がたんがたん、と音をたてながら列車が走る。
窓から映るのはいつまでも変わらないフラットな景色。
「【妙薬の錬金術師】ユーリック・バートン。1907年、7年前に弱冠13歳で国家錬金術師資格を取得し
国家錬金術師の中でも特に珍しい若年の女性の国家錬金術師であり
そして女性での国家錬金術師資格の最年少取得者でもある。
出身はアメストリス南部で有名な、多く優秀な高官を輩出していると名高い名門一族のバートン家の娘である。
『錬金術による栄養学の発展とそれに基づく化学的医療法』を自らの研究テーマにしており、彼女が国家資格取得以降すぐに作成し
提出した、過酷な場所でも長期保存可能な栄養食品「バランスブロック」はアメストリス国軍の軍事食として正式採用されており
そのバランス・ブロック提出後の査定はその功績により2年間不要となった。
バランス・ブロックは軍の中でも特に最前線で戦う軍人に人気が高い軍事食でそのまま一般にも販売されるほどである。
一般化されたものは風邪などで食欲不振になった人でも食べやすくしてある液状タイプなどがあり
その他にはカロリーを減らしたダイエットタイプなどもある。
一般化された後、一時期バンランス・ブロックでのダイエットが若い女性達で流行したことも有名。
ちなみに1908年のイシュヴァール殲滅戦では国家錬金術師としての参加は14歳という年齢もあり軍人としての訓練も受けていないので
倫理的な面で問題があるとされ戦闘には出ることがなく後方での武器の修理や生産、戦闘に参加する国家錬金術師の身の回りの簡単な雑務などを行い
国家錬金術師としての義務を全うした。
その後も様々な行軍食や一般大衆向けの健康食品などの開発に力を入れており、彼女の創る独創的な発明は大きく注目されている、か……」
エドワード・エルリックはボリボリ、と妙薬の錬金術師が作成し、軍からその製品が一般化された食品『バランスブロック・チョコレート風味』を食べながら
女垂らしの上司から渡された【妙薬の錬金術師】についての簡潔な文章が書かれている書類を読み上げる。
「兄さんそれ美味しい?」
「まぁまぁだな…でもよくこんなもんで国家錬金術師資格の査定二年間見送り…」
クッキーを凝縮して長方形の四角くし棒状にしたような食べ物、バランスブロックはクッキーのようなサクサク感としっとりとした食感を
両立させ、喉に通り易く、それに加えチョコレートの風味と柔らかな甘さが絶妙であり、現在五本目だが、飽きがこない味で食べやすい。
「僕もそう思ったから色々調べてみたけどそれ低いコストで作れて
そして場所をとらない形で輸送しやすくてそして高栄養食、加えて長い保存が可能な特殊な包装を行っていて軍事食としては完璧らしいよ」
「あと資格取得時の時の話は、試験時にその食べ物を練成して大総統に食べさせて、大総統を喜ばせてそのまま実技試験合格をもらったっていう話があるけど」
「……いいのかそれで」
エドは国家錬金術師の実技の不可解さに頭を抱えた。
「兄さんは大総統に槍を向けて合格したよね…」
弟の台詞を兄は頭を抱えながら首を背けて無視をした。
がたんがたん、と列車の走る音しか聞こえない弟と兄しかいない列車内の静かな空気の中
エドは列車内の足元に転がるものの眼をやる。
『バランスブロック・チョコレート風味』と銘打たれた型紙で作られた箱の裏には食品に含まれる栄養素が書かれていた。
そして「これで一日に必要な栄養を全て摂れます」と一言でっかく書かれている。
アルが言っていたように
大佐に会ったとき一緒に居たホークアイ中尉と自分達を駅まで送る車の運転をしていたハボック少尉も二人とも
これを大絶賛していたなー、とエドは思い出す。
人が健康を維持するために必要な栄養を全てこんなもので取れるのは確かに凄いのかもしれない。
とりあえずアルフォンスはそんな兄を横目に話を続ける。
「本当の所、実技試験の時行った、様々な野菜、肉、小麦から一つの加工食品を創り出した、地味だけど難易度が高い錬成の操作技術が合格の決め手らしいよ」
様々な栄養物質が含まれる食材から上手に栄養素を抽出し、人が美味しいと思える食べ物に再構成する。
簡単に言うが
かなりの卓越した高度な練成技術が必要とされる。
しかも多くの人が好み製品化されるほどの物を作り出す練成まで可能にするその錬金術師としての能力…。
だけどその錬金術の技はほとんど食品加工の発明だけに生かされているらしい。
「いやぁ、すげぇ才能の無駄遣い」
だね、とアルフォンス。
うむ、とエドワード。
それにしてもなぁ、とエドは一拍置き。
「賢者の石さがしについでに、とは言え……その妙薬の錬金術師とやらの次の査定の呼び出しに行かなきゃならないんだ」
他の下っ端にやらせろよ大佐と
エドはあの人使いの荒い上司のことを思う。
東の町リオールと東の終わりの町のちょうど間の町ハルセンに南部にある実家から離れて自らの研究室を構えて住んでいるらしく
よく研究に没頭し音信不通になることが多くて、いつも査定の時の呼び出しにかなりの期間遅れるらしい。
最大半年もの大遅刻をしたこともあるという。
普通はすぐに国家錬金術師から除籍される筈だが。
いつも彼女に対しては大総統の簡単な注意と激励だけ。
毎年の査定で苦しみ、後が無い国家錬金術師達からは名高いバートン家の後ろ盾のお陰だろうとやっかみを含まれているらしいが
実際の所、彼女の有能さと
もうひとつの理由による。
その理由は
国家錬金術師とは国家に尽くすとあるが
国民自体には人気が全然ない。
民衆が蔑みを込めて呼ぶ「軍の狗」
という国家錬金術師を表す言葉が良くその言葉を表している。
国家錬金術師の多くはアメストリス国軍の為に研究をしている者が多いせいなのかもしれない。
そんな中、多くの人々に役立つ、後ろ暗さが全くない発明を世に送り出しているお陰で
民衆に好感を抱かれているのが【妙薬の錬金術師】
彼女が作る『錬金術による栄養学とそれに基づく化学的医療法』の研究を基にした発明品は多くの軍人と大衆の健康を守っているらしいとのこと。
13年前に始まりその後国家錬金術師によるイシュヴァール人
殲滅作戦で終わったイシュヴァールの内乱。
多くの民衆の軍に対しての不信感はまだ多くの人々の胸の奥にある。
そのなかで多くの人間を殺した国家錬金術師の内乱時における様々な後ろ暗い噂などがまだ残っているのだ。
彼女自身も過去に従軍していたが後方での軍用品の整備などの雑務で表に出ることが多く人の目に映っていて暗い噂の微塵もない。
そして彼女の明るい発明は民衆の「軍の狗」に対しての不審の払拭に役に立つ、そう大佐は零していた。
そう話す大佐の皮肉気な表情から
一瞬
何処か寂しさと何かを混同させた空気を感じたような気がしたのが深く印象的だった。
その後すぐニヒルな何時もどおりの女垂らしの顔で
「中々の美人だぞ、彼女は」
とか言ってホークアイ中尉に「そんなことはいいから働け」という銃という物理的なもので脅され冷たい言葉での
肉体的にも精神的にも辛辣な文句で
怯えていた情けない姿を考えると実はエド気のせいだったのかもしれない。
「兄さん、兄さん」
「ん、なんだ」
「その書類からは沢山の人の為に研究熱心なとてもいい人だってわかるけど実際どんな人柄の人なんだろうね」
「確か、大佐が言うには――――」
発明オタクで何時も深夜まで起きて研究するわりには
彼女の朝は早い。
寝ているうちに顔にかかった長い綺麗な赤茶の髪の毛を手で掻き分けながら
彼女はベッドから起きるとキッチンにすぐ向かう。
ノーブラのTシャツ一枚パンツ一枚の姿で寝ていたらしく白い肌を外気にさらしながら
眠気眼で寝室から出て廊下を歩く。
無防備でそしてだらしない格好だが
その薄着で背が低く小柄でありながら女性らしい起伏があるのがはっきりと分かり、どこか瑞々しい果物を感じさせ、蟲惑的だ。
キッチンにたどり着くと彼女は冷蔵庫から薄い肌色の乳白色の液体が入った大きなビンを取り出し
コップを流し台から取り出しそれを注ぐ
この飲料物は彼女、自らの錬金術の研究に置いて究極の作品の一つである
乳酸菌飲料「ヤクゲン十三号」であり彼女の一日はこれの一杯が無ければ始まらない。
。
ビンからコップに注がれたそれを一息で飲み干し
ぷはぁっと一息つき
「今日のやつの味は北海道限定のカツゲンに近い――――いいえ、これはケフィアです…っふふ、ふふふっ――」
と
独り笑いをする二十歳の下着姿の女性。
彼女こそ、【妙薬の錬金術師】ユーリック・バートン
「そろそろ完成の時が近いですね、これ近所の商店にサンプルとして無料で渡して
売り出して貰い、アンケートをいつも通りに取ってもらいますかね」
飲み終わったコップを流しの水にさらしながら彼女は呟く
「次は飲むヨーグルトっぽい味にしてみようかな」
色々と彼女の頭の中で前世にあった飲料水の味を思い出しながらユルゲン試作14号の構想していくうちに昔のことを思う。
前世という文に有る通り
ユーリック・バートン――彼女は所謂、転生者である。
元々は男子高校の3年生であり、丁度進路を栄養士資格と調理師免許を取れる調理系の専門学校に決めた秋。
風邪をこじらせ、そのまま簡単に死んでしまい、アメストリスの南部地方で代々軍人高官を輩出するバートン家の娘として生まれ
物心がついたあたりにその前世の記憶が蘇ったのだ。
そして驚いた。
自分の現在生まれた所が
前世では化学という学問の祖にして
中世ヨーロッパでは貴族から金を巻き上げた詐欺の手法として有名な錬金術が
本当にへんな魔方陣みたいな奴で一瞬でバチッバシュッと変な電気っぽいなにかを発し、そのへんの石ころで金とかできてしまう
自分の前世の世界とかけ離れた異世界かなんかだということに。
微妙に第一次世界大戦とかそのあたりの時代な感じなヨーロッパっぽい場所で毎日が驚きな
少女としての生活に新鮮を感じているうちにすぐに軍人家系ならではなの厳しい作法やら社交会でのダンスの練習やらなんやらの淑女教育が始まり
将来は絶対政略結婚でさっさと嫁いで子ども作れよ的な期待を両親から受けた。
前世の幼い時には貧乏で結構苦労したから
死ぬ直前に来世は金持ちがいいなぁ、と思った過去の自分を殴りたいと思い、そしてこの世界の一般家庭の子どもを羨んでいた時期だった7歳の頃
アメストリスで内乱が起きてからは根っから軍人で国の為に戦うのが生きがいの
父親や年の離れたごつい兄弟達の戦争行き直前の血の気立ちまくり具合にビビリ、戦地に家族の男達が向った後
さらに母の教育が超スパルタになっていき、よく加熱が止まらない淑女教育に泣きそうになった。
しかし、その時受けた座学の教養の中の一つである錬金術
という最初に自分が異世界に生まれたと分かった魔法のような学問を学ぶことができて教育の厳しさも感じないほど
頭の中が錬金術一色にのめりこんで行き日々自分が大好きだった前世でよく食べた加工食品などを再現を試み続け13の頃には
国家錬金術師などという難関な資格を受験、そして合格し才女としてもてはやされていた。
資格合格して一年たった頃、あの七年続いた酷い内乱で国家錬金術師としてイシュヴァール人殲滅戦には出ずに錬金術を生かした
軍用装備の修理や生産などで内乱終戦まで働いた。
あの時は一時期資格返上をしたくてしょうがなかった。
実際、戦わないといっても情緒の微塵もなくただ現実的に日夜、人が殺し合い、敵味方関係なく命を落としていく場所である戦場。
その悲惨で狂った空気を肌で感じながら
自分の錬金術を生かして剣や突撃銃などの装備の修理や
前線で戦う者に素早く補給するため。
人を最も殺す消耗品である銃弾の戦場内での大量生産。
それを使って多くの人が多くの人を殺した。
錬金術という学問で間接的に自分自身も人を殺しているという事実。
それに加え国家錬金術師といっても子どもであった自分の眼に触れることがなかったが
事実として行われていたという
他の国家錬金術師による非道な人体実験。
戦場で前線に出向く国家錬金術師達の身の回りの雑務をこなしたときの
出会った錬金術師達のキャラの濃さに辟易したというのも理由の一つだが
爆弾魔とか
爆弾魔とか
爆弾魔とか
その後
バートン家は代々体育会系のガチガチの軍人の家だったので政治やらの才能はあったが理数系の才能を持つものは希少で
私が国家錬金術師になったときには元から聡い子として将来を期待されていた私は若きながらも戦場に立ち、後方ながらも国家錬金術師として債務をこなし
国に尽くす軍人の娘の鏡だとかで軍内でも好感を持たれて鼻が高いとか家族に褒められ
よく政略結婚の話が山ほど舞い込んできた。
それが嫌で嫌でしょうがなくなってきて。
結婚が可能になる16あたりに筋肉モリモリでキューピーみたいな変な髪型の年上の軍人と結婚させられる前に
家族に「私は今は結婚などよりも、国家に尽くすために国家錬金術師としての研究をしたいです」とか上手く言って
家族に賛成を得て実家から離れてアメストリス東部の方に居を構え国から支給される莫大な研究費と親からの超莫大な援助で毎日自由に研究三昧。
まぁ、結婚は……適齢期までにしなければいけないのが前提だけど。
もう男よりもこの世界での女性の方の人生の方が長くなりアメストリスの高名な軍人の家系の娘の宿命だからと
あきらめはとっくついているが。
今はもう少し好きなことをしていたいのだ。
まぁアームストロング家の皆さんも家族を説得したときの台詞の使いまわしで「好きなだけ研究していいよ」的なこと言ってくれたしね。
「素晴らしい娘さんですね、アレックスには勿体無いほどですね、おほほほほ」
「うむ、将来はアレックスの良き妻として我がアームストロング家を支えてくれるだろうな、わはははは」
的な台詞付きだが…。
取り合えず今のユーリック・バートンとしての人生は幸せに満ちていて、そして充実していた。
元々栄養士、調理師の資格を取って多くの人々に健康的な食事を食べさせてあげれる、学校給食の調理師とかの
仕事か何かに尽きたいと漠然に思っていたあの前世。
錬金術での様々な食品の開発は前世の知識で行っているので、この世界の人々にとっては目新しい物なのか革命的とまで言われる。
最初に公に出したのが錬金術の練成のコントロールの訓練で作ってみたカロリーメイトのパクリ。
その後には日本にあったスナック菓子作ったり
インスタント食品の製造に凝ったり。
安全な化学調味料の製造とか研究してみたり
何故かしらないが自分以外の国家錬金術師って案外こういうの簡単な発明をしていない。
キメラとか動物虐待な研究するよりこういうのやれよなぁ、といつも思う。
錬金術でがんばれば十年くらいで前世の世界以上の発展が望めるのに。
まぁオートメイルとかの義肢の技術は前世以上だよね。
嗚呼、変な世界。
いつも最後に自分がこの世界について考えるときはこう締めくくる。
思考をやめて取り合えずキッチンの近くのテーブルのイスに掛けられた色気のない灰色の作業着上下一気に掴み取り着ることにする
その作業着の上着のポケットから一枚の手紙が床にひらり、と落ち眼に入る。
これは
「ああー!しまった、また査定の手紙届いていたのにほっといたまんまだった!」
やばい。
「次の査定、あんまりにも遅刻するようなら実家に報告するよ?
アームストロング家でもいいが……はっはっはっ!」
と前回、セリム君に新商品のお菓子を渡したついでに大総統に会ったときに言われたのを思い出す。
国家錬金術師として国に尽くすために研究するとか言っているのに
査定の長期の遅刻なんかがまたやらかすととやばいことになる。
そろそろ研究やめて結婚しろとか言われ始めたのに……。
子どもは若いうちに沢山作るのが良い?
冗談ではない。
「あ、ぎりぎりかな期限まであと三日か……ってあと三日!?」
提出用レポートどうしよう……
というかどれにしよう?
と作業着を上下着て、その上に白衣を羽織り
生活スペースが作られた一階の階層の残りの三階層全ての研究室という四階建てのビルの階段をあがり2階層にある
研究書類置きのための四部屋の全てのドアを開け放ち。
その部屋全てに雑然とある机の上にある研究書類の山岳を崩していく。
「どれにしよう、どれにしよう」
普段くだらない研究ばっかりしていて、人様に見せることができるような研究結果を書いたレポートがあんまりないので
まともな研究書類を掘り進めるように書類を捲って探す。
両親も一応軍の高官だから娘の研究に興味を持っていてよく読んでいるのだ。
下手を打てば先ほど感じた危機通り
査定後にすぐウェディング・ドレスを着ることになる。
まだ結婚したくない。
まだまだ錬金術という魔法のようなおもしろ学問を自由にやりたいのだ。
その後三時間の書類たちとの格闘の末に今回提出するものを決めた。
それは
眼鏡を必要としない視力矯正品の開発。
すなわちコンタクトレンズのモロパクリの物の概要を書類に纏めたやつ。
あとはオートメイル型義眼の開発とか適当に無責任に構想したやつも適当に混ぜとく。
「まぁ実用性とか安全性とかは怪しさ抜群で製品化とか絶対無理だけど、取り合えず目新しいからOKでしょ」
候補にあった肥満解決の食事療法の研究書類よりはいいはずだ。
よしがんばったと、乱れた髪を後ろに紐で纏めながら、自分を褒めていると
微かに
ピンポーンという玄関の呼び鈴がなるのが聞こえた気がした。
書類を急いで纏め1階の玄関に向かう。
「あっハイハーイ!」
と言いながら一階に下りて玄関を開けると
そこには厳つい鎧の男がいた。
まさか、強盗?
続く