第三話 2日目 その1
シンジが目覚め、最初に目にしたのがご主人様の鎖骨だった。 昨日のことが夢ではなかった事に、安堵を覚え、まだ夢の中にいるご主人様を起こさないようにそっと、ベットから降りる。
顔を洗おうと、部屋の中を見渡すが洗面所のような設備は無さそうだ。
(とすると、外にあるのかな)
しかし下手に部屋を出てルイズに心配をかけるわけにもいかない。 ベットの中で寝息を立てて、よく眠っているご主人様を起こすのも忍びない。 シンジは持ち前の優柔不断さで、結局ルイズの寝顔を観察していた。
(はぁ~、きれいな人だな)
不意に、昨日寝る前に自分のしでかしたことを思い出し顔を真っ赤に染め上げた。
(こんな、女の子になにをやってんだボクは)
シンジは今またルーンの精神沈静化作用が効いているのか冷静に考え込み始めた。
(とにかくこのご主人様には迷惑をかけないようにしなくちゃ。それにしても魔法使いの女の子か、どんな魔法が使えるのかな?)
起きた時に、すでに顔を見せていた太陽がその高度を上げ始め、ドアの向こうに人の気配がし始めていた。
「ルイズ様、ルイズ様、朝ですよ!そろそろ起きたほうがいいですよ」
「ふにゃふにゃふにゃふにゃふにゃ、むふふん、むふふん、ぐー」
「いやいやいやいや、ご主人様、ご主人様、皆さんもう起き出していますよ!」
「はえ?そう。ってあんた誰ぇ!」
ルイズは寝ぼけた顔で怒鳴った。 シンジはちょっぴり傷ついた。
「ルイズ様の使い魔、碇シンジです」
「あ、ああ、そうだったわね、おはよう、ふぁ~あああ」
ルイズは起き上がると、あくびをした。
「ルイズ様、おはようございます。 とりあえずボクはなにをしたらいいでしょう?」
「そうね、服を取ってくれる」
昨日、寝る時に着替えた制服をルイズは椅子にかけて置いた筈なのだが、シンジが差し出したそれはちゃんと、ハンガーにかかり、ブラシもかかっている。 シンジの見事な、環境適応能力の現われであった。
「よ、よくやったわ、シンジ」
「とんでもありません、使い魔としては当然のこと」
シンジはノリノリであった。
「さあ、朝ごはんよ」
「はい」
ルイズと部屋を出ると、燃えるような赤い髪の背の高い女の子を筆頭に、3名の女の子とひとりの男子が待ち構えていた。ひとりは見事な巻き毛の女の子。もうひとり、ふたりの後ろに隠れるように短髪で眼鏡をかけた、蒼い髪の女の子が見える。
「なによ、キュルケ、モンモラシー、ギーシュまで朝っぱらから」
つい、とルイズの横に立ったのは、金髪の巻き髪にフリルのついたシャツを着た、見るからに気障っぽい男子だった。キュルケと呼ばれた女性は、ちょっと難しい顔をしていた。 しばらくルイズの顔を見てからおもむろに、こう切り出した。
「おはよう、ルイズ」
だが、相変わらず顔は難しいままだ。 ルイズはいきなり普通に挨拶されて面食らったが、それでもいやそうにではあるが挨拶を返した。
「おはよう、キュルケ」
「昨日、あの後教室に帰ってこなかったわね」
「あたしの使い魔が、気絶したまんまだったのよ、しょうがないじゃない」
「でも、今は目を覚ましたのよね」
「ええ、ご覧の通り、さあシンジ、ごあいさつなさい」
今まで、シンジはルイズの背中に隠くれるように立っていたが、一歩前に踏み出すと、片ひざを着き両手を胸で組んで挨拶をした。
「ルイズ様のご学友のみなさん、おはようございます。縁在ってルイズ様の使い魔になりました。
ロバ・アル・カリイエより来ました。シンジと申します。どうぞお見知りおきを」
ちなみにこれは昨晩ルイズと打ち合わせていた行動と台詞である。本当なら教室で行うはずだったのだが。
「シンジなに?」
どうやら名前を聞いているようだ、だが昨日聞いた限りではイカリ・シンジの名はまずいだろう。
「ただのシンジです」
キュルケは「そう」と言ったきりふいっと、ルイズに向き直った。
「ところでルイズ、お願いがあるのだけれど」
「なにかしら?キュルケ」
「昨日の出来事は覚えているわね」
そういわれても、昨日は召還の儀式があって、最後にシンジが気絶してコルベール先生に部屋まで運んでもらった後は、しばらくシンジの看病をしていただけである。
「その召還の儀式の際、あなたは最初に白黒まだらの玉を呼び出したわ」
そう確かに、ルイズもそれなりに心に引っかかっていたことではある。
「あれは、精霊の神話にある、イカリ・シンジとその仲間が倒した、十五体の破壊の天使、その一体に酷似している」
そういったのは、今まで黙っていた青い髪の女の子。
「タバサ、あなたまで」
「僕らは、君が何か危険な幻獣を呼び出したんじゃないかと心配しているのさ」
「神話ぁ、危険な幻獣ぅ、おまけに破壊の天使ですってぇ。それが現代に生きる文明人の言うことなの?そんなことあるわけ無いでしょ! 朝から何の話かと思えば!」
「そ、それ本当ですか?レリエルが現れたんですか?」
ルイズの台詞をさえぎってシンジが叫んだ。
「「「「れりえる?」」」」
「精霊の神話に出てきた破壊の天使には、単に番号がふってあるだけ、第三使徒、第四使徒というように、あなたが言った『れりえる』とはなに?」
シンジは黙ってしまった。
「だんまりか、まあいい。ルイズ、先ほどの頼みだが、いいかな」
「なによ、言うだけいって御覧なさい」
そうはいったが、4人がなにをするつもりか予想はついていた。「ディテクト・マジック」だ。
それも、土・水・火・風の4人が揃っていれば、レベルに関係なく大概の魔法は探知してしまうだろう。 ルイズとしては、気になっていた事項ではあり、そのうちに実家に頼みやってもらうつもりではあった。 ただ問題は…。
「君が呼び出した彼にディテクト・マジックを使わしてもらいたい」
「見ての通り、種族的にはただの人間よ、彼はね知識がすごいのよ、そこらの平民扱いは私が許さないからね!それと、精霊の神話の第十二使徒は確か、百メイルから二百メイルはあったと記憶しているけど、それに、あの話では本体は実は影で、上空に見えていた球体が影だったはずよ!あたしは当然、下に居たんだから影に飲み込まれて今頃ここにいないはずよ!
ううん、確か本体の影は六百メイルだったはず、あんなファンタジーを信用するなら今年の召還試験者はみんな全滅ね!」
シンジは眉を顰めながらその話を聞いていた。
(ドンだけ詳しいんだ、その水の精霊さんは、ネルフの極秘情報ダダ漏れじゃないか?!)
「わかっている、ミス・ヴァリエール、此の事の発案者は私。ほかの3人は私が無理を言って来てもらった、責任は私が取る」
そうこともなげに言ったのはタバサだ、だがこの発言に異を唱えた者がふたり。
「あら、タバサ私を仲間はずれなんて、ひどいんじゃない。あたしも好きで来ているんだから、責任者よね」
「ルイズ、まことにすまないと思うが、僕も彼女に同意見だ」
モンモランシーは黙っている。ルイズは朝から現れた4人を見つめた。
ルイズはこの読書好きの少女、タバサを嫌いではない、
好きと言えるほど付き合いは無いし、授業以外ではたまに図書館で会うぐらいの接点しかないが、座学において、自分と張り合えるのが彼女くらいである事、実力においても風と水のトライアングルの持ち主でいながら、それを鼻にかけるようなまねを一切しない所が気に入っている。
集まった中で唯一の男子、ギーシュ・ド・グラモンは実力においては土ドットながら、その対人戦闘力は高く授業の模擬戦においても、かなり上位に入り、小さな細工物なんかも得意で、女の子への気配りが抜群にうまく、家柄的にはグラモン元帥の息子で、おまけに、顔が良い。入学したての頃、ちょっと憧れていた時期もある。
キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーは留学生だ。
火の魔法を得意とする優秀なトライアングルメイジだが、彼女の実家のツェルプストー家は、ルイズの実家であるヴァリエール家と国境を挟んだ隣にあり、トリステイン・ゲルマニア両国の戦争ではしばしば杖を交えた間柄である上、ヴァリエール家の恋人を先祖代々奪ってきたという因縁がある。ついでに、部屋もとなりである。
ルイズがもっとも苦手とする相手だ。
モンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシは水系統の魔法を得意とする。
ルイズの知る限りにおいては、一番の成長株だ。 まだドットのはずだが、ラインにもっとも近いドットの一人といわれている。 彼女は学業はそこそこだが、実家の事情のせいか、香水や秘薬の生成のセンスが良く、同級生の中では優秀とされるひとりである。 やはりルイズとは仲が悪い。
よくもまあ、これだけルイズの苦手とする人物ばかり集めたものだと感心してしまう。
さて、タバサがこんなことをしたのにはそれなりの事情がある。 ルイズが先ほど言ったことなどタバサにとっても、自明である。 実はタバサの使い魔は『風韻竜』である。 シルフィードと名づけたそれは、自らの先住魔法で姿を変えることができる。人二人が乗れる大きさの竜が人間になれると言う。 系統魔法からすれば常識を無視したトンデモ魔法である。
さすがに伝説だろうと思っていたが、だめもとで命令したらあっさり人間になってしまった。 それを、目の当たりにしたタバサはルイズの召還の時のことを思い出したのだ。
「おなかすいたのね!」だの「まずはご飯を食べさせるのね!きゅいきゅい」
などと騒ごうとした、使い魔をひとにらみで黙らせると、図書室に急ぎ、「精霊の神話」の本を探したのだ。
精霊の神話は、ここハルケギニアでは割とポピュラーな部類に入る御伽噺で、
イーヴァルディの勇者が平民に人気がある御伽噺の代表とするなら、こちらは貴族に人気がある御伽噺の代表といえるだろう。
イーヴァルディの勇者の敵がドラゴンであるなら、イカリ・シンジの敵は異形の天使たちである。
イーヴァルディの勇者がたった一人で勇気と知恵と剣で戦うなら、イカリ・シンジは精霊アダムの化身の巨人に乗って、その精神と魂を削りながら多くの仲間と共に戦う。
性格もかなり違う。 イーヴァルディの勇者は決して弱音をはかず、直情的に行動するが、イカリ・シンジは弱音吐きまくりで、最初に戦ったのも、父王やその側近に散々説得されてからだ。
よくポカをしては仲間に助けられることも多い。
そして、イーヴァルディの勇者は作られた話として語られるが、精霊の神話は文字どおり精霊が、それも、ラグドリアン湖の水精霊が本当に在ったこととして語る事を記録したものなのだ。(もっとも精霊の話を聞けるメイジは数少ないが)
常識で考えれば、メイジでもない平民がたった一人で強大なドラゴンを退治する話も眉唾ではあるが、精霊の神話のほうはそれに輪を3重にかけて眉唾ではある。まあファンタジーだと言ってしまえばそれまでであるが。共通点は、敵が恐ろしく強大なこと、そしてそれに勝ってしまうこと。
そして、精霊の神話は尻きれトンボになっていて、最後に飛来した9体の巨人をどうやって倒したのか、それとも倒されたのかが解っていない。
序盤から終盤ぎりぎりまで面白いため非常に歯がゆく、水精霊に聞いても。
「彼は勝った、だからわれわれはここにいる。お前たちも存在するのだ」と言うだけであり。
「こっちは!その!途中経過が!知りたいっちゅーねん!」とは、言えない為、(いや言ったメイジも存在したかもしれないが)長年研究の対象になっている。 ファンの間では、二次創作で決着をつけることも一時、流行ったこともあった。
閑話休題
問題は、水精霊は嘘をつかない事、かなり人間本位な物言いではあるが、少なくとも、嘘をついた、人間を騙したという話は聞いたことが無い。
逆に、人間が水精霊を騙した、あるいは騙そうとして見抜かれて、ひどい目にあった。 という話は、枚挙に暇が無いが。(水精霊は非常に頭が良く、話の矛盾点をすぐに見抜くというが、そもそも水の精霊と話をできるメイジは限られるため、こちらも眉唾である)
つまり精霊の神話が本当である可能性が高く、そうならばあの時出てきた第十二使徒と同じ姿の天使も実在し、このシンジはその化身である可能性が在るという事である。
なにせ、たった一体で全世界を滅ぼすことが可能であるといわれたスーパーモンスターである。
物語のほうも、確か一度主人公が食われている。(最もその後、主人公が中から噛み破り倒しているが)さすがに放置しておくには危険すぎた。
「よほど、緻密な先住魔法で無い限り、これで正体がわかる。それに彼がただの平民だとしても危険な魔法ではない」
「まちなさいよ、あたしの使い魔をそんな風に疑われて「やります」だまって・・・え」
口を挟んだのはシンジだった。
「どうぞ、その魔法をかけてください」
「あんたは黙ってなさい!これはプライドの問題よ。それにあんたが召還された時コルベール先生がすでにやっているわ、こういってはなんだけど、みんなよりよっぽどベテランの先生よ」
つまり、先ほどからルイズが気にしているのは、ひとえにプライドの問題である。
「ミス・ヴァリエール、彼はそのとき気絶して意識が無かった。意識の無い魔法生物や幻獣にディテクトマジックをかけても効果が薄いことが多い」
「ルイズ様。危険は無いのでしょう、それにいつまでもここで押し問答をしているわけにもいきません」
最終的に、ルイズが折れた、かなり怒っていていろいろ条件をつけたが。
ひとつ、まず、食事を済ます。
ふたつ、疑っているのがこの4人だけとは限らないのでクラスメイト全員の前でやる。
みっつ、もし、なにもなければ、タバサはルイズの言うことをひとつ無条件で聞かなければならい。
「ぱっと思いつくのはこんなもんね、どうする」
「ま、食事を先に済ませるのは私も賛成ね」
「その、使い魔君はどうするの」
とは、いままで発言の機会がなかった、モンモランシー。 しかし、言われて思い出した。
昨日からばたばたしていたせいで、彼の食事を頼んでいない。
「もっ、もちろん一緒に食べるのよ」
(頼むのを忘れたな)とギーシュは思い、少々助け舟を出した。
「彼を、アルヴィーズの食堂に入れるつもりかい」
「なによ、文句があるの」
「いやいや、彼もその服装で僕らと一緒では気後れしてしまい、食事を楽しめないんじゃないかと思ってね」
そう言われてシンジを見れば、確かに清潔ではあるが使用人の作業着を着たままだ。ルイズの意地だけで、彼を連れて行けば、恥をかかせてしまうだけに終わるだろう。そこで仕方なくルイズはシンジを食堂の裏の調理場につれて行き、マルトー料理長と話をつけ彼にまかないを出してもらうことにしたのだ。
「それでは料理長,お願いしますね。シンジお行儀よくね」
との言葉を残して、ルイズもさっさと食堂に向かった。