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[10890] 早く隠居したい【日本時代物オリジナル転生】前書き変更
Name: 兎◆98ec21ee ID:cad0cd88
Date: 2010/01/23 21:44
■お知らせ

新話更新ではありませんが、お知らせの為に一度だけ上げさせていただきます。白兎改め兎です。

こちらで更新するには手間になってきたので、本格的に更新を自サイトで行うことにしました。

投稿掲示板の方に直接アドレスを貼って良いものなのか判断付きかねますので、ここには貼りません。感想板か捜索掲示板を見ていただければ場所がわかりますので、読んでやろうかなという奇特な方はそちらからどうぞ。




江戸時代の人間にマヨネーズを食わせたらどういう反応をするか、白兎の中の江戸時代の人の反応を書いて欲しいと言われたので繁忙期の慰めにでもなればと執筆中です。

基本一人の人間の気晴らし用に書いたのではじめに出てくる「君=作者に執筆をねだった人」です。
一番初めの一行目にしか関係ない話ですが。

江戸時代に入ってしまうと法令関係が整理されて面倒臭そうという独断と偏見で江戸時代以前だけれど戦国というほどでもなくある程度落ち着いている年代辺りをご都合主義でチョイスしてあります。
その設定が生きるのかどうかも謎ですが。

それでも良いと言う方でしたら暇つぶしにでもどうぞ。




[10890] 早く隠居したい1 ~マヨネーズを目指して~
Name: 白兎◆98ec21ee ID:cad0cd88
Date: 2009/08/08 23:21
君の友人の彼だけど、なんか転生したみたいです。

やあやあ、久しぶり。
今さっき気づいたんだけど、ちょっと見ないうちに大昔に転生とかわけのわからないことに巻き込まれてしまったよ。
しかも武家の次男。

家を継ぐ必要もないし、生まれながらにニートかマスオさんの二択しか
ないんだけど情けなくて泣けてくるね。

いでっ!

はいすみません、泣きます、泣かせていただきます尻叩かないで!

「おんぎゃあぁぁぁぁぁっっっ!!!」

・・・赤ん坊の尻は繊細なんだよ?

二度目の人生の初めの教訓は普通に息してても生まれたらまず泣かないと叩かれるってことでした。
あれって息をする為に泣いてるんだから息してれば必要ないんだけどね!

形式が大事なんですか?
さすが武家!
変な所でこだわりがおありになるようで。

とりあえず第一関門はクリアーしたけど、これからの幼児プレイを考えると地の底まで落ち込みそうだわ。

落ち着いたらまた連絡します。



[10890] 早く隠居したい2 ~マヨネーズを目指して~
Name: 白兎◆98ec21ee ID:cad0cd88
Date: 2009/08/08 23:23
やあやあ久しぶり。

やっと首が据わったよ、祝ってくれ。

あれから俺のほうも色々とあってね。
筋肉の発達が未熟だから仕方ないんだけど何一つ自分でできないって辛いものだね。
オムツ交換なんて頭が真っ白になるかと思うほど恥ずかしかったし、そうそう、この前寝返りを打とうと思ってがんばったら首がものすごい角度に曲がっちゃってさ。
びっくりしたね。
すぐに乳母が見つけてくれたけど、赤ん坊の柔軟性を舐めてはいけない。
とりあえずもうありえない曲がり方をしてる自分の首をただ認識してるだけの状態に陥ることはないだろうけど、あれはなかなかにスリリングな体験だったよ。

あともう一つ。
男として一言言いたい。
せめて授乳受けさせられるんなら実母のほうが良かったな。
まだ目が良く見えないからぼんやりとしか見えないけど声からして14、5才位なのかな?
うん、まだ体が発達しきってないうちの出産の危険性はともかくとして俺の母親ならせめて声だけでもいいんで癒しの提供をして下さい。
将来の守役とセットで選ばれたからって乳母の方はちょっと年上過ぎるって言うか。

ああ、他にも話さなくちゃいけないことが多いな。
なんせ赤ん坊なんですぐ眠くなるんで体系たって理路整然と話をすることが難しいんだ。

ええと、
俺が生まれたのは貧乏でもないけど贅沢三昧できるほど位が高いわけじゃないって位の武家でそこの次男です。
上に兄がいるってことは家督を継がなくて良い代わりにアクシデントで長男が死んだ時用のスペアとして他家にすぐに養子に出されることもないってわけ。
兄に子供が生まれてその子供が元服するまでな!
まあその辺の話は赤ん坊の周りで話をしてた鬼畜がいるわけじゃなくて俺の持ってる知識から判断してるわけだけども。
三男以下ならともかく、次男ってことは他家に養子に行くこともできないし、家を出ることもできないってわけだよ。
結婚して即効で子作りして貰うとしても元服まで最短で12年(数えでなので実際は11年)。
どんなに早くても俺が開放されるまでにはこれから27、8年は掛かるわけだ。
約30年、俺は家に縛られないといけない。

お先真っ暗だよ、はぁ・・・。

この時代人生40年、とっくに老年だっつの。
冷や飯食らいって言葉がある位、家督を継がない兄弟の扱いは酷い。
今はまだ赤ん坊だから良いけど、元服して他の人間が役目を果たしだすようになると途端に目が冷たくなるんだろうな。
好きで家に縛られるんでもないのにな。
酷い話だ。
なんせ万が一家を継ぐことになった場合家柄の良い娘を正室にしなけりゃいけないから結婚もできないんだぜ?
もし身分の低い娘の産んだ長男がいたら大変だからな。
冷や飯食らいの老後は出家か寂しい独り身で死ぬって相場は決まってる。

ああでも、もっと贅沢三昧できるクラスの上位の武家だったらまだ違ったな。
うちくらいの家だと単なる冷や飯食らいで、その妾にでもなろうものならその辺の商人の妻のほうが贅沢できる上にしきたりとかだけ厳しいからなり手はいないけど上級武士の家なら冷や飯食らいって言ってもそれなりに贅沢できるし家督争いに参加できるはずもないくらいの身分の妾なら囲えないこともない。

まあ俺には関係のない話だけども。

愚痴ってばかりだな。
ついでに言っとけば今の俺の父も母も大分若いみたいで今の所側室はなし。
あとは5つ上の兄が一人。
ぶっちゃけ名前も顔も区別がつかん。
なんせ赤ん坊の視力だし。
声だけが便りです。
話し掛けてきてくれればいいんだけど、そうじゃなければ母親位しか区別がつかん。
さすがに室内から出ないだけあって色が特別白いからな。
父は一番チビな男。
まあまだ成長期だし。がんばれ父上。
兄に関しては守役やら遊び相手やらの子供に囲まれてるとさっぱりわからん。
活発なのは良い事だが考えなしに突っ走って自爆するのはどうかと思うよ。
昨日木から落ちて乳母を絶叫させてたし。

今の俺に話せることはこれくらいかな?
なんせ目は見えないし、両親の名前すらわからん。
お館様と奥方様、寅若様らしいよ。

ん?ああ、一つ紹介できることがあったな。

改めまして、俺の兄の名前は寅若らしい。
あれ?俺の名前は?



[10890] 早く隠居したい3 ~マヨネーズを目指して~
Name: 白兎◆98ec21ee ID:cad0cd88
Date: 2009/08/08 23:25
やあやあ、久しぶり。

再び祝い事だよ、祝ってくれ。
お食い初めだよ!
やっと固形物が食べられるよ!
苦節100日!(多分。俺は正確な日にち覚えてないけどお食い初めって確か100日位でやるんだよな?)

正直他の行事は俺が主役じゃなかったからスルーしてた。
だってそんなにうれしくないもん。
お宮参りとか、首が座ってなかった頃言ったから空しか見てないし。
目も見えなかったしね。

昔?現代?ではお食い初めって言っても実際に食べさせるから軟らかく煮て磨り潰したりした野菜とかが中心だったと思うんだけど、こちらでは違うらしい。
乳母が言ってたんだけど子供が将来飢える事のないようにだとか、出世するようにだとか、そんな感じの縁起物らしい。
鯛の尾頭付き、赤飯、澄まし汁にお漬物、なんか魚の燻製?かなにかと和え物?と餅と石。
時代劇でしか見たことのなかった御膳で食事をすることになるとはこうなるまで思わなかったな。

・・・・・石?

石。
箸置きか飾りかと思ってたら口に含まされた。
あれか。
石食えってか。
いたな、そういう芸をするやつがサーカスか何かに。
さすがに飲み込まずに済まされたけどなんだったんだろう。
実は嫌われてるとか?

あ、あと他のメニューも箸の先にほんのちょっと、一口にも満たないくらいしか食わせて貰えなかった。
鯛は美味しかったけど汁物とか恐ろしくしょっぱかった。
塩分過多で死ねと?
いやいやいや、子供の舌が鋭敏すぎるんだと思っておこう。
赤飯は数粒しか貰えなかった。
味も何もわかったもんじゃない。

せっかく初のまともな食事だったのに。
早く普通に飯が食いたい。


けど激しく俺の精神力を削りまくった幼児プレイもこうして自分の成長を実感できるとまだ耐えられる。
いつかは俺の体も育って自分で動けるようになるんだ!
こう言っちゃ何だが母乳なんて旨いもんじゃないね。
牛乳より変に甘いしおまけに生ぬるいし。
せめてホットか冷やして出してくれ。
けど俺は賢いから地道に乳を吸う。
生まれたての子牛のごとく、哺乳類の幼児ってのは得てして母親の乳から抗体を貰うものなんだ。
ただでさえ涼しい日本家屋にプラスアルファで赤ん坊の抵抗力じゃしょっちゅう風邪ひいてブルーになるのに。

赤ん坊に薬を飲ませる時どうやるか知ってる?
薬湯をうっすーい粥に混ぜてそれをちゅぱちゅぱ含ませるんだよ。
ただでさえまずいのに一気飲みすらできなくて地道に吸うのはできれば勘弁して欲しい。

ああ、早く成長してくれ俺の体。

落ち着いたらまた連絡します。



[10890] 早く隠居したい4 ~マヨネーズを目指して~
Name: 白兎◆98ec21ee ID:cad0cd88
Date: 2009/08/08 23:28
やあやあ久しぶり。

やっと立てるようになったよ、祝ってくれ。

って言ってもまだまだ掴まり立ちから毛が生えた程度だけどね。
以前から練習してた甲斐があったよ。
普通の子よりも少し早いそうな。
大人の体と違って頭が重くて重心が取りづらい上に筋肉が弱くて踏ん張ってバランスを戻すのが難しいんだ。
けど良かった。
このままじゃハイハイのエキスパートになるところだった。
これで自分の行きたい所にいける!

まあ大抵乳母がぴったり着いて来るから無茶は無理だけどな。
だってまだよたよたしてるから。

そうだ、歩けるようになって良かったと思ったことがこの前一つあったよ。
なんかさ、たまたま乳母が席をはずしてたんだが。
ちなみに母親は大抵いない。
部屋も別だし。
武家ってこうなのかも知れないけど冷たいよな。

ああ、それで乳母がいなくて俺と寅が一緒だった時なんだが。
寅のやつ俺のこと頼まれてた癖にころっと忘れやがって一人で屋敷を抜け出したんだ。
我が家はぐるっと塀で囲まれてるんだが崩れてる場所を見つけてしまったらしい。
いくら家の傍だって言ってもこの時代まだ狼も出るし他にも時折猪やら夜盗やら出ることもある。

まあ世話するのは忘れても傍に弟がいれば少しは自重するだろと思って仕方なくえっちらおっちら後を着いて行ったんだよ。
あれは大変だった。
なんせ屋敷の中みたいに整えられてないから俺にとってはちょっとの下草がジャングルさ。
先走る寅を呼んで俺のこと忘れるなよってアピールしながら必死で歩いたさ。
そうしたら寅のやつ、戻ってきたと思ったらヤマゴボウの実を持ってたんだよ。
ヤマゴボウってあれだ、たまにその辺の林の中に生えてたりする濃い紫の葡萄みたいな実がなる植物。

ああ、つぶして色水でも作るのか、あれは綺麗な色が出るよなとかほんわかしてた俺が馬鹿だった。
あの馬鹿寅はあろうことか実を口に入れやがったのさ。
生まれ変わってから地味に鬱々しながら赤ん坊プレイを満喫してた俺のここ最近最大の驚きだったね。
旨い不味いかはともかくとして、あれは有毒植物だ。
比喩でなく、死ぬほど驚いた。

「あんぎゃっぁぁぁぁ”っ!」

思わず大声だしちゃったよ、寅若様と違って大人しくて手の掛からない二の若様って評判だったのに。
俺の大声に驚いて固まった寅の口に手を突っ込んで実を取り出す。
寅が死んだら家を継がないといけないとか色々あるけどそれよりなにより目の前で子供が危ないことしてたら止めるだろ。

速攻で遠くに放り捨ててついでに残りの実も奪い取っておいた。
まったく、一緒に居たのが子供らしからぬ子供の俺で良かったな。
下手したら死んでたってのに。

その後俺の大声を頼りに俺達を探し出した家人によって連れ戻されたんだが危ないことこの上ないので大声を出した理由を聞かれた時に実を示しておいた。
やっぱり現代と違って薬草とか自分達で探してるだけあって毒だって知ってる人がいた。
良かった良かった。
もし知ってる人が居なかったら池の鯉でも犠牲にして毒性を示さないといけないかと思ってたから。
寅が死ぬよりはましだけど鯉も死なないほうがいいよな。

しかし早くもっと自由に動けるようにならないとな。
あれ以来塀も修復されちゃったし、外に出るにはまだまだ掛かりそうだ。
ちなみに運動して汗をかいた上に疲れも溜まったのかその晩はきっちり熱を出して寝込んだ。

落ち着いたらまた連絡します。



[10890] 早く隠居したい5 ~マヨネーズを目指して~
Name: 白兎◆98ec21ee ID:cad0cd88
Date: 2009/08/08 23:29
やあやあ久しぶり。

俺の名前が判明したよ、祝ってくれ。

白兎。
《しろう》と読むらしい。

四郎とか士郎じゃなくて?と思ったら由来があったらしい。
兄上が寅若なのもそれ関係で、単に我が家の伝統で十二支で回ってるんだそうだ。
まあ読みは普通だからいいけど、幼名向けじゃないような?
まあ、そのうち元服して名前変わるからいいけど。
個人的には羊あたりに当たった場合なんて名前だったのか気になる。

なんでここまで名前がわからなかったかというとまだまだ赤ん坊赤ん坊してる外見のせいかみんなして俺のこと吾子だとか若だとか二の若とか呼ぶんだよな。
おかげで自分の名前を今更知るとかまぬけなことになってしまった。
ぶっちゃけお客が来て挨拶した時に紹介されて知った。
まあどこかの子沢山みたいに数字を名前にしたり捨だとか奇妙だとかって名前にされるよりましだったけど。

それはさておき。
前回の寅脱走騒ぎから俺達ちびっこ組は前にもまして一人にされないから寅の悪戯に関しては安心できるけど俺にもとばっちりでちょっと窮屈だ。
体力付けたいのに庭にしか出れないから太極拳もどきとかラジオ体操をしてみた。
筋肉が足りないのももちろんだけど、この時期の子供が動けないのって体を把握してないって言うか神経が繋がってないって言うか・・・なんというか体の動かし方を脳が理解してないのが原因な気がするんだ。
なので極力ゆっくり動かしながら頭に覚えさせるようにがんばってみる。

なんでこんなに地味なことをしてるかというと、歩き回れるようになってから気づいたんだが大人の時と今で感覚がまったく違うから無意識に動くと良くぶつかったり踏み外したり空振りしたりして地味に恥ずかしいから。
部屋の脇でニコニコと見守る乳母と入り口付近で待機してる護衛(臨時の守らしい)、部屋の真ん中で真剣な顔をして太極拳もどきをしている幼児は結構シュールだと思う。

なんか周りの目が生暖かい気がする。

落ち着いたらまた連絡します。



[10890] 早く隠居したい6 ~マヨネーズを目指して~
Name: 白兎◆98ec21ee ID:cad0cd88
Date: 2009/08/08 23:32
やあやあ久しぶり。

正式に守役が決まったよ、祝ってくれ。

と言っても乳母の息子が正式に俺の所に来ただけだけど。
土岐丸《ときまる》君だそうです。
これからよろしく。

寅よりさらに3つ上って言ってたから、寅が俺より5つ上だから今の数え方で言うと寅が6才で9才かな?
正直カレンダーもないから自分の年がはっきりわからん。
数え年って不便だよな。
体の大きさからして多分俺が今2才位なのかな?
歩き回れるから1才ではないと思うんだけどさすがにどの程度が何歳児に相当するとかそんな詳しいことは覚えていない。

しかし寅はともかく土岐丸君・・呼びにくいな。
土岐はかなりきちんとした子供だ。
早ければ12で元服する時代だからある意味当然なのかな?
まあもっと遅い年齢で元服するやつもいるけど。

今日は暖かかったから部屋を開け放ってもどき体操をしてたんだけど、声を掛けられて振り返ったら土岐が固まってた。
乳母は喜んでくれたんだけど、さすがに子供にあれはないか。
せめてひと声掛けてくれればと思ったけど開けてあったから無理か。
通常は閉じられた襖の脇に座って声を掛けるけど、今回は初めから開いてたしな。

まあ初対面はアレだったけどまあまともな友人?関係を築けていると思う。
というか、いくら落ち着いた性格をしててもあくまでも子供だ。
精神年齢が現在の親よりも年食ってる俺が無茶なわがままとか言うわけもなし、傍目から見たらちょっと変わってるけど手の掛からない若様と年少だけど律儀にがんばる守役の少年だ。

俺はまだまだ体力面で不安もあるし体も小さいから当分は室内か前庭程度だけどよろしくな。
でも一ついいか?
乳兄弟でもあるし、俺の希望で食事を一緒に取ることになった土岐だけど土岐の飯が旨そうで仕方ない。
子供だからなのか俺の膳に並ぶのは軟らかいものが中心なので当然なんだけど魚とか漬物とか羨ましい。
早く硬いものとか食べたい。

落ち着いたらまた連絡します。



※書き溜め分を投下しただけなのでこれ以降はリアルの執筆速度で増えていきます。
叩かれるのはあんまり好きじゃないですがご意見感想はどうぞー。



[10890] 早く隠居したい7 ~マヨネーズを目指して~
Name: 白兎◆98ec21ee ID:cad0cd88
Date: 2009/08/09 18:41
やあやあ久しぶり。

どうやらようやく文字を習えるらしいよ、祝ってくれ。

習うって言ってもまだ絵巻物を貰っただけなんだけれど。
今まで寝物語を聞かせて貰ったりしただけで書物を見たことはなかったんだ。
まあこの時代紙は貴重だから分別の付かない幼児に近づけられないのはわかるけどね。
我が家はあいにくと子供の遊び道具に貴重な書物を与えられるほどに裕福ではないのだ。

胸を張って言うことではないけど。

今までは外で遊ばされたり蹴鞠をしたり貝合わせとかしてみたり寅の悪戯に掛かったり寅に仕返しをしたり屋敷の中を探検したりして暇を潰してたから書物が手に入ったのはとても嬉しい。
外で遊びすぎれば熱を出すし蹴鞠をすれば頭が重くて転ぶし貝合わせは暇つぶしにはいいんだが母上の嫁入り道具だったらしいそれば色褪せたり所々剥げたりしてなんかつつましい我が家の経済状況から将来の強制ニート生活も慎ましすぎることになるのかとか連想してしまって軽く欝になるからあんまり好きじゃない。

寅はもう子供のすることだと大人の態度でスルーしておくことにする。
断じて力で適わないからとか微妙に情けない理由で諦めているわけではない。


自由に歩き回れるようになってから気付いたんだけど頭で知ってたことと現実は違うってことを思い知らされることが一つあった。

身分の差ってのは存外に大きいものらしい。
使用人の仕事場とか住み込みなので邸内にある小屋の方に俺が入るととたんに畏まられてしまう。
厨房に入り込もうとしたら土岐に掴まって摘み出されてしまった。
初めはわけがわからなかったが周りで畏まってる家人達を見て考えを改めた。
一応人類皆平等って教育されて生きてきた俺には少し寂しい気もするけれど彼らにとってはそれが当然なんだし、俺が許して気安くして貰っても何かあって罰せられるのは彼らだ。

俺が庇ってどうにかなるものならいいけど彼らの雇い主は俺じゃない。
父上だ。
土岐は乳兄弟だしある程度の身分はある。
だから食事を共にするっていう多少の我侭は俺の年齢もあって許されている。

けれど彼らは違う、たとえ俺が目の前で勝手に転んだとしても叱られる事になるのは彼らなのだ。
小屋の近く、庭の隅で地面に木の棒で文字を書いていた子供を見た時はなんとも言えない気分になった。

識字率が世界一を誇っていたという江戸の世はいまだ遠い先の世だ。
そして職を自分で選べる民主主義の世もいまだ遠い。
せめて自分の名前だけはと必死に綴っただろう文字を見るのは辛いことだ。

なんだかんだで俺はスペアとしてでも後継の候補ではある。
教養を学ぶことはもちろんとして衣食住が保障され護衛に守られた邸内で暮らしている。
退屈で死にそうになる日常でも気付いてみれば過ぎるほどに恵まれた待遇なのだ。


とまあ気分新たに巻物に向かってみてもそれはそれ。
気分でどうにかなるほどミミズ文字は甘くない。
なんだよこれ、読めないよ。
おまけに話し言葉と書物の言葉、ついでに手紙としての書き言葉ってそれぞれ独特の言い回しがあるから地味にややこしい。
毎日暇な時間ができると絵巻物や面白がって父上が送ってくれた手紙なんかを土岐に指差しながら読んで貰ってるが未だに難しい。

崩してあって読みにくい上に枕詞やらなんやらでいっぱいいっぱいだ。
調べたいことがあるんだがまず初めに文字が読めないと何にもならん、ああ、早く文字が読めるようになりたい。

落ち着いたらまた連絡します。



[10890] 早く隠居したい8 ~マヨネーズを目指して~
Name: 白兎◆98ec21ee ID:cad0cd88
Date: 2009/08/09 20:19
やあやあ久しぶり。

文字が読めるようになったよ、祝ってくれってわけじゃないんだが。
祝ってくれなくても良いから慰めてくれ。

何が起こったかっていうと、この前文字を習い始めてからここしばらくは土岐に読んで貰いながら字を覚えようと必死だったわけだが。
これがなかなか進まなくてね。

本当の子供みたいにゼロから始めればまた違ったんだろうけど、俺の場合はもう文字を知ってるからさ。
頭の中であちらとこちらの文字を摺り合わせたりとかしながらやるから余計に覚えずらくてね。
俺が子供だってこともあって読み聞かせから始まってるからミミズ文字のどこからどこまでが一文字なのかわからなくて混乱してるのもあるし。

手が小さい上に子供だって思われてるから仕方ないんだろうけど書き取りから始めたかった。
一度訴えてまだ早いって一蹴されちゃったけど。

まあそんなこんなで以前の経験が邪魔をして本物の子供にも劣る文字習得速度を誇っています。


まあそこで追われればまだ良かったんだけど。

最近顔を見ないなと思ってた母上から呼び出しが来た。
俺が乳を必要としてた授乳期にも滅多に顔を出さなかったのに今更何事かと。
まあこれを普通と言っていいのかは謎だけど普通の母親はこの超成長期の今、日一日と大きくなる可愛い我が子を見たいと思うのが人情だよな。

勉強の邪魔されるのはあまり成果の出てない今は嬉しくない事だったけど仕方なく年相応の幼児プレイをしてやるかと考えて大人しく母上の所まで連行されました。


が。

母上の行動は予想外だった。
自分のことで精一杯だったこともあるけどこれはさすがに予想外。

母上の部屋に連れてこられた俺は子供らしく母親と戯れる準備万端だったんだが、それを実行することはなかった。
なんせ、部屋に入った途端正座させられてお説教を食らったから。

なんで~?なんで~?と事態がよくわからない俺も表向きは母親からお叱りを受けて健気に耐える子供を装ってはいるけど、内心はさすがに予想外の展開に対応しきれない。
ある程度予想立ててれば大丈夫だけど、突発的な事態に弱いんだよ俺。
寅の時もありえない叫び声あげちゃったし。

まあ混乱しててもいい加減長い長いお説教を食らってるうちにそれが母上にとって許せない類のことであることはわかった。
要するに寅より字を覚えるのが遅いのが気に食わないんだと。
だからって子供に正座させて扇で小突くのはどうかと思ってるとさらに別の事実が判明した。

なんか母上後妻だったらしいよ。
初耳だ。
たまに母上の父上、つまり俺からみたらじいさまが来るけど寅も一緒に可愛がられてたからてっきりギネスに挑戦でもして頑張ったんだと思ってた。
だって母上の子が俺だけならじいさまが寅まで可愛がるのは違和感あるし。

お説教から嫌味から自分の生活の愚痴まで入り始めた母上の話をまとめるとようやく話が見えてきた。

要するに、始めに父上に嫁いだのは母上の姉だったらしい。
当時父上は元服したばっかりで完全に姉さん女房。
政略結婚だから多少の年齢のずれは仕方ない。
けどそれなりに夫婦仲は良かったみたいで寅が産まれた。

けど初々しい若夫婦に待望の跡継ぎ誕生で幸せの絶頂だった所で流行り病で奥方が亡くなった。
現代みたいに恋愛結婚とかならともかく、家の繋がりとかが影響してた結婚だったもんだからそのままにしておくわけにも行かなくて傷心のまま母上が嫁いできたってわけだ。

父上としたら妻の面影がある上に実の妹だから嫌えるはずもなく、けどやっぱりなまじ顔が似てるから前妻のことを思い出してしまう。
母上としたら本来ならきっちり花嫁修業をして完璧な状態で嫁ぐはずだった所に急な結婚。
しかも嫁ぎ先は姉の嫁ぎ先なわけだ。
姉の代用って不満要素がある上に跡継ぎはすでにいる。
おまけに急な嫁入りだったせいで自分はまだ教養を修めきれていない。
比べられるのは完璧に教養を修めてから嫁いだ先妻で、よりにもよって実の姉。

どうもなかなか顔を見ないと思ったら自室で母上も正室としての勉強中だったらしい。
比べられ続けてストレスが溜まってた所に自分が産んだ息子は姉の息子である寅よりも文字を覚えるのが遅いという話が聞こえてくる。

自分が一生懸命努力しているのに自分の息子が姉の息子に劣るとは何事か!

ってのが母上の怒りの理由らしい。


正直、俺にどうしろと。
俺は俺でこれでも上手く動かない体を抱えて頑張ってると思うんだけど。

健気に母親のお小言を聞いてたけど、ちょっと投げ出したくなった。
早く終わらないかな。

母上の顔は普段なら鑑賞に耐え得るくらい綺麗なんだけど今はちょっと遠慮したい。
美人が怒ると怖いって言ったやつの気持ちがわかった。
うん、これは怖い。
おまけに若干鬱々としたオーラも発してるからそっちの意味でも怖い。

夫婦喧嘩は犬も食わないって言うけど、この場合はどうしたらいいんだろう。
とりあえず、勉強がんばろう。

落ち着いたらまた連絡します。


※マヨネーズ部分だけ書くのは簡単なんですがそれだとすぐに終わっちゃって気晴らしにならないだろうとこういうペースになってます。

それと初めからお金持ちの家に生まれたら面白くないだろうという作者の個人的なこだわりで中途半端な家で幼児プレイから始めてみました。
隠居したいのは白兎の願望です。
こんな状況に自分が生まれたら最低限の生活保障だけ確保してあとは隠居したくなるかなと思うので。



[10890] 早く隠居したい9 ~マヨネーズを目指して~
Name: 白兎◆98ec21ee ID:cad0cd88
Date: 2009/08/09 23:27
やあやあ久しぶり。

今回は祝い事ってわけじゃないんだけどね。

最近は一度吐き出したら箍(たが)が外れてしまったのか、あれから母上はには月に一度くらいの頻度で呼び出されて小突かれたり小言を言われたり愚痴を零されたりしてるよ。
俺の中身が俺だったから良いけどさ、これが普通の子供だったら精神の発達に影響を及ぼして将来のお家騒動の禍根を残す位はしそうだ。

まあ母上もストレス溜まってそうだし、話を聞く位は良いけどね。
こう見えても精神年齢では軽く両親を超えてる俺ではあるし。
いたいけな少女が腹に溜め込んでるのも良くないし。

しかし痛くはないけど扇の先で突かれ続けてると将来の俺の頭皮が心配だ。
まさかこの年で禿の心配をしなければならない人生を送ることになるなんて。

あれから母上の心労を減らす為と俺の希望が合わさって今の時点でできる範囲の手習いを増やすことにした。
まだ体が小さいから武術関係は無理だけど。

差し当っては教養関係とこの前の寅みたいなことがあるから薬草関係もできるだけ習うことにした。
父上に頼んで見せて貰える様になった薬草の本だけどこれはどこまで信じていいのやら。
正しいものが多いんだろうけど現代みたいに成分検査しての効能じゃないだろうし、西洋式医学の入る前の薬って逆に毒が薬として載ってる事もあるから怖いんだよな。
知ってる範囲のあちらの知識は概ね信頼しても大丈夫なんだろうけど、普通の人間は漢方やら薬草の効能なんて知らないっての。

あんまりやりたくないけど動物実験しかないか。
まさか実際に人で試すわけにもいかないし。
犬、猫、鳥、魚。
どれがいいんだろ。
鳥だと心が痛むから魚にしようかな。
どちらにしても気が進まないなあ。
一定量食べさせてみて怪しげな症状が出た物は実地で使った実体験が聞けるまでは使わないようにすれば平気かな?

あと庭師にも話を聞きたいし、薬師の話も聞きたい。
ヤマゴボウの毒性なんて昔身近に接してたからたまたま知ってただけだし、毒草位は早めに把握しておかないとまたうっかり寅が死にかねん。
俺はその辺のものを口に入れたりなんかしないけどあいつはまだ正真正銘の子供だからまた変な物を食べないとも限らない。
困ったもんだ。
筋肉馬鹿の寅のことだから覚えないだろうし、持ち歩きできるようにまとめた方ががいいかなあ。


何で俺まだ幼児なのにこんな頭を悩ませてるんだろう。
地味にヘビーな人生を送ってる気がする。
まだ体力がなかったり家から出られない上に字が読めないせいでできてないけど俺にだってやりたいことあるのに。
他に優先でやらなきゃいけないこととか多くて未だに何にもできていない。

落ち着いたら色々やりたいことはあるけど、とりあえず真っ先に改善したいのは布団。
ふかふかな布団が欲しい。
俺がしょっちゅう熱出すのって布団が薄いせいだよ、絶対。
泣きたくなるほどぺらっぺらだし、おまけに汗をかいても手拭いで拭くかもしくは蒸し風呂しかない。
夏なら水浴びでもいいけど、井戸水って死ぬほど冷たいからうっかりすると風邪をひくし。
湯船が恋しくて仕方ないよ。


落ち着いたらまた連絡します。










※時代としてはあまりきっちり設定してませんが乱世になる前のひと時の平和をコンセプトにしてます。

「冷や飯」って言葉が江戸時代からじゃないかという指摘については白兎(転生主の方)の知識には江戸時代のものも当然あるわけで、そういう知識から自分の位置が将来的に冷や飯食らいと呼ばれるものだろうと言う予測から自虐的に自分を冷や飯ぐらいと呼んでいます。
家臣的な位置になるのでは?という話もありましたが結果的に実家の仕事をしてるわけでして、経済的に自立できていないという意味ではパラサイトですし。

基本的に本作では「領地経営→あら不思議肥料の作り方から農法まできっちりしっかり知識があるぜ俺SUGEE」ってことは起こりません。
普通に白兎(作者)が転生した場合をモチーフにして知識を決めています。
なので概要は知ってても詳しいことがわからないことが多いので試行錯誤です。



[10890] 早く隠居したい10 ~マヨネーズを目指して~
Name: 白兎◆98ec21ee ID:1b65f060
Date: 2009/08/10 23:05
やあやあ久しぶり。

今回は祝い事だよ、祝ってくれ。

こちらに生れ落ちて早数年、やっとある程度だけど動き回ったりするのに不自由しない程度に成長できたよ。
いや、急にレベルアップしましたみたいに育ったわけじゃないんだけれども。
今朝父上からお呼びがあってね。
ある程度なら邸内から出て動き回っても良いと許可が出たんだ。
まあ、屋敷から見える範囲くらいまでだけどね。
山に入ったりもっと遠くに行きたい場合は誰か大人に付いてきて貰わないと駄目、と。

なんかいつぞやの寅毒草食らい事件のせいで神経質になられてる気がしないでもないけど、今までに比べればましだから気にしない。
出歩くことを禁止されてないならやりたいこともやれるしね。


これでやっと長年?の悲願を達成することができる!
俺はいい加減固くて薄い布団とはおさらばしたいんだ。
十枚単位とかで重ねればどうにかなるんだろうけど、そんなに大量の布を一人で布団に使えるほど俺は恵まれていないんだ。
言ってて少し悲しいけど。
季節の変わり目とか、汗をかいて冷えたりするとすぐ熱を出してたから結構切実。
子供の体ってやわだよね。


意気揚々と布団の改良に乗り出した俺なんだけど、これって結構大変だった。
初めは藁にしようかなと思ったんだけどね。
けど、考えてみれば藁って他にも使い道が多いんだよね。
思いつくまま並べてみても、草鞋に蓑(みの)に笠、雪が降れば長靴みたいなのも藁で編むし、家の壁に塗り込んだり軒から食料を吊るして干すのにも使うし火を付けるのにも使う。
さらに言えば発酵させて堆肥とかにも使えるからこれを使っちゃうのはまずい、というか申し訳ない。
うちにもあるけどあれは使う分だし、譲って貰うにしても俺には払える対価もない。

色々とないない尽くしだ。
綿を入れれば良いとか、羽毛にすればいいじゃないかって思う?
けど考えてみてくれよ。
綿はまだこの時代まだ高価でそんなに量も入って来ない。
これに関しては、たしか南の方でしか栽培してなかったようなことを昔読んだような気がする。
羽毛にしたって、猟師に譲ってもらうにもたくさんあって余ってるならともかく、あれはあれで釣り針に付けたり工芸品に付けられたり使い道があるだろうし。
少量なら譲って貰えても大量にってなると難しい。
なんせ金を使わないでどうにかしないといけないんだから。

蓮の繊維を使うことも考えたんだけど、量を採るには沼なり探して船で取らないといけないだろうから却下した。
うっかり落ちたら洒落にならないし、そもそも船を運び込むのも大変だしそもそも船はどこから出してくるんだって気付いたから。
他にも繊維質の多そうな草とか探してみたんだけど、大量にとなると集めるのが大変だし、数日悩むことになった。


あれやこれやと候補をあげては、つついてみたり干してみたり茹でてみたり。
結果、悩みに悩んでるうちに笹というか竹を使ってみることにした。
さすがにでかく育ってる竹は無理だけど、細くて良くしなるそれほど背の高くならない竹があるだろ?
あれが笹なのか竹なのかは俺にはわからないけど。
けど、あれなら割とどこにでも生えてるから俺のおでかけ範囲で大量に採れるし。
季節関係なく生えてる上に繁殖力も強いから心置きなく使えるし。


というわけで竹で布団を作ることにしたよ。
けど結構大変だった。

当たり前だけど、綿として使うには空気を含ませないといけないから。
できるだけ細くしないといけないんだよな。
土岐にも手伝わせて刈り取って来た竹(笹?)を大鍋で煮込んでみたんだけど、あんまり柔らかくならなかった。
まあ期待はしてなかったからそれほど気にはしなかったけど。

あ、きちんと仕事の邪魔にならない時間に調理場は借りたよ。
さすがに家人の仕事の邪魔しちゃ悪いし。

茹でた竹は茹でる前と比べて若干柔らかくなったようなならないような、そんな微妙な状態だった。
というか、この時思い出したんだけど竹って水筒の代わりに使う位水弾くんだっけ。
皮剥いておけば良かった。

改めて皮を内と外で剥いて、あとは臼を引っ張り出してきて土岐に付かせる。
がんばれ土岐、その動きは背筋を鍛えて武術の鍛錬になるんだぞとか思いつつ、俺はある程度砕けた物から取り出して大きめの石の間に挟みこんでさらにひき潰す。

途中で土岐が根を上げて、呆れた顔のおじさんが代わってくれたのはご愛嬌。
土岐も磨り潰し組に取り込んで作業を進めたけど、これが結構時間がかかる。
当たり前だけど、元が硬いものを繊維状になるまで砕くってのは時間と手間が掛かるもんだ。
当然一日じゃ終わらなくて、数日掛かってやっと満足する量をほぐすことができた。

ちなみに。
後半は武術の鍛錬になるとか煽てて寅に臼を付かせたけど、体力馬鹿だからか子供特有の無限体力か、おじさんよりがんばってくれた。


ここまで潰すと結構糸と言うか紐に見えなくもないって位になったけど、やっぱり硬かったからさらに煮込んでみた。
竹を解すには塩か?灰汁か?と筍繋がりで悩んでみたけど、どっちかわからなかったからとりあえず両方で二度煮込むことにしたよ。

意外や意外、手間は掛かったけど使えそうな感じにできあがりました。
綿って言うとおこがましいけど、布の間に空気の層を作れればいいんだからまあ良いと思う。
贅沢は言えないんだから気にしたらいけないと思うんだ。
さすがに元が竹なだけあって、綿とか羊の毛みたいに絡まってもこもこしてるやつには負けるだろうけど、それでもぺったんこな今の布団よりは暖かいに違いない。

最近影が薄かったけど、実は身の回りの世話をしてくれてた乳母に頼んで用意して貰った袋に竹糸を解しながら、なおかつ絡まるようにかき混ぜながら詰め込んだら完成である。
ちなみに寝潰したり季節で量の調節ができるように口は紐で結んで閉じるようになってる。

かなり時間が掛かったけど、竹布団の完成だ。
これで熱を出すことも減るだろう、これからはもっと快適に人生過ごすんだ!


上機嫌で竹布団に包まって寝た俺は次の日、布の中でずれて薄い所と厚い所が凄い高低差になってる愛しの竹布団と遭遇した。
考えてみればずれるのは当たり前か。
朝から中身の入れ直しをして要所をずれないように糸で縫い止めて貰った。

昨日で完成したつもりだったから朝から少し物悲しかったよ。

ああ、それと寅にもねだられてもう一つ作ることになってしまった。
次は座布団を作るつもりだったのに。
丸いゴザみたいなやつは夏は固いし冬は寒いんだよな。

まだまだ楽のできる日々は遠い。



追伸、文字が読めるようになりました。
読めるって言ってもひらがながほとんどだけど。
ちなみにまだ字は汚いです。
どうやって崩すのが美しいのか基準がわかりません。
適当に崩したら汚いって言われたよ。

落ち着いたらまた連絡します。




※ちなみに竹繊維は裏付け取るのに調べたら実際ありました。
麻紐より細い感じの糸?紐でした。

こうも急に気圧が変わると偏頭痛持ちの白兎は屍一歩手前です。



[10890] 早く隠居したい11 ~マヨネーズを目指して~
Name: 白兎◆98ec21ee ID:1b65f060
Date: 2009/08/11 19:05
やあやあ久しぶり。

いきなりだけど労わってくれ。

寅に手伝わせた代償に、寅の分の布団まで布団を作らされることになったのは記憶に新しい。
けど、まさか父上や母上の分まで作らされるとは思わなかった。
俺の竹布団に感動した乳母が父上に密告したらしい。
仕方なく父上の分の竹を刈り取りに行こうと思ったら、今度は母上に見つかって部屋に連行された。

ああ、俺の頭皮が心配だ。
お約束のごとく扇の先で小突かれ、自分の分の布団も請求された。
いや、もちろん作るのはいいけどね。
寅や大ウケしてた父上はともかく、母上に竹布団はどうかなと思ってたんだよ。
雅が服着てるみたいな、優雅に過ごすことに重点を置いてる母上が。
やっぱり寒かったのか。

さすがに今回は量が量だし、力仕事も多いので父上から人手を借りた。
三人分と、ついでに俺の座布団の分も取ってくることにしたから結構大人数。
なんか、すみません父上の我侭で!って言いたくなった。
これ手伝っても臨時の給金なんて出ない上に、普段の仕事もなくならない。
我侭もほどほどにねー。

ちょっとした謎の集団と化して山狩りを決行した俺達は、山積みの竹束を手にして屋敷に戻った。
何しろ量があるし父上の命令だから、多少仕事の邪魔になることは承知で作業に取り掛かることに。
俺の分だけ作ってた時とは違って量も大量だし、当主の命令だから堂々と庭のど真ん中を占領する。
前回は庭の隅っこでちまちま作業してたけど、今回はギャラリーが多い。
俺みたいな餓鬼が先導して大作業をしてるのが気になるらしい。

どうでもいいけど、日々の仕事量は変わらないんだから見物しすぎて仕事をおろそかにするなよ?


人手として借り受けたのは当然大人だったし、興味を示した家人達が空き時間に手伝ってくれたから数日で作業が終わった。
量は増えたのに作業時間は前回よりずっとマシだな。
そりゃ、子供の手で作るより早く出来上がるのは当然だ。
これで我が家の人間は総員ふかふか布団完備である。


そして今回、力仕事は代わってやって貰ったので代わりに俺が別に作っていた物がある。
父上の布団を作る代わりにある程度までなら、という条件付で竹布団のような発明品?を作る許可を貰ったのだ。

竹刈りに山に踏み込んだ際、あちこちで採集してきた土やら草やら。
まだ試験段階だがこれから俺のお供になること必須だ。


何を作っていたかと言うと、手作りクレヨンである。
正確にはクレヨンではないのだが、クレヨンを目指して作ったのでクレヨンである。

なんでこんな物が必要なのかというと、すべての元凶は寅である。
内面は大人な俺と違って寅は正真正銘お子様なので、また毒でも食わないか弟は心配なのだ。
身内の心配は当然として、大人として子供の安全を確保するのも当然である。
父上に閲覧許可を貰った書物や庭師、家人、薬師の話を聞いて付近に生えている植物で毒性のあるものは寅の守役に伝えてはある。
けれど所詮口伝えの上、守役に頼るしかないのではあまり安心していられない。
考えた末、寅に毒草図鑑を持たせようと思ったのだ。

図鑑と言ってもたいした物ではないが。
初めは巻物状にして首なり腰から下げさせようと思ったのだが、寅の場合墨で書くと濡らしかねない。
油性インクが作れないかなと考えたのだ。

油性インクはわからないが、油を混ぜれば撥水性はあると思いたい。
墨に油を混ぜて、とそこまで考えた所で思いついたのがクレヨンだったのだ。
ついでにクレヨンを作ってしまえば持ち歩きにも便利だし。
携帯用の墨と筆はあるけどあれは結局水が必要になるしな。

とりあえず油と墨、あとは適当に蝋でも混ぜたらどうにかなるかなと思ったんだが。
けどこの材料だけだと固まっても今度は上手く紙に色がうつらない気がした。
なので粉系統を混ぜれば物自体の摩擦が増えるかなと思ったのでとりあえず、灰を混ぜてみた。
灰は灰で洗濯だったか洗い物だったかに使うのであんまり使いたくはなかったのだが。

ちなみに墨以外では岩絵の具から連想して、山の土を採って来た。
赤土とか黒土とかあるじゃん。
砂を混ぜたら紙に書く前に紙にヤスリ掛けてしまいそうだったから混ぜるのは泥水だけど。
あとは植物から取った色水関係かな?

今回はまだ上手くいくかわからないので、試しに黒で作ってみることにした。

溶かした蝋と混ぜて、潰さずに取っておいた竹の中に流し込む。
あとは冷えて固まったら念の為数日乾燥させて完成である。

適当に思い付きで作ったが、果たして上手くいくのやら?
父上達の竹布団もこれから乾燥させないといけないし、しばらくは庭は俺の実験場になりそうだ。


落ち着いたらまた連絡します。







※正確には、作者の知ってる限りで考える→それで上手くいきそうか裏付けをとる、という流れになります。
裏付けをとる過程で知った新しい知識は作品内で白兎の知識として使われることはありません。
裏付けを取ってみて、どうにか近い物ができあがりそうだなと判断すると白兎の発明が成功するわけです。



ちなみに関係ない小ネタですが作者欄の名前が白兎になった原因は作者がPN考えるのを激しく苦手としている為です。
PN思い付かねーよ→白兎が話し掛けて来る形式だから白兎でいいんじゃね?→作者欄白兎→自分で「しろう」って読むって決めたくせに毎回「しろうさぎ」と読み間違える→いいよもう、転生した方が「しろう」で頭痛持ちの屍は「しろうさぎ」で。
という激しく馬鹿っぽい理由で。
あくまでも、作者は「しろう」というニュアンスだったりしなかったりです。
「う」にアクセントです。
鵜飼いの「う」だったり。
せっかく魚採っても首に結ばれた紐のせいで飲み込めずに鵜飼いに横取りされて働かされ続ける感じが「しろう」に重なります。



[10890] 早く隠居したい12 ~マヨネーズを目指して~
Name: 白兎◆98ec21ee ID:1b65f060
Date: 2009/08/11 19:07
やあやあ久しぶり。

今日辺り布団とクレヨンが出来上がりそうだよ、これも祝い事かな?

数日前に繊維状にした竹繊維とクレヨンもどきはここ数日天日で乾燥させてた。
あとはその間に縫い上げて貰った袋状にした布に詰めるだけだ。
まあ、これだけで家族が風邪をひく可能性を減らせるんだったら安いものだ。
けどもうやりたくはない。
あれを解すのはかなり大変だった。
水車の動力で動いて勝手に臼をつくようにしたり、こっちは作り方思いつかないけどプレス機とか欲しい。
もしあればもっと楽に作れたのに。

まあ俺の分はもうできてるし、いいけどね。
そもそも水車を作れるほど俺は器用じゃないし、誰かに作って貰うにしてもそんな金ないし。

そんなわけでもう俺には関係ない事柄について考えつつも、日干し具合を観察する。

両方ともいい感じだ。

竹布団の方はあとは持ち主に合わせた趣味の布で包んで貰えば完成である。
正直言ってそっちはもう興味がないのでそれぞれ付きの人に押し付けることにする。

俺の興味の先は、もはやできたばっかりのクレヨンのみだ。
なんとなく混ぜたらできそうだと思った物を混ぜただけの代物である。
出来が非常に気になった。
きちんと固まっただろうか。
恐る恐る竹を取り外して中身を確認する。

色々と不安要素はあった物の、とりあえず黒い物体はできたみたいだ。
あくまでも、黒い物体だが。
紙は遊びに使えるほど安くないのでその辺で拾ってきた木切れに試し書きをしてみた。

結果としてはなんというか。

書くことはできた。

できたんだが。

調子に乗って力を入れたら折れた。
そりゃ、蝋の強度を考えて、さらに色々混ぜ物したから脆くて当然だよなとか思ったけど。
期待が大きかっただけに地味に凹んだ。

そういえばクレヨンって折れやすかったよな。
若干下がったテンションでしばらく考えた結果、固めるのに使った竹を再度固定して、余ってた竹繊維で縛って使うことにした。
イメージ的には、あれだ。
コンパスに取り付けてた芯みたいな?
最近は鉛筆を付けるタイプも出てきてたし、まだあるのかは謎だけど。

まあ、これなら多少の振動には耐えれるだろうし。
ついでに手が汚れないように古布でも巻くかと考えてたことも解決したし。

肝心の撥水性に関してだが。
油と蝋の相乗効果か、結構な性能を発揮してくれた。
普通の墨みたいに染み込んでるわけじゃないから、紙に書き付けた場合は色落ちの問題とかもあるけど。
けど木とか、高級じゃない、逆に粗雑な紙なら表面の凸凹に入り込んで使い道があるかも。

現に木切れに書いた跡は水で洗い流してこすっても結構残ってた。
きちんとできるか不安だったけど、これは案外成功したかもしれない。

今度は他の色も作ってみよう。
ちなみに試作品は寅が欲しがったのであげた。
まだ作れるしね。

その晩は再び父上に呼び出されて竹布団の感想を聞かされた。
藁を使わなかった理由とか聞かれたので、適当に藁は他にも使い道が云々誤魔化しつつ話したら褒められた。
うん、ぶっちゃけ、金がなかったってのが一番大きかったんだけども。
さすがに息子に金がないって言われたら父上可哀想だし。


父上の部屋からの帰り、寅の部屋の前を通りかかった。
ちょうど部屋の入り口になる辺り、障子の正面の廊下に寅のサインを見つけた。
持ち物に全部名前を入れる子供って・・。

現実逃避に走りたくなる気持ちを感じつつも、俺は何も見なかった。
けして今すぐ対処するのが面倒だからではない。


あとでタワシを作らないといけないかな。
あんな簡単な構造をしてるのに、悲しいかなこの時代にタワシはないのだ。


落ち着いたらまた連絡します。



[10890] 早く隠居したい13 ~マヨネーズを目指して~
Name: 白兎◆98ec21ee ID:1b65f060
Date: 2009/08/11 19:09
やあやあ久しぶり。

今日もこっぴどく母上に小突かれたよ、良い育毛剤を知らないかい?

初めに見つけた晩に対処しておけば良かった。
翌日、遠足当日の園児みたいに早起きした寅によって屋敷はクレヨンまみれになった。
そして皮肉にも、俺が頭を捻りに捻って持たせた撥水性のおかげで俺が怒られることになった。
この時代、油ってどうやって落としてたっけ。
灯りに油使ってるし、掃除の方法はあるんだろうけど。


母上の部屋付近も寅の餌食にあったらしくて、早めにどうにかしないと俺の頭皮が可哀想な事に!


嫌な未来視を実現させたくなかったので、大急ぎでどうにかすることにしたよ。

追加で足す分の為にと余計に取ってきておいた竹を途中までほぐして、ある程度弾力のある状態で短く切り揃えて量を作る。
その後は平たく、かつ薄く整えながらピンと張った2本の紐の間に広げていく。
広げ終わったら紐の端に棒を括り付けて、そのまま落とさないように捻っていく。
限界まで捻ったら、あとは紐の両端を縛り合わせて、ある程度表面を切り揃えれば完成である。

本当のタワシは紐じゃなくて針金らしいけど。
その辺は針金なんて手に入らないから仕方ない。
手荒く扱うとぽろぽろ毛が抜けてくるけど気にしない。
細かい所まで掃除できる物が他に思い付かなかったんだから仕方ない。

取れてしまった分は捻る量を増やして、毛の部分はは再利用するなり火付けにするなりして貰うことにした。

完成したタワシもどきは、掃除してる人に渡しておいた。
ついでに取れない原因が油であることも伝えておいた。
蝋のせいで硬くなってるせいもあるけど。
なんか余計な仕事増やしたみたいでごめんなさい。

ちなみに寅はお説教食らった上にクレヨンは取り上げられてた。
まあ持たせてたらそのうち同じ事するだろうし、仕方ないね。

まあ、掃除を手伝おうにも、俺にはできないんだが。
年齢とか体のサイズの問題じゃなくて。

一応俺って若様だし。
手伝おうとすると逆に恐縮されて逃げられるんだよ。
そんなわけで俺は亀の子に見えなくもないタワシを作った後はノータッチ。

ほのぼのと残りのクレヨンもどきを製作中。
そのうち使いたくなるかもしれないし、どうせ勉強以外することなので張り切って色は豊富にしといた。

紙がないなら作ればいいじゃないって思うけど、うちでそれをするには人手も設備も足りないし。
せっかくクレヨンがあってもお絵かき道具として寅に遊ばせてやれる環境は作れそうにないな。
せいぜい、あとは燃やすだけの薪くらいか、落書きして問題なさそうなのは。

クレヨンは作ろうと思えば作れるけど、量を作ろうとなると無理かな?
溶けた後の蝋だって再利用するんだろうし、材料になるんだったら資源として買い取る人間位いるだろうから、そんなに俺がかっぱらうわけにもいかない。


そういえば、他の家人の手前言い出せなかったけど、土岐にも布団作ってあげようかと思ったらいらないって言われた。
俺に作らせるわけにはいかないからってさー。


まあ作り方自体は簡単だし、作ろうと思えば土岐にも作れるだろうからいいか。


なんかそろそろお祝い事のある時期も過ぎて、祝ってくれって言えるできごとが少ないよ。
決められた勉強を終わらせたらあとは何か作るか寅か土岐と遊ぶ位しかやることないし。
子供をやるって案外と暇なもんだよね。

作りたい物とかあるけど!

けど、だけれども。


俺に勝手に使える金なんてないわー!


と声を大にして叫びたい。
身近にある物で何か作る位しかできないよ、はあ。

庭の隅っこで竹をつつきながら、なんか安く作れる物ないかなーとそんな日。




落ち着いたらまた連絡します。






※ちなみにタワシの作り方は前になぜか特集をTVでやってたのを見て知りました。
明治だったか昭和だったか、母親が不便な道具を使って洗い物してるのを見かねた人が作ったらしいよ。
それ以前は藁とか縄をまとめたようなので洗ってたみたい。
と書きつつ調べたら事実は醤油屋に奉公してた人が母親の作ってた足拭きマットにインスピレーションされて作ったのが正解だったらしいです。
TVは脚色かこのやろー。
今までそっち信じてたよ。



[10890] 早く隠居したい14 ~マヨネーズを目指して~
Name: 白兎◆98ec21ee ID:1b65f060
Date: 2009/08/11 19:12
やあやあ久しぶり。

なんか褒められたよ、祝ってくれ。

寅から取り上げたままになってたクレヨン、そのまま父上が持ってたらしい。
持ち歩きに便利だって褒められた。

必要に駆られて作っただけだけど、褒められると意外に嬉しいわ。
祝うついでに褒めてくれ。

普段あんまり褒められないから。
たまに褒められる時は存分に褒められると良いと思うよ。

酷いよねー、これでも結構一生懸命やってるんだけど。
でもいくら頭が大人だとしてもさ、やったことないことなんて初めからできるわけないじゃないか。

文字はあの通りだし、漢文とか難しいし。
教養として華道と茶道とかも習ってるけど、華道は感性の問題だし。
茶道は作法が難しくて。
作法を気にしてばっかりいるとなんかガチガチになって怒られるし。

胸張ってこれは得意って言えるのは薬草の知識くらいだよ。
けどこれは武家の子としては褒めて貰えない。

俺、薬師とか職人の家に生まれた方が良かったんじゃ?
なんか家業で必要とされる特性と俺の特性が合ってない気がするよ。

個人の特性で仕事を選べるって大切だと思うよ?俺。

いいよもう、なんで武家なのに教養が必要になるんだよ、って突っ込んだこともあるんだけど。

あれですよー。
教養があるってことは生活に余裕があるとか、頭とか要領がいいって事の証明だったりするから。
一見すると関係なさそうだけど実際に刀で斬り合う以外の所でも、所謂優雅な戦いというか。
見栄の張り合いが繰り広げられてたりするんだよね。

他にも陣形だとかも習わされるみたいだけど。
それはもっと大きくなってからみたいだ。

そんなの使う事態になんかなりたくないけどね。



ああ、そんなことより。

寅に持たせる予定の毒草一覧が完成したよ。
あちこち駆けずり回ってる寅に持たせるもんだから、耐久性を考えて布にした。
木簡にしようかとも思ったけど、かさばるし、ある程度厚くしないと糸とか通せないし。
というか何より、糸を通す穴とかがまだ俺には難しそうだったし面倒臭かったり。

布も素材によっては結構するんだけど、まあ寅事件もあるし、布が必要な理由を説明して布を分けてもらった。
強度について考えてみたけど、引っ張ってみた所で子供の力じゃ比較できないからやめておいた。

鼻緒の切れた町娘に格好良く手拭いを千切って直してやる、なんてことを思い出したけど。
あれが本当なら昔の布って強度はあんまり期待できないのかも。


一通り書物から仕入れた範囲の毒草と庭師に聞いた物、あとは庭師やら屋敷で働いてる人間に聞いた範囲の毒草。
ついでに知ってると便利だとか、生活の豆知識になる範囲の薬草なんかも。
この周囲一帯の気候とか、聞いた話の中で整理して、付近に生えてるだろう物だけに範囲を絞ってできるだけ忠実に絵を描いた。
もちろん画材はクレヨン。
その為に作ったんだし。

なんでわざわざこんな手間を掛けないといけないかというと。
子供は風の子って言葉を実践したように落ち着きのない、はっきり言って座学の大嫌いなお子様な寅には毒草だけでも覚えろって言っても無理だ。
ついでに似た薬草の違いを見分ける部分を個別に覚えておくことも無理だろう。

そのせいで俺が手の掛かることをしてるわけだけど、寅に死なれるよりは良い。
血の繋がった家族としても、次男としても。
家督を継ぐなんてやっかいなしがらみの多そうなこと、俺はお断りだし。
冷遇される人生は嫌だけど色々抱えて大変な人生もお断りだ。


そういうわけで、個々の絵と、見分けるポイントなんか精密に書いておいた。
一通り見せた後、ちらとでもこれに書いてあった記憶のある植物は見比べてから触るようにすることにさせれば大丈夫だろう。
ちなみに毒草と薬草では、布をまとめる結び紐の色を変えておくことにした。
ほら、寅馬鹿だから。

あとは虫除けの薬草を煮出して少し薄めた蝋を薄く塗って揉めば終わり。
初めはカチカチだったけど揉んでる内に少し柔らかくなった。
あんまり擦り過ぎて蝋が剥げても困るけど、柔らかくないと巻けないしね。

これを竹から作った入れ物に入れて紐で首から下げられるようにした。
腰から下げてもいいけど、失くしそうだし。
クレヨンが擦れて剥げないように蝋を塗ったけど、ついでに布自体も上手い具合に撥水してくれればいいな。
終わってからニカワとか塗っても良かったかもと思ったけど、やっぱり無理だ。
あれはかぶれるって言うし。
痒いのは嫌だ。


しっかり寅の首に付けておくことにするよ。
寅の首に鈴。
保険って意味ではある意味正しい。
保険の恩恵を受けるのが鼠か猫(虎)かの違いはあるけど。


落ち着いたらまた連絡します。



[10890] 早く隠居したい15 ~マヨネーズを目指して~
Name: 白兎◆98ec21ee ID:1b65f060
Date: 2009/08/12 19:53
やあやあ久しぶり。

なんか寅の落書きのおかげで家人の視線が痛いよ、慰めてくれ。

そりゃ確かに、俺が作ったクレヨンのせいで仕事を増やしたけどさ。
でもあれって俺のせいじゃなくて、所構わず落書きをして回った寅に問題があると思うね。
子供にあんなもの持たせたらどうなるか位わかりそうなものだけど、忘れてたんだよ。
俺が無邪気な子供だった頃はとっくの昔に通り過ぎてるんだし、自分自身、紙以外に何かを書くって事をしてなかったんだから。
まさか屋敷中に落書きが溢れるなんて思い付かなかったんだよ。


なんか、気が付いたら赤ん坊になって転生してました、なんて愉快な人生送ってる癖に、俺自身は貧乏くじばっかり踏んでる気がする。


とりあえず今は視線をどうにかしないと。
直接何かされたわけじゃないんだけど、常に見られてるというか。
気になって振り向くと目を逸らされるし。

まともに目を合わせてくれるのは家族以外では乳母と土岐だけだ。

いや、母上の場合は目を合わせるというか、単にまだ襖とかの取替えが済んでないからご機嫌麗しくないだけだが。

けどさすがに襖をタワシで擦るわけにもいかないし。
寅に直接言い辛いからって俺に当たるのは勘弁してくれ。

こう度々小突かれてると、扇タコができそうだな、俺の頭。
タコになったらそこからは髪は生えないよなあ。

今度から頭皮マッサージでもしようかな。


あ、それから首鈴(竹筒だけど)の礼なのか、それとも知ってる草を発見して嬉しかったのか、寅が草をくれた。
ありがとう、嬉しいよ寅。
けどな、それ。

パッと見は薬草に見えるけど単なる雑草だよ。
いや、花咲いてて綺麗だけどね。
弟は悲しいよ、兄上。

薬草の方は白い花だって書いておいたじゃないか。

毒草に触らないって最低限の目的が果たせればいいけどさ。
見分け方とかもきちんと書いてあったんだぞ?
初めてだから今回はいいけどさ、そのうち見分けられるようになってくれよ。

せっかく手間隙掛けて作ったんだしね。

ああ、せっかくと言えば。
せっかく綺麗な花なんだし押し花にして襖の修理に使って貰おう。
上から重ねて貼り付ければクレヨンも誤魔化せるだろう。

セコイ気がするけど仕方ない。
張り替えるのも職人を雇ったりで金がかかるし。
我が家の経済状況を悪化させたりでもしたら俺にも皺寄せが来そうだ。

今もわざわざ費用を掛けてまで何かしてるわけじゃないけど、いざ何か用意して欲しい時に我が家が赤貧だと困る。


とりあえずしばらくは屋敷にいると落ち着かないし、一人だけ人手を借りて抜け出すことにしたよ。
何か面白いことでもあるといいなあ。

あ、珍しい薬草でも探してみようかな。
高価な薬草とかあったら高く売れないかな?

でもよくよく考えてみたら、俺って物の売り買いとかできるのか?
なんか母上の扇が飛んで来るのが見える気がする。


落ち着いたらまた連絡します。




※ヘチマは江戸初期に渡来したという説が有力らしいです。
主に体用として使ってたり、掃除にも使ってたらしいと。
もう一つは奈良時代以前に渡来してきたという話もあるらしいですが、有力な説として取り上げられないってことは薬草関連等の書物から名前が挙がらなかったんではないでしょうか?
しろうさぎは江戸初期説が妥当かなと思いました。
それに、もしそれ以前に日本にあっても、木の隙間に入り込んだクレヨンを取るのは難しいんじゃないかと。



[10890] 早く隠居したい16 ~マヨネーズを目指して~
Name: 白兎◆98ec21ee ID:1b65f060
Date: 2009/08/12 23:05
やあやあ久しぶり。

未だに屋敷の人間の視線が痛いよ、労わってくれ。

俺の何が気になるのか、ちらちらちらちらと鬱陶しい事この上ない。
あれかね?
俺のせいで屋敷中クレヨンまみれになったからとか言わないよな?
あれは寅が書いたんです、俺が書いたんじゃないよー。

しかも何日も前のことなのにまだ根に持ってるのかよ、酷い。



あ、そう言えば良い事もあった。

父上に呼び出されて欲しい物を聞かれたから机と椅子を作って貰うことにした。
正座して勉強が苦手なんだよね、俺。

ちょうど竹座布団が出来上がって、どうせだったら椅子が欲しいなと考えてた所だったから即答してしまった。
けど、どうせなら少し猶予が欲しかったな。
欲しい物を聞かれたってすぐに思い付く事ってあんまりないじゃないか。
どうせ数日したら、あれをねだれば良かった、とか思いついて後悔するんだろうな。

ちなみに、椅子と机は職人に直接注文して使い勝手が良いやつを作って貰うことにした。
最近出かけるついでに薬草を集めてるからそろそろ部屋の中が散らかってきてるんだ。

午前中は今まで通り勉強してるけど、午後は毎日のように出掛けるから結構あるんだよね。
まあ気まずいって言うのが主な原因だけど。

子供の足で入れる範囲だからそんなに珍しい物も高価な物も見つからないけどね。
もっと奥まで行ってみたい気はするけど、土岐と、一人だけ付き合って貰ってる家人が許さないだろう。
ちなみに寅の薬草便も時たま届いてる。
まだ半々くらいの確立で雑草だったりするけど。

俺が武芸を習い始めるにはまだ年単位で時間があるだろうし、教養として課せられてる勉強自体は午前中で終わるのだ。
寅のせいで集めた薬草の知識だけど、案外これは結構良い暇つぶしになる。

周辺の薬草を一通り自分の目で確認したら効能とかの確認をしてみてもいいし、薬師に話を聞いてみるのもいいかもしれない。
自分の解熱くらいなら自分で処置できるようになるかもね。

そういえば、父上に薬草を保管してあることと、薬師に買い取って貰う事はできるのか聞いてみたら苦笑いされた。
下げ渡すだとか、譲り渡す、つまりは寄付なら良いけど金を取るのは駄目だって言われた。
武家の体面って厄介だね。


早くテーブルセットが完成しないかな。
現代の子供のことは知らないけど、この時代の子供が長時間落ち着いていられないのってそのせいだと思うよ。
正座は結構辛いんだ。

落ち着いたらまた連絡します。



[10890] 早く隠居したい17 ~マヨネーズを目指して~
Name: 白兎◆98ec21ee ID:1b65f060
Date: 2009/08/12 23:09
やあやあ久しぶり。

この前ねだったテーブルセットができたらしいよ、祝ってくれ。

あれがあれば足が痺れないから便利だよね。


朝から父上に呼び出されたよ。
部屋に届けてくれればとも思ったけど、物が大きいから俺が行った方が早いよね。

成長したら使えなくなりました、なんて間抜けなことは俺はしない。
しっかりと俺のサイズに合わせて高さとか幅を調節できるように注文しておいたんだ。

職人に特注するなんてすごく贅沢な気もするけど、大量生産して作業を簡単にしてる現代と違って、この時代じゃ当たり前なんだよね。
というか、よほど飾り気のないもの以外は大抵職人の一点物なんだし。



なぜか邸内の一番奥、何代か前の当主が建てたっていう離れに連れて行かれた。

あれみたいだね。
クリスマスプレゼントを当日まで必死に押入れの奥に隠してるお父さん、みたいな。

しかし、前々から思ってはいたけれど本当に無駄な離れだ。
特に変な謂れがあるわけじゃないけど、当主の部屋の前庭を通らないと行けないから必然的に使われずらい。

だってそんな位置にある部屋になんて住んでたら、一挙手一投足が当主に気を使う。
ちょっと散歩に出ようと思ったら当主とこんにちは、なんてお断りだね。
なら当主が使えば良いと思うけど、離れ自体はとても質素なので当主が使うには障りがあるのだ。
本当、建てた本人は何に使ったのか気になるよ。


離れに入ると、換気はこまめにされていたのか長年使われていなかった部屋独特の臭いはしなかった。
ちなみに、こっちは寅のクレヨン爆撃の被害は受けなかったみたいだ。
父上の部屋の前廊下にも落書きがあったくらいだから、ちょっと意外である。

そして母屋から見てちょうど反対側、屋敷の裏側の庭に面した部屋に机は運び込まれていた。
俺の希望通り、高さや幅を変えたりできて、なおかつ収納も盛り沢山である。
ちなみに素材自体はそれほど高い物じゃない。
買い替えの必要もなく、我が家の経済情勢にも優しい一品である。
拘った所と言えば、できるだけ変形しない素材にして貰ったということだけだ。

薬箪笥の様に、細かな引き出しを多く取り付けたのだ。
もし変形して開かなくなったら一大事である。


父上に礼を言ってから無邪気な子供を装い、性能テストとしてあちこち確認作業をしてみる。
父上の選んだ職人は、忠実に俺の希望を適えてくれていたようだ。
おまけに俺が子供だからか、角が綺麗に削ってあったり、引き出しの開け閉めがしやすいように細工してあったりする。
とても優秀である。
もし何か欲しい物ができたらまた彼に頼むとしよう。
まあ、機会があればだが。

今回はなぜか父上が作ってくれたけど、俺から欲しいと訴えた所で叶えられるかは謎だ。
子供の玩具位ならどうにかなるかも知れないが、俺はそんなもの興味はないし。




つらつらと考え事をしながら引き出しを開けたり閉めたりしてると、父上から声を掛けられた。


ここに引っ越せって?

なんでまた。
父上、実は隠してたつもりが、机を動かすのが一苦労になったことに気付いたとか?
この離れから俺の部屋までって結構遠いしね。
隠すならせめて母屋の物置とかにしておけば良かったのに。
まあ、今更これを動かすのも大変だし、別に良いよ?
机を動かすよりは多少かさ張っても俺の衣類とか薬草の方が運びやすいだろうし。

というわけで、俺の邸内引越しが決定しました。

落ち着いたらまた連絡します。



[10890] 早く隠居したい18 ~マヨネーズを目指して~
Name: 白兎◆98ec21ee ID:1b65f060
Date: 2009/08/13 20:27
やあやあ久しぶり。

やっと部屋が片付いたよ、労わってくれ。

やってみると意外に面倒だったんだ、引越し。
俺の部屋から持ち出す物っていってもたかが知れてると思ってたんだが。

案外これが大変だった。
着物とか、生活面での持ち物は乳母がやってくれたんだけどね。
厄介だったのが薬草関係だよ。
調子に乗って引き出しを付けまくった机があることだし、部屋も広くなったから分別し直そうかなと思ったのが運のつき。
一度始めちゃうと中途半端に分類方法が違うのも気になって仕方ないし、もう一度すべて分類し直したよ。

今度からもう少し考えてから引越しとかしようと思った。
まあ俺の場合、強制ニート人生は決定してるからどこに移動することになっても屋敷の中のどこかだけどね。


片づけが済んでから離れの中を見て回ったけど、ここって結構広いかも。
まあ比べてるのが前の俺の部屋だった母屋の一室なんだから、大抵は広い部屋になるかもしれないけど。
少々手狭だけどいくつか部屋もあるし、こっちはこっちで一つの家みたいだ。
意外だったのが井戸とか調理場って言うのか?釜戸とか付いてるし。
厠がこちらにもあるのは良いとして、風呂までこっちにあるよ。
風呂って行っても湯船じゃなくて蒸し風呂だけど。

母屋まで入りに行かなくても済むのは良いとして、これって土岐と乳母に面倒を増やしてしまっただけなのかも。
けど母屋まで入りに行くと多分帰りに確実に体が冷えるよな。

しばらくは母屋の方に通ってもいいけど、冬とかは厳しいよなあ。

現代育ちゆえの価値観ゆえか、あんまり人の仕事の邪魔したり、手間を掛けさせるのは苦手なのだ。
だってさ、俺の我侭聞いたり仕事が増えたってボーナス出ないんだぞ?
どれだけ働いても給料は同じって、どこの社会主義国だよ。
労働には相応の対価が支払われるべきであると思うね。

まあ俺は彼らがどういう形で給料を貰ってるのかは知らないけど。
奉公って先払い制の衣食住保障だったっけ?
お年玉を主人から貰った話を現代で聞いたような気も・・・。
いや、米で現物支給だっけ?
もうよくわからん。


けど結局は手間を増やしてるし、もう少し考えるべきだよな、やっぱり。

あ、ちなみにわざわざ父上の部屋の前を通って邪魔するのもなんだし、離れの端にある裏門を開放して貰うことにした。
門って言っても、本当に普通の木戸だけどね。
表門に比べれば門って呼ぶのもおこがましいサイズだけど、俺にはこれで十分だし。
むしろ、最近気になってた視線の中を表門まで歩かないで済むからそこは良かったかも。

問題はどこから出るにしろ、誰かしら一人付き合って貰わないと外に出れないって事なんだよな。
土岐はいつも一緒にいるけど父上と前に約束した、「大人のお供」じゃないし。
と言うか、約束がなくても子供だけで山になんて入りたくない。
いつぞやの寅の時は非常事態だったし。

なんせこの時代まだ山賊とか狼とかいますから。
山賊の方は、最近出たって話を聞かないしまだ気にしないで良いかも知れないけど。
逆に大人の人間、特に成人男性が一緒にいれば子供だけじゃ怖い狼もしっかり送り狼になる。

男は狼、送り狼にご用心、の語源になってるあの送り狼である。

だがしかし、本来送り狼は、用心深い狼がテリトリー内に侵入した侵入者を見張ってるだけなのだ。
その間は猪や熊なんかの、出くわすともっとまずい動物は狼の臭いで逆に避けてくれる。
テリトリー内に出るまできっちり送ってくれるから送り狼、なのである。
まあ弱ってたり、弱いと判断されれば集団で襲われるけど。

まあ、だからこそ山に入るには大人の人手がいるんだが。
いつもは適当に、門まで行く途中で比較的手の空いてそうな人に頼んでいた。
けど今度からはそうもいかないし、優先的に俺の供をして貰う人間を父上に頼まないといけないかもしれない。
いつも同じ人物なら呼び出して貰うのも手っ取り早いし。

いくつか父上に相談しないといけないことができたな。


落ち着いたらまた連絡します。





※しろうには、何の野心も猜疑心もないのです。
現代でのほほんと生きていた人間がいくら生活面での不便があるとはいえ、ニートというある意味、生活の保障がされている状態で考えることは生活面での向上くらいかなと。
特別、覇気のある人間というわけでもないので現状でもそれほど困らないと言うか、生活面で現代を知っているから意識が生活の向上方面に狭窄しているというか。
知識として身分や家の大事などを知っていても、あくまでのほほん現代人ですから家族は無条件で愛着を持つべき相手であり、なんの危機感も持っていません。
頭皮の危機感はありますが。


PS・「しろう」に志村コールを戴きましたw
単に能天気なだけなんですが、ご心配ありがとうございます。



[10890] 早く隠居したい19 ~マヨネーズを目指して~
Name: 白兎◆98ec21ee ID:1b65f060
Date: 2009/08/13 22:55
やあやあ久しぶり。

環境が変わったからか、片づけの疲れか、熱を出したよ、見舞ってくれ。

せっかくふかふか布団を手に入れて快適な睡眠時間を過ごせると思ってたのに。
子供の体って不便だよね。
これは早めに自分で薬を作れるようになった方がいいかも。

薬湯ってまずいんだよ、粉っぽかったり青臭かったり純粋に苦かったり。
生じゃないと効果のない薬草もあるって聞いたけど、せめて味にも頓着しようよ。


毎度のことながら、味覚破壊を起こしそうな味の薬湯に苛まれながら嘆いてみた。

けど、ここでも出てくる金銭問題。
砂糖って高価なんだよ。
だからたまーに口に入る甘味類もかなり糖分控えめである。
それほど甘くないから甘いのが苦手な人でも大丈夫、なんてバレンタインのキャッチコピーじゃあるまいし。
俺はいい加減きっちり甘いものが食べたい。

薬だって糖衣が良い。
せめて甘くしてくれ、と思う。
だが我が家にはそんな贅沢できる余裕はないのは、悲しいことに外見と中身が違う俺だからこそしっかり理解している。
だからこそ嫌々ながらも生臭い液体を飲んでいるのだ。

早く熱が下がってくれればいいんだけど。

これでは風呂の件は、負担を掛けるのを承知でこちらで入るしかない気がする。
また熱を出して薬湯三昧になるのは、激しく遠慮したい。



つらつらと考え事をしながら大人しくしていると、部屋の戸が開いて青年が入ってきた。
今朝方、父上に連れられて俺の元を訪れた彼は、こちらの離れで専属で力仕事を担当する為に俺に付けられたらしい。

乳母は俺の食事を用意しているし、土岐はうつるといけないので強制退去である。
寅はまた俺の部屋に雑草を放り込んでいった。
元気なのは良い事だが、相変わらず薬草と雑草の区別が付かないらしい。
その草じゃなくて、葉の裏が白い方が薬草である。


人が居ないので、必然的に彼が俺の世話を焼いてくれている。

母屋で普通に働くのとこちらだけ受け持つ代わりに一人なのと、どちらが大変なのか俺にはわからないが、負担を掛けるようなら申し訳ない。

俺の額に乗せられていた布を、その手に持って入ってきた桶の中で絞って乗せ直してくれる。
ああ、こっちで風呂入るとなると、お前の仕事になるよな、大変だよな、とか考えるけど、まとまりに欠ける上に力が入らない。

ああ、俺に現代の薬の知識とかがあったなら今ごろ熱に苦しむこともなく、苦い薬湯で余計に気分が悪くなったりすることもなかったんだろうか。


首筋に浮かんだ汗を丁寧に拭き取ってくれる手を感じながら、せめて、と辛くなったら俺に言うように、できるだけ心健やかに過ごしてくれるようにと、熱で言葉が散らされてしまう前にそれだけ伝えた。


ああ、不甲斐無い。
人に世話を掛けるだけの生活がこれほど心苦しいとは。
せめて俺にボーナスが出せればいいのに。



使えるべき人間が未だに自分の名前も覚えてないだろうことに気付きもせず、彼は細々しく世話を焼いてくれた。


落ち着いたらまた連絡します。











※茶道は江戸時代に入るまでは国の主を中心とした上流階級や豪商の趣味だったらしいです。
庶民にはまだまだ手が届きません。
けれど、上司と上手く付き合う為に必須というか、現代のゴルフみたいな感じかと。
自分の趣味とするかとかとは関係なく、最低でもルール位は把握しておく必要があるのではないかと思って教養の内容に入ってます。



[10890] 早く隠居したい20 ~マヨネーズを目指して~
Name: 白兎◆98ec21ee ID:1b65f060
Date: 2009/08/14 08:39
やあやあ久しぶり。

やっと青年の名前を覚えたよ、褒めてくれ。

褒められることじゃないなんて言わないでくれよ、始めに紹介された時はすでに熱でやられてたんだから。
聞いたような気もしたんだけど、そこまで考えてられる状態じゃなかったんだ。

彼の名前は喜一(きいち)君。
熱も下がったことだし、これからよろしく。

今まで屋敷内で見かけた記憶がないんだけど、わざわざ新しく雇ったんだろうか?
そんなに余裕があるのかな、我が家って。
まあ俺にはどうにもできないし、最低維持しないといけない家格とかいうのもよくわからないから口出ししないけどね。


そして彼はかなり器用である。
なぜかというと、俺は寝込んでて知らなかったが、長年使用しなかったからか釜戸が割れたらしい。
というか火を入れたら罅が入ったというか。

わざわざ母屋の釜戸まで行かないといけない所だったのを直してくれたのが喜一君だ。
もう引っ越してしまったから仕方ないけど、老朽化してるか確認してから引越しの要請をしてくれよ、父上。


予想外に器用だった喜一君が俺専属になったことはかなり嬉しい。
俺はそんなに器用じゃないし、力もないから。
というか、例えば金槌とかがあっても俺の手じゃ使いこなせないだろう。

土岐は特別器用なわけじゃないし、乳母はもちろんである。
まったく、喜一君に感謝だ。

調子に乗ってスリッパとサンダルを作るのを手伝って貰った。

屋敷の裏手に当たるせいで、離れの気温は母屋よりやや低いのだ。
この時代はまだ室内全部に畳を敷き詰めて生活しているわけじゃない。
板間も結構あるのだ。
ついでに言うと足元は基本裸足である。

何が言いたいのかというと、足元が寒いのである。
現代と違って温暖化とか夢のまた夢だし、緑が非常に多いので余計に寒いのだ。
多分植物から発生する湿度があるから余計に涼しいのだと思う。
真夏でもない限りは朝晩を中心としてひんやり。

ちなみにスリッパは藁を編んだ表面を布で布で覆ったもの。

室内はともかく、廊下は板張りなので床付近は夏は湿気でべたつき冬は寒い。
俺も寒いが、乳母も寒い。
いつの時代でも女性が冷え性なのは変わらないだろうし。
ついでに言うと草鞋や下駄なんかの、鼻緒がある履物だと少し外に出たい時に若干面倒だったのもある。

外履き用のサンダルはそのまんま、つっかけである。
ついでに作った物だが、外出したり母屋まで行くならともかく、離れの周りに降りる程度なら一番楽なのだ。
正直に言うと、昔時代劇なんかで見た、廊下からすっと下履きを履いて外に散策に出るシーン、あれは実際にやろうとすると無理である。
きっちりと足に密着させて履く物なのでそんなにすぐ履けるものではない。
手は使わなくても、足元でもごもご動いてたりするもんである。

これは俺が欲しくて作った物だが、意外に乳母が喜んだ。
土間に降りるのに楽だそうだ。
全員の分のスリッパと突っ掛けが仲良く並んでいるのは、家族みたいで面白い。
屋敷の中は広すぎて、家庭と言うにはちょっと違う気がするし。

そんなこんなで、離れでの生活はわりと楽しい物になった。

そうそう、最近猫が近くに住み着いたらしいんだ。
まだ姿は見てないけど、餌を置いておくといつのまにか無くなってるし。
なんで猫かって言うと俺の希望だけどね。
犬でも良いけど、猫の方が好きかな?
狐や狸は餌付けされないと思う。
だってこの時代って狸汁とかありそうじゃないか。
俺は食いたくないけど。
早く姿が見たいなあ。
飼いたいって言ったら飼ってもいいのかね?


落ち着いたらまた連絡します。











※無駄知識ですが、狸は美味しくないそうです。
狸汁が美味しいっていう話は、あれは狸ではなく穴熊だそうです。
感想板に、しろうさぎよりも転生した際役に立つ知識を持った人が大勢いそうで、ちょっと楽しいです。自分だったらどうするかを考えるのって結構楽しいですよね。
それと、足袋も江戸時代以前は皮製がほとんどで外歩きの際の防護用だったみたいです。
なので室内では裸足です。



[10890] 早く隠居したい21 ~マヨネーズを目指して~
Name: 白兎◆98ec21ee ID:1b65f060
Date: 2009/08/14 21:33
やあやあ久しぶり。

母上の扇が怖いので最近は大人しく字の練習をしてるよ、労わってくれ。

字の練習って言っても、写経に興味はないし、古典はどちらかというと音読で覚える方だから童話なんかを思い出しつつ書き出してる。
というか、写経や古典類で貴重な紙を埋めるのはもったいない。

喜ぶのは寅ばかりと思うなかれ。
土岐や乳母、なぜか喜一君にも人気である。

娯楽が少ないんだろうか。

ちょっと魔が差して離れ合唱団を結成してみた。
俺と乳母がソプラノ、土岐はアルトで喜一君はテノールである。
全員で歌うと肺活量の問題でアルトが負け気味だが、案外気に入って貰えたようだ。


ちなみに、
カエルの歌を歌ったら寅が出てきた。
喜一君に荒城の月を仕込んでたら、その晩呼び出されて父上の酒の肴にされた。
調子に乗って魚の歌を歌っていたら母上から死ぬほど塩辛い干物を押し付けられた。


嫌がらせなのか親切なのか判断に苦しむ。

こっちに移り住んで乳母達と同じ内容の食事を取るようになって気付いたんだが、俺が今まで食べてたのは俺の体調に配慮した薄味の膳だったらしい。
つまりは多分子供仕様ってことだと思うんだが。

保存技術も未熟な上に、運動量も現代とは桁違いの生活を送っているせいか、それとも味噌汁もおかずの一品として食べるせいなのかはわからないが、とにかくこの時代の味付けは塩辛かったのだ。

初めてそれを出された時には白湯を貰ってお茶漬けの状態に薄めて食べたし、以降は頼み込んで薄味な物を作って貰っている。

そんなこんなで、最近の悩みは食事の味と鮮度と栄養量だったりする。
正直に言って、字の練習以外は大抵は悩んでいる。
考えていないのは気晴らしに合唱団ごっこをしている時くらいである。

味と健康を考えれば薄味にした方が良い。
けれど、どうしても塩漬けになっている物なんかは塩がないと腐敗してしまうし、一度水で戻してもいいがそれだと今度は栄養と味が抜けてしまいそうだ。
栄養量に関しても問題は結構ある。
味噌汁に味噌を多く入れるってことはそれだけ塩以外の栄養も取れるってことだ。
味噌を減らしたら今度はそっちの栄養が足りなくなる可能性がある。
とりあえずしばらくは問題ないけど、あまりこのまま解決せずに薄味を続けると今度は栄養不足等の問題が起きてくるかも知れない。

できるだけ早急な解決が必要である。




うんうん唸りながら庭を歩いていると、最近餌付けた猫の餌場に辿り着いた。

今日こそは姿が見れないだろうかとゆっくりと低姿勢で近づいていくと、低木の奥に黒い物体がかすかに見える。
その奥は屋敷の壁があるだけなのだが、よくそこから音がするので奥に猫の通り道でもあるんじゃないかと思っている。
低木の根元まで着ても、黒い影は動かない。

いよいよこれは、やっと懐いてくれたのだろうか。
驚かせてはまずいのでしばらくそこで待ってみたが反応はない。

もしや怪我でもしているのだろうか?
だとしたら、きちんと手当てだけでもしてやらないと化膿でもしたらかわいそうである。
幸いにして、薬草は少し前に採取した物や見本として薬師に手持ちの薬と交換して貰った物が結構ある。

そこまで考えて、乾燥しているとはいえ、使用期限はいつまでだろうかという考えに思い至った。


考えても答えは出ない。
生で使用するものは枯れる前でないとまずいが、乾燥したものになるとさっぱりである。
すぐにどうこうではないだろうが、定期的に入れ替わるくらいのサイクルを心がけた方が良さそうだ。
ここは怪我をした猫に存分に薬草を提供してやることに内心で決定を下すと、低木の根元を掻き分けて奥に進むことにした。







低木の根元、壁に開いた穴が見えるその位置には、確かに傷だらけの動物が居た。


カサついた黒い毛並みの痩せ細った子供であったが。

自慢にならないが、捨て猫や捨て犬を見捨てて帰れたことは一度もない。
そこで見捨てて、あとからどうなっただろうかと心配するのが嫌なら、結局は拾うしかないのだ。


落ち着いたらまた連絡します。








※冷え性について突っ込みをいただきました。
そういえば確かにそうです。
雪山では女の方が生き残るって聞いた覚えがあります。
猫→ぎゃあ!なんという風習が・・・。
そう言えば日本猫の尻尾が短いのも江戸時代以降かららしいです。猫又にならなそうだからって理由で好まれたとか。
「しろうさぎ」は少し賢くなりました。しかし「しろう」は勘違いしたままです。あわれ。



[10890] 早く隠居したい22 ~マヨネーズを目指して~
Name: 白兎◆98ec21ee ID:1b65f060
Date: 2009/08/14 21:34
やあやあ久しぶり。

怪我をした猫だと思ったら痩せた子供を拾ったよ、とりあえず労わりの言葉が欲しいな。

自分から拾ったんだけど、さすがにあれは驚いた。

とりあえず、怪我をしてるのは同じだったから、喜一君に運んで貰って手当てすることにした。
結局、丸一日位は寝てたかな。
起きた時は口を開く前に腹が鳴ってたよ、かわいそうに。
結局そのまま夕飯にして、話を聞いたのは次の日だったんだけど。

話を聞いてびっくりしたよ。

事故で両親を亡くして、せっかく生き残ったのに今度は乗り込んできた親類に家を追い出されたらしい。
土岐と同じ位の年に見えるのに、その体は痩せて棒みたいだ。

山に入り込んで飢えを凌いでたらしいけど、たまたま屋敷の近くに出てきた時に俺が猫と間違えて餌付けしてしまったわけだ。
猫と間違えたのはちょっと失礼だったけど、結果的にそれが彼を救うことになった。
そのまま山の中で弱っていたら狼の餌食になっていただろう。
ある程度までは育っていたことと、俺に出会うまではそこそこは動けたことが狼に襲われなかった理由だ。
それでも綱渡りだったことは違いない。
ただでさえ痩せていたのに、もし山の中でふらつきでもして、弱ったと認識されていたらと思うとぞっとする。


そして何であれ、俺は彼を拾ってしまったのだ。








責任は最後まで取らないといけない。
話し疲れたのか、再び眠ってしまった彼を残して俺は父上の部屋に向かった。



「父上、子供を一人預からせて欲しいのですが。」



あとから考えたら、まったく子供らしくないおねだりである。

結果としては、意外とすんなり許して貰えた。
家と関係ない友人が欲しいと言ったのが効いたのだろうか?
何にしても、お許しが出て良かった。
最悪はお子様の最終手段、泣き喚きしかないかと思っていたのだから。

形式的には、俺の保護下ということにするそうだ。
俺みたいな子供の保護下っていうのも複雑だと思うが、そこは我慢して貰うしかない。
せっかく許しが出たのに、余計な部分をつつきたくはないのだ。

さて。
とりあえずは、次に彼が目を覚ましたら名前を聞くことから始めよう。
彼の話の内容が衝撃的過ぎて、名前を聞いてないことを父上に聞かれて思い出したよ。

せっかく学んだ知識でもあるし、この機に使わない手はない。
趣味も合わさって集めた薬草だが、意外な所で役に立つことになりそうだ。
しばらくは彼も薬湯の味に悩まされることになるだろう。

本当なら本職の薬師に頼みたい所だが、あまり優遇して彼に対して余計な注目が集まることは避けた方が良い。

ここに残るにしろどこか当てがあるにしろ、どちらにしても当分は彼を太らせることに気を揉みそうだ。



落ち着いたらまた連絡します。



[10890] 早く隠居したい23 ~マヨネーズを目指して~
Name: 白兎◆98ec21ee ID:1b65f060
Date: 2009/08/14 21:36
やあやあ久しぶり。

例の少年だけど、大分ふっくらとしてきたよ、祝ってくれ。

結局、行く当てもないらしいので引き続き俺が保護することになった。

彼の名前だけど、彦(ひこ)と言うそうだ。

名目上は俺の保護下とか言っているが、実際は俺の話し相手兼離れでの雑用、兼俺の助手のようなことをして過ごしている。
彦は今まで教育を受けていなかっただけであって、存外に知的な少年である。
主に午前中に行われる俺の文字習得兼、土岐や喜一、乳母の娯楽になりつつある童話の作成中、ついでに彦にも文字を教えてみることにした。

彼は俺のように邪魔をする物がなかったからか、それとも生来の利発さからか、割とすんなりと字を覚えた。
まあ彼の場合は言葉遣いや文字の崩し方なんかで悩むことはないんだろうけれど。
ちょっと複雑だ。

けれどどうせなら、知識は多くあった方が良い。
知識は邪魔にならないし、いつか役に立つこともあるだろうし。
物のついでだし、どうせならと思って俺の知識も差し障りのない範囲で教えることにする。
主に栄養学とか清潔を保つことの意味とか。
考えたら薬草の知識以外に俺に教えられることって少なそうだ。
まだあるのかも知れないが、今は他に思いつかない。

追々、思い出したら教えることしよう。



そしてしばらく他に考えたり、やることが多くて後回しにしていたが、いい加減水関係をどうにかすることにした。
いつまでも喜一しか力仕事担当がいないのに負担を掛けるのは心苦しい。

朝起きて顔を洗う桶に一杯の水だって井戸から汲み出さないとないのだ。
ちなみに俺は水が汲めない。
サイズが小さ過ぎるのと純粋に力が足りないのだ。


なのでこの際、まずは水汲みを楽にできないかと思ったのだが。
俺にはポンプの仕組みなんてわからなかったので思い付きで作るしかなかったのだった。

まず、定期的に取り替えることは必須だろうけどパイプは竹でいいだろうか。
隙間はそこだけはきっちり埋めないと不味いので、松ヤニででも固めることにする。
多分大丈夫だと思うんだが。
それを一度井戸の外で特別太い竹に繋げて、水が出てくる道として反対側にも竹でパイプを作る。
排出用のパイプよりも下には水は減らないはずだから、あとは逃げる隙間を無くして水を引っ張り上げてやれば勝手に水は登って来るはずである。

サイズぴったりの弁としては、竹であるなら節以上にぴったりな蓋があるわけがない。
あとは弁が下に下りるときだけ水の流れを遮らない仕掛けを付ければ良い。
節の真ん中をくり貫いてドーナツ状にして、円グラフのようにイチョウ型に切り分ける。
節をいくつか重ねて厚みを出した所で、下から押された時以外は動かないように中心付近に斜めに角度を作っておく。

あとは真ん中に棒を通して、節で作った弁をそれに固定していく。
さすがにこの部分は負荷が激しいから金属で固定するしかない気がする。
何が錆びないか鍛冶屋に確認を取らないといけないな。

井戸のポンプと言われてまっさきに思いつく形状に近くなったそれには、あとは梃子の原理で楽になるように取っ手を付けておけば良い。

鍛冶屋に頼むにしても、まず父上に頼まないといけない。
悲しいかな、俺は自由になる金などないのだ。
まあ、頼んだ部品が出来上がって来る頃には他の部分の作成も終わっているだろう。
材料は山に採りに行けばいいし、細工の方も喜一君が居るからどうにかなるだろう。

多分、俺の考えが間違っていなければ井戸の水は簡単に汲める様になる・・・はず。


落ち着いたらまた連絡します。



[10890] 早く隠居したい24 ~マヨネーズを目指して~
Name: 白兎◆98ec21ee ID:1b65f060
Date: 2009/08/15 00:16
やあやあ久しぶり。

鍛冶屋から注文の品が届いたよ、祝ってくれ。

必死に考えたポンプ(だと思いたい)もあとは金具で繋いでしまえば完成する所まで出来上がっている。

最近気付いたんだが、喜一君は何かしら手作業をしている時が一番楽しそうだ。

しかも異様に腕が良い。
素晴らしいね。
ポンプの用途を教えて、考えていた利用法を話したら、成功したらまた頼もうと思っていた水道類も作ってくれてしまった。
楽しそうで何よりだけど、失敗したらそれほど意味のない物になるんだよ?

思わず突っ込みを入れてしまったが、喜一君は変わらず笑顔だ。
そんなにやたらと信用されると、もし駄目だった時、俺のダメージが大きい。

上手くいってくれるといいんだが。



最後の部品となる金具を取り付けて、未だ不安の残るポンプ(仮)を完成させる。
あとは試運転をしてみれば失敗か成功かわかるんだが。

ここまで作って失敗だった時のことを考えるとなかなか手を掛けることができない。
土岐や乳母、喜一君は俺に遠慮してまだ触れようとはしないし、彦は説明はしたものの、水を汲み上げることができるということに関して信じきれていない様だ。
表現しがたい複雑な顔をしてじっとポンプ(仮)を睨み付けてはいるものの、触ろうとはしない。


仕方なく覚悟を決めようかと思った時、折り良く寅が顔を出した。
離れに顔を出す時に薬草(だと思っているのは寅だけでただの草や花)を持たずに来るのは珍しい。

どうしたのかと思えば、父上に話を漏れ聞いてその足で見物しに来たらしい。
丁度良いのでそのまま俺の代わりに試運転をして貰うことにする。


使い方を説明して、緊張しつつ寅を見守る。
初回は空気圧に期待するには不安が残ったので、すでに中は桶を駆使して汲んだ水で満たしてある。
ポンプ(仮)の本体と井戸に繋がる弁を開いて、本体から繋がった棒をこいでみれば結果がわかる。









今までで一番不安要素が強かった思い付きは、思いのほか上手く言ったようだ。

すでに始めに組み入れた分の水を出しても未だに水を吐き出し続けている。

疑心暗鬼気味だった彦を筆頭に、その場に居た人間が歓声をあげた。
どうやら上手くいった様で、俺も一安心だ。

寅はポンプ(仮をつける必要はもうない)が気に入ったようで大喜びで水を出し続けているし、勿体無いのですでに喜一君が作ってくれていた水道も使ってみることにした。

飛沫を上げるほどとは行かないものの、結構な勢いで流れ出す水を拾う様にこちらも竹で作った水道を移動させる。
単に竹を組み合わせて作っただけのそれは、単純なだけに失敗することもなく湯殿より高い位置に設置しておいた樽に水を流し込む。
直接湯殿に運ばなかった理由は単純に、井戸水が冷たすぎるからである。
昼間のうちに水を汲んで温くなった水を沸かした方が楽だという、至極当然のことだ。

今まで蒸し風呂に甘んじていたが、これで心置きなく湯を張った風呂に入ることができる。
湯殿の外には蒸し風呂でも使っていた窯があるのでそこから熱を伝わらせてやれば風呂を沸かすことも簡単だ。
そちらの仕掛けは喜一君がすでに済ませてくれてある。



今夜の風呂が楽しみだ。

ちなみにもちろん、調理場の方や洗濯場にも水道を繋げてある。
少し見栄えは悪くなるけれど、重労働から開放されるのだから安いものだと思う。


落ち着いたらまた連絡します。




※ト○ロのポンプを思い浮かべながら一生懸命考えてみました。
しろうさぎなりに必死に考えて、裏付けを取ってみて駄目そうだったらポンプではなく、歯車式の巻き取り機にするつもりでした。
その場合、桶を引っ張り上げるのが楽になるだけで、桶から水を移し変えたりとかする手間が加わることになります。
ポンプの構造を調べた所、多少本物のポンプより吸い上げる力は落ちそうですが、どうやら大丈夫そうでしたので喜一君の負担は減りそうです。

追記…誤字修正しました。ご指摘ありがとうございます。



[10890] 早く隠居したい25 ~マヨネーズを目指して~
Name: 白兎◆98ec21ee ID:1b65f060
Date: 2009/08/15 21:31
やあやあ久しぶり。

なぜか父上から小遣いを貰ったよ、これはなんだろうね?

俺が気兼ねなく買い物を出来る様にってこと?
それともこの金額以上使うなとか、わざわざ自分の所まで頼みに来なくても良いってこと?
なんか素直に受け取っていいのか、面倒になって放り出されたのか微妙な所である。


悩んでたら父上から手紙が来た。

名目上とはいえ少年の後見なんだから、きちんと責任持ってお世話しなさいって。
犬を拾ってきた時の親の台詞みたいだね。
普通はその台詞は母親が言うんだろうけど、俺の母上ってあれだし。
むしろ汚いから捨てて来なさいって、そっちの台詞を口に出すだろうね。

あれかな、お小遣いじゃなくて世話を見るための必要経費ってこと?
といっても食事の量が少し増えた位で、他には特にお金が掛かってるとかないんだけど。
丁度良いサイズの服がなかったから、俺用に取っておいてあった寅のお下がりを着せてたんだけど、それが悪かったのかな?
彦は遠慮しまくってたけど、でも土岐の服を取っちゃうのも可哀想だったし。

丁度良いサイズの服があったし、良いと思ったんだけどなあ。
俺はまだ体が小さくて着れないしね。
それとも彦は俺の保護下なので、他の人間とは衣食とかが別計算なんだろうか?
でも、せっかく貰ったんだし、彦の服と合わせて皆の生活を向上させるのは悪くないよな。


何と言っても最近は彦がとても元気なんだ、喜ばしいね。
といっても、まだ同年代の子供に比べれば痩せている方ではあるんだけどね。
彦の体調を整えるのも、拾った俺の責任である。






丁度良いから、いっそのこと彦を引き連れて買出しに出ることにした。
いつも山にしか行かなかったしね。
買出しに行こうかと考えてから気付いたよ。
そういえば最近は、薬草を取りに行くか離れにいるかのどちらかだけだった。
こちらだけで生活できるから、いつも同じ人間としか会わないし。
これじゃ軽く引きこもりだ。
俺が生活に必要な物って、乳母とか喜一君が先に揃えてくれるから買い物の必要がなかったんだよ。


乳母に頼んで用意してもらった服に着替えて出かける準備をする。
意識してみれば普段着ている着物より、少しだけ布が粗い気がする。
夏なんかはむしろこっちのほうが涼しそうなんだけど、乳母に言ったら他にも用意して貰えるだろうか。

ちなみにメンバーは俺と彦、あと案内に喜一君だ。
さすがに子供だけじゃ町は、いや、町も危ないし。
もちろん山も危ない。
こう考えると屋敷内以外はわりとどこも危ないな。
思わず苦笑してしまった。

とにかく、喜一君が一番引率として最適だし、人数が多すぎると動くのが大変なので土岐は今日は留守番だ。
ちょっと恨みがましそうな顔をされてしまったが、帰りに土産でも買ってきてやろう。


ここの所雨が続いていて地面がぬかるんでいるので、いつも山菜取りに行く時使っている取り外し式の滑り止めも持っていくことにする。
もともとは朝方しか取れない薬草を取りに行く時に作ったものなのだが、意外に重宝している。
単に下駄の歯の部分と登山用の滑り止めを合わせた物なんだが、朝露で滑る山を登る時に便利だ。
少し上げ底気味になっているのは裾が朝露に濡れない様にしたからだが、雨上がりなどに外に出なければならない時にも有効だった。

何と言っても、地面に付く面積が少ないから泥が跳ねずらい。
だから足も裾も汚れずに済む。
洗濯物を増やすと洗うのが大変だし。
手を出させて貰えない代わりに乳母の仕事を増やすことは極力避けたいのだ。





屋敷は町から少し離れた所にある。
普通は主君のいる城の周りに屋敷を構えるものだったと思うんだが、我が家はそんなことはない。
なぜかというと現代で言う首都、つまり城下町ではないのだ。
基準がないのでどこに屋敷を構えてもいいのだと思うが、うちの家はなぜか山すそに屋敷を構えている。

山が重要というか、元々が水運で財を成した家柄だからだろう。
今よりもっとこの周辺が開かれていなかった時に付近の材木を川を利用して運んでいたらしい。
その家業のおかげで財と力を得て今は武士に名を連ねているらしいが、付近の開墾が広がり、主要な特産物が林業から離れた今になっては、武士になってしまったおかげで身動きがとれず子孫が落ちぶれている。
かといって再び財を成そうとも、内職とかならともかく、体面やらで大々的に商いなんてできない。
まあ、そんなわけで我が家は川の傍にある。
川の源流がすぐ裏の山なので必然的に町から遠ざかるのだ。


この周辺に広がる町は、我が家と同じで過去に林業によって栄えたが今となってはそこまでの勢いがあるものでもなく。
どちらかと言うとこじんまりとした印象しかない物になっている。
町の規模が大きすぎて賑わい具合が噛み合っていないというか。
あえて特徴を述べれば、昔は材木を運ぶのに重宝したであろう広い道と豊富な水量からなる水路だろうか?
どちらも特産物の切り替えをせざるを得なくなってからは意味のない、無用の長物と成り果てたが。
苦し紛れに褒めようとすれば、閑静だが移動はしやすそうである、という所か。

美辞麗句を取り払って正直に言うと、町の規模に対して人口は控えめで、広い道は物悲しさを助長させている。
別にここに居たのは兵ではないが、まさに夢の跡という感じである。
賑わいがないわけでもなく、活気がないわけでもないのだが。
はっきり言うと、貫禄負けと言うか。
人間で例えるなら着物負けである。
入れ物が立派過ぎたのだ。


割と楽しみにして出かけてきたのだが、微妙に気をそがれてしまった。
馬だと思って近づいたら、リャマだった、みたいな感じだ。


その日はいくつか彦の着物を見繕って、土岐と寅に瓜を買って帰った。
季節的な物もあるかもしれないけど、一番ましな甘そうなものが瓜って・・・。



落ち着いたらまた連絡します。



[10890] 早く隠居したい26 ~マヨネーズを目指して~
Name: 白兎◆98ec21ee ID:1b65f060
Date: 2009/08/15 21:41
やあやあ久しぶり。

押しの強い笑顔のおじさんに捕まったよ、助けてくれ。


前回はテンションが下がってしまって、最低限の買い物だけで帰ってしまったんだけど。
やっぱり何か目新しいものでもないか気になるしね。
気付かずに全部店に頼んでしまったんだけど、布の状態で持ち帰っても良かったらしい。
乳母か女中が縫い上げてくれるんだそうだ。

まあ、少なくとも乳母は水汲みから解放されてるし、手が空いた時間にでもできるなら良いけれど。
ちなみに俺の待ち望んだ、湯に浸かるタイプの風呂は案外好評である。
俺はともかく、他の人間は蒸し風呂や行水に慣れてるからどうかと思ったんだが。
気に入ってくれたなら何よりだ。

最近では薬草の入れ替えも兼ねて、使えそうな物は入浴剤にしてみたりしているので効能もばっちりである。
ちなみに、実はシャンプーが一番苦労した。
頭皮を不潔にするのは臭いもするし、髪にも良くなさそうなので激しく遠慮したい。
薬草の知識を学んでいて良かったと思ったのはこういうときだ。

ノリウツギ、という木がある。
それ自体はあまり日本では使い道があるのか謎な、中国でダニによる被害の治療に使われた薬である。
しかし、これを水につけるとぬるぬるの成分が出てくるのだ。
ちなみにこれは喜一君に聞いたが、昔は紙すきにも使われていたそうだ。
今はもっと使いやすい植物が伝わったので、使われていないそうだが。

肌に良さそうで、ぬめりがある。
おまけにこの木は、かなりどこにでも生えている。
夏場に白い花を咲かせる木は現代でも見ていた。
ここまで条件が揃っているなら使うしかない。
手持ちの薬草も一緒に漬け込み、特性のシャンプーで離れの人間は上から下までピカピカである。
唯一の欠点は、保存が利かないので小まめに作らないといけないことだが。

体はもちろん、古き良き米ぬかである。

毎日風呂を沸かすなんて薪の消費が増えそうだが、建物自体が元々蒸し風呂用なのだ。
一度沸かしてしまえば湯の温度はそれほど下がらない。
食事を作る時に焼き石を作っておけばそれで事足りるのである。

半ば無理やり進めたおかげで、全員風呂に入れることに成功している。
一番風呂だけは俺専用とされているが、それでも譲歩して貰った方だ。



おかげで俺達一行はこの町中の中で一番清潔であると断言できる。
なお、今回は布を合わせる必要がないので、同行すると煩かった土岐が一緒である。
喜一君は変わらないが、人数制限で彦は留守番だ。


今回も喜一君の案内で町を見て回っていたのだが、変な男に捕まってしまった。

何なんだ、こいつ。





話を聞いてみると、前回俺達が履いていたというか、足に付けていた滑り止めが気になって話し掛けて来たらしい。

今回は履いて来ていないというのにしつこくて仕方がない。
作りが気になって仕方ないらしいが、探究心の追求は俺に関係ない所でやって欲しい。
どうやら職人だったらしいが、職人魂に火を付けた形のようだ。
やれ実物を見せてくれだの、俺達の周りから離れようとしない。
最後には根負けして、日を改めて見せてやることで落ち着いた。

延々続いていた懇願から開放され、俺も喜一君もぐったりしながら呉服屋に向かった。
元気だったのは興味が店先の小物に捕らわれ、我関せず状態だった土岐だけである。



そして再び押しの強い笑顔に捕まることになる。


今度は呉服屋の店主である。
できあがった着物を待つ間、よほどげんなりした顔をしていたのか店主が話し掛けて来たのである。
俺も俺で、なかなかに疲れていたのか職人に絡まれていたのを話してしまった。
大体、俺達が履いていたのは本来山歩き用に作ったのだから、作ってもたいして意味もないだろう、と突っ込みを入れたのもまずかった。
あれを作った所で、使うのは同じように早朝の山歩きを必要とする人間、つまり薬師辺りにしか売れないだろうと。

そこで面白がった主人が食いついてきたのだ。


山歩きなら他にもする人間はいる、猟師や薪を集めに行く人間、山菜や山の幸を取る人間はどうするのだと。
猟師や薪集めなど、生活の糧にするほど山に馴染みの深い人間なら、初めから山歩きに最適な履物を持っている。山菜取りや食料目当てなら期間が限られているからわざわざ専用の器具を使うこともない。

そこまで言って、ふと零した。

どうせあれを作るなら、町中で作る方がよほど商品として成り立つ。
雨上がりというものはどうしても道がぬかるむ。
わざわざ下駄を履いて歩くのは見栄えが悪いし、それよりは草履の上から取り付けることができるのだから、あれがよほど役に立つ。
携帯用として持ち歩くにも、折り畳めば邪魔にはならないし、店で貸し出して名を入れ、店の宣伝に使うも良い。
それともそこにあるような綺麗な細工をして売り出すのも良いだろうさ。

頭の中で、江戸の時代に町中を埋め尽くしたという、宣伝用の貸し傘を思い出しながら言葉を重ねた。
ついでに、店の脇に並んだ小物を目に留めて付け足す。



そう言って主人に目を戻すと、物凄い笑顔で迎えられた。

ああ、俺は墓穴を自分で掘ったあげくに自ら飛び降りたらしい、と気付いたのはすぐだった。


落ち着いたらまた連絡します。




※わりと小さな町にある店なので、兼用して小物や雑貨類も置いてあるんじゃないかなと思ったので呉服屋でも簪や巾着、草履なんかも少数取り扱っています。
実際に昔の呉服屋でこういうものが売られていたかは調べられませんでした。



[10890] 早く隠居したい27 ~マヨネーズを目指して~
Name: 白兎◆98ec21ee ID:1b65f060
Date: 2009/08/15 22:27
やあやあ久しぶり。

なんか強制的に片棒を担がされたよ、慰めてくれ。

結局、押しの強い店主にしっかりと捕まえられ、新商売を手伝わされることになってしまった。
別に俺個人としては、わりと時間の余裕はあるので構わないのだが。

いかんせん、俺はこれでも武家の次男、若様なのである。

以前、薬の下げ渡しの相談をした時に父上に言われたように俺が直接商売に手を出すわけにはいかないのだ。
しかし、いくら断ろうとしても商売の気配を掴んだ店主は引き下がらない。
仕舞いには店の人間を使い、俺に初めに絡んできた職人を探し出して実生産の話まで始めてしまった。
目の前の二つの良い笑顔と、未だ体験したことのない父上の怒りの声、身に覚えがありすぎる母上の扇に挟まれて進退窮まる。
そちらで勝手に商売をしてくれても構わないとさえ言ったのだが、何か商売人の拘りがあるらしく聞き入れて貰えない。

結果として俺は追及の手を別に逸らすことにしたのである。



いわく、あれは自分の友人であり、前回一緒に来店した彦の考えたものである、と。


屋敷を出る前に変えた着物がこれほど心強かったことは後にも先にもなかった。
悪目立ちすることを避ける為に、町中で目立たない着物を選んで貰っていたのだ。
俺が武家の子供であることはおそらくばれてはいない。
元々、山を除けば邸内から外には出ていなかったし、ずいぶん前から離れに移っている。
俺の容姿はそれほど知られていないだろう。
単なる町人の子供だと思われていると思う。

「家」の保護下ではなく、「白兎」の保護下にある彦は直接的には家とは関係がない。
あるのは俺個人との繋がりだけだ。
それも保護というだけの関係なので、実は彼が屋敷を出るのも商売をするのも阻むものはない。
だからこそ、俺は矛先の回避に彦を選んだのである。
今回ばかりは、前回彦を連れて出かけたことに感謝した。
そもそもそのせいで捕まっているということは、脇に置いておく事にするが。

これが喜一君や土岐になると、俺の「守役」であり「家人」となるのでアウトだ。
俺に繋がってしまうことになる。
申し訳ないが、彦に槍玉にあげられて貰うことにした。



店主と職人のコンビは自分の目的が達せられるならば、俺でも彦でも構わなかったらしい。
彦への繋ぎの確約を俺から取ると、満面の笑顔で俺を解放してくれた。

帰り道では、随分と疲れた顔をしていたのか喜一君が慰めてくれた。


屋敷に帰ってから、彦を呼んで事の経緯を話し、侘びを入れると彼はあっさりと名義貸しを了承してくれた。
店主や職人と繋ぎを持ったり、発案者の振りをしないといけないと言うのに彦は楽しそうだ。
俺はというと、これから考えなければいけない「発案者:彦」の設定やら、店主達との取り決めなどを考えて少しげんなりしていた。

そして、今更聞かされた新事実。
俺が彦の服を買い求めたのは呉服屋。
普通の町人は太物屋で生地を買うものらしい。

どう違うのかというと呉服屋は絹を扱い、太物屋は麻や木綿なんかを扱うらしい。
つまりは俺が彦に用意した着物は、普通の町人からすれば贅沢な物だったらしい。
俺も同じ物を着せられていたので気付かなかった。
普段は着物の素材なんて気に掛けないし。

他に比重を置いた方が良い所が絶対あると思う。
なんで普段の生活はわりと質素なのに着物は絹なんだ。
これも家の家格を維持する為とかいうあれなんだろうか。

今から考えれば、これから店主達とやり取りをする彦に箔を付ける為に最適だった気もしないではない。
おそらく彦は裕福な町人の家の子供だと思われているだろう。
だがそもそも呉服屋に行かなければ、店主達に捕まることもなかったかもしれないと思うと胸中複雑である。

まさか素材毎に扱う店が違うなんて思ってもいなかった。
だから呉服屋に案内してくれるように頼んだ時、喜一君が不思議そうな顔をしたのか。
これも、俺が現代の記憶と常識を持ち合わせている為の弊害である。

ちなみに、心配していた父上の反応だが、静かに話を聞いていたかと思うとため息一つ。
苦笑してお許しを頂けた。
どうにか家との関連性を誤魔化せたからかね?
なんにせよ、怒られずに済んで良かった。


落ち着いたらまた連絡します。



[10890] 早く隠居したい28 ~マヨネーズを目指して~
Name: 白兎◆98ec21ee ID:1b65f060
Date: 2009/08/16 21:31
やあやあ久しぶり。

どうにか話がまとまったよ、労わってくれ。


あの二人にコンビを組まれると激しく気力が削られるね。
彦と一緒にお呼ばれして言ったんだけど、二人して話し続けるからすごい迫力だったよ。

結局、彦のことはもう誤解されてるだろうし、そのまま裕福な町人の子供ってことで通すことにした。
だがうっかり俺の家との繋がりでもばれた日には、俺の毛はその日のうちに全滅するに違いない。

この年で丸禿げは嫌だ。
意地でも俺の素性は漏れないようにしなくては。

俺と彦とで考え抜いた設定はこうだ。
彦はとある事情でこの町に住んでいる知り合いに預けられている町人の子供である。
俺はその友人。
俺が時折薬草を採りに明け方に山に入る為、滑らないようにあの滑り止めを作ってくれた。

短い設定だが、絶対に崩してはいけない、ばれてはいけない大前提である。
ちなみに喜一君はそのまま俺の家の家人である。



現代ならそもそも子供が一人で預けられている時点で怪しいが、こちらではそうでもない。
家の事情、と言えば勝手に予想して納得されてしまうのである。
妾の子供だとでも思われているのだろうか。

まあこちらとしては素性が怪しまれなければ問題はない。


もとより、この店主と職人が勝手にすれば良かったものを、なんのこだわりか俺達が手を引くことを頑として許してくれなかったのだ。
あまり積極的ではなかった俺達に代わり、話を進めて取り決めを決めていったのはほとんど彼らである。

取り決めの内容は自体はいたって普通だ。

職人が中心となって商品を作り、店主が店の宣伝を兼ねて買い取り広告として使う。
ある程度広まったら色々な細工を施した、デザイン性の高い物を販売していく。
そして彦は初めに使う広告としての分と、それ以降の売り上げを一定の比率で受け取ることとなった。
その代わり、定期的に俺達が店に顔を出し、店内の全般の物の売り上げに関して協力をすること。

それだけである。
要は、アイディアを貰うわけだからけじめが欲しいのかね?
売り上げに協力って、何をすればいいんだろう。
サクラでもしろってことかね。


まあ、まさか自分達から売り上げを渡すなんて言い出すとは思っていなかったからそれには驚いた。
でもそうなってみると、間違えて呉服屋に入ってしまったのは正解だったかも知れない。
扱うものが高価だと言うことは、飛び交う金銭も高額である。
おまけに、金持ちの間に流行れば下の人間も憧れを持つ。
しばらく時期を置いてから、一般庶民向けの物も販売してみたらいいかもしれない。

そう思い至って、店主に低価格の物の作成も薦めておいた。
あくまで、軌道に乗ればだが。


なんだかいたく気に入られたようで、俺も彦も散々二人に付き合わされた。


落ち着いたらまた連絡します。








※髪のにおいは古くから悩みの種だったそうですね。
香りの強い油で誤魔化したり、髪に香を焚き込めたりしたらしいという話です。
夏なんかは数日で臭ってしまうのだとか。


髪型への指摘がありましたが、子供の髪型の推移って詳しい資料が見つかりずらいんですよね。
とりあえず、平安→みずら結い 江戸→男女共に小さい頃は丸刈り。親が区別するために大五郎カットを代表として特徴的に剃り残していた、という話があるんですが。
中間の時期については時期の不明なものがいくつかあります。

それとしろうさぎ個人の考えですが、正直に言って月代を剃った人物には感情移入しにくいです。しろうさぎだけかも知れませんが。
大五郎カットが良いという人もいれば、牛若丸カット、いやオカッパ、丸坊主が良い!なんて人もいるかもしれません。
好きな髪形で想像して下さいませ。

江戸以前の設定なので時代劇に出てくる髪形じゃなくてもOKです。
牛若やオカッパでも、公家の文化の強く残った土地という脳内設定をしていただければ大丈夫です。
丸坊主が良い方は、衛生面や風習などを理由にどうぞ。
現代風の短髪が良い方は「衛生面、風習で短くはしているが、山登りする時に髪がまったくないのは逆に危険であるだとか、頭部の保護」だとか、親を言いくるめてみたりして下さい。
離れで暮らして人目につかない事を良い事に、しろうは自分の好きな髪形を通している、でも構いません。
まだ国が統一されてない時ですし、土地毎の風習に違いがあってもいいのではないかと。

大人も、合戦がある時以外は伸ばしてたり、剃っていない人がいたりで結構髪型は自由だったみたいです。



[10890] 早く隠居したい29 ~マヨネーズを目指して~
Name: 白兎◆98ec21ee ID:1b65f060
Date: 2009/08/16 21:45
やあやあ久しぶり。

ちょっと地味に凹んだよ、慰めてくれ。


年功序列って嫌いだ。
俺はそれを始めて痛感した。


何が起きたかと言うと、俺、やっぱり扱い悪いかも。
久しぶりに次男の立場を思い出した。
いや、だってずっと離れに居るから、最低限の人間としか接触しないんだよ。
だから気付いてなかったんだが。


昨日、母屋からおすそ分けが来たんだよ。
それは別に、今までも時々あったから良いんだけどね。
その内容が問題だった。

なんとメニューは卵。
別に生卵をそのまま食えって渡された訳じゃないけど、ショックだったよ。
だって俺、たまに届けられる鹿とか猪とか、肉類しか食べたことなかったんだ。
卵自体を食べたことがないわけじゃないが、いつも日持ちするように燻製や茹でて塩漬けになっていたりした。
卵というか、どちらかというと乾物だ。

それでも滅多な事では食べられなかった。
風邪がひどかったりすると、塩漬けを砕いた物が粥に入っていたとかそれくらいだ。
この時代の鶏はあんまり卵を産まないらしいし、鮮度が大事だから流通してないのかなって諦めてたのに。

それなのに、俺の所に卵が来た。
しかも、話を聞いてみると昨日までは生だったらしい。

たまたま届いた卵が普段より量が多かった。
父上を筆頭に、普段は上の人が食べて終わりになってしまうんだけど、今回は俺の所まで回ってくるほど量があった。

それで、あまり体の強くない白兎にも食べさせてやるように、って父上が・・・。
うん、いつも俺の所まで回らなかっただけで卵があったのかよ、ってことも気になるけど。

俺、体弱かったんだ?
そりゃあ体を冷やしたりすると、熱を出したりしてたけど。
ずっと子供の体だからだと思ってたよ。
周りに同じ年齢の子供がいないから気付かなかった。
そりゃあ、現代で暮らしてた時よりよく風邪をひくなあ、とか思ってたけど。
薬が未発達だし、子供だから、何より家の造りが寒いからだと思ってたよ!

自分の体だったのに今更気付いたことが、かなりショックだ。

そして俺以外、具体的に言うと父上や寅の膳には新鮮な卵が上ってたことにもショックだ。
俺だって新鮮な卵食いたい。

卵というか、具体的に言うとマヨネーズ食いたい。
この時代って調味料が少ないし、ソースとかケチャップとかバルサミコ酢とか作れないよなって諦めてたのに。
唯一、作れそうだったのがマヨネーズだったのに。
新鮮な卵は貴重なんだと思って我慢してたのに。

ひどいよ父上。
今度お呼ばれした時は、喜一君と一緒におどろおどろしい歌のオンパレードしてやる。
一人で厠に行けなくなるといいさ。

とりあえず今は、ありがたくも気遣いを頂いた卵粥を食べてしまうことにする。
母屋で作られて運ばれたので、かなり塩が強い。
これでは適当に野菜と水を入れて味を薄めないと俺には食べられない。
その分量も増えるし、彦や土岐も一緒に食べてしまうことにしよう。

食の追求への新たな決意を固めつつ、俺は乳母に言付ける為調理場へ向かった。







追伸、そういえば言い忘れた。
例の滑り止めだけど、高草履という名前で売り出すことになった。
貸し出しを専門にしてた時も、裾とか足が汚れないから評判が良かったのだ。
しばらくしたら、月の売り上げの取り分を貰いに行かないといけない。

落ち着いたらまた連絡します。




※子供の時と比べて、第二次成長期を越えると病気になる確率ってどんどん下がりますよね。
すごい人だと年単位で風邪とか熱とかと縁がなかったり。
基準がその頃のままなんで、言われてみて改めて気付きました。
以前からちまちまと熱を出す描写を仕込んでいたのはこの為です。


少し書き溜めてあるんですが、今は頭が回らないのであとで確認してアップします。しばしお待ちを。



[10890] 早く隠居したい30 ~マヨネーズを目指して~
Name: 白兎◆98ec21ee ID:1b65f060
Date: 2009/08/17 12:18
やあやあ久しぶり。

最近食卓が豊かになったよ、祝ってくれ。


うっかり変な所で絡まれたおかげで、臨時収入が入ったし。
例の高草履だけど広告として使う分で、客に貸してもまだ余裕が出るように結構な数を作った。
今作ってあるのは、店の名前が歯の側面に掘り込まれた物で、赤い漆で仕上げた艶のある女物と、黒に赤で掘り込んだ男物の二種類だ。

雨上がりだけかと思いきや、湿気の高い日なんかも借りていく客がいるらしい。
まあ、着物に土がついてしまえば、始末が大変だからね。

評判なんかは普段の買い物の時に喜一君が仕入れて来てくれる。
あとはもうすぐ売り始める、販売用の細工入りの高草履も馴染んでくれる事を願うばかりである。



まあそれよりも、俺の関心は再び食生活の改善だ。

前から思っていたように、単に味噌や塩の量を減らしただけで解決するかわからない。
別の栄養が足りなくなるかも知れないし。
栄養の偏りは、思わぬ所で体調不良になって現れる。
地味だが影響は大きいので、戦々恐々してたのだ。
とりあえず味噌はやっぱり減塩で作って貰うことにした。

けどそれだと長く保存できなくなる可能性がある。
なので布を張った木枠に薄く延ばして天日で干して、駄目押しに燻製にしてしまうことにした。
味噌の燻製ができるかは知らないが、なんとなく腐敗防止になりそうな気がする。

あとはできるだけ風通しの良い所で保存して、一定量ずつ臼で挽いてやればついでに舌触りもよくなる。
薪の種類によっては匂いが付きそうだが、そこはそれ。
相性のいい薪を探すか、もしくは妥協である。
塩分過多よりはましだ。

漬物も試行錯誤中である。
塩分控えめにしたものを定期的に作るか、どうしても長期で保存するなら乾物を推奨している。
まあもちろん漬物にも干物にもせずに食べられる鮮度が一番ではあるが。

他には、一度の食事の際に使う野菜の数を増やして貰う事にした。
多少贅沢ではあるが、健康には変えられない。
味噌から取れるビタミン類が減ると支障がありそうだしね。

大豆といえばタンパク質だ。
タンパク質が減るのは、成長期の俺によってよろしくないので最近は豆腐屋の常連である。
大事な、「体を作る元」である。
現代で教わった、対子供向け栄養学だ。
正直、「血や肉を作る元」以外は忘れた。

乾物も良く食卓に上る。
肉は主食じゃない上に、野菜ばかりでは寂しいので当然だ。
魚の干物は相変わらず塩辛いが、食べないわけにもいかない。
こればっかりはまだ俺にはなんとも解決策が見つからない。

それに、新しく食べ始めたのは小魚の類である。
献立改善をし始めてから知ったのだが、なんと未だに鰹節が流通していない。
出汁のない味噌汁だったのだ。
味噌の味が強いからか、まぬけなことに今まで気付いていなかった。
なので小魚を挽いて粉状にしたもので出汁をとっている。

カルシウムを摂ったら大きくなれるだろうか?
遅れて成長期の来た父上は、今では他と比べて小さいわけではない。
だが正直、もう少し上背が欲しいんだが。

椎茸を使うことも考えたが、養殖技術がなく、自然の物を採取するだけなので高価な物になってしまうらしい。
さすがにそれだけに金を掛ける訳にもいかず、椎茸はあきらめることにした。

離れの献立だけ母屋と大分違ってしまったが、まあ自分達で稼いだ?金であることだし、何より俺が塩辛い食事をしたくないのだ。
背に腹は変えられない。
今は大丈夫だが、高草履が上手くいけば定期収入も入る。
父上からの小遣いは今の所、初めに彦に買った着物の分だけしか使っていない。
人の金で贅沢するなんぞ、後ろめたくて仕方ない。


父上には塩分過多について忠告を入れたし、あちらでも塩を減らすことにすると言っていたので、乾燥味噌のことを伝えておいた。
ちなみに寅は時たま現れては、離れで食事をしていく。

塩の量には頓着しないのか、旨ければどうでもいいのか、わりと謎である。
普通は、慣れた味を求めるものだと思うんだが。


落ち着いたらまた連絡します。



[10890] 早く隠居したい31 ~マヨネーズを目指して~
Name: 白兎◆98ec21ee ID:1b65f060
Date: 2009/08/17 12:36
やあやあ久しぶり。

最近高草履が流行ってます、祝ってくれ。


結構需要は見込めると思っていたんだが、元々の高草履の機能、つまりは足や着物が汚れないって所がウケたみたいだ。
この時代、着物ってそんなに頻繁に洗う物じゃないし、洗うと痛みやすい。
頻繁に洗うことを想定してもいないから、余計だ。
豪華な生地の着物を多く持っている人間ほど、高草履が必要になる。
おまけにそういう人間ほど、外見に気を使う。
必然的に金がある人間は、着物に合わせて色々な細工の高草履を揃えるのだ。

だが、別に金持ち向けの物ってわけでもない。
普通の町民だって肌着以外はそれほど洗わないし、生地が弱くなるからあまり洗いたくない。
この時代、何度も手直しして着物だったり布団だったり使い続けるのだ。
最終的に雑巾になるまで大事に使われる。

そんな人には少し安めの素材の高草履がお勧めです。
俺が宣伝してるわけじゃないけど。




やっぱり初めに食い付いたのは裕福な町人層だったみたいだ。
武家の人間はどの程度浸透してるのか謎だったけど、この前母上が取り寄せてるって聞いた。
父上には試作品として店主から貰った物を渡しておいた。
案外気に入ってくれてるみたいだ。

母上に俺が高草履の商売に関わってるって知れたら、また扇で小突かれるだろうな。
小突かれるどころか、扇が飛んでくるかも知れない。


まあ、母上のことを聞いた時に父上に確認してみたけど、案外武家にも広まってるらしい。
武家の人間の場合は、例えば、どちらかに出向いた時に裾が汚れていたりすると失礼だということもあるし。
土を付けて人前に晒される事を良しとしない。
そういう体面を重視するからだそうだ。
特に、我が家みたいに質素な生活をしている場合も、着物だけは見栄で高い物を着ていたりするし。

何はともあれ、裕福層や上流の人間がこぞって使ってくれる上にうれしい機能付きだ。
憧れやステータスとして持つのにプラスして、生活必需品としても広まりをみせている。

おかげで俺の、というか「発案者:彦」の財政状況は結構潤っている。
と言っても、離れでの食事改善に使用しているので一気にお殿様なわけではないが。
その証拠に、自分できちんと管理するようにって父上からお達しが来てる。
子供に管理させる程度の金額だ。
俺からしたら結構な金額でも、「家」自体を管理する父上からしたらそれほどでもないんだろう。

ちなみに、少なくとも高草履で収入がある間は小遣いは断ることにした。
だって収入があるのに小遣いってどうよ。

それでも時たま贅沢をするくらいの余裕はある。


そしてその金で俺は、念願の卵を手に入れた!

呉服屋の店主に頼んで食材を取引してる人に繋げて貰ったのだ。
やっぱり毎日産んでくれるものでもない為、仕入れにばらつきがあるみたいだが。
とりあえずマヨネーズを作る分には少量でも構わない。
そもそも離れにはそれほど人数がいるわけでもないしな。




いそいそと屋敷に帰ると、俺はさっそく調理場に篭った。
泡だて器はないので喜一君に作って貰った茶筅もどきで代用する。

マヨネーズの作り方は意外と簡単である。
卵に塩と酢を混ぜて、あとは分離しないように少しずつ油を根気強く混ぜていくだけである。

ちなみに油を使った料理は、庶民にもお馴染みの家庭の味というわけではないらしい。
しかし、上流の家や精進料理なんかで使われる。
野菜を素揚げにしたりとかするそうだ。
まあ、油を使ってカロリーを摂っておかないと、ただでさえ栄養の偏りがちなこの時代なのだ。
精進料理だけでは栄養不足は必至である。

関係ない話だが、町中で庶民の暮らす家の立ち並ぶ辺りに近寄ると、かなりきつい臭いの残り香がする。
菜種油や胡麻油は値段が高いので、彼らは魚油を使って明かりをとっているのだ。
だが、魚からできた油だけあってかなり臭い。

もちろん我が家は、今度ばかりはありがたい「家格」維持の為に臭いのしない油を使って明かりにしている。
胡麻の香りではないのでおそらく菜種油である。
食べられるのはわかっているので、問題なくそれを流用させて貰う事にする。


上機嫌で茶筅を動かしながら、我が家の見栄張りに初めて感謝した。
材料が揃っているにこしたことはない。

出来上がったつややかな質感のマヨネーズを見下ろして、俺は久々に会心の笑みを漏らした。
今日からさらに食事環境が豪華になるのである。
今から笑いが止まらない。


落ち着いたらまた連絡します。





※とりあえず先にこれだけ。昨日の分の残りです。

誤字修正しました!
一番大事な「油」の文字が抜けてたなんて、しろうさぎはアホです。
早いうちに判明して良かったです。ご指摘ありがとうございました。



[10890] 早く隠居したい32 ~マヨネーズを目指して~
Name: 白兎◆98ec21ee ID:1b65f060
Date: 2009/08/17 19:21
やあやあ久しぶり。

しばらく卵集めに奮闘しそうだよ、応援してくれ。

なんでそんなに卵が必要なのかって?
マヨネーズを作るために決まっているじゃないか。
あれは山で遭難した時も、持っていれば非常食になるぞ。



ところで出来上がったマヨネーズの感想だけど。

喜び勇んで味見した俺は泣いた。


なぜって、味がくどい上に生臭かったんだ。
懐かしのマヨネーズの味を想像して口にしただけに、その衝撃はすごかった。
思わず力が抜けて、しばらくへたり込んだくらいだ。

力の限り落ち込んで、それから考えてみれば理由は明らかだったよ。
まず第一に、それほど技術が高いわけじゃないから菜種のえぐみというか、菜種油自体に独特の味があった。

落ち着いて思い出してみれば、ドレッシングとかを作るのに使っていた、あの臭いのない油は現代でもかなり最近作られたもので、サラダを食べる習慣ができてから広まった物だったのだ。
現代で暮らしていた頃には、あまりにも当たり前に臭いのない油を使っていたから失念していた。

第二に、

「父上の馬鹿やろーーーっ。」



何度も言うが、我が家は貧乏ではない。
俺や寅が着せられているのも絹の着物だ。

だが、贅沢三昧できるほど金持ちではなかったのだ。

俺がなんの疑いもなく菜種油だと思っていた油は、実は匂いに影響がでないギリギリの範囲で魚油が混ぜられていたのだ。
そんな慎ましい節約も、今の俺には絶望的だ。
臭いに影響がない量でも、油を直接舌で味わうことになるマヨネーズにそれは致命的である。
結果、魚臭いマヨネーズが出来上がった。

しかも、配分が悪いのか卵の味が薄い。
とても普通にマヨネーズとして口にできる味ではない。

結局どうしたかというと、どうせ生臭いのだからと水で戻して塩を抜いた干物の表面に塗ってあぶり焼きにすることにした。
何度も重ね塗りをしながらあぶれば、どうにか食べられる程度の濃さにはなった。

その晩、膳に上ったマヨネーズであぶり焼きにした魚は、土岐にたいそう気に入られた。
確かにただの干物よりは美味しいのだが、俺には満足できない。
何しろ、干物にしか使えないのだ。
改良が必要である。

そして俺は再び卵を仕入れて貰う事を決めたのだ。


落ち着いたらまた連絡します。







※昔、家庭科の授業で作らされた記憶があります。
サラダ油で作っても油の味しかしなくて、恐ろしく美味しくなかったです。
かき混ぜ方が足りなかったのか、分量の配分なのか。
指示された通りの量で作ったはずなのに、すごくまずかった記憶が残っています。
人によっては手作りで美味しく作ってしまう人もいるので、材料の配分次第で恐ろしくまずくも、美味しくもなる物の典型ではないでしょうか。
普通に暮らしていれば、マヨネーズの材料を知識で知っていたとしても、作ることはそうそうないと思います。
なので実は油の問題がなくても、初めて作ったら失敗するだろうというオチがありました。



[10890] 早く隠居したい33 ~マヨネーズを目指して~
Name: 白兎◆98ec21ee ID:1b65f060
Date: 2009/08/17 19:23
やあやあ久しぶり。

俺は諦めたわけじゃないぞ、応援してくれ。

材料自体は揃ってるんだから、分量とか油とかを選べばきっと美味しいマヨネーズが作れるはずだ。
幸い、高草履のおかげで多少失敗しても大丈夫な位の懐の余裕はある。
できないわけじゃないなら俺は諦めない!

なんと言っても、俺には中身は大人、体は乳児だった体験がある。
ハイハイができるようになるまでに過ごした、体の自由がきかない日々。
筋肉がきちんとつくまで制御できずに、オムツの世話になった日々。

そんな日常で培った我慢強さだけは天下一品だ。
ちなみに、赤ん坊にオムツが必要なのは立てないのと同じことで、筋肉が足りなくて制御できないのも理由の一つだと知った。
できるだけ人が居る時に、すぐ取り替えられるようにして貰っていたんだが、寝ていた時なんかは・・・。
幼い体っていうのは、意思の力だけではどうにもならないものだと知ることになったよ。
おねしょを卒業できるようになった頃は、世の中に感謝しまくりたい位に上機嫌だった。
成長するのは筋肉や骨だけじゃなくて、神経やシナプスも成長するのだ。

成長痛などなんのその。
成長期万歳である。



まあそんなこんなで培った、すばらしいと自負する忍耐力を持つ俺である。

コツコツと油の種類や材料の配分を実験していけばいつか美味しいマヨネーズが作れるだろう。
その為にも、いつのまにか得ていた権利だが、始めの取り決め通りに月に一度の利益回収に赴くのである。
もちろん彦や喜一君も一緒だ。

今までの生活でも特別不満はなかったが、こうして作りたい物ができてみると収入が入るようになったのはありがたい限りである。
人の金で豪遊するのはできない小市民でも、自分の収入であるのなら存分に散在できる。

まあ、若干豪華になった離れの分の食事と、定期的に卵と油を購入する程度の出費でしかないので散在というほどではないが。



呉服屋までたどり着くと、すでに俺達の顔を覚えた店子達が出迎えてくれる。
まだ数えるほどしか顔を見せていないのに、すでに顔を覚えるとはプロである。

そのまま奥の部屋に通されると、毎度お馴染みの店主がやってくるのだ。
店主としても、最近の高草履の売れ行きにはご満悦らしく、大抵見かけるのはホクホク顔である。
そして俺達が来る日にちに合わせてやってきた職人と一緒に、売れ行きを確認したり新しいデザインを考えたりする。
まだ数がそろわない為に商品として売り出してはいないが、高草履一つとっても商売の仕方は色々ある。

高草履の構造はいたって簡単だ。
普通に板の上に草履を置いてもすぐに滑ってしまうので、踵より少し内側と土踏まずが終わる辺り、つまり下駄の歯に当たる辺りにヒールを配置する。
あとは二つの部品を連結する橋になる部品を取り付ける。
形ができたら橋の部分からでも歯の部分からでも、紐や布をつけて草履の上から足に固定するのである。

たとえば、
ヒール部分に細工を凝らす。
素材や塗装に種類を持たせる。
紐の部分の素材を変える。

単純に考えてもこれだけ種類が作れる。

だが他にも作ろうと思えば作れる改良がある。
付け外しの自由な飾りを作っても良いかもしれない。
そもそもバラバラに部品で展示して、客の好みの組み合わせにしてから販売しても良い。
大量生産の体制が整ってないからこそ、職人たちの自由にデザインを任せてみても面白いかもしれない。
自分の好きなデザインを作れればそれだけでも職人のやる気は上がるだろうし、一定の報酬とは別に、職人毎の売り上げを個人に反映してやれば技を磨く励みにもなるだろう。

職人の技が向上すれば必然的に品揃えの質も高くなり、新しく買い直そうとする客も増える。
一定期間しか作らない条件でモチーフを決めた商品を揃えるのも面白いかもしれない。
いわゆる、『季節限定』である。
俺もコンビニの季節限定には踊らされていた。

けれど、どれだけ工夫してもいつかは真似をしてくる者も出てくる。
彼らに対抗する為に、いつどの札を切るかは、商人である店主の腕の見せ所である。

まあしかし、全部の札を切り終わってもそれはそれで良いのである。
もともと簡単な作りなので、早々に競争相手は出てくるのだ。

そうしたら、それはそれで店ごとに特徴でも作り出せば良いのだ。
流行の発信場所となったかつての吉原の遊女達のように、モデルを立てるのも良い。
もともと呉服屋が本分なのだ。
着飾った娘達に通りを歩かせてみる手も使える。
飾り立てた広告塔を作って流行を操作するのも手の一つだ。
個人の趣味に任せるだけでなく、一度流行を作り出してしまえば購買力は一気に上がる。
仕入れる商品も、あらかじめ売れるだろう予測がつけば揃えやすい。


考え出したらきりがないのである。

あくまでも俺達は発案者。
商売をするのは店主達だ。


口だけ出していれば勝手に実を出してくれるというのはとても楽である。
仕入れや流通などの手段は俺達は持ち合わせていないのだから。


店に入る前に彦に仕込んでおいたアイディアを、彦と二人で、その場で考えているように見せかけながら話題に出す。
そうして、店主達との話し合いを終えた。

中には本当に彦から出てきたアイディアもあった。
文字や計算から始まって、彦に様々な知識を仕込んでいただけあってとても感慨深い。
やはり、教育というものは大事である。

想像以上の好感触に、彦の成長。
内心とても満足で、ついでに留守番をさせている土岐や乳母の土産も奮発しようかといつもと違う道を選んだのだ。

単にいつもと違う道を。
そんな思いつきでしかない考えで踏み込んだそこには、今まで俺が見たことのなかった、こちらの人々の生の生活が待ち受けていた。


落ち着いたらまた連絡します。



[10890] 早く隠居したい34 ~マヨネーズを目指して~
Name: 白兎◆98ec21ee ID:1b65f060
Date: 2009/08/17 19:24
やあやあ久しぶり。

調子に乗ってた反動なのかね、慰めてくれ。


呉服屋からの帰り道。
軽い気持ちで進路を変更した俺は、今まで足を踏み入れたことのなかった地域。
商店が立ち並ぶ通りでも、裕福層が住む地域でもない、一般の人々の住む区画に足を踏み入れていた。

質素な暮らしをしていても、家だけは豪華に広かった我が家。
店構えも商品の一つである商店、もちろん裕福層の家とはまったく違う。
その区画は生活感がいっぱいに広がっていた。

そう、生活感である。
みすぼらしいわけでも、汚いわけでもない。
商店の立ち並ぶ通りの活気とも違う、人々の営みの作り出す人の気配、それがそこで一番目立つものだ。

町に出入りし始めたのもごく最近の俺にとって、そんな場所は始めてみるので目をひいた。
見慣れないのは俺だけなのか、彦や喜一君は特別なんの興味も見せずに普通にしているが。


様々な人々が溢れていた通りと違い、こちらの道は少しこじんまりとしていた。
そして当たり前なのだが、刀を差した人間や、身奇麗な商人達も見当たらない。
いるのは、付近の村から来たのか、籠を背負った日に焼けた顔や棒を担いだ行商、井戸端に集まる女性達に転げ回る子供達。
時代が違うためか、所々違う部分は多いものの、現代でみた時代劇のような、素朴な風景である。



興味を惹かれてしばらく見ていたのだが、周囲の目が集まりだしたので仕方なく帰ることにする。
すっかり忘れていたが、彦は初めて呉服屋に行ってからというもの、町に出る時は絹の着物を着て貰う事にしているのだ。
間違えて揃えてしまった着物一式ではあるものの、逆に利用価値ができてしまった為に今更戻すことはできないのだ。
俺も初回と同じ布地の着物で通している。
さすがに普段着にするのは慣れない、と彦の強い願いで離れにいる間には、今俺が着ている様な生地の着物を用意した。

枚数はあるのだし、気にせず着て貰って構わないのだが。
ある物は使えばいいのである。
その上、肌着の上に重ねるようにして着る構造なので、汗がつく等の生活感は皆無である。
付着するのは泥やほこり、雨の水くらいだ。
彦くらいの年齢になると着物に食事をこぼしたりもしない。

むしろ、彦が着れなくなったら俺が普段着ようか、などと考えながら帰路に着く。
もともと街道に沿って発展するので町の構造は簡単である。
基本的に大通りを挟んで並行に通りが並び、あとはその道通しの抜け道である。
方向を間違えなければどこからでも帰れるので、そのままその通りを突っ切って帰ることにした。




そして通りの終わる頃、普段の道からは大分離れた位置にある橋の下で、俺は拾い物をしたのである。















「父上、子供を5人世話をさせて下さい。」

そう話し掛けると、珍しく父上の目がぽかんと開かれた。



落ち着いたらまた連絡します。



[10890] 早く隠居したい35 ~マヨネーズを目指して~
Name: 白兎◆98ec21ee ID:1b65f060
Date: 2009/08/17 19:26
やあやあ久しぶり。

思わず拾って帰ってきてしまったよ、手伝ってくれ。


屋敷に帰り着いた俺達は、帰って早々火を焚くと子供達を風呂に放り込んだ。
ちなみに喜一君が風呂の支度で彦が着物の用意、土岐と乳母は風呂で待ち構えて全員まとめて丸洗いである。

そして俺はそのまま父上に会いに行ったのだ。

彦の時はまだ普通に対処してくれた父上だけど、さすがに一気に5人、しかも彦がすでにいるのに拾って来るとは思っていなかったみたいだ。

けれど、俺にも退けない理由がある。
それは彼らが橋の下なんかにいた理由なんだけど。

子供が大人の保護下にいない理由はいくつかある。
彦みたいに親を亡くした後に、面倒を見てくれる相手がいなかった場合。
住んでいた場所が村とかだった場合、村全体で面倒を見てくれる場合もあるそうなんだけど、町中や旅先、もしくは旅の行商なんかで親を亡くすと悲惨である。
他には貧しくて口減らしに捨てられた子供。
この場合は、山の中に捨てられなかっただけまだ愛情が残っているんだろうけど。
場合によっては、貧しさから養子に出された先でなんらかの理由で冷遇されてしまったり。
奉公に出たものの、逃げ出して来てしまったなんていう場合もある。

大人ならば仕事を見つけることができても、子供にできる仕事なんて限られている。
山菜を取って売ったり、道に落ちている金屑や使える物を拾って仕事にしたり。
それにどうにか食いつないでも、今度は住む場所に困ることになる。

それであんな場所に居たのだ。
人数が居ればお互い助け合い、寒ければ体温を分け合ってどうにか生きていける。

出会ったのは偶然だが、それでも俺は見てしまったのだ。
何度も言うが、俺は捨て猫や捨て犬を見つけると見捨てることができない。

良くも悪くも、人は自分の好きなようにしか行動できないのだ。
身勝手ではあるが、罪悪感に苦しむ位だったら拾ってから後悔した方がまし。
偽善でも役に立てばめっけもん、である。

というか、中身の年齢は高い俺から見たら、子供が生活に困って苦労しているなぞ論外なのである。
幸い、許可さえ貰えれば現在の俺ならどうにか彼らを食べさせる位はできそうなのだし。

そういう訳で急遽、見つけた子供達を引き連れて屋敷に帰って来たのだ。









しばらく黙って考えていた様子の父上だが、いくつか言葉を交わすとようやく彼らの世話をすることを認めてくれた。

まあ、俺に退くつもりがなかったのだから、ある意味当然の勝利なのだが。
話の内容は彼らを拾った経緯や素性、今後の身の振り方なんかだ。


とりあえず、必要最低限の話だけすると早めに帰ることにした。
いくら彦達に任せていると言っても、初めて来た場所で不安だろうと思ったのだ。

とりあえず、つい勢いで連れて来てしまったが、本来俺達しか住んでいないので色々と足りない物が多い。
生活に必要な物なんかを考えつつ、離れへと急いだ。




落ち着いたらまた連絡します。

※めっけもん=江戸言葉で小さな幸運



[10890] 早く隠居したい36 ~マヨネーズを目指して~
Name: 白兎◆98ec21ee ID:1b65f060
Date: 2009/08/18 18:41
やあやあ久しぶり。

子供は笑ってるのが一番だよね、そう思うだろ?


思わず拾ってきてしまった子供達だけど、今まで自分達だけで生活してただけあってしっかりしている。
あの日見つけたのは全部で五人。
年長の子供が土岐や彦と同じ位、小さい子だと俺より小さい子供もいた。
俺が今、数えで5歳。
実年齢で4歳ってことは多分3歳位じゃないだろうか。
まだまだ誰かの庇護が必要な年齢だろうに。

つれて帰ってきた当日は疲れからか、満腹になると倒れる様に眠りについた。
翌日に起きてきてからは、やっと事態を把握してきたのか、不安そうにしていたが。
わざわざ連れて来たんだから、放り出すような真似はしないというのに。

しばらくは俺達にも慣れない様子でおどおどしていたが、最近やっと慣れてくれたのだ。
拾ったばかりの時の彦ほどではないけれど、まだまだ痩せている。
もっぱら、最近の食事は彼らに合わせて栄養をたっぷりと摂れるメニューになっている。


離れの朝は早い。
乳母や喜一君は朝から仕事があるし、土岐は午前中、俺が机に向かっている間は剣の稽古をしたりしているらしい。

俺や彦は、彼らに比べると少し遅い時間に起きて庭に出る。
彦も一緒に行動するようになると、説明が上手くできそうになかったことから、太極拳もどきではなくラジオ体操をするようになっていた。
たかが体操、と馬鹿にもできない。

実際、きちんとこなすと全身運動になるのできちんと目も覚めるし健康管理にも役立つ。

それが済むと朝食を食べてから勉強に取り掛かるのだ。
文字を練習したり、彦に勉強を教えたり。

午後からは薬草の分別をしたり、採取をしたりしている。


子供達を引き取った後でも、それは変わらない。
変わったことと言えば、少し前から子供達がカルガモの雛のように後を付いてくるようになったことだ。

自分たちを拾ったのが俺だということをわかっているためか、一番年下のはずの俺が一番上の立場に居ることが不思議だったのか。
しばらくは、ずいぶん余所余所しい態度をとられていたものだ。
硬い表情の子供達を、内心では心配していたので随分と安心した。
拾って来た猫なんかは、自分から近づいてくれる様になるまで放っておいたほうが良い。
猫と比べるのは違うだろうけど、彼ら自身で俺が自分達に害をなさない存在だと認めなければ意味がないのだ。
しかしこれで一安心。


警戒した猫みたいだった彼らも、今では打ち解けてくれたようだ。

特別、彼らに課している仕事なんかがあるはずもなく。
離れやその庭から出なければ、自由に行動していいと言っておいたのだが。
離れのあちこちにある、俺の作った便利グッツを見つけては説明をねだり。
弄り回しては歓声を上げる。

俺や彦のあとを付いて回っては、大騒ぎなので俺も彦も苦笑しきりである。
子供に付き合うのは、案外気力と体力がいる。
ついに昨日は勉強の時間にも押し掛けてきた。

いやはや、子供の好奇心というのは時々こっちがびっくりする位だね。
体力も戻ってきたようだし、良い機会だったのでこいつらにも文字を教えてみようと思う。

決して、自分よりも字の下手な人間が欲しかったわけではない。



落ち着いたらまた連絡します。









※卵に関していくつかご意見を貰いました。
宗教的な理由と、昔の天皇が禁止したのとの2つの理由で卵は堂々と胸を張って食べられるものではなかったみたいですね。
ですが、食べたいものは食べたいだろうし、それ以前から滋養があることも美味しい事も知られているわけで。
天下御免の目こぼし理由「薬食い」が発動されてたんじゃないかと思います。
鶏は時告鳥として飼って雉と偽って食べたなんて話もありますし。
戦の時なんかは森で見つけた卵を食べて滋養をつけたって話も読んだことがあります。
江戸時代以前から結構食べられていたらしいですよ。
少し調べてみると、江戸時代までは食べなかったって話から、いや、もっと前から食べてたって話まで色々出てきます。

それと、野生の鶏は卵を毎日産むなんてことをしないそうです。
産むたびに盗まれるから毎日産むようになったって理由らしいので、その辺からも「卵の掠め取り」が継続して行われてた予感がプンプンします。
動物って、結構早く野生に戻ってしまいますし。

衛生面の話になると、サルモネラ菌が一番確率高いですね。
けど確率的には宝くじよりは当たるって位みたいですし、運搬の問題があるので、本当に近くで取れた鮮度の良い物くらいしか手に入らないんじゃないかと思います。
鮮度が落ちるくらいの場所から運ばれてきたら、それこそ割れたり腐ったりしてる可能性のほうが高いですし。
というか、しろうはその辺失念してます。
まあ、薬師集団みたいなもんですから死にはしないでしょうし、一度当たったら火を通す調理法に限定したりするでしょう。
焼きマヨは美味しいです。



[10890] 早く隠居したい37 ~マヨネーズを目指して~
Name: 白兎◆98ec21ee ID:1b65f060
Date: 2009/08/18 18:43
やあやあ久しぶり。

最近子供達のパワーが半端じゃないよ、労わってくれ。

とりあえず文字を教えてみたけど、知識はあっても別に邪魔にならないよね。
生活に役立つものなら尚更に。
読書き算盤ってよく言うけど、確かに最低限無駄にならない教養である。


薬草に関しては実地訓練。
午後は薬草を取りに山に繰り出している。
喜一君に付き合って貰う必要はあるけど、人里から離れた場所まで入り込まなければそれほど迷う心配もない。


というか、正直に言うと俺のお財布が厳しい。
当然といえば当然なんだけど、6人も個人で養ってればそれにかかる費用も半端じゃない。

着物は当然として、風呂も長時間お湯を沸かしたままにしておく必要も出てくる。
定期的に焼き石を入れるけど、石の方も時間がたてば冷めてもくるし。
なので多少なりとも暖めなおす必要がある。
調理なんかも、量が増えたから調理時間も延びるわけで。
薪の使用量も上がるのだ。
微々たる物ではあるが、毎日のことなので馬鹿にはできない。
薪と比べれば火力は落ちるが、燃焼時間の長い炭をメインにしようかと考え中である。

もちろん食費も一気に倍だ。
せっかく整えた食事環境なのだし、健康に直結するので元に戻すわけにもいかない。
ちなみに、小さい子供なんかもいるので、食事の時は乳母や喜一君に預かって貰っている。
いくら俺の精神年齢が高くても、体が小さいのでは食事の時の世話まではできない。
その点、乳母は慣れたものだ。
喜一君の方も兄弟でもいたのか、意外なことに世話をし慣れている。
こぼした米粒を拾ってやったり、箸の持ち方を直したり、案外世話焼きな事実を発見した。


最近は文字を教えたりもしているので、さらに紙代やらなにやら。
細々と考えるのを放棄したいぐらいだ。
でも考えないわけにもいかない。

俺と乳母と土岐と喜一君。
この面子は例え俺が破産しても問題はない。
俺が一存で変えた献立が元に戻るくらいで、基本的に最低限は父上に保障されている。

問題なのは彦と子供達だ。
彼らは俺が保護しているだけなので、家とはなんの関係もない。
俺が責任を持つことで認めて貰っているようなものだ。
彦の時は小遣いとして支度金を渡されはしたものの、現在は収入があるのでそれもないだろう。
よって俺は、完全に俺だけの采配で彼らを養っていかなければいけないのだ。

これが案外に厳しい。
支出は増えるが収入はさほど変わらない。
まだ高草履の競争相手も出ていない状態なので、定期的に収入があるのが唯一の救いだ。
しかしそれも、いづれは目減りしていくことになるだろう。

一つの商品で儲け続けるのは、現代のように流通がなければいずれ立ち行かなくなる。
狭い地域だけで商売をすることになるので当然である。
多少は外に出ることになっても、微々たる物でしかない。
範囲が狭ければ、誰もが持つ物になってしまった辺りで打ち止めである。
修理や時期物、付け替え用の小物なんかの収入はあるだろうが、現在の収益と比べ物にならない。

以前なら、その分だけでも十分だったのだ。
少し献立を豪華にして、彦を養うだけだったのだから。

しかし、子供達を拾った今となっては悩みの種である。

そんなわけで、今日も俺たちは山に登る。
そして実地訓練として薬草を集めては持ち帰る。

俺の手製の図鑑やら書物やらで学ばせてはいるが、薬草は実際に自分の手で採取するのが一番覚えやすいのだ。
匂いや生えている場所、微妙な色味の違いなんかは本では把握しにくい。
知っていれば確実に役に立つ知識なだけに、きちんと覚えて欲しい。

持ち帰った薬草は乾燥させたり、薬の状態にしたりして日持ちするようにしておく。
定期的に持ち出しては、彦の名前で紹介して貰った薬師や医者に売り渡すのだ。

こうなってみると、彦を家人にしないで本当に良かった。
彦の名前を最大限使うことで、「家」には関わりなく金銭のやりとりができる。
といっても、現状では全員を養って、少しの余裕があるくらいなのだが。
俺が養っているのか、家を提供しているだけで半分自立しているのか、判断は付きかねる所だ。

それでもまあ、子供達が笑っているのでそれで良いのだろう。


落ち着いたらまた連絡します。



[10890] 番外 おみつ
Name: 白兎◆98ec21ee ID:1b65f060
Date: 2009/08/18 18:45
おや、おみつじゃないか。

久しぶりだね。
お屋敷の仕事には慣れたのかい?

え?もう慣れたって?
それは頼もしいね。
なんたって最近何かと羽振りの良いお屋敷だ。
あちらで覚えがめでたければ、何かとおこぼれにも預かれるってもんだよ。
あちらのお屋敷は竹布団を作り出してから、随分と羽振りが良くなったって話だからねえ。

しっかし、たいしたもんだね。
そこらに生えてる竹からあんなに暖かい物を作っちまうなんて。
まったく、ご当主様々だよ。
まあ、お抱えの職人達に自由に作らせて、代わりに上がりを取るってんだから上手い事考え付いたよねえ。

お武家様は商売に手を出せないって言うけど、これだけ利益が入ってるのに商売はしてないっていうのは不思議だねえ。
頭の良い方の考えることは、下の人間にはわからないさ。

でも、上納を納めなくちゃいけなくても、あれだけ良い物を教えてくれただけで私らは満足だ。
おかげで、ちょっと涼しくなっても子供らが風邪をひくことが少なくなったよ。
たまーに寝相の悪い餓鬼共が腹を壊す程度さ。



なんでも、若様が考えてくだすったんだって?
私も時折、遠目でお見掛けすることもあったけど、やんちゃな寅若様があんなにすごい物を作って下さったなんて。
人は見かけに寄らないねえ。

なによ、そのおかしな顔は。
喉に骨が突っかかって取れないみたいな顔してるよ。

え?
その話になるとみんな余所余所しいって?

そりゃあ、お武家の若様なんだ、そんなことで褒めても周りも複雑だろうよ。
お武家の若様って言ったら、本来武芸の出来とか、人柄とかを褒めるもんだろうさ。
そんなんだから、周りの人達も困った顔するのさ。
しっかりおしよ。
そんなんじゃ、これから上手い事やっていけないよ。


そういえば、ここの所とんと話を聞かないけど、あそこのお屋敷には二の若様が居るんじゃなかったかしら?
何年か前にお祝いの振る舞いを戴いた気がするんだけど。
最近はまったく話を聞かないねえ。

離れ?
なんでそんな所に?

ああ、そうなのかい。
ご病弱ねえ。
そうかいそうかい、それだけ頻繁に床につかれるくらいじゃあ、療養させるしかないだろうねえ。
あんたが見たことないのも仕方ないよ。
お武家様って言うのは、なんでも体面が大事だからねえ。

そんなにご病弱な若様なんて、表に出したくても出せないんだろうよ。
哀れなことだね。

え?
二の若様が気の毒だって?
そうだねえ。
でも、こればっかりは仕方ないさ。
それに、案外これで良かったのかも知れないよ。

あそこの若様方はお母上が違うだろ?
これで、うっかり二の若様の出来が良かったりなんかしたら、それこそ気の毒だ。
いつの世でも、母親ってのは血の分けた子供が可愛いからねえ。
案外、今みたいに仕舞い込まれて出てこない方が二の若様にとっては幸せなんじゃないかい?

ああ、そうだよ。
これはこれで上手くいってるんだ、下手に同情しても何にもなりゃしないさ。
仏さんか神さんか、誰が考えたか知らないが、上手い事なってるもんだねえ。




おや、彦様だ。
え?
ああ、あんたはお屋敷で働いてるから知らないのか。
彦様ってのは、最近流行の高草履を売ってる呉服屋に出入りしてる子供でね。
詳しくは知らないが、どこかの商人の子で、今はこの辺りの家に預けられて暮らしてるそうだよ。
まあその辺は、複雑な事情ってもんがあるんだろうさ。
詮索おしでないよ?

けど、さすがは商人の子だね。
なんでも、才を買われて呉服屋の主人の所にも出入りしてるって話だよ。
血は争えないねえ。

隣の子?
ああ、あの子はいつも一緒にいるんだが、知らないねえ。
預けられてる家の子かなんかじゃないのかい?
ほら、お供の人間も危なっかしそうにみてるし、珍しがって付いてきてるだけじゃないのかね。

名前は、えーと、ほら。
なんだっけか。
三だか四だか・・・。

ああ、思い出した。
四郎様って呼ばれてたよ。
しっかし、もう少し良い名前は思いつかなかったのかね。
どうせ四男だから四郎だろう?
せめて頭にもう一文字付けてやるって甲斐性がなかったのかね。

いくら他に跡取りがいても、名前くらいはちゃんと考えてやるのが親ってもんだろ。
あんたもそう思うだろう?


ああ、もうこんな時間だ。
長い事引き留めて悪かったね。
まああんたも、せいぜい頑張って出世するんだね。
それじゃあ。







※実は、気分転換として番外はいくつか書いてあります。
ですがネタばれを含むのでまだ出せないのです。
今回は、屋敷に最近奉公に来た新人さんと、買出しに来た先の奥さんとの井戸端会議にしてみました。
外から見たしろうの話ですね。



[10890] 早く隠居したい38 ~マヨネーズを目指して~
Name: 白兎◆98ec21ee ID:1b65f060
Date: 2009/08/18 18:46
やあやあ久しぶり。

こっちは相変わらず忙しいよ、手伝ってくれ。


一気に大家族の父親になった気分だ。
相変わらず賑やかにやっている。
必要に駆られて始めた薬草の採取も、子供達も自分の為になることだと理解しているし、結構楽しんでるみたいだ。
最近はやっと大人数での生活にも慣れて、気持ちに余裕が出てきた所だよ。
と言っても、余裕があるのは気持ちだけで、時間や金銭的にはそれほど余裕はないんだけどね。

やっぱり同じことを教えてはいても、個人差は出てくる。
薬草を見つけるのがすごく上手い子がいれば、薬として加工するのが上手い子もいる。
中には喜一君にくっついて、暇があれば何かしら作ってる子も居る。
今までは喜一君に任せっぱなしだった、ポンプに取り付けた竹パイプの手入れなんかも覚えたみたいだ。
そっちは完全に個人の器用さがなければどうにもならない。
正直言って、俺には真似出来ない。

箸の上手く使えない子がいて、子供用の持ちやすい形のスプーンの話したこともあった。
驚くことに、翌日には俺が話をした通りの物が出来上がっていたよ。
乳母を手伝ったのがきっかけで、料理に目覚めた子もいる。
まだ包丁が使いにくいのか、おかしな形の具材が膳に上がることも多いけど。
土岐の真似をして棒を振るっている子もいれば、やたらと着物とか細工物に興味を示して、普段から頭に花をつけている子とかもいるな。
最近は暇がなくて教えていなかったのに、いつの間に教わったのか、たまに数人で合唱していたりもする。

まったく、毎日が飽きないよ。
飽きる暇もなく忙しいっていうのもあるんだけれど。
相変わらず月に一度は店主達の所にも顔を出さなければいけないし、今は薬草を売り払ったりだとか、他にも付き合いがある。
もちろん子供達に勉強させるのも、おざなりにできるわけがない。
今すぐに決められることじゃないけど、将来を自分で決めて自立できるようになるまでは俺に責任がある。
それまでは、せいぜい頑張ることにするさ。





最近、特別に始めたことって言うと、メダカの飼育がある。
前々から考えてはいたんだけど、特別に差し迫っていなかったというか、他にやることがあったから手を付けていなかったんだけれど。
あまり気が進むことではないが、いつまでも受け売りの知識だけでいても仕方がない。
今やっておかないと、いつか痛い目に遭うこともあるだろうし。


離れの軒下に瓶を並べてメダカを飼育する。
それだけ聞けばなんのことはない、子供の戯れで終わるんだが。

俺がメダカを飼育する理由はそんな理由じゃない。
以前から気に掛けていたように、薬草の毒性を確認するためだ。

別にわざわざ毒を垂らして致死量を調べていたりするわけではない。
だが、普段使っている外傷の治療に使っている類や、解熱辺りの薬草と他の薬草は違う。
使用頻度の高い薬は、必然的に色々な人の間で飲まれているので安全性が保障されている。
ある意味、人体実験である。
言い方を取り繕えば、実体験で知っている、ということになるが。

だが、普段はあまり使われない薬草の類だとそれが適用されない。
たとえどこかで誰かに使われた薬だとしても、書物に薬と書かれていてもだ。
基本的にこの時代、医療も師弟制を取っているので実際の師弟や、繋がりのある者同士の間でしか情報のやり取りが行われない。
なので、もし薬と言われている物の中に毒性を持つ物があったとしても、その情報は広まらない。
滅多に使われるものではないもの故に、実体験で話が広がることもないのだ。

今まではちょっとした切り傷や、解熱、もしくは滋養を付ける薬湯位しか薬を使わなかった。
けれど、いつまでもそれで良いわけがない。
いつかはやらなければいけないことだったのだ。


まあ、やっていること自体は簡単だ。
メダカを何匹かずつに分けて飼育して、餌に薬を一定の期間混ぜる。
それだけである。

人間とメダカとは違うが、さすがにネズミや兎、犬猫を使うよりは気が咎めない。
まあ、気分の問題でしかないのだが。
やっていることには変わりはない。

もし変化が出るようならその薬は極力使用を控え、その薬を処方したことのある医師に話を聞く。
もしくは再度別の動物で効果を確かめられるまでは、使用しないことにしている。
いや、使用しないとは言っても、実際まだ使用するような事態には縁がないんだけれども。

まあ、人間に処方することになった時に誤解が残っているよりはましだ。

特に結果が顕著に出たのは、強壮系の薬や免疫系の薬である。
毒も少量なら薬になるとはよく言ったものだが、この系統の薬?(すでに薬なのか毒なのか)を試している時が一番死亡率が高かった。
しかも、完全に毒ならまだしも。
逆に弱ったメダカに、ほんの少量与えると効果が出たりするから性質が悪い。
これに関してはいつか体の大きい動物か、経験豊かな医師の経験を頼るしか手がない。

さすがに、メダカとはいえ、生き物がぽろぽろと死ぬのだ。
しかも、どちらかというと毒殺である。
子供にやらせるのは寝覚めが悪いので、メダカ瓶の近くは子供達は立ち入り禁止である。
俺一人で作業を進めようと思っていたのだが、彦だけは何を言っても退かず、共に実験を繰り返している。
情緒面に影響が出なければいいんだが。


落ち着いたらまた連絡します。



[10890] 早く隠居したい39 ~マヨネーズを目指して~
Name: 白兎◆98ec21ee ID:1b65f060
Date: 2009/08/19 19:30
やあやあ久しぶり。

父上からお呼び出しだよ、なんだろうね。


特別、父上から呼び出されるような変わったことはないと思うんだが。
なんだかんだ言っても、父上の部屋が一番離れに近いから、子供達の様子でも気になるのかね?
基本的に、俺から会いに行くことが多いし。

案外、あの子達の合唱でも耳にして気になったのかもしれない。


ちなみに、俺が父上の所を尋ねるのは、別に俺が何かあるって訳じゃない。
寅の、[薬草と思っているのは寅のみ]便が時たま届いた時にご機嫌伺いのついでに持っていくのだ。

なんでわざわざ持参するのかと言うと、意外に、この寅の弱点である失敗が気に入っているらしい。
見分けられないことを気に入っているのも、なにか色々と突っ込み所がある気がしないでもないが。

まあ最近は、寅も本腰を入れて剣術の稽古をしているみたいで、届けられる草も頻度が落ちた。
単に雑談がしたいだけかもしれないね。

ちなみに、時たま本物の薬草を持って父上の所を訪れることもある。
大抵は身近な物だ。
切り傷に効く物だったり、気分がすっとするだけの物だったり。

そういう話は聞かないが、一応我が家も武家である。
万が一、戦に関わることになった時のことを考えておいても損はないだろう。
戦となれば従軍する医師がいることが常ではあるが、必ず医師が無事だとも、同じ隊にいるかもわからない。
一つの傷から足や腕を切り落とすこともある、そんなご時勢だ。
当主だからとて、薬の一つで命を左右することもあると思う。


ところが、さすがは父上と言うべきか。



医術に関する才がまったくと言っていいほどない。
寅ほどではないが。

包帯に見立てた、細く切った布を渡せば自分が絡まる。
薬草を当てさせれば5つのうち2つは間違える。(ちなみに寅は4つ間違える)
時折訪れては、ついでとばかりに話すことの中で、実に繋がったのは数えるほど。
その辺りはさすがに寅の実の父だと関心してしまう。
おかしな所でそっくりだ。
最近だんだんとやんちゃ振りがなりを潜めてきた寅も、日一日と父上に似て来ている。

一番役に立ったのは、減塩の食事をする傾向になったくらいか。
それでも、それは父上ができるようになったことというか、言い付けてやらせていることである。
少し虚しい。










そんなことをつらつらと考えながら、父上の部屋へとたどり着いた。

珍しいことに、今日は母上まで居る。
離れに移ってから、会わなかった訳ではない。

だが以前と比べると、格段に頻度は落ちていたのだ。
なんとも珍しい。

今日は家族で団欒の趣向なんだろうか。
だがそれにしては寅が見当たらない。
何で俺だけ?




相変わらず、俺が顔を見る時はご機嫌麗しくない母上である。
今日も見事に目が釣りあがっている。

まだ父上の前だから額の心配はしなくても良いんだろうが、母上の手元にある扇が気になって仕方ない。

母上の姿を見つめ、しばし固まる。
気持ちを察したのか、俺を労わる様に父上が声を掛けてくる。









だが、それを遮る様に怒声が響く。








「・・・・・このっっ!鬼子めがっ!!!」


すばやく立ち上がった母上は、驚いて対処できない俺の顔を扇で勢い良く張った。




俺はと言うと、一瞬後に事態を把握した父上に助け出されるまで、勢い良く転がっていた。

いくら女の細腕と言っても、さすがに幼い身の上だ。
大人の力に敵うはずもない。
声を掛けられて立ち上がろうとした所だったので、盛大に体制を崩してしまった。

父上の部屋にあった、見事な絵柄の襖が駄目になってしまったのを残念に思う。
密かに気に入っていたんだが。

俺に手を掛けて気が済んだのか、さっさと部屋を後にした母上の後姿を目の端に写しながら、そんなことを考えた。
段々と腫れてきた頬の熱を感じながらも襖の絵について考えていたのは、母上の形相が怖かったわけでは断じてないと思う。



落ち着いたらまた連絡します。











※有精卵なら問題なし、の発言に、目玉が落ちました。
そう言われてみればそうです。
無性卵を食いまくっている自分達を忘れてました。



[10890] 早く隠居したい40 ~マヨネーズを目指して~
Name: 白兎◆98ec21ee ID:1b65f060
Date: 2009/08/19 19:31
やあやあ久しぶり。

そろそろ秋になるよ、早いものだね。


盛大に母上に張り倒されたのも、随分前だ。
あの後、父上から聞いたけど、メダカで実験をしてたのを知って怒ったらしい。
そりゃあ、俺くらいの年の子供が次々と死体を作り上げていたら怒りたくもなるよね。
いくらメダカだっていっても。

でもさすがに、犬猫とか哺乳類を使うのは嫌だったからこその選択だったんだけど。
結局、殺してることには違いはないか。

母上の怒りももっともである。
実験のことは父上にも話してある。
けれど母上はなんで俺がそれをしてるのかは知っているのか、それとも聞いていないのか。
聞いていても関係なかったのか、それはわからないが。

さすがに父上も、いきなり打つとは思っていなかったらしい。
あとで盛大に心配していた。
だからって腫れている頬を触るのはどうかと思うけど。


母上からはあれから一度もお声が掛かることはない。
たまに父上の所に行く途中で姿を見掛けることもあるけど、すぐに歩き去って行ってしまう。
俺を産んだといっても、未だに20にも届かない年齢である。
よほど受け入れがたい出来事だったんだろう。
仕方がない。
そのうち落ち着くまで待つしかないのだ。







俺はといえば、ちまちまと薬草を売りさばいて貯めた資金で鶏を飼い始めた。
なぜ鶏かと言われれば、飼育しやすかったからだ。

子供の手でも育てられる家畜が他に思い付かなかったというのもある。
屋敷の周りを囲む塀に少し手を加えれば、それだけで脱走は防げるし。
餌も庭で勝手につついたり、野菜の切れ端だったり、加工途中で出た薬草の使わない部分をやると結構食べる。
体が小さいから庭で好きにさせておけば十分運動不足解消にもなる。


雄鶏が機嫌の悪い時に近づかなければ、他は総じて大人しいし。
一度、うっかり機嫌を損ねて追い回された。
喜一君に助けて貰ったけど、あれは怖かった。

子供の身長で、雄鶏は脅威である。
鶏、マジ怖い。

一定数増えたら仕返しに隔離してやることにする。
ハーレムから一転、独り身になって悶えるがいい。
他にも雄はいるのだ。


夜だけは小屋の中に集めて襲われないようにする必要があるが、例の雄、[暴君鶏](命名・俺)以外は良い子なので手間要らずである。
誤算は、庭の草取りが少し楽になったことと、虫が減ったことだ。
室内に入り込んでくる虫が嫌いだったので、むしろうれしい誤算である。


今はまだ数が揃わないので、必然的に卵も数が揃わない。
さすがに今はマヨネーズを作っている余裕がないので、それはそのまま皆の膳に上がっている。
そのうち、頭数が揃ったら卵を売ってみようかと思っている。
すぐに塩漬けにすれば持ち歩きも楽だろうし、医師にでも声を掛ければ滋養食として欲しがる声も多いだろう。

懐に少し余裕ができたら、子供達をもう少し遊ばせてやることができるんだが。
そんなことを考えながら、今日も定例である店主達との話を終えて帰る。
やはり、子供には伸び伸びと育って欲しいものである。




いつもと同じ、変わらぬ帰り道。
今日も同じく屋敷に帰る。
そして今日は留守番をしている子供達に、笑ってただいまと言うはずだった。


「あ、しろうさま帰ってきたー。」

一日留守にしていた間に増えた頭数(あたまかず)。

いつぞやの誰か達を髣髴とさせるその格好。
とりあえず思ったことは、まず風呂を焚かねばいけないな、ということだった。

大人の悩みは尽きないのである。


落ち着いたらまた連絡します。



[10890] 早く隠居したい41 ~マヨネーズを目指して~
Name: 白兎◆98ec21ee ID:1b65f060
Date: 2009/08/19 19:43
やあやあ久しぶり。

最近忙しくて仕方ないね、手伝ってくれ。

相変わらず、俺の周りは子供の声で溢れている。
何でこうなったのかと言うと、どこでどう繋がったのか。
俺が想像も付いていなかった所で事態は進んでいたみたいだ。

子供の付き合いっていうのは案外深い、という事なのか。
いきなり増えた顔ぶれから、我に返って説明を求めれば、話は簡単だった。

いきなり消えた友達を探していた連中と、置いて来てしまった友達を気にしていた子供達。
彼らが出会って、そのまま俺を頼ったというだけの話だ。
まあ、急なことで驚いたが、俺のすることは変わらない。
人数が増えてしまっても、結局は、とりあえず拾うのだ。

折角、資金や生活に余裕が出てきた所だったのに。
などとは言わないで欲しい。
喜一君の微妙な顔や、彦の引きつった顔。
おそらく単純に子供が増えたことに喜んでいる乳母の顔。

それを横目に見つつも、俺の脳裏にもちらっと浮かんだ言葉だ。

わざわざ苦労を背負い込んでるのは、俺だって自覚してはいる。
だが、ある意味仕方ないのだ。
彼らを放っておいて、俺だけ贅沢に暮らしても意味がない。
自分だけが良ければいいなんて言い切れるほど、悪人に成りきることができないのだ。
だったら、全員で笑って暮らせるように努力するしか道はないのである。



そんなこんなで、またもや人数の増えた養い子達ではあるのだが。
もちろん、そんな大所帯で、いつまでも離れで暮らす訳にもいかない。

何しろ、元々そんなに大人数で暮らすことを前提に作られていないのだから。
一つの部屋にまとめて何人か寝せても、手狭なのは否めない。
ましてや、ただでさえ時間の掛かる風呂なんて、言うまでもなく。









さすがにこれは限界だと思った俺は、心機一転、場所を移すことにした。

屋敷から少し歩き、川沿いに下った場所にあるそこは、昔の船着場跡。
川を下ったとは言っても、屋敷と同じ様に、山すそに沿う様に川が流れている。
以前は、こちら側でも山から切り出した材木を一旦ここで集めて加工し直したり、船毎に積み直したりしていたそうだ。

こちらは屋敷から町へ向かう道とは、また違った方向になる。
今では通る人間も、山に入る猟師等しかいない。
使われなくなって久しい今となっては、単に広く開けただけの場所でしかなかった。
当時の名残として、古い井戸と広く取られた道が残っていることだけが、唯一残っている物だった。
だが、屋敷からあまり離れると、俺が様子を見に通うことが難しくなる。


他に適当な場所もなかったということもあるが、俺はそこに彼らの住処を作ることにしたのだ。
わざわざ作らなくても、建物があれば良かったんだが。
生憎とそんなものはなかった。
貸家を求めると、どうしても町まで行くことになってしまう。
普通の貸家では皆を住まわせることはできても、薬草の保存や作業場所なんかが足りなくなる。
かと言って、いくつか借り受けるにしても、今度は間取りが邪魔をして作業効率を下がらせる。
何にしても、広い場所が必要だったのである。

それにわざわざ一から作るなら、通常の家の形式をしていなくても良い。
親の存在しないここでは、両親と子供達の住む形の家なんて作れないんだから。

正面から門を入ると広い中庭。
ここは木を植えたり、花を植えたりはしなくていい。
ただの広場であってくれた方が役に立つ。
日の光がたっぷりと入るここは天日干しにも使えるし、集まって遊ぶことも、朝は体操をすることもできる。

その奥に、長屋を二つ積み重ねた様な形状の建物。
向かって左に薬草加工や、勉強に使う為の別棟。
右にも、集まって食事をしたり、小さな子が遊べる様に作った別棟がある。
さすがに、子供が多く済むので調理場と風呂は近くにまとめてある。
火の扱いが一箇所で済む様にだ。

子供達はやはり、高い所の方が楽しいのか。
部屋は二階に固まっているが、空いている部屋は俺が泊まったりする時に使ってもいいのだし。
それぞれの棟の裏手には、ちょっとした広さの畑が。
ついでに、離れで飼っていた鶏も連れて来た。

栄養は成長期の子供にこそたっぷりと摂らせるべきである。
さすがに、野放しにして畑の新芽を食べられてはひとたまりもないので、柵で囲って小屋に入れるようになってはいるが。

風呂と向かい合うように配置した調理場は、食事用の棟との連結部分にも面しているので運ぶのにも手間が掛からないようになっている。
ついでに、両方から出た蒸気は、パイプの切り替えで二階との隙間の中二階を通ってから外に出すようになっている。
それほど効果の高い仕掛けではないかもしれないが、冬場なんかは1度暖かいだけでも幸せだ。




しかし、仕方なしに建てた物だが、せっかく余裕の出てきた俺の懐はスッカラカンである。
いや、まったくないわけではないけれど。
食事や雑費なんか、生活に必要な費用を考えると他に資金がないのである。
しかも、かなりの金額を職人の人達の好意で割り引いて貰っている。
高草履の件で、職人さんにツテが増えていて良かったと真剣に思ったよ。
彦の名前を出した事で、かなり得をした。

一時期、懐は暖かいが使い道がない、なんて言っていた頃が懐かしい。
自分達が薬に詳しいので、医師の世話になったりとかは滅多にないが、それだけが救いである。
金がなくて熱を出した子供にどうしてやることもできない、なんてことはよっぽどの重大事じゃないと起こらない。

しかし、採取した薬草で半分とは行かずとも、何割か賄っているのである。
相も変わらず、自分の力不足にちょっとへこみそうになった。





一度拾ってしまったのが運の尽きだったのだと諦める事にして、出来る限り居心地良く過ごせる様にと建てたこちらの屋敷。
屋敷と言うよりは、主人がいないし、子供達が主に住んでいるので、まるで寮である。

乳母や喜一君に仕込まれたので、料理もできるし、ポンプの手入れなんかも自分達でやっている。
本当なら子供達に労働はあまりさせたくなかったのだが、これは本人達が嫌がった。
拾い主である俺の家人である乳母と、喜一君以外の大人にはまだ慣れていないのだ。
あまり気の進むことではないが、ここに住むのは子供達だけになっている。

そのうち慣れてくれれば良いのだが。




まあ、なんだかんだ言っても。
結局物事はなるようにしかならないのだ。

気に病むだけ損である。
彼らが落ち着いてくれるまで待つしかない。

思わぬ増員で、場所を移さなくてはならないことにはなったが、ただ彼らがしっかり育ってりっぱな大人になれれば良いのだ。

そうすれば俺も、何も気に病むことなくのんびりと暮らしていられる。








そう考えていた頃だろうか。
かすかに銃声が聞こえた。

猟師連中には、まだここのことを知らない人間もいるのだ。
うっかり間違えて、子供達が撃たれでもしたら大変である。
なおざりにしておけるはずもなく。
きっちり声を掛けてこの辺りで銃を撃たないように頼んでおく必要がある。

今度からここに越して来ました、これからよろしく。

ある意味、引越し直後の挨拶参りである。



落ち着いたらまた連絡します。



[10890] 早く隠居したい42 ~マヨネーズを目指して~
Name: 白兎◆98ec21ee ID:1b65f060
Date: 2009/08/19 19:44
やあやあ久しぶり。

子育て中です、羨ましいだろう。


猟師の人達に注意を促す目的で山に入ったはずなんだけど。
何故だか、怪我をした猟師さんを保護したよ。

うっかり他の人の仕掛けた罠に掛かったんだって。
怖いねえ。

猟師の罠っていうのは、大抵もっと奥深い所にしかけてある物のはずなんだけど。
現代と違って山菜や薪を取ったり、木こりや、俺達みたいに薬草を取ったりする人達が結構山に居るからね。

そういうのに掛からないように、山の深くで猟をするはずなんだ。
やむを得ずに里近い所で罠を仕掛けるときは、周囲に印を付けておいたりね。
けど、この猟師さんは運悪くそれを見逃してしまったみたいなんだ。
本当、運が悪かったんだか良かったんだか。

怪我をしたのは運が悪かったけど、見つけたのが俺だったから運が良かった。
すぐに怪我の治療をすることができたからね。

まったく、本当に。
俺がたまたま気付いて良かったよ。



俺が見つけた時には、近くに倒れた狼の死体と一緒に、脂汗を掻きながら唸ってたんだから。
まだその時は弾があったから良かった物の、弾が切れたり夜にでもなったら聞くも恐ろしい。
美味しく動物達の腹の中である。



まあ、そんなこんなで仲良くなった猟師さんとそのお仲間さん達。
彼らとは良くして貰っている。
よく狩りの獲物を携えて来てくれる彼らには、子供達も慣れたのか、今は笑顔で接している。
俺達の方も、虫除け等扱いの簡単な物を中心に薬草を持たせたりしている。
持ちつもたれつ、である。

実際、彼らは里の人間というよりは山の民に近く、あまり町中に降りる事を好まないので上手くやっている。
いくら薬食いと称して、肉を食べることを公然と黙認していても。
やっぱり表で堂々とできるわけじゃない。
当然、それに関わる彼らもあまり表にでることを良しとされない。

小さな村とか、生活の一部として狩りを受け入れているならともかくとしてだ。
この時代、俺には話を聞いても受け入れきれない拘り事が多い。
迷信深いのと頭が固いのとは違うと思うんだけれどね。


ちなみに、俺が関わっている宗教的なものといえば。

「米粒の一粒一粒に神様が住んでいる。だから一粒も残してはいけない」
という、幼児の躾に使われる、例の文句くらいである。
現代日本で育った俺としては、アニミズム、あらゆるものに精霊が宿るという八百万の神々に近いその文句位しか馴染みがない。

まあ、生命を貰って生きている分には違いがないのだけれど。
正直、米一粒一粒の中に七福神に出てくる爺さん辺りがいると想像すると食えなくなる。
米の神様は、姿形がないのが一番だ。

おかげでいつも美味しく飯が食える。





子供達の食事は当番制である。
あまり小さい子は無理だが、できるだけ自炊させることにしている。
始めは俺も誰か雇うしかないかと思っていたのだが、子供達の希望で自炊させていた。

しかし、案外自分達だけで器用にこなしているのを見て思い直したのだ。
覚えられる事は覚えておいた方が良い。
出来ないよりは出来た方が何かの役に立つかもしれないし、それが何であれ、自分で出来ることは自信に繋がることでもあるし。


川辺に敷いた風呂敷の上で、いびつな形の握り飯を囲む。
最近では、子供達の父親のような心境になりつつある俺である。
いびつな形の物でも十分嬉しいし、微笑ましい。

当番の子を褒めちぎってやった後、努力の結果の垣間見える料理に手を伸ばす。
そうして、養い子の手料理に舌鼓を打っていた俺の視界に黒い物が映った。
そちらにいるのは、川べりで作業中の子供達だけのはずである。






改めて目をやると、そこにいたのは水に濡れて黒っぽくなった物体。

この前拾って来た子犬と、子犬に裾を引っ張られて川に落ちた寅の姿だった。



最近は武芸の稽古に励んでるって聞いてたんだが。
そんな所で何してるんだ、寅よ。



落ち着いたらまた連絡します。



[10890] 早く隠居したい43 ~マヨネーズを目指して~
Name: 白兎◆98ec21ee ID:1b65f060
Date: 2009/08/19 19:46
やあやあ久しぶり。

なぜか寅が川に落ちてたよ、拾ってやってくれ。


予想外になぜか川に落ちてた寅。
突っ込み所は多々ある。

屋敷で稽古じゃなかったのかとか、稽古を受けている割に、なんで子犬に負けているんだとか。

ちなみに、子犬は少し前に山で拾った。
親とはぐれたのか、随分腹を空かせていた様子で歩いていたのだ。
この前の猟師さんの怪我のこともあったし、放置されている罠でもあったら危ないので見回りをしていたのだ。
古い罠でもあったら解除しておかないと、うっかり掛かると怪我をする。

そんな時に、茂みから出てきたのだ。


最近、俺って拾ってばっかりだ。
拾い物の女神に、熱いラブコールでも受けているのかもしれない。
もしくは出会いの神様とか。

さいわい、ギリギリ乳離れできていた所だったらしく、俺でも餌を用意することもできたし。
今では俺を親だと思っているのか、寝る時も一緒である。

先ほどまでは俺の周りでちょろちょろしていたのだが、なぜか寅と一緒に川に落ちていた。








なぜ寅が川に落ちていたかというと、なんのことはない。
単に、稽古を抜け出してやってきた寅が、ちょうど川の上の道を通りかかった所に子犬が食いついたのだ。

なぜか、この子犬は俺や離れの人間、子供達以外には懐かない。
言い聞かせて匂いを覚えさせれば吠えはしないものの、どちらかというと嫌っているのだ。
俺の兄なんだから匂いも似てないものか、と一瞬考えたが、どうやらそういうことはないらしい。
なんだか相性が悪そうだ。

かと言って、川辺に取り付けた仕掛けを壊されても困る。

子供達の力仕事を減らす為、水車で回す洗濯機もどきなんかも設置してあるのだ。



壊されないうちに早々に引き離して、濡れた寅を乾かす為に早い所戻ることにした。

帰り道でも、俺にべったり付いていたかと思うと、寅の周りを小馬鹿にしたように歩き回る。
寅も寅で、さすがに本気で怒ることはしないものの、あからさまに邪険に子犬を追い払っていた。

鶏とは仲良くやっていたのに、なぜだろう。
犬が嫌いなんだろうか。

不思議に思って聞いてみると、今日も寅の薬草便を届けに来た所だったらしい。
せっかく持って来たのに、川に落としてしまったのがよほど残念だったようだ。


落ち着いたらまた連絡します。








※仕組みも簡単で、使い勝手の良さそうな洗濯用水車?を紹介して貰いましたが、あくまで書き始めた当初の作者の知識以外をしろうは持ち合わせていないので、今回は水車の傍に置いた桶の中をかき回す、ミキサーみたいな動きの洗濯機が付いてる設定です。
詳しい描写を載せる必要がなかった為、裏設定ですが。

その当時の人が知っている知識であれば、人から教えて貰った形で使うこともできたんですが、さすがに、いつからあるものなのかわからなかったので。



[10890] 早く隠居したい44 ~マヨネーズを目指して~
Name: 白兎◆98ec21ee ID:1b65f060
Date: 2009/08/20 19:03
やあやあ久しぶり。

金がないよ、助けてくれ。


離れだけじゃさすがに足りなくなって、仕方なしに家を建てたのも記憶に新しい。
けれど、正直に言って、とても痛い出費だった。

少し前には、今頃の時期になったら、またマヨネーズを作れる余裕ができるかもしれないと思っていたのに。
現実は、一切の無駄使いをせずに、日々堅実に過ごしているのみである。

子供達に苦労させる訳にもいかないのだから仕方がない。
将来役立つ技術の、実地訓練になるならともかく。
単なる労働をさせるのは俺が嫌である。
それだったら、マヨネーズのない食卓の方が良い。







それに最近やっと準備が整ったので、新しい収入に向けて絶賛励み中なのである。

考え付いたのは結構前だったのだが、いかんせん、条件が整わなかったので実行できなかったのだ。
改善したいことがあっても、現状ではどうにもできないってことが多すぎる気がするよ。
まあ、今回はようやく条件が整ったのでよしとするが。


今回呉服屋の主人の所に持ち込んだのは、水である。

水は水でもただの水ではない。

薬草水である。

前回の高草履も、正確には呉服屋の扱う部類の物ではなかったが、そこはそれ。
儲けが出れば良いのである。
よほど栄えた場所にある大棚の店でない限り、商品を一本に絞って儲けを上げ続けることは難しい。
商売をする地域が狭くなればなるほど、同時にいくつかの商品を扱う店も増えてくる。

まあ、正直に言えば、儲かるならなんでもござれ、なのである。
○○屋、などと分けているのは、初回の客に店名で売っている物の概要を伝える為である。
逆に言えば、周囲の人間が、売っているものを把握しているのであれば店名はなんでもいいのである。
なんという逆転商法。




まあ、それはともかく。
春から今まで、ずっと溜め込んでいた薬草類や花を乾燥させて保存してあるのだ。

喜一君や、手先の器用な子達に協力してもらって川に仕掛けた物。
それは、巨大な蒸留装置である。

仕組みは簡単だ。
川辺で火を焚き、大き目の容器で水を沸かす。
その上に置いた網に、薬草なら薬草、花なら花で個別の状態で敷き詰めていく。
あとは、竹パイプに繋いだ蓋で蒸気が漏れないように密閉するだけである。

パイプは川の底に沿って川下でまた川辺に出てくる。
薬草や花の成分を含んだ蒸気は、川の水で冷やされて再び水に戻る。
その先に壷なり瓶なり置いてやれば、特性薬草水をゲットだ。
ついでに、オイルまで採れる。
さらに言えば、パイプの影に集まってくる魚も、一緒に罠でゲットである。

最近、魚が良く膳にあがるからか、子供達の魚の食べ方が上達して、少し嬉しい。




今まで、量が揃わなくて先延ばしになっていた。
だがこれからは継続的に作成できる程の量が揃った。
一度売り出してしまえば、継続的な収入が期待できる一品である。

いつの時代も、女性向けの商品は需要が高い。
しかも、成分毎に効果も異なるし、消耗品でもある。
効果は二の次に、香りを求めて作ったものもある。

塗って良し、飲んで良し、食べて良し、使って良しである。

肌に塗れば美容に。
口にすれば体臭、口臭に。
菓子に仕込んでもいいし、香水として使ってもいいのである。
小物に仕込んでも、染み込ませてもいい。


美容に関心のある女性は興味を示すだろうし、他にも使い道は色々である。
使えばすぐなくなる物だけに、定期的に収入が入るのも美味しい。
以前のように、商品が行き渡った時の心配をしなくていいのだ。
これで金銭面での心配をすることが少なくなるに違いない。


抽出する元になる薬草の成分や効能を熟知していなければいけないため、これは商売敵が出ることは当分心配しなくて良い。

普通、医師や薬師はこんなものに手を出そうとしない。
素人が下手に手を出そうものなら、勝手に自爆してくれるだろう。
悪い面での効能も強く引き出してしまうので、専門知識を持った集団にしか作れないのだ。


専売特許だね。

ちなみに、類似品での苦情とかで汚名を被らない様に印をつけることにした。
この印なしで売ってる所のは類似品ですよってことだ。

月を背後に薬を調合している、兎の絵。

薬を扱う兎(つまり俺)に縁のある集団だからって安直過ぎたかね?
呼び名がないのも不便なので、彦を中心とした子供達の集団を玉兎(ぎょくと)と名付けてみた。

玉兎っていうのは月の異称で、兎って文字が入ってるから俺とも関係ができるし。

いいじゃないか、子供に自分にちなんだ名前を付けたいのは微笑ましい親心だよ。
あ、ついでに。
いつまでも家とか屋敷とか呼んでるのも紛らわしいので、彼らの住んでいる場所は玉兎寮と名付けることにした。



落ち着いたらまた連絡します。



[10890] 早く隠居したい45 ~マヨネーズを目指して~
Name: 白兎◆98ec21ee ID:1b65f060
Date: 2009/08/20 19:06
やあやあ久しぶり。

ドライヤーってすごく便利だよね、そう思わないかい?


いや、さすがにドライヤーの作り方は知らないから作れないけどね。
けどね。
だんだんと寒くなってくる気温をひしひしと感じると、文明の利器が恋しくなることもあるよ。
下手に風呂を作ってあるから、髪も洗わないと気が済まないしね。
俺に育てられてしまった子供達も同じみたいだ。
なので若干寒くなってきた最近は、風呂上りに皆で集まって髪が乾くのを待っている。

風呂の二階に作られたそこは、子供達の発案で作ることになった部屋だ。
夏場に一気に作ったから失敗してもまったく問題はなかったんだが、俺の心配を余所に、高品質な部屋が出来上がった。
夏なら最悪、水浴びでも、壁がなくてもいいよな、とか考えてた自分に反省した。
俺の思っていた以上に、立派に育ってくれているみたいです。
しかし、案外これが、寒い冬を過ごす頃になると、とても有用だと気付いた。



風呂のすぐ上だから、当然すごく暖かい。
今の時期なら、風呂上りにしばらくそこに留まれば髪が乾くまで冷えることもない。
最近、風呂に体の温まる薬草水を混ぜているので余計である。
さすがに、もっと冷えたらそれだけでは間に合わなくなるけどね。
真冬になったら、火鉢でも置けば良い。

火鉢といえば、食堂に使ってる広間にも備え付けの火鉢が付けてある。
時々、直火で調理してその場で食べるのに使ったりしてて、結構重宝してるよ。
冬になったら網と布団を被せて、掘り炬燵にもなる。
けど、動きたくなくなるから諸刃の剣だ。

離れにもここみたいな部屋を作れればいいんだけど、さすがに離れの風呂に二階はない。
火鉢を置いた部屋に篭って髪が乾くのを待つしかないのだ。
せめてと思って掘り炬燵だけは置いてある。

寒い時期になると、髪を乾かすのがこっちの方が楽な関係か、乳母以外はこっちにきて風呂を使っている。
水仕事の労働がかなり軽減されたおかげで、乳母一人の為に風呂を沸かすのも問題はないのだ。
問題はないんだが、髪はさすがに乾きずらい。
けど、離れの家事を引き受けてる乳母からしたら、思う所もあるんだろう。
さすがに面と向かっては言えないが、乳母もいい年になることだ。
今年の冬になる前にはどうにかして、髪を乾かせる位にした部屋を作るつもりである。







のんびりと髪が乾くのを待っている俺の腰がつつかれる。
小望(こもち)だ。

拾って来た時は俺でも抱えられる位小さかったはずなのだが。
今では俺では持ち上がらないくらい立派な犬に成長していた。
特に寒い晩なんかは添い寝してくれる小望のおかげか、最近は熱を出すことも少なくなっている。
天然の湯たんぽだ。
しかも毛皮付き。
ただでさえ手触りの良い体の中で、先が少し太くなったしっぽが俺のお気に入りである。
ぽふぽふと手でつかんで感触を楽しむのにもってこいなのだ。
小望は良い子に育ったので、そのくらいじゃ怒らない。

いや、良い子っていうのは弱いと言う意味ではないけど。
以前、道を失ったのか迷い出てきた猪とガチンコで喧嘩してた。
あれは本気で驚いた。
俺の知識では、猪狩りって、数匹の犬で追わせて、銃で止めを刺すものだった。
なのに小望は一匹で勝利したのである。
この時代の犬って、ものすごくアグレッシブだと思った瞬間だ。


ちなみに小望はその時の喧嘩で、左目の下に傷を作った。
雄としては、貫禄がついていいかも知れない。
だが飼い主兼親としては複雑な心境である。

彦は大笑いしていたし、土岐は小望を褒めていたが、怪我をしないのが一番嬉しいのである。

内心複雑な思いで小望を撫でる。

小望は、最近一番の俺の癒しなのだ。

乳母の里の風習であるという、五歳の祝いを終えてから、土岐が食事を共にしなくなった。
以前一緒に食べていたのも俺の我侭だった。
さすがに、分別を付けるべき年になったということだろう。
だからこそ、この辺りでは馴染みの薄い行事の話を口にしてきたのだろうし。

以来、離れで取る食事は彦と二人っきりなのだ。
少し寂しい。





彦の部屋も、玉兎寮に用意してある。
けれど、俺が食事の時に一人を嫌うことをわかっているからか、彦があちらに泊まることは滅多にない。
大抵は俺に付き合って離れで寝起きしている。

考えてみると、彦が俺の傍を離れることはあんまりないな。
彦もそうだし、小望もそうだけど、人見知りなのかね?

傍を離れるのは、仕事関係でどうしても出向かなければいけない時位だ。
高草履から始まって、薬草水を売り出した時には想像もしてなかった。
今では玉兎寮は、謎の組織みたいになってしまっている。
別に後ろ暗いことをやってるから謎なんじゃなく。
組織は組織だけど、具体的にやってることを表現できる名前が思い浮かばないっていうか。
実際作ってるのは、ほとんどが薬草関係や薬草水だし。




まあ、子供達を集めてる寮自体は、里から離れていることもあって相変わらずなんだが。
変わったのは町での立場かな?
呉服屋の店主を通して商品を出し、勝手に商品を売って貰う形でやっていた。
子供達の集団に名前を付けたのもこの頃か。

最近ではなぜか、彦=玉兎と認識されてるみたいだ。
まあ、俺が付きっきりで一番色々教え込んだのは彦だし、連れ歩いていたのも彦だったから。
他の子供達に比べても、一番俺に近い知識があるしね。
必然的に玉兎寮のトップとして彦が動いていたから、いつのまにか混同されたらしい。

本人も気にしていないみたいだし、仕事の時の名前だと思って諦めるしかない。
ああ、それで、町での仕事だけど。
資金に余裕が出来て、調子に乗っていたのか。
うっかりと適当なアイディアを口に出したおかげで、玉兎寮プロデュースによる町興しが起こってしまった。
スポンサー兼、アイデア提供、みたいな感じか。
はっきりとした形があるわけじゃないが、影響力だけは甚大だ。
なんせ、ノリノリになった彦達によって、町は一大観光地になってしまった。
一度開拓して縮んだ町という特異性もあって、新しく建物を増やすのは、この周辺に限れば容易いのである。



ここは良いトコ、一度はおいで。
一晩浸かれば玉の肌、一月浸かれば若返る。




そんな謳い文句が浮かんでくる位、なにかとご婦人方に人気である。
俺としては、温泉テーマパークを考えていたんだけどね。
川から直接引き込んで沸かされた、各種様々な風呂は、湯治目的以外の一般の客も引き寄せて今日も盛況である。


落ち着いたらまた連絡します。



[10890] 番外 彦
Name: 白兎◆98ec21ee ID:1b65f060
Date: 2009/08/20 19:08

両親を亡くして、野山を彷徨っていた自分が出会ったのは不思議な子供だった。

初めて会ったのは白兎様が庭に出ていた時。

その時の俺は山中を放浪する生活に疲れ果てて、ふらふらと偶然見つけた屋敷に引き寄せられていただけだった。
わずかに空いた壁の穴から邸内に入り込んだのだ。

俺がたてた物音を白兎様は猫と勘違いして、朝に晩にと穴近くの低木の前に食事を置いてくれるようになった。
猫と勘違いされていることはわかっていたけれども、山中に戻るにはもはや力が出ず、町へ向かうにも体力がなかった。
素直に姿を現して、助けを求めれば良かったのだけど、その時の俺はなぜか白兎様の前に出ることができなかった。

今から思えば、また追い払われるのが恐ろしかったのだろうと思う。
おじおば達の仕打ちは、存外に俺に影響を残していた。



結局、白兎様ときちんと対面できたのはそれから何日も経った後。
朝晩食事を頂けていたとはいえ、猫の為に用意された物である。
未だ子供とはいえ、人間である己には少なすぎたのだ。
とうとう動けなくなり、無理やり低木の陰に潜り込んだ所で気を失ってしまった。

見つけて下さったのは、またもや白兎様だったらしい。
気が付くと、ふわふわした寝床の中で薬草の匂いに包まれていた。
腹を鳴らした自分に、白兎様は笑って、今度は腹一杯の食べ物を食べさせてくれた。

そして翌日の夜、再び部屋にやって来た白兎様にここで暮らす様に言われたのだ。
しかも不可思議なことに、下男ではなく、白兎様の預かりという過ぎるほどの扱いだった。


結局、自分から進んで仕事を手伝うことにはしたものの、屋敷の中は奇妙なもので一杯だった。

白兎様のお部屋にある「椅子」だとか「机」だとかは不思議な座り方をする為の物。
座らせて頂いたそれは、足も辛くなく、床から遠い為に体も冷えない。
隙間風に震えながら、数少ない着物を巻きつけて寝るはずの寝床には、ふかふかの「布団」という物。
書き付けても水で滲むことのない、「クレヨン」という物。
足の冷えぬように「スリッパ」を使い、外に出る為には「サンダル」ですばやく出れる。
しかもそれらの全ては、白兎様が自分で考え出して作った物らしい。



白兎様本人も、変わった子供であった。

我侭一つ言わず、時たま口にする願いは例の不思議な物を作る手伝い。
同じ物を増やすことはない、と言われて写経の代わりに「童話」という不思議な話を書いてくれる。
違う歌を歌って音を合わせる、不思議な歌を教えてくれたこともあった。

何よりその年の子供にしては不思議なほどに、薬草に興味を持たれる。
聞けば、幼い頃に兄上様を危うく毒で失うところだったと言う。
そのせいか、字の練習をしたり、歌や何かを作っている時以外は大抵山中に薬草を採りに行ったり、乾燥させた薬草の整理をしていた。



母屋に暮らすご両親や兄上様と離れて、一人離れで暮らして寂しくないのだろうか。
思わず問えば、不思議な顔をして自分達がいるから寂しくはないと答えた。


極め付けがあの「ポンプ」だ。
白兎様が実際に作られた場面を見たことのなかった俺は、本当にあんなもので水が汲めるのか半信半疑どころか、沈んだ白兎様をどうやって慰めるかなどと考えていたのだ。

実際に、流れるように水が溢れてきた時は驚いた。

そして悟った。
この方に、俺の常識は通じない。
なんでもありだ。








本当に、白兎様は不思議な方だ。

どこの誰とも知れぬ自分をすんなりと受け入れ、あまつさえ教育を施す。
文字を覚え薬草の知識を教わり、どこで仕入れた知識なのか、星の成り立ちや世の成り立ち。
突拍子のない話かと思えば、聞けば納得、疑いの余地もなくそれは正しいのだ。
庭に落ちていた小石を使って、月がなぜ欠け、再び元のように戻るのかを教えてくれたこともあった。

怪我をして膿むのはなぜか。
雨はどこから来るのか。
病気にならないためには。
なぜ地面が揺れるのか。
雲はどこへ行くのか。

様々なことを教わった。
そして白兎様は時々、不思議な所で物を知らない。
そういう時は、自分が逆に教えて差し上げる番だ。
その不思議な所で発揮される物知らずは、俺が白兎様の為にしてあげられることの一つで、案外楽しみにしている自分がいるのを知っている。




家人ではないのだから、食事を共に取りたいという、白兎様にしては珍しい我侭で俺は白兎様と食事を共にする。
今よりもっと幼い頃は白兎様の希望を聞き入れて、土岐も一緒に食事をしていた。
けれどいつしかそれも無くなってしまった。
食事を共にできるのは、けして白兎様との身分を越えて来られない土岐や喜一、乳母にはできない、俺だけの特権だ。

初めは病人だからかと思っていた薄味は、白兎様から栄養や食事療法の知識を学んだ今となっては、これが健康を保つ為の薬膳でもあることを理解している。
もともと味を度外視しているわけでもなく、食事は美味しく食べるものであると拘る白兎様の考えた献立は文句なしに美味しい。

一度慣れてしまえば、仕事でこちらの料理を頂けない時などは苦痛に感じるほどこの塩の少ない食事に慣れきっている。

だがその仕事さえ、土岐や喜一にはできない、「俺だけ」が白兎様にして差し上げられることだ。
今となっては、あの時家人としてではなく、保護という形で引き取って貰った奇跡に感謝している。



依存していることなど自覚している。

だがそれがどうしたというのだ。
親族を、血を分けた者達を失い、一度死に掛けた。
そんな俺を保護し、当然のように知識を与えてくれた。
新しい世界を貰ったのだ、依存しない方が逆におかしい。
たとえ出会った時、まだ相手が幼子だったことなどたいして意味は持たない。

おそらくこの世で一番白兎様のことを理解できるのはこの俺だ。
そしておそらく、この世で一番俺のことを理解しているのも白兎様だろう。

白兎様にありとあらゆることを与えられ、教わったのだ。

土岐は、白兎様と俺の勉強中、守役としてのしての役目を果たす為に武芸の稽古をしていた。
喜一は屋敷内の雑事を片付けるかたわら、白兎様に頼まれた物を作ったり、職人に繋ぎをとったりしていた。
乳母は白兎様のお世話をすることしか興味がない。

彼らは、白兎様の知識がどれだけ深いものかを知らない。
故に、白兎様の存在が表に出た時、白兎様に降りかかる災いも正確に把握できてはいない。
それでもいい。
俺が知っている。
白兎様が顔を曇らすことがないように俺が対処しよう。

白兎様にその知識を譲られたのは俺だけだ。
俺だけが白兎様の一番の理解者足りえるのだ。
これ以上の喜びはない。






※彦は白兎の(年上ですが)養い子なので白兎の影響を一番受けている人です。
そして思い込みの深さも一直線。
実は白兎からしてみれば彦に教えられなかったことも結構多いんですが、彦からしたら教わった分だけでも当時としてはすごい知識なんです。
そして盲目的に懐いてしまったがゆえにそれを素直に受け入れられたという。
そりゃ子供が親を亡くして捨てられて、死に掛けた所を助けられてその上育ててくれたら懐きますよ。





[10890] 早く隠居したい46 ~マヨネーズを目指・・・あれ?~
Name: 白兎◆98ec21ee ID:1b65f060
Date: 2009/08/21 21:11
やあやあ久しぶり。

寅が元服したよ、祝ってやってくれ。

なんか色々長い名前になったらしい。
正直言って、覚えられん。
普段から呼ぶわけでもなし。
寅のままでいいじゃん、とも思うけど。


でもさすがに、公の場で幼名で呼ぶのは都合が悪い。
普段は嘉実(よしざね)って呼んでれば問題ないみたい。

考えてみれば、寅、ああ、もう嘉実って呼ばないといけないな。
嘉実の元服で、かなり久しぶりに「武家の次男の白兎」として表に出たよ。
もう随分と前だから、俺の覚えてる顔もいないだろうね。
俺が離れに移ってから父上も出世したらしく、随分と屋敷が立派になっていた。
心なしか、人も多くなってる気がしないでもないような?
覚えてるのは数年前の記憶でしかないから確実ではないけど。
っていっても、俺が出入りしていたのは父上の部屋だけだったから当然なんだけどね。
他の場所なんて、引越ししてから見てないし。




いきなり呼び出されたから何かと思ったよ。
と言っても、最低限しか出てないんだけどね。
元服の儀?だっけ。
それの最中はさすがに、その場にいる様に言われてたけど。
実際は、きりが良い所で退出させて貰った。
小さい頃、熱ばっかり出してたのを気にしたらしい。
最低限だけで、あとは免除してくれた。


おかげで堅苦しいことに関わらないで済んだよ。
いやあ、厳つい顔のおじさん達に囲まれるって嫌だね。
俺が離れに篭りっきりだったせいで、顔をきちんと合わせたのは初めてになる。
物珍しいのか、それとも俺の気にしすぎか。
まだ俺の身長が足りないせいもあるけど、息が詰まってしまう。

母上の目付きも、俺が疲れた原因の一つである。
人に悪意を持たれるっていうのは、あんまり良い気分じゃない。
血の繋がりがあれば余計にね。

最近、母上には無視されるか、たまに出会っても、睨まれるか嫌味を言われるかのどれかしか対応されてないな。
母上の性格上なのか、正面から喧嘩を売ってくるようなことしかしないのが救いである。
周りの人間まで巻き込むようなことになったら、さすがにどうにかしなくてはいけない。
今の所、大丈夫みたいだ。

まあ、母上としても、俺がその程度で泣いたり落ち込んだりしないから余計に腹が立つんだろう。
だが、俺から見ると子供を相手にしている様なものなのだ。
真っ向から対抗する気も起きないし、どちらかというと生温く見守っている感じだ。
大人が子供に喧嘩を売られても、怒ったりしないというか。

そのうち、飽きてやめてくれればいいんだが。









これから、寅は嘉実として、父上の補佐をしていくらしい。
お勉強期間だね。
まったく、長男っていうのは大変そうだ。
家が栄えてても衰退してても、どっちにしても当主っていうのは仕事が多い。
どちらにしても、これから嘉実は大変だ。

そういえば、最近町に人が増えたりして活気が出てきたのが原因でもあるのかな。
町が栄えれば、当然その町の重要度は増す。
町が重要になれば、必然的にその土地に根付く武家も重要になってくる。
自分達が属している周辺地域の治安は、当然、家の評価にも繋がってくる。
あそこの家は周囲を抑えることもできぬ、なんて話になったら良い笑いものだし。
かと言って、こればっかりは新参者を連れて来てすぐ済むものではない。
町に暮らす一般庶民と繋がりのある、その土地に根付く家が適任なのである。
この周囲は、今までどちらかというと落ち目の家ばかりだった。

というか、今もどちらかというと落ち目である。
武家っていうのはなんでこう商売事に不向きなのかね。
利益を得る種は、道端にごろごろしているというのに。
下手に慣れない商売に関わろうとして、ハイリスクハイリターンの物ばかりに食いついて損をしたって話をよく聞く。

職人の保護をして利益を上げてる、父上くらいじゃないかと思う。
評価できるほど利益を上げてるのって。

竹布団が出回ってるのは知っていたけど、上役が父上だったのは彦から聞いた。
自分達が直接関われないから、商売事には名前を出さないやり方を、俺や彦から学んだのかもしれないな。
何にしても、失敗してなくて良かった。
聞いたばっかりの時は、なんで他の物も作らせないのかなと思った。
けど、あんまり手広く手を伸ばすと妬まれる可能性もあるんだし、これで良かったね。
いつまで経っても実にならない、薬草の知識と違って、利益を上げる方法はきちんと学んでくれたみたいで息子は嬉しいよ。
竹布団一本でも、俺が需要を増やし続けていたからか、問題なかったみたいだし。


他の物を作るかどうかは、竹布団の需要が頭打ちになってから決めればいいよな。
何事も、ほどほどで満足しておくことが重要である。
余裕を持って、一歩離れた所で見ていれば、事態が急転した時も落ち着いて対処をすることができる。

町が栄えたせいで収益も上がったけど、その分、物騒な輩も入り込んでくるかもしれない。
問題も一緒に増えた様な気もしないでもない。
けどまあ、その分、上手く抑えることが出来れば嘉実の評価も上がると思うし。


今度、特別に調合した薬草水でも作ってやろう。
入浴剤としては、温泉とどっちが効果があるのかは知らないけど。
けど匂いも売りの一つだから、アロマな効果があるんじゃないか?


俺にはそのくらいしかできないけど、頑張ってくれ。



落ち着いたらまた連絡します。










※実はしろうさぎは名前を考えるのが大の苦手です。
一番悩んだのは元服名だったりします。
本文書くより名前に悩んだ時間が長かったという・・・。



[10890] 早く隠居したい47 ~マヨネーズを目指・・・あれ?~
Name: 白兎◆98ec21ee ID:1b65f060
Date: 2009/08/21 21:12
やあやあ久しぶり。

最近やっと暇ができたよ、労わってくれ。

なんだかんだで、随分長い間、子供達に掛かりきりになってたけど、やっと落ち着いてきたよ。

一番初めに玉兎寮で世話を始めた子供達だけどね。
彼らもそろそろ、こちらの時代では元服しようと思えばできる年齢なのだ。
まあ、堅苦しい式を執り行う必要もないし、まだまだ見た目も子供なんだけどね。
成人と見ようと思えばできるって話だよ。


けど、さすがに何年も面倒を見てきて情もあるし、そのまま寮にいさせることにしたよ。
そのまま年下の子の面倒を見たり、俺や彦の代わりに先生みたいなことをしたりしている。
人数が増えてきた頃から、年長者と年少者をペアにして助け合って生活する様にさせているんだ。
親は作ってあげられないけど、彼らなりに、家族意識を強く持てたらいいなと思って。

子供達には基本的に、やることをやれば好きにさせているから、たまに覗くと何か作っていたりする。
趣味に走り出した奴とかもいて、丁度いいから音楽の授業を始めたのも、子供達にとって良い経験になるだろう。



結局、見つけたり増えたりする毎に追加で養っていくから、玉兎寮の人数はあれから増えた。
意外に評判が良いらしくて、子供を預かってくれって言われることもある。
さすがにそれは断っているけど。
だって別に、養ってくれる親がいるなら俺が面倒見る必要はないし。

一度なんかは、無理矢理子供を置いていった商人もいたよ。
彦が調べ出してしっかり親元に帰したけど。
表立って出れない俺の代わりに色々回るせいか、随分とコネを持ったみたいだ。
彦もずいぶんとしっかりして来て、養い親としても大満足だ。
それ以降は、同じ様なことがない様に、彦が身元を調べてから玉兎寮で受け入れるようにしている。

彦、校長先生みたいだね。
まだ子供って言っても良い年齢なのに、進んで俺を助けてくれる。
ありがたい限りだ。

俺なんか、家関係のこととか面倒だし、早く楽隠居にでもならないかなって考えてる位なのに。
いや、今でも立場上では隠居してるのと大差ない状態だけどね。

しかし、そのままにして置けなくて拾ってしまったけど、問題がなければない方が幸せだ。
なんでもない日万歳、である。






俺はというと、子供達が勝手に事業を回してくれることもあり、割と余裕のある暮らしをしている。
俺の方も、なんだかんだでじっくり落ち着ける状況を満喫しているのだ。
寅が元服して嘉実になろうとも、俺の生活自体は変わってない。

ここの所の楽しみは、再びの献立の改善である。
なんせ、ある程度なら金も注ぎ込めるし、無い物も作ってしまえるから余計に楽しい。

最近は、塩分過多な干物をどうにかするために燻製を作ったりしている。
土地柄と玉兎の名前、金銭的な余裕がないとできないのだが。
簡単に言うと、海で取れた魚を塩漬けせずに刃を入れて湯に通してしまう。
その後は燻製にして、川を使って一気に運び込むのである。

以前は材木を運んでいた位なので幅も広い。
川縁に頑丈な滑車をつけて、荷物の載った船と繋いだ紐の先に、重石代わりに別の船を付けてやればいいのだ。
井戸のつるべを横にしたようなそれは、流れに沿って何度か付け替えてやる必要性はあるが、漕いだり引っ張ったりするよりは早い。
薬草水や他の工芸品を始め、下りの船に乗せる荷物も豊富にあるので、重石に困ることも無い。

運ぶ速度が速い上に燻製にしてあるから、塩漬けにしなくても事が足りる。
おかげで塩辛い干物に苦労することがなくなった。
今までは輸送途中で痛んでしまう為に流通しなかった類の魚も手に入る。
ついでに町中の食糧事情も改善して、地域の目玉も増えるのだ。



魚は育ち盛りの子供達にも有用である。
沢山食べて頭を良くすると良いよ。
医食同源から始まる、食事と健康の繋がりを教え込んでる身としては、健康に生活できる食材を提供したい。
燻製を作って貰っている所で、鰹節的な物を作れないか頼んであるので、さらに今後への期待も大きい。




他には、目下(もっか)、猟師さん達から教わった虫に効く薬草を用いて、養蜂にも手を出している。
さすがに薬草に詳しくても、虫への効能は知らなかったし。
蜜欲しさに蜂に刺されるのは勘弁だ。

薬湯や粉薬、丸薬のあまりのまずさに、甘いものが欲しいと初めて考えたのはいつのことか。
やっと希望が叶いそうなのである。


元々、香料を得るために、敷地内に二ヶ所作ってある畑の一つは花畑なのだ。
そちらに程近い山の中に、試験的に数個の巣箱を置いてある。
スズメバチが入れないように入り口は狭く作ってあるので、そうそう全滅するようなことはないだろう。
うろ覚えの知識でしかないが、板を重ねて、箪笥を倒した様な形状の巣箱にしてある。
多分、女王蜂のいる辺りとか、大事な部分を残しておけばいいんだと思う。
巣の中の構造に関しては、何度も蜂の巣をゲットした経験のある猟師さんに聞いた。

蜜蝋の作り方は知らなかったが、同じく猟師さんが知っていたので良かった。
暖めればいいかな、と思っていたのはある意味正解で。
お湯で暖めて溶かしながら濾して、そのまま放っておくと冷めて蝋が浮いてくるらしい。
蜜蝋にも何か使い道があった気がするので、ゆっくりと考えてみることにする。

ただ、問題が一つ。
巣箱を置いてしまうと、薬草を育てている方の畑でも育てる薬草が制限されてしまう。
健康に良い効能ならいいが、うっかり蜜に毒性のある植物を育てていると、その蜜まで混ぜられてしまうのだ。

毒だと聞いたが実は砂糖、安全性が確実だから笑いの取れるお話になるのだ。
見た目が蜂蜜で効能は毒物、なんて冗談じゃないのである。

すでに設置してしまったし、蜂を刺激したくないのでしばらくは薬草畑の植物を制限するしかない。
一度目の採取が終わったら、巣箱を置く場所を考え直そうと思う。
うっかり毒を食らうのは勘弁して欲しい。


落ち着いたらまた連絡します。



[10890] 早く隠居したい48 ~マヨネーズを目指・・・あれ?~
Name: 白兎◆98ec21ee ID:1b65f060
Date: 2009/08/21 21:16
やあやあ久しぶり。

ヘッドハンティングだよ、祝えば良いのかな?


いや、そろそろ独り立ちしてもいい年頃ではあるんだけどね。
多分。
年かさ組と同じ年齢位で働いてる子供達も見掛けることだし。
今まで寮に留まらせていたのは俺の一存でしかない。
単に俺が、庇護する対象に見える子供達を手放せなかっただけだ。

いくらこちらの時代で暮らしていても、俺の精神の基盤は現代で作られた物だから。
まだまだ庇護の必要な年齢に見えて仕方がないのだ。

彦や土岐、喜一君や乳母の話も聞いてみたんだけど、彼らは俺がなんで躊躇うのか理解できないみたいだ。
彦に関しては、俺が「子供」に対して、教育や保護をしなければいけないものだと強く思っているのを知っているので苦笑されたが。

さすがに、価値観までは共有できないからなあ。








声の掛かった子供達自身も、新しい土地に興味津々な様子ではある。
好奇心を大切にするように育てたのは俺でもある。
種を蒔いたのは俺なんだから、俺が止めるのは間違っているのではあるが。
それでも心配なことは心配なのだ。



猟師さん達の監修の下に始まった体育の時間で、玉兎寮の子供達はいつの間にやら、多少の荒事なら切り抜けられる術を身に付けていた。

山の薬草を保護して貰ったり、分布図や、特有の薬草の知識を貰う代わりに、猟師さん達から子供を預かっている。
彼らは里の人間じゃないから、きちんと教育を受ける機会ってのはないらしい。
それから、人付き合いの苦手な猟師さんの代わりに、獲物を売り払ったりとかね。

力仕事がどうしても入用な時とか、人手を出してくれたり、時折、講師のように子供達に薬草を教えてくれたりするのはとてもありがたい。
山でたくましく育った子供達に感化された玉兎の子供達も、彼らを真似して体を鍛えたりもしている。
日頃から薬草を求めて山野を歩いているので、もともと里の子供よりも地力があるのだ。
そこに、猟師さん直伝の小技を仕込まれた現在、子供達はかなり身軽である。
小望の子供達と山を駆け回ったりもしている様子を見て、思わず天狗かと突っ込みを入れたくなったほどだ。









そう、小望だ。
今更であるが、拾った時は小さな子犬だった小望は、今では裏山の狼のボスである。
子孫繁栄して結構なことだが、正直、始めに誰か俺に教えて欲しかった。
道理で、強いはずだよ。

聞けば、知らなかったのは俺だけだったらしい。
仕方ないのだ。
俺は狼なんて見たのは一度だけだし、その時は血まみれの泥だらけだったからまともに見ていなかった。
猟師さんを助けなければと急いでもいたし。

俺が小望の正体を知ったのは、しばらく添い寝に来ないなと思っていた時。
子供を見せびらかしに山から降りて来たのだ。
小さな可愛い子犬を心配して、狼に襲われなければ、と口にした俺に皆が伝えたのだ。
気付いていなかったのかと言われたが、まったくもって気付いていなかった。
俺が知ってるニホンオオカミは絶滅種で、ボロボロの剥製の写真しかみたことなかったのだ。
サイズもそれほど大きくないし、色も犬とたいして変わらない。
違いは、比べてみればわかる耳の大きさ位だろうか。
俺に気付けるわけがない。
ずっと犬だと思ってたよ。


小望が懐いているからか、俺達や、教え込んである猟師さん達に危害を加えることもなく。
狼達と玉兎寮の仲は良好である。
ましてや、皆で育てた小望の子供達は寮のアイドルである。
ボスの仲間は自分達の仲間ということなのだろうか。
よくわからないが、鶏を襲うこともないし、もふもふが増えて嬉しいので良しとしよう。

しかし、玉兎寮が里から離れた位置にあって良かった。
さすがに、狼が真昼間から出入りしているとあっては、里の人間を驚かせかねない。
両脇を森に挟まれた様な地形だから、遠目から見つかることも無いのが良かった。

まあ、もともとこちらに人を招待することもない。
俺達以外の人間で出入りしているのは、寅こと嘉実だけである。
ちなみに相変わらず小望との仲は悪い。
俺にとっては両方とも家族なんだから、仲良くして欲しいのだが。












嘉実や小望の話はこれまでにして、問題は子供達の就職に関してである。

待遇に関しては、あちらに着いてから直接話し合われるらしい。
不足の無いように育てたつもりだが、心配は心配なのだ。


だが、可愛い子には旅をさせるのも親の勤めである。
せめて、お守りにでもなればと、卒業の証を兼ねた白い兎の鈴を贈った。
ローマ字で俺の名前と子供達の名前が彫ってある、銀細工の可愛いうさぎさんだ。
子供達は喜んだが、俺としては嬉しさ半分、寂しさ半分。



結局、泣く泣く、子供達を送り出した。
苛められたり、お腹を冷やしたりしなければいいんだが。

元気にやってくれよ、辛かったら帰ってきていいんだぞ。

激しく心配である。



落ち着いたらまた連絡します。
















※日本狼が猪に勝てるかどうかわかりませんが、ボスになれる位強ければなんとかなるかなーと。
実際は猪の方が強そうな気がしないでもないです。



[10890] 番外 ???
Name: 白兎◆98ec21ee ID:1b65f060
Date: 2009/10/09 13:39
玉兎と呼ばれる男がいる。

男は、最近何かと有名な玉兎の頭であるらしい。

薬学に通じ、世の世情を読む事に長けた男は、ここ数年で急速に力を付けていた。
それこそ、玉兎といえば、言葉も知らぬ幼子以外知らぬものはいないというほど。

ここ数年で、衰退し始めた町を活気の溢れる、今が春とばかりに栄える町に変えてしまうことすらしてしまった。
その癖、玉兎寮と名乗る、自分達の巣から出て来ない。



口は出せども関わらず。



実際に、商売に関わることはしていないはずである。
玉兎はあくまで、作ることが本分である。
医者顔負けの薬学の知識がその証拠だ。

ところが、大抵の信頼できる儲け話には、玉兎の影がちらついている。
現実に店を切り盛りしているのは彼らではないはずなのだ。
だのに、実際は金魚鉢に入った小魚のごとく。
こちらからは触れられぬ、あちらも触れてはいないはずなのに、すべてを握っているのは玉兎なのだ。



あれに見入られたが最後、月の影からは逃げられないのである。








自分達が月に捕まったのも、必然だったのかも知れない。

何者にも捕らわれぬ、自由の民。

そう言えば聞こえがいいが。
実際は、山から山へ、町から町へ。
山野を移動し、定住せず。
山から生まれ山へ帰る漂泊の民。
それが自分達だ。

里人に疎まれ、降りることも出来ず、さりとて疎まれる原因である生業を失くしては立ち行かず。
一人や二人なら紛れる事はできても、一族を捨てるわけにもいかず。
時折、権力を持った里の人間に良い様に使われ、使い捨てにされる。
なるほど、最も身分の低い里の人間より、さらに下の存在でしかない我等はさぞ使い勝手が良いだろう。
元が山野に生きる民。
安穏と里に生きる人々などよりもよほど腕も立つ。

その使い勝手故に、それを失わぬよう、表に出て来ぬよう虐げられているのも感じていた。
だが、知った所でどうにもならない。
自分達は、表には出られぬ。
ただただ世の中の影として、目立たず、ひっそりと生きるのみであった。







あの時もそうだった。

里の人間の悪意から来る嫌がらせ。
何やら、気に障ることでもあったのかも知れぬ。
単なる遊びだったのかも知れぬ。
理由が何であったのかは自分には関係なかった。
自分に関係があるのは、自らの足に食い込んだ、忌々しい仕掛けのみ。


一族の者とも違う。
一族の者は、猟で使う罠を仕掛ける場合、特有の印を周囲に残す。

一族以外で、山野を縄張りにしている者達でもなかった。


なぜなら。
罠が仕掛けられていたのは獣道ではなかった。
注意を呼び掛ける、印もなかった。


明らかに、自分達に害をなそうと仕掛けられていた。
これが初めてではない。
自分達より立場の低い者を、自分達と違う異端の者を、いっそ純粋な素直さでもって里の者達は嫌う。
疑いの余地もなく正しい行いをするつもりで、我等を害するのだ。

それでも、普段なら用心して過ごしている為にこんな罠などには掛からない。
なぜその時に限って気付けなかったかと言うと。
単純に、運が悪かったとしか言い様がない。
数日前に周囲を襲った嵐は、里人の仕掛けた拙い罠を隠した。

葉が、泥が、土が、枝が。

綺麗に、普段なら見抜けるほどの罠を森の一部にしてしまったのだ。


見事に食い込んだ罠に足を取られ。
体勢がおかしな方向に崩れているせいで自ら解く事も適わない。
さらには、血の匂いに惹かれた狼まで襲って来て、最後の手段である鉄の弾すら使う羽目になってしまった。


どうしたものかと悩んでいる時に、人の足音が聞こえた時はさすがに肝が冷えた。









結局、出会ったのは白兎とかいう子供と、のちに玉兎と呼ばれることになる、その時はまだ彦と呼ばれていた少年であった。

山の民である自分達に偏見を持たぬ、親を失った狼の子とて隔たりなく手を差し伸べる、白兎という子供を気に入って。

親を失った子供達だけで暮らしていることを、自分達に重ねたのかも知れない。
本来であるならば、町の片隅で、大人になることもなく大半が朽ちてゆく定めだった子供達だ。
同情しなかったと言えば嘘になる。
普段、見せないはずの仏心を出したのかも知れなかった。

時折顔を出す傍ら、猟の成果をくれてやることもあった。
しばらく通ううちに、商人との繋がりがあると知って、代わりに取引を頼むようになった。
自分達が直接出向くよりも、里の人間を通した方がまっとうな取引になる。
子供達は、思っていた以上に賢かった。

大人に頼らず、自分達だけで生きるすべを持っている。
山野に馴染む自分達と同等か、場合によってはそれ以上の薬草の知識を有していた。
しかも、集団でそれを扱い、成果を重ねて、より詳しい知識に高めてさえいる。

末恐ろしい。

そう思った。
共に過ごす時間が増えると共に、彼らの特異性を理解した。
その中心が白兎だということも。
なるほど、子供達だけでここまでの集団になったのだ。
その結果はすばらしい。


そして、すばらしいからこそ、近いうちに破綻するだろう。
そう思った。


彼らは幼い。
そして、庇護者がいない。
ゆえに、早晩、益を求めた小ずるい人間の餌食になるだろう。
集団とは、利益を守りきれるからこそ存在できるのだ。
どれだけ利益を生み出せても、それを得られなければ意味はない。

最後まで食い尽くされて消えるか、飼い殺しにされる先が待っているだろう。
今はまだ、正面から玉兎を食らおうとする人間はいない。
闇に隠れて技を盗もうとする輩は、山を縄張りとした狼共に等しく食い殺されている。
気付いているのか、知らぬのか。
幼い獣に庇護を与えていたはずが、自分達が獣共の庇護にあるということに。
さすがに子供に見せるのも咎めるので、片付ける位はしてやるが。
それ以上は分を過ぎている。

そう考えたのだ。
そして、自分達には関係のない、里の人間の営みだ、と、半分割り切って見てもいた。









そう考えていた矢先、自分達は月に囚われることになった。

のちに玉兎と呼ばれる子供は、自分達を一族ごと囲った。
始めてあった時、白兎と呼ばれる子供も、まだ彦であった子供も、何も気付いてはいないのだと思っていた。
いくら賢いとはいえ、世の中を知らぬ子供であれば大丈夫だと、なぜ思っていたのか。
秘儀とはいえ、あれを知らぬものがいないとも限らなかったのに。




そうして、それを餌に、まんまと長と取引をした子供によって、我等もまた守られることになる。

交わした約定は、
山間特有の薬草の保護、栽培、及び分布図を作成し、把握すること。
一族の薬草の知識を受け渡し、玉兎の育成に、力を貸すこと。
そして白兎や玉兎寮に悪意を持つ者を排除すること。

今まで権力者に、理不尽に押し付けられた役目からしたら、容易い事。


反して、得たものは。
玉兎を通すことで、自分達は差別を受けず、里の者の目から隠れて生活することができる。
彼らに混ぜて学ばせることで、子供達に学と、里の者から追われぬ立場を与えることができる。
里の者の協力があれば、隠れて放浪することなく、地に根ざした暮らしをすることができる。
そして、玉兎が保有する新しい薬学の知識。
それも我等の力になる。


流れながら生きてきた自分達にとって、寄る辺ができるというのは大きい。
追われぬ生活を子供達に与えることができるのだ。
山の恵み、日々の天候に、一喜一憂しながら飢える友を見なくて済むのだ。
そして、捨て駒であると知りながらも、己の手を汚すことも。






彦に、誰とも区別することなく照らし出す月に、賭けてみることにした。

受け入れてみれば、彼らの傍は居心地が良い。
一見して、彦の手中にあるかと見える玉兎だが、その彦本人が白兎の為にしか動かない。
大成を望むかと思えば、所望するのは日々の安らかな暮らし。

驚くほどの知識を所有し、自分達まで取り込んで、何を望むかと思えば、平穏。
まったく、よくわからない連中である。
我等に連なる者達の中で、定住を決めた者達は大半が、侍共の手下に成り下がっている。
生業を考えれば至極当然である。
その気になれば裏工作、破壊活動までこなせるのではあるが。


孤児を装って潜り込んで来ようとする人間の身元の洗い出し。
進入しようとしてくる間者の排除。


彦の大事な主である、白兎に知らされぬ部分と言ってもこれくらいである。
神経質な割に、真実孤児だと判明した存在にはひどく甘い。
そして不可解なことに、玉兎寮に暮らす子供はひどく仲間意識の強い人間に育つのだ。
それは預けている自分達の子供も例外ではなく。
これではいつか自分達は私兵に成り下がる。
そう思っても、それはそれでたいして問題にならないのではないかと思う。


里に降り、知識を学んで、玉兎という後ろ盾を持つ。
特別、不利になることはない。


それなら精々、潰されぬ様に力を付けてやるだけだ。
幸い、他の子供達も体術や処々の術(すべ)を身に着けることも厭わぬ所か、進んで学んでいる様子である。
この分では、早晩、玉兎が母体であったのか我等が母体であったのか、交じり合うことだろう。







望む通りに守ってやろう。
だから我等に先をくれ。
お前達が消されぬよう、出来うる限り力をやるから。











※誤字修正



[10890] 早く隠居したい49 ~マヨネーズを目指・・・あれ?~
Name: 白兎◆98ec21ee ID:1b65f060
Date: 2009/08/22 19:28
やあやあ久しぶり。

久しぶりに父上に呼び出されたよ、なんだろうね。


俺の方から父上を尋ねたりすることはあるけど、父上から呼び出されたりすることはあんまりなかったんだよ。
本当、なんだろう?

心当たりがあるわけでもないし、謎だ。


最近はこの位の時間は、父上は嘉実と一緒に部屋に篭って政務を教えているって聞いてたけど。
この所、嘉実が息抜きに抜け出してくることも減ったし、必然的に俺が父上の所に行くことも減った。
いや、別に不仲とかじゃなくて。
単に、幼い頃から続いてた習慣である。

薬草便[信じる者は寅ばかり]が届くと、ついでに父上に顔を出すことがいつのまにか習慣になってたからね。
ほら、別に俺、仕事とかしてないし、あんまり日にちとか気にしてないから。
おまけに、乳児だった頃の体験のせいでぼけーっと日々を過ごすスキルが無駄に高いというか。
日々、子供達と戯れたり小望と遊んだりしてると、ついつい日が経ち過ぎるんだよね。
今までは薬草便に合わせて父上の所にも顔を出してた。
なので、嘉実が勉強に追われている今、必然的に俺もうっかりと疎遠になっていたというか・・・。


うん。
ごめん父上。
さすがに親不孝だったかも。

ちょっと後ろめたい。



せめて、父上に親孝行でもした方がいいんだろうか。

でも何がいいんだろう。
肩叩きとか?
いや、さすがにまだそんな年じゃないよな。
悩む。


そんなことを考えながら父上の元へ向かった。












部屋に入ると、父上と嘉実が揃っていた。

うっかり間違えるといけないから、普段から嘉実嘉実って意識して呼んでるけど、ついこの前まで寅だったし、慣れないよなあ。

結局、呼び出された理由はすぐに判明した。
なんでか知らないけど、俺が彦の保護者だってことを内緒にして欲しいんだってさ。
別に、内緒にするまでもなく、今も知ってる人は玉兎寮の人間以外いないんだけどなー。

というか。
普通思わないよ。
子供が子供(しかも年上)の保護者だなんて。

おまけに、初めに誤魔化した時の流れで人前に出る時、彦は裕福な商人の隠し?子ってことになってるし。
玉兎として過ごしてる時と、彦として離れで生活してる時は服装も違う。
回り道が面倒で、山の中を突っ切って離れに戻ってるから人目にも付かない。


そもそも、今更だけど。
彦を拾ったことだって、家の人間は知らないんじゃないか?
離れに暮らす面々はともかく、父上や嘉実、母上・・・は知ってるのかな。
まあ、改めて考えてみれば。
ほとんどの家の人間は、俺が離れの奥でニートをしてるって思ってるんじゃないだろうか。
普通に町中を出歩いてるけど、わざわざ俺が素性を言いふらして歩いてるわけでもなし。
下手したら、家の人間でも俺の顔を忘れてる人間の方が多いかも知れない。
嘉実の元服の時に顔を合わせたのも小数だったし。

俺としては別に、関わると面倒そうだから今のままでも問題ないけどね。

とりあえず。
問題ないよ、父上。


そう説明して、用件が終わったみたいだったので退室する。







礼をして、襖に手を掛ける。

途中まで開いて、そこで、嘉実用に調合した入浴用の薬草水があることを思い出した。

首だけ振り向き、声を掛ける。


そういえば、嘉実。
渡したいものがある。




そう口に出し掛けた所で、ぐらりと視界が回った。
















「兄の諱を口にするとは、お前は礼もわきまえぬのかっ!」








ああ、デジャヴだ。

さすがに今回は襖に突っ込むことはなかったものの、またもやバランスのとりずらい体勢だったため、そのまま横倒しになる。

そうか、開けた時、ちょうど俺の死角になる位置にいたんだな。
しかし、相変わらず武器は扇なんだな、とか。
甲高く響く声に意識を持っていかれそうになりながらぼんやりと思った。







結局、何をしに来たのか、母上は怒り心頭で歩み去ってしまった。

俺はというと。
俺が突拍子もない勘違いをやらかしていたことに気づいた父上に、苦笑しながら元服後の名の使い方をレクチャーされた。
正直、ややこしい。

だって元服の儀式が終わった後、父上の部屋で父上が「これからは嘉実だな」って言ってたじゃん。
だから俺もそう呼べばいいんだと思ってたのに。
もう寅で良い。
寅で。


仕方ないじゃないか。
ずっと離れで暮らしてるから、武家の格式だとかには疎くなってるんだよ。

おかげで母上にまたどつかれた。



落ち着いたらまた連絡します。











※名前に散々悩んで、やっと思い付いた喜びに目が眩んで、せっかく仕入れていた諱とか通称のことが頭から抜けていた・・・・・・なんて。
そんなことないこともなくもなかったり。



[10890] 早く隠居したい50 ~マヨネーズを目指・・・あれ?~
Name: 白兎◆98ec21ee ID:1b65f060
Date: 2009/08/22 19:29
やあやあ久しぶり。

子供達から連絡が来たよ、祝ってくれ。


可愛い子には旅をさせろって言ってみたはいいけど、やっぱり心配なものは心配だった。
だって、今までずっと世話してきて、一緒に生活して来たんだ。
手元にいれば異変があってもすぐ気付けるし、風邪でもひこうものならすぐに対処してあげることもできたからね。

あちらに着いたら手紙を送るって言ってたけど、これまで毎日そわそわして過ごしていたのだ。
案外、俺も心配性である。



ようやく届いた手紙によると、玉兎出身の子供達は、なぜか玉兎として雇われることになったらしい。

玉兎としてってどういうことだ。

そう思って読み進めれば、所謂、客員の待遇として迎えられることになったらしい。
てっきり、就職する、つまりあちらの一員になるんだと思っていたので肩透かしを食らった。
なんでも、個人の能力もあるけど、玉兎とのパイプ役、所謂駐在員みたいな感じで勧誘されたんだそうだ。
玉兎って言っても、結局は薬師集団だし、あれか。
病気に備えて置いておく、置き薬、もしくは命綱ってことか?
確かに玉兎の薬の知識は、常に検証を繰り返しているので市井の医者よりは安全性が高い。

しかし、それなら初めからそう説明して話を通せば良かったのに、なんで事後承諾なのかね?
謎である。

まあ、俺としてもあちらで就職されて家臣になってしまうと寂しいからいいけどね。
玉兎のままで良いって認めて貰っているなら、俺も子供達の周囲に気が咎めずに助けてやることができるし。


里帰りも認めて貰ったらしいから、残った子供達も喜ぶ。
年長者が年少者をカバーして生活するスタイルで育てたせいか、うちの子供達はとても仲が良い。
たまには生き抜きも必要だろうと時折開催する、運動会や文化祭的なイベントのおかげもあってか、連帯力は抜群である。

以前は生活で精一杯だった、辛い生活を送っていた者も多くいるせいだろうか。
それとも、俺に似たのか、玉兎寮の子供達は総じてイベント好きである。

例えば、花見をしていると、いつのまにか楽を奏でだす者、踊り出す者、唐突に連歌を競いだす子達がいたかと思えば、いつ作ったのか、花の香料の入った新作菓子が出てきたりする。

自分で将来を選べる様に、幅広くいろんなことを教え込んできた。
それぞれ、自分の得意分野というか、好きな事を見つけられて喜ばしい限りだ。
普段は自由気ままに自分達の好きなことをしているけれど、ことあるごとに俺の所に来ては自分の考えたアイディアだったり、作ったものだとか、勉強の成果だとかを褒めてくれとばかりに披露してくる。
手塩に掛けて育てた子供達の可愛らしい様子に、俺は大満足である。
猟師さん達からの預かり子達もあっという間に馴染んで、これまた白兎様白兎様と慕ってくれる。


こんな可愛い子供達だ。
俺にしてやれることがあるならしてやりたいのは当然である。




というより、やらせてくれ。

おなか壊してないか?風邪ひいてないか?
ホームシックとかないよな?
ご飯はちゃんと食べてるか?


保護者としては心配でたまらない。





そしてそこまで考えて気付いた。

玉兎で育った子供達が別の場所で生活して不便していないはずがない。
当たり前なせいで、今更気付いた自分が間抜けである。

風呂に湯を張って浸かるのは、湯治目的の温泉でない限り外では滅多にしない。
俺が散々改良しまくった献立だって、材料さえあれば作れるものの、そもそもその材料が流通していない。
なんと言っても、俺がわざわざ作らせて取り寄せていたりするものだってあるのだ。
あちらでは手に入らないだろう。
ああ、布団は持っていったんだろうか。
それともあれは、この辺では大分浸透したし、外にもあるんだろうか。

心配する材料があとからあとから駄々漏れである。


落ち着いたらまた連絡します。



[10890] 早く隠居したい51 ~マヨネーズを目指・・・あれ?~
Name: 白兎◆98ec21ee ID:1b65f060
Date: 2009/08/22 19:29
やあやあ久しぶり。

考えることが多いよ、労わってくれ。


あれから俺は旅立って行った子供達が、現地で快適に過ごせる様にと頭を悩ませている。
過保護だって言ってくれるな。
俺にだって多少の自覚くらいはある。

けど、俺が一番よく知ってるんだ。
今まで当然として受け入れていた生活ができない違和感というか、苦労が。
不便なのは仕方がないってわかっていても、本当に慣れるまでは時間がかかる。
おまけに無意識に疲弊してストレスになる。


俺の場合は時代の違いっていう、完全には解決できない問題だけど。
子供達の場合は違う。
遠方にいても、同じ国であり同じ時代なんだから。






と言っても、こことは地理も違うし、まったく同じようにはできないんだけど。

元々は蜜が欲しくて始めた養蜂。
それが意外な所で役に立つこととなった。

薬草水を蜜蝋と混ぜれば、基本的なものでしかないが、薬用クリームができる。
現代で過ごしていた時、なんとはなしに仕入れていた情報が意外な所で役に立つものだ。

作ったクリームは、それぞれ香りに重点を置いたものや効能に重点を置いたもの何かで種類を作った。
日持ちする種類の薬草水はそのまま封をして運ぶことにする。
ただし、そのままと言っても蜜蝋を塗り込めた布で蓋をするからおかしな成分が入り込んだりもしないし、密封性も高まる。
薬草水だけだと長持ちしないし、山間に存在するこの周囲と違って、別の土地に移った子供達には保湿クリームのほうが役立つだろう。
なんと言っても日持ちがするし、多少空気が乾燥していても悩まされることはない。

あとは、乾物関係と味噌、ああ、燻製も入れておこう。
卵は・・・厳しいか。

どう考えても、タンパク質が足りないよなあ。
定期的に猟師さんが肉を補充してくれる玉兎寮じゃあるまいし。
肉は口に入りずらくなるんだろう。
しばらくは豆腐を多めに食べるように、手紙に書いておくことにしよう。

ああ、薬草を漬け込んだ、特性「のど蜂蜜」も送らなくては。
なんでわざわざ蜂蜜なのかというと、その方が使い道が広がるから。
蜂蜜にも効能があるから、いざとなったら別の使い道もできるし。


子供達の新天地は、一定区画ごとに設置した滑車のおかげで、すばやく荷物の運搬のできるこちらとは違う。
荷物を運ぶには陸を辿るか、滑車なしで船を使うしかない。
なので、運ぶのに時間が掛かるのだ。
鮮度の下がりやすい物は送ることができない。

商売としてならともかく、あくまで仕送りなのでそんなに大掛かりにすることもできないし。
さすがに子供達への届け物のためだけに、そんな大掛かりな仕掛けを作るわけにはいかない。
いくら俺でもそんな勝手な真似はしない。
そもそも、下手に大金を使うと、子供達を養えなくなるかも知れないじゃないか。
大黒柱は、引き際も心得なくてはいけない。


ああ、子供達よ、お父さんはこんなに心配してるぞ。


落ち着いたらまた連絡します。



[10890] 早く隠居したい52 ~マヨネーズを目指・・・あれ?~
Name: 白兎◆98ec21ee ID:1b65f060
Date: 2009/08/22 19:58
やあやあ久しぶり。

最近は研究で忙しいんだ、手伝ってくれ。


研究って言っても、基本的にやってるのは土をかき回したりするのがほとんどだけどね。

今現在、俺の頭を悩ませていること。
それは旅立った子供達の栄養状態である。

手元から巣立ったんだから、当然だが、今までと同じ食事を取らせることができない。
いや、料理はできるんだよ、料理は。
特になることは覚えろって方針の玉兎寮だから。
幼い頃から当番製で料理をしていただけあって、男女の区別なく料理はできる。

問題は材料がないことな訳であって。

とりあえず、日持ちのするものは送った。
けど、いまだ成長期のはずな子供達にはタンパク質が必要なはずである。
玉兎寮では肉が手に入っていたし、鶏もいるので卵も取れる。
香料なんかに使った花の廃棄部分に当たる、葉っぱや茎なんかを餌に流用していたので、ついでにエコロジーでもあった。


だが、さすがに。
就職先の子供達は、当然ながら、玉兎寮みたいに山の中に住んでいるわけではない。
穀物や野菜くずなんかで飼う事もできるが、なんとなく、そうなると今度は鶏の栄養状態が気になる。

実際どうなのかはおいておいて、結局、ミミズコンポストを作ってみることにしたのだ。
と言っても、森から取ってきた腐葉土を元に、野菜くずやら使えそうな物を混ぜ込んでいるだけなのだが。
ミミズは一緒に掘って来た。
飼育していればそのうち増えるだろう。

ちなみに、初回は見事に脱走されたので、今は容器の縁に蝋と油を塗り込んである。
ねずみ返しならぬ、ミミズ返しである。




肥料を作って新鮮野菜を収穫、ミミズが増えすぎたら鶏のご飯である。
減塩生活をしている俺や玉兎寮の子供達にとって、必然的に少なくなる味噌の使用量からくるビタミン不足は重要な問題だ。
俺たちの食卓に、新鮮野菜は欠かせないものになっている。
トマトみたいな特殊な性質でも持っていない限りは、痩せた土で作った野菜には栄養も少ないし、それなら肥料を作ってやるまでである。









関係ないが、玉兎寮の子供達は例外なくぷにぷに肌につやつやの髪である。

最近は、町の方にも風呂屋が増えたせいか、他の地方から来た人間に比べれば町の人間は肌が綺麗である。
特に、いつの時代も欲求は同じなのか、美容に熱心な女性の肌は綺麗だが、それでも玉兎寮の子供達には適わない。
身体に良い状態を日常としているか、していないかの顕著な例だ。

毎日薬草水の風呂に入り、シャンプーで髪を洗い、栄養のある食事をしてストレスなく過ごす。
適度に運動もしているので不健康になるはずもなく。
勉強に、趣味に楽しく過ごさせていた生活のたわものである。
きつい労働を課しているわけでもないので、無茶をして体を壊すこともない。


すくすくと健やかに育ってくれた子供達は俺の自慢でもあるのだ。
断じて不健康な生活に甘んじさせてなるものか。






そんなわけで、ちまちまと土を混ぜているわけである。

とりあえず、試験的に作った分は土岐にかき混ぜて貰っている。
始めは自分でやろうと思っていたんだが、土岐に止められたのだ。
生まれ付き、至って健康ですと胸を張って言えない体質な俺である。
心配ですと言われると俺も断れない。

だが、かなり大変そうである。
普段から熱心に身体を鍛えている土岐でなければ、かなり苦労するかもしれない。

しかし、今更だが、土岐もよく育ったものだ。
俺や寅は父上の影響なのか、たいして影響はないのだが、幼い頃から栄養状況が良かったおかげか、土岐はグングン背が伸びた。
体格も良い。
守役として必要だと言って普段から武術の稽古に力を入れているが、天職じゃないだろうか。
彦は普通より少し背が高い位なんだが。

カルシウムを摂らせ過ぎたんだろうか。
まあ、着物を新調する時以外は特に不便はないようなので良いのだが。
それに幼い子供達は、土岐に登ることをたいそう気に入っている。
両腕にぶら下げてやるのは、身体の年齢が釣り合っていれば俺がやる役目なんだがなあ。
お父さんと子供達って絵は、正直ちょっとうらやましい。




それはともかく。
子供達に送る分と、次から作る分は簡単に混ぜられるように仕掛けをつけておこう。
単に梃子の原理なだけだけど。


落ち着いたらまた連絡します。












※展開について悩むと、つい番外を書いてしまう為、まだ出せないのに番外のストックだけ溜まっていきます 泣


ちょっと追加で。
明日はPCと隔離されてしまう用事があるので、ここ数日に比べるとあんまり更新できないかと。
できるだけ更新できるようにがんばります。

話数の誤字直しました。



[10890] 番外 玉兎寮のある日の一日
Name: 白兎◆98ec21ee ID:1b65f060
Date: 2009/08/23 14:20
柔らかい光が室内に差し込んでくる。

そろそろ乳母が起こしにやってくることだろうか。
そこまで考えて、普段生活している部屋と違った天井が目に入った。

そうか、昨日は子供達にせがまれて、玉兎寮に泊まったのだ。

俺が身体を起こしたのと同時に、丁度俺を起こしに来たのだろう、土岐の声が聞こえてきた。

「おはようございます、白兎様。今日も良い天気ですよ」








●朝の体操

いち、にー、さん、しっ!

寮の中心にある中庭に、元気の良い掛け声が響く。

この位の年齢の子供は、どんなことでも楽しんでしまう。
まったく、幸せになる天才である。

調子の悪そうな子供がいないのに安心しながら、俺も寝起きの身体を伸ばしていく。
腰を伸ばす体操に差し掛かった時、ふと後ろから歓声が聞こえた。

「こら!後ろから飛びつくんじゃない。危うく転ぶ所だったじゃないか。」

今日も土岐は、子供達の良い的になっているようだ。






●朝食

「白兎様ー、今日の卵焼き、私が焼いたの。美味しくできた?」

最近やっと調理場に出入りさせて貰える様になったと、嬉しそうに報告して来ていた子供が笑い掛けて来る。
小さな手で一生懸命作ったのだろう卵焼きは、少し形が崩れていた。
だが、俺にとっては文句なしで美味しい。

皆で一緒に食事を取る為に使っている広間は、調理場の前を通るのだ。
さきほど、中から聞こえてきていた声はこの子だったのだろう。

白兎様の卵焼きを焼かせて貰えるのか、と嬉しそうにはしゃいでいた声を思い出す。
ちらりと垣間見えた調理場では、誰に吹き込まれたのか、美味しくなーれ、美味しくなーれ、と言いながら火に向かう子供の後ろ姿があった。

そんなに一生懸命作って貰ったのだ。
美味しくないはずがない。

そう思いながら、くしゃくしゃと、手触りの良い髪をかき混ぜてやった。






●お勉強の時間 薬学

「――――――と言う訳で、粉末状になったこの薬は、患者にとっては薬にもなるけど、健康な人間が摂取すると逆に身体に変調をきたす。扱う時は慎重に、周囲の人間にも気を付けて使うんだ。」

並んで座った子供達の前で、薬草について講義するのも、少し年かさではあるものの、同じく子供である。

玉兎寮の中では、割と馴染みの風景だ。
薬草について講義しているのは、他の皆より早くに薬学を学び始めた少年。
自分の学んだことの復習にもなるようにと、幼い子や、最近学び始めた子供達の教師役に回したのだ。
時たま、手作りの薬学手帳をめくって、確認を取りながら勉強を進めて行くのはご愛嬌。
何度も反復することで身に付くし、幼い子供達の勉強にもなって一石二鳥の方法なのである。

この子はまだ年齢的に外には出せない。
だが、すでに玉兎寮から出ても大丈夫な年齢の子供達の中には、あえてここに残って先生役をしてくれている子達もいる。
俺や彦、それから時たま講師の代わりをしてくれる猟師さん達だけでは手が回らない時もある。
俺達に代わって後輩の先生役を務めてくれる存在は、とても心強い。
彼らは言うなれば、教師兼院生みたいな物だろうか。
配合を変えたり、成分を調べたり、この前は効果はそのままで苦味の少ない薬を作り出してくれた。
おかげで薬を飲ませる時、逃げ出す子供が減って助かった。






●お勉強の時間 国学
「春は、あけぼの。やうやう白くなりゆく山ぎは―――」

舌ったらずな声で、懸命に覚えた内容を聞かせてくれる。

生活に直接必要のあることではないけど、知っていれば意外な所で役に立つこともある。
何より、自分の国のことなのだ。
知っていて損はない。
最低限以外は、子供達の興味の向くまま好きな事を学ばせている。
古文や短歌が好きな子供もいれば、漢文が大好きな子も。
みんな素直に教わったことを覚えて吸収するので、中には俺よりも歴史に詳しい子なんかもいるし。
現代では勉強は半分以上強制で学んでいたものだが、この子達が本当に嬉しそうに勉強しているのを見ると嬉しい。
今度町に出かけた時にでも、新しい書物を探してきてやろう。








●教養 茶道

「足しびれたー!」

正座はいつか慣れなければ暮らしていけないのだが。
ごろごろと転がる子供達の群れをみていると、顔が笑顔から戻らない。
一応教養兼、頭の休憩として取り入れているが、子供達の可愛い姿を見たいのもあるかも知れない。

いや、玉兎の性質上、大店の店主とかとも会う機会がある。
必然的に、必須科目ではあるのだが。

毎回、この姿を見るとなんとも和んでしまう。







●体育 鬼ごっこ

「―――ぅっきゃー!!!土岐さまー!土岐さまー!」

ものすごい楽しそうだ。

駆け回っている子供達の笑顔がまぶしい。
そして、鈴生りに子供達をぶら下げた土岐がすごいことになっている。

元気に外を走る子供達。
健康な証拠である。
駆け回る場所の中に屋根がなぜか入ってたり、木に登って逃げる子がいなければもう少し安心して見ていられるんだが。

あ、屋根から飛び降りた子に彦が捕まった。
彦、鬼だな。

さすがにこれには俺は混ざれない。
なぜなら熱を出すから。

庭の片隅の日陰に座りながら、暖かく見守った。









●教養 歌 兼お昼寝

「~~~~~~♪」

走り回って掻いた汗を拭いた後は、木陰に集まって歌を歌ったり、楽を奏でたりする。
今日は早いうちに彦に鬼が回ったからか、疲れて眠っている子も多い。

それを気にしてか、選曲は子守唄である。
いつの間にやらやってきた小望達の腹を枕に眠っている子供達もいる。
夢の中でも遊んでいるのか、コロコロ転がる子がいれば、一緒に足をピクピクさせている狼がいたりする。

さすがにバテて寝転がる彦と、さらにその上に寝転がる小望のしっぽを堪能しながら、可愛い子供達の歌に耳を澄ませた。









●薬草水の作成

「こもちー!ここもちー!あかこもちー!」

川辺に場所を移して、収入の大本である薬草水を精製する。

と言っても、種類ごとにパイプを取り替えたり、隙間がない様にチェックしてしまえば、あとは火が消えないように見ておけばやることはないのである。

すでに自由時間の子供達ではあるが、料理当番の子供達以外、大半の子供達は一緒に川辺にやって来て遊んでいる。
時折、見知った薬草を見つけてはきちんと収穫して見せびらかしに来てくれたり。
川底の浅い場所では、小望やその子供達も巻き込んで水遊びが勃発しているようだ。

だが、名付けたつもりなのか、それとも今だけ区別が付けばいいのか。
そのネーミングセンスはどうかと思う。








●入浴

「九十九ー、ひゃーくっ!」

階下から子供達の声が聞こえてくる。

いくら大きめに作ってあったとしても、人数から考えれば何度かに分けて入らなければいけない。
先に風呂から上がった子供達は、風呂の二階に集まってそれぞれ自由に髪が乾くのを待っている。

年少の子の髪を梳かしてやりながら、残りの焼き石の数とこれから風呂に入る子供達の人数を反芻する。
今日は俺と一緒に一番初めに入った人数が多かったので、少しくらい長風呂になっても大丈夫な位が残っている。
この分なら、追加の石はいらないだろう。

ねだられるままに、御伽噺を話してやって、髪が乾いた所で今日はお別れである。
さすがに、連日離れを空ける訳にはいかない。










●帰路

「――――ァオーン――」

離れた場所から小望の遠吠えが聞こえてくる。

さすがに、何年も一緒にいると声だけでも聞き分けができるようにはなっている。
山に足を踏み入れるといつもどこからともなく現れる、本当の意味での送り狼を共に従えながら、離れの方向へ足を向ける。

普段から慣れ親しんでいる山だからという理由もあるが、いつの頃からか、狼達が先導してくれるようになった。
視界の先でふらふらと揺られる、触り心地の良い尻尾を目で追いながら道を進む。
この子達は、小望の末だったか、それとも血の繋がりはなかったのだったか。

ずいぶんと懐かれたものだ。



しばらく道を進むと、眼下に離れが映った。
その場に留まった狼達は、俺達が離れの門の所までたどり着いた事を確認すると、ふらりと姿を消した。

先に休んでいるように言い置いておいた乳母は、布団の支度だけしてすでに寝ているようだ。
そっと、音を立てないように建物に滑り込む。



「お休み、彦。良い夢を。」














※今のうちにこそっと更新
夜は遅くなるので本編更新は明日以降になります。



[10890] 番外 兎の子
Name: 白兎◆98ec21ee ID:1b65f060
Date: 2009/08/23 14:21
ここで待っていろ、すぐ迎えに来る。

そう言い置いて、親は去っていった。


すまない、すまない。

父に肩を抱かれながらも、そう言いながら何度も振り返っていた母の声を覚えている。







生まれたのは、谷間の貧しい土地に、猫の額ほどの畑を耕しながら暮らす村。

大分年の離れた兄弟達は、毎日の様に両親と一緒に畑に出て、日が暮れるまで戻って来なかった。

幼い自分に構っていられる余裕など、誰にもなかったのだ。

すでに跡継ぎが育っていた家の中で、自分が決して望まれて生まれた存在でなかったことは、早いうちに理解した。



量が増すように、わざわざ砕いた雑穀と、申し訳程度に入れられる野菜。
粥と言うのがおこがましいほど水っぽいそれが、日々の糧。


生きている兄弟達の後に生まれていたらしい、今はいない兄弟達。

自分がその一人にならずに済んだのは、たまたま。
本当に、たまたま。
豊作と言うほどでも、凶作と言うほどでもなく、たまたま、ギリギリで生き残れる位の収穫があったから。




それでも、家族全員、すきっ腹を抱えて生きていくのがやっとだった。
腹を空かせずに生活することはできなかった。











町に行こう。
そう、自分だけが両親に呼ばれた時、ああ、自分は捨てられるのだなと思った。

捨てられるのは怖い。
一人になるのは怖い。
置いて行かれるのは怖い。

けど、もしその手を取ったら。
もしその手を取って、振り払われるのはもっと怖い。
お前なんかいらないと言われるのが怖い。

そうして、臆病な自分は一人町外れに残されたのだ。

今から思えば、あれは両親のなけなしの思いやりだったのだろう。
あのまま村にいれば、ほんの少しでも収穫が少なくなっただけで自分は死んでいた。
山に捨てずに、町に捨てたのは、そこならどうにか生き延びられるかも知れなかったから。


それでも、町にも自分の居場所はなかった。

同じ様な境遇の子供達と一日中地面すれすれを目を皿のようにして這い回り、金になりそうなものを集め、どうにか集めた物は、二束三文で買い叩かれる。
そんなはした金では、その日の糧だけでも精一杯で。

それでも、その小銭こそが唯一の命綱である。

寒い日には、必死に足と足を擦り合わせて。
時折朝になると冷たくなっている者もいる。
誰も弔ってはくれない。
せめて自分達で穴を掘り、昨日まで身体を寄せ合った存在を葬る。
せめて花だけでも供えられれば良いが、果たして、明日自分たちは生きているだろうか。















緩やかな死に向かって歩んでいたような頃を思い出す。

あの後、たまたま通りがかった白兎様によって、わけもわからぬうちに連れ帰られ、風呂に放り込まれた。

栄養のある食事と暖かな寝床を与えられ、生きて行く為の術と、庇護を与えられた。
日々の糧を心配する生活は払拭され、変わりに、溢れるほどの知識を渡された。
知識を学び、気が付けばこんな所まで来ている。

父は、自分が与えた物がどれだけ外れた物なのか自覚しているのだろうか。



送られてきた荷に、長々と書き綴られた手紙に相好を崩す。

苦笑した。
敬愛する父は、ずいぶんと自分たちに甘い。




年が近いどころか、自分より年下。
それでも確かに自分達の父であるあの人は、恐ろしく能天気だ。
知りたいと言われれば答え、欲しいと言われれば与えてしまう。
自分の行動の結果が、世間からどんな目で見られているのか気付いていない。

彦も同じ事を心配していた。
日々の暮らしをただ安らかにと願う父は、自分と、懐に受け入れた存在の幸せを願っている。
自分の求める幸せがあまりに近くにあるせいで、下を向いた父は周囲の光景に気付けない。




だから、自分は今ここにいる。

彦は、父の傍から動けない。
悔しいが、やっぱり父の傍に一番長く居るのは彦で、一番多くの知識を持つのも彦なのだ。
父の傍には一番有能な人間が残る。

代わりに、自分達が外に出る。



孤児の集まりから出来た集団でも、利益が出ると分かれば利用しようとする連中は出てくる。
ぜひ我が国へ、なんて言葉で飾り立てて、俺をこんな所まで引きずり出したのが良い証拠だ。
早めに俺が来なければ、強硬手段に出たかもしれない。

隙あらば利用してやろうという魂胆が丸出しな彼らは、実際目にすればただの子供と侮って、客員として迎えると言い出した。
年齢だけを見て、御しやすいとでも思ったのだろう。
それとも、孤児などを迎え入れるのは無駄に高い矜持が許さなかったのだろうか。

元より、彼らを主として使える気などなかったので丁度良かったのだが。

町の人間と取引をしてはいたが、自分達のほとんどが捨て子である。
最近は、山人の預かり子も混ざってはいるが、本質は同じ。
どの階級の人間達からも弾かれた者達であるのは変わらない。

あちらの勝手で弾き出された集団になど、すでに興味はない。
自分達は、ただ玉兎であれば良い。
白兎様の養い子だと言うだけの集まりなのだ。
それだけを胸に育って来た。





















さて、これからどうしたものか。

強行に走ろうとする者達を押し留める為に、あえてその懐まで出て来た。
自分達の招きに嬉々として応じたと勘違いしている者達は、しばらく動くまい。

玉兎寮の平穏を崩さぬ為に立ち回らなければ。



学べるだけ学べ、という、玉兎寮の教育方針により、そこらの人間等足元にも及ばぬ知識を持っているのは自覚している。

始めは、不埒な考えを持った、その頭にこそ食いついてやろうかと思っていた。
本分は薬師と言っても、それ以外の知識とてうなるほど持ち合わせている。
集団の頭に存在する男に取り入り、動きを見定めると共に、矛先を玉兎寮からずらす。
そう思っていたのだが。







相変わらず、まったく持ってその意図もないのに、相手にとって最善のことを無意識にしてくれる人だ。

送られた荷を見てそう思う。

あの人は、これがどれだけこちらで自分の力になるかなど、考えても居ないのだろう。
入っているのは、その大半が、自分が好んでいた香りの物に厳選されている。
まったく二心なく、自分の為だけにこれを送ってくれたのだ。

だが、それが自分のこの上ない助けとなる。
上手く立ち回れば、可愛がっていた下の兄弟達の助けにもなろう。

その為にも、今することは、風呂に入ることである。
久しぶりに使うことになる薬草水の香に、気分がほぐれる。







さあ、まずは自らでその優位性を証明しよう。
明日からは、また忙しい日々に追われることになる。


手入れの行き届いた瑞々しい肌に、艶めく髪。
塗り込めたクリームから漂うは花の香。


あちらと違って、こちらではまだ蒸し風呂を主流としている。
不快な臭いをごまかしごまかし、焚き染めた香に頼るしかない。



はたして、兎の誘惑に勝てる女は居るだろうか?





自らを餌として振りまく兎の薬。
それに引き寄せられるのは、女だけではないだろう。
母や妻、娘や愛人、それらが必死に頼る相手を蔑ろにできる人間は少ない。
彼らの心を得てしまえば、下手に表で力を付けるより役に立つ。

はっきりと見える個人への寵は、妬みにも繋がる。
妬み恨みに繋がる権力などに興味はない。

相手の懐に入り込み、なくてはならない存在になればいいのだ。
無害な兎の皮を被って、気付かれぬよう入り込めば良い。

権力闘争などに興味はない。
欲しいのは、日々を生きる幸せ。
正しく兎の子である自分達は、優しさが詰まったようなあの場所、自分達の巣穴が守れればいいのだから。



だから、今は少し悪巧みをしよう。



[10890] 早く隠居したい53 ~マヨネーズを目指・・・あれ?~
Name: 白兎◆98ec21ee ID:1b65f060
Date: 2009/08/24 22:17
やあやあ久しぶり。

子を持つと心配は尽きないものだね、労わってくれ。


寮を出た子供も心配だし、いつか巣立つと改めて確認してみると、手元に残っている子供のことも考えることが多いよ。

今まで、寮の外で仕事をする子供が居なかったわけじゃない。
町中で、高草履を売り出した店の店主を筆頭とした商人達と、薬草水関連の仕事に携わる子達も居た。
もちろん、薬草を扱うことが大元である玉兎寮の子であるわけだから、簡単な薬を渡したりして町の人と付き合いのある子も居る。
けれど、下にも小さな子が多いことを心配してくれてるのか。
外で仕事をしている子供達も決まって寮に残って、幼い子の世話をしたり、その延長で教師役をしてくれたりしていたのだ。
おかげで、建てたばかりだった時は一棟だけだった居住区が今では何棟かに増えている。

もともと、両脇を森に挟まれた形の長細い土地である。
正面こそ門で体裁を整えてはいるが、後ろはといえば、背後から川に出た方が早かったせいもあって。
なので後ろの土地はそのままだった。
それを良いことに、どんどん後ろに新しい住居が増えていった形だ。
ちなみに、いい加減風呂も広くなったので、川から水をひく形に変えた。
水道橋の原理ってすばらしいね。
途中にろ過装置を踏まえて、一日掛けてゆっくりと水を溜めているので、天候の悪さによる水の濁りは影響しない。






ああ、彦。
どうした?
橘の木?植えるのは良いけど、お前それ、薬に使うのは建前で自分が食べたいだけだろ。
橘を生で食べるのが好きなんて、お前も変わった物が好きだよな。
ああ、でも。
そういえば、薬草水の他に果実水を作るのもいいな。
果汁だと傷みやすいし、べた付かなければ薬草水や花香水以外の風呂が増やせるかも。
柑橘なら香りもいいし、町近くに植えて風景を楽しむのも良いかもなあ。
一般人を近づかせないようにして巣箱を置いておけば花の蜜も取れるし。
手が掛からない種類だったら、農村で片手間で増やして貰って運び込めば良いかもな。
食べ放題の風呂にも入れ放題だ。

そういえば、柑橘系には脱毛の効果がなかったかな。
あとで薬事棟で研究してる子達に教えてやろう。
良いネタができたって喜ぶだろうし。

ああ、頼む。
話しておいてくれると助かるよ。
店主さん達には彦が代表ってことになってるし。



女の子達も喜ぶだろうな。
さすがに、現代みたいに全身脱毛とかを気にしてるわけじゃない。
だけど、それでも毛深くて気にする子もいるだろう。
足とかは年頃になれば出さないけど、腕とかは見えるしね。





あ、もし実が手に入ったら外に出た子にも送ってあげよう。
日によっては朝晩霧が出たりする、湿度の多い山間部と違って別の土地はそうもいかない。
喉が乾燥して風邪をひくなんてこともあるだろうし。
蜂蜜漬けにすれば長持ちするよな。

最近、就職先の女の人達と仲良くなって、すごく良くしてくれてるって手紙も来たし。
甘い物なら茶請けにでもすれば、女の人も喜ぶよな。
うちの子と仲良くしてくれて、感謝感謝である。

つやつやぷるんぷるんの玉兎の子を見て、彼女達も興味津々らしい。
定期的に届けて欲しいって言われて、彦と相談したのは最近である。
丁度派遣先の土地にも割りと広い幅の川があったので、ついでとばかりに滑車を取り付けさせて貰った。
さすがに、こっちみたいに大分融通が利くわけじゃないと思って運搬方法に悩んでたんだが。
なぜか、あちらもすんなり認めてくれた。
あとから手紙が来て、土地の実権を持ってる男連中の奥さんや娘さん、果てには母親まで出てきてごり押ししたらしい。
始めに読んだ時には笑ってしまった。

さすがに、女性の美への執念って言うのはすごい。
こちらの時代では老年に入るはずの年齢の、母親世代までとは。
やっぱり、お肌が気になるのか。
なにやら感慨深い。


しかし、こちらでは大分浸透したと思っていたんだが、土地が変わるとこうも違うんだね。
いっそ、荷物を送るついでに一般にも広めて、代わりに特産物なんかを手に入れるのも良いかも知れない。
取引は、互いに得る物がある方が良いしね。

断じて、流通規模を大きくすれば帰りの荷にまぎれて、簡単に里帰りしやすくなるよね、とかは思っていない。
ほら、色々流通を作ってしまえば、ついでに仕送りの荷物を送るのも楽になるし。
荷物を送るのが目的なんじゃなくて、「ついでに」荷物を送れるなら無駄遣いにならないし、いいよね。


しかし、今の所は地道に汲んで使っているみたいだけど、ポンプもどうにかしてやりたいんだよね。
昔ながらの方法で井戸水を汲むのって大変だ。

ポンプだけ送っても、途中で破損する恐れもあるし、井戸の深さや規模なんかで調整しないといけないから厳しいんだよな。
全部同じ形なら、あっちで職人を探して作って貰う事も可能なんだろうけど。
けど、実際は調整が必要な上に、素材がそれほど頑丈じゃないから使ってる最中も頻繁に調節したり、部品を変えてやらないと使い物にならない。

なんせ、素材がほとんど竹だからね。
取り付け直して戻すにも、サイフォンの原理だとか、真空だとかを理解してないと上手く動作しないし。
正直、玉兎寮の人間が手入れをしないと長期間の使用はできないのだ。
作るだけなら喜一君もできるけど。


ああ、今はそれは関係なかったんだ。
とにかく、水汲みを楽にしてやらないと風呂も大変だと思うし、早めに解決してやらなければ。
途中の河川に滑車を設置したりする都合もあることだし、ここは喜一君にお願いするしかないかな。
職人同士の取り決めとか、世の中のルールを一番良く知っているのは喜一君だったりする。
さすがに、世間知らずの乳母を除けば最年長であり、年の功なのか、彼はその辺の知識が豊富である。

喜一君にその辺の確認を取って、それから、ポンプについては細工の得意な子に行って貰おう。
出先の子供を増やすことになるけど、一時的な派遣だから大丈夫だよね。
遠くでお仕事がんばってる家族の為でもあるし、少し協力してあげて下さい。
ちょっとした旅行だと思えばいいよね。



落ち着いたらまた連絡します。











※調べ物をしてたらいつの間にか脱線して夢中になってたりすることってありますよね 汗
というか、資料が少ないのが悪いんだ・・・。



[10890] 早く隠居したい54 ~マヨネーズを目指・・・あれ?~
Name: 白兎◆98ec21ee ID:1b65f060
Date: 2009/08/25 00:20
やあやあ久しぶり。

あっちもこっちも考えることが多くて困るね、そう思わないかい。


毎日子供達のことを考えるのはすでに習慣なんだけど、最近は寮の子だけじゃなくて、出先の子のこともあるからね。

どこに行こうと、たとえ見た目の年齢は俺の方が年下なのだとしても、子供の心配をするのは親の義務であり特権だ。
心配をしているのであって、親離れされて寂しいわけではない。





送られてきた手紙を読んで、工作部隊として数人の子供達を送り出したのは少し前。
本来ならもう戻って来ても良いはずなのに、未だに子供達は帰ってこない。
そんなにあちらは楽しかったのだろうか。

時折送られてくる手紙では、なんか皆楽しそうだ。
風呂を作るなら、と、送り込んだ子供達が悪乗りしたらしく、なぜか今もあちらに残って玉兎の支店を作ってしまっている。
支店と言っても、仲良しの女性達の分を送ったのとは別に、周囲の商店に販売を任せているようだが。

なぜ支店と言ったのかと言うと、こちらの近くの町にもあるが、風呂屋を始めたらしい。
どちらかというとエステやスパに近く、仲良しの女性達の為に作った物の様ではあるが。

まあ、大掛かりに川から水を引き入れる建物でも建てない限りは、大衆用の風呂屋なんてできない。
蒸し風呂ならともかく、湯船に湯を張って、なおかつ清潔に保つにはある程度の人数の線引きをするしかないのだ。
それでも、現地の玉兎達やそのお友達が遊びに来て入る位なら大丈夫だろう。
それでも建築費用や薬草水等はただではないので、少ないながらも最低限の料金は取ってるのがいじましい。

本来なら友人間で金銭のやり取りなんかしたくないだろうに。
自分のことだけではなく、寮に残っている兄弟達の事も考えて行動してくれるとは。
やさしい子に育ってくれて嬉しい。


でも、得意分野が喜んで貰えて嬉しかったのはわかるけど、あんまり女の人にチヤホヤされてると、旦那さんが嫉妬するぞ。
分かってやっているのか、旦那さんも知っていて許容しているのかはわからないけど。

男性向けにも薬草水関連の物を勧めて貰うように手紙に書いておこう。
香料なんかに自分から興味を持たない男性でも、別に臭いのが好きなわけじゃない。
香を焚き込めた小物とかは、むしろ男性こそ使いこなさなければいけなかったりする。
身近な例で言うとラブレターとか。
相手を口説いてる時とか。
手紙を送る時とか、香を焚き染めるのとはまた違った香りだからいけると思うんだけどな。


まあ、冗談は置いておいて。
風流をかいすっていうのは、自分の有能さと裕福さ、知識の豊富さを証明するための手段の一つでもあるのだ。
昔も同じ事を言ったような記憶があるが。


旦那さん達とも仲良くなれれば、それが一番だろう。
夫婦揃って仲良く出来るのが理想である。
放っておかれて疎遠になったとか、恐ろしい。
夫婦喧嘩に巻き込まれても、犬も食わないのだ。

まあ、普通に清潔にしてるだけでも健康面での優位性があるしな。
下手な行動をして怒らせない限りはそのうち、こいつらは無害、程度には認識してくれるだろう。



しかし、うちの子達はいつ帰って来るんだろう。
どこでもやっていけるようには教えてるけど、身体はまだ成長期も終わっていないんだから心配だ。
いくらこの時代では元服してるって言っても、未だに20で成人の認識が抜けきらない。
というか、客分って言ったって、一応雇って貰ってるのに。
身内と一緒に雇い先の女性陣と遊んでるって、いいのかな。
まあ、常備薬とかだけ切らさなければいいのかな。


落ち着いたらまた連絡します。





※誤字編集しました。



[10890] 早く隠居したい55 ~マヨネーズを目指・・・あれ?~
Name: 白兎◆98ec21ee ID:1b65f060
Date: 2009/08/25 21:23
やあやあ久しぶり。

子供達から土産が届いたよ、羨ましいだろう。


就職した子はともかく、ポンプの取り付けに送り出したはずの子供達まで帰ってこなくて心配してた。
別に夜も眠れないってわけじゃないけど、気に掛けてたんだよ。

ところが、俺が心配していることを察したのか。
子供達から荷物が届いたのだ。
正直言って、かなり嬉しい。

現代と違ってこちらでは、そう簡単に物を運んだり旅行をしたりとかできないから。
他の地域からの物って結構珍しいんだよね。
生活必要物資って言うか、塩みたいに、生活するのに必要な物なら流通してるんだけど。
生活に無くても困らないものとかは、案外手に入らないんだよね。
量を運ぶには馬に積んでえっちらおっちら歩くか、船に積むしかないんだけど。
両方ともそんなに量が運べないから、やっぱり高いんだ。
自分で出した船で無い限り、間借りすることになるから、運ぶ費用も掛かるしね。


そんな中、なんで荷が届いたのかと言うと。
無事に派遣先の土地までの流通ルートが確保できたからだ。
今回のは、第一陣ってことだね。

この辺ではあまり生えていない薬草や花の種、玉兎寮の子供達や俺へのお土産なんかがぎっしりと詰まっている。
そしてその下には壷。
実はこれが俺への土産だったりする。




別に、特別な物だったってわけじゃない。
中身は、単なる油だ。

ずいぶん前になるが、マヨネーズの失敗作を作って以来、暇と材料を見つけては何度か作ってはいたのだ。
しかし、未だに成功した試しはない。
失敗作のマヨネーズも山椒や唐辛子を混ぜた上で魚の燻製に塗って、焼きながら重ね塗りしつつ、きちんと食べている。
それはそれで食べられないこともないんだが、いかんせん、その使い方だとマヨネーズである意味がないのだ。
正直、卵の旨みがあんまり生きていない。

配合を変えたりして試してみてもどうも上手くいった試しがないのだ。
ちなみに、たまたま多く作りすぎたマヨ魚が余ったせいで、熟成期間を置くと良いことも判明した。
それだけが得られた進歩である。


マヨ魚をほぐして混ぜ込んだ握り飯は寅の好物であるが、あんまり正直に喜ぶことが出来ない。
なぜなら、俺の心情的には、まぎれもなく失敗作だからだ。
食べ物を粗末にしない精神から、きちんと食べることにしてはいるものの。
マヨネーズが食べたい俺としては複雑な心境である。

何度か配合を変えて、さらに何度も味見を繰り返し。
これがなかなか上手くいかないのだ。
実は、この時代の油は臭い。
それは、庶民の使う魚油だけではなく、菜種油もそうなのだ。
精製技術が未発達なのか、それとも単に未熟なだけなのか。
独特の青臭さがあり、それが失敗に繋がっている。
現代で普通に使われている油は、匂いも不快な味もしないように高度に精製されている。
名前が同じでも、同じ味と匂いだとは限らなかったわけだ。
おかげで、できるだけ油臭さを抑えた配合で作っても、マヨ魚のように火で炙って食べない限り青臭さが鼻についてとても食べれない。
あれはあれで、油だけで料理の調味料として使えるくらいなのだ。
マヨネーズにすると味が立ち過ぎていて使えない。

他にもいくつか試してみてはしたのだけど。
やっぱりどれも癖が強くて、なんだか類似商品ばっかり作っている気分になってしまった。
精製後の菜種油も使ってはみたが、やはり現代の精製技術には適わないのか、少し鼻につく味になった。
えごま油辺りはもっとだめだ。
撹拌しているうちに臭いも少しは薄れる物なんだが、臭いがきつくて口に入れる気にもならなかった。
あれはだめだ。
さすがにあれは俺も捨てた。

他には猪に鹿に、変わった物だと馬に鯨。
どれもマヨネーズには向かない。
ちなみに、動物性の脂で作ったマヨネーズは魚には合わなかったので、炒め物に化けた。
一番美味しかったのは鶏の油で作った物だったが、さすがにそれは量産できない。
日持ちしないだろうし、普段から超え太る待遇にいるわけじゃないからそれほど油が取れない。


前回ではごま油を使ってみたが、それも予想通り。
さすがにごま油である。
主張が激しい。
あれはあれで美味しかったが、あくまで派生品だ。


今回、俺に送られてきたのは綿実油(わたあぶら)と言うらしい。
この辺ではまだほとんど流通してないが、もっと南。
それこそ、玉兎が支店を出した辺りでなら手に入るらしい。
子供達は、時折性懲りもなくマヨネーズに取り掛かっては、失敗して落ち込んでいる俺を見てこれを見つけてくれたらしい。
小さな気遣いが染み渡るよ。












もう何度目になるのか、油の味は極力抑えて、卵の味を引き出す最善の配合で材料をそろえて行く。
一つの器に入れれば、あとば油を混ぜ込んでいくだけだ。
ちなみに、手軽に混ぜられるように喜一君が歯車式の手回しミキサーの様な物を作ってくれた。
相変わらず細かい細工の得意なやつだ。
ちなみに、それが出来上がるまでは土岐と彦と喜一君、それから手の空いていた子供達が交代で混ぜてくれた。

ごめんよ、みんな。
貧弱でチビの俺を許してくれ。

いや、子供だから仕方ないんだが。



しかし。
食用としても使われると手紙に書いてあったが、とても美味しそうには見えないのだが。
今度は上手くいくだろうか。
実の色がそのまま付いてしまっているのか、赤黒く濁った油なのだ。
手紙を見る前は、酸化してしまったのか、それとも薬草と混ざって化学反応でも起こしてしまったのかと心配したほどである。

さて。
至って普通のマヨネーズの材料なのに、もともとの油のせいで熟しすぎた蜜柑みたいなマヨネーズができた。
今までみたいな類似品か、普通のマヨネーズかと聞かれると、見た目からしてすでに類似品である。

であるのだが。
それは元々の色なので仕方がない。
作り終わったマヨネーズを前に、ため息を一つ。
空の壷に移し変えて蓋をする。
果たして、味の方はどうなんだろうか。


落ち着いたらまた連絡します。



[10890] 早く隠居したい56 ~マヨネーズを目指・・・あれ?~
Name: 白兎◆98ec21ee ID:1b65f060
Date: 2009/08/25 21:25
やあやあ久しぶり。

マヨっぽい物ができたよ、羨ましがると良い。


結論から言うと、正確にはやっぱり「普通の」マヨネーズではなかったんだが。
やっぱり、この時代で癖や臭いのない油を手に入れるのは難しいかも知れない。
さすがに俺も、油の臭いの抜き方の知識なんてないし。
俺が知ってるのはちょっとした雑学と一般知識程度だよ。

もとが赤味の強い油だったし、見た目からしてかけ離れてるしね。
しかも、皮肉なことに、見た目が遠い物が味的には一番マシって言うんだから。
他の油で作った時みたいに、妙な青臭さとかエグみはないね。
ちょっとした風味はやっぱり付いてるけど、まあそれはそれで味わい深い。
見た目からしてかけ離れてるから諦めが付きやすいのかも知れないけど。





しかし、女性のネットワークってすごいね。
なぜか支店が出来てしまった地域の女性達、つまりは始めに呼ばれた子の派遣先の女性陣だけど。
彼女達から話を聞いたらしい、実家の女性陣からも声が掛かってるみたい。
けどさすがに、呼ばれてもないのにいきなり行って店を出す訳にもいかないしね。

彼女達にはちょっと我慢して貰うことになる。
支店に出入りしてる女性経由で手に入れて貰うか、支店かこちらの町に足を運んで貰うしかない。
呼ばれて行くならまだしも、いきなり出かけて行っても、土地の人間との兼ね合いとかあるし。
商売する範囲が狭いから、その分濃くて深い繋がりがあるんだよね。
ちょっと出かけて行って商売をって、農村から作物を売りに来る程度ならともかく、継続的に商売をするには地域の商人との繋ぎが必要らしい。

手順を踏まないと逆に妨害とかがあるって喜一君が言っていた。
礼儀知らずへの制裁は怖いね。
暗黙の了解で船便が使えなくなったりとか、地味な部分で塞き止められて立ち行かなくなるらしい。
仕事を引き受ける職人がいなくなったりとか。


そういえば、旦那さん達とも仲良くしておきなさいって手紙の効果か、きちんと夫婦円満に協力してるみたいだ。
うん、うっかり玉兎の子のせいで夫婦仲が悪くなったとかって思われたら嫌だからね。
周りに愛されることが日々楽しく生きる第一歩だよ。







だけど、ここに来てまた悩み事ができた。

好きな事をして自由に生きて欲しいっていうのは本心なんだけど、俺自身が個人的に大金持ちってわけじゃない。
増えた子供達の生活費を得る為に、収入となる商品を多く作らないといけない。
だから、玉兎寮の子供達にも負担を掛けちゃってるんだよね。
お金を稼いでるって言っても、子供達に手伝って貰いながら作ってるわけで。

もちろん、俺個人のお金じゃないし、収入は寮全体の生活費になってる。
だが、寮の資金に余裕ができるのは良いけど、同時に、作業を振り分けた子供達の自由時間が減ってしまっている。

主力の資金源になっている薬草水関連は、薬学知識が必要だから下手に外の職人に委託もできない。
蒸留する薬草の効能を調べたり、勉強にもなるからそれは良い。

高草履はそもそも外注形式である。
けど、養鶏や養蜂とかは、自分達で自足する分をのぞいて委託しようかと思っている。
蜂蜜は寮の子にも好きな子が多いし、卵も新鮮な物が手に入ったほうが良いしね。



鶏に関しては、町から少し離れた所で飼育して貰おうか、現在調整中だ。
あんまり遠くだと運び込むのに時間が掛かるし、農村とかに委託しちゃうと鶏達に野菜が襲われかねない。
鶏は結構なんでも食べるから、作物を荒らす可能性もあるし、獣に襲われる可能性もある。
鶏で得られる得より、損が上回っちゃったら駄目だよね。


だたし、臭いがあるからある程度は遠い場所じゃないといけないんだけど。
糞はそのまま肥料にしてから農村に送れば、周辺で取れる野菜も増えるし、栄養のある野菜が食べられるだろう。
町から出る生ごみとかを集めて、コンポストで分解してから分けるのである。
肥料として取引される物だから、農家と直接取引をした方が利益を増やしやすい。
けど、最近増えた町の人口とかを考えると、周囲の農村には豊作でいて貰わないと困るのだ。

なんせ、もとから住んでいる人だけじゃなくて、観光で来た人達の分も賄わなきゃいけないし。
肥料として売って利益を得ていた人には、周囲の同じ立場の人間と競争する代わりに、全員同じ金額で引き渡して貰えるように交渉中だ。
協力してくれた人には、優先的に卵が渡るようにするつもり。
まあ、そういう物が多く出る立場にいる人は大抵、玉兎関連の商売に関わっているから、わりと協力的なのが救いだ。
というより、回り回って自分達の利益になることなのである。
反対はそれほどされていない。
新しい町興しのネタになるし、滋養をつけるのに最適な卵が行き渡るってことは自分達も健康に過ごせるってことだしね。



どちらかというと、養蜂の方が悩み中である。

指されたりする危険があるから、場所を選ばないと、これまたうっかりと事件発生だ。
ミツバチだからって甘く見ていると、死人を出すことになる。
それに、蜂を大人しくさせたりする技術や、収穫後も蜜蝋を取り出したりする加工が必要である。
蜜の中に毒草の蜜を混ぜてしまう危険性もある。
ある程度隔離された場所が必要なのだ。

これに関しては、現在猟師さん達のツテを使って周囲の地形なんかを調べて貰っている。
山の中なら、うっかり巣箱のある所に一般人が紛れ込まないようにすれば、関係者以外が蜂を刺激することはない。
怖いのは熊だが。
熊怖い、熊。

怖いから、巣箱は小屋の中に設置して貰うことにする。
そのまま巣箱が晒してあるよりはマシだろう。
せっかく手塩に掛けて育てて、収穫は熊に取られるとか、嫌過ぎる。
理想は山間の、人の踏み込まない辺りに花畑を作れることなんだけれど。
種類を厳選できれば蜜に種類が作れるし。

果樹とかは、収穫の問題があるし、観光名物として町に置いた方が利益が出る。
巣箱もある程度までなら、場所を移動して、花の時期だけ置くことで解決できるし。

けど普通の花なら収穫の必要はないし。
山に住んでいる人達の方が、蜂の巣に接する機会も多いから扱いも慣れている。
小屋を作る場所と、ある程度開けた場所があれば、あとは蜂の世話をしつつ花の種を撒くだけである。
里まで距離がある所に暮らす人達は収入も乏しいし、ちょうど良いかなと思ったのだ。
場所毎に統一して貰えば花の種類も一定にできるし、ついでに現金収入の手段を作ってあげられる。
山に近いだけあって、虫や蜂の巣の扱いも町の人間よりも手馴れている。
取り出した蜜蝋は猟師さん達経由で寮まで運んで貰えば、そのままクリームとかに加工できるし。

そうしたら、子供達の負担も減るよね。
子供はもっと自由に遊ぶべきだよ。



落ち着いたらまた連絡します。






※マヨネーズの熟成期間について教えてくださった方、ありがとうございました!
しかし、油の精製の歴史とか、味とかって意外に資料が少ないですよね。
もし実際に食べたことあるよって人がいたら教えてください。
菜種油は精製法はあるみたいですが、自然任せみたいな精製法だったみたいなので多分味とかにはまだ影響が残っていたかと思ってこんな感じになりました。
綿実油はその名の通り、綿花の実から絞るそうです。
作者は食べたことないんですが、風味が上品で美味しいらしいです。
綿がまだ高価って描写をしてあったので、なかなか手に入れることができませんでした。
マヨネーズコールして下さった方々、ナイスタイミングです。



[10890] 番外 兎に恋した・・・
Name: 白兎◆98ec21ee ID:1b65f060
Date: 2009/08/25 21:29
「・・・っ!」

ビクッと身体を竦ませると、困った顔をして逃げ去っていく。

ああ、困った顔まで可愛いなんて、重症だ。

そうは思っても、それは不快でもなんでもなく、むしろ――。








「また逃げられたのか?来るもの拒まずだったお前が、良い様じゃないか。」

人の不幸は蜜の味、とばかりに、ニヤニヤと楽しそうに相好を崩した顔で話し掛けてくる。

いいさ、好きなだけ笑え、俺は今そんなこと気にもしないくらいあの子に夢中なんだ。

町の男集の中でも、特に人気のある俺だ。

女なんて選びたい放題だった。

放っておいてもあちらからやってくる。

けど、あの子だけは違った。

俺が声を掛けると、怯えた様に逃げ去ってしまう。

他の女と違う、そんな様子が逆に愛おしい。

いつかかならず、俺の女房にしてやる。

その一心で、あの子が町に来る度に待ち伏せて声を掛けているのだ。

今は逃げられていても、俺はあきらめるつもりはない。






















side兎

「また待ち伏せされてたの?あんたも可哀相に。」

まったくだ。

毎回毎回、本当に勘弁して欲しい。




私は大勢いる玉兎の人間の中でも、特に花香水の調合を得意としている。

様々な香りを混ぜて、新しい香りを作り出すのが私の仕事なのだ。

彦様や白兎様が使う花香水も調合したくらい、その才を認めて貰っている。


それをあの男、こともあろうに、自分の女房として家に入れだなんて。

ふざけているとしか思えない。

女だって、私は玉兎なのだ。

仕事を持つ矜持は男にも負けない。

それを知っている玉兎の人間は、私に同情気味である。

そして何より。

何よりあの男―――。





















「私の傍に近寄るな!臭いのよー!あの男っ!」

そう。

私が男を罵倒することもなく逃げるしかない原因は、私の利きすぎる鼻にある。

繊細な調合をこなす私の鼻には、個人差はあるものの、町の男の臭いは耐え難いのだ。

玉兎の人間は、ただでさえ普段から風呂に入るので匂いが薄い。

薬草水や花香水、風呂が広まったとはいえ、町の人間でも毎日風呂に入るまでには至らない。

特に、体質の問題なのか。

あの男は特に臭いが強い。

町の女の子達に言わせれば、男臭くて良いということらしいが。




ああ、この世界の男が全員、玉兎の兄様方みたいに良い匂いならいいのに!














※頂いた感想を読んでたら思いつきました。
一発ネタですが。
こんなことも・・・あるかなあ? 笑



[10890] 早く隠居したい57 ~マヨ・・・普通のマヨが良い・・~
Name: 白兎◆98ec21ee ID:1b65f060
Date: 2009/08/26 19:54
やあやあ久しぶり。

笑いすぎて腹がよじれた、助けてくれ。

いや、何がおかしかったって。
以前子供達に教えた脱毛剤なんだけど。

何をどうやったのか育毛剤ができた。

どうやら、効能を覚え間違ってたみたいだ。
柑橘類の白い部分は何かに効くってイメージが強かったんだけど、どうやら現代にいた頃流行ってた、脱毛ローションと混ざって覚えてたみたいだ。
笑い声が聞こえるから薬事棟に出向いたら、子供達が笑い転げてるし。
何事かと思ったよ。

効果を調べるためにパッチテストをしてたらしいんだけど。
肌の一部分だけ毛が濃くなってるのって結構シュールだ。
そういえば、皮は血行を良く効能とかがあったよなと思い出したのはその時。
保湿用に混ぜ込んだだろう蜂蜜にも、毛を保護する効果があったのがさらに痛い。
見事に腕の一部だけ四角くボーボーである。
一緒になって笑い転げた。

ごめん、子供達。
正直、激しく面白い。

散々笑って、改めて思い出してみると、そう言えば脱毛に使うのはパイナップルと豆乳ローションだったよ。
いやあ、悪いことをした。

でも勿体無いから、それはそれで使うことにしたよ。
商人や職人の人達の中にも、薄毛に悩んでる人達はいるし。
父上・・・は、必要なんだろうか。
いや、予防のためにも勧めた方が良いんだろうか。
あなたの髪が心配ですって言っているようなもんだし、結構悩むよ。




まあ、父上もまだ大丈夫だから、それはさておき。
綺麗な髪が美人の条件でもあるから、案外と良い物を作ったかも知れない。
女の子用には桃を中心とした甘い香り。
女性用にはもっと落ち着いた香りを。
男性用は、薬草水をベースにしたさっぱりした香りで、整髪剤として使うことにした。
作り方は他の薬の調合と大差ないし、収入は多くあれば役に立つしね。


花香水を多く作らないといけなくなるけど。
養蜂を任せた村の人達が、ついでに花びらも収穫してくれてるから量が増えても安心である。
こう考えると、量産体制に切り替えておいて良かった。
乾燥した花びらはそれほどかさ張らないので、蜜蝋と一緒に持って来て貰っている。
しかし、今更だけど、猟師さん達ってすごく健脚だよね。
俺には無理だ。
いや、俺がひ弱なのもあるけど。
仕方ない、生まれつきもあるし、実験や子育て位を中心に生活してると筋肉の付きようがないんだ。

ああ、そういえば豆乳ローションも研究してみたほうが良いんだろうか。
パイナップルはさすがに手に入らないしな。
派遣先の子供達も、女性と仲良くしてるんなら脱毛ローションは喜ばれるよな。
うん。
豆乳ローションは優先的に作ってみることにしよう。
しばらく、育毛剤チームはローション作成に掛かって貰うことにするか。
一部だけ増えてしまった毛の償いでもあったりしないでもない。


作り方さえ分かれば、薬草水だけ送ってやれば現地で調合できるよな。
出先の子供達には豆腐を多めに食べるように言ってあるし、仲良しの豆腐屋さんくらいいるだろう。
豆乳はできるだけ鮮度が良い方がいいしね。
保存できる期間って結構短かった気がするし、流通させられるのはこの付近一帯と派遣先に作った支店中心か。
まあ、育毛剤は偶然できた物だし、脱毛ローションは子供達と仲良くしてくれたお礼みたいな物だからそんなに流通しなくてもいいか。



落ち着いたらまた連絡します。








※詳しい作り方を白兎が覚えていなくても、玉兎で研究すれば意外とすんなり成功しそうだなと。
豆乳ローションの作り方自体は簡単なものだし。



[10890] 早く隠居したい58 ~マヨ・・・普通のマヨが良い・・~
Name: 白兎◆98ec21ee ID:1b65f060
Date: 2009/08/26 19:58
やあやあ久しぶり。

最近ちょっと忙しいよ、手を貸してくれ。

最近玉兎で作ってる商品の売れ行きがすごい。
しかもなんだか、脱毛より育毛のほうが人気だね。
女の人は、脱毛に興味を示すのかと思ってたけど違うみたいだ。
脱毛に対する意識がそれほどないっていうか、個人の趣味の範疇みたい。
まあ、無ければ無いほうが肌とかは綺麗に見えるから良いんだろうけど。
一生懸命脱毛に血道を上げるってことはないみたいだ。

そのわりに、反応がすごかったのが育毛剤。
この時代、髪は女の命だしね。
男の人も、髷を結う武士とか、客商売で身だしなみに気を使う商人とかが興味を示したらしい。
以前にも育毛剤が無かったわけじゃないんだけど、もともと玉兎の薬はよく効くって評判だったから。
そこに玉兎から育毛剤が出たって事で、人気が出たらしいよ。
まさかそんなに人気になるとは思ってなかった。

毎日使うものだから結構高くつくんだけどね、あれ。
効能が血行を良くして毛髪の成長を助けて、なおかつ、すでに生えてる髪は保護するって効果だから、毎日使わないと効果が出ない。
それほど高い物じゃないけど、毎日使うとなると結構値段もね。
毛根が死んじゃってる人には効果があるのかどうかも怪しいところだし。


評判を聞いたのか、あちこちから欲しいって声が上がってくるけど、さすがに近隣や支店分位しか回していられない。
他の地域に送ろうとすると、届くまでに変質しちゃって使い物にならないし。
まだまだ流通の壁は厚いよ。

申し訳ないけど、欲しい人は自分で買いに来てください。
支店ができたから期待しちゃうのかも知れないけど、あれは例外。
地元の商人の人に繋ぎを頼んで、他の土地と縁が深い人を探して貰う。
その人を介して別の土地の商人と繋いで、さらにその商人から、周りを取り仕切ってる人まで繋いで貰って、やっと商売を始めていいかお願いが出来る。
土地を借りたり、材料の入手経路だとか、その他はまだまだそれから。

普通に別の土地に出店するには、それだけ手間が掛かるんだよ。
この前の支店は、向こうの責任者である、武家が呼んでくれたから行った様なもんだし。
支店として店を構えられたのも、そこの女性陣の後押しがあったから。
だから、その人達にお礼として、一般より優先して薬草水とかを回してるんだ。
うちの子を可愛がってくれた人達には、それ相応のお礼をしないといけない。
きちんとお礼をすることも、親の責任です。





ああ、そういえば。
前にお願いしてた養鶏は、結構上手くいってる。
卵もきちんと産んでくれてるみたいだし、町への運び込みもできてるから今の所は成功って言っていいかな。
おまけで取り付けてあるミミズコンポストも評判が良い。
きちんと分解してから運んでるから臭いも少ないし、栄養も高いからね。
まだ収穫は出来てないみたいだけど、大きく育ってるみたいだし、この分だと収穫も増えそうだって。
周囲の農村って、言ってみれば、玉兎の子供達の故郷かも知れないんだよな。
もしかしたら、兄弟とかもいるかも知れない。
これまで、何度か送っていこうか、手紙を出すか聞いてみた事もあるんだ。
けど、子供達はうなずかない。
捨てられた傷がまだ残っているのかも。

幸いにして、俺は前世でも現世でも捨てられた経験はない。
だから子供達の気持ちも全部はわかってあげられない。
何を気にしているのかはわからないけど、もしかしたらいるかも知れない家族の暮らしが楽になるのなら、少しは安心して過ごしていられるよな。
俺にはわからない、確執があるのかもしれない。
忘れて過ごしたほうが幸せならそれも良いのかも知れないけどな。



落ち着いたらまた連絡します。















PS…ああ!なかなか帰ってこないと思ったらそんな所に。
どこにいても俺を助けようとしてくれるなんて、お父さん嬉しい。>感想掲示板の兎の子



[10890] 番外 家中
Name: 白兎◆98ec21ee ID:1b65f060
Date: 2009/08/26 22:01
男の主は、年々と落ちぶれていく家の主だった。

主がそうであるのだから、当然、男も落ちぶれていた。

主替えをするべきかも知れない。
そうは思っていても、鞍替えをした先で、今より扱いが下がらないとも限らない。
そう考えて、年を重ねると共に閑散としていくような町を、そこを束ねる主を見続けていた。

この主にもっと才覚があれば。
己がもっと栄えた家に仕える血筋に生まれていれば。

そう考えるも、家を盛り返す手段も無く、自分にもそれを助ける力量はなかった。




変化があったのは、主に子が出来て数年後。

抱えの職人を保護し、そこから上がりを取る形で家の財政を立て直した。
年々豊かになる家に、喜んだ。
主家が豊かになるということは、自分達の生活も豊かになるということだ。
以前は滅多に行うことの出来なかった宴は、今では頻繁に行われる。

周辺地域は栄え、家の財政も潤っている。
今まで見下していた家の者さえ、今では媚びへつらうほどの勢いだ。
さもあろう。
古くからあり、一時はかなり栄えた家柄である。
当然、そのうちに抱え込んだ血筋はかなりのもの。
血筋や格式はあったものの、周辺の町が寂れると共に財を失ってしまっていた。
だが、今ではその財も盛り返し、お家の格も高い。

最近では、城におわす殿の覚えもめでたいと聞く。
若君の婚礼の話がなかなか決まらぬのも、今となっては納得できる。
どの家と繋がりを持つか、決めかねておられるのだろう。
なんせ、今までは相手にもされなかった家の娘まで、婚礼のお相手にと名乗りを上げるのだ。
お家の栄えは著しく、今後もますます栄えるだろう。
いずれは、現在話の来ている家よりも格の高い姫君との話も来るはずだ。
まったく、喜ばしい限り。







あとは、二の若様さえしっかりしていてくれれば言うこともなかったのだが。

まだお家の再興のなされる前、二の若様が幼い頃。
病弱ゆえ離れに移られてしまった。
幼い時分のお姿しかお見かけしたことはないが、度々熱を出されていたご様子。
あれでは武家の子として身を立てることすらできまい。

幸いにして、長子である一の若君は健康そのもの。
跡継ぎの問題は無いにしても、あのご様子では、たとえ元服しても離れから出ることすらできないだろう。
何よりも体面と格式を重んじておられるお方様の子として生まれながら、一つとして勤めを果たすことも出来ぬとは、なんとも哀れ。

下手に幼少のお姿を覚えているからか、屋敷に古くから使える家人達は、二の若様に同情気味のようだ。
時折、思い出したように二の若様のことを尋ねて来ることがある。
幼い頃より離れで過ごしているのだ、同情しないわけではないが。

そのおかげで家中が落ち着いているというのもまた事実なのだ。
前妻であられる、お方様の姉君様のお子とお方様の子。
長子相続が世の常とはいえ、人の情はその通りにはいかぬ。
二の若様がご病弱だからこそ、いらぬ波風が起こらぬと言えぬこともない。

激しい気質のお方様のこと、もし二の若様がご健康であられたなら、ご自分の子を後継にと望まれたかも知れない。
まあ、それも今となっては要らぬ心配だが。

自らの期待に応えられぬ故か、お方様は二の若様にひどく冷たい。
離れにおられるといっても、隔離されているわけではないのだ。
母上であるお方様の訪れを阻むものなど無い。
それであるのに、お方様は二の若様に興味を示さぬのだ。

一の若君である寅若様の、あの元服の折、久しぶりに拝見することになった二の若様へのお方様の態度は厳しかった。
ほんの少しの粗相も許さぬとでも言うのか。
厳しい目で二の若様を見ておられた。

あれで朗らかに笑えば、ひどく人目を惹く御容姿であるのに。
嫁いで来られた頃から硬い印象ではあったが、ここまで頑なでは。
主様もやりにくかろうと思う。
後継も育っているということも、この場合は災いしてか。
ここ数年はお渡りもないという。

お家が力をつけたこともあり、ご側室を迎えるかも知れぬという噂も本当やも知れない。
あのひどく矜持の高いお方様が、それを受け入れられるのかが気になる所だ。






そう考えながら歩くうちに、最近多く嗅ぐ事になった香りがした。

香りの元は、同じく主の下に参上していた同僚。

お前もか。
そう言いたい。


この香りは、最近玉兎が売り出した育毛剤の香りだ。

正直、俺は玉兎が嫌いである。

あいつらが口を出すようになってから町はにぎやかになったし、薬はよく効く。
実際、育毛剤を使っている同僚の頭も、以前ほど寒々しくはなくなってきた気がする。
だが、それがどうした。

たかが親なし子、親にすら見捨てられたやつらの集まりだ。
そんなやつらが周囲をうろついていると思うと、不愉快で仕方がない。
以前町中で見かけた、玉兎の頭こそ、高価な着物を纏った商人の子である。
だが、それでもその大半は孤児である。

孤児は孤児らしく、町の片隅で大人しく縮こまっていればいいのだ。



そうは思うのだが、あいつらが有用なことは事実。
町の商人や職人連中とも懇意にしているから、下手に表立って排除することもできない厄介さだ。
あいつらが庇わなければ、早々に圧力を掛けてやるものを。

さすがに、商人連中にそっぽを向かれたら俺達武士でも立ち行かない。
まったく、不愉快なものだ。












※ちょっと先の展開で悩んでる部分があります。
詳しくは言えませんが、そこはしっかり書きたいので数日間充電期間にすることにします。
目標としていた毎日更新は破れちゃいましたけど、ちょうど体力的にもきつかったので 汗
現状の勢力やまとめなんかはあとで追加しておきます。
読む時や、今後の展開を予想する際の参考にでもどうぞ。



[10890] 番外 子兎
Name: 白兎◆98ec21ee ID:1b65f060
Date: 2009/08/28 05:29
君の名前は?



そう自分に尋ねたのは、同じ位の年齢の子供。
里の人間に名を聞かれたのは初めてだった。




白兎様。
彦様。


それが玉兎寮で上に立つ人の名前。
玉兎寮の中では、身に付けた能力によって割り振られる仕事の違いはあるけれど、区別するのはその二人だけ。

そう聞いた。





山から降りた自分を迎えたのは、力の弱そうな奴だった。


これから里に降りて、玉兎の一人になるように。
そう言い聞かされて村を出たのだ。
こんなのは聞いてない。
こんな奴、俺がちょっと押しただけで倒れてしまいそうじゃないか。







自分を襲った思わぬ理不尽に、仏頂面を隠せずにいても、白兎「様」は変わらず笑っていた。
彦様にはちょっと睨まれたけど。

俺より年かさで、体つきもしっかりした彦様だけなら、俺も素直に頭を下げられるのに。
なんでこんな細っこいやつに頭を下げなきゃいけないんだ。
それでも、何度も親に言い含められてきたのでそのまま帰るわけにもいかない。
腹を括って、形だけ頭を下げた。











俺に与えられたのは子供が数人で寝起きしている部屋。
年齢の低い子供や、寮に来て日の浅い子供が集められる。
大きくなったら他の部屋が貰えるらしい。
毎日、年かさの人間が代わる代わるやって来て、世話を焼いてくれる。
毎晩、寝物語を話してくれて、おまけによく眠れる香まで焚いてくれる。
笑えることに、寝物語の内容まで白兎様が出てくる。

周りの連中は、何が楽しいのか能天気に笑ってばっかりでわけがわからない。
ここにいるのは知識を学んで強くなるため。
もっとがんばって勉強しないでどうするんだ。


白兎様、白兎様。

周りの人間が口にするのはその名前ばかり。
彦様のほうが格好良いのに。
一番初めから寮にいる年かさの少年達に至っては、彦様のことを呼び捨てである。
それでも、彼らは白兎「様」だけは呼び捨てにしない。

あんな子供のどこがいいんだか。









ここに来てから、毎日風呂に入る。
お湯を張ったそれは、湯船というらしい。
良い匂いの水が入っていて、それに浸かるととても気持ち良い。
風呂から上がると、二階に集まって時間を潰す。
本当ならその時間も勉強したいのだが、髪を乾かさずに外に出ると風邪をひいてしまう。

その代わり、その間は彦様に話を聞かせて貰う。
他の子は白兎「様」のそばに集まって話を聞いてるけど、俺は早く一人前になりたいんだ。







彦様の話はとても面白い。
俺が彦様の話を聞いていると、代わる代わる人がやって来る。
皆、彦様と同じ位の年齢だ。
一番の古株の連中らしい。
みんな、白兎様は自分達の父親だと声を揃える。
なんでそんなに白兎「様」の話ばかりするんだろう。
確かに、その話は面白いものばかりだけど。







毎晩聞かされる、その話は面白い。
彦様や周りの人間は、驚くほど色々なことを知っている。
自分達の世話をしてくれる他の連中も、皆物知りだし、器用だ。
みんな白兎様が教えてくれたそうだ。
白兎様って、すごく物知りなのかも。

少しはすごい奴なのかも知れない。








周りの、同じ年の子供と良く話すようになった。
やっぱり、話題に出るのは白兎様。
この前は、見たことのない美味しい料理を作ってくれたらしい。
良いな、俺も食べてみたかった。
白兎様って料理もできるんだ。
ちょっとだけ、白兎様の言うことを聞いてもいいかもって思った。







最近は、あんまり勉強ばっかりしてても大きくなれないって白兎様が言うから、調合を手伝わせて貰う事にした。
蒸留ってすごい。
ただ沸かしたお湯の上に薬草を置いておくだけなのに、採れた水はきちんと薬草の効能がついてるんだ。
白兎様ってすごい。
なんでこんなこと思いついたんだろう。
そう思って彦様に聞いてみたら、直接聞きにいけって言われた。
聞いてみたいけど、正直、まだ照れ臭い。
俺、まだ白兎様に自分の名前も伝えてない。
俺のこと覚えててくれてるかな。







昼寝の時間に、白兎様に話し掛けてみた。

すっごく頑張って勇気を出しけど、白兎様はいつもみたいに笑ってくれてた。
それから、今までずっと気に掛かってた話をたくさん聞いた。
白兎様はすごい。
白兎様に掛かると、毎日、日が昇ってから日が沈んでも嬉しい事がいっぱいだ。

今まで、生きていくのに精一杯で、そんなこと気にする暇もなかった。
気が付いてみれば、毎日は幸せでいっぱいだ。

産んで貰ったこと。
生きてこれたこと。
勉強できること。
友達がいること。
ご飯が美味しいこと。
綺麗に晴れた日があること。
優しい雨が降ること。
それに気づけたこと。


その日は、嬉しくて。
眠る時間の寸前まで、年かさの人達の所にいた。
彦様と白兎様は屋敷に帰られてる。
快く入れて貰ったその部屋には、いつも自分達の部屋で寝る時にも使う香の匂いがした。
毎晩交代で寝かし付けてくれる人が持ってくるその香は、張り詰めていた気持ちがほぐれて、すごく気持ちよく眠れる。
そうして気持ちよくなった所で、白兎様の話を聞くのだ。
白兎様の言ってたこと。
毎日幸せに生きること。
いつも幸せは傍にあること。

いつものように眠くなってしまった所で、話を聞いてくれていた人の声がした。

「白兎様は俺達の父上だ。お前もそう思うだろう?」

そうだな、あんなに意地になって否定することなかったんだ。
あの、優しい優しい白兎様は、確かに俺達の父上だ。
白兎様が幸せなのが俺達の幸せ。











新しく引き取られて来た少年が口を尖らせる。

「なんであいつだけ特別なんだよ。年だって俺と少ししか変わらない。」

思わず、苦笑した。
以前の自分を見ているようだ。

「なんでそう、へらへらへらへらしてるんだよ。お前達も前は町で生活してたんだろう?」

不満そうな少年も、近いうちにここに慣れることになるだろう。
年若く見える白兎様に反発しても、その反動のように彦様に憧れる。
白兎様に馴染まない子供の反応は、大抵同じだ。
そして、その本人の彦様の口からは白兎様の褒め言葉しか出てこないのだから。







なぜ笑うのかと言われても、毎日が幸せだからとしか言い様がない。



おそらく、彼の眠る部屋にも香が焚かれるだろう。
玉兎寮ではあまり使われることのない香は、寮に馴染めない子供がいる時だけ使われる。
慣れない環境で生活する子供が、ゆっくりと眠れるように。
特別な調合のそれは、彦様と、古株の人間の中でも特に能力のある者しか作れない。
自分も覚えがあるあの匂いは、慣れぬ場所で尖る子供の心を溶かすだろう。











※休むって言ったのに何やってるんでしょう 汗
どうでもいい設定ですが、香の名前は玉兎香。



[10890] 外伝1
Name: 白兎◆98ec21ee ID:1b65f060
Date: 2009/09/06 01:11
報告を持ってきた部下の言葉に、興味を惹かれた。


「玉兎?」


良く効く薬を調合し、商人、職人衆と組んで町に入り込んでいるという。
ここ数年、急に名が売れ始めた町の活気の秘密。

付き合いのある商人を通して情報を集めてみれば、なんとまあ、孤児の集団の世話になって栄えたということらしい。
なんと言って良いものか。

呆れた物だ。

それでも、町が栄えたことは事実。
興味を惹かれるのは、彼奴等が扱うという薬の類に、商人と対等に振舞うその知識。

試しに、引き込んでみるのも一興かも知れない。








脳裏に巡るのは、先ほどの報告の内容。

玉兎という名の男を筆頭に、孤児が寄り集まった所から派生した薬師集団。
突然現れ、気が付いた時には町の商人や職人に取り入っていたと言う。
何か繋がりがあるのか、早くに接触した呉服屋と、共に関わった職人を中心に手を伸ばし、今では名を知らぬ者はおらぬ、と。

「玉兎、か。取り入り損ねた商人達は、さぞや歯噛みして手をこまねいているのであろうな。」

気付いた時には、銭を生み出す種に接触する機会を失っていたのだ。
取り入ろうにも、すでに別の人間と繋がっている。
商人共も馬鹿ではないから、手に入れた繋がりをみすみす手放すようなことはすまい。
かと言って、簡単に諦められるほどなら、初めから欲しはしない。


繋ぎを付けた商人には、始めて話を聞いた数年前、すでに玉兎に探りを入れるように命じてある。
だがそれが芳しくない。
本来、蛇の道は蛇、とばかりに、その道の協力者を使うのが一番早いのだが。

様子見を兼ねて傍観していたが、さすがにそろそろあれの影響力も馬鹿に出来なくなって来た。
商人から入る報告では、何度間者を送り込もうとしても弾かれると聞いている。
まったく、無能な奴等だ。
たかが商人、そこまで期待するのは無理があるのかも知れないが。

しかし、いくら待っても情報が入らないとなると、さすがにこれ以上様子見で済ませることもできない。
我が家もそろそろ手を打たねば、他の連中に追い落とされぬとも言えぬ。
くだんの、玉兎の関わる町から広まった波紋は、すでに我等武家衆の探り合いにまで影響を及ぼしているのだから。

あの町に根付く武家の者は、久しく繁栄から遠のいていた。
商人達ばかりに利益が回ることに指を銜えて見ているしかなかったお家の連中も、ここ数年は堪え切れなくなったのか動きが激しい。
聞き及ぶ所だけでもすでに数家、賢しらに商売に手を伸ばしては身を滅ぼしたという。
だが逆に、上手く力を付け始めた連中もいる。
山すその屋敷が良い例だ。
今は大人しくしているものの、家を盛り立てた手腕は認められ、周囲の注目を買っている。
本格的に動き出される前にこちらも力を付けねば。

探らせぬと言うのなら、引きずり出すまで。











「お前が、玉兎か。」

目の前に座る男は、随分と若い。
見ただけでは、これがかの町を繁栄させた玉兎の一人と気付く者はいないだろう。
何しろ、奴等が得意とするのは薬の扱いだ。

薬師、医者と呼ばれる連中はとかく、使い物になるまでに時間が掛かるものだ。
ここまで年が若いと、普通なら信用を得ることすらままならないだろう。
だが、玉兎の薬の効果は伝え聞くだけでも飛び抜けている。
よほど幼いころから仕込まれたのだろうか。

なんにしろ、たかが薬師が一人。
巣から引きずり出してしまえば、もはや抵抗すら出来まい。
見た目からして、優男が一人。

質として飼い殺しにしつつ、おおもとである玉兎を利用していけば良い。
商人連中の追及はかわせても、さすがに武士には敵うわけがない。
我等にはその特権とも言える、力ずくでも、と言う手段すらあるのだから。
それが、身分の差と言うものだ。
裏から手を回せなければ、正面から話を入れるだけで良い。
身分からして、やつらに拒む手はない。
どれだけ力を付けても問題はない。

精々、こちらの役に立って貰おう。



















「玉兎?」


宴に招かれた、年若い男から目が離せない。
どうやら、父に招かれた薬師であるようだが。
周囲の女達も同様である。

カサつくことも知らぬとでも言いたげな瑞々しい肌。
(女子である自分でさえ、思わず触ってみたいと思ったほどだ。)

さらさらと流れる髪は、動くたびに風に揺れる。
(油で髪を固めている父上達はもとより、日々手入れをしている自分達ですら、数日もすれば重たげにしとってしまうというのに。)

世の殿方の常と違い、その男が纏うのは清涼な花の香り。
(強い香りで誤魔化すでもなく、ただ、ほのかに香るのだ。)


目の前にいるのは今まで見た誰よりも、自分達女の理想を体現している男。
あの男と同じものを手に入れることが出来たなら、自分はどれほど美しくなれるだろう。


父に招かれたと言うのなら、自分が呼び出すのも問題ないだろう。
他の者ならまだしも、あの男は薬師だ。
であるなら、自分があの男と会うことは問題にならないはず。
そう思うと、居ても立ってもいられず、明日の朝一番であの男に使いを出すことに決めた。

そう考えたのは私だけではなかった様で、結局は最も高位である母上の所に皆で集まることになったのだけれど。






男が来てからの生活は夢のようだった。

今では、常のことと諦めていたことすら、何の問題もなく解決していく。
日々、男から手に入れた不思議な水で肌を手入れし、私の肌は見違えるほど美しくなった。
花の香りを纏わせ、不快な香りを誤魔化していた日常など、すでに記憶に遠くなっている。

時間の許す限り、毎日男の下へ出かけ、同じ玉兎の者だという者達に世話される。
玉兎の者は普段の生活に取り入れているという美容法を施して貰うのだ。
それは栄養だ節度だの、それぞれの釣り合いだの良くわからない物を把握して、日々微妙に変えられているらしい。
詳しく話を聞けば小難しく、頭が痛くなる様なこともあるが、それはそれ。
すでに身に付けている者がいるのだ、私達がするのはそういった者を重用するだけ。
武家の者に重んじられるということが下の者の栄達なのだから。


男が来てからしばらくして、遅れてやって来た者達にはできるだけ便宜を図ってやった。
その時には男は、母上すら含めて周囲の女達で取り合いのようになっていたからだ。
男の弟、妹分にあたるという彼らを放っておくはずがない。
誰よりも美しくあろうとするのは女の性。
そして自分を守る鎧。
栄達の手段。

政治の手段として嫁がされる身の上といえど、相手方に気に入られるかどうかだけでも待遇は変わる。
美しさが世間の噂になれば、現状の家の格では望めなかった相手との縁談すらありえる。
栄えた家に嫁げるということは、その後の己の身の安全のみならず、その恩恵をも受けることができるという事だ。
なればこそ、気に入られるように己を磨くのだ。

肌が瑞々しさを増すのを見つけるたび。
髪が艶めかしく翻るたび。
己が身から香る花の香に気付くたび。

先に煌めく未来に酔いしれる。

次の宴はいつだっただろうか。
他家の客人が訪れるのは。
次に私の姿が人目に触れるのは。

本来なら、身内でもない限り易々と人目に触れるなど、はしたない事だが今ばかりは心が躍る。
自分の噂はどこまで広まるだろうか。
美しくなった自分を娶りたいと思う殿方は、どれほどいるだろうか。

ああ、先が楽しみで仕方がない。

そうして、私は今日も兎の巣窟へ足を運ぶ。

そうだ、嫁ぎ先にも玉兎を連れて行こう。
もう玉兎なしの生活など考え付かない。



















「玉兎からの物?」

意外な所でその名を聞いた。
少し前に呼びつけた薬師の巣の名だ。
巣から引きずり出した以上、できることもあるまいと、今はまだ放っておいたのだが。

今はまだ、玉兎の情報が少ない。
身柄を得たのと、全容を知るのとは違うのだ。
こちらが知っているのは、上手く利用すれば金を生み出すこと、そして薬の効き目が良いこと。
あえて言えば、身内で固まり過ぎている為に内情を探るのが難しいという所か。
もう少し情報を集めてから引き出すつもりだったが、杞憂に終わったようだ。

敵わぬと悟った獣が身を差し出すように、大人しく自分達から協力し始めたか。
妻から差し出されたのは、玉兎から手に入れたという品々。
こちらから脅すなりしてからでないと動くまいと思っていただけに、存外すんなりと手に入ったそれらに気抜けした。

しかし考えてみれば、玉兎がなびくのは当然でもある。
今まで玉兎が商売の相手としていたのは、あくまでも商人。
奴等は商品を作る存在でしかなかったのだから。

よくよく考えてみなくても、商人に商品を入れるよりは武家の御用達になる方が良いに決まっている。
それで得られる社会的名声も、報酬も段違いだ。

大人しくこちらに従うのなら、使ってやらぬでもない。
試しに、差し出された品を使ってみるとするか。



















私の従姉妹に当たる姫に縁談の話が舞い込んで来たらしい。

先だって行われた宴の際に見初められたそうだ。
我が家の系列の娘達の評判は上がる一方だ。

それもそのはず、日々玉兎に作らせた湯に通い、美しさに磨きをかけている。
見た目の美しさはもちろん、同じく通って来ている娘達と日々情報交換をしたり、時には共に学んだりもしているのだ。
玉兎の人間の持ち合わせる教養が、思っていたよりずっと高い物だったのもうれしい誤算だ。
最近では、皆で湯場の二階に集まり、玉兎に手伝わせながら文を書くのが流行っている。
花の香りに包まれるのは心地が良いし、教養の師として選ばれた人間とは違い、玉兎は常に控えめに意見を言うだけだ。
自分をどこまでも立ててくれる相手は心地が良いし、的確な助言なので出来上がった文の質も良い。

何より、常日頃から心安くある為か。
私だけでなく、周囲の女達も落ち着きが増した様に思う。
自らの心に余裕があるからか、とても落ち着いて物事に当たれるのだ。
玉兎があくまでも外の人間だということも大きいかもしれない。
家に連なる者であったなら、それだけで身構えてしまい、ここまで気を休められることもなかっただろう。
家と切り離された場所であったからこそ、今こうして安らいでいられるのだろう。

彼ら自身も言っていた。
もし自分が家臣として仕えていたなら、今の様に大勢の女達と関わる事はできなかっただろうと。
確かに、一家臣であったなら、家の女達とこれほど交流を持つことなど有り得ない。
他の人間に邪推されるからだ。
どこぞの家の人間と繋ぎを持とうとしているのではないか、と。
権力争いは、お家の中でさえ起こりうるのだから。
あくまで、家の派閥からはじき出された形の客員、それも薬師であるから許されることだ。
他の女達も同じ意見の様である。

まったく、玉兎を家内に迎えることにならなくて良かった。

私はこれからも美しくなって、従姉妹姫よりももっと栄えた家に嫁ぐのだから。



















最近、我が家に舞い込んで来る婚姻の申し入れが段違いに多い。
泳がせる目的で好きにさせていた玉兎だが、思わぬ方向で役に立ったようだ。
家と家との格式や力だけで見た場合、明らかに今までは有り得なかった家からの申し込みも来ている。

武家の女は所詮政略の駒、顔も知らぬ男に嫁ぐのが常とはいえ。
囲う方の男から見れば、少しでも見目麗しい女を妻にと望むのは当然である。
荊妻の故事でもあるまいし、美しい者を手に入れようとするのは男の性だ。
ましてや、権勢を誇る家であるなら、それを誇示する意味も持ってくる。
すべての申し入れが正室に、という話ではないが、それでもこちらが繋ぎを作るには十分である。


まったく、思っていた以上の成果だ。
正直、ここまで役に立つとは思っていなかった。

他家とのやり取りに使う文も、玉兎の品を使い始めてから相手方の感触が良い。
香を焚き込めるのだから致し方ないとはいえ、あの"香"独特の癖がないのだ。
清涼な、透き通ったような香りだけがほのかに香る。
珍しさも目立つとはいえ、それそのものの香りもとても良い物だ。

最近では家中でもその香りを纏う者が増えている。
湯というものに通っている女達ほどではないが、薬草水・花香水を使う際、水に触れることが多いからか、男達の体臭も以前より格段に減っている。

先日我が家で行われた宴も、いっそ見事なものだった。
訪れる客、訪れる客、それぞれが我が家の者達と対面するたび動きを止める。
そしてしばし考える顔になったかと思うと顔を伏せるのだ。
己の存在を我等から隠してしまいたいという様に。



さもあらん。

自分たちに比べて、格段に不快な臭いのしないどころか、清涼な香りを漂わせる我等。
それに比べて、自らの纏う臭いは。


それに思い至った時、身の置きようもない羞恥が彼らを襲っただろう。

事実、それ以降に再び我が家を訪れる者達は、あらかじめ身を清めてからこちらを訪れるという。
それでも、花や緑の匂いを纏う自分達を眩しそうにみている。
いつ訪れても同じく、香りを纏わせる自分達が珍しいのだろう。
実際は、普段使っていた物を玉兎から仕入れた品に変えただけなのだが。

しかし、それだけで効果がある物なのだから喜ばしい。
手間がかかるでなく、他家への権勢にもなる。

これほどまでに有用であるなら、名実共に我が家のものにしてしまったほうが良いだろうか。
大半が孤児出身だとはいえ、あやつらほど役に立つのなら取り込んで、その技をそっくり別の者に教えさせれば良い。
少々不快だが、一時的にだと思えば我慢もできる。



















とうとう私にも縁談が来た。
今まで来なかったわけではなく、正確には父上のお認めになった格の縁談が、だが。

話を聞いてみれば、我が家からしてみれば本来適うはずもなかった様な御家。
しかも正室として迎えるという。

滅多にないほどの良縁である。

あちらとしても不足があってはならぬとのことで、後日、少数で再度顔合わせをとのことだ。
本来なら婚姻前に顔合わせなどはしないが、それも本来あちらとの差がはっきりとしているが為。
普通は宴で遠目に垣間見るか、数少ない遠出の際でなくてはそんな機会には恵まれない。
格に目をつぶってでも手に入れる価値がある娘かどうか、手を組むに値する家かどうか直に確かめたいのだろう。

目を掛けられれば御家の更なる栄華も約束されたような物。
その分、細心の注意を払って取り入らねばならない。

だが、私としてはなんの問題もない。
日々磨かれ続ける我が身に、周囲の女達や玉兎との交流で話題も豊富。
ましてや、ふとした瞬間に自覚した自らの臭いに顔を顰めることもない日々。
心安らかな状態でその日を迎えられるだろう。



そういえば、父上達が玉兎を家中に引き入れようという話をしていたと伯母上が仰っていた。

そんなこととんでもない。
玉兎が家に仕えたら、私達に掛ける時間が減ってしまうではないか。
家の繋がりなど考えずに過ごせる、この湯を無くすなど言語道断。
ましてや、これから私には将来の夫君との顔合わせがある。
父上達男衆に玉兎を独り占めされては、たまったものではない。
あとで母上達にもお話して、話を通しておいて貰わねば。



















「まだ諦めんか。」

報告を受けた内容に眉を顰める。
玉兎に我が家中に下るよう申し入れをしたのだが。
どういうわけか、女達がまとまって玉兎を匿っているというのだ。

娘達だけであるならまあ良い。
子供の癇癪と捉えて無理やり引き出すこともできたのだから。
問題は、その中に自分達の母や祖母、伯母等の者達まで入っているということだ。
いくら当主でも、それら全員で結託されては無理に意見を通すわけにはいかない。
無理か否かではなく、それを成してしまえば禍根が残る。
面倒なことだ。

すでに初めに報告を受けた時から玉兎には圧力を掛けている。
いくら女達の囲いの中に居るとはいえ、自分から出て来させれば問題はない。
直接手出しはできなくても、玉兎へと運ばれる荷を封鎖するくらいはできるのだ。
商売の元となる荷が届かなければいずれ巣から這い出て来る。
それまで待てば良いだけの事だ。


しかし、出来るだけ早く出てきて欲しいものだ。

知らず知らずのうちに慣れていたのか、ここ数日で久しぶりに嗅ぐ事になった自らの体臭にむかつきが起こる。
荷が玉兎に届かぬということは、玉兎の調合する品も自分達の所に届かない。
家中の者も同様なのか、皆少し苛立っている様に感じる。

人間、一度手に入れた生活は早々もとに戻せない。

何より自分が不快である。
さすがにそろそろ、無理にでも出て来て貰う必要があるようだ。



















「父上はまだ諦めぬのか。」

いつものように玉兎の元に集まりながら、同じく集まった女達と情報を交換する。
父上達が玉兎の荷を止めているから、ここに来ても普段のような待遇は得られない。

これだけは荷とは関係のない、湯に浸かるのが精々だ。
薬草水も花香水も入っていなければ、髪を洗う薬すらない。
入らぬよりはましだが、使わずに濡らせばかえって櫛が通らないので髪も洗えない。

以前を鑑みれば、肌がべたついたりしないだけましなのだが、ここ最近が快適過ぎた。
日に日に乾燥していく気がする肌に、しとってしまった髪。
髪の一房が重たげに視界に入るだけでも癪に触る。

人数が集まるほど臭いもまた増すのだが、それでも集まらずには居られない。
愚痴でも零して居らなければ、やっていられないほど苛立っているのだ。
おまけに一度薄い香りに慣れてしまっては、強い香を焚いて誤魔化すことすらできない。
すでに強過ぎる香りは、自分達にとって不快でしかない。

それに家に戻れば、原因を作っている父達がいる。
ただでさえ怒りが募るのに、その状態を作った張本人達と一緒に居られようものではない。
早く諦めてくれるのを待つばかりだ。



















玉兎が集っていたという、女達の立てこもり先でもある場所に力尽くで押し入らせた。

荷を止めても強情に動かなかったのか、女達の剣幕に押されて出て来れなかったのか。

それはどちらでも良かった。
要は、荷を止めるほどに表立って圧力を掛けたのに、これ以上玉兎が応じないというのは外聞が悪かったのだ。

客員といっても、我が家中に連なる者。
それが当主に背くなど、御家の恥だ。
女達を治められぬというのも、さらに外聞が悪い。
どちらにしても、そろそろ潮時だったのだ。

あとは、無理矢理にでも連れ帰って当家に召し込めば良い。
それですべてが解決する。

そうすれば自らが纏う臭いに顔を顰めることもなく、さらに言えば、学ばせたあとの人間に任せて、目障りな孤児上がりを放逐できる。
我が家は以前より遥かに格上の家と対峙する手段を持ち、より繁栄をすることができる。

良いことばかりである。



















父上達に命じられた男達が、無理矢理門を押し開けて入って来た時、私は皆と集まって父達への怒りをぶちまけている所だった。

出入り口となる門を力尽くで抉じ開けたその乱暴さに、怒りはなお増した。

玉兎をここまで後ろ盾し、町に湯を開くまでにしたのは私達だ。
父達は今まで放っておいて、自分達の気が向いたからと私達から玉兎を取り上げようとした。
玉兎が客員待遇だったからこそ、私達はこれほど表立って玉兎を贔屓出来たのだし、今の状態が崩されるのはお断りである。

だからこそ、父上達の意向に逆らい、困った様に微笑む玉兎達を尻目に強行を取ったのだ。

不愉快極まりない。
不愉快極まりないが、ここまで力尽くで来るとは、もうこちらの言い分を聞く気もないことはわかる。

せめて、家中に引き入れたのちも、玉兎の薬を優先的に回して貰う位の我侭は許されるはずだ。
なんと言っても、私は周囲の娘達の誰よりも、御家の為になる縁談を戴いているのだから。
あとに構える顔見せ、それに引き続いて、嫁いだ後も薬を送って貰えるように話を付けなければ。

自分に許された当然の権利として、私は父上にそれを言うことが許されるだろう。
ここ数日で溜まりに溜まった鬱憤をも巻き込んで、私は父上の元へ向かった。



父上と取り付けた約束事はこうだ。

顔見せから引き続き、嫁ぐまでは特別に玉兎を優先的に使うことができる。

町に玉兎が作った湯は、数人の共を連れなければならないが、好きに使うことが出来る。

そして玉兎の薬は誰よりも優先的に私に渡される。
もちろんそれは、嫁いだ先であっても同じことだ。
私はお家の繁栄を担っているのだから。


少なくとも私にとっては、最大限の条件を許されたのではないか。
父上としても、此度の縁談、ひいては顔見せの重要性は重んじているようだ。

私としては、玉兎を今まで通り使うことができるだけで満足だ。
これなら、他の女達には悪いが、意地を張ってあんなに意固地になるのではなかった。

そう考えながら、久しぶりに玉兎の元を訪れた。















だが、そこに私を出迎える男の姿はなかった。



ありえぬ。

あれが存在しないとはありえぬ。

あれがいなければ、あの生活が取り戻せない。

あまりの衝撃に目の前が眩む。

玉兎が居なければ、私は美しくなれない。

すでに、肌はかさつき始めている。

髪は、自らの脂で湿り。

纏うは汗の臭い、脂の臭い。

体に、汗が、脂が、汚れが積み重なっていくよう。

まとわり付くすべてが汚れて感じられて、自らの肌が、髪が厭わしい。

私は一族でもっとも美しい娘として嫁ぐはずだ。

だのに、なぜ玉兎はいないのか。











いらいらする。

何もかもが気に障り、周りの全てに当り散らしてやりたい気分だ。

あれから結局玉兎を連れ戻すこともできず、以前の支度で顔見せをせざるを得なかったのだ。

ここの所の生活で鋭敏になった嗅覚は、わずかな臭いでも敏感に感じ取り、私を苛立たせる。
湯にも入れぬ生活のおかげで、着物と擦れる肌でさえぺったりと汚れを振りまいている気がする。

ああ、今、布のうちで擦れた部位はきっと汚れが布に移ったのだ。
目を閉じていてもわかる。
体の表面に薄く膜を張るように汚れが付いているのだ。

重たげに纏まった髪は、風をはらんで揺れることもしない。
触れれば、ベタベタと不快な感触を残して束になるだけだ。
無理矢理に洗ったこともあるから、きっと傷んでいるのだろう、手触りも悪いものになっている。

自らから立ち上る不快な臭いに、きつく焚き染めた香。
どちらも顔を顰めるのには十分で、それも私の機嫌の悪さを加速させていた。

本来なら、あの宴の日の玉兎のように、涼やかな姿でこの場に座っていたはずなのだ。
なのに、現状はこれだ。

あまりの不愉快さで眩暈がしそうだ。
現状への苛立ち、不快な臭い、それに加えてただでさえ緊張を強いられる顔見せの席。
余裕がないことを自覚できないほどに、それほどまでに余裕がなくなっている。


やわらかな香りに包まれて、心穏やかに過ごせていた頃が夢幻のようだ。

自分を取り巻くすべてに対して、叫びだしてしまいそう!

私にこれ以上は耐えられない!



















あの日、無理矢理に門を開け、玉兎の居る場所へ押し入った時。

玉兎達は、困ったような、悲しげな顔で微笑んでいた。

やはり女達に無理矢理示唆されて、ここに立て篭もっていたのだろう。
そう思った。

女達を家に戻し、玉兎から初めに遣わされた男と、ついでにその後到着したという弟・妹弟子達も一緒に、客分としてではなく家中に取り入れると伝えた。
その時も、玉兎達は微笑んでいたのだ。

その後、とりあえず玉兎達はその場に残し、女達を連れ帰った。
連日、娘に散々わめかれ、なんとまあ取り入ったものよとあきれ返ってもいたのだが。

大人しく微笑んでいた玉兎の姿があったからか、油断した。

その知識を継がせるべきものは、と思考をめぐらせ、悩んでいた数日後。
玉兎の元を訪れた娘から、その不在が知らされた。

あんなことのあった後である。
形ばかりではあるが、建物の周囲には見張りを置いていた。
内部に居たはずの玉兎の姿は忽然と消えうせ、その痕跡は町から消えていた。
すぐに探させたが、とうとう今まで見つからなかった。

古巣である玉兎にも使いを出したが、知らぬ存ぜぬ。

兎共の巣には、やつらを迎え入れた後に、客として迎えると正式に通達を出してある。
こちらは一度おおやけに認めた待遇を、力尽くで翻した身だ。
なぜ姿が消えたのかと逆に問われれば、それ以上問うこともできない。
それ以上の詮索は、御家の体面に傷を付けることになる。
そのようなことはできない。
口を噤むしかないのだ。

建物の中を探しても、手掛かり一つ得られず。
玉兎が遣っていた道具はすべからく持ち去られ、あるいは壊され。
何一つ手に入れることができなかった。


結局、逃げ出した玉兎達は見つからず、娘の顔合わせの日程を迎えてしまった。
自らの臭いに気分を悪くし、お前の責だとでも言いたげに睨んできた娘にはため息を付きたくなった。




それがケチの付き始め。

あの香りがなくなって、自分の体の汚れを強く意識するようになった頃、家中の人間も同じ様に余裕を無くしていった。
あれだけ余裕のない状態で行った娘の見合いも失敗し、それも影を落としている。
何しろ、話だけで途絶えたのではなく、「実物を見て」断られたのだ。
あれでは、他の良縁も望めまい。

家内の余裕のなさは、特に女達に強く現れ、そんな彼女達に接する男達も磨り減る。
悪循環がさらに悪循環を呼び、すでに玉兎という綱を切られた家は転がるように坂を下って行った。


まるで悪夢のようだ。
我が家に入り込んで、女達を誘惑し、甘い夢を見せたと思ったら一転して地獄を見せる。
あれに手を出した私が悪かったとでも言うのだろうか。

家中、体中から毒が吹き出して、息も出来ない。











                                                 ――――外伝・うちに巣食いたるは蛇――――













※お久しぶりの更新です。
気が付くと小説の内容を考えてしまっていたりで、中々気分転換ができなかった上に、思っていたより筆が乗らなくて、以前に比べれば随分間が空いてしまいました。
出現期間から見ると、夏休みの最終日に余裕が無くなった学生のようで、気が付いて笑いました。
学生だった日々は遠くに霞んでいるはず。 笑
できるだけ早く書き終えたいとは思っているのですが、その日のノリに任せるしかないので。

この記事を投稿した後、Q&Aの方に玉兎香のくだりの説明を追加しておくので裏設定を知りたい方はご一読下さい。

ではでは、これからもがんばります。



[10890] 番外 古巣
Name: 白兎◆98ec21ee ID:1b65f060
Date: 2009/10/09 12:43
あそこに行けば飯が食えるから。



そう言われて。


そして私は捨てられた。



兄弟は多かった。
それは子供でさえ労働力として数えられる農村ではどこの家も同じ。
そして貧しいわりに家族が多いせいで皆が皆、貧しい生活をしていることも。



これまでも幾度かあった。
前日までは確かに居たはずの子供達、老人達が。

いつのまにやら姿を消しているのだ。

誰に聞いた話ではない。

それを見たわけでもない。

けれど。

漠然と悟っていた。

彼らは捨てられたのだと。


それが今度は自分の番になっただけ。




村から一番近い町で、時折聞くようになった名前。
峠をいくつか越えた町で、孤児達が集まって生活しているらしい。
どこで聞いてきたのか、両親が言うにはそこに行けば世話をしてくれると言う。

はっきり言われなくてもわかる。

私のことが邪魔になったのだ。

豊かと言うわけでもない畑を耕すだけでは、もう生活をすることができないのだろう。
だから私の番になった。
そういうことだ。

不思議と怒りはわかない。

子供でも、大人と変わりなく働いていたからわかる。
限界だったのだ。

誰かの分を減らさなければ、今年の冬は越せない。

逆に言えば、誰かが減れば、残りの家族は冬を越せるかもしれない。






怒りはなかった。

ただ、悲しいと。

寂しいと。

そう思いはしても、それでも私が村を出ることは決まっているのだ。




もう私はここに居られない。
幼いといってもそれはわかる。

けれど。

最後と思ってか、背を撫でる父の手のひらに。
せめて、となけなしの食料を持たせてくれる母の耐えるような顔に。

泣くことはしまいと思った。
泣けば、両親を悲しませる。

そして、泣いてどうなるものでもないのだ。





時折、町まで行商に出ることもある。
両親から聞かされずとも、村で聞いたことがなくとも、耳に入る話はあるのだ。

口減らし。

子捨て。

そして女衒。


直接両親に手を掛けられるよりも、山の中で衰弱を待つだけよりも、女郎として売られるよりも。

たとえ男であろうとも、奉公に出られる人数は限られる。

私の境遇はいくらかましだったのだろう。

たとえ、その目指す先が、噂でしか聞いたことのない、信憑性に欠ける話でしかなくても。





玉兎という集団が本当にいるのかわからない。
けど、私の向かう先はそこしかないのだ。





私の背をじっと見る両親に見送られ、生まれた村を後にした。

父も、母も、そして兄弟たちも、決して家から出て見送りはしなかった。

じっと、耐えるように別れを迎えた。

家と外の境目。

そこが何かの境界だとでも言うように。











生まれ育った村をあとにし、峠を越えて。

普段行商で訪れる町をも越えて。


今まで来たこともないほど離れた山中に立った。


今まで見たことのない景色。

知り合いの居るはずもない土地。




誰もいない峠で、声もなく、私は泣いた。





悲しい、悲しい、悲しい。

そして寂しい。

貧しい村に、たくさんの兄弟と共に生まれてしまったのがいけなかったのか。

あと一つ先に、それともあと一つ後に生まれてきていたら、そうしたら家に居られたのだろうか。

考えても詮無いこと。
そう考えても、悲しみも、虚しさも変わりはしない。

泣いて、泣いて泣き続けて。

体力の限界まで泣き続けた。


それが、私が両親の子だった最後の時。


最後の一滴まで泣き尽した私は、玉兎が居るという町を目指して歩いた。








本当は、玉兎があってもなくても関係なかった。
ただ、両親との最後の約束に従って足を進めていただけだったのだ。

結果として、食料も尽き、飢え死に寸前の体でたどり着いた町で拾われ、私も玉兎の一員となっただけだ。

あの頃とはまったく違う、新しい家族とも言える仲間達と過ごす日々。

ここが、ここだけが、私の存在していい最後の場所なのだ。

両親や兄弟達と田畑を耕していた私はもういない。

居るのは、玉兎として生活する私。



白兎様は言う。

周辺の農村と取引をするようになったから、と。

けど、違うんです。

遠慮なんかしていない。
憎んでもいない。
寂しいのとも違うんです。

あそこは、ただただ悲しい思い出のある場所。

両親と、兄弟達と、幸せに生きる未来を作れなかった場所。

後悔してるわけじゃない。
だって、自分にはどうしようもないことだった。
両親にも、村の誰にもどうしようもなかったことなんです。

あの峠を越えた時、私は「両親の子」じゃなくなった。
凄く悲しかったけど、泣いて泣いて、それでも受け入れたことなんです。

今の私の家はここ。

白兎様と、彦様と。
玉兎の兄様方に優しい姉様方。

たくさん居る兄弟達が私の家族。



だから、良いんです、白兎様。

私のお家はここ。














※どうにか立ち直りました。 汗
気が付いたら病名が明かされてる! 笑
正直、すっごく痛かったです。七転八倒って言うのはこういうことを言うんだな、と。
胃液が蛍光イエローだなんてこと、思い出したくなかったです。
繰り返すモノなので、時たま鈍痛はありますが、日常生活には戻れそうです。
ご心配お掛けしました。

執筆が遅れていたのはもう一つ、秋花粉症の影響もあるんですが、更新が一気に遅れてしまったのはすみませんでした。
この話のプロットは結構前から最後まで出来上がっているんで、あとはお話を書くだけなんですが、勢いが抜けてしまって・・・。
以前の更新速度は出せないと思いますが、出来上がり次第更新させていただきます。
本編のノリを取り戻すのがキーポイントですね・・・。
番外の方が書きやすいのは相変わらずなんで、リハビリ代わりに以前ちらっと触れた「周囲の農村出身の、里帰りしたがらない不思議な態度の子供達」を書いてみました。
ちょっと文章のノリが変わってる気がするんで、あとで修正をするかも知れません。

あと、Q&Aの玉兎香の説明で説明し忘れたことがあったので少し追加しておきます。



[10890] 無題
Name: 白兎◆98ec21ee ID:1b65f060
Date: 2009/10/14 17:10
本文を読む前の、注意書きです。

今回の物は、本来なら書く予定になかった話です。
正直に言えば、自分が気持ちの整理をしたかったが為の物。
そんな物ならここに並べるな、と言われても仕方ありませんが、自分でもなんでこの形にしたのかよくわかりません。
言ってる事もやってる事も支離滅裂ですね、すみません。
ご心配をかける前に自己申告しておくと、しばらく「しろう視点」は書けないかも知れません。
復活した矢先に、情けないですが。


見苦しければ、この前書きは削除するんで、申告して下さい。

本文のタイトルはあえて無題にしていますが、名前を付けるとすれば「彼女」とかでしょうか。

前書きを読んで、それでもよろしければ、短い話ですが下にスクロールして下さい。






























一瞬、何かを想った。

確かに何かがあったはずなのに、それが何だったのか。

不思議な心の動きが気になって、動きを止めた。

改めて考えてみて悟った。

ああ、自分は――――。













家同士の決まり事で娶った妻とはいえ、それなりに大切にしていたと思う。
穏やかな性質の彼女と共に過ごす時間を、おそらく自分は気に入っていたのだと思う。
お家の繋がりの為、確かにそれが理由で繋がれた仲だった。

激しく欲し合う、そんな理由で夫婦になることなど自分達には縁のないこと。
ましてや、己は家を背負い立たなければならない立場に居たのだから。
何よりも優先しなければいけないのは、己の立場をわきまえ、相応しい振る舞いをすること。

それを考えれば、彼女はよく出来た妻だった。
夫を立て、控えめにありながら、自分の責を忘れることもない。



その態度に、満足していた。

幼い頃より当主となるべく育てられ、自らもそうあるべきと納得していた。

押し流される様な激しい感情は持ち合わせていなかった。
ただ、静かに、滔々と流れる様な、穏やかな時間だった。


けれど、その笑顔を見ることはもうない。
















昨日まで当然だったことが今日は違う。

その差異に戸惑ったのだろう。

自分の意識の範疇外。

無意識のうちに、今までの当然を期待し、現実に裏切られ。

そうして感じた虚ろが、「何か」の正体だったのだ。

もう元には戻らない。

頭で理解していても、無意識のうちに以前の日常を当然と感じてしまい、差異を感じる。






今日は寒い。

彼女の為に、敷物を。


そこまで考えて、驚きと失望と、虚しさと戸惑いと。

あるはずのものがない。

奥底で澱んでいる様な、暴れているような、「何か」。

まだ慣れることのできていない自分に対する驚愕。







また、何かを感じる。


ふとした拍子に、彼女の名前を呼ぼうとしていた。

無意識に、彼女の姿を探していた。



自分の中の記憶がせめぎ合い、その度に現実がぶれる感覚を覚える。

悲しくはない。

事実、もう涙は出ないのだ。

泣き喚くことも、呆然とへたり込むこともない。


けれど。

けれど、どこか。

どこか、胸の奥が重苦しい。










[10890] 白兎の行動に関してQ&A 最終更新10/9
Name: 白兎◆98ec21ee ID:1b65f060
Date: 2009/10/09 12:47
えーと。
Q&Aの前書きが誤字を編集した時に消えちゃいました。
まあいいか、と放って置いたんですが、誤解されている所もあるみたいなので書き直します。

一応ここに書いてあるのは、しろうさぎの中でのつじつま合わせでしかありません。
小説内に書き込んでないけど、こういう事情があったんだよって感じです。
別名裏設定とも言います。
それが正しいのかはさておき、細かい事情を把握したい人はこちらを参考にして下さいってスタンスです。

もともと、しろうさぎは文章を推古しまくって、「この語感が美しい・・・」とか言って悦に浸る種類の人間です。
なので、日々の気分転換にする為に小説を書こうと思った際、執筆速度を一番の基準に据えて考えた結果が現在の形式での更新となっています。
描写が少なくてわかりずらいって点は、わざとぼかしている場合と単純な力不足もあります。
小説としてこれだけ形にするのは初めてなので、その辺は成長を待ってくださると嬉しいです。



あくまで補足としておいてあるだけなので、史実としてそれが正しいかとかは、正直自信がありません。
しろうさぎの、時代設定とかその辺に対するスタンスはこんな→『インジャネ?(´ω`)』感じなので、ヌルヌル、ユルユル通り越して、ニュルニュルです。
それでも良いって人は下へどうぞ。

上から、ストーリー順にネタバレになっているので、まだ読んでない辺りは読まないようにお気を付け下さい。


Q.竹?笹?どれを使ってるのかはっきりして。
A.どれでもいいんです。布団にできるほどの柔軟性を持った細さのものなら。
正直、特別区別してません。
若い竹とかも使っちゃうんじゃないでしょうか。笹も。
1~3m位の、細くて背の低い竹は篠竹という種類だと教えて戴きました。
一番刈っても問題なさそうだなと思ってたのはそれです。

Q.しろうの実年齢が小さすぎるんじゃ?作業するほど大きくないよ。
A.一連の作業は、しろうが全部自分でやってるわけじゃありません。
土岐に力仕事はやって貰ってましたし、喜一君が来てからは細工関係は全部喜一君です。
しろうは口だけだったりします。
特別、年齢に関わりのあるイベントとかもしばらくはないので、気になる人はもう少し大きめで脳内補間してもOKです。
ただ、拾った子供達の学習時間が欲しかっただけですので。

Q.文字を覚えるのが早すぎない?
A.ひらがなカタカナ位はどうにかなってますが、漢字はまだ崩せないんじゃないでしょうか?
どうやって崩そうか唸ってる辺りで、書けないと誤解した周囲が手本を書いてくれたりとか。
ちなみに「寅が文字の読み書きを会得した」とは書いていません。
「習得が寅より遅い」との描写はありますが。

Q.母上、虐待です。
A.それほど強くどついてる訳じゃないので大丈夫です(笑)
ご心配ありがとうございます。
小突く、と言っても、力の入れ加減は指でちょんちょん突くのと大差ありません。
ただ、繰り返し毎回同じ場所を擦られるのので、しろうが頭皮の心配をしてるだけです。

Q.主人公達の髪型は?
A.読む人の自由です。特別に指定して書いているわけじゃありません。
まだ日本統一されていないと思っているので、当然地域毎の特色も大きいはず。
なので、公家風の文化の強い場所だったり、武家風だったり色々だと思っています。
そして、天下の宝刀「しろうは表に出ていないのだし、好きな髪形を通している」
でも大丈夫です。お好きな髪形を想像してお読み下さい。

Q.毎日髪洗うの?結い直すの大変じゃない?
A.洗わなくても、お洒落に気を使う人は毎日結い直す人もいたそうですし。
少しの不便は我慢です。そして、時代とお土地柄的に、きちんとふだんから月代を沿っているのかはなぞです。その辺りは読者様の思いの通りに。普段からきっちり月代がぴかぴかでも、普段は公家風でもお土地柄です。

Q.白米食べてるの?
A.この時代だと、玄米や麦飯、雑穀の方が主流なんじゃないでしょうか?
しろうは栄養を重視で献立改善してるので、白米ばっかりってこともないでしょう。
子供達や離れの人員は、全員しろうと同じ物を食べているはずですし、お金も厳しくなります。
日ごとに、麦飯だったり玄米だったり、稗や粟の混ざっている時もあるでしょう。
たまに白米だったりとサイクルで食べているんではないかと。

Q.卵の鮮度や菌の心配は?
A.流通の狭さで逆に問題にならないかと。薬師が多いので大事には至らないでしょうし。
そして、有精卵なら気にしなくても大丈夫だとのツッコミを食らいました。
作者、盲点です。
生まれたり育っちゃう前に加工しちゃえばいいんですね。
それに江戸時代には卵売りって商売もあったくらいですし、作者はそんなに気にしてません。


Q.家臣出てきてないけど?どうなってんの?
A.白兎が意識してないだけです。遭遇する機会がおそらく少なかったことと、普段からきっちりわかる格好をしているかわからないので。会っていても、家人と区別が付いていないかも知れません。

Q.船着場跡に家?沈むよ?
A.船着場と、加工を目的として建てられた建物という描写があります。
もちろん、そちらは沈んでは困るので沈まない場所に建っていると思われます。
そこが沈むほどの洪水になるなら、周囲一体、町まで水没でしょう。

Q.後妻が当主の子を?そんなの許されるはずはない!
A.三人しかいない場所での出来事ですし、いいんじゃないですか?
兄の呼び捨てという理由も明確ですし。
後妻は後妻でも、正室です。
姉が死んだせいで後妻ですが、妻の実家との関係も考えると実家に戻すだとか、アドバンテージだとかは厳しそうです。
なんせ、先妻が死んで間も空けずに娶らなければいけなかったほど繋がりを持ちたかった家ですし。

Q.新築の家ってそんなに簡単に建たないよ!
A.ある意味、新築じゃありません。
もともと建物が建ってた場所ですし、基盤なんかは流用できる所はそのまま使ったはずです。
さらに、全盛期から衰退した町が近くにありますから、取り壊した家なんかから出た廃材も使ってあると思います。昔の家って一定の規格で作ってあって、大きさが同じだから組み替えても家を建てられるという話です。だから見た目は長屋に近いんです。
材料として使える物ですし、在庫を保存してあったのではないでしょうか?
取り壊した家が多く出た以上、その地域での材料の価値は安くなってるはずです。
お風呂を振舞うって話がでましたが、この時代の職人って仕事先で風呂は入らないと思います。
町に一つくらいは大衆用の蒸し風呂屋があったという話も聞きますし、町に帰ってそっちで入っているのでは?
日が暮れるまでに帰れない人を泊める用意とかは、しろうが歩いて往復できる距離でしかありません。健脚な昔の人ならまったく問題はないでしょう。
諸所の問題も、「あくまで、以前建物が建っていた場所」を流用して作っていますから、それほど心配することもありません。細かい心配は、昔の人がしてくれました。
職人さんの井戸端会議?は、気にすることないんじゃないですかね。
呉服屋と同じで、狭い地域のお仕事ですから、兼業でやってるはず。当然、いつも話をしてた職人さんもいるわけですから、当然窓口は彼になるはずです。まわりの人間は、彦の方に注目しているので何かあっても、彦の話に結び付けられるだけです。
人間は、自分の見たいものだけを見て、見えるものだけを信じるというお話です。
ちなみに、ポンプは喜一君と鍛冶屋さんがいないと作れないので後付けです。
壁が乾かないだろうって意見に関しては、「幕間」を読んでくださいとしか・・・。
さすがにすぐ出来たわけじゃありません、ある程度の期間は経ってますよ。
一時しのぎならどうにでもなりますし。

Q.諸所の発明品だけど、なんで商売にしないの?
A.特別、商売に結びつける必要がないので。
あくまで、「生活をちょっと便利に」と考えて作っただけなのでそれほど重要に考えていないというか。
しろうとしては、意識するものでもないので「商売」と区切って考えた場合、出てこないって理由もあります。
父上にばれてる物に関しては、父上の考えなのでしろうにはわかりませんと言うしか。

Q.この時代に銃?
A.この時代っていつの時代でしょうか?しろうさぎ側から細かい時代の設定は区切っておりません。
・・・と屁理屈はその辺にして、細かい説明です。
銃の伝来は、種子島が日本発と学校で教わってはいますが、確実な証拠があってその説を定説としているわけではありません。
いつ伝わったかの証拠がはっきりとないのが現状だそうです。
大量生産して一気に伝わったのは種子島の時っていうのは間違いないみたいですが。
それ以前から中国には近い物がありましたし、貿易をしていたんですから日本にも伝わっていたはずなんですが。
公にか影にでかの違いはあったとしても。
調べれば、それ関係の資料も見つけることもできるでしょう。
なので、「種子島以前に鉄砲存在説」「史実とずれたパラレル世界説」のどちらもお好きな取り方でお読み下さいませ。

Q.玉兎香について
A.なにやら大人気?な玉兎香ですが、作者の脳内設定ではそれほど効力のある香ではありません。
実際に、洗脳できるほど強い薬が作れるかわかりませんし。
一応、わかりやすく効果を説明すると「頭に血が上って話を聞かなくなっている人」に嗅がせると「人の話が耳に入る」程度になる位に考えてます。軽い沈静効果というか、素直に話を聞くというか。
ちなみに、子供が寮に慣れる頃には耐性がついて効かなくなる位の物でしかないです。
周囲の子供達や調合してる年長の子供にとっては単なるお香でしかありません。


Q.本当に?あれって洗脳じゃない?
A.何度か、「年上の子が年下の子の面倒を見る」と書いたことがあります。
生活を共にしていれば、ましてやあれこれと世話をして貰っていれば、考え方も似ますよね。
それに年齢が上の子達は、彦の影響や世の中の汚さを理解できる年齢であることから、得られる知識の側面も白兎なんかよりはっきりと自覚できていると思うんです。
だから、意識的に下の子供達の考え方を誘導している部分もあると作者は考えます。
意識していなくても、周囲の環境や普段の言動でも影響はありますし、何より教育は最大の洗脳じゃないかと。
具体的に言うと、例えば物語を読ませて「○○はこの時どう思ったか?」という問いに「正解は○○である」と教えられた子供達は同じ様な場面に遭遇した時は○○だと思ってしまうってことです。
わかりずらいかも知れませんが。
思想の統一、とでも言いましょうか。
まとまることで生き延びた彼らにとって、仲間というのは生き延びる力なんです。
上の子供達は誘導していることは自覚して、でもそれが(誘導した当の子供含めて)自分達の幸せだと思っているのではないかと作者は考えています。
自分達の為に、同時に世話する子供達の為に、玉兎として幸せになれる子供になるようにと彼らが誘導した結果です。
ちなみに、おそらく自覚してないだろう幼い子供達は単純に白兎が好きなだけかと。
周りが白と言えば白く思えてきてしまう感じで、それも結果だけ見れば一役買ってしまっているんですが。
あとは順々に育った子供達が下の子に同じ事を繰り返してループです。



[10890] 人物紹介と現状勢力紹介 寅追加、ちょっと訂正
Name: 白兎◆98ec21ee ID:1b65f060
Date: 2009/08/27 19:46
白兎・・・
中身は現代産。ただし、特別何かあるわけでもない一般人。現代日本産ゆえに平和ボケ。乳幼児期の幼児プレイである意味悟ってしまったのか、日々小さな幸せに浸ることで満足できる小市民。

彦・・・
白兎に拾われた子供。周囲の勘違いで玉兎と言う名前が仕事の際の源氏名になってしまっているが、実は案外喜んでいる。白兎に懐いてしまった故に、読者様からの評価はヤンデレ。
参考までに、白兎に名義貸しをすることになった商売開始時で12位。寅が元服した辺りで17になっている。

土岐・・・
白兎の時間差乳兄弟であり、なおかつ守役。静かな性格ゆえに本文中に描写されることが少ない。裏では力仕事を代わったりとか結構役立っている設定なのだが・・。実は食生活の恩恵を一番受けている。かなりの長身。最近は玉兎寮の子供達に登られる毎日。彦と同い年。

喜一・・・
白兎は君付けで呼んでいる。手先が異常に器用で、大抵の物は作れてしまう。彼がいなければ白兎の発明は実現しなかった物も多い。最近では寮の子供達の先生役もこなしている模様。初登場時には20歳だったりするが、妻はいない。白兎の傍にいるうちに楽しくなっちゃったせいで結婚してない、不幸なのか幸せなのかわからない人。

乳母・・・
白兎の言葉を借りるなら「母上より結構お年」で乳母になった。白兎を可愛がっているので、白兎の世話をする以外はあんまり興味がない。若様を育てるのが一番な典型的な乳母。白兎の恩恵で日頃から風呂に入ったりしているので周囲の同年齢より大分ましな肌をしていると思われる。

寅若・・・
のちの嘉実(よしざね)。幼い頃毒草を口に入れて、白兎が薬草に精通する原因を作った。離れに隔離された当初より、時々尋ねて来ては夕食を共にしたり。寅が持ってくる薬草は薬草と思っているのは寅ばかり、なただの草である。効能はない。玉兎寮が出来てからも継続的に通って来ている。小望と折り合いが悪く、初対面から川に落とされている。

父上・・・
若いお父さん。幼名は牛の文字が入っていたと思われる。白兎を離れに放り込んで家と遮断している。白兎との交流もそれなりにある模様。結構アホなことを白兎がしても許してくれてる。ただ玉兎との関連だけは隠すように命じてる。
実は白兎が生まれた時は17だった裏設定あり。姉さん女房だった。白兎に若く見られたのは、背が伸びるのが遅れていたため。その後成長したはず。逆算すると、寅が生まれたのは11の時。その時は早熟だった模様。
白兎の進言により、多少なりとも減塩した食事に切り替わっているはず。

母上・・・
黙っていればかなり美人。
色々と確執も多い中、とんがり美人に育ってしまった人。白兎が離れに移ってからはほとんど交流はしていない。父上の部屋に出入りするのを時たま見かける程度だったと思われる。
寅の諱を口にしてしまった辺りで激怒、以降はさらにお怒りモード。
おそらく白兎を産んだのは14~15辺り。

小望・・・
玉兎寮の裏山の狼のボス。名前は満月の前夜、小望月から完璧でなくて良いとの思いと、小さな幸せ(希望)を持つことこそが幸せになれる道だという考えから。当然名付け親は白兎。よく寅に喧嘩を売っている。一対一で猪を倒す猛者である。左目の下の傷は男の勲章。



以下、現状勢力&配置


玉兎寮
蒸留装置、ポンプ、洗濯機、風呂、知識の宝庫(研究院)、狼の群、蜂の巣箱数個、猟師さん

基本的に、薬草水やクリーム以外は本来の薬師の仕事を中心に生活している。
定期的に孤児や猟師の子が入って来るものの、現状では第一派遣先に行った子供以外は寮に残って、寮内では教師兼保育士、町では商売のプロデュースをしてみたり普通に薬師として仕事をしている。


地元の町
仲の良い商人と職人、プロデュースした温泉関連の施設&店

高草履から派生した玉兎の商売の本陣とも言える場所。
薬草水を使った温泉や、それに関連する一連の商売で盛り上がっている。

実家
父、寅、母、家来(まだほとんど面識なし)

父上からは今の所、玉兎との関連を隠すことしか指示されてはいない。
寅は幼い頃のヤンチャはおさまってきたものの、時折寮や離れにあらわれては食事を共にしたり。
母上は白兎のできが良くないと離れに入るまでご機嫌が悪かった。その後、あまり繋がりはなかったものの、メダカ事件で激怒。以降は無視されるか目の敵にされている模様。

離れ
ポンプ、風呂、その他白兎の研究用薬剤

基本的に白兎と彦の寝起きはこちら。
土岐、喜一、乳母も同じく。
ただし、土岐と喜一君が寮に出入りするのに比べて乳母は離れを中心に生活している。

周囲の農村
ミミズコンポストによる定期的な肥料、栄養豊富な野菜

おそらく玉兎寮の子供の出身地だったりとかするはず。

山間の村
養蜂を担っている。採れた蜂蜜、蜜蝋、乾燥させた花びらなんかは玉兎寮で買い付けている。

猟師さんが出入りしている。


海までの川周辺
滑車

海辺の村
減塩対策に作られる湯通し魚、燻製装置、定期輸送便に使う船、出汁に使う小魚

玉兎の第一派遣先
利用するはずがちゃっかり利用された武家、子兎に群がる女性陣、紹介された商人、ご贔屓の豆腐屋さん

派遣されたのは玉兎の第一世代。
わざわざ一人で乗り込んだほどなので、おそらく寮の中でも出来の良い子だったと思われる。
白兎が一人で出しても良いと認めるほどの年齢と才覚の持ち主。
仕送りされた荷物でちゃっかりと周囲の女性を懐柔、追加の図画工作部隊も巻き込んで玉兎の支店を作ってしまった。
その後もそっちで商売?をしている模様。


誤字修正。
小望と同名の登場人物がいるんでしょうか。
小望の肉球では武器は無理かと 笑
想像して笑いました。


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