まず壁から打込まれていた紅い布が断ち切られ、強烈な共振と共にカリバーンはゆっくりを鞘からその身を現した。
刀身は黄金で、一切の曇りがない。それだけでは収まらず、魔力の猛りと共に自ら光を発して部屋の中を満たしていく。
「抜けた…………」
呆然として私は声を上げてしまった。
本当に抜けるとは思いもしなかった。まさか、本当に彼女が抜いてしまうなど考えもしなかった。
じゃあ、本当に彼女には王になる資格が??
「ぐっ、うぅぅぅぅ……!」
だけど、抜けたとたん彼女は苦悶の表情を浮かべる。
「くそっ……、魔術回路か……!」
つむじ風にでも手を突っ込んでいるかのように、彼女の腕に無数の傷が刻まれていく。
剣の魔力がセイバーさんの魔術回路で制御しきれず暴走して、魔術回路の損傷が表に出てきてしまっているんだ!
「セイバーさん、剣を離してください! やっぱり無理なんですよ!!」
「馬鹿を、……言うな! これは、私の…………この!!」
彼女は剣に巻付いていた紅い布を引き寄せ、右腕に巻付けていく。
ダメだ。そんな事をしても暴走する魔力を押さえ付けることなんてできない。大体見た事も無い物を自分の身に装着するなんて自殺行為だ。
分かっているのかいないのか、セイバーさんは紅い布を隙間無く巻付け最終的に肩口でしばった。
次の瞬間、紅い布の文様が光り始めた。光はカリバーンと共鳴し、一体どんな作用をもたらしているのかセイバーさんの息が落ち着いていく。
「うそ……どうして?!」
「よし、後は……」
セイバーさんは閉じられたドアを見つめる。
封印が施されたドア、カリバーンならばベニヤを切るようなものだ。しかし、彼女はドアに向かうのではなく、カリバーンを床に突き立てると、壁にかけられていた弓と矢を掴み上げる。
もどかしげに布を引き剥がした弓は、まったく存在の大きさを感じ取れない妙な弓だった。言うなれば、ただの弓。ただその造形は精緻を極め、揃えて飾られた矢を撃つ為に創られた存在なのだろう。
もう一つの矢。こちらはカリバーンと並んで、とてつもない存在感。螺旋を描く矢は一体何を間違ったのか、剣を丸ごと捩った様相を呈している。
左手に弓、右手に矢。まるで扱い慣れた武器を持つかのように彼女は弓を構え、矢を番える。
とたん、膨大な量の魔力が矢から漏れてくる。カリバーンとほぼ同等、もしくはそれ以上。
「シロウ……ちょっと弓を借ります」
弓を引き絞り、暴れまわる魔力を打ち出す一点へと集約する。腕に巻かれた布は、結びしろから激しく魔力をほとばしらせながら、セイバーさんは限界まで弓を引いた。
「行け、―――偽・螺旋剣(カラドボルグ)!!」
弦を解放する。
放たれた矢はその形が表すがごとく螺旋を描き、内包する魔力で大気を引き裂き突き進む。
部屋にあった刀剣は全て跳ね上り、リビングにあった遺品類は弾け飛び、簡易結界を施されたドアなどティッシュのように貫く。外へと飛び出した"硬い稲妻"は、勢いを増して破壊の暴風を撒き散らすだろう。外から聞こえてきた轟音だけでその威力のほどが伺える。
ここから外は暗すぎて察することしか出来ないが、外にいるランスさん達も巻き込んだんじゃ!?
「セイバーさん! ガウェインさん達をまき……!」
だが、次の瞬間、セイバーさんに突き飛ばされた。セイバーさんは、反動で向いの壁へ。
壁に叩き付けられた次の瞬間、無数の黒鍵が視界を右から左に行きすぎる。
「なっ!」
黒鍵が飛んでくるという事は、取りも直さず今だ大量のホムンクルスが外にいる事になる。
カラドボルグの破壊力を受けて未だ生きている者がいる方が信じがたいが、ともかく黒鍵は武器が飾ってあった壁に無数に突き立ち、飾られていた長い矢を跳ね上げた。その時間はほぼ10秒もなかっただろうか。
黒鍵の飛来が止まると同時にセイバーさんは身を起こし、跳ね上がった矢を空中で掴み取る。
布を引き剥がすと、その中から現れたのは布と同等かそれ以上に紅い矢。いや、形状と長さだけを見れば槍でしかない。
カラドボルグと同様に、膨大な魔力が秘められた"宝具"。
彼女はその長大な矢を弓に番え、引き絞る。
「―――突き穿つ(ゲイ)……」
宝具は真名を告げなければ反応しない。宝具は持ち主以外が使うことは許されない物。
だというのに、この人は……、
「……死翔の槍(ボルグ)!!」
ゲイボルグ。心臓を穿ち、千の棘を生やすと言われる魔槍の名前。彼女は見ただけでその名を看破し、発動させた。
弦を離す。放たれた真紅の閃光は静かに、ただ速く、漆黒の闇の中にいるホムンクルスの心臓を穿っただろう。
―――バツン!!
そして、槍が離れた直後、弓の弦が切れた。いや、ボロボロと崩壊していく。
「弓が」
「ありがとう、シロウ。助かりました」
彼女は疑問を持たず感謝を捧げ、左手に二本の短刀を持ち、さらに右手にカリバーンを握り締める。
「ベティはここにいてください。……といっても、出ても居ても同じ結果になるでしょうが」
セイバーさんは苦笑すると、脱兎のごとく飛び出していった。
「……………………」
見送る事しか出来なかった。
見送る以外の何が出来ようか。既に私の理解を一つも二つも超えてしまっている。
ガラガラと黒鍵が突き立った壁が崩壊する。ふと見ると壁が崩落した向こう側に何かがあった。
「隠し部屋……?」
黒鍵によって突き崩された壁、どうやら奥に存在する物を隠すために部屋の主が作ったものらしい。
「……………………」
好奇心に駆られ、私はその奥をのぞき見る。
そこにはただ一つ、大きなチェストが鎮座していた。
/// ///
「く……あ……」
ぐわんぐわんとシェイクされた頭を押さえ、俺は上半身を起こした。
上に乗っているガウェインをとりあえず押しのけ、俺は周囲を見る。
「な、何が起こったんだ……一体」
周囲の様相は一変していた。
まず大量の血の臭いが充満している。それはいい、俺達があれだけ戦った後なんだから血の臭いなんていくらでもするだろう。だが、問題はソコじゃない。
何故、見える範囲の床がこれでもかとばかりに隆起しているのだろう。
「クッ……い、一体何が……」
ガウェインも意識を取り戻し、周囲の惨状を目撃する。
「よう、ガル。目覚めたか?」
「これは……」
「さあ、わかんねぇ」
しかも、あれだけ大挙していたホムンクルス達が一体もいない。物の見事に全滅させられている。
誰が……、と言っても頭の中で出ている答えは一つしか浮かばない。
「―――!? 封印の結界が止まってる?」
ガウェインが立ち上がって周囲を見渡した時、俺も気付いた。
あれだけ身体にのしかかってきた圧迫感が綺麗に消失していた。
「床が盛大にズタズタにされたせいだろ? 描かれた魔方陣もこれじゃ役に立たない」
「た、確かに……、しかし一体誰が」
「聞かなくたって分かるだろ。セイバーだよ」
「セイバーさんが……、いえ、それにしたってこの惨状の説明が!」
「ランスさん! ガウェインさん!」
ふと振り返ると、部屋からベティが出てきた。なにやら赤い布を巻いた何かを抱えていた。
「よかった! 無事だったんですね!」
「ベティさん、この有様は一体」
「あの、……セイバーさんです」
「ほら、見ろ」
ガウェインはまだ信じられないといった表情。
いや、ちょっと待て。
「おい、セイバーがやったのはいいが。あいつはどこだ?」
「え?」
見渡す範囲は漆黒の闇である。血臭と空気の淀みもひどく、周囲の状況がさっぱり分からない。
「セイバー! どこだ!?」
「セイバーさん!」
返事は無い。動くものがいる気配すらない。最悪死んでいたとしてもこれじゃ分からない。
「おい、何か明かりになるもの無いか?」
「ライターはありますが、そろそろオイルが……」
「馬鹿、部屋の中に燃やすものくらいいくらでもあるだろ」
言って俺は、部屋の中へと戻ったが、
「何だこの有様……」
また驚愕した。
部屋の中は台風にでも見舞われたかのような惨状だった。
ドアは吹き飛び、棚に置かれていた様々な物はぶちまけられ、あの武器の部屋まで散らかっている。
「ベティさん、一体何があったんですか」
ガウェインも若干声が震えている。その視線は武器の部屋の真ん中で神々しく存在していた剣、否、既に抜かれた剣の鞘に向けられていた。
「セイバーさんが、カリバーンを抜いたんです」
「そんな! 王の選定の剣を彼女が!?」
大げさに驚くガウェイン。
「おいおい、ただ剣が抜けただけじゃねぇか」
「……………………」
何やら深刻な顔をしているが、俺にはさっぱりだ。
「セイバーさんは、棚の矢を二本放ったんです。一本目はカラドボルグ、二本目はゲイボルグと」
「硬い稲妻に、ケルトの……、彼女は宝具を使ったんですか!?」
「あぁ……俺にも分かるように言って欲しいんだが?」
「常識外れの大量破壊兵器を使った事になるんです。この場合」
―――いや、マジで?
「そんな事より、明かりになるものを探せよ。セイバーがあの中にいるかもしれないんだぞ」
「え、えぇ……」
ベッドを叩き壊し、ベッドの枠に布を巻きつけて即席の松明を作る。
ライターで火をつけた後に、俺達は外へと出た。
「ヒデェな。これ全部あいつがやったのか……」
明かりができた事で、外で起きた事がより鮮明に分かった。
ただ、分かったと言ってもどうすればここまでの事が出来るのか理解が出来ない。
ホムンクルスの死体の様相は様々だった。首を断たれたもの、胴を切り裂かれたもの、頭から足まで真一文字に切り裂かれたもの、中には微塵に吹き飛ばされたものまで様々だ。
むなくそ悪いったらありゃしない。
だが、肝心のセイバーの遺体は見当たらない。それじゃあ池の中にでも沈んだのかと思って回ってみたがやはりいない。
「アイツ、どこに消えた?」
上を見上げてみる。俺達が落ちてきたのは100メートルはあろうかという上空の穴だ。
まさかそこまでジャンプしたわけでも無いだろう。
「ランス兄さん! ベティさん! こっちです!」
ふと、遠くでガウェインが呼ぶ声がする。
ガウェインがいたのは外壁の一部。しかもありえないくらいに陥没した壁の近くだった。
「スゲェな。何をどうやったらこんな風にできるんだ……」
「たぶん、カラドボルグでしょう。一撃で大量のホムンクルスを貫きなおこの威力。しかし、投影品だったことが幸いしましたね。
本物ならこんなものじゃすみませんよ」
「……つくづく魔術ってのは怖いシロモノだな、おい。魔術師にならなくてよかったぜ」
「イヤみにしか聞こえませんよ」
そういうガウェインが覗き込んでいるのは一つの穴だ。
「何だ? その穴」
「見てください」
ガウェインが松明をかざすと少しではあるが煙が中に向かって流れていく。
「煙が流れてる。空気が循環してるのか!?」
「恐らく」
ガウェインは躊躇無く中に入っていった。
人一人がくぐれるほどの穴だが、すぐ抜けたらしい。
「大丈夫です。入ってきてください」
俺とベティは顔を見合わせると、中に入る。
中は通路になっていた。人が並んで通れるくらいの狭い物だが、ちょうど広場の外周を巡るように螺旋を描き、"上"に向かって延びている。
「何だろうな、こいつは」
「分かりません。……こんな場所は僕も初めてだ」
「推測から言わせてもらえんなら、あの広場を作るための通路だった場所……って所か」
「反論できないのが僕としては痛い所です」
ガウェインはしゃがみこみ、床に松明をかざしながら何かを探る。
「ホコリの具合から言って間違いありません。セイバーさんはここから上に向かったみたいです」
「風が流れてるってだけで俺たちを置いて行ったのか? あいつらしくない」
「あ、あの……」
ベティが恐る恐る声をかけてくる。
「きっとお二人が生きて戦っていると信じていたからじゃないでしょうか?」
「え……?」
「なんだそれ」
「セイバーさんは突然叫んだと思ったら、鬼のような形相で暴れ始めました。
カラドボルグを撃つ時も躊躇しませんでしたし、お二人が生きていると確信していたから見間違いをしたのでは……」
「あぁ、ガルに突き飛ばされて頭打ったんだよな。そういや見事に血まみれだ」
改めて自分の格好を見下ろす。
ものの見事にシャツまで血みどろだ。ほとんど奴らからの返り血で、俺の傷はほとんど軽傷ばかり。
「同じく。ということはセイバーさんは僕達が死んだと思い、錯乱したと」
頷くベティ。
さっき抱えていた包みは結局持って上がるようだ。形状からしてこれも剣だろうか。
「セイバーがキレる……か。そんな所一度だって見たこと無いんだが、まさかなぁ」
服には今でも血のにおいが染み付いている。また気分が悪くなってきた。
「ともかく、空気が流れているという事は地上に繋がっているという事です。彼女とどれ程差がついてるか分かりませんが、行きましょう!」
「だな。こんな死体だらけの場所でくたばる位なら、少しでも地上に近い場所で死なせろっての」
意を決し、俺達は予想外の出口に向かい螺旋通路を駆ける。
―――30分くらいで疲れました。
「っく、は……くそ……無理だってこんなの」
「兄さん大丈夫ですか?」
螺旋通路は延々と続く。それこそ終わりの無いような同じ通路がいつまでも。上には上っているのだろうが、地下に向かっている時とは違って実感がまったく無い。
罠の類は今の所確認できていないが、酷には違いない。
「くそ、喉もガラガラだ。お前ら……よく大丈夫だな」
すると二人は顔を見合わせ、
「すみません、ランス兄さんが魔術を使えないことを失念してました」
「私達魔術で体を軽量化して走ってましたから」
「オイコラ……」
なりふり構っていられない現状、俺はガウェインにおぶさりベティが先行する形で廊下の疾走を再開する。
(やっぱり、普通じゃねぇよコレ……)
俺という荷物を背負っているというのにガウェインの足はまったく衰えを見せない。それだけでなく、ベティともども100メートルを5秒台の勢いで走り続けている。
時計を確認する。午前3時過ぎ。逆算するとセイバーが剣を抜いたのは午前2時辺り。
(1日がかりで下に降りたからな。上に出るのにどれくらいかかるんだ? いや、何の障害も無い一本道が延々続くだけだから相当早いのか)
皆何も話さない。
ガウェインもベティも魔術に集中しているからなのか、それとも苦労して降りた本部をこんな形で上がる事になるやるせない気持ちも含まれているのか。
2時間も走り通しただろうか。まともな人間なら途中で潰れる筈の上りをこいつらは本当に同じペースで走りとおしやがった。
「おい、通路が」
思わず声を漏らす。廊下が徐々に直線に変わっている。
そして、暗い通路の向こうに鈍いが明かりのようなものが見えた。
「出口か!?」
「…………っ」
「…………!」
ラストスパートと言わんばかりに二人の速度が上がる。
やがて、上りの廊下は徐々に水平に。そして、鈍く見える出口の前で二人は停止する。
さすがに疲労困憊か二人が深く息をする。
「ガル、降ろせ。俺が見てくる」
俺はガルの背中から降りると素早く出口に近づく。
どうやらドアだったらしいが、力ずくで粉砕されたようだ。
取り出した銃を構え、それでも慎重に俺は出口の中へと踏み込む。
「……ん? ここは確か」
すごく、見覚えのある場所だった。
広い大広間。ここにもあるホムンクルスの死体。
「地下一階か!!」
そうだ、俺がセイバーに誓いを受けた場所。狂った運命の出発点。
思わず頭を抱える。あまりにも馬鹿馬鹿しい。最初からこの通路を知っていれば、何の苦労も無かったものを……!
「クソッ!!」
「ランス兄さん、過ぎ去った事を悔いても仕方ありません。優先すべきはセイバーさんです」
そうだ。こんな事で腹を立てている場合ではない。
その時、
―――ずぅぅぅん!!
遠雷の様な振動が俺達の耳に聞こえてきた。
「何だ!?」
「外です!」
言われると同時に俺は駆け出した。すっかり慣れた目を凝らし、俺は階段へと走る。
階段を駆け上がり同じく粉砕されたドアを抜け、ようやく開放感を覚えると同時に地下で染み付いた死の匂いが鼻を突いた。
「―――!!」
思わず足が止まる。
確かにここは外のはずだ。それが、何故地下と同じ死の匂いをさせている?
俺の目の前に見えている出口には朝が近いのか徐々に明るさを帯びている。
「くそ、行くしかないだろ俺! 何今更怯えてやがる!!」
地獄ならいいだけ見ただろう。地獄ならいいだけ戦い抜いただろう。今更怖がる道理がどこにある!
意地だけで俺は脚を動かした。
待ちに待った外の空気は地獄を再現したかのように陰鬱を極めている。
空が明るくなってきた。夜明けだ。
瓦礫となり、崩壊したロンドンの町並みを日の光が洗ってゆく。
その光景は、昨日まで脈々と歴史を刻んできた王国の姿とは想像も出来ないほどに変わり果てていた。
半壊した建物などまだマシなほう。見渡す限り全壊し、崩落した建物。火の手は無数に立ち上り、何か嫌なモノが焦げる臭いが鼻をつく。
そして俺の視線の先、瓦礫となった建物が堆く山を作り、恐らくは敵が振るったであろう無数の黒鍵がまるで墓標か樹木のように突き立ち、その周囲にはもはや数えるのが馬鹿らしいほどの無数のホムンクルス"だった"物が敷き詰められたように散乱している。
一体何体殺せばこれほどの地獄を作れるのか。
一体何体解体すればこれほどB級映画並みの光景を造形できるのか。
そして、そんな地獄の中にセイバーは確かにいた。
得物である剣諸共に返り血にまみれ、屍体の山の頂点で膝を付き天を仰いでいる。
元々黒かったのではと思うほどに返り血を浴びドス黒く変色した服。朝日に照らされてもなお輝かぬ薄汚れた金の髪。手にする剣は髪と同じく光を失い、鈍色となって彼女の前に突き立てられていた。
凍り付いた思考の中で考えられた事は一つ。
―――― これを彼女が一人でやったというのか?
あけもどろの光の中、その地獄一歩手前の光景に俺は思わず囚われてしまった。
言い表すことなどできない。この瞬間に、この場に居合わせたことがまさに奇跡としか言いようがないほどに完成された絵画を見ているようだ。
まるでいつか見た幻視の終焉、
――― 突き立つ剣、死山血河の中戦いを勝利で飾り、英雄はその剣を墓標にそのまま息絶え、
―――― 違う!!
「冗談じゃないぞクソ!!」
頬を叩き、意識を叩き起こす。そして、彼女に向かって走り出す。
「セイバーーー!!」
/// ///
何をどうしたのか覚えていない。
まるで悪夢の中を歩いているよう。
何もかもを失った。
誓いは破られ、守るといった者達を守れなかった。
騎士であろうとすうる私の心はまた打ち砕かれた。
いつまで私は苦しめられる。
いつまで私は苦しまねばならない。
輪廻を繰り返してまで何度この苦しみを刻み付けるつもりだ。
もう嫌なんだ、こんな現実。
もう嫌なんだ、こんな運命。
もう嫌だ、もうイヤだ、もういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもう……
「セイバーー!!」
耳朶を打つ者の声。私に近づこうとする足音。
やめろ、もう私を誘惑するな。
もう私を引き込むな。
もうこれ以上私に期待させるな。
もうこれ以上私を蝕むな。
もう私をこの穢れた運命から解放しろ!!
「おあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
/// ///
私とガウェインさんは一歩送れて外へと出た。
「これは……!」
「セイバーさん!!」
まるで地獄を再現したような光景の中、一人跪くセイバーさん。
100は200は下らないホムンクルスの群れを、彼女はたった一人で殺しつくしたのか。
それとも、それは彼女が持つ剣がそうさせたのか。
「セイバーー!!」
ランスさんがセイバーさんに駆け寄っていく。
そうだ。一刻も早く助け出さないと、セイバーさんの精神が……、
「おあぁぁぁぁぁあぁ!!!」
突如、セイバーさんが奇声を発した。同時にその体から湧き上がるドス黒い魔力。
駆け寄ろうとするランスさんを見たためか、声をかけたからかは定かじゃない。
だが突如立ち上がり、濁った聖剣を握ったセイバーさんの目は血走っていて正気を保っているようにはとても見えなかった。
直後、セイバーさんは死体の山を蹴ってランスさんに襲い掛かる。
「いけない!!」
地下から持ち出した包みに手をかけ赤い布を振り払い、出てきた鞘から剣を抜き放つ。
直後、私の手の中で一つの宝具が目を醒ます。
「Winde werden gesammelt, und ein Weg wird gemacht(風よ集いて道を作れ)」
魔術を弓に、剣を矢に、呪文と言う名の弦を引き絞る。
教会では魔術は異端とされて来た。だが、魔術協会の父と教会の母を持った私には、双方の役目を負う以外の選択肢が存在しなかった。
異端と断じる"教会"からは爪弾き、同胞を殺す"魔術協会"からは厄介者。
魔術師でありながら聖職者。生を教えながら死を覚悟しなければならない矛盾。
その狭間で生きてきた自分に自由という物は存在しなかった。
だから、表向きには教会から"出向"という形を取って魔術協会に所属している。
「ベティさん、その剣……!!」
だが、自分の境遇を不幸と思った事は無い。
人間、生まれたからには何か意味があると教えられた。死ぬ運命を持って生まれてくる者など無いと諭された。
自分は愛を抱いて生まれてきた、と両親に抱きしめられた。
故に、あらゆる事に意味があるのだと信じて生きてきた。
ならばあの場所に、壁の中にあったコレを、私が見つけたことにも意味がある。
今、聖職者として忌避すべきこの手にある魔術が、投擲に特化した魔術である事にも意味がある。
意識の集中を高め、標的を定める。狙うべきはただ一点。
「Es kann fruhen ahnlichen Donner starten!!(雷のごとく、疾れ)」
呪文と言う名の、弦を解き放つ。
たとえるならそれはレールガン。雷の電磁気を帯びた剣は、風の導くまま弾丸を超える速度でかっとんで行く。
古より伝わる御伽噺を信じるならば、その名を冠した剣が外れる道理は無い。
そして、命中を約束された剣は間違うはずも無く、標的へと切っ先を突きたてた。