Part25:ブレイクポイント2
客間の全面窓を開け放ち、バルコニーへ踏み出す。
踏み出す速度のままに跳躍し、空を舞う。
『Barrier Jacket set up』
首に下げたSS4が光を放ち、瞬時に騎士甲冑を構成すると、クロスは反転して月村屋敷の屋根の上に降り立った。
『Shooting Mode』
金属が複雑に組み合う音が響き、クロスの腕にアームドデバイスSS4が本来の姿を出現させる。
ベルカ式カートリッジシステムを備えた、弓形武装。
それは最早”砲”といっても過言ではない見てくれをしているが、クロスはこれを弓だと言い張った。
ベルカの文化的事情として、ミッドチルダのような遠距離からの”砲戦”という概念は忌諱される傾向にあったからだ。
武器は原始的な戦争用具である剣や槍、鉄槌や斧が望ましい。それがベルカの騎士たる本本懐である。
しかし、クロスは元々騎士になりたくてベルカに来た訳でもなく、騎士になってしまった後でも接近戦なんて御免だった。
それゆえに選んだデバイスの形状が、弓であった。遠距離攻撃が可能な、中世的な武装。
ストレージに登録されてある魔法が射撃系ばかりなのだから、上辺だけも良い所である。
因みに、その接近戦が嫌だと言う考えが仇となり、返って公然と遠距離攻撃手段を用いるクロスは重宝される事になり、戦場に出る機会が増える事となってしまった。皮肉であろう。
『Sleeping Fog』
まずは、とばかりにクロスはためらいなく足元の屋敷全体に魔法を放った。
強制睡眠魔法。魔法効果範囲内の全ての生物の意識を刈り取る、睡眠魔法である。
たとえ武術の達人だったとしても、回避方法がわからなければ眠るしかないと言う代物だ。
『Alle Mitglieder schliefen』
屋根を睨むクロスの耳に、陽気な声が響いた。
「本当に間違いは無いのか? ……解析された指定日時はまだ二週間以上先だったろう。早すぎる」
夜空を睨み、油断なく弓を構えながら、クロスは”このためだけ”に用意した新たなデバイスであるシンクレアに問うた。
『Konnen Sie nicht, ich irre mich? Die Zunahme der Raum-Rhythmusverzerrungsrate setzt fort』
シンクレアは、道具に対するクロスの好みとは正反対に位置する人間味たっぷりの声で、答えを返した。
「……確かに、歪みが酷くなってるな。アースラ……兄さんに、動きは?」
次元の壁の向こうから、何かがこの次元に近づいている。
全領域型情報集積デバイス”シンクレア”はその兆候を―――次元の向こうで巻き起こった怪異を―――確実に探知していた。
怪異。次元世界に対する。
このタイミングで、この第97管理外世界を巻き込んで発生するのならば、予測しうる物は一つしかない。
星辰の門開かれしとき、災いの種が地に潅ぐ。
予言の一節に記された、その記述。
そしてクロス自身の知識の中でも、それに近いものの存在を認識していた。
だから、この現象が発生した瞬間疑ったのは、兄クロノの干渉が、あるか否か。
クロスは、その情報収集能力の大半のリソースを割いて調査させていた次元空間を航行中の時空管理局・巡航L級8番艦アースラの様子をシンクレアに尋ねた。
『Ein Motor ist gut und es gibt vorwarts keine Anomalie.Haben Sie nichts, ich schlafe, und das sturmisch Sein』
しかしシンクレアが茶化す言葉と共に伝えてきた情報では、アースラに動きは無しと言う単純な事実だった。
クロスは眉をしかめる。
この世界に事件を持ち込む存在が居るとしたら、兄以外には存在しない筈なのに。
身内を疑わなくて済む事の喜びなんて物は、クロスには無かった。知っている通りに事件が起こらないことこそが、最大の不安だ。
『Was wurden Sie bald machen?』
悩むクロスを他所に、シンクレアが機械にあるまじきアバウトな表現で”それ”が近いことを告げた。
クロスは、顔を落とし大きく一つ、息を吐いた。気持ちを切り替える。
天を見る、弓を構える。
いまや次元の揺らぎが、この世界からでも視認できるほどに大きくなっていた。
「シンクレア、SS4、データリンク。照準補正シンクレアに合わせ」
『All Right』
『In Ordnung』
二つのデバイスが肯定の返事をし、SS4の照準がシンクレアの集積された情報もとに最適な物へと……。
「っぐ……!?」
次元歪曲率、次元航行速度、平面空間適合率、物質化密度、滞留魔力濃度、残留魔力光度、質量硬度、加速度、熱量、原子配列、霊体因子構成……。
必要も無いほどに莫大な情報が、クロスの脳を突き抜ける。
シンクレアが解析した、解析しすぎたデータの渦。その余りの密度に、クロスは眩暈がして、呻いた。
蹈鞴を踏んで、膝を突く。情報は恐ろしいほどの速度でクロスの脳髄を駆け巡り、神経がひり付く様な痛みを幻視させる。
こんな状態で、精密狙撃など出来る筈も無い―――!!
『Meister!!』
シンクレアの悲鳴のような鋭い声に、クロスは気を取り戻した。頭を振り払って、立ち上がる。
「シンクレア、データリンクカット! SS4、マニュアル照準! ……スカえもんの馬鹿! 情報過多で役立たないぞコレ!!」
ここには居ない製作者に罵声を浴びせながら、シンクレアとの接続を最低レベルまで落として情報流入を防ぎ、再びSS4を構える。
月明かりを薄雲が隠す夜の空が、今や完全に歪んで映っていた。
「シンクレア、転移までのカウント頼む。SS4……カートリッジロード!」
『Load Cartridge. Shooting Mode-Acceleration』
SS4のコアクリスタルの基部から発生するシリンダーユニットが鈍い金属音とともに高速でピストンし、空の薬莢を排出する。
その瞬間、渦巻くように青白い閃光がSS4から解き放たれ、クロスを満たす。
ベルカ式カートリッジシステム。瞬間的な魔力向上を可能にするという、その真価の発露だった。
『Ein Countdownanfang.5……4……3……2……1……Showzeit』
音は無かった。故に、空を見上げる者でなければ、気付くことは無かっただろう。
その瞬間、確かに夜空にひびが入り、その向こう側から閃光が迸った。
しかしそれも一瞬の事。
開かれた次元の裂け目は、世界の修正力によりすぐさま復元され、すなわち、次元の外側より飛来した煌く星屑のような”なにか”という現実のみを、世界に受け入れた。
空に舞う、光り輝く、星の種。
地に潅ぎ災厄を呼ぶ、それをしかし、弓の騎士は逃しはしない。
「螺閃」
『SpiralLine』
冷徹な言葉を、向き質な声が追従する。
構えた弓に、引き絞る弦に、青白い魔力光が集約し、銃口とも言うべきシリンダーユニットの先端に、ベルカの正三角の魔方陣が出現する。
狙うべきものは、空に現れた、災厄の種。
「旋封―――っ!!」
『-Sealing』
強い言葉と共に弦を放つ。そのトリガーアクションに従い、SS4の銃口、正三角の魔方陣より螺旋の渦が解き放たれた。
それは、幾筋もの閃光を束ねて円錐状の網となし、その内側に発生した魔力の乱気流によって目標を捕らえつくす。
螺旋の渦、魔力の竜巻を以ってして狙ったものは確かめるまでも無い。空に見える災厄の種。
未だ正体の知れぬ幾つもの煌き、それら全てを、渦の内側に閉じ込めていく。
閉じ込められた災厄は、螺旋の流れに従って、秘めたる力を受け流されながら、ゆっくりと、しかし確実に、術者であるクロスの手元にまで近づいてきた。
「取りこぼしは……」
怪異の収まった空を油断無く睨みながら、クロスはシンクレアに問いかけた。
『Es gibt nicht es.Es ist Vorhanganruf.』
シンクレアが気楽そうな声を返してきた。
「―――……ふぅっ」
手に取れる位置にまで”種”が落ちてきたのを確認して、クロスは弓を下ろし息を吐いた。
空に放たれた閃光の渦は、捉えた災厄を包み込むように、球形の籠に姿を変えていた。
眼前に浮かぶ籠の中の、輝く輝石の姿を、クロスはじっくり確認する。
紅く輝く、美しい宝石だった。複数あり、それぞれに違った数字が刻まれている。
「高密度魔力結晶……か? 種、と言うか宝石って感じだけど……リリちゃで形に関する描写ってあったっけか?」
ブツブツと呟きながら、一応の封印―――外界からの切り離しによる状態の無力化―――が完了している”災厄の種”らしきものを監察する。
正確に数えたら、数は全部で21個あった。見た限り、現代技術を用いて作られる魔力カートリッジを遥かに凌ぐ高密度の魔力結晶体である事が解る。どのような機能があるかは詳しく調べないと解らないが、ただの純魔力として使用するだけでも、これほどの量があれば凄まじい力を発揮する事が出来るだろう。
もし、制御に失敗すれば大惨事が引き起こされるであろうことも想像に難くない。
災厄の種と呼ぶに相応しい、正真正銘のロストロギアだった。
「SS4、封印したままストレージに格納。Dドライブの要領が足りなかったら、Cドライブの使用頻度の低い魔法消していって構わない」
『Consent. Please register the name. 』
光の籠の前に突き出されたSS4は、コアクリスタルを煌かせながらクロスに尋ねた。寡黙でなるこのアームドデバイスにしては、主に質問するなど珍しい事である。
名前かと、クロスは少し考えた後で、考えるまでも無いと首を竦めた。
「仮称”イデアシード”だ。格納開始」
『D-drive is sealed 21 ”Idea Seed”.』
光の籠とSS4のコアクリスタルが共鳴するかのように輝き、一瞬クロスの視界を閃光が満たした後、イデアシードと名付けたロストロギアは全てSS4の”内部”に封印された。
それを確認して、クロスは一つ、ため息を吐いた。
終わってしまえば、あっさりとしたものだ。
「シンクレア、アースラの様子は?」
『Es gibt nichts.Sie sind ein worrywart.』
ため息でも吐いているかのように、シンクレアはクロスの問いかけを否定した。
兄は、そして母も、結局何もこの件に絡んでこなかったらしい。
「違ったのか……それとも、バタフライ効果でかつ歴史の修正力ってやつか……」
考えてみても、解る筈は無かったが、結局何も起こらなかったのであれば、それが一番良いと言うのは確かである。
とにかくコレで、予言の一節目はクリアしたのだからと、クロスは自分を落ち着ける事にした。夜も遅い事だし、部屋に戻って休むべきだろうと考える。
「その石を、返せぇぇ―――っ!!」
弛緩した空気を、威勢の良い声が打ち破った。
上空から。クロスは反射的に顔を挙げ、バックステップで位置を変える。
緑色の魔力光が、幾本も、明らかにクロスの居た位置を狙って降り注ぐ。それらは鎖の形をしていた。
「―――! バインド!?」
魔力で編まれた鎖に混じって落下してくる小さな影に、クロスは躊躇い無くSS4を向けた。
害意を以った何ものかが、襲撃を仕掛けてきた。理由など知る必要も無く、クロスにとってはそれで充分だった。
『Line Shooter』
SS4がクロスの意思に従って、高速の魔力閃を放つ。
『Round Shield』
サンプリングされた女性の声。デバイスの放つ機械音声が襲撃者の首元から響き、ミッドチルダの正円の魔方陣を襲撃者の前に形成しクロスの攻撃を弾いた。
しかしクロスは、ベルカの騎士の中でも有数のしたたかさを持っていた。
『Line Shooter-Orbit Change』
「う、うわっ!」
SS4の告げると共に、弾かれたラインシューターの光線が、鋭角的に軌道を何度も変えて、魔法陣の防御のなされない上空から、もう一度襲撃者に襲い掛かる。
ベルカ式アームドデバイスは、魔法を登録しておくストレージの容量がミッドチルダ式のストレージデバイスに比べ、少ない。
それは、本来アームドデバイスと言うのはトリガーアクションに伴う魔力付与程度しか攻撃魔法を用いないためである。
ミッドチルダのように幾つもの射撃魔法を使い分けるような事は少ないのだ。
それゆえにクロスは―――それでも、射撃戦に特化しようと意地になっていたクロスは―――1種類の魔法を複数に分岐させると言う方法を用いて、状況に応じて選択肢の数を増やすようにしている。
クロスの用いる魔法は、攻防全て、その殆どが直線射撃魔法ラインシューターの派生だった。
『Sphere Protection』
しかし、必中の一撃は緑色の球状結界に防がれた。滞留魔力を消失したラインシューターは、今度こそ拡散して消えた。
クロスは、強力な防御結界を見やって舌打ちした。
場所が悪い。隔絶結界を展開していない通常時空で、月村邸の屋根の上と言うこの状況は些かやりづらい。
非物理破壊設定で魔法を用いないと、屋敷を破壊してしまう。そうすれば、いかな魔法で眠らせているとは言え、中の人間達は目覚めてしまうだろう。
緑色の防御結界に覆われた襲撃者の姿を確認する。
歳若い、というより明らかに幼いマント姿の少年。下で眠るすずかやアリサと同年代くらいかもしれなかった。
それが、歯を食いしばってクロスを見ている。胸元に見える紅い輝石は、恐らく彼のデバイスだろう。
石を返せ、彼は初めにそう言っていた筈。だがこんな危険なものを、突然攻撃を仕掛けてくるような人間に渡してやれるほど、クロスはお人よしではなかった。
しかし、状況的にこの少年を確保できれば事情説明を引き出せる可能性が高い。
一撃で、相手の固い防御を貫きながら、しかも非殺傷、非物理破壊設定の魔力衝撃のみで意識を刈り取るしかない。
方法は、限られていた。
そして騎士クロスは、行動に躊躇いと言う言葉を混ぜない事で有名だった。
「シンクレア、やれ」
『Sind Sie wirklich gut?』
呟くクロスに、シンクレアが驚いたような声で尋ね返してきた。マスターの命令に反論をしてみせる、製作者に似た扱いづらいデバイスだった。
いいからやれと、クロスがもう一度思念を浮かべると、シンクレアは了解の意思を伝えてきた。
そして、術式詠唱が始まる。
『Sie, es ist sanfter Wind.Methode versiegelt Absage.Eine H.G.S-Verbindung.』
その瞬間、ガクリとクロスの内側から魔力が大きく削られる。今はここには無いはずの背中の”羽”が、強引にもぎ取られたかのような錯覚を覚える。
膨大な魔力が、天に集約するのをクロスは感じていた。
視線を、襲撃者の少年に向ける。
厳しい表情のままで、少年はクロスに告げた。
「もう一度言います。ジュエルシード……貴方が奪った石を、返してください。それは危険、な」
『StarLine Blaster』
元より聞く気の無かった言葉は、最後まで語られる事は無かった。
余りにも無常な響きと共に、閃光が、超高高度より降り注ぐ。
それは視認するのも困難なほど、細く、鋭く、そして強烈な破壊力を秘めていた。
強力であろう緑色の防御結界を苦も無く撃ち貫き、回避の隙も与えぬ超速でもって、襲撃者の少年を遅う。
スターライン・ブラスター。最大魔力を最大収束して放つ、クロスの持つ最強の攻撃魔法の一つ。
いかに非殺傷設定とは言えその直撃を受ければ、幼い少年に耐え切れる筈も無く。
緑色の結界が割れるように空に消えうせて、少年は、ゆっくりと屋根の上に崩れ落ちた。
その姿をしっかりと確認したのだろう、シンクレアが気楽そうな声を上げる。
『Ich bestatige einen Schlag.Dank zu Ihnen, ich bekam gute Daten』
「そりゃご苦労。……っ!?」
魔力の莫大な消費もあって、完全に気が抜けていた。
『Emergency Transporter』
サンプリングされた女性の声。うつ伏せに倒れた少年の腹の下から響いた。
浮かび上がるミッドチルダの正円の魔方陣。
術者の危機に基づいて、インテリジェントデバイスが自動で魔法を発動したのだ―――!
「逃がすなっ!」
『Line Shooter』
SS4を突き出し、既に転送魔法の光に包まれ浮かび上がり始めている少年に向けて高速の射撃を放つ。
容赦は一切なし。殺傷、物理衝撃可の一撃だった。強引な痛みを与えてでも、デバイス制御による無意識下での魔法使用の妨害を試みる。
―――ジュッ、と。
それは、人体の一部が焼ける音ではなかった。
カン、カン、カン……と、その後に続く屋根を跳ねる軽い音が響く。
少年の姿は、そこに無かった。転送魔法が、何処かに飛ばしてしまったのだ。
クロスの魔法は、浮かび上がった彼の首元。デバイスを結ぶ紐を焼ききっただけで終わった。
「……シンクレア。探知出来たか?」
ため息をついて屋根に落ちたデバイスに近づきながら、クロスはシンクレアに問いかけた。
『Ich bin jetzt eine Schiesereiform.Ich kann es nicht jagen, wenn es zum Suchen auserhalb es nach der feindlichen Auswahl weggelaufen wird.』
「……スターラインの試し撃ちしたのが仇になったか」
紅い宝珠型のインテリジェントデバイスを摘み上げて、もう一度ため息を吐く。
通常であればシンクレアは惑星内の半球全てを探査域に於けただろうが、射撃形態へ以降済みでかつ、次元航行中のアースラの探査にリソースを割いていたため、急な跳躍を追いきれなかったらしい。
拾ったデバイスを観察する。 何処かで見覚えがあるようなデザインだが、デバイスとしてはこういった宝玉形態は珍しくないし、ミッドチルダで見たのかもしれない。
どうやら自立閉鎖モードに入っているようだった。
こうなると、専門の機材が無ければ迂闊に調査も出来ない。
この状態では内部を暗号化されていて、下手に弄ると破損させてしまうかもしれないからだ。
「一難去ってまた一難って事か。……とりあえず、一眠りした後に兄さんに連絡かな」
どうせ見てるんだろうけどと呟いて、夜に沈む月村邸の庭園を見下ろす。
これも予言の一部に含まれるのだろうか、それとも。クロスには判断の付かないことだった。
※ 魔法少女リリカルなのは 完