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[11220] とある幽霊の場合  (オリ主×再構成)
Name: リットン◆c36893c9 ID:2c4b1fa8
Date: 2010/03/26 21:58
この物語は、オリ主、再構成ものです。

ご都合主義、独自設定、独自解釈も満載です。

そういったものが嫌いな方、または許せない方はご注意を!

それでも、読んでやるぜ! しょうがないから見てやんよという方々に多謝感謝です。

また、誤字脱字等は報告してくださるとありがたいです。




更新履歴

2009/12/31 無印完結



[11220] 一話
Name: リットン◆c36893c9 ID:2c4b1fa8
Date: 2010/09/24 19:15
終わりというのは実にあっけないものだ。

道を歩いていると発作が起こった。いつもより長く続き、いつにもまして苦しかった。

ネタにしてみせるだけの余裕が今回はない。

もうどうなってもいいからどうにかしてくれよと、よく考えると支離滅裂なことを心の中で叫びながら、のた打ち回っているうちに、

俺の意識は途絶えた。

          








――「……ふ~む」

どうしたものかと腕組みをして頭を捻る。

見下ろす先には自分の体と“それ”に縋りつく母親。

今、俺は病室の天井近くをふわふわと浮いていた。

これはつまり、見えているアレが俺の肉体な訳で、こんなことを考えている俺は魂とか幽霊とかいうアレなのだろう。

まさか実録で奇跡体験をするとはね。しかも配役は幽霊側ときたもんだ。

まぁ、死んですぐに終了とならないだけマシなのかもしれない。

続きがあることがわかったのだ。喜ぶ以外の選択肢はないだろう。

元より長くは生きられないと小学生の頃にはわかっていた。二十歳の今まで生きられたのだから十分には違いない。

それに、未練なんかない。そう本気で思えるぐらいには好き勝手にやってきたのだ。

……とはいえ、すぐそばで泣いて縋るお袋の姿に目を移すと流石にくるものがある。

暫く、その憔悴しきっているにもかかわらず号泣する姿をジッと見つめた。

何にも残せなかった。迷惑だけをただひたすらかけた。その想いだけが頭の中をグルグル回る。

――感傷に引かれ半透明の身体をお袋に近づけた。

……やれやれ何時振りだろうか。自分からこうやるのは小学生以来か?

こんなに小さかったっけかと後ろからそっと、いつの間にかずい分と小さくなってしまっていた母親を抱き、

「ごめんなさい」

おそらく伝わらないであろう最後の謝罪をした。








自分が燃やされるのを見る。――いや、正しくは自分の身体か。

なんというか不思議な気分になるね。

とりあえず、ポンコツで役に立たないにも程があったがそれでも共に戦った戦友だ。敬礼をしておく。

――火葬場の灰と化した元俺に敬意を表しながらこれからのことを考える。

何をすりゃいいんだろうな? てっきり死神か何かが迎えに来るものだと思ったが何も来ない。

これといったイベントが起こらないのだ。

天国やらあの世やらヴァルハラやらとにかくそういうところへ行けるのかと勝手に思っていたんだが……。

これはいったい何待ちなんだ?

なんか必要だっけか。死んだ場合のハウツー本なんか知らんぞ?

だいたいどこの宗派が正しいんだよ。あんだけ宗教戦争やってんだからきっちり決着つけとけよ。

死んだ奴が困るだろうが、俺とか。

そもそも病気持ちだったせいで、こちとらすっかり無神論者だ。

仏教やら神道やらキリストやらそんなん知らん!状態なわけよ。

どうすりゃいいのよ?

――その瞬間、あっそういやアレが言えると思い至る。

これはやってみるべきか?

いや、やってみるべきだろう。

こういう場合閃いたものは大抵“当り”だ。



「あーあー、こほんっ! ……臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前!」



どうよこれ、来たべ?

自分の中で最高に決まったと思いその時を待つ。

待つ。

ひたすら待つ。

これでもかというほど待つ。

しかし、待てど暮らせど何も起こらない。

……もしかして聞こえてなかったか? なんか遠そうだしな。

聞こえてないならしょうがない。


「すぅー……臨!・兵!・闘!・者!・皆!・陣!・列!・在!・ぜーんっ!!!」

全力を込めた。魂込めた。つまりは、俺を込めた。






そして、四十九日が終わり、一通りの儀式は終わった。








――わかったことがある。

そもそも発想が間違っていた。

ようはアレだ、俺は駆け出しなわけだ。幽霊検定初級なわけよ。

そんな最初から迎えに来てくれるなんていうほど、人生甘くはできていない。

まぁ、そりゃそうだ。よくよく考えてみりゃ、わざわざ迎えに来るなんざVIP待遇である。

そんなのないない、常識的に考えて。

つまりは、ある程度経験を積めということなのだろう。

下積みしてようやくパスが取れる。そういうシステムだ。

世の中いろんなシステムで動いているのだ。関心するね、本当こんなのよう考えるわ。

さて、幽霊の下積みなんてすることは一つだ。

脅かし要員。そう、人の後ろについてまわりペタペタ足音をさせて、忍び寄るとかすればいいわけだ。

世の中の幽霊騒ぎの正体見破ったりって感じだ。頑張ったんだな先輩方。

トイレの花子さんとか最初にやった奴は、きっと即行でパスを貰えたに違いない。

もちろん、やるからには俺もそんなレジェンドを目指す。

初代花子さんに『君には負けたわ……』って言わせちゃる。

ところで、俺以外の幽霊に遇わないのはやっぱ不正防止のためなのか?

相談なんかさせず個人の自由な発想でやらせて発想力を見るって奴か?

正直チームプレイもやってみたかったんだけどな。

逃げても逃げても追ってきてその内廊下で挟み撃ちとかやってみたかった。

後、寝苦しくて起きたら複数の人が自分を見下ろしていたとかいい感じだ。これは、確実にポイントを取れる自信がある。

まぁ、無いものねだりもしょーもない。

「さぁ、始めようじゃないか。同期のトップ頂くぜぃ」

見えぬ同期の桜にエールを送りつつ挑戦状を叩きつけた。




下界というか普通の生きている人間の世界は、葬儀の終わったほんの数日で俺のことなど忘れ、自分たちの暮らしに戻っていた。

薄情だとは思わない。俺だって、他人が死んだときは同じように行動するだろう。

それに、忘れられた方が恨みつらみというネタでいけるから都合がいい。

「誰からいくべかな~」

頭の中で怖がりそうな奴を検索する。該当者はすぐに発見できた。大木、通称ビビり大木だ。

まぁ、最初はイージーで行ってはずみをつけようか。













――ビルの屋上の上。

清掃業者すらめったに立ち入らないであろう場所でポツンと体育座りをしている男が居た。


「なんだって~……」

頭を抱える。驚かそうと思って近くまで来たのはよかったのだ。それからが問題だった。

近くまで行ってようやく気づいたのだ。驚かす手段がないことに。

とりあえず、耳元で大声で叫んだり、床をドタンバタンと暴れまわったり、念力等のまだ見ぬ力に頼ってみたりしたが、全部駄目だった。

おかげで悟った。スルーされるって悲しい。イジメかっこ悪い。

これはスキルが足りないのか? スキルの問題なのか?

どうすんのよ? 修行編に突入か? 自分でナレーションつけて、

――漢は立ち上がった。己の使命を果たすために。

て、やっちまうか。かっけぇな。

「うひょ~」

アホな妄想を脳内からばら撒きながら、体育座りの体勢を崩さず床をごろごろと転がる。




「何をやっているのですか?」

鳩だ。

まごうことなき鳩が俺に話しかけてきている。

理解すること数瞬。正座に座りなおして姿勢を正す。

「お待ちしておりました!」

そう、お迎えだ。お迎えに違いない。特別ルールかなんかで回収されるのだ。

人間最後は運が大事だ。まさに真理だね。

「……待っていたとは?」

「あなたを、お迎えを待っていました!」

「……あぁ、そういうことですか。」

「はいっ! 割と待ったような気もしますが全然そんなことないです!」

言外に待ったと抗議の意を持たせるがこれぐらいは許される……よね?

「まぁ、そんなことはどうでもいいんです。手短に言います、この次元から去りなさい」

「はいっ! ……てっ、えっ?」

「あなたはこの次元において毒でしかありません。質量を持たない不安定なエネルギー体であるあなたを、この次元に置いておくことはできません」

「はい?」

「従って、平行世界に属する世界に飛ばします。次元跳躍の過程で質量変換が起こりますからそこで安定化なさい」

「ちょっ、ちょい待ち! 何を言ってるのか――」

「――では、ごきげんよう」

鳩の目が怪しく光る。

「人の話を――」




――瞬間、意識がブラックアウトした











――目を開けたらゴミ置き場で寝ていた。

どこぞの酔っ払い親父ですか俺は。

「ここは誰? わたしはどこ?」

とりあえず口にしてみる。うむ、どうやら頭は正常のようだ。

というか、マジでここはどこなんでしょうね?

辺りを見回してみても見覚えがない。

見たところ工業地帯だろうか?

いたる所から煙が上がっているのを見てそう推測する。

「そこで何をしている!!」

ビクッとし振り返ると、

そこにはどこかで見たことあるような制服をつけて、これまたどこかで見たことあるような物を俺に突きつけたおっさんがいた。










「あ……ありのまま、さっき、起こった事を話すぜ!

『鳩に見つめられたらいつの間にかあそこに居た』

 な……何を言ってるのか、わからねーと思うが俺も何をされたのかわからなかった……、頭がどうにかなりそうだった……

 催眠術だとか超スピードだとか、そんなチャチなもんじゃあ、断じてねえ、もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ……」


「……」

現在、ここは取調室。

俺を捕まえたおっさんが可哀想な子を見るような目で俺を見ている。

その視線の成分はもちろん俺の境遇に同情したとかそんなものじゃない。

単にうわ~この年で可哀想にってやつだ。

ちなみに、この年というのは、俺様今現在見た目の推定年齢5歳なのである。

いわゆるショタだ。

トイレで鏡を見てびっくりだ。

なんということでしょう。そこにはショタな銀髪の少年がおりましたとさ。

断っておくが俺は銀髪なんかじゃなかった。当たり前だ典型的な日本人に銀髪が居たらそいつはなんか設定を持っている。

くっ、俺の“銀”が疼く……。そろそろか……とか呟かないといけない。

残念ながら病弱というステータス以外に特殊ステータスは持ち合わせていなかった。

せいぜい呼吸が苦しくなったときや吐血した時に中二病ごっこが出来る程度の代物だった。

それがなぜかこんな姿に。beforeの面影がまったくない。全面整形でもこうはなるまい。

……思うにイメージが優先された? 俺の幸せ脳みそが鳩が言う固定化に影響を及ぼしたか?

にしてもショタのイメージなんか普通ないぞ。せめて中高生だろ。

イメージを現実に補う故の低年齢化か?

自動調整たぁ便利だな。ここは鳩スゲーって事にしとくか。今度あったら焼き鳥にしちゃるけども。

まぁでもロリにならなかっただけ感謝か。その可能性は高かったと言わざるを得ない。

……いや、ここは残念がるところだろうか?


「あそこに居たのはこの子?」

綺麗なお姉さんが入ってきた。それを見て、あぁ本当に来ちまったんだと思う。

どうせならもっと軽い世界でもよかっただろうに……。まったく、なんて空気の読める鳩なんだ。

「おぅ、クイントか。お疲れさん。そうよこの坊主だ。だが、さっきから埒があかない。意味不明な事ばっかり喋りやがる」

「……身体検査はした?」

「やったやった。出てきた結果は、これと言ってない普通の人間だ。総魔力量がAと高い以外は特になし」

「!?」 

なにやら聞き捨てならないことを聞いた。

聞きまして奥さん? Aらしいですよ総魔力量。

自分の持病をネタにしてきて早20年。おまえの持病ってのは中二病のことなんだなと言われ続けて幾星霜。

ようやく報われたよ。

吐血しても『くそっ暴れるんじゃない、お前の出番はまだ早い! 今は俺にまかせろっ!』とか言ってたかいがあった。

年齢は低くなったがこれなら十分にお釣りが来る。ありがとう俺の脳みそ。viva邪気眼。

母さん――俺、きっと幸せになるよ――。


「そっか……。ねぇぼく? あっ、えーっとこの子の名前は?」

「それがなぁ、それすら喋らねーのよ。名前は?って聞いたら『名前なんて飾りです。偉い人にはわからんのですよ』
 とか意味のわからんことを繰り返すのよ」

「あはは――んっ。えーっと、名前を教えてくれないかな?」

にっこりと極上のスマイルをこちらに向けてくるクイントさん。

「フリード。フリード・エリシオンです!」

「って、おい!」

おっさんがなんか喚いているがしょーがない。

綺麗なお姉さんが名前を教えてくれといったんだ、教えないわけにはいかない。

正直、名前どうすんべってずっと思っていたがなぜか瞬時に閃いた。

男ってやーね。



その後、色々話をしたが要約するに、

いきなり膨大な魔力反応があったので現場に急行、

そこに、俺が居たので事情聴取のため連行、

だが、調べてみても何も出ず。

結局、あれこれ議論する内に大規模な転送事故に巻き込まれたということに。

まぁ、報告書には何か書かないといけないわけで、無理やりにでも結論付ける必要があったという大人の事情が垣間見える。


「ほら、坊主。字は書けるんだろ? 一応ここに書いておいてくれ」

そう言っておっさんが紙を手渡してくる。結論が出たためクイントさんが退席したので、おっさんと再び二人っきりだ。

「何を書けと?」

というか日本語でいいのだろうか。

「ほら、そこの欄。そこに坊主がここに来てから覚えてるだけでいいから書いてくれ」

て、言われても話した事で全てなんだけどな。書いたら何か出てくるとか思っているのか。

いや、単に報告書に書く裏付けが欲しいだけか。

ちなみに、死んで云々は話してない。話したら今度は精密な精神鑑定とかされるかもしれない。それは、流石に御免こうむる。

う~ん、とおっさんが相手なので、やる気があまりわかない頭を捻り何を書くか考える。

――目が覚めたらどこぞの工場のごみ置き場で寝てたとさ。

考えるも何もこの一文で終わりだ。それ以前だと鳩が入ってくる。じゃまだろう鳩は。俺的にもおっさん的にも。

しかし、よくよく考えて見ると割と洒落にならない気もする。

5歳のガキが寝て起きたらゴミ置き場だった。

トンネル抜けたら雪国だったなんてレベルじゃない。

そう考えるとこのまま書くのはネタ的に惜しい気がする。

文体を変えてみるか

――意識を覚醒させ、まだ光に慣れぬ目を開けばそこはごみ置き場だった。

なんというか、おもしろくないにも程があるな。それに雅を感じない。

いや、もっと脚色してみりゃどうだろうか?

――意識を覚醒させ、まだ光に慣れぬ目を開けば、そこには現代社会の亡骸達が横たわっていた。

おっ、いいんじゃね? なかなかいける。

しかし、キャラじゃねーな。もっとこうね。

ここは、いっそライトノベルっぽくか?


――いい夢を見ていたようだ。そんなことを思うのは良い夢ってのは大抵が思い出せない。悪い夢ほど起きたときに覚えてるものだからだ。
遅刻する夢を見て本当に遅刻をした、なんてシャレにならないことをつい先日やらかしたばかりで余計にそう思う。
思うに神様ってのはハッピーエンドが嫌いなんじゃないだろうか? 夢の中ぐらい好きに見させてくれよといつも思う。
だいたい、夢の中なら好きなことができるなんて誰が言いだしたんだろうな?
遅刻するって焦ってるのに、夢の中の俺はいっこうに来ない電車を、ずっと待ってやがりましたよ? あれか? 孔明の罠か? 流石だな孔明。
神様と中国の偉人に文句を言いつつ、意識を目の前に向けた。
……今度は誰に文句を言えばいいんだろうな? 苦情受付先はどこだ?
そこは、どこかで見たことあるというか、いつも見ている気がする。特に朝に。
俺の部屋は……そうでもないから、友人のちょっと世間の荒波に疲れちゃって、時代の最先端を突っ走っている自宅をこよなく愛する野郎の部屋の臭いがする。
まぁ、そのあれだ。なぜか俺はごみ置き場にいた。


うーん。いまいちテンション上がらんな。

中二病が足りんか?


――夢を見ていた。

最早、誰も見ることが叶わぬ、自分すらも忘れてしまった夢だ。

希望というにはあまりに儚い。

……だが、立ち上がるのには十分すぎる。

ゴミ捨て場?

上等。ゴミならゴミで結構。

屑には屑なりのやり方ってモンがある。

見せてやろうじゃねーか。

奇跡って奴の起こし方をよ。

ゴミ扱いされた奴らが見せる最高の舞台をよ!

「来るがいい収集車。ゴミの貯蔵は十分か?」



……これでいこう。


「おっさん。書けたよ~」

「おっさんって言うな! んっ? これは、あ~坊主のとこの字か?」

これからなんか分かるかもなとぶつくさ言いながら翻訳にかける。そんなのあるのか便利だな魔法。

まぁ、そんなことより目下の問題がある。

「腹減った~」

お腹がさっきから切実に不満を訴えている。

生きてる証拠なので地味に感慨深いものがあるが正直つらいだけだ。

最後に食べたのは何だっけっか? カップラーメン?

いいねラーメン。食べたいねラーメン。

「おら、お腹がへって力が出ないだ~。おっさん、なんかくれ」

「だから、おっさんって言うな! あ~、まぁちょっと待ってろ。もうすぐ終わるから」

ちょっとってどれぐらいなのよ。何時何分何秒地球が何周回った時間よ。

もう誰でもいいから俺に恵んでくれよ。どこぞのアンパンの脳みそでもいいよ?

と、翻訳が終わったのかおっさんが食い入るように文章を見つめている。

どうだろうか? なかなかだと思うんだけども。

「……坊主、おまえとは話をつけなきゃならないらしい」












――その後、様子を見に来たクイントさんが止めるまで言い争いは続いた。




[11220] 二話
Name: リットン◆c36893c9 ID:2c4b1fa8
Date: 2011/05/01 19:10
 前の世界でもそうだったようにミッドチルダにも当然夜はある。惑星の自転と恒星が発する熱と光による最適解がここにも存在する。
 朝が来て夜が来るこれは恐らく人類普遍のものなのだろう。人が人という形を保つ限り避けられない呪縛なのかもしれない。
 そして、それを断ち切らんかのように、暗闇と人工光で織り成す自然に対する最もわかりやすい反抗がここミッドチルダにも跋扈している。

 その中に眠らぬ、いや眠るわけにはいかぬ建物があった。人は理性というものを以ってして人というならここはそれを象徴する場である。
 建物の壁面にある人工光が暗闇を四角く切り取とる中に大きな影と小さな影があった。

 外が暗いためか室内灯だけでは若干薄暗い部屋の中で一人の男と一人の少年が対峙している。
 男の方は30を超えたか届くかといったところか。少年の方は少年と呼ぶには幼く、幼児と表したほうが良い年齢だろう。
 いずれにしても、年齢差など関係なく二人とも真剣であることは見て取れる。


「……なぁ、坊主。」


 口火を切ったのは男の方だった。窓の方に顔を向け語る仕草は若干の羞恥の表れか。


「なにさ」


 答えた少年の方は、男の言いたいことがわかっているのだろう真面目ではないように感じさせる雰囲気が混じる。


「あのなぁ。あーんー」

「……」


 少年が早く言えと視線で表す。


「あーもう! わかったよ! いいか、よく聞けよ? 茶化すなよ? あのなぁ、……俺のとこに来ないか?」

「……すんません。そんな趣味ないっす」

「あぁもうだから茶化すなって言ってるだろうが! だいたい意味わかって言ってんのか!
 今おまえさん身寄りがないだろうが! だから見つかるまで俺と暮らさないかって言ってるんだ!」


 顔中真っ赤にして男が叫ぶ。相対する少年の方は笑みを浮かべていた。


「……あんた良い人だね」

「あー、うるせぇ、うるせぇ! でっ、どうなんだ一緒に来るのか来ないのか?」


 それに対し笑顔を満面に広げ少年は答えた。






「お断りです」




 法則に逆らわず今日もミッドチルダに朝が来る。















――目の前にはミッドチルダの街並みが広がっている。発展した都市であると誰が見ても思うことだろう。

個人的にはもうちょっと幻想と書いてファンタジーをしていた方が幻想世界的に好みである。

元居た世界とそんなに変わりがないので、すぐに飽き思考を再開させた。

「あ~、どうすんべか」

魔法の使える世界でなんで現実的な心配をせにゃならんのか。

世知辛い世の中である。

記録上は事故で天涯孤独の身となったらしい俺は身の振り方を考えなきゃならんわけで色々としんどい。

というのも、自由に生きるには世間様的には身寄りの無い5歳児なわけで風当たりが相当厳しいのだ。

いくら職業年齢が低いミッドチルダにおいても流石に5歳児は保護対象年齢である。

生きていくためには何かの保護下に入るということが一番の賢い選択ではあるが、

生憎そんな賢い選択をするほど人生まじめに生きちゃいなかった。

嬉しいことに、おっさんやクイントさんも保護を訴えてくれたが全て断った。

別に茨の道を進む俺カッコ良いなんて言うつもりは無い。

ただ単に子供一人養う負担というものがどれぐらいのものなのかお袋を通して知っているからだ。

子供一人を養うことの対価は、その人の持つあらゆる可能性を削ることで得られる。

彼らには彼らの人生があるのだ。邪魔はできない。

まぁ俺みたいな奴より本当に両親と思ってくれる奴らを育ててくれ。

俺にとっての親ってのは生涯を通してお袋一人だ。でなけりゃ、俺に対価を払ったお袋に申し訳が立たない。

お袋を想うとちょっぴりセンチになるので思考を切り替える。

さて、どうするか。おっさん達には施設に厄介になれとパンフまで貰ったが、もちろん行く気はしない。

最後まで同行したがってたな。必死に説得する姿を思い出す。

もったいないことをしたなーという気持ちがちょろっと出てきたので頭を振って追い出した。

漢の旅立ちってのは何時だって一人なのですよ。

5歳児だから旅立ちってより初めてのお使いって感じだけど。




――見つけたのは偶然だった。

とりあえず情報をってことで本屋に足を運んだのが功を奏した。

これだよ、これ。運命を切り開く出会いって奴だ。

思い立ったが吉日。目標が決まれば即行動。

早速向かう。これなら自分で自分を支えられる。

自由に生きることを選んだんだ。多少の無茶ぐらいいくらだってしてやる。








「――全て大丈夫ですね。おめでとう。それでは我が学園へようこそ」

……これでいいのか魔法学園。当日の、しかも1時間程度の確認だけで奨学金申請通ったぞ。

試験も何もない。ただ身体を調べられただけ。

家族いないって言ってもそうですかーで流されるし。

身元の証明は管理局がしてくれただけで十分ってことらしいが適当すぎるだろ。

色々とパターンを用意してビクビクしてた俺に謝れ。

「素質があれば上に行く確率が高いですから。出身校ってことで宣伝になります。要は青田買いですね」

そして、この受付のねーちゃんはさっきから的確に人の心を読んでくるし。

なんだ魔法か? そんな魔法があるのか?

「まさか、そんなのないですよ。同じ疑問を持つ人がいっぱいいるだけです」

「……」

なんて美人な人だ。惚れてまうやろー。

「ありがとう。でも、私に惚れたら火傷しちゃうわよ?」

「読んでるだろ! 絶対読んでるだろ!」

「ですから読んでませんって。後、今のうちにその思春期特有の人にあったら心を読まれているかもしれないと、
 心の中で呼びかけるの止めた方がいいですよ? かなりあいたたーです」

っ――!?

今世紀最大の衝撃の事実が今ここで明かされた。

思春期特有だったのか……。

「も、もしですよ、しっ、思春期過ぎてやってる奴がいたらどうでしょう?」

「死ねって感じですね」

「……ですよねー」

はははと笑う。笑う。笑うしかない。いっそ爆笑するか。

「まぁ、君はまだ思春期すら来てない年齢だから大丈夫! だから今のうちに、ねっ?」

おねえさんの笑顔が眩しすぎて悲しくないのに涙が出てきちゃう。

だって男の子だもん。










――部屋の隅に向かって体育座りをする。

考えるのは今後のことではなく、もちろんさっきの事だ。

いいじゃん別に、やったて。なんとなく不安じゃん。

死ねってなんだよ。死ねって。俺が誰かに迷惑かけましたか? かけたんですか? かけてないでしょう?

では許されるべきです。許しましょう。世界中の全てが許さなくても俺は俺を許しましょう。

だが、本当に俺は俺を許せるのだろうか? ……それは、やはり自分で決めるしかないだろう。

とりあえず、こういう時はシンプルイズベストだ。

だとすると許すユルサナイを交互に繰り返す花占い方式が妥当だろう。

といっても花がないな。自分で自分を占うんだから手を使うか。その方が手っ取り早いし。

では、審判の儀式を始めようか。

「ゆるーす、ユルサナイ……」

言葉に合わせて一本づつ指を曲げていった。




「……えーっと、君がルームメイトなんだよね」

許すユルサナイと10本の指を使ってやってるため、永遠にユルサナイが出てループし続ける俺に誰か話かけてきた。

「――ユルサナイ。あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。――よし、足の指参入! 許す、ユルサナイ……」

「あのー、だから聞いてる?おーい」

「あ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁうるせぇ! そんなに許したくないですか!? 何が許せないっていうんですか!?」

ガクガクガクと誰か知らないが俺を許さないと言った奴の襟首を掴み揺する。

「なっ、やめっ―――!!」




「はぁはぁはぁ」

気が付いたらそこには俺に襟首を掴まれ顔を青くした見知った顔の少年がいた。

「……えっと、なんでここに?」

「と、とりあえず離して……」

離してやるとぐったりして倒れこんだ。

「大丈夫か?」

「ありがと、なんとか大丈夫。って君がやったんだけどね」

記憶にない。気が付いたらそこには彼がいた。

世の中恐ろしい事だらけだ。

「そうか、ごめんな。えーっとで君は?」

わかっているが聞く。まさかとは思っていたが本当に会えるとは。

ここに来たとき、もしかしたらこの学校で遇えるかもとは思っていたがこれは予想外だ。

運命を感じる。いや、赤い糸的なものじゃないよ?

真面目にだ。感じざるを得ないのだ。

自分で選んだ結果がこういう風に引き合わせたのだとしたらこれは……

「僕はユーノ。ユーノ・スクライア。よろしくね」

「おう、よろしく。俺はフリード。フリード・エリシオン」

握手を求めてきたので、それに答え硬く握手をした。

「ところで、さっき何をやってたの?」

「……無限ループって怖いよね」

「???」












――このおかしな隣人に対して思うところは山ほどある。

「なんで同じ部屋になったんだろ……」

あのとき、ルームシェアでいいかと受付で言われたとき遠慮せず嫌と答えたら結果は変わってたんだろうか。

3週間一緒に過ごしてわかった。いや、わかりすぎた。

「そんなに照れるなよ」

「照れてないよ! 君と居ると疲れるんだよ!」

まごうことなき真実だ。

彼と居ると疲れる。すごい、疲れる。

「ははは、心配するな。よく言われる」

「よく、言われるんだ!? いや、じゃ、直してよ!」

そして、この隣人は文句を言われてもびくともしない。

一度変態と呼ばれて逆に喜んでるのを見たときには、駄目だこいつ……早くなんとかしないとと思ったりもした。

「直ったら苦労なんかしないだろ。機械だって壊れたら部品変えないと直らないんだぞ。それより精密な人間様は直りようがないんだよ」

何言ってるのこいつってな顔で僕をみてくる。

なんだそのいつも通りよくわからない理屈は。

無茶苦茶だが、この堂々とした態度に騙されてなんだか正しいんじゃないかという気がしてくるから不思議だ。

あぁ駄目だ。また、流される。これだから僕は――

「逆に考えるんだユーノ。おまえが変わればいいじゃない!」

肩を掴んで満面な笑みで俺良いこと言ったってな顔をしている。

「えっ、いや、なんでさ! 意味がわからないよっ!」

「まかせろユーノ。おまえを見捨てたりはしないさ。一緒に、頑張ろうな?」

「だから、人の話を聞いてーーーーー!!」







その後のことは話したくもない。

神様どうかこの明るいと煩いを勘違いした男をどうにかして下さい。

それだけが僕の願いです。




[11220] 三話
Name: リットン◆c36893c9 ID:2c4b1fa8
Date: 2010/04/29 19:15
金欠である。

金がない。まったくない。No moneyである。

奨学金の振込みまで後15日待たねばならない状態で一銭も無い極限状態だ。

何度見ようが通帳にはゼロと表示されている。

記帳したら増えてるかもしれないと何度かやってみたが駄目だった。どうやら俺には足長おじさんはいないらしい。

振り込んでくれたらいくらでも『おじさん、ありがとう』とにっこり微笑んであげるというのに。

やっぱロリじゃなきゃ駄目なのか……

いっそのこと、女装するか。今の俺なら見栄えは映えるだろう。

そうだ、変なプライドは捨てよう。お金、大事である。

生きていくためには多少の苦難は付き物なのだ。苦労は買ってでもしろと偉い人が言ってたじゃないか。




「ユーノ君、おーい」

「……」

さっきからガン無視である。

何が気にくわないというのか。

「無視してないで評価してくれよ。どうよこれ?」

とりあえず、ウィッグ付けて、女子生徒からかりた服とスカートを着ている。

最初は貸す事に難色を示していたが『ユーノがさ……どうしてもっていうんだ……』と若干はにかみながら言ったら、ものすごい勢いで貸してくれた。

写真があったら5000以上は出すとのことだ。何の写真とは流石につっこめなかったのはご愛嬌。

「おーい」

一向に俺の方さえ向いてくれないのでユーノの肩に手をかける。

と、ものすごい勢いで振り払われた。

「近寄るな、この変態!」

ふむ、あのユーノ君がずいぶん強くなったものだ。

あの優しかったユーノ君が。ため息をつきながらもしょうがないなーと付き合ってくれたユーノ君が。

成長したな……お兄さんちょっと感動したよ?

「まぁ、そんなことより。どうよこれ?」

「そんなことじゃないよ! ちょっとは気にしてよ! 今までの君はよく見たら変態だったけど今は変態そのものだよ!」

「なるほど、ものほんか。なかなか本物って巡りあえないからな。いい経験だな!」

サムズアップしてやる。ナイス変態!

「なんでそんな他人事みたいな顔して言ってるのさ!! 今までもおかしかったけどこれは振り切ってるよ! 大体なんで女装なのさ!」

「よくぞ聞いてくれた。これはな聞くも涙、語るも涙の話でな。まぁ、要約するに金がないんだ」

「要約しすぎて涙どころか疑問符しか出てこないよ!」

「落ち着けユーノ。隣近所に迷惑だろ?」

「■■■■■■■ーーーーっ!!!」

あっ発狂した。

近頃キレやすい若者が話題になっていたのを思い出す。

昭和ではちゃぶ台返しなるものがあったらしいが、その時は最近キレやすい父親が――とかなったんだろうか。

親父とちゃぶ台とキレるの因果関係。難しいね。

ちゃぶ台ってのは何かあるのか? 掴むと投げたくなる、そんな魔力を発していたのか。

持った瞬間、こ、この材質と手触りと形状は!?とかなるのだろうか。すごいなちゃぶ台。昭和の宝具と呼んでやろう。

まぁ、丸いしな。きっと、フリスビー感覚に違いない。うむ、昭和の親父すげぇな!

そりゃ、今の男は草食系男子とか言われるわけだよ。

ところで、草食動物は雌をめぐってそりゃ悲惨な戦いをするわけだけどもそこら辺はどうなのだろうか。

肉食動物は死というものが間近なためか諦めは早い。負けると判断したならすぐに止めてしまう。

草食動物は肉食動物と違って狩をしないため致命傷がわからず、何度も、何度も、戦いを繰り広げるのだ。

普段戦いをしない故、引き際がわからず命を落とすことも間々ある。

そう考えると――

「――人の話しを聞けぇーーーーー!!!!」

気が付けば、レイジングハードが突きつけられていた。

拙い。ユーノ君マジ切れである。

その目、ちょっと怖いよ? キャラじゃないよ?

さて、どうやってなだめるべか。

前、これで気持ちを落ち着けてとフェレット用の缶詰を渡したら普段撃てないくせにディバインバスターを撃ってきたからな。

怖い、怖い。人ってのは割と簡単に限界を超えるらしい。

だいたい専用のデバイスなんて卑怯だ。こちとら金がないから学校の備品であるストレージデバイスをかりるしかないってのに。

ぼろいし効率最悪だしでいい所なんて一つも無い。

その点こいつのはと、レイジングハートの切っ先を見て――

「これだーーーーーーーー!!!!」

「!?」

俺の大声にユーノがビクッとなる。

いや、そんなことはどうでもいい。

閃きました。閃きましたよ。頭の上に電球が光りました。

気分は乱れ雪月花。早速行動、即実行。

チャンスの神に後ろ髪は無い。

幸運の女神は飽き易い。

いざ、行かん――






「……もうこんな生活やだ」

部屋の扉を閉める際、ユーノが夏の甲子園でさよならホームランを打たれた投手のような格好で燃え尽きてるのが見えた。

夏はこれからなのに何やってんだあいつは。











――「出来た、出来た、出来ましたよー!!」

水でお腹を満たしつつユーノに集るということをし続けてようやく完成した。

「……フリード。うるさいよー。食べ物なら明日奢ってやるから今日は寝なよ」

寝ぼけ眼で、だいたい何時だと思ってるのさーとユーノが続ける。

この野郎、人がこう活路を見出したってのに祝福の言葉とかないのか。

しょうがないな、一人でやるか。

「おめでとうございます。フリードさん!」

「いやー、それほどでもありますよ」

「勝因はなんだったんでしょうか?」

「やっぱり気づけた事ですかね。それが一番大きいですよ」

「なるほどー。では――」

「――わかった、わかったよ! 起きるから、その奇行やめてよ!」

目を擦りながら言いつつユーノが起きてきた。

「奇行とは失礼な。誰も褒めないなら自分で褒めるしかないでしょうに」

「はいはい、おめでとう。フリードはすごいよ」

「そっ、そうか? はは、そうかそうか」

「……フリードって幸せだよね」

「よせやい。照れるじゃないか」

「……」

何故に深夜に生暖かい目で見られないかんのか。

こうなったら見つめ返してやろうか。

「で、いったい何があったのさ」

「んっ? あぁ、これだよこれ。」

そう言って、出来たばかりのストレージデバイスを見せる。

「ストレージデバイス? そういや、デバイスマイスターの資格取ってたね。あぁ、自分専用のとか?」

「ちゃう、ちゃう。売るんだよ」

「売る? んー、どうだろ。難しいと思うよ? 相当品質がよくないと個人のものは売れないって聞くし」

「まぁ、見とれ」

食うものにすら困るという背水の陣だ。ハングリー精神見せちゃる。

それに、これは目的の一歩に過ぎない。こんな所で躓いていられない。






運がよかったのか。オークションで早々とそれなりの値段で捌くことに成功した。

「どうよこれ! 向いてきたじゃない風が」

ひゃっほーいと歓喜を表現しつつ次のビジョンを心の中で見据える。

イケる。手応えは掴んだ。

「よかったね。これで僕も一安心だ」

これでようやく、落ち着いて眠れるとユーノが続けるが――

「何言ってるんだ、まだまだこれからよ? まだ入り口ですよ?」

「……えー」

心底げんなりした顔でユーノが言った。






――季節は冬に入る。

おこたでミカンと言いたいところだが、そんな物はないし暇も無い。

「ふははははははははは、絶っ好っちょーーー!!」

「そんな馬鹿な……」

フリード製のストレージデバイスはかなりの好評を得て入荷すれば即完売の様相を呈していた。

物作り大国日本出身の人間なめんなやーー!!

製品のきめ細かさと品質で金髪共に負けてたまるかよ。俺今銀髪だけど。

「どうですかユーノ君。これが世間というものですよ」

「いや、うん、これは本当にすごいよ」

「ふふふふ、まだ驚かれては困るんだなーこれが」

「えっ?」

「見たまえ、これを」

じゃじゃーんとたった今完成したばかりのものを見せる。

「えーっとこれは? あー、インテリジェントデバイスか。ってすごいじゃないか! こっ、これ自作なんだよね?」

「勿の論だともさ。設計構成すべて自分でやってる」

「うわー、あっじゃあ、これがやりたかったものなんだ。自分専用を自分で作るかー、すごいよ本当」

「んっ? 自分専用? ちゃうちゃう、この子も売っちゃう」

処女作だから売りたくはないがしょうがない。

この子のために、だいぶお金を使っちゃってる。売って資金を回収しなければ次に進めないのだ。

「えっ? 売るの? これを? そんなもったいない!
 それに、インテリジェントデバイスってあんまり売れないよ? 高いでしょこれ?」

「高いっちゃ高いが、まぁ我に秘策有りだ」

「えっ?」

さっきから驚いてばかりの友人を横目にデバイスを起動させる。

「ほらよ」

「わっわ、っと、別に普通のデバイスに見えるけど」

『初めましてご主人様』

「――っ!!!」

ユーノが驚いてる。まぁ、そりゃ驚くか。

「……なにこれ」

「何が?」

「いや、何か、デバイスが話しかけてきた瞬間映像が頭の中に……」

「あぁそれがこの子のイメージだな。まぁこれが秘策よ。特許も取得済みだ」

「……この女の子はフリードが考えたの?」

「いんや、この子は持ち主の好みを把握して映像を流してる。でどんな娘が見えるのよ」

「!? ……そんな風に言われて言える訳ないよ」

真っ赤にしちゃって。まぁかわいい。

「インテリジェントデバイスってのは所持者との意思疎通が第一だしな。たぶん需要はある」

というか無いと困る。やりたいことはまだあるのだ。

「……おーい、いつまでデバイス持ってボーっとしてやがるんですか」

「っ――!! あっ、は、はいっ!!」

投げ渡すようにしてデバイスを渡してきた。本当にどんな娘が見えたのやら。

「……売るんだよね?」

「残念ながら売るなぁ。なんだレイジングハートに実装して欲しいのか?」

「っ――いっ、いらないよ!!」

何もそんなに慌てなくてもいいだろうに。






――「よし、完成」

半ば半信半疑で作ったがどうだろうか。これこそ需要が気になるところだ。

「おーい、ユーノ」

「んっ? あぁ、新作?」

「そっ。でな、テストしてみてくれ」

「テストって、えっ? なにか新機構でも入れたの?」

「新機構って言うか新機軸? まぁ、起動すればわかる」

俺の言葉を受けユーノがデバイスを起動させる。

これが受け入れられるかどうかで世界が変わるな。

結構悪い意味で。いや、良い意味か?

『ちょっと、あんた。起動するのが遅いのよ!!』

「「……」」

部屋に沈黙が満ちる。

『ちょっと! もう、聞いてるの?』

ユーノの顔がギギギと軋む様にこちらを向いた。

「……なにこれ?」

「えーっと、なんというかツンデレ?」

「つんでれって何さ」

「諸説あってだな――」

淡々と説明していく。淡々と。


『次はもっと早く起動しなさいよね! ……待ってるからね?』

そして、デバイスの起動を止めた。

「「……」」

再び部屋に沈黙が満ちる。

「……これも売るんだよね?」

「……まぁ、売るねぇ」

「売れるの?」

「どうだろうねぇ」

二人でどこか遠くを見つめながら言うのであった。








「どうや、俺の勘に間違いなんてなかったんやーーー!!」

新機軸フリード製インテリジェントデバイスは需要暴騰による市場価格高騰で3000万近くまで上がっていた。

「他に類を見ない発想! そして真似できない様に特許も抑えてある! 勝ち組、ふぉーーー!!」

「……」

「どうしたのかねユーノ君。我が社、フリードカンパニー略してFCに入社したいかね?」

そうなのである。この高騰により色々な問題が見え始めたため会社を興した。

今やシャッチョーさんだ。万札燃やして暗いだろ見えるかい? とか出来るのである。いや、まだ出来ないけど。

「……いや、いいよ。なんというかさ、とんでもない物にミッドが侵されていく気がするんだ」

「大丈夫! その想像は間違ってないよ!」

「間違ってないんだ!?」

うわーと頭を抱えるユーノ君を尻目に新機軸5種目の投入を決意する。

「よし、これで次はあれがいけるな!」

「……なんか聞きたくないけどアレって何?」

「えーっとな。所持者をな、いよーな程愛するデバイスだよ」

「異様なほど?」

「そっ。でその所持者に近寄るものは異性だろうと同姓だろうと嫉妬していってな。
 一定値を超えるとその近寄ってきた奴らを○していくイメージ映像を所持者の夢に――」

「ぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーー!!!!」

結局、ユーノの猛反対にあい無期限延期と相成った。


「需要、あったと思うぞ?」

「駄目に決まってるでしょうが。そんなのが流行ったらミッドは終わりだよ」

「いや、もうたぶん、終わってるというか始まってると思うぞ?」

「えっ? 何がさ? 始まって???」

「ん、まぁ、各所でミッドチルダハジマッタとほら、この通り喜びの声が俺宛の葉書で――」

「――いや、いいや聞きたくない」

なぜにそんな疲れた顔をしているのか。

「……スクライアだけはマジメに生きよう」

「あぁ、そうそうこの葉書に中にスクライアの族長からの――」

「いやーーーーーー!!!!」

今日も今日とてユーノの絶叫が魔法学園に響く。

多くのものはそれを聞き日常になんら変わりが無いことを確認していた。







――2度目の夏がやってきた。

「あぁクソ。微妙だ」

返ってきたテストを見て愚痴る。

「魔法史? 興味ねーです。とかいってまったく勉強しないからだよ」

自業自得だよといった顔でユーノが言う。

「興味ないものは興味ないんですよ。実践と魔法理論だけでいいじゃん。他は不要だよ不要。なんだよ魔導師倫理って」

「あはは、制御系と物作りに関しては稀代の天才と呼ばれてる男ともあろうものが何を言ってるんだか。先生も言ってたでしょ、見本となれって」

「それは、ようするに器用貧乏ってこったろうが。素直に喜べないねー。
 しかも見本って。この年での社長業が珍しいから広告塔にしたいだけでしょーが」

学園の顔にしたいんだろうが御免こうむる。

にしても俺、中途半端なのである。何がというと能力がだ。

全てにおいてできる。と言えば聞こえは良いが、要は突出したところがないわけで。

つまりは、RPGでは使えないキャラ筆頭だった。

それを補うためにオリジナルの魔法の開発もしようと思ったけど、正直デバイス作りが面白すぎてほとんどやっていない。

……このまま惰性でデバイス作って生きていったりしてなー。思わず、はははと乾いた笑いをあげたくなる。

「――そういやさ、自分専用のデバイスとか作らないの?」

「んー? 作るよー。っていうか作ってるよー」

「あっ、そうなんだ。……やっぱ新機軸?」

「まさか。相棒だもの。俺がこんなんだからそれを止める役目を担うし」

そう、なんたって相棒だからね。行動をもって生死を共に分かつんですよ?

そりゃ、もちろん自分専用にカスタマイズですよ。

「えーー、意外と言うかなんと言うか。じゃあ、あの女の子の映像流す奴だけ?」

「いんにゃ」

「えっ、まさか新機軸乙女Ver?」

心底嫌そうな顔で聞いてくる。

「なわけあるか! 普通だよ普通。そういうものより全部他に処理をまわす」

「んっ? 他って?」

何か作ってたっけてな顔をしている。

ふふ、内密に作ってたからな。まぁもっとも傍目から見たらデバイス弄ってただけにしか見えないから絶対に気づかないとは思う。

「聞いて驚くな! なんとな、デバイスの形態がな108個とれるという無駄設計!
 ずっとな、戦闘前に『俺のデバイスの形態は108式あるぞ』と言うのが夢だったのよ」

胸を張って答える。

言ってやった。ついに言っちまった。

デバイスを作り続けて以来ずっと暖めていた構想だ。

ようやく表に出せた――

「ふーん。でもそれって全部使うの?」

「……もう、おまえには話さん」

「えぇーー!? なんでさ!?」

「うるせぇ! 男のロマンがわからねぇ奴なんざ魔王様に粛清されちまえーーー!!」

ドップラー効果と微妙な哀愁を残して立ち去った。

「……なんだってのさ」








 ――親友にこの時間にテレビを見ろと言われていたのを思い出し読書をやめテレビを付けた。
 親友というより悪友に近いんだろうかと、まだ目的の番組が始まらないテレビを見つつユーノは考える。
 いや、やはり親友には違いない。どんなに煩くされても、もう煩わしいと思うことがないのだ。
 悪友に近いならばそうは思えない。

 理由を考えれば色々出てくるが、やはり彼が一生懸命だったのを見ているからだろう。
 ずっとだ。ずっと何かに真剣に取り組む姿を見せられれば嫌でも応援したくなる。


「はぁ」


 結局乗せられてるのかと思わなくもない。だが、乗ってたほうが何か起こりそうで確実に面白いのだ。
 以前ならこうは思えなかった。両親が居ないせいもあってか、積極的に人に近寄ろうとは思わなかったのだから。
 迷惑をかける。その言葉にいつもビクビクしていた気がする。
 同じように両親が居ない、しかも後ろ盾すらない彼に聞いてみたことがある。

『迷惑を掛けるって思ったら行動できなくならない?』

 彼の答えは簡単だった。迷惑を掛けたと思うなら返せばいい。掛けてないと思うなら返さなくていい。
 人はどの道生きてる以上迷惑は掛け続ける。なら自分の見える範囲のみで返しゃいい。それ以上は神様にでもなって考えてくれ。
 そういって笑ったのを鮮明に思い出せる。

 なんのことはない、単純明快だ。やってから考える。それで迷惑を掛けたと思うならそのとき考えればいいそれだけなのだろう。
 こういう答えに当たり外れはない。これは強い人間の答えだ。だが、この答えを好ましいものだとユーノは思う。
 自分が弱いからだというつもりではなく、単に彼がフリードが出した答えだからだ。“らしい”とどうしても思ってしまう。


「……やれやれ」


 どうも思考が彼の擁護に回るのはあの後に言われた言葉のせいなのか。

『なら、僕に迷惑を掛けてるのはいいの?』

 そう続けて問いたら返ってきた答えが、また――


「では、続いて本日のゲスト若き天才デバイスマイスター、フリード・エリシオンさんです!」


 目的のものが始まった。流石に緊張しているのかと思ったがいつも通りだ。
 ユーノは苦笑する。


「やっぱりフリードは強いよ」


 本当にそう思う。



 その後、フリードの猫の被り具合に怖気が走ったりで番組を見るのが苦痛だったとフリード本人に訴えるユーノの姿があった。


「まぁまぁ落ち着けよ親友」












――「うっしゃー終わったー」

長かった、いや、あんがい短かったな。まぁとりあえずようやく学業が終わった。

金も貯まったし言う事なしだ。この世界に来たときのことが嘘の様だ。

「おめでとうフリード」

「おう、おめでとさん」

ユーノが笑いかけてくる。うむ、嬉しそうで何より。

「スクライアに戻るのか? 主席様」

「もちろんだよ。特別表彰生様」

「うっ、嫌な所付いてくるじゃないか。あのユーノ君がやりよるわ」

「あはは、お互い様だよ。それに君に散々鍛えられたんだ。これぐらいはね」

そう言って笑うユーノを見て早まったかなーと思う。

弄られてるときのユーノ君の方が俺は好きです。カムバックユーノ!

「……何やってるのさ」

空に向かって指を鳴らす真似をする俺に、ユーノが怪訝そうな顔で話しかけてくる。

「明日からもう突っ込んでくれる奴はいないんだよ? ちゃんとしないと」

「……おまえは俺のなんなんだ」

「親友、だろ?」

いい顔だな。本当に良い顔だ。

もう、ユーノちゃんってからかえないな。

「だな。じゃあな親友! また、どこかで必ず!」

「うん。また、必ずどこかで!」



空は雲一つ無く、飛んでしまえばどこまで見渡せそうな蒼天の下、

二人は硬く握手を交わした。





[11220] 四話
Name: リットン◆c36893c9 ID:2c4b1fa8
Date: 2010/04/03 00:42
暇だ。

やることがない。

というのも――


「ボス! 例のシステム絶好調ですよ! おかげでシリーズ7も好調です!」

「……そうか」

肘を机に突き、口元の前で手を組むという姿勢を保ったまま答える。

最近ずっとこのポジションだ。

なんとなく社長としての威厳を保とうと思ってやってみたら、

なんかそれいい! と社員にやけに好評だったため自然とこうなってしまった。

おかげでこの姿勢を保ったまま一日中難しい顔をして前方を見つめるという作業が日課になっている。

どうすんのよ、これ。止める人がいないどころか肯定されたため引くに引けないんですけど。

椅子に座りながら、いい加減この体勢は辛いんですと目で訴えるしかない。

しかし、誰も取り合ってくれないのだ。視線が合うとなぜか皆、親指を立ててわかってますぜ旦那ってな顔をしてくる。

なんだこいつら。誰が選んだんだ? キラキラした目をしやがって。

まぁ、もちろん選んだのは俺である。

学園卒業後すぐに自分一人では手が回らなくなったため、社員を募集したのだが想定外の人数がやってきた。

募集人員に対して受験者総数が実に200倍というアホなことになったのだ。

しかも、大手のデバイス開発会社からの転職も多かったため人選にはかなり苦労した。

夢を語る者○○たんはすばらしいと力説する者、設計構成に惹かれた者色々いたが、

最終的に絞り込んだのは、おまえそれは病気だぜって奴らだった。

それが間違いの始まりだったと言わざるを得ない。

いや、皆かなり優秀ですよ? おかげでやる事自体は2週間程度でなくなってしまったし。

でもね、やっぱり一人ぐらい常識人を入れるべきだった。

『○○ってよくね? あぁ○○はいいね。じゃあ○○でいくか。おお、賛成、賛成――』

『――待ちたまえ諸君! ここはむしろ○○○だろう!』

『……しゃっ社長、ボッボス、サー、お兄ちゃん社長! ――流石! そこに痺れる憧れる――』

そんなこんなな日常風景。皆様いかがお過ごしでしょうか?

僕は落ち込んだりもしないし、元気とも言いがたいです。

……ユーノ君カムヒア!

スクライアに居るであろう親友に助けを求めた。

「――後、あれどうします? あんまり皆やる気がないみたいですけど」

「……あれとは?」

「フリード式安全機構付き並列カートリッジシステムですよ。なんか面白みのない機構であんまり社長らしくないですよね、これ」

「……問題ない。続けたまえ」

「了解しましたボス。ではっ!」

颯爽と立ち去る。いつも元気やね。

「社長、お電話です。管理局からですけどどうします?」

管理局? またなんの用事なんだか。引き込みだろうか? ここ最近はなかったんだけどなー。

どちらにせよめんどくさい事に変わりは無い。役人相手は色々と疲れるのだ。

出ないわけにはいかないので余計にそう思う。

「繋いでくれ」


「――質問なんだがいいかね」

「!?」 

とても聞いた事のある声がする。意外すぎて思わず嫌ですと言うところだった。

「……質問内容によりますね」

「ふむ、属性とはなにかね?」

人の話を余り聞いてないね、この人。

まぁ、人のこと言えた義理ではないので何も言えないが。

「属性?」

「君の会社でやってることだよ」

「あぁ、なるほど――」

新機軸もといシリーズを懇切丁寧に説明する。

「――ということです。今ならシリーズ7、無口属性の奴がお勧めですね。
 別途に新システム、ダイナミックシンクロシステムで感情がダイレクトで伝わるのでより互いの理解が得られますよ」

「……ふむ、そうか。礼を言う」

「いえいえ。そう言えばお名前を伺ってませんでしたがお名前はなんと?」

「――ジェイル・スカリエッティ」

なかなか堂々と名乗ってくれる。いや、流石ですね。

「そうですか。では、いずれ遇うこともあるかもしれないですね」

「ほぅ? 何故かね」

電話越しから若干の感情を帯びた声が聞こえた。

「いえ、ただそういう気がしただけです。ただ、こういう感は僕よく当るんですよ」

「……ふむ、なかなか面白い。どのようにして遇うか楽しみにしようではないか」

「ええ、こちらも楽しみにしています。では、この因果の重みが無くならんことを願います――」



「ふぅ」

純粋な管理局からより100倍疲れた。

でも、うん、そう、なかなか面白いじゃない。おら、わくわくしてきたぞ?

「社長、社長」

「?」

何やら俺の胸辺りを指してジェスチャーしている。

なんのこっちゃ、手話は専門外ですよ?

「あぁもう、姿勢ですよ姿勢! ほら、いつものやつです!」

「あっ、ごめん、ごめん」

慌てていつもの姿勢に戻る。

「そうです、それですそれ!」

それがなくっちゃなーと自分の仕事に戻る社員さん。周りの奴らも皆うんうんと頷きあっている。

……いや、だからこれに何の意味があるのよ。何の様式美なのよ。

別にこれ置物でいいじゃねーか。机の上にドンと狸の置物でも置けば代わりは勤まる気がするぞ?

とりあえず、通常運行通り難しい顔をしつつ前方を見つめるという作業に戻る。

「……ユーノ、俺頑張ってるよ。……おまえはどうだ?」

焦点をぼかしながらどこか遠くを見るように呟いた。

なんか涙が出そうになるのは、郷愁に駆られたからに違いない。

「? ――何か言いました?」

「……問題ない、続けたまえ」

「はい、お任せ下さい!」

元気だね。良いことだ。いや、本当に。







――PT事件まで後3ヶ月半と迫っていた。

思うにジュエルシードをどうにかしてやれば事件は抑えられる。

が、肝心の方法がこれと言って思いつかない。

一応は、事前にユーノの所に行ってどうこうするという手を思いついたが確実じゃない。運んでる最中に襲われているのだ。

相手はSランクオーバーの魔導師。いくら警戒しようが予想だにしない奇襲のされ方で全てが泡沫に帰す可能性がある。

大体、事前にどうこう色々と計略を張り巡らすのはキャラじゃない。

慣れない事したって無駄だってばっちゃが言ってた。

……なら、簡単だ。現地直行だろ。その方が性に合ってる。海鳴へ生ものをお届けだ。リボンでも付けようか?

ちなみに、PT事件に介入すること自体は初めから決定している。親友のピンチではあるし、何より一つ許せない事がある。

で、問題は何時行くかである。

今行ってもすることなんか何も無い。海鳴観光ぐらいのものだ。だが、3ヶ月半も見て回る所があると思えん。

時の庭園の居場所を探るためとかカッコいい事言いたいけども簡単に見つかる程多分甘くない。

「あー、うぉっしゃい!」

気合一撃。凝り固まった思考を払拭する。

考えてても埒があかない。んなもん、現地にいってから考えればいい。

文字通り机上の空論を並べるぐらいならよっぽどマシだ。

幸い会社は順調も順調。俺が居なくとも何とでもなる。

最近はデバイスのパーツのため新素材を探しに秘境へとかいうのも無くなったし、戦力としても必要ない。

なんとかなるなる。

というか、俺の今の立場は唯の置物だし。

考えるとちょろっと涙が出そうになるので、頭を振って“置物”という言葉を消す。

大丈夫、俺、強い子。

「よっしゃ、すとろーんぐ! じゃあ、皆ちょっくら行ってくるから後よろしく!」

「……どこにですか?」

「最果ての地だよ」

「そうですか。いってらっしゃいませ!」

満面の笑顔でサムズアップしてくる。

流石ですねと続けられたが何が流石なんだろうか。謎だ。

「……まぁ、いいや。んで、これが俺の居ない間のフリードMk-Ⅱな」

そう言って出したのは、シーサー。なんでも魔除けになるんだとか。すごいよねシーサー。

一歩間違えるとシーザーだ。強そうだ。なんとなくカエサルよおまえもかと言いたくなる。

「……これは?」

「いや、だから俺の代わり。こいつを机の上に置いておくから安心してくれ!」

「……社長、ちょっといいですか?」

「何かね?」

「これ銀色じゃないです! こんなの社長じゃないですよ!」

「……」

棚からカラー・シルバーと書かれたペンキを取る。

懇切丁寧に塗ってやる。シーサーもといフリードMk-Ⅱに。

これって罰当たりなんじゃなかろうかとちょっと思いもするが大丈夫だろ。

なんたって銀だし。うん、かっこいい。coolだ。

「これでよし、んじゃこいつの言う事は俺の言う事だから」

「んー、社長にしては銀の乗りに艶が足りんですがまぁいいでしょう。Mk-Ⅱですし。」

皆、Mk-Ⅱを見て不満ではあるがしょうがないと言った顔をしている。

若干不安ではあるがまぁいいか。

「それじゃあ、行ってきます――」



そういや、やっぱり俺の代役は置物でも務まるのな。誰も突っ込まなかったし。

……べ、別に悲しくなんかないんだからね!








――そんなこんなでやってきました海鳴市。

唯、問題がある。

「さみーよ! 馬鹿か、これ」

季節は1月。色々早まった気がする。ようこそ海鳴市へじゃねーよ?

雪ふってんぞ雪。積もるほどではないがそれでも寒い事に変わりは無い。

ミッドはこんなに寒く無かった気がする。

いや、俺のテンションが上がりすぎてるから寒く感じてるのか?

なんてったって、久々の地球だ。しかも、日本。

海鳴自体は俺の住んでいた世界では存在しなかったが、それでもテンションが上がるというものだ。

今なら、スーパーなサイヤ人にだってなれる気がする。

ちょっとやってみようか。



――疲れた。

すごい疲れた。

真冬の空で魔法を繰り広げつつ仮想の敵と戦う事およそ1時間。

敵がこれが私の真の真の姿なのだよと、5回目の変身を果たしたところで力尽き、俺の負けとなった。

奴は強かった。自動回復が鬼過ぎる。まさか削ったそこから回復するとは。

「……俺もまだまだだな」

世の中強い奴は腐るほど居る。そう思い知らされた。

――強くなってやる。そして、いつか俺より強い奴に会いに行くと言って旅に出るんだ。

決意、いや誓いか。とりあえず、この海鳴の電柱に俺の今この時この想いを込める。

『電柱よ。おまえが決して倒れないように俺も決して倒れねぇ。それを今ここに誓う』

冬の寒さに晒されひんやりとした電柱におでこをくっ付け目を閉じながら想いを預けた。

そして、電柱から身を離し、そのまま電柱の方を見ず踵を返す。

決して振り返らない。

漢の誓いだ。振り返るのは無粋だろう

――と、前に意識を向けると俺のほうを見ている車椅子の少女が居た。


「……Hello!」

「!?」

少女がビクッとなる。何をそんなに驚く必要があるのか。

「……は、はろー」

「No,No,No,Hello.OK?」

「あっ、えーっと、……ヘロー?」

「A~No.Almost there.Need only slight improvement」

「えっえっえ、ごめんなさい。何言うてるのかわからんです」

「Oh……sorry.One more please」

ニッコリと微笑む。大丈夫外人怖くないよー。

「えっ? あっ、あー、んっ、えっと……Hello」

「Very good!!」

「やった? 大丈夫なん? よかった……。あはは、どうもありがとう」

少女がはにかみながら嬉しそうにしている。

いいね。心がホカホカする。

「うん、完璧だった。今なら駅前入学なんかに負けてない」

フリード発音検定3級を授与しよう。

「って日本語喋っとる!?」

「さらば少女よ! また出会うときまで!!」

「えっちょ――」

ダッシュでその場を後にする。

漢は振り返らないものなのさ。

何か言ってた気がするが気のせいだろう。

言ってたとしてもきっと、外人さん教えてくれてありがとうとかそんな感じに違いない。







――外人ってのは色々あるものだ。

観光客だと思われるのかまず、補導されない。

そして、なにかしら遠慮されている気がする。

おかげでコンビニの長時間立ち読みもスムーズだった。

店員が見て見ぬふりをするし、俺の周りにはきっちり2mのパーソナルスペースが出来ていて超快適だ。

ちょっと店に悪いかなと思わないでもないが、やることがないのだ。勘弁してください。

あっ、でも決してニートじゃないのでそこらへんは安心してね? と視線を店員に送るとなぜかビクッとなって視線を逸らされた。

……差別ですか? これは差別でしょうか? 銀髪だからってそんなに警戒しなくてもいいだろうに。

外人がジャンプを読んで時折ニヤリとしたりする光景がそんなに珍しいですか?

と、そろそろ下校時間だ。将来の魔王様候補だ。一応は見ておこうか。

店を出る際『Thank you』と店員に言うとやはりビクッとなっていた。


ちなみに、あまりに暇なので、立ち読みついでに電話帳でこの世界における俺の存在を調べて見たが家系ごと無くなっていた。

どういうことなのかという推論は不要だろう。ここに俺が居る、それで全てだ。

後に引く気なんかないし。前へひたすら前へである。

そう閃光のようにだ。








前方から仲がよい事が人目でわかる美少女3人組みが歩いてくるのが見える。

さて、ここは大事だ。

如何にしてインパクトを残せるか。勝負の分かれ目だろう。

相手はなのはである。なら言う事は決まっている。

三人組が近づいてくる。

――すれ違う際、なのはに向かって

「I will defeat you.Nanoha」

言ってやった。





――「!?」

金髪の少女がギョッとした顔で振り向いた。

先ほど銀髪の少年が言った言葉が衝撃的だったのだ。

別に空耳程度に耳に入ったなら聞き間違いだったと流したかもしれない。

だけど、あれは間違いなくはっきりと聞こえたし感情が篭っており真に迫っていた。

「??? ――どうしたのアリサちゃん?」

親友の様子がおかしいと思ったのか両サイドで栗色の髪を縛った少女が疑問符を並べる。

「あいつ! 待ちなさいよそこの銀髪!」

しかし、金髪の少女は聞く耳を持たない。

言った事が本当なら事件性があるかもしれないのだ。

「えっ、えっ? いったい、どうしたの?」

「今、あいつがあんたに向かってあんたを倒すって言ったのよ!」

「倒す? わたしを? なんでだろ?」

「だからそれを確認するのよ! ほらっ、行くわよ! すずかもいいわね?」

「え~っ!?」「うん、なのはちゃん行こう?」

3人で駆ける。不穏な発言をした少年へと――





――まずった。

完璧に間違えた。

何故か追いかけてくる3人組みから逃げながら考える。

あそこは、『Nanoha will be defeated by me.(なのはは俺が倒す)』の方が良かったのに。仙道的に考えて。

しかし、何故追いかけてくるのか。追いかけてくる以上逃げるしかないじゃないか。

待てといわれて待つ奴なんかいない。待てよ、絶対に待てよから来る連想と一緒だ。

付かず離れず。不毛な鬼ごっこは続く。

くそっ。それとも、やっぱもうちょっと斜に構えて言い放つべきだったか?

それで怒っているのか? てめーもうちょっと頑張れよ。それでも悪役かと。

んっ? 悪役? なんで悪役? そりゃ倒すって言ったからだ。宣言しちゃったからだ。

いや、あれは将来の魔王に対しての挑戦状であって別に――

「――待てって言ってるでしょうがーー!!」

「!?」

真横を空き缶が通り抜けた。

うぉーい。それは怪我しちゃうでしょーが。

まったく最近の小学生はそんなこともわからないのかしら。

「!? ――っとーい!!」

2撃目だ。

だから、危ないっちゅーに。

「あーー、よけるなーー!!」

何を仰るのかこのパツキンは。当ったら痛いでしょうが。

尚も、無言で走る。無言で立ち去らないと決まらないのだ。

せっかく格好付けて英語で言ったってのに何か喋ったら台無しじゃないか。

それはありえない。というか許せない。矜持に反する。

だから逃げる。逃げ切る。

ふははは、捕まえてごらんよ、この僕を。

このフリード・エリシオンの名に誓い必ずや逃げ切ってみせようじゃないか!

かかって来い小娘共!









――「ふはははは、百年早いのだよ!」

ここはとある神社。長い階段がちょっとばっかりきつい景観の良い場所である。

完璧に振り切ったのを確認し、ここに宣言する我最強也と。

しかし、何か間違ったような気がしないでもない。

が、まぁ問題ないだろう。とりあえず接見はできたのだ。目的は果たした。

時の庭園を探しつつ、後はユーノを待とう。

「ふぅ、まぁ気楽に行きましょうかね~」

気張っても良い結果は出ないしね。















夜空を見上げるといつの間にか星が出ていた。

冬の夜更けは早い。

思えば地球の夜空なんて久々だ。

感慨深いものがある。

じっと、冬の夜空に浮かぶ星たちを眺める。

ふと、静かに手を合わせた。

瞬く星を見てやる事なんて一つだ。

そう、願いを託そう。

全てが上手くいくように。

全てのものが幸せであるように。


叶わぬ願いではないか?

そんなことはどうでもいいことだ。

叶う願いなら全て自分で叶える。

なら星に託す願いは自分ではどうにもできぬことだけだろう。

無数にあるのだ一つぐらいは奇跡を叶える星だってあるはずだ。

だから託そう星に願いを。






――運命の輪というものがあるのなら、おそらくここから回りだしたのだろう。





[11220] 五話
Name: リットン◆c36893c9 ID:2c4b1fa8
Date: 2010/04/03 00:43
『――という話らしいんですよ』

うんざりするといった感じだ。聞いている俺もうんざりするのだ本人は相当のものだろう。

『はぁ。んで、相変わらず内容は俺にと?』

『はい、必ず社長にということです。評議会の名前も出してきましたし、かなりマジですね』

『さよか。うーん、しゃーないな。一ヵ月後に必ず行くと伝えておいてくれ』

『……一ヵ月後ですか? これでもう今月に入ってから9回目の催促ですし勘弁して欲しいんですが』

『大丈夫! おまえらなら何とかなるさ!』

『え~、そんな。社長、そんなの銀色が泣きますよ!』

泣くのか。銀色が泣くのか。そりゃ大変だ。一大事だ。

泣いちゃいかんよ銀色は。なんせcoolだからね!

『いいか、よく聞け。よく俺の机を見ろ』

『……社長のパチモンがのっかってますね』

『パチモン言うな! まぁ、とにかく困ったらそれに祈りなさい。それも銀の系譜だ。きっとご利益があるぞ?』

本来なら魔よけに使うということなので、気休め程度にはなるはずだ。

それに銀色で強化されている。それだけで何か出来そうな気がしてくるではないか。

『はぁ、わかりました。とりあえずやってみます』

『あぁ、んじゃ頼んだよ――』



結局、時の庭園は見つからなかった。

管理外世界での魔法行使ということで、そこまで広域な次元探査魔法が使えないのがかなり響いたのだ。

過大な期待はしてはいなかったとはいえ、やはり無駄骨だったのだ少々気分が滅入る。

おかげで、あまり思い出したくない会社からの連絡の内容を鮮明に思い出してしまった。

「はぁ」

現実というのは実にめんどくさい

大人の世界はやだやだ。子供の世界万歳!

世の中皆ピーターパン症候群に罹ってしまえばいい。

大人というのは自由であると偉い人なのか小さい頃の誰かなのかはわからないが言っていた気がする。

しかし、実際には自由というお題目を材料にして責任という名の鎖を作るだけだ。

調子に乗って作っていくと、知らないうちに雁字搦めになって身動きすら取れなくなる。

これってきちんと等価交換になっているのだろうか。甚だ疑問だ。

だいたい、お互いの腹の探りあいに何の意味があるのか。

相手の好意の裏側を見て何が楽しいというのか。

疲れるだけだそんなもの。


「あ~、思考チェーンジ!」

混濁しそうな思考をリリカルなものにする。

今はそんなつまらん事を考える時じゃない。

もうすぐだ。後2,3日後には事件は起こる。

テンションを上げていこう。

不謹慎ではあるが祭りの始まりと言えると思う。

事件の悲喜交々は無視して楽しむことにしよう。

「よーしっ」

さて、久々にユーノに会う以上なんらかのインパクトは与えねばなるまい。

久しぶりだね! あぁ、久しぶり! なんてのは全く以って面白みがない。

それに切羽詰った状態での邂逅だ。気持ちを解きほぐすのは義務と言えるだろう。

では、どうするのか?

簡単だ。こういうのはまず見た目だろう。

ということで用意しました独眼竜の専用装備。そう眼帯だ。

唯の眼帯じゃないよ? ハイスペックと読んで廃スペックと書く代物です。

カッコいいとコストを無視して作ったら価格の概算でインテリジェントデバイス2本分掛かるという結果が出た割と笑えない品物だ。

おかげで商用は無理だと判断され見事我が社の無駄技術を示す一品となった。

既に今年の無駄にカッコいいものベスト3に入ると社内で評判だ。

今のところベスト3全部俺のアイデアで占められているので、初代無駄にカッコいい物1,2,3,はもはや独占確実だろう。

やっぱりこういう所で社長の威厳は示さないとね。唯の置物ではないんですよ。

「では、装着!」

さっそく付ける。どうだろうか? どんな感じよこれ。

こちらから見る世界は変わらない。センサーモジュールを起動させない限りは裸眼と同じように見えるようになっている。

問題は外観だ。それで全てが決まるといっても言いだろう。

鏡を見ようと思ったが思いとどまる。なんというか怖い。インチキ外人っぽかったらショックだ。

これはあれだろう。開き直るべきだ。元からこうなってましたでいくべきだ。

よし、俺、実は隻眼だった。

変と言われたら悲しく笑って遠くを見よう。たぶん、許されるだろう。


後は、デバイスだ。

持ってきたデバイス計8本。

ストレージデバイス3本にインテリジェントデバイス5本の構成となっている。

どうせならテストをばと新開発の調整品を持ってきた。

ちなみに、俺専用のデバイスはまだ108の形態をとる事ができないので持ってきてはいるが携帯はしていない。

そんなお粗末な姿を大衆に晒せない。なんというか気分の問題だ。

『我が社のリーサルウェポンと言われたまま終わりそうですね』

何か聞こえた気がするが無視だ、無視。

「よし、じゃあ、まずはおまえらでいこうか!」

『え~』 『めんどくさい~』

……誰がこんなに人間くさいデバイスにしちゃったんでしょうか。

「お前らに拒否権はない」

『デバイス差別だ~』

『そうだ、そうだ。ぶーぶー』

「あーあー聞こえないー」

なおも何か言ってくるが無視する。

不満なんて誰にでもあるのですよ?

そこを乗り切って良いデバイスになると先生信じてます。


開発コード“L”と“S”。

シリーズ6。双子の設定を基にして生まれたデバイスだ。

彼女達と表す様に姉妹であるが、兄妹とするか、姉弟とするか、

いやそれとも兄弟にすべきかで、あわや戦争になりかけたいわく付きのシリーズである。

折りしも先にシリーズ7が出たため外部のファンの間ではシリーズ6は忌数であり出ないだとか、

開発中の事故が原因で出ないなど、なかば都市伝説化してしまったナンバーでもある。

おかげでちょっとばっかし性格が曲がっちゃったのはしょうがない事だろう。

「いい子達だったんだけどなー」

開発当初を思い出しちょっと涙が出そうだ。

『今でも良い子じゃないかー』

『そうだ、そうだ』

なんでこうなったんだろうなー。

どこで育て方を間違ったんだろうかと、どこか遠くを見つめた。










――空が割れる。

「エス! エル!」

『あいよー、ワイドエリアサーチ』『わいどえりあきゃーっち』

自分を中心に空間が広がる感覚を感じると共に銀色の線が網目状に夜空に広がっていくのが見える。

今のところは、全てうまくいっている様に思えた。

「どうだ、捕捉出来そうか?」

『うーん、生命体補足は無理。捕まえられるのは6~8個かなー』

『それぐらいだね』

「……そうか。よしっ、それでいい。じゃあ、やるぞ!」

ユーノのことだ。無事だろう。なんだかんだいって丈夫なやつだ。

ここは手伝ってやることだけを考える。

『『お~』』

帯状に広がっていた銀線が収束し始める。

きつい、かなりきつい。二つの魔法を同時にコントロールしている上に範囲が広い。

「くぅ!」

『おぉ、がんばれー』『ふぁいとー』

気が抜ける。というか、こいつらやる気がねー。

俺に伝わるイメージ映像がお茶飲んで休憩している姿なのだ。

色々なめている。だがこれくらい単独で――

「うおりゃぁぁ!!!」

――やってみせる。


風が流れる。

辺り一面に広がっていた銀色が今は手元に残すのみだ。

そして、その銀色に包まれるように8個の宝石があった。

「はぁはぁ、ふぅ。どんなもんじゃーい!!」

『がんばった、がんばった』『えらい、えらい』

なんかセリフの後ろに棒と付きそうだが気のせいだろう。

ここは素直に好意を受け取ろう。

「まぁ、それほどでもありますよ」

『……エスちゃんマスターってのは選べないのが難点だよね』

『だねー』

「……そうかそれほど備品倉庫送りにされたいか」

『エスちゃん見てこれ。こういうのが最低なマスターって言うんだよ』

『エル姉、わたしたちってふこーだね』

よよよと姉に泣き付いている妹の図が見える。

そして、イメージ映像の中で3文芝居が始まった。

というか上手いね。3文という言葉は取り消してあげよう。

「あぁ、もうやめい。だいたいな――」

「――その宝石をこっちに渡して」

突然在らぬほうから声がしたので、ギョッとして振り返ると、

そこにはデバイスをこちらに向けて威嚇する黒衣の少女と狼のコスプレをしたような女がいた。








「――どうしましたかお嬢さん? こんな夜更けになにか?」

とりあえず紳士的にである。

変態的と紳士的の両天秤だったが時刻は夜だ。泣く泣く紳士的にの方を選らばざるを得ない。

流石にこんな時間に魔法少女以外のものとバトりたくない。

しかし、また唐突に現れたものだ。二人を見て思う。

まぁ、予想はしていた。

が、こんなに早くお目見えだとは思わなかった。

せめてユーノに眼帯の感想を聞いた後にしてくれればね。

これで壊れたらどうやってユーノに顔見せしろというのか。

自分の思い通りに事を進めたいなら、この娘相手に完勝しろということか?

危ない場面すら作るなという事か?

……面白い。やってやろうじゃない。

俺、やればれきる子代表フリード・エリシオン!

こん事じゃ、くじけない。

「……そのもってる宝石をこちらに渡して欲しい」

「ふむ、よくわかりませんがこれは友人のもの、名前も名乗らぬ輩においそれとは渡せませんね」

「……フェイト・テスタロッサ――これでいい?」

「そちらの女性は?」

「アルフだよ」

不満そうだ。さっさと奪ったほうが早いと言いたげだね。

まぁ間違ってない。俺もそう思うしね。

「そうですか、ではこちらも。おはようからおやすみまで、くらしに夢をひろげるミッドの悪夢こと僕、フリード・エリシオンです」

よろしくねっ! と続けるが乗ってこない。

俺と彼女らの間に乾いた風が流れるのがわかる。

……なるほど、心を折る作戦か。なかなかやるじゃない。

後少しで、泣きながら夜空に向かって皆が僕を無視するんだ、どうしようパトラッシュ! と叫ぶところだった。

「……あくむ?」

「そう、悪い夢です。まぁ希望の光と呼ばれる事もあります。極一部では神扱いだったりもします」

「???」

フェイトが首を傾げた。頭の中で疑問符を並べているのが見て取れる。

その姿は歳相応の顔で微笑ましい。

いいね、心がホコホコしそうだ。

「しっかりしなよフェイト! そいつの調子にのせられちゃいけないよ!」

「あっ、うん。――理由は言えないけど私にはそれが必要。どうしても駄目というなら――力ずくで取る!」

高らかに犯罪行為を宣言するフェイトさん。

そこに痺れ――いやいやいや、憧れるけど痺れない。

「まぁいいですよ。ただそれは犯罪です。それでもですか?」

「……」

返事の変わりに無言でデバイスを突きつけられた。

頼むからそんな悲しい目をしないでくれ。戦意が鈍るじゃないの。

たく、いい子だね。全く以っていい子だ。

だからこそ――


「よっしゃ、んじゃ俺は本気で行くよ? いいかい?」

「……うん。その方が助かる」

誰がとは聞かない。

「――では、不肖ながらフリード・エリシオン推して参る!!」



銀と金の攻防が始まった。






――金色の槍が夜空を薙ぐ。

「ちっ」

距離はミドルレンジ。視認しつつ身を振りかわす。この距離で当るわけないでしょうに。

さっきから様子見がひどい。そりゃらしくないだろフェイトさんよ。

おそらくクロスレンジで完全に見切れらたのが影響しているか?










――「はああああああっ!」

「くっ!」

上段からのサイズスラッシュをなんとか受け止める。

拙い。

ここで止まっては――

『ぷろてくしょん』

背後から伸びてきたアルフの拳にエスが対応する。

「なめんじゃないよっ!!」

狙いはバリアブレイクか。上等。

咆哮と共にバリアに向けて打ち付けてくる拳にエルを向ける。

『ストライクシューター』

銀の射撃をゼロ距離からぶっ放すと同時にエスを跳ね上げた。

「「なっ!?」」

アルフが直撃をくらい吹っ飛んでいきフェイトは――

『Photon Lancer』

見れば金色の槍が目の前にあるのが見える。

「当るかよっ!!」

全部で3つ金色の槍を寸前でかわす――

『Blitz Action』

黒衣が空間に溶ける。

――おそらく肉眼だけならば消えたように見えただろう。

だが、完全に見える。高性能眼帯の名は伊達じゃない。

後ろ手にタイミングを合わせて切り上げた。

「っ―――!?」

振り返ると完全に虚をつかれたという顔でフェイトは佇んでいた。

「エス!」

『ぶりっつ』

使うは全てを置き去る高速移動魔法。

「っ――!?」

フェイトの背後に回ると同時に、

「うぐっ!」

背後からエルで殴りつけ地面に叩き落した。

「エル」

『はーい』

4つの環状魔法陣とともに銀の塊がデバイスの先にできる。

後世の魔王の必殺技だ。得と味わってもらおうか。

「ディバイン――」

『――バスター』

銀の本流が唸りを上げフェイトに襲い掛かった。


「フェイト!!」

アルフがフェイトに駆け寄るのが見える。

「くぅぅぅ!!」

寸前でバリアを張ったか。

だがそんなんじゃこれは防げない。なんたって魔王御用達の代物だ。

「戦闘は火力!!」

高らかに宣言すると同時に相手のバリアが砕かれるのが見えた。





「アルフ! しっかりして!!」

フェイトがアルフを必死で揺すっているのが見える。

「そんなに揺すっちゃ余計に身体に悪いね」

キッと睨んでくるフェイトさん。 

うん、なかなか怖いです。激情家やね。

「アルフがいなければ取れていた勝負だよ。感謝するんだね」

「……」

フェイトは無言でアルフをキュッと一度を抱きしめるとそっと地面に横たえた。

「……言われなくてもわかってる」

そう言いつつフェイトはデバイスを持ち立ち上がる。

「まだやるのか?」

「……やる。アルフの仇とらせてもらう」

「これ以上やるなら、デバイスの差が絶対的な差であることを思い知る事になるよ?」

「問題ない。バルディッシュは強い」

『Thank you, sir.』

「無理だね。この子達は最新の技術で作られたデバイス。君のは旧型だ。さっきの戦闘でもわかっただろうに」

「問題ないと言っている! バルディッシュはそいつらなんかに負けない!!」

『Yes,sir.』

「……そうかい。ならその身に刻むといい。現役のデバイスマイスター入魂の作って奴をさ」





――さて、いつまでこんな攻防をつづけるのか。

ミドルレンジは本分ではないだろうに。

いい加減こちらから仕掛けるか?

「エス! エル! ハーモニックシステムを起動する」

『ええ~』『女の子相手に外道~』

「相手がそれをお望みなんだよ。見せてやろうじゃねーか。最新システムってのをよ」

一般品には搭載禁止になった代物だ。

これを搭載したものは社外秘扱いになっている。

「いくぞ、性能の差が絶対的な差であることをあの小娘に叩き込む」

『ん~? マスターも同じぐらいの歳だよねー』

『そーそー』

こいつちょーうけるってな映像が脳内に流れる。

……こいつら、後でデバイスコアに落書きしちゃる。

「は・や・くしろ」

『はいはい、いこうかエスちゃん』

『うん、エル姉』

二つのデバイスの間を魔力が循環するのがわかる。

やがて、それは大きなループとなって――

『まりょくさーち』

『うーん? なかなかうざいねー』

見れば魔力がフェイトに集まっているのが見える。

「あれは? くそっ! エル、リバースストライク」

『は~い。フラッシオーバ電圧サーチ。エスちゃん?』

『うん! さ~ち』

十分な魔力が貯まったのだろうフェイトが振りかぶるのが見える。

「くるぞっ!」

「サンダー――」

『さーち、かんりょー』

『残念金髪ちゃん、リバースストライク』

「――レイジ。なっ―――!?」

――瞬間、放ったはずの雷撃がフェイトに吸い込まれるのが見えた。

自らの雷撃を放ったと思った瞬間くらったのだ。悲鳴を上げる暇もなく墜ちていくのが見える。

『逆フラッシオーバ確認。リバースストライク成功。いぇーやったね』

『やったね!』

「はいはい、おめでとう。これで終わり――
 ……いや、なんというかすごいね。たいしたもんだ」

苦笑する。

眼下を見れば。バルディッシュを杖になんとか立っているフェイトの姿が見える。

母親のため、アルフのため、そして、バルディッシュのためか……

目を見れば闘志が衰えてない事がわかる。私はまだ闘える――そう、明確に感じ取れる。

最早立っている事すらやっとだろうに。それでもなお自分ではない誰かのために立ちあがるか。

その姿は敬意を払いこそすれ無様だとは思わない。

ならば、敬意を示そう。

誇りと優しさを持った少女へと。


「敵はまだ立っている。最大出力でいくぞ!」

『えー、バインドで終わりじゃん。かわいそー』

『かわいそー』

「いいんだよ。手加減なんか失礼だ。こちらの最大でいく」

『うわ、熱血だ。ひくねこれ』

『ひくー』

「……」

無言で睨みつける。なにこの空気の読めない奴ら。

『はいはい、んじゃいくよ』

『いこっかー』

中断されていた魔力の円環がまた形をなす。

エスからエルへ無限にループする。

『カートリッジロード』

『ぞーふくかいし!』

立て続けに6個カートリッジをロードするの見えた。

強制的な排気が行われる。

「くっ!!」

ものすごい負担が掛かる。こいつら人のことなんかお構いなしか。

いや、俺がやれといったんだけどさ。

FC式の負担の少ないカートリッジではあるがそれでも6個いっぺんにはきつい。

――そんな事など知らないとでも言いたいのか、途切れることなく大きくなる魔力の円環。

最早、目に見える。

2個のデバイスの先に銀の渦が形をなしている。

『んじゃ、もっといってみようか』

『いってみようかー』

「ばっ、ばか――」

『カートリッジロード』

『ぞーふく』

再度6個のカートリッジをロードする。

「ぐぅぅぅ! あっ、あほ、は、早く!!」

限界なんてもんじゃない。爆発寸前だ。

中空に浮かぶ銀の渦は既に大渦となっていた。

脳裏には楽しそうに壷の中をかき混ぜて渦を作る姉妹の姿が見えるがそれどころじゃない。

『それじゃそろそろいっこか。エスちゃん』

『だねっ』

銀の渦が中心に向かって凝縮していき塊となった。

直径10m超。十分だ。十分すぎる。

こんなもんに制御なんていらない。

唯、前方に向かって撃つだけだ。

眼下には最早飛ぶ事すら出来ないのか、地上に佇み俺に向かって呆然とした顔をするフェイトの姿が見える。

その彼女に向かってデバイスを向ける。

「いくぞっ! 俺のありったけ全部だ!! シルバー――」

『――スパイラル』

『――ぶれいかー!!』



――瞬間、全てが銀に包まれた。






地上に降りて感じる。これはやりすぎたと。

「まぁ、しかたねーな」

『仕方ないで許されたら警察いらないしー』

『そうだ、そうだ』

「……ちなみにおまえらは再調整行きだから」

『『え~!?』』

ぶーぶー言ってくるが無視を決める。

んな、使う人の身を考えないでカートリッジ使いまくるデバイスなんぞ再教育で当たり前だ。

みっちりかっちりやったるわ。

さて、アホ姉妹は置いといて、これをどうするか。

とりあえず、そうだな。

「おもちかえり~☆」

戦利品として持って帰ることにした。



[11220] 六話
Name: リットン◆c36893c9 ID:2c4b1fa8
Date: 2010/04/03 00:43
大破というより廃棄寸前と言ってしまったほうが良いだろう。

申し訳ない気持ちになるがこういうのは戦いの常だ。

直す事でお詫びとさせてもらおう。

最早、話す事すらできないヴァルディッシュのデバイスコアを見ながら考える。

「さてと、やりますか――」

――と、コアが光ったのが見えた。

「?」

人間で言うなら危篤間際だ。

所謂、絶対安静の状態である。正直、光ってる場合じゃないよ君? と考えつつ、

う~む、と頭を捻らせていると再度光った。

何か言いたいのだろうか?

俺への恨み言か?

謹んでお受けしようとデバイス修復機器の端末に繋ぐ。


――苦笑する。

あぁ成る程と思うと同時にこの子を使うマスターを羨ましく思う。

敵に向かって言うか普通。その豪胆さと強き意志には敬服する。

「……いいねぇ、実にいい!」

お望み通りにやりましょう。

こちとらデバイスとの絆を社訓に掲げる会社のシャッチョーサンだ。

こういうのを見せられて答えない訳にいかない。

それを抜きにしたとしても、こんなに熱い想いをスルーしたら漢がすたる。

「さて、どうする? どんな強さを求める? 最強? それとも――」












――アルフが起きた時そこは自身の見知った部屋ではなかった。

まだ、はっきりとしない頭に喝を入れ――

「――!?」

思い出した。あったこと全てを思い出してしまった。

瞬時に戦闘体勢に入る。

警戒と状況確認をと思うと同時に、拘束も何もされてないことを疑問に思う。

……とにかく優先すべきはフェイトの事だ。

それ以外は後からゆっくり考えればいいと考え、視線を部屋のドアへとアルフは向けた。

と、部屋のドアが開くのが見え――

「――おう、起きたのっ――!?」

ドアから人影が見えた瞬間、アルフは全力を込め拳を少年へと撃ちつけた。

しかし、拳は少年へと届く事はなく中空で銀の壁に阻まれる。

「くっ、バリアだって?」

「……まぁまぁ落ち着いてよ。これやるからさ」

そう言って少年はドッグフードを片手にアルフへとちらつかせる。

「なめんじゃないよ!」

先の戦闘で出来なかったバリアブレイクをここで果たす。

この余裕の表情の少年に拳を叩き込もうとアルフが吼える。

「やめとけ、やめとけ。お姫様に迷惑ですよ?」

「っ――!? フェイトに何をした!!」

「別に治療だけよ? 使い魔ならわかるでしょうに。あ~後デバイス修理のために生体データは取らせてもらったけどね」

信じがたい事だとアルフは思う。少なくとも自分たちをこんな状態にしたのはこの少年なのだ。

それを治療しただけでなくバルディッシュの修理までしているというのか? いったい何のために?

考えれば考えるほどよくわからない、自身では答えの出ようのない疑問がアルフの頭の中を埋め尽くした。

「……それを信じろってのかい?」

「信じるも信じないも自分で見りゃ良い。百聞は一見にしかずとな」

ついといで~と軽い口調で言う少年に警戒するも結局は付いていくしかない。

……なにかフェイトに異常があれば私にはわかる。その時はこの少年を――

そう、決心しアルフは少年について行く。


――「フェイト!? 大丈夫かい?」

ベッドに横たわるフェイトに向かってアルフが安否を確認する。

顔色は問題ないように見える。それに使い魔としてのフェイトととのリンクも寝ているだけだとアルフに伝えていた。

「まぁ、2日は目を覚まさないんじゃないか。こっ酷くやられたしね~」

そう軽くいう少年に向かってアルフがキッと睨んだ。

「あんたがやったんじゃないか!」

「だね~。でも、先に喧嘩売ってきたのはそっちね。人の物盗っちゃいけませんよ?」

「そんなことはわかってるんだよ! ……この子にはそうせざるを得ない事情があるんだよ」

グッと唇をかみ締め、搾り出す様にアルフが言う。

しょうがない事なのなのだ。こっちだって――と、アルフは誰にともわからない言い訳を心の中で呟く。

別にこの少年に許して欲しいわけでもないが、フェイトのことを悪く言われるのだけは我慢ならない。

そう、少なくとも何も知らない奴に文句を言われたくはないのだ。

「さよか。まぁ、これでも食え」

そう言ってまた少年はドッグフードをアルフへと差し出してくる。

「……あんたね」

「まぁまぁ」

なおも押し付けるようにしてくるため、しょうがなくアルフは受け取った。

“犬まっしぐら! あのチャッピーも認めました!”とよくわからない宣伝文が載っている。

「何か入ってるんじゃないだろうね?」

「ん~、どうだろ? 入ってないんじゃないかな? でも、美味しいらしいよ?」

なんたってあのチャッピーが認めたららしいしと少年が続ける。

チャッピーって誰よアルフはと思わなくもないが、とりあえずフェイトの無事を確認し緊張が解けたためか、

やけにお腹が空いているのを認識しているのも事実だ。

それに、なんというか美味しそうなのだ。見た目といい匂いといい。

後ろ髪を引かれながらも空腹に誘われるままアルフは食べた。

「!?」

「どうよ?どんなもん?」

「……おいしい」

「おっ、そうか! 流石はチャッピー外さないな。本当はHATIが生涯愛した味とかいうのに惹かれたんだけど、やっぱりこれで正解だったな」

そう言って少年はアルフに笑いかけた。

その表情からはまるで敵意が感じられない。

「……あんたは何者なんだい?」

アルフが問う。おまえは敵ではないのかと。

「さてね。自己紹介ならしたと思うんだけどね。」

忘れたらしょうがないと少年は胸を張り、何かを宣言するような格好をとる。

「すぅ~、よしっ! おはようからおやすみまで、くらしに夢をひろげるミッドの悪夢こと僕、フリード・エリシオンです! よろしくねっ!」

そう言い少年はアルフに向かって握手を求めた。

「……」

「……」

二人の間に沈黙のレールが引かれる。

そのまま時間が硬直したような感覚にアルフが囚われ始めると、ふいに少年は壁に向かって歩き出し、

頭を壁に押し付け独り言をつぶやき始めた。

「なんで反応ないかな~。この紹介そんなに駄目か? 社内じゃかなり好評だったってのに。もうちょっと一般人にわかりやすくいくべきなんだろうか?」

ぶつぶつと何かぼやく様に壁に語りかけている。

正直、触れたくないと思わなくもないが、このままでは埒があかないと思いアルフは少年に話しかけた。

「はぁ、そのよくわかんない紹介とか正直どうでもいいのさ。――単刀直入に聞くよ、あんたは敵かい味方かい?」

その言葉に少年はゆっくりと身をアルフに向ける。

「ふむ、二元論ね。どうだろうか? あっ、謎ということにしておいてよ。その方が面白いよね、これは」

うんうんと少年が頷きつつ答えた。

「……なんだいそれは。こっちは真剣に聞いてんだよ?」

「こっちも真剣だけどね。言うならば今の治療を行っている段階では味方、治ればまた敵ってところか?
 まぁ、そういう訳で謎と称したほうが早いよ。あっ、その娘がもしジュエルシードを諦めるってんなら味方のままかな」

「……それはできないね。何を言おうがフェイトはそれを集めるよ」

どこか遠い目をしてアルフは言う。

最早、少しでもフェイトの負担を減らす事それぐらいしかやることはない。

この戦いが終わればフェイトが望むような幸せが訪れるんんだろうか、アルフは考える。

「さよか。まぁ、それもよし! なんにしてもまずは、デバイスを直してやらないとな」

そう言い少年は部屋の扉へと踵を返した。

「……デバイス? バルディッシュかい?」

「んっ? あぁ、そうよ」

「そういえば、フェイトに何も言わず弄ってるのかい」

「……バルディッシュが俺に頼んだんだよ。その内容がちょいと俺の琴線に触れまくったんで断れないね~」

「? ――それってどんな内容なんだい?」

「そりゃ言えないね。漢と漢の約束よ。まぁ悪いようには絶対しない。あぁ、もし金髪ちゃんが起きたら謝っておいてよ」

「なんだいそれ――」

「――んじゃ、後よろしく~」

アルフが何か言う暇もなく、少年は鼻歌交じりに去っていってしまった。

なんだというのか。アルフはため息をつく。

胡散臭い事この上ないが今は信じようと思う。

敵意が感じられなかった事もあるが、あの少年にはそう思わせるだけの雰囲気があった。なんというか何かをやりあうにしては、軽すぎるのだ。

なんにせよ今はフェイトがこんな状態だ。休ませられるんなら休ませた方が良いに決まっている。

いざとなればその時は――

決意の内容をさらに深め、アルフは拳を硬く握った。










――さて、本来のお仕事に戻りましょうか。

フェイトの看病はアルフが後はやるだろう。

こちらには、是非フェイトが起きる前に完成させサプライズといきたい思惑がある。

正確かつスピーディーにでも遊び心は忘れないように。

最早、FC社の合言葉となりつつある言葉を脳裏に浮かべ全工程をはじきだす。

「ふはははは、時間が足りねー!」

でも、それもよし! なんだか楽しくなってくるじゃない?

こうギリギリの線を辿るのが快感になるのだ。

脳内麻薬がドバドバ出てくるのを感じる。

いける。これはいける。今なら最高のものができる。

OKいこうじゃないピリオドの向こうへ!

材料は持ってきたストレージデバイス3つ。

数的には2個1ってな感じで余裕で間に合う。

にしても元の材料って個人製作にしては恐ろしく高価な材料を使っている。

リニスさん無茶しすぎですね~。最新素材じゃなけりゃ逆に劣るところだ。

さて、材料がなんとかなるなら後はアイディアだ。

今まで考えてきた普通のアイディアは捨てる。

そんなもの面白くない。今の状態に似つかわしくない。

作ったとしてもこんなのバルディッシュじゃない! と、床に叩き付けてしまうことだろう。

さぁ、どうする?

バルディッシュはフェイトのデバイス。

フェイトといえば雷だ。

魔力変換資質。聞こえは良いが純粋魔力の大量放出が苦手となる欠点もある。

これをどうにかすれば、とりあえずは“面白い”だろう。

電気からの逆変換。

可能だ。バルディッシュの処理の能力を上げてやればリアルタイムでできる。

しかし、これには電気の一次貯蔵が必要となる。しかも、極めて安定且つ安全な状態で。

カートリッジシステムを応用するか? そうすれば、ノーリスクのカートリッジシステムが組みあがる。

それには、消耗式ではなく固定式の閉じたシステムの方が好ましいだろう。

電気二重層キャパシタを応用してタンクにし、それをカートリッジシステムに組み込み――

――頭の中で次々とパーツが組みあがる。

2日でできることにしてはなかなか良い線だ。

さぁ、後は時間との戦いだ。

時刻を見る。午前3時。

ちょうど丑三つ時だ。なかなかにステキな時間である。

なんか起きそうじゃないの。幽霊的に考えて。

そういや元幽霊だったね俺と頭の隅で思い出す。

「完成した暁にはゴーストシステムとでも名づけるかね~」

ふふふ~んと鼻歌を歌いながら作業に取り掛かかる。

ちらっと端末を見るとバルディッシュの意思が表示されていた。

“お願いします”か。

「まかせろ! フリード・エリシオンの名に誓いおまえを負け犬のままになんかさせない!」

負け犬にさせたのは俺のような気もするがそんなことは気にしない。

漢は立ち上がる限り負けはないのだよ。

勝敗は兵家も事期せず、羞を包み恥を忍ぶは是れ男児である。

つまるところ、バルディッシュは漢としての素養を満たしているのだ。

後は、その誇るべき漢に似合う強さを与えるだけだ。

「うっし、頑張ろうin海鳴!」












「くはははははははははーーー!!」

どうだろうかこれ。なかなかにきまってきた。

たまに自分の才能が恐ろしくなる。

ふと、気配がしたので後ろを見るとアルフがなんとも言いがたい表情でこちらを見ていた。

狼娘さんなんですかその表情は? デバイスにしてやろうか。

「……本当に頼むよ?」

「まかせり☆」

その俺の頼もしい言葉にアルフが心底ゲンナリした顔をした。

その表情はかつてのユーノとだぶる。なんとも懐かしいね。

思わずジーっと見つめているとついつい郷愁に駆られてしまう。元気だろうか奴は。

夜空のお星様になってはいないだろうか。

淫獣化していないだろうか。

……大事な事を忘れていた。そうだ、奴にはそれがあった。

これはデバイス化決定! 全次元が同意した!

「ユーノデバイス~、検索が得意だよ~」

「……フェイトごめん。色々と間違った気がするよ」

もう一度アルフを見るとどこか遠い目をしていた。

忙しい娘さんだ。

そういうのは、波止場とかでやらないと絵にならないよ?

夕暮れ、どこまでも続く水平線を気だるげな表情で見つめる女性――の耳が犬耳。いや、狼耳。

うん、シュールだ。見た人は、えっ? て、なるに違いない。

「……なんだい?」

ジーっと耳を見ていたのが拙かったのか怪訝な表情で言ってくる。

「いや、ふしぎっ! て、思っただけよ」

「???」

いつか誰かと語り合おう。耳の不思議について。












――ここはどこだろう。

部屋を見渡して見ても見覚えがない。私はいったい――

「――!?」

思い出した。私負けちゃったんだ……

完敗だった。本当に何もできなかった。

「フェイト!? 起きたのかい! よかった、本当によかった……」

「あっうん。ごめんねアルフ。私負けちゃった……」

「いいよ、いいよそんなの! こうして無事だったんだからさ!」

アルフが涙目まじりで言ってくる。

よくはないと思う。だってバルディッシュは――

「っ――!? バルディッシュがない! アルフ、バルディッシュが――」

「――ほいよ、バルディッシュ一本お待ち!」

「わっ、わ、……ふぅ。えっと、……バルディッシュ?」

『yes, sir.』

「えっ、でも……」

投げ渡されたバルディッシュを見て不審に思う。

だって、バルディッシュは私のせいで――

「あ~、修理ついでにパワーアップさせておいたから。」

「修理? パワーアップ? あなたが?」

「俺以外に誰が居ると? まぁ、謎のデバイスマイスターFと呼んでくれ!」

「えっと、確かフリードだったよね?」

そう私が言った瞬間、フリードは壁に向かい、頭を壁に押し当てるようにして独り言をつぶやき始めた。

「だからさ。別にノってくれなんて贅沢な事は言わないよ? なんでぶった切るのさ。その内泣くぞ――」

「えっと、あのごめんなさい」

よくわからないが謝っておいた方が良い気がする。

本当に悲しんでる感じがするし。

「え~子や。ホンマ、えー子やで~。そんな君にはFC社表彰の良い子で賞をあげちゃう!」

「あ、ありがとう」

握手を求められたので、握手をしたらぶんぶんと両手で振り回された。

こういう人は初めてなので対応にちょっと困る。

「こら、フェイトが困ってるよ。離しな!」

「おう、sorry.ちょっと二徹明けだからね! テンションが高めで失礼します。
 ちなみに今の俺なら楽勝で倒せちゃったりするかもね~」

チラッとこちらを伺うように見ている。

試されているんだろうか?

「……そんなことしないよ。君は正面から破る」

「さよか。じゃ、新生バルディッシュの説明をば、しましょうか――」




――「というわけですな」

すごいと思う。

本当なのかと疑いなくなるが、持ってみた限りでは本当だ。

私に対して前の頃より最適化したらしいバルディッシュは、本当に手の一部になってしまったみたいな感じがする。

「運用効率で従来より80%、最大出力で670%まで改善してある。
 最大出力に関してはさっき説明したゴーストシステムとカートリッジの影響が主ね。
 まぁ、時間と材料さえあればイメージ付きの精神リンクも作れたのだけども。
 流石に完成したインテリジェントデバイスをばらすわけにはいかなくてな~。
 FC社の特徴なんで是非付けたかったんだけどね」

「……なんで?」

「?」

「なんでここまでしてくれるの?」

率直な疑問だ。

敵同士だった。それに戦闘を仕掛けたのは私のほうだ。

それなのになんでこんな……

「君が可愛かったから、じゃいけない?」

にっこりと微笑まれた。その答えは予想していなかったので虚をつかれてしまう。

「おっ、その表情チェキ。いや~いいね、いいね」

「フェイトをからかうんじゃないよ!」

……からかわれたのか。

そうだよね。ちょっと、びっくりしてしまった。

「ワタシ ウソ ニガテネ。コレ ゼンブ ホントウネ」

「そういうところが胡散くさいんだよあんたは!」

どうやら、措いていかれている。目の前で騒ぐ二人の姿を見つつ思わず戸惑った。

アルフは、何時の間にこんなに仲良くなったんだろう。

その光景を羨ましく思う。私は――

「とまぁ、それは置いといてだ。最大の理由はバルディッシュに頼まれたからだよ」

そうフリードに言われ、ハッとなり意識を現実に戻す。

いけない、いけない。なんてことを考えているのだろうか私は。

「……バルディッシュに?」

「そう。まぁ野郎の誓いというのを果たしたのですよ。あっ内容は秘密ね」

「?」

秘密ってどういうことなんだろうか。

『sorry,sir.』

「……うん、いいよ。私はバルディッシュを信じる」

今度は絶対に他のデバイスに劣るなんて言わせない。

もう誰にも私は負けない。そう決意を胸に、そっとフリードを見つめた。

「まぁ、そんな感じだ。あ~後、カートリッジは無闇に使わないようにね? 成長を阻害する可能性があるからね」

「えっ、でも……」

思い出すのは先の戦闘の最後。

止めを刺されたのは間違いなくカートリッジとやらで爆発的に上がった魔力に押しつぶされたからだ。

「あぁ、俺はいいのよ。だって男の子だもん」

しれっと言われた。

なんだそれは、卑怯だと思う。それではまた負ける可能性が……

「私も使う!」

「いや、だからね。……ふむ? ん~その心は?」

「だ、だって、おっ、女の子だもん」

顔中真っ赤になっているのが自分でもわかる。

どうだろうかマネしてみた。きっと、これで何も言えなく――

「――おもちかえり~☆」

「ふぇっ?」

「なっ!?」

フリードに小脇に抱えられて連れ去られてしまった。







「ふぅ、あぶない、あぶない。あと少しで新聞に載るところだった。幼きリビドーも怖いものだね~」

「なに言ってるんだい! 2時間近く逃げ回っておいて!」

「そりゃ捕まえきれないアルフさんが全面的に悪いかと」

「……いいから、おろして~」

ずっと抱えられたままだ。逃げようと思うもののタイミングがつかめない。

それに少し思うところもあった。

本当は楽しいなんて感情は抱いてはいけなかったのかもしれない。でも――

「ふははははは、かかっておいで狼娘さん! この月夜に人間に負けるなんてことがあっていいのかね?」

「なに言ってるんだい! あっ、ちょっ、待ちな!」

再び月夜の鬼ごっこが始まる。

顔に当る風がどうしようもなく気持ちよかった。




「ふぅ、ふぅ。……やべぇ本当に撒いちまった」

あれからどれくらいたったのか。

鬼ごっこはいつの間にか終わっていた。

「さて、じゃあそろそろ頃合かな。」

そう言っておろされた。

どことなく不安に感じるのは、久々に自分で踏む地面だからだろうか。

「えっと――」

「――それじゃあ、また!」

それだけ言ってフリードは踵を返す。

「あっ」

何を言えばいいのかわからない。

再挑戦を宣言する? いや、そういうのではなく――

「……その子、俺が認めたバルディッシュを使うんだ。次は俺相手に何もできないで沈むなんて許されんよ?」

背中越しにフリードが言ってくる。

その言葉を受け、地面をチラッと少しだけ見つめ数瞬の内思考を巡らし、うん、と小さく頷く。

……その言葉に秘められた想いを私は確かに受け取ったように思う。

自身の答えで合っているかはわからない、でも、答えなくてはならない。宣言せねばならない。

「……うん、次は負けない! 絶対に! バルディッシュの強さをあなたに見せてあげる!」

背中しか見えないのでわからないが彼は笑っている気がする。

うん、きっと――


「さよか、じゃあ楽しみにしましょう」

それだけを言い残しフリードは夜空に消えていった。

暫く夜空を見上げ、そっとバルディッシュに手を重ねる。

「……バルディッシュがんばろう」

『yes,sir』














――眠い。

徹夜明けということもあるが、一仕事やりとげた後だしどうしても眠くなる。

予想外のことをしてしまったが、まぁいいだろう。

気分の良さがそれを証明している。それに収穫もあった。

バルディッシュを修復する際に転送ログから時の庭園の場所がわかったのだ。

追い風はどうやら俺に向かって吹いている。

「よ~しっ!」

さて、問題がある。

どうやって戻ろうか。

別れを告げたのはいいが飛び出したのは俺の部屋もとい家だ。

なかなかに家賃が高く、元居た世界なら居にそんな金使うとか馬鹿じゃねーのと思わず言ってしまいそうなマンションだ。

帰ってふかふかのベットで爆睡したいが戻ってみて、まだフェイト達が居たら気まずい事この上ない。

ユーノの所はどうか?

魔力を確認したし、なのはの所にいったのはわかっている。

ジュエルシードは、8個俺が持っているため何か変わるかと思ったが、今のところは変わってないようだ。

ユーノのところにいって“おっす、おらフリード。そこの暖かそうな布団で眠らせてくれ!”とでもいうか?

いやいやいや、例のなのはを倒す宣言をしたお陰で翠屋の物騒な連中に顔を覚えられている。

お陰で何回か死にそうな目にあったのだ。というか、この町は人間卒業したやつが多すぎる。

魔法による高速移動を伴った攻撃を見切られた時には思わず“な、なんだってーー!!”と叫んでしまった。

奴らは怖い怖すぎる。まさに海鳴の悪魔連合だ。

まぁ、様子を伺いつつマイホームへ戻るのがベストか。




索敵。

人影なしっと。

中に入ってみると、まだ若干人の名残がある。

「どうやら荒らされてないね。立つ鳥跡を濁さず。見事です、先生はなまるあげちゃう!」

物色された後がないのを確認する。

一応敵のアジトだってのに、なんて良い子ちゃん達なんでしょう。

ふと、テーブルを見ると書置きがあった。

「“ありがとう”ね」

どうやら最高の気分で寝れそうだ。








「――ん?」

「どうしたのユーノ君?」

「なんか知ってるような魔力を感じたんだ」

「知ってる? お知り合いさんなの?」

「んーそうだけど、とっても嫌な予感がする」

「??? ――お知り合いさんなのに嫌な予感がするの?」

「できれば、なのはには会わせたくないかな」

「えっ、どういうことなの?」

「染まっちゃったら大変なことになる」

「???」





[11220] 七話
Name: リットン◆c36893c9 ID:2c4b1fa8
Date: 2010/04/29 19:16
 今やバリアジャケットは存在せず、体のあちらこちらから出血している。頼みの綱のデバイスは折られ、反攻の余地さえ無い。
 フリードにとって“絶望”人生においてそれを感じたのは、それこそ中学生の頃。未だ死という物をまじめに考えていたそのときだけだ。
 そのためなのかショックは大きい。諦めないといいたいが何も出てこない。そう、これは発作に似ているとフリードは思う。
 抗えない病魔の力。絶対たる力によって蹂躙される今の状況は、まったくもってそれに近似していた。


「ったく、化け物が……」


 目前にいる己を完膚無きまでに叩きのめした化け物。プレシアを見てフリードは呟く。
 Sランクオーバークラスの魔導師。その力は絶大だった。
 フェイトを軽く倒してしまったことで、フリード自身どこか嘗めて掛かっていた事は否めない。
 だが、これは気持ちの持ちようだとか言うレベルを遥かに超えた次元の話だ。
 “全てが通用しない”のだ。準備は完璧だった。そう自負するだけの装備をフリードは持っていた。
 それら全て純然たる力に蹴散らされたのである。フェイトに通用したものがまったく通用しない。今までの戦略が全て泡沫に帰していた。
 攻撃を仕掛ければ圧倒的な魔力によるバリアに阻まれ。防御をすれば、次元を跳躍した攻撃にバリアが全く役に立たず、そのまま直撃する。
 デバイスを用いたこちらの切り札も、全てやる前に異常を察知したプレシアによって壊された。
 魔力量が違う、魔法の質が違う、戦闘のキャリアが違う、どうしようもない三重苦にフリードは為す術が無かった。

 何か光明をとフリードは思うもののプレシアの目を見れば、それが望めない事がわかる。
 観察されているのだ。プレシアの目は、後どれくらいで死ぬだろうか、そういう実験用マウスを見るような目だった。
 油断しているなら、まだ何かできる。驕っているならその隙をつける。だが、それが無い。
 理知的に。あるいは、計算尽くにフリードを追い込んでいく。
 遊びは無い。プレシアは、ただ淡々と実験用マウスの死を逆算し、それを実行していく。
 ……発狂してなきゃ、これ程までかよ。
 心中で賞賛ともつかない、絶望をフリードは吐露した。


「これで終わりね。死になさい」


 膠も無い。プレシアの周りに紫の魔力光が燈る。
 脳裏の一部に蔓延った、病苦により死を見つめ続けたために培った冷徹な理性が、フリードに終わりを告げる。
 死が近い。
 死神の鎌が首筋に当てられているのがわかる。
 ……これで終わりか。また幽霊か。いや、今度こそ終わりかもな。
 死へ誘う紫の光を見つつフリードは思う。


 脳裏に走馬灯が過ぎる。
 残した社員の事。
 必ず会おうといったユーノの事。
 再戦を誓った少女の事。

 フリードにとって、それら全てどうしようもなく愛しかった。
 この世界に来たのは、まだ短いがそれなりに楽しめたと総決算する。
 最期である。何もしないで終わるなんて“らしく”ない。
 最早、喋る事すらできないデバイスを硬く握り締めフリードは最後まで“らしく”生きることを選択した。


「はん、化けて出てやるよ!
 やればできる子代表、フリード・エリシオン! なめんなよっ!!」


 銀の光がフリードを包む。
 まともな攻撃なんかできやしない。防御なんて元からするつもりもない。
 やるは特攻。何から何まで敵わないなら命を削るまでだ。
 生死全てを省みず、全魔力による一撃を叩き込む。
 決意の内容にフリードの顔が楽しげに歪む。
 ……漢だったら一つに賭けるってか
 どこかで聞いたようなフレーズを胸にプレシアへとフリードはカミカゼを謀る。


「そう」

「なっ――!?」


 紫光がフリードを貫いた。
 受けた威力をそのままに、蹴飛ばされた空き缶のようにゴロゴロと部屋の隅までフリードは転がる、
 一歩も踏み出せず、一太刀も浴びせられず幼きカミカゼは熟練の雷光の前に散った。
 プレシアの表情は依然変わらない。淡々と目の前の死を見つめる。
 出すタイミングが少しばかり早かったせいか、即死にまでは至っていない。
 消滅しかけの銀光を纏ったフリードを見て、面倒な事だとプレシアは思う。
 死にかけだ。最早、次元跳躍させる必要すらない。
 手を掲げ射撃魔法をプレシアは形成する。
 そのまま何も語らず腕を振り射撃魔法による射殺をフリードへと決行した。



――死を乗せた紫の矢がフリードへ届く寸前、金色がそれを遮った。











――「それは何のマネだい? フェイト?」

気が付いたら、目の前には居るはずの無い黒衣の少女がいた。

「え、えっと」

自分で起こした行動にも拘らず、狼狽しているのが後ろからでも見て取れる。

「何のマネかと聞いているんだよ! まさか……お母さんの邪魔はしないわよね?」

「あっ、うっ……」

震えている。それでも俺の前からどかない。

……これは、全て俺が引き起こしているのか?

有ってはならない事だ。そんなの絶対に有ってはならない事だ。

明滅しかける意識をクリアにする。

「そこをどきなさい!!」

「っ――」

プレシアの怒声が響く。それでも退かない。小さな体いっぱいで俺を隠す。

その姿に心が鳴動する。動けないはずの身体に力が湧く。

――ここで立ちあがらにゃ漢じゃねぇ。

歯を食いしばる。

ダルイ。動けない。体がそう言っているのが聞こえる。

全て無視する。そんなもの後でいくらでも聞いてやる。

どんなに頑張っても生まれなかったプレシアの隙が今はある。

今、動かなくて何時動く。

母親が全ての娘が、その母親に逆らってまで生み出した隙だ。

必ず活かす。

――散ってしまった魔力を再度集め構成する。

「……そうかい、お仕置きが必要だね~、フェイト?」

「っ――!?」

プレシアが脅しを掛けながら近づいてくる。

それに対し只管、首を振る仕草を見せ尚も俺の前から退かぬフェイト。

その健気な少女を後ろから抱きすくめた。

「なっ――!?」

「えっ――!?」

「では、ごきげんよう!また会いましょう!」


――瞬間、二人を銀が包みそのまま掻き消えた。







どうしたものか。

さっきから泣きじゃくっているフェイトを見て思う。

生まれて初めてプレシアに反抗したのだろう。

もう捨てられるだの何だの喚いている。

とてもとても傷に響くので、いい加減縋り付くのだけは止めて欲しい。

現在場所はマイルーム。長距離転送の後、フェイトを半ば引き摺るようにして連れて来た。

落ち着いてから話そうと思ったがこれでは無理か。

待ってる間に俺が死にそうだ。

「あ~、落ち着けとは言わないから良く聞いてな? いいね?」

「――どうしよう、どうしよう。私捨てられちゃう、捨てられちゃうよ――」

まったく聞いていない。

「あ~、もうだから、その捨てられない方法を今から教えるってば!!」

ピタリと嗚咽が止んだ。

なかなかに現金だと思ったのは秘密にしておこう。

「……本当?」

うむ、上目遣いが可愛らしい。

体がまともな状態なら時間を掛けて堪能したい、そう思わせる程だ。

「あぁ本当だ。だからちょっとそこに座りなさい」

「えっ、あっうん……」

俺から離れてちょこんと指定された場所に座る。

「んで、その方法はな、これだ!」

そう言って取り出したのは8個のジュエルシード。

「えっと、これって……」

「もってけ。そんでもって俺から奪った事にするんだ。
 いいか、庇ったのは俺から隠し場所を聞くために仕方なくやったんだ。
 別に母親を裏切った訳じゃない、わかったな?」

正直、これでプレシアの溜飲が下がるとは到底思えない。

でも、やらないよりは確実にましだろう。

使えない子の評価は覆せる可能性があるのだ。

「で、でも――」

「――あ~、もう! でももしかしもあるか! とっとと母親の所に戻れ! 遅くなればなる程、拗れるんだぞ。
 タイムイズマネーだ! 時間はお金で買えないんですよ!」

戻れコールを三唱する。

正直、限界なのだ。そろそろ倒れる。

「……」

無言でジュエルシードをフェイトは見つめる。その瞳には葛藤が見て取れる。

良い子じゃ、ホント憎たらしいくらい良い子だな。

手負いじゃなければ、さぞ良い光景に見えたことだろう。

「……負い目なんか感じなくて良いんだぞ? 俺の命を救ったんだ。それも母親に逆らってまでな。
 正直、ジュエルシード8個なんて安いぐらいだ」

正直な気持ちである。

ユーノには大変申し訳ないが、俺にとってのジュエルシードはその程度の価値でしかない。

「でも、バルディッシュを――」

「――バルディッシュは俺が勝手にやったことだ。それとも何か? 俺とバルディッシュの誓いを馬鹿にするか?」

話してる部分部分で意識が明滅する。自分で何を言ってるのか殆どわからなくなってきている。

血がどんどん抜けているのだ。部屋が暗くて助かった。でなければフェイトがパニックになっているだろう。

「……そんなことないよ。――うん、わかった」

迷いはなくなったか。

どうやらフェイトは了承したようだ。

「あぁ、これで貸し借りなしだ。次、会うときゃ敵同士だな」

「……うん」

最早、焦点がボケているためフェイトがどんな顔をしているのかわからない。

俺に煽られ、やる気に満ち溢れていると信じる。

「さぁ、いったいった!」






半ば無理やりフェイトを追い出した後、酩酊したようにふらふらする身体をなんとかベッドまで運ぶ。

これはやばい。なんとか医療機器を接続したのは良いもののどうやら持ちそうも無い。

仕方ない。奥の手だ。迷惑掛けるぜ?親友――









――「!?」

「どうしたのユーノ君?」

「なのはごめん! ちょっと出かけてくる!」

「えっ? あっ……行っちゃった」

少女の膝元に居た小動物が、飛び降り脇目も振らず駆ける。

後には、首を傾げた少女が残るだけだった。











――起きたらそこには見慣れた顔があった。

どうやら生きているようだ。

「よぉ」

「よぉ、じゃないよ!」

「あっ、そんな怒鳴らないで。頭にめっちゃ響く」

不機嫌を絵に表したような表情でこちらを見つめる親友に不満を訴える。

ホント勘弁してつかぁさい。

「えっ、あっごめん。て、自業自得だよ、そんなの!」

「いや、そこは優しくすべきだろ~。逆に」

「なんだよ逆にって。はぁ、だいたい君は優しくしたら調子に乗るじゃないか」

「いやな、おまえそれが――」

ふと、違和感に気づく。急いで右目に手を当てる。

無い。やはり無い。マイ変身アイテム独眼竜眼帯が無い。

「あぁ、なんたる――」

「どうしたの? やっぱり、どこか具合が悪い?」

心配そうな顔をユーノが向けてきた。

が、そんな事どうでもいい。

「具合なんて悪くねーよ! というか、それどころじゃなーい!」

「えっ」

「……お願いこんな私を見ないで!」

必死に懇願した。

もう、土下座する勢いだ。

なんてことだろうか。こんなことがあっていいのか。

神は死んだ。きっと、プレシアに殺された。

「……あぁ、なんかようやくフリードにあってるんだって気になったよ」

血まみれの姿を見たときはホントどうしようかと思ったよとユーノは続ける。

何を暢気に言ってるんだこの野郎は?

これでもう“俺にこれを外させるとは……”とかできないんだぞ?

“目を合わせるなよ、悪夢を見るぜ?”とかできないんだぞ?

いや、ユーノは眼帯の事を知らない。だからこんなに落ち着いていられるのだ。

そうに違いない。流石のユーノ君もこの浪漫まで否定するとは思えない。


「えっと、もしかしてコレの事?」

ユーノの後ろ。思わぬ所から声が掛かる。

「!?」

……何故に彼女がここにいますか。

そう訝しがっていると、彼女、フェイトがユーノの隣に並んだ。

フェイトの持っているものを見て思考が止まる。

神は死んでいなかった。

というか、ここに居た。

「1万と2000年前から愛してる」

思わず抱きしめる。

「えっ――!?」

「ふぇっ――!?」

「なっ――!!」

部屋に感嘆詞が溢れる。

そんなことはどうでもいいと素早くフェイトを離し、眼帯を取った。

これで、これで完全体になれるぞー!!

フリード完全体。

またの名を独眼竜形態。

サイヤ星の王子様だろうが戦国の英傑だろうが掛かってくるが良い。

まとめて屠ってくれようぞ。

そう、眼帯を装備し浸っていると、周りが騒がしい事に気づく。

「――ちょっと! 聞いてるのかい?」

「だから無駄ですって。この状態のフリードに何言ったって無駄です」

見れば不満顔のアルフをユーノが何やら宥めていた。

「まぁまぁ落ち着け皆の衆!」

「あんた(君)が原因なんだよ!」

仲良くはもる。

うむ、仲良き事は美しきかな。

「そうか、俺なら仕方がないな! ところでユーノ、これを見て何か言う事がないかい?」

右目、眼帯を指して言う。

アルフが横から何か言っているが俺には聞こえない。

あーあー聞こえないの精神だ。

「はぁ、ですからアルフさん無駄ですってば。――で、その眼帯がどうしたの?
 目を怪我しているようには見えなかったけど?」

「そりゃ、実際怪我なんかしてないしな」

「……これもしかして右目見えてる?」

「そんなの当たり前だろ。見えなきゃ困るだろうが。高性能眼帯なめんなや?」

胸を張っていう。

かなりの開発費を掛けた自信作だ。

にしても、よく壊れないで居てくれた。

見かけはちょっとぼろくなってしまっているが、それが逆に風情を醸し出している。

こいつを着ければ、それはもう歴戦の勇士といった具合だ。

「……高性能ってことは、それなにか機能があるの?」

「まぁな。色々測ったり、視力や視野の補助とかできる」

「なるほど。すごいね」

「……」

それだけか?

それだけなのか?

なんたる、ナンセンス!

「いや、あのな他にもっと言うべき事があるだろ?」

「えっ?」

心底わからないといった顔をしている。

本気で言っているのだろうかこいつは?

本当にわからないというのか?

仕方が無い特別にヒントをやるしかないだろう。

そう思い、ゆっくりと眼帯を外す。

「目を合わせるなよ、悪夢を見るぜ?」

そして、ユーノの目を覗き込むようにして言ってやった。

「……」

「……」

「……そういえばアルフさん、聞きそびれてたんですが、フリードとはどういう関係なんですか?」

「んっ?あぁ――」

「――ちょっと待てーー!! そりゃ、いくらなんでもないでしょーよ!
 イジメってのは無視から繋がるんだぞ? おまえ、それだけはやっちゃあかん!」

「……さっき、あんたあたしを無視したじゃないか」

アルフさんから厳しいご指摘を頂く。

結構なお手前で。しかし、そんな攻撃では俺は墜とせませんよ?

ならばこちらも攻撃をと、どこか遠く、そう夢の世界から現を見る様に言ってやる。

「……人は耐えなきゃならない事が往々にしてある、そうは思わないかね?」

「だったら耐えな。今がその時だよ」

自分で魔球だと信じていたボールが易々とバックスクリーンに放り込まれるのを感じた。



アルフとユーノが話しているのを尻目にすごすごと部屋の隅に向かっていく。

本日の敗戦投手フリード――

頭の中でナレーターがさっきの事について語っている。

『いや、どうでしょうか悪くない玉でしたよ?』

『玉自体は悪く無いですが、若干コースが甘めでしたかね。その分上手く対応されてしまいました』

……コースってなんだよ?

甘いって何さ。翠屋特性スイーツか?

真剣にコースとは何かを考えていると、どうやら先客がいるらしいことに気づく。

部屋の隅っこに住む妖精さんと呼んであげよう。

「ちょっと、いい」

「っ――!?」

ビクッとなる部屋の隅っこに住む妖精さん

「な、何?」

「コースって何だろうね?」

「……こーす?」

「そう、コース」

「……えっと、ごめんなさい。ちょっとわからない」

「だよね。難しいねコース」

どこか遠くを見ながら妖精さんの横に並ぶようにしてちょこんと座った。

「っ――!?」

またもやビクッとなる妖精さん。

その姿は小動物っぽくて出会った頃のユーノを彷彿とさせる。

つまりは、嗜虐心をそそられ――

いかん、いかん、ぼかぁ紳士です。

キリッと前方を見据えた。

「お嬢さんなかなかに安産型だね」

「えっ?」

何を言っているのか俺は。

というか、何故に安産型?

たまに自分の脳が本気で恐ろしくなる。

変態紳士から、紳士が取れる前に軌道修正せねば――

「と、ところで何でここに?」

「えっ、あっ、うん。――帰ったら服が血でいっぱいなのに気づいて、だから、あの、ごめんなさい!」

何故に謝るのか。

そんなことでは欧米では生きていけないぞ?

「何で謝るのさ」

「だ、だって気が付かなかったから……」

まぁ、気が付かないように部屋の電気を点けなかったりと色々工作したしね。

気づかれたら俺のほうが、どうしていいかわからなくなっていた事だろう。

「いいってそんなの。ユーノ曰く自業自得だそうだからね。それよりジュエルシードは持ってった?」

「あっ、うん……」

「血まみれの格好で?」

「……だって急げって言うから」

「あっいや、そういう事を言いたいんじゃないんだ。うん、なら母親の機嫌はもしかしてよかったりした?」

自分を狙った相手の血を浴び、自分ご所望の物を半分近く持ってきたのだ。

さぞご満悦だった事だろう。

ジュエルシードを持っていっただけでは、溜飲は下がらないと思っていただけにこれは思わぬ誤算だ。

「機嫌は……うん、どうだろ」

あまり、表情が芳しくない。

駄目だったのだろうか?

「どうしたの?」

「……ごめん。なんでも無いよ」

フェイトの目が頼むから聞かないでと言っているが、だが断る。

「でっ、何があったのさ」

「……」

そんな恨みがましい目をされてもな。

そんな顔をされて心配するなという方が無茶だとお兄さんは思うよ?

残念ながら何かに耐える少女を見て愉悦を覚える趣味は持っていない。……たぶん持っていない。

いや、自分を信じよう。そこまで堕ちてないよっ、きっと。

「……本当に何でもないよ」

今度は悲観したような、達観したような、それでいて未だ何かを期待しているような微妙な表情だ。

「……ふむ」

若干の不快が募る。

正直、この年代の子にそんな顔は似合わない。

もっと傲慢に生きろよとは言わない。強く生きろとも言わない。

唯、もう少し自由に生きるべきだと俺は思う。

――ならばと、ちょっとばかり真剣に語ることを決意した。

「……さっきの話に戻るけど、コースとは何かわからない、でいいよね?」

「う、うん」

話しが逸れたからだろうか若干嬉しそうだ。

さて、どこまでいけるか。どこまで伝えられるか。

「さよか。じゃあ難しいながらに俺が出した推論を聞いてくれないか?」

にっこりと微笑んでやる。

少しばかり病魔を楯に自由に生きた傲慢な奴の意見を聞いてくださいと、切に願う。

「……うん、私でよかったら」

「いや、君だから語るんだ」

「えっ、あっ、うん……ありがとう」

体育座りで組んだ足に顔を隠す様にして言う。

照れている。そう、そういう歳相応の行動の方が良い。

見ていてグッジョブ! と、サムズアップしたくなる。

「おう、わかればよろしい。んでコース、英語で言うならc-o-u-r-s-eでcourse。
 つまりは、行路のことだわな」

「……行路?」

「そう、行路。たどるべき道すじだよ。
 ――さて、じゃあフェイト君の行路には何がある?」

「私の行路?」

「そう自分の行く道だ。他の誰でもないフェイトが歩く道だよ」

「自分が歩く道……そんなのわからないよ……」

難しい事を言っている。こんなの死に掛けの老人に聞いても答えを出せている奴はすくないだろう。

自身の人生を決める選択。誰もが通る道である。誰もが通る道でありながら完全解は無い。それ故に難しい。

この少女はどういう結論になるにしろ、あと少しで強制的にその難しい道の選択をしなければならないのだ。

だからこそ問う。どこに居て、どんな道を歩もうとしているのかを。

流されるまま選択するのもいいだろう、それも一つの行路である。

だがしかし、自分で選ばぬ道に何の価値がある?

不幸とか言う概念に流されて、判断を下した挙句にそれを仕方の無い事だと選んだ道を誇れるか?

そんなの自分の人生に負い目を感じるだけだろう。

その先に何があろうが自分で選ぶ。

幸せを与えられるより、幸せを掴む。

その在り方の方が最後は充実感を感じる、少なくとも一度人生をやり終えた俺はそう思う。

もし、人の生き方に介入するなんて傲慢だと言われたらこう返そう。

だって俺、元幽霊だしと。

「なら、自分の立っている場所、わかる?」

「立ってる場所?」

「そう、自分の足で立っている場所だ」

そう言われ気になったのか、フェイトはじっと自分の足を見る。

「何があろうがそこからしか始まらない。どこを目指そうがそこからしか始められない。
 そういう自分の場所、つまりは足元だね」

「……よくわからないよ。フリードはわかるの?」

ようやく、持ってこれた。

さぁ、ここからだ。自身のエピソードで一気に釣り上げる。

自分語りならまかせろ。ネタには困らない。

さて、何から話そうか――






「――というわけですよ」

ここまで聞き入ってくれるとは思わなかった。

おかげで独壇場だ。ジャイアンリサイタルである。

「うん、面白かった。――でも私にはやっぱりわからないよ」

どこか眩しい物を見るような目で返される。

……失敗だったか?

自分語りうぜーで終わっちゃったか?

「私は、フリード程強くないから……」

自嘲気味にフェイトが言う。

そういうことか。

たく、何を言ってやがるのかこの娘は。

「何言ってるんだか。為す術も無くやられて、それでも立ち上がった人の言う言葉じゃないな」

「……戦いとこういうのは違うよ」

「違わないね。だってそれは、急場か長場かの問題だもの。事の本質はそんなものでは違えない。
 大丈夫だよ、君の強さは俺が知っている。君が強いといった俺が保障する!」

「……」

伝わっただろうか?

伝わって欲しい。

願わくば、最終決定は自分の手で行えるような、そんな意思を持たん事を望む。


二人共無言でいると、やけに生暖かい目で見られていることに気づいた。

「……なんだよ」

「いや、別に」

「そうそう」

ユーノがどこか含んだような目をして言い、アルフがそれに同意する。

「はん、惚れるなよ?」

「はいはい」

誰がこんな余裕のあるユーノ君にしてしまったのか。

昔のユーノ君よ怖がらずに表層意識に出ておいで。

内心で呼びかける。

と、トラウマが蘇った。

「……すみません、すみません、すみません、もう心の中で呼びかけたりしないので許してください――」

「……どうしたんだい、これ?」

「あぁたまに為るんですよ。フェイトさんだっけ? ちょっと、ごめんね。っと、えい!」

「はっ!?」

ここは誰? 私はどこ?

見渡せば心配げな顔をしたフェイトと、呆れた顔をしたアルフと、得意げな顔をしたユーノがいた。

「まぁ、こういう時はこういう具合に頭を斜め45°から叩いてやると治ります」

得意満面で俺の取り扱い説明書を話すユーノ。

ありがとうと言いたいが、てめぇはゆるさねぇ。

「うるぁ!!」

傍にあったユーノ足を掴んで倒す

「うわぁ! ――ってて、何するんだよ!」

「叩きじゃなくて殴りだったろうが! めちゃくちゃ痛かったわ!」

どうよこれ、たぶんちょっと凹んでるべと頭を指しつつ言ってやる。

「だんだん、ちょっとやそっとの衝撃じゃ治らなくなってるんだから、しょうがないじゃないか!」

「えっ、マジで?」

初耳だ。本邦初公開である。

その驚愕の内容に、全フリードが驚いた。

「本当の話だよ! 角度が微妙だったり、叩く力が微妙だったりすると一度止まって再度繰り返すが年々酷くなってたんだから!」

……なん……だとっ?

通りで会社にいる時にたまに意識を失っていたわけだ。

あの強くやりすぎちゃった、ごめんね☆ってそういう事だったのか。

何の話か聞いても教えてくれないから、てっきり俺の知らないネタかと思っていたのに。

撲殺魔法少女血まみれ○○○とかあるのかと思っていたというのに!

というか、どこの電化製品だ俺は。

電化製品のこういう異常は中のコンデンサの異常が大抵の原因だ。

あれか、今度脳外科に言って俺の脳のコンデンサをどうにかして下さいと言うべきか。

俺の頭の中のコンデンサが大変なんですと詰め寄るべきか。

「う~む」

「……何を考えてるか、知らないけど止めとけと僕は言っておくよ?」

「ユーノ、こういう場合は病院だろうか? 改造を施してくれるところだろうか?」

「えっ? ん~、病院じゃ今更手遅れだろうから、改造を施してくれるところかな?」

そんなところあるの? と、ユーノが続ける。

んなもん、あるから言ってるに決まっている。

スカさん、やってくれるだろうか?

「あぁストップ、ストップ。そんなに元気なら大丈夫そうだね。ったく、本当に数時間前まで瀕死だったのかい?」

俺達の会話に割り込みアルフが言った。

ちらっと時計を確認すると時刻は、正午すぎ。

半日でここまで持ち直した計算になる。

なんという超回復と思ったが、隣のユーノの魔力量が著しく減っているのに気づき考え直す。

たく、こいつは。きっと、来てからずっと治癒魔法を掛け続けたのだろう。

それを何にも言ってこないあたりユーノらしい。

「なにさ?」

「いや、別に。ありがとさん、そう思っただけよ」

「……どういたしまして、だよ」

苦笑しつつユーノが答える。

まったく親友様々だ。

「そういや、この部屋なんか特別な魔法か何かが掛けられてる?」

「んっ? あぁ、デバイスを作るために環境を一定にしてあるな」

「あぁ、だから大丈夫なのか。もし、それがなかったら結構拙かったよ」

そういや、この時点でユーノは地球環境に適合してなかったけか

どうやら様々な要素があり助かったようだ。

俺の無謀な行為で止まったかと思ったが、まだ風は止んでないらしい。

「――和んでいるところ悪いけど、そろそろ本題に入らせてもらっていいかい?
 あたしらもそんなに暇があるわけじゃないんだ」

アルフが言う。

その顔はいつに無く真剣だった。

「本題? 何かあるのか?」

てっきり俺を心配してきたんだと思ってたが。

チラッとフェイトを見る。

「あっ、ちっ違うよ! 本題は心配だから見に来たんだよ?」

何もそんなに焦って言わんでも。

責めてる様に感じ取ってしまったか?

「というと、副題はあるってこと?」

そう、俺の代わりにユーノが確認する。

「あっ、うん……。――ちょっと待って」

そう言いフェイトはバルディッシュを手に持つ。

「んっ、よし。バルディッシュ?」

言いつつチラッとアルフに目線を送るのが見えた。

何を始めるってんだ。

『Yes,sir.』




――瞬間、4つの宝石が目の前に顕現した。

「なっ――!?」

ユーノが驚く。

俺は驚くというより――

「どういうことだ?」

「これだけ返す」

そう言い、フェイトが俺に4つジュエルシードを押し付けてきた

「おい――」

「――じゃあ、次はそれを奪いに来るから。アルフ!」

「はいよ」

二人を橙光が包み

――そのまま掻き消えた。



何も言う暇も無かった。

完全に打ち合わせされた動きだ。

4つのジュエルシードを見つめ意図を考える。

うん、わからん。もしかしてアホの子なのだろうか?

「フ・リ・ードーーー!!」

「お、おぅ」

「これはいったい、どういうことなんだよ!!」

「ちょっと待って、落ち着いて? ねっ? 目が血走ってるよ?」

「これが落ち着いていられるかーーー!!」





「話せば長いんだ。簡潔に言うとだ
 ――手伝おうと思って手伝ったら、逆に足引っ張っちゃった、てへっ☆」

ごめんなさいねドジっ子で、とポーズを作る。

あっ、ヤバい。ユーノが無表情になった。

これは――







――「はぁはぁはぁ」

「何卒、何卒、これでご勘弁を!」

ちょうど怒りの爆発の小休止に入ったユーノに、ジュエルシード4つを献上する。

もちろん土下座だ。平に~、平に~である。

「……ふぅ、フリードはあれがどんなものかわかっててあの娘に渡したんだよね?」

「あぁ、まぁな。それは言い訳せんよ。間違ってるとも思ってないし」

「……何かあるの?」

「あの子にゃ命を救われたっていう借りが有るんだよ」

「だからって……」

複雑そうな表情をしている。

当たり前か。

ロストロギアだとわかってて渡した。立派な犯罪である。

「他になかった。少なくとも俺には思いつかなかった。渡さなければあの子がやばい」

「あの子? フェイトさんのこと?」

「あぁ、俺をけちょんけちょんにしてくれた人の娘だ。あの子は。
 ――渡さなければあの子が罰を受けることになる」

それでもおそらく4つ程度なら罰を受けたかもしれない。

結局、無駄になった。なにをやってるのかあの子は。

「息娘なのに、そんな……」

「事実だよ。――それと問題ない。渡したジュエルシードは全て取り返す。
 あのジュエルシードはフェイトだから渡したんだ。おばさんにあげた覚えは無い」

「あばさん? 女性なの?」

「あぁ、プレシア・テスタロッサ。今回のジュエルシード強奪の犯人だよ」

「えっ? 本当に?」

「船を襲った魔力の測定結果がある。見るか?」

伊達に3ヶ月も張り付いてない。それぐらいの仕事はやっている。

「……くっ、やっぱり故意によるものだったんだ! おかしいとは思ってたんだよ」

悔しそうにユーノが言う。

「まっそういうわけで任せろ!」

「……そういえば、何でそんな事を知ってるの?」

「ここら辺を3ヶ月前から調べていたからな」

「3ヶ月前? ここを?」

「あぁ、色々と見つかりそうだったからな」

何がかは暈す。多くを語らずである。

「ふ~ん……まぁ、いいや。でっあんな状態にされたのに勝てる見込みはあるの?」

「まぁ、手段を選ばんのならな」

薄く笑う。形振り構っていられない。

単純な実力ではいくら頑張っても届かないだろう。

合法的な戦略なら全て読み潰されるしまうことだろう。

なら――

「……フリード怖いよ?」

「んっ? 大丈夫よ? ちゃんと生かすからね」

というか生きてもらわないと困る。

荒らすだけ荒らして退場など許されない。

本当なら手遅れになる前に、管理局が来る前に終わらすつもりだったがしかたない。

あの人は強すぎる。裏を取らねば敵わない。

――ならばこそ、管理局が来てから事を行う。その強い光に紛れ込む。

「……どうした?」

気づくとユーノがじっとこちらを見ていた。

「……いや、なんでもないよ。フリードがフリードである限り僕は君の味方をする、それだけだよ」

「そっか……ありがとよ」

その姿に学園時代の最後、別れの間際を思い出す。

ったく良い目だね。本当に良い目だ。

道を踏み外せない、そんな気にさせてくれる。

「なんか――」


――魔力を感じた。

「これは――!?」

「ジュエルシード!?」

忙しないな。

頭の中で逆算する。

ジュエルシードを8個取り除いているため。

イベントの昇順がわからない。

それどころか有無すら微妙だ。

ここに来て早めに終わらせようと後先考えず、ジュエルシードを集めたのが足を引っ張るか。

「ちっ、ユーノなのはは今何やってる?」

「なんでなのはの事知ってるのさ?」

「あぁもう、そんなもん色々調べていたからに決まっているだろうが。
 ――なんだ3サイズでも知りたいのか?」

「そっそんなわけないじゃないか。なのはなら今プール――」

『――ユーノ君どうしよう、ジュエルシードが――』






――「大丈夫なの?」

「おまえこそ」

一人は瀕死の重傷を負ったばかり、もう一人はその傷を必死で癒したばかりだ。

つまりは二人ともぼろぼろである。

だが、行くしかない。

「よっと」

ケースからデバイスを選ぶ。エスとエルは使えない。この状態であの子達を使えば即気絶行きだ。

もうひとつ一番安定していた。シリーズ10のあの子はプレシアに破壊され修理しなきゃ使えない。

残るは、俺の不完全な相棒と。

『やぁ、死への旅路を一緒に行く気になったかい?』

シリーズナンバーXX。

つまりはナンバーをまだ与えられていないシリーズだ。

シリーズ初期から構想があったにも拘らず色々調整がうまくいかず、ずっと引き伸ばしにされている。

「……仕方ないな。よろしく頼む」

『もちろんだとも盟主よ』

ほんと大丈夫だろうか。

最早、不安しかない。

「……あいかわらず変なデバイス作ってるね」

「変って言うな! だいたいスクライアも取引先の一つ――」

「――じゃあ、いくよ! 転送したら僕はガス欠で何もできないから、なのはの事よろしくね?」

「お、おーよ」



淡い緑に包まれ。


――世界が暗転した。






[11220] 八話
Name: リットン◆c36893c9 ID:73b2310e
Date: 2010/04/03 00:55
「おぅ、これは……」

大急ぎで来たのは良いものの、どう見ても手伝う必要がないように思える。

まったく危険性が感じられないのだ。断じて感じられないのだ。

そう、大事なことなので二回言ってしまうぐらいに感じられない。

しかし、危険性が感じられないので、なんというかこのまま見ていたい気分になるね。

もっとやれと言ってしまいそうだ。

というかだね、これは邪魔したら無粋だろ。

どこぞの野郎の悲願を叶えたですよ? 同姓としてジュエルシードを応援しなければなるまいさ。

幸い親友は転送終了と同時に“後は、任せたよ”と言ったきり、力尽きたようにフェレット状態で寝ている。

つまりは邪魔立てするものは誰もいないわけで、安心して任されようと思う。

どこぞの馬鹿野郎が起こした奇跡の成れの果てを、誰かが望んだ一つのアヴァロンを見届けようではないか。

なのはさんもこの戦いできっと得るものがあるはずだ。いや、あるに違いない。

手出し無用なのだ。目を見ればわかる。あのユーノくん早く来てとエマージェンシーを含んだ目はフェイクなのだ。

胸中では不屈の心で“てめぇ何しやがる! 今すぐリリカルにしてやんよ!!”とか考えてるに違いない。

「高町なのは……恐ろしい子。負けるな、負けるんじゃない! 僕らのジュエルシード!!」

サポーターよろしく、ジュエルシードにエールを送る。

とは、いってみたもののさっきから、肝心のなのはは右往左往するだけだ。最早、一般人Aでしかない。

どうしたらいいのかわからないのか、変身すらしていないのだ。

変身していない魔法少女なんぞ唯の電波少女に同じ。恐るるに足らず。

「魔王は未だ覚醒せずか……。ジュエルよ、そんな不思議ちゃんに構わず任務を遂行せよ。」

やるんだ、今がチャンスだジュエル。勝利は目前だジュエル。

それはお前の目の前に落ちている。俺には見える。

おまえの手――触手、いや、エクスカリバーは何のためにある?

何を為すために存在する? 誰が為にある?

願いを叶える宝石よ、今こそ力を解放するんだ!

おまえが、願いを叶える石であることを世に示せ!

さぁ、水着を掴めと轟き叫――

「――くっ、馬鹿な!」

男の夢を乗せたエクスカリバーはパシャッという音と共に砕けて消えた。

女性に触れる瞬間、横手からの攻撃に形を失い唯の水へと化したのだ。

なんてこった……。なんてこったっ!

あのエクスカリバーが、僕らの奇跡の具現が!

アヴァロンへと導くはずの鍵が!

「貴様っ、高町恭也ーーー!!」

また、また邪魔をしようというのか。

思い起こせば二ヶ月前。

何の罪も無いはずの俺を不審だから妹を脅かす不届き者だからというだけの理由で海鳴中を追い回したところからの因縁だ。

「あぁ、また……」

エクスカリバーが一本、また一本と折られていく。

己の無力さを思い知る。

約束された勝利など、どこにもなかった。

すまないジュエル。見守る事しかできない俺を許しておくれ……

「希望が……希望が失われていく……」

『……盟主よ。隣の方はいいのかい?』

「……隣?」

『ふむ、あの捕まっている連中ですよ』

見れば、アリサとすずかが捕まりアラレモナイ格好になっている。

「いや、流石にドラム缶ボディーじゃどうしようも……」

『なるほど』

もっとこうね。メリハリをね、つけてくれないと。

人間ってのは曲面にこそ魅力を感じるように出来てるんですよ。

あんな線形近似が楽そうなボデーでは、ちょっと。

ふと、よくよく周りを見渡してみると狙いが見えた。

外道め。

「くっ、何故だ! 何故なんだ、ジュエル! 何故にロリへと走った!!
 すぐ目の前に“Big”があるというのにっ! 大きな夢が2つもタワワに実ってるというのにっ!
 おまえの捕まえてる連中には“ない”んだぞ? 夢とか希望とかが詰まったものが“ない”んだぞ?
 今ならまだ間に合う! 正気に戻れ!! 戻るんだ、ジュエーーールッッッッ!!!」

俺の魂よ届け。

願いを叶える宝石へと叫んだ。





いつだって人の想いは届かない。

呆然と膝を着き目の前の光景を見詰める。

ギリッと奥歯をかみ締めた後、一度目をギュッと瞑り――そのまま立ち上がった。

『よろしいので?』

「……あぁ、野郎の夢は野郎が壊す」

暗黒面に堕ちてしまったジュエルシードを開放する。

最早、戻れまい。誰かが下さねば、誰かが止めねば永遠に間違いを犯し続ける。

だから、この手でジュエルを殺す。

「馬鹿野郎が……」

なのはを捕まえて今にも装備品をひっぺはがそうとしている愚か者へと急ぐ。










――「にゃっ、だ、だめ、だめだってば」

執拗に水着を外そうとしてくる水で出来た触手を懸命に払う。

どうしよう、さっきからそればかりが頭の中を駆け巡っていた。

ユーノが来ると言ったきり連絡が取れない事がさらに拍車を掛けている。

もしかして、ユーノくんの身に何かあったのだろうか?

だとしたら、ここのジュエルシードはどうすれば?

次から次へと出てくる疑問符に、考えがまるで纏まらない。

「えっ――」

――瞬間、辺りを魔力が覆う気配と共にひと気が無くなった。

「これって、ユーノ君――」

「――あぶねぇぞっと」

「ふぇっ? にゃっ!?」

ようやく来てくれたと思ったと同時、拘束していた水の触手が断ち切られる。

「よっと」

「ひゃっ、んっ、あ、ありっ――!?」

拘束から落ちる先、受け止められ助けられたと救い主の顔を見たら驚いた。

な、なんでこの子が?

「変態さ……ん?」

「そうです、私が変態さんです。って、うぉい。助けた相手に何てことを!」

「えっと、ご、ごめんなさい」

だけどと思う。

この人は、お兄ちゃんやアリサちゃんの言うところの変態さんだ。

詳しい話は聞いてないけど色々とあったらしい。

「……人がどう思うかではなく、自分がどう思うかだと思うぞ?」

「あっ、はい……あの、ごめんなさい」

確かにその通りだと思う。わたしだって勝手に決め付けられるのは嫌だ。

反省しなきゃ。

「まぁ、変態かどうかと問われれば、そうなんだけども」

「へっ?」

「人間ってのは多かれ少なかれ変態なんですよ。人はこれを人間総変態説という」

……そんなのあるの?

じゃあ、わたしも変態さんってこと?

「――学説が、古代ギリシャで生まれたとか生まれなかったとか」

「へっ? ……えっと、結局どっちなんだろ?」

「あなたも変態、私も変態。差別無き世を作るのに、これほど適した思想があろうか? いや、ない!
 だからこそ古代エジプトのクフ王もピラミッドに刻んだとか刻んでないとか」

「だからどっちなのーー!?」

「思うにメソポタミアというのもいい加減だよな。ギリシャ語で複数の河の間って意味だぞ?
 そんな言い難いのに唯の中洲かよ、お前ってな話だよ。中州文明でいいじゃんもう」

「お話しが変わっちゃった!?」

「……反応があるっていいねっ! よし、良い子、良い子してあげよう」

抱きかかえられてたのを降ろされ、何故か頭を撫でられてしまった。

こうしてみると少なくても悪い人には見えない。

それに、助けてくれた。

わたしを倒すとか言ったらしいんだけど本当なんだろうか。

「あの――」

『――盟主、よろしいか?』

いきなり声がしたのでちょっとびっくり。

やっぱり、レイジングハートと同じで喋れるんだ。

「んー?」

『いえ、この娘おもしろいですね。捕らわれる前と捕らわれた後では魔力量が1.3倍近く違う。
 後20回程放り込んでやれば立派な化け物に仕上がるかと』

「……マジ?」

そう言ってわたしの方をじっと見てくる。

なんだろ。って化け物って、もしかしてわたしのこと!?

そんな――

「っ――!?」

後ずさりしようとしたところをガシッと肩が捕まれた。

「な、なに?」

「……実は尻尾が生えてたりしませんか?」

「えっ? ……生えてないよ?」

「満月を見ても平気ですか?」

「平気だよ?」

「お知り合いにサイヤな方がいませんか?」

「さいや?」

よくわからない。

化け物かどうかの確認なんだろうか。

わたしは尻尾は生えてないし、満月を見ても平気だし、さいやとかいう知り合いもいない。

うんっ、たぶん大丈夫。

『実証に勝る理論無し――そう思わないかい、盟主?』

「……」

なんでそこで無言に。

もしかして、これって大変拙い状況なのでは?

「えっと、あっ、とりあえずジュエルシードを封印しなきゃ」

「……」

猶も無言でじっと見つめてくる。

うぅ~、すごい気まずい。

『盟主、迷いはチャンスを殺すよ?』

そして、これってもしかしなくても、わたしに味方がいなかったり……

大丈夫っ!

弱気になりそうなので心の中でグッと拳を握る。

きっと、この人は悪い人ではないもん。

「そうだな。じゃあ、やるか」

「えーーー!?」

――叫ぶと同時、桜色がなのはを包んだ













――まさか、変身シーンを間近で見るとは。

この眼帯は光であれば魔力光だろうがなんだろうが波長を調整して実態を映す。

つまりは、なんというか、その……

大丈夫っ! 小児科医になったと思えばこの程度なんともない。

眼帯に示されるスペック値がリアルを訴えているが気にしない。

マイマインドには何の支障もない。

平面に価値などない、平面に価値など無い、平面に価値など無い、平面に価値など無い――

「曲面さいこぅーーー!!」

無事、乗り切った。

危ない、危ない。後少しで暗黒面に一歩踏み入れるところだった。

流石は白いだけはあるな。この俺が押されるとは。

「……なかなかやるじゃないか」

なのはを見つつ言う。ちなみに未だに肩を掴んでたりする。お陰で――

「えっと、あのー、とりあえずジュエルシードをどうにかしませんか?」

といってもなのはを助ける際にバインドで動けなくしているため、後は封印するだけだ。

この様子だと恐らく、なのはは気づいてない。

「まぁいっか。ありゃ俺の獲物だ。手出し無用」

「えっ?」

「ユートピアを目指して旅をしたら辿り着いた先はディストピアだった。
 そんなカタストロフなのだよ、これは。悲劇は終わらせねばなるまい、誰かが止めねばなるまい?
 だから、一時でも同じ夢を見た者として俺が幕を下ろす。彼の罪を知る俺が断罪する」

「あのー、よくわからないのですが……」

「ジュエルよ。もう少しで俺達は分かり合えた。あと少しで壁を越えられた。
 だが、終わりだ。お終いだジュエル。なぁ俺達はどこで擦れ違ってしまったんだろうな?
 どこで間違ってしまったんだろうな? ――いや、止めよう、今更だ。
 あぁ、これだけは言わせてくれ。おまえって奴は最高だったんだぜ?」

「あはは……――はぁ」

『盟主、いいので?』

「んっ? あぁ最強計画は後回しだな。コツコツといきましょう! ねっ?」

「えっ? あっ、ようやく通じた。――はい、それが良いと思います。絶対それでお願いします!」

「お、おぅ」

グッと拳を胸の前で握って、全身を使っての肯定だ。

んな、必死にならんでもいいだろうに。そんなに嫌か、最強が。

『Fried』

「おぅ? おお、久々だね。元気してるかい?」

レイジングハートと話すのは一年ぶりか。

ユーノが止めたので改造はさせて貰えなかったが、弄らせてはくれたため俺のデバイス作りに大いに貢献してくれた良き理解者だ。

「えっ、レイジングハートの事知ってるの?」

「おーともさ。君より付き合いは長い。ちなみに使用者登録もされてるぞ」

「そうなの?」

『Yes,master』

「じゃあ、ユーノくんの事も?」

「知ってるね。ちなみに奴は人間だよ、フェレットじゃないよっ」

騙されちゃいけないと声を張る。

淫獣にご注意をだ。

「えっ? ……本当?」

「本当です。なんなら本人に聞いてみるといい」

「あっ、そういえばユーノ君は――」

「――ちなみに、やっこさんなら向こうで寝てるよ」

だから後で回収してくれと続けた。


「――そっか、もしかしてユーノくんの会わせたくない、お知り合いさんって……」

さて、そろそろだ。暗黒面に堕ちた不届き者を成敗せねば。

『Fried』

「?」

なんだろうか。




――「えーー」

不満を顕わに、なのはの方を見る。

「???」

首を傾げて何もわかってない感じのなのはから少し目を逸らし、そりゃねーよレイハさんと思いつつも考える。

ジュエルシードが8個取り除かれているわけだから――

「えっと、今ジュエルシードは何個持ってる?」

「1個だよ?」

「……マジか。それって動物病院の近くで?」

「うん、そうだね」

「じゃあ、じゃあ、この戦闘って2回目だったり?」

「うん」

思わずガクッとなる。

そりゃそうだ。そうなる可能性は大いにあった。

確かにこのままでは……

「……えーっと、何か駄目なのかな?」

やるしかあるまい。

いや、やらねばならない。かき乱して失敗しかけているんだ、これは責務と言えよう。

気持ちを殺す。ジュエルとの因縁はなのはを介して果たせばいい。

「OK,Raising Heart」

『Thank you』

レイジングハートのお願い、なのはに戦わせて欲しい、なのはに魔法を教えて欲しいを只今より遂行する。

ついでに、ユーノのお願い、なのはを任せるも併せようか。

「ヘイ、まずは自己紹介から始めようか」

「あっ、はい! わたし高町なのはって言います。ユーノくんのお知り合いさんなんですよね? じゃあ、なのはって呼んで下さい」

「OKなのは。では、こほんっ、あー、あー、うむ。
 ――おはようからおやすみまで、くらしに夢をひろげるミッドの悪夢こと僕、フリード・エリシオンです!
 ちなみにフリードってまともに呼んでくれる人の方が少ないです。」

よろしくねっ、と続けると何とも言えない表情でなのはが見ていた。

「……えっと、フリードくんでいいんだよね?」

「別にマイダーリンとかでもいいよ?」

「あはは……」

「……なぁ、ミッドの皆、元気かい? ここでは乾いた笑いしか起こらないよ。もう駄目なのかな?」

遠く中空を見つめ、暖かったFC社の面々を思い出す。

思えば遠くに着たもんだ。国に帰ろうか。

「えっ、あー、えっと、うーん、……マイダーリン?」

「それではやろうか。マイハニー!」

「ふぇっ?」

なのはの反応を確認しないまま、後ろから抱きすくめた。

そのままレイジングハートを掴むと、ちょうど二人羽織ような形になる。

「にゃっ!?」

『“んじゃ、ちょっくらお留守番よろしく”』

『“ふふ、こうなったか。相変わらず読めない、では、盟主よ深淵にて待ってるよ”』

俺持参のデバイス――Erを待機モードに落とす。

「えっ、えーっと」

「バインドブレイク」

ジュエルシードの拘束が解けた。

さぁ、フリード劇場を始めようか。

「これって――」

「――本日ご紹介する商品はこれ、魔法の本場ミッドの教習体験コースです」

「えっ?」

「ではVTRをどうぞ。――トニー敵がわんさかいるけど、どうするんだい?」

「HAHAHA、サニーそういう時こそ魔法なのさ。魔法の力でしつこいジュエルシードも一撃さ!」

「えっ、えっ?」

触手がこちらを狙ってるのが見える。

狙いはもちろんなのはか。

「本当かい?」

「本当さ!ほら、こうやって向かって来た攻撃に心で防御を選択してデバイスに伝えるのさ」

『protection』

「にゃっ!?」

水の触手がなのはに触れる寸前で、全てバリアに阻まれた。

「HAHAHA、簡単だろ?」

「こりゃいい! でも、攻撃はどうするんだい?」

「そりゃ色々あるさ。だけど、ここは――攻撃する前の事前段階から教えておこう」

「おいおい、事前段階とかあるのかい?」

「焦りは禁物だサニー。何事も準備は必要なのさ。混み具合を確認せずキャンプに行って空いてなかったら困るだろ?」

「確かにそりゃ困る!」

「そう、そんなことにならないために場所を取るのさ。戦闘でもそれはかわらない。まずは、有利な場所取りから始まるんだ」

バリアを張った直後からなのはは無言だ。やってることを理解したか。

それとも、ついていけないだけだろうか。

どちらにせよ、やった以上はやり切るだけだ。

何事も通してやることが大切なのである。

『Flier Fin』

「えっ、にゃ、とっ飛んでる!?」

「――飛んでる事を意識せず俺に身体を預けて。そして、魔力の流れを感じるんだ」

「あっ、う、うん!」

「どうだいサニー気持ちいいだろう?」

「やられたよ、トニー。このまま、ひとっとびしてハンバーガーでも買いに行きたい気分だよ」

「HAHAHA、おっとそんなこと言ってる間にまた攻撃だ」

「おっ、またバリアかい?」

「バリアもいいが、ちょっとここからは上級テクニックさ。――気になるライバルには秘密だぞ?」

「そりゃいい!こりゃシンディの奴を追い抜くチャンスだ!」

目前に迫る触手群を前にギリギリで――

『Flash Move』

――避ける。

「うわぁ、すごい!」

なのはが歓声をあげる。辿り着いた先は、触手の無い空間。

つまりはジュエルの背後にあたるはずだ。

「ほら、こうしてやると無防備だろ? こうなりゃ、なでてくれと言って腹を見せる子犬と同じだ」

「HAHAHA、なるほど。思う存分なでられる訳か」

「ひたすら自分にとって有利な位置取り、これが戦闘の基本だ。
 接近戦が有利ならひたすら近づく、遠距離戦ならひたすら間合いを取る。これが大事なんだ」

「……えっと、わたしは――」

「――なのはは遠距離戦だ。それもかなり優秀な」

「そうなの?」

「そうなの」

色々言いたいことあるんだろう、目がキラキラしている。

どうでもいいがこの状態で顔を向けられると距離にして20cm無い。

いや、ホントどうでもいいんだけどさ。

「これって後で質問コーナーとかあるのかな?」

「ちゃんと着いて来れたら考えるよ」

「そっか、うん、がんばる!」

デバイスを握る手に力が篭るのが見えた。

「――よくよく考えたら、トニーやっぱり自分に有利な位置ってのは難しくないかい? シンディは許しちゃくれそうにないよ」

「そりゃ難しいさ。間合いの読み合いってよく言うだろ?当然相手も自分に有利な位置取りをしようとするんだ。
 だからこそ、戦略が必要になるのさ。さっき見せた、攻撃を引き付けて背後に移動ってのもそれにあたるんだ。
 いかに自分の有利な戦局を作るか、これは答えが無いから自分で作るしかないのさサニー」

「おいおい、ここまで来てそりゃないよトニー。本当はあるんだろ?」

「HAHAHA、まったくサニーにゃ敵わないな。いいだろう、サニーは遠距離型だからそれをちょっとだけ教えるよ」

「さすがはトニーだ」

「当然、教習コースには近距離型もあるから安心してくれ。間違えて買ってしまわないように確認だけはしてくれよ?」

「トニー、別の距離型の才能が開花したりするかもしれないぞ?」

「HAHAHA、かもな。じゃあ、とりあえず遠距離型を見て決めてくれ」

「OKトニー」


『Divine Shoote』

4つの発射台がそれぞれ銀色の魔法弾を触手めがけて撃つ。撃ち続ける。

「トニー、これはどういう意味があるんだい?」

「相手へのけん制。そして攻撃、両方を兼ね備えているのさ。
 発射台――スフィアを制御して相手を自分の有利な位置に押し込めるんだ」

「おいおい、すごいじゃないか。早く教えてくれよ!」

「HAHAHA、でも、これは制御しきるのにはある程度、修練が必要なんだよ。つまりは、練習あるのみなのさ」

「そりゃ困るよ。それじゃあシンディに勝てないじゃないか!」

「大丈夫!大まかな制御なら出来るよ。慣れないうちは精密さより手数で勝負でいいのさ。
 でも、コントロールは大切だから練習しなきゃ駄目だぞ?」

駄目だ。息が上がりそうだ。

コレだけしか動いてないのに、なんというかお家帰りたい。

「HAHAHA、わかったよトニー。でも、こんなチマチマした攻撃じゃ時間がかかってしょうがないな。他にはないのかい?」

「おいおい、急ぐなよサニー。――まったく敵わないな。じゃあ、このコースもそろそろ終わりだ」

「OKトニー、ラストは派手に言ってくれよ?」

「HAHAHA、もちろんさサニー、さて、まずは準備だ」

『Restrict Lock』

バインドでジュエルシードを固定する。

「大きな攻撃魔法でチャージが必要ならこうやって逃げないようにしてやる必要があるんだ。
 ちなみに、バインドってのは他の攻撃と絡めても有効なので習得必須だぞ、サニー?」

「HAHAHA、わかったよトニー。これさえあればデビルフィッシュですら動きが取れなさそうだ」

『sealing mode.set up.
stand by ready』

「あぁ、もちろん、だ」

ちょいと病み上がりにはキツイ。

魔力ごと意識が持っていかれそうだ。

「――フリードくん?大丈夫?」

「……僕やればできる子ですから!」

周囲の魔力が収束し始めている。

根こそぎ収束する。制御においては神童と呼ばれた男。

魅せようではないか。

「うらぁ!!」

レイジングハートの切っ先に直径5m台の魔力の塊が組みあがる。

上出来すぎる。カートリッジ無しでここまで出来るとは思わなかった。やはりなのはの存在が大きいか。

本人は恐らく気づいていないだろうが、かなりの魔力を提供してくれた。

お陰で魔力弾の色が判別できない程、白くなっている。

「レイジングハート!」

『All right,Starlight Breaker』

拘束されたジュエルシードが魔力弾に押しつぶされ、強制封印されたのが見えた。





「――では、次の商品です」

疲れた。もう2度とやらね。絶対やらね。

なんで俺は普通に教えると言う選択をしなかったのか。

教師なんて絶対むかんな。

「――フリード君ありがとう。それで、あのね、あのね――」

なのはが目をキラキラさせたまま聞いてくる。

子犬か。先生は家に帰って寝たいです。

「――続きはユーノくんじゃ駄目ですか?」

「えっ、あっ……質問……コーナー……」

そんな全身でガッカリを表さないでくれ。

髪の毛までぐったりしてのはどういう仕掛けだ?

というか、さっきからデバイスを掴んでる俺の手に、なのはが手を重ねているため、二人羽織の体勢から抜け出せないのは、いったいなんの罠なんだろうか。

故意かこれは故意なのか?

教えくれなきゃスターライトブレイカーの試し撃ちするぞ、ごるぁってな感じか。

なんて恐ろしい。

「……あのね、駄目……かな?」

寂しげな表情の上に半泣きで上目遣いね。

だが甘い! そんなもの全て計算だと思えば――

何かに怯えるようにギュッと重ねられていた手が握られた。

け、計算だと思えば――

握られてる手にさらに力が篭る。

「……はぁ、降参、降参。マイリマシタ」

「えっ、じゃあ、教えて……くれるの?」

「教える、教える。ったく、んな高等テクニックどこで身につけたんだか」

「こうとうてくにっく?」

天然ですか、そうですか。ユーノの先が思いやられる。

「それで、えーっと、質問なんだけど――」

「――ちょい待ち。大事な事忘れてた」

当たり前すぎて忘れていた。

俺にとっちゃどうでもいい授業だったが、なのはには恐らく大切だ。

「?」

「魔導師倫理――魔法を使う上での大切な事なんだとさ。レイジングハート、殺傷設定頼めるか?」

『All right』

「殺傷設定?」

「魔法ってのはだな、救いだけ与えるものじゃない、レイジングハート」

『stand by ready』

プールに向かって、周りを4つの環状魔法陣が取り巻くレイジングハートの切っ先を向ける。

「よう見とけ。自分の使う力が悪用されたらどうなるか」

『Divine Buster』

――瞬間、銀の線がプールに向かって一直線に伸び、その中に貯まる水ごと吹っ飛ばした。

「っ――!?」

辺り一面水蒸気に包まれている。

いいね。火照った体にゃ、ちょうどいい塩梅だ。

「魔法を使うなら、これが向けられる覚悟もしなきゃいけない。撃つなら撃たれる覚悟を、だ。
 そして、何かを守るために力を行使するなら、撃たれるリスクはより高まる。
 考えてみてみな。これが人の入った状態でやられたらどうなるか」

「……」

「これ以上教えて欲しいと願うなら――そう、自分の力は容易に人を殺す事ができる、それがわかった上でだ」

だから魔法を使う際はうんぬんは、管理局出身である魔導師倫理教師の口癖だった。

それは言わない。自分で答えは出るだろう。

「レイジングハート、殺傷設定を使ったログの削除お願いできるか?」

『All right』

「ありがとう。んじゃ、なのは。答えが出たらユーノに言いな。俺の居場所はユーノが知ってるから。
 あっ後、殺傷設定を使った事は誰にも言わないでくれるとありがたい」

「あっ、うん……わかったよ」

笑顔を作ろうとしているが上手くいってない。

「それじゃあ、プール、楽しんでくれ」

そのまま踵を返す。

「あっ……」

背後で狼狽する気配がした。

まぁ、存分に悩め若人よ。

とりあえず、先生は寝ます。






――「……あのね、ごめんなさいフリード君、ちょっといいかな」

「なっ――!?」

驚いたあまり、ズドッとベッドから滑り落ちてしまった。

「あっ、ごめんなさい。えっと、大丈夫?」

「大丈夫じゃねーです。あのな今何時よ?」

「あはは……えっと2時です」

「そう真夜中のな。それでこんなステキな時間に何用でございましょうか?」

「あのね、答えが出たから聞いて欲しくて」

だろうな。喋りたくてしょうがないって顔をしている。

元気だな。先生は昼間と変わらず眠たいです。

「……ユーノは?」

「寝ちゃってるよ?」

「どうやってここに?」

「寝る前に居場所は聞いていたから」

「いやいや、そうじゃなくて玄関は鍵しまってるし、ここオートロックだぞ?」

「えっと、そのー、あっちから……」

なのはが指し示した方向を見れば窓が開いていた。

あはは、と笑って誤魔化してるなのはをじっと見る。

「えっと、ごめんなさい」

「素直でよろしい。んで、答えってのは夜這いかい、マイハニー?」

「ち、違うよ!」

顔を真っ赤にして腕をぱたぱたさせて否定する。

その歳で夜這いを知ってるのか。

ネット社会の弊害がこんなところにも!

至急対策がどうとかこうとか――

「あー駄目だ眠い。なのは隊長、テンションが上がりません」

「えー、待って、お話しだけだから」

「膝枕でもするんだったら聞くよ~」

そう欠伸混じりに言った。言ってしまった。




自分の言動にゃ責任を持てと、ユーノに口すっぱく言われたことを思い出す。

現在、頭はなのはの太ももの上。つまりは、The膝枕の状態である。

……なんだこれ。どうしてこうなった。

唯の膝枕であれば寝てしまえば、後は野となれ山となれだ。

しかし、目を瞑ったら寝ちゃうからという理由で、強制的に目を開けさせられてる。

目を瞑ったら、駄目だよってな声が掛かるのだ。

お陰で見詰め合いながら話すという羞恥プレイ。

そして、すぐに終わるかと思ったお話は全然終わらなかった。

色々と聞かれて色々と話すうちにチュンチュンタイムに突入している。

そう、朝方になると聞こえてくるあれだ。

「……なのは隊長、外を見るであります」

「うわぁ、朝日だね。それでね、すずかちゃんがね――」

なんて楽しそうに話すんだろうか、この夜更かしさんは。

あれかナチュラルハイか。俺もなるかナチュラルハイ。

あれ、なんでだろ朝日がやけに眩しいや。

そう思い、窓に視線を向けると――

「なっ何してんの?」

ユーノの姿がそこにはあった。



あははははは、もう、どうにでもなーれ。






[11220] 九話
Name: リットン◆c36893c9 ID:73b2310e
Date: 2010/04/29 19:15
「あっ、ユーノ君おはよー!」

「えっ、あっ、おはよーなのは……」

ユーノが目に見えて落ち込んでるのがわかる。

あれか、やっぱ一目惚れだった所もあったんだな。いや、おそろく自覚はしてないだろうがさ。

この状況はあれだ。案ずるより産むが易し。

「寝よ……」

「え~!? 駄目だよフリードくん! まだ――」

わたしゃ寝る。

現実メンドクサイネ。

寝たらきっと状況カワルネ。

煩わしい現実とはオサラバネ。

「――」

あぁ、素晴らしき夢の世界よこんにちは。

どうか、目覚めたときには平和が訪れていま――

「――えいっ」

「ぐはっ!」

枕だと思ってたものが無くなった。

つまりは、後頭部がフローリングにゴンッと叩き付けられてしまった。

痛い。

なんというか割と痛い。

少なくとも頭を抱えて左右に身体をゴロゴロと転がす程度には痛い。

「えっと、大丈夫……かな?」

「大丈夫じゃなーい!!」

叫びつつ起き上がり目の前の実行犯に詰め寄る。

「頭は人間にとって一番大切な場所なんですー!
 なんて事をしやがりますかっ! これ以上頭の中のコンデンサが外れたらどう責任取るのよ!?」

「こんでんさ??? ――でっ、でも、でも、お話しの途中で寝ちゃうフリードくんも悪いんだよ?」

わたしちょっと怒ってるんですってな様子でなのはが反論してくる。

話聞いてくれなかっただけでこの仕打ちか。

あれか“お話し……聞いてね?”ってことか?

なんて思い切りの良い。流石は魔王様。

管理局に入る前から恐喝外交とは空恐ろしいじゃねーか。

おかげで眠気が覚めてしまいましたよ。

心に闘志が燃ゆる。ファイティングスピリッツレディー。

「そんなことを言う口はこの口かーー!!」

「いひゃい、いひゃいょ、ふひーどくん」

なのはの頬っぺたをムニーと引っ張った。

それに対しなのはは腕をぱたぱたさせて反撃するが、全て軽やかに受け流す。

「ふははは、我が頭の痛み思い知るがいい」

「ほんなに、いはくやっへにゃいよーー!!」

伸びる、のびーる。

まるでお餅のよう。なのは餅始めました!


「――どうですか人の痛みが分かりましたか?」

「うぅ、ひどい。絶対こんなに痛くなかったよ~」

なのはが赤くなってしまっている頬っぺたを両手で揉むように挟んで俺に抗議をする。

かれこれ10分は入念に引っ張ってやった。

きっと、魔王の頬っぺたを引っ張った男として後世に残るに違いない。

「人の痛みを知る事これが成長へと繋がるのです」

「う~、えいっ」

徳のある教えを説こうとしたら、不届き者に頬っぺたを引っ張られた。

折角のハイパーフリードタイムになんて事を!

語感的にきっと、なんか竜的な楽しい説法になったに違いないというのにっ。

「……はにを、してりゃっひゃるんれすか」

「……お返しだもん。人の痛みを知る事が成長に繋がるんだよ?」

半泣きで睨みながら言ったって説得力なんてないですよ?

「ほうか、ほうか」

「にゃ!?」

しょうがないので再び俺もなのはの頬っぺたを引っ張る事にする。

因果応報。痛みは回ってくるのですよ。

「「……」」

黙して語らず。

言わずとも理解できる。

お互い決して譲らぬ。

負けられない戦いがそこにはあった。



見詰め合うこと幾星霜。

不屈の闘志は折れることなく未だに燃え続けていた。

「……ひょろひょろ、あひらめはらろうら?(そろそろあきらめたらどうだ?)」

「……ふひーどくんふぁ、あひらめはらあひらめりゅよ(フリードくんが、あきらめたらあきらめるよ)」

くぅ、この頑固娘め。

諦めると言う事を知らんのか。

ここは、お兄さんとして折れるべきか?

いや、ならん。男たるもの勝てる勝負を投げ出すなんて駄目だ。

しかし、このままでは埒があかない。

ここは一計を謀ろうか。

「……いちひひゅーへんっへことへ、へをうはないは?(一時休戦ってことで手を打たないか?)」

「うー、……ほうはね(そうだね)」

不満ながらも、どうやら納得したようだ。

「やあ、いっへいのうへへはなふよ?(じゃあ、いっせーのーで離すよ?)」

「うん、わはっはよ(わかったよ)」

「おひ、いっへいのうへ!(おう、いっせーのーで!)」

「――えっ――!?」

なのはの顔が驚愕に歪む。

信じたものに裏切られたってな顔をしている。

今にも“ブルータスお前もか!”って言いそうだ。

「ふはははは、信じる者はいつの時代も馬鹿を見るのだよ!
 裏切り、そして謀略こそがいつだって時代を切り開いてきたのですよ!」

I win.

勝った。勝ったよ!

どうよこの素晴らしき心理戦略。

いかに魔力が高かろうと精神面がまだまだよ。

このミッドの悪夢には、まだ及んで――

「ひほいよ……」

そう言い、なのはの顔がへにゃっと崩れた。

「えっ」

未だに頬っぺたを掴む俺の手に水滴が掛かる。

それも大粒だ。

まっまずい。

「っとぉ! ごめん、ごめんよ!」

急いで手を離し謝る。

やべぇ泣かした。

しかも、こりゃマジ泣きだ。

あれっ、この子強い子だよね?

「ひっ、信じたのにっ、一緒にって、いうから、わたし――」

やべぇ、やべぇ、やべぇ、やべぇ――

心証考察なんかしてる場合じゃねー!

どうする? どうするよ俺?

あれ何も出てこないよ? 3択は?

だー、ちがう! んなこと、言ってる場合じゃない!

最早、なのはの顔は涙でぐしょぐしょだ。

どうしようか?

こんな時に限って何も出てこない。

ドラえもんか俺は。

あっ、今上手い事――

「――ふぅ」

暴走しかける思考に深呼吸をしてストップを掛ける。

今はそんな時じゃない。冷静な理性にスイッチを入れろ。

……落ち着け。

冷静になれ。自分を見つめるより、周りを見つめろ。

死すらネタに出来るようになったってのに、これじゃ小学生の時に逆戻りじゃないか。

いや、今も小学生か。でも少なくともあの時とは違う。思考停止で何もしないなんざ愚の骨頂。

こんな時の対処は古今東西決まっているじゃない。

案ずるより産むが易し。

そっと、なのはを抱きしめた――

「……ごめん。本当にごめん」

「……」

抵抗はなかった。唯ひたすら嗚咽が腕の間から零れる。

宥める話術を持たぬというのなら、後は誠心誠意を見せるだけだ。

「ごめんな」

「……すんっ、わたし、まけてない」

微苦笑する。答えてくれたと思ったら、こんな時までそれか。

いや、だからこそか。きっと、色んな感情が渦巻いているのだろう。

「そうだな。なのはは負けてない」

「……フリード君は卑怯だよ」

ぽかっと胸を叩かれた。

「そうだな」

「……そうだよ?あんな事したら駄目なんです」

声に若干張りが戻ってきたか。

「だな。俺は卑怯のひーちゃんだな」

「……ふふ、何それ? ――うん、フリード君は卑怯のひーちゃんだよ」

声に若干の笑みが含まれる。

どうやらちょっとは機嫌を直して頂いたみたいだ。

「おう、是非ともひーちゃんを今後ともよろしく!」

「うん……」

なのはが俺の胸に体重を預けてきた。

ちょうど心音を直接聞くような体勢だ。

こうやってみるとやはり小さい。自身の小さくなった身体でそう感じるのだから相当だ。

こんな子泣かして何をやっているのか。

将来がどうであれ今はこんな小さい女の子でしかない。

色々と感極まりギュッと抱く腕に力を込めた。

「……あのね、フリードくん。泣いちゃったこと、誰かに話しちゃったらやだよ?」

「ん~、なんで?」

そう聞くと、なのはがゆっくりと顔を上げた。

うん、涙は完全に止まっている。

「……だって、はずかしいもん」

拗ねたような照れを隠すような微妙な表情だ。

「さて、どうしようか」

見詰め合いながら、なのはへ微笑を洩らす。

「う~、意地悪だよ」

またもや天岩戸にお隠れになる。

具体的に言うなれば、俺の胸あたりにお隠れになった。

後頭部がいい具合の位置にあるので思わず顎を乗せたくなるね。

「……ひーちゃんじゃなくて、これじゃあいーちゃんだよ」

「いーちゃん?」

「うん、意地悪のいーちゃん」

「なるほど」

またもや、ぽかっと胸を叩かれた。

「なるほど、じゃないよ」

「ごめん、ごめん。――流石にこれ以上名前が増えるのは困るから言わないよ」

そう言うと、硬い天岩戸がゆっくりと開いていく。

目の赤みもだいぶ取れたな。若干目が潤んでいる以外は通常通りに近いだろう。

「……本当に?」

「あぁ、本当に」

「本当に、本当に、本当に?」

「本当に、本当に、本当にだよ」

じっとなのはが目を見つめてくる。

誤魔化しが無いか、嘘が無いか確かめているのだろうか。

「……ひーちゃんはもうやだよ?」

「ああ、なのはの涙と自身の名に誓って本当だと宣言する」

「そっか……」

そう呟くと同時に、なのはは微笑みを見せた。

「やっぱ、なのはは泣き顔よりゃ笑顔のほうがずっと良い」

本当にそう思う。

泣き顔は心配しか与えないが、この笑顔は人に安心と安らぎを与えてくれる。

なんというか体の奥からほんわかしそうなのだ。

なのはは面と向かって褒められたのが恥ずかしいのか、また天岩戸にお隠れになってしまった。

耳まで真っ赤なのがこちらからでも見える。

「う~、やっぱりいーちゃんだ」

「別に意地悪じゃなくて本心だよ」

「……」

返事の代わりに無言でギュッと抱きしめ返されてしまった。





どれくらい抱き合っていたであろうか、気が付くとなのはは腕の中で眠ってしまっていた。

「まぁ、一晩中だしな」

おつかれさんとなのはの頭を撫でようとしたところで気が付いてしまった。

こちらを儚い瞳で見るフェレットの姿に。

「……えーっとユーノ?」

「なんだい、ひーちゃん? いや、いーちゃんだっけ?」

なんだその達観したような表情は。

人間臭すぎてフェレットとしてどうかと思うの。

「気にしないでいいんだよ。僕はフェレットだし」

「まぁ、しかも、もどきだけどな」

「「はははははははは」」

「……死のう」

人の夢と書いて儚いを具現化したフェレットが絶望を呟く。

いや、だから表情が人間臭すぎるぞ。

「まっ、待てユーノ!」

「何フリード? 大丈夫だよ僕たちは何があろうが親友だ」

「あぁもちろんだ。だから言わせてくれ! フェレットモードのまま死ぬのはお勧めしない!
 山か裏庭か良くてペット用墓地とかに埋葬される事になるぞ? 流石にそれは――」

「――あぁ、フリード。あのね、やっぱり君を○して僕も死ぬ!」

言葉と共に人間形態になった親友が修羅となった。





「くぅ、落ち、着け、なっ?」

「落ち着いて、います、が何、か?」

あの後、なのはが寝ているので思うように騒げなかったため、結局は指相撲で決着をつけることになった。

今は、その白熱した二人の熱き漢達のバトルの真っ最中だ。

「ユーノ、おまえは勘違いを、っと、している」

「何が、さ」

なかなかにやるじゃないか。

指先の魔術師と呼んでやろう。

「彼女は、なのはは、パーソナルディスタンスがおか、おぅ! しいんだ」

「パーソナル、くっ、ディスタン、ス?」

「そう、友達距離がえらく、短いんだよ。豪気とも、おわっ、言える」

もしかしたらパーソナルディスタンス以前の問題かもしれないが。

なんというか、近づいたらリリカルにされてしまった。

そう、“フリードの 法則が 乱れる!”的な感じに。

「何で、そんなの、わかるの、さ」

「俺が、簡単に、仲良く、なれた、のがその証明、だ」

「うわっ、……っと、そんなの、一目惚れ、かも、しれないじゃない、か」

「ない、な。だって、俺、だぜ?」

「……」

独眼竜眼帯着けた野郎に一目惚れするほど現実は甘くはないだろう。

いや、それ含めて好きだというなら是非にこちらからお願いするところだけども。

自分が良いと思う道を進む。それが俺のジャスティス。

その道についてこれるなら誰でもウエルカムだ。

「なのはは、本質に気づける子だよ」

ユーノが指を止め言う。

その目があまりに澄んでいたため、隙ありと攻撃ができなかった。

「だから惚れたと」

「……どうだろ」

今度は自嘲気味に目を逸らした。

なんというかイラッとくるね。

「……なぁ、ユーノ? 言っとくが人間形態の姿を晒した事の無いおまえさんはスタートラインにすら立ってないんだぞ?
 悲観するなよ親友。おまえは自分が思ってるよりは、ずっと良い男だよ」

「……ありがと」

苦笑まじりではあるが、さっきよりは前向きな顔をしている気がする。

「よし、少しは前を向いたか。じゃあ、まずなユーノ、その性格は改善せにゃならん。さっき、なのはが泣いた時点で飛び込んできて、
 “僕のなのはに何をする!”って言えなかった時点で駄目駄目だ。大方、俺と自分を比べて軽く欝ってたんだと思うが
 そんなへたれ具合じゃどうにもなりません」

「……それは内側にいたから言えるんだよ。あれを見て突っ込んでいける奴なんて居ないよ」

「俺は行けるぞ」

「そうかもね。そうだとしてもやっぱり後先考えずに突っ込んで口八丁手八丁でその場を乗り切るフリードと僕は違うよ」

「……ずいぶんな言われ様じゃないの。まぁ、強引な押しは確かにおまえさんには似合わんな。
 でもなユーノ、漢にゃ例え負けると思っても赴かなきゃいけない戦場だってあると思うぞ?」

好きな子とられてヘラヘラしてる奴にだけはなって欲しくない。

そんなの何で好きになったのかすら分からないじゃないか。

「――隙あり!」

「うぉ!?」

「――ゼロ、僕の勝ちだね」

ユーノが勝ち誇った顔で勝利宣言をする。

「……無抵抗な奴に勝ってうれしいか?」

「そりゃうれしいね。君もそう思うだろ、ひーちゃん?」

心底意地が悪そうにユーノが言った。







「しかし、大丈夫なのかな」

俺のベットで眠るなのはを見つつ言う。

「何がさ?」

「いや、土曜日とはいえ家に何も言わずに外に出てるんだろ?」

放任主義だったとは思うがそれでもだ。

行った先が男の家ってのが既に詰んでる気がしないでもない。

「どうなんだろ。あの家の人達なら笑って済ませそうだけどね」

「行った先が俺の家だとわかったらそりゃないな」

「……何をやったのさ?」

ユーノがジト目で聞いてくる。

「……いや、特に何も?」

精々、御神流恐るるに足らずと言いまくった事ぐらいか。

あ~、後なのはをどうこうも積極的に言った気がする。

うん、特にやってはいないな。言っただけだ。言葉の応酬ぐらいは許して欲しい。

「……何もやってないのにあの人達がそんなに警戒するわけないよ」

「う~ん、やったっていったら実戦ぐらいか?でも、実戦自体は2,3戦しかやってないよ?」

「もしかして管理外世界の住人相手に魔法を使ったの?」

「そりゃおまえ極限まで身体強化しなきゃ、ついていけないもの。
 連中やばいんだぞ? マシンガンを目測で避けちゃうんだぞ?」

魔法を使っても終止押されるっていうね。

人間ってどこまで強く成れるんだろうか?

あの連中を見てるとそんな気にさせてくれる。

「うそでしょ? そんな馬鹿な話しってないよ」

だってあの人達どう見ても人間だしとユーノが続ける。

世の中広いのだよユーノくん。

「まぁ、大変だなユーノは。なのはは、あの人達の血族だし」

「何その不自然な笑顔。……もしかして本当だったり?」

それに対して満面な笑みで答える。

「いるんですよ世の中にはそんな奴らが。――そう、きっと国会に今から乗り込むといって、実際に拳一つで単機突入して制圧する。
 そんな奴だって存在するんですよ」

「……いや、ないでしょ」

「可哀想に」

「なんだよその言い方――」

やれやれこれだからユーノくんは。

にしても今度、肉体言語でも身につけようかね。



「寝るっ!」

「……いや、いいけど、まさかそのベットでとか言わないよね?」

「言ったらどうすんだよ?」

ユーノにふふんっといった具合に言ってやる。

どうするのかね、へたれ君?

「……止めるよ全力で」

「さよか。じゃあユーノくん膝枕してくれ」

「誰がするか!」

気持ち悪いと全力で表現してくれる。

「そりゃ、なのはがだな」

「うっ……」

「――じゃ、まじで寝るわ」

欠伸を堪えてそのまま別の部屋へと移動を開始。

身体だってまだ本調子じゃない。休むが吉だ。

「……いーちゃんめ」

「……どうでもいいけど、なのはが起きたときには俺はまちがいなく寝てる。
 後は自分でなんとかしろよ? その姿と諸々含めてな。」

何やら背後でぶつぶつと呟いているユーノに言外に起こすなよと告げた。







――さて、どうするか。

起きたばかり、夜なのか暗い部屋の中で考える。

正直、時系列をあんまり覚えてない上に、かき乱しすぎて原作の知識なんて最早役に立たない。

バタフライやら揺り戻しやらを考慮すると余計にわからん。

まぁ、なんとかなるか。

プレシアさえ何とかできりゃ、どうにでもなるだろ。

ぶっちゃけ俺が居なくても、何とかなるのだから気負う必要も無い。

ここに居る理由は、色々あるとはいえあくまで俺個人の我侭なのだ。

「っ――!?」

――ふと、窓を見ると夜に居てはならないものが見えた

「――お迎えか?勘弁して欲しいね」

「……」

それは何も言わない。

唯じっとこちらを見ている。

部屋の外のほうが中より明るいためか、その姿は夜空をバックにして克明に浮かび上がっていた。

今度あったら焼き鳥にする、そう決意したはずだが動けない。

「何か言ったらどうだ? それとも、また人の話を聞かずに実行か?」

「……」

見下されている訳でもなく、唯どこか違う世界から見られている。

そんな気がする。


――そして、それは何も語らないまま、音も立てずに飛び立った。

「……何だってんだ」

鳩恐怖症になりそうだ。

ホントなんだってんだよ。










――「なぁ、ユーノ」

良い天気だ。

春の陽気に誘われて眠ってしまいたい、そんな気にさせられる。

「ん~、何?」

同じように上空を見上げていたフェレットもどきが億劫そうに答えた。

「アレを見てると俺達の学園生活とは何だったのかって思わね?」

「……まぁね」

上空で、この空域はわたしが制したとばかりに飛び回る少女を見て考える。

才能とはなんぞやと。

「三日だぞ三日。なんだよそれありえねーよ」

それも学校に普通に行って普通に寝て三食食ってだ。

「……はぁ。でも魔法ってのは才能によるところが大きいのは今更じゃないか」

「にしてもだアレはない。魔法学園の存在意義を真っ向から否定してるぞ」

「別に魔法学園は魔法に関する事柄を教えるところで、技術だけじゃないでしょ。
 存在意義に疑問を持つのは、理論と実戦以外はどうでもいいと思ってるフリードだけだよ」

もっともらしい事を言ってるが顔を見りゃ世の中って理不尽だってな顔をしている。

才能の有無をどうこう言っても始まらないのはわかるがこれはなぁ。

三日で殆どの魔法が使えるようになった。それってどんなチート?ってな感じだ。

「まぁ、僕から見ればフリードも十分理不尽ではあるんだけどね」

「何でだよ?」

「だって、君も似たようなものだもの」

「なんだそりゃ。少なくとも俺は努力しましたよ?」

「だね。まぁそういう意味じゃなくて単に才能の有無だよ」

「才能?俺にゃあんなアホみたいな魔力量に任せて無理やり出来る程の力は無いぞ?」

そう、あんな効率なにそれ? 100の力で80しか出ないなら1000の力で撃てばいいじゃない的な事はやれない。

いや、一応現在の総魔力量自体はAAA-に届くか届かないか程度はあるため出来ないこたぁ無いだろうがさ。

俺がアレを真似してみても高が知れてるってな話だ。

鳩によるチートも100%天然のもののチートにはどうやら勝てないらしい。

「――あんまり変わらないと思うけどね。出来る出来ないで言えば君の方ができる事は多いしね」

「そりゃアドバンテージが4年近くありゃ当たり前でしょーに」

「そういう話じゃないよ。フリードは苦手なものないでしょ?」

「制御以外にコレと言って得意なものも無いけどな」

「十分だよ。僕みたいな攻撃が苦手な奴よりゃよっぽどいい」

「結界とか検索が得意じゃないか」

「……それが自慢になる?」

「なるだろ」

「……はぁ。隣の芝生は青く見えるってな話かもね」

そういうものだろうか?

何か一点突破した方がどう考えてもいい気がする。

武器を選べと言われたら、10徳ナイフ持つよりサバイバルナイフを持ったほうがいいだろう。

10徳ナイフなんてサバ缶開けるかコルクを開けるかぐらいにしか役にたたなさそうだ。

なのはがサバイバルナイフを持ってバッサバッサと敵を切り倒してる中で、俺だけサバ缶を開けながら戦うのだ。

そして、戦いが終わった後ワインのコルクを開けて勝利の美酒に酔いなとか言うのである。

……あれ? なかなかカッコいいよ?

「――ユーノ。やっぱ俺は俺として生きるよ。他人なんか関係ない」

「……何その唐突な悟り」

「人の持つ可能性より自分の持つ可能性を信じれば良いんだ」

「いや、うん、まぁそうだね」

「あぁサバ缶が駄目ならカニ缶辺りで攻めればいい。それでも駄目なら必殺おでん缶だ」

「……」

パイン缶も良いかもしれない。飛び出す汁が相手にダメージを与えるのだ。

“こ、こんな甘い汁を掛けられたらネチャネチャしちゃうーー、ビクンビクン”ってな具合になるに違いない。

我ながらなんて恐ろしい――

「フリード・エリシオン。恐ろしい子だ」

「……ホント恐ろしいよ」

「そうか。俺が味方でよかったなユーノ」

「いや、まず味方であることが恐ろしいよ」

「なるほど。味方にすら恐れられるミッドの10徳ナイフこと俺、フリード・エリシオンというわけか。
 すまんな、迷惑を掛ける。許せ」

うむ、場合によっちゃシュールストレミングも開けるかもしれないからな。

きっと阿鼻叫喚になる。

『うっまた、10徳ナイフがやりやがった!』

『くっ、味方の被害は!?』

『……甚大です。フロントアタッカー2名、ガードウイング1名が――』

『くそっ!! 奴め、あれが風呂に入っても5日は臭いが取れないとわかっての所業か!』

『過去のデータからいっておそらくは。――現場の映像来ます』

『……馬鹿な、10徳おまえは』

『かつて悪夢と呼ばれていたそうだね彼は。まさにこれは悪夢というに相応しい。なんとなんと美しいんだ』

『――汁に塗れろ!! 臭いを脳裏に刻め!! はははははははーー!!』

『もうやめて……。こんなのやめてーー!!』

『――もっと、もっとだ!!――』



「えーっと、フリードくん?」

「なのは駄目だよ。今はそっとしておいてあげて」

「えっ?」

「知らないほうがいい。いや、知っちゃいけない」

「???」


『10徳ぅーーー、てめぇだけは許さねぇーー!!!』










「へっ?」

「だから、今度すずかちゃんのお家に一緒に行こう?」

「いや、何故に?」

なのはの誘いに疑問で答える。

プール以来、結局ジュエルシードは見つかってない。

ともなると今度こそありそうな気配はするが一緒に行く理由が無い。

行くつもりはあったけど、それはこそっと隠れるようにだ。

「だって、二人の誤解を解くチャンスなんだよ? それに、アリサちゃんだって連れてこれるなら、縄で縛ってでも連れてこいって言ってるし」

そりゃ単純に今度こそヤキ入れるぞ、ごるぁってな話だろ。

それに月村家って……。あー、恐ろしや、恐ろしや。

「とてもめんどくさいです」

「え~そんなぁ。あっ、ジュエルシードの事とかあるし、ほら一緒に行動した方がいいよ! ねっユーノくん?」

「う~ん、フリードが嫌がってるし、これは連れてった方がいいね」

どういう意味だこのフェレットもどきめ。

「ほら、ユーノくんもこう言ってるし」

「いや、今の嫌がらせだよね?こいつが嫌がるんなら僕は賛成するよってな顔してたぞ?」

「そんなこと無いよね? ――ユーノくんは時々フリードくんに引っ張られて意地悪になっちゃうそうです」

「そうそう、フリードが悪い」

「なんだとごるぁ!」

この淫獣め。

言わせておけば好き勝手に吹き込んでくれてるじゃねーの。

粛清してくれる!

「瞬殺のファイナル――」

「――駄目だってばーーー!!」

呼応するように拳を向けたユーノと俺の間にレイジングハートが割リ込む。

ここ数日で水を得た魚のように力をつけた魔王様御身自ら止めに入られた。

レイジングハートの周りに浮かぶ4つの魔方陣が有無を言わせぬ迫力を漂わせている。

怖っ。




「じゃあ、フリードくん、約束だよ?」

「あぁ、はいはい」

「う~、当日迎えに行くからね?」

「そこまでせんでも行きますよ」

転送魔法で逃げても、見えない壁にぶつかりそうだ。

そして、なのはが現れてこう言うんだ。

魔王からは逃れられないって。

「……何かとても失礼な事を考えてる気がする」

「気のせいですよっ!」

辺りの魔力素が、なのはのリンカーコア目掛けて収束する気配を感じて、即時にそう返した。

「う~ん、何かひっかかるけどいいのかな?」

ちょっと不満顔ではあるがどうやら、無事宥める事に成功したようだ。

「命拾いしたねフリード?」

「うるせぃ!」

得意げな人間臭い表情をするフェレットに一撃を入れておいた。






[11220] 十話
Name: リットン◆c36893c9 ID:73b2310e
Date: 2010/05/03 09:54
あなたは何故戦うのですか?

今尚戦い続ける戦士達に問う。

辛くは無いのですか?

逃げたくはないのですか?

そんなに辛そうなのにまだ戦うのですか?


――そもそも戦う必要があったのですか?


考えてみてください。戦わなかったら得られた幸せを。

考えてみてください。あなたの幸せはその先に本当にあるのかを。

考えてみてください。目的のために何を犠牲にしたのかを。

だから、全てを終えた後に私はあなたに問います。

――今、あなたは幸せですか?




目的があった。

親友との誓いがあった。

少女との約束があった。

それら全てが戦う原動力となるはずだった。

それら全てが背中を支える力になるはずだった。

――もう戻れない。

今や全て死地へと赴く己への足枷となっている。

行くなと語りかける。逝ってくれるなと語りかける。

……もっと早く耳を傾けていたなら。彼らの声が理解できていたならば。

そう、フリード・エリシオンは見捨てたのだ。救いを、そして自らを。







――――フリードがフリードである限り僕は君の味方をする、それだけだよ

決して見捨てなかった親友が居た。


――――バルディッシュの強さをあなたに見せてあげる!

優しさと誇りを持った少女が居た。



脳裏に浮かんだ映像に苦笑を洩らしフリードは頭を振った。

今更なのだ。今更過ぎるのだ。

最早、なるようにしかならない。

もう、賽は投げられ――



「――ぐはっ!」

題名“死地へと赴くカッコいい俺ver1681”が強制的に止めれてしまった。

「いっつぅ、何すんだおまえ。こっからだったのにっ!」

「何の話よ! だいたい、さっきから無視すんなって言ってるのに聞かないあんたが悪いんでしょうが!」

「まぁまぁアリサちゃん」

現在、俺様車上の人である。

つまりは、連行中の身の上であり逃げ場が無い。

故にこのパツキンにいい様にされている。

妄想すら許されない。これって人権侵害だと思うんだ。

「……まずこの配置がおかしい」

そう、窓際なのはいい。なぜにこのお嬢様が隣なのか。

「あんたをなのはの隣に出来るわけないじゃない」

「う~ん、大丈夫なんだけどなぁ」

「なのははこいつを知らないからよ」

おまえは俺の何を知っているというのか。

あれか俺の知らない秘密を握っているのか。

実は俺、戦闘機人でしたみたいな。

どうせなら仮面の方にして欲しいものだ。

アレには憧れて止まない。

ちなみに夏は辛いだろうなぁと考えてしまった事があるのは、夢を追い求める者として失格なので伏せておく。

「……怪人でもいいなぁ」

「あんたはこれが大丈夫に見えるわけ?」

「あはは……。えっとね、ちゃんとするときは本当にちゃんとするんだよ?」

「こいつが?」

「うんっ!」

でも、やっぱりメタルメタルした物もいいよね。

ここはやっぱガンダムか。

あれだ意思のあるガンダムになるんだ。

乗り込んだパイロットと意見が衝突してピンチに陥ったり、量産型に負けて俺はガンダムにはなれない……とか言ったりするんだ。

きっとあれだな、途中で絶体絶命になった時にコクピットを切り離して自爆したりもするに違いない。

そして、パイロットがなにか決意めいたイベントをこなした後、相手の新型機に負けそうな時に颯爽とパワーアップした俺が……

「えぇ、これはえぇ!」

思わず自画自賛しちゃう。

ブラボー俺。viva俺。

「……」

気が付いたら、ひいた目で見るアリサと、苦笑しているなのはと、いつもの事だと我関せずアリサの膝元で寝ているフェレットもどきが居た。

「なぁ、Alisa Burnings.パイロットにならないか?」

「なんの話よ。ならないわよ!」

惜しいな。意思を持ったガンダムなんぞどうせ叩かれるし、いっその事ロリツンデレでも入れてしまえと思ったんだけどな。

「そうか。なのは……はいいや」

「え~なんでっ!?」

「なんというか、いや、うん、なんというかな」

「なんで目を逸らすの!?」

あなたは、そのまんまの魔法少女でいて下さい。

むしろ変わらないことを願ってます。

「う~、アリサちゃんやっぱり席変わって欲しい」

「なんでよ。こいつ殴りたいの?」

「それもあるけど――」

「あるのかよ!」

「――うん、それ含めてちょっとお話しがしたいかな」

「まっ、そういう事なら、って、あんたなんであたしの手を掴んでるのよ!」

「イカナイデクダサイ。どうか行かないで下さい」

その子は俺相手だと配慮を忘れるのです。

怒ったらスターライトブレイカーを迷わず撃ってくるような子なのです。

元はといえばこの素知らぬ顔で寝ているフェレットもどきが全ての元凶なのだ。

フリードに何言ったって聞かないよ多少小突くくらいはしないと、とか余計なことを言ったせいだ。

始めは、えいっ、ポカってな感じだった。

和んだ。大いに和んだ。もっとやれ状態だった。

だが次第に、いや、事は指数級数的にエスカレートしていった。

えいっ、ゴスッに変わり、

えいっ、シュインッに変わり、

えいっ、ズドーンに変わり、

最終的には、辺り一面桜色で埋め尽くされる事になった。

そう、わずか一週間で素質が花開いてしまった。

満開だ。大フィーバーである。

きっと、俺相手だと高町の血がこいつを倒せと輝き叫ぶのだろう。

「……こいつに何かしたわけ?」

「別にしてないよ? 失礼なんだよフリードくんはっ」

「ふ~ん」

「失礼な事をした覚えがないな」

俺はいつだって変態と言う名の紳士です。

道を間違える事はあっても踏みはずす事は無いのです。

だって、歩いた道が俺の道なのだからbyフリード。

「む~、たくさんあるよ! 今日だって約束忘れて寝てるし」

「オールかました後ぐらい寝させてよ」

「だから、なんで寝ないの! あれだけ言ったのに!」

「男にはやらなきゃいけない事がたくさんあるのさ~、ららら」

「そういう態度が失礼っていうんだよ!」

「気持ちを声に出して詠うことのどこが失礼なのか。俺は流離う吟遊詩人よ。
 世を嘆き、世を憂い吟じる事を使命に生きてきたのさ」

「そんなの聞いたこと無いよ!」

「話してないからな。誰にだってある2面性、それが俺にとっては吟遊詩人なのだよ。
 然らば、ここで一句。眠いのさ、とにかく帰って、眠りたい」

「う~」

「……あんたらねぇ人を挟んで何やって――」

「――えいっ」

「――だが、なんとここでアリサ障壁が発動!」

「にゃっ!?」「なっ――!?」

手を伸ばしてきたなのはに対してアリサを無理やり楯にした。

お陰でなのははアリサに体ごと突っ込んだ形となる。

これぞまさに、組んず解れつ状態。

「なんということでしょう。勢いあまって親友が親友を押し倒してしまったのです。
 この後、親友同士が血で血を洗う争いをする事になるとは誰にも想像がつかな――」

「――あ、あんたねーー!!」

「ごっ、ごめんねアリサちゃん」

「なのはじゃないわよ! こいつよ、こいつ!」

「取りあえず、ほら、落ち着いて、ね?」

「このっ――」

「――なんとここでユーノバリア!」

「ふぎゃっ!」

パシーンと叩かれたユーノが飛んでいく。

まぁ、車内なので直ぐに当り止ってしまったが。

にしてもあんな人間っぽい叫びを上げるとはフェレット魂が無いな。

「あっ、ご、ごめんなさい。――なのは、この子大丈夫かな?」

「えーっと、うん、大丈夫みたい」

念話でユーノの大丈夫だと言う言葉と俺に対する罵詈雑言が聞こえた。

暢気に寝てないで、てめぇもさっさと舞台に上がれってな話だ。

「欧州人は摩訶不思議なり。いきなりフェレットを殴る文化が有るとはなんとも面妖な」

「あんたも外人じゃない! というか、これ全部あんたのせいよ!」

「アリサさん、全てを人に押し付けるということは良くない悪癖ですよ?
 ごめんなさい、全てはこれから始まる日本の良き文化です。我々も見習わなくては」

「あー、もう、こいつむかつくーー! というか、あたしは日本人よーー!!」

「そうか。実は俺も日本人なんだ。よろしくっ!」

同類ミツケタネ。ここは仲良くシェークハンドネ。

「誰がするか!」

バシッと手を払われた。

どうやらこの世は悪意で満ちているらしい。

「なのは俺は悲しい」

「えっ? えっ、でも、これは全面的にフリードくんが悪いんだよ?」

「考えてごらんなのは。喧嘩の末に勇気を出して仲直りのために握手をしようとしたら、その行為すら認めてもらえなかった者の気持ちを。
 悲しくないか? この世は悲劇しか無い、そういうことかい?」

「あっ、う~、そんな事言われても……」

「洗脳すんな! なのはも騙されちゃ駄目でしょうが。こいつのどこにそんな殊勝な気持ちがあるってのよ!」

「やれやれ、本筋が見えないようではこの先苦労するぞアリサちゃん?」

「くっ――」

「――おっと」

「あーー、避けるなーー!!」

避けるなといわれても、そんな振りかぶったら避けてくださいと言ってるようなものだ。

思わずボディがガラ空きだぜって言うところだぞ。

「平手打ちは避けろと当家の家訓なのですよ」

「このっ――」

「――ボディがお留守だぜ!」

「ひゃんっ」

殴りかかってきたので空いたわき腹を突っついてやった。

いい声で鳴くじゃねーか。

ふぅ、いかん、いかん僕は紳士という名の変態です。

……あれっ?

「何すんのよ! それに、平手打ちじゃないのに何で避けるのよ!」

「グーで殴り掛かって来たなら避けて反撃せよが当家の仕来りなのです。まこと申し訳ない」

「くぅ、じゃあ、何なら当るのよ!」

「熱いベーゼならいくらでも」

ニコッと微笑む。

鏡が無いのでわからないが割といい笑顔をしている自信がある。

コレを機にパーフェクトフリードスマイルと呼ぼう。

ちなみに、お値段はもちろんゼロ円設定だ。

「……ふふふ」

「えーっと、アリサちゃん?」

「わかった、わかったわ」

「なんだキッスでもしてくれるのか?」

そう返した瞬間、金髪が車内で煌く。

「っ――!?」

なんらかの一線が俺の頬を撫でた。

見てしまった。俺は覗いてしまったのだ。

開けてはイケない深淵の底を。

「覚悟……なさい」









「馬鹿な、これは!……くっ、マーシャルアーツだと!?」

「あんたが、あたしの限界を突破させてくれた。礼を言うわ。
 鮫島直伝の技見せてあげる。くらいなさいっ!!」

「まだだ、まだ終わらんよ!」

「はっ!!」

「あっ白――」













――「何故に目的地に着いた時点でこんなに疲れないかんのか」

「「……」」

ふむ、最早突っ込む元気すらないか。

ならば、ここに宣言しよう俺様完全勝利と。

<<フリード流石にやりすぎ>>

念話で話しかけてくる別名フェレットサンドバック。

結構ぼこぼこ殴られてた割には元気だな。

流石は結界使い。

<<楽しい道中でしたな>>

<<ああいうのをカオスっていうんだね。思い知ったよ>>

<<まさか。カオスってのはこれから起こるようなことを言うんだ>>

<<えっ>>

<<今から行くところは魔窟だからな>>

<<どういうことだよ?>>

<<さぁな。まぁ、お楽しみあれだ>>

<<……>>

正直、正面から乗り込むなんざ愚の骨頂のような気がするが来てしまった以上はしょうがない。

ここはあれだ。

「なのは、何がなんでも俺を離さないで」

「ふぇっ?」

なのはと手を繋ぐ。やれるもんならやってみろだ。

ただしその際は、なのは諸共だがな。

「……うーん、さっきみたいなのはもう嫌だよ?」

「あぁ、心配するな。何があってもなのはが守る!」

「……なのはが守るの?」

「Sorry.なのはを守る!」

じーっと握ってる手を見つめるなのはさん。

「何か問題が?」

「……ううん、何から守るのかなーって思っただけだよ」

「そりゃ、あらゆる災厄からでしょう」

「フリードくんがその災厄の場合は?」

「……この後ろから殴ろうとしているお嬢様が何とかします」

「えっ?」

「うっ」

振り向くと俺を殴ろうとしたまま止まったアリサが居た。

<<アリサさん止まっちゃだめだ! そのまま殴るんだ!>>

<<……おーいフェレットもどきー、心の声が漏れてるぞー>>

まったく、なんて奴だよ。

まぁ、殴られたらユーノバリアを張ってた訳ですが。

「……何でもないわよ。それで何であんた達は手をつないでるわけ?」

「えっと――」

「アリサちゃんに見せ付けようと思って。わたし達のLOVEを」

「にゃっ!?」

「――だそうだ」

「ち、違うよ! 今のは、フリードくんが――」

「――なのはにLOVEはないのか、これは悲しいね」

「えっ、な、な、何を。って、えっ?」

真っ赤になって、腕を忙しく動かすので手を振り回される格好になる。

そういう時は手を離せば良いと思うYO。

「しょうがない。これは手を取り合って行きましょう!」

そう言いつつアリサの手を取る。

まさに両手に花。またの名を両手に爆弾。

「なっ何すんのよ!」

「にゃっ!?」

そのまま突っ込む魔窟へと。







「……えっと、これはどういう反応をしたらいいのかな?」

導火線に火が点いた爆弾をそのまま抱えて持ってきた。

海鳴に来て何戦か経験のあるメイド長も流石にこの格好の俺には向かってこなかった。

どうやらまたしても俺の完全勝利のようだ。

「とりあえず休憩、かな?」

「……それをお願いするわ」

「……ごめん、すずかちゃんわたしも」

「俺はどっちでも――」

「はっ!」「えいっ!」

「ぐはっ!」

両脇から攻められるマイボディ。

馬鹿な……この俺のボディが甘かった、だとっ!?

そして、なのは、流石だ。まさかレバー……とは……







――楽しげな声が聞こえてくる。

これはいったい?

「目が覚めたか」

その声に思わず臨戦態勢になる。

「……おきっぱに戦闘は勘弁して欲しいね」

「別にやらんよ。お嬢様から固く言われている」

まぁ、もっともお前が望むなら別だがなとクールなメイド長さんが続けた。

「そんなの望みませんよ」

「そうか。目が覚めたのなら庭へ行け。お嬢様達が待っている」

ふむ、何やら知らない間に敵意が解けている?

なんか知らんが助かった。

ここは素直に状況に甘えましょう。





見れば微笑ましい光景だ。

なんつーかアレに野郎は邪魔だろう。

ここは、にゃんこと戯れよう。

「にゃんこよ、にゃんこ。おまえは何でにゃんこなんだい?」

「な~」

そんな事は知らないと気持ちよさそうに撫でられるにゃんこ。

「……あはぁ」

思わずトリップしそうだ。

「えへへ~、可愛ええのう」

ふと、視線を感じる。

誰っ!? 僕からにゃんこを奪おうとしているのはっ!

見るとこちらを見て微笑んでいるすずかが居た。

……ちっ、見つかったか。

さよなら、にゃんこ。行こうか戦場へ。


「あっ起きたんだ」

「ちっ」

「そんなに喜ぶなよアリサちゃん」

「どう見たら喜んでるように見えるのよ!」

元気だねー。いい事だ。

名は体を表す。まさに燃えるぜバーニング。

まぁ、ここは大人しく席へ行きましょう。

「……なんで今度は反応がないのよ」

「平和が一番よ。そういう気持ちをさっき貰いました」

見ればすずかにニッコリと微笑まれてしまった。

「? ――どうしたのすずかちゃん」

「うん、なのはちゃんの言うとおりだなと思って」

にゃんこ好きに悪い奴はいないと言うつもりなんだろうか。

世の中にゃんこの中にも悪い奴はいるのでそれは微妙だと思うけどな。

「あっ、そっか。うんっ! ちょっと変なところもあるけど」

そういってなのはが満面の笑みを浮かべる。

あぁ駄目だ。こそばゆい。純粋すぎて調子が狂う。にゃんこの群れに突進して俺はそんな出来た人間じゃなーいと叫びたい。

俺は、俺は汚れてしまっていたのか。

お天道様の真ん中を歩いていたつもりでいつの間にか外れていたのか。

「あぁ……」

思わず頭を抱える。

「……っで、これがどうちょっと変なわけ?」

「あはは……」

「でも、うん、悪い人じゃないよ」

「うっ、すずかまでこいつの味方に」

「アリサちゃんだってホントはそう思ってるんでしょ?」

「えっ、うー、まぁ……」

なんだこいつら聖女か。

いっその事殺せよ。この穢れきった僕をさ。

その聖なる剣で貫いておくれよ。

「うふふふ……」  

「とりあえず、コレはどうにかしたほうがいいんじゃないの?」

「えーっとね、そのままの方がいいかな。こういう時は放置してってフリードくんのお知り合いさんがいつも言うから」

「こいつの知り合い? また、碌でもなさそうな奴ね」

「そう、奴は碌でもない」

「あっ、復活した」

「あんた脈絡が無いにも程があるわよ!」

「奴の悪口のためなら涅槃の畔だろうがアビスの底だろうが駆けつけるさ」

「……カッコつけて言ってるけど、言ってる事は最低だよね」

奴のために、そう親友のために不肖ながらフリード・エリシオン帰ってまいりました。

何から話そうか、すずかに撫でられて気持ちよさそうにしているユーノを見ながら考え――

「っ――!?」「えっ――!?」

『“――フリード!”』

どうやら、にゃんこが戯れに賽を振ってしまったようだ。

仕方ない。さぁ、魔法少女始めようか。












――「あらー?」

こんなところまで原作と乖離しているわけね。

既に想定していた巨大ネコはいなかった。

代わりに居たのは死神ちっくな少女と中空に浮かぶジュエルシード。

「……女の子?」

隣に居たなのはが呟く。

「う~ん?アルフは?」

「ここに居るよ」

そう言いアルフが右手の方の木々から出てきた。

恐らく周囲の警戒か。まぁ本来この屋敷に忍び込むのは相応の度胸が必要だったりするわけだけども。

「フリードくんのお知り合いさんなの?」

「あぁ、生き別れた姉妹達だ」

「えーー!?」

「なのはいちいち本気にしたら駄目だよ」

良い反応で驚くなのはをユーノが嗜める。

そういう積み重ねが彼女の純粋性を削っていくんだというのにっ。

「相変わらず適当な事言ってるねぇ、あんたは」

「性ですから。変えられ無いね」

「そうかい」

「そうよ。んでフェイト、そうやって待ってるってことはジュエルシードを賭けて戦えということか?」

「……うん、でも予定が変わった」

「?」

なんのこっちゃ。準備しようと思ったところで待ったがかけられた様なものだ。

思わずガクッとなりかける。

「その子に用がある」

「えっ? わたし? なんだろ」

「……今ジュエルシードは何個持っている?」

「えーっと、6個かな」

「それは、フリードに貰ったの?」

「えっと、4つは貰って、1つは一緒に捕まえたよ。ねっ?」

なのはが確認するように俺に聞いてくる。

「おう、それで間違いは無いぞ」

「……そう」

なんでそんな責めるような目を。

しょうがないじゃない。一応俺は元々お手伝いのために居るんだし。

――そして、彼女の瞳は悲しさを湛える瞳へと変わった


「いや、元からジュエルシードはここに居るユーノ達のために集めていたから――」

「――いいよ、もういい! 後はその子から奪う! 邪魔しないで!」

何アホなことってやばっ!

「ちっ!」「にゃっ!?」

金色の砲撃が辺りを薙ぐのを、なのはを抱えてなんとか躱わす。

狙いは完璧になのはだ。

「くそっ、おいおいアルフさんよ、こりゃいったいなんだ?」

前方で構えをとるアルフに問う。

なんであんなに怒ってらっしゃるのかを。

「……あんた、本当にわからないのかい?」

「さぁてな。少なくとも怒られる義理は無い気がするね」

「そうかい。あの子は敵でその子は味方――こう言われてもわからないかい?」

「……さよか。なら伝えてやってくれ、俺はアンパンマンよりバイキンマンの方が好きだってな」

「……何の話か知らないけど、それは自分で伝えな!!」

『Protection』

アルフが打ち込んできた拳にレイジングハートが対応する。

「つぅ、なのは闘えるか?」

「う、うん!」

「よっしゃ、じゃあ任せた」

「えっ? フリードくんは?」

「あのお馬鹿さんを止める!」

実戦の少ない今のなのはじゃ、アレはキツイ。

恐らく話し掛ける前に墜とされる。

「Erいけるか?」

『もちろん、さぁ常闇へと引きずり込もうではないか』

「おっしゃ! んじゃ、ユーノ、なのはを任せたぞ!」

「わかったっ!」




「邪魔しないでって言ってるのに!」

「そう言われると邪魔したくなる年頃なんだよ!」

「う~」

打ち合ってわかる。この子は以前とは全然違う。

自分用に調整されてるとはいえ、一週間で新規と言っても過言では無いデバイスを使いこなすか。

「頼むからちったぁ人の話を聞いてくれ」

「聞きたくない! バルディッシュ!」

『Sonic Form』

フェイトのバリアジャケットが変移する。

しかし、見つめる先は俺ではなく、なのはだ。

最高速で突撃する気かよ。

「ちっ、Er!」

『了解したよ』

スピードで来ると言うなら、付き合ってやろうじゃねーの。

「あっちばっか見てないでこっちにも気を配りな!」

『シュートバスター』

フェイトへ向かって銀の射撃を撃つ。

「っ――、もうっ!」

もうじゃねーです。

とりあえず止まりなさい暴走少女。

『ブリッツ』

そして、使うは高速移動魔法。

全てを置き去りに――

『Blitz Rush』

――はどうやら出来なそうにない。



「はっ!」

「くぅっ」

上段からそのままErを叩きつける。

周りは全て止まっている。

その中で俺とフェイトだけが動いていた。

一合、二合、三合。

切り結ぶ。

ぶつかり合う。

加速が途切れた時が勝負の分かれ目。

それを察しているのか一歩も引かない。

スピード勝負で負けるわけにはいかないと目が語っている。

さっきまでの目はもうしていない。俺だけを見ている。

ならばと、さらに加速を重ねる。

『加速』

『Acceleration』

これ程の加速は初めてだ。空間が時折制御できず端の方が燃え上がっているのがわかる。

失敗すればソニックブームに巻き込まれてミンチは確実。

恐らくは後一段上げればそれは起こる。

笑える。最高に笑えるじゃないか。

何より精一杯論理を考え無理やり制御して加速している俺より、天賦の才能で本能的に加速している彼女の方が空間的に安定しているのが良い。

コレより先を見たくば天賦の才を超えろ。そう言ってるようだ。

デバイスの処理能力は、ほぼ互角。

言い訳なんかできない。

「はははは」

「くっ、フリードもう止めて!」

「なんでだよ。これからだろーが」

「違う! どう見てもこれ以上の加速は――」

「――ならね、止めてみな!」

「うっ」

無駄口を叩くフェイトへと切り込む。

どうやら気づいていない、さっきと立場が逆転してしまっている事に。

まぁ、そんな事はどうでもいい。さっきからアドレナリンがドバドバ出ている。

最早、止められない。自分ではどうにも出来ない。

男としての闘争本能に完璧に火が点いている。

「さぁて、どこまでいこうか?」

「もう、馬鹿っ!」

『Acceleration』

さらに加速するか。ならばこちらも――

――加速したままフェイトが突っ込んできた。

「なっ――!?」

見えるのはフェイトの頭。

デバイスを振り下ろすわけにはいかない。

そして、突っ込んできたフェイトにそのまま抱きしめられた。

『Ring Bind』


墜ちていく。

加速が止まってしまった俺達をようやく動いた世界が迎える。

にしてもバインドで自分ごと拘束して強制的に加速を止めるたぁね。

「――そういやフェイト、さっき馬鹿とか言ってたがそりゃお前さんのことだ」

「……この状況でよくそんな事が言えるね」

「だってな、あんな石ころの1つや2つでこの世の終わりみたいな顔した奴にゃ言わないとな」

「……そんな問題じゃないよ」

「どんな問題だよ。じゃあ、聞くよ。おまえさんの相棒、バルディッシュは誰が強化したよ?」

「……」

「それだけじゃあ不満ですかお姫様?」

「……」

無言で抱きしめられた。

それが答えと受け取っておこうか。






――「待ってっ! わたしは高町なのは。あなたは?」

「……私はまだあなたを認めていない。だから教えられない」

「えっ」

なのはの顔が失意に歪む。

そう簡単には名前を許さないらしい。

ここで俺が教えたらどうなるんだろうと思わないでもない。

「それとフリード。次、あんな無謀な事したら許さないから」

「……ほ~い」

人を怒る余裕があるとは。どうやら完全に立ち直ったようで。

ちなみに、ここのジュエルシードはフェイトが持っていくことになった。

どこか思うところがあったのかユーノが言い出した事だ。

奴なりに思惑があるのかもしれないが、渡すと決めた際に頼んだよフリードと言った言葉が気になるところではある。

何か責任が微妙に増えてる気がするが大丈夫なんだろうか。

「行こうアルフ」

「はいよ!」

二人を橙色が包む。

そして、そのまま虚空へと消えていった。

「あっ……」

なのはの何ともいえないような声が漏れ聞こえる。

「さぁて、戻りますか魔窟に」

「……あのねフリードくん――」

「――あの子の事は自分であの子に尋ねる。その方が良いと思うけどね」

「……」

暫く、地面を見つめたと思ったらグッと胸の前で拳をなのはは握った。

「うん、そうだね。わたしあの子とお話ししてみる!」

「おう、頑張っていきまっしょい」

まぁ、結局は魔法に依るどつき合いに終始するような気もするけどもね。

そう、魔王様的に考えて。

「……また、失礼な事を考えてる気がする」

「まさか、俺はいつだって真剣になのはの事を考えてるよ」

「う~」

真っ赤になりながら睨んでいる。

照れるのか睨むのかはっきりして欲しいところだ。

「まぁまぁ、とにかく今はお茶でも飲んでゆっくりしましょう」

「あっ、そういえば。あの子の言ってたフリードくんの無茶って何かな?」

「よし、行くぞ、そこの空気!」

「えっ、ちょっ、ごっ、ごめんなのはーーー」

ドップラー効果で叫び声を上げるフェレットもどきを鷲づかみにしながら魔窟へと駆ける。


「あっ、待ってよーー」






[11220] 十一話
Name: リットン◆c36893c9 ID:73b2310e
Date: 2010/09/24 19:14
事前の言葉はやはりあれか。

『ユーノの仇ーー!!』

がやはりベストだ。

だとしたら事後はやはりこうなるだろう。

『……あなたはね、知りすぎてしまったんですよ、プレシアさん』

うむ、なかなかに良い感じ――

「だーー、ちげーーー!!!」

頭を激しく振る。

こんなんじゃない。こんなんじゃないのだ。

対プレシア戦のシミュレートをするとなぜかこんな方向に行く。

これはジャミングか? どこからか電波を受け取っているのか俺は?

どこの電波局だよ、こんなの垂れ流してるのは。

北か? 北なのか? 恐ろしいな北は。

「なかなかに緊迫しているようだなアジア情勢も」

世界はどうやらリリカルなだけではないらしい。

『……アホなことやってないで調整を済ませたらどうです?』

「空気読めない子は嫌いです」

『あなたがそういう風に私を作りましたから』

「なら、もっとウィットのきいたことが言える努力をすべきでしょう」

『残念ながら教育主があなたですから期待できませんね』

「……そりゃ、どういう意味なのか教えて欲しいね」

『教えてもいいですが対価を要求しましょう。いえ、軽いですよ? とっとと私を完成させろってだけです』

「――よし! 調整を行うか」

後ろで我が相棒(予定)がごちゃごちゃ何やら言ってるが気にしない。

なんであんな捻くれた子になっちゃったのか。

最近わかったことなのだが、どうやらわが社の製品は使わない期間が長いと捻くれる傾向にあるらしい。

顧客の中に買ったのはいいが使わないという奴がいなかったため最近まで発覚しなかったのだ。

不満としてうちに来るのは大概が○○が僕の愛が重いって言うんですよとか、○○が最近私に冷たいとかそんなんばかりなのである。

FC社製のデバイスはまったく同じというものがないため、基本的に仲良くなる必勝法なんてない。

よって、返す言葉は“愛”その意味をよく考えてみてくださいという一言だけだ。そう深いようで、まったく意味のわからない攻略法オンリー。

おかげで僕(私)のデバイス生活なんてレクチャー教室が流行ってるから商売的にはとても大助かりだったりするのだが。

ちなみに、なぜ同じものが無いのかといえば、うちは性格はこの様にという指定があって、その上で社員一人一人が受け持ち調整していく形をとっているからである。

つまりは、生まれもっての性格というものがあって後は個別で教育するシステムだ。おかげで最終的にはかなり違うものとなる。

プログラム的な閾値を人間以上にする奴もたまにいるため、感受性が強すぎて鬱状態になったり千差万別だ。

作り手としては、この子はこのデバイスマイスターと歩んで参りましたってな広告文が載るので割りと必死だったり――

とまぁそんな事は今はどうでもよくて、この子を早く仕上げてやらねば。

だいぶ時間がかかってしまった。材料が無いのがかなり響いたのだ。

足りない分を未完成な相棒(予定)から調達することで、ようやくここまで持ってこれた。


「――よし、後はテストだな」

『……今更ですが、本当にそれを使うんですか?』

「そりゃ当たり前だろ。なんのために作ったと思ってんだ」

『プレシアとかいう人を止めるためでしたっけ? 犯罪者を止めるために犯罪者になってどうするのかと思いますが』

「昔から言われてる事だ。ばれなきゃいいんだよ」

ここは管理外世界。管理局相手なら知らぬ存ぜぬを通せば逃げ切れる。

確たる証拠は残さないしな。

『そういう問題ではないでしょう。あなたはどこの人間ですかマスター?』

「ミッドですね~」

『そうですね。そのミッド――管理局のお膝元と言ってもいい場所に住んでる人間が次元間の法を易々と破る気ですか?』

「破りますね~。残念ながら俺は道端にお金が落ちてたら嬉々として拾うタイプの人間ですよ?」

管理局の皆様方に喧嘩を売るわけでは無いが、誰も見ていないところでまで遵守するつもりは毛頭ない。

深夜の誰も通る気配の無い交差点の赤信号を待つってのは、実に意味の無い事だと俺は思うわけだよ。

いや、管理局の人達はホント偉いと思いますよ?

ゴミ捨て場で寝てたとか言う身元不明の子の保護までやってくれるし。

きっと酔っ払って寝てる親父も保護してくれる事だろう。

『……はぁ、そんな小さな次元の話では無いでしょうに。ではマスター、費用対効果という言葉をご存知ですか?』

「あぁ、おまえがものすごい低い数値ということも知ってるぞ」

『えぇ、そうでしょうともマスターの無駄設計のおかげでね。
 ――っと話しが逸れました。要は今回の行いはそれがマイナスです。
 払う対価に対して得られるのは次元犯罪者という烙印だけ。
 どこの馬鹿がこんな事をやるのですか』

「そりゃ俺がですねぇ。というかリスクマネージメントなんて、おまえに教えた記憶がないけど?」

『あなたが付けた無駄なシステムも少しは役に立つものがあるということです。まぁ、これはそれ以前の問題ですけどね』

「さよか。流石は相棒候補、良い防波堤だ。でもな今回は何を言われようが俺はやりたい事をやるよ」

『それが犯罪でも、ですか。……馬鹿もここまで極めればいっそ清々しいのかもしれませんね』

「何とでも。残念ながら人生そんなに賢く生きちゃいねーのでな。それもまた人生よ」

全員が全員、清く正しく生きる世の中ってのはさぞや素晴らしい事だろうとは思う。

でも、どうやら俺はそれにあまり魅力を感じない人間らしい。

まぁ、元より死んで元々で生きてきた。

今更、生き方を変えろなんて無理な話しだ。

『救えませんね』

「あぁ救えないね。なんたって、これから起こる事にワクワクしてるんだもの」









――「これでいい?」

「おっ、サンキュ」

そう言って、ユーノからジュエルシードを受け取った。これで全ては整ったってな。

しかし、公園の片隅でまるで密会のようだ。フェレットっぽい動物と秘密の会合。

なんか浪漫を感じるじゃないか。

「……何に使うかは教えてくれないんだよね?」

「別にかまわんですよ?」

「えっ? いいの? ――じゃあ聞くよ、いったい“何に”使うの?」

「次元犯罪」

「えーー!? って、冗談か」

「いやホント、ホント。俺、犯罪者になる」

「……一応言っとくけど笑えないよ?」

「笑えよ。ついに、やっちまったよってさ」

なんなら魔法でモザイク掛けてやろうか。

そんでもって、いつかやるんじゃないかって思ってたんですって言えば完璧だ。

「……」

「まぁ、心配するな。本来ならな、こんな物理的に結晶化しちまうほど安定したものが、暴走するとか無いんだよ。扱いを間違えなければ、まず問題ない」

「……はぁ、まあ、もう決めた事だし信じるよ」

「おうよ。――あぁ、それとな、もし俺がミスって捕まりそうになったら遠慮なく見捨てろ」

「いや、それ――」

「――あっ、やっと見つけた!」

見ればなのはが髪をぴょこぴょこ動かして駆けてくる。

「おう、今日も元気だね」

「……なのはには内緒なの?」

近づいてくるなのはを見ながらユーノが聞く。

「――なぁユーノ。正義を貫ける人ってそういう資質をもってなきゃ無理だって知ってたか?」

同じようになのはを目で追いながらそう返した。




「はぁ、はぁ――ふぅ。ごめんね、ちょっと休憩」

「おぅ、いくらでも休め休め。過剰労働はいけません」

「そうだよ。僕らに気にせず休んで」

「うん、ありがと」

ニッコリとなのはスマイルにユーノが見とれてる間にお暇しようか。

やることやらないとね。確認、調整、また確認だ。最終段階に入ってる今だからこそ手は抜けない。

「んじゃ、なのはも来たし、そろそろ帰るわ。ごゆっくりな~」

「あっ、だ、駄目だよ待って――」

「――今日はジュエルシードを貰い受けに来ただけだもの。色々と忙しいのよ他の用事は勘弁してくれぃ」

リスクの分散とやらの適当な名目で、ジェルシードを受け取ったのとその他諸々併せて話しをするのも、結構後ろめたい。

正直、あなたの笑顔は今は毒です。

「そんな~、あっじゃあ、これお家で読むだけでいいから」

「おっ、まさか伝説のラブレターか!?」

「ち、ちがうよ!」

「なんだそうなのか。俺、高町なのはからラブレター貰ったんだ! て、拡声器で言いながら町内中を駆け巡るところだったのに」

「……それはきっと嫌がらせのためだよね?」

「まさか。この人は俺のものだからっていう儀式だよ。魔法の世界の人間はラブレター貰ったらやらなーいかんのよ」

「そんなの嘘だよ」

「なのは俺の目を見てごらん。嘘をついてる様に見えるかい?」

「えっ、あっ、うぅ……」

「ぐはっ!!」

思わず純粋な眼を覗き込んでしまった。

俺のハートが盛大にブロウクンマグナム。

「だ、大丈夫フリードくん?」

「大丈夫だよ、なのは。こういうのを自爆って言うんだ」

立ち上がれ、立ち上がるんだマイハート。

ミッドの悪夢がこんなことでどうする。

大丈夫だまだイケる。まだ飛べる。

だって俺にはまだ飛べる翼が残ってる――

「……なのは。フリードくんはいい人だって信じてるって言ってみて」

「えっ? ……えーっと、うん、わかった――フリードくんはいい人だって信じてる!」

「っ――!?」

翼が――散ってしまう――

羽が無残に、一枚、一枚と、また――

「なのは、もう一回!」

「う、うん。フリードくんはいい人だって信じてる!」

「っ――」

「よしっ! 力尽きた!」

「えーー!? ふ、フリードくん!?」


誰か僕に……翼を……クダサイ。








「……温泉ね」

「そう温泉!」

結局はお話しを聞いてしまった。恐るべし、流石は魔王様だ。

「んで、この手紙っぽいのはパンフと」

「そうだよ?」

「残念だったねフリード?」

「嬉しそうだなユーノ。――なのは~、実はなこのフェレットもどき、なのはの事――」

「――うわぁぁぁ!!」

「? ――えーっと、なのはの事、何かな?」

首を傾げる仕草を見せるなのは。

これ計算でやってたら悪女だな。

いや、天然で出来るからこそなのか?

「――なのはの事をとても信頼しているそうだよ」

「そっかぁ。うん、なのはもユーノくんの事信頼してるよ!」

いい笑顔だね。まさに満面。

人科に属するフェレットっぽい奴を殺せそうな威力だ。

「っ――」

あ、死んだ。

この幸せそうな顔で死んでるフェレットもどきは、こう宣言されると迂闊に自分からアプローチできないってわかってるんだろうか。

わかってないだろうな~。とりあえず南無。



「――それじゃな~」

「あっ、もう、まだちゃんとお話ししてないのに! ――当日迎えに行くからね? ちゃんと寝なきゃ駄目だよ?」

「あいよ~」

背後にかかる、なのはの声に適当に相槌を打つ。

にしても、起こるイベントが悉く一緒ってのがまたね。

因果律におけるロジスティック写像でも見てみたいもんだ。

綺麗な円になってるんだろうなきっと。俺程度の重みではそうそう崩れはしないか。

まぁ、高次のロトカ=ヴォルテラなんて不安定且つ不確実なものを信じるなら、現在の人類にしたって30万人程殺したとしてもカオスの伝播には影響が無いと言われている。

それより大きい次元の重みを考えるなら、それこそ俺などあってないようなものだろう。

だからこそ鳩も――

「――絶対だよ? 絶対だからね!」

と、今はそんな事考えても意味は成さないか。

なのはの声に微妙に頷きを返しながら帰路を急いだ。








――しょんぼりとしたなのはの後ろ姿と、それを必死で励ますユーノの姿を見送った。

現在、場所は俺の家の屋上。つまりは、マンションの屋上から見下ろす形となる。

「すまんね~、流石に高町さんとこと御一緒は勘弁ですわ」

そう、温泉に一緒に行くために呼びに来たなのは達に対して居留守を決め込んだ。

色々と最低だなと思いつつも、面と向かって言うと無理矢理連れて行かれる気がするので、こういう形で勘弁願った。

ぶっちゃけ、あの恐ろしい集団の輪に入ったら四方八方から監視の目がして窮屈でたまらないだろう。

なら、自分一人で現地に入った方がいい。適当に弁当食いながら、まいう~とか言いつつ向かうのだ。

ステキやん。随分短いけども一人旅、結構な憧れがある。

「浪漫ですわ~」

「――浪漫?」

ギョッとして振り向くとそこには黒衣の少女と狼のコスプレをした女性がいた。

「……やぁ、こんちは! 普段着という事はどこかにお出かけで?」

「うん。フリード、これから私達が向かう場所にジュエルシードの反応がある」

「確か海鳴温泉とかいったけねぇ」

「そうか、そうか」

「……」

「……」

何故にそんな何かを訴えるような目で見られないかんのか。

浪漫はやらんぞ? ロマンティックはあげないですよ?

「……あのね、そこにジュエルシードがあるから、だから、その……」

今度は上目遣いに窺うような様子でフェイトがもじもじとやっている。

その姿を見ていると、なんというかね。

「頑張れ! ふぁいと、だよ」

「えっ?」

「いや、とりあえず応援したくなったんだ」

「???」

意味が分からなかったのかフェイトが首を傾げて疑問符を浮かべた。

「――あぁ、もう! こんなの引き摺ってでも連れてきゃいいんだよ」

「やめとけアルフ。人を引き摺るのは抱いて運ぶのより大変だぞ?」

「どうでもいい! さっさと仕度しな。でなきゃ噛むよ!」

「……優しくしてね」

そう言い首筋を差し出す。

美女に噛まれるのならば、喜んでだ。

ちょっと、痛いかもしれないので目を瞑る。

「さぁ、かも~ん、アルーフ」

「……あぁ、そうかい」

声に不穏なものを感じ、目を開けると目の前には狼というか獣というか立派な動物さんが居た。

「……成る程そういうことか」

「わかったかい? さぁ、はや――なっ!?」

思いっきり目の前の動物さんを抱きしめた。

目の前にこんなのが居たら、もふもふしてやるしかない。

というか、もふもふしなきゃ嘘だ。

「えへへ~、もふもふ~」

「だ~、やめ、ちょっ、どこ触って!?」

「ほ~ら、アルフ、もふもふ~」

なんて言い匂いのする動物さんだ。

それにキューティクルもすごい。

ふわふわだ。柔軟剤もびっくりの超ふわふわだ。

「俺の気持ちも、ふ~わふ~わ~」

「あぁ、もう! こら、やめなっ、ひゃん、あ、あんただからどこ――」

「――っうぉ!?」

殺気を察知し緊急回避。

俺が避けた場所には死神の鎌が刺さっていた。

「あ、あぶねぇ。刈られるところ――」

「――今すぐ準備をして」

刺さっていた筈の鎌は、いつの間にやら俺の首筋に当てられていた。

鎌を引っこ抜いて、俺に当てるまでの動作が見えなかったぞ今。

予備動作含めて完璧に精錬された動きだ。もう、死神としては一流に違いない。

「――あ、はい! 今すぐやりますです」

死神さんの鎌がパリパリし始めたので、yes,sir.とバルディッシュよろしく従順を示した。


「ちなみにおやつはいくらまでで――あ、はい、どうでもいいですね」







――ようやく到着と。

「温泉ねぇ、温泉商工会に出禁をくらって以来だな」

目の前の海鳴温泉とかいう、なんともそのまんまな名前を見て思う。

まさか、また温泉に入れるとはな。

ぺロキャンを口に突っ込みつつジーンと感慨にふけた。

「……あんたは、また、何を、やったん、だい?」

アルフがぺロキャンを口の中でガリガリと砕きながら聞く。

なんとも風情の無い食べ方をしよる。

「ふぇつに、――っと、別に温泉に血をばら撒いただけよ?」

「……血?」

フェイトがペロキャンを舐めながら首を傾げて聞いてきた。

なんというか、めちゃくちゃ幼く見えるな。

ということは、そうか俺もこう見えるわけか。

通りで周囲に先ほどから妙に暖かい目で見られるわけだ。

お小遣いちょうだいと言ったらくれるだろうか? 後でやってみよう。

ちなみに、何故にぺロキャンを舐めてるかというと、寄り道しまくったからだ。

どこをどう通ったのか色んなものを買って歩いた残る最後のアイテムがぺロキャンだったというだけの話である。

「そう血。温泉を俺色に染めてやった。温泉の奴真っ赤になっとったわ」

「まさか、それってあんたの血じゃないだろうね?」

「他の人の血だったら大変でしょーが。姉さん事件ですってなもんだ」

「「……」」

だいたい温泉に入っちゃいけないと事前に医者に忠告されたのが拙かった。

そんな事言われたら入るしかないだろうに。

おかげで温泉で活性化した血流が大惨事を引き起こしてしまった。

吐血しながら無茶苦茶苦しいの我慢していい湯だな~って歌わないかん気持ちを考えて欲しい。

「――えっと、フリードは大丈夫だったんだよね?」

「まぁ、大丈夫じゃないよね。入院したし」

3ヶ月の強制入院だ。医者に間違いなく死期は早まったと脅されたのも今やいい思い出です。

母ちゃん泣いてたな。ごめんよ母ちゃん。というか母ちゃん思い出すと泣き顔しか思い出せないのはどうなんだろうな?

「……あんたもしかして体が弱いのかい?」

「昔はね。今はそんな事ないよ?」

右手がギュッと握られるのを感じたので振り向くと、フェイトが何ともいえない顔でこちらを見ていた。

「……」

何故に無言。

黙ってるだけじゃ愛は伝わりませんよ?

「――それで、出入り禁止になったわけかい?」

「んっ? あぁ、違う違う。いやー、血の風呂に浸かってたら女将が飛んできてな、それでな、ちょっと言い訳しちゃってさ」

「どんな?」

「“数百年の時を経て、多くの物語を綴り、多くを見てきた地脈に住みたる賢者達の涙が俺に、
 いや、俺の中に潜む盟約により封印されし者に語りかけたのです。
 今こそ盟約を果た、ぶふっ、せ、げほっ、と”ってな感じよ。
 もっと分かりやすい言い回しにすべきだよな。あの時は俺も動転してたからさ」

「……その途中のぶふっ、とか、げほっは何なんだい?」

「そりゃ俺が女将の顔に吐血した擬音だな」

「……あんたそりゃ言い訳が悪かったわけじゃないだろうさ」

「まぁ、ともかくだ。その女将が温泉商工会の会長でな、出禁になっちゃったわけよ」

しかも、割と大きい組織だったらしく結構な割合で温泉地のブラックリストに載ってしまっていた。

どこか温泉地に行く度に“あれが噂の”とか言われるのだ。

「……えっと、前は誰と来たの?」

フェイトが俺の方を見ず、ぺロキャンを見ながら聞いてくる。

おっ、いい目利きだ。渦巻き模様型はなかなかに貴重なのでじっくり見るといい。

その見るからに合成着色料を混ぜ合わせましたってな感じがステキなのだ。

「そりゃ友達とよ」

「――友達はあんたを止めなかったのかい」

止めるわけがない。そもそも、そんな病気だとか深刻な素振りは奴らの前で一度たりとも見せなかった。

入院しようが、吐血しようが、全てネタで押し切った。

そう、文字通り最後までやりきった。

「薄情だからね、奴らは」

見ない振りをしてくれた彼らには、最後まで付き合ってくれた彼らには頭が上がらなかったりするが、それは言わない。

恐らくそんな風に捉えられるのが嫌でお互い暗黙のルールを敷いたのだ。言わないが華だろう。

「その割には嬉しそうに話すじゃないか」

「さてね」

ふと、隣を見るとこの質問をしたはずのフェイトはまだぺロキャンを見ていた。

そんなじーっと見ても穴は開かないと思うがどうか。

それともあれか、渦巻きを見ながら私は貝になーると自己暗示でも掛けているのだろうか。

とりあえず、貝になるなら右手は離して欲しい。俺は貝よりヒトデ派なのだ。

「なぁ、フェイト――」

「――あっ! フリードく……ん?」

顔を前に向けると、なのはがこちらを見て固まっていた。

だるまさんが転んだの国際大会に出ても問題ないぐらいの静止っぷりですね。

静止評価があるならかなりの高得点ってあれ?

気がつけば、辺りはいつの間にか殺気で満ち溢れていた。

「あの、まぁ落ち着け、な?」

「……」

「……」


そして時は動き出す。

どうやら止まったままの方がいい世界もあるらしい。









――闘いなんざくだらねぇ、とりあえず温泉に入りやがれってな。

やっぱ、温泉に来たのだから入らないとね。

「ふい~」

いつの間にやらもう夜だ。窓から見える空にはお月様が浮かんでいる。

にしても、いい湯だ。歌おうかきっと気持ちいいだろう。

あれから色々と一瞬即発になりかけたので温泉では卓球で勝負を決める仕来りなんですと、二人を引っ張って卓球場まで連れて行き勝負をさせた。

二人ともやった事が無いとか言いながら、すぐに上手くなったのは何が為せる技なんだろうな?

特になのは。あいつは運動が苦手じゃなかったのかよ。あれか、フェイトブーストか。

きっと、電気の刺激で高町の血が覚醒するに違いない。

……今度俺もフェイトにやってもらおう。何かよく分からない血の覚醒があるかもしれない。

銀の系譜が~とかあったら嬉しいね。

「――ようやく見つけた!」

「おう? ユーノか。どうだい淫獣してるかい?」

「なんだよ、そのいんじゅうって」

「エンジョイを南米訛りにしたらそうなるんだ」

「ふ~ん、そうなんだ。って、そんな事はどうでもいいよ! あの二人を放置して何やってるのさ!」

「あ~、ようやく終わったか? いや~、何というかラリーが長くてな。これ温泉に入れるんじゃねって思っちゃってな」

「はぁ、本当になにやってるのさ。それと、試合自体はとっくに終わったよ」

「さよか。で、どっちが勝った?」

「……ボールロストで決着が着かずだよ」

ボールロスト? なんだ、ミスってホームランでもしたか?

探すなり違う玉を使うなり、やりゃいいのに。

「そりゃまた、なんつーかグダグダな終わり方をしたな」

「しょうがないよ、ボールが破裂したら止めるしかない」

「そうか破裂か~、って破裂!?」

「そう破裂。二人とも無意識に魔法による肉体強化が行われていたみたいでさ」

まじか。魔法で強化して力の限りぶったたいたのか。

そりゃ、さぞや熱い戦いをしてたんだろうな。

「見たかったな。それで二人は?」

「……お互い無言で見詰め合った後、そのまま別れちゃった」

「んで、おまえはどうしていいかわからず俺を探したと」

「しょうがないじゃないか。大体けしかけたのはフリードだよ?」

「役に立たん奴め。おまえは何のために、なのはの傍にいるんだよ。励ますなり話し相手になるなりしろよ」

「あっ……」

あっ、じゃないというに。

何やってんだべか。だから愛玩動物で終わるのだよ。

「――僕、なのはのところにいってくる!」

「あいよ~、頑張ってな~」

思う存分青春してくれ。

こっちは温泉に溶かされてやる気がま~ったく起きない。

争い、何それ美味しいのって感じだ。

<<――フリードくん、そっちに居るのかな?>>

突然の念話。相手は件の相手なのはですか。そうですか。

そっか、卓球でいい汗流したわけだからそりゃね。

<<こんだけ位置を特定した念話を送られたら答えないわけにはいかないっすね~>>

<<む~、やっぱり居た。途中で居なくなっちゃったと思ったら一人で温泉に入ってたんだ>>

<<そう怒りなさんなって。温泉に入ったらどうでもよくなるぞ?”>>

<<ふふ、別に怒ってないよ。うん、温泉に入ると確かにどうでもよくなるかも>>

<<だろ? 温泉は偉大だ。きっと、人類最後のユートピアだな>>

<<あはは――あのねフリードくん>>

<<ん~?>>

<<あの子の事がなんとなくわかった気がする>>

さて、ユーノになのはの居場所を報せなくては。

このままでは後で文句を言われちまう。

<<卓球でか?>>

マルチタスクでユーノになのはは温泉に入っていると伝える。

急げよ。てめぇのする事全部食ってしまうぞ。

<<うん。まず負けず嫌い。そして、たぶん戦いとか好きなんだと思う>>

<<こればかりは本人に確かめるしかないけど、だいたいあってるかもな~>>

<<それはフリードくんもそう思うって事?>>

<<だね~>>

<<ふふふ、そっかぁ。――それでね、一番分かった事>>

<<うん?>>

<<意外と寂しがり屋さん! あの子ね、フリードくんが居ないって分かった時とても寂しそうな目をしたんだよ?>>

<<居なくなるのは誰であれ寂しいもんだ>>

目の前のお湯を両手にとる。

掬月。月を手中に収めて悦に浸った。

<<もう、そういう事じゃないよ。ん~、まぁ、いいのかなフリードくんはそれで>>

<<……随分とひっかかる物言いじゃないの>>

<<ふふふ、いつものお返しだよ? 知らな~い、なのはは何も知らな~い>>

<<なるほど、これはむかつく>>

<<反省しなきゃだめだよ?>>

<<過去は振り返らない主義なんだよ>>

<<もうっ>>

月を掬うのにも飽き、目の前の湯を掻き混ぜる。

水面には波紋しかない。何も写らない。

どうやら月を消す事に成功したようだ。


<<――それでね、わたし、あの子と友達になりたいって思うの>>

<<さよか。ならまず認めさせないとな>>

<<うん! だからフリードくん、次戦う時はわたしがあの子と闘いたい>>

<<あぁ頑張れ。ちなみにあの子は強いぞ? なんたって俺が強化したデバイスを持ってるしな>>

<<えっ、フリードくんが?>>

<<あぁ、特別チューンよ>>

<<……>>

にしても、遅いなユーノの奴。

何やってんだ?

<<……あのねフリードくん――>>

「なのはーー!」

女湯の方から念話ではない声が聞こえてきた。

あぁん?あの野郎、まさか――

「って、わぁあ、ごめんなのは!」

「――」

くそっ、なのはの声が小さすぎて聞こえん。

聞こえないと聞きたくなるこの不思議。

向こうで何が起こっているのかしら。

<<お~い、何が起こってらっしゃるんで>>

<<えーっと、ユーノくんが温泉入りたかったみたい>>

<<でっ?>>

<<えっ? だからユーノくんが温泉に入りたかったみたいって>>

<<いや、だからその後どうしたよ>>

<<一緒に入ってるよ?>>

まじか。おい淫獣マジなのか。

それってどうなのよ、おい。

<<おい、ユーノ>>

<<僕は何も見ていない、僕は何も見ていない、僕は――>>

いや、そこは見ろよ。何やってんのよ。

男なら女湯に飛び込んだ時点で刮目して見ろって。

なんでそこに居るのよおまえ。

紳士気取るなら初めから女湯なんぞに入るなよ。

<<なのは、ちなみに俺がそこに行くのは――>>

<<ここは女湯だよ? 駄目に決まってます>>

お~い、そこにいるフェレットっぽいのはどうなのよ。

あれか男の娘か。新ジャンルとか言いつつ昔からあったアレか。

くそっ、何故だろうかロリに興味はねーが非常に悔しい。

ユーノだけがいい思いをしているというのが気にくわない。

<<おい、ユーノ――>>

「――なのはー? 温泉に行くならちゃんと声掛けてから行きなさいよ!」

「あっ、ユーノくんも一緒なんだね」

この声はアリサにすずかか。微かに聞こえる程度だが判別できる。

ということはすぐに後ろから“Big”な連中が――

「くそっ、なんとか俺も女湯へ――」

「――ほう、だそうだ恭也」

「なるほどな。やはり貴様の正体はそれか」


そこには幽鬼が二匹居ったそうな。





[11220] 十二話
Name: リットン◆c36893c9 ID:73b2310e
Date: 2010/04/29 19:13
壁を見つつ思う。

旅館の壁にしては綺麗だ。

壁の下の方まで、手入れが行き届いている所をみるに、この旅館の女将は几帳面なのだろう。

いや、それとも清掃係の方の賜物なのか、または専属業者か。

まぁ、よくわからないがこれはあれだ。

「いい仕事してますね~」

思わず褒める。そう、いい仕事は褒めてやらねばならない。

でなければ、こんな低い位置までピカピカに磨いている仕事熱心な方が可哀想だ。

「幅木に積もる埃の少なさからして機械でやってないことがわかる。いや~、素晴らしい」

「……最近の子はよくわからないな」

「いや、あれはどうみても特殊な事例だろう」

後ろから、高町さん宅のデビル達の声が聞こえる。

人が職人の仕事っぷりに浸っている時に、なんて空気の読めない連中なのかしら。

ここは一つ文句を付けねばと、ゴロンとデビルたちの方へと体を向けた。

「館内は静かに! 職人さんに失礼だと思わないんですか?」

「……恭也。なのはが、ああなったらどうしようか」

「心配するな父さん。絶対無い」

「そうですよお義父さん。ご無理をなさらずに」

「……とりあえず、君に父と呼ばれる覚えがないな」

「申し遅れました。私高町なのはさんと結婚を前提にお付き合いさせて頂いているユーノ・スクライアと申します。
 是非、お義父様になのはさんとの交際を認めて頂きたく本日はこの温泉に参りました」

「――散々、自分でフリード・エリシオンって名乗ってただろうが」

「いや、流石はなのはさんの実兄。御慧眼に心から敬服致します」

「……突っ込むところはそこじゃないだろう恭也。はぁ、とりあえず簀巻きにされてる少年に娘はやれないよ」

「格好の問題ですか……。申し訳ございません。まだまだ未熟な身、不勉強が過ぎました。
 今日のところは、これ以上の失礼を重ねる事の無いようお暇したいと思います。解放をお願いできますか?」

「なのはと解放される事のどちらを取るかといわれたらどっちを取るんだ?」

「愚問ですね。もちろん解放される事です」

「……」

「……」

「さて、俺は桃子のところにいってくるよ」

「あぁ、俺も――」

「――ちょっと、待てー! いい加減解放しろ!! あんたら、児童虐待という言葉を知ってますか!?」

「心配するな。朝になったら解いてやる」

いや、そんな問題じゃないが。

分かった事がある。簀巻きは見た目より苦しい。

なんというか、動けないのがきつい。

こう、動けないのを意識するとイラッとくるのだ。

できるだけ、こう意識をしないようにこの床の建築材がいいねとか、ローアングルで見る世界はいとをかしとか思うしかない。

気持ちを落ち着かせるために、壁に使われている建築材達の伐採からここに至るまでの軌跡を、地上の星をBGMに紐解いてしまったりもした。

しかし、それでも限界がある。俺は縛られて喜ぶ属性は持ってないのだ。

いや、もしかしたら、これから開花するかもしれないけどもさ。

とりあえず、今のところはこの束縛感で自己発電することはできない。

「あ゛ぁぁぁ。てめぇら、もうゴロゴロするぞ? ゴロゴロしちゃうぞ? 本当にゴロゴロするからな?」

しょうがないので床の上をゴロゴロするしかない。

ひたすら左右に動く。

速さはできるだけ一律に。メトロノームに負けないように。

不協和音は駄目だ。リズミカルにいかなければ。

ここはアップテンポ。回転を上げる。急がずゆっくりと歩くような速さで。

あれっ? なんか楽しくなってきたよ?

「……なんというか本当に不思議な子だね」

「なんで転がって喜んでんだ……」

あっ、やばい転がりすぎた。壁が、壁が近づいてくるよ!

エマージェンシー、エマージェンシー、至急回避せよ!

必死で逆回転を掛ける。

が止まらない。止まってくれない。

くっ、仕方あるまい。

ここは伝説の――

「顔面ぶろーっくっ!!」

ガツンッと壁にあたりフリードローラーは止まった。

……ふふふ、止めてやったぜこの野郎。

痛くも痒くもない。もっと激しいシュートを撃って来いってなもんだ。

勝利に酔いつつ、再びローリングを開始する。

最早、俺を阻むものは何も無い。全てこのフリードローラーが轢いてくれるわ。

「……鼻血が出てるのに止めないのは、男の子として評価できるのかもしれないな」

「……いや、そんな問題じゃないだろ。なんで鼻血出しながら不敵な笑みを浮かべてるんだ」

むっ、さっそく障害物を発見!

目標は海鳴に巣くうキングデビル2匹。

フリードローラーフルスロットル!

「……こっちに向かって転がってきてないか?」

「でもこっちに来るまでにテーブルが――って飛んだ!?」

とっーい、とヒップアタックをかまし無機物を避ける。

動かぬ物に興味は無い。決して当ったら痛いからテーブルを避けたわけではない。

詰まらぬ物を轢く気はないのだ。

目標補足。

パターン青。

「目標をセンターに入れてスイッチ、目標をセンターに入れてスイッチ――」

「……何か呟いてないか?」

「あぁ、何か――どうやら、そんな事いってる場合じゃないようだ。――来るぞ!!」


「――っち!」

初撃は難なく躱わされてしまった。

ならば――

「――今こそ我が身の鎖を断ち切れ――Acceleration」


――瞬間、全ての動きが止まって見えた。



「くっ、この――」

「――迅い、迅いな神速。だがな、速さが足りない!」

避けたと思っただろう恭也の後ろを取る。

「なっ――!?」

驚愕に歪んだ恭也に、勢いのままボディーアタックを食らわした。

神速の速度のまま壁に突っ込んで――

「――っと。簀巻きにされた年下の少年相手に何やってんだ」

「……」

ぶっ飛んでいった恭也を士郎が受け止め、何やら言ってるのが見える。

……よかろう。

父と子のタッグプレーなんぞに押されるほどフリードローラーの回転乱舞は甘くない。

こうなれば、いつもより多めに回すだけだ。

エンジンをターボに。

回転数を15000回転までキッチリ回す。

「ふははは、止められるものなら止めてみるがいい!
 全てはじいてくれるわ!! てめぇらの血は何色だーー!!」


部屋いっぱいを使った、どこにも記される事はないであろう男達の戦いが始まった。







――<<ユーノくん、これって結界だよね?>>

<<うん、そうだね。相変わらずフリードが馬鹿なことをやっているみたいだよ>>

アリサちゃんに撫でられているユーノくんに対し念話で気づいた事を聞いてみた。

やっぱりだ。また、何をやっているんだろうかフリードくんは。

<<何をやっているのかは、わからないのかな?>>

<<……なのは、首を突っ込まない方がいいよ。たぶん、疲れるだけだから>>

そうは言われても、やはり気になる。

最後にフリードくんを見たのは、お父さん達に引き摺られている姿。

ドナドナ~と何やら悲しげに唄う姿が印象的だった。

そのためか、あの後どうなったのかが、ひじょ~に気になる。

お父さん達に尋ねても安心しなさいとよくわからない返答しかもらえなかったし。

<<う~ん、やっぱり行って見ようかな?>>

<<……もう一度言うけど止めといた方がいいよ。それにこの結界、かなり小規模な封時結界だけどその為なのか、外部遮断性が強く設定されているみたいだ。入るのはかなり難しいよ>>

そう言われると余計に気になる。

そこまでして何をやってるんだろうって思っちゃう。

結界に入れなくても見れる方法とかないのかな?

<<ユーノくん、あのね――>>

「――そう言えば、フリードくんは大丈夫なのかな?」

お父さん達の部屋の方向を見つつ、すずかちゃんが聞いてきた。

同じように、引き摺られていた印象が残っているんだと思う。

やっぱり、あれは結構……うん、夢に出てきそうだったし。

もちろん、楽しい方ではなく悪い方の夢。

悲しい、悲しい夢。どこか遠く、みんなのいない場所へと連れて行かれるそんな夢。

「大丈夫でしょ。それに、恭也さん達があんな対応をとるって事はあいつが悪いんだろうし」

身も蓋も無い言い方をするアリサちゃん。

確かにその通りではあるけど……

「アリサちゃんは気にならないの?」

「あたしが? あいつを? なるわけないでしょうが。……それに殺したって死なないわよ、あれは」

「ふふふ、そうだね。アリサちゃん」

「な、何よすずか、そのわかってるって顔は!」

「うん、ごめんなさいアリサちゃん」

「もうっ!」

「あはは」

「……なのは~? 何笑ってるのよ!」

「何でもない、何でもないよ、うん、アリサちゃんはアリサちゃんなんだな~と思ったから」

「それは、ど~いう意味なのか説明してもらおうかしら」

「アリサちゃんはアリサちゃんってことだよね、なのはちゃん?」

「うんっ!」

「……あんた達~!」


部屋いっぱいを使った、少女達の鬼ごっこが始まった。





――よくあれだけ喋ったり動いたりできるなぁ。

少女達の寝顔を見つつ眠る前までの事を思い出しユーノは考える。

なのはは楽しそうな様子だったし、きっと元気も充填できた事だろう。

何回か踏まれたという些細な問題を除けば、ここに来てよかった、ユーノは真剣にそう思う。

そう感じざるを得ない程には楽しそうだったし雰囲気もそうだった。

ただ、巻き込まれるとあの元気に少々ついていけない気がユーノにはするだけだ。

<<ユーノくん、起きてる?>>

<<……なのは起きてたんだ>>

なのはの念話にユーノが答えると、もそもそと仰向けに寝ていたなのはが布団の中で動き、体を横にしユーノに向けた。

<<うん、起きてたよ。それより、さっきはごめんね?結構踏んじゃったりしたよね?>>

<<いや、そんなにだよ。それに、アレぐらいどうってこと無いよ。一応、僕も男だからね>>

<<そっか、うん、でも、踏んじゃったからごめんなさい>>

<<……>>

<<それにしても、結界無くならないね。フリードくんはまだ終わらないのかな?>>

<<……内側からの衝撃にもかなり耐えられるような仕様に変えられてるから相当な事をやってるんだと思うよ>>

<<そうなんだ。大丈夫なのかな?>>

<<大丈夫じゃないかな? アルフさん達が破ろうとして失敗したみたいだし>>

<<そんな意味じゃ――って、え? アルフさんってフェ、――あの金髪の子と一緒に居た人のことだよね?>>

<<うん、そう。えっと、なんで言い直すの?>>

<<だって、まだ、なのははお名前を教えてもらってないから……>>

<<あっ、ご、ごめんねなのは>>

<<ううん、大丈夫っ! 別に気にしてないよ。なのはは、これから、これから。フェスティナ・レンテ、だよ>>

<<……ふぇすてぃなれんて?>>

<<うん。事あるごとにフリードくんがわたしに言うから覚えちゃった。ラテン語でゆっくり急げって意味なんだって>>

<<……ゆっくり急げか。あまり意味が分からないね>>

<<あはは、そうかも>>

<<えっ、説明はされなかったの?>>

<<されたよ? でも、たぶん、わたしにしかわからないから>>

<<……どういう事?>>

<<なのはにはなのはの。ユーノくんにはユーノくんのゆっくり急げがあるって事だよ。
 えへへ、何言ってるのかわからないよね、ごめんなさい。フリードくんならもっと上手く説明できると思うよ?>>

<<いや、いいよ。……いつの間にそんな事話したの?>>

<<暇な時とか念話でだよ?魔法の訓練にもなるし、それにお話しするのは楽しいから。
 フリードくんには悪いけどつきあわせっちゃってる>>

<<……そうなんだ>>

「?」

<<いや――>>


――魔力の反応があった。











――「「「……どうしよう」」」

思わず三人が同時に呟いた。

目の前には見るも無残な惨状が広がっている。

「……嫌な事件だったね」

「あぁ、犯人は銀髪のクソガキのな」

「実は、大どんでん返しなんですよね。室内で二刀の刃物を使った奴が真犯人っていう」

「「……」」

無言でにらみ合う。

まだ、やろうっていうのかしら? 今度は、回転スーパーイナズマキック食らわすぞ、この野郎。

「――あぁ、もうやめなさい。やってる場合じゃないだろ。ここは如何にして切り抜けるかだ」

「ですよね! 流石は士郎さん、そこに痺れる、憧れる~!」

「「……はぁ」」

二人してもう限界まで疲れましたってな顔をしている。

若い身空で、いかんですなぁ。もっと元気を入れていかなーね。

元気があればなんでもできるってなもんだ。


「――ここはアレですね。野生の熊があらわれた事にした方が無難かと」

「……何が無難なんだよ。それに熊程度にここまで出来るか」

「そうだな。野生の北極熊が現れた……では無理があるし熊は駄目だ」

熊は駄目か……

他には、象やらサイか?

流石に、ここら辺に生息してない動物はつかえないしな~。

ここは宇宙の謎に賭けてみるべきか?

「謎の宇宙人が侵略して来たんですとかどうです?」

「そんな言い訳が通じるわけないだろ!」

「……何星人かによるな」

「いや、父さん……」

「ここは定番で火星とかじゃないっすか?」

一般人への説明はわかりやすくないといけない。

火星あたりが妥当だろう。

「じゃあ駄目だな。木星あたりなら……いや、やっぱり駄目だ」

「金星はどうですかね?」

「あそこには流石に住めないだろう」

「……木星が良くて金星が駄目な理由を教えてくれ。というか、何が基準なんだ?」

金星が駄目か~。

そうなると難しい。

いっそのこと、シナリオありきでやってみたらどうか。

「ベテルギウスとかどうですかね?」

「ベテルギウス?」

「はい。ベテルギウスまたの名を平家星。超新星爆発の予兆があるかないかで色々言われていますから、そこから逃げるようにしてやってきたっていう設定です」

「う~ん、わかりにくいね。ちょっと、伝わらないかな。桃子に言っても微笑まれて終わりそうだ」

「……いや、だからな」

「――ほい、じゃあ恭也さんも意見をどうぞ」

さっきから文句しかつけない高町さん家の長男に意見を求める。

文句を言う事なんて小学生でもできるのですよ。

「さぁさぁ是非、忌憚無き意見を!」

「うっ……謎の組織、とか?」

「――だそうです士郎さん」

「はぁ、恭也、それはないだろいくらなんでも」

あれだ普段から武術ばっか磨いているから発想が貧困になるんだな。

みごとなまでの脳みそ筋肉っぷり。

「……宇宙人がよくて謎の組織が駄目な理由を教えてくれ」

「士郎さん……」

「あぁ、すまないフリードくん。恭也はこういうところがあるんだ」

士郎さんと二人で恭也を見つめる。

可哀想に。もう駄目かもわからんね。

「……俺が間違ってるのか?」

真剣に可哀想な子を見る目で見られたからだろうか、恭也はどこか遠くを見つめ現実逃避してしまった。

顔は良いのにもったいない。やっぱ、モテればいいってもんでもないな

さて、アホの子はほっといてどうにかせねば。

「――あぁ、わかりました! 謎の傭兵部隊とかどうですか?」

「おっ、いいな。フリードくん冴えてるぞ!」

「はっはっは、そうでもありますよ」

「ちょっと待てーー!! 何で謎の組織は駄目で、謎の傭兵部隊はいいんだよ!?」

「「……」」

「だからそんな目で俺を見るな! くっ、父さんそいつに何かされたのか?」

「はぁ、ついには被害妄想が……」

「恭也……」


「――――」

世界はいつだって、こんな筈じゃない事ばっかりだよ。

ずっと昔から、いつだって誰だってそうなんだ。

目の前の可愛そうなお兄さんのボヤキ何時までも木霊していた。











そして、世界はどうやらリリカルだった。

信じるって素晴らしい。

そう思ったのは、さっきの事。

まさか旅館の女将さんが俺達の言い訳を信じるとはね。

「――しかし、フリードくん本当にいいのかい?」

「んっ? 修繕費用の事なら構わないっすよ。俺こう見えて金はあるんですよ。それに、主な原因は俺ですから……」

「フリードくん……いや、やっぱりここは――」

「――どうしても払うっていうなら、今度翠屋で何か奢って下さい」

浮かべるは、もちろんパーフェクトフリードスマイル。

打算なしのゼロ円スマイルである。

「……あぁ、わかったよ、何時でもおいで。その時は、嫌って言うほど食べさせてあげるよ」

「ありがとうございます」

そう言ってもう一度、士郎さんへスマイルを届けた。

自分で言うのも何だが、これぞ雨降って地固まる、って奴ですな。

「……いや、もう何も言わないが、父さん、せめて地面を転がる少年に話しかけてることに疑問を持てよ」

仲があまりよろしくなかったはずの俺達が、仲よさげにしているのが気に食わないのだろうか、俺達の後ろで恭也がぶつぶつ何か言っている。

やれやれ嫉妬ってのは見苦しいものだ。まだまだ青いね。

「恭也さん、頑張って下さい。ふぁいと、だよ」

「……」

恭也の方を向いて言ったら、目を逸らされた。

人が応援しているのに、その態度はいけないですね~。

それとも、そのおまえと話すと何かがうつるってな態度は新たなツン表現なのだろうか?

これはあれだなシリーズ乙女verに活かすべきか。

「恭也さん、ちなみにデレ期に移行したらどうなってしまうんです?」

「……」

無視だ。典型的だが、なかなかに強烈なツン具合だな。

うむ、参考になる。

人間観察こそ商品開発の基礎。観察のため、ゴロゴロと恭也の周りを回る。

おっ、ピクピクいってるな。これはあれだ、爆発の兆候とみた。

何か名台詞が飛び出すやもしれん。

「……」

しかし、そのまま無言で立ち去ってしまった。

うむ、上手い。ここで切れるより、相手に確実にダメージを与えられる去り方です。

「ははは、フリードくん、あんまり恭也をからかわないでやってくれ」

「いえいえ、とんでもない。愛でてるんですよ、これは。といっても後で謝らねばですね~」

「あぁ、そうしてやってくれ」

二人談笑しながら部屋へと向かう。

その途中――

「あなた、ちょっとお話があります」

――そこには笑顔の怖い桃子さんが居ましたとさ。



一生懸命言い訳をする士郎さんを横目ににゴロゴロと通り過ぎた。

そうか、そりゃ一晩中どっか行ってりゃそうなるわな。

それに合わせて、現れたと思ったら部屋がぶっ壊れてるってな状況だ。

うん、頑張って下さい士郎さん。

まぁ、桃子さんは怒ってるというよりあれは――

「――あんた何やってるのよ」

「おう? やぁ、Good morning.Alisa Burnings」

「……」

「Good morning」

「……morning」

「よろしい。挨拶は大切ですよ?」

目を瞑り思い出す。おはようから始まっておやすみで終わるそんな日常。

そう、こういう何気ない日常が大切なのです。

人は失ってから気づ――

「――ぐふっ!?」

ドンッと何か俺の腹付近に衝撃を感じ目を開けると、そこにはパツキンの暴君が座ってらっしゃった。

「……何をしてらっしゃるんで」

「……なのはの元気がないのよ」

「はぁ」

「だからなのはの元気が無いっていってるの!」

「……そりゃまたご愁傷様ですね」

「朝起きたらもう元気がなかったのよ。昨日寝る前までは元気だったのに。ねぇ、あんた何かしらない?」

「さぁてね。というか、本人に聞けばいいじゃない」

「……聞いたわよ。そしたら、なのはの奴何も言わないんだもん。何でもない、何でもないって、何でもあるわよ!」

俺に怒鳴られても困るのですが。

さて、昨日ね。ぶっちゃけ戦いに夢中で外で何があったかなんて、ま~ったくわからん。

一晩中回ってた記憶しかない。

大方、ジュエルシード関連しかないとは思うが……

原作では何だっけ、フェイトの事でどうこうだったよな。

にしても、もう俺の原作知識なんか役に立つか微妙だしな。

とりあえず、何があったか聞いてからか。

「まぁ、とりあえず会いにいこうや。さっきから俺達注目の的だぞ? スポットライト浴びてますよ?」

そう、先ほどからぼちぼち起きてきた人たちに奇異の目で見られている。

傍から見たら金髪の子が銀髪の子を簀巻きにして勝ち誇ってるように見えるのかもしれない。

きっと、外国に変な文化が伝わってるって思ってることだろう。

「!? ――あ、あんたのせいなんだからね!」

そう言い、ようやく俺の上からアリサが飛びのいた。

なんというか、これはあれだ。

「べ、別にアリサのために椅子代わりになってたわけじゃないんだからね!」

よし、ツン返し成功!

この程度できなきゃ、FC社の社長は務まらない

「……」

なにその思いっきりひいた目。

うわー、私のツンに勝てるとか思っちゃってるんだみたいな、そんな挑発ですか?

FC社なめんなよ。

「早く案内しなさいよね。しょうがなく、本当にしょうがなくだけど行ってあげるわ」

「……それ、もしかしてあたしのマネとか言わないわよね?」

「ち、違うわよ! そんなんじゃないんだから!」

「……」

割と難しいなツン。

何より自分で言ってるというのを意識すると死にたくなるってのが難点だ。

だがしかし、そこはFC社の社長として――

「――うぐっ」

気が付けばアリサにアイアンクローをされていた。

「言いたいことはそれだけかしら?」

「……すんません」

「よろしい。じゃ、これ解いてあげるから普通に歩きなさい。このままじゃ目立ってしょうがないわ」

「待って! 僕の住処を奪わないで! コレが無いと僕は――あっ、はいかまわないです、はい」

「よろしい」

あぁ、解かれちゃう。中身が零れちゃう。

このままじゃ、僕の全部が暴かれてしまう。

「あぁん……」

「変な声出すな!」

「お願いだから、お願いだから優しくして……」

「あぁ、もう! あんたはキモいって言葉をしらないの!?」

「なんでそんなひどい事言うの? アリサちゃんだからOKしたのに……」

「あぁーー、もうだまれーー!!」


ふむ、とりあえず、そこでビデオ回してるお兄さんには、ひとこと後で言わねばなるまいね。

映りはどうですかってさ。









「おまえら俺を誰だと思ってんの?この程度余裕ですよ、余裕」

「ほら言ったでしょなのは。フリードなら何とかできるって」

なのはの顔が輝いていくのが見てとれる。

その笑顔を見るとちと心が痛むがしかたない。

「と、言いたいところなんだがな。残念だが無理だ」

「なんで!?」

「落ち着けユーノ。正確には今は無理だ。あのな、材料がないのですよ」

「材料?」

「そうパーツに使うものがない。調達しない限りは無理だ」

壊れたレイハさんを前にそう話した。




[11220] 十三話
Name: リットン◆c36893c9 ID:73b2310e
Date: 2010/04/29 19:13
「艦長、匿名でこちらに向けて通信が入ってます」

「こんな所で匿名? 何かしら?」

「読み上げます。えっと、こちら第97管理外世界から――えっ、ロストロギア?」








――「どげんかせんといかん!」

「……どうにかできるなら、どうにかしてよ」

ユーノくん、人ってのはね、何とも出来ないから何とかしないといけないと言うのだ。

具体的な案があるなら何とかの部分にそれが入るはずである。

「とりあえず時間をくれ!」

「はぁ、それはもう聞いたよ。聞きたいのは今出来る解決策だよ」

「……市民は無茶を言う。何とかしろ何とかしろ、おまえらはそのために何かしたんですか? 文句だけですか?」

「……いや、誰に対して言ってるのさ」

「政治家になりきってみました。にしても、今出来る事ね。とりあえず、おまえはなのはを元気付けることだと思うんだけど?」

「……出来たらやってるよ。何言っても“大丈夫だから、心配かけてごめんね”としか返ってこないんだよ。
 元気付けるためには自分が壊したと思ってるレイジングハートが必要なんだ」

「おっ、なんだ。なのははわかってるのか」

「? ――わかってるって何が?」

「いや、レイジングハートがこうなった原因だよ」

「……どういうことだよ」

ユーノが訝しげに聞いてくる。

こいつはわかってないわけね。

しかし、まぁめんどくさい事になってるね。

「おまえさ、なのはの闘い見てた?」

「いや、僕はアルフさんを引きつけるので精一杯だったから」

「さよか。う~ん、あのな。これ壊れた主原因は内部からなんだわ」

「……というとフェイトさんがやったんじゃないの?」

「いや、外部からの破損もかなりのものだから何とも言えないけども、まぁ少なくともなのはが無茶やったのは確実だな」

「そっか……」

「何でか知らんがデバイスの安全機構が吹っ飛んで直結状態になってる。この状態なら設計限界なんて働かないから文字通り全魔力ぶち込んだんだわな」

フルドライブでもリミットブレイクでもない。モードなにそれってな状態だ。

効率なんて考えてない決死の攻撃なんてな表現にすると好きな考え方ではあるがさ。

デバイスのことを思うとやっぱりそれってどうなのって話になる。

「全魔力? て、いうとリンカーコアにある分全部ってこと?」

「そう、全力全開なんてレベルじゃない。まさに己を賭した一撃」

「そんなの無理だよ。第一デバイスが耐えられるわけが――あっ」

「まぁ耐えられなかったのな。あまりの魔力量に処理が間に合わず術式の途中で転流失敗。本来ならその場で大爆発! なんだけどな」

「でも、爆発なんか起きなかったと。どういうこと?」

「さて、どういうことなんだか。だからお前に聞いてるんじゃない、なのはの闘いを見てたかってさ」

正直、なのはだけの問題じゃない。レイジングハートにも問題がある。

ログを見る限り最後に使おうとしたのは俺構成の大規模長語長演算専用演算器用の広域攻撃魔法。

使うには16384qubitを超える処理能力とデコヒーレンス時間を180秒は持たせないといけない。

そんなもの存在しない訳でつまりは、学生時代に遊びで作った戦略級魔法という名の理論魔法である。

アホなの? 馬鹿なの? と、ユーノに馬鹿にされまくった代物でもある。

恐らく、スピードについていけないから苦肉の策で絨毯爆撃することにしたってとこか?

他にもあっただろうに何故にアレなのか。よっぽど、むかついたのか何なのか。

「――レイハさんは俺の良き理解者であり過ぎました、か」

「どうしたの?」

「いや、何でも。……おまえさ。なんで俺の魔法削除しなかったの?」

「ん? フリードの魔法? 別に削除する程魔法は作ってないでしょ。それに登録してる奴は学生時代の思い出でもあるし」

アホらしいのばっかだけどねと苦笑しつつユーノが続けた。

……何も言えなくなるじゃねーか、この野郎。

「まっ、とりあえずはなのはが帰ってきてからだな」

「えっ今、念話で話すとかは?」

「こういうのは面と向かって話さなきゃ。おまえさんはメールで告るタイプの人間ですか?」

「いや、告白って……。それに、何を話すのさ」

「さて、何を話そうか? 説教もせないかんしな~」

「えっ、説教?」

「教えた身よ俺らは。無茶しそうなら止めなきゃね」

ただでさえ元気がない状態で学校に行ったそうだが、それでも言わないといけない。

そうでなくては誰も注意ができなくなってしまう。まぁ、教えた者の義務ですよ。

「そっか……」

「そーよ。頑張れよユーノ」

「な、なんで僕」

「おまえがやらなきゃ誰がやるのよ」

「えっ、フリードは?」

「……おまえ、俺が無茶するなよって言って聞くと思うの?」

「あっ、うん、確かに……――って、わかってるんなら直しなよ」

「自分の事を省みるのは死んだときって決めてるんだ」

「いや、死んだら省みれないでしょ」

「そうでもないぞ。あぁでも、死んでも特に省みたりはしなかったから今のは無しだな」

「???」

死んだら省みるなんてことよりお迎えの事を考えたしね。

我ながら現金だ。いや、人間ってそんなもんよね、きっと。

そうだ、そうに違いないのだ、きっと。

「――まぁ、とりあえずはレイジングハートの復旧か」

「!? ――やっぱりできるの?」

「さぁてね。ユーノ、レイジングハート弄っていいの?」

「……今の所持者はなのはだから、なのはがいいって言うなら僕は何も言わないよ。
 でも、本当に直るの? 大丈夫なんだよね?」

「うん? ぜんっぜん大丈夫じゃない。言っただろうが材料がないからどうしようもないって」

「えっ、じゃあどうやって?」

「さて、どうやってだろうね。まぁ、期待するなって事よ。そのうち閃くさ」

「そんな悠長な……。というか、言ってる事もめちゃくちゃだし。結局出来るか出来ないかどっちなんだよ」

「そう、焦りなさんな。ゆっくり急げの精神さね」

「なんだよそれ……」

急いては事を仕損じる。そんなイライラしてもしゃーないだろうに。

とはいえ、本当にどうするのか。

具体的な案は何もない。あるのはコレが出来たらいいなってなもんぐらいだ。

個人的にはそれでも十分納得できるが、それは出来なくてもしょうがないといった場合でしか通用しない。

確実な仕事を求められてる場面でそれはどうなのよってな話だろう。

「まっ、頑張ってみるから一人にしてくれ。気が散る」

「あっ、うん……。ごめん、頼んだよ?」

「おーよ。おめぇは頑張って励ます方法を考えろ」

「……そうだね、わかったよ」

そう苦笑しながら言いつつユーノは出て行った。







さてと、違法研究でもしましょうか。

「おい、聞いてたんだろ?」

部屋の隅に放置されている俺の相棒(予定)に聞く。

『聞かされていた、の方が正しいですね。それで、私にどうしろと?』

「レイジングハートのパーツを作る。復元と併せて足りない部分はジュエルシードを使ってそこらへんの屑鉄を励起させて補おうと思う。
 バンドの構造自体を変えるからそれの計算を行ってくれ」

『まさか合成ですか? こんな所で』

「そうだよ。こんなところでだ。せっかく高エネルギー結晶があるんだから使おうや」

『マスター、高エネルギー体を使ってエネルギー順位を無理矢理変えると、どうなるかわかってますよね?』

「電子じゃなくて原子にも影響がでるってな。結界張りながらがんばりまっしょい」

『……悪い事は言いません。他の子達からパーツを貰ってください。こんなところで原子崩壊を起こすことに比べれば軽いでしょう』

「まったくもって軽くない。そんな事するぐらいならやらない方がマシだね」

『また、完成したものから抜くのは駄目とかいうよくわからない理屈ですか』

「理屈じゃねー矜持だ。それにおまえ、娘に他人のために臓器を提供しろっていう親がどこにいるよ?
 そんなこと頼むぐらいなら親が頑張れってな話だ」

『……よくわかりませんね。それに、持ってきたストレージデバイスはどうなんです?』

「残念ながらあの子達は役目を果たしたよ。元々インテリジェントデバイスの装備をサポートするために作られたからな」

『役目、ですか。……それこそ傲慢な考え方ではありませんか?』

切ることをやめてしまったハサミは不幸なのか。

それとも切るということを目的として生まれた事が不幸なのか。

さて、どちらにせよわからないが俺に言える事は一つだ。

「俺の矜持だからね。手前勝手で突き進むそれが俺のジャスティスってな」

『…………開き直った馬鹿には勝てません。好きにするといいでしょう。ただ、ジュエルシードを使っての直接励起は禁止です。
 私を使っての間接的な励起にしてください。少なくともそれで原子崩壊は避けられるはずです』

「――ありがとよ。なんか今日、初めて相棒って思ったわ」

そう言って俺は笑った。






――こんなものだろう。

久々にこんな真剣に物事をやった気がする。

安全策をとっているとはいえ原子崩壊は怖いし、なにより作業自体がナノレベルだ。

窓の外を見ると夜の帳がおりている。作業開始が正午前だったことを考えると割と集中していたようだ。

にしても、ジュエルシードさまさまだな。こんな短時間で出来るとはね。

やっぱり、このジュエルシードってやつはすごい。思ったよりずっと安定している。

周りに常時力場を展開させない分、高レベル帯でのエネルギー運用では電気より遥かに上かもしれない。

何より驚いたことに、これ量子状態を――

「――フリードくん? 終わったの?」

「うぉっ!」

思わぬところから声が掛かったので、びっくりし振り返るとそこにはなのはが居た。

「あっ、脅かしちゃったかな、ごめんなさい」

「……何してらっしゃるんで」

「えっと、見てただけだよ?」

「いつから?」

「学校終わってからず~っと。ユーノくんがレイジングハートが直るかもしれないって言うから」

「さよか。つーか、あの野郎。はぁ、まぁ何とかなりそうだからいいか別に」

「あっ、なんとかなるの?」

ずずいっと体を俺の方へなのはが乗り出してくる。

なんつーキラキラした目をしてらっしゃるんでしょうか。

「お、おう、まぁな。それとなのは、レイジングハートを弄っていいか?」

「あっ、うんっ! あっ、でもレイジングハートにも聞かないと」

「聞いた、聞いた。そしたら、是非にとのことだ。むしろヤレってさ」

「あはは、そうなんだ」

これで、後は作ったパーツと残りを合わせて色々弄ってみるか。

しかし、今出来る最低限の事って感じでまったくもって面白みがないな。

どうなのよ、これ。こんなんでいいのか俺。

「……何かねーかな」

「何か?」

駄目だ何も思い浮かばない。

なのはの疑問顔を見つつ一緒に首を傾げるしかない。

「はぁ」

「にゃ!?」

目の前にある頬っぺたが、やけに引っ張りやすそうだったので引っ張る。

縦横斜め二倍、にばーいってな。

あいかわらずよく伸びる。

「いひゃい、いひゃい」

あー、いかん完全にまずい。

これはアレかスランプか。マジで何も思い浮かばない。

パーツを作れたことで、すでに大満足だ。なんというか作れた俺すごいで終わってしまっている。

だいたいなーこんなとこで出来ることなんて限られてるんだよ

あっでもバルディッシュのときは出来たからなー。

そうすると脳内麻薬か。そんな簡単にでーへんぞアレは。

なんというか追い込まれないといけない。

こう追い込まれると脳内の種めいたものがきっと割れるのだ。

今、別に追い込まれちゃいないしね。難しいよね。

どうしようか?いっそのこと――

「――」



「う~、痛いよぉ」

なのはが赤くなった頬っぺたを摩りながら半泣きでなにやらぶつぶつ言っている。

まぁ、そんなことはどうでもよくて、やっぱり何も思いつかない。

「――だいたい、なんでほっぺたを引っ張られたのかもわからないし」

「んっ? それは、そこに頬っぺたがあったからじゃないか?」

「……」

「よっと」

無言で手が伸びてきたので避ける。

「あっ!」

「あっじゃないが。何しようとしてるんだ」

「ほっぺたひっぱるもんっ!」

「やだ」

「う~」

なおも果敢に俺の頬っぺたを引っ張ろうと試みてきた。

それを手を払って対処する。誰が好き好んで引っ張られなーいかんのか。

「ちょっと、やめて、やめてください。迷惑ですよ?」

「……」

無言で睨みながら俺の防衛網を突破しようと手を差し込んでくる半泣きの魔王様。

それをヒラリ、ヒラリと躱わす、まさに蝶のように。

「甘い、甘い、翠屋のスィーツより甘いわ」

「む~っ!」

無駄だと悟ったのか今度は体ごと突撃してきた。

コレが噂のA.C.Sか!

特攻上等のゼロ距離射撃。

「特攻? ふむ……」

なのはの頭を掴んで押し戻しながら考える。

普通に考えればエクセリオンモードやらエクシードモードなんかが参考になる。

がそんな優等生なのでいいのかどうか。

だいたい、この猪娘はエクセリオンモードによる負担増で重症を負ったはずだ。

だとするなら無茶できて負担も少ないそして尚且つこの馬鹿みたいにでかい魔力量を活かせるような何か。

確か原作ではブラスターシステムで段階的に上げる事によって負担の軽減とかやってたはずだ。

それじゃあ面白くない。何より最終的な負担は変わりが無いのであれば意味がないし、そんなものは応急処置的なものでしかない。

では、どうするか。

効率を上げるのが最適解だろう。じゃあ、効率を上げるにはどうするか。

「う~む」

「にゃ!」

ちょっと目の前の頭が邪魔なので腕でロックする。

「う~、はなして~」

こうしてしまうと俺から見えるのは、なのはのどたま。

「つむ~じ、つむ~じ、うりうり」

髪が両サイドで縛られてるのでよく見えるつむじを押してやる。

「にゃーー! やめて~」

そういや、つむじ押すとなんかなるってな民間療法か何かなかったっけか。

まぁ、どうでもいいか。

それより効率、効率。

簡単な話、エネルギー運用で一番のボトルネックは熱だ。

熱として逃げるエネルギーと排熱処理に回すエネルギーで二重に食ってしまう。

デバイスに関しても同じように、圧縮魔力の残滓を放出してる時点で効率は推して知るべし。

ギミックを使っての排気ってカッコいいけどぶっちゃけあれ無駄でしかないのよね。

これをどげんかせんといかん。

「はぁまただ、いかんいかん。いやだから、どげんかとせんといかんではどうにもならんのよね」

「うぅ、フリードくんが自分の世界に入っちゃってる」

「……なのは。自動車のエネルギー効率ってどれぐらいか知ってるか?」

「えっ? 自動車? えっと、わかんないけど、それより離してよぉ」

「自動車のエンジンルーム開いてラジエター見りゃわかるが、あんなでかいので冷やしてんのな。
 そのせいでガソリン車ってだいたい10%程度しか効率はないのよ」

「……その話題と今の状況がどう繋がるのかがわかんないよーー!!」

「やっぱり排気系統の見直しだよな。熱機関の理論サイクルを圧縮魔力のサイクルに合わせてどうやって、なのはに最適化させるか」

「へっ? ……今、なのはの事で悩んでるの?」

「あたりまえだろう。他に何の懸案事項があるのよ?」

「そ、そうなんだ。そうなんだ……」

? ――腕の中でじたばたしていたのが大人しくなった。

ついに力尽きたか。お疲れ様です。

離してやると、そのままコテッと俺の太ももにおちた。

さて、邪魔者は居なくなったところでエネルギーサイクルの見直しだ。

いや、考え方的にはコストを無視したエネルギー協調か。コストを無視した協調ってなんか矛盾してるな。

まぁ、そもそも当人自体がコストを無視した存在なのでしょうがないか。

その当人を見やると、いつの間にやら仰向けになってこちらを見ていた。

「……えへへ、前と逆だね」

「うん、確かにデコピンしたくなってくるな」

「わたし、そんなことやってないよ!」

「男の子は好きな女の子には意地悪したくなるんだそうな」

「へっ? えっと、えっ?」

「気になるあの子の髪の毛を引っ張ったりといった身体的ちょっかいから、ちょっとした嫌がらせまで
 自分に気を引くためにあれこれとやってしまう。男の子ってそんな悲しい生き物なんだ」

「えっ? えっ? ふ、フリード……くん?」

「なぁ、なのは?」

「は、はい」

「そういう都市伝説があるらしいんだよ」

「……う~」

「て、のはちょっとした冗談で、多くの男の子に本当に当てはまるんだそうな。
 精神的に幼いから好きという事の示し方がわからないのよね」

「ふぇ?」

表情がコロコロ変わって実に面白い。

顔が赤いのは変わらず本当に目まぐるしく表情が変わる。

「えーっと、フリードくん?」

「わからないか、なのは?」

柔らかく微笑む。

なんて鈍感なんだろうか、この娘さんは。

「な、なにがかな?」

「この話題から分かる事はだ」

「う、うん」

「女の子より男の子の方が実は可愛いんじゃねってことだ」

そう、態度的に考えて。

好きなのに、どうしていいかわからず意地悪しちゃう。これってよく考えると後期型のツンデレじゃねーか。

元祖男性はツンデレだった。しかし、今はエロである。

おっ、なんか良いのできた。これは辞世の句として後世に残そう。

死ぬ間際に語るのだ。世の男性の諸行無常を。

聞いた皆、全力で少年だった時代の全てを振り返るに違いない。

そして、それを聞いた女性は“ちょっと、男子~、止めなさいよ! いつまで浸ってるわけ~”とかのってくれるのだ。

「――時代は男の娘か。認めたくは無いが、さもありなん。んっ? なのは、どうした?」

「……なんでもないもん」

「いや~世の中生きてりゃ色々悟れるものだよな」

「なんでだろ、何かに負けたような気がする」

「なのは、人は負けたと認めたときが負けなんだ。簡単に負けを認めちゃいけない」

なのはに説く。負けを認めたら前には進めるかもしれないが何かを失うかもしれないのだ。

そう、負けを認めた時点でウサギにも亀にもなれなかった者になってしまうのである。

「……」

「なれにほっへたふぉひっはらへなーいはんのれしょうは(何故に頬っぺたを引っ張られなーいかんのでしょうか)」

「そこにほっぺたが、あったからだよーだ」

睨みながら拗ねるというなんとも器用なことをやっている。

というか、なんでこの娘のために真剣に悩んでるのに頬っぺたを引っ張られなーあかんのか。

世の中往々にして理不尽である。アガペーはいったいどこにいったのか。

まぁ、この刺激が脳の何か活性化させるのかもしれない。

そう考えれば、このゆる~い痛みも許容できるか。

えっと、どこまで考えたっけか? あぁ、協調、協調。

排気をさせないレベルに効率を保つとなると処理を遅らせるしかない。

段階を経て処理をさせる。しかし、それでは戦闘に支障が出る、か。

となると処理を考えて転流余裕時間を稼ぐしかない。

ちょっと前に試しに作った融合型デバイスに近い考え方をすればいい。

リンカーコアで圧縮魔力を開放するのではなくそのままループをさせる。

ループ上で溶かしつつ帯域の太さと速さに当てて魔力素を動かす事でリンカーコアでの膨張を防ぐ。

そして、サイリスタもどきを使って分流して多重並列処理を行えばどうだ。

……うん、いける。なのはのリンカーコアの容量的には恐らく問題ない。

後はどこまで分流できるか。

ふと、なのはを見ると目が合った。

どうやら、いつの間にやら頬っぺたは引っ張られていなかったようだ。

「んっ? どうしたよ?」

「……ううん、何でもないよ。真剣に考えてくれてるんだなーと思って」

いや、まぁそりゃ本職だもんよ。これを抜きにしたら俺は飯すら食えない。

デバイス作りはまさに飯の種であり、俺の生き甲斐とも言えるのですよ。

「まぁ、そんなことよりだ。レイジングハートが今より格段に扱いが難しくなるが強くなるのと
 扱いは変わらないがそんなに強くならないのとどっちがいい?」

「えっ? ……レイジングハートを強くしたらあの子に勝てる、かな?」

「そりゃ、なのはの努力しだいといったところか」

「そっか、うんならレイジングハートと一緒に強くなる。そして、今度はあの子に弱いなんて言わせない!」

弱いって言われたのか。いや、まぁ確かに今は強いとは言えないけども。

とりあえず、ナレーションでも付けようか“こうして少女は魔王への道を歩み始めたのです”ってさ。

「……何か失礼な事を考えてる気がする」

「まさか。そういや、ユーノは?」

なのはがこんだけ元気なら励ますのにはどうやら成功したのか。

奴さんにしてはやるじゃない。

「えっと、フリードくんに任せるって伝えてって言ったきりジュエルシードを探しに一人で出かけちゃったよ?」

一緒に行こうって言ったんだけどと心配げな表情でなのはが続けた。

……なんじゃそりゃ?

「はっ? えっ、それって何時の話?」

「学校が終わってからすぐだよ? レイジングハートが直るかもしれないっていう話のすぐ後になるかな」

「……ないわ~。そりゃ無いですぜユーノくん」

「? ――どうしたの?」

「なんでもねーです」

「???」

疑問符を浮かべるなのはを見つつ考える。

あの野郎、今度絶対にフェレットとして愛でてやる。

とことん愛でてやる。俺の愛の重さを思い知らせてやる。

愛のままにわがままに僕は君だけを傷つけまくってくれるわ!

「えーっと、フリードくん?」

「なんだい、なのは?」

「な、なんか怖いよ?」

「ははは、何を言ってるのかこの子猫ちゃんは」

「あはは……」

何故にジリジリと俺の太ももから逃げていくのか。

とりあえず、逃がさないように頭をガシッと掴んだ。

「へっ?」

「仕方あるまい。あの野郎が説教してないなら、俺がやるしかあるまいな!」

「えっ? えっ? えっ?」

「おい、相棒仮! 再教育プログラム“命の重さについて”と“魔導師の責任について”を用意してくれ」

『はぁ、構いませんが本気ですか?』

「本気も本気だ。バインド!」

『すいませんお嬢さん。Chain Bind』

「にゃーーー!!!」

なのはをバインドで簀巻きにする。

「ふ、フリードくん!?」

「大丈夫だよ、なのは。心配しないで。そのうち簀巻きでも戦えるような立派な変――いや、魔導師になれるから」

「立派な変って言いいかけたよね? 変って何? というか、そんな魔導師になりたくないよぉーーー!!!」

「そういや、よくよく考えたらこの部屋原子崩壊の可能性があってめっちゃ危険だったな。
 よし、“実験施設への立ち入りについて”も追加で」

『了解です』

「ふ、フリードくん? えっ、冗談だよね? これっていつもの冗談なんだよね!?」

「大丈夫ちょっと悪夢を見るだけだから。では、good luck!」

イメージリンクをなのはにつけて再教育プログラムが始まった。







「えっと、なのはを迎えにきたんだけど」

「んー? おまえの隣に居るじゃないか」

「えっ? ――うわぁ、なっなのは!?」

「わたしが死ぬことによって出る出費はおよそ300万。そして、今まで掛けた教育費もぜんぶ駄目になる。
 アリサちゃん、すずかちゃん、お願いだから喧嘩しないで、お父さん、お母さんも、もうやめて
 ごめんなさい、ごめんなさい、そんなに悲しまないで、ちゃんと生きますから――」

「な、な、ふ、フ・リ・ードォーーーぉ、お?」

「何かなフェレットくん?」

「えっ、なっ、なにそのデバイス?」

「ふふふふ」

「えっ? えっ?」


「――」

その日、尊いユーノの何かが失われた。





「えっと、あのね昔、お父さんが――」


そして、トラウマを微妙に抉ってしまった少女を癒すのに一晩を要してしまった。








――「うん、上出来、上出来」

上空に浮かぶなのはを見つつ出来を確認した。

うん、満足ですじゃ。

「あれってどうなってるの?」

「んっ? ただ単に並列ループさせてるだけよ? 三つのループでデバイスの強化を行って後のループで砲撃ってな。
 まぁ完璧に使いこなすにはちょいとレイハさんの処理能力が足りないでアレなんだけどもさ」

「えっ、そんな器用な事できるの?」

「得意なものならな。まっ、砲撃と防御さえできればいいんですよ」

そう、それだけできれば問題ない。

どうせ他は単純なものしか、なのはは使わないのだろうしね。

「いや、そんな歪な。なのはをどこに導こうとしてるのさ」

「夢はでっかく単独でアルカンシェル! 後で、海鳴よわたしは帰ってきたー! とか言いながら砲撃魔法をぶっ放すことを教えよう」

「……それ、なのはに言うの?」

「まさか。そんな恐ろしいことできるかい」

「自分だってヘタレじゃないか」

数日前の事を思い出したのかチクリとフェレット(笑)が言ってきた。

何を仰っていらっしゃるんでしょうかこのへタレは。

「ヘタレ具合が天と地の差ほど違うわ!」

「同じ、同じ」

「はんっ!」

見下すように言う。

このフェレット(笑)は自分が犯した失態に気づいているのだろうか。

「何だよ、その勝ち誇った顔は」

「おまえさんはなのはの過去を知っていますですか?」

「……なのはの過去?」

「そう語るも涙、聞くも涙のお話だ」

「な、なにさそれ」

「あは~? 知らないのユーノくん? 俺は知ってるのに?」

「あっ、なのは。ええっと、いっ、今の話、本当なの?」

ギギギッと軋むようにして後ろを振り返ると満面な笑みの魔王様がいらっしゃった。

笑顔が怖いってこういう事を言うんだね。僕とってもよくわかったよ。

「フリードくん? 内緒って言ったよね」

「言ってましたね」

「絶対に、絶対に誰にも話さないって言ったよね」

「それは大丈夫、ちゃんと話してないよ!」

「ユーノくん? ちょっとフリードくんかりるね?」

「あっ、う、うん」

この俺について来いと突きつけている、レイジングハートに浮かぶ4つの魔方陣を見つめるとちょっとワクワクしちゃうのはなんでなんだろうか。

あぁ俺も遂にやられちゃうんだねと訳の分からない思考が浮かぶのが実に不思議だ。








「もう、本当にだよ? 言ったら許さないよ?」

「えっ、あっ、うん」

予想外で~す。

まったくもって予想外で~す。

「? ――どうしたの?」

「いや、なのはあのな、少し頭冷やそうかって言ってみ」

「すこしあたま冷やそうか?」

首を傾げながら言われてしまった。

なんて可愛らしいんでしょうか。

というか、俺は何を期待していたんだろうね。

「なのは、変わらずそのままの君でいてくれ」

「???」

人間の成長ってのはどうなるかわからない。

もしかしたら、この子だってグレたりするのかもしれない。

……いやすぎる。

「いや、あっ――!?」

「どうしたの?」

「いや、どうも?」

行動早いね流石です。タイミングもバッチリ。はなまるあげちゃう!

さぁ舞台装置は全て整った。

コレで俺がもし失敗しても、どうとでもなる。

さて、すみませんが利用させてもらいましょうか。



――独眼竜眼帯に『探知波検波―時空管理局・巡航L級8番艦アースラ』と表示されていた。






[11220] 十四話
Name: リットン◆c36893c9 ID:73b2310e
Date: 2010/04/29 19:12
「今日も海鳴は平和です、と」

眼下に広がる普段と変わらぬ海鳴の景色を見つつ呟く。

現在、場所はとあるビルの屋上。時刻は正午過ぎ。目線を上に向けると、抜けるような青い空がどこまでも広がっていた。

こうも長閑だと春の陽気に誘われて眠ってしまいそうだ。

「しかし、これからいたいけな少女を騙すのかと思うと気が滅入るね~」

『……欠伸を押し殺して言う台詞ではありませんね』

相棒のような気がするデバイスが何やら言ってきた。

「生理現象なんだから仕方がなかろ~よ」

言いつつ、くわ~っと欠伸をしてしまう。そう全てはこの陽気が悪い。

春眠暁を覚えず。この陽気は夜寝たら昼過ぎまで寝ちまう自信がある。きっと孟浩然も君は悪くないよと言ってくれるはずだ。

「そういや、どうでもいいけどあんまり自己主張するなよ?恥ずかしいから」

『……どういうことなのかとお聞きしたいですが、マスターに聞くだけ無駄なのでしょうね』

「聞くのはタダだから聞いとけ聞いとけ」

『はあ、なんでですか?』

「そりゃ、どこに出しても恥ずかしい出来だからだよ」

言いつつまた欠伸をしてしまった。

どうにも眠い。これはあれだ。

間違いなくお家のベットが俺を呼んでいる。枕があなたの頭をロックオンって言っている。

そんでもって、布団があなたを優しく包み込んであ・げ・るってな強烈な電波を送っているに違いない。

想像しただけで俺と現を数時間ほど分かちそうだ。なんてステキなんだろうか昼寝道具一式。

今ならきっと世界の中心で『俺は今から眠るぞー!』と宣言して寝むれる。

アボリジニの方々も春の陽気に誘われたんですと言えば許してくれる事だろう。

「――遺灰をばら撒くよりは難易度低いような気がするよね」

『……何の話か存じ上げませんが、そんな事より恥ずかしい出来ならつれて来なければよかったでしょうに』

「アレの処理が出来るのがおまえしか居ないからな。まぁ、んっこほん――し、しょうがなくなんだからねっ!」

『……』

ん~どうも違う。なんかどうにも俺がやると恥じらいが出ないのよね。

やっぱ見せ掛けだけじゃ駄目か。気持ちが入ってなさ過ぎるのが原因なのだろう。俺、ツンデレになれなかった。

猛省しなければ。言った台詞が浮いてしまっているのだ。バイトで嫌々やってる女子大生じゃあるまいし、こんなんじゃ駄目だ。

きっと、国の皆に笑われてしまうことだろう。

『社長……見ないうちにずいぶんと衰えましたね』

そんな台詞が今にも聞こえてきそうだ。

もしかしたら、こんなの社長じゃないと髪の毛を水銀色に染められてしまうかもしれない

「――やめて、そんな鈍い色やめて! とても健康に悪そうだよ!」

そして、おもむろに社員さんが、水色と銀色を――ちょっと待って! それ混ぜても水銀色にはならないよ!

あぁ、脳裏に浮かぶ社員さん達が皆“なにそれ? 不思議っ!”てな顔をしている。

俺、終わった。水銀色では社長で居られまい。そんな、にぶてか~ってな髪の社長なんか見たことない。

きっと、こうやって人は人生の舞台から退場していくのだ。

些細な事から転落は始まっている。そう、きっかけは何時もツンデレから――




「――奥が深すぎるぞツンデレ道。こんなことならもっとよくアリサを観察しとくんだった……」

『……とりあえず発作は落ち着きましたか? 落ち着いたなら周りを見渡して見るといいです』

気が付けば、そこには遠巻きに見守るフェイトさんとアルフさんがいらしゃった。

「――ちっす、お二人さん」

「……相変わらずだね~あんたは」

そう呆れ顔で言うアルフ。

「だって人間だもの!」

それに対して言いつつ胸を張った。

そう全ては人間だもので決着はつくのだ。みつおさんが言ってるんだから、きっと正しいのだろう。

ところで、みつおさんとやらは何をした人なんだろうね?

「まぁ、だてに平仮名三文字じゃないだろうし、きっとすごい事をしたんだな」

「何の話だ、何の」

「んにゃ、何でも。んで、そこのご機嫌があまりよろしそうに見えないお嬢さんはお元気で?」

「……別に元気だよ」

ぷいっと顔を逸らされてしまった。

ふむふむ、とりあえず若干頬を膨らませながら言うところが良いね! と、言っておこう――

「っ――」

ったく、困るね真面目な連中は。

さてさて、すまないがどうやらご機嫌をとってる暇も和んでる時間もあまり無いようだ。

独眼竜眼帯が仕切りに探知波の検波を訴えている。

やらなきゃならない、か。まぁ、少しばかり本当に少しばかり真面目に行こうか。

「さよか。なら呼び出した用件を率直に言うよ。――管理局が来てる。これでわかる?」

「「……」」

二人の目つきが厳しくなったのが見て取れる。

ちょいとばっかり一緒に踊ってもらおうか。

「まぁ、簡単だ。そろそろ諦めようかフェイト、アルフ」

「……諦めると思うの?」

フェイトがどこか覚悟を決めた目で言ってきた。

まぁ始めから腹は決まっていたか。

「思わないね~」

「なら――」

「――その先には未来が無いよ、フェイト」

にっこりと微笑みつつ誰にでも読める未来を告げる。

パトカーを横付けされてる状況。そこで犯罪を行えばどうなるかだ。

「……そうかもしれない、でも、でも、きっとそれが私の道だから」

いつか話した道の話を悲壮な表情でフェイトが語った。

……やれやれ、そんな顔をさせるために話したんじゃないんだけどね。

「道、ね。なら少しばかり水先案内人を務めようか」

「?」

「――少しばかり色々と抗ってみる道とそのまま動く歩道に乗って行く道、どっちがいい?」

言いつつ笑顔は崩さない。

どちらにせよ、やることは最低の域に入っている。ならばとことん偽善者にでも何でもなってやろうじゃねーの。

「……そんな道が本当にあるの?」

どの道を指してるのかはフェイトの瞳を見れば一目両全だろう。

浮かんでいるのは期待、そして不安か。

「あぁ、もちろんある。さて、どうする?」


返事は語るまでもあるまい。



――「本当なの?」

「あぁ、本当だとも。プレシアさんがおかしくなったのは、このジュエルシードのせいだよ」

さて、すまんねジュエルくん。全ての悪意を君に押し付ける。

物言わぬ宝石に全ての悲劇の首謀者となってもらう。

「……じゃあ、母さんがジュエルシードを集めるように言ったのも?」

「うん、ジュエルシードのせいだね」

「そっか……」

「それでな、プレシアさんを止めるために管理局に頼る。フェイトに管理局の保護下に入って欲しい」

「私に? えっと、何で?」

「ジュエルシードとフェイト、どっちが大切かプレシアさんにわからせるためだよ。
 フェイトが管理局に保護された時点で気づいてくれるはずだ」

「……」

罠に引っ掛かる少女が一人、か。悩むフェイトを見ながら少々自己嫌悪に陥る。

どの口が言うのだろうね。本当に、やれやれだ。

まぁ、しかしここまで来たら騙しきるしかないだろう。

「……アルフ?」

フェイトがアルフに呼びかけつつ目で確認をとる。

「あたしはフェイトについていくだけだよ」

それに、先ほどからずっと遠巻きに静観を決め込んでいたアルフが答えた。

わかっているのか何なのか俺には何も言わない。

「……そっか。フリード、それで本当に母さんは私に向いてくれるのかな?」

そう言ってくるフェイトの顔は本当に幼い。

少女と表現するにも幼い、そんな表情をしている。

「さて、それはフェイトの頑張り次第でしょ」

「……そうだよね。うん、私やるよ」

そう言った幼い少女の目は確かに決意に満ちていた。







――「さぁて、皆さん準備はできたかな~?」

努めて明るく言う。

というか、何この通夜会場。

場所は、フリードさんご自宅。

ヘイ!皆さん本人を前に喪に服してますか?

「「「……」」」

一人はどうしていいのかわからないのか黙り、もう二人はまるで話すことなど何もないというようにダンマリだ。

「ちょっと、フリードこの雰囲気何とかならないの?」

気まずいのか内緒話をするようにコソコソと言ってくるユーノ。

この野郎は言い出しっぺの法則というのを知らないのだろうか。

場が硬いことに気づいたのなら積極的にてめぇで解きほぐせよ。

何もしないで空気が変わるほど合コンは甘くねーんだよ!

人任せとか終わってる。そんなもの誰がやるか。

盛り上げ役とか疲れるだけで特なんか一切ないからっ。

面白い人の称号集めたところでスタンプラリーにすら参加できない。

笑いなんかくれなくていいからLOVEをくれだ。

「諦めろユーノ。それとな、高嶺の花はやめとけ。身の丈にあった返済プランをだな――」

「――うりゃっ!」

「うぐっ!」

俺のわき腹にユーノの拳が突き刺さった。

い、いい物持ってるじゃねーか。

そのボディの打ち方、誰に習ったんだいって思わず聞いちゃいそうだ。

「今はアホなこと言ってる場合じゃないでしょ。
 これから協力しようって時にこんな険悪でどうするんだよ」

「……なら、おまえさんが頑張ればいいじゃない。何のために小動物になれますか?」

「何のためって、そりゃ色々あるけど――って、もしかして変化して和ませろってこと?」

今現在ユーノの姿は人間形態。

皆で仲良く管理局へってな状態なので流石にということなのだろう。

「おうよ、和ませてみろよ。フェレットして飼われた事が無駄じゃなかった事を示してみろ」

「……はぁ、どうせ何言ったって無駄だろうしわかったよ」

そう言ってフェレットもどきにユーノは変化した。

何かやけに素直だけども、こいつわりと自信があったりするのだろうか。

なんというか、フェレットしての振る舞いに自信を持ってるってどうなのよ?

僕は出来る子となのは達に向かって闊歩していくユーノを見てるとなんだろうこの気持ち。

胸が熱くなるな……。思わず目頭を押さえてしまいそうだ。

「なのは!」

ユーノがなのはにふりふりと尻尾を振って愛嬌をアピールしている。

なんだろう本当に胸が熱くなるな……

「……」

だが、なのはの目はどう見てもフェイトに釘付けだった。

まさか、まさかの無視か。シカトですか。

「な、なのは!」

おお! 今度は空中で一回転。

し、しかも、これはバク宙だーー!!

「ブラボーだユーノ! プリチーだユーノ! 今、世界はおまえのためにある!」

カメラ、カメラはないのか!

このやり切った顔を写しておかねば。

是非とも写してておかねばなるまい!

「っち、くそカメラがない! しょうがない、おい相棒仮免許取得中!」

『――また長い名前になりましたね。なんです?』

「映像記憶よろしく!」

『はあ、わかりましたよ』

「ほら、ユーノ! 頑張るんだユーノ! 勝利は目前だよ!」

俺の言葉に乗せられた様にユーノがバク宙を繰り返した。

一回、二回、三回――

必死に回る。僕の使命はこれですとでも言うように。

な、なんて奴だ。胸が熱くなるな……

「フ、フリード! なのはは、なのはは、どう、してる!」

「うん? 今、フェイトとおしゃべり中だな。そんなことより気合を入れろ! 速度が鈍ってきてるぞ!」

俺が言うと同時にユーノはバク宙の途中で力尽き、べっしゃっと地面に落下。

そのまま地面に横たわり動かなくなった。

「馬鹿! あと少しなのに! あと少しで何かが見える境地に達する事ができただろうに!
 諦めるなユーノ! 立て! 立つんだユーノぉぉぉぉ!!」

間近で魂を送る。

立つ事が出来るように、もう一度立ちあがる事が出来るように。

そして、祈る。

願わくばあの素晴らしいフェレット魂をその身にもう一度――



「……燃え尽きたよ、真っ白にさ」

そう言ってどこか満足そうにユーノは目を閉じた。

結局ユーノは立ち上がれなかった。いや、立ち上がったのかもしれない。

そう、心の中で。

目を瞑ると確かに奴は、あのやり切った顔で回っていた。

夜空に瞬く億千の星よりその姿は輝いているのだ――

「お疲れさんユーノ」

『……一応映像撮りましたけど、こんなのどうするんです?』

「こんなのって言うな! 決まってるだろ、我が社のCMに使う!
 決められた自由を歩くよりも、選んだ自由に傷つく方がいいという台詞をバックに今の映像を全国のお茶の間に流す!」

一人の漢の生き様をCMを通して語ろう。

きっと見た連中みんな、こんな風に倒れるまで走るくらい熱く生きてみたいってな感想を持つに違いない。

『……色々ギリギリですね』

「あぁ、色々ギリギリだ!」

これが流れたお茶の間を想像すると、本当に、胸が熱くなるな……



ところで、俺たちは完全に居ない扱いになってる気がするのは何でなんだろうな?






――イスの背もたれを体の正面に来る様にして座り、その背もたれに頬杖をついて遠巻きから見つめる。

見つめる先には恋人役を演じるかのような少女が二人。

なのはが必死に募る役でフェイトがそれを切り捨てる相手役といった感じか。

とりあえず、話し合いで解決できるなら是非ともして欲しい。

ここで、戦うとかは勘弁して欲しいものだ。

まぁ、なのはと話してりゃ次第にでも仲良くなるだろ。

あの子はなんかそんなの持ってる気がする。

いつのまにやら、お友達の末席に名を連ねているらしい俺は特にそう思う。

なんせ一日で仲良くされてしまったからね。

独眼竜眼帯を着けている変な外人と仲良くなる気概があるのだから同い年の女の子なんてちょろいに違いない。

「おっ、流石なのは。ありゃオチタな」

見つめる先では、なのはが全力スマイルでフェイトの両手を持って詰め寄っていた。

対するフェイトは戸惑っているのが見て取れるがその表情に険はない。

あれなら邪魔が入らない限り大丈夫だろう。

この場で唯一邪魔に入る可能性のあるアルフはどうやら傍観する事に決めたのか、じーっとフェイトの後ろから二人を見つめていた。

舞台は完璧に整っている。逃げるスペースも助けも無し。後は、なのはさんの口説きテクを見守るだけだ。

砲撃も何も無い、なのは本来の魅力で勝負である。

「……にしてもやれやれ、あんな天然のテクはマネできないですね~」

フェイトが一言返すごとに表情の輝きを増していくなのはを見つつ呟く。

打算も何も無い、ただフェイトが自分の言葉に反応してくれるのを全力で喜んでいる。

全身から“わたし今すごい幸せだよ!”オーラを全力全開で展開していた。

「ありゃかなわん……」

なのはの勢いに、完全に気圧されながらも徐々に優しい顔つきになっていくフェイトを見つつ暇なので、イスをクルクルと回す。

クルクル、クルクル、回る景色は一回りする度に“わたし今すごい幸せだよ!”オーラに侵食されていた。

きっと、この部屋全部を覆い隠す気なのだろう。もしかしたら、それは本当に皆を幸せにできちゃう“魔法”の残滓なのかもしれない。

有限の魔力ではない、もっと別のそう無限にあるが希少である別の何かを使った”魔法”をなのはは行使していた。

クルクル、クルクル、世界は景色を変えつつ廻る。その景色はどこか桜色をしていた――

「――」








「――さて、そろそろ行きましょうか!」

「……フリードそこには誰も居ないよ」

どこからかユーノの声が聞こえた。

ふむ、おかしいな何か地面が歪むというか景色が歪む。

何より死んだ奴の声が聞こえたのがおかしい。

「おかしい。奴は燃え尽きて灰になったはず……」

「生きてるよ! 僕は生きてるよ!」

「あっ、なんか気分も悪い……。これは予兆かっ!」

なんてこったい。こんな時に俺のシックスセンスが開花するなんて!

この分だとあと一段開花させて小宇宙を高めることもできるのかもしれない。

これは自分に言い聞かせねば。

「大丈夫だフリード。オーラ力を信じるのです。あっ、混ざった」

「どう見てもさっきの調子にのってぶん回してたイスに座ってた影響がでてるよ!」

何やら言ってくるユーノ。

「イスだ~? あんな軟弱モノに俺が負けるか!」

そうなのだ。あのイスの野郎、回転に耐えられず軸受けがポキッといったのである。

全く以ってなってない。これだから最近の椅子は……っと世の中の椅子回転愛好家の皆様方は思ってることだろう。

だいたい俺は回転には強いはずなのだ。

この程度で酔うわけがない。

俺の三半規管をなめるなよ?

「フリード、前! 壁、壁!」

「ぐふっ!!」

壁にゴスッ!と頭からいってしまった。

何だこの固い野郎は?

俺に対する挑戦状と受け取るぞ。

リリカルなめんなよ?

トカレフ、キルゼムオールと繋げちゃうぞ。

構えをとる。

そして、静かに深呼吸した。

「すぅ――」

今こそ肉体の限界を超えるとき!

この程度の壁乗り越えてくれるわ!

「はあーー!! ……っとなんだっけ我は無敵なりだっけ?」

「知らないよ!」

「相変わらず頼りにならんな~君は」

「こんなことで頼りになんかなりたいもんか!」

「どうどうどう」

「くっ――」

とりあえず、めんどくさいのでユーノの小言を聞き流す。

やれやれ、彼は勢いについては合格点を上げられるのだけどもね、他が常識の壁を越えられていない。実におしい。

ユーノの顔にマジックで青筋を書きたくなる衝動を抑え部屋を見やると、なんというか男子と女子に完全に分断されていた。

幸せオーラは確実に伝播している。ただし女子限定で。

というか、そろそろマジで時間がない。

明確に行く時間を宣言してないが、先方には準備が出来次第すぐに向かうと言ってある。

さて、あれを断ち切るのもどうなのだろうか。

だいたい、こっちは完全に無視されているしな。

「……ユーノ、俺たちもなのは達を見習っていちゃいちゃするか」

「……」

小言を完璧にスルーしたことへの当てつけなのかユーノが無視する。

なんだ倦怠期のカップルか?

なかなかに通なシチュエーションを好むじゃないか。

ったく、しょうがないやつめ。

「ユーノ? こっちを向いておくれよユーノ。その可愛い顔を僕に――ぐはっ!」

俺の頭にユーノチョップが炸裂した。

「気持ち悪いわっっ!!」

そう全力で言い肩で息をしている。

なんてひどい。せっかく女の子だけ幸せなのってずるくない?ってな発想のもとに頑張ったのに。

「時々、俺はおまえが何を求めてるのかわからなくなるんだユーノ」

「フリードがまともになることを僕は一番求めているよ!」

「それで満足なのかい?」

ユーノに向けて悲しく笑う。

理解されないのは悲しいといった具合に。

「おまえがさ、そう望むなら――」

「えっ、いや……」

「――これからも俺は俺らしく生きようと思う!」

今ここに俺は俺である宣言をしよう。

国の皆に届くように。管理外世界だろうが管理世界だろうが関係無く伝わるように。

ミッドの悪夢ココニアリと。

「……」

あっ、拗ねた。

ユーノは俺の反対側を向いて胡坐をかいて座ってしまった。

……ふむ、なかなかに寂しいじゃない?

しょうがないので俺も座る事にする。

よっこらっせっと、どこの誰が考えたのかわからない微妙に小気味のいい言葉を口にしつつユーノと背を合わせた。

「ふぅ……、そろそろマジで行かないといけないんだけどね」

「……ならアホな事やってないで止めればいいじゃないか」

「ど~にも、気後れしてる部分があるのかもな」

もうちょっと、この空気を味わいたいのもあるのかもしれない。

もしくは単に――いや、やめよう。自己満足にセンチメンタルな理由を付随したところで事実は変わらない。

「……上手くいくんだよね?」

「さてな、相手をどこまで上手く誘導できるかだね」

「相手? 管理局?」

「管理局、プレシア、その全てだよ」

「……はぁ、結局全容は話してくれないんだよね?」

「別におまえなら構わないけど?」

そう、別に構わない。それに、もとからユーノには話すつもりだった。

スクライアにはどの道関係のあることでもあるしね。

「……それは聞けってことだよね?」

「まぁ、ね」

「はぁ、たまに君は――まぁいいや。っで、どうするの?」

奥歯に物が挟まったような言い方をするじゃない。

まっ色々言いたいことはあるか。

「……ん~とな、管理局にジュエルシードが元凶で色々大変なことになったって泣きつくってな話はしたよな?」

「したね。って言ってもだいぶ端折ってて意味はよくわからなかったけどね。
 これって要はプレシアさんが罪に問われないようにするためだよね? 正直、それがわからないよ」

背後で身を竦める動きを感じ取る。

「まぁ、確かにおまえさんは被害者だしね。でもな、母親が子のために必死になって何が悪いのかと俺は思う訳だよ」

「それは、あくまで犯罪にならないレベルでじゃなきゃ。人を傷つけてまでやるのは間違ってるよ。
 そして、それが罪に問われなかったら理由があれば人は何でも出来てしまう事になる。そんなの駄目だよ」

そう言いユーノが嗜める。

確かにそうだ。その通りだ。まごうことなき正論である。

「そうだな。でも、実はプレシアが傷つけたのは、お前とフェイトと俺だけなのよね」

そう、それだけだ。

襲った輸送船も人身被害は出ていない上に、所属はスクライアときている。

傷ついたのは無駄に責任感を働かせてしまったユーノだけ。

そして、街を巻き込むような事件らしい事件は何も起きていない。

管理局を通さないなら全て示談でどうにかできるレベルだ。

「……何が言いたいのかわからないよ。だから何なのさ、僕が許せば全てはうまくいくと?」

言ったユーノの声に若干の不快が混じる。

「ああ、許せよ。おまえさえ納得できれば全てはどうにか転がせる。
 ――なぁユーノ。おまえは、なのはに遇ったことをどう思う?」

出会いは偶然か必然か。

底意地の悪い質問だと理解しながらも問う。

「…………卑怯だね。はぁ、いいよ。それに、もとから信じるってのは言ってるんだ。でも、フリードはそれでいいの?」

暗に迷惑を被るのはおまえだとユーノが言ってきた。

まぁ、確かにこのまま行くとそうなるだろう。

だが――

「――母と子に纏わるどうしようもない悲劇。そんな悲劇が努力と金で解決できるなら安い、そう思わないか?」

実際、解決するかどうかはわからないが、それでもだ。

手を伸ばしただけでどうにかなるのなら幾らでも手ぐらい伸ばしてやろうじゃないか。

「……最初から救おうと考えていたの?」

「どうだろうねぇ」

救えるなら救おうとは思っていた。

だからこそ管理局が来ない前にと考えたし実際にそうした。

だが、それは別にここに来た理由の一つを遂行した後の結果でしかない。

それは、今でも変わらない。

ただ来た時より黒衣の少女を救いたいという気持ちが強くなっただけだ。

「はぁ何だよそれ。まぁでも本当に意外だよ、プレシアさんにボコボコにされたから、てっきり仕返しするのかと思ってた」

まさか説得しようとか考えるとはねとユーノが続けた。

何を言ってらっしゃるのでしょうか、この野郎は。

「はあ? 説得? なんでそんなめんどくさい事せにゃならんのよ。それに、あの人は説得なんてきかないだろーよ」

子供を失って、一心不乱にその事実を変えようと長年求め続けた母親が、年端もいかないガキに説得される訳がない。

というか、子供を失った事がある者が言うのならまだわかるが、それ以外の奴が言ったところで詭弁でしかないだろう。

悲しみの深さなど当人にしか理解できないのだ。

ましてや、子を失った親の気持ちなど推し量れるものではないでしょーよ。

「えっ? じゃあ、どうするの? プレシアさんを救うんでしょ?」

背中越しにユーノの驚いた声。

救いって言ったって種々あるのだよユーノくん。

「んなもん決まってるでしょ、救われざるを得ない状況に追い込むのよ。
 超積極的に善意の押し付けを行う」

一つの救いの形を無理矢理押し付ける。

恐らく分は悪くない。

問題はフェイトか。まぁ、それは彼女が決める問題だ。

「そんな自分勝手な……」

「すみませんね~自分勝手で。元々ちょいとプレシアさんには許せない所があるんでね。
 とりあえず、俺はそれにクレームつけられれば満足。救いどうこうはその結果にあればいいね」

「……要はただのクレーマーじゃないか」

「だな。さらに言うなれば行動派のクレーマーだ。即ち、暴力も辞さない」

「余計駄目だよ!」

「だな!」

駄目というユーノに速攻で合いの手を入れた。

そんな事で諌められるようならクレーマーになんぞならない。

俺~ちょっと~むかついたんですけど~ヤキ入れていいっすか?の精神だ。

どうやら世の中、声の大きい方が得をするように出来ている。

何にも文句を言わない紳士淑女な方々より、チンピラもどきの方が得をする昨今。

嘆きながらも、それが有用だと言うなら隣に習いましょう。

少なくとも、今はさ。

「……開き直ればいいって問題じゃないよ?」

「だな!」

「はぁ。もういいよフリードは多分死ななきゃ直らない」

「残念ながら死んでも直らないんだ。恐らく魂の洗浄が必要だと思われますね」

「はいはい、わかった、わかった」

俺の言葉を適当に流すユーノ。

信じてないねこいつ。本当の話だと言うのに。

一応、死後の世界を語れる貴重な存在なんですよ? 俺はさ。

「世の中神様なんて居ないみたいだからな。悔い改めるとかさ、無駄なのよね」

知ってる限り鳩はいるが神は居ない。

神様に祈ったところで行動の選択肢は増えないのだ。

なら選択肢に気づかなかった人間に対して、カードを増やしてあげられるのは、人間しか居ないのであろうさ。

そして、そのカードを相手に切らせることが出来るのもまた人間なのですよ。

「はいはい。はぁ……――そういや、管理局に調べられたらどうするの?」

「んっ? 管理局? 所詮、管理外世界の出来事だものどうとでもなる」

「でも、ジュエルシードのせいにするんでしょ? なら、管理局の科学者に調べられたら終わりなんじゃ」

最終的にはジュエルシードは管理局に預けるんだしさとユーノが続けた。

まぁ、至極もっともな疑問だ。

「んなもん簡単、簡単。俺――FC社の社長兼技術者としてジュエルシードについての論文を提出する」

「論文? そんなものでどうにかなるの? 結局調べられたら終わりなんじゃ?」

「なるなる。何故なら科学者にはまったく価値がない論文だけど文官には意味があるからな」

「どういうこと?」

「簡単、管理外世界且つSクラスオーバーの魔導師+母親が子を思う強い気持ちが合わさって事は起こったって書くのよ論文に。
 科学者から見ればそんな再現性が皆無な条件の論文なんて無価値だけど報告書を作成する執務者達には価値がある。
 なんたって自分で事が起こった原因を考えなくて良いんだからな」

要は調べようの無いことを書いて論文にする。推測と憶測と数字遊びを交えた極地一点観測論文である。

こんなものを調べたり重要視したりする科学者は居ない。

だが、執務者としてみたらその場に居合わせた奴の意見書だ。

否が応にも取り入れざるを得ない。

さらに言えば俺は割りとミッドじゃ有名だ。

間違いなく別添としてエリシオン報告とかいう名目で管理局の上に渡る。

そうなれば、プレシアという科学者が研究中の事故でなくなった子供が原因で病み不幸が起こったことが明るみに出るだろう。

ミッドの中央技術開発局に居て個人開発の研究で中規模次元震を起こしながら左遷ですんでるプレシアさんだ。

間違いなく上は今更掘り起こされたくないはずである。

俺の報告をもとに可哀想なプレシアさんで全て処理に掛かることは明らかだろう。

「……フリード、もしかしてこれ結構危ない橋なんじゃ。というより、君は――」

「――はい、すとーっぷ。何も言ってくれるな。偽善者気取ったクレーマー、その評価で良い。
 それ以外の評価はお互い身を滅ぼすぞ?」

「……はぁ、もう滅んでるよ。いつからそんな自己犠牲精神に溢れるようになったのさ」

「自己犠牲とかんな高尚なもんじゃねーよ。何度も言ってるだろうがやりたいことやってるって。
 唯単にやりたいことがレートの高い賭けになって、その分のせるチップが増えただけだ。
 つーかな、自己犠牲っていうならおまえさんこそですよ?」

「いやいや、今回の事でフリードの方がそういう気があることがわかった」

「なんだとぅ?」

そう言い後ろを振り返るとユーノが意地の悪い笑みを浮かべてこちらを見ていた。

……この野郎やる気ですか?

ファイティングですか?

喜んで買うぞこの野郎!

「額に自己犠牲って書いちゃるわ!」

ユーノの顔がニヤリと歪む。

「なら、僕は顔中に書くさ」

「んだと! 面積考えろ面積!」

「だって君の方が自己犠牲精神は大きいんだしちょうど良いよ」

意地の悪い笑みを浮かべたまま澄ましたようにユーノが言った。

「ほぅ、言うじゃないか、へタレが。その言葉、後悔するなよ?」

「……後悔ならもうしてるよ。さぁて、来なよ。スクライアに住む者の身のこなしを見せてあげるよ!」

そして、意地の悪い笑みは楽しげな笑みへと変化した。







「……君らは何をしているんだ?」

突然聞きなれない声がしたので取っ組み合いを中断して見やると、

そこには、呆れた顔をした黒髪の少年が居た。








――「すみせん、わざわざ」

「いや、無事なら別にいいんだ」

クロノが凛とした表情で言った。

来ると言っておきながら、余りにも遅かったため何かあったのかと思ったらしい。

そして、とりあえず様子を窺いに来て見たら少年少女がお互い別の世界を作ってましたとさ。

そりゃ、戸惑うわな。

にしても、わざわざ来るとはね。

マジメやね。なんて偉い。

確か15歳だよな。ちょうど盗んだバイクで走り出す年齢だ。

この黒いのも、大人は皆かってだ。皆死んでしまえばいいんだ!とか思ったりするのだろうか。

航行中に今僕がこの船乗っ取ってミッドを攻めたらどうなるんだろうか、とか妄想してるんだろうか。

盗んだ次元艇で走り出す。なんか壮大なロマンを感じるじゃないか。

「流石ですねっ!」

思わず賞賛してしまう。

何ていうか握手して下さい。

「……いや、何が?」

そう言いクロノが突き出された俺の手を怪訝そうに見ている。

「気にしないでください。彼は病気なんです」

ユーノが貶しという名のフォローをしてきた。

病気であるかどうかはともかくとして、こいつに言われると果てしなくむかつくのは何でなんだろうね?

「そうなのか? あぁ、そうか君がフリード・エリシオンか」

納得がいったという表情をするクロノ。

何それ。どういう反応なのよそれは。

たぶん、おまえさんとこの乗組員にも俺のファンは居るんだぞ?

「どうもミッドの悪夢です」

そう言って微笑む。

そして、改めて握手だ。

「……」

何その嫌そうな間は。

何で握手するのに、これは大丈夫なんだろうかってな目をされないといけないのか。

潔癖症か己は。

「……しょうがない、か。まぁ、よろしく」

クロノが覚悟を決めたように言ってきた。

なんで野郎と握手するのにこんなに必死にならないといけないんだろうね?

「よろしく~」

とりあえず、気持ちを顔に出さず握手だ。

ここは言っておかねばなるまい。

「ようこそ、こちら側の世界へ!」

「っ――や、やっぱりうつるのか!」

驚いた様に言いつつ手を振り解こうとするクロノ。

それを、阻止するために強く手を握った。

逃がしはしないぜ坊主。

俺の手で心まで温まるが良いさ。

「は、離せーー!!」

「いやー、執務官殿のおててはスベスベですね!」

そう言うとクロノの全身に鳥肌が立つのが見えた。

「そ~れ、スリスリ~」

「う、うわぁぁぁ!!」

スリスリするとクロノの力が抜けていくのがわかる。

ソフトなタッチで、こう愛でるようにスリスリする。

ここが弱いんか? ここが弱いんか己は――

「――いいかげんにしな!」

「ぐはっ!」

怒声と共に脳天にアルフの拳がめり込んだ。

こ、これは確実に縮んだ、だいたい2mmぐらい。

「ってぇぇぇ、めちゃくちゃ痛いわ! ちょっとは、手加減しろ!」

「あんたが居ると話が進まないんだよ! ほら、ユーノ! こいつの代わりに!」

「あ、あっはいはい」

アルフさんは頼りになるな~とユーノが俺からクロノをひっぺはがす。

「大丈夫ですか?」

助け出したユーノがクロノを引き起こしつつに聞き、

「あ、あぁすまない」

それに対し申し訳なさそうにクロノが返した。

「えっと、俺はどうすれば?」

「んっ」

アルフさんが俺の行くべき所を指し示す。

そこには部屋の角があった。

わ~い、久々の部屋の隅だ。

嬉しくて涙が出ちゃうね。


「フリードくん!」

スゴスゴと部屋の隅へと向かう俺になのはが話しかけてきた。

「どうしたなのは? なのはも俺と一緒に部屋の隅っこに住んでる妖精さんごっこするか?」

「えっ? ……えーっと、それって何をするの?」

「部屋の隅っこに体育座りで座って世の不条理を嘆くんだ」

「……それはおもしろいのかな?」

「これは面白いとか面白くないとかじゃない、とりあえず体験してみろ。
 ――ほら、そこの元祖部屋の隅っこに住む妖精さんもご一緒に」

そう言ってなのはの後ろに居たフェイトの手をとった。

「「えっ?」」

仲良くハモるなのはとフェイトの声を聞きつつ向かう。

妖精さんの集う地へと。




「なんかわかるかも……」

なのはがそう呟いた。

わかるのか、わかっちゃうのか。

もう、本家部屋の隅っこに住む妖精さんと名乗っちゃうがいいさ。

そして、出来れば教えて欲しいね、俺にその心境を。

「うん、確かにわかるね……」

元祖部屋の隅っこに住む妖精さんが負けずに呟く。

本家と元祖はこんな所で結びついてしまった。

もしかして、これはマズイのではなかろーか。

現在、部屋の隅っこに、なのは、俺、フェイトと並列に座っている。

つまりは、本家と元祖に俺は挟まれてしまったのである。

ど、どうしよう、俺は何の妖精さんになればいいんだろうか。

本流とかどうだろう? いや、ここは本元か?

いっそのこと、俺流とか言っちまうか。

そして、アンケート用紙にそりゃみんなそうだろ! と、突っ込まれるのだ。

自分で作るのに他人の味が出せるんですかと書かれちゃうのである。

「――えへへ、いいね」

なのはが何やら言ってきたのでそちらを向く。

「そ、そうか? じゃあ、じゃあ他人の味は出せねーが俺流でいいかな?」

「はぁ、もう違うよ!」

なのはが、ぷくーっと頬を膨らました顔をこちらに向けて言ってきた。

「そっか……。俺流は駄目か……」

なのはから顔を逸らし、正面を見つめる。

これから俺は何の看板を背負っていけばよいのだろうか。

徳川さん家の家康さん曰く、人の一生は重き荷を背負いて遠き道を行くが如しである。

家康公よ、背負うもの無くなっちまったんだが俺はどうすればよい?

「――もう聞いてーー!! こうやって一緒に座るのがいいよねって言ってるの!」

ガクガクと俺の体を揺さぶりながらなのはがそんな事を言い出した。

なのはの方を見ると割と真剣なのがわかる。

「そうなの?」

反対側に顔を向けフェイトに聞く。

「……うん、そう思うよ」

俺の言葉にフェイトはそう穏やかな顔で返した。





「でね、でねフェイトちゃんがついに、なのはに名前を教えてくれましたっ!」

満面な笑顔でおっしゃるなのはさん。

反対側を見るとフェイトが赤い顔をして、体育座りで組んだ足に顔を隠すようにして照れていた。

えっ? 何これ? もしかして、惚気られてる?

「お、俺なんか出会った当初に教えてもらったもんねっ!」

負けねーぞ、新参め。

こういうのは先に会ったほうが勝ちって決まっているのだ。

「むっ、関係ないよそんなの!」

「はんっ! 出遅れめっ!」

見下すように言ってやる。

半周後れで精々頑張るがいいさ!

「む~!!」

ま~た、A.C.Sか!

おまえさんはそれしかないのか!

「はっはっは~、届かない届かない」

突撃してきたなのはの頭を手で押しやる。

悔しかったら、後10cm腕を伸ばして見るがいい!

「う~、フェイトちゃん一緒に!」

「えっ? ……あっう、うん!」

えっ、何? フェイトに何の指示を出したの?

というか、何時の間にそんな意思疎通を?

く、悔しくなんかないんだからぁ?


――気が付くと俺の背後に危機が迫っていた。











――「とりあえず、わかった。まぁ詳しい話は艦長を交えてアースラで聞こうと思う。いいか?」

「わかりました、アルフさん?」

「あぁ、まかせるよ」

「そういえば、アレはどうするんだ?」




「フェイトちゃん、そこ!」

「うん! なのはは、そっちを!」

「負けぬ! 私は負けぬ! 卑劣な挟撃などに屈するものかっ!」







[11220] 十五話
Name: リットン◆c36893c9 ID:73b2310e
Date: 2010/04/29 19:12
やれやれ、めんどくさいねこれは。

目の前の女性を見つつ思う。

もう少し軽いイメージだったんだけどね~。

「――いえいえ、本当ですよクロノさんのお姉さんかと思いました」

「そうですか? ふふふ、ありがとうございます」

そう言って嬉しそうに微笑んでいるが、態度は子供に対して向ける態度じゃない。

明らかに一般的な社交辞令に対する大人な態度だ。

……正直、参ったねこりゃ。

内心で思わず舌打ちしたくなるのを堪える。

もう少し相手は子供という事で目線を合わせてくれる事を望んでいたんだけどね。

まさか、こんなビジネスライクな態度を取られるとは思ってもみなかった。

「ええ、本当にお綺麗で。この艦の乗組員の皆様方が羨ましい限りです」

「ありがたいですわ、例え謝辞でも嬉しく思います。普段は言ってくれる方がいませんから」

終始、笑顔、笑顔、また笑顔だ。

……伊達に艦長はやってませんですか。

この感じは管理局や他の企業の偉いさんに会った時の感触と同じだ。

一定の壁を背後に臨んでいる。

つまりは、この人は今アースラという壁を背負って、会談していた。

……堅苦しい態度に息が詰まりそうになるね。

さて、どうするか。このままでは社を背負わされてしまう。

それは、流石に御免被る。

そうなれば、何かあったときにうちに請求が来る可能性ができてしまう。

共同で事に当るなんてことになったら、うちがスポンサーで管理局が実行役という構図の出来上がりだ。

簡単な話、管理局としてはロストロギア関連だとしても、管理外世界の出来事に極力お金を払いたくはないのだ。

極論を言ってしまえば、アメリカの事件に日本の警察が出張っても税金の無駄でしかない。

是非ともうちを巻き込んで金の出費を抑え、ロストロギアだけを回収したい意図が透けて見える。

だからこそ、この人は俺にFC社も協力しますの一言を引き出したいのだろう。

こちらとしては、個人的な出費に抑えてFC社の社長ではあるが、あくまで事件に心を痛めた個人としてこの件に臨む姿勢を見せたい。

管理局の分まで払うなんて事をしたら、社に迷惑が掛かるほどの大損になっちまう。

今時、管理局に協力なんて宣伝文句にもなりはしないのだ。

それに、管理外世界の悲劇を食い止めた美談に、金の掛かる広告を入れたとしてもその美談の主役である管理局に、すべて食われるのは火を見るより明らかだった。

何よりそういう金を使ったスタンドプレーは、同業種他社にすこぶる評判が悪い上に一部の消費者からも受けが悪い。

美談に金の流れを感づかせると、碌な事はないのだ。

ならばこそ、何とかせにゃいかん。

このまま続けたところで意味は無い。

商談をやりに来たわけではないのである。

「――ふぅ、申し訳ございません。手前勝手なのですが、お互い堅苦しいのは抜きにしませんか? こういうのは、正直苦手なんです」

「……ええ、私もです。このまま進んだらどうしようかと思いましたわ」

そう言って目の前の女性――リンディ・ハラオウンは苦笑した。




「……えっと、あの、マジっすか?」

「ええ、マジです」

にっこりと微笑まれるリンディさん。

どうやら試されたか。

……こうなると色々と考えた俺は何だったんでしょうね。

べ、別に悔しくなんてないんだからね!

「……理由を聞いてもいいっすか?」

「――人が困っている、それも私たちが管理すると不遜ながらも豪語したロストロギアで。
 これ以上の理由があるかしら?」

そう矜持を語るリンディさんの姿は本当にカッコいいものだった。








――「どうだったの?」

部屋に入るなりユーノが聞いてきた。

「どうもこうも不戦敗ですね~」

自社の損益を計算した俺に対して、見事にリンディさんは矜持を示してくれた。

ロストロギア関連で民間に集る程、落ちぶれてねーよってな管理局の意地を感じた。

アレでは負けたと言わざるを得ない。

「えっ? どういうこと? 失敗したの?」

「ん~? 失敗はしてない、でも俺は負けた。OK?」

「???」

疑問符を浮かべるユーノを素通りして、部屋の片隅で談笑するなのは達のところへ向かう。

やれやれ、今のところ計画通りにはなっているけども、さっきのを見る限りこれ以上の化かし合いは避けたい。

こっちの土俵で戦う分にはまだ何とかなるが、あっちの土俵に入ったら寄り切られる可能性のほうが高い。

「――頼むから予想外の事はやめてくれよっと」

「あっ、フリードくん。終わったの?」

言いつつこちらに気づいたなのはが駆け寄ってくる。

「お~ともよ、ばっちり話してきたわ」

「……あんただけで話してきたってのが心配なんだけどね」

同じように近づいてきつつ、何やら失礼な事を仰るアルフさん。

「失礼な。ちゃんと仕事をやってきましたともさ」

「……なんて言ってたの?」

そう心配げに、ちょっと遅れるような形でアルフの横に並んだフェイトが聞いてきた。

「んっ? 万事まかせろだとさ」

「そっか……」

「よかったねフェイトちゃん!」「フェイト~」

安堵の表情を浮かべるフェイトに、なのはとアルフが両サイドから抱きつく。

そして、そのまま揉みくちゃにされていた。

「……」

これはアレか? 俺は正面から行けということなんだろうか。

見事にぽっかりとフェイトの正面に一人分のスペースが空いていた。空いちゃっていた。

考えろ、考えるんだフリード。

アレはどう見ても罠っぽいじゃないか。

なんというか飛び込んだ瞬間、俺の両わき腹が大変な事になるような気がする。

いや待て、だから何だというのか。

罠だからどうしたというのか。

「――ここは敢えて行くしか無いのではなかろうか?」

「何の話しをしてるのさ?」

遅れてやってきたユーノが疑問を投げかけてきた。

「いや、ユーノあのな。行くべきかどうか迷ってるんだ」

「……まだ、迷ってるんだ。フリードが珍しいね、やっぱりそれだけ困難ってことか」

「いや?簡単だとは思うぞ? 本当は心も決まっているんだ、でもな後一押しが足りない」

「そうなんだ……。そっか、じゃあ僕が押してあげるよ。責任は僕も持つ」

「ユーノ、おまえ……。そうか、お前も男だったな。わかった、へたれは撤回だ、一緒に行こう!」

「今更認めてくれたんだ。わかったよ、僕も覚悟は決めた!」

「おう、行こうぜ!」

ガシッとユーノの手を掴んだ。

「ああ!」

力強いユーノの魂の呼応を聞き、そして、熱い絆を武器にそのまま女の子達へとルパンダイブを決行する。

さぁ兄弟、いざ我らが魂の眠る地へと行かん――

「へっ?」

ユーノの反応が遅れた。肝心な時にミスりやがって!

くっ、大丈夫だ見捨てねーぞ兄弟。

最早、俺の身は空中にある。このままでは熱き絆という名で繋がっている二人の手が切り離されてしまう。

なんとか、なんとかせねば!

「っ――」

だ、駄目だ切れる。

ならば兄弟! せめておまえだけでも向こう側へ送ってやる!

「行けーー!! ユーノ、決して振り返るんじゃねー!!」

そう言って、ユーノごとなのは達へと放り込んだ。

「うわぁぁぁぁ!!!」

「えっ!?」「なっ!?」「にゃ!?」

後は、頼んだぜ兄弟……




「――何をやってるんだ?」

いつの間に着たのか後ろから飽きれた声でクロノが言ってくる。

「兄弟が漢になった瞬間でさぁ。クロノの旦那も見守ってやってくだせぇ」

「……あれがか?」

「ええ、あれがです」

視線の先にはユーノがなのは、フェイト、アルフを押し倒していた。

「……彼は捕まりたいのか」

「例え捕まったとしても本望だと思います。彼も責任は持つと言ってましたから」

「そうか」

そう言ってクロノがユーノ達へとへと向かっていく。

「――っ痛てて」

「あ~、ユーノ・スクライアだったな?」

「えっ、あっはい」

『Chain Bind』

「うわぁぁぁ!!」

気が付くとユーノがバインドで簀巻きにされていた。

うむ、うむ、やっとであいつも簀巻き同好会の一員になれたな。

おらぁ嬉しいぜ兄弟。

「はぁ、とりあえず大人しくしとけ――っで、大丈夫か?」

クロノがなのは達に安否を聞く。

「えっ、あっ、だ、大丈夫です」

「フェイト怪我は?」

「……大丈夫だよ」

それに対して全員無事だと答えていた。

よかった、よかった、これで丸く収まるな。

「フ・リー・ドォォォォォ!!」

何やら簀巻きにされていたユーノが怒鳴りながら転がってくる。

「どうした兄弟?」

良い転がり具合だと、サムズアップしつつ笑顔で尋ねた。

「今日という今日は絶対に許さないからな!」

「許しましょう! 許しあえるって素晴らしい事だって、スクライアの族長が言ってた」

「そんな事言う――かもしれないけど、今はそんなの関係あるか!
 幾らなんでもひどいぞ! なのは達も巻き込んだんだよ?」

「大丈夫だって言ってたぞ?」

「そんな問題じゃない! 怪我したらどうすんだ!」

「すると思うのか?」

「しない保障はない!」

「するさ」

「誰がだよ!」

「おまえさんが、だな。断言しようか、おまえさんなら怪我する勢いなら自分が犠牲になって何とかしてたね。
 だから、保障しよう。なのは達は怪我しないってな」

「……なんだよそれ」

「あれ? 違うか?」

「……」

「間違いないと思うんだけどね」

「……卑怯者」

「おぅ、褒めれられた。憎まれっ子世に憚るってな、今後ともよろしく!」

「プレシアさんに粛清されちまえ」

「はん、返り討ちにしてくれるわ」

そう言ってユーノから目線を切ってクロノ達の方を見る。

さて、そろそろだ。クロノも来たし時は満ちた。

いっちょ気合を入れていきましょうか。

「……頑張りなよ、フリード」

「……まかせんしゃい」

そのままユーノの方を見ず答え、クロノ達の所へと向かった。



「さて、さて、先にリンディさんにお話ししたとおり、すぐに決行したいと思います」

「ああ、頼んだ。もし、それで済めばこちらとしてもありがたい」

俺の宣言に対し、そうクロノが答える。

「えっと、何のお話かな?」

それに反応して、なのはが疑問顔で聞いてきた。

「それに関してはどうだろう、クロノさんに聞いてくれ」

「ああ、そうだな一応関係者だ、話しておいた方がいいだろう。別室で話すから付いてきてくれ。
 ――じゃあ、頑張れよエリシオン」

「うぃっす」

クロノの激励に敬礼して返す。

無事に帰ってこれたら、この半径1m以上に近づこうとしない少年ともよく話しをしよう。

嫌だと言っても話しをしよう。


「――あ~、フェイト」

皆と一緒にクロノに連れられて、部屋を出ようとするフェイトに声を掛けた。

「えっ?」

「母ちゃん好きか?」

「……うん! もちろんだよ」

笑顔で返される。

良い笑顔だ。まさに、可憐と称するに相応しい笑顔だった。

「……さよか」

そう呟き、にぱっとパーフェクトフリードスマイルを負けじとお見舞いしてやった。

きっと、負けず劣らず笑えたはずだ。

「――んじゃね~、皆さん」

そう言って別れを告げ、身を翻し皆とは逆の扉から出る。

さて、一足先に行こうか時の庭園へ――











――「ふふふん、やっぱりアースラに夢中ですか」

楽に進入できたのに、気をよくして呟いた。

管理局の登場に足元が御座なりになっている。

これでは、ねずみが一匹侵入したことに恐らく気づいていないことだろう。

さて、後は上手く立ち回るだけだ。

リンディさんには先に面識のある俺が最後の説得をして、それでも駄目なら合図しだい突入をお願いしますと言ってある。

フェイトの方が適任なのではと反論もあったが、今の状態では身内の方が拒絶反応を示すだの何だの言って押さえ込んだ。

管理局が、まだ今のプレシアという人物をよくしらないことが幸いした。

今の現状だと偶然ジュエルシードを手にしたおかげで取り込まれかけている、犯罪を起こさない程度に異常を抱えた可哀想な人という認識でしかないのだろう。

「――準備は大丈夫だよな?」

『……愚問ですね』

「よっしゃ、んじゃ頑張ろうか!」

そう言って向かう、プレシアの居る場所へと。








『セット完了。何時でもいけます』

「オーケー、部屋の異常を周りに気取らせるなよ?」

『問題ありませんよ、隣の部屋から観測したとしても気取らせません』

「いうね~、頼んだぞ相棒もどき――いや、Blickwinkel」

『……開発コードで呼ばれるのは何時以来ですかね』

「今そんだけ、期待してんだよ俺は」

『……そうですか。わかりましたよ、私を作った事を感謝させてあげます!』

そして、目の前にある扉を開けた――








――「アリシア、もうすぐだからね」

扉を開けた先ではプレシアが、培養液の中に漂う己の娘へと何やら語っていた。

どうやら、扉を開けた事にすら気づかない程、自分の世界に入っていらっしゃるようだ。

「ブリック、発動しろ」

『わかりました』

部屋に力場が展開していく。

「誰っ!?」

それに、ようやくプレシアが気づいたようだ。

でも、もう遅い。気づいた時にはすでにクモの糸に絡まっている。

「ども、ども、お久しぶりでございます」

「っ――あぁ、何時ぞやのクソガキね」

俺を実際に視認し、落ち着いた様子を見せるプレシア。

ふむ、なるほど、ずいぶんと舐められているね。

この前は俺の方が何も出来なかったが、今度はそれのお返しをしてやろうじゃねーの。

「ええ、その節はずいぶんとお世話になりました」

「どうやら今度こそ死にたいみたいね」

「まさか折角の生を無駄になんかしませんよ」

「そう」

プレシアの右手に魔力素が集まるのがわかる。

無駄、無駄、無駄、無駄ぁってな。

「あ~、止めといた方がいいですよ?“この中”で魔法なんて」

「煩い! 死になさいクソガ――なっ!?」

――瞬間、プレシアの形成しようとした魔法が暴走し小爆発を起こした。

「っ――がはっ!」

プレシアが己の起こした小爆発に巻き込まれ血を吐く。

「だから、やめといた方がいいと言ったんですよ。あぁ、後たぶんこれからは形成すらできないんで」

「くっ、な、何をしたの!?」

「反魔法領域――つまりは、てめぇに魔法は使わせねーよってなだけです」

「ば、馬鹿言わないで。それに、マギリンク・フィールドは正常に発生したのよ!?」

「――単純明快っすね。ただ単に魔力素自体に特性を持たせる。つまりは、ベクトルと極性を持たせただけっすよ。
 別にマギリンク・フィールドを打ち消したわけじゃないです」

そう、それだけで魔法は使えなくなる。

簡単な話、この状態で魔法を使うには一つ一つの魔力素の極性の相性を確かめつつ3つの方向軸を一辺にコントロールしなければならない。

情報量がベクトルの無限級数積の極性の数だけ累乗されるのだ。使うなら神にでもなるしかない。

「そんな馬鹿なこと……まさかジュエルシード!?」

「流石は研究者、ご名答。便利っすねこれ。マギリンク・フィールドに頼らないエネルギー変換なんてできちゃうんですから」

そう言ってプレシアに近づく。

単純なアンチ・マギリンク・フィールド――AMFでは頭脳で打ち破られる可能性があった。

だが、これならこちらからジュエルシードか反魔法領域を発生させているユニットを奪わない限りはプレシアにはどうしようもない。

「来るな! こっちにだってジュエルシードはあるのよ!?」

「だから無理っすね。この状態で干渉なんてできないですよ」

目的地まで着いたので止まった。

「……まぁ、でも問題があるんですよ。この状態だと俺も魔法は使えないんですよね」

「!? ははは、そうよ、当たり前よ! 魔力素自体が狂ってるんだもの!
 愚かね。それとも、まだ何かあるのかしら?」

好機を見出したためか、プレシアの顔が嬉しそうに歪む。

「一応あります。まぁ、こんなものしかないんですけどね」

そういって取り出したのはリチウムイオンポリマー二次電池と諸々が入った容器。

「そ、そんなものどうするっていうの」

「こうするんですよっと!」

そう言って思いっきりアリシアの入った水槽へと容器を叩き付ける。

――瞬間、大きな爆発音と共にアリシア諸共水槽ごと吹っ飛んだ。

「あ、アリシアーーー!!!!」

「おお、よう燃える、燃える」

炎がアリシアの全てを包み――そして、アリシアは形を失った。

「あぁぁ……」

煌々と燃え盛る炎の前で膝から崩れるプレシア。

「とりあえず南無~、文化的に、もしかしたら火葬じゃなくて土葬がよかったのかもしれないけど、そこら辺は勘弁してくれ」

その横で俺は軽く手を合わせる。

もしかしたら、幽霊なんぞになってるかもしれないが、とりあえず来世の幸せを祈った。

「貴様ーーー!!!!」

「おっと」

激昂したプレシアが掴みかかってきたのでそれを避ける。

「何でしょうか?」

「殺してやる、殺してやる、殺してやるーーー!!!」

「そんな目を血ばらせてもね。殺意じゃ人は殺せませんわ~」

完璧に我を忘れて突っ込んでくるプレシアにブリックを向け――

「――電撃!」

『了解』

「ひぎゃっ!」

予備に装備してあるキャパシターから電気をブリックに帯びさせプレシアを殴った。

要はスタンロッドによる物理攻撃である。

プレシアは、ひしゃげた様な悲鳴を上げた後、まるで陸に打ち上げられた魚のように全身を激しく震わせていた。

「無理しない方がいいですよ?体が悪いんですよね?」

「がぐっ……」

まだ、プレシアの身体は痙攣している。

おかしい、弱電のはずだ、普通こんなに長く痙攣は続かない。

「おい、ちゃんと手加減したよな?」

『もちろんですよ、ただこの方の体力が予想より遥かに低いんです』

「まじかよ……」

そう話している内に痙攣は治まったようだが、荒い息をするだけで一向にその場から動く気配が無い。

「えっと、大丈夫?」

「くっ、触れるな人殺しが!」

そう言って語調とは裏腹に弱々しく俺の手を払った。

「……殺したも何も元から死んでる人間ですね~」

「馬鹿を言うな! 生きていた、アリシアは確かに生きていたわ!」

「あれが生きているというなら、髪の毛が伸びる日本人形の方がまだ生きてるね」

「なっ、人形なんかと――」

「――それに、生きているというならあんたは何でジュエルシードを集めてんだ?」

「そ、それは」

「死んでたんぱく質が固まった時点で、脳が完璧に死んだ。
 その時点でアリシアさんはこの世から居なくなってますね」

「違う!」

「違わない。あんたのやったことは、ただの死体の長期保存ですわ。
 世の中、残念ながら死体が動き回るファンシーな世界じゃねーのよ」

脳が生きていたならば、あるいは可能だったのかもしれない。

だが、こんな回りくどい方法を取ってる時点で間違いなく脳が完璧に死んでいる。

つまりは、もうアリシアのパーソナリティは存在していないのだ。

残ったのはアリシアの外見をした死体だけである。

人間の思い入れだけではどうしようもできない壁が、この世界にも確かに存在していた。

人の身ではその壁を越えられないから、死ぬという概念がこの世界にも遍在しているのである。

「違う、ちがう、アリシアは、アリシアは――」

「――あんたのせいで成仏できない」

「!?」

「ってな。何時まで縛り付けておく気よ。もう、生き返らないって分かっているだろうに」

「し、知ったような口を!」

「生き返らせるより、新たに造る方を選んだ時点で推して知るべしだな。
 それに、残念ながら俺一回死んでるでね、わかるんだわ。
 母親がどんなに泣き叫ぼうとも生き返ってあげることはできねーのよ」

「な、何を言って――」

「――まっ、つまりだ、あんたとアリシアさんが会うことはもう二度と無い。
 間違いない、もう、絶対に無いんだよ」

思い出すのは俺が“俺”であった時に最後にみた病室。

そこでは、“俺”に泣き縋った母親が居た。

俺はそれを見ていた、ただ見ていた。

何もできない、何もしてやれない。

最後に母親に言った“ごめんなさい”の一言だって恐らく伝わっちゃいない。

いや、違う。間違いなく伝わりはしないのだ。

だって、“俺”は死んだのだから。

「……」

反論が途切れたので様子を窺うと、俺のほうを見てプレシアが固まっている。

……もっと、反論すると思っていたんだけどね。

何が彼女に届いたのかは知らないが、彼女は継ぐ言葉を失っていた。

アルハザードなんて物に頼ろうとした時点で彼女は知っていたはずだ。アリシアが生き返る目が殆ど無い事を。

だからこそ、俺は妄執の源を消し去った。科学者である冷徹な部分に訴えた。

そのせいか知らないが、話している最中に徐々にではあるがプレシアの瞳が理性を取り戻しているのが見えていた。

結局、彼女はどうしようもなく優秀な科学者だったのである。

状況を整理し事象を理知的に考える。感情を超越して理性が本人の願いとは逆の結果を示す。

故に、ブレーキをひたすらかけ続ける理性をどうにかするために感情を暴走させ狂ったのだろう。

しかし、その暴走させるための触媒を失ったことで抑制されていたはずの理性が再び思考を再開させてしまった。

己の行動の妥当性を感情を排してはじき出す。

その結果が今、俺の目の前にあった。

「……ふふふ、何が分かるというの?あなたに娘を失った人の気持ちが分かる?」

プレシアが自虐めいた笑みを浮かべ言ってくる。

「確かにわからんね。でも、逆の立場なら理解できる。
 目の前で親が泣き叫んでるのに、どうしてもあげられない奴の気持ちならわかる。」

「……どう思うのかしら?」

「簡単、何時までも泣いてんじゃねーよ、こっちまで悲しくなってくるだろうがってな感じかな。
 あぁ、そして最後に生んでくれてありがとう、そしてさようならってのは思うね」

「……」

「まっ、俺の場合はごめんなさいの謝罪の気持ちの方が大きかったけどね」

「……生き返らせてくれとは思わなかったのかしら?」

「思わないね。生き返って、それに費やした労力のせいで小皺が増えていたら申し訳なくてしょうがない」

「……そう。おかしいわ、こんな荒唐無稽な話なのに真実味があると感じてしまうのは何故かしらね」

「さてね」

そう俺が言うとプレシアは仰向けに倒れた。

「全て失ったわ……もう、未練なんか無い。さぁ、殺しなさい」

何を勘違いしたのか俺が殺しに来たと思ったようだ。

銀髪の死神さんにでも見えたのだろうか?

何かカッコいいけども、残念ながら鎌を持っていないので死神さんではない。

「何でだよ、人殺し反対! 俺に出来るのは死体の焼却処理までだよ。
 それに、あんたはまだ全部失ってないだろうが。娘がまだ一人いるじゃねーか」

「娘? ……フェイトの事?」

そう言ってあんな人形と呟き自嘲気味に笑う。

「そう、アリシアじゃないフェイトだ」

「……あの子はアリシアではないのにアリシアの格好をしている、あんなの愛せる訳が無いわ」

どこか覚めた表情で言うプレシア。

彼女にとってはアリシアを失った時点で会話なんぞ、どうでもいいのだろう。

動けない上に、アリシアを生き返らせる望みも絶たれた。

この会話自体が無意味であると、その表情が示していた。

「可笑しなことを言うね。アリシアじゃないんだから当たり前じゃないか、あの子はフェイトという一人のパーソナルだ。フェイトとして愛せばいい」

「あの子はアリシアとして造られたの、わかる?」

「結果に過程は必ず付随するのかよ、なぁ科学者?」

「……だとしても、だとしても今更なのよ。
 アリシアは私の全てだった、それ意外は蛇足なだけだわ」

どこか遠い目をしてプレシアが語る。

言いたくはない、言いたくはないが、それは間違いなく嘘である。

嘘であると断言できる。

子供が自分の全部であるなら、本当に自分の全てであるなら、彼女はとっくの昔に自殺していたはずだ。

すぐにでも、後を追っていたはずである。

だが、彼女は己を信じ、己の才を信じて生き残った。

信じて生きるだけのものを彼女はアリシア産む以前から持ってしまっていた。

残念ながら、どんなに否定しようと人間である以上、親にだって譲れないものはある。

己の生涯を掛けて積み上げてきたモノがある。

それは、子供とどちらが大切なのかなんていう質問で推し量れるものではない。

よくある、それを子供の方が大切なんていう奇麗事で簡単に片付けられるわけがない。

今まで生きてきた証明を捨てられるわけがないのだ。

何故なら、そう、それを捨てた者を人は死人と称するのだから――

「そりゃ可笑しい。あんたにとって研究ってのはなんだったんだ?」

「どうでもいいものね、アリシアさえ居ればよかったのよ」

「はん! そうかよ、アリシアが死んだのも、それを復活させようとしたのも己の研究なのにか?」

「……だからこそよ、私の愚かな研究さえなければアリシアは死なずに済んだのだもの」

「そこまで、否定しながら何で最後まで頼る。
 アルハザードに行くのも全部それの成果だろーに」

「……そんなもの結局私にはそれしか手段がないだけ――」

「――そう、あんたが今まで血の滲む様な思いをして磨いてきたその頭脳が選択した。
 捨てられるわけが無い、どうでもいい訳が無い。そこには己の生き方も矜持も全部詰まってるはずだ。
 幾ら否定したところで自分の中に流れる血は変えられねーよ」

「……」

「さて、じゃあもう一度問おうか。あんた自身とも言える頭脳が生み出したものがどうして愛せない?」

「……それを認めてしまったらアリシアは――」

「――消えない。そう簡単に人の想いが消えてたまるかよ。
 あんたがアリシアを愛していたというのはフェイトが証明するその姿かたちがそれを証明する」

「……」

プレシアは黙る。その表情は読めない。

だが、こんな偉そうに語るガキの言葉を考えてしまってる時点で彼女の中で何かが起こっているのは明白だった。

さぁ、俺の言葉にのせて彼女は何を賭けるのか――

「――どうするアリシアの忘れ形見を置いて逝くか?
 アリシアを忘れる必要なんてないんだ。むしろ、忘れなきゃいい。そして、ただ一人認めりゃいい。
 己の全てをぶち込んで生み出したもう一人の娘をさ」

アリシアが本能により生み出された娘というなら、フェイトは理性が生み出した娘といえるだろう。

その差はない、どちらもプレシアの全てが詰まっているはずだ。

後は、プレシアがどう捉えるか――

「――フリード!」

声のした方を振り返ると、息を切らした黒衣の少女が居た。










――「ブリック他には?」

『彼女一人です』

「さよか。よぉ、フェイト」

フレンドリーに話しかける。

まさか、こんなに早く来るとはね。

しかも、一人だけとは好都合。

俺の勘が正しければ後もう少しでプレシアは釣れる。

言いかえれば、もう一押しが必要だった。

それは、彼女――フェイトが賭けるべき存在かどうかで決まる。

さて、もういっちょ頑張ろうか。

「えっ……」

フェイトが俺とその横で倒れているプレシアを交互に見つめ息を詰まらせた。

「どうした、フェイト」

「えっと……フリードが母さんに会いに行ったって聞いて心配で前みたいになるんじゃないかって。
 でも、これはどういう? 母さんは? いったい――」

「――ストップ、ストーップ! まぁ、簡単だちょいとムカついたのでヤキ入れちまった」

「なっ、えっ、……嘘、だよね?」

嘘であることを願っているかのような表情でフェイトが聞いてくる。

「いんや、嘘じゃないね。前、あんだけボコボコにされたからね。お返しにボコボコにしてやった。
 本気出したらあんまりに弱いもんだから拍子抜けしちまったよ」

「……フリード?」

「さて、さて、こんなおばちゃんとこれ以上話しても無駄だね。行こうかフェイト!」

「……何を言ってるの?」

俺が言葉を発する度に、フェイトの表情は険しさを増す。

「何って、だからこれ以上こんなのと話しても無駄だって」

そう言いながらブリックでプレシアを突っついた。

「うぐっ」

「っ――か、母さん!」

「おっと、ごめん、ごめんブリック。変なもん小突いちまったな」

『……問題な――いえ、そうですね、こんな汚らわしい物を近づかせないで下さい』

「っ――!?」

フェイトが大きく目を見開いて絶句する。

信じられないものを見たという目でこちらを見ている。

「後で洗ってやるからな?」

『ええ、お願いしますよ』

「……フリードどうしちゃったの?」

困惑と悲しみと色々とミックスしたような表情をするフェイト。

「んっ、どうしたも、こうしたも俺は何時だって自分に正直に行動してるね。
 プレシアがムカついたから、ぼこった。それだけですね~」

「……騙したの?」

「んっ? 騙した覚えは無いけど、騙されたんなら騙される方が悪いね。無用心すぎですわ~」

「……」

すでに、フェイトは俺の方など見ず俯いていた。

「まっ、こんなところで無駄話もなんだし、とっとと行こうぜ?
 こんな暴力ばばぁと一緒に居る必要は無いって。俺と来い、幸せにしてやるよ!」

「……」

「一緒に来たら、そうだなぁ……このばばぁと違って一緒に居て上げられるし、金もそれなりにあるから不自由なく生活できるぞ?
 毎日、毎日、そりゃ楽しい生活が待ってる。あぁ、そうだ、なぁフェイト俺がお兄ちゃんになってやるよ!」

「……」

「どうだフェイト、嬉しいだろ?」

「……離れろ」

「んっ?」

「母さんから離れろって言ったんだ!」

そう言ったフェイトの目は敵意に満ちていた。

出会ってから今まで、ここまで激しい憎悪の目は見たことがない。

「……ブリック反魔法領域をプレシアから半径2mに固定」

『了解』

一旦、固定してしまうとすぐには解除できないが最早、プレシアは動けない。

これぐらいで固定してやれば十分だろう。

「あんたの娘はアホだな。幸せになるチャンスを自ら捨てるんだとよ」

「……」

プレシアは何も語らない。フェイトが現れてからずっとフェイトだけを見ていた。

何か遠い物を見るように呆けて見つめている。

「ふぅ、さてブリック。久々の戦闘だな、いけるか?」

フェイトを見つつ、ブリックに聞く。

視線の先のフェイトは、今にもこちらに向かってきそうな気配がある。

『愚問です。ですが、こんな半分予想外の戦闘を起こして収集つけられるのですか?』

「さぁてな、少なくとも賭ける価値はあるね」

人間、共通の敵を持った方が仲間意識は働く。

後は、あの憎悪が篭ったフェイトの目を見てプレシアがどう思うかだ。

あの感情をむき出しにして激昂している姿を見てどう感じるか。

人形ではない人間の生の感情を見てどう判断するか。

「それにしても、あ~あ俺嫌われちった」

『自業自得でしょう。あれだけやればもう仲直りも絶望的です』

「……気が滅入るね。うっしゃ、せめてプレシアだけでも釣り上げましょう!」

『……あの人にそこまでの価値はあるんですかね?』

「当たり前だろ。友達や恋人なんざ、これからいくらでも作れるが、本当の母親ってのは残念ながらプレシア一人なんだよ。
 この世界に一人しかいねーのよ。それを俺なんていう粗末な餌で釣り上げられるならこれ以上のことはないだろーよ。
 ――さぁ来るぞ! 積極的善意を押し付けてやろうぜ!!」

『……しょうがありませんね、ええ返品不可で送りつけてやりましょう!』

ハーケンフォームでサイズを上段に構え突進してくるフェイトに、ブリックを構え向かっていく。



――そして、金と銀の攻防が始まった。




[11220] 十六話
Name: リットン◆c36893c9 ID:73b2310e
Date: 2010/04/29 19:11
「っ――!!」

悉く予測の上を行かれている。

こんなはずでは、という思いが頭を過ぎるが、瞬時に頭から消し去った。

今更だ。それに、俺が望んだ戦いに彼女を巻き込んだのだというのに、幾らなんでも都合が良すぎるだろう。

全てが全て思い通りになんてなりはしない。だからこそ、少しでも近づけるために頑張らにゃーならんわけで。

予測の上を行かれるのなら、その都度修正をかましてしまえばいいだけだ。

「ひよってる場合じゃないってなっ!」

言葉と共に接近してきたフェイトに下からブリックを切り上げる。

だが、フェイトは止まらない、止まってくれない。

「――はぁぁぁぁ!!」

そのまま、スピードを殺さずハーケンフォームのバルディッシュで中段を一閃、水平に薙ぎ払った。

「ぐっ!?」

貰った攻撃の勢いをそのまま、後方に5m程吹っ飛ぶ。

とっさに、身を捻って何とか直撃を躱したが、それでも、バリアジャケットの下まで到達するほどの深い斬撃。

吹っ飛んだ先で、何とか体勢を整えたのはいいが、痛みが鈍痛になって襲い掛かってきた。

……くそっ、攻撃にまるで躊躇が無い。

内心で、思わず愚痴る。目を見りゃ分かるがフェイトは完璧にキレている。

攻撃のリズムはめちゃくちゃで、戦術をクソも無いが、そんな物をマイナス要素に感じさせないほど今の彼女は強い。

そう、単純に強かった。

「――嘗めんなっ!!」

複数のスフィアを形成し、

『アクセルシューター』

ブリックの言葉と共に、銀色のレーザーを発射する。

全部で8発、避けられるもんなら避けて見やがれ!

『Blitz Rush』

しかし、彼女は避ける事を選択せず、前へと足を蹴った。

「なっ――!?」

ソニックフォームの高機動を見せ付けるかの如く、地面すれすれを這うようにして俺の攻撃を避けつつ、最短距離を突っ込んでくる。

んな、アホな。避けるんじゃなくて突撃かよ!?

『Zamber Form』

そして、バルディッシュのフォームを変え、下段から擦る様にして、

「っ――!!」

俺へとバルディッシュを撥ね上げた。

『ハイプロテクション』

辛うじてブリックが張ったバリアから激突音。

衝突した所から、まるで重い金属同士がぶつかり合って軋んでいる様な音がしていた。

……危なかった。あと少しで真っ二つだ。

「……参ったね、こりゃ。恐れ入った、最初戦った時とは大違いだ」

「っ――!?」

言った瞬間、フェイトの瞳が揺れるのが見えた。

ほんの一瞬、表情を悲しむようなものに変えるのを見て、

「――でもな、まだ甘いよ。そんな顔をするから付け込まれる!」

『アクセルシューター』

――瞬間、フェイトの死角に位置していたスフィアから、一斉にフェイトに向かって銀の射線が迸る。

「なっ――!?」

フェイトが驚きの声をあげる。

完璧に反応が遅れてしまっていた。

間違いなく、バリアも何も間に合わないはずだ。

そう、はずだった。

フェイトのバルディッシュを握る手に力が入るのが見え、

『Plasma Explosion』

そうバルディッシュが言った瞬間、俺とフェイトの間に小爆発が起きた。






――「……ありえねぇ」

爆発にぶっ飛ばされた先、尻餅をついた形で呟いた。

とりあえず、ぼろぼろになったバリアジャケットを見渡し、身体の無事を確認する。

『彼女は、恐れを知らないんですかね?』

「さてな。おまえは、大丈夫か?」

『ええ、特段の支障はありません』

「そりゃ、けっこう」

言いつつ、ブリックを肩に担ぎ立ち上がった。

にしてもまさか、自爆とはね。

俺にやられるぐらいなら、自分からやられることを選んだか。

だが、こっちはバリアを張ってた分被害は小さい。

その選択は間違いだったと言わざるを得ないだろう。

そう思いフェイトの方を見ると、

「……どうやら、諦めも悪いらしい」

『――言ってる場合ですか!』

こちらにバルディッシュを向け、今まさに砲撃魔法を撃たんとするフェイトの姿があった。

金色の塊がバルディッシュに収束するのが見え、

「ブリック!」

『ラウンドシールド』

次の瞬間、目の前は金色で埋め尽くされた。








防いだのはいいが、まだ俺の周囲はパリパリいってる。

完全に防いだというのに、全身の毛が逆立っていることが、まともにくらったらどうなるのかを指し示しているかのようだ。

「ちっ、砲撃魔法とはね。流石は俺、こんな時のためにバルディッシュを強化しておいたんだな」

『自虐なのか自慢なのか知りませんが、今はそんなことより距離を詰めないと、また来ますよ!』

「わかってるよ!」

なんせ造ったのは俺だ。

あの砲撃は負担が少ないことも知ってるし、チャージまでそんなに掛からない事も知っている。

つまりは、このまま行けばいずれ魔力量の差で押し負けることも知っていた。

……あの娘相手に、クロスレンジでの戦いとか燃えるじゃねーの。

嬉しくて涙がでちゃうね。

「ブリック行くぞ!」

『アクセレーション』

――瞬間、全ては止まって見えた。

数瞬の間にフェイトに近づく。

フェイトは砲撃の構えを止め、バルディッシュをハーケンフォームにしてこちらを迎え撃つようだ。

何時でも、避ける自信があるのか、退かない。

上等!

「――はぁぁぁぁっ!!」

勢いのまま、上段から振りかぶり、

――そのまま振り下ろした。

「くっ!!」

フェイトは避けずに、バルディッシュを構え打ち合う。

最初から避ける気なんかなかったというように。

「っ――」

そして、雷鳴の如く激しい音を立て、剣戟のつばぜり合いになった。

お互い一歩も退かない。いや、退けなかった。

「――っ、よぉ、フェイト。今ならまだ間に合うぞ」

軋む互いのデバイスの向こう側へと話しかける。

「……何が」

ぼそっとフェイトが呟いた。

「そりゃ、もちろん、俺と一緒に来る事だよ」

「っ――ふざけるな!」

フェイトの激昂の声と同時、バルディッシュを押し込む力が増す。

「ふざけて、なんか、くっ、ないね。俺と、来いよ」

力勝負で女の子に負けるわけにはいかないと言いたいが、そうも言ってられない。

魔法による強化が行われている状態で、女の子も何もなかった。

このままでは、純粋に押し負けそうだ。

「誰が、誰が、おまえなんかに!」

見えるフェイトの目には悲しみ。

「そうかい。あんな日常的に暴力を振るう奴のどこが、俺よりいいか、是非教えて欲しい、ねっ!」

言葉と共に劣勢だったつばぜり合いを向こう側へと押し込む。

「くっ――そんなもの全部だ! 全部、全部、おまえなんかより、ずっと、ずっと母さんは――」

「――はんっ! 愛された事も無いくせに母親の何がわかるよ!」

「っ――!?」

フェイトの目が大きく見開かれた瞬間、

――押し合う力が、ふいに緩んだ。

「うらぁっ!!」

それを、チャンスと見るや、フェイトごとバルディッシュを跳ね除けた。

「きゃっ!」

フェイトが、小さく悲鳴を上げて後ろ向きに倒れていく。

中空で、何かを掴む様にして足掻くが無駄だ。

その手には、もうバルディッシュは無い。

フェイトが倒れきると同時、フェイトのわずか後方で乾いた音を立てて、バルディッシュは落ちた。



「――終わりだな」

フェイトに終戦を告げる。

「――違う、違う、違う、母さんは私を――」

しかし、俺の言葉などフェイトは聞いていなかった。

何やらぶつぶつと必死に呟いている。

「……暴力を振るう母親と一緒に居て何になるよ。ほら、俺がフェイトを愛してくれる母親も探してやるよ」

そう言って、フェイトへと手を差し伸べる。

「っ――」

差し出された俺の手にビクッとフェイトは身体を振るわせた。

「どうした?」

そう言って、おそるおそる顔を上げたフェイトに、優しく微笑を取り繕う。

「……」

フェイトは、黙って俺を見ていた。

まるで物事を覚えたての子供の様な目で俺をみていた。

「……それとも何か? あんな母親でもフェイトにとっては愛すべき母ちゃんなのか?」

「っ――!?」

そう俺に言われた瞬間、フェイトは何かに気づいたような顔になった。

まるで、長年解けなかった最終命題を今解き明かしたような、そんな顔をした。

そう俺が思った瞬間、フェイトは後方へと身体を爆ぜさせ、

「バルディッシュ! いける?」

『Yes sir』

バルディッシュを取り、構えこちらに向ける。

表情が意思に溢れている。

その表情は、今までフェイトを見てきた中で一番輝いていた。

「――忘れていた。そう私は母さんが好き。例え、母さんが私を嫌いでも私は母さんが好き!
 だって、だって、母さんは世界に一人しか居ない、私のお母さんだから!」

そうフェイトは高らかに宣言した。

恐らく誰にでも無い、自分へと彼女は宣言した。

「それが俺よりアレを取る理由か~?」

アレとプレシアを顎で指す。

視線の隅で見れば、プレシアは唖然とした顔でこちらを見ていた。

「――それだけじゃない。母さんは私に微笑みかけてくれた事がある。
 さっきのお前みたいに、嘘に塗れた笑みなんかじゃない!
 ずっと、ずっと、ステキな笑顔だった……それを覚えているから……それだけで私は母さんを守れる!」

遠く想いを馳せる様にしてフェイトは語る。

恐らく、プレシアは過去にアリシアに接する様にして、フェイトに接した事があるのかもしれない。

彼女なりに迷ってた時期がきっとあったのだろう。

「へぇ、それがフェイトの選ぶ道か?」

「――そう、これが私が選ぶ道。他の誰でもない私が選んだ道。邪魔はさせない!」

そう宣言し、金色が煌いた。


「ブリック、リミットブレイク」

『はぁ?』

「だからリミットブレイクに移行!」

『……了解』

やるしかない。

ここまで非情に徹したのだから最後まで――

「――待ちなさい」

大きくは無いが、よく通る声が部屋に響いた。







――「何、忙しいんだけど?」

「……母さん?」

声の主はプレシアだった。

手を突いて座るような形でこちらを見ている。

「待て、と言ったのよ。そこの銀髪、本当の目的は何?」

「…………ジュエルシードかな」

「っ――母さん渡しちゃ駄目!」

「いいのよ、こんな物もう用無しだわ」

そう言って、自分のデバイスをこちら側に転がしてきた。

反魔法領域があるから自分で取り出せということか。

一応、なんらかの魔法か何かが施されてないか独眼竜眼帯で見てみたが特に見当たらない。

「よっと」

大丈夫であると確信してプレシアのデバイスを拾った。

「んじゃ、もらうよ~」

ジュエルシードを取り出す。

俺の目の前には、ちゃんとジュエルシードが顕現していた。

数も、ちゃんとあってる。……なにも起きなかったか。

「……ふむ、ふむ、確かに。んで、これはどういう心境の変化?」

プレシアに聞く。

「茶番に引っ掛かった。これ以上、教える義務は無いわ」

そう言うプレシアの顔は憑き物が落ちたようだった。

ならば、後は俺は邪魔だろう。

「……確かに。んじゃね~」

「っ――待って!」

フェイトが待ったをかけるが、そんなものは知ったこっちゃ無いので退散する。

今更、俺が彼女に語ることなんてありゃしないのだ。

プレシアだって俺自体を許したわけではない。

だからこそ、何も語らず俺は部屋を出た。






――「後はシステマチックに行こうか」

通路を通りつつ言う。

後は、段階は経て、事を起こすだけである。

『……妙にサバサバしてますが、あの親子大丈夫なんですか?』

「大丈夫だろ。でなけりゃ、あの場で仲裁に入らねーよ」

『……ここまでやって駄目だったとか無しですよ?』

「おまえも心配性だね。長期的にはわからないけど、今のとこ大丈夫じゃねーかな。
 まぁ、もっとも人の仲、不仲ってのは簡単には読めないものだけどね」

『大丈夫なのか、大丈夫じゃないのか、よく分からない物言いですね』

「わかった、わかった。俺を信じろ!」

『さっきまで、人を騙していた人が言う台詞では無いと思いますが……』

「ったく、まぁ――」

「――フリード!」

急に呼びかけられたのでその方向を向くと、そこに居たのはアルフだった。

「あら、あら、遅い登場で」

「フェイト、フェイトはどこに行ったのか知らないかい?」

ずっと探していたのか、若干顔に緊張の色が見える。

「奥に居るよ」

「お~、サンキュ。というか、あんたその格好は? あっ、それにプレシアはどうなったんだい?」

ぼろぼろになった俺の格好を見てアルフが聞く。

正直、色んな意味でぼろぼろだったが、今はやるべきことを優先してやらねばならない。

「さぁて、自分で確かめればいいんじゃないかな?」

「??? ……まぁ、そうだね。ったく、フェイトってば一人で勝手に乗り込んじゃって」

「そういや、使い魔の癖に措いていかれたのか」

「うっ、ま、まぁ、フェイトとあたしは、どんなに離れていても一心同体だから」

よう、わからん言い訳をするアルフさん。

一心同体だったら、俺はこの場で八つ裂きだったりするのだけども。

いや、別に八つ裂きにされたいってわけではないけどさ。

「まぁ、早く行ってやってよ」

「あんたは?」

「仕事」

「……そうかい。じゃ、頑張りなよ!」

そう言って俺の背中をどんっと叩いてアルフは部屋の奥へと駆けて行く。

「……頑張りな、か。後で事情を聞いてあれが豹変すると思うと、どうにもこうにも」

お手上げといった感じで嘆く。

『まさに自業自得ですね』

「俺の業は深いよ~。なんせ――!?」

語ろうとし、さりげなく見た通路の突き当たりにある小部屋に、ここに居てはならないものを見つけた。

「……やれやれ、どうやら本当に業は深いようで」

『マスター?』

言いつつ、それに近づいていく。

呪われているのだろうか?

鳩の呪いってな。突然、夜中に起きてクルッポーとか叫び出すに違いない。

近づいて見るとわかったが、どうやら俺を見ているわけではないらしい。

部屋の片隅をジッと見ていた。

「鳩さん、鳩さん、何が見えるんで?」

とりあえず、すぐ傍まで来たので挨拶だ。

「……」

鳩は相変わらずの無視だった。

どうしようもなく無視キングだった。

しょうがないので、焼き鳥の方法を考えようとした時、

「――呪ってやる」

急に、鳩がこちらを向きそんなことを言い出した。

「……く、クルッポー」

とりあえず、呪われる前に鳩語で話してみる。

「と、伝言です」

鳩語が通じなかった代わりに、何やら日本語で意味不明な事を言い出してくる鳩さん。

「誰からのよ?」

「……」

無視だった。

またもや無視キングだった。

まぁ、考えて見ればわかる事だ。

今、この場で恨みを持ってる幽霊候補なんざ一人だけである。

「……そこにいるのかな? 残念ながらその姿じゃなんもできないな、呪いとか残念ながら無いからね。
 もし、生まれ変わってそれでも俺が憎いのなら、俺を倒しに、この次元まで来な。
 そして、ついでに、あんたのために頑張った母ちゃんに、お礼の一言ぐらい言ってやれ」

それだけ一方的に言って鳩から背を向ける。

これからが、大変だろうが頑張ってくれ。

願わくば、次の生に幸があらんことをだ。

「――妹を悲しませた奴を、私は絶対に許さないから。覚えておきなさい」

そう言われたので思わず鳩をもう一度見てしまった。

「と、伝言です」

“妹”ね。

思わず笑みが零れてしまう。

そんな資格何ざ無いが、どうしても堪えきれなかった。

「……そうかい。あぁ、でも燃やすのは勘弁してくれ。
 もう火葬は味わったから、今度は土葬あたりで頼むわ」

そう言って、鳩に再度背を向ける。

「――ありがとう、っと、あぁこれは別に伝えなくていいそうです」

背後からそんな鳩の声が聞こえた。

それに対して、振り返らず後ろ手に手を振る。

そんなものは聞かない方がいいだろう。

彼女は俺を許さない。それで十分である。


『……マスター、鳩が喋ってましたが』

「しゃべってたな。あの野郎、いや、野郎なのか?
 まぁ、どうでもいいけども、ノリノリだったな。俺の時は何言ったって無視したくせによ」

『……マスター、鳩が喋っていたんですが』

「あぁ、俺の時はあんな伝言とか無かったから、あいつ女好きだ。しかも、ロリコンと見たわ。なんつー鳩だよ」

『マスター、鳩が!』

「ああ、わかった、わかった、鳩は喋る動物なんだよ! メモリーに入れとけ!」

『そんな馬鹿な。どこにもそのような情報は無いはず……』

「恥ずかしがり屋さんだから、めったにしか話さないんだ」

『……そんな問題ですか?』

「そんな問題だよ」

『……』

デバイスコアがチカチカ光って何やら思考モードに入ってしまった。

鳩が喋るという永久命題をどうやら考えてしまったようだ。

頑張れ、俺は応援しないぞ。




――「よしっ!!」

全ての準備は整ったってな。

後は、これを発動するだけだ。

「さて、願いを叶える宝石よ全てを終わりにしようぜ!」

そう、言った瞬間、全部で8個のジュエルシードが時の庭園の実験施設を呑み込んだ。

制御されたジュエルシード達が全て物質へと形作られていく。

『……何も全部使わないでもよかったのでは?』

「暴走という設定だからね、コレぐらい派手じゃなきゃ。
 それに、実験施設全部を破壊しなきゃ、あの親子は違法研究でしょっ引かれるだろ」

『プレシアさんが、マスターを訴える可能性は?』

「無い。そうすりゃ自分首を絞めるだけだね。管理局さえ騙しきれれば後は大丈夫だ」

『……騙しきれますかね?』

現場の人間は、まず気づかないだろう。

管理局のセンサー自体が、まず最新鋭のものでは無いはずだ。

最新鋭というのは、もちろん商業外の最新鋭である。

最先端技術というものは、安定性と安全性が保障されていない。

よって、どうしても役人が使うものは民間の先端よりは一個落ちから、二個落ち、果ては外部メンテナンスが日常的に保障されていない外周りの艦なら周回遅れになってしまう。

責任の掛かる職種は、スペックよりは安定感を選ばざるを得ないのだ。

肝心なときに故障していますでは、とおらないのである。

「……心配症め。おまえが頑張れば大丈夫だ。ここの魔力に関する情報は全てジャミングしろ。
 後は、事後調査だけど、まぁ管理局がプレシア・テスタロッサを深く調べることがまず無いからな」

『……出てきては困る物があるということですか』

「そゆこと」

語っているうちに、実験施設を呑み込んだジュエルシードが形を成す。

高エネルギー体がうねうねと徐々に大きくなっていき――やがて、20m台の怪獣となった。

「……おぉ、これはいいゴジ○」

『ジュエルシード形成データ、外観は全て目標をクリア』

「うむうむ、余は満足じゃ。良い出来、良い出来」

『……明らかに自然じゃない気がしますが……』

「問題ない。管理局からすれば、未知なる生物だ。大きさが足りないけど、十分迫力は出てる」

『……』

「■■■■■■■っ!」

「おお吼えた、吼えたよった。なんつー感動や、今、俺ゴジ○に会ってるよ!
 ――ブリック、映像!」

そう言って、ゴジ○に背を向けてピースをする。

『……もう、勝手にして下さい』

「いぇーい、社員の皆、見てる?」

ブリックに向かって話しかけつつ得意げな顔を作る。

やった、お土産話はこれで決まりだな。

“世界の果てで、俺が、戦ってきた奴がこいつだぁぁぁぁ!”と皆に語ろう。

このフェイトにやられて、ぼろぼろな格好が死闘を演出してくれるに違いない。

「あいつを倒すために、みんなのパワーを俺にくれ!」

今度は、ブリックに向かって目を瞑り、拳を顔の前で強く握りつつ熱く語る。

『……』

「さぁ、皆、俺に力を!」

『……』

「駄目だ! 足りない! もっと、もっとだ!」

『……』

「来い来い来い来い、来た来た来た来たぁ!! いくぜぇ、ぇ?」

「■■■■■■■っ!」

――瞬間、俺に向かってゴジ○から、放射能火炎もといジュエルシードビームが放たれた。







「……生きてるって素晴らしいね」

瓦礫に埋もれていた身体を引き起こし、無事を確認しつつ言う。

ぼろぼろだったバリアジャケットが、さらにぼろぼろになっていた。

ブリックがとっさにバリアを張っていなければ、俺は昇天していたのかもしれない。

『……何度目かわかりませんが、まさに自業自得ですね』

「いや、うん、今度ばかりはちょっとばかり反省しよう。ゴジ○の前でふざけるのは大変失礼だった」

『……そんな問題でもないのですが……』

「にしてもだ、どこまで吹っ飛んだ? ここどこよ?」

『時の庭園の左端部分ですね』

ってことは、ほぼMAPぶち抜きで吹っ飛ばされた事になる。

なんつー威力だよ。流石は、ゴジ○さんや。

「さよか。では、主役を呼ばないとね」

そう言って、クロノへと念話を送った。



<<――そうです、申し訳ありません>>

<<いや、いい。こちらこそ申し訳ない。こちらから観測ができなくてな、突入を迷ってしまった。
  至急、武装隊を送る。後はこちらにまかせろ! 絶対に戦うなよ? いいな?>>

<<はい>>

これにて、終了ってな。

「ふぅ……」

ちょっとばかり疲れたので通路の壁に寄りかかり、そのまま、ずるずると壁に身を預ける様にして座った。

『……これで主役の管理局が事件を解決して、ジュエルシード確保で終了ですか』

「……だな」

遠くで、ゴジ○が建物を壊している音が聞こえた。

建物相手にデストローイ、デストローイしているゴジ○さんの映像が明瞭に浮かぶ。

この分では、もしかしたら建物自体が倒壊するかもしれない。

「やれやれ、強いなゴジ○さん」

『本当ですね。管理局では歯が立たない可能性があります』

「んな、わけないだろ。ちゃんと、調整したんだ。フォーメーションを組んだ武装隊なら怪我することもないはずだ」

『……いえ、さっきの攻撃で気づいたと思ったんですが、アレは目標設定値の20倍近い値になっていました』

「はあ?」

『ですから、あの化け物は、こちらの最終エネルギー目標値の20倍近い値だったって言ってるんです』

「んな、アホな……」

誤差にしては、ありえない。

それにあれは、ジュエルシードを制御できたからこそやった手段だ。

でなければ、あんなジュエルシードを全部使うなんて危険な方法とりはしな――

「っ――」

思い出した。思い出しちまった。

そうだ、ここにあるロストロギアは一つじゃなかった。

確かここの動力源もロストロギアだったはずだ。

それを、喰っちまったか。

つまりは、想定外の怪物を産んだことに――

「――だぁ、くそっ、肝心な所で抜けてやがる! しっかりしろ俺!
 ブリック、制御は!?」

『不能です。明らかに、不純物が混ざってしまっています』

「あぁ、どうやら予想通りだよ、こんちくしょう!
 ブリック、予想エネルギー値と予測攻撃全てをアースラへ!」

『了解』

どこか他人事なブリックに少し苛立ちを隠しつつ立ち上がり、

「行くぞ、てめぇで蒔いた種だ。何としてでも抑える!」

そう言って、通路の向こう側へと駆けた。



――『――クロノくん、聞いてるの?』

「……ああ、聞いてる。今、それを実際に確認したところだ」

クロノの目の前では、異形化したジュエルシードが今まさに建物を破壊している最中だった。

圧倒的エネルギーを武器に、全てを呑み込まんとする化け物。

それが、今クロノの前にいた。

『!? クロノくん――』

「――あぁ、わかってる、通信切るぞ」

そう言って、クロノはエイミィからの通信を切った。

聞ける限りの情報は全て聞いた。

エイミィから得られた情報は、こちらの想定より相手戦力が10倍程大きく、尚且つ攻撃手段も出鱈目というだけの話。

だからどうしたというのか。

ここには助けを求める民間人が居て、それを我々は守らなければならない。

クロノの頭にあるのはそれだけだった。

「――聞け、武装隊員の皆! 馬鹿らしい話ではあるが、本当に馬鹿らしい話ではあるが、
 どうやら我々は今からアレを抑えつつ民間人の保護をやらなければならないらしい」

一旦、クロノが言葉を切りこの場に居る全ての武装局員の面々を見渡す。

一同全て、絶望の色は無い。

「相手の戦力はこちらの想定より10倍程大きく、また、相手の主力攻撃はSランクオーバークラスの砲撃と広域攻撃だそうだ。
 ここから先、苛烈な戦闘が予想される。死にたくなければ日頃の訓練を思い出せ!」

「……執務官、一ついいですかい?」

「何だ?」

「労災は満額下りるんですかね?」

「……ああ、終わったら僕が本局に噛み付いてでも掛け合う。
 それに、無事全員生きて帰れたのなら僕から皆へ何か送ろう」

苦笑しつつクロノは言う。

「おお、流石は執務官!」「俄然やる気が出てきましたぜ~」

それに対し皆、それぞれ歓喜をあげた。

「……君達は……」

すまないと小さな声で言うクロノ。

それが、聞こえてしまったのか、武装隊の一人が、

「なぁに、怒った時のリンディ提督よりは怖くないですよ。執務官が一番わかっていらっしゃるでしょう?」

「……ふふ、艦長には聞かせられない台詞だな。あぁ、確かにそうだ。
 どうやらアレは我らが艦長よりは怖くないらしい。――行くぞ、皆!」

クロノが号令を掛け、

「おお!!!!」

武装局員の面々がそれに呼応した。






現実は甘くは無く、状況は芳しくない。

戦場は一匹の化け物に蹂躙されていた。

「くっ、各員、まともには絶対に戦うな! 強壮結界の維持に全力を注げ!」

クロノの指令が戦場に響き渡る。







――「……」

ばつが悪いにも程がある。

「人の家で暴れるのは感心しないわね」

「……そりゃ申し訳ない」

言って、そのまま通り過ぎようとすると、

「――協力した方がお互いのためだと思うのだけど?」

プレシアがそう言った。

後ろで、睨んでいたアルフとフェイトが驚いた顔でプレシアを見つめる。

「か、母さんっ!」

フェイトが抗議の声を上げようとするが、それをプレシアが手で押しとどめた。

「協力した方がお互いのためなのよ、そうよね?」

「……まぁ、俺じゃなくて管理局にですけどね」

「わかっているわ。それに、今回の首謀者は私なのだもの。
 幕引きは私がやらなくては、ならないのよ」

「身体は大丈夫なんすか?」

「なっ、それは――」

「――フェイト! ……えぇ、動けるくらいにわね。
 それは、そうとあなた名前は?」

「……フリード。フリード・エリシオンです」

「そう。……フリード、ちょっと、こっちにいらっしゃい」

そうプレシアに言われ、近づいていく。

何故か、そうしなければいけない様な迫力が今のプレシアにはあった。

「……馬鹿な宿怨など、子供が背負うようなものではないわ」

「!?」

――瞬間、プレシアの手が俺の頬を打ち抜いた。

通路に乾いた音が広がる。

最初、何をされたのかわからなかった。

じんじんと痛む頬を触ってようやく気づいた。

プレシアに頬を叩かれた事に。

「――これで相子ね。さっき、あそこであった出来事は全て終わりよ。フェイトもいいわね」

「えっ……」

フェイトが困惑の表情を浮かべる。

俺だってそうだ、こんなの、こんなの――

「――なんで? あんたは――」

「――全ては最初からどうしようもないことだった。そう、誰かに教えられたような気がするのだけど違うかしら?」

「っ――」

唖然とした。

その台詞――いや、その言った顔を含めて全部に唖然としてしまった。

強さと言う物があるのなら、人の強さと言う物があるのなら、今まさにそれを見せられた。

気高い母親の姿を見せつけられてしまった。

「――さぁ、行くわよ。このままでは倒壊してしまうわ」

そう言って、プレシアが先頭を行く。

俺は、呆然とその姿を見るだけだった。

「……」

フェイトが、困惑気味の表情で俺を見詰めた後、首を振り何も言わず俺を素通りしてプレシアの後を追いかける。

……あの子は、気づいただろうか?

恐らく、今の姿を本当に見せたかった相手は俺じゃなくフェイトだ。

自分の感情より、母親としての姿を優先させたプレシアの選択が、どれほどすごいものかフェイトは気づけただろうか。

「まいった、本当にまいったわ」

思わず天を仰ぐ。

「――何が?」

声の主を見るとアルフだった。

「まだいたのか」

「聞きたいことがあってさ」

「何? 今なら出血大サービスで大抵の事は教えちゃうよ?」

「……あんたは味方かい敵かい?」

以前、暗に問われた事を直接問われる。

どんな嘘だって見抜いてやる。アルフの目は、そんな目をしていた。

「ふぅ、もう敵になる理由がありゃしないよ。
 本当、まいったね、こりゃ」

「? ……まぁ嘘は無いように見えるね。まっ、でもここは――」

「うぐっ!!」

俺のボディにアルフの拳が深々と突き刺さった。

色々と出てきそうだった。

例を挙げるならば、夕食に食べたラーメンに載ってたチャーシューあたりがあやしかった。

「まっ、こんなもんか。あたしもこれで相子ね。じゃ、先行っとくよ!」

アルフがそう言って駆けて行く。

「ぐがっ!」

待てと言おうとして、声にならない叫びを思わずあげてしまう。

っと、慌てて口を閉じた。

リバース三秒前である。腹の中から色んな物が出しやがれこの野郎ってなデモを起こしている。

そして、ついに頭の中に住まう小人さんが発射カウントを始めてしまった。

「ま、まずっ、ト、イレ……」

『はぁ……』

ブリックのため息を聞きつつ、トイレへとひょこひよこ歩きながら向かう。

あのアマ。今度あったら必ず、もふもふしてやるんだからねっ!

……畜生。






――「おぅ……」

トイレから帰り、急いで駆けつけると、そこではゴジ○が一方的に攻撃されていた。

一人の人物によって苛められていた。

苛めている張本人――プレシアを見つつ、とりあえずクロノの所へ向かう。

「超つえぇ、あの人やばぇ」

武装局員も皆あっけにとられている。なんというか手出し無用だった。

とりあえず、まともに戦ったら駄目だということを再確認しつつ、

「えっと、クロノさん、一応、あの、俺も戦闘に参加します」

武装隊と同じように呆気に取られているクロノに声を掛けた。

「あ、ああ……」

生返事で返すクロノ。

まぁ、しょうがあるまい、アレを見せられるとね。

というか、どんだけ強いんだあの人。

「――あ、あの、わたしもいいですか?」

「あ、ああ……」

またもや、クロノが生返事で返す。

声の主を見るとなのはだった。

「やったぁ!」

「はっ! いや、待て、何で君がここにいる!?」

どうやらクロノが正気に戻ったようだ。

「今、許可を貰いました!
 ねっ? 聞いたよねフリードくん?」

強気に返し俺に同意を求めるなのは。

その顔は、絶対覆させはしねーぞおらぁってな顔をしていた。

「あぁ、聞いた聞いた。クロノさん、この娘はこうなると梃子でも動かないですよ?」

「……はぁ、何やってるんだエイミィも。わかった、ただしこれ以上は近づくな。絶対だぞ?」

「はい!」

なのはが笑顔で返す。

恐らく、今、子供の相手をしてる暇は無いし、この距離なら戦うこともできないと考えたのだろう。

距離はロングレンジの末端。

クロノのとっつぁんは知るまい。

この程度の距離、なのはにとっては攻撃範囲の範疇だということを。

この魔王様は、これぐらいの距離なんかものともしない。

きっと、なのはの心の中では、あんなに近くに居るんだから大丈夫だよねとか思ってるに違いない。

「……ところでフリードくん、ぼろぼろだけど大丈夫?」

「あ~、大丈夫、大丈夫、俺、男の子だからね」

「何それ――」

「――よしっ! 聞け、武装隊の皆! このまま民間に主導権を握られてもいいのか!
 各員、全て攻勢に移行せよ。今までやられた全てをあの化け物に返してやれ!」

俺達ののほほんとした会話を遮る様にして、クロノがそう吼えつつ、ゴジ○に向かっていく。

それに対し、各所で武装隊の皆様方が呼応して動き出した。

一匹の化け物相手に人間が連携して動く様はまさに壮観。

なんか、戦国時代の武将になった気分だ。

頑張れ、皆の衆。

「……しかし、見事にリンチっすなぁ」

元々、プレシア一人に押されていたゴジ○に向かって各所から浴びせかけられる様々な魔法。

アレを見てると俺が入るスペースなんか無い。

一応、これでも責任は感じているので手伝いたいところだけども、どこから攻撃すればいいのやら。

「――フリードくん。何であれってゴジ○の姿をしてるのかな?」

同じように、すごいねっと言いつつ見ていたなのはが、疑問顔で言ってきた。

「そりゃ、きっとジュエルシードが誰かの望みを叶えたんじゃないか?
 ゴジ○に会いたい、みたいな」

「……」

じーっとなのはに見つめられてしまった。

「……何か?」

「ううん、こんな所でそんなこと望む人がいるのかなーって思ったから」

「そりゃいるだろ、ゴジ○は皆の憧れだからね!」

怪獣といえばアレが出てくるんじゃねーかな。

いや、もしかしたら、ふぉ、ふぉ、ふぉーと鳴く宇宙忍者の方だったりするのかもしれないが。

「……」

何やら、またもや、じーっと見つめられてしまった。

「……」

しょうがないので見つめ返す。

暫く見つめた後、思いっきり変な顔を作ってやった。

「ぷっ」

「はい、なのはの負け~」

「なっ!? そ、そんなの駄目だよ!」

「先に笑っただろうが、素直に認めなさいな」

「そんなルール聞いてないもん!」

「おかしい、俺には確かに聞こえていたのに」

「む~、あっ、レイジングハートは聞いてないよね?」

『Yes,Master.』

「ほらっ!」

なのはが笑顔で言ってくる。

何が嬉しくて、そんなニコニコしてらっしゃるのか。

「そうか、そうか、よかったな~、なのは」

「……う~」

何で、そんな不貞腐れたような表情をして睨んでるんでしょうね。

素直に、喜んだというのに。

まぁ、台詞は棒読みだったけどもさ。

「もうっ、――あっ、フェイトちゃん!」

なのはの顔色がまた笑顔へと変わった。

釣られて見てみると、そこには、なのはの言ったとおり黒衣の少女。

だが、何故だがこちらに近づこうとはしない。

どうしたらいいのか、わからないような顔で佇んでいた。

……しょうがあるめぇ。

「“なのはは、何も知らないよ”」

「っ――」

念話で話しかけると明らかにフェイトが狼狽した。

「“俺の事なんか信じられないだろうがさ、なのはの顔を見てみな。これが知ってる顔に見えるか?”」

「……」

フェイトは答えない。

「まぁ、しゃーないね。なのは、フェイトのところへ行ってきな。お嬢さん、寂しいようだ」

「えっ? ……えっと、わかったけど、フリードくんは?」

「見てのとおり身体中ぼろぼろなので、ちょいと療養ですわ」

「あっ、そっか、ごめんね?」

申し訳なさそうな顔でなのはが言ってくる。

何に対して謝ってるんだか。

「いやいや、早く行っといで」

「……えっと、うん、じゃあ行ってきます」

なのはは何か俺に言いたそうにしてフェイトへと駆けていった。

……何なんだかね。

さて、実際に休んでちゃ申し訳が本当に立たない。

ここは、遠巻きからでも砲撃魔法を撃つべきだろう。

邪魔にならない程度に頑張ろうか。

「よしっ、おいブリック、やるぞ」

『……する必要があるのか疑問ではありますが、了解しました』

一々、一言多い奴め。

まぁ、がんばりまっしょい。








――「おかしいぞ、これ……」

『ええ、明らかに削ったそこから回復してますね』

相変わらずゴジ○は、俺達に押さえ込まれていた。

が、全て致命傷には至っていない。

いくらゴジ○さんでもこれはおかしいぞ。

『取り込んだロストロギアのせいですね。
 どうやらエネルギーを一定状態で送り続けているようです』

「……」

そう考えるのが妥当なのはわかっているが、あまり認めたくない事だった。

……認めたとして、どうしろってんだよ。

思わず、そう愚痴りたくなる。

「――フリードくん!」

内心、頭を抱えていると何やら声が掛けられた。

見れば、声の主はなのは。

そして、その横にはフェイトがいた。

「おう、話しはすんだのか?」

「えっ? うん、フェイトちゃんとは。えっと、う~ん……フリードくんには色々と言いたいことがあるけど終わった後が良いよね?」

「……まぁね。そうしてもらえると有難いかな」

「……絶対に覚えておいてよ?」

笑顔が割りと怖かった。

心なしか引きつってるようにも見える。

いや、きっと気のせいだな。そうに違いない。

「へ~い」

「……フリードくん?」

「あっ、はい! 了解しました!」

「はぁ、うん、じゃあ、さっさとアレをやっつけちゃおう!」

そう言って、笑顔でゴジ○を指すなのはさん。

それが、出来ないからこうやって困ってるわけで――

いや、そうか出来るか。なのはなら、いや、彼女達なら。

きっと、皆の攻撃の後の一押しができる。

「――よし、やったれ、なのは。史上最強の定点キャンパーの力を見せてやれ!」

「きゃんぱー??? えっと、よくわからないけど、とりあえず、うん、あれをやっつければいいんだよね?」

「おうよ!」

「うん、じゃあ、やっろか、フェイトちゃん!」

そう言って、なのはがフェイトの方を向きつつその手を握る。

「えっ……」

「アレ、一緒に倒しちゃお?」

困惑気味のフェイトに始終笑顔のなのは。

「一緒に、やろ?」

なのはが最後の駄目押しをする。

全力前回のなのはスマイルだった。

「…………うん、そうだね、一緒に」

そう言って、なのはにフェイトが柔らかく微笑んだ。

そんなに時間は経ってないというのに、随分と久々に彼女が笑った姿を見た気がした。

……本当に何だかね俺は。

自分に対して苦笑したくなるのも随分と久々のような気がするね。

「――あんなに大きくても二人なら絶対に大丈夫っ!」

なのはがレイジングハートを振り翳し宣言した。

「うん! いくよ、バルディッシュ」

『get set』

「こっちもだよ、レイジングハート!」

『stand by ready』

遠くに見える、ゴジ○さんが皆の集中攻撃にちょうど怯んだのが見える。

「サンダースマッシャー!」

「ディバインバスター!」

――瞬間、桜色と金色の閃光がゴジ○へと伸びていった。

見事命中し盛大な炸裂音を残したが、それでもまだゴジ○は顕現している。

恐らく、後一押し、もう後一押し――

『Sealing mode』

『Sealing form』

レイジングハートとバルディッシュが形体を変え、チャージが始まった。

途轍もない量の魔力素が彼女達へ集約していくのがわかる。

どこまでも、どこまでも高まっていく。

お互いの爆発的な魔力によって魔力光が干渉し合う。

――やがて、それは二つの大きな光源となった。

「――スターライトブレイカーフルパワー」

「――アークスマッシャーフルパワー」

「「いっけぇぇぇ!!!」」

二つの光源から、真っ直ぐに光線が伸びる。

唯一つの目標を目指して。

途中、絡まりあった二つの光線はやがて一つになり、

――瞬間、全ては真っ白に覆われた。



光になれ目を開けてみると、遠くには呆気にとられたように、こちらを見ている前線で戦ってらっしゃった皆様方。

そして、目の前にはこの光景の生みの親である少女が二人。

「これで終わり、かな?」

笑顔で振り返るなのはに対して、

「……あぁ、終わりだな」

そう苦笑して返した。











――「何の用ですかね?」

「さぁな。艦長から直接聞いてくれ」

クロノと二人アースラの通路を歩く。

帰ってきて早々、リンディさんにお呼ばれされてしまった。

「その顔からすると、あまり良い話ではなさそうですね」

「……僕の口からは何ともいえない」

それだけ言って、クロノは先を急ぐ。








――艦長室内部、

「――どうぞ、腰掛けて? 疲れているだろうけど、ごめんなさいね?」

リンディさんに勧められるがままに、席に座る。

「いえいえ、リンディさんとお話しできるなら喜んでですよ」

「……そう。ありがとう」

謝辞にお礼を言いつつ、俺の前にお茶を出すリンディさん。

あれっ、この人のお茶って確か……

「疲れたときは甘いものが良いらしいから、何時もより砂糖を多めに入れておいたわ」

笑顔でそう仰るリンディ提督。

この笑顔を見る限り、裏は無いように思えるが、どう考えても悪意があるような気がする。

「あ、ありがとうございます」

ちょいと引きつり気味ではあったと思うが、なんとか笑顔で返せたと思う。

というか、これに笑顔で返す意味が果たしてあったのだろうか。

Noと言える日本人になるべきだったのではなかろーか。

「……ふぅ。うん、おいしい!」

リンディさんが先に一杯飲んで満足げに呟いた。

それに、釣られて飲んで見るが、

「っ――」

うん、わかった、わかってしまった、お茶に砂糖はあわない。

ケーキとお茶が合うのだから大丈夫だと思っていたら大丈夫じゃなかった。

全然大丈夫じゃなかった。かなり、駄目駄目だった。

「どう?」

「なかなかに面白い味ですね」

「そう……不味くはないのよね?」

「……」

「……」

部屋に沈黙が満ちる。

「こ、こほんっ、ま、まぁ、そんな事はさておき忠告です」

リンディさんの目が真剣になった。

それを見て、佇まいを正す。

「――何の忠告でしょうか」

「管理局を甘く見るなということです」

「……」

告げるリンディの目は、冷徹な目。

相手を射抜く瞳だった。

「この事件、色々と不自然すぎます。
 偶然が起こりすぎているのですよ、エリシオン社長」

「……そうですかね? 残念ながら僕にはよくわからないです」

「そうですか。管理外世界に長期滞在をして、そこに偶然ロストロギアがあったんですね?」

「ですね。不思議です、きっとロストロギアに好かれているのかもしれません」

「管理外世界に来た理由は?」

「社外秘です。深追いするなら、民事の覚悟を」

「……いえ、正式に手続きも取られてますし、これ以上は追求しません。それに、証拠なんて出ないでしょうから」

「……」

「……今回もし重傷者が出るようであれば、どんなことをしてでも、あなたをしょっ引くつもりでした。
 この艦に乗ってるクルーは全て私の家族です。それが傷つくようなことになれば、わかりますね?」

「……」

「しかし、幸いにも居ませんでしたから、この件はこれで終わりとしましょう。
 ですが、もう一度忠告を。管理局を甘く見ないで下さい」

「……ええ、心にしかと刻んでおきます」

そう俺が返して数瞬、リンディさんは反芻するように目を瞑った後、にっこりと笑った。

「そう。では、難しい話はここまでで、楽しいお話しをしましょう」

「……えっと?」

何か、明らかにさっきまでと雰囲気が違う。

何というか、待ちに待っていましたってな、お年玉を貰う子供のような感じだ。

「いえ、ずっと、お話ししたかったのよ~、これについて!」

そう言って、出してきたのは一本のデバイス。

見ると、FC社製であることを示すロゴが片隅に彫ってあった。

「……これは、乙女シリーズの3番目ですか?」

「流石は社長さん! 見ただけでわかるのね」

嬉しそうに語るリンディさん。

「いえ、まぁ、それでこれが何か?」

「いえね、この子の相棒をもう一個欲しいんだけど、どんなシリーズがお薦めなのか聞きたくて」

リンディさん腐ってた。

どうしようもなく腐ってた。

訳するとこうだ。

一人の男の子が居て、その子とつがいとなる男の子が欲しいというわけである。

「……クロノさんは知ってるんで?」

「まさか、だってエイミィがあんなだから、あの子毛嫌いしちゃって」

「え、エイミィさんもってことです?」

「ええ、あの子は筋金入りよ~、なんせ3本持ってて揺れる三角関係とかやってるんだから」

エイミィさん、始まってた。

どうしようもなく、始まってた。

「……よ、よく三本も買えましたね。管理局の給料だと、かなりの無理をしないといけないはずですが?」

「そうね~、彼女、管理局は制服だからいいですよねとか最近は言い出してるから、衣装代とか削ってるんじゃないかしらね」

エイミィさんかなり気合の入った腐り方だった。

最早、発酵しているに違いない。

「っで、何が良いのかしら?」

そう言って、FC社のパンフレットを広げる一児の母、リンディさん。

俺の業、予想以上に深かった。

ごめんよクロノ。これも商売だ許せ。

さぁ、営業しようか、こちら側へようこそ――









「――どんな話だったんだ?」

艦長室の前でクロノは律儀に待っていた。

俺を部屋へと入れてからずっと居たのだろう。

「……ごめんなさい!」

それだけ言って、通路の奥へと駆けて行く。

「お、おい!」

ごめん、ごめんよ、クロノ。

だって、もう俺にはそれしか言えない。









――「よしっ」

アースラで与えられた客室の中で、今作り終えたばかりの書類を両手に持って、端を机でトントンと叩いて綺麗に整えた。

これで全ての書類は整った。後は迅速に行動である。

事後処理は、スピードがものを言う。

リンディさんが言うように管理局を甘く見てはいけない。

「――フリードいる?」

「いらない」

扉の外から聞こえてきた声に、とりあえず定番の答えを返した。

「……なんだよ、それ」

そう言いながら仏頂面をしたユーノが入って来る。

「いや、とりあえずね」

そう言い、ユーノの顔を見て思い出す。

「あっ、そういやお前今までどこに居たのよ」

今の今まで忘れていたが、こいつあの時居なかったはずだ。

あまりに色々ありすぎて存在を忘れていた。

「……なのはがどうしても行きたいっていうから囮になったんだよ。
 そしたら、今の今まで軟禁されててさ……」

なんか色々こいつの周りでもドラマがあったらしい。

そして、たぶん今の今まで出れなかったのは、皆一仕事終えてこいつの存在を忘れていたからに違いない。

「そうか、いやお疲れ」

「はぁ、いや、まぁいんだけどね。全てうまくいったんだよね?」

「まぁ、今のところはね。これから事後処理よ。まずは、即行でスクライアだな」

「んっ、スクライアにいくの?」

「おうよ。もう出る。送迎艇がそろそろ来るはずだ」

「えっ? こんなに早く行くの?」

「あぁ、とっとと終わらせる。色々と怖すぎるんだ」

「? ……そっか、えっと、じゃあ僕も――」

「――おまえはこの次元に残れ」

「えっ、でも、どの道スクライアに戻らなきゃならないし――」

「ほらよ」

そう言って、一枚の紙をユーノへ渡した。

「これって……雇用書?」

「あぁ、そうだ。おまえのな」

「えっ? どういう?」

「おまえを雇うんだよ。それで地球に派遣してやるから、なのはと一緒に学校に通いな」

「なっ!? そ、そんなの無理だよ。第一僕はスクライアに恩返しを――」

「――だから雇うつってんだろうが。お前の給料、殆どスクライアにいくから。
 まぁ、でも無理にとは言わんけどな」

俺がそう言うとユーノは黙って雇用書を見つめる。

顔を見る限りでは、もう恐らく本心は決まっていた。

ったく、素直じゃない奴め。

「一応、言っとくが雇うんだから仕事はしてもらうぞ?
 お前が適任だと思ったからこの仕事を持ちかけたんだからな?」

「……どういうこと?」

「そこにも書いてあるけど、この地球上にある論文を掻き集めてアイディアのリストを作って欲しいんだ。
 ここはまだ理想理論的な技術をたくさん公開している星だ。
 つまりは、こんなの面白いんじゃね的なアイディアがたくさん埋まってる可能性がある。
 それを、リスト化して欲しいんだよ」

「……それで僕なの?」

「あぁ、検索能力をいかしてくれ。さらに言えば、慣れてきたら周辺次元のものも送るからな?」

「……僕にはそれが有用であるか判断ができないと思うんだけど……」

「問題ない、主流に外れた研究の論文ってのはすぐわかる」

「主流に外れた? 主流じゃだめなの?」

「当たり前だろ。欲しいのはアイディアだ。理論じゃない。主流のものなんて面白くもなんともないからな」

「……」

再び、雇用書をジッと見つめるユーノ。

何を悩んでいるんだか。

「……別におまえが嫌になったら辞めたっていいんだからな?
 これは俺とおまえの雇用契約だから幾らでも変更はきく」

「……そういうこと考えてるんじゃないよ。フリードはそれでいいの?」

「それでいいも何も俺が持ち出した話だろうが」

「……」

また、ユーノが考え込んだ。

いや、確かに判断の難しい選択かもしれないがさ。

美味しい条件だと思うんだけどね~。


『――えっと、フリードくん、いいかしら?』

当然の艦内通信。声からするとエイミィか。

思わず反射的に、こいつ……腐ってやがる!というところだった。

「あっ、大丈夫です」

『えっと、お迎えが着てるみたいよ?』

「……そうですか、わかりました。すぐに行くと伝えてもらっていいですか?」

『あっ、は~い、わかりました』

そうエイミィが告げ通信は切れた。

どうやら、タイムリミットか。

「時間なくなっちまった、っで、どうする? 保留か?」

「……いや、決めた、決めたよ、フリード。僕はここに残る」

そう言ったユーノの瞳は決意に溢れている。

久々に見た、男の子の顔だった。

「……さよか。まぁ、積もる話しはまた今度にでもしましょう」

「……ああ、そうだね。じゃあ、フリードまた!」

「おう、また、今度!」

そう言って、お互いの手を硬く握った。





艦内を走り送迎艇へと向かう途中、なのはと、フェイトが談笑しているのが見えた。

話してる暇は無いので、そのまま通り過ぎようとして、ちょっとした違いに気づく。

頭。二人共リボンが白と黒になっていた。

その色調のアンバランスさからなのか、どこともなく俺は少し笑ってしまった。








――こうしてPT事件と呼ばれるはずだった事件は、第97管理外世界事件――97事件と名称を変え終わった。




「はっ!?」

「どうしました社長?」

「なのはのお話聞くの忘れてたーーーー!!!!」








あとがき
え~、無印終了ということで後書きなんぞを書いてみることに。
まずは、全国のアリシアファンの皆様ごめんなさい。そして、リンディファンの方、エイミィファンの皆様にも重ねてお詫び申し上げます。
後、個人的にすずか、テンポが悪いからとかいう理由で削ってごめんよ。
何故か謝ってしまったら書くことが無くなってしまったのでこの辺で失礼をば。

では、ここまで読んでくれた皆様方全てにお礼申し上げます。
よい、お年を!

追記 ……無印のプロットの最後に“外にらっきょう←重要”と書いてあったのに今更ながら気づきました。
三日三晩全力で考えてみたんですが結局わからない。いったい、これは何を意味するのだろうか……




[11220] 十七話 A'sへ
Name: リットン◆c36893c9 ID:10e98815
Date: 2010/01/28 19:02
目の前には何の変哲もない日常。実に平和だ。

俺は、肘を机に突き口元の前で手を組むという姿勢を保ったまま皆の働く姿を眺める。

帰ってきて早々、社長早く早くと急かされた仕事がコレだった。

「……ふぅ」

俺のすぐ横、机の片隅に置いてあるシーサーもといフリードMk-Ⅱをチラリと見て嘆息する。

なんなんだろうな俺たちは。

客観的に見れば、ただ見てるだけの置物達、共通点は銀色。

忙しく働いている皆を、ただただ厳しい眼で眺めるこの一人と一匹の図は、いったい誰が得するんだろうね?

どうしようかMk-Ⅱ?

こうなったら二人で漫才でもするか?

おまえさんは何かボケっぽいからボケな。

俺がつっこみをやらせてもらうわ。

『どうも~、ぎんいろ~ずです~』

『……』

『いや~、どうですか最近? 僕はですね、こう見えて社長なんてものをやらせてもらってるわけですが、最近別の道もあったんじゃないかなって思うんですよ』

『……』

『例えばですね、コンビニの店員なんかいいんじゃないかって思うんですよ』

『……』

『というのもですね、ほら、最近一段と寒くなってきてるでしょう? だから心が温まる触れ合いってのをやってみたいんですよ』

『……』

『えっ、なんで心温まるかって? そりゃ、あれですよ、レジ前のちょっとしたやりとりとか心温まると思うんですよ』

『……』

『じゃあ、ちょっとやってみますね? ――どうも、いっらしゃいませ! えっと、あっ、はい、おでんですね。では、具を選んでもらっていいですか?』

『……』

『はい、卵に、っと、卵、えっと、また……卵? はい、え~、大根――ではなく、あっ、はい卵、ジャガイモと見せかけて――これまた卵』

『……』

『――では、卵60個で合計5400円になりま~す、っておいっ!! どんだけ卵欲しがってんねん! おまえは卵星からきた王子様か、こりん星の従兄弟かなんかですか!?』

『……』

『もう、今日からミッドの坂○さんに改名な、人に聞かれたら、あっすんません、ゆで卵の殻剥くのしんどいんでってちゃんと言えよ?』

『……』

……あかん心折れるわ。というか盛大に折れてしまったわ。

もう、ポキッとって感じではなくグシャッとってな感じだ。

口元にあったはずの組んだ手が、思わず眉間に行ってしまう。

「社長っ!」

「っ――な、何?」

「何やってるんですか! まったく、……そうじゃないでしょう?」

心底憤慨だってな様子で抗議の声を上げる社員さん。

周りを見渡すと、皆そりゃねーよ社長ってな様子で俺を見ていた。

「……問題ない、続けたまえ」

とりあえず、通常の姿勢――肘を机に突き口元の前で手を組むという姿勢に戻しつつ言う。

「社長……」

そう注意をした社員さんが呟き、噛み締めるような表情でサムズアップされてしまった。

周りを見渡せばみんな同じような表情で、これまた同じようにサムズアップしていた。

……何これ? 何の宗教?

俺がこうすることによって何のご利益が生まれているの?

この姿勢にどれ程の効果がでっちゃっているの?

もしかして俺の後ろに今、後光が差しちゃったりしているのか?

いつのまにか俺、神の域か。ゴットゾーンに突入しちゃっているのか。

ならばさっき出来なかったこともできるかもしれない。

俺の心の呼びかけに、一度として返してくれなかったフリードMk-Ⅱを、振り返らせることができるのかもしれない。

そうだ、こいつは決して俺を無視しようとしたわけではないのだ。

ただ単に、俺が汲み取って上げられなかっただけに違いない。

こいつの魂の叫びを俺は逆に無視してしまっていたのだ。

申し訳ないMk-Ⅱ。俺が悪かった、許してくれ。

さぁ、一緒に新世界の神になろうぜ?

『どうも~、ぎんいろーずのつっこみ、銀色でお馴染みミッドの悪夢こと僕、フリードっていいます。今日は名前だけでも覚えていって下さい』

『……』

『……』

『……』

『……』

『って、やっぱり駄目かよ! またもや俺だけだよ! 一人で挨拶しちゃったよ! これじゃあ、ぎんいろーずじゃなくて唯の銀色だよ!』

『Hahaha』

『!? 笑った、シーサーが笑った、しかもなんか外人っぽい!』

『なんでやね~ん』

『今度は突っ込んだ! って怖っ、体は動かず手だけ動いてる!』

『そりゃあ置物だからね』

『斬新ないい訳だな、おい。というか置物だったら、まず話すことがおかしいと思う所存でありますが、そこんとこ如何でしょうか?』

『最新式だからね。ほら、このとおり高速で手を左右に振れる。どうだい僕の消える手――インビジブルハンドは?』

『速っ、無駄に速っ、いや、もうここまできたら全身動こうよ! 表情が固まってるから不自然すぎてア○ラックのCMの猫を見てる気分にさせられるよ!』

『……えっ、何それ、伝わらないんだけど』

『なんか駄目だしされた!? 俺、今シーサーに駄目だしされた!?』

『いいかい、人には向き不向きと言うものがある。君にはどうやら向いてない』

『何がだよ! というか何様だよ、おまえに俺の何がわかるのよ!?』

『私をまったく活かしきれていない時点でな。ったく、このポンコツが!』

『手しか動かないやつにポンコツ扱いされた!?』

『なんせ私は100mを5秒で走れるからな』

『いや、だからなんなんだよ!? っていうか速いなおい!』

『ああ、だが本気出したら足がもげる。よって普段は完走すらできない』

『意味ねーー、設定の意味がねーーー、しかも、何気に想像したらグロいわ!』

『あっ、ちなみに君は一秒で走れる』

『俺、もっと速かった!』

『そして、君も本気出したら脚がもげる』

『もげるのかよ、俺ももげちゃうんだ!?』

『君の足は米粒で付けているからね』

『取れやすいな俺の足! というか、そんなん本気出す前から取れるわ!』

『ああ、だからみんな仕様として認識している。おい、あいつ足またとれちゃったよ、よせっ、見てみぬふりをするんだ! という会話が君の背後ではいつもされている』

『俺、いつの間にか周りに気を使われてた! てゆーか、聞いちゃったよ、気まずいよ、知りたくなかったよ、みんなごめんよ!』

『しかも、取れたのにたまに気づかない。夜な夜な君の足は本体を求めて今も彷徨っているとかいう噂が巷では大人気だ』

『どこの都市伝説だよ! 最早、ホラーじゃねーか!』

『ちなみに、見つけたら普段の憂さ晴らしができるので別の意味でも大人気です。足(笑)って油性ペンで書かれた文字を一生懸命壁に擦って落としている君の足の姿が最近見かけられたとか』

『やめて! みんなやめて! 文句があるなら俺に直接言って! ごめんよ足、取れたのに気づけなくてごめんよ!』

『――おまえのせいで、おまえのせいでこうなったんだ! もう、ほかの人の足になってやる!』

『えっ、誰!? 今の誰!? 足? 足なのか? 戻ってくるんだ足! 俺は、おまえがいなきゃ駄目なんだ! 走ることすらできないんだ!』

『うるさい、うるさい、太ももに“美脚(笑)”って書かれる気持ちがおまえにわかるのか!』

『あ~、ちなみに脛に“ここが弱点です”って書いたのは私だ』

『なにやってんの!? 手しか動かないはずのお前さんは何してくれてるの!?』

『ひょこひょこと逃げ回る君の足に対して油性ペンをジリジリと近づけていく快感といったらもう』

『あぁ、もうやめて。書くのはやめて。書くスペースなんて僕にはもうないんだ……』

『大丈夫だから、大丈夫だから足! 俺がついてるから、ずっとついてるから! だから、もう、もう――』



「――社長? 聞いてます?」

「あぁ、俺はもうおまえを絶対に離さない!」

「えっ?」

気が付いたら目の前には、先ほど俺に注意をしていた社員さんが居た。

目と目が合って、見つめ合っていた。

俺の瞳を見つめて呆然とする男が一匹。

「……社長……」

そう呟き、何を悟ったのだろうか瞳を潤ませ頬を紅く染める社員さん。

「あ~、うん、恐らく違うんだ、うん」

「……わかりました。この件は私の心の中に」

そう言って、目を瞑り胸に手を当て、何か大切なものを胸の奥にしまうような仕草。

……何これ? その胸にしまったものは何なの?

「え~っとな、その胸にしまったものを今すぐ出しなさい」

「……いいんですか?」

そう言って、再び瞳を潤ませ頬を紅く染める社員さん。

「……やっぱいいや」

「そうですか、残念です……」

何が残念なんだろうか。そして、その愛でるような眼差しはやめてもらえないだろうか。

俺は、愛されるよりも愛したいんですよマジで。

「社長、社長ならそこらへんの女の子より可愛くなれますよ?」

そう言って、一層愛でる視線を強くする。

……彼は俺をどこに導きたいのだろうか。

まぁ、無事に社会復帰できる程度の横道ならば逸れてみたいと思わないでもない。

いや、やっぱり遠慮しよう。なんか二度と戻って来れない場所に連れて行かれそうな気がする。

「……そうか、次の機会にな?」

「えぇ、待ってます。ずっと待ってます……」

視線が交差する。温度に差がある気がするのは気のせいに違いない。

そして、2秒と持たずに視線を逸らしてしまったのはあくまで通常業務に戻るためだ。

決して彼の視線から逃げたわけではない。

俺には、前方を厳しい視線で見つめるという大切な仕事があるのだ。

「社長、その顔も素敵です……」

見ない、見ない、決して彼の方は見ないぞ。

俺には、大切な業務があるのですよ。

……気づいたんだけど、貞操の危機を感じる視線ってのはわかるのものなんだな。

シャッチョッサン、ちょっと利口になった。




「――社長、いいですか?」

見れば、今度は違う社員さんだ。

メガネの端を人差し指でクイッと持ち上げそうな雰囲気を持つクール野郎である。

彼が来たおかげで、一気に右側の方から始終感じる生暖かい視線が緩和された気がする。

グッジョブだ。90シャッチョッサンポイントを授与しよう。

「……何かね?」

「新製品のアームドデバイスが完成したので試作機をお持ちしました」

「ほぅ、見せたまえ」

「わかりました、――こちらになります」

そう言って出してきたのは何てことはないアームドデバイス。

ただ、形がちょっとだけ変わっているだけだ。

「……ふむ、して効果は?」

「はい、えー、実演したほうが効果のほどはわかるかと」

「……そうか、ではMk-Ⅱ相手にやってみなさい」

「では、失礼して」

そう言って社員さんが新開発のアームドデバイスを振りかぶる。

狙いは、俺の代役を見事に務め、しかも、ぎんいろーずのボケ担当でもあるフリードMk-Ⅱ。

メガネの似合うクールな彼の顔は真剣そのもの。

――そして、キラッとメガネのレンズが煌いたと同時、彼はMk-Ⅱの頭を割らんかという勢いでアームドデバイスを振り下ろした。



「っ――」

思わず絶句する。

完璧だ。完璧だった。製品として、この上ない完成度を誇っている。

「……どうでしょうか?」

「あぁ、素晴らしい、よくぞここまで……」

「そう言って頂けると報われます」

「本当にいい仕事だ。特にこの星が素晴らしい!」

そう、当たった瞬間、星が出たのだ。

当たった場所の中心部から浮かび上がる大きい星、その周りには小さな星たち、演出は完璧と言っていいだろう。

「そこは特に苦労した部分です。演出過剰にならずにどこまでこの“ピコッ”を自然に引き立たせられるのか、本当に悩みどころでした」

そう言いながら、Mk-Ⅱの頭を叩いてピコピコとアームドデバイスを鳴らす。

叩くたびに空中に星が溢れては消えを繰り返すのを見てると、うむ、楽しくなるじゃないか。

「……そうか、頑張ったな。これは自励式なのか?」

「はい、当社第一号ですね。これで魔力のない人にもこの“ピコッ”を味わって頂けると思うと……」

「……ああ、胸が熱くなるな」

言って、その言葉をかみ締める。

当社初、というかミッド初となる自励式のデバイスだ。

添え付けの外部ユニットからエネルギーをデバイス本体に供給して、その受け取ったエネルギーを魔力に変換し、さらに変換された魔力をデバイス単体で処理する。

魔力への純粋逆変換という命題を、俺がフェイトを介することで漸くバルディッシュに施した機能を、この男は“ピコッ”のためにやってのけたのだ。

魔力がない人にもこの“ピコッ”を感じてもらいたい、その一身で頑張ったのだろう。

これを手にした人は気づくのだろうか、これがどれ程の“ピコッ”なのか……

いや、気づいて欲しいとは言わない、ただ感じて欲しい、この“ピコッ”を。

この全ての魔力のない人にとって祝福の鐘である“ピコッ”を。

「――社長、名前はどうしましょうか?」

「……君が決めたまえ、これは君の作品だ」

俺の言葉を受け、彼は人差し指でメガネの端をクイッと持ち上げる。

その仕草はどこまでも似合っていた。

「そうですか……では、僭越ながら命名を――“ピコピコはんま~”でお願いします」

「……そうか、わかった」

形といい、色といい、その名に恥じまい。

誰が見ても文句は付けないだろう、間違いなくそう言わしめるほど完璧なるまでのピコピコハンマーだ。

今まさに、このミッドチルダにピコピコハンマーは爆誕した。

そう、“ピコッ”という音と共に……




「ところで社長」

俺の右斜め32度の方向から生暖かい視線を、ずっと送り続ける彼が何やら言ってくる。

……この愛でる視線を何時まで浴びつつけなければならないんだろうね?

というか、仕事はどうしたのか、仕事は。

いや、もしかしたら何かやっているのかもしれないが。

怖くて視線を彼に向けられないので確認ができない。

ただただ、視線の恐怖に怯えるだけである。

「……なんだ?」

「妹は、血がつながってるのと、つながってないの、どちらが正義なんですかね?」

「――あっ、それなら私も! 天然系無口キャラの受け攻めはどっちが正しいんですか?」

俺の視界を遮るようにしてミッドの腐りの元凶が現れた。

うちの会社の乙女シリーズが加速して成層圏どころか天元突破しちまった原因は彼女に起因する。

まぁ、彼女に灯を点したのは俺だった気がするが。

……考えるのはよそう。どうみちこうなっていたに違いない。そう、違いないのだ。

才能のあるやつは、自然に出てくる。俺は、それをちょっとだけサポートしてあげたにすぎないに違いない。

「……君たちは、どこの社員なのかね?」

彼――の方はちょっと見れないので主に彼女を見つつ問う。

「そりゃFC社ですよ」

彼と彼女、お互いに目で確認し、彼女の方が俺の問いに答えた。

「……なら簡単だ。我々は、何時からマニュアルありきの仕事をするようになったのかね?
 機械的に一つの考え方でのみ構成する。そんなものは大量生産されたものにしかならない。
 我々が創るものは同一のものであってはならないのだよ。君らは答えを用意されてどうするのかね?
 私の教えた教本に沿って造るのかね? なら、今すぐやめてしまうといい。そこには愛などないのだろうからな。
 造り手の愛を感じない物などに価値などないのだよ。与えられたサブルーチンを組むだけの仕事を望むのならば、どうぞ他の会社へ」

「「……」」

二人が押し黙る。

「……もし、私の言う事が理解できて、一緒にまだFC社と歩む勇気があるのなら、他の誰でもない自分の愛を示せる物を造りたいのなら、――我々は共に未来に生きよう」

そう言って、彼らに微笑む。

「っ――社長! 愛してます! もう、離しません!」

気づいたときには抱きしめられていた、そう彼に。

あっ、やめて、耳元ではぁはぁするのはやめて。

ていうか、おい、こいつどこに手入れてやがるんだ?

「ちょっ、あっ、やめっ」

助けを求めようと彼女のほうを見ると、聖母のような微笑みを浮かべてこちらを見ていた。

慈しまれていた。見事なまでに慈しまれていた。

「おまっ、あーーーーー!!!」







危なかった後少しで両刀を名乗らねばならない所だった。

というか、犯罪だろうあれは。

誰も助けてくれなかったのは社長さんとしてどうなの?

なんで皆、着衣の乱れた俺に対して慈しむ目を向けてるんだ。

前々から薄々感じていたんだけど、この社においての俺の立場ってのはどうなんだ?

「――社長、可愛い子ぶってないで、早く管理局に出向してください。一月前から言っているように先方かなりマジなんですから」

「えっ、可愛い子ぶる? 俺が?」

「そうですよ、もうたっぷり社長分は頂きましたから早く行ってきてください」

「ちょっと待って、何それ? 何時の間に俺は萌えキャラの座を得ているの?」

「何を今更……、そんなの当たり前じゃないですか。うちのマスコットですし、FC社の銀髪ショタ社長ってその筋じゃ、めちゃくちゃ――」

「――ああ、いいやその先は、うん」

「……そうですか? まぁ、いいですけど、早く行ってきてください」

「あっ、はい」

返事をしつつ、思わずMk-Ⅱを見る。

なぁ、どうしようかMk-Ⅱ。俺、いつの間にかマスコットになってた。

その上、何かどっかで崇められている気がするよ。

ああ、わかってるよMk-Ⅱ。この不当な扱いには断固として反対せねばならないね。

我々は、与えられた物事に対してあわあわするだけではない。そう、ムックとは違うのだよムックとは。

今、意志をもった剣を胸に――

「――社長?」

結構前から電話応対をしていたからだろうか、かなり笑顔が怖い。

私、ストレスが超マッハってな内心が窺える。

「はい、わかりました、わかりましたともさ」

ここは素直に行きましょう。

ただ、絶対にこのままでは済ますまい。

ムックとは違うのだよムックとは!







――「っ――」

思わず、壁を殴ろうとして思いとどまる。

こんな所でそんなことしてもしょうがないし、見られたら堪ったものではない。

せめて社に戻るまでは我慢だ。

叩きつけることをやめた為に、行き場を無くした想いの分だけ拳を握る。

指が軋む音がした。しかし、それでもやめない、やめられない。

頭に浮かぶのはさっきの最高評議会の連中の持ちかけた、いや、押し付けた事案だ。

表向きは新型デバイス開発研究所を設立するのでそれに是非とも協力してくれとのことだ。

民間との先端技術開発という名目なんてものは別に珍しいことではない。それ自体はどこの世界でだって普通に行われていることだろう。

問題は、その中身だった。

自励式デバイスの開発。うちの今後の目玉だが、これは、まぁいいだろう。どのみち戦争利用にも繋がるので開発制限がかかるのはわかっていた。

管理局に協力して好き勝手にやっていいのなら、それこそ大賛成である。

問題は予定としてある新規融合型デバイスの開発だ。いや、お題目的には“闇の書”とその持ち主を永久凍結から“救う”ための研究らしい。

笑える。予定だというのに既に予算も組んであり、決定事項ということがさらに笑える。

グレアム提督もさぞかし――

「……ふぅ」

ちょいと、思考がヒートアップしすぎて行きそうだったので軽く頭を振る。

……研究所の設立自体は今から一年後。人材はこちらに任せるのだとか。

こんな明らかにうちから選んで欲しい意図が透けて見えるってのはどうなんだろうね?

まぁ、この計画のおかしいところにつっこんでも最早意味がない。

まず、管理局名義の研究所の所長を俺に兼任して欲しいとかいう時点でね。

これは自慢になるが、うちは突き抜けた奴をたくさん有している。というか全員が何らかの形で突き抜けていた。

要は、天才という名の愛すべき馬鹿野郎が自重しない結果が今のFC社である。

売れる売れない関係なく珠玉の迷作を市場に送り出してきた実績がうちにはある。

よそからあいつら未来に生きてやがるっていう評価を糧にずっとやってきたのだ。

それは、誰かに言われてやってきたことじゃない。自分たちがやりたかったからやったことだ。

つまりは、彼らは決して管理局に子飼いされる連中ではない。

故に、俺ごとということなのだろう。

「はぁ……」

何度目かわからないため息をついた。

ここまでひどい抱き込みもなかなか無い。

普通は、もっとオブラートに包んでやるものだ。

断るか、返事を保留して先延ばしにするかということも考えたが、どちらにしても条件がよすぎる。

プロジェクトの中身的には、開発援助に、人助けに、おまけにポストまで用意してくれるっていうものだ。

世界ってのはめんどくさいもので断るにはそれなりの理由を必要とする。

感情論で断るなんてことはできなかった。それに、これだけの条件を蹴れば間違いなく相手の面子は潰れる。

それは許されない。同じミッドの社会に生きるものとしてできる事ではない。

俺一人ならどうでもいいが、背負ってる連中のことを考えると、その選択肢はないと言わざるを得ないだろう。

本来であるならば破格の条件なんてものは一対一の会社間取引としてはタブーなのだ。

明らかに同じ目線じゃないわけで、そんな後に引く取引を吹っ掛けるなんてのは――

「――はぁ、ったく!」

そこまで考えて悪態をつく。

やってらんねー、本当にやってらんねー。

本当にどうしてこうなった。

なんでこんな強硬な手段に出たんだか。

こんな押し付けるみたいなやり方すりゃ反感出るのはわかっているだろうに。

どっかで何かプロジェクトでも潰れたか?

まぁ、よそ様の内情のことなんか知ったこっちゃないが、うちを巻き込まないで欲しいものだ。

「ふぅ……」

再びため息を吐き、首を振った。

気が付くと未だに強く拳を握っている。

握っていた拳を開き、手のひらを見ると爪の後がくっきりと残っていた。








――「皆聞いてくれ! 脱、マスコット宣言をしようと思う!」

社に戻って一息ついたところで、おもむろに社長席から立ち上がり、そう言い放った。

見渡すと一同、ポカンとしている。

いや、驚くとは思ってたんだどね。こんな何言ってるのこいつってな顔で見られるとは思いませんでしたわ。

「……社長?」

「何かね?」

「社長は社長なんです。……わかりましたか?」

そう言って微笑まれてしまった。

周りを見ると皆、うんうんと頷き合っている。

……確かに俺は社長のような気もするけども、何この意味深な頷き合いは?

皆の意思疎通に俺も入れて欲しいんだけど。

キャッチボールで相手も居ないのにグローブ持って佇んでいる少年になった気分だ。

おい、社員さん達、キャッチボールしようぜ?

「……わからないけど、まぁいいや、じゃあ、ちょっくら世界の果てに少女を救いに行ってくるから」

「社長!」

「どうした?」

「――流石です!」

いつぞやの時と同じように流石と言われサムズアップされてしまう、俺ことFC社の社長さん。

……やっぱり疑問なんだけど流石ってのは何が流石なんだろうね?

社長さんには、さっぱり理解が出来ないよ?

「頑張れ社長!」

「頑張れボス!」

「頑張れ僕らの悪夢ちゃん!」

「頑張れ、愛しのマイハニー」

そして、何時の間にやら俺に頑張れのシュプレコールが響き渡っていた。

何これ? 何なのこれ?

こんなの、こんなの――

「っ――! おまえら、おまえら――
 くっ! 世界の果てに少女を救いに行きつつ、田んぼの様子を見た後に、俺はお前らに伝えたいことがある。絶対に覚えておいてくれ……」

そう帰ってきたら伝えよう、こいつらに。

“愛している”と――









――そんなこんなでやってきました海鳴市。

俺の住んでたマンションの屋上から、その平和な町並みを見渡す。

日付は5月中旬。つまりは、およそ三週間ぶりに見る海鳴だ。

うむ、何も変わってない。いや、変わってたらびっくりだけどもさ。

しかし、これって傍から見たらトンボ帰りだよな。

どんだけ好きなの海鳴市ってな具合だよ。

まぁ、何しに来たのと言われりゃ簡単だ。研究である。

救うための研究をしようじゃないの、一足先にさ。

凍結する前に救えたら、最高評議会様も大変満足なさることだろうよ。

しかし正直、予想外でもある。

というのも、PT事件――97事件と違って失敗すりゃ生きるはずのはやては死んじゃうわけで、介入するつもりはなかったのである。

融合型デバイスについても、事前に試作までもっていったが、いい出来とはいい難かったってのもある。

っと、そんなこんなな建前もあったが、あれこれ理由を付けずに言えば、要はよく知らない少女のために頑張れるかってな話だった。

融合型デバイスを作成している時もそうだったが、正直やる気がわかなかったのだ。

俺の知ってる知識としてのはやてと、ここに実在するはやては似て非なる存在なわけで、救うために頑張るって言ってもね~ってな具合だった。

まっ、俺カッコいい精神で出来るのは、俺にとってはそこいらが限界だったのですよ。

残念ながら正義の味方にゃなれませんわね俺は。なるつもりもないですけどもさ。

さて、正義の味方にゃなれない俺がやることなんて一つだ。

最高評議会の連中に一泡吹かせてやりましょう。その過程で、はやても救えりゃ言うことなしじゃあ~りませんか。

……ところで、はやてさんちはどこにあるんだろうね?

目の前には、海鳴の町並みがどこまでも広がっていた。

「……まっ、なんとかなるか」

さぁ、がんばっていきまっしょい。









――人生とは往々にして理不尽なものらしい。

先人達の教えは正しかったのだ。偉い人みんな、こんなはずじゃなかったのにと思って散っていったに違いない。

俺は車椅子を押しながら考える。

ひたすら考える。

なんでこんなことになっているのかを。

「そりゃ、フリードくんが私の車椅子壊したからやろ」

「人の考え読まないでいただけます?」

「顔につっこんで下さいって書いてあるもん」

「書いてあるか!」

少女は楽しそうにクスクス笑う。

「ごめんな。感謝しとるよ? 車椅子壊したのはフリードくんやけど」

「うがぁ~、やめて! やめて! 自責で潰れちゃう!」

耐え切れなくなったのか今度はあははと声に出して笑う。

「なぁフリードくん。友達ってええな」

「……」

「フリードくん?」

「よっしゃ、家までノンブレーキな! 一緒に海鳴の星になろうぜぇい!!」

「あはは、ええよ? フリードくんとなら一緒に死んだげる」

「よっしゃ、言ったな。泣いても止めないからな? 俺のドラテク見せてやんよ!!」

助走をつける。

景色がさっきまでの倍以上の速さで流れていく。

車椅子ではありえないスピードが出ていた。

時速はおよそ、25km。

イケル、逝けるっ!!



「今だぁぁ!! イナーシャルドリフトォッ!!」

「本当にやんな、あほぉぉぉぉぉぉ!!」









「車椅子って丈夫っすな。やっぱりあれって元から壊れてたんじゃないかと思う次第ですが、どう思う?」

「言うにことかいてそれか!?」

「まぁまぁ、立ち話もなんだしどうぞ上がってよ」

「ここ私の家やん! って、こんな使い古されたネタやんなや!!」

「どぅどぅどぅ」

「そんなんで落ち着くか!!」

とりあえず、ずっと外で騒いでるわけにもいかないので中に入れてやる。

「まったく、フリードくんはたまにとんでもない、おちゃめさんになるなぁ。ネタなのか本気なのかわからん時があるわ」

「何いってんだ俺は何時だって本気だぞ?」

「車椅子壊したとき土下座してなんでもする言うたよなぁ?」

少女がニヤリとして言う。

「訂正しよう。たまに本気なんだ」

「あはは、ええよええ。本当にそんな強制された関係いらんよ?
 フリードくんがな、そんなん関係なく友達言うてくれたので私は満足なんよ」

本当にそう思っているのだろう曇りの無い笑みを浮かべていた。









――八神さんち八神さんちっと。

パラッと捲り、また捲る。

マンションから下りて、とりあえず寄った先は本屋だった。

場所がわからないなら電話帳から住所を探せばいいじゃないってな。

「……よっし、キタコレ」

思わず、ビンゴッて言ってしまうところだった。

幸いなことに海鳴に八神さん宅は一つしかなかったのだ。

ふふふ、どうよコレ? なんかキテル感じがするよね。

待っていやがれ闇の書。

俺が、おまえの隅々まで調べてやるからな?

てめぇを丸裸にしてやるってな。




人間喜んでるときが一番周りが見えなくなるらしい。

そして、奇跡というものはどこにでも起こりえるもののようだ。

意気揚々と八神さんちを探す、見た目9歳の俺。

道すがら喉が渇いたので缶ジュースをと、小銭を出した瞬間、――ものの見事に手から零れ落ちた。

何の冗談か少し坂になった道路を転がっていく。

あらあらあらと考えてる暇もなく転がっていく。

とりあえず無駄にはできないのでダッシュで追いかけることを選択した。

そう、この判断が奇跡を起こす事となる。


無我夢中で追いかけた。

待って、待ってよ100円さん、僕を一人にしないでよ。

待って、待ってよ100円さん、僕に潤いを与えてくれる100円さん。

ひたすら逃げる100円、それを追う俺。

無機質な100円玉との鬼ごっこ。

それ故に夢中になった。

それ故に夢中になってしまった。


そして、気づいた時には彼女を乗せた車椅子があった。




――「あたたた、えっと大丈夫ですか?」

車椅子から投げ出された少女が被害者であろうに、怒りもせずに心配してくる。

「すみませんでした!!!」

THE土下座である。精神誠意を込めて謝る。

「あ~、えっと別に良いですよ? それよりすみませんが、私の車椅子をお願いしてもいいですか?」

すぐさま立ち上がり車椅子に近づく

しかし、当たり所が悪かったのかフレームが曲がっていた。

うぉい、どんだけ俺はスピード出してたんだよ。

ダッシュで彼女のところに戻り土下座を再開させる。

「すいませんでした! 車椅子はお亡くなりになってしまわれました! 何でもするんで許してください!」


……ふと、いつまでも返事がないので顔を上げてみると。

困った様な顔で苦笑する彼女の姿があった。

「えっと、じゃあタクシーか何かを拾ってきてくれるとありが――」

「――俺が運びます!」

「えっ? え~と、本気?」






「なるほどな。そんな理由があったんか……。あれや、それは奇跡やな。笑いの神が舞い降りた瞬間やん」

俺の後ろから屈託なく笑う声が聞こえる。

「いや、笑い事じゃねーんじゃ……」

「こういうときこそ笑わなあかんよ? それにフリードくんにも遭えた。私が不機嫌になる要素なんかひとーつもない」

そういってまた屈託なく笑う声がする。

「それより私、おも~ない?」

「いや、重くないよ。全然」

実際、彼女は軽かった。

「そこは重いっていわな」

「重い!」

瞬間、バコッとバールと称していい気がする拳で後ろから殴られた。

……とても痛い気がするのは乙女の心情故だろうか?

乙女の純情ならば仕方がないな。そう、この俺の目に浮かぶ食塩水だって仕方がない。

「なんつー理不尽……」

「お約束やん」

でも、ごめんな~と言いながら殴った場所を優しく撫でてくる。

それを心地よいと感じながら歩く途中、とある電柱に差し掛かり思い出す。

「……なぁ、この電柱覚えてたりする?」

「私に英語を教えてくれた、外人さんのことなら覚えてへんよ」

そう言って、彼女はまたクスクスと笑う。

「……しっかり覚えてるじゃねーの」

「そんなんあたりまえやん。忘れたくても忘れられへんよ、あんな変な外人さん」

「割と傷つくような気がする今日この頃、悲しくないのに涙が出ちゃいそうだ」

「悲しい時は泣いた方がええよ? はんかち貸そか?」

「笑いながら言う台詞じゃないね~」

「あはははは、でも、本当にまた会うとは思わへんかった。これは運命の出会いやな」

「運命、ね。では、はやてさん、付き合って下さい!」

「嫌や」

「即答かい!」

「外人さんはやめとけってテレビで野球選手の駒○さんが言うてたもん」

「○田さん……、それはしょうがないね、うんしょうがない」

子供が生まれると思って喜んだら、なんかよくわからない黒人の子だった。

そんな奇跡の体験をした彼が言うのだ、間違いないだろう。説得力が違う。

「まっ、それは冗談やけど、あれやな、友達からで勘弁したってください」

「おうよ、んじゃ、よろしゅ」

「へっ?」

背後から間の抜けような声が聞こえた。

「ありゃ、友達からじゃねーんですかい?」

「あっ、うん、確かに言うたけど、えっと……」

今度は困惑したような声。

自分で振っといて何で戸惑ってんだ。

言った言葉には責任持たなきゃね!

……何か遠くでフェレットっぽい奴が何か言ってる気がするのはきっと気のせいだろう。

「えっとな? 実は友達ってよくわからなくてな? あのー、何ていうか私、そのー、友達、……おらへんから」

最後の方は最早何を言っているのか聞き取れないレベルの声だった。

なんというか彼女にはあわんのじゃー!っと叫びだしたくなる、そんな声だった。

「さよか、んじゃあ、八神はやてさん、改めてお友達になって下さい」

「……えっと、なんでそんな……あっ、車椅子のこと気にしとるんかな? さっきから言うてるように別にええんよ?」

逆にそう言われるほうが寂しいとでも言わんばかりの声だった。

「いや、そうじゃないよ。たぶん普通に遭ってたら俺達は友達になれたと思うんだ。
 だから俺がこんなこと言う資格はないけれど車椅子とか関係なく友達になって欲しいんだ」

その瞬間、後ろから息を呑む音がした。

「……それは本気で言うてるん? 嘘だったりギャグとかだったら許さへんよ?」

「正真正銘、まごうことなき本気の本気よ。なんならまた土下座してもいいね」

話してて面白い人物とは仲良くならなきゃ損だ。

それは、俺が思う人生を楽しむ上での鉄則だった。

頭の片隅に闇の書の事が過ぎるが、まぁいい、今はそんなの抜きだ。

彼女と仲良くなりたかったから、なるために口説いた。それ以外に今はいらない。

そんな事を思ってると、ふいにぎゅっと後ろから強く抱きしめられた。

「ばかやね、土下座なんて。友達にそんなことさせへんよ」

「……友達ってのは、よくわからないって言ってなかったっけか?」

「せやったっけ? ……細かい事気にする男は嫌われるってゆうよ?」

「大雑把な女が好かれるかと言えばそうでもないな~」

「……やっぱ友達解消や」

「友達ってのはだね、はやてくん。実は言って出来るものではないのだよ。
 自然とそうなるものと言った方がいいか? つまりは口約束だけの友達など笑止というわけだ」

「……」

「何が言いたいかというとだ、――こうやっておんぶしておんぶされてという時点で、何時の間にやら、あら不思議、友達になっちゃうわけだ。
 あら簡単じゃない友達? はやてさんはそう思いません?」

「……言いたいことがよくわからへんよ」

「だろうな、俺もわからん」

「なんやそれ!」

言葉と共に、彼女のはたきが俺の頭にクリーンヒットした。







――これが彼女の言うとこの奇跡。俺と八神はやてとの出会いだった。




[11220] 十八話
Name: リットン◆c36893c9 ID:10e98815
Date: 2010/01/31 16:56
「こんなもんかね~」

再調整を施した融合型デバイスを見て呟いた。

はやての生体データから調整したため、基本能力の改善は出来ていないがやろうとしている用途には十分答えてくれることだろう。

『……随分と材料を持ち込んだので何を造るかと思ったら、ただの再調整ですか』

「まぁ、今はな。とりあえず、はやてから何とかしねーと後は……まっ、ボチボチとな」

『あのデバイスですが、どうにかできる案は浮かんだのですか?』

正直、難しいと言わざるを得ない。

見て概算した感じじゃ、3掛け20以上のプロジェクト。つまりは、3年以上の月日と20人以上の研究者が必要だった。

どう考えても一人でどうこうできるような物では無いように初見で思えたのは紛れも無い事実だ。

「……まぁ、とりあえず出来る事から始めようか」






――「はやて、実は俺魔法使いなんだ!」

昼下がりのゆったり感溢れる午後の八神さん宅の居間に、俺の宣言が響き渡る。

「……30過ぎてるように見えへんけど。実は、そうだったん?」

読書をしていたはやてが、本から目を離し俺を見つつ答えた。

「その魔法使いじゃねーよ!! というか、その知識はどこから得たのよ!?」

「まぁ暇だと、人間色々とあるもんなんよ」

「……げに恐ろしき日本社会。実録車椅子生活の少女の実態とは、こんなんだった……」

「でっ、オチは?」

「はっ?」

「魔法使いのオチ。まさか、また投げっぱなしなん?」

「……その言い方だと常に俺が適当なこと言ってるように聞こえるのだけども、いかがか?」

「いかがも何も、そのとおりやと思うけど」

そう言って、再び読書に戻るはやてさん。

何この状況、寂しいんだけど。

「あのな、フリードさん相手してくれないと寂しくて死んじゃう」

「寂しいぐらいじゃ人間死なへんから安心しーやー。これ明日返却なんよ、後5分立ったら相手したげるから待っててや~」

読書をしつつ、さらりと深い発言をしてくれるね。

まぁ5分待てという事なのだから、待とうではないか。

カップラーメンウェイトスピリッツ。すなわち、カップラーメンの出来上がりを心待ちに眺めて待つ精神だ。

にしても、俺ってばそんな適当なのだろうか? 思わず自分の胸に手を当てて考える。

しかし、どうやら答えは俺の中に無かった。

代わりに出てきたのは俺の形をした天使と悪魔。

そいつらは、にほんとにっぽん、どちらが正しいのかについて熱い論争を繰り広げていた。

どうだろうか? にっぽんの方が女性の胸的な部分を指し示す単語に近いので若干惹かれる物があるだろうか?

そう考えたところ、にほん派の天使は、悲しい顔をして去って行った。一方、俺に向かって、わかってるじゃねーかこの野郎とサムズアップしている勝った側の悪魔、即ち官軍。

その悪魔の長年連れ添った戦友のような表情に俺も、思わずサムズアップで答えてしまう。ナイスにっぽん!

「……それは誰に対してのグッジョブなんやろか?」

何時の間にやら読書をやめ、俺の方を見ていたはやてがそう聞いてくる。

「……小悪魔的な俺、かな?」

「……やっぱり、読書やな」

「待って! 待って、はやてさん略して、はっさん!」

「何で略すん!?」

「この読みだと何となく正拳突きが強そうな感じがするよね」

「はやては正拳突きを放った!」

そう言って、正拳突きを撃とうとするはやて。

「――しかし、フリードには当たらなかった」

「あ~、ミスってもうた~。って、何やらせるんや!」

「……はやて!」

打てば響くような返しに感極まり、思わずはやてを抱きしめる。

そして、耳元でこう呟いた。

「愛してた!」

「過去形かい!」

俺の告白と同時、はやてのはたきが俺の頭に突き刺さった。




「――で、魔法使いやったけ?」

「うん」

頷いて、姿勢を正す。

ちょっとばかり真面目になろうか。

「えっと、どうしたん?」

「……はやてさん、あなたはもし魔法が使えたら何をしたいですか?」

「魔法? ん~、そんなんきまってるやん、魔法で歩けるようにするやろな~」

少し考えるような仕草をして、そうはやてが答える。

「では、魔法を使いたいですか?」

「えっ? そりゃそうやろ。使えるなら使いたいにきもうとるやん」

「……そうですか。では、これからやることは他言無用です。それを約束できますか?」

「えっと、出来る思うけど……」

「出来ますか?」

強めに聞く。

「……うん、約束する。誰にも言わへん」

「よろしい、では外へ」

そう言って、俺ははやてへ笑みを浮かべた。





八神家の庭に車椅子の少女と俺。

空は、晴れていてどこまでも見渡せる。

「良い天気だね~」

「そやね~」

はやてと俺は一緒に空を見上げていた。

流れる雲が、青いキャンパスを10cm移動したところで視線を前に戻す。

「よし、ブリック!」

『はい』

「っ――!?」

ただのアクセサリーが喋ったからだろうか、はやてが驚いた表情をした。

現在、ブリックは待機モード。俺の首にペンダントとしてぶら下がっている。

……さぁ、魔法少女始めようか。

「来たれ、個にして全なる物!
 来たれ、全にして個なる物!
 我に真実を見る眼を!
 我に、全てを見通す力を与えよ!
 Blickwinkel、セットアップ!」

――瞬間、世界は銀色に包まれた。




「――」

呆然とした顔で、はやてが俺を見つめる。

正式にセットアップしたのは何時ぶりだろうか。

バリアジャケットも何時ものように、どうせ戦いでボロボロになるのだからと俺が考えた適当な奴ではない。

FC社の専属のデザイナーさんが、社長に似合うようにと考えてくれたものだ。

黒を基調としたデザイン。正直、デザイナーさんがやったのでどれに似ているとは言いがたいのだけど、強いて言えばどこぞの正体が精霊の魔王様に近いか?

とにかく、似合っているのかはわからないが、偉そうな格好だった。

俺的には、あまり……というか、ぶっちゃけ敵役っぽいのよねコレ。

玉座に偉そうにふんぞり返って足を組み、FC社の皆を見下ろすのが似合いそうな格好だったので、正直に言えば好きじゃなかったりね。

いや、格好としては大好きなんだけどさ。人と距離を感じるので実際に自分で着るのはちょっとってな感じの代物だった。

まぁだから、普段は着ないし、このBJの構成データもブリックにしか入ってない。

言うなれば、フリード儀式形態だった。

「……はやてさん、先ほども言った様にこれは他言無用です。わかりますね?」

「っ――あっ、は、はい!」

おっかなびっくりはやてが答えた。

その眼に浮かぶのは好奇心より畏怖が強い様に思える。

「……ブリック」

『はい、フォームチェンジ。モード、幻影』

ブリックが姿を変える。97事件の時はパーツをジュエルシード制御に使ったので出来なかったモードチェンジが今なら出来る。

目標である108個のチェンジには届かないが、それでも60以上あるモードの一つだ。

モードの名前は幻影。その名のとおり、特化しているのは幻術。

『モード変化終了。――フェイク・シルエット』


――瞬間、庭一面に花畑が広がった。





花びらが舞い散る。

「――うわぁぁ、すごい、なんやこれっ!!」

はやてが両手を空中に伸ばして歓喜をあげていた。

俺とはやてを包む花びらの霧雨。

庭一面に花びらが舞っており、俺からでは若干はやてが見にくかったりするのだけど、どうやら喜んでるようで何よりだ。

「……あなたは、これを見て魔法はいい物だと思ったかもしれません。ですが、世の中に善と悪が在るように、魔法にも良い事と悪い事があると思ってください。
 はやてさんあなたには、魔法の才能があります。しかし、それを覚えたところであなたの世界は変わらないでしょう。変えられるだけの力を魔法は持ちえません。
 変えるのは何時だってあなたの気持ちと行動次第なのです。それは、魔法を覚えたところで変わりはしません。魔法が手段の域を超える事は決してないのです」

「……」

花びらが舞う八神家の庭に俺の声だけが朗々と流れる。

はやては、はしゃぐのをやめ、俺の方をただ見ていた。

「もし、あなたがコレを見て何でも出来るのだと思ったのなら、どうかその考えだけは捨ててください。
 魔法が出来る事では無く、あなたに出来る事を考えてください。それが出来ないのなら、あなたは魔法使いではなく、意思を持たぬ魔法へと成り下がるでしょう。
 あなたという魔法をあなた以外の何者かに、使役されるだけの存在に成り下がるでしょう。
 ……では、八神はやて、私はあなたにもう一度問います。――あなたは魔法を覚えて何をしますか?」

一瞬、はやては空中に舞い散る花びらを見て考えるふりをした後、

「……そうやな~、とりあえず歩いてフリードくんをどつこうかと思うんやけど、どうやろか?」

そう言って、はやては屈託なく笑った。





――「くは~」

堅苦しいバリアジャケットからようやく開放された。

しんどい、超しんどい。喋った内容は、学園時代に受けた教科の一つである魔導師倫理のパクリとは言え、こういうのは疲れる。

にしても、ユーノ辺りが聞いたら、何そのオリジナリティ溢れる魔導師倫理とか言われそうだ。

まぁ内容的には恐らく大体あってるだろう。いや、合ってるに違いない。

「……えっとな~、正直、色々ついていけへんのやけど、どうしたらええやろか?」

見れば、はやてがこちらを見て苦笑している。

「そうだね~、とりあず魔法というのを見てもらおうか」

「えっ? さっきのも魔法なんやろ?」

そう言って、疑問顔のはやて。

「だね、でもあんなんが魔法なんて夢がないでしょうに。だから俺が本当の魔法ってものを見せてあげましょう」

「本物?」

「おうよ、ブリック」

『フォームチェンジ。――モード、不定』

小首を傾げるはやてを横目に、ブリックのフォームをチェンジさせる。

不定。その名のとおり、分類無しに特化したモードと言える。

ちなみに、俺の格好は何時もどおりの白衣っぽい適当なバリアジャケットだ。

ぶっちゃけ実験するときも場合によってはバリアジャケット着るので、これが一番楽なんだよね。

「さて、よく見てろよ」

言って、腰を落とし、準備態勢をとる。

そして、垂直にジャンプした。

ジャンプの高さの限界点で俺は空中で屈伸し、再び腰を落とす。

『ブースト』

ブリックの声と同時、俺は空中で再びジャンプした。



「……ふっ」

決まった。思わず着地点でニヒルな笑みを浮かべてしまう。

「どうだ、はやて?」

「へっ? あ~、ごめんな? よくわからへん」

「……二段ジャンプって憧れるよね?」

「……あははは」

なんで、そんな乾いた笑いをするのか。

「これが出来たら、一段のジャンプでは届かない時に、届くんだぞ?」

「えっと、魔法使いゆうのは飛べへんの? 飛べへんかったら、確かに使えるかもしれんな~」

「…………飛べる。しかも、かなり速く」

ちょっと、はやてから視線を逸らしつつ言う。

「えっ? ……せやったら、あ~、あれや、次いこ、次ぎ」

「……だなっ!」

気を取り直して次だ次ぎ。

二段ジャンプは女の子のはやてには、ちょっと高等だったな。

よし、ならば――

再び腰を落とし、準備態勢をとる。

そして、俺がジャンプしたと同時、

『サウンドプラス』

プォンと何とも言いがたい効果音がなった。

俺は、空中で右手は拳を握り顔の前方右斜め45度へ、左手も同様に拳を握り左わき腹付近へ、足は片足を踏み切った体勢を保つ。

そして、そのまま着地した。



「……ふっ」

決まった。思わず着地点で再びニヒルな笑みを浮かべてしまう。

「どうだ、はやて?」

「うん、マ○オいうことはわかったわ」

「……他にも出来るけど、何の効果音がいい? とりあえず――」

「――ほな、次ぎ行こか」

はやてさんが満面な笑みで、俺の言葉を遮りそう宣言した。





……これは仕方があるまい、俺の秘奥義を見せるべきだろう。

学園時代これが出来たため、制御においては神童と呼ばれたのだ。

今現在、俺以外にコレが出来たという話は聞いた事が無い。

「はやて、見て驚け」

「……きたいしとるで~」

何という棒読み。今から俺が魔法の真髄を見せようというのに!

というか、この天気にこの気候だし眠くなってないか?

よく見るとはやては、微妙に車椅子の上でうつらうつらと船を漕いでいた。

「うぉ~い!」

「はっ!? 寝てへん、寝てへんよ! ちゃんと見とるよ!」

なら何故にそんなに焦っているのか。

「はぁ、まぁ、見とれ。今すぐその目を覚まさせてやる」

ユーノですら無駄にすごいと言わしめた代物だ。

必ずや、お眼鏡に叶うに違いない。

向かうは、壁。

ちょいと距離が足りないが、その分スピードを落とせばいいだろう。

そうなると、さらに難しくなるのだが、まぁいい魅せようじゃないか制御の真髄を!

そう意気込み、壁に片足を付ける。

『フライアーフィンコンパウンド』

さぁ行こうじゃないか!

地面に付けていた方の足を蹴り、そのまま壁を走る。

体は地面に対して水平、壁に対して垂直で、軽く右端から左端へと走る。

時速はおよそ5km。

「っ――」

久々にやったからか足が壁を大きく離れてしまい、姿勢が乱れそうになる。

くそ、落ち着くんだ。落ち着いて姿勢制御に運動量制御に慣性制御を行わなくては!

これは焦ったら絶対に出来ないのだ。一つでもミスれば走ってるように見えない。

壁を蹴る動作一つとっても、ミスればそれだけで走る動作が乱れる。

歩くでもなく、すごい速さでもない、この中途半端なスピードでの壁走りはコントロールが命だ。

全ての空間情報を把握して制御しなければ出来る技ではないのだ。

さぁ、やろうか、俺の真髄、未だに誰も成し得ない禁断の領域。

学園時代、これで俺は自由課題での魔法行使でその年度の最高評価を得た。

始まりは細心にして慎重。これは、入るときも難しい。おもむろに、頭の中でリズムを取る。タン、タタンのリズム。

よし、やれる、俺は出来る子! 今だ行けるっ!!

――瞬間、右足を踏み込みタンと壁を踏み鳴らし、右足が壁から離れた後、即左足でタタンと軽く二度壁を踏み鳴らした。


壁スキップ。ミッドにおいてこれが出来る者を俺以外に知らない。

学園では未だに壁スキップが出来れば、その年の魔法制御の単位は問答無用で取れるとかいう伝説が残っているらしい。

学園の壁をスキップで踏破した男。数多く有った俺の異名の中でもそれは、一際輝く思い出深き称号だった。

思い出に記憶を馳せ、ふと思い、はやての方を見上げると、

「――す~」

完璧に寝ていた。







――「ホンマにごめんな? 勘弁してや?」

「……いいもん」

はやてさん家の居間の片隅に向かって体育座りをする。

未だにバリアジャケットを着ていたりするのが、心の傷の深さと見てもらって差し支えない。

「ちゃんと見とったんよ? なんやったっけ、あっ、そう壁走りやろ?」

「ちがぁう! 壁スキップだっ! 壁走りは紳士の嗜みだが、壁スキップは紳士の憧れなんだよ!」

「そ、そうなんか。そんな涙目にならんでもええやろ」

「涙目になんかなってねーよ! これは、季節はずれの花粉症なんだよ!」

「そ、そうか~、それはしゃーないな~」

はやてが困った様な顔で、俺の頭を撫でてきた。

「くっ、撫でられたからって惚れたりしないんだからねっ!」

「はいはい」

尚も撫でられる。そうされると何だか心が落ち着くのが不思議だ。

今、俺は今世紀最大の発見をした。なでポは存在する!

「って、違~う!! こんなんで誤魔化されんぞ俺は!! くっ、そうだはやて、はやてが一番見たい魔法を言ってくれ!」

「一番みたい魔法? ん~、やっぱり一番初めに見たアレやろか。あの舞い散る花びらは、一生忘れへんって思うもん」

はやてが目を瞑り何か大切なものを胸にしまうような仕草で語る。

何それ? あんな魔法に俺の壁スキップは負けたというの?

そんな馬鹿な! 庭の壁をスキップで横切る男と庭を花で満開にした男、明らかに前者の方がすごいだろうに!

くっ、まぁいい、それより他だ。幻術なんぞが俺の一番なんぞ認められん。

「そんなんじゃなくて、他に見たいのだよ」

「他? 正直、あれを超えるもんはあらへん思うで?」

「んなこたーない」

「そんなん言われてもな。あっ、浮くとかどうやろか?」

「浮くぅ?」

「駄目やろか?」

駄目じゃねーが、浮くね。

「……まぁ、しょうがないか」

そう言って、胡坐をかいた。

『フライアーフィン』

そして、ブリックの声と共に上昇する。

「おぉ、本当に魔法使いさんみたいや!」

はやてが目を見開いて俺を見つめ、驚きの声を上げた。

何この感触。俺、唯浮いただけですよ?

いたし方あるまい、そう思い空中でお地蔵さんポーズを取る、

「……ブリック」

『トランスポーター』

「――ヨガっ!」

――瞬間、八神家の片隅から片隅へと瞬間移動した。

「おぉぉぉぉ!! 今のは、すごいで? 驚き的には過去最高クラスや!!」

そう言って、はやてが俺に向かって興奮した表情で拍手をする。

何、この何とも言えない感情は?

……なんだろうこれ、無性にユーノに会いたくなってきた。

あいつは何だかんだ言って壁スキップを認めてくれたのだ。

やっぱり、女に男のロマンはわからない。そうわからないのだ。

「どうしたん? 今のは本当にすごい思うたよ?」

「……何でもないもん」

そう言って浮くのをやめ、再び片隅に向かっての体育座りを始めた。

……今度、ミッドに壁走り協会を設立してやる。

こうなったら絶対に流行らせてやるんだからっ!







――「はやて~、これをあげよう」

はやての部屋で談笑中そう言って、徐に再調整したばかりの融合型デバイスをはやてへ渡す。

チラリと視線の先で本棚にある闇の書を見た。

はやてに魔法というものを見せて早3日。周りを含めて色々と反応を見たが、反応が無いのを見るにそろそろ頃合だった。

「んっ? えーっと、これはペンダントやろか?」

俺から受け取った融合型デバイスをはやてが指で摘み、自分の目の前に垂らしつつ言う。

「おう、森川君3号っていうんだ」

「……また、絶妙な名前やな。ほんで、なんでまた私になん?」

「そりゃ、はやてが可愛いからですよ!」

「……どうせ嘘やろ?」

「半分本気、半分嘘。果汁10%でもオレンジジュースなのだから、すなわちこれもまた真実と呼んでいいのではないかと思う所存っ!」

言いつつ、笑みを浮かべ親指を立てる。

「はぁ、そういう適当なとこ直さな、何時かホンマに誰からも信用されなくなるで? オオカミ少年って知っとるか?」

そう言い、呆れ顔のはやて。

ふむ、オオカミ少年ね……

「……そだね~」

「……どうしたん?」

どうやら少し余計な事を考えてしまったようだ。

一瞬考え込んで正気に戻ったら、何やら深刻そうな顔で、はやてが俺を覗き込んでいた。

「……俺さ」

「……うん、どないした?」

そう言い、はやてが柔らかく微笑む。

「……あのさ……未だに、ムッ○の頭のプロペラの意味がわからないんだ……」

「――そんなん私も、知らんわ!」

はやての声と同時、盛大に頭を叩かれた。

「っ――痛ぇぇぇ。これ以上馬鹿になっちゃったらどうするの!?」

「もう知らん、なってまえ!」

まったくフリードくんはとぶつぶつ言いながら、プンスカ怒るはやてを尻目に考える。

オオカミ少年という話は、嘘をついた少年に対しての教訓なのだろうか?

それとも、その少年を見抜けなかった大人たちへの教訓なのだろうか?

どちらにせよ、結果待ってるのは不幸な結末。

ったく、世の中よく出来てるじゃねーの。

「――まっ、いいからそれを首から掛けてみてよ」

「……まぁええけど、これを掛ければええんやな?」

「ああ」

そう言い俺が頷くと、はやてが融合型デバイス森川君3号を着けた。

「で、これはいったいなんなん?」

「ブリックどうだ?」

疑問顔のはやてをとりあえず無視し、ブリックに状態を確認する。

『親和性は安全値を完全にクリア。他も問題ありません』

「そうか、キル装置は間違いなく問題ないんだな?」

『当たり前です』

「さよか。――よっし、じゃあAMF展開!」

ブリックが待機モードから、通常状態へと変化。

俺の手へと杖状態で収まる。

『アンチマギリンクフィールド』

そうブリックが言った瞬間、部屋をAMFが包んだ。


「――ふむ、こんなもんか。では、はやて?」

「んっ? もう喋ってええんか?」

俺の事を静観していたはやてが俺にそう聞く。

「もちろん。――はやて、これからやることで歩けるようになるはずだ」

「っ――ホンマか!?」

はやてが身を乗り出して確認してきた。

「ああ、本当だ」

「そうかぁ。魔法見せてもろうて、この3日ぐらい何も言わへんから、どう切り出そうか迷ってたとこなんよ~」

そう言って、困った様な顔で笑うはやて。

「うん、色々と準備があってな、ごめん。だけどはやて一つ問題がある。その、何で歩けるようになるのかは言えない」

理由としては簡単だ。今、理由をはやてに述べて、闇の書に対して、はやてが悪感情を持つことを避けたかった。

今の状態の彼女では、闇の書は唯自分を苦しめたデバイスでしかない。

理由がどうであれ、自分を苦しめたよく知らない存在に対して好意的解釈を持つとは思いづらいのだ。

人の強さに賭けるにしても限度があった。

「……そういう言い方するゆうことは私に関する事で言えないゆうことやろか?」

少し考えるような仕草をしてはやてが言う。

「そういうことだね」

「……ええよ。私は、魔法使いさんをフリード君を信じる」

そう言いつつ彼女は目を瞑り、両手で森川君3号を包む様にして祈るように手を組む。

「さよか、安全性は間違いなく問題ない。5段階のシフト融合から――」

「――ええよ。信じる言うたやん。それに、専門的な事言われてもわからへん。最後までフリード君を信じる、それだけや」

祈るような格好のまま、はやては強い言葉で俺の声を遮った。

「……わかった。じゃあ、そのまま森川君3号を起動してくれ」

「どうすればいいん?」

「起動用パスワードを言ってくれ。起動用パスワードは“がんばれ森川君3号”だ」

「……ふぅ、よっし! がんばれ森川君3号!」

――瞬間、部屋に電子音が響いた。

「……ブリック?」

『遮断器正常作動を確認。及び、遮断サージ、森川君3号へ全吸収を確認。分断成功です』

チラリと視線の先で闇の書を見ると何の影響も見られなかった。

……まぁ、まだ正式に稼動して無いし、こんなもんか。

「よし、AMF解除! はやての状態を確認しつつシフタの移動を再開」

『わかりました』

はやての方を見ると、まだ目を瞑ったまま祈るよな姿勢を続けていた。

まぁ、後の処理は全部ブリックまかせだ。

俺が出来る事は最早無い。

「……フリード君まだなんやろか?」

はやてが格好を保ったまま不安そうに俺に聞いてくる

「もうちょっとだな」

「……あんな、出来たらでええんやけど、ホンマ出来たらでええんやけど、……手握ってくれへんかな?」

「……喜んで」

言って、祈るようにして組むはやての両手の上から俺の両手で挟むようにして握る。

今の俺の手も、結構小さいので包み込むと言えないところが何とも苦笑したくなるね。

手の方に向いていた視線をはやての顔の方に移すと、いつの間にかはやては俺の方を見て微笑んでいた。







――さて、どうしたものか。

体はベットの上。俺の目の前には、はやての寝顔。そして、俺の手ははやてに握られてしまっていた。

全ての処理が終わった後、帰ろうとする俺を必死に止めたと思ったらこんな状態になってしまった。

野菜炒めが作れれば人間は生きていけるんです宣言を、かつてユーノへ俺はしたというのに飯に釣られてこのざまだ。

おまけに、飯を食って帰ろうとしたら、服をちょこんと掴んまれて寂しいときたもんだ。

まぁ原因はたぶん闇の書か。リンクを完全に断たれたのだ、無意識ではあるだろうが喪失感を感じることもあるだろう。

チラリと本棚の方を見る。

闇の書は、今や唯の本だ。森川君3号を遮断器にしてリンクをはやて側からはずしてやったのだ。

つまりは、ちょうど根元から電源を強制的に切った形になる。

正式起動してない闇の書側には魔法を発動するだけの魔力は無いため、今の時点では何もすることはできない。

これが、もし正式稼動をしていたならば遮断しただけで、とんでもない遮断サージが発生していたはずだ。

そうなれば、はやては自分の魔力に討ち抜かれて全て終わりになっていたことだろう。

さて、とりあえず今やれる事はこれぐらいか。

はやての方は、明日森川君3号が魔力の完全循環を達成しているかどうかを確認すればもう大丈夫だろう。

その確認をもって、森川君3号の本来の機能である魔力調相と運動バランサーの機能を発動させれば明日にでも歩ける様になるはずだ。

問題は闇の書、いや、本来の名前は夜天の書だったっけか? まぁそれをどうするかだ。

普通に考えれば、そのまま管理局へ通報してお持ち帰り頂ければいい事だろう。

凍結予定を覆して俺自身の通報によって無傷で回収なのだから、最高評議会の鼻を明かせる上に管理局の評価も上がって商売的にも大助かりだ。

それで恐らく新研究所に回されてくる夜天の書をどうにか解析してバグを取り除き、はやてをテスターとして迎え、その上で正式にはやてを夜天の書のマスターにすればいい。

時間は掛かるだろうが、それが一番安全だ。今、俺が見える最善のはずだ。

しかしだ、俺は知っている。彼女には本来家族になるものがいることを。それが、この夜天の書から生まれることも。

はやての年齢を考えると、この時期に居るはずの家族が居ないなんてのは色々と致命的だ。

早くて3年の長期間、彼女の家族を奪う権利なんて俺には間違いなく無いわけで、それを考えるとできるはずがない。

……かといって、あの夜天の書をどうにかできるかと言えば現状どうにもできない。

アレのソフトは古代ベルカだ。はっきりいって今の状態はソフトのコンパイラすら無い状態である。

わかるのは大体のバグの状況だけだ。

覚えてるだけで、確か管理権限つまりはroot権限からどうにもできないのにそのプログラムは動くのだとか。

考えられる最悪な事として、後から継ぎ足したプログラムが異常をきたしたのだから、ライブラリがあってないことだろうか。

ハードにプログラムを継ぎ足す以上、間違いなく夜天の書の仮想マシンで動作確認をしたはずである。

シミュレーションすることなく実装したなんてアホな事をしたのなら手に負えないが、仮にも夜天の書のプログラムを理解した奴がそれはないはずだ。

プログラムは間違っていない、しかしハードに実装したところ中途半端に互換を保ってバグを起こした。

これから導き出せる最悪な事なんてのは、仮想マシンと夜天の書が違う。つまりは、ハードの構成セルが違うということだろう。

10年前に作られたハードに合わせてプログラムを作る。確かに、ソフトウェア上では変わらないように見えるかもしれない。

しかし、ハードウェアは違う。時代によって造る材料は違うわけで、ハードウェア記述言語が読み出すライブラリは常に変化を起こしているのである。

当然その下にあるソフトウェアはもろに影響を受けてしまう。

ハードウェアの影響を抑えるために、OSという枠を設けて、その下でソフトを走らせるのが現代地球では通常だが、デバイスの場合は並列処理するためその限りでは無い。

並列処理の恩恵を得るため一つのOSの下におかず、並列OS状態になるのだ。この状態だとハードウェアの影響をもろに受けてしまう。

外側からスペックが同じように見えても中身が違うのならば、処理の仕方が異なるわけでソフトがバグってもおかしくないのである。

管制人格からは切り離すことしかしか出来ない上に、その管制人格すら追加されたソフトの影響を受けているというのならそういうこともあるだろう。

これなら絶望的だった。ソフトウェアの問題なら解析してバグフィックスを撃ち込めばなんとでもなる。

ソフトってのは所詮は論理演算の集合でしかないわけで、時代によって多少の考え方の差はあれど論理の枠を超える事は無いため、どの時代だろうとどうとでもなる。

だが、ハードに影響を受けてるとしたら古代ベルカの構成ライブラリが必要なわけで、どうしようもなくなってしまう。

当時の、ハードのコンパイラが残ってるとは到底思えない。よって、手に入れる手段がないのだ。

時間を掛けて当時の理論と、構成材料とを照らし合わせて構成セルを考える作業をしないといけない。

後は、仮想OSを用いた場合による互換の問題でのバグか?

これなら手の施しようがあるが、しかし、ハードに実装するのだから仮想ではなくオリジナルをそのまんまコピーして利用してるはずだ。

わざわざ仮想OSでシュミレートするなんてアホなことを、ソフトを入れた奴がやるとは思えん。

まぁ、相手の落ち度を期待するなら、入れたプログラムが間違ってることを祈るべきか。

「ふぅ……」

そこまで考えて、ため息をつく。

どのみち、まだ、内部の解析すらままならない。

考えるだけ無駄っすなぁ。

……猶予を決めるのならば6月いっぱい。後、およそ1ヶ月。

それまでに、何も考えつかないなら、その時は――

「――すー」

「……」

まぁ、いいや。今はそれよりこの状況を脱出する事を考えよう。

どうやら、はやてさん抱き癖があった。俺は抱き枕じゃないっちゅーねん。

これがセクシーなダイナマイトさんなら、当たる感触で嬉しいかもしれないが今の状態だと正直寝苦しいだけだ。

「すー、ふぁ……」

「……」

誰かが言ってた寝顔は天使。あれ間違ってないよ。今、確認した。

明日寝違えてたらどうしようかね? まぁいいか。

「おやすみ~」

言って目を瞑る。

願わくば、どうかいい夢を、っと。






その後見た夢は、子狸にしがみつかれて海に沈んでいく夢だった。










――「先生の許可もろうたで~。現代医学では証明できない奇跡やゆうとったわ」

そうはやてが嬉しそうに言う。まぁ急に歩ける様になったのだから医者にとっちゃ気の毒な話だよね。

今までやったのはなんだったのかってな話だろう。いや、単純に喜ぶのかもしれないかこの場合は。

「そっか、じゃあ明日から予定通り学校に行けるってことか?」

「せやな!」

はやてが満面の笑みでそう言った。

これだけ嬉しそうなら、本当やったかいもあるってもんだ。

あれから一週間、俺はほとんど八神家で過ごしていると言ってよかった。

闇の書の研究は一向に進まないが、はやての日常は加速度的に変わっていた。

歩けるようになった翌日には、街の中を歩いたりしていたのだから逞しい。

歩くたびに微量の魔力を消費してるので、負担掛かるからやめーやと言ってもはやては聞かなかった。

そのおかげで若干ではあるが筋力が付いたのか、今では、バランサーが消費する魔力だけで魔力自体は殆ど使ってない。

後、二ヶ月もすれば、完全に魔力の消費をせずに走る事だってできるだろう。

「まっ、あんまり歩くなよ。ずっと言ってるように今のはやてにとって歩くのは魔法で飛ぶのと一緒なんだ。その分の負担は掛かってるんだからな?」

「わかっとる、わかっとる。でもな、ようやく歩けるようになったんやで?」

「はぁ、まぁほどほどになってこったよ」

それだけ言って再び、目の前のテーブルの上に置いてある闇の書の考察に戻る。

と、目線をはやての顔のドアップが遮った。

「な、なんでしょうか?」

視線の先には、はやてのジト目。

「……何を考えとるのか知らんけど、そんな顔は似合わへんよ」

「俺だって真面目に考える事ぐらいありまさぁね」

言って、少し顔を逸らす。

「そういうのが似合わへんゆうとるんや。そんな余裕の無いフリードくんなんて私は見とうないよ?」

余裕が無い、ね。

俺の心のクレジットカードはまだまだ余裕たっぷりな気がするけども、他人がそう言うのならばそう見えるのかもしれない。

「らしくないのかね~」

「うん、らしゅうない」

深く、とても深くはやてが首肯しつつそう言う。

なるほど、だから何も思いつかないのかもしれない。

よくよく考えてみれば、論理を追って事を為すってのはナンセンスじゃないか。

そんなもの皆やってるわけで、普通以上の解に届くわけが無いのだ。

やるなら先回りを。論理より先に発想を。何時だってそうしてきたはずじゃないか。

わからんものを深く考えたところで無駄だって、さほど偉くない人が言ってた!

「はやて!」

「んっ?」

目の前に居るはやてをヒシッと抱く。

「実は愛してなかった!」

「ええかげんにせぇ!」

はやてのどつきが俺の後頭部を斜め45°の角度から抉った。





「――んでな、その学校やけど、フリードくんはホンマにいかへんの?」

「魔法の世界から来た人間は小学校に通うと、鶴になって飛んで行くっていう伝承があるんだよ」

「……どっかの浦島さんとこの太郎さんみたいな話やな。……嘘やろ?」

「いや、ホンマホンマ」

伝承なのだから今俺が作ってはやてに伝えた時点で、はやてにとっては伝承となった。

なんて便利な言葉なんだろうか伝承。その字面が微妙にカッコいいところもステキだ。

「……そうなんか。でも、それやと家で一人になるんやで?」

どこか不服そうにはやてが言う

「ああ、時代の最先端HIKIKOMORIになろうと思う!」

「なんやそれ。……一緒に学校行くほうが絶対楽しい思うで?」

「いや、ごめんなはやて。布団に包まってNHK教育をずっと見続けるという義務が俺にはあるんだよ」

「……」

俺の言葉に、口をへの字にしてあからさまに不満を表すはやて。

つっこみをしない程には、ご機嫌斜めらしい。ご機嫌がピサの斜塔ってな具合だった。

「――んなことより転校初日なんだからあれだ、挨拶を考えようぜ!」

「……そんなん普通にやればええやん」

そう言ってプイッと顔を背けられてしまった。

「あのなぁ。関西弁喋るのに普通の登場とかどうなの? 皆、あなたに期待してるのよ?」

「……知らん、勝手に期待させとけばええやん」

顔を背けつつ拗ねたように、はやてが言い放つ。

「あほーー!! 小学校の皆、転校生が来るって事で浮き足立ってるんだぞ? サプライズの一つや二つ用意しないでどうする!」

「……」

……無視か、無視キングですか。そうですか。

だが、この程度で俺の心は折れたりしねーぞ。

ちょっとばかり胸の辺りが苦しくなったけど、これは持病の癪なんだからっ!

大丈夫、俺強い子。人呼んで、ミッドの悪夢とは俺の事。

「あれだ、そうだ最初はやはり教室に入るなり『私はあんたらに言いたい事があるんや!』って言うんだ。そんでもって、
『マクドがマックってどういうことやねん! ちっさい“つ”はいったいどっから持ってきたんや! だいたい、どこかのコンピューターの名前と被っとるやろうが!』
『あんな、だいたい中途半端やねん。マック言うんやったらミスドもミッス言うたれ! なんでマク○ナルドだけ特別やねん!』
 っと、半ば切れ気味に言うといい感じに温まるんじゃないかなと思うね」

「――どんなキャラなんや私は!」

そう言って、はやてはしまったという様な顔をした。

「ケンタ人形と一緒に道頓堀に沈む事を夢見る少女です」

「だからどんなキャラやねん! なんでケンタくんと心中せなあかんのや!」

ビシッと音がするような、綺麗なつっこみが俺にあたった。

「……まっ、このように楽しんでらっしゃい。頑張れ友達百人だな」

言って、はやての頭を優しくなでる。

「……百人もいらん。一人目の友達の方が大事や」

俺に撫でられるがまま、はやてが俯きがちに言った。

「んじゃ、仲良くなったら紹介してくれ。それで皆で遊べば絶対に楽しい、そう思わないか?」

その言葉に俯いていた顔を上げ、相変わらず口をへの字に曲げ不満を隠さないが、

「……思う」

そう聞こえるか、聞こえないかギリギリの音量で肯定した。

「なら、頑張って友達を増やしておくれやす~、そう、家で寂しく待つ俺のために!」

言いつつサムズアップをして、にぱっとパーフェクトフリードスマイルを放つ。

はやては、少し目を瞑って考えるような仕草をした後、

「……仕方あらへんな」

そう言って苦笑した。





[11220] 十九話
Name: リットン◆c36893c9 ID:6e7b2e39
Date: 2010/04/29 19:10
「来い、来い、こーいっ!」

太陽がちょうど中天に差し掛かる真昼間、主の不在な八神家の居間で、俺は神聖な儀式を行っていた。

天啓を得るために、両手を頭上に掲げゴッドからの指示を待つ。

「神様、仏様、その他大勢のなにやらわからない神様の皆様、どうかお頼み申す!」

受信感度は、恐らく良好。アンテナの数は3本ちゃんと立っているに違いない。これできっと、モヤモヤした淡い光めいた物が降りてくるはずだ。

このために、昨日の晩から何も食べてない。正式な断食の日数なんか知らないが、とりあえず苦しいと思えばいいのだろう。

ならば、大丈夫。今、俺は最高にお腹が空いている。その状態で、はやてが作り置きしてくれた昼飯の前にいるのだ。

苦しい。なんでこんな苦行をせねばいかんのかわからんほどに苦しい。

なんせ目の前の料理が旨そうだ。暖め直さなくても美味そうなのだから、たぶん美味い。いや、間違いなく美味しい。

「はっ!?」

気が付くと、口の中からよだれが出ていた。

なんて恐ろしいんだ断食。よだれのコントロールすらままならんとは。

いや、げに恐ろしきははやての料理か。なんで料理のくせに輝いて見えるんだ。

「くそっ! もう何でも良いからこーーいっ!!」

占いというものを信じる入社3年目の新人アナウンサーのお姉さんを信じる俺を信じて、祈りという名の雄たけびをあげた。







――「うめーー!!」

おかずを一口食べては、思わず叫ぶ。

美味い、美味すぎる、なんて美味しいんだろうか。きんぴらごぼうがこんなに美味しく感じたのなんて初めてだ。

「こいつはもう味のジュエルシードやーー!!」

言いつつ、感涙してしまう。

感謝しますはやて様。祈る神など元から持っていなかったが新たな神を発見した。

「まさに現代のメシア! メシアだけに飯あ! さらに一文字変えて飯屋!
 はやて飯屋! あはははは、はやて飯屋さいこぉぉぉぉ、超うめーーーー!!」

お茶碗を掲げ、歓喜の雄たけびを上げる。

今日も元気だご飯が美味い。アイディア出ずともご飯は美味い。

だいたい、無神論者が神様に頼ろうとしたのが間違いだったのだ。

やってわかったのなんて、はやての作ったご飯が美味いという当たり前の事だけ。

朝早くやってた星座占いで、今日は神様からの贈り物があるかもしれないとか意味深な事ぬかすから信じちゃったじゃないか。

あくまでちょびっとだけだけど。いや、ほんとにちょびっとなんだけどもさ。

くそ、あの新人アナウンサーめ、もう信じないんだからねっ!

……そういや俺、元の誕生日で占ったけどこの場合どうなるのだろうか?

もしかして、この世界に来た時と誕生日で足して二で割ったりしないといけなかったのだろうか?

「……飯がうめーー!!」

再びお茶碗を掲げ、歓喜の雄たけび上げた。

そう飯が美味い、それだけで余は満足じゃ。満足なのじゃよ。





「ふぅ、食った食った」

言いつつ窓際の床にぺターっとうつ伏せで寝転がった。

ちょうど、窓から入るお日様が当たってぽかぽかする。

食った直後に寝ると、胃にはいいんだとか。ならば寝るしかないよね。

「お休み、パトラッシュ……」

『……マスター、締め切りは今月末』

意識をあと少しで、夢という名の大海原へダイブさせようとしたら、テーブルの上に放置されていたブリックからそんな催促の声。

「――はっ!? ……寝てないよ? ホントだよ?」

言いつつ、床に手をつきむくりと上半身を起こした。

『……』

あれ? なんかジト目で見られているような気がする。

目なんかどこにもないのに、何故かジト目で見られているような気がする。

「八神家不思議発見! よし、頑張ろう!」

床に付いてた手を勢いよく押して立ち上がりつつそう宣言。

そして、窓際に立ち、太陽に向かって左手は腰に、右手は力強くガッツポーズをした。










「荒ぶる鷹のポーズ!!」

片足を床につけ、両手でまるで鷹が両翼を広げ獲物を威嚇するようなポーズをとる。

「……」

なんか違うか? いや違った、これじゃなかった。だいたい威嚇してどうするんだよ。

アイディアさん、もといアイちゃんが怖がって出てこないじゃないか。

「賢者のポーズ!!」

両足を開き、上半身を左に90度傾け、左手は床に、右手は天井へとまっすぐ伸ばす。

これぞ、東洋の神秘。ゼロを生み出した印度直伝のポーズだ。

この伸ばした右手辺りからゼロめいたものが降りてきたに違いない。

さぁ来なさいアイちゃん、怖がらずに僕の右手に降りておいで。

この今や賢者たるフリードさんが優しく包み込んでさしあげよう。

「Come on! AI」

みんな一緒に賢者になろう。そう、ポーズをとるだけで賢者になれる。

今なら毎日30分のレッスンであなたもわたしもみんなで賢者。

悟りの書も必要なければ、遊び人である必要も無い。やったね、アイちゃん!




30分ポーズをとり続けてようやく気づいた。

賢者は別に人気でもなんでもなかったのだ。思えば中途半端だし、何よりかっこつけすぎだ。

賢しき者とかいかにもだろう、そりゃ大魔導師と呼べと言いたくなる気持ちもわかる。

ここはやはりあれだよ、窮状を救うものを召喚すべきだ。今ピンチだしね。

人類の救世主、窮地を救う者と言えばやはり英雄に違いない。

英雄を呼び出しちゃえばこっちのものだ。英雄なんだから普通の人に出来ないことを色々と出来ちゃうのだ。セイントカップワーもそりゃ制しちゃうよ。

「よしっ!」

右手でガッツポーズを取りつつ気合を入れる。

やるは、これまた印度直伝のポーズ、すなわち英雄のポーズ1。

1という以上は2もあるし3もある。つまりは、セットでお得なのだ。1が駄目なら2でいくし2が駄目なら3でいける。

なんというお得感。英雄ワンツースリー、セットでオーダー入りました! 今ならスマイルもおまけでアイちゃんへお届け!

「ふぅ……」

目を瞑り深呼吸をして一拍おく。

さぁなろう英雄へ。心を魂を高みへ、英傑の御霊へと導く。

「――はっ!」

右足を前に膝を曲げて踏ん張り、左足を後ろにピンと伸ばす。そして、上半身は少し後ろに反りつつ両手は上にだ。

もちろん、顔はファーストフード店よろしくゼロ円スマイルである。フレンドリーにいかないとアイちゃんが怖がっちゃうからね。

にしても、流石は印度、一瞬で英雄だ。めんどくさい儀式なんて一切必要がない。これは流行るのもわかる気がするね。

「さぁ、ドンと来いアイちゃん!」

この右足の踏ん張り具合とちょっと反っている上半身あたりが英雄っぽいに違いない。

そう信じアイディアの妖精さんことアイちゃんを待つ。






――「そんな馬鹿な……」

思わず両手両足をフローリングにつき呟く。最早、絶望しかない。

英雄の力ではアイちゃんへは届かなかった。1,2,3全て駄目だったのだ。

英雄は人を救えない、だから人は神という偶像を作ったに違いない。この状態を救えず何が英雄か。それとも、救えるものだけ救うというのが英雄の所業だというのか。

「そんな現実俺は認めねーぞ!」

床に付いていた右手をグッと握ったまま振りかぶり――そのまま床へと思いっきり叩きつけた。

ドンッ!と鈍い音が、主のいない八神家に響く。

叩き付けた拳をそのままに顔を上げると、ふと、部屋の片隅にカラフルな色のなにやら丸いものが落ちていることに気づいた。

「?」

あれはなんだろうと疑問に思い、体を起こしてその物体へと近づく。

「……これはスーパーボール?」

手にしてみて見るとそれは何の変哲もない緑色のスーパーボール。

何でこんなところにと思わないでもないが、この家にははやてしか住んでないわけで、察するにきっとはやてがこれで遊んでいたのだろう。

「そりゃ寂しいな」

思わずその情景を思い浮かべてしまい、スーパーボールを右手でグリグリと弄りながらそう呟いた。

スーパーボールは友達。なんとも悲しくなってくるじゃないか。

もしかしたら壁に向かって、『ほな、いくで? 私、歩けへんから弱めで頼むで?』とか言いつつスーパーボールを当てて楽しんでいたのかも知れない。

「あかーん!! はやて、それは悲しいぞ!!」

思わず目頭を押さえてしまう。なんて不憫な子なんだ。

きっと、あれだな暫くやって思ったように取れないから『そんな早く返されてもぜんぜん取られへんよ! スパボーさんなんてもう知らん!』とか言ってキレてこの場に放置したんだな。

「はやて小学校でたくさん友達を作ってくるんだぞ……」

窓の外を見て遠く想いを馳せるようにして呟く。空が見えていたのなら、はやての顔が見えていたに違いない。

遠い目をしつつ窓の外を見ていて、ふと気づいた。俺を見ているにゃんこがいる。

「……ブリック~」

『感知センサーは4機とも正常稼動です。ログを見てもらえばわかると思いますがいきなりここへ現れました』

「……ふ~ん」

言いつつ、窓の外――ベランダの片隅にいるにゃんこと睨めっこする。

この八神家周辺にしかけた魔力探知機は全部で4機。どれだけ隠そうと空間に動きがあるだけで探知する。

それの反応の限りでは今あのにゃんこは到着したらしい。

じーっとその猫の目を見つめるが、感情は読めない。まぁ俺は猫の感情を読むのに長けてるわけではないのだけども。

にしても、動くならとっとと動いてほしい。この場合は相手が管理局員である以上動いてくれたほうが突っつきやすい。

法の番人は法に縛られる。少なくとも、彼女はここにいる理由を法にそって説明しなきゃならない。

ここにいる以上ロストロギアを闇の書を把握してることになる。つまり、説明は難しかった。

彼女の管轄は少なくともここではないはずである。管轄を超えている時点で令状も何もない単独の捜査、その上相手はロストロギア。

説明できるのならどうぞやってくれってな話だ。それに、グレアムが金をはやてに出してる時点で紐が付いてしまっている。

もし敵対するというのなら、そこを辿って闇の書の存在を知っていて野放しにしていることをだしに、闇の書の被害者及び人権団体を煽って管理局を巻き込んでの大炎上で終わりだ。

危ない橋なのは、彼女も知っているはずである。だからこそ、未だに様子見なのだろう。

「……にゃんこ」

それにしてもだ、と呟きつつ思う。あのかぁいい猫は人に化けられるのだ。いや、人そのものだと言ってもいい。

「……にゃんこ」

言いつつふらふら~っと窓に近寄り、そして開けた。にゃんこは目を逸らさない。きっと、逸らしたら負けかな~と思っている。

尚もふらふらと近寄っていくと2mぐらいのところで猫がビクッとなった。あれだ、猫耳装備の女性がビクッとなった。

かぁいい上に例え姿かたちは猫だとしても中身は成人女性。見つめあいつつ、マジで恋した5秒前。即ち既にフォーリンラブ。いくっきゃないよ猫耳に。

「……にゃんこーー!!」

言いつつルパンダイブを決行した。

「っ――!?」

それに対してにゃんこは緊急回避。そして一目散に逃げ出してしまった。

し、しまった猫耳が逃げたよ! しっぽをフリフリにしながら必死に逃げてるよ!

フリフリフリフリフリフリフリフリしっぽが小さなお尻に合わせて揺れる。その様子に俺の心は、フリる状態。

「……あは~」

にゃんこが俺を誘っていた。ありのまま今起こった事を話すと、にゃんこが俺を誘っていた。

だって、逃げるだけなら尻尾はフリフリしないもん。誘ってないならフリフリしちゃいけないんだもん。

ならば、行かなければならないよね人として。据え膳食わぬはなんとやらだよね。

「待ぁてぇ~」

言いつつ笑顔で駆ける。





――甘い、甘い、甘すぎる。

現在ここは山の中腹辺り。走り回ること2時間半、ついに捕獲に成功した。

「っ――!?」

必死に暴れるにゃんこに対してスリスリする。そりゃもう小学生男児の手加減のないスリスリだ。

小学生ゆえに限度をしらないのだよ、申し訳ないにゃんこよ。

「っ――」

「ひゃっほーい!!」

爪で引っかこうとしてきたので、思いっきり抱きしめてゴロゴロした。地面をゴロゴロしてやった。

回る、回る、世界は回る、グルグルグルグルグルグルと。愛でる彼女と二人でメリーゴーラウンド。

「にゃ゛ぁぁぁぁぁ」

「HAHAHAHAーー!! 楽しんでるかいハニー?」

「にゃ゛ぁぁぁぁぁ」

脳内版猫語辞典第6版によると今のは……

なるほど最初のは最高よダーリンで次のは、楽しいけどこんなに回されたら私……か。

「OK、ハニー任せとけ! まわっちゃえよ、YOUもっとまわっちゃえよ!」

「にゃ゛ぁぁぁぁぁ」

なにっ!? 駄目これ以上は! ……だと!?

これは行けということか、いけということなのか! しかたあるまい、俺も男だやったろうじゃねーか!

「……南無三!」

下へ下へ、下山を開始。君と僕とのコーヒーカップ。回してるのは僕。そして、翻弄される君。

きゃははうふふの隣同士あなたと僕はチェリーブロッサム。

回そう、回そう、彼女への愛の限り。

「にゃ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

そんな……流石にそれは照れるぜハニー。


――彼女が果てるまでそれを続けた。



転がり落ちて山の麓まで来てしまった。すこし移動するだけでもう海鳴の街中へと入れる。

「……」

俺に愛されたにゃんこはぐったりしていた。愛し合った結果がこれだよ!

……まぁ少々可愛がりすぎた気がする、なんか気絶してるし。

とりあえず、最後まで猫で居続けた彼女に乾杯。いや~、すんばらしいにゃんこ魂でした。

「――その猫を返して頂けますか?」

背後からそう言われたので振り返ると仮面の男。

「……え~、もう俺が飼うって決めちゃったし」

「……その猫は私が飼っているものです」

マジか。マジでか。飼っちゃってるのか、姉妹で主従関係か! にゃんこスレイブなのか! シスタースレイブなのか!

……そうか、そうだったのか。愛の形は自由だもんね。そっかぁ……ふぅ、よし落ち着いた。

「でも、証拠がないじゃん」

「……では、これを見ていただけますか?」

そう言って、仮面の男が持ち出してきたのは闇の書に見える本。八神家の居間のテーブルの上に置いてきた奴だ。

なるほど、俺たちが追いかけっこしているうちに取ってきたか。

「んな偽者見せられてもな~」

「!?」

仮面の男が狼狽したのが見えた。仮面越しでもまるわかりなのだからよっぽど驚いたのだろう。

「そりゃそうでしょ、危険なものを放置する馬鹿がどこにいるのよ」

「そんなまさか……ダミー!?」

「んにゃ、ダミーっていうか俺の発想引き出すためだけに概観だけ作った張りぼてだね」

セキュリティー上の問題もあるが、なによりはやてと物理的距離を離すために既に闇の書は八神家にはない。

「……あれが、どんなものかわかってるの?」

仮面の男は既に言葉遣いが男のものではなかった。まぁ元よりあんまり意味はないとおもうんだけどね。

「わかってますよ~、少なくともいざとなれば液体ヘリウムにつけて氷付けにしようと思ってるぐらいには」

別に魔法を使わずとも絶対零度に近い物質は存在する。まぁ現代地球のBCS理論では破綻を起こす不思議物質なのだけども。

それに、バンドレスで素子限界が絶対零度だっていう可能性だってあるので冷やしてどうこうなるかは非常に懐疑的だったりね。

ここらへんは解析しなきゃ話にならないからな~。

「まっ、いっか。はい、あなたの猫」

言って、俺の手の中でぐったりしていたにゃんこを手渡した。

受け取った仮面の男はそのにゃんこを静かに見つめ、なにやら考え込んでいる。

「……」

黙り込んでしまったので、それを暫く見つめた後、これ以上の会話は無いと判断し街のほうへと身を翻した。

「……待て」

と、5m程歩いたところで背後から声が掛けられる。

それに対し、顔だけ相手のほうへ向け、

「なんかよう?」

「……協力する気はないか?」

「何のことだがさっぱりわからないよ」

それだけ言って再び前を見た。

「…………後悔するぞ。全てが思いどおりになると思わないことだ」

歩みを再開させると背後から、そんな言葉が俺に掛けられる。

「……思いどおりになんていかないから人生楽しいんじゃない。人がやる以上100%なんてない。だから足掻くんじゃないのかと思うけどね、生きてる人間は」

相手のほうを振り返らず、少し空のほうを見上げ悩むような素振りを見せつつそう返した。

「……」

背後から返答の様子が無いことを感じ取り、再び歩き始める。


今度は声が掛けられることはなかった。





鼻歌を歌いながら、八神家のほうへと向かう途中、ポケットの中に右手を突っ込むとあるものに気づく。八神家にあったスーパーボールだ。

「ありゃ~何時の間にこんなとこに」

にゃんこを追いかける際に、ポケットに突っ込んじゃったか。

ポケットからスーパーボールを取り出し、右手の中でゴロゴロと回転させる。

俺の右横には人様の家のブロック塀。ふと思う、このスーパーボールを投げてみたらどうなのかと。

なんて事はない、ただの興味。ボールなんだから投げてみようよってな思い込みだった。

「よしっ! おりゃっ!!」

気合一撃、スーパーボールを投げる。

投げたスーパーボールは、すぐさま人様のお家の塀をてめぇこの野郎とキックをし勢いよく跳ね返ってきた。

「っ――」

タイミングがよかったのか、ちょうど俺の手に飛び込むスーパーボール。

少し驚く。手をまったく動かさずとも、その場に戻ってきたのだ。メロスもびっくりの確実な戻りっぷりだった。

「……」

思わず無言でスーパーボールを掴んだ右手を見つめる。

あれっ? ちょっと、楽しいよ?

そして再び、塀へと振りかぶった――




ようやく見つけた。いざ、探してみるとこんなに見つけにくいものだとはね。

古びた建物を見渡し感慨にふける。探し回る事1時間半、ようやく探し当てたのだ。

太陽は既に傾いており、恐らくはやてはもう帰宅している事だろう。

「おばちゃ~ん、あれ101個くださいな」

店に入るなり、店の奥に座る建物と一体化したような気配のする老婆へとお目当ての物を指し示しつつ言った。

「あんれ、外人さんがまた珍しい」

少し間延びする声で老婆がそう返す。

「いや~、あれの魅力はわが国でもホットでクールでアウトオブ眼中ですよ!」

「はは、そうかい、そうかい」

老婆が笑いながら、腰が悪いのか腰に手をやりつつ鈍い動作で俺が指し示した物へと向かい、

「色はどうするんだい?」

「なんでもイイヨー。カラフル! カラフル!」

「そうかい、そうかい」

笑いつつ老婆はそれを取り、すぐそばにあったダンボール箱に詰めるという作業をする。

俺はその作業を見てる間、ずっとカラフルを連呼し、それを10回言う中の一回をリリカルに変えるという作業をし続けた。


「――はい、どうぞ。でも、本当に101個も買うのかい?」

ダンボール箱に詰めた後にそれを言うのかと思わないでもないけども、

「ミーとディスは友達ネ。ボールはフレンド!」

サムズアップをしつつ笑顔でそう返した。






――「はやて~」

ダンボール箱を両手に持ちつつ、はやて家の玄関へと駆け込む。

目の前には、自由に使っていいからと、はやてに合鍵を貰ってからというもの俺にとっては当たり前の八神さん宅……とはならなかった。

何時もとは違う光景。何故なら目の前には、少女が腕組みをして仁王立ち。

「……鍵も掛けずにどこいってたん?」

ご立腹振りを全開のはやてさん。

「……猫を追いかけてました、サー!」

「……鍵も掛けずにか?」

「しっぽをフリフリする猫を慌てて追いかけたら、鍵をかけ忘れたんだよ」

慌てて駆けてく愉快なフリードさん。皆が笑っていたかどうかは知らない。

「……ホンマにしっぽのフリフリに釣られたんか?」

「おぅよ」

胸を張りつつ肯定する。間違いなく俺はフリフリに釣られましたとも。ええ、釣られましたともさ。何故なら、そこにフリフリがあったからね。

「まぁええ、いや、よくあらへんけどそれはええよ。で、泥棒さんが入ったらどうするつもりだったんや?」

「大丈夫、本当に泥棒が入ったらこの家攻撃するから」

現在この家の総合セキュリティのマザーはブリックだ。仮面の男が入れたのはブリックの判断なのだろう。

「攻撃?」

「おぅ。かも~ん、ブリック!」

そう言って、左手で抱えるようにしてダンボール箱を持ち、空いた右手で指を鳴らす。と、俺の持っているダンボール箱の上にブリックが現れた。

居間からここまでの極短距離転送。この距離なら転送も楽にできる事を確認しつつ、

「んで、例えばこんな感じ」

そう言って、ブリックに指示を出す。

すると、――瞬間、天井の一部がパカッと開きバネの付いたロケットパンチが飛んできた。

俺とはやての間の地面を勢いよく叩いた後、ビヨーンビヨーンと伸縮して――ロケットパンチは俺達の目の前で止まった。

「――なんでこんなもんが私の家についとるんや!?」

「えっ、そりゃ俺が付けたからでしょ」

「何してくれてるんよ!?」

「そりゃ警備でしょ。だって俺自宅警備員なんだぜ? セ○ムの代わりに働かないとね。
 はやて、ほら、フリードしてます――」

「――あほぉぉーー!!」

「ぐはっ!」

セ○ムしてますかをもじってフリードしてますか、て言おうとしたらはやてに殴られた。グーで、ロケットパンチが。

そして、そんなはやてに殴られた可愛そうなロケットパンチ略してロケパンちゃんは、父さんにだって殴られたことなかったのにと俺に直撃した。

父さんすなわち俺、息子ことロケパンちゃんに殴られた。俺の父さん……は物心ついた頃から居なかったからわからないが、母さんにだって殴られた事なかったのにっ!

「……酷い、なんて酷い。ロケットパンチに殴られたのなんて初めてだ」

よよよ、と頬っぺたを押さえつつ玄関の扉にしなだれかかる。

「私もロケットパンチを殴ったんなんて初めてや!」

なんてこった、はやての初めてロケパンちゃんに奪われた。そして、俺のお初もロケパンちゃんに奪われた。

「こうやって、みんな薄汚れていくんだね。高校生の頃にはもう立派なダークエンジェルよ」

「意味がわからーん!!」

はやて、大人の階段上る君はシンデレラだからって成長しすぎだよ。

少女だと思う暇も無くダークエンジェル。灰かぶり姫は、ガラスの靴履く前から既にヘブン状態ですよ。

階段上るたびにヘブン状態、一段上がるとヘブン状態、踊り場でもヘブン状態、毎日がヘブン状態。もうヘブン姫。

「はやて、ヘブン状態!」

「私、ヘブン状態!! てっ、よーわからんことさせんなや!! それに今、ヘブン言うより気分的にヘルやヘル!」

わからないといいながら何やらよくわからないポーズまで取ったはやてに乾杯。

そして、ヘブン状態が何かわからなかったことに僕は心の中にある消しゴムでダークエンジェルのダークの文字を消した。

「まぁ、そんなことよりはやて」

言って、むくりとダンボール箱を持って立ち上がる。

「そんな事やなーい!! 大事な事やっ!! 一緒に学校にいかん思うたらなにやっとるんや!!」

はやてが言いつつ俺に詰め寄る。お互いの顔の距離、およそ25cm。

「それで今日の成果ですよ!」

お互いの顔の間にずずいっとダンボール箱を割り込ませ、はやての目の前に差し出す。

これで、このお姫様もご機嫌になるに違いない。なんてたって、車椅子時代の旧友がたくさんだ。

「……これはなんなん?」

「はやてのお友達でさぁね」

「友達? ダンボール箱に入る友達なんか居てへんよ? あっ、本なんやろか?」

「もっと素敵な友達サ」

言って、ダンボール箱を開ける。そこにはスーパーボール大家族。

これをひっくり返すと総勢100名による色の祭典が行われる。大家族による血で血を洗う祭りという名の争いだ。

今、101個目にあたる曽祖父が外部からの何者かの手によって、トラックにはねられ転生してしまい欠けてしまったので、争いの主原因は曽祖父の遺産相続である。

ちなみに、曽祖父を殺った外部の何者かは、銀髪をしており供述では思わず投げてしまった今では反省していると語っているという。

また、転生先にはサ○マ式ドロップスが選ばれるとのことだ。銀髪の供述の続報によると、なんとなく飴ちゃんに似ているからとのことらしい。

「これは……スーパーボールやな。それもたくさん」

はやてが言いつつ緑色のスーパーボールを手に取り首を傾げる。

「そう、お友達、スパボーさんこんなに繁殖されてしまいました。今では跳ねる度に一つ増えるのではないかと巷では噂になってます」

「どこの巷か知らんけど、何でこれが私の友達なんやろか」

「えっ、だってスーパーボールは友達じゃん」

「……」

何でそんなジト目で見られないといけないのだろうか。

あぁそうか、喧嘩別れしてしまったもんな。そりゃ気まずいよ。

「はやて、あのな許すこと、時にはこれも重要なんだ。スパボーさんだってきっとあの時のことは後悔していると思うぞ?」

「……これはどこでこうてきたん?」

「そりゃ、駄菓子屋ですけど」

「さよか、じゃ、返してきーや」

はやてが笑顔で告げる。怖いほどの笑顔だった。

「えっ、この100人の友達を――」

「――返してき」

俺の言葉を遮り、怖いのステータスを増しつつ笑顔ではやてが言う。

「はやて、あのな友達100人できるかなとかいう歌詞の歌があるだろ? あれな歌詞の中に100人で食べたいなってあるじゃない。
 これおかしいよね、自分を含めたら101人なわけだよ。つまり、あれはさ、100人友達がいたら一人くらいは存在を抹消したくなる友達が出来るってことなんだよね。
 はやて、このスーパーボールでそれを検証するのもいいかもしれないぞ? そんでもって最終的には、いらない奴なんていないんだ的な結末が、たぶんまってる」

それに対し唯、はやては笑顔で一言。

「せやな、わかったから返してき」

「はやて、あのな、実はなこいつらの曽祖父をじーちゃんを殺っちまってな、もう引くに引けないんだよ。
 俺がこいつらの面倒をみなきゃ誰が面倒を見るというの?」

「わかった、じゃあフリードくん家にもって帰り。この家にそんな大量のスーパーボールはいらへん」

「えっ……それはちょっと……」

言ってスーパーボール大家族を見る。これを家に? 研究室化しているあの家に?

駄目だ、そんなの駄目だ。研究室にある余計なものは、ゲーム機と野球道具一式と古来より決められているのだ。

未だかつてスーパーボールで遊ぶ研究員なんぞ見たことが無い。

「……はぁわかった、じゃあこの家にそれは置く、唯、学校もいく。それならええよ?」

「それもちょっと……」

「どっちか選びーや。こんなんやってるんやったら絶対、絶対、一緒に学校行ったほうがええと思うよ?」

はやての態度は頑なだった。目も態度も全て母ちゃんそんなの許さへんでってな感じだった。なぜにそんなに厳しいのか。

スーパーボールの一個や飛んで100個、大きいお家なんだしいいじゃないか。

何時か、何時か、遊ぶ日が訪れるに違いないというのに。ちゃんと俺がこいつらのお世話もするというのに。

「くっもういい、ぐれてやるーー!!」

「あっ――」

ダンボール箱を右手に持ち玄関を左手でバタンと勢いよく開けて外に出た。

駆ける。時刻は既に逢魔が時。遠くでは、豆腐屋さんのラッパが物悲しく聞こえ薄暗くなりかけた夕焼け空を流れていく。







――とぼとぼと街中を歩く。右手には未だにダンボール箱。

どうしようか? 抱えるダンボール箱を思わず見つめる。

このスーパーボール大家族を路頭に迷わすわけにはいかない。俺にはこいつらを最後まで見届ける義務がある。

こいつらの長である曽祖父を殺したのは俺だし、何よりここまできたら情だって移るというのものだ。

俺の家ということも考えたが、やはり駄目だ。あそこは今は戦場である。戦う意思の無い奴など邪魔なだけだ。

そんな奴がそばに居たら、俺はついついそいつに引っ張られて、一人壁当てをやってしまう。総勢100個による壁当てだ、そんなもの楽しいに決まっている。

俺は誘惑を断ち切れる聖人君子では無いし、遊んで欲しそうな顔でスパボーさんに見つめられたら間違いなく耐えられないだろう。

俺があのとき、こいつらを見つけていなければ、こいつらにあっていなければ、こんなことにはなっていなかったのかもしれない。

「……ごめんよ、おまえら」

今はダンボール箱の上部分を閉めているので様子を窺うことのできないスーパーボール大家族へと呟いた。

言って数瞬、力無く首を振りため息をついた。何も解決しない謝罪など、自己満足でしかないのだ。さらに言えば、やったことへの大きさで言ってしまったのなら余計に性質が悪い。

ごめんですむならば警察はいらない。誰が、最初に言ったのかは知らないのだけどもそのとおりだと俺は思う。

ごめんという言葉で生じた責任が軽くなることは決して無い。だからこそ果たすべきことを果たさなかった者にはペナルティが与えられるのである。

ならばこそ、謝罪ではなくできることをしなけらばならない。恥を忍んででもやらねばならないことがある。

俺には終ぞ出来そうにない、彼らを、スーパーボール大家族の生きていける場所の提供をどうにか果たす。

「……頼んだぞユーノ」

己の手で出来なかったことを親友に託す。世話を出来なかったものを親友に預ける。

下の下の策であり厚顔無恥もいいところではあるが、仕方が無い。俺にはもう彼らをどうにかできる術がないのだ。

このまま切り捨てて見捨てるよりはまだ親友へと預けた方がいいだろう。恥も外聞もないが、これが俺が彼らに出来る精一杯だった。






決意を胸にやってきたのはコンビニ。郵便局は既に閉まっていたため宅配便で送ることにしたのだ。

コンビニの片隅で、発送伝票を書く。送る場所はなのはのお家と。実はあの野郎、なのはのところに未だにいたりする。

数日前に居場所を確認したときは、やることやってんのなと嬉しく思ったりもしたが、今となっては心が重いだけだ。

ユーノが彼らを秘密裏に抱え込むぐらいの余裕はあるかもしれないが、しかし、それでも一家族それも大家族を入れるのだ、心配は尽きない。

一番いいのは、高町家の皆様が彼らを受け入れてくれることだが、いや、これは期待しないほうがいいだろう。期待など、責任を親友へと放棄してしまった時点でしてはいけないのだ。

「――フリードくんだよね?」

「っ――!? ……なんだなのはか」

突然、声を掛けられたので驚き振り向くと、そこには栗色の髪を両サイドで短く縛った少女。

「む~、なんだ、じゃないよ!」

「ごめんな今、ちょっと忙しい」

そう言って、再び発送伝票を書く作業に戻る。えっと、後は差出人か。やはりここは“あなたのファンです”が正解だろう。

「えっと、えっ、なのはのお家?」

なのはが俺の手元を覗き込んで、聞いてきた。

「あーー! 覗きは犯罪なんだぞ、おらぁ!!」

覗き込んでいたため、ちょうど俺を上目遣いで見ていたなのはのおでこへとデコピンを放つ。

「っ――、いったぁーい!! ちょっと見ただけなのに!!」

おでこを両手で擦りながら、半泣きで抗議するなのは。

「覗いた奴はみんなそう言うんだよ! ちょっとだけだよ、ちょっとだけなんだからとか言いながら既にあなたは暗黒面に落ちちゃってます」

「そんなことないもん!」

「俺には見える! 未来で、ちょっと頭冷やそうかといいながら後輩どついてる姿が!」

「そんなことしないよ!」

「するね」

「しない!」

至近距離で睨み合う。

「……ふ~ん、なのはは暗黒面には落ちないんだよな?」

「もちろんだよ」

なのはが瞳を逸らさずに言う。その目には不屈の魂が宿っていた。

「そうか……、なのは!!」

言葉と同時、なのはを強く抱きしめる。

「にゃっ!?」

「俺の話を少し聞いて欲しいんだ」

「ふぇ、えっ、えっ、お話???」

両手をわたわたとさせるものの抵抗は無い。ならばと、

「ある時、俺はある大家族の長を――」

壮大な大家族の話をなのはへと聞かせた。





「――ということなんだ。このままだと100人全員路頭に迷う。なのは、協力して欲しい。」

少しするつもりが、100人分全員のエピソードを喋ったため、軽く1時間以上は経ってしまっている。

その間、なのはは身じろぎもせず俺の話しを真剣に聞いていたため、おかげでお互いの体温のせいで少しばかり二人とも汗ばんでいた。

「……うん、わかった。わたし協力するよ。フリードくん、一人でよくがんばったね」

そう言って、なのはにキュッと抱きしめられる。

「なのは……」

感極まり、俺も抱きしめ返す。

「うん、大丈夫、今度は一緒にがんばろ?」

なのはは顔を少し離し、俺の顔を見つめるようにして言ってきた。

「ああ、なのは一緒に。このダンボール箱に全ての答えが入ってる。家に帰ったら開けてみてくれ」

「このダンボール箱に? 今見ちゃ駄目なの?」

「……ここは人が多い、流石にな……」

俺の言葉になのはがハッとしたように周りを見渡し、

「っ――!!!!」

真っ赤になって勢いよく俺から離れた。

抱き合って15分ぐらいから、死ねよガキ共という視線がいたるところから浴びせられていたのはしょうがないことだろう。

俺たちの周りは生暖かい眼差しと好奇の眼差し、そして、一番多い殺気を感じる眼差しを送る人たちで囲まれていた。

「ふ、ふ、ふ、フリードくん!!」

なのはが俺の事を呼ぶと同時、俺を引きずるようにして手を引きつつ人ごみを掻き分け、コンビニを後にした。








 ――既に、夜の帳が降りており、公園の前の通りに子供の姿は少なく大人達がこの道を通る主役になっていた。
 そして、この道で主役に特段配慮することなく往来の中央で話をする本来は脇役であるなのはとフリード。
 通る人数自体が少ないのもあるが、何より今二人の頭の中にはそんな配慮をするなどという、他人に気遣う思考などなかったのである。 

「じゃあなのは、頼んだよ?」
「うん、わかった!」

 フリードの言葉に元気よくなのはは、白いリボンを揺らしながら頷き返事をする。なのはの両手にはフリードから託されたダンボール箱。それを、大事そうに抱えていた。
 コンビニを出てから30分、恥ずかしさのあまりなのははフリードの手を引っ張りながら落ち着くまで歩き続け、ようやく話が出来たのがついさっきのことだ。
 なのはは、宿題をしている最中に切れたシャーペンの芯をコンビニに買い求めに来たのだが、フリードの話でそれはすっかり忘れてしまっていた。
 すぐ帰ってくるとユーノに告げたことも忘却の彼方に、この秘密の鍵が詰まったダンボール箱の中身で既に頭がいっぱいだったのである。

「じゃあ、また!」
「うん、またね」

 手を振るフリードに、なのはは両手がダンボール箱を持っているため塞がっているので、笑顔で返す。
 何かフリードに言わねばならなかったような気がすると、なのはは思わないでもないが、そんなことは些細な事と思えるぐらいにはダンボール箱の中身が気になっていた。
 
 なのはは、フリードの姿が道の果てに消えるまでその場で見送り、ふいに、辺りを見渡し公園の中に目を移し思う。

(ここなら大丈夫だよね)

 見たところ人は居ないため、なのははこの公園でダンボール箱を開けるを決意した。





 開けて出てきたのは何てことは無いスーパーボール。

 なのはは、最初それを指先でグニグニと弄ったり、地面にぶつけたりしてその正体を確かめた。しかし、何をやってもどう考えてもそれはスーパーボールにしか見えなかったのだ。
 他に思い当たることをあれこれと考えたが、結局なのはにはわからない。これにある答えってのはなんなのだろうか? ユーノくんに聞けば答えはわかるのだろうかとなのはは小首を傾げた。
 
 ふいに、なのははダンボール箱の上に発送伝票があったのに思い当たる。なくさないようにとポケットのなかに入れていた発送伝票を、ポケットから出して広げ注意深くなのはは読んだ。

『備考:このスーパーボールは100人の大家族です。多いです。大変です。大切にしてやってください』

 そんなことが発送伝票には書かれていた。始め、意味がわからなかかったがやがて悟る、これはつまりそういうことなのだと。大家族というのはスーパーボールのことなのだと。
 発送伝票を持つなのはの手がプルプルと小刻みに震える。顔は俯き、表情は読めない。

「……フリードくんの、フリードくんの――」



<<ばかぁぁぁぁぁーーーーー!!!!>>



 海鳴中になのはの念話による馬鹿の一声が大音量で響いた。




[11220] 二十話
Name: リットン◆c36893c9 ID:6e7b2e39
Date: 2010/04/29 19:09
<<ばかぁぁぁぁぁーーーーー!!!!>>


意気揚々と帰る俺にそんな罵声の声が聞こえた。

「んっ?」

声からして今のは、なのはの念話によるものだろうか? 

何やってんだろうかね。叫びたいお年頃なんだろうか、私は腐った蜜柑じゃないみたいな。

誰かに心の叫びを聞いて欲しい。そんな誰にでもあるのかもしれない悩みを思わず吐露してしまったか。

俺も昔は耐え切れずに叫んだものだ。

思い出すのはそう、あれは何時の日だったか、確か高校生に上がったばかりの頃だった。

学食にかけうどんがあったわけだけど、いや、まぁかけうどん自体は別に珍しくもないメニューなのだけども。

だがしかし、俺にはそのうどんがどうしても許せなかった。

というのも、そのうどんには生卵が入っていたのである。そう、かけのうどんに生卵だ。

当然俺は思ったわけだよ。かけのうどんに生卵ってのはどういう了見なんだと、おまえさんはどこの月見うどんだよ、と。

そんでもって、一緒にご飯を食べていた友人に俺は抗議をしたわけだ。このかけうどん、お月様見えちゃってるよ? かけうどんは新月なのに、このうどんは満月ちゃんなんだよ? ってさ。

そうしたら、友人の彼はラッキーじゃんと返したわけだ。それを聞いた俺は、おまえちょっと待てよと思わざるを得ないわけだよ。

俺はかけうどんを食べたいだけなのに、なんで今、月は見えているかってなうどんを食べなきゃならんのかと。

そう思ったら最後、目の前の満月ちゃんからマイクロウェーブよ。即ち、学食のおばちゃんにサテライトキャノンなわけだよ。

あれだ、ありったけの勇気で、おばちゃんにうどんを差し出して『これ、生卵がっ!』と、指差しつつ必死にアピールしたのさ。

そうしたら、おばちゃんにっこりと笑い俺のうどんを取り上げて、あろうことかもう一個生卵を入れやがったのよ。

はい、て俺にうどんが返されたら、俺の目の前には満月ちゃんが二個、ダブル満月ちゃんよ。もう地球じゃなくて別の星になっちゃったわけですよ。

それを見つつ思っちゃうわけだ、これはどういうことだと。最早、月見じゃくて二個の月が目で顔になってるじゃないか、目が黄色い丸顔さんじゃねーか、てな。

器を頭上に掲げて下から見たり、器を回して卵の揺れ具合を見たりで角度を変えつつうどんを見て、どう考えてもかけうどんではないことを確認し満足した後、再度俺は抗議のためにおばちゃんを見たら、

おばちゃん何を思ったか『内緒だよ?』と、茶目っ気たっぷりの笑顔で人差し指を口の前に持ってきてポーズをとったわけだ。

その仕草があまりにも自然だったから、毒気を抜かれてUターンよ。そんでもって、友人にその手があったか! と、お褒めの言葉も頂きましたとさ。

でもね、やっぱり時間が経てば思うわけだよ。本当にそれでいいのか? 俺はかけうどんが食べたかったんじゃないのか? と。

別にうどん通というわけでもないし、そこまで食べたかったわけでもないけど、こちとら高校入学したての15歳である。つまりは、盗んだバイクで走り出さなきゃならない年頃のわけだ。

考えてるうちに段々と世の中の人間関係の理不尽さに耐え切れなくなった俺は、その日の放課後、屋上で叫んだのだ。

『――おばちゃんの、おばちゃんの、ばかぁぁぁぁぁ、ただ普通のうどんが、かけうどんが食べたかっただけなのにっ!! それだけだったのにっ!!』

とね。思えば、死という概念すらその頃は冷静に見られるようになった俺が、ぶつかった最初の壁だった。

人間関係の難しさを俺は一杯のうどんから学んだのだ。あの時の叫びが心に甦る度に俺は考える。

一つの嘘は一つの事実を作り出し影響を与える。それが優しい嘘であろうがなんであろうが、ありもしない事実には変わらない。

そう、人の優しさが時には毒になったりもするのだと。

「……そうか」

そこまで考えてなのはの叫びの原因に思い当たる。

彼女はスーパーボール大家族の優しさに耐え切れなくなったのではないか、と。

「なのは……」

呟きつつ思う。なんて、悲しいすれ違いだろうか。

そう、俺を例にするのならば、それはかけうどんの値段で月見うどんが食べられたと思うことが出来るだけで回避できる事である。

でも、人間なのだ。どうしたって、どんなに目を逸らしたって、望まない結果に積もる思いはある。

それに耐え切れず、なのはが叫んだとして誰が責められよう。誰が、彼女を非難できようか。

それになのはは、念話を使った。彼女は、心で発散することを選んだのだ。言うなれば、それが思わず魔導師には聞こえてしまっただけなのである。

そう、後は魔法使いさんの心の持ちようだ。この街に在る魔導師の素質を持つ者達よ、どうか彼女を咎めないでください。

<<なのは、なのはの周りの世界は……なのはが思うよりちょっとだけ優しいよ?>>

念話でなのはに話しかける。 そう、この世界は醜くも美しいのだ。

<<――フリードくんのばかぁぁぁ>>

そんな、なのはからの念話での返答。

<<んだとぅ!?>>

<<フリードくんのへんてこ外人さんーー!!>>

「っ――!?」

思わず絶句する。なんてことを……何て事を言いやがった……。

……あぁそうかい、そうですかい、てめぇは俺を怒らせた。これは久しぶりに“キタ”ね。

「待ってやがれ!!」

そう言い放ち、来た道をダッシュで引き返した。







――「なのはのちびーー!!」

人気のない夜の公園に俺の声が響く。

俺の言葉に呼応するように、目の前の少女――なのはがキッと睨み、

「フリードくんも、あんまり変わらないもん!!」

そう言い返してきた。

「がーん」

なんたる事実。思わず、口答でがーんと言ってしまった。

「こ、これから成長するんだよ! 外人なめんな!」

「そういうのを取らぬ狸の……えっと、たぬきの……」

なのはが一生懸命わたわたと手を動かして何やら考えた後、

「た、たぬきさんって言うんだよ!」

左手の人差し指を俺にビシッと突きつけてそう宣言。

「言えてないわ!」

それに対して、即座にデコピンで反撃した。

「っ――いたぁーい!! また、やったっ!!」

半泣きでおでこを両手で押さえつつそう抗議してくるなのは。

「取らぬ狸の狸さんってなんだよ! 狸を取らないことを是とする狸さんのことか? カッコいいな、思わず惚れるわ!」

きっと、戦争か何かがあって同士討ちを後悔した狸さんに違いない。

俺の脳裏には狸が狸を殺す時代は終わったのだと説いて回るたぬきさんの姿が明瞭に浮かぶ。

「う~、えいっ!」

俺が、たぬきさんかっけええ! と、浸っているとなのはが何やら言葉と共に投げてきた。

当然、俺はそんな物当たるかと避け――

「――あ゛ーー、幸造さーん!!」

避けつつ見えたのは間違いない、スーパーボール大家族の父親的存在、幸造さんだ。

夜の闇に消えていった幸造さんを俺は唯見送るしかなかった。

なんてことを、なんてことを! 幸造さん、小学生女児の魔手によって社会的に抹殺されちゃったよ!

「おまっ、幸造さんは――」

「――えいっ!!」

言葉と同時、なのはが何やら投げるが俺のすぐ横を通り抜ける。

「あ゛ーー、フレデリーーック!!!!」

あの特徴的な黄色は間違いなくフレデリックだ。海外からわざわざ日本に、単位互換制度を利用してこの春留学してきたのだ。

フレデリックは日本の先端技術に興味があると家族に話していたのだが、それは建前であって本音ではなかった。

“ワターシハネ、この夏AKIBAデビューYO、ニョローン”という口癖からわかるように、フレデリックの目的は日本のとある文化だったのである。

あんなに目を輝かせて夏の訪れを待っていたというのに、小学生女児の魔の手によってまたしても!

だから、だから、日本はロリを推奨しているわけではないとあれ程言ったのに! 悟りを分解して小5ロリになるのは偶然だとあれ程言ったのに!

「何すんだよ!! フレデリックは、フレデリックは、へんてこ外人だけど、いい奴だったんだぞーー!!」

「そんなこと知らないよ!! それに、へんてこ外人さんはフリードくんだよ!!」

「がーん」

あまりのショックにまたしても口でがーんっと言ってしまった。

なんつーことを、仰るのだろうかこの魔王様、前科2犯は。

たまに、たまに、だけど本当にたまにな訳だけども、せめて独眼竜眼帯だけは外したほうがいいのかもしれないと思ったりもしたわけだ。

でも、それは自分でへんてこだと思ったわけではなく、いや、本当に思った訳でもなく――

「――ええーい、とにもかくにも、俺を怒らせた!! 謝れ、スーパーボール大家族に謝れ!!」

「謝らないもん!! それに、謝るっていうならフリードくんが先だよ!!」

「んだとぅ!」

「む~!」

なのはと至近距離で睨み合う。

数秒見詰め合った後、一旦視線をなのはから切り、

「……ふっ、仕方あるまい、ここは恨みっこなしのじゃんけんで勝負だ!」

再びなのはの目を見つめてそう宣言。

「……いいよ、恨みっこなしだよ?」

対して、俺から視線を切ることなくそう言い切るなのは。

「ああ、さて勝負事だ。勝ったらなのはにしてもらいたい事がある」

「……謝ることかな? うん、いいよ」

「あほぅ! んな、もんじゃねー! 俺が勝ったら、俺が勝ったら! なのはは明日一日何か言うたび語尾にデビルフィッシュって付けやがれ!」

「えーーー!!」

「朝起きたら、おはようデビルフィッシュだ! アリサちゃんおはようデビルフィッシュ、すずかちゃんおはようデビルフィッシュと、笑顔で恥ずかしがらずに言うんだ!」

「そんなの嫌だよ!」

「うるせぇ!! 明日から晴れて、なのはもへんてこ外人の仲間入りだ!」

「それは、へんてこ外人さんじゃなくて、変な子だよ!」

「変な子プラス外人要素が入ってるからいいんだよ! 後、ちなみに負けたら名前は高町・D・なのはだから」

「嫌だよ! それに、えっと、D? でびるふぃっしゅ?」

「いや、それはデストロイだ」

「なんで!?」

「私、高町・デストロイ・なのは、普通の小学校3年生! みんなは畏敬と畏怖を込めてデストロイなのはって呼ぶよ!」

なのはの声真似をしつつそう言った。ついでに、両手でリボンの真似をすることも忘れない。

「……う~」

顔を真っ赤にして、なのはが半泣きで唸る。

その様子をみて俺は勝ったと思う。冷静さを失った時点で勝負事は負けなのである。

舌戦とは相手の心理をかき乱すことと――

「――フリードくんのおたんこなーーす!!」

「が、がーん」

本日、何度目かわからない罵倒に思わずがーんの最上級“が、がーん”を言ってしまう。

「な、なんてことを……」

言いつつ思わず地面に力なく崩れた。

なんせ、おたんこなすだ。そんな、ひらがなでしか表現できない言葉で罵倒されるなんて初めてである。生まれてから今日まで初めてのおたんこなすだった。

「……まさか、まさか、なのはにファーストおたんこなすを奪われるなんて……」

「えっ? ……えっと、だ、騙されないもん!」

「終わった、オワッタ……」

「えっと、えっと……あの、フリードくん?」

そう言って、なのがが気遣うように手を差し伸べてきた。それを見て、

「じゃんけんぽん」

もちろん出すのはチョキ。

「えっ?」

なのはは手を差し伸べた状態で固まった。

「お粗末さまでした」

言って、立ち上がる。どんな時でもあきらめない気持ちが大事らしい。

どうやら勝利の女神は俺に微笑んだようだ。

「えっ、えっ、えーーーー!! ち、違うよ? 今のは無しだよ?」

「勝負に待ったはありませんよ。ましてや敗者がそれを言うなど」

やれやれといった感じでポーズをとりつつ言う。

「……」

対して、なのはは頬をめいいっぱい膨らませた後、俯いてしまった。

……ふむ、なかなかにまずい気がするね。なんか前にもこんな事があった気がするし。

「……さて、冗談はさておき、魔導師なのだから魔法で勝負でもしましょうか」

「……」

なのはは答えない。ずっと、俯いたままだ。

「なのはー、なのはさーん」

「……いいよ、どうせフリードくんは真面目にやらないもん」

若干顔を上げるも目を俺に合わさず、地面を見るようにしてなのはが言う。

なんてこったい、やさぐれてしまった。やってられっかってな顔をした小学校3年生が目の前にいた。

「真面目にやるさ。指きりでもしようか?」

「……」

数秒の内、なのはがゆっくりと俺に顔を向け、無言で左手の小指を俺に突きつけて来た。

「おうよ。んじゃ、はい、――嘘ついたら針千本飲~ます、指切った、と」

軽く小指を合わせて指切りを行う。

なのはは、指切りをした小指を数瞬見つめた後、

「……これで嘘ついちゃ駄目なんだよ?」

俺の目を再び見つつそう言って確認した。

「はいよ、真面目に戦うだろ、それに関しちゃ嘘はつかないよ」

「……ん、そうだ、後、フェイトちゃんの事でお話することも約束したよね?」

大切なことを思い出したといった感じで言うなのは。

「……やった気がするね~」

「やったよ。そのお話は後でじっくりやるとして」

「じっくりかぁ……」

思わず天を仰ぎ、夜空に浮かぶお月様を見つめた。

どうやら、指きりで間を空けたことにより頭が少し冷え、なのはは頭が回ってきちゃったようだ。

「うん、じっくりと。それでさっきは言えなかったけど、なのはが勝ったらフェイトちゃんに謝っ――」

「やだ」

「な、なんで!」

「それとこれとは話が別だね~。部外者立ち入り禁止」

「で、でも、フェイトちゃんは――」

「――なのは、覚えておけよ、二度とは言わない。部外者立ち入り禁止だ」

笑顔で有無を言わさず、そう宣言する。

「じゃ、じゃあ、じゃあ、なのはが勝ったら一緒に謝ろ?」

「へっ?」

「だから一緒に! それなら出来るよね?」

「……なのははフェイトに何かしたのか?」

「出来なかった事が駄目なんだよ。それに、うん、気づけなかったから、色々と」

なのはが自嘲めいた笑みを浮かべつつそう言った。

「…………どこまで知ってんの?」

「ユーノくんが知ってる限り、かな」

……あの野郎は、どうしてくれようか。きっとあれだな、何かの拍子にポロリと零して“ユーノくんお願い!”の一言で折れたに違いない。

どういう形で伝えたかは知らないが、こう話すということは全部知っていてもおかしくはない、か。

「まぁいいけどね。フェイトは知ってるの?」

「知らないと思う。ユーノくんが言っちゃ駄目だって言ってたし」

ユーノの奴、そこらへんはちゃんとしてるか。

俺の事を話せば、簡単な話フェイトの中で悪者が居なくなる。そうなってしまえば恐らくフェイトは自身を責めることだろう。

それは、あまりに駄目すぎる。責任なんてものは、行動を起こしたものに付随するべきだ。

巻き込まれた側にまで責任が発生するなんてことはあってはならないし、何より行動を起こした側の正義なんて大層なものを考えるなら世の中の犯罪者は大なり小なり持っている。

勝手にテロを起こして、それがよくよく考えたら正しい行動だったなんて考える事には何の意味も無い。

当たり前の話だ。テロと正しい行動はどう考えても一本の線では結びつかない。それを、脚色を加えて全体を暈してみる事で結びつけて見せることに何の意味があるのか。

「なるほど。まっ、結果が全てだよなのは。それ以外は見ないこった。
 それに、謝るぐらいなら最初っからやってないってな。――さて、無駄話はこれくらいにしようか、どうしようかやっぱ模擬戦かねぇ?」

「無駄話じゃないよ! このままだとフリードくんは誤解されたままなんだよ?」

「ふむ、誤解? ゴカイと言えば釣り餌だよね~、俺釣られちゃう? いやんっ」

釣られた情景に思いを馳せて、思わず両頬に手を添えて体をくねらせる。

俺はごかいになーる。魚さん、お魚さんおいでませ。この環形動物門多毛綱に属する動物の一種が、お相手いたそう。

しかし、考えるとあれだ、魚を介してパクッといかれるのか。あれだな、おっさんは勘弁して欲しいものだ。

やっぱり、どうせ食べられるのならば、お姉さんがいいよね!

「…………そんなに信用ないのかな……一人で抱え込んじゃだめだよ……一人ぼっちは寂しいよ?」

沈んだ声に意識を戻して見れば、泣きそうな顔のなのは。

……どうしちゃったのかこの子は。もしかして、自分と重ねているのか?

よくわからんが、この場合俺にはユーノが居るのじゃないかと思うのだけども、あれかペットが隣にいてもしょうがないみたいな。

いや、感傷的になりすぎてそういうとこまで考えてないだけか、もしくは俺は本心では誰も信用してないと思っているのか。

……ふむ、どうなんだろうね? とりあえず、自分でもよくわからないのだから、なのはにわかるわけないと思うのだけどね。

どうしたものかと、なのはから視線を外しふと、公園の入り口の方を見ると、人影が見えた。

「――ふぅ、なのは手を貸してみな」

「?」

なのはが小首を傾げる。

「ほれっ」

そう言って、俺は手を差し出す。

対して、なのははおずおずと手を差し出して、――重ねた。

「んなもんは、一人だと思うから寂しいんだ。少し手を伸ばすだけでこの通り、人の温もりをゲットできる。
 生きてるって言うだけで誰かが手を差し伸ばしてるもんだ。全てに無視されてるとしたらご飯だって食べられないだろ?
 ご飯食べるたびに、米農家の皆さんありがとうと言えばいい。そんでもって、手紙でも出せば返事もくれるかもしれない。
 挨拶すれば、きっと誰かが返してくれる。誰もが無視をするなんて、そんな人間がいるのならば逆に見てみたいもんだね」

なのはが俺をジッと見つめる。

「――と、いうわけで俺は絶対に一人ぼっちになんかならないわけですよ!」

そう言ってなのはと繋いでいた手を引き、

「にゃ!?」

倒れこんできたなのはをそのまま抱きしめた。

「温もりとともに、なのはゲッツ!! おい、そこのへたれ!」

言葉とともに指し示した先にはユーノ。

恐らく、なのはの帰りが遅い上に、先ほどのなのはの念話でここまで急いで来たか。

「なっ、へ、へたれ!? いや、というか、何でここにいるの???」

「そんなんだから、おまえはだめなんだーーー!!」

俺に向かって、どうでもいい疑問を投げかけるユーノに対してそう言う。

そして、一生懸命に目でユーノに向かって合図を送った。

「えっ? ……う~ん、あっ、どうだろ、ご飯はまだだから一緒に食べれると思うよ?」

「ちげぇよ馬鹿! プラン35のAだ!」

そう言って求めるは昔、学園時代にアイデアに詰まった時にユーノとよくやった、女の子に対して困った時のフリードさんの実習講座。

シチュエーション“もし、好きな子が軟派野郎に絡まれていたら亜種編”にあたる、プランナンバー35番のA対応をユーノに迫る。

「えっ? あっ、あー、うん、そうか……えっと、よしっ、何やってるんだよ!」

「……指はどうした、指は」

「あっ、――何やってるんだよ!!」

俺の言葉にユーノが慌てて指をビシッと突きつけて、再度そう言い放った。

「あーん? やんのかてめぇ!!!!」

「えっ、ごめん……」

「違ーーう!! 謝んな!! おまえは正しいのよ? 今、おまえは月光に照らされた勇者様なのよ?」

「そ、そっか、えっ、でも戦闘するの? それは……どうなんだろ、あんまり覚えてないんだけど」

そうユーノが困惑したように言う。

……なんと、使えない。本当に使えない。こいつはあれか、もしかしてあの時見流していやがったのか。

あの時の“わ~、ためになった、ためになった”と、拍手までしたおまえはいったいどこにいったの?

そして、夏場の熱気で最高35度を超える暑さの中、汗だくで熱演した俺のこのやるせない気持ちはどうなるの?

「んっ……フリードくん、ちょっと苦しいよ」

思わず、やるせない気持ちの分だけ抱きしめてしまい、そんななのはからの抗議。

「おう、sorry」

言葉と共に抱きしめていた力を緩め、

「ありがと」

そんな、なのはからの感謝の声をもらった。

何故か言葉と共に地味に密着具合が上がったような気がするけども、いや、そんなことよりだ。

やらねばなるまい。あいつが出来ないのならフォローするまでだろう。

出来の悪い講習生を見放しては、フリードさんの名が廃る。それに、何よりあの夏の日の俺が報われない。

「……ふぅ、致し方あるまい。――ぐはっ!!」

「にゃ!?」

俺は言葉と共に、ユーノへなのはを押し出しつつ後方に3m程、吹っ飛んだ。

「うわっ!! と、えっ、あっ! な、なのは大丈夫?」

吹っ飛んだ先で見れば、なのはを見事にキャッチし無事を確認しているユーノ。

「えっ? 大丈夫だよ? それより、フリードくん――」

「――やりやがったな、この野郎! ちっ、覚えておけよ、このイケメンが!」

とりあえず、無事シチュエーションが進行したのを受けて、そうユーノへ言い放つ。

言葉の中でちょっとだけ相手を持ち上げるのも忘れない。ここが、普通の悪役には出来ないアドリブポイントだ。

「えっ? 何? 誰のこと???」

傍目にわかるように疑問符を浮かべ、ユーノが不思議そうに辺りを見渡す

「おまえだ、お・ま・え!! お前以外にどこに男がいるの!?」

「……君がいるじゃないか」

「そんな揚げ足取りいらんわ!」

「いや、そんなこといわれても……。大体これって無理が――」

「――いやっほぅーー!! ……ふぅ、危ない、危ない。たく、おまえはねずみーランドで中の人も大変だなって言っちゃうタイプの人ですか!?」

「……ねずみーランドって何さ?」

「かくかくしかじかだよ!」

「いや、かくかくしかじか? じゃ、わかんないよ……」

「察しろ!」

「何をさ……」

「だから……、んっ?」

いや、待てよ。呆れ顔のユーノを見て考える。

フェレットをモデルにしたフェレットランドなる物を作ってみたらどうだろうか。

幸い、うちの会社のCMで何時かのユーノの映像を流したが触りは概ね好評だったと伝え聞いている。

これに合わせて、へたれな性格のフェレットっぽい奴を主人公にしたアニメをミッドに――

「……イケる! これはいけるぞ!!」

「……はぁ、君は本当に人の話を聞かないんだから」

「こいつがこうなって、あれがああなって、口癖は……『な、なんだってーー!!』でいいか……うんよしっ、さらば金のなる木!」

言って、ユーノへ手をシュタッと挙げて公園の入り口へと駆け去る。

「あっ、ちょっと、フリード!!」

「えっ、ま、待ってよフリードくん!!」

後ろから聞こえたそんなユーノとなのはの声に、

「おう! じゃあの! あっ、なのは、勝負諸々は預けておくぜぃ!! では、二人とも暖かくして寝ろよーー!!」

振り返り、それだけ言い放ち反転、――そのまま駆け去った。







――『マスター』

意気揚々と今後の算段をしつつ帰宅する途中、なにやらブリックからの声。

「んっ? 何?」

『八神家に生体反応がありません』

八神家周辺に仕掛けた、4機の魔力探知機からの報告を受けてか、そんなことを言ってきた。

「……何時から?」

『出たのは、なのはさんと念話で話した時からです』

「……うん? つまりは出かけたということか?」

『そうだと推測しますが、問題は彼女を尾行する者がいます』

ふむ、なのはの念話が気になったということだろうか?

そして、尾行している奴は間違いなく彼女達だろう。まぁ、この状態で彼女達がなにかをするということは考えづらいが。

「なんにしても、一応心配か。どこに向かってるかわかるか?」

『現在、追跡は出来ていませんが、ギリギリまで追ってみた感じですと、こちらに真っ直ぐ向かってる様に思います』

「なるほど」

ということは、いずれ鉢合わせということか。

『マスター、一つ質問をしてよろしいですか?』

「かまわんよ~」

『では、先ほどなのはさんに言われたフェイトさんの件ですが何故弁護しないのですか? 他人の評価を上げて損をすることなど無いはずです』

「はぁ、なんだそれか……」

思わず嘆息する。こういうのは本当に苦手だ。

自由に生きることを選んで来たのに誤解も何もない。そう思うのならば、それもまた自由だろうと俺は思ってしまう。

死ぬ直前までふざけて生きてきた弊害かどうか知らないが、俺はどうやら他人の評価にそれほど固執しない。

いや、それが他人に迷惑をかける事もあるのだから、悪いことだとは思っているわけだけど。

まぁかといって、直すつもりもさらさらないのだからさらに性質が悪いとはユーノの談。

どうしようもない人間だということは重々お袋の涙の分だけ理解しているが、どうやらそういう生き方が本当に好きなのだから救いようが無い。

そもそも死とかいう今思うと何てことは無い概念を真面目に考えていた小学校の頃に、腐るほど考えた人生というものの俺の最終解は自分本位主義的なもの。

エスと超自我に振り回されるだけの自我に発破をかけつつ、足ることを知る者は富めり、強めて行う者は志有りなんて説いた老子にドロップキックだ。

要は他人の評価を上げるだけの行為をするぐらいなら、自己評価を上げた方が俺の性にあってるというだけの話だった。

「まっ、あれだ、自己満足最強なわけだよ。未来的な壷を作っては飾りの自己陶酔ですよ」

『意味がわかりませんよ』

「そう、だから自己満足っていうのだよ。別に理解を求めちゃいないからな」

『それでは説明になってません』

「そういう時はアレだ。前衛的ですね、て言っとけばいいのよ」

『何がどう前衛的なんですか』

「おう? あそこに見えるはスーパーボール!!」

ちょうど十字路に差し掛かったときに、そこにはどこかで見たようなシルエット。

わーい、と近づき見て見ると、そいつはこれまたどこかで見たような感じがする緑色をしていた。

「う~ん、はっ!? こいつはスパボーさん、スパボーさんじゃねーか!」

『……』

間違いない、この煤けた感じのする緑色は元々八神家にあったスーパーボールのスパボーさんだ。

俺の経験日数6時間の鑑定眼に掛かれば、それは確定的に明らかだった。

「はて、でもなんでこんなところに?」

スパボーさんは手に一人疑問符を浮かべる。

『マスター、右!』

「んっ?」

そうブリックに言われ右を見ると、通路の奥に二人の人影。

目を凝らしよく見ると、

「っ――!?」

はやてが、仮面の男に“何か”されたところだった。

『エラーE8。森川君3号のリンク切れます!』

「んな、馬鹿な!!」

ブリックの声を聞く前に体は既に通路の奥へと駆け出している。

間に合えと思うものの、自分が思うより体は前へと進まない。

「ブリック!」

『アンチマギリンクフィールド』

この短時間にこの距離でAMFが掛かるかは微妙。しかし、どうにか間に合えと強引にはやてへとAMFを展開する。

そんな俺をあざ笑うかの様に、はやてを抱えて仮面の男は、――大きくバックステップした。

「っ――!?」

思わず目を見開いた瞬間、魔力の感知と共にはやてが白く発光し始めたのが見え、




――俺の視線の片隅で、仮面の男がニヤリと笑った気がした。





[11220] 二十一話
Name: リットン◆c36893c9 ID:6e7b2e39
Date: 2012/03/20 03:00
「っ――」

白く発光するはやての目の前で闇の書が顕現していた。

それを確認し、仮面の男ははやてをその場に放置して撤退する。

「くっ」

なんて逃げ足の速い。いや、今は仮面の男の事などどうでもいい、それよりはやてをどうにか――

『マスター、森川君3号の再起動を確認!』

「っ――!?」

今度は闇の書ごと包み込むように、はやてを中心に白色が爆発した。





――「……」

とりあえず、はやての脈を取る。

どうやら最悪の結果ではないようだ。

「ブリック、はやてに異常は?」

『特に問題はありません。気を失ってるだけですね』

「なるほど……しかし、どうにもまいったね」

ホッとしつつ周りを見渡して思わず嘆息する。はやての周りには3人の女性と一人の男性。

つまりは、闇の書の守護騎士達が顕現していた。問題は、その守護騎士達が全員気を失ったように倒れていることだろうか。

「まず、なんで闇の書がここに来れたのか」

リンクを外した上に物理的にも離した、これでここに来られたら俺がやったことなどなんだったのかという話だ。

それに、この倒れてる連中はなんなのか意味がわからない。

『闇の書に関しては、どうやらはやてさんが呼んでしまったみたいですね』

「んっ? それはマジか?」

『はい、魔力の流れからすると間違いないでしょう』

と、いうと生命の危機を感じて無我夢中で周囲に魔力をぶちまけたところに、闇の書が答えて遠隔起動したか。

長年リンクしていた絆なのかなんなのか知らないが、よくもまぁってな話だ。

「んで、この状況はなんでか推測できるか?」

『ええ、闇の書と森川君3号がはやてさんを通して融合してしまっています』

「はぁ?」

『ですから二つの融合型デバイスが起動してお互いに干渉しあっています。
 確認事項として、闇の書,森川君3号共に物理的なダメージを確認。また、森川君3号はシステムエラーA80,B11を確認。
 セキュリティ機構への甚大なダメージが予想されます。恐らく干渉状態から見ると闇の書も同レベルのエラーを起こしてるものと思われますね』

「……なるほど」

言って再び嘆息する。森川君3号は仕方がないとして、闇の書が物理的なダメージを回復できないのであればそれは色々と大問題だ。

起動時に命令が生きれていれば転生機構の発動も考えられたが、どうやらそれどころではないらしい。

「んで、はやてへの影響は?」

『森川君3号の調相器としての機能は生きてますので、それが死なない限りは大丈夫かと』

「さよか」

つまりは、予断を許さないわけね。

どうにか最悪一歩手前で踏みとどまっちゃいるがこれは……

「んっ、フリードくん……か?」

「おっ、はやて。気がついたか」

「えっと、私……な、なんやこれ!?」

はやてが周りに倒れてる奴らを見渡して言う。

「いや~、仮面を付けたやつの通り魔的犯行ですかね」

「!? そ、そや、あの仮面のはどこいったん?」

「そりゃ仮面付けてるんだから仮面舞踏会かコスプレ会場かじゃないかな?」

「このご時勢に仮面舞踏会はないやろ……て、ちゃう! ちゃうよ! そんな問題ちゃう!
 どないしよ? 絶対あかんよ、これ。えーい、落ち着け私! 落ちつこ、フリードくん! そや、これ110番呼ばな! えっと、110番は、何番やったっけ?」

大慌てではやてが携帯をポケットから出しつつ、そう俺に聞いてくる。

「117かな」

「117やな。1、1、7、と」

俺の言葉を受けて、はやてが確かめるようにして両手で携帯のボタンを押していった。

「……フリードくん、なんとな、今8時21分やて」

「40秒をお知らせするとこと見たね」

「残念、21分ちょうどや、はずれてもうたな~。て、ちゃーーう!! こんな時に何させるん!?」

「時刻の確認。よい子はお家に帰ろうぜ~」

「暗いし、せやな! ……だから、ちゃーう!! この状況でそんなんやってる場合ちゃうよ! はよ、110番呼ばな! 110……あーー、せや、110や!」

「はやて救急は?」

「あっ、せやな、救急も呼ばな! えっと、救急は何番やったっけ?」

「117だな」

「117やな。1、1、7、と」

再び、はやてが確かめるようにして両手で携帯のボタンを押していく。

「……フリードくん、なんとな、今8時23分やて」

「30秒をお知らせするとこと見たね」

「おお、当たりや、おめでとさん。て、ちゃーう!! なんでまた時報にかけてるん!?」

「そりゃ時の刻みを確認するためじゃないか?」

「救急や言うてるのに、なんで時の刻みを確認せなあかんの!?」

「時のスピードに負けないように、かな……。言わせるなよ、恥ずかしい」

思わず照れてしまう。もう、両手を頬に添えてきゃーってな感じだ。

「あほーー!」

「ぐはっ」

テレテレしていたら、はやてから綺麗なつっこみをもらってしまった。

斜め45度から綺麗にスパーンと叩かれ揺れる俺の頭。おかげで、世界が揺れる。

「こんなんやってる場合やないゆうてるやろうが! えっと、とりあえず警察、警察、……警察? 警察って何番なん?」

「117かな」

「えっと、117……ちゃーーう、だからそれは、もうええよ! なんで時間をこんなこまめに確認確認せなあかんのよ!?」

「そりゃ、時が見えるように、かな……。言わせるなよ、恥ず――」

「――あほーー!!」

「ぐはっ!」

「なんやそれ! しかも、言うてることかわっとるし! て、はっ!? だから、こんなんやってる場合ちゃうよ!! はやく、なんとかせな!」

「はやて、落ち着いて! こういうときは慎重に携帯の電源を落とすんだ!」

「せ、せやな。……て、消してもうたーー!! これじゃ電話かけられへん!! 何させるんよ!?」

「携帯の電源を切る、これはもしかして今流行りのエコって奴ですね? はやて乗ってるね? YOU波に乗っちゃってるね?」

「あっ、わかる? 実はペットボトルのふた集めてワクチンに変える奴やってたりするんよ。て、ちゃーう!! さっきからなんなん!?」

「いや、エコ――」

「――すまないんだが、ここはどこだ?」

その声に俺とはやてが同時に振り向くと、そこには倒れていたうちの一人が仲間に入りたそうにこちらを見ていた。









――梅昆布茶を飲む。

昆布茶はそれほどでもないが、梅昆布茶は割とぐいぐいと飲んでいけたりする。

まぁ、かといって好きかと聞かれたら、うーん、と頭を捻ざるを得ないわけだけど。

「落ち着くね~、どうです? おいしいですか?」

目を線にしつつ和みを込めて、目の前のテーブルを挟んで座る男に質問。

「……どうだろうな」

そして、目の前のテーブルを挟んで座る男――ザフィーラがそう返した。

現在、場所は八神さん宅。あれから、はやてを誤魔化しつつ転送魔法でここまでやってきた。

はやては歩けなくなってるし、出てきたヴォルケンリッターのうち3人は未だに目を覚まさないわ、目の前にいるこの梅昆布茶を微妙な顔で飲んでる野郎は記憶がないわで割と色々あったこの1時間半。

なにやらひたすら喋っていた気がするが、何を喋ったのかはあまり覚えていない。

最終的にはやてが、なるほど宇宙の神秘はすごいんやな~、と、納得していたのだから問題はないだろう。

……歩けなくなったことに対して、すぐ治るんやろ? と、笑顔で言われて思わず“おう”と返事をしてしまったのだけが問題と言えば問題か。

「外人さんには、あまり馴染みのない味かもしれんな~」

同じように俺の隣に座るはやてが、そう微苦笑交じりの顔で言う。

「俺は馴染んでるぞ、梅昆布茶に」

「……両手でお箸を使って、食べる速度2倍! とか、できるフリードくんには別に聞いてへんよ。というか、なんで純正の日本人よりお箸を使いこなしてるんやろな?」

「これが、両足でも実は出来たりするんだよね。まぁ、流石に行儀が悪すぎるのでやらないけど」

「そんな問題ちゃうけど、というかな、行儀気にするんやったら両手にお箸持って食べるのもあかん」

「両手にお箸で食べながらもきちんと三角食べをしつつ、お茶碗を持たないのに食べ散らかしをも無い。
 これは行儀を超えてある種の芸術と呼んでも過言ではないのではないだろうか? 是非、チョップスティックスマスターと呼んでくれ」

昔、病院で一人で食べることが多かったときに日常に変化を入れようということでやってみたら何故かとても上手くなってしまった。

病院で練習のために毎日豆を隣の皿から隣の皿へ、しまいには検温しに来たナースのポケットに豆を気づかれずに入れることが日課になり、

今日は、20個入れられた、よしっ次は30個、と増やしていき、最終的には溢れんばかりに豆を入れることに成功した。

おかげで病院内では、歩くたびに“豆小僧よ! 豆小僧がきたわ!”と、黄色い悲鳴が上がる程の大人気ぶりを博したのである。

「……たまにホンマ何人なのかと思うときがあるわ」

「はて、自分が何人であるのか? 深い、なんとも深い質問じゃないか。例えば、日本人だったとしてそれを証明する手立ては行政など、つまりは他人からの証明でしかありえないわけだ。
 これが、もし生まれたての赤ん坊がいたとして、さらにはそいつが金髪だったとして、そこに親からのメッセージで“太郎です、よろしくお願いします”と孤児院あたりに捨てられていたとしてだ。
 こいつは、何人なのかってな話だよ。血を調べれば外人、だが生まれた場所は日本かもしれないが定かではない。でも、名前は太郎。
 しょうがないから孤児院の院長あたりが間をとってジョセフィーヌ太郎と名づけるに違いないさ。これは、グレるべ? 確実に将来グレちゃうべ?
 つまりはな、はやて。そこにいるザフィーラさんは確かに耳に何か生えてるが、そんなのジョセフィーヌ太郎の将来に比べれば些細なことなんだよ」

「……」

はやてと俺の視線がザフィーラの耳へと注がれる。

その視線がむず痒いのかぴょこん、とザフィーラの耳が揺れた。

「……いや、いや、言うてる意味がわからへん、わからへん。ちゃうか。えっと、わかるけど、わからへん?」

耳からつーつーと、目を逸らしつつはやてが首を傾げ自問自答する。

「はやて、ほら、新しい梅昆布茶よ!」

言いつつはやての目の前にある4割程梅昆布茶が残るコップに、なみなみと新しい梅昆布茶を植木にジョーロで水をよろしくコップへと注水開始。

「あっ、こぼれる、こぼれるって! だからなんでそんな器から離して注ぐんよ!」

30cm離したところで、コップに接近させつつ注水を切る。

「いっつあまじーっく! どうですか、これ!」

ふふん、といった具合にそう言ってはやてを見下ろした。

目の前には表面張力限界まで注がれた梅昆布茶。このコップからはみ出そうと頑張る厚さ2mmの梅昆布茶がハンドなパワーを醸し出しているのだ。

「あほーっ! どうですかもなにもあるかー! どうやって飲むんよ、これ!?」

「ごめんね、ごめんねはやて。この角砂糖をあげるから許して!」

「ホンマか? ありがとな。 ほんならこれはここに入れたげるわ」

はやてが笑顔で言いつつ俺からもらった角砂糖を俺の梅昆布茶が入ったコップへと入れた。

「あぁぁぁぁぁっ! なんてことを!」

角砂糖が溶けてしまわないように俺は慌ててそれを飲み干す。

そして、ジーッと空のコップを見つめつつ、

「……角砂糖in梅昆布茶。梅本来の味が砂糖により引き出されたような気がするけどやっぱりそんなことはなかったぜ。ぐふっ!」

総評を語り机へと突っ伏した。

まずいわけではないがなんだろうこれ、端的に言うと気持ち悪い。

オブラートに包んで言うならば、キモい。きんもーでもいいかもしれない。とりあえず、そんな感じだ。

「おおげさやね~、そんな駄目やないやろ」

突っ伏した俺に対して、はやてが覗き込むように苦笑して言いつつ、テーブルに置かれたままの自分の梅昆布茶をなんとかコップを動かさないように飲もうとする。

「……溶けかけの角砂糖がぬるっとした食感と共に絶妙なハーモニーを奏でているね。そして、はやて、危ないから乗り出すのはやめんしゃい。今、歩けないのよ、あなた」

「んっ? ……しゃーないやん、誰かさんがいらんことしたせいやもん」

そう言って、はやてがコップの上から口付けて直飲みしていく。

「お行儀が悪いですぞ」

「……それはフリードくんには言われた~ないな」

「俺は滲み出る品性がカバーしてるからいいのよ」

「確かに滲み出とるな、3ぐらい」

「3、か。それってすごいの? ドラ○ンボールに例えて言うとどれぐらい?」

「プーアルぐらいやな」

「……ヤムチャですらありませんか。最早、非戦闘要員じゃんか」

「かわいいからええやん」

「えへっ」

両人差し指で頬を指して笑顔。テンプレートな正しくかわいいポーズをとった。

「うん、イラッとくるな」

「でも、プーアルがやったと考えると?」

「あれ、かわいい、めっちゃ不思議っ! て、ちゃうちゃう、ならへんならへん」

「ときになはやて、真面目に気持ち悪い。そろそろ死ぬかもしれん。砂糖が俺のストマックに影響なう」

「……そういやフリード君は土葬なんやろか火葬なんやろか」

「そこで葬儀の心配!?」

「大事なことやで? もし、違ってたら国際問題や。勝手に燃やして訴えられて問題になったってこの前テレビでやっとったで?」

「勝手に燃やした状況が掴めないけど、それなら鳥葬あたりなら問題ないんじゃないかな? クレームついたら勝手に鳥が食ったみたいな」

「それだと、鳥さんが悪者になるやないか。フリード君のせいで何の罪も無い鳥さんが責められるんやで? この人食い鳥が! って」

「大丈夫だよ鳥さんは強いから。きっと、悲しみの無い大空に翼をはためかせて俺の死という名の悲しみを乗せて飛んでいっちゃうよ」

「悲しみの無い大空に悲しみ届けたら駄目やろ。届けた時点で、それはもう悲しみの大空やん。大前提、崩れてもうてるよ」

「いいんだよ。バックにナレーションで“そして、彼らは真の自由を手に入れたのでした”みたいなこと入れたら勝手に、よくわからんがハッピーエンドだったな! ってなるから」

「でも、よくよく考えると自由を手に入れた人食い鳥やで? どう考えてもそれはあかんやろ。というかな、ハッピーエンドってなんなん? フリード君が食べられてもうた~お幸せにな~でエンドなん?」

「ああ、まとめるとだ。俺を食べた鳥は幸せを呼ぶ銀色の青い鳥として有名になったって話だったのさ」

「銀なのか青なのかどっちなん? それとフリードくん食べたかて幸せにはなれへんやろ。よくて食あたりや」

「正式にはコウノトリ亜目コウノトリ科シルバー属アオイトリな。食あたりなんてせんよ、食べて見るか?」

「せやな!」

そう言って俺の手を持ってはやてが――

「危険が危なーい!」

噛まれそうになったギリギリのところで飛び跳ねて回避する。

あと少しで、幸せを乗せた俺の珠のようなお肌に歯形ができるところだった。

「なんてことをしようとしてるの!? 人間は食べられないのよ!? すなわち、フリードさんは食用ではないのよ!?」

「そんなん言われても、食べてみ言うたから食べようとしたんやで?」

「あかん、あかん、食べちゃあかーん! 俺食べたら銀色になるよ?」

「髪が銀色なるんやったら割りとええかもな~」

はやてが俺の髪を見つつ、そんなことを言う。

「残念ながら体が銀色になる」

「それはあかんな、だいぶあかん。表出られへんわ」

「だけど、体が大きくなる」

「それはいい特典やな~。今のでだいぶ盛り返した感はあるわ」

「でも、デュワッ! が、口癖にもなる」

「……ウルト○マン?」

「デュワッ!」

「……自分で思うてるほど上手くないで?」

「知ってた」

再び、机に突っ伏して顔だけをプイッとはやてから背けた。

すると、はやてから何やら頭を撫でられる。

「そんなに優しく撫でられたって惚れたりしないんだからねっ!」

「はい、はい」

尚も撫でられる。見えないが、はやてが苦笑してる姿が目に浮かぶ。

「――これはこれで美味しいのかもしれないな」

そんな声が聞こえたので、目の前を見る。

ザフィーラが空になったコップを何やら見ていた。

「えっと、梅昆布茶が気に入ったってことですか?」

「いや、この中にそれを入れてみたんだ」

そう言って、目の前の物――醤油差しを指し示す。

「チャレンジャーやな……」

「ソイソースをまさかのインですか……」

「「……」」

はやてと俺で二人して無言でザフィーラを見つめる。

対するザフィーラは、そんな俺たちを不思議そうな顔で見つめていた。






八神家の時計は現在午後10時50分をお伝えしていた。

あれからまさかの醤油万能説を確かめ、マヨネーズとどちらが万能なのかを議論しつつ、最終的にはラー油のこれからの可能性について熱く語ったのだった。

「……」

また、はやてが時計を見ている。時計は、午後10時50分をどう見てもお知らせしていた。

いや、秒針の動きからすると、もう51分と言っても差し支えないようにも思う。まぁ、そう何度確認したところで大して時間は変わらない。

「……」

時計からはやてに目を移すと、こちらを何とも言えない表情で見ていた。

「何かあるの?」

「えっ? ……なんにもあらへんよ?」

なんだろうねその顔は。笑顔だけど、この場合に何故そんな笑顔になる必要があるのか。しかも、不自然な笑顔だし。

こう笑ってるけどなんか物足りないようなそんな――

「あっ」

はやての肩越し、ちょうど目に入ったのはカレンダー。

今日は、6月4日。そうだ、そういうことなのだ。数日前にも確か聞いたはずだ。

だから、今日帰ってきたとき微妙に機嫌が悪かったのか。ほんのりと期待して帰ってみたら誰もいねーんだもんな。

「うおっしゃーい! ちょいと出かけてくるから!」

気合一撃、はやてにそう告げる。

「へっ? えっ、ま、待って! せめて後、1時間は――」

「――30分で帰るよ。ザフィーラ、はやての相手よろしく!」

この数時間で名前を呼び捨てにするようになったザフィーラへとはやてをよろしく頼む。

「んっ? ああ、任せろ」

対して、何やら腕組みをして考え込んでいたザフィーラが頷きそう返した。









30分で出来ることも少ない。

ケーキは繁華街でなんとか確保できたが、誕生日プレゼントをこの時間帯にこの短い時間で選べというのが難しかった。

「ああくそ、時間がねーー!」

下手なプレゼントをするぐらいなら、こうなれば何かインパクトのあるものだ。

そういう考え自体が間違っているのではないかと思わないでもないが、その場のインパクト路線に走った方が被害は少ない。

フォロー自体は後で入れて、なんとかその場を凌げるだけのインパクトを。

と、周りを見渡して見たところそれはあった。俺に手にとって見て欲しいと言わんばかりにそれはあった。

なんというか装いは怪しい店だが、この吸引力は間違いないダイ○ン級だ。古来より吸引力の変わらない、ただひとつの一品物だ。



「おっさん、これくれ!」

「OKーー! 今ならこの“です!”もサービスだ! どうする、少年どうする?」

「えっと、マジっすか?」

「サービスでいいんですか? いいんです。これでいいんです!」

「えっと、はい、じゃあ2000円で」

「おっと、なんとここでトゥーリオだ! 野口二人を蹴散らして、20円のヘディング! ヘディング……レインボウ! 決まったーーー!!」

おっさんが俺にそんなことを言いつつ20円のお釣りを投げ渡してきた。

「えっと、おっさん、ありがとうございます」

時間も無いのでそう言いつつ商品を受け取り、足早に店から出る。

「何ですか? ありがとう? その言葉待っていました! ありがとうを左足で俊輔――」

後ろでおっさんが何か言ってた気がするが気のせいに違いない。

ありがとうを左足でどうするのか非常に気になったりしたのも気のせいに違いない。










「えっと、なんて言ったらええんやろな」

今、はやての目の前にはケーキのホール。

ちょうど、ハッピーバースデイの歌を歌い終わって、ロウソクの火を消したところだ。

「誕生日おめでとう! ついにアラ10だな、はやて。やったね!」

「せやな~」

はやてが、にへ~っと崩したように笑う。

嬉しさと照れのハイブリッド笑顔で、嬉しさをメイン動力に使って笑顔を形成していた。

「ほら、ザフィーラも!」

「あ、ああ、すまん。よくわからなくてな。そうだな、……おめでとう」

「えへへ、ありがとな、ザフィーラ」

破顔一笑、すごい嬉しそうだ。いい事だ、本当にいい事だ。

誕生日なんて死へのカウントダウンだった俺にとっては、価値の低いものだったので危うく脳内から消去しかけていた。

お陰で、スルーしてしまうところだった。数日前にボソッとはやてが言ってたってのになんて危ない。

「んで、はやて、これプレゼントな」

さて、勝負の分かれ目だ。どう評価されるのだろうか。

無味乾燥の評価だけはやめて欲しいものだ。ふーんは駄目だよ、ふーんは。

そんなことされたら、水平線に向かって太陽なんて大嫌いだーって叫ばないといけないからね。

「おお、こんなん別にええのに。森川君ももろうたし、こうやってやってくれるだけでホンマに感謝感激や」

「いいから、いいから。というか、そんないいものでもないから。とりあえず開けてみてよ」

俺の言葉を受けてはやてがプレゼントを開ける。

そして、手にとってそれを広げた。

「……“海鳴”って書いとるな」

「書いてるね」

そう、はやての手にあるのは海鳴と書かれたTシャツ。すなわち、海Tである。

正面にでっかく海鳴と書かれているのが特徴で、なんとも観光に来た際にはお求めください的な臭いがぷんぷんとしていた。

古来より受け継がれてきたご当地物といえば、その土地特有のオリジナルTシャツである。

ペリーも来航の際には買っていったに違いない。なんせ奴の乗ってた船の名前はサスケハナ号、通称黒船。

名前にサスケェがついてることから客観的に考えて、奴はテンプレートな外人。つまりは、日本のご当地物を買ったに違いないのだ。

決して、サスケハナ族とか言うネイティブ・アメリカンやら郡の名前やら川の名前やらから取った名前じゃない。

日本に来るのにサスケハナ号とかいう狙った名前を何も考えずに俺のペリーさんがする訳がない。断言しよう、俺のペリーさんはそんなことしない。

狙った、奴は間違いなく狙っていた。日本人が、黒船を指差してサスケェと呼ぶのをニヤニヤと見学していたのである。

そんなペリーさんのお買い求めになられたものは間違いない、浦賀和服、略して浦和である。そう、きっと赤い和服だったに違いない。

異人さんに連れられていっちゃった赤い靴履いた女の子とセットで、浦和レッドと呼ばれ周辺地域の間ではきっと評判だったのだ。

「……このもう一つの“です!”って書いてある奴はなんなん?」

「店のおっさんがおまけでくれた。これは、ほら、並べると“海鳴です!”て、なるねっていうおっさんの気遣いだね」

「せやな“海鳴です!”ってなるな。でも、これ逆にしたら意味通じないやろ」

「その場合は恐らく“です!”を英語にして“DEATH! 海鳴”ってことだな。あれだ、なんだかソウルフルな感じがするじゃない。ほら、おまえを海鳴にしてやろうか?」

「……海鳴になったらどうなるん?」

「リリカルでトライアングルな奴らに蹂躙される」

「それはどんな奴らなん?」

「忍者とかいるね」

「それは恐ろしいなぁ。螺○丸とか使えるんやろか」

「是非、壁走りをやってもらいたいね」

「それはあかんな。眠ってまうわ」

「えっ?」

「えっ?」

二人して見詰め合う。そんな俺たちを見つめつつ梅昆布茶withソイソースを嗜むザフィーラ。

示す時計の針は業界用語でてっぺんと言われる時刻は0時を過ぎた。すなわち、今日の日付は6月5日。

そんなこんなな、八神家の日常の始まりだった。








――皆が寝静まった八神家のはやての寝室で一人考える。

自分の家に帰らず八神家へそのままお泊りである。はやての願いもあったが、それより何より確認しなきゃならないことだらけなのだ。

結局、あれから変わらず起きたのはザフィーラ一人。しかも、そのザフィーラは記憶が飛んでるときた。

これはまぁいいだろう。問題は、闇の書だ。

「……」

無言で眠っているはやてを見る。ちなみに、入室許可は取っていない。

1時間ほど前に、寝たのを確認してから進入したのだ。

それは、理由を説明するのが難しいのと、心配をかけたくないその思いからだった。

『マスター、まさに災い転じて福となすですね』

「ふぅ……まぁね~」

ブリックからの声に嘆息交じりにそう返す。

そう、確かに災いは転じた。森川君3号との融合のあかげで闇の書にでっかいセキュリティホールが出来上がっているのである。

何があったのか森川君3号が闇の書のメモリを完璧にクラックしていた。

おかげで森川君3号を通して、色々と出来るのはいいのだけど、しかしだ。

「なんでこうなったのかわからん上にこの状況。なんだこれ偶然か?」

言いつつ思わず苦笑してしまう。

『マスターは偶然ではないと?』

「もし未知の何かに遭遇したとき頼りになるのは定型論理ではなく理知的な想像力ってな」

『はぁ?』

「まぁ、想像力豊かに考えるならさ。あの仮面が怪しいってことよ」

『……仮面を付けてる時点でもとから怪しいかと思いますが』

「独眼竜眼帯付けてる俺はどうなの?」

『マスターは怪しい人というより変な人ですから』

「……怪人と変人なら怪人の方が俺はいいなぁ」

『なら仮面を付けたらいいじゃないですか』

「うーん」

そう言われると悩んでしまう。仮面たって色々あるだろう。

あれはチョイスが難しい。難しい故に、そう簡単にその意見もらったと言えないところが歯痒いね。

『……真剣に悩まないで下さい』

仮面の事をあれでもないこれでもないと色々と考えと巡らせていると、

「うーん、フリードくん――」

そんなはやてからの声。

「うん?」

「――のあほー」

「なんだってーー! て、寝言かい。はぁ……夢の中までアホ呼ばわりするこたぁないんじゃないか?」

まぁ、確かに後手後手に回ってる俺はアホと言われてもしょうがないのだけども。

でもね、夢の中の俺ぐらいはいいカッコさせてよ。弾除けぐらいにはなるぜって言いながら最初の流れ弾に当たって死んでしまうっていう役ぐらいなら華麗に引き受けるから。

「――」

続いて耳に入ってきたその言葉を聞いて、思わず微笑してしまう。

「そりゃよかった」

ごにょごにょとして細部は聞き取れなかったが、確かにはやては楽しいと言っていった。









――「私はどうやら獣になれるようだ」

もうすぐ夕方へと差し掛かる八神家の居間にそんなザフィーラの神妙な声。

今しがた外への散歩に出かけ終えたばかりで、寛ぐ間もなく未だに車椅子に座るはやてとそれを押す俺は、ザフィーラをぽかーんと見つめていた。

「……それは男はみんな狼とかそんな意味なんやろか?」

「がおーー!」

はやての言葉に合わせて、両手を広げて威嚇をする。

「きゃーー!」

対してはやては、若干棒読み気味に悲鳴を上げた。

そして、一芝居終わった後に、これ? と、ザフィーラを二人して見つめる。

「……いや、そういうことじゃない」

実際に見てみた方が早いとザフィーラは告げ、

「っ――!?」

自身の言うとおり獣へと変身した。




「……どうだ?」

獣形体のザフィーラがそう問いかけてくる。

「ザフィーラ、わんわんおって言ってみるんだ」

「わんわんお?」

「続けて言うと?」

「わんわんお、わんわんお」

「OK.グッジョブだ。ところで、もふもふしていいかな?」

「……もふもふ?」

「ああ」

言いつつ、ザフィーラへと飛びついた。

「っ――!?」

「そーれ、もふもふ~」

もふもふしてやる、こう全身全霊でもふもふしてやる。

おめーこのやろう、うい奴やのう、と完全なるまでのもふもふ。すなわち、パーフェクトもふもふ略してPMを行う。

「あは~」

流石はPM、脳内から変な汁がでてきそうだ。これはそう、久方ぶりのPM事件の発生。

「……うーん、まぁええか! 細かいことやしな!」

PM事件の背後でなにやら少女が一人納得している気配がした。

幼い少女は、事件から世間がなんたるかを悟ったに違いない。

「んっ? なんやろか、はーい」

もふもふをを続けていると背後で何やら別件が動いたようだ。インターホンの音と共にはやてが車椅子をこいでいったのを背中に、事件の背景が変わっていくのを感じた。

と、そんなことより目下、続PM事件だ。姉さん事件です。どうやら、目の前のPM対象者が嫌がり始めました。

無言だが、俺のもふもふから逃れようとずりずりと移動を開始しているのだ。

そうはさせないと俺はPMを超えるもふもふ。すなわち、スーパーパーフェクトもふもふ略してSPMを実行する。

こうなってしまえば最後。誰も俺からは逃れ切れない。過去にこれから逃げ切れたのは近所の柴犬コテツぐらいのものだ。

奴は名刀の名を欲しいままにするだけあって強敵だった。SPMに対してなんとアンチパーフェクトもふもふフィールド、つまりはAPMF使いだったのだ。

奴との死闘を思い出すだけで、今のこの状況など児戯に等しく見える。そう、フィールド使いのコテツに比べれば、ザフィーラなど笑止。

「ふふふ、出来まい、貴様には出来まい! フィールド、すなわち尿バリアは!」

尿をすることでもふもふを防ぐ。そう、思い出すのはコテツの姿だ。

最初にAPMFをやられた時など『そんな馬鹿な……』と、うな垂れる俺の横を颯爽と歩いていったコテツの姿を唯見送るしか出来なかった。

その屈辱を知っている俺はこの程度の抵抗などまさに児戯なのだ。もふもふに力を込め思い出す、あの戦士の顔を。

3丁目のドッグオブドッグことコテツのAPMFをやった時にする、どうだまいったかっというような戦士の顔を。

「くぅ!?」

ザフィーラの這う力が増した。力押したー穏やかじゃない。

流石に、このまま唯でもふもふさせてくれる程お人よしではないか。

例え記憶をなくそうとも騎士は騎士なのだろう。

ふっ、よかろう。俺のもふもふがおまえに引導を渡してやる!

ドッグオブドッグを撃墜した禁断の技、SPM-EXでな!

「――ホンマにありがとな? あっ、そうや。どうせなんやからあがってって?」

なにやら玄関からはやての声が聞こえた気がするが、そんなことは最早どうでもいい。

「……」

「……」

ザフィーラと俺、お互い黙して語らず。

負けられない戦いがそこにはあった。





[11220] 二十二話
Name: リットン◆c36893c9 ID:c550a517
Date: 2012/03/20 02:57
「どうしてこうなった……」

夜も更けるに更けた、もうこのまま起きてた方が色々と捗るよねってな八神家邸宅の午前4時。

自分の手元にある昨日会社から試供品ですと送られてきた、インテリジェントデバイスを見て思わず呟いてしまう。

管理外世界まで送られてきたのだから、そこまでの作品なのかと期待したら予想の斜め下をいかれた。

催眠術に掛かっているのかもしれないと思ったら、本当に掛かっていた的な斜め下だ。

いや、あるいは最強クラスの技だったはずなのに、雑魚っぽいのすら使ってくるようになった的な斜め下なのかもしれない。

「どうしてこうなった……」

助けを求めるような目で、ブリックの方を振り向きつつ再度呟く。

『……そんな目で見られても困りますが。マスターが許可したしょう?』

テーブルの上でチカチカ光りひたすら闇の書の解析をするブリックから、呆れ混じりな声でそんな返答が帰ってきた。

「えっ……」

俺が許可したのってこんなんだったっけか。

思わず思い出してしまうのは1ヶ月前のFC社で行った定例会議――





――「やはりギャップしかないでしょう!」

メガネの社員さんが勢いよく立ち上がり、キラーンとメガネのふちを光らした後、そう言い放った。

「……まぁ結局はそれが王道かもしれないわね」

「確かにそれは否定せんが……」

「リアマルティリーゴ!」

メガネの社員さんに対して、会議に参加してる社員さん達が次々と自分の意見を述べていく。

どうやら概ね彼の意見には賛成のようだ。ちなみに最後のは巷で今流行っているアーベ語というものらしい。

巷過ぎてよく分からんのが玉に瑕だが、本人見てるとアーベ語で言い切れて俺は満足ですと顔に書いてあるのだから、きっとアレでいいのだろう。

「でも、大抵それってやりつくしちゃったよね?」

次々と賛成が上がる中、ミッドに腐りを蔓延させた恐怖の元凶たる女性社員さんが口を挟んできた。

言わずと知れた彼女は、怒らせると親戚縁者全てに自分のデバイスをばら撒き、恐るべき病魔を蔓延させるという現代に甦った魔女である。

だからだろうか、合法ロリという意味でも魔女である彼女の意見に、皆が一同緊張の色を見せた。



皆がそれもそうか、どうすんべかと周りを見渡し始めた時、

「……ええ、そうですね、確かに。ですが、私には秘策があります」

メガネの社員さんが立ち上がったまま、クイッとメガネの鼻あてを持ち上げて自信ありげにそう呟く。

「へ~大した自信。で、秘策って何?」

対して、そいつは攻めなんかじゃない、明らかに受けであるとでも言い張るかの如く、強く言及する現代の魔女たる社員さん。

「まぁ言うなれば“おとこのこ”ですよ」

「男の子~? 何それ?」

「それは実際に次の定例会でお出しするので見て頂いた方がいいかと。社長、どうですか“おとこのこ”は?」

皆が一同俺に注目する。

「……“アリ”だ」

俺は、肘を机に突き口元の前で手を組むという姿勢を保ったまま、いつもの如く冷静沈着に台詞を告げるのだった。

俺の意見を聞き、勝ち誇ったように席に座るメガネの社員さんと、それを不満げにみる現代の魔女さん。

ちなみにこの二人、メガネの社員さんが“ぴこぴこはんま~”を開発する際に、ちっこくて叩きやすいからと現代の魔女さんをピコピコと叩きまくって、実験台にした時からの犬猿の仲である。

まぁ、ライバルってのは良いもんだと思うよ。

「アルティ、アルティ」

そして、アーベ語の彼が頷きつつ言うのをみて、今日もつつがなく会議は終わったのだと実感するのであった。






――「あ~、許可出してるわ確かに」

確かに脳内で再生された定例会議の内容からすると間違いない。

『でしょう?』

ブリックのほれ見たことかってな声を聞きつつ考える。

でも、これって間違いなく俺の思ってたものとは違うよね、と。

「まさか“漢の娘”とは思わなんだ……」

意識が自分に向けられたを感じ取ったのか、FC社インテリジェントデバイス種別No.22“漢の娘”――コードネーム“タフガイ”が、

『マスター!! リリカーールッッッ!!』

野太い声で、今からどっかに血の花を咲かせにいくべさってな号令を掛ける。

脳内で再生される手元にあるインテリジェントの姿は、厳つい男が魔法少女のようなヒラヒラした服を付けて、俺にサムズアップをしていた。














――何の特産物があるのかよくわからない今の俺が住む普通の町。その名は海鳴。

一向に進まない現実の問題はとりあえず思考の彼方へドロップキックして、子供の領分とは何ぞやと言ったら遊びではないかと結論を出したのが今日の昼過ぎの事。

再度歩けなくなったので、学校行かずに読書という名の封時結界を張って、読書中じゃけん邪魔すっと車椅子で跳ね飛ばすぞというオーラを醸し出してるはやてに、

もうこんな家出て行ってやるんだからと言い放ち、夕方までには帰ってくるんやでと、温かく見送られたのが約1時間半前。

そして、あまりに張り切りすぎて缶蹴りとかいう古式ゆかしい日本の遊びで、鬼の子にシャイニングウイザードを極めてしまい、仲間外れにされてしまった今現在である。

とりあえず、ブランコをキコキコとこぎつつ普通の町海鳴をぼーっと眺め、絶賛黄昏中ですというオーラを、辺りを夕焼け色に染める勢いで撒き散らしながら、真に狙うは俺を外したガキへ靴がすっぽ抜けた振りをして狙撃する事だ。

缶を踏もうと右足を出されたらその脚を踏み台にして、相手のこめかみを膝で打ち抜きたくなるだろうに。少し脳震盪を起こしたぐらいで大げさな。

少し脳を揺らしたぐらいなら何とかなるって、その昔少年チ○ンピョンが言っていたというのに。

「――うりゃっ!」

そう勢いよく言い放ち、ブランコの振り子の頂点で右足を強く中空で蹴ると、予め緩く履いておいた右足の靴が、ヒュルヒュルと放物線を描き飛んでいった。

勢いをそのまま、何に遮られる事も無く靴の運動曲線は、予想していた動きよりも大きく逸れて、

「あっ」

目標とは違う、しかもどうやら女の子らしい頭へとスコーンッ! と直撃した。





駆けつけた時にはその子が立っていた場所には既に人だまりが出来ていた。

とりあえず、人だまりの中心でうつ伏せに倒れているので、人だまりをかき分けその辺にあった石で、その子の周りに線を書いて囲み、

「午後4時20分、死亡確認」

そう言っておく。

俺の声を聞いたのか、倒れてる少女の両サイドに縛った栗色の髪がわずかに動いた。

「……フリードくんがやったの?」

何やらうつ伏せのままの死体から、呻くような声でそう聞こえたので、

「そらそうよ。午後4時20分、生存確認!」

言いつつ左手をメモ代わりに、右手の人差し指で現状を適当に記す。

生存またの名はナマアリです、と。

「……」

「では、気をつけてお帰りたまえ」

行き倒れに名称を変えた元死体へと言いつつ敬礼をして、キョロキョロと辺りを見渡しその子のすぐ側に靴があることを確認したので、その靴を履こうと足を入れると、

「えっ」

ガシッと右足を掴まれた。

掴まれた足を見ると、これって何のホラーってな感じだ。

まぁいいやとそのまま足を踏み出そうとすると、その子ごとズルズルと引きずってしまった。

「とりあえず、あの、御放しになって頂けません?」

「……あのね、あたってすっごーく痛かった」

「そうか、それじゃあ病院にいくんだ」

言って再度歩こうとすると、またズルズルとその子を引きずってしまう。

「……」

「……こういう場合ね。普通の人は謝ると思うよ?」

「あのな、簡単に謝ったら訴訟が待ってるから駄目だって安田が言ってた」

その昔、俺が高校二年生の頃である。授業中にティガを狩っていたら、それを見てキレた物理教師の安田が、俺のPSPを真っ二つに折った後、語った事によるとそうらしい。

俺はお前の親にだって謝らないぜふははははって言った後、やりすぎだと校長に叱られ平謝りしてた姿を俺は一生忘れないだろう。

「安田さんって誰!? というか最低だよ、安田さん!」

「そりゃおまえ魔法使いの安田さんだからね。最低だし変態だよ」

安田(37歳)。

順調に経歴を重ねているなら魔法使いになって今は7年目に突入していることだろう。

「また変態魔法使いさんなの!?」

「またってなんだよ。またって」

「フリード君が紹介する魔法使いさんは、みんなそんな人ばっかりだよ!」

「違うよ、全然違うよ! みんな純粋なだけだよ!」

変態だから魔法使いになるのではない。

純粋だから魔法使いになるのだとは安田の談。

「う~、フリード君を見る限りそんなこと絶対ないもん!」

「……何気に酷いやつめ。わかった見てろ、ブリック!」

『……はいはい、きらきらー』

「――ほら、純粋ですよ?」

白を黒だと言い張るような態度で俺を糾弾する少女に、証拠としてキラキラとした瞳を見せる。

目の端からキラキラと零れるような、びゅーてぃほーなダイヤの瞬きが、相手には見えているはずだ。

「――ユーノ君式チョーップ!!」

「あでっ!」

バッタの様に瞬時に、地面にうつぶせた状態からからぴょんと飛んでジャンピングチョップを放ってきた、栗色の髪の乙女ことなのはさん。

ちなみに、ユーノ式チョップの完成度は俺から見て40%といったところだろう。

「そんなのいんちきだもん! どこの世界に目から実際にキラキラが出る人がいるの!」

「……えっ?」

なのはの物言いに思わず体を引いて、私どん引きしましたってな態度を取る。

「な、なに?」

その俺の態度に怪訝そうな顔をなのはは見せた。

「なのはさん、今の世の中瞳キラキラは標準装備ですよ?」

「そ、そーなの? てっ、いや、ないよ! 絶対そんなのないもん!」

なのはが一瞬納得しそうになるも、すぐさま頭をプルプルと振った後、意固地にそう言い返してくる。

「んなこたーない。ツイッターで私今キラキラなうって呟きを見たことないの?」

今の光ってたのって何? 手品じゃね? あ、あれは伝説の!? と、俺達の行動を奇異な目で見つめていた、ザワザワ要員という名のギャラリーに強く同意を求めると、曖昧な表情で何人かが首を傾げた。

「ほらな?」

「なんでそんな自信ありげなの!? 違うもん! 明らかにそんなのないって顔してるよ!」

「日本人は奥ゆかしい。本音を言うのが下手なんだね。ああ、かのオックスフォード大辞典でも言ってたことが今更理解できたよ」

「おっくすふぉーど???」

なのはが疑問符を浮かべるように小首を傾げたので、

「あぁそうだ。Cool Japan! 訳して寒いよ日本!」

マジで最近coolっすわ何回雪降んねんと日本についての総評を述べる。

「意味わかんないよ! というか、それたぶんそんな意味じゃ――」

「――さて、帰るか」

言って即座になのはに背を向けて公園の外へと駆け出した。

「にゃっ!? ちょっ――」

三十六計なんとやら、後ろからしてやられたような声を聞きつつひたすら走る。

もうあの公園では遊べないなと思いながら300m程走ったところで、右足の靴が無いことに気づくのだった。




――「すんません。ホントすんません。だから靴を返して下さい」

日本の古式ゆかしい最上級の謝罪技法である土下座で誠意をみせる。

おまけに土の上に直というオプション搭載で万全の体勢だ。

某桜吹雪のお役所様が裁く罪人だってござを敷いているんだから、これを見て心を動かさない人間は居ないはずだ。

というか居たらそいつは間違いなく鬼である。

「……嫌だもん」

なのはが俺の靴を両手で抱きしめるように俺から隠しつつ涙目でそう言い放った。

「あなたが鬼か!」

こんなところに鬼はいた。

鬼ってのは子供の形をしてて魔法少女になれるって今度某所に投稿しなきゃ!

「鬼さんはフリード君だよ! わたし何もしてないのに靴をぶつけられたんだよ!?」

「いやな、申し訳ないという気持ちで現場に駆けつけたら、倒れてるのがなのはだったわけだよ。じゃあいいよねってさ?」

「なんでそうなるの!?」

「なんだろうなこの感情。ここから一刻も早く立ち去れと俺の中の俺がしきりに呟いたんだ――」

言って立ち上がり、なのはに近づきつつ思わず頭に手を当てて、もう一人の自分のことを考えてしまう。

そいつは、じょ、じょ、じょ、じょ~○んと、鼻歌まじりにこう言ったのだ。

“10点ビハインドで出てくる中継ぎという名の敗戦処理担当には、野次しかとばんって甲子園が教えてくれたんや”

“そもそもな、逃げたら駄目って誰がきめたん? 自分か? 違うやろ? 絶望的な状況で戦い続けることになんの意味があるんや”

“はな、わかったんならはよ行くで? 戦う前からほたるの光で終了や。――さぁいこか、家電を買いに”

「――つまりは、ヨ○バシでもない、ビ○クでもない、ましてやヤ○ダなんかでは絶対無い、じょー○んが最強なんだ」

言いつつ、なのはの肩に両手を掛け、

「て、はやてが言ってた」

諭すように話しかけた。

そう、俺の中のもう一人の自分ことはやてさんは確かにそう仰っていた。

俺が“調子上々~”と口ずさむと横で聞いていたザフィーラが“……気分上々~”と呟いてしまうぐらいには、はやてさんはそう仰っていた。

「ぜんぜん意味が分かんないよ!?」

「確かにわからんな。じょー○んのどこがいいのやら。ところで、コ○マはもう駄目なんですかね?」

「知らないよ!? て、その手には乗らないもん!」

なのはの肩から少しずつ目標へ近づき、あと少しで靴に手を伸ばそうかというところで振りほどかれてしまった。

「チッ」

「う~」

なのはが唸るにようにこっちを睨みつつ威嚇して、顔はこっちを向いたまま半身を捻って、両手にきつく抱いた俺の靴を隠そうとする。

「まぁまぁ落ち着こうぜ兄弟」

「べーーだっ」

言った後、つんっと横を向いてしまった。

どうやら聞く耳を持たないらしい。

「わかった逆に考えるんだ。なのはの靴をこっちにわたせばフェアじゃね?」

「……」

なのはは相変わらず、つんっと別の方向を見ている。

「なのは、靴って英語でシューズじゃない? ズが付くってことは一つだとシューなわけだ。
 んでもって、なのはの持ってるのは俺の靴いわゆるフリードシュー。つまりは、シューが臭いでフリード臭。
 いやん! この子フリード臭いわ!」

「……」

「なのは、靴って漢字で革が化けるって書くんだけど、これって不釣合いだよね?
 だっておまえ一つじゃ不完全なくせに革が化けたとか言っちゃうんだぜ? 一つで完璧な鞄さんの立場考えろよって話だよ。
 漢字で革を包むだけで表現されちゃった鞄さんの立つ瀬がないだろうと。だからさ、鞄さんはいつか必ず靴へと言うと思うんだ。
 革に化けるべきはおれなんだ! 不完全なおまえではないんだ! てさ」

「……」

「なのは、なんでどこの空も青かですかね」

「……」

「なのは、山は……歌いますか?」

「……」

なのははぎゅっと目を瞑った後、俺に背を向けしゃがみ込み、器用に靴をお腹に抱いたまま体を丸めて、両手で耳を塞いでしまった。

「……なのはのあほー」

「っ!?」

なのはの丸めている背中がビクッとなった。

どうやら聞こえてるのは間違いないらしい。

「なのはのちびー」

「っ!?」

「なのはのおたんこなーす」

「っっ!?」

「なのはのくいしんぼうー」

「っ――く、くいしんぼうじゃないよ!」

なのはが立ち上がりつつ体を反転させ、私いい加減とさかにきたんですと掴みかからんかという勢いで涙目ながらに反論してきた。

「なのはのひらがな三文字ー!」

「フリードくんのカタカナーー!!」

「明治時代に翻訳に困った偉い方々が作ったカタカナの方が偉いんですー!」

「そんなことないもん! ひらがなは、ひらがなは、えーっと、ひらがなは、か、かわいいもん!!」

わたわたとなにやら手を動かし、頭を捻りで一生懸命考えた後、ビシッと俺の靴を突きつけつつ俺にそう宣言するなのはさん。

「はいはい、わかったわかった、君3文字、俺4文字。つまりは俺の方が上。OK?」

「う~、そんなこと、あっ、漢字! 高町なのは! ほらほら漢字さんがある!」

わたし勝ちましたと、にこにこと自分を指差して名前を名乗りつつ、自分の優位性を語るなのはさん。

「くぅ!? 実はフリードって不璃怒って書くんだよ」

なのはの輝かんばかりの笑顔から、ちょっと目を逸らしつつ、自分の名前を漢字で中空に指で書く。

微妙に璃の細部が書けなかったりするが、きっと大丈夫だろう。

「ぜーーったい違うよ!」

「違わないですー」

「違わなくないよ!」

「違わなくなくないですー」

「違わなくなくなくないよ!」

「違わなくなくなくなくないですー」

「む~」

「はーん」

“なく”を言った分だけ頬を膨らませたなのはと、見つめあうこと幾星霜。

お互い譲れない勝負だと確信する。

「「違わなくなくなくなくなくなくなくなくなくなくなくなくなく――」」

瞬間――無粋な携帯の音色がこの勝負を切り裂いた。





「えっ、アリサちゃんが――」










――古来よりお嬢様は誘拐されるものらしい。

金に群がるのか、あるいはお嬢様というブランドを付けた女に群がるのかはわからないが、古今東西の物語を紐解かずとも定説だと言えるだろう。

「お嬢様は大変ね~」

姿が隠れるくらいの茂みの中から、奥に見える廃ビルを見て思わず呟いてしまう。

「どうしよう……」

「なのは……」

不の空気を纏った呟きが聞こえたので、視線を横へずらすと、困り果ててるなのはと、そのなのはを見て困り果ててる小動物ことユーノが居た。

誘拐されたアリサの居場所を探すの自体は簡単だったと言っていい。

お手軽3分クッキングよろしく、知りうる限りの探知魔法で一発探知で急いで急行。

途中でユーノが合流そして、その勢いのままここに来て今に至る。

まぁ、それでもなんだかんだで、ここに来る間に夜になってしまったのだけれども。

「あれは、普通の人……だよね?」

「……そうだね」

奥の廃ビルの入り口付近をうろつく、警備なのだろう人を見て、なのは達が深刻そうな声色で確認しあっていた。

……なんともまぁじれったい。要は魔法でやればいいだけだが、この優等生さんたちは一般人だからってことで躊躇しているらしい。

別に結界なりなんなりで最小限でやりゃいいってのに。

なのはの方は恐らく攻撃でしか解決方法が思い浮かばないのだろう、ユーノの方は先ほど連絡した恭也さん達が来てからどうするか判断するってところか。

「やれやれだーね」

言って、なのは達に気付かれないように茂みから出て、廃ビルとは逆方向に歩き始めた。

「要はさ、ばれなきゃ言い訳だろ? なぁタフガイ?」

ブリックではないもう一つ。届いたばかりのインテリジェントデバイスへと話しかける。

『押忍!』

やってやろうじゃないの。

魅せてやんよ。FC社の社長の生き様をな!









 なのはの困った顔を見ると、ユーノは少し心苦しかった。
 本当はなのはが考える以外の方法で、解決出来ないこともないのだ。
 だが、それも結局は違法ということに変わりはないし、ましてや先走ってアリサに怪我でも負わしたらという気持ちもある。

(今は我慢だ。恭也さんお願いだから早く来てくれ!)

 ユーノは一度ギュッと自身の拳を握った後そう願った。


「アリサちゃん……」

 なのはは自身の不甲斐無さを嘆く。
 魔法少女になれたことで、自分は人を救えるのだと、ある意味慢心に近い気持ちがどこかにあった。
 だが、現実はどうだろうか。確かに魔法で解決できたこともある。だがしかし、今友達が助けを求めている肝心なときに何も出来ないではないか。
 これでは魔法手にしたとしても、魔法少女になれたとしても、大事な人を守れないなら結局――

「っ――ユーノくん、あのね、わたし――」

「――月の光に誘われて、悪を蹴散らす一輪の花。魔法少女、フリートニア見参!」

 なのはがユーノへ、今まさに廃ビルへと乗り込もうと打診しかけた時、一人の少女がなのは達の前へと舞い降りた。
 長い銀髪をなびかせ、真っ白いマントを翻し、周りに燐光を従えて彼女はいた。
 白銀のマントをまとい、辺りに同じく白銀の燐光を舞わせている彼女は、月に照らされて神々しさを感じさせた。

「あ、あなたは……?」

 なのはが突如現れた少女を見て呆然と呟く。

「全て私に任せなさい。行くわよタフガイ!」

『押忍!』

 なのはが何か言おうとする間に、彼女はアッという間に飛んでいってしまった。

「行っちゃった……。ユーノくん、私やフェイトちゃん以外にも魔法を使える女の子がってユーノくん?」

 様子がおかしいと、なのはがユーノの顔を覗き込むと何とも微妙な顔をユーノはしていた。

「……なのはは気付かないの?」

「えっ? 何をかな?」

「いや、まぁたしかに見た目は女の子。いやでも、うーん」

 ユーノが腕を組んで唸るようにして考え込む。
 なのははそれを見て変なユーノくん、と首を傾げるのだった。




「――何者だ!」

 フリートニアと自称した少女は、その言葉に合わせて加速する。
 その速度は速く、10メートルはあったであろう間合いを一瞬で詰めた。

「なっ!?」

『フリートちゃんネックブリッガー!!』

 インテリジェントデバイス――コードネームタフガイがそう叫んだ瞬間に相手は崩れ落ちた。
 既にフリートニアの通ってきた道には、無数の誘拐犯たちが横たわっており、今倒したのを含めれば数十体に上る。

「……この部屋で最後ね」

 残り、この一番奥の部屋で最後だ。
 恐らくは、ここにアリサが捕らわれているのは間違いないだろう。
 フリートニアは気を引き締めるように、自身の相棒であるタフガイを握りしめた。

「にしても、ミニスカはすーすーして、下の不安感が半端ないぜ」

『マスター言葉遣い! 押忍!』

「あ、あぁごめんごめん。こほん、ミニスカだから見られる前にぶち殺さなきゃね☆」

『押忍!』

 とりあえずタフガイにやれと支持されるままにテヘぺろをしつつ、与えたダメージが少なかったのか今にも起き上がってきそうな誘拐犯に対し、脳天へタフガイを振り下ろしたのだった。



 アリサは先ほどから男達が、しきりに外部に連絡を取ろうとしては、舌打ちをしているのを聞いていた。
 助けが来たのかと思ったが、外は相変わらず静かなままだ。何かが起こっているなら、もうちょっと物音がしてもいいだろう。
 
「――くそ、どうなってやがる!」

「落ち着け。このガキが居る限りどうせ手出しはでき――ヒギャッ!?」

 地面に簀巻きにされ寝転がされていたアリサを、偉そうに見下ろしていた男が、突如として消えたように吹っ飛んだ。

「慢心は己を滅ぼす鍵である……て、ちょっとマイナーかしら?」

 男が吹っ飛んだ代わりにアリサの目の前には、居なかったはずの少女が居た。

「大丈夫ですか?」

 言いつつ少女がアリサへと手を差し伸べてくる。
 夜にはかなり目立つ白銀のマント。凝った装飾を施した白銀のミニ丈ワンピースを着て、袖には着物のような袖下があり、それは翼を思わせた。
 辺りに白銀の燐光を瞬かせ、ファンタジー小説の住人かと思わせるような少女がそこには居た。

「だ、大丈夫だけど。ひっ――危な――」

 誘拐犯が少女へと、ナイフのようなものを振りかぶってるのが見えたアリサが、危険を少女へ伝えようとした瞬間、

「――くないですよ?」

 少女が反転し回し蹴りを誘拐犯へ叩き込む。

「ひでぶっ」

 少女の回し蹴りを綺麗に即頭部へともろに食らった誘拐犯は、その反動で壁へと叩きつけられてしまった。

「あらあら、そんな世紀末なやられ声を上げたらこっちも張り切っちゃうじゃないですか」

 言って、少女が誘拐犯たちへを一瞥する。
 この部屋だけでも十数人は居ようか。まさに本来であるならば、少女の方が追い込まれる立場のはずだった。

「ひっ!? 」

 しかし、現実はどうか。一人の少女に対し男達が恐怖の色を上げていた。
 誘拐犯達の中にあるのは、あり得ないという脳の正常な拒否運動。
 いきなり現れた幻想的な雰囲気の少女が、大の大人を二人瞬殺したなど、断じてありえるべきではなかった。

「まぁ、来ないならこちらからいっちゃいますけどね」

 少女はニコリと笑う。それが死刑宣告だとでも言うように。

「な、なめるな!」

「――汚いから舐めません! タフガイ! 一気に行きますよ!」

『押忍! フリートちゃんシャイニングウイザード、フリートちゃん雪崩式DDT――』

 野太い声が部屋に響くたびに、大の大人が壁にめり込んだり、床にめり込んだりしていく姿をアリサは呆然と見つめる。 

「フリートちゃん、弱パンチ、弱パンチ、→、弱キック、強パンチ、すなわち」

『瞬・獄・殺!!!』

 瞬間――白銀の燐光の瞬きが強くなった。
 
 白銀のマントが、少女の行動が全て終わったことを示すように弱くフワッと靡く。
 全ては一瞬だった。少なくともアリサにはそう感じた。

「……もう一度聞きますが、大丈夫ですか?」

 白銀の燐光を纏い、死屍累々の男達を踏みつけ少女が、淡く微笑むようにアリサへと無事を尋ねる。

「は、はい! だ、大丈夫です!!」

 アリサは頬を紅潮させ、上ずる声をなんとか抑えて、ようやく自分の無事を告げた。

「そう、よかった」

 アリサは魅入ってしまった。少女にほっとしたとニッコリと返され、自分が簀巻きにされていることも忘れて、ボーっとその少女を見つめてしまう。
 見れば見れるほど幻想的な少女だ。夜に瞬く白銀の燐光がそれを一層際立たせている。

「えっと、あ、あなたは――」

『――マスター潮時です』

「……そう。ありがとうブリック」

 少女が持っていた杖ではなく、身に付けていたペンダントから出てきた言葉に、残念そうにする。
 その様子を見て何でそんなに残念そうなのかとアリサは不安に思った。

「どうやら時間切れ見たいね。王子様が来てしまったわ」

 少女が本当に残念そうにアリサへと苦笑いを浮かべた。

「王子様って……。えっと、誰ですか?」

「さて、誰でしょう」

 アリサへの返答を軽く受け流し、頬に右手を添えて悪戯めいた微笑みを浮かべる少女。
 対してアリサは、いつもなら馬鹿にされてると怒るのだが、今日はそのような感情が出てこない。
 少女の行動の一挙手一投足にただ頬を紅く染め上げるだけだった。

「ふふふ、さてでは名残惜しいけどお別れね」

「ま、待ってください! せめて名前だけでもっ!!」

「――私の名前は魔法少女フリートニア……血桜が咲くに相応しい白銀の夜に、また会いましょう……」

 言いつつ深々と欧州式の礼をするように少女は礼をした。

「っ――!?」

 少女が――フリートニアが消える。
 アリサはそう思って無我夢中で腕を伸ばそうとした瞬間に、少女は来たときと同じように瞬く間に消えてしまった。
 そして、何故もっと早く手が伸ばせなかったのか疑問に思った時、未だに自分が縛られたままなのに気付くのだった。
 
 





――「あのねフリードくん! すごい強い女の子がこの街にいるんだよ!」

そ知らぬ顔で戻ってきた俺に、なのはが興奮したようにそう言ってきた。

「そうなの? 強い女の子はもう十分なんだけど」

ただでさえ強い女の子が多いこの海鳴という土地柄。これ以上増えなくてもいいだろう。

そこらじゅう忍者だらけとかになったらどうしてくれようか。

「もう、強い女の子は貴重なんだよ?」

なのはが不満そうに言う。

何が貴重なのかわからんがそんな貴重でもないだろう。

この街は歩けば変なのに絶対当たるぞ。

「わかった、わかった。とりあえず俺の靴を返して下さい」

未だに俺の本来の靴は、なのはが持っていた。

魔法で衣装は整えられるが、いい加減返して欲しい。

「あっ、そういえば、まだちゃんと謝ってもらってない!」

「はいはい、痛いの痛いのとんでいけ~」

「む~」

なのはをどうどうどうと抑えていると、ユーノが蔑むような目でこちらを見ていることに気付いた。

「なんだよ」

「いやべつに……まぁいいや後で――そういや、靴が無いって言ってるけど、フリードなら飛べばよかったんじゃないの?」

「っ――!?」

「……そんな目を見開いてなんだよ?」

「やはり天才か……」 

衣装を整えるのでなく飛ぶという発想跳躍。

目の前に居る男に改めて敬意を表したのだった。






――「なのはの頭を痛いの痛いの飛んでいけーってすることっと。んで、送信っと」

ポチッとな、と。

ベットへ寝転がりつつユーノへ向けてのメールをようやく送り終えた。

昼間、俺がなのはへ靴をぶつけたフォローを、俺のいい加減な対応ではないユーノのキッチリした対応でと、よろしく頼んだのだ。

我ながら小賢しいが、まぁたぶん許される範囲内だろう。

ちなみに、夜の騒動については、あの後いつの間にやら救出に参加して、終わり間際にユーノにあれだけはやめた方がいいと言われて終わった。

やめろと言われたところでやめられたら世の中聖人だらけですよ。

そんな世の中は大層面白きなき世だと思う俺は、まぁこのままで行こうかと思うわけだ。

「――フリードくんおる?」

「折らない」

「なんやそれは。全然おもろないよ」

はやてが苦笑いしながら、俺の部屋へと入ってきた。

「あんな、相談したいことがあるんやけど……」

車椅子を漕ぎつつ、微妙そうな顔ではやてが言いづらそうに言う。

「何?」

嫌な予感がしつつも、はやてに先を促した。

「まぁ、何というかな真剣な相談何やけど。打ち明けてくれたんが最高にうれしいぐらいのもんなんやけど」

「はぁ」

「でも、私じゃどうしようもなくてな。それでフリード君に相談なんやけど」

「ふむ?」



「――えっとな、アリサちゃんが魔法少女になりたいんやて」





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