたネグリジェが不快感を増幅する。室内灯のスイッチ位置を示す、わずかな明かりのみが、唯一の希望。夜明け前の今、それがなかったら、闇の中で泣き叫んでいたことだろう。春も半ばだというのに、寒気が全身を襲う。自分自身を抱きしめても震えは止まらない。

「プレシア?」

聞こえた声に、震えが止まる。

「どうしたんだい、ひどく汗をかいているようだけれど。」

眠りが浅かったのか、私が飛び起きたせいで起きてしまったようだ。少し申し訳ない気持ちが出てきた反面、なんだかとても安心した。夢の中とはまったく違うが、私は『ひとりじゃない』と。

「プレシア?」

ガサリと音がして、『彼』が姿勢を変えたことが分かる。そちらを向きたかったけれど、こわばったままの体は言うことをきかなかった。どうにかして声だけは絞り出した。

「恐ろしい夢を見たの。」

声はまだ、震えていた。

「アリシアを事故で失って、狂ってしまった私はアリシアを取り戻そうとして許されない研究に手を染めるのよ。」

悪夢。『知って』いる事実。たどってきた道。

「フェイトに辛く当たって、フェイトにひどいことをして。」

おかしい。『私』はしていない。しゃべっているのは誰だ?

「それでも私に褒められたい一身で手伝ってくれるフェイトを見捨てて、」

違う!『私』は見捨ててなんていない!『私』は・・・

「私はアリシアの亡骸を抱えたまま、闇の中へ落ちていくのよ。」

沈黙。
怖い、私は誰だ?ここにいるのは誰だ?

感情も、思考もばらばらで、治まったはずの震えが恐怖のために戻ってきていた。
震えが止まったのは、気が付くと肩を抱かれていたから。


「大丈夫、ただの夢さ。君はそんな事が出来る人じゃない。」


彼のささやきで、心は幾分落ち着いたと思う。でも、この寒さは何だろう?

「エイリーク・・・怖いのよ。」

寒さではなく怖さか。だが自分には分からない。

「こんなにも幸せなのに、気が付いたら全てを失っているんじゃないかって、不安ばかりがつきまとって。」

不安は・・・あるかもしれない。

「あなたを・・・皆を失ってしまったら、きっと自分自身でいられないわ。」

自分の立ち位置は分かっている。自分自身が何か、と問われれば、とても難しい問題だ。

「そんなことはないさ。プレシア、君はとても強いひとだよ。」

プレシアは強い。愛するもののためならば、「文字通り全てを捨ててしまう」
それが強さと言っていいのかは議論もあるだろうが、少なくとも私には出来ないだろう。そのことがとても怖い。

「ねぇ、エイリーク、なんであなたはいつもあなた自身でいられるの?」

やっと、うつむいたままの顔を上げることが出来た。

「僕が僕自身でいられるなんて、当たり前のことさ。」

「でも、それがあなたの強さよ。私にはないわ。」

私の言葉を否定するかのように、彼は首を振る。暗い照明の中、よく見た金色の髪がきらきらと輝くように見えた。

「こんなものは強さとは言わないさ。よく言えば、全てを受け入れる、と言う心構え。悪く言えば、ただ、流されているだけ。」

でも、普通の人は受け入れないために抗う。

「沈まない太陽はないし、明けない夜もない。終わらない悲しみもなければ、ずっと続く幸せさえもないんだ。」

諸行無常。ただそれだけを知っているだけで、もしかするともっと楽に生きられるかもしれない。

「そういったことを知っているだけなんだよ、僕は。」

しかし、プレシアは修羅となることを選んだ。たった1人の娘のために。
私は、あの子のために何になるのだろう。それとも、何にもなれないのか。

「プレシア、まだ、怖いかい?」

答えられない。私は、あの子を守りきれるのか。あの子の手を握り続けていられるのか。プレシアが産んだわけではない、私が作り出したわけではないあの子を。今、私はあの子を愛しているのか。

「プレシア」

もしかして、私はあの子に「憐れみ」をもって接してはいないか?

気づくと、赤い眼が私を見詰めていた。あの子と同じ、宝石の紅。

「んっ」

唇が重なる。真正面から抱きしめられていた。そのまま倒れこむ、いや、押し倒される。彼の手はいつの間にか頭の後ろに回されていた。長い、キス。覚えていながら感じたことのない心地よさに、抗おうとしてじたばたとしてみるも、空いた片手を背中に回されて沈黙。どれくらいたったのだろう、気づくと全体が見えるくらいに離れて、彼の顔が目に映る。名残惜しくて思わず手を伸ばそうとしてしまい、顔をそらした。きっと彼の眼と同じくらい真っ赤になっていたと思う。

「落ち着いた?」

「余計にこんがらがったわよ!」

声を荒げたつもりだったが、自分の耳にも拗ねているようにしか聞こえなかった。心臓は早鐘のように鳴っているが、決して恐怖のためではないことは分かる。それにしても、不意打ちもいいところだ。

「続き、する?」

「え、あ、その・・・」

今、何時だっけ、とか、明日、というか今日?の予定とか、そういえばこのところ忙しくて、とか、現実感のあることないこと全部が頭の中でぐるぐる回り始めて、言葉に詰まった。さっきよりひどい混乱状態のところに、クスクスと笑った彼の顔がまた間近に見えてきて、腹をくくったというか、その、流されてみるのもいいかと思って。ただ、大事なことだから、誰かが歌っていたように、両手で抱きしめることにした。

今日二度目のキスをしながら、思う。歌っていたあの子は、幸せになれただろうか?
真っ白になりそうな感覚の中、頭の片隅で娘同様にツインテールにしていたその子のことをぼんやりと考えた。

あ、朝になったらシャワー浴びないと。






どたばた、じたばた。

そう形容するしかない音というか、動きが伝わってくる。

「・・・・・!」

「ちょっ、はな・・・」

うるさいな・・・でもなんだか心地よい。というか、柔らかい?でも重いな。

「プレ・・・っ」

心地よい何か、を放したくなくて、腕により力を込める。重さが増したように感じるが、構わない。間近に接したため、心地良い匂いが感覚としてより強く加わった。頬に柔らかい感触がダイレクトに伝わる。それをもっと感じたくて自分の頬を擦り付ける。それに飽きると、そのか細い首筋に―確かに首筋だったらしい―口をつけた。



『「・・・・プレシア!」』



耳元と脳内に大音響で声が響き渡った。いや、リンク強度も最大だったと思う。心地良さもまどろみもきれいさっぱり消え去って、気づけばいつもの天井。


「あれ?」


気づいてみれば、間近に見えるのはリニスの顔だ。彼の眼ぐらいに真っ赤だった。

「いい加減放して下さい!」

「え?」

重い、と感じたのも当然で、とうにリニスの足は床から離れて、体の大半がベッドの、私の上にのっていた。当然、完全に引っ張り込まれる前に抵抗していたとのことだが、そこが高ランク魔導師の性質(たち)の悪いところで、無意識に身体強化を行っていたらしく、たとえ同ランクでも通常は主人よりも低いレベルで魔力がまわされるのが使い魔、抵抗しきれなかったらしい。

「あー、ごめん。」

とりあえずまずはリニスを放す。とっ、最大レベルで強化していたようだ、腕がつりかけている・・・寝ぼけた魔導師ってすごい危険物だな。一般人だったらとっくに背骨折られてたんじゃ。

「背骨、平気?」

「気にするのがそこですか!」

乱れた胸元を真っ赤な顔で直しながら、リニスが声を荒げる。

「いや、女として気持ちは分かるけど、それ以前に物理的に危険レベルだから、さっきのは。」

貞操の前に命の危険ですよ、リニスさん。というか、どこに顔つっこんでたんだろう。考えたくなくて思考が若干現実逃避気味になる。ああ、起こしに来るのはリニスじゃないとまずいな。フェイトとアルフじゃランク面でやばい。それでもリニス1人じゃまずそうだな・・・。

「ごめん、遅れてるようなら、次からはアルフと一緒に起こしに来て。」

間違ってもアルフ単独やフェイトには来させないように言っておく。どこぞのレスラーのように寝ている間に相手の腕を折りました、とかいうのは避けたい。デバイスが出来るまでは手が打てないな。他人にリミッターをかけてもらうのは、万が一の場合に対応できなくなるし。

「朝食は出来ています。フェイトたちももう起きていますので、早めに来てください。普段より大分遅いですから。」

えりをいつもより立てながら、リニスが私が寝坊した事実を告げる。ふむ、痕が残ったか。正直、微妙に隠せていないが、それ以上立てると不自然なのでそこで止めているのが分かる。それはそうと、と壁掛けの時計を見るともう7時半だ。いつもは6時半には起きているから、確かに遅い。

それにしても、夢か。

矛盾だらけの、夢。

会話が成り立っていたことは面白いが・・・あれは私か、「私」か、違う誰かか。なんだか全てがごっちゃになっていたようにも思う。

エイリークが「知って」いるのはアリシアだけ。でも、あの会話の中では、彼の言葉は「今」を知っていた。彼がいて、私がいて、アリシア、フェイト、リニス、アルフ、義母さんがいて・・・そんなもの、闇の書の中でもなければ見れはしないだろう。それにしても・・・プレシアとしての記憶の、ちょっとした自己主張みたいなものかな。

「ところで、今日は受診日だったと思いますが、急いだほうがいいのでは?」

胡乱気な視線を向けたまま、リニスが今日の予定を告げる。まあ、この時間なら問題もないが。

「ああ、そうだったわね。」

でも、その前に。

「ちょっと浴びてくるわ。先に食べてて。」

悪夢は悪夢、現実になんら影響を及ぼすはずもない。でも、汗で張り付いたネグリジェだけはまぎれもない本物だった。もっとも、後半はプレシアにとっては幸せだった夢だ。おかげで、その、汗以外も、というのは正直、まだ慣れないというか、なんとも、表現しきれない心境だった。









「完治、と言って差し支えありませんな、これは。」

多数の透視図と、遺伝子欠損率の変化示すグラフを見ながらドクター・レクターはそう言った。

「まあ、今後数年から十年単位で経過のチェックは必要ですが、このレベルですと再発するよりも、加齢によるその他症状が出てくる方が先でしょう。」

相変わらず、禁句、という概念のない人物だ。リンディや桃子あたりはそれこそ怒り心頭、となりそうな言葉だが、はっきり言って、こっちはそんなのを気にするような人間じゃない。プレシアだって気にするかどうか・・・『昔の』プレシアなら気にしただろうが。

「どちらかというと、もう少し若い人間のデータが欲しいところかしらね。」

まあ、平然と研究者の会話をする患者もどうかと思うが。

「そうですな。まあ、実際に投与中の患者もいるにはいるんですがね。」

「体の方は直せても、こことこっちが壊れっぱなしでして、目を覚まさんのですよ。」

「ここ」は当然頭だったが、こっち、と言ったところでレクターが自分で示したのは自分の胸・・・心臓ではないのに目を覚まさない。つまり、

「リンカーコア障害?」

「ええ、当病院にも3人ばかり、長期入院していますよ。ロストロギア災害での負傷、と言うことでしたがね。」

魔導師にとってリンカーコアは第2の心臓だ。身体内部のバランスは、それ込みで成り立っている。それがために、リンカーコアに何がしかの障害が起きたとき、その体には影響がたちどころに現れる。力を得たが故の、弊害とも言えるか。リンカーコア絡みは研究途上もいいところである。まあ、どこかで違法な研究で成果を上げてそうなのはいるにはいるが。

「ところで、発表の方はどうしますかな。まあ、連名なのは当然ですが。」

そう言いながら、論文の草稿を表示してくれた。とはいってもねえ。

「そっちで好きにしてちょうだい。元々専門外な上に、作ったのも大分前よ。いい加減、改良型が出来てもいい頃だし。」

「生憎と、改良型はそうそう出来そうにありませんな。どこも予算がありませんで。これをどこのラインで作るか、の調整で手一杯ですな。」

各研究施設で研究の余裕がないのか?

「製薬会社は何やってるのよ・・・」

「2年前に第44のナドソコルで起きたバイオハザード絡みで、ワクチン製造が追いついていないとか。」

未だに渡航禁止でしたな、と事も無げに呟く。ナドソコル・・・名前どおりのところだと嫌だなぁ。

「まあ、この薬も、本格的に出回るのは来年からでしょうな。」

「代謝活性化はともかく、遺伝子修復の効果はまだ弱いと思うけれど?」

「おかしな形になりにくい、と言うだけで御の字ですよ。なんせ、あとは丸ごと作り直すことしか手段がありませんしな。」

丸ごと作り直す、は現状なら技術的に可能、というレベルである。問題は、必要な設備にかかるコストと、特性上全てオーダーメードとなることから費用がとてもかかるということだ。正直、一般の患者が普通に出せる価格ではなくなる。作り直した「部分」だけで下位グレードの高級車が買えてしまうだろう。もしも、拒絶反応がなく、かつ免疫系統の弱体化の発生しない人造生体臓器などと言うものが作れれば、話は変わりはするが。

「それでは発表の件はこちらで処理しておきます。本格的な量産の話は、まあ、そちらに行くでしょうから、またの機会で。」

どう考えても医者と患者の会話ではない会話を終わらせて診察室を出る。製薬業者の営業がいなかっただけましだが、いたら正直言って、仕事だ。診察中、結局一言も発しなかったアルフの、どことなくげっそりとした顔が目に入った。

「あー、なんと言うかさ、あの先生、いつもあんな感じなわけ?」

「私相手だとそうね。なんせ薬の『開発者』だし。」

「それで、論文の相談まで入るって・・・金払う人間が違うんじゃないかい?」

「お金なら貰えるわよ、特許料でね♪」

そう言いながら、会計で診察料を支払う。さて、昼食にするか。





「病は気から、って言うけどさ、逆もあるよね?」

ハンバーグを食べてる途中のアルフが、手を止めていきなりそんなことを言ってくる。

「あいにくと聞かないわね。」

「地球の言い回しじゃ、大体反対の意味の言葉が多いって書いてあったけどさ、それでそう思ったわけ。」

「そうね。でも、中にはないものもあるようだけれど。」

「いやさ、病は気から、ってあるんなら、逆に病が気にくる、ってのもあるのかと・・・」

「それって、普通のことだから言う必要ないんじゃない?」

私の言葉に、それもそっか、と言いながらアルフは切り分けたハンバーグを口に放り込む。まあ、きちんとナイフとフォークを使ってはいるが、肉となるとやたら動きが速くなる、と言う感じの子だ。放り込む、という速度だったと記しておく。ハンバーグと言えば、これまた一悶着あったわけだが。

「なんかさ、最初会った頃とは大違いじゃないか。」

最初・・・『2つ』の記憶を瞬時に検索していた。確かに、アルフとプレシアの邂逅は、アルフにとっては一種のトラウマみたいなものか。

「今じゃさ、食事のこと一つとってもわざわざ論文まで引っ張り出して解決してくれるわけだし。」

『使い魔に対する生前の素体特性の影響』、だったか。内容は過去の事例の把握と確認実験くらいで、暗中模索の研究では決してなく、楽な内容かと最初は思ったのだが、読み進めていくと過去の事例の量が半端なかった。あらゆる文献をあたったのか、古代ベルカの文献まで参考文献に挙げられていたのだ。まあ、ベルカでは守護獣の呼称で存在していたのだから、その健康管理は主人にとっては重要なことだ。研究していた人間もそれなりにいたのだろう。

「まあ、それなりに時間はあったから。それより、食べ過ぎで調子を崩さないように気をつけるのよ。」

わかってるよ、と返事をするアルフ。

使い魔は素体の特性をかなり引き継ぐ。犬ならば犬の嗅覚や忠誠心、猫ならばその身軽さや気まぐれな性質など。もちろん、それはデメリットもある。嗅覚に強い刺激を受けて行動不能に陥る犬素体の使い魔の例などは多数あった。食を含む体質に関しても、そういったデメリットは存在するのだが、そういったものは全て短期的な影響にとどまる、との事だった。それもまた使い魔としての特性―魔力さえあれば、その体を維持できる、という理由によるものだ。例えば、タマネギに含まれるアリルプロピルジスルファイドは、ヘモグロビンを破壊して溶血性貧血を犬や猫などに起こし、この特性はこれら動物を素体とするを使い魔にも引き継がれてしまうが、魔力をその生命維持の第一要素としている使い魔は、意識せずにこういった影響を修復してしまう。影響があるのは、あくまでこの魔力を基とした回復力を、体質などからくる外的要因による影響が上回った場合のみだ。そしてそれは素体であった動物達よりも、ずっと高く、実験例では5kgのタマネギを食べてみて翌日にやっと影響が出た、というレベルである。まあ、その後実験に協力した使い魔は、生のタマネギがトラウマになったそうだが。

 この論文、あまり一般、というか魔導師には知られていない。そもそも使い魔を持てる魔導師が少数であることもあるが、使い魔は食事をする必要が実はない、というのもその理由である。主人の魔力と、自らが魔導師と同様に周囲から集める魔力でその体を成り立たせているのだから。まあ、食事をすることにもメリットがあるのだが。 

「で、このあとどうするんだい?」

「ちょと寄るところがあるのだけれど、どうしたものかしらね。」

一緒に連れて行ってもいいものかどうか。







クラナガン郊外―と言っても、住宅街ではなく、規模が小さいだけの都市と言っていい区画だ。外見からは店には見えない「店」に入る。

「あら、お久しぶり。」

女性にしては低い声が、女言葉で出迎えてくれる。

「2年ぶりくらいかしら?」

私の言葉に、「彼女」はやや考え込んでから答えた。

「そろそろ3年ってところかしらね。まあ、座って頂戴。お連れさんもね。」

結局、アルフも連れて来た。勧められるままに応接用のソファに座る。


情報屋のデイリー。以前、戸籍の「作成」を頼んだのもこの男―ミス・ウォンと呼ぶと機嫌は良くなる―である。やせ気味で長身の見た目と、この言葉使いではあるが、仕事の質は高い。ちなみに、服装は男性の―というか中性的なものが多い。女性物が似合わないことは「彼」自身先刻承知のようで、顔に軽く施された化粧が「彼女」としてのせめてもの抵抗らしかった。さらに前に仕事を頼んだ回数は5回と記憶している。いずれも報酬は破格だったようだが、「プレシア」が依頼したことであり、報酬額の記録は残っていない。言い値で支払った記憶だけはあった。

「まあ、生きていてくれて嬉しいわ。とはいえ、」

コーヒーメーカーに3つのマグカップを置いてから、こちらに向き直ったデイリーは、アルフへと視線を向ける。コポコポとコーヒーメーカーが音を立て始める中、「彼女」は言葉を続けた。

「あまり関心しないわねぇ。こんなところに「娘」を連れてくるなんて。」

裏と表を渡り歩く人間には、堅気の人間が首を突っ込んでくることを縄張り意識ではなく、倫理的に嫌う人間も多い。「彼女」もそんな1人だ。

「早すぎるかと思ったけれどね、この子にも大事な「仕事」があるから。」

「こっち側に関わらないって選択肢はなし?」

「私の娘って時点で、そっち側からちょっかいかけてくる奴が出るのが確定してるようなものよ。」

「親の因果が子に報い、か。」

全くもってその通りで、頭が痛いところだ。まあ、その辺はおいといて、アルフをデイリーに紹介する。

「まあ、例の件も頼んだから、もう知ってるでしょうけど、私の「娘」の1人のアルフよ。」

「アルフだよ。」

おっかなびっくりであるが、しつけどおりに名乗りながら手を差し出すアルフ。

「デイリー・ウォンよ。」

それに答えながらその手を握り返すデイリー。と、コーヒーメーカーが一際大きな音を発する。抽出が終わったらしい。ちょっと待ってね、と言うと、デイリーはコーヒーの入ったカップをこちらへと運んでくる。ミルクと砂糖はすでにテーブルの上に置いてあったが・・・。

「最近、いい豆が入ったのよ。まあ、まずはブラックで試してみて。」

勧められるままにマグカップに口をつける。最近は、味覚や嗅覚が鋭敏になってきた感じがしていたが、それは気のせいではなかったようだ。ローストを浅めにしたのか、やや酸味が強いが、いやな感じではない。香りも随分といい。豆を挽いてから、それほど時間が経っていないのだろう。一口、二口と飲んで、カップを置く。ふう、と何となく息が漏れたのは、落ち着いたためか。外見はともかく、人当たりは良い人物とはいえ、ここは「裏」だ。緊張なしに訪れることは、今の自分には出来ない。アルフも同様だろう。

「いいでしょ。少しは落ち着いたかしら?」

「そうね。」

あいにくと、コーヒーの良し悪しを表現する言葉は持っていなかったので、そっけない返答しか出来なかった。そんなことは気にせず、彼女は言葉を続けた。

「それじゃ、仕事の話といこうかしら。」

彼女が指を鳴らすと、モニタが空中に投影される。記録も開始したのだろう。

「今回はどんな仕事かしら?」

「ギル・グレアムはご存知?」

「・・・えらい大物の名前が出たわね。何が知りたい?」

言葉と同時に高速で投影されたキーが叩かれる。たちどころに複数のモニタが開き、情報が表示された。全て、グレアムに関するものである。

「基本情報は必須として、ここ数年の動向、特に使い魔の動きに注意してチェックしてくれない?本人は本局からあまり動いてないと思うから。」

表示情報を眺めながら彼女が疑問を呈す。

「ふーん、ちなみに、何かひっかかる話でもあった?いくら地上と次元空間って差があっても、こんな大物の話、全然出てきてないのよね。」

それにあらかじめ用意していた言葉を返す。答えを知っているだけでは、会話は出来ないし、答えだけでは行動できない。解法を知らなければ、答えに意味はない。

「特殊仕様のデバイス部品がちょこちょこと動いてるのよね。多分、特注品なんだろうけど、市販に耐えそうだから一部はサンプルが出回り始めたところなんだけれど、出所に絡んでるのが・・・。」

「ギル・グレアムってわけね。、おっと、その部品ってコレ?」

デイリーが見せてくれたモニタには、サンプルの増幅回路―氷結魔法特化型のXAMP-F72だった。庭園でグレアム関係を調べていたときに見たものと同様だ。問題は、このパーツ、管理局から直接予算が出て開発されたわけではないらしいこと。

「開発予算をたどっていくと、ギル・グレアムの名前に突き当たるわ。どうも、それ以外も色々やってるっぽいのよね。」

復讐のためとはいえ、丸々管理局のお金で動けないが故に個人の調査にも引っかかった。とはいえ、より奥深く、となるとその道のプロの手がいる。

「なるほどねぇ。新型デバイスの開発、にしてはちょっと変よねぇ。お金の出所のチェックも必要?」

次々と新たな部品がリストアップされていく。やっぱりプロに任せた方が楽だ。こっちは「答え」のグレアムからさっきのパーツに行き着くのに、3時間もかかったのに。

「それもお願いね。報酬は前金で100、後金で300ってところでどう? もちろん経費は別で。期限はそうね、2ヶ月ってところで。」

「相変わらずお金もちねぇ。でも、その金額なら経費込みでいいわよ。」

ありゃ、向こうに値切られた?相場読み違えたかな。

「管理局の大物相手って言っても、後ろ暗いことなんてろくにない相手よ。やばい橋はそんなにないわ。これが別の奴なら話は変わるけれどね。」

まあ、これで後ろにでっかい闇があるってんなら鬼門もいいところだけど、と彼女は付け加える。

「そんなもんかい。」

と、これはアルフ。ぶっきらぼうな物言いは相変わらずだ。まあ、人見知りしているだけだろうが。フェイトの使い魔だけあって、一見正反対に見えて本質は良く似ている。初対面の人間に対して警戒心が強いのは、狼としての特性もあるだろうが。

「さてと、この件は以上として、他には何かある?」

というかありそうな顔してるわよ?と視線を向けてくる。少し、逡巡するが、いい機会かもしれない。

「エイリーク・エルナスという人物について調査をお願いしてもいいかしら?」

「概要は?」

「だれそれ?」

「別れた夫。」

ぽかんと口を開けるアルフ。クスクスと笑うデイリー。

「OKOK、引き受けるわよ。こっちはまあ、ただの素行調査レベルね。それでも全部込みで50ってところだけれど。」

細かいデータ―当時の写真も含めて渡しておく。支払は事後、調査自体も一件目のあとということで話は決まった。

「よりを戻すの?」

「分からないわ。なんというか、ただ、思い出したから。」

正直な話、無理だと思う。説明が出来ない。アリシアのこと、フェイトのこと。あっちはまっとうな人間だ。おまけに義母は管理局員だった。虫のいい話だが、何かあったときの伝としてどこにいるか知りたい、という程度だ。とは言うものの、それも難しいと思う。既に再婚していておかしくはない。

「先に言っておくけれど、「女同士の争い」では私は中立を貫くわよ?」

「無粋な真似はしないわよ。」

話はそこでお仕舞いになった。前金は、それほどやばい話でもないので指定口座に振込みで。やばくない話はそれなりに記録を残しておいた方が、お上に睨まれない、とのこと。もっとも、ここは管理局員も利用しているが。

「それでは、本日の商談はこれまでと言うことで。」

気をつけて帰ってね、との言葉。何分、裏通りにある店である。来たときはいなかったが、柄の悪い連中がたむろしていることも多い。そして店を出て少し、言ってる先からろくでもない連中が目に入るのはお約束だ。あの手の手合いとは目を合わせないのが定石だが、向こうはがっちりガン見してきてる。そしてアルフは、狼の特性上、視線には敏感で、かつ視線には視線で返す、という勝負をしてしまう。つまりは、犬のにらみ合いである。そこではたと気がつく。

「服装、考えてくるべきだったわね。」

アルフの服装はいつもどおりだ。あの手の欲求のたまっている連中からは、格好の標的である。まあ、耳と尻尾に目がいかないのが、間抜けの証であるが。

「うん?」

睨み合いで目つきの悪いまま、こっちを向いてアルフが声を出す。こらこら、睨み合いで目をそらすんじゃない。面倒が増えるだけだろうが。

近づいてくる男が4人。どれも若い。まあ、裏通りでは歳のいった連中は、それなりの落ち着きを見せるものだ。上は革のベストやTシャツ等で、ぱっと見で武装は、ナイフ程度のようだ。無論、抜いてはいないが。銃を隠し持っているような雰囲気もないし、ピアスや趣味の悪い指輪などのアクセサリの中にも、デバイスらしきものはない。

「ヒュー、子猫ちゃん、パーティしようぜ!」

「アタシは狼だ!まちがえんな!」

「へぇ、そいつはいいや。」

ニタリと笑う正面の男と、何がツボに入ったのかゲラゲラと笑う残りの連中。そのままアルフに手をかけようとするチンピラと、飛び掛りそうになるアルフを片手で制して口を開く。

「Hey,rats!どいつもこいつもblockheadばかりでとんでもhate!」

「あ?なんだババァ。」

アタマイッテんのか?と言う声は気にしない。blockheadは通じたようだ。連中の顔が険悪になっている。「ねずみ」と呼ばれたことも理解しているようだが、まあ、これで終わりではない。一歩踏み出しながら次の言葉を繰り出す。

「Acidキメすぎてrotton eyes?」

ビクっと一部が反応する。キメてやがったか。くるりと身を反して右手を大仰に振り回す。

「お前らratsがコナかけてんのはとんでもdangerルーガ。」

「Watch!Very hipでgoodなhair style!」

アルフの首に左腕を絡めてあいた右手で「耳」をなでる。ひゃ、とアルフは奇声を上げるが、効果は覿面。連中の顔色が一気に変わった。

「使い魔・・・」

「understand?」

コクコクと全員が頷く。気づけば全員へっぴり腰だ。まあ、当然。使い魔なんてのは魔導師でもそうそう持たない。高ランクでなければ維持すら難しいからだ。最低でもAランクは欲しいところ、そして使い魔の能力は主に準ずる。つまり、ランクダウンがあったとしても大体Bランク以上の魔力・能力を持っているものだ。

「ミッドで長生きしたけりゃparty仕掛ける相手は選びなboys。とっととおうちへ帰りな。」

その言葉を合図にほうほうの体で連中は走り去る。あとに残ったのは腐り気味の自分と、呆気に取られたアルフ。

「プレシア・・・今の、なに?」

「ザンダなまりは意図的にやっても疲れるわね。あー、2度とやりたくない。」

「なにそれ。」

「どっかにある次元世界の都市よ。治安、半端なく悪いとこ。」

適当に「あるもの」と認識させるが、あとあと問題になるかな?まあいいか。

「ともかく帰りましょ。」

次来るときは服装、考えとかないとだめだな。最近、めっきり狼の姿をとらなくなったアルフを見てそう思った。


あとがき:

 オマージュというかパロディというかが2つ、キャラ名&イメージ利用が2つ。どうにも羽目を外している様に思えるが、まだタガは外していない・・・どっちも似たようなものかな。タガを外すのはA's終了後の予定ですが、いつになったら辿り着けるやら。今回はなんというか、表現その他になんとなく不満を感じるので、あとあと修正したい気もしますが、それより先を書くべきかという今日この頃です。

・・・情報屋はカッコイイオカマがいいよね?




[10435] 母であること 番外編2
Name: Toygun◆68ea96da ID:ca7e8b19
Date: 2011/10/02 13:14
番外編2.HAYATE Ⅰ


 一言で言えば、「風光明媚」、そんな言葉が似合う場所である。だが、決して気楽に足を運べる場所ではない。文明人が呼ぶ「道」と言うほどには足元は整備されておらず、また左右を壁―山々の一部である斜面に挟まれたような場所も多く、上り下りも急な場所であった。そもそもが、全て山の上である。標高が高くないゆえに、多数の植物が存在することが、本来の険しさを隠している形になっていた。

 そんな中に、戦士が1人。年の頃はいいところ16、それも少女である。にもかかわらず、「戦士」である。それは、荒い息をつきながらも、彼女の手にしている剣が―大剣が戦士であること示していた。と、彼女は、肩に担ぐようにして保持していた剣を降ろし、地に突き立てる。そして左手のみ柄から放すと、汗でところどころ肌に張り付いた髪を、うっとおしそうにはらった。ショートに整えられた焦げ茶の髪は、一瞬ばらばらと乱れるが、風もないためかすぐに元へと戻る、いや、何かに維持されているかのように元に戻った。

 彼女の姿について言えば、「異様」と言えよう。戦士であることはすでに述べた。だが、戦士としては、その装備が異様である。大の大人が四苦八苦するような大剣を扱っているにもかかわらず、鎧を着けてはいない。着ているのは、大剣と言った古の武器を扱うには、いささか未来的な衣装だ。肩、腹などは素肌をさらし、腹を除く胴を覆うのは、凝ったタンクトップのような、ややカラフルに色分けされた物が1枚、大き目の胸を強調するように体に密着している。下半身は腰のベルトこそ金属を多量に使用したごつい代物だが、白いショートパンツに、やや暗い赤のロングソックスが腿の半ばまで覆っているのみで、脛当てさえない。靴は茶色の、革製を思わせるブーツで、これだけはまともに見える。そして、腕を覆うのが、もっとも変わった部分だ。肩は出されており、二の腕から徐々に袖に向かってゆったりと広がっていくそれは、両肩よりやや下のあたりに布を走らせるようにして両腕の部分をつなぎ、またその布の中央で首の着けられたチョーカーへとつながっていた。そしてところどころに電気回路を思わせるような黒いラインに、その途中に配置された、長方形に光るインジケーターが存在し、それがただの服ではないことを強調する。また、所々にメーカーのロゴやデザインの一部と思われるラインが走っており、その全てが光を放っていた。なるほど、これこそが彼女の「鎧」であるのだろう。しかし、外見からはその能力は分からなかった。

 わずかな休憩―彼女にとってはそうだったのだろうが、彼女の今いる環境では、それさえも長かったようだ。やや気の抜けた表情が一瞬で引き締められると、突き立てた大剣を一気に両手で引き上げた。大剣自体も、また剣と言うには規格品のように機械的な質感を持っていた。刃が赤色の光で覆われる―いや、そうではない、その光こそが刃だった。両刃の刀身のその部分には、砥がれたような鋭さはなく、その光をもって剣として完成するのであった。

 現れた敵は5体。いずれも体長80cmほどの2足歩行のトカゲで、腕はない。不整地を、囲むように接近してくる。突出した1体が、まだ離れているにも関わらずその顎(あぎと)を開く。理由は瞬く間に披露される。すなわち、ブレス。凍てつく吐息が空気中の水分を凝固させながら高速で戦士に飛来する。が、すでにその意図は彼女の知るところであったのだろう、トカゲがその顎を開いた瞬間に、戦士は斜め前方へと突進していた。返礼とばかりに既に左上に保持していた剣を振る。斜めから水平に。やや速度が足りなかった一撃は、突出していたトカゲを右へ吹き飛ばすに留まった。そして、今度は体の右側に剣を水平に保持したまま、戦士は前へと躍り出る。

 あまりにも距離が近すぎるために、残りの4体はその牙をもって対処しようとする。しかし、その行動はわずかに遅かった。

「はっ!」

掛け声とともに大剣が唸りを上げる。まるで重さなどないかのように、水平に構えられたそれに振り回されるかのように、一回転。剣が先に、それに追随するように自分自身もコマのように回る。その一回転で4体のトカゲは屠られた。流石に剣が重かったのか、回転の終わりで剣先が地を抉りとりながら停止する。ここで一息つけないことは、戦士も分かっている。

先ほど仕留め損ねたトカゲが、こちらに向けてその顎を開いていた。再び、ブレスが飛来する。先ほどよりも強力に、空気中だけでなく大地の水分も凍らせながら飛来したそれは、凍気ではなく生じた氷片で戦士にいくつもの傷を与えた。トカゲにとっては快心の一撃であったろうそれは、しかしながら戦士を倒すには至らない。全て、皮一枚。ただそれだけの戦果だった。

 直後の戦士の行動は大仰といっていい。地に着けた剣を一気に引き上げ、その勢いのまま踏み込むのではなく高く飛び跳ねる。肩の高さに剣を支える両手をあげると、剣先は下方に―着地点にいるトカゲへ向けて一気に突きを繰り出した。背中から尻尾まで刀身を突き入れられたがために、トカゲは瞬時に絶命する。あとに残るは、少々地に深く刺さりすぎた剣を、引き抜こうと四苦八苦する戦士―少女だけであった。

 ゆっくりとした拍手が、少女の後方から聞こえた。

見ると1人の男が近くの岩の上に腰掛けていた。少女同様の大剣使いではあるが、剣は規格品的なものではなく、古風で素朴な実剣である。鎧というほどの鎧はつけておらず、腰・足回り、それに両腕につけられた篭手が見かけにおいて装甲と呼べるものであった。胴を守るは、鍛え上げられたその筋肉のみ。そしてその顔は、やや変わった戦化粧を施されていた。

「あ、ベアさん、お久しぶりや~。」

「よ、たぬき。元気してたか。」

男の名は「ベア」、そして少女の名は「たぬき」と言うことになるが、どう聞いても本名ではないだろう。

「最近は見かけなかったから少々心配してたんだが、その分だと問題なさそうだな。」

「うん、じつは、うれしいことがあってな、」

「ほう?」

少女は促されるまま言葉を続けた。

「家族が増えたんや。それでちょっと入用なもんとかそろえるのにいそがしゅうて、INしてなかったと言うわけや。」

その言葉に、男は怪訝な表情を浮かべて質問する。

「あー、ちびだぬき、それは、前言ってた叔父さんか?」

「ちゃうちゃう、グレアムおじさんはあいかわらずいそがしゅうて、毎回手紙であやまり通し。こっちがもうしわけなくなりそうなくらいや。」

新たに出てきた個人名に、ベアはあきれた表情を作って注意する。

「だからリアルの名前を気軽に出すなと。」

「あ、またやってもーた。」

あまり反省の色は見られないものの、失敗した、との顔を作る少女。

「それで話を戻すが、家族が増えたってのはどういうことだ?いいか、家族ってのはそこらに落ちてるもんじゃないんだぞ。お前さんが以前無用心に俺に話したことが本当だとしてだが、事と次第によっちゃ俺は警察に駆け込まにゃならん。」

「そないなことやあらへん。そのおじさん関係や。」

「と言うと?」

「おじさんがてつだっとる孤児院のひとつがな、なんや知らへんけど閉鎖してしもうて。」

「どうにも納得いかんな・・・。ガキがガキの身柄引き受けようとか無謀もいいところだぞ。」

「子どもなんはひとりだけや。専属ヘルパーさん3人げっとやで?」

「・・・職にあぶれた職員を子供しかいないところに転がり込ませるってのも何だかな。」

「おまけに番犬つきや。」

「犬を飼いたかったお前さんとしては、至れり尽くせりと言うわけか。」

「そや。なんも心主はやて配する夕食の準備ことはあらへんができました。」

「は?」

いきなりの少女の奇怪な言動に、男はぽかんと口を開ける。

「あ、ちょーまってーな。」

そんな男の様子を気にせず、これまた「そこ」にいない相手に向かって話している。

「おい、マイク感度上げすぎだぞ。というか、なんだ主って。」

「んー、ちょっと日本語の勉強につこうた教科書がかたよっとたらしくてな、妙に固い言葉使うんよ。」

男の疑問に少女が答えた直後、少女が前後がつながらない発言をする。

「どなたと話しておられるのですか?」

男はああ、もう、と顔を押さえながら返事をした。

「おい、たぬき、ヘッドセット外してスピーカーに切り換えろ。」

ここまで来たら挨拶くらいはしておこう、と男は決めた。



 はやては言われたとおりにヘッドセットを外すと、音声出力をスピーカー―モニタ内蔵のものなので、さほど音質は良くない―に切り替えた。途端にゲーム内のBGMや環境音が室内に響き渡る。

「切り換えたで。」

『OK、あー、互いに顔は見えていないわけだが、まあ挨拶といこう。』

スピーカーから聞こえてくる男の声に、シグナムははやてが通信中だったことを理解した。もっとも、彼女の考える通信、というと、戦況報告や支援要請等、荒事に関するものばかりだったが。

『俺の名前はベア、今、画面の中で剣を持って動いているのが、君らから見えている俺だ。』

シグナムは画面を注視する。確かに誰かが画面内で動いている。もう1人戦士がいるが、同僚だろうか、と思ったところではたと気付く。人のように見えるが、所々、不自然である。彼らがいる場所も、映像が妙に簡略化されている。先日、主がしていたゲームのようではないか、と。

―とはいえ、挨拶はせねばなるまい。

「ベア殿、ですか。いつも主がお世話になっております。私は」

『おっと、君は名乗らなくていい。君はここ「World」で名乗るべき名前を持っていないだろう?本当の名前はむやみやたらにここで喋ってはいけないんだ。』

―どういうことだ?

『君も最初の頃のちびだぬき同様、オンラインゲームについての知識がないようだから簡単に説明しよう。』

―ちびだぬき?

シグナムの怪訝な表情に、はやてが説明する。

「ちびだぬき、がWorld内での私の名前や。」

「はあ。」

『いいかな?君らが画面の前にいるように、俺もまたどこかで画面の前で、今画面にいる「俺」を動かしている。そういったプレイヤー達が、単独、または共同でゲーム内で起こる物事に対処していく、というのが、今君らが目にしているMMO、というタイプのオンラインゲームの特徴だ。』

「ほう、これもゲームの1つなのですか。」

『そういうことだ。で、この手のゲームは全て回線越しに行われる、つまり、互いに目にするのは相手の操るキャラクターであって、実際の相手じゃないんだ。互いに本来の名前は知らないのが普通だし、そういった個人情報はよっぽど親しくならない限り相手に教えることはない。』

「なるほど。」

「はじめのころはその辺がわからんで、ベアさんにさんざんおこられたなぁ。」

『8歳児の登録を許す時点で、俺は運営の連中の良識を疑いたいんだがな。』

「ベアさん、もれとるもれとる。」

『安心しろ、現状、俺の発言はすべてたぬきへのウィスパーだ。』

「ウィスパー?」

『特定の個人にのみ届く発言だ。ゲーム内ではいくつかの種類の発言コマンドを使って会話する。個人情報など、他人に知られたくない事柄を扱うときはウィスパーなどの秘匿性の高いものを使用する。むろん、一定範囲内の人間全員に発言を伝えるコマンドもある。』

―思念通話と基本は同じか。

『というわけで、君に名乗るなと言ったのは、聞きたくないからではなく、君が実際の自分の名前を言ってしまうだろうことが分かったからだ。今、俺は君らの言葉を、俺の前にいる「ちびだぬき」を通して聞いているからな。「ちびだぬき」の発言は先ほどから、近くにいれば誰でも聞ける状態だ。』

それで、シグナムは合点がいった。

「なるほど、名乗るならばコールサインを使えということですね。」

『オンラインゲームを知らない割にはコールサインは知っているのか。』

何かおかしかっただろうか、とシグナムは思案するが、どうにも良く分からなかった。

『まあ、いいか、この辺で切り上げよう。夕食の時間なんだろう?』

「あ、そうやった。」

それじゃ、またな、と言ってベアはアイテムを取り出すと、魔法陣を展開してその場から消える。はやても同様に「ちびだぬき」にアイテムを使用させて、その場から移動した。

「ログアウトはこーいうふうに安全な場所に戻ってからするのが基本や。」

「転移魔法で町まで移動し、任務終了、ということですか。」

「そういうことや。」

ゲームを終了し、続けてPCを終了させる。この辺で時間がかかるのがオンラインゲームの欠点や、となんとなく愚痴るはやてであった。




「ぐ」

突然のシグナムの呻きに、ヴィータが食べながら問いかける。

「どーひた、シグ・・・」

口にものを入れたまましゃべっていたヴィータを、注意しようとしていたはやては、続いて絶句してしまったヴィータの状況に?マークを浮かべた。

「どないしたん?」

そんな状況にお構いなく、食事を続けているシャマルにザフィーラ。もっともザフィーラは、メニューこそ同じものの狼ゆえに床の上のため、食卓の上の状況にはあまり関与してこない。と、絶句していたシグナムが再起動し、はやての疑問への答えとなる言葉を放つ。

「この微妙な味付け・・・シャマルだな。」

「だよな・・・」

「ええっ!」

ヴィータにまで追従して状況を肯定され、愕然とするシャマルであった。

「シャマルはお料理の方、精進せなあかんなぁ。」

「シャマル自身は平気で食べているところを見ると、味覚がずれているのかも知れません。」

「そんなぁ・・・」

シグナムに追い討ちをかけられて涙目になるシャマル。

「・・・ザフィーラ、おめーは何で平気なんだ。」

狼形態、かつ皿が違えどのっている料理は同じはずの仲間に問いかけるヴィータ。

「匂い、食感ともに問題はないが。」

「むう、まさかザフィーラも味覚に違いがあるとは思わんかった。」

「狼ですので。」

むしろ匂いの方を気にします、との言葉に、さらにむう、とうなるはやて。

「そろそろ癖のありそうなもんも出そうかとおもうとったんやけど、これはもめそうやな。」

はやての言葉に、といいますと、とたずねるシグナム。

「好き嫌いの分かれそうなもんは今までさけとったんや。とりあえず荒療治で納豆からいこうかと考えてたんやけど。」

日本人でも苦手な人が多い食品やで、と付け加えられ、むむむ、と唸ってしまうシグナム。

「好き嫌いなどは特にありませんが、ただ・・・」

珍しく、寡黙な男(今は狼だが)が自分から発言し始めたので、思わず皆の視線がザフィーラに集まる。

「タマネギは、少々苦手でしょうか。いや、調理されているならいいのです。なんというか、そのまま出されてもいかんともし難いというか。」

「生で出すわけないやろ。最低でも切ってサラダにするで。」

「それだけで十分です。何といいますか、その昔、延々と生のタマネギ「だけ」を食べさせられたことがありまして・・・」

「狼にずっとタマネギって、いじめじゃね?」

「いや、虐待やな。」

ええ、それも日に日に量が増えていくのです、とザフィーラは語った。狼の顔ゆえその表情は読みにくかったが、虚ろであった、と後にシグナムは語っている。


 

あとがき:
 今回は文章量は少なく。相変わらず進みませんが、思いついたことを書き起こしつつ続けます。まあ、はやての立場だと、外との接触手段は限られますが、逆に出歩かない接触手段も取り得るんじゃないかと。他作品でもオンゲやってるパターンもありましたし。描写上の問題点は、登録時点で8歳児だと、多分はやて単独でのユーザー登録は無理ってことかな。ゲーム情景の描写はなぜか興に乗ってしまい大分細かく。逆に会話部分がなんだか会話文の羅列気味。さて、オンゲによる接触はグレアム陣営は見逃すかどうか微妙ですが、その辺には疎い気もしますので、気がついていないということで。はやてがオフ会にでも行くようになったら気がつくでしょうけど。



[10435] 母であること23 A's Pre5
Name: Toygun◆68ea96da ID:73754c9a
Date: 2011/06/02 21:36
24.『打ち砕くもの』


 夕焼けを背に受けてトラックが行く。地球流に言えば、中型、4t程度の車種だ。

「えーと、この先なんだよな。」

彼はまだ、目的地の手前の町―村の規模が少々大きいだけ、のレベルではあるが―にもついていなかった。正直、街灯もろくにないため、運転にはクラナガンを走るのとはまた違った注意を必要とする。幸い、まだ日はあるし、ここ数日は雨も降っていなかったので、道の状態はいいが。なにしろ、田舎道を行くにしては積荷が重い。どこぞの工場行きの積荷だと言われた方が頷ける。

「研究者ってのはそんなもんだけどさ。」

彼がアレクトロ社に納入していたころは、よく見た名前だった。こんな田舎に引っ込んでいたとは知らなかった上に、まだ「現役」だというのも知らなかったが。

「今度は何作るんだろうね。」

事故のことは聞いていた。正直、それがあの人のせいだとは誰も思っていなかったが。あの事故の後、別の会社に移った人間と会うことも多かったし、よく話も聞いた。アレクトロの杜撰な体制などは特に。なんせ、もう一度同じ事故を起こしている。

 町が見えてくる。もう一息だが、町で一旦停まらなければならない。日はあるといっても、時刻はもう6時近い。会社の方も、現地で1泊してこいと言っているくらいだ。まず、宿を先に探さなければ。町に入ってすぐ、詰所を探す。ナビには当然、宿の場所も表示されるが、こういったところは単純にマンパワーが不足していて、営業状態が不確かなことが多い。

「どうも~、ベルカン輸送のエリオットといいます。」

応対に出たのは中年の局員だった。こういったのどかな地方にいる局員のレベルなど、大したものではないが、それはあくまで魔導師ランクに限った話。人柄は大体において温和な人間が多い。まあ、地元に戻った若者、というパターンもあるが。

「定期便じゃなさそうだね、なんですかな?」

「テスタロッサさんの家に配達の途中なんですがね、この町を通り越してさらに先で合ってますよね?」

「ああ、あの人のところか、うん、合っているよ。」

「あと、今日はここで宿を取る予定なんですが、一応、3件あるみたいですけど、どこがお勧めです?」

「すまんが1件は主人が歳で、廃業しちまったよ。お勧めはというか、これから行って戻ってとなると、ヴィゲンとこだな。あそこは8時までならチェックイン出来るし、飯も9時までなら出してくれる。まあ、他にも食いたいものがあるなら、今のうちにその辺の店に行くことをお勧めするがね。」

「残っているもう1件は?」

「チェーンの「イーストサイド」だ。24時間動いているのは機械だけで、7時で受付のヴァルドルは帰っちまうし、飯なんざ自販機だけだぞ。」

「ああ、あの自販機のは勘弁して欲しいですよね。」

「あんなもん、非常食にしかならん。何、その場合はシュミットじいさんの店に行け。酒場だが、食い物ももちろん出してくれる。10時までやっとるしな。」

「ありがとうございます。ああ、それと、」

「なにかね?」

「明日の朝、社の方に帰りますが、荷物がありましたら引き受けますんで、出来ればこの辺の人に伝えてくれますとうれしいんですが。」

「ああ、その辺は任せておきたまえ。皆に伝えておくよ。」

「うちはこの辺は来ないので、料金がいつものところとは違うということだけは注意しておいてください。」

これ、料金表です、と言って年配の局員にチラシを渡す。こう言った地道な活動が給料に響いてくるから、まめにならざるを得ない。「定期便」の連中には悪いが、こっちも生活がかかっている。それに、こういうところの人は、出稼ぎに出た家族とかに荷物を送りたくてうずうずしているものだ。

「それじゃ、もう一息だ、がんばりますか。」





『Hi!フェイト、ひさしぶり、っていっておくわ。覚えてるわよね?忘れてるなんていったら許さないからね!』

のっけから飛ばしてるな、あの子は。「なのはから」のビデオメールなのに、アリサのアップで始まった。

「えーと、アリサ、だっけ?」

食べる方に夢中だったアルフはうろ覚えだったようだ。

『にゃははは・・・アリサちゃん、ちょっとおさえて。』

画面内で苦笑しているなのは、そして隣で静かに微笑んでいるすずか。画面に映っているのは子供達だけだが、ハイテンションだったりとかすること以外は、何と言うか、「落ち着いている」。撮影者は当然、存在している。誰かは分からないが、時折声も入るし、先ほどはレンズの調整の為か、手が画面内を横切った。庭園のような周囲の状況、また彼女らが囲んでいる屋外のテーブル、ということから、月村かバニングスの邸宅の庭園だろうと思われる。犬か猫、どちらかが画面内に入ればどちらかは判断できるが、あいにくと見当たらない。

『こんにちは、すずかです。』

『ちょっと、すずか、他人行儀なのはなしよ!』

『うん、そうしたいんだけど、実は、わたし、フェイトちゃんとあんまりは話できてないから、あんまりなれなれしいのも良くないかと思って。』

で、続けたいんだけど、とすずかは言葉を続けた。フェイトに聞いてみる。

「そうなの、フェイト?」

「うん、ちょっとわたしと似てて、聞き上手ってかんじかな。アリサがいちばんよくしゃべってた。」

ああ、そうだな、すずかは奥ゆかしい、というタイプだろうし。

『今度はもっとお話したいと思っています。家の子たちも紹介したいし。』

『すずかちゃんの家には猫さんがいっぱいなの。』

「猫がいっぱいですか・・・」

この間から猫っぽい部分が出やすくなっているリニスが呟いている。うかつに踏み込むと自分の野生を刺激されかねないと踏んでいるのだろう。だが言おう、あえて放り込みたいと!

『今日はあたしのとこで撮影してるんだけどね、うちは逆に犬がいっぱいいるわよ。』

元気がよくてカメラたおしちゃいそうだから今はみんな家に入れてるけど、とアリサは付け加えた。では、先ほどの手はバニングス家の人間のものか。女性らしい声だったから、メイドか・・・いや待て、娘の友達が来ていて、さらにここにいない友達のための撮影だ、母親かもしれない。

『もっとあたしたちのこと、いろいろと話したいけど、それは次あったときにとっておくわ。あくまでなのはが主役のビデオだし。』

『だから今日は、最近あったこととかを話すことにします。』

なんというか、アリサもすずかも、他人のことを考えすぎる・・・先ほどの手がメイドの手だったとしたら、ある意味アリサは、アリシアと同じ状況か・・・。

『今日もお仕事、遅くなるの?』

「・・・っ」

脳裏をよぎった声に、頭を振る。

「どうしました、プレシア。」

「ん、なんでも」

呼び鈴が鳴った。呼び鈴といっても物理的なものはここまで聞こえない、あくまで来客があることを知らせるシステムのコール音である。脳内に映像を取り込む。宅配業者だ。

「宅配ね、私が出るわ。」

もちろん、フェイト達にはそのまま見ていていいと伝えるのを忘れない。自分はまたあとで見ればいいし。何しろ、今回の荷物は、量が多いはずだから。




―でけぇ。

田舎に引っ込んだ、っていってもスケールが違いすぎだ、とエリオットは思った。局員ほどではないが、次元世界では運送会社というものは給料がいい。運送で一番高給なのはもちろん船乗りだが、地方まで出張ってくれる長距離ドライバーはそれから数えてさらにもう一役職くらい置いて給料のいい職業だ。だが、それでもこんなもの―「時の庭園」みたいなものはとうてい無理な話だ。

―研究者って、そんなに儲かるのか?

などととりとめのない思考をしていると、相手が入り口にまで来たようだ。両開きの大きな扉の前に、ウィンドウが出現する。

「こんばんは、ベルカン輸送のエリオットです。プレシア・テスタロッサ様ですよね?荷物をお届けに参りました。」

『ええ、今日の荷物は何?』

「ディアブル社からのものと、スクーデリア工房からのものです。ディアブル社のものは量が多いのですが、運ぶ場所を指定していただければ、そちらに回しますよ。」

『ちょっと待ってちょうだい。』

その言葉とともに、ウィンドウが消える。一拍おいて扉から複数のロックが解除される音が響くと、扉を開けてプレシアが出てきた。正直なところ、白衣ではないプレシアはエリオットにとっては新鮮だったが、やっぱり老けたな、という気持ちも同時に湧き上がってくる。

「梱包はちゃんとされているのよね?」

「もちろんですよ。」

「なら中に、片側に寄せて置いてくれるだけでいいわ。あとはこっちで運べるから。」

「分かりました。」

納品書をプレシアにまず渡して、ダンボールや対衝撃ケースに収められた積荷を運び始める。どれも重いが、「総合Dランク」のエリオットにとっては問題のないレベルだった。

「あら、すごいわね。」

「こう見えても総合Dですので。200kgまでなら1人で運べますよ。」

「Dって、陸なら・・・あら、どこかでしたわね、この会話。どこだったかしら。」

「ああ、以前もしましたね。アレクトロに納入してたときに。肉体強化以外はてんで駄目なんで、スカウトは断ったって、確か前も言いましたよね。」

「・・・そうだったわね。」

「一応、チェックしますよね?」

「そうね、ちょっと待って。」

そう言ってプレシアはいくつかのケースやダンボールを開ける。

「対衝撃ケース内に小型魔力炉、ダンボールには金属材に、ねじ類、配線類・・・」

数をチェックし、納品書と見比べる。

「それと、こちらがスクーデリア工房からのものです。」

そう言って細長いダンボールを見せる。そちらはラベルを見ただけでチェックを終えるプレシア。

「そろってるわね。サインはここ?」

「はい。それにしても、すごいですね。」

サインをしながら、それに問いを返すプレシア。

「何が?」

「いや、ここですよ。こんなでかいところ。どうしたんです?」

「・・・買ったのよ。以前関わった研究で特許をいくつか取れたから、こんなのでもどうにかなって。」

「いや、僕じゃこんなのはとてもとても。でも、こんなに広くちゃ寂しくないですか?町からも遠いし。」

「そんなことないわ。娘達も一緒だし。まあ、リニスには苦労をかけてるけど。はい、これ。」

サイン済みの受領票を受け取るエリオット。

「それでは、またのご利用をお待ちしております。」

そう言ってトラックに乗り込むと、帽子をあげてもう一度プレシアに挨拶をしてから、彼はトラックを発進させた。


 ぎりぎりでヴィゲン(こちらもじいさん、とつけたほうがいいレベルの歳だ)の経営する宿にチェックイン出来たエリオットだが、流石に遅く、8時半をまわっていた。これから食事を用意してもらうのも気が引けたため、局員が勧めてくれたシュミットじいさんの店に行くことにした。携帯端末のデータにもあったので、道に迷うことはなかったが、田舎町ゆえに途中の道の暗さはなんとも言えない。それでも月が、今は互いに大分離れているとは言え、2つとも出ていたので助かったが。

 夜も遅いが、なかなかにうまい夕食を終え、一杯やっているところで、ふと気がついた。

「娘って・・・たしかあのとき亡くなったんじゃ。」

 ぞくりと背中に寒気を覚えたが、娘達と言っていたことを思い出した。娘達―死んだ娘じゃなくて、新しい家族だろう。そうだ、きっとそうに違いない。だが、より恐ろしいことに気づく。

―リニスって、確か娘さんが飼ってた猫だったよな。

「じいさん、強めのを、もう一杯くれ。」

あいよ、とシュミットじいさんが返事とともに、ウィスキーをロックで出してくれる。ともかく今夜は呑もう。エリオットはそう決めた。

 




 本当に妙な相手だった。スクーデリア工房のエンツォ・スクーデリア。メール、通信でしかやりとりが出来なかった。通信で見えた顔もなんだか特徴がないのに印象に残る顔だったな。金髪、碧眼、線は細い感じで、しかし顔の皺もやや増えてきたような年齢。神経質な感じを受けるその顔に営業用とは少し違う笑顔がいつも貼り付いてる男だった。笑顔か、あの少し嫌な感じを受ける笑顔が特徴かな?しかし調べた限りではおかしなところは無さそうだったし、こっちのやや面倒な仕様を受けてくれたしなぁ。

 待機状態ではなく、デバイスフォームのまま送られてきたそれをチェックする。形状は、言ってみれば戦鎚だ。柄の半分くらいから一体成型されたような先に、ハンマー部分が存在する。といっても、ハンマーとは言っているが、両側にまっすぐ伸ばしたツルハシの刃を落としたような形状だ。両端のハンマー部分から中央までも、柄の部分よりは厚みを増してはいるものの、継ぎ目はない。そしてハンマー部の中央にはデバイスのコアがクリアーブルーに輝いている。この構成、指示通りに強度をかなり重視してくれたようだ。高級アームドデバイス並みの強度、と言った時点で断った業者も多かったからな。

 内部構成部品をチェックする。重要部品はことごとく高い耐電性を持つとされる部品で構成されている。しかし、どの部品も入手性は悪くない。ついでにプログラム部分もチェックする。ん?一般的な魔法はともかく、ベンチマークプログラムまで入れっぱなしになっている。試しに起動させてみる。

ふむ、ベンチマークには各デバイスの平均値が指標として表示されているが、その数値からすると十分に高水準な演算能力を持つデバイスとして仕上がったようだ。並列計算能力も高い。一応、端末から別のベンチマークを入れてチェックしてみたが、同様の結果を返してきたので問題はない。さてと、それじゃ、やることをやるか。

「起動」

言葉に従って響くような音とともにデバイスコアが明滅する。

『マスター登録をお願いします。』

女性的な声を発したが、AIではない。只の応答プログラムだ。演算速度を重視したストレージにしたのだから。

「プレシア・テスタロッサで登録して。」

『マスター:プレシア・テスタロッサ。音紋登録・・・魔力パターン登録完了。個体識別名の登録をお願いします。』

個体識別?デバイス名のことだろう。それはこの仕様を思いついた時に決めていた。あいにくと自分は筋骨隆々たる男性ではないが、雷撃を操るのだからこの名前がふさわしい。

「ミョルニル。」

『個体識別名:ミョルニルを登録。初期設定は以上で完了です。』

それ以上の発声はない。待機状態、というか通常稼動に入ったようだ。とりあえず、ミョルニルに、各種魔法プログラムを登録する。射撃に砲撃、防御に補助、当然転移魔法も。結界に封印魔法は容量を喰うが、容量にはこだわったので空きは有り余っている。さらには日常生活にも色々使えるように色々と放り込んだ。写真・動画撮影も必須だ!それだけ入れても、使用領域は30%ほどだった。この辺も仕様書どおり。仕様にはさらに結構な容量の魔力保持機構も盛り込んだので半分ネタな攻撃も再現できる。魔力保持機構は通常のベルカ式カートリッジ10発分に相当するレベルなので、擬似的にカートリッジの使用を再現できるが、それよりも生体から供給されるいつも魔力を平滑化し、使用魔法を安定させるのが主な目的だ。ともかく、あとは実際に使ってみるだけだ。 

「ミョルニル、待機形態に。」

言葉が終わると共に、ミョルニルはハンマー部を模したペンダント型に変形する。魔法世界以外では宝石付きのペンダントで通るだろう。ヨーロッパあたりに行けば、北欧神話のミョルニルを象ったペンダントだと気づく人もいそうだ。


 
 さあ、テストだ。どこでやろう?それなりに広い空間はあるけれど、屋内はやっぱりまずいしな。仕方ない、表まで出るか。どうせ「お隣」とは10km単位で離れてるし。さて、そうすると必要なものは・・・

 測定器。いつも使っている奴でいい。

模擬戦用シミュレーター。6課で採用したようなお化けではない。ターゲットスフィアの生成や、一定レベルの結界生成機能、気圧・魔力濃度などの環境再現気候を持つものだ。うちにあったのは高級機らしく、攻撃をしてくるターゲットスフィアまで生成できる優れものだとか。

 救急医療キット。まあ、不慮の事故は起こりうるから、絶対必須である。

以上を運ぶことにするが、人手が必要である。特にシミュレーターは重量が70kgもあるので、強化を行えば運べないわけではないものの、正直面倒だ。まあ、うちには文句を言わない労働力がいるわけだが。いったん倉庫に行って、既に改造済みの傀儡兵を3体起動する。改造機は演算処理を背部ユニットのデバイスにも担当させているために、思考速度が速く、雑用にも意外と適応できる。手さえ専用の物に変えれば、精密作業にも従事させれそうだ。作業が押してきたら残りの機の改造の際に適用しようか、と考えているくらいだ。

 傀儡兵を引き連れて研究室に戻る。書斎ではない方だ。各種機材は流石に場所を喰いすぎるので。でも研究室に模擬戦用シミュレーターが置きっぱなしというのもなんなんだか。使い終わったら倉庫の方に戻すようにするか。と、運んでいる途中でリニスに会った。

「ちょっとプレシア、なんなんですか。」

傀儡兵を3体も連れていれば誰だって怯む。おまけに黒騎士化しているので威圧感は倍増だし。

「デバイスが届いたから、慣らしをしようと思って。機材が重いからこいつらに運ばせてるのよ。」

「はあ、お相手しましょうか?」

「勘弁して頂戴、まともに体も動かしてないのよ?今やったらアルフにだって負けるわ。」

とは言ってみるものの、流石にアルフには負けない。初手を譲ったとしても、バリアブレイクでシールドが破られる前に、Sランクの射撃を至近距離で撃ちこめばいい。まあ、手の内がばれている以上、猪突猛進で突っ込んでくることはないだろうが。

「それにしても、傀儡兵を人足代わりですか。色々と間違ってません?」

「倉庫で腐らせておくよりはマシよ。それに、「精密機械の運搬」について覚えさせておくのもいいし。」

「自動機械に汎用性を求めすぎるのもどうかと思いますが。」

「ソフトウェアだけで対応出来るんだから、やらせて損はないわ。低ランクとはいえ曲がりなりにもAIだし。」

「それもそうですね。ともかく、怪我などしませんようにお願いしますね。」

わかってるわ、と返事をしてその場を離れる。と、思いついて去り際のリニスに声をかけた。

「3、4体は常時起動させておくわ。力仕事はやらせてみて。」

振り返ったリニスは、えらく呆れた、という顔をしていた。



 シミュレーターの結界生成機能は使用しない。高級機といえど、Aランクの結界がせいぜいで、生成範囲も半径300mまでが限度だ。陸戦魔導師ならば十分な範囲だが、高位の空戦魔導師だと流石に物足りない。よって、ミョルニルでの最初の魔法行使は結界の展開となった。高度1000mまで、半径500mでSランクレベルの強度の結界を展開する。これでも狭い気もするが、「庭」の広さにも限界がある以上、そう広くも出来ない。

「空間を確保したのはいいけれど、何からやろうかしらね。」

シミュレータを設定する。まずはターゲットスフィアで的撃ちからでいいだろう。気分はシューティングレンジだ。距離10~100mでランダムに発生するようにプログラミングして実行、というところではたと気がつく。

「バリアジャケット忘れてた。」

このあと飛行も試すというのにどじなことだ。バリアジャケットなしで墜落した日には目にも当てられん。えーと、生成は・・・

「ミョルニル、Setup!」

ジャケットの標準設定が思考に流入してくる。この辺は出来合いのプログラムのままで、強度設定が低いままだ。設定をSランクに変更する。あとは対環境性能・・・対慣性・衝撃緩和能力を高めに。温度調整機能を含む対環境保護魔法もリソースの許す限りで高レベルにしておく。耐火能力も高めに。今のところはこんなところか。標準のバリアジャケット生成プログラムなので、おそらく安定度優先のため処理が重めだ。あとで見ておこう。さて、あとはデザインだ。

 原作のものは却下。この歳であんなはっちゃけた格好はできねぇ、というか若い頃にプログラムしたまんまだったんだろうな、あれ。

 あれ?いつあんなのプログラムしたんだっけ?まあ、いいや。

 イメージするのは鎧・・・重装である必要はない、バリアジャケットは基本的に重さなどはないが、本当に鎧のようなデザインを作れば動作を制限される。実体がなければ相手の攻撃を受け止められないからだ。無論、装甲で覆ってない部分も実際は魔力で装甲されているので、頭部を剥き出しにしてもそこには兜が存在するのと同義になる。女性用で、かつそれなりの戦装束。ふむ、やはりあれがいい。

 イメージが実体に変換される。黒を基調とした胸甲に肩当て、それにガントレット。縁取りは金色。インナーシャツはやや薄めのブルー。下は白のロングスカートで、腰のところをやはり黒い皮状のデザインとなったベルトで留めている。靴は鋼を剥き出しにしたイメージの鉄靴、脛はスカートで隠れるものの、脚半で覆っている。盾と兜こそないものの、ドゥンケル・イナー・ドゥンケルハイトの戦装束である。もっとも、詳細は良く覚えていないので、ワルキューレのイメージに黒で上書きしただけだが。なお、生成後に最初に行ったことは、スカートの中の確認だった。生成時に雑念が入ってしまったため、どうしても確認しなければならなかったが、ちゃんと履いていたため良しとする。つーか確認で気がついた。スカート、ワルキューレのデザインだと横にスリット入ってるわ・・・orz 正直この歳でそれはきついので変更してスリットを無くした。おばさんの生足なんぞ誰も見たくないだろう。

 気を取り直して、シミュレータを動作させる。多数のターゲットスフィアを様々な距離、配置で出現させる。やることは単純、シューティングレンジと一緒だ。

「フォトンバレット!」

シュートバレット系のテスタロッサバージョン、発動から発射までが1つのプロセスとして完結しているため、1発撃ったら再度術式を立ち上げる必要がある。デバイスを使用していなくても使用できるし、それでさえ非常に速いが、デバイスがあるととても速くなる。つまり、 

 停止状態にあるもの、左右移動を繰り返すもの、上下移動を繰り返すもの、複雑な3次元起動を行うもの。全てのターゲットスフィアに、マシンガンのごとき発射速度で魔力弾が命中していく。連射性ならばフォトンランサーの方が上だが、十分に高速な、特に演算能力に定評のあるストレージデバイスなどではほぼ同格の連射力だ。フォトンランサーに負ける部分は、弾速のみ。どちらも完全な直射タイプなため、ただ弾幕を張るなら多数、同時起動したフォトンバレットの方がリソースが少なく済む場合もある。

「命中率74%か・・・」

過去のプレシアの記録からすると、これはなまっている、というべきだろう。まあ、この辺はおいおいトレーニングしていくとして、フォトンランサーで同様のことを行う。

「・・・62%。」

フォトンランサーはスフィア射出型の魔法だ。フォトンスフィアを形成すれば、そこから射出し続けられる。限界レベルで連射すれば、エイミングのための思考時間はそれだけ削られる。何より、反応が追いつかない。歳のせいもあるが、なまっているのも確かだ。まあ、比較したデータが22歳当時のしかないというのも問題はあるが。あとは、日々の練習でどれだけ上げられるかだ。1日でできることではない。さて、それはさておき、

「フォトンシューター。」

プレシアにはなく、フェイトもまだ作っていない、オリジナルの術式。実体は、フォトンランサーをディバインシューター同様、誘導弾化したものだ。フォトンバレットのような通常の魔力弾タイプで射出することも出来るが、フォトンランサーと組み合わせて使用することを考えて、槍状の弾体を基本設定とした。欠点は当然ある。フォトンランサーより若干弾速が落ちることだ。また、速度を落とさずに誘導するのはなかなかに難しい。プラズマランサーは作らないし、作る気もない。あれはフェイトが作るはずの魔法だ。もっとも、今使っているこれを見せてしまったら、こっちを使ってしまうかもしれないが。

「92%」

8%、誘導しきれずに操作範囲外行きや地表着弾で無駄にした。しかし、槍状で基本自由に軌道を取るとなると、狙ってはいたが、イメージどおり「ミサイル」だ。そこであえて1発のみを発射する。高速で飛翔した弾体が、ターゲット至近に接近した瞬間に放電。結果としてターゲットスフィアが消滅。

「電気変換を最大限利用すれば、近接信管代わりになるわね。」

十分なダメージは期待できないだろうが、牽制にもかなり使えるのは確かである。


 そして、飛行。所詮は総合型、しかも条件付SSなんて使いどころの難しいランク持ちだった人間だ。頭の中の戦闘機動の知識はあまり役に立たず、本当に知識でしかなかった。となれば、幾分そこに足し算ができる程度とはいっても自前の記憶から引っ張り出してくるしかない。インメルマンターンにスプリットS、ハイとローのヨー・ヨーなどなど。シザーズはきつかった。さらにそれを慣性制御込みで魔導師流に行ったときは特に。デスクワークばかりだった人間には、軽減されているとはいえ、Gがきつい。Gに慣れつつ、遠隔でシミュレータプログラムを実行、空中に多数のターゲットスフィアを配置させる。高速で移動するスフィアも発生させているため、先ほどよりもずっと数は少ない。マルチタスクの行使して最適な経路と攻撃パターンを計算、その結果どおりの機動を行ってフォトンランサーで次々と標的を破壊していく。ターゲットの数が少ないこと、また間隔があいているせいでむしろ地上でやったのより楽だ。標的間隔を詰めたりすればもっと厳しいのだろう。体を慣らすのには、今くらいがちょうど良いが。

 時間にして、全部で30~40分。その程度で終わりにした。3体もつれてきたが、結局訓練には使わなかった。まあ、次の機会にしよう。その前に、体力作りのメニューを考えておかなければならない。ハンマートレーニングは必須として、どの程度のレベルで他のメニューを組むか。あとは、筆記試験に向けて各種法規の確認もしておかないと。と、終了間際だけど、組んでおいたネタ機能を試しますか。シミュレータにターゲットを1個だけ生成させる。ミョルニルを構える、コマンドワードとともにそれを投げつけた。コマンドワードは、


 ミョルニル
「打ち砕く者」


紫電を放ちながら戦鎚が高速で目標を打ち砕く。むろん、目標到達時には最大レベルでの放電付きでだ。そして戦鎚は手元に飛び戻る。インテリジェントデバイスが自律して魔法を使うことがあるが、ストレージデバイスでもプログラム次第で同様のことが今のように出来る。ただし、ストレージデバイスではその動作はより単純なものに限られるし、それ以前に敵前で、処理を肩代わりしてくれる杖を手放すのは愚かな行為でしかない。では、これで初回の訓練は終わり。



 それから1ヶ月の間、届いた資材で傀儡兵の改造を続行したり、魔法の訓練で一緒にやりたいと言ったフェイトと模擬戦をして負けたり勝ったり、ちょっと変わった作りかけのデバイス(プレシア製)を見つけて完成させてみたり、例の保存用デバイスの件でリニスがまた退行してみたりと、忙しくて、でもなんだか楽しい日々が過ぎていった。なんというか、休暇というものはこんなものだろうと思ってみたり。実質仕事をしているわけだが。模擬戦が遊びになってしまうフェイトにもちょっと困った。



 そして、嘱託試験当日。

 どうして、長めのざんばら頭で槍を持った男が目の前にいるのでしょうか?
 
 モニタールーム
 「観 客 席」ではひげだるまがこっちに向けて親指を下に向けているし。

 さっきまで、本局で筆記を受けてたんだけど、地上にいるしなぁ。




あとがき:
 雑念=「ワルキューレはパンツはいてない」です。企画者の1人がそう言ったとか言わないとか。後半、大分はしょりました。楽しいシーンを延々と書いていたい気もするんですが、きりがなくなりそうで。でも、まだPreが続くんだよな・・・。で、あとは最近やっていなかったオチみたいな引きに、彼らに登場してもらうことにしました。次回の冒頭は嘱託試験・詳細編になる予定です。なお、自宅でのフェイトとの模擬戦、もちろん初戦は負けたということで。



[10435] 母であること24 A's Pre6
Name: Toygun◆68ea96da ID:5ded054a
Date: 2011/06/02 21:37
25.エースストライカー


「おはよう、ハラオウン提督。」

「おはよう、プレシア、それに皆さん。それと、リンディでいいわよ。」

嘱託試験当日である。1人で行くつもりだったのだが、どういうわけだか全員で行くことに・・・社会見学という面ではいいかもしれないが。

「一応、立場というものがあると思うけれど。」

「今日の私は非番だから。」

しれっとそうのたまうリンディ。

「非番なら羽を伸ばすなりしてくればいいのに。」

「私だけ非番なのよ・・・」

それはご愁傷様で。エイミィ、クロノどちらかでもいれば、前者とは仲良く、後者は振り回しながら、好きに羽を伸ばしていただろうに。

「試験の内容は、事前に通達しておいた通りです。筆記試験ののち、各種計測を行った上で実技試験を行います。」

そしてレティ、こちらは事務的に、それでいてそう固くない雰囲気で予定を読み上げている。他1名、事務員がいるが、見ない顔だ。レティのところの人員だと思うが。

「筆記試験中は見学の方は待合室にてお待ちください。」

見学できるのは実技から、とのこと。まあ、当然だ。

「で、本日の受験者は1人だけですか?」

表情を崩してレティが受験者の追加も受け付けますよ? と多分本気の言葉を続けた。そばに控えた事務員の眼鏡もきらりと光る。

「笑えない冗談はよして、レティ。手続き上も無理でしょう?」

「その程度の手続き、通せずして運用部なんてやってません。そうでしょう、クラーク?」

「ええ、126万7千524通りのあらゆる状況に対応したテンプレートを駆使して10分で手続きを完了させてみましょう。」

クラーク・・・下の名前がケントだったらすごい戦力なんだけどなぁ、と思いつつ、優男風だが体格のいい眼鏡の事務員を胡散臭げに見る。こちらの「データ上」の家族構成など把握済みのはずだから、とっくに書式は出来上がっているだろうが、流石にそこまで譲歩してやることもない。

「実技でリニスを参加させるとこまでは譲ってあげるわ。貸し1ね。」

使い魔の存在はそれだけで試験結果に響くゆえ、譲歩したというにはやや語弊があるが、「戦力」を追加してやったのだ、文句は言わせない。まだ物足りなさそうな表情だったため、脅しつけることにした。

「あんまり我侭をいうと、この場で大規模転送魔法の使用許可を取らせてもらうわよ。324体の傀儡兵に実技試験を蹂躙されたくないでしょう?」

「そ、それは、ちょっと・・・」

「デバイス扱いで通るでしょう? その辺、どうかしら、Mr.クラーク?」

思考時間と思われるわずかな時間の後に返答が返ってくる。

「全て制御下にあるというのなら、通りますね。」

条件はつけられたが、まあ、通るらしい。まあ、数で押しても、試験官として来るSランク魔導師は落ちないが。そもそも陸戦機ばかりの編成では空戦Sレベルの相手が出来ない。

「それじゃ、この話はここまで。リニス、悪いけど、準備お願いね。」

「分かりました。」

返答とともに手首の時計―デバイス「ミニッツメイド」の状態を確認し、クラークにデバイスの使用を伝えるリニス。事務員が即座に書式に修正を加える。その後、二言、三言と言葉を交わすと、ウォーミングアップのためにトレーニングルームに行ってしまった。

「それじゃプレシア、あたしたちも慣らしにつきあってくるよ。」

続けてアルフとフェイトがミーティングルーム(筆記試験会場)を出て行く。そして、リンディ。

「付き添い、いたほうがいいわよね?」

「お願いね、それと、」

「勧誘も誘導もなし、でしょ? 無粋なことはしないわ。」

そう言って彼女も出て行った。さて、

「それじゃ、始めてくれる?」






 筆記試験もそこそこに、各種測定に移る。筆記はほぼパーフェクト。一部古い知識のままで回答してしまったので減点を喰らってしまったが、問題はなかった。まあ、執務官試験みたいなひっかけがないから、楽なものだと言っていたが。

 測定は医務室にて。実技前の体調チェックも兼ねているので、多少大掛かりなシステムも持ち出してきている。ついでに、以前提出した診断書も医務官が持っていて、現在の状態と見比べていた。魔力容量については、S+の判定を頂いた。もう歳なのに以前よりも増えているようだが、ピークの時に測定していなかったとも言えるので、あとは緩やかに低下していくのだろう。

「体調の方も、診断書のデータよりも良くなっていますので、問題ありませんね。」

との医務官の言葉も頂き、午後の実技試験と、なるはずだったのだが・・・いきなり試験官が来れなくなってしまった。
 


『すまない、いきなり別件を入れられてしまって。』

モニター越しに、本来来るはずだった魔導師―海の空戦Sの使い手が謝罪している。

「別件って・・・そんな緊急の」

レティが別件の言葉に反応し、落胆と同時に若干の理解の表情を見せている。「海」の仕事は重要度が高い。放置すれば世界の1つや2つ、消えてしまうことも有り得る。だからといって「陸」をないがしろにしてはいけないのだが。と、そんなレティの様子に、彼はやや疲れた表情でそれを否定した。

『いや、いつものかんしゃくさ。どうやら俺の上司は、余程あなたがたが嫌いらしい。』

レティと、隣で聞いていたリンディが、いわゆる「目が点」状態になった。

「は?」

『この間の海賊事件、AAAの民間協力者の話がこちらにも伝わっていたわけだが、それに加えてAAAとSランクだ。うちの置物の狐殿はそのことに大層苛立ってるのさ。あの臆病な御仁が、随分と直接的な嫌がらせをするぐらいには。』

その言葉にレティはなんともやるせない表情のまま、相槌を打つ。

「そう・・・」

まったく、「海」の派閥争いの現場を目にすることになるとは。しかも、部下がその尻拭いをしそうな勢いである。

『で、だ。こちらとしても一度引き受けたことを知らん振り、などとはしたくない。そこで、ちょいとツテを頼ってみた。』

「代わりの試験官を呼べたと?」

その言葉にレティが喰いつく。本当に後始末までやってるよ、いい人、だけで片付けていいのだろうか?

『問題はそっちがお気に召すかだ。地上なんだよ。』

海の派閥争いに、陸の人間まで巻き込むか! いや、巻き込めるだけの交友関係を、彼が持っているのだろう。

「誰?」

『そいつは見てのお楽しみだ。まあ、エースには違いないが。で、受験者に代わってくれないか。』


海軍式の敬礼とともに、彼が自己紹介をする。

『L級12番艦、「バルバラ」所属のトーマス・ビルト一等空尉だ。』

同様の敬礼を見様見真似で行い、返答した。敬礼などの経験は、あいにくとどの人生でも持っていなかったので。

「プレシア・テスタロッサです。」

『本当は俺がやる予定だったんだが、すまない、「ろくでもない事情」って奴で駄目になっちまった。』

「その手のしがらみは良くあることですので、構いません。」

むしろ問題が事前に発覚してくれる方がいい。本番で全てが明るみに出るのが一番困る。

『そう言ってくれると助かる。で、友人に頼んだんだが、いい奴なんだがそいつはちょいと手加減が下手でな。そこのところ、実技では心しておいてくれ。』

「了解しました。」

『あと伝言を頼む。また手合わせをしようってな。それじゃ、現場で会ったらよろしく頼む。幸運を。』

そう言って、再びレティに代わるよう言われたのでモニタの前を譲る。ふむ、所属に関わらず、現場レベルではそれなりにコンタクトをとっているようだな。この辺のつながりは今後調べておくと都合がいいかもしれない。

「すみません、試験開始時間は遅れて、午後2時半開始になります。それと、実技試験会場自体、地上に変更になりますので。」

「場所はどこになります?」

レティの言葉に、リニスが質問する。

「そちらは未定ですが、恐らく、クラナガン郊外の廃棄区画になると思われます。地上での試験や、大規模訓練ではよく使用されますので。会場のセッティング自体が今から・・・全て向こうのスタッフがやっていますので、こちらは待つくらいしかやることがありませんね。機材も向こうが用意する、とのことで。」

ちらりと時間を確認する。12時を過ぎたところか。

「それじゃ、昼食にしましょ。予定通りの1時からなら後にしようかと思ったけれど、2時半だとね。」




 食堂にて、知り合いと出会う。トランサーとユーノだ。挨拶もそこそこに、全員思い思いの料理を持って空いたテーブルへと集まる。時間が時間だから混んでいるとも思っていたのだが・・・

「元々必要以上にスペースを取っているし。」

とはレティの言葉。昼だというのにペペロンチーノをつついている。

「時間通りに食事が取れるなんて、ここじゃ上等な部類の「幸せ」よね。」

引き継いだリンディはややうんざりした顔。それはいいとして、食事はどうした? ベリーベリーストロベリーなるパフェのみが鎮座しているのだが。

「たまにいつ食事を取ったか、というのを忘れますので。」

内勤でさえこの有様ですよ、と愚痴るクラーク。しかし食事はどう見ても体育会系、リブステーキをメインとする1セットだ。

「そこへいくと、長期の仕事、という以外は定期便はマシな方なんでしょうね。」

ミートソーススパゲティをつつきながら続いたトランサーの言葉に、それはそれでどうかと思う、という顔を全員がする。特に、彼の隣の「彼女」は明らかな不満顔だ。

「それでトランサーさん、そろそろその子を紹介していただけません?」

リンディの言葉に、トランサーがそうですね、と頷く。

「娘のベルタです。実のところ、本局にはクラナガンを経由するしかないんで連れて来たくはなかったのですが・・・」

残念ながら、クラナガンの治安はミッドでは一番悪い。

「ベルタ・トランサーです。こう見えてもストライクアーツやってます!」

特徴のあまりない父親と違って、ポニーテールの栗色の髪に、同色の瞳が良く映える丸顔が特徴の、健康的な少女である。歳は14とのことなので、色々と発育途上という奴だが。で、ストライクアーツってなんだろうか? シューティングアーツなら知ってはいるが・・・。なお、彼女のメニューはカレーライスの大盛りだ。

「2ヶ月ぶりに帰ってきたら、EランクだったのがDランクになってましたよ。」

魔法関係では家じゃ一番の出世頭ですね、とのこと。トランサーは自己魔力Eランクの、条件付き総合Bだったかな。素の能力では彼女が一番ということか。

「ところで、今日はいったい?」

リニスが疑問に思ったのか質問する。トランサー、ユーノとも民間の人間だ、早々本局まで足を踏み入れることはない。裁判関係なら別だが、それならこっちも呼ばれる筈である。

「ああ、私の方は補償の話ですよ。私だけ負傷の度合いが大きかったですし、なんだか見舞金とかが頂けるとかで。会社の方としても、管理局が出してくれるならその方がいいですし、行ってこいと言われまして。」

娘はまあ、社会見学ですね、と付け加える。

「僕の方は、ジュエルシードの売却の件です。正直、その辺の交渉まで丸投げされるとは思いませんでした。」

長老に連絡を取ったら交渉もやってみい、と言われたとか。スパルタだなぁ。

「で、どんな感じ?」

「発掘費用は回収できましたが、実入りはあまりないですね。まあ、コネが出来たと納得するしかないですけど。」

しばらくは資料整理の手伝いでもしている、とケバブ? のようなサンドを手にしながらユーノはそう言葉を終わらせる。なんでも、スクライアは別件の発掘で大分遠方に行ってしまっているらしく、追いかけて合流するのも少々骨だとか。あちらからも待っていろとのこと。

「重要書類は無理だけど、なかなかの手際でうちも助かってるわ。」

と、リンディが付け加えた。

「母さん、それだけでいいの?」

隣に座っていたフェイトがそう問いかけてくる。会話を聞きながらだったのか、彼女の頼んだオムライスはあまり減っていない。そして、私の前に並んでいたのは、テーブルロールが2個、小さめの野菜サラダ、それにオレンジジュースだけだ。それも、野菜サラダの最後のレタスの一葉を残して終わりである。

「実技前だから、あまり多くないほうがいいわ。」

実技試験であるため、相手は同格以上が確実。戦闘機動中に吐きたくはない。リニスも軽めに、クラブハウスサンドだけである。アルフはマイペースにステーキを2枚も頼んでいたりするわけだが。

「実技、ですか?」

興味を持ったトランサーが聞いてくる。

「ええ、嘱託の試験です。筆記はもう終わったので、これから実技でして。」

サフランやクリオは何となくこちらを上に扱ってくるので、ついタメ口になりがちだが、トランサー相手だとやや砕けた程度の丁寧語になりやすい。なんというかな? 互いになんとなく事務的な、それでいて近いような立ち位置で振舞っている感じだ。系統の似た技術者・工学者であるということがそんな距離を保っている。と、ちょっとした思いつきを口にしてみる。

「せっかくだから、見学していきません? 空戦魔導師だとあまり参考にならないと思うけれど、後学のために見ておくといいでしょうし。」

誰にとってとは言わないが、言わんとした事が何か、ということにトランサーはすぐに気がついたし、何より、彼の隣の娘は完全に乗り気である。ちらりとレティ達の方に目をやれば、

「ええ、大丈夫です。」

と即座に返事が返ってきた。尚、ユーノは途中で顔を見せたクロノとエイミィに連行されて行ったと記しておく。能力が高いことが幸福を呼ぶわけではないことの1例か?




 かくして、団体さんで地上の試験会場まで赴くこととなった。人数が人数なので、地上に転移後の足は兵員輸送車の管理局版、といった風味の車両となった。当然運転手つきで。残念ながら乗り心地は悪い。それにしても、何度かクラナガンに足を運んではいるが、廃棄区画に足を踏み入れるのは初めてである。

「しかしまあ、ひどい有様よね。」

倒壊している建造物が少ないのが、逆に何があったのかを雄弁に物語っている。

「自分がトラヴィスに勤め始めたときもこんなでしたよ。多分、変わってないんでしょうね。」

トランサーの言葉に、リンディが言葉を続ける。

「ミッドチルダで、最後に大規模に質量兵器が使われたのがここだと聞いています。ちょうど、新暦に変わる直前だったとか。」

と、迎えが来る。その迎えに愕然としたが。

「お待ちしておりました、責任者のレジアス・ゲイズ一佐です。」

にこやかな表情をしたヒゲダルマが、お供の陸士を連れてやってきたのだった。

 
 訂正する、「ヒゲダルマ」は形容としては正しくない。「現在のレジアス」はそこまで太っていない。昔見た映像のイメージが強すぎたために、その印象を重ねてしまったようだ。しかし、笑顔のレジアス、というのは不気味である。特に、その目が笑っていないあたりが。まあ、その平静な視線は、主に本局の人間と、私に向けられているわけだが。どうやら、本局嫌いと高ランク魔導師嫌いは発症済みらしい。

 が、その笑っていない視線と言うのも部外者―見学者には適用外。トランサーたちに対してはまことににこやかに対応している。フェイト相手にも笑顔を見せているあたり、徹底しているなぁ、と感じた。
 
「ほう、ストライクアーツかね。」

「はい! その、防衛隊の方がやっているのを見て・・・」

「ああ、ナカジマのことだね。彼女がやっているのはその一つのシューティングアーツと言ってね、」

会話の端々から聞こえるの内容からすると、ストライクアーツ内にシューティングアーツが含まれるようだ。まあ、シューティングアーツは格闘技と言うには独特な面が大きいし。実はマシンクラッツが源流と言っても信じるぞ、私は。





 受験者である私たち以外は歩き着いた先の大型飛空艇へと搭乗する。各世界からの特使の接待などでも使われる、豪華なタイプだ。遊覧飛行向けに大きめに作られた幾つもの窓から、スタッフが慌しく行き交うのが見える。

『受験者は設定されたフィールドに移動するように。』

外部に投影された空間モニターに、レジアスが大写しになると、別ウィンドウにマップが表示される。指定位置へは、私とリニスは飛ぶことで移動することにした。私たちが飛行を始めると同時に、各ハッチを閉じた飛空挺も上昇を開始する。観客のためにフィールド外延で滞空するつもりなのだろう。


 移動した先には、予想通りの人物―ゼスト・グランガイツ一尉が待ち受けていたわけだが。

「参ったわね・・・実質SSランクを相手にするようなものだわ。」

「それほどの使い手ですか?」

「公的記録ではSランクぐらいのはずだけど、「騎士」よ。」

「カートリッジシステムですか?」

「バリア程度じゃ貫かれるわ、シールドを二重に張りなさい。」

「了解です。」

手前に着地すると、すぐにゼストが口を開いた。

「受験者だな? 氏名と出身世界を答えよ。」

「プレシア・テスタロッサ、出身世界はミッドチルダ。」

「その使い魔のリニスです。」

「試験官のゼスト・グランガイツだ。短い間だがよろしく頼む。」





―海の連中の尻拭いなど、とは思ったが、これは面白いことになったな。

費用は海持ち、わざわざエースまで引っ張り出したということで貸しも作れるうえに、公式に海の息のかかった魔導師(しかも能力面ではSランクレベル)を叩きのめせるのである。ご丁寧なことに民間人の観客付きでだ。日頃、戦力引き抜きで仕事の邪魔をされているレジアスとしては、久しぶりに溜飲を下げられると言うものである。海側の観客の1人は人攫いの一味が1人、レティ・ロウラン提督であることもあるし。

「って、あの人、ゼスト・グランガイツだよ!エースストライカーじゃん!」

すっげー、と素の口調で感嘆しているベルタの言葉にさらに機嫌の良くなるレジアスであったが、仕事のことは忘れない。スタッフたちの所へと進むと、状況を確認する。

「各員準備はいいか!」

「各種測定機器、Ready!」

「録画装置、Ready!」

「結界、機能・強度ともに異常なし!」

「試験エリア内、ゼスト一尉及び受験者2名以外の生命反応なし、クリアです!」

スタッフの機敏な反応によし、とレジアスは呟く。

「録画用サーチャーが随分と多いようですが・・・」

ただの試験に何を、と言うような顔でレティが尋ねたのを、あくまで平静にレジアスは答える。

「試験とは言え、Sランク同士の模擬戦ですからな。後ほど教導用の資料として使うこともあるでしょう。念入りに記録しておくに越したことはありません。」

よろしいか? と返し、レティが引き下がったのを見届けると、一呼吸置いてからレジアスは宣言した。

「これより、嘱託魔導師認定の実技試験を開始する!」

陸のスタッフ以外の関係者は全員彼の後ろ、そして陸のスタッフは彼の前で各モニターに張り付いている。ゆえに、レジアスは双方向モニター越しに「コネで入局しようとしているやから」に向けて、駄目押しとばかりにあるジェスチャーを行った。その表現はミッドチルダにはないものであったため、仮に他の人間に見られても、リンディ以外であればあまり問題はなかったかも知れないが。



 分からないと思ってやってるんだろな。生粋のミッドチルダ人だとまあ、分からんだろうけど。

 モニター越しの「地獄へ落ちろ」のジェスチャーに、そんな感想を抱く。まあ、柄の悪い連中相手の仕事だ、覚える機会もあったのだろう。それはそれとして、試験開始である。


 儀式魔法―AAランク以上はこれが必須となる。結界生成、長距離転送、天候操作、大規模攻撃など。しかしながら、試験で手の内を全てさらすような真似はしない。だから見せたものも。

「サンダーフォール!」

天候操作魔法からの連動で大規模雷撃を落とす。奥の手の「サンダーレイジO.D.J.」は見せなかった。正直、サンダーフォールを見せただけでも大盤振る舞いだ。私にはサンダーフォールを見せてもO.D.Jとファランクスシフトの2手が残るが、フェイトはファランクスシフトの1手しかなくなってしまう。結界については構成を弄って強度を上げた隔離結界のみにとどめた。こちらも奥の手は見せていない。あれは、闇の書対策の手段である以上、使用時以外は術式が漏れてはならない。それ以前に専用デバイスが必要なほど重い結界ではあるが。

「・・・ミッド式の大規模攻撃には、毎度驚かされるな。」

「ベルカ式でも同様のことは出来るはずですが?」

ゼストの言葉にリニスが突っ込んだが、それに対してゼストは首を振る。

「ほとんどは失伝扱いだ。あっても構成の解析が進まず、非殺傷に出来ないため禁呪となっているものがある程度でな。」

その辺については技術者達に任せよう、そう言って彼は槍の重みを確かめるように2、3度と持ち直す。

「うちの上司のお待ちかねの模擬戦だ。それなりの加減はするが、見ての通りベルカ式だ、気は抜くな。」

「お手柔らかにお願いするわ。」

まったく気を抜けるとは思えない。


 まずは1対1である。互いに空戦魔導師ではあるが開戦は地上、かつては大通りと思われるビルの谷間から。

彼我の距離、50m。互いに空戦魔導師である以上ないも同じである。まして、こちらは射撃戦を得意とするミッドチルダ式。いや、現状を考えると射撃戦に偏ったミッドチルダ式と言うべきか。戦闘開始の合図とともに射撃スフィアを2つ展開、フォトンランサーを発射する。その数、6。あくまで牽制であり、次の術式に追加で展開する予定のスフィアは待機させたままだ。シールドか、それとも装甲に物を言わせた吶喊か。

 答えはその斜め上だった。ゼストはただ「歩いて」接近してきた。弾幕の合間に体をねじ込みながらだ。走らなかったのは手加減か。慌てて追加のランサーを発射すると同時にスフィアを増やす。一気に3倍に増やしたランサーで迎撃するが、結果は同じ。まともな回避動作さえ行ってくれない。立て続けにランサーを撃ち続ける。密度を増やしたことで引き出せた回避動作は槍による切り払いのみ。それだけで距離20を切った。その段階でゼストが走り始める。低ランクの陸戦魔導師相手でも、ないも同じ距離だ。最後の迎撃のランサーはただ姿勢を低くすることで回避される。手がない、と思ったときには下段からの切り払いが来るところだった。「前への回避」が間に合ったのは、より高速なフェイトとの訓練のおかげだろう。文字通り頭から飛び込んでゼストを飛び越えると、頭を地面にぶつける寸前で飛行魔法を発動する。上下の反転した視界のまま前方に「後退」、つまりゼストの背中を見ながら水平飛行を行い、かろうじてデバイスが保持していたスフィアからほぼ無照準でランサーを乱射した。この段階になってやっと、ベルカ式の特徴的なトライアングル―パンツァーシルトを目にする。
 
「うらやましいものだな、今の射撃戦だけで部下の1/3は倒れこむところだ。」
 
直立姿勢に戻ったゼストに、ぐるりと上下を入れ替えながら返答する。

「射撃・砲撃こそミッドの華、と言いたいところだけど、低ランク向きではないわよね。」

最後の乱射を含めて50発以上の魔力弾を複数のスフィアから放ったのだ。Dランクなら魔力切れで昏倒しかねない。しかし、それだけ撃って引き出せたのが盾1枚、というのは情けないなぁ。さて、どうしたものか。

「さて、仕切り直しといくか。」

再び構えたゼストに対し、こちらも射撃スフィアを再生成する。小手先ではあるがうち2つは左右に道幅いっぱいまで離した。相手の突進と射撃開始は同時。擬似的な1対3としてみたものの突進速度は変わらずに接近されるため、右斜め前方に回避行動を取る。槍の先端が左肩ギリギリを掠めるが問題はなし。

「足ぐらい使え!」

浮遊状態で移動するこちらにゼストが苦言を呈するが、無理いわんでくれ、1ヶ月そこらで騎士と地上戦が出来るような鍛え方なんて無理だから。それにしても射線を散らしてみても大きな回避行動を取らせることが出来ないのには参った。高速で大きく回避を行うフェイトとの模擬戦に慣れすぎて、何か要素を見落としているか。

 移動したことによって自分から離れたスフィアの射線上に乗ってしまったが、構わずランサーを放つ。ゼストは背後を見ずに横っ飛びに回避したため、姿勢が崩れてはいるがこっちも自分自身の攻撃を回避するために手は出せない。しかし視界に入っていなくても回避できるか、というか存在が分かってれば魔導師なら回避は楽だよな。弾速などは先ほどからの射撃で分かっているだろうし。待て、魔導師か。

 自分から離れてしまったスフィアを破棄し、手元で再生成、後退しながら射撃を再開する。先ほどから予測射撃を含めていたものの、さらにパラメータをリアルタイムで弄る、ただし調整幅は僅かに。14の弾体がゼストに殺到、先ほどと同様に体をずらすゼストの右肩を1発のランサーが掠った。やはりか。続けて射撃を続行。高速で振るわれる槍に3発のランサーが消滅するが、直後にゼストは左へ跳び弾幕そのものを回避した。

「どうやら気づいたようだな。」

「対人戦の経験がないのは認めるけれど、そこまでしてくる奴っているの?」

「友人の制圧射撃は非常に厄介でな。」

「騎士」とは言うものの同じ魔導師だ。それを相手に同タイミング、同速度の射撃で迎撃しても、全ての射線は見えているも同じ。正確な攻撃ゆえにコンピュータには予想しやすいと青い人も言っている。弾速と発射間隔自体も全てずらした結果、ゼストは予測とのずれを気にして全部回避することとした訳だ。

「そろそろ派手に行くとしよう。」

発言の直後の突進。ラウンドシールドを展開するが上段から振り下ろされる槍を見て右手のミョルニルを跳ね上げる。一瞬の拮抗しか作り出せずにシールドは砕かれたが、おかげで間に合った。両手で掲げたミョルニルにガキリと刀身が当たって止まる。が、

「いいデバイスだ。だが、非力だな。」

ミョルニルにはひび1つ入らなかったが、じりじりと押されて押し返すことも適わない。ランク的に同程度の強化しか出来ないならば、あとは地力の差がそのまま現れるだけである。とっさに両端を持って受けてしまったために切り返しも出来ないのが痛い。やむを得ず飛翔魔法を発動し真上へと急上昇して跳ね上げた。そのまま高度100mまで上昇しながら牽制の射撃を行うが、ゼストはそれを回避しながら追撃に移る。迎撃のためにスフィアを追加しながら接近戦に備えて魔力刃―アークセイバーを発生させる。単なる真っ直ぐな剣状の刀身でしかないが。

「ハッ!」

気合とともに繰り出された下からの切り上げを後退と上昇で回避する。そのままパワーに任せてループに入る。視界外だが直近に発生させたサーチャーでゼストを見れば、そのままの勢いで上昇を続けた後、下降に転じてこちらに向かってくる。既にこちらは下降に入り始めたので距離は簡単には縮まらないだろうが、向こうもパワーダイブを行っているようで速度が速い。引き連れたスフィアで牽制射撃を行いながらビル群スレスレまで下降、若干の水平飛行を挟んでゼスト目掛けて斜め上方に上昇を開始する。すれ違いながらの斬撃―打ち合いに移行しないでその勢いのまま上昇を続けた。追撃に対しては振り返らないまま後方へと射撃を行い、ともかく速度を殺さないよう弧を描いての機動を心がける。ゼストはこちらを追尾してきてはいるが、急激な方向転換を行ったようで速度が落ちている。そうこうするうちに再び自分の正面にゼストを収めることが出来た。そのまま加速しながら射出したフォトンランサーとともに突進する。先に到達したフォトンランサーはあっけなく回避されたが、そこへ再び斬撃を加えた。

 パリン、という意外に軽い音とともにアークセイバーは砕け散ったが、その時には既にゼストの後方へと抜けていた。打ち合った衝撃で手が震えているが、次の接触までには回復するだろう。この段階でゼストも飛行パターンを変更してきた。つまり、速度を殺さないための航空機的な機動にだ。距離は簡単には縮まらないが、逆に開きもしない。これはまずいと後方への射撃数を多くしてループするだけ余裕を作り上げる。目論見どおりに迎撃のためゼストが速度を落としたので、こちらは再度ゼストを捉える事が出来た。威力ではなく速度を上げたフォトンランサーを多数射出しながら突進する。が、ランサーを多くしすぎたようだ。

「衝撃加速!」

視認しづらい衝撃波がゼストの槍より放たれ、先触れのランサーを消滅させる。止むを得ずロールしてラインをずらし、そのまま突き進んできた衝撃波を回避する。直後、ゼストに接近するために強引な軌道変更を行ったため、速度は落ちたがむしろ都合がいいかもしれない。

「アークセイバー!」

射出ではなく刀身の再形成とともに左袈裟に切りかかる。ゼストは右手のみで槍を上げると難なく魔力刀身を受け、同時に左拳に打撃魔法を生成させる。完全なカウンターのタイミングだ。が、構わずミョルニルを振り切った。合成音声が響く。

『Hammer Strike』

魔力刀身を槍の上に残したまま、鎚頭が打撃魔法とともに彼の胸部に吸い込まれていく。衝撃音とともにゼストの体が吹き飛んだ。




 息遣いが荒い。空戦中、まともに呼吸しているかも怪しかったし。刀身自体がブラフだとは、流石の騎士でも思いつかなかったようだ。試験開始から何分経っただろう。なんてこと、まだ10分しか経っていないじゃない。終了の合図はまだだろうか? それ以前に、ビルに突っ込んだゼストは大丈夫か? ちらりと崩れたビルの方を見る。何故か視界が歪んだ直後、急激に何かに突き上げられた。




 複雑に錐揉みしながら上方に「落ちていく」。奇妙な感覚とともにゼストの笑い声が聞こえてきた。健在、ということは攻撃を喰らった? だが・・・衝撃加速か! 気づけばミョルニルも手元にない。自力で飛行魔法を発動すると自分を吹き飛ばし続ける気流から強引に脱出する。ミョルニルは・・・あった!

「ミョルニル!」

落下中のミョルニルが音声に反応して高速で手元に戻る。ネタ攻撃機能の転用だが、こうも早く役に立ってしまうとは。ぐ、衝撃波に巻き込まれた際に捻ったのか、ミョルニルを受け止めた右手首が痛い。

「刀身そのものがブラフ、その上のテートリヒ・シュラークとは恐れ入った。」

頭をぶつけたのか額から血を流しながら、嬉しそうにゼストは言った。ジャケットの胸部は破損状態だ。

「おまけに仕掛け付きのデバイスか、なかなかに便利だな!」

「それはどうも。」

とってもやばいかもしれない。なんというか、眼がやばい。というか、あの手応えで平気で立ち上がってくるのか。

「しかし、いささか手打ちだった。あれでは威力が足りん。」

威力が足りんって・・・対打撃で調整されていたのか? なら分かるが。

「さて、続きといこうか。」

正直、もうやめたい。



 再開時にゼストは完全にトップギアに入っていた。突きも払いも鋭さを増しており、わずかでも後退しながらでなければ反応が追いつかない。ミョルニルの頑丈さと取り回しの良さでやっと追いつけている状態だ。

 左肩を狙った突きを両手で跳ね上げた鉄槌で左へ流す。直後に軽々とバトンのように頭部へ回ってきた石突を切り返して受ける。衝撃に痛めていた右腕がさらに痺れ、あまりにも速い次撃―上段からの振り下ろしを左手から直に発生させたアークセイバーで受け流す。辛うじて痺れの取れた右手のみでハンマーストライクを叩き込もうと振るが、受け流しで勢いが残ったままの槍が右袈裟に戻ってきたために軌道変更して槍先へとぶち当てる。勢いで完全に負けたために左手も添えて受けた直後、顎に衝撃を喰らった。

「はぁっ!」

何が起きたか分からないまま追撃を腹に受けて視線がほぼ下を向く。その後は何を喰らったのか良く分からないが、ほぼ真下への加速感に反射的にバリアを展開した。破壊音と全身への衝撃とともに視界が粉塵で塞がる。廃ビルに真上から突っ込んだ、ということでいいのだろうか? と、視界が晴れる前にぐらりと体が傾ぐ。

「う」

瓦礫の上に膝をつく。先ほどの一撃で揺らされた胃がストを超えてデモを起こし、そのまま吐いた。視界が安定せず、そのまま突っ伏す。

「む、いかんな。救護班!」
 
近くで誰かの声が聞こえるが良く分からない。起き上がろうと腕に力を込めるが、うまく力が入らない。と、全身に浮遊感を感じた。両側から持ち上げられたらしい。こちらに駆け寄ってくるフェイト達が見えたあたりで、視界が暗くなった。







「まあ、合格だな。」

仇を見るようなフェイトの視線を平然と受け流してゼストはそう宣言した。

「おい、ゼスト。」

レジアスが抗議を上げるようにゼストを呼ぶが、それを片手で制して彼は言葉を続ける。

「空中機動ではこちらをほぼ完全に制し、その上騎士に接近戦を挑んでこれだけのダメージを与える相手を不合格にする理由はない。」

そう言ってアンダーシャツまで見える状態の騎士甲冑の胸部を、親指で指し示しながらにやりと笑う。連携戦はやるまでもないだろう、とも付け加える。

「おかげで最後は熱が入りすぎてな。すまんな。」

そう言ってフェイトの肩を軽く叩くと、その横を通り過ぎる。

「ゼスト一尉、どちらに?」

リンディの声にゼストは振り向かずに頭を指差しながら返事をする。

「落とされた際に額を切ったことを思い出しまして。」

あまりにも平然としていたために皆失念していたが、ゼストの顔面の血は既に乾き始めていた。と、医務室のゲートが開いてレティが出てきた。

「ゼスト一尉?」

正面をふさいでしまったゼストに、レティが声をかける。ゼストは無言で自分の顔の流血を指差した。

「誰か、ゼスト一尉の手当てを!」

その声に救護要員の1人がしまいかけたメディカルキットを慌てて準備しなおす、と、その隣から声がかかる。医務室内に付き添っていたリニスだ。

「仕切りを用意しますので少しの間向こうを向いていてもらえますか、グランガイツさん。」

「すまん。」

検査と手当てが終わったばかりのプレシアは、Yシャツの前が開けられた状態のままだった。



「ええ、この下から回した石突で顎を打ち上げられたところですね、これで脳震盪を起こしましたね。」

負傷の度合いを医務官が説明しているのだが、半分デブリーフィングである。しかも医務室内で。

「得物だけ跳ね上げるつもりだったが、若干目測を誤った。」

二つあるベッドの片方―仕切りの向こうでだが、手当てを受けながらゼストがコメントする。

「で、直後に右のボディブローがクリーンヒット。これでまあ、主に胃がダメージを受けましたので、数日は流動食がいいでしょう、というか、固形物はしばらく受け付けませんね。」

「騎士甲冑の対衝撃設定をあと10%上げるように言っておいてくれ。それなりに硬いが、ベルカ式相手では若干足りん。」

「はい。」

ゼストの忠告に仕切りを挟んでリニスが答える。それを聞き流して医務官は言葉を続ける。

「あとの肩への一撃と、廃ビルに突っ込んだ分はダメージなしです。さすがSレベルの魔導師ですね、全部バリアジャケットで止まっています。」

「いえ、バリアが展開されていたためでしょう。ジャケットだけではもっと負傷しているわ。」

提督とは言え前線指揮の多かったリンディがそう補足する。

「あとですね、ちょっとどこでかは分からないのですが、右手首を捻挫していますね。自然治癒で間に合いますのでこっちはテーピングで固めました。しばらくは右手を使わないように言っておいてください。」

「分かりました。」


「で、お前の方はどうなのだ。」

仕切りの向こう側でレジアスがゼストに尋ねる。回答は手当てを終えた救護要員からだった。

「頭部部分のジャケットのフィールドが弱まったところでコンクリート片が当たったようです。皮膚を切っただけで、衝撃そのものはほぼありませんね。胸部もアンダージャケットで止まっています。デバイスが記録していた衝撃値からすると、もう少し威力があったらあばらの1,2本は持っていかれるところでしたが。」

「問題はないな?」

ゼストが救護要員に確認する。若干の躊躇とともに彼は答えた。

「規定上、精密検査をしておきたいところなのですが・・・」 

「所要時間は?」

「45分は欲しいですね。」

その回答にゼストはふむ、と声をあげて少し考えると、レジアスに声をかけた。

「レジアス、後の予定がふいになってしまったが、せっかく「未来の局員」が見学に来ているんだ、サービスぐらいするべきだと思わんか?」

回答はすぐ返ってきた。

「許可する。」

1時間後、ゼストによる近接格闘、及び空戦についての指導がフェイト、アルフ、ベルタに対して行われた。ベルタは地上での格闘戦の指導のみとなったが、フェイトとアルフはフルコースである。もっとも、フェイトについては指導という名の本気の模擬戦と化した(主にフェイトの攻撃が)。アルフはフェイトの戦闘速度についていけず途中で脱落。なお、本気を出したフェイトであったが、彼女の戦績には母親とリニス以外の黒星が1つ追加される結果となった。




 同日午後7時、クラナガン、首都防衛隊司令室にて。

「で、どうだ?」

レジアスの問いにゼストが答える。

「惜しい、としか言いようがないな。」

「ほう。」

「あと15年若ければ騎士に仕立て上げられる逸材だった。」

「過去形か。」

プレシア・テスタロッサ、40歳。騎士となるにはあまりにも遅すぎた。

「ああ、それだけに娘の方は末恐ろしいが。速度では完全にこちらの負けだった。」

付け入る隙も多かったがな、と付け加えるゼスト。

「ふむ、で、もう1人は?」

フェイトについて軽く流したところで、ベルタについての意見を求めるレジアス。

「天賦の才はないが、筋はいい。だが、魔力量だけはいかんともし難い・・・ある意味ベルカ的な人材だな。体が出来上がってくればそれなりに化ける。」

それに、体さえ出来上がればカートリッジを使えるしな、とゼストは続けた。

「そうか。だが、どちらもまだ早い、と言ったところか。」

「ああ。」

現状において、ごく僅かではあるが戦力に余裕はあった。9歳や14歳を前線に出さないだけの余裕が。それでも、ごく僅かである。均衡が崩れれば訓練課程の学生さえ引っ張り出すことになるだろう。

「まあ、うちに引っ張れるのは片方だけだろうがな。」

どう見ても高位のフェイトを獲得できるとは思えなかった。

「いつものことだ。あるもので遣り繰りするしかないだろう。」

「分かっとる。」

せめて、今回の「貸し」でレティ・ロウランだけでも手を緩めてくれればな、と愚痴るレジアスであった。 





「で、これ何?」

私の問いにリニスが呆れた顔で答える。

「ご覧の通り、嘱託魔導師の資格証です。まだ脳が揺れたままですか?」

それは見れば分かる。記載されているランクは空戦AAA+とはなっていたが。問題は、試験課程を終えていない筈なのに何故それがあるかということだ。

「同格以上の騎士に、あれだけの一撃を与える相手に出さない理由がないとのことで、その場で発行されました。」

そうですね、ゲイズさんはなんだか含みがあるようでしたけれど、とリニスが付け加えたので、頭が痛くなった。どうもレティとレジアスの綱引きのダシにされたっぽい。

「それと今日1日は安静にするように、とのことです。あと、右手は4日は使わないように、と先生が。」

さいで。

「ですので、今日から4日間、あなたの右隣はフェイトの指定席ですから。」

はい?

「左手、動くけど。」

「・・・試験からアルフが脅えるレベルでフェイトが不機嫌です。ご機嫌取りも兼ねて世話してもらってください。」

それから4日間、フェイトの機嫌は垂直上昇で高度記録を塗り替えました、まる・・・流動食が1週間でこっちの気分はルーデルなみの急降下をしっぱなしだったけど。



あとがき:

 エピソードを2つ入れる予定が嘱託試験描写で丸々潰れた・・・一部(フェイトの機嫌が垂直上昇とか)端折った上に性懲りもなくオリキャラ追加したりしてます。模擬戦については互いに手の内見せないならこんなもんでしょう。騎士相手にわざわざ接近戦を仕掛けていますし。問題点はゼストがしゃべりすぎかな? ってとこですかね。あと、リニスに準備させたのに連携戦はお流れに。



[10435] 母であること25 A's Pre7
Name: Toygun◆68ea96da ID:84bdd634
Date: 2011/06/02 21:40
26.ちびだぬき


「それじゃ行って来るわ、最長で1週間てところね」

「お気をつけて」

「いってらっしゃい、母さん」

「いってらっしゃい、プレシア」

最後のアルフの期待する顔に、仕方なく付け加えることにした。

「お土産は期待しないでちょうだい。局員が駐在しているといっても管理外よ? 食品関係は検疫で撥ねられるわ」

その言葉にがっくし、といった風なアルフを、まあまあとなだめているフェイト。そんな光景を目に焼き付けてから、家を出た。




 ミッドガルド・リサーチ東京支部。呼称を略して「ミッド」とすれば、地球に派遣された管理局員もうかつな言動を抑えられると言うことで採用された名称だとかで。本社は最初スウェーデンにあったことになっており、現在はアメリカに本社が置かれているが、社員は管理局員と民間協力者で構成されている。地球にちゃっかり浸透しているとは・・・。

「まさかアメリカを出国するところからやる羽目になるとは思いませんでした」

思わず支部の担当に愚痴ってしまう。コロラド州のデンバーからロサンゼルスまで飛んで、そこで1泊。続いて羽田まで11時間飛んで、また1泊。かくしてAM10:30に東京支部に出頭したわけだが。

「色々と話はついていますが、情報レベルが高いですからね、確かに「いた」という記録を作っておきませんと」

「監視カメラも含めて?」

「それを見ていた人間も含めてです」

その言葉にふう、とため息をついてから、ふと思い出して右手に持った袋を持ち上げる。

「ああ、これ、どうぞ」

そう言って持っていた土産物を渡す。両手を使うべきところだが、左のスーツケースを置くのも面倒だったので。中身はなんとなく無難そうなレーズンサンドを3箱ほど。

「これはどうも」

「まあ、機内持ち込みとか良く分からなかったから羽田で買ったんだけれど」

「911以降色々ありますからねぇ」

さ、こちらへどうぞ、と事務所内の応接スペースに案内される。途中見えた他のスタッフ達は、慌しく動いている。おや? と思って聞いてみる。

「ずいぶんと忙しそうですね」

よく見ると、いくつかダンボールが積まれているのも見える。

「ああ、ここは1ヶ月前に開設されたばかりですから」

「チーフ、次元震計、設置完了です」

「了解、魔力センサーの方も頼むよ」

ヤーヴォールと返答が返ってくる、ベルカ系か? と思ったら、

「彼はドイツ出身でして」

との注釈がチーフから入った。ついでに愚痴が一つ。

「流石に真反対の魔力反応は追えませんでしたからね、この間の件では開店休業と言われても仕方が無い体たらくで」

それで急遽こちら側にも拠点を開設することにしたとのこと。民間協力者(なのは)、及び「我が家」の件もあったので、日本に決定したとか。局員の安全上の面でも日本は都合がいいとかで。

「さ、どうぞ」

勧められるままに応接のソファに腰掛ける。そして出された書類をチェックする。着任は後日だが、その前の登録その他手続きだ。それ以外もある。数枚の書類にサインして、一通りの手続きを終える。あとはこちらでの「場所」を決めてから。

「こちらが頼まれていた資料です」

その言葉とともに、海鳴近辺のマンション・戸建物件の資料を渡される。

「指定通りに、例の民間協力者の自宅に近いところを選んでおきましたよ」

「助かります」

ざっと目を通してみるが、実際に現場に足を運んでみないと分からないだろう。

「連絡等の仲介はこちらで行います。こちらの連絡先を教えてしまってかまいませんので」

至れり尽くせりだ。

「これから回ります? それなら業者に連絡を入れておきますが」

「その件は明日と言うことで連絡を入れておいて貰えますか。これから海鳴に移動して宿を取るだけでも結構かかりそうですので」

この間はダイレクトに行く羽目になったのでわからなかったが、調べてみたら海鳴市は神奈川にあった。なんというか、縦に長めの地形で、県中央と小田原の間に割り込むように都市が存在している。北側が温泉宿等のある山岳地帯―箱根などにもつながっているので、東海道線や西湘バイパスの途中の風景にはきっと違和感を感じることだろう。海鳴市藤見町・遠見市と、横浜よりは規模は小さくともそれなりの都市が増えているから。

「確かに。今回は東海道線を利用した方がいいですよ。小田急だと、海鳴の中央部への移動がつらいですからね」

あー、南北のラインが少ないからなぁ、小田急は。大回り・割高でも東海道で行った方が確実か。



 東京駅から東海道線にて移動する。秋葉原を覗いてみたいとも思ったが、我慢するとしよう。まあ、覗いたところで、こっちはPS3も発売前だ。「以前見た」ものよりも古い物ばかりだな。しかし、東海道線にまで広告が出ているとは。「今冬発売 ! 」の文字が躍っている。どこかで見たようなどこか違う物ではなく、以前見た物ばかりだ。思わず、日中の車窓にわずかに映る自分自身を確認するが、そこにはやはり、プレシア・テスタロッサがいた。

「秋以降には海鳴支部も開設予定か・・・」

海鳴から東京の通勤は流石につらいし、AAAとS(空戦AAA+だが)がかたまっているならサポートの人員を配置しても管理局としては問題が無いらしい。それに、広域型のセンサーを配置できる拠点は出来れば多い方がいいとか。ただまあ、まれにいる魔力持ちにいちいち反応してしまわないように大きめの反応しか感知しない設定にするのが通常なので、事件または災害一歩手前でないとわからないわけだが。

 平日昼間の列車内で揺られること1時間半、数ヶ月ぶりに海鳴の地に足を降ろした。それにしても、暑い。アルトセイムの涼しさに慣れすぎて、日本の夏が―既に9月なのだが、とてもつらい。

「9月までずれ込んだ分まだましか」

手続きや嘱託試験がとんとん拍子に進んで8月に訪問、となったらここで倒れていそうだ。正直、ブーツもつらい・・・。事務所でチェックしたローカル線に乗り換え、海鳴市中央にさらに移動するが、数年ぶりに喰らった「屋外で加熱→車内で冷却される」のコンボにグロッキーである。ベンチで10分ばかりだれていたら駅員に声までかけられる始末だ。止むを得ず緊急避難、対環境設定で不可視のバリアジャケットを起動する。慣れておこうとやせ我慢したのは間違いだったようだ。ベンチの真横の自販機に小銭を放り込む。ほぼ「どこでも」のレベルで高機能な飲料が手に入るのは日本の利点だ。欲求に従って水分を補給してから、さらに動けるようになるまで15分を要した。

「チェックインしたらシャワー浴びよう・・・」

のろのろと歩きながらそんなことを呟く。



 9月でよかった第2弾、チェックインはスムーズに行われた。海鳴は夏定番スポットがある以上、行楽シーズンだったら目も当てられない。チェックインしたのは東○インだが。そういえば、ミッドに「イーストサイド」とかいうチェーンのホテルがあったような。どっちもさんざん泊まったな・・・規模は違うがお互いデスマには縁があるようで、などと鏡の中のプレシアと心で話しつつ、服を脱いでいく。

―そうね

返事は当然ない。服はあとでクリーニングに出すとして、まずはシャワーだ。せまいユニットバスも懐かしい・・・そういえばイーストサイドはユニットバスじゃなかったな、部屋自体広かったし。やっぱり土地が余ってるからか。

 シャワーの温度を下げながら軽く2,3度頭を振る。

「頭、冷やした方がいいわね・・・」

私はイーストサイドには泊まっていない、泊まったことがあるのはプレシアだ。

「どこまで切り分けて考えた方がいいのやら」

正直なところ、腹をくくって全部自分のものとしてしまった方がいいと思うこともある。しかしながら、感情の記憶まで己が物とするのは危険だ。

「最悪、プレシアに引きずられるな・・・」

それでは目的を果たせない。末期のプレシアのような暴走機関車では、どう転んだって「幸福」には辿り着けない。

「あーもう!」

一気に蛇口を捻って「水」を浴びる。冷や水というまでの歳ではなくとも体には悪いが、それ以上に頭が「悪い状態」だったから仕方がない。ともかくこの件は保留だ。闇の書事件で失敗すれば、そこで終わってしまう。

「まったく、どの宿題も大きすぎて困るわ」

結局その日は、近くを軽く歩いてみた程度だ。どうにも疲れていたらしい。




「どうでしょうか?」

前の2件をろくに見ずにここまで来たんで、業者の態度がえらく低姿勢になっている。都市部寄りすぎたのですぐさまパスしてしまったのはまずかったが、なのはの家が見えないのはいざというときに問題が出るので仕方がない。

「位置は非常に良いですね」

いくつかの空きフロア前から景色を眺めると、和洋折衷の和のテイストが強い外観の家―ぎりぎり屋敷にならないレベルの家屋を確認できる。考えてみれば小さいながらも門さえ構えてあり、道場がある高町家も大概だな。

「それでは、中をご覧ください」

ほっとした表情で扉を開けると、どうぞ、と中へと促される。4LDK以上のマンションを指定してはいたが・・・

「これはまた・・・」

広い空間には庭園で慣れていたが、マンションという言葉に対してはより固定されたイメージしか持っていなかったため、思わず絶句する。「上下」があるなんて思わなかった。

「ご覧になられている通り、内部設計は特殊でして。家族向けで設計されていますので部屋数も指定以上あります」

手元のパンフレットを見ると部屋数等は書いてあるが、4LDKや5LDKと言った表記はない。そう言った区分が出来ないからだろうが。玄関から続く廊下の先には、2層分の壁全体が窓になっている広い居間がある。あまり区切る感じではなくダイニングとキッチンが見えるが、それよりもフレームで構成された階段が目立つ。そこから上層に行ける様になっており、見れば各部屋のドアが並んでいる。マンションの宿命のようにバスルーム等は始めの長い廊下にあったと思うが、設計者はそんなことを許すのだろうか?上層の各部屋―5部屋もあったが―を見る。和室1、洋室5。苦笑しながらつい言ってしまった。

「デザイナーとは喧嘩したでしょ、これ」

ははは、と小太りの営業マンは汗を拭きながら答える。

「最初から無理な注文だと断ってから始めた話なんで、そこまではいってませんよ」

デザイナーズマンション的な特徴をいくつも持っている癖に、中身は各部屋の配置と接続を除いて大きめな一般家屋のような構成だ。よっぽど仕事がなかったのだろうか。

「外観の方も抑えて、その分耐震構造とセキュリティに回しました」

手元のパンフレットに書かれた価格を見る。修正があったのか上から貼り付けられていた。

「これで3800万・・・相場には不慣れだけれど、このグレードにしては値段、落としすぎてません?」

「春に市街地で妙な地震がありまして・・・ここらいったいの物件は軒並み値下がりしてますよ。まあ、ここは築6年目ということもありますし」

それに実はまだ空き室が多くて、と彼は付け加えた。気にしない人間には良物件だろうが、高級とも言えずかといって普及モデルとも言えない辺りがやや不人気の理由だろうか。しかし、こっちとしてはちょうどいい。

「ここにします」

「まだ回っていないところもありますが、よろしいでしょうか?」

「他は多分、場所が合わないでしょうし」

聞いてみれば、残りの物件は風芽丘図書館の近くだとか。条件的に合わないどころかニアミスがやばいので、ここで決めることにした。正式な契約は後日として、仮契約を行う。なお、場所は5Fだ。同フロアには3世帯分あるが、全部空いていたのでその一箇所に決める。空き続けていれば事件時にはリンディが隣に仮本部を置くだろう。東京支部の方にも連絡を入れて、本契約等の予定を決めてから業者と別れた。数日のうちに支部の人間がここをチェックした上で契約することになるだろう。次回こちらに来れるのは、フェイトが編入試験を受ける1ヶ月後だ。実際の売買契約を支部の人間に代行してもらうので、委任状等を後で書かないとな。
 
「さて、今日のところは丸々空いたわね」

時間にしてAM11:30。まずは昼食か。



 昼食はその辺のファミリーレストランで済ませて付近を散策する。いや、半分は幸運な接近遭遇を期待してのことだ。そのためにわざわざ風芽丘図書館方面まで足を運んでみた。最悪の場合はヴォルケンリッターと顔を合わせることになるのだが・・・。それはそうとして、妙なものを目にした。「仮想現実という名の「現実」。The Worldの扉は既に開かれている」―ゲームショップの店頭に出ていた看板だ。イラストや煽り文句からするとMMOのようなのだが、記憶にないなぁ。間違い探しのように見たことのあるものから見たことのないものを探しながら、歩き回る。今日接触できずとも、明日もあるし。まあ、明日は明日で聖祥に書類を提出しに行くので、その後になるのだが。あいにくとその日は、結局彼女に出会うことは出来なかった。


 夕食も済ませて戻ったホテルにて、久しぶりに手にした書籍を読む。スティーブンキングの「ガンスリンガー」だ。残念ながらこのシリーズを最後まで読むことが出来なかっただけに、存在しているのは有難かった。読んでいるような余裕がありそうなら残りも入手するとしよう。ジェルサレムズ・ロットなんて地名があったから正直なところ手に入るとは思っていなかったが。ローランドが結果的に一つの町を壊滅させてしまうところまで読み進めながら、マルチタスクで手にした「アクセサリ」をチェックする。動作状態は半待機状態、誰かの首にかけられたところで稼動を開始する。フルパワーでの稼動や再起動時にはコマンドワードを詠唱する必要があるのだが、この通常はないモードにしておくと、RPGのマジックアイテムのように扱うことが出来る。名前は仮ではあるが「Demi Avalon」とした。名前の通り、ペンダントトップはFateのアヴァロンをデフォルメしたものだ。外観として本物の金を使っているかのような質感には仕上げてはあるが、別に金までは使用していない。また、起動時の外装などもなく、フルパワーで稼動してもこのままである。特筆すべきはこのデバイス自体ではなく(無論、高性能ではあるが)、そのプログラムにある。非常に高強度で多角的な防御能力を持つ結界を展開できるのだ。Aランクの魔導師が通常展開する隔離結界ほどの魔力で、だ。通常の射撃魔法ではびくともしないし、ためしにフェイトに撃ち込ませてみたサンダースマッシャーも難なく防ぎきった。仕様上は有毒ガスや有害レベルの紫外線・電磁波、果ては放射線まで遮断する。有害な特殊魔力素もだ。

 つまりは、そういうこと。再び失うことに耐えられないと思った彼女が、アリシアの新たな体が出来上がるまでの間に作り上げようとしていた結界魔法というわけだ。目を覚ましたのがアリシアではなくフェイトだったために、この魔法も、専用デバイスも完成一歩手前で放置されていたわけだが。で、これを持ってきている理由は、その遮断レベルが半端なかったことによる。機能限定を行って起動しても、本人の魔力反応自体を外部に漏らさない上に、使い魔との魔力供給ラインまで極限に絞りきるのだ。おかげで試験起動したらリニスが工作室に血相を変えて突っ込んできた。当然感覚リンクは真っ先に切れてしまう。欠点は、デバイスの内蔵魔力保持機構にもよるがフルパワーで稼動させたら数10分しか結界がもたないこと、それとやはり力技で結界を突破できること、そして専用デバイスを使わなければならないほどに演算力を要する重いプログラムだ。必要性を感じたので魔力収束・収集機能を常時稼動するようわざわざ手を加えたので、さらに重くなってしまっている。各機能コードそれぞれに没案らしきモジュールプログラムもあったが、そっちに変えても大差はなさそうだったので、基本路線は「プレシア」が最後に手がけた状態から発展させている。それにしても、フルパワー稼動時には結界内部への次元跳躍攻撃もジャミングで照準を不可とする、などというところまでやるとは・・・。未完成だったのでそこも完成させておいたが。で、現状だと、いわば省エネモードで稼動するようになっている。魔力隠蔽、魔力漏出の防止、周囲魔力の収集と、言ってみればリンカーコア障害を抱えた人間向けのモードだ。闇の書自体に干渉するわけではないのでセキュリティにはひっかからない筈だと思う。問題は守護騎士たちだが・・・ライン自体は切られるわけではないので、消滅等、厄介な事にはならないはずだが、魔力面で行動に制約がつくのは避けられないだろう。蒐集活動に影響が出るのは確実なので、彼らがどう選択するかだ。

「それも彼女に会えなければ意味がなし、と」

栞を挟んで本を閉じる。




 
 小学校レベルで受験なんて、とは思うがゆとり教育の弊害が取り沙汰される世の中、教育熱心なお母様方には深刻な問題だ。そんな中、「友達がいるから」などという理由で通わせようという人間は世の中を舐め腐っている、と言われるだろうがそこは押し通す。まあ、聖祥も私立としては緩い方らしい。孤児、HGS患者などで多数の訳ありの生徒を無償で受け入れているなど、経営も大事な私学としてはやや異色だ。同じ場所に小学校から大学、はては大学病院まで抱えているから出来る芸当だろうが。病院だけ海鳴大学病院となっているが、そこは地域名を売るための妥協か。ところで、HGS患者ってなんだ? 聞いた気もするんだが。

・・・などと色々理由を付けてみても不安は不安である。条件的にはフェイト・T・ハラオウンであった場合とほぼ同じで、しかもあちらは多分こっちよりも打診期間が短いのでは、というレベルのはずだから、大丈夫だとは思う。そもそも今日は書類を提出するだけだ。にもかかわらず、気合を入れていく。具体的にはキャリアウーマン的なスタイルで、別の意味で戦闘状態にと言うところだ。着慣れない服装ゆえに1ヵ月後の本番だとどうぼろが出ることやら。白衣か作業服が仕事では基本だったし。ビジネスホテルの洗面は使いやすいとは言いがたいが、贅沢は言っていられない。洗った顔に化粧水をつけ、続いて乳液を塗りこむ。日焼け止めを兼ねた下地を丁寧に、かつ薄く顔全体に塗ると、リキッドファンデーションをさらに重ねる。こちらも薄く。厚くしたって誤魔化せる歳ではない。それなりのテクニックは存在するようだが、悲しいかな、プレシアにはそこまでの知識はない。ルージュ(頬紅)を入れる必要はなかった。以前のように青白い顔などしていないし、何分今日も暑い。オレンジで薄くアイシャドウを入れ、リップでルージュを入れて完成である。

「少しは見れるようになったわね」

必要な物だけを持って、今日もちょっとだけズルをしながら部屋を出る。化粧だけで30分かかったのだ、化粧が崩れてまた30分、とはやりたくない。


 書類提出だけのつもりが、軽い雑談とも半面接ともつかない問答より開放されて早1時間。さすが私立、油断も隙もない。実質はともかくそのことごとくが見せ掛けの経歴だ、シングルタスクだったらボロが出ていたところだろう。で、図書館近くのオープンカフェで今日も張り込み。ここのコーヒーもなかなかに旨い。まあ、変な酸味がなければ旨いと感じられる安い舌だが。昼食には早かったが、なんとなく小腹も空いたので一度カウンターに向かい、サンドイッチを頼む。料金は先払いだ。いいカフェなのだが、ネックは店主か。いかつい顔の店主が注文を確認するようにじろりと目を見開くと置かれた代金を一瞥しただけで、他の客の分の料理に続いてそのまま調理スペースで作業を始める。多分、小銭に手を触れてからまた手を洗う、という無駄を嫌がったためだろう。程なくして出来上がったBLTサンドと、コーヒーのお代わりを持ってまた外のテーブルに向かう。背中でキャッシャーと小銭の音が響き渡る。しかし、店内と外のテーブルは水平が保たれているのはいいが、町並みが斜めというのは神経にクる。酷い坂ではないが、駐停車でのブレーキ忘れは致命的だ。コメディのように自分の車を追いかける羽目に

「だ~れ~か~~~~」

ドップラー効果を残して何かが過ぎ去った。反応は正直言って遅れた。重いドアを乱暴に開けて出てきた店主の方が速いぐらいだ。が、直後にトップギアまで引き上げる。トレーが落ちる音が響く前に通りへ。デバイスは待機状態のまま、術式を起動。

『Sonic Move』

ほぼ無音と化した世界で高速で対象が近づく。取っ手を掴むまでは問題ないが、既に時速にして40km、そのまま止めれば乗り手が吹っ飛ぶ。だから、ぐるりと前後を入れ替えて、術式をオフ。

 がりがりと摩擦音を立てて減速、かかとの接地感が消えたことでヒールを履いてきたことを思い出す。対処として進行状態とは逆向きに飛行をかけて減速。都合20m、坂を下って私と車椅子の少女は停止した。ここまでの道の記憶どおりなら、今背中にあるのはガードレール、そこから先は数mの段差の下に別の道だ。はあ、と気の抜けたような声が聞こえた。覗き込むようにして声をかけた。

「大丈夫?」

ずり落ちそうに深く座っていたのか、こちらを見上げる顔が声を返してくる。

「おかげでたすかりました」

イントネーションが若干違った日本語で言葉が返される。それにしても・・・ブレーキの故障? 掴んでいるグリップのレバーを握りこんでみる。感触から車輪がロックされたことが分かる。

「ブレーキ、効いているわね・・・」

とはいっても、背中側では握れない。座っている人間にも操作できるものがある筈だ。と、操作レバーに目が行く。ひょいと手を伸ばしてレバーに力を入れてみるが・・・

「反応しない?」

「下り始めたところでバッテリーが切れたみたいで」

バッテリー切れで減速機能もブレーキも作動せず? 手動ブレーキは、と問いかけて少女が指差したところを見ると、

「折れるような物じゃないわよね」

「わたしもそうおもっとったんですが」

倒しかけとおぼしき角度で傾いた、短すぎる金属棒が残っているだけ。本来あると思われる樹脂でカバーされた取っ手はどっかにいってしまっていた。


 オープンカフェにて、気が抜けたようにだべる。日常と非日常の急激な切換はまだきつい。携帯電話で家族に連絡をとる彼女を、ぼーっと見ながら休んでいると、ことりと目の前にプレートが置かれた。BLTサンドにコーヒー、正面の彼女の前にもだ。ふと見れば落とした筈のトレーなどは既に片付けられている。

「えっと、あの」

頼んでもいないのに置かれて彼女は混乱している。

「どちらもうちからの奢りだ」

それだけ告げ、あとは私に視線だけ向けると、店主は引っ込んでしまった。あまりこっちには来そうにないが、ひいきにさせてもらいますかねぇ。どうもさっきの魔法行使も黙っていてくれるようだし。

「細かい話はあとにして、せっかくの好意に感謝していただいちゃいましょ」

その言葉に、彼女は笑顔とともに返事をした。




「実はね、私は魔法使いなのよ」

一息ついた後、どうにも話の切り出し方を思いつけなかった私は、少々強引にいくことにしたが。

「うわ、ばあさんすごいな」

・・・そう切り返されるとは思わなかったために、思わず呆然としてしまった。彼女がまずったかな? という感じの顔をし始めたので、慌てて言葉をつむいだが。

「即効でその言葉を返してくるって、何やってるかな、この素行不良小学生は」

「小学生ちゃう。小学生は無期限休止中や。なんせ足がこないな有様やから」

あっけらかんとのたまう様が逆に痛々しいと感じるのは、一応年単位で「母親」をやっているせいだろうか。何度も感じたことだが、現実に目の当たりにすることは、非常に心にとって重荷になる。私も、この子も、今ここにいるのだ。ここに。

「それでやることが成年向けゲームって、」

この先の言葉を躊躇なく出せたのは、多少なりとも腹芸をこなせるようになったためか。それとも同情はこの子を侮辱することにしかならない、などという考えがかすめたためか。

「親は何やってるのよ」

「成年向けゲームちゃうで、ちゃんと一般向けのレアルタ・ヌアやで」

親、の言葉を華麗にスルーしたのは、ある意味状況に慣れすぎたはやての業か、それとも目の前の「魔法使い」を心配させたくないと思ったためか。

 なお、プレシアも認識しておらず、かつはやても無視していたが、Fate/stay night [Realta Nua]は15歳以上推奨である。蛇足ながら、ザフィーラに無理を言って原典を入手済み、と言うのは彼女にとってはトップシークレットだ。もちろんhollow込みで。

「そんなのあったの・・・」

「おまけにアニメもあるんやで」

「いつの間に・・・」

「さっきの、強化で追いついたん?」

と、方向がずれ始めたところをはやてに戻された。なお、ここまで互いに名乗ってはいない。

「どちらかと言うと若干固有時制御寄りの高速移動魔法ね。実際には高速移動に反応加速がついてくる程度だけれど」

まあ、あれほど物騒な術式ではないが、脳に負担がかかるので反応加速については多用しない方がいい。

「固有時制御? って魔法?」

「こっちは魔術と魔法なんてくくりはないわ。魔法か「奇跡」かよ。と、それはさておき」

さも何かあります、というようにじっと見る。いや、手にしたミョルニルで表面的なサーチも併用しており、確かにラインがあるのが分かる。

「よくその歳まで生きられたわね・・・あなた、通常の発散レベルでなく魔力が漏れ続けてるわよ」

「はいぃぃ?!」

彼女が言われたことに対して大声を上げるが、問題はない。そこそこのレベルで既に認識阻害結界は展開中だ。自分で上げた大声に彼女がはっとして口を押さえるが、周囲から何の反応が返ってこないことに今気づいたようだ。

「結界・・・なんですか」

「認識阻害がメインのね。街中での内緒話には必須よ」

「それで、その、わたし・・・」

「リンカーコア障害で稀にあるわ。大概の場合は消耗した魔力が回復できない、という症例なのだけれど、何もしていなければ蓄積していく筈の魔力がどんどん体から漏れていくタイプね。生体維持に影響をおよぼすほどにね。」

何か言う前に、考える前に専門用語も交えて畳みかける。マイナス方向の思考を加速させないこと、ついでにこれからのこちらの行動に疑問を感じさせないこと。こんな行動をするお人好しなんていやしないのだから。

「あなたは運がいいわ」

そう言って、チャラリ、と音をさせてそれを取り出す。

「昔、娘のために作ったのだけれど、今は必要なくなってね」

そう言ってから席を立ち、彼女の横に立つ。彼女の顔がこちらを向いたところで首にかけてやる。

「これで良し」

彼女はかけられたそれをちゃらり、ちゃらりと手でもてあそぶ。にこりと笑いながらこちらに向くと、口を開いた。

「真名開放はアヴァロンですか」

「ご名答、ただし頭の中で意味を思い浮かべながら言わないと作動しないようになっているから注意して」

なお、この仕様はミョルニルの投擲でも同様である。

「中二病こじらせすぎとちゃうんか、先生」

「小学生で中二病発症してる同類には言われたくないわね」

「それでもほんま楽になりましたわ」

「そんなすぐに効果出るわけないでしょ。魔力からっぽに近いはずなんだから、効果が出るまで最低でも1週間はかかると思うわ」

通常の人間が魔力からっけつの状態で、満タンまで自己回復で最低3日はかかる。Sランクともなればその容量の大きさ、回復能力の差異から、遅い人間なら感覚的に認識できるまでに1週間は要するだろう。まして、完全遮断は困難だろうし、身体回復の方に魔力が回されてしまえばさらに遅くなる。

「これ、つけっぱなしやないと駄目ですか?」

「基本的にはね。まあ、寝るときに邪魔なら枕元に置いておくぐらいでも効果はあるわ。体から離しすぎるとそれが構築する結界の外に出てしまうから、極力身に着けておくこと」

「効果はいつまで続くんですか」

「内包する魔力が続く限り。現在は省エネモードだし、周囲の魔力を収集する機能も働いているから原則として機能が停止することは無いけれど、フルパワーで使用したら数十分しか結界が保てないし、内包魔力がからっぽになって停止するから使いどころを間違えないように」

「フルパワーやとアヴァロン級の結界になるんですか?」

「あんなもんに届くわけ無いでしょ、まあ、戦車砲やバンカーバスターの直撃ぐらいは防ぎ続けるけれど」

「・・・じゅうぶんやないですか」

「あっちは完全遮断よ? これは力技で破れるの、まったく届きゃしないわ。まあ、私の奥義は防げるけれどね」

「そういうの魔術師が他人に渡すんやろか・・・」

「いいかげんFateから離れなさい、私は通りすがりの魔法使い、自分自身も実験材料にしかねない架空のキチガイどもと一緒にしないこと!」

「ほんなら青子先生やな」

「待てこら不良小学生」

そしてまたしてもアニメ化していることを知る・・・いくつ見逃していたのだろう。


  尚、原典はネットオークションにて運良く月箱を入手済みというのははやての・・・以下略。この件がプレシア及びグレアムにばれるのはまだ先のことである。




「じゃあ、ここまでで大丈夫ね?」

「はい、家族にも連絡しましたし、すぐ来てくれると思います」

喫茶店から移動し、風芽丘図書館までははやてを送っていった。坂その他があるのにバッテリーは切れている、ハンドブレーキは壊れているではほっとくわけにはいかないので。運良く彼女の家族はまだ来ていなかったが。

「それじゃ、私はここで」

「ほな、ってこれは」

「また来たときに使用感を聞かせてもらうわ。こっちから魔力を送ってやればそれの位置は大体分かるしね。普段から何らかの信号を発しているわけじゃないから安心して」

そういって踵を返そうとする直前、開きかけたはやての口を指で押さえる。

「自己紹介はまた今度。それは私の娘のために取っておいて」

「ほな、先生の自己紹介も、わたしの家族のために取っておいてください」

了解、と手を振って完全に踵を返す。逆方向からヒールを派手に鳴らしてかけてくる足音は、完全に聞こえない振り。先ほども感じたが、ヒールが折れたまま歩くのは歩きにくいな・・・と思ったところで角を曲がれたので、ちょっと立ち止まる。

「うん、これで良し」

駄目になったハイヒールはミョルニルに収納、外見だけはそっくりな、バリアジャケットで構築したハイヒールで歩いていく。魔法ってのは便利だ。




 高速でカツカツと音を立てて女ははやてに駆け寄っていくが、ほぼ直前でボキリという音とともに派手なヘッドスライディングをかますことになった。うつ伏せに倒れしばらくピクリとも動かない。

「シャマル、だいじょうぶかいな」

はやてとしては近づいて声をかけてやりたかったが、ブレーキのいかれた車椅子ではきっと轢いてしまう。いや、現状ではブレーキが機能したとしても轢いてしまうに違いないと、はやては戦慄した、己の芸人根性の業の深さに。そして右のヒールが折れたのに後ろや右側に倒れこむのではなく、きれいなヘッドスライディングを披露したシャマルは未だに動かない。はやての中で神が囁く、そこだ、ツッコめと。

 はやてが車輪に手をかけようとする直前、シャマルがガバリと身を起こした。ギリギリのタイミングである。はやては思わず舌打ちをしてしまう。

「なんで舌打ちなんですか!」

「なかなか動かへんからツッコんでほしいんやないかと思ったんやけどなぁ。あそこまで見事にボケられると」

「完全な事故です、ヒールが折れただけですから! 痛くて動けなかっただけですから!」

「そか。で、よりによって顔に傷や、なんとかなるん?」

その言葉にきょろきょろと周囲を見回し誰もいないことを確認すると、シャマルは指輪をつけた左手を己の顔にやる。わずかに光を発した直後、その手の傷ごと顔の傷もきれいさっぱり消えてしまった。

「さすがやな」

「「さすがやな」じゃありません! いったい何が起きたんですか! いきなりはやてちゃんを感じられなくなるし、電話がかかってきたと思ったら何の説明も無く図書館までって言って切れるし!?」

「わたしが感じられない?」

「はい、先ほどから目の前にいるのに、まるでいない・・・気配とかではなく、私たちとはやてちゃんとをつなぐ線が切れてしまったかのように」

その言葉に、はやては首もとのペンダントを己の顔の前に持ち上げる。

「ラインが切れるんか、これ」

はやてが手にした物を見てそう言った事に、絶句しかけたシャマルが質問する。

「それ・・・は?」

「完全にラインが切れとるんか?」

質問に質問を返されて微妙にパニック思考に陥り始めるシャマルだったが、すぐさま「つながり」を厳密に走査する。

「いえ、微弱ですが、つながっているようです」

「そか、なら帰ってからのお楽しみや。みんなも帰ってるんか?」

「私が出たときはまだでしたけど、みんな一斉に通信してきたので・・・」

「なら文字通り飛んで帰ってくるやろな。あんまり心配させるわけにもいかへん、急いで帰るで」

「はい」

それでも転移魔法を使わなかったのは、その反応が大きいためだった。流石に折れたヒールはなんとかしなければならなかったため、シャマルは騎士甲冑のブーツのみを展開することで急場をしのぐ。魔導師の対応方法は、大体の場合において似たような物であった。





「ん?」

「どうした?」

広域探査システムの立ち上げをしていた局員の上げた声に、東京支部のチーフが確認の声をかけた。

「いえ、今何か反応が出たような?」

「どこだ?」

「待ってください、立ち上げ中だったんでまともな反応かどうかも分からないんで」

そう言って局員は端末を操作する。ソフトウェア上では作動していないセンサーも多いために、表示された区域に対して有効探知領域はかなりの部分が虫食いのように空白である。

「うーん、小田原から海鳴にかけてのどこか、としか分かりませんね。未設定のセンサーが多いにしても、反応箇所がばらけてますから、ただのノイズですかねぇ」

「海鳴か。ちょっと待て」

そういうとチーフは手持ちの通信端末を操作し、相手を呼び出す。

『なにかしら?』

「立ち上げ中のシステムで反応が出ましてね。ちょうどそちらの辺り、ってところなんですが、何かありました?」

『・・・特に何も無いわね、ヒールが折れたからバリアジャケットで代用しましたけれど、まさかその程度で反応しませんよね?』

「ええ、そんなんじゃ反応しませんよ。ヒールが折れたって、どうしたんです?」

『暴走車椅子を止めたもので・・・』

「正式入局前にお仕事お疲れ様です。これが管理世界なら考査にプラスだったんですが」

『そこまで期待して人助けなんてしないわ』

「まあ、自分から入局しようなんて人間は大体そうですね。どうも、手間を取らせました。また後日に」

『ええ、それでは』

一通りの会話を終えて通信を終了する。

「ノイズかバグだな。何分急だったからセンサーの種類もバラバラだしな」

「数日かけて試運転ですね」

「まあ、のんびりやるとしよう。俺の方も書類仕事が多いしな。即効で場所が決まってくれて助かったが」

「海鳴方面の増員の件はどうなるんです?」

「選考は本局側でやってくれる。こっちは支部設置時の手伝いをするくらいだ、頭を悩ませる必要は無いな」

「それなら大分楽が出来そうですね」

「ああ、こいつが終わればな」 

そう言って2人は再度端末に顔を向けるのであった。



「ええ、それでは」

通信を終えて安堵のため息をつく。失念していた、ラインが切れたかのように絞られたら、ヴォルケンリッターの活動状態は分からないが、いかなる手段を用いても最速で主の下に戻ろうとするだろう。はやての迎えに来るのが1人、走ってきたことから単純に家にいただけだろうが、残り3人は転移で一気に戻った可能性がある。とすると、探査システムはそれを拾ったか。設置中で助かった、運用中では誤魔化しがきかないところだ。

「それにしても、あの猫ども、はやての監視が甘いわね」

そんなことを愚痴りながら、宿にしているホテルへと急いだ。




おまけ:

・・・少々時は遡る。

「むう・・・」

守護獣ザフィーラは唸る。

「わからん・・・」

小田急で新宿まで出て山手線に乗り換え、そこから池袋へ。印刷された地図を頼りにアニ○イト池袋店までは辿り着いた。地名こそあまり読めなかったものの、地図にある記号、道の構成が分かっていれば目的地に到達するのはたやすい。まあ、一番いいのは座標を聞き出した上で飛んでいくことだが、このようなところでそれをやるのはまずい。

 ザックから取り出した手元のメモを見る。『「Fate/stay night」「Fate/hollow ataraxia」どちらもDVD版で!』との記載。この程度なら問題はない。ひらがなに簡単な漢字は分かる。難しい物はまだ慣れていなかったが。アルファベットの方は偽装の関係上チェックしていたが、こちらもまだ付け焼刃。ザフィーラにとっては正直なところ、カタカナで書かれた方がまだましだった。何分読み方が分からない。そして分からない物がもう一つ。

『字がまだわからへんならそやな、パッケージはこんなやから』

そうPC画面上に見せられたその絵自体が、ともかく分からなかった。何分、ヴォルケンリッターは本人達の存在自体が古い。絵、特に人物を描いたものとなると、真っ先に思いつくのは精密に描かれた肖像画であり、次に来るのが物語を記した書籍などの、あるていど簡略化された人物画である。抽象画の発展する余裕の無かったベルカ出身では、描き手の感性のままに特徴を簡略化または誇張する、漫画・アニメ系の人物像の識別は困難だった。ゆえに、並んだ数々のタイトルのゲームソフト、そのパッケージからの判別は非常に困難であり、またタイトル名で判別しようにもかなカナ漢字にアルファベットとオールレンジな文字攻撃のECMで完全に混乱状態である。さらに、彼が気づいていないことであったが、彼が見ている棚はコンシューマー向けソフトが陳列されている。つまり作戦領域自体が間違っていたのである。

「む、これか?」

見覚えがある、と感じて手に取ったのは「Fate stay night[Realta Nua]」・・・残念ながら、参考としてはやてが見せてくれた物と同じものである。識別しづらいとは言えそれを選び出せたのは魔導師(守護獣)としての対象の認識能力の高さの表れではあったが、そのままであれば訓練時と同じ形状の標的に突っ込んでいった自爆犬同様にフレンドリファイア(ダブリ)を起こしていたであろう。

「何かお探しかな~?」

間の抜けたような、いや、気の抜けたような声にザフィーラはそちらを向く。視線がすぐに下を向いたのは、ヴィータ、はやてとの会話に慣れていたためか。店員ではないな、とザフィーラは判断した。この店の店員は全員、そろいのエプロンをしていたからだ。少し気になるのは、その店員達がみなこの声をかけてきた「少女」の動向を注視していることだ。陳列棚の角から覗き見ている男など、ばればれであるが、少女は気にした風も無い。さて、声をかけられたならば、何らかの反応をしなければならないわけだが。

「家族に頼まれたものを探しているのだが、どうにも分からなくてな」

「そのメモだね?」

ザフィーラがああ、と言う暇も無く、鮮やかにメモが少女の手に収まる。その動きの無駄の無さに、少なくともそれなりの遣い手であるとザフィーラは感じた。メモを目にした彼女はちらりとザフィーラが右手に持った物を見ると口を開く。

「それは違う製品だね。そもそもこっちの棚にはこれはないよ」

「そうなのか?」

「この2つはあっちだね、まーついてきて」

と言いながら、少女は[Realta Nua]を棚に戻したザフィーラの手を取って有無を言わせず歩を進める。明らかにウェイトは軽いはずなのに意外に力は強い、とはいえ逆らう理由も無くザフィーラは歩を合わせた。ゆれる長い青髪を見ながら、どうにも奇妙なことになった、とザフィーラは思った。

「ここだよ、ほら、右の棚の、中段下、メーカー名「T」のとこ」

他とは区切られた成人向けコーナーである。どう見ても少女は入っていけない領域なのだが、ザフィーラは気づかない。

「F、a、t、e・・・ むう、この2つか?」

キャラクターを強調するデザインのためか、タイトルはやや小さめである。それでもやや大きめに書かれたFateのタイトルを読み取ったザフィーラが少女に確認する。

「うん、ステイナイトとホロウ、どっちもメディアはDVDで通常版だよ」

「ならばこれだろうな」

ザフィーラは二つの箱を手にした。この程度ならばかごを持ってくる必要も無い。清算前なのでザックに入れるわけにはいかないが。

「すまない、助かった、そうだな・・・」

助けてもらったのだから礼はせねばならないな、と思い言葉を続けようとしたザフィーラだったが、

「何かお礼を、という話だったら、清算のときにポイントを貯めさせてくれると、それはとってもうれしいな、ってことで」

「その程度でいいのか?」

「まーそれ以外もあるというなら喜んで受け取るよ~」

とりあえず最初の提案を受け入れて、清算に向かう。ザフィーラが2つのソフトをレジの店員に渡し、少女がポイントカードを提示する。本来ポイントカードは持ち主当人のみの使用に限られるわけだが、店員が特に咎めもしない様子を見て、この店ではその辺が緩いらしいと、彼は感じた。と、レジの店員の手がふと止まり、ザフィーラと少女を交互に見る。

「申し訳ありません、どちらの方がこの製品をお買い上げでしょうか?」

「私だ」

「年齢確認のため、身分証をお願いします」

その言葉に、少し戸惑う。

「持ってる?」

少女がまずった、という顔をして聞いてくる。

「ちょっと待ってくれ」

日本人、では通らない風貌なのは全員認識済み、最初の1ヶ月でシャマルが奔走してパスポート、外国人登録証ともに入手済みであった。ザフィーラも人間形態での外出時には外国人登録証を持ち歩いている。ただ、今まで提示を求められる機会が無かったために戸惑っただけであった。財布に入れていた登録証を提示する。設定した誕生日から計算すると、現在22歳と言うことになり、それを確認した店員はそのまま清算作業を続行、ザフィーラがはやてに頼まれた買い物がここに完了した。



「さて、どうする? 昼食ぐらいなら奢るが」

「お言葉に甘えたいところだけどね~、さっきので微妙にけちがついた感じがするから、欲張らないことにするよ」

「そうか。繰り返しになるが先ほどは助かった、感謝する」

そういってザフィーラは右手を差し出す。少女はひょいとその手を掴むと、

「それじゃ縁があったらね、まあ、呼び名ぐらいは名乗っとこう、わたしはkonakonaだよ」

「ザフィーラだ」

互いに手を離すと両者帰路に着く。と、完全に目線が離れる直前、少女は言葉を放つ。

「それじゃ、ちびだぬきによろしく言っといてね、ザッフィー」

その言葉に視線を戻したザフィーラであったが、既に少女は人ごみに紛れた後だった。




―同日、午後7時20分。

「どないしたん、ザフィーラ」

食が進まない様子の守護獣に気づいたはやてが声をかける。それでやっと他の者も気づく。というのも、彼は普段狼であり、食事のときの定位置は床の上だ。皆が食事に集中すれば必然的に彼の姿は目に入りにくくなる。

「なんか変なもんでも食って腹の具合が悪いとか?」

ヴィータが入れた合いの手に、ザフィーラは否定と理由をはやてに返す。

「いや、昼間言われたことが気になりまして」

「誰に会った?」

シグナムが問いかける。まだ、彼らの知人と呼べる人間は少なかった。

「今日初めて会った相手で、呼び名しか知らん。コナコナ、と言っていたが・・・」

「コナコナ? 日本人の名前ってなんだかよく分からないわね」

シャマルの発言の直後にはやてが口を開いた。

「なんや、こなちゃんか」

その言葉に全員がそちらを向く。

「主、お知り合いで?」

シグナムの言葉にはやてが頷く。

「The Worldの友達やな。とゆうても、わたしがどじったんでお互い顔も知っとるんやけど。今年からやけど、年賀状のやりとりもしとるんやで」

あ、暑中見舞い忘れたわ、と言葉を続けたはやてに、The Worldが何かを理解しないままザフィーラが声を掛けた。

「ちびだぬきによろしく、と言っておりましたが・・・」

「わたしのことや」

「なるほど、そういうことでしたか。納得がいきました」

そのまま滞っていた食事を、ザフィーラは再開した。皆も止まっていた箸を動かす。と、また少しだけザフィーラは動きを止める。

『色々と警戒せねばならんな』

彼の念話に対し、返事はすぐに帰ってくる。

『仕方ないわよ、はやてちゃんはまだ9歳よ』

『だよなー』

『またベア殿あたりに話をしておいた方が良さそうだな』

シグナムから聞きなれない名前が出たが、すでに伝手らしきものを構築し始めた将に、頼もしさを感じたザフィーラであった。




あとがき:

 毎回書いていて感じることですが、重曹でも混ぜたみたいに話が膨らんでいきます。これもキャラが勝手に動く、というか話が走る、という奴でしょうか。で、多重クロス気味になりました。A's絡みの部分はこの辺りから原作路線からずれてくるんで、キャストが足りなくなりまして。ただし、やたらめったらなチートはなし・・・使い魔・闇の書のラインを切断寸前までにするデバイスとプログラムってやっぱりチートですかね?



[10435] 母であること26 A's Pre8
Name: Toygun◆68ea96da ID:9cf0b80f
Date: 2011/09/13 20:12
27.ピュアストーン


2006年9月16日 午後3時21分 英国・ロンドン郊外にて 

「イレギュラーな行動を行った者がいるようです、父さま」

「そのようだね」

公的には休暇中のグレアムは、自室にて部品発注の作業をしながら、リーゼアリアの報告に相槌をうった。こちらで手配をしやすかった物を送ってしまったが、このような事態が発生したとなると、日本製の車椅子にしておいた方が良かったか、とも思考していた。業者を装ってリーゼロッテが回収したハンドブレーキのレバーを眺める。破断面の2/3はあまりにも綺麗だった。

「魔力刃による切断だね。騎士たちに気づかれなかったのが奇跡だよ」

魔力刃は対象の素材強度にもよるところはあるが、時として有り得ないほどの切れ味を見せる。金属用のこぎりなどでは切断面はもっと乱れる物だ。

「気づいていない振りをしているだけ、との可能性もあります」

「よく気づかれずに回収できたね」

「ロッテも慣れていますから」

それに、装って、とは言ったものの、わざわざ業者登録まで作り上げての偽装である。仮にシャマルが動いても簡単にはばれない代物だった。

「では、修理の方は?」

「部品が手配され次第、私がやります。それよりも今回の件は」

既にこのような事態が起こった時点で危険だとアリアは判断した。ならば、多少の危険を冒してでも、自分の手を使う方が安全だった。先走る人間が他にいないとも限らない。

「分かっているよ。提督にはそれとなく言っておこう」

「それと」

「あの子に接触した魔導師だろう? こちらで調べがついているが、偶然、と言うしかないな」

グレアムが示した資料に、アリアは顔をしかめた。

「広域探査網も整備され始めたよ。誤検知を避けるために感度は落としているだろうが、今後の活動には十分注意するんだ」

「空戦AAA+・・・万が一の際には保険になると?」

「1人では時間稼ぎがいいところだと思うがね。それよりも、クロノたちがこの件に関わっている。感づかれないように」

「分かっています」

そう言って、アリアは退出する。その娘の顔に、グレアムはかつて自分が浮べていたものと同じものを認めた。かつて、だ。もしかすると、自分は思っているよりも老いたのかもしれない、と彼は思った。それでも止まる事は出来ないのではあったが。娘達はよく抑えているとは思う。だが、なまじ使い魔の身であるだけに、主の感情を引き継いでしまっている。いや、むしろ、彼よりも「彼」に接していたがために、その感情は「親」よりも強いのかもしれなかった。だが、一時の感情に身を任せては、全てが水の泡になる。遺族会の人間も分かっているはずだが、それでも納得のいかない人間が出るのは仕方の無いことだろう。だが、

「彼女はあんなに幼いというのになぁ」

本来ならば責めるのもお門違いな相手の死を、より直接的な手段をもって望む人間がいることが、グレアムはどうしようもなく悲しかった。

「世界はこんな筈じゃなかったことばかりだ、か。」

君の息子はまだ若いというのに、随分と世の中を理解しているよ、と、机上の今は亡き部下に向かって呟いた。



  ポートレイトというにはいささか異色のそれには、娘達に抱きつかれて赤面している、クロノに良く似た青年が写っていた。








「はっ」

相手の胴を狙って鋭く突き出した一撃。格下の相手のはずなのに、そんな一撃は相手の得物でいなされる。瞬時に自分自身ごとバルディッシュを引き戻して後退するが、そこを相手に押し込まれる。強い踏み込みとともに右肩を狙って放たれた突きを、両手で支えたバルディッシュで跳ね上げようとするが、膂力不足のためか上にずらすにとどまる。直後に下から縦に回された槍の石突がフェイトの顎に襲い掛かるが、石突が上がり切る前にぐるりと逆回しにしたバルディッシュでそれを弾き上げると、お返しとばかりにの石突で「突き」を胴に叩き込んだ。クリーンヒットの判定に、無機質にブザーが鳴る。
  
「4-2でフェイト優勢、というところですね」

リニスの言葉にフェイトは少し顔を緩めたが、すぐに真剣な表情に戻った。シーリングフォームの砲撃口から魔力刃を伸ばしたバルディッシュを両手で構える。対する傀儡兵―GRD-4飛行改造型、シリアル00C2Q4、個体名「バラライカ」―も、その実槍を両腕で構えた。

 発端は改造型傀儡兵のテストに、プレシアがゼストとの戦闘データを解析出来た分だけぶち込んだことである。戦闘データがプレシアのものだけだったなら彼女もやらなかったかもしれないが、彼女が気絶している間にフェイトとバルディッシュが模擬戦で必死に食い下がったおかげで、かなりのデータがバルディッシュ内に記録されていたのだ。せっかくのベルカ式との戦闘データ、使わない手はない。そこへ例の大型記録デバイス(命名:キビシス)が完成して手持ち無沙汰になったリニスが改造作業に加わって、計22機の改造タイプが完成。各機動作テストなどを行う中、ゼストの戦闘データで上手く学習が進んだ数体が、負けず嫌いの傾向が実は強いフェイトの目に留まった。そして冒頭のような訓練風景が、ここ1週間続いている。

 無論、フェイトが槍術をやるには色々と問題がある。バルディッシュは槍ではない。しかしながら、サイズフォームをさらに変形させれば槍代わりになるとプレシアが思いついたことでその辺は解決した。つまりはシーリングフォームの流用ではあったが。

「今日はこの辺にしておきましょう、フェイト、サイズフォームに変更してください」

これは事前の取り決めによる指示である。1対1であるが本日で既に6戦目、白熱した戦闘も2戦ほど入っていたため体力的にもこの辺で切り上げたほうがいい。そして、フェイトの「槍術」はまだ始めたばかりである。そのため、現状では中堅程度には完成されている、ミッドチルダ式戦闘に感覚を戻すために2戦程度調整を行うのである。まだ槍術の練習をしたかったフェイトだが、渋々と言った風でバルディッシュをサイズフォームに変形させる。この件についてはプレシアにも念入りに言われているためである。いわく、付け焼刃は危険であると。もっとも、言っている本人が一番付け焼刃だったりするが。

 フェイトの流れるような動きを眺めながら、リニスはちらりと離れた位置で訓練中のアルフに目をやった。相手も同様に傀儡兵、徒手空拳で相対しているのはシリアル00A7M3の「プルートゥ」だ。改造済みの傀儡兵の中では一番高い能力を持っている上に学習も速い機である。あいにくとゼストの戦闘データとの相性は良くなかったらしく、そちらでの学習効果はあまり出ていない。

「ちょ、それあたしの!」

押し込まれたアルフがシールドで防御したところに、プルートゥがバリアブレイクを叩き込んだのがリニスの目に入った。本体AIの他にやや廉価版とはいえストレージデバイスを内蔵されているのだ、処理能力の面でそれくらいの行動は可能である。問題は、リニスはバリアブレイクの術式を入力していないことだが・・・プレシアが入力したのでしょうか? とリニスは思考した。と、クリーンヒットを知らせるブザーが響く。わずかに目を離した間に、フェイトの勝利で今日の最終戦は終了した。決まり手は魔力刃による頚部(けいぶ、つまり首)への一撃、殺傷設定なら首が飛んでいる攻撃である。なお、バラライカの槍はその前段階で右腕部全損判定を喰らって該当部が動作を停止したため、地に転がっていた。

「接近戦能力の向上は嬉しいのですが、なんというか」

ゼスト・グランガイツの指導という名の模擬戦以降、どうにも物騒な攻撃の増えているフェイトに、少々矯正の必要がある、と思うリニスであった。
 


 


「ギル・グレアム、57歳。時空管理局本局所属、階級は提督。公称で空戦Sの魔導師であるが、実戦においては使い魔リーゼアリア、リーゼロッテ(ともにSランク)を伴うため、Sランクでくくるのは不適当。戦闘スタイルは典型的なミッドチルダ万能型にして高レベルの近接格闘戦能力を持った近・中距離型。使用デバイスはクォータースタッフ状のストレージデバイス「タック」。現在は年齢を理由にデスクワークが主であるが、つい3ヶ月前にも緊急の要請により出撃、3両の戦車、25人の歩兵、6名のC~AAランクで構成された敵性勢力を5分で鎮圧しており、連戦でなければその戦闘能力は健在と考えるべきと思われる」

デイリーが読み上げてくれたのは、彼女が集めた資料の冒頭部分だ。その先にもざっと目を通すが、グレアムの行動を示す資料としては十分、というより、これが無ければやばかった。

「エスティアⅡ、ってあなたは聞いてる?」

デイリーの質問に否定の言葉を返す。

「いいえ。XV級1番艦がよりによってその名前とはね・・・」

XV級1番艦、正確にはXV級プロトタイプだ。試験航行は間近に迫っている上に、艦長は「闇の書被害者の会」のリストに名前のあるというバロウズ・ボニー提督。機密だらけの実験艦なのに、「見学」と称して多数の人員が乗船することになっている。

「闇の書、実は最近になってまた被害が出始めたのよね。で、新鋭艦どころか実験艦まで持ち出しての非公式の対抗部隊」

「見学者は・・・」

「十中八九、全員空戦レベルの魔導師に決まってるわ。籍こそ民間に置いているでしょうけれど、元管理局員も多数いるでしょうね」

知識で知っているグレアムとは基本行動が一緒でも、規模がえらい違っていた。戦力を整えれば対抗できるわけではない相手だが、凍結封印処置を行うには相手を行動不能に追い込まなければならない。制限時間内にいかなる犠牲を出してでも相手を拘束し、即座にデュランダルで凍結封印、という算段だろう。

「アルカンシェルは?」

「現在はまだ搭載していないけれど、積めなきゃ話にならないでしょ。L級より換装時間が短いって話よ」

愚問だった。最悪でもアルカンシェルで吹き飛ばす、は闇の書相手の定石である。

「悪いけれどお金の流れはあまり追えなかったわね。ただ、やばい金は混じってないわね。まったく生真面目だこと。あと、こっちはサービス」

そう言って別資料を渡される。思わず目を剥いた。闇の書被害者の会、会員リストの最新版だ。

「よくこんなものが手に入ったわね」

「悪いけれど、そこに載っていない会員もいるってのが一般的な見解よ」

残念ながら、闇の書の遺族と管理局とは立場が微妙にずれている、というのがデイリーや事情通の間での共通認識だ。そもそもの問題は管理局のこの件についての秘密主義による。つまり、被害者の会の大多数は知らないのだ、闇の主が最初は何も知らないと言うことを。

「仮に主が赤ん坊だったとしたら、彼らはどうするかしらね」

「嫌な質問するわね。まあ、一部の事情通以外はそれでも拳の振り下ろし先に選びかねないわね」

苦虫を噛み潰したように顔をしかめた彼女に、謝罪を述べてから立ち上がる。

「今回はこれだけなのよね?」

「ええ、あなたの夫の件はあいにくとまだね。こっちがここまで大きいヤマだとは思わなかったわ」

「私もよ。これだけの戦力が動くと分かって助かったわ」

「何始めるつもりなのかは分からないけど、ちゃんと帰ってきてよ。あなたは大事なお得意さんなんだから」

「努力するわ。報酬はいつもの口座に入れておくわね」

そう言って足早にデイリーの事務所を後にした。この分だと任務中に戦力の補充を期待できても、最終戦ではその全てが邪魔になりかねない。そして、無事終わったとしても、はやて達の立場が非常に問題になる。記録しておいた連絡先を携帯端末から呼び出す。

「カリム・グラシア・・・悪いけれどけっこう大変な仕事になるわよ」

カリム・グラシアとの面会予約はどれほどで取れるだろうか。コール音を聞きつつ急ぎ足で移動を続けた。



 冷め切ったコーヒーが2つ、テーブルの上に残っている。その片方を手にすると、デイリーは自分で淹れたそれを口にしてから呟いた。

「ほんと、ちゃんと帰ってきなさいよ」

エイリーク・エルナス、享年34歳。第2次ヒュードラ事件により死亡。彼女(彼)が端末に呼び出した資料にはそう記されていた。






 カリムとの面会は2週間後ということになった。無論、通信1回でアポが取れる訳は無かったが、2日3日のやりとりだけでその辺は終了した。口にした言葉が随分と効果を発揮したようだ。まだローティーンのカリムでも、「夜天の書」については聞かされていたのが幸いした。それまでの空きは色々と用事も詰まっている。で、本日、前から言われていた証言が終了したわけだが。

「してやられましたよ」

休憩エリアにて、苦虫を噛み潰したような顔をしてクロノがそう吐き捨てた。今日の管理局側証言の段階から2割り増しぐらいに仏頂面ではあったが。

「どうしたんです?」

若いながら「堅物」のイメージのあるクロノのその様子に、リニスが尋ねる。回答はエイミィが引き継いだが。

「例の海賊、魔導師適性がAAランクのが1人、Aランクの3人を上の直属部隊とやらに尋問とかで持ってかれちゃって・・・」

頭の片隅に浮かんだ、フェイト達に全員分の飲み物を買ってきてもらう、というプランを打ち消して会話を続けた。

「尋問ねぇ・・・裁判にも出てこれなくなるほどの尋問って奴よね?」

つまり、引き抜き、というわけである。

「それと、連中、100年は出てこれなくなるって所だったんじゃないのかい?」

アルフの質問にアースラTOP3全員が顔をしかめる。判決は大体懲役20~30年に落ち着いた。収監先は開拓世界。

「だったらあんな証言は・・・いや、あれは影響しなかったでしょうね、失礼、少々感情が高ぶりすぎました」

クロノが無理やり自分自身をクールダウンさせた。あの証言・・・一時拘禁した海賊どもに、食事を与えたときのことである。だってさぁ、大の大人が泣きながら食べてるのよ? 言いたくもなるって。

「大方、「引き抜き」を行った連中が取引をしたのでしょうね」

リンディが後を続ける。引き抜かれたうちAAランクがおそらく「頭目」だろうから、そいつに裏すれすれの司法取引というところか。

「正直言って、この手の「尋問」って犯人相手にも勧められないのよね。正規の司法取引と違って、ろくでもない条件で働かされるだけだろうし」

「そんなにひどいの?」

私の問いにエイミィが答えた。

「うちで担当したのでも5人くらいこのパターンがありましたけど、追跡調査でもう3人死んでますねぇ」

紛争地帯に投入された挙句の殉職、という奴らしい。

「でも、開拓世界の懲役ってのも、だいぶひどいって聞いてますけど。未開発の開拓世界なのに、遺跡にぶちあたってコロニーが全滅したなんて話もありますし」

ユーノの言葉に、リンディが取引の実態を吐露する。

「つまりは加害者・被害者ともに納得できない取引になったってこと。当然直接の担当者もね」

「この辺はオフレコ、ということで理解しておいた方が良いですかな?」

サフランのその発言に、さらにクリオが続けた。

「まあ、結構知られてますけどね。話が普通の司法取引の場合とごっちゃになってたりしますが」

警備担当なだけあって、どちらも事情には詳しいようだ。なお、フェイトはというと、クロノの今まで見たことの無いような表情と、不穏当な事実が飛び交う会話に目を白黒させていた。裁判で証言したとは言え、子供がそんな簡単に慣れるようなものではない。そんなフェイトに、タップ(トランサーのファーストネーム)が優しく声をかける。

「まだ分からなくてもいいんだよ。分かろうと急ぐ必要も、まだないんだから」

「父親」はやっぱり違うな。それでも、フェイトは急がなきゃいけないのが悲しいところだと思う。急がせているのは私だが。






 既に夕刻近い時間だが家族皆で空港に寄る。裁判は長時間に及ぶと想定していたので、どちらにせよ今夜は近くのホテルに宿泊する予定だったから、修理完了との連絡のあったキルケーⅣを見に来たのだ。キルケーⅣはクラナガン中央空港内、第3整備ドックの一角に鎮座していた。今回の整備責任者の説明に沿って修理箇所を確認する。

「外装は損傷部の交換だけです。フレームは問題ありませんし」

「派手に地上に激突したと思ったのですけど」

リニスの言葉に、整備責任者が理由を述べる。

「ログでも確認しましたが、転移直後で速度が出ていませんでしたので。ただ、転移直後でシールド及び慣性制御が弱まったところでしたので、リソースを居住区保護に注いだために機関部にしわ寄せがいきました」

ふむ、先ほど渡された修理報告書を見る。なんだろう、追加されたモジュールがあるな?

「機関部に追加されているモジュールがあるけれど、これは?」

「ヘリオス社が今回の件を重く見まして、慣性制御ユニットを強化型に交換した上、緊急時のエネルギーユニットを増設する形になりました。近々リコールの発表がある予定だそうです」

「もちろん、この改修についてはヘリオス社持ちですよ」

同型船も順次ヘリオスが改修するとのこと。そこそこの量産タイプであるからヘリオスとしては手痛い出費だろうが、ユーザー保護の観点から、とのこと。


 内部の確認も行う。通常とは違い貨物ブロックから入って機関部に移動する。

「けっこう大きいですね」

追加モジュールを見てリニスがそう評した。

「慣性制御ユニットは入れ替えでしたが、エネルギーユニットは完全に追加する形になりましたからね」

エネルギー系はコスト・重量・場所とも喰いまくるのが昔からの常識だ、仕方がない。

「それでも追加重量は200kg未満ですよ。このクラスの船なら何の影響もありません」

船体重量で82tあるし。貨物積載だけでも20t以上いけるから何の問題もない。


 続いて居住区。

「各部屋のプレートはそのままにしてあります。12号室と13号室は内装自体直しましたが」

うん、そこは海賊どもを押し込めていたからね。

「このあたり、床が新しくない?」

アルフの指摘に下を見る。居住区の床は金属丸出しではなく、さらにその上に繊維系素材を敷いている。

「そのあたりは痛みが酷かったので表面を張り替えました」

「次からは何か考えておいた方がいいわね」

傀儡兵、200kgはあるし。12号室・13号室近辺の床はほぼ新品状態に直されていた。

「それと、各部屋に残っていました私物はそのままにしてあります」

「あれ?」

思わず全員で顔を見合わせる。そういえば、ミッドに帰った後はどうしたっけ?

「確か、まず本局の方のチェックがあって、」

リニスの言葉にフェイトが続けた。

「そのまま船用のトランスポーターに移したんだっけ?」

「そういやそうだったような」

最後をアルフが引き取った。つまり、

「置きっぱなしの物が大分あると・・・」

全部回収する羽目になりましたとさ。サフランたちの分もあったので、あとで宅配業者に頼むことにした。もっとも彼らは当時着の身着のままだったので、小物位しかなかったのだが。





 補給品(次元空間用救難ブイ2基、非常食、医薬品類)の発注を最後に行って、空港近くのホテルにチェックイン。流石にミッドチルダと次元空間をつなぐメインの空港近くだけあって治安もいいほうだが、ホテルのランクにはそれなりに気を使う。その分お金もかかるが、元の方は主にアルフが夕食で取り戻していた。子供たちが眠った午後10時過ぎ。色々と今後について話していた時、ついとリニスが言葉をこぼした。

「ところでプレシア」

「なに?」

「傀儡兵にバリアブレイクの術式を入力しましたか?」

「してないわよ?」

「・・・変ですね、この間、アルフが押し込まれた上にブレイクされて悲鳴を上げていましたが」

「・・・もうそんなに効果が出たの・・・術式解析プログラムはまずかったかしら」

「余計に質が悪いですよ、それ・・・」


妙なところで凝り過ぎる主の性格に、呆れ顔になるリニスであった。





数日後、トラヴィス貨物本社(所在地:ベルカ自治区)にて

「クリオ、こいつはお前宛だ」

いきなり部長がやってきて荷物を渡してきたのでクリオは面食らった。

「何、ついでだよ、調子はどうだ?」

「久しぶりに書類漬けなんで、そろそろ体が鈍ってきたかもしれませんね」

「ほう、なんならあとでトレーニングの相手をしてやってもいいぞ?」

元管理局員の部長の言葉に、クリオは慌てて言葉を返した。

「いえいえ、この通りまだかかりそうですし、また今度と言うことで・・・」

「ははは、しょうのない奴だな。まあ、鍛錬は怠るなよ。それはそうと、そいつの中身はなんなんだ、お前のこれからか?」

そう言って随分と古い仕草をいかつい部長はして見せるが、その仕草自体はクリオは知らなかった。まあ、意味は分かっているが。

「船乗りがそうそう相手作れるわけないでしょう・・・っと、プレシアさんからだな? なんだろう」

プレシアの名前は部長も知っていたので、とくに口を挟むこともなく、クリオががさごそと小さめの箱の梱包を解くのを待っている。出てきたのは古びたコンパスの首飾りだった。

「爺さんからもらったお守り・・・道理で見つからないわけだ」

「お守り、か。そいつは何なんだ?」

「コンパスって言う船乗りの道具ですよ。極点に大量の磁鉄鉱が埋まってるような世界じゃないと使えませんけどね。帰り道を見失わないように、ってことだそうで」

「なるほど、そいつは大事だな」

部長は感慨深げにそう呟いた。クリオとしても、久しぶりに戻ってきた「お守り」になんというか気が抜けてしまったように感じた。だから、彼はちょっと気分を変えたくなった。

「部長、今からだと1本勝負がいいとこですかね」

時計は定時までに40分を切る時間を指していた。

「訓練報告書はこっちで書いてやる。訓練場のセットとウォーミングアップに20分、5分勝負を2本で後片付けだ」

「やりましょう」

そう言ってクリオは立ち上がった。お守りが戻ってきたことだし、上手くいきゃ1本くらい取れるかもなとクリオは考えた。船乗りというものは、何かと縁起担ぐものである。結果は推して知るべし。





あとがき:

 裁判の話を回収・・・その他は「転がり始めた」事態と仕込み。癒しが足りないな。
 コンパスがお守り―プラテネスのネタで突発的に思いつきましたが、お守りとして実際にあるようで。ただし、方位磁石じゃなくて羅針盤(船乗りのコンパス)を模したペンダントが多いようです。



[10435] 母であること 番外編3
Name: Toygun◆68ea96da ID:e55dbf23
Date: 2011/10/02 13:04
番外編3.HAYATE Ⅱ

 高山都市、ドゥナ・ロリヤック。
空中に浮いた巨岩同士を、石橋や木橋で繋いだ現実では有り得ない場所である。めったに晴れない雲海の上に存在し、その風景は圧巻という他ない。とはいえ、人は慣れるもの。行き交う人々で風景に目を奪われている者はごく稀であり、そして途切れた木製の空中橋そばに陣取る3人も、また慣れてしまった人々であった。


「レバ剣拾った」

唐突なkonakona(こなた)の発言に、ちびだぬき(はやて)は思わず言ってしまう。

「わたしなんかアヴァロンもろたで。リアルで」

konakonaの視線は一気に温度低下したそれになり、ため息とともにkonakonaは口を開いた。

「妄想乙・・・たぬき~、お年頃なのはわかるけれど、さすがに区別はつけようよ~」

そりゃ、悪化させたのはわたしだけどさぁ、と呟くkonakonaに、ちびだぬきはやや自己嫌悪の混じった答えを返した。

「アヴァロンのアクセサリや・・・」

ほう、と声を上げるkonakona。

「それならいいけどね~・・・あれ、アヴァロン? グッ○マのメタルチャームには無かったような?」

「そうなん? そうすると完全に一品物なんやろか、これ」

そういって胸元の何かに触れる動作を行うが、「The World」においてはそこには何も無かった。

「ん~、どっかの同人工房の作品かな? 良かったら今度画像データちょうだい」

その言葉に、ちびだぬきは心の内でちょっとだけ「本当のこと」を呟くと、言葉を返した。

「はいな」

「それにしても、たぬき、最近楽しそうだね。まあ家に人が増えたってのもあるけどさ」

その確認の言葉に、さらに楽しそうな雰囲気でちびたぬきは口を開く。

「あのな、なんか足の方もなんとかなりそうなんや」

おお、とややオーバーなアクションで驚愕のポーズを取るkonakona・・・これはソーシャルアクションと呼ばれる、感情表現のために設定されたアクションであった。非常に高度な仮想現実でさえ、通常のオンラインゲームと同様のオプションが存在していた。

「それじゃ、お祝いの準備もしておかなきゃね。誕生日は祝いそこねたしねぇ」

「まだ気ぃはやいって」

「まあ、リハビリきつかったら愚痴くらい聞いたげるから」

「おおきに」

「とまあ、こっちは結構いいニュースが多かった訳だけど、そちらはどうですかにゃ、ミミルさんや」

2人の視線の先にいた女戦士―女というよりは少女だが―は、腰掛けていた桟橋からゆっくりと立ち上がると、軽く伸びをしてくるりと2人の方を向く。重剣士といわれるジョブであり、ちびだぬきも同様である。

「ぜーんぜん駄目、ここ1週間ダンマリだわ、あいつ」

「うわさの司さん?」

「そ、正体不明の呪紋使いね~」

たぬきに答えたkonakonaの言葉に、ミミルは少しだけ顔をしかめるが、すぐに表情を戻すと言葉を続けた。

「ま、正体不明っていっちゃそうだけどね・・・さてと」

「せっかく3人もいるんだし、どっか行こっか」

ミミルの言葉に、異論はない2人であった。そそくさと装備を持ち上げる。

「そいじゃ、盾役はまーかせて」

重騎士にしてなかなかのヘビーユーザーであるkonakonaは、そう言葉を放つのであった。



 ルートタウン、マク・アヌ。古風な水上都市状の非戦闘地帯(ピースゾーン)である。その大きな運河の橋上にて、2人の男女が話し込んでいた。

「konakonaか、ああ、俺も知っている」

蛮族風の剣士―ベアは女の質問にそう答えた。

「ご存知でしたか」

「知ってはいるが、リアルまでは知らんぞ。第一、」

「知っていたとしてもむやみやたらに教える気はない、でしょう?」

みなまで言わせずに女―烈火という剣士は言葉を紡いだ。

「その辺りはわきまえております、ただ、人となりをある程度教えていただけないかと」

「何があった?」

ベアが理由を問うと、しばしの逡巡ののちに烈火は話を続けた。

「我らの仲間―「盾」としておきましょう、その者が先日、リアルで出会ったらしいのですが」

「その盾という人物が、ちびだぬきの関係者だとkonakonaはすぐに分かったというわけか」

「そうとしか考えられないやり取りだったと、盾は申しておりまして」

ふむ、とベアは少し考え込むと、口を開いた。

「あいつは俺同様のおせっかいだな。ふざけた行動や物言いは多いが、面倒見はいい」

「ほう」

「おかげで俺も助かっている。2人も抱えるのはおっさんでも少々つらくてな」

「前回話の出た、司という人物ですか?」

「ああ、ほっておく訳にもいかんし、かといって世間知らずの子供と接触させるにも危険が大きい、と感じる相手さ。実際には差はあってもどっちも子供なんだとは思うんだがな」

「konakonaは司と面識もあるんだが、主にたぬきのフォローに集中している感じだな。必要以上に2人を接触させない様にしていると言っていた。もっとも、そのおかげかまだ2人は会ったことがない」

そのことに、寂しそうな顔をベアは浮べたが、すぐに表情を戻して言葉を続けた。

「その辺を突っ込んで聞いてみた事があるんだが」

「なんと?」

言葉の止まったベアに烈火が促したが、しかしながら返答は第三者によって遮られた。

「なんだ、珍しい」

声に2人ともそちらに振り向く。大きな宝玉を頭にした杖にミッド式デバイスを、そして緑を基調とした法衣に、仲間であるシャマルを烈火―シグナムは思い浮かべた。ただし、抜けた感じを受けるシャマルとは対照的に、この女性には鋭さを感じたが。

「BT」

ベアは女性の呪紋使いをそう呼んだ。

「始めてみる顔だな。相変わらず、初心者の面倒か?」

「いや、互いに相談事みたいなもんだ」

「ベア殿、こちらは?」

「友人のBTだ」

「友人、というか腐れ縁みたいなものだが。BTだ」

「烈火です」

名乗ると同時に探るような視線を烈火は感じた。仮想空間上でも現実のように視線を感じるというのも、彼女には不思議ではあったが。

「ふむ、騎士団の新人かと思ったぞ。そういうわけではないんだろう?」

「彼らとは関係ありませんよ。気に入った外見がこれだったというわけで」

今のシグナムの姿は、紅衣の騎士団と同系統の鎧姿に、頭部は赤毛の長髪、自分にイメージの近い顔データという外見であった。もちろん、キャラクターの性別も女性のため、無骨一辺倒の騎士団の鎧と比べればだいぶ女性的な装備とはなっているが、本人の気質が表面に出まくっているせいかここ数週間で騎士団の新人では、とうわさされているという状況である。シグナムは気付いていないが。

「遊びとは言え、彼らの理想もなかなかに面白いものです。事情が許せば手伝いたいとは思いますがね」

と、言いながらも、自分のような下衆にそんな虫のいい話はないな、とシグナムは考える。自分がしていることはPKよりずっと質が悪い。言葉とは裏腹に微妙に曇った表情を見せる烈火に、BTはいぶかしげな顔をしたが、

「さてと、せっかく剣士2人に呪紋使いが集まったんだ。軽くそこらを流さないか?」

陰鬱になりかけるシグナムに気付いたのか、それとも本当に思いついただけなのか、ベアが雰囲気を変えるように提案する。BTは当然のように了承したが、シグナムはというと・・・

「いえ、自分は低LVですので・・・」

相談ツール代わりに使っているようなシグナムと、それなりに古参のユーザーである2人とでは差があるのは当然である。

「何、君の動きなら何の問題もないさ。まだ時間はあるだろう?」

「はい、ある・・・ちびたぬきもまだプレイ中でしょうし」

「かなりの使い手か?」

「運動不足のおっさんとしては、うらやましい限りの運動神経って奴だ。キャラクターが本人に追い付いていないんだからな」

「それは楽しみだな」

2人の褒め殺しに、シグナムの方も断れる空気ではないと感じた。日頃、世話になっているというのもある。

「何、話の続きもしながら行くとしよう。厄介ごとに関してはBTも関係者だしな」

ベアの言葉に、呆れたようにBTが声を出した。

「何だ、司がらみか」

「たぬきの方だよ」

「本当に世話好きだな、ベア」

その言葉に、にやりと笑ってベアは答える。

「おっさんだからな」




 マク・アヌ、カオスゲート前。金属ともそれ以外とも取れる巨大なリングとその円の中に発光する「境界面」、それがカオスゲートである。しかしながら人々がそこに入っていくのではなくまた出て行くのでもない。ただ、まわりで転送時のエフェクトとともに、PC(プレイヤーキャラクター)が出現し、また消えていく。そんな場所である。

「ほな、今日はログアウトしまーす」

他の2人の返事を聞きながら、そう言ったちびだぬきが転送のエフェクトを出しながらログアウトする。

「あたしも落ちるね、konakonaは?」

ミミルもkonakonaが遅くまでやっていることが多いのは知ってはいるが、あくまでログインしている日については、という事も知っている。

「明日はバイトもあるし、ちょーと人探してから落ちるかな~」

「メールすりゃいいじゃん」

ミミルの言葉にちょっと困った顔を浮べるkonakona。

「忙しい人だからね~。呼びつけるのは悪いよ」

「ふーん、じゃ、次はまた週末?」

「そんなところだね。今週末は9時過ぎそうなんで、たぬきとは時間合いそうにないから、もしもの時はフォローよろしく」

「んー」

ちょっと悩んだ表情をして考え込むミミル。すぐに平静に戻す。

「ま、何とかするわ」

「よろ~。アキバまで来てくれれば埋め合わせはするから」

「アキバかー。パソコン、結構くわしかったっけ?」

「まーそこそこ。何かパーツが欲しいとか?」

「やっぱり、The World起動すんのに時間かかってさー。良くわかんないんだけど」

「うーん、詳しい話は週末でもいいかな?」

「うん、頼むわ」

「おっけー。じゃ、おやすみ~」

「おやすみ~」

挨拶の後にミミルがログアウト、konakonaのみが残った。少しの間だけ考え込むような素振りを見せると、ぶらりと都市中央―運河方面へと歩き出す。残念ながら、この日は目的の人物には会えず、またここに戻ってログアウトすることとなったが。




「ふー」

がっちりと持っていたコントローラー、そして緊急用切断ボタンを手から離して、こなたはため息をついた。コントローラーやキーボードは、The Worldにおいては補助装置でしかないが、それでも複数の操作系を用意する、というポリシーのためか、そちらでも操作できるようになっていた。主たる操作系は専用HMDに搭載された脳波感知式のコントローラーである。これはこなたにとっては「以前」はなかった物である。

「いつ司くんが来るか分からないからなぁ」

緊急用切断ボタン―入手可能な部品で、入手したHMDの回線仕様図から、自作してPCとHMDの間にかました中継装置だ。押せば物理的に回路が遮断され、使用者本人は仮想現実から現実に引き戻される。ついでに同時に入出力を小さめの抵抗をはさんで繋ぐ、などという小細工もしている。感覚の急激過ぎる変化はある程度脳に悪影響があるとはされているが、それでも「未帰還」よりはまし、というのがこなたの考えである。

     アクティブプロテクト
「2006年じゃ「身代わり装置」は無理だし」

こんなもんでデータドレインに対抗できるか、はなはだ不安極まりない。そんな物がこなたの最後の命綱であった。しかし今のこなたにログインしない、という選択肢はなかった。何故なら、

「今日もはやてに問題はなしっと」

本当なら、毎日でもログインしたいところではあるが、そうもいかない。最初はおっかなびっくりインしていたThe Worldも、確実にフォローできるだけのレベルを保持するに至っていた。



 泉こなたには秘密がある。それは、これから先のことがある程度分かると言うレベルの、人から見れば予知にも等しい知識。ただし、明確に分かるわけではないのである。なにしろ、彼女の「知識」ではあるはずの無いものが幾つも存在しているのだ。

「海鳴にThe World・・・」

これから起きることがある程度分かる、それもその筈、彼女にとって、これは2度目の人生であるからだ。

「2度目だってのに全然イージーじゃないぞ、責任者、でてこ~い!」

ついつい愚痴りたくなるのは、1度目の人生で得た知識により今後の展開の厳しさが洒落にならない、と結論したためだ。しかも彼女の手には解決手段などありはしない。

「はぁ、ともかく、はやてがこっちに戻ってきたくなるようにしないと終わっちゃうよね、地球」

というわけで、The Worldのキーパーソン「司」への接触は控えめに、はやてのフォローに終始しているわけである。もっとも、司も「現実」に引き戻さなければならないわけだが、そこはベアやミミルがいる。さらに言うと、ダウナー系インドア派を自称はしているものの、ガチダウナー状態な司とはソリが合わないとも考えている。相手がそれなりに精神的な余裕を持っている時でないと、自分のような図々しさを持った人間はどこかで相手の地雷を踏むだろう、と彼女は考えていた。

「それにしても・・・」

「司」の存在が確認されたのが今年6月、はやての元にヴォルケンリッターが現れたのもまた6月。

「2人とも、クリスマスに戻ってくることになりそうだなぁ」

全部上手くいったらだけどと呟いた。それから少しの間、呆けるように窓から夜空を見ていたが、急にガサゴソと何かを探し始める。

「お、あったあった」

対象を見つけたところで、こなたの部屋のドアを誰かがノックする。

「こなた、お風呂あいたわよ~」

「うん、すぐ入るよ」

ドア越しの声に返事をすると、手にしたそれはいったん机の上に置いてそそくさと着替えの用意を始める。

「まーこの程度、苦労のうちにも入らないのかなぁ」

先ほどの、楽しいながらも緊張感を伴った自主的監視活動をそのように評した。

「誰の仕業か知らないけど、気前良く前払いだもんね」

ちらりと机の上に置いたソフトを見て、つい呟いてしまった。

「等価交換、だとして、どこまでやればいいと思う? 遠坂さんや」

人に注意しておきながら、中二チックについパッケージのうちの「遠坂凛」に話しかけてしまう。

「ま、やれるところまでやりますか」

鼻歌を歌いながら着替えを持って部屋を出る。一階に降りて、今日もラブラブな「両親」を横目に見ながら風呂場へと向かうのであった。



 ひと風呂浴びてから、再びPCに向かい合う。残念ながら馬鹿は死んでも直らない、軽減されてはいたが、相変わらず重度のオタクであるこなたにとって、夜はまだ終わらないものだ。ただし、今日は少し違った。

「ふんふんふーん」

妙な鼻歌を歌いながら、つい最近になってから「再購入」した「Fate/stay night」をインストール。そのまま起動する。

「うん、懐かしいねぇ」

そのままプロローグに突入、しかし愕然とした。

「神坂凛・・・だと!?」

アーチャー召喚シーンにも辿り着かずに生じた突発的事態に、こなたがとった行動は・・・


    見なかったことにして寝る事であった。時刻にして午後11時20分。


 余談ながら、こなたいわく「リアルツンデレ」な少女が、やや遅れてこなたの携帯に電話など入れていたのだが、思考を放棄してフテ寝してしまったこなたが出るはずもなく、翌日ずいぶんとツン度を増す結果となった。何せ、普段はこなたからの電話で長話に付き合わされている彼女である。たまの逆襲をピンポイントでかわされてしまい、余計に不満を溜め込んでしまうわけであった。






あとがき:
 転生者はいるがオリ主はいない! な番外編。ぶっちゃけ事情を知る人間がはやて側にいないとなんか回せないわ、という思考が働いたため、こなたさん2週目という暴挙に出ました。

 で、.hack関連は描写を無視して色々捏造してます。.hack作品中では(少なくともsignでは)操作系は通常のコントローラーなどでおこなっている描写などがありましたが、それだけで仮想現実なんて名乗れるわけねーだろ、的にメイン操作系を脳波コントロールで。そのため、発売されている及び発売される据え置き次世代ゲーム機はかなりの廃スペック、という感じになってます。

 こなた2週目、の理由はもう一つあるんですけど、それはおいおい。あと、プレシア同様、「なんで憑依?」とか「なんで2週目」、というのは、最初のプロットにはまったくありませんでした。プレシアについては後付で考えてはありますが、本編中には影響を及ぼさないので、最後(Strikersも通り越して、最後の最後まで、という意味の最後)まで書けたらちょろっと触れようかと考えてはいますが、まずはA'sに入らないと・・・。



[10435] 母であること 番外編4
Name: Toygun◆68ea96da ID:82bbe3dc
Date: 2011/10/11 22:52
番外編4.山猫の夢



 少し時は遡る。夏。終わりかけた夏。アルトセイムの短い夏の、終わり際のことだった。



「ん?」

ふと気付くと、もう朝だった。夢も見ないくらいに深く眠っていたようだ。

「忙しいから仕方ないか・・・」

呟きながら体を起こす。自分から忙しくしているともいう状況だが。キビシスもあと数日で完成するので、もう少しではあるが。しかしながら傀儡兵の改造もまだ何体分かは残っているし、見つけたデバイスも完成させたい。なんというか、技術屋というのは度し難いものだ。

「あれ?」

起き抜けに時計を見るのは大体の人が行う動作の一つだと思うが、問題はそれが7時40分だったこと。

「珍しいわね・・・リニスもまだ眠ってる?」

手早く着替えて部屋を出る。念話を使えばすぐだろうが、家の中で、手が放せないわけでもないのに使うのは好きではないので、リンクを確認するにとどめる。

 ・・・・?

感触、という言い方もおかしいが、感触がおかしい。そしてどうにも・・・これは覚えがある。リニスの部屋に行きたくなくなったが、行かなければもっと困ったことに事になりそうである。

「朝食・・・また2人に頼もうかしら」

人(使い魔)1人抱えた状態で朝食は作れん!




「リニス、起きてる?」

起きていることは分かっているが、一縷の望みを懸けて声をかける。ドア向こうからドタドタと音が近づいて来て、ドンという音とともにドアが揺れた。内開きのドアは当然開きはしない。ため息をつきながら部屋に入った。

 床の上でリニスが顔を押さえて呻いていた。完全に頭から突っ込んだようだ。当然着替えてもいないのでネグリジェのままである。

「リニス」

声をかけるとピコッと頭の耳が反応した。

「にゃー」

何がそんなに嬉しいのか分からないが、喜色満面で一声鳴くと足元まで来てまとわりついてきた。

「ああもう」

ついて来させるにしてもまとわりつかれながらでは歩きにくいし、誤って蹴ってしまいかねない。下着のまま四つんばいで付き従う美少女、という絵面もいかれているので仕方なく抱えあげる。

「何で外見はそのままなのかしらね」

抱えあげたために高い位置にあるリニスの顔を見ながらそう呟くと、うにゃ? と声を上げてリニスが首を傾げた。あんまり言葉も理解できていない感じだ。外見も猫になってくれればいくらか楽なのだが・・・ふと思いついてリニスをおろす。足に縋り付こうとするのを押しのけながら高さを合わせるように腰を落とす。あとはイメージの伝達だが・・・勘と感覚頼りで額を彼女の額と合わせた。古い記憶を呼び起こしたのはそれと同時。目をつぶって正解だった。魔法の発動は非常にまぶしい。

「うまくいったわね」

もぞもぞと蠢くネグリジェという現実は無視してそう呟いた。


 にゃーにゃーと鳴く胸元に抱えたリニスを無視しながら廊下を歩く。ついて来させればと最初は思ったが、流石山猫、まともにはついて来なかった。ふと気付けば横道に逸れようとし、また全然関係ない部屋に入ろうとドアに爪を立てようとする。どうもこれが「記憶」通りの行動のようだ。尚、服を収納できなかったのは収納のための空間をリニスがまったく意識しなかったためだと思う。ただし、彼女が意識しなくても、猫状態で身に着けていた物はそのままの状態で保持されていた。首輪代わりに巻かれたアリシアのリボン。若草色のそれを目にしたのは、プレシアにとっては何年ぶりの事だろうか。今は、結び目を首の上側にした状態にして、首の下にミニッツメイドをぶら下げている。重さとかで嫌がりそうな気もしたが、その点についてはおとなしいのは、それを自分の物だと認識しているためだと思われる。で、ミニッツメイドにはサブマスター権限を使って彼女の普段着を収納しておいた。緊急時はバリアジャケットで代用できるとはいえ、このまま人間形態になったらまっぱだし。出来る対策は取って置くものだ。

 
「かあさん」「プレシア」

食堂手前でフェイトとアルフに合流する。自分で起きれたようだ。

「猫?」

抱きかかえたリニスを見てフェイトが首を傾げる。

「リニスよ」

「はいぃぃ?!」

私の返答にアルフが素っ頓狂な声を上げた。まあ、サイズ的にもギャップが激しいし。大型の狼であるアルフは変身前と後では見かけの質量に大した変化はないが、リニスのそれは変化が大きすぎる。と、リニスが私の腕から乗り出すように身じろぎする。見ると、首を伸ばすようにフェイトの方を向いているのが分かった。なので、慎重に持ち替えて両手でリニスをフェイトの方へと差し出した。

「え」

「どうもあなたの方に行きたいみたいだから。ほら」

じっと見詰めるリニスに気付いたのか、恐る恐るリニスを受け取るフェイト。ああ、そのリニスの抱え方は、「昔」のままだ。すっぽりとフェイトの腕の中に納まったリニスを横目に、アルフに声をかける。

「それじゃ、リニスはフェイトに任せるとして、朝食を作りましょ」

「あいよ」

と、そこで一旦分担が成立したと思ったのだが、

「え、あ、リニス!」

急にフェイトが慌てだしたので見ればリニスが暴れている。爪こそ立てていないようだが、押さえ込もうとするフェイトの腕は、リニスの足で跳ね除けられ、一気にリニスは宙へと躍り出る。彼女は音もなく床に着地した直後、脱兎の如く逃げ出した。

「あ」

獣の行動速度は速い。着地直後の動作には、普段のフェイトでは全く反応できなかったようだ。仕方ないので分担を変更する。

「ごめん、朝食は2人の分担に変更で。私はあの子を捕まえてくるわ」

「わたしが」

「リニスの行動パターンなら私の方が知ってるし、それにつながりが切れたわけじゃないから」

その発言が些細なミスの一つだったことを、私は気付かなかいまま、

「それじゃ、リニスの分までお願いね」

「はい」「おっけー」

返事を聞くとリニスを追いかけた。



「リニスってさ、あたしが来る前のうちの飼い猫だったんだよね?」

「うん、そうなんだけど・・・」

主人の顔が微妙に曇ったことに気付くアルフ。

「事故前のこと、思い出せないことが多くて」

事故で長いこと「眠っていたフェイト」、事故で死んでしまったリニス。アルフは沈みがちそうなフェイトの肩にぽんと手を置く。

「そんなら仕方ないよ。でも、それならプレシアに聞けばいいさ。それに」

「それに?」

「それで色々不都合があったらあたしが手伝えばいいし、リニスだって今はああだけど普段なら助けてくれるよ」

あたし達は家族なんだからさ、と続けたアルフに、うん、とフェイトは笑顔を見せると、2人は厨房へと入っていった。


「キャットフードはないか~。ドッグフード、リニスは食べるかな?」

取って置きの高級ドッグフードを手にして思案するアルフに、フェイトはミニトマトを皿に添えながら、無難な提案を返す。

「ツナのほうがいいんじゃないかな。あ、サラダできたよ」

「ありがと、フェイト。じゃ、目玉焼きをさっさと作っちまうかね」

棚にドッグフードを戻すと、フライパンを手にして「マジックコンロ」の前に立つアルフ。安全性はとても高いが火気を扱う以上、年上(実際にはアルフの方が年下だが)が扱う事になっている。まあ、使い魔なら万が一事故があっても命さえ残っていれば傷も残らないと言うのもあるが。それでももう少ししたらフェイトにもそれなりに扱わせる、と言うように既に相談済みだ。刃物については既にというかバルディッシュ自体が物騒な刃物であるため、かなり使わせているわけではあるが。

 フライパンに油をひいて伸ばす。コンロから出た炎で熱せられたためにすぐパチパチと音を立て跳ね始めるが、素早く割った卵を落としてそれを黙らせる。プレシアが戻ってくるはどのくらいか分からないが、時間をかけるのもなんなのでターンオーバー(両面焼き)はやめておこう、とアルフは思った。フライパンのサイズには限度があるため、4人分を2回に分けて焼かなければならない。

「冷めちまうかもしれないけど、リニスあたりはその方がいいかもね」

確実に猫舌だろうし。そんなことを考えているアルフの後ろで、フェイトはちゃくちゃくと準備を進める。出来上がった分は既に食堂に運んでいるので、あとはリニスの食事の分だけだ。記憶のみを頼りに目的の棚の低い位置を開け、それがそこにあったことに安堵する。もっとも、全く使っていなかったせいでほこりを被っていたが。

「まずあらわないと・・・」

とてとてと流しまで走って―最低でも6人は同時に調理作業が出来る庭園の厨房は、フェイトには広い―だから、つい走ってしまって

「フェイト! 厨房じゃ走っちゃ駄目だよ!」

アルフに注意される。水周りは床が濡れることも多く、走るのはAAAランクの魔導師でも危険である。体勢を崩したとき立て直すスペースのある空と違い、転んだら体のどこかをぶつけてしまう方が速い。勿論バルディッシュはそんなことを見過ごしはしないが、シールドを展開しただけで転んだ本人はともかく破壊的な効果が厨房に及ぶのは必須である。

「ごめん」

流しで「リニスの皿」を洗うと、缶詰等保存食の保管スペースに歩く。ツナ缶を2つ取り出して調理台の1つまで戻ると、洗った皿にそれを開けて盛り付ける。さらに空いた部分リニスの分のサラダを詰める。あとはアルフが焼き上げた目玉焼きを載せるだけだ。正直なところ用意しただけ、というレベルだが時間のない朝はこんなものである。と、焼き上げた目玉焼きを、アルフが素早く2つの皿に載せるところだった。

「すぐ次を焼くからちょいと待ってて」

「それじゃ、パンを運ぶね」

「トースターはあたしが運ぶから置いといていいよ」

そしてすぐに朝食の準備を終えた2人は、プレシアとリニスが戻ってくるのを待つのであった。



 感覚共有。通常状態の使い魔相手には主人であっても簡単には出来ないが、知性が著しく低下している今のリニス相手なら精神防壁をやすやすと超えられる。まあ、視界の瞬間的な共有にとどめるが。全感覚の共有は身体感覚の混乱を招き、最悪精神に影響が出るので危険だ。遠隔人形レベルの、使い捨ての使い魔を使ったテロが管理局黎明期に大分発生したが、一気に廃れたのはその辺が理由である。

「下に降りてるわね」

リニスの習性だと外に出ようとするのが普通だった筈なのだけれど、なんだか行動パターンが違うな。通ったと思われる道筋をたどると、所々の扉に傷が付いている。庭園の木製の扉には保護魔法まで購入当時からかけられていたが(恐らく建築当時からのものだ)、Sランクの使い魔の、無意識の強化魔法付きの爪の前には、その傷のレベルを抑えるにとどまったと言った所か。先ほどフェイトが押さえ込めなかったのもその辺が理由だろう。ふと、傷の付いた扉を見る。

「全部、窓のある部屋ね」

反対側の庭園内部側に位置する部屋や、外周側にあっても窓が蔦などで塞がれている部屋は無視しているようだ。生前のリニスは時の庭園は知らない。とすると、今は昔のリニスの思考で今のリニスの記憶を運用している状態か。

「ピートと同じか・・・」

いかなる猫も夏への扉を求め続ける、そんな愚にも付かない考えが掠めると同時に、はたと気付く。

「扉を開けるのはダンの仕事・・・扉を開けるの誰かを探しに行った?」

ピートが外に出たいならダンがドアを開ける。リニスが外に出たいなら・・・

「アリシアを探しに、下に降りた・・・」

少しの間だけ、黙ったまま「下へ」と向かう。リニスは、フェイトを最初アリシアと思ったのだ。だが違うことに気が付いた。だから、フェイトから離れた。

「覚えている癖に」

口にしたそれは、私の言葉ではなかった。

 何故、アリシアを否定するの!

「リニスは否定などしていない。ただ、フェイトにもっとかまえと言っただけ」

 あんな偽者に、アリシアへの愛を

「だまれ!」

 ・・・・・・・
 
「私のフェイトを、二度と否定するな!」

返答はない。空しい一人相撲。記憶のフラッシュバック・・・いや、並列思考で無意識にプレシア・テスタロッサをシミュレートしたのか・・・何も分からない。私が「俺」であった記憶も、はたして事実なのか。そこまで考えたところで頭を振ると、私はリニスを追った。


 カリカリと何かを引っ掻く音がする。リニスだ。予想通り保存室の前だ。警備に立てた改造傀儡兵は、魔力パターンでリニスを認識したため、彼女にとっては障害にはならなかった。フェイトとアルフは通すわけには行かないので、途中で止められる様になっているのだが。しかし、傀儡兵に命令できれば部屋に入れたものを。そっと近寄って、リニスを抱き上げる。

「にゃー」

リニスが開けろと言うかのように扉に飛びつこうと鳴きながらもがく。

「今開けるから待ちなさい」

理解したのかおとなしくなる。ちらりと扉を見ると、随分と両開きの中央部が削られていた。この辺りには修理業者も入れるわけにはいかないので、修理もできない。ため息をついて扉を開く。同時に、リニスが私の手からまた逃げ出した。

「待ちなさい!」

流石にリニスの爪でポッドや機器を壊されるわけにはいかない。慌てて数歩の距離を追うが、まるで追いつけない。と、ぴたりとリニスが止まった。アリシアを、ただ静かに見上げる。思わず私も立ち止まってしまったところで彼女はポッドの間近まで近づくと、ぺしぺしとポッドを叩き始めた。

「にゃー」

リンクを介して伝わってきたのは、起きろ、と言う言葉だ。そんなリニスを静かに抱き上げる。抗議の鳴き声をリニスがあげるが、首元を撫でながら話しかけた。

「今のアリシアを起こすのは、あなたでも無理よ」

娘達を起こすのは庭園ではリニスの仕事だ。でも、アリシアは起きない。起こし方は、私が知っている。プレシアさえ知らなかったそれを、私は知っている。レリックウェポン。でも、娘を兵器とするのが目的ではないし、あれは恐らく・・・恐らく聖王家に専用調整されていると思われる。だが、それに代わる物はある、ここに。暴発で一区画をクレーターにする程度のレリックで出来るのだ。「時の庭園」という大質量を次元空間に転移させ、航行するエネルギーを賄える、庭園の魔力炉が出力でそれに劣ることなどあるものか。ノウハウなどない。それはこれから作ればいい。

「私はここに誓う。私はアリシアを必ず取り戻すと」

以前、両方助ける、と言ったとき、まだ何か足踏みをしていた。多分、覚悟を決めていなかったのだと思う。方法は知っていても踏み出す勇気が・・・それを以ってしても取り戻すことが出来ないのでは? という恐怖のためかもしれない。今、私はそれが失敗するとしても、踏み出すと決めた。だから今日、


   私はプレシア・テスタロッサになった


「だから、いつか、「5人で」ピクニックに行きましょう」

その言葉は、リニスに言ったのか、アリシアに告げたのか。それとも、己に言い聞かせたのか。いつかのアリシアの姿が蘇る。あの、夏が近づいてきた草原の思い出が。あの時、アリシアはなんと言ったのだろうか?




 
 足元でリニスが皿にくっつきかねない勢いで食事をしている。

「こー見てるとただのネコだよねぇ」

アルフがミニトマトを放り込みながら放った身も蓋もない言葉に、にゃーと抗議するかのようにリニスが鳴き声をあげた。ツナを口の周りにつけていて情けないが。

「でも猫にまでもどっちゃうなんて・・・」

フェイトの言葉に返答する。発言のあと、フェイトはトーストを少しかじる。相変わらず食事の速度は遅い。

「戻ったんじゃなくて戻したのよ。いつもの姿で暴れられて御覧なさい、大変でしょ」

オレンジジュースを飲み干した直後の私の言葉に、

「あー、たしかに」

と声を上げて納得するアルフと、なるほど、という顔をするフェイト。前回もそこそこ時間がかかったために、色々と大変だったのだ。今回はこれで幾分マシだろう。と、直後にフェイトの顔が真っ赤になった。前回の醜態を思い出したのだろう。

「それじゃ、1週間くらいはこのままかねぇ?」

「そんなところかしらね。とりあえず交代で世話をするとして、」

警備についている傀儡兵の行動も一部変更しないと。リニスと一緒に地下に降りられるのは困るし。

「家事の担当もちょっとふえるね」

「そろそろ火も使ってみる?」

戻るまでの調理時の話も聞いていたため、フェイトに料理の話を振ってみる。やや早いかとも思ったが、学校でキャンプなどがあったら場合によっては剥きだしの火を扱う。今のうちに慣れさせておいたほうが良いだろう。大げさな話だが、始めはバリアジャケットを着てやってみてもいいのだし。

「うん!」

元気良くフェイトが返事をしたところで、話は終わりになった。





それから3日の間、リニスは探し続けた。夏へと続く扉を。あの夏のにおいでいっぱいの、草原へと続く扉を。








あとがき:

 以前ちらりと書いた部分でネタが浮かんだので今回の話としてみました。

 朝食のメニュー、なんか代わり映えがしないような。しかしXXXの関連話を見直してみて、目玉焼きが増えていたので良しとする。猫―夏への扉の連想は安直過ぎる気もしないではないですが、うん、定番だからいいだろうと。

 あとはリリカルなのはで足りなそうな、一般生活における魔法の応用を適度に捏造しました。

「マジックコンロ」:生成された火の周りに低出力ながら円筒のシールドを展開しているので、周囲への熱放射が低く周りへの引火の可能性を抑えられる。幼児程度の力ではシールドを突破できない。ただし、上側は無論調理のためシールドがないため、その辺は通常のコンロと同じ。

扉に保護魔法:年代物の館とかでは大体かけられている。強度強化、傷付け等に対する保護など。素材研究・素材コーティング技術の向上でやや古めの技術とみなされている。

バリアジャケットを着ての調理:常に着用では火に対する警戒を全くしなくなってしまうのでやらないが、まず火に慣れさせる、という段階では魔導師の家庭ではたまに行われている、みたいな感じで。

で、何話くらいなのはが出ていないのか考えたくない。話としてミッド側がクローズアップされるのは仕方ないにしても、そろそろ描写を入れていきませんと。やはりSSは難しいです。



[10435] 母であること27 A's Pre9
Name: Toygun◆68ea96da ID:92779d38
Date: 2012/02/02 22:47
28.丸い物は丈夫だったりおいしかったりします


 金色の魔力弾が高速で殺到する。対抗射撃であらかた撃ち落とし、撃ち漏らしを左腕からの紫電にて破壊する。魔力放出がそのまま電撃となることを応用した迎撃方法だ。効率はやや悪いが呪文を必要としない即応性が多大なメリットである。当然それでは終わらないはず、振り向きながら紫電を収束させ魔力とし、小型の円盾とする。ラウンドシールドではないオリジナル魔法「バックラー」だ。目に入った斬撃に盾を叩きつける。白色の魔力刃をまとった刀身と、衝突した盾が激しくスパークを起こす。

「フェイトじゃない?!」

死角から攻撃してきたのはフェイトのサポートについている傀儡兵の「ギルドラム」だ。純然たる騎士型のため魔力任せの力押しを仕掛けるならともかく、技術寄りの戦いで接近戦となるとこちらの実力ではそこそこてこずる。即座に下降とともに位置換えを行って、金色の魔力刃が通り過ぎるのをやり過ごす。さらに水平飛行に移行しながら増速する。体に貼り付けたサーチャーから追尾してくるフェイトとギルドラムの映像が送られてくる。アルフともう1機が見えない。勘でサイドスリップして軌道をずらし、ロールしながら生成したスフィアで上方、左右と牽制のフォトンランサーを立て続けに放つ。

「わっ」

叫び声とともにこちらに伸びてきた魔力の鎖が消えた。至近弾に気を取られて制御が途切れたようだ。しかしアルフとペアを組んでいるはずの傀儡兵が見えない。デバイスを持つ右腕だけを捻ってフェイト達にフォトンランサーを放つと、さらに体の向きを変える。慣性制御ではなく体にブースターをつけているイメージの強引な姿勢変更だ。お返しに撃たれたフォトンランサー―魔力砲を持たないギルドラムまでもがスフィアを形成して撃ってきている―を肩口に形成したフィンで体を真横にずらして弾幕の隙間に入り込んで回避。ぐるりと再びフェイト達を向くと両足のフィンをブースターを吹かすようにして増速、背後に高速移動したままフォトンランサーを乱射する。両肩のフィンで不規則に軌道変更を行いながらだ。たまらずフェイト達と足を止めてしまったアルフがブレイク(散開)する。




「なんなのさあの機動!」

アルフが愚痴る。魔導師の空戦は、空中停止が出来るために空戦と言いつつも地上戦の延長となるようなことも多い。高機動戦を得意とするフェイトのように、高速飛行を維持したまま射撃を行うこと魔導師も当然いるが、あそこまで頻繁な姿勢変更と軌道変更を行いながら射撃し続ける、と言うことまではやらない。めまぐるしい視界の変化に脳が簡単には追いついてくれないし、命中精度を無視した弾幕というのは魔力切れという形で自らの首を絞める事になるからだ。なのに、プレシアは平然と常識破りを行ったうえに速度を落とさない。加速し始めたらまず止まらない高機動多砲身砲台、というところである。背面視界の確保はアルフもサーチャーを使ってやっているが、どうもプレシアはそれ以上のサーチャーを制御して視界を確保している節もある。さらに、

「ええい!」

やけくそに放った4発のフォトンランサー、その弾幕の隙間に入り込むようにして接近される。これが厄介だ。慌ててシールドを置きながら左下に回避する。そのために斜めになったラウンドシールドに、プレシア魔力を叩きつけるように片足から魔力を放出して上へと飛んでいった。アルフもゼストとの戦闘記録を見直したりしていたが、プレシアがこの方法をものにするとは思っていなかった。対策はあるにはあるが、魔力量的に長期戦になると厳しい対策ぐらいしかないのがネックである。

「こんのぉ!」

上方にフォトンランサーを連続で撃ち放つ。数にして12、隙間を狭くだ。完全回避か迎撃しか出来ないはず。姿勢変更まで出来なかったのでサーチャー越しではあるが、効果はあったようで弾幕の一角に対抗射撃を放つと対消滅を起こしたその方角にプレシアは飛んでいった。直前に見えた表情はそれでよし、とでも言っている様であった。

「まったく、ほんとにあれで40?」

ぐちりながら、傀儡兵に指示を送る。再度の挟撃を試みようと、アルフは大きめな円軌道を取り始めた。






 サーチャーで全天視界を確保しても、頻繁に変わる視界は三半規管に仕事をさせない。航空機的機動では速度はともかく自由度で魔導師の三次元機動にはついていけないので、どうやって両者を組み合わせるかが問題だった。完全なゼロからならもっと苦労しただろうが、ちょっとしたイメージが記憶の中に残っていたのは非常に幸運である。頭の中のBGMは「Information High」だ。

 追いすがるフェイトの射撃を「ガウォーク」のイメージで足を曲げ、足先からのブーストで右斜め上方に回避、今度は足を逆に振り回して逆さになりながら全身を向けると両腕に追随させたスフィアで予測・牽制を織り交ぜたフォトンランサーをお見舞いする、つまり「バトロイド」 そのまま体の上下を入れ替えながら大地に背を向け、移動方向斜め左前方に全力で「ファイター」として離脱。平衡感覚も重力方向にたいする感覚もとっくに麻痺しきっている。頼りになるのは脳内視界に投影されている「HUD」の表示である。こうでもしないと4対1でフェイト達を翻弄するなど出来はしないし、多分まともなSランク級相手でも必要なことだろう。サーチャーで確認したおのおの位置と、そこから演算した予測機動から再度フェイト達が挟撃を取ろうとすることが分かる。左右から円軌道で回り込んでくるアルフと傀儡兵、後方から散開して追撃してくるフェイトと傀儡兵「ギルドラム」 まったく逆の位置にいるギルドラムと傀儡兵が連携して散発的に魔力弾を放ち、こちらの機動を制限しようと試みる、とそれにわずかに遅れてフェイトとアルフが微妙に軌道をずらした。何か妙な違和感を覚えてその一連の行動の検証が必要、とテキストにすると、回り込んでくる傀儡兵に軌道を合わせて突っ込む。牽制の射撃に「同様の」不規則機動で回避され心の中で舌打ち。3度の模擬戦でもう学習されるとは! 回避と射撃を応酬しながら相対速度を合わせて近接格闘戦に移行する。同時に別視界内でギルドラムが飛行軌道を変更すると、完全に遅れてフェイトが軌道を変更した。アルフはそのまま近接格闘戦に乱入せんと急接近してくる。



 上段から打ち降ろしたミョルニルを傀儡兵がメイスで受ける。盾は持たせていたはずだが高機動戦のために放棄してしまったようだ。問題はその空いた左腕―魔力をまとわせたそれを、傀儡兵は躊躇なく打ち出してくる。体を捻りながら左下にずれてそれを回避、直後に右拳にバックラーを展開して上昇しながら真上に打ち出した。衝撃音と痛みを告げる声が響く。

「くぅぅ!」

真上からのアルフの拳に完全に合わせて打ち出したのだ。互いに魔力打撃ではあるが、速度が出ていた分急制動で全身に負荷がかかっただろう。仕切り直しとばかりにアルフが距離を取るが、追撃はせずに傀儡兵に対処する。メイスによる一撃を左腕の、維持し続けていたバックラーで受ける。単純なパワーで考えると片手持ちのミョルニルで受けるのはデメリットが大きいから。そのまま押されるように斜め下方にわざと飛ばされる。すぐに魔力砲で撃たれるが、維持したままだった射撃スフィアで迎撃、同時にさらに後退して真上からのフェイトの急襲をやり過ごす。

「ええ~~~」

下方に過ぎ去っていくフェイトの驚きが、ドップラー効果つきで耳に届く。フェイトが慌てて急上昇し始めるところに予測を含め10発以上のフォトンランサーを撃ち込んでおき、その反動があるかのように体を倒しながら後方に後退、体の上を白色とオレンジの魔力弾が舐めるように通過していくの認識しながら滑るように自由落下、上昇気流を捕まえたところで急上昇、体を捻って姿勢を変えながらバレルロール状に螺旋状の軌道で上昇を続ける。姿勢・軌道制御で認識範囲が狭まったところを、至近を魔力弾が通過していくが、螺旋状の上に加速度も螺旋の歪みも不規則に変更を加えているので、捉え切れていないようだ。問題は、魔力弾がオレンジのものと2方向からの無色、というか白色のものしかないということ。リニスの判定を確認すると、先ほどの私の射撃でフェイトは撃墜判定となったようだ。

「速度はさらに速くなってるのに、行動が単調になってるわね」

空戦軌道の取り方もこのところ単調だ。にしては連携その他は随分と良くなっているようだが・・・詰めが甘いので私を捉え切れていないし・・・? やっぱり何か違和感があるな。斜め下方から傀儡兵がアルフを抱えながら急上昇、飛行魔法を同調させてパワーを上げている! 背面視覚情報を確認せずに下降に移りながら左右に軌道を振るとを取ると予想通りギルドラムの射撃が通過していく。今回は徹底的に挟撃にこだわっているようだ。高度を合わせたあたりでアルフが分離して飛び跳ねるように上を取り踵落し、と同時に正面から正拳突きの傀儡兵。背面視覚ではギルドラムがテレフォンパンチもいいところだが同様に加速しての正拳突きをしかけてくる。反応が出来たのはある意味機械に徹したからかそれとも相手が手練れではなかったからか。

 左のミョルニルとバックラーで正拳突きを外に弾きながら右のバックラーを腕に退避させてアルフの足首を掴み、全身を使って振り返って後方に引っ張り投げつける。アルフの悲鳴とギルドラムの急制動を確認しつつ回転を続けて位置固定したスフィアで連続射撃、バックラーを右手の甲に戻しながら元位置まで再回転しそのまま裏拳を叩き込む。右肩を傀儡兵の左拳がかすり、同時に頑丈な機械の右腕が頭部へ到達直前のバックラーを止めているのを認識したところで両肩まで跳ね上げた射撃スフィアで全力射撃を行った。結果判定、ドロー。




「う~~~」 

フェイトが座り込んで唸っている。一番最初に落とされるとは思わなかったのだろう。

「あそこで相打ちに持ち込まれるとは思わなかったわ」

傀儡兵が、ガードを行った自機の右腕で、ちゃっかり魔力砲の射線を確保していたのだ。おかげで目の前が眩しかったの何の。頭部直撃で、実戦ならバリアジャケットのおかげで即死しないとしても、脳震盪などで戦闘不能に追い込まれているので撃墜判定とされた。

「蹴りを掴むって・・・あんなんやられちゃどうしようもないじゃないか」

「予備動作を始めた時の相手との距離が遠すぎるわ。威力重視なのもいいけれど、どうやって当てるかも考えた方がいいわね」

あいにくとそれ以上のアドバイスが出来ないのが問題なのだが。だが、格闘の熟練者は強力な打撃技でも来るのが明らかに分かっていれば防ぎようがある、ということだけは伝えておいた。

「あと、迎撃で魔力弾間隔を狭めたのはいいわね。まあ、持続力を考えると褒められたもんじゃないけれど、それ以外手がないのよね、あれの対策は。あとは誘導弾で対処するしかないけれど、そうすると相手の速度と自分のコントロール速度の勝負になるわ」

「んー、誘導弾かぁ」

考え込むアルフを横目に、フェイトに近づいて隣に座る。

「さらに速度を上げてきたわね、えらいわ」

その声に反応してフェイトが顔を上げてくるところで、頭を撫でてやる。

「まったくです。正直、1対1だと私でも勝てるかどうか」

続くリニスの言葉。とまあ、褒めておいてそのあとに何だけれど、

「でも機動が単調になってきているのは良くないわね。ただ速いだけでなく、速度の緩急や軌道の変化で相手を惑わさないと」

2度続けての上方からの奇襲についても注意。フェイトなら上昇でさえも並の魔導師の通常戦闘速度が出せるのだから、攻撃パターンをランダムにする方がいい。

「はい・・・」

その言葉に少々落ち込み気味になるフェイトだが、うん、大丈夫。

「でも連携は上手くなってきてるわね。傀儡兵を適当にローテーションさせてるからあまり安定しないかとも思ったんだけど」

と、言葉を続ける。再びフェイトが笑顔になり、さらにアルフがギルドラムとハイタッチ・・・?

「それなんですが、ちょっと問題が・・・」

リニスがちょっと申し訳なさそうに私にモニターを見せてくる。内容は模擬戦中の各人の戦闘念話記録である。

「ん~?・・・?!」

なんだこれ。フェイト及びバルディッシュからの指示、アルフからの指示、「ギルドラムからの指示」・・・状況報告ではない、攻撃タイミングや戦術提案まで入っている。比率にして3:3:4・・・。もう1機は完全に従属しているが、ギルドラムは戦闘指揮をこなしているのだ。

「バルディッシュとギルドラムが、常に1つ以上のタスクを戦術思考に割り当てた上でリンクさせてます」

「で、フェイトやアルフの提案した戦術をベースにさらに調整を行うと・・・」

フェイトとアルフの戦闘経験が少ないく、複雑な戦闘行動があまりないためにギルドラムの学習には都合が良かったようである。細かいニュアンスはバルディッシュが通訳してくれている状態だ。

「・・・あんまりギルドラムと組ませるとフェイトがおばかになるわね・・・。この辺は座学でちょっと直さないと」

「武器」の手綱は使い手がしっかり握っておかなければ、何が起こるかわからないのだから。






「これが先月の主要定期航路の被害報告書、こっちがヴァイゼンとカルナログの犯罪統計データのレポート、こっちの山は君かリンディさんの決済待ちの書類。ほとんどが補充品関連だから、数量はチェックしておいたよ。気になる部分はマーカーを付けてあるから、時間がないならそこだけチェックしてくれればいい」

「相変わらず速いな。これを機に正式入局するとかどうかな?」

既に社交辞令になりつつあるクロノの勧めを

「そういう冗談を言う前に少しは休んだら?」

と定番と化した返事をしてかわすユーノ。その直後に1枚の書類を、山の上に追加する。

「で、これが君の休暇申請書。休暇は今から半日、ただし場所は本局医療センターの301号室だけどね」

「・・・いったい何の冗談だ。笑えないぞ」

「その目の下の隈をどうにかしてから言いなよ。月曜から56時間12分31秒、ずっと勤務し続けてる」

「仮眠はさっき取った・・・」

「執務室での居眠り、それもわずか22分の? それは仮眠じゃなくてマイクロスリープからそのまま睡眠に移行しただけだから」

「いつ見ていたんだ・・・」

「「現場監督」をやった人間を舐めないでよ。発掘スタッフの安全・健康管理だって最終責任者は僕だったんだ」

そう言った後にさらに書類を上乗せする。

「何だこれは」

「人事部から渡された、君の有給休暇及び未消化の代休を可視化したものだよ。人事部で君に強く言えるのって、レティさんとその直属の人だけらしいんで、いつも書類が回ってくるってクラークさんが愚痴ってたよ。このままだと超過勤務で査察部が動くって言う時空管理局始まって以来の「ジョークにしかならない不祥事」ってのになりそうだって」

記載されているクロノの未消化の休暇は日数にして1年を超えていた。休暇が消滅しない上に買取もない時空管理局においても、既に異常のレベルに達している。

「「年休」って言葉がなのはの国にあったけれど、君の休暇残数はまさに年休だよ。ちなみにこの休暇、未消化のままだと君の給与の未払い分を決定できないんで、経理部からも苦情が来てる」

ユーノは年休の意味を文字通り(しかも略語しか見たことがない)に見ていたために取り違えていたが、クロノの休暇残数はその取り違えた意味でちょうど良いくらいだった。恐らく、入局からろくに休みを取らずに突っ走ってきたのだろう。背も伸びないわけである。なお、年休の正式名称は年次有給休暇である。

「というわけで、いいですね、リンディさん」

「・・・許可します」

「ですが提督、」

「ユーノさんのおかげで随分と捗ってます。クロノ執務官、休息も仕事のうちです」

その言葉に、不承不承、といった表情でクロノは返答するが、

「了解し、ま・・・」

ドサリという音ともに書類の山につっぷすクロノ。そのままずり落ちそうなるところをバインドが一時的に固定する。ユーノが対処したのだ。素早く駆け寄ると、術式を起動、数秒の後に口を開く。

「脈拍・呼吸ともに正常・・・精密検査も予約しておいて正解だよ、まったく」

「ユーノさん、クロノの休暇はあと2日追加するようにこちらで処理しておきますので、そのまま連れて行ってもらえる?」

「分かりました」

「あなたもそのまま半休で処理して置きますので。それと、エイミィ!」

「はい、提督」

出遅れて右往左往していたエイミィはすぐに返答した。

「付き添い、頼むわね。明後日まで休暇にしておくから」

「任せてください!」

さて、ここまでで終わればリンディとしても綺麗な終わり方であったのだが、そうは問屋が卸さない。

「ああ、休暇申請書は皆さんの分もありますので、順番にお願いしますね」

そう言ってクロノを浮かせたまま、魔法のように取り出したならぬ、魔法で取り出した書類の束を空きスペースのある机の上にぽんと放り投げる。

「それでは失礼します」
「あははは、失礼しま~す」

何事もないかのように退出するユーノと、状況に笑うしかなくなってキマッてる笑いを浮べながら退出するエイミィ。もちろんクロノは無言・・・いや、書類が、とうわごとを繰り返しているようであった。3人の退出後、皆(ただし、アレックスを除く)は思った。「現場責任者ってこえぇ」と。そしてリンディが席を立つ。

「提督?」

ランディが上司の急な行動に問いかける。

「ごめんなさい、仮眠を取ってくるわ」

「・・・その方がいいですね。でないとこわーい現場責任者殿が査察部連れてきそうですし」

「アースラのチェックに行ってるアレックスが戻ったら声をかけてちょうだい。それと、皆適当に休憩をとってね」

「「「「了解です」」」」

返答を聞きながらややふらついたような足取りで仮眠室に向かうリンディ・ハラオウンであった。蛇足ながら数年後、全く同じ理由でアースラクルーに逆襲される事になるとは、先ほど退出したユーノは露ほども思わなかった。



それから約2時間後、アレックスが戻る。知らせを聞いたリンディは仮眠室からすぐさま戻ると、早速状況の確認を行った。

「どうだった?」

「少し遅れ気味ですね。完成間近の新鋭艦に手を取られているそうでして」

XV級の話なら、リンディも聞いている。しかし、

「あれ、試験航行は半年先じゃなかったかしら?」

「なんだか前倒しになってるとか。変ですよね、普段の本局らしくもない」

横からランディが他で聞いた情報に続けて、腰の重い本局を揶揄する。さらに、

「あとですね、アルカンシェル用のアタッチメント、何故か点検してるんですよ。入港してる航行艦やってるみたいで」

続くアレックスの言葉にリンディは考え込む。自動開閉のドアが来客を感知したのはそんな時だった。

「失礼いたします、本局査察部査察7課事務官補、ヴェロッサ・アコースです。本日は遅延していた通達、及びそれに対するお詫びの品をお持ちしました!」

大き目のカートにきれいな箱を4つ、それに何らかのファイルを載せてクロノ・ハラオウンの同期生、ヴェロッサ・アコースがやって来たのだった。宣言内容は違っていたが、あまりにも出来すぎたタイミングに勤務中のクルーはつい思ってしまった。ホントに連れてきやがったよ、と。




時間はちょっとさかのぼる。

「アコースく~ん、ちょっと来てくれないかな」

突然の呼び付けに、ヴェロッサは位置の遠い責任者の方を見る。40代目前のはずだが20代前半で通りかねない優男、ロンワール一佐がにこにこと笑顔を振りまきながら手を振っている。

「簡単だけれど、ちょっと面倒っていう複雑怪奇な仕事さ」

そう言って書類をひらひらさせながら手招きをする上司に従い、席を立つとメモを手に向かう。サボリ常習犯の課長がデスクにいることも珍しければ、その上司から直々の指名というのも珍事だった。

「ああ、メモはなし、全部覚えるんだ。ちょっとした予行演習みたいなもんだよ」

言葉に従ってメモをポケットにしまう。さて、新人に押し付ける面倒な仕事とはなんだろうか?

「まずはこれに目を通して欲しい」

渡された通達書に目を通す。通達は注意、いや警戒喚起のためのもの、事件名は「連続魔導師襲撃事件」。起点は恐らくどこかの管理外世界と推測される範囲に収まっているが、ミッドチルダに近い世界でも起きている。ただ、自分がこの件の処理に関わったことはないし、査察7課に届いたこの通達にも、一月ほど前に目を通した程度である。

「この件でしたら以前、目を通しましたが」

「そうだね、君が見たくらいにそこらじゅうの部署に行き届いている通達だ。ところが、未だにこれが届いていない部署があったんだよ。しかも、それが意図的に行われた可能性があるんだ」

ヴェロッサは驚愕に目を大きく開く。査察7課に正式に配属となってまだ1年、自分に任された案件は些細なミスや取り違い、またはずさんな管理など、ただの過失か怠慢に寄るものだった。ところが、これは違う。

「つまり危険がその部署に伝わっていないと?」

「うん、ちょっと困った問題だね。ただ、この通達が届いていない理由も分かるんだ。ところでこの通達、読み直してみて何が思い浮かぶ?」

連続魔導師襲撃事件、この件は、いや、「これ」はヴェロッサにとっては入局前から知っている知識に関わるものである。

「闇の書・・・」

「そう、それだよ。君ならこれをどこに届けるべきかもわかるだろう?」

「アースラチーム、ですね」

「10年前の被害者筆頭が、ハラオウン提督の今は亡き夫クライド・ハラオウンだからね。彼女も息子も吹っ切っているに近いレベルの話。今更蒸し返したくない、という気持ちも分からなくもないよ。とはいえ通達は通達、速やか伝えなきゃね。知らずに遭遇して二の舞、なんて喜劇にもなりゃしない」

「では、」

「これは君が届けて欲しい。お詫びの品と一緒に。女性を待たせるなんて大罪にはちょっと見合わないかもしれないけれど、ハラオウン提督は甘い物がたいそう好きだという事だから、それで許してもらうとしよう」

実のところ謝るべきはうちじゃないんだけどね、と言いながら一佐は財布を取り出すと何枚かの紙幣を取り出す。

「こういうのは経費では落としにくくてね。材料費はこれだけあれば何とかなるかな? 余ったらうちのみんなにも作ってくれるとうれしいかな」

ヴェロッサの趣味兼特技の一つを熟知している一佐はそう言うと、ヴェロッサの先輩に当たる部下の1人を呼んだ。

「ライザ! すまないがこっちに来てくれないか」

「はい、課長」

呼びかけに答えて20代と思しき女性士官が部長席まで来る。ウェーブしがちな金髪を綺麗に後ろにまとめている美人である。

「秘書官のエリーズ一尉だ。買出しその他の補佐に彼女をつけよう。どれくらいかかるかな?」

「7号のケーキを4つは作りたいと思います。作るだけで丸1日いりますね」

「うん、それじゃ善は急げだ。今から材料の買出しに行って来ていいよ。2日はこの件で使っていいから。ただし、この件で定時を超えた分には残業は付かないから注意だね」

最近また残業規制が厳しくてね、と言いながら一佐はヴェロッサと「ライザ」の勤務状況について端末に素早く入力する。

「緊急ではないんですか?」

「アースラ自体は点検整備中で、出航にはあと10日はかかるんだ。その間、余程のことがない限りはアースラチームが出撃することはないよ」

「了解しました。それと、大食堂の調理場を借りたいのですが・・・」

「ああ、そうか、ここの調理場じゃ手狭だね。話を通しておくよ」

「お願いします」

そう言ってからヴェロッサは角度の鋭い敬礼を決めると、補佐に付けられた先輩のライザに挨拶をして2人で退出する。

それを見届けると一佐は席を立ち、課内では制服の上着ではなく、プライベート用のジャケットの袖に手を通す。

「バックス、臨時の会合に出てくるよ。調理場の件も含めて、後を頼むよ」

「課長、さっきの件、」

指名されたバックスの質問に返事をする。

「彼にはまだ教えてないことも多いから気付いてないだろうけれど、この件は根が深くてね。みんなもそれなりに準備してて」

「「「「ラジャー!」」」」

残った課員の敬礼に見送られながら、ロンワール一佐は己の職場を後にする。「臨時の会合」、その通知は、片手で操作される携帯端末から発信されている最中だった。







 次元空間内に浮かぶ「本局」は黎明期はともかく、もはや一つの都市だ。様々な商業・娯楽施設さえもその構造物内に存在する。もっとも治安組織の施設であると言う性質上、品揃えの面では「地上」には劣るが、それでもケーキの材料を揃えるくらいで苦労することはなかった。

「それじゃエリーズ一尉、よろしくお願いします」

店に入る前に改めて挨拶をヴェロッサに、笑顔でライザは返答する。

「ライザって呼んで、アコース君」

その背にいずことも知れない花園が見えたようにヴェロッサは感じた。

「ぼ、僕もヴェロッサでいいですよ、ライザさん」

「それじゃ、ヴェロッサ君で」

互いに無難な呼び方で落ち着いたようである。

「それで、どんなケーキにするの?」

「デコレーションのフルーツケーキでいこうかと」

「タルトじゃなく?」

「タルトだと焼きが2回になるんで、手間がちょっと」

タルトはまず枠となる生地を焼かなければならない。出来合いの基本のタルト生地で納得するヴェロッサ・アコースではない。

「ああ、そうね。そうすると、スポンジ、果物、生クリームといったところね」

ライザがそう言ってから指を立てながら何かを数え始める。

「結構な量になるわね。2人でもちょっと大変かも」

「薄力粉と生クリーム、砂糖類は大食堂のを個人購入する形で使わせてもらいましょう。生クリームは市販の物だと割高ですし」

「慣れてるわね」

「何度かやっていますので。そうすると、あとは・・・」

「コーンスターチとベーキングパウダーなら課にあるわ。ブランデーなんかも」

え? と思わずライザの方を見るヴェロッサ。

「最近は課ではやっていないけれど、たまに作ったりしているから」

料理もそれなりの腕だとの弁。ただしたまに調味料の量を間違えるとの事である。

「塩の量を間違えたスープは食べられた物じゃなかったわね」

おまけに天気予報は外れるし、さんざんな日だったと会話しながら材料を探して歩く。

「バターに、卵に蜂蜜・・・」

焼き方も影響するものの、卵は出来るだけ上質の物を選ぶ。

「バニラエッセンスもね」

「ええ」

「あとは果物ね」

「黄桃は缶詰で、あとメロンにマンゴーにキウイ、いちごは上にのせるだけなんで少なめでいいかと」

「スポンジの間にはさむのはメロンと黄桃?」

「はい、キウイも酸味が強いから上にのせるだけかな。オレンジは・・・いいか」

「それじゃこんなところかしら」

会計を済ませて、購入した食材をダンボール箱に詰めていく。一番かさばる材料は大食堂を当てにしたものの、それでも量は減らせなかったためにカートを借りることにした。ガラガラとカートを転がしながら大食堂まで歩く。

「局内だと結構不便ですよね」

いっそ転送魔法で送ってしまいたい、と思ったヴェロッサが愚痴る。

「ミッドチルダでもあまり変わらないわよ。まあ、身体強化とか、あまり直接的でないものなら大丈夫だけれど」

局内でも攻撃性の低い物は感知対象からは外れている場合がほとんどである。魔力弾、転送魔法は引っかかるものの筆頭で、続いてサーチャーの類が注意対象となっている場合がほとんどだ。意外にも低速の飛行・浮遊に一定出力までのバインド系は、局内ではそれほど感知対象としては注意されていない。重量物の運搬や、棚の整理、物品の一時固定につい使ってしまう局員が多いためである。資材倉庫などではDランク程度の局員・民間企業の人間がそれらを駆使して大立回り、というのが日常でもあった。なお、重量物の運搬で貨物をチェーンバインドのみで吊るす、というのは規定で禁止されていることを記しておく。





 時空管理局本局、大食堂。局内の食堂はここのみと言うことはないが、席数が千に届くのはここだけである。

7号を最低4つ、のつもりがいつの間にか20個も作ることになってしまい、きついかも、とヴェロッサは思った。どう見ても趣味で作る範囲を超えている。

「こいつを使えばいくらか楽だぞ」

との料理長の言葉に甘え、備え付けの動力式ホイッパー(泡立て器)を使わせてもらう。楽なのは泡立ての段階だけなんじゃ、とヴェロッサは7号ケーキ20個分のバターを大きなボウルに投入しながら考えた。塊をほぼ崩したところで上白糖を投入する。これも重い。回す分には楽だが、手作業と違ってハイパワーなので回しすぎるとこの段階でさえ膨らみすぎるとの注意を受けた。

「こんなもんかな・・・」

ある程度混ざって膨らんだ生地に更に慎重に撹拌済みの卵を混ぜていく。肉体派ではないヴェロッサには、やはりきつい作業であった。途中から筋力強化まで使用していたが、どちらにせよ明日は筋肉痛確定である。



力仕事中のヴェロッサに代わって生クリームを泡立てているのはライザである。ただの泡立て器で恐ろしく速くクリームをかき混ぜていく。

「随分と手馴れてるなぁ」

「色々とやっていたもので」

実のところパンの方が得意なんですけど、と付け加えながら出来上がった生クリームを容器に移し替えて冷蔵庫に入れていく。あまり時間を置きすぎると気泡が潰れてしまうが、その分やや余計に泡立てているので問題はない。ともかく量が量なのでスポンジが焼きあがってからでは時間がかかりすぎる。なので今のうちにやっておく、という次第である。




 薄力粉・コーンスターチ・ベーキングパウダーを投入して、十分に生地を立てたところで仕上げにバニラエッセンスを混ぜ込む。ブランデーは量が読めなかったので今回は見送ることにした。

「やっとだよ」

これだけでもうおなかいっぱい、と言うくらいの力仕事だが、さらにこの後がある。手隙の調理員が用意してくれた7号サイズの型に生地を入れていく。隣でもライザと、何故か料理長までもが同じ作業をしている。まあ、10個は食堂でデザートとして出すことになっていたので、当然かもしれないが。3人でリレーしながら大型オーブンに生地を入れていく。余った生地も5号サイズの型に入れてついでに放り込んだ。

「ま、この設定なら30分ってとこだな」

余熱がやや不十分だったのを半分勘で料理長が時間を設定した。さて、焼きあがるまでの間に次の作業である。

 切ったメロンと黄桃(缶詰)はトレーに載せかえて、冷やしながら汁がある程度出てしまうまで放置。乾いてしまうと駄目だが、汁気が多いのでそのままだとスポンジとクリームがグズグズになってしまうためである。続けてマンゴーとキウイフルーツをカット。マンゴーは生地にはさむ分は先ほどのメロン、黄桃と同程度の厚さに、それ以外はブロック上にカット。キウイは皮を剥いてあとは薄めに輪切りである。そうしたらイチゴのヘタを取ってフルーツの下準備は完了。



 しばし空いた時間に休息を取る。食堂のテーブルでぐったりとしたヴェロッサの前に、ことりと紅茶が置かれた。隣のライザの前にもである。

りんごの香りがやや強めに鼻をくすぐる。

「なかなかの手際だな、2人とも。うちで雇いたいくらいだ」

その言葉にライザがくすりと笑って答える。

「査察部を首になったらお願いしますね」

「期待してるぜ。とはいってもロンワールがあんたを放すとも思えんがね」

ヴェロッサもどうだ、との言葉におっくうながらも彼は答えた。

「家の料理長に同じこと言われてますので・・・」

「先約があったか、そいつは残念だ」

同業相手に無理は言えねえしな、とあごをさすりながら料理長は呟く。ひげを伸ばしていれば非常に様になる大男なのだが、職業柄ひげは常に剃られていた。なお、3人が休憩中の間、焼き上がったスポンジは手の空いた調理員の手でオーブンから出され、冷まされていた。30分後、ケーキ作りを再開した時にはどういうわけだか調理場の人間もさらに4,5人ばかり加わっていた。

「費用はあの野郎持ちでうちの連中の腕を上げられるってんだから何の問題もねぇ」

との事である。かくして話はヴェロッサがアースラチームを訪れるところにつながるのであった。








 スタッフと観客に手を振った後、パイロットたちは乗機を滑走路に移動させながらキャノピーを閉じる。わずかな時間の後、推力79.62 kNの2基のターボジェットエンジンの轟音を高く響かせ、カモメのような機体は離陸していった。ただし、轟音はスピーカーから。正確には、高町家の居間に置かれているPCからであるが。視聴者は高町家の二女たる高町なのは、及びその相棒の「レイジングハート」である。

「うるさいね・・・」

「What is a weapon like this.(兵器ですのでこんなものでしょう)」

2人(1人と1個?)が何故こんな物を見ているかと言うと、先日までの金曜ロードショーで空戦物ばかりが放送されていたためである。トップガン、エネミーライン、ステルス、etc・・・。以前なら凄いね、の一言で終わったところではあるが、「空の漢」ならぬ「空の少女」となった今では、見過ごす、という選択肢はなかった。何分、今現在なのはには魔法の教師、とくに空戦関係の指導者がいない状態だ。レイジングハートによる仮想訓練は、飛行技術や魔法の習熟度の向上には役立つものの、空戦・戦闘というとどうか? となる。教本とされる戦闘データはもちろんレイジングハートも持ってはいるのだが、高度なAIではあっても、柔軟さに欠ける面がないわけではないからだ。そのため、各週ペースで放送されていた空戦物映画はこの奇妙な停滞状態を打破するきっかけになるものだったと、両者は認識している。

 放送翌日、まず情報源として選択した先は学校の図書室である。航空機系の書籍を大分探したものだ。大学付属だけあって、思わぬものがあったりするのだが、流石に小学校側に分けられている図書室のため、情報不足であった(それでも大空のサムライは苦労して読んだなのはであった)。ではもっと情報の多いところ、と中等部か高等部、それとも大学の図書館に行くかというところで、レイジングハートが提案した。

「What if the Internet as a method? Easily find books to find titles.(インターネットは手段としてどうでしょうか? 探したい書籍のタイトルも分かるでしょうし)」

インターネット、それならば自宅に戻った方が早い。まあ、その手段が先に来る人が多い昨今だが、なのはは子供である。情報の取得にはそれなりに制限がかかっているのだ。例えば彼女の持つ携帯電話もネットワーク接続の際にはそれなりの制限がかけられているために、「良い子」であるなのはには最初の手段として思いつかなかった。もっとも、携帯電話は契約時にお店の人が設定を行ったのだが、居間にあるPCに制限をかけたのは、なのは自身であるというのがどこかおかしな状態ではあったが。それに、レイジングハートならその程度のセキュリティは簡単に突破してしまうだろう。


 店用のポップやパンフレットを作成する以外で、なのはがPCを起動するのは久しぶりである。美由希あたりはチケットの予約をしているときもあるが。なのはのアカウントとパスを入力してOSが起動する。ブラウザを立ち上げると検索ワードとして「空戦」を入力した。たちまち多数の検索結果が示される。そこで動画の文字が目に付いて冒頭の結果となった。国内の航空ショーの動画だったため、参考にはあまりならなかったが。続けて検索を進めていって見つけたのが、エジプト軍のMig-21とイスラエル軍のネシェルの戦闘記録ドキュメンタリーで、これは随分と参考になった。空戦ゲームの動画も多数ひっかかり、これらはやや微妙だったが、レイジングハートが何らかのインターフェースを用いてそれらからも使えそうなデータを吸い上げていく。

 そしてgoogleで空戦を調べたり、Youtubeで戦闘機の空戦映像を探したりと、地球の空戦技術を調べまわっていたある日、2人は出会ってしまった。「存在しない空戦技術」に。

『ハイスクールのランチ2回おごったぞ』

『俺は13回奢らされたぁ!』

馬鹿2人が可変戦闘ロボットで空戦をやっている映像を見て両者は思った、「これだ」と。多分、煮詰まりすぎてトチ狂っただけだと感じる方も多いと思うが。その後、仮想を含む空戦トレーニングにおいて、マクシミリアン・ジーナスばりの迎撃を行おうとして柿崎のように直撃を喰らうなのはの訓練映像がレイジングハートに何度も記録された、ということを記しておく。いくらなのはでも、いきなりは無理であった。そんな感じになのはがしばらくマクロスにはまっていたため、アリサあたりは大層心を痛めていたが、メカ好きのすずかは逆にノリノリであった。

「なのはがオタクに・・・」

「何いってるのアリサちゃん、子どもなんだからアニメぐらいふつうだよ?」

とのすずかの返しに数日後、開き直ったのかアリサも一緒に借りてきたDVDを見たりするのだが・・・マクロスプラスでちょっと刺激が強いシーンに、3人とももだえていたりする。なお、再会後、なのはの戦闘スタイルがプレシアと奇妙にシンクロしていたために、フェイトが数日すねてしまった、ということも記しておく。


後書き:
 描写は進む、されど話は進まず。一月ばかりMMOに一時復帰してたり、繁忙期だったりで骨子が出来ていたのに大分遅れました。んで、なんかユーノとクロノのシーンが思いついて、つられて早めにヴェロッサ登場・・・腹いせにケーキ焼かせました。で、ヴェロッサ、最初はそれなりにふつうで、あんな感じになる原因のキャラとかいたんじゃないかと思い、そんな人物を捏造。

最初と最後は半分はネタ、でもありかなぁと。魔導師の空戦なんだから空戦可の人型機動兵器の戦闘を参考にしてもいいのでは、と。



[10435] 母であること28 A's Pre10
Name: Toygun◆68ea96da ID:1895f008
Date: 2013/04/07 17:51
29.兵士と騎士と、兵士でありたかった将軍

 ファイルケースを手に本局の通路を1人の男が歩く。航空隊の制服をやや着崩す、痩せ気味の男は当然のように航空隊のオフィスを目指しているわけだが。その男、カンカライン・ユーバー三佐が入局してしてから既に5年は経過しているものの、未だに昔の雰囲気が抜けないのか、彼を苦手とする人が本局では多い。5年で三佐。異例の速さ、と思う方もいるだろうが、入局時点で一尉である。その前はカンカライン・ユーバー大尉、つまり、本職の「軍人」であった。彼としては自然体のつもりだが、よく言えば剥き身のナイフのような、悪く言えばチンピラの親玉のような空気は人を選ぶ。彼の隊、1011航空隊も「愚連隊」の認識で通っていた。

 ちらりと通路を歩く事務員達に目をやるだけで、こそこそと若めの事務員―特に彼から見るとガキとしか言いようがないのが避けていく。逆に年配のご婦人などは余裕で流し目を送ってくる。そんな極端な差に、一応表では不平も言わずにこらえる。内輪の酒の席では部下相手にガキはうっとおしいなどと愚痴りまくりだが。

 過ぎ去っていくご婦人の顔を記憶と照らし合わせ、確か装備課の人間だったことを思い出す。

「そろそろ何か見繕っておかんといかんな」

兵站の重要性は痛いほど分かっている。軍人時代には補給線を叩き潰されるという失敗を味わったこともあり、現在ではそれはもう念入りに補給線の確保を行っているほどである。ゆえに担当者のご機嫌取りに余念がない。人付き合いは決してうまいと言えない三佐であるが、人間、多少露骨でもおだててくれる相手にはそう悪い態度が取れないものであり、また管理局の人間は賄賂などより単純に気の利いた、またはタイミングの良い程度の贈り物(お菓子であったり遠方の特産品であったり)で機嫌を良くしてくれるので、文化的なギャップを克服した後は、三佐にとっては昔よりも楽であった。


「お早いお戻りで、隊長!」

自動ドアの開閉直後に部下の一人、ブリオレオス・テキーラ曹長が声をかけてくる。背は平均だが鍛え上げられた肉体を持つ、軍人時代からの部下だ。

「いつもどおりの連絡会だからな、会議というようなもんでもねぇ」

まあ、厄介そうなネタもあったが、とファイルケースから無造作に取り出した書類をキデーラに押し付ける。

「全員目を通して置けよ、任務中に奇襲されることをあるからな!」

そんな言葉に真剣に書類―通達を真剣に読み始める部下。それを確認するでもなく、三佐はデスクに向かう。三佐のデスクの隣では、忙しそうにモニターを操作している男がいた。副長のトーマス・ビルト一尉である。ところで、すすり泣きの声が両者の耳に入るが、2人とも意識から外している。

「どんな塩梅だ、トミー?」

数日前からユーバーは人事関係書類の処理をトーマスに頼んでおいた。押し付けられたトーマスは顔も上げずに返答する。

「残念ながら1人分捕るので手一杯でしたよ。しかもルーキーで」

その言葉にユーバーは軽く舌打ちすると、人事の担当者の名前を聞く。

「サーブ三佐です」

「くそ、あいつか、ポーカーの負けをまだ根に持ってやがるな」

「またですか・・・勘弁してくださいよ」

「俺は別にこだわらんのだがな、あいつはどうにも・・・」

絶対嘘だ、と昔からの部下達は思った。カンカラインという男、今では丸くなったが実のところかなり嫌な奴である。ではそんな男が何故隊長に納まり続けられているかというと、それは戦況を読むのに長けていること、特に引き時を敏感に察知できるところである。退却時には真っ先に逃げ出すのではあるが。それについて行けるかどうかが生死の分かれ目だが、まともに戦況も読めない無能よりはずっといい。何より、随分と丸くなったカンカラインは扱いやすいのだ。ちなみに、トーマスを始めとする生粋の管理局組はその辺のことを理解し切れていない。とはいうものの、

「そういえばレーションの補充と予備のデバイス、届いてます」

「おう、届いたか。なら形だけはどうにかなるな」

1週間はかかりそうな補充が3日で届いたりするので、根回し等の面ではかなり有能なんだよな、とトーマスはカンカラインを評価している。時折起こすかんしゃくが厄介だが、と、

「ポッター! お前に手紙だ!」

カンカラインが部下の1人、ポルナレフ・ポッター曹長にファイルケースから取り出した、蜜蝋の封のある手紙を投げる。慣れた手つきで飛んでくる手紙をキャッチするポッター曹長。ポッターはカンカラインの昔からの部下の中では非常に付き合いやすい相手だ、とトーマスは感じている。気性は一般的な管理局員寄り、かつ出身世界ではエリートではあったらしく、理知的であるからだ。そんなポッターの耳にもすすり泣きは聞こえているが、付き合ってひどい目あったことがあるので、温和な彼も無視することが多い。

「!・・・陛下から」

「俺にも来ている。サンジェルマン陛下はお前達の活躍を大層お喜びだぞ!」

サンジェルマン陛下とは、彼らの出身世界、「メルキオーレ」の赤道付近にあるクメール共和国の王である。共和国なのに、王とは変であるが、以前は王国だった。彼が王子だった頃に守旧派・革新派(管理局派)に分かれて内戦が勃発。サンジェルマンは革新派を指揮して国を一新したのである。議会等を設立した後はさっさと表舞台から引っ込んでしまったが。ポルナレフ・ポッターは王国であったころからサンジェルマンの学友であり、現在も親交は続いている。

「俺の方からも、今年最後の便が来てますぜ」

そう言って、通達書を他の連中に渡したテキーラが、テキーラの瓶をデスクにどん、と置く。

「ほう」

「今回はちょいと本数が少ないですがね、味は保証しますよ」

テキーラの故郷はそのものずばり、テキーラ村と言う。名称及び地球産のテキーラとの違いも多少あるにしても、メキシコ系の人間が次元漂流者になったあとに辿り着いたところのようである。テキーラはクメール共和国の重要輸出品目であるのでそれなりにチェックは厳しいが、親類、それも村一番の出世頭に家族が送るのを咎める様な無粋は、クメールの税関には今はいない。なお、本家たる地球のテキーラの生産地の名称も、テキーラである。

「そいつは楽しみだ、ところで非番のはずのあのアマ、あそこで何やってやがる?」

いい加減耳障りになったのか、カンカラインは声の発生源について聞く。酒の席ではともかく、オフィスで聞くのは流石に今回が初めてだ。発生源たる女、ケリー・ドナル一等空士は、私服のうえめったに使われない応接ソファーに居座り、テキーラの酒瓶を抱えていた。なお、酒瓶の中身は既に半分まで減っている。

「いや、ケリーの奴今回も駄目だったようでして・・・」

とのテキーラの言葉に、

「さっきまでテキーラがなだめてたんですが、まあ、あの有様です」

トーマスが後を続ける。

「ふん、言っちゃあなんだが管理局のおぼっちゃんどもにあの跳ねっ返りの相手は無理だろうよ。とはいえいい加減奴の失恋話に付き合うのもごめんだな、どうにかならんか、トミー?」

やっぱり後始末は俺に回ってくるんだな、とうんざりするトーマスだったが、ぐっとこらえる。何分、隊長が隊長だけに殿を務めることが多いトーマスだ、管理局組・クメール組双方からの信頼が厚い。

「教会の荒事好きな騎士あたりなら片付けてくれそうですが、友人に頼んでみましょうか?」

「おう、頼む。ついでに、というかそろそろ嫁さんくらい貰った方がいい連中も多いからな、まとめてどうにかならんか?」

放って置くと部下の親類連中に吊るし上げられる、とカンカラインがおどけてみせる。

「うちの隊の連中となるとその話の前に手合わせを申し込まれかねませんよ?」

紛争地帯での任務が多い隊だ。教会騎士としては実戦経験の多い部隊との交流は是が非でもやっておきたいだろうことは容易に想像がつく。

「むう・・・そっちは検討しておくから、何とか頼むぞ」

「分かりました」

隊長の言葉に、女の扱いは苦手な友人の苦笑を思い浮かべつつ、了解を返すトーマス。

「あの女を何とかしとかんと、せっかく入った新兵も逃げかねん」

カンカラインの視線の先では、半年前に入った新人のロクとプーキーが見事に絡まれていた。




 酔いつぶれたケリーを仮眠室に放り込んでから通常シフト通りの業務を再開する1011航空隊。雑談などもだいぶ飛び交うが、書類1枚に己の命が乗っているときもあるのがこの業界の常である。出来はともかく元軍人組も気合を入れて書類相手に奮闘する。1時間ほどそんな平常業務が続いたあたりでカンカラインのデスクで着信音が響き、全員が瞬時に腰を浮かせる。

「1011航空隊、ユーバー三等空佐です」

『業務中に済まんな』

「これは将・・・提督閣下」

言葉を返しながらカンカラインは左手で部下達に業務を続けるように促す。突発的な出動要請の類ではない。

『連絡事項がある、執務室まで来てくれ』

「了解しました」

ウィンドウが閉じられると同時にカンカラインは席を立つ。

「カヌー将軍からの呼び出しなんでな、行ってくる」

「隊長、こいつを閣下に」

「おう」

テキーラが差し出した瓶を受け取ると、カンカラインは航空隊のオフィスをあとにした。




―本局第1011航空隊は、第32管理世界「サン」にて合流、以降の任務についてはエスティアⅡの試験航海終了までバロウズ・ボニー提督の指揮下に入ること

「はっきり言うとだな、こいつは貧乏くじだ」

任務について一通り説明した後、禿頭の太った男、ゴンザレス・カヌー提督はカンカラインにそう告げた。

「うち同様荒事好きのバロウズ提督にしては、随分とぬるい任務のように見えますが」

量産前の新型軍艦(会話中の2人にとってはそんな認識である)で豪華な船旅、というのがカンカラインの現在の認識であるが、

「奴の、いや奴らの思惑は他のところにある。この艦種は当然今後採用されるわけだが、この艦だけはそのまま廃艦になりかねない相手にぶつけるために仕上げられたというのが今のところの情報だ」

「貧乏くじを引かされる我々も露払いの上お払い箱と?」

「結果的になりかねんと言うことだ。残念ながら発端はわしらの入局前のことでな、詳細もこれから出る「会合」で聞かされる事になっている」

「そこでバロウズ提督が直々に説明を?」

「いや、バロウズどもの独断に近い部分があるそうでな、会合の連中は被害をどう抑えるかで頭を抱え取る、とのことだが」

「単純にきな臭いだけならいつものことでなんですがねぇ」

「まったくだ。おかげで腹心の部下からの差し入れを楽しむ余裕も無い」

「外様の辛いところです」

「退き時を間違えるなよ、わしも気心の知れた部下を失うのは惜しいのでな」

「了解であります!」

敬礼とともに理解を伝えたカンカラインだったが、

「ああ、それと、」

「はっ、なんでありましょうか?」

「兵隊の道楽についてはわしも分かっておるが、もう少し控えめにしておけ。流石に運用部の人間を個人賭博で破産させてはかばいきれん」

カヌーの言葉に、カンカラインも神妙に了解の意を伝えるしかなかった。




 案内された部屋は、カリムの私室なのか、それとも応接室と書庫を兼ねた部屋なのか。左右の壁は書棚で占められ、再奥は外壁に半円にせり出したテラス状の展望スペースだ。そしてその円卓に私たちはついている。私の正面にはカリム、その左には司祭とおぼしき年配の僧侶。シスターシャッハはカリムの右に。連れてきたリニスも席についてはいるが、どうも落ち着きがない。入り口に護衛とばかりに控えている丸眼鏡の神父(だと思う)をしきりに気にしている。

「こたびは、「夜天の書」にかかわる情報をお持ちだとかで」

「連絡時にも言ったとおり、偽情報の可能性もあり、と言ったところですわね」

情報源の「存在しない」情報、実際が記憶と違ったらそれだけでアウトだ。

「そうかしこまらずにお願いします。立場上代理と言えど、しょせんは若輩、以前のようにご指導をお願いしたいくらいなのですから」

たった一度の邂逅、その印象を持ち続けているのか? しかし、「理事代理」とは相変わらずのスパルタだ。

「それに、いただいた助言のおかげでずいぶんと助かっています。それはそうと、」

カリムが言葉を途切れさせるのと同時に、シャッハが一つの書類を卓上に置く。

「かなりの確信をお持ちになられているようですが?」

そう、来たか。

「戯言と取られているかと思っていたけれど、教会も本気のようね」

書類に記されているのは、私がグレアム相手にやったのと同じこと。「キビシス」の部品の流れだ。だからカードを1枚切る。

「魔導師連続襲撃事件はご存知?」

「・・・質問の意図はわかりませんが、聞きおよんでいます。それがなにか」

その言葉を告げたカリムの表情は固い。いや、シャッハ、司祭ともにだ。司祭まで表情が硬いのはどうかとも思うが。

「闇の書の旧き名を口にしても?」

今度は完全に絶句した。流石に、若すぎるか。探り合いなど得意でもないこちらの直球で固まってしまうのはなんとも。

「条件は・・・」

『条件を聞こうか』

代わりに口を開こうとした司祭に代わり、突如開いた通信ウィンドウで老人が言葉を続けた。

「お爺さま・・・いえ、グラシア理事」

なるほど、確かに資料等で見た顔だ。

「最優先は主の保護。それと彼らの後ろ盾としての役割ですね」

『それは始めから我らの務めだな』

「ふむ、では書自体、またはその一部だけでも確保できた場合、となりますが、技術的解析をお願いします。無論、その一部を私にご開示願いたい」

『学者であるならば当然の要求だな。むしろ確保した書をそのまま我らに明け渡すと言っているように聞こえるぞ。走狗となるのが望みか?』

「反吐が出るような運命から救いたい相手がいるだけです。欲をかけば失敗を招くでしょう。そもそも、1人で抱えるには、あの書は大きすぎます」

『それは近しい者か?』

「ええ」

『それが書の主か?』

「肯定であり、否定でもあります。くだらない運命に付き合わされる者は1人とは限りませんわ」

『欲がないという割にはなかなかに欲張りだな』

「聖王教会理事とは思えないお言葉ですね。「民を救いたい」、そう言ったのはどなたでしたか?」

民のために、そう言いながら戦うしかなかった聖王。力を持たねば蹂躙されるのみだった古代ベルカ。

『これは1本取られたな。ああ、我らが聖王は非常に欲張りであったよ』

『貴殿を信じるとしよう。して、貴殿の「書庫」はどれほど役に立つ?』

「正直、書の一部を移せれば御の字かと。記録された魔法は惜しいですが、私としては騎士達ではない最後の従者を移すことを優先したいですね」

『ふむ・・・よく調べている。いかなる資料を目にしたのか、ぜひ聞きたいものだな』

「残念ながら、情報源はお教えできませんわ」

『気が変わることを期待しよう。さて、大分口を出してしまったが、あとは我が孫に任せるとしよう。出来るな、カリム』

「やります、お爺さま」

相変わらずスパルタ、と言うほどでもないか。隣で司祭が気が抜けたように息をはく。探り合いはここで終わり。全ては無理だが腹を割って条件を詰める。主・騎士達の後援、書の保管に適した設備の準備、必要とされる技術スタッフの動員。時期的に間に合うとも思えないが、無限書庫の捜索も開始されることになった。ユーノが参加するまでは多少の成果さえ出るか分からないが、下準備にはちょうど良いだろう。あと、キビシスは設計データを渡した。現物は持っていかなければならないので無理だが、細部の検証はやっておいて欲しいし、保存用プログラムの最適化をあちらで進められるならそれに越したことはない。むろん、設計データそのものを他に流用してもらってもかまわないし。

「いいんですか?」

「技術的に新しい部分はないわよ。安全機構もただの保存用で使うなら邪魔だし、仕様を変えて色々直さないと」

「でも教会の研究部で使用している物よりずっと大容量で、かつ安価です」

「まあ、トランクサイズだから。それよりこっちの条件の方が・・・本気?」

戦力の・・・つまり騎士の派遣が向こう側の義務に加えられている。

「書を手にできるというのならば、必要なことです。それと、司祭さま、あれを」

カリムの言葉に司祭がどうぞ、とひとつの資料を机に置く。いつか見た、ぼろぼろのアームドデバイスの写真。

「これが何か、ご存知でしたよね?」

やれやれ、鎌かけにもならない質問だが、サービスしよう。

「私の知識通りならば、炎の魔剣レヴァンティン。守護騎士の1人の剣よ」

回答とともに資料が追加され、その回答が正しいことを証明してくれる。その後調べて分かったことだそうだ。

「また1つ、あなたを信じるに足ることが増えました。それに対して騎士隊の1つも出せなければ、ベルカの民と遺産の保護者たる「聖王教会」を名乗る資格はありません」

最後に、互いに署名して終わり。

「アンダーソン神父、シスターシャッハ、お二人のお見送りを」

「「はい」」




 さて、見送りというか帰り道の案内にも2人がいてくれるわけだが、何故か来た時と違う廊下を歩いている。

「アンダーソン神父?」

シャッハもどうやら知らされていないようだ。

「この間、久方ぶりに騎士ゼストがここを訪れまして」

神父のその言葉になんとなく事態は分かったが、

「まだ9歳ですよ?」

非難の意味も込めて分かりきった事実を告げる。

「思い上がった子どもたちにはいい教訓になります」

辿り着いた先は練兵場。中央に立つわが娘達、そして倒れ伏す少年少女たち。

「次の・・・ひと」

フェイトの言葉に無理やりにでも体を起こそうとする少年、少女。だが、

「そこまでです」

手を打ちながら終わりを告げる神父。

「こちらのお嬢様方はもうお帰りです。さあ、騎士らしくお見送りを」

騎士らしく、とアンダーソンは言うものの皆、騎士見習いだろう。どの子もフェイトよりは年上だろうが、若い。全員が綺麗に並んだところでその横にひょいと青年が1人並ぶと、子ども達がぎょっとする。彼は目配せを神父に送ると号令をかけ、子ども達は右拳の甲を胸に当てた。ベルカ騎士の敬礼か? そんな彼らに私は崩れ気味の「海軍式」敬礼を返す。フェイトはまだバルディッシュを保持したままだったので、彼らの礼をぎこちなく真似た。アルフはふん、と鼻をならして礼もずにくるりと向きを変え、リニスはというと、なんというか厳しい面持ちのままだ。

「騎士ベルベット、すみませんが後片付けはお願いします」

「お任せください、院長先生」

声をかけられた騎士は、お目付けが上手くいかなった失敗を帳消しにして見せます、と笑いながらあとに続けた。それに対してアンダーソン神父は片手で頭を押さえながら返答する。

「・・・ここでは神父と」

「はい、神父様!」




「院長先生?」

練兵場を後にしながらの疑問にシャッハが答えてくれた。

「アンダーソン神父の教会は孤児院でもありますので」

「ああ、なるほど」

聖職者が孤児院を経営する、というのは聞きなれた話だ。とすると先ほどの彼は卒院生か。それにしても、

「うちの娘を使って若手の意識改革?」

「話が先に広まってしまいまして」

巻き込んで申し訳ありません、と謝罪を口にする神父。

「若手にありがちな、麻疹のようなものでして。ミッドチルダ式などおそるるに足りん、と」

「フェイトが相手じゃあんまり効果なさそうだね。今日はもっぱらバルディッシュを振り回してたからさ」

不機嫌そうにアルフがとげのある声で告げる。アンダーソンはその言葉に苦笑するだけだった。










帰りの道すがら、気になったことなどを口にする。特にリニスは落ち着きがなかった。

「リニス、あなたらしくなかったわね、どうしたの?」

「プレシア、何も感じませんでしたか?」

あの神父です、とリニスは言葉を続ける。

「あんな怖い人、初めて見ました」

何が怖かったのか、どうにも分からない。長身だが近眼・・・いや伊達めがね? 騎士崩れの神父とかということも。でも殺気とか出していたわけでもないのになぁ。良く分からないので話を次に進める。

「で、アルフ、なんとなく理由は分かるけれど、あの態度はよくないわ」

「いいんだよ、因縁つけてきた奴らなんてあの程度でさ」

うーん、以前チンピラどもをあしらった時と同じ感覚なのかもしれない。なんとか諭すものの当分機嫌は直りそうにない。

「フェイト、彼らはどんな感じだった?」

「・・・弱い、けれどこわい。わたしのシールドだと防ぎきれないし」

まるで違う返答が返ってきたというかそれも気になることだが、年少とはいえ正規の「騎士」同様戦えるということか。とすれば派遣される騎士隊は期待が出来る・・・か? さて、リンディにいつ伝えたものか。

「その辺の対抗策はまた考えましょう」

リニスの一言にフェイトが頷く・・・教える、ということについては大体リニスに任せっぱなしというか立場を取られっぱなしである。この件については「プレシア」に抗議しておきたいところだ、「どこにいる」のか分かりはしないが。







 子どもには親が必要だ。

 どんな親でも良いわけではないが、贅沢も言っていられない。ともかく顔だけでも見せろ、と言うのが彼の言い分である。「俺にはいなくたって問題ねえよ」、とダグラスはうそぶきたかったが、兄妹達にはまだ必要なのは確かだ、と彼は思っている。

 そんな彼の親、バロウズ・ボニー提督は現在も艦上の人だ。たまに入る通信も短いもので、弟妹たちの手前抑えてはいるがもっと顔を見せやがれと毎回叫びたくなるものである。母親は、現在も入院中であり、家で最年長なのは14歳の彼であった。弟のロメオ、妹のジュリエッタは双子でどちらもまだ11歳でしかない。ただ、ダグに言わせれば自分などよりロメオの方が余程しっかりしている、とのこと。ダグラスは自分自身は親に似てだらしがない人間だと思っている。そのどこか抜けているような部分のおかげで、今、彼は妙な場所にいる。

 閉じられたスライドドアに、簡素なベッド、むき出しのトイレ。天井の角には埋設式の監視カメラカメラ。つまりは牢、または独房。そこに少年が1人。寝ているわけでもなく、ただやることもないから体を横にしているだけ、と言った風情で少年は仰向けの体を横にする。監視カメラのレンズが微妙に気に障ったから、だったが、それを向けられることも当然だと少年は思っていた。少なくとも彼は、人を殺したと思っていた。

「ダグラス・ボニー、出なさい。釈放だよ」

突如として開いたドアの向こうから、小太りの看守がそう告げた。

「釈放・・・なんでだ?」

「身元引受人の方が来ている。それに、ルール違反とはいえ、無許可渡航以外何もないしね。いや細かいことを言えば・・・」

でも俺は殺した!と叫びたくなったが、彼はそれを抑えた。クソ親父なら一発殴ってやろうと思ったからだ。正直、ダグラスも何がしたかったのか、したいのか分かっていない。父親もそうなのでは、との考えが頭をよぎるが、くすぶった怒りがすぐに打ち消す。



「アリアさん?」

残念ながら、身元引受人はバロウズ・ボニーではなかった。

「なんであなたたち親子は見分けられるんだろうね。ま、クライド君もそうだったけど」

どうしてなど言いようがない。強いて言えば勘だろうと思った。

「なんでアリアさんが迎えに? そもそも何で釈放なんです、俺は」

「その話はあとにしてくれない。ここじゃ目も耳も多いから」



腰を落ち着けたのは本局内のカフェの一角、密談等のためそれに対応した「設備」も備えているところだった。

「さて、どうしたものかねぇ?」

「俺も何がなんだか分からないんだけどな」

「ま、そうだろうね。結局あんたの罪状は無許可渡航だけになったし、短期間の奉仕活動程度だろうね」

「だから俺は・・・結局?」

言葉の一部で気付く、アリアは結局といった。

「あの子は傷一つ負ってはいないよ。通りすがりの奇特な魔導師が助けたからね。突然の車椅子の故障、ってことになってるわ」

「それも親父の差し金なのか」

「いいや、まったくの偶然。ま、つい最近、別種のロストロギアがあの町にばら撒かれたのが功を奏した、といったところね。ま、どちらにせよ、今あの子に死んでもらっちゃ困るわ」

「・・・なんでだよ」

「闇の書がまた次の主のところに転生するだけだからね、また一からやり直しになる」

「どういうことなんだ」

リーゼアリアはグレアム陣営の知る闇の書の詳細をダグに語り聞かせる。そして現状の対抗策は一つだけであることも。

「それじゃあ、あの子は」

「被害者、だよ。今までの闇の書の主でさえ、その力を望んだにしても、加害者であると同時に被害者でもある」

力が欲しいか? 欲しいと応えた人間は皆地獄行き、いらないといっても余程の素質や実力を持たない限り天命をまっとうすることはおぼつかない。悪質な詐欺といっていい代物である。理不尽極まりない事実に、拳に力が入る。

「落ち着きなさい。バロウズみたいに奥歯が入れ歯になるよ」

ダグラスも魔導師適性はあった。魔力量だけでもBはある。無制御状態で変に力を使おうとすればそれは自身に跳ね返るものだ。現に過剰な力のかかった手のひらは蒼白になっている。しかし、本人にとって不幸なことに、両親と違って空戦適性はなかった。

「グレアムさんはそれでいいのか」

「・・・それしか方法がないんだよ、わたしたちには」

沈黙が支配するが、それも長くは続かない。リーゼアリアの時間が限られていたからだが。

「あんたに監視とか付ける余裕はないけれど、無謀な真似はやめることね」

「・・・・・」

「ロミとジュリもほったらかしなんでしょ? とっとと家に帰っておとなしくしてな」

「ロメオだったら俺よりよっぽどしっかりしてるさ」

「いいからおとなしくしてること。身内を拘束してる余裕なんてないし。迂闊な行動してると、クロ助に感づかれるだろうしさ」

「・・・お袋の見舞いくらいならいいだろ。レティさんだって来てることもあるし、リンディさんだって花くらい差し入れてくれてるしよ」

「それならあたしらの分も頼むよ」

「来てくれないのか?」

「アンの見舞いも、クライド君の墓参りもさ、今のままじゃどの面下げていきゃいいのかって気分だからね」






 本局、医療センター。距離と言う物理的制約はあるものの、任務中に負傷した局員が最優先で担ぎ込まれるところである。問題は担ぎ込まれた局員がずっと出てこない、という例が少なくないことであり、拡張され続ける本局とともにその規模を増してきた部署であるが、流石に新暦も30年代以降はそのペースも落ちてきたといわれている。でなければあの「三提督」は未だに提督のまま居座り、指揮を執り続けていただろう。

 第4病棟、7号室にて、男はベッドで眠る女を見詰めていた。男の名はバロウズ・ボニー、眠る女、いや「眠り続ける女」はアンネロッタ・ボニー、男の妻である。

「11年か。もっと長かった気もするな」

眠り続ける妻は応えない。

「最初は2人だったな、俺とクライドで馬鹿なことばかりやってたな」

馬鹿は君だけだろう、と彼にいってくれる男はもういない。

「いつからかお前を入れて3人になってた。俺はお前に夢中で、でもお前は仕事に夢中で、後始末はいつもクライドがやってたな」

今も3人だ。1人は欠け、1人は眠ったままのために。

「クライドの奴がリンディを連れてきたのはいつだったけな? 普段も生真面目な面してるあいつが随分しゃちほこばった顔してやがってよ。親に彼女紹介するってわけじゃねえのになんなんだ、って感じだったよな」

互いに親はもういなかった。

「あいつの方が昇進が早かったけどよ、俺はそれで良かったよ。正直小難しいことは柄じゃねえしな」

階級は今もクライドの方が上だ。最後の昇進については、男は今も認めていない。

「お前が執務官で、あいつが提督で、俺が武装隊で、リンディが・・・あんときゃ本局内でレティとつるんでたか」

気付けば男は執務官をやって、提督になって、本局と船の上で書類を相手にしていた。本当なら5人いるところが、どんなに頑張っても4人にしかならない。

「まったくふざけてるとも」

世界はいつだってこんなはずじゃないことばかりだ、ってのはあいつの息子の言葉だが、

「ふざけてるやがる」

そんな事、認められるか!


「わりぃ、愚痴ばかりになっちまった」

しばしの後、男は席を立つ。妻の頬にキスをすると、しばしその顔を見詰め、

「連中に落とし前をつけさせる。何、そう時間はかけねぇよ」

そして、バロウズ・ボニーは、「守れなかった」落とし前をつけに行く。




 その決意も、出鼻を少々挫かれる訳だが。

「よう、クソ親父」

「よう、馬鹿息子」

「戻ってきてるんなら家に顔出せよ」

「妻の顔を見るのが先だ」

「いいから良く出来た弟と妹にも顔を見せに来い」

「自分が馬鹿だってのは自覚してるんだな」

「あんたが自覚してるくらいにはな」

しばしの沈黙の後、

「「この野郎!」」

と互いに左頬に湿布を貼る羽目になるのが、帰港の度のボニー家家長と長男の通例であった。



あとがき:
 ただのモブの役目だったはずの(つまり描写無し)のはやて殺害未遂容疑がダグの仕業になりました。なんかキングの言うところの三文小説的なやりとりに。おまけにギャグ?追加で。

・・・置物の狐が妙に有能寄りになっちまった。環境描写優先にしちまったおかげでキャラクターの行動が安定していない。狐周辺他オマージュ(パロディ・パクリとも言う)キャラ多数に。司祭はまた登場予定なのに名無しのままだし。

 んで一部前に書いた部分も修正しなきゃならなかったり。年齢とかのあたりをあまり注意しないで書いてたためですが。



[10435] 母であること29 A's Pre11
Name: Toygun◆68ea96da ID:1895f008
Date: 2013/04/07 18:51
30.そして、積年の因縁を載せた船は往く

「薄情よね、私たちって」

見舞いの花を追加の花瓶に挿しながらリンディは嘆いた。レティは仕方ないわ、と慰める。

「休暇もろくに取れないのだから、無理もないわよ」

今日は少しだけ顔色が良いわね、と見舞い相手を見て呟く。

「彼が来てたんでしょ、それくらい分かっていると思いたいわ。そうよね、アン?」

先に花で満たされた花瓶を見ながら、リンディは問いかけたが、ベッドの女は眠ったまま。

「うれしそうなところ、悪いけれど、また嫌な事件みたい」

無駄なことではない、と自分に言い聞かせて話かけ続ける。

「どこまで聞いてる?」

「さっき部下から連絡があったけれど、通達がようやく届いたところ」

「そう、ならまだ死者は出ていないってこと、聞いていないわね?」

レティの言葉に、リンディは怪訝そうな顔をする。

「始めの頃の被害は後追いの調査によれば、危険な魔獣を含む魔法生物のみ。魔導師が襲撃されたのはここ1、2ヶ月のことよ」

「話し合いが通じる?」

「もしかすると」

「そう・・・って悪いわね、仕事の話ばかりで」

見舞いに来てたのに、とリンディは眠る女に謝った。ピピピといきなり電子音が鳴る。

「って、もうこんな時間、この後また会議よ」

端末のアラームを切ってレティが愚痴る。

「じゃ、次はもっといい話を持ってこれるようにがんばりますか。また来るわね、アン」

またね、と答えるべき人は、沈黙したままだった。




「あら、ダグ・・・ってどうしたのその顔」

「いつものことだよ、リンディさん」

病院の通路でばったりとダグラスに出くわす2人。バロウズとの殴り合いの後、手当てを受けてから戻ってきたため、ダグラスの頬にはでかい湿布が張られていた。

「あなたたち親子も飽きないわねぇ」

「ほっといてくれよ、あと、お袋の見舞い、ありがとうございます」

レティのまたか、という顔にくさりつつも礼を言うダグラス。

「友達がいのない回数だけれど」

「また、来るわね。ちょっとこれから会議なのよ」

「執務官にもよろしく言っといてください」

おどけた表情でダグラスが言ったのをあらあら、とリンディが笑いながら返事をする。

「なら301号室よ」

「え?」

ぎょっとしたダグラスに笑顔のままリンディは言葉を続ける。

「あの子ったら休暇を貯めすぎて、精密検査込みで休暇をとらされてるところなの。良かったらお見舞いに行ってあげて」

「あー、そういうことだとからかえねぇなぁ。うん、顔出しときます。なんか食いもんも差し入れるか」

それじゃ、と言って三者三様に分かれて歩き出す。他の2人が見えなくなったところで、リンディは立ち止まった。

「あの人が生きてたら、反抗期なんてのもあったのかしら」

あまりにも早く自立してしまったクロノに、彼女は少しだけ寂しさを感じた。




「本日はお集まり頂きありがとうございます。例によって幹事は不肖、ロンワールが務めます」

「能書きは置いといてとっとと始めてくれると助かるんだがな」

「これはこれはカヌー将軍閣下、しかしながら様式も重要でして」

「そいつは聞いてる、だからこうして飲む暇もねぇ部下からの差し入れも持参したわけだ」

そう言ってカヌー提督は開けてもいないクメール産テキーラの瓶を示す。対外的には非公式の、部署間交流の懇親会となっているためだ。幹事は査察7課のロンワールが主に担当しているが、主催は「伝説の三提督」が持ち回りで担当している事になっている。故に、この場にミゼット・クローベル本局統幕議長が出席しているのも不自然ではない。会場が地上のバーの「ビジネススペース」で、付いているべき護衛がいない点を問題にしなければだが。

「ベルカワインのいいのが手に入ったわよ。シュタインベルガーの・・・2001?あら?年数が変ね」

現状手に入るベルカワインならば新暦表記で2桁となるところ、4桁表記である。

「議長、それはベルカワインではなく、97管理外産のドイツワインです。言語系統がベルカに類似した地域なのでよく混同されますが」

ミゼットの間違いを指摘したのはケイサン・ビュート、肩書きは情報部文化情報課課長である。魔導師ランクは空戦AAで戦闘経験も多いのだが、「97管理外世界マニア」を自称するようになってから強引に転属して前記の課におさまり、めっきり荒仕事をしなくなったため、給料泥棒と陰口を叩く者も多い。今回は主催のエスコート代わりも務めている。

「あら、そうなの。早速開けてみましょう」

ミゼットの言葉にそれぞれ持ち寄った酒を注ぎ始める。簡単に乾杯、と言葉を交わすと、わずかにのどを湿らせた後、ロンワールが各種資料を皆の前に展開した。

「さて、皆さん。魔導師連続襲撃事件についてはお耳に入れているとは思いますが・・・」

「11年とは、今回は随分早かったわね」

3度も聞く事になるとは思わなかったねぇ、とミゼットが愚痴をこぼす。

「闇の書であることに間違いはなさそうですな」

先ほどまで口を開いていなかったフォルクス・トラヴァント提督―ミゼットよりも若僧ではあるが既に老人の域の男が、ラムを少し舐めながら言葉を紡いだ。

「名前だけは聞いてはおったが、幸い目にする機会はなかったな」

出来れば関わりたくなかったのだが、と泣き言に近い言葉を吐くカヌー。

「その後地上では?」

ミゼットの質問にケイサンが回答する。

「ミッドでは確認されていません。最近は再び魔獣狩りに精を出しているようで、魔導師の被害は減っている・・・第7世界の刑務所襲撃を除いてですが」

「多くの世界を滅ぼしてきた闇の書ですが、どうも今回は今までと様子が違います」

引き継いだロンワールの言葉を、トラヴァントが肯定。

「ああ、幸いにして、と言うべきか死人が出たという報告はないな。ともすれば被害者に治療のあとさえ見受けられる」

「今回は交渉の余地はあるかもねぇ。主の所在が分かればだけれど」

口にしつつもただの希望的観測かも、とミゼットは思った。

「さて、書については一旦ここまで。問題はこの2つの勢力です」

表示されるは、グレアム及びバロウズ、そしてプレシア・テスタロッサである。プレシアについてはベルカ聖王教会?という注釈付きでだが。

「ギル坊やが走り回っていることは分かっていたけれど、ここに来て聖王教会が動き始めるとは思わなかったわね」

「で、この女は?」

「前歴は工学者、現在は嘱託魔導師となっているわけですが、工学者の部分も現役のようです。若干物騒な方向ですが」

デバイス用部品はともかく、戦闘用スペックの小型魔力炉と明確な装甲材用マテリアル購入は他者の目には物騒な物としか写らない。付記にはディアブル社との接触に

ついても書かれている。

「ディアブル社か、嫌な名前が出てきたもんだ」

「将軍?」

「そこの「警備用機械」はなかなかに優秀でな、拠点攻撃を行う前に存在がわかっとらんと悲惨なことになる」

「企業規模の面で左前になりがちですが」

「ヴァンデインなんかと比べりゃあな。ヴァンデインの装甲車にゃ随分と世話になったものよ」

「その優秀な「警備用機械」ですが、飛行能力は?」

「見たことがあるのは陸戦用だけだったな」

「それが今回は飛ぶんです」

ケイサンの示した遠距離からとおぼしき映像。複数の光点が各々別の軌道をとり、時に交差する。その一部分が拡大された。

「やや角ばった印象の騎士型、肩の魔力砲・・・背中が随分と膨らんじゃいるが、あのタイプだな」

「発注された部品数からすると、最大で2個武装隊分の傀儡兵を同仕様に出来る計算になります。改造は外注していないようですので、そこまで多くはならないようですし、それ以前にこの数で打ち止めのようですが」

そう言ってロンワールが一つの申請書を示す。個人所有の次元クルーザーに、警備用傀儡兵14機の搭載許可を申請するものだ。

「・・・出来る限りスムーズに申請が通るよう手配してちょうだい。どうせぶつける相手は変わらないのだから、人的被害が少ない方がいいわ」

前例もあったしねぇ、と先ごろの海賊騒ぎを口にするミゼット。嘱託ならば馬鹿なことはすまい、とトラヴァントが補足した。

「それで、教会は?」

カヌーの質問に、

「ラルゴのとこに内々の打診があったわ」

と答えるミゼット。さらにケイサンが聖王教会が本気である情報を追加する。

「教会所有の次元航行艦、それも高速艦が一隻、本局に入港してますよ。緊急時の乗組員の転移許可申請つきで」

「問題は、肝心の「主」の居場所です」

「査察7課では分からないと?」

「残念ながら。査察部全体では知っていそうな方はいらっしゃいますが・・・」

「グレアム提督の協力者か?」

「その類ですね。クローベル議長、評議会の動きは?」

「だんまりよ、まっとうな報告は全て上がってるはずなのに止める気もないようだし、かといってギルに協力しろとの指示もなし。実質的損害がほぼ無しだから全て「黙認」と言ったところかしら、私たちも含めて。レジィは蚊帳の外に置かれてるみたいだし」

「今回は尾行もありませんでしたからねぇ」

毎回撒くのに苦労するんです、とケイサン。

「部下達には悪いが、どうやら自棄酒になりそうですな、本日は」

まったくだ、と全員がため息をつき、本題が終了したあとはトラヴァントの言葉どおりとなった。




 荷物の大半は数日前に積み込み済み、あとは皆で空港まで行けばいい。転移できれば一瞬だが、それは禁止されているのが面倒なところ。あらかじめ呼んでおいたタクシーで移動だ。

「みんな、忘れ物はない?」

手荷物をかかえた皆に聞く。

「だいじょうぶ」

「プレシアの方こそ、もう積み忘れはありませんよね」

積み忘れはあっても対応不可なのでまあ、仕方なし。

「あったら別方面で調達するわ。まあ、身の回りの荷物に端末類だけでOKね、アルフは?」

「ちょっと待って」

荷物で膨らんだボストンバッグを運転手に預けつつ、右手首のブレスレットを位置を調整している。端末機能と通信系を強化した簡易ストレージデバイスだ。外見は金色のリングにしか過ぎないので、「娘」に与える物としては不満ではあるが時間もなかったのでその辺はおいおい。

「うん、こんなもんかな」

サイズ調整でしっくりきていなかったらしい。数日間バリアブレイク用の乱数データを調整し続けていたので、その暇がなかったようだ。かくいう私も、アヴァロン用の別方式プログラム等を宿題代わりに携帯端末にぶち込んでたりするので、旅行中に似たような状況になりそうだ。

「じゃ、行きましょ」

「では、出しますよ。道が道ですので揺れますので、気持ち悪くなったりしたら言ってくださいね」

皆が乗り組んだことを確認した運転手の言葉とともに、最寄のレールウェイ駅までの道のりを、ランドクルーザー状のタクシーで揺られていくのであった。




 次元管理局本局、空港。正確には「次元空間港」であるが、結局省略されて空港となっている。常にこちらに船を置いておけるなら楽でいいのだが、積荷の出し入れを考えるとそれも面倒で、結局地上の空港から転移、再度チェックを受けてから出港、という手順となり、なかなかに時間がかかる。何より、停泊料等は地上より高いので、お財布に優しくない。

「14機も積み込んだのはやりすぎでは?」

ブリッジにて、船体状況をチェック中のリニスに傀儡兵のことを突っ込まれる、予備部品類の豊富さ込みでだ。前よりスムーズに手続きが済んだのはIDが嘱託魔導師になっているおかげだろう。待機状態の魔力炉出力に異常がないことを確認しながら簡潔に言葉を返す。

「例の襲撃が怖いから」

フェイトとアルフには伝えていないが、公的に嘱託となった現在、魔導師襲撃事件については情報の多寡はともかくそれなりに伝えられている。船以外は戦力面で海の半個航行部隊と化している、キルケーⅣの出港手続きが随分とスムーズな理由の半分はその通達で、もう半分は前回帰港予定通りに帰って来れなかったためだろう。

「今度は「アリア」に着けるといいのですが」

「なぁに?」

「今回ももしかすると無理なのでは、という気がします」

「その理由は?」

「普通なら勘、と言うべきところですが・・・プレシアの行動がおかしいこと、それに今回の襲撃事件に関する通達・・・」

ふむ

「既に何かの任務が開始されていると考えるところでしょう」

「・・・ああ、そう考えるべき状況よね、こうも手続きがスムーズだと」

「私たちは囮ですか?」

その質問に呆気に取られる。呆気に取られたのは囮という言葉自体にではなく、

「フェイト達さえ囮に使うつもりだと言うのなら、私はあなたを許しません」

「・・・そんな意思はないしそれを任務で言われたならまず命令者を殴りつけてるわ。ただ、自分達が襲撃されるという可能性を無意識に外していたことに呆れてただけだから」

「その言葉、信じていいですね、「母さん」」

「即答できないのが悲しいところよね。あの子が挑まなければならない相手もいるのだから」

「いったい、何を知っているのですか、プレシアは」

まだ秘密よ、と言葉を濁すと、会話はそこで終わった。気まずい空気はほんの少しの間だけ、キャビンからフェイトが紅茶を淹れてみたと、アルフが伝えに来たからだった。



 キルケーⅣの直前の船が出港していく。船名は「パイオニア2」で、とても大きな船だ・・・うん見なかったことにしよう。キルケーに乗り込むまでに妙に人が多かったのはそのせいか。そのキルケーⅣも、標準レベルにまで出力を上げているので、あとは出港の最終許可をもらえばいいだけなのだが、

「こちらキルケーⅣ、船長のプレシア・テスタロッサ。「アリア」第2次元港までの航行許可求む。寄港予定地は提出済みの航行計画書通り。出港方式は通常加速にて」

『キルケーⅣ、少し待て・・・2番ドックからだな、8番のドックは?了解・・・』

別方面の会話が混じってるわね?

『キルケーⅣ、すまないが順番変更だ。』

「何かアクシデント?」

『近隣の航路で事故が発生したため、巡航艦が出る事になった。発進軌道が交差するのでキルケーⅣは待機状態をしばし延長だ』

「キルケーⅣ、了解。それで、出動する艦は?」

『質問は明確に頼む』

「艦名を聞きたいなと。噂の新型かもしれないし」

『その新型だ、管理局専用港の2番ドックから「エスティアⅡ」が発進する』

「8番ドックのは出動しないの? どうせならまとめてやってくれた方が楽でいいと思うけれど。どちらにせよこちらは足が遅いのだし」

『伝えよう・・・・・・L級8番艦のアースラ、定時パトロールのための出港だ。艦長が話をしたいそうだが、どうする?』

「つないで、友人よ」

『はあい、プレシア』

「元気そうね、リンディ。この間より幾分顔色もいい感じだし」

具体的には、化粧が薄い・・・目の下のくまを隠す必要がないことを見て、だが。

『ええ、少しお休みをもらえたから。まあ取らされたとも言えるけれど』

「それは良かったわね、と言っても少し疲れが取れたくらい?」

『まあまあね。待機が長いとチェックが増えて面倒だから、順番ゆずってもらって有り難いけれど、いいの?』

「こっちの方が最大速度が遅いし、定時パトロールならむしろ有り難いわね。管理局のパトロール艦が通った直後に出てくる馬鹿はいないもの」

『それもそうね、じゃ、お仕事してくるわ』

「気をつけていってらっしゃい」

『そちらこそ、事故なんて起こさないでちょうだいね』

「気をつけるわ」

それじゃ、と互いに敬礼を交わして通信を閉じる。2隻の出港を見届けると、管制に従ってキルケーⅣを発進させた。



 リニスの「辿り着けない」との言葉は正しかった。私はもう少しだけ楽しんでいられると思っていたけれど。そのために記憶よりも早く、まだ秋の間に出港してみたのに。約1日の航行の後、地球近辺の次元空間で、足を停めたアースラと再会する。

『嘱託魔導師であるプレシア・テスタロッサに要請します。いけますか?』

「もちろん」

リンディの言葉に肯定を返す。正体不明の結界。つながらない通信。レイジングハートの反応は弱いながらもその中から。何よりあの子の危機に娘はやる気だ。

―さあ、A'sを始めよう


To be continued, Mgical Girl Lyrical Nanoha A's time line....


後書き:
 「今、万感の思いを乗せて汽車は行く」のネガティブ変換オマージュなタイトルです。追加描写にありそうな人間関係を加えていったらオリキャラも動く動く。リハビリでボツネタも別に書きなぐってたら書ききれなくても会話文主体で文が面白いように続いたりとか。量貯まったらチラシの裏にでも投稿した方がいいかなぁ。

 にしても、前話といい今話といいネタ仕込みすぎかな?


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