常春の国より愛を込めて
第一話:東カリマンタンに通える程の金持ちになりたい
霧のロンドンの朝は少女の絶叫で明ける。
「いよっしゃあああああああああああああ!!」
自室のドアを突き破らんばかりに叩き開けた少女は、魂の底からの叫びを上げた。
突然の事態に朝餉の準備を中断された少女の同居人達は、慣れた様子で己のなすべき事を再会した。
「朝から何事ですか、リン」
「お早う、遠坂。今呼びに行こうと思っていたんだ、もう直ぐ朝ごはんだぞ」
同居人達の言葉を聞いているのかいないのか。紅の似合う少女、遠坂凛は己のなすべき事を続ける。
即ち、魂の叫びを続行する。
「間違い無い! この理論で間違い無いわ! 苦節ウン十年、とうとう私はやり遂げたのよ! クソ師父の宿題は既に完遂されたも当然!
見てなさいクソ時計塔のバカ魔術師共! ざまあ見ろ縦ロール! 私はやったのよ! やり遂げたのよ! 来た! 私の時代来た! これで勝つる!」
「朝からクソだとかバカだとか、品が無いですよリン」
「そういえば味噌が切れていたんで、今日はこちらで買った出来合いなんだ。少し味が違うと思うが、暫く我慢してくれ」
朝食の献立は、米飯に味噌汁、夕べの残り物の煮物、卵とベーコンは各自の好みに調理されている。それに温野菜サラダとオレンジジュース。手軽で気楽な和洋折衷である。
それでも、出汁と相性の悪い硬水で作られた和食の味は、料理人の苦心が見えてかなりのものであった。
既に彼ら三人がこの地での生活を始めて何年も経つ。
異郷での和食作りのコツを掴み、朝食を軽めにする習慣に順応する程度には時間が経っていた。
当然の如く“苦節ウン十年”も経った訳ではなく。
「やはりあの記述が間違いだったのよ! インド人を右にではなく、ハンドルの事だったのよ!」
「ですから少し静かにして下さいリン。近所から生暖かい目で見られるのは私なのですよ」
「そういえば今日の新聞は何処だ? さっきまでセイバーが読んでいただろう?」
「あちらですシロウ、食べている時は遠慮して下さいね」
「ああ、分かっている」
「…………ちょっと、聞いてる?」
「聞いています、リン」
「聞いているぞ、遠坂。朝食だ」
しかしながら、このような事態も慣れたものだった。
遠坂凛は魔術師である。
魔術という隠蔽されたる技術を受け継ぐ家系に生まれ、望み望まれ其れを受け継いだ。彼女にとって魔術師である事は当然の事であり、また其れに後悔した事も無い。
魔術師とは人でありながら其れを捨てて生きる事である。
しかしながら彼女は其れを否定する。
彼女は魔術師でありながら、人としての幸せを捨て去る気は無いのだ。
数年前、遠坂の血と名に刻まれた宿命により、彼女はある戦争に参加する。
『聖杯戦争』
その戦争において、彼女は魔術師としての使命を全うした。
意図した結果とは些か違うものの、彼女はその戦争の勝者として名を連ねたのだ。
同時に彼女は手に入れた、唯一無二の連れ合い“達”を。
人として、魔術師として、得がたいものを手に入れた彼女は、更に上を目指すべくロンドンは時計塔、魔術師達の最高峰に留学する。
人としての幸せも逃す事無く、最高の、いや最愛の二人を伴って。
彼女の人生は概ね順調であるといえよう。
人として、良き伴侶達と共に歩き。
魔術師として、今まさに節目を迎えたのだ。
今年14回目。今月2回目の節目のような何かだったが。
煤煙のロンドンの夜は少女の蹴りで暮れる。
「くそったれええええええええええええええ!!」
室内のドアより頑丈ではあるが、玄関のドアは軋みをあげた。
「帰ってくるなり何事ですか、リン」
「お帰り、遠坂。夕飯は今作っているところだ、もう少し待ってくれ」
せめてドアを閉めてから絶叫して欲しい。そうしないとせっかくの防音魔術も効果が無い。
「あンの金キラ縦ロールめ! クソったれ魔術師共め! この理論が理解できないなんてドンだけ空頭してんのよ! そんなに役立たずの頭なんて切り取って変わりにカラスの餌壷でものっけてなさい!
あいつら全員、(魔術)回路切って首吊って氏ね!」
「静かにして下さいリン、今日は向かいのジョージさん宅に姪御さん達が来ているのです」
「今日は中華にしてみた。帰りにゴスウェル・ルートのあの店に寄ってみたんだけど、良い肉が手に入ってね」
「……聞いてる?」
「聞いていますとも、リン」
「聞こえているぞ、遠坂。紅茶でも入れようか?」
何事もガス抜きは必要だ。
破裂でもしようものなら大事であるし、漏れ出すだけでも大変な事だ。
筆者宅も先日水道管の漏水修理中に知らず便所に入りちょっと大変な事になった。
ともあれその日の夕食後、三人による緊急対策会議が開かれる事になった。
「こうなったら実践するしかないわ」
ここ数日の徹夜と今日の時計塔でのやり取りが崇り、かなり良い感じで据わった目をした凛が、組んだ両手で口元を隠し、そう呟いた。
なんだか人類補完計画でも始めそうな雰囲気だ。
「実践、ですか……」
セイバーが呟く。頭の中にはこの家の経済状態が素早く羅列された。
魔術は金が掛かる、使うも貰うも。
実際に、士郎やセイバーが受けた魔術関連の仕事の代金、更には凛に対する時計塔から支給される研究費などを合わせれば、男女3人が一生慎ましく暮らせる程度のお金が口座にはある。
同時に、使う気になればこれは一瞬で消える程度でしかない。
特に遠坂凛の得意とする魔術には宝石が必要となる。
衛宮士郎が二ヶ月砂漠を彷徨って得た金で購入した宝石が、凛の研究の失敗で十秒のうちに只のくず石と化した事もあったが、それも決して珍しい話ではない。
その時は余りのやるせなさに思わずキャベツ20玉を千切りにした士郎だったが、凛の研究を止める様なつもりは全く無かった。
(ちなみにキャベツはその後セイバーが美味しく頂きました)
魔術研究は凛の悲願への過程であり、彼女を彼女足らしめる使命の一つに他ならない。
だから士郎やセイバーは、余程の事が無い限り彼女の研究を止める事は無かった。
「もちろんその事に異論は無いが……、元々時計塔に持ち込んだものだろう?」
「余程難しい研究なのですか?」
魔術とは秘匿されるものであり、其れは同じ魔術師に対しても適用される。いや、同業であるからこそ更に厳しいと言っても良い。
其れを公開して協力を得ようとしたのだ、余程のものに違いない。
「いや……」
相変わらず何処ぞの総司令の様なポーズで、言葉少なに話す凛。
「では、何故?」
「………… …………」
暫しの沈黙の後、彼女は口を開いた。
「ちょーっち、お金が掛かるかもしんないのよネー」
何処かの作戦部長に語り掛ける技術開発局局長の様なため息の後、同じ金髪の女性は尋ねた。
「……ちなみに、幾ら位を考えているのですか?」
「……*,***,***ぽんど、くらい、なんちて」
「………… ………… ………… …………」
「「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああ!!?」」
英国貿易産業省にお勤めのジョージ=ブラウンさんが、遊びに来ていた可愛い姪のフィオナちゃん(5歳)がいきなりの大声に泣き出したと怒鳴り込んでくるのに、時間は然程掛からなかった。
「問題は、使う石なのよ」
無い袖は振れないが、研究をする事自体には異論は無い。
問題を解決する手段があれば其れを行うべきだ。
概算の内訳の殆どは、使用される宝石の値段だった。殆ど博物館級の代物が必要だったのだ。しかもその様な石ならばどれでも良い訳ではない、カラットは無論の事、カット、クオリティ、産地から、今までに触れた魔力の種類まで、あらゆる条件に合ったもので無ければならない。
購入するならば、成る程あの値段になる筈だ。
研究の結果如何によっては二度と戻らない可能性がある以上、借りるという手段も取れない。
それでも、何か方法は無いか模索する事になる。
「何にせよ、とりあえず宝石そのものを見つけないと話にならないな」
購入するにせよ、譲ってもらうにせよ、掘るとか、拾うとか、ぶんどるとかにせよ(後半は凛の談)まずは見つけなくては話にならない。
「とりあえず、知り合いのキュレーターとか、その手の研究員に話してみる」
「私も、詳しそうな情報屋を当たってみましょう」
「それじゃわたしは……正直、金は払えないけどいつものルートで探してみるわ」
半月後、今度の叫びは幾分控えめなものだった。
「これよ! 最高の条件だわ!」
凛の手に握られた資料は、士郎の知り合いに集めてもらった宝石一覧の中の一つだった。
少しばかりやばいルートでも訳知りの宝石商と繋がりが有り、その資料を写させてもらったものだ。
「どれだ?」
シロウが覗き込むと、カタログの一部らしい写真の入った一枚が目に入る。
確かに素晴らしい一品だった。素人目にも引き込まれる何かがある。
問題は其れをどうやって手に入れるかだ、少なくともカタログの一部という事は持ち主が手放す事に抵抗は無いという事だろう。当然其れ相応の対価は必要に違いないが、最悪の状況には程遠い。
「それで、何処にあるんだ? その宝石は」
「えーとね……」
凛が資料に目を通す。
「…………マリネラ王室所蔵、値段は応相談……」
「マリネラ?」
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どうも、へいすけと申します。久々の投稿です。
リハビリがてら、誰が見るんだ的バカ話を一つお送りいたします。
とらハ板の方の拙作も暫くしたら投稿できる予定ですので、期待せずにお待ち下さい。