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[1134] マブラヴafter ALTERNATIVE+  第125話~
Name: レイン◆b329da98
Date: 2007/01/15 07:28
 ルビもあるので、文字サイズは大以上が推奨です。そのまま変更すると、文字がずれる事があるので、変だと思われたら一回更新して下さい。


2008年12月9……シナイ半島第1防衛基地


◇◇◇

 アフマド司令の迅速な判断もあり、マレーシア連合軍第36戦術機甲大隊は、隔壁崩壊直前に迎撃体勢を取る事に間に合った。直後にゲートを破った敵を、全力射撃で打ち倒し続け、敵の侵入を暫くは防いでいたのだが――完全に溶解した隔壁を抉じ開けるよう、次々とBETAか流れ込んでくる様は、まるで決壊したダムの流水の如くであり、その勢いは止まることを知らない。彼らも懸命に応戦を続けていたのだが、じりじりと後退を余儀なくされ、やがては敵進入量が此方の対応許容量を超え始めてしまって来ていた。
 その後、試作電磁加速砲を投入した事により一時的に敵を押し止める事が出来たのだが、それでもやがては敵の物量に押し切られ、もともと幾らかの被害があった第36大隊は更に数を減らしてしまう。今現在は、援軍に来た他の部隊と共に、メインシャフトに続く隔壁を防衛しつつ敵に対応していたが、一度流入し始めた敵は止まらず、既にBゲート付近の基地内部はBETAに侵食されつつあった。


 「第14格納庫に敵侵入!」
 「第15、16格納庫の退避を急がせろ、隔壁を閉鎖して時間を稼げ!」
 Bゲートから基地内部へ侵入した敵軍は、放射状にその勢力を広めていた。此方の戦力も押さえに回っているが、数が足りない為に対応は後手に回り、各格納庫に残っている人員物資を後退させる時間を稼ぐのが手一杯の状況だった。隔壁での封鎖も、敵を押し止める役目を一応果たしていたが、それはある程度で破られてしまう為に対処療法でしかない。
 「進入量に反して、敵の施設破壊率が極端に少ないな。もっとも、今更驚かんが……」
 「目標は決まっていると言う事か」
 「破壊は極力、進行上にあるものと脅威な物だけに限定し、一直線に凄乃皇を目指しているんだろう」
 「それは有り難いのか、有り難くないのか……」
 「物量の対比で考えれば、守る物が限定されているというのは守り易く有り難いがね」
 無差別に攻撃の手を広げられるよりは、解っている所に戦力を集中される方が対処し易い。もっとも、それは常に防衛を突き崩される背水的な危険性を孕んではいるが。
 「敵、地下第2層へ続くスロープに近付きつつあります」
 「物資搬入路の隔壁に小型種が取り付きました!」
 告げられた報告に、焔は首を振った。
 「それも突き崩されたら一巻の終わり――どっちにしても厄介な事さ」
 メインシャフト以外にも、下層に続く通路は少なからず存在する。BETAの動きは、本隊がメインシャフトを目指すと共に、広がった群れがその下層へ続く通路を探していた。其処は他よりは入念に防御を固めてあるが、探り当てられ隔壁を破られるのは時間の問題だろう。
 「最早Bゲートからの敵流入は押し止められんか――ヴァルキリーズとフェンリル隊に通達、Bゲート付近での行動を切り上げ、基地内での防衛に移れと伝えろ。それと合わせ、他にも回せる部隊をピックアップし、基地内防衛に割り振れ」
 「「「了解しました!」」」
 オペレーター達が、早速命令の実行を開始した。
 『――ヴァルキリー・マムよりヴァルキリーズ……』
 
◇◇◇
北部Bゲート付近

 Bゲートへ流入する敵を減らす為に、周囲で攻撃を続けていたヴァルキリーズとフェンリル隊であったが、敵の波は途切れる事を知らず、少なからない敵を屠り続けているにも拘らずに、最早敵は次々と基地内部に進入して行ってしまっていた。
 「ちいぃ、倒しても倒しても切りが無い!」
 「Bゲート崩壊と同時に、Aゲートを攻めていた敵の大半が此方に転進した。進入路を得た事で、戦力を此処に集中しだしたんだろう。囮の役目は終わったとばかりにな……」
 Aゲートに猛攻を仕掛けていたBETAだったが、既にそれは過去の話となっていた。Bゲート崩壊と同時、自分達の役目が成功したとばかりにAゲート攻略を切り上げ、その大半がBゲートへ集中しだしたのだ。現在此方の方面に存在するBETA坑から出現してくるBETAの3分の2以上はBゲートへ殺到している。
 「このままじゃ、基地内部へどんどん侵入されちゃうよ!」
 「私達に攻撃を仕掛けて来る敵もそれなりに存在しますが、大半は此方を無視して基地内へ向かって行きますから――今までのBETAでしたら、真っ先に此方を狙っていた筈ですのに」
 「戦略という概念を得たならば、目標優先順位の格付けも変化しているのだろう。進攻を邪魔する者達には幾らかの押さえを回し、後は数に任せて力押しで突き進み、優先目標を破壊する事を第1とする」
 伊隅が推察した通り、BETAの行動理念は変化していた。元来のBETAの優先目標は、飛行物体と高性能な機械、そして有人機だった。現在もそれは変わってはいないのだろうが、それに勝る命令として『凄乃皇の破壊』が第1に上げられているのだろう。奴等は今、司令塔たる反応炉からの命令を最優先で実行する為に、ひたすらに地下を目指している意思無きマリオネットソルジャーなのだ。
 ならば此処で敵を減らしても、結局は内部の敵が目標に辿り着いたらそれで此方の負けになる。
 「伊隅隊長、既に此処に戦略的価値はありません、我々は基地内部で敵の進攻を押し止めましょう」
 結局はそれが1番の対処法だった。千鶴の進言に、伊隅も同様に思っていたのだろう理解の色を示し頷き、それを後押しするかの如くに司令部から通信が入った。
 『ヴァルキリー・マムよりヴァルキリーズ、フェンリルへ。基地へ侵入した敵軍は、下層への進行路を探索している模様。現在メインゲート含め、3箇所が攻撃に晒され突破されるのは時間の問題です。両隊は基地内部で、メインゲート以外の敵軍を押し止めて下さい』
 『ヴァルキリー1了解した』
 『フェンリル1了解。しかし見たところ、基地内部の防衛戦力が少なすぎる。これでは時間は稼げるだろうが、いずれ突破されてしまうと思うのだが?』
 『現状、外部のゲート防衛も手一杯で、戦力を回す余裕がありません。また、敵の進撃は激しく、司令は基地内防衛の為に戦力を割いても結局は突破され、結果は中途半端に終わってしまうと考えました』
 『なるほど、つまり突破される事を前提とした時間稼ぎか』
 『はい。この基地は、地下第6層までは下層へ向かう通路が複数存在し、BETAの物量に対しては一箇所に割り当てられる此方の戦力が少数になってしまいます。なので第6層までは時間稼ぎに終始し、地下第7層で敵を迎え撃ちます』
 地上部隊の戦力を割り振れば、ゲート防衛が困難になるし、基地内防衛に割り振った部隊も結局は敵の突破を許してしまうだろう。敵の数は圧倒的に此方より多く、此方の対応は分散されてしまうのだ。ならば、基地内防衛は現在の部隊と防衛施設だけで対応し、時間稼ぎに終始する。決戦は構造的に侵入路が限定される、地下第7層だ。
 『了解した、両隊は補給後に直ちに基地内部へと向かい、迎撃を開始する』
 『マッピングデータをリアルタイム更新に設定します。基地内部へはAゲートを一時開放するので、入る時は此方に合図して下さい。以上――通信終了します』
 向こうも相当に慌ただしいのだろう、名残をその表情に見せながらも、涼宮遥少佐は直ぐに通信を切った。それを見届けた伊隅達は、迅速に行動を開始し始めた。
 「全員聞いたな、これより我々は、基地内部へと向かい、敵の迎撃を開始する。補給を済ませたら直ぐに向かうぞ」
 《《了解》》
 本隊から分かれ襲い掛かってくる幾らかの敵をあしらいつつ後退し、追撃遮断を友軍に任せて少し後方の、補給コンテナがある場所で集結する。敵の死骸が山となり散乱する場所に複数置かれた補給コンテナは、共に戦っていたブルドガング大隊が戦闘の途中で運んできてくれた物だ。戦闘中も大いに活用した。
 「迎撃装備か掃討装備が妥当ね」
 「ですね、破壊許可が出ているといっても、流石にミサイルは使えないですし……」
 「だったら榴弾が1番だよ。狭くて敵が密集している所では、威力が最大限発揮できるしね」
 中々に過激な事を言う美琴。それはある意味、ミサイルをぶっ放すよりも物騒だ。
 「そうね……。基地内で榴弾を撃つなんて何でだか凄く後ろめたいけど――」
 「生真面目だねえ、委員長は」
 「ヒュレイカ中佐、白銀の真似は止めて下さい」
 途中、横から茶々を入れてくるヒュレイカに、半ば諦め顔で言う千鶴。しかしヒュレイカは、そんな彼女に対して何処吹く風だ。
 「はいはい、でも委員長も似合ってると私は思うよ」
 「またそんな……」
 彼女はある意味、女性版白銀に近い。根本的な面白思考が同質なのだ。言っても不毛な者に言い聞かせる事程、心労が堪る事は無い。因みに千鶴の周囲で白銀武に近しい厄介者を述べろと言われたら、ヒュレイカ、スキルビッツァ、スターニアの順番となる。スターニアは外見や役職からは信じられないが、結構思考がオヤジ的だ、武曰く『セクハラ中年』らしい。
 千鶴は意識を総動員して、落ち込んだ思考を浮上させた。この人種に付き合っていたら、自分みたいな性格の者は振り回され続けるのが大半だと解っていたから。
 一体自分は何を思っていたのか。そう――榴弾の話だ。基地内部で榴弾を撃つのは確かに少し後ろめたいが、自分達が飛片に気を付ければ、狭い所に密集している敵に対しては効果的な武器なのだ。この状況で四の五の言っていられる訳も道理も無い。千鶴は、躊躇無く榴弾を手に取った。

 装備の取り替えや準備は一時だ、訓練した衛士ならば殆ど時間は掛からない。この時の皆も、雑談しながらではあるが早々に補給を終了させようとしていた。
 その間、勿論周囲は警戒してた。戦術機の各種レーダーは常に全種全開になっていて、あらゆる探知を行なっていたし、皆も注意深く周囲を見渡していた。しかしそれでも、其処には穴があった。
 あらゆる面を考慮して、油断が全く無かったと聞けば、『在った』としか言いようが無い。しかし実際、彼女達が行なっていた警戒は水準以上だったのも事実だ。ならばそれは、一体何が原因だったのか?
 最初にそれに気付いたのは壬姫だった。なぜ千姫が最初に気付いたかといえば、それはただの偶然だった。しかし後々に考えてみれば、その偶然は彼女が手繰り寄せた、最良の『幾つかの分岐する未来の1つ』だったのかもしれない。
 「美琴さん!!」
 突然に上がった壬姫の切羽詰った声に、声を掛けられた美琴本人含め、他全員の思考が一瞬凍りついた。しかし次の瞬間、突撃機関砲の銃撃音を聞くと共に、その氷結は薄氷が砕け散るが如く砕け散り、戦闘思考に切り替わる。しかし、事態はその時点で殆どが進んでしまっていたのだ。
 美琴に声を掛けた時点で、壬姫は機体を全力で機動させていた。そのまま支援突撃機関砲を両手で保持し、射撃を開始する。
 目に入ったのは触手だった、先端に付いているかぎ爪状の衝角から、間違い無く要塞フォート級と同等のもの、直撃したら致命傷だ。秒以下の世界で考える事は致命的であり、壬姫は己が培ってきた経験全てを振り絞り総動員して、感覚に任せて撃った。躊躇など微塵も無い、己の腕を信じ頼みにした、生涯最高の集中射撃――このタイミングでは美琴の回避は望めない、失敗したら待っているのは仲間の死だ。
 1、2、3と左右から襲い掛かってきた触手が弾け飛んだ。その時点で周囲の皆が事態に気付いたようだが、反応するまでに持っていくには余りにも時間が無さ過ぎる。4、5、6と、更に続けて触手が弾け飛んだが、しかしそれは既に、最初の触手が弾けた場所より、美琴機の至近距離であった。飛び散った血肉が、叢雲の装甲を濡らす位に。
 あの時、背面弾薬コンテナに榴弾を補給した後、地面に置かれた補給コンテナに向かい戦術機を少し屈ませ手を伸ばし、05式支援突撃機関砲を手に取った壬姫は、そのまま機体を立ち上がらせた。
 立ち上がる動作の時は上半身を持ち上げるので、必然的に顔も地面を向いており、視界を連結していた壬姫も同じ所を視界として収めていた。そして、『それ』を目にしたのだ。
 美琴機の後方地面、積み重なる幾つかの蠢くBETAの死体、最初は目を疑ったが、次の瞬間、死体と死体の隙間や要塞フォート級の死体内部より関節の隙間を掻き分け、かぎ爪状の物体が姿を現した。レーダーに反応は無かった、恐らくあの死体がカムフラージュの役目を果たしていたのだろう。一連の行程は一瞬で、だから千姫がその事実を受け入れ皆に警告する間も無かった。もし彼女が、瞬間に反応せずに皆に声を掛けて注意を促していたのならば、果たして本人も他の皆も、その攻撃に対応できていたのだろうか?
 壬姫が確認した触手は全部で9本だった。7、8、9本目が襲い掛かってくる。美琴の叢雲は、搭乗者の危機に対する反射的思考を汲み取ったのだろうAIが緊急回避モードを選択していて、あのタイミングで回避は不可能だが、幾らか触手との距離が取れていた。正直最後の3本は際どいと感じていた壬姫は心底安堵して、その3本を撃墜したのだ。
 しかし、その安堵がいけなかった。美琴のピンチで、思考が射撃に集中しすぎていたのも原因の1つかもしれない。もっとも、その集中力が無ければ、これ以前に終わっていた可能性もあるので、一概にはどうとも言えないが。
 この時、良く考えればその事実に関連付け、もう少し注意を払えていたかもしれなかった。触手を持つのは要塞フォート級だけではない、死骸の狭い隙間に隠れていたのならば尚更だ。焔は言った、千姫達も聞いていた。Bゲートを破った光線レーザー級は24体、それを運んで来た混合キメラ級は12体。そして誰もが、その『上半身』を確認していなかったのだ。
 9本目の触手の後ろから、10、11、12本目が襲い掛かってきた。
 驚愕に反応が一瞬遅れ、それは致命的な刹那の遅れを生み出した。タイミング的にはかなりのシビアさだ。これまで3秒経っていない時間の中で行なわれた寸劇の中で、クライマックスを飾るシーンが壬姫の目の前で悲劇へと移り行こうとしている。皆が介入したくても、その寸前で終わってしまう世界。今此処に居るのは、触手という親友の命を貰う敵と、壬姫という主役それだけだ。
 「――――!!」
 声無き叫び声が上がった。彼女は多分、一生の内で一番勇気を振り絞りつつ、思考を全開にする。頭の中がクリアになり、周りの全てが遅くなったように感じ始めた。
 (1本目は迎撃できます。けど2本目は際どい。3本目は確実に間に合わない!)
 出した結論は絶望的だった。しかし壬姫は諦めない、諦めるなんて出来る訳が無かった。大切な親友を、仲間を見殺しにするなんて。彼女を助けられるのは、今この自分だけなのだ。
 「ああああぁぁあ!!」
 今度は本当に声が上がった。緩慢だった世界が色を取り戻す。その落差を利用するように、機体を全力で機動させ続け、その間にも10本目の触手を迎撃した。
 だが後2本は――
 「うわあああああ!」
 美琴の悲鳴が上がった。壬姫の業炎が、勢いそのままに美琴の搭乗する叢雲に激突したからだ。だがそんな美琴に構いも謝罪もする間もなく、美琴の場所と入れ替わった彼女は11本目の触手を、機体寸前で迎撃した。
 そして――
 「珠瀬!!」
 やっとの事で、千鶴が事態を把握した時には、全てが終わっていた。吹き飛ばされた美琴機は地面に倒れ込み、寸前までその機体があった場所には、珠瀬壬姫の業炎が……
 その姿を確認すると共に、千鶴は背面中央パイロンより、近接戦闘長刀を抜き放った。そのまま機体を珠瀬機の方に走らせ、上段に構えた長刀を勢い良く振り下ろす。
 硬質な物質が硬質な物を切る時に起こる、甲高い音を立てて、珠瀬機の右腕は肩口から地面に落ちた。その肘から先は既に無く、肘関節の辺りが、まるで酸に漬けたかのようにぐじゅぐじゅに溶解している。間違い無く、BETAが持つ溶解液の効果だ。放って置くと、更なるガスと酸でやられてしまうので、千鶴は早々に酸に犯された腕を切り落としたのだ。またその間、皆は珠瀬機の右腕を直撃した触手を撃ち落としつつ、素早く全周警戒に移る。触手を撃ち落としはしたが、本体は今だ健在の為だ。
 「珠瀬! 珠瀬!! 無事、大丈夫!!」
 バイタルは身体的損傷は無しと表示しているが、それでも心配なものは心配だった。強酸の攻撃で命を落とした衛士の最後は千鶴も何回か目撃している、例えデータ上は無事であっても、その姿を確認するまでは心が納得いかなかった。
 「壬姫さん!」
 そして、それは美琴も同様だった。いきなり突き飛ばされたのは驚愕したが、それも自分の命を救う為だと解れば逆に嬉しかった。しかしその反面、損傷を受けた千姫に最大限の心配を傾けてしまう。
 「こ、怖かったです――」
 2人の心配する声を受け、通信を繋いだ壬姫の第一声がこれだった。やったことは神業的だったが、事が済んだ後に、刹那的な死と隣り合わせの状況だった事を改めて思い返し、今更ながらに恐怖がその身を蝕み始めたのだ。幾らか成長していると入っても、未だに気の弱い彼女――よくもまあ、自分があんな無茶をやったものだと思う。
 「壬姫さん、大丈夫、怪我は無い!?」
 「珠瀬、本当に大丈夫なの!?」
 「え……あ……はい、壬姫は大丈夫です。でも、業炎の腕が――」
 2人の剣幕に、若干引き気味になる千姫だったが、心配してくれる仲間が、それを守れた事に喜びを感じていた。しかしその反面、千鶴が切り飛ばした自機の腕に目を留め、その痛々しさを憂う。
 あの瞬間、美琴機を弾き飛ばしてその場を入れ替わった千姫だったが、その時点で既に、触手を射撃で撃ち落す事はタイミング的に不可能だった。コクピットに直撃するコースは避けていたので、死ぬ事は無いと思ったが、食らえば戦線離脱になる事は確実。壬姫は諦める事はせずに、持っていた支援突撃機関砲を右腕で前方に薙ぎ払うように突き出し、迫ってくる衝角と激突させた。その結果、突撃機関砲との激突で勢いを殺された衝角に右主腕をぶつける事が出来、そのまま合気の要領で進行方向をずらす事も出来たのだ。結果として、衝角と接触した右腕は、酸でドロドロに溶解してしまったが。
 「機体の腕1本ですんで、ある意味幸運よ。無事で良かったわ」
 「ごめん千姫さん、ボクがもう少し注意していたら……」
 「い、いいえ、あの場合はしょうがないですよ、壬姫も気付いたのは偶然に近かったですし……。美琴さんが無事だったなら、この子もきっと本望だと思います。大切な仲間を助けられて、私もこの子も嬉しいですよ」
 半分以上溶解してしまった腕を見詰めていた壬姫の視線は寂しげで、それを見て本当に申し訳が立たないと思った美琴は、心底から謝罪した。でも壬姫は、憂いをその身に収め、それを振り払うように言ったのだ。
 彼女は自分の機体が好きだった。AIが自分の意志に答えてくれる様は、まるで意志ある生物とコミュニケーションを交しているかのようで、まるで生きている風にも感じられてしまう程に。その機体が損傷したので、壬姫は憂い顔をしていたのだが、それ以上の喜びも存在したのだ。あれは自身の腕だけでは到底無理だった、所々に、この子が手を貸してくれているのが肌で感じられていた。勿論それは、AIが下したただのプログラムに沿った行動なのかもしれない。でも、この子が居たからこそ、大切な仲間を助ける事が出来、自身もが五体満足で無事だったのだ。
 だから壬姫は、美琴を助けるのに協力してくれ、腕を犠牲にして自分を助けてくれた自らの愛機に向かい、心の中で最大限の謝辞を送った。
 『たま! 大丈夫か!?』
 ……とその時、外部から突然に通信が入った。
 『武さん!』
 『武!』
 『白銀!』
 三者三様に、その武を見詰める。彼の表情は、珍しく焦りの色に彩られ切迫感を押し出していた。部隊情報はリンクさせているので、きっと珠瀬機の損傷を見て取って慌てて通信してきたのだろう。
 『右主腕の欠損表示が出ていたから何事かと……大丈夫なのか?』
 『体の方に怪我はありません、まだまだ戦えますよ』
 「珠瀬、本当に大丈夫?」
 「大丈夫です、片腕でも十分戦えます。それに、今は少しでも戦力が必要な筈です」
 例え損傷した機体でも、弾が撃てるならばそれは戦力と成り得る。それに今は、例え無理やりに動かしてでも戦力が欲しい時、片腕が無くなった位で泣き言は上げられない。
 そして本人が大丈夫と覚悟するならば、武達もそれを受け入れるだけだ。彼等とて、今の状況で十分に戦える戦力を後退させられる程、余裕は無いのだから。
 『解った、じゃあ気をつけろよ』
 『それは武さんもですよ』
 『それもそうだな。こっちも忙しいから、合流は先になると思う――』
 『私達は先に下層に向かいますけど、武さんも遅れないでちゃんと来て下さいよ』
 『了解了解、通信終わる』
 名残を惜しむ気質の武としては珍しく、早々に通信を切った。背後で色々聞こえていたが、どうやら向こうも相当に忙しいらしい。そんな中で、心配して声を掛けてきてくれるのだから――そう考えれば、壬姫は嬉しさに心が暖かくなってしまった。
 「珠瀬、データは?」
 「あ、はい。え……と、これを基準にします」
 武と話している間にも、壬姫の指はコンソールを叩いていた。
 戦術機は、全体が1つの機体として纏まっている為に、片腕が無くなっただけでもバランスが損なわれる。そのまま戦えば、致命的な問題を生み出す程に動きが損なわれるのは確実。だから、コンピューター内部にはこういう時の為の、欠損部分が出た時用の参照データが存在する。そのデータを基にしながら、現在の状態に対応するシステムを調整して行くのだ。こういう知識も、普段からみっちりと鍛え上げている為に、千鶴や美琴の後押しもあり、事はスムーズに進んで行く。周囲は一時的に、みんなが完璧に固めてくれている。失敗を教訓に出来る人達でもあるので、今度は完璧な防陣を敷いてくれているだろう。勿論の事、自らも周囲に意識の網を広げてはいるが……。
 
 暫く後、そう時間も経たない内に、珠瀬機の調整は終わった。全員の補給も既に終わり、とうとう戦場は、基地内部へと移行する。
 時間は刻々と過ぎて行き、そして敵の攻勢も、徐々に部隊全体を押さえつけようとしている。果ての無いかのような戦いの中、彼女達はそれでも懸命に戦いを続けるのだった。
 少し補足します。感想の方だと流れてしまうので、此方への記載を御容赦下さい。
 
 以前から、マブラヴ世界の技術水準には頭を悩ませていました。99年時にも関わらず、此方よりも軍事技術が抜きん出ているので、何処までやっていいか匙加減が難しいと常々悩んでいました
 しかし今回、トータル・イクリプス発売に当たって、その謎が少し氷解しました。
 試製99型電磁投射砲に使われている、赤外線エネルギー(科学レーザー)を転換する技術――実は、今まで明言しませんでしたが、オルタ+作中に出てくる循環再生エンジンも、これと似た技術を使っていると言う設定です。勿論そのままそっくりの技術ではないし、他にも色々混じっていますが、基本は似ています。
 あくまでも、架空の技術、未来的技術ですが、下地的には転換炉やレーザー核融合科学、光科学、レーザ応用工学など色々考えていました。まあ、素人考えなので何処まで現実的かは果てし無く微妙ですが……それもあって、詳しい事は伏せていたのですけどね。
 とにかくこれで、このエネルギー転換技術が、作中でも大手を振って使える様になりました。もっとも、レールガンの運用などには制限を設ける心算ですので、武達の使う主武装は、あくまでも突撃機関砲で行きますが。
 
 とにかく、目処が立ってよかったです。これで基ネタがばれたかもしれませんが……。
 まあ、技術よりもストーリーですよね(笑)
 とうとう物語りも終盤――これから この世界の秘密が段々と解明されていきますので、予想が付いて いる方も、悩んでいる方も御期待してくれていると有り難いです 。
 白銀響の存在、武の居ない平行世界、前世の記憶、新型BETA……これら以外にも、散りばめて来た伏線を回収しつつ、物語はひとつの方向へ――。
 『在りえならざる世界』は、紡がれて来た物語によって形を成し、本物となります。生まれるはずが無かったマブラヴ世界を書き続け、それを読者様に読んでもらえる喜びを噛み締めつつ、どうか今後とも宜しくお願いします。



[1134] Re:マブラヴafter ALTERNATIVE+  第126話
Name: レイン◆b329da98
Date: 2006/12/29 10:00
2008年12月9……シナイ半島第1防衛基地


◇◇◇
東部方面、最終防衛線前

 「次、左前方の要塞フォート級を片付けるぞ!」
 「今回は私が突っ込む、フォーメーションは任意に合わせ!」
 「「了解!」」
 最終防壁――最も初期に作られ、そのまま増改築を重ねられてきた基地前面の砦は、現在敵の猛攻を受け止め続けていた。計画が軌道に乗ってからこっち、敵が基地寸前まで侵攻して来ることは無く、その巨体を横たえるように休ませていた防壁も、今は最大限にその役目を果たしている。砦の中に陣取った兵や自動操作で撃ち放たれる攻撃が、迫り来る大群を押し止め、友軍の行動を援護して行くのだ。
 その防壁の前面で、武達は要塞フォート級狩りに勤しんでいた。出撃が遅れた3人は、最も近い正面ゲートから出撃し、再編が終わったソビエト陸軍と国連軍の混戦部隊と共に此処で戦い続けている。
 再編された部隊は、数が少ない第4世代戦術機だけで構成されていて、マイヤ中佐が率いていた。残りの第3世代戦術機は、国連軍の指揮官に率いられ、メインゲート前に陣取り、砦を抜けてくる敵を迎撃する役目を担っている。
 並走していた武の武雷神とアイビスの叢雲を後ろに、スターニアのブレトワルダが足を早める。白銀に輝いていた機体は既に返り血に塗れているが、その美しさ、力強さは損なわれていない。力を誇示するが如くに猛るように存在感を振りまくその機体は、前方より進撃してきた3体の要塞フォート級の間に躊躇無く飛び込み、刃を振るった。
 直進を止める事はせず、左右から襲い来る触手を上半身のスウェーだけで回避し、そのまま前方からの触手を断ち切る。彼女の囮としての役目は此処に成った。回避で勢いを弱めたその機体を左右から追い越し、今しがた衝角を失った個体に突っ込む機影がその証。
 敵の巨体の真下、10本の脚の外周ギリギリを掠めるように直進した両機体は、最後の脚寸前で地面を外側に蹴った。着地するのは最後の脚の真後ろ、加速で乗っていた勢いが沈み込む巨体に負荷を掛けるが、巧者である2人はその衝撃を機体全体で逃がす。両足でしっかりと地面を踏み締める様に着地するその瞬間、腰と脚の動きのタイミングを絶妙に調整し、腰に掛かる体重を上半身の動きで散らしながら、膝に対して真下に作用する衝撃を地面に逃がした。
 戦術機で一番負荷が掛かるのは膝関節だ。そこの衝撃吸収装置ダンパーには、戦術機の全ての機体重量が圧し掛かり、常時膨大な荷重圧に晒される。そして、そこの衝撃吸収装置ダンパーが磨耗し、膝関節のアクチュエーターに負荷が掛かって来れば、機動性を第一とする戦術機としては致命的だ。よって長時間の戦いでは、それら箇所の配慮も重要になる。この様な機動に際して、武達のようなベテランは、それを軽減する術を無意識に実践できるレベルまでに達している。
 腰と膝を曲げて着地した時には、既に保持した突撃機関砲は上方を向いて狙いを定めていた。着地の勢いをそのまま利用して腰を内側に捻り、狙うは機体やや後方上面――斜め真下から見上げる三胴構造接合部は、射撃訓練にもならない程に狙い易い。
 「うおおおぉぉぉ!」
 「ああぁぁあああ!」
 アクロバテックに近い動きは気合が乗るもので、その気勢を乗せるがままにトリガーを引き絞る。吐き出される劣化ウランの塊は、空中で互いの火線とクロスしながら直進し、吸い込まれるように接合部に侵入して内部を蹂躙した。そして止めとばかりに120㎜爆裂榴弾を叩き込む。
 内部で熟れた石榴が弾ける様に爆砕する敵を尻目に、沈み込んだ膝をそのまま前方に押しだし機体を傾斜させ、短い噴射跳躍ブーストジャンブで斜め前方へ。両機体がクロスし向きを変えつつ合流し、そこへ最初に囮となったスターニア機も機体を並べ――
 流れるような一連の動作は、見ている者達が思わず見惚れてしまう程だった。特にこの2人は、3次元機動に関しての感覚的天才と理論的天才で、その腕は恐ろしく冴え渡っている。勿論、スターニアも実力は半端ではない。
 この3人は、出てきてからこの様な行程を連続で繰り返していた。光線レーザー属が居ない現在、この場面でもっとも厄介なのは要塞フォート級だ。トーチカに取り付かれて酸を流し込まれれば、内部構造や人員が大きな打撃を受けてしまう。更に其処を戦車タンク級に群がられ食い破られれば、目も当てられない惨状になる事は確実だろう。その為、原隊に合流する事はせず、もっとも敵の進攻が激しいこの場所で、要塞フォート級を狩り続けていた。
 誰か1人が囮となって突っ込み、後の2人が止めを刺す。このパターンで、3人は膨大な数の要塞フォート級を落としている。はっきり言って、彼等3人が居なかったら、此処が持っていたかは怪しい――それ程に、3人の働きは凄まじかった。それに、周囲で武達をフォローしているマイヤ達の存在も忘れてはならない。
 しかし――
 『前方より敵軍中隊規模、EU軍は他の対応で対処できません!』
 『国教騎士団近衛隊、現在敵大隊規模と交戦中――』
 『左翼取り付かれるぞ、何とかしろ、何でもいい、撃て撃て撃て!』
 それも局面からすれば焼け石に水に近い。
 「戦線が下がって来た、もう目と鼻の先だよ」
 『地下第1層メインシャフトに小型種侵入、機械化強化歩兵部隊と交戦を開始』
 「くそっ、向こうも押されているか」
 此方も皆が力の限り奮戦しているが、敵の物量は圧倒的で、刻々と押し込まれ始めている。
 「お姫様が心配?」
 「冗談――あいつはお姫様ってガラじゃねぇよ。まあ、今のあいつは本調子じゃないからな、心配かといえば心配だけど」
 これまでも戦闘中に、ちょくちょく向こうに通信を繋いでいた武。軍人として誉められる事ではないが、そんな仲間思いの武だからこそ、皆は彼の事が好きなのだ。そして、月詠との仲は傍から見てても微笑ましい。
 「う~ん、愛されてるねぇ月詠大佐」
 「本当、羨ましいです」
 「う、うるせぇぞ2人とも! 今はそんな事言ってる場合じゃねぇだろ!」
 もう初心とは言えない程に経験を積み重ねているが、それでも揶揄されれば恥ずかしいものだ。自分が相手に惚れ抜いている反面、その気持ちが素直に自覚できてしまい性質も悪い。子供まで作っといて今更と言えば今更だが、そういう気持ちが薄れないからこその2人の関係、武が向ける想いだった。
 微笑ましくも暖かい会話に一時心が和むが、確かに武が言う通りに現状は厳しい。前線は下がりに下がり、既にこの場所があるからこそ持っていると言っても過言ではない、だからこそ今此処で、戦線の要たる要塞を落とされる訳にはいかない。後どの位持ち堪えられるかは判らないが、とにかく崩壊までの時間を稼ぎ、少しでも多くの敵を倒さねばと――。
 「此処を落とされるのも時間の問題でしょう」
 「だな……。所詮は時間稼ぎが限界か」
 守っている本人達が、それを一番良く理解していた。

***
◇◇◇

 基地内での戦闘は、当初予測したが如くの遅延後退の連続であった。一旦堰を外された激流は、生半可な事では止まる術も無く、戦力に限りのある此方はどうしても押し止める事は叶わない。仮に一箇所に戦力を集中させ、其処を押し止めたとしても、逆に手薄になった所が易々と破られ侵入される。結局は、平均的となるように戦力比を割り振り、何時かの時間を極力延ばすしか対処が出来なかったのだ。
 『第7機械化強化歩兵中隊壊滅、メインシャフト地下第5層が突破されました。第8機械化強化歩兵中隊、地下第6層メインシャフト内で小型種BETAと戦闘を開始!』
 『地下第5層第24エリアから第6層へ侵入する敵は依然増大中。帝国軍ベーオウルフ大隊が応戦中ですが、勢いを殺すのが限界の模様』
 『基地司令は、北部Aゲートの放棄を決定しました。現在工兵部隊が地上部侵入路にS-11を設置中、Aゲート防衛中のヘイムダル連隊全機は、工兵部隊の退避完了と共に戦闘を切り上げ、基地内防衛へ移行せよ』
 「こりゃ、いよいよやばくなってきたかな~」
 聞こえてくる報告は散々足る有様のものばかり、既に明るい報告など微塵もありはしない。揶揄するように軽めに言う速瀬のその表情にも、言葉に反して明るさなどは無く、寧ろ顰めた眉間が目立つ程だ。
 「やばいなんてもんじゃないじゃないですか速瀬中佐~。このままじゃホントに押し切られちゃいますよ」
 補給の為に一旦引いている彼等の周囲には今敵は居ない。しかし先程までは、通路から溢れんばかりの敵と相対していたのだ、それを思えば、茜のその泣き言に近い言葉は当然なのかもしれない。
 「まあ、これまで持っているのが凄い位だからね」
 「普通の基地ならば、既に陥落している所ですから」
 「それ以前に、普通の基地だったら此処まで苛烈な敵の攻撃は無かったんじゃないのかい?」
 宗像の言葉の如く、この基地が狙われたのは第一に凄乃皇の所為もあるだろうが、保有する戦力の大きさの為も理由としてはあるだろう。其処の所は予想でしかないが、BETAが指標する特徴と照らし合わせてみれば、あながち外れでもないだろう。
 「この基地が苛烈な攻撃にさらされているのは、確かに凄乃皇と保有戦力の所為だろう。しかし、基地がここまで持ち堪えられているのは、戦力だけの要因ではない。基地所属艦隊が持つ、現在まで砲撃を継続させている膨大な砲弾備蓄量、基地内保有武器弾薬数、最新の迎撃設備やそれを支える人員とエネルギー、試作兵器や多数のS型爆薬――何よりも重大なのは、其処に所属する者達の心構えだ。世界最強の戦力として、ハイヴ攻略の要たる凄乃皇を守る為に……彼等の、そして我々は、希望を胸に戦っている。此処を落とされれば、人類の勝率は著しく下がってしまうのだから」
 「BETAが何故この基地に狙いを定めたのかは全くの不明だ。凄乃皇の存在は元より、弐型の不在。あまつさえ、この基地でも少数の関係者しか知る事は無い、1ヶ月にほんの数時間の、凄乃皇の完全分解整備時間――その時間に合わせての大攻勢。奴等がどうやってその事実を知り得たのか、これはBETAに聞かなければ分かることは無いだろう。しかし、人類は今回の事を教訓とし、2度と同じ鉄を踏む事はしない。今回のこの攻撃を乗り切る事が、その第一歩なのだ。我々が今後奴等と戦い続けていく為にも、何れ奴等をこの地球上から駆逐する為にも、絶対に今回の戦いには負けてはならない。この戦いでの勝敗が、人類の未来を左右するだろう事は、確実だからだ」
 2人の言葉が染み入る様に心に広がり、敵の物量に辟易していた皆に決意を再燃させる。この基地を落とされてはならない、人類の切り札たる凄乃皇を破壊されてはならない。それ以上に、此処で負けてしまったら、もっと大切なものを失ってしまうだろう。
 伊隅の言葉に便乗する様に述べた月詠はそう確信していた。そして、彼女の思惑通りに、再度表情を締め直した戦友達に、心強い希望の光を見出し、私達は今だ諦める事無く戦い続けられると歓喜した。
 そんな満足げな表情を浮かべつつも、彼女の表情には薄っすらと陰りの色が立つ。苦悶の表情を一寸も見せない彼女に対し、それに気付く者は居ないかと思われたが、ただ1人、巧妙に隠したそれに気付いた人物。
 「大丈夫ですか月詠大佐?」
 「響少佐……。大事無い、まだ十分に戦える」
 態々秘匿回線で繋げた彼女に対し、月詠は至極冷静に返したが、探るように見詰めてくる響は目を逸らさない。
 「はあっ……」
 暫く見詰めた後、彼女は盛大な溜息を1つ吐き、肩を竦めて落とした。
 「武大佐といい、月詠大佐といい、ほんっっっとうに似た者同士なんですから! 強情っ張りなのも程々にしてくれませんと、こっちが迷惑ですよ」
 「そうか……すまんな」
 「もういいです。言って聞くような事じゃ無いのは分かってますし。でも本当に、無理は良いですけど無茶はしないでくださいよ。貴女に何かあれば、武大佐がどうなってしまうか……」
 無理は良いと言っている所が、響が月詠含め、自分達を良く知っていると納得する所だ。
 「ふふふ……そう言ってくれると本当に助かる。実の所、先程から少々疲れの色が見え初めてな、やはり試行錯誤して手を尽くしたとはいえ、1年間のブランクは少々響いているらしい」
 月詠が、自らの不調を言葉にして漏らすなど本当に珍しい事だ。響は先の発言で項垂らしていた自らの顔を、跳ね上げるようにして彼女を見た。薄笑いを浮かべた月詠の瞳と、自らの視線が交差し、言葉の無いやり取りを交す。
 「武大佐にも頼まれましたからね、背中は任せてください。不肖この白銀響、白銀武大佐の代行として、体を張って守って見せます!」
 「了解した、背中は任せよう」
 顔を赤らめつつ宣言する彼女に対し、快く返してくれた月詠。その事実に、歓喜の炎が心にともり、その火勢が暴れる様に心臓と言う鞴を動かし血肉を燃やし沸き立たせる。弱った動物が、自らの弱点を晒す事などはまずありはしない、そんな弱点同様の月詠の背中を任されたのだ。それは限りない信頼の証、嬉しくない訳が無い。
 『ヴァルキリー・マムより、ヴァルキリーズ、フェンリル隊に通達。両隊は迎撃戦闘を切り上げ、凄乃皇専用特殊格納庫に集結せよ。繰り返す――』
 (武大佐。月詠大佐は絶対に私が守って見せます、だから――)
 なぜこんなにも、その事実に執着するのか? 本人も良く自己分析できぬままに、凄絶な決意を心に秘めた彼女は、その心を胸に掲げつつ、戦いに猛る。





 
 追伸
 御無と風間の口調が被り気味で見分け辛いですが、見分ける方法はあります。
 御無の方が古い家出身なので、若干口調が丁寧かつ古臭いです。
 例えば今話中では、「普通の基地ならば、既に陥落している所ですから」と風間が発言していますが、これが御無の場合、「普通の基地であれば、既に陥落していてもおかしくない所ですから」という風に……会話的に他にも見分け辛い人達が居ますが、成るべく変化を付けて判り易くする所存ですのでご容赦を。
 もし見分け辛かったら、掲示板の方へその旨お書き下さい。



[1134] Re[2]:マブラヴafter ALTERNATIVE+  第127話
Name: レイン◆b329da98
Date: 2006/12/29 10:04
2008年12月9……シナイ半島第1防衛基地


◇◇◇

 月詠達が凄乃皇専用特殊格納庫――第S-1ハンガーに近付いたその時、当の格納庫内から発せられた通信が入る。
 『御無事で何よりです皆さん』
 『玲奈主任!』
 通信を繋いできたのは、凄乃皇の組み立てを指揮していた玲奈であった。作業に勤しんでいたその為か、白衣姿ではなく薄汚れた作業着を着用しており、顔面も油汚れに塗れている。
 『峰島主任、まだ避難していらっしゃらなかったのですか!?』
 千鶴が驚愕の声を上げるのも無理は無い。敵はもう直ぐ目前だ、格納庫内からはとっくに退去していると思っていたのに、まだ残っていたとは。千鶴に次いで、伊隅の声も上がる。
 『峰島主任、其処は危険です。凄乃皇の組み立てはもう宜しいので、早々に退去を――』
 『凄乃皇の組み立ては早い段階で中止しています。全てをあなた方にゆだねてしまうのは心苦しいですが、私達はただ信じる事しか術がありません。しかしそれでも、私達に出来る最大限の事は成しました』
 『主任、一体何を……』
 玲奈の言葉に疑問を浮かべつつも、機体はS-1格納庫に入り込む。そして、そこで目の前に広がった光景が、玲奈の言葉の全てを表していた。
 「これは……」
 誰とも無い感嘆が耳に付いた。
 目の前の格納庫内は、彼女達が知る様相と一線を化していた。メインシャフト地下第7層Aゲートから続く、地下第7層S-1格納庫には、作業用設備以外で目立つものは、凄乃皇2機を収容可能なその広さと、凄乃皇用の起動座ランドリー程度しか無かった筈、それが――。
 メインゲートから続く入り口に向き並ぶ銃口の群れ、その群れの中央に置かれた一際大きな口径と巨体を持つ兵器、そしてその後方に並べられた補給コンテナや物資の数々……。
 『凄乃皇から取り外した120mm電磁速射砲8門と、36mmチェーンガン12基、掻き集められるだけの試作レールガンを設置して置きました。中央には試作荷電粒子砲も設置――急いでいたので設置はかなり強引に行ないましたが、十分使えます』
 確かに設置部分を見れば、いかにも間に合わせ感が漂ってきそうな有様だ。台座も急増なら、固定も無理やり。床に直接ボルトを打ち込んで固定してある所も存在した。しかしそれでも、玲奈が使えると言うのならば確かに使えるのだろう。
 『物資弾薬は見ての通りです。後は、散弾式制圧弾頭搭載のミサイルコンテナを幾つかと、その予備弾倉を』
 『みっミサイルですか!?』
 『使う時は、隔壁の向こう――メインシャフト内目掛けて撃ち込んで下さい。メインシャフトはこの第7層が最下ですので心配はありません。格納庫内側で使っても、至近距離でないならば、S-1格納庫は広いですから爆風が籠もる事もありませんし、問題は無いでしょう』
 本当は、基地内にダメージが行くので問題は大いにあるのだが、破壊許可は出ているし、どっちみちBETAにやられたら元も子もないので許容できるのだろう。
 『これだけの準備を――有難う御座いました』
 『いいえ、本当に私達に出来るのはこれくらいですから』
 格納庫奥の起動座ランドリーには、70%程しか組み上がっていない凄乃皇四型が鎮座している。骨子や外装を支える骨組みは組みあがっているが、その他は剥き出しに近い。
 それを見て、伊隅含め皆は事情を察した。凄乃皇の組み上げが間に合わないと悟った玲奈は、その作業を中止し、戦術機部隊の勝利に全てを賭けたのだ。しかし彼女達は、ただ座して待つだけではなかった、今己の出来る事を、精一杯遣り遂げる。その意志が出した結果が、今のこの様相なのだ。
 伊隅達は、ギリギリまでその作業を進めていてくれた玲奈始め整備員や研究者達に、心の中で最大限の感謝を送った。
 『それでは私は避難致します。本当は整備格納庫の方に回りたいのですが、他にしなければならない事もありますので』
 BETAに侵食されつつも、今だ基地内で活動を続けている整備格納庫は複数存在する。其処の支援に行きたい気持ちもあったが、玲奈にはまだやる事が残っているし、何よりも彼女は焔の右腕――易々と死んではならないことを自らで自覚している。
 『御助力大変有難う御座いました。後は我々の戦いです』
 『ええ。皆様方、どうかご無事で――』
 そうして玲奈は後方へ消えていった。後ろの作業用通路は第8層への最短経路の1つなので、今だ問題は無い。
 玲奈が消え、月詠達戦術機部隊だけになった格納庫内。しかし設置された物言わぬ兵器の数々が、何時も以上に頼もしく感じられ、心を震わせていた。

***

 格納庫入り口のゲートが大きな音を立てた。壁向こうから連続的に、殴打音や何かを削り取る音が聞こえて来る。
 「敵さんどうやら来たようだね、ゲート向こうの隔壁に群がっているよ」
 「恐らく5分程度で破られるぞ。敵の侵入直後から集中砲撃、弾幕を絶やすな! 死骸が積み上がってきたら噴射跳躍ブーストジャンブで死角をカバーしろ」
 《《了解!》》
 「突撃デストロイヤー級相手には正面からは不利だ、奴等の撃破はレールガンに任せ、我々はその他の種族に対処する。敵の進撃数に対処できなくなってきたら、設置されたチェーンガンとミサイルを使って押し返す。そして死骸で射線が塞がれて来たら、荷電粒子砲で纏めて吹き飛ばす!」
 玲奈に感謝といった所だろう、設置された兵器のお陰で随分戦術が立て易い。特に、正面突撃で厄介な突撃デストロイヤー級を、相対したまま撃破出来るのは強みだ。
 「珠瀬!」
 「は、はい!」
 いきなり伊隅に名指された壬姫は、ビクッと姿勢を正すようにしながら返事を返す。
 「設置兵器のシステム全てをお前に任せる」
 「わっ私がですか!?」
 「柏木、風間も候補だが、右腕を欠損している分、戦力的にお前に専念してもらった方が都合が良いだろう。射撃管制ならばお前達の方が上だからな。戦況を見極め、お前の判断で運用しろ」
 珠瀬機は、右腕が無い分どうしても戦闘力が下がってしまうのは否めない。ならば、どうせ1人は必要な設置兵器の運用に回そうという事だ。搭乗機が業炎で、射撃が得意な珠瀬ならば都合も良い。
 「補助にもう1人回すとして……」
 「じゃあボクがやります」
 「鎧衣か……」
 「美琴さん……」
 伊隅の言葉に、名乗り出たのは美琴だった。
 「抜けてきた敵から兵器を守る役目と合わせて、弾薬補給、砲身交換、設置修正……そういう工作的な事はボクの得意分野だからね。それに――壬姫さんの損傷はボクの所為でもあるから。だからボクにフォローさせて下さい、伊隅大佐」
 借りを返すという訳では無く、失った右腕の代わりを勤めさせて下さいとの思いに、伊隅もならばと頷いた。私情的な事だけではなく、役割的にも相性的にも、美琴が適任なのは確かだ。
 「わ、分かりました。設置兵器の運用を引き受けます」
 「了解した珠瀬。鎧衣共々しっかりと頼むぞ」
 「「了解!」」
 あがり症であるたまは恐れ多い役目だと感じてもいたが、美琴や伊隅にこうまで言われれば覚悟も出来る。元より役割としては妥当なものだ。自らの感情で重要な役割を忌避する事は、軍人としての前に人間として避けなければ、信用される事もなくなってしまう事は当然として受け止めている。
 『地下第6層、メインシャフトCゲート崩壊! 地下第7層への敵流入量増大しています!!』
 「さあ、敵さんのお出ましよ。派手に歓迎してやろうじゃないの!」
 何かが軋む音に加え、捻じ切れるような破砕音が響く。そして、ゲートに光を通す穴が穿たれ、それが瞬く間に広がっていった。
 「全機、全力射撃!!」
 格納庫内を振動させる、砲火の嵐が巻き起こる。

***

 『地下第6層、メインシャフトAゲート崩壊します。地下第7層への敵侵入量更に増大!』
 その報告の後、その通りにBETAの勢いが若干増した。隔壁へ穿たれた穴に群がり通ろうとするBETAに統率など微塵も無く、前の個体を押し潰し伸し上げてくる勢いだ。しかし急にその勢いが増した為か、今まで均衡の内に持っていたその穴も、酷い軋みを鳴らし始める。
 「隔壁が完全に崩壊するぞ! 全機散開し、広がるのを押し止めろ!」
 「隔壁崩壊と同時に荷電粒子砲を撃ち込み頭を抑える、珠瀬!」
 「エネルギー充填率は十分です」
 「隔壁崩壊、来ます!」
 何かが破裂するような破砕音を立てて、隔壁が完全に崩壊した。広がる空間に濁流が押し寄せるが如く、堰を切られたBETAという水流はただ我武者羅に前進を開始する。
 しかしその空間を、粒子の奔流が盛大に薙ぎ払っていった。粒子と反粒子が衝突して対消滅を引き起こし、それが膨大な破壊のエネルギーを巻き起こす。直線状に存在した全ての物質は、そのエネルギーに飲み込まれ、ことごとくが破片となって散っていった。試作兵器なだけに、射程その他に多大な問題が残ってはいたが、狭い所で扱う今回は逆に、その欠点が幸いして施設には余り大きな被害を与えてはいない。
 「荷電粒子砲正常、次射問題ありません。エネルギー充填を開始」
 初めての発射に、一瞬どうかと心配にもなったが、壬姫の報告に胸を撫で下ろした。試作兵器と言っても、十分以上に使えるのは行幸だ。一旦は薙ぎ払った敵も、その空白に水が流れ込むが如くの勢いで再度の進攻を開始し始めたその様子を見れば、少しの要素も味方に付けて置きたいと思うのは当然のことだろう。
 その時、後方にある大型ゲートが開き、戦術機が飛び込んできた。皆は何事かと一瞬体が硬くなるが、見ればブラッディ大隊のマークが目に付く。そういえば後方通路の1つも、一応別の通路と繋がっている事を思い出した。メインシャフトとは反対を向いているので、敵感知を知らせるセンサー報告に任せていた為、余り注意を払っていなかったのだ。友軍なら敵感知として報告が挙がることも無い。
 もっとも、それにしては不思議だったが、次の瞬間その疑問も氷解した。
 「ヴァルキリーズ、フェンリル隊聞こえるか?」
 「感度良好だが、どうかしたのか?」
 何を当然なと言わんばかりの伊隅の返信に、スキルビッツァは苦虫を噛み潰したように答える。
 「やはり気付いて無かったのか。先程から通信が繋がらなかったが、此処に来て俺達も上層との通信が途切れた。どうやら基地内有線含め、間の中継器が破壊されたらしく、通信が限定的にしか繋がっていない状況だ。敵の例の電波妨害もあって、無線・有線両方ともに機能していない」
 スキルビッツァのその報告に、伊隅や月詠は素早くそれを確認し、顔を顰めた。下層の司令部とは普通に通信できていたのと、格納庫内の状況もあって、今までそれに気付かなかったとは――思わず頭を抱えたい程の迂闊さだった。実害が出なかったので良かったが……。
 司令部からの報告が未だ無い所を見ると、向こうでも対応に忙しいのか、此方も当然気付いていると思っているのか。本当に、重ね重ね迂闊さの極みだった。
 「上層に居た俺達は司令部への報告含め、お前達の援護に来た。一部は後方通路に割り振っているが、他は全員此方の防衛に参加する。補給コンテナも持てるだけ持参してきたので活用してくれ」
 「それは有り難い。協力感謝する」
 「なあに、良いってことよ。状況が不明なので、配置はそちらで割り振ってくれ、此方は指示に従って迎撃に付く」
 スキルビッツァ機に続き、後方より補給コンテナを抱えた戦術機が多数格納庫内に入ってきた。先の言葉通り、中隊規模の機数が抜けているが、それでもこの数の援軍はこの状況にあって有り難い。
 伊隅は早速配置フォーメーションを指示し始め、スキルビッツァやリアネイラ他も、配置に着き迎撃戦闘を開始し始めた。

***

 S-1格納庫内での戦闘が始まってから幾分か後に、司令部より新たな展開を告げる報告が入る。皆はこの状況で良い報告が入るとは思ってはいなく、通信が繋がる瞬間に、なるべくなら状況経過報告だったら――とも心の片隅で思ってしまったが、その願いに反してエルファからもたらされた報告は、予想以上に不味いものだった。
 『メインシャフト地下第7層Bゲートが敵に破られました。一部の敵が地下第8層を目指している模様。現在第8層へ続くルート上の、全ての隔壁を下ろして対処していますが、20分もすれば全て突破されてしまう計算となります』
 「な……なんですって!」
 「馬鹿な、敵の目標は凄乃皇じゃなかったのか」
 叫ぶ様に声を上げる風間、宗像、その他の面々も似たようなものだった。突然の衝撃の報告に、張り付いた驚愕を拭い去る事は叶わない。
 敵が優先目標としているのは凄乃皇の筈だ。今回のBETAは、何よりもそれを優先している筈なのに、その目標を目前にして何故態々地下第8層へ向かうのか?
 「もしかして、核融合炉を狙ってる?」
 茜が自らの予想を提示してみる。確かにその可能性はあるだろう、保有エネルギー量で言えば、核融合炉は太陽のようなものだ。全力稼動している今ならばそれは尚更。
 しかしこの基地には、それ以上にBETAが指標しそうな物が存在した。BETAが凄乃皇を優先的に目標とするのは、その破壊力を脅威と位置付けたという他にも、もう1つの理由がある。そしてこの基地には、それと同等の性質を持つものが、第8層に存在するのだ。
 『核融合炉も目標の1つかもしれないが、恐らく敵の狙いはG元素だ』
 「G元素! そうか、それか!!」
 焔の言葉に、全員があっと言う風にそれに思い至り納得した。そういえばBETAは、ML機関に強く反応する。
 『地下第8層には、G元素関係の研究室と、G元素を含めた特殊物質保存庫も存在する。化学反応を起こしている特殊物質ではないが、何らかの方法でそれを感知して反応しているのだろう』
 特殊物質を移動させる暇も適当な場所も無かったので、しょうがないと言えばしょうがない事態だったが、これは痛恨に厄介な事態だった。
 『凄乃皇のML機関を起動して敵を誘き寄せる事は出来ないか?』
 『無理だ。外装と合わせて、出力系や制御系の設定も再調整していない状態では』
 BETAは反応を起こしているG元素の方に強く反応するので、ML機関を起動して誘き寄せてみればと月詠は提案してみたが、その案は不可能だった。実は玲奈が早々に凄乃皇の組み上げを中止した要因が此処にあった。凄乃皇のML機関及び重力関係の制御には、繊細で微妙な調整が要求される。一度合わせて再設定してしまえば後は緊急でもどうにかなるのだが、機体を組み上げたばかりの状態ではその調整に時間が掛かる。例え組み上げが間に合っても、起動できないなら大きな張りぼて同然だろう。
 『幸い侵攻している敵は少数です……が、通信が遮断されて上層の部隊と連絡が取れません。現在緊急で別手段を構築中ですが、その時間と連絡が付いてからの部隊移動時間を考慮すれば――』
 恐らく間に合うか間に合わないかはギリギリと言った所だろう。
 月詠は表情を平静に保ちながらも、口内で歯軋りする様に奥歯を噛み締めた。操縦桿コントロールスティックを保持している手が、自らの焦りや葛藤を押し込む様に力強く握り締められる。飛び出したい衝動を堪えるのに、こんなにも自制心を使うとは。生涯で初めて、彼女は軍人としての使命より、自らの心のままを優先する事を肉体が選び、それを押さえ込む為には、実に多大な自制心が必要だったのだ。
 その時、そんな焦りを隠すような月詠を見ながら、何人かが目を合わせ頷いた。その目の中の光は、皆が皆同様であり、解っているという風に――
 「月詠大佐、行って下さい」
 「!!」
 伊隅のその言葉を月詠が耳にした時、彼女は一瞬何を言われているのか理解はしていても実感できなかった。反射的に何時の間にか俯かせていた顔を上げて通信越しの彼女の瞳と目を合わせるが……。
 「非戦闘員を守るのも我らの役目です。それに、司令部や核融合炉を潰されれば、凄乃皇の防衛にも支障が出ます」
 その理屈は解る。解るがしかし……。
 「私は第28遊撃部隊の隊長だ。隊長が隊員を置いて部隊を離れるなど、ましてや自らの――」
 「それは大丈夫だよ真那」
 月詠の狼狽や葛藤を含んだ、自らに言い聞かせるような言葉を遮るよう、ヒュレイカが言った。
 「私達は伊隅大佐の指揮下に入る。彼女が優秀な指揮官だって事は知ってるだろ。それにブラッディ・スカーレット両隊も居るしね」
 「それに私達は独自判断で動ける遊撃部隊。独断専行は上層部からの御墨付きだよ」
 笑って言うのは柏木だ。
 「親が子を案じるのは、母として、人として当然の事。それに、貴女の子供を抱いた私達の誰もが、あの小さな命を守りたいと思っています。その願いを託すのに相応しい人物が、親である貴女以外にこの場に存在するとは、誰もが思ってもいません」
 ヴァルキリーズ・フェンリル隊の全員が、あの小さな命を抱き、その存在を感じた。誰もがそれを守りたいと思い、そして誰もがその役目に自分は相応しくないと考える。だって此処には、その役目にもっとも相応しい人物が、既に存在するのだから。
 「すまない……皆に、感謝を――」
 万感の思いを込めてそう言った。俯く表情に涙こそ無かったが、心では最大級の感謝を皆に送っていた。余りの感情の高ぶりに、胸が張り裂けそうな程で……仲間という掛け替えの無い存在を、これ以上無く感謝した。
 ……と其処に、横から声が入る。
 「勿論私も付いて行きますよ! 地下第8層に続くメインゲートは広いですから、あそこの通路を1機で守るのは大変ですし。それに、私は武大佐に月詠大佐の事を任されていますから! 本調子でない月詠大佐を1人では行かせられませんからね」
 胸を張りつつ宣言するのは響だった。その言葉に、周囲も月詠からも否定の言葉は出ない。メインゲート前通路が広く、1機で守り辛いのは周知の事だし、月詠自身も己の肉体の事を理解していた。それに、先程背中を任せると言ったばかりだ。
 そして、もう1つ声が上がった。
 「じゃあ私がBゲートの方に行くよ」
 「柏木――」
 「Bゲートも広いけど、私にはちょっとした秘策があるからね。1人で守ってみせるよ」
 「ちょっとした秘策って……まさかアレか?」
 「そう、例のアレ」
 ヒュレイカには心当たりがあるようで、顔が疑わしげだった。しかし柏木は大丈夫だと言う。伊隅はその遣り取りに若干考え込んだが、時間も無いので直ぐに頷いた。本人が大丈夫と言っているなら大丈夫だろうし、その位は信用もしている。何より、本当に此処に1機でも戦力を残して置きたいのは事実だ。
 「本当に大丈夫なのか?」
 「大丈夫大丈夫。言った以上は自分の責任。自分の命も含めて守ってみせるよ」
 「そうか――ならば、第8層へ続くゲート防衛を任せよう。司令部と非戦闘員を頼む」
 核融合炉と言わない所が、また伊隅の良い所だ。
 その言葉に頷いた後、3人は後方の通路から急ぎ出発していったのだった。



[1134] Re[3]:マブラヴafter ALTERNATIVE+  第128話
Name: レイン◆b329da98
Date: 2006/12/30 16:33
2008年12月9……シナイ半島第1防衛基地


◇◇◇
第8層メインゲート前通路
 
 防衛の事を考慮しメインシャフトと直接繋がっていないとはいえ、それでも隔壁を隔てて通路は通じている。大型の物資も搬入される通路は意外と広く、戦術機が数機は並走出来る程だ。その通路で今、2機の戦術機と、押し寄せる大小のBETA群が戦闘を繰り広げていた。
 前衛の月詠機が長刀を振るう。深い刀傷を負ったBETAは、そのまま力尽き倒れるが、その隙を狙う様に戦車タンク級が死骸を乗り越え群がってくる。大型BETAと戦車タンク級の連携は実に厄介で、過去この連携に殺られた衛士は数え切れない程だ。1つの動作が終わり動きの停滞する瞬間、意図的にではないだろうが、押し寄せる物量によって結果的にその死角を突かれ、機体に取り付かれ食われて行く。戦車タンク級に殺される衛士が多いという所以がこれだ。
 しかし、第4世代戦術機は、動作で生まれる隙を極力無くす。極論を言ってしまえば、BETAの群れの中、1人で立ち回る事も可能となるのだ。
 そして更に、今月詠は1人ではない。
 月詠機の後ろを突くように迫る戦車タンク級に浴びせられる、36㎜弾。後ろで突撃機関砲を構えた響機が、月詠の死角を無くし、攻撃を補助して行く。またそれだけではなく、元々防衛の為に設置されている36㎜チェーンガンや、工兵隊が急増で設置したのであろうチェーンガンも随所から攻撃を加えていく。
 防衛兵器の援護を受けながら、近接戦闘長刀と短刀を持ち、演舞のように激しく舞い踊る月詠と、突撃機関砲4門を構え、的確に銃撃を放ち続ける2人のコンビは、不退転の意志を胸にゲート前通路を守護していた。

 「く……!」
 「月詠大佐、大丈夫ですか?」
 戦いの中で、月詠が見せる苦悶の表情が目に見えて多くなってきた。普通に訓練を行なってきた響自身も、随分と疲労を感じ始めているこの状況、ブランクがある月詠はそれ以上の疲労を感じているのは確実だ。弱さを見せる事を良しとしないこの人が、その表情を隠せない程露にしているのだから、それは間違い無く相当なものだろう。
 「この状況で泣き言を言っても始まらない。私は此処を守る為ならば、体力の限界まで戦い続ける!」
 しかし彼女の決意は翻らない。この扉の向こうには、自分の何より大事な者が存在するのだ。その命を守る為ならば、体力の限界は気力で捻じ伏せても戦い続ける。
 「まったく、武大佐といい……2人とも似た者同士なんですから」 
 何処かで同じ事言ったかな? と思いつつも、吐き出す溜息は止まらない。月詠大佐も、普段は冷静沈着な癖に、意外な所で頑固で熱血だと思う。元来の心根が同じだったのか、月詠が武に染まって行ったのかは響には解らなかったが、本当に意気の合った2人だと、ちょっと――いや大分、羨ましくなってしまった。
 その気持ちを振り払い、戦闘に集中する。
 ――だがそのまま数分が過ぎ、状況は依然として変わらない中で、やはり無理が祟ったのか、月詠は集中を乱し、彼女らしからぬ大きな隙を作り出してしまった。
 要撃グラップラー級に対して長刀を右袈裟に振り抜き、そのまま腕の振りを腰部に伝えて上半身を半回転させ、左手に伝える。回転モーメントをダイレクトに伝えられ、勢いを増した下から突き上げられる左主腕が、その手に保持した短刀を、接近してきた殲滅ジェノサイダーの顔面下から刺し貫かせた。
 「ぐっ……くぅ」
 しかし其処で、急激な眩暈が彼女を襲う。積み重なった疲労と合わせ、度重なる激しい機動によってGを波状に受け続けていたが、この時行なった急激な上下機動での落差により、その蓄積が肉体疲労の限界を超え、迂闊にも意識が一瞬ブラックアウトしてしまったのだ。そして、接戦を行なっているこの状況にあって、その一瞬は限り無い程に致命的な隙を作ってしまう。
 「月詠大佐ぁ!!」
 戻りかけた意識の端に、響の絶叫が聞こえた。それに反応して何とか体を動かそうとするが、意識は繋がっているのに肉体は動かない。視界も戻っていない暗闇の中、懸命に体の感覚を取り戻そうと足掻いたが、その反応は酷く緩慢で、月詠は思考の端に、自らが喰らうだろう衝撃を覚悟した。
 だが、次の瞬間に衝撃は無く、聞こえたのは前方での大きな音だけであった。何か酷く大きくて硬いもの同士が激突したような破砕音――月詠はまさかと思いつつも、自らの機体に何も衝撃がなかったことが、事実を雄弁に物語っていた。
 「響、響少佐ぁ!」
 戻った視界の中、自機の後方で横向きに倒れた、響機の叢雲が目に映った。反射的にその機体に群がろうとする戦車タンク級を腰部機関砲で撃ち倒しながら接近。途中で、飛ばされたのだろうか、響機が装備していた突撃機関砲を拾い上げつつ、倒れた叢雲の前に仁王立つ様に陣取り、迫る敵に向かい射撃を開始した。彼女の機体に駆け寄りたいのは山々だが、それよりも押し寄せるBETAの方が優先だ。
 接近する時確認したが、どうやら前面装甲が所々大きく陥没し、機体全体も大きく歪んでいるようだ。バイタル反応には損傷報告は無く、どうやら生身の肉体は打ち身だけですんだようだったが……。
 「響、響少佐!」
 「聞こえてます大佐――あー痛い。流石に、混合キメラ級との正面衝突は衝撃が……」
 その愚痴とも知れない言葉に、月詠はどういう状況で、響が何をやったのかを知った。そして次の瞬間、その行動をさせざるをえなかった自分の不甲斐なさと、それを行った響の両方に向かって、抑えきれない憤怒が湧き上がってくる。
 「貴様、私の盾になったのか?」
 「盾になった心算は無いんですけど結果的に……」
 あの瞬間、突撃してくる混合キメラ級を認め、月詠がそれを捌けないと確信した響は、迷う事無く自らの機体を動かした。右手の突撃機関砲を手放してから長刀を引き抜きつつ、飛び込み様にそれを振り下ろそうとしたのだが、相手の腕の攻撃が一歩早く、間に合わないと思った響は長刀の軌道を相手の腕に変えた。しかし腕を斬り落としたはいいのだが、その所為で機体バランスが崩れ、相手の軌道直線上に飛び込むことになり、結果的に正面からぶつかる事となってしまったのだ。
 「良く考えないで勢いで行動したツケですね」
 「ツケ! 一体何を考えている、私を守る為に盾になるなどと!」
 「え~と、だから盾になったのは結果的にであって……」
 「射撃で牽制しておけば良かった筈だ! 第4世代戦術機の装甲、ましてや我等の機体ならば、混合キメラ級の腕での一撃ならば耐えられる事は知っている筈。それに損傷するならば、私が損傷した方が――」
 武達の機体は量産型とは違い、基部装甲に特別な手が加えられている為に、普通より防御力が高い。ましてや第4世代戦術機ならば、外周装甲だけでも搭乗者を守る位の防御力は持っている。直撃クラスの攻撃でも、骨折位は覚悟しなければならないかもしれないが、一撃で死ぬ可能性は殆ど無い。そして月詠は、今この状況では、月詠自身より響を残すべきだと考えていた。戦闘能力を差し引いても、持続力で言えば響の方に軍配が上がる為だ。
 しかし響は、月詠の言葉に過剰に反応し、反発するように言った。
 「でも……! 私は武大佐に貴女の事を任されました! 貴女に背中を頼むと任されました!
 その声は感情の高ぶりのままに放たれた、悲痛感溢れる声だった。その余りの剣幕に、月詠が若干戸惑いたじろぐ。
 「響、一体何を……」
 「私は貴女が羨ましかった、武さんに愛される貴女が……だから私は、貴女に追いつきたかった! 出会った当時、私は武さんの中に、お兄ちゃんの姿を見ていた――でも、何時の間にか私は、お兄ちゃんじゃなく武さんが好きになっていた。……けど、その時には既に2人は想い合っていて……あの人は私を妹の様にしか見てくれない、そして私は何時までもお兄ちゃんの幻影から抜け出せない――」
 響の叢雲が、軋みを上げながらも動き出し、突撃機関砲を構え撃ち始めた。どうやら、動く程度は可能らしい。そんな中でも、彼女の悲壮感あふれる告白は続く。
 「でも、でも私は、それでも武さんが好きで、そして貴女の事も大好きなんです。お兄ちゃんみたいな武さんに、お母さんみたいに優しくしたり、叱ってくれる貴女の事が! 羨ましくて、でも憧れで、そして大切な仲間――だから、武さんに貴女の事を任された時、私は嬉しかった。貴女の弱音を聞いて、そして背中を任された時、初めて貴女に認めて貰えた気がした。だから、だから私は、貴女を守った事に後悔はありません。それが例え間違った選択だったとしても、私は私の生きる道を、抱いた誇りを貫くんです! そして例え、間違った選択をして、絶望に突き進む未来を選んだとしても、そんなものは蹴散らします! 月詠大佐も、武大佐も、柏木中佐も、御無中佐も、ヒュレイカ中佐も、みんな、みんなっ――私はみんなが死んでしまうかもしれない未来なんて、絶対に許せません! だから私は、自分の力で最良の未来を手繰り寄せ、そして……その未来に這いずってでも縋り付き、進んでみせます!!」
 裂帛の気合と覚悟を声に乗せ、響は宣言する。そしてそれに答えるかのように、響が命令を出した愛機は、悲鳴を上げるかのように軋む体を持ち上げた。動作は緩慢だが、膝立ちで上体を持ち上げたその機体は死んではいない、彼女の想いが乗り移ったかのように、まだ動けるとの、意志の力を宿すかのようだ。
 「響――お前は……」
 響の叫ぶような魂からの告白を聞いた月詠の心情は色々と複雑であった。彼女の武に対する想い、自らに対する想い、戦いに関しての心構え、そして戦友としての感情。複雑だったり、嬉しかったり、否定的であったりと、響に対する気持ちは千路に変化し纏まりを見い出せない。
 しかしその中で、ただ1つ理解し納得したものがあった。傷ついた機体で、尚立ち上がり戦おうとするその心意気、そして戦士としての心構え。月詠は壮絶な笑みを浮かべながら宣言した。
 「最良の未来を手繰り寄せ、這いずってでも縋り付き進んでみせる――その心意気、その覚悟。響――認める認めないなど関係無い。その気持ちを胸に共に戦えるのならば、お前は間違い無く掛け替えの無い戦友、命を共有できる仲間だ!」
 例え絶望の中で恐怖に塗れても、それを振り払い勇気を奮い起こせる者は、僅かな可能性をも掴み取る力を持つ。そして白銀響は、絶対に仲間を死なせたくないと言い切った。そんな未来は力尽くで変えてやると宣言した。そんな覚悟を胸に秘めた戦士に、命を預けられない筈が無いではないか――。
 途方もない嬉しさが、顔の笑みを形作り崩さない。響のその成長に、戦士としての姿に――成長を見守っていた自らの娘が、一人前となり巣立つのを見届けたかのような心情だ。自らに肩を並べるまでに成長し、そして尚其処から、自らの予想を超えて見せた響の姿に、心の底からの喜びと満足感が湧き上がってくる。
 「月詠大佐……」
 「戦えるか、響少佐」
 目を見開き此方を見詰める響に、尋ねた月詠。それに対し、嬉しげに力強く頷く響。
 「勿論です。戦う意志が尽きない限り、私は戦います。そしてその意志は、私の命尽きるその時まで消える事はありません!」
 「上等だ――だが流石にその機体では不味いぞ」
 決意に水を差すようだが、確かに響の機体は損傷が大きすぎる。
 「そうですね。これなら強化第3世代の方がマシですね」
 響もそれには納得したようだ。……と其処へ、タイミング良く焔から通信が入ってくる。
 『いやいや、響ちゃんも成長したようで嬉しいよ』
 『お前――全部見ていたな』
 呆れたように月詠が言う、タイミング良く通信を繋いできたのも、密かに聞いていたからだろう。しかしその詰問も、例の如く焔はスルーした。
 『それで、新しい戦術機が入り用かい』
 『この近くの格納庫に、確か強化型不知火が残っていたはずです。遠隔操作で此方に送ってくれませんか』
 頼み込む響の嘆願に、しかし焔はきっぱりと首を振った。
 『いや、それは今柏木が使っている』
 『柏木中佐が! そんな……』
 『だが、その代わりと言っては何だが、他の機体があるぞ』
 『他の機体……ですか?』
 『そう、とびっきり凄いのが』
 落胆する響に話を持ちかけた焔の顔は、少し自慢げでもあり悪戯を思いついた子供の様でもあった。そんな焦らす様な事を喋る焔に対し、月詠は気を荒げ急かす。こうしてる間にも、敵の攻撃は続いており、彼女はその敵を抑えているのだ。
 『それは使えるんだろうな?』
 『使えるよ。場所は地下8層研究所内、其処のメインゲートを入ってから下って直ぐだ。一時扉を開けるから直ぐに飛び込め』
 『遠隔操作で運んでくるのは――』
 『無理、直接行って乗り換えてこい。通路下に機械化強化歩兵を配置しているから、少し位の小型種なら侵入されても大丈夫だ』
 響は心配そうに月詠の方を見た。その視線を受けた月詠は、心得ていると言う風に頷く。
 「行って来い。私1人でも、少しならばこの場を耐えられる」
 「本当に、大丈夫ですか?」 
 月詠はもう、疲労の極みの域に届いている筈だ。幾ら防衛兵器の後押しがあるとはいえ、そんな体で1人で戦い続けるなどと――。しかし月詠は、静かに首を振る。
 「お前が言った通り、例え這いずってでも生き抜いて見せる。私には負けられない理由があるのだからな」
 その言葉と、晴天の空を思わす清々しいまでの月詠の表情に、響は決心を決めた。
 『一応ルートマップを下さい。ゲートオープン……お願いします』
 戦い続ける月詠を後ろに、軋みを上げる機体を立たせ進ませる。そして響は、重々しい音を立てて開かれる、地下第8層へ続くメインゲートの向こうに姿を消していった。

***
 
 その扉は、見た目にはなんの変哲も無かった。焔の言葉から、色々想像していた身としては少し拍子抜けだ。
 (いけないいけない――急がないと)
 しかし直ぐにその考えを振り払って、開閉装置に主腕を伸ばした。上では今この瞬間にも月詠が戦っているはず――急がなければ!
 扉が左右に開ききるのも待たずに、叢雲を前に進ませる。戦闘機動は無理だが、歩く事ぐらいならなんとか大丈夫だ。実験の為に作られた格納庫だという其処は、照明が消えていて真っ暗で、やや慎重に足を進める。
 その歩みの途中、部屋の奥に存在する何か大きな物体の影が目に入ってきた。輪郭からして、あれが焔が言う戦術機だろう。しかも、2機存在している。
 そのまま少し進み、もう少しでその全体像の陰影がはっきりしてくるか……という所で、格納庫内の照明が点いた。その白光の下、件の2機の戦術機の姿が、響の目の前に晒された。
 「こっ……これって!」
 『どうだ、吃驚したか」
 『な、なんでこの機体が此処に――』
 『主機エンジンと簡略版AIシステムの実験にあたって実験機を造る事になったんだが……まあ、私の趣味というか拘りかね』
 その言葉に、響は目の前の2機の機体を見上げる。
 片や黒色こくしょく、片や赤色せきしょく、艶のある光沢がその表層を覆い、施された独特のマーキングが目に付く。共にその隣で機体を並べ、過酷な戦場を戦い抜いてきた記憶が蘇る。当時最高の性能と言われたその機体であったが、その搭乗者たるあの2人が操るそれは、最強の戦術機でもあった。
 「武御雷――」
 そう、帝国軍城内省斯衛軍専用機。その中でも最高の性能を誇った、征夷大将軍専用機と月詠専用機。その2機の機体が、今響の目の前に存在した。
 『驚くのは良いが時間が無いんだろう』
 『あっ、はい』
 焔の言葉に我を取り戻し、急いでハッチを開けて機体を降りる。降りる時に、一瞬我が愛機を振り返ったが、修理すれば直ると言うので、今は気持ちを切り替える。
 そして響は、鎮座する2機の前に立った。
 『さあ、お前はどちらを選ぶ?』
 衛士強化装備の骨伝導通信によって、焔の面白がるような声が聞こえた。響が選択するのはどちらか一機、月詠機か武機か――だが響は、事前から心を決めていたかのように、迷い無くその機体を選び取ったのだ。
 『ふふん――そうか、そっちを選ぶか』
 『はい。色々と思う所があって』
 整備用タラップから上り管制装置ユニットへ。コクピット内に座り、衛士強化装備を接続する。焔がシステム関係の設定を始め、そして響自身がコンソールを引き出し、機体設定を自らに合わせていく。
 その間、焔がこの戦術機の説明をし始めた。
 『さっきも言ったが、この武御雷は実験機として造った。1つは簡略版AIシステム――聞いて解ると思うが、第4世代戦術機に使われているAIシステムの簡略版だ。コストと性能を大分削ってあるが、第4世代戦術機用AIシステムから厳選した部分を、私が効率良く組み直しているので従来システムよりかなり性能が高い。現在の強化型第3世代のシステムをこれに換装するだけで、性能はかなり上昇するだろう。勿論、あくまでも簡略版なので、第4世代戦術機には及ばないがな』
 第4世代戦術機に搭載されているAIは、システム全体や記憶容量部分、そして機体との連結など、全ての要素が噛み合ってこその性能だ。
 『そして主機エンジン。レールガンにも使われている、エネルギー転換技術の前身だ』
 『エネルギー転換技術の?』
 『原理の抽出……エネルギー転換機構の独立化は、早い段階で成功していた。レールガンに搭載するのに問題だったのは、小型化とエネルギー発生量の兼ね合いだったのだ。循環再生エンジンからエネルギー転換機構だけを独立化させ、それを単独のエンジン――つまりエネルギー転換炉にするのは比較的簡単だった。それがこの武御雷に搭載されている主機エンジン。発生エネルギーも、稼働時間も従来の主機エンジンより多い。この主機エンジンの実験を得て、今レールガンに搭載している物が出来たのさ』
 との焔の説明に、響は納得する。だがそれに付け加えるよう、続いて焔は言った。
 『もっとも、このエネルギー転換主機エンジンは、現在の第3世代戦術機に換装したりはしないがな。第3世代戦術機は、簡易型AIだけでもかなりの性能向上になる。それに、性能差は確かにあるが、何よりも費用と手間が馬鹿にならない。そんな手間と費用は、第4世代戦術機製造の方に注ぎ込むからな。という事で、この2機の武御雷は、世界でたったの2機しか造られない、正真正銘特注機だ』
 というか……、実験機を趣味全開で、態々最高性能の武御雷にしたのは博士でしょ――と、響は心の中で盛大に突っ込んだ。まあ、そのお陰で今助かるんだから、色々と複雑な心境だけれども。
 『よしっ出来た』
 焔の声とほぼ同時、響の方の設定も組みあがった。動かしてないから何とも言えないが、基本は強化型不知火をベースに設定したので大丈夫だろう。
 武御雷の主機エンジンに火を入れる。その力強い脈動は、過去の戦いを思い起こさせるようで頼もしい。性能で言えば今まで乗っていた叢雲の方が上とはいえ、当時隣で戦っていた、最強の機体の強化版に自分が乗っている事に、少しだけ興奮してしまった。
 (月詠大佐――今行きます)
 だが、浮つくようなその気持ちを直ぐに振り払い、響は機体を進ませた。今も、大切な者を守る為に刃を振るっている、大切な『戦友』を助ける為に。



[1134] Re[4]:マブラヴafter ALTERNATIVE+  第129話
Name: レイン◆b329da98
Date: 2007/01/02 11:16
2008年12月9……シナイ半島第1防衛基地


◇◇◇

 月詠と響が、地下第8層Aゲートに向かったのと同時、一緒にS-1格納庫を出た柏木は別の通路に進路を取り、敵が狙うであろう侵入口の1つ、Bゲートに向かう。
 彼女はS-1格納庫を出た直後、例の『ちょっとした秘策』を行なう為に、司令部の焔へ通信を繋いだ。
 『博士、ちょっと頼みがあるんだけど』
 『頼み?』
 『近くの格納庫に強化型不知火が2機あるよね、あれの設定をこういう風にして欲しいんだけど……』
 言いながらその『設定して欲しい』データを転送する。そのデータを見て内容を理解した焔は、瞬時に柏木が何をしたいのかを察して、やや呆れたように呟いた。
 『勿論完璧に仕上げてやるが――本気か?』
 『本気も本気、以前にも試した事はあるからね。流石に機動を交えては無理だけど、射撃だけの連動式固定砲台としてなら十分。博士が設定してくれるなら尚更だね』
 気負い無く笑うように頷く柏木に、焔はならばと頷いた。
 『5分で仕上げてやる、装備その他は?』
 『これで頼めるかな』
 あらかじめそれも決めてあったのだろう、装備関連のデータも瞬時に転送する。
 『確認した。完了したら遠隔操作でそちらに送る――頼んだぞ』
 『了解。背負うものは大きいからね』
 柏木が守るBゲートの向こうには、大勢の人達や、この基地に電力を供給している核融合炉が存在する。加えて、仲間にも其処を守ってくれと託されたのだ。たった1人が背負うべき責任としては、途轍もなく大きい。
 「でも、やらなきゃならない状況なんだよね」
 やれやれとした仕草で吐息を吐くが、愚痴らしきものを垣間見せたのはそれだけだった。柏木は顔を引き締めつつ、覚悟を決める。大口叩いて出てきたのだ、やれると言ったのはその実力が自分にあると信じるからこそ、無理ならば見栄を張って1人で来ることなどありはしない。
 だから彼女は、後続が到着するまでBゲートを死守すると、自分自身の力を信じ誓った。

***
 
 柏木がBゲートに到着して暫く後、焔から完了の報告が入り、そしてその更に後に、2機の不知火が到着した。彼女は掃討装備で身を固めた不知火に命令を下し、持ってきた補給コンテナを下ろさせてから、2機を自機の後ろ――Bゲートの前に並べ立たせる。丁度、柏木の業炎を三角形の頂点に、Bゲートと平行になる底辺を形作るデルタフォーメーションだ。
 『注文通り、火気管制は完全にお前の機体と合わせてある。アイリンクシステムと思考制御による照準合わせ、第4世代戦術機AIを基とした自動照準――だが、第3世代のシステムを強制的に第4世代のAIシステムに合わせているので、リソースをほぼ全て射撃関係に使ってしまっている。解っていると思うが、その不知火は満足に歩く事も出来んぞ』
 『それは解っているよ。最初にも言ったけど、どうせ固定砲台として運用するつもりだし、火気管制が完璧に機能するのならそれで構わない。抜かれるか抜かれないかの勝負――接近された時点で、私の勝率は大きく下がっているだろうからね』
 『そうか……。大体やろうとしている事は解るが、なんとも無茶を考えたものだな』
 『最初は設置兵器を連動トラップとして使う方法として思いついたんだけどね、色々と試行錯誤している内に……と来たみたいだね』
 レーダーに、敵接近警報が入る。存在するのは隔壁2枚向こうだが、直ぐに破ってくるだろう。
 『じゃあ幸運を祈る……。モニターはしているから、トラブルや違和感があったら直ぐに連絡しろ』
 『了解』
 向こうが気を使ってくれたのか、通信は直ぐに切れた。そう――今から行う事は、物凄く神経を使う集中作業だ。柏木は、気を落ち着けるよう、大きく深呼吸する。張り詰めた空気が肺を満たすように流入し、吐き出す吐息が横隔膜を揺らした。その動作と同時、後ろに控えた2機の不知火が、突撃機関砲を構える。ブレによる照準のズレを無くす為に、保持するのは両手で1丁だ。
 「さあ……準備は万端、狩りを始めようか」
 乾いた唇を、舌で軽く湿らせながら、柏木は前方を射抜くように見据えた。前方の通路は、幾らか先で直角に折れ曲がっており、見えるのはその壁だけ――柏木にとって、この構造は物凄く都合が良い。
 通路に存在するレーダーと監視カメラが、直角に曲がった通路向こうからやって来る敵の姿を捉えた。それを確認した柏木の心は、ますます冴え渡り、最早明鏡止水の境地に達している。考えるのは目標の急所を捉え撃ち抜く――ただそれだけ。
 自機が保持する突撃機関砲を構えた。第4世代戦術機である業炎は、片手でも反動を押し殺す事が可能だが、今回は確実性を重視して、敢えて両手で1丁を保持している。
 そして敵が、自らの視界に現れた瞬間、その砲口が音を立てて火を噴いた。
 瞬間頭を吹き飛ばされ倒れるブラック狩猟者ハンター級、真横から正確に赤い器官を撃ち抜かれたその個体は、間違い無く即死だった。そして次々と、柏木の視界の前に姿を晒す敵は、やはりその瞬間か次の瞬間に、頭部や急所を撃ち抜かれ絶命して行く。
 押し寄せる敵の数は、柏木機が保持する突撃機関砲1丁だけでは到底迎撃が追いつかない程であったが、それをカバーしていたのが、先の強化型不知火2機だった。
 柏木が乗る業炎のAIと連動していると言う事は、その火気管制が柏木の思考制御の影響下にあるということだ。敵の状況、味方の状況を考慮し、対策を弾き出しながら、時に自動照準で、時に柏木のアイリンクシステムと連動して射撃を行なっていく。無人兵器なれども、その能力は火気管制を連結させる事により、まるで柏木がもう2人増えたかのようだ。
 そしてもう1つ、迎撃地点が場所的に恵まれている事も大きい。直角に折れ曲がる道は、その地点で敵が方向転換せざるを得ない。つまりは、その地点で絶対、敵に動きの停滞が起こるのだ。前進の停止から方向転換を合わせるその間――それだけの時間があれば、柏木が狙いを付け、弾を撃ち、撃破するのには十分な時間だった。
 柏木と後ろの不知火が保持する突撃機関砲から、次々と必殺の弾が撃ち出される。一撃で絶命しない敵や、数が多い小型種は、それぞれの機体が装備する、腰部突撃機関砲の掃射で止めを刺し、薙ぎ払う。正に、敵を一歩も通さない、完璧たる狩猟場だった。
 「さあ……私の集中力と、敵さんの物量――どちらに軍配が上がるかね」
 柏木は何もただ撃っているだけではなく、その射撃は途轍もない計算の結果で成り立っている。押し寄せる敵の配置や、飛び出る予測位置、此方の撃つタイミングや、撃つ機体、果ては未来における残弾数や、給弾のタイミング――その計算やタイミングが1つでも狂えば、其処から微細ながらも崩壊の片鱗が見え始めてしまうだろう。人の集中力は長くは続かないと言うが、柏木の精神力と敵の進攻量、そして援軍の有無……とにかく彼女は今はただ、ひたすらに敵を迎撃する事に専念するのだった。

◇◇◇
第8層に続くメインゲート前通路

 響がゲートの向こうに消えて後、月詠は防衛兵器の援護を受けながら1人で戦い続けていた。幸いにも敵の大部分は凄乃皇の方に向かっている為に、抑えられない程の数と勢いではなかったが、それでも休む暇も与えてくれず、継続的に襲い掛かってくる敵に苦戦していた。
 しかし、先程も響に言った通り、弱音を吐くことも、ましてや疲労で諦める事も無い。この向こうには、自らが心から守りたい大切な者が存在するのだ。既になけなしの体力を振り絞り、気力と湧き上がる想いを糧に、月詠は懸命
に迫り来る敵を屠り続けていた。
 そして幾らかの時間が経ったのか、余りにも戦闘に熱中しすぎて自分でも把握できない程だったが、待ち望んだ声が聞こえて来た。
 「月詠大佐、大丈夫ですか!」
 「来たか……響少佐……。こちらは、まだ持っているぞ」
 月詠は既に、息が途切れる程に疲労困憊していたが、それでも気丈に振舞う。そんな彼女の強がりとも言える態度に、響は心配を心に浮かべながらも、やや安心感を取り戻す。
 「間に合って良かったです。ゲート開けます、気をつけて下さい!」
 言葉同時、メインゲートが開きだす。そして彼女が、そのゲートの中に消えていった時と全く逆に、今度は開ききる前のそのゲートから、勢い良く姿を現した。
 その彼女が身に纏う、鋼鉄の鎧姿を目にした月詠の驚愕は、先程の響同様であった。雄々しく物々しいその姿は、見る者の目を惹き付け圧倒させる。目に付く真紅の機体カラーは、現在の月詠の機体に近く――正しく、以前彼女が愛機とした機体そのままの姿であった。
 「武御雷――」
 「博士は色々と相変わらずですが、結果的にそれが良い方に終結するから不思議ですね。今回も、この機体ならば足手纏いにはなりませんよ」
 閉じるゲートを後ろに、薄く笑いながらも早速機体を動かし戦闘に参加する。繰り出す攻撃は、何もかもが今まで搭乗していた叢雲に劣るものだったが、その手応えは力強かった。少し物足りないかもと思ってしまうのはしょうがないが、強化型不知火の上を行くそのスペックに文句も言ってられない。
 そして、暴れ始める赤色せきしょくの武御雷の姿に釣られるが如く、月詠もが我を取り戻すように戦いのリズムを合わせ始めた。
 「私の武御雷とは、また懐かしい機体を出してきたものだな」
 練り出す言葉は既に擦れ気味であったが、根本たるものは折れる事無く未だ健在だ。それを証明するように、響の横で長刀を振るう武雷神の姿に、陰りの予兆は見られない。それが例え強がりや気力の賜物であっても、戦えるならば結果的に全てが良い。彼女の現在の目標は、敵を押し止める事であるからだ。
 そして、響の戦い振りは、そんな月詠よりも凄まじかった。先程は、月詠の援護に回るような姿勢であった響であったが、現在は矢面に立つように前面に出て突撃機関砲を振り回している。彼女自身が中距離射撃を得意とする衛士であり、第3世代である機体に搭乗しているので、長刀よりもこちらの方が戦い勝手が良いのだ。
 「武大佐の機体もあったんですけどね。別に深い意味じゃなくて、なんとなくこっちを選んじゃいました」
 実は、どちらの機体に搭乗するかでは大いに迷っていたのだ。ただ、あの時はその結論が一瞬で出たに過ぎない。急いで行かなければという気持ちがそうさせたのか、本人はそんな風に『偶然に、なんとなく』と自己の選択した結果に対する結論を出していた。
 しかし本当は、心の中で昔の情景が蘇ってそうさせたのかもしれない。月詠の横に、武の武御雷で並び立つのは、響にとっては色々と葛藤があったのだ。響自身が、あの2人は最高のパートナーだと納得してしまっている為に、自分が及ぶ筈も無いとは解っていた。月詠の隣で、あの武御雷を駆って良いのは武だけだ――本当にそんな事を思っての選択かは定かではないが、とにかく彼女は、月詠にも色々と憧れやら何やら複雑な感情を抱いてもいたので、月詠機の方を選んだのかもしれない。
 
***

 響がこの場に戻ってきてから、更に幾分かの時間が過ぎていった。既に戦いの感覚によって時間を計ることも億劫になり始め、今はただひたすらに、やって来る敵を迎撃する作業に徹している。
 「月詠大佐……まだ持ちますか?」
 「持つか持たないかではない、何としても持たせるのだ」
 「それもそうですね、愚問でしたか」
 既に防衛兵器の弾は切れ、この場の戦力は月詠と響のみとなっている。響に蓄積した疲労も多かったが、月詠の方なんかはもう、疲れたとかそういうのを通り越している状態であった。しかしそれでも、体は当初の意志を貫く為に動き続ける。最早気力と抱いた想いだけが、今の月詠を支える全てであった。
 だが、その戦い続けた結果がとうとう実を結び、事態は好転を向かえる。月詠達の想いの力が紡がせたそれは、人の力が世界に及ぼす、奇跡のような一瞬を垣間見せたものなのかもしれなかった。
 『月詠大佐、響少佐、無事ですか!』
 前方通路の更に向こうに、友軍反応が現れ、同時通信より聞き覚えがある声が聞こえてきた。先程、工兵隊が中継器の仮設に成功し、幾らかの通信帯を確保したと報告があったが、その時点から時を数えれば意外な程の早さで来た援軍だ。恐らく元々此方の階層に向かっていたところだったのだろう。
 『七瀬中尉か!』
 『ガルム隊遅ればせながら参上致しました。後ろにはベーオウルフ大隊の皆様も続いています。これより戦闘に入りますので、御2人は一旦下がって下さい』
 『すまない、言葉に甘えよう』
 『頼みます、みなさん』
 ガルム隊6機がメインゲート前に到着し、敵の掃討を始める。更に向こうの通路でも、同じくベーオウルフ大隊の者達が敵掃討を開始していた。既に疲労の極みに達していた月詠と、同じく戦い続け息が上がっていた響は、大人しく扉の前に下がって警戒を崩さないながらも肉体を休め始める。
 体の運動を止めてはっきりしたが、節々が悲鳴を上げていた。肺は貪欲に酸素を欲しがり、喉は渇きを訴え、口は激しく空気を取り込み始める。2人は息を整えつつ、収納ボックスから補給用飲料と高カロリー栄養飲料の2つを取り出し口にし始めた。発汗で失った水分と、激しい運動で失ったエネルギーを少しでも補給しておく。今はまだ、休息に身を任せる訳にはいかない。
 一時休む月詠達の前で、ガルム隊は次々と敵を屠り続けていった。向こうでベーオウルフ大隊が敵の掃討をしているので、新たな後続がこないこともあり、敵はどんどん数を減らして行く。それを見詰めて、月詠と響はやっとの事で人心地付く事が出来た。
 『七瀬中尉、上層の現状はどうなっている』
 『基地東部は、最終防衛線が突破され、メインゲート前で激戦が繰り広げられています。南部の両ゲートも、ほぼ同じ状態です。今はまだ持っていますが、このまま同じ状況が続くなら何時か押し切られ突破されてしまうでしょう。北部両ゲートから流入してくる敵は勢いを弱めましたが、敵の侵攻は未だ止まらず。その敵軍により、地下第1層から第6層間は、半分近くが敵の勢力範囲に落ちました。現在敵は全ての個体群が、この地下第7層を目指しています』
 情報からして、依然予断を許さない状況は続いていると言う事か。
 『柏木中佐が守るBゲート方面には、ファフニール大隊が向かいました。この通路を基点とした一帯も、このままベーオウルフ大隊が抑える予定です。私達ガルム隊は、このままS-1格納庫に向かい防衛に参加します』
 『そうか……ならば私達も、お前達に付いてS-1格納庫に戻ろう』
 「っ……、月詠大佐――それでいいんですか?」
 響は月詠のその言葉を聞き、表情を驚愕に彩る。彼女が此処で奮戦していたのは、この向こうにある大切な者を守る為なのに……。
 「ベーオウルフ大隊が此処を固めるのならば安全だ。彼等が此処を抜かれる事態となるならば、それは既にこの基地が陥落寸前となった時だろう。後ろ髪引かれるのは事実だが、此処の守りが確実となった今、我々が守るのは凄乃皇だ」
 月詠自身も、此処を離れるのは中々に断腸の思いなのだが、ベーオウルフ大隊が守る手前、自分達が居ても戦力過剰。ならば今は、少しでも戦力が必要な、凄乃皇の防衛に回る。ベーオウルフ大隊が、S-1格納庫に向かうという選択もあるのだが、敵の流入量が増大している現在、大隊の彼等にこの付近一帯を守ってもらう方が確実である。
 守るものを天秤にかければ、それは凄乃皇に傾く。しかしながら、防衛の事を考えれば、第8層を守る事も同じ位重要だ。どちらが寄り大事かではなく、どちらかが崩れたら、片方も崩れ去る。この場合、彼女達の下した判断が適当だったのかは計り知れない。しかしながら、後で思い返した結果、結局はこれが未来に繋がる選択を導き出したのだから、今此処での彼女の判断は、結果的に間違ってはいなかったという事だろう。
 とにもかくにも、月詠と響、そしてガルム隊の6人は、この場の防衛をベーオウルフ大隊に任せて、S-1格納庫へ向かったのだった。



[1134] Re[5]:マブラヴafter ALTERNATIVE+  第130話
Name: レイン◆b329da98
Date: 2007/01/02 14:33
2008年12月9……シナイ半島第1防衛基地


◇◇◇
S―1格納庫
 
 「抜かれるぞ、側面の弾幕を厚くしろ!」
 「第3中隊回り込め! 広がられると厄介だ、押し戻せ!」
 リアネイラ率いるスカーレット大隊と、スキルビッツァ率いるブラッディ大隊、この2大隊が側面を重点的に押さえてくれていなかったら、この場はとうに抜かれていただろう。
 敵の侵攻数は刻々と数を増し、押し寄せるその勢いは荒波逆巻く嵐の大波のようで、現在は全ての火器を総動員しても、何とか抑えられているという始末。劣化ウランの弾丸が、摩擦熱による融解飛散を引き起こし、あちらこちらで焼夷効果を撒き散らすが、それを物ともせずに、掻き分け押し寄せてくる個体群――最早、抑えていられるのも時間の問題であった。
 「くそっ……数が多すぎる、上の連中は何をやっているのよ!」
 『現在上層から下層に掛けて敵の掃討を実行中、及び第7層へ続く通路を死守しています』
 「後ろから敵が来ないのは有り難いけど、此処にも援軍を回してほしいねぇ」
 『工兵隊が地表までの通信網を仮設中です。繋がり次第援軍要請を行ないますので、それまで持ち堪えて下さい』
 基地内に入った幾つかの部隊は、各層で敵の侵攻を押し止めたり、第7層への通路を死守していた。この援護があって、メインゲート方面の入り口に集中できるのだが、宗像の言う通り、直接的な援軍が喉から手が出る程に欲しかったのも事実だ。
 「上のやつらも情勢を察して、援軍に来てくれば良いのにねえ」
 「仕方ありませんよリアネイラ中佐、上も恐らく一杯一杯で必死なんでしょうから」
 「でも千鶴、このままじゃ本当にやばいよ!」
 次々と積み上がる死骸と肉片の山を乗り越え、敵はじりじりと距離を詰めてくる。試作荷電粒子砲やレールガンの攻撃で定期的に敵を押し戻しているので、辛うじて今の距離を維持できているが、それも何時まで持つか解らない。レールガンの弾もミサイル弾倉も、何回か外に調達しには行っているが、それも無限ではないのだ。
 『BETA侵入量増大中、侵入口周囲に穴を広げている模様!』
 「本当に切りがありませんわね……」
 「珠瀬、侵入口目掛けてミサイル撃ち込め! とにかく1秒でも今の状態を持たせるぞ!」
 「りょ、了解!」
 ミサイルコンテナから発射されたミサイル群が、火を噴き至近距離の入り口に着弾する。散弾式制圧弾頭はその威力を存分に振るい、破られた侵入口周囲に取り付いていたBETA群を、周囲に存在したBETA群含め半分以上は薙ぎ払った。
 しかし――
 「駄目です、敵は薙ぎ払えましたが後続が……」
 「く……焼け石に水か」
 吹き飛ばされた事実など瞬時に過去の出来事として、また新たな戦車タンク級が其処に取り付いて行く。これでは終わりの無い水掛作業と一緒だ。
 そして対処法が出ないままに時間は着々と過ぎて行って――
 『侵入口周囲が崩れます、敵流入量増大!』
 2大隊規模の砲火を集中させてやっと今までの状態を維持していたのに、更に敵の勢いが増えるとは、もう始末に終える状態を逸脱するばかりであった。軋む音を響かせつつ、侵入口となっている周囲の壁が崩壊して行く。それに合わせ、今までは後ろで大人しく順番を待つばかりであった個体群も、我先にとそこら辺に集中し始めた。
 「止むを得ん、全機現状隊形フォーメーションを維持したまま微速後退ッ! 敵前衛との距離は240を維持ッ!」
 「伊隅隊長、しかしそれではっ!」
 「侵入口攻撃組と広がった敵を迎撃する組に分ける! どうせこのままでは後退せざるを得ない」
 「りょ、了解!」
 伊隅が指示を下し、全機が微速後退しながら役割分担を組み直す。そのまま侵入口の攻撃を継続する者と、通路から出て広がる敵を迎撃する者だ。
 「通路から出た敵はなるべく広がらせるな、広範囲に広がられたらそれだけ厄介になるぞ」
 《《了解!》》
 しかしその努力も何時まで持つか解らない。広範囲の侵入口を得たBETA群は、これ幸いにとその物量をそのまま押し出し始めている。先程までは危ういながらも均衡を保っていたが、敵の勢いに押され徐々に押し詰められてきた。
 「伊隅隊長、戦車タンク級の数が多すぎて撃破が追いつきません、抜かれます!」
 「このままじゃ凄乃皇に取り付かれてしまいます、伊隅隊長!」
 「うろたえるな涼宮少佐! 風間とヒュレイカは凄乃皇まで後退、独自判断で戦車タンク級に対処せよ!」
 「「了解!」」
 「速瀬、御無、涼宮は現状のまま敵の撃破を続行、混合キメラ級と殲滅ジェノサイダー級に注意して当たれ!」
 「「「了解!」」」
 「私を含め残りの者も現状維持で敵の迎撃、抜かせるな!」
 「「「「了解!」」」」
 『敵群来ます、混合キメラ級多数!』
 「近接戦闘は私達の独壇場、斬り伏せるわよ2人とも!」
 「承知!」「了解!」
 「着剣、吶喊! 行くわよぉぉお!」
 「はあぁぁあああ!」「せやああぁぁぁ!」
 剣を持って斬り回る者、銃を構え駆け巡るもの、最早整然とした状態など維持できるものも無く、ただ懸命に戦うのみ。仲間との連携は元より、唯一の秩序といえば設置兵器の射線を開けるくらいだった。
 しかし、時間と共に敵の数は増大の一歩を辿り、対処が後手に回り始めていく。全機はこれでもかと言う程懸命に全力で戦っていたが、それでも所詮限界というものは存在するのだ。
 「やばい、抜かれた……。くっ、後ろ混合キメラ級行ったわよ!」
 「こっちも潜伏ピット・フォール級に幾らか抜かれた、後続気をつけろ!」
 速瀬とスキルビッツァの忠告が通信に響いた。
 戦車タンク級だけではなく、所々大型種にも抜かれ始める。戦線が崩壊の一途を辿っているのは最早明らかだった。
 そして――その崩壊が如実に、最悪の結果として現れた。
 「戦車タンク級が凄乃皇に!」
 「第2中隊対処しろ、ナイフかパイルバンカーで叩き落せ!」
 大型種はともかくとして、数が多く細かい戦車タンク級は隙を縫って抜けていく。それも戦術機や設置兵器を無視して、あくまでも凄乃皇を狙い。その先頭が凄乃皇に取り付き始めたのを見て取って、美琴が大声で警告を発した。
 リアネイラがそれに対処すべく命令を下す。やや後ろで抜けてくる敵の掃討を行なっていた第2中隊に命令を発し、凄乃皇に取り付いた戦車タンク級を落とさせる。ナイフ等を使わせるのは、銃を使うと凄乃皇本体に傷を付ける事となるからだ。
 だが、敵の勢いは相変わらず止まらなく、凄乃皇に取り付く戦車タンク級は数を増やし始める。後ろで抜けてくる戦車タンク級を掃討していた、風間とヒュレイカも、対処が追いつかなく若干焦りや苛立ちを露にしていた。
 「ちっ、銃弾砲に換装しておけば良かったか……」
 「今更言っても後の祭りですが確かにそうですね。散開して進軍されると――きゃっ!」
 「梼子!?」
 通信の途中、風間少佐のいきなりの悲鳴が聞こえ、ヒュレイカは何事かとそちらに視線を向けた。折しも、広範囲に敵を捉えるべく、風間機と背中を向け合いつつ、間に対称軸を置いて鏡像関係となる場所にいたのだが……。
 目を向けた瞬間丁度、混合キメラ級に激突され、吹き飛ばされる風間機の姿が目に映った。
そのまま機体が力の負荷を受けて、撓む様に曲がったかと思うと、次の瞬間には冗談のように宙を舞っていく。
 「きゃあああぁぁあッッ!!」
 風間少佐の悲鳴が耳に付いたが、時間としては1秒にも満たなく、そして急な事態に動転して体は反応してくれなかった。
 吹き飛ばされた機体は、そのままの勢いを保ち横向きになりながら、右肩を頂点に右半身を強く床に激突させた。そして、その反動で1回転して、今度は背中を下に床に激突し、格納庫の横壁まで勢い良く床上を滑っていく。最後にその横壁に機体が勢い良くぶつかり、やっとの事で静止した。
 皆はその光景を目に入れていたが、余りの事態に一瞬、何が起こったか理解も把握も出来なかった。いや――余りの凄惨たる事態に、脳が事実を受け入れるのを拒否していたと行った所か。
 しかしながら、事実は事実。そして今此処に居る者達は、そんな凄惨たる現実をも、しっかりと受け止め事態を現実として把握できる、強靭な精神力の持ち主だった。実際、戦場でパニックになったり茫然自失になったりしたら、助けられる命を助けられなかったり、最悪自分までもが命を落とす羽目になるのだから……
 だから今回も、次の瞬間にはその光景を現実の出来事として受け入れた。
 「か、風間ぁぁああ!」
 「梼子ぉーーー!!」
 しかし、受け入れるのはイコール納得する事ではない。仲間が打ち倒された凄惨なる現実に、伊隅と宗像は感情が臨界点を超え、心のままに叫びを上げた。勿論の事、他の仲間達も同じ様な心境だった。誰も見ていなかったので、何がどうなって混合キメラ級に追突されたのかは解らなかったが、見る限り機体のダメージは大きい。
 「複数箇所の強い打撲、右腕骨折、肋骨骨折、内臓にダメージ――致命傷ではないが重態だ」 
 風間のバイタル状態を読み上げた伊隅の口調は苦々しげだった。
 「伊隅隊長、風間少佐の救援を!」
 「駄目だ、今我々が迂闊に動いたら……」
 仲間の状態に、皆は急いで駆け寄りたかったが、今の場所を迂闊に離れるのは不味い――そう思い、救出案を素早く練る伊隅だったが、それをあざ笑うかのように、動けない風間機に止めを刺すべく向かうBETA群があった。
 「やらせるかぁ!」
 しかしただ1人、それを早急に察知した、ヒュレイカが駆け寄った。彼女のいるポジションは、既に1人が抜けても何がどうなるとでもない状態で、彼女は仲間の救出に重きを置いたのだ。伊隅もヒュレイカには任せるつもりであったので、問題は無い。
 突撃機関砲を撃ち放ちながら、壁際で動かない風間機の前に仁王立つヒュレイカの赤い叢雲。ハイエナが死肉を貪るように、動かない獲物に近付こうとする戦車タンク級を撃ち倒して行く。
 だが、戦車タンク級だけでは埒が明かないと思ったとでもいうのか、今度は其処へ殲滅ジェノサイダー級の群れが押し寄せてきた。ヒュレイカは、その群れにも物怖じせず、近接戦闘長刀を引き抜き、不退転の意志で覚悟を決める。
 「貴様らなんかに――やらせはしないよ!」
 動けないものを守りながら、複数の殲滅ジェノサイダー級を相手にするのは並大抵の技量では不可能だ。後ろを守るという事は、自分も其処から満足に動く事が出来ないのだから。
 機動力を殺しつつも、次々と繰り出される4本の凶器を捌き、相手の隙を見て斬り裂き、撃ち倒して行く。仲間を守り奮戦するヒュレイカの姿は、正に阿修羅が降臨した様だ。
 しかしながら、敵も今までとは違い、ただ闇雲に突っ込むだけではなかった。最後の数対は、指揮官型の統率下に置かれていたのか、見事な連携を繰り出してくる。
 「く……、ちぃぃっ!」
 1体を撃ち倒し、2体目を斬り捨てた所で、対処が遅れた。だが――
 「やらせないって言ってるだろ!」
 最後の殲滅ジェノサイダー級が振り下ろした鎌を、持っていた突撃機関砲で受け止め弾き返しながら、突き出された剣腕に構わず前進した。
 「ヒュレイカさん!」
 金属を切り裂く音が間近で聞こえ、御無の心配と驚愕を含んだ声が聞こえた。次の瞬間、己の左肩に焼けるような激痛が走る。コクピット前面を貫いた剣腕がそのまま直進し、内部まで貫通していた。己の左肩の肉を抉り取り、後ろ側に抜けている。御無が心配する訳で、1つ間違えば自分が串刺しだった。
 しかしヒュレイカは、そんな状態でも機体を更に前進させ、己を串刺しにした殲滅ジェノサイダー級にナイフを叩きつけた。そして絶命した個体から、剣腕をナイフで斬り取り、それを引き抜いて打ち捨てる。
 傷ついた機体、傷ついた肉体――それでもヒュレイカは、不退転の意志を胸に、再度武器を構えた。その胸に渦まくは、強固な信念、折れる事の無い意志。
 「私は今の仲間が心から気に入ってるんだ。行く場所、所属する部隊、その事如くが全滅して、何時しか鮮血の死神なんて有り難くない字まで貰うようになっちまったが、この仲間だけは殺させはしないよ。例え私の命が危機に晒されようと、使い潰す事になろうと、絶対に守ってみせる――今度こそ私の命が尽きるまで共に戦い抜いてみせる! 私がこの体を鮮血に染めるのは同じ――けどね、それは仲間の血ではなく、仲間を守って流した、私の血で染まらせてやるさ!」
 その宣言に嘘偽りなど微塵も無く、今彼女自身を染める血は、自らから流したもの。命の1つたる血液を垂れ流し、身に染めて、彼女は闘う――大切な仲間を守るその為に。
 「みちる、美冴、梼子の事は私が守る。命に代えても絶対にな。 だからお前らは凄乃皇を守れ!」
 「ヒュレイカ中佐。傷と機体の方は大丈夫なのか?」
 「こんな傷、今まで腐る程負ってるさ。機体の方も大丈夫だ、幸い重要な所は外れている」
 機体の損傷の方は、重要部分を意図的に外すようにしていたので、それは問題無かった。しかしながら、左肩の傷は結構深い、一応応急処置を施したが、戦闘しながらの間に合わせ的な物で、完璧とは言えないような処置だ。しかしヒュレイカは、それを押しても大丈夫と言い、戦い続ける。
 彼女は、2度と仲間を失いたくは無いと思っており、その信念を貫く為にも、戦い続けようと誓っているのだから。



[1134] Re[6]:マブラヴafter ALTERNATIVE+  第131話
Name: レイン◆b329da98
Date: 2007/01/05 22:24
2008年12月9……シナイ半島第1防衛基地


◇◇◇
 通路上に目に付く小型種を撃ち倒しながら、武とアイビスは下層を目指し進んでいく。
 中階層を過ぎた辺りから、途切れていたデータリンクも繋がるようになったが、確認出来た下層の状況は、概ね悪い方に傾いていて、武は焦燥感に胸を焦がした。
 「風間少佐が意識無しの重傷、ヒュレイカ中佐も重傷、それに美琴も軽傷か……」
 重傷2人、軽傷1人、機体大破2機、中破2機、ヴァルキリーズとフェンリル隊で、これだけの被害が出たのは初めてのことだ。疲労蓄積や敵の物量、新たな戦術――特出した実力を持つ彼女達もがこのような被害を受けているのだから、下の状況も相当に厳しいのだろう。 
 「戦車タンク級が凄乃皇に取り付いてる。急がないと……」
 「ああ、そうだな……」
 仲間の状態もそうだが、凄乃皇の方も同様に心配だ。真の勝利とは凄乃皇を守ってこそ。この戦いで散って逝った者の命に報いる為にも、それを含めてBETAを退けなければならない。
 基地内で出せるギリギリに最大加速させた戦術機を駆り、武は進む。そして2人は、S-1格納庫へ飛び込んで行くのだった。
 
***
 
 武が飛び込み声を掛けただけで、皆の間に漂っていた空気が一変した。焔は、武の事を時折ムードメーカーと言うが、伊隅や月詠辺りに言わせれば、武のそれは絶望をも希望に変えてしまうような、天性の才能だと言う。人を惹きつけ、周囲がその考えに共感するのも、武のカリスマ的な要因を含む性格に起因するのだろう。
 そしてそれは、戦いの場に合っては、何よりも重宝される才能の1つだ。
 希望・勇気など、感情的なものを糧として力を発揮させる人間にとって、それを失うのは正に戦力を失うのに等しいのだが、白銀武という存在は、それを再燃焼させる才能を持っている。現に、今この場でも、戦いによって段々と疲弊していた筈の皆の心に、たった一声で希望の種を植え付けた。
 たった1人が戦局を覆せるものではない。しかし、その1人が万人に訴え、意気を上げさせたらどうだろうか? 答えとしての実例が、此処にあるのかもしれない。
 
 武がS-1格納庫に入ってから、皆が次々と声を掛けてきた。
 自分を庇った所為で美琴が負傷したと泣きそうな顔で言うたま。そんなたまに、『さっきの借りもあるしね』と笑って平気だという美琴。スキルビッツァやリアネイラ、速瀬に七瀬、柏木……。負傷しつつも風間機を守っているヒュレイカも、何とか大丈夫だと薄く笑っていた。しかし左肩の傷は中々に深いようで、操縦の為に麻酔を打ってない彼女の表情には苦味が浮かんでいて若干心配にもなった。
 武自身からも、響の搭乗する武御雷の事や、月詠との語らい、今までの経過など、聞きたい事や話したい事は多々あったが、今は報告を優先した。データリンクは繋がっていたが、通信は相変わらずノイズだらけで、此処に来るまで司令部との通信は一切途切れていたのだ。
 『フェンリル02より司令部へ、司令部聞こえるか?』
 『感度良好です、白銀大佐』
 こんな時でも冷静さを失わない、エルファの透き通るような声を耳にした武は、思わずホッとしてしまう。戦場で戦う者にとって、戦域管制官は重要な役目を担っている。特に今上では、仲間同士でのデータリンクしか繋がっていなく全体の状況が不透明だったので、繋がっただけでも溜まっていた物が晴れたようだ。
 『現在の地上の状況を報告。北部方面は司令の判断に則り完全放棄中、南部滑走路方面は、敵が北部からの侵攻に集中している為か、戦闘は小規模に落ち着いてます。東部からは依然として大規模な敵軍が進攻中、艦隊砲撃を抜けてきた敵軍により、最終防御陣地が陥落し、現在はメインゲート前で激戦が繰り広げられています』
 『被害はどの程度か判明していますか?』
 『データリンクで互いに確認しあっていた為に、全体では不明。俺が確実に把握している範囲でなら、予備以外の第3世代戦術機が壊滅状態な事と、工兵隊が2個中隊全滅した事位です』
 『了解です。上層への通信網構築は依然続行中。白銀大佐はこのまま、凄乃皇の防衛をお願いします』
 『解っていますよ少佐。通信終了します――』
 通信を終了し、ふと気配を感じて横を見てみると、何時の間にか月詠が傍に寄って来ていた。今までエレメントを組んできたアイビスは、もう原隊に復帰していて――
 (どうやら気を使ってくれたのか……な?)
 白銀武のパートナーは月詠真那。これは基地内のみならず、既に世界規模で周知の事だ。焔の策略により広報にも出させられたので、一般人にも知られていると言う、世界公認の事実。その中で、2人に近しい者達は、この2人が公私含め、最良の間柄であるとも知っているのだ。アイビスが隣のその場を黙って明け渡したのも、彼女にしてみれば極自然な事だった。
 2人共に戦術機を駆りながらも、何時ものポジションに機体を落ち着かせる。別れてからまだ半日も経っていないというのに、その間の数時間がどんなに長かった事か……。再開に際して、2人はしみじみとそう感じていた。
 「大丈夫か……?」
 「泣き言は言わん」
 「そうか……、ならもう少し頑張ろうぜ」
 「ああ、そうだな――」
 武の質問に大丈夫だと答えない所が、既に限界に近いのだろうと思わせる。しかし、でもそんな事は言ってられないという覚悟が、次の言葉に表れていた。武はその言葉に、月詠の強がりや決意を見て、苦笑して励ましの言葉を送る。月詠も、武のその配慮を汲んで、薄く微笑んだ。
 表面上は味気ない言葉の応酬に、『何色気の無い会話してるんですかーー!!』と何処かの誰かの戯言が聞こえたが、2人はそれをサックリと無視した。だってこの短い言葉の中には、万感の想いが圧縮されているのだから。
 そして2人は、それだけで再開の挨拶を切り上げ、戦闘に集中し始めたのだった。

***
 
 武が参戦して数十分後。敵の攻勢はそのまま変わらず、凄乃皇に取り付く戦車タンク級の排除がいよいよ追いつかなくなってきた丁度その頃、終焉を告げる使者は唐突に訪れた。
 飛び込んできたのはスターニアとシルヴァーナの2人、そして旗下の王立国教騎士団女王近衛隊2大隊。彼女達は援軍としてのみならず、他基地からの援軍の到来と、敵の攻勢打ち止めという2つの吉報を携えていた。
 後から聞いた説明によれば、敵の数と支援砲撃の有無などを考慮した他の防衛基地の司令は、焔の立てた予測もあり、最初から基地の放棄を決定し、第1防衛基地に援軍として出向く事を前提として行動したらしい。基地の輸送機や乗り物に人員を乗せて避難させ、戦術機部隊は基地で時間を稼ぎつつ敵を内部に引き込む、そして基地を自爆させ、敵を一網打尽とした。後は、基地爆破前に離脱した戦術機部隊が、後方の基地で人員を下ろしたムリヤと合流し、他の基地からもムリヤを借りつつその中に武器弾薬を満載し、此方に向かってきたと言う訳だ。因みに、交戦中やら警戒中の基地内から武器弾薬の積み込みに借り出されたのは、主に訓練兵や新兵だという。
 そして何の偶然か、その援軍到来と時を同じくして、敵の出現率が低下し始めたらしい。元々出現率が減っていた南部は打ち止めとなり、北部BETA坑からの出現率も極端に減ってきた。東部方面は未だ勢いがあったそうだが、その勢いも徐々に低下してきているらしかった。
 それを見て、東部方面で中心となって戦っていた女王近衛隊一同は、自軍の疲弊具合もあって、意気のある援軍に
後を任せて、自分達は司令部への報告と合わせ、下層の残敵掃討に赴いた次第だと言う。
 激戦に告ぐ激戦、そして更に、とんでもない瀬戸際にまで追い詰められていた者達には、その話はまるで夢の世界の如くの話で、眉唾物ではないかと疑って掛かってしまうような始末だった。後から考えれば、希望は捨てていなくとも、それだけ切羽詰っていたと言う事だろう。
 しかし数十分後、敵の攻勢が弱まり、やがて垂れ流すように溢れてきたそれが完全に収まると、脳より先に体がそれを現実として受け止め始めてきた。銃を撃つ感触が無くなった体は、長刀を振り回さなくなった体は、ただそれだけを繰り返してきた現実から覚めた事を、嫌がおうにも自覚させる事となったのだ。

 「本当に……終わったのか?」
 騒音の中にどっぷりと浸かっていた肉体は、それが覚めた事に違和感を感じてしまっている。静寂が煩わしく聞こえるなど、恐らく生まれて初めての事だろう。
 『S-1格納庫内に敵の生命反応ありません。地表の敵もほぼ殲滅が完了したようです。現在、援軍として来た戦術機部隊が基地内に残る残敵を掃討中ですが、実質戦闘は終了したと言って良いでしょう。皆さん、本当にお疲れ様でした』
 「そうか……終わったのか――」
 聞いた訳ではないのだが、律儀に報告してくれたエルファの報告に、脳がやっと現実を受け入れた。強張っていた肉体が弛緩し、張り詰めていた緊張が一気に弾け飛んで行く。未だ夢見心地な気分はあったが、やっと今が現実だと実感できた。
 「終わったみたいだ、大丈夫か真那……」
 終わったと実感した途端どっと押し寄せてきた疲労に辟易しつつ、気だるげに声を振る。
 しかし――
 「真那……?」
 一拍以上の時を置いても返事は来なかった。シート上部に後頭部を貼り付け、上を仰ぐように深呼吸を繰り返していた武は、その動作さえも億劫に、網膜表示の切り替えを行なった。
 「何だ、寝てるのか?」
 「と言うか、気力で保っていた意識が、安心した途端ぷっつり途切れたんですよ。眠ったと言うより、疲労の限界で気絶してしまったみたいです」
 響に言わせれば、限界なんてとっくに超えてしまっていたらしい。気力と意志で此処まで持たせていたと言うのだから、真那らしいというか、それが母としての強さだと言うのか――
 「まるで弁慶の立ち往生だな」
 別に不謹慎な意味でも何でも無いのだが、仁王立つ赤い鬼神の姿を見やり、武は自然とそう思ってしまった。不退転の意志で臨み戦い、守るべき者の為に、気力と体力その全てを振り絞った彼女の姿に。
 最後に心の中で労いの言葉を掛ける。それから武は、最後に名残惜しむように優しい視線を投げかけ、周囲に目を向けた。
 先ず目に入ったのは、破損した機体に取り付く人々だった。衛生兵と医師、それからそれを守るように機械化強化歩兵。風間少佐やヒュレイカ中佐など、重傷を負った者達を収容しに来たのだろう。『ハーディマン』から派生した歩兵用対BETA装備、それも強化型を多数配置して、凄い念の入れようだ。彼女達が貴重な一級戦力ということもあり、万が一の事態も無いように備えているのだろう。
 そしてその周囲では、同じ様に機械化強化歩兵に守られながら、玲奈始め研究員や整備士達が、凄乃皇の組み立てを始めてた。これは間違い無く、敵の第2波に備えての事だろう。この状況下で、次の敵の攻撃が無いとは言い切れなく、それに備えるのは当然の事だ。
 後目に付くと言ったら戦術機部隊の面々だが、皆一様に酷い有様だった。
 その中でも特に酷いのは、シルヴァーナの機体。これが本当に、あの紫と金を交え、白銀に輝く美しい機体なのかと疑ってしまうような有様で、BETAから返り散った血肉で表面は埋まり、赤黒い色と嫌な色を晒す生肉がその身を覆っている。
 まあそれも、無理は無いだろうと思う。今回の戦いで、誰が一番奮戦したかと言われれば皆と言うのは事実だが、その中でも彼女が成した役割は大きい。槍という独特の武器を振り回し、部隊の先頭に立って敵に突っ込む様は、正に阿修羅が猛る如くだった。しかも彼女は、ただ闇雲に突っ込んでいる訳ではなく、敵の攻撃の基点や中心点を狙い、抑え、分断し、逸らす――常に先頭に立って、その役目を担っていたのだ。東部の前線があれだけ持ったのも、彼女を先頭とした女王近衛隊が、一丸となってその役目を果たしていた功績が大きいだろう。
 その戦いの凄まじさを表すかのように、シルヴァーナも戦術機内で疲れ果て、気絶し眠っている。それを見た武は、先程の真那もそうだが、此方の方が余程弁慶の立ち往生だと、さっきの考えを修正した。
 「さて……と、俺も一休みするか」
 先程も言ったように、来るかもしれない敵の第2波に備えなくてはならない。自身の肉体を休めつつ、その間に機体の整備も行なってもらわねばならなく、武は意識をその行動へと移した。
 基地内の安全も確保されつつあり、復旧作業も行なわれ始めた。被害は甚大だったが、まだ完全に潰れた訳ではない。
 「どうか敵が来ませんように……」
 切実な望みを浮かべつつ、武は仲間達と共に、格納庫へと戦術機を進め始めた。

 結果的に言えば、敵の第2波は来なかった。この4時間後、基地は臨戦態勢を維持しつつも、戦闘の終結を告げる。 こうして、2008年12月9に起こった、シナイ半島第1防衛基地での戦闘は幕を閉じた。後で思えばこの戦いこそが、この世界に生きる事を決意した、白銀武自身が背負うべき宿命が回りだした時かもしれない。
 そう、此処からが、本当の意味での――――



[1134] Re[7]:マブラヴafter ALTERNATIVE+  第132話
Name: レイン◆b329da98
Date: 2007/01/07 16:57
2008年12月10……シナイ半島第1防衛基地


◇◇◇
 沈んでいた意識が急激に覚醒していき、体がその現実を認識しようと重く閉じた瞼を開く。途端に目に入った光量に虹彩が激しく萎縮してしまい、反射的に開きかけた瞼を閉じたが、眠る前の出来事を思い出した自身の肉体は、それを強引に押しのけ、強制的に体を起こした。
 先ず目に入ったのは、毛布が掛けられた自身の下半身。
 (そうだっけ……、敵の第2波に備えて仮眠を取っていたんだったか)
 あの戦闘後、何よりも懸念されたのは、敵の第2波だった。戦術機も肉体も、極限まで疲弊しきっていた武達はなので、戦術機を無事だった格納庫に入れ整備士に託した後、焔が用意した仮眠室で眠りに入ったのだ。
 「起きたか武」
 「あっ……と、真那。大丈夫なのか?」
 ぼうっとしている横から声を掛けられ振り向くと、ベッドに腰掛けた月詠の姿が目に入った。気絶した彼女を、隣まで運んで寝かせたのは自分だったが、どうやら先に起きていたようだ。それに彼女が抱いているのは――
 「優、愛もいるのか」
 「母上が気を利かせて連れて来てくれたのだ。お前も抱いてやれ」
 愛しげに子供を抱く月詠の言葉に、籠に寝て此方を見上げていた、双子の片割れを抱き上げる。
 「はは、相変わらず小ちぇえなぁ……」
 「まだ1人で起き上がることさえ出来んのだから当たり前だ」
 「そうか――そうだよな。お前達はまだ、1人では何も出来ねぇんだったよな」
 そんな小さな命をその腕に抱き見下ろせば、その尊さがひしひしと実感できてくる。自分達が命をかけて守ったもの、守りたかったものが、こんなにも素晴らしいものだったのだと。
 隣で同様に我が子を見下ろす月詠を見てみれば、彼女の優しい表情も慈愛に溢れた視線もそれを如実に物語っていた。それを見ながら武は、ふと唐突に昔を思い出した。まだ自分が訓練兵だった時代、この世界の月詠と始めて出会ったあの時。
 「……? どうした、いきなり百面相をして?」
 「いや、俺達が初めて出会った時のことら辺を思い出していたんだけど、あの時と今の真那じゃ、すげぇギャップがあると思ってな」
 「それは――まあそうだな。日本という国に掛ける私の想いは変わるものではないが、あの時と今では何もかもが違う。オルタネイティブ5を境に、世界に生きる者達の考えが変わったのと同様に、私の生き様も変化を遂げている」
 オルタネイティブ5を境に、地球に残る者達は大きく変わった。極端に言ってしまえば、それまで生き足掻く事に重きを置いていた考えが、後が無くなったに等しい状況に置いて、如何にBETAに一矢報いるかに変化したのだ。今までは保守的で独善的な考えしか抱けなかった各国が、後が無くなり掛けた絶望の時に際して、纏まる様に1つの目的に打ち込みだしたことはまた皮肉だが。
 絶望に瀕した人類は、それまで抱き守り続けていた何かをかなぐり捨てた。各国間の策謀や駆け引きがなりを潜めたり、軍隊としての規律が弱くなったりと、要するに今まで地球を守る事を前提としてされていた事が覆されてきたのだ。それはあたかも、最後に際して自由に生きようとする、終わりに輝く光明のように……。
 しかしその状況に、一石を投じたのが武であり焔だった。絶望に際しての一矢が、不透明ながらも勝率を幾らか含む反撃としての攻勢に変わったのは大きい。世界の各国が、破れかぶれであろうとも、最後の望みとしてであっても、とにかく1つに纏まり、そして実績を出し続けてきたのだ。
 「実際、日本から脱出しなければならない状況になったあの時、陸地を見送る船の甲板上で、私はこれで2度と本土を取り戻す事は叶わないと、絶望に塗れた慟哭を心の中で上げたものだ。G弾を使用した明星作戦以外に、BETA支配地域を奪還したと言う例は無い。それを思えば、後は疲弊していくしかない我々が、どうして日本と言う国を取り戻せようかと……。あの時、去り行く国を見詰める事となった多くの者達が、例え希望を捨てずにあっても、心の中では
同じ様な絶望と滂沱の涙を流していただろう」
 武は月詠のその言葉に、自身の言葉を返す事が出来なかった。自分はあの時、そんな事を思いもしなかった。ただ、無事に脱出できた事にほっとしていた位で。今思い返せば、鮎川、御無、響の3人、それに後から日本を後にした、207やヴァルキリーズの皆もそうだったのだろうか。
 「だから……だから、焔が指し示してくれた光明は、我々を震撼させた。あの厚木ハイヴ攻略戦、思想や目的はどうであろうとも、オーストラリア政府が協力を表明し、そしてマレーシア戦線の者達が協力してくれたあの戦い――あの戦いに、我々日本人が籠めた決死の想いは如何程のものか!」
 明星作戦に次いだ、本土奪回作戦。しかも今回は、G弾を使わない、正真正銘の人の力だけの奪回作戦。今まで何度も失敗してきた、ハイヴ攻略作戦。それに望む事になった、日本人衛士の覚悟は、一体どれ程のものだったろうか?
 「あの時の我々は、本当にこの命を燃やし尽くす覚悟であの戦いに望んだ。例えどんな事があろうとも引く事は無く、忌々しきBETAの巣を破壊し、本土を奴等の手から取り戻そうと。だからあの時鮎川中佐が指し示した覚悟は、
その戦いに望む、我々日本人の総意だったのだ。そしてその覚悟の程が、我々だけではなく、マレーシア戦線の者達をも動かした……。鮎川中佐の決意は、絶望に塗れたこの世界の者達に、希望を灯す役目を果たしたのだ。このまま終わる訳にはいかないと、このままやられて良い筈が無いと……。正しくあの覚悟が、全ての始まりだったと言えよう。我々日本人が抱いた覚悟が、全ての国の人々に伝わって行った――あの勝利、あの覚悟、日本人としての鮎川中佐のあの行為が、今エスペランサ計画の下で戦っている、全ての者達の始まりと言えるのだ」
 武は思い返す。直前に甲板上で語り合った、柏木と響も、その覚悟に身を固めていたのかと……。鮎川は元より、御無に月詠、そして作戦を立案した焔。鮎川の死に様に触発され動いた、マレーシア戦線の者達。最初から武達と行動を共にしていたヒュレイカはどうだったのだろうか? 様々な者達が戦いに参加し、そしてその多数の命が散っていった。想いを託し散っていった、ウォーカーや榎本も、勝利を見ていたのか。最下層で月詠に後を頼んだ、ベーオウルフ26突入部隊の3人も……
 そうだ――世界とは、過去に礎となった先人達が居るからこそ、今があるのだ。思い返せば今この時は、厚木ハイヴで散って逝った多数の者達がいたからこそ、紡げている時間なのだ。あの勝利が無かったら、鮎川中佐の壮絶な死が無かったとしたら……
 「日本という国に思慕を抱く私は変わらない。だが私はあの戦いを経て、少し考え方を変えるようになった。世界は日本だけの繁栄を良しとするのではなく、それにはやはり、地球という星が必要なのだと。だから私は今、日本に想いを傾けながらも、この地球という星全てを守りたいと戦っている。今この腕に抱く子供達も、星が無ければ生きて行けない。国だけでは、人は生きて行く事は不可能なのだから」
 月詠が日本という故国を第一とする考え方は変わらない、しかしそれ以前に、今は地球という世界を救う事を優先として考えているという事だろう。
 「元々私は、悠陽殿下の御頼みで冥夜様に付いて宇宙に上がる予定だった。それが何の因果か、地球に残る筈であった悠陽殿下が宇宙に上がることとなり、宇宙に上がる予定だった私が地球に残って戦い続けている。だが、そのお陰で私は、今の私を形作る事が出来、今までの戦いを経験することが出来た……運命とは何と不可思議なものよ」
 その辺の事情は、政治やら何やら本当に複雑で、月詠も全体を掴めていないらしい(何でもクーデター事件の事が後を引いて、事情が更にややこしくなったとか) 但し、宇宙に上がる事となった悠陽殿下は、絶対に何時か、地球に助けに戻る事を宣言してくださったとか――それが儚い希望でも、殿下の心意気には嬉しい限りだ。
 「冥夜が自分のパスの名義を俺に変えて渡して、俺がそのパスを使って冥夜を宇宙に上げようとした。そして冥夜と共に宇宙に上がる筈だった真那が、その自分のパスを慧の為にと俺に渡して、冥夜と慧は共に宇宙に上がった。本当に、何だか不思議な因果だな」
 「そもそも冥夜様のパスをお前名義に書き換えたのは私なのだがな」
 「え……嘘、本当か?」
 感慨深く言う月詠に対し、それは知らなかったと武。
 「本当は嫌だったのだが、冥夜様の御頼みで断れなくな……。しかしその後、お前がそのパスを再度冥夜様名義に書き換えた事を知り、そして彩峰殿を宇宙に上がる為のパスを探していると知った。だから私は、自分のパスをお前に送ったのだ。私は冥夜様に宇宙に上がって欲しかったが、冥夜様の性格からして、1人で宇宙に上がるとは絶対に言いはしないであろうからな。実際、彩峰殿用のもう1つのパスがあれば、冥夜様も宇宙に上がると言っていた……あの方の性格故、そう言って置けばパスが手に入るはずが無いから安全と、高を括っていたのであろうが――」
 「それを知った真那が送ってくれた訳か……。でも、良くそんな事が分かったな?」
 「あの時は冥夜様の御身が第一の懸念だったのだ。逐一情報は探らせていた」
 「ああ、それでか――」
 将軍家所縁の者達の為には、どんな労力も惜しまないのは納得できてしまう所だ。
 「悠陽殿下が宇宙に上がる事が正式に決定なされたのも丁度その頃だったが、私は部下たちの事もあり元より、悠陽殿下に付いてでは宇宙に上がる気は無かったからな。12・5事件を経て、殿下も成長あそばされた、最早私が傍で支える必要も無く、殿下は立派に事を成せると確信できたのも大きかった」
 「だから、冥夜を宇宙に上げる為に、俺にパスを寄越してくれたのか……。結局は全て、冥夜の為だったんだな」
 「どうした、事の真相がはっきりしてがっかりしたか?」
 やや面白げに笑いながら挑発的に聞き返す月詠に対し、武も苦笑しながら返した。
 「いいや、逆に真相がはっきりして納得したぜ。今まで何でパスを送ってきてくれたのか不思議だったからな。あの時の真那としての考えなら、逆に全て冥夜の為と言うならばしっくり来る」
 あの時の月詠の性格で考えてみれば、将軍家の所縁の冥夜第一と言うのも頷ける。
 「まっ。結果的にそれが今に繋がっているんだから、あれはあれで良かったんだと思うぜ。過去は須く未来を形作って行く。その時右足を踏み出したか、左足を踏み出したかでも未来は激変しちまうって言うんだから、今この時を酷く後悔していない俺達からしてみれば、過去は過去として納得できるものなんだろうよ」
 今この時を生きる自分に後悔は無い、この今に困難は溢れていても、希望も可能性も未だ存在し、そして手に入れた幸せも存在しているのだから。
 「そうか……そうだな――」
 手の中にある重みに視線を移す。其処に在る存在が、この世界で生きてきた自分達が最大限に実感できる、もっとも大切なものだろう。この存在以外にも大切なものは多々存在するが、今重みとして実感できるこの子供達は、何よりもそれを思い起こさせる。
 「この存在の為にも、そしてそれ以外の大切なものの為にも――我々は負けられない」
 「ああ、そうだな。宇宙に旅立っていった者達の為にも、そしてこの世界に生きる全ての生命の為にも……」
 出来る事は限られている。しかしそれを成さねば待っているのは破滅だけだ。
 だが逆に、1人1人が成す事を成そうとすれば、それはやがて大きなうねりと成って、事情を覆す力とも成るだろう。
 だからこそ、人々は明日を目指して戦うのだ。例えどんなに打ちのめされようと、どんなに絶望に塗れようとも。たった1つの希望があれば、人はそれを守る為に命を傾けられるのだから。



[1134] Re[8]:マブラヴafter ALTERNATIVE+  第133話
Name: レイン◆b329da98
Date: 2007/01/11 21:48
2008年12月10……シナイ半島第1防衛基地


◇◇◇
 戦いの終結から数えて、5時間近くが経った。
 4時間半近くに起きた武と月詠は、子供を再度月詠の母である久遠に預け、起き出して来た皆と合流した。その後、京塚曹長が振舞ってくれた軽食に舌鼓を打った後で、焔の要請に従い、無傷に近かったブリーフィングルームの一室へと集合したのである。
 「改めて言わせて貰うが……皆、本当に良く戦ってくれた」
 スクリーンの前に並んだ皆を見回し、焔は感じ入るようにそう言った。通信他、戦いを後押ししつつも、物理的には手を出す事叶わず見守るしかなかった彼女達からしてみれば、実際に戦い抜いた衛士達に掛けるその言葉は、本当に心からの感謝そのものだったのだ。
 武達もその感謝の念を解ってはいるので、謙遜する事も無く素直に頂戴しておいた。だがその裏で、彼等衛士が、焔達の後押しに、似たような感謝を捧げている事も同様なのだ
 「被害が多かったのは事実だが、この防衛目標や非戦闘員が無事だったのもまた事実だ。それを思えば、今回の戦闘も完全に無駄ではなかったと言えるだろう。さて、解っているかとは思うが、今から諸々の報告と、今後の方針を説明する。未だ正式な情報としてではないが、私直轄であるお前達には色々な意味を含めて把握して貰わんといかんからな。一応5時間が経ったとはいえ、敵の第再襲撃の心配が完全に払拭された訳でも無い現状、判断材料は多い方が良いこともあるだろう」
 5時間が経過しても、敵の第2波は来る様子を見せない。しかしあの襲撃の後で油断を晒せる筈も無く、臨戦態勢は解除したものの、厳戒態勢に際した状態は続いている。武達が基地の救助活動や復興作業に従事せずに体を安めに入ったのも、来るかも知れない次の敵襲来に供えての、それが自分達の今の役目と心得ていたからだ。
 「先ず第一に、気になっているだろうあれからの仲間の状態だが……。今此処に合流している響と鎧衣は、見た通り何も問題は無い、両者打撲位の軽傷だ」
 比較的軽傷だった2人も、念の為と検査に回されたが、起きた頃には皆と合流して来た。どうやら向こうで同じ様に仮眠を取ったようで、本人達から問題無いと聞いていた。
 「ヒュレイカは左肩が大きく裂けていたが、幸い腱の方は無事だった。1ヶ月近くは完全固定、リハビリにもう1ヶ月という診断だが、完全に元通りになる。他にも飛び散った破片で裂傷を負っていたが、それも掠り傷程度だ。風間の方は結構重傷で、複数箇所の強い打撲、右腕骨折、肋骨左右合わせて6本骨折2本皹、内臓にもダメージが行っている。しかしこちらも幸い、復帰には問題無い。全治2ヶ月以上だが、完全に元の通りに復帰可能だ」
 その言葉に、皆の顔に安堵の色が広がった。収容された時の報告で命の安否は解ってはいたが、衛士として完全に復帰できるかどうかは解らなかったからだ。
 「それは良かった――しかし博士、梼子は何であんな直撃を受けたのでしょうか?」
 「それについては私も知りたい所です。あの時は、その瞬間を誰もが見ていなく……風間の実力ならば、幾ら突然でも構える位は出来たのではないかと――」
 宗像と伊隅の疑問は、皆が浮かべる所だった。幾ら突然に攻撃を喰らうとしても、反射的に体をどうにかする程度は出来た筈だ、それがあの時はほぼ無防備に攻撃を受けていたようで疑問が残る。
 「それについては既に判明している。風間機の脚部に、潜伏ピット・フォール級の物である糸が絡まっていた、どうやらそれに足を取られたところを運悪く攻撃されたようだ」
 「糸……ですか」
 「偶然か意図的にかは不明だが、地面にトラップのように掛けられていたものに足を取られたらしい。体勢が崩れた所に、横から混合キメラ級の突進を喰らったのがあの時の真相だ。恐らく、糸の粘着力に引き戻されて体勢を崩した所に運悪く一撃を貰ったのだろう……」
 蜘蛛の糸は強い粘着力を含んでいる。恐らく移動しようと足に力を入れた所を急に引き戻されて、体勢を崩してしまったのだろう。タイミング的には恐らく秒単位以下の出来事だっただろうに、正に悪い事情が重なり合ったとしか言い様が無い出来事であった。
 「納得し辛いのは確かな出来事だが、もう過ぎてしまったことだからな。今更何を言っても、起こってしまった事実は変えられない」
 「それは私ではなく、本人が一番良く実感しているでしょう。解りました、次をお願いします」
 どんな事実でも、起こってしまったならばそれが『現実』なのだ。後は本人と周囲がれをどう認識するか……。今は風間少佐が、一刻も早く治る事を願うしか出来る事は無い。
 「解った。次に、皆の戦術機の状態だが……疲弊しただけの機体は、既に整備は終了している。凄乃皇に次いで優先して整備させたので、全機完璧な状態だ。損壊した機体では、珠瀬の機体が整備だけは終わっている。左腕をまるまる新品の物に取り付けた為に、調整に後1時間は掛かるがな」
 つまりは個人的な調整は未だ曖昧だが、出撃して動かすだけなら現状でも問題無いということだ。
 「鎧衣の機体も、内部の損傷は少なかったので比較的終了している。先程装甲を付けていたのでもう出撃は可能になった頃だろう。響の機体は……駄目だな」
 「あう……、やっぱり駄目ですか?」
 「駄目だ。風間機程ではないが、大破しているからね」
 上目遣いに懇願するように聞いては見るが、やはりにべも無く無理と断言された。自分でも解ってはいたが、やはり製作者からキッパリ無理と断言されると改めて実感してしまう。
 「本当に風間機共々、主機エンジン含め中枢が無事だったのが御の字な位の損傷だよ。私の特製機体って所もそうだが、強化型BETAの攻撃に耐えた第4世代戦術機に感謝しておきな」
 第4世代戦術機はその性質上、ベテラン衛士が乗る事になるので、衛士の生存率に関する事柄に非常に力を入れている。新型の衛士強化装備、管制ユニット(脱出装置含む)、強化装甲、そして機体自体の防御力……。以前にも述べたが、武達が搭乗している機体は焔が手ずから製作した特別なカスタム機で、武達の強さの存在価値を知る焔が、その生存率を高める為に、それ以上の手を入れているのだ。つまりは風間や響が、強化型BETAによる攻撃の直撃を受けてあれだけの怪我ですんでいるのも、第4世代戦術機の性能+、それらに寄る所が大きい。
 「一応、お前が最後に搭乗していた武御雷の整備は行なっておいた。もしもの時はそっちを使った方が動けるくらいだ。後、本人達が怪我しているので修理は見送ったが、風間機は響の機体同様大破。修理は可能だが、完全修理には28時間以上は掛かる。ヒュレイカの機体も、管制ユニットに大穴が開いたからな、修理するにしても交換するにしても、調整に手間が掛かるだろうさ」
 出撃不可能な者以外では、響機以外は全て整備完了しているということだ。響に際しても武御雷という機体があるので、これで敵が襲ってきた場合の対処は出来る事となる。今は手間が掛かる機体や搭乗者が不在な機体よりも、それ以外の機体を完全にする事が第一だという事だ。
 「次に基地の現状と被害報告。襲撃直後は全体の稼働率が25%程に落ち込んでいたが、現在は65%程に復帰している。この復旧率は、地下核融合炉と医療関係者を含めた非戦闘員が無傷だったお陰が大きい。防衛設備などは壊滅状態だが、それ以外の設備は仮設を含め復帰中、他基地からの増援も少しだが到着し始めている」
 焔が指し示したスクリーンに、基地全体図とその現在の状態が表示された。
 「地表はおおよそ壊滅。防衛設備と東部防衛線は元より、建造物を含め大部分がだ。北部の演習場・実験場は、支援砲撃と敵味方の激闘入り乱れて見る影も無し。南部側の滑走路も、高価な電磁カタパルト含め全ておしゃか。西部方面寄りに位置していた第4滑走路が辛うじて比較的少ない損傷ですんだので、お前達が寝ている間にそこを埋め立て均して使えるようにした。さっき言った他基地からの支援機は、そこを利用し着陸している。東部方面も同じ様に壊滅。南部方面が比較的軽傷だった位が朗報と言えば朗報だろう」
 メインゲートは最後まで持っていたが、北部方面から敵に多く侵入されていたので、最後辺りは結局内部での戦いになり、建造物にも多くの被害が出ている。地表で無傷に近かったのは南西方面エリアと、幾つかの格納庫と武器弾薬庫だけだろう。
 「地下層も、第2から第6までは半分以上が敵に侵入された。おおよそだが、全体の40%は壊滅といって良いだろう。敵に侵食された場所で無事な場所は、戦術機ハンガーや再生機があるパーツ格納庫くらいだ。もっとも、基地内に展開した戦術機部隊に、今後の事を見据えて重点的に其処を守らせたのだがな」
 「戦闘終結後、敵の第2波に備えて直ぐに機体整備を行なえるようにする為ですね」
 「物資を搬出する時間は無かったからな、戦力を割いたがどうやら妥当な判断だったようだ。お陰で今お前達の機体を始め、他の多くの機体も部品交換が滞り無く行なえている」
 機体性能が飛び抜けている為に、その性能に隠れて良く忘れられがちになるが、第4世代戦術機の利点の1つは、その整備性に寄る所も大きい。生体金属採用により、消耗品であった複合多重関節部などが、再生機に掛ければ再利用できるようになり、構成部品の統一化等で機体間の部品の遣り取りも容易になった。それに加えて、機体自体が整備性を考え抜いて作られており、部品交換を容易にするブロック構造式、列線交換ユニットなど、機体全体の構造では第3世代より複雑となっているが、整備性は断然に此方に軍配が上がるのだ。
 今回の戦いのような場合、戦術機を限界まで振り回す事となる。幾ら武達の機体の扱いが上手いといっても、軽減できる事には限界があり、それは戦闘中の機体を持たせる事だけに限られる。センサー類の再調整から始まり、各関節部の交換と駆動系に関わる箇所、激しい振動を受け続けた主脚の交換は絶対に必要。後は長刀や短刀を振り回した主腕。幾ら繊細に扱っても、積み重なる斬った時の反動は相当な物になる。それに跳躍装置ユニット。酷使した噴射機構は、安全性の為にも確実性の為にも交換が基本だ。
 こうやって上げてみると、激しい戦闘後は殆ど部品交換が必要な事が解るだろう。従来の第3世代戦術機では普通オーバーホールが鉄則で、それも3日程の時間が掛かってしまっていたものだ。しかし、第4世代戦術機ではその交換部品も消耗品では無く再生品であり、オーバーホールも平均1日半程で終わる。今回のような緊急時に際して、機体内部の様子を確認しつつ調整しながら部品を交換する作業も、5、6時間程度の作業で済んでしまうのだ。
 「地下第7層は敵が集中したこともあって損害が大きく、その様相は上と同じ様な物だ。だが地下第8層は、多くの者達の尽力により被害は皆無。響が出入りする時に数体の小型種に侵入されたが、それも直ぐに殲滅している」
 凄乃皇の防衛もそうだが、第8層に被害が無かった事が彼等を安堵させていた。これも月詠や響、柏木を始め、それ以外の多くの者達が、最後まで諦めずに戦い抜いたからだ。
 「さて……では被害報告だが……、正直目も当てられん状況だ。あの規模の敵襲に際して全滅しなかっただけで
行幸なのだろうが……そんな事はこの現実の前にはかなぐり捨てたくなる」
 皆の喉がゴクリと鳴った。自分達も戦いに際して周囲の被害状況を垣間見てきたが、所々酷い損害を目にした場所は少なくない。それが全体ともなれば、果たして一体どれ程の被害となっているのだろうか……。
 因みに、戦闘前に存在していたこの基地の戦力を述べると、基地総員約22000名。機械化強化歩兵部隊3240名・4個大隊、基地警備歩兵810名・3個中隊、工兵部隊810名・3個中隊、航空支援部隊218機・2個連隊、地上機甲戦力(MLRS部隊込み)1296・4個師団、戦術機甲部隊全1064機、その内第4世代戦術機740機、強化型第3世代戦術機324機、追加部隊用を含め予備として用意してある強化型第3世代戦術機が約230機。戦闘要員約9000名、整備兵と技師が6000名以上。 ハイヴを改造して建設された、極東国連軍最大の基地であった横浜基地の人員が14000名。それを思えば、協力国の精鋭と戦力で形成されていたこの基地の規模が、如何に桁外れていたか解るだろう。(因みに地上機構戦力や機械化歩兵等の戦闘要員は、自機の整備士としての役目も兼ねている。これは人口減少による人員不足を解消する手段の1つだ。勿論、専門的な事や複雑な事情、酷い故障など手に負えないことは、専門の整備士に任せるが)
 「まず機械化強化歩兵部隊が1個大隊規模壊滅(810)、4個中隊全滅(1080)。基地警備歩兵が3個小隊壊滅(270)。工兵部隊が1個中隊規模全滅(270)、1個中隊規模壊滅。彼等は戦闘中も中継器の仮設やら兵器の設置やらで走り回っていたので、被害が酷かった。そして航空支援部隊が1個連隊全滅(108)、2個大隊壊滅。地上機構戦力は2個師団がほぼ全滅(648)している。後は整備兵にも幾らか被害が出ている。技師は殆ど避難させたが、整備兵は戦闘中にも関わらずにハンガーなどで作業を続けていたからな。一応重点的に守らせてはいたが……彼等の勇気と尽力に感謝だな」
 確かに目を背けたくなるような被害の多さだ。数字の上でもそうだが、武達は実際の場で、全滅して逝った部隊や、怪我を負った人員を横目に戦いを続けていた。それらの様相がこの数字の規模で繰り広げられたと言うのだから……。
 「続けるぞ、次に戦術機甲部隊だが……。第3世代戦術機部隊は、全ての部隊が全滅している」
 「全滅……ですか!?」
 「そうだ白銀、全滅だ。当初出撃した強化型第3世代戦術機324機、全てが撃破されている。勿論搭乗者がベイルアウトした機体も存在するが、それも80人程。その中でも、再度出撃して命を落とした者も少なくない」
 「ベイルアウトした人員が、80人……」
 誰とも知れない呟きが、静まった空間に広がり皆の耳に浸透して行った。つまりは第3世代戦術機に搭乗していた衛士の内、244人以上が死亡したと言う事に他ならない。
 だが、悲報はこれで終わらない。
 「第4世代戦術機部隊の被害は、修復不可能な大破を含めて264機。此方は大半がベイルアウトしてはいるが、やはり強化型第3世代で再出撃して、命を落とした者が多い」
 740機中264機。264人の内、180人がベイルアウトしたとして、第3世代で再出撃した者が150人居たとすると……。
 「264機ですか……。最終的に残った戦術機が476機」
 「その中で、現在戦闘に耐えうる機体は350機程だ」
 「350……。1064機存在した戦術機の内、今戦えるのは350機だけって……」
 茜の顔は既に血の気が引いた蒼白になってしまっている。他の皆の表情も、皆同じ様な物だ。
 「そのままハイヴ攻略作戦に移行できる程の基地戦力が壊滅状態……。本当に悪い夢と思いたいねぇ……」
 「そうだな宗像、私も出来ればそう思いたいが、やはり今は現実でしかない。戦術機部隊の詳しい被害は後にして続けるぞ」
 焔は感情を押し殺したように述べて行く。彼女は計画の責任者でもある、自身も色々と思う所があるだろうに……。そんな彼女を見ていると、武達も喉まで出掛かった言葉を飲み込んでしまう。
 「襲ってきた敵の総数は、概算だがおよそ15万以上に上った」
 「じゅ、15万以上!?」
 「そんなに沢山来ていたの!?」
 千鶴、美琴始め、それを聞いた皆は最初、正直耳を疑った。
 「そうだ。だが、お前達が相手にしていたのは精々その4分の1程度だ。ヴァルキューレ艦隊を始め各艦隊が、戦闘開始から戦闘終了まで、それこそ砲身が焼き崩れるまで支援砲撃を撃ちまくって敵を減らしていたからな。オリジナルハイヴ攻略戦用に蓄えておいた備蓄弾薬も放出した。後は、国連宇宙総軍による、反復軌道爆撃での援護も行なわれていた。此方の弾薬も勿論、オリジナルハイヴ攻略戦用に備蓄していた物を放出している」
 「軌道爆撃での援護……。じゃあ、途中から東部域の敵攻勢が弱くなったのは――」
 「それのお陰ですか。正直、あの時あのまま押し切られていたら危なかったですからね。備蓄弾薬を放出する決断をした、博士の決断に感謝します」
 「あのまま負けていたら、攻略戦も何もあったもんじゃなかったからな。礼は私よりも寧ろ、急な命令を迅速に実行してくれた、上の連中に言ってくれ」
 今まで言葉少なかった第2遊撃特殊部隊――香織と凛の言葉に、焔は上を指して言った。あの時は本当に、何もかもが綱渡りの状況で、軌道爆撃のタイミングが少しでも遅れていたら、結果は今よりも悲惨な事になっていたのは確実だった。

 そしてそれから幾らかの細かい報告が続き、やがて戦術機部隊の詳細被害報告に移った。
 第3世代戦術機部隊の被害は本当に悲惨で、ベイルアウトした衛士も、再出撃で死亡したケースが多く、最終的な生き残りは30人にも満たなかった。
 勿論、第4世代戦術機に搭乗していた衛士の被害も多い。
 第4世代は、現在では最高性能を誇る最強の戦術機で、コストも手間も強化型第3世代2機分以上は掛かる。それを思えば、一度に264機もの第4世代を失ったことは、かなりの痛手だ。
 しかし、それら戦術機の被害以上に深刻なダメージとなったのが、衛士の喪失であった。
 知っての通りこの基地は、エスペランサ計画要の基地であり、この基地に集められた衛士は、ハイヴ攻略を前提として集められたスペシャリスト――各国の精鋭達だ。
 第4世代戦術機に搭乗している衛士は元より、強化型第3世代に搭乗していた衛士達も、熟練者と言われる実力を持っていたのである。
 だが、今回の戦いでは、その精鋭達に多数の死傷者が出た。
 逆を言えば、精鋭達だったからこそこの基地が防衛できたとも言えるが、被害の前にはその言葉も霞んでしまう。
 熟練衛士が約280人、そしてその上を行く能力を持つ精鋭衛士が約150人――それだけの死者が出たのだ。
 精鋭衛士1人育て上げるのと第4世代戦術機1機を製作する……どちらがコストが掛かると言われれば第4世代戦術機だが、戦闘によってどちらを失うのが惜しいかと聞かれれば、それは場合によっては精鋭衛士と言う場合もある。
 精鋭衛士1人を育て上げるのは、金と手間だけでは不可能。その者が持っている才能や、培ってきた経験が絶対不可欠。そしてその才能や経験は、万人が得られるものでも、選択して見出せる物でもないのだ。
 今回の戦いによる、一流衛士達の喪失。その戦力的損失は、一体如何程のものとなるか……。
 
 「強化型第3世代に搭乗していた衛士の機体が、全て第4世代だったら――とも考えてしまうが、それはもう儚い夢想でしかない。我々は現実として新戦略を繰り出してきたBETAに多大な被害を受け、そしてこれからもその敵と戦っていかにゃならんのだからね。幸いというか何と言うか、敵が此方の隙を付いて行なってきた大攻勢は何とか凌げた。今回の襲撃を教訓に、上層部も楽観的になっていた考えを改めるだろうし、私もこれ以後一切の楽観も油断も、そして妥協もしないからね――」
 静まる室内、皆が彼女を見詰めるその中。焔は大きく息を吐き、そして目を瞑って黙祷するように天を仰いだのだった。



[1134] Re[9]:マブラヴafter ALTERNATIVE+  第134話
Name: レイン◆b329da98
Date: 2007/01/13 00:35
2008年12月10……シナイ半島第1防衛基地


◇◇◇
 上を向いていた彼女のその心情を窺い知る事は叶わなかったが、再度視線を皆と合わせた時、その表情は大体において『普通』と称される程度に落ち着いていた。
 内面がどうかは解らないが、感情を制御してだろう、彼女は次の言葉を紡ぐ。
 「さて、それでは次に各国の状況だ。まず、臨海地域や内陸部に襲撃を掛けて来たBETA群は全て撃退されている。強化型や指揮官型が出現した場所もあったが、此処ほど膨大な戦力は出現しなかった為、それほど混乱も無く対処できたようだ。全体での被害は少なくは無いが、致命的といえるほどでも無い。やはり、一斉攻勢ではなく、この基地に援軍を向けさせないようにするのが目的だったのか……」
 実際、他の防衛基地が機転を利かせ、早い段階で此方の援軍へ向かう準備をしていなかったら、援軍到着は遅れていた筈だ。此処が幾ら重要な基地といっても、他の場所を疎かにして良い訳では無い。しかし、BETAがそこまで考えていたかは大いに謎だ。焔は今回の奴等の行動から推測してみれば、それもあり得ない事では無いとは思っている様だが……。
 「問題はアメリカだ。西海岸での戦闘は、我々がこの基地でBETAと戦っている間にも同じ様に続いて行った。しかしあれから出現する敵は後を絶たず、ついにはその出現総数は累計2個総軍規模(40万)以上にまで及んだ」
 「に、2個総軍規模……ですか!?」
 初級クラスのハイヴ1つ分と同等の兵力だ。それが海岸線から、まさしく津波のように押し寄せてきたのでは、正直堪ったものではないだろう。先程からの常識を疑うような事実の連続に、全員の心は驚愕に染まり最早静まる兆しを見せない程になってしまっている。
 「掻き集められるだけの戦力による集中砲火を海岸線に展開するも、数時間後には敵の数に押されてとうとう戦線に穴が開けられる。そしてそのまま上陸を許し、内陸部に進攻した敵勢との戦闘が始まった。だがやはり敵の勢いは留まる事を知らず、部隊は後退の連続を余儀なくされる。アメリカ政府はこの事態に、このままではこの大軍が内陸部各地に散って行き、各地の都市を荒らし始めるだろうと予測を立てた。そして出した対策としての結論は、ならば少し位の被害が出ようとも、纏まっている今の時点で一網打尽にするという決断だった」
 此処まで来れば、もう聞いている皆も理解した。
 何がなされたのか――。
 「BETAの一大進攻が始まって数時間後。メキシコ湾から上陸し、その付近の内陸部に展開していたBETAの大軍団に、G弾を集中投下――その殆どを纏めて薙ぎ払った」
 焔の言葉、共に変わる背後のスクリーンの映像。その言葉を聞き、背後のその映像を見た面々は色めき立った。
 爆心地の映像、そして爆発前と後を比較できる周辺映像。確かに敵も殲滅されたが、何もかもが吹き飛んだその事実。
 茜や響、凛やミラーナなどのその顔色は、既に蒼白に近い。
 「町は……人はどうなったのですか?」
 「アメリカ政府は、自分達の所がBETAの攻撃を受けるなど思ってはいなかった。そしてBETAの攻勢は突然だった。1998年のBETA日本上陸の際はどうだったか覚えているか? 今の条件で、猶予は数時間……どれだけの人がどれだけ避難できると思う?」
 「…………」
 答えられない、答えられる訳が無い。その答えは余りにも――
 「政府も軍も極力努力したんだろうが、上陸したBETAと逃げる民間人、そして戦いを繰り広げる軍隊と降り注ぐ砲火……どれだけの混乱が起こり、どれだけの被害が出たか――。恐らくG弾投下は、未だ残っていた軍と民間人、両方の犠牲を覚悟してのものだろう。この映像で見る通り、ティフアナ含め、一帯は地球上から消滅した。サンディエゴも壊滅状態だ」
 ティフアナは、人口130万の大都市だった。それを思えば、その被害は余りにも大きいだろう。BETA大戦史上、その被害は決して見慣れない物ではない。しかし、それが目の前の現実として圧し掛かってくるのはまた別だ。
 「心情的には、私もこの投下には反対的だ。しかし軍事的な見地からしてみれば、この判断は妥当。幾らかの味方を犠牲にしなければならなかったが、広がる前に40万の敵を殲滅したんだからね。寧ろ、急な敵襲に驚いていただろうに、その上で本国へのG弾投下に踏み切ったその決断力に敬意を表したいくらいさ」
 例えば自分の肌に出来た出来物を、自分で切断して排除するようなものだ。例え悪い物を取る為とはいえ、痛みを伴うだろうその行為を、自分で決意して行なうのは大きな覚悟と勇気が要る。
 「この攻撃により、敵の軍勢は外周部に展開していた少数以外全て吹き飛んだ。その後軍が残党を排除し、今は上陸した敵は全て殲滅が完了している。しかし、それから現時点まで、数と勢いは衰え、その出現も散発的にだが、最初の発見地点付近から這い出てくるBETAは後を断たず、アメリカ軍はメキシコ軍と共同戦線を敷き、エンセナーダを中心に厳重警戒態勢中。アメリカ政府は、この後も敵の継続的攻撃が続くとして現在対策を協議中だそうだ。だからこっちへの対応は、その結果待ちだな。今は私達自身の事だ」
 焔はこれでこの話はおしまいと、映像をスクリーンから消した。皆は、それだけで生々しく圧し掛かってきた空気が晴れるように感じたが、それでも今知りえた衝撃は完全には心の中より拭い去れない。戦っているのは――世界は此処だけでは無いのだと、否応無く実感させられた一幕だった。
 「さて……これからの私達の行動だが。お前達が休んでいる間に私含む同盟責任者の間で会合がなされ、今後の方針が決定した。先ず述べておく事は、私達は活動拠点をこの基地から移す」
 「移す! 移すって博士!!」
 「ど、どういうことですか!?」
 「ええい、黙って最後まで聞け白銀始めその他全員! シナイ半島防衛線が第1基地以外消滅したのに加え、今回のこの敵の動き。このままでは以後、似たような事態も起こらないとは限らないので、この機会を契機として本来二面として構える筈だった戦力を統一させる。この基地は修復と合わせて、AU軍が運営する前線防衛要の基地として機能することになり、我々はインド・ディワス(Dewas)――つまりは以前我々が攻略し、現在も基地建設継続中の甲13号ハイヴに、拠点を移すのだ」

 つまり、この以後に述べた事含め、話を纏めるとこうだ。
 もともとエスペランサ計画は、当初定めた目的としてオリジナルハイヴ攻略を掲げており、当面はそれを目標としていた。そしてそのオリジナルハイヴ攻略の拠点として、最初に建設されたのが、このシナイ半島第1防衛基地。これは周辺の防衛基地含め、基地自身の防衛とアフリカ大陸防衛を担う役割を持たされ建設された。
 そして第2に、現在も建設中のインド・ディワス――つまりは甲13号跡に造られている基地。此方はオリジナルハイヴ至近に存在しており、攻撃を掛ける拠点としては最適だ。まあ逆に、それだけ敵の攻撃も受け易いということにもなるが……。(ぶっちゃけ言ってしまえば元々、甲13号基地の方は計画後期に急遽出てきたアイデアで、本当は他の計画だったのだが……攻略が上手く行ったので横浜基地に習い、使える物を有効に活用したのだ)
 だが、今回の戦いで、シナイ半島防衛基地は壊滅的な痛手を被り、そしてそれ以上に、兵力を分散させておけない新たな問題が持ち上がった。強化型BETAや指揮官型BETAは、まだ焔の想定範囲内だったのだが、その戦略的行動や、どう知ったのかも不明だが、凄乃皇の大きな隙を突いてきた事など、これからに不安要素を残す事情が大変に大きくなってしまったのだ。
 その為、当初は分ける筈だった凄乃皇も戦力も、未だ完成の域に無い甲13号基地に集め、万全の体制を敷く事にした――ということだ。甲13号の方に移るのは、地理的な事と合わせ、甲02号と17号を潰している為、オリジナルハイヴ方面に集中できること等々、様々な要因からである。

 「現在各方面で分散して製造中の凄乃皇伍型も、そこに移され完成を急ぐ事となる」
 「え……と、博士?」
 「何だ白銀、質問なら後にしろと――」
 「いや……。今サラッと、凄い事言いませんでした?」
 重要な一言をサラリと流した焔に、白銀武は何を聞いたかとほけっとする皆を代表して問う。そんな彼に、焔は眉を顰め、額に手を当て、そして上を仰ぎ…………思い出したようにポンと手を打って武を見た。
 「…………凄乃皇伍型の事か?」
 「そうそう、それ! それですよそれそれっ!」
 「そうそれ五月蝿いぞ」
 「てか、伍型って何ですか伍型って!?」
 余りにも勢い良く詰め寄る武に、焔は辟易して離れろと押し返した。それもあってか、一旦少しは冷静さを取り戻し後退したが、武の興奮は収まらなかった。その目は、『さあ説明プリーズ、ハリー、ハリー』と訴えている。
 そんな熱い眼差しに、焔は引きつつ呆れ、明後日の方向に目を逸らせつつ、髪をガリガリ引っ掻きながら答えた。
 「あのなあ……。鹵獲技術とはいえ未知の技術使ってる訳でも無いんだから、金と労力と時間さえ掛ければ、新しい機体ぐらい造れるのは当然だろう――」
 「いやそれくらい解りますって。じゃなくて凄乃皇伍型ってなんですかーってことですよ、俺聞いてませんって!」
 「超1級の機密を、私が話して無いのにお前が聞いてたらそりゃ不思議だ?」
 「そりゃそうですよ――――……って、違~~う、違いますって!」
 「解ってるって、からかっただけだ」
 「は~か~せ~ぇ~」
 武の情けない様子にそれで気は晴れたのか、焔はコホンと説明を開始した。
 「うむ。まあお前達になら、もう話しても良いだろう。凄乃皇伍型とは、聞いた通り新型の凄乃皇だ。形式番号はXG-70eとなるが、実質的には四型を基に、現在の技術を使って一から設計し直し製造しているので、後継機と言うよりも新機軸の機体と言った方が良いかもしれん。実験ナンバーをそのまま付けているのもその為だな」
 博士が取り出した機械と映写機を繋ぎ、その凄乃皇伍型の映像を映し出す。第一印象では見た目、そのディテールは四型と余り変わってはいなかった。ただ、肩部分の上や後ろに何か付け足されていたり、他にも随所に拡張された場所が見受けられる。
 「この伍型は、完全にハイヴ攻略を見据えて造られた機体。言ってしまえば、私が提唱するオリジナルハイヴ攻略作戦仕様の、ハイヴ潜行型凄乃皇だ。勿論、地表で敵を薙ぎ払う事も可能だがね。主武装である荷電粒子砲は、ハイヴ内での使用を考え、収束率と出力調整に重きを置いている。必要な時に必要な電力と威力で、細く短くを連発仕様に放てるようにだ。1発を従来よりも低電力で撃てる為、その分を蓄電やラザフォード場に回す余裕があり、主機にも負担を掛け難い。それと言った様に、従来のように大電力を込め、大出力でぶっ放す事も可能」
 内部機関は出来るだけ小型化しているそうだ。だから見た目四型と似ていても、その分空いた場所に内装されている兵器は多い。そして焔自身が、現在注ぎ込める全ての技術を存分に使って、零から細かく設計して製作指示しているので、改造して強化した四型と比べ、その地力は勝るそうだ。
 「腕の部分の2700mm電磁投射砲は最初から取っ払って、内部には他の兵装弾薬を満載している。蓄電装置は最初から機体内部に組み込んであり、これは表層部より着脱可能だ。ダウンサイジングで出来たスペースにはとにかく弾薬を満載し、少しでも長く多くの戦闘をこなせるようにしてある。後、各所に見られる拡張された箇所は、随伴戦術機用の補給物資を満載しておくスペースだ。オリジナルハイヴ攻略では、お前達が直衛に付く事は確定しているし、他にも付近を随伴する部隊が居ないとも限らないからな」
 実はオリジナルハイヴ潜行は、当初四型で行なう心算だった。しかし、BETAの動向が動かない事もあって、当初の目論見通り強制的にオリジナルハイヴ攻略に移る必要もその理由も無かった焔は、ならば勝利の可能性を少しでも上げる為にと、伍型の製造を考えたのだ。製造に関わる諸々の問題は存在したが、それ以上に凄乃皇がもう1機増えるというのは同盟各国に好意的に受け止められ、その案はすんなりと通った。そして今、それが進められているのである。
 「という事で、現状では2機。何れは3機の凄乃皇がローテーションを組んで、甲13号基地を防衛する事になる。そうなれば、今回のような隙を付かれる事も無くなるだろう。勿論、警戒強化や新しい対策を施し、早期発見を徹底させる。今回の轍を2度と踏まないようにな」
 全戦力を集中させれば防衛も容易となるが、逆に其処が壊滅したら今回こそ本当に終わりなのだ。なので今度はそれこそ徹底的に、警戒を厳重にする。もう2度と、同じ悲劇を繰り返さないように。
 「それでは――

***

 博士の報告を一通り聞いた後、武達は基地各所の手伝いに走った。報告は続きがあるそうだが、まだ色々不透明な事があるので、後日明確になり次第、少しずつ報告するそうだ。そして基地の急遽成さねばならないことが一通り落ち着いた後、遺体が残っている死者の埋葬を含めて、略式的な葬送式が行なわれた。
 本格的な式はまた後日として、死者の埋葬と、逝った者達への感謝と別れは、誰もが早急に行ないたかったのだ。 行なわれた式は、確かに簡略的で質素なものだったが、それは神聖な儀式だった。目に涙を浮かべるもの、悔しさに咽ぶ物、決意に身を固める物。今回の戦いを通してその身に刻んだ、様々な想いをその内に蓄え、生き残った者達は勇敢に戦い逝った者達に、何かを誓ったのだった。

 そしてその後――

 BETAに見る影も無く踏み荒らされたので、基地の隅に急遽作り直された、墓地とも言えない埋葬地。死んだ者全ての墓を立てる訳にもいかず、さりとて今回は、墓石も立てないのでは此方が遣り切れない。なので基地司令は、墓石を加工して石碑風にしてもらったものを急遽取り寄せ、幾つかのそれに出身ごと名前を刻んで立てた。
 大き目の石碑に、部隊毎に分けて名前を刻んでもらえるのは、見た目には質素だったがそれだけで幸運だっただろう。この世には、墓さえ立てられていない死者達も存在する事を思えば、それは立派な墓標だったからだ。
 葬送式は既に終わり、既に人が去った其処に、武は1人残っていた。いや――1人ではなく、彼の視線の先では2人の女性が佇んでいる。その2人は武から見て背を向けていたので、その表情は伺えなかったが、1つの石碑の前に無言で立つ彼女達の気持ちの一旦は、彼にも窺い知る事が出来た。
 武はその場で暫く戸惑っていたが、やがて決心したのか一歩を踏み出した。最初の足を踏み出してしまえば、後は勢いで進みだせる。そして、距離も無かったので、直ぐ2人の背中の前に到着したのだが、其処からまた言葉が紡げなかった。
 2人も気配で武だと気付いているだろうに、此方を振り向く事も無い。
 そのまま1~2分。既に日は沈み始め冷たい風が吹く中、三者は立ち尽くしていたが、武はとうとう意を決して更に歩を刻んだ。そしてやっと、石碑を眺める2人と立ち並ぶ。
 先程も目にしたが、改めてその石碑に細かく目を凝らした。そしてやはり、その場所にその名を認めて、何かを堪えるように強く目を瞑る。
 「武……、私達が何故此処に居るか知っているか?」
 とその時、横から突然に声を掛けられそちらに振り向いた。そこには相変わらず前方を見詰める彼女の視線。見詰めている先は間違い無く、先程の武の場所と同じだろう。その表情は、何時もの飄々とした彼女からしてみれば信じられない程に隔絶した真顔だった。
 武は今までの雰囲気もあり一瞬、何を言われたか図りかねた。その困惑した表情を見た訳でもないのに、彼女――王立国教騎士団女王近衛隊・第3大隊隊長、スターニア・クロムウェル大佐は、静かに先を述べる。
 「王立国教騎士団、その精鋭の中から、更に選りすぐられた精鋭を集めたのが、私達女王近衛隊。その役目は、名の如く第1に女王陛下の守護であり、そして王族の警護と国の為に戦う事。その女王近衛隊である私達が、何故2大隊も此処に派遣されているか、その訳を?」
 その言葉に、武は戸惑った。そういえば、深く考えてみれば少し疑問だ。女王の命令と言ってしまえばそれまでだろうが、国の象徴でもある女王近衛隊を、その国の事を疎かに私的に動かす筈も無い。同盟を後押ししたという事もあるだろうが、それでも近衛隊を2大隊送ってもあるし、女王近衛隊は1大隊で良さそうなものだ。
 首を傾げた訳でもないが、答えに窮するのは明確な返事だ。武がそうなるだろうとは察していたのだろう、2人は特にどうも思わなかったようで、先を続けた。
 「クレア――王女殿下は、お前の事が甚く気に入ったらしく、あれから頻りに話しに上ってね。病床に伏せ気味な陛下始め、周囲はそれを微笑ましく聞いていたもんだ。何でも、不可能を可能にしてくれそうな男性だって……」
 真剣だった武の表情に、ぶほっと狼狽が浮かんだ。何故か色々とやばい雰囲気がヒシヒシと感じられ、一瞬背筋が凍る。しかし、狼狽はその一瞬で、また真剣な話に相成っていく。
 「もっともそれ以前に、武の事は調査始め色々知っていたけどね。戦術機に革新を起こしたXM3の生みの親ともなれば、私でも興味が出たさ。そして史上初の反応炉破壊に成功した衛士ともなればね。焔博士が同盟の話を持ちかけて来た時、話の実現性と第4世代戦術機も含め、武の存在が少なからず影響した事もまた事実だ。それに加えて王女殿下の経験談も加わってね……陛下の前々から考えていた御考えが、それを切欠にして御纏まりになったようだ」
 そしてそれは、その剣でもある彼女達の決意でもあった。
 「この同盟は、焔博士の言う通り恐らく最後の反撃の機会となるであろうと。この同盟が解散するか壊滅したら、それで人類の生存への希望は潰える。後は精々、滅亡を遅らせるのが精一杯となるであろうと。だから女王陛下は、この同盟を全面的に後押しし、そして自国の力を協力させている。それが延いては、世界の為、そして国の為に成ると確信していらっしゃるから」
 その為に、国の力を貸し、そしてその最大の戦力までをも託したのだ。
 その時、静かに黙って佇んでいた、第4大隊隊長、シルヴァーナ・ヨーワースが口を開いた。
 「そしてその思いは、私達も同様だった……。現在の世界の現状を見渡せば、その陛下の御考えは容易に同意できた。女王陛下が、そして王女殿下が抱いた希望は、私達にとっても同様の希望だった……」
 彼女は片手を上げ、目前の石碑――その視線でじっと見つめていた箇所を、美しい指でなぞり上げた。繊細な指先に感じる、名前を彫った箇所の感触が、自身の心にもそれを現実として刻み付ける。
 武もその仕草を追った。そして、その刻まれた名前を最初から最後まで心の中で読み上げた。
 その数18――第4大隊14名、第3大隊4名、それが今回の女王近衛隊の戦死者だった。
 東部戦線のソビエト陸軍、国連軍後退後、襲い来る敵軍に、シルヴァーナ率いる女王近衛隊第4大隊は常に先頭に立って闘い続けていた。彼女達の奮戦が無かったら、東部戦線の早期瓦解、引いては基地全体の損害も拡大していただろう。しかしその代償に、彼女達はその構成員の5分の2を失った。
 5分の2、つまりは14名。
 武達は知っている。スターニアやシルヴァーナと共に何度も合同演習に参加し、幾度も肩を並べ戦い、共に同じ基地で暮らして来た……。彼女達が一騎当千のつわもので、1人1人が自分達に届く程の力を秘めた衛士だという事を。それが14名……半壊した機体を押して戦った者、第3世代で舞い戻り戦い続けた者、機体自体の損壊数も半数を超え、そして落命者が14名。周囲で同じく他部隊の援護に奮戦し、スターニア合流後に第4大隊の援護に回った第2大隊の落命者を合わせれば18名――。第4世代戦術機がその数全壊した事より、その人数の精兵を失った事の方が、人類にとっては大きな痛手だ。彼女達クラスの衛士は、生半可な事では育つものでもない。
 「そう、此処で戦う事は、誰もが納得していた。数々のハイヴを落とした結果を出し、何時かオリジナルハイヴ初め、全てのBETAを駆逐できると、戦いの内に誰もが思うようになった……。今回戦い逝った18名の者達も、それを信じて戦い抜いた。その結果は死となってしまったが……でも、彼女達は納得して逝っただろう。残った私達も、この基地を守った結果に、それを悲しみこそすれ後悔はしていない」
 シルヴァーナの言葉に、武は再度、掘り込まれた彼女達の名前をその心に刻んだ。
 これは戦いの後、彼女達の傍で戦っていた部隊の者から聞きだしたことだが、彼女達の奮戦振りは本当に凄まじかったそうだ。その白銀に輝く機体を、返り血に染まり抜かせながら引く事は無く、例えその機体が半壊しようとも、多数の戦車タンク級に群がられながらも、その血刃を振るう事は止めず、常に敵の攻撃の基点を潰しに掛かっていた。一旦ベイルアウトした隊員達も、強化型第3世代で再出撃しその闘志は衰えず、最後には搭載してきたS-11で自決して果てたらしい。
 その凄まじき戦い様に周囲で戦っていた者達は血気付けられ、BETAの大攻勢に押されていた心の弱みは戦い続ける為の勇気と成り変わった――この話を聞いた衛士もそうだったそうだ。半壊した機体を押して、その命を死の影に晒しながらも尚引かない彼女達のその姿、その勇猛に、涙が湧き出るような感動と、吹き上がり躍動する勇気を得たそうだ。萎えかけていた心は滾る闘争心を取り戻し、そして自身が戦うべく目的を再認識した――近衛隊がその身に抱き戦い続けた理由、それを根幹とし奮戦する彼女達の姿によって、あるいはその想いが皆の心に伝播し、その心を1つに燃え上がらせた奇跡を起こしたのかもしれない。
 「武……。必ず、BETAをこの世界から駆逐しよう」
 「スターニア……」
 今度は武の方を向いて、彼女は力強くその言葉を吐き出した。
 「彼女達を含め、今回逝った者達は、この基地を命を賭けて守った。しかし将来私達がBETAを世界から駆逐すれば、此処で逝った者達は、結果的に世界を救った事になる。いや――この者達だけではなく、BETA大戦が始まって以来散って逝った、多くの先達達の命が、其処に全ての結果を残す事となるのだ」
 「クレア王女は、武を不可能を可能にするような男と言っていた……。そして今までの付き合いで……私達も武に何か言い換えられない希望の匂いを感じ取っている……」
 「ちょっ……2人ともっ、いきなり何言い出すんだっ?」
 真面目に凄い事を言われて狼狽する武だったが、2人の様は真剣なままだった。
 「解らない……解らないが、お前は何か普通とは違うように感じてしまうのさ。私には、世界がお前を中心にして動いているように見えることがある。この計画を動かしているのは焔博士だ、しかしそれでも、事情の中心はお前に集約しているように私は思える」
 「それは例えるなら、因果を取り込む原子核の様に……。傍に居ると、ほんの少しだけ気になってしまう――。関心は無いが気にはなる、だけどそれが何時の間にか、武というテリトリーに引き釣り込まれている。でもその場所が居心地良くて抜け出せない――武と共に居れば、武のその自信に連れられて、自分が何でも出来るような感じに成れるから……」
 かつて香月夕呼は白銀武の事を恋愛原子核と言ったが、それは女性が愛情を先に武に迫るものではない。武という人間性に引き釣り込まれた女性が、何時の間にかその人格に好意を抱くようになるのだ。つまり恋愛云々は武自信の性格に関わる事であり、原子核に類する作用が武の持つ才能ではないか――彼女達は本能的にそう悟っていたのだ。
 「俺にそんな才能なんて無いと思いますけど……。第一、人一人に出来る事なんて田かが知れているでしょう」
 「それでも、1人が多数集まれば、それは大きな力のうねりとなるさ」
 「別に気負わなくていい……。武は今のまま、変わらず戦い続けてくれれば」
 謙遜するような武の態度に、2人はやはり態度を変えずに言った。厳しかったその様相が、少しだけ笑みを浮かべていたが。
 「さっきの言葉は、私達の一方的な思い込みだ。本当に、気にせず忘れて貰って構わないよ」
 「ただ、知っていて欲しい……。此処で眠っている18名は……少なくとも、武の戦う姿に未来を見ていた筈。武は、知らずに色々な人達の希望となっている……」
 「それを意識して、気負うなとは言わない。武の戦い続ける先にある未来は、結果的に私達の目指す物と同様なのだから。武が最後まで戦い抜くだけでも、此処で散って逝った者達の願いは受け継がれるんだ」
 「そしてそれは……私達も同様……」
 武にも背負う物はある。冥夜や慧との約束、そして真那との誓い、子供達の未来の為に……その為に命を賭けて戦っていられるのだ。しかし、その身に圧し掛かってくるのは、それだけではない。
 「1人が戦い死ねば、その1人が死んだ分紡がれる物がある。数多の先達の犠牲があるお陰で、今俺達が戦っていられ、そして未来に進んで行ける……俺達が戦い続けるって事はそういうことだもんな」
 「そんな御大層なことじゃないよ……」
 「そう……、諦めなければ良いだけ……」
 その諦めない事が大変だというのに、武も2人に釣られてクスリと笑った。
 「信念の基で諦めず戦い続ければ、何時か道は開けるか……」
 状況から言えば、根性論で道は開ける程、そんな気楽なものではない。しかし、諦めずに戦い続けるのが先ず第一なのは事実。武は、未来を信じて戦い逝った者達の名前を心に刻みながら、そう深く思うのだった。



[1134] Re[10]:マブラヴafter ALTERNATIVE+  第135話
Name: レイン◆b329da98
Date: 2007/01/23 22:52
2008年12月11……シナイ半島第1防衛基地


◇◇◇
 一日経ち、武達は地下8層の研究室の1つに居た。
 防衛戦が終わって以後、焔始め研究者達は、強化型BETAの死骸を無傷だった地下研究室に運び込み、分析を急いでいたが、今日取り合えずであるが、その結果から解った事を武達に報告するということだ。
 例によってプロジェクターで映す映像を交えて、焔の説明が続いている。
 「今回新たに確認されたBETAは、従来型から個体能力全般を強化された『強化型BETA』。そしてその強化型の中で、強化型・従来型問わず幾らかの集団を統率する役目を担う『指揮官型BETA』。更に、黒い鎧状の装甲を纏う『ブラック狩猟者ハンター級』。因みに、このブラック狩猟者ハンター級は、調べてみた死骸全てが強化型だった、恐らく種族全てが強化型タイプで構成されているだろう」
 その時、その話を聞いた千鶴が焔に疑問を投げかける。
 「博士、と言う事は、指揮官型や強化型の区別が付く様になったのでしょうか?」
 B(Black)・狩猟者ハンター級の死骸の、強化型と従来型の判別が付いた話からそう思ったのだが、焔はその質問に、いや……と首を振った。
 「見分けは付いた……が、それは肉体を構成する組織単位での話で、お前達が望むような外的要因で判断する術は皆無だ。……そうだな、ではその辺の説明も兼ねて、まずは強化型BETAの説明に入ろう。お前達は、BETAの肉体がどんな物質で構成されているか当然知っているな」
 「我々人間と同じ炭素です」
 すかさず答えた伊隅の言葉に、その場の全員も心の中で同意した。そんな事は最早常識で、聞いた焔もそうだなと軽く頷き返す。
 「そう、炭素だ。しかし、基本は炭素と言ってもBETAの生物上としての在り方は種族毎に違い、その共通性は見出せない。肉体を構成する物質も、この地球上の炭素生物と類似した箇所も存在したが、全く別種の所も存在した。……で、今回の強化型BETAの肉体構成は、そこから更に構成形態が著しく変異していた……生物学上で言えば、全く別の生物と言っても過言では無い」
 これが答えだ、とでも言うような感じで、焔はプロジェクターを操作し、スクリーンに映す映像を切り替える。そこに映るのは、蠢く細胞を映した動画や、組織を拡大して写しただろう写真。それを凝視する皆に、これが何か解るか? との疑問が投げかけられる。
 「これは……BETAの肉体ですよね?」
 「でもこの構造は? 以前見たBETAのものとは随分かけ離れている……」
 答えたのは香織と千鶴だった。2人ともこの方面の造詣には深く、頭の中で合致する物が直ぐに浮かんできたのだ。その答えを聞いた焔も、こくりと頷いた。
 「そう、強化型BETAの肉体は、人類にとっては未だ未知の物質や炭素形態で構成されていた。中には、全く新しい形態で組織が形成されている箇所も多々存在する。もちろん、地球上の生物に見られる性質や、類似した特質を持つものも存在するし、従来型BETAをベースにしている痕跡もある。」
 これは急いで調べて出してみた、一応の予測だがな……と焔は言う。 
 「知っての通り、炭素で形成される物質には、カーボンナノチューブなど、特異的性質や新規磁性・触媒材料など、現在の化学にも多大な影響を及ぼし、未だ利用できるであろう多くの可能性を秘めた物質も存在する。これらは、現在でも半導体としての素材や、ナノ技術、金属物質への応用など、多くの分野での研究が進んでいる。恐らくこの強化型BETAは、そんな性質を持つ物質を応用して体内構成に取り込み、肉体自体を根本から強化しているのだろう。もっとも、これらの構成形態は、人類が未だ発見し得ていなかったもので出来ているので詳細は不明だがな。少し調べてみたが、中には全く新しい概念や発想で出来ているのであろう箇所も存在している」
 例えばカーボンの1つであるカーボンナノチューブが持つ性質の一例を挙げてみると、アルミニウムの半分という軽さ、鋼鉄の20倍の強度(特に繊維方向の引っ張り強度ではダイヤモンドすら凌駕する)と非常にしなやかな弾性力を持つ等……それだけで利用価値が高いと頷けるだろう。強化型BETAは肉体構成に、それらのような特質を織り込んだ、未知の物質を利用しているのだ。
 「ダイヤモンドもこの炭素同素体の一種、炭素の結晶でな、これら要素はつまり硬度としての有用性も秘めている。実は、従来型BETAのモース硬度15以上を誇る装甲殻にも、この強化型BETAのような未知の組織構成が使われていた。BETAからの鹵獲技術は未発見元素関係だけに思われがちだが、実はお前達が以前使っていた、74式近接戦闘長刀を構成していたスーパーカーボン始め、第3世代に使われていた様々な技術も、そのBETAの装甲殻の組織構成から得た物が多く使われていたんだ。まあ、それも含め今回のこのことからも、BETAには、炭素や生体組織に関する技術に深い造詣があるのだろうな」
 皆はなるほどと思う反面、色々複雑だったのもまた事実だ……己を知り、敵を知れば――と言うが、BETAを研究して得た多くの技術が、そのBETAを倒す為に役に立っていたのだから。
 「この強化型BETAに使われている未知の組織構成……この組織はあくまでも肉体組織として構成されている為に、物質として存在する場合の本来の特質をそのまま含んではいないと思われる。ただ、その特質が広く浸透しているのは事実で、お前達が実感したように、肉体強化の具合はかなりのものとなり、内包できるエネルギー量も増大している。そして装甲部分や装甲殻の組織構成もまた変性しており、その強度は従来型を上回る。突撃デストロイヤー級の装甲殻に至っては、硬度が1.5倍以上に達していた。しかも従来の装甲殻と違って靭性も高いので、衝撃にも強いぞ」
 「従来型の1.5倍って……」
 「そりゃ甲殻弾も通らない訳よ……」
 今までも十分硬かったのに、1.5倍以上とはそりゃあとんでもないだろう。速瀬が辟易するように、甲殻弾も弾かれる訳だ。
 焔は、それら喧騒が落ち着くのを待って、話を続けた。
 「次に指揮官型。こちらについては、正直まだ良く解っていないというのが現状だ。ただ、内部に他の強化型と違った器官が見られた個体が存在したので、恐らくこれが指揮を司る場所であると推測された」
 変わった映像の中では、確かに各BETA種の頭部に当たるであろう表層付近に、他には見られない器官が存在する写真が写されていた。
 「現状得られているデータから推し量り、指揮官型BETAは同種である個体群を、個体数と範囲で区切って指揮していると思われる。強化型BETAの存在と共に電波障害が起きた事を踏まえて、恐らくBETAは特殊な波――情報をやり取りしていると思われる電波のようなものを、受信・発信しているのだろう。他には色々と推測は立つが、現時点では不明だな」
 焔の頭の中には、ある程度の仮設が立ち上がっていたが、それも数種類から絞れず、また曖昧だった。現状では、ほぼ確実だと言える情報はこれしかない。
 「次にブラック狩猟者ハンター級だ。これの正式名称だが、別にブラック狩猟者ハンターやブラックウルフで良いと私は思う。中には区別として、イェーガー(狩猟者)と呼ぶ者もいるので、それを取って狩猟者イェーガーでも良いな」
 相変わらずだが、その辺は良い感じのいい加減さだ。まあ、分類上は狩猟者ハンター級なので、無理に分け辛いというのもあるのかもしれないが……。
 「肉体構成は、狩猟者ハンター級を強化型にしただけだ、後は指揮官型が存在する分、組織力が上がっている事だな。問題は、外周部を覆う、あの黒っぽい色の鎧――あれの正体は、突撃デストロイヤー級の装甲殻と同質の物質だ」
 「突撃デストロイヤー級の? でもあの黒い鎧は、全身を覆ってましたけど……」
 「そうですよ博士、幾らなんでも全身を装甲殻で覆ってあの動きは無理なんじゃないですか?」
 今度疑問の声を上げたのは、武と響だ。ブラック狩猟者ハンター級の動きは、少しは遅くなっていたが狩猟者ハンター級と比べて遜色無いのものだった。関節部も、その黒い物質で覆われていたのに自由に動いていたし、装甲殻で覆われていたと言うのは信じられなかったのだ。
 「装甲殻と言っても、材質が同質と言っているだけで、形状が普通では無いのだ。そうだな……その形状は鮫肌に近い、魚類の鱗の構造を応用した物だな。それらの特質を利用して、もっと上質の防御機構を形成している」
 そう言いながら、再度映像を切り替え説明を始めた。
 「その構造は、薄く細かい形状にした装甲殻を、無数に張り合わせ集めて構成されて、一枚一枚が魚類の鱗のような形状をしており、その構成も動きも似通っている。つまりは、突撃デストロイヤー級の様な一枚の装甲殻ではなく、小さな盾が無数に存在しているのだ。一枚の甲殻が小さいので、例えば蛇腹構造のようにうねりの様な動作も可能とし、足の付け根など複雑な筋肉の動きを必要とする部分も、互いの干渉が極力少なくなるように上手く重ね合わせられていたり、空間に余裕を持たせたりと上手い構造をしている。関節部分も、装甲が少なくはなっているが、類似した構造で自由な動きを保持している」
 この構造が、あの防御力と俊敏さを両立させているのだ。装甲殻も、一枚一枚は小さいが、材質は同じなので防御力は高い。関節部分も、甲殻弾を集中させれば通るが、通常弾なら通り難い防御力を持っているのだ。それに加えて、BETA独自の改良も加えられているらしい。
 「まあ幸い、BETAもこの鱗状の装甲を作るのは大変なのか……未だ数は少ない。しかし、弱点が少ないのは厄介だ、私も対策を立ててみるが今の所は振動ナイフを量産するくらいしか思い浮かばんよ」
 「今回の戦いでも、少数に翻弄されましたから。せめて近接戦闘長刀が使えたらよかったのですが――」
 「とりあえず現状では、赤い器官か口の中を狙って頭部を吹き飛ばすのが一番だね。銃弾砲や榴弾も結構効果的だから、それで対処するしかないよ」
 今回射撃で一番ブラック狩猟者ハンター級を仕留めた柏木が苦笑いして言った。彼女のような一級の射撃の腕を持つ者ならいいが、普通の者にはあのスピードに狙いを付けるのは難しい。だったら、数を撃って制圧するのが一番有効な手段なのだ。
 「そうだな――
 そしてそれから暫く、これらの話は続いたのだった。

◇◇◇
 それから数日間、基地防衛戦の後始末が続いたが、そしてそれが一段落した、2008年12月20日、とうとう甲13号基地への戦力・研究物等の移籍が始まった。
 甲13号基地は、未だ建造途中ではあったが、それを集中的に行なって早めると共に、取り敢えずの準備は進めておこうという事である。また同時に、各国から派遣されていた部隊も、再編成の為に一度自国へ帰還する事となった。
 その内、アメリカ派遣傭兵部隊は、アメリカ側の要請もあって、本土防衛の為に完全に本国へ帰還する事になり、今後の再派遣の見通しは不明となった。また、王立国教騎士団女王近衛隊第3、第4部隊も、人員補充と養成の為に本国に完全帰還ということになり、今度は第1大隊だけが送られる事となった。
 そしてその翌日、2008年12月21日より、指揮官型の識別方法、電波妨害の解消法を念頭に、強化型BETAの本格調査が開始されることとなる。この調査の結果如何によって、オリジナルハイヴ攻略作戦の動向が決まると言っても過言ではないので、焔を始めとした各国の調査団は、この研究に一層の力を入れることとなるのだった。



[1134] Re[11]:マブラヴafter ALTERNATIVE+  第136話
Name: レイン◆b329da98
Date: 2007/01/23 22:57
2009年1月1日……イギリス、ロンドン


◇◇◇
 「武大佐!」
 輸送機を降りた瞬間に、空気を切り裂くような、高く響き渡る美しい声が聞こえた。
 振り向けば、知った顔を筆頭にした数人の護衛から駆け出し、此方に向かってくる女性の姿が見える。略式の礼服っぽい格好が、その身を簡素に、だが美しく飾り、こちらに向けるその笑顔は誰が見ても総じて美しいと答えるだろう。
 「お久しぶりです、王女殿下」
 「御久しぶりで御座います、王女殿下」
 駆け寄り前に立つ彼女に、丁寧に一礼する武と月詠。彼女――クレアは、そんな2人を前にして少々面食らったような顔をし、次の瞬間くすりと笑みながら言った。
 「公式の場でもないのに堅苦しい挨拶は無しだ。以前にも言ったが呼称もだ、あなた方ならクレアで良い。――騎士団員達からは立場上、最低限の礼節は受けねばならぬが、私はあなた達とはそんな風に呼び合う間柄で付き合いたいのだ。我が儘だとも嗜みが無いとも言われそうだが、これからの私の立場に目をつぶって、どうか聞き入れては頂けないだろうか」
 やや悪戯下な雰囲気を表情に載せ、子供が親に玩具をねだるかのように頼み込む彼女。
 衛士として騎士団員達と共に戦う時、団員達はクレアを同等の仲間として扱ってくれるが、それでも彼女が王女である以上、ある一線上の線引きのようなものが存在する。……がもちろん、騎士団員達が傾けてくれる信頼は本物でそれに不満など無く、特に薔薇の4騎士達は姉のような存在で、最早その線引きも曖昧なくらいだ。
 しかしそれでも、クレアは友人として、武達と付き合いたかった。この国の者では無い人……自分の身分故に傾けられる礼節などは存在するだろうが、武などは初見でそれを見事に取っ払って自分に接した。共に戦場を同じくし、命を共有した事も相俟って、それは彼女にとって非常に嬉しく新鮮な事だったのだ。
 この懇願は、自分が彼等に課する様に訴える、我が儘に近いものだとも自覚していたが、それでもこの願いだけは、何故か心底、強固に押し通したかったのだ。
 頭を下げた彼女を前にして、空間に微妙なる静寂が横たわる。武と月詠は、その願いを受けて困ったように一端顔を見合わせて、何かのアイコンタクト交し合ったが、数回の遣り取りの後結論が出たのか双方小さく頷き、そしてクレアの揺るが無き、強き光を湛えた瞳と目線を合わせ言った。
 「少々抵抗があるのは否めませんが、名前だけならクレアと呼びましょう」
 「ははっ、真那は堅苦しいやつだから、これで精一杯なんだよ。周りにお偉いさんが居なかったらになるけど、宜しくなクレア」
 「――っ、ああ……宜しく頼む」
 武と月詠それぞれが差し出した手とクレアの手が、硬く握り合わされ新たな親愛を結ぶ。恐らく普通には無い光景なのだろうが、型破りな王女と、それを受け入れてしまう武の性格があってこその光景だろう。――いや、それより何より、多少の妥協はあれど、武の隣の人物が納得したことの方が凄いのかもしれない。
 とにもかくにも、こうして彼等の再会は成ったのだ。


 再開の挨拶も後、後ろに控えていた護衛――シーナ少佐を筆頭とした一団とも挨拶を交わす。そして、輸送機から武と月詠の乗機が運び出されると共に、一行も場所を移すべく移動を開始した。
 そんな中、武が世間話でもするように、ふと質問を振る。
 「そういえばシーナ少佐、他のみんなはどうしてるんだ」
 王女の護衛と言えば、薔薇の騎士の誰かがついてくると思っていたのに、副官の彼女と言うのが少し引っかかっていたのだ。
 「隊長始め皆、式典の準備で奔走しています。ソーニャ隊長とベアトリス隊長は全般諸々で飛び回り、スターニア隊長とシルヴァーナ隊長も、先日の戦いの事後処理やら新規隊員の為の準備などで奔走中です」
 報告書をそのまま読み上げるように説明をしていた彼女は、そこで言葉を区切ってクレアの方をじっと見詰める。その目の光は、淡々としながらも無言の圧力を含んでおり、見ればクレアは微妙に目線を逸らしていた。
 「本当は私も今回護衛に付いた者達も、準備に奔走していなければならないのですが……。王女殿下が、『どうしても』彼方達の御出迎えに行きたいと仰ったので、仕方なく――」
 「な……何よシーナ、その仕方無く付いて来てやった――みたいな言い方はっ」
 体裁を取り繕うかのようにやや語気強く言葉を飛ばすクレアだったが、そんな彼女にシーナ少佐は肩を竦めるようにして、やれやれと首を軽く振った。
 「女王陛下が御病床に付いている今、本当ならば王女殿下が率先して式典の準備を進めなければならないのに、それを人任せにして男性目当てに出迎えとは……」
 「だ、だ、だっっ! 男性目当てとは何だ男性目当てとは! そんな根拠の無い夢想っ。私はただ、世話になった懐かしい友人に早く会いたいと――それに彼等は、私達が招いた言わば国賓だぞっ、王女である私が迎えに出るのは当然のことだっっ!!」
 シーナらしからぬ投げやり気味に言われた言葉が、その言葉を重く感じさせる。付き合いが長い為にそれを最も感じているのか、言葉を掛けられたクレアの顔色は最早一面真っ赤で、何時もの取り澄した冷静さは微塵も見られない。唾を飛ばしそうなほどに強固に捲くし立てる彼女は、色々な意味で微笑ましかった。もっとも、傍で聞いていた月詠の心は雑多に複雑ではあったが……。
 「それに私が司る式典の準備は、既に終了している。役目を投げ捨てて公私混同するなどはっ!――まあ確かに、他にも私が出来る部分はあったのだが……。それでもこの日の為に毎日寝る間を惜しんで、やれることは出来るだけ片付けておいたし、帰ってからまた――」
 自分のやるべき領分は片付け、不在の時に必要になるだろう事柄に対策は施しておいたのだが、それでもまだやれることがあると、少しはでも葛藤があったのか、最後には言葉が尻窄みになっていってしまう。この辺、責任感の重さが現れているのだろうが。
 そのまま反省を深めるようにか、無言で考えをめぐらせつつ、彼女の顔色を伺うように……
 「――って、シーナ。何を笑っている……」
 上目づかいにそろそろと顔を上げれば、何時の間にかシーナ少佐がくすくすと微笑していた。見れば後ろの護衛達も同様に。クレアは、狐に摘まれたような顔を晒しながら、ぽかんと彼女達を見詰める。
 そんな様相を見せるクレアに、シーナは微笑をつづけながら、御免なさい王女殿下と謝った。
 「王女殿下がこの日の為に、色々頑張っていたのは皆知っていますよ。貴女の話を聞いたことがある団員一同は、皆その理由を思って微笑ましく見ていましたから。だから今回のこの出迎えには、隊員一同、貴女様を快く送り出したのですよ」
 「じゃあ、先程のあれは……!」
 「あれは……、ソーニャ隊長やスターニア隊長が、『きっと舞い上がっているだろうから、少しは快く送り出してやった私達の苦労を思い知らせてやれ』と。殿下を騙す様になる為に、私は本当は、余り乗り気では無かったのですが……」
 「ですが?」
 「隊長達の命令には逆らえませんし……、狼狽する殿下が可愛かったので、つい調子に乗ってしまって」
 その発言の折、ソーニャは表面上は澄ましていたが、そのお尻には見えざる悪魔の尻尾が踊っていた。その時良く注意して見れば、体が微かに震えているのが解ったかもしれない。精神力で押さえ込んでいたようだが、普段真面目な彼女が余程に笑いたかったのか――
 しかし幸いというか何と言うか、その時クレアは俯いて、ブルブルと色々なものを溜め込んでいた。理性で怒りやらを抑えようとしているのだろうが、はたしてこの時ソーニャを見ていたらその後どうなっていただろうか?
 「あ……の……2人は~~!!」
 自分の戦いの師匠でもあり、また人生の目標の1つの形でもあり、それでいて姉のような彼女達には、身分を越えての親愛があると感じている。しかしそれ故に、時折遠慮無いこんな悪戯を仕掛けてくるのだあの2人は。
 今回も怒りは感じていたが、同時に何か暖かい物も心に浮かんできた。彼女達がそれだけ、自分に心を傾け、1人の人間として扱ってくれることを――身分や何やらにに関わる隔ては存在するが、彼女達は時折、それを乗り越えるような親愛を傾けてくれるのだと。
 そして、それら一連のやりとり――クレアの様相を見ていた武も、砕けるように笑いを浮かべた。
 「く……くくくくくっ。何だ、居るじゃないか好い友人達が、そんな風に馬鹿言い合えるってのは貴重な関係だと思うぜ」
 「それはっ――そうだが。しかし理不尽だ、あの2人は何時もこうやって私をからかう」
 「そんなに何時もか?」
 「私が衛士として振舞っている時にな、流石に公式の場ではやらないが……。ソーニャは私の肩の力を抜く為にやってくれるので、まあ許せる範囲なのだが、スターニアは完全に面白がってやっている、きっと私が騙していた事を、まだ根に持っているのだろう」
 「それは……違うと思いますが」
 クレアの言葉に、月詠が横から進言した。確かに面白がってやっているのは事実なのだろうが、彼女は性格的に、昔の事を根に持つタイプでは無い。しかもクレアに関する事だ、きっとそこには、そこには――理由が思い付かず、やはり面白がってやっているのだろうかと悩んでしまう月詠だった。
 「ベアトリスは基本的にそんな事はしない性格、シルヴァーナは言うまでも無くだ。だが、あの2人はわざわざ時間を捻出して策謀を立てるのだぞ――」
 「くっくっくっくっ……」
 「なんだ武!」
 「いや、怒ってるんだが喜んでるんだか、顔がにやけてるぞ」
 「なっ!!」
 慌てて顔に手を当てて、ぱっと繕ってみるが、もう後の祭りだった。要するにそんな悪戯でも、やられて嬉しいのだ。それはどんな形でも、親愛を込めたものであり、受けるクレアは怒りながらも毎回、十二分にその想いを感じていたのだから。
 彼女は照れを隠す様に、急いで踵を返した。
 「こ、この話はもういい武、早く行くぞ」
 そしてあからさまに話を打ち切って、足早に先に歩いていってしまう。その様は、見ていて本当に微笑ましかった。武はこの時、スターニアやソーニャの気持ちが、十分過ぎる程に良く解り、それを思ってますますくつくつと笑ってしまう。そのまま笑いに体を震わせながら、武は彼女の後を追い歩みを進めるのだった。
 因みにその横では月詠が、何時の間にか呼び捨てになっている呼称に顔を僅かに顰めながら、要注意人物がもう1人出来たと、しっかりと心に刻み付けたり付けなかったり?

◇◇◇
 今回武達が招かれたのは、王立国教騎士団の昇進試験、及び入団試験への客人としてだった。翌日には、先日の戦い含め、戦死した者達の葬儀も行なわれるので、それも含めて。
 王立国教騎士団のこの式典は、毎年1月1日に行なわれる。騎士団は国を守る象徴でもあり、国民から見れば自国の華であり、また信頼と憧れを寄せるものだ。なので、国民にその力を見せ付け、安心感や連帯感を持たせる為に、推薦以外では唯一の公式入団試験であるこの式典は、一般にも広く公開され、実機での戦闘も行なわれる。
 「まあ、例年はそうなんだが……」
 「今年は違うのですか?」
 「先日の戦闘での、女王近衛隊の被害が酷かったからな。これからの戦闘の激化も見越して、今年は予備役への入団者を増やすことに決まった。近衛隊選抜試験や、予備役からの昇進試験を加えれば機体を動かす事が増えるので、実機稼動は制限する事と相成ったのだ。とは言っても、焔博士が作ったシミュレーターは本格的なので、そうそう実機とは変わらないがな」
 試験は、騎士団からの近衛隊選抜試験、予備役からの騎士団昇進試験、そして予備役への入団試験と分けられる。
 予備役として入団受験する者の人種や、辿ってきた経歴は問わずだそうだ。ただ、祖国への忠誠心と人格の善さを求められるので、必然的に祖国出身者で固められるようだが。
 応募した時点でこれまでの経歴を全て洗われ、そこがまず第1の試験となる。経歴に問題が無いと、同時に調べた戦績や評価が計られ、騎士団が求める水準以下は落とされる、これが第2の試練。
 それで残された者達には、今度はその応募者の周辺に実際に人が調べに行き、調査書との比較や、知人の生の声など、とにかく徹底的に調べられる。これが第3の試練。
 これら凄い内容の前段階調査に全て通って、やっとこの試験に参加できるのだ。だからある意味、試験に参加できるだけでも結構凄い人物ということなのである。
 また、近衛隊選抜試験や、騎士団への昇進試験を受ける者も、事前に調査を受ける事となる。特に近衛隊への昇進試験は、4騎士の誰かの許可が無いと受けられないということだ。
 「それにしても……」
 「ん、何だ?」
 「この試験、男の俺が参列していいのか?」
 この話を聞いてから、ずっと気になっていたことだ。現在の騎士団は女性だけで構成されている。任命式など含めた式典参加者も、表側に出るのは女性だけだという。招かれたからやってきたが、男性の自分がそんな所に出て良いのかと不思議に思っていたのだ。
 「そうだな……女王陛下が即位してからは、この式典の表側は女性だけで運営されている」
 「それじゃあ不味いんじゃ?」
 「男性が参列してはならないと明文化されてはいないので、違反してはいないぞ」
 「女性だけってのが暗黙の了解として成り立ってるなら、それって屁理屈なんじゃ……」
 「国民向けの放送などに表立って出なければ良いのだ、幸い今回はシミュレーターを多用するから大丈夫だろうし、関係者達には会っても大丈夫だと思う。武は色々な意味で特別な人物だ、歓迎する人物はいても、反対する人物は恐らく存在しないだろうからな」
 会場であるここに招待されているということは、女王含め上の方には既に許可を貰ってあるのだろう。更に薔薇の騎士も4人全員が賛成しているので、女性隊員達からの反対も恐らく無いだろうと思われる。
 「そんなもんか?」
 「お前は自分が世界的有名人で、更に尊敬の対象ともなっていることを、もう少し自覚しろ」
 「いや、有名なのは自覚してるけど……」
 微妙に不機嫌な月詠の態度に、武は何故? と思いながらも頷いておいた。戦績や新型OS、その他諸々に加え、広報へ出たりと自分の知名度の高さはある程度把握している。しかしそれでも、未だ武はそこのとこら辺が完全に把握できていないのだ。これは、武の性格の謙虚さから来るものなのか……理由は謎であり、解消する見込みは今の所無かった。
 因みに、月詠の不機嫌の原因は、先程から定着してしまった呼び捨て発言に関してなのだが、その辺武はまったく思いつかず、結局戦々恐々と暫くの時を過ごすのだった。






 今回の話は、元々の話には存在せず、最初に再構成したプロットにも無い話です。
 途中で思いつき、妄想が膨らんで書いてしまいました。一応プロットも立て、本編とも繋げていますが、細かい内容は作者の気分次第でぶっ飛んで行かせようと思っていますので、番外編的なノリで読むと良いかもしれません。
 多分、今までの真面目な雰囲気から一新したかったので、感じが違うと思います。
 また、それと合わせて都合が良いと、新しい書き方を試しています。文体が従来と大きく違うかもしれませんが、より良い書き方を模索していますので御容赦を。
 もしよろしかったら、その辺の御感想を下さい。
 場合によっては、今回風の書き方に変えて行きますので。
 
 因みに最初に言っておきますが、結構馬鹿と無茶と非常識を致すかもしれませんが――まあ今更ですね。あと、表記は統一します。名称は、色々な分けや法則があるのですが、そこに拘るとややこしいので。



[1134] Re[12]:マブラヴafter ALTERNATIVE+  第137話
Name: レイン◆b329da98
Date: 2007/01/23 23:03
2008年1月1日……イギリス、ロンドン


◇◇◇
 冬の寒さが肌寒く、未だ朝が明けぬ早朝の時間に武は、数々の照明に照らされる建物の一角をもの珍しそうに眺め歩いていた。
 目的地に着き、来賓室であろうか、そのような雰囲気の部屋に武と月詠を案内したクレア達一行は、諸々の確認や手伝いがあるからと、断りを入れて一旦部屋を出て行った。その際、案内役に他の者を付けられたが、この一帯は現在人が来ないし、元々は来賓用に作られているので、見学は自由だと言われている。もちろん、それは武達を信用しての、破格の待遇だろうが。
 しかし一応、武もその辺の所はわきまえていたので、おとなしくしていようとは思っていた。だが、生理現象が生まれるに当たっては我慢できる筈も無く、女性に付いてこられる恥ずかしさに案内を断って、部屋を出たのだ。現在はその帰りで、ついでとばかり、その辺を見て回っていたという訳だ。

 「武さん」
 ゆっくりとした足取りで、光の陰影に彩られる豪奢な建物を眺め歩いていた武に、突然に声が掛かる。
 ややおっとり感を醸し出していながら、それでいて凛とした通る声――1度聞いたら絶対に忘れられない声と言うのはエルファ少佐が筆頭だが、彼女のこの、貴族然とした貫禄と、お姉さん属性が強く入り混じった声も、色々な意味で忘れ難い声だ。
 「ソーニャ大佐」
 後ろからの声に振り向けば、通り過ぎた曲がり角から出てくる人影。数度共に戦ったこともあるその人は、女王近衛隊筆頭――ソーニャ・ルウェリン大佐に他ならなかった。
 「あら、武さん。スターニア達のように、ソーニャと呼び捨てにしてくださらないの?」
 「よしてくださいよソーニャ大佐。流石に貴女のことは呼び捨てには出来ませんよ」
 「そう……残念ね」
 武の否定に、本当に残念そうに顎に手をやり小首を傾げる仕草は、本気なのかからかっているのか……。
 スターニアやシルヴァーナは、性格的にも感性的にもどこか武達に通じる所があり、長く共に戦っていたこともあって、付き合いは同年代の友人感覚だ。しかし、彼女は違う。年齢はスターニア達より1歳年上と言うだけなのに、身に纏う貫禄が全然違うのだ。
 年上の、余裕のあるお姉さん――武の初対面時の感想で、今もそれは変わらない。そして実際、彼女の度量はマリアナ海峡を超えるかと言うくらいに深く、観世音菩薩のように人の悩みを聞き入れ、適切なアドバイスや励ましをくれる、正にパーフェクトなお人だ。衛士としての腕も超一流で、騎士団内では彼女を信奉しない人はいないという……。スターニアとシルヴァーナの2人とは呼び捨て合う間柄となったが、幾ら武でも、この人は流石に呼び捨てには出来なかった。

 一緒に過ごした日数は合計しても2ヶ月程度だったが、彼女のインパクトは凄く、最初の方は付き合うのに色々と緊張してしまっていた。そんなことを懐かしく思い出しながら、久しぶりの再会に、改めて観察するように小首を傾げる彼女を見下ろす。
 性格始め内面を見なければ、彼女の特徴と言えば誰もが『背』と答えるだろう。そう――彼女は背が低い。140はあるだろうが、150には届いていない……そんなくらいだ。女性としては少し低めといえるくらいなのだろうが、彼女の評判から皆が想像する人物像としてはギャップがあり過ぎる為に、余計に印象的に感じてしまう。
 セミロングで纏められた、細い金糸が彩る顔は、童顔では無く普通に20歳中盤に見え、年齢より下に見られる顔にも拘らず、強い貫禄を周囲に誇示している。肉体もすらりと引き締まって細身だが、それは心身強化を目的とした衛士訓練の為で、身体付きは頑強。そして女性らしさも備え、3サイズは中々山谷であり、色気は並み居る男性を惑わす程だ。
 (こんな完璧お姉さんなのに、この背丈は、何か色々反しているよな~)
 背が低くても存外にマッチしているのだから不思議だ。まるで最初からそれが当たり前だったように。
 その時、見下ろしていた彼女がそのままくるりと首を持ち上げ、まるで武の目線がそこに存在していたのを知っていたかのように、ピタッと自分の視線と合わせた。
 「私の背丈がそんなに気になりますか?」
 「え……いや……、え……と……」
 ニコニコとそんなことをサラリと言われれば、狼狽してしまうのは当然だ。例え本人が気にしていない事柄でも、まじまじと見ていてそう思っていたことは後ろめたい。……というか、何故解ったのか。
 ソーニャは、そんな武の心で上げた疑問も解っているのか、慌てる武に少し相好を崩して説明してくれた。
 「強い視線を感じましたから。大抵の人は、私をそんな目で見ることが多いですから、もうその手の感覚にはなれれてしまって」
 流石――気配の種類まで感じ分けるとは。もっとも、それ程に同一の感覚を受け続けてきたのだろう、無理も無い。
 「大抵の人は噂ばかりで、私の容姿を知りませんから。実際に出会って、騎士団筆頭と言われる私がこんな小柄だと知ると、大体は驚かれるんですよ。そういえば武さんも、初対面時には随分驚いていましたわね」
 にこりと笑うソーニャに、武は悪戯を見咎められた子供のように狼狽してしまう。彼女の言うとおり、武も随分と驚愕したものだ。比較対象として考えていたのが、女性としては背が高めのスターニアやシルヴァーナなので、余計にビックリしてしまった。
 それも含め、改めて素直に頭を下げる。
 「どうもすいませんでした……」
 「ふふ、良いですよ。流石に色々と悩んだ時期もありましたが、今は私も気にしてはいませんから。ですが、既に既知の間柄なのに、不躾に眺めるのは良くないですよ、特に男性が女性にするのは」
 「う……、気を付けます」
 「ふふふ……はい、分かりました」
 やはりその貫禄には勝てない。この人の笑顔には、それがどんな種類の笑顔でも逆らえないのだ。そんな笑顔を浮かべていた彼女は、その時ふと気付いたように、何か頷いた。
 「色々疑問が残ると人は気になってしまうものですから、仕方ないのかも知れませんが――。そうですね、では2人の間柄を深める為にも、この場で特別に質問に答えて差し上げます。武大佐だから特別にですよ」
 「と、特別に、ですか……」
 「武さんは、どうも私には何か遠慮しているようですから、この機会に少し話し合いましょう。私も色々と、知りたいことがありますし」
 途中から聞くと妖しい会話だが、要するに親睦を深める為に、ソーニャという人物が辿ってきた軌跡を話してくれるという事だ。特別というのも、別に艶のある事情ではなく、友人・戦友関係の間柄故だろう。もっとも、他にも何か含みがありそうだが。
 武はその言葉に少し悩んだが、ここは素直に聞いておこうと結論付けた。確かに正面切って聞くのは色々と恥ずかしかったりも、本当に良いのかとも思ったが、色々と知りたいことがあるのは本当だし、答えてくれると言うこんなチャンスは、今後あるかどうかも解らないからだ。
 「え……と、それじゃあ――
 普段聞けないことを聞くということに、少しだけの背徳感を覚えつつも、武はソーニャの過去などを聞き、また自分の話も交えながら、しばしの交流の時を過ごすのだった。

***
 一方その頃、来賓室に残った月詠の元にも、1人の来客が訪れていた。
 ソファーの対面に腰を下ろすのは、髪をショートに纏め彫りの深い顔を持つ、相貌に母性の色を並々と湛えた人物。女王近衛隊第2大隊を率いる、ベアトリス・ウィンザー大佐その人であった。
 「子供が生まれたんだってね。遅ればせながら、おめでとうを言わせて貰うよ」
 当年35歳。現在の薔薇の騎士のみならず、騎士団内でも最年長で、最多の任期を誇る人物。ソーニャよりも任期が上ながら、彼女の才能を認め端々の補佐を勤めている彼女だが、その能力は誰もが知る所だ。皆が心置きなく物事に取り組めるのも、彼女の縁の下の補助の賜物、団員はそれを良く知っているからだ。
 「双子だったんだって。月詠と白銀の子供じゃ、さぞかし可愛いくて逞しい子供が生まれただろう?」
 「はい。2人とも淡雪のように繊細で愛らしげながら、気性は激しく、今から将来が楽しみです」
 「そうだろうな、それが母親ってものだ」
 生まれた子供の元気のよさを思い出し、思わず頬が緩んでしまう月詠。それを認めたベアトリスも、同意するように力強く頷いた。
 「私も初めて子供を抱いた時は、感極まって泣いてしまったものだよ。同時に、この子が育つ将来を思えば、絶対に負けられないともね」
 「それは私も同様です。我が子をこの手に抱いた時、今まで以上にこの世界の未来が重く感じられるようになりました。しかし同時に、それ以上の、不安を払拭する勇気と希望が湧き上がって来たのです」
 命を振るって死ぬことも辞さない覚悟と、子供の為に死ねない気持ち。相反する葛藤に、この手で掴もうとする未来が重く感じる気持ちも存在した。しかし、子供の笑顔は、それを根本から覆してしまうような、希望の光だったのだ。
 「それに私は、1人ではありませぬ故。1人では出来ない事も、2人でなら可能になりましょう。武と力を合わせて戦えば、どんな困難も乗り越えられると信じています。本人を前には、とても言えない言葉ですが――」
 「ふふ……。いいね、そういう気持ちは大事にした方がいい。きっとそんな1人1人の抱く気持ちが集まって、世界を良い方向に導いて行くのだろう。私も昔は、そんな風に思って戦っていたものさ」
 「そういえば……ベアトリス大佐の夫君は既に――」
 「2000年に起きた、BETA大進攻時にね……」
 月詠は言葉を掛けられながらも、ベアトリスの容貌に何処か一瞬陰が指すのを認め、ハッと思い出した。以前に聞いたことだが、彼女の伴侶は既に亡くなっている。2000年時にイギリスで起きたBETAの大攻勢、内陸奥深くまで進攻され多大な被害を出した戦いでは、多くの戦死者が出たが、彼女の夫もその戦いで戦死したという。
 「すみません、考え無しの言葉でしたか」
 「いや、気にしていないよ。私は既に寡婦となってしまったが、あの人の志はこの身と共にあり、傍には命を預けられる友人も、信頼できる仲間達も居る。それに、大事な娘もね。あの人が隣に居なくて時折寂しく感じることもあるけど、今の私は十分幸せだよ」
 強い人だと――月詠はそう思った。同じ女として通ずる感覚なのか、月詠には彼女の心が未だ悲しみの涙に濡れているのが感じられた。しかしベアトリスはそれを微塵も感じさせる事は無く、今にある大切なものを守る為に生きている。
 「ふふ、そんなに気にすることは無いよ。それよりも私は、2人の事をもっと聞きたいね」
 「私達……2人のことですか?」
 染み入った雰囲気に陥った場を払拭させる為か、ベアトリスが急に話題変換を図った。聞かれた内容に月詠が首を傾げる仕草をすれば、彼女はつらつらと喋りだす。
 「私は昔、帝国斯衛軍と関わったことがあるんだけどね、その時の印象からすれば、彼女らの気質は、武とは全然反りが合わないのは確実だ。それなのに、元斯衛軍所属の月詠が、どうして武と今のような関係となったのか……愛情に理屈無しとは言うけど、その辺を是非知りたくてね」
 喉の奥で笑いを籠もらせるよう、彼女は続ける。
 「我らが王立国教騎士団は、その構成員の変化で、既に帝国斯衛軍の様な気質は過去の物だ」
 国教騎士団は、昔は王族に連なる者達で構成されていた。しかし、度重なる戦いによる戦力の疲弊によってその王族に連なる者達も減少し、一般からの構成員も受け入れるようになる。そして2000年のBETA大進攻時に大損害を受けた騎士団は、女王の命令の元で新生し、今の形と成ったのだ。
 「今では純粋な王族に連なるものは、ソーニャとシーナ、その他数名だな。薔薇の騎士を務める者も完全に実力主義となって、私は王族と言っても傍系の末席であるし、シルヴァーナやスターニアは完全な一般人。祖国に対する愛国心や、女王に対する忠誠心はもちろん十二分に存在するが……それはやはり昔の王族に連なる者達が抱いていた物とは違う」
 しかし帝国斯衛軍は、国に忠ずる重いものを、未だに持ち続けている。王立国教騎士団構成員が持つものが軽いとは言わないが、帝国兵士が持つそれは、やはり色々な意味で重い。
 「つまりベアトリス大佐は、そんな気質を持っていた筈の私が、武と今のような関係に収まっているのが不思議だと?」
 「不思議とまでは言わないよ。先程も言ったように、人の心は千差万別、時や環境によって幾らでも移ろうものだからね。ただ、その過程が想像も付かないから知りたい――純粋な好奇心だね」
 そこで彼女は更に笑みを濃くする。月詠は、その彼女を前に幾分困った表情を湛えながら、内心部屋を出ていた武に『早く帰って来い』と、心の中で懇願とも怒声ともつかない声を上げるのだった。



[1134] Re[13]:マブラヴafter ALTERNATIVE+  第138話
Name: レイン◆b329da98
Date: 2007/01/23 23:13
2009年1月1日……イギリス、ロンドン


◇◇◇
 武達の邂逅から数十分、それぞれに話を終えた者達は、武と月詠が通された来賓室に集まった。部屋に入ってきた、武とソーニャに、中に居た2人が挨拶を交わす。
 その時、その挨拶の終わりを見計らったように、また新たな来訪者が現れる。
 「おや、皆さんお揃いかい」
 背後に佇むシルヴァーナはそれが挨拶か無言で頭を下げ、扉を開けたスターニアは中を眺めて陽気に笑った。そんな2人に、先ずはソーニャが問いかける。
 「2人とも、そちらはもうよろしいのですか?」
 「出来る事は全て……」
 「今は他の者達が、最終確認諸々を行なっているよ。うちなんかは副官が優秀過ぎて、逆に手が出せない」
 「スターニアは事務が苦手だからな」
 薔薇の騎士に任命されるくらいなので、寧ろ普通より余程優秀なのだが、本人の気質としてそれを好まないのだ。その為かどうか知らないが、彼女の副官は、事務系能力が特出している。
 既に監督するまでも無く、細かい所は優秀な部下達がやってくれる状況において、2人ともが入団式が始まる直前までやることが無くなってしまったのだ。そしてそれは、先にここに居た2人も同様に。結局、考える事は4人とも同じだったという訳だ。
 広く豪奢な部屋に違わず、置いてあるソファーも広く上質。6人は2人ずつのペアとなって、コの字型になる様に、それぞれのソファーに腰を下ろした。
 それから幾らかの世間話を交え、今日の式のことなどの話となる。
 「クレアから式の概要は聞いたけど、実際にはどういうやり方になるんだ?」
 武がまず行なった質問は、試験形態の詳細だった。その質問に、代表してソーニャが答える。
 「入団者の実力は、参加出来る時点で水準以上となっていますし、騎士団員の実力も当然計るまでもありません。ですのでこの試験では、実戦を模した形式が取られます。隊を組ませるか個人で、設定したミッションに当たらせること、参加者同士で対戦させること、こちらから選出した相手と戦うこと、これが全てです。是非の判断は、私達4人を始め、近衛隊員達の意見によって決まります」
 「でもそれじゃあ、隊を組ませた時に問題があるんじゃ……」
 「それは問題無い。試験を受ける者は、騎士団員に求められるのは何か十分理解している。自分を良く見せようと仲間を蔑ろにしたり、功を焦ってチームワークを乱す物は、我々の必要とする人材では無いからな」
 そんな人物が居たら、即座に失格となる。BETAとの戦いで必要なものは、実力もそうだが、何よりもチームワークだ、功績や栄光に目が眩んで、本質を見誤る人物などは必要無い。
 「今年も良い人材が入ってくるといいね。例年よりも予備団員を増やすから、楽しみが増えるよ」
 「スターニアにとっては、新人は良い玩具ですからね」
 「あ……酷いな~、愛の鞭と言ってよ愛の鞭と。それに私より、シルヴァーナの方が絶対に酷いよ、毎年嬉々として新人を物色していたからね。彼女の毒牙に掛かる初々しい娘達のことを思えば、私の楽しみなんて軽い軽い」
 笑って反論するスターニアの言葉だったが、その言葉を聞いた武は、愕然としたような表情でスターニアとシルヴァーナの顔を交互に見比べた。その過程で、表情に驚愕が彩られてくる。
 「し……シルヴァーナって、そういう人だったのか!?」
 腰を浮かし、勢いよく立ち上がって叫ぶ。そういう人とは、つまりは同性愛者ということだ。
 「あれ、白銀は知らなかったのかい?」
 「2年も一緒に過ごしていたので、私も既に知っているものかと……」
 「そんなこと知りませんって」
 「それは私もです。他人の色恋には、余り立ち入りませぬので」
 「ふ~ん、こっちでは結構あからさまだったから、当然向こうでも皆知っているものかと思ってたよ」
 ベアトリスは、本当に驚いていた。ということは、隠そうともしない程に、公然とやっていたということか……。武と月詠は、その言葉に過去を振り返ってみるが、やはりそういう片鱗は思い出せない。
 ……とそんな悩む2人に、スターニアがからからと笑って言った。
 「はは、2人が気付かなかったのは無理ないよ。向こうでも、最初の内は結構色々手を出していたけど、途中からぱったりと止めたからね」
 「手を出すのを止めた?」
 「好みの女性が居たら迷わず手を出していたシルヴァーナだけど、本命が出来て色々と思う所があったみたいだよ」
 「本命ッ!!」
 武は、今度はもっと驚いた。向こうの世界の恋愛ストーリーでも、本命が出来て真剣になる――というのはあったが……。まさか同性愛者でそのものが見られるとは。世界は不思議に満ちている。
 「何でも一目惚れだったって……あの百戦錬磨が、まあ初々しいこと」
 「スターニア、うるさい……」
 しかも一目惚れとはまたベタな――。
 「最初は迫ってみたんだけど断られて、嘘のように消沈しちゃってさあ、まあその様が可愛いこと可愛いこと。美冴も罪作りな女だよ」
 「へ……?」
 言葉の中に含まれた、ひとつの単語が浸透するまで数秒間、武は至極間抜けな面を晒していた。そしてその意味を理解すると共に、再起動して大声を出す。
 「一目惚れの相手って――む、宗像中佐ァ!!」
 3度目の驚愕。視線を2人に移せば、スターニアはニヤニヤと笑みを浮かべ、シルヴァーナは控えめにコクリと小さく頷いた。最早疑うべくも無い。
 「……でとうとう、思い余って告白しちゃったんだよ。でもそれも断られちゃってね」
 「宗像中佐、断ったんですか……」
 シルヴァーナには悪いが、それを聞いて何かほっとしてしまった。2人がただならぬ関係と解ったら、色々と邪推したりしてしまいそうで。
 「何でも、「私には梼子が居るからね」と……「ぶほっ!」
 最後まで聞かずに、武は大きく吹き出した。先程から色々と、驚愕の連続だ。
 以前は冗談半分に受け流したが、今回こんなことを聞いてしまっては、宗像の性癖も疑ってしまう。あの人は本当に、男女どちらでも構わないのでは、と思う武だった。
 「それでも、生まれて始めての本命だから未だに未練があるらしくて、それからは他の女性に手を出す気にはならないんだってさ」
 「それは……何といって良いか」
 何とも壮絶な話に、言葉も無い武。だが、渦中の人であるシルヴァーナは、気にしていないように言った。
 「別に気にすることは無い。人の想いはそれぞれだから……私があの人を想うのも、私の勝手」
 「シルヴァーナはそれで良いのか?」
 「あの人の存在は、乾いた私の心に彩をくれたから……」
 恋するということに、男も女も違いは無い。それが例え同性に向けるものでも、心に想う気持ちに優劣などは存在しないのだ。シルヴァーナという女性が、どういう人生を辿り、どういう過程で同性愛者になったかは分からないが、武には、今の彼女の気持ちが真実だと良く分かったから。

◇◇◇
 来賓室での一幕の後、クレアがやってきて数十分後に、試験会場へと向かうことになった。場所は近くの騎士団本部――ここには、シミュレーターが大量に存在する為だ。
 最初の開会式が終わって直ぐに試験が始まることとなり、現在はその行程を順調に消化している。誰もが最高位を目指すというだけあって、武と月詠の目から見ても、彼等1人1人の技量は、驚く程に高かった。
 「流石だな、個人個人の技量もともかく、集団戦闘においての連携が素晴らしく洗練されている」
 「そりゃあ選りすぐりを集めて、徹底的に鍛錬しているからね、実力主義は伊達じゃない」
 月詠の目の前のモニターには、現在昇進試験を受けている騎士団員の1隊が映っていた。外部に向けての映像以外は、基地内のモニターで自由に閲覧できるようになっている。式と言っても実際は試験なので、式らしいことは最初と最後しか行なわない。
 「でもこれ、内容がすげぇハードじゃないか?」
 武が言うように、対戦も含めて、試験のその内容はハードを極めていた。1小隊で敵の勢力圏を突破しろだの、ハイヴに潜れだの、どう考えても無理そうな任務が多い。
 「この試験は、任務達成の是非を目的としているのでは無いのですよ。彼等の実力では、ありきたりの任務ならばこなせてしまいますので、極限状態における人の本質を見たいのです」
 「人は進退窮まると、その奥底に秘めた本質が垣間見えるからね。突然に冴え渡る者もいれば、パニックを引き起こす者もいる。冷静さを保ち続ける者や、慎重さをかなぐり捨てる者――私達の任務は、総じて過酷な状況が多いから、これを見極めるのは大切なんだ」
 確かに見ていると、纏まっていた行動に個性の色が見えてくる。それを上手く纏める者達もいれば、足並みを崩して泥沼に落ち込む者達も出てくる。なるほど、こんな所で優劣を判断しているのかと納得した。
 そんなこんなで、幾つかが並行して進んでいく試験。見ている前では、過酷な戦いが様々に続いていく。その中で武は、別スクリーンに映る参加者の一覧の中に、ふと見覚えのある名前を目にして、その人物に注目した。
 「お……、こいつは」
 「どうした武?」
 「いや、これ――」
 月詠が、表示されている武の指した人物を見る。ジャンヌ・デ・カルヴァン少尉、予備隊への入団試験者で、この名前は月詠にも覚えがあった。
 「何時ぞやの間引き作戦で目にした名前だな」
 「ああ、中々に良い腕してたぜ。まだ2年目なのに、もう試験とは強気だな」
 「この試験を受けているということは、それだけの実力を満たしていると言うことだろう。実戦経験の多さは確かに大事だが、それだけが能力の優劣に関わってくるという訳でもない。この者は、ここに来るだけの血の滲むような努力を果たしていると見るべきだ」
 前にも延べだが、この試験は事前に一定以上の実力者以外は振り落とされる。入団試験では、周囲に任官4年目前後が多い中、1人だけ2年目というのは、この者の努力と才能が垣間見えるものだ。
 その武達の後ろから、話を聞いていたスターニアがひょいと顔を出す。
 「何……知っている子?」
 「前の間引き作戦の時にちょっとな。中々優秀だったもんで印象に残ってて」
 「へえ、この子そんなに強かった?」
 「1年前の時点で、集団戦の最中に殲滅ジェノサイダー級と渡り合っていたからな。あの時はまだまだ荒があったけど、今はもっと強くなってると思うぜ」
 「ふ~ん。それはそれは……」
 その時の彼女の目は、まさに獲物を見つけた猫科動物そのものだった。そういえば先程の話で、新人を玩具にしていると言う話をしていたなあ――と武は思い出したが、既に後の祭りだった。
 「よし、あの子の対戦相手は私がやろう!」
 嫌な予感がした武の案の定、スターニアはとんでもないことを宣言した。それを聞いて、黙っている周囲ではない。ソーニャなんかは、武を恨めしそうに見ながら、スターニアの説得に当たり始める。
 「スターニア、入団試験者の対戦相手は既に決まっているんですよ、それに何も貴女が出なくても」
 「そんな硬いこと言わない言わない、対戦相手なんて別に誰がしても同じじゃないか、要は実力が計れればいいんだから、私がやっても問題無い無い」
 「確かに試験への問題は無いですが、それでも……「じゃあ行って来るよ~」あっ、こらッ! 待ちなさいスターニアッ!」
 スターニアもソーニャの性格を解っているのか、話半分でさっさと扉の向こうへ姿を消してしまった。逃げられたソーニャは、手で顔を覆って、深く溜息を吐いた。
 「面白いことがあると直ぐにこう。まったく、あの性癖だけは直して欲しいのですが」
 「仕方が無いんじゃない、あのこのあれはね。他が優秀な分、そこで羽目を外していると思えば。我を通す所は心得ているから、そんなに問題ではないだろう」
 「それは……そうですが。恨みますよ白銀さん」
 「ははは、御免なさい」
 じろりと見詰める彼女に対し、最早謝るしか手は無く、武は素直に頭を下げて許しを請うた。彼女も本気で怒ってはいないのだろうが、責任の一端は自分にもある。武も、スターニアの気紛れさと奔放さは知っていたので、後で絶対何か借りを返してもらおうと心に誓いながら、その恐々とした視線を身に受けていた。
 すると丁度そこへ、扉を開けてクレアが入室してきた。彼女はこちらの様子を認めた後、少し不思議そうに質問してくる。
 「先程、嬉々として走って行くスターニアとすれ違ったが……何かあったのか?」
 「いや殿下、何時もの病気ですよ」
 ベアトリスはそう言って、先程武達が見ていたジャンヌ少尉の個人データを指差した。クレアはそれをざっと眺めて事の顛末を理解したのか、納得するように頷く。
 「この若さで参加しているというのは確かに実力があるのだろうな。スターニアの目に留まるのも無理は無いが……」
 それでも強さを推し量るというのならば、参加している他の人物も同等の筈だ。そう思って疑問を浮かべているだろうクレアに、ベアトリスは更に説明を加える。
 「どうやら白銀と月詠の既知の人物らしい」
 「ほう……、そうなのか?」
 「ああ、以前の間引き作戦でちょっとな。中々将来有望そうだったんで印象に残ってて」
 「同世代では抜きん出た実力を有しておりました。あれから1年――更なる実戦経験が加わり、鍛錬を怠っていなければ、その実力は揺るがないものとなっているでしょう」
 「それは……確かにスターニアならずとも興味が出るな」
 XM3の普及等による衛士の死亡率低下で余裕が出来ていた人類は、更なる新人衛士の死亡率低下の為、訓練期間を長めにとって充実させているのは以前に話した通りで、現在の任官は19歳となっている。19歳から2年だから、彼女の年齢は21歳、現在23歳のクレアとは年も近く、衛士としてその実力が気になってしまうのだろう。
 むうと悩む彼女は年相応で、それだけ見れば可愛いものだ。その出生と立場故に大人びた態度を取っている彼女だが、時折見せるこんな態度が、本来の彼女としての姿なのだろう。周囲もそれを解っているのか、先程までご立腹だったソーニャまで、その姿を微笑ましく見守っている。何時かクレアが言った、4人は姉のような者――彼女らの視線は、その言葉の正しさを十分以上に表していたのだった。






後書き?
 番外編に近いということで、少しどうでも良いことをつらつと。
 今回スポットを当てている女王近衛隊薔薇の騎士の4人。最初の方で、4人の基はマリみて? とも言われましたが、全然関係ありません。このキャラ達は、実は私が考えた別のオリジナルストーリーのキャラ達で、その中でも特にスターニアは古いキャラです。
 私をこの道に引っ張りこんだ張本人である大先輩(女性)、その先輩に頼まれて、その人が出す本(小説か漫画かは未定だった)の話としてキャラを作ったのが最初でした(結局色々あって企画倒れになりましたが)。
 そのストーリーを簡単に説明すると。
 スターニアはハーフとして生まれ、日本で育ちましたが、その容姿の為に虐められていました。そこを主人公が助け、友人になる。自分の出自を恨む彼女に、主人公はたまたまテレビで知っていた『スター=星』ということで、『星(せい)』という日本名を与え、彼女はそれを何よりも喜びます。
 その後、スターニアは母の母国に行く事になり、主人公と別れる。そして月日が経ちます。主人公はスターニアの事を段々と記憶の彼方にやっていきましたが、スターニアははっきりと覚えていました。そして17歳の時、彼女は日本に戻る事になる。
 一方主人公には、仲の良い幼馴染がいて、双方に中々関係が深かった。互いにお互いの事を憎からず持っていて、特に幼馴染の方は主人公に寄せる思いが強く、幼馴染が主人公に告白しようか迷っていた所にスターニアが現れて――。
 今思うと、凄いベタベタな話ですね。とにかくスターニアの出自はこういう形です。実は、オルタ+には、この設定の一部が使われる予定でした。
 え……と思うかもしれませんが。武とスターニアは幼い頃に既知の間柄で、再会したスターニアは向こうの世界の武をこの世界の武と思い込み、星と名づけてくれた武に想いを寄せて――と、こんな感じです。
 まあ、オルタの設定が入ってきたお陰で、この設定を入れると果てし無くややこしくなるので、取っ払ってしまいましたが。
 スターニア他、他のキャラも中々に愛着があるので、以後も活躍させたいです。



[1134] Re[15]:マブラヴafter ALTERNATIVE+  第140話
Name: レイン◆b329da98
Date: 2007/02/21 22:32
2009年1月26日……アメリカ合衆国、エルカホン (El Cajon)付近


◇◇◇
 崩壊した建物と、その瓦礫の山が形作る無人の街。BETAの大群を一掃する為に使用したG弾の爆発による被害で、サンディエゴ周辺は多大なる被害を受け、その都市としての機能は殆どが失われてしまった。被害が少なかった周辺地域にしても、BETA上陸の基点となっている地点近くということで、住民の完全避難がなされていた。
 しかし、その無人となった筈の町も、現在はその限りではない。今この瞬間に、半ば崩壊した町を蠢く影が複数。それは、戦術機と呼ばれる、鋼鉄の巨人に他ならなかった。
 
 「こちらフレイル1、第1小隊周辺クリアしました」
 「チャクラム1同じく、第2小隊担当地域クリア」
 「ファルクス1了解。第3小隊はどうだ?」
 「クリス1周辺クリア。――問題はありません」
 「そうか。なら見通しも良く、適度に障害物がある右前方に集結する。第1小隊はそのまま基点として待機、周辺警戒を続けろ。こんな障害物だらけで見通しが悪い所では、どんなに警戒等級が低くても光線レーザー級に対する備えを忘れるなよ」
 「「「「了解!」」」」
 「第2、第3小隊も、光線レーザー級への備えを頭に入れつつ進めよ。進行ルートは各隊の判断に任せる。但し――考えすぎて時間を掛けすぎるのも駄目だからな」
 「「「「了解!」」」」
 「「「「了解!」」」」
 武の言葉が終わって直ぐに、周辺に表示されていたマーカーが動き始める。その行動の速さから、どうやらルートは発言中にでも決めたらしい。シミュレーター訓練で慣らしている彼等にとっては、武の指示する新しい要素を取り入れても十分に対応可能なようだ。その思い切りの良い動きを見て、中々に優秀だと思った。
 そして自らも戦術機を集結地点に向かわせながら、やや凝り固まった肉体を弛緩させる。最近、慣れないことばかりしているので、変な所に疲労が溜まってしまうのだ。
 「ふぁぁ……疲れるぜ」
 「ははは、ご苦労さんだね白銀教官」
 「それを言うならお前も教官だろう――ってか手伝えよ」
 武と並んで機体を走らせていた柏木は、そのうろん気な怒気を笑って返した。
 「いやいや、これは新人達へのサービスだよ」
 「サービスってなんだ、サービスって?」
 「若い者は、力ある者に憧れるのが常、白銀の戦績と知名度は、若い衛士達には憧れも同然なんだよ。だからその、『憧れの衛士』に教えさせるのは、新人達にとってのサービスってことだね」
 「それって……お前が楽したいだけなんじゃねぇのか?」
 「まさか。と言うか白銀、この程度の仕事は簡単じゃないかな、この新人達はかなり出来が良いし――」
 「う……。でも、こういうのは苦手なんだよなぁ」
 「白銀も、出来ない訳じゃないんだから、もう少し努力した方が良いと思うよ。今回の事は良い機会だと思って、頑張んなよ」
 「結局手伝ってはくれないのか」
 「あのね白銀。私が今回白銀のパートナーとして選ばれた理由の1つが、白銀が理論的説明が大の苦手だから、それを補佐できる人物としてだよね?」
 武はその言葉で、『うっ』と仰け反るように頭を後退させ、つつつ……と目を逸らした。
 「白銀の分も、難しい所は噛み砕いて説明し直している私は、その分の報酬を――「すみません、私が指揮を務めます」――そう、ありがと」
 にっこりと澄まして笑う柏木の笑顔を尻目に、今度は下腹部の奥からの盛大な溜息を1つ。そして武は思い返す。何でこんな所でこんなことをやっているか――そこに至る事になった経緯を……。

◇◇◇
2009年1月8日
 
 「へ……。教官としてアメリカへの出向……ですか?」
 いきなり呼び出され、そして唐突に告げられた言葉に、武は呆けた間抜け顔を晒す。だが、話し手たる焔は、それを気にする様相を見せる事無く、同じ様な抑揚で話の続きを語りだした。
 「アメリカ合衆国への最初の大進攻以来、BETAは小規模な行動を繰り返すばかりだ。しかし過去の例からしても、いずれ進攻が再開される事は目に見えている。だからそれに備えて少しでも衛士の質を上げておきたいというので、私の元から2人寄越して欲しいと頼まれたんだ」
 「2人……ですか、何でそんな少人数を?」
 当然と言えば当然な武の疑問に、焔は『そうだな、そこから説明するか』と、説明を始める。
 「今回の要請を行なってきたのは、自国の利より、世界の崩壊をより危惧する者達でな。彼等は今回のBETA大進攻を発端に、以後の自国がかなり危機的状況に陥ると予想を立てている。それに備える為にも、小康状態を保っている今の内に、少しでも対策を整えたいと色々奔走しているのだ。そしてその一環として、実戦豊富な実力者に経験が浅い部隊を鍛えさせようという試みがあるのだが……。国内の実力者は殆ど、今回の上陸地点周辺や、沿岸警備に借り出されていて人材が十分に確保できていない、なので国外から人材を招こうという訳でな。しかし現在アメリカ軍は他国の介入を拒否していているので、大っぴらにはそれが出来ない。要するに、そんな勢力との色々なやり取りがあって妥協点が決まり、その結果、結局私直属の部隊からは2人が限度となったらしい」
 他国を自国の戦いに介入させたくない勢力と、例え他国の力を頼っても、準備を万端にしたい勢力が存在するのだ。
 「こちらも断ろうと思えば断れるのだが、彼等勢力にはG弾や凄乃皇の受け渡しなど、交渉や様々なことに関して色々と協力してもらっているのでな、今後友好な関係を続けて行く為にも、その要求を飲む事にした」
 「それで俺が選ばれたんですか?」
 「実力とネームバリュー、両方を踏まえてな。お前を送れば、向こうにも好印象を与えられるだろう。教えて欲しいのは実力や才能が見込める新人や実戦未経験者が主だと言う。BETAの本土侵攻が無かったアメリカでは、実戦未経験者が他国より多いからな。訓練内容は充実させているが、やはり一度は実戦経験豊富な者の指導を受けさせたいそうだ。その効果が微々たるものとなっても、戦場ではその微々たる『やった結果』が死を分ける明暗になることは少なくないからな」
 他国への出兵や湾岸警備などで実戦を経験していく衛士もいるだろうが、衛士になってから暫くは実戦未経験が続く者も多い。それがBETAに侵攻されていない国としての姿だったのだが、今の状態ではその経験の無さが、裏目に出て行こうとしている状況なのだ。
 「向こうの受け入れ準備が調い次第向かってもらう、人選は白銀と柏木だ」
 その時、武は自分が焔の言葉を聞き間違えたかと思った。だが、ちゃんと聞いていたよなあと思い、耳も悪く無かったよなぁと自問自答し、もう一度今聞いた言葉を再度頭に思い描き、そしてやっぱり聞き間違いではないと結論付け、たっぷり5秒程経ってから焔に聞き返した。
 「柏木? 真那じゃなくて?」
 白銀武のパートナーは月詠真那、それは今では揺ぎ無い事実。なのに焔は、今回の出向では柏木と組めと言う。疑問に思うのは当然だったが、焔からしてもその結論に至った訳があるのだ。
 「月詠は未だ本調子では無いだろうが。それに先頃の防衛戦で無理をした所為で、内臓や肉体にもダメージが残っている。今は未だ、戦術機には乗せられない」
 その言葉で、武はそういえばと失念していたことを思い出した。平気に振舞っているので忘れがちになってしまうが、彼女は先の戦いでの肉体へのダメージが酷く、シミュレーター訓練さえも禁止されているのだ。
 「それに、子供のこともある。生後未だ幼い子供の傍には、出切るだけ親が居た方が良いだろう。現状ではそんな甘い事も言っていられないが、幸いに真那を休養させる正当な理由があるしな」
 それは親友としての気配りか……。非情な手段を使うこともあるが、人情に厚いのも焔という人物の一面だ。彼女は、親しい人に対して冷徹に成り切れない心を持っている。月詠の怪我が無くとも、彼女は出向から月詠を外そうとしたかもしれない。
 しかし、今の結果として、月詠は怪我をしており、この場に残る理由がある。それになにより、月詠のパートナーである武自身が、焔のその考えに賛同し、月詠の残留を肯定した。
 「そうか……そうだよな……子供に母親は必要か。少し寂しいけど、真那とは暫く離れ離れか」
 「なんだ、パートナーが柏木では不安か?」
 「そんなことはねぇって博士、あいつは十分以上に背中を預けられる衛士だ。……でも、なんでパートナーが柏木なんだ?」
 武は、伊隅大佐は抜かすとしても、別に他の人物でも構わないのではと思った。速瀬中佐や宗像中佐辺りはともかく、元207小隊の面々や、涼宮茜辺りでも条件は同じそうだからだ。
 そんな武の疑問を感じたのか、今度も焔がその訳を説明してくれた。
 「単なる消去法だ。まず怪我をしている風間、ヒュレイカ、月詠は論外。月詠が怪我をしている時点で、部隊を纏める伊隅も外せない。お前との付き合いの関係で、ガルム隊の者と宗像も除外される」
 そこまでは武も予測が付いた。
 「それと、白銀の戦闘スタイルはどちらかと言うと中~近接寄りなので、パートナーは中~遠距離タイプが望ましい。それを踏まえて考え、速瀬、涼宮、御無は除外、そして性格も併せ考え、珠瀬と鎧衣も除外される」
 教官として任務に赴くので、中~遠距離戦闘を教えられる者がパートナーとして望ましい。それに、幾らか成長しているとはいえ、未だ引っ込み思案な珠瀬も除外される。
 「残りは3人だが、残留組にも強化型BETA研究の為の、BETA捕獲という難易度が高い任務が課せられる為、伊隅の補佐に榊は残って貰いたい。後は響と柏木の2人――響も相当な実力者だが、遠距離戦闘は柏木に教えを受けていたということで、最後に残った柏木がお前のパートナーという訳だ。それに、柏木は戦術理論も戦略理論も得意だ、説明が苦手なお前の補佐には最適な人物だろう」

◇◇◇
現在

 ……ということで、その後柏木と共にアメリカへ出向と相成ったのだ。
 到着してから今まで、実戦未経験者や1・2回の実戦経験者を中心に、連日厳しい訓練を繰り返している。
 集められたのは、誰もが実力が評価されている者達ばかりらしく、実際その能力は高い。実戦未経験者でも、武達が課す、様々な実戦を想定した激しい訓練に喰らい付いてきている。用意された環境も、望めば実機訓練を豊富に行なえたりと、かなり良い待遇がなされていた。
 今も、崩壊した街中を使っての、実機演習を行なっている所だ。この演習は、近年新たに開発された、JIVESを簡略化して、使い勝手を良くした新システムでなされている。
 武達の他にも実戦経験豊富な衛士を複数人招いていたりと、今回の事態に対する危機感の深さが窺えるようであった。

 「第2中隊全機、目標地点への集結完了しました」
 過去に想いを馳せていた武の耳に、まだ年若い声が飛び込んでくる。鼓膜を震わすその声は、新人であるその通りの年齢を表すように、まだ若木の深緑のような青々しい精気の強さを感じさせた。武はその声の中に、一瞬だけ昔の自分を幻視し、なんとなくむず痒くなって苦笑してしまう。
 「解った、そこからは小隊での独自判断で動け、状況Fを想定しつつ、当初の目標地点まで連携しつつ進軍――シミュレーター訓練の時に注意したポイントを、常に頭に置いて行動しろよ」
 《《了解!!》》
 武達が受け持っている部隊は幾つか存在したが、今回引き連れている者達はまだ、出会ってから間もない。どうやら噂を聞きつけて、協力する傍ら傘下の部隊を送り始める者達が出始めたらしく、この部隊もそんな経緯で送られてきた。任官後暫く経ってはいるが、実戦経験はまだ無いという、しかしその錬度は同じ様な立場の新人の平均よりは
高く、このまま育てば中々に将来が楽しみな若者達だった。
 
 目標地点へ向けて注意深く進んで行く若者達の後ろや周囲で、その行動を観察しつつ追従していく武達。ここに来た当初は、破壊され無人となった町の様相に遣る瀬無くもなったなったものだが、数回も来ればそれも意識の下に押し止められる。むしろ同じ様に落ち込む新人達を元気付けなければならないことも多いので、深く気にすることは無くなっていった
 行動開始後、対BETA対策を徹底的に押し出した訓練に戸惑っていたのか、暫くは無言の時間が進んでいったが、やがて勝手が分かってきたのか、若者達の中から、武達に向かって話し掛けてくる者が出てくる。
 「あの……白銀大佐、少し宜しいですか」
 「なんだ、フレイル1?」
 一瞬咎めようかとも思ったが、機体の動きに乱れは無いので容認した。気を張るのも大事だが、無闇にガチガチに神経を張り詰めることも危険だと、武は身を持って知っている。
 「シミュレーター訓練で実感していますが、第4世代戦術機は凄い戦術機ですね、自分はF-15からF-22に乗り換えた時も驚愕しましたが、そのF-22の性能を上回っていますし」
 若干興奮気味に話す彼の眼は、強い憧憬の念を含んでいた。武もそうだったから解るが、男というものは大抵、強い力を持つ機体に憧れを持つものだ。シミュレーター訓練の時には、第4世代戦術機で相手をする事もあるので、彼等はその力を肌で知っている。
 その発言に、クリス1――女性であり、未だ少女の陰が抜け切らない衛士も、力強く同意した。
 「生体金属換装のF-22Aもロールアウトし始めているということで、私達もシミュレーターでミラージュ2006に搭乗してみましたが――そのミラージュをも上回っている性能は、はっきり言って驚愕する他はありませんでしたから。武大佐や柏木大佐は、普段あんなに凄い性能の機体に搭乗していて、第3世代に乗って違和感を感じないんでしょうか?」
 実機訓練に際して、武達は若者達に手本を見せることも含め、彼等と同じ機体に搭乗している。この場合は、F-22Aラプターだ。シミュレーターでも、同じ様にF-22Aで教える事もある。
 「操縦方法は第3世代と第4世代ではそんなに大きな隔たりは無いからね、その辺は問題無い。それに私達は普段から、強化型含めた第3世代の操縦も定期的に行なっているから、違和感を感じることも無いよ」
 「しかも、操縦方法を反復するだけじゃ味気ないから、毎回搭乗する戦術機を変えてな。シミュレーターだけに限るなら、殆ど世界中の戦術機に搭乗したぜ。ラプターももちろん搭乗済みだ」
 同盟国がデータを提供してくれていたので、実験機扱いの戦術機まで搭乗経験があった。
 「なるほど……。私達も強い機体には憧れますが、それを望むのは大佐達のように、このF-22Aを使いこなせるようにならなければいけませんね。宝の持ち腐れとは言われたくありませんから」
 「ははは。その為に、今頑張っているんだろう。次の目標地点はもう直ぐだ、最後ぐらいは気を引き締めて行けよ」
 《《了解》》
 武達と話して幾らか硬さが取れたのか、若者達は実機訓練を始めた当初よりも、幾らか落ち着いた顔付きとなっていた。この部隊は来て間もない為、ここでの実機訓練は初めてであって、どうかと様子を見ていた武と柏木であったが、このままなら武達を敵と想定した、本格的な演習形式に持って行っても問題はなさそうである。
 「大丈夫そうだな……。周辺一帯に反応も無いし」
 前線に近いというのが問題ではあったが、この付近一帯は演習場としては最適であった。25㎞程先の海岸線にはBETAの上陸を警戒する軍が睨みを利かせており、郊外に基地としての拠点も存在し、外に道も続いているので補給もし易い――だがしかし、武と柏木は当初難色を示した。
 そこで妥協点として、この付近一帯に、BETAを探知するセンサーを仕掛けて貰った。演習場として指定した範囲全域から、その周囲5㎞程に掛けて設置してあり、空白地帯も存在するが、内部に向かうには絶対に引っかかるようにしてある。精度も高く、中継機を介して情報をやり取りするので、確実性も高い。このセンサーがあれば、BETAの接近は早期に探知できる仕掛けとなっていた。また、演習時にはこのセンサーは、教官達にしか見ることが出来ないようになっている。
 「海岸線に沿って展開している部隊の方にも動きは無いからね。油断は禁物だけど――」
 「その微妙な緊張も、実戦訓練には丁度良いってな。さて、やるか……」
 既に集結を終えた若者達に向かって機体を進めながら、主腕に保持させた突撃機関砲に目を落とした。こちらも緊急時に備えて、ペイント弾より機体のレーザー照射警報を利用する、レーザー発射装置を付けている。いざとなったら、すぐさま実弾発射が可能だ。
 しかし武は、次の瞬間足を止めざる事態に直面した。自分の後ろに追従してきた柏木が、硬質な声をして緊急事態を告げてきたからだ。
 「武……」
 「どうした柏木、そんな深刻そうな――」
 そこで武は言葉を呑んだ。普段はどちらかと言うと余裕の多い柏木の表情が、その片鱗さえも見せない程に強張っていたのだ。
 「前方で演習を行なっている筈の第1中隊との通信が途切れた」
 「通信が……途切れた?」
 その言葉に、武の表情も一瞬にして、歴戦の衛士に相応しいものとなる。同じ通信を聞いていた若者達の中には、何人か事態が飲み込めていない者も居たようだが、柏木はその者達に言い含める事も併せて、事態の深刻さを確かめるように語って行く。
 「第1中隊までの距離は、中継機が無くても繋がる距離。けど、途中に中継機があるのに通信は途絶えた。故障ということは論外として、この状況を作り出す存在は――」
 「くっ……総員エレメントを組みつつ全周警戒! 演習用の安全装置を解除しろ!」
 最後まで聞く間も無く、武の緊迫した命令が通信に響いた。若者達はその命令に従いつつ、緊迫と怯えの表情をその顔に浮かせる。彼等にとっては、まさに寝耳に水な事態であった。
 通信障害を引き起こすのは指揮官型BETAだ。だが、その通信妨害は中継機である程度は克服できる。しかし今現在、通信は繋がらない――つまりは中継器が破壊されたという可能性が非常に大きい。
 そして時を置かず、その推理を肯定するが如く地面が弾け飛んだ。上に降り積もった建物の瓦礫と、地面を構成していたコンクリートを巻き上げ吹き飛ばしながら、内部より巨大な影が躍り出る。
 「要撃グラップラー級!」
 誰かが叫びを上げたが、それが誰かを確かめる暇も無かった。現われ出た要撃グラップラー級は、それが誰でも構わないと、手近な獲物目掛けてその前腕を振り下ろそうとしたのだ。
 武は咄嗟にそれを撃ち落そうとしたが、それより早く、振り上げられた前腕の根元が爆砕した。ちらりと斜め後ろを見れば、柏木機が突撃機関砲を構えていた。恐らく120㎜爆裂弾を放ったのだろうその銃は、次の瞬間36㎜の弾丸を大量に吐き出し、片腕を失った要撃グラップラー級を蜂の巣に変えた。
 「ほらほら、ぼーっとしない! 実戦なんだから気を抜いたら死んじゃうよ!!」
 咄嗟の事態に一瞬茫然自失気味になっていた若者達は、柏木のその言葉でハッと我を取り戻し、すぐさま意識を周囲に張り出した。余りの事態の推移に、感情と肉体がちぐはぐになっていたようだが、柏木の叱責に我を取り戻し、どうやら覚悟を決められたらしい。
 そして更に、数箇所の地面が先程と同様に爆砕したり、あるいは陥没した。先程と違ったのは、穴から出てくるBETAが1体ずつでは終わらなかったことだ。
 「落ち着いて対処しろ、出てきた所を2機掛かりで集中して狙い撃て!」
 幸いにも穴が開いた箇所は少数であった。BETAが穴から這い出てくる瞬間は相手も無防備になるので、当面はそこを狙わせ対処させる。若者達も、恐慌を来たす事無く武の命令に従い、その命令を実行できていた。
 「柏木、任せる!」
 「了解――チャクラム3、チャクラム4、第4の穴を押さえて。クリス1、クリス2はバンデッド12・13を撃破後、指定したルートから回り込んで!」
 しかし穴の数が、2機連携を取る味方よりも多かったので、必然的に地上に這い出てきてしまう個体が出てくる。それらに対処する為に、柏木はデータリンクを活用しつつ、全員に細かな命令を出し始めた。
 戦場では臨機応変が常で、部隊単位――この場合は小隊員の用兵は、小隊長に任せるのが妥当なのだが、如何せん彼等はこれが初陣だ。優秀とはいえどこかで焦りが出てしまうとでも限らないので、柏木や武が細かな命令を与え動かしてやる。直面した事態に自信が持てないでいる人間は、自分で考えて行動するより、経験豊富で信じられる者の命令に従って行動する方が、遙に集中できるのだ。
 「このまま突っ込む、第2小隊後退しろ!」
 武の声に、すぐさま柏木が出した他の隊員への指示がマップに表示される。この辺の阿吽の呼吸は流石、柏木は即座に武の行動を計り、それに連携するような周囲の動きを組み立て、命令したのだ。
 タイミングよりもむしろ、その複雑な計算を即座にやってのける柏木の頭脳に賞賛を送った武は、横合いから第2小隊を襲おうとしていた一群に切り込んだ。
 先頭の混合キメラ級を横合いから袈裟懸けにし、返す刀で鎌を振り上げかけた殲滅ジェノサイダー級を両断する。次いで襲い掛かってきた空気を巻き込んだ轟音を、片足の位置を変えるだけで回避し、振りぬかれた前腕の外側から、要撃グラップラー級の胴体を斬り裂いた。
 元々白兵戦闘に慣れていない者達は、F-22Aで近接戦闘長刀を巧みに扱い敵を狩る武のその姿に、言い知れない凄みを覚え、力付けられた。そして、敵の出現が散発的だったことと、武の奮戦、柏木の的確な指示と援護もあり、若者達の初戦闘は被害無く、無事に乗り切る事が出来た。
 敵の攻撃が途切れ、辺りに静寂が訪れる。現状が把握できていない武と柏木は、迂闊に動く事はせずに、全員に円陣を組ませ周囲を警戒しながら、今の状況を考えてみる。
 「柏木、こいつら何処から来たと思う?」
 「地下にもセンサーは設置してあったけど、直前まで反応は無かった――でも敵は地下から来た。考えられる可能性としては、何処か使われていない道が存在したか、BETAがあらかじめ道を掘ってきたかだね」
 「沿岸部には部隊が展開しているけど、見落としもあるかもしれないからな」
 「海底から直接ってことも考えられるよ」
 「いずれにしてもセンサーの設置箇所に見落としがあったのか……」
 「今言っても始まらないよ、妥協した私達にも責任はあるしね。どうする、恐らく私達よりも先行していた第1中隊の方が危険だよ、あっちも実戦経験は2回だけ――」
 2人は少しだけ考え込んだ。今の状況から複数の選択肢をシミュレートし、どれが現実的に可能かを、脳内で再現して取捨選択していく。
 「助けに行こうぜ、向こうも教官が付いているし、俺達が行けば抜けられる可能性も高くなるだろ」
 柏木は、その答えはやはり白銀らしいと思った。自分としては安全性を取って消極案を行くことも考慮したのだが、自分と違って白銀は多少無茶でも人助けをするタイプだからだ。もっとも、それに付いていく事を容認してしまう自分の甘さも、白銀と付き合ってきた結果なのかもしれないと、少し心がくすぐったかった。
 結局、第2中隊はこのまま後退させ、武と柏木が第1中隊の援護へ向かう事となった。未だ敵が存在する可能性はあるが、センサーを確認しながら後退し、町の外に出てしまえば安全性は高まるからである。彼等は基地に戻り、援軍を頼む事を了承した。
 そして武と柏木の2人は、友軍を援護する為に、廃墟となった町の向こうへと消えて行くのだった。



[1134] Re[16]:マブラヴafter ALTERNATIVE+  第141話
Name: レイン◆b329da98
Date: 2007/02/21 22:38
2009年1月26日……アメリカ合衆国、エルカホン (El Cajon)付近


◇◇◇
 2機のF-22Aラプターは、廃墟と化した町を高速で移動していた。
 内部で機体を操縦する武と柏木の表情は硬い。途中で、設置された中継機の残骸を確認し、第1中隊の安否が益々懸念されるようになったからだ。沿岸部の警戒網をすり抜けて来たことといい、BETAの行動パターンは確実に変わってきているのが実感でき、薄ら寒くもある。
 やがて暫くも経たない内に、目的だった者達が確認出来た。しかし通信可能圏に入り、繋がって得た情報では、現状は喜ぶことが出来そうも無い状況だ。
 「繋がった――でも、7機!」
 「教官入れて14機は居たはず、やられたのか!?」
 「解らない、データリンク繋ぐよ!」
 柏木の言葉と同時、データリンクが繋がり各種通信も繋がった。映像通信が開き、相手もそれでこちらに気付いたようだ。
 武と柏木は、混戦状態だった戦場の側面から割って入り、味方に襲い掛かっていた敵を蹂躙し始める。
 「こちら第2中隊教官担当、出来れば現状報告を」
 「白銀大佐か、ありがたい! 我々は第3小隊の斥候任務中に敵の襲撃を受け交戦を開始、現在2機やられたが乗員は回収している。しかしヒヨッ子どもをカバーしていた所為で、俺も少しやばい状況だ、損傷が大きすぎる」
 こちらは第2中隊が居た場所より沿岸寄りの為に、進んできた敵に最初に捕らえた筈だ。周囲に散乱している死骸の数が多いことからも、その予想が正しいことが窺える。恐らく相当激しく戦ったのだろう、現在は敵の数も減っていたが、教官を担当していた者の機体も損傷が激しかった。正直、武達が来なかったら格段に危険となっていったであろう。
 「第3小隊との通信は?」
 「不通だ。こちらもそれどころじゃなかったので確認も取れていない。向こうにも1名付いてはいるが、今の所は――」
 取り合えず、この混戦状態をなんとかしなければ、落ち着いて考えることも逃げることも出来ない。2人は第1中隊の者達と協力し、敵を屠り続けて行った。幸いに、敵の攻撃は勢いを弱めつつあり、武と柏木が参戦したことで、他の隊員達も落ち着きを取り戻して戦えるようになった。
 やがて、混戦状態を脱した部隊は敵を牽制しつつ再集結した。しかしその頃には、教官の搭乗するF-22Aが危険な状態となってしまっていた。
 「こりゃやばいかな……」
 「後は後退に専念すればいいから、機体を放棄して乗り移れ、そのままじゃ危険だ」
 「そうしようか――」
 教官は、武の言葉に素直に同意し、教え子であった者の機体に乗り移った。それを見届けた全員は、少しずつ後退を始める。光線レーザー級と要塞フォート級の姿は無かったので、混戦を脱してしまえば地形を利用しながら後退する事は容易だ。
 敵を牽制しつつ、障害物を盾に後退して行く一行。その中で、武は何かを決心し、柏木と目線を合わせた。
 「柏木……」
 「白銀、やっぱり行くの?」
 「ああ、見捨ててはおけねぇからな」
 子供を嗜めるような、それでいながら相手を案ずる表情を湛え、柏木は武に言った。武の性格からして、行くことも、言っても止まるようなものではないのも、解っていたのだ。
 「私も付いていきたいけど――」
 「こっちもボロボロだ、もしもの時の為に付いていてくれ」
 「やっぱりそう言うんだよね」
 「はは、すまねぇな」
 「万が一ってこともあるから、無理はしないでよ」
 「死ぬ心算はねぇよ、俺が死んだら真那が悲しむだろ」
 「へえ~、大きく出たね」
 「おうよ、愛されてるからな」
 2人は一通り軽口を交し合った後、暫く無言で見詰め合った。そのやり取りに籠めるのは、ただお互いの無事を祈るだけ。戦場での一時の別れは、絶対の再会を約束する物ではないが、しかし2人は必ずまた出会えると信じていた。
 「それじゃあ柏木、後を頼むぜ」
 「そっちも、無理はしないようにね」
 そして武は、後退を続ける第2中隊と分かれ、第3小隊の捜索に向かうのだった。

◇◇◇

 やがて武は、第3小隊を『発見』した。
 合流では無く発見――最大望遠で見る眼前には、散乱した戦術機の残骸が散らばっている。
 「く……全滅かよ――」
 周囲に未だBETAが残っていたが、機体を近付けつつ撃ち倒して行く。怒りを覚えながらも、それを激発させ冷静さを失わないよう、熱くなった激情を籠めるかの如く、弾丸の1発1発ずつを撃ち放って行った。
 やがて戦術機の残骸に近付く頃には、周囲に存在していたBETA群を全滅させた。機体を停止させつつ周囲を良く見てみたが、散らばっていた残骸は3機分しか存在しなかった。マーカーも無く遠めだったので、全機分の残骸と早とちりしたらしい。撃破された戦術機は大体戦車タンク級に喰われるので、残骸とマーカーの有無でそう結論付けてしまう悪い癖が出てしまったようだ。
 「3機か……、残り2機は逃げ延びたのか?」
 脱出したかもと思ったが、3機とも管制装置ユニットが射出されていないのでその望みは薄いだろうと結論付けた。押し潰された前面装甲と胸部の向こう側へ、戦って散った者への軽い黙祷を捧げる。
 「しろ……がね……大佐……か?」
 「!?」
 黙祷の途中、急に聞こえてきた声に、驚き目を見開いた。すぐさま発信源を確認してみれば、沈黙していたF-22Aの1機から――こちらからのアクセスは全て死んでいたが、どうやら辛うじて通信が繋がる程度は生きていたらしい。
 「っ、生きているのか!?」
 「辛うじて……な――どうやら天は、少しだけ私を生かしといてくれたらしい……私は無神論者だが、少しは神様を信じても良いかな……」
 息も絶え絶えに話す彼女の声には、時折溺れるような擦れ声も混じる。武はそれが、喉に血を溜めた状態で出る声だと知っていた。
 そして、聞こえてくる声に混じり彼女が操作したのか、データリンクが一方的に繋がる。その情報の中に合った通信者の表示は、第3小隊に随伴した女性教官のものであった。
 「2人は最初にやられてしまって……。残り2人は何とか逃がした……けど、どちらも機体の損傷が激しく……向こうの何処かでベイルアウトしている……筈だ。私は……此処に留まって、敵を惹き付けていたけど……ゴフッ!」
 「おい、大丈夫か? おいっ!!」
 友軍が逃げたであろう方角と、予測脱出地点範囲が送られてきた。しかし次の瞬間、咳き込む声と、跳ね飛ぶ粘着質を纏う水音が聞こえてくる。大丈夫かと声を掛けてみるが、ひしゃげた外観からコクピット内部の様相と、彼女の命の灯火が消え行く様がありありと想像できて、何をすることも出来なかった。
 「結局はこの有様だ……。白銀大佐、脱出しただろう2人を頼む――あいつらは未だ若くて将来有望だ、助けてやってくれ……」
 「けど、少佐は……」
 「死に掛けの私なんかよりも、あの子達を頼む……。私はどうせすぐに死ぬ……もう目も見えなくなった――私が今こうやっていられるのはきっと……」
 「少佐!? 少佐ァ!!」
 最後の言葉を聞き取る前に、通信が向こうから切られた。武は再度通信を繋ごうとするが、それを拒むかのように機械は無音を貫く。彼女は、死に逝く孤独に苛まれる自身の弱音を断ち切り、またそれを悟らせ、武の心を引き止めるようなことをしないようにと、通信を切ったのだ。
 武はそんなことは解らなかったが、自ら通信を切った彼女の覚悟だけは解った。
 「……っく、了解しました少佐、もしその2人が生きていたら、貴女の望みは絶対に俺が叶えます」
 沈黙したF-22Aに向かい、武は届かぬ言葉と敬礼を捧げた。武が向かった時点で2人が死んでいなかったら、絶対にその2人を無事に基地まで連れ帰ろうと――死を前にして、他人を気遣った彼女の高潔な精神に誓った。
 それから武は、2度とそのF-22Aを振り返ることはせず、彼女が示した方角に機体を進めるのだった。彼女の死に際の願いを叶えるべく、早急に2人の捜索を始めなければならないと――
 
◇◇◇
 
 捜索範囲が絞れていた為に、逃げたという2機は簡単に見つかった。2機共に機体の損傷は確かに激しく、周囲にBETAの死骸も幾つか存在してはいたが、管制装置ユニットだけは遠くに転がっていたので、どうやらベイルアウトだけは果たしたらしい。
 (後は……無事でいるかどうかだな)
 今までこの戦場には、光線レーザー級と要塞フォート級、そして小型種の姿が見えなかった。大型種はともかく、小型種が見えない現状、生存の可能性は大幅に高い筈だ。
 2人を探し始めてから、捉えられる範囲のセンサーの反応も注意して見ていたが、今の所反応があるのは大型BETAの音紋だけであった。後はこの場所を基点に、基地の方角へ向かって探して行くのが1番の方法だろう。現状を鑑みれば、脱出した2人もその道を進むであろうことは確実だ。
 武はセンサーに注意しながら、ゆっくりと基地方向へ向かって進みだす。センサーにも死角はあり、特に2人が隠れていると見過ごしてしまう場合もある。現在の通信可能範囲ではスピードを出した場合、向こうがこちらに気付いてから動いても、こちらがその間に通り過ぎてしまう可能性も存在するので、その辺に気を付けねばならないのだ。
 そうして武は、センサーに注意しながら機体を進めて行こうとした。
 だが――
 「なっ!」
 上空から飛来した大型の物体に足を止められた。振り下ろされる鎌を回避しつつ、そののまま後方へと飛ぶ。同時に反射的に構えた突撃機関砲より砲火を見舞い、その物体をズタズタに引き裂く。
 「殲滅ジェノサイダー級か!」
 叫びを上げる間にも、新たに機体を狙った個体が上空より襲い掛かる。1体は同じ様に回避して撃ち抜き、もう1体は落ちて来る所を空中で引き裂いた。
 「やつら上から!」
 そう――この殲滅ジェノサイダー級は、ビルの上から下を通りかかった機体を襲っているのだ。当然ながら、ビルの上にはセンサーは仕掛けられてはいない。殲滅ジェノサイダー級が幾らか飛べるとは解ってはいても、この襲撃は武でさえ驚愕してしまった。
 「く……、強襲降下戦法って訳か」
 武の乗機目掛けて、殲滅ジェノサイダー級は上空から次々と襲い掛かってくる。最初は討ちかかってくる個体全てを仕留めていたのだが、やがて対処が間に合わずに、地上に降り立った個体が出た。その個体はなんと、再度羽を広げて飛び上がって、周囲のビルの壁面を三角飛びの要領で駆け上がって行く。
 「おいおい……そんなんありか!」
 上空から襲い掛かる個体、壁面を蹴って横から襲撃してくる個体、地上を這って襲い掛かる個体――今まで平地に近い地形で相対することが殆どであり、BETAも戦術を使わなかったので解らなかったのだ、殲滅ジェノサイダー級は、3次元的な地形では恐ろしく厄介な敵となることが。
 長く飛ぶことは出来ないが、跳躍と滑空という独特の特色は、3次元的な地形の元で恐ろしい武器となって、人類に牙を向く。
 「こいつら、不味いか……」
 武も懸命に撃ち倒し斬り倒していくが、如何せん数が多い。前後左右に加えてそれが立体的となると、上方まで注意を向けねばならず、対処が間に合わないのだ。
 直撃は避けたが、1撃貰い、2激貰った、そのままどんどん微細な損傷が増えていく。相手の数も加速度的に減らしてはいたが、こちらも蓄積した損傷が馬鹿にならなくなってきた。
 武雷神だったら対処できたものをとも思ったが、今思っても仕方が無いので、その考えは即座に打ち捨てた。現在搭乗している機体はF-22Aラプター、だったらその機体の力を、十二分に引き出して戦うだけだ。
 「せやああぁぁあ!」
 本来白兵に向かないと言われる機体だが、その存在能力は不知火を凌駕しているのだ。武程の腕を持つものが使えば、その刀捌きは不知火をも凌駕し、武御雷に匹敵する。敵を両断し袈裟懸けに分け断って行く血塗れのその姿は、悪鬼羅刹と呼ぶに相応しい様相であった。
 だが、敵も恐怖というものに怯むことはせず、肉体を凶器と化して襲い掛かってくる。その死を厭わない物量の突撃にさしもの武も、機体への過度のダメージを迎えさせてしまった。
 襲い掛かってきた剣腕を弾き飛ばしたが、同時に振り下ろされた鎌を躱し切れなかった。主腕を振り上げたまま回避に移ったが、鎌の先端が肩口へ侵入する。鋭利な先端は肩口の装甲を斬り裂き侵入し、そのまま幾つかの内部パーツを切断して下方に抜けた。
 「く……左腕が死んだか」
 反応が途切れた左腕は即座に切り離す。重量配分が変わるのは頂けないが、ぶらつく腕をそのままにしていると余計に邪魔だ、こういう場合は切り離した方が良い。
 この時点で、残っている敵の数も10数体となっていた、後は機体が死ぬのが先か、こちらが全滅させるのが先か――
 「はっ! こっちには勝利の女神が3人も付いているんだ、お前らごときに負けていられねぇよ!!」
 愛しい3人の顔を脳裏に思い描き、闘志を爆発させる。愛情を求める心は生きる活力となって燃焼し、細胞という細胞に熱き血潮を巡らせて行く。このピンチに至って武は、髪の毛一筋程にも恐怖に駆られてはいなかった。
 目の前の敵を倒し、そして新人2人を助け、生きて帰還する――その強固な意志を胸に、武は損傷を負った機体に魂を乗せ、敵に突撃を開始する。



[1134] Re[17]:マブラヴafter ALTERNATIVE+  第142話
Name: レイン◆b329da98
Date: 2007/02/21 22:44
2009年1月8日……アメリカ合衆国、エルカホン (El Cajon)付近


◇◇◇
 自らの操作で射出した管制装置ユニットの脇に立ち、武は自分の装備を改めた。その身に纏うのは強化外骨格に、シートユニット内部に納められていた各種装備――脱出時の機外活動で生存率を高めるためのその装備を纏うのは久方ぶりだったが、手順自体は確り叩き込んであるので、最低限の時間で準備できた。
 戦闘直後でもあるここは、他のBETAに嗅ぎつけられる可能性が高く、一刻も早い離脱が望まれた。強化外骨格を纏う時間をも惜しんだが、結局後のことを考えて装備したので、その判断を良しとする為にも。
 しかし武は、立ち去る瞬間に一度だけ振り返った。
 途中から折れ崩れたビルに寄り掛かる、全身傷だらけの戦術機。ここ数日間、実機演習で使っていた武の機体であったF-22Aラプターは、正に満身創痍という言葉が相応しい様相となっていた。
 あちこちの装甲は剥がれ落ち、斬り傷で内部が露出している箇所も多い。左腕も無く、右腕も最後の相手をぶん殴ったので潰れている――しかしこの機体は、傷ついて行くその体で、武の操縦に最後まで忠実に答えたのだ。数日間しか搭乗しなかった機体ではあったが、武は世話になったその機体に、万感の想いを込めて頭を下げる。
 「ありがとな……」
 僅か5秒程度の、一言の別れの挨拶であったが、武はそれで踵を返した。
 ここに長く留まる訳にはいかないのだ。身勝手な考えかもしれないが、もし此処で武が死んでしまえば、この機体の『死』も無駄になってしまうだろう。それに、自身が死ねない理由も様々に存在し、そして今現在託された願いを遂行するという目的もある。
 「さあ、急ぐか」
 付近に設置されているセンサーは、衛士強化装備の方でも受信できる。そのマップを網膜投射で表示させながら、武は貴地方面へ向かう方角へ進みだすのだった。

***

 時折マップの隅に現れる大型種の反応を迂回しながらも、武は順調に歩みを進めてきた。
 第4世代戦術機の最新型には及ばないものの、F-22Aに搭載されている強化外骨格も中々の性能で扱いやすい。隠密製を高める為に、装備されている各種装置は使わなかったが、それでも予想と違わぬスピードで前進できていた。
 (早めに接触できるかな……)
 探している相手は、実戦経験2回と殆ど新人と変わらない。小型種が見えないとはいえ、その進みは慎重さを重視し遅々としたものとなるだろう。2人が余程変なルートを通らない限りは、先程の殲滅ジェノサイダー級との戦闘時間を差し引いてもそう遠くない内に合流出来る筈だ。
しかし、上手く行っている時ほど物事というのは覆りやすく、その法則はこの場合にも適用されてしまった。これは武の落ち度という訳ではなく、まったくの『運』だったのだが、起こってしまったことは状況を酷く悪化させた。
 「ん……?」
 視界に映ったマップに、小型の光点が映し出される。前方に映ったそれは最初、探していた2人かもと思ったが、次いで表示されたデータに、武の表情が強張った。
 「マジか……、兵士ソルジャー級に闘士ウォーリアー級!?」
 余りの驚きに、久しく口に出さなかった言葉が飛び出したくらいだ。武は、急いで物陰に身を潜める傍ら、その光点付近の表示を拡大し、地形の把握と合わせ思考を巡らす。
 だいたい何故、今まで小型種は1匹も見えなかったのに、今になって出てきたのか――
 (見逃したってのはありえねぇし、隠れていたのか……それともまさか!?)
 その時頭に浮かんだ考えは、突拍子もない予想ではあったが、何故かしっくりと来てしまった。武はその予想に戦慄を覚える。
 (俺が脱出したからか!? 時間的には合う――あの場所に新たなBETAがやってきて、搭乗者の死体が無い機体を確認して、それを探す為に小型種を放ったとしたら……)
 BETAは人間の事を生物と思っていないというが、有人機を狙っても来るので主要部品としてくらいには考えているだろう。指揮官型BETAは、少なくともある程度以上の思考能力がある存在と情報のやり取りをしていると考えられているので、その統制下にある個体が得た戦術機の様相から、主要部品である搭乗員の脱出を察知したという仮設が立てられてしまったのだ。
 思えばこの戦場は色々おかしい。光線レーザー級も要塞フォート級も見えず、小型種も先程までは確認できなかった。そして殲滅ジェノサイダー級の新たな戦法――あそこで他種族のBETAが混じってなかったのも今思えば疑問過ぎる。
 「試しているのか? 自分達の運用方法を……人類の反応を――」
 その言葉が、何故かピタリと、己の胸に空いた『疑問』という名をした穴に填まり込んでしまった。その瞬間、武の全身に、何か言い知れぬ怖気が浸透する。慌ててその考えを否定しようと試みるが、1度自覚してしまった考えはもう覆る事が無かった。
 しかし、今はそんなことを考えていられる時でもない。この問題は1人で考えても片付かないと、頭を振って、思考を当面の事態に対する為に戦闘モードに切り替える。
 マップに映る相手は、段々とこちらに近付いて来ているようだ。
 (奴等の人間探知能力は高い、検討は付けられているか)
 現在は相手とも距離があり、こちらも物陰に潜んでいるので大丈夫だろうが、向こうが近付けば動かなくても察知されるだろう。動いて逃げるにしても、先程の移動段階でおおよその検討が付けられている可能性が高い。……となると、逃げ切るのは無理だろう。兵士ソルジャー級はともかく、闘士ウォーリアー級には確実に追いつかれる。
 (まあ、一か八かか……)
 取り合えず、逃亡する事を第1として考えを纏めた。逃げれるならそれで良し、もし相手が追って来たら、即座に戦闘準備に切り替える――追われた場合、逃げるのは不可能なのだ、ならば戦場を少しでもこちらの有利に準備しておいた方が良い。
 目を瞑って深呼吸を数回。その内に、戦闘シミュレーションを固める。そして数瞬後、物陰に沿って這うように、相手から距離をとろうと行動を開始した。
 少しの間は相手に反応が無かった。しかし2つの光点は、突然に動きを変えた。狙っているのは間違い無く――
 「く……、やっぱり見つかったかよ!」
 武はその時点で逃亡という選択肢を除外した。そして目を付けていた地形目掛けて移動を開始する。後は奴等が勝つか、こちらが勝つかだ。生か死か――武は生きる選択肢を選び取る為に、戦術機無しで戦う決意を固めた。

 武の予想通り、移動速度の差から闘士ウォーリアー級が先に迫ってきた。これならば考えた手が使えると、迫り来る光点を凝視しながら、描いた手順を反芻はんすうする。
 手の平に汗が滲みだし、心臓が早鐘を穿つ。思えば戦術機無しででBETAと対峙するのはこれが初めて、今までは巨大な鋼鉄の鎧を纏って戦ってきたが、その鎧が無い事がこんなにも心許ないとは夢にも思わなかった。現在装着している強化外骨格も中々に強力なのだが、戦術機にくらべると、まるでプラスチックで出来ているように感じられてしまう。
 「来た!」
 光点が接近し、そしてその姿が物陰から飛び出した。その姿をはっきりと視認する間も惜しみ、銃撃を浴びせる。
 強化外骨格の腕部に内臓された対小型種BETA用機関銃は特殊弾を使っており、速射性・連射性・威力共に高い。肉厚の兵士ソルジャー級にも十分通用するので、闘士ウォーリアー級に至っては数発でも絶命させる事が可能だ。
 しかし放たれた銃弾は、その敏捷性により回避されてしまった。やつらは耐久力は低いが、中てるのが問題なのだ。だが、最初の弾を回避されることは織り込み済みなので、武は迷うこと無くその間に走り出す。
 コンクリートで舗装された道路を、脚部に装備されているローラーによって高速移動する。長く移動すれば追いつかれるだろうが、相手が体勢を崩したほんの僅かな間に、瞬間的に引き離せればよい。
 そしてT字路の先、大通りからすれば狭い路地の中に飛び込んだ。そのまま左足を地面に噛ませながら、右半身を後ろに倒すよう力を掛け、一気に180度方向転換する。その視界に、武が侵入した路地へと突っ込もうとする、闘士ウォーリアー級の姿が見えた。
 (落ち着け……タイミングを間違うな!)
 やつらは縦の跳躍力も高い。過去の事例で、同じ様に狭い路地に誘い込んだが、跳躍して頭上から襲われたという報告もある。だから武は、路地の中にトラップを仕掛けた。
 そのトラップを起動させるのは、タイミングが重要だ。迫り来る闘士ウォーリアー級の禍々しさに、流石の武も戦慄を隠せないが、震えそうになる体を意志の力で捻り込み、その瞬間を見極めるべく敵を凝視した。
 敵が近付く。その長鼻が、こちらの頭をもぎ取ろうとしているのか、獲物を狙う蛇のように鎌首をもたげた。後数瞬で、その行動は実行されるだろう――しかし武はそうはさせじと、トラップのスイッチを入れる。
 瞬間巻き起こる轟音と爆発。闘士ウォーリアー級が路地に飛び込んだその瞬間と重なるタイミングで、その両横の壁が大きく爆砕したのだ。
 爆弾。あらかじめ武が設置していたそれは、至近距離からの無線起爆によって武の思い描いた通りにその威力を発揮した。路地の幅がそれなりにあった為や若干の位置のズレにより、爆発で致命傷とまではいかなかったが、両横からの爆風と破片による衝撃は、相手の体勢を崩すのには十分だった。
 「喰らいやがれぇ!!」
 既に銃口を向けて構えを取っていた武は、トリガーを引き絞った。撃ち放たれる対小型BETA用弾丸は、肉体が柔らかいバルルスナリスをたちまちに引き裂いていく。弾が当たりさえすれば、拳銃弾でも効果がある闘士ウォーリアー級にとってその攻撃は正に必殺であり、トリガーを1秒程引き絞った所で、相手は原型を崩す程にぼろぼろとなっていた。
 「はぁっ、はあっ、はあっ……。後は、兵士ソルジャー級か」
 息を整えつつ、次の目標へと思考を切り替える。戦闘中も気を配ってはいたが、弾を撃っている間に随分と接近してきていた。
 それでも興奮して熱くなりすぎた思考を落ち着かせながら、冷静さを冴え渡らせる。兵士ソルジャー級は闘士ウォーリアー級よりも肉が厚く生命力が高いが、敏捷性はそれほど無いので弾を当てるのはそう難しくは無い。対BETA用特殊弾は十分通用するので、1体の場合は弾を当て難い闘士ウォーリアー級よりも楽な相手だ。
 もちろん、決して舐めて良い相手では無いが。
 「出会い頭にフルオートで叩き込む……これが一番確実だよな」
 気を抜くと膝が笑ってしまいそうな程に恐ろしい。先程の闘士ウォーリアー級は何とか上手く倒せたが、あれも結構際どかった。戦術機の場合は余り気にも留めない存在が、生身の場合はたった1匹でも、何と脅威と感じてしまうことか。
 (これからは、機械化強化歩兵部隊やゲリラ出身の人達に、もっと敬意を払おう)
 取り合えずそんなことを深く心に誓って、武は少しでも戦闘に有利そうなポジションに移動した。
 「来たか!」
 拡大マップに映る光点が自分に重なる程に近付き、同時に相手の姿も直接の視界で捉えた。
 大きく膨らんだ下腹部に、そこから突き出す人間に似た上半身、そしてハンマーのように両横に広がった頭部と、特徴的なその小さな目であるだろう器官――兵士ソルジャー級BETAヴェナトルは、その突撃スピードを落とさずにこちらに向かって突っ込んで来る。
 「おおぉぉおッ!」
 その突撃を大きく横に回避しながら、ありったけの銃弾を撃ち込んで行く。相手は弾を喰らいながらも武に肉薄し、その腕をラリアットのように振り払ってくるが、確りと見極め掻い潜りながら、途切れさせずに銃弾を撃ち込み続けた。
 弾け飛び、削り取られていく肉片が周囲に飛び散り、穿たれた穴から流れ出る流血が地面を染めて行く。しかしそれだけの損傷を負っても、中々相手は沈黙しなかった。それどころかその銃弾の雨を受けながらも、尚その肉体を武の方向へ寄せようともした。
 「くそっ、しつこいんだよ!」
 満遍なく撃ち放っていた銃火を、頭部に集中させた。その効果はたちまちの内に現れ、頭部は蜂の巣のように穴が開き、やがて耳を塞ぎたくなるような生々しい音を立て、熟れた石榴のように弾け飛ぶ。そしてその個体は、首から上をなくしたまま数歩だけよたよたと進み、やがて大きく痙攣しながら、地面にその身を横たえた。
 「はあっ、はあっ……ふーー、やっとくたばったか」
 額に張り付いた汗が数滴、頬をなぞるように滑り落ちた。肉体的な運動量で言えば、何時ものきつめの訓練に比べれば少ないものだ。しかし強化外骨格を纏っているとはいえ、初めて生身で行なったBETAとの実戦は想像以上の緊張を肉体に与え、気力精神も含めた疲労度は大きかった。
 「早く移動しないとな、次が来ないとも限らねぇし」
 しかし気力を奮い起こす為に、自らの口で次に行動する事を述べて、その通りに体を動かし始めた。先程と同様、他のBETAが集まってくる前に移動しなければならない。それに――先程思ったことが当たっているなら、やつらは仲間を見つけた後にその死を思考可能な存在に報告し、そしてその存在が新たな小型種をこの一帯に解き放つ可能性もある。
 やつらがどういう意図でこんな行動を取っているかは解らないが、本気を出していない今がチャンスなのだ。
 武は、早々に新人2人を見つけてこの戦場から離脱すべく、足を急がせるのだった。



[1134] Re[18]:マブラヴafter ALTERNATIVE+  第143話
Name: レイン◆b329da98
Date: 2007/02/21 22:49
2009年1月26日……アメリカ合衆国、エルカホン (El Cajon)付近


◇◇◇
 新人――まだ若い男女2人組みは、身動きを取る事が出来なくなっていた。
 脱出して暫くした後に小型種と戦うこととなったが、それは強化外骨格の損傷と引き換えに何とか倒した。その後は、無事だった装備だけを纏い、何とかここまで進んできたのだが――大型種に囲まれる事態となってしまったのだ。
 もちろん注意はしていた。緊急コードを使用して設置されているセンサーを使用可能にし、それを頼りに慎重に慎重を重ねていたのだが、運というかタイミングが悪かったとしか言いようが無い。前方から来る大型BETAをやり過ごそうと隠れていたら、別の方向からも同時に接近されてしまったのだ。
 これが戦歴豊富なベテランなら、包囲される前に隙を縫って外側に抜けられたのだろうが、生憎と彼等はBETAとの実戦経験は殆ど無い――逡巡している内に、どんどんと接近されてしまったのだ。
 「不味いわね――」
 少女は顔を顰めながら唇を噛んだ。付近に存在する反応は3つ、要撃グラップラー級と突撃デストロイヤー級と混合キメラ級。要撃グラップラー級は未だ遠いが、残り2体がかなりの至近距離まで来ていた。
 「どうする、このままじゃ見つかってしまうよ」
 「どうするもこうするも……。動けば見つかってしまうわ、隠れてやり過ごすしかないじゃない」
 既に状況は相手の動向に委ねられた状態となってしまっている。後は見つからないことを祈るだけで、なんとも心許ないが、それでも今は待つしかないのだ。
 「それで――<ゴトッ>――」
 「「!?」」
 その時、唐突に背後で小さな音が上がった。何か――瓦礫が崩れ落ちただろう音は極々小さかったが、今の緊張しきった2人は、その音に過敏に反応してしまった。
 思わず振り向こうとした所、しかしその動作を遮るように、小さな声が聞こえる。
 (動くな!)
 同時衛士強化装備に何者かの手が触れ、情報が流れ込んでくる。接続されてデータリンクが繋がり、やり取りされた情報が網膜の上に映し出された。2人はその情報を緊張を保ったままも凝視し、やがて静かに強張った体を、安堵の溜息と共に弛緩させた。
 (取り合えず状況は理解した。何があっても絶対に動くなよ2人とも)
 (白銀大佐――)
 (なあに、これでも奴等とは付き合いが長い、慌てなければ無事に脱出できる、俺を信じろ)
 (はい、解りました)
 実際は武自身もこの状況には不安を感じてはいた。しかし2人を見つけた時は既に移動できる状況ではなく、強化外骨格を脱いで近付き、彼等を力付けるしかなかったのだ。奴等の能力を把握し、そして脱出できる自信は存在するので、今は少しでも強がって見せて、彼等の恐怖を自分への信頼という安心へ転化ししなければならない。
 その内にやがて、混合キメラ級がこちらへ近付いてきた。
 やつが一歩近付くごとに地面を揺らし、距離を詰めるごとにそれが大きくなっていく。最大全高25mにも達するその高さと重量を生身で、しかも至近距離で体感するのは恐ろしいほどの恐怖が付き纏い、武が抱え込む新人2人は、既に恐怖で体の震えが止まらず、このまま手を離したら大きく揺れ動きそうな状態となってしまっていた。
 (大丈夫だ――このまま行っちまえ)
 武達が隠れている瓦礫が積み重なった空洞のすぐ目の前で、混合キメラ級の前足が地響きを立ててコンクリートを割っていく。
 混合キメラ級は、対戦術機用として創られたBETAと見なされていて、それを裏付けるように対人探知能力は突撃デストロイヤー級と同等に低い。というよりも、混合キメラ級は『基本的に』対人探査は行なっていない。その反面、対戦術機(機械全般とも言われる)探知能力は全BETA中トップクラスで、物陰に隠れて主機エンジンを落とした戦術機をも発見された事例が存在する。
 対人探査の『基本的に』とは、要するに『普段は』ということだ。どういう基準でそれを行なっているのかは不明だが、自身が『動く物』として捉えると、奴等はそれが機械でなくても探査する。そしてそれが人間の場合は、目標と捉えて抹殺を実行するのだ。つまりは、このような超至近距離でも動かなければやり過ごせる。
 3人は息を殺して潜んでいた。新人2人は既に、押し寄せる恐怖の為か目を強く瞑って耐え忍んでいた。だが、そのとてつもなく長く感じた時間もやがては終わり、地響きは段々と遠ざかって行く。
 それを認めた武はやにわに2人を解放して体を起こし、2人に力強く言った。
 「よし、このまま此処を脱出するぞ」
 「――ですが、まだ周囲にはBETAが!」
 「大丈夫だって少尉、この程度の隙間があれば抜け出せる」
 武は不安な顔を見せる少女の言葉に笑って答えた。もちろん付きまとう不安があったが、武には脱出できる自身がある。新人達には大型BETAに囲まれた状況は絶望的に見えるかもしれなかったが、この散発的な配置と、しかも小型種がいない状況――逃げられる自身は大いに存在した。
 「これでも結構長い間奴等と戦ってきたんだ、俺に任しとけって」
 不安げな新人を鼓舞する為、そして何よりも、2人と自分を生かして返すという任務を遂行しなければならない自分を鼓舞する為にも、武は軽快な笑顔を見せ大仰に言い切るのだった。

◇◇◇

 その後、包囲網を突破した3人はそのまま貴地方面への前進を続け、やがて柏木を筆頭とした救助隊に合流する。
 合流後は新人2人は撤退し、白銀武は柏木が自動操縦で随伴させてきた愛機である武雷神に搭乗、この付近一帯に現れたBETAの掃討に当たった。
 
 『CPより第317戦術機甲大隊、調査状況はどうなっている?』
 『こちら31701、一通りの調査は終了した。その調査中に下水から地下水道に続く道を発見し、現在第3中隊が潜行中。どうやらかなり深いらしく、海岸線付近まで繋がっている可能性が高い、痕跡からも恐らく此処から内陸に進行してきたと思われる』
 『了解――引き続き調査を続行せよ』
 『CP――こちら第276戦術機甲大隊。第44区で会敵し、現在交戦中だ』
 『CP了解、援護を向かわせるか?』
 『問題無い、我々だけで対処可能だ。ただ、報告にあった通り敵の行動パターンに従来との変容が見られる。上手くは言えないが――とにかく違和感を感じるのは確かだ。解析の方は念入りにと伝えてくれ』
 「どうやら陸軍の人達は真面目にやってくれているみたいだね」
 「幾らこっちと向こうに軋轢があっても、下の者達にとっちゃあんまり関係ないからな。BETAの不可解な行動を真面目に調査せずに後でしっぺ返しを喰らったら、それこそ不満を言う余裕も出ないだろ」
 「防衛戦を素通りされて内陸に進行されていることや、今回の不可解な行動――BETAの大進攻でダメージを受けたばかりの身としては、調査に手は抜けないか」
 武の報告を受けたアメリカ側の焔の協力者達は、事態を重く見てその情報を政府に報告し、その結果政府が軍内の調査団を派遣したのである。今この地域一帯では武達と併せて、軍隊と軍隊付きのBETA研究家達が集まり、BETAの掃討と各種調査が続けられていた。
 現在武達は、町の一角で待機を続けている。BETA掃討に関しては協力して事に当たっていたが、調査段階になると無闇に動いても邪魔になるので、要請があった場合に動くようにと。しかし、軍隊が到着する頃には大規模な集団は殆ど掃討が終了していたので、実際は今まで一回も動いてはいなかった。
 「それにしても……」
 「ん……、どうした?」
 「いや、白銀が無事でよかったよ。強化外骨格を纏った白銀が手を振っているのを発見した時には、流石に肝が冷えたし」
 「BETAの不可解な行動に感謝だな、小型種がいなくて本当に助かったぜ」
 「ある意味、白銀は強運だよね、運命を先読みして選んでるんじゃないの?」
 「ははは、まさか。幾ら何でもそれは無いって」
 「そうだよね、はははは」
 柏木の突拍子も無い言葉に、武はそれを笑って否定する。柏木本人も、それは冗談で口にした為に、大して気にもせずに武と共に笑いあった。
 今回の戦いでは、本当に小型種がいなくて助かった。BETAの動向は不気味だが、その為に無事に帰ってこれたのかもと思うと、不思議な感慨を覚えて唐突にこんな言葉が出てしまったのだ。
 しかし柏木自身はその笑いの裏で、本心としてかなりの安堵を覚えたことを思い出していた。武の無事を疑うことはなかったが、嫌な焦燥を覚えて早急にとって返したのもまた事実だ。あの時、戦術機無しで佇む武を見て、もしかしたらの予感を思い浮かべて嫌な汗が流れ落ちたことは、未だ鮮明に記憶に刻まれている。
 実は柏木は、今回の出向を結構楽しんでいた。余り浮かれすぎて羽目を外してもならないので、気持ちに抑制を掛ける為にも武を呼ぶ呼称を『白銀』に戻しているくらいに。向こうでは響と分ける為という自分にも他人にもに向けた『言い訳』が立つが、流石に2人きりでは色々不味かったのだ。
 笑いながらも柏木は、自嘲するように心の中で言った。
 (ほんと……未熟だよね)
 周囲は自分を割り切った人間と言い、自身でもそう思っていたが、こんなことがあると本当にそうなのか疑問に思ってしまう。割り切った人間ならば、この胸に抱いた想いはキッパリと切り捨てられる筈だ。なのに自分は、何時までも中途半端な想いを抱え続け、それを持て余し続けている。
 「なんで白銀だったのかな……?」
 小さな言葉で呟き、自問自答する。自分の近くで唯一の男だったからだろうか? 割と鈍感で、ハーレム体質で、恋人が3人も居る……常識的に考えれば避けるであろう男性、なのに何時の間にか惹かれて行った――思えば、武を慕う人間は多い、自分もそんな中の一員なのだと考えると、隠し切れない笑みが顔に浮かんでしまうのだ。
 それを思えば、以前に漏らしたことは本音だったのかもしれない。BETAを地球から駆逐し、そして世界が平和になったら、その時こそ自分の願いを叶えようと……
 「何か言ったか柏木?」
 「ううん……、早く世界が平和になれば良いなと思ってさ」
 それが今の、自分の戦う理由の1つなのかもしれなかった。



[1134] Re[19]:マブラヴafter ALTERNATIVE+  第144話
Name: レイン◆b329da98
Date: 2007/02/21 23:04
2009年2月28日……日本、地下基地


◇◇◇
 広々とした室内の所々に転がり積まれる、外見から用途が判別可能なパーツや不明なパーツ。机や棚を含む整理整頓された空間に煩雑さを醸し出す空間が混在するその部屋は、見る人が見ればお馴染みの焔の私室。そしてその私室兼研究室である部屋に入室した千鶴は、引き連れた響と凛の2人を背に、手に持った書類を生真面目な表情で焔に手渡した。
 「これが今回の報告書です」
 「ありがとさん。ふむ――今回は殲滅ジェノサイダー級中心か、中々大漁だな」
 「この所は捕獲任務が続き、皆も要領が良くなってきましたので。それに、新しく開発されたBETA用代謝機能低下薬の効果も大きいです。使用に制限はありますが、何もしない時よりは格段に捕獲がやり易くなりましたから」
 この所、強化型BETAと指揮官型BETA研究の為に、フェンリル・ガルム・ヴァルキリーズを始めとした強豪部隊は、BETA捕獲任務に奔走していた。強化型BETAは外見からでは判断できず、特に指揮官型はその中でも更に個体数が少ないので、とにかく数を捕えるしか道が無かったのだ。しかも、強化型のBETA捕獲任務は難易度が高いので、任務を任せられる部隊も限られてくるという有様で、その忙しさは半端ではなかった。
 今回の訪問は、焔が千鶴達直属部隊を招集したので、別れてから始めての再会となる。
 「そりゃよかった、命令して押し付けるだけじゃ心苦しいからね。――っと、それと帝都に駐留している部隊との連携はどうだ、先方が頼み込んできたので承諾したが……報告では特別問題は出ていないようだが?」
 「はい、そちらは報告で出した通り問題は出ていません。無用な混乱からの被害を出さないように振舞っているという事もあるのでしょうが、向こうもこちらの任務の重要性を理解して協力してくれていますので」
 「近衛軍の人達にも結構変な人がいるし。速瀬中佐なんか意気投合しちゃいましたよ」
 けたけたと、小刻みに顎を揺らし忍び笑う響は何を思い出したのか、その横で凛が困った表情をして、多分響と同じ場面を思い浮かべていた。
 そんな2人を少し呆れ顔で見ながらも、千鶴は少し表情を引き締めつつ、その話から関連する話を振る。
 「帝都、随分と復興してきましたね」
 「まだまだ仮設も多いけどね、以前の荒らされた状態に比べればかなり……な。それもこれも、土地が無事だったのが大きい――」
 尻蕾みとなった言葉。焔の沈黙に、千鶴や2人も釣られるように押し黙ってしまった。
 「私達にとっては良いことだったのですが」
 「その意図が不明。未だ大きな謎として残る疑問。BETAの生態から外れた行動――」
 凛も千鶴も眉を寄せる。
 未だに解明されない大きな謎。日本を爆走し、日本人を追い出し、そしてハイヴまで作り上げたBETAが、何故土地をそのままの状態として置いたか?
 BETAが侵攻した後は何も残らないというのが、BETAの生態としての常識だ。やつらは全てを突き崩し、地面を均し、そして不毛の地へと作り変えてしまう。それなのに、日本の国土は違ったのだ。確かにハイヴが作られた厚木周辺は従来通りの不毛の地となったが、その他の場所は建設物が崩されただけ――緑も多く残り、中には半分近くも破壊を免れた町も存在する。
 この不可解な現象は、未だ持ってその訳が解明されていない。元よりBETAの生態は人類の理解が及ばない所だが、この現象は特に様々な波紋を呼んだのだ。その後に起こった新型BETAの出現や、現在のBETAの変化を含めて考えれば、この現象がBETA変革の第一歩と考える者も存在し、この事を思い返すたびに嫌な気分が背筋を這い上がってくる。
 「被害が少なかった土地に不気味さを感じるというのも皮肉な物だがな」
 「復興要因として戻ってきた人達も、色々と言っていましたし」
 「帝国近衛軍や、本土防衛軍の人達も同じ気持ちかもしれませんね」
 名目は、BETA捕獲任務に協力すると共に強化型BETAとの戦闘経験の蓄積と聞いていたが、確かにじっとしていられないという気持ちも存在するのかも知れない。実感を伴わない精神的な圧迫感を振り払う為には、戦ってそれらを吹き飛ばすのが一番だからだ。
 そして、その恐怖を振り払う方式は、BETAと様々な形で対峙する世界中の誰もが、同じ様に実行していることなのだ。
 「恐怖を振り払う為に、何かに打ち込み、原因に立ち向かう。私の研究も一部を見ればそれと同じだな。怖いから分析し、そして理解しようとする。相手の理解とは即ち、精神的に優位に立つことだ。相手の強さを把握し、攻撃を把握し、そして弱点を把握する――私は、BETAの研究を通して、己の恐怖と戦っているのだろう。相手を知ることの優位性でその恐怖を捻じ伏せ、そして初めて対等の敵対者として対峙できる」
 そう言いながら、机に設置されたキーボードを叩き始め、同時机に詰まれた書類の中から薄い冊子を抜き取り千鶴に手渡した。
 表紙も裏も純白のその冊子に、千鶴は若干首を傾け尋ねる。
 「これは?」
 「今回お前達を呼んだのは、私が監修しての機体オーバーホール。それともう1つ、外部からの強化型と指揮官型の識別に、一応の目処が付いたからだ」
 その言葉に、3人は大きく目を見張る。
 「博士、それ本当!?」
 「では戦術機で――」
 「あ~まてまて、一応と言ったろうが一応と」
 千鶴は流石に落ち着いていたが、響と凛は甘美な刺激に沸いた興奮を抑えきれなかったようで、身を乗り出すように焔に迫っていた。そんな2人に、焔は落ち着けと身振りを交えて押し返す。2人が一歩下がって千鶴のやや後ろに立った所で、白衣の裾を撫でる様に手で梳いてから、何時もの調子で語りだした。
 「外部からの識別方法というのは、以前から私が仮称していた『BETA波』を観測することだ」
 「……と言うことは、BETA波が実在して、それを観測可能になったと言うことですね」
 「ああ。BETA波を観測することで、指揮官型と強化型の識別を可能とした」
 問う千鶴を尻目に響と凛は一瞬喜びに顔を見合わせたが、焔の神妙な表情に、それもすぐに引っ込んでしまった。
 「だが、その識別方法が限定的でな、一応と言ったのはつまり、その装置を配備することが不可能なのだ」
 「大きさとか消費電力が足りないとか?」
 「違う、大きさや電力とかの問題ではなく、装置自体の問題だ。お前らバッフワイト素子の説明は覚えているか?」
 「ひとつの大きさが約20ミクロンの思考波通信素子と記憶していますが」
 すかさずの凛の回答。焔直属の部隊ということで特殊な任務に借り出される事もある彼女達は、それに必要であろう知識も覚えさせられている。高レベルの機密情報然り、特殊物質関連の情報も。
 「BETA波の観測は、そのバッフワイト素子を利用して成功させた。簡単に言うと、バッフワイト素子を組み込んだ装置を衛士強化装備を介して人間に接続し、BETAの思考波――つまりBETA波を人間の感覚として観測するのだ」
 「……現時点では人間を介さないとBETA波の観測は不可能と言う事ですか。それに加えてバッフワイト素子の作製には特殊物質が必要な為、量産も不可能」
 「勿論、これを足掛かりに、完全な機械装置としての観測機を開発するがな、当面は幾つかの限られた部隊にこの装置を分配するだけとなる。後々の事も考え、特殊物質はある程度備蓄していたいので、今はこれが精一杯だ」
 口惜しそうな焔の様相を見れば、こちらも気落ちしてばかりはいられなくなる。実際、焔を初めとする研究者達は身を粉にして研究に打ち込んでいるのだ。少しでも事態が進展している現状に、不満ばかりは述べられない。
 「装置の詳細はその冊子に書いておいた。一応後で詳しく解説をするが、先に皆で目を通しておいてくれ」
 促す視線に、千鶴は先程受け取った冊子に目を落とし、ページを捲って流し見た。
 衛士強化装備に接続して使用する装置で取り外しは比較的簡単、指揮官型や強化型を視覚情報として色で見分けることが可能。BETAの思考波をダイレクトに受信・視認すると、種族間の違いから来る負荷などで精神汚染が引き起こされる為に、機械装置でバッフワイト素子の効果に干渉し、人間の脳に認識しやすい『色彩』に限られた情報だけを伝達する――
 「今回のこのBETA波発見により、正式にオリジナルハイヴ攻略作戦が凍結された」
 「「「えっっ!?」」」
 資料を流し読みしていた3人を見詰めながら、焔は唐突にその事実を伝えた。その内容の衝撃さに、3人は驚愕して一斉に顔を上げて焔を見詰める。しかし、見詰め返す焔の瞳を除き見る内、次第に心を落ち着かせ、伝えられた内容を租借し始めた。
 彼女達も十分な情報を与えられている。教えられずとも、自らが知る情報において、事態の関係を把握したのだ。
 「今回の観測によって、考えられていたBETAの戦術情報伝達モデル予想がほぼ確実となったからですか」
 「正解だ。今回解った事実によると、BETAの情報伝達は反応炉から発信されたBETA波をまず中継型BETAが受信」
 「待ってください博士、中継型とは?」
 手を上げて質問する凛に、焔は思い出したように頷く。
 「指揮官型の一種で、戦闘能力より情報伝達能力が発達した個体だ、今回の調査で正式に認定された。姿形は他のBETAと変わらず、戦闘能力は低く、個体数も少ない。その名の通り、中継機の役目を果たしている。この中継型が、反応炉からの通信を介在し、前線にまでBETA波を送っている。そして前線において各指揮官型に、送られてきたBETA波を分散伝達しているのだ。後はその情報を受け取った指揮官型が、傘下のBETA群を統率して動かす――また、現地で調達した情報の送還は、この逆のプロセスで行なわれている」
 焔は近くにあったホワイトボードを引き寄せ描き始める。
 「つまりは、反応炉が作戦を立案→中継型→指揮官型→傘下BETA群と伝わって行き、現地で作戦行動を取る傘下BETA群が収集した情報が→指揮官型→中継型→反応炉へと返るのだ。そして反応炉はその返ってきた情報を元に、新たな行動を命令として下して行く――この伝達モデルがほぼ確実のものと認識された為に、今まで曖昧だったある1つの予想が確実である確率が跳ね上がった」
 「複合ピラミッド型の社会構造における反応炉の役割……。反応炉が前線指揮官である可能性と、その反応炉がオリジナルに成り代わる可能性――」
 「オリジナルハイヴから送られてきた戦略行動命令を元に、各反応炉が戦術を考案し、全体戦略の中の戦術行動を取り仕切る。または、各反応炉自身が独自の裁量を持って傘下のBETAを統括し、戦術行動を取っている。いずれにしても、各ハイヴの反応炉が独自の戦略・戦術を考案・作成して、傘下の群れに放っていると言う事になる。各反応炉が独自に戦略を立てられるという考えに至ってしまうのだ」
 今回の観測で得られた情報を統合して考えれば、各ハイヴの反応炉が前線指揮官の役目を果たしており、独自の思考能力や裁量権を持っている可能性が非常に大きくなる。つまりは、複合ピラミッド型の社会構造において、頂点の支配者――オリジナルハイヴが消滅した場合、その下位のハイヴが頂点として成り代わったり、各反応炉が独自の行動を取り始める可能性が、非常に大きくなってしまったのだ。
 その事実を認識すると共に、3人の表情が苦々しげに歪んだ。となると、後取れる手立ては1つしか無い。
 「その表情から察したと思うが、同盟軍は現時点でのオリジナルハイヴ攻略作戦を凍結した」
 「そんな……、ハイヴはまだ20個も残っているのに!」
 響が悲痛気に訴える。強化型BETAの出現やアメリカ侵攻、新たなハイヴ建設を防ぐ為の間引き作戦……それらの要因を抱えたまま、20個のハイヴを攻略することは、現時点の人類の力では確かに無謀すぎる。だが、焔はそんな響を諭すように、若干口調をやわらかくして言う。
 「早とちりするな響、こう言っては気休めかもしれんが、ハイヴ殲滅はあくまでも最終手段だ。オリジナルハイヴ攻略によって、敵の攻撃が弱まる可能性は零ではないので、中止ではなく凍結、今回の結果によって、現時点では他のハイヴ攻略が優先されるとされたのだ。優先目標とされた2つのハイヴを落とした後は、オリジナルハイヴ攻略作戦に移行することが再度検討される」
 「そ……そうなんですか」
 その言葉と焔の態度に、幾らか悲壮感を沈める響。しかし、焔が紡ぐ現実は、その静まった心も掻き乱して行くことになる。
 「だが、オリジナルハイヴ攻略が成功しても成果が出なかった場合は、やはりハイヴの全攻略が必要となる。凄乃皇があるとはいえ、この時点で17個のハイヴを攻略していくのははっきり言って厳しいだろう。オリジナルハイヴ攻略作戦でどれだけの被害が出るかも未知数だからな。単純計算で1つのハイヴに20万のBETAが存在すると仮定して、340万体だ。勿論個体数はこれ以上に存在するだろうし、新たに生み出されるだろう。それに加えて強化型の増加や、さらなる新型の出現も懸念され、新たなハイヴを建設させない為の間引き作戦も行なわなくてはならない――まさに、滅ぶか勝利するかの壮絶な戦いとなるだろうな」
 焔は思い返す。2001年の時点で、香月夕呼は人類の生存可能年数が後10年程度と言っていた。しかし現状では様々な幸運や人類の健闘により、アフリカ大陸奪回や幾つかのハイヴ破壊に成功し、その予想は覆されたと言って良いだろう。生き残るだけなら、後10年の延命が可能かもしれない。だが、それでは駄目なのだ。延命はあくまでも滅びを先延ばしにすることでしかなく、それでは人類は救われない。人類が生き残る為には、勝利――BETAを殲滅するしか道は無いのだ。
 オリジナルハイヴ攻略におけるBETAの動向変化を始め、考えれば考える程、様々に不安は募っていくが、今はその不安を噛み締め押し殺し、ただ全力で事に当たっていくしか道は見えなかった。
 「それで、攻略が可決された2つのハイヴだが……」
 言葉を切り見詰めるその表情に、答えを求められていると感じた3人はすぐに頭を働かせ始めた。やがて5秒もしない内に、千鶴が答えを発する。
 「甲12号と甲26号だと予測します」
 「ほう……ではどちら攻略が先になる」
 「恐らく甲12号でしょう。甲26号よりアメリカ大陸との距離はありますが、東海岸からの上陸を許し戦力を分散させる危険性を排除し、更にグレート・ブリテン島とアフリカ大陸の安全性も高められます。また、旧フランス領とスペイン領を開放することによって警戒網の強化が見込め、甲05号と甲11号からの敵進軍に対し、早期の対応が可能となります」
 淀み無く答える千鶴の発言に、焔はニヤリと口元に笑みを浮かべた。
 「正解だ、流石だな。では響、甲26号を攻略する必要性があるのは何故だ?」
 「え、え……と、アラスカに近くて、アメリカ本土西岸までも約4500㎞と近いからだと思います。恐らく、今アメリカ大陸に侵攻しているBETAはここに所属している個体群と、ここを中継基地として進軍してくる個体群と思われ、このハイヴを破壊することで、前線を甲25号まで押し戻すことが可能となります」
 こちらは千鶴の様にとは行かず少し言葉が籠もった所もあったが、それでも回答を言った。
 「まあ正解だな。2つのハイヴを攻略する訳は、今2人が言った通りで、アメリカ大陸へのBETA侵攻と、オリジナルハイヴ攻略後の戦力低下に備えての処置だ。本当は甲25号や甲14号など、他にも抑えておきたいポイントはあるんだが……その辺は妥協するしかないのでな」
 本音を言えば、沿岸部とオリジナルハイヴ周辺のハイヴは潰しておきたい所なのだが……。
 焔はこの戦いの全ては、オリジナルハイヴ攻略の動向に左右されると考えている。現在の所、攻略によって敵戦力が低下する可能性は低いのだが、それでも零ではないのだ。よって攻略には賛成だ。しかし敵戦力が低下しなかった場合も考え、攻略戦による戦力の低下も考えなければならない。伸るか反るかの博打紛いの決断などで未来を左右されることなど望むものでもなく、彼女は『是か否か』を決定する為に、これからも日々悩み研究に打ち込むのだった。



[1134] Re[20]:マブラヴafter ALTERNATIVE+  第145話
Name: レイン◆b329da98
Date: 2007/03/09 15:21
2009年4月19日……日本地下基地近郊


◇◇◇
 中天に上った太陽が照らし出す、破壊の暴虐が色濃く残る町並み。都会の跡とは言えないが、それなりに建物が立ち並んでいたであろうその付近には、傾いたビルの間々に人の視界を塞ぐ大きさの瓦礫が多く降り積もっている。だがその壁も、全高19メートルにも及ぶ機械の前には陸上のハードル程度にしか感じられないだろう。
 そしてそれを体現するように、大地を蹴り跳躍し、エネルギーの軌跡によって空を翔って縦横無尽に動き回る戦術機が2機。漆黒に身を固めた機体と、血管から吹き出した瞬間のような鮮烈な赤を主体とした機体は、愛を表現する情熱のダンスを踊るように乱舞しながら、互いの息の根を止めようと必殺の応酬を繰り返し続けていく。
 向けられる砲口から発射される弾は現実には存在しないが、システムが処理した情報に置いてそれは形を成し、現実にあった情報とされ、また視覚野に送られていく。対戦する両者と、部隊内データリンクを繋いで観戦する仲間達にすれば、その戦いは仮想上にある現実としての戦闘なのだ。
 やがて――果てなく勝負が付きそうにも無かった戦いにも終焉が訪れる。損傷を受けた赤い機体を追い込もうとした漆黒の機体が、相手の反撃によって距離を取った後、着地地点で炎に包まれたのだ。赤い機体はそれを待っていたかのように集中砲火を浴びせ、それで勝負が決まった。勿論、それは仮想上の上で現実には何も損傷は無いのだが、装置が勝敗判定を下したので、その時点で両機体は戦闘を終了し、幾らか遠くでこちらを見学していた仲間達の下へ、その機体を進めたのだった。

 「いや~、やられちまった、まさかあそこでトラップに誘い込まれるとは思わなかったぜ」
 待機していた仲間達の所に機体を寄せながら武は、少しだけ悔しそうな顔を陰に乗せならも、大仰なアクションを付けて言った。実際あのまま行ったら間違い無く勝てたのだが、最後に罠にハマッた。避けるポイントまで計算に入れて撃たれたであろう射撃を、相手の意図のままに素直に避けてしまったのだ。
 「勝ったと確信してしまった瞬間が一番無防備になり易い、散々叩き込んだ筈だがな」
 「う~がぁ~、言わないでくれ、猛烈に自己反省中だから」
 戦場での鉄則は、隊内で一番辛辣な現実を体験してきたヒュレイカに叩き込まれたものだが、教えられた本人にそれを突かれて敗北してしまった。油断していた訳ではないのだが、久々の対等クラスとの全力戦闘で浮かれていたのは事実で、詰めを誤ったのが悔やまれる。
 「しかし見事に復活してるな、全然衰えてねぇし」
 「過去にも色々怪我はしたからね、療養中の肉体維持も心得てるさ」
 「そりゃよかった。風間少佐も無事に復帰できたし、これでまた全員で戦えるな」
 武達の前に戦った梼子の姿も含め、怪我の後遺症など微塵も見せなかったことに内心武はほっとしていた。あの戦いの後、管制装置ユニット内から運び出された2人の姿は今も脳裏に焼きついている。傷付き、血塗れで運ばれて行く彼女達の姿に、無事を祈らずにはいられなかったものだ。
 『2人ともご苦労だったな。こちらで観測した限りデータ上は何も問題なかったが、何か気付いた事はあるか』
 「こちらは何も。昨日のテストと変わらずだよ」
 「こっちも問題ありませんよ。しかし凄いですねこの新型関節機構、耐久力と反応が格段に上昇しているから、更に振り回せるようになってますし」
 データだけでは判断しないという焔の心情の下、基地から通信で確認してきた彼女の問いに、2人は少し先程の戦いを思い返しながら答える。
 今回の実機対戦は、BETA波観測装置を取り付けた衛士強化装備の動作確認と、新型の関節機構と強化改造を施した戦術機の全力稼動試験だった。ここ数日の段階で慣らし運転を済ませ問題は無いと出たので、従来よりも制御装置を開放してその力を確かめたのだ。
 『正確には新型ではなく、従来型に新機軸の要素を組み込んだ発展系だ、衝撃吸収装置もセットでな。諸々の性能が上がっているので今までよりも振り回せるだろう』
 「もう最っ高ですよ。従来より制御装置を開ければ機動力と運動力がりますし、従来の制御値のままなら戦闘時間が延びますし」
 「機動力の命とも言える膝関節の強化は、確かに我々にとっては有り難い限り、これだけのものを開発するとは頭が下がる思いです」
 『いやいや伊隅、何を勘違いしているのか知らんが、これは私が開発したものではないぞ』
 水月の喜びと、伊隅の感謝に、しかし焔は笑ってそう答えた。その言葉に、一同の目は「えっ!」と驚愕に見開かれる。みんながみんな、何時もの如くこれは焔の開発した物だと思っていたのだ。
 そんな皆の様子を見て、焔はニタニタと笑みを浮かべながら言う。
 『お前らな。私達は最近、新型BETAの解析に掛かりきりになっていたんだぞ、それなのに何処から開発の時間を捻出すると思っているんだ?』
 「えっと……それは――」
 一瞬焔なら、24時間寝なくても大丈夫なように思えたが、流石にそれはないと想像を振り払う。
 「あの、それじゃあこれは何処が開発したものなんですか?」
 響が首を傾げながらも質問する。焔と玲奈でないならば、後思い付くのは同盟軍の何処かの国でしかないと思ったのだが――返って来た答えは、予想の斜め上所か270度くらいは捻られた答えだった。
 『アメリカだよ』
 《《あっ、アメリカ!!》》
 全員の驚愕が、揃ったようにシンクロした。
 次いで武が、驚愕を面に載せて焔に詰め寄るように問いかける。
 「アメリカって、何でアメリカが!?」 
 『正確にはアメリカのボーニング社だ。純粋に技術的な交換と、後は今後の事を見据えての政治的な取引だな』
 政治的な取引というのは、武と柏木が教官として出向したのと同じく、今後のBETAの動向を見据えてのものだ。BETAのアメリカ侵攻が現実的な脅威なっている現在、同盟軍との強いパイプを保持しておきたいという、協調派の意向だという。
 そして技術的な交換とは……
 『第4世代戦術機は元々、ボーニング社の戦術機開発部門が提唱した"フェニックス構想"と同質のコンセプトで作られている。部品や規格の統一化により、補給の問題だけではなく、発展進化した技術との部分的換装を容易にし、低コストなグレードアップを行なえる』
 更にはパイロンや補助腕、背面ラックでの、戦局に応じた自由な武器換装で、どのような戦場・戦局にも投入可能にする。スラスター装備による、限定的な空戦・海上戦闘も可能だ。そして、生体金属と循環エンジンの性能が、その力を更に底上げした。出力強化と軽量化に際して積載量に余裕が出来、専用取り付けラックや弾薬ケースの運用も可能になった。
 『……で、その培ったノウハウが欲しいといってきてな。特に耐Gシステムなどは格段にこちらの方が性能が上だからな』
 「なるほどね。向こうは新型機を作るより、今ある機体を更に改造する事に力を傾けているからね」
 移民船団出発後当初、人類の方針は生存年数を延ばす事に重点を置かれるようになり、それによってボーニング社の戦術機開発部門は息を吹き返すことになった。
 各国は衛士が少ない為に、必然的に少数精鋭にならざるを得ず、新型戦術機の開発と配備が優先された。しかしアメリカは、本土が無事だった為に衛士の数も豊富で、質より数を優先する政策を取る。そして生産性などを考慮して白羽の矢がたったのがマグダエル・ドグラム社の開発したF-15イーグル、その強化型のストライク・イーグルだった。それには、背景としてマグダエル・ドグラム社を吸収したボーニング社が提唱していた"フェニックス構想"がある。
 当時既に、アラスカでF-15Eの機動力強化型のF-15・ACTVが試験稼動しており、その実用性はほぼ証明されていた。政府はそれを鑑み、後々の低コストでの強化を目算に入れて、その時点でのF-15Eの大量配備を行なったのだ。アメリカで、最新型のF-22Aの配備数が少なかったのにはこんな訳である。
 現在では、その当時の目論見どおり、F-15Eの様々な発展強化型が多様に配備されるようになってきている。……が、新型のBETA出現などで、更なる強化が必要だと思い至ったボーニング社やアメリカ政府は、戦術機開発の権威でもある焔に、技術交換を持ちかけたということだ。
 『流石に大企業だ、受け取った新型関節機構はお前達が実感した通り、随分と優秀なものだった。しかもしっかり生体金属で作られてる。今回の技術交換は、こちらにとっても益があったよ』
 「昔なら考えられない事ですわね。2000年以前は、各国が技術を秘匿するのに心血を注いでいましたから」
 「それだけ切羽詰った状態ってことだね」
 「本当そうね。このまま世界が力を合わせてくれれば良いのに――」
 「みんなが武さんみたいだったら良いんですけどね~」
 壬姫のその言葉に、皆が一瞬顔を見合わせる。そして次の瞬間「ぶっ」と吹き出した。
 「た……確かにそりゃいいわ。でも平和を通り越して能天気過ぎる世界になっちゃうわよ」
 「ハーレム王国万歳な世界だね」
 「速瀬中佐、宗像中佐~、酷いですよ~」
 《《アハハ、ハハハハハハハ!》》
 武の情けない声とあわせ、ハーレム王国という未知の世界を思い浮かべてしまった皆は笑いの渦を引き起こす。陽気に、朗らかに、世界の辛さを今だけは忘れ、仲間達との団欒を楽しんで。その笑い声は、管制装置ユニット内に響き渡り、鋼鉄の装甲を伝わり、大気渦巻く空の果てに消えてしまう程の笑い声であった。
 『ヴァルキリー・マムより特殊部隊総員へ通達!』
 瞬間、空気が変わった。今まで巻き起こっていた笑いの奔流はすぐさま沈静し、鋭く鋭敏な、鳥肌が立つ程に鮮烈で緊張感溢れる空気が一人一人から滲み出す。普段はぽやぽやとした雰囲気を醸し出す遙大尉が緊張感を孕んだ声を出す時は、ほぼ戦闘の時だけだ。
 『14:17分に、衛星警戒網が旧上越跡からのBETA上陸を確認、現在白砂山方面に向かって進軍中。侵攻経路から見て攻撃目標地点は恐らく再建中の帝都だと思われる』
 同時データリンクによって、現在の状況――敵の総数や進軍予想路が送られてくる。それを見た月詠と伊隅は、軽く方眉を上げて見せた。
 「多いな」
 「ええ。今までにも何度か敵の襲撃はありましたが、今回は規模が大きい」
 『第1防衛戦を旧川越市跡、第2防衛戦を旧新座市跡に、現在帝国軍が防衛線を展開中。帝国軍より、当基地へ支援要請が来ています』
 「支援要請か……。太平洋側からの攻撃も考慮すれば、そう多くは送れんか――」
 地下基地は現在、新型兵器実験施設やBETA研究施設など、研究施設としての重要性が高くなっているので迂闊に空ける事は出来ない。もっとも、防衛戦力もそれなりに配備はされているのだが。それに、太平洋側には帝都方面も含めて帝国海軍がカバーしてくれているので、奇襲を受ける心配はまず無いだろう。
 『何、特殊部隊全員で行けば良い、BETA波観測装置の性能を試す良い機会だろう』
 「そういえばそうでしたか……。ならば敵の攻撃を崩すことに重点を置けば、我々だけでも効果的にやれるということか――」
 帝都復興組みの防衛隊は、帝都防衛軍と帝国近衛軍の精鋭で固められている。伊隅達も何度か肩を並べて戦ったこともあり、その強さは知る所だ。こちらが指揮官型を倒して相手の動きを乱せば、有利に戦えることになるだろう。
 「よし、では一旦基地に帰還し、点検整備を行なった後に出発する。行くぞ!」
 伊隅を先頭に、特殊部隊全機が基地への帰還を開始する。その後に仕掛ける戦闘への高揚を体に覚えながら、全員は新たな装備の効果にその想いを馳せるのだった。



[1134] Re[14]:マブラヴafter ALTERNATIVE+  第139話
Name: レイン◆b329da98
Date: 2007/04/12 13:31
2009年1月1日……イギリス、ロンドン


◇◇◇
 典型的な市街地跡の戦場、有視界が遮られ、センサーも利き難いその状況を利用して、4機の戦術機は敵を包囲する為に動いていた。
 2機をアンブッシュさせ、2機を囮に誘い込む。元より実力差は覚悟の内であった為に、正面から掛かると言うのは得策ではないとし、リスクはあるがこの作戦を取ったのだ。
 敵の心理の裏をかき、巧妙にそれとなく包囲を縮める。それでも相手は歴戦の団員で、発覚してしまう可能性は大きかったが、先程も言ったように実力差は明らか。やれることをやり尽くし、最善を尽くすのが今の全てだと、彼女達は覚悟を決めて挑んでいた。
 
 「今回隊を率いるのはジャンヌ少尉か、中々に巧妙な誘い込みを掛ける」
 「アンブッシュしているというのはあからさまだけど、配置と囮の逃走経路がまた巧妙だな」
 4小隊1組での対戦術機試験。毎回隊長を変えてのそれは、現在その組の最終目――ジャンヌ少尉が隊長となって、部隊を指揮している。
 「しかし他の者達も、確りとその用兵に答えている。3回の戦いで連帯感を養ったことを差し引いたとしても、彼女達の動きは中々に良い。個人の力量に加えて、自己主張をしながらも相手に合わせることを十二分に知っている」
 「スターニアも遊んじゃいるけど、確りと実力を引き出すように戦っているしな。今までの3回の戦いで、戦っている彼女達もそれには気付いているだろうし――」
 相手がこちらの手の内を読んでいても、ある程度は誘いに乗ってくれる。戦場ではあり得ない事だが、そもそも衛士の腕も戦術機の性能も違うので、これくらいのハンデは普通のこと。見るべきはその実力であり、対戦相手である衛士は受験者のそれを十二分に引き出してやることが大切なのだ。
 現在までの3回の戦い、1戦ずつ小隊長を変えて対戦を行なってきたが、彼女達の繰り出す戦術その全てを、スターニアは粉砕してきた。しかも実力を引き出すとの目的に違わず、彼女達の戦術にわざと陥って、そこから少しずつ反撃を繰り出して、という形で。
 そして今回も――
 「けど本当、完っっ璧に遊んでいるよな」
 「確かに巧妙な戦術だけど、スターニアが気付かない程では無いからな。1番危険な所にわざわざ入りに行くのは、楽しんでいる証拠だろう」
 「まったく――実力を引き出すにも、もう少しやり方があるでしょうに……」
 現在スターニアは、自機の外観を偽装して出撃している。彼女の普段の乗機であるブレトワルダはカリバーンを製造段階から特注仕様した機体であり、ロンゴミアントやカリバーンと外観の違いは殆ど無い。なので、シミュレーターの方で設定を少し弄ってやれば、簡単に偽装できるのだ。
 相手側も、戦っているのは近衛隊の1人と思っており、まさかスターニアと対戦しているとは夢にも思っていないだろう。
 「あ……、包囲された」
 やがて戦場の時は移り変わり、武が見る先では、追い込まれたスターニア機が4機のミラージュ2006に包囲された。事情を知らない人が見る限りでは最早袋の鼠と言う状態で、この場合は絶体絶命という言葉を送るのが相応しいのだろう、しかし映るスターニアの表情からは不敵な笑いが消える事は無く、その笑みは獰猛さを含んで来る。
 『ふふ……ゾクゾクするね』
 呟かれた言葉は虚空に散逸し消えて行く。もし、今にも仕掛けようとしている彼女達がその言葉を聞いたならば、あり得ざる未知の恐怖に怯んでしまうのではないかと思わせる、肉食獣を彷彿とさせる様相だった。だが、対戦者との通信は遮断されていて、幸か不幸か彼女達はそれを見ることは無い。だから次の瞬間、4機のミラージュは完璧な同調を見せながら、戸惑いも躊躇も無く一息に敵に襲い掛かることができたのだ。
 「上手い」
 ベアトリスが思わず賞賛を口に乗せる。完全な同時攻撃ではなく、2・1・1で瞬間のタイミングをずらした攻撃。第4世代戦術機の圧倒的機動力を鑑みて、最初の2掃射は躱わされると踏んでの攻撃だろう。実際回避行動に移ったスターニア機に残り2掃射が迫り、最初に放たれた火線も横薙ぎに追いかけてくる。
 しかし、その絶妙な攻撃も、スターニアの経験と操縦技術の前には敗れ去った。彼女は噴射装置を全開に空中に躍り上がり、反転倒立で弧を描いて、最後に銃弾を放った機体を指標する。
 回避と合わせての反撃を警戒していたのだろうが、予想の上を行き、火線の上を飛び越えて自分に迫ってくるとは思っていなかったその人物は反応が一瞬遅れ、落下の勢いに載せられた長刀で右肩口からそのまま機体を2つに分かたれてしまった。
 「まず……1人」
 爆炎を背後にすぐさま次の行動に移る機体の中、弄りがいのある玩具を手にするスターニアは、ますますその猫科動物的な笑みを強くし、4回の対戦における最後の仕上げに掛かろうとしていく。

 「大人気ねぇなぁ――あれを回避するのは中々大変なのに」
 「確かに。回避するでなく、行き成り自分に向かって突撃されたら、大抵は怯んでしまうな」
 先程の攻撃は、受け慣れていない者は先ず反応が遅れてしまう機動の1つだった。相手心理の裏を付くような、奇をてらった攻撃はしかし、攻防一対の利便性を含んでいて奇襲だけの攻撃ではない。繰り出すにはそれ相応の経験と実力が必要だが、発案者は結構好んでこのような戦法を使うので、その訓練に同席していたスターニアもそれをマスターしていたのだ。
 「……で、発案者の本家本元としては、今の動きは?」
 「発案者ってベアトリス大佐――別に俺が考案した訳じゃ……」
 「でも……最初は、武から広まって行った……」
 「ぐ……、そりゃそうだけど――」
 この世界の戦術機機動の常識を打ち破ったのは、紛れも無く武だ。所謂『変態機動』の本家本元であり、3次元機動戦闘の生みの親とも言える存在。
 「あ……落した」
 武が答えに窮していたその時、突然に上がったシルヴァーナの声に反応し、モニターの方に意識が行った。視界に映るのは爆炎の光跡であり、ミラージュのマーカーは2つに減っている。
 「中々長引かせましたね。隙を見せるまでは撃破しない方針ですか?」
 「恐らくそうだろう。4戦ともに評価判定を変えて相手をするとはスターニアらしい」
 画面に映る受験者2人の表情は、既に不退転の覚悟で満ちていた。前3回の対戦でも相互の実力は明らかであり、策も無い今、後は死力を尽くして戦うしかないと腹を決めたようだ。それに対し、スターニアの表情は先程から崩れていない、最早誕生日に欲しかったプレゼントを貰った子供のように、獲物を狙う豹のように、その顔は無邪気な喜びと獰猛さに満ちている。
 『その意気や良しって所かい、気概があって良いねぇ』
 そのまま3者による、激しい攻防が始まった。受験者2人は巧みに連携を取りながら、スターニア機に攻撃を続ける。先程ソーニャが言った方針は正しいのか、スターニアはそれを回避しつつも、反撃は決して本気を出さなかった。もちろん撃ち込んではいるのだが、紙一重で避けられるギリギリで攻撃を加えていくのだ。相手の2人は、それを毎回何とか回避し続けていく。
 だが、そんな極限状態における神経の冴えは長く継続する筈も無く、とうとう内1機がタイミングを外して直撃を受けた。
 『残り1……。意図したわけじゃないけど、良い獲物が残ってくれたね』
 最後まで戦場に立っていたのは、話題に上っていたジャンヌ少尉その人であった。最年少の彼女が残ったのは、決してスターニアが意図した訳ではない。彼女は面白い物は楽しむ性質でもあるが、今回の4回戦では、公平に『隙を見せた者から』倒して行ったのだ。
 もちろんその時々の状況や運もあるだろうが、実力として最後まで残ってくれたのは、幾らか期待していた分嬉しかった。
 『さあ、何処まで続くかな?』
 眼前では長刀と突撃機関砲を構え、こちらを窺うミラージュ2006。決して見えはしないのに、突き刺さる意志を籠めた視線が肉体を焼く――この状況にあって、尚諦めないその闘志と裂帛の気合が、電子の空間を伝わり、戦士としてのスターニアの魂を揺さぶっているのだ。
 『技術は中々に洗練されているが、未だ発展途上は否めない。けど、この冴え渡る意志の力、諦めを許さず闘志を燃焼させるその気概――いいねぇ、私は大好きだよ』
 刃を合わせること数合、銃火を交える事数回、そしてとうとうジャンヌが有する弾薬が0になった。スターニアは敢えて突撃機関砲を手放し、近接戦闘長刀での斬り合いに入る。
 それから何合打ち合い、どれだけの攻防が取られたのか――最後は相手の長刀が折れ飛んだ瞬間を狙った、スターニアの斬り下ろしで勝負が付いた。
 試合はそのまま終了、両者は互いに挨拶も交わさぬまま、別々の場所でシミュレーターを出ることになる。
 「良い試合だった」
 試合終了後、結果を映したスクリーンを前に、月詠が感慨深く述べる。
 「ああ、機体性能とか、手加減していたとかは無しにして、良い試合だったな」
 決して対等な条件での試合ではなかった。しかしそんなことは問題ではなく、見るべきは試験を受けた者達の健闘。彼女達がこの戦いで見せた戦いに望む意志は、戦いにおいて技量と並んで大切な物だ。
 「今回の闘いもそうだけど、今年の新人は中々活きが良いのが揃ってるね」
 「ええ、図らずも予備役の増員は丁度良かったということですか、あの子達から少人数を吟味する事は惜しいですからね」
 「けど……、毎年こんな試験やって入団者を選出してれば、騎士団が強いのは納得できるよな」
 「能力を持つ者を集め、そこから更に上の実力者を選出しているのだからそれも当然だ。しかし、騎士団の強さは、寧ろ入団してからの訓練と任務が育て上げていると言って良い、ソーニャなんかはああ見えて、教える時はスパルタだぞ、私も何度根を上げそうになったことか……」
 クレアはその特訓の数々を思い出し、一度ぶるりと体を揺らした。現在では姉のような存在の4人は、同時に彼女の師匠達でもあるが、訓練に関しては微塵も容赦が無いのだ。入団してくる者達も、初期スペックの高さに加えて鬼の特訓を受けるのだから、強くなるのも当たり前だろう。
 クレアの一瞬の恐々とした表情に、そりゃ大変だなと武も苦笑するしかなかった。
 「やっほー。た・だ・い・まッー!」
 その時、扉を開けて、とんでもなくハイになっているスターニアが帰ってきた。
 「ご機嫌ですねスターニア、余程楽しかったんでしょう?」
 「うんうん、もう最高に面白かった」
 その陽気な態度に思わず繰り出されたソーニャの嫌味を乗せた一言だが、ご機嫌なスターニアは気付かなかったのか敢えて無視したのか――あくびれずに言葉を返した。
 「いやいや、熟れた味は無いけど、若いなりに中々だったよ、実に将来が楽しみな逸材だ」
 「見た所、1年前より格段に腕が上がってたしな、恐らく余程の訓練を積んだんだろうぜ」
 「並大抵の努力じゃ2年目であそこまでは行かないだろうからね。戦闘中にも、何かを貫き通そうとする強い意志が伝わってきたし――このまま行けばあのお嬢ちゃんは強くなるよ。実戦を潜り抜いて成長し続ければ、そう遠くない内に近衛隊クラスまでは行くだろうね」
 笑い顔から一転、最後の言葉は真剣な表情で口に述べる。その態度の豹変と放たれた言葉に、他の3人もスターニアの意図を察して真剣な表情となった。
 かなり遠まわしに言っているが、態度と言葉からつまり、スターニアがジャンヌ少尉を合格に押すということだ。合格の是非は、近衛隊長4人と近衛隊の意見で決まるが、近衛隊長4人が人選を見誤るということは殆ど無いので、近衛隊員からの推挙以外では、大体近衛隊長が推挙した者はその時点で合格はぼ確実ということになる。
 「そんなに気に入ったのですか?」
 「戦った感じ、能力も気概も十分だった、あれなら将来性も含めて申し分ないよ。それに、一緒に戦っていた他の3人も取り合えず候補だね。いやあ、ほんとに今年の新人は活きが良い」
 注意深く聞き返したソーニャに、スターニアはあくまで軽い態度で答える。しかしその言葉には戦いで悟った重みがあり、先程の試合を見ていたソーニャも、彼女の気持ちは十二分に解った。
 「まあ、まだ彼女達の試合は残っている、見極めるのはそれからでも遅くは無いさ。スターニアが太鼓判を押すくらいなら、自ずと団員達の目にも留まるだろうさ」
 最後に、ベアトリスがそう締め括った。ソーニャもシルヴァーナも、その意見に頷き、この件は取り敢えず落ち着く。何者にも脅かされない本物の実力を持つ者は、結局最後に勝ち残るのが世の理だ、スターニアが彼女を押したのはその一端であり、その評価が間違っていないのならば他の者も同様の意見を出すのだろうから。

 「けど本当に強かったな。他の新人達も中々やるし――次のハイヴ潜行試験で何処まで行けるか見物だな」
 「そうだな。対戦術機戦闘での評価も大事だが、真に見るべきはBETAとの戦闘技術なのだからな」
 難しい顔で評価を決める4人の傍らでは、武、月詠、それとクレアが、スターニア達のやり取りを聞きながら、先程の戦闘への感想などを交わしていた。
 武達は客人で騎士団内の話しに入らないのは当然だが、クレアも立場上、騎士団内部の事情には直接関与できない。これは、他の王族などからの干渉や政治的問題を避けるための措置であり、騎士団の運営に関しては騎士団長4人が統括しており、外部からは女王しか関与できないのだ。
 現在は戦時中であり、出撃その他に臨機応変性が求められる為にその辺は緩和されているのだが、クレアも変な所で律儀であり、話に加わる事を良しとしなかったのだ。
 「何か含みのある言い方だな――ひよっとして、ライバルになりそうな予感でもしたか?」
 「同性能の機体で比べても、まだ私の方が強いのは確実だがな……。ただ、母上が病床に付いている現状、私は実戦に出ることは不可能だ。騎士団の訓練に加え、訓練の数倍の能力を実らせる実戦をこなして行けば、あの者は確実に力を付けていく――私もうかうかしていられないと思ってな」
 4人の厳しくも愛情溢れる直接指導によってクレアの戦闘技術はこの年齢にしては高く、一般的な近衛隊員クラスと同等の実力を持っている。幾ら優れていると言っても、年下で更に英才教育を受けてきた彼女と比べれば、ジャンヌ少尉の実力はまだまだと言って良いだろう。しかし、クレア自身が述べたように、恐らく人一倍努力してきたであろう彼女が、将来加速度的に実力を伸ばす事は、簡単に予想が付くことなのだ。
 「母上が御健康であったならば、後継者は妹に任せて、私は戦いに専念できたのだが……」
 「妹って……ああ、前に話していた?」
 「私は体を動かす方が性に合っているし、政務も苦手だ。妹は未だ年若いが、聡明さや政治に関する頭の良さでは私を凌駕する。あと何年か母上が女王を務め、その間に妹が後継者として育てば、それが1番だったのだが――ままならないものだな」
 「でも、クレアも今まで立派に女王代理として務めてきただろう、俺はすげぇと思うぜ」
 「それは、側近達に迷惑を掛けるくらい助けてもらっているから何とかやって行けてるのだ。それこそ、母上の身の回りの御世話をしながらの妹にもね。私は自分をそんなに過小評価していないが、けど身近にそれ以上の逸材がいることを知っている。だから私は――」
 そこでクレアは、何かを振り切るように首を振った。
 「いや、これは愚痴だ、忘れてくれ。しがらみ無く戦える者達に嫉妬するなど、不謹慎極まりないな」
 そして武達が何を思う間も与えずに、その言葉を掻き消すよう見え見えの提案を繰り出す。
 「そうだ武、今日の夜か滞在中に空いている時か――私とシミュレーター訓練をしてくれないか!」
 「え……?」
 「な……?」
 突然の提案に驚く月詠と武を前に、クレアはその場で何回か噛み砕くように頷いた。話題を変える為に咄嗟、強引に述べた言葉だったが、良く考えれば中々好いアイデアだと思い至る。先程の戦闘を見て触発され、対抗意識とか焦りとかそんな諸々が、興奮となって身体を侵し抜いたのだ。
 彼女は、畳み掛けるように提案を続ける。
 「武とは戦場を共にしたことはあるが、肩を並べて戦ったことはないからな、この機会に是非1度、その強さを確かめたい。ソーニャ達とはまた違うタイプの能力。何よりも、XM3をこの世に生み出した、その根の部分を私はこの身で体感したい」
 (月詠さんもいらっしゃるのに、わざわざ武さんだけ指名するとは)
 (XM3のことは、理由半分半分って所か?)
 (2人で夜の密会……殿下中々大胆?)
 (さあ――武と真那はどう出るか!?)
 何時の間にかこちらに来ていた4人の戯言が聞こえたような気もしたが、武は敢えてそれを無視して月詠と目を合わす。
 無言の対峙が、空間に歪を作るのではないかと思える程に重苦しく続いたが、やがて月詠はふと表情を緩め、ほんの小さく頷いた。
 (おおっ、正妻の余裕か?)
 (ライバル多すぎで、既に諦めの境地なんじゃないかな)
 (それよりも武さん、一々確認とは既に力関係が決定していますね)
 (尻に敷かれている……殿下は分が悪い)
 武はその頷きを見てからクレアに向き直る。後ろで更に何か聞こえたが、幻聴だと斬って捨てた。色々と言ってやりたいことはあったが、やぶ蛇になりそうなので無視無視。
 「別にいいぜ、俺も興味はあるしな」
 実際興味があるのは事実だ。ソーニャやスターニア達とは肩を並べて戦ったが、その彼女達4人の愛弟子の実力には、大いに興味がそそられる。
 「そうか! それはありがたい」
 武の頷きに、クレアは無邪気に喜ぶ子供のような、無垢な表情を見せて大きく笑った。
 「機動力ならば世界一と言われるその実力、ハイヴ潜行で私が何処まで付いていけるか実に楽しみだな」
 「ははっ、世界一は大げさだけど、世界で5指に入る自身はあるぜ、油断してると置いてくぞ」
 「それこそ望むところだ、喰らい付いて行くから覚悟しろ」
 実際の戦闘は非情で過酷な物だ。だが、技術を競うその瞬間は、体を酷使する果てにある喜びが、麻薬のように肉体を犯していく。切り替えることが確りしている故に、それを楽しむ余裕もある2人は、束の間の逢瀬の時間を思い、血肉を沸き立たせるのであった。



[1134] Re[21]:マブラヴafter ALTERNATIVE+  第146話
Name: レイン◆b329da98
Date: 2007/04/12 14:56
2009年4月19日……日本、旧川越市


◇◇◇
 基地に帰還した後は、すぐにでも出発したかったのが心情ではあったが、万全を期す為に簡単な点検整備だけは行なった。その為に、当該地点への到着には時が掛かり、結局到着は味方と敵の接触寸前となってしまう。
 『いいか、先に説明した通りBETA波観測装置はBETA波を直接衛士に視認させない。色々な実験で突き詰めて行った結果、BETAの体内に存在する送受信器官に色付けした形で情報を表示する形となった。赤が強化型で、青が指揮官型だ』
 『中継型は判別出来ないのか?』
 『残念ながらな、現段階のこの装置で観測可能な波形では、指揮官型と中継型の区別が付かない。……それと以前にも述べたように、この装置は機械装置とバッフワイト素子を利用して、人間の視界にリーディングに近い効果を擬似的に作り出している。だからどういう形でも、目視しなければ使えない事を念頭に置いておいておけ』
 人間を媒介に敵を識別する装置なので、機械的な広域探査は出来ない。望遠でもなんでも良いので、とにかく人間がある程度ハッキリ認識しないと判別は不可能らしい。判別データが数値だけでなく色付けされているのも、この技術がリーディングの応用から来ていることの他に、ざっと見で瞬間的に判別が付き易いという理由が大きい。
 「ということは、固まって行動するのは得策ではないか」
 「エレメント単位で戦場に拡散、各隊は指揮官級を優先目標として狙いつつ、途中で得るデータをリンクで仲間に伝播させて行く――という所が妥当でしょう」
 「しかしそれではリスクが大きくなるのではないでしょうか?」
 「確かにフライト単位の方が安全性は高いが、それではこの観測装置を十分に生かせなくなる。多少危険度は上がるが、戦局を有利に運ぶためも、我々がそれくらいのリスクを背負わなくてはな。最新であり最高の機体を与えられている我々は、こういう時にこそ、味方の被害を抑える為に奮闘しなくてはならない」
 恐らく焔も、観測装置の利用法を、真那・みちると同様に考えていただろう。今回の新型関節機構導入と機体改造も、敵中を駆け回る彼等の助けになればと色々便宜を図ったに違いない。それに焔だけではなく、過密なスケジュールで実戦証明を行なった者達や、整備員・研究者など、様々な人達の想いが形作った結果なのだ。だからその期待に答える為にも、特殊部隊の面々は常に最前線で戦い、敵を倒し味方を守らなければならない責務がある。
 みちるの言葉にそれを再認識する千鶴、そして他の面々。彼等にしても、自らの腕と機体能力、そして背中を預ける仲間に不安があるはずも無く、その提案に怯む事は無かった。
 『敵前衛、旧川越市に接近。帝国艦隊よりの砲撃が開始されました』
 防衛地点を目前にした所で、いよいよ敵が接近して来たらしく、遙の報告と同時、事前にデータを貰い表示されていた戦域図に弾着予想範囲が示される。セオリー通りの初期面制圧が、東京湾に展開中の艦隊より行なわれ始めたのだ。それを見て、みちるが通信を防衛軍側へと繋ぐ。
 『HQ――BETA波観測装置の事は全部隊へ通達されているな』
 『はい、詳細は全部隊へと通達済みです。各データリンクも急造ですが、それに合わせて調整しています』
 『了解した。我々はエレメント単位で戦場を駆け、敵指揮官級を倒しながら得られたデータを伝達していく、各部隊にその旨伝達を』
 『了解しました、各部隊への通達開始します』
 それから何回か通信のやり取りが成され、短い内に打ち合わせは終了する。出向していた武と晴子以外は、これ以前の防衛戦やBETA捕獲作戦で肩を並べた回数も増え、互いの意思疎通が円滑になっていたためだ。今回はこちらがエレメント2機編成での行動を行なうので不測の事態も考慮に入れなければならないが、両者が勝手知ったる仲というのは良い条件だろう。
 『面制圧を抜けた敵前衛が防衛部隊と接触、戦闘が開始されました!』
 「よし、我々は中央だ、目に付く指揮官級は最優先で撃破して敵をかき乱せ! 全員気合を入れろ!」
 《《了解!》》
 「ガルム隊は右翼をやるわ。とにかく駆け回って、私達に課せられた責務を果たしましょう!」
 《《了解!》》
 既に戦場は目と鼻の先、部隊人数が一番多いヴァルキリーズが中央を受け持つ為にそのまま前進した。次いでガルム隊が、左翼の戦場を目指し進行方向を変える。例え変則的な事をするにしても、敵を倒すという事だけは同様、その覇気には一切の躊躇も乱れも見られない。そしてその気概は、武達も同様のものだった。
 「残る我々の担当は左翼戦線、片端から打ち倒すぞ!」
 最初の2人の部隊長同様、真那が高らかに声を張り上げ機体を右翼に向けて駆った。勿論仲間である武達も応と答えて追従する。戦いの上では何時もの如くの防衛戦――だが、歴史の中で大きな転換点となったこの戦いは、その重要性を誰にも知られぬままに始まりの時を告げるのであった。

***

 眼前に展開する敵群は、その細部の形状まで脳内で描く事が出来るほどに、もう見飽きていると言って良い憎き相手であった。だが今日の奴等には、その体に何時もと違う部分が存在する。全てではなく群れの中に、赤と青の色彩を纏わせた個体が窺えるのだ。ただの肉眼で見たら何も見えないだろうが、BETA波観測装置を接続した衛士強化装備を着ている武達一同には、確かにBETAの一部が、鈍く発光するように見えていたのだ。
 「フェンリル02――フォックス3!」
 着地と同時、指標していた要撃グラップラー級に、キッチリ1秒間分の弾丸を撃ち込んで敵を絶命させる。同時、止めを刺した指揮官級を前に立つ武の武雷神の背後に、やはり別の指揮官級を倒した真那の武雷神が降り立った。 
 「この周囲の指揮官級は全て殲滅した、強化型の判別に移るぞ」
 「もうやってる――しかし便利なんだか不便なんだか解らない装置だなぁこれ」
 「それも仕方あるまい、何処かを立てれば何処かが落ち込むのが世の常、我々は今手元にあるものを最大限に活用するだけだ」
 「まぁな、無いよりは在った方が良いのは事実だし……」
 焔の言った通り、この装置は視認すればシステムの方が自動で判別を行なってくれるし、少し設定すればそのデータをデータリンクによって随時友軍に伝播させることが可能だ、その点を見れば非常に有用な装置であった。しかし、望遠でもなんでも良いので個体をある程度はっきりと視認しなければ判別できないことや、視界を外れるとその判別が消える事などの制約があり使い勝手が今ひとつでもある。後者の方は自機のレーダーや友軍が捉え続ければ、統合情報の処理によってマーキングは継続されるので、ある程度は解消できるのだが……。
 現在も武達は、背中合わせになって寄る敵を倒しながら、戦場を見渡しBETAの判別に務めていた。そして、その武達の後方からは、幾つかの部隊が戦線を押し上げてくる。
 『指揮官型を失った敵は乱れているぞ、別の個体の指揮下に入る前に狩り尽くせ!』
 『月詠大佐達に遅れを取るな! 我ら帝都守備連隊は帝都を前に引く事はあたわず、その使命の程を此処に示せ!』
 クーデター事件の後に再編された帝都守備連隊だったが、アラスカに渡った後は真にその意義を果たすことも出来ず、民を守るという意を胸にBETAと戦う日々を過ごすだけであったのだ。しかしそれも今は過去のもので、帝都の再建に当たって日本での防衛任務を賜り増設された彼等の気概は、死をも厭わぬ決意の塊となっており、幾度かの防衛戦でも決して引かぬ意志を見せ付けていた。
 「流石強豪部隊、普通の部隊とは錬度が違うよな」
 「例え仕えるべく守るべき人が居なくとも、帝都を護っているという事実は彼等の誇りであり、命と比較し得る使命――その任務を果たす為ならば、彼等は幾らでも強くなろう」
 実際、帝都守備連隊の錬度は非常に高い。迫るBETAの群れに掃射している機体にしても、良く見れば撃ったBETAの被弾数が個体毎に違う事が窺える。これは、武達から送られてくるBETAの識別情報に則って、強化型と通常型に叩き込む弾の数を変えている為だろう。迫るBETAを前にしながら、より多くのBETAを倒す為に弾を効果的に叩き込むその技量も度胸も、やはりたいしたものと言える。
 『CPよりフェンリルへ――帝国連合艦隊よりの支援砲撃、発射から着弾まで60秒……』
 「敵の頭を抑えるのか――」
 戦場は大きく、中央・右翼・左翼に区分されている。敵が広い範囲にわたって前進してくるので一箇所の陣容は薄くならざるを得なかったが、その分各隊の錬度がそれをカバーしていた。これは多分に、武達特殊部隊が戦場を駆け回り、指揮官級を倒し続けているおかげもあるだろう。敵の攻撃は乱れに乱れ、既に以前の集団突撃戦法より悲惨な状態へと陥っている。
 極端な話、BETA1体ならば一昔前のF4-ファントムでも楽勝だ。要撃グラップラー級3~5体でも、XM3搭載の撃震ならば近接戦闘長刀だけでも倒すことが十分可能である。BETAが怖いのは数の暴力であり、10体程度の集団が散発的に襲ってくるのならば、それは熟練した衛士達にとって、脅威とは成り得るものでは無い。
 「本当に、この装置がもっと量産できたらいいのになぁ……」
 武は現在の戦況を見詰めながら、溜息を吐く様に言葉を発した。実際の所、強化型出現からこっち、軍の平均損耗率は少なくない上昇を見せている。ただでさえ数の暴力で押し進んでくるBETAに、洗練されていないとは言っても連携や戦術性が加わったのだ、それは今までアドバンテージであったXM3や強化された第3世代戦術機の性能を押し返すほどで、上層部も現場の兵士もその対応に頭を抱えている。今の所、それでも人類がBETAに勝っているのは、戦術機の性能向上と、何よりも培ってきた衛士1人1人の錬度故に他ならなく、少しでもその状況をマシにするこの新要素は、人類全体が望むところだったのだ。しかし、やっと生まれたこの装置にも、製造制限という途轍もなく大きな制約が掛かっている。研究開発は膨大な積み重ねの連続であり、これがその初期の段階の成果だと分かってはいても、これから出続ける被害のことを思えば、歯痒く思えるのも仕方の無い所であろう。
 物事に詳しくなれば新しい側面も見えてくるというが、その分悪い事柄や如何にもならない部分も比例して見えてくる。その意味では、何も解っていなかった昔が少し懐かしく感じるものであった。
 そんな事柄を考えつつも敵を屠っていた武の乗機周囲に、数機の機体が舞い降りる。第4世代戦術機だけで構成された2中隊は、着地と同時に散開し、武と真那の機体周囲に存在した敵を殲滅し始めた。
 『月詠大佐、エリアD11の敵殲滅完了致しました、これよりこのエリアの敵殲滅に入ります。後から第3中隊が補給物資を持って参りますので、この場で暫くお待ち下さい』
 『了解した、感謝する少佐。それから、右翼の他の部隊はどのような状況となっている?』
 『現在帝国艦隊と地上部隊の砲撃支援を受けつつ、帝都守備第2連隊所属2大隊と、帝国本土防衛軍第98大隊が戦線を押し返しています。何時もより敵の数が多いですが、月詠大佐達が指揮官級を仕留めてくださっているおかげで敵の動きが乱れ、普段よりも戦い易いくらいです』
 連隊長である女性の少佐は、そう言って軽く頭を下げた。その笑みは、戦果を誇るよりも寧ろ慈愛を含む色が強い。武も真那も彼女のその表情に、この人物が部下想いであり、その下に集う者達がああも潔く戦える訳を知るのだった。

 やがて周囲の敵が殲滅され、補給物資が運ばれてきた。この場に居た者達は順次補給を開始し始め、その他の者は引き続き警戒を継続する。出来れば順調なこのまま作戦が終わって欲しい所であったが、武達には気掛かりはな事もあったのだ。そして、その気掛かりは武達の予想の通りに、姿を戦場に現した。
 『HQより左翼防衛隊へ通達! 戦線前方より左翼防衛戦を回り込む形でBETAの一団が進行中――光線レーザー級及び重光線レーザー級多数!!』
 「ちっ、やっぱりか。どうも光線レーザー種の数が少ないと思っていたら、こっちで足止めして向こうから遠距離攻撃かよ!」
 HQからの通信に、武は舌打ちを漏らす。BETAがこのような戦術を使い出したのは既に何度か体感した所だったので、戦場の様相から何か仕掛けて来るだろうとは感じており警戒はしていたのだが……。
 「光線レーザー級の周囲に要塞フォート級が多数、他にも大型小型が入り乱れている、奴等光線レーザー級を護っているな」
 「くそっ、囮戦法から始まって戦術がどんどん複雑化して行きやがる、色々試しつつも進化しているってのかよ!」
 電磁加熱砲での攻撃や、自律誘導弾での攻撃が光線レーザー属種を狙い撃つが、真那の言葉通りそのことごとくが周囲のBETAに阻まれていた。数の利を生かした肉の壁は、攻撃を防ぐ為の何よりの有効な手段だということであろう。
 『敵、レーザー照射体勢に入りました!』
 『不味い、総員散開!』
 叫んだ真那も傍に居た武も、瞬時に補給物資として運ばれてきた中のレーザーシールドを引っ掴み回避運動に入った。相手が意図的にか、幾らか高所に居座っていた為に、他のBETAを射線上に置いて躱す事はほぼ不可能であった。その為、衛士達は操縦テクニックかレーザーシールドのみで回避を敢行する。灼熱を纏った光線が機体すれすれを通過していく場景の中で、真那は瞬時に思考を律して作戦を立ち決めた。
 「武、突っ込むぞ!」
 「言われなくとも、照射終了と同時に跳躍装置全開、合わせるぜ!」
 『月詠大佐、私達も御供します』
 武の無茶は何時ものことであり、真那の勇猛も何時ものことだ。2人はお互いの腕を無条件で信頼しているので、片方が行けると言えば躊躇無く付いて行く。それは何時どんな時でも同様だった。そして、そんな武達の決意に感化されたのか、連隊長率いる第1大隊の者達もそれに追従する意志を示す。元より戦いとは全てが死地、彼女達の不退転の意志をこの上なく知る真那は、その決意を否定することはせず、深く静かに頷くだけであった。
 『帝国艦隊より光線レーザー属種に向けての制圧砲撃開始しました』
 「うっしゃ、エルファ少佐ナイスタイミング!」
 敵の照射が終わるその時、武達の耳にエルファからの通信が届いた。付き合いが長い彼女は、次に武達が取る手段を予測し、援護攻撃を行ってくれたらしい。砲弾との同時攻撃であれば、レーザー攻撃が分散されその分接近しやすくなる。
 そして照射終了と同時、総員は跳躍装置を全開に、増援として現れた敵軍へ向けて突き進んだ。初っ端から圧縮水素併燃加速噴射で距離を稼ぎ、その後も噴射装置を抑える事無く全開に。体が捻じ切れるほどのGに耐えつつ、放たれるレーザーを回避しシールドで防ぎ、一群は夜空を流れる流星のように疾走する。
 「ぐっ、おおぉぉおぉぉ!」
 口から出かける悲鳴を引き戻し、呼気として吐き出す。それは意気となって体を伝播し、裂帛の気合へと、籠もった力に昇華させた。着地の衝撃は主脚に負荷を与え、慣性の法則を消せぬままに武雷神の足が地面を削り砂煙を上げる。2本の脚だけではその衝撃を受け止めることが出来ず、機体は腰を折って右腕を地面に添えた。そしてそのまま数十メートルも地面を抉った所で、やっと機体はその場所に停止する。
 だが、その場所は既に敵の至近、止まった機体目掛けて、多くのBETAが纏わり付こうとしていた。武と真那は、直ぐに機体を動かし敵を蹴散らし始める。そして、敵味方入り乱れての混戦が始まった。
 
 敵の陣容は先に説明した通りであったが、彼等が戦い始めてから少しして、その後方に更に新たな、似たような陣容の集団が現れた。規模は現在戦っている集団よりも格段に小さかったが――何かの要因で行軍が遅れてきた個体群達なのか? なんにしても、その集団を放って置く事も出来ず、奴等の討伐は武と真那の2人が名乗りを上げる。
 先程と同じ様な経過を持って、2人はその集団に突貫した。強化型の光線レーザー級は、レーザーの熱量――つまり威力も上がっていたが、それでも集中照射を受けなければシールドの耐久値以内で接近する事は、2人にとって難しいことではなかった。そして2人だけということは周囲に気兼ねすることも無く、ありったけの弾薬をばら撒けるということだ。周囲を固めるBETAを突破して光線レーザー属種の群れの中に突っ込んだ両者は、これ幸いとばかりに36㎜と120㎜榴弾を雨霰とばかりに見舞った。そしてその結果、光線レーザー属種はものの数瞬で全滅することとなり、これで後は周囲を防衛していたBETAだけとなる。
 既に突入してきた箇所は閉じており、遠巻きにBETAに包囲されている状態であったが、2人は臆することもせず、寧ろ不敵な笑みを浮かべてその包囲網を眺めやっていた。
 「ははは……」
 「どうしたのだいきなり?」
 「いや、柏木には悪いけど、やっぱり真那が一番だなあと思って」
 不敵な笑みから、唐突に相好を崩した武に尋ねた真那は、その言葉に一瞬面食らった顔をしたが、それも直ぐに元に戻り、武と同様の相好を崩した笑みとなった。
 「なるほど、それは光栄だ。然るにそれは、冥夜様や彩峰殿よりも上と言うことか?」
 紅い武雷神が、ここまでの酷使で耐久限界となった長刀を投げ捨てる。それと同時に背面中央のパイロンが稼動し始め、長刀マウント部を両側にマウントした突撃機関砲よりも迫り出した――丁度背中から60度程度の傾斜を付けた形で固定する。機体の右主腕は肩口に手を回し、マウントされていた近接戦闘長刀をスラリと抜き取る。そしてそのまま前に回した手に左腕を添えて、腰溜めに構えた。
 「いやいや、冥夜と慧は比べられないっつーか何と言うか――同じ位?」
 同様に武の武雷神も、長刀を背面より引き抜いた。そして彼女の機体と背中合わせに、やはり同じ様に腰溜めに構える。
 「ふふ……、それを聞いて安心したぞ、私としては複雑な気分だがな。まあ、変に気を使ってこの場限りで私が一番と言われるよりは良い」
 「冥夜や慧が何処から見てるか解らないからな、何時も見守ってもらっている身としては、正直にならざるを得ないだろ」
 そう言って武は、戦術機の中で上を向いた。実際には管制ユニットの天井しか見えないのだが、その目は空を宇宙を通り越し、遥か彼方に存在する懐かしい2人を透かし見るように静かに閉じられて行った。そしてそれに呼応するように、真那も同様に空を仰ぎ見る。
 「そうだな、きっと遥か彼方の星の上で、我等の戦いを見守っていて下さる。なれば迂闊なことはできぬということか」
 透かすように目を細めても、それでもそこには天井しか見えない。しかしそれでも、真那も武と同様に、その遥か彼方に存在するはずの懐かしい人達の姿が、鮮明に心のスクリーンに映し出されていた。
 2人はしばし、ほんのしばしの間、その幻想で現実たる映像の人達の姿を見つめ、過去と今である思い出を懐かしむ。何時か思い出が現実に、想いが彼の人達に届く未来を信じて――。
 狭まる包囲の輪の中心、真紅と漆黒の機体はお互いを護るようにその背中を預け、剣を構えて悠然と佇むのであった。



[1134] Re[22]:マブラヴafter ALTERNATIVE+  第147話
Name: レイン◆b329da98
Date: 2007/04/12 14:57
時系列年表

2009年8月1日……BETAのアメリカ侵攻が本格化される
2009年8月12日……アメリカ政府、全世界への救援要請を発する。アメリカ大穀倉地帯とアマゾンの森林を守る為に、過酷な防衛戦が繰り広げらることとなる
2009年9月14日……甲12号ハイヴ攻略戦。王立国教騎士団、凄乃皇四型と共にハイヴ潜行、反応炉破壊に成功
2009年10月22日……エンセナーダが陥落、内陸部に本格的な侵攻を許すことになる
2009年12月6日……カルフォルニアの海岸線側一帯がほぼ敵の勢力圏となる。メキシコ軍も後退を重ね、国土の殆どを侵略された。メキシコ軍の一部はニューメキシコとテキサスへ、残りはグアテラマとの国境線沿いに戦力を集中させる
2009年12月25日……新型近接刀完成、09式近接戦闘長刀
2010年1月8日……ネバダ、アリゾナが完全に陥落する
2010年1月24日……移民船団出発より6年が経過 武26(27)歳 月詠29(30)歳
2010年2月23日……グアテラマ防衛線が崩壊、ニカラグアに防衛線が移される。
2010年3月28日……オレゴンに敵侵攻、強固な防衛線が展開される。ユタの半分が陥落。ニューメキシコとテキサス防衛戦が崩壊、敵の大規模侵攻を許すことになる。コロラドに敵の侵攻を許す
2010年4月1日……武・月詠、G元素反応爆発に巻き込まれ転移。その後3日間行方不明に
2010年5月17日……ニカラグア防衛線が崩壊、パナマに防衛線が移される
2010年5月26日……オレゴンからワシントンに敵が侵攻、アイダホを護る為の強固な防衛線が構築される
2010年6月11日……甲26号攻略作戦。凄乃皇伍型による一転突破での反応炉破壊。但し被害も少なくなかった
2010年7月16日……敵がコロンビアへの侵攻を開始する
2010年8月02日……オレゴンが陥落。テキサス方面から流入した敵が、ケンタッキーにまで侵攻してくるようになる
2010年9月28日……東海岸側の州への敵侵攻が活発になる。内陸部では、穀倉地帯を守る為の戦いが続く
2010年9月29日……BETA波による電波妨害の解消法が発見される。また、BETA波の逆探知も可能になる

そして……
2010年10月5日……フロリダ州


◇◇◇
 海岸線防衛の為に設立された基地の中、武は自分に割り当てられた部屋に向かい、そのドアを視界に納める。激しい戦いで疲れた体に鞭打って、報告やその他諸々の雑務をこなしてきたので、やっと休めるかと思うと無性にその部屋の存在が有り難く思えてしまった。例え長くは居付いてなくとも、自分の居場所というのは安心するものなのだろう。それにプライベートな空間では他の誰にも邪魔されずに過ごすことが出来るから――今も部屋の中に、先に帰っていたのだろう自らの大切な人の気配を感じ、自然に頬が緩むのを自覚してしまった。
 「ハア~、やっと終わったぜ」
 「帰ったか、随分と時間が掛かったな」
 開いた扉の向こうで、振り向く彼女が返事を返してきた。部屋に帰れば迎えてくれる人がいる。何気ない挨拶が、日常の幸せを象徴するとはこういう時だろうなと、武は感慨深く心の奥で感じ、更に気持ちを緩ませた。疲労感に軋みを感じていた心に幾ばくかの余裕を持つことができ、恒例である簡単な情報交換もすいすいと進んでいく。彼等の立場は些か特殊であり、その能力から臨時で部隊を率いたりと、戦場によってやることなす事が変わってくる。なので報告も、個人個人で別個に行う事が最近多いのだ。最後の最後に、全ての情報を交換するのは日課となっている。
 そのまま遣り取りして全ての報告を終えた両者は、暫しその場に無言で立った。情報を交換している内に、改めて今日の海岸防衛戦での被害の多さを実感したからだ。部屋に帰りその空気に安堵感を覚えていた武の心の中には、再度じわじわと戦場で感じていた焦燥が染み出してきていた。
 「くそっ、今日の戦い……あそこで防衛線を崩されなければもう少し被害を防げたのに」
 武はそう言いながら、月詠の肩に左手を当てて、そのまま背後に自身諸共に押し倒れた。月詠は少し驚愕したが、武の右手が腰に回されたのを感じてそのまま身を委ねる。倒れこむ勢いを若干殺されつつ、背後にあったベッドの上に深く座り込むような形で着地させられた月詠は、しょうがないなとばかりに少し溜息を付いて靴を脱ぎ捨てベッドに足を乗せた。経験上、武がこういうことをする時は大抵弱っている時と知っている。そして案の定、武は横で向きを変えて月詠と同じ様に仰向けになり、身を寄せるようにしなだれかかってきたのだ。
 「あれはどうしようもない事態だった。例え、あの時以上に皆が奮闘したとて、あの旅団規模のBETAの突撃は防げなかっただろう。むしろ、他の場所からの援軍が望めなかったあの状況において、踏み留まって少しでも敵を押し止め続けた事が十分以上に凄いことではないのか」
 弱さをさらけ出し、甘えるように身を摺り寄せてくる武の体を愛撫するように優しく撫でながら、月詠はその傷ついた魂を包み込むかのように、優しい声音で語り掛ける。
 現在、内陸部は既にケンタッキー州を含め、そこを越えたところにまで敵に侵攻されており、その対応には頭を悩まされている。もしこの状況でフロリダ州が落とされ、その海岸線から敵が自由に上陸するようになれば、東部の敵侵攻速度は一気に速まってしまうだろう。メキシコ湾内で戦っている海軍の為にもここを落とされる訳には行かないので、そういう意味では途轍もなく重要度が高い防衛地点である。
 今日の戦闘は、海軍と協力しての海岸線から上陸しようとする大規模BETA群の阻止作戦であり、大軍が投入された。だが、敵が戦力を集中しての一転突破を謀ってきたために、その部分から被害が加速度的に増えていったのだ。幸いというか何と言うか、丁度その場所に武と月詠は存在しており、周囲の者達と協力しての獅子奮迅の活躍で何とか戦線の瓦解だけは防げたのだが……。
 「分かってる、分かってるよ……自分は限界以上に戦った、そこに悔いや迷いは無い。けど――」
 「理性では納得できないか。刀で波を切ることはできても、押し返すことは不可能なのが現実……」
 「このままじゃここも遠からず落とされちまう。俺達が勝っていても、他が落とされちまえばそこから崩されちまう」
 何かを堪えるような、泣きそうな表情で、武は擦り付けるように月詠に身を寄せてくる。それはまるで、寂しさにむせび泣く小さな子供のようだった。
 (限界か……)
 月詠は武をあやすように包み込みつつも、心中で苦々しくそう呟いた。
 連日の戦闘戦闘戦闘……尽きる事無き勢いで、津波のように押し寄せてくるBETAと戦い続けていた武。月詠自身は武や焔含めた周囲の計らいもあり、たまに子供に会いに後方に引いた事があるのだが、武はほとんど休み無く戦闘に参加し続けていたのだ。先程のらしくもない台詞からも推測できるが、恐らくその精神はささくれ立つように荒れ狂い、脆く剥がれ落ちる寸前であろう。BETAだけではなく、尽きる事の無い友軍の死も堪えているのだ。幾らこの世界に染まって鍛えられたとはいえ、人格形成の成熟期まで争いとは無縁の世界で生きて来た武の精神は、月詠より死への感受性が高いのだろう。
 「もう4ヶ月だ、4ヶ月経ったってのに……」
 そう、4ヶ月。甲26号ハイヴを破壊してから4ヶ月。月詠はその言葉で、武があの作戦の成果に余程の望みをかけていたことを悟った。恐らくあの当時、既に心中は荒れていたのだろう。だが、甲26号ハイヴ攻略の成果が出るまではと己を鼓舞していたに違いない。
 (しかし未だその成果は出ていない……)
 月詠自身も、陰鬱なる現状を打破するものとして、その成果を待ち望んでいた。ともすればそれは、今アメリカ全土で戦っている者達全員の願いだっただろう。だが、現実にはその成果は全くといって良いほど現れてはいない。海岸線から上陸するBETAの数は、止まるどころか減る兆しも見せないのだ。
 「そのことは焔も気付いているだろう、恐らく何らかの動きを見せるはずだ」
 そう、この不可解な事態は焔も承知しているはずだ。
 「甲11号からの大規模な敵進攻は確認されていない。甲25号にしても、これだけの大軍を動員するなら必ず調査の網に引っかかるはずだ。それに何よりも、エネルギーの問題もある。それらの謎を解けば、今度こそ本当に今の状態を脱する可能性が出てくる。高望みして決め付ける訳にはいかないが、少なくとも今少しはその可能性を信じてみようではないか。まだ、やれることは残っている」
 受けに回り続ければ、数の地力で圧倒的にこちらが不利だ。それは今のこの状況が雄弁に物語っている。しかし攻勢に出られれば、人類はBETAに一矢報いることも可能なのだ。攻略など不可能と言われ続けてきたフェイズ5クラスのハイヴをも攻略した人類の底力は、並大抵のものではないと月詠自身信じていた。
 「やれることは残っているか……。そうだよな、まだみんな頑張ってんのに、俺だけへばってる訳にはいかないか」
 「仲間の死を悼むのは皆同じだ。毎日この大陸の何処かで誰かが死んでいく、次に死ぬのは自分の戦友かもしれない、しかし国を、家族を守るためにはその死を容認しなければならない。誰かを守るためには誰かの危険を前提にしなければならず、そしてそのジレンマは使命に燃える自分を蝕み続けていく」
 「前に指揮官の誰かが言ってた、『俺は国を守っているのか部下を殺しているのか解らない』って、守るために誰かを犠牲にして良いのかって――」
 「それは何に重きを置くか人それぞれだろう。しかし戦う以上は何処かで線を引かなければならない。今の状況で『戦わない』という選択肢は取る事が出来ないのだから」
 「やっぱり、結局はそこに行き着く訳か……」
 武もこれまで色々と考えてみたが、やはり行き着く結論は何時も同じだった。結局どんなに葛藤して悩んでも、戦う以外に道は無いのだ。戦うことでしか、現状を打破する手段は無いのだ。それが例えどんなに辛い現実を歩む道程であろうと、決して目を逸らすことは出来ないのだ。
 武は、月詠に委ねたその肉体を、更に強くその体に押し当てた。月詠の体に回した腕に力を入れ、自らの肉体を相手の肉体に埋め込むかのように。例え現実は辛くとも、それに立ち向かう意志を再度固めようとも、今この一時だけは、その甘い至福の時を過ごしていたかった。
 「ごめん、もう少しだけ甘えさせてくれ、起きたら立ち直るから今だけは」
 鼻腔をくすぐる芳しい匂いに思考をしびれさせながら、武は月詠の了解の意を聞く。そして一時の安らぎの中に、その身を委ね溶け込ませていくのだった。

◇◇◇ 
2010年10月6日……フロリダ

 翌日、武と月詠の両者は焔に呼び出されその研究室に居た。見れば焔の表情には若干の苛立ちが見え隠れしている。昨日月詠が思ったように、焔も今のこの状況に頭を悩ませているのだろう。
 「決して楽観視していた訳ではない、しかし何らかの成果を見込んでいたことは確かだ。だが現実には、甲26号攻略から4ヶ月経っても敵侵攻は衰えてこない。ことここに至って、私は考えを変えた――というよりも変えざるを得なかった」
 「変えざるを得なかった?」
 「普段からの常識に囚われて、他の可能性を重要視しなかった自分の甘さに嫌気が差したくらいだよ。やつらは有り得なかったような進化を遂げている、ならば有り得ないような可能性も十分に高かったというのに」
 とつとつと語る焔のその表情は、痛ましいくらいに悔しげであった。誰もが、今の事態を焔の所為だとは思うことは無いのだが、焔は自分自身を許せないほどに責めているのだろう。憔悴した表情と目の周りの隈は、そんな状況を打開しようと試行錯誤する彼女の姿を雄弁に物語っていた。
 「どういうことですか博士? 有り得ない可能性って」
 「甲12号、そして甲26号を破壊し、敵の大陸侵攻の足がかりとなる前線基地を潰したと思っていた。しかし4ヶ月経った現在も、敵の勢いは衰えることが無い。あの位置に前線基地が無いのならば、距離的にBETAのエネルギーが十分に持つはずが無いのに」
 「しかし現実に、BETAはこの大陸の奥深くまで侵攻している」
 月詠が重々しく言った。つまりは現在この大陸深くに侵攻してくるBETAが甲25号から来た個体群ならば、片道分のエネルギーしか積んでいない使い捨てになっていなければおかしいのだ。しかし、奴等の活動が大規模に渡って停止したという報告は無い。
 「ならば後は、常識外の考えでいくしかない。私が考えていたのは、中継地点の存在だ。この中継地点があれば、内陸部にあるハイヴから今の状態を再現する事が可能となる」
 「中継地点……って、まさかハイヴ!?」
 BETAのエネルギー補給は反応炉で行われる。そしてその反応炉があるのはハイヴだ。武は、中継地点と聞いてすぐさまハイヴを連想した。今までの情報から、衛星が捉えられないハイヴがあるとすれば何処かと考えるが、それは
総合的に考えれば一箇所しかない。
 「海の中にハイヴがあるってんですか?」
 「ある――先ほどはああ言ったが、私も一応、あくまでも可能性の範囲内としてだが、海中の中継地点の存在を考慮していた。だからそれを調べるために、BETA波を逆探知する装置の開発もしていたのだ。もっとも2ヶ月ほど前までは優先的にではなかったがな」
 やはり自嘲的に笑って焔は言った。こうやって客観的な視点を持って考えてみると『当たり前』のようにその考えの現実味が窺えるのだが、人間の思考はそう万能にはできていない。その時々の状況や、持ちえていた心理状態によって、はじき出される解答も万別を帯びてくる。幾ら万遍なる知識を高く修めている焔といえども、万全に全てを解き明かせることは不可能なのだ。
 「それで先日その装置が完成し、さっそく調査隊を動員した。結果、指揮官型から発せられた反応の多くがある一箇所に集約していることが確認されたのだ」
 装置は感知スピードなどの諸々の問題で戦闘に活用できるほどではないが、精度だけは確かだという事だ。
 「場所はメキシコのラバス近辺、やや大陸方面側の海の中だ。こうやって考えてみれば、BETAの施設は有機的な側面が強いから、海中でも機能することは十分に考えられたというのに……」
 人間の常識で考えてみれば、海中に前線基地を作るという発想は当たり前には出てこないだろう。しかも、BETAはこれまで全てのハイヴを地上に作っているので、余計に考え付くことは難しい。甲12号や甲26号ハイヴの存在も、旧来の考えを肯定的にする手助けをしていた要因であった。
 また、それに加えて、BETAのアメリカ侵攻は地下を通っていると考えられていたこともある。
 BETAの肉体構造は、生物的な側面はまるで無い。研究でもそうだが、月での生存も確認されている。だから水中での行動も可能であり、現に日本やイギリスは海を渡ってきたBETAに攻撃を受けている。
 だが、それは距離が近いからだ。BETAが太平洋や大西洋を渡るのには『水圧』という大きな壁が立ち塞がる。真空中でも生きていられるBETAだが、その生体構造は大きな水圧には耐えられるものではないのだ。
 つまりは、アメリカはそれだけ安全な国であったと思われていたのだ。
 しかし、にも関わらずにアメリカは大規模なBETAの侵攻を受けた。当初は科学者達も、その事実に当惑を隠せなかったが、過去のデータを参照し、すぐにその結論に思い至った。BETAは大深度地下を掘り進んできた事実があり、つまりは海底の更に下を掘り進んできたのではないかと……。
 「なるほどな。真空の宇宙空間で機能しているハイヴだ、水圧をどうにかする技術があるとすれば、海中にハイヴがあることは不思議ではないということか」
 「BETA自体も海底を進撃するからな。宇宙も含めて劣悪な環境下で生息できるやつらにとっては、海中も地上も同じってことか」
 武は毒づくよう忌々しげに言葉を吐き出した。人類が行った2つのハイヴ攻略、それは未来への道を繋ぐ、希望の光でもあったのだ。しかしBETAは、その人類を嘲笑うが如く、隠れて別の手を打ってきた。これは偶然と考えたい事態ではあったが、最近のBETAが行う対人類戦術に当て嵌め考えてみれば、策中に陥ったとしか言いようのない出来事であり、屈辱と悔しさで胸が張り裂けそうであった。
 「海中のためか、衛星から反応炉の反応を捉えることはできなかっが、そこに中継地点があることは間違いないだろう。よって準備が調い次第、この地点に総攻撃を掛けることが先日の会議で議決された」
 「当然であろうな、目と鼻の先にある敵の前線基地を放っておく訳にも行くまい」
 今度こそ、今の状況をどうにか変えられそうな要素が出てきたのだ、藁にも縋る気持ちというが、例えこれが小さな可能性でも、政府は何らかの動きを行っていただろう。それが敵の前線基地かもしれないとなれば尚更だ。
 「とりあえず潜水艦と戦艦、爆撃機を動員し、絨毯爆撃で海底を攻撃する。海兵隊はその後方で待機し、念のため空母と陸地に戦術機甲部隊も待機だ。因みにこれは海軍主体で行う作戦のため、我々は別の敵に備えて基地での待機となる」
 「ええっ、俺達は参加できないんですか!?」
 「海上戦闘ならともかく、戦術機に海中戦闘は出来ないだろうが。今回はお前達が言っても活躍の場は無い。まっ……何かあったら別だがな、その時のためも含め待機ということさ。もっとも、『もしも』の事態なんて起こって欲しくは無いがな」
 しかし今回も辛辣を舐めさせられた現状、その『もしも』が起こる可能性は十分以上にあるのだ。武も、その言葉が含む暗鬱とした意味を汲み取り、出掛かっていた文句の言葉を飲み込んだ。今の状況の打破に己が関わりたいという誘惑にも似た切望はあったが、彼も官位を頂く軍人として、その思いを捻じ伏せる。武には武の仕事があるように、これは海軍の役目であるからと。
 
 そして2010年10月23日……運命の邂逅を目前とした、血みどろの戦いが幕を開けたのだった。



[1134] Re:マブラヴafter ALTERNATIVE+ FE幻想記・1
Name: レイン◆b329da98
Date: 2007/04/12 15:07
最初に……
・この外伝は、作者の妄想が爆発したものです。本編メインで行くため更新は不定期となります。
・プロットは一通り考えてありますが、作者の思い付きや読者の声で多分色々と変わります。
・本編とは設定上一応繋がりはありますが、ストーリー的には全く関係ありません。後で説明入りますが、夢のような世界と思ってくれて構いません。
・因果導体云々は一旦忘れてください。+本編の設定と関わっていますが、その辺説明するとネタバレになるので。
・上記仕様と併せ、思うがままに書いているので、荒唐無稽な設定やストーリーが横行します。現実味など何それと言う感じなので、そういうのが嫌いな人はスルーしてください。


2010年4月1日……アメリカ合衆国、ユタ州


◇◇◇
 ネバダ州とアリゾナ州が陥落してもうすぐ4ヶ月、3月28日にはユタ州の半分以上が敵の勢力圏内に陥り、戦線は後退の一途を辿っていた。メキシコ側からの侵略もじわじわとその勢力を広げ、ニューメキシコとテキサス防衛線はほぼ崩壊、コロラド州にも侵攻を許すことになる。アメリカ軍及び世界中の軍も、力の許す限り徹底抗戦の様相を見せてはいるのだが、倒しても倒しても上陸してくるBETAの物量に押されて、遅延後退等を行なうので精一杯の状況であった。
 そんな中、数少ないBETA波観測装置を装備する焔旗下の特殊部隊員達は、各戦線に散って活躍を果たしていく。
 武と真那の2人はアリゾナ州での防衛線に参加していたが、戦線の後退に従って同様にユタ州防衛線への後退を果たす。しかし、BETAに侵攻された地域での部隊及び民間人の避難が未だ終わっておらず、その撤退を支援する為に、アメリカ陸軍中隊と共に、敵侵略地域を飛び回っている状況であった。

***

 敵の目を避ける為に、深い山間部の間を走り抜ける戦術機群。先頭を行く2機の第4世代戦術機の後ろには、F-15・ACTV(アクティヴ・イーグル)が追従していた。今回は機動力が求められる任務のため、第4世代戦術機のスピードに追従できるようにとの編成だった。
 武は横に流れていく外の景色を見詰めながら、今回の任務は比較的楽に済んでよかったと人心地付く。民間人と、その集団を守りながら後退していた戦術機中隊の回収任務だったのだが、地形的に恵まれていたので大型輸送機を使用することが可能だったのだ。武達の部隊が囮役となって、周囲に点在していたBETAを誘い出している間に、輸送機は無事に安全圏まで脱出できた。武達は、そのまま敵を振り払って山間部に逃げ込み、現在は防衛線まで撤退中という訳だ。
 「最近は毎日戦闘続きだったからな……」
 「そうだな、久しぶりに息抜きもしたいものだ。仕方がないとはいえ、母上に愛と優を任せたきりというのも心苦しいからな」
 誰とも無く発した言葉だったが、聞き付けた真那が同意するように発言してきた。真那にしては些からしくない言葉の類であったが、武はそれを不思議とは思わなかった。自分達2人は、アメリカ大陸での戦いが始まってからこっち、子供に会いに行くとき以外は、ほぼ毎日戦い通しだったからだ。特に最近は、機体整備の間も別の機体を駆って戦場に出ていたことが多かったので、幾ら強靭な精神を持つ相方でも、その程度は口に上っても当然だろうとは思う。
 武も、ここ暫く子供達に会えなかったことを寂しいと思い。不意に埒もない考えが浮かんできてしまった。
 「あ゛~~」
 「どうした?」
 「いや……家族を食わすために一生懸命働いているのが原因で、家族と疎遠になっていくサラリーマンの心境に共感できたような――」
 「???……なんだそれは?」
 「いや、ごめん。忘れてくれ」
 怪訝な表情でこちらを窺う月詠を横目に、武は参ったなと自嘲する。それを誤魔化すかのように、些か盛大に愚痴を言ってみた。
 「倒しても倒しても敵が減らない。本当に参るぜ全く」
 「それがBETAの一番の脅威ということは解っていただろう」 
 「そうなんだけどなぁ――過去の大陸の人達も日本人も、同じ様な気持ちだったんだろうな」
 「そうか……、お前は別の世界の人間だったな。こうやって過ごしているとつい忘れてしまうが」
 ポツリと漏らした武に、真那はそういえばと思い返した。武が転移してきたのは2001年なので、98年のBETA日本上陸は体験していない。それ以後も、武は大規模なBETA侵攻には立ち遭っていないのだ。あるとすればシナイ半島基地の戦いだけだろう。2004年のBETA日本侵攻時は、抗戦せず逃げに専念したのでまた別だ。
 「北九州からのBETA日本上陸。私も戦いに参加したが、あの時は嫌というほど、数は力ということを思い知った。倒しても倒しても屍を乗り越え迫ってくるBETAに、我々は一週間も戦線を維持できなかったのだ。あの時ほど自分を無力だと罵ったことは無い」
 「点で勝っていても面で負けているからな、俺も今回ばかりは嫌と言うほど思い知ったぜ、倒しても倒しても湧いて出てくるBETAに、段々本当に終わりがあるのかと焦りが出てきちまう、BETAとの戦いは自分との戦いとも言うけど
……機械化装甲で戦っていた時代の人を尊敬するよ」
 戦術機はBETAよりも確実に強い、他の部隊の支援を受ければ尚更に。それでも戦線は、BETAの物量に押されて後退を余儀なくされている。その現実は、この頃優勢であった人類全体に、数は力だと再度の認識をもたらしていた。
 (けど、それでも俺達は諦める訳には行かないんだよな)
 武は追従している部隊を見て思う。
 クーデター事件から始まり、その後諸々の諸事情の所為で、武はアメリカという国に良い印象を持っていなかったのだが、共に戦ってその思いも払拭されていた。確かに忌むべき事を画策する者も存在するのだろうが、肩を並べた大多数の衛士達は、命を賭けて国や国民を守ろうとする気概を持っている。倒せども倒せども迫ってくるBETAの物量に怯む事も無く、何かを賭けて戦い続ける彼等もまた、同じ志を持つ戦士なのだ。武にとっても彼等にとってもBETAは憎むべき敵であり、その威圧に屈し、諦める事は言語道断であった。

 そんな風なことを思いつつも数十分、余り代わり映えしない生え渡る木々の景色を背景に飛び続けていた武であったが、行き成りその景色の隅に意識を持っていかれた。高速で飛翔する戦術機の中、一瞬で通り過ぎるそれを視界に捉えられる確率は恐らく物凄く低い筈で、それを思えば偶然としては凄いことであった。
 「まて、全員止まれ!」
 張り上げられた声に、全機がその場で制動をかける。飛翔を続けていたので武も含めてその場での急停止は無理であったが、ある程度行った所で地上に降り立った。
 「武、一体何事だ?」
 「白銀大佐、一体何事ですか?」
 「ああ、山の中に建物が見えたんだよ」
 もうすぐ山間部を抜けるという所での、行き成りの停止をいぶかしむ真那とアメリカ陸軍中隊長に、武はその訳を話すが、両者はその言葉に益々混乱の度合いを強くする。
 「建物ですって、地図には記されていませんが?」
 「それは俺も確認した、けど確かに何も無い筈の所に建物が建っていた」
 今回の作戦遂行に当たって、事前にこの辺一体の詳細マップは戦術機に落としてある。そのマップによれば、この辺一帯には建造物は何もないことになっている。つまりは……
 「政府も関知し得ない場所か、あるいは政府にとって隠しておきたい場所か――どうする武」
 「う……ん、そうだな、調べてみるか、付近にBETAの反応は無いし、何か色々と解るかもしれないからな。大尉達はどうする、もし何だったら先に帰還しててくれても構わないけど」
 「いえ、我々もお供します。もしかしたら誰か取り残されている人が居ないとも限りませんしね」
 「はは、サンキュー大尉」
 存在が怪しい建物だ、誰か残っている可能性は低いだろう。それでも態々こう言ってくれたのは、要するに建前上の理由を付けるため、武もそれを分かって、大尉達の好意に礼を言ったのだった。

***

 その建造物は山間部の中程に、空からでも極力目立たぬよう建っており、地上施設はそれほどの規模ではなかったが地下に埋まっている部分が大きく、恐らく衛星からの探査を逃れるための造りであろうと思われた。
 随伴してきた陸軍中隊に地上での周囲警戒を任せ、武と真那の2人はその地下施設に侵入し、探査を続けていく。
 「それにしても随分な大規模施設だよなあ此処、メイン通路は戦術機が通れる大きさだし」
 通路を行きながら、武はその周囲の壁を見渡し言った。メイン通路含め、幾つかの通路は戦術機が通ることを想定しているのだろう造りでとても広く大きい。現在も2人は、戦術機に搭乗したまま通路を進んでいる。
 「内部の痛み具合から見ても随分前に造られたんだろうし――こんな大規模建造物を秘密裏にしているなんて、よっぽどの事を此処でやっていたんだろうな」
 「そうようだな、見てみろ武」
 前で真那の機体が立ち止まっていた。見れば通路に面した大きな隔壁が開いていて、彼女はその中を見ている。武も機体を進め、同じ様に示された部屋の内部を覗き込んだ。
 「うわっ、すげぇ。戦術機の博覧会が開けるなこりゃあ」
 格納庫に近い造りのその部屋には、戦術機が整然と並べ立てられていた。しかもその1機1機の機種が違う。F-4ファントムから始まって、F-15イーグルにF-22Aラプター、ラファールやスフォーニSu-37、ミラージュや不知火、それに武御雷やロンゴミアントも存在した。付近の別の部屋を見てみれば、そこにも同じ様に戦術機が並べられていて、その中には第4世代戦術機を始め、甕速火や不知火壱型丙など、極少数しか製造されていない珍しい機種も存在する。武の言うように、まさに戦術機の博覧会が開ける取り揃えであった。
 「この施設の規模からして、恐らくこれだけではないだろう」
 現在の場所は中階層に辺り、この下には更に施設が存在する。このような秘密裏に建てられた建造物が、戦術機の研究だけに使われるとも思えるはずも無く、恐らくはもっと別な――何か、表には晒せない研究が執り行われていた可能性を指し、真那はそう言い放つ。武も頷きそれに同意した。
 そして2人は、周囲を調べながら更に地下を目指す。下層では主に化学系の研究が行われていたらしく、専門外の武達にとっては用途不明な物質や装置などが多く存在していた。理解しても仕方が無いので、ざっと見ただけで流してきたが、最下層の研究施設を捜索するに当たって、武も真那も良く知る物質の研究施設を発見してしまう。
 「最重要施設、か……」
 最下層に降りて暫く進んだ後、今までよりも厳重に隔離されている区画に行き当たった。通路から繋がるその区画は、戦術機クラスの大きさでも通行可能なようだが、生憎下ろされた頑強な隔壁の所為で進める見込みが無い。しかし、その隅に存在する人間用出入り口からは侵入可能なようだった。
 2人は機体を降り、その人間用出入り口の前に立つ。潜水艦の気密扉を思わせる頑強な扉は、その役目を放棄するように開け放たれ、内部への陰影たる道を覗かせていた。
 「最重要施設なのに出入り口が開けっ放し状態ってのも変だよなぁ」
 「今まで見てきた内部の様相からも、最低限の物を持ち出した痕跡しか見られなかった。戦線が崩壊してBETAがこの付近まで侵攻してきた為に、慌ててここを引き払ったのだろう」
 戦術機や重機はそのままであったし、書類なども多く散乱していたこの基地の有様は、正にその通りであるだろう。戦線の一部が崩され、そこから内部へのBETA侵攻はあっという間だった。この付近もBETA支配地域に収まっているので、ここに居た者達は証拠隠滅もままならなく慌てて逃げたのに違いない。
 「さて、この奥にはどんな秘密ごとが隠されているであろうか」
 「鬼が出るか蛇が出るか――きっとろくでもないものがあるんだろうなぁ」
 RPGゲームではないが、ダンジョンの最深部にはそれが敵でも宝でも、大物が存在するのが定石だ。このような叩けば埃が舞いそうな施設に宝の存在を望むべくもないので、あるのはやはりヤバイものだろう。それをしっかりと確かめる為にも、2人は扉を通り抜け、その先の通路に歩を進める。
 やがて2人は、この基地が何故秘密裏にされているのか、その本当の訳を知ることになった。

 「なるほどな、ここは特殊物質研究所か」
 実験装置が並べられる部屋の中、真那は散乱する書類に一通り目を通した後に、辺りを眺めやり言った。幾つかの書類から、この施設が特殊物資――主にG元素を研究する施設だと分ったのだ。
 マップに載っていなかったことからしても、ここは公の施設では無いことは確実。現在武達に協力的なのは、元オルタネイティブ4推進派であることからして、恐らくは元オルタネイティブ5推進派が秘密裏に造り上げた施設であり、表では行なえないような後ろ暗い実験を行なう為の場所であるのだろう。
 「ますます解せねぇなぁ、こういうヤバイ施設は放棄する時に証拠隠滅のため吹っ飛ばすのが普通だろうに」
 「もう一度戻ってくることも考慮に入れたのかもしれんな。このクラスの施設は建造するのにも莫大な費用と時が必要であろうし、この山間部ならば見つかる可能性も少ない。BETAに侵略された地域ならば尚更にな」
 それでも武は、何の偶然が重なってかこの建造物を発見した。それは運が良いといっていいのか悪いのか、決めかねることは出来ない事情であったが。
 一通りの書類を見終わり、2人は更に奥の部屋を探索する。
 最下層の重要施設の横には原子炉が存在する区画があったが、現在それは止まっているようで電力は来ていない。緊急時に最低限の電力を確保する為の発電施設も稼動していなく、あたりは真っ暗な状態だった。しかし、衛士強化装備を通してみる視界は明瞭で、2人の歩みに淀みは無く調査も滞りなく進んで行き、やがて最奥の実験施設に至る。そこにはただ1つ、この階層のほかの装置に数倍するとても大きな実験装置が存在していた。
 「どうやらこれは、G元素の反応を調査する為のものらしいな」
 BETAからの鹵獲物質であるG元素は、未だその多くが解っていないのが現状だ。G弾もグレイ・イレブンの反応を制御せずに暴走させる構造の爆弾であり、制御しているとはとても言い難い。この装置は、そのG元素の様々な反応を細心の注意を払いつつ調べる為の装置であるらしい。
 「しかもこれ、実験の途中で放り出したらしいぜ、シーケンスが途中で止まっている」
 「反応実験中だった為に、内部のG元素を急いで取り出すのは危険が大きかったのだろう。迂闊に装置の外に出して不味い反応をされては危険が大きいので、電源を落とした状態そのままにされているようだな」
 電源を落とす程度ならば大丈夫だったのか、或いは脱出後に電源が自然に落ちたのか。とにかく科学者ですら手を出しあぐねる物に、門外漢の2人が迂闊に触れるはずもなく、この装置はそのままにする他はなかった。
 『……がね大佐、……白銀大佐!』
 その時、衛士強化装備を通して通信が繋がる。この声は地上で周囲警戒している筈の中隊長の声だったが、その声は平時に比べ切羽詰った様相であり、武と真那の2人は表情を引き締める。
 『こちら白銀武、どうした大尉!?』
 『BETAです、BETAが……』
 『BETAが近付いてきているのか?』
 『違います、施設内部からBETAが出現してきました! 現在応戦中、恐らく地下施設にも侵入しています!』
 その報告に、武は肝を抜かれたように驚く。急いで戦術機からのリンクによる周囲マップを呼び起こせば、確かに上階層一帯にBETAの反応を示す光点が多数存在していた。
 「馬鹿な、一帯何処から――」
 「迂闊だった――」
 「真那?」
 武が疑問を上げる横で、唇を噛み締めるように真那は言う。
 「このような大規模施設の交通手段が空路だけの訳が無い、見えなくとも陸路が存在する筈、それに思い至らなかったとは……」
 「つまりは地下通路か、BETAはそこを通って来たって訳だな」
 人間の目を忍ぶように地下を行軍する戦術は、現在のBETAにとって比較的良く使われるものであるので、それならばBETAが基地内部に直接現れたことも頷ける。
 「とにかく脱出しようぜ、このまま敵に集まってこられたらヤバイ」
 反省するならば、注意しつつも楽観視していた武も同罪だ。今はとにかく、戦術機に搭乗し地上に逃げることが先決、この狭い内部で物量に押されれば、機体性能も何もなく押し切られてしまうであろうことは確実だ。真那もそれは十分理解しているために、武と共に走り出していた。

***
 
 それから暫くして、2人の搭乗する戦術機は中階層にあった。未だ数は少ないが、通路の中で散発的に小型種と遭遇してはそれを倒しつつ進んで行く。しかし上階層は既に大型種が闊歩する様相となっており、脱出は容易とは行きそうも無い状態だった。
 そんな中、施設の所々が急に色を帯び始める。
 「電力が……」
 「施設が破壊されたショックで発電施設が稼動し始めたか」
 発電施設は、緊急時に最低限の電力を保つ為に存在する。つまりは何らかの事故などが起こり、電力の供給に異常が起きた時に自動的に起動する作りとなっているのだ。今までは、電力が普通に落とされていた為に稼動してなかったのだが、恐らくBETAが何らかの施設を破壊したことにより、緊急事態として動き出したのだろう。
 「不味い、先程の装置、シーケンスが正常に進めばよいが」
 その思いは望むべくは無いだろう。あのような装置で行なう実験は、専門の者達が微調整しながらするものであり、それが未だ未知の域を出ないG元素ならば尚更だ。しかも実験の中断や諸々の事情で、どんな反応を示すか解ったものではない。あの装置内にどんなG元素が入っていたかは不明だったが、最悪反応が暴走し、G段のように爆発することもありえるのだ。
 2人はそんな最悪の予感を胸に、上層目掛けて機体を駆る。しかし、嫌な予感とは得てして当たってしまうものであり、最悪の事態は粛々と進行の度合いを強くして行く。やがて、上階層に到達する頃には、最下層に大きなエネルギー反応が生まれていた。
 「ちっ、邪魔だあ!」
 スピードを上げたいが、大型種のその巨体が次々と通路を塞いで行く。通れなくなるということは無かったが、死骸を避ける為には一々手間が掛かった。上階に向かうほどに敵の数は多くなり、比例するように進行スピードも落ちざるを得ない状態で、足を止められるその度に焦燥が募っていく。
 『大尉、貴官らはこの場より距離を取れ』
 『しかし月詠大佐、それでは貴女方が……』
 『構わん、元々ここを調査すると言ったのは我々であり、2人の為に12人を巻き込む云われは無い』
 『ですが大佐、お2人を見捨てる訳には!』
 『これは命令だ大尉、部隊を率いるものとして、その部下の命を守るのがそなたの役目であろう』
 『りょ……了解しました。しかし必ず無事で居て下さい。お2人は、未だこの世界に必要であります』
 『解った、私とて早々簡単に死ぬ心算は無いからな。それでは通信終わる』
 地上に存在していた戦術機の反応が離れていく、それを見る真那の眦に、一瞬の安堵が浮かんだ。
 「大尉達は後退したか」
 「我々も無事に脱出したい所ではあるが……」
 未だ地上までは幾許かの距離がある。途中に存在するBETAの反応と、最深部で刻々と膨れ上がるエネルギーを比べてみれば、脱出できるかは微妙な所だろう。
 「済まねぇな真那、俺がここを調査するって言い出さなければ」
 「それを言うならば、賛同した私も同罪だ」
 「けど……」
 「言うな。元より我等は命を預け合うと誓った、ならばどんな結末であろうとも、そなたと一緒ならば受け入れられる。それよりも、今は前に進む事だけを考えよ。今から諦めていたら、成せるべき物事も成すことが出来ぬぞ」
 「そうだな、未だ終わっちゃいねぇ、最後まで希望を捨てずに足掻いてみるか」
 それから2人は血河死山を築きながら、地上目掛けて突き進んでいく。だが、地上に存在していた中隊は、武と真那の両機の脱出を確認することは無かった。
 2010年4月1日午後2時……アメリカユタ州山間部に存在した大規模建造物は、その姿を地上から消す。その後は、まるでG弾の爆発後のように、綺麗に抉り取られていたのだった。



[1134] Re[2]:マブラヴafter ALTERNATIVE+ FE幻想記・2
Name: レイン◆b329da98
Date: 2007/04/12 15:29
20XX年X月X日……XXXXX


◇◇◇
 (ここは……何処だ?)
 肉体の感覚はたゆたうように覚束なく、それが最初、本当に自分の体であるか確信が持てなかった。しかし睡魔にも似た気だるさを跳ね除け、何とか瞼を薄く開いてみれば、途端にそれが自分だと確信する。たった一部をほんの少し動かしただけであったが、それを皮切りに、境界線から溶け出しそうな自己に仕切りを被せるが如く、皮膚の感触が一気に戻ってきたのが実感できたのだ。
 (あれから私は、武はどうなった――)
 ゆっくりと、頭の中に白く掛かる靄を掻き分けるように、その記憶を探り出していく。
 (そうだ、結局地上までは間に合わなかった。私達2人は黒い閃光に飲まれて……)
 G元素反応の影響か、最後は通信も不通になった為に、外部スピーカーで遣り取りしながら地上を目指していた。しかしその努力も空しく、臨界を迎えたのかエネルギーが一気に広がり、背後から黒い閃光に飲まれたのだ。その瞬間に、離れないようにと互いの機体の腕を取った記憶までは覚えていたが、それ以降は思い出せない。
 明瞭となる意識に次いで、自身の肉体と周囲の状況を把握していく。どうやら戦術機は問題無いようで少し安心した。だが腕を取った筈の武の機体の姿は見えず、外は光さえも飲み込む深遠の闇しか見えない。余りにも色の無い黒という色に、今自分が搭乗する機体が、落ちているのか漂っているのかそれさえも分からない状態だった。
 「一体ここは何処だ?」
 まさか地獄ということは無いだろう。もしここが地獄であるならば、そこまで戦術機を持ち込んだ自分の執念に感服したい所ではあるが、生憎と生きている実感はある。この慣れ親しんだ自分という肉体の脈動が、握りこむ戦術機のグリップの触り心地が、それを何よりも雄弁に物語っていた。
 しかし、だとするとここは何処なのかはやはり不明なままだ。武の安否もあり、真那は早々にこの事態を把握しようと頭を巡らそうとしたが、その途端、機体が何かに引っ張られるように急速に動き始める。先程は現在の状態が分からなかったが、今は分かり過ぎる程に分かる、圧力の掛かり具合からして、急激に落ちていっているのだ。
 「くっ……」
 掛かるG圧に耐えつつ真那は機体を動かそうとしたが、意に反して思うように動かない。まるで何かに絡め取られ、引き釣り下ろされているかのように。
 そうして幾らか落下する後、真下に薄ぼんやりとした光が見えた。戦術機はそこを目指して落ちているようで、やはりどうやっても意に沿うようには動かない。真那は、こうなればなるようになれと腹を括り、その後の事態に備える構えを取った。何も無い深遠の闇が広がるここよりは、光ある世界の方が幾らかはマシだと思えるし、何よりここに来て真那は、昔これと似たような体験をしたことを思い出したのだ。もし自分の予想通りならば、あの光の向こうに自分の世界へ帰れる手段が存在することになる。可能性としては低くとも、今の自分にはそれに頼み賭けるしか手段は無く、どんなに小さな要因からでもその方法を手繰り寄せようと、決意を固めその光を見詰め続けるのだった。

***

 光を抜けた場所は空中であったが、体勢を整え待ち構えていた真那は、慌てる事無く地面に着地する。比較的高度があったので幾らかの衝撃は存在したが、それでも許容範囲内に収まるものであり、胸を撫で下ろした。今まで恐ろしい勢いで落下してきたように感じていたので掛かる衝撃が心配だったのだか、その分の衝撃は何故か霧散したようだ。不思議ではあったが、真那にとっては考えても答えが出る問題ではなく、一瞬でその疑問を振り切った。そして、改めて周囲を見回す。
 「やはり……な」
 予想していたこともあって、その現実は素直に受け入れられた。周辺に広がる住宅街から始まって、目の前に立つ大きな建物。白陵柊学園と呼ばれるそれは、武の元居た世界に存在するはずのものであり、つまりはここは並行世界と見て間違いないだろうと確信させた。
 だが、一方で疑問が残る所もある。G元素の反応爆発に巻き込まれ転移したことは、以前の転移の方式に極力近いので何とか納得できるが、位置関係が問題なのだ。今回自分達が存在したのはアメリカ合衆国のユタ州であり、日本のこことは全く位置が違う、もしあの時と同様に転移するとしたら、同じポイントに現れるのが必定であろうものだ。恐らく転移の方式の違いにより、何らかの影響を受けてのことだろうが――もっともこれも考えても答えが出ないことなので、真那はその疑問を記憶の隅に仕舞い込んだ。
 それと同時、片膝を付くように蹲っていた機体を立ち上がらせる。見れば衝撃から覚めたのであろう学園の生徒達が、彼女の機体を眺めようと窓辺にひしめき始めていた。
 「これは……不味いな、香月教諭や此方の世界の冥夜様に頼んで何とかしてもらわねば」
 以前の転移で、此方の世界の常識は一通り教わっていたので、この事態が不味いことは真那にも解っていた。ならば早急に説明をしてこの事態を収めて貰うのが得策なのだが、生憎真那は夕呼やまりもの居場所を知らなかったので、早々に何か対策を立てる為にも、手っ取り早い手段を取ることにする。
 『済まないが、香月夕呼教諭と話がしたい。もしいらっしゃらないのであれば、神宮司まりも教諭でも構いませんが』
 この時点で、真那はこの世界が以前と同様の世界だと思っていた。それは過去転移した並行世界が、真那が存在した元の世界と連動する時間を進む世界であったからだ。
 真那が発した外部スピーカーでの呼び掛けを聞き、生徒達があれこれとざわめき立つ。その内、ある一箇所で、窓辺に群がっていた生徒達がまるでモーゼが海を割るかのように道を開け、その中心を悠然と、香月夕呼その人が、まるで当然とでも言う風に我が物顔で歩いてきた。彼女はそのまま窓辺に立ち、新しい玩具を与えられた子供のような好奇心を満面に湛えつつ、真那の機体を見詰める。
 「どうやら私をご使命なようだけど、まず先に礼儀として名乗って欲しいわね」
 腕を組みつつ余裕綽々とこちらを見詰める彼女の視線に、怯むものなど微塵もない。それなりに――それなり以上かもかもしれないが、プライドを持つ彼女としては対等以下という交渉は我慢ならないものなのだろう。少しであれどもできるだけ情報を収集し、少なくとも対等程度の立場を確保するように心掛ける、それが彼女の世渡りの方式だった。
 『はい、私は…………』
 そこで真那の言葉は途切れた。今この時、管制ユニット内の彼女の表情を見るものが居れば、その表情が信じられないものを見た驚愕に染まり、口を喘ぐように動かしていたのを見れたであろう。その視線は、ある一点を凝視して放さない。
 『ゆ……悠陽殿下!?』
 夕呼の背後から、この世界に居るはずの無い人物が顔を見せたからだ。しかもその周囲を良く見れば、それだけではない。
 『社霞、それに武! 馬鹿な、何故この世界に3人が存在する!?』
 この時点で、一旦は落ち着けた真那の思考は、再度混乱の度合いを強くしていた。
 (何故3人がこの世界に、もしやここは全く別の世界なのか? いや、しかし――)
 見渡してみれば、そこは確かに以前転移した世界と同様の景色だ。しかも見れば、冥夜含め元207小隊のメンバー全員も鑑純夏も存在している。時間軸と3人の姿以外は、全く同じと言って良いほどの世界。
 (要するに、似ているようで全く違う別世界なのか!?)
 前回の転移に当たって、並行世界云々や因果量子云々は一通り教わっている。全ては理解できなくとも、それなりに教わってはいたので、その結論はすぐに弾き出すことが出来た。
 つまりはここは、以前転移した世界とはまったく別の世界なのだ。転移方式から始まり、様々な要因が絡まりあい、この世界に飛ばされたのだろう。そう考えれば、並行世界間で繋がっているはずなのに、ユタ州の同じ場所に出なかった説明もなんとかつく。ここが似て非なる別の可能性を進む並行世界ならば、時間軸諸々を含めて出現する場所もずれ込んでいても不思議は無い。
 真那は一度大きく深呼吸しつつ、結論付けたその答えを脳内に染み渡らせた。そうして心を落ち着かせ、先程からこちらを見続ける夕呼に、再度名乗りを上げようとする。
 だがしかし、その目論見は更なる衝撃を持って崩れ去った。
 周辺探査をしていたセンサーに感、アラートが発せられる。
 『な……にっ!』
 その警告は、間違いなくBETAの反応を捉えたもの。しかしそれは、この世界にあって、一番といって良いほどに相応しくない反応のはずである。
 『馬鹿な、何故BETAが!?』
 反応は真後ろ。驚愕に染められた思考の中ではあったが、過酷な実戦で培われた肉体の条件反射は見事に機体を反転させ、突撃機関砲を背面パイロンより抜き放ち構えていた。見れば地面には数体の小型種BETAが存在し、空中からは新たなBETAが現れ出でて来ている。何も無い空間から溶け出すように次々と現れるその醜悪な怪物は、日常の風景たるこの場に、一番そぐわない存在であろう。
 真那は躊躇する事無く引き金を引いた。勿論住宅街ということで射線には気を使ったが、教えられていたこの世界の常識などは歯牙にもかけずに。幾ら小型種でもBETA相手に気を抜けば、自らの命を危うくする可能性は大きくなるということは、身に沁みる以上に知り尽くしていた事実だからだ。それに何より、真那の周囲には生身で無防備な人間が多数暮らしている。奴等をこの町に解き放つ訳にはいかなかった。
 『全員外に出るな、奴等は人を喰らう。階下の者は上階に上がり通路を塞げ!』
 どうやら出現するBETAは学園を目標と定めたようでこちらに向かってくる。囮に使うようで申し訳なくも思ったが、両者が分散し被害を拡大させるよりは良いと腹を括った。最悪このまま、奴等の出現が途切れない場合もあるだろうが、時間が経てばこの国の軍隊もやってくるだろう。それまでは、自身が奴等を一歩も通さなければよい。
 暫くの間、吐き出される砲火は的確に小型種を肉片に変え、グラウンドは毒々しい血肉に彩られた穴だらけの裁断場に姿を変えて行った。日常を上塗りする非日常とは、まさにこのような時に使う言葉だろう。だが、生徒達にとっての更なる非日常と、真那にとっての厄介事はこれだけでは終わらなかったのだ。
 センサーが新たな反応を関知したのと同時、そのBETAが地響きを立てるようにグラウンドに降り立つ。それは真那にとっては見慣れに見慣れた、大型種中最多数を占める個体であった。
 『要撃グラップラー級! 大型種まで出てきたか!!』
 やはり先程の小型種と同様に、空間から染み出るように出現してくる。再度要撃グラップラー級、そして突撃デストロイヤー級が出現するに至り、真那は思考を凍結させた。この敵陣容を相手に、背後を守りながら戦うことは並大抵の苦労ではなく、意識を戦闘だけに向けて集中させる他は無かった。
 『例えどんな場所であろうとも、悪辣たる貴様らより力亡き者達を守るは、帝国軍衛士の身命を賭した誓い。背後に尊き命ある限り、私を倒さずしてここを通れると思うな!』
 背面中央パイロンより09式近接戦闘長刀を抜き放ち、そのまま向かい来る要撃グラップラー級に叩き付けながら咆哮する。例え世界が違おうとも、力無き者は守るべき対象であり、それをBETAが犯そうとするのならば殲滅するのは必定。安全策を取り見捨てるという選択肢は、この場合微塵も存在する余地は無かった。
 真那は縦横無尽に動き、出現するBETAを片っ端から撃ち倒し斬り裂いていく。
 白陵柊学園は大きく、そのグラウンドも広かったが、全長20mクラスのBETAにとっては狭いとしか言いようの無い場所だ。少しでも気を抜けば、たちまちの内に校舎に取り付かれてしまうだろう。よって出現とほぼ同時に倒さなければ危険極まりないのだ。
 だが、それよりも厄介なのは、やはり大型種に混じって出現する小型種であった。
 『ちっ、死骸が……』
 それは何時かの焼き直しか。過去の防衛基地襲撃の時と同じく、積み上がっていく死骸が邪魔をして射線が取り難くなってくる。数十メートルの死骸の陰に隠れて進む数メートルの個体を狙うのは、大型種ともやりあわなければならないこの状況にあって、途轍もなく厄介極まりない作業であった。
 それでも真那は諦めることはせず、孤軍奮闘し続けた。数分にも満たない時間ではあったが、押し寄せる敵に対して、彼女は背後にただの一匹も抜かせることは無かったのだ。そしてとうとう、敵の出現が途切れることとなる。真那は警戒しつつ銃口を下げなかったが、それから新たに敵が出現することは無く、強張った神経を幾らか弛緩させて安堵した。
 『ふう……終わったか』
 背後に抜かれなかったのは幸いであった。グラウンドに散乱する死骸の山を見てみるが、この障害物の山の中で小型種を全て倒せたのは、やつらの個体数が少なかったからに他ならないだろう。もう少し数が多かったら危なかった所だ。
 (武が居ればもう少しは――)
 と考えた所で、そう言えば武はと思い至った。戦闘に集中していたせいで一時考えを放り出していたが、武もこの世界に来ている可能性が大きいのだ。もっとも、まったく別の世界に飛ばされている可能性もあるのだが、そんな可能性は否定したい。
 だが、その答えはすぐに得ることができた。新たな反応が複数、センサーに捕らえられたのだ。ちょうどこの校舎の向こう側――裏山の辺りに、幾つかの見知った反応が出現した。
 『武雷神、それに要塞フォート級!』
 まさか要塞フォート級まで出てくるとは。とりあえずその要塞フォート級2体は武の手によって即座に屠られたようで、生命反応はすぐに消えた。
 そして、武の機体が空中より飛来する。噴射跳躍ブーストジャンブによって校舎を飛び越えてきた漆黒の機体は、死骸が錯乱する戦場に降り立ち、真紅の機体の横にその巨体を並べ立てる。
 「無事だったか真那」
 その表情を見て、真那の強張っていた肩の力が抜けるように落ちていった。気丈に振舞ってはいても、見知らぬ世界に1人で出現し、武の安否がわからなかった状況は相当に答えていたらしい。らしくも無い自分のその心の様に、自らの内にある武という存在が、どれほどに大きなものか改めて思い知り、自身が女であるということを、再度強く実感することとなった。
 「しかしそれにしても……まさかこっちの世界にBETAが出てきちまうとは」
 真那が思考に沈んでいる間、武は周囲を見回し状況を把握していた。彼にしても、こちらの世界にBETAが出現したのは不可解な事態であることだろう。しかし真那は、武にそれだけではないと校舎の方を示し言った。
 「それだけではない、あれを見てみろ武」
 「あれって……げっ! な……なんで悠陽殿下が、って社に俺も居るし!?」
 「どうやらここは、我々が以前来た世界とはまた違った世界のようだ」
 「――どうやらそうらしいな。ハァ、こりゃ色々と苦労しそうだ」
 自分達の説明もしなければならないし、帰還に際する問題もある。それに、BETAもだ。恐らくこの世界にBETAが出現した要因は自分達が大いに関わっているのだろうし、であればもし自分達が帰れる方法が解っても、BETAを何とかしなければ帰るに帰れない。前途多難になることは必死確定であるに違いなかった。


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