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[1125] Muv-Luv Appendix
Name: 違法因果導体◆b329da98
Date: 2006/11/22 04:23
10月22日
 目覚めの音は、聞き慣れた音だった。
36mmの射撃音、120mmの砲撃音。突撃級が突進する走行音は、いつだって冷や汗を感じさせる。
 あの重い音は、撃震の歩行音だ。随伴戦車の砲撃音はいつだって好きだ。砲兵隊の弾着音は、天使のオルガンに聞こえる。
 起きなければならない。俺の撃震は起動しているだろうか?
 起きなければならない。彼女たちの準備は出来ているだろうか?
 起きなければならない。俺は戦場にいる。戦わなくては! BETAを倒さなければ!

 突然、激しい揺れが俺をベッドから放り出した。それで俺は覚醒した。
 起き上がりいつもの所にある作業服をつかもうとして、それで気がつく。
 懐かしい光景。しかし国連横浜基地ではない。もっと昔に見慣れていた部屋。俺の部屋。
「俺の部屋?」
 基地の部屋ではなく、あの平和な世界で、それが当然と信じ込んで生活していた部屋。
「まさか戻ってきたのか?」
 訓練生に似たあの高校の制服を急いで着込むと、俺は玄関に走り降りて、扉を開けた。

 風景は変わりなかった。一面の廃墟。隣の家の残骸には壊れた戦術機が鎮座している。
 失望の中で声もなく玄関にたたずんでいると、はらわたを揺るがす爆発音が響いた。
 これは戦術機がやられた時の爆発だ。
 そう思って、次の瞬間、俺は自分の認識に驚愕した。
 戦術機がやられた? そんな状況はそうそうはない。一つは訓練での事故。
 続けて、もう一度重い爆発音が響いた。
 もう一つは実戦。BETAが攻めてきたとき。
 その考えに寒気を覚えて、俺は玄関を出た。
 誰もいない瓦礫だらけの街を走る。
 爆発音と射撃音、重いものが動き回る音が、白稜柊の方から響いてくる。
 いや、この状況であそこにあるのは……。
 不意にすぐ近くで爆発が起こり、俺は吹き飛ばされて、道路をころころと転がった。
 舞い上がった粉塵を咳き込みながらやり過ごして、視界が回復するのを待つ。
 見ると目の前の道路が塞がれていた。
 それは巨大な鉄、人型の鋼。77式戦術歩行戦闘機。
「……撃震」
 横たわった撃震はしかし起きる気配を見せなかった。主機の駆動音らしき振動は感じ取れる。
 大きいため良くわからないが、戦術機そのものに大きな損傷はなさそうだった。
 ただ盾、92式多目的追加装甲は大穴があいてへしゃげている。こういうのは突撃級にはねられた後に良く見られる。
 中の衛士が心配になり、機体によじ登った。
 やはり機体に大きなダメージはなさそうだ。
 ハッチのすぐ下にたって、外部開放スイッチを探す。 
 ボタンを押すと空気の吹き出す音ともに、ハッチが開いた。
 薄暗いコックピットの中には、男の衛士が身じろぎもせず座っていた。国連軍の黒と青の強化服の胸のところが上下している。生きているようだ。襟元の階級章を見る。階級は……少尉。
「……剛田?」
 間抜けにも口を最大に展開し、よだれを垂らして気絶しているが、それはかつての世界のクラスメート、剛田城二だった。
 赤いバンダナまで変わらない。顔も変わらず暑苦しい。
 思わぬ再開に思わず笑いがこみ上げて口から漏れたとき、コックピットに警報が響き渡る。
「BETA接近警報!? おい、剛田、起きろ!」
 平手で剛田の頬を殴り飛ばすが、剛田は目を覚まさず、意味不明なうなり声を漏らしただけだった。
 振り返ると闘士級が駆け寄ってくるのが見える。その後ろには戦車級が続いていた。
 意図せず舌打ちを漏らして、スイッチを押してハッチを閉じる。
 狭苦しいコックピットの中で剛田と二人きりというのは、かなり嫌だったが、シートの下をあさり予備の強化服を取り出した。
 幸い剛田と俺ではそう体格は変わらない。
 最小限のスペースでアクロバットもどきに着替えをすませる。
 そのとき、金属がつぶれる嫌な音がした。
「くそっ、もうかじりはじめやがった! ……剛田、重い……」
 シートから剛田をどうにかどかせて、着席する。剛田は足下に横たえた。
 瞬時に強化服と機体コンピューターとリンクされ、機体情報が更新。カメラが回復。
 次の瞬間、戦車級のいやらしい大口が視界いっぱいに広がった。
 盾を離し機体の左腕を伸ばして、戦車級をつかむ。そのまま握りこんだ。
 神経に障る叫び声をあげて、戦車級がつぶれた、その残骸ごと拳で側の闘士級を強く払った。
 ベシャと音をたてて、撃震の左手が赤く染まる。
「さあ、立ってくれ」
 祈るようにつぶやいてペダルをちょいちょいと踏み込む。オートバランサーは正常作動。警告は少し。
 揺れながら上がっていった視界が静止して、主機の音が低くなる。無事立ったらしい。
「……データリンク、いける。武装、36mm充分。120mm……剛田、使いすぎだろ。刀とナイフはOK」
 そろそろと歩かせてみるが、機体には問題ない。撃震独特の重い足音が響く。
「さて、どうするか?」
「ロータス5からロータス7、剛田少尉! 死の8分はくぐり抜けたようだな。そっちに突撃級が回った。いけるか?」
 乗り込んでは見たもののと言う迷いを通信が破った。どうやら小隊長らしい。
 慌てて画像通信をオフにして、剛田の声を思い出して、似せる努力をした。
「……だ、だいじょうぶっす、隊長!」
「うん? どうした、顔が出てないぞ?」
「……跳ねとばされてから、不調みたいです。こちらからは隊長は見えてます」
「そうか。しかし貴様もさすがに実戦ではいつもの威勢は無いな。どうした? 基地は俺が守ってみせるとでも叫んでみろ」
「あはは……」
「ようし、そっちは任せた。突撃級を片付けたらこっちに戻って竹尾とエレメントを組み直せ、以上」
「了解!」
 当たり前だが、戦闘中に勝手に離脱も出来ない。それでは敵前逃亡で死刑になってしまう。
 操縦しているのは剛田ということになっているから、それはさすがに剛田が哀れすぎる。
「BETAを片付けてから考えるか」
 迫ってきた突撃級を見て、そうつぶやくと、機体を小ジャンプ降下させて、突撃級の後ろを取った。後は難しくない。

「……にしても、剛田の癖はやりにくい」
 まさに猪突猛進という機体の癖に悩みながら、要撃級を切り裂く。
 かわす動作が鈍いため、大げさに回避行動を入れてやらなければならない。
 その当人、足下の剛田はまだ起きない。時々不安になってのぞくが、しかし何かが出来るわけでもない。
 時々呻いているから生きていると判断するしかない。
「おまえさー、ずば抜けて回避うまくなってねーか?」
 竹尾が通信をよこす。そのたびに暑苦しい男の物まねをしなければならない。俺はいったい何をしているのだろうか?
「竹尾! 男子たるもの、三日会わざるなら、刮目してみよ! だ」
 さすがに馬鹿笑いまでまねる気になれない。
「あうあう」
 訳の分からない返事が返ってきたが、無視した。
 そして、この違いすぎる世界に俺は心密かにとまどった。
 おぼろげながら何回かループを繰り返した記憶はある。だが、初日でこんなことになったことは無かった。
 世界を、悲しい結末を変える決意も、その世界自体が大きく変わっていては空しい物となる。
 そう、まるで初めてこの世界に来たときのように不安が俺の心を覆っていった。
「こちらロータス1。聞け、やろうども。くそBETAの数はかなり減った。掃討戦に移るがロータス5から8は基地に後退しろ。
 新兵ども良くやったぞ。ロータス5、ひよこちゃんどもをちゃんとお送りしろ。ロータス2から4、コンテナで補給し、俺の周りに集結。指示を仰ぐ」
「了解」
 いかにもな歴戦の撃震と別れ、俺達は小高い丘の方に向かっていく。
 やがて現れたのは、白稜柊……ではなく、国連軍横浜基地だった。
 だが、立ちのぼる黒煙と穿たれた弾痕、負傷者乗せて走り回る担架に、車両や戦術機でごった返すそれは、初日に見る横浜基地ではない。
 ふとモニターに映った人影が映った。
 西に傾く夕日に照らされた屋上の上で、その人物は長い髪と白衣をなびかせ、手すりにもたれ、たたずんでいた。
 そしてぼんやりと戦場を眺めながら、時折魅力的な唇に瓶の口をあてて喉を動かし、またあてどもなく眺めることを繰り返していた。
 その人物を俺は知っている。だが、そんな姿を俺は知らない。

 基地に入ったところで激震をよろめかせて、降着姿勢にする。
「ロータス7、どうした?」
「脚部が不調のようですが大丈夫です。先に行っててください。15分たってダメだったら回収願います」
「了解だ。ロータス6、ハンガーに回収準備をさせるよう伝えろ。ロータス7、ダメだったらすぐ連絡しろ。いいな?」
「わかりました」
 ハッチをあけ、白稜柊の制服に着替える。そして僚機が遠ざかったところで、機体から降りて走り出す。
 グラウンドを横切り、玄関に飛び込んで、階段を駆け上った。
 屋上へ通じるドアをそっと開けて、俺は静かに白衣の女性に歩み寄った。
 その女性、香月夕呼は歩み寄る俺を全く無視していた。
 変わらず規則的に、透明な液体を喉に流し込んでは、ぼんやりと手すりにもたれている。
「夕呼先生……」
 だが彼女は俺の呼び声に反応しなかった。さらにもう一口、酒を飲む。その退廃に耐えかねて、俺は叫んだ。
「いったい何をしてるんですか、先生! このままだとオルタネイティヴ5が始まってしまうんですよ!」
 その言葉が彼女の動きをとめた。そして首だけを俺に向ける。
 酒で赤くなった目が俺をみる。
「もう始まってしまったわ」
「なっ!? 」
「オルタネイティブ4は10月19日付けで中止。同日接収されてオルタネイティブ5始動。
 残念ね、もう4日前に始まっちゃったの」
 そういうと彼女はおかしくもないのに笑い出した。
 闇が基地を包み始めてもなお、彼女は自らの体を抱いて笑い続け、そうしてようやく笑いを納めて、彼女は訪ねた。
「……ところで、あんた誰?」



[1125] Muv-Luv Appendix
Name: 違法因果導体◆b329da98
Date: 2006/11/26 22:08
-2- 立脚点

10月23日


 なぜ尋問室のライトってのは、あんなにもまぶしすぎるのだろうか? 
「わからんなぁ。もう一度 教えてくれ。君の名は?」
「で、白銀武君、なぜ君は戦術機に乗り込み、BETAと戦ったのかね?」
「香月博士に接触した理由は?」
「剛田少尉との関係を話せ。彼の特徴をつかんだ話し方をしていたんだ。知り合いなんだろう?」
「撃震の操縦をどこで習ったのかね?」


 夢の中でまで尋問を受けて、俺は飛び起きた。目の前には、鉄格子。ここは営倉。  
 愉快でない現実を見せられて、俺はもう一度ベッドに倒れ込んだ。どうせ寝てようが起きてようが何も変わらない。
 あのとき、香月博士は、狂おしく笑いぬいた後、警備兵を呼んだ。
 そして俺は逮捕され、破壊工作員扱いでMPにいじめ抜かれて、ここに閉じこめられた。
 前の時もたいがいだったが、今度もまた格別のスタートだった。
 できることは寝ることと食うことと考えることしか無いから、寝ながら考えることにして、寝返りを打つ。
 ゲームガイがあればなぁなどと思ってみたりもする。
「それにしてもまさか、もうオルタネイティヴ5が始まっていたとはなぁ」
 歴史が全然変わっている。オルタネイティヴ4は手遅れで中止。オルタネイティヴ5が始まったから、後は恒星間移民船が行くだけ。
 じゃあ、俺はもう失敗が確定した世界で延々と負け戦をやるってことに?
 そう考えると力が抜けた。もう衛士なんかせずに、仙台にでも行って、一般市民として暮らすのも良いのかも知れない。
 ふと、戦友達の顔が浮かぶ。
 冥夜、彩峰、委員長、尊人じゃなくて美琴、たま。
だが、すでにオルタネイティヴ4が中止されているなら、彼女らと会って再びチームを組むことにどれほどの意味があるのだろうか?
 いや、そもそも出会えないのかも知れない。
夕呼先生があのざまではここをでられるかどうかわからないし、歴史が変わっているから純夏のように出会えないのかもしれない。
まあ、こんな世界にいない方がいいんだろうけども。
 考えれば考えるほどため息しかでなかった。
「おい、そこの男。白銀武とかいったな?」
 だから守るべきものが無くなった。戦う理由も無くなった。逃げ出す人類のために戦うなんて、馬鹿らしい。
「おい、無視をするな!」
「なんだよ、うるせーな」
 暑苦しい男の声でしぶしぶと俺は起きる。鉄格子の外に、剛田城二が立っていた。
 国連軍の制服が剛田の暑苦しい顔に結構似合っていたのは意外だった。体育会系だからだろう。、
 だけども、ブルーな気分の時の剛田ほど嫌なものはない。
「俺は落ち込んでるんだ。ほっといてくれ」
「なぁっ! 待て、強敵(とも)よ。俺の話を聞け」
「なんだよ」
「くっ、……この度は、命を救ってもらった。礼を言おう」
「ああ。別に気にするな」
 手をひらひらと振って、俺が背を向けるとさらに焦った声で呼び止められた。
「待ってくれ、最後まで聞いてくれ! 頼む!」
 仕方が無いから、イヤイヤながら顔を向ける。
「……白銀武、俺はここに宣言する! おまえは、俺の『とも』だ! 強敵と書いてともと呼ぶ。なぜか、わかるか? 
 情けなくも突撃級のぶちかましに失神し、勝手に乗り回されて、それで俺よりはるかに良いスコアだった屈辱。
 この剛田城二、決してわすれん!」
 無駄に熱く、奴のバックが燃える。昔と変わらない。
「だが、これは男の人生のあれなのだ。男の打ちのめし屈辱を与える強敵こそが、真の男を作る試練なのだと! 
 そして、その試練に勝って成長したとき、強敵は友になる。ゆえに、俺はおまえを『強敵(とも)』と認める!」
 ばーんと効果音でもあれば最高だが、静かな営倉では馬鹿丸出しだった。
「待っていろ! いずれ俺はおまえを超えて、そしておまえの危機に『強敵(とも)』として駆けつける。うわーっはっはっはっはっは」
 あ、馬鹿笑いをはじめやがった。こうなるともうこいつは何も聞かない。
「もう俺に失う物はない。だから後は白銀、おまえを超えるだけなのだ。失う物のない男の強さを見せてやる。うわーはっはっは」

 ……なんだろうか? 今胸の奥がもやついた。失うものが無い?
 このままなら、いずれ反攻作戦は失敗して、悲しい思いで移民船を見送らなければならないのに? 
 G弾をたくさん使用しても人類は先細りで負けていった。でもおまえはG弾で跳ね返せると思っている。
 他のみんなもそう信じているんだろうな。
 ……じゃあ、移民船はなんだ? なんでもう作っているんだ? 
 そりゃ、作るのに時間がかかるのはわかる。でも、なんで今から?

 その時、俺は不意に気がついた。
 オルタネイティヴ5の奴らは、逃げ出す準備を代替案と思っている。それが欺瞞だ。
 ……あのときは疑問に思わなかったけど、だけど今ならわかる。
 戦い続けて人が死に過ぎたから、負け続けたから、大事なものが、最後の最後まで戦う心が折れてきている。
 だから逃げる算段まで考えたオルタネイティヴ5が、良く計算された計画に見える。
 でもそれじゃ、G弾が効かなくなったら、逃げるしか無くなってしまう。
  
「……バルジャーノンだってそうじゃねーか。耐久力ゲージが少ないときに大技だけに頼ってキャンセルされたらやばいだろうが」
「……白銀?」
「発想が初心者なんだよ。完全無敵大技なんてあるかよ。キャンセル対策にコンボ切り替えをやらないとハメられるんだよ」
「……おい、白銀?」
「だいたい、大技で失敗したら逃げるなんて、詰められてやられてしまうって。そういうときこそ先行入力して次の技に行けるようにしとくのが、デフォだろうが」
 ふつふつと怒りがわき上がる。
 要するに削りで痛い目にあったから、耐えきれなくなって大技のみで事態を打開しようとしている。
 そりゃ、負ける。  
 地味だけど先行入力とコンボ切り替えをマスターしておかないと、削る戦い方をする奴には勝てない。

 ……なんだ。G弾で集中攻撃して、駄目なら逃げ出す。そんな単純な案にこそ代替の、オルタネイティヴ4が必要ということじゃないか。
 本当に戦い続けて、人類を守るつもりなら、オルタネイティヴ4はオルタネイティヴ5とともに続行されなきゃならない。
 G弾は切り札じゃなくて威力のでかい大技。だからコンボ切り替えてオルタネイティヴ4を出せる態勢にしておかないと。

 ああ、そうか。だから剛田の言うことに引っかかったんだ。失う物のない強さって奴に。
 もう勝てないからって、すぐにあきらめるのは馬鹿だ。それはさっきまでの俺。馬鹿その1。
 だけど、耐久力ゲージが少ないときに後がないからって、むやみに大技に頼るのも馬鹿だ。
これが馬鹿その2のこの世界の人類。それは失うものの無い強さじゃない。単なるヤケクソ。
 ま、でも、エネルギア・チョビッツでも牢屋から脱出するのに、ただ寝ているだけではなんともならない。
 別にここでなら多少の失敗でもすぐにゲームオーバーにはならないし、そういう意味では失うものはないってのは当たっている。 
「あのー、もしもし白銀君?」

 気がつくと剛田が危ない人を見るような顔で俺をみていた。
 こいつは馬鹿なんだと思うけど、でも時々侮れない事を言う奴だった。本当に時たまだけど。
「わりぃわりぃ。ちょっと考えごとしてた」
 チャンスはあると思う。
 あのとき、クリスマスの後、夕呼先生はさっさと居なくなってしまった。だけど、今は違う。
 まだ出来ることがあるかもしれない。……どうせならやってみても良いさ。
 ゲームガイも無いから退屈しのぎにはなる。
「ところでさ剛田、あ、いや強敵(とも)よ。悪いけどMPを呼んできてくれない?」
 ちょびっとばかり剛田に敬意を表して、のってやった。


「それで? あたしにだけ話すって何?」
 再び取調室。今までと違うのは、夕呼先生がいることだった。もっともまだ酒を飲んでいるが。
「真実をです」
 さらっと流した言葉にMP達は緊張を強めた。ただし夕呼先生は興味を示していない。
「ま、聞いてあげるわよ。じゃあ、話して。あ、だらだら話すのはやめてね」
 それだけを言うとまた酒をあおる。
「……霞は元気ですか?」
 瓶を持った手がかすかに止まった。
「オルタネイティヴ4が中止になったのは、半導体150億個の手のひらサイズな並列処理回路が作れなかったためですよね?」
 瓶が机に当たって、高い音が響いた。
「オルタネイティヴ5の空の上の奴は、どれくらい進んでますか? 何隻できあがってます?」
 突然夕呼先生が立ち上がった
「主任調査官、被疑者は今、最高機密に関して口にしました。直ちに録画録音を停止し、基地司令に報告をしなさい!」
「……香月博士、あなたには命令する権限がありません」
 リーダーらしいMPの反論は、夕呼先生の一喝におそれをなして萎えた。
「そんなことはわかっているわ! パウルに今すぐ連絡をとらないと、あんたたちが尋問されることになるって言ってるの!」

 15分後、MPが消えた。そして明らかに別部門の人々が部屋中入念に何かを調べた後、夕呼先生のみを残して消えた。
「さてと、白銀とやら。続けていいわよ。録音も盗聴も無いから、思う存分にね」
「その前に聞いて良いですか? ひょっとして、恒星間移民船って、そんなにやばかったですか?」
「え? ……あんた、本気で言っているの?」
 そういうと、先生は皮肉な笑みを浮かべた。
「オルタネィティヴ5はねぇ、G弾集中運用での人類の一大反攻作戦という名目で、オルタネイティヴ4派の各国や国連の協力を取り付けたのよ。
 なのに、移民船を極秘建造してるとは、いったいどういうつもりだってことになるわよ。
 ……あたしのオルタネイティヴ4だって、オルタネイティヴ5推進派だけでなく、反オルタネイティヴ派にもいろいろちょっかい出されてたからね。
 ましてや、始まったばかりの大事なときに、そんなスキャンダルが爆発してみなさい。
 邪魔はされるわ、地球放棄する作戦なんてごめんだって言われるわ、きっといろいろ大変よぉ」
 ま、それは当たり前だ。
「……じゃあ、それを暴露してしまうって手はどうです?」
 俺のその言葉を聞くと、夕呼先生は面白くなさそうな顔をして、酒をあおった。
「消されるわよ? ……もう3人ぐらいは変な死に方してるんだから」
 それっきり、息が詰まるような沈黙が降りた。
「さあ、そろそろ本題にもどりなさいよ」
 しびれを切らした夕呼先生に促されて、俺は口を開いた。
「……そうですね、俺がこの世界の人間じゃないって言ったら、どうします?」
 無言の先生を見て続けた。
「俺がオルタネイティヴ5の事を聞いたのは、12月24日です」
「……いつの?」
「今年の。……そう未来です」
 そういうと俺は前の世界での出来事を語った。207Bに入隊して訓練したこと。クリスマスの夜にオルタネイティヴ5に移行したこと。
 その後この基地で任官して戦い続けて、そして愛した……誰だっけ……まあ、女を移民船に乗せて、見送ったこと。
 話し終わっても、先生はしばらく考え込んでいた。
「……頭がおかしくなったにしては、誇大妄想もないし、現実とも妙に合ってるし、判断に困るわねぇ」
「まあ、確かにそうだろうと思います。でも前の世界では夕呼先生は、因果律量子論で説明できなくもないといって、俺を207衛士訓練部隊に入れてくれたんです」
「ふーん。……で、あんた、前の世界ではって言ったわね。ということは、今と似たような事があったわけ?」
「そうです。そもそもさっき言ったように俺はこの世界の人間じゃありません。俺が元いた世界はBETAの居ない世界でした。
 この基地は学校でしたし、夕呼先生は……物理教師でした」
 そういうと先生は、俺に元の世界と前の世界にきた当初の説明を求め、俺が語り終わった後は、さらに困惑した顔をした。
「ほんと困ったわねぇ。妄想とか言うのは簡単なんだけど、それにしては移民船について知っているし、工作員というには行動が変だし、だいたいあたしに今更そんな工作をしても仕方がないのよねぇ」
「どういう事ですか?」
「どうって、全世界的な計画のオルタネイティヴ4に失敗して、単なる一研究者に戻ってしまったあたしをどうこうしても仕方がないでしょ。
 あたしが邪魔ならさっさと殺せばいいし、オルタネイティヴ5の邪魔をさせるにしては、訳が分からないし」
「はぁ。それでオルタネイティヴ4が中止になったのは、やっぱり、この世界でもその並列回路が作れなかった所為ですか?」
「……悔しいけど、そういうことね。私の頭脳は役立たずのぬかみそだったってことよ」
「もう駄目なんですか?」
「あたりまえよ。スタッフも資金も権限も、全部取り上げられてしまったわ。それにオルタネイティヴ5の機密を知っているから、どうせ近々アメリカかどこかの研究室に軟禁されるだろうし。
 あたしの人生、これでおしまい! あははははは」
 そういうとまた酒をあおり、濁った瞳で俺を見つめた。
「まあ、でもいいか。年下は性的識別範囲外なんだけど、あんたの妄想は悪くない。因果律量子論によって異なる平行世界から来た男ってのが良いわね。
 どうせ退屈だし、あたしの話相手として飼ってあげるわよ。よかったわねぇ」
「先生、教えてください。オルタネイティヴ4は本当にもう駄目ですか?」
「……しつこいわねぇ。あんたの言った並列処理回路が出来れば、また違うでしょうけど、でも権限と金が無ければ、どれもこれも動かないわよ」
「じゃあ、権限と金をどうしたら取り戻せますか?」
「……実績か、はったりを示すことだけど、オルタネイティヴ4では、はったりはもう駄目ね」
「じゃあ、実績……」
「そうよ。役に立つという実績。まあオルタネイティヴ4はスピンアウト技術も少なかったし、金ばっかりかかっていたから、手堅くG弾で行こうってことになったんだけどね」
 そういうと先生は自らを嘲笑うかのように、酒を飲んだ。
「それでだけど、あんたこれからどうするの?」
 考え込んでいた俺に夕呼先生は唐突に聞いた。
「どうするって?」
「ああ、軍人になるかって意味よ。戦術機乗れるんでしょ?」
「え? ええ、乗れます」
「悪いけど無駄飯ぐらいを置いておく余裕、軍には無いわよ。それとあんたは知らないだろうけど、もう訓練隊は解散されている」
「ええ!?」
「半年ほど前に任官したのが、あんたの言っていた207訓練隊よ。それ以降はオルタネイティヴ4が行き詰まっていたから予算もカットされて中止。
 衛士育成は国連三沢基地に移管になったの。だからもうここには教官も居ない」
「そんな、じゃあまりもちゃん……いえ、神宮司軍曹は?」
「……あんたの妄想って、どうしてそう具体的なわけ? まりもは、教官職を解かれて、実戦部隊復帰。
 ……ともかく、あんたは悠長に訓練部隊に入ってどうこうって選択肢は無い」
「つまり、どういうことですか?」
「今、正規の軍人になるか、一生牢屋暮らしか、どっちか」
「なるほど。ひょっとして移民船のこと知ってるから……ですか?」
「理解が早くて助かるわね。……それと言っておくけど、正規軍人になるのだって、テストに合格すればの話だから」
「もし合格しないと?」
「監獄行き」
 頭に15tのおもりが降ってきたようなショックで、思わず机に突っ伏す。
「悪いけど当然だから。とんでもなく怪しい人間を味方にしたいと思う人間がそうそう居ると思う? まあ、テストの時に事故という名目で殺せば、後腐れもないしね」
「事故で殺す?」
「そうよ。危ない人間を合法的に消す古典的な手段よ。テストってのはそういうこと。まあ、監獄で不自然な病死ってのもありがちな手段だから、どっち選んでも変わらないけどね」
 世界が反転するようなショックに襲われる。 
「なっ、……そんな馬鹿な!」
「仕方ないじゃない。人類の命運はオルタネイティヴ5のみになったんだから、機密を漏らされて台無しにされるわけにはいかないのよ。
 それが悔しければあんたが偉くなって、オルタネイティヴ4を再開させてみればどうかしら。ま、無理だろうけど」
 そういうと先生は、また酒を飲み下した。
 だが、俺は夕呼先生の言葉を噛みしめていた。
 偉くなってオルタネイティヴ4を再開させる。それは今の俺に残されたたった一つの可能性だ。
 俺が研究で実績を残すのは無理だ。出来るのは戦術機の操縦だけ。だが一人の衛士の働きで世界が変わることはない。それぐらいは分かる。偉くなるということは、実績を示すことだ。
 文句のつけようのない実績を示すこと。それをやって、周囲の協力をとりつける。その上で全てを失った夕呼先生に金と権限を取り戻してもらい、オルタネイティヴ4を再開させる。
 そして引きこもるという手段はもうない。監獄で不審な病死をしても、この時代誰もなんとも思わないだろう。万が一生き延びても先はない。
 移民船には乗れないから、監獄でBETAが来るのを待つだけになる。
 世界はオルタネイティヴ5を選択した。俺に味方はない。夕呼先生は力を失っている。
 剛田の言葉がよみがえる。(もう俺に失う物はない) じゃあもう、前に進むしかない。
「……軍人になります。テストを受けます。ですが、先生、約束してください」
「なーによ?」
「先生は出来るだけ、一分一秒でも長く、この横浜基地に留まってください。先生が居なければオルタネイティヴ4はどうにもなりません」
「……ふーん、ま、それはテストの成績次第よ。見込みのない奴につきあう義理は無いから」




[1125] Muv-Luv Appendix
Name: 違法因果導体◆b329da98
Date: 2006/11/30 00:47
-3- 再会のヴァルキリーズ


10月24日


 昼前、俺はシミュレーションルームにいた。
「へぇ、適正テストはさすがね」
 これは、テストの結果を手に持った夕呼先生。今、また酒を一口飲んだ。
 あまりにも飲み過ぎているような気がしてそろそろ注意したいが、機嫌を損ねても困るので見ないふりをせざるを得ない。
 適正テストは前にもやった揺さぶられるテストだ。俺に言わせればゲーセン並のソフトな乗り心地で、Gもかからないのに、どうにかなりようがない。
 営倉で出されたまずい飯をたらふく食っても、体は快調だった。
「で、今日はこれで終わりですか?」
「やりたければ、もう少しならシミュレーター使えるけど? 午後の訓練開始までね」
 いるのは俺と夕呼先生だけだった。外に警備兵が控えているが。員数外の俺に割ける人手は、夕呼先生のみということらしい。
そして員数外だから正規の訓練を邪魔するわけにもいかなくて、空いた時間でテストをされている。
「じゃあ、ちょっと機動のおさらいしたいんで、少しだけ」
「なら、一番難度が難しいのでやってみる?」
「ええ、それでいいです」
「本当に?」
 真面目な顔してうなずくとちょっと驚いたような顔をした。
「いいですよ。いまさら易しいのでやっても時間の無駄です」
「参ったわね。冗談のつもりだったけど、……そういうなら面白いのがあるわ」
「へぇ、楽しみですね」
 そういうと俺はシミュレーターに乗り込んだ。
 網膜に浮かび上がったのは、ハイブだった。
「ああ、ヴォールグ・データですか……」
「知ってるのね。……そうよ、とっても楽しいでしょう?」
 画面からは、夕呼先生がやはり酒を飲みながら、ニヤニヤと俺をみている。困るところを見たいらしい。
 だけど、所詮はシミュレーター。忘れてないかを確かめるために、各種機動パターンを試み、BETAをかわすように動く。
 焦りは無い。むしろ、久々にバルジャーノンをやっているような気分だった。単機で突入なんて、僚機に合わせなくて良いからお気楽極楽。
 ふと、気がつくと先生は黙っていた。酒も飲んでいないようだった。グラスが空いてないからだ。
 雑音が無くなったので、俺は没我の状態になって、ひたすら機体を操り、仮想のBETAに銃弾をたたき込み、ナイフで切り裂いた。
 奥へ、奥へ。ひたすらに、BETAをかわして倒して、前へ進む。
 中層階のあるドリフトを過ぎたところで、突然にシミュレーションが終了した。良いところで終わったので物足りない。
「あれ? 夕呼先生? シミュレーター壊れました?」
「……終わりの時間よ。そろそろ他部隊の訓練が始まるわ。それに本当のヴォールグ・データはそこまでしかないしね」
「了解。時間が来たのなら仕方がないですね」
「……ただの妄想野郎かと思ってたけど……ふーん」
 見るとなにかぶつぶつとつぶやきながら、先生は考え込んでいた。
 俺はシミュレーターとはいえ、久々の気晴らしが出来て気分が良かった。


10月25日


 息が詰まるほど俺は動揺していた。足が震えて、すこし床がふわついた感触すらする。
「ヴァルキリーズ、整列! 基地司令に敬礼!」
 シミュレーションルームは華やかだった。15人もの若い女達が並んでいたからだ。
 そして敬礼を受けて俺の向かい側に背を向けて立っているのがラダビノット司令と呼ばれる初老の男。
「基地司令までお出ましとは、あんたもなかなかのたいした不審人物ね」
 と、ささやいたのは夕呼先生。俺にはどうでもいいことだったが。
 問題は女達だった。懐かしい顔がいたのだ。
 冥夜、委員長、彩峰、たま、美琴(尊人かも?)、そしてまりもちゃん。
 できるならば駆けだして、肩を掴んで、再開を喜び合いたかった。
 だが彼女らの表情が、俺に声をかけることをためらわせた。
 おそらく俺を不審人物と聞いているのだろう。誰も彼も俺に投げかける視線は、敵意と猜疑でしかない。
 それが俺を動揺させていた。
 前の世界にあった戦友としての結びつきが消えた。それがなにか大切なものをもぎ取られたようでたまらなかった。
 別人なんだと頭ではわかっていても、どうしようもなかった。
「どうしたの? がんばらないと監獄行きよ」
「なんでもありません」
 俺達のひそひそ話の途中で、ラビノット司令が、ヴァルキリーズに話し始めた。
「楽にしてくれ。諸君においては先日の基地防衛戦、誠にご苦労だった。諸君らの奮闘により基地の被害は最小限に済んだ。
 ……さて、本日諸君に頼みたいのは、この男が衛士として有用かどうかのテストだ。本来ならば教育隊の業務ではあるが、諸般の事情により、当基地でしか行えない。
 それゆえ諸君が数日前まで特殊任務部隊A-01としての任務を遂行してきたことを考え、決定した。
 機密が関わっているため多くは語れないが、この任務は諸君が思う以上の意味があると心得て欲しい。では、神宮司少佐、あとを頼む」
 号令が飛び、一糸乱れず見事な敬礼が決まる。答礼をしてラダビノットが出て行き、まりもちゃんが俺の方に向いた。
 まりもちゃんは俺達と目が合うと、闘志に満ちた笑みを口の端に浮かべて、話し始めた。
「貴様らに言っておく。この男は軍人ではない。過去も不明。名前は白銀武と言っているが本当かどうかわからん」
 静かな驚愕が治まるのをみて、まりもちゃんは続けた。
「だが、この白銀は先日の防衛戦で、どうやってか戦術機に乗り込み、複数のBETAを撃破。重大な損傷無しに帰還した」
 さらなる驚愕が全員の顔に表れる。
「要撃級25、突撃級23、戦車級58。要塞級2。ガンカメラが捉えた白銀のスコアだ」
 それを聞いて戦意のようなものが全員の顔に広がり始める。
「つまりこいつは、素人でありながら死の8分をスキップしながら通り過ぎた。まるでお花畑でお花を摘むように、BETAをつぶしながらな。
 それがどういうことか分かるな?」
「問題は司令が言っていた有用かどうかではなく、この男がどこで戦い方を学んだのかって事ですね」
 口を挟んだポニーテールな中尉の顔にもまた、不敵な笑みが浮かんでいた。
「速瀬の言うとおりだ。……貴様ら、こいつの戦闘をシミュレーターでケツの穴まで真っ裸にしろ。あらゆる手を使ってかまわん」
 言葉を切って、まりもは隊員を見渡し、視線を止めた。
「まずは榊、鎧衣、貴様らがいけ。涼宮中尉は管制を行え」
「了解」
 だが敬礼をして、シミュレーターにかけよろうとした二人を止めたのは、夕呼先生だった。
「まりもぉ、あんたねぇ、こんなので何がわかるのよ?」
 こんなの扱いされた委員長が怒りを見せ、美琴が状況を読めずきょろきょろとあたりを見回す
「香月博士、どういうことでしょうか?」
 むっとした表情をしながら訪ねるまりもちゃんに夕呼先生はあっさりと答えた。
「彼、昨日、ヴォールグデータクリアしたの。単機で」
「はっ?」
 目を丸くするまりもちゃんは、あの頃のまりもちゃんそのままだった
「だからぁ、白銀は一人だけでヴォールグデータで終わりまで行っちゃったの。嘘じゃないわよ。データ見る?」
「なっ……ええ!?」
「そんな白銀をこんな二人でどうこう出来るわけ無いでしょ。それとも一方的に美少女がなぶられるサドマゾ劇場をみたいのかしら?」
 そのあまりな例えに俺は思わず抗弁した。
「先生、サドって俺のことですか?」
「あーら、白銀。あんたはマゾじゃないかって思うんだけど、マゾはサドにも変わるっていうからねぇ」
「香月博士! 白銀!」
 まりもちゃんの怒声によりお馬鹿な会話が強制終了した。
「……御剣、彩峰、珠瀬、おまえ達もだ」
「了解!」
「香月博士、これでよろしいか?」
「ま、オードブルとしてはいいんじゃない?」
 いらつくまりもちゃんと面白がっている夕呼先生を傍目に、俺はシミュレーターに乗り込んだ。
 懐かしいあいつらもこの世界では、他人だった。まりもちゃんの表情が、それを教えてくれて、俺はなんとか吹っ切ることができた。
 たぶん、シミュレータールームで会えたのは僥倖なのだろう。もし戦場で実弾を持って出会ったらと思うと、これで満足すべきなのだ。俺はそう自分を諭した

 シミュレーションが始まると、さらに気は楽だった。顔が見えず機体だけというのが却って良かった。
 気持ちが落ち着くのがわかった。これはゲーム。かかっているのは俺の人生だけ。なら、大丈夫、戦える。
「にしても、模擬戦で相手にしたことはあったとはいえ、やりにくいな」
 前の時は砲撃支援のたまと突撃前衛の冥夜、的確な制圧支援の美琴に苦戦した。もっとも委員長と彩峰という息ピッタリコンビの素敵アシストのおかげもあったわけだが。
「……つけいるならそこか。なら、ひとあたりして、誰がどれか見極めるか」
 そう考えると、わざと緩慢にブーストジャンプを行う。俺を発見した各機が射撃を開始。先頭の二機が迫ってくる。
 冥夜と彩峰というわけだ。
 前ダッシュと左右移動を細かく行うと、右の迎撃後衛が実に忠実に距離を保って牽制を行ってきた。比べて左はやや鈍く乱れている。
 右が委員長、左が美琴だろう。そして確認できないところから、正確な射撃がやってくる。これがタマ。
「なんだろうな?」
 前の世界で模擬戦をしたときは、もっと脅威に感じたように思う。なのに、今は彼らの動きは鈍く三次元機動もなおざりだ。
 ふと感じた余計な思考を即座に振り払い、左の迎撃後衛に的を絞る。
 射線を外しながら距離を詰めると慌てたように牽制射撃をしてくる。そして、反転した二機の突撃前衛と委員長も追ってきていた。
 大きく噴射跳躍をかけ、そして即座にダイブ。接地時の硬直を見越して射撃を先行入力。
 衝撃とその後タイムラグの間に、美琴機が前方に躍り出てきていた。
 心地よい射撃音とともに、火線が胴に吸い込まれていくのをみて、俺は機体を反転させた。
 美琴の撃破で委員長の動きが鈍くなった。立て直しを考えているのだろう。
 彩峰と委員長にどっちつかずの牽制をくれてやりながら、二人の中間を目指した。追いすがる冥夜がうっとおしかったので、細かく回避。
 それによって、妙に三機の動きが揃ってきた。教科書的な包囲攻撃用の円形陣を作ってきている。
 包囲射撃をかわすには、タイミングを図っている射撃直前を狙うのがセオリー。俺はタイミングを指示しているだろう委員長に大前ダッシュをかけた。
 次の瞬間、先ほど俺がいたポイントに彩峰の射撃が始まり、続いて冥夜が射線を合わせた。しかし案の定、委員長のタイミングが遅れる。
 硬直したように棒立ちになった委員長機を通り過ぎながら長刀で薙いだ。
 
 陣形は乱れていた。彩峰と冥夜は、いいコンビネーションで攻撃してきた。それを俺が三次元機動でかわし続けたため、俺達はいびつな二等辺三角形になっていた。
 遠く離れたのは攻撃が直線的なきらいがある冥夜だ。タマが見つからないのが少し気になるが、動き回ることで狙撃を避けることにした。
 そして俺は彩峰を追い込んでいた。もっとも彼女は誘っているつもりなのだろう。
 欺瞞機動をしているのだが、それでも感じるものはある。案の定、前方に開けた地形が確認できた。
 俺は追い込んだ振りをして、その地点の手前で反転し、わざと冥夜の方に向かった。わざわざ大前ダッシュをしてやる。
 彩峰機が驚いたように追いすがって来たのを見て、ダッシュキャンセル、背面ジャンプから、縦ロールで反転、牽制射撃で彩峰を下がらせ、広場に突入。
 もつれ合うよう入り込んだ彩峰を確認して、即座に回避機動をとる。
 なにもしていないのに、彩峰機が突然大破した。フレンドリファイアらしい。
「タマ、ミスッたな」
 焦ったような精度の低い狙撃が始まり、タマの位置が判明する。接近すればするほど反撃はばらばらになり、120mmを余裕をもって撃ち込めた。
 そしてタマをしとめたとき、冥夜が現れた。
 突如、通信回線が開く。
「そなたに感謝を」
 画面の中で冥夜はつぶやいた。
「死の8分を超えただけで、私は一人前になった気でいた。そなたがBETAでなくて良かったと心から思う」
「……冥夜らしいな」
 その言葉に冥夜は驚いたように目を見張り、そして唐突に通信を切った。
 あ、この世界ではまだ知り合いになっていなかったんだっけ。
 俺が苦笑を漏らすとともに冥夜が飛び込んできた。36mmを応射するが、すぐ弾切れとなる。
 冥夜も突撃砲を捨てたらしい。まさに渾身の勢いで長刀を振りかざして突進してきた。
 俺は左のナイフを選択し、前進しながら姿勢を低くした。どんどん距離がつまる。
 タイミングを図って、左手を突き出し、軸をわずかに左にずらす。その瞬間漸撃がきた。
 冷や汗が流れる。目の前には冥夜機は動かない。
 冥夜機大破とシミュレーション終了の表示が現れた。どうやら勝ったらしい。
 軽くため息をつくと、俺はシミュレーターを降りた。

 負けた5人はうなだれていた。それを茜と柏木、築地、それに黒くて長い綺麗な髪をした少尉が慰めている。
 夕呼先生はにやにやと笑っていた。原因は、渋い顔をしているまりもちゃんだろう。
 階級が上の3人はじっと俺をにらんでいた 
「やるねぇ、白銀」
 声をかけてきたのは、先ほどのポニーテールな中尉だった。肉食獣のような笑みを浮かべているのが妙に迫力あった。
「どういたしまして」
 頭をちょっと下げて礼をしておく。
「今、軍人ではないだけということか」
 そうクールビューティな中尉さんがつぶやく。
「なるほど、香月博士の最後の切り札って訳ですね」
 これは、厳しそうな大人びた大尉の言葉。
「あら、伊隅。別にそういうわけじゃないわよ。彼はね、異世界から地球を救うために来たヒーローなの」
「はぁ?」
 夕呼先生は嘘をついているわけではないが、しかし伊隅大尉は当然理解できず、困った顔をした。
「ふーん、これがヒーロー」
 と、あからさまにクールビューティな中尉さんはにやにやしながら、俺の顔を見回した。
「貴様達、馴れ合いはそこまでだ! 」
 まりもちゃんが立ち直ったようで、厳しい声で会話に割って入った。
「白銀、貴様ができることはわかった。……どうだ? 新任少尉どもの歓迎だけではものたりんだろう?」
 そう目を細くして語るまりもちゃんに、俺はどす黒いオーラを見たと思う。
「ヴァルキリーズの13人と私直々に可愛がってやる。どうだ、今度は美女14人よる大歓迎だぞ。貴様も男なら、この誘いを断らないだろう、うん?」
 どうやらまりもちゃんは切れちゃったようです。
「まりもぉ、じゃあ、あたしは白銀に賭けるわよ。賭けは例のあれで」
 それに油を注ぐのが、夕呼先生。
「なっ! 香月博士!」
「どうせあたしももうすぐ飛ばされちゃうし、最後ぐらいね? なーに、それとも14人がかりでも負けそう?」 
「くっ……。わかりました、香月博士。……白銀、いいな!」
 嫌も応もない視線を浴びせられて、俺は頷くしかできなかった。

 結果から言えば、2勝1敗だった。
 2勝は、突出しすぎた茜を叩いたり、制圧支援を叩いて分断したりしながら引っかき回して泥沼に引きずり込んで勝った。
 それでも中尉達や大尉、まりもちゃんを倒すのには、かなり手こずった。
 負けは、徹底的な遠距離包囲を受けて、なすすべ無く削られ、十機倒したところで、まりもちゃんにしとめられた。
 それでもヴァルキリーズは勝った気がしなかったらしい。最後には隊員の誰もが複雑な顔で俺を見るようになった。
 俺自身も勝利を噛みしめる気分ではなかった。ヴァルキリーズに遠慮したわけではない。
 ハイレベルな戦いをやっているうちに、引っかかってきたものがあったのだ。
「コンボとかキャンセルをいちいちいちいち細かく入れていくってのもなぁ」
 強化服とシミュレーターの蓄積データが充分でないせいもあったが、とにかく思ってる動作をさせるのにいらいらするほど手間がかかり、機動が滑らかではなかった。
だから自分の思い描く戦いが充分にできないというのは悔しかった。
 夕呼先生だけは、非常にご機嫌だった。今日は酒もあんまり飲んでいなかったらしい。
「白銀ぇ、さすが平行世界から来ただけはあるわねぇ」
「じゃあ、先生、できるだけこの基地に留まってくれますね?」
「……まあ、できるだけがんばるわよ」

 シミュレーション後、営倉に連れ戻されて、そこでまずい晩飯を食べた。
 あとはやることが無いので寝ていると、鉄格子が鳴らされる。 
「なんだよ?」
 体を起こすと鉄格子の向こうには、制服に着替えた冥夜達がいた。
「……我々を散々撃墜した男が、牢の中にいるっていうのは、なにか不思議な感じがするな」
「それに白銀さんっていい人そうだから、なんか営倉って似合わないね」
 冥夜の疑問にたまが同意した。
「……かわいそう。やきそば、食べる?」
「ねーねー、武はさ、いったいどんな悪いことをしたんだい?」
 適当な事をいっているのは、彩峰と美琴だ。美琴はスカートだからやはり美琴でいいらしい。
「……あなたたち! コホン。白銀武、神宮司少佐と香月博士がお呼びよ。出頭しなさい」
 しめたのは委員長だった
「んで、おまえ達は?」
「神宮司少佐の命令で迎えに来たわ。それに私はともかく、あなたに興味がある人もいるから」
 警備兵が鍵を開け、俺の手首に手錠がはめられる。
 その禍々しさに五人の目が吸い寄せられた。

 長い廊下を気詰まりな沈黙とともに歩くのは少し苦痛だった。手錠の金属音と複数の足音だけがうつろに響く。
「白銀武」
 顔を向けて表情だけで答える。声をかけてきたのは俺の右を歩いていた冥夜だった。
「……そなたがどんな罪を犯したのか知らない。知りたいとも思わない」
 彼女は誓うように俺の目をみた。他の4人が興味津々で耳をそばだてているのがわかる。
「だがな、あれほどの衛士としての腕を持っているのだ。それをできるだけ役立てて欲しい、そう私は思う」
 俺は答えずただ歩いた。
「もしそなたが心を入れ替え、国のため、民のために戦うというなら、私に言って欲しい。そなたの力になれることもあろうかと思う。
帝国軍でも優秀な衛士は必要とされているのだ」
「……冥夜、衛士一人の働きだけでは駄目なんだ」
 俺を囲んだ女達の足が止まった。
「……白銀、負け犬?」
 おれの後でぼそっと酷いことをつぶやいたのは、いつもながら彩峰だ。
「だれが負け犬だっ!」
「……わたしが?」
 とぼけた彩峰は放って置くことにした。
「あの、その、じゃ、じゃあ、白銀さんはどうするつもりなんですか?」
 左を行くタマが取りなすように俺に尋ねた。
「オルタネイティヴ4の助けになりたいと思っている」
 そういって歩き出すと、皆も歩き出した。
「でもね白銀、残念だけど、もうオルタネイティブ4は中止されているわ」
 前を行く委員長が、背中を見せたまま言った。
「知っている」
「じゃあさ、武はオルタネイティブ4に再開してほしいんだ」
「そういうことだ。……どうしたら再開できるのかさっぱり見当がつかないけどな」
 後を歩いていた美琴が珍しく流れを読んで発言して、俺もぽろっと本音をもらした。       
「……ダメダメ」
 彩峰のだめ出しは聞こえないこととする。
「……そうか、そなたにも信ずべきものがあるのだな。すまぬ、私はやはりそなたを見くびっていた」
 と、律儀に頭を下げる冥夜。
「だがな、白銀。榊も言ったが、もうこの基地はオルタネイティブ5に接収され、我らもそのために働いている」
「だから協力はできないということなんだろ? わかってるよ」
「すまぬ。我々は軍人だからな。だがその他の事でなら力になれることもあるやもしれん」
「いいさ。今はその気持ちだけにしておく。ありがとう」
「白銀、きっとだぞ。決して早まるなよ。私はそなたの戦術機動をもう一度見たいのだ」
「……それはお偉いさんに言ってくれ。俺には死ぬ気はないけど、お偉いさんは俺を殺したいかもしれないからな」
 そういうと手錠をじゃらりと振ってみせる。
 再び気詰まりな沈黙に戻ったが、俺の気は楽だった。夕呼先生の執務室が見えてきていたからだ。
 
「ようこそ白銀。あらあら、素敵なアクセサリー付けてるわね」
「ええ。基地司令もお出ましな最重要不審人物ですから」
「榊以下5名、白銀武を護送してきました」
「ご苦労、下がれ」
 さっそく手錠に目を付けてからかってくる夕呼先生を見事に無視して、まりもちゃんはあくまでもきまじめだった。
「さて、白銀武、今日は大活躍だったな。司令もお喜びだ」
 目だけ笑ってない笑顔で語るとまりもちゃんは迫力があった。
「合格と言うことでいいんですか?」
「第一段階はな。明日、貴様の総合戦闘技術評価演習を行う。それの合格をもって、衛士任官を認めることになった」
「……、一つ聞いて良いですか?」
「ん? なんだ?」
「総戦技評価演習って確かチームでやりますよね?」
「通常課程ならそうだ。だが、貴様に当たり前のやり方はしない」
「なるほど」
「だが心配するな。評価演習は公正に行う。なんだかんだ言って優秀な衛士は常に必要だ。ちなみに試験官は私とヴァルキリーズだ。良かったな? 貴様は女にもてるぞ」
「げっ! ……恋愛原子核の負の因果かよ?」
「なになに? 白銀、いま面白いこといったわね。恋愛原子核? あははは、それ良い!」
 笑い転げる夕呼先生に耐えかねて、まりもちゃんは怒鳴った。
「とにかく! 明日は、今日の礼もたっぷりとさせてもらう。楽しみにしておけ」
 まりもちゃんが肩を怒らせて出て行っても、夕呼先生はたっぷり5分笑っていた。
 ようやく笑いが治まり、静かになったところで、俺は口を開いた。
「それで? わざわざこの部屋に招いてくれたのはなぜです?」
 そういうと俺は室内を見渡す。記憶にある部屋よりもかなり片付いていた。というか、多くの本や紙束が消え去っている。
 すっからかんといってもいい。
「そうねぇ。まずあんたが妄想狂でなさそうなのはわかったわ」
「へぇ? 意外と簡単に信じてくれるんですね」
 その言葉に先生はさびしげな笑いを浮かべただけだった。
「……もう裏切られても失うものがないだけよ。まりもの驚いた顔を見せてもらっただけで充分」
 そういうと先生は、机からごそごそと紙の束を取り出した。
「オルタネイティブ4に関するものはあらかた取り上げられたけど、あたしのこの論文は残ったわ。理解できないと思うけど、まあ暇つぶしでよければ読んでみなさい。
あんたが本当に平行世界から来てるんなら役に立つかもしれないから」
 そういうと不可解な数式と図で埋められた紙の束が、目の前に置かれる。
 ぺらぺらとめくってさっぱり理解できないことを確認……
「あれ、この図、どっかで……」
 フラッシュバックのように光景がよみがえる。元の世界での夕呼先生の奇行。いきなり訳の分からない講義を始めたっけ。
「……これは古いって、変な式書いて……論文にまとめるって出て行ってしまって自習にされちゃったんだよなぁ」 
 懐かしい感じすらその図から目を上げたとき、目の前の夕呼先生の顔がひどく真剣な物になっていた。
「ど、どうしたんですか?」
「今、なんて言ったの?」
「ああ、その元の世界の夕呼先生はこの図を書いて、これは没で古い、新しい考えはこうとかいって、訳の分からない式を書き出して……」
「……たどり着いたんだ。あんたの世界のあたしは、理論を完成させたんだ。……古い? この概念ではだめだってこと?」
 ぶつぶつと自問自答しながら考えにふける先生を、俺は待った。
 10分ほどして、夕呼先生は小さなヒステリーを起こして考えるのをやめた。
「ああ、もう! 酒なんか飲んだから、頭が回らないじゃない! あたしの馬鹿馬鹿!」
「……まあまあ先生。それよりちょっとお願いしたいことがあるんですけど」
「……なによ、白銀?」
 不機嫌のあまり、目つきの悪くなった夕呼先生ににらまれて、ちょっとひるむ。
「……戦術機のことなんですけどね、なんというか俺の操縦に付いてきてくれないんです」
「は?」
「いや、剛田の撃震で感じたんですけど、どうもシミュレーターでも同じ感じで、それ気持ち悪くてなんとかならないかなって」
「説明してみなさい」
「例えば、まあ戦術機が転倒フェイズに入るとですね、オートバランサーが働いて、入力を受け付けない状態になります」
「当然よ。衛士保護のためにあるプログラムだから」
「いや、それだと困るんです。転倒状態と認識するのは良いし、オートバランサーが作動するのもいいんです。でも転倒して接地するまでの、数秒の間何もできなくなります」
「そんな短い間で何をするのよ」
「リロードとか、上半身スラスター制御、場合によっては武装の持ち替え、短刀ならふるうこともできます」
「……驚いたわね。そんなの聞いたことも無いわ」
「それでですね、転倒しかけたと思ったら、さっさとその入力をして、転倒後から回復した後の動作開始を早くするんですが、それが今のままではとってもめんどくさいです。
俺はそれを先行入力って言ってますけどね」
「……それで?」
「あと、ある動作を別の動作に切り替えることも頻繁にするんです。例えば噴射上昇をして、すぐダイブとか。長刀の振り下ろし軌道を変えるとか。
FCSの自動照準をすぐキャンセルしてより脅威度の高い別の敵に照準しなおしするとか。俺はキャンセル入力って言っていますけど、それをなかなか受け付けてくれないんです。
操縦系がとにかく一つの動作パターンが終わってからしか次の動作を受け付けない傾向が強いんですね。
ですから動作中の入力監視をもっと細密にして、可動部の位置とモーメント、荷重、加速度の再計算をもっと早くして、それを簡単に受け付けるようにして欲しいんです」
「……」
「あとは、機動時の定型動作パターンが少なすぎますし、動作入力も煩雑すぎます。はっきりいって、BETAと戦う前に機体にやらせたい動作を仕込むだけで日が暮れます」
「悪いけど、それはあんたの機動が特異すぎるからよ」
「それはそうです。でも俺はこれで実績を出しました」
 その言葉で夕呼先生は黙り込んだ。
「なんというか、今日の14対1の模擬戦で思ったんですけど、今の戦術機は、まだ人間相手に戦闘する癖が残っています」
「どういうこと?」
「BETAの基本戦略は物量ですよね? つまり大量の敵を短時間にさばかなければならないわけです」
「そうね」
「ということは、入力する手数を少なくして、似通った動作は似通った手順で入力の後の方で切り替えられるようにするとかしないと、間に合わなくなります。
現に、さっき包囲されて間に合わなくなりました。あれは、機体が動かないんでなくて、入力がめんどくさすぎておっつかなくなっただけです。シビアに包囲されただけであれでは駄目です」
「……あんたの言ってることをやろうとすれば、OSから取っ替えなければならなくなるわ」
「やっぱり無理ですか?」
 それに答えず、先生は机からソファーまで歩き、柔らかな座面に腰を落とした。そして、酒をグラスにつぐ。
「これが最後。これでしばらくお酒、やめるわ」
 味わうように酒を飲み干すと、グラスを伏せた。
「オルタネイティブ4は、何も人類に貢献できなかった。それがあたしは悔しかった。自分が天才だって信じてたのに、最後の壁を突破することができなかった。
……今となっては手遅れかも知れないけど、けじめぐらいはつけるわ。お酒に浸って自己嫌悪をごまかすくらいなら……白銀、あんたが工作員であっても、あんたに私の生きた証を残してあげる」
 そこにいたのは、傲岸不遜な天才博士ではなく、ただの全てを無くした女だった。
「あんたは、ヴォールグ・データをクリアして、ヴァルキリーズを二度も打ち破った。……あんたは知らないだろうけど、ヴァルキリーズは特別なのよ。
あたしが、特別であるようにヴァルキリーズを育てたの。取り上げられちゃったけどね」
 夕呼先生が言葉を切ると、どこか暖かな沈黙が漂った。そして再び口を開いたとき、先生の目には昔の光が宿っていた。
「白銀、総戦技評価演習、生き延びなさい。……今のあんたは始末に困る存在よ。事故で死ぬのを願っている人間がいくらでもいるわ。……前の世界では戦友だったかも知れないけど、今のヴァルキリーズもあんたの敵。
戦術機操縦でカタを付けられなかったから、体を使う戦闘で決着を付けようとしているの。だから生き延びて、帰ってきなさい。……あたしはここで待ってるから」
 敬礼をしようとして手錠が邪魔で出来なかった。だから心から真摯に頭を下げる。先生がどこか優しい目をしてうなずいた。
「征ってきます」




[1125] Muv-Luv Appendix
Name: 違法因果導体◆b329da98
Date: 2006/11/26 22:01
-4- 絆の証明

10月26日


「白銀君、残念だが総戦技評価演習は中止だ」
「はぁ?」
 副長から告げられて、俺はあっけにとられた。
 時刻は日本時間で13時過ぎ。狭い潜水艦の中で緊張しながら待機していた時である。
 魚雷管の下の待機場所で、営倉と環境のひどさについて比べて、潜水艦のほうがひどいと結論をだした時、発令所に呼ばれたのである。
 艦長を横目で見ながら、副長は俺に状況説明を開始した。
「上陸予定の島に、BETAが出現した」
「そんな馬鹿な! ハイブより全然遠い所じゃないですか!」
「詳しくはわかっていないが、先日横浜基地を襲撃した残存部隊が流れ着いたとの推測がなされている」
「……信じられない。……そうだ、ヴァルキリーズはどうしたんですか? 彼女らも参加してくれるはずでした」
「……そのことだが、交戦状態に入り負傷者が出ているという」
「そんな」
 ぐらりと世界が傾くような錯覚に襲われた。
 本来の任務でもなんでもない総戦技評価演習に駆り出されて、そこでBETAに逢うなんて。
 おれのせいなのか? ……たぶん、そうだろう。
「基地では救出部隊の派遣を準備中だが、レーザー属種がいるらしく、ヘリの離発着は難しいと考えられている。
そのため戦術機、強化外骨格の輸送も厳しい。……たぶん、我々が彼女らに一番近い」
「はい」
 当然だ目標地点が同じなんだから。
「だが君はまだ軍人ではない。だからこれは君の自由意志で決めてもらいたい。負傷者の救出を行うか、このまま帰還するか」
「……このまま島に向かってください」
「BETAがいるがいいのか? 戦術機はないぞ」
 俺は首をふった。
「俺のせいで彼女ら巻き込んでしまいました。それを見捨てて帰るなんてできません」
「……わかった。では白銀君、艦首に向かえ。間もなく射出する。ブリーフィングは射出カプセル中で行う」


 潜水艦から射出されると、そこは南国の島だった。青い空、白い砂に緑の森。BETAがいるなんてとても思えないのどかな風景が広がっている。
 潜水艦のくさい空気を吹き飛ばすかのように深呼吸した。そして、浜辺でとまったカプセルから出るとスロープを展開する。
 積載されていたのは高機動車、いわゆるジープみたいな車だ。固定フックを外すと、パーキングブレーキを確認して、車止めを外した。
 BETAが居なさそうなことを確認して、エンジンをかけた。直列4気筒が二三度咳き込むと、猛然とうなりをあげた。
 アイドリングが安定したのを確認して、ゆっくりと発進させ、スロープをおりる。
 水音を響かせ波打ち際の柔らかい砂をタイヤに噛ませながら、そろそろと乾いた部分まで乗り上げて停車。
 後の荷台に載った装備を確認する。車載無線機が鳴って、回収ポイントが指示される。
 回収ポイントには重機関銃、ロケットランチャーとクレイモアで固められた、半地下式の機関銃トーチカの設営される予定である
 俺は負傷者、生存者を回収ポイントまで運び、回収を待つことになる。
 あまり役に立たない地図を確認してから、車載無線機のスイッチを入れてマイクを手に取った。
「ヴァルキリーズ聞こえるか、こちらは白銀武。負傷者および生存者の回収に来た。状況を知らせてくれ」
「こちら、ヴァルキリー5、現在3名生存。うち負傷者2名。1名は自力移動は不可能。死亡者無し。今から発煙筒を焚くわ」
 すこし遠くの森から煙が立ちのぼる。
「了解、視認できたよ。そちらに向かう」
「待ってるわ……ありがとう。逃げずに来てくれて」
「涼宮少尉、しおらしい声を出すなよ。心配になるだろうが」
「馬鹿」
 少しだけ安心すると周囲を確認して、薄れゆく煙に向かって車を走らせた。 

 南国の森は、入り口からわずかな距離で車両が入れなくなる。、残りは徒歩で行くことを余儀なくされた。
 無線で連絡をとりつつ、茜達の居場所に向かい、到着したのは一時間後だった。
 いたのは無傷の茜、三角巾で右手を吊っている築地、そして柏木は左手を食いちぎられて寝かされていた。
「止血はなんとかできた。ショックで呼吸停止したけどそれも蘇生はできた。けど……」 
 柏木は真っ青で苦しげに目を閉じて、あえいでいる。あの屈託の無い笑顔はかけらも無い。
「柏木は俺が担ぐ。築地は歩けるな。涼宮、悪いけど警戒を頼む」
 叫び出したいような気持ちをこらえて、寝かされた柏木をそっと担いだ。無惨に食いちぎられた左上腕部が否が応でも目に入る。
 柏木の重みを感じながら歩くことだけが、俺にできるつぐないに思えて、無言で元来た道を戻った。

「白銀、築地、止まって。BETAよ」
 立ち止まって姿勢を低くする。先を行く茜の指さす方向に、双眼鏡を向けた。
 ジャングルに似合わない汚らしい白さ、人間のものに似ているのがおぞましい歯。その上の小さな目のようなもの。それがゆっくりと動き回っている。
「兵士級か」
 腰の拳銃を確認する。茜が小銃のセイフティを外して、バーストモードにする。
「BETAのことわかっている?」
 築地が俺を見上げる。猫のような印象をもたらす顔も今は疲労の色が強い。
「まあ、一通りは習っているよ。あれは、対人探知能力が高いんだろ」
「動きは闘士級に比べれば鈍いけど、それでも今のあたし達には脅威だから」
「……だな。迂回して高機動車に向かう。あそこに行けば軽機関銃がある」
「了解」
 手信号で茜に合図し、そろそろと遠ざかる。
 鳥の羽音にすらおびえながら俺達は進んだ。

 森の入り口に止めていた高機動車は無事だった。
 柏木を後部荷台の担架に寝かせるとベルトで固定。茜が軽機関銃をロールバーに設置し、そのまま射撃ポジションを取る。
「白銀、運転と通信よろしく。築地、給弾できる?」
「なんとか。春子の面倒は任せて」
「OK。じゃあ、いくわよ」
 エンジンをかけ、慎重に後退する。少し開けたところで転回し、アクセルをふかす。
 走り始めるとすぐに、うなり声があがった。ミラーで確認するがなにも見えない。
「3時の方向、兵士級確認。白銀、急いで!」
 アクセルを踏み込むと4気筒OHVターボエンジンがほえた。
 頭上で機関銃が断続的にうなりをあげ、ばらまかれた薬莢が綺麗な音を立てた。

 海岸に出ると射撃がやんだ。
「どうだ? やったか?」
「何発か打ち込んだけど、しとめたかはわからない。でも追いかけてこないみたい」
 頭上から降ってくる茜の声は落ち着いている。
「そうか。で、このあたりどの程度BETAがいるんだ?」
「戦車級と光線級が各1匹か2匹、闘士級は3匹も居ないと思うし、兵士級もそれくらい」
「ちっこい島のくせになんで……」
「私は見てないけど、要塞級の死体があったって聞いたから、そこから出てきたのかもね」
「なんてこった。……それで、他の奴は?」
「わからないけど、携帯無線機は皆持っているよ。出力が弱いから受信が難しいかもしれないけど」
「島を一巡りする必要があるわけか」
「築地、柏木はどう?」
 茜がエンジンの騒音のため、声を張り上げて後に訪ねた。
「だいじょうぶ。安定しているよ。モルヒネが効いたみたい」
「涼宮少尉、このまま回収ポイントに向かう。そこで二人をおろそう」
「了解」

 鉄橋を渡った先の回収ポイントにはすでにトーチカが作り上げてられていた。
「さすが、潜水艦の人達は仕事が早い」
 感心する俺に、茜が苦笑した。
「そうじゃない。もともと訓練用のトーチカがここにあったのよ。でもこういうときには助かるね」
「なんだ。まあでも、重機関銃とかは設置されてるようだし、ちゃんとやってくれてる。さ、早く柏木達をおろしてしまおう」
 トーチカの後に車をつけると、茜と俺で柏木を運び入れた。築地が無線機のスイッチをいれて、潜水艦を呼び出す。
 現状の報告を終えると、30分後に負傷者の回収を告げられ、通信がきられた。
「さてと、じゃあ、また一回り他の奴らの回収に行ってくるよ」
 俺がそう告げて立ち上がり高機動車に乗り込もうとすると茜がついてくる。
「? どこにいくんだ?」
「? 回収にいくんでしょ?」
 互いに顔を見合わせる。
「柏木はどうするんだ?」
「30分なら築地だけで大丈夫。むしろ白銀一人で行かせて、やられちゃったら意味がないんじゃない?」
「だけど、負傷者保護は……」
「白銀? あなたはまだ軍人じゃないし、私は士官。軍に協力する民間人を守らなくて、なにが軍人なわけ?」
「えー? このタイミングでそれを言うかー。だいたい総戦技評価演習やらされる時点で俺は訓練兵みたいなものだろ」
「でも、私の方が正しいでしょ? それに訓練兵ならなおさら正規兵の指示に従わなきゃ。違う?」
 茜は腕組みをして、一歩も引きませんって顔をする。こういう顔をした委員長……茜も委員長だったっけ……達は、やっぱり言い出したら引かない。
「ぐむー」
「変なうめき声出したって駄目だから。戦場じゃ軍人の言うことに従いなさい。いいわね、民間人のおにいさん? 返事は?」  
「……りょーかい」

 次に車載無線機に反応があったのは、夕暮れだった。相手は美琴達だった。
「で、状況は?」
「ぼくは大丈夫。慧さんも壬姫さんもなんとか。だけど、冥夜さんが……」
「わかった。急行する。BETAに見つからないように車が入れる位置まで移動できるか?」
「やってみるよ。……武、来てくれたんだね。うれしいよ」
「馬鹿やろ! 当たり前だろ! ……美琴……ごめん……鎧衣少尉、俺がつくまで冥夜を頼む」
「うん。じゃあ、今から合流ポイントを言うね。あ、それと僕は美琴でいいから」
 美琴の指定するポイントを地図に書き込む。通信が切れると、がっくりと落ち込んだ。
 ヴァルキリーズが味方でなくなったのはわかっていた。冥夜達が仲間でなくなったのもなんとか納得できるようになった。
 それでも、彼女らが傷つくのは、……つらい。ましてや、俺が関わらなかったらこんな事に成らなかったのにと思うと、……つらすぎる。
 俺はただオルタネイティブ4を再開させたかっただけだった。なのにどうしてこんな事になるのだろうか。
「白銀、だいじょうぶ?」
「……ああ。ごめん、ちょっと考え事。さ、回収に行こうぜ」
 茜の気遣う視線が心苦しい。
 この世界の人々はオルタネイティブ5を選んだ。なのに、悲しい終末を見るのが嫌だからという理由で俺がそれをひっくり返す権利があるのだろうか?
 わからない。わからないけど、俺の行動の結果で、柏木も築地も冥夜も傷ついた。それは間違いない。
 車を走らせながら俺は唇を噛みしめた。世界を変える代償とはこういう事なんだと、重い実感があった。

 日が暮れた。俺達は海岸から離れ、山と山の間の峡谷を進んでいた。
 BETAに見つかりたくないため、前照灯はつけない。それゆえ路面を星の明かりで確認しつつゆっくりと車を走らせた。
 森が黒々とした闇の固まりに変わって俺達に迫り、空が徐々に暗い青に染まっていく
 動物たちの光る目が、ともすればBETAのそれに見えて驚く。
 しばらく走って、俺は車を止めた。 合流ポイントに到着したはずだった。
 車を止めて、光を漏らさないように、ダッシュボードの中にペンライトをつっこみ、マップとGPSで位置を確認する。
「たぶん、ここが美琴の指定したポイントだと思う」
「待つしかないわね。左の監視をお願い。私は右を」
「了解」
 エンジンが止まると虫の鳴き声が耳につく。目の前に黒々とした森が広がっている。車から降りて、セイフティを外して小銃を構えた。
 茜は車上のまま警戒を続けている。
 長い時間が過ぎたように思った。茜が突然声をあげた。
「どうやら来たようよ」
 後を向くと、小さな光が明滅しているのが見える。
「あれか」
 ペンライトを光に向けて振ると明滅がやんだ。
「御剣が負傷している。鎧衣がいるからやることはやっていると思うけど、救急セットは用意しておいて」
「ああ」
 茜に言われるまでもなく、美琴の技能については心配していない。生きた万能サイバイバルツールな美琴は、こういうときは居るだけで心強い。
 俺は後部の荷台に行くと救急箱を引っ張り出して中を点検した。
 そして再び運転席付近に戻り警戒にあたる。
 数分後、タマを先頭に、彩峰と美琴、そしてその二人に担がれた冥夜が現れた。
「後だ。寝かせて固定してくれ」
 二人から冥夜をひったくるような勢いで、荷台に引っ張っていき、寝かせる。
 見ると冥夜の右の脇腹に赤黒いシミが広がっていた。
「……白銀……すまぬ……」
 いつもの凜とした目の光が消え、焦点の合わないぼーっとしたものになっている。
「美琴! 冥夜の状態は!」
「今、ここで出来ることは無いよ。病院につれていくしかない」
「くそ!」
「BETAよ! 12時方向、数2」
 茜の叫びと共に機関銃がうなり始める。
「みんな車に乗れ!」
 運転席に駆け寄って乗り込み、エンジンを始動。ナビ席に彩峰が乗り込み、俺が置いていた小銃を構えると、撃ち始める。
「車を転回させる! 全員、何かにつかまれ!」
 ギアをバックにたたき込んでアクセルを踏み込む。そして強引にハンドルを切った。
 隣の彩峰がこちらにずれてくるのを感じながら、ブレーキを踏んで、ギアをドライブに入れる。ミラーにBETAが映り、慌ててアクセルをふむ。
「闘士級が!」
「応戦して!」
 美琴の言葉に軽機関銃を後に向けようとしている茜が叫ぶ。
「やってみる!」
 バックミラーの中でタマが小銃を慎重に構えていた。車内が揺れる中、3点バースト音が二度響く。
「……追って来なくなった。やるね、珠瀬少尉」
 その和らいだ茜の声に、俺もため息をついた。サイドミラーを確認しても、BETAは見えない
「さすがは、タマ……瀬少尉。よ、東洋一の魔弾の射手!」
「し、白銀さーん!」
 暗くて見えないが、タマは照れていると思う。
「で、もう一匹は?」
「確認できない。警戒態勢を維持して、このまま突っ走るわよ」

 それでも森を抜けると車内に安堵の気配が漂った。
 機関銃の銃手はタマに代わり、茜は冥夜の様子を見に行っていた。涼しい夜風が吹く海岸を走らせているとき、ポツリと彩峰が俺を呼んだ。
「……白銀」
「うん?」
「……伊隅大尉に注意して」
「なに? どういう意味だよ、それ?」
「……この島にBETAがいるの、変」
「変って、そりゃそうだけど、要塞級がいたんだろ? あれから小型種が出てくるんだろ?」
「……それ、伊隅大尉しかみてない。かなり大きいのに、居たらわからないわけがない」 
 その指摘に俺は黙り込んだ。要塞級ってのは動く小山みたいなもので、かなり遠くからでも居るのがわかる。衛星写真でもわかる。
 彩峰が珍しく続けて言葉を発した。 
「……前、ヴァルキリーズが特殊任務部隊の頃、BETA捕獲作戦をしたことがあるって」
「そんな、まさか?」
「……白銀は厄介者。でもあたし達も厄介者」
「彩峰!」
「……上は都合が悪ければ切り捨てる」
 それきり彩峰は黙ってしまい、ただエンジン音だけが俺達を満たした。

 回収ポイントで冥夜を降ろし、今度は美琴と二人で残りの回収に向かうことになった。
 幸いなことに築地と柏木は病院に収容されたらしい。
 茜は回収ポイントで指揮をして、タマと彩峰が防御にまわるという算段だった。
「御剣は心配いらない。艦がもうすぐ回収に来るし。それより速瀬中尉達をお願い。ま、あの人がそうそう殺されるとも思わないけど」
 茜はそう言って俺達を送り出した。


10月27日


 すでに東の空が明るい。
 ほぼ島を半周し、裏側にまわっている。
 海沿いに走って岬を一つ越すと、前方に色のついた煙が立ちのぼるのが見えた。アクセルを踏み込む。
「武! ヒトだよ。少佐達じゃないかな?」
 走っていくと人影が見えたため、前照灯をパッシングする。人影が手を振ったので、近寄って車を止めた
「無事でしたか?」
「来てくれたのだな、白銀武」
 柔らかな笑みを浮かべて、まりもちゃんが車に歩み寄った。
「当たり前です。それより、状況は?」
「あれくらいでおたつくあたし達じゃないね。けが人はいない」
 ポニーテールの速瀬中尉が笑う
「涼宮少尉とはぐれて涙ぐんで動揺していた人が一人」
 さらっとした顔でばらすのは、クールビューティな宗像中尉。やっと名前を覚えた。
「宗像ぁ!」
「二人とも、気を抜きすぎです」
 と優しげな声でたしなめたのは、えーと、
「風間少尉だよ、武」 
「すまん、美琴」
「白銀君、名前を覚えてくれてなかったのね。ちょっと悲しいな」
 優しげな風間少尉が耳ざとく聞きつけて絡んできたので、俺は少しあせる。
「あ、いや、その、他の方が強烈でしたので」
「ほう、白銀は我々をそういう風に見ていたのか? 覚えておこう」
 宗像中尉がにやにやといたぶってくるため、俺は全力で話をそらすこととした。
「で、まり……神宮司少佐? これで全員ですか?」
「いや、榊と伊隅がこの先にいるらしい。ここで合流予定だったが、貴様らが先に来たのだ。榊が足を負傷しているから遅れているようだな」
「武、車は少佐達に任せて、助けに行こう」
「ああ。じゃ、少佐達は車で回収ポイントに向かってください。で、人を降ろしたらすいませんが戻ってきてください。その間に俺達が大尉達を助けに行きます」
「そうだな、それがいいだろう。……総員乗車!」
 俺達は小銃を持ち、まりもちゃんから二人がいそうなポイントを教えてもらった。
 車が行ってしまうと取り残された感じがする。
「武、行こう。西の空が崩れてきている。早くしないと雨が降るよ」
 美琴の指摘に西の空を見上げる。いつのまにか黒く低い雲が迫っていた。

 指示されたポイントには委員長しかいなかった。
 くぼみに横たわり巧妙に偽装して息を潜めていた彼女を発見したのは、もちろん美琴だった。
 左足には副え木が当てられ、包帯で固定されている。
「大尉はどうしたんだ?」
「BETAが接近してたから、私から目をそらすために囮になったわ」
 嫌な予感がした。彩峰の言葉が思い出される。  
「美琴、俺は大尉を捜してくる。委員長を頼めるか?」
「任せてよ、武。千鶴さん、足の怪我には杖を使うといいんだよ。簡単だけど松葉杖作るから待っててね」
「じゃ、委員長を頼む」
「はぁ?」
 二人揃って目を点にされて、失敗を悟る。
「あ、いや、榊少尉っておれが昔いた学校の学級委員長みたいだから、……つい委員長ってね」
「白銀って、御剣も冥夜って呼んでみたり、鎧衣とは、美琴に武って呼び合っているし。結構なれなれしいわね」
 ばれてたらしい。
「あ、まあ、なれなれしいのは俺の欠点ということで。勘弁してくれ」
「……まあいいわ。早く行きなさいよ」
「すまん」
 走り出しながら、やはり違った世界に来てしまったことを実感し、そして伊隅大尉の事が気になった。 

 幸い、伊隅大尉とはすぐに無線で連絡がついた。無線での語調は変わらないようだったが、息が荒いのが気になった。
 無線で聞いたポイントに近づくと岩陰に伊隅大尉が座っていた。
 降り出しそうな暗い空の下、陰になってもすぐにわかった。大尉の左肩が真っ赤っか。
「大尉!」
「心配するな。肩は少しかじられただけだ。もう鎮痛剤も打った」
「肩を貸します。もう他のヴァルキリーズは全員回収しました」
「……そうか。白銀、来てくれたのだな。礼を言う」
「しゃべらないでください」
 そういうと大尉の右側に潜り込んで体を持ち上げる。
 周りを良く見渡して、元の道を引き返した。

 鼻の頭に水滴が落ちたと思ったら、途端にスコールになった。空は一面黒雲に覆われている。
 大尉の息が荒くなったのを見て、木陰に入った。
「白銀、私に構うな。BETAに追いつかれる」
「馬鹿言わないでください。ここで大尉を放り出したら、速瀬中尉や宗像中尉、涼宮少尉に殺されます」
 しかしその言葉に大尉は自嘲の笑いを浮かべた。
「ふふっ。いいんだ。私は自業自得ってやつだ」
「なっ、なにを言っているんですか!」
「……白銀、これは罠なんだよ。おまえと私達、両方をしとめる罠」
「……ひょっとして総戦技評価演習中の事故にみせかけるって奴ですか」 
「お偉い誰かがおまえも私達も信用しきれないんだ。しかも戦術機乗りとしての腕は良いから、ただ殺すだけでは現場が納得しない」
「それで、事故にみせかける?」
 苦しい息の下で大尉が笑った。
「ふふっ。1年ほど前の戦いで捕獲したBETAがあってな。我々がA-01の頃に行われた作戦だ」
 彩峰の言葉と一致した!?
「やつらは冷蔵保存していたBETAを空輸して島に放ったんだ」
「でもそれがどうして大尉のせいになるんですか?」
「取引だよ。BETAの保存場所を教える代わりに、前線基地勤務から外してもらえることになってたんだ」
「……どうして!」
「……好きな男がいるんだ。でもその男を好きな女が私以外に3人もいるんだ。……このままなら彼女らに取られそうで怖かった。あの人の側にいたかった。
会えないのがたまらなく寂しかった」
「……」
「私は狂っていたんだ。どうかしていた。でもあの人に会えると思うと……。私は馬鹿だ。こんな卑怯な女、あの人が好きになってくれるはずが無いのに」
 雨が葉や幹、草花を叩いている。
「……大尉、それなら俺も同罪です」
「白銀?」
 俺に大尉を責めるつもりは毛頭無かった。潜水艦の中でのことや、柏木、冥夜の負傷を聞かされた時の気持ちを思いだしていた
「俺は、オルタネイティヴ4が必要だと確信しています。それは変わりません。
でも、俺が中止になったオルタネイティヴ4を無理矢理再開させようとしたから、誰かが怖くなってこんな事を仕組んだんです。
今でもどうすればうまくやれたのかわかりません。でも俺の行動によってこんな事が起こったのは間違いないことなんです」
 語り出したら、もう止まらなくなっていた。自分の中で鬱屈していたものが後から吹き出してきていた。   
「……いや、ひょっとしたら俺は大尉よりも罪深いかもしれません。激戦を戦ってきた大尉が、休暇を欲しくなったって、そんなの当たり前じゃないですか。
でも俺はこの世界の人々の選択を無視して、自分の信念をごり押ししようとしているのかも知れません。それで誰かを怯えさせ、こんな結果を招いた。これって確信犯じゃないですか。
そういう意味では大尉も俺に巻き込まれたんです。大尉のやったこと、俺には責められません」
 そして大尉の方を見たとき、俺は伊隅大尉が優しい不思議な目をしていることに気付いた。 
「だけど白銀、おまえはオルタネイティヴ4を信じている」
「……はい。それでも俺はたまらなく怖い。……世界を救うと信じてやった行動なのに、それで周りの大切な人々が危険にさらされ、傷ついて死んでしまうことがあるってのはとても……怖い」
 大尉の右手が、俺の肩にかけられる。とても温かかった
「白銀……戦うってことは、そういうことだ。些細なミスで撃ち漏らしたBETAが戦友を殺す。よかれと思ってやった作戦が、部下を殺す。決断し行動することが多くの人の人生と命を左右する。
それでも間違っていないと信じるなら、受け入れて信じて進むしか無い。私も私の指揮で多くを死なせてしまった。もう逃げることは出来ない」
 微笑みを浮かべていた大尉の顔が、何かを思いついたように目を丸くした。
「なぁ白銀? これって恋も同じだな。好きだって信じて行けば、同じ人を好きな誰かを傷つけてしまう」
「……はぁ? ま、まあ、そうですね」
「必ずうまくいくとは限らないところもいっしょだ」
「そうかもしれませんね」
「やはり思い切って行くのがいいのかもしれんな」
「え、えぇ」
 うーんと考え込んでいた大尉が、突然俺に迫った
「白銀、貴様、女に告白された経験は?」
「え、えーと。温泉で幼馴染みに」
「温泉! そ、そうか、それは良い作戦だ。うん、大胆かつ威力大だな。うん、温泉作戦か。白銀! 帰ったら詳細を聞かせろ! いいな!」
「は、はい! ……ところで傷はだいじょうぶですか?」
 なにか突然元気になった大尉は、しかしウィンクして立ち上がった。
「おまえのおかげで元気がでたよ。さ、雨が上がってきたようだ。回収ポイントまで急ごう」

 森の出口まで来たとき、俺達はもっとも会いたくないものに出くわした。兵士級BETAである。
「白銀、迂回するか?」
「駄目です。まり……少佐達との合流ポイントが近くです。このままでは少佐達が奇襲を受けてしまいます」
「倒すしかないか」
「俺がやります。大尉は構わず駆け抜けてください」
 小銃を構えて、大尉の前にでる。まだこちらに気付いていないBETAに照準する。
 良く狙ってバーストで撃ち込むが、当然のように倒れず、向かってきた。
「こっちだ!」
 わざと体をさらし、BETAを誘う、狙い通り兵士級が寄ってくる。向こうで伊隅大尉が走っていくのをみて、さらに後退してBETAを誘おうとした。
 だが、突然BETAが反転する。
 無防備な後ろ姿に銃弾を撃ち込もうとするが、素早く動いて避けられる。
「そっちじゃない、こっちだ!」
 叫ぶがBETAは反応せず、大尉を狙い、俺は冷や汗をかきながら全力でBETAを追った。 
 BETAは大尉を忠実に追っていた。いつの間にか森を出て、砂浜まで入り込み、ついに大尉は海を背に追い詰められる。
 間に合わない! そう感じた俺は銃を乱射してBETAにつっこんで、そしてあっけなくBETAの腕に払いのけられた。
 運の悪いことに、BETAはそこで初めて俺に気付いたようにだった。気味の悪い腕を伸ばして俺を掴む。骨が折れそうな締め付けに息が詰まった。
 目の前で奴のいやらしい口が開き、俺は思わず目を閉じた。


「演習終了!」
 その瞬間は、なかなか訪れなかった。おそるおそる目を開ける。奴のいやらしい口は開いたまま。でも腕も動いていない。
「?」
 何かが変だった。
「終わったんだよ、白銀君」
「は?」
 振り返ると……柏木が笑って立っていた。
「なっ、なんで柏木?」
「私もいるぞ」
 冥夜までいる。
「ひょっとして、天国?」
「あははは、確かに武にとっては天国かも」
 美琴が脳天気に笑っている。
「涼宮中尉、ご苦労だった」
 まりもちゃんの視線の先をみると、指揮通信車が止まり、そこからまた女性が降りてきていた。
「白銀武さんですね。CPを担当している涼宮遙です」
 すっと流れるような敬礼をして、俺に微笑む。
「貴様達、白銀は種明かしを望んでいるぞ。明かして差し上げろ」
 伊隅大尉が笑いながら言った。
 柏木が服の下でなにかごそごそすると、ちぎれている左腕が肩からぽろっと取れた。そして正常な左腕がにゅっと出てくる。
 冥夜が腹を出すと、右脇腹にあった醜い傷口を勢いよくはぎとった。下の皮膚は白くて傷一つ無かった。
 築地は、右腕を三角巾から外すと、腕を振り回し、手を握ったり開いたりした。
 委員長は、杖を捨てると、普通に両足で立って、左足の副え木と包帯を取ってしまった。
 そして伊隅大尉は左肩を出すと、かじられたような傷跡を勢いよく剥がした。やっぱり肩は傷一つ無かった。
 唖然とする俺に、涼宮中尉は、兵士級の足下をめくって見せた。キャタピラがついていた。
 
「白銀、これで総合戦闘技術評価演習は終了だ」
「あうあう。……演習?」
「どうだ? シミュレーターでのお返しだが気に入ってもらえたかな?」 
「……あうあう」
「とても気に入りました。僕は神宮司少佐、伊隅大尉にラブラブです……と白銀は言っています」
 じぶんでもギギギと音がしそうな感じで、声の主に首を向ける。
 予想通り宗像中尉だった。
「……そうか、それはうれしいが……」
 うれしいのですか? まりもちゃん。
 なぜか頬を染めるまりもちゃんはみんなの視線を受けると、姿勢を正して平静を装った。
「オホン。では、結果発表と行こうか」
 なぜか、茜、冥夜、速瀬中尉、柏木が俺の両手両足をもちあげ、俺は宙づりになった。
「白銀、貴様は合格だ! やれ!」
「え?」
 まりもちゃんの号令で勢いをつけて二度ほど振り回されたのち、俺は海に向かって射出された。

「総戦技評価演習は、戦闘技術だけをみているのではない」
 海岸には突如湧いた水着美女達でいっぱいだった。ヴァルキリーズの面々は準備よく水着持参だったようだ。
 俺は水着無しでずぶ濡れだったが。
「訓練兵間でのチームワーク、統率、信頼関係、そういうものが出来上がっているかも重要視される。だが、貴様にはいずれもない」
 まりもちゃんは黄色のビキニに着替えていた。
「はい」
「貴様に、安心して背中を任せられるという同僚からの信頼がない。貴様が命令や統率にスムーズに従えるかの部下としての信頼がない。
貴様が的確な指示を下せるかという士官としての信頼がない。そして軍人としての心得が出来ているかの、職業軍人としての信頼がない」
「確かに、その通りです」
「シミュレーターでの成績は、あくまでもシミュレーターでしかない。しかも貴様はいずれも単機だった」
 うなずく。
「だからこそ、この演習で貴様がどう動くかが重要だったのだ。仲間を助けないのはダメ。BETAがいるからと怖じ気づくのもダメ。助け出した正規兵とうまくやれないのもダメ。
そして、自責感に苛まされる戦友を助けてやれないのもダメ。さらに妙な思想を持ってたり何か反軍的反政府的企みをもっていないかもチェックが必要だ」
「ひょ、ひょっとして彩峰の忠告とか大尉の告白も?」
「当たり前だ。嘘に決まっている。私のシナリオだ。それに、貴様の見たBETAは演習用のラジコンロボットだ。気付かなかったのか?」
「あ、あのキャタピラ!」 
「そういうことだ。わかっていないかも知れないから言っておくが、あれはCPの涼宮遙中尉が操作していた」
「あう!」
 全然わかっていなかった。
「しかし、まあ貴様はうまくやった。正直、貴様には軍歴があったんだろうと思う。だが軍事機密で隠されているのだろうと推測している」
 そういうとまりもちゃんはため息をついた。
「それでも信頼できるかどうかだが、伊隅は信頼できると言っている。私もそう思う。だから貴様を合格とする。
報告を書いて、今日中に送るから、明日には任官できるかどうか決定されるだろう」
 再び、まりもちゃんの表情が凜としたものになった。
「だが任官は始まりに過ぎない。これから貴様は軍人として皆に信頼に値することを証明し続けなければならない。戦友と絆を作らなければならない」
「はい!」
 まりもちゃんがふと表情を和らげた。
「それに私を二度も撃墜した男を、むざむざ上層部の臆病で殺してしまうのは、横浜基地全ての損失だ。いや、日本と国連の損失だ」
「……え?」
「上層部にしっぽをふる奴らが担当ならば、今頃おまえは事故死してただろう」
「……俺はヴァルキリーズの人々もそうなのかと思っていました。だから警戒していました」
 ことここまでいけば、もう白状してしまうに限った。
「だろうな。だが白銀、命令の遂行の仕方にはいろいろある。我々は殺せと言われたら正しい命令なら殺す。軍人だからな。
だが、命令されなくて、正しくもなければ、やらない。上層部のごまをすって、余計な事をやるためにヴァルキリーズがあるのではないからな」
「……ですが、上ににらまれますよ」
「ふふっ。……ヴァルキリーズはな、香月博士の下でオルタネィティブ4のために動いていた部隊だ。もうにらまれている」
「そうだったんですか」
「そういうことだ。まあ、これで任官になれば、おまえにはあの機動をレクチャーしてもらう」
「えーと、まあ、俺でよければ」
「おまえは知らないだろうが、伊隅達はおまえの操作ログを必死で解析しているぞ」
「え? そうなんですか?」
「おまえにやられた後のあいつらを見せてやりたかった。……いや、オルタネイティブ4が中止されて、信じたものが無くなっていた奴らに、再び闘志を植え付けたのはおまえだった」
 ふとまりもちゃんは俺を見ると、意味深な微笑みを見せた。
「……それに夕呼もだいぶん元気をとりもどしたようでほっとしてるのよ」
 それは久々にみた昔のまりもちゃんの暖かい微笑みだった。
 その温かい交流が、乱入によっていきなりぶっ壊れる。
「白銀ぇ、いくら神宮司少佐が好みだからといって、他は無視かぁ?」
「なっ、なに言ってるんですか?」
「速瀬、どうした?」
 見ると速瀬中尉ががっしりと俺の右腕を掴んでいた。
「少佐、速瀬は、久しぶりの男を少佐の毒牙から取り戻して、ラブラブビーチデートをしたいと」
「宗像ぁ!」
 いつの間にか宗像中尉がひょっこり顔を出していた。
「……と、白銀が言っています」
「なんで俺?」
「白銀ぇ、いいから来い! 御剣!」
「すまぬな、白銀。私もおまえに貸しがある」
 いつの間にか現れた冥夜はそういうと左腕をとった。
「え? 何だよ、それ?」
「うむ。そなたに冥夜と呼ぶのを許したつもりはないのだ。まあ、これからはそれでいいが、これまでの分は払ってもらいたい」
「待ってくれ! 俺も武って呼んでいいからなっ、なっ!」
「その提案は了承するが、これはこれ、それはそれということでな」
「マジですか!」
「あはは、白銀さん、それ何語ですかぁ? 面白いですね!」
 タマが人の気も知らずに笑っていた。

 こうして俺はヴァルキリーズのおもちゃになった。演習より厳しく感じたのは言うまでもない。




[1125] Muv-Luv Appendix
Name: 違法因果導体◆b329da98
Date: 2006/11/30 00:25
-5- そう俺達はこんなにも理不尽な世界に生きている

10月30日


 宣誓式と任官式を通してやった。俺一人なので味気なく簡単なものだった。
 まりもちゃんによると正規の任官式は厳かで感動的なものだそうなのだが。
 まりもちゃんの予想より任官が1日遅れたのは、実に簡単な理由である。
 俺の所属部隊を決定する時におしつけあってもめたからだそうだ。

「ふふん、でっちあげ少尉にしては、板に付いているわね」
 夕呼先生の部屋に報告に行くと、先生が上から下までじろじろと見たあげくに言った。
「そりゃ、前の世界では当たり前に士官やってましたから」
「ま、いいわ。……ところで任官祝いのプレゼントあるわよ」
「嘘? なんかやばいものじゃないでしょうね」
「そのやばいものよ」
 にやにやと先生が笑うとたいていろくな事が起きない。
「遠慮……することは出来ないんですよねぇ?」
「却下」
 にべもなく言い渡される。もっとも先生もだいぶ調子が出てきたようだ。
 宣言通り、酒も飲んでおらず、顔色が良い。
「さ、ハンガーに行きましょうか」
 ついておいでの手招きがされ、俺はやむなく後に従った。

 ハンガーは盛況だった。ヴァルキリーズのピカピカな不知火が立ち並び、その横になぜか新品で紫色の武御雷がある。
「念のために聞いておきますけど、武御雷じゃないですよねぇ」
「……あんた、やっぱり妄想狂?」
 ド級馬鹿を見られるような視線で射すくめられ、思わず後ずさりする。
「冗談ですってば。……あれは、冥夜のですね」
「そう。本人は乗らないけどね」
「いや、それならいいんです」
 そのあたりは、歴史も変わらないらしい。
「ま、武御雷は無理だけど、ちょっと面白い機体よ」
 そういうと不知火の間をくぐり抜けて、奥のハンガーに入り込んだ。
 先生の後についていくと、前方に整備員の人だかりがある。
 そこには見慣れない、日本製でも米国製でもない優美な機体があった。
「はいはーい。これからこの機体について説明するから静かにしてねー」
 輪に割って入った夕呼先生は、当然のように真ん中にたった。それでざわついていたハンガーが静かになった。
「さて白銀、これがあんたの機体、SU-37チェルミナートル、西側名称スーパーフランカー」
 一気にざわめきがあがり、それが徐々に引いていくのを先生は楽しげに待った。
「製造国は、もちろんアラスカ・ソビエト。スペック紹介は、めんどくさいのでパス。まあ推力偏向ノズルを装備した楽しい機体ってこと。
 心配しなくても武装のハードポイントは西側のものに変えられているから、36mmチェーンガンとか120mm滑空砲とか使えるわ。
 それと日本向けカスタマイズしてるので、長刀もOK」
「なんか、えらく都合が良すぎませんか、先生? いくら国連軍でもそんな機体がそうそう手に入るわけが無いですよ」
「ふふん、そこはそれ。お金も権限も仕事も奪われたけど、コネは残っていてね。シビアな取引だったけど、引っ張って来れたというわけ」
 俺への回答に感嘆の声があがる。ただし俺は寒気がしている。俗に言うヤな予感ってやつだ。
「知らない人もいるでしょうけど、元々アラスカ・ソビエトは日本向けに戦術機の売り込みを精力的に行っているわ。
まあ日本が不知火を配備しちゃっているから売れないけどね。
最近じゃ、アグレッサー用に富士の教導団に売り込みをかけてたりするの。これ、実は売り込み用にカスタマイズされたデモ機」
「なるほど、だから日本仕様になっているわけだ」
「そういうこと。まあ、BETAによって旧ソビエト領はハイブだらけになって、政府はアラスカに逃げちゃっているでしょう? 
だから若い日本人は忘れがちだけど、ソビエト連邦の昔から、アラスカ・ソビエトは戦略的に帝国を重要視しているの。
最近の戦略環境から言うと、シベリアのハイブなんかは、日ソ共同作戦の話があるくらいよ。
位置的に言えば、佐渡島ハイブだって、アラスカでは重大な関心を持って見ているわ。なんたってウラジオストックへもかなり近いから」
「じゃあ、なにかい。ソビエトは佐渡島ハイブ攻略を手伝ってくれるのかい?」
 整備兵の一人から声が上がり、多くの整備員が笑った。
「それも検討されたみたいよ。戦力や、補給、通信の問題で今のところ検討中止になっているけどね」
「冗談じゃねぇ。ソビエト兵に帝国の土をふませるかってーの。奴らはBETAと同じで根こそぎもっていくぜ」」
 誰かが、すこし怒りのこもった声で答える。
「博士はしらねーかもしれんが、俺の親戚にはベトナムで連中と戦った奴もいる。いくらBETAがいても、そんな奴らをはいそうですかって信じるのはちょっとなぁ」
「そうだそうだ。俺なんか小学校の頃、共産党のチラシが将軍家をギロチンで首切ってしまえって書いてるのを見てとんでもない奴らだと思ったもんだぜ」
 反ソ感情にざわつくハンガーを夕呼先生は押さえ込んだ。
「気持ちはわかるけど、戦略を考えて。現状でシベリアに兵力を上げられそうなのは、ソビエト以外ではアメリカと帝国だけ。そしてアラスカは遠すぎる。
BETAが来なかった頃は、帝国がソビエトの蓋だった、けれども今はアラスカ・ソビエトにとっては帝国が祖国解放へのもっとも重要なパートナーなの」
「戦略的環境はわかりましたが、それがこの機体とどう結びつくんです?」
「つまり、アラスカ・ソビエトは、来るべき未来の日ソ共同作戦を見据えて、戦術機の売り込みをしているわけ。
だから、不知火や撃震、陽炎との共同作戦、模擬戦、もろもろそういったデータが喉から手が出るほど欲しいの」
「なるほど。で、この国連横浜基地なら国際問題にもなりにくく、前線も近いから絶好っていうわけですか」
 俺の回答に先生は満足げな顔を見せた。
 やはり博士なんかやっているけど、教師も嫌いな訳ではないらしく、講義が板についている。
「正解よ。それにね、帝国の反米感情なども考えると、近い将来の撃震の更新に、SU-27ジュラーヴリクを安価で売り込むことも考えているわ。
つまり、不知火とSU-27でレベルの高いハイローミクスを売り文句にするわけ。
帝国もお金が無いから、いろいろ制限があって納入も待たされそうなF-15Eより、安くて高性能な第3世代機であるSU-27を導入することもありえる。
そういうふうに、アラスカ・ソビエトは考えているのよ。商売と政治の見事な王手飛車取りね」
「うわぁ。なんというか国際政治というか……」
「白銀、それともう一つあるの。新OSよ。アラスカ・ソビエトはああ見えて、優秀な数学者、物理学者が多いからプログラム開発は優秀な人材がいるわ。
そしてアラスカ・ソビエト製の戦術機の弱点は、電子機器。そこで新OSとそれを動かすフレームを共同開発してしまえば、弱点がかなり補われるでしょう?
新OSの開発には、アラスカ・ソビエトの力も借りているから、それもあってこのチェルミナートルになったのよ
……もっとも、技術的キメラだから不具合は山ほど出て、並のパイロットではだめでしょうけど」
 夕呼先生がもっとも重要なことを何気なく最後に言い捨てたので、俺は鳥肌が立った。
「ひょっとして……ひょっとして俺はモルモットということですか?」
「違うわ。『特別優秀』なモルモット」
「とほほ……」
「ということ。部品は供給されるし、日本向けのマニュアルはあるわ。わからないところはGRUの人の解説付きだからだいじょうぶ」
「こんにちわ、皆さん。私GRU第10局所属のミハイルです。よろしく」
 名刺を差し出した金髪の大男がにこやかに進み出た瞬間、整備員の輪は外側に3mほど広がった。ひいたのである。



10月31日


 夢を見ていたと思う。そのはずだが、妙にはっきりしすぎて気持ちが悪い。
 俺は、元の世界に帰っていた。
 BETAなんてかけらも無い。豊かで平和な世界。
 なのに、俺はとても悲しかった。
 今日も病院に行った。だけど、純夏は目覚めなかった。
 人工呼吸器だけが耳障りに動いていた。
 純夏は、真っ白。顔も白い。髪の毛は艶がない。唇はかさついてどす黒い。
 腕や肩や足は包帯だらけ。
 なんでこんなことになったのか?
 記憶はある。バスケットゴールが純夏の上に落ちたんだ。
 あれからずっとずっと起きない。
 毎日毎日、しゅこーしゅこー。
 馬鹿純夏、なんで起きないんだよ。意地張って起きないのかよ。ふざけてんなよ。俺こういうの苦手なんだよ。
 まりもちゃん、死んじゃったんだぞ。夕呼先生は、停職なんだぞ。冥夜は……、あいつのことはいい。
 おじさんもおばさんも、だいぶやつれたのに、平気な顔して寝てるなよ。
 そうやってみていると、俺は病室が嫌になって、外に出た。
 俺の大切なものが、全部いっぺんに壊れてしまった。俺も壊れてしまった。
「……白銀君」「……武さん」
 委員長達だった。見舞いに来たんだろう。でもその俺を気遣うような顔が嫌だった。話したくないから逃げた。
「白銀君! どこ行くの!」
 さあ、どこだろう。この世界以外ならどこへでも。どんな地獄だってここよりはましさ。
 でもなんでか知らないけど、きっとこれは俺のせいだ。そんな思いが、俺を捉えて離してくれなかった。

「なんでだよ!」
 っと、叫んで目が覚めた。起床ラッパ前だった。明晰夢とでもいおうか、そのざらついた悲しみまで目が覚めてもぼやけずリアルに思い出すことが出来る。
 リアル過ぎて、そして夢での俺の底知れない絶望と悲しみが、朝の気分を最悪にした。
 苦い唾が後から後から湧いたので、仕方なく起きて洗面台で口をすすぐ。
「なんつーか、絶対お目にかかりたくないものばかり見せられたというか」
 病室の純夏も最悪なら、おじさん、おばさんの表情も最悪、見舞いに来た委員長達の顔つきも同情と憐憫と悲しみと絶望のごたまぜスープでこれまた最悪。
「夢までマゾでなくてもいいだろうに」
 ワザと明るく茶化して、気分を変えようと勢いつけて着替えをした。
 夢の事を忘れるために、悪夢を見た原因を無理矢理探して、八つ当たりすることにする。
 やっぱり、スーパーフランカーのせいだろうか? あの操縦手引き書の和訳の出来はひどかった。日本語になっていない。
 結局、気持ち悪いけどGRUのおっさんに教えてもらうことになった。
 整備マニュアルも同じ。仕方がないので、どっちも英語版を至急取り寄せということになった。
 まあ、しかしGRUのおっさんも悪い人では無いと思いたい……スペツナズじゃないよね、きっと。
 少なくとも悪夢の原因とまではいかないだろう。

 PXは、パラダイスだった。ちゃんとした人間の食い物と、合成だけどコーヒーにお茶。涙が出た。
 京塚さんにじろっと見られたけど、ま、問題なし。悪夢になるなら、飯に囲まれてもう食えないって奴になるはずだ。
 
 入隊宣誓? 任官? あんなものがどうこうするはずもない。

 となると、あれになる。
 脳みそ部屋だ。
 透明で青白い変なカプセルの中に浮かんだ、脳みそがある部屋。
 やっぱり今回も入れるかなと思って、昨日部屋に入ってみたのだ。別になにも起こらなかったし、誰もいなかった。
 でも気色悪いのは間違いない。
「そーだそーだ。あれのせいだ。あの脳みそは悪い夢を見せる毒電波を出してるに違いない。きっとそーだ」
 決めつけるとなんとなくすっきりしたが、今度はなんか足りない気がする。
 何か忘れている。
 ……。
「あ、霞! そういや、部屋にいなかったし、他の所でも見かけないな」
 あの謎めいた可動式うさ耳少女。
 営倉に入ったり、総戦技評価演習だったりで、霞の事を忘れていた。
 とはいえ、基地でまともに生活を始めて2日目。たまたま会えないことだってあるとは思う。
 それとも歴史が変わったからいなくなったのだろうか? 霞とオルタネイティヴ4の関連もわからない。
「まあ、いいか」
 会えるときが来たら会える、それで考えを打ち切った。


 それにしても自由はいいものだと思う。
 やっと自分の個室ももらえた。営倉から考えれば、この殺風景な部屋でも涙がでるほどありがたい
 IDカードは普通の少尉とほぼ同じで、ただ夕呼先生が立ち入れるオルタネイティヴ4に関連した部屋のみ進入が許された物だった。
 それ以外はなにも変わりない、新品少尉。それが当たり前であって、前の時の方が異常だったと思う。
 所属は、横浜基地所属独立任務部隊A-01。ただし、隊員は俺一人。
 これがお偉方が1日ほどもめた結果の妥協案だった。
 指揮官は、暫定的に夕呼先生。事務官も不在。つまり、俺は、衛士兼事務係兼連絡将校兼……と、ともかく何でも屋の下っ端になったわけだ。
 まあ、素性が怪しすぎる俺がそうそう簡単に基地で受け入れられるわけもない。
 だから、つい先日廃止されたA-01を都合良く書類上で復活させた代物に放り込まれた。
 そのため先週までのA-01はモノホンの秘密精鋭部隊だったが、今やていのいい飼い殺し部隊である。というのが夕呼先生の説明。
 それでも一応実戦部隊で、俺にたいした不満はない。
 何より、戦うことが出来て、行動の自由がある。
 そして今後の人生と戦いにおいてもっとも重要な事が変わる。

 それは、くそまずい営倉の飯じゃなく、京塚曹長のうまい飯が食えること。
 合成サバミソ定食、合成クジラの竜田揚げ定食、これを食わずしてなんの国連横浜基地か。
 もう合成ムギ飯はこりた。 

 シミュレーターでの訓練はそこそこうまくいったので、今日は実機での習熟訓練となった。
 乗ってみるとSU-37チェルミナートルは、良い機体だった。撃震とは比べものにならないレスポンスが良い。
 推力偏向ノズルの威力は絶大で、ジャンプ後姿勢変更を行うことなく噴射のみで高度を変えることが出来、レーザー属種の照射をかわすのにはもってこいだった。
 レーダーはやや性能が悪い。ただし統合情報戦術分配システムがあればそれは問題にならない。
 射撃兵装については問題ないが、長刀の振り回しに問題ありだった。やはりこのあたりに問題が出る。
 日本刀式の振り回しではなく、棍棒や西洋剣のように叩いて割るというような動作である。
 もっとも問題が出たのは、操縦系統であった。
 キャンセル、先行入力、コンボをなかなか受け付けてくれないのである。

「ち、そこまで頑固なら教育してやる!」
 と、空中で強引にコンボを入れたのが間違いだった。
「どわぁぁぁぁぁ」
 突然、戦術機がきりもみを開始し、ご自慢の推力偏向ノズルが轟音と共に蹴りつけるような推力を機体に与えた。
 赤くなっていく目の前と、こみ上げてくる酸っぱい物に耐えつつ、カウンター推力を与えながら変な回転を殺してなんとか着地。
 そして、適当な廃墟のビルの前で機体をビルに向いて止め、ハッチを開けた。

「武、そなた今、すごい機動をしたな。あ、あれはいったい?」
「す、すごいですねー、白銀さん」
「正直、乗り換えて初日にあんな動きができるなんて、信じられない」
「武ぅ、まるでバレエの踊りみたいで綺麗だったよ」
「……きっと猿の生まれ変わり」
 好き勝手な事を言う奴らを放って置いて、急いで廃ビルの屋上に飛び出す。
 そして、めいっぱい吐いた。昼のうまかった飯もなにもかも吐いた。しまいには液体しかでなくなった。
「ぎもぢわる~」
 げらげら笑う速瀬中尉や茜達の声が聞こえた。
 それでもめまいと吐き気は治まらず、笑い声はまずます続いた。
「ダメです、白銀少尉。わがソビエトの兵器は、マニュアル以外の操作は認めていません」
「白銀、西側の戦術機に比べて、中央演算装置の処理能力が弱いから、無茶するとすぐバグが出るわよ」


 吐いた後は腹が減る。訓練を終わらせると大盛りで飯を食って、グラウンドにでた。
 営倉暮らしでなまった体を鍛える必要があった。
 晩秋の冷たい夜気を吸い込みながら、もくもくと走る。すこし吐く息が白くなる。
 死なないためのささやか積み重ね。別にさぼることも出来る。やらなくたって構わない。
 だが掛かっているのが自分の命、そして仲間の命であることは重い。あの総戦技評価演習の時の気分は忘れられない。
 もちろんあれは仕組まれたシチュエーションだった。だけど、ああいうことは起こっても不思議では無いことだ。
 自分の行動で大事な誰かが死ぬ。その重さ、怖さを少しでもなんとかするのは、日々の鍛錬でしかない。
 むしろそれしか出来ない。戦場の霧は、誰もが予想し得ない残酷さと唐突さで死に神の鎌を振り下ろす。
 それは努力も意志も吹き飛ばして、人を運だけで生者と死者により分けてしまう。
 だから、その運をなんとか自分たちに少しでも傾けたくて、俺は走った。

「武、せいが出るな」
 所定の距離を走りきって、汗を拭いていると声が掛かった。
「冥夜か。おまえも自主訓練か?」
 暗闇の向こうから寄ってきたのは、作業服の冥夜だった。汗をかいている。こっちも自主訓練らしい。
「うむ。私はまだ未熟だからな。武のように才能も無いゆえに、努力を欠かすわけにはいかない」
「才能はあるさ。今の俺くらいならなれる。そんなに自分を卑下すんなって」
「なぐさめであっても、武にそう言われるとうれしいな」
 そういうと冥夜はすこし寂しげに笑う。こういうのはあまり冥夜らしい表情じゃない。
「なぐさめじゃない。なんなら、操縦を少しみてやってもいい。ああいうのはこつなんだ」
 その言葉で冥夜の目に漂っていた若干の弱気が吹き飛んだ。喜びと凜とした光が目によみがえる。
「ほんとうか! それは助かる。……そなたに感謝を!」
「いいさ。どうせまりもちゃんにも機動をレクチャーしろって言われてるんだ」
「まりもちゃん……神宮司少佐のことか? なんというか、そなたは大胆というか、……ふうむ。
 だがそなたほどの腕なら、階級なぞ飾りに思えても仕方がないのだろうな。ましてや家柄などということか。それはいっそすがすがしいな」
 俺の言葉に驚いた顔をしてから、冥夜はなにやら真剣に考え込んでしまったため、慌てて俺はフォローを入れた。
「あ、いや、そうじゃない。まりもちゃんって俺が勝手に心の中で呼んでるだけだから、ついくせで」
「そう思ってるのは貴様だけだ。ばれているぞ!」
 突然、俺達の会話に別の声が割ってはいる。冥夜が敬礼するのをみて、慌てて俺も敬礼をした。
 グラウンドの向こうから人影が近づき、営舎から漏れる光で、姿がはっきりした。まりもちゃんだった。
「あー、いや神宮司少佐、そのですねぇ」
「言い訳はいい。貴様のなれなれしい態度はヴァルキリーズの皆が承知している」
「……申し訳ありません」
「まあ、やりすぎれば上官侮辱罪になる。注意しておけ。……それはともかく、貴様も任官したのだから、戦術機機動のレクチャーはしてもらうぞ。
御剣だけではなくヴァルキリーズ全員にな」
「はっ、了解です。少佐」
 隙のない様に応答していると、まりもちゃんの眉が不機嫌に寄った。
「白銀、柄にもないことはやめろ。まあ、貴様もあの機体に手こずっているようだから、そんなに時間をとらせはせんが、明日から訓練時間後はシミュレータールームに来い。
手続きはこちらでしておく。……ああ、それと伊隅がおまえに重要な話があると言っていた。手が空いたらでいいから、伊隅のところに行け」
「わかりました、少佐」
「……白銀。おまえには期待している。ここのところ香月博士が酒を止めて真剣に仕事をしているようだ。たぶん、おまえのあの機体とも関係があるのだろうな。
いろいろと迷惑をかけるだろうが、よろしく頼む」
 頭を下げるまりもちゃんに、俺と冥夜は驚いた。
「あ、頭をあげてください、まり……少佐!」
 だが、まりもちゃんは俺の言葉に構わなかった。やがて頭を上げると彼女は早く休めと言葉を残して去った。

 
 チェルミナートルの今日の報告書をもって、夕呼先生の部屋に行くと、先生に待ち構えられていた。
「白銀、いよいよ来たわ」
「どうしたんです?」
「珠瀬国連事務次官が6日後に来るの」
「……え? そんな! 早すぎる!」
 唐突に前の世界の記憶がよみがえった。あのときはHSST落着を間一髪タマの狙撃で退けた。あれは危なかった。
 だが、あれは11月の終わりだったはずだ。
「……仕方がない。早すぎるって事はないの、むしろここまで良く待ってくれたわ」
「しかし、先生、これやばいですよ」
「やばい?」
「あ、危険ってことです」
「ああ。……そうね。このままでは、つらいわね」
「先生、今回は前もって防がないと」
「……? なんか話が噛み合わないような気がするわ」
 そういうと先生は微妙な顔をして、コーヒーすすった。
 俺も勢いをそがれて、黙った。
「じゃあ、私から話すわね。事務次官が来るのは、私の処遇を決定するためよ。オルタネイティヴ4の責任者に対する聴聞会が開かれるの。
そして今のままではおそらく、私はオルタネイティヴ5の末端研究に組み入れられ、アメリカの研究機関に配属……機密保持のための事実上の軟禁ということになる」
 先生は自分に対する刑の執行を淡々と語っていた。
「そうなれば、完全にオルタネイティヴ4は終了。むしろ、事実上の終了から2週間も待ってくれたのだから、温情というべきかしら。
どっちにしろこれは命令だから、いくらあんたがあたしにいて欲しいと願ってもどうしようもなくなるの」
「……」
 HSSTに気を取られていた俺は、頭を殴られるような衝撃を受けた。
 先生がいなくなる?
「新OSは、出来るだけなんとかしてあげる。あたしへの連絡はおそらく出来なくなるわ、機密保持の関係でね。だから当面はピアティフ中尉と整備班長を頼りなさい。
バグフィックスに関しては連絡先を教えておくから、あたしの名を出しなさい。貸しがあるからかなりの無茶は聞いてくれるわ。
……新OSが載った機体でのあんたの活躍を祈ってるから、がんばりなさいよ」
「……そんな先生」
「残念ながらタイムオーバーなの。でも最後に楽しめたから、悪くはなかった。……白銀、あんたに感謝している」
 そうさばさばと言い放つ先生をみて、俺は椅子に座り込んだ。
 ダメなのか。
 ふと、HSSTの件が頭に浮かんだ。
「……じゃあ、1200mmOTHキャノンはどうすればいいんですか?」
「なにそれ?」
 夕呼先生が理解できないって顔をしていた。すこし投げやりになっていた俺は、全てを語ることにした。
「……前の世界で、珠瀬事務次官がこの基地に視察に来たとき、爆薬満載のHSSTがこの基地めがけて落ちてきたんです。
それをOTHキャノンで狙撃して間一髪、危機を免れたんです」
「……それが今回も起こるって事?」
「わかりません。起こった日が違いますし、誰が狙われたのか、誰が仕組んだのか、わかりませんし、なんとも言えません」
「そう。でも白銀は危惧している」
「ええ。OTHキャノンで防いだって言ったって、ぎりぎりでした。俺じゃなくタマ……珠瀬少尉……前の世界では訓練兵でしたけどね、彼女が3発目でようやく当てたんです。
それに万一外れたら、この基地は地下4階まで綺麗に吹っ飛ぶ威力だったらしいですから」
「……」
「先生?」
「OTHキャノンは確かに有るわ。照準は衛星誘導なのよね。なら、OTHキャノンはあんたの訓練目的で使えるように申請しておくわ。衛星リンクも訓練しておきなさい」
「それだけですか?」
「それだけとは?」
 先生が怪訝な顔で聞き返す。
「例えば、当日HSSTを見張るように命令を出すとか、変な動きをしたら撃墜しろって言うとか」
「……あたしが副司令だったら出来たかもね。だけど、今のあたしにはなにもできない。いったでしょ? 権限がないって」
「そんな! じゃあ、どうすれば!」
「基地から逃げたらどう? 確かにリスクが大きすぎるもの。なんなら、帝国軍基地に出張しての訓練計画を立ててあげよっか?
……あたしにとってはここで死のうが、どっかに軟禁されようが変わらないから、どうでもいいわ」
「先生!」
「さあ、話は終わりよ。帰って。……白銀、あたしはあんたに新OSを渡す。それがあたしの最後の仕事。どうにも出来ない事に使うリソースは無いの」 
 そうやって俺は部屋を追い出された。
 自室に戻る気も無くて、俺は基地の裏手の丘に登った。
 晩秋の冷たい風が吹き、西の空に上弦の月が沈もうとしていた。
 夜闇に廃墟が隠れ、遠くで海が暗く輝いている。
 ……唐突に朝の夢を思い出す。あの気分の悪い夢。
 大切なものを突然失って絶望しながら生きるあの気分の悪さ。あの世界の自分は不幸で哀れだった。
 なにも出来ずに奪われたあの絶望に比べれば、今の俺は遙かにましだ。
 そう、まだ終わったわけじゃない。オルタネイティヴ4を再開しようとした決意を思い出す。
 俺が何かをしてそれによって傷つく人がいる怖さを、俺は知った。それじゃ、何かをしなかったから傷つく人がいて、俺は我慢できるのだろうか?
 それも同じように怖いことだった。
「そうか、やっぱり前に進むしかないのか」
 小さく笑う。悩んだあげくのこの平凡な結論には笑ってしまう。
 俺は臆病だから、小心だから、俺が勝手にあきらめてそれで傷つく人がいることに耐えられない。きっと自分を責めて悩んで絶望する。
 やるべきことをやって力足りなかった運が無かったと思わないと、傷つく人々に顔向けが出来ない。   
 だから、前の世界から戻ってきてしまった。そうなのかも知れない。
 ならば、やり残したことがあったら、元の世界に帰れないじゃないか。
「考えるか。なにか出来ること、あるかもな」
 風が吹き、木の葉が音を立てた。その風はまるで俺の迷いを吹き飛ばすかのように吹いたのだった。



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