<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

SS投稿掲示板


[広告]


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[1083] Fate/the transmigration of the soul 【完結】
Name: ルクセンブルグ◆a6358815
Date: 2008/06/18 00:38
「――Anfang(セット)」

 私の中にある、形の無いスイッチをオンにする。
 かりと、と体の中身が入れ替わるような感覚。
 通常の神経が反転して、魔力を伝わらせる回路へと切り替わる。
 これより、遠坂凛は人ではなく。ただ、一つの神秘を為し得るためだけの部品となる。
 ……指先から溶けて行く。
 否、指先から満たされていく。
 取り込むマナがあまりにも濃密だから、もとからあった肉体の感覚が塗りつぶされていく。
 だから、満たされると言うことは、同時に破却するということだ。

「――――――――」

 全身にいきわたる力は、大気に含まれる純然たる魔力。
 これを回路となった自身に取り込み、違う魔力へと変換する。
 魔術師の体は回路に過ぎない。
 幽体と物質を繋げる為の回路。その結果、成し得た様々な神秘を、我々は魔術と呼ぶ。
 ……体が熱い。
 額に角が生えるような錯覚。
 背に羽が生えるような錯覚。
 手に鱗が生えるような錯覚。
 踝に水が満ちるような感覚。
 ……汗が滲む。
 ザクン、ザクン、と体中に剣が突き刺さる。
 それは人である私の体が、魔術回路となっている私の体を嫌う聖痕だ。
 いかに優れた魔術師であろうと人は人。
 この痛みは、人のみで魔術を使う限り永劫に付きまとう。
 それでも循環を緩めない。
 この痛みの果て、忘我の淵に"繋げる"為の境地がある。

「――――――――」

 左腕に蠢く痛み。
 魔術刻印は術者である私を補助するために独自に詠唱をはじめ、余計に私の神経を侵していく。
 取り入れた外気は血液に。
 それが熱く焼けた鉛なら、作動し出した魔術刻印は茨の神経だ。
 ガリガリと、牙持つムカデのように私の体内を這い回る。

「―――――――――」

 その痛みで我を忘れて。
 同時に、至ったのだと、手ごたえをえた。
 あまりにも過敏になった聴覚が、居間の時計の音を聞き届ける。
 OK、午前2時まで後10秒。
 時計も通常に戻したし、今の私は一番ノれてる。
 全身に満ちる力は、もはや非の打ち所が無いほど完全。

「―――――告げる」

 始めよう。取り入れたマナを"固定化"する為の魔力へと変換する。
 あとは、ただ。この身が空になるまで魔力を注ぎ込み、召喚陣と言うエンジンを回すだけ。

「―――告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 視覚が閉ざされる。
 目前には肉眼では捉えられぬという第五要素。
 ゆえに、潰されるのを恐れ、視覚は自ら停止する。

「誓いをここに。
 我は常世総ての善と成る者、
 我は常世総ての悪を敷く者。
 汝三大の言霊を纏う七天、
 抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ――!」


 ―――文句なし!

 完璧だ!これ以上ないってくらい、最高のサーヴァントを引き当てた!!
 手ごたえなんてもう、海老で鯛を釣ったってくらい完璧。
 やがて、少しずつ視界が戻ってくる。
 エーテルはいまだに乱舞を続けているが、それが刻んだ魔法陣に収束して行っている。

 ズキン―――!

 その瞬間、腕に浮かんだ痣――令呪から強烈に反応が来た。

「なっ―――!?」

 その瞬間、赤いルビー色のエーテルが、突如として青緑に変化する。
 同時に、私の中から怒涛の勢いで魔力が吸われていく。

「なっ、……んで」

 失敗などしていない、完璧な召喚を行ったはずだ。だったら、この異常な反応は何だ?
 駄目だ、立っていられない。意識が保てない。
 エーテルは徐々に人の形をかたどっていく。
 膝を突く、エーテルの乱舞が収まり私の前に誰かが姿を現していた。

「問……う」

 ……駄目だ、声がかすんでよく聞こえない。視界も歪んで今にも崩れ落ちそうだ。

「……た、わ……マ……スター」

 あれ、何でだろう。私なんか間違った事したかなぁ。
 この日のためにがんばってきたのに、この時の為に準備してきたのに……、
 一番ノれてると思ったのに。念願のセイバーを引き当てて……、


 ブツリ――― そんな擬音さえ立てて私の意識は断絶した。





「―――はっ!?」

 飛び起きた。そこは、自分の家の居間、ソファだった。
 静寂に包まれた部屋。置かれた鎧の横の居間の時計は5時を回っている。
 ……OK、現状の確認。

 一つ、私はサーヴァントを召喚しようとして地下室に居た。
 二つ、サーヴァントの召喚中に異常が起こって、私の意識は切れた。
 三つ、だったら私は何故居間に居る?

 体の中をチェックする。魔力は、確かにスカスカだ。だが徐々に回復していると言う事は問題はないようだ。
 どうやらあれは一時的なもののようである。

 では、何故私は居間になど寝ているのだろう。……たぶん、サーヴァントが運んだんだろうけど。
 目の前でマスターが魔力切れで倒れたなんて話にもなりゃしない。天才とも言われた私らしからぬミス……だけではない。
 大体、召喚の制御だけであんな魔力を膨大に食らうサーヴァントなど私は維持できるのか?

「……もしかして、バーサーカーなんて引いたんじゃないでしょうね。私」
「そんな事はないと思いますが」
「そうよねえ。セイバーを引き当てたくて、色々やってきたのに凶悪なバーサーカーなんて引いた日には私の生活と貯金は何の……」

 はた、と気づく。
 そして、振り向けばそこには時計しか……て、視線をもう少し上に上げる。
 ソファの前、時計横に居た鎧が私の前に居た。……いや、甲冑じゃなくてそれは明らかに……

「……サーヴァント?」
「えぇ、そうです。……申し訳ありません。私を制御するのに魔力を使い果たしたようですね」

 目の前に居たのは、青い騎士だった。流れる絹のように細い金髪は腰まで伸び、騎士と呼ぶに相応しい重厚な装備、そして気品。
 ……なにより超絶美人だし。

「――どうかしましたか? マスター」
「……あぁ、いやちょっと。それより、貴女のクラスは何?」

 これだけの装備だ。当然クラスはセイバーに決まっている。
 確信と言うより、確認のために言ったのだけど……、

「はい、アーチャーです」
 
 立ち上がろうとしてソファにかけた腕がズった。

「何で!?どう見ても剣騎士じゃない貴女!」
「……何でといわれても、アーチャーなのですから仕方ないじゃないですか」

 まるでアンタの早合点と言わんばかりの口調だが、実際そうなので私は何も言えなかったりする。

「まぁ、いいわ。とにかくこれで聖杯戦争を始めることができる。とにかく休みましょう。魔力も使い果たしちゃったし……」
「マスター、まだ終わっていませんよ」

 振り返るとアーチャーがまじめな顔でこちらを見据えている。

「確認を、マスター。いや私としては言うまでもないのですが、

 ―――貴女が私のマスターですね?」

 そうだ、すっかり忘れていた。私はまだ自分の名を名乗っていなかった。

「凛。遠坂 凛よ。これからよろしくね、アーチャー」
「こちらこそ、また貴女と戦えるとは光栄です、凛」

 威厳などどこへやら、朗らかな笑みに私は若干気を抜かれてしまう。
 あと、何か違和感があったような。

「これから私は貴女の剣となり、貴女の命運は私と共にある。
 ここに契約は完了しました。
 …………とはいえ」

 と、なにやら自分で思案顔になるアーチャー。

「何よアーチャー。何か問題でもあるの?」
「いえ、さして問題ではないと思うのですが、一つだけ赦して貰いたい事があります。凛」
「……何を?」
「通常、サーヴァントはマスターには真名を明かすものなのですが、教えるのを控えさせてもらえませんか?」
「……えっ? それってどういう事?」

 サーヴァントが自分から名乗る事を控えさせて欲しいという。……生前勇猛を誇った英雄が自分から名乗らないというのはどういうことか?

「もしかして、名前のない英雄だったりする?」
「いえ、逆です。恐らくこの極東の島国でも相当に有名です」

 ……有名、てことは円卓の騎士の関係者だったり、もっと上の神代の英雄?

「円卓の騎士とかその辺の英雄ならよく知ってるけど、まさかそれ以上に有名?」
「……いえなんと言うか、とにかく真名を明かすのを赦してはもらえませんか?」

 名乗れない理由とかあるのだろか。
 でもまぁ、本当に名乗れないのを済まなそうに思っているみたいだし、

「判ったわ。じゃあ深くは訊かない。何で言えないかは……後になったら教えてくれる?」
「はい、必ず」
「じゃあいいわ。制御に失敗しかけるほどの騎士なら並外れて強いんだろうし」
「それから凛、申し訳ないのですがそこも一つ赦していただきたい事が……」
「……何よ」
「失礼ですが、凛の魔力で私の魔力行使をサポートするのは少々難しいかと……」

 ―――ピクッ。

「ちょっと、アーチャー。それは聞き捨てならないわね。確かに、召喚時には失敗しかけたけど、今はちゃんと制御できてるわ。
 それなのに、難しいってどういう事?」

 何より他のマスターより劣ると言われているようで腹が立つ。

「いえ、凛のせいではありません。あなたは確かに1流の魔術師だ。ラインもしっかりしているし、流れてくる魔力も十分です」
「じゃあ何で!」
「ありていに言ってしまえば、私の全力の魔力行使が一度で凛の最大量の5割を持って行ってしまうのです」
「それって燃費が悪いって話?」
「はい、サーヴァントの身なので凛の魔力と自己生成に頼るしかありません。
 凛の魔力の保有量を1000と仮定すれば、私への供給と私自身の自己生成がほぼ同等。数値にすれば100ほど。
 それに対し、宝具使用時の魔力は500を超えます。宝具の連発や連戦は避けなければ凛の魔力が枯渇する事に」
「でも、それって戦闘時の話でしょう? 今は大した消費もしてないんだから、大丈夫じゃない」
「……いえ、私の方で供給を絞っているからです。そうしなければ、地下の時と同じ量を凛から奪い続ける事になる」
「………………それって、燃費最悪って事じゃない」

 それはまるで車で言えば、2キロ/リットル 並の?

「はい、戦闘時も力をセーブして戦わなければいけません。もちろんその状態でも、他を倒せる自信はありますが……」

 と、なにやら言いよどむアーチャー。

「何よ、まだあるのなら今のうちに言っておいて。後で言われるより今言ってくれた方が気が楽よ」

 燃費が最悪だって言うだけで勘弁して欲しいのにこれ以上問題が増えるのはいい気はしない。
 ……まぁ、サーヴァントとして行動制限が付くのはしょうがないのだろう。彼女は生前それで戦ってきたのだから。

「……いえ、なんでもありません。私から言う事はそれだけです」

 なにやら、思いつめた表情でアーチャーは口を閉ざした。



[1083] ~Long Intrude 1-1~
Name: ルクセンブルグ◆a6358815
Date: 2008/06/05 21:38
 ―――過去と未来は最高によく思える。現在の事柄は最高に悪い。

 はるか昔、誰かがそう言っていたらしい。内在する意味など頓着しない。意味を問い詰めたところで私にとっては不毛なことだ。
 しかし、私の事を最も適切に表していると言えよう。
 私にとって過去は最高によく思えた。"彼"がいたから。
 彼と出会い、彼と戦い、彼と言い争い、彼と共に真実を知った。

 では最高であった過去を最低と位置づけるとして、未来である"今"が最高であるか……。実際これが平坦である。
 私にとって、あの"過去"こそが最大の絶頂であり、"今"そのものは気の抜けたコーラのように味気の無いものだった。
 そう、例え科学が進歩して月旅行への可能性を間近にしたとしても、反重力理論の発表と発展により人が大地から解放されたとしても、3度の核大戦の教訓からプルトニウムを分解する新要素の発見に至り、世界から徐々に核がその姿を消し始めたとしても、ナノマシン技術の発展によっておよそ治らない病気は「ボケ」くらいだと言われようと、AI技術の発展に伴ったアンドロイドの発表が世界規模での人権保護の運動を引き起こそうと、

 ―――私にとってそんな物はどこ吹く風だった。

 そんな事より今私が気にすべきは、 
 
 
「よう、セイバー。帰りかい?」
 
 街角の交差点で出くわした彼は、のっけからそう言った。
 
「……………………」
 
 何も答えずに通り過ぎる。
 
「っておい! ガン無視かよ!」
 
 慌てて私の横に並んで来る男。軽薄なのは相変わらずか。
 
「しっかしよぉ、土曜の昼間に古書漁りなんてお前も好きだなぁ。かび臭い本のページめくって何が面白いってんだ?」
 
 場所はイギリス。ロンドン大学の近くにある町も、最近はめっきり変わってしまった。
 石造りの民家は石の風化に耐えられず減る一方で、ただシンボルであるヴィックベンだけは相変らずその威風を保っている。
 100年ほど前に起きた非核大戦の傷跡も癒え、世界は日々平穏の中にある。もっとも一番に痛手を被ったのはアメリカだろう。事戦争に関してはあの国は容赦がない。戦争に没した兵士たちの遺族による大戦の傷跡を抉る様な抗議と閣僚達の総辞職は、教科書の1ページに載るほどに有名になってしまった。お陰で最近のアメリカは保守派が台頭し、世界に対してあまり大きな顔ができなくなってしまっている。
 大学に通うようになって2年目。学校では考古学を専攻している。
 実地研修でいくつもの遺跡を回ったり古文書に目を通す生活にも幾分慣れ、私の周囲は小波立つ湖のごとく―――ようするに刺激の無い生活が続いている。
 
「OK、悪かったよアルトリウス。この通り謝る!
 だから、機嫌直してくれ!なっ!」
 
 正面に回りこんで仏に祈るような格好で頭を下げるは我が不肖の友人。
 
「言ったはずですよ、ランス。セイバーと呼ばれるのは嫌だと」
「だから悪かったって。そうだ、謝罪ついでにどうよ、最近入ってきたジャパニーズの店にでも」
「……本当にわかっているのですか?」
 
 この男、名をランス=ウェラハット。1年の時に講義が一緒になり、ナンパしてきた男である。
 その時は軽くあしらったのだが、その後怒涛のしつこさで付きまとい結局私が折れたのだ。
 
『判りました。じゃあ、一度だけ食事に付き合いましょう』
『えぇ!? やめときなよ、アル。絶対妙なところに連れ込まれるって』
『そうよ、あんまりいい噂聞かないよ。コイツ』

 講堂の中、友人の前で頭を下げるランスのあまりの強引さに恥ずかしくなったと言うのもある。
 それに、私が折れたのは今までの人生でコレ一度きりだった。
 
『俺は、まともな男だ!!』
 
 ――事実、彼はまともな男だった。
 趣味も逸脱しているわけでなく、話題もよく合った。
 私と同じ親日家で、年に数ヶ月は日本で生活していることもあるという。
 大学にいる以上彼とは顔を合わせる。そのせいでちょくちょく私に絡んでくるのだ。

『しかし、何故私などを選ぶのですか? 性格のいい女性なら私の友人にもいるというのに』
 
 試しにズバっと聞いてみた。中途半端な興味なら諦めろと暗に言ったつもりなのだが……、
 
『さぁな、たぶんその人を寄せ付けない性格がツボにはまったんだろ』
 
 スッパリと躱された。
 彼の言うとおり、私はちょっと変わった性格をしている。
 一言で言うと"一見さんお断り"な性格らしいのだ
 寡黙なのは元々だが、私と会話するときは講師でさえ緊張するという。
 
『物腰もだけど、なんか出てるのよ。オーラみたいなもんが、もわっと』
 
 逆に友人になった者は私を評してそう言った。……"もわっと"とは何事か。
 これは私の地だし変えるつもりも無い。
 それから彼が頭に言った「セイバー」という名前。
 私はそう呼ばれるのが嫌いだった。
 一度講義に来た有名な教授にそう呼ばれ、改めるまで訂正を求めた騒動は今でも語り草だ。
 もちろん最後に折れたのは向こうである。
 
 だが勘違いしないで貰いたい。確かに私の名前を略そうとすればセイバーと言うのが一番楽だ。
 しかしその名は使ってほしくないのである。
 私の事を"セイバー"と呼んでいいのは、この世に10人もいない。
 
 ……いや、もう一人だって残ってはいない。
 
 私の名前は、アルトリウス=セイバーヘーゲン。しがない家の出の凡庸な学生風情である。



[1083] ~Long Intrude 1-2~
Name: ルクセンブルグ◆a6358815
Date: 2008/06/05 21:37
「面白い話を教えてやろうか」

 彼がそう言ったのは、秋の試験に追い込みを掛けているときだ。
 大学に程近い、落ち着いた雰囲気のカフェのボックス席で、お互いに資料を広げている最中の事。

「何ですか? くだらない話なら結構ですよ」

 ノートから視線を外さずに言った。
 端から見たら、付き合っているように勘違いされている昨今だが断じて違う。
 私は生涯一人身でいる事を覚悟している。だから周囲が彼氏の話で盛り上がる中、私はただ講義のノートをチェックばかりしていた。
 それに付き合い続けているのがこの男。よくよく暇のある男だ。

「俺が君を好きだって話」
「コーヒーの勘定は貴方持ちで良いですね?」
「………………」

 ランスは黙って私の左手に自分の手を重ねて言う。

「俺は本気だぜ?」

 ビスッと、間髪入れず彼の額に伝票のプレートを突きたてた。

「……悪かったよ」
「私を恋人が出来ないアテにしないでください」
「……あぁ、そういう手もあったんだな」

 もはや構う価値なしである。

「冗談だって。本題はこれだ」

 長い前振りの後に彼が出してきたのは、一枚の紙だ。何の変哲も無い走り書きのされた上質紙。

「この間教授の部屋に行ったんだが、その時別の来客がいてな。
 手元にメモ紙がなったものだから客が自分のかばんから出したのがソレさ。
 ……光にすかしてみな」

「…………??」

 言われたとおり、脇に置いてあったランプの光に透かしてみる。
 すると何やら文字が透けて見える。……透かしの入った紙か。

「―――なっ!?」

 その透かしに写っていた文字を目で追って、私は思わず声を上げていた。

 "魔術協会"、確かに刻印されている。

「結構笑える冗談だろ。わざわざ上質紙にそんな文字入れて使ってるなんてどこの酔狂だって話」
「……………………」

 笑えるものではない。科学が発展し、そろそろ月旅行が現実になりそうだというこの時代で、未だに魔術協会は裏でコソコソやっていたというのか。だとすれば"教会"も同じように……。

「おい、アルトリウス? どうした?」
「――え、あ、いえ。そうですね、どこの酔狂でしょう」

 その場はそれで流れた。
 だが冗談ではない。ランスと別れ、逃げるように自分のアパートに帰ってきてからも自分の動悸は高鳴っていた。
 
「"魔術協会"がまだ存在しているなんて……」

 とっくに無くなったものと思っていた。一体何百年続いている。
 部屋の中を歩き回って気を落ち着けようとするが、動悸は治まらず暴走する思考は最悪の想像までしてしまう。
 私の部屋、家財道具は日本の物が中心に置かれている。
 和ダンスは言うに及ばず、わざわざ空輸してもらった日本の畳まで敷いて、その上に布団を敷いて私は寝ている。

『アンタの前世は日本人だな』

 というのはランスの談であるが、そんな事はどうでもいい。

 色々と思案する中、魔術協会という文字を見ただけで心をざわつかせてどうするんだという自分がいる。
 そりゃそうだ。これまで魔術協会と教会が争ったという気配は無い。
 生まれて20年経つが、魔術協会の名も教会の名も聞かない。日本でも目立った出来事は起こっていない。
 だが、私はソレの存在を知っている。生まれる前、否、前世の死ぬ直前に私に入ってきた情報。
 恐らく二度と関わり合いにはならないと思っていた組織の名前だった。

 大丈夫、何も起こりはしない。何も……。

 布団に潜り込み、私は自分にそう言い聞かせる。
 だけど……、その夜私はどうしても寝付けなかった。



[1083] ~Long Intrude 1-3~
Name: ルクセンブルグ◆a6358815
Date: 2008/06/05 21:37
 春を向かえ、私達は3年に上がった。

「聞いたか? 北の方で、爆発事件が起こったの」

 講義直前、ランスが新聞を持ってやって来た。"The Times Daily Express "、 一般的な日刊紙だ。

「爆発事件ですか?」
「あぁ、何か派手に死人が出たらしいぜ」

 受け取った新聞の一面には、悲惨な町の航空写真が掲載されていた。
 かなり広範囲に火の手が上がったらしい。

「原因は……"ガス漏れによる引火"?」
「あぁ……、だが嘘っぱちにきまってら。そんだけの死人が出て、ガス漏れだ? 誰一人信じてねぇよ」
「ガス漏れ……」

 どこかで聞いたような言い回しだ。だが、……どこで聞いたんだったか。

「それと、これは内緒話なんだがな。今朝俺達の講義、いきなり3時限まとめて休みになっただろ」
「えぇ」
「どうもその事件の調査に向かうとかで、出たらしいぜ。教授連中」
「この学校から? 何故」
「さぁね。だが、何だって事故の調査に考古学の教授が出張るのかが気になるんだが……」

 ランスの声は聞こえてこなかった。あの時のざわめきが確かな意味を持って私の中を駆け巡りだしている。
 意思の奥底で誰かが言う。

『――始まった』

 と。

 誰が、いつ、どうして、どうやって……、

 考えたところで判らない。だが、何かが始まった。

 ……何か、良くない事が。



 /// ///



 夏になった。初夏の陽気に誘われて、初めて日本へ行く事にした。

「お、日本か。お前日本好きなくせに、日本に行った事無いんだろ? ガイドさせなよ」

 その予定を話したのは女友達数人だというのに耳ざとく聞きつけて、付いて来ようとするいつもの腰ぎんちゃくのランス。
 しつこく断ったのだが付いて来るの一点張り。実際出発当日に航空券を持って現れた時は、私は人生二度目となるが諦めを感じた。

「考古学の研究の一環か? だとしたら、キョウトか、ナラか。やっぱフジヤマか?」

 飛行機の中で自慢げに日本漫遊の話を聞かされる。大学の、しかも外に出ずっぱりの私達を差し置いて日本で遊びまくっているとは一体何事か。

「そんな話ばかりしているから、単位を落とすんですよ」
「ハハハ、言ってくれるじゃないか。なら、試薬の調合を間違えて、発掘品を台無しにしたのはどこの誰だったかな?」
「…………むっ」

 人の揚げ足を取るとは何事か。

「にしても、急だな。お前の友達連中も不思議がってたぜ?
 『日本に行くので夏の予定は埋まってます』なんて言われて、ジェシカの奴仕込んでた男どもにいやみ言われてたぞ」
「男……ですか?」
「あぁ、お前自覚無いだろうが、俺と知り合った後辺りから急にモテだしてるんだぜ?
 直接声掛ける勇気無いもんだから女経由しやがって、何やってんだかね」
「なら、直接人前で頭を下げた貴方は勝ち組ですか」
「そうでもないさ。付き合いは長いが、恋人に格上げされるのを待ってる部下の気分だよ」
「―――、なら一生部下でいてください」

 ため息をついて、シートを倒すランス。

「やれやれ、アルトリウスの眼鏡にかなう奴ってのは一体どんな男かね」
「………………」

 思い出す刹那の光景。光舞う暗い室内、血の戦場、淡いまどろみ。
 一言、愛していると言った丘。

「―――おい、アルトリウス?」
「え、なっ、何ですか?」
「―――――。
 いや、何。その驚いた顔を見たかっただけさ」

 ……………………

「帰りの飛行機代は貴方持ちにしますよ?」
「ジーザス、それは止めてくれ!」

 東京羽田空港――到着したのはいいのだが、さすがに空港からどう行くかの道順は知らない。

「おい、アルトリウス。トウキョウにでるならチューブに乗ったほうが早いぜ?」

 地下鉄か。しかし、私の目的地はそんな観光地ではない。

「申し訳ありません、ランス。私は普通の観光に来たわけではありません。ここからまた少し時間を掛けます」
「はぁ? じゃあ何だ、アサクサやダイブツ拝みに来たんじゃないのか?」
「すみません、だから一人で来たかったのですけど」
「……なるほど、だからしつこく断ったか。なら、目的地はどこだ?どこだろうと付き合ってやるよ」
「いいのですか? 面白くない場所ですよ?」
「来るといったのは俺だしな。目的も無くぶらつくのもいいさ。
 よく言うじゃないか、"旅の行き先は風任せ"って」
「聞いたことありませんが、風任せならいいでしょう」
「……やれやれ、で? 行き先は?」

 そこは思い出の地、出会いの地、戦場跡、別れの地、

「冬木市です」



[1083] Fate/the transmigration of the soul 2
Name: ルクセンブルグ
Date: 2006/07/07 21:02
 時刻は7時を回っている。
 朝はことごとく苦手である。
 しかも昨夜はアーチャーを召喚して魔力がカラカラになったせいもあるのか、2時間寝なおして気だるさ3倍といったところか。
 とりあえず身なりを整えてから階下へと降りた所、
 
「おはようございます、凛。失礼かと思いましたが、紅茶を頂いています」
 
 芳しい香りが居間に満ち、ソファに座ったアーチャーが優雅に紅茶なんぞ嗜んでいやがりました。
 ん?何か違和感があるぞ。
 
「あれ、アーチャー。アンタ鎧は?」
 
 そう、アーチャーは鎧を着ていなかった。今の彼女の姿は鎧の下に着ていた装束だけである。
 ―――あ、大きい。
 
「鎧ですか?あれは私の魔力で編んでいたものです。維持だけで魔力を食うので今は解除しています。有事の際は一瞬で武装が可能ですが、着ていた方がよかったですか?」
「へぇ、まぁ節約になるなら今はいいわ。
 というか、何だって朝から紅茶なんて飲んでるのよ」
 
 サーヴァントは霊体である。食事を取る必要は皆無であるが、
 
「起きてくる凛のために朝食でもと思って厨房を見て回っていたら見つけたもので。
 しかし、中国紅茶の春摘みとはなかなかいい茶葉を持っていますね」
 
 何やら悦に浸っているが、それは私にお気に入りである。
 しかし、そこの文句を言う前に、
 
「凛も飲みますか?私の召喚の影響だと思いますが、顔色が優れませんよ?」
 
 言っている先から新しいティーカップが用意され、上等な赤い液体がカップに注がれていく。
 色々と突っ込みたいのだが、彼女のような美人がやるとどうしても絵になってしまうので邪魔するのがはばかられる。
 
「どうぞ」
「あー、ありがと」
 
 対面に座って、差し出されたカップを持つ。……なんで私が緊張してるんだろう。
 何故か朝のティータイムなんていう展開になってしまっている。が、せっかく出してもらった物を無碍にするのもあれなので……、
 
 ―――あ、いいかも。
 
 一口含んだ瞬間、口の中に広がる紅茶の味と鼻へと抜ける香りがいい。それから、紅茶以外の何かがアクセントになって体全体があったまる。
 確かに、お気に入りの紅茶を使われたのは許せないが、こんな感じで淹れられると悪い気はしない。
 
「アーチャー、紅茶に何か入れた?」
「脇に置かれていたブランデーを少々。香る程度の量ですから、酔いもしませんし朝の気付けには効果的ですよ」
 
 なるほど……、確かにこれはいい感じに、
 ―――って、
 
「ちがぁぁぁぁう!!」
 
 絶叫と共にガシャンとカップを乱暴に置いた。
 
「え……、ど、どうかしましたか?凛」
「私はメイドが欲しくて、アンタを呼んだ訳じゃないのよ!
 それにアンタもアンタよ。自分で抜けすぎだと思わないの!?」
「……え、な、何がでしょうか?」
 
 面白いほどオロオロと挙動不審になるアーチャー。
 
「召喚された翌日に、人の家漁りまくってお気に入りの紅茶……は美味しかったから許す!
 頼みもしない事をする必要は無いわよ!」
「……はぁ、では以後気をつけます」
「ええ。私が求めているのは戦力としての使い魔よ。
 家事をこなすサーヴァントなんて聞いたことが無いし、する必要も特に無いわ」
「はぁ、特にありませんか。凛はここでは家事を自分からやっているようですね。
 感心な事です」
 
 うんうん、と頷きながら紅茶の残りを飲み干すアーチャー。
 
「母親みたいな言い方するのね……。
 とにかく、出かける支度してアーチャー。召喚されたばかりで勝手も分からないでしょうから、街を案内してあげる」
「支度ですか?我々英霊は霊体になれますから、準備は特にありませんよ。負担を減らす点でもそっちの方がいいですね」
「あ、そっか。召喚されても英霊は英霊か。霊体に肉体を与えるのはマスターの魔力だから、魔力提供をカットすれば」
「はい、そうなれば守護霊と同じです。ただし、サーヴァント同士では感知されますし、魔術を使うサーヴァントなら、遠くはなれたサーヴァントの位置さえも把握します」
「そうか……。
 で、アーチャー、貴女は他のサーヴァントの位置って分かる?」
 
 アーチャーの魔力は強大だ。それくらいの魔術は……、
 
「凛、私のクラスはアーチャーです。100メートルほど近づいたならまだしも、ここからでは無理です」
 
 ……まぁ、予想した答えだったわけですが。
 
「分かったわ。じゃ、とりあえず後についてきてアーチャー。貴女の呼び出された世界を見せてあげるから」



[1083] ~Long Intrude 2-1~
Name: ルクセンブルグ◆a6358815
Date: 2008/06/05 21:37
 電車を何本も乗り継いで私達は冬木の町へとやってきた。
 いや、私には戻ってきたという表現が正しいか。
 新都の周辺の様子はさすがに一変してしまったようだ。センタービルを始めとした思い出深い物もさすがに老朽化には耐えられなかったらしい。
 
「ほんっっっっとうにローカルな町だな、おい」
 
 清々しいほどの声で嫌味を言うランス。
 
「ガイドブックにすら載ってねぇし、噂にもきかねぇな、『フユキ』なんて名前は」
「だから言ったでしょう。つまらない場所だと」
「大丈夫! つまらない場所はつまらないなりに面白いものさ。新しい発見は考古学の醍醐味だからな」
 
 時々この男のポジティブさが羨ましい。
 
「OK、ここが終着駅か? 我が謎だらけのガイドさんよ」
「バスに乗って深山町へ行きます。そこから先は歩きです」
「ミヤマ……、目的地の地名は調べてんだね、ちゃっかり」

 そして、降りた場所は何の変哲も無い住宅街である。この辺りは新都と違って劇的な変化が無い。昔ながらというか、20世紀然とした家が軒を連ねている。最も、空をエアカーの群れが飛行していなければの話だが。
 
「……あのよぉ」
「何ですか?」
「お前の目的地って、知り合いの家か?」
「ソレに近いですが、何か?」
「……知り合いの家かよ。何だってこんな住宅街に用があるんだと思ってよ」
 
 そりゃそうだ。知り合いの家に行くでもなければ、英国人二人がこんな住宅街を歩きなどしない。
 深く息を吸い込んだ。
 
 ……懐かしい香りがする。
 周囲の様子が変わろうとも、いくら年月が経とうとも、変わらない空気はいいものだ。
 
「あーあ、っておい、アルトリウス!?」
 
 駆け出した。見知った路地に、見知った交差点、周囲の家並みは違えど確かに覚えている。20年、いやもはや何年経ったか判らないが、確かにここは変わっていない。
路地を曲がり、真っ直ぐの道を登っていけばそこには、思い出の……、
 
「……………………これ、は」
 
 廃墟があった。
 
「ぜぇっは、ぜぇは……お、お前、足速かったんだな。
 …………何だ? 廃墟?」
 
 そんな……本当に残っていたのか?
 漆喰は剥げ落ち、木材はささくれ立ち、草が覆い尽くしながらも、そこは確かに見知った家だった。
 一体何百年放置されたのは判らない。ここまでくればさすがに整地してもいいだろうという荒れぶりだった。
 
「なぁ、もしここがお前の知り合いの家だって言うんなら、お前の知り合いって年いくつよ……」
 
 膝の力が抜けてしまった。嬉しいのか、悲しいのか、それとも現実を直視した絶望か。
 気がついたら……泣いていた。


 10分は泣いていただろうか。顔を上げれば、ランスがハンカチを出していた。

「すみません、恥ずかしいところを見せました」
「なぁに、役得だと思って胸にしまっておくよ」
 
 ハンカチを渡すと門の木材に手を這わせるランス。
 
「そうだな……、植物の生え方から言って100年は下らんな。
 造りは典型的なブケヤシキって所だが、……何だ、立ち入り禁止かよ」
 
 門には錆び付いた看板で立ち入り禁止のプレートが雑に張られていた。
 
「もう結構です、ランス。ここを見つけられただけで十分です」
「冗談言うなよ。お前が泣き出すほどの魅力がこの屋敷に有るんだろ?
 男として知りたいね」
 
 言うが早いか、錆び付いた門の隙間から、中に潜り込んでしまった。
 
「ランス!!」
 
 入って欲しくなかった。彼と、彼の家族以外に入って欲しくなかった。だから、私は後を追って中に潜り込む。
 予想通り、中も廃墟だった。記憶と寸分変わらぬ姿で残っていた。また、胸が熱くなってきた。
 木々は荒れ、草も生え放題になっている。屋敷も傾き、一部は潰れてしまっている。
 それでもここは私の知っている場所。
 
「ふーん、屋敷の持ち主が居なくなって荒れたんだろうが、ここの地主は権利放棄してないのか?普通ここまでくれば市だか政府だかが介入しそうだが」
 
 そう呟くランスを尻目に私は土蔵に足を向ける。
 土蔵は石造りだ。さすがに、崩れていることは無かったが、蝶番が錆びきっていた。
 
 ―――だから、渾身の力を込めて押した。
 
 ギギギギ!! ……ミシィ!!
 
 強烈な音を立てて、扉が開く。
 
「なっ! 馬鹿、何やってるんだ!お前」
 
 慌ててランスが駆け寄ってきた。確かに私達は不法侵入に当たる。だが、だから何だ。
 半分ほど開いた土蔵の中はくもの巣が跋扈していた。
 見るからに何も残ってはおらず、荒れる前に持ち出したようだ。
 
「アルトリウス、お前、こんな汚い蔵になんか用でもあるのか?」
 
 ソレに答えず、近くに落ちていた枝を拾ってくると、それでくもの巣を打ち払う。
 
「勘弁してくれよ。何だってんだ?」
 
 私と、彼が出会った場所。始まりの場所。数百年の時が過ぎても忘れることの無い、夜の光景。
 
「……シロウ」
「シ……なんだって?」
 
 すぐ近くで聞き返してきた。
 雰囲気ぶち壊しの男に肘鉄一発当ててから、土蔵を出る。
 
「いてーな! 何すんだよ、アル!」
「そうだから、あなたはいつまで経っても部下なんですよ!」
「はぁ??」
 
 変わって剣道場。さすがに母屋と違って丈夫に出来ていたのか、倒壊せずに残っていた。
 掛け軸も落ち草も生え放題になっているが、耳を澄ませば今でも竹刀の打ち合う音が聞こえてきそうなほど凛とした空気がここにある。
 草の生えた道場に上がり慎重に進む。踏み抜きそうになるのを注意しつつ、正座の姿勢で座る。
 思い出すことが多すぎる。何百年ぶりなのかは判らないが、鮮明に脳裏に浮かんでくる。
 不甲斐ない我が相方に剣を叩き込んだ数日の思い出。

「……ドウジョウが似合う、イギリス人もいるもんだな」
 
 外でランスがそう茶化していた。

「お前……本当に前世は日本人だったんじゃないのか?」
「フ、かもしれませんね」
 
 その時、
 
「おい、君たち!!」
 
 いきなり入り口の方から声がした。
 やってきたのは警官だった。
 
「何やってんだ、立ち入り禁止の札が見えなかったのか?」
 
 しかし、近づいてきて私達が外国人だと気付いたようだ。
 
「外人か。とにかく出てくれ! ……ゲットアウト」
「ご心配なく、日本語は話せます」
 
 ランスが名刺を取り出しながらそう答えていた。……って、旅行に名刺など持ってきたのか。

「近所を、通りかかったら彼女がこの屋敷に興味を、持ちましてね。失礼かとは思ったのですが……」

 年に数ヶ月は暮らしているだけある日本語だ。ただ、特有のイントネーションが残っているが、

「あ、はぁ……」
「すぐに、出ますので。
 ―――アルトリウス、出るぞ」
 
 名刺を受け取った警官は自分よりも背の高いランスに閉口気味の様子。
 
「日本語は得意じゃないだろ。ここは任せな」
 
 なにやら得意げに警官を連れて、先に出て行ってしまう。
 外に出た。付近の人が何人か集まっていた。やっぱり、土蔵の音はやばかっただろうか。
 とにかくランスが事情を説明し、警官が住民を解散させた。
 考古学専攻の学生というのが効いたんだろう。
 ……そうだ、ちょうどいい。
 
「すみません、ちょっとよろしいですか?」
「へっ……?」
 
 自転車に跨った警官は驚いた顔でこっちを見る。……私が日本語を話せるのがそんなに驚きか。
 
「この屋敷は衛宮という者の持ち物だったはずです。何故ここまで荒れたまま放置されているのですか?」
 
 イントネーション、アクセント、言葉尻まで完璧な日本語。
 
「……お前、日本語喋れたのかよ」
「さぁなぁ、自分はここの生まれだけどその当時からこんな調子だよ?」
 
 この警官は見た目40代、やはり40年以上はこの屋敷は廃墟になっていたことになる。
 ランスの鑑定眼を疑うわけではないが、これで裏づけは出来た。
 
「判りました。では、もう一つ。この辺りに「藤村組」という組織を聞いたことは?」
「あるっちゃー、あるが」
「その人達は今どこに!?」
 
 思わず警官の両肩をつかんでいた。
 
「おい、アルトリウス。興奮するな!」
「いや、自分の祖父がそのまた祖父から聞いた話さ。「藤村組」って組がどうなったかは知らないよ。登記で見かけたことも無いしね」
 
 祖父の祖父の代、ということは100年以上前。いや、だからといって大河が生きていた時代を重ねるのは早計か。
 
「どうも……ありがとうございました」
「あぁ、がんばりな」
 
 警官は去っていった。
 そして、そのまま私達もその場を後にした。



[1083] ~Long Intrude 2-2~
Name: ルクセンブルグ◆a6358815
Date: 2008/06/05 21:36
「説明して欲しいもんだね。アルトリウス」

 道中、歩きながら私はランスの尋問にあっていた。

「何をですか?」
「何をじゃないだろ。日本語を話せたことはいいよ。別に。
 けど、あの屋敷にずいぶんとご執心じゃないか。もしかして、ホントに前世の記憶とやらを辿って来てるんじゃあるまいな?」
「…………そう、だと言ったら?」

 確かに私は人間だ。だが、人間でなかった頃の記憶が残っている。

 かつて、この地で行われた血なまぐさい争いを終わらせるために召喚された戦士としての記憶。
 しかし何故それが私にあるのか判らない。いや、今となってはどうして記憶を残したまま転生したのだろうという疑問。

「前世の記憶を辿って治療法を見つけるなんていうセラピーも確かにあるが……、前世そのものの記憶があるってのは珍しいな。
 ……まぁ、俺としては推測が当たっただけの話なんだけどね」

 ニヤニヤと、自慢するかのように笑うランス。

「これだけで来た甲斐はあったな。アルトリウスは前世は日本人。姓は何て言ったか"エミヤ"?」
「軽々しくその名を出さないでください。いくら貴方でも許しませんよ」
「…………おやおや」

 次に訪れたのは、遠坂の屋敷。
 かつてこの地の管理人を務め、自身優れた魔術師であった彼女。この屋敷も形は残っていた。

「Fuu、すごいねぇ。100年代からの洋館が残ってるとは驚きだ」

 木も乱立し荒れ果てているが、やはり面影は残っている。
 だが霊脈を擁する彼女の土地が放置されているとはどういうことだろう。
 魔術師、特に管理人にとってはまたとない場所であるはずだが、何か入り込めない理由でも……、

「アルトリウス、やめとけ。ここに入るのだけは」

 私の様子を察したか、ランスが止めてきた。

「さっきは廃墟だったが、洋館はきっちり形を残してる。お前の思い出の旅を邪魔するようだが、不法侵入で捕まっちゃ堪らない」
「……そう……ですね、すみません」

 確かに、あの時も彼女の家に入ったことは無い。中に入ったとしても迷うだけだ。
 名残惜しいが諦める。
 逆に衛宮家の家族の一員である間桐家の家は無くなり、アパートが建っていた。
 なんとも残念でならなかった。

「今度は少し時間が掛かります。帰りは夜になるかもしれませんが、いいですか?」
「夜? まだ3時だぜ? 往復3時間以上掛かるのか?」
「付き合う必要はありませんよ。私のわがままですから」
「……おいおい、めったにプライベートを明かさないアルトリウスの前世を知る旅だってのに、パレードから外れろってのか?」
「付いて来るのは構いませんが、森の中ですよ? 迷ったら置いて行くので」
「……悪かったって」

 実際行き先は森の中である。
 乱雑に生えた木々を避けながら、私はまっすぐにそこを目指している。

「アルトリウス、お前本当に目的地判ってるんだろうな?」

 さすがに、見知らぬ森をズンズン進む私を心配したのかランスが声をかけてくる。

「ご心配なく。貴方よりは通いなれた場所ですよ」
「……前世の記憶か。見たい場所があるったって、酔狂だね、お前も」

 日が暮れかけたころになって、ようやく目的地にたどり着いた。

「……こいつは、驚いた」

 森が開け、突如として現れる石のモニュメント。否、おそらく人が踏み込まなかったために限りなく自然のまま残されていたその城。
 だが、やはりその一部は風化したためか倒壊し、かつては優美を誇っていた風貌は見る影もない。

「日本に場違いな城かよ。まさかアルトリウス、お前ここに住んでたのか?」
「いえ、ここは一人の少女が暮らしていた場所です」

 薄らいでいた記憶がより鮮明に思い出される。
 少女と狂戦士、そしてかの弓兵が神に挑み、幾度となくそれを凌駕し散った場所。
 元ホールだった場所へと入る。室内の装飾は剥がれ落ちあせている。だが所々爆砕された後や、明らかに別の意味で壊れた場所がある所から、修復しなかったのだろう。

「……こりゃまた、大英博物館行きのシロモノがゴロゴロ転がってやがるな。それに何だここ。まるで戦場みたいな有様じゃないか」

 ランスは気づいたようだ。ここが戦場になった場所だと。明らかに自然に崩れたものではないという違和感に。

「クソ、機材を持ってくるんだった。これだけ鑑定素材がそろってるってのに、あーー失敗したぁ」
「ランス、ここはあまり深入りしていい場所じゃありません」
「くぅーー! お前って奴はどうしてこうゾクゾクさせてくれるんだ? 廃墟、洋館、そして城。
 お前の前世に何があった? 無性に知りたくなってきたぜ」
「ランス!」

 静かに、重く、私は彼に言う。私の雰囲気が変わった事に気づいたのか、キョロキョロしていた動きを止めてこちらを見た。

「だからいったんです。来る必要は無いと。それに、数百年経っているからといって、これらに深入りすると貴方は将来必ず不幸になる。
 私も愚かだ、手足の一本でも折ってイギリスに残してくればよかったのに」
「……あぁ、なんつーか、悪かったよ」
「その台詞はいい加減聞き飽きました。
 帰ります。今から戻れば新都のホテルに空きがあるでしょうから」

 それだけ言うと、彼をおいて私は城に背を向ける。

「おい、アルトリウス!」

 城から出たところで、ランスが声をかけてきた。
 無視。

「一つだけ聞かせろ! さっきお前は不幸になるといったな?!」

 足が止まった。

「じゃあ前世のお前はどうだったんだ! 不幸の内で生きて、不幸なまま死んだのか?
 どうなんだ!!」

 やれやれ、貴方は人の心の隙間を見るのが得意のようだ。
 振り返る。何故か心は落ち着いていた。

 ―――私は、貴方を愛している。

 幾千の刃に囲まれて生きた私の人生は、傍目から見れば不幸だったのかもしれない。
 目的を果たせず失意に内に刃に倒れ、死の直前に"世界"と契約し、またいくつもの戦いを経て……、

 私は運命と出会った。その運命は満たされていた。
 だから、死を迎えたときの私にあったのは……、

「難しい質問をしますね。ランス」

 笑みを浮かべていたのだろう。私は。

「ご想像にお任せします。置いていきますよ」
「―――――」

 私の名は、アルトリウス=セイバーヘーゲン。
 かつて世界と契約し、剣を手に戦場を渡り歩いた騎士。そして、たった一人の少年に生き方を変えられた少女。



[1083] ~Long Intrude 2-3~
Name: ルクセンブルグ◆a6358815
Date: 2008/06/05 21:36
 新都に泊まった翌日、私は因縁の公園を見に来た。
 そこは草が茂り、あの時の面影が無いほど爽やかな風が凪いでいた。
 新都の住宅街を抜け丘の上の教会へ。彼が戦争を知り、私と共に歩む事を決めた場所。
 そして、少女と最初に衝突した道。
 だが、外人墓地はそのままに教会の本堂は改修が行われたらしい。記憶とは形が幾分違っている。

「自分から教会に足を運ぶなんてな。ここ数年のミサをサボってたお前とは思えんな」

 土曜のミサ、両親がキリスト教の信者である以上、私もミサに出る義務があるのだが、私はことごとく出なかった。
 前世の記憶の影響か、私のような者が神に愛されていい権利を有しているはずも無いという"わがまま"か。

「行きましょう、目的地は後2箇所です」

 本堂に入ることも、礼をすることもせず私は背を向けた。
 深山町にまた戻ってきた。かつて、穂群原学園が存在していた場所は区画整理され、面影は残っていなかった。
 唯一残っていたとすれば、この高台から見える深山の風景ぐらいなものか。
 次に柳洞寺へ足を運んだ。
 さすがに、日本は寺院を無碍に扱うことも無いのか、廃寺になることも無く現存し、住職もいた。
 まぁ竜脈としての魔力も、外敵排除の結界も現存していたとは驚きだった。
 ただキャスターが居たことのように魔力が飽和しているということは無さそうだ。
 さすがに数百年も経てば、霧散もするか……。

「どうだ? 満足したか?」

 柳洞寺から降り、駅へ向かうバスの中でランスが言った。

「はい、とても有意義でした」
「こんな事なら、他の連中も引っ張ってくるんだったな。アルトリウスの普段見ない顔がてんこ盛りだったってのに」
「ソレは無理でしょう。ベルはともかく、ミランダやロランはアルバイトをしないと学費が持たないのですから」

 私はといえばこの日のために1年間せこせこ貯金を続けていたのである。

「で? 結局のところどうよ、記憶の旅を終えての感想は」
「……………………」

 私個人としては十分に意味があったと思う。とはいっても、現実を再認識させられただけだ。
 ここは私の生きた場所ではないし、私が戦った戦場でもない。全て時の流れに埋もれてしまっている。
 心が痛い。

 彼にもう一度会いたいと願うのは私のわがままでしかないのだろうか。
 言いたい事は言ったつもりで分かれた。だが、ここまで来てしまうと、人とは欲が出る。
 彼にもう一度会いたい。もう一度彼の温もりを感じたい。もう一度彼と共に歩みたい。
 だけど、それはもう遅すぎた話。
 鍛錬を続けてきても振るう機会も無く、生まれて今まで剣を取ることも無く、守るものも無い。
 私は騎士ではない、一人の女。
 彼が言ってくれたように私は人並みの生活を送っている。今ここに立っているのは彼が望んでくれた私。
 ならば、私は彼の望みどおり幸せになるべきだろう。

 ………………だけど、

「誓いをここに。私は貴方の剣となり、貴方の運命は私と共にある……」
「…………なんだそりゃ」
「独り言です。忘れてください」

 大丈夫、この町は平和ですよ……。



 冬の到来は突然来る。
 12月に入って世間がクリスマスに浮かれている頃、私は一人大学の図書室に居た。
 相変らずのがり勉とでも言おうか。男っけの全く無い私に構うほど友人たちは暇ではないらしい。

『あんたもいい加減ランスの事認めたらどう? 持ちつ持たれつでいい感じじゃない』
『そうそう、アンタ美人の癖に寄ると触ると男を突っぱねるでしょ。幸せになれないぞ?』

 …………はあ。

 開いていた本を閉じる。教授のお墨付きを貰って研究室に入れる事になったが、さして喜びを感じなかったのも事実。
 ここ最近はランスも忙しいのか顔を合わせていない。
 付き合せっぱなしのお礼くらいはせねば失礼だろうか。

「そうだな……。そうしよう」




 12月24日。

「まさか、アルトリウスのほうから誘いが来るとは思って無かったよ。どういう風の吹き回しだ?」
「別にいいではないですか。普段から付き合せっぱなしですからね、お礼の一つもせねば罰が当たると思ったもので」
「ま、何でも良いさ。君とイヴを過ごせるだけで俺は満足だよ。……ほかの男どもからは白い目で見られるがな」

 食事、ショッピング、当ての無い散歩……etc。
 静かにふけていくイヴを私達はできる限り楽しく過ごした。
 また色々と不甲斐ないところを見られて不機嫌にはなったが、それもまぁいい思い出だ。

 町に繰り出している同じようなカップルと並んで肩を寄せ合って、歩く。
 もうすぐ0時、クリスマスになろうとしている。
 この町では定番となっている時計台の下で0時を迎える事にした。

 言い伝え曰く、この時計台の下でクリスマスの0時ちょうどに愛を約束した二人は永遠に離れる事は無い、という。
 どこの国や地域にも一つはある迷信というか、ジンクスというか、そんな物である。
 しんしんと降る雪の中0時を10分前に控え、徐々にカップルたちが集まって来ている。

「なぁ、アルトリウス。聞いてもいいか?」
「何ですか?」
「お前……今、幸せか?」
「―――!!?」

 背筋にゾッと来る問いだった。恐らくはなんでもない問い。彼とてそんな事は承知の上で聞いている。
 ……なのに、何故かこの時は降りしきる雪が暖かく感じるほどの寒気を覚えたのか。

「夏からこっちさ、なんだかお前肩肘張って生活してる気がするぜ?」
「……いけませんか?」
「そんなもん疲れるだけだろ。学校ならともかく、せっかくのデート中にまでしかめっ面持ち出されたんじゃ、男が引くぞ」
「デートをしてるつもりはありません!」
「ほぉーう。だったら、そこらの人に聞いてみるか?
 『私達二人どう見えます?』って。十中八九デートと言われるさ」
「せっかくの聖夜に血の雪を降らせたくなければ黙りなさい」

 だが、ランスは私の返事に大きくため息をついた。
 しばらく、沈黙が続いた。クリスマスまで後3分。

「前にも言ったよな。俺はお前が好きだって」
「言ってましたね。最近はめっきり聞かない冗談ですが」
「冗談じゃないといったら?」
「日本流に言って"へそで茶を沸かしてみせましょう"」
「―――アルトリウス、お前何逃げてんだよ」
「なっ……!」

 ランスの顔に目が行った。冗談抜きで真剣な顔をしている。

「私が、……誰から、逃げていると?」
「俺からもだが、……お前の場合、別の何か。そうだなしいて言えば、幸せって奴から逃げてる気がする」
「幸せから……、逃げてる?」
「お前、最近バカ笑いしたか?」

 した覚えは無いが。

「お前、俺達がグループで遊んでる時、常に一歩引いて行動してるよな。
 笑みは浮かべる笑い声も出す。……だけどなんか違う。なんか違うんだ」

 じっとこちらを見つめるランス。不思議とそれをそらす事ができなかった。

「結局は仮面で覆った嘘の笑顔。その下は今の幸せを怖いと感じてるお前が居る。俺はそう感じる」
「……………………」
「お前が前世で何をしてきたか知らんさ。でも、前世の記憶なんぞに引っ張りまわされるのはおかしいだろ」

 前世の記憶。……たった数日の生活。

 ―――俺はがんばった奴が報われないのが嫌なんだ。
 
 彼はそう言って、私を叱った。

「前世の彼氏じゃなく、今の俺を見てくれよ。俺はお前を幸せに出来ると思ってるんだ」
「―――しかし」
「アル……!」

 顔をそむけるが、頬に当てられた手で戻される。
 何故か……、その手を振り払うほどの気力が無かった。

「元カレなんぞどうでもいい。俺を見てくれ。俺はお前を愛してるんだ」
「―――あ」

 ゴーーン!……

 荘厳な音色で教会の鐘が鳴る。周囲のカップルは聖夜を迎え興奮し、
 私は、背筋が凍るほどの怖さを覚えていた。

 怖い、怖い、怖い……。

 何が怖いか解らない。だが、心の中を掻き乱すのは確かに恐怖だ。

 ―――知らず、涙を流していた。

 ランスの顔が近づいてくる。キスをされる。逃げたい、一刻も早くここから逃げ出したい。
 だが、足は根を張ったかのように動かず、全身は寒さ以外の震えが止まらず、視線はランスから微動だにさせられない。

「ラン、ス……やめ……」


 12月24日。クリスマスイブ―――

 この日、聖誕祭の鐘と共に―――

 光が、弾けた―――



[1083] Fate/the transmigration of the soul 3
Name: ルクセンブルグ◆a6358815
Date: 2008/06/05 21:35
 家の周辺から、深山町の全体図。住宅街のほとんどを回り終え、私達は新都へと橋を渡る。
 今日は完璧に学校はサボりである。
 私にとっては聖杯戦争が始まったと言うだけで、他の事など瑣末事に成り下がっているのだが。
 10年前に大事故が起こったらしいこちら側は格好の土地だとビルが乱立している。

 そして、

「ここが新都の公園よ。これで主だった所は歩いて回ったわけだけど、感想は?」

 隣にいるアーチャーに話しかける。アーチャーの姿はもちろん無い。

「そうですね……。この公園は前回の聖杯戦争の終結地点ですか」
「え!? ……そんな事分かるの?」

 驚いた。私が説明する前からここが訳ありの土地だと気づいていたのか。

「そうでなければ、これほどの怨念が満ちているはずが無い。……まるで泥沼のようだ」
「そうよ、ここが前回の聖杯戦争決着の地。事情は知らないけど、前回の聖杯戦争はここで終結して、それきり」

 とりあえず、これ以上ここに用は無い。

「行きましょう、アーチャー」

 きびすを返す私、だがアーチャーの気配がついてこない。

「アーチャー?」

 姿は無い、だが気配は確固としてそこにある。そして、その気配はじっと公園へと向けられていた。

「アーチャー、どうしたの?」
「いえ……何でもありません。行きましょうか」

 黙っているかと思いきや、今度は足早に立ち去るアーチャー。

「―――??」





 主だった場所を回って夕食も済ませ、最後の締めに移動する。
 散々歩き回って時刻は夜の七時過ぎ。
 この時間なら、これから向かう場所は最高の景色を見せてくれるだろう。

 ごう、という風。
 新都で一番高いビル。
 その屋上から見下ろす町並みは、今日の締めくくりに相応しい。

「どう? ここなら見通しがいいでしょ、アーチャー」
「なるほど、新都のセンタービルですか。確かにいい場所です。はじめからここに来れば歩き回る必要も無かったのでは?」
「何言ってるのよ。確かに見晴らしはいいけど、ここから判るのは町の全景だけじゃない。実際にその場に行かないと、町の作りは判らないわ」
「―――そうでもありません。この身はアーチャー、目は他のサーヴァントよりはいいつもりです」
「そうなの? じゃあここからうちが見える、アーチャー?」
「いえ、流石にそこまでは。しかし、ここからなら橋のボルトの数くらいは判別できます」
「うそ、橋のボルト!?」

 それは、目がいいというレベルじゃないのではないだろうか。

「びっくり。アーチャーって見た目によらず、本当にアーチャーなんだ」
「凛、いくら貴女でもそれは失言でしょう。英雄に対する侮辱と取られますよ」
「いや……、ただ貴女ってアーチャーって言う割りにどう見てもセイバーよりだから、つい勘違いしていただけ」
「はぁ、まぁそうでしょうね。確かにそう見られてもおかしくは無い。先ほどの発言は聞き流しましょう」

 それっきり、アーチャーは黙り込む。戦場の下見だろうか、町のつくりを把握しているのか。
 私はビルの端に移動して下を見る。下界(した)では車や会社帰りらしい人々が往来している。
 と、そこに一人の知り合いが立っていた。見えるか見えないかのギリギリ、だが誰かは見て取れた。
 そんな、知り合いに魔術師としての自分を見られたことに少し気が立った。

 午後九時。

 深山町に戻ってきた。
 家に戻る途中、何故か知り合いの1年生と外国人が話している場面に出くわした。
 どうも外人が後輩に言い寄っている様子。……とはいえ今日は学校を休んだ立場上、助けると色々問題になる。
 しばらくして二人は別れた。後輩は坂を上り、男は私達が来た道を下っていった。

 疲れた体をベッドに投げ打ち、綺麗に一言連絡を入れてから私は眠りにつく。
 目が覚めれば今までとは違う朝がある。
 十年前、父が魔術師として挑み敗れ去った聖杯戦争。
 その戦いに、私も身を投じる事になったのだから。





 翌朝。
 朝食の後、今後の方針をきっぱりと口にした。

「学校に行くのですか?」
「ええ。何か問題あるかしら、アーチャー」
「いえ、これといって何も」

 ……………………

「って、本当に無いの!?」
「え、無いとおかしかったですか?」

 いや、無い事に問題は無いのだが……、

「普通疑問に思うでしょ!マスターが学校なんかに行けば、他のマスターの危険に晒されるとか、不意の襲撃に備えるべきだとか」
「はぁ、ですが私が言った所であなたは聞かないでしょう?」
「いや……まぁ」

 どうやら、肩透かしを食らったのはこっちのようだ。アーチャーは私の事を全部判った上で返答している。
 昨日今日で私の性格を計ったのならたいしたものだ。
 どうもこのアーチャーの性格は掴みにくい。……英雄らしくないと言うか、抜けていると言うか。

「では、私は霊体になって後ろから護衛させていただきます。それはいいのでしょう?」
「当たり前じゃない。学校に限らず、外に出るときは側に居てもらうからね。マスターを守るのもサーヴァントの役割なんだから、頼りにしてるわ」
「えぇ、信頼に応えるのは騎士の務めです。期待に添うよう善処しましょう。
 しかし……」

 と、ここでアーチャーがいきなりまじめな顔になる。

「凛。もしも、学校に敵が居たとしたらどうするつもりですか?」
「?なに、学校にマスターがいるかもしれないって仮定?」
「はい。学校は生徒と教師以外は入りにくいものですが、内部の者がマスターだとしたら厄介になります」
「それはないんじゃないかな。この町には魔術師の家系は遠坂と、後一つしかないの。その後一つって言う家系は落ちぶれてるし、マスターにもなってないし」

 この地の管理を任されているからにはその辺は完全に把握している。彼等は魔術師としては廃業して、魔力も無い。
 だから、サーヴァントと契約はできないし、していない。

「だが、凛。何事にも例外が存在します。もし学校に貴女の知らない魔術師がいた場合はどうするのですか?」
「だからいないってば。一年も同じ学校に居たらね、どんなに隠してても魔術師の存在は感じ取れる。
 断言するけど、うちの学校に魔術師は二人しかいないわ。そのうちの一人が私で、もう一人はマスターになるだけの力が無い魔術師見習いなの。
 分かった?アーチャーの用心はただの杞憂よ。そんな事絶対にありえないんだから」
「……分かりました。
 ですが、もしそういった事態になった場合、私に八つ当たりだけはしないでくださいね」

 気を抜いて、笑みすら浮かべてそう言った。

「そんな事あるわけないじゃない。もしもの話って言うのは、起きないからもしもの話なのよ。もしそんな事になったら、そのときは私の見通しが甘かったってだけなんだから」
「……判りました。行きましょう、凛。そろそろ間に合わなくなりますよ」



[1083] ~Long Intrude 3-1~
Name: ルクセンブルグ◆a6358815
Date: 2008/06/05 21:35
 12月25日 AM9:00


「こちら現場上空です! ご覧ください。我々の町が……無残な姿とその在り様を変えてしまいました。
 なんと言う事でしょう。祝福されるべき一夜から一転、神への冒涜としか思えない惨劇が起こってしまいました。
 町中の教会がテロの標的となったのです。
 現在の所、死傷者の数は…………」


 12月25日 AM0:10

「う…………あ…………」

 意識が戻ってくる。喉の奥が焼けるように熱い。
 どうやら倒れたらしい。全身が軋む様な痛みを訴えている。
 それに体が妙に重い。……いや、誰かがのしかかっているのか。

「ランス……?」

 のしかかっているのはランスだ。だが様子がおかしい。のしかかったまま意識が無いようだ。

「ランス……! ……この」

 ランスを退け現状を確認する。

「がぁっ!!」
「―――!!?」

 背中をつけたランスが絶叫した。慌てて背中を見る。
 ガラスらしき破片が数本刺さっていた。

「一体何が……、とにかく……」

 ランスには申し訳ないが、痛いのを我慢してもらいその数本を引っこ抜く。

「がぁぁああ!」
「大丈夫ですか!? ランス!!」
「……ぐぅぅ、なんて目覚ましだよ。この……」

 よかった。意識ははっきりしている。

「動かないでください。ガラスが背中に刺さっていました。神経を傷つけているといけない、病院へ……」

 肩を貸し、立ち上がる。ランスがのしかかってくれたお陰で私は無傷で済んだ。
 周囲を見渡し……、今度は私が声を失う番だった。

 それは、まさに戦火の町並みという有様だった。
 そこかしこで火の手が上がり、人々が倒れ付している。
 目の前にあった教会は無残に焼け落ち、中に居た人々の安否などもはや確認するまでも無く、集まっていた人々もパニックの真っ只中だった。
 倒れて意識の無い者、倒れてきた壁に押しつぶされる者、目の前の男の死体を呆然と見つめる女、母親の姿を求める子供、周囲から救助に駆けつける人々…………。
 怒号と悲鳴が周囲を包み込み、厳粛な聖夜は冗談ではなく血の聖夜へと変貌していた。

「ぐ……う」

 ランスのうめき声で我に返る。

「誰か! 誰か、救急車を!! 怪我人です!!」

 後で考えても、私自身混乱していたんだろう。いつもの冷静さを欠き、歩きながらも周囲に助けを求める事しかできなかった。

「誰か……! 誰か!!」
「落ち着けよ……アル」

 しかし、私に平常心を戻してくれたのは誰でもない怪我人のランスだった。

「クソ……最悪だ。せっかくの夜にかっこ悪いったらありゃしねぇ……」
「喋らないでください。病院まで運びますから」
「なら、方向が逆だろ……、バカ」
「―――!?」

 今度は冷静に周囲を見る。そうだ、現場から離れたい一心で歩いたせいで逆に知っている病院から離れようとしている。

「すみません……。ランス」
「はっ、……弱気とはお前らしくないな。まぁ、気にするな。今すぐ死ぬほどひ弱じゃねぇから」

 こんな時でも軽口をいえるとは、相当に図太い神経をしている。
 今度こそ、病院への道を歩き始める。
 やがて、周囲からも徐々に救助の手がやって来る。

「君達! 大丈夫か!?」

 男が一人、手を差し伸べてきた。

「背中に怪我をしています。気をつけてください」
「よし、この先の病院だな」

 軽々とランスを抱えると、早足で運んでくれた。




 15分後、混乱している病院に運び込まれたランスは、

「アルトリウス、お前も救助に行って来いよ」

 寝かされたベッドの上から、そう言った。

「何を言うのです。私のせいで怪我をしたのだから、私には責任が……」
「何の責任だよ。……俺が行けって言ってるんだ。大丈夫だ」
「しかし……」

 と、うつぶせに寝かされたベッドからいきなり彼は私の胸倉をつかみ上げ、

「俺が怪我したのは俺の責任だ。お前は関係ない。生きてる奴に構うより、死に掛けてる奴を一人でも生かせ。
 ……俺は無意味に人が死ぬのが耐えられないんだよ!」
「―――!!」

 意外だった。というより、ランスがこんな激情家だったとは思わなかった。
 そんな彼が……なぜ"彼"に似ていると一瞬でも私は思ってしまったのか。

「クソ……、何でだよ。何でなんだよ、馬鹿野郎が……」

 手を離し、うわ言の様に誰かに文句を吐くランス。いつもの軽口を叩く彼とは一変している。

「アルトリウス、だったら頼まれてくれ。俺の変わりに一人でも多くあの地獄から助け出してくれ。
 礼は……おいおい返す」

 その目は真剣そのものだった。

「…………判りました」

 不思議と心が平常に戻っている。
 この平常心が懐かしいとさえ思ったのはいつ以来だろうか。

「では、行ってきます」

 心を決めてからは早い。
 脱兎のごとく病院から飛び出し、混乱する人々を避けながら現場へと駆け戻る。

「いやぁぁぁぁ! 坊や!!」

 現場に戻るや否や、近くで女性の叫びが聞こえてきた。
 見渡せば教会の付近で人だかりが出来ている。

「奥さん! 止めなさい、危険です!!」
「坊やが、坊やが!!」

 押しとどめる人と、錯乱する女性。その先には倒れた壁と、その下でまだ泣いている子供が居る。しかも、その上には今にも倒れそうな教会の壁がある。
 壁が倒れれば間違いなく子供は死ぬ。
 そう思った途端、バギッと壁に大きくひびが入った。

(―――まずい!)

 辺りを見渡す。離れた場所に鉄パイプが一本転がっている。
 その鉄パイプを疾りながら上半身をかがめて拾い上げ、子供にのしかかっている壁に肉薄する。

 ソレの使い方を思い出す。私は彼のような強化の魔術が使えるわけではない。だが、ソレに変わる物を私は使える。
 使える回路は2本、ソレがこの体に許された限界。なら、回路が焼ききれようと構わない。全力で魔力を流し、魔術を形成する。
 まどろっこしい。英霊であった頃とは比べるまでも無く、体が重い。人間の体がこれほどに鈍重だと思ったのも何年ぶりか。
 風の収束に時間が掛かる。だが、全開にする必要は無い。ようは、あの壁を想像通りに断てればいい。

 壁が倒れ始めた。周囲からは悲鳴、鉄パイプを振りかぶり私は壁の前に躍り出る。

「ああああああああ!!!」

 下段から振り上げる。切る部分は倒れた壁、中心で潰された子供のほぼ真上。
 魔術を叩き込まれた腕、そして鉄パイプに纏わせた風が地面を削りながら一点の狂い無く目標に疾る。

 バガン!!

 断った。埒外の力で振るわれた鉄パイプ。それに付属した風の圧力により100キロはあろうかという壁が真っ二つになって跳ね上がる。
 壁が倒れる。跳ね上がった壁が直立すると同時に壁が横倒しになる。しかし、跳ね上がった壁が支柱の代わりになり、倒壊した壁は子供に落ちずに停止する。

 …………時間が止まったかのように周囲が静まり返った。

「はあ、はあ、はあ、……」
「坊や!!」

 錯乱した女性だけは、こっちに駆け寄ってくる。
 子供は泣きじゃくりながらもこちらに這い出てきた。どうやら、軽い怪我だけで済んだようだ。
 子供を抱きかかえた母親は、私に何度も感謝の言葉をかける。
 そんな母親も周囲の民衆も視野に入らず、頭の中を駆け巡る頭痛を無視、私は次を探して足を踏み出した。


 12月25日 AM10:00

「すごかったよ、鉄パイプ一本でコンクリートの塊を砕いたんだ。お陰で足を潰されずにすんだよ」
「今でも信じられないよ。コンクリートの壁だぜ? 真っ二つにして子供を助けたんだ」
「女かなぁ、顔はよく見えなかったけど、噴きつける火を何かで吹き飛ばしたんだ。ありゃ、一体なんだったんだろうな」

「以上、病院に収容された人達のコメントです。彼らの話を聞く限り、ある女性が2次災害の拡大を防いだということに……」



[1083] ~Long Intrude 3-2~
Name: ルクセンブルグ◆a6358815
Date: 2008/06/05 21:34
 12月27日 AM11:00

『一昨日起きた未曾有の事件は死者100名以上を出す大惨事となり、王室はこの度イギリス全土に厳戒態勢を敷くこととなりました……』

 パチンとテレビの電源を切る。

「全く……やってられねぇな」

 病室のベッドでランスはリモコンを放り出す。

「テロだと? こんなちっぽけな国にいったい何の用があるってんだ」
「ランス……あまり騒ぐと傷に触ります」

 ロンドンの混乱は一応の収束を見ている。死者数百名を出した事件だが、救助活動が事件後に迅速に進められたために翌日には怪我人は全員病院に掛かる事ができたのである。
 迅速に進んだ要因は、私の、まさに力技なのだが。

「核もない、軍隊も弱小、小競り合いもない……。イギリスは世界的に見ても普通の国だぞ。
 狙われるならアメリカか、中国じゃないのかよ」

 私が来てから彼は万事この調子だ。医者の話では、背中の傷は思ったよりも浅く、来年の1月末までには復帰できるとの事。
 なぜそこまで伸びるかといえば、背中の神経に触っていたために、検査が何度もあるんだという。
 
「悪いなアルトリウス。そろそろ就職って時期なのに、俺なんかのために病院に来てもらってよ」
「何を言うのですか。あの時あなたが覆いかぶさってきたから私は無傷でいられたんです。
 言うなれば命の恩人だ。それを心配して何が悪いというのですか?」
「…………ちぇ、もう少しで恋人になれたってのに、命の恩人に飛び級したか。俺も端から運がねぇや」
「――――。そんな冗談が出るなら、大丈夫ですね」

 椅子から立ち上がり、鞄を取った。

「大学に戻るのか?」
「はい、論文も書かなければいけませんし、就職先も探さねば」
「お前、進路はどうする気だよ。お前の成績なら引く手数多だろうに」

 そういえば、考古学の権威がぜひ助手にと尋ねてくるのは最近増えた事項の一つだ。

「いえ、日本に行こうかと」
「日本? 向こうで何する気だよ。あっちは飽和状態だぞ?」
「向こうに永住権を取って、働き口はそれから決めます。両親や親戚への義理も果たしましたし。
 後の事は兄がやるでしょう。……私は好きに生きる事にします」
「ちょ、ちょっと待て! それじゃ何か、こっちとは縁を切るってのか?!」

 ……どうやら、彼にとっては地雷だったようだ。
 私が言ったいきなりの事に身を乗り出すランス。

「ですから、動いては傷に触りますと」
「俺の事なんぞどうでもいい。ふざけんな! ダチも暮らしも、親まで捨てて出て行くって、何様のつもりだ!」
「何様とは?」
「だから…………、あぁクソ、そう、お前をそうさせる物って何だよ?」

 彼の心はよく判る。
 だが、私は彼の心に答える事は出来ない。
 答えてしまえば、私の中で"彼"は本当に思い出になってしまう。
 "彼"を、思い出にだけはしたくない。それだけは、できない。

「……ランス、この際だから言っておきます」
「何だよ」
「私は…………、貴方が嫌いです」
「――――なっ!」

 面食らった顔をしている。当たり前か、3年も付き合いがあっていきなり嫌いだと言われれば誰でも面食らう。
 冷静に、極めて声を殺して言う。

「…………マジでいってんのかよ」
「えぇ、最初から最後まで振り回してしまいましたが、私は貴方が嫌いでした。
 それが結論です。では……失礼します」

 未練を振り切るように私は病室を出る。

「―――あぁ、そうかよ!! どこへなりとも消えちまえ、馬鹿野郎!!!」

 口を引き絞って病院のエントランスをくぐった。
 そして、その怒声を最後に、彼に会う事も、彼の声を聞く事も無くなった。





 年が明けて2月。

『ねえ、アル。あなたランスと別れたんですって? 何があったの?』
『あんたたちいいカップルだったじゃない。何、ランスに女ができたの?』
『ランス退院したって。……ってどうでもいいって顔ね。それ』

 友人達は私に寄ると触るとランスとの不仲を突っ込んでくる。しかも、それに漬け込むように別の男達が寄ってきた。
 もちろんその辺は断りまくっている。
 現実、私は1年のときと同じような環境に戻っていた。
 "一見さんお断り"、"教授泣かし"なんていう不名誉なあだ名を与えられた頃に逆戻りである。
 だが、逆に楽になった。何も考える必要が無く、私はずっと日本に渡ってからの生活をどうするかを考えていた。


 そして、2月1日、深夜。
 部屋に戻ってきた私は、少し酔っ払っていた。
 最近生活が暗いとベル達が強引に私を連れ出したのだ。

「う~~~……」

 鞄を玄関に落とし、ふらふらと台所に向かう。
 ガタンと何かにぶつかった。途端、テレビがつく。どうやら、リモコンを落としたらしい。
 だが、今はそんな物より水が飲みたい。

『……大変な事態になりました。どうか、皆さんは一刻も早く……』

 台所で水を飲む。幾分気分が落ち着いてきた。

「ん~~~~……」
『繰り返します……皆さんは一刻も早く……』

 テレビがうるさい。深夜にも拘らずテロ事件の再放送とは何を考えている。
 気だるさを押さえてリモコンを拾い、

『すでに……戦いはロ(ブツリ)』

 リモコンを放り出し、布団に身を投げた。
 いかん呑み過ぎた様だ、眠すぎる。

 まぁどうせ……明日は…………講義は…………、




 ドンドン……

 ドンドン……ドンドン!

「うるさい……」

 ドンドンドンドン……!!

「うるさいなぁ……」

 こんな夜中にドアを叩くとは何事か……。

 ダン! ダン!!

 なにやら叩く音から、体当たりらしき音に変わった。
 しかも……、

「アル!! いるんだろ、アル!!!」
「ラン、ス……?」

 寝ぼけた意識で起き出す。
 こんな時間に来るとは一体何を考えている……。
 しばつく目を凝らして枕元の時計を見れば、なんと4時過ぎである。

「ふられた腹いせにしては、らしくないですねぇ」

 あくびをかみ殺し、とりあえずドアの前に立つ。

「何のようですか? こんな時間に」
「アルトリウス! 良かった、ここにいたか!とにかく開けろ!」
「まだ4時じゃないですかぁ。それに昨日はベル達と飲んで……」
「寝ぼけてんじゃねぇ! 今すぐ開けろ!!」
「お断りします。昨日の服のままで寝たもので、シャツが……」
「あぁ、もういい!! 退いてろ!!」

 言うが早いか、またガンガンとドアを叩き、

 バキャン!!!

 本当に押し入ってきた。さすがに意識が覚醒する。

「―――ランス!? 貴方何を考えているんですか!」

 身構える。
 何せ、この一ヶ月まったく接触が無かったのだ。ストレスが溜まって爆発したか!?

「何をだ? その台詞、そっくりそのままお前に返してやる」

 言って、私の横を通り過ぎカーテンを引いた窓に立つ。

「この状況で、よく寝てなんていられるな!」

 ジャッとカーテンを開ける。

「――――――――」

 目に飛び込んできたのは、紅い光景だった。

「なっ…………」

 窓に駆け寄る。目に飛び込んできたのは、業火。町中が炎に包まれている。
 下には逃げ惑う人々が右往左往し、悲鳴と怒号が乱舞している。
 さらに、時折起こる遠い爆発音。ガス爆発?……否、明確に爆弾と銃弾の音だ。

「な、何の騒ぎなんですかこれは! これではまるで……」

 振り返る。

「考えるまでも無いだろ!

 ――――戦争が始まったんだ!!」



[1083] Fate/the transmigration of the soul 4
Name: ルクセンブルグ◆a6358815
Date: 2008/06/05 21:34
 学校正門前

「驚いた。もしもの事って、本当にあるのね……」
「そうですね。とりあえず認識を改めるべきでしょう、凛。敵はこの学校を食い物にしようとしている」
「そうね、空気が淀んでるどころの話じゃない。もう結界が完成してない?」
「完全にではなさそうですが、起動できるところまでは来ているでしょう」
「とんでもない素人ね。他人に異常を感じさせる結界なんて3流よ。やるんなら、仕掛けるときまで隠し通しておくのが1流よ」
「凛の見解はどうなのですか?」
「さあ。一流だろうが、三下だろうが知った事じゃないわ。私のテリトリーでこんな下衆な物仕掛けた奴なんて、問答無用でぶっ倒すだけよ」


 そして、その夜、


「いや、全くいい足だ。しかし、俺と競うには実力不足だな」

 もしもなんていう言葉はあまり好きではないが、今回ばかりはアーチャーの言った事が正しい。
 目の前にランサーが居る。学校の結界を消滅させようとした途端に現れた青の槍兵。
 結界の基点を消去するために待機していたら、突然現れた。
 屋上から退避して来たが、結局校庭で追いつかれる。……予想以上の敏捷性。

「アーチャー!」

 霊体化していたアーチャーが私の前に出現する。ランサーからはアーチャーが私の中からにじみ出てくるようにも見えただろうか。

「いいぜ、話の早い奴は嫌いじゃない」
「……………………」

 アーチャーは微動だにせずじっとランサーを見据えている。

「嬉しいねぇ。のっけからセイバーと戦り合えるなんざ僥倖だ」

 構えるランサー。だけどアーチャーは動かない。
 ……そっか、アーチャーは私の指示を待ってるんだ。

「アーチャー……」
「ランサー! 貴方に提案がある」

 いきなり、敵に対してそう言った。

「えっ……?」
「あん?」

 私はもちろん、構えていたランサーまでいきなりの台詞に力が抜けた。

「この場を退いては貰えないだろうか」
「ちょ、何言ってんのよ! アーチャー!!」

 驚かされるにもほどがある。だってそうだろう?サーヴァント、それも3騎士の一角が敵を前にして矛を収めろと言うなど。

「はぁ? 何言ってやがるセイバー。まさか怖気づいたんじゃあるまいな?」
「あなたの事はよく知っている。アルスターの英雄クー・フーリン。できれば貴方とは戦いたくない」
「―――貴様、俺の真名を」

 ランサーの怒気が増す。そりゃそうだ、戦いもせず一目見ただけで自分の正体を看破されたのだから。
 って、セイバーはランサーと面識があるのか?

「悪いが、俺はアンタのことは知らねぇ。アンタみたいな美人なら死んでも忘れねぇと思うんだがな」
「私が一方的に知っているだけです。知らないのも無理はない。だからこそ、この場を退いて貰いたい。無駄に二度も命を落とす事もないでしょう」
「…………ふぅん、アンタ、俺を倒したような口ぶりだな。生前どっかで会ったっけか?」
「いえ、面識もなければ生まれた国も違います。しかし、唯一つはっきりしているのは……今の貴方では宝具を放つ前に私に倒されるだけです」

 すると、ランサーはニヤっと笑みを浮かべ、槍を低く構える。

「そいつは、どうかな!!」

 踏み込みは、弦から放たれた矢のごとく、動きは獲物に牙を向ける豹のごとく。
 人間には再現できないほどの速さでアーチャーへと肉薄する。

 ギィン!!

 だが、弾かれた。一本の剣に。
 アーチャーが槍を弾いたそれは一本の白い短剣だった。

「それが、貴様の宝具か!」

 ランサーの踏み込む速度が更に上がった。
 瀑布の様ななぎ払い、大岩すら貫きそうな突き、いずれも戻りの隙など存在しない速さで繰り出される。
 しかし、弾く。瀑布のごとき斬撃も、2点、3点と怒涛のように突きこまれる刺突もその全てを右手の短剣だけでいなしている。

「やるな……、だがコイツはどうだ!」

 ランサーが2歩下がる。そこから先は……、まるで閃光だった。
 腹、心臓、頭、3点を狙う急所への攻撃はまさに神速。片手だけでの防御じゃとてもじゃないが、間に合わない。
 だが、

 ギギャン!!

「くっ……!!」

 だがしかし、弾き飛ばされたのはやはりランサーの方だった。

「貴様……」

 構えを取り直し、忌々しそうにアーチャーを見据える。
 アーチャーは、左手にいつの間にかもう一本の短剣を持っていた。
 いや、ちょっと待て。騎士が2刀を使うなんて聞いた事無いぞ!?

「2刀使い。驚いたぜ、そんな格好してやがるからまっとうな一騎打ち派かと思いきや、アーチャーか? 貴様」

 しかも彼女が持っているのは短剣は短剣でも、英雄が持っているような派手な細工があるわけでもない、無骨な黒と白の中華剣だ。
 ……おかしい、何で?
 いくらなんでも無茶苦茶過ぎないか? 明らかにアーチャーは西洋の英雄。それが、なんで中国の刀剣なんて持っている?
 あれでは正体が全く判らない。

「解せんな。その格好は欧州辺りの鎧だろ。それが、何でそんな得物を持ってやがる。そんな剣士や弓兵なんぞ聞いた事も無い」
「はい、そうですかと教えるとでも思うか。
 2度目です。この辺りで槍を引く気はありませんか?」

 この期に及んでランサーに撤退させようとするアーチャー。 
 なぜ?

「貴方が彼我の実力差を見誤るも思えない。
 そのようにこちらを計るかのような戦い方は飽きました。
 手を抜くようなら、今すぐ帰って頂きたい」

 手を抜く? ……って、ランサーはあれで手を抜いていたとでも言うの?
 途端、ランサーの殺気が倍増する。

「……言ったな、アーチャー。
 ―――ならば食らうか、我が必殺の一撃を」

 途端、ランサーの雰囲気が一変する。周囲から魔力をかき集め、宝具である槍へと送り込む。
 ランサーの奴、本気で宝具を使うつもりか。

「……いた仕方ありませんね」

 と、アーチャーはその短剣を消した。そして、無手のまま腰ダメに剣を振るような格好をする。

「いくぜぇ―――」

 そして、ランサーが腰を落としたそのとき、

「誰だ―――!!」

 校舎の近くで何者かが走り去っていく足音が聞こえた。その次の瞬間にはランサーが消えている。
 まずい、奴は目撃者を消しにいったんだ! 見られたもの一切を無に帰すために。

「アーチャー、追って! きっとアイツ……」

 わたしは足を踏み出し、いきなり膝から力が抜けた。

「凛!? 大丈夫ですか?」

 あわてて膝に力を入れる。目の前の光景にあっけに取られて気づかなかったのか、また魔力が大幅に吸われている。

「アーチャー、私に構わず行って! 後から追いつくから!」
「……わ、判りました」

 そして、きびすを返し風のように疾駆していく。
 私はと言えば、フルマラソンでも走ったかのような気だるさを押し殺し、立ち上がる。


 そして、校舎内に彼は居た。
 胸から流れる血。廊下に広がろうとしている血。明らかに致死量。
 見知った顔だった。……見た目にパッとしない男だが、確かに私には覚えがあった。
 "衛宮士郎"――彼の名前。そして、私の友人の一人が懇意にしている奴。

「冗談でしょ……なんだってアンタが」
 
 彼の脇に膝を突き、彼に手を当てているアーチャーが顔を上げた。

「凛。すみません、逃げられました。さすがはランサーです、到着したときにはすでに……」

 全く、私も馬鹿だ。魔術師でありながら教えを守れず、それに最初の被害者がよりにも寄ってコイツだなんて。

「……あぁもう、アイツになんていえば」

 自嘲気味につぶやいて、退いたアーチャーに変わって彼の体を診る。

「――――あれ?」

 おかしい。服に染み付いた血と、廊下に流れた血から見ても致死量なのに、彼自身の傷はそうでもない。

「アーチャー、あなた彼に何かした?」

 治癒魔術でもなければ、ランサーにつけられた傷を癒せない。だとしたら、目の前のアーチャーくらいしか居ないのだが。

「―――いえ、これといって何も。
 彼は運がいい。ランサーが慌てていたのか、余裕が無かったのか判りませんが、生死を確認しなかったようだ」

 ―――いや……けど、
 明らかにおかしいのは判っている。だが、この傷なら1時間と立たずに気が付くだろう。それは少しまずい。

「うだうだ言っても埒明かないわね。とにかく、これくらいなら手持ちの宝石で……」

 覚えは無いだろうが、この男には借りがある。とりあえず、これくらいでチャラということにして貰いたい物だ。

「OK、これでいいわ。アーチャー、撤収よ。後始末はコイツがするでしょ」
「……判りました」



[1083] ~Long Intrude 4-1~
Name: ルクセンブルグ◆a6358815
Date: 2008/06/05 21:33
 ランスを一度外に叩き出し、ありあわせの服に着替え、外に飛び出す。

「戦争ってどういうことですか!? 一体どこと?」
「知るか! 俺だって、夜中に叩き起こされたんだ!!」

 遠い爆発音が付近からの爆発音に変わる。見渡せば、ほんの1キロ先で煙が上がっている。

「そんな……、どうして」
「アルトリウスこっちだ!」

 顔を巡らせた先、彼がまたがっているソレが眼に入る。

 ホバーバイク―――
 ロンドン市街とその周辺のほとんどが環境保全と安全確保のために、ガソリンを使用しない電気自動車、飛行能力を持つエアカー以外を規制したため、それまで走っていたバイクフリークスは真っ向から痛手をこうむった。
 そんな中、ある企業が開発し実用新案として登録したのがホバーバイクである。
 だが、このバイク、ロンドン市内中心部での走行が禁じられていた。なぜかといえば、そのスピードと安全性に問題があるのである。
 完璧を詠って販売されたバイクは、当初は走行を許可されていた。だが、どこの時代でも馬鹿は存在する。ホバーバイクでの死亡事故、主に市内中心部での事故が多発したのだ。
 100キロという速度を軽く叩き出し、その速度でもって激突すればまず死ぬ。しかも、ホバーという特性上緊急停止もままならないのだ。
 そんな危険な物に乗るくらいなら、空中飛行を可能にしたエアカーや、後に追う様に開発されたエアバイクに乗る方がまだマシと言える。
 そこで、政府は市内でのホバーバイクの走行を禁じ、違反者にも重罪が課せられることと相成ったのだ。
 そんな訳でホバーの利点といえば、地形に影響されないということのみである。

 というか、こんな物を何故ランスが持っていたのが初耳だ。
 
「乗れ!!」
「ランス、こんな物をどこから!」
「親父のコレクションだよ。一番スピードが出るんでね」
「どこへ行くつもりなんですか?」
「大学だ! あそこなら、地下室もある。しばらくは身を隠していられるさ!」

 バイクを急発進させる。

 ゴガァァァァン!!

 発進に遅れて10秒もせずに背後から爆発音が聞こえてきた。
 振り返れば向かいのアパートに風穴が開いている。

「馬鹿な。砲撃の音などしなかったのに……」


 バイクで疾走する。街中のほとんどに火の手が上がっていた。
 それは、紛れも無い戦場。私にとっては最も身近で、最も忌むべき場所。
 建物は崩壊し、逃げ惑う人々はもはや自分の命しか守る事を赦されない。
 さらに運が悪いことに、どうやら制空権すら敵の手にあるらしい。
 散発的に空中で爆発音が聞こえてくるのだ。近くで起こった爆発音の元はやはり空中飛行中のエアカー。
 どうやら敵は一切逃がしてくれる気配はなさそうだ。そういう意味で、飛行機能を持たないホバーで逃げると言うのは妙手だったのかもしれない。

「イギリスの軍は何をやっているんですか! みすみす敵に首都を叩かれるなんて!」
「しらねぇよ! 俺だって混乱してるんだ! 北や南でガス爆発が頻繁してたが、外敵がここに来るなんて思ってもみねぇよ!」

 各国が軍縮を行っている中、ヨーロッパは特にそれが顕著だった。
 イギリス、イタリア、フランス、オランダ等のEU各国は世界に先駆けて軍を20世紀の40%まで減らしている。
 そして、装備もおざなりな物だった。せいぜいが、各兵士にアサルトライフル、ピストル、防弾着が行き渡ればそれでOKな、いい加減な管理なのである。
 しかし事実として、それでヨーロッパ諸国は100年を平穏に過ごしていた。
 だれがそんな状態で戦争を始めようなどと考えるだろうか。それに、起こったとしてもまともな反撃も防衛策もままならない。そしてここはイギリスの首都なのだから軍を入れるにも問題がある。
 ロンドンには700万人からの人間が生活している。そんな場所にまともに兵士など投入すれば、人的被害は計り知れない。
 最も敵はそんな事などお構い無しのように、破壊し、吹き飛ばし、殺しまくっているのであるが。
 だが妙だった。バイクで走っているだけで、周囲に殺されたのか爆発に巻き込まれたのか、まさに死屍累々、倒れている人がいると言うのに、敵の姿が一向に見えない。

「おかしい……、戦車の一台も無いなんて」

 町全体がすでに戦場と化している。その中でこれだけの被害を出して回れる物など、じゅうたん爆撃か戦車が50台以上必要である。
 それなのに、聞こえてくるのは爆発音と散発的な銃撃音。敵の気配が全くといっていいほど見えない。
 レールキャノンを使った超長距離砲撃だとしても、着弾の前に砲弾が空気を裂く音が聴こえて来てもよさそうな物だが、それも全く無い。

「まさか……」

 バイクの行き先を見る。T字路の突き当りが見えていた。右へ行けば大学へ近道だが、

「ランス! 左へ!!」
「あぁ!? 何でだよ!」
「右は危険です! 左へ曲がってください!」
「馬鹿言え! それじゃあ遠回りに……!」
「左へ!!」

 T字路は目の前。だが、あそこを右に行っては……、

「くそ! 判った!!」

 ランス器用にバイクを操り、左へと大きく迂回する。
 後ろを振り返る。そこには何も……、

 ゴガァァァァ!!

 その途端、その両方に立っていた建物が内部から爆発を起こす。

「―――なっ!?」

 そして、崩れた建物からの噴煙が覆う直前、そこに何者かの影が見えた気がした。




 大学に到着した。
 早朝に加えてこんな状況だ。他の学生や一般人が非難して来ている可能性もある。入り口には数台の車やバイクも乗り捨てられていた。
 扉に手をかけるランス。しかし、厳重な鉄の扉はびくともしない。

「くそ、閉じてやがる」

 当たり前だ。我が大学は貴重な考古学品を扱っている関係上、セキュリティは相当に堅固に出来ている。

「ランス、学生証は持ってきていないのですか?」
「は? ……あぁ、一応な」
「出してください」

 ポケットから出したランスの学生証を受け取ると、扉脇のカードリーダーへと滑らせる。

 ピピー! ガシャン!

 扉が開いた。

「は!? そんなセキュリティ付いてたか?」
「……ランス、貴方も深夜に出入りしていたなら分かるでしょうが……」
「いやー、いっつもお前か別の奴と一緒だったからよ」

 3年経って知る意外な事実……、では済まされない気がするのは私だけだろうか??



[1083] ~Long Intrude 4-2~
Name: ルクセンブルグ◆a6358815
Date: 2008/06/05 21:33
 中へと入り扉を閉める。一応学校の周辺はまだ戦渦に巻き込まれていない。遠くの音は扉に遮られ重く響いている。
 だが中は、非常灯だけが灯る闇の世界だった。

「……なぁ、思うんだけどよ」
「何ですか?」
「見た事あるぜ、こういうの。暗闇から突然ゾンビとか出てきたり、チェーンソー持った奴が出てきたり……」
「それはいつの時代の3流映画ですか」
「いや、20世紀に日本ではやったレトロゲーム」
「行きますよ。発掘品の保管庫ならシェルター並みの防護がなされているはずです」

 ランスに構わず足を踏み出す。
 だが、おかしい。本来ならこの区域は常時電気がついているはずだ。それに常駐しているはずの警備も居ない。
 ……まぁ、こんな時に職務を全うする雇われの警備員はいないだろう。
 メインエントランスから、発掘品が納められている棟へと歩く。

 妙な感じだった。非常灯しか点いていないとはいえ、大学内はどこか異質な空気に変わっている。
 ……まぁ発掘品の中には色々と曰く付きの品も多い。心霊を信じているわけではないが、今の状況ならぬっと出てきそうな雰囲気だ。
 とりあえずの用心に、廊下に置かれていた梱包用資材の一部らしき、1メートルほどの手ごろな角材を手に取った。

「おいおい、頼むぜアル。物騒な真似だけはしてくれるなよ?」
「ランスは後ろから付いて来て下さい。もしかしたら、死地に入ってしまったかもしれません」
「死地って……」

 さすがにランスも私に余裕が無い事に気づいたようだ。

「……くそ、今更病院に逆戻りなんて御免だぜ」

 ランスも資材から角材を手に取る。だが、ランスでは正直心もとない。
 相手が銃を持ち出してくればランスはおろか、不安定な風王結界しか扱えない私などすぐに殺されてしまう。
 一応、腕に魔力を通し、風王結界をゆっくりと纏わせる。魔力不足か、技術不足か透明には程遠い。だが、無いよりましである。

 やがて、考古学科の棟に入った。ここの作りは幾分古い。
 どれくらい古いかといえば、もはや20世紀並と言っていい。
 歴史ある大学だということは承知している。だが、考古学の一環じゃあるまいし我が大学内で改装がおざなりにしか行われていないのは、もはや事務課の不手際といわざるを得ない。
 そんな極レトロな考古学科棟には非常灯と、いくつかの工事用照明が吊るされている。ここでは、それが灯っていた。
 異変に気づく。空気は淀み、周囲からは妙な気配が漂ってくる。

「アルト……」
「しっ!」

 ランスを黙らせる。
 このまま相手と遭遇するのはまずいと頭の中で警鐘が鳴る。だが武器は風王結界でいくらか強化した角材だけ。
 残念だが、刀剣類の類は教授の部屋にあり、カードでは開けない網膜スキャンなどの厳重なセキュリティが施されている。いくら教授連中からお墨付きを貰ったとはいえ、入室パスはまだ貰っていない。それに、運の悪いことに教授の部屋はこの先にある。
 今まで以上に慎重に歩を進める。
 そしてT字路へと差し掛かったその時、私の足は止まった。

 ニチャリ……

「…………」

 腰だめに角材を持ち上げる。敵の姿はまだ見えない。だが、味方であろうはずも無い。

「逃げた連中じゃないのか?」
「下がってください。……血の臭いがします」

 ニチャリ……ニチャリ……

 湿った地面を歩くかのような靴音だった。だが、雨も降っていない屋内でそんな音が立とうはずも無い。
 右は壁、左は研究室。だが、金網が張られていた。

「逃げよう……、アルトリウス」
「無理です。もう気づかれている」

 意識を切り替える。腕だけじゃなく全身へ魔力を送り、少しでも俊敏に動けるように強化する。
 そして、通路の左からその"女"は姿を現した。

「女……かよ」

 年のころなら16,7か。暗い色のカソックを着込んだ短髪の女。

「神学生か?」

 女がこちらを向く。その左手に……黒い何かが滴る、3本の銀色の何かを持っていた。
 非常灯と照明だけではまだ幾分暗い廊下だが、その女の一見して焦点の合っていない赤い目は明らかに異質。
 と、その女が上半身を脱力させ……、

「ランス!!」

 突き飛ばす。
 次の瞬間、女は左手に持った銀色、黒鍵を投擲してくる。
 だがただの投擲にあらず。その速度は銃弾に匹敵する。

「―――シッ!」

 だが、そんな物は予測の範囲内。一本を避け、二本は叩き落す。
 視線を上に。投擲と同時に飛び上がった女は右手に新たな黒鍵を取り出し、こちらに突っ込んでくる。
 だが、それが致命的だった。空中に居るものは余程の使い手で無い限り自由が利かなくなる。
 愚直に突き出される黒鍵を避け、カウンターで角材を顔面に叩き込む。
 しかし、魔術と衝撃に耐えられなかったのか、角材が中ほどから折れた。
 後頭部から床に撃墜され、女は仰向けに叩きつけられる。
 そいつに……、

「アルトリウス! 何を……!」

 間髪いれず、折れた角材を眼球に突き込んだ。
 角材は眼球を砕き、強化された腕で突きこまれた角材は頭蓋骨を貫通し、脳を破壊する。
 やがて……、女は動かなくなった。

「…………はぁ」

 息を吐く。

「お前……、殺した……のか?」
「でなければ私達が殺されていた」

 女が使っていた黒鍵を拾い上げる。
 魔力で具現させる刃ではなく、通常の黒鍵らしい。これなら武器になる。
 と、いきなり胸倉を掴み上げられた。

「まだ十代の子供じゃないか! 何故殺した!?」
「ランス、落ち着いてください」

 ランスの手を握る。

「これは人間ではありません」
「な、……何を馬鹿な!」
「証拠が必要ならお見せしましょう。離してください」

 殺意さえ持って睨み付けるランスを冷静に見返す。しばらくにらみ合いが続き、彼は私を放した。
 胸元を正してから、女の着ていたカソックを裂いた。

「お前、一体何……を」

 ランスが言葉を詰まらせる。
 視線の先にあるのは女の裸体。だが、それは普通ではなかった。
 縦横無尽に走る縫い目。色の違う皮膚が乱雑に縫い付けられている。
 まるで……人形だった。

「ホムンクルスです。粗悪品ながら、黒鍵の投擲に特化したタイプではないでしょうか」
「ホムン……、ちょ、ちょっと待て。何だそれ、ホムンクルスって……」

 頭がまだ混乱しているらしい。だが、事実は事実で受け止めてもらわなければいけない。

「ホムンクルス、人造人間。人間兵器、人が犯した禁忌、戦闘の道具。
 お分かりですか?」
「待て、待てまてまてまて」

 徐々にあとずさるランス。まぁ、こんなものをまともに見せられれば常人ならパニックを起こしている。
 
 背中を壁にぶつけ、しゃがみこむ。

「どういう事だよ。人造人間? ……冗談だろ、動物のクローンだって法令で規制されてるんだ。
 一体誰が、そんな物を」
「"魔術師"、いえ、服装や黒鍵を使っている点から見て"教会"ではないでしょうか」
「魔術師……だって?」
「えぇ、魔術師です」

 当然だろうと言う私に困惑の視線を向ける。

「魔術師って……、ファンタジーの世界の産物だろ。そんなのナンセンス……」
「別に冗談で言っているわけではありません。実際、私もいくつか魔術を使います」
「―――えっ!?」

 ランスが見る中、私は風王結界を起動し、黒鍵に纏わせる。見えていた黒鍵が徐々に薄くなり、屈折した光がその刀身を隠していた。

「ふむ……、やはり剣の方が魔力を通しやすい」
「……………………」

 調子を確認する私を唖然と見るランス。

「ランス、私は言った筈だ。関われば不幸になる、と。
 関わるのは勝手ですが、関わってから文句を言うのは筋違いだと思います」

 あの時、日本で言った。関われば不幸になる。だが、どの程度不幸になるなど考えても居なかっただろう。

「貴方の知らない所で、世界は別の発展をしている。貴方の言うファンタジーの方面では顕著に。
 事実、ホムンクルスを生み出す技術など21世紀のはじめにはすでに確立されていた」
「………………」
「確かに私は前世において剣を取り、あまたの戦場で敵を斬り殺してきた。本来ならば、貴方がたのような一般人とは関われないような世界で生きてきました」
「………………は」
「魔術師は一般には知られていない。しかし、現実に存在し彼等は数え切れないほどの抗争を行っている」
「…………はは」
「貴方の理解を得ようとは思わない。……しかし、ここまで来て……ランス?」
「……はは……ははは!!」

 いきなり、弾けた笑いをあげるランス。あまりのショックで恐慌状態にでもなったか?

「ランス……」
「はは……、ククク!」

 笑いは止まらない。やはり……、

「ランス! パニックは分かりますが、正気に戻ってください」

 彼の肩に手をかける。その途端、またランスに胸倉を掴み上げられ、

「何故そんな事を黙ってやがった、お前って奴は!」

 顔を突き合わされ、そう怒りをぶつけられた。

「あぁ、分からんよ。魔術師だかなんだか知らんが、そんな物はこれっぽっちも知らん。
 だが、そんな事をお前一人の胸の中にしまって生きてきたのか!」
「ランス……?」
「俺はよ、前世と聞いて不幸な人生を送ってきたんだろうと思っちまったんだよ。
 思い出したくも無い家族、救ってもらった家族、そんな単純なもんだと思ってた……」

 と、掴んでいた手を離した。

「戦場とか……、敵とか……、俺の予想をはるかに越えてやがる。
 血塗られた戦場の記憶なんて、覚えてるだけでムナクソ悪いだろうに……」

 顔を押さえる。

「そうか…………そうだったのか……」

 なにやらブツブツ言い始めてしまった。

 ……ガァン!

 はるか遠く、重い金属が激しく叩きつけられるような音がした。

 二人で顔を上げる。そんな音がする理由など一つだろう。

「ランス」
「あぁ……、魔術師云々の話は後でゆっくり聞くよ。
 その為にもゴキブリ並みに生き延びないとな」

 ニッと笑みを浮かべて、立ち上がった。

 ―――はぁ。やはり、彼のポジティブさは時に羨ましい。

「一つだけ聞く。アルトリウス」

 二本目の黒鍵に魔術を通している時ランスが聞いてくる。

「何のために戦ったんだ?」
「―――祖国の為に」

 即答だった。否、事実、他に理由など無かったのだ。だが、

「そうか……、確かに不幸だ」

 私の意志を、彼"も"不幸と断じた。

「……移動します。保管庫は4ブロックほど先だ」
「おぅ」



[1083] ~Long Intrude 4-3~
Name: ルクセンブルグ
Date: 2006/07/07 21:14
 角材から、風王結界で強化した黒鍵へと装備を換える。ランスにもとりあえず黒鍵を持たせる。
 遭遇した角を曲がってすぐ、微かに感じていた血の臭いの正体がわかった。

「……こりゃあ、ひでぇ」

 ランスが思わず口を押さえる。
 そりゃそうだ。おそらく、さっきの女に殺されたのか、十数人からの死体が廊下に転がっていた。
 男も女も容赦なく貫かれている。見知った顔はいないようだが……、

「さっきの女がやったのか……」
「そのようです。これで判りましたか?アレは情けを知らない人形です。
 こちらが躊躇している間に黒鍵を打ち込まれたくなければ、あれを人と思わないことです。
 ―――いいですか?」
「……しかしよぉ」

 死体をよけながら廊下を進む。
 つい先日まで厳正な学び舎であったはずの大学は、いまや完全な「死の箱」と化している。
 動悸が激しくなってくる。許せない。こんな真似をした連中が許せない、こんな真似をした敵が許せない。こんな場所に逃げ込んでしまった自分が許せない。そして、彼等を救えない自分にも……。

 そんな、憤りを覚えながら次の角を曲がり、キラリと廊下の先で光るものが見えた。

「―――下がって!」

 ガゥン!

 声を上げるのと、銃の音はほぼ同時だった。
 後ろへ跳んで廊下の角へと隠れる。近くの床が爆ぜた。

「敵!?」
「えぇ、だが運が悪い。相手は銃だ」

 このブロックは二部屋が繋がっている。向こうの廊下まで約15メートル。駆け抜けるには長すぎる。
 2,3発なら弾き返すことも出来ようが、それ以上は自信が無い。
 手にしているのは、黒鍵であって、聖剣ではない。何らかの魔術の篭った弾丸だったとすれば、なおさらだ。
 影から顔を出す。
 即座にマズルフラッシュが起こり、弾丸が飛来する。

「っ!?」

 相手はどうやら二人。廊下の左右にいる。別の廊下から回り込むのは論外だ。自分はともかくランスがついて来れるとは思えない。
 ならば、

「ランスはここに」
「ど、どうする気だよ?」
「無茶です」

 言うが早いか私は陰から飛び出す。
 即、銃弾が飛来する。飛んで来た二発を斬りおとす。あちらに動揺の気配。その間に私は斜め向かいの扉へ体当たりで飛び込んだ。
 古いだけでいまどきどこの学校も使っていない木のドアは、強化された四肢の体当たりだけでぶっ壊れる。
 すぐさま体勢を立て直し、まっすぐ右の壁へと疾る。
 
 斬撃は3回。薄いコンクリートの壁など物の数ではない。
 まぁ、弁償はしなくてもいいだろう。こんな状況だし。

 切り開いた穴から向こうの教室へ。切った壁の破片が落下し、派手な音を立てた。
 さすがに気づいただろう。ならば、移動し体勢を整えられる前に肉薄する。
 ここは3面がガラス張りになった実験室。正面のガラスへと真っ向から突っ込む。

 バギャァァァン!!

 殊更にデカイ音が出た。
 そして、視線の先には白のコートを羽織った何者かの姿。
 着地と同時に黒鍵を振るう。相手もこちらに腕を振る。手にはやはり銃が握られている。
 だが、風王結界で切れ味の増した黒鍵は握られた小型の銃をいとも簡単に切断した。
 動揺している間に肩から相手に突っ込み、吹っ飛ばした。壁に叩きつけられた相手に向かい、黒鍵を……、

「よせ!!」

 ズダン!

 突き立てていた。頭の横10センチに。
 声をかけてきたのは、渋い声の男。やはり、コイツの仲間のようだ。
 その手には一丁の古めかしい銃が握られている。

「双方とも動くな!動けば命が縮まると思え!」

 声を張り上げる。案の定、男の動きが止る。
 これでイニシアチブはこちらのものだ。

「貴様ら何者だ!"教会"の手のものか?」
「教会……だと?」

 声を上げたのは離れた男の方、くたびれた格好をした30代後半の男。よくよく見れば、ふっ飛ばした男も童顔ながら20代程の男だ。

「何故、ブリテンを狙った。答え様によっては……」
「ちょ、ちょっと待て!」

 明らかな狼狽の声で銃を持った男が言う。

「お前こそ、"教会"の仲間じゃないのか」
「笑止な。私はこの大学の学生だ」

 言ってから、まったく説得力の無いことに気づく。
 どこの女学生が、銃を持った男二人相手に立ち回りを演じるだろう。しかし、事実は事実。

「こちらの番だ、答えろ。貴様等、どこの者だ」

 剣を持つ手に力を入れる。壁に突き立っていると言えども、今なら壁ごと男を切って捨てられる。

「……"魔術協会"所属の、魔術師です」

 答えたのは冷や汗を浮かべて壁に倒れこんでいる、青年だった。



[1083] ~Long Intrude 4-4~
Name: ルクセンブルグ
Date: 2006/07/07 21:15
「……な、に?」

 意外な答えに、私は思わず声を失った。

「ガル!」
「"教会"を知ってるって事は、"魔術協会"の事もご存知でしょう……?違いますか?」

 教会と言う単語を聞いて動揺する男と、比較的冷静な青年。
 なるほど、どうやら本当のようだ。

「魔術協会……、証明できますか?」
「いえ……。しかし、あのホムンクルスは僕達の敵です」

 やはり彼らも襲われたようだ。
 嘘を言っているようには感じない。私は剣を引いた。

「信用しましょう。何故この大学に来たかは知りませんが」
「……やれやれ」

 味方だと判ったのか、男も銃を降ろす。
 改めて二人を見る。魔術師が二人、同僚なのか師弟なのか判らないが、この大学に来ると言う事は重要人物でも探しているのだろうか。……否、人とは限らないか。

「すまなかったな。てっきりあのホムンクルスどもの仲間かと思った」
「こちらこそ申し訳ない。ホムンクルス達を操っている者がいるものと思っていた」
「ハハハ、お互い考える事は同じか」

 渋めの男は気さくな笑顔で右手を差し出してくる。

「甲斐ヒロヤスだ。言った通り魔術師をやっている。こっちは、不肖の弟子ガウェインだ」

 って、出会ったばかりの私にそんな事を言ってしまっていいのだろうか。
 普通、戦いをする者は易々と利き腕を相手に差し出すような事はしない。利き腕を塞がれ、手を握ったとたんにナイフを突き刺されても文句は言えないのだ。
 しかも、相手は魔術師。相手の名を知る事で影響を及ぼす魔術が存在すると言うのも聞いた事が有ったはずだが……、

「先生!何を簡単に言ってるんですか!」

 と、ガウェインと呼ばれた青年が声を荒げた。

「それより前に正す事があるでしょう。
 ……貴女、この学校の学生と言いましたね」
「―――確かに」
「その割には魔術師の裏に詳しすぎます。それに、その両手に握っているのは剣ですか?」
「おいおい、そんな矢継ぎ早に聞くのは失礼だろう?」
「先生は黙っていてください。
 学生風情が何故剣を持ち、魔術で隠せるのですか。
 御見受けしたところ、風を扱っているようですけど」

 どうも、気さくな甲斐氏に対してこのガウェインという魔術師は正当な認識を持っている。
 魔術師は一般に知られてはいけない者。彼の誰何は当然と言える。

「はい。確かにホムンクルスの使っていた黒鍵を風で隠して使用しています。先程一体倒しました」
「……貴女の師は?時計塔の方ですか?」
「魔術は我流です。師はいません」

 当たり触りのない回答を心がける。「私は前世で騎士王でした」などと、口が裂けても言える物ではない。
 もっとも、今の我流という表現に青年の眉が下がり、甲斐氏は「ほう」と声を漏らす。

「そんなはずは無い。魔術は一般人が独学で学んで身につく類では有りません。それに……」
「まぁまぁガル君、いいじゃあないか」

 甲斐氏がガウェインの肩を抱く。それ以上の問答は無用と言う事だろう。

「ここは戦場だ。余計な詮索は安全な場所で行いたいね。
 ところで、君は一人でここへ?」
「いえ、同期の連れが居ます」
「じゃあ、その連れってのも魔術を?」
「いえ、ホムンクルスに襲われるまでは何も」
「そう、か。まあいい。呼んでくるといい、どの道もうここに用は無い」

 ランスを呼びにいく。大声を張り上げれば、あちらから接近してくる敵に見つかる恐れがあった。

「魔術師?じゃあ、アルトリウスと同類か?」
「あちらはいわば本家本元です。私とは格が違います」
「やれやれ……、裏の世界はヤクザだけで十分だよ」

 二人と合流する。そして、

「………………」
「――――――」

 ランスとガウェインがお互いに目を合わせた途端、

「ガル!?」
「ランス……兄さん!?」

 驚愕の声を上げた。
 何だ?この二人は顔見知りか?

「何で、ガルがここに……いや、それよりも魔術師って」
「な、……なんでランス兄さんがこんな所に居るんですか!?」
「まぁまぁ、落ち着け落ち着け」

 困惑する二人の間に甲斐氏が割って入る。

「見たところ顔見知りのようだが、ガル、彼は?」
「……いとこです。正確には私の父の弟の」
「本当ですか?ランス」

 さすがに驚く。ランスが魔術師の家系の出だったとは。
 最も、魔術師と言うのは一子相伝。魔術を教える息子や娘以外の家族には一切漏らさないのが常識だ。
 どうやら、ランスはその魔術を教えられず、知らないまま枝分かれした家系の一つだったのだろう。

「あ、あぁ。……だが、俺の親父は何も」
「普通、魔術師はその存在を隠す。親兄弟であっても、伝える対象以外には絶対に漏らさない。
 君は多分、魔術を伝えられなかった父親を持ったんだろうな」

 甲斐氏が簡単に説明する。

「人目に触れない事が魔術師の原則です。ランス兄さんが知らないのも無理は無い。
 叔父さんの代から魔術の事は知らなかったんですから」

 そして、今度はランスが頭を抱える番だ。

「マジかよ……。
 あー、神よ。願わくば俺の狂った人生を元に戻してくれ」
「手遅れだな」
「手遅れです」

 甲斐氏と私にツッコミを食らってランスは頭を垂れた。





 彼らの目的は生存者の救助。と言っても、彼ら時計塔の魔術協会が事態を把握したときには、すでに敵はロンドンの奥深くに攻め入っていた。
 時計塔は直ちに本部を封鎖、防衛に努めたらしい。ところが、魔術師が出て来ない事をいい事に敵のホムンクルスは一般人の虐殺に打って出た。
 そうなると、さすがに隠匿を身上とする時計塔と言えど黙っていられない。
 そして、初めて魔術師が表の世界でチャンバラを始める事になってしまったのである。
 現状、時計塔はロンドン周辺のホムンクルスの掃討と、一般人の救助を優先して行っているらしい。
 しかし、運が悪かったのか、時計塔にいた魔術師は主に研究専門――言ってしまえばデスクワーク主体の魔術師だった。
 戦闘専門の魔術師は方々での小競り合いを収める為に各所に出払っていたのである。

「しかし分からんのは、何だって"教会"が虐殺なんていう訳の分からん事を始めたかだ」
「予測はつきます。昨今の教会との抗争が一気に激化、キレた教会が総攻撃に来たと言う考え方も……」
「奴等にとって禁忌であるはずのホムンクルスまで導入して、一般人を巻き込んでか?考えられんな。
 憶測もいいが、考える時はあらゆる事に説明ができるようにしろ」
「はい、先生」

 裏門への廊下を歩きながら甲斐氏は私達に現状を説明してくれた。

「要するに、俺達はアンタらの喧嘩に巻き込まれたってことだろ?」

 横を歩くランスはあからさまに嫌味を込めて言う。

「ハハ、喧嘩か。頭が痛いな」

 否定はしないか……。

「とにかく、こういう事態だ。君等にも時計塔に来てもらう。今ロンドンで安全な場所はそこしかないからな」
「時計塔?時計塔って、あのか?」

 甲斐氏が言った言葉にランスが聞き返し、

「はい、あの時計塔です」

 ガウェインが応えた。当たり前だ、誰があの大英博物館の下に魔術協会があるなどと思う。

 数分後、私達は裏門から外へ出た。とりあえず、敵は周囲に見えない。
 町の攻撃も沈静化しつつあるのか、散発的なものに変化している。だが、それは結果的に生きている者が少なくなっているだけの話。
 裏門の周囲にも車が何台か乗り捨てられていた。恐らく、大学に避難場所を求めてやって来たのだろうが……、幾人かはたどり着く事無く肉塊に変えられている。

「移動はどうするのですか?」
「トラックがある。ソイツで移動する」

 比較的出口に近い場所に止まっていた軍用のエレキトラック。私とランス、甲斐氏が荷台に乗り、ガウェインが運転席に乗った。

「出します!」
「おう!」

 トラックが発進する。科学万能の時代といっても、人間とはやはりタイヤのつく乗り物からは離れられ無いのか……。
 
 走り出して10分。襲撃は今の所無い。最も、周囲に目を光らせる内に生存者の姿も見えないが。

「酷いですね」
「あぁ……酷い」

 それは蹂躙だった。息ある者は無く、まさに戦時下の町並みを移動しているに等しい。燃え上がる建物、乗る者の居なくなった車達。そして、血の池に沈む人々。
 私が襲撃に気づいてからほんの2時間あまり。悪逆非道とはこの事か……。

「くそ……、こんな光景、本でしか見たこと無いってのに。現実に見せ付けられると、やっぱ吐き気がする」

 ランスは外から臭って来る血の匂いに当てられたか、気分を害していた。

「調子が悪いなら座っていなさい。見張りは私達でやります」
「あぁ……、悪い」

 トラックの奥へ入っていくランス。視線を外へと戻し、

「どわぁぁぁぁ!!?」

 いきなりあがった叫びはランスの物だった。

「どうしました!?」
「何だ!」

 腰を抜かしたのか、倒れたランスの視線の先には布がかけられた何かがある。

「い、今……これに腰掛けたら、いきなりうめき声が……」
『―――!!?―――』

 私は置いてあった黒鍵を握るとその布に手をかける。そして、布を剥ぎ取った下では、一人の男が震えていた。
 どこにでも居るスーツ姿の中年男性。

「おい、お前……」
「ひぃぃぃぃぃ!!?やめてやめてやめて、殺さないでくれ殺さないで、殺さないで……!」

 よっぽど怯えているのか、顔を上げようとしない。二人と顔を見合わせ、とりあえず武器をしまう。

「心配ない。我々は敵ではない」
「ぅぅぅぅぅぅ…………」

 その後の追及が無いのを疑問に思ったのか、徐々に顔を上げる男。

「境遇的には貴方と同じだろう。敵に襲われ、逃げ延びてきた。今仲間のいる所へ移動している途中です」

 勤めて落ち着いた口調で話す。こういった戦闘経験の無い一般人は恐慌状態に陥る事がよくある事だ。

「……ほ、本当なのか?」
「えぇ、私はアル……いえ、セイバーヘーゲンと言います。"セイバー"と呼んでください。貴方は?」
「あ、あぁ……」

 手を差し出す。失礼かと思ったのか、彼は居住まいを正し、

「ヴィクトールです。……ヴィクトール=モード」
「ではヴィクトール、貴方は何故ここに?」

 彼の話では、会社の夜勤明けで襲撃にあったらしい。大学近くまで逃げ延びていたはいいが、大学のドアは閉じられている。そこで、止まっていたトラックの荷台に飛び乗ったそうだ。

「悲鳴が聞こえてきた……。映画のホラーなんか目じゃない。目の前で、すぐ近くで人が死んでいくのが分かるんだ。
 だが、私は何もできなかった。怖かった、ただ怖かったんだ」
「それが普通だ、おっさん。普通の人間なら交通事故の現場に居合わせるのだって御免被りたいよ」
「私もだ。タバコはいるかい?」

 甲斐氏が持っていたシガレットを差し出した。
 ヴィクトールは震える手つきで一本取ると、甲斐氏の使い込まれたジッポライターで火を点けてもらう。甲斐氏も同じく咥えたタバコに火を点けた。
 深く紫煙を吸い込み、吐き出す。それで、少しは落ち着いたのか、手の震えが収まっていった。

「と、ところで、仲間の所とは……どこですか?」
「ミスター甲斐、時計塔はここからどこのくらいでしょうか」
「ん、あぁ、後30分てところか。それから俺は甲斐って呼び捨てで構わんよ。堅苦しいのは性に合わなくてね」
「分かりました、甲斐」
「あの……15番街に寄ってもらう事は可能でしょうか?」

 15番街……、私のアパートからさほど遠くない場所だ。明らかに逆戻りだ。

「何故?」
「妻と娘が……。無事を知りたくても携帯が繋がらず、何の連絡も……」
「生憎だが、ソレはできない。敵地に突っ込んでくれってのと同じだ」
「……そう、ですか」

 家族……。私の家族はロンドンから離れた南の地方に住んでいる。この戦闘がどの程度の被害をもたらしているかは分からないが、少なくとも1週間前に連絡を取った際は無事だった。何故連絡を入れないかといえば、私が単に携帯嫌いなだけである。
 元気としぶとさが身上の父や兄が簡単に死ぬとも思えないが……、

 運良く敵に出くわす事無く移動する事はできた。正面に堂々とトラックを乗りつけ、駆け込む。
 門番も居なければ見張りも居ないという、状況。
 そして、周囲に山と積まれたホムンクルスと警備兵の死体の山。激しい戦闘があったのは明白だった。



[1083] Fate/the transmigration of the soul 5
Name: ルクセンブルグ◆a6358815
Date: 2008/01/30 01:35
 3時間後

「だぁぁぁぁぁ!!どうして、こう私ってば!!」

 私はあの衛宮士郎の家に全力ダッシュしていた。
 当たり前だ。ランサーは目撃者を逃がさない。どこまでも追って始末する。
 聖杯戦争とは、否―――魔術師の戦いとはそういう物だ。
 あまりの虚脱感と、ショックでそれを失念していた私は、唐突にそれを思い出していた。
 おかげで、魔力もスッカスカな私は引きずるような足で走らなければいけない羽目に。

「凛、大丈夫ですか?」
「大丈夫……と言い……たいけど、結構……駄目……かも」

 駄目だ。体力も無い。膝を突きそうになった所を、いきなり抱えあげられた。よく言うお姫様抱っこという奴だ。

「えっ!ちょ、アーチャー!?」
「急ぎます!凛はそのまま身を任せてください」

 言うが早いか、疾風の様に走り出すアーチャー。
 ……スゴイ、あっという間に景色が流れていく。

「あっ、アーチャーそこみ……」

 右、という前にアーチャーは方向転換していた。この街は初めてのはずのアーチャーはまるで通いなれた通学路だと言わんばかりに駆け抜けていく。
 私だって、彼の家は少し大きい武家屋敷だと知っているだけ、道順だってうろ覚えだ。なのに、アーチャーは何故??

「…………アーチャー、あんた」
「着きましたよ、凛」

 10分もせずに衛宮家へたどり着いていた。

「降ろしますよ」
「え、えぇ……」

 アーチャーの腕から開放される。
 目の前には武家屋敷。いざ乗り込もうと思ったそのとき、まばゆい光が中から漏れてきた。
 そして、いきなりの戦闘音。

「……これって」
「サーヴァントの召喚ですね。……よかった」
「よかったって、何が……」
「凛、下がって。来ます」

 次の瞬間、塀の向こうからランサーが飛び出してきた。

「アイツ!」

 だが、ランサーはこちらを一瞥しただけで逃走してしまった。 
 そして、ソレを追うように飛び出してくる影一つ。

「サーヴァント!」
「はぁぁぁぁぁ!!」

 元々狙いはこちらだったのか、落下の勢いを利用して手にした"何か"で斬りつけてくる。
 甲高い金属音と共にアーチャーが取り出した双剣と打ち合い、

 バキャン!!

 その両方を叩き折っていた。

「―――っ!」

 身を引いたために斬撃は鎧の表面を削っただけ。
 斬られはしなかったが、着地と同時に、サーヴァントは返す刀で横薙ぎにアーチャーに斬りかかり、

 ギン!!

 アーチャーが持っている"何か"がその剣を受け止めていた。
 そのまま弾き飛ばす。器用に着地したサーヴァントはその体勢からさらに弾ける様に切りかかってくる。
 迎え撃つアーチャー。

 ギャン!!!

 お互いの持つ"何か"が、強烈な魔力の余波を撒き散らす。

「なにっ!?」
「やめろセイバーーーー!!!」

 屋敷の中から衛宮士郎が飛び出してきた。
 その声にセイバーの踏み込もうとした足が止まる。
 そして、ソレを待っていたかのように曇天の空から月が顔を覗かせた。
 その月明かりの中、

「ちょっと、何よコレ……」
「なっ……!」
「えっ、何で……」
「……………………」

 互いが互いに、信じられないものを見て声を失った。
 向かい合うサーヴァント。両者は合わせ鏡のように同じ姿をしていたのだ。
 青い装束、白銀の鎧、絹のように細かい金色の髪。
 ただ、違うのは……セイバーが髪を結い上げているところと、アーチャーの方が背が高い所だけ。背丈的に言えばアーチャーが一番高いんじゃないだろうか。

「……こんばんわ衛宮君。いい夜ね」

 とりあえず、動揺を抑えてそう言った。

「……お前、遠坂?」

 うん、向こうはいまだ混乱している模様。とにかくここは……、

「止れ!」

 セイバーが剣を持ち上げる。
 眼をやれば、アーチャーが無造作に足を踏み出していた。

「アーチャー!ちょっと……!」

 制止の声を聞かず、アーチャーの足は止らない。しかも、いきなり武装を解除した。

「―――!
 貴様、何者か知らんが……それ以上……来た……ら」

 こっちからは判らないが、セイバーがいきなり毒気を抜かれたような表情になり、
 ポンッと、すれ違いざまアーチャーに頭に手を置かれていた。それに対し、セイバーは微動だにできないでいた。

「え……。え?」

 最後に衛宮君の前に跪いたかと思えば……、首に手を回して抱きつきやがったのだ。

『―――はぁ!?』
「え、ちょ……な、何で!?」

 私とセイバーの絶叫と、衛宮君の狼狽する声が響き渡り、

「……会いたかった、シロウ」

 その声は、誰の耳にも入っていなかった。



[1083] ~Long Intrude 5-1~
Name: ルクセンブルグ
Date: 2006/07/07 21:17
「こっちだ」

 一階部分他、諸々知られている部分はもちろん博物館である。
 私としては武器の展示場で長剣の一本でも調達したい所だが、さすがに使用に耐えられる代物ではないらしい。

 展示室の一角にある魔術師にしか解く事のできないセキュリティを開け、中へと入っていく。
 長い階段を降り、もう一度扉をくぐったそこは……、上とほぼ同じ造りをした大広間だった。
 明かりは少なく、向こう側がとりあえず見えるほどの暗さ。
 そこには、……数人の人々がいた。
 そのうち何人かが立ち上がる。入って来た私達を警戒しているんだろう。

「倫敦魔術協会の甲斐ヒロヤスだ。こっちは弟子のガウェイン=ウェラハット、それと避難民数名を連れてきた」

 それを聞いて立ち上がった男の一人、スーツを着込んだ大柄な黒人が、手に持った端末を操作し、

「……確認した」

 それだけ言うと、また座ってしまう。

「チッ」

 舌打ちをした少年。手にはどこから手に入れたのかライフル銃を一丁持っている。
 他には壁際に寝かされた女性とソレに向かって手を当てている白いカソックの……、

「―――貴様!!」

 それを見た瞬間、私は足を踏み出す。一投足でそのカソック姿に踊りかかった。

「ちょ、お前……!」
「え……?」

 振り返る女。直後、一瞬の出来事に何のリアクションも取れず、私に組み伏せられた。

「なぜ"教会"がここにいる!彼女に何をした!!」
「……い、痛い、痛いです!」
「まて、彼女は敵じゃない!」

 そう声を掛けて来たのは、近くに座っていた青年だった。

「彼女はその女性を治療してるだけだ!」

 ピタリと、動きを止める。

「治療……だと?」
「おいおい、何だって教会の司祭がいる?」

 甲斐が黒人に尋ねる。

「ベティ・G・ローゼンバーグ。"教会"の所属だが、こちらに出向に来ていた変り種だ」

 黒人の魔術師は淡々と口にする。恐らく嘘ではない。こんな所に敵を紛れ込ませるほど余裕など無い。
 すぐに、彼女を放した。

「けほっ、けほっ」
「……すまない。外で同じ格好の敵に襲われたものだからつい」
「……いえ、いいんです。私もはじめは驚きましたから」

 彼女は座りなおすと、寝かされた女性にまた手を当てる。
 そして、その寝かされた女性は重傷を負っていた。いたるところに包帯が巻かれている。
 どうやら、治癒魔術を施しているようだ。とんだ邪魔をしてしまった。

「君らも襲われたのかい?」

 先程制止した青年が声を掛けてきた。眼鏡をかけた若い青年だ。

「えぇ、大学に逃げ込みましたが奴らも侵入してきまして、彼らと出会ってここへ」

 と、甲斐とガウェインを指す。

「そう、か。僕はこの近くに住んでいたんだ。初めは何が起こったか分からなかったけど、ここに逃げ込んだんだよ」
「貴方も魔術師なのですか?」
「いや……一般人さ。参ったよ、本当に何が起こっているのか分からないままここに来たんだ」

 一般人……、おそらくホムンクルスも一番にここを狙ったのだろう。その近くで生きて逃げ込めたのは奇跡に近いか。

「おっと、名乗っていなかったね。イーサンだ。イーサン=ガラハット」
「私はア……、"セイバー"と呼んで頂ければ……」
「セイバー?剣士か、妙な名前だね」

 物珍しいとは思うが、のっけから「妙」呼ばわりとは何事か。

「本名はセイバーヘーゲンです。長いのでセイバーと」
「なるほど」

 私は寝ている女性を見やる。

「彼女は?」
「あぁ、確かこの博物館で事務員をやってる人だ。名前は確か……」
「トリスティア。私が懇意にさせていただいた人です。襲撃の際に、流れ弾で負傷を。
 先程までは意識があったのですが……」

 沈痛な表情で治癒魔術を続けるベティ。相当ショックだったのだろう。

「ところで、イーサン。貴方はあまりパニックになっていないようですね」
「ん?あぁ、魔術師云々の話かい?僕は上で学芸員をやっていたんだ。
 魔術師云々の事はよく知らない。でもま、曰く付きの所に就職した実感はあったんだ。さすがに魔術や魔法に関わる事になるなんて思っても見なかったけどね」
「そうですか……。
 ところで、今この場に居る人たちだけで全員なのですか?研究者や他の者たちがいるのでは?」
「いや、僕が来たときにはもっと人がいた。だけど、数時間前に救助活動に行くといって十数人で出て行ったけどそれっきりさ。
 あの黒人、ボルツっていうらしいけど、一応彼がここを仕切ってる」
「なるほど……」

 イーサンに礼を言い、私は指揮官らしいボルツ氏に近づく。

「ミスターボルツ、でよろしいですか?」
「何だ」
「この時計塔に現在残っているのは我々だけなのですか?」
「民間人に答える義務は無い」

 なるほど、これは堅そうだ。

「では、質問を変えましょう。再度の襲撃があった場合、ここは持ちこたえられるのですか?」

 彼が顔を上げる。この暗がりでサングラスとは根性の入ったことだ。

「ここの防壁は核兵器にも耐えられるように設計されている。だが、奴等がどのような手段を持っているか分からない以上、楽観は禁物だ」
「なるほど。もし敗走という事になった場合、逃げ道の確保は?」
「ある。だが、お前達だけで行き着くことは不可能だ」
「地下深くに専用のターミナルでもあるのですか?」

 彼の視線がこちらを見る。

「貴様、どこでそれを」
「ほう、当たりましたか」
「……ムッ」

 簡単なカマ掛けである。口は堅そうだが、人が悪いというわけではなさそうだ。

「ご心配なく。魔術協会に所属はしていませんが、私も少々魔術の心得があります」
「……そうか」

 視線を手元に戻す。手に持った端末を見ているが、仲間からの無線でも待っているのだろうか。

「ところで、外部からの援軍の期待はできるのですか?」
「分からん、衛星通信用のアンテナは潰された。上からなら衛星電話も使えようが、ここは隔離区画だからな」

 と言うことは、外部との通信は断絶と見ていいのか。最悪だ。

「アル」

 と、後ろからランスに声を掛けられた。広間の奥を指した。話があるということか。
 移動し、とりあえず会話は聞こえないだろうという位置まで離れる。

「何です?」
「いや、大した事じゃない。あのヴィクトールとか言うおっさんとここに居る連中に"セイバーと呼べ"って言ったよな。
 一体どういう風の吹き回しだ?」

 セイバーというあだ名。中学、高校、大学とその呼び方だけは完全否定してきた私だ。疑問に思うのも無理は無いか。

「その事ですか。魔術の中には相手の名前を知っていると有利に働く物が存在するので、その警戒に」
「ふーん、……そんな事でポリシーを覆すとは思えないんだが?」

 ……………………

「……貴方も大概人が悪いですね」
「3年も付き合えばそれくらいわからぁ。で、ホントのところはどうよ?」
「うーん……、口外しないと誓ってくれるなら教えますが」
「今まで俺がお前の秘密をバラした事が?」
「ありません……か。
 では、私が前世で剣をとって戦った事は話しましたね」
「あぁ」
「その時、私はセイバーと呼ばれていました。名前ではなく称号のような物です。今のセイバーヘーゲンという苗字には関係ありません。
 あの時は自分の真名を知られる事は敵に弱点を知られる事と同意でしたから」

 聖杯戦争。7つのクラスに7人のサーヴァント。

「ニックネーム……か」
「えぇ。戦場において私はセイバーと呼ばれる事を誇りと思っていた。最高の称号であるセイバーという名を冠し、戦場で敵を倒し、勝利を得る。……ですから、セイバーという名は私の戦場での姿そのものだった」
「……………………」
「だから、戦いの無いこの地でセイバーと呼ばれるのは嫌でした。
 それに、親しみを持って呼んでくれた者達、愛情を持って呼んでくれた人。"セイバー"という名前には思い出が多すぎる。ですから、その思い出に安易に踏み込んで欲しくなかった。
 というのが理由です」
「そう……か。……悪かったよ、ふざけて呼んじまって」

 バツが悪そうに、頭を掻くランス。

「何を今更……。
 今なら構いません。貴方も私を"セイバー"と呼んで結構です。むしろそうしてください」
「は?でも、嫌なんだろ?」
「ランス……、今はどういう状況ですか?」
「何って、せんそ……って、待てよ。何考えてんだお前!」

 私の意図を察したのか、いきなり肩を掴むランス。

「止めろよ。生まれ変わってまで矢面に立つ義理がどこにある!」
「現実は待ってはくれません。現に戦力は我々のみ、戦える人員は多いほうがいい」
「けど……前世で嫌と言うほど戦ったんだろ?もういいじゃないか!」
「―――っ!」

 突き飛ばした。よろめくランスを睨みつける。

「ランス、私への侮辱はそれきりにしてください。いくら貴方でもそれ以上は許容しかねる」
「アル……」
「セイバーです」

 しばしの睨みあい。ギリッと彼の歯軋りの音が聞こえてくる。

「分かった。……分かったよ、セイバー」
「感謝します。では……」

 そう、私の名はセイバー。
 聖杯戦争において最も優れたサーヴァントが冠する称号。その身は魔術に対し絶対ともいえる耐性を有し、その剣技はサーヴァント中最高を誇る。良きマスターに巡り合ったなら勝利は確約されたも同然と言わしめる剣騎士。
 それが私の前世。
 もう名乗る事は無いと思っていた。しかし、運命は皮肉だ。生まれ変わってなお、私に戦えという。
 葛藤はまだ続いている。だが、少なくとも戦う理由ならばある。かつて最強の守り手とも言われた自分が、現在では何の役にも立っていない。それが無性に歯がゆかった。
 ならば、今の自分にとって何が最善か。目の前で何の抵抗もなく死んでいく者達を見て私がすべきことは何か。
 私は"彼"のように全てを救う事などできない。そんな事、切り捨てる事で繁栄を築いた私が、今更どの口で言える。
 今の私は英霊ではないし英雄ですらない、一人の女。ただ人よりずば抜けているだけ。
 700万の命を守るなど、到底無理な話。だが、ここにいる十数人の命を守る程度の役には立てるはず。

 なら守ろう。守ってみせる。これ以上、私の前から命の光が消え行くのはたくさんだ!

「誓いをここに」

 願いではなく誓いを……、

「私は貴方達の剣となり盾となる」

 万難を排し、彼らを守る騎士となろう。

「我が運命は貴方達と共に。

 ―――ここに、契約は完了した」

 目の前にいるランスだけが私の宣誓を聞く。
 何の強制力も無い、単なる口約束。
 仕えるマスターは無く、果たす目的は困難至極。鎧も無ければ、この手にあるのはか細い黒鍵のみ。
 だがそれでも、私は私の為に誓う。

 ―――誰一人欠く事無く、この死地から生き延びてみせる。と



[1083] ~Long Intrude 5-2~
Name: ルクセンブルグ
Date: 2006/07/07 21:18
 このシェルターじみた魔術協会に逃げ込んでそろそろ3時間が過ぎようとしていた。
 時計では8時を指している。

 広間の中は静寂が支配していた。
 各々がただ静かに時を過ごすだけの空間。
 私は、この静けさをよく知っている。……何かがしたいのに、何もできないという空気。
 負け戦の後は、陰鬱とした空気が辺りを支配する。そんな空気。

 そんな中、私は目的の人物の前に立つ。

「何だい?なんか用か?」

 甲斐ヒロヤス。魔術協会所属の魔術師だと言う。そして、日本人。
 フィルターまでまもなくと言うタバコをくわえ、懐から銃と弾薬の箱を取り出す。
 私はその横に座り込む。

「いえ、特に用と言うほどの事はありません」
「ふーん」

 撫で付けた髪をした男性。年のころは40か。
 歳を感じさせない鍛えられた体。恐らく体術も相当のものだろう。
 使っていた銃の弾装を外し、箱から弾薬を詰め始めた。

「少々、お聞きした事があります」
「何だい?おっと、結婚してるかと問われれば違うぞ。お家柄、制約が多くてね」

 弾を込め終わり、不備が無い事を確認する。

『冬木市』

 あえて日本語で言った。
 ガチッ、と戻そうとした弾装と銃身がぶつかった。
 ただでさえ静かな空間。それに輪をかけて、二人の間には緊張感が張り詰めた。

『ご存知ではないですか?』
『……お前さん、どこでそれを』
『さる筋から。なにかご存知なのですか?』

 ガシャンと、乱暴に弾装を戻し銃をしまう。
 立ち上がって、咥えていたタバコを踏み潰した。

『隅で話そう。ガルも日本語を話すからな』

 ランスと話しているガルを見ると、私達は部屋の隅へと移動する。
 広間といっても、全長20メートル近くある。部屋の隅へ移動すれば、離れた相手の話し声は聞こえない。
 壁にもたれ、新しいタバコを取り出すと、使い込まれたジッポでタバコに火をつける。
 そして、紫煙の匂いが辺りを漂い始めた。

「さて、嬢ちゃん。何の話だったかな?」

 今度はのっけから日本語だ。こちらが十分に話せると知ったのだろう。

「冬木市について知っている事を、些細な事でも構いません」
「あぁ、最初に聞いておく……」

 目頭を押さえ、彼は問う。

「冬木の町がどういう町か、お前さんはどれくらい知ってる」
「聖杯戦争」
「クッ。……なるほど、全てか。
 いいだろ。何が知りたい」
「あの町には、遠坂、間桐、衛宮という魔術師の家があったはずです。
 その者達の消息を」

 私が持ち出した苗字が余りのショックだったのか、いきなりむせ返った。

「ゲッホ、ゲホ……わりぃ。
 そうか……、あの御三家を知ってるのか。ククク」
「何がおかしい」
「間桐、いやマキリの所は知らんよ。廃れた家系は廃れたままだ。
 だが、数百年経って文献の名前すら薄れてるってのに、まだ名前を聞くとは思わなかった。……まぁ、あの家系はいい語り草だからな。
 だがあいにく俺は蟲嫌いでね。名前を知っている以上の事は知らん」

 何のことを言っているのだろうか。

「では……、遠坂と衛宮については?」
「……ふーーー」

 気を落ち着かせるように時間をかけて煙を吐き出す男。

「知っているのですか?」
「……知るも知らんも無い。あの家系……いや、あの二人のことを知らん日本人の魔術師はモグりだ。
 そうだな、一言で言って"伝説"だ」
「伝説?」
「あぁ、時の翁の直系の弟子にして冬木の管理人、五大元素使い遠坂家。そして、どっから沸いたか"へっぽこ"の衛宮家。
 日本人は魔術協会じゃ不遇の扱いでな。当時もそうだった。
 ある時、その遠坂と衛宮がつれだって時計塔にやってきた。
 冬木の聖杯戦争を生き残り、"時の翁"の推薦を貰ったかどうだか詳しい事は知らん。
 俺も文献で知っただけだからな。こっからの話は全部文献で見た事だ。そのつもりで聞いてくれ。
 数年経ったある時、魔術協会と教会の間で小競り合いが起こった。
 それなりに人が死に、それなりに荒れたそうだ。
 そこに二人がやって来て、あっという間に小競り合いを沈めちまった。
 もっとも、それだけじゃ伝説とは言えない。問題は、その小競り合いで衛宮の奴が使った魔術が問題だった」
「魔術……ですか」
「あぁ、"投影魔術"さ。もちろん、投影自体はさほど珍しい事例じゃない。当時時計塔にも何人か投影魔術師がいたからな。
 だが、奴のは桁が違った。時間が経っても劣化せず、実戦レベルで投影した武器を使用した。
 そして一番の問題、奴は宝具を投影したんだ」

 脳裏に自身の武器、カリバーンを投影したシロウが思い浮かぶ。
 確かに、あれは凄まじかった。

「どこの世界に自分の魔力を上回る物を投影できる馬鹿が居る。後にも先にもそんな魔術師は出ていない。
 さらに遠坂、奴は時の翁の持つ宝石剣を使用した。衛宮が投影したものらしいってのが有力だが、詳細は不明。
 まったく、文献が嘘を言うはずも無いが、俺だって始めてみた時は笑ったよ。投影魔術でゼルレッチの宝石剣だぞ。第2魔法だ。
 そして、二人はそのまま歴史から姿を消した」
「姿を消した!? なぜですか!」
「あたりまえだ。宝具や宝石剣を投影するなんて事がどれほどの事か判るか?まさに魔法の類、それに人間にとって危険だ。
 恋仲と言われた遠坂はそれを知ってたんだろう。事態を知った魔術協会は遠坂と衛宮をまとめて"封印指定"にした。
 ……姿を消したのは懸命だな」
「封印指定……、じゃあ二人は」
「追われたさ、死ぬまでな。
 だが、奴らは逃げ切った。どこへ逃げたか知らんがスゲェ二人だ。
 どこで生きてどこで死んだか、全ては本人しか……、おいどうした?」

 涙を流していた。
 信じられない。私が去った後にそんな事になっていたなんて。
 思わず膝を突いた。

「おいおい、考古学の学生が話を聞いただけで感情移入か?……参ったな」
「……凛……シロウ。どうして…………どうして!!!」

 拳を床に叩きつけ、大声を上げた。

「お、おい……」
「どうした!?」

 大声に驚いたのかランスが駆け寄ってきた。

「アル……、テメェ、彼女に何をした!!」

 怒ったランスが、甲斐の胸倉を掴み上げる。

「おいおい、俺はただ彼女に昔話をしただけだ。過剰に感情移入したのは彼女だぞ」
「昔話?」
「……いいんです、ランス」

 どうにか、気持ちを落ち着け立ち上がる。

「すみません。取り乱したりして……」
「昔話って、……アレか?」

 うなづいた。無言で、手を離すランス。

「そう、か。……すまん」
「あ、あぁ」

 謝罪するランスと、あっけに取られる甲斐。甲斐にはどういう事か判るまい。

「すみませんでした。他に知っている事は何か?」
「…………いや、なぁ」

 自分の話している事が私に悪影響を与えた事に狼狽しているのだろう。
 私だってそうだ。どうしてシロウと凛が時計塔に行ったのか、そして戦闘に加わりシロウが投影魔術を使用したのか。
 そして、封印指定を受け、捕まるか殺されるかしかない立場へとなったのか。
 信じられないことばかりだが、この男の言っている事は真実だろう。

「聞くが……この話ってのは、お前さんにどう関わって来るんだ?感情移入にもほどがあるだろ」
「そうですね。……貴方なら信頼できそうだ」

 とりあえず、かいつまんで説明した。
 自分が前世の記憶を持っている事。二人と親交があった事。さすがに、自分が聖杯戦争のサーヴァントだった等と言えるはずも無い。

「……マジなんだな。その話」

 壁にもたれ、静かに聞いていた彼は、聞き終わるや否や、表情に厳しさが宿る。

「はい。貴方の話に嘘がないと信じたから話しました」
「そうか……、転生の類にゃ初めてお目にかかったよ。あんたの話を信じるなら、だがね」

 タバコを咥え、また深く紫煙を吸い込む。

「ふー。……よし、ならこっちも秘密の話をしてやろう。
 こいつぁ、ガル坊にも言ってない話だ。
 悪いが坊主、外してくれ」
「――断る。俺には聴く権利があるはずだ」

 意外な事に、ランスは退き下がらなかった。

「ランス」
「日本の事、この現状、そしてさっきの事。確かに俺は何も知らなかった男だ。
 だが、ここまできたら一蓮托生。俺は、お前にとことんまで関わる。関わって関わって関わり抜く。
 ……言ったろ、俺はお前を愛してるって。まだその気持ちは変わっちゃいないんだぜ?」
「なっ……!」

 ここでそれを言うか、この男は!

「聞かせろ。ガルに言うなというなら言わない。口は堅いつもりだ」
「……………………」

 心に決めたという顔で甲斐を見るランス。
 甲斐のほうは無言でこちらを見る。私が良いといえば、話そうというのか。

「聞かせてください」
「判った……。
 実はな、俺も聖杯戦争を経験した一人なんだよ」



[1083] Fate/the transmigration of the soul 6
Name: ルクセンブルグ
Date: 2007/01/23 00:17
 衛宮君の家に上がりこみ、割られた窓ガラスを修復した後4人で居間に落ち着いたのだが、

「――――――――」
「……………………」

 何なのだろう、この空気は。

 衛宮君はまだ動揺してるみたいだし、セイバーは露骨にアーチャーを睨みすえている。
 んで、当のアーチャーはといえば私の横でさっきから落ち着いた笑みを浮かべている。
 当然の事ながら、さっきの行為はセイバーの心象を悪くしている。……もちろん私もだけど。
 だが、それよりもセイバーと彼女が全く同じ武装をしていたことが驚愕だった。
 似た英霊、と言うことはあるまい。明らかに何らかの同じ部隊や、国に所属しているとか、関係性が無ければおかしい。でなければ、ここまで似るわけが無い。
 もしかしたら、姉妹の英雄なんて事もあるのかもしれない。だが、セイバーははっきり敵意を示しているから姉妹と言うのはボツか。
 だからといって、同じ英霊が2重に召喚されるなんて事が起こる等聞いた事が無いのだが……。

「まぁ、要するに衛宮君はちょとしたゲームに巻き込まれたって訳よ」
「ゲーム……だって?」
「そう、"聖杯戦争"っていう魔術師同士の殺し合いにね」

 彼女達の問題は今のところは先送りである。
 とりあえず、何も判ってなさそうな彼に色々軽く説明して、

「それじゃ、出かける支度して」
「出かける?これから?どこに?」
「聖杯戦争を監督してる奴の所。そこに行けば、あんたの疑問に全部答えてくれるわ」

 んで、マスターのせいで霊体化出来ないというセイバーに雨合羽なんていう逆に目立つ格好をさせて、私達は新都の向こうにある教会を目指す。
 セイバーは何も言わずに黙って付いて来た。無論、傍目から分かるほどにアーチャーに意識を向けながら。

 /// ///

 教会に到着する。

「では、私はここで待ちます」

 セイバーがそう言った。

「え、セイバーも入ればいいのに」
「いえ、貴方の目的地がここならこれ以上どこかへ行く事も無いでしょう。私は外で待たせていただきます」
「……あぁ、判った」
「凛、私もここで待たせてもらいます」

 アーチャーもそう言って、実体化する。

「OK。行きましょうか、衛宮君?」

 そう言って、二人は教会へと姿を消す。
 同時に、たった二人残されるセイバーとアーチャー。

「……私は何者か、と言いたげですね。セイバー」

 見計らったようにアーチャーが口を開いた。

「―――!
 そうですね、確かにそう思っていました。私達はあまりにも似すぎている」
「推察の必要はありませんよ。私は、貴女の思っている通りの存在です」

 教会の壁に背を預け、アーチャーはそう言った。

「…………なるほど。
 だが、おかしい。私はセイバー以外のクラスには該当しないはずだ。それにその姿は一体……」

 アーチャーはため息をついて空を見上げる。

「そうですね、貴女は確かにセイバーにしか該当しない。それは知っています。
 しかしながら、私は生前2射だけ弓を使いました。きっとそのせいでしょう」
「……ならばその姿は」
「セイバー……」

 視線を真っ直ぐセイバーへと向ける。

「"座"には、あらゆる可能性を残した英霊がいます。過去、現在、未来を問わず。
 貴女が引かれたのも、私が引かれたのも偶然に過ぎないのでしょう。……いえ、貴女は必然でしたか。
 それともう一つ。
 本来なら、同じ存在は同じ志を持っているべきなのでしょうが、残念ながら私と貴女では決定的に違うものがある」
「何ですか?」
「貴女は聖杯を求めて召喚に応じたのでしょう?以前も、今回も」

 以前という部分を言い当てられたのかセイバーの視線が強くなる。

「しかし、私は違います。
 そうですね……、凛にも言っていない事ですが、貴女には最初に言っておいたほうがいいですね。
 もし、最後まで残ることが出来たなら、私は聖杯を破壊します」
「―――なっ!?」

 よほどその言葉が予想外だったのか、セイバーが思わず声を上げていた。

「何故ですか!あなたも聖杯を求めて英霊になる事を選んだのではないのですか!?」
「……そうですね、確かにそんな事を思っていた"時代"もありました」

 深い後悔を思い出すように声を絞り出すアーチャー。

「ですが、私は心を変えました。理由は貴女に言えませんが」
「……………………」

 驚愕から敵意へ。
 英雄が召喚に応じる理由は、自身も聖杯が欲しいからである。その英雄が聖杯を破壊する事を目的に召喚に応じるなど普通はあってはいけないことだ。
 それを、似た存在がこの場ではっきりと宣言した。破壊すると。

「私を斬りますか?
 貴女なら簡単でしょう。私はどうせ"貴女には敵わない"」
「―――!」

 あっさりと、アーチャーはセイバーに敗北宣言をしていた。
 ……無言で数十秒が流れる。

「理由を教えては貰えないのですね?」
「残念ながら。しかし、聖杯を前にすれば、私は凛が止めようと、シロウが止めようと、貴女を敵に回そうと宝具を聖杯に向けます。
 それだけは、覚えて置いてください」

 セイバーは心中で色々と考えていた。自分と似て非なる存在。己が聖杯を求める理由を、何故このアーチャーとして呼ばれた存在は破壊しようとするのか。
 本来ならば、マスターのためにも敵の手駒は減らしておくべきだろう。
 だが、マスターには戦うなと言われている。ここでお互いに剣を抜けば、あのマスターは令呪を使ってでも止めてくる。
 本来ならば、敵意を持って対するべき相手。
 だが不思議と……、彼女を嫌いになりきれない自分が居た。
 自分が手に出来なかった何かを彼女は持っている。そんな漠然とした感覚を覚える。
 彼女が生前送ってきた人生など自分が知る由も無いが、彼女は自分のように騎士であろうとはしていないように見える。
 そこが、どうしても不思議だった。
 騎士である自分、自身はそれに誇りを持っている。主のために命を掛け、その剣となって敵を討つ。
 だが、彼女はどうも違う。
 主のために命を懸けるが、自身の目的のためにはその主すら意に返さない。実際その可能性を口にもした。だが、影があるようにも見えない。
 つかみ所が無いと言うのは彼女のような事を言うのだろうか。

「……判りました。しかし、その時は覚悟してください。私の目的はマスターを勝利へ導き聖杯を得る事だ。貴女が破壊すると言うなら、私は全力で阻止する」
「では、それまでは仲良くしましょう」
「―――はっ?」

 すっと、右手を差し出された。
 戦士にとって利き手を預ける事、それは普通敵対する者にはしない。
 たった今、敵対宣言をした間でなら、なおの事である。
 しかも、アーチャーは武装していないから素手だ。

「わ……判りました」

 唖然としたまま、セイバーはその手を取る。
 と、アーチャーがぐいっとその手を引っ張った。

「―――!?」

 とす、っと、セイバーはアーチャーの腕に抱かれていた。

「な、アーチャー、これは何の……」
「すみません。少し、このままで居させてくれませんか?」

 やさしく、強く、アーチャーはセイバーを抱いていた。親が愛する子供を抱くように。
 セイバーにしてもさすがに予想していなかったので混乱していた。
 そりゃ、いきなり抱きしめられれば誰でも驚く。
 しかし、諦めたのか、安心したのか次第に全身から力が抜けていき……、

「――――――」
「………………」

 そのまま、凛と士郎が戻ってくる直前までアーチャーはセイバーを抱いていた。
 まるで、親子のように。あるいは姉妹のように……。


 /// ///


 とりあえず大体のことは把握した士郎は、戦うことを決意した。
 教会から出て、セイバーに改めて協力を願い出る。
 ……でも、私たちが出てきた時にセイバーが顔を真っ赤にしていたのは何故だろうか。





 3人で坂を下りていく。
 色々と考える事が多すぎてこれといて会話もない。
 坂を折りきった先は単純な分かれ道。
 新都の駅前に続く大通りに行くか、深山町に繋がる大橋へと進むか。
 どちらにせよ、私の予定は決まっている。

「遠坂?なんだよ、いきなり立ち止まって。帰るなら橋の方だろ?」
「ううん。悪いけど、ここからは一人で帰って。
 衛宮君にかまけてて忘れてたけど、私だって暇じゃないの。せっかく新都にいるんだから、探し物の一つもして帰るわ」
「――――探し物って、他のマスターか?」
「そう。貴方がどう思っているか知らないけど、私はこの時をずっと待っていた。七人のマスターが揃って聖杯戦争って言う殺し合いが始まるこの夜をね。
 なら、ここでおとなしく帰るなんて選択肢はないでしょう?セイバーを倒せなかった分、他のサーヴァントでも仕留めないと気が済まないわ」
「――――」
「だからここでお別れよ。義理は果たしたし、これ以上一緒にいると何かと面倒でしょ。きっぱり別れて、明日からは敵同士にならないと」

 結局の所、セイバーとアーチャーの関連は後回しにする。
 アーチャーが自分の真名を言おうとしないのはもしかしたらセイバーが居る事を知っていたためと考えてもおかしくない。
 彼女の真名を聞けば、おのずとセイバーの真名も予想できる事を警戒しているのか……。

 警戒……?マスターの私に……??

「―――ああ。遠坂、いいヤツなんだな」
「は?なによ突然。おだてたって手は抜かないわよ」
「知ってる。けど出来れば敵同士にはなりたくない。俺、お前みたいなヤツは好きだ」
「な――――」

 な、何をトンデモナイ事をいいだしやがるのがこの男は。
 思わぬ事を言われた反動でしばらく思考回路が停止し、

「と、とにかく、サーヴァントがやられたら迷わずさっきの教会に逃げ込みなさいよ。そうすれば命だけは助かるんだから」
「ああ。気が引けるけど、一応聞いておく。けどそんな事にはならないだろ。どう考えてもセイバーより俺のほうが短命だ」

 この男は本当に……、ため息が出る。

「クスッ……」

 で、何故そこで笑うアーチャー……。

「いいわ、これ以上の忠告は本当に感情移入になっちゃうから言わない。
 せいぜい気をつけなさい。いくらセイバーが優れているからって、マスターである貴方がやられちゃったらそれまでなんだから」

 二人に背を向け、歩き出そうと視線を上げ……、全思考が停止した。

「――――ねぇ、お話は終わり?」

 歌うような少女の声。そして、その後ろに鎮座するモノ。
 雲の去った空に煌々と輝く月の光がある。
 影は長く、絵本の悪魔のような異形。 ほの暗く青ざめた町に、酷く、あってはいけないものがいた。

「バーサーカー……」

 そんな異質さをしごく短く現した言葉が、私の口から漏れた。



[1083] ~Long Intrude 6-1~
Name: ルクセンブルグ
Date: 2006/07/07 21:19
「なっ!?」
「聖杯……?あの聖杯か?」

 聖杯、キリスト教において主イエス・キリストの血を受けたとされる聖なる杯。
 だが、ランスの解釈は間違っている。

「呼び名は同じだが、……詳しくは嬢ちゃんに聞け。
 だが、マスターとして参加したわけじゃない。当時俺は八つのガキだった。
 第何次だか忘れたが、確かに7人の魔術師と7人のサーヴァントが集い、殺しあった。
 俺は社会勉強とか言う理由で師匠に連れられてたんだ。
 後で知ったそん時の結果だが、勝利者なし。セイバーはランサーに破れ、ランサーはキャスターに破れ、キャスターはアーチャーに、アーチャーはアサシンに、アサシンはライダーに、ライダーはバーサーカーに破れて、最後にバーサーカーが自滅した。
 聖杯は現れず、何も起きないまま事は終わった。
 冬木って町は不思議だよ。それまで何度も冬木を舞台に聖杯戦争が行われた。何の因果か知らんが、ある意味あの町は不運だね……」

 どうも、長くなりそうだ。

「その聖杯戦争にアインツベルンは参加していたのですか?」

 とりあえず、話を他に外す。

「アインツ……、お前さんそんな事まで」
「していたのですか?しなかったのですか?」
「いや……知らないな。ホムンクルスを作らせたら右に出るものが無いって噂だが」

 ――??
 それはちょっとおかしくないか?

「それではおかしい。
 アインツベルンは器を用意しなかったのですか?聖杯戦争を始めた遠坂家、マキリが絶え、器までが揃っていない状態、それでは聖杯戦争自体が成り立っていない」
「なん……!?」

 その驚きはいかなるものか。普通魔術師でもない者が知らない事。しかも、それを知っているのはごく小数である。
 始まって数百年なら、記憶からも消えていてもおかしくない。

「……お嬢ちゃん。アンタ一体何者だ?」
「私の身分などどうでもいい。聖杯戦争のくだりはもう結構です。
 貴方の口ぶりだと先があるように思えますが」

 驚愕から困惑へ。それをじっと見据える私。
 同じだ。大学で教授を黙らせた時と。私が黙って見据えると相手は大抵その重圧に耐えられなくなるらしい。

「……判った。続きだ。
 俺がさっきから文献の話を持ち出してるが、それがどこの文献か判るか?」
「いえ」
「どうせ、血なまぐさい部署だろ」

 ここぞとばかりにランスが合いの手を入れた。

「当たりだ、坊主。引退した身だが、俺は昔"封印指定"の連中をふん捕まえる部署にいた」
「確か"執行者"でしたか?」
「あぁ……、危険とみなされた"封印指定"の連中を捕まえるか、できなけりゃ殺して脳だけでも持ち帰る。
 その部署で見たのが、遠坂と衛宮の事例だよ。
 知っていてはいけない事を知っている連中も消去対象なんだが、嬢ちゃんは運がいいな」
「引退してからは、その義務はありませんか」

 彼は紫煙を吐き出すと、タバコを床で踏み潰す。

「……正直よ、魔術師なんてものになって得したことなんて何も無いんだよ。これが。
 惰性で続けちゃいるが、俺に取っちゃ居づらい場所さ。
 勝手気ままをやる馬鹿どもを殺しては、思うんだよ。
 『俺はこんな事をするために生きてるんじゃない』ってよ」

 自分の魔術刻印を押さえて彼は続ける。

「魔術を覚えたての頃は思ったもんよ。俺は正義の味方になるなんて事を……」

 正義の味方を目指した少年の顔が頭をよぎる。

「だが、ある時思った。正義の味方を目指して100を助けるために30をこぼすより、10を切り捨てて90を助ける方が効率がいいんじゃないかって」
「それは……!」
「あぁ、効率はいいさ。助かる人数が増えれば正義の味方としては万々歳だ。だが、捨てられた10の人間はどうなる。
 怨嗟の淵で俺を呪い、罵詈雑言を浴びせている事だろうよ。
 それを考え出してから俺は諦めた。俺に救える命なんてのは目に見える範囲だけなんだってな。
 限界なのさ、俺の。そして、魔術師として、人としての限界でもある。
 ヒーローに憧れるってのも考え物だな。

 …………いや、何の話をしてるんだ。俺は」
 
 髪を撫で、ため息をつく。

「忘れてくれ。歳を取ると愚痴が増える。
 ……そうだ。愚痴ついでだがもう一つ遠坂と衛宮に関して噂がある」
「何ですか?」
「あぁ、これはもう都市伝説クラスの話だが……、時計塔にあったはずの遠坂の研究室がな、消えてるんだよ。ポッカリ」
「消えた?」
「元々無かったという奴、魔術協会が手を回して封印したという説。誰も侵入できない封印が施されていたから地下深くに部屋ごと切り取って沈めたという説。
 ……どれも眉唾くさいが、俺の知ってるのはこれで終わりだ」

 立ち上がって私達の前を通り過ぎる。

「ま、参考程度に覚えとくがいいさ」
「感謝します」

 彼は手を振ってガウェインのところへ戻っていく。

「で、信用するのか?奴の話」
「嘘は無いと思います。確かに真実味がある」
「……はぁ、話の8割理解できねぇよ。大体何なんだ、聖杯戦争って」
「それはですね……」


 ドォォォン!!


 その時、重い音が広間に響き渡った。

「何だ、いまのは!!」
「扉を破られたのか!?」

 急にあわただしくなる広間。甲斐とガウェインの二人が入り口の階段に張り付く。
 私も入り口に向かい、置いてあった黒鍵を手にかまわず階段を駆け上がる。

「おい、嬢ちゃん!!」
「止まりなさい!」

 封王結界を起動、上のセキュリティドアに背をつける。ドアの脇についている非常用のコックを起こし、マニュアルでドアをスライドさせ、隙間から覗き見る。
 表は入って来た時と変わらない。いや、入り口から人が入ってくる。

「誰か来ます」

 着いて来た甲斐とガウェインが同じく覗き見て、

「クソ、仲間だ。深手を負ってる!」
「では、私が出ます。お二人は援護を」
「はっ?何言って……」

 その台詞を最後まで聞かずに、私は扉から飛び出す。

「馬鹿野郎!死にたいのか!?」

 甲斐の罵声が背中で響く。
 それには構わず、私は男に向かって駆け寄る。男までは10メートル。男は腕から血を流し、足を引きずっている。かなりの重傷と見て取れる。
 男が、こちらに手を伸ばす。だが、その背後に……あのホムンクルスがいた。
 すでに黒鍵を持ち、投擲体勢に入っている。私は足に力を込める。
 投げつける黒鍵の速度は弾丸。しかし、こちらはいくら強化したといっても人間の脚力。

 打ち出された二本の黒鍵は、容易く男の胸を貫いた。

「―――!!」
「戻れ!」

 吹き飛ばされた男の体は私の目の前で倒れ付す。呆然と男を見下ろした。
 間に合わなかった。……誓いを立てておきながら、数十分でこの体たらく!

「クッ!!」

 視線を上げる。ホムンクルスが新たな黒鍵を取り出している。しかも、ソイツだけじゃない、総数3体のホムンクルスがいた。
 その3体が一斉に投擲姿勢を取り、一体が蜂の巣にされる。
 2体が投擲。だが、愚直すぎる。3本を体をひねって回避、2本を叩き落す。もう一体が頭から血を吹く。

「貴様ーーーー!!」

 激昂する。前に出ようとした足が、腰にしがみついた誰かによって止められた。

「戻れ、馬鹿!我を忘れるな!!」
「なっ!?」

 ランスだった。最後の一体が跳躍。空中から黒鍵を投擲してくる。
 本数3。ランスがしがみついているから動きに制限。片手での迎撃は不可能。左手を横に伸ばす。

「ランス兄さん、伏せろ!!」

 ガウェインの怒鳴り声。左手が突き立っていた黒鍵を捕まえた。
 右手と左手を黒鍵の軌道に乗せる。

 ギギャン!!

 弾いた。
 飛び上がったホムンクルスは上空で撃ち落とされる。しがみついたランスを叩く。

「早く、下がって!!」
「だけどお前……」
「死にたいのですか!!」

 動きだけで彼を振り払う。視線を入り口へ。まだいた。新たに2体が飛び込んでくる。
 飛び込んでくると同時に黒鍵計5本が撃ち出される。
 下がりながら中途半端な風王結界の黒鍵で弾き飛ばす。
 私にかつてのクー・フーリン程の矢避けの加護は無い。だが、見えてさえ居れば的の大きい弾丸程度!

「おいおい、冗談だろ」

 目の前で繰り広げられている光景に甲斐が言葉を失う。
 弾き続ける。足を止めたホムンクルスが投げる黒鍵全てを両手の黒鍵で。
 男の安否はもはや不要。下がりながら、弾丸全てを弾く。ランスが必死に戻ったのを確認し、間隙を縫って私も飛び込む。
 ガウェインが扉を閉めた。

「はあ、はあ、はあ……」
「貴方と言う人は、一体何を考えているんですか!!」

 怒鳴り声は、甲斐ではなくガウェインから来た。

「剣に自信があるのは判りました。しかし、その行動はあまりに無謀すぎる!!」
「まぁ、ガル坊、無事だったんだからよかったじゃねぇの」

 甲斐の方は、終わったんだからいいじゃないかという、飄々としたものだった。

「先生、何をのんきな!」
「嬢ちゃんは仲間を助けようと飛び出したんだ。感謝こそすれ怒鳴りつけるのは失礼だろ」
「……すみません。結局救えなかった」

 落胆。目の前の者を救いたいと願う誓いは、こんなにも容易く破られた。

「相手が悪すぎたんだ。鉄甲作用を仕込まれたホムンクルスだぞ。その黒鍵を弾くだけでもお前さんは十分スゲェよ」
「……………………」

 戦場では味方が死ぬことなど構わずに戦った。戦えば誰かが傷つき、誰かは死ぬ。それが当然だった。
 騎士にとって戦場で死ぬことは名誉だった。敵によってつけられた傷は勲章とされた。
 ……だが、それは戦場の話。
 私達が直面しているのは、何体いるか判らないホムンクルスを敵に回して逃げるだけだ。戦う以前に敗北した戦い。

「だが、入り口を見つけられたな。奴らが入ってくる前に移動した方がよさそうだ」
「そうですね。皆に言ってきます」

 ガウェインが階段を下りていく。
 私は、壁を殴りつけていた。

「セイバー……、お前が責任を感じる必要なんて無いんだぞ」
「判っています……、しかし」

 見ず知らずの人間を助ける。考えれば無駄な事。通常ならば、見捨てるべきだった。
 しかし私は、助けられなかった事に後悔を感じていた。生まれ変わってから命の重さを知るとは、皮肉にも程がある。

「嬢ちゃんよ……」

 甲斐が声を低くして言う。

「確かに、お前さんの行動は確かに無謀だ。褒められたもんじゃない。それに、矢面に立つなんて事は男のやる事だ。
 いくら剣に自信があるからといって、いつまでも続くもんじゃないし、確実に死ぬ」

 と、肩をすくめて、

「だが、知りもしない無関係な奴のために命を張ったってのは、なかなかかっこよかったぜ」

 私の肩に手を置くと、先に階段を下りていった。



[1083] ~Long Intrude 6-2~
Name: ルクセンブルグ
Date: 2006/07/07 21:20
 私達が下に降りると、広間が騒がしくなっていた。

「冗談じゃねぇ、外に行かせろ!!」
「止めてください!死にに行くようなものですよ」
「うるせぇ!こちとら家族を殺されてるんだ!指咥えて待ってるうえに逃げるだと?ふざけんな!!」
「今外に奴らがいるんですよ!」

 どうやら逆上した男がホムンクルスと戦おうとゴネているらしい。一時的な感情の昂ぶりは正常な判断を狂わせる。もちろん、そんな事を許して犬死されてはたまらない。

「何事ですか?」

 理解はしたが一応聞く。

「やっこさん、外に出して奴らと戦わせろだとさ」

 呆れたように甲斐が言う。
 怒鳴っているのは、まだ若い20前後の青年。ガウェインとイーサンが止めに入るも感情に任せてがなりたてている。

「仕方ありませんね」

 そう漏らして、私は説得を続けるガウェインを避け、彼の前に立つ。

「なんだ、お前」
「外へ出て戦って、それでどうするつもりですか?」
「決まってらぁ、アイツら皆ぶっ殺してやるのよ!親父と御袋が殺されて、弟が目の前で殺された!
 アイツら全員ぶっ殺して、仇を取る!!」
「殺されるという事を考えないのですか?」
「あぁ?」
「ご両親の事はお悔やみを言います。
 しかし、それに逆上した貴方が何の策も無しに敵中に飛び込んで犬死してはせっかく拾った命が無駄になる」
「あんだと……テメェ」
「解っているはずです。認めたくないだけだ。貴方は、家族の死を理由に自分の行動を正当化したいだけ。
 悪いとは言いません。家族の死は精神に最も深く刻まれる。しかし、逆上という選択肢を認めるわけにはいかない」
「さっきからベラベラと……、うるせぇんだよ、このアマぁ!!」

 拳を振り上げる男。……やれやれ、短気ですね。

「アル……!」

 ランスが声を上げるのと、バシッと私の左手が彼の拳を止めるのは同時だった。

『なっ……!?』

 周囲がざわめく。まぁ、普通ならそうだろう。
 恐らく全力で殴りに来た拳を左手一つで止め、以後ピクリとも動かない。

「ほら、この通り。貴方の力では私一人殴れない」
「……ッ!てめぇ!!」

 左手を引く。そして、持っていたライフルを手にして私に向けた。
 ほぼ同時に、ガウェイン、甲斐までも同時に彼に銃を向ける。

「てめぇ……ころ……」

 むんず、と私はライフルの銃身を掴む。
 そして、自分の左胸へと押し当てる。

「おい……!」
「何を……!?」

 広間全体に緊張が疾る。そんな中、

「どうぞ。殺してください」

 背の高い彼を見上げ、私はあっけなくそう言った。

『――――!!?』
「簡単でしょう?貴方は引き金を引くだけでいい。貴方にはその権利があり、銃にはその力がある。しごく、簡単です」
「……アル!お前!」
「ランス、セイバーと呼んでくださいと言ったはずです」

 視線だけをランスに向けて言う。

「お前、この状況でそんな……!」
「―――静かに」

 視線を戻す。
 彼の目は怒りと、困惑が現れている。私への怒りと、予想していなかった反応への困惑か。
 真っ直ぐに、視線をはずさずに私は言う。

「どうしました?この1秒で済む話でしょう?」
「――――ッ!!」

 緊張で静まり返る中、銃が震えるカタカタという音だけが響く。
 外見は強がっているが、この男は人を殺した事などないだろう。自分の弱い心を何かで覆い、正当化しているだけ。
 私を弱い女と見て拳を振るい、敵わぬと見て銃を上げ、結局ここで止まってしまっている。

「怖いんですか?人を殺す事が」

 ただ、じっと視線の先に彼の目を捉え、銃口は微動だにさせない。

「しかし、貴方は家族の仇を討つために敵と戦いたいのであって、私はそれを邪魔する障害でしかない。
 そんな障害は速やかに取り除くべきでしょう。それは引き金を引くだけで叶う。何故出来ないのですか?」
「……離せよ、テメ」
「何故です?心臓は人間の持つ一番の急所だ。この状態で引き金を引けば私の心臓は一発で貫かれ、彼女の治療を受けるまでもなく絶命させる事が出来る」

 チラっと、ベティの方を見る。彼女も治療の手を止めて、こちらを見ている。

「貴重な経験ですよ?心臓を貫かれた者がどれくらいの時間で死に至るかを見ることが出来る。
 普通の人間ならまず逃げます。ここを逃すと二度は無い」

 一種異様な空間だろう。銃口を自分の心臓に向け、引き金を持つ者より銃口を押し当てている者の方が冷静なのだ。

「離せって、……言ってんだよ」
「では引き金を引けばいい。私は死に、銃は貴方の物になる。それで終わるではありませんか」
「………………」

 彼の指が……、徐々に引き金に掛かる。

「……そう、それでいい。後はその指に力を込めれば私は死ぬ。貴方は晴れて両親の仇を討ちに出て行くことが出来る」
「…………、ツッ……!」

 交錯する視線。もっとも、私はただじっと相手を見据えているだけだ。
 それだけで10秒以上は経過する。

「何を戸惑う必要があるんですか?」

 いまだに制止したままの彼を見据えながら私は言う。

「これは、いわば予行演習です。
 ホムンクルスを殺す前に、人を殺すという事を知っておいたほうがいい。ホムンクルスも女性型ですから、迷いが生じてはいけない。
 人一人殺せば、後は10人だろうが千人だろうが大差ない。

 ―――さぁ、引き金を引け!」

 彼の額を汗が流れ落ちた。

「―――さぁ!!」

 銃口はそのままに相手に一歩踏み込む。
 相手が一歩下がった。

「―――、貴様の意思はその程度か、愚か者!!」
「う、ああぁぁぁぁぁぁ!!!!」



[1083] Fate/the transmigration of the soul 7
Name: ルクセンブルグ
Date: 2006/07/07 21:21
「はじめまして、リン。私はイリヤ。イリヤスフィール・フォン・アインツベルンて言えば判るでしょう?」
「アインツベルン……」

 聞いたことがある。というか、聖杯戦争においてその名を聞かない回はない。

「じゃあ、始めるね。
 ―――やっちゃえ、バーサーカー」

 挨拶もそこそこに、イリヤと名乗った少女は背後に従えていた戦士に命じた。
 同時に巨人が咆哮と共に、その巨体に見合わぬ跳躍でこちらへと落下してくる。

「迎え撃ちます。二人はここに!」

 セイバーが飛び出した。雨合羽をかなぐり捨て、その手に不可視の剣を握って落下してくるバーサーカーを迎え撃つ。
 そしてセイバーとバーサーカーの二人の剣が激突し、強烈な音が鼓膜に響いてくる。
 そこから展開されるのは、まるで伝説の再現のようだった。あらゆるものをなぎ倒し、力任せに剣とはいえない斧のような刃を振るうバーサーカー。それに対し、速度を生かして急所を狙おうと飛び回るセイバー。

「驚いた……、単純な能力だけならセイバー以上じゃない」

 正直見とれてしまった。実際サーヴァント同士の戦いを見るのはこれが始めて。あっちのイリヤスフィールと名乗った少女もこの戦いに見とれているようだ。
 だが、どう見てもセイバーが押されている。おそらくあのサーヴァント自身相当な英霊なのだろう。それをバーサーカーとして召喚しただけでなく、きっちり従えさせている。マスターとしてもあの少女は侮れない。

「凛、あのままではセイバーが不利です。加勢しますか?」

 横からアーチャーが声をかけてきた。
 そうだ、何を見とれている。私はこの戦いに勝つために今までやってきたんじゃないのか!
 頬を叩いて気合を入れ直す!

「OK、アーチャー。ここは本来の戦い方に専念すべきよ」

 彼女はアーチャー。セイバーとどんな因縁があるか知らないが、彼女の宝具は弓であるべきだ。

「……判りました。しかし、凛。先に言っておきます。私の弓は2射だけしか撃てません」
「えっ!?ちょ、何ソレ、聞いてないわよ!」
「聞かれませんでしたので」

 ……って、イラついてる場合じゃない!

「OK、構わないわ。ここであいつを倒せれば御の字よ」
「お二人の防御がいなくなりますが……」
「私と彼の二人だけなら何とでもなるわ!」
「分かりました。では……」

 言うなりアーチャーは、右手にどこからか取り出した紅い布を手にする。
 右手を覆っていた手甲が消え、代わりに布が巻き付いていく。手から肘へ、さらに肩へと右腕をがんじがらめにしていく。
 おそらくソレが彼女の弓を打つ際のスタイルなのだろうが……、傍目には傷ついた腕を酷使しているだけにも見て取れる。

「まずはバーサーカーに隙を作ります。お二人はここを動かないように」

 と、弓を使うとかいっときながら、セイバーと同じようにバーサーカーに突撃して行った。

「ちょっと、アーチャー!」

 二人が激しく交錯する中に飛び込む。大きく飛び上がり、大上段から切りつける。
 ド派手に鈍い音がして、迎撃するバーサーカーの斧剣を押し返す。

「へぇ……、また似通った英霊が召喚されたものねぇ」

 さすがにイリヤスフィールにも判るか。
 ま、あんだけ似てれば疑わないほうがおかしいけど。
 よくよく見れば、撒きついた紅い布が何かの文字を浮かび上がらせている。あれもアーチャーの宝具なのだろうか。
 恐らく巻きつけた場所の力をブーストするものだろう。打ち合っても力負けしていたセイバーと違い、まともにぶつかりながらバーサーカーに負けていない。
 ……つーか、本当にアイツはアーチャーとしての適性を持っているのか?
 戦いを見る限り、限りなくセイバーに近い。と言うより、見た目も武装も同じなのだ、同じと見るのが普通だけど。
 アーチャーが乱入して形勢がほぼ逆転した。バーサーカーにまともに打ち合って押し返すほどの力を持つアーチャー。死角から相手の急所を狙い斬りつけるセイバー。
 示し合わせたわけでもないのに息が合っている。だが決定打が出ない。力任せに剣を振るっているとはいえ、その速度が尋常ではない。アーチャーもセイバーも間合いの中に入っていけない。
 そして、私達から遠ざかるように徐々に戦場を坂の上へ、上へと移動していく。

「□□□□□□□□□ーーーー!!!」

 その時、振るわれた斧剣にセイバーが反応できなかった。刀身で何とか斬撃を止め、弾き飛ばされる形で吹っ飛んでいく。

「セイバー!」

 それに気を取られたアーチャーが、移動した直後の不利な体勢から剣を振り、打ち負けた。

「□□□□□□□□□ーーーー!!!」

 次に飛んできたのは左の拳。金槌も全力で振るえば凶器になるように、埒外の膂力で振るわれる拳はとっさにガードした腕ごとアーチャーを殴り飛ばした。
 冗談じゃない。ガードしたとはいえ、アーチャーの体格のサーヴァントを墓地辺りまで吹っ飛ばすなんて!

「衛宮君、何ぼさっとしてるの!行くわよ!!」
「お、おう!」

 戦いの光景に魅入られていた衛宮君を叱咤して、私達は二人を追っていったバーサーカーを追う。確実にとどめを刺すつもりなのだろう。
 だが、吹っ飛ばされた墓地での光景を見て私は再び声を失った。
 セイバーもアーチャーも無事だった。逆に無事ですんでいないのはバーサーカーの方だ。
 墓地内での戦闘。バーサーカーの剣は振られるたびに大小の墓石を粉砕していく。それは、あるかないかの些細な障害。
 だが、ここに来てその障害はセイバーとの実力を拮抗させるものとなっていた。邪魔な墓石を粉砕しながら攻撃するバーサーカー。そして、障害など無いかのように駆け回るセイバー。そして、セイバーと同じように駆け回るアーチャーがいることで、状況はバーサーカーに絶対的な不利となっていた。
 そして、数号打ちあった後、決定的な隙がバーサーカーに出た。
 打ち込んだアーチャーの剣を押し返すコンマ数秒の間にセイバーが肉薄し、バーサーカーの足を斬りつけた。
 そして、斬りつけたセイバーがつけた傷に気を取られたバーサーカーは、

「シッ!!」

 切り返したアーチャーの剣で、剣を持った右腕を切り落とされた。
 すぐさまアーチャーが距離をとる。追おうとするバーサーカーをセイバーが足を止める。離れた塀に着地したアーチャーはその左手にいつのまにか弓を持っていた。
 だが、その弓もランサーのときと同様に、無骨でとても宝具とは呼べない代物だった。ただ射るための理想を追求し、何の神秘も求めず形作った弓。そんな印象を受ける。
 そして、右手に取り出したのは一本の捻れた剣。矢にするにしては大きすぎる。
 彼女はその剣を弓へとつがえ引き絞る。……弓ではなく矢の方が宝具としての神秘を持っているのか。
 しかし、つがえる動きが少々ぎこちない印象も受けるが……。
 布の光がいっそう強まり、

「―――う、くっ!」

 私の中から4割ほどの魔力が一気に吸い上げられる。

「遠坂、どうした!?」
「アーチャーが魔力を持っていったの。これくらい……」

 宝具が起動し、傍目から見ても強烈な力が矢に注がれていく。
 直後、対抗していたセイバーが下がった。

「――――!」

 アーチャーの声と共に、矢が虚空へ放たれる。絶妙なタイミングだ、よけている暇は無い!矢として使われた剣は空を捻り裂き、バーサーカーへと疾る。

「□□□□□□□□ーーー!!!」

 バーサーカーが吼える。いつの間にか持ち替えていた斧剣で、逃げるセイバーではなく空中を向かってくる矢を迎撃し、


 瞬間、全ての音が消え去った。

 
「「――――!!?」」

 衝撃波と轟音。あまりのでかさに私達まで吹き飛ばされそうになる。
 土煙が視界を覆いつくし、バーサーカーがどうなったかわからない。
 戦場に一瞬の静寂があり……、

「□□□□□□□□ーーー!!!」

 土煙を突き破り、バーサーカーがセイバーに向かって斧剣を振り下ろす。

「――――!!?」

 油断していたわけではないだろうが、セイバーはその一撃に反応が遅れた。
 そして、まともに斬り飛ばされた。


 だん、と。
 遠くに、倒れ伏すセイバー。
 傷は相当に深く入ってしまっている。もう立ち上がるなんて不可能だ。
 なのに……、

「っ、あ…………」

 セイバーは立ち上がる。そうしなければ、マスターである衛宮君が殺されるのだと言うかのように―――

 最初にそれに反応したのはアーチャーだ。弓を消し、こちらへと跳躍しようとして……、膝に力が入らなかったのかそのまま落下した。
 あの馬鹿、私の魔力と同時に自分の活動する魔力まで宝具に込めたっての!?
 バーサーカーがさらに地を蹴る。活動できないセイバーに向かって……、

 ザン!と、ごっそり腹を持っていたかれたのは、横に居たはずの衛宮君だった。

「が――――は」

 彼は……一体何をやっているのか。
 愕然を通り越して、意味が解らない。自分が死ねばセイバーが現界していられないというのに、傷だらけのセイバーを守る必要など無いというのに……、
 もちろん、呆気にとられているのは私だけじゃない、目の前のセイバーも、離れた所で成り行きを見ていたイリヤという少女も……、

「ああああああああーーーー!!!!!」

 アーチャーに至っては……、暴走を始めた。
 怒りのままに立ち上がり、見えない剣を振りかぶる。
 からっけつの魔力を持っていくとしたら私しか居ない。その私から問答無用に魔力を吸い上げていく。
 その勢いたるや、ぶっとい注射器で強引かつ容赦なく血を吸い上げるかのごとく。
 その暴発させんばかりの魔力を、そのまま宝具に……、って、ちょ……!何考えてんのよ!!

「き、消えなさい!!アーチャー!!」

 呪文も何もない!今すぐアーチャーの魔力行使を止めさせないと私の魔力が枯渇する!
 令呪が効力を発揮してアーチャーがいきなり消失し、魔力の暴食が止まる。
 そこでようやく……、静寂が訪れた。
 ヤバイ、5割どころじゃない……。今ので私の魔力は1割を切った。足元がふらつく!

「――――なんで?」

 ぼんやりと、イリヤスフィールがつぶやく。
 しばらく呆然としていた彼女は、

「……もういい。こんなの、つまんない」

 セイバーにも私にもトドメをささず、バーサーカーを呼び戻した。

「――――リン。次に会ったら殺すから」

 悠々と立ち去っていく。無論、私達は微動だにできない。

「アンタは、……何考えてるのよ。……もう助けるなんて出来ないってのに。アーチャーまで……」

 意識が薄くなる。
 死の気配が薄れた反動だろうか。本能的な安堵が体の活動を停止しようとしている。

「シロウ!!」
「凛!?」

 二人の声が聞こえたのを最後に、私の意識は途切れた。



[1083] ~Long Intrude 7-1~
Name: ルクセンブルグ
Date: 2006/07/07 21:21
 弾けるように……、手を離した彼は後ろへと倒れた。
 場の緊張が一気に緩み、何人かは大きく息をする。
 
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ……」

 過呼吸気味に息をする男。過度の緊張と重圧に耐えられなかったようだ。

「情けない」

 だが、私はあえて男に辛辣な言葉を吐く。

「今のやり取りで貴様は30回は死んでいる。命の取り合いは一瞬だ。敵は待ってはくれないし、あまつさえ必勝の機会を自分から捨てるなど愚の骨頂だ」
「セイバー!……お前、それが銃を向けられた奴の言う事かよ!死ぬ所だったんだぞ!」

 緊張が解けて怒りが出たのか、ランスが詰め寄ってくる。

「その時はその時です。それは私に運が無かっただけの話だ」
「運、て……。お前、さっきからいったい何考えて行動してやがる!
 銃を持った敵に突っ込むわ、剣を投げつけてくる奴に真っ向から突っ込むわ、無関係な奴のために命懸けるわ、しまいにはんなクソ野郎の凶弾で死ぬ!?大概にしとけよコラ!!」

 広間で全員が見守る中、ランスは溜めていたであろう不満を爆発させた。

「無謀でも、馬鹿でもねぇ、俺にはお前が死に急いでる様にしか見えない!!
 そんなに死にたいのか!?」
「ああああああああ!!!」

 いきなり、広間に絶叫が響き渡った。しかも、まだ声質の幼い金切り声。
 突然の声に全員の視線が声の方向に向く。カウンターの様になっていたテーブルの陰に、声の主が居た。
 息を潜めていたのか、今の今までまるで気付かなかった。

「デュラン、大丈夫だから、大丈夫だから」
「あああ!!! あああ!!!……」

 子供だ。どこから紛れ込んだのか、まだ15歳かそこらの少女と、それよりさらに若い少年。
 少年の方は、ランスの怒鳴り声に触発されたようで、大声を上げ続ける。少女はそれを必死に宥める。

「何で子供が……」

 甲斐に視線を送る。彼は首を振った。

「私が連れてきた」

 そう言ったのは、ボルツだった。

「救助に出た時に瓦礫の下から助け出した。そっちの少年の方は少々精神を患っているらしい」
「また厄介な物を……」

 甲斐が頭を掻きながらそう漏らした。
 これでこの部屋に居るのは、

 魔術師:
  私
  ガウェイン
  甲斐
  ボルツ
  ベティ

 一般人:
  ランス
  イーサン
  トリスティア
  ヴィクトール
  ライフルの青年
  デュランというらしい精神を患った少年
  少女

 ―――12人。

 はぁ…………。
 深いため息が出る。ややこしい事になってきた。
 我々魔術師はともかく、ランスやヴィクトール辺りなら長距離の移動と緊張には耐えられるだろう。だが、子供はそうは行かない。現実認識の乏しい子供はどういう行動に出るか判らない。

 ………………10代で国王になった私が言っては説得力は無いか。

 私はいまだに尻餅をついている青年にライフルをほうる。

「いいか、相手を撃つ時は躊躇うな。敵は感情など持ち合わせない人形だ。
 そして、仇を取りたいなら指示に従え。ここから生き延びれば敵討ちの機会などすぐに来る。まずは我々が生き延びる事だ。いいな?」

 カクカクと、首を振る青年。

「よろしい。貴方の名は?」

 言って、私は彼に手を差し伸べた。

「……ヘンリー、ヘンリー=パーシヴァル」





 事態は刻一刻と悪い方向に向かっている。目下の問題は……、

「誰か、RH-型の血液の人は居ますか!」

 地上への扉にありったけのバリケードを施し、重傷のトリスティアを急造の担架で、広間の先、地下一階奥の会議室まで移送した時に起こった。

「どうした?」

 何事かと、何人かが彼女の元に集まる。

「彼女の血が足りないんです。魔術で治療するには限界で……」
「なるほど……、俺はO型だが、RH+だ」
「僕はAです」

 甲斐とガウェインがそう答え、

「私もAです」
「血液型?……さぁ、調べたことねぇからな」

 ランスとヘンリー以下、他の全員が自分の血液型を知らなかった。
 血液型にはABOの他にRHという分類が存在する。全世界で見てRH+と言うのが一般的なのだが、稀にRH-型と言う劣勢的な血液を持つものが存在する。
 どうやら、彼女はそんな特殊な血の持ち主だったようだ。

「だが、あったとしてどうする?ここには輸血の機材は無いぞ」

 地下一階はあのホールと地下へのエレベーター、そして大小5部屋の会議室からなっている。そして、それら会議室は余計な物を排除したシンプルな作りで、給湯器すらない。テーブルと椅子、そしてスクリーンとが鎮座しているのみだ。
 確かに、こんな状況では輸血などままならない。
 
「甲斐、この施設の医務室か救護室のような場所はどこにあるんですか?」
「地下3階だ。だが、エレベーターは使えないぞ」

 ここへ来る通路の途中にエレベーターがあった。だが、広間同様に電気が通って来ていないらしく動いている様子は無かった。魔術の総本山とはいえ、自家発電くらいはあってもよさそうな物だが。

「階段くらいはあるでしょう。行くしかありません」
「無駄な事を」

 ポツリと、ボルツ氏が言った。

「足手まといは置いていくべきだ。今は動けるものを優先にしなければ共倒れになるぞ」

 ……正論だ。正論ではあるが、

「却下です」

 私の誓いがそうさせない。彼を見据え、真っ向から却下する。

「まだ生存できる可能性がある以上、私は見捨てない。彼女には生きる権利がある。死ぬ義務など無い」
「まあまあまあ……」

 真っ向からの対立を察したのか、甲斐が割って入った。

「ここでいざこざを起こしても埒が開かんよ。それに、10分か、15分の事だ。別にいいと思うがね」
「…………、後で後悔しても私は知らん」

 呆れたのか、彼はそれ以上取り合おうとはしなかった。



[1083] ~Long Intrude 7-2~
Name: ルクセンブルグ
Date: 2006/07/07 21:22
「じゃあ、頼んだぞ。ガル」
「よろしいのですか、先生。民間人を協会の奥深くに入れるような真似をしてしまって」
「いいも悪いもなかろう。この魔術協会に民間人を入れた時点でそんな規則はご破算だ。それに、あの嬢ちゃんの言うとおり助ける術があるならすべて試すべきだからな」

 出立前に、ライトを受け取りながらガウェインと甲斐が何やら話している。どうやら、医務室への護衛はガウェイン一人のようだ。まぁ、私も行くのだが、

「俺も行くぞ」

 言い出したのはもちろんランスである。

「ランス、言っておきますが……」
「遊びじゃないってんだろ?んなこと、ここに来る前から判ってる。純粋に人手が要るだろ。体力には自信があるしな」

 そう言われても私の強化した腕力なら大人二人分くらいの体重は支えられるので、別段いらないと思うのだが。

「行きますよ、皆さん」
「おう」

 と、先に部屋から出るガウェインとベティの後に勝手について行ってしまった。

「まったく……」
「おい、嬢ちゃん」

 出ようとしたところに甲斐が声をかけてきた。

「あの兄ちゃんに渡してやれ」

 言って何かを放り投げてくる。それは、古めかしい銃とマガジンだった。

「俺の予備だ。あの兄ちゃんだけ武器が無いってのは心もとない。型は古いが上物だ」
「判りました。感謝します」

 私はそれをポケットへと押し込んだ。





「こっちです!」

 ガウェインが呼ぶ方向に向かってさらに奥に走る。
 この魔術協会の廊下、中央に立てば剣を振り回すのに支障は無い。だが、少しでも左右に偏ると私のリーチでは剣が当たってしまうほどの幅しかない。
 元々、黒鍵は長剣の長さを持ちながら投擲用に作られた武装だ。私が風王結界を施して振り回すには無理がある。
 ホムンクルスがやるような鉄甲作用という投擲技法と打突技術を合わせた戦法の方が有利に働く。なにせ躱せる幅も限られている。
 だとすれば、短剣の方がいいのか。二刀流いうのはあまり性には合っていないのだが、まぁさっきもとっさに両手に剣を持ったのだが。

 廊下の突き当たりにあった鉄扉を開け中に入る。
 そこは吹き抜けの螺旋階段だった。どうやら、地上には続いていない。
 電気が通っていないので、そこはまるで深淵に続いているかのような様相を見せる。
 ライトで照らされた先には闇しかない。


「螺旋階段ですか。どこまで通じているのですか?」
「この階段では地下10階までです。そこから下は判りません。僕も10階より下は行った事がありませんから」

 階段を降りながらガウェインはそう言った。

「それから、下ではあまり物に触れないようにお願いします。何かあっても僕では責任はもてませんので」
「安心しろ。下手でもさわらねぇよ。よっぽど物騒なものでも無い限りな」

 物騒なものなら触るのか……。ランスのこの手の冗談はいつもの事だが、たまに冗談で終わらない事もある。

「真面目に頼みますよ、兄さん」
「はいはい……」

 地下3階の扉に入る。やはり廊下は地下1階と同様の広さだ。一階と違って、各部屋にはプレートが掲げられている。
 彼は『生態実験室』や『変態管理室』などと言った物騒極まりない部屋をパスし、奥へ奥へと入っていく。

「ここです」

 彼が足を止めたのは『血液生成室』といったプレートの掲げられた部屋だった。なるほど、直球だ。

「また直球な部屋だな。というか……、血って人工的に作れたのか?」
「普通は作れませんね。成分培養というやり方はありますが、ここでやっているのは血液型に左右されずあらゆる血に適合するバイオブラッドです」

 もちろんというか、部屋には鍵がかかっている。しかも最近の例に漏れず鉄扉で電子ロックだ。

「電子ロックですか。普通の錠前と思っていましたが」
「地上に近い方はまだ近代的です。地下深くに潜って出て来ない人たちもいますが、そんな人達は逆にこんなシステムを嫌っていますね。いまだに"南京錠"なんてものを使ってる人もいるらしいですよ」

 どんな引き篭もりだ、それは。

「ダメです。反応しません」

 押せど叩けど、反応しない。そりゃそうだ。電力が来ていない所で電子ロックが動くはずが無い。

「……これだから電子ロックのある家は……」

 思わず愚痴がこぼれる。

「そういや、セイバーはわざわざ電子ロックの無い部屋を選んだっけな。賃料は割高なのに」
「確かに色々と便利ではあります。しかし、こんな状況になると邪魔以外の何者でもない。だから私には20世紀程度の科学力があれば十分なんです」
「感慨深いお言葉で……」
「しかたありません、少々強引ですが破ります」

 言うと、ポケットから煙草の箱くらいの大きさの粘土質の塊とケースを取り出し始めた。

「っておい、爆破する気か!?」
「血液の手に入る階はここか、もっと深いところです。行っている時間はありませんし、道も判りません。
 だとしたら、やることは一つでしょう?」
「……お前、意外に強引なんだな」
「ランス兄さんほどではありません」

 粘土――恐らく爆薬の封を切り、パネルへと叩きつける。張り付いた爆薬の上から遠隔信管を差し込んだ。

「こういう部分は進化しないよな。20世紀から」
『同感です』

 私とガウェインの声がハモった。

「爆破します。離れましょう」

 離れた廊下の角に身を隠し、ガウェインがリモコンの準備をする。

「なんつーか、手際いいな。ガル」
「当然です。爆薬の扱いは先生に直接叩き込まれましたからね」
「魔術師って俺の考えだと、呪文一つで何でもこなしてる様に思えるんだが?」
「ランス、それはファンタジーの話です。魔術でも通常、無から有は作り出せませんし、世界を塗り替えるほどの力を持つ者など限られている」

 もっとも、無から有を作り出す者になら心当たりがあるが。

「そういう事です、兄さん。できることといえば、元からある物に手を加えたり変質させる事。あの爆薬もそうです。
 行きますよ!3……2……1……爆破!!」

 轟音が廊下に響き渡った。半端な音ではない。耳を塞いでいてさえ頭の芯まで爆音が響いてきた。

「……っぁぁ、効くー」

 頭を振りながらランスがぼやいた。どうやら、他の二人も同じらしい。当然か、遺跡発掘で発破を使う現場に行って爆音を聞いた事もあるが、爆薬の使用量に対して爆発力が比例していない。魔術を施され、爆発力を強化された爆薬だろう。
 砂塵が収まるのを確認し、改めてドアの前へ。さすがに今の爆薬には耐えられなかったのか、ものの見事にひしゃげてしまっている。

 後は、ガン!とドアを蹴り開けた。
 中は整然と機材が並べられている。ガラス製の機材は今の爆発で少々割れたらしいが。
 手分けして、生成済みの血液を探す。それから、輸血用の針も。

「ありました。輸血用の機材です」

 ライトで照らした先、ベティが棚の中から消毒済みの輸血用の針を見つけた。

「こっちもあったぜ。輸血用の血液」

 引き出された天井まである貯蔵庫の一つに、ズラリと生成済みの血液の袋が並んでいる。

「やたらあるな。区別があるのか?」
「ABOの区別は無いはずです。しかし、RHの分類となると……」
「……あった、こいつだ。"ABO/RH-両対応"」
「急ぎましょう。ホムンクルスが来る前に輸血を終えないと、本当に彼女を見捨てなければいけない」

 そして、それは私にとって敗北と同義だ。
 部屋を後にし、私達は廊下を駆け戻る。そして階段へ行き着き、階段を登ろうとした時、


 グゴォォン……!


 明らかな爆発音が、上から聞こえてきた。

「何だ!?」
「まさか、バリケードを破られた?」
「急ぎます!!」

 後ろに構わず、私は階段を駆け上がる。

「本当に……、転生してから私の運は地に落ちたようだ」

 焦り……。

 守れないかもしれない、誓いを破るかもしれない、私は守りたい者をまた守ってあげられない……。
  
 そんな事は嫌だ、これ以上、もうこれ以上、私の元から誰かが消え行くのは見たくない!!


 怒りにも似た焦りを押し殺し、私は地下一階の扉を開けた。



[1083] Fate/the transmigration of the soul 8
Name: ルクセンブルグ
Date: 2006/07/07 21:23
 気がついて最初に目にしたものは、知らない天井だった。
 どういうわけか、目尻には涙が流れている。
 夢を見ていたのだろうか。だが、覚えていない。いったいどんな夢を見たのか。どんな悲しい夢だったのか。
 ただ、胸が締め付けられるような思いだけが私の心の中に残されていた。

 …………って、ここはマジでどこ?

 体がだるい。当たり前か、昨日はアーチャーが宝具を開放しようとしたのだ。何が、本気の魔力行使は私の魔力の半分を使う、よ。
 あのまま行ったら全部持って行かれる所だったじゃない!
 それにアーチャーの奴、士郎がやられて、それを見て暴走した。やっぱり、士郎とアーチャーの間に何かあるのかしら。……だとすればセイバーとの繋がりもあるはずで…………、あ。

「そうだ、士郎は!?」

 布団を跳ね除け、起き上がる。見渡せばここは和室だ。私の家にこんな和室はないし……、だとすれば、

「……なるほど、士郎の家に運んだのね」
 
 ふすまを開け、覚えのある庭を見て私は納得した。

「目が覚めましたか、凛」

 庭を眺めているとアーチャーがやって来た。鎧を解除し、…………なぜかエプロンを外しながら。

「アーチャー、あの後どうなったの?」

 とりあえず状況だけは確認しておかないといけいない。それに、士郎はどうなった?

「はい、バーサーカーの撤退後、セイバーと共に二人をここへ搬送。魔力の衰弱のみだった凛はこの部屋へ寝かせ、傷の修復をしたシロウも同じく自室に寝かせています」
「あの状態から傷の修復!?貴女、治癒魔術なんて使えたの?」

 腹からばっさり斬られたというのに、その状態から傷を修復したって言うの?……ん?修復?治療じゃなくて?

「いえ、私の力ではありません。おそらくはセイバーです。セイバーの並外れた自然治癒の能力がシロウの方に働いたお陰でしょう。十分もして外見はほぼ完全に修復。その後、二人を搬送しました」

 セイバーの治癒能力がマスターに流れたっていうの?……まぁ、ありえるかもしれないか。正規のマスターじゃないし、霊体化できないなんていう妙なことにもなっているし。

「そう、じゃあ安心していいのね」
「はい。
 それでですが、凛。とりあえず、朝食の準備はしましたが食欲はありますか?」

 と、いきなり話がぶっ飛んだ。







 時刻は6時。どうやら、まだ士郎の意識は戻っていないようである。セイバーはセイバーで道場に引き篭もってしまったらしい。
 後は、まぁなんというか。

「食材が少なかったので、トーストとベーコンエッグとポテトサラダくらいしかできませんでした」

 と、テキパキとテーブルに着いた私の前に食器が並んでいく。そして、さりげに紅茶のカップまで。
 うむ、完璧な洋食だ。惚れ惚れするほどに堂に入っているのだが……、

「アンタ、料理できたんだ」

 私は単純な疑問を口にした。

「えぇ、大抵の料理ならこなせますが、トーストは嫌いでしたか?」

 対面に座ったアーチャーが自分のトーストを取り上げながら言う。
 まぁ、別に嫌いというわけではないが。
 ……何か釈然としないものを感じながら15分ほどで朝食を片付け、

「って、何でアンタまで一緒になって朝ごはん食べてんのよ!」

 ようやく心のつっかえに思い至った。
 サーヴァントは精神体、元々食料など必要ないはずである。それが、当然のように料理をして目の前で食べるものだから失念していた。それに昨日も考えていたセイバーとの関係、それにそれに……あぁぁぁ!!いまさら頭痛くなってきた。

「凛……、いきなり頭を抱えてどうしたのですか?」
「やかましい!諸々の事をひっくるめて頭痛くなったのよ。
 ……とにかく、丁度いいから今ここで教えてもらいましょうか。貴女の正体を!」

 バン、とテーブルを叩く。

「セイバーと似通っていた理由、いきなし士郎に飛びついた理由、バーサーカーの時に暴走した理由、そしてアンタが真名を明かさない理由!
 まるっとまとめて、話しなさい!!」

 アーチャーは傾けていたカップを置き、ため息をついた。

「話さなければダメですか?」
「何をいまさら。この期に及んでマスターに隠し事をするつもりじゃないでしょうね?
 どうしても話さないって言うなら、令呪を使ってでも正体を明かしてもらうわよ」
「………………」
「――――――」

 視線が真っ向から激突する。聖杯戦争においてサーヴァントの事を知らないというのは最もマイナス、以前に話になっていない。
 やはり家にいる時に真名を聞き出しておくべきだった。
 真名は教えない、アーチャーの癖にセイバーと同じ武装、おまけに弓は2射だけしか撃てない!これではアーチャーとして彼女は落第だ。本当は彼女に相応しいクラスがあったにも拘らず、その役からあぶれてしまったとしか思えない。その上、彼女は正体以外にも何かを隠している。
 これでは、私が蚊帳の外に置かれているようではないか。それじゃ納得がいかない!

「……判りました。お話しましょう。ですが、契約の時に言ったように真名は明かせません」
「あのね、どういうつもり?私は貴女のマスターなのよ。マスターはサーヴァントの真名を教えてもらって策を立てるの。
 じゃあ、聞くけど。どうして、そんなに真名を隠したがるの?答えによっちゃ、即令呪を使うわよ」

 手を持ち上げ、アーチャーに令呪をかざす。あの時、アーチャーの暴走を止めるために一つ使ってしまった。けど、この先お互いの信頼関係を確固たる物にするためには、令呪の一つは必要だ。
 彼女は人格者だ。頑なだが愚かじゃない、話だけで解決できればいいのだが。

「シロウのためです」
「―――はぁっ!!?」

 って、ド直球で士郎の為だぁ!?

「ちょっと、アーチャー!それってどういう事よ!何でアンタが士郎の事を気にかけるって言うの!
 敵よ?敵なのよ?セイバーと士郎は聖杯戦争で倒すべき敵!!それを知って『士郎の為』ぇ!?
 アンタ、聖杯戦争舐めるのもいい加減にしなさいよ!!」

 ダンダンと、テーブルをぶっ叩きガチャガチャと食器を鳴らして私は怒鳴る。ここまでサーヴァントにコケにされるとは思ってもいなかった。
 もはや、私の10年を返せといいたいほどに。

「はあ、はあ、はあ……」
「凛、落ち着いたところで続きを話してもよろしいですか?」
「……何よ」

 もはや私の堪忍袋の尾は膨張しきって核爆発寸前である。

「お察しの通り、私とセイバーの間には少々縁があります。それこそ、私の真名を知れば彼女の真名を導き出すことが容易になる」

 ………………

「……にしては、セイバーは貴女の事を見ても、知り合いを見るような目はしなかったわね」
「ここは少々複雑です。私は彼女を知っています。しかし、彼女は私を知りません。お互いに接触がありませんでしたから」
「ちょっと待ちなさいよ。じゃあ、彼女と貴女の武装が同じって言うのはどういう事よ。接触がなきゃあんな似方はしないはずでしょう?」

 彼女はため息をついた。呆れたのか諦めたのか判らんが。

「そうですね。ではギリギリの種明かしをしましょう」

 人差し指を口に当て、秘密を語る子供のように声を細める。

「私は…………」

 どうせ、たいした事じゃあるまい。

「…………彼女の…………」

 言い終わったら令呪を使ってやる。いい加減、子供じみた言い合いは止めにする。
 お父様すみません、貴方の娘は親不孝者です。聖杯戦争二日にして令呪を二つ使わなきゃ従えられないサーヴァントを引きました。

「…………………………偽者です」

 …………なっ!!?

「にぃぃぃぃぃぃぃ!!?!??」



[1083] ~Long Intrude 8-1~
Name: ルクセンブルグ
Date: 2006/07/07 21:23
「ひぃぃぃぃぃ!!」


 空けた途端に飛び出してきたのは、ヴィクトールだった。

「っと、おっさん!気をつけろ!!」

 階段でつんのめりそうになったヴィクトールをランスが支える。

「奴らが……奴らが!」
「彼を頼みます!」
「って、おい!セイバー!!」

 構わずに私は一階の奥へと走る。持っていた黒鍵を握りなおす。
 広間の方から断続的に剣戟と、銃撃の音が響いてくる。

「セイバーさん!」

 そこへイーサンがデュランを抱えて現れる。少女とヘンリーも一緒だった。
 ヘンリーは意識の無いトリスティアを背負っていた。
 デュランは案の定、戦闘の音に当てられている。

「無事ですか。敵は?」
「判りません!ボルツさん達は広間の方へ行ってしまいました。甲斐さんは4階へ逃げろと……」
「では、貴方達も逃げてください!」

 彼等を急かし、私は広間へと向かう。
 広間へ続く扉では、甲斐とボルツがホムンクルスの侵攻を防いでいた。
 すでに、広間の中には数体のホムンクルスが倒されている。
 だが、時折遠い入り口から黒鍵が断続的に飛んでくる。


「甲斐!」
「嬢ちゃん!?何しに戻ってきた!」
「お二方が心配で!」
「他の連中は?」
「すでに逃げました」
「だとさ、相棒」

 無言で入り口の方を見るボルツにそう言った。
 その時、3体がこちらに特攻してきた。

「チッ!」

 甲斐はうち一体に狙いをつけ数発を発射し、ガキンとスライドが固定された。

「クソ、頼む!」

 弾が切れたらしい。その時、ボルツが飛び出した。

「なっ!」

 残るは2体。
 無防備に飛び出したボルツにホムンクルスが黒鍵を投げ放つ。
 その黒鍵を、彼は絶妙なフットワークで躱し、左手のジャブで叩き落す。そのまま一気に敵に肉薄し、高速のジャブ数発で敵にたたらを踏ませ、

 ドゴン!

 大気をぶち破るかのような音を立てて、右ストレートが顔面に決まった。
 まさに一撃。喰らったホムンクルスは頭蓋を陥没させ、吹っ飛んでいく。
 だがその間隙を縫い、もう一体が左からボルツに迫り……、

 ズバキン!

 それを上回る速度で肉薄した私の黒鍵が、彼女ののど笛に喰らいつき、首の皮一枚残して折れた。

「ムッ……」

 首が飛びかけたまま倒れるホムンクルス。

「撤退しましょう。時間稼ぎをするにはここは部が悪い」

 転がっていた黒鍵を拾い上げ、放たれてくる黒鍵を弾き飛ばしながら下がる。
 黒鍵のいい所は、無数に替えが利く所だけか……。

「閉めるぞ!」

 二人が扉に入ったところで、甲斐が観音扉を蹴り閉める。そして、一方に付いていた閂をガシャンと閉じた。
 かなり大き目の金属製の扉だ。……シェルターを破ってきた敵にどれだけ耐えられるか。

「まさか、核兵器にも耐えられる扉を破ってくるとはな……」
「純粋な魔術には耐性が無かったのでは?」
「そんなはずは無いんだがなぁ……」

 と、ボルツに肩をつかまれた。

「礼を言おう。だが、二度とあんな真似をするな」
「失礼ながら、それは聞けません」
「貴様は魔術師ではない。素人が闘いに口を挟むものではない」
「にしちゃあ、さっきの手際は素人業じゃないが?」

 確かに私は苦も無く、躊躇も無くホムンクルスを斬った。

「アンタ、その技どこで磨いた。尻込みもせず戦場に足を踏み入れるなんて真似がどうしてできる?」

 甲斐の視線が強くなる。さすがに、私の行動には疑問点が多すぎるか。

「技を磨いたのは鍛錬で。闘う精神は戦場で」
「……………………」

 甲斐は私が前世からの記憶を持っていると知っている。20世紀に戦場なんてありはしないのだが、

「はぁ、まあいいか、めんどくせぇ」

 そう言って、さっさと切り上げてしまった。

「行こうぜ、相棒。嬢ちゃん。コノ話は二度となしだ」

 ボルツが手を離す。納得したのかは分からないが、戦えるというのなら構わないというのだろうか。

「一つ言っとくぞ。嬢ちゃん」

 横に並んだ甲斐が声を低くしていった。

「戦いの引き際はわきまえてるんだろうな?」
「どういうことでしょうか」
「確かに俺達は人を殺す商売をしてる。しかし、死にたいわけじゃない。だが、お前さんは戦闘と見れば真正面に立ちたがる。
 まるで自分の命なんてどうでもいいって感じだな」
「そんな事はありません。私だって殺されるのはゴメンです」
「なら、覚えておけよ。矢面に立つのは男の仕事だと言った筈だ」
「しんがりは一番強い者が勤めるべきと学んだもので」
「はぁ……?」

 と、


 ドゴォォォン!!

 扉が轟音と共にひしゃげた。

「クソ!やっぱりもたねぇか!」

 廊下を走る。階段まで行き着くと、ランスとガウェインが残っていた。

「ランス!逃げなかったのですか?」
「ヘッ、お前の骨の一つも拾うと思ってね」

 とりあえず、一発殴っておく。

「ガル!爆薬二つだ。信管もよこせ!!」
「はい!」

 ガウェインがすばやく懐から先ほどの爆薬とタバコ大の信管らしきものを取り出した。

「待ってください。もろとも爆破するつもりですか!?」
「こういう時は徹底的にやる。どうせ逃げ道は一つじゃねぇんだ!」

 封を破り、爆薬を天井に設置する。
 
 バキャァァン!!

 扉が破られる音がした。

「階段に入れ!!」

 直後、暗闇から黒鍵が打ち込まれてくる。
 ライトの明かりだけで、まだ相手の姿も視認できないという距離なのになんという正確さか。
 だが、その全てをボルツが弾き飛ばした。

「スゲェ……」
「早く!」

 ランスの首根っこをつかみ、階段に引きずり込む。
 やがて全員が階段に入り、扉を閉じる。……甲斐がタイミングを見計らってリモコンを押す。


 ドゴォォォォォン!!!


 扉が一気にひしゃげ、周囲の壁にひびが入る。


 ガン!バキキン!ガン……!

 ついでに、この螺旋階段にまで異様な音が響いた。
 爆発と煙がある程度落ち着き、甲斐がそうっとひしゃげた扉の隙間から確認する。

「OK、ふさがった。4階までそうっと降りろよ」

 4人揃って階段を降りようと数段を降りた所で、ミシミシと強烈な音が響き、階段が大きく歪んだ。

「なっ!?」
「ちょ、何だよこれ!」
「止まってください!今のままでは危険です」

 ……どうやら、さっきの爆発はこの螺旋階段にまでダメージを与えたようだ。

「螺旋階段つっても、実質吊り階段だからな。……クソ、誰だ保安部の予算をちょろまかした奴は」
「先生、保安部に失礼です」
「知るか。大体誰の趣味だ。螺旋階段なんて」

 吊り階段ということは、天井につながったワイヤーでこの階段は支えられているということか。だったら、さっきの爆破は一番ヤバイのでは……、
 さっき以上に慎重に階段を降りる。順番はボルツ、ランス、ガウェイン、甲斐、私。
 何とか、3階を通過した。

「……まさか、地下に生き埋めになんてならないだろうな」
「運が悪ければ、なりますね」
「勘弁してくれよ……」

 バキン!!

 鋭い音と共に、今迄で一番大きな歪みが襲う。支えていたワイヤーが切れたか?

「うおっ!」
「止まれ!これ以上、全員で動くのは危険だ!」

 全員が静止する。なんとか落下だけはしなかった。
 誰とも無く安堵の息が漏れる。

「よし、一人ずつだ。幸い後半階分、相棒、アンタからだ」
「…………」

 たしかに、一番体格のいい彼から降ろして加重を軽くしたほうがいい。
 ゆっくりと慎重に彼が階段を降りていく。そして、なんとか4階の扉をくぐった。

「よし、兄ちゃん。お前の番だ」
「あ、ああ……」

 恐る恐る、手すりにつかまる形でボルツの倍の時間をかけて、彼も何とか4階に到達する。
 ボルツが彼を引き込んだ。

「ガル、お前の番だ」
「はい、先生」

 やはりさっき以上に階段が揺れる。階段を吊っているワイヤーが後何本あるのか分からないが残り


 バキン!!


『―――!!―――』

 ギシギシと、階段が歪む。落下は、しなかった。

「クソ……、この年になってこんな綱渡りをするとはな」
「愚痴れるだけまだマシです」

 ガウェインもバランスを崩しながらなんとか4階に到着した。

「OK、嬢ちゃん。あんたの番だ」
「ご冗談を。あなたの方が下にいるでしょう?」
「レディーファーストだよ」
「貴方が降りれば私が降り易くなります。ワイヤーが後何本残ってるか分からないんですよ」
「だがよ……」
「おーい!言い合ってる暇があったら、さっさと降りろ!!」

 下からランスが怒鳴ってきた。

「ったく……女らしくねぇなぁ。アンタ」
「よく言われます」

 しぶしぶといった感じで、彼が階段を降り始める。甲斐が数段降りるたびにギシギシと階段が軋みをあげる。
 ランスのさらに倍ほどの時間をかけ、たどり着く。
 と、ここで、ベキンベキン!、といやな音が響いてきた。

「……固定具が何本か折れたな。逆に負荷が掛かったか。
 嬢ちゃん、バランスに気をつけろよ!」
「分かりました!」

 一段一段、確かめるように降りる。20段ほどの階段がこんなにも遠く感じたことは無い。
 少しでも衝撃を与えれば即落下。さすがにこんな緊張感は味わったことが無い。
 残り10段、左右への揺れが大きい。ちょっとでもバランスを崩せば……、

 グラァ……

「クッ……!」

 その時、ひときわ大きく階段が揺れ、ダンと足を着いてしまった。

 バキン……!!

 ワイヤーの切れる音。
 落下、…………しなかった。

 扉からこちらを覗く一同、そして私、……大きく安堵の息を漏らす。
 だが、逆に急がなくてはいけなくなった。ワイヤーが後何本あるか知らないが、それだけ一本の掛かる負荷が大きくなり、落下は時間の問題になる。
 焦るが、急げない。そんなジレンマを押し殺しながら、私は7段を降りた。
 後2段で手が届く。

「その調子だ。後もう少し……!」

 ギギギギギ……!

 階段の揺れが大きい。ちょっとでも揺れを与えれば落ちると、頭の中では理解しているがもう一歩が踏み出せない。
 これなら、敵相手に剣を振るっているほうがずっと楽だ!
 その時、

 ビキ……!

 それが、固定具の折れる音だったのか、それともワイヤーが切れる音だったのか分からない。
 だが、その音が私の躊躇を吹っ飛ばした。
 ダン、とステップを蹴り、一気に4階の彼らの場所へと飛ぶ。

 次の瞬間、断続的な金属音と共に、階段が落下した。



[1083] ~Long Intrude 8-2~
Name: ルクセンブルグ◆a6358815
Date: 2008/01/30 01:36
 少し、過去の話をしよう。


 俺の名は、ランス=ウェラハット。当年とって21。
 少しは名の知れた実業家の父と、そこそこの良家の母との間に生まれた。ある程度坊ちゃま的な教育を施されて育ってきた典型といっていいだろう。

 小さい頃は憧れがあった。実業家の父が趣味で集めていた骨董品、とりわけ中世の甲冑や刀剣といった物を見て育ってきた俺は、騎士とかそういうものに憧れていたんだと思う。
 世の中が世界平和だ何だと表面を繕っている中にあって、俺の中で中世の騎士と言う存在は大きかった。イギリスが王制という事もあったかもしれない。
 荘厳な城に住む王を守護し、時にその命により剣を取る。王に忠誠を誓い、己の信じた道を貫く。
 それは今の世界が忘れてしまった、個人が"個"として存在できる物の代名詞にも思えた。
 だから、中世物と聞けば古今東西の映画は全部見たし、中世の発掘品の展示会があると聞けば好んで出掛け、時計塔……大英博物館には足繁く通ったものだ。 

 さらに、"騎士道"と似た日本の"武士道"という物を知った。忠義を重んずるというカテゴリーにあって、この武士道は俺の好みにハマったのだ。

 高度成長期において目覚しい発展を遂げ、今や世界の電子機器の先駆けとしての地位を確立した日本。
 俺は日本に1年間ホームステイをして、日本の歴史や"武士道"という物を調べまくった。
 そして、今でも脈々と根付く"仁義"という言葉にえらく惹かれたのを覚えている。
 ヤクザと聞けば聞こえは悪いかもしれないが、俺にとってヤクザを構成しうる要素、"仁義"という物は騎士道と似通っていた。

 忠誠を誓うと言う事、忠義を尽くすと言う事。
 ⇒自分の信念を貫き通す意志を持つ。

 俺の中で確立した理屈だ。まぁ、なんとも心惹かれる物だった事か。
 ダチに言わせれば古臭いらしいが、上の連中にヘコヘコ頭を下げておこぼれに預かるなんぞというネズミの様な社会を親父に見ていた俺からすれば、キリスト教やイスラム教といった宗教の経典を読まされるよりずっと馴染む物だった。

 その結果が、親の言う事を聞かない放蕩息子という訳だったりもするのだが。

 実際の所、騎士道を真面目ぶって力説できるわけもなく、大学に入る頃には俺は日本に何度か通い詰める常連であり、中世好きが高じて考古学の道を進む事になり、自分の信念の元、女をくどきまくるなんていう人生になっていた。
 まぁ、堕落したものだ。笑ってくれ。





 さて、本題に入ろう。
 いつもの通り女を口説いては遊び歩き、まともに勉学なんぞする気もなかった俺は、その日も大学の講堂を悪友を連れて歩いていた。
 高校から周辺では女好きと称され、噂されてきた俺。よくいる女誑しとささやかれてきた俺であるが、大学に入ってからはそんな事を知らない連中が多くなる。
 だもんで、いつものように女を捕まえて談笑していたのであるが、

「お、来たぜランス」
「あ?誰が」

 悪友の一人が指し示す先、目の前を横切る人の群の中に彼女は居た。

「入学式で挨拶した女だよ。主席で入ってきた奴」

 いや、入学式を中座した俺からすればそんな記憶などない。
 しかし彼女を見た瞬間、俺はその台詞を最後に友人の言葉が聞こえなくなっていた。
 よくあるだろう、突然の事に固まってしまう表現。ドラマとか小説とかによく使われるやつ。
 雷に打たれたとか、ハンマーで頭を殴られたとか、青天の霹靂とか。
 しかし、その時の俺には、彼女を的確に表現できるボキャブラリーを有していなかった。
 
 そう、俺は彼女の強烈なオーラに当てられていたのだ。彼女は背筋を伸ばしてただ歩いているだけなのに。
 だというのに、離れていても分かるオーラの塊のような女性だった。
 威厳?―――違う。
 偉そう?―――もってのほか。
 言うなれば、彼女は"荘厳"その物だった。
 古臭いはずの講堂が絢爛で重みを持った回廊であるかのように、周囲を歩く連中が彼女が引き連れる従者であるかのように、たむろする連中が脇に控える騎士達のように。

 そして、彼女自身は彼らを従え導く指導者―――王であるかのような、幻視。

 俺が彼女を初めて見たその一瞬、瞬きするかしないかの時間。
 たったそれだけの時間で、身の程という物を思い知らされた。
 彼女が居る場所において、周囲に存在する人間は自動的にランクが下がるのだと。
 キリストが何だ、ムハンマドが何だ、彼女という確固たる存在を前にはそんな宗教など路傍の石に等しいのだと。

「……………………」
「おーい、生きてるかー?」

 気がつけば、俺は彼女が廊下の先を曲がるまで見続けていた。
 女の鑑定眼を誤った事は無い。俺の数少ない特技…………にもならんか。
 とにかく彼女は、俺の辞書に存在する"女"というカテゴリーから逸脱した存在となっていた。単純に"女"としてみる事が出来なくなっていた。
 そう頭で理解していながらも、俺は"超"のつく大馬鹿だったようだ。そんな彼女を手に入れたいと思ってしまったんだから。

 その日から俺は動いた。
 彼女が何者なのか、どこの出身なのか、友人関係とよく行くカフェの場所に至るまでを、存在するありとあらゆる人脈を頼りに徹底的に調べ上げた。

「お前、いつからストーカーになった」

 ―――知るか。

 とにかく日を改め、情報を元に彼女にアタックを試みた。
 これまでも幾人もの女を口説き落としてきたのだ。口説いた経験だけなら、保険のキャッチセールスにも負けないと自負できる。それこそ、予備知識の無い女性をその場からモーテルへ直行させる自信さえあった。
 だが……、

「ちょっと、そこの君」
「……なんですか?」

 透き通った声と共に彼女の視線が俺と交錯する。俺とほぼ同等の身長を有する彼女と真っ向から目が合った。
 次の瞬間には用意していた二の句の全てがフリーズした。

 …………あぁ、これが頭が真っ白になると言う事か。

「……もしもし?」
「あ、あぁ悪い。人違いだった。待ち合わせの人を待っていたんだけどね」

 明らかに素人の言い訳が口を突く。人生最大の敗北だった。
 完敗だ。よもや視線一つで俺が陥落するとは思わなかった。

 そうか、これが世に言う"一目惚れ"と言う奴か。





 一度目は惨敗。
 何とか接点を持つべく、悪友に頼み込んで好きでもない講義と代わって貰う。無論彼女が居たからに他ならない。
 緊張を緩めれば白紙になりそうな頭をフル回転させ、あれやこれやと話題を持ちかけ、彼女の口を開かせる事には成功した。

 アルトリウス=セイバーヘーゲン、と彼女は名乗った。
 これで彼女自身から彼女の名を聞けた。無論知っていた事とはいえ、彼女自身から聞いても納得がいかない。
 大体、アルトリ"ウス"とは男性名だ。女性なら"アルトリア"ではなかろうか?
 その辺を聞いてみた所、

「…………聞かないでください」

 ―――はい、二度と聞きません。ごめんなさい。

 ため息と共に身内の恥を晒すかのような顔をされてはたまらない。
 次いで彼女をどう呼ぼうかと考えた。ようは愛称である。
 アルトリウス―――そのままでは硬い。
 アルorアルト―――なんとなく男に思えてくる。
 セイバー ―――剣士。そうだな、雰囲気がそれっぽいからこれがいいかな?

「そうだな、じゃあセイバーって呼んでも……」

 と、セイバーといった瞬間だった。
 彼女から感じていた緊張が、刺し貫かんばかりに強くなったのは。
 その余波たるや、そこそこ広い教室でひそひそ話をしていた連中全員が悪寒と共に黙ったほどだ。

「その名は口にしないでください。そう呼ばれるのは嫌いです」

 ―――死んだ。間違いなく死んだ。懐に隠した銃だのナイフだので心臓を抉られ、腸を口に詰められるに違いない。

 実際それは無かったが、その時の彼女の視線と雰囲気は間違いなく人を殺せる、と人生最大の恐怖を感じたのを覚えている。
 結局、その時間はそのまま視線すら合わせることなく終わってしまい、お茶云々どころではなくなってしまった。

 
 だが、翌日。
 大学にやってきた俺を待ち受けていたのは、そのアルトリウスだった。
 なんというか、目立っていた。
 学生が出入りする扉の脇で腕を組み、その直立不動の格好から"仁王"か何かの様だと思ったものだ。別に険しい顔をしているわけでも無いのに、扉をくぐる生徒達が申し訳なさそうにしていたのは何故だろう。

「あぁ、ようやく来ましたか」

 俺を視線に入れるなり、彼女は俺の前に立ちそう言った。
 信じられない。昨日あれほど険悪な顔をしていたと言うのに、日が明けてみればケロリとしているではないか。
 というか、主席で美人の女が悪名高い男に声を掛けているのだ。登校する連中の目を嫌でも引く。

「昨日は申し訳ありません。突き放すような言い方をしてしまいました」
「あっ……いや、いいんだ。俺の方が失礼だったんだから」
「ところで、一つ聞きたい事があるのですが」

 ……俺に?主席の彼女が?

「貴方の名前です。私が名乗ったと言うのに、昨日貴方は名乗らなかったではありませんか」

 ……げ!そういや、名乗ってないではないか!!

「あぁ……そうだっけ?ランスだ。ランス=ウェラハット」
「……ランス」

 その時、確かに感じた。彼女が俺の名前を聞いて何か聞き覚えのあるような言い方をした。

「なるほど、よろしくお願いします。ランス。貴方が大学で最初の男友達ですね」

 右手を差し伸べてきた。

 ―――おぉ、神よ。感謝します。今この場に私と言う存在を置かれた事を。

 などと、心にも無い事を思ってしまうほどに浮かれた。表情には出さなかったが。
 あぁ、走ったよ。握手をした途端、全身をミョルニルに撃ち抜かれた気分だよ。
 それと、周囲の生徒が何かに怯えるような顔に見えたのは気のせいだろう。
 ナンパ師としては負けだ。いきなり友人にカテゴライズされては先が無い。
 だが、これで彼女とのコネが繋がった。後は、徐々に落としていけば…………、


 しかし、現実は俺がファーストコンタクトのときに感じたとおりだった。
 俺は彼女に引きずられていたのだ。
 一人暮らしをしている事。料理は凝った物が好き。ジャンクフードは嫌い。親日家、etc……
 聞き出した彼女の情報は貴重だ。
 悪友どもがいつ彼女を切り、情報を流すのかと心待ちにしている中、俺は彼女の情報を一切漏らさなかった。
 彼女は守られなければならない。……何故かそんな風に考えていた。

 実際の所、流行だとかになると彼女は全くの無知である事も判明した。
 派手なアクセサリーは嫌い、ついでにメイクもしない。

「メイクもしないでその顔かよ!」

 思わず言ってしまった。もちろん「メイクもしないでその"綺麗な"顔かよ」と言ったつもりではあったが……、

「どういう意味ですか、それは!説明を要求します!」

 さすがに、ガーーッと怒り出した。顔を真っ赤にして。
 あぁ、本来なら平謝りでもすべきなのだろうが、

 俺は笑ってしまった。

「な、何が可笑しいのですかランス!貴方は私を何だと……!!」

 服をつかまれ、ガクガクと揺さぶられる。
 俺の笑いは止まらなかった。

 だってそうだろう。
 騎士や文官の揃った玉座の前で王と話している気分だった俺の前で、彼女が声を荒げたんだぞ。おまけに服を掴んで揺さぶったんだぞ!
 あー、崩れた。完膚なきまでに彼女の城壁を崩してやった。
 なるほどなるほど、やっと彼女の攻略法を見つけた。
 そうか、そうか……、

「ランス!いい加減その下卑た笑いを止めなさい!」
「スマン……、無理! あはははは……!」





 彼女に遠慮を感じなくなった俺は、とにかくへばりつく事にした。惚れた男の弱みという奴か。
 悪友どもには、高嶺の花と言われたが俺は諦めなかった。というか、時すでに遅しである。

 話は変わるが、彼女には秘密が多かった。
 どんな発掘現場に行っても息の上がらない体力があった。
 どんな偉い教授でも論破できる迫力があった。……というか、その道の権威を黙らせるってどうよ。
 そして、色々な部活から助っ人に来てくれという誘いが多かった。
 何故に部活の連中から助っ人要請が来るのか……、それは彼女の家に招待された時に分かった。

 彼女の家に一歩足を踏み入れたときに思ったのは、

「ここって日本家屋じゃねぇよな?」
「日本家屋じゃありませんが、日本のものが大半ですね」
「…………アンタの前世は、日本人だな」
 
 家具の半数以上が日本の物だったのだ。箸や茶碗は言うに及ばず、借家だというのに畳など持ち込み布団の上で寝て、書き物は正座で文机だと!?
 …………あ、ダンベルと竹刀が置いてある。

 まぁ、それも驚いたのだが、一番驚いたのは部屋の隅に雑然と置かれたトロフィーや盾の数々だった。

「何だコリャ!国際マラソン大会、中華武闘大会、……ツールド!?」

 全世界、ありとあらゆる種目の優勝杯や盾が無造作に置かれていたのだ。その数は10を軽く超える。

「昔取った杵柄というやつです。実家に送るのを忘れていました」

 古い日本の言葉であったな……「アンタは無敵超人か」。
 まぁ、彼女が竹刀を軽く構えただけで、多少なりとも鍛えてる俺が全身に冷や汗をかいたんだから、実力は………最早言うまい。

 しかも料理もそこそこ得意と言う。

「いや、ほんとムテキチョウジンか?」
「………なんですか、それは」

 ほぼ完全に自炊をしていると言う。俺の朝なんてフレークとミルクとベーコンエッグがあれば事足りるんだが、彼女の場合そんな簡単な物では納得しないらしい。
 そういやケンブリッジに呼ばれた時、出された豆の煮た物を吐き出して、「こんな物は料理じゃない!」と厨房を襲撃したとかしないとか。
 日本にいるイギリスで生活していた事のある友人も、イギリスの料理は雑過ぎると言っていた。
 俺は感じないのだが、彼女はイギリス人であるのにも関わらず、イギリスの食べ物を全否定していたのだ。不思議な事に。
 ……いや、煮たのが嫌だったからと言って、日本の腐った豆を食う事も無いんじゃないか?……好んで。

「食べたい物が無いなら、自分で作るのが筋でしょう」

 ―――完敗です。……足元の石ころにも及びません。





 彼女が日本に行くと言う情報をキャッチした。俺とアルとの仲を知っている彼女の友人が、俺に情報をリークしてくれたのだ。
 中毒と思えるほどに染まっているくせに、彼女は日本に行ったことが無いらしい。
 これはしたりと引っ付いていく。
 もはや恋云々というより、彼女の秘密が俺を突き動かしていた。無論、諦めたわけではない。

 だが、日本で俺が知ったのはある意味絶望といっていい。
 彼女は俺以上に日本語が饒舌で、俺以上に地理に詳しく、俺が想像もしていなかった事を言い出した。

 彼女は前世の記憶を持っていた、と。
 日本で見た朽ち果てた武家屋敷、洋館、そして城。それらと彼女を繋ぐ線は、俺なんかが跨げる物ではなかったのだ。
 彼女は関われば不幸になると言った。俺は不幸なまま死んだのかと彼女に聞いた。

 想像に任せる……、確かに彼女は笑みを浮かべていた。

 ―――俺の中で何かがぶち壊れる音がした。

 数百年前、彼女は日本で暮らし、俺の知らない人達と関係を築き、その記憶を持ったまま俺の前に立っている。
 そう、彼女は数百年前に死んだ奴らを未だに思い続けている。操を立ててしまっている。
 そうかよ、俺のランクは死人以下かよ!
 無性に腹が立った。やり場の無い怒りは、結局アルトリウスへの疎遠という形となった。

 そのまま12月を迎えてしまった。
 俺は一体何をやっているのだろうか。
 クリスマス間近だと言うのに、俺は女を引っ掛けに行こうという悪友の誘いも、女からの誘いも断っていた。
 心の中が空虚だった。失恋のショックと言う奴だろうか。もはやうつ病に近いほどにやる気が起きない。学校へさえも顔を出していなかった。何もかもがどうでもいい。アルトリウスに男がいたという事実だけでここまで落ちるとは……、正直笑える。

 それは、20日の昼過ぎだった。朝から酒をかっ食らっていた俺に電話が来た。
 どうせまたダチが女を拾いに行こうと電話をかけてきたんだろうと、発信者も見ずに電話に出る。

「……あい」

 アルコールで焼け、気だるい声そのままだった。こんな姿はさすがに両親も引いた。

『私です。アルトリウスです』
「―――!!??―――」
『……随分疲れているようですが、風邪でも引きましたか?』
「いや、大丈夫!!俺は元気です!はい!!」

 …………今思い出しても恥ずかしい。

『まぁ、ならいいですが。ところで24日ですが……』
「はっ……?」
『予定が空いていますのでどうですか?食事でも……』

 ―――おお神よ(以下略!!)





 薬を飲み、床屋へ行き、服を買って、遊び場を調べ……、

「おや、やさぐれてると思ったのにどういう心境の変化だい?」

 ―――すまん、御袋。俺は今忙しい。


 私服で行けるカジュアルなレストラン、予約は滑り込みセーフ。
 ウィンドウショッピングの散策ルートは目をつぶっても歩いていける。
 待ち合わせの時間と、教会までの時間配分、余裕を持って優美たれ!(謎
 …………よし、完璧である。

 
 嬉しすぎて記憶に無い、訳は無いが、この誘いは一体何の為だったのだろうか。
 彼女なら四方から引く手数多のはずなのに、何故俺などを選んだのか。

「別にいいではないですか。普段から付き合せっぱなしですからね、お礼の一つもせねば罰が当たると思ったもので」

 はいはい、だと思いました。
 そうやって息を吐けば、言いたかった事が言える気がした。
 結局、俺は彼女を諦め切れなかったんだと。
 彼女に心底惚れてしまったんだと。


 言った……、と思えばテロである。
 怒った。もう、何もかもに腹を立てた。
 そして……気がつけば、俺を助ける彼女にも怒っていた。
 陳腐な怒りだ。「生きてる俺なんかより、死に掛けてる人達を生かせ。」そんな事誰が出来る。思い出したように騎士道を語ったところで虚しいだけだ。
 それを聞いた彼女は、何かを決意したように病院を飛び出し、……何をしたかは知らない。
 だが、彼女は何かをやった。そうでなければこれだけの大規模テロが、俺がくたばってる間に収束するなんてあり得ない。
 信じられない話だが、彼女は本当に死にかけてる連中を生かしたらしい。確かめる術は今となっては無いが。


 ―――問題は、ここから先の話が俺の、いや、俺たちの人生の転機だった。




 病室で彼女は言った。日本に永住し、向こうで仕事を探すと。
 取りも直さず、それはイギリスを捨てて思い人の骨が眠る土地へと移り住むという事。
 やっぱり腹が立った。がなり立てた。そして、彼女は言った。

「ランス……、私は貴方が嫌いです」

 心で荒ぶっていた波が一気に沈静化した。彼女の言った事が分からなかった。
 風船に込められた怒りが、彼女の言葉という針によってバン!と割られたようなあっけなさだ。
 そうだな……、今思えば俺を強引に納得させようとしたからだろう。
 一晩中泣いたよ……まったく。


 接触が持てないまま2月が来た。退院した俺は彼女のアパートを訪ねたが、どうしても入る気になれなかった。
 俺は、彼女のブラックボックスをこじ開けてしまったのではないか?
 そう考えた。彼女の秘密を知りすぎたのかもしれない。

 そして、その晩の話だ。轟音で目が醒めたのは。飛び起きてカーテンを開ければ、外には業火。
 親の心配より、アルトリウスの心配が先にたった。幸い俺の家には災害用のシェルターがあった。両親はそこへ逃げ込み、俺は親父のホバーバイクを拝借し、アルトリウスのアパートへ向かった。
 もう日本へ向かったのかと思ったが、アパートに居てくれた。
 安全な場所、家のシェルターでもいいかと思ったが、業火の真ん中を突っ切るわけには行かない。それに、空へ上がったエアカーが撃墜されるって時点で、敵は俺達を皆殺しにするつもりだと想像に難くない。
 真っ先に思いついたのは、学校のシェルターだ。考古学の発掘品をしまう倉庫は、ちょっとやそっとの爆撃ではびくともしない構造をしている。


 彼女に違和感を感じたのは学校に入ってからだった。
 角材を掴み、周囲へ意識を向ける彼女。まるでそれが当然というように、意識を切り替えていた。
 俺もそこそこ鍛えている。彼女に敵うとは思えないが、戦術でいうなら最先端のヴァーチャルゲーム、"Unlimited Real Battle Force"で鍛えたつもりだ。
 これは言うなれば、アーケード専門の模擬戦争。
 脳波を仮想空間のキャラクターへとリンクさせ、まるでそこに居るかのようにゲームを楽しむ事の出来る世界でも指折りの発明だ。
 しかも、日独英米中の初の合作だってんだからまぁ……。
 自慢ではないが、月間ランク50位に入った事もある。無論世界でだ。
 20世紀では"Cunterstrike"や"BattleField"のキャラクターに入ってプレイしていると思ったほうがいいか。
 相手も人間。手の内を読みながらの戦闘は確かにリアルだ。

 しかし、俺は全く知らなかった。
 この戦争その物が、そもそも人対人の戦いでない事に。
 最初に対したのは、神学生かと思うほどの少女。左手には3本の剣。

 ―――ハッ!?

 思う間も無く、彼女に突き飛ばされる。直後、俺の前を彼女の持っていた剣が通り過ぎていた。
 弾丸の速度で飛ぶ剣をアルトリウスは当然のように回避、叩き落した。
 驚くのもつかの間、飛び上がった女に、アルトリウスは問答無用で角材を叩きつけ、止める間も無く止めを刺した。

 …………躊躇無く人を殺したのだ、彼女は。

 その後に語られる真実は、俺の中の"何か"をまたぶっ壊した。
 彼女は魔術師と呼ばれる存在である事。
 彼女の前世は、剣を取って命の取り合いをするのが当たり前の世界だったと。
 あぁ、そうか。彼女が世間知らずだったのは、戦う事以外を知らなかった為か。
 あの時……、俺がみた幻視は、幻などではなく本当の事だったのだ。
 そう思ったら笑えてきた。それを知ったら怒りが沸いて来た。

 そう、彼女の秘密を知りすぎたと思っていた俺は……、結局、彼女の半分も知らなかったのである。






 そして今、俺達は敵から逃げている。

 轟音を響かせて、螺旋階段が落下する。飛び出したセイバーを引っつかんで引き込む。
 10階へと落ちた階段は瓦解して轟音を響かせてきた。
 まさに、間一髪。危ないところだった。

「……っく、助かりました。ランス」
「いやー、いいって事よ」
「ったく、これで道が一つ塞がったか」

 愚痴をこぼす甲斐のおっさん。
 それより、俺の思考は今の俺を平静に保とうと必死だった。
 愛の語らいなどあのクリスマスだけ。結局キスも失敗し、踏んだり蹴ったりではあったが……、
 とりあえず、俺の上に倒れこんだセイバーの双丘の感触だけはたぶん、地獄に落ちようと忘れないだろう。

 ―――おお、神よ(以下次回!)



[1083] Fate/the transmigration of the soul 9
Name: ルクセンブルグ
Date: 2007/01/23 00:18
 もうすぐ時計は7時を指そうとしている。
 アーチャーは先に帰した。これから色々と忙しくなるので、その準備をさせるためだ。もっとも、その忙しくなる理由を作ったのが他でもないアーチャーなのだが。


 /// ///


「凛。シロウ達と手を組みましょう」

 自身をセイバーの偽者と言い切ったアーチャーは続けてそういった。

「はぁっ!?どうして?」
「利点は二つあります。第一に二人を仲間にする事による戦力の向上……」

 まぁ、確かにセイバーは相当に強い。士郎に呼び出されたのが勿体無いほどだ。

「第二に凛の負担の軽減です」
「私の?」
「はい、私が戦えば魔力を必要以上に消費する。それは、昨今の戦いでお分かりいただけたと思います」
「……確かに、身をもって確かめさせてもらったわ」
 
 必要以上に魔力を消費する。それは偏に長期戦に向かないということ。だが、短期決戦なら見合った戦力は発揮されている。バーサーカーに対し受けに回っていたセイバーと、互角かそれ以上の力で押しまくったアーチャー。……ここまで来て、クラスがどうのと言う気はない。最も、その二人を敵に回してなお優位を保ち続けたバーサーカーは反則クラスだけど。

「セイバーの性格はよく知っています。マスターが未熟である事も承知し、それでも己が立ち向かえば勝ち抜けるという自負がある。未熟なマスターを教育する、と正式に願い出ればセイバーは受け入れてくれるでしょう」
「ちょっと待ちなさいよ、そんな簡単に受け入れてもらえると思ってるの?私達は聖杯戦争を戦う敵同士なのよ?」
「本来ならばそうでしょう。
 しかし、ただ敵であるだけなら、昨晩、彼等を教会に連れて行くこともしなかったはずだ」

 む……確かに。だが、あれはあまりにもマスターとしても魔術師としても、中途半端な士郎が一人になっても生き残れるようにという戒めのつもりだったわけだが……。

「凛、貴女が聖杯戦争にかける意気込みが強い事はわかります。だからこそ、確実に勝てる方針を採るべきだ。
 共同戦線を張る代わりに魔術を教えると交換条件を出せば、シロウもきっと納得してくれます」

 う~~~~~ん、なんか押し切られてる気がするなぁ……。

「隠し事ばかりで申し訳ないと思っています、マスター。しかし、貴女がシロウに対して聖杯戦争のイロハを教えたように、私も彼が生き残れるように考えた結果、真名を隠す事が一番なのではと思ったのです」
「……普通、サーヴァントがそんな事をする意味も必要も無いと思うんだけどなぁ」
「……すみません」

 はぁ…………。

「じゃあ一つだけ聞くわ、アーチャー。それを聞いたらアンタの提案を汲んだげる」
「何でしょうか?」
「貴女、自分をセイバーの偽者といったわね。でも、バーサーカーに対しては貴女の方が勝っていた。
 …………それなのに偽者ってどういう事?」

 短期決戦型と長期持久型、どちらがどちらとも言えないが、腑に落ちないのはそこだ。
 アーチャーは少し思案顔になり、

「そうですね、イメージの重複ではないかと思います」
「どういう事?」
「英雄となった経緯が彼女と酷似していたのではないかと。その為に、世間での私のイメージが彼女とダブった。
 その為私と彼女は似通っている、と言った所です。最も、その経緯もお話できません」

 あぁ……、なんか嫌になってきた。
 私はテーブルに突っ伏してそう思った。

「……はずれを引いたかなぁ」

 思わずそうつぶやいていた。

「何を言うのですか凛!」
「――――!!」

 今度はアーチャーがテーブルを叩いて激昂した。

「確かに私は偽者かもしれません。しかし、私は私のやって来た事に微塵の後悔も感じていない!
 たとえそれが、イメージの重複だろうと!
 貴女には……貴女にだけは、それを否定してほしくはない!!」

 ……………………

 顔を上げ、彼女を見て呆気に取られた。アーチャーが……泣いてる。

「…………ゴメン。知らずに侮辱してた」
「……いえ、こちらこそすみません。使い魔風情が出すぎた真似をしました」

 そうだ、彼女には彼女の誇りがある。彼女がどういう経緯で英雄になったかは知らないが、その誇りを否定する権利は私には無い。

「はぁ……、この話は止めにしましょう!お互いの信頼は大事だもの。
 OK、士郎と共闘できるか聞いてみるわ」
「ありがとうございます。ご心配なく、凛の損にはなりませんよ」
「そうね、セイバーとアーチャーが味方として戦ってくれるなら心強いわ」
「それこそ杞憂です。彼女とならば、勝利は約束されたようなものだ」
「言うじゃない。相当にセイバーを買ってるのね」

 彼女は口元に笑みを浮かべ、

「見くびらないでください。偽者とはいえ、私もセイバーと間違われるほどの英雄なのです。
 それに、凛という優秀なマスターに着いたのだ。
 そのサーヴァントが最強以外の何者でしょうか」


 /// ///


「なんというか、ねぇ」

 紅茶のカップを傾けながら、私は一人ごちる。
 アーチャーに関してはもう何も聞かない事にしよう。セイバーや士郎との確執は後になってから問いただせば良い事。……もしかしたらボロを出すかもしれないし。
 問題は、士郎がいつ目を覚ますかで……、

 ガラリ……

 見計らったかのように居間のふすまが開き、士郎が入ってきた。
 同時に、昨日の馬鹿丸出しの行動の怒りまで吹き出してきたけど。

「あら、おはよう。勝手に上がらせてもらってるわ、衛宮君」
「と、遠坂!?おまえどうして」
「待った。その前に謝って欲しいんだけど?昨日の一件についての謝罪を聞かないと落ち着けないわ」

 とりあえず、アーチャーとの約束を果たすのは、ひとしきりこのバカを説教し倒してからにしよう。


 ――― 間 ―――


「それじゃあ私は戻るけど」

 諸々の説教と契約の取り付け、手付金代わりに本を一冊。そこまでしてから私は立ち上がった。

「え?ああ、お疲れ様」
「まあ、今回はこういう流れになったけど、本来なら私達は敵同士なのよ。最後の日になってどうなってるか予想は出来ないけど、いずれ私達も戦う事になる。
 だから―――私を人間とは見ない方が楽よ、衛宮君」

 そういって、私は一時彼の家を後にした。





「おかえりなさい、凛。言われたものは詰めておきました」
「ご苦労様。着替えたらすぐに戻るわ」

 家に戻ってみれば、アーチャーが二つのボストンバッグに必要な物を詰めていてくれた。私も自室へと入り、ちゃっちゃと私服に着替えてしまう。

「OK。行きましょうか」

 片方のバッグを担いで、しばしの間留守にする我が家に厳重に施錠する。

「凛、何ならそちらも持ちましょうか?かなり重いものが入っているようですが」
「いいわよ別に。自分の物は自分で運ぶわ」

 こんな事でアーチャーに頼っていたのでは単なる甘えである。
 にしても、日曜日の朝で人影がまばらだというのに、数少ないすれ違う人達が漏れなく私のほうを振り向くと言うのはどういう事か。
 ……まさか家出少女に見えるとか、そんなんじゃあるまいか?

「どうしました?」
「いえね、私って家出少女か何かに見えるのかしら」
「見ようによってはアリかもしれませんね」

 横を歩きながらアーチャーがクスクス笑う。

「無駄に目立つってのは好きじゃ……」

 ここで、ある決定的な矛盾に行き当たった。
 というか……、朝も同じことがあったぞ!

「って!アーチャー、何よその格好!?」
「ふむ、ようやく気付きましたか。日曜の朝だからといって身近な変化を二度も見逃していてはいけませんね」

 私の横を普通に、実体化したまま、歩くアーチャーが言う。しかも、その服装がまるっきり変わっている。
 鎧の下の装束じゃなく、青のジーンズに、白のトレーナーと言った、……やたらめったら映えまくる格好して歩いている。

「どっから見つけたのよ、そんな物」
「クローゼットです。失礼かと思いましたが、色々ひっくりかえさえせて貰いました」

 そりゃ誰だって振り向くわ。アーチャーみたいな美人が、んな格好で街中を闊歩してたら人目を引きまくる。
 ……っていうか、反則です、ソレ。

「それより、何であんたまでそんな格好してるのよ!必要ないじゃない」
「凛、あの家にセイバーが一人で、しかも何の前触れも無く現れ、居座っては何かと問題が起こります。
 ここは一つ、姉妹で来たと言う事に」
「……アンタのその無駄で、突飛な考えは一体どこから沸いて来るのかしらね」
「いつの世も物を言うのは確たる事実と、あらゆる疑問を退ける証拠です。それに凛、私だけ貴女方の生活から除け者にするつもりですか?」

 あぁ、神様仏様聖杯様、私何か悪い事しましたか?
 ……こいつは本当に英雄か?英雄なのか!?
 ここまで完璧にこの時代に溶け込む技量はどこで身についたんだろうと、本気で考えてしまう。

「……もういいわ。好きにすれば」
「判りました。貴女の割り切りの速さは、実に好ましい」







 で、私達が士郎の家に戻ってみれば、二人は道場で言い争っていた。
 邪魔するのもあれなのでしばらく傍観していたのだが、とりあえず話が軽い方向に行ったらしいのでこれ見よがしにバックをドスンと置いた。

「はい―――?」
 おー、士郎が唖然としてこっちを見ている。

「……むむむ?何しに来たんだ、遠坂」
「何って、家に帰って荷物を取ってきたんじゃない。今日からこの家に住むんだから当然でしょ」
「す、住むって遠坂が俺の家に……!!!??」
「協力するってそういう事じゃない。……貴方ね、さっきの話を何だと思ってたわけ?」
「お世話になります。シロウ」

 アーチャーもそう言って、笑みを浮かべている。
 予想以上にうろたえる士郎。なんか、面白い。

「私の部屋はどこ?用意してないんなら、自分で選ぶけど」
「あ―――いや、待った、それは―――」
「あ、ついでに彼女の部屋も用意したら?私のアーチャーと違ってかさばるんだから、ちゃんと寝る場所を与えておかないと。ま、同衾するって言うなら別にいいけど」
「す、するかバカ!人が黙ってれば何言い出すんだお前!んなコトするわけないだろう、セイバーは女の子じゃないか……!」
「―――論点違うけど、ま、いっか。ですってセイバー。
 士郎は女の子と同じ部屋はいやだって」

 難しい顔をするセイバー。
 マスターの身を守るためには同室に居たほうがいいというのは当然の話。だけど、士郎の場合情操教育がしっかりしているのか、それとも単にサーヴァントを駒として見る事が出来ないのか……。

「困ります、シロウ。サーヴァントはマスターを守護するもの。睡眠時は最も警戒すべき対象なのですから、同じ部屋でなければ守れない」
「そんな事言われてもこっちはもっと困る!何考えてんだお前ら、それでも女か!」

 やっぱり……、コイツ、サーヴァントを人としてみている。

「クスクス……」

 で、……なぜこの状況で笑えるんだ、アーチャー。

 まぁ、すったもんだはあったけど、とりあえず士郎の隣の部屋でセイバーは寝る事になり、私とアーチャーも部屋決めのために士郎の家を物色する事とあいなったのである。


 ///  ///


 縁側に腰掛けてぼんやりと空を見上げる。
 昼間から眠ってしまったセイバーではないが、こっちも休憩が必要だ。
 吐き気はないが、体の具合は最悪。おまけに、予期せぬ展開を押し付けられて肩が重い。

「―――ふう」

 いまだに右も左もわからない状態は変わらない。
 魔術師としての先輩と言うか、正規のマスターである遠坂はというと、

「あまってるクッションとかない?それからビーカーと分度器」

 家の物色に余念がない。
 文句を言いながら戻っていく彼女を見ながらあくびをする。どうやら体力が満足に戻っていない、眠すぎる。
 にしても、遠坂がうちに泊まるというのは確定のようだ。
 まぁ、遠坂の部屋は離れの客間だし。いや、飯時は顔を合わせるよな、それに風呂もこっちにしかないんだし、話し合って使わないと。それを言うなら、セイバーだって女の子なんだから、

「って、何を考えてるんだ俺は!」

 頭を振って、余計な思考を振り払う。
 その時、クスクスと聞いた声で笑う者が一人。
 顔を上げれば、そこにはセイ……いやいや、アーチャーが立っていた。

「お疲れのようですね。シロウ」
「アーチャー?」
「隣いいですか?」
「あ、……あぁ」

 ストンと隣に腰を下ろすアーチャー。
 ……ヤバイ、完璧に忘れていた。セイバーと遠坂だけでも緊張するって言うのに、アーチャーも女性だったんだ。
 しかもセイバーにそっくりの。しかも、今は彼女まで私服だ。……というか、どこから持ち出したんだろうか。

「どうしました、シロウ。私が居ては落ち着きませんか?」
「え―――いやいや、大丈夫。
 てっきり、遠坂の手伝いをしてるもんだと思ってさ」
「凛の部屋は、彼女が自分でコーディネートしています。魔術師の工房にサーヴァントが口を挟むことは出来ませんよ」
「そ……っか」

 それだけで、会話は途切れた。
 何を話せというんだろう。アーチャーは遠坂のサーヴァントだし、まさか真名を教えてくれるなんて思ってもいない。
 にしても、……あまりにも似てる。セイバーが成長したのならこうなるんじゃないかってのを、まさに体現してる。
 目を閉じて、声だけで聞き分けろなんて言われたら、俺には無理かもしれない。

「シロウ」
「……え?」
「セイバーの真名は教えてもらいましたか?」
「い、いや、教わってない。教えてから魔術で記憶を吸い出されでもしたらマズイって言われてさ」
「ふむ、賢明です。それがいいでしょう。
 まぁ、……かく言う私もそう高名な者ではありません。バーサーカーに比べたら数段ランクは落ちるでしょうし、知られたところでどうという事はないでしょうが」

 …………ん?何だこのデジャヴは。
 アーチャーを見る。目を閉じ、純粋に日向ぼっこに浸っている。セイバーのように無表情ではない。ただ穏やかだ。
 硬いセイバーとは対照的。

「どうしました?私の顔に何か?」
「え!……いや、別になんでもない」

 ど、どうすればいいんだ?何か話さなきゃいけないって言うのに、緊張してしまう。
 ……って、こんな状況がこれから3倍増しで続くのかと思うとある意味ゾっとする。

 ―――だぁぁぁ!考えてても埒があかねぇ。

 そのままバタンと後ろに倒れ、空を見上げる。
 聖杯戦争、セイバー、遠坂、アーチャー……そして、イリヤスフィール。
 否応なしに殺し合いは始まってしまった。俺はそれを止める為に戦う。それは何百年も続いてきた儀式のような物らしい。
 だが、その経緯はどうあれ、誰かが血を流し、死ぬ事になるなんてごめんだ。
 取り留めない先の事を考えてたら頭が熱くなってくる。
 その時ふっと、目の前が暗くなった。

「あまり考えすぎない方が貴方のためですよ、シロウ」

 って!!アーチャーの手!?
 慌てて起き上がろうと……、

「そのまま、……動かないでください」

 ……………………
 目から額にかかるヒヤリと冷たいアーチャーの手の感触で、頭にモヤついていた考えが圧殺されていく。
 てか、そんな余計な事を考えるなんてできない。

「そうです、そのまま思考を落ち着かせてください。
 今の貴方は昨日の怪我から回復して間もないのです。セイバーと同じようにもう少し休息が必要です。
 ですから、そのまま眠ったほうがいい」
「いや……けど」
「見張りは私がやっておきます。ご心配なく、セイバーの代わりは務めますよ」
「そうじゃなくて…………えぇと」

 ……やば、アーチャーの手が気持ちよすぎる。さっきからの眠気がぶりかえして……、

「本当は…………まま、少し……く……貴方と」

 アーチャーが何か言っている。
 ……だが、それよりも襲い掛かる眠気に俺は、勝つことができなかった。



[1083] ~Long Intrude 9-1~
Name: ルクセンブルグ
Date: 2006/08/12 21:22
 階段が轟音と共に落下し、私は引き込んでくれたランスの上に倒れこむ。

「……助かりました、ランス」
「いやー、いいってことよ」
「ったく、これで道が一つ塞がったか」

 ランスの上から退くと、立ち上がって階段が落下した竪穴を覗き込む。地下10階は相当な高さだ。だが、追っ手を振り切るには丁度いい。

「下への道はここだけなのですか?」
「馬鹿言え、んなわけあるか。ちゃんと階段はあるさ。10階へ直通とは行かないがな」

 そう言うと、甲斐は奥へと向かう。
 他のみんなはすでに奥へ行ったらしい。

「……………………」
「何をしているのですか、ランス。行きますよ」
「あ、ああ」


 4階は食堂になっていた。体育館ほどの大きさの広間にテーブルが所狭しと置かれ、広い厨房が隣接している。
 トリスティアはテーブルの一つに寝かされ、輸血の準備を終えていた。

「広いな」

 ランスが感想を漏らす。確かに広い。まぁ、魔術師全員がここで食事を取るとも思えないが。

「ま、ちょっとしたもんだな。まぁここを使う連中は引き篭もり連中ばっかりだ」
「何でもいいよ。さすがに腹が減った」

 ランスは厨房へと入っていった。確かに、朝4時から動き続けだ。9時か10時か……、とにかく何か口に入れたい。
 ランスと共にライトを手に厨房を見て回る。
 厨房からは並んだテーブルが良く見える。
 ボルツと甲斐とガウェインはなにやら相談を、トリスティアにはベティとイーサンが付き、少年少女の二人は離れた所で声を潜めている。ヴィクトールも隅のテーブルで肩を震わせている。

「食料とか、そんなもんはねぇのか?」

 ヘンリーも厨房で食べ物を探していた。

「大抵裏とかだろ、……無事なら」

 そして、裏に回った私達は大型の冷蔵庫とフリーザーを見つけた。
 ランスがそれに手を掛け、開けた瞬間、

 バチャァァ!!

「うおっ!?」
「な、なんだこりゃあ!」

 いきなり冷蔵庫の隙間から漏れ出す液体。
 ……水だ。冷蔵庫に入っていた氷が溶け、流れ出した。やはり冷蔵庫の電源も停止していたか。

「最悪だな、これじゃまともな食料は期待できねぇぞ」

 と、ランスがチラッとこちらを見る。

「何ですか?」
「いや……、お前ジャンクフードとか嫌いだろ?」
「…………できればまともな食料を期待したいのですが」
「無理だと思うぜ?ほとんどが保存の効くもんばかり。冷蔵庫でこれだ。冷凍庫に眠ってるピザがどんな状態かは考えたくもないね」

 ヘンリー冷蔵庫から一つのパックを取り出した。

「無事なのはこんな物ばっかりか」

 ……あぁ、最悪である。食料は戦をするうちでもっとも確保を考えるべき物。
 いくら一パックで1日のカロリー摂取ができる、などと謳われても私から見ればそんな物は"食事"とは認めない。第一腹が膨れないではないか。
 こればかりは全力否定である。

「ないよりマシかぁ。まったく」

 ランスもパックの封を切り、中身を一気に吸い上げる。

「はー、やれやれ。味も素っ気もねぇ」

 と、こちらにも一つ差し出してきた。

「ランス、私がそんな物を食べないことぐらい知っているでしょう?」
「分かってるよ。だが、飲んどけ。何でもいいから腹を満たしとかないと持たないぞ」

 ほれ、と私の手に押し付けた。
 軽い。あまりにも軽い。250mlそこそこの容量しかないのに、食物繊維を初めとした一日に必要な栄養素が凝縮しているという。
 焼いた肉を投げ出しただけの"料理"よりは幾分マシだろうが……、結局は同じ事。

「後は、ソーセージとか生のまま食える程度の物か。まったく、量だけは揃ってるな」

 水に濡れて食べられそうにない食材を避け、密封包装されていたソーセージやパックなどを取り出す。

「諦めろ、セイバー。こんな時に食料が食えるってだけでもありがたいさ。前に食ったレーションなんてのは最悪だった。アレよりはマシだよ」
「……皮を剥ぎ、何の下処理もせず、焚き火にかざして焼いて投げ出しただけの肉が戦時食でも貴方は耐えられますか?」

 いきなりの私の問いにランスはすこしためらってから、

「何だ、そのありえねぇ食料は」
「古のブリテンが戦争中に食べていた食料です。今思い出しても、焚き火にかざしただけの肉を"料理"しているなどとよく言っていたものでした。
 貴方は戦闘とその"肉を焼いた食べ物"が毎日続いて耐えられますか?」
「…………たぶん、無理」

 しぶしぶ私はパックの封を切り、一気に飲み干した。
 少しドロリとした感じがのどを通っていく。味は良かろうが、好きにはなれない。

「……はぁ。確かにアレよりはマシでしょうね。味も素っ気も無いほうが助かります」
「お前……、中世で戦争やってたのか?」
「大昔の話です。あの頃に比べれば確かに戦時食は進化した。少なくとも、マズくはない」

 眉をひそめ、あの頃の苦い経験を思い出す私を見ながら、ランスは「察するよ」と言って手に持ったパックを手に皆の所へ戻っていった。

「……何の話してんだお前ら」

 そこに、3本目のパックを空けたヘンリーがつぶやいた。







 事態が急変したのは、それからすぐだった。

「トリス!トリス!?」

 輸血を始めていたトリスティアの容態が急変したのだ。

「どうした!?」

 甲斐とガウェインが駆け寄る。他の皆も何事かと集まった。
 トリスティアは苦しそうなうめき声を上げ、痙攣を起こしていた。

「血液が合ってなかったんですか!?」
「いや、確かに合ってる。だとすればこれは……」

 ベティが治癒魔術を再開する。だが、彼女の痙攣は治まらない。

 やがて……、パタリと動かなくなった。

『―――!!?―――』
「……トリス…………どうして……」

 亡くなった……。意識を取り戻すことなく、輸血すらしたというのに彼女は死んだ。
 動揺と、静寂が食堂に下りた。
 それでも冷静なガウェインは輸血の針を外し、イーサンがハンカチを彼女の顔にかけた。

「線香じゃないのが悔やまれるな」

 甲斐はタバコを取り出し、一本に火をつけると彼女の横にトンと立てた。

「日本流の弔いだ。安らかに眠ってくれ」

 と、手を合わせる。
 ベティは彼女の亡骸にすがってすすり泣く。


 ゴガァァァン!!


 いきなり、厨房の中から轟音が響く。
 全員がいきなりの事に驚き顔を上げ、デュランは過剰に反応し声を荒げる。

「ちょ、何だ今のは!?」

 手を合わせていたランスがカウンター越しに覗き込む。
 ガランガランと床に転がっていたのは棚に置かれていた寸胴。だが、その鍋は大きく凹んでいた。

「……お前かよ、セイバー」
「……………、すみません」

 ギリギリと歯をかみ締め、握りこんだ拳は皮膚を破って血が出ている。おまけに、殴った拳自体も皮膚が破けていた。
 皆に安心するように言ってからランスが中に入ってくる。

「あーあー、お前。右手裂けてんじゃねぇか!」
「大した怪我じゃありません。ご心配なく」
「お前が泣く必要なんて無いと思うんだがな、俺としては」

 彼は転がった鍋を拾い、棚へと戻す。そんな必要など無いというのに。

「俺も人の事は言えないがね。話した事も無いとはいえ、名前を知ってる人間に死なれるとな」
「私は……悲しいのではありません」

 静かに、血が流れる右手を見る。

「確かに悲しい。しかし、それ以上に悔しいんです。なぜ助けられなかったのだろうと」

 守ると誓いを立てた。なのに、あの入り口で仲間の一人が見る間に貫かれ、さらに重傷だったトリスティアが死んでしまった。
 この時点で、守ると誓った私の誓いは2度破られたことになる。
 それは私にとって、胸の中を二度も串刺しにされたのと同じ事。

「なぜ助けられなかったのか、なぜ間に合わなかったのか……、ただ、自分が許せないんです」
「彼女に関してはお前は関係ないだろ?元々瀕死だったんだ。無関係な奴にわざわざ血を届けるなんて手間さえかけたんだぜ?
 誰もお前を責めねぇよ」
「そういう問題ではない!」

 私は彼を睨み付ける。

「セイ……バー?」
「誓いを立てた瞬間から、私にとって皆の命は等価値です。たとえ無関係だろうと、私は守ると決めた。なのに……救うことができなかった」

 今になってジクジクと痛み出した手を押さえて、私は言葉を漏らす。
 無念、後悔、死者への懺悔、出てくるのはそんな感情ばかり……。大量の死体を見ても眉一つ動かすことなく戦場に立ち続けた王の威厳はどこへやら。
 人一人の命が……これほどに心を削っていく。

「思いつめてると、タメにならんぞ」

 甲斐がカウンター越しにこちらに話しかけてきた。

「とりあえず、彼女の死亡理由くらいは聞くか?」
「分かるのか?」
「こういう場合は限られる。一番は"クラッシュ症候群"だろうな」
「クラッシュ……なにを?」
「クラッシュ症候群。断線した筋肉から漏れ出た体液や髄液が血管内を流れ、毛細血管を詰まらせる」
「聞いた事はありますが、確かめったに起こらないのではなかったですか?」
「だな、負傷してから時間が経ってなければまず起こらない。
 だがあの女の場合、ベティが治療を始めるまで15分以上ほったらかしだったらしい。戦闘の混乱で彼女を治療するどころじゃなかったんだろうよ。
 おまけに手ひどくやられてたからな。ベティの治癒魔術は一級らしいが、すでに血管内に異物が入り込んでたんだろう。
 血圧が下がっていた所に輸血がいきなり来て、異物が毛細血管に詰まり……」

 はぁ、と甲斐がため息をつく。その先は言うまでも無いか。

「お前さんの心意気は買うよ。だが、仇を取るにしても俺達が生き残らなきゃならん。こりゃお前さんが言ったことだぞ?
 顔、洗いな。悲しみに潰されてる暇なんて俺達にはねぇんだからよ」



[1083] ~Long Intrude 9-2~
Name: ルクセンブルグ
Date: 2006/07/07 21:27
 静寂の落ちる食堂。食堂の隅にトリスティアは横たえられ、テーブルクロスが被せられた。
 すすり泣くベティを初め、この場に居る全員がただ静かに時が流れるのを甘受していた。
 そんな沈黙を破るように甲斐が立ち上がる。

「色々あって、とうとう死者まで出た。お互い不平不満はあるだろうが、とにかくこんな状況だ。全員の意思を統一する必要がある」

 甲斐が集まった全員を見渡してそういった。

「そこでだ。とりあえず、お互いの事を知るために自己紹介と行こうじゃないか。
 私は甲斐ヒロヤス。この時計塔の魔術師だ。専門は銃弾に刻んだ魔術式を相手に撃ち込んで発火させる魔術だ。
 火葬式典て言うんだが、数に限りがある。よろしく頼むよ」

 淡々と喋ってから、再び椅子にかけた。
 いきなりの自己紹介に皆が呆気にとられる中、こんどはガウェインが立ち上がった。

「ガウェイン=ウェラハットです。魔術は見習いなのでまだ得意ではありません。甲斐先生と同じように火葬式典の発火魔術を。
 それから、刀剣の心得が少々。よろしくお願いします」

 目配せを受けて、ため息混じりにランスが立ち上がる。

「ランスだ。そいつの従兄なんだが、正直、魔術なんて解らない。
 "URBF"を結構やってるんで、銃の扱いくらいは身についてる」

 よろしく、といって私の肩を叩いた。
 立ち上がって、胸を張る。こんな場所だろうと弱気を見せるわけにはいかない。

「セイバーと呼んでください。魔術協会には所属していませんが、こんな魔術を」

 言って右手を上げる。傍目から見れば何も持っていないように見えるが、風が舞い、2本の黒鍵が姿を現す。
 おお、とどよめきが起きた。

「風で光の屈折率を変え、武器を隠して携帯する事ができます。もっとも、隠蔽と若干の強化以外の利点はありません。他には魔術による身体強化。
 他には、槍、弓、体術等……ほぼ武術と名のつく物は修めたつもりです」

 礼をして座ろうとした時、

「あぁ!そうか、お前!」

 銃を持った少年、ヘンリーが急に立ち上がった。

「思い出した!お前、セイバーヘーゲンだろ!何年か前に"競技会荒らし"で有名になった!」
「……"競技会荒らし"?そうか、どおりで……」

 イーサンがメガネを押し上げながら言った。私に見覚えがあるのか?

「中学生当たりからいきなり台頭して来て、節操無く競技会に出場しては優勝を持ってく女性。勝ちすぎて出場禁止になった大会は数知れず。オリンピックの強化選手を蹴ってニュースに一度出た」
「……えぇ、確かに」

 確かにそんな事もあった。小さい頃から、私は女らしい物に興味を示さず、自己鍛錬ばかりをやっていた。
 記憶を前世のものと確信した13歳当たりから、私はありとあらゆる武術を身に着けようと躍起になっていたのである。何の必要も無い事だが、鍛錬を重ね、自分が強くなければいけない、という思いに突き動かされていた。
 お陰でイギリス内から始まって、アメリカ、中国、日本等、多種多様な国際大会にエントリーしまくり、その全てで勝利している。
 オリンピックの強化選手も断ったのではなく、IOCに影から"出ないでくれ"と言われたのである。……勝つから。もちろんこちらとしてもうるさい事が嫌いだったので要望を聞いたのだが……これはオフレコでお願いする。

「ちょっと待て、それはお前、魔術を使って勝ったんじゃあるまいな!?」
「ランス、見くびらないでください。大会の成績は純粋に私の物です。なんなら女王に誓ってもいい。それに、魔術を使ったら魔術協会が黙っていない」
「…………だとしたら、お前の身体ってどんなポテンシャルよ」
「とにかく、銃弾なら剣で2,3発程度はじき返す自信があります。次は貴方ですよ」

 と、ヘンリーを指す。

「……俺か?
 あぁ、名前はヘンリー。ヘンリー=パーシヴァル。
 別に魔術師とか、奇術師なわけじゃない。ここにこんな場所があるなんてことも初耳だしよ」 

 身長は私より高い。いわゆるストリートファッションをした少年。
 さきほど私に向けられたアサルトライフルもどこかで拾ったものか。

「そういや君、その銃はどっから持ち出した?」

 甲斐が率直に聞いた。

「あぁコイツか?逃げてくる来る途中で、くたばってた兵士からな。別にいいだろ?」
「……扱いは解るのか?」

 彼が銃を持つ事をとやかく言うのではなく、扱えるかと聞く。彼も戦力になるなら誰でもいいという事だろう。

「あぁ、いつでもあのクソ○マどもをぶっ殺してやるよ!家族の仇だしな!」
「…………次は?」
「じゃあ、私が」

 と、イーサンが立ち上がる。自己紹介の内容は私が聞いたものと同じだ。

「ところで、僕達はここに何時まで居る事になるんだい?」
「何時までとは?」
「そのまんまの意味だよ。地上への出口はあるんだろう?だったら、何時まで篭城してればいいのかって……」
「その点は心配ない。地下深くに非常用のターミナルがある。そこから北の支部まで直通で避難できる」

 地下鉄……、誰にも知られぬままよくも作った物だ。
 納得したのかしていないのか、複雑な表情のまま彼は座った。
 次にヴィクトールが静かに自己紹介し、ボルツは名乗っただけだった。

「あぁ……、彼もここの魔術師でね。得意は格闘だそうだ」

 敵を迎撃したときに見せた、ボクシングスタイルの格闘技か。おそらく、身体強化に特化した魔術師。だが、これだけ暗いというのにサングラスを取らないというのは……、

「……貴方、まさか目が!?」
「……あぁ、見えていない」

 盲目。見えていないにも拘らず、アレだけの戦闘技能を発揮するとは……。
 ……というか、私達が入って来た時甲斐の身分照会はどうやったのかが気になる。
 そういうことなら、あの暗い廊下で黒鍵を全て弾き落とした事にも納得がいく。彼が視覚の代わりに何を頼りにしているかは判らないが、元々見えてなどいないのだから当然か。

「目が見えてないのに、飛んでくる剣を叩き落すって……、魔術師って一体…………」

 ランスがなにやら唸っているが無視。
 次に、目を赤くしながらもベティが立ち上がった。

「ベティ・G・ローゼンバーグです。えー、司祭、やってます……」

 彼女の得意は聞いたとおり治癒魔術。
 さきほど私が鍋をへこませた時の傷もすでに治癒してもらった。確かに、跡形も無く治療できる彼女の腕は一級といえる。
 そして、教会から出向できており、敵と似た格好をしているが、あのホムンクルスは教会とは無関係だろうとも言った。
 当たり前だ。魔術を異端とする者達が、魔術で動く人形を使って一般市民を皆殺しなどするはずがない。
 しかし、教会のカッソクを着込み、教会の装備である黒鍵を使い、投擲技術"鉄甲作用"まで仕込まれているとあっては、彼女としても完全に否定するには怪しすぎる。
 もっとも、彼女は本当に知らないのかもしれない。

 そして、問題の二人。

「あー、あーー、ああー……」
「カリン・ベイカーと言います。こっちは弟のデュランです」

 精神を患っている弟と、その姉。ボルツが連れて来たと言う戦災孤児。この二人が居ると、機動力がガタ落ちになる。
 だからといって見捨てる気は毛頭無い。
 それに、年端も行かない子供だ。こんな所で死なせるわけには行かない。
 一通りの自己紹介が終わり、再び甲斐が口を開く。

「OK。亡くなった彼女を含めて12人。……まぁ動けるのは11人だが、この人数でターミナルまで向かう事にする。
 残念だが、あの亡骸は事が終わってから回収ということになる。嬢ちゃんには悪いがそういう事でいいな?」

 赤くなった目をしながらも、彼女は頷いた。
 知り合いが死んだとしても、優先順位の判断はできるようだ。

「さて諸君。ようこそ魔術協会へ。と、言った所で望んで来たわけでも無いがね。さしあたって注意事項だ。
 この魔術協会だが、道中は下に行くほど複雑怪奇になり、正直俺たちでも踏み入ったことの無い空間も存在する。まさにびっくり箱だな。
 一応、地下13階までの道は俺が知っている。君らはただ着いてくればいい。
 問題は、あのホムンクルスどもだ」

 トントンと、テーブルを叩きながら甲斐が話し始める。

「見た所は、司祭なんかが着ているカソックから、裏は"教会"なんじゃ無いかと俺は思っている。
 だが、"教会"から来ているベティ君が何も知らない所からしてその線は怪しい」
「先生、こんな所で講義なんか始めてもしょうがありませんよ?」
「わってるよ、ガル坊。
 問題はあの連中が使っている武装。そこの彼女が敵からぶん取って使っている細身の剣、こいつはな聖堂教会で使ってる悪魔祓いのための物だ」

 と、ここでヘンリーがつぶやいた。

「悪魔祓いって……、またオカルトな」
「生憎だが、冗談じゃない。
 サタンも吸血鬼もゾンビも実際に存在する。君らから見ればそんな迷信と思うだろうが、あの敵はホムンクルス。つまり人造人間だ」

 ざわめきが起きた。もちろん、数人だが。
 甲斐は続ける。

「そして、奴らはその黒鍵を投げつけてくる。それも弾丸並みの速度で。"鉄甲作用"という特殊技術なんだが、奴ら全員が使っているとなると、刷り込んだ製作者は相当な技量の魔術師だろう。
 救いなのは奴が単調な攻撃方法しか採らない事だ。遠距離では投擲、近距離では特攻。この2択。
 だが、運が悪い事にこの魔術教会の地下は廊下が狭い。奴らに溜まっている所に黒鍵の斉射をされたらまず誰かに当たる」
「……はじき返す非常識な奴もいるけどな」

 ランスがぼやいた。

「まぁ、投擲専門の剣で斬り合おうって言うこのセイバー嬢は特別だ。実際俺達はそれだけの技量があるからな。
 そういや、嬢ちゃん。兄ちゃんにアレは渡したのか?」
「え……?―――あ」

 そう言えば忘れていた。甲斐からランスに渡すように銃を預かっていたのを。
 ポケットから銃を出しランスの前に置いた。

「うお、ガバメント!? いいのか?」

 私に銃の詳しい事は分からないが、何やら入念に見始めてしまった。

「物持ちいいなぁ、おっさん」
「ほっとけ。銃の経験、戦闘の経験があるならなんでもいい。たとえゲームだろうが、武器の扱い方ぐらい教えてくれるんだろ?」
「まぁな……」

 指でクルクルと回し、あさっての方向に次々とポイントするランス。具合を確かめているようだ。

「正直、俺達もお前達全員を守れる自信は無い。だから、自分の身は自分で守ってもらう」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!私を連れてきたのはそっちじゃないか!」

 ヴィクトールが立ち上がって怒鳴る。というか、貴方は元からトラックに乗っていたではないか。

「生憎だが、中に奴らが侵入して来る所までは想定していなかった。
 それに、私も自分の命が一番かわいいんでね。逃げたければ逃げてくれて構わない。だが、魔術師の仕掛ける進入防止の罠は警報なんて甘いもんじゃないぞ」

 それは暗に、逃げたら仕掛けた罠が作動すると言っているのと同じ事。

「ようするに、指示には従うしかないんですね?」

 イーサンが冷や汗を流しながら漏らした。

『そういう事……』

 「だ」、「だな」等、語尾こそ違えど魔術師全員がそう言った。……なんでランスまで乗っかって来たかは疑問だが。



[1083] Fate/the transmigration of the soul 10
Name: ルクセンブルグ
Date: 2006/07/07 21:28
 ごたごたを片付けていたら、一気に日が暮れてしまった。
 とりあえず、エアコンの使い方なんかも聞いておいたから当座の生活環境は整った。
 で、居間に集合した私達は現在、とある問題に直面している。
 それは別に大した事ではない。セイバーがウチから持って来た服を着ている事でも、士郎がなにやら憮然とした表情をしている事でも、アーチャーがテキパキお茶を淹れている事でもありはしない。

 そう、夕飯である。もっといえば、これからの食事に関しての事である。

 士郎は一人暮らし。そもそも食事を作らなければ生活など出来ない。
 だとしたら、相当な腕であると思うのだが、私もそこそこ腕に自身がある身としては捨て置けない。
 そこで、交代でご飯を作る事を提案。そして、士郎はこれを承諾した。
 とにかく、まずは"敵"である士郎の腕を拝見である。

「……分かったよ。勝手に作るけど、セイバーもアーチャーも飯は食うのか?」
『用意してもらえるのでしたら、是非』

 ……うん一字一句同じハモリなんて何年ぶりに聞いたか。

「り、了解。それじゃ大人しくしててくれよ。三人とも」

 そんで、士郎が台所へ消えた所で、こちらは方針の話し合いである。

「今後の方針は決まっているのですか?凛」
「さあ?情報がないからなんとも言えないけど、とりあえずは、他のマスターを探す事かな。残りのマスターは後4人。こっちがマスターだと知られる前に探し出したいけど、さすがに上手くいかないわよね」
「遠坂!四人じゃないぞ、五人だろ!マスターだって分かってるのは俺とお前しか居ないじゃないか!」

 台所から士郎がこちらの話を聞いていたらしい。

「何言ってるのよ。私と士郎、それにイリヤスフィールで三人でしょ。貴方、バーサーカーの事もう忘れたの?」

 まあバーサーカーのプレッシャーがすご過ぎて、イリヤスフィールの印象が薄かったのは分からなくもない。

「どうせ、貴方の事だからイリヤスフィールを敵だって認識してなかったんでしょ。それはいいから調理に専念しなさい。士郎の実力が分からないと私が困るんだから」
「イリヤスフィール……バーサーカーのマスターですね。凛は彼女を知っているようでしたが」

 名前くらいは知っている。何度か聖杯に手が届きそうになった魔術師の家系だ。
 しかもマスターとしてもずば抜けている。超一流のサーヴァントを召喚し、バーサーカーとして支配しているだけでも彼女の実力がうかがい知れるという物。というか、次元違いである。

「……同感です。私達の当面の目的は、その次元違いの相手に狙われているという現状ですか」
「そうね、アーチャーはどう?魔力の回復は」
「私ですか?」

 にしても……声まで似てる。口調まで似ているんだから、確かに姉妹といっても嘘にはならない。
 ……その辺がどうにも分からない。

「そうですね……、今ならシロウに押し倒されても文句は言えませんね」
「……イッテェェェェ!」

 あ、指切りやがった。

「大まかに言ってそんな所です。今のままではシロウにも軽く組み伏せられてしまう。サーヴァントを相手にするには今しばらく時間が必要です」

 ……分からないといえば、コイツは士郎にちょっかいを出したがるという所。
 こっちの関係はいまださっぱり闇の中。

「なるほど。セイバーはどう?もう傷はいいの?」
「通常の戦闘ならば問題はありませんが、バーサーカーを相手に出来るほどには回復していません。バーサーカー戦の傷は完治していますが、ランサーから受けた傷の治癒には時間がかかるようです」

 どちらにしろ、当面は様子見という事になりそうだ。
 とにかく、セイバーの提案からアーチャーには屋根からの見張りを頼む事にする。
 と、

「まったく、夕飯時に物騒な話するなよな」

 夕飯を作ってきた士郎がドン、と盆を置いて言った。

「? 何怒ってるのよ士郎。あ、料理だしくらいは手伝うべきだった?」
「別に怒ってなんかないけどな、遠坂。馴れ合いはしないんじゃなかったのか?」

 と、なにやらジト目で睨んでくる。
 ……ははーん、そういうこと。

「協力体制を決めていただけよ。安心なさい、別にアンタのセイバーを取ったりしないから」

 見るからにうろたえて台所に戻ってしまう。
 うむ、確かに退屈だけは無いかもしれない。

「クスクス……」

 セイバーが無表情で、アーチャーがそんな光景を見て笑いを漏らすのがもはや定着しそうであるが……。





 夕食が始まって、士郎は無言に徹してしまう。

「……ふむ。……ふむ、ふむ」

 セイバーは料理に手をつけるたびにコクコク頷き、アーチャーは満足そうに味わって食べている。
 で、私はといえば、

「よし、これなら勝った……!」

 おもわず握り拳を上げてしまった。
 ククク、覚悟せよ衛宮士郎……、その身にとくと思い知らせてくれようぞ。

「あのな、さっきの話だけど……」
「?」

 唐突に士郎が口を開いた。
 私とセイバーが同時に顔を上げる。アーチャーは動じずに食事を口に運び続けている。

「さっきの話って?」
「だから今後の方針ってやつ。人が飯作ってるときに話してただろ」

 要するに具体的なことか。 
 言わずもがなだが、地道に探す以外に手立てなし。
 セイバーは他のサーヴァントが力を行使している時以外は感知できず、それはアーチャーも同じ。
 結局相手の出方待ちしかない以上は後手に回るしかない。

「外出する時にはサーヴァントを連れて行くようにしてください。アーチャー、貴女は凛の護衛ができますね?」
「ご心配無く。その時は全力で守りましょう」
「その辺は問題ないでしょうね。霊体状態で待機させておけばいいんだし。問題は……」
「私のマスターですか」

 そう、セイバーは霊体になれない。そうなると学校へ連れて行けるはずも無い。

「学校?シロウは学生なのですか……?」
「そうだけど。……あ、そうか。セイバーは生徒じゃないから、学校には入れない。……学校に行っている間はうちで待機しててもらうしかないな」
「学校に行かないということは出来ないのですか?」
「できないよ。普段どおり生活しろってんなら学校には行かなくちゃ。それに学校に危険は無い。アレだけ人が居る場所ってのもそうないぞ」
「ですが」
「ご心配なくセイバー。二人の安全は私に任せてください」

 いち早く茶碗をあけたアーチャーがお茶を啜りながらいった。

「学校には私が行きましょう。セイバーには面倒でもここの守りをしてもらいたいですね」
「……それはどういう意図でしょうか?」

 またもや突飛な発言にセイバーがアーチャーに向き直った。

「何事にも拠点は必要ですから。動き回れるだけの広さのあるここならばベストです。だとすれば、ここを空けてキャスター辺りにでも侵入されて結界を弄られてはたまらない。
 それに……守る戦いはお互い得意でしょう?」

 横目でセイバーを見るアーチャー。
 セイバーは眉を細めてそれを受ける。
 ……彼女はセイバーの正体を知っている。でもセイバーはアーチャーの正体を知らない。気付いてはいるかもしれない。
 清純な英霊とその偽者。似て非なるもの。
 こんな事が起こるなんて思わなかった。私は触媒なしに召喚を行った。だとすれば、ランダムな英霊が選ばれる。そして、士郎も何の触媒もなしに強引に召喚をしたという。
 ならばこの両者に、互いに関係の深い英霊が召喚されるなんていう事が起こりうるのだろうか。 

 ……ていうか、何で士郎が正統派で私が偽者なのよ。という怒りもあったのは確かである。




 /// ///




 深夜、この土蔵に居るのは俺だけだ。
 いろいろな意味で隣で寝るセイバーに緊張して眠れなかった俺は、鍛錬場でも避難所でもあるここに逃げてきたというわけだ。
 
「……助かった。セイバー、気付くと思ったけどわりと鈍感なんだな」

 それでマスターを守れるのかと思ったが、今は危険はない。家には結界が張ってあるし、アーチャーが見張りに付いている筈だ。もっとも霊体状態で目には見えないのだが。
 ―――待て、ということはアーチャーには気付かれてる?まぁ、その時はその時か。
 別棟の明かりも消えている。一日にして順応した遠坂にはもっぱら助けられている。

「令呪は隠せ、か。言われるまで気付かなかった」

 今は包帯で隠している。不自然ではあるがしょうがない。長袖を着てごまかすしかあるまいか。

 黒々と他者を拒む土蔵の暗さは馴染みの遊び場であり、いつしか鍛錬の場となった。
 扉を閉め、ストーブに火を入れて鍛錬に入る。
 ……鍛錬は間をおかず続ける物。
 二日連続で休んだりしたら親父に何を言われるかわからない。

「―――同調、開始」

 ランサーとの戦いで久々に成功した"強化"の魔術。今はそれを完璧な物にしなければいけない。
 手に持った鉄パイプの構造を解析し、隙間に自分の魔力を通していく。

 ビキ……!

「……失敗かぁ」

 集中を解き、失敗作を放り出す。ランサーの時は無我夢中だったとはいえ、成功している。
 では一体何がいけないのだろうか。
 と、

「精が出ますね、シロウ」
「―――! あ、悪いセイバー。眠れなくてつい……」

 掛けられた声に驚いて振り返ると、そこにはセイバーじゃなくアーチャーが居た。
 しかし、扉を開けた音は聞こえなかったはずだが。

「アー、……チャー?」
「申し訳ありませんね、セイバーでなくて」

 心外だと言わんばかりに口調が刺々しい。

「い、いやいや、声が似てたからつい、な……」

 ――― 予想的中、全く分かりませんでした。

「……まぁいいでしょう。ところで、それは鍛錬ですか?」
「あぁ、"強化"だよ。ランサーが襲って来た時には成功したんだけど、今はさっぱり……」

 アーチャーはふむふむと覗き込んでくる。
 やっぱり見張りをしてるアーチャーにはバレてたか。
 ていうか、こんな鍛錬なんて英雄であるサーヴァントには面白くもないと思うのだが。
 と、アーチャーはなにやら「う~~む」と唸り始めた。

「ところで、…………シロウの得意な魔術は"強化"だけなのですか?」

 妙な事を聞いてきた。

「あぁ……、ずっと"強化"の鍛錬ばかりしてきたけど」
「……"投影"はできないのですか?」
「―――!?―――」

 ハッとなる。まさか、アーチャーの口から"投影"なんて言葉を聴くとは思わなかったからだ。

「できない、事はない……。昔、親父に投影を見せたら、目先を変えて強化にしろって言われた」
「……やっぱりそうですか」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!何で俺が"投影"を出来るなんて思ったんだ?」

 アーチャーが俺の"強化"を見たのはこれが最初のはず。
 なのに、まっさきに"投影"が出来るかなんて聞かれるなんて。
 すると、アーチャーはどこか寂しそうな表情を浮かべた。

「昔、といっても生前ですが、似た人が居ました。
 失敗ばかりの、"強化"しか知らないという魔術師が実は優秀な投影魔術師で、"強化"の息抜きに"投影"をしていた魔術師として歪な男性が」

 ……息抜きに"投影"……俺と全く同じ人がいた??
 彼女はその魔術師を寂しそうに、でも懐かしそうに話している。という事は……、

「その人って……アーチャーの?」
「……思い人でした」

 …………ヤバイ、アーチャーの触れてはいけない部分に触れてしまった。

「気にしなくても結構です。思いを告げて、私の方から去ってしまった。その後、彼がどうなったのか……、私には判りません」

 無理やりに笑みを浮かべているのが俺にもわかる。

「悪い、アーチャー。……辛い事思い出させちまって」
「いいんですよ、シロウ。その人とは良き戦友であり、曲がった性根も叩き直して貰った。彼にはいくら感謝しても足りません。
 それに……、別れは必然の事でした」

 顔を上げ土蔵の窓から小さな空を見上げる。別れた恋人の事を思い返しているのだろうか。
 と、いきなり毅然とした顔になり、こちらを見下ろす。

「シロウ、私は凛のサーヴァントです。ですから、これから言う事は単なる口約束に過ぎません。それでも聞いてもらえますか?」
「…………お、おう」

 いきなりの豹変に驚いている内に、アーチャーはさらにとんでもない事を言い出した。

「誓いを、ここに……」

 それはセイバーがあの夜に言った言葉。
 その月下の出会い、浪々と告げられるその宣誓は地獄に落ちようとも忘れることは無いだろう。

「……私は貴方達の剣となり、盾となろう……」

 否が応にも、その時の光景がフラッシュバックしてくる。
 彼女はセイバーじゃない。単にそっくりな存在であるだけ、だというのに、

「……この命ある限り、万難を排し貴方達を守る……」

 なのにどうして……、セイバーの宣誓と似て非なるその言葉が、
 ……その言葉が、あの時とは違い、俺の胸の中を言いようも無く締め付けたのか。

「我が運命は貴方達と共に。
 ―――ここに……、いや、この先は私に言う権利はありませんね」

 アーチャーは表情を崩し、息を吐いた。

「…………え、と。今のは」
「私の自己満足です、忘れてください。ただし、凛とセイバーには内緒ですよ」

 笑みを浮かべながらそういって、アーチャーは溶け消える。霊体になったのか。

「見張りに戻ります。シロウも早く寝たほうがいいですよ」

 その言葉を最後に……、彼女の気配が土蔵から消えた。



[1083] ~Long Intrude 10-1~
Name: ルクセンブルグ
Date: 2006/07/07 21:29
「とにかく、まずは13階まで降りる。武器庫があるから、いくらか装備の調達が出来るかもしれん」

 地下5階への階段を降りながら、甲斐が言う。
 魔術協会の階段は10階への直通があの螺旋階段とエレベーターのみだという。他の階段は隠し扉等に隠され、カモフラージュされていた。

「なんだって、こんな面倒な風に作ったんだ。ここは……」
「保安上の理由ですよ。こんな時のために、下層への侵入を防ぐための措置です」

 どっちにしろ、その措置が今役に立っている事には変わりない。




 地下8階に順調に到着する。ところが、ここで問題が発生した。

「なんだ、こりゃ……」

 8階には地下1階のような大きな広間が存在し、9階へはそこを通過しなければいけない。
 だが、その広間へ通じる廊下には先のエレベーターホールが存在している。
 そして、そのエレベーターの扉が"内側"から破られていた。まるで火薬でも使ったかのようだ。

「もしかして……奴らエレベーターのワイヤーを伝って降りてきたってのか?」
「馬鹿な。そんな知恵があるわけがない」
「問答をしている暇はありません。知恵が無くとも、操作している魔術師がいれば簡単に思いつく。それより、この先の広間には注意したほうがいい」

 広間へ続く扉。これも同じように何らかの方法で破られている。その向こうからは何か光が漏れてきていた。

「光?停電してるのにどうして……」

 広間に入って唖然とした。
 そこは、ジャングルもかくやと言わんばかりの植物で溢れ返っていた。鬱蒼とした木々と植物達が乱雑に生育し、森の様になったらしい。
 そして、青白い光を発しているのはどうやらヒカリゴケのようだ。

「植物プラントか。そういや、最近見てなかったな」
「生育管理の担当者が管理を放棄したのではなかったでしょうか?」
「あぁ……人喰い植物が暴れたって奴か?さすがに駆除したろ」
「いや、待てソコ!!」

 さすがにランスがあまりの素っ気無さに突っ込んだ。

「何だ、その人喰い植物って!」
「あぁ、気にするな。そんなのがいたって話だ」
「いたって……作ったのかよ。お前ら」
「さぁな、魔術師は基本的に変人が多いもんで、たまにいるんだ。妙なものを作って粛清喰らう輩が」
『………………』

 さすがに全員が周囲を気にし始める。
 まぁ、誰も好き好んで人喰い植物に喰われたいなどと思わない。
 だが、そんな杞憂はすぐに消えてなくなった。
 ガサッ、という音と共に上空に気配が生まれ……、

「―――上です!」

 ガウェインの激昂と共に黒鍵が飛来する。
 狙いは反応の遅れたイーサンだ。

「――なっ!?」

 彼が気づいた時には、黒鍵はすでに彼の目の前にあり、

 ギィン!!

 ボルツが弾き飛ばした。

「走れ!!」

 甲斐の声と共に、全員が木や下草を掻き分けて走る。
 散発的に銃撃の音が響くが、どうやらホムンクルスは木の上をサルのように飛び跳ねているらしい。広間とは思えないほどのジャングルと化した大広間に聳え立つ大木は、容易に銃弾を貫通させないほどの硬度を持っているらしい。

「―――!―――」
「こっちだ!!」

 数発の黒鍵の雨をかいくぐりながら走る。さすがに相手もこのジャングルの木々が邪魔で、思うように黒鍵を撃つことができないようだ
 皆が、ジャングルを抜け向かい側の扉へと飛び込む。すぐさま体を翻しホムンクルスの迎撃体制をとる者もいるし、息を切らして倒れこむ者もいる。

「全員いるか!」
「……だいじょう…………、おい!あのメガネのおっさんが」

 ランスが面子を確認し、声をあげたその時、

「うあぁぁぁぁぁぁッ!…………」

 沈黙を裂く絶叫が響き、突然とぎれた。




 ///  ///




 息を切らしながら走る。
 こんな地下に巨大な植物が存在する驚愕を押し殺し、背中から迫ってくる異様な威圧感からただただ逃げている。
 自分がどんな境遇に巻き込まれたかは理解している。
 怖い、……心の中には恐怖だけがある。
 まさか、こんなことになろうなんて思ってもいなかった。
 逃げ出せば確実に殺されていた。外を逃げていく人々が次々に串刺しになっていく中、自分がこの場所へ逃げ込めたのは幸運なだけだったことも分かっている。

 ただ平凡に生きてきた。
 ただ、日々の中に埋没し生きてきた。
 博物館の学芸員になったのも、大学の資格として取得したからだけであって、別に歴史の1ページを紐解こうなんていう気概すら持っていなかった。
 両親には多大な迷惑をかけていたが、今となってはどうなっているかも分からない。

 しかし、奴らはやって来た。こんな場所まで追ってきた。
 ただ死にたくないという一念だけが自分の心の中にあった。あたりまえだ、だれだって死にたくなんてないし、殺されたいとも思わない。
 自分を守ってくれるといった者達も、人並み外れた人達だった。
 魔術師というよく分からない職業の人達。ただ、自分のように普通でない事だけは直感で理解した。そして、剣を何も無いところから出して見せた少女も自分と大して年も離れていない。そんな人までが背を向けて逃げ出す相手。
 そんな連中に、自分が何かできるはずも無い。

 だから、降参しようかと思った。
 白旗を振って出て行って、大声で「殺さないでくれ」と叫びたかった。
 そんな事をしたって、連中は俺を殺すかもしれない。
 だったら、一つでも生き残れる可能性が高いほうがいい。
 そう思っていた。




 だが、たった今。自分は人生を終わらせるミスをしてしまった事を理解した。
 つんのめったのだ。下生えの中に隠れていた巨木の根っこらしきものに足をとられた。
 さらに悪い事に、転んだ拍子にメガネが飛んでしまった。

「クッ!」

 立ち上がろうとした。だが、何かが自分の足をつかんで離さない。

「な、何だこれ……」

 ぼやける視界の先で、足の先に何か巻きついている物が見えた。しかも、ギリギリと締め付けてくる。

「―――!!? な、何だよ、何なんだよ!」

 ――― 恐怖。

 正体の分からない物に対する恐怖が自分の中を支配する。
 メガネを探した。その巻き付いて来る物の正体を知りたかった。
 周囲を見渡す。だが下生えは深く、草を掻き分けても一向に見つからない。
 その時、視界の端にソレを見つけた。
 必死に手を伸ばす。

「はぁ、はぁ……!」

 もう少しで手が届く。恐怖で息が詰まる中、メガネに手が、

 バキン!!

「―――!!?」

 一瞬で、メガネが何者かに踏み砕かれた。
 ゆっくりと、視線を上げる。かろうじて分かるのは黒い服、全身を黒い服で包んでいる。
 ぼやけた視界に相手の顔が入ってくる。

「……う、……」

 ぼやけて、顔の輪郭ぐらいしか分からないというのに、

「……う……うう」

 その赤い相貌が、こっちを見据えていることだけは分かった。

「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」



[1083] ~Long Intrude 10-2~
Name: ルクセンブルグ
Date: 2006/07/07 21:30
 響いた絶叫。それは紛れも無く、あの青年の物。

「クッ……!」
「バカ野郎!もう遅いって事ぐらい判るだろうが!」

 踏み出そうとした私の襟を捕まえたランスが怒鳴る。

「ちっ……!」

 甲斐が舌打ちと共に扉を閉じ、閂を掛けた。
 そしてこちらを見る事も無く、すたすたと歩き始める。

「立て、行くぞ」

 ボルツが皆を促す。

「ま、待ってくれ!あの男はどうなったんだ!?」

 塞ぎ込み、怯えていたヴィクトールが声を上げる。

「死んだよ。叫び声がいきなり途切れるのを聞いただろ」
「見殺しにする気か!?確かめもせず!」
「勘違いするな。言ったはずだ、俺達も自分の命は惜しい。自分の身が守れなければそれまでだ」
「君達は…………、それが人間の言う事か!」

 ……………………

 甲斐の足が止まり、ヴィクトールの方へ視線が向けられる。

「……ッ!」

 その視線に込められた威圧にヴィクトールがたじろいだ。

「そうだ。……それが俺達"魔術師"の日常なのさ」

 それだけ言うと、また一人で歩き初めた。





「血も涙もないとはあの男の事を言うのかねぇ」

 デュランを背負ったランスが私の横を歩きながらそう言った。

「……………………」
「まったく、仲間が一人一人死んでいくなんて、どこの3流映画だってんだ……」

 私は無言で歩き続ける。無言のまま、9階への階段を下る。

「しっかし、その3流映画も蓋を開ければそれしか手が無いってか? 逃げて逃げて逃げまくって、そんで地上に出られるわけでなし」
「あ~~、うー……」

 デュランが周囲を見渡しながら手をふらふらと伸ばしている。

「…………だが、あのおっさんの言う事も正しい。この極限状態じゃ、誰かのミスをカバーしている暇なんてあってないようなもんだ。
 お前が誓ったような事なんて、周りの連中には何の価値もない」
「それでも……私は……」

 唇を噛む。唇が切れる痛みでは、私の心を切る痛みには程遠い。

「ま、お前の様な奴が一人くらいはいたほうがいいと思うけどな。俺は」

 口元に笑みを浮かべて、彼は言った。

「それはどういう…………」
「悲しいだろ。切り捨てられてとっとと忘れられるなんてよ。それよか、涙の一つも流して悲しんでくれる奴が一人でも居たほうがソイツも浮かばれる……かもな」
「……………………」
「別にお前が悪いわけじゃない。皆に誇れる事をやってるならそれでいいさ。俺みたいに何のとりえもない男なんて、こんな手伝いくらいしか出来ないんだからよ」

 ハハハ、と笑って歩き続けるランス。
 彼が一体何を考えているのか……、私にはよく判らない。
 彼だって怖いはずだ。先の見えない逃走劇に放り込まれ、望まない運命を押し付けられているというのに。どういう神経をしているのだろう。

 そんなデュランを背負う彼が、瞬間、"彼"とダブって見えた。

「―――何を馬鹿な……」

 そのイメージを振り払うように頭を押さえる。今、彼の事を考えたところで救いが来るわけではない。
 己が道を切り開かなければ、全てが闇の中へ消えてしまう。
 そうだ。迷っている暇などない、悲しんでいる暇などない。
 目の前の現実を直視し、受け止めなければこの先に待っている戦いから彼らを守れない。

「ここで未来は考えない。私にとって、今が全て……」

 前を……見なければ。





 周囲を警戒しながら、長い廊下を駆け抜ける。ライトに照らされた先にエレベーターホールが見えてきた。
 ……扉は破られていない。

「この先で待ち伏せているのか……、それとも8階で潜るのを諦めたのか」

 呟きながらも甲斐の足は止まらない。一部の壁に偽装された長い階段を降り、地下10階へと到着した。
 地下11階へ通じる階段は、目の前にそびえる空間の向こうにある。
 
「本当にここは地下なのかよ。やたらとこんな空間多くねぇか?」

 ボヤくヘンリーにガウェインが返す。

「魔術協会だって、ずっとこもりっぱなしでは体に支障をきたします。ですから、特定の階にはレクリエーション施設や公園のような場所が用意されています。保安上の理由という点から、地下へ通じる道は一本道になっていますが」
「…………やれやれ、これじゃ床をぶち抜いて来た方が楽だったんじゃないのか?」
「そいつは笑えない冗談だ」

 ランスの飛ばす冗談にそう言いながら、甲斐は銃を構えて扉を蹴り開けた。
 扉を開けた瞬間の襲撃がない事を確認。すぐさま、私とボルツ、ガウェイン、デュランをカリンに預けたランスが飛び込む。

 上下左右、共に安全を確認。
 
「こっちはクリアだ」
「こっちもクリアです」

 要所要所に銃を向け、安全を確認する。ゲームでどんな鍛え方をしたかは知らないが、ランスも格好だけは堂に入っている。
 この空間は、完全な公園として"だけ"の機能を持った場所らしい。中央には噴水が配され、そこから四方にドアを配し、芝生と立ち木を散りばめてある。天井の高さはおよそ4メートルといったところか。
 エレベーターの出口はそんな広場の片隅に配されているが…………、これといって変化があったようには見えない。
 ただ、停電していながら中央の噴水は脈々と水を噴出している。若干、青白く発光している様でもある。

「この噴水は…………」

 私が不思議そうにそれを眺めていると、

「地下水脈の圧力を利用した噴水です。電気を使わずに水圧のみで動くようにできているんです」

 ガウェインが補足を入れてくれる。

「なるほど……、しかし行くべき道は3方向ですか」

 向こう正面、そして左右の扉。

「甲斐、この先はどの扉ですか?」
「あぁ……それは」

 その瞬間だった。


 ドガァァァン!!!


 轟音と共に、天井が爆発したのは。

『―――!!?―――』
「うわぁぁぁ!!」

 恐る恐る最後に入ってきたヴィクトールが目の前に落ちてくる破片に驚いて尻餅をついた。

「何だ!」
「こいつは……!」

 全員が爆発した天井を見上げる。

「…………馬鹿な、魔術の施された床をぶち抜いただと」

 驚愕の声を漏らす甲斐。その驚きも収まらないコンマ数秒で、爆破した本人が穴から落下し、ズダン!と鈍い音を立てて着地する。
 片手に儀式礼装の黒鍵を3本。鈍く光るその相貌は赤い瞳。暗いこの室内でなお漆黒を際立たせる法衣。

 一体誰が送り込んできたのだろうか。一体だれがこんな物を作ったのだろうか。

 どちらにせよ、私達は戦力の強化を行う前に、この予想外の能力を秘めたホムンクルスに追いつかれてしまったのである…………。



[1083] Fate/the transmigration of the soul 11
Name: ルクセンブルグ
Date: 2006/07/07 23:03
 まぁ、何だ。士郎の家に下宿するというでっち上げの理論と桜との若干の確執はここでは割愛させてもらおう。
 藤村先生の言いたいことも分かるし理屈も分かるんだが、とにかく共に生活できなければお互いに困る。
 しかし、桜が士郎の家ではあんなに感情の起伏の多い子だったとは思わなかった。学校でのおとなしい印象とはまるで逸脱していたんだから……。まぁ、そっちの話も複雑だから、これ以上の言及はよそう。

 その日の昼、とりあえず士郎を屋上に呼び出し、今後の対策を話し合う。

「人気の無い場所を選ぶ辺り、そっちの話だと思うけど」
「当然でしょ。私と士郎の間でほかにどんな話があるって言うのよ」
「あぁ、そうだな。それでどんな話なんだ?」
「……何よ、随分クールじゃない。貴方」
「寒いからな、早めに済ませたい」
「―――まぁいいわ。で、率直に聞くけど貴方、放課後はどうするつもり?」

 生徒会の手伝いだ、バイトに出るだの言う士郎にとりあえず呆れる私。
 どうしてこうコイツはこうなのだろうか。未熟なら未熟なりに自覚を持ってもらわないとこの先背中を預けて戦っていたら危なっかしくてしょうがない。
 とりあえず、結界の事は話を通しておく。驚いた辺り、そんな事は露とも知らなかったに違いない。
 そして、敵マスターは依然として不明。私の知らないもう一人の魔術師が結界を張った犯人という事になるだろう。アーチャーにも調査させていたが、微弱すぎて無理っぽい。
 人間としてのルールを逸脱してるこの魔術師とサーヴァントは、学校にいる人間を皆殺しにして魔力をかき集めようとしている。
 無論、そんな輩には見つけ次第退場してもらうだけである。

 さて、話はこれくらいにしておこう。
 士郎には悪いが先に帰ってもらう。
 何せ、私と士郎の戦いはこの時既に始まっていたんだから。


  ///  ///


 今更ながら、遠坂の政治手腕には感服する。何せ、あの藤ねぇを数分で黙らせるその口撃の鋭さは驚嘆の一言に尽きる。
 ……どうでもいいけど、遠坂の奴本当に猫被ってたんだな。

 昼間の結界云々の話はさすがに驚いた。
 気がつかない内にこんな身近に危険が迫っていたなんて。いや、違和感を敵の仕業と結び付けていなかった俺の感の悪さのせいかな?
 遠坂の見立てでは後八日の猶予。だが、いつ起動してもおかしくないシロモノと聞いては、黙ってはいられない。
 ならば、優先順位的に言ってこちらを先に叩くべきだろう。学校に居るというマスターとサーヴァント。そして、おそらく魔術に長けたサーヴァントが張ったであろう結界の除去が最優先。
 もっとも、今の後手後手の状態では発動してからの対処にならざるを得ないとも言われた。

 若干の無力感を抱いたまま帰宅した俺は、セイバーにも結界の事を話した。

「それほどの結界ならば完成にはかなりの時間が掛かる。学校という物は閉鎖しやすい場所ですから、おそらくその結界は神殿に見立てた祭壇なのでしょう。それほどの物を完璧に起動するには十日は掛かる」

 俺自身が違和感を感じたのは二日前。遠坂の見立ては八日。
 やはり、後八日と見るべきか。
 マスターは十中八九学校関係者。ならば、問題はそのマスターの連れているサーヴァントだろう。
 ……まぁ、結局逢ってみなければ判らないんだけど。
 ならば、今まで遭遇したサーヴァントの事を考えるべきか。丁度セイバーも起きているし、聞くには丁度いい。

 ランサー、アーチャー、バーサーカー……。
 一番気になるのは、…………やっぱり、アーチャーか。
 セイバーとまるで同じ格好、初対面で抱きつかれ、セイバーの事を知っている言動、セイバー自身も意識しているようだし、さらには昨夜のアレだ。

「なあセイバー、お前アーチャーの事知ってるのか?」
「は、アーチャーですか?」
 
 まさか聞かれるとは、といった風に驚いている。

「あぁ、会った時から妙だとは思ってたんだ。彼女はサーヴァントらしくないって言うか、英雄らしくないって言うか……。それに、見た目からしてセイバーそっくりだろ?」
「……………………」

 すると、セイバーは目を伏せてしまった。話していいものかどうか迷っているのだろうか。

「やっぱり、お互いに知ってるのか?」
「そうですね。何と言ったらいいのか……」

 何と説明したら言いか迷っているようでもある。

「いや、一気に説明しようとしなくてもいいよ。判ってる所からでも」
「……判りました。結論から言うと私達はお互いを知っています」

 やっぱりそうか。でもセイバーが話したがらないって言うのは何だろうか。

「じゃあ、見た目が似てるってのはどうしてかな?もしかして姉妹……」
「私に姉はいませんでした。親、兄弟、ライバル、親友、彼女はそう言った部類には括り難い存在です。
 どうして、アーチャーがあんな姿でここに居るのか、私の方が聞きたいくらいです」

 唇をかみ締めるセイバー。アーチャーに怒りを感じている?

「じゃあ、もし遠坂との共闘が解けて戦うなんて事になったら……」
「長期戦に持ち込めれば私が勝てるでしょう。『私は貴女には勝てない』、と彼女自身が私に公言してきましたから」
「わざわざセイバーに負けを認めた……?」

 自分は勝てない。英雄がそんな事を言うだろうか。
 英雄にも色々あるだろうが、主に武勲を上げた者が英雄として祭られるのではないのだろうか。

「確かに、彼女には不安定な部分があると思います。バーサーカーと戦った時ですが、彼女は魔術の扱いが荒かった。私のように魔力を相手に叩きつけるのではなく、魔力を固定する事で攻撃のロスを最小限にしているように感じました」
「それって、……どういう違い?」
「判りませんか?
 私の剣は剣の攻撃力プラス魔力。しかし、アーチャーの剣は剣の攻撃力のみ。剣を基準として私の方が攻撃力が絶対的に上という事になる」

 そうか、それが判ってるからアーチャーは自分ではセイバーに対抗できないと言ったのか?

「ですが、彼女にあって私に無い物もあります」
「え?」
「技です。恐らく1対1の戦いにおいての彼女の技は私を凌駕する。どうしても減りがちな攻撃力を一点に集め、相手の攻撃力を拡散する技術を持っている。彼女のスタイルは、受身からのカウンターといった所でしょう」

 カウンター……、日本で言えば合気道?

「バーサーカーのような相手では発揮できる物ではありませんが、私や同等の相手ならば実に有効かもしれない。全力の一撃をいなされた後にカウンターを食らえば私とてたまらない」

 確かに全力の一撃を空ぶったら目も当てられない。

「ですが……、本来彼女のスタイルはそんな物ではないはずなのです」
「え?そんな事まで判る物なのか?」
「魔術師として優秀な凛に付き、あの剣を携えていながら私に勝てない……」

 なにやら深く自分の考えに潜っていってしまった。


 ピンポーン


 その時、玄関の呼び鈴が鳴った。

「お邪魔します」

 直後に、聞こえる桜の声。

「げ、もうこんな時間!?セイバー、悪いんだけど……」
「判りました。部屋で待機していますので、お気になさらず」

 そう言うとセイバーは居間から去り、入れ替わりに桜と、なぜか買い物袋を提げた遠坂が入ってきた。





 夕飯のしたくは遠坂に任せ、俺は自分の居間へと戻る。
 1時間ばかりあるのでセイバーと何か話そうと思ったら、セイバーは隣室で寝てしまっており、

「おや、シロウ。台所を追い出されましたか?」

 代わりにというか、アーチャーが座っていた。

「あれ、アーチャー。何で……」
「ええ、今日は凛が夕飯の支度をすると聞いたので、シロウが暇を持て余すだろうと。セイバーは寝てしまいましたよ?」

 判らないと言えば……、アーチャーのこの気の回しようも謎だ。

「なにやら浮かない顔ですが、どうしました?」
「いや……別に」

 まぁ、セイバーと何か話そうと思っても聖杯戦争以外の事なんて無いんだろうし、自分はセイバーが苦手ではなかっただろうか。同じ理由で、アーチャーもか。

「若人に知恵を授けるのが年長者の義務です。さ、何でも相談に乗りますよ?」

 言って目の前の畳をポンポン叩く。
 かと言って、目の前に座ったんじゃ緊張するだけだしとりあえず距離を離して胡坐をかく。

「いや……若人って、難しい言葉知ってるな」
「学はあるつもりですよ。まぁ大方セイバーと敵サーヴァントの戦力分析でもしていましたか?」
「――― !!?」
「ランサーやバーサーカーの考察ならお付き合いしますが、もしかして私の事を?」
「…………いや、その」

 というか、ジト目で見ないで欲しい。セイバー以上に迫力がありすぎる。

「セイバーが何を言ったか判りませんが、らしくない、なんて事を言ったんでしょう?」

 ……超能力でもあるんだろうか。

「あ、ああ」

 彼女はため息をつくと、自分の手をまじまじと見つめた。

「自覚していますからね。私が私らしくないという事は」

 物悲しそうな表情を浮かべるアーチャー。
 と、セイバーの寝ている隣の部屋にちらっと目をやってから、畳の上をズリズリとこっちに近づいてくる。

「え……ちょっと」
「しっ。ここから先はセイバーには聞かれたくありません」

 お互いの膝が当たるくらいまで近づき、小声で話すアーチャー。

「な、なにを……?」
「いえ、凛も知らない私の事を教えてあげようかと」
「えっ……!?」

 ちょ、ちょっと待て。何でいきなりそんな事に……!?

「凛も私の事を半分しか知りません。セイバーは私の上辺しか知りません。ですから、お二人の知らない部分をシロウに教えようかと」
「……ど、どうして?」
「シロウの困った顔が見たいので」

 言って、クスクス笑い出すアーチャー。
 ……遊んでる。アーチャーは面白いだけって言う理由で俺達をからかってる。

「ちょ、ちょっと待ってくれ。何だってそんな必要が。サーヴァントは自分の正体を知られたくない物だろ?」
「まあ、そうですね。私がシロウにこれを教えたら、凛とセイバーが知っている情報と組み合わせると私の正体が判ります」
「それって……、まるで自分の事を知って欲しいみたいじゃないか」
「正直に教えるわけには行きませんからね。こんな秘密の共有もまた一興です」

 アーチャーの奴、何て綱渡りをするんだ。自分の正体がバレる事をなんとも思ってないのか?

「ですが、シロウ」

 と、いきなり険しい表情になり、俺の手を取った。

「一つ、約束して欲しい」
「な、何を……?」
「私が教える秘密の断片。凛やセイバーには教えないで欲しいのです」
「え、でもその内誰かが話す事に……」
「お願いします。自然、私の本当の正体を知る者はシロウだけになりますが……、それでも」

 ジッと俺の目を見据えて言う。
 彼女がどういうつもりかは分からないけど、冗談を言っているようにも聞こえない。
 ……マスターである遠坂を差し置いてさえ優先される、譲れない事だって事は分かった。

「分かった、約束するよ。遠坂やセイバーには内緒にする」

 すると、アーチャーは途端に笑みを浮かべる。

「よかった、それでこそシロウです」

 で、いきなりアーチャーは顔を近づけてきた。

「―――!!?」

 まさか、と思いきや単に耳元に口を近づけてきただけだった。
 ただアーチャーの顔が横にあると、緊張で微動だに出来ない。

「―――――――――」

 ボソボソと、彼女が言った一言の秘密。

「―――えっ!」

 言われた意味が一瞬理解できなかった。
 ゆっくりとアーチャーの顔が俺から離れ、

「それから、これはお礼です」

 言うが早いか、一瞬の間に

 …………キスをされた。

「!#&'($"#&' !!?」

 頭の中が一瞬の出来事を理解して、パニックを起こす。
 
「それでは、私は見張りに行っています。"用があるのなら"外に声を掛けに来てください」

 言って、彼女は部屋から出て行った。





「士郎、起きてる?」

 ドアをノックして、遠坂がヒョイと入ってきた。

「……何やってるの?」
「え、あ、遠坂?な、何か用か?」
「何って、夕飯。出来たから来て」

 気がつけば、もうそんな時間だった。

「いって……!」

 緊張と驚愕のあまり動けなかったため、完全にしびれた足を引きずり、セイバーの寝ている部屋に視線を投げてから、俺は廊下に出た。



[1083] ~Long Intrude 11-1~
Name: ルクセンブルグ◆a6358815
Date: 2008/01/30 01:37
"Unlimited Real Battle Force"
 Mission NO.XX Level"Real"

 ミッションブリーフィング:
 迫り来るホムンクルス達の襲撃を掻い潜り、地下魔術教会内からの脱出が最優先。
 仲間と共に、地下に存在するターミナルを目指せ。

 使用可能武装:
 M1911ガバメント


 ……なんて、頭の中でそんな事を考えてみる。

 俺は正直言って、アルトリウスのように銃弾を弾き飛ばすような真似なんかできないし、甲斐のおっさんのような精密射撃が出来るわけでもない。
 おまけに、このゲームはコンティニューがきかない。今俺の中で鼓動しているこの心臓ワンコインが終わったら、ジ・エンドなのだ。
 こんなことなら化け物キャラも出てくるオムニバスミッションも戦っておけばよかった、などと考えるのは余計か。
 今、この場で俺ができることは、せいぜいがゲームの中で培った死なない方法を実践するくらいな物である。
 曰く、銃を撃つときは物陰から半身を覗かせて撃つべし。
 曰く、四方八方あらゆる場所に気を配るべし。
 曰く、武器の残弾は常にMAXにしておくべし。
 ……ホムンクルスに対して役立つ以前の話だな、こりゃ。
 後はせいぜいシングルミッションの中にあった酷似した状況を参考にするくらいだろう。
 曰く、広い場所にはどこかに罠が仕掛けられている。―――無い。
 曰く、いつどこからスナイパーが撃って来るか判らない。―――敵の武器は黒鍵とかいう投擲武器だ。
 曰く、敵は予想もしない場所からやって来る。―――正解。


 そいつは天井をぶち抜いてやってきた。ハリウッドのヒーローじゃあるまいし、4メートル近くある高さの天井をぶち抜くなんてありえないと思った。
 しかし現実問題として奴らはそれを実行し、実際に目の前に飛び降りてきた。惚れ惚れするような鮮やかさだ。
 だが単調な行動を取る奴らの事、天井を割れば降りてくるという思考を察するのは簡単だ。
 物は上から下へ堕ちる。何者も"万有引力"には逆らえない。
 だからゲームの定石では落下する標的に対し、ポイントすべきは空中ではなく着地する地面の方。
 リアルさを追求したのだから、それは"リアル"にも当てはまる。
 そして、ゲームではないのだから、着地の衝撃でコンマ1秒でも隙があれば狙える。
 爆破された天井の場所。落下する石ころから落下地点を予測。落下と同時に銃を構える。
 マガジンはキッチリ填まっている。セーフティは解除した。薬室に弾丸は装填されている。
 照星と照門の3点の先に敵を視認。リコイル緩和のために若干肘を曲げる。左手はマガジンを押さえるように添える。
 トリガーに指をかけ、

 ―――これって、殺人に当たるのかねぇ……

 覚悟と共に、トリガーを引いた。


  /// ///


 落下してきたホムンクルスは。着地と同時に目の前で腰を抜かしたヴィクトールに狙いを定めていた。

「うわぁぁぁぁ!!」

 振り上げられる黒鍵。私の位置からは遠い。ガウェインも甲斐も反応が遅れて銃を向けるのが遅い。

「―――クッ!」

 それでも、サポートに入ろうとタイルを蹴って飛び出そうと、

 パァン!

 乾いた銃の音がした。次の瞬間、ホムンクルスがもんどりうって倒れた。ものの見事に後頭部から打ち抜かれて。

「……なっ!?」
「上だ!まだ来るぞ!!」
「……ランス?」

 上を振り仰ぐ。確かに、まだ数体が降りてこようとしている。

「みんな、下がれ!!」

 甲斐が、声を張り上げる。
 次の行動は早かった。まるで予定していたかのように、ボルツは子供二人を抱えて噴水へと走り、私は腰を抜かしたヴィクトールを引きずり起こして噴水へと走った。
 銃の炸裂音が響き、火薬の匂いが一気に広がる。
 ボルツと入れ替わりにヴィクトールを噴水の影に放り出す。そして振り返ると、銃撃の音に剣戟の音が混じっていた。
 甲斐とガウェインが迎撃し切れなかったホムンクルスと接近戦になっている。

「クッ……!」

 突き出される黒鍵。甲斐はそれを銃身と新たに抜いたナイフでいなし、後ろへ飛ぶ。それを追撃したホムンクルスは飛び込んだボルツの一撃を喰らい絶命する。だが、すぐ後からもう一体が飛び込んだ。

「こっちだ、ボケ!」
「クソッ、どうして!?」

 ランスがヘンリーの首根っこを掴んで下がってくる。さすがに乱戦は回避したかったのか。そして、どうやらヘンリーの方は銃の調子がおかしいらしい。

「セーフティは外したのに……!」
「弾装填したのか、お前!」

 そんな光景を横目に、私はガウェインの方へ走る。ボルツと甲斐の方は善戦している。
 ガウェインは隠し持っていたトンファーを左手に、黒鍵を回避していた。接近戦の心得があるのか、トンファーの扱いに無駄が無い。
 そしていなした直後の一瞬の隙を逃さず、トンファーを突きこむ。

 ドンッ!!

 と、トンファーから尋常じゃない炸裂音がした。同時に、ホムンクルスの左わき腹が吹き飛んでいた。
 グラリ、とホムンクルスがバランスを崩した。ソコを逃さず、突き上げるように2撃目。顎下から突き上げられたトンファーはいかなる魔術か、接触した部分から炸裂し、頭部を諸共吹き飛ばした。
 その鮮やかな戦いぶりを見ていると、瞬間、首筋に寒いものを感じた。

「ちっ!」

 本能のまま前に飛ぶ。直後、今まで居た場所にザクッと黒鍵が突きたてられた。
 振り向き、逆手に持っていた黒鍵を順手に持ち変える。
 突き刺した剣を引き抜き、ホムンクルスは刺突の構えで飛び込んでくる。
 やはり攻撃があまりに単調だ。左手の黒鍵で3本を押しのけそのまま懐へ入る。同時に腹に向かって左膝を突きこみ、たたらを踏んだところで肩口から斬り込む。
 バキンと黒鍵が肋骨を切断できずに折れた。絶命したホムンクルスを蹴り飛ばし、こぼれた黒鍵を補充として拝借する。

「嬢ちゃん!子供を連れて奥へ行け!!……面の扉だ!」

 甲斐がボルツの支援をしながら怒鳴る。……面。正面?入ってきた扉の左側。
 戦場から離脱し、噴水の前で待っている子供達の方へ。と、ヴィクトールが扉の方へ走り出した。

「セイバー、援護する!
 おら、間違っても味方に当てんじゃねぇぞ!」
「判ってるよ!!」

 わめく子供達を抱えて、指示された扉へ走る。ヴィクトールが行き着いていた。

「クソ、死ねよ、この!!」
「無駄弾撃つな!!3点バースト付いてんだろそれ!」

 頼もしい援護を背後に扉へ向かう。ヴィクトールが扉へと入り、

「ヴィクトール、待ってください!!」

 見た目に重い扉をヴィクトールは閉じようとしていた。

「ヴィクトール!!」
「なっ、オッサン……!」

 走りこむ目の前で重い音を立て扉は閉じられ、直後閂が閉じられる音がした。



[1083] ~Long Intrude 11-2~
Name: ルクセンブルグ
Date: 2006/08/05 01:23
「クソッ!――あの野郎やりやがった!!」

 ガン!と閉じられた扉を蹴ってヘンリーが激昂する。

「開けられないのか?」
「魔術協会の内部の扉ですよ?相応の魔術で無い限り無理です」
「クソッ、迂回路は無いのかよ」
「私に聞かないでください」

 甲斐達はまだ数体のホムンクルスを相手に戦っている。上から落下して来ない所を見ると打ち止めか?

「ランス、ヘンリー、子供達を頼みます!」
「どうする気だよ?」
「甲斐達の援護に、迂回路を聞かなければ」

 言いながら、私は戦っている3人の下へ走る。
 彼らは既に10体のホムンクルスを迎撃していた。無傷とは行かないものの、さすがに実戦経験を積んだ者達。受けたダメージは最小限だ。
 フッと視界の隅をカソック姿がよぎった。隠れていたのか、ベティがランス達の元へ走っていく。
 一瞥しただけで視線を戻し、狙甲斐とボルツに狙いを定めてこちらに背を向けている一体に肉薄する。
 まるで注意が行き届いていないらしい。真後ろで剣を振り下ろし、剣を持った左腕を切り落とされてようやく視線がこちらを向く。問答無用で首をはねた。

「どうした!」
「ヴィクトールが扉を閉じてしまいました!」
「何だと!?」

 驚愕しながらも敵への注意は乱さない。聞いていたガウェインも一瞬こちらへ注意を向けた。

「迂回路は無いんですか?」
「ありません!一本道だといったでしょう!」

 ガウェインは自分の最後のホムンクルスの足を吹き飛ばし、脳天にデリンジャーの一撃を見舞った。
 デリンジャーは口径の小さい護身用の銃のはず。2連発の銃をメインで使うとは。
 ……いや、今一瞬彼のコートの内部がジャラジャラして見えたのはまさか。

「入って来た左側の扉で合ってますね?」
「……あぁ合ってる、よっと!!」

 年齢に似合わぬ俊敏な動き、逆手に持ったナイフでホムンクルスの喉笛を切り裂いた。
 それで打ち止め。ようやく一息つけた。

「裏切りか……」

 ボルツが眼鏡を直しながら言う。

「まぁ、あの手合いはやらかすだろうとは思ってたがな。
 ガル!」
「セムテックスはありません。天井爆破で打ち止めです」
「……あー、そいつは困った」
「他の扉はどこへ通じてるんですか?」
「いろんな実験プラントだよ。植物、キメラ、薬品等等。もちろん行き止まりだ。扉はちょっとやそっとじゃ破れないからな。ホムンクルスが床をぶち抜いたぐらいの魔術が必要だ。
 オーライ、ジ・エンドだ。後は神に祈るか欲望のままに理性を捨てるかだが、付き合うか?」
「輪切りにされたいなら付き合いましょう」
「ハハハ、ナイスな返しだ」


 ドドンッ!!


 突然、さっき閉じられた扉から鉄杭でも叩き込んだかのような鈍い音が響いた。
 見れば、丁度閂を掛ける部分に黒鍵が二本突き込まれていた。

「はっ?」

 思わず甲斐が間抜けな声を上げた。それほどにその光景はあり得なかったのだ。
 厳重な造りをしている内部の扉は、カミソリの歯でもなければ通さないほどにぴったり閉じられるように設計されている。そこに黒鍵を突き込んだ!?
 そうこうするうちにヘンリーとランスが数度扉を蹴りつけ、扉の向こうで折られたらしい閂と共に扉は開けられた。

「馬鹿な……どうやって!」

 ガウェインが私達の気持ちを代弁した。


  /// ///


 押し殺してきた恐怖が、天井から落下してきた殺戮者を目を見た瞬間に箍が外れたように噴き出した。
 身の内に迫るのは恐怖。背後に迫る"死"という恐怖。一介のサラリーマンに刃を押し当てられる耐性等存在しない。選択肢など決まっている。ソレからはただ尻尾を巻いて"逃げる"のみ。
 触れば割れるシャボン玉のようなプライドなどかなぐり捨て、自分は逃げていると実感する。

「はっ、はっ、はっ……」

 どこをどう走ったかなど覚えていない。
 自分を助けた者達をこれほどたやすく裏切ってしまった自分に恥を覚える暇すらない。
 自分は最低だ。自分を守ると言った者達をあの場に残し、自分が生きるために見殺しにした。

 ―――生きたい

 ……何を馬鹿な。アイツらも男を見殺しにしたじゃないか。
 言っていたではないか、自分の身を守れなければソレまでだと。ならば、彼らがあの場で自分の身を守れなければそれは彼らの責任。生きようと行動した自分は正しい事をしているではないか。
 一緒に居た若者や子供。彼らは自分を憎むだろうか。まさか、「死人に口無し」とも言う。自分には生きる権利がある。生きるために行動する権利がある。
 自分はあんな一線を外れた連中とは違う。

 ―――助かりたい

 右へ左へ、扉があれば開き、鍵がついていれば閉める。
 一体何枚の扉をくぐり、ここがどこなのかも判らない。

「はっ、はっ…………おっ?!」

 何かに毛躓いて派手に転ぶ。
 そこでようやく、肺が酸素を渇望している事に気付いた。
 這いつくばったまま、壊れたポンプのように呼吸する。
 年を考えぬまま全力疾走した足の筋肉は、既に限界とストライキを起こし、汗がスーツの中で蒸れ、気持ち悪い事この上ない。

 ガタンッ!

「―――!!?―――」

 周囲は明かりも無い漆黒の闇。その向こうで何かが倒れるような音がする。
 また恐怖が再燃してくる。奴らの瞳の赤い光が目の前に迫ったあの恐怖。

 ―――死にたくない

 周囲を見渡し、直ぐ傍にあった扉へと飛び込む。内開きの扉を蹴り閉めた。

「はぁ、はぁ、はぁ……、くそっ、くそっ!」

 床にへたり込み、息を殺して耳を済ませる。
 音はしない……。とりあえずは一安心らしい。
 息を吐き、ドアを見上げた。そこで、気付く。

「なっ、何だこりゃ!」

 ドアに飛びつく。そして、よくよく確認するがやはり見たまま。
 嘘だ、あり得ない。どうしてこんな物を……、

「何で、このドアは…………」

 かしゃり……

 その瞬間、後ろで音がした。何か金属質が床を突く音。

 かしゃりかしゃりひたひた……

 肌があわ立つ。全身の汗腺から一気に汗が噴出してくる。
 耳で感じるだけで無数の音が"この部屋"に充満している。
 ゆっくりと、これ以上は無いというほどにゆっくりと振り返る。
 既に目は暗闇に慣れきっている。
 
 ―――嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ……

 視界に入ってくる物、その姿を見た瞬間、頭の中は完全にパニックを起こす。
 信じられない物がいる、見た事も無いものがいる、いてはいけない物がいる……、
 だが、後ろは開けられない扉。逃げ道は既に絶たれている。

「あ、……ああ…………あ」

 ヒューヒューとソレは息を漏らし、濁った瞳でこちらを見据えた。


 …… ……


 飢えていた。心の底から飢えていた。
 狭い部屋の中に閉じ込められ、何日間も放って置かれた。
 同じように飢えた者達は、やがて共食いを始めた。
 本能のままに襲い、喰らい、生きようとした。
 弱い者から徐々に喰われ、やがて強い者だけが残った。
 それでもなお、腹は減る。お互いが虎視眈々と相手を襲う隙をうかがっていた。
 いつだったか扉が開いたが、逃げ出す者は皆無。逃げ出す事はすなわち弱者の証。狩られるは必然。
 ただ息を潜め、この部屋での生存だけを目的とした。
 やがて、何者かがやってきた。荒く息を吐き、扉を蹴り閉めた。

 ―――獲物だ

 部屋中が、この闖入者を獲物として認識する。
 
 ―――喰いたい

 もはや、頭の中はそれだけで埋め尽くされる。

 ―――生きたい

 故に、遠慮などしない。否、最初から遠慮という単語はない。
 我先に、この獲物へと襲い掛かる。
 喰らい付き、引き千切り、咀嚼する。己の糧として吸収する。


 さぁ、続きを始めよう。この部屋に存在する者達よ。己が生きる為に、他者を糧とする戦いを。
 最後にただ一体となるまで、私は生きる事を放棄しない。



[1083] Fate/the transmigration of the soul 12
Name: ルクセンブルグ◆a6358815
Date: 2008/01/30 01:37
 ポカーン、と桜と藤村先生が入ってきた二人を見る。かく言う私も呆れ帰って物も言えなかったりする。
 忘れ物をしたと彼は言った。もちろん、それがセイバーの事であることは予想していた。

 ……後ろで当然のように付いて来ている、アーチャーを除けば。

「遅くなったけど紹介する。
 こっちはセイバー、こっちはアーチャーっていって、しばらく面倒を見ることになった。見ての通り、外国人さんだから、日本の暮らしには慣れてないんで、その辺り助けてやってくれ」

 呆然と硬直する私達を前に、士郎は有無を言わさずセイバーとアーチャーを卓に着かせる。

「ほら、そこに座れよセイバー。飯は皆で食べたほうがいいだろ?」
「それは……効率的だと思いますが私は」
「遠慮なんてするな。だいたいな、これからはセイバーも一緒に住むんだぞ?同じ家に住んでるんだから、一緒に飯を食うのは当然だ」

「そんなの……」
「そんなのダメーーーー!!!」

 案の定、巨大なイカヅチが落下した。しかも今、桜に被らなかったか?
 耳をつんざく叫びが衛宮邸を蹂躙し、次の瞬間には士郎の襟首が虎によって掴み上げられていた。

「一体どうしちゃったのよ士郎ってば! 遠坂さんだけじゃなくこんな子達まで連れ込んじゃって、いつからここは旅館みたいになっちゃったのよぅ!」
「な、なんだよ。いいじゃないか、旅館みたいに広いんだから二人や三人に部屋を貸しても。遠坂がいいなら二人もいいだろ、下宿ぐらい」
「いいワケないでしょう! 遠坂さんは認めるけど、そんな得体の知れない子なんて知らないもん! いったいどこの子なのよ、その子達は!」
「どこって―――遠い親戚だよ。よく分からない事情があって、親父を頼ってやって来たって」

 あぁ、若干苦しいかなぁ。
 彼の父親がどんな人かは知らないが、セイバーみたいな外国人が親戚というのは言い訳としては苦しい。
 髪の色からして……、

「そんな作り話信じられない。だいたいね、仮にそうだとしてもどうして衛宮の家に来たのよ。切嗣さんに外国の知り合いなんている筈な―――」

 藤村先生が詰まった。…………うそぉ。

「―――ないとは言い切れないけど、それにしたっておかしいわ。あなた、何の為にここに来たのよ」

 今度は、セイバーを睨みつけて尋ねた。
 待て、性格が軍人のセイバーに回答できる甲斐性は……、

「―――さあ。私は切嗣の言葉に従っただけですから」


 ―――あったようだ。


「―――む。切嗣さんが士郎を頼むって?」
「はい。あらゆる敵からシロウを守るように、と」

 一点の曇りなく、セイバーは言い切った。
 あ、藤村先生が気圧されてる。まぁ、セイバーにはソレが絶対の存在理由だからなぁ。

「……なるほど。で、そっちのアーチャーさんだっけ? このセイバーさんとはどういう?」
「関係を聞かれたのなら、姉です。理由を聞かれたのなら、彼女のお目付け役です」

 柔和な笑みと共にスラスラ答えやがりました。士郎とセイバーまで驚いてるし。
 このアーチャーの"危機的状況回避"スキルは一体どこで身につけたんだろうか。
 …………あぁ、本気で机の角に頭ぶつけたくなってきた。

「妹は世間知らずかつ愚直な性格なもので、何かあっては家の迷惑にもなりますし」
「む、愚直とはどういう意味ですか!」
「胸に手を当ててよく考えてください」

 よく出来た姉妹喧嘩を見せられている気分。

「ちょっとちょっと、止めなさいよ貴女達」

 喧嘩が酷くなる前に藤村先生が止めに入った。

「とにかく、貴女、アーチャーさん? 切嗣さんは本当にそう言ってたの?」
「はい、妹にはシロウを守るように言いました」
「う~ん、いまいち信じられないんだけどなぁ。ところで……貴女には何か言ったの?」
「…………私にですか?」

 よどみなく会話が続く。藤村先生の突発的な質問に良く答えられるなぁ。確かに、順応力は相当だと認める。
 …………このまま通しても大丈夫かな。心の贅肉だけど。

「そうよ、シロウを守るようにセイバーさんが言われて、ただ心配だから付いて来たわけじゃないでしょう?」
「……言わなければダメなのですか?」
「言って頂戴。貴女達が切嗣さんに何を言われたのか、保護者として知る権利が有りますからね」
「藤ねぇ、二人を困らせるなよ」
「士郎は黙ってなさい。私は保護者として心配してるんです」

 座る二人の前で仁王立ちで威圧する藤村先生。
 強引な藤村先生にさすがにアーチャーも言いよどむ。

「私の場合は…………」
「場合は?」

 チラリと士郎を見るアーチャー。……ん?
 そして、真っ直ぐ藤村先生を見上げ、

「私には、
 ―――衛宮家に関わる者全てを、あらゆる敵から守るように。
 そう言われました」
『―――なっ!』

 思わずそう声を漏らした。私だけじゃない、士郎もセイバーもだ。
 藤村先生が驚いた私に視線を投げてきたので、咳払いなんて古典的な誤魔化しをせざるを得なかったけど……。
 それにしても、なにを―――!!?

「……切嗣さんがそう言ったの?」
「はい、妹では限界があるので私に、と」
「………う~~~~~」

 唸り始めちゃったよ、藤村先生。桜の方は呆気に取られて未だに沈黙中。
 そして、長いやら短いやらの藤村先生の唸りがようやく止まり、

「分かったわ、そこまで言うなら腕前を見せてもらおうじゃない!」

 どうやら、先生の脳内では訳の分からない結論に帰結したようだ。
 風雲急を告げる、と言わんばかりに藤村先生は二人を道場に連れ出し、
 …………完膚なきまでに叩きのめされました。いや、比喩だけど。


「うわぁぁぁぁん!! 変なのに士郎取られたぁぁぁ!!」


 にしても……学校とあまり変わらないんですね、藤村先生。


 /// ///


 二人に完膚なきまでに負けを喫した藤ねぇが、それでも納得いかぬと二人を伴って親父の部屋に立て篭ってから2時間。
 出てきた藤ねぇはやはり納得いかぬといった表情で、

「なんか、認めるしかないみたい」

 と頷いた。一方の桜は終始無言。
 夜も遅いので藤ねぇが桜を送る事になり、桜はただお辞儀だけして帰っていった。

「それじゃわたしも戻るわね」

 で、遠坂までも憮然とした表情であった。

「……悪かったな。どうせバカな真似してって思ってるんだろ」
「別に。ただ、貴方のしている事は心の贅肉よ。そんな余分なことばかりしてたら、いつか身動きが取れなくなるわ」

 キッパリ言い切られてしまった。
 と、いきなり大きくため息を付き、

「もっとも、そんな物意に返さない奴も居るけどね」

 その視線は自分のサーヴァントであるアーチャーへと向いていた。

「今回はお互い様よ。後でよく言っとかなきゃいけないけど、よくよく私を振り回してくれるわアイツ」

 おやすみ、と手を振ってアーチャーの腕を引きずって別棟へと去っていく。

「―――はあ」

 なんだか疲れた。
 こっちも、今日は早めに休むとしよう。

「待ってくださいシロウ。私も貴方に聞くべき事がある」
「ん?いいけど、なに」
「なぜ私をみんなに紹介したのですか。私も凛の言うとおり、シロウの行為は不必要だと思います」
「なぜも何も無い。単に嫌だったから紹介しただけだ」
「それでは答えになっていません。何が嫌だったのか言ってもらわなければ」

 詰め寄ってくるセイバー。
 ……彼女にとって今夜の一件は、そんなに不思議だったのだろうか?

「そんなの知るか。ただメシ食ってて、二人がのけ者になってると思ったら嫌になっただけだ。
 しいて言うなら、藤ねえと桜にもセイバーを知ってもらって置けば、隠し事も減ると思ったぐらいだよ」
「それはあまり意味のある事ではありません。
 むしろ彼女達に我々の存在を知らせるのはマイナスです。この屋敷なら私達の存在は隠し通せるのですから、私は待機していた方が良かった。
 アーチャーなど、霊体化できるのですからなおさらです。どうして、アーチャーまで呼びに行ったのですか」
「よかったって―――そんな事は無い。
 セイバーが良くても俺が嫌だったんだからしょうがないだろ。こういうの、理屈じゃないと思う」
「シロウ!」
「セイバー、いくら言っても貴方の意見は通りませんよ」

 と、いきなりセイバーの後ろにアーチャーが現れた。

「アーチャー、遠坂に連れて行かれたんじゃ……」
「はい、逃げてきました」

 ペロリ、と舌を出すアーチャー。

「―――へ?」
「凛の小言など今に始まった事ではありませんから、一々聞いていられません」

 その時、

「アーチャー、出てきなさい!!!」

 地獄の底から響いてくるかのような怒鳴り声が聞こえてきた。
 ……尋常な怒り方ではない。

「あ、あの、アーチャー、素直に出て行ったほうが……」
「その内収まりますからご心配なく。
 そんな事よりセイバー、シロウに理屈で物を言っても通じませんよ。こういう性格なのだと、妥協した方が早いのでは?」
「アーチャー、これは私達の問題です。部外者の貴女が……」

 セイバーがアーチャーに反論しようとした時、殺気と共に廊下を駆けてくる音が聞こえてきた。

「あー、シロウ。逃げたほうがいいですね」
「…………だな」
「ちょ、シロウ!まだ話は……」
「はい、貴女は私と話をしましょう」

 俺は外へと飛び出し、アーチャーはセイバーを抱えて居間の方へ……、
 で、土倉に飛び込んで恐る恐る母屋のほうを覗き見れば、…………あれ怒髪天じゃないよな??

 


その後一時間、鍛錬などできる状態ではないほど、我が家は賑やかだった。


 /// ///


 朝を迎えた。
 あの後、逃げ出したアーチャーをとっ捕まえ、いいだけ説教し倒してから寝たため、若干の眠気が残っているのだ。
 あくびをかみ殺しつつの朝食となるが、諸々を気にして朝食のパンは一枚のみ。

「あ、ごめん桜。わたしバターだめなの。そこのマーマレイドちょうだい」
「そうなんですか? 遠坂先輩、甘いものは好きじゃないような口ぶりでしたけど」

 何はともあれ、増えて欲しくないところが増えるのはごめんである。
 もっとも、目に見えるところが増える桜は例外だけど。

「だから、そういう話はしないでくださーい!」
「まぁ、その辺にしてはどうですか、二人とも。みっともない」
「……アンタに言われると殺意が沸くのは私の勘違いかしら? アーチャー」
「恐らく、勘違いでしょう」

 アーチャーの一言でギアが一段上がって眠気が薄れたのは感謝すべきなのかどうなのか……、否!!
 




 セイバーを家に残し、私達3人は学校へ登校する。無論、アーチャーは霊体でである。
 食後に見たテレビでは取ってつけたように昏睡事件の事が放送され続けていた。
 新都だけでなくこっちでも起きているというのに、TVのニュースは鈍感なのだろうか。
 もちろん、こっちもあっちも敵マスターが、純粋な魔力=生命力をかき集めに掛かっているために他ならない。
 新都は素人、こっちは大魔術師…………頭が痛いったらないわよ、ホント。


 /// ///


 昼休みになった。
 授業から開放された生徒達が行き来するのを見計らい、昼飯を数分で済ませて廊下に出る。
 遠坂の言っていた結界の基点、俺の感覚から言って蜜の甘い場所。
 一通り学校内をめぐり、念のために外に出る。

 方々を巡って、もはや通いなれた弓道場に差し掛かったとき、周囲の感じが一変した。
 まるで、あまったるい濃密な香りを嗅がされているかのような感覚。
 あまり信じたくは無いが間違いない。この辺りに結界の基点がある。
 だが、おかしい。この場所は人気が無いどころか、毎日人が来る。……こんな目立つ場所に基点を作ったのか!?
 しょうがない、ここは一度遠坂に……、

「おや、衛宮じゃないか。こんな所で探しものかい?」

 吐き気がするほどの違和感の中、不敵な笑みを浮かべて現れたのは慎二だった。


******
あとがき
 本来の予定では、ここら辺でセイバーとアーチャーの対峙まで行くはずだったのですが、あんまり長いとアレなのでここまでにしました。
 道場後のシーンはバッサリ行くつもりだったけど、残しましたw



[1083] ~Long Intrude 12-1~
Name: ルクセンブルグ
Date: 2006/09/02 01:15
「よもや、彼女が黒鍵の扱いを学んでいたとは思わなかったな」

 投げやり、といった感じで甲斐がタバコの煙を吐きだした。
 彼女とは、言うまでも無くベティ・G・ローゼンバーグの事である。
 カミソリを通さないならば、カミソリを超える薄さの刃を作ればいい。そんな馬鹿げた事を彼女はやって見せたのだ。
 ―――魔力によって刃を編み上げる黒鍵を使って。

「いやー、驚いたなぁ。なんせいきなり指の間から剣が生えてくるんで何事かと思ったよ」

 ハハハ、とランスの方は最早笑い話で済ませてしまっている。
 もちろん笑い話では済まされない。ようするに、彼女は教会内でも特殊な部署に所属していた事になるのだ。しかもその錬度は相当なもの。
 だが誰も聞こうとしないし、彼女も話そうとしない。ただ、黒鍵を使った後から今まで黙ったまま歩き続けている。
 結局はそういう事だ。彼女の出自を考えるより、あの場を切り抜けたという結果が優先。
 それに、ホムンクルスがあれで終わりとも思えない。あの人形は町一つを壊滅させたのだ。その数が十数体とは到底思えない。

「ようガル、お前あの広場で変わった武器使ってたな。アレ何だ?」

 狭い廊下を歩く中、前を歩いていたガウェインに追いつき声をかけるランス。

「あぁ、"ガラティン"の事ですか?」
「ガラティン?」
「魔術を刻んだトンファです。先端に接触した相手を吹き飛ばせるんですよ。もっとも、試作品なのであまり使いたくはなかったのですが」
「いいよなぁ、魔術師は。便利な道具があってよ」
「それを言ったら兄さんのほうこそ羨ましいですよ」
「……は?なんでよ」
「見たくないものを見ずに済むんですから……」
「は?」

 恐らく、苦虫を噛み潰したかのような表情で彼は言ったのだろう。
 思わず足が止まった彼に、私が追いつく。

「止まっている暇はありませんよ」
「あぁ……分かってる」
「こっちだ」

 さらに先を歩いていたボルツが14階に通じる階段の扉を開く。

 



 階段は広く、3人が並んで歩けるほどの広さがあった。そこを、ボルツを先頭に一段一段確かめるように降りていく。

「欧米には13階が存在しない。なぜだか知っているか?」

 階段を降りながら、甲斐が口を開いた。誰に聞いているか分からない問い。思わずランスと顔を見合わせた。

「キリストが磔刑になった日です。以来13という数字は不幸を呼ぶ数字として嫌われている」

 ガウェインが条件反射のように答えた。

「そうだな。確かに13日の金曜日はキリストが仏さんになった日だ。だが、実際キリストが磔になったのは14日の金曜日だぜ?」
「じゃあ、アレだ。ユダがキリストを裏切った」

 それも有名な話だ。役人から金を受け取ってキリストを売ったのは13番目の弟子であるユダだと。

「あぁ、それもあるな。
 それに、ノルウェー神話じゃヴァルハラ宮殿に来た13番目の客はロキだし、古代ローマの魔女は常に12人でグループを作り、13人目は悪魔だといわれてた。人類最初の殺人、アベルとカインの話も13日」
「……そんなに知ってるなら最初から言えよ」
「12という数字が"完全な調和"を成している故に、13という数字は調和を乱す、イコール不吉なモノとして位置づけられた。確かそうではありませんでしたか?」
「ほう、……さすが考古学専攻の学生。そんな数秘学までご存知とは」
「欄外の知識ですよ。日本の十二支、1年の12ヶ月、時計の文字盤に至るまで、験を担ぐには多すぎる」
「他にもオリュンポス十二神、イスラエル十二支族……は滅びたんじゃなかったかなぁ。
 ま、とにかくだ。この魔術協会ではな、きっちり13階が存在してるんだこれが」

 言って、先頭を歩いていたボルツ達が止まった。まだ、階段の途中である。

「なんでぇ、こんな所で止まって」

 ヘンリーが文句をいい、その横でボルツが壁の一方を撫でると、ゴゴゴ……という音と共に壁がスライドし、なんとその奥に部屋が現れたではないか。

『おお……』

 ランスとヘンリー、ガウェインまでが感嘆の声を上げた。

「ようこそ、我が古巣へ。…………まぁ入れ」

 そう言って、甲斐とボルツは先に入っていった。





『Floor 13』

 銀の板に打ち出されたプレートが張られた"存在しない"フロアは、いくらか天井の低い造りになっていた。恐らく、構造上そうならざるを得なかったのだろう。なにせ、存在してはいけない場所に存在している。長い階段に違和感を覚える者も居たはずだ。
 そして、部屋数も数えるほどしかない。会議室のような場所と、仮眠室らしき部屋、そして厳重に錠の掛けられた部屋。
 甲斐はその鍵の掛かった扉の前で、ポケットから出した鍵束を漁っている。

「昔取った杵柄……じゃないが、鍵を返してなくて正解だったよ」
「この部屋は何ですか?」
「武器庫さ」

 鍵の一本を差し込み、ハンドルを回す。見た目以上に重厚な造りをした武器庫の扉は、甲斐とヘンリーの二人掛かりでようやく開く程の重さだった。
 ライトを照らせば、中にはあるわあるわ武器のケースから、雑多に立てられた刀剣の類まで。

「うわ、これ全部武器かよ!」

 綺麗に整頓されたケースを眺めながら、ランスがため息を付く。

「物は確かさ。だが、出所は聞くな」
「いいのですか?勝手に開けてしまって」
「構わんよ。どうせ、使う奴も居ないんだ。俺達が生き残るのに使ってやった方が武器のためだよ」

 言いながら自分も弾丸のケースを漁り始めている。

「お前さんも選びな。そんな黒鍵なまくらじゃ本来の半分も実力を出せないだろ」

 ヘンリーは興奮してライフル大型の銃に見入り、ランスは冷静にマシンガンや拳銃を眺めている。
 さて、簡単に選べといわれても困る。魔術協会……しかも"執行者"が使う武器といえば、それなりに神秘が詰まった物に他ならない。
 下手にいわくつきの刀剣を持ったら最後、剣に喰われかねない。
 それに、この狭い廊下で立ち回りを演じるなら短剣を両手で使うのが関の山か。
 だとすれば切れ味重視の中華剣か、肉厚のグラディウスか。ふむ。

「これ、貰うぜ」

 ヘンリーが大型の銃を取り上げていった。なにやらゴテゴテと装置が付いているが。

「やっぱ火力だな。きっと強力だぜ」
「俺はコイツだ。型は古いがな」

 ランスは小型のサブマシンガンを2丁。……スコーピオンと言うそうだ。
 そして腰の後ろには適当なナイフを括り付けていた。

「ま、使わないに越した事は無いんだがな」

 甲斐も小さなナイフを手にしていた。あの子供二人に渡すらしい。
 ガウェインと彼の二人は弾丸の補充だけのようだ。

「で、お前さんは結局どうする」
「これなんかどうよ。杭打ち機の出来損ないみたいなのもあるぞ」

 ハハハ、とランスが立て掛けられたモノをバンバン叩いている。

「結構です。……では、私はこれで」

 なにげなく、私はケースの端に並べられていた短刀を二本手に取った。
 




「13階か。日本で見慣れちゃいるけど、こっちで見るとはね」

 甲斐達が今後のルートの確認をしている時、ランスが掲げられたプレートを見てぼやいた。

「自分達を不吉の象徴と知っての皮肉か、不吉をもたらすとか言う揶揄か……」
「日本でもありますね。「」は「死」に繋がり、「」は「苦しみ」に繋がると」
「宗教ってやつは…………。"12"がそんなに好きかね」
「……忘れてませんか?ここに逃げ込んだ我々も12名なんですよ?」
「…………おぉ」

 今気づいたと言わんばかりの驚き方をするランス。いい加減この談義は飽きた。

「皆、出るぞ!」

 どうやら話が纏まったらしい。

「なら、お前が助けようとして死んだ奴はめでたく役目を果たしわけだ」
「……何をですか?」
「黒い死神を連れてきた」

 あまりに面白くないので、頭に一発入れておいた。



[1083] ~Long Intrude 12-2~
Name: ルクセンブルグ
Date: 2006/09/17 00:36
 犠牲―――

 人が生きる上で消費される物、人が生きる上で不必要な物、切り捨てられた物。
 だがそれは、果たして必要な犠牲(sacrifice)だったのか。
 それはもしかしたら不必要な犠牲(victim)ではなかったのか。
 今一度、それを考えている。

 あの日、あの時、あの場所で、私は国を守る王になるために剣を取った。
 後悔など無い。全ては国を守るために起こった瑣末事。
 年老いぬ体、傷を追わぬ体、勝利を約束された体、全てから守られた体。
 全ては加護。湖の貴婦人が私に与えた加護。
 そう、私が生き、私が戦い、私が勝利する事で国は保たれる。
 いわば私そのものが国、なにしろこの身は王なのだ。これは何者にも覆せない事実。
 内外から来る敵を排除し、完膚なきまでに叩き潰し、この地に我在りと言わしめる存在。
 ある者は私を誇った。ある者は私を祭り上げた。ある者は私を賛歌し、ある者は私と共に戦う道を選んだ。

 そうして私が守り抜いて来た国は、…………私に牙を剥いた。

 必死になって守ってきた国が必要とした物は、私の犠牲。
 否、国が必要としたわけではない。まして、私が率いてきた騎士達が必要としたわけではない。
 国を、国として為していた者達。私達が守ってきた国に住む名も知らぬ住民達。

 ある人物が言っていた。
 国が在って民が存在するのではない、民が在るから国ができるのだと。
 重要なのは「民」、「国」とは所詮形骸に過ぎない。いくらでも起こり、いくらでも滅んでいく。
 数多くの民、数多くの意思、その総意が国を創る。

 ならば、私が今までしてきた事は一体なんだったのだろう。
 勝利の為に田を汚し、守る為に野を焼いた。国を守る為にしてきた事は全て、民を虐げる事と変わらない。

 確かに国は守られよう。だが勝つたびに、勝利の度に民の心は私から離れていく。
 「国」という形だけのモノに固執し、勝利を約束した私はどれほど滑稽に写ったろうか。
 "聖剣"や"加護"も、その実"魔剣"や"呪い"とさほど変わらない。
 勝利の対価に民衆の心を、不死の対価に民の繁栄を失い続けた。

 だからどうだ。……私の手を離れた民達は、こんなにも栄えている。


 あぁ、賢人達よ…………偉人達よ、この世の礎となった者達よ聞いてくれ。
 私があの時、あの場所で誓ったものは一体なんだったのだ。
 私があの丘で、選定の剣を抜いたあの丘で掲げた"誓い"は…………!
 私が戦場で、約束された勝利を振るい続けた意味は……!!





「おい!セイバー、寝てるのか?」
「―――!!?」

 がばっ、と跳ね起きた。

「まぁ、朝から今まで気を張ったままだったからな。しょうがないと言えばしょうがないけどよ」
「はぁ、はぁ、はぁ……」

 周囲を見渡す。何の変哲も無い食堂。板張りと石造りの混合したまるで倉庫の様な造りである事を除けば。
 地下15階。14階を境に徐々に周囲の様子が変わり始めている。
 まるで文明が退行する様子を見ているようでもあり面白くもあるが、今の所感慨を抱いているような暇は無い。

 時間、あれから何時間経ったか覚えていない。
 ボルツの持つ端末に表示されていた時間は午後1時。地下と言う限定された空間を下っているだけで4時間以上経ってしまっている。
 狙い済ましたかの食堂の出現だが、やはり不幸な事が一つ。
 食堂に備蓄されていた食糧は、やはりフリーズドライ処理された物ばかりだった事だ。
 地下であるという上に、地上からの食料の運搬の手間からか保存の効く物が多い事。
 私としては納得できない。納得はできないが上の食堂で胃に入れたものと言えば、ドリンクといくらかのソーセージのみ。
 度重なる戦闘と移動を支えるにはあまりに少なかった。

 疲労と空腹。必要以上に口にした食料と疲労感で眠ってしまったらしい。

「大丈夫か?汗びっしょりだぞ」
「大丈夫です。…………ここの暑さのせいでしょう」

 とりあえずそんな風にごまかしておく。
 実際暑い。地下だから夏も冬も気温が一定していると思ったが……、いやこれは空気が澱んでいるからなのか?
 換気口らしきものもあるし、実際空気はここまで来ている。
 空気の循環系を何で補っているか分からないが、電気だったとすれば空気はこのまま澱んでいく一方だ。

 …………このまま空気が無くなったなら、ここは最悪の集団墓地カタコンベだ。

 そんな考えが浮かんでくる。敵に殺される前に窒息死とは情けない。
 とりあえず、そんな馬鹿な考えは振り払う。今はとにかく、ターミナルまで行く着く事が先決。
 だが、急ぐはずのボルツと甲斐、ガウェインが何やら話し込んでいる。
 妙な気配。それを感じて、私は3人に近づく。

「どうかしたのですか?」
「あぁ、ちょっとまずい事になった」
「まずい事?まさか道が塞がれていたとかですか?」
「のほうがまだよかった。そんな物、爆薬で吹き飛ばせばいい話だからな。
 実はな、この地図なんだが」

 と、端末を見せられた。そのに表示されていたのは地図。魔術協会、この本部の内部地図なんだろうが、

「これが何か?」
「この地図はな、数ヶ月前に更新された最新版なんだ。ところが、ガウェインが今偵察に行ってきたこの先のフロア、いくつか違う部分があったそうだ」
「……その答えは?」
「魔術師達が無断で改築、もしくは改造を加えているらしいんですよ」
「どうしてそんな真似を……」
「うちの不手際だな。末端の魔術師、特にこんな地下深くに住み着いたムジナのような連中の要望書が上に上がってこない、もしくは適当に処理されてたのか……」
「そんな3流建築士のような事を名高い魔術協会がやるんですか!」
「馬鹿言っちゃいけない。上は厳密な統制が取れている。なんせ、地下鉄や地下道が通っているんだ。簡単に切った貼ったができるような土地じゃない事は君も分かっているだろう?」
「だが、この当たりの地層は手が加えられていない。故に魔術師個人が上からの返答を待たずに拡充工事を行ったのだろう」

 それは要するに、

「結局……地図が役に立たなくなったという事ですか?」
「俺も責任が持てるのは13階までだったからな。正直な所、どんな風になっているか見当もつかん」
「そいつはまたファッキンクライストさまさまな話だな、おい」

 いきなりそんな暴言を吐いたのは、ヘンリーだった。
 どうやら我々の話し合いが不安になり、聞き耳を立てていたようだ。

「冗談じゃねぇぞ、マップが役に立たなくなったらこの先どうやってターミナルに行き着けって言うんだよ」
「まぁ落ち着け坊主。ムジナだって自分の古巣を住みにくい場所にしたい訳じゃない。フロアの根幹部分。上と下との階段への道は残してるだろうさ」
「確証はあるのかよ!大体、後何階降りりゃいいんだ!」
「計算上は28階にターミナルへの通路のある階がある」
「計算上って……何だよそれ!」
「聞いてたろ、魔術協会は魔術師連中の無謀な拡充が横行してたせいでマップが役に立たないとよ。俺の記憶じゃ前は25階にあったはずなんだ。3階も下方修正されたんだぞ。これは一体誰のせいだ?……俺じゃない」
「…………この」

 怒りに任せ持ってきた銃を持ち上げようとするヘンリー。そこを私が押さえ付けた。

「止めろ。怒りに任せて刃物を振り上げるだけがお前の取り柄じゃないだろう」
「テメ…………、クッ!」

 私の手を振り払い、いじけた様に椅子に座り込んでしまう。
 3人に手で合図して外して貰う。

「気が立つのは分かる。だが向ける矛先を間違えるな」
「うるせぇ、テメェに俺の何が分かる」
「分かりませんね。他人ですから」
「……!?」

 驚いたように私を見るヘンリー。私は彼の対面の椅子を引き出して腰掛ける。

「分からないから分からないと言ったまでです。家族の仇を取りたいという事情以外は」
「……話したくねぇ」
「なら、話したい時に話せばいい。いつでも聞きましょう」
「……妙な女だな。アンタ」

 私の顔を見て、彼は鼻で笑った。

「よく言われますね。『イギリス中探してもお前の様な近づきたくない女はいない』と言われた事もあります」
「…………誰だそれ」
「兄ですが何か?」
「…………ぷっ!」

 大笑いするヘンリー。まぁ、事実なのだからしょうの無い話だ。
 ……無論、言われた直後に蹴り倒したのであるが。

「あーあー、分かりましたよ。従えばいいんだろ従えば、ったくよ」

 立ち上がり、やれやれと言いながら水を飲みに行ってしまった。

「お前を見てるとホント肝が冷えるよ」

 今になってランスが声をかけに来た。

「アイツには気をつけたほうが良くないか?俺だって地下1階の一件は忘れちゃいないんだぜ?」
「大丈夫ですよ。彼は筋の通った男のようですから」
「筋?そうは見えないぞ」
「彼の怒りは家族を殺された事に起因している。それは彼が家族思いだという事でしょう?」
「……家族思いの乱暴者だっているぜ」
「そこは話し方一つです。少なくとも人嫌いではない」
「…………そんな考え方のできるお前が、一番謎だよ」
「褒め言葉として聞いておきましょう」

 甲斐達と経路の話をしようと立ち会ったその時、遠くから響いてくる鈍い音と振動が伝わってきた。

「アイツら、あんだけぶっ殺されて諦めてなかったのか!?」
「諦め方を教える手間を惜しんだんでしょう」
「……だから笑えねぇって」

 兵は拙速を尊ぶ、そんな言葉がある。
 もちろん誰もが知る言葉じゃないし、学ばなければ墓まで行ったって知る事も無い。
 だがこの状況、体はそれを覚えてしまう物。
 爆音から一分も経たず、私達は食堂を飛び出した。



[1083] Fate/the transmigration of the soul 13
Name: ルクセンブルグ◆a6358815
Date: 2008/01/30 01:38
『凛、聞こえますか?』
「アーチャー?どうしたの?」
『申し訳ありませんが、今日は何もせずに真っ直ぐ帰ってもらえませんか?』
「どういう事?大体今どこよ」
『はい、シロウが敵マスターに連れ出されたので護衛についているところです』
「―――なにを!!?」


 ///  ///

「紹介するよ。僕のサーヴァント、ライダーだ」

 ソファーに腰掛ける慎二の後ろ、暗闇から滲み出たような、だが明らかに異質な空気を持って存在するその女性。
 弓道場で慎二に呼び止められ、いきなり自分はマスターだと告げられた。嘘かどうかは解らない。大体自分だって魔術の鍛錬をしているとはいえ、つい最近まで遠坂が魔術師でこの辺の管理者だということなど知らなかったんだ。
 だが、相手のサーヴァントの感知などできない俺は言われるままに慎二の家まで同行し、こうして慎二のサーヴァントの紹介を受けている。
 聞けば慎二の家は古くからの魔術師の家系らしい。だが、今では衰退し、慎二の代で魔術回路は消滅。事実上魔術師でなくなっているという。
 魔術回路を持っていない。確かにそれならば遠坂の監視網に引っかからない。いや、それよりも俺が知りたいのは桜だ。魔術師の家系という事は桜も魔術を習っているという事になる。

「いや、桜はこれっぽっちも知らないよ。魔術ってのは一子相伝が基本なのさ。兄弟がいる場合は、何も知らされずに育てられるか養子に出されるかのどちらかさ」
「……じゃあ、桜は何も知らないんだな」
「誓ってね。大体、魔術を子供全員に教えていたら知識が薄くなるじゃないか」

 どうやら当面は安心できるらしい。
 
「それで? わざわざサーヴァントの紹介がしたくて俺を連れ込んだわけじゃないんだろ?」
「おいおい、せっかくこうして機会を設けたんだ。衛宮のサーヴァントも見せてくれよ。連れてるんだろ?」

 やっぱり、……慎二の奴サーヴァントの気配を感知する事ができないのか。

「断る。わざわざみせっこの為に呼んだんなら俺は帰るからな」

 ソファーから立ち上がり、薄暗い室内をドアへ……、

「まぁ待てよ衛宮」

 慎二の声と共に、スッと無言でライダーが俺の道を塞ぐ。

「座りなよ。話はまだ終わってないんだぜ」
「……………………」

 ―――ダメだ、こんなところで令呪は使えない。
 しかたなくソファーへと戻る。

「今日は随分と素っ気無いんだね衛宮。何か用でもあるのかい?」
「そりゃそうだろ。敵になるかもしれない相手の家に上がらされてるんだ。逃げたくもなるさ」
「あぁなるほど。確かにそうかもね。……さて本題だ。衛宮、僕と手を組まないか?」
「それは……また唐突だな」
「そりゃそうさ。僕は正確には魔術師じゃないからね。戦力はどうしたって欲しいものだろ?」

 戦力、確かに俺達と手を組めばそれだけ強化される。だが…………、

「…………ダメだ。俺の一存じゃ決められない」

 こんな場所で、しかも一人で来てしまって勝手に決める事じゃない。セイバーやと……

「―――遠坂か?」
「なっ!?」

 一瞬、恨みの篭った視線で静かに俺を射抜く慎二。

「見たよ今朝。遠坂と一緒に登校してきてたよな。遠坂も勿論マスターなんだろうさ。それがマスターである衛宮と肩を並べて登校……。
 隠すほどの事じゃない。手を組んでるんだろ?」
「分かってるならなおさらだ。俺の一存で決める事じゃない」
「……ふぅんそう、まぁいいや。だが、あいつには気をつけな。影で何を考えてるか分かったもんじゃないからね。
 ―――さてライダー、客がお帰りだ。玄関まで丁重にお送りしろ。玄関を過ぎたら後は知らないけどね」

 ライダーが動く。俺もおとなしく立ち上がった。
 いや、帰る前に聞いておかなければならない事が一つ。

「慎二、学校の結界の事は知ってるか?」
「あぁ、ライダーが教えてくれたよ。なかなか強力な物のようだね」
「ソイツを仕掛けた奴の事、心当たり無いか?」
「……いや、少なくとも僕じゃない」
「そうか、お邪魔様」

 ライダーを後ろにして、ドアノブに手を掛ける。
 その瞬間、慎二が俺を呼び止める。

「折角だ。いい事を教えてやるよ。柳洞寺にサーヴァントが陣を張ってるらしい。ライダーが調べた事だから嘘じゃないぜ?」
「……柳洞寺?」
「あぁ。行くんなら気をつけな」




「なぁ、慎二の言ってた事は本当なのか?」

 門の前で終始無言のライダーに対し、ダメ元でそう聞いてみた。

「……………………」

 勿論、返答は無い。

「悪い、忘れてくれ」

 そして、門を潜ったその時、

「嘘ではありません。確かに柳洞寺にはサーヴァントが拠点を構えている」
「えっ?」
「仕掛けるなら十分にご注意を。彼女は男と言うものを知り尽くしていますから」
「あ、あぁ。ありがとう」

 まさか答えが返ってくるとは思わなかった。とりあえず頭を下げる。
 すると、ライダーは口元に笑みを浮かべ、

「成る程、シンジが懐柔しようというのも分かる。貴方の様なお人よしは珍しい」
「そ、そうかなぁ」
「それが、悪い方向で出ると困るのは私達の方なのを理解して欲しいですね」
「―――えっ!!?」

 後ろから唐突に声がして振り向けば、そこにはトレーナー姿のアーチャーが立っていた。

「残念ですね。貴方が居なければこの場で即刻首を落としていたものを」
「私も残念です。今シロウが間に立っていなければ、すぐにでも車椅子の必要な姿にできた」

 って、俺を間に挟んで睨み合わないでほしいんだが……。
 しかし、唐突にライダーは踵を返す。

「いずれ決着は付けましょう。"セイバー"」
「…………えぇ、"近いうちに"」

 同時にアーチャーも踵を返した。ていうか今ライダーはアーチャーの事をセイバーだと……、

「シロウ、行きましょう」
「あ、あぁ」




道すがら、

「アーチャー、いつから」
「無論、学校からずっとです。言ったでしょう、外での安全は私が守ると」
「じゃあ遠坂は?」
「ご心配なく。ちゃんと家に戻っています」
「そうか……。すまない、軽率だったかな」
「いえ、あなたがそういう性格だということは良く分かっています。私は気にしません。
 ―――ただ……」
「……ただ?」
「帰ってからの身の安全は私には何とも出来ませんので、あしからず」

 ―――???




「ただいまー……って、おわ!!?」

 自分の家に戻って戸を潜った瞬間、目に入ってきたのは仁王立ちする遠坂とセイバー。

「随分と遅かったじゃない衛宮君? どこで油を売っていたのかしらね」
「と、とと……遠坂? どうして……」

 と、言ってから気づく。そう言えば、遠坂ってアーチャーと念話とか言うのができて…………、

「って、いないし!」
「シロウ! まったく貴方という人は……」
「いいわよぉ、夕食まで時間があるからタップリ聞かせてもらおうじゃない」

 身の安全てこれかぁぁぁぁぁ!!!


 ///  ///


「―――風が出るな」

 夜、寝静まった母屋を背に、私は本来の姿で庭に立つ。
 マスターの持ち帰った情報、柳洞寺のサーヴァント。凛は戦いに赴かず、またシロウも同意見。
 しかし、これ以上誰とも戦わないのでは勝利は無い。結果的にマスターの命に背く事になる。いや、勝利さえすればいい。
 柳洞寺、その山に存在する結界の事は良く知っている。

「貴方が戦わないのならいい……」

 だが一番驚いたのは、私と同じ考えであるはずのアーチャーまでが戦闘を拒否した事。

「代わりに私が戦うだけだ」

 私はこの聖杯戦争に勝利するために呼び出された存在、誇り高い英雄の一人。目の前の敵から逃げ出すなど……、

 ―――この前みたいに、俺もお前も共倒れになるなんてゴメンだからな!

 ギリッと奥歯をかみ締め、私は衛宮邸を飛び出した。





 だが柳洞寺へと向かう道すがら、私の足は唐突に止まった。いや、止められたと言うべきだろう。

「初めて会った時もこんな風の晩でしたね」

 月明かりの下、夕飯の時と変わらぬ姿で彼女は佇んでいた。
 夕食では反対していたが、今になって加勢に来た……、わけはなかろう。

「アーチャー……、何の用だ?」
「何、とはご挨拶ですね。大方貴方の予想通りだと思いますが」
「……ふざけるな、アーチャー! 貴様自分が何を考えているか解っているのか!」
「そうですね。私も貴方のように真っ直ぐでいられたら、と胸が締め付けられますよ」

 足を開き、右手に何かを握る動作。
 鎧も纏わず、緊張感も無い。
 そのやる気の無さが、無性に癪に触る。

「この身はサーヴァント。敵と戦い、敵を倒すためにこの世に在る。それが本来の姿だ!」
「言われずとも。実を言えば私も少々溜まりぎみで……」

 突き出す構えで、腰を落とした。

「こんな形で八つ当たりする以外に発散方法がありませんから」
「―――!!?」

 地を蹴り、右手に握った不可視の武装"風王結界"を突き出してくる。

「……くっ!」

 甲高い金属音と共に、お互いの武器が魔力を散らし、二撃目で鍔迫り合いになる。

「世迷いごとを! 自分が言った事をもう忘れたのか!」
「……ふふっ」

 自分から啖呵を切り、自分から仕掛け、鎧も纏わずに緊張感も無く笑みを浮かべる。
 ―――それが、どうしようもなく腹が立った。

「貴様、それでも誇りある騎士かぁ!!」

 両腕に力を込める。魔力で倍化された腕力がアーチャーを吹き飛ばし、風王結界の風がアーチャーの胸元を引き裂いた。
 だが思ったほどの手ごたえが無い。力を込める寸前に後ろに飛んだか……。

「つっ……、あまり何着も無いんですけどね。このサイズというのは」

 バランスを保ったまま着地したアーチャーは、ため息と共に裂けた服に手を掛け、一気に引き裂いた。

「―――なっ!?」

 白色の服の下から現れたのは深紅。まるで、血に染まった包帯。それを胸、腹、二の腕と関節以外を引き締めるように巻かれている。時折、その表面を何かの文様が走る。だとすれば、あの布も何かの魔術品。
 上半身だけではない、恐らく下半身も同じ。……確か、バーサーカーとの戦いの時に巻いていたものか。
 裂いた服を打ち捨て、ドンと剣を地面に…………地面?順手で持っているのに!?

「その中身、剣ではないな」
「お察しの通り」
「弓兵が槍を持つか」
「"矢"ですよ。一応」

 瞬間、暴風が吹き荒れる。"風王結界"を解放するのか!?
 横一線に、見せ付けるように槍を構える。

「私は生涯で2発しか弓を引きませんでした」

 徐々に、荒くも透明となっていた彼女の矢が姿を見せ始める。

「一発は、バーサーカーの時に放った物。そして……これが二発目」
「……馬鹿な! アーチャー、その槍は……!?」 

 現れたのは、巻かれた布に比するほどの深紅の槍。
 忘れもしない、今もなお私の心臓に違和感を残す元凶、それが何故!?

「ゲイ、ボルグ……それを何故貴様が持っている!」
「さあ私も不思議ですが、アーチャーの枠に収めるために強引に組み込まれたのでしょう。ソレだけの事です」

 馬鹿な、宝具は重複などしない。同じ英雄で無い限り、同じ宝具を持つわけが無い。
 だったら、彼女が持つゲイボルグと確たる存在を誇示する魔力は一体……、
 アーチャーは調子を確かめるように片手で振り回し、構えを取った。

「…………???」

 今まで見た事も無い不思議な構えだ。

「ご心配なく、セイバー。……すぐに終わります」
「……くっ!」

 まったく持って訳が分からない、彼女の存在、彼女の性格、彼女の生い立ち、彼女の宝具。
 一体、彼女の一生に何があったというのだ!?



[1083] ~Long Intrude 13-1~
Name: ルクセンブルグ
Date: 2006/10/27 12:14
「行くぞ!」

 それを、鶴の一声と言うのでしょうか。
 皆が緊張を張り付かせたまま、しかし動きは澱みなく。
 食堂を即座に抜け出した我々は、改造された16階の現状に辟易していました。
 僕が偵察した16階は予想を超えて改造が施されており、やはりMAPは役に立たなくなっている模様。
 それでなくとも、こんなところまで潜った試しは僕にはありません。
 赤黒く、何かの薬品の匂いか、あるいは血の匂いを漂わせるアリの巣を進んでいるかのよう。
 僕、ガウェイン=ウェラハットが通い慣れたはずの学び舎に受ける感覚は、やはり普通な物ではありませんでした。

 



 自分が魔術師の家系に生まれた事を知ったのは、8歳の時。
 見知った世界は皆と同じで、ただちょっとだけずれていた。母にそれを告げると、貴方は特別だから、とまるでそうである事を悲しむような顔で言われたのを薄っすらと覚えています。
 僕は魔術師の血を引いているから、不思議な物が見えたりするんだと。

「じゃあ、僕は超能力者なんだね?」

 無邪気に聞いたその一言に、

「そうだな。その内じっくり魔術が何たるかを教えてやろう」

 父は、そう笑いながら言っていました。

 僕が10歳のなったある日、突然両親は僕を現在の師匠である甲斐先生に預けました。
 仕事が忙しくてしばらく家に帰れないからと言われ、甲斐先生との暮らしがスタートしました。
 甲斐先生には感謝しています。学校へ通うための学費も、生活費も全て彼が出してくれたのですから。
 後から知った事ですが、先生と僕の両親は少なからず縁があったそうです。

 一月が経ち、二月が経ち…………、"何の不思議もないまま"に1年が過ぎていました。

 周囲の光景は何の変哲もなく、見える景色は皆と同じで、僕は日々の生活を友達と共に過ごしていました。

 また1年が過ぎ、…………"何も違和感を感じないまま"僕は中学へ上がりました。

 ただ楽しい時間は流れ続け、ある日学校の帰りにある男性が僕の前に立った時、全ては瓦礫のごとく崩れ去ったのです。
 その人は左腕がなく、顔の半分を包帯で覆い、しかしその目は己がこの場にいるんだと主張する強い目つきをしていました。

「ガウェイン=ウェラハット君だね?」
「そうだけど、…………おじさんは誰?」

 怪しい人には気をつけなさいと、甲斐さんには常々言われていました。もちろん、普通の人じゃないことくらいの分別は付いていました。

「昔、君の両親に本当に世話になった。感謝しているよ。ありがとう」
「…………え?」

 彼は不器用な笑みを浮かべ、去っていきました。
 だけど僕の頭の中は、あらゆる事がごっちゃになっていました。
 両親…………両親? 父さん…………母さん…………?
 まるで堰を切ったように父と母の事が頭の中を駆け巡りました。
 そして気が付くと、僕は駆け出していました。

 乱暴に開けられたドアと息を切らした僕を見て、コーヒーを飲んでいた甲斐先生は驚いた様子で、

「おいおい、どうしたガル。飯時には早いぞ?」
「おじさん。聞きたい事があるんだけど」
「……な……何だ?」
「僕の、僕の父さんと母さんはどこへ行ったの!?」
「―――なっ!」

 僕が言ったその一言は、それまでの生活を壊すのに十分でした。





「そうか。…………隻腕片目の男がねぇ」

 愛煙家である先生は、タバコをくゆらしながら僕がどこでそれを知ったか聞いてきました。
 その時にはもう先生の雰囲気は、いつもとは違って見えていました。

「予想以上に早かったな、…………いやどの道こうなる運命か」

 先生はそうつぶやくと、戸棚から一通の手紙を出してきました。
 宛名も何もなく、裏には父の名前が書いてありました。

「読んでみろ。その後の事はお前が決めたらいい」

 渡された手紙の中身は難しすぎて半分が理解できませんでした。しかし、日付は僕が預けられた年の一ヶ月か二ヶ月かが過ぎた時の物。
 つまり、先生は僕の知らないところで両親と逢っていた事になります。
 手紙の中身は、現状の報告と謝罪文でした。
 そして最後の方に、僕の記憶を消し、普通の少年として生活させてやって欲しいと書かれていました。
 つまり、自分達の事は全て忘れさせてやってくれ、と。

「……その手紙を受け取った一週間後、二人は殺された」
「―――!!?」
「名実共に、その手紙は遺書になった。俺なんかを信じて託されたわけだ。
 だが、勘違いするなガル坊。お前の親御さんはお前を守る為に俺に預けたんだ。封印指定の執行者に手を出す馬鹿野郎なんて滅多にいないからな。俺の立場は丁度良かったんだろう。
 お前の記憶を消し、俺の養子として育てるつもりでいたが、まさか自力で術を破られるとは……」

 と、先生は立ち上がり、テーブルを回って僕の横に膝を付きました。そして、両手を床に突き深々と頭を下げたのです。

「すまなかった」

 "土下座"―――古来から日本人がする最上級の謝罪の姿勢。

「え……あの、おじさん?」
「小さい子供にする事ではなかったとはいえ、大事な家族の記憶を奪った。俺は、教育者失格だ」

 ……………………

「顔を上げてよ…………おじさん」
「……………」

 ゆっくりと、先生が顔を上げた。

「おじさん…………僕に魔術を教えてよ」
「な、……なんだと!?」
「父さんや母さんが見てきた物を、僕も見たいんだ。
 父さんは僕に魔術を教えてくれると言った。だから、僕と父さんや母さんを結ぶのは魔術だけなんだ」
「………………それは」

 先生は困った表情をしてしまいました。父さんからの手紙には、普通の少年として育って欲しいと書いてあり、僕は魔術を学びたい。

「お願いです、おじさん!僕に魔術を教えてください!!」
「………………覚悟はあるんだな?」

 静かに、おじさんは聞いてきました。

「あります!」
「…………そうか」

 次の瞬間、先生の動きを見失いました。気が付くと右手で首をつかまれ、壁に押し付けられていました。
 いつもからは信じられないほどの強い力です。

「か……はっ…………」
「魔術を学ぶという事は、常に死の危機にさらされるという事だ」

 その時の先生の目は今でも忘れません。まるで獣が得物に標的を定めたような、鋭く殺気の篭った目でした。
 間違いなく殺される、本気でそう思いました。

「こうやって近しいものにさえ殺されるかもしれない、そんな恐怖を背負ってこの先を生きていく事になる。
 生涯生き地獄を這いずり回る事にもなるだろう。無残に、残酷に、お前の両親のように死ぬ事にもなる。
 それでもお前は魔術を学びたいか?」
「―――!!」

 学ぶといえば、殺すと言っている様な物。子供心にもそれは分かっていました。けど、

「僕は…………魔術師になりたい!」

 力の限り叫んでいました。

「僕だけが……逃げるなんて出来ないよ。父さんや母さんは逃げなかった。おじさんだって…………」
「……………………」
「父さんや母さんが背負った痛みを、僕も背負いたいんだ」
「……フン。ガキが…………いっぱしの口を利く」

 首を掴む力が強まり、おじさんの目に篭る殺気が増す。
 それでも、僕は必死に見返しました。
 段々と、意識が薄れていくのが自分でも分かりました。ただおじさんの腕を掴む手だけは緩めまいと必死でした。

「………………いいだろう。よく分かった」

 と次の瞬間、僕はおじさんに抱きしめられていたんです。

「明日からお前は地獄を歩く。ガウェイン=ウェラハット」
 
 この時初めて、先生が僕をフルネームで呼びました。

「這いずってでも付いて来い。お前に全てを叩き込んでやる」





 僕と先生の生活は、そこからようやく始まったんだと思います。
 それから知ったのは、先生が魔術師として"も"かなりいい加減な人だと言う事だけでした。
 そして、僕は今ここにいる。
 ランス兄さんとの関係は奇妙なもの。いつだったか親戚の葬式に参列した時に出会い、なぜか意気投合。
 寄ると触ると女性の話ばかりするランス兄さんは、笑う暇のない僕の清涼剤になってくれたんだと思います。
 そして、ランス兄さんは魔術の事をまったく知らないただの人。羨ましくもあり、妬ましくもあり、しかし結局憎めない人でした。
 魔術師として彼が魔術を知る事を拒絶すべきなのでしょうが、仲の良い血縁としては喉の奥に押さえつけて来た秘密を共有できたという安堵と開放感があります。
 そんな兄さんも今、目の前で銃を手にして僕ら魔術師と肩を並べて戦っている。
 魔術協会に所属せず、しかし我流で魔術を学んだという女性と共に。

 横を歩く彼女に視線を向ける。彼女がどうにも分からない。我々を前にして一歩も引かず、あまつさえ引っ張っていこうとする女傑。
 彼女は一体何者なのだろう。ランス兄さんはこんな女性とどうやって知り合ったのだろう。
 ちょっとした有名人なのだろうが、本来ならばそれだけであるはず。だというのに振るわれる剣技は超絶、迷いなく敵を屠り、駆け抜けるだけの肝の据わった女性。
 前の自己紹介で彼女は世界中の選手権で優勝した経歴があるという。それも魔術を使わずに。
 それを、ずば抜けた身体能力とセンスという単語だけで済ませるべきなのか、魔術協会が見落とした何かを彼女が隠していると読むべきのか。

「何ですか?私の顔に何か?」

 と、少し気にしすぎたようです。

「いえ、貴女の様な人がランス兄さんとどのように知り合ったのか考えていました」
「……って、ガルお前!」

 と、なぜかランス兄さんに首を絞められました。
 よくある癖です。僕の首を絞める時は大抵照れています。

「いきなりそんな事聞くか普通よ!」
「はぁ…………知り合った時ですか?」
「言うな、セイバー。頼むから」
「惚れられたようです」
「ちょ、お前!」

 …………信じられません。このランス兄さんが一人の女性に惚れるとは。

「……あぁ、まぁそういう事だ。
 ―――セイバーに妙な気起こしたらソッコー殺すからな?」
「ご心配なく。今の所僕の興味は彼女がどうやって魔術を習得したかと言う部分ですから」
「……それは」

 思わず彼女の足が止まった。そんなに聞かれたくない事情があるのだろうか。
 と、ランス兄さんが僕肩を抱いてため息を吐きました。

「ガル。いい事を教えてやる」
「何でしょう?」

「―――二度とその話はするな」

 その言い方に一瞬背筋がゾッとしました。

 一言でランス兄さんは僕から離れ、先に行ってしまいます。

 前にも一度、同じような事がありました。魔術師の血を引いているからではないでしょうが、時々僕でさえ怖くなる時が兄さんにはあります。
 それは「友人が傷つけられた時」です。
 以前、僕らがまだ高校生の時分、僕と兄さんとその友人で遊びに出かけた時、不良の諍いに巻き込まれた事があります。
 一人が兄さんの友達を殴りつけた時、兄さんがキレてそのグループ全員を叩きのめてしまったんです。無論、非は向こうにあるので警察沙汰にはなりませんでしたが、その時の言動と同じです。
 僕はどうやら彼女を傷つけるような事を聞いてしまったらしい。

 …………では兄さんから聞きだすべきだろうか。兄さんはその理由を知っている筈なんだから。



[1083] ~Long Intrude 13-2~
Name: ルクセンブルグ
Date: 2007/01/23 00:20
 今の所、足取りは順調に来ている。
 それでなくともホムンクルスどもの追撃は執拗で、20階を迎えるに至っても上階から聞こえてくる爆発と振動は収まる所を知らない。
 気持ちだけが急いている。焦りと恐怖が心を満たす。
 否、心の内に思うのはそんな事ではない。

『……今の所僕の興味は彼女がどうやって魔術を習得したかと言う部分ですから』

 自分がどのようにして魔術を習得したか。その理由は言わずもがな。
 そう、最初は激痛が走った。いつもの通りに、呼吸をするのと同じように、無意識に魔力を練り上げていた。
 いや、その時は根底から勘違いしていたのだ。己の中に魔術回路が当然のように存在していると。
 だが実際、魔術の行使による最初の代償は3週間にも及ぶ入院生活となった。
 何せ自制が利かなかったのだ。"同じやり方"では。
 傷ついた神経を呼吸をするたびに酷使するようなもの。若干の魔力が漏れても激痛が走った。
 形成されたというより、受け継がれた魔術師としての血の薄さから見て、二本という数は奇跡だったのかもしれない。
 全身の神経が外に出てしまったかのようだった。衣擦れまでが、そよぐ風までが神経を通り、魔力を介して脳内へ感覚を送り込む。
 竜の加護など存在しない。同じやり方では通用しない。自分で覚えるしかなかった。まさに命を懸けたスパルタだった。
 ゆっくりと歯止めの利かないダムの元を閉め、魔力放出をせき止める。これを覚えるのにベッドの上で身動きせずに一週間。
 だが、呼吸をするたびに魔力を放出する癖はどうしても直せない。まるで息の仕方を忘れたかのように、呼吸の仕方を練習していた。これを覚えるのに2週間。
 しかし完璧ではない。少し力の篭った動きをすれば魔力が漏れる。かといって、外科的な方法で矯正する術はない。
 退院してからは"魔術を使わないための訓練"が続いた。ありとあらゆる運動をしても魔力が漏れないようにするために鍛錬をし、どうにか定着した魔術回路の効率運用のための精神修養。毎日、毎晩、来る日も来る日も、そうシロウが土蔵でそうしていた様に。
 気が付けば、私は魔術を使うことなくあらゆる競技を修めていた。
 気が付けば、呼吸法一つで魔力による身体強化が可能になっていた。
 だが、問題は他にある。いわゆる成長による身体の変化だ。
 あの時代、この身は剣の魔力によって子供の姿のまま過ごし、戦ってきた。
 だから同じ背格好の頃はよかったが、年を経て、急激に成長したこの体では当時のままの戦闘技術を重ねるのは無理があるとわかった。
 個人的な鍛錬では限界を感じ、思いつき、耳にする武術の道場に暇を見つけては通いつめ、この体に馴染む物を探した。
 だが結局のところ、どこの道場に行き、その流派を修めたとしてもいまいち馴染まない。
 そんな馴染まないままあらゆる武術を習得し続け、気が付くと世界中の武術大会を総なめにしていた。
 ただまどろっこしかった。あの頃なら、剣と体に纏わせた魔力を叩きつければ済んでいた。
 今は不可能なソレを補うための技術を修めるほどに、私は自分の戦い方から遠ざかっているような気さえする。

『お前さん、一体誰を倒したいんだ?』

 そう問われた時、根本的な勘違いに思い至った。私は"人間"を倒す術を求めていたのではなかったと。
 人を倒すために磨かれた技術で、人でない者を倒せる道理は無い。
 私は高望みをしていたことを気づかされたわけだ。後に残ったのは蓄積された朽ちるだけの技術とゴミ箱行きの経験だけ。
 あらゆる技術を修めて置きながら、私は高校も半ばを過ぎた辺りでパタリと道場通いを止めた。同時に魔術の修練も投げていた。
 高校の頃は嵐のように騒がれた時期もあり、辟易した私は「飽きた」の一言で寄ってくる人々を一蹴。
 そうすると一度ニュースに乗ってしまったのだ。だが、ソレも一時的なこと。
 両親や兄はお祭りのように騒ぎ立て、波が収まる頃には「あー、面白かった」の一言。今更ながら我が家族の豪胆さは称賛に値する。


 
 ともあれ、今となっては身につけ、朽ちるはずだった技術は体が思い出し、過不足なく私の力を運ぶ。
 魔術は呼吸と共に私の中を駆け巡り、英雄の頃と同等とは行かないが、ホムンクルスを両断するくらいはできる。
 しかし、今となっても何とも言えない違和感が残っている。何かがずれている気がするが何なのかわからない、そんな感じ。
 一度引きずられてしまった技術は容易には戻らないのか、それとも別の要因か。
 とりあえず、戦闘面で問題は無いのでそれは置いておく。

「……何だ?こんな所に扉なんぞあったか?」

 散らされたごみを避けながら進む先、ライトで照らされた赤茶けた扉が見えてきた。

「おかしいですね。ここはまた公園になっているはずですが」

 PDAを弄りながらガウェインが渋い顔をする。

「予想が外れたな。連中には憩いの場なんぞ必要なかったって事だ」
「しかし、階段の表示はこの奥ですか」

 各所に存在している"公園"と称される憩いの場、地下に潜ったまま出て来ない魔術師は公園くらいは弄らずに保存しているだろうという、淡い期待はコレでご破算になったわけだ。

「しかし地下ですから、公園を丸ごと改造してのけるだけの技術と資材があったとは思えませんけど」
「爆薬で下をぶち抜いちまったほうが早いんじゃねぇのか?あの連中がやったようによ」

 ヘンリーは平気で物騒なことを言う。

「冗談抜かせ。周りは石造りだぞ。爆薬を使ったが最後、連鎖崩落でも起こして生き埋めはゴメンだからな」

 ゴンゴンと壁を叩いてランスが言う。現状、爆薬の使用は控えている。
 理由はランスの言ったとおり、周囲が石造りに変わったせいだ。石は脆い。魔術で強化してあるんだろうが、それは繋ぎ目を強化しているのとは違う。
 爆破を起こせば、簡単に崩壊を起こしかねない。
 上のホムンクルス連中はお構い無しのようだが、それだって冗談ではすまない。故に手間のかかる真似を続けているのだが……、

「構えろ。中がどうなっているか判らん。俺とガウェインで踏み込むから援護を頼む」
「OK」
「はいはい……」

 デュランとカリンを、ベティと共に後ろに下げ全員が位置に付く。
 ガウェインと甲斐を先頭に、誰が指示するでも無くボルツ、私とランス、ヘンリーの順である。各々が考える最良の位置を取っていた。
 そして、指示が飛んだわけでもなくボルツが扉を蹴破り、ガウェインと甲斐が飛び込む。次に私とランスが入り、ボルツとヘンリーである。
 やはりというか、広い。以前の場所より若干木が多め。そして、嫌な感じがする。

「見た感じは何もいないようですが……」
「扉は向こう100メートルちょいか。やーな感じがするな」

 長年の経験か、獣並みの勘か、私を含め戦闘経験の豊富な面々は気づいている。複数の視線と敵意、息遣い。

「何だよ、これ。……檻?」

 ヘンリーが隅のほうに並んだソレを見つけた。歪な形に破られている。

「……なぁ、これってどう捉えりゃいんだ?」
「見たまんまだろ」

 ランスがスコーピオンのスライドを引いた。そして、

「――― 上!」

 ガウェインが何かに気づき、ライトを上げる。
 乱雑に生える木々の間に照らし出されたのは、すさまじい数の人ともサルとも取れない奴らが鈴なりにぶら下がっている光景だった。


 /// ///


 奇怪な声が周囲の空気を震わせる。

「クソ!連中、公園を動物園にしちまいやがったか!!」

 ズン、と重い音を立てて奴らは木を離し空中で回転して着地する。
 私も油断無く、懐から出した数個の黒鍵の柄を握り締める。そうして、若干の魔力を込めてやれば魔力によって刃が形成され剣となる。
 見た目は巨大な「なまけもの」。ぬぼっとした顔はことさらに不気味。

「あぁぁぁ!!……あぁぁぁぁ!!!」

 その時、デュラン君が奇声を上げ添えていた私の手を振り払って元来たドアへ走り出した。

「デュラン君!?」
「―――デュラン!待って!!」

 触発されたガリンちゃんも同じく追いかけていってしまった。
 後ろからはホムンクルスが追跡してきている。しかし、目の前にも多数の敵。

「ベティ、行け!ここはどうとでもなる!!」
「……っ、分かりました!」

 甲斐さんの言葉で覚悟を決める。
 直後に起こった奇声と銃撃の音を背中に、私は元来た道に駆け込んだ。





「デュラン君!カリンちゃん!!」

 暗い廊下に私の声が響く。さらに遠くでデュラン君とカリンちゃんの声が入り乱れる。
 いくつかに枝分かれている廊下は、来る時は魔術師の人達がいて迷うこともなかった。だが今は漆黒の闇の中、頼りになるのは自分の夜目のみ。薄ぼんやりとギリギリ見える程度。
 暗闇での訓練はあまりしていない。こちらに来てからはそれこそまともな"仕事"すら宛がっては貰えなかった。
 それこそ、近所の修道院での手伝いばかり。もっとも、それが本来あるべき姿でもあるという二重背反。
 ……はみ出し者への皮肉だった。

「カリンちゃん!どこ!?」

 ……走る。……焦る。子供ががむしゃらに走った道順など予想できない。
 それでも追いつかなければ、やはり彼女達は殺されてしまう。
 その時、鈍い爆発音が聞こえてきた。近い、明らかにこの階から聞こえた音だ。
 焦りが増す。そしてまた、いくつかも判らないほど角を曲がったその時、目の前にカリンが突っ立っていた。

「カリンちゃん!よかった!」

 後ろから抱きしめる。どうやらどこにも怪我は無いようだが、

「…………デュラン」
「え?」

 前を見る。

「―――!!」

 目の前には崩れ落ちた廊下。その下……崩れ落ちた岩盤の下敷きになっているのは、

「いやぁぁぁ!!デュラーーン!!」
「ダメよ!カリン!!」

 半狂乱になって暴れるカリン。私の手を振り解き、おそらくはもう助かるはずの無い弟の下へ駆け寄り、

 ――― ズドッ!!

「……カ……」
「カリン!!」

 後ろ、否、天頂から打ち落ろされた剣がカリンの喉を貫いていた。
 だが、助けに行きたい私の足は理性とは裏腹に前へは出ない。倒れ付すカリンの周りに、あのホムンクルス達が降り立ったからだ。

「……くっ」

 右手に黒鍵の柄を二本。瞬時に魔力によって刃が作られる。
 しかし、それを目にしてもホムンクルス達は警戒しない。悠々と背を向け歩き出す。
 まるで相手などしていられないと言いたげに。

 その瞬間、……私の中で…………何かがブチ切れた。
 
「あああああああ!!!!!」

 



 仲間達の元に返ったのは、それから一体何分後だったろう。

「ベティ、良かった。なかなか来ない……から……って」
「お前……何だその格好…………」
「ベティさん!?一体何があったんですか!!」

 獣達は既に駆逐された後だった。いや、数体のホムンクルスが混じっているところを見ると、どうやらあの他にもこの階へ到達した連中がいたらしい。

「ベティ」

 私の前にセイバーさんが立つ。

「あの二人はどうしました?」

 真っ直ぐ、私の心の中までも射抜く視線で私を見る。

「…………ごめんなさい」

 涙が……あふれて止らない。

「ごめんなさい…………」

 力が抜け、膝を突く。けど、次の瞬間には抱きしめられていた。

「また……守ってあげられなかった。私のせいで…………」

 沈黙が場を支配する。そこに響くのは私の嗚咽のみ。

「貴女は立派だベティ」

 抱きしめてくれているセイバーさんが耳元でささやく。

「よく……戻ってきてくれた。ありがとう」

 私を抱きしめるセイバーさんは、ただ優しく、暖かく、そして少し震えていた。



[1083] Fate/the transmigration of the soul 14
Name: ルクセンブルグ
Date: 2006/12/11 02:29
 毛布を撥ね付け、跳ね起きる。

 ――― 熱い

 胸の奥が異常に熱い。

「なんだよ……これ?」

 胸を押さえるが熱さは一向に収まらない。

「…………?」

 ふと、気づいた。左手の令呪も若干の熱を帯びている。
 まるで外から熱を送り込まれるような……、

「……まさか!」

 土蔵から飛び出す。母屋のセイバーの部屋に駆け込む。だがそこにセイバーは存在せず、もぬけの空。

「あいつ、まさか一人で……!」





 自転車を駆り、屋敷を飛び出す。

「あの馬鹿、自分が万全じゃないって判ってる筈だろ!」

 必死にペダルを漕ぎ、柳洞寺への最短ルートをひた走る。
 だがその途中の交差点で、誰かが壁にもたれて座り込んでいた。

「――― なっ!?」

 それは全身を朱に染めたアーチャー。慌てて自転車を急停止。跳び下りてアーチャーに駆け寄った。

「大丈夫か!?アーチャー!」
「おや、シロウではありませんか」
「――― へ?」

 ケロリとした表情で顔を上げるアーチャー。

「な、何があったんだよ、これ。全身血だら……ん?」

 よくよく全身を見ると、血だらけになっていたんじゃなく血の様に紅い布で全身を覆っているだけだった。

「あぁ、これですか?凛からの供給と発散を抑えるために巻いている布です。
 戦闘時に凛の魔力を吸わないようにと巻いたつもりでしたが、やはりセイバーには私個人の魔力だけでは手も足も出なかった」
「セイバーに会ったのか!?アイツ、今どこに」
「今頃は柳洞寺でしょうね。……私も行きましょう」
「え?」

 と、後ろにあった棒を杖代わりに……って!

「それ、ランサーの槍じゃないか!」
「これですか?セイバーにも言われましたが、矢です。そんな事より急ぐのでしょう?」
「あぁ……だけど、大丈夫なのか?」
「えぇ、ご心配には及びません。彼女が私より柳洞寺を優先してくれて助かりました」

 くーっと伸びをしてアーチャーは先に歩き出す。
 と、柔和な笑みをこっちに向け、

「行きますよシロウ。セイバーを助けるのでしょう?」
「お、おう!」




 ///  ///


 お互いの武器が、縦横無尽に舞い踊る。

 片や風で隠した不可視の剣。攻めるにも守るにも相手の視覚を狂わせる剣。
 未だに素性は知れず、セイバーの力量を受け激烈な威力を持って敵を切り裂こうと唸りを上げる。
 その姿はまるで稲妻。硬く鋭く叩きつけるように直線的。

 片や五尺にも上る"物干し竿"。攻めるにも守るにも、それ以前扱うにも無理のある刀。
 だが、このアサシン"佐々木小次郎"と名乗った男はそれを苦も無く扱う。
 この男、存在さえ不明瞭な英雄が何故存在するかは問題ではない。目の前に現れた以上、それは倒すべき敵である。
 ツバメさえ斬りおとすと伝えられたその技量は五尺という長さを物ともしない。優雅に華麗に流麗に、舞うかのように相手を翻弄する。
 その姿はまるで疾風。疾く鋭く流れるように曲線的。

 柳洞寺の門前で出会った二人は、階段の上下に位置して剣戟を続けていた。
 だが予想に反し、セイバーはこのアサシンを打倒できずにいた。
 彼女の直感がアサシンの懐への進入を警戒するのだ。むやみに攻め込めば斬られると。

「いよし、当たりだ」

 幾度かの斬り合いの後、アサシンは繰り出されるセイバーの剣を紙一重で避けて見せた。

「これで目測は付いたな。刀身三尺余、幅四寸といったところか。形状は……ふむ、セイバーの名の通り、典型的な西洋の剣だな」

 涼しげに語るアサシン。だが、見えていてさえ捕らえる事が困難な速さで振られる剣を、いとも簡単に把握するとは。

「驚きました、大して打ち合ってもいないのに、私の剣を測ったというのですか」
「ほう、驚いたか?だがこんなものは大道芸であろうよ。邪剣使い故、このような技ばかりうまくなる」
「―――なるほど。私の一撃をまともに受けず、ただ払うだけが貴方の戦いだった。邪剣使いとはその逃げ腰からきた俗称ですか」
「いやいや、まともに打ち合わぬ無礼は許せ。なにしろこの長刀だ。打ち合えば折れるは必定。そちらは力勝負こそが基本なのだろうが、こちらはそうはいかぬ。その剣と組み合い、力を競い合うことは出来ん。
 まあしかし……これでは些か興がそがれる。頃合だぞセイバー? いい加減、手の内を隠すのはやめにしろ」
「っ―――アサシン。私が貴方に手加減しているとでも」
「していないとでもいうのか? 何のつもりかしらんが、剣を鞘におさめたまま戦とは舐められたものだ。私程度では、本気を出すまでもないということか?」
「――――――」
「それでも応じないという顔だな。
 ―――よかろう、ならばここまでだ。お前が出し惜しみをするのなら、先に我が秘剣をお見せしよう」

 そう告げて。剣士はセイバーの真横へと降りてゆく。
 
「な―――」

 アサシンが有利に戦っていたのは頭上に位置していたからこそ。同じ位置に立てばセイバーがその長刀を弾き飛ばし、首を落とすこともたやすい。それはアサシンも理解している事のはず。

「構えよ。でなければ死ぬぞ、セイバー」

 直感が告げる。―――それは事実だ、と。

 そして、アサシンが構えを取った。


 /// ///

 俺と並走するアーチャーが柳洞寺に到着する。
 左手に感じる熱はさらに強くなり、焼きゴテでも押し付けられているかのよう。
 そして、見上げる柳洞寺の階段の上は、まるで嵐のような風が吹き荒れていた。

「何だよ……この風」
「セイバーの宝具ですね。門番に本気にさせられたようだ」
「宝具だって!?」

 収まる事を知らない風。その中心にセイバーがいる。
 ……まだ傷も治ってないのに宝具を使おうっていうのか!

「この風ではまだ3割というところでしょう。まだ間に合います!」
「くそっ、急がないと!」

 階段を駆け上がる。だが、上からの強風が強くて思うように体勢が保てない。横にいるアーチャーも同じようなものだ。
 しかも、柳洞寺の山門から離れてこの強さだとすれば、中心にいるセイバーの周囲はどれだけの強風が吹き荒れているのだろうか。

「シロウ、伏せて!」

 突然、アーチャーが叫ぶ。
 次の瞬間、ギィン!という音と共に、振るわれた槍が飛来した何かを叩き落した。

「―――なっ!?」
「くっ、牽制のつもりのようです。影が移動するのは見えましたが……」
「サーヴァント!?」
「上の様子見でしょう」
「ふざけやがって―――こそこそ隠れてないで出てこい……!」

 声を上げた。
 強風に隠れて聞こえないはずのそれは、言った俺自身が驚くぐらい、大きく階段に響いていた。

「―――風が……止んだ?」

 山門を見上げる。
 そこには長刀を持った着物姿の男と、セイバーの後姿があった。

「そこまでにしておけセイバー。その秘剣、盗み見ようとする輩がいる」

 薄笑いを浮かべながら着物の男は言った。
 その視線は俺と同じ、木々の茂った山中に向けられている。

「このまま続ければ我らだけの勝負にはなるまい。
 生き残った者に、そこに潜んだ恥知らずが襲い掛かるか、おまえの秘剣を盗み見るだけが目的なのか。
 ……どちらにせよ、あまり気乗りのする話ではないな」

 男はつまらなげに言って階段を登り始める。

「―――待て……! 決着をつけないつもりか、アサシン……!」
「おまえがこの山門を越える、というのであらば決着はつけよう。何者であれ、この門をくぐる事は私が許さん。
 だが―――生憎と私の役目はそれだけでな。
 帰る、というのであらば止める気はない。まあ、そこに隠れている戯けは別だが。気に入らぬ相手であれば死んでも通さんし、生きても返さん」

 アサシン、と呼ばれた男はかつかつと石段を上がっていく。

「踊らされたなセイバー。だがもう一人の気配に気が付かなかった私も同じだ。あのままでおけば秘剣の全てを味わえたであろうが……よい所で邪魔が入った。そなたにとっては僥倖であったか」

 と、こちらを見る。

「さても面白い取り合わせよ。お主のマスターであろう少年と、その護衛か?」

 慌てて階段を上る。

「セイバー!」

 と、いきなりセイバーの甲冑が消失する。同時に、こちらを向くことなく倒れてきた。
 それを何とか受け止めた。
 アーチャーは横でアサシンと視線を交錯させる。

「今宵は千客万来と言ったところか。実に面白い」
「あまり面白いとも思いませんね、はねっ返りの強い妹を持つと」

 薄く笑みを浮かべて、アーチャーが返す。

「ハ―――これは異な事を言う。サーヴァントに妹とは。
 ふむ……、おぬしはどうも私と同じ匂いがするな。澄んだ剣気はセイバーと同じ物。だが他にも色々混じっているようだ」
「えぇ少々欲張ってしまいましてね、壱にもならず零にもならず」
「ほう。だが、あの戯けがまだ残っているかも判らぬ。おぬしと死合う機会は日を改めることになるだろう」
「完全にやる気はゼロですか……。ハチャトゥリアンの組曲のごとく舞踊る太刀筋が拝めないとは残念」

 セイバーは完全に気を失ってしまっている。
 宝具の影響で魔力がまたガタ落ちになっているのか?

「アーチャー、セイバーを運ばないと」
「……ほう、槍を持つ弓使いか」
「お見せできないのが残念ですが、私の得物はまた別にあります。
 貴方も言ったでしょう。色々混じっていると」
「成る程。名も判らぬ雅な華が二つ、ふむ―――ますます簡単に死ぬわけには行かなくなった」
「それは光栄なことで。
 ―――シロウ、行きましょう」
「お、おう」

 俺はセイバーを背負い、きびすを返す。

「アサシン、佐々木小次郎」

 背後から声を掛けられる。それは俺じゃなくアーチャーへの問い。
 ―――って、佐々木小次郎!!?

「名を聞きたいところではあるがどうかな?お主からはぜひ聞いておきたい」
「……はぁ、名乗られた以上は返さなければなりませんね」

 と、アーチャーは半身だけ振り向き、

「クラスはアーチャー。名は……」

 って、本気で名乗るつもりか!?

「そうですね、近しい者達は私を"セイバー"と呼んでいました」

 ――― は?

「――――――」
「………………」

 アサシンとアーチャー、双方の視線がぶつかり合う。
 当たり前だ。アーチャーの真名がセイバーなんてどこのジョークだ。

「はても不思議なこの世の理、というべきか。いやはや」

 笑うようにつぶやくと、アサシンは山門へと消えていった。



 /// ///



「色々聞きたい事があるんだけど」

 セイバーを背負っての道すがら、俺はアーチャーに聞いてみる。

「あまり込み入った質問でないことを祈りますが」
「さっきのあれ、本気で名乗ったのか?」
「武道の礼節としても騎士としての礼儀としても、名乗らなければ失礼になります」
「いいのかよ、遠坂に断りもなく」
「構わないのではありませんか?シロウさえ黙っていてくれれば」

 そこでニヤリと見ないで欲しい。

「俺にはふざけている様にしか聞こえなかったけどな」
「紛れもなく事実です。私は生前友人に"セイバー"と呼ばれていました」
「あだ名なのか?」
「"セイバー"という単語が含まれているだけの事です。それに、あのアサシンに真名を名乗った所で私の事等知りませんよ」

 槍は既にどこかにしまい込んだのか、手にしていない。
 アーチャーはセイバーを背負う俺の横をただ静かに歩いている。
 でも、コレは少々まずい事ではないだろうか。何であれ、遠坂を無防備にしてしまっているのだ。

「アーチャー、別に付き添わなくても先に帰ってくれていいぞ。見張り役をほったらかしにしてるわけだし」
「いえ、気にしないでください。私が勝手にほったらかしただけです。それに屋敷の結界があれば、凛は非常時には私を令呪で呼ぶでしょう」
「いや……そういうことじゃなくて」

 何だかんだいいながら、結局ウチまで散歩となってしまった。
 玄関を開けてもらい、とりあえず背負っていたセイバーを降ろす。

「まったく……なんだって気を失うんだよ、いきなり」
「とりあえず、お疲れ様です」

 疲れもあって行く時には百もあった言いたい事が綺麗に吹っ飛んでいる。

「……いいさ、目を覚ましたらとっちめてやるからな、セイバー」
「……ま、いいけど。士郎がどんな趣味してて、何をしてるかなんて私には関係ないから」

 手を延ばそうとした瞬間に掛けられた声は、アーチャーの物ではなく、

「と、ととと遠坂……!?」

 午前2時を過ぎるというのに遠坂が立っていた。
 
「なによ、お化けでも見たような顔しちゃって。別に文句は無いから続けていいわよ」
「え―――あ、いや違う! コレは違う、すごく違う!
 その、話せば長くなるんだが、つまりセイバーを部屋に連れて行こうとしただけなんだが俺の言っている事判ってくれるか?」
「ええ。まぁ、それなりに」

 ―――ゼッテェ信じてネェ!

「だから判ってるってば。セイバーが一人戦いに出て、あんたがソレを止めてきたんでしょ?
 で、何らかのトラブルでセイバーが気絶した。どう、これでいい?」
「あ……うん。すごい、全問正解だ。けどなんだってそこまで判るんだよ、おまえ」
「判るわよ。セイバーが単独で戦闘することは予想してたし、サーヴァントが戦いを始めればマスターにもソレは伝わるわ。だから、これは予想範囲内なのよ。
 で、どうするの?いくらサーヴァントでもそのままにしといたら風邪引くと思うんだけど」

 ……いや、ジロジロ見られる中でそれはできないです。

「すまん、遠坂。セイバーを運んでくれるか?」
「私が?別にいいけど。じゃあお茶でも煎れてくれる?二人の話に興味あるし」

 とやけに物分りよく遠坂はセイバーを抱え上げた。
 と、

「アーチャー、あんたもよ」

 それだけ言い捨てると遠坂はセイバーを運んでいった。

「……凛には千里眼の魔眼でもあるんでしょうかね?」

 ドアの影からこちらを覗くアーチャーがそうつぶやいた。



[1083] ~Long Intrude 14-1~
Name: ルクセンブルグ
Date: 2007/01/23 00:20
 全身を朱に染めたベティが戻ってきたその横でしゃがみこんだ俺は、吐き気とめまいに襲われていた。
 濃密な血の匂いと硝煙の匂いが鼻腔を突く。
 今更ながら情けない。ここに潜ってからこっち、こんな事ばかりだったというのに今頃になって吐き気がするなんて。
 当然か。"動物園"の猿が約30体、がむしゃらになって銃の引き金を引いていた。
 冷め切った頭の中でターゲットを探している自分、自分が殺す道具になっていたあの時間、する匂いなど気にも留めていなかった。
 思い出した人としての感情が、起こった全てを嫌悪するからだろう。こういうのを"慣れてきた"とでも言うのだろうか。
 それが証拠に、ガウェインを初めとした他の連中は濃密な鉄の匂いの中、平然と話をしている。おっと、ヘンリーも隅の方で吐いているか。
 そして、彼女。敵のほぼ半数をたった一人で斬り殺し、両手を朱に染め、持っている刃は血にまみれている。
 だが始まる前も終わった後も表情は元のまま、かすり傷一つない。
 たぶん、敵を殺す事にまったくの躊躇がないんだろう。
 
「アルがアレで、男の俺がこのザマってか。まったく情けねぇ」
「大丈夫ですか。ランス」

 アルがこちらに寄ってきた。

「あぁ……、ちょっとな」

 手渡される水筒を受け取り、口に溜まった物をゆすぐ。
 だが、ふと目に入ってきた切り裂かれた奴らからはみ出る臓物を目にすると……、また気分が悪くなってきた。

「ちきしょう……、何やってんだ俺は」
「もう少しでターミナルに着けます。……本当に大丈夫ですか?」
「あぁ、大丈夫。
 今なら、キリストとファラオがバカルディ酌み交わしてベイカー街でコサックダンスしてたって信じられそうだ」
「―――ランス、本当に大丈夫ですか?」

 アルの口調が変わった。
 大丈夫なわけあるか、こちとら血の匂いで気分が悪い上に火薬でハイになりかけてるってのに。

「…………知らん」
「…………。
 ミスターボルツ、甲斐、すぐに移動しましょう!あまり長居すると新手に追いつかれます。ガウェイン、この先の進路はどうなっていますか?」

 顔を上げたアルが声を上げている。
 視線を上げ、周囲を見渡す。また二人減っている。だがどうでもいい、そんな事。
 と、アルに引き起こされた。

「移動します。何も言わずに付いて来て下さい」





 一階降りた廊下の途中で、俺達は小休止を取った。
 周囲はただひたすら扉が並んでいるだけの殺風景な廊下だ。

「ガンナーズハイか。まぁ往々にしてあることだな」

 気分を害する俺達を見て甲斐のおっさんが言っている。

「確かに澱みだした空気のせいで臭いやら火薬やらが鼻につくな。素人にはたまらんか」

 まるで重度の船酔いに掛かっているようだ。こんな事、最初のうちは起こらなかったのに何故。

「戦場の興奮でアドレナリンが過剰分泌された結果でしょう。今までがハイになりすぎていたわけです」
「俺はまともだぞ、ガル」
「なまじリアルな仮想現実に慣れると現実との差異を見落とします。ものの見事に引っかかったんですよ。ランス兄さん」
「……しまらねぇな。ったく」

 あの場所から離れ臭いが薄くなったせいか、徐々に気分は良くなってきている。
 とりあえず、スコーピオンを取り出し残弾の確認をしておく。
 片方の銃は撃ち尽くしている。マガジンの残りは3つ。両手持ちなんぞやってみるもんじゃなかったな……。名残惜しいが一つは捨てていく。
 ガバメントのマガジンは二つ。サブウェポンは貴重だ。最後まで取っておくか。
 ガンベルトに下がっているナイフ……、これを使う時は死んでるな。

 壁に手を付きながらも何とか立ち上がる。

「ア……いやセイバー、そっちの武器の状態はどうなんだ?」
「え、何故ですか?」
「いったん武器を確認したほうがいい。誰かの武器が不調で援護する前に死なれるのは勘弁だからな」
「はぁ……」

 言いながらセイバーは腰の後ろにクロスさせて下げていた短剣を抜く。
 血糊は拭われている、さすがに剣の扱いは慣れてるな。

「むっ……、これは」

 と、刃を撫でていた所で声を上げた。

「何だ?」
「くっ、しくじりました。魔術品とばかり思っていた。あの程度の戦闘で刃こぼれするとは」
「なんだそれ。なまくらだったのかよ」
「使えなくはないですが……替えが必要ですね」

 言いながら鞘に剣を戻した。

「この先に武器庫はありませんよ。魔術師の研究室が連なっているだけです」
「ちっ、こっちも弾がすくねぇ」

 マガジンを確認していたヘンリーも声を上げる。

「お前の場合は撃ち過ぎなんだよ。大体OICWなんてマニアックな物良く見つけたな」
「うるせぇ。弾がデカけりゃ撃ちがいもあるだろ」
「……素人の定義だな」

 甲斐のオッサンがつぶやいた。

「んだと……」

 ―――ドシャ!

 いきなり、近くで何かが倒れる音がする。
 一斉に全員が武器を抜いた。

「何だ」
「判りません。さっきの階段の所のようですが」
「階段だな」

 そういうが早いか、ヘンリーがずんずんと歩いていく。

「待ちなさい! 何があるかわからないんですよ!」
「けっ! 音は軽かったぜ?」

 銃を手にあの男は俺達がやってきた階段に銃を向けた。

「あの小僧……。
 お前達はここにいろ」

 甲斐が銃を手にヘンリーの元へ向かう。

「小僧! こっちに来い!」
「心配ねぇよ。死にぞこないがいたらしい。階段から落ちてくたばったみたいだぜ」

 銃を肩に担ぎ、こっちを向いて……、いきなり何かが奴にとびついた。
 それは、下半身を引き裂かれたホムンクルス。セイバーに両断された奴だ!

『なっ……!?』
「ち、きしょ! 離れやがれ!!」
「動くな! 今引き剥がす!」
「ヘンリー!!」

 セイバーが足を踏み出した。
 と、キィィィと甲高い音がし始め、

「―――っ! 全員、扉を盾にしろぉ!!」

 おっさんが怒鳴り声と同時に手近な扉を引く。瞬間、何が起ころうとしているかを理解した。
 目の前のセイバーの襟首を引っつかみ、引き戻しながら横にあった扉を引く。

 ドン!!!

 セイバーを壁に押し付け、扉が全開になったところで、廊下に強烈な爆音が響き渡る。
 同時に壁に扉に何かが無数に当たっていく。腹の中にでも隠していやがったのか、爆発と同時にばら撒かれる仕組みになっていたらしい。
 やがて10秒もせず、銃弾の乱舞は収まった。

「…………い、今、何が」
「―――はぁ。あの人形、自爆しやがった」
「自爆……!?」

 胸の中でセイバーが顔を上げる。気が付けば彼女を抱きしめていたらしい。

「じゃあ……」
「みなまで言うな、…………言わせんな」

 至近距離だ。生きてるわけが無い。
 爆発の余韻が過ぎ去った空間に刹那の静寂が過ぎる。
 そんな短い時間の中で俺は、奴の死のショックよりセイバーが無傷だったことに安堵を感じていた。



[1083] ~Long Intrude 14-2~
Name: ルクセンブルグ
Date: 2007/01/09 00:14
 これで、命を落とした者は半数。しかも全員が戦いとは無関係な一般人ばかり。
 全員揃って抜け出るのだと誓った私の誓いは…………もはや紙くずほどの意味も成さない。
 それでもなお、私達は歩みを止めてはならない。例え独りになっても生き残らなければ、この魔術協会カタコンベに潜った意味は無に帰してしまう。

「くそっ……、またか」

 目の前に現れた壁に甲斐が声を荒げ拳を叩きつける。
 地下の拡充は目に見えてひどくなっていた。
 マップはその意味を完全に失い、行き当たりばったりの行軍となっている。
 士気はがた落ち、無意味に話しかけてくるランスでさえ今では黙ったままである。
 救いといえばただ一つ。MAPに表示されている階段の位置だけが変わっていないこと。

「先生、声を荒げてもしょうがありませんよ」
「あぁ、わかっちゃいるが……、こうも好き勝手に家を弄られるとな。腹も立つさ」

 腰に手を当てながら、甲斐はボヤつく。

「それに空気もいい加減澱んできた。多少イラつくのは勘弁してくれ」

 そう、少し前から息苦しさを感じ始めている。
 以前に感じたような薄っすらとした物ではなく、空気が希薄化しているのが明確に判るほどの息苦しさ。

「まったく、本当にアイツらと同じに床をぶち抜きたくなってきたぜ」
「床の厚さも判らないのにそんなことをすれば火薬の無駄ですよ、ランス」
「だけどよ……!」
「よせ、お前ら」

 ランスが声を強めると甲斐が止めに入った。

「今すぐ空気が無くなる訳じゃない。イラつくくらいなら少しでも深呼吸をしておけ」
「……………………」
「――――――――」

 やはり長年の経験か、甲斐はこの空気の中である程度平静を保っている。ボルツのほうは、何を考えているのやら……。

「こっちです!通路がありました」

 ガウェインが偽装された扉を開ける。廊下は個室のドアに偽装され、相当曲がりくねって形成されている。
 明らかに利便性という点で落第点である。訳のわからない通路が連続していては、通行に不便でしょうがない。
 どうにも魔術師の考える事は私には理解できない。
 と、甲斐が壁に掛けられていた松明を手に取った。ライターで火をつけると、ライターの方をガウェインに突き出す。

「ガル、もっとけ」
「え、これって先生の愛用のライターじゃないですか!どうしてこんな時に」
「ライトの電池がそろそろお釈迦になりそうだからな。そこらの松明に手っ取り早く火を点けろ」

 む、そういえば地下に入ってから使いっぱなしのライトの光が弱くなり始めている。

「くそ、こんな時にライトがダメになるのかよ!低電圧ライトだろ?」

 だからといって振ろうが叩こうが元に戻ったりしない。前世代の乾電池とはモノが違うのだ。

「使用環境に従うならまだ持ちます。まさか、戦闘時に振り回されるなんてメーカーも思いませんよ」
「……軟弱な」
「私たちが特殊なんですよ」
「今時、火の明かりってガキのレクリエーションでもやらねぇよ……」

 周囲一帯を照らしていたライトと比べるまでも無く松明の光は弱々しい。
 暗闇の中で光を見失う事は、人間の精神に大きなダメージとなる。
 ソレでなくとも士気が悪いというのに…………。
 
 階段は偽装すらされていなかった。弱い炎に照らされ、我々を奈落の底へ案内するかのように口をあけている。

「まさにホラー映画さながら、か」
「ホラー映画は見ないんじゃなかったんですか?ランス兄さん」
「最近のは仕掛けが見え透いて面白くないんだよ。20世紀のホラーのがまだマシだぜ」
「それは同感です」

 最も、敵は隠れているわけでも待ち伏せているわけでもなく、後ろから急襲して来るホムンクルス。ホラーの設定としては3流である。
 階段を降りる、これで23階。地下のターミナルまで後5階。
 そして、目の前には異様な光景。

「なぁ、余りにさっきと景色が違うと思わないか?」
「奇遇ですね。私も同じ事を考えていた」

 ライトと松明の照らす先、そこに見えていたのは一体どこまで続いているかも解らない真っ直ぐの廊下。一定の間隔でドアが存在し、一定の間隔で松明が壁にかけられている。それ以外には何も無い。ただ延々と続く廊下があるのみ。

「これは……どう取ったらいいんだ?」
「何らかの魔術の働いた廊下かもしれません。入ったとたん"無限回廊"にはまり込む事に」
「それはない」

 ランスとガウェインの予想を否定したのはボルツだった。

「ここには以前来た事がある。誰が話をつけたわけでもなく、誰が示し合わせたわけでもないが、ここは以前からこういう造りだ」
「初めて聞くぞ、……そんな話」
「私とて関わりは無い。ただ、そう聞いたというだけだ」
「けどよ……これ、向こう端が見えないってのは長すぎないか?」

 確かに、右と左にドアが一つずつ、さらに一定の間隔で松明が設置されている完全なシンメトリー。
 不気味な事この上ない。

「とにかく、ここを進まない事には、ターミナルへは行きつけない。
 ……、だったら行くしかないだろ」

 ―――?

 一瞬、甲斐の言動に違和感を覚える。気のせいだろうか。





 数百メートルにわたって同じ光景の廊下が続くと人間と言うものは精神的に苦痛を覚える。特に先が見えず下手に幅があると化け物でも飛び出してくるのではと子供のような不安も掻き立てられる。

「上で見たような生き物とか飛び出してこないだろうな」

 一名子供がいたようだ。

「解らん。この一帯で行われていた事に関しては、上のあずかり知らぬ事が多すぎる。記録に無いと言うだけならば、あの"なまけもの"のような生き物さえ、記述には乗っていない」
「やらせたいほうだいかよ。そりゃ妙な改築しても判らん筈だ」
「魔術師の研究は個々が独自に進化を続けるものですからね。何を作るか、何を目標としているかは千差万別です」
「行き着く先は同じとか聞いたぞ。"根源"とかどうとか」
「やめておけ、……素人には説明するだけでも一週間掛かる」

 甲斐の横槍が入った。
 ……やはり彼に違和感を感じる。歩いているだけで妙に調子を崩しているようにも見えるのだが。
 足を速め甲斐の隣に並ぶ。

「甲斐、よろしいですか?」
「ん?……何かな」
「先ほどから体調を崩されているようですが大丈夫ですか?」

 顔をよくよく見る。薄っすら脂汗を浮かべていた。見るからに具合がおかしい。

「バレたか。なに問題ない。多少体が重く感じるがね」
「待ってください。どうしたんですか先生!」

 今の話が聞こえたのか、ガウェインが飛んできた。

「気にするな、ちょっとばかし針に刺されただけの事よ」
「針?さっきのホムンクルスの爆発ですか!?」

 さっきのホムンクルスの爆発。あれでばら撒かれた物は数百本の飛針だった。
 衝撃と針による2重の攻撃とは念の入ったことだと一同閉口したのだが、あれを食らっていたのか!?

「そんな!神経性の毒が塗ってあると自分で言われたじゃないですか」
「……あぁ、お陰で魔術回路を全開にして解毒しちゃいるが…………てんでききゃしねぇ」
「失礼します」

 私はおもむろに甲斐のシャツを持ち上げる。

「―――!!―――」
『―――!?―――』

「ひどい……」

 思わずベティが声を漏らした。
 甲斐の腰の一帯は既に浅黒く変色してしまっている。コレで平気なわけが無い。

「私が治療します!」

 ベティが甲斐に近づこうとすると、甲斐は彼女の肩を押さえつけた。

「待て。この毒はお前さんでも無理だ」
「私は解毒の治療も学んでいます。大丈夫です」
「実戦で使われる毒の特殊性なんぞわからんだろうが」

 うっ、とベティが言葉を詰まらせる。
 確かに毒というのは一定のパターンを持っていない。しかもどこの誰が調合したかもしれない毒の特性を看破し、治療を試みるのは相応の人数が必要だ。

「職業柄、毒に関しちゃ俺の方が色々知っている。こいつの毒は即効性の強い神経毒だ。俺の魔術回路でも解毒に手間取るって事は新種でパターン化もされていないって事になる。
 下手に触れば接触感染するかもしれん。だから触るな」
「感染するのかよ……!」

 ランスが身を引いて壁に背中をぶつける。

「くっ…………!」

 歯をかみ締める。手先が震える。

 ―――また、……まただ!!


 ゴガァン!!


 だが、こちらの空気を全く無視した爆音が、その場の空気を現実へと引き戻す。

「ったく……デートの約束をしたわけでもないのに、タイミングよく来るじゃないか」

 額に脂汗を浮かべ、それでも甲斐は不敵に笑みを浮かべた。



[1083] Fate/the transmigration of the soul 15
Name: ルクセンブルグ
Date: 2007/01/16 22:31
 結局、それは遠坂のすごさを再確認しただけだった。

 翌日、セイバーから遠坂が桜ともめていると聞いた。だがそれは、いつか俺がやらなくちゃならない事を遠坂が先に実行しただけの事。
 桜をこの家に近づけさせず、マスターである慎二に人質を取っているように思われないようにする。
 入り浸っている藤ねぇを除けば、悩みの種が一つ消えた事になる。

 ただ、その藤ねぇのお陰で俺の日常は明日から外国にかぶれる事になってしまったわけだが……。

 それはまぁ置いておく。
 昨日、セイバーに戦うと表明した以上、これからは少しでも戦いに目を向けなくてはならない。
 だから無理を言って学校を休む事にし、セイバーとの稽古に当てる事にする。





「……だが、それならば私にも考えがある。マスターの参戦を認める代わりに、剣の稽古をさせてもらいます」

 それが昨日、俺がどうしても戦うと主張した時のセイバーの談。遠坂の言葉に何を思ったかは判らないけど。

「じゃあ、私は魔術講座にさせてもらうわ。……ま、初めからそういう約束だったし」

 そして遠坂が便乗してきていつの間にか議論は白熱し、俺は置いてきぼりのまま二人は自室に戻ってしまった。

「いや、だから俺は一言もさ……」
「戦いたければ、戦い方を覚えろ。実に理にかなった等価交換ではありませんか」

 それまで、静かに紅茶をすすっていたアーチャーがようやく言葉を発した。
 アーチャーはニヤつきながら遠坂とセイバーの分の紅茶を手元に引き寄せている。

「力を鍛え、技を鍛え、……私はまぁ静かに見ているだけですが」
「止めないんだな…………」
「私はセイバーと同意見です。貴方は本当の戦いを知らなすぎる。
 凛の意見にも賛成です。我流の魔術は危険を孕みます。一度基礎から固めなおすべきです」

 ズーッと、3杯目の紅茶を飲み干した。

「俺に味方はいないんだな……はぁ」

 うな垂れる俺の前にアーチャーが立った。
 そして、トンと俺の胸に指を置く。

「貴方は間違っていませんよ、シロウ。貴方の考えは間違っていない」
「―――え?」
「問題はそれを貫けるかどうかです。貴方の"心"にはセイバーも、凛も、私も入れない」

 グッと指で胸を押された。その眼光は俺の目を真っ直ぐに見据えている。

「折れず、揺らがず、硬く、強く、剣のように鍛え上げられた心は何者にも屈さない。
 貴方の理想が何であれ、瞼の奥に見る剣に貴方が何を誓い、何を為したいかを今の内にハッキリさせておきなさい。
 その誓いが、あらゆる事への原動力となってくれます」
「…………それってどういう」

 と、今度は俺の鼻先へ指を突きつける。

「自分で考えてください。"心"の鍛錬は貴方にしかできない」
「―――!」

 くるりと身を翻し、アーチャーは部屋を出る。

「あぁ、そうそう。忘れるところでした」

 ふすまに手を掛け、アーチャーは背を向けたまま言う。

「抜き身の剣は大変危険です。脇には常に"鞘"をお忘れなく」





「……間違ってない、か。
 でも、鞘って何だ?」



 /// ///



 シロウが掃除した道場で、我々は竹刀を手に向かい合う。
 参戦を認めはしたが、まともな戦い方など教えるわけも無い。大体、シロウの中に"後ろで大人しくしている"という選択肢が欠落しているとは一体どういうことだろうか。
 いや今更言った所で無駄な事。稽古を付けると言ったからには稽古をつける。
 そして私が教授するのはただ一つ、"戦い"のみ。戦いの中でいかに立ち回り、その身に振るわれる刃をいかに見極める事が出来るか、ただそれだけだ。





 ―――それは果たして如何なるストレスの発散だったのだろうか。

 アーチャーの取った構えは槍の振るい方を逸脱していた。まるで大剣でも振るうような構え。
 典型的な切り払い、躱すことも弾く事も容易。それはアーチャーにも分かっていたはず。だというのに、それを2度も繰り返した。
 斬り、打ち下ろし、払いの3種類。宝具を使用するわけでもなく、特殊な動きをしたわけでもなく、3度目の払いの後私の一撃が彼女を壁に叩きつけ、それで終わり。
 これ以上は無駄と判断し、私は柳洞寺へ向かった。

 そして、アサシン―――佐々木小次郎との対峙。
 攻めづらいのは階段という足場の優位性からだと思っていた。
 だが、

「構えよ。出なければ死ぬぞ、セイバー」

 アサシンが見せた構えは、寸分違わずアーチャーが見せた物と同じだった。
 だが、直感が告げる。アサシンが放つ物は"違う"。
 実際、奴が放った斬撃はアーチャーが見せた物と同じ。ただ……それがまったくの同時でなければ、だ。
 足場の悪さこの身の加護か、辛うじて回避する事は出来た。先んじて見ていなければ理解が間に合わなかっただろう。

「躱したか。さすがセイバー、ツバメなどとは格が違う」

 ――― 多重次元屈折現象キシュアゼルレッチ

 剣の技のみで宝具を持った英霊と互角のサーヴァント。それがこのアサシンの正体。
 だが、会ってもいないはずのサーヴァントの技を何故アーチャーが知っているのか。
 もしかして、あの行動はただ見せるためだけの物だったのか。
 違和感だけが強くなる。
 ……アレは一体何を経験してきたのだ?





「うおぉぉぉぉ!!!」
「――――――」

 無謀に突っ込んでくるマスターの脳天に一撃を加える。予想通り彼は反撃も抵抗もなくその一撃を受ける。
 どうにも……長い話になりそうだ。



 /// ///



 授業内容を漏らさずノートに書き留めながら、頭の中では別の事を考えている。
 今アーチャーは学校内の捜索をしている事だろう。学校内に仕掛けられた結界の基点の再調査である。
 もっとも改めて何かが発見できるとは思っていない。ようは何かさせておかないと気がすまないだけだ。





 昨日、僅かながら魔力がアーチャーの元へと流れていった。見張りをして魔力を温存しているはずのアーチャーが、だ。
 何事かと呼んではみたものの彼女は答えない。しかも家の中に気配すら感じない。

「またか……」

 もはや呆れるよりしょうがない。アーチャーのとっぴな行動は今に始まったことではない。
 何かにつけて予想外の行動を取る彼女の真意はどこにあるのだろうか。
 考えてみれば、召喚した翌日から彼女はああいう緊張感の無い振る舞いを続けていた。いや、実際は私が気絶した時からか。
 正体が何者かも判らないマスターに召喚され、乱雑に使役される事は彼女も解っている筈。だというのに彼女は私に完全に心を許している。私だけではない、敵として現れた士郎や剣を向けたセイバーにさえ……。

 庭に出てみる。案の定アーチャーはいない。
 いい加減説教するのが無駄に思えてきた。説教している間にさえ、アーチャーはどこか嬉しい様な安心した様な笑みを浮かべている。それで完全に毒気を抜かれてしまう私もアレだが……。
 だが、今回の事は少々行き過ぎだ。何せマスターである私をほったらかしにしていなくなっている。
 いや待て。どうしてアーチャーは姿を消した?命じた見張りを放棄してまで。
 と、視界の端に開け放たれた土蔵が目に入ってきた。確かあそこで士郎はセイバーを召喚したんだっけか。

「まさか……」

 母屋の士郎の部屋。そこが開いたままになっている。セイバーが休んでいる筈の隣の部屋も誰もいない。

 ………………なるほど。

 でもだからってアーチャーがいなくなる理由としては…………いや、十分なのか。
 頭を掻く。
 少なくとも腹は立つ。付き合う必要の無い事に積極的に首を突っ込みマスターを蔑ろにするサーヴァントなど2流だ。
 忠実な駒として動く者こそが最上。私はそう考えている。

 ―――"衛宮家に関わる者全てを、あらゆる敵から守るように"

 ふと、彼女がそう言った事を思い出す。
 あの時はアドリブで言った物と思っていた。アドリブとしてはなかなかの物と思っていたが、どうやら彼女は本気でそれを実行するつもりのようだ。
 しかもマスターとサーヴァントの主従関係を逸脱してでも、というつもりなのだろう。
 恐らくこの家の結界の事も、いざという時は令呪を使えば召喚できる事もアーチャーの頭の中では計算済みなのか……。





「……だとしたら大した器」

 窓の外を眺めながらつぶやく。
 気になるのはその正体。彼女は時がくれば明かしてくれると言っていた。だが、その時とは一体いつなのだろうか。
 腕の令呪を撫でる。
 彼女の真意がどこにあり、彼女が一体何を求めているのか…………、
 彼女が何かの目的を持っており、士郎やセイバーに固執するのが何かの布石なのか、それとももっと単純な理由なのか…………、
 私は知らなければダメだ。
 たとえ、令呪を一つ使ってでも。



 /// ///



 夕方、風呂に浸かって一日の疲れを落としてから居間に入る。
 するとそこにはすでに用意された食事がずらりと並べられていた。
 うーむ、何もせずに食事が出ているというのはいいものだ。

「何よ士郎。そんな所にボーっと突っ立って?なに、痴呆?」

 ……人のささやかな感動さえ、痴呆の一言でぶち壊してみせるこの女は大物と言わざるを得ないのか?

「何でもない。夕食だろ?ありがたくいただくよ、セイバーは?」
「んー?セイバーさんなら士郎の部屋に行ったみたいだけど会わなかった?さっきまではここにいたけど」
「旅館みたいに広い家だからすれ違ったんじゃないの?いいわ、セイバーは私が呼んでくるから衛宮君はもう一度洗面所に行ってきなさい。髪、よく乾いてないわよ」
「あ、ほんとだ。悪い、じゃあセイバーはまかした」

 確かに無節操な改築せいでうちの廊下は相当に分かりにくくなっている。俺の部屋からでも居間からでも行けてしまう所が楽なのか面倒なのか。
 とりあえず、ドライヤーは苦手なのでさっき使ったタオルで髪を拭こうと洗面所への扉を開き、
 時間が止まった。

「シロウ」

 何か言ってる。
 目の前の奴が、なんか言ってる。

「二度湯のようですが、今は私が使っています。できれば遠慮してもらえると助かるのですが」

 堂々とそんな事を言ってくる。
 今日一日あったことがスッパリ抜け落ちるくらいのインパクトだ。

「す、すす、すすすすす」
「シロウ、湯にのぼせたのですか?耳まで真っ赤ですが、体を冷やすのなら縁側に出るべきです」
「あ、いや、そうする、けど。その前に、謝らないと、まずい」

 セイバーから視線を逸らして、ばっくんばっくん言っている心臓を落ち着かせる。

「これは、事故なんだ。セイバーの裸を覗き見ようとしたわけじゃない。いや、こうして出くわしちまった時点で釈明の余地は無いんで、セイバーは、俺に怒っていい」
「??」
「と、とにかく……すまん!!」

 セイバーの裸を見ないように、腰が引け、うつむいたまま洗面所を飛び出し、

 ドォン!!

「きゃぁぁ!!」
「どうわぁ!!」

 誰かと激突してもんどりうって倒れこむ。 

「いってぇ…………ん?」

 手をついて体を起こす。すると、激突した相手とばっちり目線が交錯する。

「………………」
「――――――」

 あー、どうやらアーチャーと激突したらしいって事は理解した。
 で、現在の所俺がアーチャーを押し倒したような状態になってるわけで……、

「えらく強引なアプローチですね。シロウ」
「!? なんじゃそりゃぁぁ!!」
 
 慌てて跳ね起きた。
 そして、跳ね起きたと同時に視線の端に見たくないものが写ったような、

「しーーーろーーー」
「ふーーーん、衛宮君てそういう趣味だったんだ、ふーーーん」
「いや、待て二人とも。明らかに間違ってる事は現状見れば分かる事だし、だいたい洗面所にいたセイバーがいた事だって俺には……」


 結論:いろんな意味で頭に血の上った二人には何を言っても通じませんでした、まる



[1083] ~Long Intrude 15-1~
Name: ルクセンブルグ◆7d1fd3c0
Date: 2007/05/18 02:56
「失礼します」

 甲斐の体を強引に抱き起こす。

「おい嬢ちゃん!アンタ自分が何やってるか……」
「聞けません」

 誰よりも先に足を踏み出す。

「逃走中に余計な荷物を抱えるれば足並みが……」
「聞こえません!!」

 ボルツの忠告も無視。今は誰の声も聞きたくない。
 
「セイバーさん……」

 歯を食いしばり、甲斐の肩を担ぐ。
 今は少しでも遠くへ。最下層にあるであろうターミナルを目指すだけ。
 そこへ行き着きさえすれば、何らかの治療器具があるだろう。魔術協会の総本山において治療できない毒の類などあるはずがない。そうでなければ、人の道を外れた魔術など結局児戯でしかなかった事になる。
 否、理屈と怒りを並べた所でそれは全て希望的観測、もっと言えば無いものねだりというもの。あらゆる可能性を考慮したとしても1%にも満たないただの我侭。
 それは駄々をこねて現実を否定する子供と同じ。
 理屈でない事は分かっている。正常な判断ができていない事は分かっている。
 現実はいつだって個人の意思など尊重しない。ただ刻々と"事実"という名の時で我々を侵し続ける。
 理想も、決意も、誓いさえ侵された今の私には何の根拠もない。子供のように現実をただ否定したいだけ。

 だがいいじゃないか。私にだって"神の奇跡"とやらを願う権利くらいはあるだろう。
 
 と、ランスが甲斐のもう一方の肩を持ち上げた。

「しょうがねぇ、手伝うぜ」
「あのな、お前ら……」
「あいにく、あんたらと違って俺達はハイそうですかって見過ごせるほど人間できちゃいねーのよ。
 なんせ魔術のマの字もしらねぇ素人だからな」
「失礼ですが急ぎます!若干引きずる形になりますが勘弁してください」
「……って、おい!」

 靴先を乱暴に引きずる形になりながら、ランスと歩調をあわせ廊下を駆ける。今は少しでも連中から距離を取る。
 二人の行動にあっけに取られる他3人だが、

「とっととこねぇと置いてくぞ!」

 ランスがニヤけながらそう言った。

「ちょっと、ランス兄さん、セイバーさん!!」
「あの、あんまり乱暴にすると毒が回りますから!」
「……………………」



 甲斐の方は観念したらしい。ため息をついてからは、魔術回路のほうに神経を集中させているようだ。
 さらに階段を降りて24階。上の階と同じくどこまでも続く無限回廊のような様相を呈している。

 そこをさらに500メートルも進んだ頃だろう。突然、後ろから金属を弾き飛ばす音が響いてきた。
 一時足を止め、体をひねって後ろを確認する。どうやら飛んできた黒鍵を弾いたのはボルツのようだ。松明の弱々しい光の中で飛来する武器を迎撃できるとはさすがは光を持たない男だ。

「くそっ、早すぎねぇか?」
「身軽な上に疲れを知らないですからね」
「そのネタは飽きたっつーの」

 スコーピオンを持ち上げ、ランスがぼやく。……ではこのネタは封印と言う事で、うん。
 だがどうする。ここで迎撃戦をやるのか?両端は狭い。二人並んで戦うには狭すぎる。だが、向こうは雨あられと黒鍵を降らせればそれだけで事足りる。なんとなれば至近から自爆し、先と同じ状況を作れば今度こそ数人が犠牲となろう。
 完全に手詰まりだ。私の知識ではこんな場所での戦闘を切り抜ける策は立たない。

「…………階段だ」

 今まで目を閉じていた甲斐が弱々しく口を開いた。

「え?」
「25階の、階段まで行け。……そこにトラップを張る」
「…………解りました。ランス」
「いいのかよ?」
「局地の実戦経験は彼のほうが上です」
「あいよ」

 再び私達は走り出す。途中いくつかのドアをガウェインが開きながら駆け、ボルツは飛来する黒鍵を苦も無く撃墜した。
 どうにか次の階段の脇へと到着する。一度甲斐を壁に寄りかからせる。

「ガル……爆薬を天井と、階段にも設置だ」
「解りました」

 ガウェインは手早く爆薬を取り出し、信管を取り付けて天井へと投げ上げる。爆薬は吸い付くように張り付いた。同じように階段の天井にも設置した。
 逃げの一手、後方を寸断してある程度の時間を稼ごうというのだろう。確かにここの作りは上とは異なっている。連中が爆破で強引に貫いてこれるほど簡単ではなくなっているはずだ。

「できました」
「OKだ。てことで相棒、よろしく頼むわ」

 言うが早いか黒鍵の迎撃に回っていたボルツが踵を返し、私とランスの二人を問答無用で抱え上げ、階段を駆け下りたではないか。

「なっ、ミスターボルツ!何を!?」
「てめ、何のつもりだおっさん!!」

 だが、ボルツは答えない。ただ真っ直ぐに階段を駆け下りた。

 /// ///

「先生……」
「しんきくせぇ顔するんじゃねぇよ。階段から埋める。起爆装置よこしてとっとといきな」
「甲斐さん……」
「わりぃな嬢ちゃん。老い先短い俺にはこんな真似しかできんのよ」

 手を振って、気丈に答える甲斐。だが、すでに壁に寄りかかった状態から足の一本も動かす事はできずにいる。

「今日を持ってお前は卒業だ。……ま、好きに生きろ」
「…………っ! 失礼します!!」

 そう言ってガウェインはベティの手を引いて階段を駆け下りていった。
 甲斐は一つ目の発火装置のスイッチを押す。轟音とともに、脇の階段に仕掛けられた爆薬が階段を崩落させる。

「ゲホッ……、あーくそ、あんまり様になる最後じゃなかったなコリャ」

 やれやれとため息をつく甲斐。だが、不思議と心の中は晴れている。
 まだ感覚の残っている右手に起爆装置を握り締め、左手でタバコの箱を何とか取り出し一本を口にくわえる。そして、その手からタバコのパッケージが零れ落ちた。

「えー、と…………ん?」

 胸ポケットに手を当てたとき、重大な事を思い出す。

「くそ、ライターはガウェインに渡してたんだっけなぁ。死に際の一服って奴がやりたかったんだが……」

 言ってから、視線を上げる。近くにガウェインが置いたらしい松明が煌々と火を灯している。
 だが、今の甲斐の状況から言って手は届かない。すでに下半身は麻痺しきっている。

「あの野郎……ここまで来て禁煙しろって皮肉か、これは?
 あぁ……まぁ、いいか」

 視線を来た方向に向ける。そこには数人のホムンクルスが立っていた。暗闇の中にはいくつもの赤い光が無数に瞬いている。
 先頭の一体が鈍く光る黒鍵を取り出した。それを甲斐は鼻で笑って言い放つ。

「いよう、化け物。花火はお好きかな?」



[1083] ~Long Intrude 15-2~
Name: ルクセンブルグ
Date: 2007/02/27 03:14
 二度目の轟音。
 それは、彼が自分の運命を完結した証拠でもある。

「てめぇ!なんて事しやがる!! おっさん一人残すような真似しやがって!!」

 ランスはボルツに掴み掛かり激昂する。だがそれでボルツが微動だにするわけもない。
 これで残った者は5人。

「アル、お前も何とか言え!! コイツ仲間を見捨てやがったんだぞ!!」
「……………………」

 カツカツと不気味なほどに靴音の響く廊下を歩き、私はボルツの前に立つ。
 そして、踵を合わせ見えてはいないだろう彼に向かい、深々と頭を下げた。

「あ、……おい?!」
「感謝します。ミスターボルツ」

 私は彼に向かい感謝の言葉を投げた。

「何だよ、……それ。どう見たっておかしいだろ!」
「……何を言っているかわからんな」

 ボルツは態度も口調も変えずに私の発言を疑問視した。

「……貴方は、似ている」
「―――?」

 頭を上げる。
 この者の言動、とっさの選択、そして一切の私情を排除した物腰。それらは一連して私の脳裏に存在するある一人の男性とよく似ていた。
 歪でありながらもその在り方を貫き続けた男。シロウが生涯を持って継ぎ、苦悩し、貫こうとした遺志。

「貴方の考えがどうかは知りません。ただ、お礼を言わせて欲しい」
「……………………」
「セイバーさん……」

 踵を返す。立ち止まっている暇はない。我が侭はもう通らない。
 甲斐がその命を持って時間を稼いだのだ。我々はその遺志に報いる義務がある。

「行きます。後3階降りればターミナルへの渡り廊下があるはずだ。
 瓦礫の山のバリケードでは5分が限度でしょう」

 5分という予想には確証はない。だが、何かが脳裏に引っかかっている。奴らがこうも簡単に地下への侵入ルートを切り開いた物の存在。無論、ただの爆薬などとは思っていない。
 奴らの製作者が仕掛けた"何か"が、まだ連中の中に眠っているはずなのだ。

「いいのかよ、アル。そんな……」
「ランス、私はセイバーと呼べと言いましたよ」

 足を踏み出す。
 もはや迷っている暇などありはしない。

「止まっている暇はありません。我々には進む以外の選択肢は無いんですから」



 /// ///



 セイバー達がターミナルに向かうサバイバルを人知れず駆け抜けている頃、地上ではまた別の事件が起こっていた。
 時間を追って説明しよう。
 ホムンクルスのロンドン襲撃から30分後には王室が叩き起こされ、現在までに隠密に海路を通じてドイツへと避難を完了している。
 1時間が過ぎる頃には、イギリスに点在するほぼ全ての魔術協会支部に現状が行き渡り、厳戒態勢がしかれると共に国外に散っている魔術師達への緊急招集がかけられていた。
 時を同じくしてこのニュースは全世界を駆け巡り、イギリス周辺のEU各国はイギリスで大規模テロが起きたという情報のみで浮き足立ち、軍事的介入をするか否かを決められず、自国防衛への準備にも右往左往している状態である。

 セイバー達が魔術協会に立てこもった時点でロンドンの7割を制圧していたホムンクルス達は、現在9割を制圧。目に見えるもの全てを殺し尽くした連中は、魔手をロンドンだけで無く放射状にイギリスの地方にある支部まで勢力を伸ばしつつあり、周辺の支部ではロンドンと本部が壊滅したという事態に混乱、場当たり的な防衛に徹するしか方策が採れずじまいだった。
 一体どれほどの数の勢力がいるのかは誰にもわからない。百体いるのか一万体いるのか、膨大な数である事は確かだったが誰一人としてこれほどの数のホムンクルスを秘密裏に作りうる能力のある者に心当たりが無かったのだ。
 ホムンクルスがお家芸というアインツベルンは、きっぱりと事実を否定している。大体彼らに教会の怒りを買うだけの利益は無い。

 一方、教会側の対応は早かった。襲撃しているのがカソックと黒鍵を使うホムンクルスであるとの報告を受けるやいなや世界中の支部と連絡を取り、魔術協会側にホムンクルスと教会側の関与を否定する旨と、可及的な殲滅と事態収拾の協力は惜しまないと言う異例の通達を出した。
 教会側としては、ホムンクルスが自分達の姿を真似て虐殺行為に出た事が何よりも怒りを掻き立てたのだろう。
 現在、魔術協会側の返答を待たず"代行者"や"埋葬機関"を投入するか否かが話し合われている。

 一日の半分を持ってこの騒ぎ。断片的な情報はメディアによって脚色、誇張され、虚像と真実が混じったまま光の速度で全世界へと発信されていく。
 いまや全世界がイギリスの現状に驚き、嘆き、怒っていた。もはやロンドンの中に生存者はいないとまで言われているのだ。

 そう、誰一人、魔術協会の真っ只中で、たった5人がまだ生を諦めず、リバースバベルを登り続けている事に気づいていない。



 /// ///



 ―――彼女から受ける印象が変わった。

 今までは火のような怒りと、それを押さえつけようとする理性との鬩ぎ合いでマグマ溜まりのように煮え立つ感覚が、今は鉄のように冷たく鋭く、かつ静かになった。
 甲斐さんが犠牲になった事で、吹っ切れたのだろうか。それとも……、

「止まっている暇はありません。我々には進む以外の選択肢が無いのですから」

 まるでやるべき事を見つけたような、そんな感じ。
 
「行きますよ。ぐずぐずしてはいられない」
「……っ、判ったよ」

 ランスさんは舌打ちをしてセイバーさんの後に続き、その後ろを何も言わずボルツさんが続く。

「……ランス兄さんがあそこまで激情とは思わなかった」

 ガウェインさんが自分の従兄弟に考えを改めていた。いえ、この人への考え方を間違っていたのは私もかも知れない。
 この人も、目の前で自分の師匠が命を絶った事で動転しているかと思っていた。けど、違った。立ち居振る舞いは何も変わらないけど、中身が少し変わった感じがする。硬い鉄塊に火が入り、より堅固な鋼へと変わったそんな印象。

「ベティさん、行きましょう。彼女の言う通り、僕達はここで足を止めるべきじゃない」

 皆が前を見ている。"生きる"という目標のため。
 だというのに、私は恐怖しか覚える事が出来なかった。失う事への恐怖、戦うことへの恐怖、見えない物への恐怖……。
 自らの纏う衣服を見る。それは惨憺たる有様だ。血塗られた白装束は辛うじて血糊は拭ったが、鈍い赤色に染まってしまっている。
 あの時、二人がその凶刃に倒れた時、私は聖職者でありながら自らの感情を律する事も忘れ、怒りのままに魔術を行使した。自らが最も忌み嫌っているはずの魔術を、怒りと悲しみいう免罪符に乗せて解き放った。
 死を与える事は何にも勝り罪であるという教示はあの時、同じ装束を纏う狂った者達と同じ刃を持って破られた。
 そして何よりも、生を教えながら、生を尊ぶ立場にいながら、私はどうして死を与える術を聖書の一説を思い出すより早く行使できたのか。
 それは偏に、自分の身に刻まれた物への恐怖。怖い……、自分がこれ程までに怖いと思った事は無い。
 意思を持った時から既に持っていた物。既に与えられていた物。
 それゆえ皆から目を背けられた、軽蔑された、殺意を向けられた事さえある。

 これではもはや自分を聖職者と思う事も難しい。
 不安で堪らない、けど進まなければならない。皆が前を向いている時に私だけが俯いている事は出来ない。
 試練などと思うつもりは無い。だけど今のままでは……、私がここにいる意味はない。

「神よ……その御許に我らの友の魂を迎え入れてくださいますよう」

 小さく歩を進めながら、既に幾度唱えたか忘れた台詞を繰り返す。

 ――― そして、願わくば迷える私達に道をお示しください。

 私にはただ祈る事しか出来ない。



[1083] Fate/the transmigration of the soul 16
Name: ルクセンブルグ◆7d1fd3c0
Date: 2007/05/18 02:58
 ―――空を貫く
 ―――円を描く
 ―――それは誰かと戦っている動きでもあり、舞を舞っている動きでもあり

 直線として作られたそれは、繰り手の意のままに動き空を裂く。縦に横に宙を舞い、一度も止まることなく踊り続ける。
 空ろな夜、中庭という空間はたった一人の存在によって埋め尽くされ、他者を拒む聖域のようになっていた。
 ヒュンヒュンと一定のリズムで空を裂く直線は深紅の紅槍。ランサーの持ち物であるはずのその槍は何故か今現在アーチャーの手に握られている。
 そのアーチャーはというと、まるで新体操選手のように次々と奇抜な動きを繰り出している。それらの動きは一貫してアーチャーというクラスには全く必要にならないであろう格闘術だ。
 時に緩やかに、時に鋭く、目の前の仮想敵を倒し、あらゆる箇所からの不意打ちを想定した動きの連続。
 誰が見てもそれは"鍛錬"だ。死して英霊に昇華したアーチャーが、召喚されてからも鍛錬をするっていうのはどういうことだろう?
 舞うように動き続けるアーチャーの目は真剣そのものだ。俺が縁側に出てきた事すら気づいていないらしい。
 たぶん自分の中に深く埋没し、頭の中で想像する敵と闘っているのだろう。アサシンか、ランサーか、ライダーかまさかキャスターやバーサーカーってことは無いだろうな。
 と、槍を振り抜いたままアーチャーの動きが止まった。……どうやら終わったらしい。
 直立し、息を整え、意識を現実へと戻しているようだ。
 
 とりあえず、拍手などしてみよう。

「―――! おや、シロウ。凛の授業は終わったのですか?」
「あぁ、基本的なことを色々とね。少しだったけどな」
「あはは、まぁ魔術という物を一概に理解しようとしても無理がありますからね。日進月歩、一つ一つ積み重ねるのが普通です」
「積み重ねか……、そういや、アーチャーは英霊になっても鍛錬を積むんだな」
「私のは確認作業といった意味合いの強い物ですよ。生前から続けていた事なので癖ですね」

 死んでからも続く癖もあるものだ、とアーチャーは笑う。

「…………」

 実際、こうやって普通の会話をしている事が不思議に思える。
 セイバーは素が騎士の顔なのに対して、アーチャーはこちらが素。この日常こそが自分の居る世界と感じているんだろうか。だとすれば、同じ姿格好をしていながらセイバーとアーチャーはまるで違った環境で生活してきた事になる。
 ……それに、彼女があの時俺に言った一言も。

「勤勉なんだな、アーチャーって」
「…………いえ、貴方には敵いませんよ、シロウ」
「は?」

 アーチャーは何か別人を見るように俺を見て、おやすみなさい、と姿を消した。



 /// ///



「今日はうちに寄ってくるから遅くなるけど、夕飯までには戻るから。留守中、軽率な事はしないようにね」

 朝7時半、私は士郎の家を後にする。
 士郎の選択は正しいと思っている。姿を消す事のできないセイバーは自然と衛宮邸に釘付け。
 アーチャーが敵のサーヴァントに釘付けにされている間、マスターに士郎を狙われたらたまらない。
 慎二とライダー、それに学校に居るもう一組。学校に展開されている結界を含め、どんな形であれ挟撃されれば防ぎようが無い。
 その点、セイバーと共に家に篭ってくれるなら私は私でやりたいようにできる。
 …………ていうかコレが本来の姿じゃない。

「ったく……なんで私があんな奴のために心を砕かないとだめなのよ」
「……今更な発言ですね」

 姿を消したままのアーチャーが一言突っ込みを入れてくる。
 ―――あーもう、イライラする。
 昨日は昨日で桜と喧嘩、慎二に呼びつけられた上に下らない話、おまけにその夜は士郎の魔術のあり方に憤慨。
 通学路を歩きながら今夜アイツに何を教えるかとか、何を持って行くとか思考をめぐらせる。
 学校に着き、どういうわけか込み合うはずの校門がすんなり通れたかは気にも止まらなかった。

 


「はぁ……」

 昼休み、屋上の影で私はため息をつく。
 結界の状態は相変わらず、それより朝っぱらから嫌な状況で精神的に参る。
 校内で桜と出くわした。それだけなら問題は無いけど、おはよう、と声をかけると彼女は一礼しただけで去っていった。
 どうやら本格的に嫌われてしまったらしい。桜を聖杯戦争に巻き込まないためとはいえ、相当に辛い思いをさせた事だろう。

「後悔しているなら今からでも謝りに行ったらどうですか?」

 アーチャーが私の横でそう言った。

「お節介は嫌われるわよ」
「私のとりえはお節介ですから」
「古の英雄がそんな事まで気を回すなんて、ずいぶんと心の贅肉ね」
「肉をそぎ落とせば骨と皮しか残りません。そんなものに私は価値を感じない」

 私は膝を抱え込む。

「痛いわぁ、久々に会心の一撃って感じ」
「………………」

 ポンと頭の上に手を置かれた。いつの間にか実体化したらしい。

「らしくないわね……ホント」
「……そうですね」
「私は遠坂の跡継ぎ、誰にも弱みは見せられない」
「……そうですね」
「色々考えなきゃだめなのに、なんか今は何も考えたくない……」
「……そうですね」
「………………バカ」
「……そうですね」

 とりあえず、気が晴れるまで今日はここに居よう。もう一度目を開ける頃には、私は私に戻っているんだから。





 後から解った話。今日慎二は学校に来ていなかったらしい。
 かといってブラッドフォートが消えたわけじゃない。これは敷設すれば待つだけの時限爆弾みたいなもの。
 放課後、桜は授業が終わって早々弓道部に行ってしまったし、私はそれを追ってまで声をかける資格は無い。
 一応弓道部の前までは行ってみるものの、戸を叩く事も無く。

「何だ。遠坂じゃないか」

 後ろから不意に声をかけられた。振り返れば、其処に居たのはいつもの弓道着姿の美綴綾子。

「……なんだ、綾子か」
「おいおい、つれないねぇ。どうした、何かあったか? 特に間桐とさ」
「―――!?」

 こいつは人の心でも読めるのだろうか。

「なんせ今日に限って無口だし、アンタはアンタで入ろうとしないし、二人の関係を繋ぐにゃ難しくないだろう?」
「……………………」
「ま、何にしても黙ってたら何も始まらないよ。どら、私が仲裁してやるから入れよ」

 むんずと私の手を掴み、弓道場の戸を開ける綾子。

「ちょ、ちょっと……!」
「おーい、ま……」

 がばっと綾子の口を塞ぎ、強引に裏へと引きずる。
 どうやら気づかれなかったらしい。息を吐いてから綾子を捕まえていた手を話す。

「………………」
「――――――」

 お互いに無言。まずい、明らかに私が弱みを見せた形になっている。

「えぇと……」
「あーあー、言うな言うな」

 彼女はどうでもいいという感じで手を振る。

「アンタがそんだけ怯えてるんだ。私じゃ解決できないような悩みなんだろ?」
「まぁ……そう」
「解った、じゃあ来てた事は黙っててやる。その代わり……」
「へ?」
「商店街のクレープ、500円な」
「―――な!?」

 彼女はニシシと笑いながら、よろしくー、と帰っていく。
 いや待て。私は一言も承諾すると言っていないではないか。この流れだと自動的に私は無用な500円の貸しを作った事に。

「……なるほど、凛にもライバルが居るんですね」

 ぬかった…………、私の敵はマスターだけじゃなかったのを失念していた。





 自分の家に戻る。使い魔の監視などは無さそうだが、安心はできない。
 かといって空き巣が入ればそいつはこの世の地獄を味わう事になるだろう。
 とりあえず、今夜士郎に教える分の"教材"といくらかの宝石を持ち家を出る。
 時刻は6時半過ぎ。少し急がないと、夕飯に間に合わなくなるか。

「やぁ、遠坂。奇遇じゃないか」

 門をくぐったところで、今一番見たくない顔が目の前にあった。

「あら、間桐君こんばんわ。こんな所まで何のようかしら?」
「何、散歩がてらにちょっとね」
「あなたの家は反対側でしょう? 道、間違えてない?」
「そう邪見にしないでくれよ。今日は一つ提案を持って来たんだ」

 どうせまた昨日のようにろくでもない事に違いない。自分がマスターである事を呼び出してまで誇示してくるような男が、こんな場所まで出向いてまで何を言いたいのか。

「話は簡単さ。僕と手を組もうよ」

 ほら、ろくでもない。

「あら残念ね。私はもう衛宮君と手を組んでるの。今更別の誰かに鞍替えする気は無いわ」
「あぁ知ってるよ。だけど遠坂、アイツは止めておいたほうがいい」
「……どういう意味かしら?」
「だって衛宮だぜ? 正式な魔術師ですらない。何の弾みか知らないけど、偶然にマスターになった奴だ。そんな奴信用できるとは思えないけどね」
「だから?」
「その点、僕の家は正式な家系だ。歴史もある。僕の家と遠坂が手を組めば聖杯戦争なんてすぐに終わらせる事が出来るだろ?」
「正式ね。貴方の家は間桐君の代で魔術回路が枯渇したはずでしょう? 何の弾みでマスターになったか判らない点で言えば、貴方と衛宮君は同位置だと思えるのは気のせいかしら?」
「馬鹿なことを言うなよ。衛宮の家は何の知識も無いへっぽこだぜ? アイツ自身魔術師としての自覚すらないようだしね。蓄積された知識の量で言っても僕の家とは比べるまでも無いだろ」
「確かに、衛宮君は緊張感が足りないわね。態々貴方の家に御呼ばれになるくらいだし」
「へぇ、もう聞いてるんだ。そうだろ? そういう奴なのさ。アイツは敵んトコに何の考えも無く入り込むお人よし。僕が見逃してなけりゃ今頃生きちゃいないんだよ」
「彼のお人よしは認めるわ。私のサーヴァントを勝手に持っていってこっちもいい迷惑なんだから」

 彼の目つきが少し変わった。

「遠坂のサーヴァントを……持って行った?」
「えぇそうよ。彼が貴方の家に行った時、彼には私のサーヴァントが護衛についてたの。門の前でライダーと睨み合ったらしいけど、なに、聞いてないの?」
「う、嘘をつけ。聖杯戦争の駒だぞ。自分の武器をおいそれと貸し出すなんて何を馬鹿な……」
「そう、だから私は衛宮君のサーヴァントを借りてた。互助って言葉は知っていたかしら?」
「な、何だよそれ! 衛宮のサーヴァントに殺されるとは思わなかったのか!?」
「サーヴァントは古の英雄よ。誇りある騎士が主の取り決めを勝手に破る事は、自分の矜持に泥を塗る事になる。
 その点衛宮君のサーヴァントは約束を破るタイプではないわ。お人好しがサーヴァントに伝染したのかしらね」
(―――それはセイバーに失礼でしょう)

 やかましい。それで無くとも、こんな馬鹿話はとっとと終わりにしたいのに。

「そういう事よ。貴方とは組まないし、貴方と私は敵同士。
 そもそも間桐と遠坂は絶対に相容れないのよ。それがたとえ一時的な共闘関係でさえもね。理解したかしら?」

 言って彼の横を通り過ぎる。

「ま、待て!!」
「あぁそれから、今私衛宮君の家にお世話になってるの。急がないと夕飯に間に合わないのよ。悪いんだけど急いでるの」
「―――なっ!?」

 私の後ろで慎二はどんな顔をしているだろう。いい加減終わりにして急ぎたいから言ったけど。

「衛宮の家に…………泊まってるだって?」
「そう。じゃあ、さようなら」

 振り返る事もせず私は歩を進める。

「だ、ま、待てって言ってるだろ、遠坂!」

 ガッと慎二に肩を掴まれた。

(宝石は無しでお願いします)

 ちっ、仕方が無い。
 私は拳を握り締めた。




 /// ///



 遠坂との授業を終えて、俺は裏庭に出る。
 今夜の授業は昨日とは打って変わってハードすぎた。何せ、魔術回路を作動させるためだからって、宝石なんて飲ませるんだもんなぁ。
 制御はできているが、いまだに回路は疾走状態で体は熱いまま。
 余りに熱いので持て余しているのである。

「……しかし。スイッチとやらが本当に使いこなせるようになったら、後は手順の問題だ。
 一番簡単な強化をあんなに失敗するようじゃ、先が思いやられるな……」

 呟きながら、土蔵から持ち出した角材に魔力を込める。

 ―――ぱきん、という音。

 やはり強化はうまくいかず、角材には罅が入っただけだ。

「……中の構造まで見えているのに。どうして、こう魔力の制御ができないんだろう」

 遠坂は力みすぎ、と言う。もっと小さな魔力でいいから、物の弱い箇所を補強する事だけを考えろとも。
 ……ようするに、今よりもっと手を抜けという事だろうか。

「……そんな事、言われなくても分かってるけどな」

 問題は力みをほぐす手段が無い、という事。肩の力を抜くいい方法があったらいいんだが、
 と、こちらに歩み寄る気配が一つ。

「今回は随分と荒療治を施されましたね」
「……アーチャーか」

 視線を向けながら、手にした角材を脇に放る。
 と、アーチャーはそれを拾い上げ、しげしげと検分し始めた。

「以前に増してひどいですね」
「はっきり言わないでくれよ。それでもだいぶいつもに近づいてるんだ」
「魔術回路のスイッチがまだ制御できてないみたいですね」
「あぁ、最初はめまいで倒れそうだったよ」
「眩暈で済んだのなら貴方は十分誇っていいと思いますが……」
「え、アーチャーも経験あるのか?」
「えぇ、まぁ。一週間ほどベッドの上で唸り続けました」
「……うわ」

 相当ひどい開かれ方をしたのだろうか。

「おかげでその後は制御するために色々と大変でした。……修行とか」
「苦労したんだな」
「まぁ……今となっては、スイッチどころじゃないんですけどね」

 腕を押さえて、アーチャーが呟いた。

「ところで、投影のできる貴方が何故、わざわざ強化などを習おうと思ったのですか?」
「いや、親父が効率が悪いから目先を変えろって、こないだ言ったじゃないか」
「5年も10年も残ったままの物が効率が悪いとは思えませんがねぇ」
「―――!?」
「土蔵のガラクタ……、まだ凛には見せていないんですね?」
「あ、あぁ」
「まぁ、いずれバレますがしょうがないでしょう。それより、この調子だと物になる前に聖杯戦争が終わりますよ?」
「半人前なのは認めてるよ……」
「いえ、そういう事じゃありません。地盤のできているものを活かして伸ばす方向に切り替えなければ、間に合わないという事です」
「地盤?」
「貴方は自分で言ったはずだ。元々"投影"をしていた、と。"強化"に切り替えた後も息抜きでやっていたと。
 土蔵のガラクタは勝手に増えたわけではないでしょう?」
「いや、ま、待ってくれアーチャー。だとしても、俺はガラクタしか作れ……」
「―――ですから!」

 ビシっと、目の前に指を突きつけられる。

「変えるべきはそこです。その"できないかもしれない"というネガティブな自己完結。
 セイバーの稽古でも、こうすれば勝てていた、というイメージがあったはずだ。ならば、それを持ってきてください。
 実戦で勝てないならイメージで勝つ。貴方が勝てないなら、勝てるようになるモノを幻想してしまえばいい。
 ―――恐らく、貴方という魔術師に許された"とりえ"はそれしかない」

 ―――!!

 忘れるな、と。
 どうしてだろう。遠坂の言葉より、アーチャーの言葉を忘れてはいけないと、俺自身が思っている。

「"心"の鍛錬とはそういう事です。貴方は繰り手ではない、造り手です。
 強くなるために、貴方は勝利を造り続けれなければいけない」

 どこか辛そうな言い方をして、アーチャーは唐突に消える。
 ……見張りに戻ったのだろうか。

「…………アイツ、本当に何者なんだ」

 答えが帰ってくるはずも無い。
 やけに残るアーチャーの台詞を反芻し、俺は火照った体を冷たい風に晒していた。



[1083] ~Long Intrude 16-1~
Name: ルクセンブルグ
Date: 2007/04/05 23:27
 追う者と追われる者。その構図は至極簡単である。
 逃げ切れば勝ち、殺されれば負けと言う最も簡単なロジックは、昨今の戦略とか謀略とか言う時間の浪費を許さない。
 生きるための1秒を敵からもぎ取り、その1秒を持って60秒を勝ち取る策を立てる。
 さながら森の中を逃げ惑う獅子と狩人。傷つき、怒りをその身に蓄積しながら、獅子達は森の深くへと逃げ込んでゆく。
 自らを突き動かす理由。それもまた単純。

 ――― 生きる

 考える葦が最も失う事を恐れる物は、万物に等しく与えられた命。
 極限状態において、命以外に執念を燃やす者は偏に愚か者のそしりを受けたとて文句は言えぬ。
 ただ一つ。……その命を燃やしてでも他者の命を救いたいと願う者がいたとすれば、馬鹿と言われようと、愚か者と呼ぶ権利は誰にも無い。

 ――― 守り、最後まで生き抜く。それが私の義務

 アルトリウス=セイバーヘーゲン、彼女は誰よりも不器用な人間であると言えよう。
 全てを器用にこなせる人間であるが、一度外れるとド素人。遊びを知らず、人間を知らず、知っていたのは"戦場"のみ。
 戦場は生きるか死ぬかのイチとゼロ、進む以外の道は無い。いや、無いと言うより自ら切り捨てている。
 故に、彼女は進む以外の道を知らなかった。両親の愛も、兄妹の愛も、生まれる前から完成されてしまった意思を変える事は難しかったと見える。
 だが、十分に育成された彼女の人間性、過去から引き継いだ記憶はふとしたきっかけで彼女の意志を破綻させ始める。
 それは他者との関わりである。主にランス=ウェラハットの影響が強いのは言うまでも無い。
 その行動から畏怖の対象と見なされていた彼女を外に引きずり出し、内部に入り込む。それは誰もした事も無い事。彼女自身も経験した事の無いもの。
 だからこそ、彼女の意思の破綻は一気に瓦解する。なまじランスの手腕が見事なだけに、いい方向へ転がりだした。
 そして、再び"戦場"へ。



 /// ///



 騎士としての勤め弱者への慈悲親友の熱意自分が守らなければならないターミナルへ敵を倒さなければならない武器を逃げなければならない守らなければ仲間の死が心を抉る何故守れなかった何故私はあそこにいなかった何故出来なかった……何故……何故……何故……

「――― おい!! 聞いてるのかアル!!」
「―――!!?」

 はっ、と意識を戻す。気が付けば、27階への階段へ到達していた。

「ったく、ようやく調子が戻ったと思ったら今度はどうした?」
「いえ、すみません。ターミナルについてからの事を考えていました」

 パンと頬を叩き、頭の中をクリアにする。澱んだ空気がいい加減思考にも影響し始めているらしい。

「もう一度、上と同じ方法でいきます」

 ガウェインが懐から爆薬と信管を取り出し設置を開始する。

「ただ、これが最後です。さっきよりも量も少ないですし、ワイヤートラップにします」

 その時、ゴォン!と遠雷の様に聞こえてくる炸裂音が皆の耳に届く。
 予想通り足止めになっていない。

「くそ、おっさんの時間稼ぎも役に立たずか。急げ、ガル」
「っ、焦らせないでください!」

 爆薬を設置し、信管からワイヤーを延ばし、それを階段下部に固定する。

「OKです」
「よっしゃ急げ!」

 ボルツとランスを先頭に、私達は27階へと駆け下りる。

「後一階でターミナルだ。ボルツのおっさん、ターミナルってどんなところか知ってるのか?」

 階段を降りながら、ランスはボルツに聞く。

「行ったことは無い。だが、巨大な地下トンネルを掘りぬいた地下鉄である事は知っている」
「あまりいい気はしねぇな。行ったはいいが、故障してましたとか、トンネルが崩れてましたとかじゃ今世紀最高のジョークだ」
「ここまで来て何を言ってるんですか、兄さん!」
「別に疑っちゃいねぇよ。ただ、こんな避難経路しかないって事に腹が立つだけだ」
「……………………」

 確かに、魔術協会は世界中に根を張る巨大組織。その本部の脱出経路がこんな底深くにしか整備されず、多大な手間を掛けなければいけないとは正直腑に落ちない。
 ……最も、陥落するなどと思ってもいなかった本部の人間の不手際を今更責めても仕方が無い。事実、500年以上もの間本部は間違いなく機能し続けていたのだから。

 その時、後方から轟音が聞こえてきた。まだ27階についてから500メートルほどしか走っていない。明らかにペースが速すぎる、もう26階を走破したと言うのか!?

「くそっ、連中ここに来てペースを上げてきやがったのか!」
「明らかに倍か、3倍の速さです。今までとは違うみたいですよ!」
「何にせよ、急いでください!さっきのトラップでは数分と持ちません」

 走る。ただそれだけの行為がここではまるで空しく見えてしまう。シンメトリーという異常な環境下で連続する景色は、幻覚にでも囚われたかのような認識を与えてくる。

 と、突然ボルツが足を止めた。

「ミスターボルツ、どうしたのですか!?」

 ボルツの行動に遅れて、皆の足も止まる。
 すると、突然持っていた端末をガウェインに向かって放り投げた。

「ちょっと、ボルツさん!」
「行け」

 そう言って、彼はいきなり壁に向かってこぶしを繰り出した。放たれた拳は壁に塗られた一つのレンガを直撃し、破壊する。

「―――なっ!?」
「ボルツさん、何を!」

 そして、変化は突然だった。
 ゴゴゴ、という破壊とは別の揺れが廊下を振動させる。立っていられないほどではないが、明らかに何かの仕掛けが動き始めたらしい。

「これは……、ミスターボルツ! 貴方一体何を!」
「……………………」

 彼は答えない。聞こえていないかのように元来た方を向いている。
 その直後、壁が私達とボルツの間に落下し我々の間を遮断した。

「―――!!?」
「な、何だよ、これ!!」

 だが、一枚だけではない。少し遅れてもう一枚がさらに落下してきた。

「―――! おい、冗談だろ!」

 3枚目、4枚目。もちろん、壁が落下してくるたびにこちらとの距離は詰まってくるわけで……、

「逃げろ!!潰されるぞ!!」
『―――!!?―――』

 あわてて踵を返す。直後、今まで居た場所にさらに壁が落ちてきた!
 それを間一髪で躱し、全員が奥へと逃げる。だが、壁の落下は止まっていない。
 加速度的に落下する壁から逃げる。コレは一体何の冗談だ!?
 都合10枚の落下を最後に、壁の落下は止まった。

「はっ、はっ、……この壁は、一体?!」
「……くっ。そんな事より、ボルツのおっさんが!!」

 止めた足、ガウェインに渡された端末、そして侵入者防止用か追っ手の足止め用かに設置されたトラップを作動させた彼。その理由は、考えるまでも無い。
 そして理解したとたんに、激しい怒りがこみ上げてきた。
 ガン!と壁を殴りつける。

「くっ……あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 私は、慟哭の叫びを上げた。



 /// ///



 ―――優先事項確認
 ―――殿となり、魔術防護隔壁を作動。その後、出来うる限りのホムンクルスを殲滅。

 ボルツは両手のグローブを嵌め直す。視界無き"視界"には既にホムンクルス達の進攻が"視えている"。
 悲しみも無ければ、憤りも無い。彼にとって、この結果は自らが出した結論であって、それを危惧する意味は無い。
 その浮いた思考の余剰を全て正面から向かってくるホムンクルス達の行動予測と、対応動作の処理に充てる。
 彼はまるで"機械"のように思考する。それが魔術師として彼を育てた者達の到達点だった。
 機械であれば間違った結果は出さない。だからこそ、己までも第3者としての視点で捉えるようにボルツは教育を施された。
 喜びも無ければ、恐怖も無い。任務を全うする為に障害となるものは全て取り払い、結果のみを重視する。
 任務行動は常に機械的。9を救う為に1を切り捨て、必要とあれば女子供すら殺した。何よりも任務の達成を重視する彼のスタイルは非難を浴びたが、結果が伴っているため仕事についての評価はAランク。
 無論、そんな事すらボルツにとっては地を舞う枯葉のようにどうでもいい物。

 ―――脅威対象確認、排除開始。

 もちろん、この脱出は任務ですらない。故に達成する意味は無い。しかしだからといって、無益に自分の命を敵に投げ出す事にはならない。
 結果、彼はここにいる。一人でも多くの者達を生かす為に。
 彼にとってこの結論は、自らをも方程式のうちに含めた上で計算され、今回たまたま自分が適任と判断を下したからに過ぎない。
 だから彼はここにる。1を切り捨て9を生かす為に。

 疾風のように飛び込んできたホムンクルスの頭部を、強化した己の拳で一撃の下に破壊する。
 "視界"にはまだまだ多数の排除対象が視えている。
 しかし、彼には数の暴力は何の威圧にもなりはしない。雨霰のごとく降り注ぐ黒鍵も、飛び込んでくるホムンクルスも彼は淡々と対処する。

 だって彼は任務を全うする機械であり、優先順位を間違う事は無いのだから。



[1083] ~Long Intrude 16-2~
Name: ルクセンブルグ
Date: 2007/04/19 21:56
 いよいよ、進退窮まってきたと思う。
 何せ、この魔術協会の全貌を知る連中が全滅したんだから。
 俺やセイバーは言わずもがな。そして、ガルやベティはここまで潜った事は無いらしい。
 あのおっさんの意図は理解した。勿論、俺達がそこへ行けるだけの余力を残していると思っての事だろう。でなければ、端末を渡して何の言い残しも無いと言うのはありえない。
 目の前では、隔壁を殴りつけたセイバーが今度は額を擦り付ける様にして呻いている。
 セイバー……アルトリウスの状態は良いとは言えない。誰かが死ぬたびに感情をあらわにしていたんだ。ここまで減れば狂う寸前と見て取るべきか。だったら、俺達がしっかりしてやらないとな。
 ポンと彼女の肩に手を乗せる。経験上彼女は憐憫など望んでいない。哀れみも、慈しみも求めていない。
 彼女は、前に進む事しか考えていないはずだから、

「行くぞ。準備はいいか?」

 ピタリと彼女の呻きが止まる。

「…………はい、大丈夫です」

 居住まいを正した彼女はそう言った。
 未だ壁を向いたまま、若干声が震えている。

「……………………」
「――――――――」

 ベティとランスは不安そうだが、今はこれ以外に方法は無い。
 前に進むという方法以外俺達に残された道はないし、ボルツのおっさんが自分から犠牲になるほど俺達に期待したのなら、それに答えてやらなければいけない。
 その時、ゴォォォン!と壁の向こうから振動が響いて来た。

「―――ッ! ぐずぐずしてられない、いくぜ!!」

 今度は俺が先頭に立ち走る。ベティとガルが後に続き、セイバーも続いてきた。
 残された時間は限りなく少ない。こうしている間にも背中に感じる圧迫感は消えない。
 後一階、後一階さえ降りてしまえばそこはターミナルへと続いている。そこまで行きさえすれば俺達の勝ちは決定なんだ。
 2度目の振動が鼓膜を揺らす。隔壁の数は10。多分、一枚ずつ破りにかかっているんだろう。
 ―――残り8回。


  /// ///


 28階への階段に到達するまでに6回空気が揺れた。都合8枚の隔壁が破られた計算になる。
 階段を踏み外しそうになりながらもなんとか駆け下りる。と、目の前に明かりが見えてきた。

「―――?」

 それを疑問に思うまもなく28階へ飛び込む。
 すると、不思議な事が起こった。せまっくるしい階段から一変、そこは灰色のコンクリートが一片の隙無く塗られた廊下だった。道幅は上の倍広く、廊下の対面にあるはずの部屋のドアは一切無く、ただただ無機質な廊下が延々と続き、しかも、壁自体が発光しているのか青白い光で照らされている。

「な、何だここは……」

 思わずつぶやく。

「ターミナルへ続く廊下……なんでしょうが」

 ガウェインも困惑した顔で答える。
 それもそもはず、今の今までレンガ塀が連なっていたのにここに来て近代建築となるとさすがに訳が解らない。

「そういえば、ターミナルへの入り口を改築したとか言っていませんでしたか?」
「あー、3階ぐらい下方修正したとか言ってなかったか?」

 ガウェインは端末を確認しながら、

「いえ、だからといってここまで違和感の強い改築は…………」
「って、暢気に観察してる場合じゃねぇ!」

 途端、上の階から重い衝撃音が響いてくる。

「……後、一回」

 皆が駆け出す中、ベティがそうつぶやいた。そう、後一回。それで私達の運命はこのゴール間際で風前の灯となる。

 走っていて気づく。ここは上に増して前に進んでいる気がしない。
 上のように少しでもレンガの凹凸の違いがあればある程度の実感があるが、ここは延々とまっさらな壁面が続く。
 まるでランニングマシーンの上を走っている感じさえする。

「くそ……ホントに前に進んでるのか。……これ!」
「視覚効果で騙そうというトラップではないのですか?」
「解りません。確実に前には進んでいますが……」

 ――― ゴゥン

 後方、聞こえるか聞こえないかの音は、確かに私の耳に聞こえてくる。

「―――きたっ!」
『―――!!―――』

 思わず皆の足が止まる。だが、はるか遠くの闇の中の状況は解らない。

「くそっ、先がまだ見えないってのに!」
「とにかく急ぎましょう!止まっていてはすぐに追いつかれます」

 そして足を踏み出す中、私は動かなかった。

「セイバー……、何してんだ早くしろ!!」
「皆さんは先に行ってください」

 瞬間、廊下から音が消え去った。

「っ、馬鹿野郎!!今更残って何になる!英雄にでもなりたいのか!!」

 ランスが今までで一番怒気を強めて言い放つ。

「―――英雄ですか。英雄とは、過去の産物だ。
 大衆に賛同されるだけの理念を持ち、民衆を惹きつけるだけの思想を持ち、国民を率いていくだけのカリスマ性を持ったものを指す。
 そして、英雄としての絶対条件は"死んでいる"事だ。過去に行った功績を称えたのではなく、たまたまその人物の行動が自分の理想と似通っていたから英雄という名の下に引き合いに出されるだけだ。そんな思想の浅い革命などいくらでも起きてきた。
 これは私が望み、私が成したいから行っているだけの事。そんな我が侭を英雄視しているのはあなた方の勝手でしょう」
「それこそふざけるな!我が侭だと?人の気も知らずに勝手なことばかりやりやがって。あぁ、確かに俺たちは無力だよ。人の心配をする前に、自分の身を守るのも危ういさ。だが俺にはどうしても納得できない!
 生き延びるんだろ、全員で!そこにおまえ自身は含まれてるのか!?」

 シーンとした廊下の真ん中で私達はにらみ合う。

「……それに、その我が侭を周りがどう取ると思う。お前の意思なんて知るか、他人は"英雄"か"馬鹿"かのどちらかとしか取らないぞ」
「英雄になど、なりたいとは思っていません」
「やめてください二人とも!!敵はすぐそこまで来てるんですよ!」

 ガウェインが割り込んでくる。私は彼らに背を向けた。

「馬鹿で愚か者の死にたがりで十分だ。英雄と呼ばれる事など望んでいない。私は私の信じた道を進み、自分の歩いた道が間違いでないことを信じる。それが帰結する先がたとえ死であっても、私は後悔などしない。
 お別れです、ランス。そして、皆さん。2,3時間は稼ぎますからターミナルまで逃げてください」

 足を踏み出そうとして、腕をつかまれた。

「離してください。今更、私を何でとどめるつもりですか」
「……………………」

 と、強引に振り向かされた。


 パァン!!


 次の瞬間、乾いた音が廊下に響いた。

「ランス兄さん!?」
「ランスさん!何を……!」
「馬鹿や愚か者だけならまだ救えるさ……」

 ジンジンと頬の痛みが増してくる。ランスに頬を張られた事など記憶にないから、これが初めてなのだろう。

「だがよ、馬鹿で愚か者の分らず屋には腕ずくで言う事を聞かせるしかねぇじゃねぇか」
「……………………」

 複数の足音が廊下の先から聞こえてくる。

「誓いを守れ、セイバー」
「―――!?」
「誓ったんだろ、俺たちの剣になるって。誓ってくれたんだろ、盾になるって!剣や盾が勝手に一人歩きしてたんじゃ装備してる奴はたまらねぇよ。そっちに合わせるしか方法がなくなるじゃないか」

 ……確かに誓った。私は彼らの剣となり盾となると。確かに、剣や盾は持ち主の意思に反したりはしない。

「それに、お前が時間稼ぎしてもこの先で俺たちが頓挫しちまえばそこまでだ。今更、時間稼ぎの意味なんて無いんだよ」
「そうですよ、セイバーさん。一緒に行きましょう!こんな所で死んではいけません!」
「セイバーさん!」

 だが……、

「まぁ、今更言ったところで遅いか……」

 疾風が舞う。黒鍵を手に飛び込んできたホムンクルスは私の一閃をよけられず、首と胴が分かれたまま私たちの先へと落下する。

「……デッドエンドか!ちきしょう!!」
「まだ終わってません!逃げながらでも戦えるでしょう」

 ランスとガウェインが銃を抜き、ベティは奴らと同じく黒鍵を抜き放つ。
 青白く照らされた廊下の先はすでに赤い光が瞬いている。何体いるか想像も付かない。
 その時、

「……な、何だ?」

 一体のホムンクルスが飛び込んできた。それは今までのホムンクルスとはまるで別物。
 背丈は変わらないが、長髪の女型。最大の特徴は、その右手が異形。右腕そのものが鋭い猛禽類のような5本の爪を備えた鉄の塊だった。

「……くっ!!」

 疾駆して来るホムンクルスは飛び込みざまに右腕を振るう。
 迎撃のために、短剣を振るう。

 ―――キィィィィ

「―――!!?」

 妙な音。直感に任せ身を引いた。直後、振るった短剣と爪が接触し、剣のほうがあっさりと断ち切られていた。

「……なんだ、これは!?」

 このホムンクルス自体、右腕の重量を持て余しているらしい。振るった腕はそのまま地面に食い込む。
 だが相手が爪を食い込ませた瞬間、周囲一体が地震のような超振動に見舞われる。壁や床に一気にひびが入る。

「……何だ、コイツの右腕は!」
「振動波です!!」

 ガウェインが揺れる足場を踏みしめながら叫ぶ。

「右腕に超振動のユニットを埋め込んでいます!!破壊しないと、フロアごと崩されますよ!!」
「……そうか、これで壁や床を」

 ホムンクルスが爪を抜き、あらためて襲い掛かってくる。触れれば、一発で絶命必至。

「みなは奥へ!コイツの他は様子見で動こうとしてません」
「……あっ!」

 ようやくガウェイン達が気づく。コイツが前に出てきてから後発がいつまで経っても来ない。
 どうも、超振動の右腕に巻き込まれるのを嫌っているのか、手出しをするなと指示を受けているのか知らないが他のホムンクルスが襲ってくる気配が無い。

「今更お前を置いて行けるか!」
「邪魔です!!」

 むべも無く言い捨てる。さすがにランスが黙った。
 こっちは相手の右腕に触れないように戦わなければならない。となると、近くに彼らがいて巻き込まれても責任が取れない。

「ランス兄さん!どの道銃だとセイバーさんに当ててしまいます。彼女に任せて下がりましょう!」
「ぐっ……!」

 幸い奴は腕の重さに対応しきれず力ずくで振り回しているだけ。動きは単調だが、触れてはいけないのではやりにくくてしょうがない。それに、奴を倒すと後ろの無数のホムンクルスが大挙して来る。

「分かった!死ぬなよなアル!!」
「セイバーだと言っているでしょう!」

 爪の下をくぐりながら私は軽口を叩く。
 ランス達がこの場を離脱しようとした時、コイツはそれに反応した。

「―――っ!ランス!!」

 身構えるこちらをまるで無視して逃げる方へと追いすがろうとする。
 ランスがこちらに気づく。床を蹴っていたのでは間に合わない。
 ならば、手に持った剣を投げるのみ。どういう刷り込みをしたか知らないが、余りにも馬鹿すぎる。
 奴の背中は全くの無防備、振りかぶる間もなく私は剣を投げ放つ。
 ゾブリ、といとも簡単に剣は奴の背中に突き刺さる。もんどりうって倒れるホムンクルスだが、その右手がまた床に突き立った。
 またも起こる地震のような超振動。 

「うおっ……!」
「くそっ、足元が!」

 張り付いたように動かない足に悪戦苦闘する3人を尻目に、新たなひびは周囲に広がり、

 ――― ゴバァ!

 突如、暗闇のあざとを広げて崩落した。

「―――!!!!?―――」
『―――!!??―――』

 あがらう間もない。反応する暇も無い。あってもなお蹴る床すら消えた。

「うわぁぁぁぁぁ!!」
「きゃぁぁあ!!!」
「ランス!ガウェイン!ベティ!!」

 まるでスローモーションのように視界が流れる。剣が刺さって絶命したホムンクルスを踏み越えて駆け寄る。
 必死に手を伸ばす。ランスも無理と分かっていながら手を伸ばしてくる。しかし、崩落した床までたどり着く事も無く、3人は奈落の底へと吸い込まれていった。
 数秒遅れて縁に立つも既に彼らの姿は無い。

「……………………」

 何故、と問うても答える者は居ない。そして、

 ―――ドッ!

「かっ!?」

 肩口に衝撃。その衝撃で私もその穴へと身を躍らせる事となった。 
 落下しながらも見た。やはり、あの特殊なホムンクルスの絶命と同時に他の連中が動き出してきた。

「…………く、そっ」

 走馬灯を見る暇も無い。
 何かを嘆く暇も無い。
 奈落へ落ちる感覚すら消え、私の意識は深遠へと落ちていった。



[1083] Fate/the transmigration of the soul 17
Name: ルクセンブルグ◆a6358815
Date: 2008/01/30 01:38
「シロウ! 起きて下さいシロウ!」

 セイバーの声で泥沼から這い上がるかのように意識が戻る。
 なんか、かなり嫌な夢を見ていたように思うんだけど……。

「ん……、セイバーか。おはよう」
「おはようございます。部屋を抜け出すのは構いませんが、このような場所で寝るのはだらしがないのではありませんか?」

 ―――目の前に何か文句の言いたそうなセイバーが立っていた。

「いや、昨夜は体が熱くて、外に出ていたらつい眠くなっちまったんだ」
「見れば判ります。説明は良いですから、次からは気をつけてください。でなければ、私もそれなりに考えなけれいけませんから」
「……例えば?」
「布団をこちらに移します」
「う……すまん、今後は出来るだけ部屋で休む」
「判っていただければ助かります。ところでシロウ、既に7時を回っていますが朝食を取らなくていいのですか?」
「え―――もう7時過ぎてるのか……!? やばい、寝過ごした……!」
「そうですね。シロウが最後に起きるのは珍しい。よほど昨夜の凛との鍛錬が堪えたのでしょう」

 冷静に分析されても、こっちにはそんな余裕は無い。

「起こしに来てくれて悪いが、先に戻っていてくれ。俺もすぐに着替えていくから」
「はい。それでは、大河の相手でもしているとしましょう」

セイバーは落ち着いた足取りで去っていった。




 居間に駆け込む頃には7時半前になっていた。 

「あら、おはよう士郎」

 朝食を取る前だというのに、遠坂と藤ねえがお茶を飲んでいた。

「すまん、寝過ごした!今飯作るから……!」
「とっくに終わっちゃったわよ」

 通り過ぎざまに藤ねえが思わぬ一言を口にした。

「……え?」
「士郎が寝坊なんかするからアーチャーさんが気を利かせて全部やってくれたわよ」

 台所に目をやる。確かに食器を洗うカチャカチャ言う音が響いている。

「―――うわ、やっちまった」
「おや、シロウ。おはようございます」

 手を拭いながらアーチャーが台所から出てきた。丁度終わったところなんだろう。

「悪い、アーチャー。手間掛けさせて……」
「いいんですよ。6時半を過ぎた時点で既に私が作り始めましたから」
「おいしかったわよー、アーチャーさんの作るスクランブルエッグ」
「ありがとうございます、大河。ところで、シロウの朝食なんですが……」

 言いながらアーチャーはダイニングの上を指す。そこには焼かれたトーストが2枚あるのみ。

「あれだけになってしまいまして……」

 バツがわるそうにそう言った。

「えぇ!?」
「当たり前です!寝坊したのは士郎のせいなんだから朝食のありがたみは身を持って知りなさい」
「……と、言って大河が全部食べてしまいまして」

 視線の隅で遠坂とセイバーが頷いてるあたり、同意見なのだろう。
 遠坂などこっちを睨んで、

 ―――パンかじりながら走って行かないと間に合わない時間なんだから諦めろ

 そう言っている気がする。
 ……いや、うん、たぶんアーチャーが居なかったら俺が同じ事を言っていた気がすごくするのは気のせいだろうか。



  /// ///



 道場では快音が響いていた。
 今日は私も学校を休んで集中的に士郎の特訓に掛かるわけだが、

「……うおっ!?」

 スパーン! という爽快な音と共に士郎はセイバーの竹刀に叩かれた。

「いってー……」
「どうしたのですかシロウ! 全く集中できていないじゃありませんか!」
「しょうがないだろ、まだ本調子じゃないんだから」
「何を軟弱な事を。それとも、凛達が気になるのですか?」

 どうやら見学に来ていた私たちに二人に気を取られて集中できていないらしい。
 確かに人がいて戦いに集中できないなど馬鹿だ。素人の試合じゃあるまいし、意識を集中して目の前の敵に向かわなければ実戦など生き残れない。

「あぁ、私達のことは気にしなくていいわよ」
「えぇ、試合とはいえ目の前の相手から意識を逸らすのはいけません」

 私は手を振りながら、アーチャーの方はまるでコーチか何かのように腕を組んで見つめている。
 
「その通りです。なんとなれば、二人が気にならないようにするのみです!」
「ちょ……ちょっとまて、まだ息が」
「そんな物は戦いの中で整える物! 行きます!」

 次の瞬間、士郎の脳天に一撃が決まり士郎はまたも失神した。

「………やれやれ」
「―――やれやれ」

 アーチャーとセイバー、二人のため息が道場に消えた。セイバーは落胆を、アーチャーは若干の含みを持って。
 しかし、それ以降は士郎が奮起したようで、私達の事等眼中に無いようにセイバーと打ち合い始めた。時々アーチャーが士郎の剣筋に口を出してはセイバーが余計な口を挟むなとアーチャを睨み付け、アーチャーが苦笑いという繰り返しが続く。




 そんなド突き回される士郎を眺めていると一気に昼になった。まぁ、今日の失態を考えれば妥当なところだろう。
 アーチャーが準備しなければ朝食はパンのみという事態になりかけたのだ。
 もちろん、今朝のペナルティは昼ご飯を作るという形で絶好調継続中。このくらいのペナルティは甘受してほしいな。

「けどアレよね、セイバーってほんとに冷静よね。3時間も士郎と試合してて、眉一つ動かさないんだから。
 普段も無口だけど、戦闘時はさらに磨きがかかるっていうか。なに、もう無機質? みたいな感じ」
「無機質、ですか……? そうですね、そう意識したことはありませんが、剣を握っている時は感情を止めているのかもしれません。それは試合といえども変わりはないのでしょう」
「ふうん。なに、それって女の身で剣を持つ為の心構えってヤツ? 体格で劣っているから、心だけは負けないようにって」
「それは違います、凛。冷静であるのは戦うときの心構えですが、それは男も女も変わりの無いことでしょう
 凛とて戦闘時には情を捨てる筈です。貴方はそれが出来る人ですから」
「む……言い切ってくれるじゃない。まあ、そりゃあ事実だけどさ。けど、セイバーのは私とは違うわよ、絶対。私は捨てるのは甘さだけだもの。貴女ほど達観は出来ないわ」
「……本当に甘さだけなんでしょうかね」
「うるさい、……アーチャー」
「ふふ、そのようですね。だから貴女は華やかなのでしょう。戦いの中でも女性のしなやかさを保っていられる」
「何よ、嫌み? 華やかさでいったらあんたたち二人に敵うわけ無いじゃない。……士郎があっちにいるから白状するけど、わたし、初めて貴女達を見たときすっごい美人だなって見とれたんだから」

 女性としての優劣として私は負けている。威厳とかそういう部分を抜きにして私は二人に追いつけない。
 だが、セイバーはそれを勘違いだと一蹴、アーチャーは相変わらず笑みを浮かべて眺めているだけ。
 それは何でもない日常の雑談。台所から聞こえてくる苛ついた包丁の音は無視するとして、今この時確かに時間はゆっくり流れていた。



  /// ///



 凛がシロウに鍛錬として課題を押しつけた後、私は凛と共に土蔵へ足を踏み入れていた。
 シロウを起こす以外でここに入るのは久しぶりかもしれない。ここには私を呼び出した魔方陣以外は、シロウの積み上げたらしい雑多な荷物が散乱しているだけなのだが、凛は何かここに意味を見いだしたらしい。
 踏み込むやいなや凛はそこら中のガラクタをひっくり返しはじめ、驚きを露わにしている。最終的に怒りと共に、

「信じられない」

 という一言で締めくくった。

「―――何者よ、アイツ」

 現状は私の思っているよりも深刻だった。
 それはシロウの魔術。
 等価交換であるはずの魔術の法則を無視して在る物が、この土蔵に散乱するガラクタの山。
 おそらく凛が思っているシロウの実力は強化しかできない半人前。しかし、この土蔵の品を見る限り、シロウは凛の知らないところで何らかの魔術を修めていたということになる。もっとも、その出来映えはお粗末につきるのだが。

「士郎の奴、いったい何の魔術を習ってたのよ。劣化した魔術でこれほどの事をやってのけるなんて」

 怒りを隠しもせず凛は声を上げる。次の瞬間にはシロウを怒鳴りつけに行きたいのだろう。だが、シロウのプライベートに踏み込んでいる身としては、それも憚られる。
 ふと、凛が顔を上げた。

「…………アーチャ、いる?」
「いますよ」

 二人だけだった土蔵、凛の傍らに唐突にアーチャーが出現した。

「見当違いを承知で聞くけど、貴女この事知ってた?」
「この事……とは?」
「―――っ! はぐらかさないで!」

 バン、と柱を叩いて凛が激昂する。

「―――――」
「あのね、私が聞きたいのは答えだけよ。士郎が投影魔術を学んでたって事、貴女知ってたわね!」

 な、何を突飛なことを言い出すのだ、凛は!?
 アーチャーがシロウの学んでいる魔術の事など、どうやって知ることが出来ると?

「いえ……初耳ですが。それに魔術に関わることは私より貴女の方が詳しいはずでしょう、凛」
「よく言うわ。マスター蔑ろにして士郎の護衛に柳洞寺に付いていったサーヴァントだもの。こんな土蔵に入るなんて簡単にやると思ってるんだけど?」
「…………凛、ずいぶんと棘がありますね。よほど士郎の魔術が異端な事が腹立たしいのですか」
「当たり前よ。それに輪を掛けて、今更だけどあんたが士郎にどれだけ入れ込んでるかを考えたら、はらわたが煮えくりかえりそう」
「―――――」
「貴女言ったわよね、正体についていつか話すって。セイバーとも因縁深そうだし、丁度いいわ。
 今この場で貴女のことを聞かせなさいよ」

 アーチャーの顔から表情が消えた。

「凛、今説明するのは得策ではありません。時期が来れば私の方からお話しすると……」
「いい加減、私の我慢も限界なのよ。いいわ、話さないって言うなら私も相応の事をするまでよ」

 言うなり、凛は右腕をまくり上げた。ソコに光るのはサーヴァントを律する令呪。馬鹿な、そんなことの為に令呪を使う気か!?

「凛! 令呪をそんな事の為に……!」
「セイバーは黙ってなさい。これは私たちの問題よ」

 凛が令呪をまっすぐアーチャーに突きつける。

「令呪において――――」

 ガッ、と一瞬で凛はアーチャーに腕を捕まれていた。
 早い! 一瞬動きが見えなかった!

「――――っ!」
「凛、落ち着いてください。貴女らしくもない」
「誰のせいだと思ってるのよ」
「重々承知しています。しかし、今明かせば貴女は間違いなく後悔する。この小さな生活を壊してまで優先する事ではない」
「……………………」
「――――――――」

 沈黙が続く。……5分か……10分か、緊張の糸が張り詰めたまま時が過ぎる。
 アーチャーの正体を知りたいのは私も同じ。彼女が私にこれほど似るには相応の因縁があるはずだ。
 しかし、凛は令呪を使ってでもアーチャーに自白させようとするとは。彼女もアーチャーについて何も聞いていないのか。

『―――来い! ――― セイバー!!!』
「―――!!」

 脳裏に、シロウの声が響いたのはその直後だった。



 /// ///



「―――シロウ!?」

 唐突にセイバーが叫んだ。
 振り返るとセイバーの体が光に包まれ、一瞬のうちに消失する。

「な、何事!?」
「シロウが令呪でセイバーを呼び寄せたようですね。おそらく学校の結界が動き出したのでしょう」
「がっこ……って、何で士郎が!?」
「先ほど電話が鳴っていたのに気づきませんでしたか? 恐らく間桐慎二あたりが電話を掛けてきたのではないでしょうか」
「―――アイツが!?」

 でも結界の完成にはまだ余裕があったはずなのに、……それに……って、何でアーチャーがそんな事を知って……、

「行くのですか? 行かないのですか?」
「え?」
「学校の結界が動き出した。そして今、学校は授業中の筈です」
「―――!!?―――」




 アーチャーの背負われて、私達はまさに飛ぶように住宅地を駆け抜ける。
 認識阻害の魔術は最小限。誰かが気づいたとしてもサーヴァントの足だ、一瞬見えた程度では何か判別する事も出来まい。

「ところで、何だって慎二だと解るのよアーチャー!」

 風を切って"跳ぶ"アーチャーの耳元で、私は怒鳴る。腑に落ちない点はいくつも在る。
 アーチャーがセイバーが令呪で喚ばれたという事柄だけで、何故慎二が関与していると断言したのか。

「現時点で我々と明確に戦う意志のあるのはライダーと間桐慎二だけです。キャスターがわざわざ陣地を出て学校に来るとも思えませんし、バーサーカーの活動はこんなに回りくどくありません。ランサーの関与は疑わしいですが、彼や彼のマスターが衛宮邸の電話番号を知る者とは到底思えない。
 それに、結界を見る限りキャスターの線は早々に消えてました。食らいつくすだけの魔術は引き籠もるキャスターの性格からしてありえない。ならば他に魔術に長けたサーヴァントを考えるとライダーしか思い当たりませんから。
 とすれば、シロウが我々に声も掛けずに飛び出す理由として一番有力なのは、間桐慎二が電話で何者かを人質に取ったと言った場合。そして、それは結界に捕らえた学校にいる生徒、教職員の全員に他ならない。
 シロウの事だ。一人で来いと言う指示を文字通り実行したに違いありません。だとすれば、自尊心の荒い間桐慎二は見せつける為に結界を動かした。
 結果、一人で挑み敗れ、最後の切り札としてセイバーを召喚した。
 理由も動機もはっきりしている点で言えば、これ以外に思いつきませんよ!」
「―――――」

 すらすらと自分の考えを述べるアーチャーに私は面食らってしまう。
 普段抜けているようで、頭の中にはマスターやサーヴァント全員の性格や行動を叩き込んでるってわけ?

「それに、凛もうかつすぎます。シロウに黙って土蔵などを覗きに行くから緊急事態を予見できなかった」
「……何よ、私だって士郎に魔術を教える足しにする為に見に行ったのよ。それがあんな……!」
「えぇ、別に責めたりはしません。起きてしまった原因より今この状況を打開する方が先ですから!
 ……それに私も同罪だ。判りきっていた事を説明もしなかった」

 悔しそうに歯を噛みしめるアーチャーに妙な違和感を覚える。
 "解りきっていた"とは? この状況を? もっと別の? ……何を? いつから?




 学校に到着したときには、そこは惨憺たる有様になっていた。
 至る所で生徒や教師が倒れ伏し、なかには皮膚が溶解している者もいる。
 それに、到着する直前に学校から飛び出してきた一条の光。たぶんあれはライダーの宝具。
 ライダーの飛び出してきた3階の廊下はものの見事に吹き飛んでいる。瓦礫と化した塀の下、セイバーが覆い被さった形で二人は倒れていた。

「士郎! セイバー!」
「無事ですか! シロウ!」

 吹き飛んだ瓦礫に埋まった二人を掘り出す。

「……う、っく」

 セイバーの方はすぐに意識を取り戻した。さすがにセイバー、波の頑丈さじゃないわね。

「……凛、アーチャー」
「貴女は無事なようね。一応聞くけど何があったの?」
「ライダーです。マスターと共に結界を発動させていました」

 アーチャー予想通り、という事か。
 セイバーに押し倒された形の士郎はボロボロだった。案の定、慎二に単身挑み、ライダーにボロ布のようにされたらしい。
 意識を失っておりすぐに起きる様子はない。まったく、コイツは……。

「さて、士郎は運ぶとして綺礼にフォローの連絡いれますか」

 ため息混じりに、私はその場を後にした。




 士郎を居間に運び込み、一応治療をする。といっても、士郎の体はバーサーカーの時と同様にかなりの早さで自己修復していく。 致命的な部分は戻ってくるまでにほぼ塞がってしまった。
 出来る事と言えばこの馬鹿が意識を取り戻すまでぼんやり眺めているくらい。

「……ったく、人にこれだけイラつかせといてアンタは暢気に気を失うなんて、自分勝手な奴」

 言いたい事は山のようにある。しかし、叩き起こしてまでブチ撒けてもしょうがないし。

「う……うぅ、っく」

 ひたすら何かに耐える表情で苦しむ士郎を見ていたら、言いたい事より心配が先に立つ。
 セイバーは道場の方に行ってしまったし、アーチャーはといえば、

「――――――――」

 士郎を挟んだ反対側で正座して静かに瞑想している。結局コイツにも色々聞きそびれてしまった。
 仕方ない、問いただすのは次回にしよう。……あぁ、また頭痛がしてきた。




 それにしても、アーチャーもセイバーも落ち着いたものだ。士郎の容態が安定するやセイバーは道場へ、アーチャーは目の前で瞑想を始めてたし。たぶん、セイバーも道場で同じ事をしているのだろうか。

「…………もぅ、あたしホント蚊帳の外じゃない」

 自嘲気味につぶやく。
 時間はもうすぐ10時を回ろうとしている。ただひたすら待つだけの、恐らく今日ほど無為な時間を過ごした事はない。
 士郎の症状は苦しんだり落ち着いたりの繰り返し。
 ……私はいったい何をやっているんだろう。
 私は魔術師であり由緒ある遠坂の一人娘。冬木のセカンドオーナーで、聖杯戦争に参加する正規の魔術師の一人。
 目的だけを取るならば彼には早々に脱落して貰うべき。今なら私の魔術で令呪を切り離し、セイバーを私の物に出来る。
 もし実行すれば最大戦力の三騎士のうち二人が手に入り、早々にこの戦争に決着を付ける事も可能かもしれない。
 でも、そんな真似はできない。何より遠坂の娘としてのプライドがそれを許さない。
 それに、魔術を教えると約束してしまったし、なにより…………、

「うっ……あ」

 ったく、変なタイミングで目を覚ますんだから。

「―――――外、暗いな」

 ぼうっとした顔でそんな事をのたまわりやがりました。
 上半身を起こした士郎に、私は溜まり溜まった怒りをぶつけるように口を開く。

「外、暗いな――――じゃないわよ、この恩知らず。目が覚めたらまず言うべきことがあるんじゃない?」
「――――遠坂、なんだ、いたのか」

 コイツは……ホントに…………

「いたのか、じゃないわよ。アンタの真横でずっと看病してやってたのに、ずいぶんな態度じゃない」
「すまない。どうも頭が固まってる。うまく物事を考えられないんだが……とにかくありがとう、遠坂。またおまえの世話になっちまった」

 ま、あれだけボロボロにされた後だ。しょうがあるまいか。
 直後にあの戦場を思い出したのか、その後の事を聞いてきたが、その点は問題ない。
 死者はでなかった。それが奇跡ともいえる救い。もっとも衰弱状態の度合いは半端ではない。若干の記憶障害の残る物もいるだろう。だが、結界があと少しでも解除されるのが遅れれば…………、出来れば考えたくはない。

「大丈夫そうですね、シロウ」
「あぁ、まだ節々が痛むけどな……」

 アーチャーは安堵の笑みを浮かべ、何とか立ち上がろうとする士郎を当然のように補助する。
 ふらつきはするが骨の方は大丈夫らしい。やれやれだ。

「遠坂、セイバーは?」
「道場にいるわ。私は部屋に荷物取りに行ってくるわね」

 不肖の弟子が一応無事だった事にようやく肩の荷が降りた気がする。
 気づけば鼻歌を歌いながら、部屋で頼まれたセイバーの替えの服を取ると道場へ足を向けた。



[1083] ~Long Intrude 17-1~
Name: ルクセンブルグ◆a6358815
Date: 2008/01/30 01:39
「う……、あ……」

 意識が戻る。どうやら、私はまだ生きている。
 妙な悪運だけは引き継いだらしい。

「セイバーさん、気がつきましたか?」
「……ベティ?」

 心配そうに見下ろしているのは濡れた髪のベティだった。穴に落ちていった筈の彼女が無事という事は、

「よ、セイバー。お互い悪運だけは強いらしいな」

 ランスが全身ずぶぬれの格好で見下ろしてきた。
 軋む体をなんとか起こす。どうやら骨折などは無さそうだ。見下ろせばランスと同じく私の体も濡れている。どうやら、水の中に落ちたらしい。

「ランス、ここは?」
「さぁな。だが、あそこから落ちてきたらしいって事は判る」

 上を指す。見上げれば、小さい光点がうっすら見えた。100メートルは落ちたのか?

「で、落ちたのがそこの池だ」

 見渡すとそこには大きいため池らしき物があった。近づいて覗き込んでみる。相当な深さがあった。
 なるほど、これなら助かったのも頷ける。
 だが、これは何の為の池なのだ?

「ここは……どこなのでしょうか」
「さぁな、皆目見当がつかん。最下層のそのまた下って所だろうな」

 上層にはターミナルへの通路が存在していたはず。だとしたら、ここは通路のそのまた下? だとすれば相当な深さだ。
 周囲に明かりは無い。ただ、この水自体が発光しているのか、周辺の一部だけ視界がある。
 そして、遠く離れた一部にも同じような光点が見えた。
 だとすると、ここは広大な一つの部屋か。
 
「ん? そうだ、ガウェインはどうしました?」
「今周囲を見に行ってる。ダダっぴろい所だ。明かりの一つもありゃしない」

 ある程度目が慣れても遠い暗闇の向こうは識別できない。大体こんな部屋が何故存在する?
 と、遠くの方でロウソクの様な明かりがチラチラ揺れているのが見えた。ガウェインの持っているライターか。
 それが、何故か突然消える。少し離れてまた現れる。往復するようにそれが何度が続いた。

「何やってんだ、ガルの奴」
「違います。あそこに何かあるのでしょう」

 少ししてガウェインが戻ってきた。

「あ、セイバーさん。気がつきましたか」
「はい。それで、何かあったのですか?」
「えぇ……、とにかく来てください」

 困惑顔で彼はそう言った。


 /// ///


 そこに着くのに200メートルは歩いただろうか。たぶん、ここはこの広大な空間の中心だろう。
 そして、近づいて私達が見たのは部屋だった。何の事はない、マンション一室ほどの部屋の外側。もちろん窓は無い。
 で、

「部屋のようですね」
「部屋だな」
「……いや、部屋かこれ?」

 まさに見たままだった。コレは部屋。広大な空間の中心にぽつんと一つ置かれている状態の"部屋"。
 いや、部屋という表現自体がこれに当てはまるかは解らないが、小屋と表する事が出来ないならこれは部屋なのだろう。
 しかも、今の時代から考えればドア自体の造りは明らかに古い。20世紀かそれ以前。だというのに蝶番は錆もせず、数百年の月日がもたらすであろう腐敗も全く見せず、部外者が侵入する事を拒む為に鎮座している。

「腐りもせず、錆もせずこんな物がどうしてこんな所に」

 ドアに触ろうと手を伸ばす。

「待ってください! 迂闊に触るのは危険です!」

 ガウェインが私の手を退けた。

「恐らく何らかの魔術が掛けられているに決まっています。僕が調べますから少し待ってください」
「調べる? どうやって」

 私の代わりにドアの前に立つと彼は手袋を外し、ドアに手をかざす。魔術刻印を起動させたようだ。

「探査回路、起動」

 起動した魔術がドアへと手を伸ばし、その途端、空間が鳴動を始めた。

「「―――!!?」」

 起動した魔術に反応したらしい。何も書かれていないと思っていた床に複雑な魔術式が幾重にも折り重なって起動していく。
 まるで波紋が広がるように次々と、

「こ、これは……!!」
「そんな、この空間全体が!?」

 起動した魔術式はやがて池へと到達し、池の底に刻まれていた式を起動する。起動された魔力は光となり天井へと向かう。
 さらに天井へと到達した光は、さらに波紋となって刻まれた式を起動していく。

「――――――――」
「……………………」

 やがて、空間全体が完全に一つの起動した魔術式となる。
 どうやらこの空間は円形のドームになっていたらしい。掘られていた池は12。天井に刻まれた魔術式は寸分たがわずこの部屋を向いている。

「ぐっ……!?」
「うっ……、くっ!」

 途端、とてつもない圧迫感を受けた。
 探査など必要ない。これは"封印"。あらゆる物を押し潰さんばかりに封じ込め、一切の漏れも許さぬ周到な物。
 持ちえる魔術の粋を、この"部屋"を封印するためだけに結集し、この広大な空間を作ったというのか!

「何だ……この圧迫感!」
「どうやら、封印の魔術式のようです。この部屋を閉じ込めるために、こんな仕掛けを」

『――愚痴ついでだがもう一つ遠坂と衛宮に関して噂がある』

 脳裏に甲斐が言っていた言葉がリフレインしてくる。

『時計塔にあったはずの遠坂の研究室がな、消えてるんだよ。ポッカリ。
 元々無かったという奴、魔術協会が手を回して封印したという説。誰も侵入できない封印が施されていたから地下深くに部屋ごと切り取って沈めたという説』

 ……そうか、ならこの部屋はやはり、

「ガウェイン、ドアを開けられませんか? どうもこの魔術は部屋そのものを封印する物のようだ。できれば、中に入ったほうがいい」
「しかし、部屋の中に何があるか判らないのにそんな事をしたら……!」
「この空間にいたら、我々の精神の方が圧死してしまう。何故こんな物を作ったか理由を考えてみてください」

 考えられる理由は二つ。

 一つ、内部の物を完璧に封じておきたいから。
 二つ、部屋自体に干渉できないために、広大な空間を用意せざるを得なかった。

 たかが封印のために広大な空間を用意したのは、部屋そのものに封印式を刻めなかったからだろう。
 そもそも部屋を切り取ってこんな場所に持ち込む意味が無い。

「……分かりました。何とかやってみます」

 額に汗を浮かべながら、彼は探査を再開する。

「クソ……、サウナでもねぇのに何で汗が」
「恐らく、魔力を内部へと押し込める魔術式なのでしょう。ここはその中心、影響力は最大です。
 それに、端へ行ったとしても魔術が起動した以上、いつ止まるかわかりません」

 バチン!

 電気の弾ける様な音がして、ガウェインが倒れる。

「あっ、く……!」
「どうした、ガル!?」
「駄目です。相当強力な魔術式で封印してあります。僕では解除できません」

 腕を押さえ、反発の痛みを堪えるガウェイン。
 まずい、このままここに居たら衰弱死は決定してしまう。

「じゃあ、こんなドアなんてぶっこわしゃいいだけじゃねぇか」

 と、蹴り壊そうとするランスを慌てて止める。

「やめなさいランス! 蹴って壊れるほど軟弱な造りはしていない! それに、魔術師の工房である以上押し入って無事に済むはずがない」
「じゃあ、どうすんだよ。このままここに居たら全員オダブツになるぞ」
「では、私がやります!」
「「……は!?」」

 ドアの前に立ち、直接ドアに触れ表面を撫でる。

「やめてください、セイバーさん。魔術を知らない貴女が下手にいじったらどうなるか!」

 指に先に何かが当たった。表面の黒ずみをこすり落とすと、木製のプレートが見えた。


 ――――tosaka―――


「なるほど……、やはり凛の部屋ですか」

 かすれて見えづらくなっているが確かにそう読めた。

「リン? 誰ですか?」
「古い友人です」

 両手をドアにあて、魔力を流し込む。手順は剣に注ぐのとほぼ同じ。
 拒否反応。魔術回路を逆流してくる自分の魔力が異物となって駆け巡る。
 私は解析の魔術など知らない。ただ魔力を流すだけ。自分の魔力が流れていく先を感じるだけ。
 凛の魔術は知っている。宝石魔術、遠坂の魔術特性は"転換""蓄積""流動""変化"。
 恐らくこの結界じみた封印も宝石を媒介にしているはず。
 ならば、結界を維持するために行う作用は何か。

 魔力で結界を形成し、入る者を拒絶する。その為に使用した余剰の魔力を流動させ、宝石へと備蓄。再利用。
 だが、使用されるごとに消費される魔力をどこから持ってくる? 蓄えられた魔力は使えば減る。永遠に持たせる事などできない。
 ありとあらゆる魔術に耐えたからこそ、"魔術協会"はこの部屋をこんな所に封印するしかなかったのだ。ならば、宝具クラスの魔術での破壊も試みたはずだ。
 だが、この封印は耐えたのだ。魔法クラスの魔術を用いてまで、凛が他人が入る事を拒んだ部屋。一種異常とも取れるが、今はそんな事はどうでもいい。

「リン……リン?」
「お、おい大丈夫か? セイバー」
「この部屋に入るより、この封印を解除する術を考えたほうが」

 奥へ奥へと魔力を送る。魔術回路が2本しかないとはいえ、英霊だった頃は魔力放出はAランク。いや、転生してしまった以上はそんな事は関係ないか?

「tosaka……、トオサカ」
「やめろ、セイバー! お前両手がどうなってるか見えてないのか!?」

 キーとしたパスワードがどこかにあるはずだ。魔術も所詮はロジックで動いている。そこに科学との差異は無い。
 計算され、構築された防壁を切り崩すように、奥へ奥へと潜る!

「リン・トオサカ…………、まさか封印指定!!?」
「セイバーさんもう止めてください!! それ以上やったら、貴女の魔術回路まで!」

 奥へ奥へ、結界を構成する根源まで行き着く。

「凛……、私です! セイバーです!!」

 無論、そんな掛け声など認識しない。
 強引に押し込む魔力が、さらに流れにくい場所に到達したのを感じる。おそらく、そこが結界を維持している魔力の発生源。
 触れるようで触れない。あと少し!!

「開けてください! リン!!」

 声と共にいっそうの魔力を送る。反発する魔力も抑えられる限界ギリギリ。
 ダメかと思ったその瞬間、フッと何かが抜ける気がして越えられなかった壁は私を受け入れ、

 その途端、内から…………来た!!

「―――!!?―――」
「セイバー!!」

 ランスが私をドアから引き剥がす。次の瞬間、ドアに浮かんでいた封印を締めくくる魔術式が一層の光を放ち、中から砕け散った。まるで中からくるそれに耐え切れ無かったように。
 刹那、中から凄まじい魔力が放出されてきた。それこそ部屋全体から。
 封印式が強烈に反応し、その魔力を押さえ込む。だが、内からの力も負けていない。まるで拮抗するように膨大な魔力を放出し、封印式を押し返している。

「これは……!?」

 そして、圧迫感が消える。部屋からの魔力放出が私達を内部に内包したからか。
 

 ……ガチャリ


 部屋の錠前から鍵の鳴る音が聞こえた。



[1083] ~Long Intrude 17-2~
Name: ルクセンブルグ◆a6358815 ID:7d1fd3c0
Date: 2007/06/19 00:04
 あまりの事に声を失う一同。
 一人は訳の分からない展開に、二人は常識外の光景に、

「あいた……のか?」
「そんな、封印式をオーバーフローさせるなんて」

 ランスは呆然とそう呟き、ガウェインは驚愕と共に呟いた。
 ズキリ、と両手に痛みが疾る。みれば、両手が火に爛れた様になってしまっている。これでは剣が握れない。

「ベティ、……すいません。両手を」
「え? ちょ……こんなになるまで!!」

 慌ててベティが治癒魔術を口にする。

「セイバーさん。貴女、封印指定のリン・トオサカを知っているんですか?」

 驚愕もそこそこに、ガウェインが詰問してきた。

「えぇ……、少々縁がありまして」
「馬鹿な! 日本の魔術師達から今でも噂に聞くくらいの、数百年前の魔術師ですよ?
 しかも封印指定の! 貴女は彼女とどんな関係なんですか!?」

 もちろん、彼女の友人のサーヴァントでしたなど言える筈もなし。

「前世で……少し」
「前世……って、そんな馬鹿な!?」

 今度は彼が声を失う番だった。

「まさか、前世の記憶があるんですか?」
「の、ようです」

 口元の笑みだけで答える。あまりの事に面食らうガウェインだが冷静さはなくしていないらしい。

「…………分かりました。事態が事態ですから深くは聞きません。
 ランス兄さん、入ってみましょう」
「よし」

 二人がドアの両方に取り付く。ガウェインがドアノブを掴み、捻る。何のリアクションも無い。

 バン!!

 最後に蹴り開ける。同時に二人の銃が内部に向けられた。

「何も居ないな」
「気をつけてください。魔術師の工房という物は罠のオンパレードですから」
「俺は逆にそういうのが好みなんだけどな」

 二人が中に入っていった。
 私は、治癒魔術を受けながら上を見上げる。
 どこからこれほどの魔力を発生させているか分からない。だが、この広大な空間に張られた封印式を押し返すほどだ。
 確かにこの密度なら宝具クラスの魔術すら意に返さないだろう。
 ……だが何故だろう、どこか懐かしい感じさえする。

「終わりましたよ。セイバーさん」
「……ありがとうございます」

 両手を確認する。痛みは消え、若干の違和感は残るがほぼ完治といっていい。さすがは司祭だ。
 立ち上がり、二人に続いて中に入る。
 中は外に漏れ出している魔術を流用しているのか、煌々と明かりが灯っていた。
 向かって左は本棚、様々な本と小物が所狭しと並んでいる。右にはドアを挟むように机が二つ。そこは小奇麗に保たれている。
 乱れた事を好まないシロウに常に掃除されていたためか、全体的に片付いた印象がある。数百年放置されていたにしては、ほこりが溜まっていない。
 と、ランスが右の扉を開けて中を一瞥して言う。

「ベッドルームだな。目立ったものはなさそうだ」

 周囲を見渡し、警戒の色を崩さないガウェインは、

「おかしいな……封印指定の工房だから罠の一つもあるかと思っていたのに」

 そうつぶやいた。
 中に入って、本棚をざっと眺める。と、数枚の写真立てに目が留まった。薄く埃を被っている。
 しかし、払った下の額には何も映っていない。おそらく、封印されていた長い年月で色が飛んでしまったのだろう。他の全ての写真立ても同じだった。

「……凛、シロウ」

 すぐ脇にあった寝椅子には、凛が着ていたのと同じ服があった。といっても、触れば崩れそうなほどボロボロな状態。
 だが、ここは確かに凛とシロウが生活していたという匂いがする。

「な、なんだこれは!!」

 いきなり、ガウェインが大声を上げた。それは入って正面の扉。クローゼットか何かだと思っていたが、

「どうした? ……な、なんだこりゃ!」

 駆け寄って内部を覗いたランスまで声を上げた。
 私も二人の間から部屋をのぞき見て……、

「―――!!」

 人生のうちで、これほどの驚きを感じた事は無い。
 部屋の内部にあったのは、剣、剣、剣……、もはや何本在るかすら分からない程大量の刀剣の数々。

「す、スゴイ……、これは、全て宝具だ!」

 ガウェインが興奮したように一本を手にする。それはローランが使用したといわれるデュランダルだ。
 見渡すだけでも、ハルペー、ダインスレフ、フランベルジェ、小烏丸、グラム、ヴァジュラにアロンダイト……、節操が無い。
 考古学の一環で刀剣についての図鑑を眺めた事があるが、まさにそのもの。まるで古今東西の宝具の見本市だ。それが、8畳ほどの部屋の左右の壁にまるで無造作に置かれている。

「宝具? 古刀だろ? 歴史的価値があるとかそういうのじゃないのか?」

 ランスも手近に在ったアロンダイトを眺めながら言う。

「違いますよ、兄さん。宝具というのは、存在そのものが神秘とされている物。内に秘めた神秘にこそ意味を見出す物なんです」
「……俺に解るか。俺は考古学の見地から物を言ってるんだぜ? 魔術師云々の話なんぞ解るもんかよ」

 まぁ、ランスにそんな事を言った所で帰ってくる返答なぞ、そんなものだ。

「しかし、どれもこれも魔力を感じない。宝具であって宝具でない物、レプリカのようだ」

 私も掛かっていた剣に手を這わせてそう言った。
 剣の内からは何も感じない。存在を主張する宝具独特の雰囲気があまりに希薄だ。

「どれもコレも神秘を内包していない。恐らく形だけ似せて作ったものでしょう。練習か気まぐれか、シロウも倫敦に来て節操が無くなりましたか」
「「――――――」」

 なにやら二人が黙ってしまった。

「な、何ですか?」
「セイバーさん、今の練習や気まぐれという言葉が気になります。それにシロウとはどなたですか?」
「お話しても構いませんが……、信じませんね。貴方なら」
「内容によります。貴女の前世の記憶というのも正直疑わしい」
「お前は頭が固いからな」

 ランスの野次は置いといて、

「この宝具を作ったのは『シロウエミヤ』、卓越した投影魔術師です」
「エミヤ……、封印指定の投影魔術師!?」
「ご存知なんですね」
「そりゃあ、先生が日本人でしたからね。自慢話に聞きました。
 儀式用にしか用いられない形だけの宝具ではなく、実戦で使えるだけの"中身"を伴った宝具を投影する魔術師。
 一説には、古のブリテンの王、アーサー王のエクスカリバーを投影したという噂もぉ……!?」
「それは本当ですか!!?」

 気がつくと声を上げ、ガウェインの胸ぐらを掴み上げていた。

「ちょ、何を興奮してんだお前!」

 掴みあげた私をガウェインから引き剥がすランス。
 私はそれどころじゃない。私の……、私のエクスカリバーを投影した!?
 馬鹿な、選定の剣であるカリバーンならともかく、エクスカリバーは星に鍛えられた神造兵装。その神秘まで内包し投影する事がいかに困難かつ無謀な事か、彼には解っていたのか!?
 ……いや、無論解っていたはずだろう。彼は解っていながらやる人だ。"自分自身"が思考の中に無いのだから。

「しかし……、数百年ですよ? 度外れた投影魔術師だからといって、亡くなっても以後投影したものが残っているというのはいくらなんでも」
「彼は起源からコンマ1の狂い無く、かつ超長時間宝具を再現できる投影魔術師です。何せ、強化の息抜きに投影をやっていたくらいですから……」

 最も、ここにある物は何かを作り変えたものだろうが……。

「な、なんですかそのあり得ない息抜きは!!」

 やはり、怒るか。強化の練習で投影をする。確かに凛は激怒した。
 何かの魔術が劣化していた物だとも言っていた。
 しかし……、

「救いたい誰かの為とはいえエクスカリバーを投影するなど……、本当に貴方は自分を見ていない……」

 苛立ち紛れに、奥に下がっていた垂れ幕を跳ね上げ、…………絶句した。

「こ、これは……、何でこんな物がここに!?」
「うわ、こりゃさすがに俺でも解る。スゲェ」

 跳ね上げた垂れ幕が崩れ落ちた。その先にあったのは、壁に掛けられ、赤い布に巻かれた2本の短刀、弓。2本の矢らしきもの。
 そのどれもが、一見して解るほどの魔力を秘めている。膨大な時間を持ってしても在り様が劣化していない異端の物。

 そして……、私の目の前に突き立ち、遠い日の記憶と同じ姿で存在している物。

「なんで……これが……」



[1083] Fate/the transmigration of the soul 18
Name: ルクセンブルグ◆a6358815
Date: 2008/06/05 21:32
 夢を見た。
 まどろみの中で夢を見た。
 死で満たされた空間。全ての人間が何の抵抗もないままに体を溶かされ、苦しみの内にどこの誰かも知らない奴の栄養にされようとしていた空間。
 だが止めた。本来なら死に至る筈の物を俺は自らの傷と引き換えに止めたのだ。
 悔やむ事等ない。本当なら止められなかった。普段の自分なら全く何もできずに止まっている事しかできず、俺自身さえ皆と同じ事になっていただろう。
 ―――傷が痛む。

 感じる痛みが、生きているという実感が、思考を呼び戻す。

 ―――違う、と。

 俺は誰も助けられなかった。
 死ぬに到らなかったというだけで、皆の体には一生消えないだろう傷が刻まれた。それは何もできなかったと同義ではないか。
 全てはおきてしまった事。全てを無にして消す事など誰にもできない。
 全てを無かった事に等できないし、やってはいけないことじゃないのか。
 ならば、この死の空間を憎むなら、二度と起こさないように行動するだけだ。

 さぁ、起きろよ。自分の体なんて後回しでいい。
 誰も傷つかない事が目指した理想であり、俺の存在意義であるなら―――



/// ///



「…………朝か」

 目を開けた。
 深く深呼吸をして、肺に空気を送り込む。
 そして、最初に見た光景は、

「……………………」
「――――――――」

 何故かトロンとした表情で限界ギリギリまで迫ったセイバーの顔だった。

「―――え?」
「おや、起きてしまいましたね」

 失敗失敗、と言いながら身を起こすセイバー……じゃない!

「……アーチャー!」
「すみません、余りに寝顔が険しかったので熱でもあるのかと」

 未だ俺にまたがった状態で髪を梳き上げて、アーチャーは舌を出した。
 いや、ちょっと待て何でアーチャーが俺の部屋に? つか、この状況は!?

「何でアーチャーが……」
「6時ですよ。セイバーも既に起きていますが」

 俺の上からどきながら、アーチャーはそう言った。

「え、本当か!?」

 セイバーの奴、昨日の戦いでまた魔力を消費したのに休んでなくていいのか?
 起きようと布団を跳ね除ける。その瞬間、ビシリと肩に鋭い痛みが走った。

「……っ!」
「大丈夫ですか? まだ治り切っていないのですから無理はしないほうがいいですよ?」

 走ったのは痛みだけ。傷のほうは問題ない。

「ちょっと見せてください」

 真剣な表情でアーチャーが押さえた肩に手を当ててきた。そして指圧をするようにグッグッと力を入れる。

「いつっ!」
「ふーん、骨ではなく筋肉の断線のようですね。妙な力でも入りましたか?」
「あぁ……まぁな」
「やれやれ貴方という人は。行動するのは結構ですが、もっと自分を大切にしてもらわないと困ります」
「―――え?」
「主にセイバーの話です」

 表情を崩し、アーチャーが言う。
 では用事があるから、とアーチャーは霊体になって部屋から出て行った。




 布団を上げてから廊下に出るとセイバーと出くわした。
 今日中に慎二を捕まえようという旨を伝えると、セイバーはいい顔をしない。

「何故ですか。今日中にライダーのマスターを捉える理由などありません。戦うのならシロウの傷が癒えてからにするべきです。それからでも遅くはないでしょう」
「―――それは違う、セイバー。順番で言うなら、俺の体なんて後回しだ」

 そうだ。慎二からライダーを引き剥がさない事には昨日の惨劇がまた起こる。そうなる前に、慎二を叩かなければいけない。
 犠牲者が出る前に行動するなんて事は戦う理由以前の問題だ。
 
「…………そうですか。
 マスターがそう言うのなら、私は従うだけですが」

 セイバーは憮然とした表情のまま口を閉じた。



/// ///



「別に構わないけど、勝算はあるんでしょうね?」
「―――え?」
「え、じゃないわよ。ライダーの宝具に立ち向かうだけの勝算はあるの?」

 まぁ、士郎の無鉄砲さは今に始まった事じゃないけど、それにしたって何の策も無しに出て行こうってんだから始末に終えないわ。

「え……勝算って、慎二に対してか?」
「そうよ。前もって言っとくけど、勝算も無いくせに他のマスターに手を出すつもりだったなんてて、言ったら笑うわよ?」

 むーん、とうなり始めてしまう士郎。

「……ちょっと。衛宮君、本気?」
「う―――すまん、笑ってくれ」
「……悪いけど笑えないわ、今の冗談」

 ライダーの戦闘能力はセイバーより低い、ただしライダーの持つ宝具は魔法一歩手前のA+とセイバーの談。
 つまり、ライダー本人よりも宝具が強いサーヴァント。
 サーヴァントの持つ宝具は千差万別で同じ物は一つとしてない。サーヴァントのぶつかり合いは宝具のぶつけ合いであるといっても過言じゃない。だからこその切り札なのだし、隠すべきものなのだ。
 セイバーの抗魔力は大魔術でさえ弾き返すが、それでも魔法クラスの宝具には意味を成さない。
 神秘はより高い神秘に無効化されるためだ。それ故強いサーヴァントを強い宝具を持つ弱いサーヴァントが破るという事態が生じる。

「ともかく、気をつけなさいよ。士郎はこのところ毎日が病みあがりなんだから」
「む、遠坂は来ないのか? 留守番でもしてくれるのか?」
「あら、私は私でやることがあるだけよ」





 昼前に士郎達は家を出た。
 にしても、学校であれだけの事があったにも拘らず、翌日には訳も分からず元気になって自分よりも他人優先に行動するあの根性は一体どこから来るのだろうか。
 まるで正義感という、一点のみでここまで成長してしまったみたい。
 士郎の父親である魔術師は一体どんな人だったのだろう。士郎にあれだけの性格をさせるんだからよほど正義にかぶれていたのだろうか。
 どの道私が詮索したって分かるのはアイツの父親の名前くらい。そもそも綺礼にそんなくだらない事を聞きに行くなんてしたくない。

「ところで、私達は何もしないで居る気ですか? 凛」

 昼食の配膳をしながらアーチャーはそう言ってくる。

「まさか、私達も午後になったら出るわよ。昨日の事で先生も来ないだろうから、夜の心配をする必要も無いしね」
「シロウを待たないのですね?」
「待つ意味は無いわよ。あいつの事だから日が暮れたってセイバーを連れ回して慎二を捕まえようとするでしょう。それに私がここ留まって大人しく留守番なんて引き受けるものですか」
「…………なんか嫌な事を考えてませんか? 凛」

 アーチャーは私の心の内を分かったらしい。
 当たり前だ。慎二に関しては私だってはらわたが煮えくり返っている。真昼間に、しかも学校で、しかも私の友人を巻き込んで結界を発動させ、無関係な者達を問答無用に巻き込んだ。もちろん、彼女達も例外じゃない。
 憤怒をプライドで押し殺し、衝動を責任で押し殺し、グラグラとマグマのように煮え滾らせている状態が今の私だ。士郎は鈍感だから助かったが、アーチャーやセイバーは私の心中に気づいていただろう。
 あぁ、今ならどんな残虐な殺し方だって出来るだろう。今ならどんな報いだって怖くない。
 アイツの喉首に爪を立て動脈を引き千切り、生きたまま内臓を引き裂いて意識ある内に自分の臓物を食らわせてやれる。それとも魔術を施し、一生消えぬ痛みを与え続けてやろうか……。

「はぁ、ともかく何をするにしてもご飯を食べてからにしてください。途中でお腹が鳴られては滅入ってしまいます」
「……ちょっと、何よそれ。私がそんな馬鹿な事するように見える?」

 アーチャーが対面に座り、箸を取る。

「凛は肝心な所で一番のポカをやらかす癖がありますからね。そのフォローも大変なんですよ」
「遠坂の家訓は"余裕を持って優美たれ"よ。この戦争だって10年掛けて準備してきたんだから」
「シロウが加わってから余裕なんて見た事ありませんよ?」
「……アイツは……しょうがないじゃない、色々手が掛かるのは弟子の性よ」
「まぁ色々含めてこれからですよ。……ともかく」


 ―――いただきます。



/// ///



 逃げる奴の行動様式は二つに分かれる。
 逃げて逃げて逃げ続け、勝手に行き倒れて溜まったストレスを馬鹿みたいなものにぶつけてボロを出すタイプ。
 もう一つは自分の拠点に立て篭もり、一切の外界との接触を遮断して時が過ぎ去るのを待つタイプ。

 最近の慎二の性格から考えて後者はありえない。あの男は"魔術師である"事をレゾンデートルに掲げてしまった大馬鹿者だ。それを内外に誇示する事で薄氷のプライドと自尊心を満たし、自分は人間以上の存在であると考えている。枯れてしまった間桐の跡継ぎに生まれ、魔術を知識として知っていただけの素人が過ぎた力を持たされた時どんな行動をとるか、アイツはそれを明確に示している。

 ―――モラルを欠いた暴走だ。

 過去の聖杯戦争では魔術師達の暴走を抑えるために正道協会が監督役を派遣しているのだし、魔術師としても秘奥を一般に見せ付ける事は禁忌とされている。
 故に狩られる。故に粛清される。おいたをする子供にはお仕置きが必要なのだ。

 士郎は新都の方に行ったようだから、私は地固めを兼ねて深山の方を回ることにする。
 後はシロウの課題の追加分を調達するついでもある。にしてもアレだけ持ってきて成功したのが数個っていうのはどんなものだろう……。
 うちの結界は何の細工もされておらず無事だった。一応士郎の"教材"をいくつか選び、バッグに詰める。
 よし、雑務は終わり。探索へと繰り出すことにしようか。




 正直なところ、ぱっとしない。
 イリヤスフィールは息を潜めているし、キャスターは何をしているのかは現状では把握不能。ランサーに至っては残滓も無し。今のところ小康状態といったところか。
 日が暮れ、すでに住宅地は人気の消えたゴーストタウンと化しただろう。そんな中、私は商店街に至っていた。
 昨今の事件を受けて早々と閉店する店が多い。閉店間際のコンビニに滑り込み、サンドイッチと暖かいミルクティーを買った。
 で、当然のように横を歩くアーチャーまでがアンパンと牛乳をぱくついている。
 まぁ夜が来たのだから、逆に目だって敵に感づかれたほうが話が早くて助かるのは確か。……かといってバーサーカーは御免こうむりたい。あれはセイバーとアーチャーの共同戦線を前提として、万全以上の備えを持って望みたい。
 だが、悪戯に日を重ねるのは無意味。時は有限だ。終わるときは終わる物だし、バーサーカーとイリヤスフィールは直接決着を望むだろう。

「凛、家の方向に戻ってますがいいのですか?」

 服はラフな格好のままアーチャーは視線を周囲に配りながら言った。
 あぁ、とりとめも無い事を考えていたら足が自然と家に向いていたか。
 そういえばこの向こうは……、

「……………………」

 道を一つ、外れるだけでいい。
 道を一本、逆に曲がるだけでいい。

 そう、私と"彼女"を分かつのは角一つの決意だけ……、

「そうね、…………ちょっと寄り道しましょうか」

 どうしてだろう、今はなんか、色々とどうでもよくなっていた。
 



「まさか、本当に攻め込むつもりじゃないでしょうね?」

 アーチャーは私が足を向けた先を見て驚いている。
 寂れた洋館といえば私の家と同じに聞こえるが、ここは私の家よりも大きい。
 間桐の屋敷、普段でも不倶戴天の仇敵、今は殺し殺されても文句は無い関係。
 ここに桜は居る。今は何をしているのだろう。そろそろ時間も遅くなってきたのだから普通に寝てしまったのだろうか?
 私はそんな敵地のまん前で突っ立って屋敷を見上げる事が精一杯だった。
 どうでもいいの一言も、ここから先は"魔術師"という枷を負った者の限界。

「凛……?」
「ごめん、ただ来たかっただけ。……帰りましょうか」

 ため息をついて、その場を離れた。
 そして馴染みの交差点まで戻ってきた時、
 
「―――つっ!」

 右手がうずいた。令呪が熱を帯びている!?
 横を歩くアーチャーに視線を向ける。アーチャーはどこか遠くの方を見ていた。

「凛、新都です」
「どこ…………」

 どこなの、と問う必要は無かった。新都に目を向ければそれは既に見えていた。
 こんな場所からでも見えるセンタービルの屋上、黄金色の眩い閃光が生まれていた。
 闇に包まれた町並みを一瞬昼に変え、曇天の空を切り裂き、光はただ一直線に駆け上がっていく。
 それが宝具の光だと直ぐに分かった。おそらくはそれがセイバーの放った物だろう事も直ぐに理解した。
 だが、

 カタカタカタ……

 私の横に居るアーチャーの左手が微かに動きながら音を立てている。
 左手に握られている不可視になって見えていない武装。それがまるで同じ物に共鳴しているかのように振動している。アーチャーの顔は今まで見た事も無い程真剣で、一瞬セイバーの顔とダブって見えてしまう。
 グッとアーチャーは左手を握り直し、震えを止めた。そして、センタービルの閃光が収まるのを待って口を開く。

「セイバーが宝具を使いました。どうやらライダーを討ち取ったようですね」
「セイバーが!? 魔力の補充も出来てないのに?」
「えぇ、ライダーの宝具とセイバーの宝具が激突する様子が視えました。ライダーは跡形も無く消し飛びましたよ」

 仲間の勝利であるはずなのに、アーチャーは渋い顔をする。

「どうしたのよ、何はともあれ士郎が勝ったんじゃない。喜ばないの?」
「……えぇ、シロウの勝利は喜ばしい。しかし、あの一撃でセイバーの魔力は限界でしょう。いよいよバーサーカーに勝つのが難しくなりました」

 …………こいつ士郎の勝利より、バーサーカー戦の事を考えていたのか。

「何よ、まるで士郎が勝つって確信してたみたいじゃない」
「―――当然です。最強の剣が付いているんですから」

 即答された。
 はぁ…………、いよいよ令呪を使わなきゃ駄目か。

「戻りましょう。家に戻った時に誰も居なかったんじゃ、狙われるわ」



 /// ///



 それは全ての人々の理想の形、憧憬と希望、眩き光は全ての悪を両断し、柄を握るものに勝利を約束する。
 故に"約束された勝利の剣"。過去、現在、未来を問わず、全ての人々の記憶に残る英雄譚。
 その担い手である騎士王アーサー=ペンドラゴン、それが俺の目の前で意識を無くしている小さな少女の正体。

「…………マジかよ」

 そんな言葉しか出てこない。
 屋上でライダーの宝具を凌駕したあの輝きは確かに凄まじい。
 でもどこか悲しさすら垣間見えてしまったのは俺の気のせいなのだろうか。

「士郎……ちょっと」

 和室のふすまを開けて遠坂が顔を見せた。運び込んだセイバーの世話を頼んでしまったのだが、結局鎧を脱がせて横にさせるくらいしか手段が無かったらしい。

「遠坂……」
「話があるわ。セイバーならそのまましばらく起きないわよ」
「あ、あぁ…………」

 少し付いていてやりたいが確かに目を覚ます気配が無い。
 遠坂と共に居間に移動する。既にアーチャーがそこにいた。
 まるで面接を受けるかのように1:2で座った俺は、セイバーの現状を聞かされる。
 それは考えていたものよりずっと深刻だった。セイバーは魔力を補充していないため宝具を使った事で大量の魔力を消費、今では体の維持をするだけで精一杯。
 そもそも怪我をしまくった状態で戦えていたのは、セイバーの魔力量が半端じゃなかったから。

 ―――俺はセイバーが弱り続けている事に気づかなかったのか!!

「どういう経緯で宝具をぶっ放す事になったかは聞かないわ。けど、セイバーの正体には気づいたんでしょう?」
「あ、あぁ……」

 かのブリテンの王アーサー王、騎士の代名詞。

「まてよ、遠坂。まさか教えろとか言うんじゃないだろうな?」
「言わないわよ。そんな事教えてもらっても嬉しく無いし」
「あぁ……まぁそうか」
「宝具を使った事でセイバーの魔力は2割を切ったでしょう。シロウからの供給が無い限りあのままでは非力な少女のままだ」
「つっ!―――何か、何か助ける方法は無いのかよ!」
「無いわよ。たった一つの方法を除いてね」
「たった一つ……」

 遠坂は自分の右腕を指す。そこにあるのは、

「令呪よ。令呪を使いなさい」

 心がはねる。それはつまり、セイバーに人を殺せというつもりか。
 騎士の心を捻じ曲げ、魔力の源である人の魂を食らわせろと。

「それは……」
「凛。分かっていながら嘘を教えるつもりですか?」

 いきなり、アーチャーがそう言った。

「うそ?」
「ど、どういう意味よ」

 驚く遠坂を無視し、アーチャーは俺を真正面から見て言う。

「シロウ、セイバーの魔力を回復する方法は二つあります。
 一つは令呪を使った無差別殺人による魂の簒奪……」

 いつになく、アーチャーの顔に余裕が無い。

「もう一つは、性交による体液の交換です」

 …………はい?

「ええぇぇぇぇぇぇぇぇえぇぇ!!!?」
「なんですってぇぇぇぇ!!!?」

 って、何で遠坂まで驚く。

「魔術師の体液はそれ自体が魔力の塊です。それを直接セイバーに流し込む。繰り返せば宝具一発分の魔力は補充が可能です」

 いやいやいやいや、何だってアーチャーが大真面目にそんな事を!?

「いや、だって、……そんな事言われても、俺は」
「アーチャー! アンタ何だってそんな事知ってるのよ!?」

 うろたえる俺と激昂する遠坂。
 しかし、そんな俺達を前にしてアーチャーはテーブルをトントン叩きながら冷静に言葉を繋ぐ。

「現状手が無い以上これが最善策です。私もこれ以外の手は思いつかない。
 勿論、セイバーが承諾すればの話ですね。……まぁ、セイバーなら拒まないと思いますが」
「ど、どうして……」
「彼女はまだ自らを貴方の"剣"だと自負している。"戦う為"なら、"性交程度"で魔力が回復するなら、彼女は貴方に抱かれても構わないと言いますね」

 ちょっとまて、それって物凄く人道に反している気がする。

「待てよ、それってひどく間違ってる気が……」
「その辺は……貴方しだいですね」

 打って変わって悪戯っぽい笑みを浮かべるアーチャー。
 ひ、人が悪すぎる……。

「ねぇ、アーチャー……」

 唐突に遠坂が声を出す。

「何ですか? 凛」
「"その場を動かず、真実を語れ"!!」

 瞬間、遠坂が言った意味が分からなかった。
 その次の瞬間遠坂の右腕が輝いた。

「なっ!!?」
「な、何をするのですか凛!!!」
「アンタが悪いんでしょうが、アーチャー!」

 立ち上がり、アーチャーをズビシッと指して言う遠坂。

「いつまで経っても、いつまで待っても、貴女はマスターである私に何も話さない。
 そのクセに私を蔑ろにして一人で訳の分からない事を繰り返す! もう、堪忍袋の緒が切れたわ!!」
「……………………」

 アーチャーは何を考えているのかという怒りの表情で遠坂を睨み付ける。
 だが、動かない。動けないのだろう。動くなと令呪で命令されているのだ。

「貴女という人は…………もう少し辛抱強いと思っていたのですが」
「残念。私、こう見えて無駄が嫌いなの」
「えーと、俺退席してようか?」

 恐る恐る声を上げてみる。

「あー、別にいいわよ。こんなのハンデにもなりゃしないわ」
「あぁ……そう」
「じゃあ、問うわ」

 令呪での命令は絶対。限定された命令であれば効力は最大。遠坂が命じたのは"動くな"と言う命令と"真実を話せ"という二つ。
 逆らえばどれほどの苦痛がアーチャーを襲うのだろう。

「貴女の真名を教えなさい」
「ちょ、ちょっと待て!」

 いや、俺が聞いてしまったら駄目な話なんじゃ!
 次の瞬間、アーチャーの全身にバチバチと電撃のような物が走った。

「つっ……!!」
「令呪の怖さは貴女が一番分かってるはずでしょ。逆らってまで話さない事でもないはずよ」
「遠坂……それじゃアーチャーを苦しめてるだけだろ!」
「あんたも黙って座ってなさい! これは私達の問題よ」
「…………はい」

 …………お、鬼を見た。

「私……私の名は…………」

 アーチャーが口を開く、令呪の強制力に耐えられなかったらしい。

「あ、ア、アル……」

 ―――は?

「アルトリウス……セイバーヘーゲン」

 体を這う電撃が収まった。という事は真実を語ったという事。

「………………」
「――――――」

 いや、遠坂。知ってるかどうかこっちを見られても困る。

「――――――誰?」

 思わず遠坂の口からもそんな声が漏れた。
 確かアーチャーは言った。自分の名前にはセイバーという単語が含まれており、身内にそう呼ばれていたと。

「だいたい、アルトリ"ウス"って男性名でしょう? なんだって女の貴女がそんな名前になってるのよ」
「……だから言ったんです。言いたくないと」

 恥をさらされて、穴があったら入りたいと言わんばかりの落ち込み方をするアーチャー。
 どうも、本人にとっては相当な琴線だったようだ。
 だが、遠坂はお構い無しに次の質問を飛ばす。

「OK。知らないって事は無名の英雄ね。
 次の問い。出身と身分は?」
「イギリス、ロンドン大学、国際考古学科4年」

 ……………………電撃なし。

「大学生!!??」
「うっそぉぉぉぉぉ!!」
「案の定驚きましたね」

 心外だと言わんばかりの顔のアーチャー。
 当たり前だ、召喚した過去の英霊が現役の大学生って何だそれ!!

「いや、あんた過去の英霊でしょ? 何で大昔にそんな大学なんてあるのよ」
「凛、英霊の座からは過去、現在、未来を問わず時間軸から切り離された場所から召喚される。英雄譚が過去に多いからといって全ての英霊が過去から召喚されたと思うのは早計でしょう」

 唖然だ。俺だけじゃなく、遠坂も。
 いや、俺は未来から来たという事は聞いていた。
 あの夜、俺にアーチャーが秘密にして欲しいと言ったあの言葉。

 ―――私は、未来から来た英雄です。

 これで秘密はご破算になってしまったわけだが。

「未来の英雄……か。それって今から何年くらい先の話?」
「500……ないし600年ほどかと」
「うわ、そら先だ……。
 OK、もう何が来ても驚かないわよ。こっから本題。貴女がセイバーに酷似している理由は?」

 バシィと、電撃が走る。嘘を考えていたのだろうか。

「セイバーに直接関わって来るのね。ま、アーチャーの真名を教えたんだからプラマイゼロって事で」
「…………いや、そんな事でいいのか?」
「―――分かりました。お教えします。
 私が英雄に祭られた出来事は……」

 電撃が消える。

「祖国イギリスの危機を救いました」
「―――!!?」
『―――なっ!!?』

 待て、それはド直球でセイバーと被ってるぞ!!!
 セイバーことアーサー王はブリテンの為に戦い抜いた騎士だ。その伝説はこう続く、

 ―――遠い未来、やがて起こるであろう危機にアーサー王は蘇りブリテンを救う。

 という事は、目の前に居るのは遠い未来に転生したアーサー王!?

「じゃ、じゃあ……貴女アーサー王…………」
「違います」

 アーチャーが否定した。電撃は無い。

「私はただ祖国が危機に瀕したから戦いに赴いただけの学生です。
 そして運良く生き残り英雄と奉り上げられた。元々力を持っていたわけじゃありません。
 魔術師ですらない。言った筈です。その部分がセイバーと被ると」

 遠坂が息を呑んだ。どうやら聞いていたらしい。

「私は英雄になりたいなどと望んでいない。私はただ戦火に巻き込まれる全ての人々を救いたいと願っただけだ」

 巻き込まれる全ての人々を救いたい…………、その言葉が俺の心の中に強烈に反応した。

「救う為に戦い抜いた。救う為に命をすり減らし、心をすり減らし、後ろを振り向こうともしなかった。
 結果、仲間達には"自分が見えてない"と言われましたよ」

 何故だろう……アーチャーの話は俺の胸の中をえぐってくる。

「私はただ……馬鹿をやっただけなんです」
「――――――」
『………………』

 遠坂も声を失う。たった一人の学生が一つの国を救うなどどれほど苛烈な事か。

「それでも……」

 どれほどの苦痛があったのか、20年という短い人生の中でどれほどの地獄を見てきたのか。

「貴女は、国を救ったわ」
「国など幾らでも滅べばいい」
「なっ!」

 救っておきながら、滅びればいいと彼女は平然と口にした。

「"国"とは集った人々が造る集合体の総称に過ぎない。人が居なければ国は成り立たず、人が居なければ王など形だけの肩書きに過ぎない。
 私は国ではなく住まう人を守っただけだ。ただ、それだけです」

 圧倒されてしまった。目の前の人物は確かに英霊として相応しい。
 誇りと、強い意志と、救いを求める全ての人々の為に彼女は身を犠牲にし続けた。
 セイバーは王であるが故に国を守り、アーチャーは一市民であるが故に人を守った。
 結果として救われたのは等しく多くの人々。
 その行動は確かに似てるが違うもの。しかし、違うと言い切るには似過ぎていた。
 二人とも守る為に手にする剣に誇りを誓い、守りたい物の為に殉じた同じ"騎士"だったのだ。



[1083] ~Long Intrude 18-1~
Name: ルクセンブルグ◆a6358815 ID:7d1fd3c0
Date: 2007/09/13 01:17
 呆然とその名を口にする。まさにいつか見た光景そのもの。
 台座に突き立てられた選定の剣は、王となるべき者によって抜かれるのを待っているかのよう。
 そしてあの日、私の運命を変えた剣。

 その剣が私の目の前にある。―――抜け、と言わんばかりに。

 鞘に収められた剣は、威風堂々、内に秘めた魔力をそのままに存在していた。だが、周囲に巻かれ、壁に打ち込まれている紅い布はなんだろうか。一種の魔術品のようだが。
 いやそうか、結界の魔力の発生源はこのカリバーンか。エクスカリバーの魔力ならさらに結界は盤石なものになる。だがそれではシロウの負担が高すぎる。その点ランクは落ちるが、カリバーンでも十分な魔力炉心として使える。
 という事は、カリバーンに巻きついている布は凛が見つけてきたか作ったかした、剣の封印し魔力を流動させるための物か。恐らく壁の武器を包んだ布も同じもの。

「これは、アーサー王の選定の剣……。失われたはずのこんな物まで投影するなんて。いや、それよりも中身を伴ったまま今まで存在しているとはなんて技術……」

 ガウェインが感慨深げに眺める横で、ランスが前に出た。

「ようはホムンクルスどもに有効な武器って事だろ。銃じゃないのが悔やまれるがな」

 ランスは無造作に手を伸ばし、突き立った剣をむんずと掴む。

「「「――――!!?――――」」」

 あまりの突発的な行動に全員の時間が止まったように感じた。

「抜くぜー」
「ランス! 待ってください!!」
「兄さん、何を!!!」

 だが、時すでに遅く……、

「ん?」

 何も起こらなかった。

「……何も起きない?」
「な、何かまずい事したか。俺」

 これで抜けたら、貴方は次期王決定でしたよ……。
 ベティを含め、私達は大きくため息を吐く。ガウェインなどその場に崩れ落ちた。

「そういえばランスは魔術回路の形成もしていませんでしたね。魔力が流れる訳もありませんか……」
「兄さんが魔術師になっていたらと思うと、ゾっとします」
「……な、何だよそれ。
 にしても……抜けねぇぞ、コイツ」

 両手で思いっきり力を込めても、カリバーンは台座から微動だにしない。紅い布でがんじがらめにされているとはいえ、微動だにしないというのは如何な物か。
 まさかあの時と同じ呪いのような物が作用しているはずもなし、

「ちくしょー。そうだ、試しにセイバーがやってみりゃいいじゃないか」
「えっ……」

 ランスの一言で背筋が一気に凍る。
 当たり前だ。前世において私はこの剣を抜いたために人から外れ、王となって戦いに身を投じた。

「ほらほら」

 ランスが肩を押して、私をカリバーンの前に立たせる。
 否が応にも思い出す記憶。剣の前に立ち、国の為と思い剣を握った記憶、王の責務を果たさんと駆け抜けた日々の記憶。嗅いだ事が無い筈の生々しい戦場の匂いまでが、鼻腔の奥から突き上げてくる。
 動悸が、今までに感じた事のないほどに高くなる。

 判っているはずだ。案ずる事などない。これはシロウが投影しただけの模造品。いかに神秘を内包しているとはいえ……、

「はっ…………はっ…………はっ」

 だが、目の前に写るのはあの時の再現。岩に突き立った選定の剣を見ている時とほぼ同じ。

 ―――剣を抜いた者がブリテンの王となると、あの男は言った。

 右手でカリバーンを握る。初めて握る柄でありながら、一瞬にしてこの手へと馴染んで行く。

 ―――剣を引き抜き、王となった私は幾多の戦場を駆け抜けた。

 左手も剣の柄に添える。思い出す、この剣の使い方。この剣に掛けた思いの全て。

 ―――エクスカリバーへと持ち替えた後も、私は勝利し続けた。……大切な物を一つずつ失いながら。

「……でも、抜いちゃって本当にいいんですか?」

 その問いが、脳裏に浮かんだ男の言葉と重なり、
 私は……両手に力を込めた。





 ギッ!

 力の入れ方は多くもなく少なくもない。だが剣は…………抜けなかった。

「ダメですか。もしかして、柄と鞘だけなんでしょうか」
「ちぇ。もし抜いたら今の女王を退けて、セイバーが女王になってたかもしれねぇのに」
「当たり前です!!」

 茶化すランスの前に詰め寄る。まともに彼らの顔を見る事が出来ない。

「私ごときが王の器な訳ないじゃないですか!!」
「だろうな。セイバーみたいな性格じゃ、閣僚連中が何も言えずに独裁政権の誕生だ」
「この……!」

 とりあえず一発殴りつけて私は部屋を出る。

「イテェな、コラァ!」

 無視してベッドルームに入り、乱暴にドアを閉める。
 そして、……膝から崩れ落ちた。

「はっ……! はっ、……はっ、はっ!」

 動悸が治まらない。押さえつけるように体を抱く。肺が強烈に酸素と冷気を欲しがっている。
 極度の緊張が鳥肌を立たせっぱなしにしている。

「カリバーンが……抜けなかった」

 本当に柄と鞘だけの物だったのだろうか。
 台座に固定し、ありったけの魔力を込めただけの魔力炉心だったのだろうか。
 凛がシロウに言って台座に完全固定させたのか。
 それとも、刃が錆びて鞘にこびり付いたのか。

 あるいは、…………私が王としての器を持っていないから、剣が拒絶したのか。

「王に……なれない」

 前世で騎士王と呼ばれ、幾多の戦場を越えて不敗と言わせた私が……。

「考え過ぎ……なのか?」

 当然だ。前世は前世、今の私はしがない学生の身で、日本に渡って静かにしていようと決めた放蕩娘。
 やった事といえば、小さい頃からありとあらゆる武術を身につけまくり、"競技会荒らし"なんて呼ばれた自慢にもならない逸話だけ。

「私は……王じゃない。王族ですらない」

 そんな堕落した私を誰が王と見込むものか。誰が勝利など確約するものか。

「……ふっ、ふふふふ」

 笑えてきた。とんだ道化だ。いくら記憶を持って転生したとはいえ、私の家系は王家との繋がりも無ければ先祖が英雄だったなんていう話も聞いたことがない。
 両親はもちろん魔術の事など知りもしないし、代々伝わる宝剣なんていう物も存在しない。
 魔術だって、記憶の通りに扱ったらその制御が可能だったというだけ。魔術に適性のある体ですらない。
 久々に使ったクリスマスイブのあの時だって、割れるような頭痛がした。私の魔術回路そのものが風王結界を扱うには無理があったのだろう。
 それに、さっき結界を破った時から、魔術回路そのものの反応が悪い。逆流してきた魔力との衝突が回路自体をズタズタにしたらしい。魔力の収束がおぼつかず、恐らく風王結界も完全な構成は不可能だろう。身体強化はまだ可能か。

 ―――これが、素人が魔術を行使した代償。

 拳を握り締める。
 逃げ道はもはや無い。肝心のターミナルははるか上。しかも、この場所は四方を完全に塞がれており、脱出する出口が見当たらない。
 そして、カリバーンが発する魔力がいつまで続くかも判らない。今まで細々と使い続けた魔力を今は全力ではき出し続けている。どちらの魔力が切れるのが早いかは目に見えている。

 あぁ神よ。ここが私の人生の終着点だというのなら、何という皮肉か。
 おぉ神よ。私の選んだ道の果てが此所だというのなら、何という身勝手か。
 結局最後まで私は誰も守れないまま、あまつさえ衰弱という残酷な責め苦を受けるとは。
 私はいい。だが、ランスやガウェイン、ベティだけは助けたい。
 だが、魔術師が封印したこの場所から出る方法など、簡単に見つかるとは思えない。

 閉じたドアに背を預け、ようやく興奮から治まってきた息を整えながら、私は自嘲気味に笑った。



/// ///



 ジジジとまるで電気ショックを与えるような感じで、魔力の境界線は拮抗を保っていた。
 やる意味も特にないと思うのだが、俺とガウェインは外の見張りだ。

「正直な所、これ以上逃げることなんてできゃしないよなぁ……」
「物理的に無理ですね。周囲は強力な魔力で覆われた封印。このドームだって、カリバーンの魔力がどれほど持ったとしてもいつかは切れます」

 この部屋を覆っている結界の魔力はカリバーンが一手に担っている。
 いくらカリバーンに内包された魔力がいかに膨大だろうと限界は来る。そうなった先、彼らが生きていられる道理はない。

「進退ここに窮まれり、ってか。よくよく考えてみりゃ訳のわからん最後だよなこれ」
「そうですね。僕もこんな場所で最後を迎える事になろうとは思いもしませんでしたよ」
「何だ、割に落ち着いてるな」
「僕も一介の魔術師ですからね。どんな最後だろうと受け止めなきゃいけないんですよ」
「彼女もできてねぇのに難儀だな、おい」
「兄さんこそ、だいぶ落ち着いているように見えますが?」
「俺はいいのよ。好きな奴の傍で逝けるんだからな」
「それもまたえらく達観した意見ですね」
「何とでも言えよ……」

 ため息を吐いて壁にもたれて座り、傍らに置いた剣を手に取る。
 あれほど大量の刀剣があるのだから別に一本くらい拝借しても大丈夫だろ、と持ってきた物だ。

「おや、アロンダイトじゃないですか」
「アロンダイト?」
「サー・ランスロットが使用したとされる名剣ですよ。もっともそれはコピーみたいですけど」
「さぁなぁ、俺も適当に引っつかんで持ってきただけだし」

 手の中で弄びながら俺はこの漆黒の空間を見つめる。
 くしくもこの障壁が押し合う力の余波が若干の照明代わりになっているが、やはり周囲はまったくの真円で包まれたドーム。出口らしき物は皆無。

「やれやれ、…………っと」

 立ち上がろうと腰をあげたとき、

 バシャン……

「――――――」
「………………」

 何か音がした。

「何だ今の……、水音?」

 バシャン……!

 まただ。今度は聞き間違いなどではない。
 思い当たる節など一つしかない。そして思い当たった途端に、俺の中で溜りに溜った怒りが吹き出して来た。
 何だよ、何でなんだよ、しつこいんだよいい加減、うざったいんだよいい加減、どこまで行ってもいつこくしつこくしつこく…………、

「しつこいにも程があんだろうがバカヤロウ!!」



[1083] ~Long Intrude 18-2~
Name: ルクセンブルグ◆a6358815
Date: 2008/02/10 00:29
 良くも悪くも、この部屋は魔術師の研究室らしい。
 ベティは本棚や机に並べられた雑貨を見ながらそう思った。
 本棚に並べられている本たちは整然と高さを揃えて並べられており、宝石や雑貨は中ほどに雑に置かれている。
 本棚の本は風化しかかっており、読む事はままならない。机に並べられている詰まれた本も同様。
 試しに机の引き出しを開けてみると、中はほぼ実験道具などで埋められている。

「……これは」

 そんな引き出しの片隅に妙な本があった。表面が金属で覆われ、鍵まで付いている。
 魔術書のような異質な物でもなく、スケジュール帳にしては大きすぎる。表面には錆が浮き、持ち上げてみると結構な重みがある。
 興味本位で開けてみることにした。 
 懐から黒鍵の柄を取り出し魔力を通す。剃刀のように薄い刃を鍵の間に差し込んで力を込めると、鍵は簡単に切れた。さすがにこれも痛みきっていたらしい。
 金属製の表紙をめくった途端、錆び付き、張り付いたページ達がいきなりの衝撃に耐え切れず崩壊した。

「あ…………」

 崩壊し巻き上がる埃。これも同じく開く事もままならないほどに風化していたか。
 しかし、どうやらこれはアルバムだったらしい。ノートや呪文書のように文字らしき形跡も無く、何か別の紙片が挿まれていたようだ。

「………………」

 このアルバムにはどんな思い出がファイルされていたのだろうか。
 よほど知られたくない思い出だったのだろうか、それともよほど大事にしておきたかった思い出だったのだろうか。
 この部屋の主である封印指定の遠坂凛という女性は、昔(と表現できるのかどうか)セイバーさんと関係があったという。
 封印指定といえば、魔術協会から危険視された存在だ。
 彼女が一体何を研究し、何を成し遂げて封印指定とされたのか。私にはソレを知る術は無い。
 ひょっとしたらこの広大な魔術協会のどこか……、あのカイさんの古巣である執行者の部屋には何かヒントがあるだろうか。
 そんな彼女とセイバーさんは一体何をしたのだろう。ひょっとしたら彼女の研究を知ったが為に誰かに殺されたのだろうか。
 もしくは当時の執行者に粛清されたのだろうか。

「でも…………」

 この部屋から感じるのは危険視されるような狂気じみた感覚ではない。
 ただ、一人の女性研究者が普通に研究をしていただけの部屋。
 確かエミヤという同じ封印指定の男性がいたようだが、その二人が凶気じみて閉じこもっていたような部屋ではない。奥の部屋の刀剣の類は確かに驚愕したが、あれは果たして彼女達の研究の集大成なのだろうか? 二人が到達した何かというのは投影魔術だったのだろうか?
 魔法に至ろうというならば、もっと別次元の何かだと思う。そんな別次元の何かに至ろうとする物品が見当たらない。
 もちろん魔術師たるもの隠しておくものなのだろうが、はっきり言って隠しきれるような場所など見当たらない。
 しかし、遠坂凛はこの部屋に強固な封印を施して去った。ならば、やはりここにはそれなりの秘蹟があるのだろう。

「リン・トオサカ、貴女はここで何をしようとしたのですか?」



/// ///



 素早く残弾を確認し、戦闘体勢を整える。
 ハンドガンの残りのマガジンは3つ。ガルの方も銃の残りは少ないからどの道格闘戦になるだろう。
 銃を握る手にはじっとりと汗が浮かんでいる。元々クーラーなど無い場所だ。いくら地下とはいえ空気が澱みすぎて暑いくらいだ。
 俺は仕掛けを終えたガウェインに声を掛ける。

「……なぁ、ガル」
「何ですか? 兄さん」
「俺達一体何やろうとしてるんだろうな?」
「ここまで来て怖じ気付いたんですか?」
「そうじゃなくてよ、こんなドンづまりの状況で戦う意味があるのかって話」
「……………………」

 奴等も俺達と同じように周囲の結界の圧迫をまともに受けているらしい。しかも奴等は魔術で作られたホムンクルス。
 この魔術を封ずる結界の中での動きはゾンビのそれだ。つまり、奴等は池の中から這いずり出てどっかのホラーよろしくビチャビチャと寄ってきてる訳だ、唸りながら。
 こえーったらありゃしねぇ。

「脱出するための道ははるか上。出口の無いこんな場所でのたれ死ぬ以外に道は無いってのに、今更戦って何か得られる物があるのかねぇ、って事」
「ないんじゃないんですか? そんな物」
「うわ、はっきり言いやがって」
「そりゃそうですよ。けどこんな場所だろうと、ただ殺されるのを甘受できるほど僕は人間出来たつもりはありませんから」
「そうか、安心したわ」
「……え?」
「いや、なんつーか。人としての誇り? みたいな奴がまだ残っててくれてよ」
「……それって、暗に僕を貶してませんか」
「ちがうよ。ただ、そうだな……」

 傍らの剣を持ち上げて、俺は握り込む。

「騎士らしくて、いいんじゃねーか。って思っただけさ」



/// ///



 ―――パンッ!!

「―――!!?」

 突如響いた音で私の意識は覚醒した。
 慌てて外に出る。書斎でもベティが驚いた表情で外を見ていた。

「ベティ! 今の音は!?」
「銃声、外からみたいですけど」
「ランスとガウェインは外ですね!」

 立て掛けてあった黒鍵を手にドアノブを掴む。
 が、回らない!

「これは!? ガウェイン、ランス! 貴方達一体何をしているのですか!!」

 ドンドンと扉を叩いて叫ぶ。が、返答は無く、さらに数度の銃声が響く。
 やはり、奴らが来たと見るしかないようだ。しかも扉を閉めて何のつもりだ!

「ダメです。簡易的ですが結界を張りなおされてます」

 扉に触れたベティがそう言った。

「隠れていろ、って事じゃないでしょうか」
「―――!!―――」

 次の瞬間には私は黒鍵を振り上げ、扉にたたきつけていた。

 バギィィィィン!!

「きゃっ!?」

 叩きつけられた黒鍵は中ほどから簡単に折れ、折れた先は吹き飛んで棚に突っ込んで宝石や小物を跳ね飛ばす。

「……ふざけるな」

 口を付いて出ていたのはそんな言葉だった。そして、扉を殴りつける。

「ここまで来た! ここまで戦ってきた!」

 何度も、何度も殴りつける。皮膚が裂けて血が滲んできた。

「セイバーさん! 止めて下さい!!」

 ベティが羽交い絞めに止めてくる。

「ランス、ガウェイン!! 貴方達だけが傷つく事は無い、私も戦わせてください! 貴方達の横で!!」
「セイバーさん! 落ち着いて!!」

 もう、これ以上仲間が死ぬのは見たくない。どうせ死ぬのなら共に戦い、敵の首根っこに喰い付く位に暴れてからだ。
 貴方達はその機会すら奪おうというのか、私に騎士らしく死なせてはくれないのか!!

「くっ……!!」
「あっ!」

 ベティを振り払い踵を返し、カリバーンの元へと走る。その時、足下で何かを蹴り飛ばした。
 その蹴り飛ばした何かは一直線にカリバーンに元へ飛び、鞘にカツンと当って落ちる。
 それは赤い宝石だった。血のように赤く、微弱ながら魔力を持つ宝石。
 それに構わず、私はカリバーンの柄を掴む。

「もう、何も望まない」

 私はもう望んではいけない。

「もう、何も要らない」

 また孤独になろうと構わない。

「滅びる国などどうでもいい。ただ目の前の命が散るのはもう沢山だ」

 両手に力が篭る。

「シロウ、今なら貴方の気持が痛いほど判る。もうこれ以上誰かが死ぬのは見たくない!
 お願いだ、私に…………私に全てを守る力を!!」



 /// ///



 最初は鴨撃ちのような感じだった。
 何しろ相手は這いずってくるような連中。入ってきた先から首を叩き落としてやれば絶命する。
 けど、そんなこといつまでも続くものじゃない。何せ数が半端じゃない。50いるのか100いるのか。闇の中に存在する無数の赤い光は一行に減る気配を見せない。それともさっきから鼻腔に響いてくる血の臭いが正常な判断を狂わせているだけで、実はここにいるだけが全部なのか。
 次第に捌ききれなくなった一体一体が結界の中に侵入してきた。そうすると途端に生気を取り戻し、黒鍵片手に襲い掛かってくる。
 入ってきた奴には遠慮はできない。俺は銃を使い、ガウェインはガラティンをブッ放す。
 そんな事をしていると、次第に足下には死体が増え足場が減り、撒き散らされた血で床が滑る。

 あぁ、そういやさっきから室内がうるさかったな。だが外に出てこようとしても無理。ガウェインが簡単な結界を張って鍵の代わりにしている。扉を吹き飛ばさない限りは大丈夫らしい。
 できればセイバーにはあのまま籠城していて欲しい。どうせ短い命だが少しでも長く生きていて欲しいって我儘だが。

「20! 自己ベストだぜ!」

 勿論URBFの一試合のKILL数だが。

「兄さん、右!」
「―――!!―――」

 視線を右に。黒鍵を突き込んでくるホムンクルスを体を倒すことで回避。倒れながら銃を顔面に向けて撃ち込む。
 なんか気持ちの悪い物を吹き出しながらぶっ倒れる人間モドキ。生傷が増えた体を起こして、俺は吠える。

「オラァ、どんどんかかって来やがれ!! いくらだって相手してやるぜ!!」

 その直後、いきなりドーム状の結界が消失した。

「なっ!?」
「そんな、どうして!!」

 途端にズンと襲い掛かってくる封印の魔術。

「く、そ……!」

 ダメだ。さっきまで戦っていたせいで全身に力が入らない。
 そして、また後ろに生まれる強烈な感覚。
 どこ…………部屋の中!?

「兄さん!! 危ない!!」

 ガウェインが飛び付いてくる。そのまま俺と一緒に飛びのいた直後、
 何か……もう何かとしか言いようがない"何か"が扉ごと結界を粉砕して飛び出してきた。
 だが、俺の意識はそこで途切れる。何故かって? ガウェイン共々固い地面に頭から叩き付けられれば気絶もするさ。



 /// ///



 "それ"は、全てを薙ぎ裂いて飛ぶ。大気を裂いて飛ぶのではなく、空間その物を切り裂いて貫く。
 硬い稲妻と呼ばれたそれは、簡単な魔術による封印など容易く貫き、そこに存在する百にも及ぶ化け者共をその余波でめった裂きにし、それでもなお勢い強く封印の間の壁を穿つ。
 硬い稲妻、カラドボルグにより穿たれた穴は半径三メートルにも及び、刻まれた術式を寸断した。
 結界は高度な技術で成り立っている。高度であればあるほどその一部分が欠ければ、結界は元の効力を失うもしくは弱まるもの。
 封印が弱体化したお陰か、余波を免れたホムンクルス達が息を吹き返し立ち上がる。
 既にこの場は漆黒の闇が支配しているが、彼らの目に闇は関係ない。驚異対象が部屋の中にいる事を瞬時に判断すると、数十本の黒鍵が部屋のなかへ撃ち込まれた。

 ―――ドンッ!!

 その返答は室内から放たれた深紅の閃光。手近なホムンクルスの心臓をピンポイントで貫き吹き飛ばす。
 次に飛来したのは白と黒の中華剣。まるで舞うかのような複雑な奇跡を描き、ホムンクルスの首をかっ捌き、脳天に突き立った。
 そして、最後に部屋から飛び出してきたのは"光"。陽光を鍛え上げたかのように光を発し、その身に膨大な魔力を宿す聖剣。
 持つ者を勝利へと誘う黄金の剣、カリバーン。その柄を握る者は古のブリテンの王たる存在。

「ランス、ガウェイン! 無事ですか!?」

 だが当の本人はそんな威厳など毛ほども見せず、戦っていた戦友の名を呼ぶ。
 空気の循環がないため濃い血の臭いが辺りに充満していた。さらに無事だったホムンクルスが40もいるだろうか。
 セイバーは周囲を素早く確認する。カリバーンの光に照らされ、それはすぐさま目に飛込んできた。
 
「……………………」

 カリバーンの輝きによって写し出されたそれ。
 血にまみれ、最後まで戦ったであろう傷だらけの体。折り重なるようにして倒れるもう一人。
 冷静になって考えれば、勘違いすることもなかったかも知れない。
 冷静になって見れば、無数の傷が致命傷に至っていない事を見て取れたかもしれない。

「………………あ」

 それでも、周囲の空気は澱みきって正常な思考すら奪っていた。
 それでも、薄明かりで照らされた周囲の状況は危機迫って余りある。

「あ…………あ、あ」

 頭の中が白くなっていく。
 全ての思考がただの一点に絞られてしまう。
 今まであった出来事が走馬灯のように乱れ舞い、己れの感情のタガが外れる。
 一言で表現するなら、……ブチ切れた。

「うあああああああああああああああああ!!!!!!」



 ―――― 激震



[1083] Fate/the transmigration of the soul 19
Name: ルクセンブルグ◆a6358815 ID:22cc4062
Date: 2008/06/09 01:59
「私はただ馬鹿をやっただけなんです」

 そういうアーチャーの表情はどこか空虚な物だった。
 英雄の言とは思えないが、彼女は間違いなく真実を語っている。
 というか……、彼女が真実を語った事でセイバーの正体がほぼ確定しちゃったじゃない。

「質問は以上ですか?」

 彼女の視線が私を見上げてくる。

「はぁ……そうね。色々強烈で聞きたい事も吹っ飛んだわ。
 OK、質問はここまで」

 パン、と手を叩く。
 するとアーチャーは令呪による呪縛から解き放たれ、立ち上がった。

「見張りに戻ります。何かあれば呼んでください」

 そのまま、ふっと彼女の姿は溶け消えた。その、消える瞬間に見せた彼女の目が、例えようもなく悲しい目をしていたのは気のせいだろうか。


/// ///


 いつもの通り土蔵で結跏趺坐の姿勢を取り、俺は意識を集中させる。
 だが、意識はセイバーの事に向いていて、どうしてもこれ以上踏み込めない。

「あぁ……ダメだ。気になってしょうがない」

 セイバーは宝具を使ったことで消耗している。かなり危ない状況だという事は理解できる。
 それはやはり俺があそこにいたからだろう。俺がセイバーを追い掛け、あの場に居合わせてしまったためにセイバーに宝具を使わざるを得ない状況を作ってしまったのだ。

「………………」

 悔恨の情は消えない。あの時もっとうまい立ち回り方があったんじゃないかと、色々考えてしまう。

「やはり気になりますか?」

 俺の背中から声が掛る。一瞬、ビクッと驚くがこの家に同じ声をしているのは二人いる。
 俺に向かい合うようにアーチャーは腰を下ろした。

「アーチャー、いいのかよ見張りは」
「今日のところは皆大人しくしているでしょう。新都で派手に宝具の応酬があったのですから、多少なりとも備えるために籠城の構えをしている筈です。正規のアサシンなら判りませんが、あの麗人は動けませんからね」

 アサシン、佐々木小次郎か。

「それで、セイバーの事なのですが」
「あ、あぁ……」
「セイバーを責めないでくださいね」

 は? 責める?

「セイバーが宝具を使ったのは貴方を守るためです。あの時は他に選択肢はなかった」
「あの時……って、見てたのか!?」
「深山町からですが、ライダーの乗るペガサスが飛び回っているのを見ました。それを撃墜しうる宝具はセイバーは一つしか持っていない。マスターであるシロウが近くにいては貴方の方が狙われる確率が高かった」
「………………」

 確かに、軽率だったと言わざるを得ない。

「しかし……、その場に居残って他のサーヴァントに狙われる可能性を考えれば、貴方の行動は正しかったかもしれない」
「え?」
「………………」

 アーチャーは何かを思案するように目を閉じている。

「いえ、すみません。ここで終わった事を考察しても仕方ありませんね。どちらにしろシロウ、貴方が責を感じる必要はない」
「あぁ……」
「はぁ、仕方ありませんね。少し集中できるようにしてあげましょう」

 依然としてはっきりしない俺に業を煮やしたか、アーチャーはうつむく俺の顔を持ち、全く気を抜いていた俺はされるがままに、

「んっ―――」

 って、何故キスをする!?
 しかも俺の胸に手を押し当てた。

 ドクン!

「―――!?」

 いきなり、俺の胸の奥が急激に熱を持った。

「これで、少しはましでしょう」

 口を離したアーチャーは笑みを浮かべてそう言った。
 胸の熱は一瞬で引いていって何の違和感も残らない。

「アーチャー……今のって」
「ちょっとしたおまじないです。お気になさらず」

 アーチャーは立ち上がると出口へと歩く。

「シロウ」 

 ふと、扉を開けようとしたところで声をかけられる。

「一つだけ、どうしても言いたい事があるのですが」
「何だ? あらたまって」

 しかし、アーチャーは俺に背を向けたまま何も言わない。
 そして、

「すべてが終わった時、セイバーが言うだろう言葉を覚えておいてください」
「え?」
「お願いします」
「わ、分かった」

 アーチャーはこちらに顔を向け、

「ありがとうございます、シロウ」

 柔らかい笑みを浮かべて、アーチャーは土蔵を出て行った。

「セイバーの言うことを覚えておいてくれ、……か」

 いまいち分からない。ともかく鍛錬を再開する。
 その後の鍛錬は確かに随分スムーズに行うことができた。


 /// ///


 セイバーが調子の悪いまま翌日を迎えてしまった。
 いまだ昏々と眠り続けるセイバーに俺は何もしてやることはできない。
 せいぜい目が覚めた時に旨い物でも食わせてやろうとこうして買い物に出てきているわけだが……、

「あれ、お兄ちゃん浮かない顔してどうしたの?」

 この商店街では二度目の遭遇となるイリヤが不思議そうに俺の顔を覗き込んでいる。
 バーサーカーを連れていない彼女は、戦うのは夜だと言って昼間はこうして一人うろついている。確か世話役がいるとかいないとか……。

「あぁ、イリヤか。ちょっとな」
「ふーん、もしかしてセイバーが倒れたとか?」
「―――っ!」

 イリヤはしてやったりの表情で、俺の顔をまじまじと見つめてくる。

「やっぱり、やっぱりお兄ちゃん達だったのね。お兄ちゃんが殺されたんじゃないかって、ちょっとだけ心配しちゃった」
「あぁ、セイバーのお陰で何とか生きてるよ」
「そりゃそうよ。お兄ちゃんを殺すのは私だもの。他の誰にも殺されちゃだめなんだから」

 物騒なことをしらっと言うところはどうなのだろう……。
 ともかく、近くの公園に移動して自販機で買ったミルクティー等飲んでみる。 
 なんだかんだと、話すことはこの聖杯戦争の結末の話。
 イリヤは勝ち抜く気満々でいる、ということは他の参加者を殺す気でいるという事で……、

「なぁイリヤ、本当に止めることはできないのか?」
「何で? もうずっと前から判ってた事だもの。今更止めるなんてできないよ」
「だって、怖くないのか? 殺し合いなんだぞ」
「うーーん、別に」
「……………………」

 ごく平然と、イリヤは聖杯戦争を肯定する。
 確かに俺たちと最初に戦ったのはイリヤだし、バーサーカーなんていう規格外の英雄を連れていてやる気が無いなどと言うはずも無い。

「でもな……」
「あれぇ、お兄ちゃんもしかして怖気づいちゃった?」
「違う、そうじゃない。そうじゃなくてだな……」

 そのとき、ふらっと視界が歪んだ。

「なっ……」
「ふふ、やっぱりお兄ちゃんは甘いのね」

 全身から力が抜けていく。何だコリャ!

「お兄ちゃんは私の物。だからイリヤが貰うの。……他の誰にも渡したりしないんだから」


 /// ///


 洗面所の前で、私はじっと自分の姿を見つめていた。
 目の前にあるのは自分の姿。
 すっかり垢抜けたただの女の姿だった。

「やれやれ、少しぬるま湯に浸りすぎですかね」

 我ながらため息が出るほどだ。
 私はもっと棘のある表情をしていたと思ったが、環境という物はこれほど影響が強いものだろうか。
 目を閉じて視界を闇に閉ざし、あの日あの夜誓った言葉を思い出す。
 もう一度目を開いたとき、そこには一人の騎士がいた。

「貴女は、後悔しているのですか?」

 後悔などしていない。私はただ私の意志のままに行動するのみ。

「あなたの意思は誰のためですか?」

 リン、セイバー、なによりシロウのため。
 先へと道を繋げる為に、私は私が行うべきを行うのみ。

「貴女は、何を求めているのですか?」

 何も求めない。求めてはいけない。
 結局最後まで私の我侭を通す事になるだろう。

「後悔はないのですね?」

 私は騎士だ。主のために命を掛けて戦う。それが私の義務であり、責任。

「ウソ」

 かもしれない。だが、私の望みはすでに叶った。聖杯の行方はすでに知っている事。
 私はただ……守りたいだけ。愛した人を……皆を。

「それで満たされる?」

 満たされなかった過去、満たされた現在、求め続けた未来……
 今はまだ分からない。

「貴女は……、誰だ」

 私はサーヴァント。聖杯の寄る辺に従い、戦うために呼び出された存在。

「なら何をする」

 戦う、命の限り。

「それを……貫く事ができるか? 貫き続ける事ができるか?」

 バンと、鏡に手を当てる。

「それこそ……、愚問」
「凛!! シロウがどこに行ったか知りませんか!?」

 さぁ、赴こう。定められた結末を手にする為に。


  /// ///


 サーヴァントとマスターとの間にあるレイラインは何も魔力を供給するだけが能じゃない。
 お互いがお互いの状態を把握する為にも一役買っている。
 士郎がセイバーの事を知る事はできないらしいが、その逆は通常通りに機能していたらしい。

 セイバーの案内を受けてやって来たのは森の中の古城。
 一体こんなものをいつの間に建てたのか疑問は尽きないが今はそんな事を考えている暇はない。
 イルヤスフィールは城を出た。恐らく私達の侵入を察知して迎撃に出たのだろう。

「こっちです」

 セイバーの足はスイスイと進んでいく。
 まるでこの城を熟知しているかのような進み方だ。やがて見えてきた一室の扉を開けると、

「シロウ! 無事でしたか!」
「セイバー!? どうして」

 士郎は椅子にがんじがらめにされていた。

「意外と大丈夫そうじゃない。安心したわ」
「あ、あぁ。でもどうしてここが分かったんだ?」
「セイバーのお陰よ。マスターの異常はサーヴァントが感知できるんだから」
「そうか。すまないセイバー、魔力が回復してないのに迷惑を掛けて」

 軽く、元気になったように"見える"セイバーに安堵する士郎に若干イラっと来た。

「いえ、私は気にしませんが」
「何が迷惑よ。士郎、今のセイバーの状態を分かってる?」
「り、凛!」
「魔力が枯渇して今にも消えそうなのよ。無理をしてるのは理解してるでしょ?」
「あぁ、無理をさせてるのは…………、十分解ってる」
「……………………」

 どの道セイバーは今のままじゃ戦えない。今バーサーカーと戦えるのは、ここに来る間ずっと喋らず姿すら見せないアイツだけ。
 何を考えているのか判らないが、ピリピリとした感情だけが伝わってくる。



 廊下を抜け大広間へ。このまま一気に屋敷を……、

「あら、帰っちゃうの?」

 ピタっと全員の足が止まる。
 振り返れば、大階段の踊り場に立っているのは私達を探しに出たはずのイリヤスフィール。

「イリヤスフィール……、貴女外に出たんじゃなかったの?」
「お客が来るっていうのに家を空ける主がいるもんですか。出ていったのは私達の陰よ」

 まずい、本当にまずい。後ろには威風堂々とバーサーカーが控えている。
 逃げおおせる可能性、いや私達が生き残る可能性を少しでも上げるには…………、

「凛、ここは私が残ります。時間を稼ぐので先に逃げてください」

 言って、さっきから消えっぱなしだったアーチャーが姿を見せる。

「な、何言ってるのよ! ここでアンタが残ったら……」

 目をやって、絶句した。

「な、何で……」
「アーチャー……」
「……………………」

 士郎、セイバーはおろかイリヤまで唖然として前に出るアーチャーを見る。
 当たり前だ。コイツ腰まで伸びていた髪をバッサリ切り落とし、セイバーと全く同じに髪を結っている。
 髪をとめているのはアーチャーの布を裂いたものか?
 鎧の下に来ている服は全身に渡って紅く、所々に魔術式が走っている。
 そして、纏う雰囲気は今までのアーチャーとは思えないほど重厚。
 微細な差異を除けば……まるっきりセイバーと同じ。

「凛」

 そんなアーチャーが口を開く。

「え?」
「アレを押さえるためには、単独行動のスキルでも4時間と持ちません。それに、戦っている間中凛から魔力を貰い続けるわけにも行かない。
 最後の令呪の魔力で一時的に私の魔力を底上げしてください。そうすれば、凛の魔力を貰わずともかなり引き伸ばせる」

 その言い方で理解する。アーチャーは自分が死ぬこと前提で私達を逃がそうとしている。

「でも……! 貴女……」
「凛……」

 と、声を掛けてきたのはセイバーのほうだった。

「お願いします。アーチャーに令呪を」
「セイバー?」

 見ればセイバーも沈痛な表情でアーチャーを直視しようとしない。
 まさか、知ってた?

「アーチャー……私……」
「ところで凛、一ついいですか?」
「いいわ……何?」

「倒してしまっても別に構いませんよね?」

 と、トンデモナイ事を言ってこちらに笑みを向けてきた。

 ―――ギリッ!

「えぇ、遠慮はいらないわ。がつんと痛い目にあわせてやって、アーチャー!!」

 最後の令呪が力を発揮する。令呪として封印されていた魔力がアーチャーの全身に行き渡り、アーチャーの魔力の貯蔵をMAXまでぶち上げる。

「っ、馬鹿にして! いいわ、やりなさいバーサーカー! そんな生意気なヤツ、バラバラにして構わないんだから!」

 ヒステリックに声を上げるイリヤスフィールに構わず、私は彼女に背を向ける。

「セイバー、シロウと凛を頼みます」
「必ず」
「シロウ、貴方の本分をお忘れなく」
「え、あ、あぁ」
「凛。二人をどうか……」
「―――行くわ。外に出れば、それで私達の勝ちになる」

 私は二人の手を取って走る。

「■■■■■■■■■ーーー!!!」

 バーサーカーの咆哮と剣の激突する爆音を背に、私達は城を飛び出した。



[1083] ~Long Intrude 19-1~
Name: ルクセンブルグ◆a6358815 ID:2c8df178
Date: 2008/02/10 00:28
 まず壁から打込まれていた紅い布が断ち切られ、強烈な共振と共にカリバーンはゆっくりを鞘からその身を現した。
 刀身は黄金で、一切の曇りがない。それだけでは収まらず、魔力の猛りと共に自ら光を発して部屋の中を満たしていく。

「抜けた…………」

 呆然として私は声を上げてしまった。
 本当に抜けるとは思いもしなかった。まさか、本当に彼女が抜いてしまうなど考えもしなかった。
 じゃあ、本当に彼女には王になる資格が??

「ぐっ、うぅぅぅぅ……!」

 だけど、抜けたとたん彼女は苦悶の表情を浮かべる。

「くそっ……、魔術回路か……!」

 つむじ風にでも手を突っ込んでいるかのように、彼女の腕に無数の傷が刻まれていく。
 剣の魔力がセイバーさんの魔術回路で制御しきれず暴走して、魔術回路の損傷が表に出てきてしまっているんだ!

「セイバーさん、剣を離してください! やっぱり無理なんですよ!!」
「馬鹿を、……言うな! これは、私の…………この!!」

 彼女は剣に巻付いていた紅い布を引き寄せ、右腕に巻付けていく。
 ダメだ。そんな事をしても暴走する魔力を押さえ付けることなんてできない。大体見た事も無い物を自分の身に装着するなんて自殺行為だ。
 分かっているのかいないのか、セイバーさんは紅い布を隙間無く巻付け最終的に肩口でしばった。
 次の瞬間、紅い布の文様が光り始めた。光はカリバーンと共鳴し、一体どんな作用をもたらしているのかセイバーさんの息が落ち着いていく。

「うそ……どうして?!」
「よし、後は……」

 セイバーさんは閉じられたドアを見つめる。
 封印が施されたドア、カリバーンならばベニヤを切るようなものだ。しかし、彼女はドアに向かうのではなく、カリバーンを床に突き立てると、壁にかけられていた弓と矢を掴み上げる。
 もどかしげに布を引き剥がした弓は、まったく存在の大きさを感じ取れない妙な弓だった。言うなれば、ただの弓。ただその造形は精緻を極め、揃えて飾られた矢を撃つ為に創られた存在なのだろう。
 もう一つの矢。こちらはカリバーンと並んで、とてつもない存在感。螺旋を描く矢は一体何を間違ったのか、剣を丸ごと捩った様相を呈している。
 左手に弓、右手に矢。まるで扱い慣れた武器を持つかのように彼女は弓を構え、矢を番える。
 とたん、膨大な量の魔力が矢から漏れてくる。カリバーンとほぼ同等、もしくはそれ以上。

「シロウ……ちょっと弓を借ります」

 弓を引き絞り、暴れまわる魔力を打ち出す一点へと集約する。腕に巻かれた布は、結びしろから激しく魔力をほとばしらせながら、セイバーさんは限界まで弓を引いた。

「行け、―――偽・螺旋剣(カラドボルグ)!!」

 弦を解放する。
 放たれた矢はその形が表すがごとく螺旋を描き、内包する魔力で大気を引き裂き突き進む。
 部屋にあった刀剣は全て跳ね上り、リビングにあった遺品類は弾け飛び、簡易結界を施されたドアなどティッシュのように貫く。外へと飛び出した"硬い稲妻"は、勢いを増して破壊の暴風を撒き散らすだろう。外から聞こえてきた轟音だけでその威力のほどが伺える。
 ここから外は暗すぎて察することしか出来ないが、外にいるランスさん達も巻き込んだんじゃ!?

「セイバーさん! ガウェインさん達をまき……!」

 だが、次の瞬間、セイバーさんに突き飛ばされた。セイバーさんは、反動で向いの壁へ。
 壁に叩き付けられた次の瞬間、無数の黒鍵が視界を右から左に行きすぎる。

「なっ!」

 黒鍵が飛んでくるという事は、取りも直さず今だ大量のホムンクルスが外にいる事になる。
 カラドボルグの破壊力を受けて未だ生きている者がいる方が信じがたいが、ともかく黒鍵は武器が飾ってあった壁に無数に突き立ち、飾られていた長い矢を跳ね上げた。その時間はほぼ10秒もなかっただろうか。
 黒鍵の飛来が止まると同時にセイバーさんは身を起こし、跳ね上がった矢を空中で掴み取る。
 布を引き剥がすと、その中から現れたのは布と同等かそれ以上に紅い矢。いや、形状と長さだけを見れば槍でしかない。
 カラドボルグと同様に、膨大な魔力が秘められた"宝具"。
 彼女はその長大な矢を弓に番え、引き絞る。

「―――突き穿つ(ゲイ)……」

 宝具は真名を告げなければ反応しない。宝具は持ち主以外が使うことは許されない物。
 だというのに、この人は……、

「……死翔の槍(ボルグ)!!」

 ゲイボルグ。心臓を穿ち、千の棘を生やすと言われる魔槍の名前。彼女は見ただけでその名を看破し、発動させた。
 弦を離す。放たれた真紅の閃光は静かに、ただ速く、漆黒の闇の中にいるホムンクルスの心臓を穿っただろう。

 ―――バツン!!

 そして、槍が離れた直後、弓の弦が切れた。いや、ボロボロと崩壊していく。

「弓が」
「ありがとう、シロウ。助かりました」

 彼女は疑問を持たず感謝を捧げ、左手に二本の短刀を持ち、さらに右手にカリバーンを握り締める。

「ベティはここにいてください。……といっても、出ても居ても同じ結果になるでしょうが」

 セイバーさんは苦笑すると、脱兎のごとく飛び出していった。

「……………………」

 見送る事しか出来なかった。
 見送る以外の何が出来ようか。既に私の理解を一つも二つも超えてしまっている。
 ガラガラと黒鍵が突き立った壁が崩壊する。ふと見ると壁が崩落した向こう側に何かがあった。

「隠し部屋……?」

 黒鍵によって突き崩された壁、どうやら奥に存在する物を隠すために部屋の主が作ったものらしい。

「……………………」

 好奇心に駆られ、私はその奥をのぞき見る。
 そこにはただ一つ、大きなチェストが鎮座していた。


 /// ///


「く……あ……」

 ぐわんぐわんとシェイクされた頭を押さえ、俺は上半身を起こした。
 上に乗っているガウェインをとりあえず押しのけ、俺は周囲を見る。

「な、何が起こったんだ……一体」

 周囲の様相は一変していた。
 まず大量の血の臭いが充満している。それはいい、俺達があれだけ戦った後なんだから血の臭いなんていくらでもするだろう。だが、問題はソコじゃない。
 何故、見える範囲の床がこれでもかとばかりに隆起しているのだろう。

「クッ……い、一体何が……」

 ガウェインも意識を取り戻し、周囲の惨状を目撃する。

「よう、ガル。目覚めたか?」
「これは……」
「さあ、わかんねぇ」

 しかも、あれだけ大挙していたホムンクルス達が一体もいない。物の見事に全滅させられている。
 誰が……、と言っても頭の中で出ている答えは一つしか浮かばない。

「―――!? 封印の結界が止まってる?」

 ガウェインが立ち上がって周囲を見渡した時、俺も気付いた。
 あれだけ身体にのしかかってきた圧迫感が綺麗に消失していた。

「床が盛大にズタズタにされたせいだろ? 描かれた魔方陣もこれじゃ役に立たない」
「た、確かに……、しかし一体誰が」
「聞かなくたって分かるだろ。セイバーだよ」
「セイバーさんが……、いえ、それにしたってこの惨状の説明が!」
「ランスさん! ガウェインさん!」
 
 ふと振り返ると、部屋からベティが出てきた。なにやら赤い布を巻いた何かを抱えていた。

「よかった! 無事だったんですね!」
「ベティさん、この有様は一体」
「あの、……セイバーさんです」
「ほら、見ろ」

 ガウェインはまだ信じられないといった表情。
 いや、ちょっと待て。

「おい、セイバーがやったのはいいが。あいつはどこだ?」
「え?」

 見渡す範囲は漆黒の闇である。血臭と空気の淀みもひどく、周囲の状況がさっぱり分からない。

「セイバー! どこだ!?」
「セイバーさん!」

 返事は無い。動くものがいる気配すらない。最悪死んでいたとしてもこれじゃ分からない。

「おい、何か明かりになるもの無いか?」
「ライターはありますが、そろそろオイルが……」
「馬鹿、部屋の中に燃やすものくらいいくらでもあるだろ」

 言って俺は、部屋の中へと戻ったが、

「何だこの有様……」

 また驚愕した。
 部屋の中は台風にでも見舞われたかのような惨状だった。
 ドアは吹き飛び、棚に置かれていた様々な物はぶちまけられ、あの武器の部屋まで散らかっている。

「ベティさん、一体何があったんですか」

 ガウェインも若干声が震えている。その視線は武器の部屋の真ん中で神々しく存在していた剣、否、既に抜かれた剣の鞘に向けられていた。

「セイバーさんが、カリバーンを抜いたんです」
「そんな! 王の選定の剣を彼女が!?」

 大げさに驚くガウェイン。

「おいおい、ただ剣が抜けただけじゃねぇか」
「……………………」

 何やら深刻な顔をしているが、俺にはさっぱりだ。

「セイバーさんは、棚の矢を二本放ったんです。一本目はカラドボルグ、二本目はゲイボルグと」
「硬い稲妻に、ケルトの……、彼女は宝具を使ったんですか!?」
「あぁ……俺にも分かるように言って欲しいんだが?」
「常識外れの大量破壊兵器を使った事になるんです。この場合」

 ―――いや、マジで?

「そんな事より、明かりになるものを探せよ。セイバーがあの中にいるかもしれないんだぞ」
「え、えぇ……」

 ベッドを叩き壊し、ベッドの枠に布を巻きつけて即席の松明を作る。
 ライターで火をつけた後に、俺達は外へと出た。




「ヒデェな。これ全部あいつがやったのか……」

 明かりができた事で、外で起きた事がより鮮明に分かった。
 ただ、分かったと言ってもどうすればここまでの事が出来るのか理解が出来ない。
 ホムンクルスの死体の様相は様々だった。首を断たれたもの、胴を切り裂かれたもの、頭から足まで真一文字に切り裂かれたもの、中には微塵に吹き飛ばされたものまで様々だ。
 むなくそ悪いったらありゃしない。
 だが、肝心のセイバーの遺体は見当たらない。それじゃあ池の中にでも沈んだのかと思って回ってみたがやはりいない。

「アイツ、どこに消えた?」

 上を見上げてみる。俺達が落ちてきたのは100メートルはあろうかという上空の穴だ。
 まさかそこまでジャンプしたわけでも無いだろう。

「ランス兄さん! ベティさん! こっちです!」

 ふと、遠くでガウェインが呼ぶ声がする。
 ガウェインがいたのは外壁の一部。しかもありえないくらいに陥没した壁の近くだった。

「スゲェな。何をどうやったらこんな風にできるんだ……」
「たぶん、カラドボルグでしょう。一撃で大量のホムンクルスを貫きなおこの威力。しかし、投影品だったことが幸いしましたね。
 本物ならこんなものじゃすみませんよ」
「……つくづく魔術ってのは怖いシロモノだな、おい。魔術師にならなくてよかったぜ」
「イヤみにしか聞こえませんよ」

 そういうガウェインが覗き込んでいるのは一つの穴だ。

「何だ? その穴」
「見てください」
 
 ガウェインが松明をかざすと少しではあるが煙が中に向かって流れていく。

「煙が流れてる。空気が循環してるのか!?」
「恐らく」

 ガウェインは躊躇無く中に入っていった。
 人一人がくぐれるほどの穴だが、すぐ抜けたらしい。

「大丈夫です。入ってきてください」

 俺とベティは顔を見合わせると、中に入る。



 中は通路になっていた。人が並んで通れるくらいの狭い物だが、ちょうど広場の外周を巡るように螺旋を描き、"上"に向かって延びている。

「何だろうな、こいつは」
「分かりません。……こんな場所は僕も初めてだ」
「推測から言わせてもらえんなら、あの広場を作るための通路だった場所……って所か」
「反論できないのが僕としては痛い所です」

 ガウェインはしゃがみこみ、床に松明をかざしながら何かを探る。

「ホコリの具合から言って間違いありません。セイバーさんはここから上に向かったみたいです」
「風が流れてるってだけで俺たちを置いて行ったのか? あいつらしくない」
「あ、あの……」

 ベティが恐る恐る声をかけてくる。

「きっとお二人が生きて戦っていると信じていたからじゃないでしょうか?」
「え……?」
「なんだそれ」
「セイバーさんは突然叫んだと思ったら、鬼のような形相で暴れ始めました。
 カラドボルグを撃つ時も躊躇しませんでしたし、お二人が生きていると確信していたから見間違いをしたのでは……」
「あぁ、ガルに突き飛ばされて頭打ったんだよな。そういや見事に血まみれだ」

 改めて自分の格好を見下ろす。
 ものの見事にシャツまで血みどろだ。ほとんど奴らからの返り血で、俺の傷はほとんど軽傷ばかり。

「同じく。ということはセイバーさんは僕達が死んだと思い、錯乱したと」

 頷くベティ。
 さっき抱えていた包みは結局持って上がるようだ。形状からしてこれも剣だろうか。

「セイバーがキレる……か。そんな所一度だって見たこと無いんだが、まさかなぁ」

 服には今でも血のにおいが染み付いている。また気分が悪くなってきた。

「ともかく、空気が流れているという事は地上に繋がっているという事です。彼女とどれ程差がついてるか分かりませんが、行きましょう!」
「だな。こんな死体だらけの場所でくたばる位なら、少しでも地上に近い場所で死なせろっての」

 意を決し、俺達は予想外の出口に向かい螺旋通路を駆ける。 


 ―――30分くらいで疲れました。


「っく、は……くそ……無理だってこんなの」
「兄さん大丈夫ですか?」

 螺旋通路は延々と続く。それこそ終わりの無いような同じ通路がいつまでも。上には上っているのだろうが、地下に向かっている時とは違って実感がまったく無い。
 罠の類は今の所確認できていないが、酷には違いない。

「くそ、喉もガラガラだ。お前ら……よく大丈夫だな」

 すると二人は顔を見合わせ、

「すみません、ランス兄さんが魔術を使えないことを失念してました」
「私達魔術で体を軽量化して走ってましたから」
「オイコラ……」

 なりふり構っていられない現状、俺はガウェインにおぶさりベティが先行する形で廊下の疾走を再開する。

(やっぱり、普通じゃねぇよコレ……)

 俺という荷物を背負っているというのにガウェインの足はまったく衰えを見せない。それだけでなく、ベティともども100メートルを5秒台の勢いで走り続けている。
 時計を確認する。午前3時過ぎ。逆算するとセイバーが剣を抜いたのは午前2時辺り。

(1日がかりで下に降りたからな。上に出るのにどれくらいかかるんだ? いや、何の障害も無い一本道が延々続くだけだから相当早いのか)

 皆何も話さない。
 ガウェインもベティも魔術に集中しているからなのか、それとも苦労して降りた本部をこんな形で上がる事になるやるせない気持ちも含まれているのか。
 2時間も走り通しただろうか。まともな人間なら途中で潰れる筈の上りをこいつらは本当に同じペースで走りとおしやがった。

「おい、通路が」

 思わず声を漏らす。廊下が徐々に直線に変わっている。
 そして、暗い通路の向こうに鈍いが明かりのようなものが見えた。

「出口か!?」
「…………っ」
「…………!」

 ラストスパートと言わんばかりに二人の速度が上がる。
 やがて、上りの廊下は徐々に水平に。そして、鈍く見える出口の前で二人は停止する。
 さすがに疲労困憊か二人が深く息をする。

「ガル、降ろせ。俺が見てくる」

 俺はガルの背中から降りると素早く出口に近づく。
 どうやらドアだったらしいが、力ずくで粉砕されたようだ。
 取り出した銃を構え、それでも慎重に俺は出口の中へと踏み込む。

「……ん? ここは確か」

 すごく、見覚えのある場所だった。
 広い大広間。ここにもあるホムンクルスの死体。

「地下一階か!!」 

 そうだ、俺がセイバーに誓いを受けた場所。狂った運命の出発点。
 思わず頭を抱える。あまりにも馬鹿馬鹿しい。最初からこの通路を知っていれば、何の苦労も無かったものを……!

「クソッ!!」
「ランス兄さん、過ぎ去った事を悔いても仕方ありません。優先すべきはセイバーさんです」

 そうだ。こんな事で腹を立てている場合ではない。
 その時、

 ―――ずぅぅぅん!!

 遠雷の様な振動が俺達の耳に聞こえてきた。

「何だ!?」
「外です!」

 言われると同時に俺は駆け出した。すっかり慣れた目を凝らし、俺は階段へと走る。
 階段を駆け上がり同じく粉砕されたドアを抜け、ようやく開放感を覚えると同時に地下で染み付いた死の匂いが鼻を突いた。

「―――!!」

 思わず足が止まる。
 確かにここは外のはずだ。それが、何故地下と同じ死の匂いをさせている?
 俺の目の前に見えている出口には朝が近いのか徐々に明るさを帯びている。

「くそ、行くしかないだろ俺! 何今更怯えてやがる!!」

 地獄ならいいだけ見ただろう。地獄ならいいだけ戦い抜いただろう。今更怖がる道理がどこにある!
 意地だけで俺は脚を動かした。



 
 待ちに待った外の空気は地獄を再現したかのように陰鬱を極めている。
 空が明るくなってきた。夜明けだ。
 瓦礫となり、崩壊したロンドンの町並みを日の光が洗ってゆく。
 その光景は、昨日まで脈々と歴史を刻んできた王国の姿とは想像も出来ないほどに変わり果てていた。
 半壊した建物などまだマシなほう。見渡す限り全壊し、崩落した建物。火の手は無数に立ち上り、何か嫌なモノが焦げる臭いが鼻をつく。

 そして俺の視線の先、瓦礫となった建物が堆く山を作り、恐らくは敵が振るったであろう無数の黒鍵がまるで墓標か樹木のように突き立ち、その周囲にはもはや数えるのが馬鹿らしいほどの無数のホムンクルス"だった"物が敷き詰められたように散乱している。
 一体何体殺せばこれほどの地獄を作れるのか。
 一体何体解体すればこれほどB級映画並みの光景を造形できるのか。

 そして、そんな地獄の中にセイバーは確かにいた。

 得物である剣諸共に返り血にまみれ、屍体の山の頂点で膝を付き天を仰いでいる。
 元々黒かったのではと思うほどに返り血を浴びドス黒く変色した服。朝日に照らされてもなお輝かぬ薄汚れた金の髪。手にする剣は髪と同じく光を失い、鈍色となって彼女の前に突き立てられていた。
 凍り付いた思考の中で考えられた事は一つ。

 ―――― これを彼女が一人でやったというのか?

 あけもどろの光の中、その地獄一歩手前の光景に俺は思わず囚われてしまった。
 言い表すことなどできない。この瞬間に、この場に居合わせたことがまさに奇跡としか言いようがないほどに完成された絵画を見ているようだ。

 まるでいつか見た幻視の終焉、

 ――― 突き立つ剣、死山血河の中戦いを勝利で飾り、英雄はその剣を墓標にそのまま息絶え、

 ―――― 違う!!

「冗談じゃないぞクソ!!」

 頬を叩き、意識を叩き起こす。そして、彼女に向かって走り出す。

「セイバーーー!!」



/// ///


 何をどうしたのか覚えていない。
 まるで悪夢の中を歩いているよう。

 何もかもを失った。
 誓いは破られ、守るといった者達を守れなかった。
 騎士であろうとすうる私の心はまた打ち砕かれた。
 いつまで私は苦しめられる。
 いつまで私は苦しまねばならない。
 輪廻を繰り返してまで何度この苦しみを刻み付けるつもりだ。
 もう嫌なんだ、こんな現実。
 もう嫌なんだ、こんな運命。
 もう嫌だ、もうイヤだ、もういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもういやだもう……

「セイバーー!!」

 耳朶を打つ者の声。私に近づこうとする足音。
 やめろ、もう私を誘惑するな。
 もう私を引き込むな。
 もうこれ以上私に期待させるな。
 もうこれ以上私を蝕むな。
 もう私をこの穢れた運命から解放しろ!!

「おあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


/// ///


 私とガウェインさんは一歩送れて外へと出た。

「これは……!」
「セイバーさん!!」

 まるで地獄を再現したような光景の中、一人跪くセイバーさん。
 100は200は下らないホムンクルスの群れを、彼女はたった一人で殺しつくしたのか。
 それとも、それは彼女が持つ剣がそうさせたのか。

「セイバーー!!」

 ランスさんがセイバーさんに駆け寄っていく。
 そうだ。一刻も早く助け出さないと、セイバーさんの精神が……、

「おあぁぁぁぁぁあぁ!!!」

 突如、セイバーさんが奇声を発した。同時にその体から湧き上がるドス黒い魔力。
 駆け寄ろうとするランスさんを見たためか、声をかけたからかは定かじゃない。
 だが突如立ち上がり、濁った聖剣を握ったセイバーさんの目は血走っていて正気を保っているようにはとても見えなかった。
 直後、セイバーさんは死体の山を蹴ってランスさんに襲い掛かる。

「いけない!!」

 地下から持ち出した包みに手をかけ赤い布を振り払い、出てきた鞘から剣を抜き放つ。
 直後、私の手の中で一つの宝具が目を醒ます。

「Winde werden gesammelt, und ein Weg wird gemacht(風よ集いて道を作れ)」

 魔術を弓に、剣を矢に、呪文と言う名の弦を引き絞る。

 教会では魔術は異端とされて来た。だが、魔術協会の父と教会の母を持った私には、双方の役目を負う以外の選択肢が存在しなかった。
 異端と断じる"教会"からは爪弾き、同胞を殺す"魔術協会"からは厄介者。
 魔術師でありながら聖職者。生を教えながら死を覚悟しなければならない矛盾。
 その狭間で生きてきた自分に自由という物は存在しなかった。
 だから、表向きには教会から"出向"という形を取って魔術協会に所属している。

「ベティさん、その剣……!!」

 だが、自分の境遇を不幸と思った事は無い。
 人間、生まれたからには何か意味があると教えられた。死ぬ運命を持って生まれてくる者など無いと諭された。
 自分は愛を抱いて生まれてきた、と両親に抱きしめられた。
 故に、あらゆる事に意味があるのだと信じて生きてきた。
 ならばあの場所に、壁の中にあったコレを、私が見つけたことにも意味がある。
 今、聖職者として忌避すべきこの手にある魔術が、投擲に特化した魔術である事にも意味がある。

 意識の集中を高め、標的を定める。狙うべきはただ一点。

「Es kann fruhen ahnlichen Donner starten!!(雷のごとく、疾れ)」

 呪文と言う名の、弦を解き放つ。
 たとえるならそれはレールガン。雷の電磁気を帯びた剣は、風の導くまま弾丸を超える速度でかっとんで行く。
 古より伝わる御伽噺を信じるならば、その名を冠した剣が外れる道理は無い。

 そして、命中を約束された剣は間違うはずも無く、標的へと切っ先を突きたてた。



[1083] ~Long Intrude 19-2~
Name: ルクセンブルグ◆a6358815 ID:2c8df178
Date: 2008/06/05 21:31
 友がいた。私の隣でいつも明るく振舞い、どうでもいい話をしてはいつも笑っている。
 彼は私を愛していると言った。そんな男は今に始まったことではないし、断っても言い続ける彼を私は意外に引っ張る性格であると思っていた。
 だが、彼は地獄の底でも言った。

「俺はお前を愛している」

 私は喜ぶべきなのだろうか。果たしてそれでいいのだろうか。一生一人身でいることを自身で納得し、覚悟していた私。
 躊躇無く刃を振るいヒトガタを殺傷してなお、彼は私を愛していると言い張った。
 私は彼のどんなツボにはまったのだろう。私のようながさつな人間がどうして彼のような人を引き付けたのだろう。
 いや、もう一人いるじゃないか。こんな私を愛してくれるといった人が。私が愛していると伝えた人が。
 私のあり方全てを否定し、私の心を矯正しようともがいた人が。
 ランスはシロウに似ているのだろうか。いや、正直微妙だ。少なくとも彼にはシロウのような心意気を持ち合わせているとは考えられない。
 だが少なくとも、

 ――― 彼が側にいることで私は安らぎを感じている。

 その彼の死を見てしまった。彼の亡骸を直視してしまった。
 私の中で何かが壊れ、私の中の記憶の箍が外れた。
 全ての意思は怒りに乗っ取られ、ただ感情のままに暴れ狂った。

 だというのに、全ての敵を屠り尽くし若干の静寂を迎えてなお貴様等はまだ私の前に現れるのか。
 目の前に幻がいる。いつも私の隣で話しかけていた彼の顔を借りて。
 許すことは出来ない。それだけは許せない。断じて!
 剣を取る。地を蹴る。刃を振りかぶる。
 一瞬で終わる。私の呪われた運命に巻き込んだ彼をこれで解放できる。

「…………!」

 だが、驚きの顔でこちらを見る幻の後ろからソレは飛んで来た。
 1秒が1分にさえ感じる長い刹那の中、幻の後ろからヒトガタを飛び越して敵意を向けるのは、

 ――― 私!?

 振りかぶる右手に一瞬の違和感。
 同時に刹那の時間は加速し、轟音と共に私の体は宙に浮いた。



 /// ///


 あぁ、斬られるなと最初は思った。
 なにせ相手は錯乱したアルトリウスだ。ここに来てからの彼女の言動も含めて、俺の目の前にいるアルの眼は俺が今まで目にしたことも無いほどにイっちまってた。
 それに、魔術師でも無い俺にだってわかるほどアルの周囲には暗い何か――魔力とかいうんだろ、が纏わりつき持ってる剣まで血にまみれて黒々と染まってやがる。
 だが何故か逃げようと思わなかった。斬られたくは無い、が足はどうしても前に出たがっている。
 振りかぶったアルに俺の人生はとうとうここで終わりなのかと若干諦め掛け、

 ―――ブォン!

 耳元で何かが通り過ぎる音が聞こえ、次の瞬間にはカリバーンが砕け散り、アルの後ろで起きた爆発でアルがこっちに吹っ飛んできた。

「あぶねぇ!」

 吹き飛んで来たアルを全身で受け止め、一緒になって俺は坂を転げ落ちる。
 抱きついた状態でどうにか俺が下になった状態で止まった。

「……くっ! おい、大丈夫かセイバー!」

 次の瞬間、

「ガア゛ア゛ア゛ァァァァ!!」

 獣のような声を上げ、アルが暴れだす。
 くそ、全然落ち着いてねぇ!!

「落ち着けアルトリウス! 俺だ、ランスだ!!」

 耳元で怒鳴りつける。
 ここで離すと撲殺されかねない。申し訳ないが俺はアルにガッチリ抱きつく。

「俺はくたばってねぇ! だから落ち着け、アルトリウス=セイバーヘーゲン!!」

 ビクリと一瞬の痙攣と共にいきなり彼女から力が抜けていく。

「……………………」
「終わった、全部終わったんだ。俺は死んでないしガルも死んでない。
 全部丸く収まったんだ」

 全部とはいかないが、ともかく終わった。地獄から地獄への生還となったが、俺達はまだ生きている。

「ラン……ス……なのですか?」

 弱々しく、耳元でアルは言葉を発する。

「あぁ。昔も今もお前を愛してるランス=ウェラハット様だ、バカヤロウ」
「…………そう、ですか」

 長い息を吐き彼女の全身から完全に力が抜ける。
 俺も――若干名残惜しいが力を抜いて大の字になった。

「すみません……私は、もう少しで貴方を……」
「あぁ、どうでもいい。今はいろんな事がどうでもいい」

 全力で疲れたし、全力で全身痛いし、愛しの人は体が柔らかいと理解できてよかったし。

「兄さん、セイバーさん! 無事ですか!?」

 あれだけ全力疾走したというのに、ガルとベティはそれでも早足で滑り込んできた。無限の体力でもあるのかこいつ……。

「今死んだら天国に逝けそうな気がするよ」
「要りませんよそんな冗談。セイバーさん、立てますか?」

 セイバーがガルに引き起こされ、俺は一人寂しく立ち上がる。

「……にしても、今何しやがった。黒鍵でも投げつけたのか?」

 何かが飛んできた。それは理解できる。だが、カリバーンを叩き折るほどの何を投げつけたのか。

「アレです」

 ベティの指した先に俺とアルは視線を向け、

「……!」
「あれは……!」

 俺は投げつけれた物の派手さに驚き、アルは何か知っているかのような驚き方をした。
 ソレはベティの投擲を受け、目標に突き立ってなお威力を減じることなく小山の頂点に中ほどまで突き刺さっていた。
 その輝きは半身だけでもカリバーンのそれと比較にならないほど光り輝き、なお"我が意ここに在り"と全身で主張する黄金の剣。

「どうして、あれは返還したはず……」
「何だ、知ってるのかアル?」
「"約束された勝利の剣"<エクスカリバー>」
「―――なっ!」

 エクスカリバー、誰もが知っているヒロイックサーガ、アーサー王伝説に登場する名剣。その知名度は遠く日本のゲームにすら登場するほど馴染み深い。
 存在そのものが伝説であり、アーサー王が生涯使い続け湖の女神に返却されたっていう……、

「エクスカリバー……、あれが? っていうか、そんな物がどこにあったんだ!?」

 思わずベティを振り返る。彼女は地下から上がって来る時に包みを抱えていた。
 あの中身がエクスカリバーだったのだろう……って!

「ベティ、お前それどうした!?」

 よくよく見ればベティの両腕が血だらけになっている。彼女は傷らしい傷は負ってなかったはずだが。

「あ、大丈夫です。アレを投擲する時に魔力の圧に耐え切れず」

 エクスカリバーを投擲したベティ。
 その時に自分の使った魔術とエクスカリバーが反応したらしく、反動で両腕がズタズタになったらしい。

「魔術回路に傷は無いようです。コレくらいお三方に比べれば傷とはいえません」

 確かに、俺達は揃ってボロボロだ。

「で、エクスカリバーは一体どこにあったんですか?」
「ホムンクルスの投擲してきた黒鍵が部屋の奥に突き立っ時、壁が崩れてその向こうにもう一つ部屋があったんです」
「隠し部屋か」
「その中に一つだけチェストが置かれていました。その中にエクスカリバーとこれが……」

 ベティが差し出したのは、ペンダントと写真?

「写真か。おいアルお前も……ん?」

 視線をアルに流すとそこに彼女はいなかった。

「おい、アル。どこへ……」
「セイバーさん駄目です!!」

 ガルが鋭く叫んだ。ガルの視線の先、アルは夢遊病のようにエクスカリバーへと歩き、既に傍らに立っていた。

「セイバーさん、貴方は自分の状態が判っているんですか!」
「なんだ?」
「ベティさんが無傷の状態で掴んでも魔力の圧力に耐えられなかったんです!
 今の傷ついた魔術回路しか持たない貴女がそれを掴んだら、圧力に耐え切れず腕が弾け飛んでしまいます!!」
「―――はぁ!?」
「カリバーンは人が作り出した物、しかしエクスカリバーは神造兵装です! 厳重に秘蔵されていたという事は内包する魔力はカリバーンの比じゃないんですよ!!」

 アルトリウスは応えない。ただじっと目の前のエクスカリバーを見据えていた。
 待てよ、そういえばガルが前にシロウとか言う奴がエクスカリバーを作ったと聞いた時も動揺してたな。
 俺が理解できない話をしてたはずだが、それほどすごいのか?
 ともかくも止めた方がいいらしい。

「どうせ言ったって止まるやつじゃねぇ!」

 いい加減熱くなっている足を酷使して駆け出す。アルは既に剣の柄を掴もうとしている。

「よせ、アル!!」

 だが遅い。セイバーは震えるその手でエクスカリバーを掴んだ。




 変化は突然だった。

 彼女がその剣を握ったその瞬間、えもいわれぬ感覚が俺の中を突き抜けていく。
 とてつもなく大きな物、とてつもなく偉大な物。言い表すことの出来ない壮大な何か。
 俺の見ている前でエクスカリバーがアルに呼応していた。それは拒絶とか否定の意思ではなく、剣自らが己の所有者を見つけ歓喜しているかのよう。
 ゆっくりとエクスカリバーを引き抜くアル。光はなお強く、眩いはずの閃光は何故か俺達の目を焼かない。
 光を纏い、やがて剣は引き抜かれた。高々と、勝利を宣言するかのようにアルは剣を掲げる。

 驚きはまだ続く。

 捧げ上げた剣が発する光がアルトリウスに纏わりつき始める。剣から手、手から肘、肘から肩へ。そして全身へ至る。
 そして、光から生まれ出たのは甲冑。肘までの篭手。その先はまばゆいばかりの蒼。やがて肩から全身へ。白金に輝く甲冑と蒼の戦装束。
 まるで3流映画のSFX。いつもならあくびでもしている場面だが、目が彼女から離れない。いや、離す事が出来ない。
 変化は足先に至るまで行われ、結果、彼女の全身は眩いばかりの"騎士"へと変貌した。

「………………」
「――――――」

 この場にいる全員が声も出ない。まるっきり呆けた顔で目の前の光景を直視していた。
 そんな中俺の中では興奮と、何故か歓喜が渦巻いていた。理由など判らない。だが全ての現実を優先して俺の心は激しく揺れていた。
 彼女が剣を降ろした。彼女自身も信じられぬといった顔で自分の姿を見ている。
 そして、こちらを振り返る。
 あけもどろの光を受け、輝く白金と蒼、そよ風にたなびく金色の髪。そして、何よりもその者を象徴するその剣。
 感動と、興奮と、歓喜が交じり合いイっちまいそうになる。
 一体誰だ、こんな陳腐で……サイコーな演出を思いついた神様は。
 俺がかつて視た幻視。重厚な回廊と、居並ぶ騎士と、その中を威風堂々と歩く者。
 だがそんな物、目の前にある現実の光景に比べて何と陳腐な事か。
 老いも、若きも、男も、女も、あぁ誰もがひれ伏して見るがいい。
 彼女こそ……誰もが再誕を夢見てやまない者。

「…………アーサー王」
「―――!!―――」

 震える声でその名を口にする。恐らく聞こえたのはセイバーだけ。
 瞬間、彼女の表情が驚いた様に一変。次の瞬間には纏っていた鎧が霧散し、元の服に戻っていた。

「セイバー……さん。貴女は」
「……………………」

 ガルが唖然としたまま呟く中、アルは呆然とした顔で俺を見ていた。俺もまた夢から醒めた様に今を再認識する。
 エクスカリバーは静かに光を収め、アルの手に握られていた。
 遠く、朝日の向こうからエクスカリバーの光に導かれたように救助隊が来るまで、俺達は10分ほど微動だにできずにいた。






/// ///


/// ///





 ――― 一ヶ月が経ち、彼等はまた戦地にいた。


 同時に戦いは一ヶ月で終わりを迎えていた。各地の魔術協会を強襲したホムンクルス達は、駆けつけた援軍によって完膚なきまでに掃討されていったのだ。
 援軍 ―――― アルトリウスが率いる一団だった。
 もっとも一団といった所で語弊がある。
 戦場を渡り歩く度に彼女にほれ込んだ者達が加わるが、主に戦ったのはアルトリウスだった。
 なにせ敵と見れば仲間の制止も聞かず単身で敵中に突っ込み、鬼神のように敵を屠り、危機ともなれば遠慮なく宝具を解放した。
 そして彼女は勝利した。自身がいくら傷を負う事も構わず、仲間の生還と一般人の生存を優先した。
 彼女の強さと、物珍しさで部隊に参加したある魔術師が単身傷ついて戻ってきた彼女にこう言った事もある。

「貴女は自分が見えているのですか!」

 恐らく周りの人間殆どが思っているであろう言葉であったが、彼女は何も答えなかった。
 自分だけが傷を負えばいい。自分だけが必死になればいい。そうすれば多くを助け、多くを生かすことが出来るとアルトリウス思っていた。
 そうしなければ守ろうとした命が離れていってしまう。自分には"勝利"の加護が付いている。いくら傷を負おうと勝利する。
 傷を負うくらいなら慣れている。仲間や罪のない人達へ向けられる刃が自分に向けばそれだけ傷つく人達が減る。
 その為に多くを倒し、遠慮なく宝具を開放し、敵の注意を自分に向け続けた。

 その結果彼女が辿ったのは外と内の崩壊という自滅の道。

 元々無理があった。
 エクスカリバーは英雄"アルトリア・アーサー・ペンドラゴン"の物。
 だが贋作とはいえ、アルトリアとしての"魂"とエクスカリバーの間にある"アルトリウス・セイバーヘーゲン"という"肉体"は、魔術の戦争が大半を占めていた過去と違い科学によって魔術への耐性そのものが劣化し、過度の魔力行使に耐えられる体ではなかったのだ。

 つまり、老朽化した上に腐食したパイプに怒涛の圧力で水を流すような物。

 それでなくとも封印を破り、カリバーンを手に入れた事による魔術回路の崩壊を、がんじがらめに巻いた封印と流動の布でごまかし続けている。……いつか駄目になるのは傍目から見ても解り切っていた。
 外見は繕える。だが宝具を開放する事による内部――精神の崩壊を食い止める事は誰にも出来なった。
 割れるような頭痛と記憶障害が目立つようになり、意識していなければ正気を保てないという末期症状まで出てくる始末。
 そんな何時崩れるとも解らないリーダーについて行く者はいない。興味本位で参戦した魔術師から始まって、一時は100名ほどに膨れた部隊は徐々に人が減っていった。
 そして最後の戦いを目の前にして残ったのは、ランス、ガウェイン、ベティといった3人の他、20名ほどの親衛隊。魔術師もいれば軍人もいる。さらに国籍までが入り混じり外人部隊の様相を呈していた。
 その誰もが彼女の在り様の理由を知っている者、彼女を一人にして孤独なまま戦わせる事を嫌った"お人好し"達だ。それに、彼女の素行を非難するよりも、戦人としてのカリスマが彼らの心を占めているのも要因の一つでもあった。


/// ///


 丘陵地帯の小さな町にある魔術師の逗留所を襲撃したホムンクルスを掃討するのが、俺達が行う最後の戦い。
 方々からの連絡によれば、ほぼ全ての町や村は奪還したとの報告を受けている。急場しのぎに作られた魔術師の連絡会は散っている魔術師達を再結集させ、大掛かりな山狩りを行うとの事だ。
 やると言うからには3日と経たずに終わる事だろう。彼らの怒りは生半可なものではない。故に、事実上俺達が部隊として戦うのはここが終点という事になる。
 現場からの連絡では住民達は町の中に軟禁状態だという。逗留していた魔術師達を餓死にでもさせたいのか、包囲網を形成した上で敵は動こうとしない。
 もちろん家から出て逃げようとした者は瞬時に黒鍵の餌食に成り果てているという。しかし、家から出てこない者に対しての攻撃もない。ならば外から引っ掻き回してやれば彼らを逃がす事も可能だろう。

「……………………」

 町を指呼の距離に望む位置まで接近し、部隊が展開する。奴らとの戦闘を何度も経験した、熟練の部隊。
 俺は皆に遅れてトラックから降りた。

「……なんか、来るところまで来ちまったな」

 渡された軍隊用の装備に身を包んでいる自分を見てため息をついた。
 魔術師であるガウェインやベティはともかく、俺は純粋な一般人。それが、何の因果かあの魔術協会からこっち兵士の真似事ばかり。
 非凡な指揮能力が芽生えたのか、今となっては副隊長までやらされる始末。
 だが、戦場ではそんな事など言っていられない。何も考えず突出するセイバーに代わって陣頭指揮を取れる者が、ガウェインか俺しか居なかったのだ。
 そして、何の因果か俺ら二人は見事にその役を果たし続けている。
 現状、乱れに乱れたイギリスは今各国の軍隊が入り込んで混沌とした状態にある。俺達の様な傭兵団がいくつも組まれ、戦っている所も見た。被害の大小はあれども、各々戦果は上々。
 戦う事を決めたあの日を思い出す。

『戦ってくる』

 銃を片手にそう言って、俺は安全な場所へ避難する両親を見送った。
 そして、半月。明日をも知れぬ戦場を巡る毎日が続く。こんな境遇はテレビの中だけだと思っていた半年前が今更ながら懐かしい。
 アルがあの時言った言葉が思い出された。

『戦闘と"肉を焼いた物"が毎日続いて貴方は耐えられるか?』

 血と硝煙の臭い。何かの肉が焼ける臭い。……耐えられようはずがなかった。
 地獄絵図を毎日のように見せられ食べ物が喉を通らない。だが、生きる為と戦う為に食べなければいけない。不味かろうと口に入れ、咀嚼し、飲み込み、消化し、活力に変えなければ生きる事さえ危うくなる。
 それは、あの仲間達が眠る協会の地下で学んだ少ない知識。

「あんたら、肝が据わってるな」

 そんな俺達を評して一人の年上の兵士がそう言った。
 ある激しい戦闘の後、人を撃った事も無い兵士が命からがら勝利し、キャンプに集まって消化の早い固形の栄養ブロックでさえ吐き出す中、俺は胃に入るだけの物を食べた。
 味なんてまるで感じなかった。以前に食べた事のあるレーションでも、今なら「まずい」とは言わないだろう。言ってる暇なんて無いのだから。

「……あぁ、死にたくないからな」

 同じ戦場に居たガウェイン、セイバー、ベティも同じだった。何も考えず配給された食べ物を胃に押し込んだ。
 軍に入っている者達より、年半端も行かない俺達の方が何かを悟ったような行動だった。
 それが何の意味も無く命を掛ける羽目になった者と、何の意味の無い戦いを戦い抜いた者との経験の差。
 その兵士が今どうなったかは知らない。ひょっとしたら死んだかもしれない。人の死に対して無感情になりつつある事にふと気付いた。戦場では一人の死など勘定に入らない。勝ったか、負けたかの二者択一。
 敵が現代科学の粋を集めた装備に対し圧倒的な劣勢だとしても、こちらの戦死者は出続けている。
 人が死んでいく事に麻痺する。命があるのは運がいいだけ。……これが戦争。

 ――― これが彼女の生きてきた日常。

 たった20人ばかりの兵士達。実は彼らの名前すら知らない。その兵士たちに対し指示を飛ばし戦う。
 これは掃討戦だ。おまけの様な物だ。……だから一人たりとも死ぬ事は許されない。
 自分が出来る事は、いかに有利な戦いが出来るかだ。
 トラックの中に視線を巡らせる。
 そこには白銀の鎧を着込んだアルが鞘に収められたエクスカリバーを手に目をつぶっている。
 アルが何を考えているか俺はもう判らない。
 アルが何かを呟き、ふらふらと夢遊病者のように動き回るのは、もはや日常となってしまっていた。集中を解けば意識が飛ぶ、と彼女は言っていた。だとすれば今の彼女はとりあえず大丈夫だろう。


 彼女の場合、その出で立ちと派手さから従軍記者に付け回され、取材される事が多かった。無論、記者に直接答えさせる事など断じてさせてはいない。
 だが、情報は瞬時に世界を駆け巡る。過去の功績まで引き合いに出され、彼女はこの戦争のシンボル的な存在となっていた。
 そして彼女が振るう宝具と、宝具の開放時に叫ぶ「エクスカリバー」という言葉。
 世界中で"アーサー王の再臨"と騒ぎが起きている。"勝利"の代名詞たるアーサー王が再臨したならば、この戦争は勝ったも同然と兵士達が士気を高める。雄雄しく戦う姿が、リアルな映像として流れた事もある。
 まるで映画か何かのように騒ぎ立てている事に俺は怒りを感じていた。
 お前達は何も判っていない、と。それは行動を共にしてきたガウェインやベティも同じだった。
 兵達の見ている前で彼女がどんな醜態を晒しているか大衆は知らない。戦場の光景は常に美化されて伝わっているのは理解しているが、アルは着実に死への階段を登っているのだ。
 自我の崩壊という危険を承知で宝具を開放して戦う等、大衆の誰が知るだろう。
 ベティが付きっ切りでセイバーの容態を診ているが、もはや猶予はない。いくら言ってもセイバーは聞かない。
 もう一度エクスカリバーを使ったらアルの自我は確実に崩壊する。
 だから、この場に従軍記者はいない。彼女の死を見世物にしたくなかったのだ。

「誰が死なせるか……!」

 こぶしを握り締める。と、ガシャッと音を立ててアルがトラックから降りてきた。
 それだけで周囲の空気が硬く引き締まる。
 素行や独断専行の云々はある。だがそれを差し引いてなお、彼女は紛れもなく勝利の代名詞として名を馳せた英雄の生まれ変わり。
 否、たとえ誰であろうと今までの功績からすれば十二分に英雄だ。男だの女だのととやかく言う奴はすでにいない。全員が軍隊の装備に身を固めていようとも、彼女一人が時代錯誤の甲冑に身を包んでいる事に文句をつけない。
 "騎士王"である彼女がそう在る事を誰も否定できないからだ。

「あそこですね」

 大地を踏み、背筋を伸ばし、威風堂々と町を見下ろすアルは、一挙手一投足が絵画から抜け出たような印象を受ける。
 ただ未だに認めたくないのが、これはゲームでもなければ映画でもない其処に在る戦争だということ。
 目の前の女を俺が愛し、洒落にならない戦場に俺もいるという事。

「馬でもって駆け下りれば、さぞ絵になるだろうにな」
「要りません。突入しますから救助はお任せします」
「待て、セイバー!!」

 止める間もなく、セイバーはまた単身で戦場へ突入していく。

「くそ、アルの奴最後まで我が侭やりやがって」

 『また私をセイバーと呼んでくれますか』。戦地に入る前、彼女はまた俺にそう言った。
 もう二度と戦うことなど無いと思っていた俺にとってその言葉は痛烈だった。
 そのセイバーについてここにいるガルやベティも二度と戦いたくないと思っていたはずだ。……俺達も揃ってお人好しらしい。

「あぁ、結局馬鹿がコレだけ揃っちまったって事だ」

 手に持ったアサルトライフルのスライドを引き、チェンバー内に弾丸をぶち込む。

「行くぞ!!」

「「「応っ!!!!」」」

 地に響く人々の雄叫び。それを背にアルは町に飛び込んでいく。
 アルトリウス、お前は何を考えてる。【正義の味方】にでもなりたいのか。
 ……いや、ともかく今は意識を戦いに向けよう。

 LastMission
 LEVEL:REAL
 成功目標:街の開放。ホムンクルスの殲滅。

 行くぜ、これで本当に最後だ!!



[1083] Fate/the transmigration of the soul 20
Name: ルクセンブルグ◆a6358815 ID:22cc4062
Date: 2008/06/05 21:30
 仮にどちらが勝つかと問われたなら100人が同じ答えを即答するだろう。
 無謀という言葉すらも勿体ないほど、この二人の対決は圧倒的すぎるのだ。

 片方はギリシャ神話にその名を轟かす大英雄ヘラクレス。
 主神ゼウスの息子、怪力無双、12の試練を乗り越えその身に命のストックを宿すに至った者。
 しかもクラスはバーサーカー。元々のスペックが馬鹿みたいに高いというのに、それを狂戦士のクラスにする事でさらに高めるという暴挙。
 普通のマスターであればまず召喚自体が奇跡。しかし、彼のマスターも尋常ではない。
 ホムンクルスの大家、アインツベルンが総力を賭して作り上げた最高傑作。聖杯として、マスターとして最高の性能を備えた存在であるイリヤスフィールはバーサーカーを完璧に制御していた。
 通常で考えれば勝つのが当たり前と思わせる組み合わせ。

 そんな規格を3つも4つも逸脱した相手に立ち向かうのは凡庸な女性。
 最初から最後まで謎を残し、自らのマスターも失ったはぐれサーヴァント。
 彼女は全てを救いたいと願った。ただ救いたいと願い続けた。
 故に何者も顧みず、故に何も見返りを望まなかった。
 自分を犠牲にし続け、ついには死をも対価に他者の救いを願った女性。
 目に入る者全てを救い続けた彼女は英雄と崇められた。英雄と祭り上げられた。
 ただがむしゃらに駆け抜けるうちに、ついには一国を救ってしまった彼女はこう呼ばれた。

 『再誕した騎士王』

 騎士王アーサー。ヒロイックサーガの代表ともいえる英雄の一人。勝利を約束された王。
 伝説にはアーサー王はいつか蘇り再びブリテンの危機を救う、と記されている。
 失われたはずの聖剣"エクスカリバー"を手に祖国を奪還し、混乱したイギリスを収めた彼女はまさにアーサー王の生まれ変わり。
 だが、彼女が再び英雄となる経緯は歪に過ぎた。
 苦悩、憤り、後悔だけが彼女の心をさいなみ、何の意味もなく戦い抜いた。ただ剣であろうとした。守りたいと戦い続けた。前世の自分がそうであったように。

 ――――結果、決意も誓いも紙屑のように守れなかった。

 全ては紙屑と散り、怒りのまま暴れた彼女を救ったのはいつか愛した少年の残像。
 "もっと良い国を"と願った前世をたった一人の少年に救われた彼女は、他者の為に生きた少年が作った剣に誓った。
 【正義の味方】などとは言わない。だが少しでも、一人でも多くの人々を救おうと。
 その為ならば、自分一人が傷つく事など構いはしない、と。



 大英雄ヘラクレスと"座"に二度も召し上げられた騎士王。
 結果は傍目から見れば分りきっていた。
 経緯はどうあれ、バーサーカー対アーチャー。どうあがいてもアーチャーに勝ち目など在るはずがない。
 マスターとして一級であるイリヤスフィールも同じ考えだった。象がアリを踏みつぶすように簡単に終わるような戦い。
 バーサーカーの斧剣が怪力によって爆発的な威力を持って振り下ろされる。全力のセイバーを持ってしても耐えきれない一撃。
 それに対峙するアーチャーは風王結界で不可視になった武装を腰溜めに構え、真っ向から打ち上げた。

「……馬鹿ね!」

 無謀というのもおこがましい行為。どう見たってアーチャーが打ち負けるに決まっている。
 両者の武器が激突し、魔力の閃光が巻き起こる。アーチャーは打ち負け、バーサーカーは一撃の下にアーチャーをミンチにする。
 いや、……そのはずだった。

 ―――ギィン!!!

 大気が爆ぜるという言葉を表現するとするならば、今この時ほど相応しい刻はないだろう。
 激突した場所を中心として爆ぜた魔力は、チリやホコリを吹き飛ばし衝撃は風圧となってイリヤを襲った。

「なっ……!?」

 アーチャーはバーサーカーの一撃を耐えていた。それだけではない。
 切り返しての二撃目。再びの激突は先程よりも激烈。そして、信じられない事に弾かれたのはバーサーカーの腕の方だった。

「そんな……どうして!」

 バーサーカーに指示を与える事も忘れてイリヤは呆気に取られていた。
 さらに3撃目。斧剣を驚異的速度で振るうバーサーカーに比べて、アーチャーは目をこらせば追えるほどの速度で剣を振るう。
 あらゆる点でバーサーカーが有利の筈なのに、全ての点でバーサーカーが勝っているというのに、

 ―――ギィン!!!

 一度目はまぐれだと言えるだろう。令呪によってぶち上げた魔力を全力でぶつければ一撃くらいは弾き返せる。
 しかし、アーチャーにセイバーのような魔力放出のスキルは備わっていない。そもそも魔力を放出させない為に赤い布を全身に纏っているくらいだ。
 故に一度目がまぐれだというのなら、二撃目もバーサーカーが弾かれたというのは如何なる奇跡か。
 まして3度ともなれば、それは紛れも無くアーチャーの成せる業ではないのか。
 4度目、今度は横殴りの一撃。今度は迎え撃たずに、あろうことか刀身で受け止める。
 怪力にまともに耐えられるはずも無い。アーチャーは跳ね上げられ、しかし空中でクルリと体勢を直すと二階の廊下に着地した。ダメージはほとんど無いように見受けられる。

「来い! こっちだ!!」

 言うが早いかアーチャーは身を翻し、屋敷の中へと逃走する。

「■■■■■■■■■―――!!!」
 
 バーサーカーは呼ばれるままに床を蹴り、廊下を踏み砕く勢いで2階に着地。アーチャーを追う。

「―――――――――」

 それを当のイリヤは呆気に取られて見ていた。
 相手になるのはセイバーくらい。彼女の認識は確かにその程度だった。
 バーサーカーの斬撃を3度も跳ね返すほどの力量があるようには思えないセイバーの偽物。
 そして、舞台は屋敷の中へと移っていく。


/// ///


 バーサーカーの剣が壁を砕き割り、さらに叩き付けられた床は一気に階下への穴を開ける。
 縦横無尽――――とは言えば聞こえはいいが、実際は迷惑極まりない上へ下への粉砕テロ。

 バーサーカーは理性を持たない。故に攻める以外の選択肢を持たない。英霊が誰であろうと、どんな技量を持っていたとしても、ただがむしゃらに宝具を振り回すだけの存在に成り果てる。
 元々弱い英霊を強化する為のクラスの筈だったが、アインツベルンはヘラクレスをバーサーカーにし、能力を底上げするという暴挙に出た。
 生前に培った技能を封印され、意志無き攻撃はあらゆる物を粉砕し尽くす存在となったバーサーカー。
 こんな化け物に対抗するとすれば、それこそ同じような英霊が束になってでも掛からない限りは不可能だろう。
 もしくは12回殺してのけるだけの宝具を有する存在。

 だが、アーチャーはそんな物など持っていない。力もセイバーに劣る。
 それでも、彼女には一度バーサーカーの腕を切り落としている実績があった。
 ステータスで劣るはずの彼女が何故セイバーと同等の能力を発揮できるのか。
 それは彼女の体に巻いている布のお陰だった。封印と流動という特性を持った魔術品。
 アーチャーの体は常時魔力を放出してしまうというデメリットを持つ。生前にボロボロまで酷使した為、まともに制御できなくなるほどだった魔術回路をこの布で補い、戦ってきたのだ。
 布に施された魔術はアーチャーの魔力を放出させないよう内に留め、さらに意のままに流動させる事が出来た。
 魔力配分によっては簡易的なブースト効果を得られる。

 さらに彼女自身が持つ数多の戦闘理論。
 相手が誰だろうと対人という範疇に収まるなら、彼女が生前血眼になって追い続けた"役に立たない技術"が生きてくる。
 実戦において磨いた経験と身につけた理論を渾然一体と纏め上げ、相手の動き、自分の動き、体捌きに至るまでを計算し尽くし自分の有利な環境を作り出す。
 
 そしてインパクトの瞬間に発動するのは、彼女が唯一扱える魔術である"風"。
 風王結界は極限まで風を圧縮し姿を見えなくする魔術。解放時には台風並みの風が荒れ狂う。
 ならばその風を一方に集約する事は出来ないのか。剣が当たる瞬間に解放する事で攻撃力に転化する事も可能なのではないか。
 いわゆる風によるジェット推進、ラムジェットと呼ばれる理論。
 やってやれない事はなかった。しかし彼女は魔術師ではないので制御は甘く、膨大な風圧をまき散らす。

 だが事足りた。
 布の魔術によるブースト、身につけた戦闘理論、そしてラムジェット。
 三位一体となった際の攻撃力は先の通りバーサーカーの斬撃を弾き返すほど。相手がバーサーカーでなければ、もし魔術を扱う小手先の利く者が相手であったらこうはいかなかっただろう。
 攻める事しか知らないバーサーカーだからこそ、武器を愚直に振り回すことしか出来ないバーサーカーだからこそ真っ向から打ち合える。


 ―――ならば、決め手はどうするか。


 豪快な音ともともに壁が粉砕され、土煙が舞う。アーチャーはその中に隠れるように身を捌き、来るべきチャンスをうかがう。

「バーサーカー!!」

 そんな激戦区に幼い声が響く。さしもの狂戦士の意思も彼女の声だけは聞き逃さなかった。
 意識がアーチャーから外れ、アーチャーはその一瞬の隙にさらに屋敷の奥へと移動する。

「あのニセモノ……どこまで逃げるつもり?」

 どうにか追いついたイリヤは明らかに時間稼ぎをしているアーチャーに苛立ちを隠せない。
 それにここはイリヤの家。土足で此所まで踏みにじられては苛立って当然だ。

「ふん、逃げ足には自信がありそうだけど、わざわざ自分から行き止まりに向かうなんて結構抜けてるのね」

 この城はイリヤスフィールの家。そこを逃げ回るのはアーチャーには不利。
 城の造りなどアーチャーが把握しているはず無いという余裕がイリヤにはあった。



 /// ///


 凛から貰った魔力には限界がある。あまりバーサーカーの攻撃を相殺する事に使用して目減りさせる事は得策じゃない。バーサーカーの命は12。できれば6度、最低でも5度は殺さなければならない。
 それにしても……、

「『別に倒しても構わないのだろう』……ですか。私が言うには荷が大きすぎますよ、シロウ」

 自嘲しながら、布石の為に廊下を駆ける。
 バーサーカーとまともな力勝負など挑むだけ無駄だ。
 無駄なら逃げる。勝つ為の布石を仕掛ける為に、ありとあらゆる思考を巡らせる時間を稼ぎ出す。
 自分が本来の"騎士"であったならこんな真似はしなかっただろう。
 真っ正面から全力で、真っ向から力の限り、全力を掛けた戦いを騎士は望む。
 だが、今だけは騎士としての矜持をかなぐり捨ててでも自分の勝ちで終わらなければならない。
 そうしなければ、マスターである凛――元か?――やセイバー、何よりシロウを守れない。
 その為にはこのイリヤスフィールの古城というステージは大いに利用させて貰う。

「こんなチートのような真似が許されるのは私くらいなものなんでしょうね」 

 廊下の角を回り、裏手の階段を駆け上がる。
 イリヤスフィールの古城は確かに彼女の家なのかもしれない。
 しかし貴女が来る以前の使用者が誰か、貴女は"全員"は覚えていないでしょうね。
 二階に上がり、さらに廊下を移動して理想的な位置に立つ。
 左手に弓を取り出し、今まで残していた真紅の槍を番える。

「まずは布石の一手……」

 体を開き廊下の先に向かって弓を引く。魔術布で押さえ込んでいた魔力を解放し、槍を起動する。
 ほぼ同時に床が揺れる。当然だ。奴はこの下にいるんだから。
 槍の魔力は十分。

「■■■■■■■■■■------!!!」

 轟音と共にバーサーカーが予想通り床をぶち抜いて現れる。
 予想通りのタイミングに、想定通りの射程の中に。

「突き穿つ(ゲイ)……」

 私はそこに、準備していた必殺を叩き込めばいい。

「……死翔の槍(ボルグ)!!!」

 大気を裂き、死の槍は一直線にバーサーカーに向かう。気づいたときにはもう遅い。
 それでも、迫り来る"死"にバーサーカーは本能のまま斧剣を振るう。
 だがこの矢はそんな斧剣の攻撃など意に返さない。迎撃するはずの斧剣を避けるかのようなあり得ない軌跡を描き、ゲイボルグは肉体その物が宝具と化したバーサーカーの心臓に向かってその切っ先を潜り込ませる。
 事象を逆転させ、結果を先に持ってくる宝具"ゲイボルグ"。放った瞬間に心臓に刺さっているという結果を持ったゲイボルグは鋼の肉体など無かったように貫き、伝承の通り弾ける千の槍でバーサーカーの心臓をズタズタに引き裂く。
 バーサーカーは脱力してその場に膝をついた。

「バーサーカー!?」

 動きが止まったバーサーカーに驚いたのか、階下のイリヤが声を上げた。

 ―――ピシッ!

 私の手の中では、役目を終えた弓がその存在を手放した。

「………………」

 だが、感傷に浸る暇はない。
 私はすぐさま床を蹴り、左の廊下へと駆け込む。

「…………■■■■■ーーーーー!!!」

 直後、英雄の咆哮がまた古城の中に響き渡る。

「まったく、チートな能力はどっちも同じですね」

 巨人の咆哮を背に私はまた廊下を駆ける。出来ればもう少し引き延ばしたいところだ。



 /// ///


 バーサーカーが一度殺された。
 アーチャーがそれを成したという事実も驚きだが、アーチャーが使ったのは前にやってきた忌々しいランサーが使った槍ではないか。
 バーサーカーの胸から存在が消失する槍を見ながら、イリヤは自分が相対している存在が判らなくなっていた。
 アーチャーでありながらバーサーカーと同等の力で渡り合い、訪れた事のない城の中を熟知し、ランサーの槍を使用した。
 
「アイツ……一体何者?」

 いまいましくイリヤは奥歯を軋ませる。
 本来なら軽く一蹴して一刻も早く凛や士郎を追い掛けたい所だが、このまま続けるとこの城自体が崩落する危険も出てきた。
 ようやく気づく。アーチャーはこうやって自分達をここに縛り付けておくつもりなのだ。
 アーチャーはどういう訳かこの城の内部を熟知しており、挑発と逃走を繰り返し、隙あらばバーサーカーの命を削る。自分達は自分の城を壊す懸念を視野に入れながら動かねばならず、否応なく破壊するバーサーカーは制限を強いられる。

「騎士とはよくいったものね。なんて狡猾な……」

 アーチャーの気配はまた消えている。イリヤやバーサーカーの感覚を持ってしても気配が希薄なのだ。

(それにアサシンみたいな奴)

 実際にあった事はないが、アサシンは「気配遮断」のスキルを持つという。
 アーチャーごときにそんなスキルがあるはずもないのだが、この希薄さではそう思いたくもなる。

「行くわよバーサーカー! ここまでコケにされて黙ってられるもんですか!」

 気配は希薄だが、認知できないほど薄くもない。
 時間稼ぎはこれ以上許さない。シロウの事は一時頭から離し、目の前のアーチャーを討つ事に集中する。


 /// ///


 目の前でゆっくりと風が舞う。
 城の一室の壁に背を預け、アーチャーは一息ついていた。

「…………時間がありませんか」

 自分が手にする聖剣を覆う風。それに綻びが出始めていた。
 凛からの魔力供給が無い今、安定した状態を保つのは難しい。しかも現状、風の維持の為に命をすり減らしているような物。本来なら切りたいところだが、バーサーカーを相手にするには解除するわけにも行かない。
 幾度となく切り結び、相手を苛つかせこの城へと縛る。今のところはうまくいっている。

「私の魔力が持つか、この城が崩れるかの勝負でしょうね。
 ……シロウ達は廃墟へたどり着いたでしょうか」

 廃墟にたどり着いた時間までは覚えていない。1時間だったか3時間だったか……。


 ……ジャリ


「―――!!!」

 直後、轟音と共に壁が吹き飛ぶ。その寸前に私は窓をぶち破って身を踊らせる。
 浮遊感と落下感。姿勢を直して着地、すぐさま目の前の窓に飛び込む。

「そうだ、追ってこいバーサーカー!!」

 追ってくる相手へと挑発を繰り返す。
 これが騎士道などという気はない。だが36計逃げるが勝ちとはうまい事を…………、

「■■■■■■■■ーーーーー!!!!」

 ―――その声は、至近から聞こえた。

「なっ!?」

 轟音と共に目の前の壁を粉砕しながら斧剣が迫る。間一髪直撃だけは避けた。
 しかし、その烈風は髪留めを裂き、衝撃を殺しきれずに私はたたらを踏む。
 馬鹿な! 上で襲ってきたのは一体……!?

「くっ!」

 逃げる。正面ロビーへ。
 後ろから迫るのは絶対的な死。立場の逆転は一瞬だった。
 足下がおぼつかないのは色々と破壊した瓦礫が俟っているせいもあるが、何より私の魔力が減ってきている証拠。

「はっ、はっ、はっ…………!!」

 肺が強烈に酸素を欲しがっている。足が度重なる強化でボロボロになっていく。
 限界が近い。必要な事を成す為にこれ以上魔力を削るわけには……。




 なんとかロビーへと飛び出した。

「■■■■■■■■■ーーーーーー!!!」

 直後、飛び出してきたバーサーカーが斧剣を振るう。

「あああああああああああ!!!!」

 強化と理論とラムジェット。残り幾ばくかのヤケクソで剣を振るった。
 轟音と烈風がロビーの瓦礫を舞い上げる。これでいよいよ余裕が無くなった!
 結局、振り出しに戻ってしまった。いや戻されたのだろう。

「なかなか持つじゃない。アーチャーにしては快挙よ」

 対峙する私とバーサーカーを見ながら、イリヤが階段から姿を見せる。

「いい加減あきらめなさい。あなた今の自分の状態が判ってる?」
「…………えぇ、そこそこは」

 全身くまなくボロボロだ。今生きている事が奇跡なぐらいに。
 
「ふん、単独行動のスキルがここまでしぶといなんて思わなかったわ。普通なら一発で死んじゃうのに」
「……………………」
「答える余裕も無し? なら死になさい」

 バーサーカーが動く。今は攻撃を弾き返す余力はほとんど無い。
 足への強化を行い、全力回避。斧剣はロビーの床を遠慮無しにぶち砕く。

(くそっ、どうする。どうする! ここで使うわけには!)

 バーサーカーの攻撃は苛烈さを増す。斧剣が床を砕き、瓦礫は四方八方に散弾のように打ち出される。

 
 ―――パァン!

 ふと、その一発が天井のシャンデリアを打ち抜いた。
 大暴れした後だ。いい加減脆くなっていたシャンデリアは軸から折れ、落下する。

「…………え」

 その下には無防備なイリヤが……

「おあぁぁぁぁ!!」

 剣を後ろに向け風を解放する。吹き出す風を推進力に剣を振るうバーサーカーをやり過ごし、イリヤへと飛び込んだ。
 ガシァァン! とガラスが砕け散る音。弾けたガラスがいくつか鎧の隙間から私の体に突き刺さる。

「うぐっ! …………くっ!」
「……………………」

 私の腕の中には呆然としたイリヤがいる。

「よかった。間に合いましたね」

 無理矢理に笑みを浮かべた。

「あ、あんた…………何で」
「さぁ、何ででしょう。…………気がついたら飛び出していました」

 振り返る。バーサーカーはこちらを向いて動きを止めている。
 私がイリヤを抱えているからか。
 そっと、イリヤを降ろす。

「お、恩を売ろうたってそうは行かないからね!」
「ふふっ。返しこそすれ、売る恩などありませんよ」
「え……?」

 さぁ、これで本当に背水の陣だ。
 剣の結界は解いてしまった。これ以上バーサーカーとは打ち合えない。
 持っている聖剣に視線を走らせる。いい加減、あなたもボロボロですね。

「さぁ、決めるぞバーサーカー!!」

 一気に横へと走る。目指すは外。邪魔の入らない広い空間。
 ガラスを砕いて外へと飛び出す私に続き、さらなる轟音と共に壁をぶち砕いてバーサーカーが飛び出してくる。
 外へ出れば、もう合図などいらない。体勢が整えば攻めるのみ。

「■■■■■■■■■■■■ーーーーー!!!」

 バーサーカーが来る。
 私は動かない。どうせなら、最適なタイミングで使いたい。
 右足を引き、両手で聖剣エクスカリバーを握りしめる。聖剣が目を覚まし、鈍色になっていた刀身は再び黄金の光をたたえ始める。
 力を残す必要はない。剣を振る力だけを残し、後は一気に剣へと送り込む。
 全身から一気に力が抜け、脈打つように光が強くなる。
 後一歩で距離を詰められるその時、私は今の今まで温存していた宝具を解放する。

 ―――ガァァァァン!!

 斧剣が私の目の前で制止する。
 思考を失ったバーサーカーでも唖然としただろう。自分の攻撃が何の脈絡もなく制止したのだ。

 宝具の名は「全て遠き理想郷<アヴァロン>」。私が腰に下げていた聖剣の鞘。
 かつて私が失い、前世の私がここに来るきっかけとなった物。それが今、刻を越えて再び私を守る城壁となる。
 一瞬にして微塵に解けて展開したアヴァロンに、力だけのバーサーカーの攻撃が幾度となく叩き付けられる。
 だが結界宝具であるアヴァロンは、5つの魔法ですら遮断するこの世で最強の守り。易々と通すはずもない。
 バーサーカーが吼える。斧剣の乱舞がが埒外の力を持って叩き付けられる。だが、そよ風すらも伝わっては来ない。

「劇終だ。バーサーカー」

 これで本当に最後。全ては泡沫へと消え去り、私は在るべき所へと還るだろう。

 聖剣を握り込み、さらに剣に残っていた魔力を絞り出す。
 黄金の光は強烈に私とバーサーカーを包み込んだ。

 これでいいのかとは顧みない。 

 これで終わりだと決めていた。

 幾百と幾千の刻の輪廻を越えて、私は今…………

 ―――勝利をとる!



[1083] ~Long Intrude 20~
Name: ルクセンブルグ◆a6358815 ID:22cc4062
Date: 2008/06/09 01:59
 町を占領していたホムンクルス達は接近する魔力をすぐに察知した。
 町中にいる物達よりも数倍強烈な魔力の持ち主が自分達に向かってきている。ホムンクルス達はすぐに驚異対象を変更。町に接近する正体不明の相手の迎撃にシフトする。
 最初にセイバーを視認し迎撃に出たのは、地下で床をぶち抜いた右腕を改造され分子振動クローを取り付けられた奴だ。
 見張りに立っていた屋根から飛び降り、セイバーへと疾走する。セイバーもまた迎撃に来る相手が何者かを察した。しかし、察してなお彼女は速度を緩めるどころが一層のスパートを掛ける。
 お互いの距離は10秒もせずに縮まり、

 ―――ギィィン!!!

 一瞬で交錯し、一瞬で勝負はついた。
 セイバーは勢いそのままに町へと突入し、ホムンクルスは右腕を胴体ごと袈裟に断ち切られていた。


 /// ///


 部隊が突入すると同時に、あちこちで戦闘が起こる。
 何体のホムンクルス達が入り込んでいるのかは不明だが、周囲を取り囲まれるほどでないのがありがたい。
 しかし、問題は戦闘を始めた事で町の人々が隙を見て逃げだそうとするため、避難誘導に気を払わなければならなかった。

「くそっ、アルの奴どこまで行った!」

 俺達は町の中程まで入り込み避難の誘導をしていたが、セイバーの姿が一向に見えない事に苛立っていた。
 と、

「兄さん! 二時方向!」
「―――!!」

 ガルの鋭い声が飛び、視線を跳ね上げる。
 そこには飛び上がったホムンクルスが黒鍵を投擲するモーションを既に取っていた。次の瞬間に放たれる黒鍵。
 避けるよりも先に、俺はライフルを跳ね上げダットサイトに敵を捕らえる。
 鋭い音と共に弾丸の速度の黒鍵が俺の目の前で弾かれる。同時に放った銃弾が逆にホムンクルスを蜂の巣に変えた。
 ガルが接近戦と投擲の迎撃、俺が中遠距離の攻撃といつの間にか役割が板についてしまっていた。
 相方というのがこれほどありがたいと思った事はない。随分と助けられてしまっている。

「わりぃ、助かった!」
「お互い様です。あらかた避難も終わりました、次へ向かいましょう」
「ベティは?」
「町を迂回して反対側から入りました。あちら側が混乱しないように魔術師も数人ついています」
「よし。
 後ろ5人、住民の避難を優先し町の中心へ向かえ! セイバーは俺等で探す!」
「判りました!」
「了解!」

 兵を割き、俺とガル、他二人で別方面へ向かう。
 セイバーの戦闘はとにかく目立たない。太刀傷のあるホムンクルスがいればセイバーが通ったと判断できるが、セイバーは敵と見ればとにかく手当たり攻撃し次へ行ってしまい、捕まえるだけで一苦労だ。
 エクスカリバーの目映い光だけが唯一の目印だが、今回に限っては絶対に使って貰うわけにはいかない。
 それは彼女の死を意味している。追いつかなければ宝具を使う可能性が高まるばかりだ。

「……俺が行くまで宝具使うんじゃねぇぞ。アル」
 
 路地からホムンクルスが飛び出してくる。そいつに銃を跳ね上げながら、俺は絶望的な願いを呟く。



 /// ///


 戦闘の余波で、徐々に周囲が焦げ臭くなっていく。ガス管か何かを破壊したのだろうか。
 目の前に迫るホムンクルスを切り払い、投げつけられる黒鍵を体をひねって回避する。

「クッ!」

 屋根の上に敵の姿を視認。腰から干将を抜き投擲。だが黒鍵の投擲速度とは雲泥の遅さだ。案の定新たな黒鍵で弾かれた干将は明後日の方向へと飛び、突如あり得ない軌跡と共に反転しホムンクルスの首に突き立った。

「はぁ、はぁ、はぁ……ぐっ!」

 また頭痛が襲ってくる。気を抜けば意識が飛ぶ事が何度も言われたが、この頭痛はいい加減どうにかならない物か。
 屋根から落下した敵から、干将を回収する。
 ホムンクルスを倒したのを見たのか、数人の住民が家から飛び出し、逃げていく。
 奴らの姿は……無さそうだ。この辺りはもう終わりだろうか。

「アリス! アリスーー!!」

 ふと、逃げていく人とは逆にこちらに向かってくる女性がいるのを見つける。

「叫ぶな。奴らを呼び寄せてしまうぞ!」

 近づいて首根っこを捕まえて引き戻すが、女性は今度は私にすがりついてきた。

「アリスが、娘の姿が見えないんです! 娘を見ませんでしたか!」

 娘……? はぐれたのか。

「…………、どこだ?」
「え?」
「はぐれたのはどこだ?」
「この先の路地付近です。あぁ、アリス…………」

 この先…………町の中心部、

「隊長!!」

 ふと、兵の一人がこちらに駆け寄ってくる。……さて誰だったか。

「ご無事でしたか! 住民の避難は7割ほどを完了、市街中心部を残しあらかた片付けました! 指示を!」
「…………彼女を頼む」
「はっ!」
「お願いします! アリスを、娘を!」
「あぁ、必ず連れてくる。待っていろ」
「……………………」

 落ち着かせなければと声を掛け、何故か彼女は私の顔を驚いたように見る。そんなに妙な顔をしていただろうか?

「隊長! 宝具の使用だけは止めてください、お願いします!」

 名も知らぬ兵がきびすを返す私の背中に声を掛けてきた。
 急がなければ……出来る限り多くの人々を…………。




 町の中心部にも火が回り始めたらしい。木造の建物が多いせいか、火の回りも予想以上に早い。
 多くの敵は私が引きつけたはずだが、まだ残りがいるはずだ。周囲を注意しながら、私は言われた辺りの路地を見回る。

「アリス! どこだアリス!」

 そういえば子供の見た目を聞いていなかった。失敗だ、これじゃ探しようがない。

「アリス、いるのなら返事をしろ!」 


 ――― ドン!!


 近くでドラム缶らしき物が爆発した

「…………ひっ」

 魔力で鋭敏化した感覚に、微かに誰かが息をのむ音が聞こえてきた。すぐさま接近して気配を探る。
 倒壊して瓦礫と化した建物の影、瓦礫に隠れるように一人の少女が人形を抱いて身を潜めていた。

「アリスか……?」
「え?」

 彼女が視線を上げる。その子と視線が交錯した瞬間、一瞬脳裏に過去の光景がフラッシュバックしてくる。
 似ている、あの雪のように白い少女に。…………だが、名前が出てこない。

「出られるか? お母さんが探しているぞ」
「うん」

 ともかく、ここにいるのは危険だ。一刻も早くここからでなくては。
 少女の手を取り、引き上げる。…………軽い、そういえばあの子も軽かったか。
 アリスは胸元に人形を大事そうに抱えていた。獅子のぬいぐるみ。…………そういえばあのぬいぐるみはどこへやっただろうか。

「―――ッ!」

 こんな時にまた頭痛。くそ、早くこの子を……。
 顔を上げる。見えたのは、こちらに向かって黒鍵を投げつけるホムンクルス。

「ちぃ!」

 甲高い音を立て黒鍵をはじき飛ばす。

「キャッ!」

 少女が短く叫ぶ。
 まずい、こんなタイミングで現れるなんて。ともかく、手っ取り早く倒して……、

「―――!」
 
 もう一度甲高い音。手を掛けた莫耶で別方向から飛来した黒鍵をたたき落とした。
 投擲してきた奴に視線をやる前にもう一体を視認。

「くそ、まだこんなに残っていたか……」

 黒鍵の投擲。今度は複数本。莫耶とエクスカリバーを振り、後ろにかばった少女に当たる軌跡の物だけ打ち落とす。
 そのせいで、一本が私の足を浅あらず切り裂いた。

「はぁ、はぁ…………!」

 守らなければ、この少女だけでも。
 守らなければ、…………あの少女の面影を残す子供を。

「あぁぁぁぁぁっぁ!!!」

 左手の莫耶を指の間に挟み、同じく抜いた干将を敵に投げつける。
 S極とN極の特性を持ち、複雑な軌跡を描いて飛来する干将莫耶。正面の一体は先に飛来した干将を弾いたがいきなり軌跡の変わった莫耶を避けきれず脳天に莫耶を食らって吹っ飛ぶ。
 同時に3体のホムンクルスは両手に複数の黒鍵を出し、こちらへと投擲する。
 今の状態で全部を弾く事は出来ないと直感が教えてくる。弾く事が出来てもせいぜい2、3本が限界
 万事休すと自分の身を盾にしたいところだが、生憎と奥の手ならもう一つ。


 ――― AVALON


 腰にはいた鞘が一瞬にして微塵に解けて展開し、私と子供を守る結界となる。
 5大魔法すら通さない最強の盾が黒鍵ごとき物の数ではない。

「―――ッ」

 激しい頭痛で結界が揺らぐ。魔力がつき欠けてる、長くは持たないか。
 ふと後ろを見る。小さな少女がふるえている。
 守らなければ、
 守らなければ……、
 守らなければ…………私が、

「私が…………全て」

 私の手の中で、最後の宝具が目を覚ます。

 ―――ズキンッ!!

「……カッ!」

 今までで一等強烈な頭痛が襲う。その瞬間、頭の片隅から何かが消えた気がした。

「私が…………皆を」

 鳴動するように、私の持つ宝具の光は鮮烈に輝きを増す。
 同じように頭痛は襲い続ける。…………何かが消えた。

「私が…………」

 鳴動…………大切な思い出が、

「私…………」

 鳴動…………なんでもない日常が、

「ワタし…………」

 鳴動…………、シロウ……

「―――!!!」

 目を見開き、歯を食いしばり、全てをぶつける相手を直視する。
 願い、そして咆哮。

「おおおおあぁぁぁぁぁぁ!!」

 全力で振りかぶり、全力で言葉をはき出す。
 光は全てを飲み込む奔流となり、最後の敵を塵も残さず葬り去るだろう。
 躊躇う必要はない。この手にあるのは彼が私の為に打ち上げた最後の奇跡。

「―――エクス」

 
 あぁ、やはり私は貴方に助けられてばかりだ。…………シロウ。


「カリバぁぁぁぁ―――!!!」 














 在りし日に、この身を賭した戦争の記憶……

 私の身勝手な願い……求め、願った物……

 そして、全てを見下ろす世界…………

 ただ一度……、否、この身を持って二度目の願いを聞いてくれ。

 力尽き、立つ事も叶わない私に今一度立つ力を……

 この身が抱える、小さな命の灯火を守る力を…………

 鋼の塊と化したこの腕を振り上げ、我が敵に一矢報いる力を……

 そして願わくば……、今一度、あの少年に会う機会を……

 世界よ…………、たった一度……ただ一回でいい……

 もし願い叶うなら………………


 ――― 私の死後を預けよう。



[1083] fate of “transmigration of the soul”
Name: ルクセンブルグ◆a6358815 ID:22cc4062
Date: 2008/06/18 00:31
「―――!!」

 全員が、ハッとして振り返る。
 直後、曇天と結界を貫き立ち上るのはいつか見たのと同じ黄金の光。あの城から相当離れたはずなのに、濃密に感じる事が出来るほどに膨大な魔力の奔流。

「あれって…………まさか」

 唖然としてその光を見上げる私達。

 ――― カタカタカタ……

 ふと、横にいるセイバーの右手から音がする。
 あの時と同じように、セイバーの持つ宝具が同じ存在に共鳴しているように震えている。

「…………ッ!」

 ガッ、とその震えを止めるセイバー。

「遠坂、今のってまさか…………」

 士郎が半ば信じられないという顔で、聞いてくる。
 私は答えず奥歯を噛みしめ、沸き上がってくる感情をぐっと堪える。
 言われなくても解っている。アーチャーがあれだけの魔力を解放する宝具など……私が考えられる限り一つだけだ。

「行くわよ。アーチャーの為にも私達が止まったら意味がないんだから」

 そう、私達は勝たなくてはいけない。
 私達を逃がす為に残ってくれたアーチャーの遺志に報いる為に。
 勝つ事を信じてくれた彼女の魂の為に。




 /// ///




 まどろみの中で、魔術師はサーヴァントの夢を見る。
 遠く離れた彼の地で、遠く離れた先の事を共有する。
 それはつかの間の幻想、非日常に許された刹那の一時。


 平和があった。何でもない平和があった。
 日常があった。何でもない日常があった。
 友がいた。くだらない事で笑いあえる友がいた。
 過ぎゆく日常は彼女が望まれた物だった。全ては望まれたままに在るはずだった。
 だが彼女の意志は、彼女の心は、日常に埋没する事を良しとしなかった。
 生まれながらに戦人として生まれた彼女は、戦人としてしか生きる術を知らなかった。
 強くなるほどに日常を外れ、知識を付ける度に日常との差異を感じ、かつての思い人の影を追い続ける亡霊のようになった。

 そして、あの事件。
 日常からの非日常は彼女にとっての日常。存分に力を振るい、存分に有り様を示した。
 だが、かつて身に刻んだような誓いは数百年を過ぎた今となっては紙切れのように意味を成さず、彼女の心はただ傷つき続けた。

 自分は人一人守る事も出来ない弱者でしかなかった。
 近しい者ばかりが次々と目の前で消えていった。
 "日常"に染まった彼女にとって、人の死はかつての戦場以上に心をえぐっていく。
 逃げて逃げて逃げ続け、その先にあったのはかつての思い人の残像。
 取り戻したのは彼女にとって唯一無二の武器。思い人が打ち続けた彼女の為の究極の偽物。
 だが、彼女に本当に必要だったのは果たして剣と鞘のどちらだったのか。

 日常を犠牲にして彼女は力を得た。同時に名声は膨らんだ。
 友を犠牲にして無償の愛を得た。同時に愛する事を捨てた。
 そして、誓いを捨てて彼女が選んだのは自己犠牲。同時に"生きる"事を放棄した。
 全ては我が儘だった。誓う事も、戦う事も、守る事も、死ぬ事も……。
 ただ他人の為であれと誓い、ただ多くを救いたいと戦い、命を守る為に命を掛け、守る為に死を選んだ。
 これが小説ならばさぞ売れた事だろう。メディアは持てはやし、映画にでもなって彼女の偉功をを讃えるだろう。
 だが、それは所詮偶像崇拝に過ぎない。彼女の上辺しか知らない有象無象が流行に乗っかっただけだ。
 英雄はこうしてできあがる。ただ彼女の伝説を取り上げて脚色し、全てを華やかな物語にしてしまう。
 少なくとも、前作はそうだったかもしれない。
 前作において彼女の葛藤を知る者はいなかったのだから。

 しかし今作は違う。
 彼女の傍らには彼女を愛し全てを知る者がいた。彼女の苦しみを理解していた者がいた。彼女の慟哭を耳にしていた者がいた。
 何でもない日常を過ごした者達がいた。自分を家族として愛してくれる者達がいた。
 孤独であろうとすればするほど、彼等は彼女の傍にいようとした。彼女の心の底を見据え、共感し、共に歩む事を決めた。


 同じ末路は辿らない。
 彼女の一生は、神のイタズラによって違う終わりを迎える。


 ――― 彼女は決して孤独ではなかったのだから。




 /// ///




 ハッ、と目を覚ます。
 同時に昨夜の光景を思い出し、恥ずかしさから一気に跳ね起きた。

「……………………」

 傍らには未だ寝息を立てる少女がいる。そしてもう一人は既に着替えを終え、朝日の差し込む窓辺でじっと外を眺めていた。

「…………遠坂?」
「起きた? 暢気に寝息立ててるから叩き起こしてやろうかと思ったけど」

 振り向いた遠坂の目に何かが光って見える。

「遠坂…………泣いてたのか?」
「ば、馬鹿ね。…………泣いてなんて」

 遠坂は慌てて目元を拭う。しかし、途中で動きが止まる。

「…………そうね。ちょっと悪い夢を見たせいかも」

 もう何も残っていないはずの右腕を撫でながら遠坂は呟いた。

「ほら、いつまでもそんな恰好してないで服を着なさい。今日はどうあっても勝ちに行くんだから!」
「お、おう!」




 /// ///


 /// ///



 物語は終わりを迎えなければならない。



「シロウ…………貴方を愛している」



 史実は史実のまま進むのみ。
 余計な事を差し挟むのは無粋だろう。
 倒れる者が倒れ、運命は運命のまま進むだけ。

 柔らかい笑顔。全てが終わり、答えを得て、セイバーは全てを納得した。
 そして朝日が昇る一瞬の閃光に隠れ、彼女は在るべき場所へ帰った。

「セイバー…………」

 しばらくの間、彼は全てが終わった事を納得するかのように立ち尽くす。

 ――― すべてが終わった時、セイバーが言うだろう言葉を覚えておいてください。

「―――!」

 ふと、今になってアーチャーの声が浮かんできた。
 とたんにフラッシュバックするセイバーの笑顔と重なるアーチャーの笑顔。
 それはとても…………以上に全く同じ物ではなかったか。

「全てが終わったとき…………セイバーの言った言葉」


 ――― 貴方を愛している。


「…………いや、まさかそんな。でも…………」

 いくら考えを巡らせようと答えは出ない。
 彼にこの答えを求めるには多少の時間と助言をする者が必要だろう。

「セイバー…………お前…………」







 こちらの物語はここで終わり。
 主人公が退場した以上語る意味のない物。
 さぁ、これ以上彼の邪魔をするのも悪いから幕引きとしよう。



 ――― その巡り合わせ<Fate>に幸多からんことを。



[1083] ~The Last Intrude~
Name: ルクセンブルグ◆a6358815 ID:22cc4062
Date: 2008/06/18 00:29
 それは過去例を見ないほどの魔力の奔流だった。黄金の魔力は光となって空へと昇ってゆく。
 全土から見る事が出来るほど空高く、天上へと届かんばかりに猛々しく。
 雲を切り裂き、陽光が全土に降りかかる。
 その光を見た物は数億人をくだらない。
 イギリスにいた人々はもとより、テレビクルーによって押さえられた映像を介し世界中がその光を見た。
 情報は一瞬で世界を巡る。

 ある者は、綺麗だと感動し、
 ある者は、聖者が降りたと賛美し、
 ある者は、あの人がまた勝ったのだと確信し、
 ある者は、とうとう一線を越えたのかと涙を流した。

 そして残りの数人は自分が疲れている事も忘れ、邪魔になる物全てを投げ捨て、自分が何故こんなに離れているのかと怨嗟し、光の発生源へと走り出していた。



 /// ///



 ゆっくりと、彼女は膝を突く。
 剣はその重さのまま大地に突き立ち、彼女にはその剣を支えにする力も残っていない。

「…………あ…………」

 視界が歪む。目の前に突き立った剣が視界の下に消え、抜けるような青空に変わる。

「セイバーさん!!」

 倒れる直前、駆けつけたベティの伸ばす腕がセイバーを捉えた。だが、支えきれず一緒に倒れてしまう。

「セイバーさん! セイバーさん! 私が判りますか!?」

 膝の上にセイバーの頭を乗せ、必死に呼びかける。既に目は虚ろで、自分の姿が見えているかも分からない。
 傍では助かった少女が不安そうに持っているぬいぐるみを抱きしめていた。

「…………ベ、……ディ……」
「―――! よかった、直ぐ皆が来ます! それまでしっかり!!」

 あの膨大な魔力の放出はきっとイギリス全土から見えたであろう。もちろん、それが誰による物かも自ずと理解できたし、近しい者はそれが何を意味するのかも察していた。
 あれだけの宝具を開放して、未だに自我があるのはもはや奇跡としか言いようが無い。

「……わ…………ん、は……」
「え?」

 セイバーの口に顔を近づける。

「わ……たしの、……剣……は」
「……剣」

 顔を上げる。彼女が真名を開放した剣、エクスカリバーは目の前に突き立てられている。
 開放した負荷なのか、剣からは淡い光が立ち上って……、

「―――!? これって……!」

 淡い光。それは剣自身から発せられていた。そして、徐々に風に溶ける様に風化を始めていた。
 ベティは知る由も無い。元々、このエクスカリバーは"封印指定"の贋作者、衛宮士郎の作った紛い物。本物は既にこの世に無い。
 ならば、紛い物は等しく無へ還るのみ。逆に今の今まで折れも欠けもしなかったのは、偏に投影した衛宮士郎の技量ゆえであろう。
 やがてベティの見ている前で、エクスカリバーはその役目を終えたかのように消えていった。

「……剣を…………湖…………」
「セイバーさん、剣は消えました。目の前で風に溶ける様に」
「…………みず……うみへ……」
「だから、消えたんですってば!!」

 涙が出てくる。自分が不甲斐なくてしょうがない。ずっと傍についていればよかった。もうこれ以上苦しむ彼女を見るのは耐えられない。
 自分に彼女を救うすべてない事が悔しい。彼女をこうしてしまった全てが恨めしい。
 だからせめて……、彼女の最後の言葉だけは……、

「……命……を……」

 おそらくは記憶の混濁。朦朧とした意識の中で、彼女は今私ではない別の誰かを見ている。
 それに彼女の言っているのは、

 ―――剣……湖……命を守る……、アーサー王伝説?

 そして、思い至った。子供ならば一度は耳にするだろう御伽噺に聞く、アーサー王の最後の物語。

 アーサー王は騎士ベディヴィエールによって森へと連れられた。
 そして、アーサー王は援軍を呼びにいくベディヴィエールにエクスカリバーを託して言った。

『山を越え、森の深くにある湖に剣を投げ入れよ』

 騎士は剣を捨てられず2度ウソの報告をしたという。しかし、王は2度とも『命を守れ』と言って騎士を走らせた。
 そして、3度目にして騎士は湖へ剣を投げ入れ、剣は湖から現れた婦人の手に返されたという。

『剣は確かに婦人の手に』

 ベディヴィエールは王に報告する。

『胸を張るがよい。お前は王の命を守ったのだ』

 そして、王は息を引き取った。

 ―――その伝説を、何故今この状況で彼女が口にするのか。

 違和感が脳裏に走った。何かがシコリのようにひっかかった。
 ベティ・G・ローゼンバーグ。自分の名前。長い事使っていなかった名前は、"ベディヴィア"・G・ローゼンバーグ。
 円卓の騎士の呼び名は地方によって様々。騎士ベディヴィエールの解釈も多い。確か、ベディヴィアという解釈も無かっただろうか。
 その瞬間、頭の中で次々とパズルが組み合わさっていく。
 "ランス"ロット、"ガウェイン"、サー・"カイ"、"トリスタン"、"パーシヴァル"、"ボルス"、"モード"レッド、"ガラハット"…………、
 あの日、あの時、あの場所で……馬鹿馬鹿しいほどそうそうたる面々が揃っていたではないか。

「じゃあ、貴女は……」

 偶然など存在しない。必然でなければおかしい。彼女でなければあの剣を振るう事等できないと、どうして思わなかったのか。
 あの地下で、そして今に至るまで、一度たりとも聞いた事の無い彼女の真名……、
 
「アルトリウス…………、祖国の危機に蘇り窮地を救うと伝えられた、アーサー王」

 彼女はあの日、あの時、あの場所で選ばれたのではない。生まれる前からすでに選ばれていた。生まれながらすでに運命付けられた必然。

「…………剣は」

 ならば、自分は答えないといけないのかもしれない。
 過去の話など関係ない。助けられてばかりの自分に、何か手助けができる事とすれば、それは…………、

「……湖へ、婦人の手に……渡しました」
「…………そう、……か」
「アルーーーー!!!」

 その時、ランスが全力疾走で駆けつけてきた。

「アル!! 大丈夫か! おい、アルトリウス!」

 滑り込むようにセイバーの元へ寄ると、怒鳴るかのように声をかける。
 しかし、……呼べど叫べど反応は無い。まぶたは開いていても瞳は濁り、意志があるようには見えない。

「ベティ! ……アルは」

 ゆっくりと首を振る。

「そんな……! アル、おい!」

 うつろな表情のセイバーに声を掛け続ける。既に手遅れである事は嫌が応にも理解している。だが、そうしなければ自分が納得できなかった。

「ふざけんなよ、しっかりしろ! お前はこんな事でくたばる様な奴じゃないだろ! 日本に行くんじゃなかったのかよ! 日本で暮らすんじゃなかったのかよ!」
「ランスさん、もう彼女には……」

 ベティも既に彼女に命の灯が無い事を……

「…………ラン、ス……」
『―――!!?』

 微かに、それこそ意識して聞いていなければ消えてしまうような声がした。微かに瞳が動く。だが、何も見えてはいないだろう。
 これが一体どういう奇跡なのか、確かに彼女は声を発した。すでに気力すら残ってはいないだろうに。

「……おそ……かった……です、ね。来ない……かと、……」
「……ハッ、こいつ。のんびり寝てやがったのかよ。来るに決まってんだろバカ野郎。
 お前こそ、のん気に夢なんて見てたんじゃねぇだろうな?」
「……疲れ……ました。……少し、……眠り……ます」
「―――! …………あぁ、……じっくり夢の続きでも見てろ」

 ゆっくりと、セイバーが目を閉じた。傍目からは眠りの落ちたようにしか見えない。
 ピクッ、とセイバーに手を添えていたベティの肩が震えた。

「お姉ちゃん、眠ったの?」

 少女があどけない声でそう聞く。彼女がその命を尽くして守り抜いた命。恐らく人の生死すら理解できない年の少女。
 ベティが両手で顔を押さえ、嗚咽を漏らす。

「あぁ……、眠ったよ」
「おねむだったんだねー。どんな夢見てるのかな?」
「さぁ、わかんねぇよ。……けど」

 手を伸ばし、ランスはセイバーの顔に掛かった前髪を払う。

「見ろよ、幸せそうな寝顔しやがって…………、コイツ。
 きっと……、いい夢を見てるんだろうさ」

 涙が止まらなかった。
 どうしても…………

 どうしても…………




 /// ///

 /// ///




 英雄は逝った。十数人の兵と、百人ほどの民衆に見守られながら息を引き取った。
 生涯孤独であろうとした騎士の王は、結局孤独とは無縁の最期を遂げた。



 やがて、イギリスは再興の道を歩き始める。
 しかしイギリス王家がまず執り行ったのは葬儀であった。
 アルトリウス=セイバーヘーゲン、またの名を「騎士王アーサー」。甦りて国を救った英雄の葬儀を執り行ったのである。
 復興の途中で国庫がスッカラカンである事を度外視して、王族が亡くなるときと同等かそれ以上の規模の葬儀が行われ、参列者は内外から3万人を超えたという。
 亡骸は歴代の王家の墓へと埋葬され、遺族には爵位が授けられる事となったがセイバーヘーゲン家はこれを辞退したらしい。

 復興は順調に進み、王家の意向により彼女の名前を冠する公園と共に銅像も建てられた。
 イギリスに入っていた軍や傭兵の一団は撤退し、彼等の部隊もまた当然のごとく解散となり、彼等はそれぞれの家へと戻った。

 ようやく、彼等にも銃を持たずとも眠れる夜が訪れた。



 /// ///

 /// ///



 思い出そうとすればすぐにでも思い出せるあの事件。
 長いのか短いのか解らないこの4ヶ月。
 俺はただ抜け殻のように過ごしていた。ガルあたりが圧力でも掛けたのか、俺達の周囲にマスコミの影はなく、俺は避難した家族と借り家で元の生活を取り戻そうと奮闘していた。
 携帯は何度か鳴ったが何故か出る気になれなかった。単にアイツの声以外を聞きたくなかったのかもしれない。
 俺にとっては何から何まで重すぎたようだ。アイツとの出会い、アイツとの戦い、アイツとの別れ…………。

 その日も携帯が鳴った。俺は無視を決め込もうとしたが異様にしつこい。
 机の上の携帯を手に取り画面を見ると、相手はガウェインだった。

『お久しぶりです。元気にしていましたか?』
「あぁ。まぁな…………」
『ところで、今お暇ですか?』
「無いと言えば無いな。学校もぶっつぶれちまったし…………どうしたものやら」
『なら、会いに行きませんか? ―――彼女に』
「――― !」

 ハッと顔を上げる。視界に一つの小箱が目に入った。




「お久しぶりです。部隊の解散以来でしたか?」
「あぁ、そうだな」

 『アルトリウス記念公園』――― 騎士王の園なんて大仰な名前を冠した公園には午後3時を回ったというのに結構な人だかりがある。
 全員が公園の中央に立つアルトリウスの銅像の見学に訪れているせいだ。
 俺達は近くのベンチに腰掛けて話をしていた。

「そういや、ベティは一緒じゃないのか? てっきり同窓会でもやるのかと思ってたんだが」
「彼女は実家に戻っています。ご両親の仕事の手伝いをするとかでしばらくは右往左往しているでしょう」

 いいながらガルはバサリとかなり厚い書類の入った封筒を俺の横に置いた。

「今回の無差別殺戮、というより国家崩壊の一歩手前まで行った今回の事件の報告書が纏まりました。
 どの方面も情報収集に協力的で4ヶ月で纏められたのは奇跡らしいですが、見ますか?
 本来はトップシークレットな資料ですけど」
「ふーーーん」

 俺は封筒からファイルを取り出してみる。
 【TopSecret】と赤い印が押された報告書。100ページは軽く凌駕しているだろう。
 正直これだけのレポートなんて素でも見たくない。だが…………、

「わりぃ、興味ねぇわ」

 封筒に戻した書類をバサリとベンチに置く。

「いいんですか? ホムンクルスの出所から我々の処遇までキッチリ明記されてますよ?」
「いいんだよ、そんな物。【俺は生きてここにいる】、それ以外の事実がどこに必要だよ」

 ガルはため息をつく。

「まぁ、それもそうですね」

 言ってあろう事か封筒を横のゴミ箱に無造作に放り捨てた。

「正直、僕も殆ど目を通してません。
 セイバーさんの葬儀に参列してから、不思議と色々どうでもよくなってしまいました」
「なんだ、奇遇だな」
「後始末は上の仕事ですからね。僕のような末席は所詮流れるままに行くしかありませんし」
「…………ふーん」

 生き残ってしまった俺達にしか解らないこの空虚な感覚。
 本当に胸にぽっかり穴が開いてしまったような感覚がする。
 結局、会話が続かないまま一時間もして銅像に集まっていた人々は徐々に減り始める。
 やがて人がいなくなった広場には俺とガウェインの二人だけが残された。
 俺はベンチから立ち上がり、銅像に近づく。
 事件以降あまりにも騒がしかった日々が過ぎ去り、こうやってゆっくりとアイツの姿を眺めるのは久々だ。

「製作者もやるねぇ、まるっきりアルトリウスそっくりだ」
「今じゃ全世界の人が知る英雄ですからね。『再誕したアーサー王』を再現する、と東西の作り手をかき集めたそうですよ」
「彼氏としては複雑だな」

 本気で愛した女性が銅像となって衆目を集めるというのは、内面を知る者の一人として【良かった】の一言で納得できない。
 アルは銅像になるために英雄になったわけでない、まして英雄になりたくてあの地獄から帰ってきたわけじゃない。

「結局俺の言った通りじゃないか。なぁ」

 鎧からエクスカリバーに至るまで再現され、敵を見据えるように威風堂々東を向いて立つアルの姿は騎士として申し分ない。
 しかし、ここに来る何人が彼女の苦悩を知るだろうか? 何人が彼女の決意を知り、何人が彼女の叫びを聞いてやれただろう。

 そして、どれほどの人間が彼女の笑顔を見ただろうか。
 何でもない日常にふと見せる彼女の静かな笑み。
 俺にとってはあの笑顔だけでこの駄作を破壊するには十分な理由。

「はぁ……」

 ため息と共に俺はポケットからネックレスを取り出す。赤い宝石が付いたアルの片見。
 今ではこれだけが思い出として残ってしまった。

「あのネックレスですか。彼女の首に掛けるんですか?」

 なんなら手伝うと言いたげなガルだが、あいにくこれはこんな場所に置いておけない。

「あいつはここにはいない。ここにあってもしょうがない」
「では何処に?」
「……日本に行ってくる」
「え?」

 俺の言葉が意外だったのか、驚くガル。
 そういやアルが日本びいきなのを知らないんだったな。

「日本に何があるんですか?」
「元カレの家さ」

 ガルの知らない事を知っている優越感と若干の嫉妬が混ざって、俺はため息を付く。

「セイバーさんに恋人がいたんですか?! 初めて知りましたけど」
「……女には謎が多いんだよ」

 俺が言う権利はないが。

「明日発つ。悪いが護衛も監視もなしで頼む」
「まぁ、日本なら大丈夫でしょう。僕は行った方が?」
「来るな。あそこには人を近づけたくない。あいつも言ってた」

 それで納得したのか、ガルはそれ以上口を挟まなかった。


 /// ///


 二日後、俺は日本の土を踏んでいた。
 いつものように空港は様々な人々が往来し、海の向こうの騒ぎなどテレビの中の出来事として終わっている国。
 それだけ表面上戦いとは縁遠い場所。
 そういえばなんとも長い間来ていなかった気がする。
 汚れてしまった故郷の空気と比べればなんと肺に優しいことか。

「よし、行くか」

 いつもと違い手荷物はリュックのみ。長居する気はなかった。



 あの日、たった一度だけ通った道を思い出しながら俺はここ深山市に辿り着いた。
 現金なもので今更ながら帰りたくなってきた。まるで、恋人の自宅に挨拶に来たかのような緊張だ。
 だが行かねばならない。極道でいう【筋を通す】ために。
 閑静な住宅街。面白みのまるでない場所にある一つの異質。
 廃墟と化した日本家屋は以前と変わらずそこにあった。

「…………」

 この屋敷にあいつは住んでいたんだと思うと、不思議と威厳すら感じる。
 影でチラつく元彼が忌々しいがまぁいい。
 周囲を警戒しながら中に入る。
 中に入るとそこには以前と同じ凛とした空気が漂っていた。

 ―――あぁやっぱりここだ。

「来たぜアル。久しぶりにな」

 そうつぶやき、俺は道場に近づく。

「……何を話したらいいんだろうな。いつもなら色々話題もあるんだが」

 道場の中を眺めながら、俺はつぶやく。

「そうそう、届け物だ届け物」

 リュックの中から形見のペンダントを取り出す。
 血のように赤いルビー、元々はリントオサカの持ち物だが形見だからとガルが気を利かせてくれた物だ。

「不思議だよな。アクセサリー付けたところなんて見た事ないお前が、最初の最後でこんな物持ち歩いてたなんてよ」

 ペンダントを縁側に置く。

「あっと、こいつも置いていくぜ」

 もう一つリュックから取り出したのは一枚の写真。
 あの地下でベティが発見したエクスカリバー、アクセサリーと共に眠っていた物だ。
 数百年を経過したはずの写真は腐敗することなく鮮明な像を結んでいる。
 ガル曰わく普通の印画紙らしく、保存されていた箱自体に何らかの魔術が施されていたのではないか、との事。

 写っているのは三人。
 金髪ロール髪で青いドレスの役者みたいな女、ロングの黒髪で赤い服の女、多分赤い方がリン・トオサカだろう。地下で赤い服を見たからな。何故かこの二人は睨み合うようにして写っている。 ライバルか何かって訳だ。
 そして、間で苦笑いをしながら写っている男。肌が浅黒く白髪でおよそ日本人らしくないが、コイツがアルの元彼らしい。
 アルがコイツを見たときは何故かショックを受けてしばらく引きずっていたようだが…………。

「野郎、アルトリウスがいながら両手に花とはふざけてんのか」

 コイツの顔を見ているとイライラしてくる。本能的な嫌悪感という奴だろうか。

「アルはお前の何を好きになったんだろうな、教えて欲しいよ」

 パシンと指で男の影を弾く。

「ま、お互いセイバーと肩を並べた間柄だ。今なら酒でも飲んで語れそうな気もするよ」

 写真をネックレスの下に挟み込み、俺はもう一度道場に目を移す。
 そうそう、そこには白と青に包まれた少女が難しい顔で正座を、

「…………は?」

 って、俺は今何を見た??

「……………。ふ、あははは」

 どうやら時差ぼけもヤバイところまできているらしい。

「さて、俺は帰るよ。休みすぎて体がなまっちまったからそろそろ仕事を探す事にする。魔術師協会はパスだけどな。
 また来年辺りに来るよ」

 きびすを返し、俺は道場を後にする。
 下生えを避けながら門をくぐろうとしたとき、


 ――― パシィィィン!

「―――!?」

 耳朶を打つ鋭い竹刀の音が聞こえてきた。
 慌てて振り返る。だが、そこには何もない。

「ハッ、怠けるなってか? 分ってるよ、じゃあな」

 門をくぐり、俺は衛宮邸を後にする。
 気がつくと鼻歌を口ずさんでいた。いつもはこんな事はないのだが、気づかないうちに随分と楽になったらしい。
 あれほど心の中が空虚だったのに、俺は今、見上げる太陽のように晴れやかな気持ちだった。



 /// ///



 物語は終わる。

 どうしたって終わってしまう。
 アルトリウス=セイバーヘーゲンの物語もここで終わり。筆を置く頃合いだ。

 赤い宝石と写真は風に揺れ、静かに時は過ぎていく。
 誰もいない静謐な道場は、今日もまた無音の鍛錬音を響かせてそこにある。
 


 ――― 全ての運命<Fate>に幸在らん事を。


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.13665294647217