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[10488] こち亀で短編(?)集
Name: カイアン◆191aacec ID:87e7289d
Date: 2009/09/07 21:16
どうも初めまして、カイアンです。
タイトル通り、こち亀で短い話を載せていこうかな、と思っています。たまに長いのもあるかもしれないですが。
基本的には、両さんと女性キャラの話を書こうかと思っています。こち亀独特の雑学や知識を必要とするような話は書けないので……。
だいたい日常的な話を書こうと思ってますが、意味分からんくらいシリアスなのもかくかもしれません。
一応、設定などには気を遣っているつもりなんですが、こち亀の設定量が量なので、ミスがあるかもしれません。その場合は、遠慮無く指摘お願いします。

まぁ、正直需要があるかどうかは微妙かもですが、良ければ読んでいってやってください。


9/7 五番目の話を追加しました。
マイブームはキングカズマ。あれを超える獣人はいないと思う。カッチョイイです。可愛い方ではランスのたぬーが最強だと思いますが。
それとはまったく関係なく、麗子さんで書いてみました。有名なあのシーンをちょっと考えて書いたつもりです。
しかし、最近他に書きたい作品が出てきて困りました。短編ならここ「その他」だからもうここにまとめてのっけちゃえ、とか思うのですが、
長編も書きたくなってたりするんですよね。書いたことないからほぼ未完エンドでしょうが、そのうちチラ裏にでも書くかもしれません。



[10488] 戸塚さん
Name: カイアン◆191aacec ID:87e7289d
Date: 2009/07/26 01:19
「よぉ、戸塚」
 署の一角に設けられた喫煙所から出たところで声をかけられ、戸塚金次は振り向いた。とはいえ、見た目通り荒っぽい人柄の戸塚にこうも馴れ馴れしく挨拶してくる人物は限られており、戸塚は顔を向けるまでもなく声の主が誰か予想が付いていた。
「両津じゃねぇか。久しぶりだな」
 よくゴリラに例えられるがっちりとした体つきをした、一度見たら一生忘れることはないだろう濃い顔立ち。両津勘吉。新葛飾署の者なら知らぬ者はいない、つながり眉毛が特徴的な名物警官である。
 戸塚は両津の手招きに応じ、自販機コーナーに置かれている長椅子に腰掛けている両津の隣に腰を下ろした。
「調子はどうだ」
「あー、面倒くさいことに新人一人押し付けられてな。世話を焼かされてるよ」
「お前が世話係だと? おい、悪さ教えるんじゃないぞ」
「どういう意味だそりゃ!」
 軽口を叩き合う両津と戸塚。嘗て同じ派出所に勤務していた頃はしょっちゅう行われていたこのやり取りも、戸塚が新葛飾署勤務になった今では珍しくなっていた。
「相変わらず馬鹿やってんだなぁ、戸塚は。昔からちっとも変わらん」
「そういうてめぇこそ、人のこと言えんのか」
「わしはいいんだ、わしは……お、ナイスタイミング。おいリカ!」
 戸塚の指摘を軽く流していた両津は、飲み物を買いに来ていた婦警達の中に早乙女リカの姿を認め呼びかけた。ちなみにこの時の両津の声量に幾人かの婦警達は怒鳴られたのかと驚いた様子を見せたが、両津にとってこれは大声でなく普通程度だったりする。
 そしてそのことがわかる程度に両津と付き合いがあるリカは、呆れたようにため息をついてみせた。
「なによ。というかあんたもう少し小さな声でって、キャ!」
 いきなり両津が投げてきた何かを、咄嗟にキャッチするリカ。早矢や纏、麻里愛には流石に敵わないものの、優れた反射神経の持ち主である彼女だからこそ出来た芸当だ。両津に咎めるような視線を向けつつ、掌を開くリカ。現れたのは、百円玉が一枚。
「ついでにわしのコーヒーも買ってくれ」
「なっ!? 自分で買いなさいよ目の前にあるんだから!」
「今まさに買おうとしたらお前達が来たんだよ。良いじゃねぇか、別に奢れって言ってるわけじゃないんだ。こないだビーズワークス教えてやったろう、それくらいやってくれても罰は当たらんと思うがな」
 言いつつ、まさかこれくらいのこともしてくれないのか、というような目でリカを見る両津。確かにこれまで顔に似合わず手先が器用な両津にビーズワークスなどを教えてもらっていた婦警達は反論出来なかった。いや、しようと思えば出来るのだが、両津の言うとおり大したことを頼まれたわけでもないので、このくらいで騒ぐのはどうだろう、と彼女達自身も気付いていたのだ。
「~~ッ! もう! わかったわよ!」
 少しの間両津に咎めるような視線を向けていたリカだったが、とうとう折れたらしく両津の分のコーヒーを買ってやると、半ば押し付けるようにして両津に渡して婦警達を連れて去って行った。
「気の強い女だ。あんなのがでかい顔出来るようになるとは、世も末だね」
「そうか? あいつはあれでなかなか、気が利くところもあるがな」
「はぁ? どこが?」
 大げさに驚いて見せる戸塚に、ほれ、と両津は自分が手にした缶コーヒーを見せた。
「これが何だってんだ?」
「わしの好きな銘柄だ。ちゃんと選んでくれたみたいだぞ」
「んなわけねぇだろ。偶然だよ偶然!」
「そこの自販機よく見てみろ。普通適当に買おうとすると目の前にある奴、つまり列の真ん中辺りの奴を買うだろ。でもこのコーヒーは一番端にあるんだよ。選んでくれた証拠だ」
 両津に言われ自販機を見てみると、なるほど、確かに両津の言葉通りの並びであった。戸塚は自販機から視線を去っていくリカに向けた後、早速コーヒーを飲み始めている両津に戻した。
「お前、あの早乙女と仲良いのか?」
「ん? そんなわけあるか。わしは婦警から一番嫌われとる男だぞ」
「けどよ、お前早乙女をリカって名前で呼んでたじゃねぇか。しかもあいつもそのことは特に気にしてなかったみたいだぞ」
「ん、まぁ言われると確かにそうだが……それほど気にすることじゃないだろ」
 戸塚の指摘に何でもないことのように答える両津であったが、戸塚は知っていた。以前、新しく新葛飾署に配属された軟派な警官がリカの名前を呼んだとき、リカが見事なリバーブローを決めたことを。やり過ぎと言えなくもないが、それほど馴れ馴れしく名前を呼ばれたことに腹が立ったのだろう。そのことを知っているからこそ違和感を覚え戸塚は首を傾げるのであった。そして戸塚が感じている違和感は、リカのことだけではなかった。
「なんか……少し変わったな、お前」
「わしが? どこが? なんで?」
 突然の言葉に不思議そうな顔をする両津。一方の戸塚も上手い言葉が浮かばず続きを口に出来なかった。
 確かに、両津は昔と変わらず乱暴で金に汚なく、いつもいつも子どものように遊び呆けて馬鹿なことばかりしているが、それでも確かに変わっている気が戸塚にはした。
「おい戸塚、どうしたってんだ」
「おい勘吉!」
 黙りこみじっ、と見つめてくる戸塚に両津が声をかけた瞬間、署内に響き渡るような大声で両津の名前が呼ばれた。思わず声のした方を向いた戸塚の視線の先、肩をいからしてこちらに歩いてきたのは、制服を凛々しく着こなした江戸っ子婦警、擬宝珠纏である。纏を見た両津は、しまった、というような顔をする。
「勘吉! お前、一緒に派出所行くって約束しただろうが。いつまで待たせんだ!」
「す、すまん纏。ちょっと戸塚と話してたもんで……いて! お、おいこら、耳ひっぱるな!! ちぎれるちぎれる!!」
「遅れたお前が悪いんだろうが、ほら、さっさと行くぞ」
「だからって耳たぶ力いっぱいつまむこたねぇだろ!! あ、またな戸塚! っていってぇぇぇ!!」
 そのまま纏に引きずられていった両津を見送り一人取り残される形になった戸塚は、この時漸く違和感の正体に気付いた。
「そうか。あいつ、女に甘くなったんだな」
 昔なら、あんな真似をされれば殴りはしないものの怒鳴り散らすくらいは当たり前にやっていただろう。勿論今でも時折怒鳴っている姿を見かけるが、昔ほど本気ではないように思えた。
 なんとなく、戸塚は廊下を歩く署員に目を向ける。昔は男ばかりという感じだったが、こうして見ると普段意識していないだけで女が随分増えていることを改めて思った。そう考えると、新葛飾署も確かに変わっているのだ。そもそも、署の建物自体が幾度も変わっているのだが。
「大原部長も、今は随分融通がきくようになったらしいしな……やっぱ、時が経てば色々変わるもんなんだな」
 ぽつりと、そんな言葉が戸塚から漏れた。同時に、戸塚は思う。両津は変わっていないといっていたが、本当に自分は変わっていないのだろうか、と。
 妙に感慨深い自分の思考に苦笑すると、戸塚は立ち上がった。
「ま、考えてもしょうがねぇか。さーて、今日も一日頑張りますかね」
 近くのゴミ箱に吸い終えた煙草の箱を放り捨てると、戸塚は歩きだした。






[10488] 檸檬と纏と天体観測
Name: カイアン◆191aacec ID:87e7289d
Date: 2009/07/26 01:20


「星の観察?」
「そうじゃ。夏休みの宿題ででたのじゃ」
 夜。夕食を終えて縁側でくつろいでいた両津の元にやってきた檸檬は、そう言って星座板を両手でかざしてみせた。
「星座板? 買ったのか?」
「いや、幼稚園で貰ってきた奴だよ」
「今は幼稚園生で星座板もらえるのか!? わしなど中学までもらえなかったぞ!」
 しかもこれ暗いところだと字が光る奴じゃないか、と本気で悔しがっているらしい両津の姿を見て思わず呆れる纏。両津の様子を見た檸檬は、不思議そうに首を傾げていた。
「カンキチ、大丈夫か? 妙に目に力が入っているようじゃが」
「む、ああいや、なんでもない。それでレモンは天体観測に行きたいわけだな」
「連れて行っておやりよ勘吉。どうせお前暇だろう」
「失礼な! わしだって仕事で大忙しなんだぞ!!」
 夏春都のあまりの言い様に反射的に反論する両津だが、今回ばかりは事実であった。両津はこのところ土日も休まず働いているのである。と言っても仕事に目覚めたなどということではなく、いつも通りの破天荒な行動の結果大原部長を怒らせてしまったためで、結局のところ自業自得なのだが。
 ふと、視線を感じた両津はそちらに顔を向けた。そして、
「ダメか? カンキチ」
 酷く残念そうな檸檬と目が合った。うぐっ、と言葉を詰まらせる両津。
 両津は基本的に、檸檬に甘い。そんな檸檬から懇願の眼差しを向けられているだけでも罪悪感に苛まれるのに、そこに纏と夏春都の刺々しい視線が加わってしまうと、両津には最早無条件降伏しか道は残されていなかった。
 両津は夜空を見上げた。そこには夜空の黒が広がるばかりで星は殆ど見えなかった。が、空そのものは雲ひとつなく晴れ渡っていた。
「よし」
 それを見た両津は一つ頷くと、視線を檸檬に戻した。
「レモン、今から星を見に行くぞ」
「え」
「今からって、もう九時だぞ勘吉」
「ちょっと山の方に行くだけだ。それだけでだいぶ違うからな。なに、日が変わるまでには戻るさ」
「充分遅いだろ!」
 両津と言い争いを始めた纏をちらりと一度見た後、夏春都は未だ戸惑っている檸檬を正面から見つめると。
「レモン、勘吉と星を見に行きたいかい?」
「……行きたい」
 少し間を開けたものの、そうはっきりと口にした檸檬。夏春都はその皺だらけの顔に笑みを浮かべると、ポンっ、と檸檬の頭に手を置いた。
「なら、行っといで」
 夏春都の言葉にぱっ、顔を輝かせて、檸檬は大きく頷いた。





「思ってたよりも冷えるな……」
「だからその格好だと寒いと言ったじゃねぇか。ほら、これでも羽織っておけ」
「悪い、勘吉」
(やはり、カンキチは女に尽くす男だな)
 お目付け役として付いてきた纏と両津のやり取りを見ながらそんなことを考えていた檸檬は、そのまま視線を空へと向けた。
 車で約一時間。擬宝珠家からたったそれだけしか離れていないというのに、そこに広がる星空は、家の縁側から見上げていたそれと全く違った。
「きれいじゃな」
 檸檬は純粋にそう思った。星とはこんなにも美しいものだったのか、と檸檬は飽きることなく星を見詰め続けていた。
「レモン、どの星を観察するんだ?」
 いつの間にか傍らに来ていた纏が、星座板片手に訊ねて来た。そこで漸く当初の目的を思い出した檸檬は、檸檬の身長に合わせてしゃがみ込んでいた纏と一緒に星座板を眺める。
「えっと、こと座、わし座、それから……はくちょう座じゃ」
「う~ん……どれだ?」
 頭上と手元の夜空を交互に見比べる纏だが、頭上の夜空には残念ながら丁寧に線などひいてあるはずもなく、それ以上に星の数が多すぎて星座を見つけることが出来なかった。
 それは檸檬も同じであり、首が痛くなるくらい空を見上げてみたものの、なかなか目当ての星座を見つけられずにいた。
 すると、檸檬の視界に不意に一条の光が現れた。
「光の先に、大きく光ってる星があるだろ? あれがベガ。こと座の一等星だ。んで、天の川を横切って、ここ。この星がアルタイル。わし座の一等星だ」
 言いつつ、両津が纏と二人で檸檬を挟むような位置に腰を下ろしてきた。檸檬が見た光の正体は、両津が手にしているライトだったのだ。
「詳しいな、勘吉」
「一時期天体観測にはまってな。まぁ、このくらいは誰でも分かるだろうがな」
「分からなくて悪かったな……」
「そう拗ねるな。目が慣れれば纏にもはっきり分かるさ」
「カンキチ、はくちょう座はどこじゃ?」
 弾むような声で聞いてくる檸檬の問いに、ん、と空にライトを向けつつ両津は答えた。
「はくちょう座は、こう、十字に星が並んでるところがあるだろう。それがはくちょう座だ。ちなみにそのはくちょう座の尾っぽで一番光ってるのがデネブ。さっきのベガとアルタイル、そしてこのデネブを結んだのが」
「夏の大三角形だな!」
「そうだ。なんだ、纏も知ってるじゃねぇか」
「まぁ、これくらいはな」
 ふふん、と得意げに胸を張る纏。夏の大三角形は殆ど一般常識と言えるほど有名な星座であるから、そこまで自慢できるものではないのだが、両津は敢えてそこは指摘しなかった。
 代わりに、ベガとアルタイルを指して見せると、試すような顔つきで口を開いた。
「じゃあ纏は、ベガとアルタイルが他になんと呼ばれてるかも当然知ってるよな」
「えっ! あー……なんだったかな。ここまで出かかってるんだけどな」
「へー、そう」
 そんなことを言う纏だったが、両津から逸らされた目が泳いでる時点で知らないことが丸わかりであった。両津は勿論気付いていたが、にやにや笑いながら見ているだけだ。
 檸檬もこの両津の問いは分からなかったが、彼女が纏と違うところは、子ども故に素直であるということだった。
「わからん。カンキチ、教えてくれ」
 素直な檸檬の物言いに、両津は思わず口元をゆるめた。檸檬の横にいる纏もさり気なく聞きたそうにしているのも、両津の口元をゆるめた一因だったが。
「一応、ヒントは出してたんだがな。ベガが織り姫。アルタイルは、彦星って呼ばれてる」
「おお、七夕か! そういえば、天の川をはさんでおるな!」
 なるほど、と感心したらしい檸檬は改めて夜空に輝く星々に目を向けた。両津の話を聞いた今だと、檸檬は夜空がこれまでと違って見える気がした。
「カンキチはすごいな、なんでも知っている」
「わはは、まぁな!」
「何で警官やってるんだお前?」
「お前も人のこと言えんだろうが!」
「なんだと!?」
「あ!」
 両津と纏の言い争いを遮るように、檸檬が大きな声を上げた。何事か、と檸檬の声に釣られて空を見上げた二人の視界に一瞬、夜空に消える星が見えた気がした。
「流れ星じゃ!」
 檸檬が興奮した様子で二人に言うが、残念ながら両津達は見逃してしまった。ふと、思い出したように両津は呟いた。
「そういえば、もうすぐ流星群が出始める頃だな」
「ほんとうか!」
 自身が何となく漏らした呟きを聞いた檸檬に期待の眼差しを向けられ、両津は苦笑しつつ檸檬の頭を軽く撫でた。
「そしたら、また見に来るか。今度は中川辺りから望遠鏡も借りてな」
「うむ! まといも来るじゃろ?」
「そうだな。あたしも見たいし、また見に来ようか」
 そう言って微笑んでみせた纏に、檸檬は笑顔で頷いた。そしてもう一度、星の輝く夜空を見上げる。
 熱心に星を見つめる檸檬の瞳に、星の輝きが映っていた。




[10488] ある警官のお話
Name: カイアン◆191aacec ID:87e7289d
Date: 2009/08/05 23:29

 その男が前触れ無く派出所にやってきたのは、灰色の雲が空を覆い隠している日だった。
「何かご用ですか?」
 派出所の入口に佇む男に、麗子は社交用の笑顔を浮かべて訊ねた。その心中に、少なからぬ警戒心を抱きながら。
 一目で、真っ当な人種ではないと察せられる男であった。年の頃は三十半ばくらいだろうか。資産家の娘としての麗子が見慣れている最高級のスーツに身を包んだ男の双眸はしかし、サングラス越しでさえも分かるほどの鋭い光を宿していた。そのくせ口元には鋭さの欠片も無いへらへらとした笑みを浮かべているのだから、得体の知れない男である。
「両さんは、いるかい?」
 そんな男の口から聞きなれた名前が飛び出したことで驚いた麗子だったが、そうした動揺を表に出すことは無かった。
「両津なら、今出ていておりませんが」
「あ、そう。なら、待たせてもらうわ」
 そう言うや否や、麗子の許可も得ずに麗子の席にどっかりと座りこんでしまう。それどころか、灰皿があるわけでもないのに懐から煙草まで取り出し始めた。黒いパッケージとそれに描かれた髑髏が目を惹く、珍しい煙草だった。
「すいません、ここでの喫煙はご遠慮願えませんか」
「そう尻の穴の小せぇこと言うなよ」
 麗子の注意を無視する形で、男は無駄に高そうなライターで煙草に火を付けた。そのまま麗子の咎めるような視線など気にした様子もなく、旨そうに煙を吐き出した。
 あまりに堂々と吸うので麗子もそれ以上何と言葉をかければ良いか分からず、どうしたものかと困惑する他なかったが。
「あんた、両さんと付き合いは長いのかい?」
「え、ええ。まあ」
 前触れ無く発せられたその問いに曖昧に麗子が頷くと、口元に笑みを張り付けたまま男は頷いた。
「そうかい。どうだい、両さんは元気かい?」
「相変わらず、と言う感じですね。所で貴方は両ちゃ……両津の知り合いなんですか?」
「もっと気楽に話してくれていいぜ。つーか知り合いもなにも、両さんは俺の先輩だよ。少しだけだが、この派出所にだって勤務してたしな」
「えっ」
 男の言葉に、麗子は思わず声を上げた。男が嘗て派出所に勤務していたことも驚きであったが、それ以上に男が警察の人間であることが信じられなかったからである。男の風貌や雰囲気はどちらかといえば、警察よりもヤクザに近いように思えたからである。
 そんな麗子の感情を読み取ったのか。サングラスの位置を直しつつ、男は短くなった煙草を道に向かって放り捨てると口を開いた。
「ま、あんたの反応も分かる。確かにこんなナリした警官なんて冗談みてぇだろうが、これくらいしねぇとヤクザどもに舐められちまうもんでよ。勘弁してくれや」
 話の内容とは裏腹に、全く悪びれた様子を見せない男。だがこの男の言葉で、麗子は納得した。男の言葉を信じるなら、男は所謂「マル暴」に属しているのだろう。
 そして警官というものは、相手取る犯人に似てくるものだということを、麗子は実感として知っていた。
 そのことを男に聞いてみようかと麗子が考えた時、最早聞きなれた自転車のブレーキ音が聞こえた。
「自己ベスト更新! ガハハ、案外競輪でもわしは食っていけるかもしれんな!」
 そんな馬鹿げたことを大声で口にしながら、両津がやってきたのである。
「うーっす。麗子、お茶くれ」
「良いけど、それよりさっきからお客さんが来てるわよ」
「は? 客?」
 そう麗子に言われて初めて、両津は男の存在に気付いたようであった。
「お前……加賀谷か?」
 しかしながら気付いた後、両津は付き合いの長い麗子でさえも見たことが無い形容しがたい顔付きになった。
「久しぶり、両さん」
 対する男―――加賀谷は、麗子に向けていたものとは質の違う笑みを両津に向けていた。無理やり感情を押し殺した結果生まれたような、無感情な笑みである。



 両津を借りる。そう言って加賀谷は両津を連れて出て行った。
 本来なら勤務中であることを考えて止めるべきだったのだろうが、麗子は二人を止める気にはなれなかった。両津が仕事を放り出して出かけるのは今に始まったことではないし、何より加賀谷の様子から、何か大事な話があるのだろうということが察せられたからだ。
 麗子が二人を見送って暫くして、大原が署から戻ってきた。大原は派出所に着くや否や、両津の不在について麗子に尋ねてきた。麗子は普段より厳しい表情を浮かべている大原を多少不思議に思いつつも、加賀谷のことを大原に伝えた。
「加賀谷だとっ!」
 なんということだ、と。両津の席に座り頭を抱えた大原に、麗子は何事かと尋ねた。そして唸るように大原が吐き出した言葉に、息を呑んだ。
「……加賀谷は今朝から、ある事件の重要参考人として指名手配されている」



薄暗い、と表現出来る程度に照明に照らされたそのバーは、内装のセンスの良さもあって洒落た雰囲気を醸し出していたが、だからこそそんな中で制服姿の両津、そしてその両津と酒を酌み交わしていた加賀谷は悪目立ちしていた。
「本当に良いのか加賀谷。人の奢りだと、いつもの倍は飲むぞわしは」
「別に構わねぇよ。金はあるから遠慮はいらない。しかし、相変わらずその格好で酒飲むんだなぁ」
「制服はわしの私服だ」
 言いつつ、早速来たばかりの酒を一息で飲み干してしまった両津を見て、加賀谷は愉快そうに笑った。
「変わらねぇなぁ、両さんは」
「そうか? こないだ戸塚にも同じようなことを言われたが。そういう加賀谷も、大して変わってとらんだろ」
「変わっていない? 俺が?」
 よほど意外だったのだろう。加賀谷は自身の姿を見下ろした後、怪訝そうな眼差しを両津に向けた。
「おいおい、このナリを見てみろよ。自分で言うのもなんだが、昔の俺ぁこんなふざけた格好してなかったぜ?」
「そりゃま、その通りだな。昔のお前はクソがつくほどの真面目君で、わしの制服の着こなし方をいちいち注意してきやがるほどだったしな。
 だからお前がマル暴に入ったって聞いた時は、そりゃ驚いたし、心配したもんだ。あんな真面目君が、ヤクザ共の相手なんか出来るのかってな」
 そう言うと両津は、新たに運ばれてきた酒を手に取った。今度は一息に飲み干すような真似はせず、舌を湿らす程度に傾けただけでグラスをテーブルに置いた。
「まぁ、いらん心配だったみたいだがな。確かにナリは変わったが……お前の『眼』は、昔と一つも変わっていないようだから」
 両津はそう言うと、先ほどから酒に手を付けていない加賀谷をじっと見つめた。その視線には、責めるような色も無ければ、探るような色も無かった。常の両津を知る者ならば珍しく思うだろう、ただひたすらに穏やかな眼差し。しかしその眼を見た加賀谷は、堪え切れぬ、という風に両津から視線を外した。
「敵わねぇな、両さんには」
 視線を外したまま加賀谷が漏らした呟きには、自嘲の響きがあった。
「俺も色々なもんを見てきて、それなりにオトナになったつもりだったんだが……両さんからすりゃ、どうも俺は今も青臭い小僧のまんまらしい」
「ったりめぇだ。こちとら、お前が鼻水たらしたガキの頃から警官やってんだからな」
「……そうだ、そうだったな。何だかんだで、両さんは警官の中の警官だったな。忘れていたよ」
「忘れんじゃねぇよ」
 憮然とした様子を見せる両津。まるで子どものように口を尖らせた彼を見て、加賀谷は思わず噴き出した。途端、両津から刺すような視線を向けられたため、誤魔化すように酒を飲む。
 久しくうまい酒が飲めずそれ故酒など飲むつもりのなかった加賀谷だが、今日の酒は不思議とうまいと感じられた。両津と一緒に飲んでいるからかもしれない。
「なぁ、両さん」
 暫くとりとめのない話を両津としていた加賀谷が、どこか改まった調子で口を開いた。視線は、空になったグラスに向けられている。
「両さんは、警官をやめたいって思ったことあるか」
 唐突な問いに、両津はすぐには答えられなかった。
「なんだ、加賀谷。お前、警官やめたくなったのか」
「質問に質問で返すのは卑怯だぜ」
「良いから答えろよ」
「……ヤクザ共の相手なんかしてるとな」
 有無を言わさぬ両津の様子に苦笑すると、加賀谷は空になったグラスを持て余すように手中でまわし始めた。
「色々と、目が腐りそうな現実を見るようになっちまう。しかも最高にムカツクのが、その現実を認識出来ても俺程度の男じゃどうにも出来やしねぇって事実だ。連中だけじゃねぇ、警察だってそうさ。身内だから、お偉いさんだからなんて言って、俺が血眼になって捜しだした証拠を出しても見なかったことにされちまう。それが本当に、ムカツクんだ……人間ってのはこんなにも薄汚ぇもんなのか、ってな」
「嫌になったのか、人が」
 両津の指摘に、加賀谷は答えない。新たに運ばれてきた酒を、一息で呷ってみせただけだ。まるで気に入らない何もかもを、諸共に飲み下そうとするかのように。両津もそれ以上は言葉をかけず、同じように酒を呑んだ。
 馬鹿なことを言った、と加賀谷は後悔していた。こんな弱音を、両津に聞かせるつもりなどなかった。おかげですっかり、酒が不味くなってしまった。
「あるぞ、わしも。お前と同じように考えて、警官をやめたくなったことが」
 不意にかけられた予想だにしない両津の言葉に、加賀谷は俯かせていた顔を上げた。加賀谷の目の前に座る両津は、眇めた目で照明と重ねたグラスを見つめていた。
「わしは馬鹿だからよ。世の中って奴は、単純に出来てるもんだと思ってた。でも実際はそうじゃなかった。そうじゃなかったんだ。色々面倒なしがらみがあった。正しいことをして煙たがられる時もあった。正直者が馬鹿を見て、金がある奴が得をする。そんなクソみたいな現実を目の前にしたこともあった。そして、そんな風に世の中成り立ってる面があるってことに気付いちまった日、わしは人を嫌いになりかけた」
 氷が揺れるグラスを通して、両津は何を見ているのか。言葉の中身に反して、両津の表情は穏やかだった。怒りも、辛さも、悲しみも後悔も、その顔には浮かんでいない。
 ―――そんなものは、両津は当の昔に通り越してしまっているのだと気付いた時。加賀谷は抑えようのない自責の念に駆られると同時に、愕然とした。寸でのところで、取りこぼしそうになったグラスを掴みなおす。
 加賀谷がそれほどの衝撃を受けたのは両津という人間を、その人生を、無意識に見くびっていたことに気付いてしまったからに他ならない。自分自身の愚かさを、目の前に突きつけられたからに他ならない。
「だけどな。その内、一つ気付いたことがある」
 加賀谷の動揺に気付いた様子も無く、両津は言葉を続けた。
「性悪説じゃねぇが、人ってのは誰しも汚い面を持っている。警官なんて商売してると、それが特に目につくし、鼻につく。どうしたって、人ってやつは間違っちまう生き物なのさ。でもな加賀谷。そんな汚い面を抱えながら、それでも沢山の人達が、間違ってしまわないように、日々を精一杯真面目に生きている。それに気が付いたら……愛しく思えたんだよ。人ってやつが」
 加賀谷は自身が震えていることに気付いた。目の前に座る男の大きさと、その人生を通して得た答えの重さと尊さに。
「なぁ、加賀谷よう。そんな奴らの日々を守るのが仕事だと思えば、警官ってやつもそう悪くいったもんじゃない。そうは思わねぇか」
「……俺は、両さんとは違う。両さんのようには出来ない」
「わしと同じようにする必要はないさ。お前はお前なんだ。お前は、自分の信じることをすればいい」
 それに、と。一度言葉を切ると、両津は加賀谷の肩にその大きな掌を置いた。
「お前の事情は知らん。知らんが、わしから見れば、お前はよくやっているよ。だからそう、自分を責めるな」
 何もかもを見通し、その上で何もかもを許すような両津の言葉に、加賀谷は恥入るように顔を伏せた。思わず溢れそうになる感情に蓋をし、やっとの思いで言葉を絞りだす。
「まったく。敵わねぇなぁ、両さんには……」
 少し震えた声で告げられたそれは、加賀谷の心情そのものだった。



 麗子の前に二人が姿を見せたのは、日付が変わって少し経った頃だった。
「なんでぇ。あんた、俺達が帰ってくるの知ってたのかい」
 まるで二人の帰りを待っていたかのように派出所の前で仁王立ちしていた麗子の姿を見た加賀谷は、驚き半分感心半分、といった風に振舞って見せた。加賀谷に肩を借りている両津は、どうやら酔いつぶれて眠ってしまっているらしい。酒で朱に染まった顔には、上機嫌な笑みが浮かんでいた。
「両ちゃん、重いでしょ。代わるわ」
「捕まえねぇのか、俺を」
 自分の代わりに両津に肩を貸そうとする麗子に、加賀谷は不思議そうな顔をした。両津を連れ帰ると決めた際に周囲に警官がいないか確認したつもりでいた加賀谷は、麗子に見つかった時点で半ば覚悟を決めていたのだが、当の麗子は加賀谷を気にした様子も無く両津の介抱を始めてしまっている。
「確かに貴方が今指名手配されていることは、部長さんから聞いているわ」
「じゃあ、どうして」
「そうね」
 怪訝そうに眉を寄せた加賀谷から視線を外し、麗子は両津を見た。間近から見た両津の赤ら顔は、見れば見るほどその笑みの深さが分かり、本当に上機嫌でいたのだということが分かった。そのだらしなく酒臭い両津の姿に、麗子は頬を緩めた。
「両ちゃんが、貴方を逮捕していないから、かしらね」
「なんだと?」
「もし貴方を逮捕しなければならないのなら、きっともう両ちゃんが貴方を逮捕しているわ。だけど、両ちゃんは貴方を逮捕しなかった。なら、私が貴方を逮捕するわけにはいかないでしょう?」
「なんだそりゃ。あんた、それで良いのかよ。バレたら事だぜ?」
「本当は良くないんでしょうけどね。両ちゃんが貴方を逮捕しなかったのは、きっと貴方を信じたから。それで充分。私は両ちゃんを信じているから、両ちゃんが信じた貴方を信じる」
 それだけよ、と言い終えた麗子の顔を暫し呆然と加賀谷は見ていたが、やがて大げさに頭を振って見せた。
「やれやれ、ったく。両さんも隅に置けないねぇ。こんな好い女が傍にいてくれてるなんてな。だが、まぁ……好い男の傍に、好い女がいるのは当たり前か」
 そう言って、加賀谷は笑った。何処か満足気な笑顔だった。
「俺はな、ずっと両さんみたいな警官になりたかった。傍にいて欲しい時、助けて欲しい時、必ず駆けつけてくれる両さんみたいな警官に。未だに両さんの背中も見えねぇが、俺は俺なりのやり方で、精一杯やってみるつもりだ」
 加賀谷は不意に、悪戯っぽく片目をつぶった。
「麗子、だったか。あんたも頑張んなよ。酒の肴に聞いた話だと、あんたのライバルは多そうだ。グズグズしてっと、両さんとられちまうぜ?」
 意味が分からず首を傾げる麗子だったが、加賀谷の言葉の意味に気付いた途端、瞬く間に顔を朱色に染めた。麗子の様子を眺めて意地悪く笑うと、加賀谷は踵を返して歩きだした。それから一度も振り返ることはせず、加賀谷は無言で去って行った。



 それから暫くして。ある暴力団との繋がりが発覚した警視庁の大物が、逮捕されるという事件が起きた。どうやら繋がりがある人物は他に複数いるらしく、そうした者達の逮捕も間近だとメディアが報じるや否や世間は大騒ぎになった。
 そして同じ頃。行方不明となっていたある人物の指名手配が解かれるということが起きていたが、その事実を知った者は殆どいなかった。



 その日は雲ひとつなく、澄んだ青空が広がっていた。
『……組から違法……受けていたとして、民……の……代表が逮捕されたことを受け…………党内に波紋が……』
 ニュースキャスターの言葉を、両津は適当に聞き流した。このところテレビは連日この事件のことばかり報道して正直耳にタコであるし、何より今はこの数日間を費やしたプラモの制作最終段階に入っているのだ。作業に集中しなくてはならない。
「随分と大事になってるわね」
「そうですね。しかし、あれだけの大物が逮捕されるとは……噂では、裏でかなり物騒なやり取りもあったそうですよ」
「麗子、お茶くれ」
 ニュースを見ながらあれこれ議論していた麗子達に、プラモから片時も目を離さずに両津は言った。麗子は露骨に呆れた、というような顔をしたが、結局はお茶を出してやるために腰を上げる。テレビではつい先日まで逮捕された政治家を褒めていた評論家が、唾を飛ばさんばかりの勢いでその政治家に対し毒を吐いていた。
 中川は最早見る価値無しと判断すると、テレビの画面から両津の方へ視線を向けた。
「先輩、少しはニュースを見たらどうですか?」
「どうせここんとこ毎日同じニュースだろうが。聞き飽きた」
「それはそうかもしれませんが、もう少し政治に興味を持った方が良いと思いますよ。自分達の国のことなんですし」
「テレビで政治を語る奴らは、無駄に偉そうで気にいらんし信用出来ん。お前も、そんなん見てる暇があったら立ち番でもしてろ」
 歯に衣着せぬ両津の言葉に、中川はため息を吐くと素直に従った。こんな状態の両津に逆らうと、碌な目にあわないことを経験として知っていたからである。中川自身、両津の言葉が正しいと心中では認めていたせいもあったかもしれない。
 そうした理由で表に出た中川は、派出所の前に誰かが立っていることに気付いた。年の頃は三十半ばくらいだろうか。中川が着ているものと比べても遜色無い高級なスーツに身を包んだサングラスの男は、口元に悪戯っぽい笑みを浮かべて、口を開いた。

「両さんは、いるかい?」






[10488] 青空とてるてる坊主
Name: カイアン◆191aacec ID:87e7289d
Date: 2009/08/28 11:50

 久しぶりに晴れてくれたな。これなら、明日も晴れてくれるだろう。
 ミニパトから降り晴れ渡った空を見上げたリカは、眩く降り注ぐ日差しを受けて目を細めた。
 このところ雨や曇りが多かったからか、妙に爽やかに見える青空を見て帰ったらため込んでいる洗濯物を片づけてしまうことを決めたリカは、同僚で友人の小栗に呼ばれて漸く派出所に入った。
「あ、リカさん。こんにちは」
「お疲れ菜々ちゃん。皆もう来てる?」
「いえ、リカさん達が最初ですよ」
「そうなんだ。菜々ちゃんはお昼まだ食べないの?」
「私もこの書類を片付けたらお昼にするつもりですから、リカさん達は遠慮なく奥に行っていてください」
 にこやかに笑う菜々。リカは素直にお言葉に甘えることにし、小栗と共に派出所奥の部屋へ向かった。
 大原、中川、麗子の三人が休暇中であるため、その穴を埋めるため派出所には擬宝珠纏、磯鷲早矢、乙姫菜々の三名が出向してきている。そのため現在の派出所はほぼ女の園と化していた。
 ほぼ、である。全てではない。そして現在の派出所唯一の男性たる両津は、
「あ、いらっしゃい早乙女さん」
 涼しげな微笑と共にリカ達を迎えた早矢の膝を枕に、眠っていた。
 警官よりもモデルと言った方が多くの人々に納得されるだろう美貌を持つ早矢と、その早矢の膝を枕に大口開けていびきを書いている両津があまりにアンバランス過ぎて、知らずリカはこめかみに手をやった。
「早乙女さん? お座りにならないんですか?」
「……いや、今座るわ。纏はいないの?」
「今はパトロール中ですわ。もうそろそろ戻られると思いますよ」
 早矢に促されて、リカは小栗と共に腰をテーブルの前に腰を下ろした。友人達がまだ揃っていない状態で弁当を開く気にならず、なんとなく組んだ手に顎を乗せて早矢を見る。
 穏やかな雰囲気で、早矢は手に持った団扇で両津に風を送っている。時折空いている方の手で両津のたわしのような頭を撫で、両津がくすぐったそうにする度にくすくすと微笑んでいた。
(なんて言うか……幸せそうよね)
 勿論、リカは早矢が両津に好意を抱いていることを知っているが、改めて二人を見るとあまりに美女と野獣過ぎて首を傾げたくなってくる。早矢ほどの美人なら、それこそ引く手数多だろう。それなのに何故両津なのか。リカには不可解でならなかった。
 早矢だけではない。麗子、マリア、そして纏。署内でも指折りの美人に限って、両津に好意を抱いているのが、その不可解さに拍車をかける。尤も、両津LOVEのマリアと一度結婚寸前までいった纏と違って、麗子に関してはリカの勘に過ぎないのだが。
「リカさん?」
 窺うような早矢の声で、リカは思考の海から浮上した。どうやら、思っていた以上に考え込んでいたらしい。知らず自分が早矢を見つめるような形になっていた事に気付き、リカは慌てた。
「どうかしたんですか? ぼんやりとしていたようですけど」
「え、あ、えっと……いや、変わったうちわだな、って」
 咄嗟に出たリカの誤魔化しの言葉には、予想外の反応が返ってきた。リカの言葉を聞いた途端、早矢の顔に喜色満面、といった笑顔が浮かんだのである。
「これは水うちわといって、雁皮紙(がんぴし)という和紙を使った珍しいうちわで、その名の通り水に軽く浸して扇ぐことで涼をとるのだそうです」
 言って、早矢はリカが見やすいように水うちわを目線の高さまで持ち上げた。薄い和紙で作られているらしく、驚くほど透明感がある。水うちわに描かれた薄い藍色の朝顔が、日の光を受けて際立って見えて美しい。
「両津さんがくれたんです」
「え、こいつが?」
「はい。なんでも、職人さんに知り合いがいるとかで。わざわざ作ってもらったそうなんです」
 話す早矢の表情は、リカが見たことがないくらい輝いていた。早矢にこんな顔をさせることが出来るのは両津だけなのではないかと、リカは思う。まさか、早矢に惚気話を聞かされるようになるとは思わなかったが。
 水うちわの話から徐々に両津について語りだし始めた早矢に曖昧に頷いていたリカの耳に、どこか懐かしい澄んだ音が聞こえてきた。同時に、緩やかな風を感じる。視線を向ければ、窓に吊るされた風鈴が、波打つように揺れていた。
「風が涼しくなってきましたね。秋が近付いてきているみたい」
 そういえば最近、夜に聞こえる虫の音が変化してきているような気がした。あれだけ騒がしかった蝉達も、今は意識しなければ聞き取れなくなってきている。
 ふと、風鈴とは反対側の窓枠に吊るしてあるものに目が行く。えらく間の抜けた顔をしている、誰しも子供の頃に一度は作った事があるであろう白い人形。
「てるてる坊主?」
「え? ああ、あれですね。両津さんが昨日、リカさん達が帰った後に作ったんです。ほら、昨日リカさん、最近天気が悪くて困っているって言っていたでしょう?
 それで両津さんが験担ぎだと言って、お作りになったんですわ」
「……子どもみたいなことを」
 呆れたように言うリカだが、果たして彼女は気付いているだろうか。その口元が言葉とは裏腹に緩んでしまっていることに。
 馬鹿で短気で乱暴者の両津だが、同時にこんな風に子どもっぽくて、不意打ちのような優しさを見せたりもする。
 だから、憎めない。
「まったく。得な性分してるわよね、コイツも」
 不思議そうな顔をしている早矢になんでもない、と首を振ると、リカは風鈴の音に誘われるがまま窓から見える空を見る。晴れ渡った空はどこまでも青く、その青さを背にした白いてるてる坊主は、どこか誇らしげに揺れていた。
 ぼんやりとそれらを眺めながら、リカは思う。たまには、こうして過ごすのも悪くないと。


 そうして。帰ってきた纏に叩き起こされた両津が騒ぎだすまで、リカは穏やかな静けさを楽しんだのだった。



[10488] 続く日常
Name: カイアン◆191aacec ID:87e7289d
Date: 2009/09/07 21:07

「このレストランは私のお気に入りなんです。出す料理の味も抜群ですが、何より景色が素晴らしい。この景色のお陰で料理はますます美味になりますし、貴女のように美しい方と過ごすことで乱れていた心も、何とか落ち着かせることが出来ますから」
「まあ、お世辞でも嬉しいですわ」
 赤いワインの入ったグラスを揺らしつつ言った男に、麗子は口元を手で隠しながら上品に笑った。そうしながら、軽く周囲の景色に目を向ける。
 男の言葉通り、レストランは街並みを見渡せる位置にあるため、人々の暮らす街が放つ夜の闇を照らす光は人工的でありながら不思議な温かさを孕んだ風景を生み出していた。それに海が近いからだろう。テラスに時折吹く撫でるような風は微かに潮の香りを含んでおり、それもまた男と共に食事を楽しんでいた麗子を楽しませた。
 そう。麗子は今、父親が紹介してきた見合い相手と食事中であった。見合いそのものは数え切れないほどこなしてきた麗子だが、いつもの見合いと違う点は、麗子が素直に楽しめている点である。
 麗子は目の前の男を見る。スラリとした体に、整った顔つき。歳はそう変わらない筈なのに、自分以上に落ち付いているように見える穏やかな物腰。世辞を口にしてもそれが自然に耳に入るのはこの穏やかさのためだろう。所作の端々にはさりげない気遣いが見え、それがまた好ましい。勿論、家柄も財力も申し分ない。
(出来すぎね……)
 麗子は内心で苦笑する。これなら父が推してくるのも納得がいくというものだ。恐らくこの男以上の好い男はそうそういまい。なにせ女性が男性に求める要素を、目の前の男は最高水準で全て満たしているのだから。
「麗子さん」
 麗子の名を呼んだ男の顔は、驚くほど真摯だった。その顔を見ただけで男が素晴らしい人柄の持ち主だということが分かる。そして、男が次に紡ぎだす言葉も。だからこそ、麗子の胸は痛んだ。
 男が口にするだろう言葉への答えは、もう決まっているのだから。
「どうでしょうか。私と、お付き合いをしていただけませんか」
 予想通りの男の言葉。それ故に麗子はそっと覚悟を決めるように瞼を閉じると、ゆっくりと瞼を開けた。
「ごめんなさい。それは出来ないわ」
 目に見えて、男が落ち込んだのが分かった。麗子が気にしないよう必死に表情に出すまいとしているようだが、悄然とした男の心情が男の瞳に微かに映っていた。
「何か、私に至らない点があったでしょうか」
「まさか! そんなことはないわ。私は今まで沢山の人と会ってきたけれど、あなたほど素敵な人には会ったことがないわ。それくらい、あなたは素敵な人よ」
「それでは……何故私ではだめなのですか? 最初は親の顔を立てるつもりで受けた話ですが、今はそんなことは関係ない。他の誰にも負けないくらい、あなたを好いていると断言できるし、あなたを幸せにする自身がある」
 それなのに何故、と男の瞳が問いかけてくる。男はきっと、きちんとした理由を聞かねば納得しないだろう。
 これまでであれば麗子は適当な理由を挙げていたことだろう。だが目の前にいる自分を心から好いてくれている素敵な人に対してそれをするのは、絶対にしてはならないことだと麗子は思った。
 だから麗子は。
「私、好きな人がいるの」
 男の目を真っ直ぐに見ながら、躊躇うこと無くそういった。
 男は麗子の目を見たまま暫し無言であった。麗子もまた目を逸らすことなく、じっと男の反応を待っていた。
「一つ、聞いても?」
「どうぞ」
「先ほどあなたは、私のことを今まで会った中で一番素敵だと言ってくれましたが、あれは嘘だったのですか?」
「いいえ、本当よ」
「しかし、あなたは好きな人が別におり、私とは交際出来ないとおっしゃいました。それは、なんというか……」
「納得できない?」
 言いにくそうにしていた男は、麗子の率直な物言いに目を瞬かせた後、頷いた。そんな男に対し、麗子は笑った。
「麗子さん?」
「あはは、ごめんなさい。ちょっと思い出し笑いしちゃって……そうね。繰り返すけど、あなたは本当に素敵な人よ。心からそう思う。
 あなたに比べればあの人は大して格好良くないわ。いえ、あなたと比べるとあなたに失礼かも。背も低いしね。逞しくはあるけど結構荒っぽいところもあるし、金使いも悪いわね。それに学歴も良くないわ。そのくせ、悪知恵ばかり回って、いつも私を困らせるし」
 麗子の言葉を聞くにつれ、男は渋面になっていった。何故そんな男を麗子が好かれているのか、理解しかねるというように。
 だけど、と麗子は言葉を続けた。


「私が今まで会ったことがある人の中で、一番魅力的な人だわ」

 そう言って、麗子は笑った。
 とても、楽しげな笑みだった。





「おい麗子!」
 派出所の和室で休憩していた麗子の元に、独特のサンダルの音と共に両津が駆け寄ってきた。
「なあに両ちゃん? お土産なら、机の上に置いておいた筈だけど」
「おう! リクエスト通りの酒で両ちゃん大満足……って違う!」
 自身の発言にツッコミを入れる両津を見て麗子は笑うが、それがまた気にいらないのか両津は半ば怒鳴るようにして口を開いた。
「麗子お前、また見合いを蹴ったらしいな!」
「そうだけど」
「何で蹴った! 中川に聞いた話じゃ、顔よし性格よしの大金持ちだったらしいじゃねぇか!!」
「確かに素敵な人だったけど……交際相手と考えると、ちょっと違ったのよ」
「なっ、おま、贅沢だぞ!」
 気の弱い人物であれば思わず泣き出してしまいそうな剣幕で詰め寄る両津に対し、麗子は飄々と応じた。両津はそれから同じようなことをがみがみと麗子に言ってきたが、当の麗子が全く気にしていないと見るや、盛大に溜息をついた。
「はぁ、勿体無い……」
「なによ、両ちゃんは私に早く結婚してほしいの?」
 じろり、と睨んでくる麗子に慌てて両津は手を振って見せた。
「そうじゃない。そうじゃないが、心配してるんだよ。ほら、前も言っただろう? 男と違って、女は婚期を逃すとだな……」
「そのことなら、前も言ったでしょう? いきそびれたら、両ちゃんのところにでもいくってね」
 ぴたりと、両津の動きが止まる。自身を見つめる麗子の瞳、そこに一瞬本気の色が過ったように思えたからである。うろたえている両津を見た麗子は少ししてからかうような笑みを浮かべ、両津の耳元に顔を寄せた。
「冗談よ。ふふ、本気にした?」
「なっ!? あ、おいこら、待て麗子、てめぇからかいやがったな! おい、麗子!!」
 素早く奥に引っ込んでしまった麗子を追いかけて、我に返った両津も駆けだす。


 派出所の日常は、こうして続いていくのだった。



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