<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

その他SS投稿掲示板


[広告]


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[11386] 【チラ裏より・完結】常春の国より愛を込めて【Fate/stay night×パタリロ!】
Name: へいすけ◆ad21b800 ID:26520f52
Date: 2009/10/11 20:16

  チラ裏より完結と共に移転しました、メインは『パタリロ!』となっております。




 注意! 本作品は著しいFateキャラの崩壊が作品中に散逸しております。

 御不快に思われる可能性がありますので、お読みになられる方はご注意下さい。




 基本的に二作品クロスオーバーですが、途中よりクトゥルフ神話をモチーフとした展開とキャラクタが登場します。ご存じない方には少々不親切な展開となっております事を先に申し上げておきます。

 それでは、シリアスとギャグが幾何学的融合を果たした世界へご案内致します。






[11386] 常春の国より愛を込めて 第一話
Name: へいすけ◆ad21b800 ID:26520f52
Date: 2009/10/11 06:27
   常春の国より愛を込めて  




第一話:東カリマンタンに通える程の金持ちになりたい



 霧のロンドンの朝は少女の絶叫で明ける。

「いよっしゃあああああああああああああ!!」

 自室のドアを突き破らんばかりに叩き開けた少女は、魂の底からの叫びを上げた。

 突然の事態に朝餉の準備を中断された少女の同居人達は、慣れた様子で己のなすべき事を再会した。

「朝から何事ですか、リン」
「お早う、遠坂。今呼びに行こうと思っていたんだ、もう直ぐ朝ごはんだぞ」

 同居人達の言葉を聞いているのかいないのか。紅の似合う少女、遠坂凛は己のなすべき事を続ける。
 即ち、魂の叫びを続行する。

「間違い無い! この理論で間違い無いわ! 苦節ウン十年、とうとう私はやり遂げたのよ! クソ師父の宿題は既に完遂されたも当然!
 見てなさいクソ時計塔のバカ魔術師共! ざまあ見ろ縦ロール! 私はやったのよ! やり遂げたのよ! 来た! 私の時代来た! これで勝つる!」

「朝からクソだとかバカだとか、品が無いですよリン」
「そういえば味噌が切れていたんで、今日はこちらで買った出来合いなんだ。少し味が違うと思うが、暫く我慢してくれ」

朝食の献立は、米飯に味噌汁、夕べの残り物の煮物、卵とベーコンは各自の好みに調理されている。それに温野菜サラダとオレンジジュース。手軽で気楽な和洋折衷である。
それでも、出汁と相性の悪い硬水で作られた和食の味は、料理人の苦心が見えてかなりのものであった。

 既に彼ら三人がこの地での生活を始めて何年も経つ。
 異郷での和食作りのコツを掴み、朝食を軽めにする習慣に順応する程度には時間が経っていた。

 当然の如く“苦節ウン十年”も経った訳ではなく。

「やはりあの記述が間違いだったのよ! インド人を右にではなく、ハンドルの事だったのよ!」

「ですから少し静かにして下さいリン。近所から生暖かい目で見られるのは私なのですよ」
「そういえば今日の新聞は何処だ? さっきまでセイバーが読んでいただろう?」
「あちらですシロウ、食べている時は遠慮して下さいね」
「ああ、分かっている」

「…………ちょっと、聞いてる?」
「聞いています、リン」
「聞いているぞ、遠坂。朝食だ」

しかしながら、このような事態も慣れたものだった。




 遠坂凛は魔術師である。
 魔術という隠蔽されたる技術を受け継ぐ家系に生まれ、望み望まれ其れを受け継いだ。彼女にとって魔術師である事は当然の事であり、また其れに後悔した事も無い。
 魔術師とは人でありながら其れを捨てて生きる事である。
 しかしながら彼女は其れを否定する。
 彼女は魔術師でありながら、人としての幸せを捨て去る気は無いのだ。

 数年前、遠坂の血と名に刻まれた宿命により、彼女はある戦争に参加する。

   『聖杯戦争』

 その戦争において、彼女は魔術師としての使命を全うした。
 意図した結果とは些か違うものの、彼女はその戦争の勝者として名を連ねたのだ。
 同時に彼女は手に入れた、唯一無二の連れ合い“達”を。
人として、魔術師として、得がたいものを手に入れた彼女は、更に上を目指すべくロンドンは時計塔、魔術師達の最高峰に留学する。
人としての幸せも逃す事無く、最高の、いや最愛の二人を伴って。

彼女の人生は概ね順調であるといえよう。
人として、良き伴侶達と共に歩き。
魔術師として、今まさに節目を迎えたのだ。

今年14回目。今月2回目の節目のような何かだったが。




煤煙のロンドンの夜は少女の蹴りで暮れる。

「くそったれええええええええええええええ!!」

室内のドアより頑丈ではあるが、玄関のドアは軋みをあげた。

「帰ってくるなり何事ですか、リン」
「お帰り、遠坂。夕飯は今作っているところだ、もう少し待ってくれ」

せめてドアを閉めてから絶叫して欲しい。そうしないとせっかくの防音魔術も効果が無い。

「あンの金キラ縦ロールめ! クソったれ魔術師共め! この理論が理解できないなんてドンだけ空頭してんのよ! そんなに役立たずの頭なんて切り取って変わりにカラスの餌壷でものっけてなさい!
あいつら全員、(魔術)回路切って首吊って氏ね!」

「静かにして下さいリン、今日は向かいのジョージさん宅に姪御さん達が来ているのです」
「今日は中華にしてみた。帰りにゴスウェル・ルートのあの店に寄ってみたんだけど、良い肉が手に入ってね」

「……聞いてる?」
「聞いていますとも、リン」
「聞こえているぞ、遠坂。紅茶でも入れようか?」

何事もガス抜きは必要だ。
破裂でもしようものなら大事であるし、漏れ出すだけでも大変な事だ。
筆者宅も先日水道管の漏水修理中に知らず便所に入りちょっと大変な事になった。


ともあれその日の夕食後、三人による緊急対策会議が開かれる事になった。

「こうなったら実践するしかないわ」

 ここ数日の徹夜と今日の時計塔でのやり取りが崇り、かなり良い感じで据わった目をした凛が、組んだ両手で口元を隠し、そう呟いた。
 なんだか人類補完計画でも始めそうな雰囲気だ。

「実践、ですか……」

 セイバーが呟く。頭の中にはこの家の経済状態が素早く羅列された。

 魔術は金が掛かる、使うも貰うも。
 実際に、士郎やセイバーが受けた魔術関連の仕事の代金、更には凛に対する時計塔から支給される研究費などを合わせれば、男女3人が一生慎ましく暮らせる程度のお金が口座にはある。
 同時に、使う気になればこれは一瞬で消える程度でしかない。
 特に遠坂凛の得意とする魔術には宝石が必要となる。

 衛宮士郎が二ヶ月砂漠を彷徨って得た金で購入した宝石が、凛の研究の失敗で十秒のうちに只のくず石と化した事もあったが、それも決して珍しい話ではない。
 その時は余りのやるせなさに思わずキャベツ20玉を千切りにした士郎だったが、凛の研究を止める様なつもりは全く無かった。

(ちなみにキャベツはその後セイバーが美味しく頂きました)

魔術研究は凛の悲願への過程であり、彼女を彼女足らしめる使命の一つに他ならない。
 だから士郎やセイバーは、余程の事が無い限り彼女の研究を止める事は無かった。

「もちろんその事に異論は無いが……、元々時計塔に持ち込んだものだろう?」
「余程難しい研究なのですか?」

 魔術とは秘匿されるものであり、其れは同じ魔術師に対しても適用される。いや、同業であるからこそ更に厳しいと言っても良い。
 其れを公開して協力を得ようとしたのだ、余程のものに違いない。

「いや……」

相変わらず何処ぞの総司令の様なポーズで、言葉少なに話す凛。

「では、何故?」
「………… …………」

暫しの沈黙の後、彼女は口を開いた。

「ちょーっち、お金が掛かるかもしんないのよネー」

 何処かの作戦部長に語り掛ける技術開発局局長の様なため息の後、同じ金髪の女性は尋ねた。

「……ちなみに、幾ら位を考えているのですか?」
「……*,***,***ぽんど、くらい、なんちて」

「………… ………… ………… …………」

「「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああ!!?」」

英国貿易産業省にお勤めのジョージ=ブラウンさんが、遊びに来ていた可愛い姪のフィオナちゃん(5歳)がいきなりの大声に泣き出したと怒鳴り込んでくるのに、時間は然程掛からなかった。




「問題は、使う石なのよ」

 無い袖は振れないが、研究をする事自体には異論は無い。
 問題を解決する手段があれば其れを行うべきだ。
 概算の内訳の殆どは、使用される宝石の値段だった。殆ど博物館級の代物が必要だったのだ。しかもその様な石ならばどれでも良い訳ではない、カラットは無論の事、カット、クオリティ、産地から、今までに触れた魔力の種類まで、あらゆる条件に合ったもので無ければならない。
 購入するならば、成る程あの値段になる筈だ。

 研究の結果如何によっては二度と戻らない可能性がある以上、借りるという手段も取れない。
 それでも、何か方法は無いか模索する事になる。

「何にせよ、とりあえず宝石そのものを見つけないと話にならないな」

 購入するにせよ、譲ってもらうにせよ、掘るとか、拾うとか、ぶんどるとかにせよ(後半は凛の談)まずは見つけなくては話にならない。

「とりあえず、知り合いのキュレーターとか、その手の研究員に話してみる」
「私も、詳しそうな情報屋を当たってみましょう」
「それじゃわたしは……正直、金は払えないけどいつものルートで探してみるわ」


半月後、今度の叫びは幾分控えめなものだった。

「これよ! 最高の条件だわ!」

 凛の手に握られた資料は、士郎の知り合いに集めてもらった宝石一覧の中の一つだった。
 少しばかりやばいルートでも訳知りの宝石商と繋がりが有り、その資料を写させてもらったものだ。

 「どれだ?」

 シロウが覗き込むと、カタログの一部らしい写真の入った一枚が目に入る。
 確かに素晴らしい一品だった。素人目にも引き込まれる何かがある。
 問題は其れをどうやって手に入れるかだ、少なくともカタログの一部という事は持ち主が手放す事に抵抗は無いという事だろう。当然其れ相応の対価は必要に違いないが、最悪の状況には程遠い。

「それで、何処にあるんだ? その宝石は」
「えーとね……」

 凛が資料に目を通す。

「…………マリネラ王室所蔵、値段は応相談……」

「マリネラ?」







   ■■■■■■■■■■■■■■■


 どうも、へいすけと申します。久々の投稿です。
 リハビリがてら、誰が見るんだ的バカ話を一つお送りいたします。

 とらハ板の方の拙作も暫くしたら投稿できる予定ですので、期待せずにお待ち下さい。



[11386] 常春の国より愛を込めて 第二話
Name: へいすけ◆ad21b800 ID:26520f52
Date: 2009/08/30 08:55



   常春の国より愛を込めて  





第二話:Fateの世界王様会議って嫌な感じしかしない



『本日はマリネラ航空をご利用頂き有難う御座います…………』

 シートベルト着用サインが消え、機内は気持ちほっとした空気に包まれた。

「しかし、大西洋横断に今時プロペラ機って……」
「一番安かったのよ、我慢しなさい」

 まあ、安い船旅などに比べたら遥かにましだ。そう考えながら士郎はとりあえず前の座席の背に入っているペーパー誌を取り出した。

「ええと……機内販売。コーラ・5ポンド、ポンジュース・8ポンド、お~いお茶・5ポンド。お酒、アサヒスーパードライ・10ポンド…………高いよ! というかなんだこのチョイス!?」
「現国王がかなりの親日家らしいわ。一面識しかなかった元総理大臣の葬儀に自国からやってきた事も有ったらしいし」
「へえ……」

 機内放送が始まった。まるで落語の出囃子みたいな音楽と共にマリネラ王国の紹介ビデオが流されている。

「マリネラ王国……恥ずかしながら今まで聞いた事もありませんでした」

 セイバーは画面を見ながら呟いた。
 凛が資料を読み上げる様に話し始める。

「マリネラ王国。アメリカの西、大西洋上に浮かぶ島国。人口約10万、立憲君主制。主要産業は、観光と……金、ダイヤモンドを採掘から販売まで、宝石全般の売買も完全に独自のルートで行っているわ」
「ダイヤモンドといえば、独占的な輸出機構が一手に引き受けていると聞いています、其れを通さず、ですか?」
「ええ、そんなに昔の話ではないわ。確か現国王になって直ぐ位の話よ、相当水面下でかなりもめたという噂は聞いているわ」
「新国王の英断、という訳ですか……」

 凛は肩を竦める。

「どうかしらね、色々逸話には事欠かない王様だけど、何せまだ10歳だし」
「10歳?!」
「そんなに若いのか……。成る程、少年国王という訳か」

 合点がいった、とばかりに士郎は頷いた。

「立派なものです、その歳で国王の責務を果たしているとは……!」

 機内放送には、“たおやか”といった言葉がいかにも似合いそうな品の良い少年がにこやかに手を振る様子が映っていた。

「逸話って何があるんだ?」

 凛は少し考えながら話し出す。

「まあ、交渉相手の親玉だから色々調べたのよ、そしたらかなり話題に事欠かない人物らしいわね。出るわ出るわ、公式発表から噂まで。

 パタリロ・ド・マリネール8世。4月1日生まれ。
まず有名なのがその頭脳、10歳で既に自国のとはいえ大学を卒業しているわ。IQは一説に300とも400とも、発明家としても国際団体に登録されているらしいわ。
次に経営手腕。先王ヒギンズ3世の頃からダイヤモンド採掘と加工でかなり余裕のある国だったらしいけど、先程の話の通り現国王になってから販売まで完全に独自路線に走ったの。結果は大成功で、収益はうなぎ登り。近頃になって金鉱脈も発見して、全て国営企業で順調な経営を続けているわ。
 更には観光事業にも力を入れて成功中。便数は少ないけどこのロンドンからの路線も近頃就役したばかりよ。
 あと王族としては当然かもしれないけど、語学力も堪能で日本語もペラペラらしいわ。虫と話していたなんて法螺話が出るくらいよ。
 そうそう、日本語といえはかなりの親日家という話はしたわよね。
 マリネラは君主制なのに宗教の自由は完全に保障されているの、なにせ国王は真言宗らしいわよ」
「仏教徒なのか!?」
「そういう話。
 親日家の話として、日本の伝統芸能にいたく興味があるらしく、かなりの知識らしいわ。
在マリネラの陶芸家に師事して、その陶芸家が不慮の事故で亡くなった時には永代人間国宝に指定して悲しんだという話よ」
「師との別れですか…………。避け難き事とはいえ辛かったでしょうに……!」

 頷きながらセイバーがしみじみと語った。

「その話からか、忍術を嗜むなんて話もあったわね……。
ああ、そういえばさっきの映像でもそうだったけど、軍服を脱がないなんて話もあるわ」
「そういえば……」

確かに先の映像で国王の少年が着ていたのは、王族らしい立派な誂えとはいえ軍服だった。

「国政上、軍隊の最高司令も国王が兼ねるのよ。軍備も財政が裕福な分かなり充実しているらしいわ、その自覚がある立派な行動と好意的に捉えられる事もあるし、男の子らしい只の好みと言われる事もある様よ」
「この歳で……」
「王の矜持を持っているのですね、素晴らしい」

 年端も行かぬ少年が戦いを覚悟している事に、士郎は眉を顰めた。それでも、其れをしなければならぬ立場にいる彼の決意を否定する事は出来なかった。
 セイバーは既に感極まっている。どうしても自分の体験と重ね合わせる部分があるのだろう。

「この国は長いのですか?」

 さぞ歴史ある国だろうとばかりにセイバー。
 苦笑しながら凛が答える。

「正直、どうなのか分からないわ。一応、先日建国1800年の式典が開かれたらしいけど。
 欧州史ではたまに思い出した様に記述が見つかる位だし、本格的に歴史に参加するのは17世紀の大英帝国との戦争からね」

 母国と戦争していたと聞き、ちょっとショックなセイバーさん。

「当時の帝国を退けたというから、それなりに力のある国だった事は確かね。
 その後に欧州の各国とダイヤの取引を始めるから、其れまでどうしていたかは残念ながら分からないわ。マリネラ史って流石に資料が少な過ぎるのよ。
 近代以降もダイヤ産業以外特に語られる大きな事は無し、世界大戦もいち早く戦勝国側に付き、実際に戦渦に巻き込まれた事は無いわ。
 これも眉唾物だけど、マリネラ王族には強運の持ち主が多く、何かそれに関する秘訣でも有るのではないか、なんて話があるわね」

 何かを思いついた様に、士郎が声を潜め聞いてきた。

「魔術的に、そんな事もあるのか?」

 凛も、表情を僅かに引き締め、答えた。

「…………大きな事なら未来予知に運命操作、若しくは知識の継承、転生とか。少なくとも精神に作用する魔術でも行使できれば難しくないでしょうね。当然その事は可能性として否定しないわ。
 確かに、一個人の逸話としては破格よ。国の歴史にしてもね」

 そこで凛は、緊張を解いた。

「とは言うものの、飽く迄可能性の話よ。少なくとも時計塔が関知するような魔術の行使は有った事は無いし、まあ、今見た限りだけどあの少年国王に魔術回路らしい気配は一切無いわ。
知ってる? 英国王室にもマリネラの血を引く人が居るのよ」
「そうなのか?」
「これも王家として恵まれている事に、多産な家系なのよ。先々代の王は子供が18人も居たというし。何年か前ちょっと有名になったのが、その18人の末娘が他国に嫁いで12つ子を産んだって話。
生物学的にありえない話ではないし、多分普通に星の巡りでも良い家系なんでしょう」

「まあ、あえて心配事を挙げれば…………一つは立地ね」
「立地?」
「場所を思い出しなさい、あのバミューダ・トライアングルのど真ん中よ。地球規模で幾つも無い強烈な霊地。
 その所為か、“表”のオカルトでは山に霊獣、湖にはネス湖みたいな巨大生物、日本贔屓だからか妖怪とやらの目撃談にも事欠かないわ。少なくとも何かは居るという事ね。

 そしてもう一つ、僅かとはいえ白魔術師の勢力圏という事ね」

「白魔術師?」

 そんな事も知らないのかという凛の冷たい眼差し。

「はあ……。まあ仕方無いか、時計塔で口に出すような事じゃないし。
 いい? 白魔術師って言うのはね、時計塔と離れた異端の一派よ。元々ドルイドあたりの勢力の一つだったらしいけど、思想の違いから時計塔が作られた当時から袂を分かった魔術師の一団。
魔術師らしい“家”を作らずに只個人の資質のみを頼りに研鑽を積むというやり方らしいわ」
「それは…………どうなんだ」

元々違う家に生まれたからか、士郎にとって魔術師の家系がもつ宿命はあまり良いものとは考えられないでいた。
 凛は不肖の弟子の言に溜息を漏らす。

「効率が悪過ぎるわ。人ひとり、どんなに長く生きても精々百数十年、それだけで届く訳が無いでしょう。後継者にしても完全に伝えられる訳ではないし、才能ある子を見つけて攫うか引き取るかして育てているらしいけど、才能ある子がそうそう簡単に見つかる事はないし、才能の種類が違えば致命的よ」
「そうか…………」
「おかげで白魔術師は今世界にたった数十人しか居ないらしいわ。大した事が出来る連中じゃないのよ」

「しかし、その彼らがマリネラに居るのですか?」
「居るといっても、数人が住んでいると言うだけだけど。比率としては国の中で最大ね」

 心配といってもその程度、対処に問題は無いわ。といって凛は話を切り上げた。
 元々彼女は移動中寝る派なのだ。リクライニングを倒した彼女は、アイマスクをとりだした。




『…………まもなくマリネラ空港に到着です。現地時間は只今08:20、マリネラ市現在の気温は摂氏22度、天気は快晴…………』

 シートベルト着用のサインが表示された。
 微睡んでいた士郎は、隣で寝ている凛を起こしに掛かる。

 ちなみにセイバーは話を聞いてマリネラに好意的な感情を持った上に、観光客向けの案内誌を熟読してしまったので、ワクテカしながら到着を今や遅しと待ち焦がれていた。

『…………繰り返しお伝え致します。観光、仕事など一時滞在のお客様におかれましてはマリネラ国内において、つぶれ饅頭、又はそれに類するものを見かけた場合速やかに近くのマリネラ国民、または軍、警察などに連絡し、決して近付いたり、餌を与えたり、若しくは何かを購入したりする事の決して無い様お願い申し上げます。
 …………以上、マリネラ軍タマネギ部隊からのお知らせで御座いました…………』

 何かアナウンスで長々と喋っていた様だが、寝起きの悪い凛とその相手をする士郎、既に心はマリネラへと飛んでいたセイバー達の耳に入る事は無かった。




「着いたわね」
「はい!」
「………… …………」

 三人は空港の外に降り立つ。
 きらきらとした瞳で期待膨らますセイバーと、寝起きながら密かに気合を入れ直す凛。
 士郎の顔に残る青痣は、凛の寝起きの伸びがもたらした結果であるが、触れてくれるな。

「暖かいわね」

 気持ちの良い風が、凛の長く伸ばした髪を揺らす。

「常春の国」

 柔らかい光が、セイバーの金色の髪を照らす。

「そう…………呼ばれているそうです、この国は」

「良い、所だな」
「ええ…………」

「…………行くわよ」

 颯爽と歩き出すのはやはり凛。セイバーと士郎は暫し微笑み合い、いつもの様に彼女を追った。







■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■


※ 画面は加工後のものです。


 マリネラ王国マジちーと。

 今回のテーマは外から冷静に見たマリネラ王国とパタリロ殿下。何このチート国家。
 殿下は(映像では)美少年だし、天才だし。王国は税金無いし、無料配給所あるし。

 キャーデンカー! ダイテー!

 おれ、明日マリネラ大使館に飛び込んで亡命を希望する! (300ドルの罰金)

 因みにwikiによりますと殿下は1973年生まれ、現在36歳。
 17の時にあれだけ美しくなられるのですから、脂の乗り切った最盛期。誰も勝てネェ…………。


 いよいよ次回、殿下が御成り遊ばします。友好国国民として皆様恥ずかしくない様に。






[11386] 常春の国より愛を込めて 第三話
Name: へいすけ◆ad21b800 ID:26520f52
Date: 2009/08/31 22:25




   常春の国より愛を込めて  





第三話:運勢をザカーリ氏に占ってもらったら黙って代金返された



  常春の国

        マリネラ


「やっぱりイントロはこうでなきゃ」
「何か言ったか? 77号」
「いいや、別に。それよりレッツ号、今日の予定は?」
「王宮見学者は一組だけ、宝飾関係の学生さん達らしい」
「それだけか」
「それだけ」
「楽だな」
「楽だね」

 担当の場所である王宮の庭を掃除しながら、二人のタマネギが、のんびりと会話していた。彼らが命ぜられた今日の仕事は、王宮での観光案内。
日によっては決して楽な仕事ではない、先日はマリネラ小学校とマリネラ中学校の社会科見学とマリネラ第一高校の姉妹校である長万部大学付属高校の修学旅行生が一度に訪れ、途中からマリネラ幼稚園の遠足とかち合い、最終的に慰安旅行兼営業に来国した東カリマンタンのホステス達の姿が見えた時点で、パタリロが国家非常事態宣言を発令。
火炎メーザー砲と電磁レールガンを抱えての奮戦虚しく、二人の記憶はくさやをホンオ・フェに漬け込んだ後尻を拭いて放置した様な芳香の中、顔に突き刺さるすね毛で途切れている。

そんな日に比べれば、今日は楽な日だ。

「そういえば今日の見学者、女の子もいるらしいぞ」
「女子大生か……良いね!」

 この二人、タマネギ部隊では中堅であり、一つの共通点として今の部隊では珍しい異性愛者だった。
 しかも妻帯者である。お互い結婚時に散々部隊と殿下に大騒ぎされ迷惑を掛けたという経歴を持ち、歳も出身部隊も違いながら不思議と気の合う仲間同士だった。

「可愛いといいな……」
「そうだな……」

「「まあ」」
「「一番はうちの嫁だけどね!」」

 愛妻家である。
暫し笑い合った二人は、ふと、黙り込む。

「ただ……問題は……」
「今日は殿下が一日中宮殿に居るんだよな…………」

 其れからは黙々と、二人は掃き掃除を続けた。

『帰りてぇ…………』

 二人から少し離れた場所でひたすらゴミを集めていた新人タマネギのハルキゲニア零号は、未だ先輩達のノリについて行けず、心は少し遠い場所に逃げていた。
今日も彼は故郷から持ってきた剣を相手に夜ベッドで愚痴る事になるだろう。




「まさかイトーヨーカドーがあるとは思わなかった……」
「シロウ、あまり余所見をするとはぐれますよ」

 一行は首都マリネラ市を抜けマリネラ王宮に向かっていた。現在は王国一の繁華街、マリネラ銀座を通っている所だ。
 一行は、特に凛と士郎は面食らっていた。
 捻り鉢巻の威勢の良い八百屋、木造の立派な呉服屋、その間にアラブ調寺院の様な建物、遠くにはニューヨークっぽい摩天楼が見える。

「…………たまり通りがかる全身毛むくじゃらの人とか、頭から触角が生えている人は一体……?」
「シロウ、他人の身体的欠陥をあげつらう事は大変失礼です」

「ねえ……あの車(?)浮いてない?」
「国王自身が発明家と言ったではありませんか、科学技術が進んでいるのでしょう」

 何かふらふらと足取りが覚束なくなっている二人を、セイバーがエスコートする形になっていた。本人曰く、市街地の地理はばっちりです!
 地理の把握は戦場での基本。騎士王の面目躍如である。

 無論観光客としても立派な行動だが。

「…………ああ、そうね。まだ予約した時間まで間が有るわ、すこしどっかで休んでから行きましょう」
「リン、喫茶店ならばこちらです!」
「ありがと、セイバー…………」


「ふう……」
セイバーに引っ張られて着いた喫茶店は、以外に当たりだった。丁寧に淹れられた紅茶はアッサムだろうか、かなりの腕前だった。
 伊達に店主の腕が4本ある訳ではないらしい。
 凛は冷静さを取り戻したようだ。

「何で、マックスコーヒーがメニューに…………」

 士郎が立ち直るにはまだ少し時間が掛かるようだ。

 凛が居住まいを正す。

「さて、作戦会議と行きましょうか」
「あ、ああ」
「はい」

「今から私達は王宮に向かうわ。観光客だから目的は王宮の見学、予約時に宝飾関係の学生である事は伝えてあるから宝石庫の見学も出来るという事よ。
まずは強行偵察、目標を見極めるわ。
 宝石自体は私が見る。最悪見当違いの石の可能性も有るしね。
 セイバーは案内人や、王宮に居る人間を良く見ておいて、最終的に交渉する人物、管理している人間が見られれば上出来よ。
 士郎は王宮そのものを。あと保管庫も解析できれば言う事無いわ」

「なあ、遠坂。何だ、盗みにでも入るつもりか」

 盛大な冷や汗をかきながら士郎が質問する。

「………… …………そんな事態にはならない予定よ、多分……ならないと良いわよね…………」
「頼むから断言してくれ」

 目からも冷や汗が流れそうだ。

「ま、対応は色々考えているけど。最終的な決断は見学が終わってからね!
…………心して行くわよ」




「ようこそマリネラ王宮へ」
「予約されていたロンドンのリン・トオサカさんと……アルトリア・セイバーさん、シロウ・エミヤさんですね」

「はい。宜しくお願いします」
 凛が深々と頭を下げた。
 慌てて士郎が、悠然とセイバーが続く。
 遠坂嬢の巨大な猫かぶりは未だ健在である。

「どうですか? マリネラは。ロンドンとは違い暖かいでしょう?」
「ええ、気持ちの良い気候です。常春の国とは良く言ったものですね」

三人はその間もしきりに念話で会話していた。

『何なんだ? この顔』
『そういえば機内放送でもたまに映っていたわね。王宮警備隊も兼ねるマリネラ軍のエリート部隊』
『この顔は……変装ですか?』
『そう、前王妃がパタリロ国王の為に結成した特殊エリート集団、通称“タマネギ部隊”
匿名性を高めて個人を特定出来ない様にされた人間達。国王の警備だけでなく、補佐として政治、経済においても正しく国王の手足となって働くらしいわ。噂ではこの国の内閣はほぼ形骸化していて、王を中心としてタマネギ部隊の専制君主制の政治体制であるという説もあるわ』
『時には専制も、必要な事があるでしょう。
…………そうか、彼らがパタリロ王の騎士たちなのですね……』

『しかし……気にならないか、セイバー』
『はい、士郎も気付いていましたか』
『どうしたのよ?』

『…………彼ら、戦い慣れてます』


「お名前を見ると、トオサカさんとエミヤさんはもしかして日本人ですか?」
「ええ、二人とも高校までは日本に住んでいました」
「やっぱり! 実は僕の妻も日本人なんですよ!」
「そうなんですか! 国王陛下の親日家ぶりは聞いていますが、やはり国際結婚も多いのですか?」

 談笑しながらも、凛は訝しげに聞く。

『どういう事? 軍人なんだからそりゃあ……』
『違います。現代の正規の訓練は確かに受けている様ですが、彼らが実際戦った経験は恐らく人外とのものです』

『なに、それって……?』

『ああ、この人達の経験は対人戦で身に着いたものじゃない。意識する間合いが大雑把過ぎる』
『ええ、彼らの相対した敵は大きなリーチ、物凄いスピード、一撃が致命傷になる相手です。そして攻撃は狙うほどの狭さは無い、当てる事に然程困る事はない。大勢で一体を相手にし、大きな隙を作り出して攻撃を集中し敵を仕留める。
 そんな戦い方を彼らは経験しています』

『なによ、それ……!』
『もう一つ、気付いたのですが……』

 セイバーが言いよどんだが、凛が先を急かす。

『彼らから僅かですが、神秘の気配がします』

『それって…………ここは歴史ある王宮だし、彼らが扱っているのは宝石よ? その関係じゃないの?』
『そうかもしれませんが……それにしては強烈過ぎます。そう、まるで何か神格クラスの神秘に近付いた事がある位に』

 流石の凛も絶句するしかなかった。
思わずレッツ号がいぶかしむ位に。
「どうしました?」
「いいえ! 何でもありません」

 何とか場を繕う凛を見ながら、士郎も仕事を開始する。

『新しいな……』
そう考えながら誰にも見られぬよう壁に手を触れ、
 頭に走った激痛に思わず蹲った。

「おや、こちらも。大丈夫ですか?」

 心配したようにもう一人のタマネギが士郎に駆け寄った。

「……大丈夫です、ちょっと躓いたみたいで。
 ああ、あれは何ですか?」

 ごまかす様に、目に入った庭の巨大な石碑を指差す。
 古いものではなさそうだ、士郎の視力で刻まれた文字が何とか読めた。

「……ジュリアーノくんとジェンマちゃんの……墓……?」
「この距離でよく読めますねー、ええ、殿下のペットの墓です」

 少年国王の子供らしい所なのだろう、これだけ巨大な墓を建てるほどそのペットに愛情を注いでいたのだ。

「ノミなんですけどね」

 何かノミという名の珍獣なのだろう、聞いた事は無いが。

「さて、次は宝石庫ですね。警備に連絡しますので少しお待ち下さい」

 そう言って彼らは離れていく。

 三人きりになってしまった。警備とか大丈夫なのだろうか、それとも何かしらの監視装置が既に作動しているのか。
 そんな可能性に一切配慮する事無く、人目が無くなった途端凛が掴みかかった。

「ちょっと! 一体何を見たのよ!」

 士郎は冷静に答えた。

『落ち着け遠坂、無駄かもしれないが念話で話せ』
『そうね……って、無駄ってどういう事よ?』

『さっき俺はこの建物を“解析”した。いや、しようとした。結果は一瞬しか分からなかったが充分だ。
 この建物はハイテクの塊だ。それほど詳しい訳ではないが俺には理解出来ないレベルの科学技術だらけだ。兵器としてミサイルや機関銃が無数に格納されている、更に其れを自動制御する装置だと思う、相手を見つけるセンサー類も数え切れない。用途は分からないが高出力の装置も多種が多様に組み込まれている。
 …………そして遠坂、落ち着いて聞いてくれ、その装置の大半に魔術的な何かが組み込まれている』


『は?』


『…………要するに、我々のしている事は全て相手に筒抜けだった、という事ですか』
『最悪、その可能性が有る。……いや、多分そうだろう』

その時、タマネギ達が帰ってきた。しかしその顔に渋そうな表情を貼り付けていた。

「あー……君たち、実はね……うちのつぶれ肉マ……いやいや、うちの殿下がね、君達を案内したいそうなんだ。
 どうかな? 君達にもこの後の予定が有るだろう、忙しいだろうし、案内を受けてもらえるかね? いやいや、そうだろう! あんなものに会いたくなる訳は無いが、王族に会うなんて名誉な、肉だるまが、何と言っても高貴なスピロヘータなんだよ、分かるね?」

 分からん

「…………77号、やはり」
「ああ…………」
 二人は顔を見合わせ、次の瞬間神速で動いた。その動きは、最大級の警戒をしていたセイバーの目をもってして、一瞬捉え切れなかった。


 土下座である。
「お願いします~、殿下に会ってください~」
「お嫌でしょうがここはひとつ~、犬に噛まれたと思って~」
「いやいや、ここはゴキブリにたかられたと思って~」
「カマドウマ一杯の納戸に閉じ込められたと思って~」
 泣き落としである。

 二人の顔面は既に涙でぼろぼろだ。
 大の大人がマジ泣きする場面に出会って、三人はドン引きである。


 それでも、三人の中で最初に立ち直ったのはセイバーだった。

「あの…………」
「はぃぃ~」
「殿下というのは……この国の主、パタリロ・ド・マリネール国王陛下のことですか?」

 一瞬、呆けた様になるタマネギ二人。

「…………そういや国の主だな」
「…………国王陛下……だったな」
 また泣き出す
「そうです~うちの逆さアルマジロです~」
「国主のチンクシャです~」

   オーイオイオイ オーイオイ

 たまに良く分からない単語が出るが、マリネラ語だろうか?
 
 少し冷静になった三人は考える。どちらにしろこの誘いを断る訳には行かない。
 今まで分かっている情報では、この宮殿は魔術師の工房に等しい。その工房の主らしき人物からの招待なのだ。目の前に居る二人も、未知の戦闘経験を持つ油断出来ない相手だ。
 ここでの判断ミスは一糸たりとも見逃せない。

「分かりました、案内して下さい」

震える唇を堪え、凛は必死に答えた。

 信じられない、といった顔で凛を見上げるタマネギ。
「…………会って、頂けるんで?」

「え? いや会って下さいって……」

二人が全くのノーモーションで立ち上がる。重力? 慣性? 何それ美味しいの?

「いやいやいや、ではこちらにどおぞ」
「三名様ごあんなーい」




応接室は流石に豪華だった。
ここまでの王宮の装飾も決して質素ではなかったが、この部屋のインテリアは群を抜く。
ロンドンに来てそういったものに多少目の肥えた士郎だったが、その目をして一流以上のものしかここには置かれていない事が辛うじて分かる程度だった。
目の前に置かれたアサヒビールのロゴの入ったコップに注がれた水も、多分何らかの意図がある。…………何か汚れてる。

 凛があまりの高価さに、気圧されて小さくなっていた。

『逃げられないかしら…………』
『無理です』
『因みに遠坂。教えておくと内蔵された機関銃は射程2km、ミサイルは最低で見積もっても300km先の直径1.5kmを更地にする威力はあるぞ。多分マッハ5くらいで追っかけてきて』

「「………… …………はあ~」」

「…………これ、末期の水かしら」
「…………仏教徒らしいからなぁ」

因みにここまで案内してくれたタマネギ達の最後の言がこちら。
『気を強く持って!』
『何があっても驚いちゃ駄目ですよ』
『遺書は書きましたか? 誰かに最後伝えたい事は?』
『保証人の欄に決してサインしちゃ駄目ですよ』

役に立たねぇ。



扉が開いた時、三人の集中力は最大を迎えた。痩せても枯れても聖杯戦争の生き残り達だ。
しかし、入ってきたそれを、理解できた者は誰一人居なかった。

それは三人の前に移動し、向かい合った椅子の位置に止まった。

それの上方部分にある塊の表面が裂け、音が発せられた。


「やあやあ諸君、はじめまして。
 ぼくがこの国の国王、パタリロ・ド・マリネール8世だ。
なに、卑しい生まれ、下賎な育ちでも気にする事は無い。
どうぞ遠慮なく、気楽に僕の事は“麗しの殿下”と呼びたまえ」








■■■■■■■■■■■■■■■■■


 長ぇよ!

 このひしゃげたチャバネゴキブリが! 居て欲しくない時には居るくせに、出てきて欲しい時(ゴキジェット装備中など)には中々出やがらない!

 本当にアンタは………… …………お待ちしておりましたぁ!!

殿下登場であります。

因みに77号とレッツ号はそれぞれ主役を張った経験のあるタマネギであります。都合上女性に興味のあるタマネギが欲しくて抜擢しました。
レッツ号の方は単身赴任、または義父母の援助でマリネラに居を構えているという設定に。

ハルキゲニア零号はオリキャラですよ?
某作品とのクロス発見記念とかじゃないですよ?
故郷にピンクブロンドのつるぺったんな恋人が居たりしないですよ?


どこら辺までで自重するか「ガバディ、ガバディ」と呟きながらにじり寄ってみている筆者。






[11386] 常春の国より愛を込めて 第四話
Name: へいすけ◆ad21b800 ID:26520f52
Date: 2009/09/01 20:05




   常春の国より愛を込めて  





第四話:ベリト曰く、この作品は間違い無く面白い



  常春の国

        マリネラ



パタリロ・ド・マリネール8世の朝は一杯のミルクで始まる。

「健康的だな」
「健康な人はコンデンスミルクなんて飲みません」

「うむ、そろそろ朝食前の軽い食事の時間だ。もってこい」
「しかも2ガロンも飲まないでください」

「…………」
「…………」

「うるさい! ぼくは低血糖なのだ!」
「糖尿病でしょう!」


 マリネラの朝は斯くの如しである。

「うむ、今日は調子が良い」
「…………いつもの1.5倍でしたからね、朝食の量」

 この王宮で一番の激務は厨房に違いない。

「こんな日は、どこかに出掛けたいものだ」

「本日は9時より執務室で書類の整理と 「この前の台風で壊れた王宮の修理はどうなっているのだ?」

「……昨日全て終了しました」

「では殿下、執務室の方へ 「観光事業の再計画案はどうなっている?」

「……ツタカズラ市の再生案が来週までに纏まる予定です」

「執務し 「朝食のベーコンがいつもと違ったな、業者を代えたのか?」

「……廃棄品ですので毎日違います」

「し 「天気が良いのは悪くないが、あまりに雨が降らないと農作物の出来が心配だな」

「……昨日は土砂降りの雨でしたが、そもそも我が国の農業は食料自給率に影響があるほど大きくありません」

「…………」
「…………」

「久方の 光のどけき 春の日に 「それにつけても 金のほしさよ」

「殿下ー!」
「逃げたぞー!」
「追えー!」


 実に珍しい事に、今日はタマネギ達の勝利に終わった。
 やはり最古参の5号が昨日から王宮に帰っていたのが大きな要因だろう。5号は昨日まで欧州のとある貴族の家に商談に出掛けていたのだ。

「なんだ、結局買って貰えなかったのか」
「ええ、一緒に持っていった小振りの石を幾つかだけ、本命のサファイアは一瞥しただけで気に入らなかった様でした」

 椅子ごと腰の当たりを縛り付けられて、人間離れした速さで次々に書類を片付けていくパタリロ。その縛り付けた縄をしっかりと握ったまま、5号が答える。
 商談相手は古くからの得意様である。5号の若い頃からの知り合いでもあり、古参の重役級ながら彼自らが足を運ぶ事になったという事情があった。

「たまにおるな、変わった石の選び方をする客」
「……そうですな……、あの方の選び方も昔から変わってます。なんとしてもこの石と、注文を付ける事も有れば、同じ様なクオリティの石を大量に注文される事もありますし…………」
「まるで消耗品のように同じ数を定期的に注文して来る客もいたな」

 宝石の第一義は鑑賞品である。
 希少性からの資産的価値もあるが、基本的に何かの役に立つというものではない。無論鉱物資源として何かしらの役に立つ石もあるが、それらは逆に宝石とは称されない。
 宝石とは見て楽しむ、持って楽しむものなのだ。
 だから、売り手としては普通その石の美しさ、希少性などを看板にする。客の好む色、形、金銭的価値。それらを如何に理解して相手の購買欲を刺激する石を薦めるか、それが宝石バイヤーの考える事なのだ。

 しかし、たまに全く相手の希望に見当がつかないことがあるのだ。
 パタリロは商売の天才。古参タマネギとて元が軍人などの門外漢とはいえ、宝石の国マリネラに生まれ優秀な才能を持ち、この歳までその世界で切磋琢磨して来た超一流のバイヤーだ。彼らをもってしてたまに虚を突かれる注文というのがあるものだ。

「ま、得意客には変わりない。相手も自分の注文が風変わりなのは分かっているしな」

 ぺたぺたと国璽を紙に叩きつけながら「儲ければ良いのだ」とパタリロ。

 しかし、5号の方は言われて初めて気に掛かっていた。要するに普通でない注文をする客は普通でない理由で購入するという事なのだ。

 普通でない宝石の利用法とは一体何なのだろうか。


 そして、そんな事を考えているから殿下に逃げられるのだ。

「ええい! モビルスーツ隊だけでなく戦術機部隊も出せ!」
「ちょいとマイナーでないか?」
「というか殿下がこれを知っている事が問題じゃないか?」
「全年齢版がある!」
「おーい、オタクの1022号が何か言ってるぞー」

 ごめんなさい




 どこかの地球外起源種のごとく追っ手を蹂躙したパタリロは、悠々と廊下を歩いていた。
 すると目の前から二人のタマネギが歩いてくる。すわ、追っ手かと身構えたパタリロだったが、二人が王宮の観光客案内に付いている面子と分かり安心する。

「あ、殿下」
「やあやあ、ご苦労。案内中かね?」
「はい、丁度今から宝石庫を案内しようとする所です」

「宝石庫? 別に構わんが、防犯上あまり大人数は無理だぞ」

「大丈夫ですよ、たった三人です」
「ロンドンの学生さん達です。宝飾を勉強しているそうで、マリネラ王宮の宝石が見たいと予約されてました」
「ほう、学生か。若いのに感心な事だ。
 …………しかし、二人揃ってとは何か、相手は金持ちか?」

「いえ、今日の見学客がその一組だけなんですよ」
「何だ、そういうことか」

 次の拍子、パタリロの口元がニンマリと緩んだ。
 二人のタマネギは、この職に就いて以来磨きぬかれた勘が危険を知らせるのを感じた。


「よかろう。はるばるロンドンから我が国の宝石を学びに来た前途有望たる学生諸君だ、ぼくが直々に案内してやろう」


 予感的中









■■■■■■■■■■■■■■■■■


 今回は少し短め。    前回長かったしね!

 Fate勢が大騒ぎしていた頃の裏側。
 マリネラは今日も平和です。 もう暫くは。


あの パタリロ! の雰囲気が少しでも出ていれば良いのですが…………。
 こればかりは不安です。

よく考えてみると恐れ多くもあの殿下を動かそうというのですから、今更ながらパタリロSSの少なさの理由が垣間見えた気がします。

いきなり更新停止したら禁固30年の刑に服していると思ってください。貧乏なんで300ドルも持ってません。







[11386] 常春の国より愛を込めて 第五話
Name: へいすけ◆ad21b800 ID:26520f52
Date: 2009/09/03 21:12




   常春の国より愛を込めて  





第五話:ヒューイット氏は僕の心の師匠


「やあやあ諸君、はじめまして。
 ぼくがこの国の国王、パタリロ・ド・マリネール8世だ。
なに、卑しい生まれ、下賎な育ちでも気にする事は無い。
どうぞ遠慮なく、気楽に僕の事は“麗しの殿下”と呼びたまえ」




 士郎の状態は―――――――――呆然。

 アレハ、ナンダ。

 あれが人というならば、目の前にいる、あれは一体なんなのだ。
 士郎の目に映るものは――――――そう、ちょうど人の子供くらいのグロテスクな物体が――――――蠢いていた。

 否。人なのだ、それは断じて、ただの人なのだ。

背骨に焼けた鉄柱が差し込まれた様に、動かない身体で、士郎の中にある剣が――――――そう囁いていた。

『―――――――――ああ、これは現実なのか』


「どうしました? シロウ」

「大丈夫だ。セイバー、―――――――俺は答えを得た」

「? 何の事か分かりませんが、仮にも王の前であまり失礼の無いように。
 リン、貴女もです」

「ああ、すまんセイバー。あまりの事にちょっと呆然としていた…………って、セイバーは何とも無いのか!?」

「ですから礼節をきちんと…………。
 マリネール陛下。申し訳無い、連れが無礼を。
 日頃から人の間に垣根を作らない人物なのだが、この場では礼を失した様だ。どうか許してほしい」

 物体が鷹揚に頷いた。

「何、構わん。あと、ぼくの事は“麗しの殿下”と呼びたまえ」

「ではマリネール殿下と。
 ところでマリネール殿下、貴方は本当にマリネール殿下か?」

 物体に乗った…………ええい、似ているからもう豚まんで良いや、豚まんの上の方に乗っかった眉毛らしきものが微かに顰められた。

「どういうことだ?」
「いえ、ここに来るまでに拝見した殿下の絵姿とはあまり似ておりませんので」
「ああ、そういうことか。簡単な事だ、ぼくはあまり写真うつりが良くないのだ」
「そうでしたか。重ね重ねご無礼を」

はっはっは


「って待てぃ!」

 ドロー! 凛のターン!

「写真うつりの問題じゃないでしょうが! この写真とアンタ! 一体何処に共通点があるって言うのよ!」

 ばんばんと引き伸ばされた国王近影と称された写真のパネルを叩きながら凛が叫ぶ。
 写真の中の人物は儚げな印象を与えながらも王として芯の一つ入った威厳をそこはかとなく漂わせる正に美少年といったものであるのに対し、椅子に座るそれは何処からどう見ても昨年の肉まんが服を着て据わっている様にしか見えない。

「ふむ、この時のぼくは少し今より痩せていたからかな」
「少しどころの騒ぎじゃないでしょうがー!」

 パネルを床に叩きつける凛。
 散々叩きつけた後、蹴り飛ばした。

 飛んでいくパネル。
 あのパネルが、一体何処から来て何処に行くのか、それは誰も知らない。マリネラの事だし。

「大体マリネラの少年国王といえばこの写真の方が有名なのよ! それが出て来ると思えば何でこんな豚のまんじゅうが服着て喋ってんのよ!」

「ほほう」

 パタリロの頭に井桁が浮かぶ。

「ぼくは寛大で心優しい王で有名なのだ。しかし、事実無根の中傷は聞き逃せんな」

 流石に正気に戻ったのか凛の顔色が青褪めた。

 元々ここが得体の知れない敵地である事が判明していたのだ。それに加え王族に対する明らかな誹謗中傷、例え事実であっても、だ。
 ここは君主制の国、理由如何に問わず王への害意は即座に処断される。
 しかも敵地の親玉に、である。喧嘩を売るにしてもこれ以上効果的な方法はそうあるまい。

 まあ、凛の側にも同情すべき点は大いにある。
 偵察程度と考えていた矢先に、相手の断片ながらも強大な力を見せ付けられ、さらにその能力に異様な点が多すぎる事も恐怖を誘う。
 そしてその矢先に、罠に嵌められたが如く逃げられないあからさまな誘い。
 緊張が頂点に達した時に現れたのが、この物体なのだ。

 例えを許していただけるならば。
 犯罪かもしれないことを考えていただけで未遂罪で逮捕、弁解も許されず死刑が確定し、十三階段を上らされたら、目の前に肉まんが置かれていた。というような状況である。
 最後の食事ではない、死刑台の上の肉まん。しかも食えそうに無い。


まあ、それでも状況に変わりはない。セイバーと士郎も顔色を変え、思わず立ち上がりかけた時、状況が動いた。



「でーんーかー!」
「見つけましたよー!」
「いい加減仕事に戻ってくださーい!」

 タマネギ達がどんがらがっしゃんと応接室に雪崩れ込む。
 それに反応してパタリロが木の葉隠れで逃げようとする。

 「逃がすか!」

 捕縛縄と無数の刺股がパタリロを取り押さえる。

「火付盗賊改方、長谷川平蔵である! 銭数えの波多利郎! 神妙に縛に付けい!」

 御用提灯が、十重二十重に取り囲む。

「おのれ鬼平! 今日がうぬの命日よ! 者ども、やってしまえ!」

 縄から抜け出しながら、パタリロが羽織を脱ぐ、その下には動きやすい黒装束を纏っていた。

「へ?」
「は?」
「うぬ!」

 いつの間にか黒装束を纏い手に匕首を持つ士郎、凛は町娘風の和装で手には鎖分銅。
 気合と共に若侍の風体で抜刀したのはセイバーだ。

「波多利郎の配下どもか! 頭共々召し取れ!」

 向かってくる刺股、刀の攻撃をひらりとかわす士郎。

「へっ! この錠前破りの士郎、そう簡単に捕まるか!」

 分銅が同心たちをしたたかに打ちのめす。

「金秤のお凛、簡単に捕まるほど安かないよ!」

 刀がきらめいたかと思うと、縄や十手が切り裂かれる。

「亜瑠斗利阿之助、参る!」

 波多利郎の哄笑が響き渡る。

「実は盗賊銭数えの波多利郎とは世を忍ぶ仮の姿! 真田幸村が配下、猿飛佐助とは我の事だ!」

 召喚された大蝦蟇から噴かれた火が辺りをなぎ倒す。

「おのれ、猿飛佐助! 未だ幕府転覆を狙っていたとは!」

 炎が長谷川平蔵に迫る。

「其処までです! 猿飛佐助! やっと正体を表しましたね!」

 なんと、それを止めたのが亜瑠斗利阿之助であった。

「盗賊たちの中に入り、探っていた甲斐がありました! 亜瑠斗利阿之助とは偽りの名! 私の本当の名は…………遠山金四郎!」

「な、なんだってー!」


全員が正気に戻るのに10分ほどかかりました。

「しまった……! 応接室の調度品が壊れない様にここで騒ぎを起こすと自動的に秘境異次元ごっこになる仕掛けがあるのをすっかり忘れていた…………!」

 ぜいぜいと、荒い息を吐きながらパタリロが呻いた。




「「「もうしわけございませんでしたー!!!!!」」」

凛達が見る、本日二度目のタマネギの土下座である。

「諸悪の根源はあの通り火炙りの刑に処しておりますので、どうかひらにご容赦の程を…………!」

 流石に応接室の外で、刑の執行は準備されていた。

「こらー! ぼくは国王だぞー!」
「黙らっしゃい! よりにもよって王宮に来て頂いた観光客様に何をやらかしたと思っているんです!」
「ダイヤに次ぐ貴重な財源である事は殿下もご存知でしょうに!」
「前の上げ底マリネラ饅頭の件も忘れてませんよ!」

 凛達からは見えないが、扉の向こうでタマネギたちの怒声が響いている。
 まあ、凛たち自身も自失呆然の体でそれどころではないのだが。

「…………一体、何だったんだ、あれ」
「分かりません……気づいたらもう、勝手に身体が動いていました…………」
「魔力は感じない…………魔眼や幻術の類でもない…………時間操作…………? いや馬鹿な…………」

 扉の向こうは今だ騒がしい。

「おーい、ガソリンはまだかー!」
「やめんかー!」
「とりあえず厨房から油持って来た」
「よし、火の準備だ」
「うがー!」

「…………なあ、セイバー。肉の調理方法でな、熱した油を何時間も肉の塊にかけ続けて蒸し揚げにするっていう方法が有るんだ……」
「実に興味深いですが……何故今その話を…………?」
「いや、何故か思い浮かんだ」








■■■■■■■■■■■■■■■■■


 毎日更新なんて㍉

 セイバーさん冷静過ぎ。理由は次回。

 鬼平は中村吉右衛門さんが好きです。原作の五郎蔵親分になら掘られても良い。







[11386] 常春の国より愛を込めて 第六話
Name: へいすけ◆ad21b800 ID:26520f52
Date: 2009/09/05 22:20



   常春の国より愛を込めて  





第五話:そろそろ台風の季節なのでポップ・グレムリンを用意しておこう



「ではマリネラの誇る宝石庫に案内しよう」

 そう宣言したパタリロの腰にはしっかりと縄が結ばれ、その先をタマネギが握っていた。

 凛達がたまねぎの謝罪を受け入れた後、いいだしっぺなのだから最後まで責任持ちなさい、という事でパタリロの案内が実現した。

 パタリロが率い、三人が後に続く。その周りをタマネギたちが主にパタリロの監視のために取り囲んでいた。

 まるでVIPの様な待遇に有る意味居心地の悪さを感じながら、凛と士郎は大人しくついて行くしかない。ただ、セイバーだけは落ち着いたものだ。

「セイバーは平気なの?」
「お忘れですか? 私は長い事王宮に住んでいたのですよ」
「…………そういや、そうか。
 けど、考えたら最初からセイバーは冷静だったよな。王宮みたいな所に慣れているからといって、いきなりあれは驚くと思うんだが…………」

 流石に豚まんの言は濁しながら、小声での会話は続く。

 セイバーは少し考えながら答える。
「何と申しましょうか…………。ある意味、私の予想した範疇からは逸脱した事態ではないのです。
 ここに来るまでに見た市井の様子からこの国が非常に素晴らしい所である事は分かっていました。これは支配者たる国王とその周りが優秀であるという事です、そしてそれはこの王宮が“普通”ではないという証左に他なりません。どんな伏魔殿に、どんな怪物が出てきてもおかしくない。
 只人に、王は務まりません。

 …………正直、あの国王が出てきた時は一瞬呆然としましたが。王は国の顔、容姿にも不利があれば隠すという手段は採るべきです。民を偽る事になるでしょうが、それが国益になるのであれば選択しないという事は出来ない。
態度にしても、確かに彼は厚顔無恥、傍若無人です。しかし支配者とは人に命じる事が仕事です。人としてはどうであるか疑問もありましょうが王とは常に揺るがず、動じてはならない。」

 セイバーさんもいいかげん失礼な事を言っている。

「…………そうね、とんだ伏魔殿だったわね…………」
「…………全くだ」

 実のところ三人を取り巻く状況が改善された気配は全く無いのだ。

「…………とりあえず、私達の目的はばれていないという事かしら」
「断言は出来ないが……とりあえず直ぐにでも俺達を如何こうする気は無いみたいだな……」

 目的の宝石は目の前である。この後どうなるかは判らないものの、当初の目的は果たしても良いだろう。




 そこは静謐にして豪華。コンクリートと金属で造られた味気無い部屋の中、溢れんばかりの宝石たちが放つ色と光が目の眩む彩りを放っていた。

「我が国で採れた石の他にも、売買用に入手した石が納められた部屋だ」

 先程とは違う意味で、三人は絶句する。今までに見たことも無い量もさながら、一つ一つの宝石の圧倒的な存在感が三人を圧倒した。

「気に入ったものが有ったら言ってみたまえ。先程の侘びもある、お譲りしよう」

「えっ!」
凛さん素早い。

「定価から1ドル50セント引きでな」

 ずっこける士郎とセイバー。

「…………10ドル引き!」
「……1ドル75セント」

「止めとけ凛」
「10ドル引いていくらですかリン」
「あーうー!」

 何か同じ匂いが漂った気がした。


 気を取り直して目的の石を探す。それは直ぐに見つかった。
 リンの表情が即座に魔術師としてのそれに変わる。色、形、全てが願っていた通りだ。これ以上の一品はそう無い。

「それか? それはUAEのさる豪族から一昨年買い取ってものだ。かなり昔に掘られたものらしくてな、カットは古臭いがクオリティは一級品だ。多少カラットは落ちても今風のカットに加工しなおせばかなりの値が付く………「いいえ」
「このカットが最高なのよ…………! この形のまま長い歴史を刻んでいる、その間に吸収したものも最上級……!」

 リンの言葉に、パタリロは一瞬いぶかしむ。
 が、次の瞬間には口元にニンマリとした笑みを浮かべた。


 この間、パタリロの頭脳はフル回転した。三人にとって実に性質の悪い方向に。


「…………ああ、なんだ“そういうこと”か。
 ならば最初からそう言ってほしいものだ。“そちら”の客なら、“そちら”の対応をしたものに」

「!」

凛が弾かれた様にパタリロの方を見る。
 パタリロは今までと全く変わらぬ豚まんヅラに平生なままの笑みを浮かべていた。

「うちの客は世界中に居るのだ。“どんな”客の相談も受けつけている」

 リンの頭脳がフル回転する。魔術師としても一流のそれが、その家系のうっかりを内包して。

「…………そういう事、ね。
 考えて見れば宝石魔術を専門とした家系はそう多くはないけど、宝石を使用した魔術自体はそう珍しいものではない。……時計塔に直接のルートが無いのは特定の一族との取引に限定しているからかしら?」


……魔術、……家系、……時計塔、……宝石、……使用

「雷は怖いねぇ」

「はい?」


「なるほど!」


 パタリロは納得がいったと、満面の笑みを浮かべる。

「魔術師というのか。そんなものがゴロゴロしているとは思わなかった。しかも時計塔……ロンドンにそんなものの総本山があるとは。
 オカルト関係はしばらく食傷気味だったが…………なに、人間相手なら実に楽しそうな話ではないか」

「え?」

 パタリロがきびきびと下知をとばす。
 その態度は、タマネギたちの見慣れたものだった。

 面白いおもちゃを見つけた時の、パタリロが見せる態度。タマネギたちの間に諦観がうかんだ。こうなったら誰も止められない。

「よし、また応接室に行こう。おいタマネギ、今度は茶を用意しろ。ああ、出がらしで良い。それと、誰か44号を呼べ」

「44号なら『疲れた、しばらく遠くに行きたい』なんて言ってたのを殿下が聞き入れて、ムルマンスクにクーラーの行商に行かせているじゃないですか」
「転送装置に放り込め」

 そこまでタマネギに指示を出し、ゆっくりと凛たちの方に振り向く。


「…………さーて、ゆっくりと話を聞こうじゃないか」


 その表情から感じる邪悪な何かに、士郎は聖杯戦争以来の恐怖を感じていた。

「え? もしかして…………引っ掛けられた?」
「もはや何も言いません………… …………」

 凛ちゃんのうっかりは常に致命的な状況で発揮される。

 そしてこの国の住人ならばどんなに小さな子供でも知っている事がある。
 パタリロ殿下のやる気は、人の最も致命的な部分をいじくる時に発揮されるという事を。








■■■■■■■■■■■■■■■■■



 今日はここまで。

 うちのセイバーさんは何と殿下に好意的!
 やっぱり王様なんて職業の人は何所かしら逸脱しているもんです(偏見)


 遅くなりましたが、たくさんの感想有難う御座います。
 レス返しに関してですが…………一つ一つ返信していますとただでさえ少ない執筆時間が減ってしまいますので、申し訳ないですが出来そうにありません。
 各感想ともきちんと読んでおりますのでどうかお許し下さい。

 それだけは何なので、パタちゃん魔法使い説に一言。

「奴は人をおちょくる為ならどんな努力も惜しまない」

 魔法使いさん達マジ涙目。





[11386] 常春の国より愛を込めて 第七話
Name: へいすけ◆ad21b800 ID:26520f52
Date: 2009/09/05 22:24




   常春の国より愛を込めて  





第七話:越後屋の仕出し弁当を食ってから身体の調子がおかしい



  常春の国

        マリネラ


 朝の爽やかな風が遠坂凛の黒髪を揺らす。
 暖かな日差しが掌中のティーカップに潅がれた紅茶の色をいっそう鮮やかに照らす。咲き誇る庭の花々は、我先にと芳しい香りを鼻腔に届けた。
 薔薇を始めとした花々たちはその姿においても、完璧に手入れされた庭の中で、彼女の目を充分に満足させていた。

「完璧ね。正に私の朝に相応しい」

 ここはマリネラ王宮。
 凛は今、その庭に設えられたテラスで優雅にモーニングのティータイムを楽しんでいた。

 「ちょっと、其処のタマネギ見習い。おかわりを淹れて頂戴」

 そう声をかけられた赤髪の少年は、マリネラ王宮の武官服に身を包みその手にティーセットを持ったまま、立ち木の様に佇みながら呟いた。



「なんでさ」



 衛宮士郎、己の選んだ道に後悔は無い。あの誓いを選んだ時からその言葉に嘘は無い。
 しかし、ほんの少しだけ誰かにこの不遇を訴えたいと考えてしまうお年頃であった。




 話は一週間前に遡る。

 パタリロの目に見えぬ触手に絡み採られた様に、再び応接室に連行された凛たちは、洗いざらいを聞き出された。
 ここに来た目的は当然の事、一般人には絶対明かせないであろう魔術に関する事も全て。
 
まあ、唯一の救いは聞かれた相手が“逸般人”の類だった事だろう。

凛とて、ただ唯々諾々と相手の要求に従った訳ではない。

「…………ここで聞いた事を、決して人に洩らさない様に。魔術師は強力よ、このことが外に洩れれば時計塔が黙っちゃ居ないわ」

 それに対するパタリロは余裕綽々といった態度だ。

「聞くが、魔術師とは空が飛べるのか?」
「いえ……そんな事が出来る魔術師は少数よ」

「では、壁でもすり抜けられるのか?」
「…………無理ね」

「では、象でも放り投げられるくらい力が強いのか?」
「…………ごく少数ね」

「ミサイルや機関銃に勝てるか?」
「機関銃位なら兎も角、ミサイルは…………」

 基本的に現代の魔術師は神代ほどの力は無い。一対一で一般人に遅れをとる様な者は居ないが、現代軍の兵器相手に戦えるような魔術師なぞ数えるほどでしかない。

「けど……! 魔術師は人の心を操ったりするわ!」

 これは現代戦でも想定しにくい事象の一つだ。催眠術や洗脳に関した事ならばある程度科学的技術で対応できる場合も有るだろうが、魔術を使えば対魔術的な感知方法以外でそれを見つけ出す事は不可能に近い。

「秘境異次元ごっこに対抗できない様な奴らのか?」

 あれは素早いスピードで一瞬だけ台本を相手に見せる事で、サブリミナル効果により相手の行動を無意識の内にコントロールするらしい。確かに、あの方法は魔術師だろうがなんだろうが対抗する事は難しい。

「…………人を人とも思わない、非人道的な連中なのよ!」
「ぼくは国王だぞ。今更そんな手合いなぞ、慣れたものだ」

 業を煮やした凛が、パタリロの後ろに控えるタマネギたちに声をかける。
「貴方達の国王よ! 心配は無いの!?」

 タマネギたちの反応は冷めたものだった。

「殿下だし」
「いまさら魔術くらいで…………」
「死なないし」
「いっそどうにかしてくれたら…………」

「最後の奴、給料50%カットだ」  グハッ!


 パタリロはいそいそと座り直す。

「そんな事より、宝石の話だ。聞くと魔術では宝石を消費してしまうらしいな」
「…………ええ、その宝石に込められた自然の魔力を消費して魔術を行使するの。私みたいな宝石魔術を専門とする者なら逆に宝石に自分の魔力を込める事も出来るわ。
 その魔力を消費する時には通常石は砕け散る。もしそうでなくてもクオリティは格段に下がるわ、素人目に見ても一目瞭然に。そしてそうなった石はもう使い物にならない」

「その魔力とやらは全ての宝石に入っているのか」

「いいえ、魔力が入った石はそれだけで貴重よ。当然一般の世界でもかなりの価値があるレベルの石が殆ど。魔力を込めるのにもその石の構成や素材が重要になるわ」

「それは石の構成物質や純度が問題になるのだな」

「そういう事。それに相性の問題もあるわ、私の使いやすいのはルビー、科学的には殆ど違いは無いでしょうけどサファイアは全く違う扱いになるわ」

「成る程、では魔術師が欲しがる石はそれぞれ違うという事か?」

「……貴重な石なら使いようはいくらでもある。余程専門外の魔術を使う家系でもなければ、余裕があれば手に入れてもおかしくないわ」


 其処まで聞いてパタリロは一息いれる。そしておもむろに話題を変えた。

「魔術師とは金が掛かる様だな、やはり皆金持ちなのか?」

「…………魔術に使うものは一般でも価値の有るもの、無いもの、合法的なもの、非合法的なもの様々よ。それでも、その殆どはお金で取引されるから家系全体で表向きの収入を得ている家は多い。
 そうね、それなりに裕福な家が殆どでしょうね」

「そうか…………ならば、そいつらの欲しがる宝石を集めて売れば普通より高値で買い取ってくれる可能性があるな」

 凛の脳内にあるレジスターが音を立てた。

「………… …………そうね、基本的に普通と違う注文を付けることが多いから、バイヤーに足元を見られて高値で購入する事が多いわ。なんといっても魔術師は個人主義な奴らが多いから、少し割高くらいなら喜んで食いついてくるでしょうね…………!」

凛はパタリロの意図に気付いたようだ。

「私を窓口にするつもり?」

 パタリロがにやりと笑う、凛の口端も釣り上がった。

「報酬は王宮での窃盗未遂罪を不問にする事」
「あら、状況的にはただの見学者よ? 何も不埒な真似はしていないわ」
「ぼくは国王だぞ?」
「私は善良な外国人観光客よ?」
「では?」
「…………出た純利益を折半、あの宝石は別に頂くわ」

 竜虎相対す。

「貴様…………“信奉者”か!」
「貴方こそ…………まさかこんな所で会うとは思わなかったわ!」
「ぼくが開祖だ…………!」
「何ですって!」

 守銭道の開祖と若きホープ(開祖の方が若いがそれはスルー)が火花を散らす。
 背後に浮かび上がった竜と虎の回りに銭の花が開いた。

「面白い…………! ぼくに勝てるか?」
「親兄弟でも容赦しないのが守銭の道。開祖とて譲れないわ!」

「利益の2割だ、それ以上は出せない」
「5割は譲れない。私が居なければ一銭も出ない儲けよ?」
「石はぼく達のものだが?」
「4割5分! 別に宝石は一つ」
「2割5分、それで購入すれば良い。これからの優先ルートは保障しよう」

 士郎は二人の戦いに、あの戦争で見た英霊同士の覇気と同じものを感じた。

 凛が叫び、パタリロが哂う。凛の言葉が突き刺さったかと思うと、パタリロの宣言がそれを切り絶つ。
 激戦は長時間に及んだ。その間木石の様に所在無げに佇んだままの士郎と、お茶を啜りながらタマネギと世間話に興じるセイバー。


「では、発生した利益の3割4分7厘をそちらに。別途に一定額を保障、そちらの購入する宝石の代金を限定数割引する事。それで良いな」

「それと別に開催までの滞在費とこの件に関する必要経費はそちら持ち、代わりに顧客の紹介を約束、それと毎年一定の数の注文を欠かさない事」

「開催中の労働力の提供も忘れるな」

「ええ、そこは分担で」

 そう言って二人は爽やかな笑顔で固い握手を交わす。

 ただし、それは逆手である。利き手は算盤を握る為に空けられたままだ。


 守銭道とは、かくも厳しい世界なのだ。


「殿下が二人居るような気がする…………」
「リンが二人居るようですね…………」
「…………頭痛が……! 聖杯を見た時みたいな頭痛が……!」

「……しかし、本当に大丈夫なのですか? 魔術師を相手にするという事は楽な事ではない」

 セイバーが、パタリロに訊ねた。

上機嫌に笑っていたパタリロは、その言葉にゆっくりとセイバーの方を向く。
そしてこう言った。

「なに、魔界の悪魔に比べたらどうという事はあるまい」


 士郎とセイバーがその時感じた英霊にも匹敵する覇の気配は果たして幻覚だったのだろうか。




 かくして、表向きは得意客とその紹介を受けた者限定の会員制オークション。その実魔術師限定の秘密オークションの開催がマリネラで決定された。

 凛がまず、伝を頼り時計塔からの言質を取り付ける。その後魔術に関係するバイヤーの知り合いなどを通じて噂を流す。他人への秘密主義を貫く魔術師とはいえ、いやだからこそ他人の話には敏感な連中の事、開催を周知する事に問題は無い。

 参加者はマリネラを訪れ、ある符丁を告げさえすれば参加出来る。仮面でも被り、匿名であれば他の参加者との不必要な接触をする危険は少ない。
 観光地であるマリネラだ、足が着く可能性も低い。


 更に参加者は希望すれば、自分の宝石をオークションにかける事も出来る。その場合利益の一部が開催者のものとなる。
 これにより、不要になった、もしくは転売するつもりだった宝石が処分出来る。人の集まり具合によっては充分美味しい話だ。


 当然凛はその中心に自分が居る事を明かす事は無い。あくまで魔術師達に向けてはオークション参加者の一人に徹するつもりだ。
 宝石魔術師である遠坂家の人間がいち早く嗅ぎ付けたとて、全くおかしい話ではないし。サクラ的な働きも可能になるのだ。




 そうして遠坂凛は相手負担の滞在費を形に、マリネラ王宮での優雅な生活を満喫していた。

 ちなみに開催での労働力負担の条項により、士郎は運営の為抜けたタマネギの交代要員として、セイバーは運営の指揮補佐として、王宮内で働く事になった。

 士郎のロンドン滞在中に磨きが掛かったその執事能力は遺憾無く発揮され、タマネギ達からは“名誉タマネギ見習い”の称号と共に殿下に内緒で小額ながら給料を支給されるほどに喜ばれていた。

 セイバーも、その熟達の指揮官能力は大局を見据えながらも小事を逃さず。問題があればたとえパタリロにでもしっかりと意見する態度に、タマネギたちの多くはまるで生き神様を見るような態度で接していた。


「で、遠坂。さっきオークションに関してエーデルフェルトから探りの連絡が有ったぞ」

「パーフェクトね、士郎。褒めてあげるわ」

「なんでさ」

 全ては順調。マリネラの太陽と風も凛を祝福している様だった。


 凛は知らない。あのパタリロが関わる事象に、順調とか平穏無事とかという言葉は決してはまり合う事が無いという事を。








■■■■■■■■■■■■■■■■■



 某国のキムチだとか餃子だとか、そんなチャチなもんじゃあ、断じてねぇ…………もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ…………!

 まだまだ暑い日が続きます。食べ物には皆様注意しましょう。


 やっと本編の始まり? パタリロ殿下の本領発揮です。

 宝石翁の弟子遠坂凛と、人類の裏切り者パタリロ殿下の思惑に嵌り、超特異点マリネラに続々と集まってくる魔術師達。

 誰が来るのか分からない(実は筆者もまだ決めてない)


 実はFateに関しては昔、某笑う不死身の金色魔人を聖杯戦争に参加させてみようかとネットで資料を集めしただけなので、自己解釈や間違いその他が有るかも知れませんが、どうぞ優しい目でご指摘下さったら有難いです。


 これから少し書き溜めようと思いますので、更新頻度は下がる予定。期待せずお待ち下さい。







[11386] 常春の国より愛を込めて 第八話
Name: へいすけ◆ad21b800 ID:26520f52
Date: 2009/09/13 08:56




   常春の国より愛を込めて  





第八話:家の近所の歯医者は黒医師ギルドのメンバーに違いない



  霧の都

        ロンドン


「出張なの?」
「ああ」

 キングサイズのベッドの上に開かれたアタッシュケース、その中にクローゼットから取り出した服が無造作に投げ込まれる。

 ここはロンドンのとあるアパートメント。この部屋には三人の人間が住んでいる。家主は女王陛下に忠誠を誓う英国軍人、そのパートナーと二人の幼い愛の結晶。
 因みに三人とも生物学的性別は男性である。

 ここで疑問を抱いた読者の方には、世の中何が起きてもおかしくない、という言葉を送っておく。

「あっ、駄目だよバン。服はきちんとたたまないと」

 そう言って長い亜麻色の巻き毛の少年がアタッシュケースの中身を詰め直す。

「ぼくがやっておくから、フィガロの相手をしていて」

「…………ああ」

 長い黒髪を揺らしながら、男―――――英国情報部少佐ジャック・バンコランは苛立たしげにソファに身を沈める。
 そのままシガレットケースを取り出し、開こうとした所でテレビを眺める我が子フィガロを間の端に捉え、ケースを仕舞った。

「どうしたのさ、バン。えらく不機嫌みたいだけど」

 出張なんて珍しくないのに、と呟きながら亜麻色の髪の少年――――マライヒが戻ってくる。

「…………出張は構わん。が、行く場所の問題だ」
「何所なんだい?」
「あの変態甘納豆が国王なぞやっている国だ」

洗面所に携帯用の衛生品を取りに向かっていたマライヒが立ち止まる。

「マリネラか」

「どうもうちの連中、あの国の担当が私と勘違いしているらしい」
「…………まあ、なんだかんだ言っても仲が良いからね、バンとパタリロ」
「誰があのつぶれ甘食と!」

 激昂したバンコランが立ち上がるのをケラケラと笑いながら退散するマライヒ。
 フィガロは大人しいものだ、熱心にテレビにかじりついている。内容はILCプロジェクトについてのドキュメンタリーである。しかもかなり学術的な観点からの構成になっていた。

「マリネラか…………相変わらずいい気候なんだろうね」
「年中春だから変態ばかりなのだろう」
「出張は一週間だったね、その後は?」
「休暇だ…………着いて来る気か?」

 しばらくかんがえていたバンコランだったが、仕方ないとばかりに肩を竦める。

「しばらく忙しかったからな、王宮に近付かなければ良い保養地だろう」

 マライヒが微笑む。が、直ぐに顔を曇らせた。
「あ…………駄目だ。明後日フィガロの友達の誕生会に呼ばれているんだった」

「ならばその後合流すれば良かろう、どうせ一週間は仕事だ」
「そうだね」

 マリネラなら、服は薄手で良いだろうとクローゼットをもう一度開くマライヒ。そうしながらバンコランに尋ねる。

「けど、またパタリロが何かやったの?」

 バンコランの仕事は国の諜報に関わる。普通ならば家人に内容を明かすわけには行かないのだが、マライヒは彼の仕事上でのパートナーでもある。仕事内容の話はごく普通にこの家庭内で交わされていた。

「第5課(MI5)からの依頼だ。ある殺人事件の容疑者がマリネラに向かったという情報があってな、それを追う」

「殺人事件……?」

 奇妙な話だ。MI5は英国国内の治安維持が仕事だが、警察権は持たない。ただの殺人事件ならば通常スコットランドヤードの出番の筈だ。
 しかもバンコランの所属するMI6に依頼が回ってくるとはそれなりの大事件である。しかしそんな大事になる殺人事件など仕事柄耳聡いマライヒでも聞き覚えが無かった。

「当然普通の殺人事件ではないのだが……むしろ殺人など起きていないも同然なのだ」

 ますます奇妙な話だ。
 バンコランが読んだ資料を思い出しながら話を続けた。

「先月末、ウェールズのある小都市で十代の男女の自殺が相次いだ。一週間で15人、性別や出自、階層も特に共通点は無くその方法や場所もばらばら、唯一の共通点はその自殺前十日以内に有る人物との接触が有ったというだけだ」
「…………15人!」

 マライヒが目を見開く。しかしまだ疑問は解けない。
「それで、その人物が容疑者な訳?」

「薬物などの反応は検出されなかった。大体動機さえ分からん。
しかし問題はその自殺者の中にさる上院議員の娘の姉妹が居たという事だ。この上院議員はMI5テロ対策の熱心な支持者だ。
 そしてその男はIRAとの接触経歴がある」

「…………その男については?」
「地元名家の長男で歳は25、一年前までここロンドンに住んでいたが家を継ぐとの事で帰郷したらしい。IRAとの接触もロンドンでだ。最も、接触といってもIRAが運営していた麻薬取引業者と交流があったというだけだ、本人からは使用していた反応は無く所持もしていなかったので逮捕されたわけでは無い」
「バイヤーという訳でもなかったんだ」
「ああ、生理科学の研究員をやっていたらしく、たまに個人的な実験に使う合法の薬品の注文をしていたらしい」

「…………けど、良く分かったね。その男が自殺者に接触していたなんて」

 自殺などの変死の場合、その前の行動を追うことは当然だが、小都市とはいえ15人もの人間、その十日前までの接触した人間など調査には膨大な時間が掛かる。如何にMI5とはいえ先月からそう時間が経ったわけではない。

「地元の名家と言ったろう。それなりに有名人らしい。
百年ほど続く家系で郊外の山奥の屋敷に住んでいるらしい。閉鎖的だが金は有るらしく、地元では敬遠されつつも一定の支持はあるらしい」

 そこまで話し、バンコランは口を濁す。

「どうしたの?」

「…………地元のヤードも手を出しにくい家らしくてな。
下らん話だが、其処の住民には魔法使いの家系などと噂されている胡散臭い家らしい」

 マライヒも眉を顰めた。
「まさか、魔法で皆を操って自殺させた…………?」

 バンコランは皮肉な笑みでその言葉を断ち切った。

「魔法なぞ下らん。
…………しかしその所為で地元のヤード共が及び腰だそうだ。全く、その無能な連中のおかげで私の仕事が増える」

 バンコランの不機嫌の原因が分かったところで、マライヒは優しげな笑みを浮かべながら彼の隣に座り、頭をバンコランの大きな肩に寄り掛けた。

「いいじゃないか、そのお陰でぼくはバンとフィガロを連れて旅行に行ける」

その言葉に少し機嫌を直したバンコランだったが、次のマライヒの呟きに流麗な眉が顰められた。


「けど…………あのパタリロのところに魔法使いなんて現われたらまた変な事になりそうだ」




 マリネラは今日も快晴。

 空港に降り立ったのは長く美しい黒髪に滅多に見られない天然のアイシャドウ、全身から匂い立つ雰囲気は抜き身の拳銃の様な危険な香りの男。しかしその雰囲気は近頃少し和らいだと評判だ。

 その彫刻の様な完璧な容姿と危険な香りの中にも僅かに見え隠れする包容力の雰囲気も相まって道行く女性の殆どが彼を振り返る。

 しかし、彼はその女性達に見向きもしない。彼がたまに目で追うのは危険人物の可能性が有る対象と、見目麗しい少年達だけだった。

「…………なんだあの機内ビデオと放送は」

近頃就航したマリネラ航空便を使いマリネラに降り立ったバンコランは、機内で目に入ってしまったフィクション極まるビデオと相変わらず悪さをしているパタリロの行状に注意を促す放送に早速嫌気が差していた。

 仕事でも顔を見たくないあの顔面リケッチアである。
 とりあえず今回の仕事にあれは関係無い、王宮に一度顔を出しあの頭に一発拳を入れ、後は英国大使館を中心にあれの居場所には一切近付かず仕事を済ましてしまう算段をつけながら空港内を歩いていた。

 声を掛けられたのはそんな最中である。

「…………もしかして、バンコラン…………かい?」

 バンコランが振り向くと、其処には十代前半の育ちの良さそうな少年が立っていた。
 仕立ての良いシャツの胸元には十字架が光る。
 その愛嬌のある笑顔に、バンコランは見覚えがあった。

「やっぱりバンコランだ! うれしいなぁ、こんな異国の地で貴方にまた会えるなんて…………これも神の導きって奴かな?」

 そういって少年は戯けた様子で十字を切る。

 その様子にバンコランはこの少年と会った時の事を思い出していた。
 あれは数年前、イタリアに出張に行った際夕食をとりに行ったパブで一人本を読みながらも機嫌良さそうにしていたこの少年に声を掛けたのだ。
 彼は自己紹介でちょっとした偉い坊主の息子と名乗っていた。

 因みにバンコランは実際は兎も角、建前上プロテスタントである。
 そして少年も立場上敬虔なカソリックなのだが、バンコランの眼力を意識して使うまでも無く、こういう事に抵抗は無いらしくすぐに“仲良く”なった。

 幼いといって良い外見ながら、精神的には充分老成しているらしく、バンコランの相手には申し分なかった。
 イタリア出張中しっぽりと付き合い続けた仲ながら、バンコランの帰国の際別れる時もにこやかに送り出してくれたものだ。
 あっちの具合も実に良く、バンコランにとって“ちょっと”印象に残る相手の一人だった。


「ああ……久しぶりだなメレム。相変わらずお前は可愛い」




 所変わってマリネラ王宮。

「いい? もう一度言うわよ。
1ネマリラは100ラリネマ。
1ラリネマは100マリネラ。
1マリネラは100マラネリ。
1マラネリは100マネラリ。
…………わかった?」

「…………すまん、もう一度言ってくれ」

 凛が苛立たしげに頭を掻く。

「ああもう! 何でこんな簡単な事覚えられないの!」
「…………いいですかシロウ、お金は大切なのです。いくら日頃馴染みの無い通貨でも間違いは許されません。きっちりと覚えてください」
「全くだ、金勘定は人生で最も大切な技術だぞ、少年」

「えーと、1マリネラが100ラリネマ? 100マラネリが1ラマリネ? …………1ラマリネが100まななれ…………ぐあ! 噛んだ!」
「違―う!」

 生まれゆえに幼い時からその道に血道を開けてきた大家とその道の開祖、国家運営のベテランと三人揃った金勘定の達人達に囲まれて、正義の道を志す少年は今日も現実と戦っていた。


 王宮は彼以外平和である。








■■■■■■■■■■■■■■■■■



 朝6時に家を出たら夜8時まで帰れない生活、おうちに居る時間の方が少ない。
 昔友人が飲み会の席で「今月3回しか家に帰ってない…………」と言っていたのを「ざまあwwwwwwww」と笑った罰が今頃効いてきております。


 とりあえずパタリロ!のロンドン組登場。

 メレムさんの容姿ってどこか資料ないですかね? 個人的には金髪碧眼のいつも笑っている少年といった印象なのですが。永遠のピーターパンって…………www


 ちなみにバンコランの眼力はfate勢の誰でも抵抗できません。何せあの魔界の実力者が怯むくらいですから。
 性別が男性ならギルやんでも宝石翁でも問答無用、ヘラクレスでも無理でしょう。最後の真祖が女性なのを神に感謝。

 あと、士郎くんは個人的にガテン系ブルーカラー主人公と考えてますのでバンコランの食指は動かないでしょう。むしろ出てきませんが遠野家のご長男はやばい、後ろがやばい。


 前回までの補足ですが、士郎くんの給料はちゃんと出てます。パタリロは無駄を嫌いますが必要な金は出します。タマネギが管理している人事で見習いが一人増えてその給料を出す事なら、実際仕事しているなら五月蠅くは言わないでしょう。タマネギが何人居て誰が居るのかまでは把握していない様ですし。


 以上、また次回。









[11386] 常春の国より愛を込めて 第九話
Name: へいすけ◆ad21b800 ID:26520f52
Date: 2009/09/13 15:32




   常春の国より愛を込めて  





第九話:アフラックの奴よりジャックの方が絶対可愛い



  常春の国

        マリネラ


 凛は紅茶を片手に満足気だった。
 流した噂は順調に広まっているらしく、予想したよりも多くの魔術師が参加する気配だ。
 宝石も、流石はマリネラの誇る宝物庫と宝石だった。かなりの数の魔術師に魅力的な品が揃っていた。それ以外にもやたら強力な魔力のこもった品が多かった気がするが、長い歴史の王国である。ほかの王宮など凛の知る由もない、そんなものだろうと思っていた。


 ふと、廊下の方を見ると、タマネギの一人が客人だろうか見慣れぬ二人を連れ立って歩いていた。

「いやー、あんな所で少佐に会えるなんて!」
「いいから早くしろ」
「…………いいのかい? ぼくも着いてきて」

「構いませんよー、少佐のお連れさんなら。この王宮は見学も出来るんです、後でいかがですか?」
「いいから早くしろ。あのサナダムシの足の裏にひとこと言ったら直ぐ帰る」
「その後は…………お楽しみですか?」
「黙れ」
「あはは、お兄さんも格好良いけどぼくはバンコランに着いて行こう」

 妙齢の男に凛は思わず見惚れた。長い黒髪が陽光に煌き鈍い光を放つ、端正な横顔は今まで彼女が見てきた男性の中でも屈指の凛々しさを湛えていた。

 「うわ…………!」

 その男に連れであろう少年が話しかける。

「真坂、王宮に案内されるとは思わなかったよ、ぼくの家もそれなりだけどここは立派なものだねぇ」
「親玉は貧相な肥満体だがな」

 その少年に視線を移した凛は、先程とは別の意味で固まった。
 隠されていても分かる、その膨大な魔力に。

 その視線に気付いたのか、少年がこちらを向く。

「おや失礼、気付かず通り過ぎるところだった。お姉さん、こんにちは」

 少年も負けず劣らず、大層な美しさだった。先程の男ととは少し違う青みがかった肩までの黒髪、その瞳の色にアメジストを連想した。しかし凛は容姿に見惚れるどころではない。その漏れ出す膨大な魔力に圧倒されかけていた。

「ああ、遠坂さん。こちらでしたか」

 実にのんびりとした感じでタマネギが凛の座る席に近付く。
 仕方無しと言った感じで二人もそれに続く。思わず凛は『来るな!』と叫びたいのを堪えた。

「少佐、紹介します。こちらは仕事の関係で王宮に滞在中の遠坂凛さん、宝石に詳しいロンドンの学生さんです」

「遠坂さん、こちらは殿下の友人のバンコラン少佐とお連れのメレムくんです」

 礼儀上、凛は二人に目を向ける。
 男性の方が、些か不機嫌なれど口を開いた。

「…………英国陸軍少佐のバンコランだ。言っておくがあれとは友人でも何でも無い」

 少年の方も口を開く。

「ぼくの事はメレムで良いよ。バンコランの…………友達かな? 偶然空港で再会しただけなんだけどね」

 少年はそう笑いかけながらも、その紫水晶の様な瞳の奥から凛に伝えているものがあった。

 凛は何とかその視線から、友好的な雰囲気と抑えた敵意を読み取った。つまり、敵対する気は無いが向かって来るなら容赦はしないというメッセージだった。

 何とか声を絞り出す。相変わらず不意打ちに弱い自分を呪う。

「…………ええと、ロンドンで宝飾を勉強しています遠坂凛と申します。
 パタリロ殿下の御友人でしたか、お呼び止めした形になって申し訳ありません。お急ぎでしたのでしょう?」

 お邪魔は致しませんわ、と言外に匂わせながら軽く頭を下げる。

 それに少年は満足したようだ。男の方を急かす様に翻った。

「それじゃ、行こうかバンコラン。この国の国王陛下にも会えるんだろう?」
「出来れば会いたくないのだが」

 タマネギがにこやかに答える。
「急がなくても大丈夫ですよ。先程連絡は入れましたから、もう殿下の耳には入っている筈です」


 その時、部屋に一陣の風が吹く。何所からとも無く薔薇の花びらが舞った。


「バン、何してるの」


 その声に、バンコランが一瞬固まるが、直ぐに声の方向を向く。

 その視線の先、柱の影から一人の少年が顔を出す。
 腰まである亜麻色の巻き毛、フリルの付いた絹のシャツに黒い細身のズボン。その雰囲気は例えるなら………… …………


    えーと、奇麗な包み紙の豚マン? (ただし3日前)


「嗚呼、バンコラン。君は又、僕という者が在りながら…………」

 悲しげに身をくねらす豚マン。

「忘れてしまったの? バン、僕達のあの熱い夜を。君は又其の少年に同じ事をするんだろうね。
思い出すよ、君との情夜。君の掌は僕の身体を、余す所無く触れて呉れたね。まるで其れは天使の羽根の様に優しく、竜の息吹の様に激しく…………」

 うっとりとした表情でくるくると舞う豚マン。

「解っているさ、君は僕だけじゃ満足出来無いイカロスの羽。
…………けど、もう一度だけ。もう一度だけで良い、僕に偽りの愛を囁いて呉れないか。
其れで僕は満足する。其の想い出だけで僕は生きて往ける」

 くどい様だが豚マンである。    きめぇ

「嗚呼…………バンコラーン!」
「死ね」


 感極まったように飛び掛る豚マンの顔面に、バンコランの拳が文字通りめり込んだ。
 何だか顔がひび割れている様にも見える。


「貴様という奴はー!」
「ぎゃーす!」

 十歳の少年をぼてくりこかす陸軍少佐。

 凛がおそるおそる其の様子を一緒に眺めているタマネギに尋ねる。
「えーと、何もしなくて良いの?」
「? 熱湯でも持ってきましょうか?」

 どうやら凛にとってこの風景は初見の様だ。

 ちなみにメレムは未だ固まっている。如何に裏の世界の重鎮とはいえこの国の雰囲気に呑まれないのは難しい。
 それでも、さる二十七席に其の名を配する存在。何とか持ち直し口を開く。

「ええーと、あれは?」

「この国の王様」
「殿下です」


 またしばし呆然と惨劇を見つめたあと、かろうじてこう言った。

「…………Wao」




しばらく経ち、バンコランが手袋に付いた埃を軽く払っていると、新たな人影がぞろぞろと現れた。

「パタリロ殿下! 何か連絡を受けたと思えば準備があると言いながら雲隠れして! こんな所で何を遊んでいるのですか!」

 立腹した様子で手に書類を持ち、襤褸雑巾の様になったパタリロに詰め寄るセイバー。
 そのまま書類を突きつける。

「この命令書はなんですか! こんな予算でこれだけの仕事、出来る筈が無いでしょう!
貴方の部下が優秀な事は認めます、しかしこれでは無謀にも程がある! 優秀な部下ほど大事に使うべきなのです、其れを使い潰す気ですか!? 国は人無くしては立ち往かない! それを…………聞いていますか!?」

 がくがくと雑巾を揺する。

「それにこちらの食事の事です! 相手はこの国を訪れる客人なのですよ!? これではこの国の格が疑われる。
良いですか! 確かに節制は大事な事です! しかし! 其れも行き過ぎると害悪になる事を知りなさい! 国は侮られてはなりません、それは即ち国の危機に繋がる。
国は人! 人は食事が大切! 食を軽んずるは国を軽んずる事! 貴方は量だけで無くもっと質にこだわった食事を学ぶべきです!」

 セイバーさんも良い感じにこの国に染まったようです。

「セイバー、この書類はどうするんだ?」
「そこの机の上に置いて下さい。凛、そこを少し空けてくれませんか?」

「…………ハイ」

 よいしょ、と。手の書類を卓の上におろす士郎。

 セイバーに付いて来たタマネギたちの何人かが感極まった様子でハンカチ濡らしている。

「素晴らしい……! 殿下にあそこまで言える人材が来てくれたとは…………!」
「…………頓挫していた家庭教師の職を復活させようか…………」
「セイバーさん…………女じゃなければ惚れていました!」

 最後の奴は既に手遅れです。

士郎が今初めて気が付いたようだ。
「あれ? さっき言っていたお客さんか?」

 バンコランがその声に振り向いた。
「君は?」
「ああ、そこの遠坂の連れでこの王宮で働いている衛宮士郎です。あなたは?」

「ちょっと士郎! 失礼でしょう、敬語使いなさいよ!」

「構わん、君くらいの年齢なら其れも良かろう。
英国陸軍少佐のジャック・バンコランだ。宜しく頼む」

 そう言ってバンコランが右手を差し出す。

 握手をしながら、バンコランが更に尋ねる。
「君は……、タマネギか?」
「いえ、制服を借りているだけで、遠坂のついでに雇われているバイトみたいなものです」
「そうか」

 シロウの姿は服装だけ例の黄色い軍服で、顔は特にメイクしている訳ではない。
 例の特殊メイクは正式なタマネギ隊員でないと使用できない事もあるが、何よりそのメイクをした士郎を想像して凛が笑い転げたという顛末もあり、士郎自身もさらさらそんなつもりは無かった。


「ここには何の用事で?」

「ああ…………あれにひとこと言うだけだったのだが」

 そういって未だ懇々とセイバーの説教を受けている潰れ肉マン。既に六割方回復しているが、回復速度が遅いのは耳元の説教が原因だろう。

 バンコランがセイバーの方を見て、少し怪訝な顔をしたが、すぐに戻った。

 視線に気付いた様に、セイバーが顔を上げる。
 そのまま立ち上がり、バンコランの方を向いて挨拶をした。
「御見苦しい所を見せてしまいました。 しばらくこの王宮で録を得ておりますアルトリア・セイバーと申します」
「バンコランだ。そこの潰れた三葉虫に用がある」

そのまま、セイバーを暫くじっと見つめた。
なぜか少々ぎこちなくセイバーが場所を譲る

「ど…………どうぞ」


 そのままパタリロに近付き、ただ用件だけを話す。

「しばらくマリネラに滞在する、私の邪魔はするな。
…………以上だ、挨拶は済んだ、帰るぞ」

「…………そ、それの何処が挨拶だ…………」

 息も絶え絶えながら突っ込みは忘れないパタリロ。


「メレム、用件は済んだ、行こう。…………ここにこれ以上居ると水虫が移る」

「…………あ、もう良いのかい?」

 なぜかセイバーの方をじっと見ていたメレムが、少し驚いたようにバンコランの所に走る。
 バンコランが笑いながらその手を取った。

「もう一箇所寄る所は有るが、その後は時間が開く。明後日までは一緒に居られるだろう」
「そうか、僕も暫くは此方に居るつもりだからうれしいよ」
「何せ久しぶりだ、ゆっくりと話そうじゃないか」

 笑いながら部屋を出て行こうとするバンコランに、また声が掛かった。


「バン、何してるの」


「…………パタリロ! いい加減に…………」









■■■■■■■■■■■■■■■■■



 愛する人の名前だからって、アヒルにジャックって名付けたんだったよな、確か。


 久しぶりに美少年の美学を追及する殿下。
漢字一杯使っておけば耽美だって殿下が言ってた。

 少佐に見惚れる凛ちゃん。ジャック氏の美貌はサーヴァント並という自己解釈。
 しかし凛ちゃんに比べたらまだ筆者(ええ歳したおっさん)の方が分が有るというしょっぱい話。

 まあ、彼女は士郎くん一筋ですけどね! そのルートだし。

 前回も書いたとおり、士郎くんはバンコランの好みからは少し離れています。それでも、男女でこれくらいの扱いが違っているのが少佐くおりてぃ。


 あと、メレムの情報、皆様有難う御座いました。私とした事がぐーぐる先生に御伺いするのを忘れていたとは…………。やっぱり夜中のテンションって何か変です。






[11386] 常春の国より愛を込めて 第十話
Name: へいすけ◆ad21b800 ID:26520f52
Date: 2009/09/14 19:34




   常春の国より愛を込めて  





第十話:死海ブ少年クラブから勧誘を受けた過去がある



 「パタリロ! いい加減に…………」

 そこまでだった。バンコランは背筋に氷柱の突き刺さるのを幻視した。



 其処に、修羅が、居た。



 ゆらりとバンコランに近付く、それ。

それが口を開いた。耳まで裂けた様な亀裂の隙間に、地獄の炎の様な赤が覗いた。
 そこから、辺土界(リンボ)の底から響いてくる様な声が洩れた。


「あのね、フィガロのお友達が熱を出したらしいんだ。それでもしかしてインフルエンザかもしれないからって、誕生会は中止、お見舞いも出来ない。けっきょく時間が空いちゃったから、もうマリネラに行っても良いかなって、考えたんだけど…………」

「お…………落ち着け、マライヒ。彼はイタリアのさるお偉いさんの息子でな、たまたま空港でお会いして、邪険にする訳にも行かず…………な?」


「だけどね、飛行機の便は明後日でしょう? どうしようかと思ったけど、駄目元で大使館に電話してみたんだ、早い便の空きでもないかなって」

「ああ! それは良い案だなマライヒ、ここの奴らには日頃迷惑を掛けられている。たまにはこき使うくらいでちょうど良い…………」


「聞いたらね、ちょうど転送装置が動いているって言うじゃないか。今から行ったら貴方が王宮に居る間に着くかもって思って、使わせてもらったんだ。すこし、びっくりさせてみようと思ったんだけど…………」

「大使館のタマネギ共が…………余計な事を…………!」


「…………バン?」

「いやいやいや、これはだな…………!」


「そうしたら、貴方は何をやっていたの? 仕事というのももしかして嘘? そこの彼と一緒に休暇を楽しむつもり? 『明後日まで空いている』って、どういう意味? 僕は邪魔…………?」

「いやっ! あのっ! だな!」

 その両手で構えた椅子は防御になりません、OO(ダブルオー)要員の凄腕諜報員殿。



「相変わらずだなー、少佐は」

 状況を理解した瞬間すかさず抜き取ったフィガロを腕に抱いたまま、ここまでマライヒを案内してきたタマネギが呟く。

「ねえ、フィガロ坊や。
…………今回は暫くマリネラで過ごす予定なんだろう? うちのアリランに久しぶりに会ってくれるかい?」

あぶー!

 フィガロが腕の中で、会いたいのは山々だが両親があの調子だとこのままロンドンにとんぼ返りも有り得るので期待に添えるかどうか解らない、といったニュアンスで答えた。

「そうかー、まあ仕方ないね」

 このニュアンスが理解できるのは両親を除き、今のところこの育児のスペシャリスト9号と言語の天才パタリロだけである。

 同時に、ここまでバンコランたちを案内してきたタマネギに話しかける人物が居た。

「はい?」
「うん、どうやら僕はお邪魔みたいだからここで失礼するよ。バンコランには宜しく言っといて、また会う事もあるだろうって」

 まるで大蛇の口に胃薬持参で飛び込む様な言伝、渡して欲しくなかった…………。
 そうタマネギが絶望している隙に、メレムは悠々と退散して行った。

それを見ていた他のタマネギたち。
「何と言う鮮やかな退場……!」
「見事な避難の技……!」
「あの少年、只者ではない!」

 現在の状況に近い事態を何度も、何様の立場で経験して来たタマネギ達は、彼の手腕を高く評価した。

 何だかんだ言って、メレムさんバンコランより年上だしね!



 とうとう亜麻色の怒髪天が地獄の釜を開く。

「この…………!」

 その瞬間、凛は見た。

「浮気者―!」


 バリッ!


 バンコランの顔に“全く同時に”十字の鉤裂きが出来るのを。

 その後は先程とは逆に暴行を受けるバンコランが、凛の目に映っていた。

 その凄惨な後継を目にしながら、凛の一部が考える。

うわ、非道い。あんなえげつない攻撃良く出来るわね。うわ、また入った。

 別の一部が考えている。

えーと、こんな状況何て言うんだっけ? 弱肉強食? 食物連鎖?

 また別の一部。

落ち着きなさい遠坂凛……! 遠坂は常に冷静に……KOOLになるのよ! びー、KOOL!  …………あれ? COOLだっけ?

 アトラス院の賢者もびっくりの分割思考である。
 ただ混乱しているだけと言う事も出来る。

 少し持ち直した思考が動く。

何を見たんだっけ? 全く同時に顔を鉤裂きにする瞬間、確かに同時だった。
どこかで見た感じね……聖杯戦争の時かしら。

そうよ! アサシンのサーヴァントが使った剣筋…………ってそれ多重世界屈折現象じゃないの!

なに? あのひと魔法使い? サーヴァント?


 震える指で大惨事の現場を指差しながら、凛は声を絞り出す。
「あの…………」

 殆ど声にならなかったが、タマネギの一人が反応してくれた。

「はい? …………ああ、女性にはキツイですよねこの風景。すぐ向こうに案内しますね」

「…………いえ、そうじゃなくて。あの、さいしょの『バリッ!』ってやつ…………」

「ああ、あれですか。凄いですよね、マライヒさんの得意技です。
なんでもあまりに少佐の浮気が多いもんでいつの間にかできる様になっていたらしいですよ」


 …………あのサーヴァントも、数えるのを忘れるくらい剣を振るううちにいつの間にか出来ていたと、言っていた。

 何か、第二魔法って頑張ればそのうちできるってか…………!?


 考えている内にその第二魔法の使い手“宝石翁”の、資料から読み取ったり人づてに聞いた話などから思い描いている人物像が、

『何事も根性で何とか成るわい!』

 と、豪快に笑い飛ばす姿を否定できない事に凛は未だかつて無い戦慄を覚えた。


「何回浮気したんですか、あの人」
「さあ……? 多分パタリロ海水浴場の砂粒より多いんじゃないんですかねぇ!」

 はっはっは、上手いこと言った。とお気楽に笑うタマネギにそこはかとなく殺意を覚えながら凛は愛想笑いで答えた。




「いや、やっと戻った」
 パタリロが復活である。いつの間にか説教が止んでいる事が幸いした。

「あー、マライヒ。いまさらコイツに何を言っても浮気が止まる訳ではなかろう、魚に泳ぐなといっている様なものだ。
もっと、建設的な話をしよう」

 水爆の爆心地に原爆抱えて飛び込む様なパタリロの仲裁である。

シャー! フーッ!

 既に言語を地獄の底に置いてきたマライヒ。

「実は今度マリネラで特別会員制の宝石オークションを開催するのだ。そこに居る遠坂嬢はそのアドバイザーとして滞在してもらっているのだ。

どうかな? 会員制なので大っぴらには参加できないが、お前が望むならバンコランの為に一席用意しよう」

「…………宝石?」

 還ってきたマライヒの理性。欲とも言う。

「うむ、何せ特別会員制だ。出て来る品のグレードは保障しよう。
友人の好だ、オークションで競り落としても手数料くらいは負けてやる。さらに月賦の相談にも乗るぞ。
どうだ? この前コートを買ってもらったというじゃないか、それに似合う石の一つも身に付ければ気も晴れるというものだ。
もっとも………… …………」

 パタリロの変なブロックサインがバンコランに飛ぶ。
 バンコランもその変なブロックサインで答える。

「バンコランの奴がどう言うかだが…………?」

 立ち上がったバンコランが、がたがたの身体に鞭打って答える。
「問題ない。元々仕事のついでにその事を頼もうと思っていたのだ。うちの課の耳聡い奴がそのオークションの噂を聞いてな、こちらに皆で来ることが決まった時、プレゼントに思いついたのだ」

「…………バン……本当?」

「ああ勿論だ。元々驚かそうと秘密にしておいたのだが……」
「連絡を受けた時、マライヒに秘密の相談事があるというのでな。
まあ、こうなっては仕方あるまい。少し早いがサプライズだ」

「バン…………!」

 感極まったマライヒがバンコランに飛びつく。


 一件落着である。


マライヒさん本当に単純だが、まあ、世の中にはこんな言葉がある。




 恋は盲目







■■■■■■■■■■■■■■■■■



 凛ちゃん魔法の目撃者になるの巻


 …………正直、あのアサ助の燕返しって、このネタが元じゃないかなんて妄想しているのですがそこら辺どうですか! 某きのこさん!

 見ている訳がねぇ


 そしてfate勢も実力の片鱗を見せたキャラクタが! …………嫌な実力だなヲイ。

 まあ、人生長いのは無駄じゃないって事で。


 感想でご指摘が有りましたが、前半パタリロ組パートなのはとりあえず予定通りなのでス。

 しかしご覧の通り、今回のバンコラン・マライヒ達のエピソードは1~2話位で纏める予定が未だ終わらず。
 だって書いていると皆様止まらないんだもの! キャラクタ強烈過ぎ。覚悟はしていましたが、パタリロ勢の劇薬の様なキャラクタとわたしの溢れるパタ愛が! ああ! 窓に! 窓に! 

 無論Fateも大好きですよ? UBWで泣きましたよ? ええ歳して! そうじゃなければこんなクロス書こうとしません。しかし凛ちゃんを始めFate勢は未だ得意の魔術一つ放っておりませんので影が薄くなるのは必定、後半の活躍を刮目して待て!


 パタ勢に負けない様、私が頑張ります。


 というか少し書き溜め有るのですが、もうしばらくはこんな調子です。ゴメンナサイ。







[11386] 常春の国より愛を込めて 第十一話
Name: へいすけ◆ad21b800 ID:26520f52
Date: 2009/09/16 20:17




   常春の国より愛を込めて  





第十一話:顔面入替器持っていたらジャニーズの誰かに使う



 気を取り直したマライヒが、今初めて気付いたのか凛と士郎を見て苦笑いを浮かべた。

「変なところ見られちゃったな…………特に女の子に見せるものじゃなかったね。
ぼくはマライヒ。彼、バンコランのパートナーだ」

 そう言ってにこやかに手を凛の前に差し出す。
 殆ど機械的に凛はその手を握った。

「ええと……トオサカ・リンさんだっけ? とても奇麗な髪だね、日本人かな?」

 そう言うマライヒの髪も負けず劣らず美しい。整った顔立ちに長い睫毛、線の細い身体ながらスタイルはシャープな印象で纏まっている。

 言うまでも無く男性の様だが、あまりの可憐さに、凛の女の部分が胸中で『負けたかも……』と膝をついた。

「ええ、日本人です。今はロンドンで学生をしています遠坂凛と申します」
「へぇ! 君もロンドンなんだ!? 僕たちも住んでいるんだよ。何処だい?」

 暫しロンドンの地理で話が弾んだ後、ゆっくりと手が離れた。
 話の間ずっと、手を握られていた事になる。不快にならない様な力で、安心できるように。しかも彼の掌は武道をやっている様にも拘らず、とても柔らかかった。

 なにこの天然ホスト…………!

 ちょっとドキドキの凛ちゃん。


「こちらは新入りさんかな?」

 マライヒが士郎の方を見る。

「いえ! 俺は…………」
 気のせいか少しシロウの頬は赤い。
 何となく気に入らなくて凛が口を挟む。
「彼は私の学友で、衛宮士郎。こちらには私の仕事の助手として来て頂いています」

「へえ、じゃあその服は…………」
「はい、貸してもらっているだけです。仕事で汚れるけど、あまりみっともない格好で王宮を歩く訳にも行かないんで」

「なるほど、それで二人は恋人同士って訳かい?」

「え」
「ええ? いやそれは…………」

『何言い澱んでんのよ!』と心の中で悪態をつきつつも、凛の顔も赤面していくのが自分で分かった。

「ああ…………赤髪の彼に、赤い服の彼女、とてもお似合いだよ」

 そう言って彼は実に華やかに笑った。




「じゃあ、行こうかバン」

「ああ、じゃあなパタリロ。例の件宜しく頼む」

「おう、任された。またな親友」
「…………またな親友」

 そう言って右手にフィガロを抱き、左腕にマライヒを絡め、バンコランは部屋を後にした。


「あの子は?」

 士郎が二人を見送りながら尋ねる。

「ああ、フィガロ坊やですか。御二人の御子さんです」
「そうか…………」

 まあ、英国にはパートナーシップ法もあるし、養子なんだろうと心の中で決着をつける。

「…………ああ、大師父。兎跳びは効果がないと今はやっていません…………!」

 凛の方は何かを改めて思い出したらしく、自分の世界に入りかけている。


 そこで士郎がふと思い出した。

「あれ!? セイバーは?」


部屋の中を見回すと、バンコランに道を譲った所の位置から一歩も動かずに、ぼうっと立ちっぱなしのセイバーを見つけた。

「セイバー?」

士郎が近付いて肩に手を掛けると、我に返ったようだ。

「はっ!?」

 そのままきょろきょろと辺りを見回す。

「あの方は!?」
「あの方?」

「バンコラン少佐殿です!」

 訝しげに士郎が答える。
「…………今さっき、帰って行ったぞ」

 辺りを見回していたセイバーが、その言葉に肩を落とす。

「ま、まさかセイバー…………あなた」

 セイバーの声に帰ってきていた凛が、おそるおそるといった具合に言葉を続けようとする。
 それを慌てて否定するセイバー。

「なっ! 何を言うのですかリン! 違います! 私はただ、あの方を騎士としてですね…………!

…………そう! 現代の軍人といえば騎士も同然! あの方の凛々しい態度にですね!
 好意を感じたというか…………いいえ! ただ好ましいと! 騎士として!」


「「………… …………」」
 状況を理解するのに暫しの時間が必要だった。

 そして、遠慮無しに理解した結果を披露する。


「「どぅおいぇぇぇぇぇぇぇぇぇええええええええええええええ!!!???」」


 セイバーの顔がだんだん赤くなってきた。心なしか瞳も潤んでいる様だ。

「ふ、ふふ二人とも何を考えているのですか!? 訂正しなさい!
 わわわ私は、ただ、あの御方の態度に立派な騎士像を見たというか! あの御方から感じる強さに惚れたというか……! ほ!? ほれ、ほれほれほれ…………!?」

 セイバーの手がわたわたと動く。多分、早鐘の様に鳴っているであろう彼女の持つ竜の心臓が魔力を暴走させ始める。

「いや、男同士の恋愛なぞ特に珍しいものでは…………正直、非生産的ですが! 

 …………珍しくない…………良いのか? いやいや! それ以前に私は女………… …………女? 問題無い?」


「ま、魔力をどうにかしてくれ! セイバー!」
「…………あ、もう駄目」
「凛―!!」


 わやくちゃの状況に、やっとセイバーが立ち直った。
「ええい! 兎も角! こんなものは一時の気の迷いです! 

確かに彼は好ましい、しかし! ただそれだけ! 私には忠誠を誓うリンとシロウが居ます!

 …………確かに彼は…………立派ですが……うん、立派です…………」
 かに、見えた。



 何とか体勢を立て直した三人だったが、周りを見回すと、また別の大混乱だった。




「確かに…………! 少佐は格好良い…………! 

しかしッ…………! 

無駄ッ…………! 
無理ッ…………! 
それは無謀ッ…………!」


「それはッ…………茨の道ッ…………! 

我らさえ…………無謀だというのにッ…………!!」


「ましてッ…………! 女性の身ッ…………! 

 有り得ないッ…………それは無いッ…………!!」


 タマネギの皆が、膝を付き、床にへたり込んで、ぼろぼろと青褪めながら涙を流していた。

 心なしか、空間さえグニャリと歪んでいる様な雰囲気だった。




 解説してしまえば、セイバーの男の子の部分がバンコランの眼力に反応してしまったという事だ。
 女性とはいえ、それを隠して何年も男性として振舞った結果、彼女の思考は男性的な部分が存在する。
そして、彼の眼力は男性ならば殆ど問答無用。女性に対してでも本人の興味が無い事から発揮されにくいが、その効果は絶大である。

更に言えば、バンコランの持つ美少年好きのセンサーがセイバーの男の子の心に反応してしまった結果、いつもより熱心に女性を見詰める結果になってしまった事も原因の一つであろう。

 しかし、ご存知の通りセイバーは女性である。そしてバンコランもそう認識した。

 結果は当然予測出来る。

 次に会う時までどころか、もうこの瞬間彼の頭の中にセイバーと凛の記憶は無い。
 精々、士郎ならば次に会った時思い出せる程度である。


 余談ではあるが、もしバンコランが彼女の正体を知り、更に万が一それを信じてしまった時、何が起きるか。
 バンコランとて元は英国に育つ天真爛漫な少年だった。その彼が英国の誇る英雄である男の中の男、全ての少年の憧れの存在である、騎士王アーサーが女性だったなどと知ってしまったら…………。

 多分三日はショックで寝込む。

 彼女の正体を未だ知らぬパタリロ、彼はその結果を充分に予測出来るだろう。
 更にそんな事を露ほども考え付かない立場に居る当人バンコラン。

 神の導きか、悪魔の仕業か。兎も角この状況が続く事を、現代英国の平和の為に筆者は願ってならない。



 パタリロが部屋の中の状況を他人事のように眺めながら、笑った。

「まったくあいつは、来るたびに何かしら騒ぎを起こす。実に迷惑な奴だ」




「お前がッ…………! お前がッ…………!

 それをッ…………言うのかッ…………!!

 よりにもよって…………お前がッ…………!」

 以上、マリネラ社会の底辺の魂の叫びですた。







 数日後の夜半、マリネラ空港に一人の女性が降り立った。

「今回の情報にはトオサカに遅れを取りましたが…………。流石は貧乏性ですわね。
宝石商では表で屈指の国マリネラ。品揃えのお手並み拝見といった所でしょうか」

 そう一人呟き。予約していたホテルに向かう女性。
 手入れの行き届いた長い巻き毛の金髪が颯爽となびく。身につけたドレスも仕立ては一流。裕福な者が多いここマリネラでも、彼女自身の美貌と趣味の良い宝飾も相まって振り返る者は少なくない。

 迎えの車はすぐに見つかった。
 運転手がこちらを見つけ、深々と頭を下げる。

「エーデルフェルト様で御座いますね。ようこそマリネラへ、我々一同、心より歓迎致します」

 始めて来る田舎だが、ホテルの質はそう悪くないとルヴィアは感じた。



その次の便だろうか、夜の涼しげな闇の中に現れたのは壮年の男だった。
 美丈夫と言って良い。しかし同時に隠しきれぬ威圧感というか、何か匂い立つ危険性を感じる人物である。

 その男に何処からとも無く近付く影が二つ三つ。その影は彼の前に来ると丁寧過ぎる程の拝礼を行った。
「我が主、宿の準備は整っております」

 壮年の男は鷹揚に頷く。

「ご案内致します、こちらに」

歩き出す一行。影の一人が男に近付く。

「マスター。明日明後日のご予定は決まっていないとの事でしたが」

「おお、そうだった…………一つ、メッセージを届けてくれ」

「はい、どちらに?」

「この国の王に会おう。いや、機内で思い出したのだ。笑いを我慢するのに苦労した」

 思い出したのか、くつくつと笑い出す。

「国際発明家団体連絡協議会で昨年お会いしたヴァンデルシュタームがお会いしたい、と。
 互いに忙しい身であるから、都合の良い時間を教えて欲しい。そちらの都合にお邪魔する、とな…………」



 またまたその後。

「まーったく! あのちび冠! 何が“掘り出し物を見に行かなければならない”ですか!
 迎えに行ってくれと泣き付かれた方の身にもなってください!」

 カソックを来た女性が何やら大荷物を持ち苛立たしげに歩く。

「…………カレーが食べたい気分ですね」
『それは何時でもじゃないですか~』

 彼女の周りに、何処からとも無く突っ込みが聞こえた。

 そのまま彼女は手近な店に入る。深夜にも近い時間と言うのにその店はまだ開いていた。

「ボンカレー! 日本のボンカレーです、分かります? それが食べたい気分なのです、今すぐ持ってきなさい!」
『何ですかその無茶振り! ここを何処だと思っているんですか!? 関係の無い人に八つ当たりしないでください!!』

「ドウゾ、ヒトツ168YENデス」


「なん……だと……」
『なん……だと……』










■■■■■■■■■■■■■■■■■



 終わった…………。やっと予定していたパタ組編が終わった…………!

 えー、セイバーさんマジ自重………… …………自重が必要なのはわたしですね、わかります。


 セイバーファンの方申し訳次第も御座いません。

 おっかしいなぁ……、最初のプロットでは凛せんせえと殿下がはっちゃけまくるのを、残りの二人が目を回しながら突っ込みまくる予定だったなんて、誰も信じてくれないだろうなぁ…………。(かろうじて第一話に名残が)

 多分、英霊クラスの化け物でもない限り、この国では目立てないんだろうな。


 という訳で、fate組新たなる参戦。

 被害者一名と化け物一名、最後の方は出落ち担当なんで気にしないで下さい。







[11386] 常春の国より愛を込めて 第十二話
Name: へいすけ◆ad21b800 ID:26520f52
Date: 2009/09/17 21:05




   常春の国より愛を込めて  





第十二話: 今日は正露丸のせコーラかけご飯を食べた



 その部屋は、薄暗い闇に包まれていた。

 マリネラは今日もその『常春の国』の名に相応しいやわらかな日差しが暖かい小春日和だったが、日が落ちてからは少しばかり雲が張り、雨の一つも降ろうかという星の見えない夜となっていた。

 墓場鳥(ナイチンゲール)の美しい啼き声が夜の帳を飾る。

 もし誰かがこの部屋に入ったならば、人影は多く見かけられるにも拘らず、何故か外よりも二、三度気温が下がったかのように感じ、違和感を覚えるだろう。

 何か、寒い。いいや、冷たい雰囲気が、何人もの人間が集まっているこの部屋の中に充満していた。

「おや、貴様は…………」
「…………お初にお目にかかります、ここでは……ペリドットの、黒とお呼び下さい」
「……フン、では私も、黄のラピスラズリだ」

「………… …………」
「………… …………」


 ここはマリネラ王宮の一角、ある会員制のイベントに集められた客人の為に用意された一室である。欧州は英国式の贅を尽くした装飾が飾られる部屋の中、仏風を中心に洋食で並べられた料理の数々、飲み物もワインを始めとして質の良いものばかりが揃えられていた。
 奇妙なのは部屋の空気に華を添える筈の楽団などはおろか、給仕の姿も見えない事だろうか。客人自らが部屋の隅に有る埃が入らないよう覆いの付いたギャレーから皿やグラスを取り、同じく隅に並べられたクーラーから取り出した飲み物を手酌で注いでいた。

「この国は…………初めてですが、主催者は良く分かっている様ですな」
「全く、表の世界の連中も少しは気の利く者も居る様で」


 この部屋に居る人間は一人や二人ではない、会話する人間が居ない訳ではない。
 しかし談笑する人物はちらほら、壁際の席から動かない者、歩き回りながらも誰とも会話を交わさない者、そんな人間が殆どを占めている。数人は部屋に入るなり壁際に立ち飲み物にさえ一切手を付けていない。
 窓は硝子が閉じられ月明かりさえ碌に無い、華を添える楽団も不在、そこに居る人数を考えれば気色が悪いほどの静けさに包まれた異様な立食会場だった。




「魔術師って奴らは何でこんなに陰気なんだか……」
「やっぱり、部屋に籠もって魔術なんて変なもの扱ってるとこうなるんですかねぇ…………」

 会場から少し離れた運営者控え室。ひっそりと仕掛けられた会場の監視カメラの映像を眺めながら、警備担当のタマネギたちが呟く。
 呟いた二人はそこで初めて気付いたのか、慌てて後ろを振り向き弁解した。

「いやっ、遠坂さんたちは違いますよ!」
「ただ、ああいうのも居るのかって……!」

 視線の先には、主催者であるパタリロと凛が居た。

「気にしなくて良いわよー。時計塔なんて場所によっちゃあ、そんな物の比じゃないわ」
「なに、金さえ払ってくれれば根暗だろうが変態だろうがお客様だ」

 二人は満面の笑みで積み上げられた紙幣を数えていた。
 実のところ特に招待状さえ無いイベントである、これ幸いと少しばかり多めに吹っ掛けた参加料。それを払わずに帰った人間はほんの数人、残りは平然と支払った。
 参加人数も上々、設えた会場費などとっくにペイしていた。

「ああ…………魔術師やってて良かった……!」
「ああ…………宝石屋やってて良かった……!」

「「我が人生に悔いなし!」」

 なんともコストパフォーマンスに優れた人生である。



 しばらく金勘定して満足したのか、凛が席を立つ。

「さて、私も少し顔を出してくるわ。本番だけ居ても変に思う奴も居るでしょうし」
「分かりました、参加者に配ったカードはそちらです」

 凛は示された卓上のカードを取る。表にはラテン語の文字と抽象化された宝石のイラスト、裏には小さく割り振られた参加者番号とICチップ。
 匿名のオークションである今回のイベント、この配られたカードが身分証の代わりとなる。

 生粋の魔術師ほど現代科学には弱い、と凛から聞かされたパタリロが制作した偽造防止装置付きである。実はICチップに見えてパタリロ謹製の機械が内蔵されたカード、凛が知るべくも無いが、正直現代科学の徒が束になっても偽造など不可能だろう。


 凛が会場に入ると仮面やフードに隠れていても分かる彼女の見知った顔がちらほら。当然ではある、流した噂の発端は凛が時計塔に来てから紹介されたルートなのだから。
 その中でも、ある意味最も見知った顔を見つけた。
 視線でも感じたのか、相手もこちらに気付く。そいつはこちらに近付いてきた。

「あら、遅い御着きでしたわねミス……」
「赤のルビー、此処ではそうお呼び下さいな。主催者の気遣いを無碍にするのはあまり優雅ではありませんよ……黄のサファイア嬢?」

 黄のサファイアのカードを付けた女性が、その長い金の髪を揺らしながら、ぐっと言葉を詰まらせる。

「失礼。しかし…………相変わらず妙な運はよろしい様で、何とも相応しいお名前でしてね、“赤のルビー”なんて」
「あら、貴女こそ。よくお似合いでしてよ、黄のサファイア嬢」

「貴女ほどではありませんわ。本当に……運が良い、此方のお話は逸早く御耳にされた様で。それでこの時間の御着きとは…………こちらにはお船で?」
 耳に入れるのが早いくせに、どうせ飛行機に乗る金も無いんで貨物船にでも便乗してえっちらおっちら来たんじゃねえか? この貧乏人。

「いえ、こちらには飛行機で……。そうですわね、客船でのんびりと…………とも考えたのですけれども、私も中々に仕事が忙しくて…………。
 貴女こそお耳に入れてから直ぐに御発ちに? お忙しい事で……」
 こっちはテメエと違って優秀だから暇じゃ無えんだ。というか、金持ちが儲け話にがっついてんじゃ無えよ。

「あら、ホホホ…………」
「ええ、フフフ…………」

 二人の顔見知り、即ちこの二人の事情を知っている人間が数人、早々と避難していた。事情を察した目敏い者もそれに続く。


 そこにこの国一空気の読めないものが登場する。

『えー、皆様。ご歓談中で御座いますが、今回の特別会員制オークションの主催者より、開催前に一言ご挨拶申し上げます』

 アナウンスと共にスポットが一本、会場の扉の一つを照らす。そこから現れたのはもちろんパタリロである。

「どうも、私が主催者です。えー、ここで本名は無粋ですな。
そうだな……皆様に倣って私の事は“イエローケーキ”と、お呼び下さい」

 会場が静かに、騒然とした。何人もの人間の呟く声が響く。

「子供……?」
「いや、人間か?」
「うちの使い魔に似てる……」
「何です?」
「子豚に悪霊を憑けた」

「あれくらいの子供…………まさか、国王?」
「馬鹿な……、いやしかし、この国の宝石は国営企業で……」
「では責任者ならば……!」
「しかし、私が機内で見た映像とは…………」
「うむ、似ても似つかん」
「似ていない」


「いやいや皆様、大勢お集まり頂き真に有難う御座います。

いやしかし皆様、すこし良くない。皆様には笑顔が足りない。

取引は笑顔でするものです。わたくし共の喜びは最高の品をお渡しした時のお客様の笑顔!
いつもニコニコ現金払い! 素敵な笑顔で明朗会計!

 ここはひとつ、主催者自ら一肌脱ぎまして…………余興に裸踊りを御らっ」

 そこでパタリロの姿が掻き消える。
 ここに来て妙に動体視力が冴えてきた凛は辛うじて見えた。服を脱ぎだそうとするパタリロに、殿下見張り隊担当のタマネギたちが加速装置を使い一人がパタリロを殴り、一人が抱え上げ、もう一人の構えた袋に放り込んで去っていくのを。

 会場が今度こそまともに騒然とした。

「消えた…………?」
「馬鹿な!」
「固有時結界とでも言うのか……!」
「いや、空間制御!?」

「何か居たのが見えたが…………」
「目に捉えられない程の身体強化など不可能だ!」

 ざわざわざわ…………。

「何を言っている、手品に決まっている」
「……そうか、そうだな。簡単な手品だ」
「我々に手品とは…………」
「いや、実に皮肉な演出ですな」
「見たかあいつの先程の顔…………」
「あの方でも手妻には弱いらしい」

「しかし似ていた…………」
「その使い魔にですか?」
「うちのアンジェリーナに……」
「なにその名前」


 凛とルヴィアも毒気が抜かれた様に呆と立ち尽くしていた。ただし、二人の内心は全く別だったが。

「な……なんですの、あれ…………」
「うん、なんだろーねー」




 しばらくして、普通にパタリロが会場に戻ってきた。
 幾人かはそれを見てぎょっとした表情を見せたが、殆どの人間は意識的にか無意識にか特に気にしていない様だった。

「あー、非道い目に会った。タマネギめ、何もおもいっきり頭をどやしつける事は無いではないか」

 とことこと会場内を歩くパタリロに話し掛ける人物がいた。

「やあ、主催者殿。先日は失礼した。
今の余興も中々刺激的で良かったですぞ」
「おお、これはこれは。あれからが本番だったのですが……お楽しみいただけて何よりです」

「いやしかし、色々造詣の深い方だとは思っていましたが、まさかこんな方面もお詳しかったとは知りませんでした」
「そういう君こそ、こちらには特に縁の無いと思っていたのだがな…………。
それとも…………誰かが君に教えたのかね?」

「見目麗しい美少年には秘密が有るものです」
「渋みがかった良い男は全てを話さないものだよ」

 はっはっは

 そう交わし二人は別れる。
 それを見ていた凛が、二人が充分に離れてからこそりとパタリロに話しかけた。

「ちょっと! あんた魔術師に知り合いなんて居ないんじゃなかったの?」
「つい昨日まで彼が魔術師だなんて知らんかったわい」
「昨日…………?」
「昨日うちに来た客人だ。このオークションのついでに友人であるぼくに会いに来たのだ」

「…………誰なの?」
「知らんか? 某財閥のトップでぼくとは国発団連協で知り合ったヴァレリー・F・ヴァンデルシュターム卿、うちでも彼の財閥の製品が幾つかあるぞ」

 凛が口元に手を触れ、暫し考える。
「ヴァンデルシュターム…………? どこかで…………」


 その時凛の背後から声が掛かった。

「ほう、君が彼に魔術の事を教えた張本人かね?」

 その声と、凛だけに向けられた殺気に、彼女は最悪のタイミングで後ろに立つ者の名前と正体を思い出していた。




 死徒二十七祖第十四位 魔城のヴァン・フェム―――――――!







■■■■■■■■■■■■■■■■■



 凛さんのうっかりは畿内五国に響き渡るでぇ~(意味不明)




 常春の国に魔術師達の夜が帳を下ろす。

 人でありながら人とは相容れぬ筈の“魔”に魅入られた者達。『それ』に至る為ならば己が子孫の血さえ穢し、日の下を歩く人々の平穏を乱す事に何の痛痒も感じぬ者達。
 彼らが集まり、始まるのは、すえた血の香りの宴―――――。

 の筈が………… …………あるぇ~?

 殿下が自重してくれません。
 あと、例のシスターさんは参加料なんて払えませんので、現在C○C○壱○屋マリネラ大学駅前支店で全メニュー制覇中です。






[11386] 常春の国より愛を込めて 第十三話
Name: へいすけ◆ad21b800 ID:26520f52
Date: 2009/09/19 20:31




   常春の国より愛を込めて  





第十三話:この前千葉県に行って遭難しかかった うそですごめんなさい



 凛の本能がしきりに警鐘を鳴らす。


ニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロ


「御嬢さん? 此方を向いてお顔を見せてくれないかね」

 粘液の様に濃く、それでいて砂の様に纏わりつく殺気が。凛の身体の表面を舐める様に這いずり回る。
 一体どれだけ殺気を放つ事に慣れ尽くせば、こんなものを放つ事が出来るようになると言うのだろうか。

 身体が削れた。精神が侵食される。

「さあ」

 既に自分の意思とは思えなかった。身体が自然に立ち上がり、背後の悍ましい、それの方に向き直る。

 唾が、口の中が、張り付いた様に動かない。なのに、口が開いた。

「初めまして…………。こちらでは“赤のルビー”ですわ」

 凛は自分自身に驚いていた。口から出たのは『いかなる時でも優雅たれ』を家訓にする遠坂の魔術師として、頭の片隅で願望していた言葉だったのだから。

「ほう…………!」

 目の前の男が口端を吊り上げた。奇麗に整えられたロマンスグレイの髪、同色の口髭がその拍子に動く。男性用スーツの事など凛は詳しくないが、それでも最高級の仕立てであろう事は解る。その身体にこれ以上無いほど見事に纏われていた。

 なんだ、意外と大丈夫じゃないの。

 凛の身体の中、血管に石の如く固まっていた血液が、砂くらいにぎこちなく流れ出す。

 だが、それまでだった。凛は今まで彼の目を一度も見ていなかった事を、たった今後悔した。
 その場所には煉獄が有った。絶望が奥で踊っていた。


「ふむ、何か覚えが有るな…………そうか、御嬢さんはゼルレッチの系か」

 身体の芯が、ひくり、と跳ねた。自然に口から息が洩れた。膝が落ちそうになる。

「“あれ”の血系らしい態度だよ全く…………。
 どうかね? 彼は今どうしているかね?」

「いえ、私は直接会った事は御座いませんわ。大師父を御存知の御方ならば私のほうがお聞きしたいくらいですの」

 あはは、あたしなにいってんだか。

 相手の笑みが益々強くなる。肩が幾分震えている様にも見えた。

「あれの種でその風貌だと、あれだな。
しばらく前に極東であった願望器騒ぎの優勝者に、丁度御嬢さんくらいのが居たな」

 あ、下着が。

「ご存知でしたか。貴方程の御耳に入るとは私も少しばかり自惚れても良い様ですわね」

 男が動いた。

 それを見た瞬間、凛が考えられたのは。

 ―――――――あ、私今死んだ。

 それだけだった。




 何故かまだ何か見える。目の前の立派な身なりの老紳士が片手で腹を押さえ、もう一方の手がしきりに空を掻いていた。そして、何か呻く様な、苦しげな声を漏らしていた。

「くっくっく…………! それだけ膝が笑っていながら、よくもまあ…………!
大した意地っ張りだ、間違いなくあれの血だな」

 笑いを必死に堪えていた。

「は」

 こんどこそ膝がその役目を完全に放棄した。

「おお! ……と」

 ああ、あたしいま死徒二十七祖に抱きかかえられている。

「いや失礼をした、御嬢さん。少々からかい過ぎたようだね。
確かに魔術は秘匿すべきものだが、大方其処の彼に無理矢理聞き出された……という所なのだろう?」

「…………あたり、です」

「純粋無垢な美少年を捕まえて、何の犯人扱いなのかね、失礼な」

 何か豚マンが言っているが、凛はそれどころではなかった。身体に力が入っているのか抜けているのか、何か頭も少し痛い。

 ふわり、と優しく床に下ろされた。まるで大人が小さい子供を立たせるみたいに。その仕草に今更ながら死徒の怪力に思いを馳せる。

「私に敵対するような真似でもしない限り、特に何もせんよ。それが我々みたいな者のやり方だ。為す事が有るのならば、彼でも何でも使って成し遂げたまえ。
…………それが魔術師というものだろう?」

 そう言って手を放された。

「では、赤いルビー嬢とイエローケーキ殿、私は失礼するよ。
ああ…………そうそう、赤いルビー嬢」

 そう言って彼は顔を近づけた。

「死徒はご存知の通り鼻が利くのだが…………着替えに戻られては如何かな?」


 「はあ…………」

 何かの暗喩なのか、ただのセクハラなのか。




 幸いこの騒ぎは会場の誰にも気付かれる事は無かった。
 それがあのヴァン・フェムの何かしらの魔術だったのかもしれない。

 凛は今、消耗し尽くしていた。一合も魔術を打ち合った訳でもない、むしろそんな事態になっていたならば一片でも己の肉体が残っていたか疑問だったが。
 彼が、死徒の頂点の一柱が何故この事態を見逃してくれたかは分からない。しかし今の凛にはそんなことを考える余裕も無かった。
 とにかく今は休みたい、とりあえず目に付いた友人に一声掛けて、その場を離れようと思った。


「あー、ルヴィア。私ちょっと花摘みに行ってくるわ」
「ちょっと貴女、自分から言い出しておいて…………って、どうしましたの!? 凄い顔色ですわよ!?」
「うんー、だいじょうぶー」
「だいじょうぶー、では無いから聞いているんですわ! 何がありましたの!?」
「平気へいきー、ちょっと休めば直るからー」
「はあ…………」

 そういって凛は会場を後にした。



 身奇麗にした後、凛は関係者控え室に戻った。すると其処には士郎が居た。

「よう遠坂、顔出してきたんだって?」
「アンタ…………何してるのよ」
「何って…………飯食ってるんだが」

 そう言いながら士郎は、目の前に広げられた膳の中身をぱくぱくと口に運んでいた。
 周りを見るとタマネギたちも同じ膳に舌鼓を打っていた。

「いや丁度、厨房の手伝いが交代時間でな、ここの連中が飯がまだみたいだから持って来るついでに俺も飯にしようかと…………」

「………… …………」

「遠坂は会場で食ったのか? 何なら其処に残りが有るから食べても良いぞ」

「………… …………」

 ぱくぱくもぐもぐ

「いやー、衛宮さん料理上手いですねー」
「ホント、ホント」
「そうか? ここじゃ普通くらいだと思っているんだか…………」

 がつがつむしゃむしゃ

「………… …………」
「遠坂……?」


 …………もう、ゴールしても、良いよね?


「えー、遠坂さん? なんで魔術回路が光っているんですか?」
「良く分かりませんが衛宮さん、その質問はもはや手遅れです」
「現実を見ましょう。多分今から理不尽が降りかかるのです」


 えー、只今遠坂嬢の堪忍袋の緒が切れた事をお知らせ致します。

「何か察しが良過ぎるのがムカつくー!!!」
「「「そっち!?」」」

 凛の指先から常人の目に見えるほどに強力なガントが放たれる。

「な、なんでさー!」

 必死でそれを避ける士郎。なんだか久しぶりなので少しばかり苦労している。
 その士郎が横目でタマネギたちの方をちらりと見ると。

「やっぱり理不尽だった、おっと」
「よっ、だから手遅れだと」
「あ、その折り詰め蓋閉めといて、ちょいな」
「ささっ、お茶を片付けとこう」

 ひとこと言っておく、凛のガントは実際の弾丸ほどではないものの、体感的にはマシンガンに匹敵する速度と威力だ。目で追って避ける事は強化した士郎でも簡単ではない。

「むきー!!」

 いや、皆さん必死で避けてらっしゃるんですよ? ほんとに。

「うおおお!」

「はっ!」
「ひっ!」
「ふっ!」
「へっ!」


 だめだこりゃ。







■■■■■■■■■■■■■■■■■



 シリアスとギャグの境界は、一体何処に逝ったんでしょうか?


 タマネギたちの対応はかの懐かしきスターダスト計画の時の銃撃戦シーンを想い浮かべて貰えば幸いです。
 実際、誰でも切れる。さもなくば何もかも馬鹿らしくなる。

 毎度感想有難う御座います。
 イエローケーキネタに食いついてくれる方が居て嬉しい限りです。
 セイバーさんに関しましてはお詫びのしようも御座いません。まあ、政治に関心が無い訳は無いのでそれなりに詳しい筈ですし、パタリロの正体は段々理解しています。ぶち切れるまでは既に秒読み段階と考えてください。








[11386] 常春の国より愛を込めて 第十四話
Name: へいすけ◆ad21b800 ID:26520f52
Date: 2009/09/22 00:08




   常春の国より愛を込めて  





第十四話: 家政婦呼んだら何かすっごいのが来た



 木槌の音が室内に響く。

「……23番の品は白のオパール様が落札されました」

 数人が落胆に肩を落とす。
 オパール席に座る男の一人が、満足げに鼻を鳴らした。

「…………次に参ります。24番、ブルーゾイサイト、60.57カラット。
カッティング……不明、クラリティ不明。俗に言うタンザナイトでございますが、こちらは中東の遺跡からの出土品と謂れております。その為に表面は傷が生じておりますが内部に入る傷が無い事は確認済みです、同時に非熱加工であり…………」
「500だ」
「…………800!」

 解説のタマネギの言葉を遮り、品が目の前に出てきた途端次々に声が掛かる。


 魔術師たちの夜は更けた。
 オークションは既に始まっていた。


 会場は静かに盛り上がっていた。それぞれ宝石の名を配された席に客達は座り、己の色がついたカードを掲げながら希望の値を伝える。

 今回の特別オークションの性質上、出品は客の直ぐ近くまで運ばれる。場合によっては担当のタマネギ達の手で直接触れられる事もあった。

「サファイア席の黒様、1700…………クォーツ席、青様1950…………」

 値は順調に吊りあがる。主催者席の豚マンの眉は順調に垂れ下がっていた。
 その隣に座る男性は、苛立たしげに葉巻を吹かしていた。

「…………何の集まりなんだ、これは」
「世界奇術同好会の皆さんだ」
「妙な格好が多いのはその所為か」
「そういうことだ」

 葉巻を吹かす男―――――バンコランは不機嫌さを隠す事もしない。
 原因は会場に漂う怪しげな雰囲気か、手痛い出費の所為か。

「心配せんでもお前にはきちんと別に石を用意してやる。…………もっとも、お前の安月給では手が出んだろうがな」
「黙れ金の亡者」


 バンコランの耳に客達の呟きが洩れ聞こえる。

「…………この石があれば、あの呪詛に……!」
「悪くない魔力であるな……使えるかも知れん」

 如何にバンコランとて他人の仕事に口を出すほど狭量ではない。奇術師というなら無知蒙昧な女子供に対して、そんな雰囲気も必要という事なのだろう。
 だからといって、来たくも無かった場所である事には変わりない。
 マライヒとフィガロは特別会員制と聞いていたもあり、大人しくホテルで眠っている頃だ。馬鹿正直に参加もしないオークション会場に居る事も無い。

「後でホテルに届けろ。私は帰る」

 そう言ってバンコランは席を立った。




 会場の裏ではセイバーと士郎が働いていた。

『次はC6の棚です、台の用意は出来ていますのでそちらに来たら出して下さい』
「了解……C6ですね。セイバー、頼む」

「はい」

 魔術的に魅力的な品―――――即ち何かしらの付加がある宝石たち。
 それらは即ちホープダイヤの様な“謂れ”がある品が揃う事になる。

 触れただけ、近付いただけでも、死ぬ、病気になる。そういう謂れのある宝石たちなのである。
 といっても実際そんな能力のある宝石は滅多に無い。無論存在はするがそれは即ち魔術師がその様な意図を持って作り出した石が殆どだ、それが一般の市場に出回る様なヘマはしない。

 普通そんな謂れがある石の殆どは、自然に魔力を内包した宝石を、感受性の豊かな、若しくは多少なりとも魔術的才能がある一般人がその雰囲気を感じ取って、何となく付けた話である事がほぼ全てなのである。
 例え本当にその石の近くで殺人なりの災いが起きたとしても、魔術的要素が揃っていない限り、石にその後も影響するような強力な呪詛が掛かる事は無い。

 パタリロが目を付けたのは其処だった。そういう謂れは基本的にその石の価値を下げる。その為に売る事が出来ない宝石をパタリロが大々的に買い占めたのだ。

 “本物”は滅多に無い。その通り集まったのは魔術師に魅力的な石ばかり。一つ一つを詳しく解析するほどの時間は無いものの、凛や士郎が少し見た限り触れただけで危険といった宝石は無かった。
 それでも念の為、出品の前は士郎のチェックと、取り扱いは対魔力のスキル持ちのセイバーが担当していた。

『もう暫くしたら手伝いを向かわせますので、そうしたら休憩して下さい』
「了解」




「3000!」

 黒髪の少年が実に楽しげに声を上げる。
 対抗馬は消えた様で、その少年が宝石の新たな持ち主と決定した。

「うん、素晴らしい」

 そう言って少年は席に戻る。
 隣に座る壮年の男が、呆れたように話し掛けた。

「其れ程のものか…………? あの石は」

 言外に出し過ぎと批判する男。それに対し少年は芝居がかった仕草で落胆を表した。

「解ってないね…………というより、あれは魔術師には逆に勿体無い代物だよ。
恐らく……いや間違い無く、あれは12世紀頃散逸したさる宗教家の持ち物さ。その話を知らない者が持っていてもそれこそ宝の持ち腐れだ、僕が大事に預かるに相応しい」

「ははあ…………12世紀に散逸というと……あれか」

「そういう事、いや~ほんとに掘り出し物だね。来て良かったよ! しかし良く見つかったものだ、大したものだよあの王様!
 そういえば…………君はあの王様と知り合いみたいだね」

 さっきは何か一緒に女の子を虐めていたみたいだし…………と、下世話な笑みで擦り寄ってきた。

「おお、あれか。あれはゼルレッチの系譜らしい、いや中々愉快な娘だったわい」

「へぇ」

 少年は、それだけだった。
 男がからかう様に続ける。

「ほれ、向こうに居るぞ」

 見ると、赤い少女は次の品が欲しいらしく、別の席に座る青いドレスの少女と盛んに火花を散らしながら値を吊り上げていた。

「それは“どうでも良い”や、其れよりあの奇天烈な王様と君が何処で知り合ったかが知りたいね。早く聞かせなよ」

 一瞬だけ走った殺気は、会場の誰も気付く事は無かった。
 其れを向けられた男も、まるで気付かなかった様な仕草で話を続ける。

「そういうお前は知り合いではないのか? 先程主催者席に手を振っていたではないか」
「あれは隣の人に挨拶しただけさ。王様にはちょっと会っただけ、その時もとても変な王様だったけど」

「私もそんなに親しい訳ではないぞ。ちょっとした集まり…………国発団連協の会員同士というだけだ」

「なんだいそれ」

「発明家の集まりだ。あの国王、あれでそちらの方面では有名でな、私も参考にしておる。
話しかけたのは懇談会で行われたかくし芸大会で、彼の踊る“クロダブシ”とやらが見事でな。その後地中海に生息するタテジマチョウセンフナムシにおける体節の構造の話題で盛り上がった」

「……何をやってるんだ、君は」

「そういうお前は何処で見かけたのだ」

「ついこの前さ。それこそ変な小芝居を拝見したもんだよ」

「…………」
「…………」

「やっぱり変な王様だね」

「全く」




 会場受付には手持ち無沙汰のタマネギが座っていた。
 流石にもう始まってしばらく経つ。参加者は殆どが既に会場入りしており、今から参加するような者は居ない。

 其処に近付く人影があった。

 タマネギもそれに気付く。

「参加証をどうぞ…………はい、もう既に始まっていますよ。
え? 出品ですか? はい、まだ大丈夫ですよ。こちらにご記入下さい」

「………… …………」

「はい、お持ちですか。ではこちらに…………は? はい、でしたらお預かりします…………ははあ、これは立派なもので…………あれ?」


 タマネギがそれに見惚れている間に、客の姿は消えていた。大方会場に入ったのだろう。

 とりあえず品は預かったのだ、急いで会場裏に届ける。

「あれ? セイバーさんと衛宮くんは?」
「休憩中。何だ? 出品か?」
「うん、これ…………どうしようか?」

 オークションに出す品は、凛たち三人の誰かがチェックしないと出せない規則になっていた。

「あー、衛宮くん達が戻ったら見せよう。5品くらい後にエントリーしておいて」
「おい! 次の品は?」
「え? 何処行った?」

「仕方ない、その次の品に繰り上げろ」
「そっちは台座の用意がまだだ」

 宝石は見た目が命である。勿論簡単にではあるがそれぞれの石が映える様に色や光を考えられた台座を用意していた。

 目の前には殻の台座がセッティングされて置かれている。

「…………丁度良い、この石に合うな」

 その場の責任者が決めた。

「司会に伝えろ、順番の変更だ」
「ラジャー」


 こうして、今来たばかりのその石は、直ちに客の前に運ばれた。




「えー、次の品は参加者の方からの出品でございます。あー…………こちらの品には由来がございまして、アッシリアの王アッシュールバニパルに仕えた魔術師……ズトゥルタンの使用した一品…………という事でございまして」

 その言葉に、殆どの人間は首を傾げた。そんな名前を聞いた事が無かったのだ。
 確かにアッシュールバニパルの名は知っている、彼が知識を求め魔術師を雇っていた事も事実である。
 しかし彼がその知識を納めたニネヴェ図書館にその魔術師の名前が記されていたかどうか覚えている者は、特に詳しい者でも覚えが無かった。

 だが、その名を聞いた途端、腰を浮かした人物が居た。
 先程より有る意味同胞と談笑していた壮年の男、ヴァン・フェムである。

「どうしたんだい? …………待てよ、ズトゥルタン……?」

 隣に座る、メレムも何かが引っかかった。


「えーこの宝石には“銘”がありまして…………その名は



                       “アッシュールバニパルの焔”



…………でごさいます」


 その時、出てきた台座が、何かに躓いたように揺れた。

 まるで、石が勝手に動いたかの様に、台座からその拍子に飛び出した。

 慌ててタマネギが其れを受け止めようとする。そこに大喝が飛んだ。




 「「其れに触れるな!!」」










■■■■■■■■■■■■■■■■■



 二作品クロスと見せかけて、三作品クロスオーバー。


 そろそろ反省した方が良いのかもしれない、読者から愛想尽かされる前に。え? もう切った? いやいやそこを何とか…………! 勘弁してもらえないでしょうか!?

 いやほら、ミーちゃんこちらの作家としてはwikiに載ってる位だし! Fateも小説ではちょっとばかしクロスしていたし!


 とりあえず“奴ら”の設定は魔夜峰央作品基準、fate側魔術の有効性などは独自設定で進行する予定です。


 御不快に思われた方は申し訳ありません。







[11386] 常春の国より愛を込めて 第十五話
Name: へいすけ◆ad21b800 ID:26520f52
Date: 2009/09/22 21:01




   常春の国より愛を込めて  





第十五話:マネー三姉妹で絶対可憐チルドレン結成



 マリネラ王宮の用意された一室で、バンコランは仕事の書類を整理していた。
 一応オークションに参加している立場上、ホテルに帰る訳にも行かずタマネギに用意させた部屋だ。

 大体この国には仕事で来たのだ。それを何の因果かヘチャムクレの主催するオークションなんぞに参加させられ、出したくも無い金を払わされる事になっている。

 無論バンコランも、マライヒにプレゼントを送る事に不満がある訳では無い。宝石なぞ門外漢ではあるが似合う石で飾ったマライヒの姿を見るのは嫌いではないし、その喜ぶ顔も良いものだ。何より浮気がばれた時の悪鬼の様な顔が治まるのだ、多少の出費も痛くは無い。

 まあ、その結果あの下ぶくれが儲けるというのは業腹ものだが。

「全く、この国は…………縁起が悪いと言うのだったか……」

 無論信じている訳ではないが、究極の現実主義者を称するバンコランがそう呟く。意外と先日のマライヒから受けた傷が堪えているのかも知れない。

 対象のデータが記された書類を眺める。既に内容は頭に入っているが、確認と認識の転換を求めてのものである。
 既に見たものでも、再び見る事によって新たな発見がある事は珍しくない。
 地道な努力。
 例え結果に裏切られる事はあっても、この過程を経ずしてはそれにたどり着く事さえ出来ない。

「全てコイツが悪い」

 バンコランはとりあえず自分の不満を仕事にぶつける事にした。何だかんだと言って彼は立派なワーカーホリックなのだ、本部に居る彼の同僚がこの呟きを聞いたら犯人に同情する事だろう。


 資料には事件のあらましが記されている。
 今回の事件はその人数もさる事ながら、それぞれの内容も奇妙な事だった。自殺者の状態がおかし過ぎるのだ。ある一人は台所の包丁で自分の腹を切り裂き、内臓の殆どを自分の手で掻き出していた。ある一人は家の中に沢山の食べ物がありながら、水一滴摂らず衰弱死していた。ある一人は―――――。

 全ての人間が自殺である、それは間違い無い。しかしただ死を選ぶだけにしてはその方法が奇怪過ぎる。
 しかも、それを行うには多大な苦痛を伴う方法で、だ。

 この事件を調べていたMI5の職員が言った言葉を、バンコランは思い出していた。

 まるでインドの僧が行うという苦行を極端にした様な感じだ―――――と。

「…………くだらん」

 要するに肉体的苦痛を味わう事で脳内物質による多幸感を味わうという行為だ。
 宗教的には“魂”の精製を目指す行為という事らしい。実に非合理的で無駄な行為だ。

 しかも全員が同じ宗教だったという記録も当然無い。有るのは同じ人物への接触記録だけ。
 彼の勧誘にいきなり死ぬ事が確実な苦行を行う宗教に入信したとでも言うのか。余程彼が催眠術の達人で自殺を命令されたという方が余程現実的だ。

「……ありえん、が。念の為調べてみるか」

 そう呟いてバンコランは電話を借りる。真夜中というのに担当者を叩き起こし、対象の記録を調べさせる。例えばそういった方法を研究していた組織との接点は無いか、自身の研究に関係は無いか。

 正に地道な努力である。

 しかし、バンコランのその地道な努力は、今回実を結ぶ事は無かった。やはり彼にとってこの国は縁起が悪いのかもしれない。


 王宮内に深夜だというのにけたたましい警報音が響いた。






 話は少しばかり遡る。


 いきなり響いた大喝に、タマネギの身体が思わず止まった。

 台座から転げ落ちた宝石は磨かれた床を、まるでいきものの様にとびはね、正面に座っていた魔術師の目の前に転がった。


 目の前に転がってきたその石を、若い魔術師―――――ヴェールズのある都市に百年ほど続く家系の当主はぼんやりとそれを眺めた。

 彼の家系は“魂”の制御を研究していた。最終的に第三魔法を目指す一派の家系である。彼の得意魔術は精神操作、その能力から一年前まで時計塔に籍を置いていたほどだ。
 しかし先頃彼が当主となって以来準備しており、満を持して行った実験が大失敗に終わり研究資金が心もとなくなった。

 そんな折、時計塔時代の知り合いからこのオークションの事を聞き、数代前の当主が片手間にアプローチしていた精神置換の研究に用意された宝石を処分してしまおうと参加を決めたのだ。

 精神的な影響を与える術には詳しい、その対抗手段にも充分な自信があった。宝石などに其れ程思い入れがある訳でもない。
 なのにその石に魅入られた、操られたとしか思えない。

 かれは何かに誘われる様に、その石に近付き、触れた。

 何処からか聞こえる静止の声など、聞こえる事は無かった。

 それで彼の定命、家系の歴史は決定した。


 そのとき、その石がまるでいきものの如くさけんだ、様に、その場に居た人間の全てが感じた。


 石を掴んで立ち上がった青年が、雷に打たれた様に硬直した。その手から再び宝石がこぼれる。
 その光景を見ていた全ての人間が息を呑んだ。何故今まで気付かなかったというのか、その宝石は鮮やかな深紅に輝き、光が揺らめく様だった。
 あまりに強烈な輝きに、そのカットも、材質さえも定かではない。何にしろ、そのこぶし程の大きさといい、これほどの逸品を見た事のある人間は少なかった。


 輝く宝石はそのまま、まるで意思が有るかのように転がり、舞台の影に入る。

幾人かは確かに見た、その影が宝石の深紅の光に切り裂かれるのを。

 そして、その裂け目が広がるのを。




 転がっていった影から、何かが飛び出した。

 一本の触手である。

 それは蛸の肢に似ており、両生類の肌の如く湿っていた。表面はざらついている様にも見え、それでいて何よりも滑らかで、形容し難い色をしていた。

 それが凍り付いていた青年に絡み付く。

 魂消る悲鳴が、青年の口から飛び出した。それが室内に響く。


 成す術無く半ば呆然と佇んでいた室内の人間が動き出す。次の三つの動きは殆ど同時だった。


「逃げろ!」
「止めんかっ!」
「くそぉ!」


 パタリロが叫びながら、メレムは黙って、その場から全力で脱出を図る。

 ヴァン・フェムが静止の言葉をかけたのは、参加している魔術師の中で戦闘に特化している何人かが詠唱を始めたのに気付いたからだ。

 その後の対応も別れた。パタリロの声を聞いたタマネギたちは脇目も振らず逃げ出す。それに続く魔術師も何人か居たが、ヴァン・フェムの静止を聞かず詠唱を完成させた幾人かが、未だ苦悶の声を上げ続ける青年もろとも攻撃魔術を放った。

 狙い過たず、魔術が触手と青年に命中する。込められた術式が青年の手といわず足といわず抉り、削る。しかしそれだけだ、如何なる仕掛けか触手には何の影響も及ぼす事は無かった。

 それで事切れた青年は比較的幸運だった部類に入る。
 何せそのあとの惨劇を見ることも無ければ、大した苦痛も無く死の安らぎを得られたのだ。更に言えば、彼が実家で起こした騒ぎはあまりにも大事になっており、時計塔は『神秘の漏洩』を防ぐ為に彼と彼の家系の処分を決定、執行者が既に彼の実家に向かっている所だったのだ。彼は自国の官憲に犯罪者として裁かれる屈辱を受ける事無く、魔術師に闇に葬られる絶望を味わう事も無く、苦痛のうちではあったが、すぐに死ぬ事が出来たのだから。


 既に事切れた死体を絡めたまま、触手が影に引き込まれた。一拍を置いた後、今度は無数の触手が、同じ場所から飛び出した。

 それらは先程攻撃魔術を放った者に向かい、途中の障害物を刎ね飛ばし、いつの間にか表面から生えた鉤爪で切り裂きながら一直線に進んだ。

 障害物の大半は、皆が座っていた椅子と、未だ状況が掴めず呆然とその場に佇んでいた魔術師達である。


 その後の部屋の惨状を描写する事は難しい。あえて例えるならば、その部屋と同じ大きさのジューサーを用意し、無数の触手が出て来る前を再現した上で作動させた状態に非常に近いと言うしか無い。




 タマネギたちと同時に脱出した魔術師たちの中に、凛は居た。

 その手には、強引に引っ張ったままのルヴィアの腕があった。

「な……なんですの!? なんですのあれは!!」
「うるさい! 黙って走る!」

 未だ完全には自分を取り戻してはいない様なルヴィアを一喝して走り続ける。

 しかし呆れるは一緒に逃げてきたタマネギたちだ。いくら人一人引きずっているとはいえほぼ全開で身体強化を施した凛の脚力をして追い付けないほどの速度だ。

 更に論外なのが先程ちらと見えたパタリロである。マラソン世界記録に届こうかというこの逃亡集団が、遥かに離されている。
 そのパタリロの隣を走っていたのは先日見かけた黒髪の少年だ。向けられた魔力から只者ではないと思っていたが、その速度だけでも並の魔術師ではない。


 背後から何かが近付いてくる気配がした。まさかあの触手か! 驚いた凛が思わず確認すると、同じくらい物騒なものだった。

 それは凛に追い付くと、なんと話し掛けてきた。

「パタリロ君に話がある。君も付き合いたまえ」

 殆ど命令といった口調で、ヴァン・フェムがこちらを見る。

「貴方は! あれが! なにか……知っているの!?」

「そうだ。来なさい」

 決断に掛かった時間は殆ど無い。あの会場の裏手には士郎達が居た筈だ、その無事は一刻も早く確かめなければならない。

「タマネギ!」

 凛が叫ぶ。
 前を走るタマネギたちが振り向く。
 腕に渾身の力を込めた。

「預かっといて!」
「え、ちょっと…………!」

 空中を青が舞った。

 わたわたと慌てたタマネギたちだったが、ルヴィアは無事彼らの手の中に納まった。

 同時に凛はヴァン・フェムの両腕の中に引き込まれた。

「行くぞ」
「ええ!」

 凛は彼の首に両腕をしっかりと絡めた。
 加速するヴァン・フェムの腕の中、凛は何とはなしに思い浮かんだ台詞を慌てて打ち消していた。




 そういえば私人外に抱きかかえられてばかりよね。サーヴァント、死徒二十七祖と続けば次は真祖か悪魔かしら?




 それこそ縁起でもない話だ。






■■■■■■■■■■■■■■■■■



 絶望した! Fate編に入ってからの感想の激減に絶望した!

 えー、何ですか。駄目ですか。やっぱfateファンは厳しいってホントですか! Fate書いてないでとらハ板のフェイトちゃん書いとけってか! 全く書いてねぇ……

 …………しかしそれにしちゃPV数はえらい勢いで増えてるんだよな…………。


 原因の考察。

① 普通に面白くない
② パタリロファンが切った
③ 三作品クロスオーバーとかまじ自重
④ というか展開の馬鹿らしさに読者硬直中
⑤ 占星術的に感想を書いてはいけない時期
⑥ ぬるぽ


 さあどれ!?

 いや感想頂けるだけで有り難いので、頑張って書き続けますがね。
 というかあまりに感想が多いので当初うろたえましたが、ご覧の通り大概なネタですのでチラ裏出る事も考えましたが…………どう考えてもTYPE-MOON板には行けねぇよなぁ……。

 ガムバリマス







[11386] 常春の国より愛を込めて 第十六話
Name: へいすけ◆ad21b800 ID:26520f52
Date: 2009/10/11 00:24


   常春の国より愛を込めて  





第十六話:000号くらい根性が無いのでいじめないで下さい



 パタリロに追い付いたヴァン・フェムがその速度をものともせず話し掛ける。

「パタリロ君、避難場所は有るのかね?」
「王宮防衛用の小司令室がこちらに有る! 卿はあれが何か知っているのか?」

 ヴァン・フェムが暫し言いよどむ。

「パタリロ君、きみは悪魔を信じるかね……?」

 パタリロが言い放つ。

「信じるも何も、四大実力者の争いに巻き込まれてこの前大喧嘩したわい!」

 凛は言葉の意味が分からなかったが、内容を理解したメレムが盛大にすっ転んだ。
 慌てて起きあがり、皆に追い付く。

 ヴァン・フェムも転びこそしなかったが、完全に絶句していた。
 凛が口を挟む。

「……第六架空要素ですよね、悪魔って」

「…………この場合、そちらの創り出された実像幻想の事ではない。最初から存在する異界の魔が、こちらに受肉した状態を呼ぶ」
「は?」

 凛も理解したのか絶句するも、実のところそんな理解では全く追い付いていない。

「時計塔の魔術師としては問題無い認識だ。しかし、本来の悪魔とは架空要素により創られたものを指すのではない。ガイア、アラヤを創った存在に敵対し追放された存在。君も寝物語位には聞いた事が有るだろう? 魔界の悪魔サタン、ベール、誘惑の悪魔メフィイストフェレス…………」

「けど……あれは…………!」

「うむ、基本的にそれが魔術に干渉する事は無い。魔術は飽く迄もこの世界の法則、異界のそれに影響を与えるレベルには無い。かれらは魔界から基本的に出る事は無い、ガイアやアラヤの意識が其れを許さない。少なくともそれの意識に干渉するレベル――――――魔法クラスにでもならない限り相互に影響を心配する必要は無いのだ。それとて物による。
 …………現代の魔術師ならば、ある意味無駄な知識だろう」


 現代に生きる魔術師の認識として、悪魔は架空のものでしかない。よって、それが存在するとすれば文字通り架空要素を扱う魔術師が作り出した幻想に過ぎない。
 無論過去に神や悪魔が存在した事を否定する事は無い。唯一神などの証明不可能な要素を除けば、ゼウスはオリンポスに居ただろうし、天照大神は高天ヶ原を支配していたはずだ。しかし、それらの存在に干渉する魔術は失われて久しい。
 その過去に向かう事が魔術の本分ではあるが、現実問題として現状の魔術師が行使するそれは、例えは聖杯戦争の様な大魔術でもない限り、神や悪魔の存在に何ら影響する事は無い。其れさえ、極めて限定的なものでしかないのだ。
結果、現状でそれらの存在を認識、考察する必要性は薄い。

 ある意味滑稽な事ではあるが、少なくとも現代人である今の魔術師が、当人の研究する内容によっては、神魔の存在を否定する輩さえ居るという事だ。
 魔術師の閉鎖性の弊害とも言える。


「じゃあ、あれはその悪魔…………?」
「なら良かったんだけどね…………」
「更に悪い物だ」

「ほへ?」

 凛は今の身体の状態に感謝する。神代の悪魔よりも悪い存在なんて考えもつかない。全てを放り出して眠りたい衝動に駆られる。


「昔話をしよう」

 紫黒の髪を揺らしながら、少年が謡うように話し始める。

「かみさまが星を創り、人を創ってしばらくたった時、かみさまの右腕だったある天使がかみさまと喧嘩しました。内容はこの際関係無い、とにかくかみさまはその天使を懲らしめ、地下深くの異界に追放してしまいました」

「その天使が追放されたのは、かみさまが星と人を創った時邪魔をした、見るも悍ましい存在たちを閉じ込めていた牢獄でした。そいつらはかみさまたちと余にも違い過ぎて、けっして仲良く出来ない存在です。追放された天使もそいつらにほとほと困り、そいつらを異界のさらに辺境、辺土界にまで追い出す事にしました」

 メレムの話は続く。

「天使とそれについて来た配下たちは散々苦労してそいつらを追い出しました。その時より、異界には軍隊と爵位がうまれました。
 かみさまの右腕だった天使が異界の王様になり、その配下が下につく。その下には配下の生み出した兵士の群が大勢そろっていました。
―――――――――これが、悪魔と魔界の成り立ちです」


「教会でも知る者の少ない、断章の内容なんだけどね」

「…………教会?」

 凛の呟きに反応して、少年が少し笑う。

「そういえば、正式な自己紹介はまだだったね…………そこのおじさんの同族で、聖堂教会で代行者をしているんだ」

 凛の口は自動的に己の知識を垂れ流す。

「死徒二十七祖第二十位にして聖堂教会埋葬機関第五位、フォーデーモン・ザ・グレイトビースト…………」

「ご名答、よく勉強していて感心だ。けど…………誰にも言っちゃ駄目だよ?」

 そう言って教会の悪魔使いが片目を瞑った。


 パタリロが聞き返す。

「それで! あれはその魔界の奴らに追い出された化け物なのか!?」
「うん、正確にはその眷属の生き残り」

「何でそんなものがこの世界に居るのよ!」

 凛にとって信じられない様な話が続く中、思わず彼女は叫んだ。
 先程までの話が本当ならば――――――無論、死徒二十七祖が二人揃っていながら逃げ出す様な相手だ、只の魔獣の類でない事は確かだが。
 其れにしたとしても疑問は残る。魔界の悪魔は確かに存在するのだろう、彼女とて並の魔術師とは違う体験をして来た、かの聖杯戦争では正に神代の存在をその目で目撃しているのだ。
 しかし同時に先程の話に有った通り、それら魔界の存在がこの世界に現われる事は無い。何故ならその様な存在がある事を、人類の意識、星の意識が許さないのだ。

 それは抑止力と呼ばれる。魔術を扱う者にとってそれは常識である。

 だからこそ疑問なのだ。人類、そして世界の明確な敵である悪魔、その悪魔さえ忌避するような存在がなぜこの場に現われるのか。

 メレムが諦観の情を込めて、昔話の続きの様に謡った。

「言ったろう? かみさまが閉じ込めたって。
 奴らは其れよりも“旧い”のさ、コンピュータのウィルスガードは、其れより前から中に居る奴らには効かない。抑止力の効果外の化け物、其れが奴ら」

 異質ながら極めて古い神秘。抑止力の影響すなわち教会の言う“神の加護”が効き難い。

「まあ、奴らでも眷属程度なら充分物理法則の中に居る、魔力だって影響する。それでも遥かに聞き難いのは確かだけどね…………純悪魔くらいの抗魔力は持っている」




「ここだ!」

 パタリロがドアを叩き開ける。中では二人のタマネギが夜食のカップラーメンを啜っていた。

「ありゃ殿下」
「どうしたんです?」

 それに答える事無く、パタリロが猛然とコンソールを叩く。最後に緊急ボタンを押した。
 モニターに閉鎖の文字が浮かぶ。それでやっと一息ついた。

「…………とりあえずあの部屋を隔離した。超張硬スチールとシリウス鋼の複合装甲板に梵字を刻んだ洗礼銀を挟んである、暫くは問題ない筈だ」

 その言葉に、抱きかかえられたままの凛が叫ぶ。

「隔離……って、あそこにはまだ士郎達が!」

 パタリロの顔が一瞬、凍りついた。
 会場に居たタマネギ達に逃げ遅れた様な奴は居ないだろうが、果たしてあのパタリロの声が裏手まで届いていたかどうか。当然作動した隔壁は裏手からの出入り口も閉鎖している。

「…………すぐに救出隊を編成する! タマネギ!」

 流石は元軍人というべきだろうか、呆然とラーメンを啜っていた二人がその声に直立と敬礼で答えた。

「はっ!」
「すぐに十三番倉庫の武器を持って集合だ、集められるだけ集めろ」
「ラジャー! …………十三番、ですか?」
「そうだ。行け!」

「ラジャ~!」




 部屋を飛び出していくタマネギたちを見送ったパタリロは、暫く苛立たしげにコンソールを指で叩いていたが、溜息を一つ突いて椅子に腰を下ろす。

「じきに戻ってくる、それで対処できる筈だ」

「そんな悠長な…………!」

 凛の抗議は彼女を抱えた男に封殺された。

「落ち着きたまえ。此処で慌てても仕方あるまい、彼が何らかの策が有ると言うのだ。其れを聞いてからでも遅くはあるまい」

「まあ、そうだね。正直僕でもあまりあいつらと戦いたくはないし」

 そう言って死徒二人も椅子に腰を下ろす。凛も従うしかない。正論であるし、この状況では彼女が一番発言権が低いのも確かだ。
 メレムが口を開いた。

「しかし、だよ…………マリネール陛下。君は本当にあれを退ける事が出来るのかい?」

 パタリロは事も無げに言う。

「殿下で構わん…………あの化け物は精々悪魔並みなのだな?」

「精々って…………あれは多分下級悪魔くらいあるよ?」
「なら大丈夫だ」

「…………」
「…………」

 メレムが脱力する。

「呆れた…………殿下はホントに悪魔と戦った事があるんだね…………」
「おう、誰も覚えとらんが」
「……どういう事?」
「ミカエルの奴に記憶を消された」

 大天使ミカエル。四大天使にして神の右腕、一説には十戒を授けたとも、アダムの天に昇った姿とも。恐らく最も有名な天使の一人であろう。

「えーと、会ったの?」

 流石に誰にとは言えないメレム。

「近頃はTVゲームにはまっとるわい」


 神の意思によりこれ以上の会話は切り上げられました。




 ヴァン・フェムが沈黙を破った。さっきまで何を話していたかは考えない。考えたくない。

「して、パタリロ君。具体的にはどうするのだ」

「武器を用意させている。それを使い一気に退治してしまう」
「武器?」

「ああ…………良いかもしれない。眷属は飽く迄もこの世界に居る実体を持った存在だ、へたな魔術より銃や爆弾の方が効率が良いんだ」


「しかし…………まだか?」

 ここから十三番倉庫まで大した距離ではない。タマネギ達の脚力ならばそう時間が掛かる事は無い筈だ。

 その時、部屋の外から足音が聞こえた。パタリロがほっとした様に立ち上がった。

「来たか」


 乱暴にドアが蹴破られた。

 現れたのは、予想とは違うタマネギたちだった。全員で頭の上に女性を抱えたまま、青い顔をして、ぜいぜいと荒い息を吐く。

「ルヴィア……?」

抱えられた女性が先程よりも顔色が悪い事に、凛は疑問に思い話し掛ける。先程の事態がいくら異常事態とはいえとりあえずそこから逃げおおせたのだ、その時より顔色を失っているというのはおかしい。

 凛の声に反応して、ルヴィアが弾かれた様に声の方向を向く。しかし、詰問調の言葉はすぐに落ち着いてきた。
「リン! …………さっきはよくもまあ……!? えー……ミストオサカ? 貴女、人が必死で逃げてきた時に何をやってらっしゃるの…………?」
 落ち着いたというより、呆れていた。

「え?」

 そこで凛は始めて自分の置かれている状況を確認する。

 パタリロに追い付く為、彼女はヴァン・フェムに抱きかかえられた。当然振り落とされない様にしっかりと彼にしがみ付いた。
 ヴァン・フェムはその後話の為に椅子に腰掛けた。当然彼の両手は凛の身体から離れたが、そのまま彼女が下に落とされるような事は無かった。

 彼女の腕は当然先程と変わらず紳士の首にしっかりと絡められたままだ。そして腰は、自然と彼の見かけ以上にたくましい膝の上にすんなりと収まっていた。

 彼女が落ちない様に腰に回された腕などが、あまりにも自然な動作だった事もこの状況を彼女の認識力を狂わせた原因の一つだろう。
というかヴァン・フェム卿全く気にしていない。まるでごく日常的な慣れきった仕草の如き自然な動きだった。


 凛は辛うじてこう言い返す事が限界だった。

「…………そういうアンタも、大概な格好よ」

 タマネギ数人にまるで御輿の如く側臥の姿勢で抱え挙げられた青いドレスの女性が、凛を見詰めていた。

「…………」
「…………」

 ルヴィアを抱えて来たタマネギ達が限界を迎えた様にへたり込む。

「きゃ……!」

 何とか最後の力を振り絞り、彼らの手はルヴィアを無事床に座らせた。


「どうした、お前ら」

 女性一人を数人掛りとはいえ抱えてマラソン以上の速度で此処まで走ってきたのだ、普通なら何もおかしくない状態なのだが、パタリロはタマネギ達の異常に気付く。

 床に突っ伏したまま、タマネギが息も絶え絶えに説明する。

「……何か……へんな化け物が…………」

「分かっとるわい。安心しろ、何とかなりそうだ」

「……いきなり……、襲ってきて」

「おう、そうだな」

「…………必死に、逃げてきました…………!」

「何を言っておるのだ? その場にぼくも居たではないか」

「……その女性を……守るのに必死で…………」

「?」


 その時、再びドアの外に物音がした。パタリロがドアに向かう。

「良く分からんが安心しろ、解決手段が届いた」

 そういって顔をドアから出した。




 タマネギには似ていなかった。特殊メイクを施してはいるが、かれらは基本的に美形ぞろいだ、こんな醜怪な顔はしていない。ましてや、生き物全てが腐り果てた様な匂いなぞする事は無い。

 いや、どう見ても人の顔ではなかった。

 それが、部屋の外に無数、佇んでいた。

「あー、踊り子を呼んだ記憶は無いのだが…………」

 いや殿下、ゲロカデルシスターズではありません。


「パタリロ君! 逃げたまえ!」

 ヴァン・フェムが立ち上がる。凛も素早く魔術回路を開くが、先程の話を思い出し一工程の魔術を諦める。
 パタリロが跳んだ。ヴァン・フェムが自分の前の卓を掴み、投げた。
 パタリロが天井に張り付く。轟音を放ちながら宙を飛ぶ卓が異形の群に突き刺さる。
 木片と、生理的嫌悪を催す色の肉片が舞う。凛が懐から宝石を取り出したのは、その瞬間だった。

「―――――Anfang」

 しかし、それよりも早かったのはメレム・ソロモンだった。その華奢な手の指に幾つも填められた指輪の一つが煌く。
 指輪から飛び出してきたのは緑青色の金虫(カナブン)、それが化け物に向かい物凄い速さで飛ぶ。

 奴らの身体に減り込んだそれが、次々に破裂する。
 そこに凛の魔術が叩きつけられた。

「―――――Ein Körper  ist ein  Körper―――― EileSalve!」

 魔力が、炎の様に辺りを舐め尽くす。しかし、光が晴れた後には未だ―――――弱々しくではあるが、蠢く異形の群があった。

「本当に―――――何て抗魔力!」

「だから言ったよ? こいつら相手に只の魔術は効率が悪すぎるって!」

 何らかの秘宝の一つなのかメレムが操る金虫のゴーレムは、破裂する事で相手に物理的ダメージを与えている。

 ヴァン・フェムも魔術を使う気配は無かった。手近なものを次々に投げつけている。一見滑稽な様にも思えるかもしれないが、その死徒たる膂力から放たれる物は一体を貫通してその後ろの化け物が砕け散るほどの威力である。確実に相手の数を減らしていた。

「どうしたの! 直接引き裂いた方が早いんじゃないのかい!?」
「ええい! 誰があんなものに触れたいかね!? しかし、なぜこ奴らが!」


 その通りだ。そもそもの原因は呪われた宝石、それは分厚い壁の中に閉じ込められた筈だ。


 その時だった。凛の脳内に声が響く。

『遠坂! 無事か!?』

 今彼女が何より心配していた士郎の声だった。そこでやっと凛はラインの存在を思い出した。

『…………今何処!?』
『本宮の厨房近くだ! 妙な奴らに襲われている!』
『それはこっちの台詞…………って、そっちも!?』
『リン! 私です、武装を展開する許可を! こいつらは不味い!』


 殆ど動かなくなった異形の背後、更なる魔物共が姿を現す。


 ヴァン・フェムが呟く。
 凛が思わず口に出した。


「一体……」
「これは……」



 「「何が起こっている(のよ)!」」



 誰かが鳴らしたのか、それとも自動的に何かの装置が作動したのか、王宮に警報音が鳴り響く。


 マリネラの夜は、いまだ更け続ける。









■■■■■■■■■■■■■■■■■



 ヴァン・フェム卿の私生活を勝手に捏造。

 だってお金持ちの吸血鬼だし…………ねえ…………?


 って、そんな事言ってる場合じゃねぇ!

 皆様御感想並びに御返事、真にお有難う御座います~! (床と一体化する程の平伏)

 感謝感激雨あられです。お腹一杯の激励と参考になっております。

 クロスなどに関しましては予想通り御不快に思われる方もいらっしゃった様で、お詫びするしかないのですが、一回の文章量に関しては全くの埒外で御座いました。
 確かに、ギャクパートならまだしも、まともにストーリーが展開し出すと、今までの分量では分かりにくい処が出てくるでしょう。

 構成上いきなり分量が増減するのはあまり感心できる事ではないのでしょうが、読みやすさを考えますと少し変更すべきかもしれません。

 有り難い事にArcadia様では一回の投稿に対する容量制限は殆どありません。よって今回から少々書き方を変えましたが如何でしょうか?



 確かに御感想を頂ける事は無常の喜びでは御座いますが、レス返しも出来ない上にこちらから感想を要求する事もおかしな話。その点も反省しつつ、筆者としてはただ、この拙作をお読みになった方の中に少しでも愉しんで頂ける方が居ればと夢想するばかりです。


 では、これからもごゆっくりお楽しみ下さい(更新もごゆっくりになりそうですが)








[11386] 常春の国より愛を込めて 第十七話
Name: へいすけ◆ad21b800 ID:26520f52
Date: 2009/09/27 03:00



   常春の国より愛を込めて  





第十七話:勝馬投票券はロポニーの一点買い



 時間は再び遡る。

 士郎とセイバーはタマネギ達の勧めで休憩を取っていた。

「どうする、セイバー? まだ最後まで長いし、何か少し腹に入れておくか?」
「そうですね。では私が何か持ってきましょう」

 そう言ってセイバーが席を立つ。それを士郎が止めた。

「ああ、俺が持ってくるよ。セイバーは休んでいてくれ。
どうせ厨房だろう? 俺の方が詳しいし」

「では一緒に行きましょう、そのほうが時間の節約にもなる」

 お互い他人に言われたら否定するが、充分に仕事の虫だ。体調管理の為の休憩を取る意義は理解しているが、その必要が有るほど疲労している訳ではない。

 要するに何もせずただ休む事が苦手なだけなのだが。

 二人は揃って少し離れた本宮の厨房に向かう。交代で働いているタマネギ達の分もお茶を用意するつもりだった。
 ついでに途中出会った職員の運ぶ物を手伝ったり、いつも忙しい厨房の仕事をすこし助ける事もしながら、自分達はとんぼ帰りで会場の方に向かっていた。その手には夜食の入ったギャレーが押されている。

 ある意味度し難い連中ではある。

 何気なく、士郎が話題を出す。
「セイバー達と出会ってから……色々あったが、まさか王様の下で働く事になるとはなあ……。セイバーは王宮なんて慣れたものだろうけど、俺は未だにこの雰囲気には慣れないよ」

 セイバーが苦笑する。

「私だってまさか他人の王宮で仕事するなんて考えた事は有りませんでしたよ」

「そうか、そうだよな…………。けどセイバーはタマネギさん達には凄く好評じゃないか、やっぱり仕事は慣れているんじゃないのか?」

「慣れるといっても私の居た国とは時代もシステムも違い過ぎます。喜ばれているのはこちらに来てから学んだ仕事に関してですよ…………ああ」

 生前は貨幣経済も碌に発達していなかった様な国の管理者だったセイバーだが、こちらでの生活の結果、意外なほど現代の経済に明るくなってしまっていた。
 なにせ同居人たちは、若い頃から苦労していたお陰で経済観念は良く持っているものの、片や他人から貰う報酬には全く無頓着な御人好しと、片や職業上出て行く金に糸目がつけられない事情を持つ金食い虫である。その間に挟まれ来生の調整役の気質が騒いだのか、結果セイバーがいつの間にか一家の財布は握っている事になっていた。

 そのセイバーが顔を曇らせる。

「どうした?」

「…………いえ、確かに私の仕事は喜ばれては居ますが、当然元々この国で働いていた彼らに敵うはずも有りません。
 現代経済を学んだといっても多少金額は多いとはいえ所詮我々三人一家での話、士郎達が生まれる前から働く彼らの助けになる程の手腕は私には無い…………どちらかというと喜ばれているのはパタリロ殿下に対しての事です」

「ああ……殿下の事か。何だか俺にまでお礼を言ってくる人も居たな。
 俺は大して殿下と話した訳じゃないから分からないけど、やっぱり部下じゃ言いにくい事も有るんじゃないのか? それをセイバーが言ってくれるのが嬉しいとか…………?」

「そんな次元ではありません」

 士郎の言をばっさりと斬るセイバー。

 衛宮士郎の王族に対する知識など、学校で学んだ知識を除けばテレビで見た日本の皇室と英国王室、かの戦争で見たセイバーとギルガメッシュ程度のものだ。
 無論セイバーとギルガメッシュがそれぞれ規格外な事くらいは理解できる分別はある。
 よってその規格外の一がとんでもないと評する人物の想像など出来る筈もない。

「……いえ、結果として彼が大した国王である事は否定出来ません。この国の発展を見れば少なくとも彼が暗愚ではないのは確かだ。しかし…………彼の日常の言動は余りにも……問題が多過ぎる」

 セイバーの溜息は、彼女の眉間の皺を深くしただけだった。

「部下を消耗品扱いする様な言動、明らかに行き過ぎた吝嗇家、大切な務めを何と思っているのか、仕事を嫌がって逃げ回るばかり。科学者としても優秀なのでしょうが、王が趣味に走り公務を疎かにするなどと言語道断な話です。
 大体、彼はまだ十歳の少年なのですよ! 持病もあるというのに何ですかあの食事の量は! 自分が如何に掛け替えの無い身体であるか分からないというのですか!」

 だんだんヒートアップするセイバーさん。食べ物の事に関しては言いたい事が無いでもないが大人しく口を噤む士郎くん。彼だって命は惜しい。

 因みにマリネラの食事は元々気候は良い上に、裕福な交易により国全体でレベルは高い。
 国王の食事にしても量的問題が重視されてはいるものの予算は低くなく、その他王宮で出される食事も悪いものは無い。士郎達が暮らしていた英国に比べれば何を況やである。

 具体的な言及はあえて避ける。筆者は英国に何ら含む所は無い事を宣言しておく。
 少なくとも日本にあるアイリッシュパブは大好きです! 本当です! ギネスおいしいです!


「結局、殿下は駄目な人なのか?」

「うーん…………」


 この国は実にのんびりしている。細けぇ事はいいんだよ! けど重箱の隅突付くのは楽しいよね? といったこの国の風潮にはまだ慣れていない二人だった。




 どちらが先に気がついたのか、今まで二人が感じた事の無い異質な魔力を感じた。
 場所は―――――――オークション会場だ!

「シロウ!」
「ああ!」

 何が起きたのかは分からない。しかし、何かが起きたのは確かだ。
 会場には多くの人たちが集まっている。その場には凛も居る。二人が出来る事は―――――有るか分からないが、二人はそれを看過する事を許せない、許さない生き方をしていた。

 しかし、二人が会場にたどり着く事は出来なかった。
 いくつかの角を曲がった先、そこに何かが居た。

 士郎は神経が直接触れられた様な不快な感覚を覚えた。そこに見える“何か”は今まで彼が見た事も無いほどの異様な姿をしていた、そしてそれなのに確実に不快な姿でもあった。

 手は二本、足も二本、頭は確かに肩の上に有る。しかしこれを人型と称するにはその醜怪さに躊躇われた。肌は筋肉が剥き出しの様でもあり、剥げかけのそれが醜い疣を張り付けている。頭に裂けた口内には乱杭歯が尖り、そこから埃被った標本室の様な不快な臭いが漂う。

 それはこちらを見つけると、何に汚れたのか考えたくも無い爪を掲げ、硬い物同士を擦り付けた様な嫌な声を上げながら、襲い掛かってきた。

「――――投影、開始―――――」

 衛宮士郎はあの戦争の時ほどに無知無力なままではない。愚直なまでの鍛錬と正式な魔術の知識、幾度の経験が彼に運命に抗う為の力を確実に付けさせていた。

 魔術の詠唱はそれを行うだけの時間を要する。唱え、発動するまでの時間、彼に届く運命だった穢れた爪は、聖杯により彼に授けられた運命により防がれる。

「私の前で――――――シロウに触れる事は許さん!」

 金糸の旋風が振るうのは不可視の刃、醜怪な有象無象は触れる事さえ出来ない。

 しかし、如何に刃が不可触とはいえ怪物の手数は無数、その奇跡の様な美しいセイバーの体に余りにも醜い腕の様な何かが触れようとする。
 そんな冒涜的な悪行を許せない少年は、確かにその信念を貫く。

 その手に振るわれるのは干将剣と莫耶剣。運命に踊らされ、されども信念を貫き通した夫婦がその名を冠し造りだした宝剣。そして運命に巻き込まれ支配された男が、それでも信念を貫く為に振るい続けた夫婦剣。

 この手に握られたそれはその模倣でしかない―――――しかし、それは信念までも投影された奇跡。本物に負ける事は、ない。


「セイバー!」
「はい!」

 金の奇跡。
 赤の信念。

 腐った汚泥の中に、それが煌いた。




『…………だから、多分そいつらも眷属って奴だわ。気を付けて! 魔術に対する抵抗力はサーヴァント並よ!』
『動きは大した事はないが、中級の死徒並に身体も硬い! 俺達だけなら何とかなるが誰か襲われると不味い! 遠坂!』

 凛は苛立たしげに頭を掻き毟る。

『ああもう…………! そんなほいほい対策案が出る訳は無いでしょう! ……とりあえずそいつらをやり過ごすか何かして合流を目指して!』


 警報鳴り響く中、パタリロが通信機に怒鳴る。

「どうなっとる! 状況知らせろ!」

『こちら離宮南門! 何か飛んでます!』
『王宮裏! 土の中から変な泥が……!』
『何ですかこれ!?』
『殿下の親戚ですか!?』

 天下の美少年に向かって無礼な事を言う奴も居るものだが、とりあえずそれどころではない。分かるのは王宮中に次々と怪物が現れているという事だ。

「防衛作戦“への三番”だ! 各個応戦しろ!」
『ラジャー!』
『了解!』
『ヒャッホー! 殿下そっくりで撃ちやすいぜー!』

 約一名しばり首決定。


 突如、作戦司令室と化した部屋は、タマネギ達の張ったバリケードが役目を果たしていた。
 回復したタマネギたちは部屋備え付けの武器を手に取り、応戦を開始した。無数蠢いているとはいえこの場の数は有限である。異常に頑丈とはいえ銃が聞かない訳ではない。

 一体倒すのに弾倉一本消費する様な有様ではあるが、着実に相手は数を減らしていた。

「次!」
「はいっ!」

 何故か大活躍中なのがやっと自分を取り戻したルヴィアゼリッタ嬢だった。バリケードの上に仁王立ちになり、機関銃を存分にぶちかましていた。

 彼女も最初は魔術による応戦を選んだが、効果が少ないのを理解した後は、タマネギの持ち出した機関銃を借りて応戦していた。
 いつの間にかタマネギたちを率いて戦っているのはどうしてだか分からない。彼女の貴族の血か、タマネギの奴隷体質の所為か、多分両方だろう。

「…………ていうかアンタ、銃なんて使えたのね……」
「あらミス・トオサカ、軍事訓練は貴族の義務ですわ。戦えない貴族は存在する意味が無いのですわよ」

 日本出身の機械音痴である凛には、余りに門外漢な事象ではある。

「そこ! 弾幕薄いですわ! タマ落としたか! ロックンロールですわよ!」
「サー、イエッサー!」


 フィンランド貴族のイギリス在住が何故アメリカ海兵隊のスラングなのかは大いなるキャッチ22(触れてはいけない問題という海兵隊スラング)




 戦場では血よりも貴重な時間が暫し消費された。

 同じく戦場で命より大事な情報がパタリロの下にだんだんと集まってきた。

「状況はこうだ」

 オークション会場で、アッシュールバニパルの焔が魔物を召喚した同時刻。
 会場を中心に王宮の各所で同じ“旧い魔物”の眷属たちがいきなり現れた。空間移動といった大魔術なのかは分からない。ただ、何らかの“道”を辿った召喚術の可能性を魔術師たちは語った。

 眷族の種類は多種多様。断片的な知識しかないが、この中で最も詳しいメレムが考えても明らかに敵対している“旧い魔物”の眷属が同じ所に現われている。

 “旧い魔物”―――――――メレムは、口に出すのも汚らわしいと言わんばかりに“邪神”と呼んだ。その邪神たちも一枚岩ではないらしい、汚れた水の邪神、それと比較的友好的な穢れた風の邪神、それに敵対する悍ましき火の邪神。その眷属たちが一箇所に集まる。報告には人間そっちのけで戦い始める奴らも居た事から、それは確かなようだ。


 離宮の厨房では、2メートル半ほどのウミユリに似た生き物が入ってきたので、出入りの業者と間違えたタマネギがお茶を出したら、一口啜って帰っていった。なんて報告もあった。


 しかし、人間側の状況は決して良くは無い。対人用の武装は一定の効果は上げていた。
 タマネギ達の正直なところ、いつぞやのオカマさん達といった連中に比べれば能力も外見も問題にならないほど弱い。だが数が違い過ぎる。
 王宮に滞在中で恐慌状態に陥った一般人(魔術師を含む)の救出は順調であり、今の所死者などの報告は挙がっていない。

 が、それも時間の問題だろう。空を飛び、人を抱えてくすぐり倒す奇妙な奴らも含まれて入るが、殆どの眷属は明らかにこちらを喰らうか殺すつもりで襲いかかってくる。

「まだか…………! まだ十三番倉庫と連絡はつかんのか…………!」

 うろうろと落ち着き無くその場を歩き回るパタリロ。

 先程タマネギに向かう事を命じた十三番倉庫とは、しばらく前の王宮台風被害(という事になっている)の後、パタリロが命じて作らせた武器庫である。

 あの事件の時、突貫で作らせた対悪魔用兵器の殆どが、そこに納められていた。
 何せ命有っての物種とはいえ予算も威力も度外視して作らせた兵器の数々だ。悪魔以外の対象には威力が有り過ぎる、管理の為の費用も魔術的要素や神秘の含まれた部品のおかげでかなり馬鹿にならない額がかかる。
 しばらく襲撃の予定は無い事も有り、王宮に内蔵された兵器群も半モスボール状態にして封印、安全装置を付け始動キーを作り、それも十三番倉庫の中に一緒に入れておいたのだ。

 それが現状になって困った事態になっていた。

 十三番倉庫までの通路上に現れた邪神の眷属は、目に見えない吸血生物だった。
 空を素早い速度で飛ぶそれは、近付くものを眷属だろうが人間だろうが区別無く襲い掛かる。しかしタマネギたちも伊達にこの王宮で働いては居ない。研ぎ澄まされた勘と、そいつらが動く時に出来る一瞬の光の歪みを見つける動体視力で次々にその吸血生物を屠っていた。
 しかし奴らは多勢である。倉庫までの血路を開くには未だ到らなかった。


 パタリロの周りの集まった面子は渋面を隠そうともせず、歩き回るパタリロを見詰めていた。

 メレムは片手間に金虫を操りながらも、状況の悪さに肩を竦める。
 ヴァン・フェム卿は滞在していたホテルから従者を呼ぶも、未だ到着には時間が掛かる。
 凛は士郎とセイバーとの合流は未だ果たせず、セイバーどころか士郎にまでラインを介して消費されていく魔力に、手持ちの宝石を煎餅の様に齧り続ける。

 一人フィーバー中の方も居ますが。

「奴らが逝くヴァルハラなど無いぞ! 突撃!」
「ウラー!」

 お前ら一体何処の出身ですか、特にルヴィアさん。


 うろうろ歩き回っていたパタリロが、ぴたと立ち止まる。

「うあー!」

 叫びながら頭を掻き毟る。磨り減った頭が無くなり、また生えてきたが、それに突っ込みを掛ける余裕のある人物はいなかった。

「ええい! 仕方の無い!」

 彼はおもむろに靴の片方を脱ぐ。ツギの当たった靴下が見えた。
 靴から何故かアンテナが伸びる、どうやら携帯電話らしい。パタリロが猛然とダイヤルし始めた。










■■■■■■■■■■■■■■■■■



 本日の被害者――――――ルヴィアさんファン。


 えーと、意外とタマネギが強い…………。なんだこのエターナルファイター共。

 多分パタリロ殿下が英霊と化したらイスカンダルみたいな固有結界になるに違いない。


   固有結界『王の丁稚(アイ“オニオン”・ヘタレロイ)』
 パタリロの宝具である固有結界。ランクA対軍宝具。
サーヴァント(文字通り奴隷)の連続召喚であり、その数はパタリロ自身も良く分からない。とりあえず何でも出来る。お茶汲みから商談、建築でも国家運営でも何でも来い。
身体能力は人間の限界を何処かに置き忘れた程度、知能も優秀。
 戦闘においても『給料』をたてにすれば戦う、泣きながら。対悪魔用の超科学装備を持ち、相手が相当高レベルの神魔でも術者が逃げる時間は確実に稼いでくれる、やられながら。
 結界を維持するのは彼らの根性。

 相手がまっとうな英霊なら思わず攻撃の手が鈍る効果が付随する。



 ごめん…………涙が止まらない……。モニターが見えない…………。











[11386] 常春の国より愛を込めて 第十八話
Name: へいすけ◆ad21b800 ID:26520f52
Date: 2009/09/27 15:26




   常春の国より愛を込めて  





第十八話: とどのつまり、いえ呼んでません貴方の事じゃありません



 煤煙が溶けたよりも深い、限り無く深い霧。

 鑢よりもざらついた表面の木々が、剃刀の様な葉を揺らす。鋼の茨が咲き誇る。
 禍々しい形をした岩石がころがり、動かない筈の草が災いを招く様にざわめいていた。憂鬱を描いた様な空に、女性の断末魔に似た鳴き声を上げる一つ目の鴉が飛んでいる。

 卑屈な動きの鼠らしき何かが、老婆の顔をした獣に食われた。腹を僅かばかり満たしたその獣が顔を上げると、その視界の先には禍々しい形をした屋敷が、硫黄の香り立つ砂の湖の畔に建てられていた。

 その絶望を表現した屋敷の一室、恐らく主人の部屋であろう。インテリアは人間のデザイナーが一目見れば絶望に首を吊る程の危険な美しさを誇り、活けられた花々は生き物の生血を啜り猛々しく咲き乱れていた。

 読書を愉しんでいた主人の傍らに置かれた電話―――――――恐らく電話だろう、パイコーンの頭蓋骨を使って造られたそれが、地獄の底から響く様な音を立てる。


 その表現は相応しくない――――――文字通り此処は地獄の一郭、魔界の貴族の一邸宅。


 恐怖を感じる様な美しい指が、受話器をとる。
 その指の持ち主、この屋敷の主人でもある、それが読みかけの書物から目を離し、受話器を耳に当てた。


「何用だ。貴様から連絡するなど」

 その声も姿同様、全ての音楽家が一言耳にしたなら諦観と共に己の耳を突き破る程の狂気的な美しさだった。

 受話器の向こうからは、それはそれは醜い肉饅頭の濁声が聞こえてきた。

『もしもし! 貴方の可愛い下僕が大ピンチでごさいます~! 助けてくださ~い!』

 地獄の悪鬼が哂う声も聞きなれた館の主人が、予想していたとはいえ余りに醜いその声に眉を顰めた。

「トイレの流れ損ねが、何の用だ」

『実は…………!』

 地獄の番犬ケルベロスがはばかり中でも、もっとましな音を出す。仕方無しにその言葉を我慢して聞いていた主人は、何とか救援の内容を理解する。

 そして、溜息を突いた。

「……お前は、何か。世界の運命に喧嘩でも吹っ掛けたのか」

『そんな事しません~! 何とかして下さい~!』

 暫し読みかけの本に置いた指を叩き、思案した主人は、結論を出した。人には決して及ばぬ頭脳が何を考えたのか、それは我々には想像さえ許されない。

「よし解った、安心しろ」

『おお……! では!』



「契約はお前の子孫にきちんと継承してやる。安心して死ね」



 どたっ、と。受話器の奥で何かが倒れる音がした。


『それじゃ意味が無い~!! 大体まだ子供なんか作れませ~ん』

「なに?」

 主人は丁度御茶の替えを持ってきていた己の従者に尋ねる。

「おい猫娘、人間でも十年も生きれば子供は作れるものではないのか?」

 従者は首を傾げながら答える。頭の上の耳が思考につられてぴくぴくと動く。

「ええと…………、人間界の猫なら一年、二年も経てば子供作れますよ? それより少し大きいくらいの生き物だし、十年も育てば大丈夫ニャンじゃニャいですか?」

 主人はその回答に満足して、受話器に向かう。

「そういう事だ。さっさと作れ」

『むーりーでーすー!』

 あーん

 マジ泣きの下僕。


『というかご主人様ならこんな奴ら楽勝でしょう! 部下でも良いから寄越して下さいー!』

 皺が寄った眉間を揉み解す主人。

「ええい、分かった。確かに今貴様を失くすのは実に残念ながら勿体無い…………助けを遣してやるからその煩い泣き声を止めろ」

『じゃあ…………!』



「とりあえず一ヶ月ほど待っていろ」



 どんがらがっしゃん、とエライ音がした。


『なんでそんなに時間が掛かるんですかー!』

 電話横のメモ紙一枚よりは大切な下僕に根絶丁寧に説明してやる心優しい御主人様。

「…………いいか、古代妖魔の眷属といってもそちらの世界に居る程度の奴らだ。私の部下でも少し腕の立つ奴なら充分に対応出来る。
 直接の部下ではなく、部下の配下だから呼ぶのに十分位掛かる」

『はいはい』

「来たそ奴を人間界に送る準備に五分、そいつ自身にそちらで活動できる様、天帝の目を誤魔化す仕掛けを施すのに十五分」

『それで』

「あとは、そ奴が魔界を抜け出した事が他の貴族連中…………特にベールゼブブ陣営にばれない様な偽装工作に一ヶ月掛かる」

『…………』


 こける音も聞こえない。多分動く事も出来ないのだろう。

「そういう事だ、島のひとつも消滅すれば天帝が掃除してくれる。諦めてさっさと子供作ってどっかに逃がせ」


『…………』

 へんじがない、ただのしかばねのようだ。


「では、死んでも達者でな」

 そう言って、主人は電話を切った。

 そのまま読みかけの本に視線を戻す主人に、猫娘が声を掛けた。

「良いんですか? あのお気に入りだったゴブリンの足の裏みたいな顔の従者の子孫でしょう……?」

「惜しくない訳ではないが、先程言った通り助けるには手間が掛かる。
 何、暫く時間は有る。そのうち暇を見つけてまた似た様なのを探しに行くさ」

 あれだけ人間が増えているのだ、似たような奴の二、三人何処かに居るだろう、と話を切り上げた。

「そうですか」

 猫娘も先代とはそれなりに交友が有ったものの、今の従者には面識も無いのですぐに切り上げた。そして御茶の交換が済んだので、主人の読書を邪魔しない様、静かに部屋を出た。


 いくらなんでもパタリロみたいのが何人も居る人間界は勘弁して下さい、アスタロト閣下。






 パタリロは両手両膝を床についたまま動かない。靴型の携帯電話が虚しく通話の終了音を鳴らし続けていた。

「あー、殿下?」

 恐る恐る、凛が声を掛ける。先程までの百面相を見ていると何らかの交渉が決裂した事は理解できる。


 パタリロが猛然と立ち上がった。

「ええい! あのひとりアジエンス魔王め! 肝心な時に役に立たん!」


 八つ当たりに電話を叩きつけるも、いきなり頭上に現れたタライが頭を直撃する。なんか概念武装っぽいものらしく、目を回したパタリロが倒れた。

 タライに貼り付けられた紙に、統一言語じゃ有るまいし誰でも読める文字で、『主人を敬わない下僕は報いを受ける』と書かれていた。

 恐ろしく繊細かつ、大胆な魔術の始動キーに、発動に全く無駄が無い術式である。その極めて高度な魔術に、魔術師たちは暫し絶句した。

 流石に魔界の四大実力者が戯れに組んだ魔術などとは思いもつかない。


「えいくそ! 次善の策じゃ!」

 電話のダイアルキーを叩く。


………… …………。


『…………大体、今何時だと思っているの! 小さな子供を起こすつもり!?』

 男にして偉大なる母は、電話越しでも恐ろしかった。



「やーくーにーたーたーなーいー!」

 泣きながら笑うしかない器用な殿下。

 そのパタリロの下に、一枚の羽が降って来る。見ると、そこには文字が。


 “眠いのでとりあえず任せます 頑張りなさい  M”


「あんのクソがきゃー!」

 何処か漏電でもしていたのか、雷に打たれるパタリロ。


 神様はいつでも見ているのです。(見ているだけ)




 煙の治まったパタリロは決断する。

「已むを得ん、何としても倉庫を確保する!」






 銃声が鳴り響く。殆ど一発の様な音だったにも拘らず、放たれた弾丸は三発。

「急げ」
「はいっ!」

 士郎とセイバーは、先日知り合った男性と思わぬ所で再会していた。

 始めは襲われている一般人かと、慌てて駆け寄ろうとした士郎だったが、何と彼は小さな拳銃で化け物どもを退けていた。
 再会してすぐ、士郎の名乗りで彼を思い出したバンコランは、状況を尋ねた。

 士郎は命の掛かった状況で下手に誤魔化すのも難しいと、正直に事情を話した。


 一切、信じてもらえなかったが。


 とりあえず士郎の、こいつらの正体は不明という説明で会話を終わらせた三人は、パタリロと凛たちに合流すべく通路を進んでいた。

 彼を見かけた途端、赤い顔をしてもじもじと視線を泳がせていたセイバーだったが、とりあえず戦闘中は流石にそんな事も無く、戦っていた。


 バンコランが殆ど無造作に見える動作で、拳銃を抜き打ちに発射する。弾丸が頭に堅い殻を纏った甲虫にも見えるそれの重心を支える関節を叩く、一発だけならその殻が弾き返すだけだが、二発、三発と全く同じ場所に着弾した弾頭が、その衝撃で魔物の体勢を崩した。

 その隙を逃さず、セイバーの剣が魔物を両断する。

 威嚇の為か、大口を開けて金切り声を上げる一匹に、バンコランは拳銃を向ける。殆ど腕の動作が止まる事無く、引き金が引かれた。
 数発の弾丸は狙い過たず、そいつの口腔の中に吸い込まれ、体幹を粉々に破壊する。
 そいつが地に倒れ臥す前に、弾倉が交換されていた。


 バンコラン少佐が使用する拳銃は、ドイツ製小型拳銃であるワルサーPPK、原型は1930年代、現行型も60年代から生産されている旧式の拳銃である。
 士郎が解析したところ、バレルとトリガーシステム、グリップは最高品質のものに交換されてはいたものの、それ以外は何の変哲も無い既製品である。
 しかし、恐ろしいまでの精度だった。

 元来、小型拳銃は携帯性を重視し、命中精度、装弾数を犠牲にした製品である。如何にバレル、弾丸を厳選したとしても、元々の性能が低い以上、その短い銃身では大した破壊力、命中精度は期待出来ない。
 しかも彼は、ただでさえ低い威力の弾丸に、FMJ並の硬い弾頭を選んでいた。バレルの種類も、それに対応した材質のものである。

 彼は武器の命中精度を己の鍛え抜かれた腕でカバーし、破壊力を相手の弱点を見抜く観察眼で補っていた。


 思わぬ所で見られた人の極限に、戦いながらも士郎は見惚れていた。

 人は、是程迄の高みに到達する事が出来るのだ…………!


 ただ置く事も躊躇われる様なフェザータッチのトリガーが、音の重なる連射を可能にする。
 殆ど一直線に、それでいて相手の動きを予測した方向に微妙なばらつきを見せながら、彼の信念の様に固い弾丸が、相手に突き刺さった。


 弓道で言う残身を殆ど無意識の世界でとりながら、バンコランは士郎に尋ねる。

「…………その通信機は、私には使えないのだったな」

 士郎のラインを通じた会話で、パタリロたちの居場所を知った士郎たちは、その事情も説明はしたものの、結局“特殊な通信機”という解釈でしか理解してもらえなかった。

「はい、けど間違い無く凛たちはこの先に居ます」
「そうか、なら良い」

 とりあえず解らない事は気にしないらしい。敵も性質さえ理解出来れば何者でも構わない、ある意味大雑把な所もある男性だった。

「では急ごう。私も連絡を取りたい所が有るのだ…………剣士! 一旦引け! エミヤと同時に壁を突き破ってもらう!」

「はい! バンコラン殿!」

 結局名前覚えてもらっていないセイバーさん。




 凛の待つ部屋まであと少し。急ごしらえの三人組みは、個々の実力が高いお陰で順調に進んでいた。

 心のすれ違いは、この際大目に見てあげて。








■■■■■■■■■■■■■■■■■



 …………今は懐かしいダイヤモンドコーティングのトリガーパーツ。ラビット・ファイア用拳銃の様に繊細に、シアとの噛み合わせは髪の毛程の余裕しか無い。ハンマーを起こしたままでは置く事さえ危険な銃―――――――。
 毎日の分解整備はスチール製フレームのお陰で欠かす事は出来ない。古き良きマットのブルーイングは、磨く度にその輝きを増す。
 バレルは無論特別製、兆弾を計算して放つ規格外の使い手の為、380ACP(多分対人用を意識してこっち)の弾頭はカッパーヘッドでは有り得ない、ましてやホロウポイントなど使えない。只々硬さを求めた弾頭、それを通すバレルは如何に硬くしても磨耗は防げない。数インチしかないライフリングで最高の命中精度を求める、衝撃力の低い弾頭ではバイタルゾーンへの必中範囲は数cmしか許されない。彼の消費する弾丸数を考えれば、数ヶ月もしない内に交換する羽目になるだろう。
 まして拳銃は官給品、ガバメントモデルなのだ。交換で修復できない改造を行う事は出来ない。その条件の中で最高のセッティング、それを求めたバンコランの答えだった―――――――。

 作中で拳銃の名前を言及したシーンはとりあえず覚えが無いのですが、簡略化された絵と、バンコランのモデルの一人になった人物の使用銃を考えますとPPKなんですよねー。PPっぽい先端の丸みは無いし、まさかPPK/sな訳は無いでしょうし。たまにマガジンキャッチが有ったり無かったりする所はヨーロピアンスタイルも併用して使っているのでしょうか? というかゴルゴ13のアーマライト・タイプ15じゃないんだし、32ACPや380ACPの一発で射殺完了って所は日活映画を思い出します。話変わりますがあの銃声の“ズキューン”って音、ガンマニアにも不評ですが、あれ擬態語としては凄く優秀なんですよね、早い発射ガスの破裂音に続き弾丸の飛翔音。個人的には大好きなんですが如何でしょうか? そもそもあれは本場ハリウッドの…………。



 えー、書いておいて何ですが、上の文章、読まなくて良いです。

…………だから、けん銃110番にダイアルするのは止めてください!



 自重しないのもこの作品のテーマとはいえ、やり過ぎ。読者置いてきぼりでどうしますか!(鏡に向かって説教中)
 え? もう置いてかれている? すんません…………。


 因みに本編では閣下が殿下置いてきぼり。

 閣下出番終了。これ以上出てもらっちゃったら話終わる。

 実は没ネタの一つで、宝石と色を冠した魔術師たちの中に、青のサファイアと橙のサファイア席に仲の悪い姉妹が鉢合わせするというネタを考えたのですが…………青のサファイア(青い宝石)先生なんぞ出てきたら、爆発オチしか使えなくなりますので流石に自重しますた。






[11386] 常春の国より愛を込めて 第十九話
Name: へいすけ◆ad21b800 ID:26520f52
Date: 2009/10/01 21:15



   常春の国より愛を込めて  





第十⑨話:氷のミハイル氏の娘がチルノそっくりという幻想



「二時方向、友軍!」

「支援射撃! 撃てー!」

 士郎達の周辺に、タマネギの放つ銃弾が叩き付けられた。積み上げられたバリケードをよじ登る様にして、士郎が内側に転がり込む。
 続いてバンコランが、最後にセイバーが一見重そうな鎧に身を包みながらも軽やかに降り立った。

「シェロ!?」

「やあルヴィア、久し振り」

 流石に少々息が上がり気味ながらも、片手を上げて軽くルヴィアに挨拶する士郎。

「…………考えてみればミス・トオサカが居るのですから、貴方が此処に居ても何らおかしい事はありませんわね……」

「ミス・エーデルフェルト、久方振りです」

「久方振りです、ミス・セイバー…………その鎧は……」

「愛用品ですよ」

 基本的に時計塔でセイバーの出自は明かされていない。公開しようものなら降霊術師、精霊魔術師、エーテル研究家辺りだけでなく、最悪アヴァロニアンといった連中さえもよってたかって殺到する事態になりかねない。

 しかし、隠匿されるのが魔術ならそれを明かすのも魔術師の仕業、時計塔でも高名な連中ならば確信までは無くともセイバーの正体を把握している人間も少なくは無かった。

 ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトもその一人だった、というより彼女は確信に近い。
 何せ彼女の家系も聖杯戦争の関係者なのだ、そのセイバーと言う名と、古式ゆかしい剣の使い手である。真名こそ推察するしかないが、彼女が規格外の存在である事は充分理解していた。

 そのルヴィアが見惚れる姿だった。

「士郎! セイバー!」

 ルヴィアも認めるしかない好敵手が、こちらに駆け寄ってくる。

 彼女は極東の田舎出身ながら、凡百とは違う才能を持つ。我が家エーデルフェルトになしえなかった、聖杯戦争で限定的ながらも勝利をもぎ取ってきた同世代で同性の魔術師。

「おう遠坂、無事だったか」
「何よりです、リン」

「馬鹿! あんた達の方が大変だったでしょうに!」

 ルヴィアとて稀代の才能を持つ魔法使いに連なる家系の魔術師、生半の魔術師に遅れをとる積りは毛頭無いが、遺憾ながら同じ位の血と才能を持つこの紅い女性は、彼女には無いものを二つも持っていた。

 聖杯戦争の奇跡の一、同性さえ見惚れる伝説の英雄と、彼女と同郷の奇妙な安心感を与えてくれる男性のパートナー。

「…………少し、妬けますわね」

 魔力の使い過ぎに脱力しそうになる女性を、慣れた様子で、それで居ながら妙に気恥ずかしそうに、抱き留める赤毛の青年。金髪の英雄は、それを見て二人を支えるように近付いていた。

 ルヴィアゼリッタは己の来た道に後悔は無い。だが彼女の往く道が己のそれと些か違う事に、一抹の寂しさを覚えた。




 バンコランの状況把握という名の虐待の末、首根っこを摘まれた状態のまま、パタリロが号令を掛ける。

 どちらかといえば朝出勤前に渡されたゴミ袋といった体ではあるが。

「…………本当にマライヒ達は無事なんだろうな」
「この国が吹っ飛んでもあいつ等は怪我なんぞせんで済むわい!」


 パタリロがタマネギ達に兵力の再編成を命ずる。ヴァン・フェム卿が問い質した。

「生ゴミ君……いやいや、パタリロ君。如何する心算なのかね?」

「十三番倉庫までの径路を開く! このままではジリ貧になる!」

 篭城は飽く迄も援軍の存在が前提の戦術である。その援軍が期待出来なくなった状況では作戦の変更は当然の帰結であった。

 しかし作戦中の方針転換とは、多大な犠牲を出す危険を意味している。

「通路上の部隊と合流したとしても、全体的な火力不足は明らかです!」

 この時点までの守勢においても、パタリロたち側の火力不足ははっきりしていた。これが攻勢に転換するとなると更にその問題は大きくなる。

 合流した戦力も、当てにするには些か心許無い。確かに士郎とセイバーは強力な援軍ではあるが、その力の源である凛の魔力はとっくに限界が近い。凛の魔力が切れてしまった時点で、二人の戦闘力は激減する。バンコランは未だ十全なれども、所詮使うのはタマネギ達の通常兵器、破壊力不足の状況が変わる事は無い。

 世界上位に近い戦闘力を持つ死徒達とて、現状の戦力はこれ以上期待出来なかった。二十七祖第十四位ヴァン・フェムの真の力は城と呼ばれる巨大ゴーレムであり、この場には無い。第二十位メレムが使うのは彼自身の手足、具現化した悪魔。しかしその力は強力過ぎる、この場で開放しようものなら此処に居る人間どころか王宮さえも破壊される。

 ヴァン・フェムの城も、メレムの悪魔も、この場で使うには大き過ぎる、強過ぎる。

 二人とも、最悪それらを使う事を覚悟してはいるものの、それはこの国を自ら滅ぼすと同義であり、最後の手段と考えていた。それは彼らの敵対者に大きな隙を作る愚行であったし、多少躊躇われる程にはこの国と人に愛着も有った。

 現状使える力は、メレムのコレクションである金虫の魔術礼装、ヴァン・フェムの死徒たる怪力、それくらいだった。


 それぞれの理由でパタリロの案に消極的な面々であったが、パタリロの次の言葉がそれを変えた。


「考えても見ろ、これ以上奴らを其の侭にしておけば…………奴らは王宮外に出て行きかねん。そうなれば被害が市街地に及ぶ!」

 パタリロの目はいつに無く真剣だった。

「そんな事は許さん…………ぼくは国王なのだ、奴らがこの国のものに触れる事は絶対に許さん…………!

命が惜しい奴は今直ぐこの場から逃げろ! …………たとえ一人でもぼくは行くぞ」


 バンコランにぶら下げられたままではあったが。




 最初に動いたのはバンコランだった。突然その手を放す。
 床にぶち当たったパタリロの抗議を無視して、シガレットケースから愛用の葉巻を取り出す。火の点き難い葉巻を、慣れた様子で燻らせた。

「タマネギ、銃を貸せ」

 そう言って上着を脱ぎ、襟を緩めた。

「…………勘違いするな。まだこの国には用が有るのだ、仕事の邪魔をする奴は何者だろうが許さん」

 その言葉が切欠だったのだろう。タマネギたちが動き出す。

「弾薬の残りを確認します!」
「径路上に補給点を構築させろ!」
「全部隊に連絡を! 応援を頼む!」

 他の人間も動き出した。

「ルヴィア、貴女の魔力込めていない宝石って有る? ちょっと貰うわ」
「…………貰うって……、貸しにはなりませんの?」
「無い袖は振れないわ」
「…………仕方ないですわね、恵んであげますわ」
「……有難う、感謝するわ」
「え?」


「もう少し、付き合うとしようか」
「何を言っているんだい、大したお祭りじゃないか。此処で帰る馬鹿は居ないよ」
「まあ…………違いない」






 パタリロ率いる主力部隊の戦いは熾烈を極めた。

 タマネギ達が放つ無数の機関銃弾と手投げ弾が、敵の勢いと数を僅かばかり減らす。
 そこに斬り込むのは双剣を操る士郎と、不可視の宝剣を振るうセイバー。飾り物だった剣や槍を叩きつけるヴァン・フェム。

 しかし相手は多勢、不用意に出てきた彼らに襲い掛かろうとする不届き者を阻むのは、常識外れの精度を誇るバンコランの銃弾と、メレムの操る金属の甲虫。

 それら全てを指揮するのはパタリロである。確実に状況を読み、敵の弱点を見つけ、効果的なタイミングを計り、最小の労力を最大の効果に転換する。


 目が、霞む。足が、ふらつく。

 凛は急激な魔力不足時に陥る症状と懸命に戦いながら、彼らに続いていた。
 落ちていた瓦礫に気付くのが遅れ、足をとられる。転ぶのを覚悟した瞬間、彼女の身体を抱えたのは女性の手だった。

「しっかりなさい! 魔力タンクは付いて来るだけで充分ですのよ! …………それとも」
 ルヴィアが微笑む。
「誰かに抱えさせましょうか?」

 少し意地の悪い、それでいて友人に対する気遣いを含ませながら、ルヴィアが口端を上げる。

「……冗談! そんなに安い女じゃないわ」

 彼女の相棒が、騎士が眼前で戦っているのだ。友が傍らに居るのだ。一人だけ同じ地に立たないなどという真似は、遠坂凛の名が許さなかった。




 しかし、それだけの精鋭を率いながらも戦況は決して良くない。
 異形たちの能力は千差万別、数は極めて多し。ぎりぎりまで集めた弾薬も底が見え始める。主力とも言えるセイバーと士郎の限界も近い。メレムの礼装も無限ではない。
 死者こそ出ていないものの、強行軍は戦闘不能者が出て来始めた。

 更に悪い情報が入る。

「先行部隊からの連絡! 倉庫前に黒い泥状の奴が陣取っています! 銃弾が効きません!」

「王宮外からです! 出現範囲今だ拡大中! 市街地に出現が確認されました!」

「……急ぐぞ!」


 もはや一刻の猶予も無い。一団は気力を絞り出す様に前を目指す。

 部隊に多大な出血を強いながらも、倉庫前に到達する。
 その頃には殆どの人間が息を切らせていた。比較的平然としているのはメレムとヴァン・フェム位で、パタリロやバンコランさえも額に汗を滲ませていた。

 セイバーも背中にじっとりと汗をかいていた。英霊たる彼女が十全ならばこの程度の事造作も無いが、今の彼女はこの世界にサーヴァントして現界している身だ。既に魔力は依代たる凛の体調もあわせ限界ぎりぎりである。

「…………儘ならないものですね」

 この枷がある身体を、彼女は選択してこの場に居るのだ。その事に僅かの後悔も無い、しかしそれ以上の状態を知っている身体が、それを望めない事にほんの少し苛立ちを発していた。

 パタリロが不機嫌を隠す事もせず。

「あれか…………」

 彼が呟く眼前の第十三番倉庫前は、異界の相を呈していた。
床一面に全ての色を混ぜたような黒をした何かが蠢いていた。果たして一匹なのか、それとも複数のそれが居るのか、それさえも判別出来ない。判る事は、その汚らわしい泥の表面から幾つもの目や触覚、爪や牙の様なものが浮き出し、近付くものを片端から襲っている事だけだ。

「…………また大物ですねぇ……」

 呟くタマネギ。何より問題なのが、コイツには銃弾、爆弾の類が殆ど効果を上げない事だった。今も攻撃は続けているものの、相手の攻撃を少しばかり怯ませている程度に過ぎない。


 パタリロが急かす様に叫ぶ。

「魔術師ども! こいつの退治方法は無いのか!?」

 躊躇いがちに呟いたのはメレムだった。

「多分…………僕が知っている奴なら、火が一番効果的な筈だ。
 といっても、コイツを焼き払うほどの火なんて早々用意できないんだけどね」

 ヴァン・フェムが続ける。

「……そもそもこ奴等は今、南極にしかおらん筈だ。何故出てきたのか…………」


「ッ! 避けろ!」

 今までも散発的にこちらを襲っていた触手が、いきなり伸びて来た。

「くう!」

 何とかセイバーがその剣で弾く。だが、その後ろから出てきた二本目の牙が、セイバーを越えた。
 運の悪い事に、その先に居たのは殆ど前後不覚の凛だった。

「リン!」
「避けろー!」

 鮮血が舞う。


 声より数拍子遅れ、顔を上げた凛の視界に入ってきたのは、背中だった。
 状況を遅ればせながら理解した凛が、何処か夢想しながら、何より考えたくない、紅い背中。

 その背中に、様々な最悪の未来(可能性)を幻視しながら、僅かの頼もしさと格好良さを感じてしまった自分に、凛は吐き気を覚えた。

 その背中が、喋る。

「…………遠坂、無事か?」


 ヴァン・フェムの豪腕に振るわれた斧が、その刃諸共触手を砕く。

 凛の前の背中に、染まる赤が、床に広がった。


「衛生兵!」


 誰かが叫ぶ。それは凛の耳元の様でもあり、遥か別次元を観測している様に遠くでもあった。







■■■■■■■■■■■■■■■■■



 攻勢開始。

 しかし、人類と世界の裏切り者パタリロ殿下の活躍には今しばらくの時間の猶予を頂きたい。


 …………筆者的には少佐のツンデレが書けて満足。

 マライヒさんの言ではないが、本当にこの二人ええコンビだよねー。いや、ツンデレって別にどうとも思っていなかったけど、書いてみると楽しい! 






[11386] 常春の国より愛を込めて 第二十話
Name: へいすけ◆ad21b800 ID:26520f52
Date: 2009/10/03 19:54




   常春の国より愛を込めて  





第二十話:習い事を始めようと近所のダジャレ塾に行ってみる



 てきぱきとタマネギが処置をしている。凛はその光景を半ば呆然としながら眺めていた。

 士郎の傷は深い。適切な処置により命に別状がある程ではないが、太い槍の様な数本の牙が士郎の腹部を大きく引き裂いていた。
 その手には既に双剣は無い。士郎はあの瞬間、咄嗟に凛の前に出てその剣で僅かに牙の軌道をずらした。その衝撃で限界が近かった夫婦剣は幻想に還りつつも、士郎自身の致命傷を避け、彼の腹部を抉るに止まったのだ。

 凛は自分を奮い立たせる。何をこんな所で立ち止まっている、いつから自分は守られるだけの軟弱な存在になったのだ。

「ええい! ――――――Anfang―――――!」

 本当になけなしの魔力を回路に通す。此処で彼を失うなんて許せる事ではない、それを考えるだけで膝が崩れ落ちそうになる。

 許せないのではない、耐えられないのだ。

 しかし、それを止められた。

「お待ちなさい。――――――貴女は、シェロだけでなくミス・セイバーをも失う積りですか」

 凛を止めたルヴィアが、治療中の士郎に近付く。おもむろに取り出した宝石を咥え、それが割れた。

「……これは貸しでしてよ…………いえ、そうじゃありませんわね。
私も……彼を助けたいだけ」

 ルヴィアの魔術回路が開く。彼女も治療魔術の専門家ではないが、凛同様に多くの魔術を習得している。今の凛の比べれば余程効果的に治療出来るだろう。




 凛はその光景を見ながら、力無く座り込む。視線を外すと、向こうで魔力の枯渇しかかった鉛の様な身体で、セイバーが今だ戦っていた。


 …………畜生、今のわたしに何が出来るのよ…………!


 呪文でもない、魔術ですらない。ただ呪いの言葉が、彼女の口から漏れた。






 泥の攻撃は、今だ続いている。防ぐ分には何とかなってはいるものの、弾薬も既に心許無い。何より時間は刻一刻と過ぎ去っていく。

 パタリロが、何かを決断した。

「…………ヴァンデルシュターム卿とメレムとやら。貴公たちは強力な魔術師なのだな」

 メレムが返す。

「うん……。少し違うけど、魔術師として僕たち以上の使い手はそんなに居ないはずだよ」

「…………貴公たちは手加減している、恐らく必要以上に被害が広がらない様にだ。そうだな?」

「まあ、そうだね。……僕らが全力で戦えば、この場の人間は全て死ぬ。眷属ども諸共にね」
「私等は特に大規模攻撃に特化しておるのだ、この様な小兵相手では充分な力は出せん」

 パタリロは更に続ける。

「せめてこの一帯、あの泥に限定して吹き飛ばす事は出来んか?」

「…………言った様に、あれを完全に吹き飛ばすなら……向こうの倉庫諸共だよ?」

 渋面を作るメレムに、パタリロが事も無げに答える。

「倉庫の心配はいらん、あの壁なら戦術核の直撃でも耐える。中位悪魔でも破壊はほぼ無理、上位悪魔でも梃子摺るとお墨付きじゃい」

 メレムが絶句する。この国に来て退屈だけはしない、というより復元呪詛の掛かっている筈の心臓が心配なほどだ。

「全て吹き飛ばす必要は無い、一瞬でも道が出来れば何とかなる」

「…………まあ……それなら……、手が無い事も無いけど…………一瞬で如何するんだい?」

「ぼくが走る!」

 再び絶句するメレムと、爆笑するヴァン・フェム。

 笑いの治まったヴァン・フェムが、膝を叩く。

「心得た! ……パタリロ殿下の脚ならば、不可能でもあるまい! しかし念には念を入れ、だ。私がサポートに付こう」


 ここに、些か変則的なれど三人の人外同盟が結成された。…………実に“逸般人”な連中である。






「紳士淑女の皆様! 永遠の少年メレム・ソロモンの楽しいマジック・ショウの始まりだ!」

 実際にやる事になれば、彼もただの少年ではない。極めて普通ではない性格である。

 全体が、相手の攻撃範囲外に一度後退した。その正面に立つのは司会も兼ねたメレム。
 その後ろにヴァン・フェム、その更に背後にパタリロが構えた。

「…………僕の助手を紹介しよう! マジシャンの相棒といえばこれ! 奇麗な美女の登場だ! …………ただし、内気でビッグな女の子なんだ。右手だけで失礼!」

 突き出されたメレムの右腕が、一瞬透けて見えた。次に現れたのは巨大な女性の腕。
所々に継ぎ目が見えるその腕、その継ぎ目が裂け、中から物騒な大きさと形の刃が飛び出した。

 大質量のそれに、泥の触手も耐え切れず、散々に切り裂かれる。王宮の床も壁も、天井さえも巻き込まれ、粉々に砕け散った。

 その一拍前、構えたヴァン・フェムの手に、パタリロが飛び乗る。二人の視線の先には瓦礫と刃の降り注ぐ林、しかし躊躇う事無くヴァン・フェムがその膂力を発揮する。

「往きたまえ!」

 弾丸の様な速度で、パタリロが宙を跳ぶ、いや、飛ぶ。

彼に躊躇いは無い。命の危険など今までいくらでも経験して来た、今更傷の痛みなど此処で躊躇って失うものの痛みに比べれば物の数ではない。

「ハッ!」

 流石は根来流忍術免許皆伝にして人外の身体能力を持つ殿下、降り注ぐ瓦礫を足場に、動く刃の腹を手摺代わりに、みるみる倉庫に近付く。




「何ですの…………? あれ」

 免疫の無いルヴィアが、呆然と呟く。十歳の少年の動きどころではない、人間の動きとは思えなかった。

「この国の国王です」

 もう決まりきった返事を返しながら、タマネギの言葉に少しばかりの誇らしさが隠れていた様に感じたのは、ルヴィアの気の所為だったのか。




 飛ばされた勢いを殆ど殺す事無く、パタリロは倉庫の壁に物凄い勢いで着地した。

「非常用優先コード・0番! パタリロ・ド・マリネール8世!」

 彼の生体反応と脳波を感知したセンサーが機能を果たした。設定された機能通りに緊急ハッチを開き、対象以外の侵入者が入ってこられないように、最速でパタリロを倉庫内に叩き込んだ。




 数秒ほど倉庫内の床で動けなかったパタリロ。死徒に投げられたよりダメージがでかいってかなりの問題設計なのではないだろうか。


「ええい! くたばっている暇は無い! 管制コンピュータ、応答しろ!」

 叫ぶパタリロに、電子音が応答した。

『遅イワイ、ボケ』

 もう一回へたり込むパタリロ。

『トックニ状況ハ把握シトルワイ。サッサト命令セント、ドウナッテモシラヘンデー』

「…………やはり値切って買い叩いた基盤が悪かったのだろうか…………」

『状況らんくB、次元ノ解レヲ確認。モタモタシテットまりねら全土ガ妖魔ノ宴会場ヤデー』

「何だと!」

『アト、普通ニ来ル奴ラモオルデー。慌テトランデナントカシー』

 その時、パタリロの持っていた通信機に、タマネギの慌てた声が入る。

『マリネラ海軍から通信です! “何か”が無数にマリネラ領海に接近中! 海中を凄い速度で真っ直ぐこちらに向かってきているそうです! 指示を求めています!』

『ホラ見タコトカー、妖魔ノ大群ヤデー、緊急事態ヤデー』

 歳の所為か副作用でケツが痒くなって堪らない為封印しているタイムワープ能力を、この時ばかりは解禁したくなったパタリロである。

 無論、この管制コンピュータを作った時に戻って、その時の自分をぶん殴る為だ。

「対悪魔用防衛プログラム発動! 王宮施設も全解放だ!」

『アイヨー、手遅レデナケレバエエガナー』

 ああ、世界は何と美少年に優しくないのだ…………。






 倉庫内で膝を付くパタリロの葛藤など知る由も無く、倉庫の外での変化は劇的だった。

 今まで王宮内に鳴り響いていた警報音が別の音に切り替わる。
 タマネギ達の動きが変わる。各地に配置された武器庫に、王宮内部を張り巡らされた補給装置を使い新たな武器が届く。その武器は、魔術師たちの誰もが見た事も無いものだった。

「皆さん、下がって!」

 同型の武器を構えた数人が、メレムたちの前に出る。切り刻まれながらも暴れる泥を押さえつけていた右腕の機巧人形を射線からどけた。

「火炎メーザー砲、発射!」

 プラズマ化した高温の粒子が、目が眩むほどの光を放ちながら泥に突き刺さる。どこら辺がメーザーなのかは分からない。

 人間の耳には理解し難い悲鳴を上げながら、泥が半分ほど蒸発する。其処に叩き込まれるのは銃弾の雨だ。無論先程までの様な通常弾ではない。洗礼銀を合金化し、内部に聖水を混ぜた燃焼剤を仕込んだ徹甲焼夷弾だ。

 先程までとは違い、泥が次々に削られていく。

 倉庫前が片付くのに、然程時間は掛からなかった。


「ぎゃー! 僕の右腕がちょっと焦げたー!“彼女”の爪が欠けたー!」

 ちょっと涙目のメレムくん。まあ、流れ弾とはいえ大した被害ではないのは流石二十七祖といったところか。


 待望していた十三番倉庫の扉が開く。

「倉庫内に指揮管制室があります! 其処のベッドに!」

 何人かの負傷者と共に、士郎も担架で倉庫内に運び込まれる。何とか落ち着いたものの、今だ士郎の意識は朦朧としたままだ。
 ほぼ役立たずと化した凛は、それに続く。これ以上の魔力消費はセイバーの現界に影響が出る。
 彼女の表情には、凛らしくない諦観が滲み出ていた。




 管制室内のモニターに映し出された光景は、魔術師たちが絶句するほどのものだった。
 王宮各所に出没していた異形の眷属達が、次々に屠られていく、滅ぼされていく。

 強力な高射砲が、対空ミサイルが、空を舞う悪鬼の羽根を、翅を削り、身体を吹き飛ばす。地上では腐臭を放つ妖獣どもが、レーザーに焼かれ、銃弾に斃れ、爆風に炙られている。避難した一般人の元に奴らの爪や牙が届く事は無い、電磁バリヤーがその行く手を完全に遮っていた。

「…………あれは」
「…………概念武装を搭載した物理攻撃兵器、といったところか。……ものによっては魔力を内包した限定礼装と言うべきものも含まれておるな」

 彼等死徒は魔術により存在するものと言って良い。正確には科学外の力によりその身を保つ生き物である。当然生き物である以上、物理的に死亡する危険性は常にある。如何に復元呪詛があるとはいえ、体重に匹敵する様な量の弾丸でも喰らえば殆どの場合死ぬ。
 無論その程度で恐れられている訳では無い、当然そんな状況になる事を防ぐ手段を数多く持つ。その一つが魔術なのだ。

 人間の魔術師でさえ弾丸を防ぐ程度の事は造作無い。量的問題から限界はあるが、物理攻撃を防ぐ限界は、化学的な装甲や防弾服に比べれば遥か彼方に位置する。その量的理由で核兵器などを耐える程の魔術は存在しない、それは魔術師の量的限界を超えるという理由でだ。しかし核兵器の直撃を喰らい生き残る術が魔術に存在しない訳ではない、そのエネルギーに直接対抗するまでもなく、当たる事実を改変する、核兵器自体の状態を変更、“死んだ”事実そのものの無効化など、どれも大魔術ではあるが、不可能ではない。

 核兵器の直撃を受け、死なない生き物は確実に存在するのだ。

 では、そんな生き物を確実に殺す為に、人間が何を用意したのか。それが同じ魔術を使った“死”と“滅び”を相手に与える手段である。魔術的には概念武装と呼ばれるものもその一つである。何も攻撃に特化したものばかりではないが。
 塩や銀には魔を払うという概念が付随する。それだけでも効果はあるが、こちらも魔術的な量の問題が有るし、質的問題が更に重要である。内包された神秘の強い方が影響を与える、それが魔術という世界の法則である。

 これで一つの結果が生まれる。例えば、ただの人間に聖水の概念は何ら影響を与えない、聖水を浴びせられたとしても、それはただの水を浴びた事と何ら変わりない。心配すべきは風邪の事くらいだろう。当然神秘の強い存在が浴びたとしても結果は変わらない、聖水の概念が効かなければただの人の場合と同じ事だろう。
 しかし、その水がウォータージェットから発せられたらどうか、当然人の身体など真っ二つだ。この際聖水の概念など関係無い。では、その概念に影響される存在ならばどうか、当然かなりの強度を持たなければ物理的な防御をなしえる事は難しい、そして更に容赦なく聖水の概念がその身を削る事になるだろう。

 物理的攻撃力、魔術的攻撃力、どちらかを防げば良いというものではない。そのどちらも必殺の威力を含んだ攻撃なのである。真に彼らしい実にえげつない方法である。

 前述した通り、パタリロの作る兵器は現用兵器を凌駕する威力を持つ、それだけでも堪った物ではないが、搭載された概念武装もまた、一級品だった。

「あの剣は?」

 モニター内で、鋼の様な肌を持つ異形がタマネギの振るう剣に真っ二つにされていた。そのタマネギの腕も生半可なものではないが、とても動く鋼を両断するほどの達人でもなかった。ならば問題は剣にあると考えるのが普通だ。

「ああ、其処にも有るぞ。使うならもって行け」

 一心不乱にコンソールをたたくパタリロが、疑問を発したメレムに顔も向けず答える。

 好奇心からメレムが手に取ったそれは、特に何の変哲も無い現代型の片手剣、やや大振りなのが特徴だろうか、鞘と柄は強化プラスチックと軽量合金、魔術的な装飾さえ無く、無骨な実用品といった姿だ。

 となれば原因は刀身だろう、そう思って彼は鞘を少しだけ掃う。途端に目が眩んだ。

「がっ!!」

 慌てて鞘を閉じる。ダメージは無いが、何か恐ろしいほどの力を感じた。

「何……これ……?」

 パタリロが相変わらずこちらを向かずに喋る。

「ちょっとした謂れの有る釘を混ぜ込んだ」


「………… …………! …………!? ………… …………!!」

 今まで一度も崩した事の無い、ちょっと不思議な少年といった雰囲気をかなぐり捨て、鬼のような形相でメレムがパタリロに掴み掛かる。

「あれはー! 貴様の仕業かーっ!!!」
「何だ? 何だ!?」

 ヴァン・フェム卿が、実年齢を感じさせる様な、深い深い溜息を吐きながら説明した。


「…………彼の今の職場は、バチカンだ」

「こんの…………バカチンがーっ!!!!」


 パタリロの胸倉をがくがくと揺すりながら、死徒の二十七祖が一が叫ぶ。

「あの事件の所為で! どれだけ僕の残業が増えたと思っているんだー!! 表のクソ坊主どもから“埋葬機関”ともあろうものが犯人を捕まえるのにどれだけ掛かるのかね…………? なんて厭味を散々聞かされる僕の左腕の気になってみたまえ!! …………三日も屋根裏から出てこなくなったんだぞ! その間僕が仕事する羽目になったんだぞ!!」

「それはご愁傷様だ。しかし、そのお陰で警備体制が強化されたのだろう? 教会的には結果オーライではないか」

 その言に、メレムの腕が、ぴたりと止まる。

「…………その警備体制強化後にも、盗難事件があったんだけど…………それも君か?」

「知らんなあ」

 そちらはどうせ証拠品が出ない。何せ今有るのは魔界の奥底だ、見つかる筈が無い。

「まあ…………そちらは責任者が更迭されて無かった事になったんだけど…………兎も角! 僕の貴重な三日間を返せーっ!!」

 がっくんがっくん




 世界に二つと無い秘宝をぱちくっておいて、それを言及されても平気の平左で更に嘘をつく三枚舌のパタリロと、千年単位の寿命を持ちながら三日の手間に本気で怒る永遠のピーターパンを自称するメレム。


 世の中の青少年には見せられない光景である。

 よいこはけっしてまねしないでください









■■■■■■■■■■■■■■■■■



 今回の被害者――――――――メレムくん。


 いや、これも全て私の不徳と致す所、どうぞメレムファンの皆様には平にご勘弁頂きたく…………!


 士郎くんが幼馴染のお姉さんと年下(?)のお姉さんの居る道場に半ば里帰り中に、パタリロ殿下のターンが回ってまいりました。…………赤毛のブラウニー殆ど活躍してねえじゃん!!


 しかし、パタリロ殿下のキャラクタって正に七色。
 その冴え渡った頭脳でスマートに事件解決するのも殿下なら、下らない悪戯がばれて非道い目に会うのも殿下。えげつない方法で人を陥れるのも殿下なら、地べたを這いずってでも人の為に動くのも殿下。便所紙で鼻をかむ様なみみっちさをみせながら、世界を救う大業をなせるのも殿下。

 …………まあ、長期連載の主人公ってこんなものかもしれませんが(見も蓋も無い)

 今回の展開は少々悩んだのですが、泥臭い手段もとれるのがパタリロ殿下。反撃開始で御座います。










[11386] 常春の国より愛を込めて 第二十一話
Name: へいすけ◆ad21b800 ID:26520f52
Date: 2009/10/04 20:31




   常春の国より愛を込めて  





第二十一話:仕事を依頼する報酬に用意したカツヲブシが無駄になった



 常春の国 マリネラ

 既に夜半も過ぎ、朝になろうかという時間でありながら、この国は今だ眠らずにいた。

 正確には眠れずにいた。

 深夜も過ぎた頃、王宮が俄かに騒がしくなった。警報が鳴り響き、やがて銃声や爆発音が聞こえ始める。その音に安眠を妨害された王宮近くに住むマリネラ国民たちは、実に慣れた様子で外出着に着替える。荷物を簡単に纏めたら、あとは待つだけだ。

 『緊急事態発生、緊急事態発生。マリネラ国民は全て、指定の避難場所に避難して下さい』

 この国は実に良い国である。税金は無い、治安は良い、気候も良ければ食べ物も悪く無い。基本的に国営企業の業績が良好なお陰で、仕事に困るような事は稀だ。もし生活に困ろうとも、この国の福祉は極めて充実している。国王を筆頭とした知的水準も遥かに高く、生活全般に関する化学技術も高いレベルにある。偶に行く海外旅行(マリネラ国民が国外に旅行する事は稀、留学や仕事以外で出国する者は殆ど居ない)先でも、国内に普通に有るものが無い、といった経験をしている国民は珍しくない。

 しかし当然不満が一切無い訳ではない。例えば天災、そんなものの前には人は無力でしかない。しかも“何故か”この国には天災が多い。そんな時には黙ってそれが通り過ぎるのを待っているしかない。だがその災害にも慣れればなんて事は無い、命さえ助かれば前述の通りその後の生活に心配は無い、そしてこの国の支配者は当然その援助の手を惜しまない。その点においても、この国は良い所だった。

 まあ、その“天災”の八割が王宮から発生する事に目を瞑るくらいは、この国の王は慕われているのかもしれない。






 王宮内の敵は既にかなりの数が無力化されていた。安全の確保まで殆ど時間は掛かるまい。

 問題は王宮外である。

 未だ異形の発生は止まらない。しかもその範囲が段々に広がっている、魔界の公爵が古代妖魔と称した奴等の数は、場所を広げながら、パタリロの兵器群を物ともせず増え続けていた。

「コンピュータ! 原因を解析しろ!」

『ンナ事言ワレンデモワカットルガナ、でーたガ少クナ過ギルンヤ』

 パタリロが適当かつ一切合財のデータを入力してあるマリネラ王宮地下に設置されたマザーコンピュータをしても、古代妖魔の情報は殆ど持たない。少ないデータでは当然結論を出す事は難しい。
 結局、今のところ出来る事は場当たり的な対処しか無かった。

「パタリロ君、アメリカ国防省のデータベースは閲覧出来ないかね?」

「可能だが…………何が有るのだ?」

 ヴァン・フェムが思い出しながら、といった態で答える。

「奴等の情報があるかもしれん…………マサチューセッツ州のインスマス……確か1920年代あたりだった。調べてみ給え」

「よし!」


 猛然とコンソールのキーを叩き始めるパタリロ。遠坂凛はそれを見ているだけだった。




 士郎の怪我は深いものの、処置が適切だったお陰で今は落ち着いている。
 ベッドで眠る彼の傍ら、此処まで奮戦続いたタマネギ達と共に、セイバーも暫しの休憩を取っていた。
 凛は士郎のお陰もあり、身体には怪我一つ無い。しかし、彼女もセイバーも既に戦力には数えられない状態なのだ。

 タマネギ達は休憩さえ取れば、今だ動ける。何より既に何人かはパタリロの指示を受け各所を走り回っている。
死徒たちは元々余裕がある。今もヴァン・フェムはパタリロの持たぬ知識により、彼の傍らに居るし、メレムも先程までは何やら激昂していたが、今は落ち着いてパタリロの横で会話に参加している。彼等はこの先もパタリロの要請次第で相当な戦力になる事だろう。

 ルヴィアでさえも無力ではない。彼女も先程のパタリロの超兵器には度肝を抜かれた様だったが、現代兵器に有る程度精通しているのだ、今もタマネギの手伝いに走り回っていた。


 凛の一部が心中で語る。これだけ規格外な連中が揃っているのだ。状況は悪く無い、最悪でも自分達は助かる確率が高い、此処で座して見ているだけでも問題無いのではないか――――――。

 見ただろう? 死徒の力を。サーヴァントに匹敵する実在の神秘を。
 見たではないか。この国の力を。あの異形を鎧袖一触にする兵器の数々を。

 考えても見ろ。今の自分は既に魔力が無い、魔力の切れた魔術師が何の役に立つ。武器の扱いも知らぬ女一人に何が出来るのだ、手足に力も入らぬ半生人が動いたところで誰が喜ぶ。誰が助かる。

 ―――――――冷静に判断するのだ、遠坂凛。お前の出来る事は全てやった、全て終わった。


 傷が痛んだのか、傍らに眠る青年が微かに呻いた。

 “…………遠坂、無事か?”

 紅い背中を幻視した。―――――紅い背中を思い出した。紅い夕日を思い出した。

 目の端に彼女の騎士が映る。奇跡のような運命で彼女にもたらされた美しき騎士―――――その目に一分の諦めも浮かべられてはいなかった。


 ――――――――――冷静に判断するのだ、遠坂凛。


 休憩は充分だ、多少膝が笑うが歩けない訳ではない。口を動かすなど造作も無い。

「――――――――殿下」

 頭は先程から笑いたくなるほど働かない、言語道断な発想が出て来るくらいに。ならば他から持ってくるのが魔術師だ。

「―――――――仕事、無いかしら?」




 声を掛けてきた女性の状態に、眉を顰めるパタリロ。
 憔悴の為か、隈の出来た目元だったが、その瞳を見た瞬間、パタリロは口を開く。

「…………其処の棚に加工前の対魔兵器用の部品が有る、お前達ならそのまま使える物が有るかも知れん。好きに使え」

「…………有難う、パタリロ殿下」


 遠坂凛は魔術師である。遠坂の娘であり、騎士王の主の一人であり、赤い日の光に誓った約束を持つ。そこいらの凡百の魔術師ではない――――――――!




 棚の中は圧巻の一語に尽きた。東西を問わぬ秘術を内包した礼装の数々、何処から手に入れたのか詰問したい品々、一々元気な時でも御免被りたい目眩と戦いながら、自分に使える物は無いかと探し続ける。

 これ多分基督教系の寺院の鐘よね…………と、古い鋳造金属の欠片が入った棚を閉じ、次の棚を開ける。どれもこれも一級の神秘では有るが、凛が効果的に使用するには些か問題があった。次の棚に入っていた品を見て、彼女は絶句する。
 それは彼女が使うに何の問題も無い―――――――しかしながらそれ以外が大問題な一品だった。


 拳ほども有る最高ランクのサファイアだった。それが何十個も並べて置かれていた。

「何じゃこりゃー!!」

 凛の大声にパタリロたちが振り向く。
 メレムもヴァン・フェムも流石にそれを見て驚く。大きさもクオリティも世界に二つと無いレベルだ、そんな石が並んでいた。

「ああ…………それか。手に入れたは良いが使い道が余り無くてな、こちらの倉庫の方が厳重だし、由来を考えると何か使えないかと閉まって置いたものだ」

 サファイアは別名『天国の石』と呼ばれるコランダムグループに属する鉱石である。非常に硬く、最高級品はまるでこの地球を表す様な青を持つ。
 コランダムはダイヤに次ぐ宝石の代表格であるが、特に美しい青色を持つものをサファイアと称する。その希少性も高いが、特に色の美しさが際立つものには極めて高い値が付く。この大きさと数、それだけでも信じられない事だが、さらに最高クラスのカシミールサファイアが霞むほどの色と透明度である。
 少しでも宝石の知識を持つ者なら絶句は免れない。人類が今まで手に入れたそれを全てこの場に集め、厳選して並べたとしても、この光景を想像することさえ難しい。

「………… …………」

 絶句して言葉が出ない口を開けたり閉じたりしていた凛を見て、勘違いしたパタリロが由来を説明する。正直聞きたくない、何か悪い予感がするから聞きたくない。空気嫁この肉まん!

「多分、さる“お偉いさん”の家の敷石か何かだ。ぼくの発明品の代金に貰ったものだが、流石にそのレベルだと中々売れなくてな、いくつかはばらして売ったが…………」

「敷石…………」


 何かを通り越したのだろう、メレムが笑い出した。

「あっはっは…………、流石は殿下! 今度僕の同僚達に同じ話をしてくれないか?」

 お前は何か教会に恨みでも有るのか。


 凛は目の前の宝石を見詰める。何となくパタリロの話が納得出来てしまっていた。無論到底信じられないような話では有るが、それでもこの逸品は其れ程の神秘を内包しているのだ。恐らく普通の魔術師ではこの石の神秘は理解出来ない可能性が有る。解析を行い始めてこの石の規格外を理解する筈だ。
 しかし凛は幸か不幸か宝石魔術を得意としていた、だからこそ一見で理解してしまった。
 この石に閉じられた恐ろしいまでの魔力を。
 いや、これは魔力ではないのかもしれない。魔力よりもっと根源に近い何か、それを凛は魔力としか認識できないだけなのかもしれない。

「殿下…………? この棚のもの、使ってよろしいんですのよね?」

 パタリロの顔が引き攣る。思い出したのだ、この女性が宝石魔術とやらを使う事を。

「あー、えー…………そいつは…………だな」
「あら、契約に“従って”代金はお支払いしますわ。時間は掛かるでしょうけど」

 その言葉に胸をなでおろすパタリロ。

「なら問題ないが…………全部使ったりするなよ?」
「ご心配無く、数個もあれば充分ですわ」

 パタリロは失念している。現在オークションが開催中なのだ、この戦いもその業務の一環と考えると必要経費はパタリロ持ちという事を。


 凛は石を手に取ろうと手を伸ばした、その時棚の端に何かが置いてあるのを見つけた。

「…………?」

 それは非常に場違いなものだった。

「殿下、これは?」
「!? なんでそれがこんな所に有るのだ!!」

 それは玩具の様だった。凛も小さい頃何度か見たことの有るテレビ番組に出てくる様な、子供の喜びそうなデザインのブレスレッド。

 それが凛の手の中で小さな光を放った。






 遥か極東のある地方都市、その地には一部の人間にのみ世界的に有名なものがあった、非常に剣呑な事柄で。

  聖杯戦争

 世界の真理を探求するというある意味真っ当な目的を、魔術というある意味狂った手段で目指す狂気の輩、魔術師達が企んだ狂気的な儀式。

 この狂った世界で、非情な運命に立ち向かう為に狂気的な力を手に入れた者――――――英雄をこの地に降ろし、それを戦わせる事で究極の一に届こうとする、紛う方無き狂いの宴。


 その魔宴に二度も参加した英雄が居る。彼女は生国に於いては今も讃えられる英雄、幼子も大人も彼女の名を聞けばその賞賛と憧れの言葉に迷う事は無い。
 そんな英雄が何故、狂った戦いに身を投じたのか。

 彼女は――――――歴史上は“彼”だが――――――後悔していたのだ。

 彼女の果たした偉業は、確かに凡人にはとても成しえないものだった。しかし、それは当人が本当に望んだ結末だったのか。
英雄と呼ばれる人間には奇妙な共通点がある。喜ばれる物語の味付けでも有るのだろうが、英雄は生まれか、育ちか、あるいは人生の過程に於いてか、須らく悲劇の中に放り込まれる。当人の望む、望まずに関わらず、だ。

 そんな人生を望む人間は居ない。果たして英雄と呼ばれる者の中で、己の人生に満足して生を終えた者が何人居ただろうか。只の凡人にも難しいそれは、やはり英雄でも困難なものなのだろう。


 だから彼女は今も歩みを止めない。英雄としての生を終えて尚、世界の理不尽に立ち向かう。
 正確には今だ止められないのだ。彼女の歩んだ結末は、余りにも悲しい。
 悲劇は全ての人の下に降りかかる可能性が有る。その不幸に怨嗟の声を上げ只果てるのが我慢できないでいるという人間なだけなのかもしれない。




 セイバー――――――アルトリア・ペンドラゴン――――――の身体は既に彼女の意思を完全に無視していた。
 指一本動かすのに恐ろしく苦労する。全身の筋肉が鉛と化し、それでいて骨はプティングの様にその役目を放棄していた。

 彼女は本来此処に居て良い存在ではない。魔術という外法により辛うじてその身を保っている非常に頼り無い存在である。
 彼女を此処に繋ぎ止めているのは遠坂凛の魔力である。それが切れ掛けていた。

「ああもう…………!」

 生きていた時代とは違う今の風潮に多少なりとも影響されたのか、それとも現在ラインを繋ぐ主である女性の性格が感染りでもしたのか、生前には考えられぬ悪態を吐きながら座り込んでいた椅子から立ち上がる。

 今の彼女の使命は、向こうで暴れている元・マスターを取り押さえる事だ。


「ちょ、ちょっと衛宮くん! まだ動いちゃ駄目ですって!」

「…………駄目だ、俺はまだ動ける。こんな所で寝ていられない」

 つい先程目を覚ました士郎は、今だ異形の脅威が去っていない事を知ると、その体をおして戦おうとしていた。それをタマネギが慌てて諌めている。

「…………シロウ!」

 その声に振り向いた士郎の顔に、セイバーは平手を見舞おうとしたが、手元が覚束ない彼女のそれは、殆ど彼の顔を押さえつける様な形になってしまった。
 今回はそれが功を奏した。そのままセイバーの手は士郎の頭をベッドに押し付ける。

「セイバー…………」

 セイバーも士郎の横たわるベッドの縁に身体を預ける。

「大丈夫かセイバー、ふらふらじゃないか」

「…………少なくとも、貴方は大丈夫ではありません。どちらが重症だと」

「…………遠坂は、無事なんだよな」

「ええ…………今の私とそう変わらない様な状況ですがね、シロウより余程無事です」

 体調が悪いのも相まって、少々棘の有る物言いになるセイバー。
 士郎も聞きなれた苦言に少しばかり神妙な顔になる。

「セイバー…………、俺はまた、間違ったのか?」

 美しき女性の騎士は動かない表情筋に鞭を入れ、微笑んだ。

「前に比べれば、余程上出来です。貴方も、リンも、無事でしたから」

 士郎は何も無策に突っ込んだ訳ではない。動けない凛を庇いつつも両手に持った剣で己の致命傷も避けた、怪我こそ負ってしまったものの、あの時点で彼が出来る事の中ではほぼ最良の結果を弾き出した。

 あの戦争の後、がらんどうのエミヤシロウの心に溜まり込んでいた“何か”も、少しは他のものを留める様になっているのかもしれない。


※※※シロウは十数年前の或る日、身体の側だけを残し、全てを喪失した。

 その残った欠片をすくい上げた男もまた、色々なものを失っていた。欠け尽くした畸形の親子が共に過ごした生活は、男の全てが朽ち果てるまでのたった数年しか持たなかった。

 足りなくなった少年も、未だ人間では在ったのだろう。

人は求める存在である、酸素無くしては生きていけない、食事を取らずに数日も持たない。脚が遅いからと馬にまたがり、羽根が無いからと飛行機を作り、手足が欠けたなら偽りのそれを求める。

 少年は足りなかったものを当然の様に求めた、欲した、渇望した。それが人が生きるという事だ。

 しかし少年は無力な幼子。彼の動く手足の範囲、使える五感の全て、残り物のような心、全てを総動員して手に入れた“それ”は、傍らに居る全てが朽ち掛けた男の、悔恨と共に垂れ流された醜く歪な残滓。

 正義の味方―――――――――。

 男に責任を求めるのは余りにも非道というものだろう。ただ彼は非情の運命に立ち向かい、敗北しただけの英雄になれなかった凡人というだけなのだから。
 しかし怨嗟のそれを少年は自分の大切な部分に落とし込んだ。飢餓の念がそれを為した。飲み込んでしまった。


 “正義”とは所詮形而上の概念でしかない。人が人に理解出来ぬ事象を限定的にでも把握する為に作り出した本来在り得ぬ幻想上の道具。


 そんな確かなものともつかない不安定で不定形なものを、少年は己の最も重要な基幹に据えてしまったのだ。
 少年――――――エミヤシロウはその後も、喰らう、見る、考える、そうやって成長していった。その歪な彼の根に気づいた者も居たかもしれない、しかしそれも社会通念上危険なものではないし、まさかそれが彼の根幹であるなどと想像だにする人間は居ない。

 彼は人でありながら、誰にも気づかれる事無く―――――本人さえ気付かぬ内に―――――人とは思えぬ異形に育っていた。


 その異形に気づいた女性が居る。彼女は人から外れた道を運命付けられし魔術師の娘、それでいながら人の道を決して諦めないという無謀な道を歩もうとしていた若い女。

 遠坂凛は人を外れた英雄を使役するという狂った儀式の中で、その異形の少年に出会う。
 それは偶然にも人としての彼女が少しばかり気になっていた少年だった。
 少年の傍らには、人を超えた異質な力があった。そして彼女の傍らには、その異形の結末があった。

 全てが終わった時、其処には魔術師の少女と異形の少年、人を外れた英雄と、最後に異形の可能性が残した約束だけがあった。


 人あらざる非情な運命を持ってしまった英雄、アルトリア・ペンドラゴン。
 人あらざる異形の心を持ってしまった少年、衛宮士郎。
 人あらざる魔という道を持ってしまった娘、遠坂凛。




 ただ違っていたのは、少女だけが人の生を決して諦めていなかったという事だ。

 遠坂凛はセイバーほどの力は持たない、士郎ほどの鉄の意志を持たない。しかし彼女の心は、欠ける事の無い美しさを持っていた。


『セイバー! 構えて!』

「リン?」

 セイバーのラインを通して凛の声が届く。しかしセイバーは首を傾げた、構えるといっても、何をしろというのか。

「ぐうっ!!」

 途端に、ラインから恐ろしいほどの膨大な魔力が流れ込んできた。渇望していた魔力だが、その余りの量に彼女の肉体は歓喜より前に苦痛を漏らした。


 遠坂凛とて完璧では無い。特にこの粗忽なところは如何にかせねばなるまい。









■■■■■■■■■■■■■■■■■



 Insertion的な何か。



 2009/10/04 極めて阿呆な間違い 修正

 梅昆布茶フイタwwwww

 えー、nao◆875ce1a3様、ご指摘有難う御座います。基本的に資料を漁った後、自信が無い事柄についてはググってから執筆するのですが。何をトチ狂ったかエメラルドと確信して書き進めておりました。おっかしいなぁ…………どう考えてもそれ関連にはサファイアって記されているのに…………。


 どうかこれからも見捨てずに、生暖かい目で見守り頂けましたら存外の幸せで御座います。







[11386] 常春の国より愛を込めて 最終話
Name: へいすけ◆ad21b800 ID:26520f52
Date: 2009/10/11 00:26






「諸君、決戦である」

 マリネラ王宮第十三番倉庫。荷物を除けられた一室に彼等は揃っていた。

 揃う者達の耳目を集め、語るのは二人。

 愛媛みかんと千葉県産落花生の空き箱の上に立つパタリロと、美しい拵えの鎧に身を包む女性――――――セイバーである。
 その姿は、集る者達の目を捉えて離さない。小柄ながらその身体を最上級の品質が見ただけで解る様な鎧が纏い、どんな宝石もその前では曇る様な瞳には見る者を畏縮させる様な強烈な意思が宿っていた。
 それでいて、彼女の慈悲を疑うような者は居ない。

 女神と称するに躊躇わない美しさと、英雄と呼ぶに相応しい覇気が、重なったまま其処に在った。


「…………奴等が何者かは今だ解らん、が。少なくともぼくはあいつ等がこの国に居る事を許す心算は無い。
よって、全て追い出す事にした!」

 パタリロに目で促され、セイバーが続いた。

 その可憐な口元から、覇気に満ちた声が朗々と流れ出す。

「―――――――――――世界は、理不尽である―――――――――――」

 そう、始まった。






 衛生官であるタマネギは、王宮の客人であり名義上部隊の後輩である少年を看護していた。
 生命は問題無いものの、間違いなく重症である彼が動こうとするのを止めていると、彼の同道人で有る女性が加勢した。彼女も傷こそ無いものの、不調を隠し切れないでいる。常に最前線で此処まで戦ってきたのだ、タマネギが理解出来る筈も無いが魔術的にでも消耗しているのであろう事は容易に想像出来た。

 その彼女がいきなり苦しみ出す。タマネギでは魔術方面の治療は出来ない、どうしようかと慌てた時、彼女――――――セイバーは何事も無かった様に立ち上がる。
 先程までの不調が嘘の様だった、いや先程までよりも、今まで見てきたどの彼女よりも、その身体には“何か”が満ち溢れていた。

 彼女が負傷した同道人、士郎に近付く。タマネギには何が起きたか把握出来なかったが、一瞬の出来事の後、エミヤシロウの傷は一切残っていなかった。

 体力の消耗は兎も角、傷など全く無かったかの様に士郎がベッドから立ち上がる。

「…………遠坂……か?」
「…………その様です、相変わらず彼女は…………」

 その光景を見ながら、タマネギはこう漏らすだけだった。

「いやはや、魔術って便利なものですねぇ」






「天は、天の意思でのみ動き―――――――地は、我々の事など何ら気にする事無く、其処にただ在るだけだ―――――――――」






 士郎とセイバーは直ぐ様、凛の所に向かった。何があったのか凛に食って掛かるセイバーを見ていたヴァン・フェムに、何処からとも無く声が掛かる。

「…………申し訳有りません、王宮内の進路が開放されるまで時間が掛かりました」

「おう、来たか。…………して、あれはどうした?」

「先日より準備しておりました。既に大西洋上に出ております故、ご命令通り自力でこちらに向かわせております」

「うむ」

 満足してヴァン・フェムはパタリロに声を掛ける。

「パタリロ君、先日約束していた私の作品もまもなく届く。洋上の戦闘に使ってくれたまえ」






「では、我々はその中でただ、流されるだけなのだろうか――――――――否である!
我々はこの理不尽な世界で生きる為の力を持っている!」






 コンピュータの解析が続く。それを操るのは天才的頭脳を持つパタリロである、蓋然性が高い結果は然程時間の掛かる事無くもたらされた。

「…………成る程、やはりあの石が起因なのだな」

 この騒ぎの切欠になった宝石、アッシュールバニパルの焔、それを何とかする事で事態の収束する可能性が高い。しかし、それが有るオークション会場となった離宮は現在異形達の狂宴会場と化していた。
 タマネギ達の持つ携行兵器では時間が掛かり過ぎる、だからといって先程の様なメレムの攻撃手段では大き過ぎる。当然ヴァン・フェムの作品でも同様である。
 さて如何するか…………考えるパタリロの目端に、セイバー達が入った。

 今更あえて言うほどの事ではないが、パタリロも好奇心の塊である。魔術についても折に触れ凛達から聞き出していた。彼女等も全てを教えてくれた訳ではないが、その断片的な情報から推察できる結果が有る。

「おい、お前等」

 パタリロの頭脳は、一つの結論を出す。






 「―――――――――今回の事態、誰も予測すら出来なかった。
 この厄災が――――――何故起きたのか、それは解らない。今我々が解る事は、そう―――――――この厄災を我々が退けなければならないという事だ」






 タマネギたちは動き続ける。

 パタリロに命ぜられたというだけの理由ではない。此処は、彼等の国なのだ。彼等が生まれ、育ち、そして守るべき国なのだ。

「第8ライン、突破しました!」
「王宮奪還率70%を越えます!」

「弾もってこーい!」
「アパーム!」

 だから、彼等は動き続ける。命を賭けて、戦い続ける。






「幸運な事に――――――――いや、皆の努力の結果だろう―――――――――我々にはそれを成す力が有る!

 我々には武器を持つ手が有る! 我々には進む脚が有る! 我々には―――――――勝利を信じる心が、有る!」






 反攻作戦は決定された。王宮の残存勢力を叩くと共に、起因の確保または破壊。市街地の掃討と市民の保護。そして洋上より来たる脅威の撃退である。

 最も多くの人員が必要な市街地戦に凛と士郎、ルヴィアとタマネギ達兵力の大半を。
 洋上迎撃には王宮の遠距離兵器とメレム、ヴァン・フェムの二人が。
 そして原因の破壊にはパタリロとセイバー、随伴タマネギ一個小隊。

 そして、作戦決行前に集った面々に対し、パタリロとセイバーが誓う。






 「――――――――――――勝利を、約束しよう―――――――――――」




 そう、宣誓したセイバーの手に、剣が現れた。
 その剣に、その場の全てが見惚れた。それは“聖剣”だった。


 人の生きる意志が、願いが具現化した、最強最後の幻想。


 その奇蹟を掲げ、伝説の王は全てに告げた。


「――――――――この剣と、この国の王にかけて――――――――我々は、勝つ」






最終話:常春の国より愛を込めて



                   【Fate/stay night クロスオーバー パタリロ!】

                           “常春の国より愛を込めて”





 マリネラ市街地は地獄の様相を呈していた。
 幸いな事に、住民の避難は順調に進行している様だ。街角の方々に転がる肉塊に、人間だったものは見つからない。その殆どは同族殺しに遭った異形達のものだった。
 しかし、その余波で建物は崩れ、道は砕け、木々は燃えている。

 避難の途中で誰かが落としたものだろうか、テレビ番組で有名なヒーローの人形が道の端に転がっていた。
 本能のままに暴れる腐臭を振りまく悪鬼がそれに気付く事も無く、人形を踏み潰した。

 作品中では決して負けないそのヒーローを模した人形は、呆気無くプラスチックの破片と化した。

 それを気にする事も無く、悍ましき異形が歩く。その異形が何かに気付く。視線の先に見付けたのはひとりの人間だった。
 異形は途端に食欲に全てを支配され、その御馳走に飛び掛る。

 その人間が、何かを呟く。


「――――――――――トレース・オン―――――――――」


 人間が、変身した。


 凛が見付け、パタリロに手渡された物を、衛宮士郎はその腕に付けていた。
 子供の玩具の様にも見えるブレスレッド、それをパタリロは“神の悪戯”と呼んだ。

 聞けば、その名に相応しい極めて出鱈目な奇跡だった。この世界のあらゆるヒエラルキーを組み替えて遊ぶ悪戯、冷静に考えれば背筋の凍る様なそれに使われた物騒な奇跡。

 事態を把握した瞬間、士郎はその手に有る物を放り出したい衝動に駆られる。しかしそれを止めたのはパタリロだった。

「なあに、事態が収集すれば間違い無く消える。どうせあれの玩具だ、精々楽しめば良かろう」

 パタリロがニンマリと笑った。

「最高のヒーローごっこだ。それでお前が破滅する様なら、それまでだよ」


 使い方は容易だった。このブレスレッドを持った途端、使い方は頭に入る。
 エミヤシロウは、人を救う事に関してならば躊躇いは無かった。

 想像さえ出来ない様な力の奔流を、士郎は魔力として認識した。それ以外の何かなのだろうが、そう把握しても問題無い。この玩具は全てが力を発揮する為に創られているのだ。
 それが彼のイメージをくみ取り、彼の身体を包む。

 変身の光の中から、士郎の姿が現れる。テレビヒーローらしい装飾を誂えたスーツと仮面、特徴は赤い外套だった。
 彼の育ての親が着ていたトレンチコートを模しているのだろうか、同時に聖杯戦争の時に見た赤い弓兵のそれにも似ていた。
 そうして、魔術使いの少年は、世界最強のヒーローに変身した。

 異形の牙は、そのスーツを一mmたりとも傷付ける事は無かった。

「カンショウブレード! バクヤブレード!」

 振るわれた双剣に、異形が瞬く間に無に帰する。
 そのまま彼は跳躍する。魔術強化のレベルを遥かに越えたそれは、彼を高い尖塔の上に運んだ。

「――――――――ソードバレルフルオープン!」

 彼の行使する術は魔術ではない。ただ彼のイメージをスーツが再現しているだけだ。
 しかし彼は魔術使い、イメージされたそれは常人には困難なレベルのそれ。

 空一面、と表現しても間違いではあるまい。数え切れぬほどの無数の剣が彼の周りに浮かんだ。

「喰らえ異形ども! アンリミテッドブレードワークス…………シュート!」

 スーツは彼の身体だけでなく、感覚も、脳さえも強化している。見渡せる場に蠢く異形達全てを把握し、それを一つも漏らす事無く同時に射抜いた。

 防衛隊の歓声が上がる。その声を聞きながら尖塔の上のヒーローは、頭を抱えて暫し動かなかった。仮面で見える事は無いが、彼の顔はスーツに負けず劣らず赤かった。

「…………何で叫ばないと発動しないんだよ…………」

 純粋にヒーローごっこを楽しむには、成長し過ぎた衛宮士郎くんでした。



 それでも、赤い外套は戦い続ける。

 それを見ているのは赤が誰より似合う少女、遠坂凛。彼女もただ観戦しているだけではない。
 彼女がその手に持つのは大振りのサファイア。凛はこの石を持った時、宝石魔術師として最良の使い方を模索した。出した結論は宝石魔術師としては有るまじきものであり、同時に魔術師でしか出来ない事だった。


 「―――――――Anfang――――――― Öffnung(解放)」

 凛の魔術を切欠に、石の中から膨大な魔力が流れ出した。溢れる魔力をそのままに、その一部を使い、術式を構築する。
 それは例えるなら大瀑布に雨樋を突き刺す様な術式、その雨樋さえ膨大な魔力の中から構築する。少しでもフィードバックがあれば凛の魔術回路が砕け散る、外側から少しずつ反動が無い様に極めて大味に、それは魔術師の一年生でも叱られる様な無駄が多く単純極まりない術式だった。
 これ以外の方法は無い、フィードバックのリスクを限り無く抑える為に反動の最も少なく、魔力への影響も少ない稚拙な術式を使うしかないのだ。
 だが魔力は膨大である。そんな安易な術式でも充分に効果は発揮された。

 魔力の一部がラインを通じてセイバーに送り込まれる。ラインに触れた魔力の残滓だけで凛のそれも自宅の霊地に寝ている時以上の回復を見せる。
 士郎に回す魔力は更にその一部で良い、彼が回復する方法は他にもあり、セイバーもそれを把握していた。
 セイバーへのラインを段々と強化していくが、それまでに活用された魔力は流れ出る中のおよそ3割弱、他の全てはただ霧散していくばかりである。


 …………ああ、お父様。貴方の娘はとんだ贅沢者になってしまいました…………。


 魔術師にとっては財布から金をばら撒きながら歩いている様なものだ。回復している筈の心臓が痛い。一円が合わない為に真夜中まで家計簿に向かっていた父の背中を見ていた娘としては、草葉の陰に顔向けが出来ないやり方だった。

 無駄遣いは何よりも律せられるべきである。彼女は市街地戦でその石の力を少しずつ解放していた。

「――――――Nach and Nach―――――― frei!」

 ただ雨樋の先を向け、タイミング良く開くだけ。それだけでタマネギの銃弾で広所に集められた異形達を吹き飛ばす。
 石から洩れ出る魔力は、異形達にも魅力的らしい。凛に向け異形の一部は集ってくる。市民を避難させるべき凛達には好都合だった。

 囮役となった凛だったが、何の心配もしていない。彼女の前には常に赤い背中があった。
 誰かを守る為にその力を振るうヒーロー、それが彼女を守っているのだ。


 何故正義が形而上の概念なのか――――――――? 理由は簡単である。その概念が実現する為には実在上のあらゆる因子が邪魔をするのだ。


 倒すべき対象の中に守るべき要因が内包される、行使した結果の先にそれを否定する事象が発生する―――――――――何より、完全なるそれを行使できる力なぞ、存在しない。

 確かに異形達にも何かしらの事情はあろう。永劫とも呼べる時間が有れば、彼等と共存する道も有るかも知れない。しかし此の侭では異形達がこの国を、世界を飲み込んでしまう。今人が出来る事は彼等を排除する事だけ――――――――其れ程に奴等は異質なのだ。

 そして彼は今、力を手に入れた。眼前の全てを決して漏らす事無く完全、完璧に救うだけの力を。全て次第漏らさず異形を、不幸を打ち払う力を。
 衛宮士郎は狂っている。決して実現しない理想を追い求め、其の侭人として破滅する可能性を秘めている。何を目指すべきか、それを理解出来ないまま走り続ける盲目の馬車馬。

 正義の味方とは何か―――――――それは全てが終わった時、皆が笑っている結果を導き出す奇跡の存在。

 それに限り無く近いものが、凛の前に居る。

 所詮これは神の気紛れ――――――――ただの奇跡だ。最後は全て露と消える幻想。
しかし衛宮士郎の魔術は、幻想を実現する。

 衛宮士郎がこの後、どうなるかは分からない。もしかすると圧倒的なこの力に飲まれるのかもしれない。ひょっとするとこの回答に満足して生き方を変えるかもしれない。どうかすると―――――――本当の正義の味方になるかもしれない。

 たとえどんな結果だろうとも、遠坂凛は彼の傍に居る。
それは彼女の誓い、それは彼女の矜持、それは――――――――彼女の愛。


 ただ、今は、今だけは彼の姿を目に焼き付けよう。実在する“正義の味方”の姿を。


「―――――――――往け! 正義の味方――――――――――!」


 その日、マリネラは正義の味方に救われた。








 マリネラ港、その一番外側の桟橋に二人の人影が在った。

 港湾部の住民は全て避難が完了している。何せ今から此処は戦場になるのだ。外洋をこの国に進む無数の影は今も着実に此方に向かっている。そいつ等の上陸地点は此処マリネラ港なのだ。

 その迎撃の為に揃えられた戦力は既に集結している。年端もいかない少年と、老年も近い男、そのたった二人だった。

 少年が夜明け前の港風に乱れる黒髪を小さな手で押さえながら、御機嫌に笑う。

「何だかとんだ事になったねぇ!」

 壮年の紳士は強風を物ともせず、如何なる手妻か取り出したパイプに瞬く間に火を点けた。

「…………長生きはするものだな、真坂我々が共闘するとは…………あまつさえその理由が、何と人の国を守る為と来た」

 少年が風に煽られながら踊る。

「いいんじゃない! 僕はあの国王気に入ったよ? 今まで見た事が無い人間だしね」

 果たしてあれを本当に人間と呼んで良いのかどうか、誰にも分からない。

「違いない。いやはや人を捨てたのは早計だったか…………」
「何を心にも無い事を」

 二人とも実に上機嫌だった。今より此処に文字通り地獄の釜が空き、地獄よりも深い場所から悪鬼達が湧き出てこようというのに。


 暫くして、ヴァン・フェムが海の彼方を見つめた。

「来たか…………!」
「みたいだね…………この臭い、気が滅入る」

 メレムが臭そうに鼻をつまみ、手を顔の前で振った。
 来襲者の正体を、二人は知っていた。何せお互い別の場所だったが幾度か戦った事が有ったからだ。

「…………はるばるアメリカ東海岸から、ご苦労な事で」

「あの勤勉さは…………気狂いの域だな」

 二人の常人離れした視界には、暗い海の彼方こちらに恐ろしい速さで向かってくる異形達の群を捉えていた。

「ひいふうみい…………あれって、動ける眷族全て引き連れてない?」
「長老クラスの巨体も見える…………あれは殆ど半神に近いかも知れん」

「あらら…………必死だね、奴等」
「今回の事件、原因は確とは分からんが…………確かに此処で奴等の神を召喚する儀式を行えば、確実に降臨するだろうな」
「御免被りたいねぇ」

 地上に残る“邪神”の眷属としては最大勢力を誇るだろう。腐った魚を煮詰めた様な悪臭を放つ醜い魚人たちの群が、その異形にも拘らず解る程の熱狂的な勢いで、マリネラを目指していた。
 彼等の目的は信奉する神の地上への降臨である。神代より遥か昔、神により古代の地球から追放され、魔界でもその奥底にまで追い立てられた彼等の神を、再びこの地上に降臨させる事を至上の命題とした狂信者たち。
 彼等はその悍ましい信仰と共に身体さえ異形と転ずる。この世界で最も醜い魚に似た何か、冒涜的なその姿をした怪物たちが狂喜していた。
 何度と無く神の意思に、それに操られた英雄や人間どもに邪魔をされた大いなる邪神様の復活を、今度こそ実現できるのだ。聞いただけで普通の人間なら狂気に犯されてしまいそうな喚声を上げながら、海を穢す異形の大群が進む。

 それを阻まんとする者達が居る。
 何の皮肉だろうか――――――彼等は神の加護を自ら捨て、神の名を汚し、神の徒に牙を剥く――――――――死徒と呼ばれる吸血鬼だった。

少々の諦観を含ませ、ヴァン・フェムがぽつりと呟く。人を超えた聴力を持つ同族には、聞こえていた様だが。

「…………間違いなく、我々も抑止力の影響を受けておるな」

「毒には毒を持って当たる…………僕らと奴等、どちらが斃れても星と人に都合が良い…………。

 全く…………偉くなったものだね、僕らも」

 彼等にとってこの国がどうなろうと、基本的に問題は無い。この時点で一目散に逃げ出した方が、彼等にとっては一番ダメージが少ないのだ。
しかし、それが出来ない。いや、出来ない事を知っているのだ。今までも逃げるタイミングは幾らでも有った、しかしパタリロの行動に巻き込まれたり、それを気にしてタイミングを失したり、彼等自信の好奇心なども邪魔して、結局脱出する事は敵わなかったのだ。
 彼等は既に一個の生命体の持つべき格を逸脱している。それは即ち、上位の存在に影響を受けざるを得ない存在と化しているという事だ。
 人の枠を脱した彼等も、新たな枠に囚われざるを得ない。全く皮肉な結果だった。

「まあ……良かろう。我々にも味方がおる、あれが抑止力の効果なのか私には自信が持てん」

 そう言ったヴァン・フェムの遥か背後、マリネラの中心に建つ王宮から無数のミサイルとレーザー、重砲弾が放たれた。
 その全てが、海面に叩きつけられる。盛大に異形どもの欠片が舞った。
 奴等の悲鳴など、爆音の中にかき消されるばかりだ。正に国王の性格を体現した様な問答無用の一気呵成の蹂躙だった。

 高らかにヴァン・フェム―――――――――死徒二十七祖最古参が一柱、魔城の吸血鬼が哂う。


「――――――――――見ておるか“朱い月”よ! 見るが良いアルトルージュ!

 人は―――――我等が見限り、侮り、捨てた人類は――――是ほど迄に――――――強いぞ!!」


 深遠の海面が朱い光に染まる――――――――その光を通して見た月さえも、朱く見えた。

「…………前半黙れ、後半同意。人というよりここの王様がとんでもないのは納得」

 メレムの四肢が揺らめく。彼の周りに現れたのは、四つの影。

「さーて、僕はそろそろ働くとするよ。…………おじいちゃんはゆっくり観戦でもしているかい?」

「ほざけ、千年程度の若造が」

 ヴァン・フェムの手には紳士用の杖が握られている。それで彼はコンクリートの地面を、一度叩く。
 船の殆ども避難していた桟橋の一部、戦艦でも停泊できるサイズの場所に、何かが現れる。認識阻害の魔術を施してあったらしきそれは、まさに城といった迫力と大きさをしていた。

 メレムがそれをまじまじと見つめる。

「へえ…………新作かい?」
「うむ! パタリロ君に自慢しようと此方に持ってこさせていた処だったのだ!」
「ヲイ」

 メレムは力無く空に裏手を放つ。関西人ではない彼の突っ込みでは、威力が乏しいらしい。

「あー、魔術って秘匿されちゃったりしてなかったっけ?」
「…………恐らく、抑止力の効果であろう。全く恐るべし」
「おじいちゃん責任転嫁しちゃったよ! 良い年してみっともないよ!」



 まさに地獄の釜と呼ぶべきに相応しい戦場だった。―――――――ただし、煮られるのは異形の妖魔どもだけである。

 海上にて迎撃するのはヴァン・フェムの誇る魔城。特に物理攻撃に特化している城らしく、数十mを越す蛸とも魚とも呼べない異形を虫の様に叩き潰す。しかし奴等とてただの怪物ではない、その触手は城の表面装甲をがりがりと削る。
 だが、それまでだ。分厚い装甲の中に届く攻撃は無い。その間に次々と眷属は千切れ飛ぶ。

 城の巨体を越え、地上にたどり着いた奴等も無事では済まない。其処に待ち構えるのは城にも匹敵する巨体の悪魔、それを黒犬と呼ぶのは躊躇われた。
 それが地虫の様に半人半魚の異形を踏み潰す、押し潰す。辛うじてそれから逃れた者達には、断罪の刃が振るわれた。
 機巧の令嬢―――――――10mという体格ではあるが、その手により振るわれる刃物は、一切の例外を認めない。全ての悪鬼はその背後に欠片たりとも進む事は無かった。


 二人が先程まで立っていた桟橋に、ひとりの老人が佇む。その老人に、声が掛かった。

「…………やっぱり司祭ですね! あの馬鹿餓鬼は何処に居ます!? 一体何が起きているんですか!? 私のカレーを返しなさい! …………あと、時間外手当を申請します」

 青い髪のカソックを来た女性が、老人に詰め寄る。彼女も戦ってきたのだろう、身体を煤と血と、カレーっぽいもので汚していた。
 因みにその後ろで、透けた少女が『わたし汚されちゃいました…………もうお嫁に行けません』としくしく泣いていた。
 まあ、あんな奴等を相手にぶちかまされたのだ。彼女の本体は誰も触れたくない程汚れていた。

 司祭と呼ばれた老人は、困ったような表情で、空を指差す。その先には巨大なエイに似た悪魔が飛んでいた。
 此方に気付いたのかそれがゆっくりと降りてくる。その巨体の上にはメレムが寛いだ様子で転がっていた。

 カソックの女性が怒鳴り散らす。

「メーレームー! 勝手に居なくなって! 一体何事ですか!? あの沖合いのは魔城ではないのですか!? 何故一緒に!? 大体街に現れた奴等は何者ですか!? 邪神の眷属ではないですか!?」

 其処で一息入れた、最後に一喝。

「一体全体、何が起きているのですか!?」

 メレムは片肘を付いたまま少し考えた。彼が此処に来たのは溢れる収集欲を満たす為だ、彼が此処に止まっているのは好奇心と、多分抑止力の効果である。今戦っているのも、その効果と、自分のちょっとした欲目からである。結果は眷属どもの撃退であろう。彼女にそれを伝えるのに良い言い回しは無いか、神の試練? 神の意思?
 ―――――――――其処まで考えて、メレムは一言で、このあらましを伝えた。


「これは――――――――神の愛さ」


「………… …………」

 絶句する女性の後ろで、精霊が泣いている。

『有彦さ~ん』

 まあ、愛だろう。








 十三番倉庫内、通信司令室。
 燻らせていた葉巻をもみ消し、上着を手に取ったバンコランは近くのタマネギに声を掛けた。

「私はホテルに帰る。武器を一丁寄越せ」

 新人らしいタマネギは驚いてバンコランを止めた。

「待って下さい! まだ市街地には奴等が残っています! 第一、これで終わる保証は何も無いんですよ!?」

 その言葉に、バンコランは僅かに眉を顰めた。そして、こう言い放つ。

「あのヘチャムクレがこれで終わらせると言ったのだろう?」
「しかし!」

 彼の運んでいたコンテナから小銃を一つ取り出し、弾薬を確認する。そのまま出口に向かい背を向けた。

「…………あのパタリロが終わらせると言ったのだ。これでこの騒ぎは終いだ」

 彼の背に、新人タマネギは信頼を見た気がした。




 離宮は魔窟だった。
 所狭しと異形どもに溢れ、奴等の不快な声と吐き気を催す臭いに溢れていた。

 その中を進む者達が居る。
 先頭を歩くのは息を飲む様な奇麗さを湛えた女騎士――――――――セイバー。
 その後ろを国王パタリロが進む。更に二人の周りに配されるのは、彼の母が彼に授けた騎士達―――――――タマネギ部隊の精鋭が、彼の頭脳が生み出した半ば反則的な武器をその手に進んでいた。

 彼等、彼女の進む道を阻むものは――――――――無い。

 セイバーの剣戟に、一合すら耐える妖魔は存在しなかった。
 タマネギ達の放つ銃弾に、数発も耐える眷属は皆無だった。
 パタリロの指示と彼の使う忍術は、全てが適切で的確だった。

 右へ左へ、彼等の動きも早いなどという表現では追いつかない。人の何倍もの視力を持つ眷族ですらその動きを暫し見失った。

「次の角を左だ! 約30m直線が続く! 窓は無い!」
「私が!」

 セイバーが角の陰から躍り出る。それを待ち構えていた様に、床を埋め尽くした無数の塊が小さな触手を何本も弾丸の様な速さで伸ばしてきた。

「―――――――風よ!」

 斬激がその場の全てを吹き飛ばす。余波が壁に皹を入れた。

「突き当りを右だ! その先に広間が有る!」
「吶喊ー!」

 高い天井の広間には、何かが漂っていた。あえて例えるなら醜いポリプ状の生き物、と言った所か。それが此方を認識した途端、身体に開いた口から牙を剥き、襲い掛かってきた。

 阻んだのはタマネギ達の銃弾の嵐だ。散々に奴等を打ち据える。止めはセイバーだった。

 確保した広間で、少し乱れた呼吸を整える。額に滲む程度の汗は拭うまでも無い、セイバーは手にした剣を一振りする。それだけで不快な色の体液に塗れた剣身は元の憚る様な美しさを取り戻した。

 その剣にパタリロは感嘆の声を漏らす。

「…………素晴らしい業物だな、その剣は」

「ええ…………私には勿体無い程の逸品です」

 パタリロが意外そうな声を上げる。

「貴公ほどその剣の似合う人物はおるまい、その剣に選ばれたのだろう?」

 その言葉にも、セイバーは何ら動じる事は無かった。苦笑と共に言葉を返す。

「…………そちらの剣は、私の不調法で折ってしまいました」

「そうか、折れてしまう程度の剣だったのか。意外と大した事は無いのだな」

「敵多数! 正面扉より来ます!」

 装飾の施された立派な大扉が、外側から砕かれた。地虫にも似た巨大な妖魔が全てを押し潰そうとばかりの勢いで、広間に躍り出る。

 阻むのは小柄な女性。しかしその女性は、ただの人でもなければ、尋常の力も持っていなかった。

「はあああああああああああああ!!」

 裂帛の気合と共に放たれた聖剣の斬激は、文字通り蟲を消し飛ばした。だが異形もその数は文字通り無尽蔵に近い、消え去った前を幸いと次々に襲い掛かって来る。

 セイバーが動く、その姿はまるで光。それは視覚出来る魔力だ、それが彼女の周りを取り巻く。聖剣が煌めく、金の髪が揺れる、白銀の鎧が鳴った。

 それは伝説に謳われた英雄だった。見る者全てに惧れを、恐れを、そしてあらゆる羨望と信仰を抱かせる存在だった。

 セイバーには現在、極めて高い質の魔力がほぼ無尽蔵に流れ込んでいる。
 彼女の身体は聖杯によりこの世界に保たれている、しかしそれは同時に聖杯に縛られていると言い替える事が出来る。一流の魔術師である遠坂凛の魔力により、その支配が無くともある程度の行動は可能な状態であったが、彼女本来の状態と比べれば話にならないレベルの弱体化している。
 しかしその状態が今は違う。流れ込む魔力は極めて膨大、奇怪なルールに縛られていた聖杯戦争中に経験した呪令によるブーストを遥かに越える。いや、それどころか生前の最も調子の良い時に匹敵する状態なのだ。
 しかもスタミナはその時よりも心配が要らない。


 誤解を恐れずに断言させて頂こう、この場に居るのは正しく伝説のアーサー王なのだ。


 伝説の英雄の一撃を、冒涜的な生物の一片如きが耐え切れる筈も無い。そいつは文字通り跡形も無く、全てが消え朽ちた。

 この国の王は、伝説の王の膂力に感嘆の意を隠す事無く讃える。

「…………成る程大したものだ、これが伝説に謳われる王の力か」

 セイバーはその賞賛を苦笑と共に受け入れる。

「パタリロ殿下…………貴方の知るその伝説の王は…………如何な人物ですか?」

 元々好奇心の強いパタリロである、折につれ凛達から魔術や聖杯戦争に関しての話を聞き出している。セイバー自身の言動、凛達から聞いた話、更には余りにも有名過ぎる“聖剣”の姿、パタリロはセイバーの正体をほぼ間違い無く察していた。

 だからこそセイバーに申し入れたのだ、この事態の収拾の要を。
 先の演説もその一つだろう、音に聞こえし英雄の言葉である、その効果は充分に期待できる。

「ふむ…………正に伝説だな。劇的な即位から輝かしい戦歴、終局も決して無様ではない…………が、一つだけ個人的に不満ではあるな」

「ほう…………それは是非聞かせて貰いたいものですね、何が不満なのか」

 王達は話しながらも戦い続ける。その進みを阻む無礼者を一切の例外なく駆逐しながら。

「なあに、ちょっとした事だ。あれだけ大暴れしていた王様が、どうも本人が何か勘違いしていたみたいだからな」

 タマネギが叫ぶ。
「6時より多数! 接敵まで時間がありません!」

 パタリロも直ぐ様命じた。
「ミサイルだ!」
「了解!」

 携帯用小型ミサイルランチャーを担いだ二名が構える。現れた残虐極まりない姿をした昆虫らしき異形達に向け、引き金を引いた。

 パタリロの命により放たれたそれは、醜いそれを完全に焼き尽くす。
 その光景を見ながら、少年王は話し続ける。


「…………王は所有者なのだ。その国の全ては王の物なのだ、国民も、その金も、幸せも不幸も、罪も偉業も…………何もかも全て一切の例外無く。

 何を悩む? 自分のものなのだから何をしても良いではないか、精々好きにやれば良い、それが王なのではないか?」

 セイバーはその言葉を無言で聞いていた。

「もし何か不幸でもあり、文句を言ってくる奴が居たら…………ぼくはこう言ってやるぞ。

 “ぼくが国王なのだ、黙っていろ”

 どうせ全ての責任はぼくが負うのだ、汗水たらして働くのはぼくなのだ。何の文句も言わせるものか」

 今正に全力を持って事態の収拾に動いている国王は、一言に断じた。

「全く因果な商売だ! そう思わんかね? 騎士王」

 話し掛けられた伝説の王は、鉄の威厳を保ちつつも、花の様に可憐な表情で破顔した。


「全くです! 誰か代わって貰いたいくらいですね!」
「諦めろ! 無能には出来ん仕事だ!」


 王は全てを支配する者。知性も、信念も、この世の理さえ持たぬ異形の群がその道を阻むには、あまりにも役者不足過ぎた。




 重く、硬く大きな壁が立ちはだかる。つい数時間前まで皆が居たオークション会場前に、パタリロ達は辿り着いていた。

「さて――――――この国に居るうちは、貴公も僕のものだ」

 そう言ってパタリロが通信機に合図を送る。彼等の前の壁が轟音を上げながら開いた。
 内部は異界の妖魔が腹の中――――――不快な刺激臭と腐臭が中から流れ出る。


「―――――――常春の国の王が、常春の国の王に願おう――――――これはぼくの国には要らないものだ、片付けてくれ」


 かの伝説の王は―――――――傷を癒す為に、常春の国と呼ばれる楽園で眠りについているという。

「―――――――全く、貴方は――――――――度し難い王だ」

 正面に立つのはセイバー。彼女の心臓が、彼女の信念を支える力を造り出す。彼女の身体が、彼女の覇道を紡ぎ出す。
 彼女の剣が、人の願いを、星の意思を、形にする。



『――――――――――――――エクス(約束された、


 彼女は思う。この国は奇妙な国だ、国王も変わっていれば国民も何かおかしい、そもそもこんな騒ぎが日常茶飯事という時点で奇天烈極まりない。
 全てはこの国を自分の所有物と言いはばかるこの少年王のお陰だろう、彼は我侭で、いい加減で、吝嗇家で、おまけに容姿が不自由で性格も悪い。しかし彼は――――――――優しい。ほんの少しだけ、しかしながらとても大きな優しさを持っている。

 この国が良い国なのは、やはり彼のお陰だろう。世界は人に厳しいのだ、だがそれを救う者が居る、それがこの国の王の、支配者の務めなのだろう。

 それがこの国に対する、王の愛―――――――とは言い過ぎだろうか。

 彼女は思う。ここも――――――――――やはり楽園なのではないか。
 伝説の王は傷を癒す為に眠っているという、ならばこれは夢だろうか。彼女の横に立つ赤い少女と少年、彼等の輝かしい魂も夢の作り出した幻影なのだろうか。この地上の楽園も泡沫の夢なのだろうか――――――――。

 否である。優しくない世界にもそれに逆らい戦う者が居る、それが作り出したものを何故否定しなければならないのか。それを守る事こそがこの聖剣の使命なのだ、それを振るう事を願い彼女はそれを手にしたのだ。

 放て、使命を。


 『――――――――――――カリバー(勝利の剣)!!!!』






 闇に包まれたマリネラが、太陽の光に包まれる。

 夜が―――――――――――明けた。













■■■■■■■■■■■■■■■■■



 本編完結。エピローグに続く。










[11386] 常春の国より愛を込めて エピローグ
Name: へいすけ◆ad21b800 ID:26520f52
Date: 2009/10/11 06:48



   常春の国より愛を込めて  





エピローグ:陳恩頼実行同性間交流抵抗不能、我菊落花。阿ッー!



 マリネラに新しい朝が来た。

 夜中の騒ぎもこの国には決して珍しいものではない。この国の住民はいつも通りに、いつも通りの生活を始めようとしていた。

「やれやれ、夜中起こされたと思ったら結局徹夜だ。…………ああ、そちらもお疲れでしょう、今日の仕事は休みますか?」

 ビビッ!

「…………ははあ、疲労はない。仕事に問題ない、と。流石は機械の身体ですな」

 ビッ!

「いえいえ、私等こそいつもお世話になって…………では、お世話になりました。ご家族にも宜しくお願い致します」

 そう言って鉱山の採掘責任者は頭を下げる。慌てて返礼をした彼に、責任者は苦笑する。あれだけの力が有ながら相変わらず腰の低い方だ。
 それがまた、彼の魅力なのだろう。

 そうして彼は轟音を上げながら飛んで行った。家族の元に帰るのだろう、彼の家族も彼に匹敵する力の持ち主である、別の場所で現れた怪物と戦ってはいたが、滅多な事は起こるまい。それでも彼は家族が心配なのだ、特に前妻を亡くして後この採掘の仕事に就いてからは、その家族への愛情を隠す事もない。そしてそんな彼の心情を、責任者はとても気に入っていた。

「…………前妻さんは知らないが、いまの奥さんも良い人だしなあ…………うらやましい」

 仕事上がり、エネルギー缶片手に家族自慢が終わらない彼の姿は、この鉱山の誰もが知っている。彼がロボットである事など気にする様な者はこのマリネラに一人も居ない。


  ニャア

 
 別の人物(?)が責任者に話しかけた。

「ああこれはどうも按摩師さん、ご無事でしたか? …………ほう! 義弟さんがたまたま遊びに来ていたから何の問題もなかった、それは良う御座いました」

 按摩師自身も昔取った何とやらで戦っていたらしい。何事も無かったというから大したものだ。

「成る程、義弟さんの惚気が中断して丁度良かったと…………あの方のお付き合いしている方なら私も見てみたいものです…………はあ、腕っ節も義弟さんに負けてない女性ですか!? それは凄い!」

 ちなみにその女性(猫らしき何か)の一人称は『あちし』
 最強かつ最狂のカップルである。すくなくとも猫じゃねぇ。






 翌日の午後である。

 パタリロは客人であるヴァン・フェムと御茶をしながら高尚な会話を楽しんでいた。

「…………この前の学会で発表されたトゲアリトゲナシトゲハムシについての論文は御覧になりましたか?」

「うむ、あのトゲの構造は非常に興味深い。…………外骨格構造は常々私の作品にも参考にしている部分が有る」

「確かに、サイズによる構造材の選定は慎重にすべきですが、あの構造は参考になりますな」

 …………何の話なのだか。


 マリネラ市外の復興は既に殆どが完了している。被害の殆どが王宮だった事もあるし、住民の避難も素早かった。何より対応が適切だったのだろう、少なくともマリネラ市民が被った被害は充分に補償範囲だった。
 市民生活はほぼ回復している。被害の少なかった空港などはその日のうちに、港も今日の朝までには平常の8割まで問題なく稼動していた。

 現にメレムはヴァン・フェムの話によると保護者に連れられて昨日の内に帰国の途についたらしい。本人はかなり駄々をこねたらしいが、保護者が許さなかったらしい。

「マリネラよ! 必ず僕は帰ってくるぞー! あいるびーばーっく!」

 そう喚きながらの帰国だったらしい。お前はイタリア人じゃないのか…………違うかもしれないが。


 王宮もそこかしこに被害は出ていたが、元々が対悪魔用要塞に改造してあった場所である。少なくとも通常の運営体制に支障が出るレベルではなかった。
 今日もマリネラは平常通り運営されている。パタリロがこうして御茶を楽しむ事が出来る位に。

 これぞ王の特権だろう。そんな時にでも、勤めが降って来る事は止められないが。

「…………殿下、報告書です」
「こんな時に気の利かん…………ヴァンデルシュターム卿、ちょっと失礼する」
「気にしないでくれたまえ、パタリロ君」

 というかこの人も財閥の総帥の筈、仕事はどうした。

「どれ…………」

 渡された報告書に目を通し始めたパタリロは、いきなり噴いた。


「な…………何だこの被害額は!!!」

 パタリロが想定していた額を何桁か超えていた。マリネラ本土の被害は大した事は無い、王宮も内装や物品の被害、使用した兵器の補充もそれなりの額だが、その範疇を軽く超えていた。乱暴に報告書の項をめくる。
 タマネギが説明する。

「主な項目として離宮の再建費と、消えたオークション商品の値段が入っています」

 パタリロの顎が、床に転がる。

 あの時、確かに人類最強の幻想は確かに異形の大本を消滅させ尽くした。ただし離宮とその中に転がっていたであろう煌めく商品の数々諸共に。
 現在離宮の在った場所は、野球どころかモーターレースでも開催出来そうな位の範囲が更地と化していた。
 元々迎賓館も兼ねていた建物の一つである、建物自体も内部の調度品も結構な値が張る揃えだったのだ。更に痛撃なのがオークション商品だろう、消し飛んでしまえば一銭にもならない事は当然だった。

「…………あと、意外と高額なのが海底ケーブルの被害でしょうか。上で相当の重量物が暴れたらしくかなりの広範囲が要修理の報告を受けています」

 思わずジト目で正面に座る紳士を睨むパタリロ。しかし殆ど不死身の死徒最古参も然る者、平然とその視線を受け流した。額に少々の汗は滲んでいる様だが。

「殿下―!!!」

 そこにまた騒動が駆け込んでくる。タマネギらしいが、身体は雪に塗れ、脱ぎかけの防寒具を引きずったままだ。

「おお44号、久しぶりだがどうした」

「どうしたじゃありません!! 一体今度は何をやらかしたんですか!? いきなりの帰還命令に散々苦労して帰ってきたら王宮どころか国土全体の霊的構造が滅茶苦茶じゃないですか!! ただでさえこの国は霊的に不安定だというのに! これじゃ何が起きるか解りませんよ!?」

「冷たい! 離れんか!!」

 極寒の地からはるばる戻ってきたら国がえらい事になっていた結果、少々錯乱気味の44号である。食って掛かった拍子にパタリロに雪が付く。


 今回の事件、結局原因の究明は頓挫していた。マザーコンピュータが解析した結果、パタリロ抹殺の為に魔界のベールゼブブ一派が仕掛けていた策の残滓に、ピョートル大帝の組織の末端の動きが干渉した結果、両派の予想しない不可逆的変化をおこした事件の可能性がある事を導き出した。
 それでも検証不能な蓋然性の低い予想でしかない。
 さらに可能性としてパタリロを気に入っている東カリマンタンのホステスの一人が噂を聞いてパタリロの気を引こうと仕掛けた悪戯という項目が目に入った時点で、パタリロは原因の究明を完全に諦めた。


 更に問題が来訪する。

「パタリロ! 貴様宝石はどうした!? 届かないから日に日にマライヒの機嫌が悪くなっている! さっさと持って来い!!」

 英国情報部きってのエリートが何かえらく情けない事を言いながら入ってきた。

「それとこの前のオークションの参加者名簿を寄越せ! 私の追っている奴が参加した可能性が有るのだ!!」

 宝石も犯人も奇麗さっぱり無くなりました――――――――――とはとても言えない。


 今回の事件で出た死者の大半は、参加していた魔術師たちである。

 最初はそれへの保障などを心配したパタリロだったが、凛やヴァン・フェムの言葉に胸を撫で下ろしたものだ。
 曰く、魔術師は常に死ぬ危険が有る、その対処法を怠った者が死んでも気にする者は殆ど居ない。
 曰く、魔術師は秘密主義である、ここに来ていた事も知らせていない様な人物が殆どである、追及の手がここに及ぶ危険は少ない。
 他人の死を軽んずるものは自分の死も軽んぜられる。
 しかしそう言っても何かしら調べに来る奴も居るのではないのか? そう考えたパタリロに、共に戦った魔術師たちは事も無げに言い放った。
 そういう奴が来たら、正直に全て話してやれ。恐らく十日は何も出来なくなる。そのまま来た所に送り返せば良い、と。




 これより約半年後の事である。時計塔と中心に、魔術師達の間でほんの一瞬だけ“マリネラ”の名が口に上った時期が有った。

 ―――――――――――あの国に関わるな――――――――――――――。

 これより後、魔術師の間ではこの国の名は禁忌となる。




 それからも次々何かしら舞い込んでくる。

「殿下! 予算が足りません!」
「殿下! この書類に判子を!」
「殿下! 森に残りものが居ました! 討伐隊を!」
「殿下! まだしばらく出てきますよ!? どうするんですか!?」
「殿下! 宝石商から請求書が!」
「殿下! 便所が詰まりました!」
「殿下! 夕飯のメニューどうします?」
「殿下! 子猫が生まれました!」

「パタリロ! はやく両方寄越せ!」



  「うがー!」



 その超人的な能力で仕事をやっつけまくったパタリロは、くたくたになりながら楽しみの夕食の席に付く。

「そういえば、あいつ等はどうした?」

「? 遠坂さん達ですか? 何やらロンドンに仕事が有ると先程帰られましたが…………」

「そうか、まあ良い。これ以上あいつ等が居るとまた何か起きるかも知れん。さっさと帰ってもらった方が良かろう」

 自分の事を棚に上げ、散々な事を言うものだが、正直暫く魔術やら変な化け物は御免被りたい。
 そう思いながら、パタリロは気持ちを切り替える。

「よし! 夕飯は何だ?」


「えー、蛸と烏賊のごった煮と、マグロの兜焼きがメインディッシュです…………殿下? どうしましたひっくり返って」




 この国の全ては王のものである。世界の幸も不幸も、善も悪も、美しい花々も醜い異形も、森羅万象全てが彼のものであり、全てを彼が面倒見なければならない。


 まことに、王という使命は過酷である。








 マリネラ航空238便ロンドン行きは定刻を十分遅れで大西洋上空を進んでいた。

「考えてみると…………結局今回の目的だった宝石は手に入ってないんだよな」

 士郎が呟く。契約によりこちらからこれ以上出費が有る事は無いが、戦闘中に使った凛の宝石も当然戻ってこない、滞在費は浮いたが交通費も決して馬鹿にならない。
 全体的に見れば―――――――赤字である。

 無論得たものも有る、特に士郎は非常に満足していた。
 あのブレスレッドは確かにパタリロの言葉通り、異形が駆逐された後煙の様に消えた。しかしその記憶は衛宮士郎の中に確実に残った。あらゆる悪を完全に消し去る“力”というものを、士郎は知ったのだ。
 早々結論が出るものではないし、簡単に生き方を変える事は出来ない。だが少なくとも“正義の味方”が振るう力とはどういうものかを、彼は理解した。
 僥倖だろう、奇跡的な幸運だろう。彼はまた一つ、答えを得た。

 彼がこの先どうなるかなど、誰も知らないが――――――一つだけ、彼が間違う可能性が減ったのは確かだ。

 しかし士郎は心配する、彼のパートナーにして師匠でも有る彼女は何か得たのか。どう考えても赤字の旅だったのだ、恐る恐る彼女の顔色を伺う。

「…………遠坂?」

 彼女は意外な事に至って普通だった。

「…………まあ、そうね。確かに想定していたモノは何一つ手に入らなかったわね」

「それにしちゃあ…………何時もと変わらないが」

 女性はぎろりと、士郎を睨んだ。

「何、アンタわたしの事なんだと思っているの?」

 イエスマム! 血の代わりに金が身体に流れている守銭奴であります! 何て事を言うほど彼は無謀ではない。

「…………まあ、わたしも今回の事は勉強になったわ。授業料と思えば高くは無いでしょう?」

「…………水が悪かったのか?」

 ゴッ!

 訂正する、無謀だった。

 悶絶しながらも士郎は何かに気付く。如何に今からマリネラより寒いロンドンに帰るとはいえ機内からえらく厚着なのだ。

「…………太ったのか?」

 ガッ!

 駄目だコイツ。

 悶絶する拍子に狭いエコノミー席だ、士郎の手が凛の身体に触れた。何かの感触を士郎は感じた。
 ゆっくりと事態を把握する士郎、彼の予想はとんでもない方向に向かって驀進する。

「…………アノ、トオサカサン…………?」

 凛が視線をそらす。

「…………必要経費内よ………… …………」

 服のポケットには、何だかえらく青い石が、何個か。


「遠坂ー!!」
「うるさーい!」

 「…………お静かに願います」
 「「すいません」」


 魔術師はあらゆる手段を持って根源を目指さなければならない。そこに人の法が入り込む余地は無いのだ。
 この逞しさは、これからも彼女の大きな武器となるだろう。是非とも気合と根性で第二魔法を目指してもらいたいものである。




 二人の騒ぎと、キャビンアテンダントに叱られて小さくなっている姿を横目で見ながら、セイバーは目を閉じた。

 多分、有意義な旅だったのだろう。現代では数少ない――――――いや歴史上でもまず見ない王が、其処には居たのだ。それが見られただけでも、彼女にとっては充分に有意義だった。

 王が王たる資格など無い、ただそこには賢王か、愚王が居るだけだ。何故なら王は全てなのだから。
 彼女は―――――――――セイバーはやはり疲れていたのかもしれない、非業で無慈悲な運命との戦いに。今ここに居るのはアーサー王で有りながら王ではない。ただ一人の人間アルトリアである。

 やはりアーサー王は常春の国で眠っているのだろう、ならばこれは王が夢見る実在の幻想。何も変わった訳では無い、既に終わった彼女の生が変化する筈も無い。

 少女アルトリアは考える、ただの人間の他愛も無い夢想だ。もし、もう一度王になるとしたら――――――――多分、王になるのだ。そうしたら、全てを手に入れよう、子供も、国も、裏切りも、悲しみも。


 そうして、また、常春の国に還ろう。


 少女は夢を見る―――――――――――良い夢だ。




 三人を乗せた飛行機は、ロンドン・ヒースロー空港に向け降下を開始する。

『――――――当機はまもなく、ヒースローに到着致します。
 皆様、本日はマリネラ航空をご利用頂き、まことに有難う御座いました。マリネラ滞在中快適にお過ごし頂けましたでしょうか? マリネラで過ごされた時間が皆様にとって有意義なものでありましたら、我等マリネラ国民一同、存外の幸せで御座います。

 常春の国マリネラは――――――――地上の楽園。皆様に決して退屈させない時間を、いつでもご用意致しております。それでは皆様のまたのお越しを心よりお待ち申し上げます――――――――常春の国より、愛を込めまして―――――――御機嫌よう、さようなら』








■■■■■■■■■■■■■■■■■



 この話を呼んでいる間、皆様が少しでもお楽しみ頂けたのなら、筆者としては至上の幸福で御座います。
 それでは、皆様に愛を込めまして―――――――――幻想の楽園より、御機嫌よう、さようなら。

 完結で御座います。




 世界は理不尽です。残酷で、無慈悲で―――――――――決して優しくない。

 Fate/stay nightなどのタイプムーン作品ではそれが更に顕著です。その残酷な運命に巻き込まれる、あるいは飛び込まざるを得ない哀れで無力な人間たち、しかし彼等はその運命に逆らい戦う―――――――――――そんな者たちの美しさ、格好良さを描く。それがタイプムーンの作品の魅力なのではないでしょうか。
 少なくとも筆者はそんな部分を気に入っております。

 そんな地を這い、反吐を吐く世界の住人が訪れたのは、お気楽極楽な年中春爛漫の国マリネラ。しかしこの世界も決して優しいばかりではない、その裏には理不尽な悲しい運命が、非業の人生が、絶望の悪魔が、そこかしこに転がっている。
 ですが、違う所があります。それはこの国の支配者にして、あらゆる運命をぶち壊す人類の裏切り者(この表現は秀逸だと思う)パタリロ・ド・マリネール8世の存在です。
 彼は主人公にして国家の絶対権力者、彼はこの世界を司る存在です。だから彼も我侭で、理不尽で、偶に残酷です―――――――――――――しかし、彼は優しい。

 この少しだけ違う優しい世界に、Fate勢が巻き込まれます。

 ファンフィクション、あるいはSS、これを書く動機は様々でしょうが、私がこの作品を書いたのはちょっとしたFate登場人物の救済でした。
 平行世界の可能性に何十回も殺されて、お姉ちゃんズに死後もいじられる主人公。
 ヒロインルート以外もあれだけ主人公に尽くしながら、腹は掻っ捌かれるわ、妹はラスボスだわ、散々な目に遭わされるヒロインその一。
 ヒロインその一とはいえ性転換させられる(!)わ、所詮扱いはサーヴァント(奴隷)だわ、食事ネタはそろそろ英国人に怒られやしないか心配な騎士王。
 …………最後は何か違うか。

 私なりのSS最強モノの一種でしょうか? クロス先がとんでもないですが。
 ちいとくらい彼等にええ思いさせても罰は当たらんでしょう…………そんな気分で書き始めました。

 パタリロは強烈なキャラクタです、全てを受け入れ、全てを壊す、万能の存在です。原作でも後になればなるほど彼は“状況”として扱われる話が増えます。

 彼が世界なのです。

 常に問題と大混乱を起こす“元凶”でありながら、同時に全てを収める“デウス・エクス・マキナ”なのです。
 彼にかかれば全ての善は報われ、全ての悪もやはり報いをうける。現実では当然有り得ない優しい、そして退屈しない世界―――――――そこに踊るは決して曲げない信念と、決して負けない心を持った世界への挑戦者たち。
 楽しんでいただけましたでしょうか?


 元々のプロットが起承転結4行だけという無茶な状態から毎回即興で書き上げておりましたので荒い構成は反省点ですが、意外なほどの皆様の反応に、一気に完結できました事は個人的に喜ばしい事です。

 それでは皆様、また別の作品でお会いできる事を願います。










 (ホントになのは書かなきゃ…………! こっちも何かおまけ出すかも)


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.18561506271362