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[11816] 【完結】デスゲームではない【VRMMORPG】
Name: ハリコの豚◆40baa12f ID:bc6acc2e
Date: 2009/10/09 20:26
 はじめましての方ははじめまして。

 そうでない方はこんにちは。

 VRMMORPGものを書いてみました。

 感想など、いただけると嬉しいです。

 ※ チラ裏から転移しました、宜しくお願いします。










≪追記:登場人物 ※ネタバレ注意≫

【パンドラの壷】

 ヨシヒロ        マスター   主役

 木花知流比売      副マスター  巫女

 デス娘         アサシン

 キール         司教

 ミッシェル♪      ハンター

 ゴンザレス7世     ゴン爺

 あるるかん       鎧職人

 アルベスト       牧場の人

 与作          農家&庭師

 エトピリカ       食堂の主

 美々子         装飾職人

 プシけ         チーフウェイトレス

 R・ノヴァ       食堂の下僕

 魅羅埜         料理人

 ポトフ         司教

 Elise♪      吟遊詩人

 ドッジ         ピエロ

 レディμ        ザ○とは違う人

 服部肝臓        忍者

 ケミストリ       錬金術師




【全日本巫女愛好会リーングラット支部】

 【刹那】        マスター

 ワイズメン       合戦時のリーダー




【ティルなノーグ】

 SUGURU      マスター




【レクイエム】

 レティーシャ      副マスター

 グラッチェ       レクイエムのマスター、メルスィーの別キャラ

 ぱぴっと        ちょい役




【花鳥風月】

 バーリン        マスター

 マイト(まいと)    副マスター




【ウロボロス】

 マイクロフトε     副マスター

 リーブ         元・副マスター




【ブルームーンライト】

 真九郎         マスター

 アッシュv       副マスター

 シークレット      毒蜘蛛の森での粘着PK事件の原因




【戦国乱世】

 狂四郎         マスター

 珍玄斎         副マスター

 主水          主人公に浪人の服をくれた人

 静葉          名前だけ出た巫女食堂のウェイトレス




【その他】

 オリジン        予想以上に人気があった為、予定以上に不幸になった人

 ジョンブル岡田     元アルビオンのマスター

 ディレイⅩⅧ      主人公の初陣で味方側の大将

 Mr.ロンリー     臨で組んだ魔術師、外伝にも出演

 Bahn        臨で組んだ魔術師

 カインの刻印      臨で組んだ吟遊詩人

 オークス        臨で組んだ重戦士

 ヴェイン        臨で組んだ武道家

 アルト(´∀`)    臨で組んだ魔術師、ポトフの相棒

 ビーンs        臨で組んだ司教

 ポップルⅡ       臨で組んだ聖騎士

 バルショット      臨で組んだアーチャー

 ロビンソンフット    臨で組んだレンジャー

 生命          臨で組んだ召喚師

 レーニー        BOSS狩り会の主催

 茉莉香茶        臨で組んだ武道家

 ブーン・内藤      臨で組んだ魔術師

 プルドック       元パンドラの箱のマスター

 Q次郎         元パンドラの箱の副マスター



[11816] プロローグ
Name: ハリコの豚◆40baa12f ID:bc6acc2e
Date: 2009/09/14 20:07

 VRMMORPG、ネット内に展開された異世界で、実際に冒険をする感覚で遊ぶことができる新世代ゲーム。

 概念だけは、何世紀も前からあったものの、実物が現れたのはここ最近のこと。

 俺は高校入学のお祝いとして、伯父に贈られた最新式のコンピューターで、初めてのVRMMOを体験する事にした。




 選んだタイトルは、今現在で最も人気があるといわれているゲームで、中近世欧州型世界を冒険するファンタジーRPG。

 ユーザー数は実人数で4万人を超えていると言われている。

 早速ゲームをダウンロードしてログイン。

 「おおー、思ったよりリアルだな」

 良くあるタイプの世界観だが、現実感の伴う風景は本当に異世界に来た様な気分にさせてくれる。

 休日だけあって、かなりの人数が入っているようだ。




 初心者用チュートリアルで、ステータスの出し方や武器・防具の装備などを覚えた後、練習用の敵にアタックする事になった。

 敵はゴブリン、練習用の短剣で1叩き。

 『vrruuaarryiii』

 何か叫んで応戦してきた。

 「ちょ、強い! マジっすか」

 何しろ、こっちが1撃で相手のHPを1/4しか減らせないのに、相手は1撃でこっちの1/3を減らして来る。

 『vavavaaarururuyii』

 あ、死んだ。

 「死んでしまいましたね」

 ぅぅ、初心者訓練NPCに失望されてしまった。

 「もう一度チャレンジしますか?」 …… って、するしかないだろ。




 少し作戦を考えよう。

 俺はレベル1だが、相手もレベル1に倒される為のモンスターだ。

 必ず勝てるはず。

 さっきのは俺が敵のあまりの強さに焦って、しくじったから死んだに違いない。

 先ず敵はノンアクティブ。

 必ず此方が先制攻撃できる。

 敵の攻撃は3回当たれば死ぬが、大振りなのでその間に5回以上は斬りつける事ができるだろう。

 …… なんだ、勝てるじゃん。

 ヘタに避けようとせず、連打の応酬をすればいいんだ。




 『vrruuaarryiii』

 「ダララララァ」

 ザク! ザク! ザク! ザク!

 『puguyaaaahh』

 フッ、楽勝だったZE。

 1匹倒してレベルも2に上がったしな。

 しかし、ただ連打の応酬だと、昔流行ったクリックゲーと何処がちがうんだ?

 やっぱりレベルが上がると変わってくるんだろうか。




 一通りのチュートリアルを終えて、俺は武器屋へ行った。

 まあNPCに武器屋へ行く事を勧められたからだけど。

 「む、ワシの見る処、お前さんにはダガーやナイフなどの小剣か、弓などの遠距離武器がいいな。

  鎧は動きを制限しない軽鎧がいいだろう」

 それはまあ、弓職のテンプレでステータスを設定したのだから。

 ステータスパラメータは、筋力、体力、知力、精神力、器用度、敏捷度、の6つ。

 俺は知力と精神力を犠牲に、器用度と敏捷度を上げた。

 「お前さんはまだレベルが低いから、武器や防具のスキルは修得できないな。

  だが裁縫や料理などの一般スキルは修得可能だ。

  ただし修得できるスキルの数には制限がある。

  レベル1で1つ、10になったらもう1つ、その後はレベルが10上がる毎に1つずつ、修得できるスキルの数が上がる。

  いつ、どのスキルを修得するかは自由だが、スキルの能力を使えば使うほど熟練度が上がる。

  スキルの熟練度が上がれば、様々な能力が付加されたり、様々な技や術を修得できる。

  しかしスキルの修得条件に、別のスキルを修得する必要がある物もあるので、注意が必要だな」

 つまり、使うスキルは出来るだけ早く取った方がいい。

 しかし取りすぎると、上級スキルの修得条件に合わなくなるかもしれない…… と言うことか。

 まあ、一般スキルはネタスキルだし、レベルが10になってからでいいかな。




 攻略ホームページに、弓はレベル10まで使わない方がいい、と書いてあった。

 弓を使うには、前衛が守ってくれるか、ソロなら1撃で倒せる敵でなければ、2撃目を撃てなくなる。

 弓スキルの熟練度が上がれば、射程外から連射で一方的に射殺す事も可能だ。

 しかし弓スキルを修得できないレベルでは、デメリットしかないとの事。

 俺はレベル10まで我慢して、練習用の短剣を使う事にした。

 『vrrurriiivavaaa』

 連打! 連打! ザク! ザク! ザク!

 「ふぅ、やっとレベル4か」

 座って回復しながらだと時間がかかるが、回復薬はもったいない気がする。

 今日中にレベル5には持って行きたいな。

 お、コボルトか。

 今まではチュートリアルと同じ、ゴブリンばかりを狩っていた。

 ここらで河岸を変えるのもいいだろう。

 『ggurruuuuo』

 連打! 連打! れ…… あれ?

 『ggurruuuuo』

 『bburruuuuo』

 『mmurruuuuo』

 敵が急にアクティブになった?

 あ、リンクモンスターだ! コイツ。

 「ちょ、待て、お前ら、話せばわか…… ぬぉぉぉおお!」

 死にました。




 やっぱ、ゴブリンがいいよね。

 ザク! む? 一撃で死んだ。

 ザク!

 ザク!

 ザク!

 フッハハハハァッ!

 俺、無双!

 ザク!

 ザク!

 ザ …… おっと、コボルトさんでしたか、これは失礼。

 『ggurruuuuo』

 『bburruuuuo』

 『mmurruuuuo』

 …… 調子にのると良くないよね。




 そんなこんなで、俺も漸くレベル5。

 ん? アナウンス?

 「運営チームからの報告です。

  ゲーム内に重大な障害が発見されました。

  プレイヤーの皆様には御迷惑をおかけしますが、緊急メンテナンスを実施する事に致しました。

  申し訳ありませんが、ログアウトをお願い致します」

 何と、休日にメンテナンスとは。

 まあ仕方ない。

 ログアウト、っと…… あれ? ログアウトできない。

 「運営チームからの報告です…… 」

 いや、ログアウトできないんだって。

 何だか周りで狩っている人たちも騒ぎ始めた。

 「何だよ、ログアウト出来ねぇバグかよ」

 「ヲイヲイ、まさかデスゲームじゃねぇよな」

 「夕飯の時間までには直せよな」

 …… 。

 「プレイヤーの皆様、早急ではございますが30秒後にメンテナンスを開始します。

  30秒後、ログイン中のプレイヤーは強制ログアウトされますので、御了承ください」

 ふむ、まあログアウトできるのならいいか。




 「強制ログアウトまで後5秒。

  4。

  3。

  2。

  1。

  0……

  全プレイヤーのログアウトを確認しました。

  これよりメンテナンス作業に入ります」




 いやいや、俺ログアウトしてないって。

 アナウンスの後、一瞬だけ辺りが暗くなったような気がしたけど、周りの様子は何も変わっていない。

 俺の周りで狩りしてる人も、皆消えてないし。

 て言うか、無視して平気で狩り続けてる人もいるし。




 「皆様に今回の障害についての御説明をいたします」

 を、アナウンスだ。

 「VRMMOはプレイヤーの皆様が、ネットワーク内に展開された世界を実感として楽しんで頂く為。

  ゲーム内にログインする事で、プレイヤーの皆様の意識をゲーム内に投影します。

  通常ゲーム内に投影された情報は、ログアウトと共に消去されますが、今回はこの部分に障害が発生いたしました」

 …… ?

 どういう事だ?

 「既にゲーム内で、全プレイヤーのログアウトを確認しております。

  つまり、ここにいるキャラクターの皆様は今回の障害で消去されずに残った、プレイヤーの皆様のコピーという事になります」


 ナニソレ。



[11816] 一話
Name: ハリコの豚◆40baa12f ID:62227e72
Date: 2009/09/18 19:47
 「現在、プレイヤーの皆様がログアウトして後、一週間が経過しております。

  メンテナンス時に行った調査の結果、皆様のデータを残す事が決定されました。

  これはゲームの基幹部分に影響を及ぼさずに、皆様のデータを消去する事が困難であるとの結果を踏まえての処置です。

  尽きましては、本コンピューターのテスト領域を、皆様の活動区域として開放いたしました。

  本ゲーム稼動中は、皆様もプレイヤーと同様にゲームの中で生活していただけます」

 一週間経った?

 さっきメンテナンスのアナウンスがあったばかりじゃないか。

 とにかく、町の中に入ってみよう。




 俺は町の中心である、噴水の所に来ていた。

 ここは人が多く集まる場所だけに、何か情報が入るかもしれないと思ったのだ。

 いや、後になってそう結論付けただけで、ただ人の多いところに来たかっただけなのかもしれない。

 ん? 人がいきなり現れた。

 ここは”帰還の扉”の魔法で、始まりの町を指定した時に戻る場所だから珍しくは無い。

 今、続々と人が増えているのも、慌てて町に帰っているプレイヤーたちだろう。

 プレイヤー? 運営が言う事を信じれば、俺たちはプレイヤーじゃないんだっけ。

 バグで出来た、ただのゴミデータってか……

 その帰ってきた人たちに声を掛ける人がいる。

 「なあ、お前ら死に戻り?」

 「ん? いや、扉で帰ってきた」

 「なあ! 誰か死に戻りいるか?」

 …… ああ、なるほど、ここはゲーム内で死んだ時に、この町をホームに指定している人が戻る場所でもある。

 死に戻りの人がいたら、デスゲームではないって事だ。

 「ああ、俺さっき死に戻った。

  一週間経過したってアナウンスの後に死んだから。

  運営が言うのが本当か嘘かは知らんが、デスゲームじゃないんじゃね?」

 「そ、そうか」

 そうか、死んでも生き返れるって事か。

 「安心してどうするんだよ、もし運営の言うのが本当なら、死ねないって事じゃん。

  ゲームだから年も取らないし」

 「…… 何? ゲームの中で不老不死とか、そんなオチ?」

 「不老不死? こんな問題起こしたクソゲーとか、直ぐに運営停止すんじゃね?

  そしたら俺らも消える事になるだろうな。

  ま、アナウンスが事実ならな」

 2人の話を聞いていた人が、話に割り込んできた。

 「なあ、問題起こしたっつーけど、もし話が本当だと過程してだ。

  ログアウトしたプレイヤーは、普通にログアウトしたと思ってんだよな。

  もしかしたら仲間内と話して不審に思うやつが居ても、実際にはログアウトできてる訳だし。

  運営が沈黙したら無かった事になるんじゃねーの?」

 「…… だとしても、1年か2年寿命が延びるだけだろ。

  いや、実際は俺、信じてないし。

  ありえないだろ?」

 「でもさ、ログアウトできないのは事実じゃん」

 「知らねぇよ、運営に言えよ」

 確かにその通りだ。

 みんな色々と集まって話をしている。

 同じギルドやPTで会った友達同士だろうか。

 まったく初心者の俺には、輪に入り辛いな。




 「もういや!。

  自分が自分じゃないなんてありえない!

  死んでやる!」

 女の子が叫んでる。

 パニックになったのかな?

 隣にいた男が宥めている。

 「落ち着けよ、このゲーム自殺なんてできないんだから」

 「じゃあ貴方が殺してよ!」

 「町中じゃあPKだって出来ないだろ?」

 「だったら町の外でやればいいじゃない!」

 哀れ、引っ張っていかれる男の人。

 暫くして、死に戻って来た彼女は、噴水の前で泣いていた。

 発作的に爆笑する人もいたが、俺にはちょっと笑えないな。

 俺は居た堪れなくなって噴水を後にした。




 …… 腹が減った。

 このゲーム、腹が減るし、眠くなるんだよな。

 とりあえず食堂に行くか。

 「流石に混んでいるな」

 「ごめんなさいね、お客さん、相席でいいかしら」

 ウェイトレスのNPCが聞いてきたが、誰かと話したい俺には望むところだ。

 まさかこの状況で飯だけザックリ食って帰る奴も珍しいだろう。

 ま、だから混んでいるんだろうが。




 「失礼しますね」

 「ん? 無職って事は初心者? それとも2nd?」

 隣の席にいる男の人に、いきなりそう聞かれた。

 「初心者だよ、右も左も判らないのに、こんな事になって何が何だか」

 「それは運が悪かったね、いや、お互い様か」

 「ねえ、君はどう思う?

  運営の言ってる事、本当だと思う?」

 今度は女の人だ。

 「正直、信じたくはないけど、後で実は嘘でしたって…… ありえないと思う。

  デスゲームみたいに、実はログインしっ放しで現実の俺らの意識が戻ってないって方が…… 」

 「まだ望みはあるよね、でも運営は現実には1週間過ぎたと言っている」

 「それなのよ、いったいいつ1週間も過ぎたって言うのかしら」

 俺は料理を適当に注文して、彼らの話を聞く。

 「それなんだけど、強制ログアウトのカウントが終わって、一瞬だけ周りが暗くなった気がしなかった?」

 「あ、したした」

 「したかしら? したような気もするわね」

 「うん、僕もしたし、ギルメンも大体肯定していた。

  もし1週間の空白があるとすれば、その時だと思う。

  タイミング的にもメンテナンスの告知直後だしね」

 なるほど、言われてみればそんな気がする。

 「じゃあ俺たちは本来、そのメンテナンスで消されてたはずって事か」

 「運営側の主張を信じればそうなる」

 「まいったわね、本当の事がどうだろうと、ログアウトできないのは同じ…… うーん違う?」

 「運営の話が本当なら、元に戻る可能性は無いって事じゃね?

  何しろ、元はログインした時に出来たコピーなんだから。

  つか、俺らが消える事が元通りって事?」

 「そうなるね。

  さっき君が言っていた様に、現実で本体が意識不明とかなら、国を挙げて解決するだろうけど。

  運営の言う事が本当なら、削除する事ができないと言う話も、眉唾ものだと思えるね」

 「どう言うことよ」

 「これはあくまでも推測でしかないんだが、ログアウト時の障害があったのは事実だと思う。

  でも俺たちみたいな可変データが、システムの基幹に影響を及ぼすなんて、有り得ないよ。

  じゃあ何故、俺たちは残されたのか。

  覚えているかな、アナウンスで俺たちに開放したと言っていた領域が、テスト領域だって事」

 「何それ、私たちはテストの為に残されたってこと?」

 「実際、このゲーム…… いや、このゲームに限らず。

  MMOはオープン後にサービスの追加や変更が、当たり前だという認識になっている。

  そして追加や変更がある度に、大騒ぎになる。

  大型アップデート後はバグがあって当たり前だとか、仕様改悪だ何だと叩かれる」

 「で、俺たちにリリースして落ち着いた頃に開放ってか?」

 「有効だと思わないか?」

 「思わないね。

  例え俺たちを踏み台に仕様改善した処で、外の連中はその事実を知らない。

  知らせる訳にはいかないだろうからな。

  だったら、結局はリリースされた仕様を基準に批評するだけだ。

  改悪だって言ってな」

 「それでもバグは潰せるし、仕様についても反応を見る意義は充分にあるさ」

 「どっちにしろ、面白くないことには違いないわね」

 「まあ、これは僕たちギルドの推論に過ぎないからね。

  どちらにしてもログアウトできない以上は、この世界に付き合って行くしかない。

  最長で、このゲームのサービスが終わるまで…… ね」

 俺は夕食後、宿屋に泊まって寝る事にした。




 「夢じゃない…… か」

 さて、今日は何をするかな……

 狩りに出なきゃな。

 食堂の食事代が1回、最低の品で5G(ゴールド)。

 少し良い物で10~15G。

 宿屋代が最低で50G。

 ゴブリン1匹のドロップが3G(その他稀にドロップ品10G相当)。

 30匹も狩れば暮らせるか。

 その日暮らしから脱するには、せめてレベル10以上にならないとな。




 ザク!

 ザク!

 ザク!

 うむ、レベルを5に上げてて良かった。

 とりあえずゴブリン殿を30匹倒したし、コボルト氏にリベンジ行ってみるかな。

 ザク!

 む、1撃で死んだ。

 レベルが5に上がったからか?

 と言う事は……

 1撃で倒すと、リンクモンスターでもリンクしないはず。

 ザク!

 ザク!

 ザク!

 ムッハーッ!

 俺最強伝説キタコレ!

 レベルが6になりました。




 人間、中の人が居なくなっても向上心が大切だと思う。

 と言う事で、やってきました。

 草原エリアを抜けて岩場エリア。

 コボルト氏の次はオオトカゲ君がターゲットだ。

 「おお、あいつらだな」

 お、おお? コイツらアクティブだ。

 「ぬぅおおおお!」

 『gugeeeegu』

 『gugaeeeee』

 「まだだ、まだ沈ま…… 沈んだ」

 死に戻りですね。

 いや、自分自身がちゃんと死に戻れるか、体を張って確認したかったんだ。

 ホントだよ?




 しかしトカゲはちょっとキツかったな。

 やはりコボルトを虐めよう。

 ザク! ザク! …… あれ? もうレベルが上がった。

 そうか、トカゲが旨かったんだ。

 だったら死んでも元が取れるな。

 デスペナはレベル10までないしな。

 よし、突っ込もう。




 トカゲは1匹なら、攻撃を剣で払いのける事もできる。

 つまりノーダメージで倒せるのだが、アクティブなのでどうしても囲まれてしまう。

 3匹くらいならギリギリ倒せるが、4匹目が来たらアウトだった。

 「くっ、一時離脱!」

 俺は岩場から草原に退避し、HPを回復させる。

 「なあ、さっきから何やってんだ?」

 「ん? 何って、トカゲ狩りだけど」

 「何で一々ここまで戻ってんの? ポーション持って無いの?」

 「初期特典で貰ったのがあるけど、勿体無くて」

 「いやいや、使わない方が勿体無いから。

  ぶっちゃけ初期特典のPOTは(小)だからレベル20までくらいしか使わないし。

  トカゲは1匹15G落とすけどPOTは1個10Gだから、1匹倒せばおつりが来るのね。

  で、レベル10くらいになったらスキルの事もあるけどPOT要らなくなるし。

  君見てたらレベル7か8でしょ?

  POT使って一気に10まで上げた方が得だから」

 「へえ、知らなかった。

  ありがとう」

 「がんばって」

 ふむ、なるほど。

 ゴブリンの時はPOT使うと損だと思ってたけど。

 トカゲはPOTよりドロップの方が高いから、1匹1個なら損でもないのか。

 よし、突っ込もう!




 漸くレベル10になったが、今日はもう夕方だから終わりにしよう。

 雑貨屋でPOTを補充して、明日は1日転職で終わるかな?




 今日は転職する日だ。

 確かスキル関係は武器屋が教えてくれたよな、行ってみるか。

 「む、弓職に転職したいか。

  弓職と言っても色々あるが、代表的なものはアーチャーだな。

  彼らは弓のエキスパートだ。

  城に行って志願兵に応募するといい。

  配属希望を弓兵隊にすればアーチャーになれる。

  君が魔法も使いたいのならレンジャーになるといい。

  彼らは魔法と弓を使う森の特殊部隊だ。

  城に行って志願兵に応募するといい。

  配属希望を特殊弓兵隊にすればレンジャーになれる。

  兵隊になるのは嫌だ? それならハンターになるんだな。

  彼らは森の狩人だ、弓の他に罠や動物使いの技術に精通している。

  ハンターギルドに入会すればハンターになれる。

  今、言った3つは弓の専門職だが、道場で”弓マスタリー”スキルを修得する事もできる。

  弓を使う戦士や盗賊などだな。

  そうそう、サムライなども弓を使うな」

 俺は知力を落としているので、魔法を使うつもりは無い。

 選択はアーチャーかハンターだな。

 とりあえず専門職と言うアーチャーの事を聞きに城へ行ってみるか。




 城は町の奥にある。

 今まで奥の方には行ってなかったけど、この辺りも色々あるな。

 ん? 弓を引く音が聞こえる。

 この壁の向こうで、かなり多くの人が弓を使っているようだ。

 そう言えば道場でも弓のスキルを取れるんだったな。

 ここの事かな?

 入ってみると、道場主らしきNPCがやって来た。

 「わかる! わかるぞ!

  君はサムライになりに来たのだね!

  刀! 槍! 弓! そして乗馬! 全てを使いこなす究極の戦士!

  ま・さ・に・ァアルゥティメットゥオ・ウゥオォーゥリャァアアア! SA☆MU★RA☆Iに!

  成りに来たのだね!」

 訂正、ヤバイ人だった。

 そうか、ここはサムライになる為の場所か。

 そう言えばサムライも弓を使うって言ってたっけか。

 俺も日本人だ、サムライと言う職に心引かれるのもまた事実。

 「サムライについて聞いてもいいですか?」

 「もちろんだとも!

  君の質問に、す・べ・て・答えよう!」

 …… 要点をまとめると。

 サムライは筋力の代わりに、器用度が攻撃力に影響するタイプの戦士だ。

 同じく器用度が攻撃力に影響する弓と、非常に相性がいい。

 軽戦士と同じように攻撃をかわすタイプで、刀は両手持ち武器。

 乗馬時には槍を持って、遠距離の相手には弓で攻撃。

 接近戦も戦士並みに強いとすると、ソロもやりやすいだろうけど……

 パラメータ的にも俺に合ってるし、考慮に入れてもいいかな。




 元々、弓職にしようと思った理由は、このゲームの職毎に立てられた掲示板を見たからだ。

 このゲームは様々な職があるので、見たのは代表的な幾つかの職のみだが。

 前衛はソロが楽だが、PTでは壁に徹するのが常道だと書いていた。

 逆に後衛はソロが難しい職が多いが、PTでは高い火力で敵を倒す役だとあった。

 そこで俺は、PTで高火力でありながら、比較的ソロが楽な弓職にしようとパラメータを振った。

 魔法使い系はソロがキツイと書いてあったし、魔法に魅力は感じるが、慣れてからでもいいかと思っていたのだ。

 回復系は…… 苦労が好きな人のやる職だとあったので、パス。

 普通に考えれば前衛も後衛もこなすと言えば、実際には両方こなしきれない罠職だ。

 しかし、別キャラを選択できない以上、マルチ職は意味を増してくるはずだ。

 ソロの時は刀を持って、PTでは弓を使う。

 前衛が足りなければ刀に持ち替えてもいいし、騎乗して槍を持ってもいい。

 スキルの熟練度を上げるのは遅くなるだろうが、問題ないだろう。

 なにしろゲームを抜けることができない以上、稼働率100%なのだから。




 ちなみに、このゲームではスキルの重要度はかなり高いらしい。

 スキルを修得する事で、能力の+修正や、攻撃や防御の技、さまざまな魔術といった能力を修得する。

 スキルは熟練度に応じて、その能力を増すが、熟練度が一定以上になれば、追加の能力を修得する。

 例えば、弓マスタリーのスキルを得たら、基本スキルとして弓の攻撃力に+修正が入る。

 更に熟練度に応じて、”命中率+”や”チャージ・アロー(敵を弾き飛ばす攻撃)”などを修得する。

 つまり、レベルが低いモンスターばかり狩っていると、レベルは低くても多くの技を持つキャラが出来上がる。

 逆にスキルの熟練度を上げなければ、レベルが高くても技を持たないキャラになる。

 なので、高レベルに(経験値寄生で)育てられたキャラなどは、返って役立たずになると言う。

 廃な方々の中には、あえて自分より低レベルな敵の狩場にしか行かない人もいるとか。




 ここでサムライ道場に来たのも天啓かもしれない。

 「サムライになるには、どうすればいいんだ?」

 「うむ!

  サムライになるには、先ず”刀マスタリー”、”槍マスタリー”、”弓マスタリー”、”騎乗”の4スキルを得る事だ。

  その上でワシの推薦状を持って城に行けば、サムライとして登録される」

 「…… あの、最低でもレベル30超えるんだけど」

 「SA☆MU★RA☆Iになるのだぞ!

  その道が辛く険しいのは当たり前ではないくわぁっ!。

  先ず最初に取るのは、刀マスタリーを推奨する!

  刀はサムライの魂だしな!

  だが馬に乗りたいと言うのであれば、騎乗と共に取るのは槍マスタリーがいいだろう。

  馬に乗っては刀の攻撃が届きにくい。

  弓と騎乗を併せるのは、騎乗の熟練度が上がって”乗馬弓”の技を修得してからだな。

  騎乗だけ取って武器のスキルを取らないのは、お奨めできんぞ」

 「じゃあ刀と弓で」

 「うむ! 併せて400Gだ!」

 「…… 金取るのかよ」

 「当たり前だ、ここは道場だぞ」




 この期に及んで400Gは痛い出費だが、払えなくはない。

 「…… でも刀と弓も買わないといけないんだよな」

 「心配はいらん! 入門した以上は木刀と練習用の弓が支給される。

  木刀でも刀スキルは使えるぞ!」

 「まあ、最初は仕方ないか……

  でもサムライになれない裡は無職のままなのか?」

 「いや、ワシの道場の門下生として、身分は浪人だな」

 無職と浪人、どっちがマシか…… って本来は同じ意味か。


 今日俺は、無職から浪人に転職した。



[11816] 二話
Name: ハリコの豚◆40baa12f ID:62227e72
Date: 2009/10/03 19:03
 さて、転職も一応は無事に済んだし、所持金も減ったし、狩りにいこうかな。

 「まあ待て、まだあわてるような時間じゃない」

 ネタか? NPCのクセにネタか?

 俺を止めたのは道場主のNPC。

 「お主には、この道場の使い方を説明しておらん。

  折角400Gも払ったのだ、存分に使い倒すがよい」

 「と、言うと?」

 「先ずスキルの熟練度を上げる方法に付いてだが、使えば使うほど上がると思っていればいい。

  刀の場合は斬れば斬るほど、弓の場合は射れば射るほど熟練度は上がる。

  敵の強さに関わらずな。

  つまり自分より極端に弱い敵を多く狩る事が、効率の良い熟練度の上げ方と言うものだ。

  しかし、それにも問題がある。

  弱い敵は簡単に倒してしまう為、充分に湧いていても瞬く間に殲滅してしまうだろう。

  多くの敵を倒すには、多くの敵を見つけねばならん。

  かと言って、倒すのに時間がかかるような敵は命が危ない。

  そこで道場だ!

  道場に備え付けられた案山子は幾ら斬っても倒れず、反撃もしてこない。

  道場の庭にある俵に矢を射掛けるのもよい。

  道場内では矢も無料支給しておる…… 外には持って行けないがな。

  唯一の欠点は、経験値が上がらないことだが、些細な事だ。

  なぜならば、スキルの熟練度が増すことで、同レベルでありながらも格段に強くなれる。

  つまり、その後のレベルアップが格段に楽になると言うことだからな」

 なるほど、確かにノーリスクで実力を上げる事ができるのはいいな。

 サムライ…… と言うか、浪人の場合は刀と弓だけでなく、槍や騎乗のスキルも上げないといけないしな。

 今日は転職で1日潰すつもりだったし、所持金も0になった訳じゃない。

 このまま案山子を殴って、今日1日潰すかな。




 俺が空いている案山子を殴っていると、隣の案山子を斬っていたサムライが声を掛けてきた。

 「よー、無職の格好して、転職したばかりか?」

 「あー、昨日レベル10になったばっか」

 「災難だな、1stキャラは何レベルだったんだ?」

 「いや俺、始めたばかりで、これしかキャラ持ってないし」

 「何? マジ初心者か。
  じゃあ始めたばっかで、こんな事に巻きこまれたんだな」

 「ああ、始めた日に…… ね」

 「…… じゃあさ、これやるよ」

 そう言って何かを空中から取り出すようにし、差し出されたのは濃いこげ茶色をした服。

 「これさ、浪人時代の装備なんだけど、サムライになったら着ないし。

  中古っつっても、装備外したら新品同様だしな」

 「え? いいの?」

 「本当はさ、今のキャラ作り変えようと思って取ってたんだけど、要らなくなったしな。

  未練になっても嫌だから、やるよ」

 「ありがとう」

 早速、俺は装備してみた。

 おおおっ、こげ茶の和服は正に素浪人を思わせる姿に変身した。

 「いいな、これ」

 「それはサムライになるまで使えるから。

  サムライになっても着る人いるけど、普通は上級装備に換えるしな。

  じゃ、がんばれ」

 そう言って彼は去っていった。





 次の日、俺は午前中いっぱいをトカゲ狩りに費やした。

 レベル10に成った上に刀スキルがあるから、トカゲも1撃で屠れる。

 定石通りならば次は蜘蛛狩りなのだが、レベル10から先はデスペナがあるので、なるべくなら死にたくない。

 俺は午前中で充分な生活費を稼いだので、午後からは道場で弓スキルを上げる事にした。

 最初に払った400Gで刀と弓の稽古は無料なので、しばらくはレベルよりもスキル上げを重点的に行うことにした。

 弓スキルの練習をして感じたのが、当たり前の事だが、矢を番える、弓を引く、放つ、と3段階の動作がいる。

 流石に弓道の如く、足踏みから残心まで8段階などとは言わないが、矢筒から矢を取り出して番えるだけで時間がかかる。

 これでは素人に連射など無理すぎる。

 あれ? 弓職はソロがしやすいって情報だったはずなんだが。

 …… ちょっと隣で練習している女の人に聞いてみよう。

 「あの、ちょっといいですか?」

 「ん? 何?」

 「弓って、矢を用意するだけで結構時間食いますよね。

  連射できないからソロは無理なんですか?

  それとも1撃で倒せるやつのみ狙うとか…… 」

 「ああ、弓スキル取ったの初めて?

  弓は熟練度が上がると”弓準備”って技を取得するんだけど、弓を引くだけで自動的に矢が番えられるの。

  熟練度が上がればマシンガンみたいな攻撃も、できる様になるから問題無いわよ」

 「ありがとう。

  その弓準備はどの程度のレベルで覚えるの?」

 「んー。

  道場でのスキル上げとかあるから一概には言えないけど、30前後が普通ね」

 「…… 弓職は後衛ではソロが楽な方と聞いてたんだけど」

 「だから30超えた頃から凄く楽になるわよ。

  魔法職に比べたら低レベルでも全然楽だし、特に回復職のソロなんて……

  それに弓職は、レベル50近くになるとPTでも最強クラスの攻撃力を持つようになるし。

  …… 難点と言えば魔法職は低レベルからPTを組めるけど、弓職は20過ぎまで需要がない事かしらね」

 「つまり低レベルの弓職は罠ってことでFA?」

 「いやいや…… 貴方、本当に初心者なのね。

  例えばハンターは、犬とか狼とかのペットが持てるから、その仔たちを前衛にして狩ったりできるわ。

  ペットだけで狩る人もいるくらいだし。

  レンジャーは、最初は殆ど魔術師と変わらないし。

  そうやってレベルを上げながら道場にも通って熟練度を伸ばすの。

  それにレベル20を超えるくらいから、属性の付加された矢を使っても赤字にならなくなるし。

  そうなったらPTに入っても魔術師と同じくらいの効率は出せるから。

  第一このゲーム…… この手のゲームは大体そうだけど、ある程度レベルが上がってからが本番だしね。

  それに30くらいまでは簡単に上がるし」

 「弓が本職って言うアーチャーは?」

 「アーチャーは、弓に関しては本当に優遇されてるのね。

  属性の付加された矢を、普通の矢と同じ値段で購入できるから、初めから高効率で狩れるの。

  ちゃんと属性の優劣を考えれば、普通の矢で狩るより2~3レベル高い敵を狩れるわ」

 「…… じゃあ浪人は?」

 「大人しく刀でレベルを上げることね。

  弓のスキルは只管、俵を撃ってなさいな」

 「…… そうします」

 その日、俺は夕飯まで俵を撃ち続けた。




 翌日、俺は朝飯を食うため、いつもの食堂へと入っていった。

 「…… 今日は込んでるな」

 他の人と相席になって座ってみると、道場で昨日、俺に弓職の事を教えてくれた人だった。

 「あら、昨日の…… 奇遇ね」

 「昨日はどうも、勉強になりました」

 「貴方初心者なのよね、レベルいくつ?」

 「今10だけど」

 「? 10なのに浪人の服を持ってるって事は1stキャラじゃないの?」

 「いや、これは俺が初心者って事を知った、親切な人から貰ったんだ」

 「ああ、なるほど…… そうそう、名前も言ってなかったわね。

  私はシークレット、レベル62のスカウトよ」

 「あ、俺はヨシヒロ、見た通りの浪人」

 ここに来て漸くキャラ名が出てくるとは……

 「それで、スカウトってどんな職なの?」

 「能力的には弓が使える盗賊ね。

  このゲーム、複数のギルド同士が東西に分かれて戦う、合戦ってイベントが毎週あるんだけど。

  それに参加するには城に仕えていないとだめなの。

  で、盗賊職に就いたキャラが城に仕えるには、弓マスタリーを取ってスカウトになるしかないの」

 「ふーん、じゃあその合戦に出る為にスカウトになったんだ」

 「入ってるギルドで合戦やろうって事になってね」

 そんなこんなで、彼女の合戦話を聞きながら朝食を済ませていった。

 まあ、彼女は俺にとって最初のフレンド登録をしてくれたので、ちょっと嬉しかった。




 さて、トカゲ狩りでもやりますかね。

 俺は昼食を挟んで夕方まで木刀で狩りをし、夕食後に弓スキルを伸ばす為に道場へ通う事にした。

 昨日、午前中も狩りをしていたので、今日は早い段階でレベルが11に上がった。

 「おお、11になった。

  どうするかな、蜘蛛に行ってみるかな、行くとしたら毒消し買わないとな…… 」

 俺がもう少し安全マージンを取るか悩んでたとき、声をかけられた。

 「おい、お前、低レベルのくせに生意気なんだよ」

 …… は? 何言ってんの? コイツ。

 え? ちょ?

 声を掛けて来た男は、いきなり剣を振りかざして……

 PK(プレイヤーキラー)だ!

 はっきり言って、装備からして高レベルな男と、レベル11になったばかりの俺では、勝負になるはずも無い。

 一撃で斬り殺されてしまった。

 何なんだ。

 「いいか、低レベルの分際でシークレットにチャラチャラ近寄るんじゃねーぞ!」

 …… ナニソレ。




 正直、理解できなかった。

 確かに、彼女とは一緒に朝飯を食ったが、偶々相席になっただけた。

 レベルが上がって直ぐなので、デスペナは考えなくても良いが、いきなりPKは無いだろ。

 ちなみにデスペナは経験値-10%。

 これは、レベルが上がる度に経験値は0に戻るので、レベルが上がって以降溜めた経験値の10%という意味。

 先ほどの場合、レベルが上がって直ぐなので、繰り越した僅かな経験値の1割が消えたと言う事だ。

 シークレットさんの彼氏だか何だかは知らないがムカついたとは言え、大した被害でもないので放っておく事にした。




 俺は岩場に戻ってトカゲ狩りを再開する事にした。

 流石にもうアイツはいないだろうし、このまま蜘蛛狩りに変えると逃げたみたいで嫌だったからだ。

 「お前、目障りだって言ってんだろうが!」

 まだ居たよ、アイツ。

 「何なの? お前、バカなの?」

 俺もちょっとアツクなって、挑発的に返した。

 その瞬間、また斬りやがった。

 何なんだあいつは。




 流石に今回はシークレットさんに連絡を付けた。

 事のあらましを彼女に話し、アイツは何がしたいのかと。

 彼女に当たるのは筋違いかもしれないが、原因がアノ男と彼女らしい事は確かなのだ。

 「ごめん、格好とかで大体検討付くけど、ソイツうちのギルメンだ」

 「何なのアイツ、彼氏?」

 「いや、全然違うから。

  て言うか、正直イヤなヤツなんだよね。

  ギルドの先輩で、私よりだいぶレベルが上なんだけど、押し付けがましいっていうか……

  いつも上から目線で、何々してやるよ、とか言うタイプ。

  実際、ギルドの女子メンには総スカン喰らってんだけど、本人気付いてないし。

  でも今の話だと、私狙ってんのかな、まいったな……

  とにかく、こっちで何とかするよ、迷惑かけてごめんね」

 つまり、アイツの独りよがりか。

 とことん迷惑なヤツだな。

 「いや、そう言うことなら君のせいじゃないし。

  つか、俺じゃ何もできないけど、ギルメンとかに相談して対応した方がいいかもよ。

  今回は俺だったけど、他にもあるかもだし」

 「うん、ありがと、とりあえず何とかするから」




 今日は大人しく、弓スキルでも上げておくか。

 明日には解決してるだろ。




 いや、頑張ったね、俺。

 新しい弓マスタリーの能力”弓攻撃+”を修得した。

 弓での攻撃時に、攻撃力が追加修正される能力だ。

 熟練度を上げていけば、どんどん弓の攻撃力が強くなるって事だな。

 尤も刀の場合は初めから”刀攻撃+”が付いてたりするが。

 まあ、明日は普通にトカゲを狩ってれば、刀スキルの能力も増えるだろう。




 翌日、俺がトカゲを狩っていると、またアイツが来やがった。

 「お前! シークレットにチクリやがったな! ふざけんじゃねぇぞ!」

 「おいおい、ふざけてるのは、お前だろ?」

 「俺は彼女がギルドに入った頃から、面倒みてやってたんだ!

  何でお前みたいなのが、後から来て一緒に飯とか食ってんだよ!

  大体、トカゲとかと遊んでるお前が彼女に近づくとか!

  迷惑なんだよ! 彼女に悪いと思わないのか!」

 ごめん、誰か通訳してくれ。

 「結局何が言いたい訳?」

 「2度と彼女に近づくんじゃねえって事だ!」

 「お前、自分が彼女に嫌われてるって理解してないの?」

 …… また殺されたよ。

 さっきまで頑張って溜めた経験値が、パーって言うのは堪える。

 仕方ない、毒消し薬を買って蜘蛛を狩りに行くか。




 やって来ました、毒蜘蛛の森。

 …… デカイな。

 トカゲもデカかったけど蜘蛛もデカイ。

 デカイ蜘蛛はグロイし怖い。

 でも勝てる筈だよな。

 ええい! 叩け! 叩け!

 む? 後ろを向いた…… 逃げるのか?

 うわっ! 何だこの液体!

 あ、毒か。

 毒消し、毒消し。

 でも判ったぞ! 敵が後ろを向いたら、横に回って叩けばいいんだ。

 蜘蛛も、森の奥に進まなければ数は少ない。

 今日は入り口付近で少しずつ狩ろう。




 「見つけたぜバーカ! お前みたいな低レベルの狩場は先刻承知だっつーの!」

 こっちにも来たのか……

 「バカはお前だ」

 ……またデスペナだよ。




 しょうがない、またシークレットさんに相談するか。

 「なあ、結局どう言う対応した訳?」

 「ホント、ごめん。

  今ギルドのマスター呼んでるから、何処かで話しましょう」

 「んー、でもアイツ、どっかで見てんじゃね?」

 「そうね、部屋でも借りようかしら…… 」




 俺たちは彼女のギルドマスターと副マスターを入れた4人で、宿屋の1室で会議を開いた。

 宿屋の部屋が模様替えで会議室になるとは……

 「俺がギルド、”ブルームーンライト”のマスターで真九郎、こっちが副マスターのアッシュvだ。

  この度は、うちのギルドメンバーのオリジンが迷惑をかけて、本当にすまない」

 アイツの名前はオリジンと言うのか。

 「アッシュvだ、アッシュと呼んでくれ」

 「よろしく、ヨシヒロです。

  正直、貴方たちを責めても仕方ない事は理解しています。

  ただ、対応は取れないんだろうか。

  実際、昨日から4回もPKされて、狩りにも満足に出れないし。

  あの男がどういう心算かしらないけど、こっちはゲームから離れる事も、キャラを変える事もできないからね」

 「実は俺たちも、今日この事を聞いたばかりで、正直対応に困っている。

  実際、ギルドマスターと言っても、権限はギルドの除名くらいしかないし……

  それでは問題の放棄にしかならない」

 「ごめんなさい、私が昨日のうちに相談していれば…… 」

 「いや、シークレットがどんな対応をしたかは知らないが、どの道いっしょだったと思う」

 うーん、困った。

 確かにギルドマスターと言っても、同じプレイヤーでしかない。

 話し合いで解決できなければ、決別するしかない。

 ゲームの仕様上PKを許しているのだから、防ぐ手段は敵より強くなるしかない。

 …… 無理だって。

 それから暫くの間、俺たちは話し合ったが結論は出ない。

 「結局アイツのモラルとかマナーとかを、どうにかするしかないんだよな…… 」

 しばらくの沈黙の後、アッシュさんが口を開いた。

 「こっちから出来る最大の対処は、因果を含めた上での追放と言う事になる。

  それから、こういう問題では無いのだろうが、君には迷惑料として10000Gを払う」

 「おいアッシュ、それは問題の放棄にしかならないと言っただろう」

 「それじゃヨシヒロ君に問題を押し付ける事になりますよ、アッシュさん」

 2人とも反対してくれたが、これ以上有効な処置を取れないのも理解できるしな。

 「いや、アッシュさんの言うとおり、俺もそれ以上は無理だと思う。

  お金は申し訳ないけど、ありがたく頂きます。

  多分しばらくは狩りに出られないでしょうから。

  しばらく道場に通って、町の外にでなければ、アイツも諦めるだろう」




 俺は1週間ほど道場通いを続けた。

 その間、オリジンは現れなかったので、流石に諦めたかと狩りに出る事にした。

 まあ、スキルの熟練度は、刀・弓共に上がったので、無駄にはならなかったから良しとするか。

 お、流石に道場通いの成果が出てるな。

 1週間前と比べて蜘蛛に対する攻撃力が、かなり上がっている。

 まあ、1週間もあればレベルも3つ以上は上がってただろうけど、さらに高レベルになったら地味に効いて来るはず。

 俺は夕方まで狩りを続けて……

 をを、やっとレベルが12になったよ。

 さて、今日は夕飯を食って道場で弓スキルを上げるかな。

 「…… 見つけたぞ、貴様がっ! 貴様のせいでギルドから追放されたんだぞ!」

 ああ、オリジンだ。

 「許さねぇからな! 絶対にだ!」

 「なあ、お前、自業自得って知ってるか?」

 「ふざけんな! 全部貴様のせいだろうが!」

 おそらく真九郎さんたちは、充分この男に言い聞かせたはずだが、反って恨みを募らせたんだろうな、この調子じゃ。

 「で、何がしたいんだ?

  PKなんかやっても、低レベルの俺じゃあ直ぐに取り返せるし、意味ないぞ」

 「毎日だ! 毎日見つける度に殺してやるよ!

  そうしたらお前はレベルが上がらなくなる。

  意味はあるだろ?」

 そしてヤツはまた俺を殺した。




 これ以上はシークレットさんやブルームーンライトの人たちを頼っても迷惑になるだけだな。

 その為の10000Gだったんだろうし。

 何か対策を考えないと。



[11816] 三話
Name: ハリコの豚◆40baa12f ID:62227e72
Date: 2009/10/02 22:16
 俺は最近PKに悩まされている。

 しかも俺だけを狙った悪質なやつだ。

 でもゲーム内からは、運営に連絡して助けてもらう事はできないし、キャラの変更もできない。

 自分で何とかしろって事だな。




 俺は考えた。

 ヤツのモラル改善に期待が持てない以上、ヤツの恨みから来る情熱を冷ましてやるしかない。

 ヤツが飽きるまで殺され続けてやればいいのだ。

 俺はヤツが、さっき俺を殺した毒蜘蛛の森まで戻って行った。

 「もう戻ってきたぞ?

  無駄だったな、いや、歩いた分疲れたかもな、ご苦労だったな」

 ヤツを挑発してやった。

 「じゃあ、もう一回戻ってこいよ」

 ハイ、また殺された。

 だが、これはもうヤツからの攻撃と言うだけの事ではない。

 ここから先は、俺とヤツの根競べなのだ。

 俺は何回も戻ってヤツの目の前に現れる。

 ヤツは俺を切り殺す。

 分の悪い勝負になるが、レベル差がある以上は仕方ない。

 日が暮れる頃、漸くヤツは言った。

 「今日はこれくらいにしておいてやる。

  けど、これで終わりじゃない。

  判ってるよな、明日も今日と同じだ。

  お前はもうレベルを上げる事はできない」

 「バカか?

  ここに居る以上はお前もレベル上げできねぇって。

  それとも蜘蛛狩って上げるつもりか?」

 「バカはお前だ。

  いいか? この世界にはもう人は増えない。

  今いるヤツらが新しいキャラで1から始める事も無い。

  お前と同じタイミングで始めたヤツは何人かいただろうさ。

  でも、この10日くらいで完全にお前は置いていかれたぞ?

  お前が追いついて、PT組んでもらえる様になるのはいつになるかな?

  もちろん、まだまだ差は開くぞ!

  俺が飽きて普通に狩り始める頃には、お前みたいな低レベルは誰も相手にしてくれないよなぁ」

 確かに、他の人たちとは差が付くだろう。

 だが結局は目の前のバカが諦めない限りはどうしようもない。

 俺は精一杯の嫌味を言うくらいしかできない。

 「確かに時間はかかるだろうさ、でも俺は時間さえかければ取り返せる。

  お前がギルドを放逐された事は、何時間かけようが取り返しはつかないけどな」

 「…… じゃあ、また明日な」

 そして俺はまた斬られた。




 それから2日が過ぎた。

 正直あまり考えてなかったが、ゴブリンを狩ってた頃は結構周りに人がいた。

 今、同じように蜘蛛を狩ってる人はあまりいない。

 それに俺の事を見かねてオリジンに注意してくれた人もいたようだが、斬り殺されたそうだ。

 これでは周りの人も遠のいていくだろうと思ったが、とばっちりで斬られた人の中に、かなり影響力の強い人が居たようだ。

 夕食の時に俺は声を掛けられた。

 「なあ君、オリジンに斬られてた浪人だよね」

 「ん? ああ、そうだけど」

 「いや、俺さ、レベル16の戦士でグラッチェって言うんだけど。

  あいつが君を斬ってるの見て注意したらさ、俺まで斬られちゃったよ」

 「災難だったね、俺はヨシヒロ、レベルは12」

 「とりあえず、俺の1stキャラが作ったギルドの仲間に、仇を討ってもらったけどね。

  で、あいつの居たブルームーンライトの連中に話を聞いたんだけど、君もすごい災難だね」

 「そうなんだよね…… どうしたらいいのか」

 「とりあえず、仲間にあいつの噂を流して、高レベル帯の皆からハブにしといたから。

  今は直接君を助ける事ができないけど、あいつが諦めたらレベル上げくらいは力になれるよ」

 「ありがとう」

 いつのまにか、俺は泣いていた。

 案外、俺の心も折れかけてたのかな。




 「でも高レベルの人たちからハブにするなんて、できるの?」

 「これでも影響力の高いギルドのマスターだったんだよね。

  まあ、廃人なんて自慢にならないけど。

  それに、まさか作り直したばかりのキャラで、こんな事になるなんてね」

 「なるほど、それも災難だね」

 「どうだろう、フレンド登録してくれないかな?

  レベルも近いし、オリジンの件が済んだらPTでも組んで狩ろうよ」

 「ありがとう、いつになるか判らないけど、決着が付いたら連絡するよ」




 次の日も俺とオリジンの戦いは続いた。

 「貴様! どう言うつもりだ! 低レベルのくせに、廃人なんか雇いやがって!

  俺をPKするとか! 俺の経験値は低レベルのお前と違って…… 10%がどう言うことか、判ってんのか!」

 「だから、自業自得って言葉を調べろよ、辞書でも引いて。

  あー、辞書無いか」

 多分、殺ったのはグラッチェのギルド仲間だろう。

 まあ、一々教える事もないか。

 その日も夕方までPKの繰り返しが続いた。




 「よお、大変だな、頑張れよ!」

 「ありがとー」

 俺は昨日辺りから、知らない人から励まされる事が多くなった。

 ”毒蜘蛛の森での粘着PK”は結構有名になっているらしい。

 …… あれ?

 食堂に行く途中で、自分の所持品にアイテムが増えている事に気が付いた。

 これは……




 「よ、お待たせ」

 「すまない、グラッチェ、昨日の今日で呼び出したりして」

 「気にするなよ、それで相談って?」

 「実はレアっぽいアイテムを手に入れたんだ。

  ”弱者の呪い”って言って、1ヶ月以内に同じ相手から100回以上PKされると出るらしい」

 「へえ、初耳だな。

  どんな効果なんだ?」

 「うん、このアイテムを使用後、更に同じ相手からPKされたら、相手にペナルティーが課せられる」

 「いいじゃないか、使っちゃえよ」

 「それが……

  アイテムの説明には、相手のステータスを全て初期化した後に、3ヶ月間アカウントを停止します。

  って書いてあるんだ。」

 「ステータスの初期化って、レベルが1になってスキルもスロットごと全消し?

  キツイな…… でも同じ相手に1ヶ月で100回のPKなんて、自業自得だしな」

 「それにステータスって事は、ゴールドや装備品もロストかもしれない」

 「所持品全て…… どころか銀行内のアイテムと金、全てをロストしたって適正だと思うね」

 「でも、それ以上に問題なのが、アカウント停止って事なんだ。

  通常ならゲームが出来ないだけって事で済むんだけど…… 」

 「…… なるほど。

  でもさ、削除じゃなくて停止なんだから、消えはしないんじゃないかな。

  今でも1週間毎に周りが暗くなって、時間が飛ばされるじゃないか。

  あれは多分定期メンテナンスだと思う。

  多分使えば、PKされた瞬間にオリジンは一時的に消えると思う。

  でも3ヵ月後にレベル1の状態で復活するだろう。

  オリジン自身は、自分が3ヶ月消えた事を認識できないんじゃないかな」

 「使ってもいいものかな…… 」

 「俺は彼自身に罰を与える為にも、使うべきだと思うね。

  君をPKしている彼の言葉を聞くだけでも、彼自身が考え違いをしているのが判る。

  ハッキリ言って、彼の今後の為にもこれくらいの罰は必要だよ」

 「でも今の俺たちには、この世界はゲームじゃない。

  現実の世界として見たときに、これまでの全てを失わせる事がどれだけの事か……

  正直デスペナの-10%、それもレベルが上がった後の10%を失うだけで、結構きついのに」

 「それを彼は強制的に君に課した。

  一方的な言い掛かりで、だ。

  100回以上だ。

  …… こう言う言い方は卑怯かもしれないけど、決めるのは君だ。

  でも俺なら使うね」

 「判ってるんだ、本当は。

  多分、使わなければ明日も明後日も、ヤツはPKを続けるだろう。

  今使わなければ、いつか俺は衝動的に使うと思う。

  だから、俺は自分で決断して使う事にする」




 その後、俺たちはブルームーンライトのギルドアジトへと向かった。

 グラッチェが言うには、追放したとは言え長い付き合いのあった連中だから、話を通しておいた方がいいと言うのだ。

 例え彼を嫌う者がいたとしても、彼が長くギルド内に居たということは、仲のいい相手もいた筈である。

 今回のペナルティーは厳しいものになるので、逆恨みがないとも限らない。

 と言うより、オリジンは間違いなく恨むだろう。

 その上で仲がいい相手と組まれたりしたら、反って面倒な事になりかねない。

 そこで元ギルドの承認も得ておくことで、ギルド員も周知の事としておくのだ。

 ヤツのギルド外の繋がりまでは判らないが、そこまでは仕方ない。

 この訪問も、あくまでも念のためなのだ。




 「ちょっとさ、流石にキツくない?」

 「でもさ、ヨシヒロだっけ、彼は明らかにとばっちりじゃない、使ってもいいと思うよ」

 「自業自得だな」

 「死ぬ訳じゃないしさ、そっちのグラッチェってメルスィーの中の人と同じ人なんだろ?

  俺、彼女のファンだったのに男だったの? ちょっとショック…… てのは別にして。

  彼? だってレベル1からやり直しなんだし、他にもメインキャラじゃないやつなんて幾らでもいるだろ。

  別にレベル1に戻ったって、やり直せばいいんだよ」

 「つっても、別キャラで1からと育てたのが無になるのは違くねぇ?」

 「だからヤツはそれだけの事をしてんだろ?

  そこのヨシヒロ君にさ」

 ブルームーンライトの人たちも意見が割れている。

 元々オリジンを嫌ってたと言う、女の子たちから否定的な意見が出ることもある。

 人数が多いせいもあるが、纏まりそうにない。

 するとマスターの真九郎さんが口を開いた。

 「みんな聞いてくれ、ヨシヒロ君は最初にアイテムを使うつもりだと言っている。

  つまり使うのを前提として、承諾を取りにきたと言う事だ。

  本来、俺たちはギルドの総意でオリジンを追放した訳だし、承諾云々を言い出せる立場ではない。

  にも関わらず、彼がアイテムを使う前に知らせてくれたのは、純粋に彼の厚意からだ。

  俺は彼がアイテムを使うと判断したのだから、それに従うべきだと思う。

  それだけじゃない。

  俺は弱者の呪い、などと言うアイテムは聞いたこともない。

  もちろん今回の様な粘着PK自体、あまり聞かない事態だが。

  俺はこのアイテムを、運営がヨシヒロ君の為に用意した救済策ではないかと思っている。

  もちろん、運営側が俺たちをテストケースとして観察していると仮定して、だ。

  例えそうでなくても、アイテムが用意されていると言う事は、それが運営側が考える相応の罰と言う事だ。

  と、俺は考える」

 これで情勢は一気に決まりつつあった。

 だが、ここでアッシュさんが口を開いた。

 「待ってくれ。

  確かに真九郎の言ってる事は正しいと思う。

  しかしオリジンも、ずっと俺たちの仲間だった。

  自分たちで追放したとしてもだ。

  理屈では理解しても、感情が納得できないこともあるだろう。

  そこで1度だけチャンスをやって欲しいんだ、彼に。

  確かに彼は、空気の読めないヤツだ。

  女性陣からは元々敬遠されてたし、男にだって毛嫌いするヤツはいる。

  俺も正直に言えば好きじゃない。

  でも、あそこまで曲がってしまったのは、ログアウトできなくなった事件の影響も大きいのではないだろうか。

  もちろん、だからと言って、彼がヨシヒロ君にした事は許される事じゃあない。

  だが、そのアイテムの効果は大きすぎる様にも思う。

  だから1度だけでいいんだ。

  もしそれで彼が改心するのであれば、彼に相応の保障を払わせて終わりにしたい。

  彼が改心しないときは、アイテムを使ってくれてかまわない。

  その時はギルドの総意として、アイテムの処置に承諾したと思ってくれてかまわない。

  どうだろう、真九郎、ヨシヒロ君」

 「その、具体的にチャンスとは、何を指してるんですか?」

 「俺と真九郎で、もう一度だけ君と一緒にオリジンと会う。

  話をして解決できれば、それが一番いいんだ」

 「だったら、もうアイテム使ってもいいんじゃないの?

  効果が現れるのは、ヨシヒロがオリジンにPKされた時だけだし。

  オリジンが本当に改心するのなら、使っても影響はないよね」

 そう言ったのはグラッチェ。

 彼はオリジンに制裁を加える気、満々だ。

 「…… 判った。

  ヨシヒロ君にはアイテムを使ってもらうが、明日の朝は俺とアッシュが彼に付き添う。

  そこでオリジンと会って説得する。

  出来なかったら、オリジンの自業自得と判断する。

  これをブルームーンライトの総意とする。

  ヨシヒロ君、いいだろうか」

 真九郎さんの言葉に俺は頷いた。

 「皆も意見はないな!」

 ブルームーンライトのみんなも納得したようだ。

 「…… ごめんなさいね、元々は私が原因なのに。

  まさか100回以上も貴方を殺すなんて……」

 「いや、シークレットさん、もうこれは俺とオリジンの問題だから、気にしなくていいよ。

  それに、どう転ぶにしろ明日で解決するし」

 そう、オリジンがPKを諦めるもよし、諦めなければ3ヶ月後にはレベル差が逆転しているので、PKされなくなる。

 まあ3ヶ月、俺がサボってれば別だが。

 「ヨシヒロ、明日は俺も付いて行くよ。

  顛末は知りたいし、どうせ解決するなら、そのままペア狩りでもしようぜ」

 「ああ、ありがとうな、グラッチェ。

  ずいぶん骨を折ってもらって」

 「気にするなって」




 翌日、食堂で待ち合わせた俺たちは、弱者の呪いを使用して、毒蜘蛛の森へと向かった。

 「なあ、アッシュ」

 「ん?」

 「お前、オリジンの事を嫌ってたと思ってたけど、そうでもなかったんだな」

 「いや? 嫌いだよ」

 「…… じゃあ何で最後のチャンスをやるんだ?」

 「チャンス? お前オリジンが改心して反省するとでも思ってる訳?」

 「…… いや、在り得ないけど。

  じゃあ何で?」

 「言ったろ? 頭で判ってても感情はそうじゃないって。

  昨日は元々アイツを嫌ってたヤツらでさえ、アイテムの罰が厳しいって言ってたんだぞ?

  そのまま使ってたら、ヨシヒロ君に蟠りを持つヤツが出るかもしれない。

  それ処か肯定したヤツらと否定したヤツらで、揉めないとも限らない。

  もう嫌だろ? オリジンの事でゴタゴタするのは」

 「…… お前、本当に嫌ってたんだな」

 …… 何か真九郎さんとアッシュさんの会話が、黒く聞こえるのは気のせい?




 「そういえば、グラッチェ」

 「ん?」

 「お前、1stキャラって女だったの?」

 「ああ」

 「て事は、中の人は…… 」

 「ヲイヲイ、俺らにはもう、中の人なんかいないだろ?」

 「…… そうだったな」

 でも、中の人と性別が違った人たちは…… 災難だな。

 俺たちの会話を聞いて、真九郎さんとアッシュさんも話題を変えた。

 「なあ、アッシュ」

 「ん?」

 「今回の原因ってシークレットだったよな」

 「そうだな」

 「彼女の中の人って…… 」

 「中の人などいないさ」

 「…… そうだな」

 そんなこんなで森に着いた。




 「おい、今度は真九郎とアッシュを連れて来たかよ」

 オリジンは俺たちが近づくなり、そう言った。

 「オリジン、もうバカな真似はやめるんだ。

  お前がこんな事したって、何にもならないんだぞ。

  前にも言ったが、彼とシークレットは関係ないんだ。

  大体、お前は町で噂になってるんだぞ。

  これ以上やっても、自分の首を絞めるだけなのが何故判らない」

 真九郎さんは真剣に、オリジンを止めようとしている。

 「オリジン、ヨシヒロ君に謝るんだ。

  いいか? 俺たちはお前の為に、間を取り持とうと来たんだ。

  今ならまだ取り返しがつく。

  今まで彼の邪魔をしていた分は、何らかの別の形で保障すれば許してくれると言っている。

  とにかく今は、誠心誠意謝るんだ」

 …… アッシュさんは完全に挑発モードだ。

 「ふ・ざ・け・る・な!

  お前らはもう、ギルマスでも副マスでもねぇんだ!

  お前らが追放したんだからな! 俺を!

  お前らなんか、今更のこのこ来た処で、何の意味もねぇんだよ!

  死ね!」

 そして俺は斬り殺された。




 噴水の前に戻った俺は、また森へ向かった。

 「…… どうなりました?」

 「おかえり。

  君と同時にオリジンも消えたよ。

  次に会えるのは3ヶ月後だね」

 「じゃあこれで俺たちは帰るよ。

  オリジンの件は、結局君に丸投げする形になってしまったな。

  せめてもの後始末だ、アイツが3ヵ月後に戻ってきたときに、俺たちの方で経緯を説明しておくよ。

  何かあったら、いつでも訪ねてくれ、代わりと言うわけではないが力になるよ。」

 「ありがとう」

 2人は帰って行った。




 「ヨシヒロ、それじゃあPT組もうぜ」

 「ああ、そうだな」



[11816] 四話
Name: ハリコの豚◆40baa12f ID:62227e72
Date: 2009/10/03 19:04
 毒蜘蛛の森を抜けると、そこは猪の森だった。

 いや、本当は繋がってるんだけどね。

 「猪はノンアクティブだし、一度タゲ取ったら変わんないから。

  俺がタゲ取るまで、絶対に手はださないで。

  変わりにアクティブのハエは、俺じゃなかなか当たらないから、ヨシヒロに頼むわ」

 「了解」

 レベルが高く、体力を特化させた上に盾装備のグラッチェは、猪の攻撃にも充分耐えれる。

 反対にハエは俺でも1撃で倒せるが、回避力が高くてグラッチェでは中々ヒットしない。

 でも器用度と敏捷度特化の俺なら、確実に中てる事ができる。

 ここはハエが湧く事もあって、ソロだとレベル18~20の狩場だが。

 16のグラッチェが壁をしてくれるので、12の俺でも楽に狩れる。

 午前中だけでグラッチェはレベル17に、俺は14に上がった。




 「早いな、グラッチェのお蔭だよ」

 「いやいや、俺だけじゃ、ハエに集られて死ぬしね。

  火力もヨシヒロの方が高いし、ソロじゃ狩りきれないんだ」

 「それにしても猪、旨いな」

 「偶にドロップする、ぼたん肉も食って良し、売って良し、の良品だしな」

 「食うって、料理スキルいるんじゃね?」

 「結構いるよ? 一般スキル取るやつ」

 「そうなんだ」

 「一般スキルは結構金になるんだよね。

  センスのあるヤツはもちろん、無くても稼げるスキルも多いし。

  一般スキル専用のキャラ持ってるヤツは多いよ。

  まあ、運が良いのか悪いのか、そういうキャラであの日を迎えた人も、それなりに居るしね」

 「それは、災難だな」

 「いや、そうでも無いと思うよ。

  彼らは確かに大抵がレベル10とかだけど、稼ぐ事だけを考えるならね。

  廃レベルたちの財布キャラって考えれば、有用性は判るよね」

 「…… なるほど、でも何でレベル10が多いの?」

 「一般スキル1つと、商人スキルを兼用するからね。

  作ったものを売る屋台は、当然必要だし。

  逆にそれ以上、上げないのは意味がないから。

  とにかく1つのスキルを集中して上げるのが一番稼げるからね」

 「ふーん、なるほどね」

 俺たちはそんな話をしながら町に帰って、いつもの食堂で昼食を取ることにした。




 「なあ、グラッチェ」

 「ん?」

 「食堂とか見て思うんだが、最近混んできてないかな」

 「利用者が増えたって事じゃない?」

 「何で? ログインしてるユーザーが増える、とかあるの?」

 「もうすぐ1ヶ月だからね、あれから。

  流石にあの日は町中、どころかフィールド上でも騒いでる人が多かったけど。

  次の日とかは、みんな宿とかギルドのアジトとかに、引きこもったりしたしね。

  そう言った連中が徐々に出て来たんだろ」

 「…… そう言えば、あの日はもっと人がいたもんな」

 「俺はさ、キャラは変わってもギルドのマスターだし。

  みんなと色々、会議とかしてるうちに落ち着いたんだけど。

  ヨシヒロは入ったばかりで、1人だったんだよね。

  実際、すごく立ち直るのが早い方だよ」

 「立ち直ったっつーかさ。

  1日飯食って宿に泊まるのに、ゴブリン30匹くらい倒さないといけない訳だし。

  レベル上げないと生活ままならないしね」

 「ああ、自分が貯えあるから気付かなかったよ」

 「そう言えば、このゲーム餓死とかするのかな?」

 「試した人の話は聞かないな」




 連打! 連打! 連打! ザク! ザク! ザク!

 「流石に浪人は火力高いな」

 「スキル上げたからじゃないかな」

 「それが一番の理由だろうけど、ヨシヒロは初期ステータスで敏捷度も上げてるんだろ?

  攻撃の速度が速いんだよ」

 「その分グラッチェは硬いじゃないか」

 「そうなんだけどね」

 「そう言えば、騎乗と槍はどっちを先に取った方がいいと思う?」

 「うーん、普通は槍だね。

  刀は騎乗すると片手持ちになるから、攻撃力が落ちるんだ。

  槍も同じなんだけど、槍スキルの技に”騎乗槍”って言うのがある。

  それを修得すると攻撃力が落ちないし、熟練すると返って騎乗時の攻撃力が上がっていく。

  早いうちに修得するから、槍スキルを道場で上げつつレベル30で騎乗、が普通かな。

  ただ君の場合、お金持ってるじゃない。

  高レベルの2ndキャラとかに多いんだけど、先に騎乗取って高ランクの騎獣で戦うってのもあり。

  騎獣とかペットもレベル上げれば、どんどん強くなるしね。

  騎獣を育てるなら、当然スキルの修得は早い方がいい。

  まあ、サムライとしての格好を気にするなら、馬かその系統がいいけどね。

  普通に移動手段として使うなら、レベルは低くてもいいし」

 「ふーん、騎獣か。

  でも、あんまり見かけたことないよ」

 「この辺りには殆どいないと思う。

  元々PT狩りには向かない…… と言うより、嫌われるし。

  高ランクの騎獣持ちは、ノンアクティブモンスターばかりを追ってソロ狩りが主流だしね」

 「猪もノンアクティブだけど?」

 「ここはハエがいるから……

  もう少し上のレベルにいる大猿が人気かな」

 「それって面白くないんじゃあ…… 」

 「だから、2nd以降で手っ取り早くレベルを上げたい人向けだね」

 「なるほど…… まあ、俺は普通に槍でいいや」

 「そうだね、俺も次は槍を取るし」

 「…… 槍戦士になるの?」

 「いや、騎士になるためだね。

  騎士もサムライと同じように、4つスキル取らないといけないんだ。

  片手剣と盾、槍のマスタリーと騎乗だね。

  遠距離攻撃はないけど、盾スキルの技で”騎乗盾”を修得すれば、槍と盾を持って騎乗できるし。

  まあ、結局は硬さが勝負かな」

 「なるほどねぇ」

 結局、猪狩りを夕方まで続け、グラッチェはレベル18に、俺は16に上がった。




 俺たちは食堂で夕食を取りながら話していた。

 「ヨシヒロ、これからどうする?」

 「んあ? 俺はこの後、道場で弓スキル上げるし、お前はギルドで会合とか言ってなかったっけ?」

 「いや、今日の事じゃなくて、明日以降だよ。

  ペアなら明日も猪がいいし、もっと人を募集してPTなら、もっと上の狩場にいけるしね」

 「PTって、普通にずっと組んでいくのか?」

 「いや、普通は臨時で毎回違うPTを組むんだ。

  この町なら、公園の掲示板で募集してるな。

  恒久的なPTを組みたいなら、ギルドを作るのが一般的だね。

  まあ、ログインする時間がそれぞれ違うから、自然とそうなるんだけど。

  これからは、それも変わるかもしれないな」

 「なるほど……

  でも、そうなるとグラッチェは、今のギルドの仲間と狩りに行けないよな。

  別に作るの?」

 「いや、うちのギルドは合戦ギルドでね。

  通常はレベル80くらいから入れているんだけどね。

  司令塔としての位置づけもあるし、多分元のギルドに入り直すかな。

  ヨシヒロならレベルさえ上がれば、是非うちに入って欲しい処だけど」

 「うーん、グラッチェのギルドなら入ってみたい気はするけど。

  ブルームーンライトの件とかあったし、今はそんな気分じゃないよ。

  考えるとしてもまだ先の話だな」

 「そっか……

  それで、明日はどうする?」

 「一度PTの募集に、行ってみるのはどうだろう。

  集まらなければペアで狩ればいいし」

 「じゃあ、そうしよう」




 俺は道場で弓を引いていた。

 シュパッ! …… キリ、キリリ …… シュパッ!

 ん? 技の修得?

 「お、弓準備、キター!」

 ふむふむ、矢を番えていない弓を引くと…… おお、矢が出現した。

 キリリ、シュパッ! キリリ、シュパッ! キリリ、シュパッ!

 をを、速い速い。

 もちろん刀の回転速度に比べれば遅くはなるが、今までの速度から考えたら驚く程の連射速度だ。

 更に熟練度が上がれば、弓を引く抵抗が少なくなって、更に回転が上がるそうだ。

 後に覚える”追走矢”という、撃った矢の後から分身の矢が放たれる技を修得したら、まさにマシンガンの如くとか。

 明日のPTは弓で行くのも悪くないかもしれないな。




 「ふーん、ここが掲示板の公園か、結構人がいるね」

 「ああ、公園内なら何処からでも掲示板の情報を、読み書きすることができるから。

  わざわざ、あそこにあるオブジェに近づく必要はないよ」

 「なるほど、まんまネットのBBSみたいに使えるんだ。

  募集のスレ立てる?」

 「いや、最初は〆てないスレを見て、俺たちが入れないか確認するんだ。

  タイトルで対象レベルとか募集職種が書いてあるから。

  ちなみに、対象レベルも書いてない募集スレは、イベントなんかで集めている物以外は無視した方がいい」

 「そうなの?」

 「立てた人が慣れてないだけの事もあるけど、大抵がトラブルになる」

 「そ、そうなんだ」

 「後、見つけても、いきなり書き込まずにレスの内容を見て、どういう人たちが集まってるか確認するのも重要だ」

 「判断は任せるよ」

 「まあ、直ぐに慣れるさ。

  あえて早いうちに失敗しておくのも手だが、狙って失敗するのもバカらしいしね。

  …… いいのは無いようだね、スレは俺が立てるよ」

 「宜しく」

 うーむ、PTの募集一つにも色々ノウハウがあるのか。

 まあ、グラッチェに任せた方が問題ないだろう。




 ん? レスが付いた。

 ネタキャラ2名ですが、かまいませんか?

 「ネタキャラってどうなんだ?」

 「悪いとは決め付けられないな。

  通常はネタでPTに入るのはマナー違反ともいえるが、この状況の事もある。

  困っているのかもしれない。

  それに使えるネタキャラを目指す人もいる。

  そう言う人たちは、自分がネタキャラなのを自覚しているだけに、普通よりマナーが良かったりするからな。

  もちろん、勘弁してくれってヤツも多いが」

 「じゃあどうするんだ?」

 「先ずはキャラの特性を聞く」

 …… ふむふむ、レベル17で後衛の出来る回復役と、レベル16で攻撃特化の前衛か。

 「前衛は間に合ってるんだけどな、最初にそう書いてあるのに」

 「でも俺は弓を使ってもいいぞ?

  一応、矢は用意しているし」

 「うーん、回復役は逃がしたくないんだよね。

  まあ、今のレベルじゃ前衛も攻撃特化なら、後衛と同レベルの火力は出せるか。

  よし、一応会ってみよう」




 「おおっ! おにゃの娘ですよ! グラッチェ先生」

 「慌てるな、中の人はいなくても、DQNやスイーツ(笑)、そしてオタクは実在するんだ。

  第一、見ろ、彼女たちの格好」

 「ネタって…… こう言うことなのか? ちなみに俺は、おKだぞ? 全然」

 こそこそと、彼女らを見て囁き合う俺たち。

 彼女たちの格好は、一言で言うと、巫女と死神。

 黒髪美少女の弓を携えた巫女さんと、銀髪美少女の大鎌を抱えた死神様。

 「なあ、このゲームの職って巫女さんあったのか」

 「いや、無い。

  だからネタなんだろう。

  衣装は裁縫技能で作ったんだろうな。

  和服を装備できるのは浪人と、そこから派生するサムライと忍者だけだ。

  たぶん彼女の職は、お前と同じ浪人だな。

  もちろん死神なんて職もない」

 「とりあえず声をかけるぞ」

 「ああ」




 「君たちが、木花知流比売(コノハナチルヒメ)さんとデス娘(デスコ)さんですね。

  俺がグラッチェで、こっちがヨシヒロです、よろしく」

 「よろしく」

 「木花知流比売です、回復魔法と弓を使えます、宜しくお願いします」

 「…… デス娘」

 俺はグラッチェに目で訴えた。

 『デス娘は間違いなくキャラを作ってるぞ!』

 グラッチェは目で俺に、こう返した。

 『このゲームはRPGだ! だからロールプレイをするのは正しいんだ!』

 …… たぶん。

 「えっと、木花知流比売さん…… 」

 「ああ、名前が長いですよね。

  知流、とか知流比売で結構ですわ」

 「ああ、じゃあチルヒメさん、君は浪人なんだよね?」

 「身分としては、そうなりますわね。

  弓マスタリーを道場で得て、浪人の身になった上で、神殿で回復魔法を修得しました」

 俺の質問に、彼女はそう答えてくれた。

 そんな事もできるのか……

 「じゃあ、デス娘さんは戦士?」

 「いいえ、この娘は戦士の道場で”長柄武器マスタリー”を修得したシーフです」

 答えてくれたのは、またまたチルヒメさん。

 「シーフ…… そうか、アサシンになるんだね」

 グラッチェの確認にコクリと頷くデス娘。

 うん、明らかに作っているね。

 まあ、中の人はいないのだから、こういう娘だと納得しておこう。

 「戦力的には、俺が後衛に回れば前衛2と後衛2で内1人が回復もできる。

  いいんじゃないか?」

 「そうだな、じゃあ狩場を決めようか」




 決めた狩場はレベル20前後が適正の、通称『北ダンジョン』。

 「本当は少し早いんだけど、狩れない事もないからね」

 「適正外で入るのは、本当は良くないのですが」

 「適正って言っても、俺たちプレイヤーが勝手に、この位のレベルなら美味く狩れるって決めてるだけだし。

  PTが崩壊しないように、キッチリ狩れば問題ないさ」

 ううむ、熟練者たちの会話だ。

 「じゃあ作戦通り、デス娘と俺が前衛でヨシヒロとチルヒメが弓で援護。

  後衛のタゲは主に俺が引き受ける。

  チルヒメはデス娘の回復優先で。

  ヨシヒロ、狼は黒い奴から優先でな」

 自然とグラッチェがリーダーみたいになる。

 流石はギルマス経験者と言うところか。




 ここの敵はイモ虫と毒イモ虫、狼が黒と茶色それから蝙蝠。

 イモ虫系がちょっと硬めで、他のが素早いタイプだ。

 敵1体を考えるならば、どれも猪より若干、楽に倒せる。

 だけど湧く量が、パねぇっす。

 「すごいですね、ヨシヒロ。

  もう弓準備を修得しているのですか」

 デス娘に回復魔法をかけながら、チルヒメが聞いてきた。

 「昨日、修得したんだ。

  ちょっとスキルの熟練を、優先して上げたんでね」

 「私はネタキャラなので、敏捷度も最低なのです。

  器用度は最高に上げてますが、殲滅力が違いすぎて申し訳ないですね」

 「いやいや、回復魔法を使えるだけでも、充分にありがたいから。

  修道士と比べても火力高いし」

 「そう言って貰えると救われます」

 狩りは順調に進んだ。

 デス娘は、黒狼やモンスターの群れ湧きを見ると、突っ込んでいく。

 チルヒメはPTの中心で回復しながら、主にデス娘の援護。

 グラッチェは俺たち後衛の護衛に専念する。

 俺はPTに寄ってくるモンスターを、いち早く退治する。

 途中、ダンジョンの外で携帯食を食って、更に狩り続けた。




 「ヨシヒロさんは、あまりチャージ・アローとか使わないんですね」

 「ん? 弓を狩りに使う事自体が初めてなんだけど、使ったほうがいいの?」

 「弓攻撃+や命中率+と言ったパッシブな能力は、弓で攻撃するだけで熟練度が上がりますが。

  チャージ・アローやピンポイントと言ったアクティブな技は、それぞれ使わないと熟練度が上がりません。

  私はMP(メンタルポイント)を回復魔法で使うので、弓の技は積極的に使いませんが。

  そう言う事情が無いなら、積極的に使ったほうがいいですよ。

  まあ、道場で熟練度を上げるのもありですが」

 何と! じゃあ刀スキルとかのアクティブな技もそうなのか。

 「ありがとう、ちょっと使ってみる」

 ダッ! ダッ! ダッ! ダッ! …… MPが切れた。

 「MP少なすぎて、あんま使えないよ」

 「今は少しずつでも、使ったほうがいいと思うのですが。

  まあ、これも好みですしね」

 「なあグラッチェ、お前も技とか使わないよな、その辺どうなんだ?」

 「ああ、実は今日は地味に”ブロッキング”と言う技を使ってたりする。

  これはPT内の他人から、タゲを強制的に奪うものなんだが……

  昨日はペアでやってたから、その辺りの話題に気が付かなかったな、すまん」

 「いや、それはいいんだけど…… そっか、使った方がいいのか」

 「あ、いや、一概にそうとは言えないと思う。

  刀にしても、弓にしても、もっと熟練度を上げればいい技が出てくる。

  特に弓なんかは、追走矢1択と言っても良いほどに、追走矢の技が使い勝手がいいからな。

  今、態々他の熟練度を上げても、結局は使わないだろうから…… 」

 「あら、チャージ・アローはかなり有効ですよ?

  ソロでもPTでも」

 「確かにチャージ・アローは敵を弾いてタゲを無効化するから、有効ではある。

  ソロでチャージ・アローを駆使してノーダメージで狩る人もいるし。

  PTでは後衛に付いたタゲを落とすこともできる。

  でも俺やヨシヒロみたいに、精神力を最低値にしているなら。

  アクティブの技より、パッシブの地力で勝負した方が…… 」

 「MPが少ないからこそ、イザという時に1撃が有効になるように、熟練度を上げて…… 」

 「だからこそ、もっと良い技を修得してから、それ1本に絞って熟練度を上げないと…… 」

 「いえ、それは高レベルになった人の結果論ですわ、低レベルには低レベルで必要な技が…… 」

 「それはそうかもしれないけど、パッシブスキルの地力で充分に…… 」

 ああ、延々と口論になってしまった。

 何がすごいって、この2人。

 論理的っぽい口論を延々と続けながら、的確にPTメンバーとしての役割を完全にこなしていく。

 グラッチェはPTの壁として後衛を着実に守り、チルヒメは回復と援護を効率的にこなす。




 彼らのプレイヤースキルは、見習うべきものがたくさんある。

 でも狩りが終わって夕食の時も、議論し続けるのは勘弁してほしいかも。

 ちなみに、デス娘は無言で黙々と夕食を平らげる。

 …… 彼女も只者ではないな。



[11816] 五話
Name: ハリコの豚◆40baa12f ID:62227e72
Date: 2009/09/19 23:01

 今日も昨日と同じメンバーで狩りです。

 まあ、臨時ってことで集めたけど、インしっぱなしなので集めなおす意味もそれほどない。

 俺とグラッチェにとっては、回復魔法を持つチルヒメも、後に盗賊技能を充実させて行くだろうデス娘も得がたい存在だ。

 チルヒメとデス娘にとっては、ネタキャラと言うだけでPTから敬遠される可能性もあるので、別れたくはない。

 特に、ゲームではあっても、遊びではない現状にあって、ネタキャラの肩身は尚、狭くなる。

 昨日の議論は、結局は俺が判断する事だと言う事で、一応落ち着いた。

 …… え? どう判断すればいいの?




 「で、どうするんだ?」

 朝飯の時にグラッチェが聞いてきた。

 「昨日の話か?

  今まで使ってなかったから、無理に上げるのはよすけど、今後必要と思ったら道場に通うよ」

 結局、意見としてはグラッチェ寄りだな。

 「貴方が、そう判断するのでしたら、無理にとは申せませんね」

 「いや、チルヒメの意見も参考になったよ、うん」

 「ふむ、それで今日も北ダンジョンでいいよな」

 「場所はいいですけど、位置をもっと中央にしませんか?

  充分狩れる事は、昨日で判ったのですし、レベルも少し上がっていますから」

 「確かに俺は21に上がって、他3人は20だ……

  俺とヨシヒロは槍マスタリーを追加したんで、戦力的には昨日と変わらないな。

  そっちは何を取ったんだ?」

 「私は魔法学校で”召喚魔法”を修得しました」

 「…… ”解除の極意”」

 「解除も戦力的には昨日と同じだな。

  …… しかし、召喚魔法? ”永続召喚”か?」

 すまん、さっぱり判らん。

 「質問だが、まず解除の極意って?」

 「罠外しや鍵外しなどの、正にシーフ御用達スキルだ。

  解除と言っても、罠の探知や隠し扉の発見能力なども修得する」

 「ふむふむ、で、召喚魔法…… は何となく判るけど、永続召喚ってのは?」

 「召喚魔法は通常、一度の魔法で一定期間の間、召喚獣を召喚できます。

  つまり時間が過ぎる毎に、召喚し直す必要があるのです。

  ですが永続召喚は一度召喚すると、召喚獣が死ぬまでは再召喚の必要がありません」

 「そっちの方が便利そうだね」

 「いえ、実は永続召喚は不便…… と言うか、かなり不利な魔法なのです。

  通常の召喚では、それに因って倒した敵の経験値は全て召喚主に入ります。

  しかし永続召喚で召喚した召喚獣は、召喚主に入る経験値の半分を自分の経験値にします。

  例えば、このPTで私に入る経験値は、PT全体の1/4です。

  永続召喚をすると私に入る経験値が1/8、私の召喚獣に入る経験値も1/8となります。

  臨時PTならともかく、恒久的な固定PTであれば、レベルの差が出てしまいますね」

 「もっとも、それは俺たちが騎乗スキルを覚えて、馬や騎獣に乗っている時も同じだ。

  ちなみにハンターのペットなんかもね。

  一番不利なのは、召喚魔法の最も有効な部分が無意味になるところだな。

  普通の召喚魔法は敵の属性に合わせて、狩場毎に召喚する召喚獣を変える事ができる。

  それが永続召喚では、最初に選んだ召喚獣しか召喚できない」

 「他の魔法は狩場毎に属性を変える事はできないの?」

 「普通の魔術師は、”火の魔法”や”水の魔法”と言った具合に、複数のスキルで様々な狩場に対応するんだ。

  それが召喚魔法は、1つのスキルで様々な属性の召喚獣を召喚できる」

 「もちろん魔術師の魔法は、色々なバリエーションがある事が強みですから。

  召喚獣に攻撃しろ、としか命令できない召喚魔法より、ずいぶんと効果的な戦いができますわ。

  巧く使えれば、ですけれど。

  永続召喚を解除する事はできますが、再召喚しても最初に選んだ召喚獣が召喚されます。

  まあ、成長させているのですから、そうでなくては困りますが。

  しかも永続召喚中は、他の召喚魔法が使えません」

 「それに召喚も召喚解除も、MPが満タンでないと使えないしな。

  召喚主の全MPと引き換えの魔法だ。

  戦闘中に使うのはキツイから、戦況に応じて使い分けるなんて出来ない」

 何だか、こいつらヤケに息が合ってる様な……

 「じゃあ永続召喚は意味ないんじゃないか?」

 「いや、当然メリットもある。

  使い続ければ経験値によって、召喚獣が成長するのもメリットの一つだが。

  攻撃命令でMPを使わないと言うのが、最大のメリットだな」

 「ああ! 回復魔法の為にMPを温存できる訳か」

 「…… そう言うこと」

 …… デス娘さん、最後の一言だけもって行くなんて。




 「たしかに後々は永続召喚をするつもりですが、まだ修得していませんし。

  戦闘中のMPは回復魔法に専念致しますので、私も戦力的には昨日と同じ。

  と考えてください」

 「ふむ、なら中央に行くのはキツくないかな。

  確かにレベルは上がったが、漸く適正だし人数も4人と少なめだ。

  少し火力に欠ける様な気もする」

 「火力に関しては、私とヨシヒロさんが属性矢を用意しましたので、それなりに上がるはずです」

 「なるほど、それでは中央に出てみるか」




 いや、まいったね。

 昨日は信じられない程、敵が湧くと思ったけど、今日は更に湧いてるよ。

 息を付く暇もないほどだ。

 でも、みんなは楽に敵を処理してるんだよね。

 これが経験の差か。

 「ヨシヒロ、矢の属性間違えてるぞ、黒狼は水に弱いが、茶狼は風に弱い、水は殆ど効かないぞ」

 「ら、らじゃー」

 「ヨシヒロさん、落ち着いて矢を選べば大丈夫ですよ。

  そのうち慣れますし、弓準備を修得しているので、ロス分は取り戻せますから」

 「が、がんばる」

 『voooffoofff』

 『vaoooooffaooofffooovvvvooo』

 中央は狼が多いな。

 しかもイモ虫は全部、毒イモ虫だし。




 「いや、しかし何とかなったな」

 俺たちはダンジョンを一度出て、昼食を食っていた。

 「ヨシヒロも大分なれてきたし、レベルもまたあがったしな。

  午後はもっと楽になるさ」

 「明日はどうします?

  私としては、もう少し戦力を増やしたいのですが」

 「充分狩れていると思うが?」

 「確かにここは大丈夫ですが、次はきのこ岳ですよね」

 「…… 熊か」

 「ええ、きのこ達は火矢でなんとかなりますが、熊の事を考えると足りませんから」

 「? ここで適正までレベルを上げるんじゃダメなの?」

 「うーん、実は熊の適正レベルと、きのこの適正レベルで開きがあるんだ。

  4人で熊を狩れるまで、ここで上げてもいいが、ちょっと大変な上に、きのこが不味くなる。

  それなら人数を増やして、より多くのきのこを狩った方が美味いんだ。

  熊もなんとかなるしな」

 「なるほど」

 「それに、フレンド登録している人たちにも聞いたんですが、PTに臨時が減り始めているそうです」

 「そうなの?」

 「まあ、考えられるな。

  毎回違うPTで、反りが合わない相手に当たるよりは、固定PTの方がいいよ。

  現に俺たちも臨時で募集したけど、当たり前の様に明日の狩りを話してるし」

 「固定PTの一番のネックは、ログイン時間の相違ですからね。

  人当たりのいい人や、高いプレイヤースキルを持つ人は、早々に固定PTになって行くでしょう。

  私はこのPTが気に入ってますから、長く居たいと思います。

  だからこそ、戦力の充実は早めにしておくべきかと考えます。

  …… それに、私とデス娘はネタキャラだから、PTを見つけ難いと言うのもありますし」

 「…… 気にするな」

 いや、デス娘ちゃん、そこは俺たちのセリフであって……

 「なるほどな。

  確かに早めに戦力の充実を図らないと、後から集められる人材は推して知るべし…… か。

  オリジンとか来たりしてな」

 「いやいや、ナイから」

 「よし、明日は先ずPTの追加募集にしよう。

  2人募集して、後衛が2人来たらヨシヒロが刀持てばいいし。

  回復役が来ても、チルヒメに召喚魔法を使ってもらえばいい」

 「そうですね。

  永続召喚を取得するまでは、普通に使えばいいですし」

 さて、午後の狩りだ。

 このゲーム、食べなくちゃならないけど、出さなくてもいいのは便利だよな。




 「…… すまん、矢が無くなった」

 「む、デス娘がもうすぐレベルが上がるはずだから、それまで刀に持ち替えててくれ。

  そうしたら全員レベル23だ。

  今日は終わりにしよう」

 「判った」

 よし、木刀の錆にしてくれる。

 …… ううむ、属性が乗らないためか、少し火力が弱いか?

 回転率はいい筈なんだが。

 それよりも、前衛に出た為の被ダメが問題かな?

 狼は速い。

 毒イモ虫は華麗に避ける事ができるが、狼の攻撃は喰らってしまう。

 それに引き換え、デス娘は昨日こそ被ダメをそれなりに喰らっていたが、今日は敵も増えたと言うのにあまり喰らってない。

 もちろんレベルが上がった事もあるだろうが、レベル自体は俺の方が1つ高い。

 慣れ? デス娘は無言で踊るように、ザクリ! ザクリ! と狩っていく。

 「なんでデス娘は、あんなに簡単に狼を避けれるんだ?」

 「盗賊のスキルじゃないか、”軽身”っていうスキルで回避力をアップするんだ」

 「そんなのがあるのか」

 「アクティブな技は覚えないが、移動力やジャンプ力もアップする様になるし、攻撃速度も上がる。

  まあ、”攻撃速度+”はまだ修得してないだろうが」

 「すごいな…… 俺も修得できるかな?」

 「サムライになれば、”見切り”と言うスキルで、回避力や攻撃速度を上げる事はできますよ?

  どうしても盗賊系のスキルを修得したいなら、サムライでなく忍者に進む方がいいですね」

 「忍者のスキルも一部なら、サムライに転職しても修得できるからな。

  俺やチルヒメに相談して決めた方がいいだろう」

 「なるほど、その時はよろしく」




 夕食の後はみんなバラバラになる。

 昨日は全員がレベル20を超えたので、新しいスキルを修得しに行ったんだよな。

 グラッチェは今日、ギルドに行くって言ってたっけ。

 マスターは大変だな。

 チルヒメは魔法学校で召喚魔法の修行と言ってたから、熟練度を上げに行くんだろう。

 俺も道場で槍の熟練度を上げるか。

 デス娘は…… 謎だな。

 まあ、彼女も新スキルの熟練度上げだろう。




 俺は道場に行く前に、武器屋へ寄った。

 俺の武器は全て道場の支給品だ。

 ブルームーンライトに貰った金には、まだ手をつける心算はないが、狩りだけでもそれなりに稼いだ。

 ここらで武器を一気に新調してもいいだろう。

 防具は貰った服でサムライまで行けるしな。

 「レベル23の浪人か、刀と素槍、そして長弓だな」

 武器屋のおやじは、これ1択だと言った感じで、武器を出してきた。

 「他に浪人が使える様な武器は、どんなのがあるの?」

 「今のレベルだと薙刀や棍、手裏剣などもあるな。

  気をつけないといけないのは、薙刀や棍は槍マスタリーではなく、長柄武器マスタリーで能力が伸びることか。

  手裏剣は”投擲”だな。

  西洋刀などは、浪人やサムライには使えんし、スキル的にも片手剣マスタリーの範疇に入る」

 そういえば、デス娘は槍じゃなく長柄武器のマスタリーだったな。

 「槍と長柄武器ってどう違うの?」

 「簡単に言えば、突くか薙ぐかだ。

  もちろん槍で叩き斬ることも、薙刀で刺し殺すこともできるが、攻撃力が若干低くなるな。

  それにアクティブな技が、突き型と薙ぎ払い型で違うな。

  後、騎乗長柄は騎乗槍よりも、修得する為に必要な熟練度が高い。

  まあ、長柄武器の方がバリエーションが多いから、それが長柄武器の利点だな」

 ここはオーソドックスに、刀と素槍に長弓を買っておこう。

 後は属性矢の補充をして、道場に向かうか。




 翌日、公園で追加人員の募集を始めた。

 「なあ、なんで臨時って書いてるんだ?」

 「確かに固定の為に募集しているのは事実だが、最初から固定として募集するのは危険だよ。

  せめて1度なり一緒に狩って、人となりを見てからじゃないと」

 「そうですね、反りの合わない方と御一緒しても、臨時で募集しておけば、その1回で済みますし」

 「なるほどねー」

 お、レスが来た。

 当方、火・風魔術師、レベル22、狩場は?

 と。

 修道士です、レベル19ですが大丈夫ですか?

 と言うものだ。

 「どうする?」

 「2人とも採用しましょう。

  ヨシヒロさんに刀を持ってもらって前衛を。

  回復は修道士さんに任せて、私が召喚魔法と弓を使えばバランスが取れます」

 「では、きのこ岳だな」




 「はじめまして、Mr.ロンリーだ。

  呼び名はロンリーで頼む、見ての通り魔術師だ」

 「はじめまして、キールです。

  ”神聖魔法”と”信仰”を修得しています」

 「はじめまして、ヨシヒロです。

  神聖魔法って、回復魔法と違うの?」

 「グラッチェだ、よろしく。

  神聖魔法は回復の他に、魔族や死霊に対する攻撃魔法も含まれる。

  その分、ヒールなどの回復魔法自体は”回復魔法”のスキルには敵わないがな」

 「宜しくお願いします、木花知流比売と申します、呼び名はチルかチルヒメでお願いします。

  回復魔法は神官系以外の職が、神聖魔法の代わりに修得できるスキルなんです。

  神官系の方は信仰スキルで、神聖魔法の効果を強化できますから、結局は本職の方には回復力は敵わないのですよ」

 「…… デス娘」

 「…… フン、ヨシヒロは初心者みたいだが、それはまあ仕方ないとして。

  ネタ職が2名…… いや、浪人もネタみたいな物か。

  まともな職が半分で大丈夫なのか?」

 このセリフはロンリー。

 浪人ってネタだったのか。

 「…… いやなら帰れ」

 「デス娘……

  すみません、本来はPTに私たちが入る方が筋違いなのは判っているのですが。

  キャラクターを換えることも出来なくなりましたので、グラッチェさん達にお願いして入れてもらっています」

 「まあまあ、ネタキャラと言っても未だ低レベルなのですから。

  影響は殆ど無いはずですよ。

  普通のキャラより弱いとばかりも言えませんし。

  文句はお互いに実力を見せてからにしましょうよ」

 これはキールのセリフだが、宥めているのか煽っているのか……




 兎にも角にも、やって来ました、きのこ岳。

 腰の辺りまでも背丈があるキノコのおばけが、わらわらと集まってくる…… が。

 「この辺りは他のPTがいるな、もっと奥にいこう」

 「モンスターは無視して一気に抜けるんだ!」

 いやー、ここは他の人も多いので、狩場を定めるのに結構苦労したよ。

 「ここにしますか」

 空いている場所を見つけて、キールがほっとした様に言う。

 今のレベルじゃあ、歩きながらのヒールはMPが追いつかないらしい。

 「少し湧きが甘くないか?」

 ロンリーは不満のようだが、無いものは仕方ない。

 「とりあえず、ここで狩って様子をみてみよう」

 「そうですね、他に場所もないようですし」

 グラッチェとチルヒメが、ここでの狩りに賛成したので、決まりだな。

 俺はこの狩場は始めてで、他の人の意見に合わせるだけだし、デス娘はデス娘だし。

 「仕方ないか」

 ロンリーも、とりあえず納得したようだ。

 さて、新調した刀の出番だな。




 「背が低いと狩りにくいな…… 」

 「槍を使ったらいかがですか?

  盾を持っているグラッチェはともかく、貴方は槍の方がいいかもしれません。

  デス娘は特に狩り難いようではないでしょう?」

 ふむ、チルヒメのアドバイスに従って、槍に換えてみた。

 「おおっ、大分楽だな」

 刀より熟練度の分、攻撃力は落ちるが、姿勢が楽だ。

 「ヨシヒロ! 槍は振るんじゃない! 刺すんだ!

  突いた方が、攻撃力が高いのも知らないのか!」

 ロンリーが叫んだ。

 「そ、そうなのか、そういえば長柄武器は薙いで、槍は突く武器だと言っていたな」

 「それからデス娘! 前衛は後衛の盾なんだから、あまり俺たちから離れるんじゃない!」

 デス娘はロンリーを、じーっと見た後に…… プイ、と顔を逸らして狩りを続けた。

 「ロンリー、壁は俺とヨシヒロでやるよ、デス娘は大鎌だから、少し離れた方が動きやすいだろう」

 「…… これだからネタキャラは」

 「私の召喚獣も周りを守っているのですから、これ以上の盾は必要ないでしょう。

  デス娘には、敵の群れを散らして貰った方がいいはずです」 

 「デス娘さん、HPが危なくなったら近くに来てくださいね」




 それから暫く狩っていたが、どうもロンリーは自分の常識を相手に押し付けるタイプらしい。

 細かい処や些細なミスで、かなり文句を言う。

 俺は壁としては薄いし、プレイヤースキルも足りていないと。

 チルヒメも弓職にしては敏捷度が低く、召喚獣はいるものの全体的に中途半端だと。

 デス娘は壁もせず、コミュニケーションを取ろうとしないと。

 いや、デス娘に至っては、ロンリーを完全に無視してるんだけどね。

 確かにロンリーのプレイヤースキルは、目を瞠るものがあるんだけど……

 流石にグラッチェやキールについては、余り言わないけど…… それでも偶に言うし。




 「熊だ!」

 「タゲは俺が取る!

  キール、回復宜しく。

  ヨシヒロは、弓に持ち替えて火矢だ!

  チルヒメ、召喚獣は後衛の守りに回してくれ。

  デス娘は、可能な限り遠くから攻撃を。

  ロンリー、ファイヤーボールは使うなよ」

 俺は指示通り、火属性の矢を熊に連射しながら聞いた。

 「なあグラッチェ。

  なんでファイヤーボールはダメなんだ?」

 「爆発系は、タゲを一気に引き寄せるからな。

  さっきまでは俺がタゲを引き受けれたが、熊で手一杯になるから。

  ファイヤーボールなんて出したら、きのこに集られて即死だな」

 「へー、色々あるんだね」

 …… お、倒れた。

 「熊って思ったより弱かった?」

 「いやいや、PT全員でフルボッコですから。

  これで時間かかってたら、ここじゃ狩れませんよ」

 「ああ、なるほど」


 まあ、結果からしたら、無事に狩れたって処かな。



[11816] 六話
Name: ハリコの豚◆40baa12f ID:62227e72
Date: 2009/10/03 19:05
 「さて、そろそろ今日の狩りは終わりにしようか」

 「そうですね、私も久しぶりに随分とレベルをあげました」

 きのこ岳から帰る途中、ロンリーがグラッチェとキールに話しかけた。

 「なあ、グラッチェ、キール。

  これからも一緒に組まないか?

  君らと俺が組めば、これからも効率良く狩りが出来ると思うんだが」

 おやおや、2人だけに声をかけますか。

 「他の3人は誘わないのか?」

 「女の子2人はネタキャラじゃないか。

  臨時はともかく、高レベルになった時を考えたら、固定PTは無理だろ?

  それにヨシヒロは初心者だからな、俺たちに付いて来れないだろ」

 「そんな事は無いと思いますよ?

  ヨシヒロ君は初心者と言いましたが、誰だって初心者の時はありますよ。

  逆に、変なオレ様ルールを持っていないだけ、固定PTは組みやすいと思いますね。

  女性2人にしても、確かに正攻法のスキル取りではありませんが、充分に戦える事を考えて取ってます。

  それに、固定PTで一番大事なのは、戦力や効率ではなく人間関係ですからね。

  その点、美しいお2人は高いアドバンテージを持ていると言えるでしょう」

 「アドバンテージ?

  デス娘など、全然しゃべらないじゃないか」

 「それがイイ人もいるみたいですよ。

  まあ、このPT内に居るかは謎ですが」

 「ふん、で?

  結局どうするんだ?

  グラッチェ、お前は判るよな」

 「ん? ああ、ロンリー、もちろん判るさ。

  君とは組めないよ」

 「…… ち、もういい。

  じゃあ、ここで解散だな」

 そしてロンリーは、1人町へと違う道で帰って行った。

 まあ、ロンリーと固定は無理そうだったから、いいか。




 「しかし何で判らないんですかね?

  僕とロンリー以外は、初めから固定組んでたんでしょうに。

  それとも判ってて、引き抜こうとしてたんでしょうか」

 「どうだろうね。

  それでキール、君はどうする?

  俺としては、君ならこのまま固定で狩りを続けてもらいたいんだが」

 「他の人はどうでしょうか?」

 「俺はキールさえ良ければいいと思うよ」

 「私も回復役が増えるのは、歓迎ですわ」

 「…… どっちでも」

 「ふむ、まあ固定と言っても抜けれない訳じゃないですし。

  とりあえず宜しく頼みます」




 俺は夕飯を食いながら、キールに聞いてみた。

 「そう言えばキールは、レベル20を超えたんだよね。

  次は何のスキルを取るの?」

 「”宗教知識”と言うスキルですね。

  このスキルは悪魔や死霊などの呪いを払拭したり、状態異常の抵抗力を高めたりしてくれます。

  しかしまあ、死にスキルですね」

 「え? じゃあ何で取るの?」

 「神聖魔法と信仰、そして宗教知識が揃うと、修道士から助祭と言う職に転職します。

  助祭でなければ司祭に転職できないので、前提条件ですね」

 「まあ、俺やお前が槍スキルや騎乗スキルを取るのと同じだな。

  槍や騎乗は合戦で役に立つけど、宗教知識はなあ…… 」

 「完全に死にスキルと言う訳でもありませんよ。

  特に一部のダンジョンでは、無いと話になりませんし。

  それに宗教知識スキルのパッシブ能力は地味に効きますからね」

 チルヒメが肯定的な意見を出す。

 「それで司祭になると、高レベルのスキルが修得できるの?」

 「高レベルというより、宗派に副ったスキルですね。

  慈母神なら、より高い効果の回復魔法が使えますし、戦神なら、一時的な能力上昇などの魔法ですね。

  他にも知識神や光神など、8つの神から選べるんですよ」

 「どれにするんだ?」

 「まだ決めかねてますね。

  このまま、このPTで固定するなら、みなさんの意見も聞きたいですね」

 「でも、俺なんかもうレベル25だし、キールも23だよね。

  直ぐに30になるんじゃない?」

 「そう考えると、レベルが上がるのが早いですわね、私たち。

  前はもっと時間がかかった気がするのですが、何故でしょうか?」

 「IN率の違いじゃないかな。

  100%なんだから、廃人なみの稼動率だし。

  それに臨時で、集めたり分かれたりの時間も、随分と短縮されているし」

 「ああ、確かにそうですわね」

 やっぱり、普通にゲームする時より成長速度が高かったんだな。




 さて、今日もきのこ岳だ。

 「昨日より火力が減ったから、慎重にいくぞ」

 「まあ、レベルも上がっているので、狩れない事はないでしょう」

 「問題は熊ね、2匹同時に来ない限りは大丈夫だと思うけれど」

 でも何とか狩れるみたいだ、危なげなく狩っている処に……




 「た~す~け~て~!」

 「! 気を付けろ、トレインだ!」

 「た~す~け~て~!」

 「助けてって言ってるよ」

 「おそらくPTが全滅したか、釣り過ぎてPTまで持っていけなくなったか」

 「PTからはぐれた可能性もありますよ?

  死に帰りして狩場へ戻る時に、処理できなかったとか」

 「どちらにしても、迷惑な事に変わりありませんがね」

 チルヒメの擁護っぽい一言を、キールが斬って捨てる。

 「こっちに来ているな」

 「…… 殲滅」

 「するしかないな」




 「ヨシヒロ、刀に持ち替えて攻撃速度で対応するんだ。

  デス娘、出過ぎると囲まれるぞ。

  チルヒメは召喚獣で守りを固めつつ、ヨシヒロの回復に専念してくれ。

  キールは俺とデス娘の回復を頼む」

 「私は回復に専念した方がいいですか?」

 「1人でも死んだら、全滅すると思う。

  無理に殲滅戦をするよりも、持久戦で乗り切る方がいいと思う」

 まあグラッチェやデス娘に比べて、やわらかくて回避も無い俺が一番死に易いからなぁ。

 「…… 来た」




 「すみません、巻き込んでしまって」

 「とりあえずここで潰しますから、貴方も手伝ってもらえますか?」

 「は、はい、お願いします」

 追われていたのは弓職の女の子だった。

 狼のペットを連れているから、ハンターだろう。

 「…… うっわー、すごいですね皆さん。

  みるみる裡に殲滅されていきますよ」

 何が凄いって、デス娘がすごい。

 俺の目の前でブンブンと大鎌を振りながら、踊るようにきのこ達を狩っていく様は、まさに死神。

 俺とグラッチェは、デス娘のサイドから漏れてくるきのこを狩っていく。

 それでも狩り切れなかったきのこを、チルヒメの召喚獣が燃やしていく。

 ハンターの子の援護もあって、殲滅できそうだ。




 「ありがとうございます、PTの前衛が熊に殺されて、その後はきのこに集られて崩壊しちゃったんですよ。

  私は何とか生き残ったものの、みんな解散しちゃいまして」

 「それで逃げてきた訳か」

 「まあ、よくある話でしょう」

 キールの言う通り、たしかに珍しくもない話だろうな。

 「あの、もし良かったら、みなさんのPTに入れてもらえませんか?

  私はレベル26のハンターでミッシェルっていいます。

  本当は名前の後ろに♪が付きますけど」

 名前の前後に記号が付いたりするのは珍しくない。

 ブルームーンライトのアッシュさんが、本当はアッシュvさんなのと一緒で。

 登録済み名として蹴られたから、色々変えるのだ。

 チルヒメも本当は木花咲耶姫にしたかったそうだ。

 佐久夜毘売、開耶姫など色々試して全滅だとか。

 「どうする?

  俺は別にかまわないと思うが」

 「いいのではないでしょうか。

  元々昨日より火力が低かった訳ですし」

 「僕も依存はありませんね」

 「じゃあ決まりでいいかな」

 デス娘がコクリと頷いて、ミッシェルの加入が決まった。

 「ありがとう、この仔はブラウン、よろしくね」

 「白い狼なのにブラウンなのですか?」

 「なんとなくねー」




 ミッシェルの加入で、随分と狩りが楽になった。

 「殲滅が早くなったな。

  ヨシヒロ、釣ってきてもらえる?」

 「おお、釣りか、やったこと無いけど行ってみる」

 「無理はしないでくださいね」

 「てら~」




 釣りの時は弓がいいだろう。

 お、あの辺に結構いるな。

 「シャワーアロー」

 俺は弓の範囲攻撃技で、敵を一気に引っ張ってくる。

 熟練度も低いので、攻撃力はあまりないが、タゲを取るのは充分だ。

 俺がPTに戻ると、釣って来た群れにデス娘が突っ込む。

 チルヒメとミッシェルの援護で、瞬く間に殲滅する。

 「釣りって結構面白いな」

 「ヨシヒロ君、熊をお願いします」

 キールからリクエストが来た。

 「了解、見繕ってくる」




 夕方まで狩って、俺、グラッチェ、チルヒメ、ミッシェルがレベル28、デス娘が27でキールが26。

 結局ミッシェルも固定メンバーに入りそうだ。

 「いやー、ここのPTは安定度が高いよね。

  みんなプレイヤースキルが高い高い」

 「1stキャラは俺だけだしな」

 「いやいや、低い人は何人作っても低いままだって。

  それにヨシヒロ君も、1stとは思えない程うまくこなせてるよ」

 「いや、ミッシェルこそ凄くプレイヤースキル高いじゃないか」

 「私はこれでも1stキャラが、トップレベルのギルドに所属してたしね」

 「へぇ、何てとこ?」

 「葬送曲 ~レクイエム~ って処なんだけどね」

 その瞬間グラッチェが固まった…… あれ?

 「そう言えば、グラッチェ。

  レクイエムって…… 」

 「…… ああ、俺のトコだ」

 「え? グラッチェ君もレクイエムにキャラ持ってんの? 誰?」

 「…… メルスィーだよ、君こそだれだ?」

 「…… 。

  …… 。

  …… 。

  …… 。

  …… え?

  えええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!111 」

 「驚きすぎだよ」

 「だって、メルスィー姐さん?

  だって、全然違うじゃないッスか!

  あたし、姐さんは本当に女と思って…… いや、今がおかしいッスか?」

 「RPGなんだから、ロールプレイをするのはあたりまえだろ?」

 「ってことは…… どっちがロールプレイッスか?」

 「さあね、両方じゃない?

  それより、その話し方は…… エミューか?

  何でギルドに顔を出さなかったんだ?」

 「いやー、エミューッス。

  ギルドに行かなかったのは、雑魚になっちゃったッスからね。

  せめてレベル70↑まで持って行ってから、顔を出そうかと」

 「でもハンターは合戦に出られないから、そのままじゃギルドに戻れないかもしれないぞ?

  うちは合戦ギルドだからな」

 「しょうがないッス。

  このキャラは、合戦しないときの暇つぶしで作ったキャラだし」

 「まあギルドでも、俺やお前を含めて主力が何人か消えたから、合戦自体が減ってるしな…… 」




 グラッチェとミッシェルが話し込み始めたので、チルヒメに話を振ってみた。

 「そういえばチルヒメ、スキルはどういう風に伸ばしていくの?

  俺やグラッチェは騎乗を取るし、キールはどこかの宗派スキルを取るって言ってたし。

  デス娘とミッシェルは、それぞれシーフとハンターのスキルを取るみたいだし」

 「私は回避率を上げる為に、シーフの軽身を修得しようと思っていましたが。

  先に”水の魔法”を修得する事にしようと考えています」

 「魔法中心のキャラになるって事?」

 「元々そういう初期パラメータでしたし。

  強力な範囲攻撃が、PTに1つは欲しい処ですしね。

  回復役はキールさんが来てくれましたし、壁役としてはグラッチェさんとブラウンちゃん、召喚獣もいます。

  それならば回避力の向上よりも、殲滅力の底上げの方が良いと思いまして」

 「なるほど、PTの一員としてのスキル取りか。

  俺もサムライになった後は、その辺も考えないとな」

 「デス娘はアサシンになってしまえば、前衛と言うより遊撃に向くようになりますから。

  ヨシヒロさんは攻撃型の前衛として、スキルを考えるといいですよ」

 「そうなのか。

  キール、お前は何の宗派にするんだ?」

 「そうですね、幸運神か暗黒神か…… その2つが候補ですね」

 「どういうチョイスだ?」

 「幸運神の特徴は、隠しパラメータのラックを、一時的に上げる魔法が使えるんです。

  他にも各種抵抗力を上げる力もあります。

  暗黒神の特徴は、何と言っても敵モンスターを下僕に出来ることですね。

  ブラウンやチルヒメさんの召喚獣を見ていたら、うらやましくなって」

 「暗黒神は…… まあ、判らなくもないが、幸運神は製造職もいないのに、意味あるの?」

 「ヨシヒロ君やデス娘さんが、いるじゃあありませんか」

 「…… クリティカル」

 デス娘がまたボソリと言った。

 「そう、サムライもアサシンもクリティカル率の高い職ですからね。

  幸運神の魔法で、更にクリティカル率を上げる事ができます。

  具体的には100%くらい」

 「全部の攻撃がクリティカルになるのか?」

 「もちろん、君たちも然るべきスキルを修得して、熟練度を上げたら…… ですが」

 「是非、幸運神にするべきですね。

  クリティカルは良いものです」

 何故かチルヒメがプッシュしてきた。

 「え? キール君、幸運神の司祭になるの?

  ブラウンも、クリティカル率が高いから役に立つよ」

 ミッシェルも話に入って来て、どうやらキールの宗派は幸運神になりそうだ。




 それから3日、昨日の狩りで全員がレベル30になった。

 今日はPT狩りをお休みして、みんなスキル修得や転職に勤しむ事になった。

 「つ・い・に・来たな! 若人よ!

  SA☆MU★RA☆I! そう! 君は今からサムライになるのだっ!」

 相変わらずだな、このNPCも。

 「さあ! この推薦状を持って登城するのだ!」

 「じゃあ、いただいて行きます」




 ここが城か。

 思えば、ここに来る途中で道場に入ったのが、サムライになる切欠だったな。

 寄り道…… と言う訳でもないか。

 俺は城の中で、兵士のNPCに話しかけた。

 「あの、サムライになりに来たんだけど」

 「スキルは達成しているようですね、それでは右の階段から上がって、サムライ登録所に行ってください」

 「ありがとう」

 ここから2階に上がって…… あの部屋か。

 「サムライになりに来て、ここに来るように言われたんだけど」

 「うむ、スキルは問題なく達成しているな。

  それでは推薦状を出したまえ」

 「はい」

 「うむうむ、問題は無いな、それでは君はサムライだ」

 「…… えっと、これで終わり?」

 「何かあるかね?」

 「いや、サムライになって何か変わったとか…… 」

 「ん? ああ、ステータスの職業欄が、浪人からサムライになっている筈だが」

 …… 確かになっている。

 「これだけ?」

 「ああ、城の庭に行ける様になったな、サムライ詰め所に行ってみるといい」

 「…… ありがとう」




 とりあえず、サムライ詰め所に行ってみた。

 詰め所と言っても、ガランとしているな。

 NPCのサムライに聞いてみよう。

 「あの、さっきサムライになったんだけど、何が変わるの?」

 「うむ、サムライになると城勤めになるので、合戦に出られる様になる。

  合戦は、大人数のプレイヤー対プレイヤーの、熱きバトルだ!

  合戦のスケジュールは、城の掲示板を見るといい」

 「他には?」

 「サムライ特有のスキルを、道場で得る事が出来るな。

  後、装備も浪人の服から、サムライの服に替えられる」

 「それだけ?」

 「それだけだ」

 …… 帰るか。




 つまり就職したからって、それまでの俺と劇的にナニかが変わるわけじゃあない、って事か。

 ゲームの転職なんだから、ステータスパラメータが伸びるとか、職の特性が付くとか…… 無いですね。

 まあいい、服をサムライの物に替える事はできるんだ。

 武器屋に行って、買ってみよう。




 「ん? ウチにはサムライの服は売ってないぞ?」

 「え? どこで売ってるの?」

 「サムライの装備と言えば、山門(やまと)の町か、水門(みなと)の町だな」

 …… そう言えば、ここ以外の町に行ったこと無かったな。

 グラッチェに聞いてみよう。

 ふむふむ、結構遠いから、馬か騎獣を買ってから行った方がいい…… か。

 とりあえず、グラッチェと合流して、騎獣の購入と行こう。




 「おお、こっちだ!」

 「やあ、グラッチェ…… もう買ったのか?」

 「ああ、こいつを買うのは前から決めてたしな。

  名前はブルームだ、よろしくな」

 ブルームは2足走行の恐竜? だ。

 「強そうだな」

 「いや、これより強いのも速いのもいるが、合戦では一番使いやすくてな。

  まあ、違う意見の奴も多いが、俺は選ぶとしたら、やっぱりこれかな」

 「へえ、俺はどうしようかな、見栄えなら馬…… かなあ」

 「ユニコーンは男には似合わんしな、ペガサスもPTじゃ微妙だし…… でも普通の馬は安い分、能力がなあ。

  NPCに掘り出し物が無いか、聞いてみるか」

 「掘り出し物とかあるのか?」

 「ランダムでな、キャラ1人につき1種類だけ、掘り出し物が設定されている。

  普通に買えるものより優秀なのもあるが、殆どはハズレだな」

 「ハズレの掘り出し物って…… 」

 「いや、普通のより能力は高目なんだ。

  ただ種類が微妙で、能力の高い農耕馬を出されても…… 軍馬の方が絶対にいいし」

 「なるほど」

 「まあ、運試しと思って聞いてみたら?」

 ふむ、聞いてみるか。

 「なあ、掘り出し物はあるのか?」

 「掘り出し物? ああ、いい馬がおるぞ、グラニって言う品種でな。

  馬の中では最高級じゃ。

  この品種を持つものは他におるまい」

 「おい! レア品種が当たったぞ!」

 「? すごいの?」

 「凄いかどうかは判らないが、最後の一言は、激レアが出た時のセリフだ」

 「そ、そうなのか、よし、それにしよう。

  馬って言うから、問題ないだろう」

 「13000Gじゃ」

 「高っ! …… どうなんだ?」

 「買いだな。

  馬としては破格だが、それだけに期待が持てる。

  足りなければ貸すぞ?」

 「いや、何とか持ってる…… よし、買おう」




 高い買い物だったが、グラッチェが太鼓判を押したから、大丈夫だろう。

 名前を付けないとな。



[11816] 七話
Name: ハリコの豚◆40baa12f ID:62227e72
Date: 2009/10/03 19:06
 「で、山門に行くか? 水門に行くか?

  どっちも和風の、時代劇に出てくる様な町だが、山門は城下町で、水門はその名の通り港町だ」

 「ああ、その件だが、馬に金を使いすぎたんで、今度にするよ」

 「そうか、まあ焦る必要もないしな。

  今日は騎獣の試し乗りでもすればいいんじゃないか?」

 「そうだな、じゃあ態々すまなかったな」




 兎に角、馬に名前を付けようかな。

 サムライの馬だし、品種は外国種っぽいけど、和名がいいよな。

 む、む、む、よし。

 命名、月白(げっぱく)。

 こいつは白馬だから丁度いいだろう。

 「よし、いくぞ月白!」

 ぽっくり、ぽっくり、ぽっくり。

 町中で走らせると危ないからな、うん。

 …… ちゃんと走らせるまで、かなり時間がかかったよ。




 翌日。

 「まあ、騎獣を買ったのですね」

 チルヒメが開口一番にそう言った。

 「うん、月白って言うんだ、グラニって品種だって」

 「俺のはランドドラゴンのブルームだ」

 「…… グラニ? って、スレイプニルの劣化版だっけ?」

 え? れ、劣化版?

 「ミッシェル、その言い方はどうかと思いますよ」

 「…… ああ、思い出した」

 思い出したって、マテ、グラッチェ。

 「グラッチェ…… 」

 「いや、グラニは良い騎獣だぞ。

  確かに能力的には、スレイプニルより全体的に落ちるが、あれは課金アイテムだからな。

  しかも1ヶ月毎に、課金が必要になるタイプだ。

  つまり電子マネーが切れた時点で、持っている人が居なくなる。

  それを考えたら、馬型の騎獣でグラニ以上の物は無いって事だ。

  すごいじゃないか」

 「馬じゃなきゃ、もっと凄いのもいるんだろ?」

 「そこのランドドラゴンだって、速さじゃグラニに負けるけど、硬さや攻撃力じゃ勝てるからね」

 ミッシェル、教えてくれてありがとう。

 「まあ、ランドドラゴンはグラニより高いしな。

  それよりも、ランドドラゴンは普通に売っているが、グラニはレア種だ。

  あそこは、買いで間違いなかったさ」

 「大丈夫ですよ。

  ランドドラゴンくらいの値段でしたら、レベルが上がれば1日の狩りで稼げますから。

  グラッチェさんの言うとおり、レア種が出たのならば、積極的に買いですよ」

 「まあ、チルヒメまでが、そう言うなら、これで良かったと思うことにするよ」

 「しかし、2人が騎乗を取ったのであれば、僕たちも移動手段を考えた方がいいかもしれませんね。

  僕たちの移動に併せたら、せっかくの騎獣が無駄になりますよ」

 これはキールの言。

 「私はもう直ぐ永続召喚を修得するはずですから、そうしたら召喚獣に乗って移動もできます。

  選ぶつもりの召喚獣は、グラニには勝てないでしょうが、ランドドラゴンくらいのスピードは出ます。

  そうしたら、移動手段が3つに増えますので、1人ずつ相乗りすればいいかと」

 「あ、実はあたしのブラウンも、もうすぐ人を乗せて移動が出来る様になるんだよね。

  1人乗りだけど、普通の馬くらいの速度は出るから」

 「うーむ、それなら僕も騎乗スキルを持った方がいいでしょうか」

 「いや、デス娘がチルヒメの召喚獣に乗るとして、キールは俺かヨシヒロが運べば済む事だ。

  まあ、自分で騎乗スキルを持ちたいのなら別だが」




 「そういえば、デス娘はもうアサシンになったの?」

 「…… まだ」

 「デス娘は武器に大鎌を使っていますから、”短剣マスタリー”も修得しないと、アサシンにはなれないのです。

  デス娘にとっては捨てスキルですが」

 「なるほどねー」

 「と言う事は”隠身”を取ったのか」

 コクリと頷くデス娘。

 「隠身って何?」

 「隠身は書いて字の如く、シーフの身を隠すスキルだ。

  軽身と併せて、更に回避力が上がるが、タゲを取り難くなる。

  これから、お前の前衛としての必要性が、上がるって事だな。

  それに隠身の一番の特徴は、ハイディングの技だ。

  ハイディング中は、探知能力を持った敵以外はノンアクティブになる。

  しかも他プレイヤーからも見えなくなる」

 「それは凄いな」

 「でもPT狩りの最中は、ハイディングは使えませんよ。

  前衛なのに、タゲを取れないんですから。

  まあ、やるとしたらバックスタッブくらいですかね。

  それもPTで対応出来ない程の敵に、当たった時くらいですが」

 「キール君、PTで対応出来ない程の敵なら、ハイディングしたまま逃げた方がいいって。

  まあBOSSになると、ハイディング効かないけどね」

 「なるほどねー」




 今日の狩場はオーク村。

 単体でも、それなりに強いオークたちが、ワラワラと湧いて出る危険地帯。

 でもPT数も多いので、敵が分散されてちょうど良い湧き具合だ。

 PT狩りに騎獣は邪魔になると言うので、インベントリ(手荷物)に突っ込む。

 すごい事できるな。

 出てくる敵はオークばかり。

 刀も使いやすい身長だし、充分に狩りきれるハズ。

 「ぐっ、避けれないと痛いな」

 軽身に続いて隠身を取ったデス娘は、ひらりひらりと避けていく。

 騎士になって鎧と盾を新調したグラッチェは、当たっても対して痛くなさそうだ。

 「…… ぐはぁっ、サムライ弱えぇぇ」

 「ヨシヒロ君、サムライが強さを発揮できるのは、もう少し後になってからですよ。

  スキルの取り方如何によっては、PT最強も夢じゃない…… かもしれませんよ」

 「かも、ってなんだよ」

 「単純に他の人たちも、強いですからね。

  正統派騎士のグラッチェ君はPT最強の壁である事は変わらないでしょう。

  デス娘さんもアサシンになって、スキルを修得したら更に殲滅力を増すはずですし。

  殲滅力だけで言うならチルヒメさんが、範囲攻撃である水の大魔法を覚えたら最強でしょうね。

  ミッシェルさんも弓スキルが伸びてますし、ペットもそのうち増えるでしょうからね。

  バランス的には一番良いかもしれません。

  僕ですか? 役割が違いますからなんとも」

 やっぱり、サムライって弱い?

 「大丈夫ですよ、ヨシヒロさん。

  前にも言った様に、見切りスキルを取れば攻撃力も回避力も上がります。

  それに足りないと感じたなら、忍者の”忍遁”スキルも修得できますし」

 「忍遁? それってどんなスキル?」

 「忍者用の隠身と言った処だな。

  サムライでも修得が可能だ。

  隠身との違いは、回避力は上がるがタゲを取り難くなるような効果は無いことだな。

  それにハイディングは、忍遁の方が効果が高い。

  その分、隠身の持つ敵を探知する技術を修得しない」

 「忍者の場合は、敵の探知系は別のスキルで覚えるからねー。

  全体的に忍者は、ソロで隠れながら狩る時と、PTの一員として狩る時の戦法って言うか。

  狩り方がハッキリと変わるのよ」

 「なるほど」

 それにしても、ミッシェルはグラッチェと話す時は下っ端言葉なのに、俺とか他の人に話す時は違うのな。




 つまりサムライとしては、このレベル帯は我慢の子って事だな。

 いつかは輝く時が来ると信じて、黙々と狩っていく。

 できるだけ長く輝きたいな……

 「ヨシヒロさん! 後ろ!」

 へ?

 あ、死んだ。

 何だ?

 「散れ!

  ヨシヒロ、そのまま町には戻るな!」

 そう言ってグラッチェが、あ、死んだ。

 ナニコレ。

 デカくてクロいオークが、いっぱい仲間を引き連れて、踏みつけて行った。




 「村長さんは無理だねー」

 ああ、ミッシェルも死んでる。

 「村長?」

 「…… BOSS」

 あ、デス娘は生きてる。

 「こんな処でBOSSなんか出てくるのか」

 「本当の名前はオークキングだ。

  村長と呼ばれてるが、高レベルダンジョンのBOSSと同等の強さだからな。

  俺たちじゃ、触れた瞬間にこうなる」

 「でも何で死に戻りしないの?」

 「高レベルの奴等が何人かいただろ?

  BOSS狙いで来てる奴等だから、倒した後に蘇生を頼むんだ」

 「なるほど」

 ……。

 ……。

 ……。

 ……。

 あ、キールが高レベルっぽい司祭さんを連れて来た。

 「ありがとうございます」

 「いえいえー」

 俺たちは無事に蘇生された。




 「これで、しばらくは村長は出ない。

  デスペナを取り戻すぞ」

 おー!

 ……。

 「なあ、チルヒメ」

 「何ですか?」

 「水の魔法を覚えたんだよな。

  召喚魔法ばかり使っているのは、早く永続召喚を修得したいから?」

 「いえ、それも一応はありますが、オークは土属性ですからね。

  水魔法は効果が薄いのです」

 「なるほど。

  でも、何で水を取ったの?

  魔術師の人って火が多いみたいじゃない」

 「ええ、低レベル帯では、基本的に威力の強い火、そしてオークやオーガ、トロールと言った土系に強い風が好まれます。

  でも高レベル帯では、火系の敵が多く出ますし、範囲魔法の使い勝手は水が一番なんです。

  私は本職の魔術師にはならないので、1系統を選ぶなら水になりますね」

 「なるほど、レベルが上がった時のためか」

 「僕なんかは、レベル80くらいまでの上がりやすいレベル帯を、何度も繰り返す遊び方をしてましたから。

  火風の方が有効な様にも思えますが、もうやり直しは利きませんからね。

  水魔法の選択は当然とも言えますか」

 キールは遠い目をして言う。

 今、職業を選びなおせるとしたら、司祭にはならないんだろうな。




 夕方には、もう一度村長の襲撃を受けたが、それでもミッシェル以外はレベル32になった。

 「ミッシェルはブラウンがいるから、上がりにくいのか」

 「私も永続召喚を今日で修得しましたから、明日の狩りからはミッシェルと同じペースになりますよ」

 「まあ、レベル差が5くらい開いた跡で、ブラウンをインベントリに入れて狩れば、直ぐ追いつくからね」

 「そうなの?」

 「お前も猪狩りで、俺に直ぐ追いついただろ?」

 「…… ああ、そうだった」

 「いっそ、僕とデス娘さんが騎獣かペットを飼えば、みんな同じ負担にできますが」

 「そこまでする必要は無いんじゃないかな?

  …… いや、飼いたいなら別だが」

 「うーん、飼うとしても、もう少し司祭のスキルを充実させての方がいいですから、あまり意味はありませんね」

 「まあ、先の話だな」




 「姐さん、今日は合戦に出るッスか?」

 「だから姐さんは止せと…… まあ折角、騎士になったしな。

  そうだヨシヒロ、お前も来るか?

  ギルドに入らなくても、合戦は出れるから」

 「合戦かー。

  月白も、荷物の中だけじゃ可哀想だしな」

 「いやいや、出るなら弓で後衛だぞ。

  俺だって後方から、指示を出すだけだし。

  馬で特攻なんかしたら、瞬殺されるからな」

 「…… そうなんだ」

 「大した戦力にはならないけど、雰囲気くらいは知ることができると思うよ」

 「まあ、まだ33だしな」




 俺はグラッチェのギルドと一緒に合戦へ出た。

 「よろしくお願いします」

 「おお、初陣だってな、まあ死ななければOKだと、思ってればいいさ」

 「よろしくな、まあ、運がよければ敵に当たらない裡に終わるからな」

 「そうなんですか?」

 「ウチは一応、上位ギルドだからな。

  マスターが不在になってるんで、大将は別のギルドだが、位置は大将のすぐ近くにいる。

  魚鱗の陣だから、なかなか敵には当たらないさ」

 流石に多数のギルド同士が、一同に会する合戦。

 千人超えているんだろうな。

 こっちの大将はディレイⅩⅧ世と言う騎士だ。

 レクイエムとトップを争うギルドのマスターらしい。




 「敵は鋒矢か…… 」

 「鋒矢?」

 「魚鱗は三角形の形で、弱い部隊を先頭に徐々に強い部隊を充てていく陣形だ。

  鋒矢は本来は矢印型なんだが、このゲームでは大将以外のトップ陣を先頭に持って行く陣形だな。

  ちょっと不利だな。

  よし、ディレイに連絡だ、ウチが回って敵大将に突っ込む。」

 …… マジ?

 「ヨシヒロはどうする?

  ここに残ってもいいが、多分敵はここまで来るぞ?」

 「うーん…… 付いて行く」

 「よし、大将の許可は出たな。

  馬に乗れ、レクイエム! 遊撃隊となって、敵大将に突撃する!」

 「「「応!!」」」




 うひょー。

 月白がスピード型なので、レベルが低くても充分について行けるが、俺はギリギリだ。

 いや、速いって。

 もちろん速度が勝負の別働隊だから、仕方ないといえば仕方ない。

 先頭のグラッチェが、ギュンギュンとカーブして行くのに併せて、みんな曲がって行く。

 俺の技能じゃ無理だから、月白に全部まかせる。

 賢い月白はみんなに併せて、ギュンギュンと曲がってくれる。

 俺はしがみついているので精一杯。

 おおお、敵の後部が見えて来た。

 …… 。

 「ヨシヒロ君、俺たちはここで待機だ。

  グラッチェたちが突っ込むのに併せて、弓で援護するんだ」

 アーチャーの、ぱぴっとさんが指示をくれた。

 「了解です」

 よし、俺も弓を撃つか。

 おお、グラッチェが突っ込んでいって…… あ、瞬殺。

 弓を撃ちながら、ぱぴっとさんに聞いてみた。

 「勝てそうですか?」

 「判らんね。

  俺たちが敵の大将を潰すのが先か、敵の先頭がディレイを潰すのが先か。

  俺たちが敵を殺し切れなきゃ、そこで負けだね」

 「分の悪い賭けですか?」

 「いや、むしろ分は良い方かな。

  まず殺し切れない事はないだろうし、大勢同士の激突になっている向こうと、小勢同士のこっちを比べたら。

  まあ、こっちの方が有利だね」

 「へぇ」

 あ、終わった。

 「今日は随分と楽に勝ったな」

 「そうなんですか」

 「普段はもっと梃子摺るかな。

  敵が極端な作戦にでたからね。

  決着もあっけなく付く」

 「そういうものですか」




 「みんな良くやってくれた!」

 俺は合戦が終わって、レクイエムのギルドアジトにいる。

 終わった後のミーティングに、出るように言われたんだ。

 「今回のレクイエムの働きを評価して、いくつかのレアアイテムを提供されている。

  まずは第1功のレティーに、この中の一つを進呈する。

  選んでくれ」

 レティーシャさんはギルドの副マスターで、マスターが別キャラになった今、1番の実力者だ。

 「じゃあ遠慮なく、この回復の指輪を貰うわね。

  それから、ヨシヒロ君を連れて来たのはマスターだから、言いにくいと思うので私が言うけど。

  彼に対する礼として、この千鳥を進呈しようと思うけど、どうかしら」

 「いいのか?」

 と、グラッチェ。

 「ヨシヒロ君の、ビギナーズラックに助けられたと思えばいいじゃない」

 ギルドのみんなは、レティーシャさんが言うなら、それでいいと言った感じだ。

 「え、でも、俺は本当に何もしてないですし」

 俺は遠慮しようとしたのだが。

 「いいのいいの、ギルドがゲストで呼んだ人には、呼んだギルドがお礼を渡すのが慣例だしね。

  合戦に勝てば、ギルドの経験値は増えるけど、ギルドに入ってない人には関係ないし。

  ここで只で返したら、レクイエムがケチって事になっちゃうわよ。

  それに、ぶっちゃけギルド内の刀を使える人は、全員もっと良い物を持ってるしね」

 「そうそう、他のキャラが使えるなら、そっちに回す手もあるけど、そうもいかないしな」

 「気にせず持っていけって」

 …… 。

 「ありがとう」

 「ヨシヒロ、その刀は確かレベル50まで使えないから、銀行にでもしまって置いたほうがいいな」

 「へー。

  クリティカル率が上昇して、実体を持たない敵や魔法を斬れる…… か」

 「昔、ベッキーとか言う人が、雷を斬った刀らしい」

 ベッキー? 外人さん?




 昨日は得したし、結構楽しかった。

 でも、暫くは合戦に行くのは止めよう。

 少なくとも、レベル60↑、まともに動けるのは70↑でなければ、お荷物にしかならないみたいだ。

 「お、チルヒメ、それが永続召喚した召喚獣?」

 チルヒメはデス娘と一緒に、白地に黒い縞模様の虎に乗ってやって来た。

 「はい、白虎で、名前は桔梗です」

 「強そうだね」

 「いえ、実はレベルが低いので、とても弱いです。

  でも高くなれば、BOSS戦にも耐えられますし」

 「今日一杯は、召喚獣の援護は無いと考えた方がよさそうだね。

  ヨシヒロ、その分頑張ってくれよ」

 「オマエモナー」




 何とか狩れてるな。

 召喚魔法の援護は無くなったが、代わりに弓準備も修得しているチルヒメの、風属性矢が敵を倒していく。

 オークを倒す度に、どんどんレベルが上がっていく桔梗を見て、チルヒメはうれしそうだ。

 これなら、そう遠くない裡に桔梗も参戦できるだろう。

 更なる効率アップが望めそうだ。

 …… 村長がこなければな。



 本日も村長に潰されました。



[11816] 八話
Name: ハリコの豚◆40baa12f ID:62227e72
Date: 2009/09/22 18:24

 今日のPT狩りは休みになった。

 グラッチェがギルドの会議と言う事で、ミッシェルも付いて行った。

 チルヒメは水魔法のスキル上げに行くと行っていたし、キールは辻ヒールをしに行った。

 ちなみに辻ヒールは、神聖魔法のスキル上げに回復職が好んで行う作業だ。

 訓練用のデコイにヒールをかけるより、楽しみながらできるとか。

 デス娘は相変わらずなので、よく判らないが、スキルでも上げているのだろう。

 俺はこの機会に、山門へ行く事にした。




 月白に乗って、駆け抜ける草原。

 非常に気持ちがいい。

 偶にアクティブモンスターが反応を見せるが、月白は構わず駆け抜ける。

 全てをぶっちぎる。

 「いやー、騎乗スキルっていいな」

 しかも騎獣の場合、敵を倒さなくても騎乗して走るだけで、経験値が貯まっていくのだ。

 もちろん経験値を得るのは騎獣だけだが、乗っている者は騎乗スキルの熟練度を得る。

 一気に山門へ向かって駆けていく。




 「おおー、正に江戸って感じだな」

 時代劇の映画村より本物っぽい。

 いや、比べるだけの知識なんか無いが、そんな感じがするのだ。

 俺は早速、武器屋へ入っていった。

 「おや、おサムライ様でございますな。

  本日はどういった御入用で」

 「ああ、サムライの服が欲しいんだ」

 「さようでございますか。

  ご一緒に鎧などはいかがでしょうか?」

 「お、和式の鎧兜が売っている。

  …… 高いな。

  とりあえず服でいいよ」

 「さようでございますか。

  では、どう言った色に致しましょうか」

 む、色か。

 そう言えば、この町にいるサムライはみんな色々な色の服を着ているな。

 俺は薄い青系統の裃にした。

 武器の新調も考えはしたが、刀は千鳥があるし、槍や弓も千鳥を使える頃に一緒に替えることにした。

 さて、どうするかな。

 ホームまでは、夕方までに帰ればいいし、少しこの近くで狩りでもするか。

 そうだ! 折角この間、騎乗槍を修得したんだ。

 この際に練習しておこう。




 この辺りの敵は、子鬼と鎧鬼、レベルはソロで30前後の狩場と言うから、ちょうどいいだろう。

 月白を駆けさせ、槍で突き刺…… 外れた。

 Uターン。

 今度こそ…… 突き刺す!

 おお、1撃で殺した。

 子鬼は1撃で殺せるのか。

 じゃあ鎧鬼に行ってみるか。

 ガスッ!

 お、当たったが、1撃じゃ死なないな。

 うわっ! 後ろから、やめろ!

 Uターン、ターン、ターン。

 えい!

 突き! 突き!

 「…… ふう、やばかったな」

 ソロは久しぶりだったから、気を抜きすぎた。

 ここでホームに死に戻りも、ちょっと情け無い。

 うむ、1撃くれたら、充分距離を走って、Uターンだな。

 ガスッ! …… ターン。

 ガスッ! …… ターン。

 ガスッ! …… ターン。

 ガスッ! ……

 かなり効率悪いな。




 うむ、敵の前で止まって、連突き。

 これだな。

 ガスッ! ガスッ! ガスッ! ガスッ! ……

 馬に乗ってる意味あるのか?

 …… 道場で熟練度上げた方が速いな。

 ホームに戻るか。




 ちょうど昼飯時か。

 俺がいつもの食堂に行くと、チルヒメとデス娘がいた。

 彼女らも昼飯かな。

 でも、知らない人たちと話をしているな。

 一応声だけでもかけとくか。

 「よお」

 「あ、ヨシヒロさん、いい所に来て下さいました」

 「ん?」

 「実は、この方々は私達の別キャラが所属していたギルドの、マスターと副マスターなのですが。

  少々誤解があるので、それを証言していただきたいのです」

 「誤解?」

 ふむ、とりあえず俺は同席した。

 そこで紹介された2人が口を開いた。

 「俺は、ギルド”花鳥風月”のマスターで、バーリンと言う」

 「僕は、副マスターのマイトだ。」

 「…… マイト(まいと)」

 デス娘がボソリと言ったのは、マイトさんの登録名か?

 マイトさんが、チラリとデス娘を見て口を開く。

 「君は君達のPTのリーダーが、元レクイエムのギルドマスターだと言う事は知っているか?」

 「…… グラッチェがリーダーかどうかは知らないけど、彼の1stキャラがメルスィーって事は聞いている」

 「ふむ、では我々のギルド名に心当たりは?」

 「初耳ですね」

 「彼は、ログアウトの事件が有った日に、初めてゲームを始めた初心者なんです。

  ギルド間の事は、殆ど知りません」

 チルヒメがフォローを入れてくれた。

 「なるほど、では簡単に言うと、我々のギルド、花鳥風月とレクイエムは……

  そうだな、明確に敵対している訳ではないが、内心は敵同士だと認識している間柄だ。

  特にこちら側はな」

 マイトさんの言葉を継いで、バーリンさんが自嘲するように言った。

 「正直、今のレクイエムがどこまで俺達を、意識しているかなど……

  大して、していないとは思う。

  こちらも、こう言う関係になった原因が、うちにあったのは認識しているのだ。

  今更、表立ってどうこうと言うことではない。

  ただ、な。

  見る者が見たら、花鳥風月の中心プレイヤーが2人、レクイエムのマスターに引き抜かれた……

  とな」




 ふうむ、良く判らんが。

 敵対ギルドのマスターであるグラッチェが、チルヒメやデス娘とPTを組んでいるのが、気に入らない…… と。

 「チルヒメとデス娘は、元のギルドに戻るのか?」

 「いえ、そのつもりはありません。

  私もデス娘もネタキャラですし、合戦ギルドの花鳥風月に入りなおした処で、意味はありませんし」

 「じゃあ、バーリンさん達は2人がギルドから抜けるのが、許せないと?」

 「いや、彼女達がギルドと無関係になる。

  と言う話は、前に聞いてあるし、了解もしている。

  問題なのは、彼女らがメルスィー…… 今はグラッチェか。

  彼のPTにいる事だ」

 「それが判らない。

  今の彼女たちは、貴方たちのギルドにいたキャラと別キャラで、もうギルドに登録しているキャラに戻る事はできない。

  プレイヤーが同じだったとしても、俺達にはもう中の人はいないんだ。

  それに、花鳥風月が合戦ギルドだから戻れないと言うのなら、レクイエムだって同じでしょう。

  あそこも、合戦ギルドだから」

 「勘違いしないでいただきたい。

  僕やバーリンは、彼女たちがレクイエムに入るとは思っていない。

  だが、彼女たちがこのPTにいる事で、そう思う人たちがいる。

  それが問題なんだ」

 「どう問題だと?」

 「うちのギルドは、レクイエムと敵対した事件で、1度崩壊しかかっている。

  それを初期メンバー数人で、なんとか盛り返して来た。

  彼女たち以外にも、ログアウトの事件以降、ログインしていなかった者も、脱退した者もいる。

  残っても、キャラが替わった者もいる。

  ここで彼女たちが、レクイエムに寝返ったなどと言われたら、折角頑張ってきた苦労が無に帰る」

 「ちょっと、寝返ったとか、おかしいんじゃないですか?」

 「先程も言った通り、そう思う人たちがいる…… と言う事だ。

  現に、この件を僕達に知らせて来た者は、2人が裏切ったと騒ぎ立てていた。

  2人は前の、ギルド崩壊時にも残ってくれた初期メンバー。

  影響力が大きいんだ。

  彼女たちが、花鳥風月を見捨てたなんて言われたら、今度こそ終わってしまう」




 「待ってくれよ、さっきから聞いていたら、自分達の都合ばかりじゃないか」

 「その通りだ。

  だが彼女たちも、元はうちの中心メンバーだったんだ。

  その程度の事は、考えてPTを組んでもらいたかった。

  と言っては言いすぎかな?」

 「グラッチェさんが、メルスィーと同一人物だと知ったのは、PTを組んで暫くしてからの事でしたので…… 」

 ミッシェルが入った時だろうな。

 「俺としてはバーリンさん達が、自分の都合を押し付けるだけなら。

  チルヒメたちも自分の都合だけ考えて、ギルドは無視してPTに残ればいいと思うよ」

 「…… そうする」

 デス娘の心は固まったようだ。

 「待ってくれ、脅す訳じゃないが、既に誤解している者が出ていると言っただろう。

  このままだと、逆恨みする者が出ても不思議じゃないんだ。

  それだけ我々の、レクイエムに対する蟠りは深い」

 脅しじゃねぇか。

 「そう言う事なら、他のPTメンバー3人も呼びましょう。

  グラッチェも居ないと、話が進まないようだ」

 俺は3人に連絡を付けた。




 「なるほど、話は判った。

  だが俺は、今の今まで彼女たちが、そちらのギルド員だったことは知らなかった。

  もちろん、彼女たちが合戦に出る気が無い以上、勧誘する気もない。

  第一、俺はこのPTのリーダーと言う訳でもない」

 「周りの人は、そう見ないと言う事ですよ。

  特に我々のギルドは、貴方のギルドに偏見と言うか、拘りを持つ者が多い」

 「…… では、どうしろと?」

 「できれば2人を、PTから外して貰いたい」

 「出来ないわね。

  第一、あの合戦はレクイエムとの問題と言うより、貴方たちの内部問題じゃない。

  合戦を吹っかけて来たのも貴方たち、自爆したのも自業自得。

  違う?」

 グラッチェは冷静だが、ミッシェルは、かなり喧嘩腰だな。

 「確かにその通りだ。

  だが、ここに及んで、この状況で2人にレクイエムに付かれる、と思われる行動は…… 」

 「元々それが誤解なのですから、誤解を解く努力をしたらどうでしょう」

 とはキールの発言。

 「既に彼女たちに、誤解だと言う回答を貰って、ギルドのみんなに説明はしている。

  その上で納得して貰えなかったから、こうやって頼んでいるんだ」

 「ではどうでしょう、彼女たちに別のギルドに入ってもらっては。

  こうなっては花鳥風月に戻るのも、お互いやり難いでしょうし。

  あなた方は2人が、レクイエムにさえ入らなければいいんですよね。

  チルヒメさんも、デス娘さんも。

  このまま花鳥風月の皆さんに色々言われ続けるよりは、その方がいいのでは?」

 「しかしキール、簡単に言うが当てはあるのか?」

 「新しく作ればいいでしょう、狩りギルドにでもして。

  マスターはヨシヒロ君でいいですか。

  そうしたら、ついでに僕も入っておきますか」

 「あ、だったら私も入れてよ、もうレクイエムには戻らないし。

  合戦は弓職だと、あんまり面白くないんだよね。

  みんな並んで、撃てーーーーっ! だし」

 「ふむ、俺が入れないのは残念だが、いい案では?」

 「そうですね、それで問題が解決するのならば、私は構いません」

 何だか、俺がギルドを作ることで、話が纏まってきているんだが?

 デス娘もコクコクと頷いてるし。

 「どうする? 花鳥風月の。

  こちらが譲歩できる上限だと思うが」

 「もちろん、ギルドを新規に作成するとしたら、必要な物は提供していただきますよ。

  こちらは本来、ギルドを組む必要も、そちらに配慮する必要もないのですから」

 キールも中々抜け目ない。

 「判った。

  即答は控えさせてもらうが、その方向でギルド員を説得してみる。

  もちろん、ギルドを作るとしたら、必要な物資は提供させてもらう」

 そして彼らは帰っていった。




 「…… なあキール。

  なんで俺がマスター?」

 「こう言うのは前衛の方が似合いますからね。

  それにグラッチェ君では意味が無いです。

  仮に新しいギルドを立てても、返って彼らの言い分を肯定する様なものです。

  その意味ではミッシェルさんでも、レクイエムの支部扱いをされる可能性があります。

  チルヒメさんやデス娘さんでも良いですが、当事者ですからね。

  第3者のギルドである方が望ましいでしょう。

  僕ですか? 僕には似合いませんよ」

 面倒だし。

 と、後に続きそうな勢いでキールが言った。

 「その時は、お願いします」

 チルヒメにも頭を下げられてしまった。

 「ま、まあ、花鳥風月の出方しだいだね。

  それで納得するとも限らないわけだし」

 「納得しなかったら、無視すればいいだけだよ。

  その時はレクイエムがバックに付くし」

 バックって…… グラッチェ。



 3日後、新しくギルドが設立される事に決まった。

 マスター…… 俺。

 「これがギルド設立申請書だ。

  これに必要事項を書いて、城に提出すれば、ギルドアジトを与えられる」

 バーリンさんが、そう言って紙を渡してくれた。

 「結構な金額と、ギルド設立用のレアアイテムを消費して、得られる物だからな。

  課金アイテムでも設立はできるが、今ならそっちの方が貴重だから。

  どっちにしても、それを用意するくらい切羽詰ってたって事か」

 グラッチェが解説してくれたが、かなりの貴重品らしい。

 「一応、こちらの条件としては、2人の加入したギルドと花鳥風月との同盟だ」

 「同盟?」

 「簡単に言えば、ギルド間の協力体制を敷くと言う事だ。

  同盟の他には、従属と言う関係もあるが、これは各ギルドが盟主となるギルドの支部みたいな扱いだな。

  しかし、俺がPTに居る関係上、レクイエムとしても同盟を望むが?」

 と、グラッチェ。

 「それは、そちらのギルドが判断する事だ」

 バーリンさんの答えは、それでも構わないと言う事…… か?

 まさか、ウチと同盟結ぶのにレクイエムと同盟とか、あ・り・え・な・い。

 判ってんな! ゴルァ。

 って事じゃないよな。

 「問題ないでしょう、申請書はありがたく頂いておきます」

 お、キールがサックリと承諾した。

 「では、ギルド設立後に同盟の申請をしておいてくれ」

 そう言って彼は帰って行った。




 「問題ないんだよな?」

 「と言うより、彼らは我々とレクイエムの同盟を、望んでいるでしょう。

  つまり、そろそろ関係を修復したいから、我々に間に立て。

  と言う事でしょうね」

 「…… え?」

 「大丈夫ですよ。

  それは、あくまでも花鳥風月の思惑。

  それもただの推測にしかすぎません。

  実際にどういう関係を築くかは、これからのお互い次第でしょうね」

 「やっぱり、お前がマスターになった方がいいんじゃないか? キール」

 「いや、僕みたいなタイプは、頭にならない方がいいんですよ」

 そう言うものかね。

 「じゃあ、副マスターはどうする?」

 「チルヒメさんがいいでしょう」

 「キールさんは、副マスターになる心算はないのですか?」

 チルヒメが聞いてきた。

 「貴方やグラッチェ君のようなタイプがマスターであれば、僕が副になってもいいですが。

  ヨシヒロ君の様なタイプには、副は貴方の様なタイプの方がいいと思いますよ」

 「あたしやデス娘は、どっちにしろ向かないから、そっちの決定に従うよ」

 「判りました。

  それでは、私が副マスターを、勤めさせていただきます」

 「ふむふむ、ホームはここでいいか?」

 「どうでしょう、狩りギルドなのですから、高レベルの狩場近くの方が、後々便利なのでは?」

 「しかし今現在、我々は低レベルなのですから……

  それに高レベル狩場付近から、低レベルの時にこちらへ移動するのは大変です。

  逆はそれほどでもありませんが」

 「ねぇねぇ、マスターはサムライだし、副マスは浪人なんだから、いっそ山門か水門にするってのは?」

 「ふむ、山門はともかく、水門はいいかもしれませんね。

  ここからも比較的近いし、港町だから船で各地方に行ける」

 「港町を選ぶのであれば…… 」

 「それなら、いっそ…… 」

 正直、未だに知らない地域がたくさんある俺には、ついて行けない。

 結局、この世界の中心地である場所。

 つまり、ここにアジトを建てる事になった。

 「じゃあ申請してくる」




 新しいギルドが立ちました。

 名前は”パンドラの壷”。

 俺達は、ゲームと言う壷の中に残された物。

 出るとゲームの運営側には、最後の災厄となる様な存在。

 そんな皮肉を込めて付けた名前だ。

 ま、それはともかく、ギルドアジトができましたよ、と。




 「へえ、ここが俺達のギルドアジトか」

 「まだまだ小さいですが、ギルドレベルを上げればどんどん大きくなります。

  もっとも、大きくする必要があるかは、話し合って決めなくてはいけませんが」

 キールがそんな事を言う。

 「大きくなると、どうなるんだ?」

 「例えば、今は2階に個室が10個あります。

  これは、そのままギルド員のプライベートルームで、ギルド員の最大数でもあります。

  これからは、宿屋に泊まらずとも、ここで寝起きができますね」

 「なるほど、それが増えるのか」

 「もちろん、それだけではありません。

  アジトの中に訓練所や武器屋を配置したり、製造職がいれば、工房などを作るのもいいでしょう。

  外向けに店を構えて、ドロップ品などを、他のプレイヤーに売ることもできます。

  ギルド員が、共有で使える倉庫の保存数も増えますし、他にも色々」

 「それは便利だな」

 「ただ、まだ先の話ですね。

  今は僕たち自身の、レベルを上げた方がいいでしょう。

  僕の意見をいいますと、レベルが上がり難くなってくる80代からでも、遅くはありません」

 「今の段階で、経験値の一部をギルドに廻すより、高レベルになってからの方が、効率いいですし」

 「ふーん、そう言うもんか」

 「まあ、今は宿代が要らなくなっただけ、とでも思っていればいいですよ」




 こうして、俺はギルドマスターになった。

 …… あまり、何も変わってないな。



[11816] 外伝1
Name: ハリコの豚◆40baa12f ID:62227e72
Date: 2009/09/29 23:03
 「今週分の調整は終わったのかね?」

 「最も症状の酷い、800名の対処は終了しました。

  しかし、53名には改善の余地があります」

 「それは来週のメンテナンスで対応だな」

 「来週は第16群の再調整ですが」

 「併せてやれば済むだろう。

  16群は比較的、活動的だと言っていたな」

 「はあ…… 16群で引き篭もっているのは、約300名ですから。

  でもチェックする作業自体が、減るわけじゃないんですがね」

 「チェックは減らなくても、対処する数は減るだろう。

  それとも、今から50と…… 3名? を修正しなおすか?」

 「勘弁してくださいよ」

 「じゃあ、今日は上がっていいぞ」




 やれやれ、スケジュール的には許容範囲内と言った処か。

 まあ、突発事故のメンテナンスなんだ。

 スケジュールがどうだろうと、対処するしかないんだがな。

 「主任!」

 ん? 朝倉か、漸く帰れると思ったが…… 問題か?

 「どうかしたか?」

 「テスターたちの事です。

  彼ら、プレイヤーの記憶が、障害でデータとして残っていたのは仕方ありません。

  あえて削除せずに、テスターとして残したのも……

  しかし、記憶の改竄まで!」

 「朝倉くん、記憶…… ではなく、記録だろう?

  彼らはただのデータ群だ。

  改竄ではなく、デバック。

  テスト用に用意されたデバックプログラムの、処理効率の低い部分や、他の障害を引き起こしそうな部分を。

  テスト前に改善するのは、当然のことだろう」

 「しかし彼らは、人格を持っています。

  パニックになったり、引き篭もったりしているからと言って、人格の一部を書き換えるなんて…… 」

 「そう!

  我々は、彼らの人格とも言える部分を、書き換えている。

  それが可能と言う事実こそが、彼らが人でも生物でもなく、プログラムに過ぎないと言う事を、証明しているのではないか?」

 「しかし…… 」

 「第一、もうプロジェクトは進んでいるのだよ。

  止めたいと思うのなら。

  何故、開始される前に止めなかった。

  君だって、彼らをテスターとして使うのを、納得したのだろう?

  今更、人権うんぬんとでも言うつもりか?」

 「正直、テスターの改変までするとは、考えていませんでした。

  これは、後で問題にはなりませんか?」

 「何故?

  プレイヤーの皆さんには、通知しているだろう?

  プログラム障害によって、彼らのプライベート情報の一部が、消えずにコンピュータ内に残ってしまった事。

  当然、弊社としては、細心の注意を払って、情報を処理すると。

  お詫びの告知を、ホームページにも、メールマガジンにも書いて出しているだろう?」

 「でも、これが世間にばれたら」

 「世間にばれる?

  これは企業機密だ。

  この情報が世間に出ると言う事は、誰かが背任行為をすると言う事だ。

  まさか君、バカな事を考えてはいまいね」

 「…… いえ、心配になっただけで」

 「まあいい、ここまで来た以上、この事を知る人間は一蓮托生、全員同罪だよ。

  もちろん、プログラム修正に罪があるとすれば…… だがね」

 「…… はい」




 朝倉くんも、悪い奴ではないんだが、気が小さくていけない。

 だいたい、彼らの傾向が人格と言えるものなら。

 我々がプログラムしたNPCを始めとするA.I.たちも、充分にそう言えるものを持っている。

 とにかく半年後までに、テスターたちの稼働率を8割以上にもって行かなくては。

 大型アップデートに、間に合わなくなるしな。

 しかし、余り弄りすぎるのも問題か。

 都合がいいだけのプログラムに、意味はない。

 出来る限り、原型を損ねないように、アクティブな冒険を楽しんでもらわなくてはな。



[11816] 九話
Name: ハリコの豚◆40baa12f ID:62227e72
Date: 2009/10/03 19:06
 今日はカニDこと、海岸西ダンジョン。

 多くの大カニと若干の魚が襲ってくる、数階建てのダンジョンだ。

 B1FからB5Fまで、下に行くほど強敵が出る。

 ここの最下層を卒業する時は、レベル40を超えるという段取りだ。

 普通は、そんな上げ方をしないそうだが。

 それも多くの日数を使って、臨時PTで様々な相手と、様々な狩場に行く時の普通である。

 固定で1日中狩っている、今の状況なら、この方がいいと言われた。

 「まあ、実際はここ、40~50のソロ狩場なんですがね」

 とはキール。

 「だが、今の状況ならば、狩場の常識もどんどん変わって来るんじゃないか?」

 「そうは言っても、これまではソロの狩場と認識されていた所です。

  あまり邪魔にならない場所で狩りましょう」

 グラッチェとチルヒメも、流石に慣れた調子でズンズン進んでいく。

 まあ、このPTで勝手が判らないのは、俺だけなんだが。

 「この辺でいいかな?

  湧きも悪くないし…… うりゃっ!」

 おおおお!

 1度の発射で、矢が連続で敵に刺さっていく。

 「ミッシェル、何だ? それ」

 「これが追走矢だよん。

  今は実体の矢に、1本の追加が付いただけでも、熟練度を上げれば、最大5本の追加があるんだよね。

  弓準備と併せれば、切れる事なく連続で撃てるって訳」

 「SUGEEEEEEE!」

 「とは言え、MPが続く限りだけどね。

  チルヒメちゃんが修得すれば、ずーっと撃ち続けられるかもね」

 「MPの回復量的に、常に打ち続けるのは難しいですね。

  それでも、単体に対する攻撃力としては、水の大魔法より大きいでしょうが」

 ふむふむ。




 しかし、みんな凄く強くなってる。

 グラッチェは装備を更に硬いものに替え、盾マスタリーの技術、パーリングなども修得して、正に鉄壁。

 当然、攻撃力もスキルの熟練と共に上がっている。

 チルヒメは桔梗のレベルも上がり、充分な戦力に。

 本人も、弓の熟練度を上げつつ、湧きのいい場所には水の範囲魔法、アシッド・クラウドで殲滅力強化。

 デス娘は何と言うか、高い回避力と高い攻撃力で、バッサバッサと斬り倒していく。

 例えるなら、スパロボのビルバイン(夜間迷彩型)で、気力150と言った処か。

 ミッシェルは先程の追走矢が光る。

 て言うか、ブラウンさんパねぇっす、カニを次々と引き裂いていく。

 キールはPTヒール(全体回復魔法)を覚えて、偶にかけてる感じか?

 他に幸運を上げる魔法や、魚の毒に対する抵抗力を上げる魔法をかけてくれている。

 …… そして俺。

 確かに攻撃力が上がっている。

 キールの幸運上昇魔法と併せて、偶に出るクリティカルは、装甲硬めのカニすら1撃で倒せる。

 回避力も、それなりにプレイヤースキルで上がってはいる。

 でも、地味なんだよね、活躍が。

 早く40になりたーい!




 次の日、朝飯を食いながら、皆に相談してみた。

 「もっと活躍したい」

 「充分だと思うが?」

 「何か俺が、一番地味な気がするんだ」

 「積極的にアクティブな技を使ってはどうですか?」

 「刀のアクティブ技と言うと……

  一瞬で数歩先に移動しつつ、横凪に敵を斬る”一閃”か?

  決まればメチャメチャ格好いいぞ?

  あまりつかい処のない、ネタスキルだが」

 「あれは囲まれた時の、退避に使うと良いんですよ」

 「たしか、刀を振ってカマイタチの様な攻撃が出来るんですよね。

  ”斬波”でしたか、あれはどうでしょうか」

 「チルヒメちゃん、それ使うくらいなら、素直に弓持った方がいいって」

 「後は敵の動きを、一瞬だけ止める”一喝”があったな。

  あれは便利じゃないか?」

 「…… あれはちょっと恥ずかしい」

 何しろ、大声で文字通り一喝するのだ。

 「じゃあ、サムライのスキルを修得するまでは、我慢するしかないな」

 「ううむ、仕方ないか」

 「…… 釣り」

 釣り? おお、デス娘も、偶には良いことを言う。

 「釣りか、そうだな、それがあった!」




 俺は釣りの為に、弓を持ってダンジョン内を歩き回る。

 狩場近くに、湧きポイントを2箇所程見つけ、そこと狩場を行ったり来たり。

 戦力には、なっていないが、昨日より仕事をしている気になるのは気のせいだろうか。

 釣りはPT内では、俺が一番適している。

 チルヒメやミッシェルは、お供が釣りを理解せず、その場で狩り始めるので、釣りにならない。

 グラッチェは守りの、デス娘は攻めの要だから、回復役のキールを抜くと俺になる。

 熟練度は上がり難いが、狩りの効率も大幅に上がるので、良しとする。




 夕食の後は、道場に通って熟練度上げだ。

 槍と騎乗は、合戦と移動以外は殆ど使わないらしい。

 なので刀を中心に上げていく。

 弓も偶に上げるが、次に取る予定の見切りスキルを修得すれば、前衛としてかなり強くなるはず。

 俺が道場で延々と案山子を斬っていると、声を掛けられた。

 「なあ、君、もしかして前に浪人の服をあげた人?」

 「? あ、ああ、あの時はありがとう、すごく助かりました」

 そう、彼は俺に浪人の服をくれた、あのお兄さん。

 「やっぱりそうか。

  もうサムライになったの?

  スゲー早くねぇ?」

 「あー、イン率100%だし、固定PTあるから。

  ログアウトの事件以前より、全体的に成長早いみたい」

 「あー、なるほどね。

  今レベルいくつ?」

 「今は36、そっちは?」

 「俺は58なんだけどさ、いや、本当に早ぇって。

  そうだ、40過ぎたら、俺らのギルドに来ねぇ?

  サムライONLYギルドなんだけど、合戦とかもやるし」

 「ああ、実は俺ギルドに入ってる…… て言うか、ギルマスだし」

 「え? だってお前、それ1stって言ってたじゃん。

  何でギルマスになれんの?」

 「いや、それが、固定PTのメンバーのお蔭?」

 「良く判んねぇな、何てギルド?」

 「パンドラの壷っつって、ギルメンは俺入れて5人なんだけどね」

 「ああ、PTギルドな。

  それ、アレじゃね?

  面倒くさそうなマスターを、押し付けられたとか」

 「うーん、それに近いような」

 「ふーん、じゃあさ、ギルド同士の同盟とかは組んでないんだろ?」

 「いや、レクイエムと花鳥風月、それにブルームーンライトと同盟してる」

 「…… をいをい、そんなハッタリ意味ねえじゃんか」

 「え? ハッタリって?」

 「ブルームーンライトはよ、俺んトコ、”戦国乱世”と同ランクのギルドだし、ありえるよ。

  けど、レクイエムも花鳥風月も、超有名ギルドじゃねぇか。

  お前は初心者って言うから、知らんかもしれねぇが。

  どっちか1つとなら、絶対にありえんとは言わんよ。

  だが、その2つは不倶戴天の敵同士。

  実際に争ってた頃を知らない俺でも、その2つが同じギルドと同盟を組むなんてありえねぇって判る」

 うっひゃー。

 その2つって、周りからは本当に怨敵同士だって思われてるんだろうな。

 まあ花鳥風月は、そんな感じみたいだけど。

 「いや、本当なんだけどね」

 「まあいい、しかし既に入っているなら、ギルドには誘えんな。

  そうだ、フレンド登録しねぇ?

  俺は主水ってんだ、お前は?」

 「俺はヨシヒロ、あらためて宜しく」

 「俺のいるギルドはよ、サムライ専用なだけに、刀鍛冶とか槍鍛冶とかいるからよ。

  もっとレベルが上がったら、相談にのるぜ。

  格安って訳にはいかねえけどよ、希望通りの武器を手に入れるには、製造職と懇意にしてねぇとな。

  露天巡り歩いた挙句、イマイチの武器を結構な値段で買うハメになっちまう」

 「悪いな、助かるよ」

 「ナニ、製造職のやつらも、冒険してるやつらと繋ぎ取んなきゃ、仕事にならねえんだ。

  特にレベル10でレベル上げ止めてたやつらは、日々の生活の為にも武器売らなきゃいけねぇしな。

  このゲームは、武器が耐久度で劣化したりしないから、製造職にはちょっと厳しいんだ。

  特に熟練度も低いやつらは、かなり生活が厳しいかもな」

 「そうなんだ……

  でも刀はレベル50からの持ってるから、頼むとしても他の武器かなぁ。

  まあ50くらいじゃ、一品物を買うのもどうかと思うし」

 「レベル50?

  何持ってるの?」

 「千鳥って言う刀」

 「千鳥か、クリティカル率に補正が付くやつだよな」

 「うん、後は実体を持たない敵や魔法を斬れるって能力」

 「魔法はともかく、実体を持たない敵を斬るってのは属性剣なら普通だって。

  例えば弓で属性矢を撃っても、実体を持たない敵は倒せるし。

  魔力附与魔法でも、攻撃が当たる様になる。

  鍛冶職にも属性武器は作れるしな。

  上位のレア武器は、属性武器が多いし、千鳥も雷属性じゃなかったっけか?

  まあ、実体を持たない敵自体が、あんま居ないけどな」

 「そうなんだ。

  じゃあ魔法を斬れるってのは?」

 「ああ、それは珍しいかもな…… ネタだけど」

 「ネタなの?」

 「お前、火マジのファイアーボール見た時ある?

  あれが自分に飛んできて、斬る自信ある?」

 「…… 無理?」

 「まあ、実際には剣の達人とかでなくても、振りゃあ当たる可能性はあるし。

  野球のデットボール打ち返す様なモンじゃね?

  10割打者が居たらTUEEEEできるかもな。

  でも実際には、ファイアボルトとかは連打で飛んでくるし、範囲魔法には意味ないし。

  運が良ければ、ダメが減るくらいに思っとけばいいんじゃね?

  それでも乱戦だと、魔法斬るくらいなら敵斬ってろって感じだし」

 「微妙?」

 「無いよりはましかな。

  あ、魔法で障壁を張るような敵には有効だな…… それも滅多に居ないけど。

  それに千鳥の真価は、クリティカルにあるから。

  サムライは見切りと斬剣法でクリティカル率を上げることができるから、更に価値が上がるしな」

 「斬剣法?」

 「ああ、公式のスキル表も見れねぇから仕方ねぇか。

  サムライのスキルで、見切りはアクティブな技は持たないが。

  攻撃力、命中率、回避率、クリティカル率、攻撃速度などが上がる。

  パッシブな地力が上がる有効なスキルでな。

  まあ、サムライにとっては必須スキルだな。

  ”斬剣法”は素早く斬る攻撃の技を修得する。

  連撃技が多くて、攻撃速度やクリティカル率が上昇するスキルだな。

  ”豪剣法”は1撃の重さに重点を置いた技を修得する。

  まあ、一撃必殺だな。

  攻撃力や攻撃成功率が上昇する。

  ”烈剣法”はアクティブな技の多用を前提にしたスキルだ。

  MPを使う分、全体的に高い攻撃力を維持するが、MPの最大値が高くないと意味がない。

  攻撃力やMPの回復力と最大値が上昇するスキルだな。

  この4つの中から2つを修得する事で、更に上のスキルが取れるんだが。

  普通は見切りと、もう一つ好きなやつだな」

 「なるほど、ありがとう」

 「何、公式も見れないんじゃ、誰かが教えなきゃ、仕方あんめぇ」

 そうだな、こうやってネットゲームは自分達の世界を広げて行くんだろうな。

 俺も誰かに教える立場になりたいけど、プレイヤーの増加はもうないだろうから、無理かな。




 次の日、狩りに行くと狼が増えていた。

 「へっへー、この仔はバイオレット、よろしくねー」

 「今度は茶色なのにバイオレット?」

 「まあ、いいじゃん」

 「でも、戦力が増えるのは歓迎ですよ」

 とはキール。

 「んー、でも暫くはおすわりかな」

 桔梗の時もそうだったが、レベルが追いつくまでは経験値を吸うだけの存在だ。

 「ミッシェル、自分の分の経験値は大丈夫なのか?」

 「それは大丈夫。

  ペットが増えても、入ってくる経験値は変わらないし。

  それに増えた分の経験値は、あたしに入ってくる経験値の半分が、あたし自信に。

  残り半分と同じだけの経験値が、ペットそれぞれに入るの。

  つまり1000の経験値が入ったとして、500があたし、500がブラウン、500がバイオレット。

  あら不思議、1500になっちゃった…… てね」

 「それは便利…… なのかな?」




 それから1週間、今日はPT狩りはお休みになった。

 俺は最近、釣りばかりなので、刀スキル上げの為に道場へ行く。

 グラッチェは、槍と騎乗スキルを上げると言っていた。

 合戦前提のキャラだから、その2つは必須らしい。

 チルヒメはミッシェルとペア狩りに行くそうだ。

 彼女たちは、ペットや召喚獣に経験値を吸われているので、若干成長が遅い。

 こういう時に取り戻すのだろう。

 特にチルヒメは、最近使ってない回復魔法のスキルを伸ばすとか。

 デス娘は隠身スキルを伸ばすとか。

 キールは、前のキャラで友人だった人に会う、とかで出かけて行った。

 さあ、案山子を叩こう。




 「上がったよー」

 おお、ミッシェルがレベル40になった。

 「これで全員レベル40になったな。

  少し早いが、今日はこれで終わるか」

 「明日はみんなスキル修得だろうから、PT狩りは休みかな」

 「じゃあ明日は、夕方パンドラのアジトに行くよ。

  次の狩場を決めないとな。

  それに皆が、どんなスキルを取ったか知りたいし」

 グラッチェが言うと、みんな頷いた。

 そうだな、見切りスキルを取った後は、夕方まで熟練度上げかな。




 「で、何処にする?」

 「グラッチェ君、その前に皆が何のスキルを上げたか聞きませんか?

  それで狩場を、変える事もありますし」

 「そうだったな、俺は今回”鉄壁”スキルを取った。

  ちなみに次は”突撃”を取るつもりだ」

 鉄壁は、防御力や抵抗力の強化、HPの自然回復力や最大値の上昇スキル。

 突撃は、騎乗した状態での攻撃力、命中率の上昇、衝撃による落馬(獣?)率の低下、それにアクティブな突進技など。

 合戦の騎乗戦で有利なスキル…… だそうだ。

 「なるほど、僕は”洗礼”です」

 洗礼は、MPの自然回復力や最大値の上昇、”幸運神の祝福”スキルの効果増幅。

 ちなみに幸運神の祝福は、幸運神の司祭になる時に取るスキルであり、キールはレベル30の時に取っている。

 「俺は見切りだな」

 と、これは俺。

 「私は軽身を修得しました。

  元々は、30の時に修得する予定でしたので」

 これはチルヒメ。

 「あたしは隠身スキル取ったよー。

  ハイディングと言うより、敵探知が欲しかったからね」

 ミッシェルは、シーフのスキルを取ったようだ。

 「…… 短剣」

 短剣マスタリーを取ったデス娘は、ついにアサシンになった。

 今後は、暗殺術に磨きをかけるのだろう。




 「つまり、全体的に防御力が上がったと言う事だな」

 「でも、まだ修得したばかりですし、過信はできませんよ」

 「うーん、出来るならダークエルフ狩がいいんだが」

 「無理だと思います。

  少なくともレベル45は、要るはずですよ。

  デス娘なら狩ることも出来るでしょうが。

  グラッチェさんでは中てるのも難しいのでは?」

 「うーん、やっぱり無理か」

 「そうですね、ヨシヒロ君や後衛2人なら、中てる事はできても、避けれないでしょうから。

  ここはサンドゴーレムを狩るのはどうでしょうか。

  効率は悪いですが、お金は貯まります」

 「いいかも知れないわね。

  このPTは普通に狩ってても、効率が良すぎるから、どんどん上のモンスターを狩に行っちゃう。

  結果、レベルは上がりやすいけど、お金は少なくなる。

  まあヨシヒロ君以外は、元トップレベルプレイヤーばかりだし…… 実際キール君もそうなんでしょ?

  お金は何とかなるにしても、熟練度が追いつかなくなるかもね」

 「うーん、それもそうかな。

  じゃあ、レベル45までサンドゴーレム。

  それからダークエルフ……

  ヨシヒロはどう思う?」

 「おれはそんなに詳しくないし、皆にまかせるよ。

  まあ確かに、レベル50くらいで武器を一新したくはあるな」

 「では決まりですね」




 サンドゴーレムは砂漠にいるモンスターで、非アクティブ。

 最初にタゲを取った人が死ぬまで、タゲは変わらない。

 めちゃめちゃ硬い上にHPもあるので、1匹づつ全員でフルボッコしながら狩を進める。

 ダゲは当然、グラッチェ。

 1度デス娘が「…… 避ける」とタゲを取ったが、2匹目で殴られてしまい、1発昇天。

 更に攻撃中だったバイオレットに、タゲが移って瞬殺。

 次にタゲが移った俺も、1撃で死にそうになった処を、グラッチェがブロッキングでタゲを奪取。

 大変危険な敵だった。




 「流石にグラッチェでもHPが、ガンガン減るな」

 「まあ、このくらいでないと、僕も熟練度が上がりませんしね」

 「MPが無くなったら、回復変わりますね」


 ああ、このまったりした狩りは、猪狩りを思い出すな。



[11816] 十話
Name: ハリコの豚◆40baa12f ID:62227e72
Date: 2009/10/03 19:07
 今日はPT狩りが、休みの日。

 おれは岩場で、オオトカゲを相手に、刀スキルの一喝を練習している。

 この辺りはレベル10前後の狩場。

 人の追加が途絶えた後、この辺りには誰も居ない。

 別に自分より下級のモンスター相手に、俺TUEEEEEEしたい訳ではない。

 2日ほど前、おれは偶々見たのだ。

 狩場で縦横無尽に、戦闘を繰り広げる女性のサムライ。

 俺よりレベルが高いだろう彼女が、危うく敵に囲まれたその時。

 「喝っ!」

 彼女が叫んだその瞬間、周りの敵が一斉に動きを止め……

 目の前の敵を1撃で屠って、包囲を脱出。

 何事も無かった様に、狩りを継続する。

 滅茶苦茶格好良い。




 と言う事で、一喝の熟練度上げ。

 道場でも出来ない事はないが、案山子に向かって、カッ! カッ! 言っているのは、めちゃ格好悪い。

 そこで人気のなさそうな岩場。

 ま・さ・に、穴場。

 人目を忍んで、一喝の熟練度を上げている。

 偶に一閃なんかしたりして。




 元々MPが少ないとは言え、1日中やってたら流石に熟練度も上がる。

 今では、結構硬直時間も長くなったので、一応の修練を終わる。

 後は、いつ使うかだよな。

 「ここぞと言うときに、格好良く使わないとな」

 「…… そうね」 

 …… おわっ!

 「デス娘? いつのまに」

 「…… ハイディング」

 「ハイディングの熟練上げ…… か?」

 コクコクと頷くデス娘。

 「まさかずっといたのか?」

 フルフルと首を振るデス娘。

 ほっ、練習の時は見ていないか。

 「…… 30分くらい」

 「見てたのか…… 」

 コクコクと頷くデス娘。

 「…… 帰るか」

 こっ恥ずかしいが、デス娘なら他人に面白おかしく話す様な真似はすまい。

 万が一話してもチルヒメ…… 彼女は人の努力を笑う様な事はしない…… 筈だ。




 アジトに戻ると、キールが他の2人と話をしていた。

 「ああ、ヨシヒロ君、待っていました」

 「ん? 何?」

 「本当はデス娘さんも揃って、話そうと思っていたのですが…… 」

 「ん? デス娘なら、さっき一緒に…… あれ?」

 「…… いる」

 おわっ! またハイディング使ってたのか。

 いつの間にか、デス娘はテーブルに付いていた。

 「それでは話しましょう。

  実は僕の別キャラが所在していたギルドが、このギルドとの同盟を望んでいます。

  まあ、僕がここに所在しているから、なのですがね。

  相手も軽い気持ちで、友好ギルドとして同盟しないか、と言っています。

  もちろん即答はできませんので、ギルドの皆さんと相談すると言って、保留にしてあります。

  それで皆さんに意見を聞きたいのですが」

 「別に同盟ギルドが増える分には、構わないと思うんだが」

 「それよりも、相手は私達のギルドが未だレベルが低く、将来においても合戦する心算が無いと。

  理解した上で、同盟を望んでいるのですか?」

  なるほど、相手が戦力を期待して同盟を望んでいるのなら、肩透かしになってしまうな。

  流石は副マスだ、押さえる処を押さえている。

 「相手方は僕のレベルを知っていますし、メンバー全員が同じ様なレベルである事も知っています。

  そして狩りのPTギルドであり、合戦はしない事も」

 「でも合戦をしないなら、同盟って殆ど意味はないんだけど。

  それとも、あたしらが花鳥風月とレクイエムの2つと、同盟してるのをメリットと思ってるの?」

 「いえ、多分彼らはその事を知らないでしょう。

  例え知っていたとしても、彼らもその2つと同規模…… いえ、規模だけなら彼らの方が上ですし」

 「そう言えば、相手のギルドって何処なんだ?」

 「ああ、そうでしたね。

  ”ウロボロス”です」

 「知ってる?」

 「知ってるも何も、超老舗じゃない。

  花鳥風月のバーリンも、元はウロボロスの出身な筈よ」

 「なんだ、じゃあキールはバーリンさんを知ってたのか?」

 「いえ、僕がウロボロスに入った時は、既に花鳥風月も出来てましたので」

 「ふーん、でも古いギルドだからって、問題でもあるの?」

 「ギルドが古いと言う事は、メンバーも古参と言う事です。

  つまり、中心メンバーは総じてレベルが高く。

  一言で言えば、一流ギルドと言う事ですね」

 チルヒメが、判りやすく解説してくれたが。

 「それって花鳥風月やレクイエムと、変わらないんじゃあ」

 「実力だけで言うと、レクイエムが一番だったでしょうね。

  少なくとも、ログアウト事件までは。

  今では外側から、確認する事が叶いませんので、実際は判りませんが。

  しかし、古いだけあって、各ギルドへの影響力が高いのですよ。

  今のトップレベルギルドで、マスターをやっている人の何人かは、元ウロボロスのメンバーですね」

 「そんな処と、うちが同盟を結んでもいいの?」

 「問題はないと思いますよ。

  レクイエムも花鳥風月も、ブルームーンライトにしても。

  私達より遥か上に位置する、ギルドなのは変わりませんから」

 「まぁ、うちはただの狩りギルドだしねー。

  メンバーも5人だし」

 「…… 問題ない」

 「じゃあ、同盟を結ぶのはOKってことで」

 「判りました。

  では、その方向で話を通してきますよ」




 それから3日後、俺とチルヒメは同盟締結の話し合いと言う事で、ウロボロスのアジトに呼ばれた。

 そこで、話を持ってきたキールと3人で、ウロボロスアジトへと行った。

 「パンドラの壷、マスターのヨシヒロです」

 「副マスターの木花知流比売です、呼び名は知流か知流比売で、宜しくお願いします」

 「ウロボロス副マスターのリーブだ。

  ウチはマスターが、運良くログアウト事件に関わらなかったので、実質俺がトップとなる」

 「それでリーブさん、話し合いが必要と言われて、来はしましたが。

  同盟など、お互いの合意の上で確認しあうだけ。

  何の話し合いが必要なのですか?」

 まずはキールがリーブさんに質問する。

 「うん、その、お互いの合意の上と言うのを、確認するためだよ。

  簡単に言うと、君達のギルドは我々に比べて、遥かに小規模だ。

  ここは同盟ではなく、君達の従属が妥当だと思うが、どうかね?」

 おやおや?

 「リーブさん、勘違いされては困りますね。

  今回の話は、そちらから同盟を結びたいと言って来たものです。

  言ったのが貴方ではないとしてもね」

 そこでキールが俺を見た。

 ふむ、後は俺の口から言えということか。

 「どうでしょう、元々が同盟を結ぶメリットなど無いのだから、そう言う事であれば。

  この話はここまでと言う事で」

 「待ちたまえ。

  同盟を結ぶメリットが無いと言ったが、我々は下部組織に対して充分な支援をして来ている。

  君達のレベルでは、充分にメリットがある話だと思うがね」

 「下部組織なら…… ですよね。

  まあ、他を当たってください」

 「待てと言っている。

  さっき、そちらのキールも言ったように、この話は我々から出た事になっている。

  このまま帰られたのでは、我々がコケにされたと言う事になるではないか」

 「御冗談を。

  実際に私達をコケにしているのは、貴方の方でしょう。

  どうやら、歴史あるウロボロスも、マスターの喪失と共に終わりを告げるようですね」

 チルヒメも頭にきているのか、挑発しまくりです。

 「貴様! ウロボロスをバカにするのか!」

 「…… どうやら、本格的に頭が悪い様ですね。

  私がバカにしているのは、ウロボロスではなく貴方。

  貴方の様な方がトップに立って、ギルド員の皆さんが不憫ですね。

  一刻も早く他の方に、副マスターの座を、お譲りする事を忠告いたしますわ」

 「まあ、これでは、同盟など無理ですね。

  では失礼しましょうか」

 「ちょっと待ってくれないか?」

 今度そう言って止めたのは、今まで沈黙していたギルドメンバー達の一人だった。

 「マイク、説明して貰えるんでしょうね」

 キールが、その人に向かって語りかけた。

 「その前に……

  みんな、聞いただろう!

  彼らパンドラの壷に、同盟を組もうと持ちかけたのは我々の方だ。

  にも関わらず、リーブは後になって、同盟ではなく従属などを持ち出して来た。

  こんな事を許しておけるのか?

  こんな事を続けていたら、ウロボロスの名声は地の底まで落ちるぞ!」

 「貴様! マイクロフト!」

 「俺はここにリーブの、副マスター解任を要求する!」




 「なあ、キール」

 「何ですか?」

 「何か変な事になってきたぞ?」

 「そうですね」

 「…… もしかして、私達は始めから、この為に利用されたのですか?」

 「それは穿ち過ぎだと思いますよ?

  普通に考えれば、僕達クラスのギルドなら、断らない話ですからね。

  ウロボロスに従属するメリットは、確かにあるんです。

  彼らはそれだけのビックネームですし、下部組織への対応も厚い。

  自ら望んで、従属する組織も多いですよ。

  だからリーブも、強気であんな事を言ってきたんでしょうし……

  しかし少なくとも、マイクが僕に同盟を持ちかけた時は、本当に軽い気持ちで、だと思います。

  まあ、リーブが持ちかけた従属提案を、我々が断った事を咄嗟に利用したのは事実でしょうが」




 「…… どう言うつもりだ? マイク。

  俺は副マスターだ、この場でお前を除名する事もできるんだぞ?」

 「そんな事をすれば、本当にウロボロスは終わりだぞ?

  お前は自分に人望が無い事くらいは、判っているんだろ?

  ここで俺を切れば、今従属しているギルドたちも皆反旗を翻すだろうさ。

  実際に彼らを支援してきたのは、マスターや俺だし。

  俺を切った顛末が晒されれば、お前が下部組織の皆をどう見ているかの証明になる。

  ウロボロスは、第二の花鳥風月になるだろうさ。

  そしてお前は、ウロボロスを潰した原因として、今いるギルメンだけでなく、元ギルメン達からも睨まれる事になる。

  一流ギルドのマスターをしている、彼らにだ」

 あらら、リーブさんは「ぐむむぅ」とか言って黙っちゃった。




 「しかしマイク、彼らのギルドが我々より遥かに小さいのは事実だ。

  実際、我々の下部組織の大半は、彼らのギルドより大規模なものだ」

 「事はそんな問題ではない。

  このままでは、我々が彼らを騙して従属させようとした事になるんだぞ」

 「だが、従属しているギルドの中には。

  自分達より規模の小さいギルドが、親ギルドと対等の同盟を結ぶ事に承服できない者達も、いるかもしれないぞ?」

 「だったら後になって、騙された上に脅されて従属させられた、などと言われてもいいと?」

 「それは充分な支援をする事で、納得してもらえば…… 」

 「馬鹿馬鹿しい! 彼らは従属するくらいなら、同盟はしないと言っているのだぞ。

  納得など出来るものか」

 「もう既に下部組織まで、対等の同盟を増やすと言う形で、噂は広まっているんだぞ。

  ここで同盟を蹴られた上で、真相が広まったら、一気に彼らの信認を失ってしまう。

  花鳥風月の事を忘れたのか?」

 「我々は、あそことは違う。

  今までも、下部組織には充分な支援をしているし、これからも続ける」

 「花鳥風月だって、別に上が腐っていた訳じゃない。

  一部のやつらが従属組織を、バカにしていた鬱憤が溜まっただけで、ああなったのだ。

  この件が表に出れば、結局はウロボロスも同じか、と思われてしまう」




 「耳が痛いですね」

 ああ、チルヒメは元、花鳥風月だもんな。

 「でも、俺達いるのに、こんな事話してていいのかな」

 「どうでしょう、内部事情をあからさまにして、僕達の心象を…… 良くしようとは思わないでも。

  判って欲しいと、思っているのかもしれないですね」

 「少なくとも、ここで君達を放しているうちに、帰られたんじゃあ目もあてられない。

  かと言って、軟禁する訳にもいかんだろう」

 「ああ、マイク、結局どう言う事なんですか?」

 いつの間にか、マイクさん? が近くに来ていた。

 「ああ、パンドラの方々には自己紹介しておこう。

  マイクロフトε、マイクと呼ばれている。

  今回俺は、普通に対等の同盟を、持ちかけたのは本心だ。

  だがリーブは、気に入らなかったのだろう。

  それとも、マスターが居なくなって、好きにできるとでも思ったか。

  とんでもない事を、言い始めてくれた。

  信じれないかもしれないが、少なくともここに居るギルメンの大半は、普通の同盟と認識していた。

  さっきまではな」

 「で、どうなりそうなんですか?

  俺達も、あんまり長くは付き合えませんよ?」

 「ハッキリ言って、リーブに人望はない。

  今ももう、彼らがリーブを完全に無視して、話し合いをしているのを、見ていれば判ると思うが。

  それに、あの男は実際には気が小さい…… 何もできんよ。

  どっちにしろ、こんな事態を起こしたのだ。

  俺ではないにしても、リーブを副マスターから解任…… 実際には権利の委譲をして、別の者を立てる事になるだろう。

  それを詫びとして、受けてもらいたい」

 ふむ。

 『どうする?』とチルヒメに、目で訴える。

 『キールの意見は?』とチルヒメはキールに目をやる。

 『お二人に、お任せします』とキールは肩をすくめる。

 『では、ヨシヒロさんが決めてください』と、チルヒメに返される。

 ふむむ

 「詫び、と言う事でしたらそれでいいです。

  で、同盟の話は、無かったことに?」

 「それは困ります。

  花鳥風月が崩壊して、殆どのギルドが以前の様に、大規模に従属ギルドを従えていません。

  うちの様に昔からのギルドが、いくつかだけ。

  だからこそ我々は、過敏なほどに下部組織を手厚く支援しますし、崩壊に繋がりそうな事件を遠ざけています。

  まあ、だからこそ、今回の件でここまで慌てているのですが」

 「確かに、あの後の花鳥風月はボロボロでしたしね。

  持ち直したのは奇跡と言えますよ」

 「それはもう、苦労しましたよ……

  正直、抜けてホッとしているかもしれません」

 「あの、もしや元、花鳥風月の?」

 「ええ、メンバーでした。

  ログアウトの事件が起きるまでは」

 ああ、マイクさんが傷ましい顔を……

 「そうですね、ウロボロスを崩壊させるだけなら、今回の件で簡単にできそうですね。

  苦労した分、ノウハウは持っていますから」

 「ま、待って、勘弁してください。

  うちが崩壊したら、うちと同じようなギルドにも波及が……

  ただでさえ、ログアウトの事件で、デリケートになっているんですから」

 ああ、何だかチルヒメから黒いオーラが。

 「そういえば、マイクさん。

  『毒蜘蛛の森での粘着PK事件』って知ってますか?」

 「ん?

  あ、ああ、ログアウトの事件で。

  おかしくなってしまったプレイヤーに、粘着PKされた人が居たとか」

 「その方は、初めてゲームを始めた日が、ログアウト事件の日で。

  その後、PK事件に巻き込まれて…… 可哀想ですよね」

 「それが?」

 「今度は、苦労して作ったギルドが、大手ギルドの強引な脅しで、従属させらr」

 「待った! …… どう言う事だ?」

 「どうもこうも、粘着PK事件の被害者が、ここに居るヨシヒロ君って事ですよ。

  ついでに、花鳥風月に難癖を付けられた件も併せれば、色々と想像しやすくなりますね」

 「複雑ですが、その名前は色々連想させる名前ですものね。

  ついでに、レクイエムの名前も付けておけb」

 「ま、ま、ま、ま、ま! 待て!

  何でそこにレクイエムの名前が!

  それに、花鳥風月に難癖を付けられたって?」

 何となく、チルヒメとキールが、黒っぽいオーラを湧き出しながら、話してるのは判るのだが。

 レクイエムの名に、なんでこんなに反応するんだ?

 「何でって、マイク。

  実際、僕達のギルドは、花鳥風月が付けた難癖から、紆余曲折を経て出来上がったものですよ。

  ついでに言えば、態々僕たちみたいな低レベルのPTに、いくら元ギルメンが絡んでるからって。

  花鳥風月が難癖を付けてくる理由なんて多くは無いでしょうに」

 「何でそんなに激しく反応するの?」

 「ああ、チルヒメさんの前で言うのも何ですが。

  花鳥風月の崩壊事件で、彼らは弱小ギルドを虐げたギルドとして、悪のイメージが強く残っています。

  だからこそウロボロスは、その名前に過剰反応するのですが。

  逆にレクイエムは、虐げられた弱小ギルドを纏めて、花鳥風月に真っ向立ち向かった、正義の象徴。

  実際、今レクイエムがトップの中でも、更に一目置かれるのは。

  その時のイメージが、強いからでしょうね。

  レクイエムと敵対するギルド…… と言うだけで、崩壊するギルドもあると思いますよ?

  だから、彼は花鳥風月以上に、レクイエムの名前を畏れる」

 「あらあら、いやですわ、キールさん。

  そんな事を言ったら、レクイエムと対等の同盟を結んでいるギルドを。

  脅して従属させようとしたギルドが居た日には、どうなっちゃうんでしょうね?」

 …… マイクさんが可哀想なくらい震えてる。




 これぞ正に『虎の威を借る狐』口撃。

 チルヒメもキールも、澄ました顔で世間話の様に語っているのが、尚怖い。

 マイクさんは、慌ててギルメンの処に駆けて行った。



[11816] 十一話
Name: ハリコの豚◆40baa12f ID:62227e72
Date: 2009/10/01 00:36
 「で、どうなったんだ?」

 「ああ、同盟は結んだよ。

  あの後、リーブは完全に失脚したし、マイクさんが副マスター権限を委譲されて、治まったしな。

  うちとしては、元々同盟する気だったし、形的には副マスを解任しての詫びだしな」

 俺はグラッチェに、事の顛末を話していた。

 「まさか、そのリーブ氏は、オリジンみたいに逆恨みしたり、しないだろうな?」

 「失脚はしたけど、追放された訳じゃない。

  実は、されそうになったけど、キールが止めたんだ。

  追放されてしまえば、歯止めが利かなくなって、それこそ逆恨みするかもしれない。

  でもギルド内にいるのなら、追放されるのを恐れて、こっちに迷惑をかけなくなる。

  てね」

 「ふむ、なるほどな」

 「しかし、レクイエムの名前はすごいな。

  お前って結構すごい奴?」

 「なに、グラッチェになった以上は、大して意味がない。

  それに正義の味方も、疲れるもんだぞ?」

 「悪いことはできないよな」




 今日も今日とて砂ゴーレム。

 砂漠の真ん中で、彼らを1匹ずつボコボコにしていく。

 ザザンッ!

 をを、クリティカル出た。

 「クリティカルが、目立つようになりましたね、ヨシヒロさん」

 「見切りに加えて、キールの幸運魔法があるからな。

  俺とデス娘のクリティカルが増えて、多少は殲滅力が上がったのかな」

 「うーん、ブラウンたちも頑張ってるけど、まだまだ2人には勝てないねぇ」

 「いや、ブラウンたちに負けたら、立つ瀬がないから、俺たち」

 「でも、この先あたしがペットスキル充実させたら、たぶんこの仔たちがPT最強になるよ?」

 「マジ?」

 「まあ、だからこそ、PTでペットが居るのを嫌う人たちもいるんですが。

  それもまあ、修得するスキル次第ですね。

  例えばサムライだと、見切りでクリティカル率が10%+、斬剣法で10%+。

  更に”奥義(サムライ)”を取得で、見切りと斬剣法の効力が上がって、それぞれ10%+。

  武器の性能として千鳥が10%+、正宗だと20%+ですからね。

  僕の魔法でクリティカル率が、更に20%+ですから、千鳥でも70%になります。

  さらにクリティカル装備を付けて、100%を超える事もできます。

  全ダメがクリティカルになると、ペットでも勝ち目はないですね」

  キールに続いて、ミッシェルが答えてくれる。

 「ああー、通称クリ武士ねー。

  千鳥だとクリティカルでも、攻撃力低めだから、正宗が欲しい処だね。

  最高なのは童子切か大包平で40%+だけど、手に入るかどうか……

  まあ、完成はレベル75上だけど、結構強いね」

 「他にはどんなスタイルがあるんだ?」

 今度は、チルヒメが答えてくれた。

 「一番多いのが、攻速型と言われるタイプですね。

  攻撃速度が付加される武器と装備で、超高速の連続攻撃を出します。

  敵が受け側になり易く、非ダメ減少と与ダメ増加の効果を、1度に上げる事ができます。

  一般に、硬い敵が相手ならば、防御力を無視できるクリ武士が。

  通常の敵は、速度で勝る攻速型が強いとされています」

 更にグラッチェが。

 「耐久力を上げているサムライなら、豪剣法でパワータイプもある。

  豪剣法を取った上での、攻速型もあるしな。

  精神力を上げていれば、烈剣法で火武士、水武士などと言われる、属性攻撃主体のサムライだな」

 色々あるな。

 「一番強いのはどれだと思う?」

 「それは、資金に糸目をつけなきゃ。

  攻速+とクリティカル+のある童子切に攻速装備で。

  80%クリティカル攻速型かなぁ……

  キール君の幸運魔法付けたら100%出るし」

 「いや烈剣法を修得して、最高速の攻速能力と、追加攻撃力を最高まで付加した刀を持てば。

  童子切を超えると思うぞ。

  ドロップ品ではなく、鍛冶職のオーダーメイドだから、金さえ払えば手に入るからな」

 「それって、マジに作ったら童子切の相場より高くなるッスよ。

  それに課金アイテムの、製造成功率を増やす御札も無くなるッスから。

  本当に出来たら、天井知らずッスよ」

 「まあ夢見るなら、そんな処って事だな」

 夢って…… グラッチェ。

 「サムライの場合、弓や槍にも強いスタイルはありますからね。

  斬剣法や見切りなどは、槍や弓の能力にも影響しますから」

 「てことはさ、弓でクリティカル率40%とか行く訳?」

 「最大までクリティカル率+の熟練度を上げれば、ですが」

 そうなのか……




 ある日俺は、狩りの後に1人で食堂に行くと、久しぶりにシークレットさんに会った。

 「あら、ヨシヒロ君、おひさ」

 「ああ、シークレットさん、どうも」

 「ここ、座りなさいよ」

 「じゃあ…… 」

 「そう言えば、貴方のギルドすごいんですって?」

 「? 何のこと?」

 「レクイエムと花鳥風月の2つと、同盟結んでるそうじゃない。

  うちもレクイエムとは同盟してるけど、2つ同時に同盟してるギルドなんて、いないわよ?」

 「ああ、仲が悪いみたいだね。

  まあ、だからうちは2つと同盟してるんだけど」

 「ん? よく判らないわね。

  それにしても、うちにも色々なギルドが、パンドラの事を聞いてくるのよ。

  うちもパンドラとは、同盟してるしね」

 「へえ、それは迷惑かけてるかな?」

 「まあ、友好ギルド間のやりとりの一環だから、そっちが気にすることもないけどね。

  ところで、最近はどうなの?」

 「ああ、パンドラの情報?」

 「いやねぇ、貴方のレベルとか、どの辺りで狩ってるかとか、普通に色々あるでしょうに」

 「今はサンドゴーレムかな、45になったら黒エルフの予定だけど」

 「うっわ、流石に早いわね」

 「稼働率高いからね。

  そうそう、ギルドとしては、新しくウロボロスと同盟したよ」

 「え? マジ?

  たしか、あそこって、最近トップが代わったって、噂になってたけど」

 「ああ、そうだね」

 「こりゃ、うちのギルド、更に場違いになってない?」

 「いやいや、場違いって言うなら、パンドラこそが低レベルの、狩りギルドでしかないし」

 「それが何で大物ばっかと、同盟ゲットしてるのかしらね」

 「だってウチのメンツが、元レクイエムと、元花鳥風月、元ウロボロスだからね。

  俺だけ初心者、カコワルイ」

 「そう言われたら、すごいメンバーよね……

  そうだ、ヨシヒロ君、貴方知ってる?

  今、公園で殺され屋がいるの」

 「殺され屋?」

 「うん、事の発端は、うちのギルドでも口の軽い連中が、貴方とオリジンの顛末を話したせいだけど。

  ほら、あの事件って、結構有名になったじゃない。

  それでね、弱者の呪い? アレを聞いた人たちの中に、キャラクターを作り直したいって人が出たの。

  でも普通に考えて、100回も殺しあうのって大変でしょ?

  それで少しでも殺す為の負担を減らす為に、レベルの低い人を募集し始めて…… 」

 「それが殺され屋?」

 「そうなの、具体的にはレベル10の製造職の人たち。

  ギルドに入ってなかった人たちや、崩壊したギルドに入ってた人たちが中心にね。

  とは言え、態々そこまでして作り直す人も、そうそうはいないから、極稀に出る募集に応じるだけだけどね」

 「そう言えば、熟練度が低いと製造は大変だって、言ってたもんなぁ」

 「訓練自体は、親方の工房で出来るけど。

  実際に物を作るには、自分で工房を持つか、ギルドに工房を作るか、レンタル工房を借りるしかないものね。

  レンタルは高いし、ギルドも定員を考えたら、そうそうは増やせないしね」

 「只で工房を貸したり、しているギルドは無いの?」

 「普通は工房を持つって事は、ギルド経験値を態々突っ込む程の、メリットが必要でしょ?

  材料費のみでギルド員に武器防具を作る、ギルド専属の製造職とか。

  その人たちだって、自分の地位を態々脅かす様な事は、しないと思うわ。

  空いているギルド工房なんて、直ぐに埋まるでしょうしね。

  ギルドからしたら、専属の製造職は欲しいし、職人からしても自由に使える、工房があるだけでもメリットがある。

  それに工房があるギルドアジトは、ギルド外向けに作った物を売る店も、大体あるしね。

  製造職からしたら、絶対に離れたくはないと思うわ」

 「なるほどねぇ。

  俺もそう言う話を聞くと、同情はするけど、今の処はギルド経験値なんて貯めてもないしな。

  何もできないか」

 「うちの規模でも専属職人なんていないんだから、ヨシヒロ君が気にするのは早いかもね」

 「へえ、戦国乱世って、ブルームーンライトと同規模のギルドは、職人抱えてるって言ってたから。

  ブルームーンライトも抱えてるかと思ってた」

 「戦国…… って、サムライ専用ギルドよね、たしか。

  あそこは、刀と槍、あって弓ですもの、鎧を含めても、3人程度で済むわ。

  スキル自体は”武器製造”で刀も、片手剣も、長柄武器だって作れるけど。

  熟練度はそれぞれ別ですからね、普通は1種類、多くても2種類以上は伸ばさないのよ」

 「なるほど、職が多ければ多いほど、製造職人の種類も増やさないとダメって事ですか」

 「ダメって事はなくても、不満にはなりやすいわよね。

  同じように経験値を、ギルドに提供して、恩恵を受ける人と受けない人が居たら」

 「なるほど。

  でもそれで、ギルドの戦力自体が上がるなら、有りでは?」

 「もちろん無しよ。

  パンドラはまだ、1PTの話だから有り得るけど。

  複数PTが混在するようなギルドでは、どうしても偏りが出るしね」

 ふうむ、うちも将来的には、そうなるのだろうか。

 でも、それは人の出入りがあるから、必然的にそうなっていたのであって、今の状況ならこのままの可能性も……




 今日から黒エルフ。

 ダークエルフの森はかなり遠いので、みんな騎獣やペットなどに乗っていく。

 デス娘はブラウンを借りて、ミッシェルはバイオレットに乗る。

 ブラウンの方がレベル高いから、スキル無しでも乗りやすいそうな。

 キールは俺と一緒に、月白の背中に。

 ブルームより乗り易いとか。

 チルヒメはもちろん桔梗で。

 行き帰りだけでも、結構時間を食うが、それでも美味いんだとか。

 おおー、何か人間っぽいな。

 「ここで人型に慣れなきゃ、合戦に出てもビビッて終わるだけだからな。

  まあ、だから黒エルフが用意されてるって説もある」

 「まあ殺ってみるか」

 「ヨシヒロ君、あまりPTから出ないでくださいよ。

  結構レベルはギリギリですし、前衛が抜かれたら、後衛の僕達は持ちませんから」

 「了解」

 そうして、森の中へ入っていく俺達。

 ! いきなりデス娘が襲って来た?

 シュバァァァァッ!

 デス娘が鎌を振り下ろした先は、俺の目の前。

 鎌が通った後に、敵がいきなり現れた。

 「な、なんだ?」

 「ああ、言ってなかったか。

  ダークエルフはハイディングを使うからな、気をつけろ」

 「気をつけるって、見えねぇじゃん!」

 「消えてるのは、あたしとデス娘ちゃんに任せてくれればいいよ。

  ブラウンたちも桔梗も、見破る事ができるから。

  ヨシヒロ君たちは、見えてるやつをお願い」

 そうか、ミッシェルとデス娘の隠身は、探知系の技術があったんだっけか。

 「本当は、見切りも敵の探知ができる様になるが、隠身よりも高い熟練度が必要だからな。

  流石にまだ、修得はしていないだろう」

 「まあ、ハイドしてるのが多くなったら、あたしがシャワーアロー撒くから。

  攻撃が当たったらハイディング切れるから、その後から普通にタゲとればいいでしょ」

 なるほど、それなら何とかなるかな。

 森の少し開けた所に布陣して、俺達は狩りを始めた。

 イザやり始めると、チルヒメがアシッド・クラウドを付近に大量散布するので、敵のハイドは意味を成さなくなった。

 「MPが有るうちは、この方が安定しますからね。

  ミッシェルやデス娘には、MPが少ない時に頑張ってもらいましょう」

 難点と言えば、魔法に当たった敵のタゲが、全部チルヒメに向かう事だが、そこは俺達前衛がガードする。

 それでも、魔法の影響外から撃ってくる、弓エルフはミッシェルが1つずつ、落としていくしかないが。

 レベル45を過ぎた俺達なら、ある程度は安定して狩れる。

 普通の状態なら…… ね。




 「PT崩壊したー!

  近所の人は注意してー!」

 …… 何か向こうで声がした。

 「どうやら近くでPTの崩壊があったな」

 「一斉に敵が群がる、可能性もありますね」

 「俺らの方に来たら、狩りきれるかな」

 しばらくしたら、隣で狩っていたPTが喚きだした。

 「うぁー! キター!」

 「マジやめっ…… ぁ、ちょ!」

 「パネぇっす」

 なんだか大惨事に……

 「これは…… こっちにも来そうですね。

  覚悟した方がいいかも知れません」

 チルヒメが言った直後。

 「来たねぇ、こりゃあちょっと、支えきれないかなー」

 うん、俺もそう思う。

 更に、大量にアシッドを撒くチルヒメ。

 そこにシャワーアロを連打するミッシェル。

 デス娘も、初めて見せる長柄武器の技”ローリングスラッシュ”(全方位攻撃)を出しての奮闘。

 く、それでも狩りきれない。

 「喝ぁ!」

 そう、俺の一喝。

 正に今こそが、その時だと感じての一喝!

 オレ、カコイイ!

 一瞬止まる敵を、広範囲攻撃で狩りまくるみんな。

 それでも、敵はワラワラと湧いて出る。

 「喝ぁ! 喝っ! 喝ぁああ! 」

 やむなく一喝の連打。

 オレチョト、カコワルイ。

 「な…… 何とか狩れた…… か?」

 「ヒールとPTヒールで、MPがもうありませんよ、少し休憩した方がいいかもしれません」

 「そうですね、私もMPが切れました」

 「よ、よし、一旦、森から出よう」

 と、そのとき。

 「またPTが壊滅したぞぉー!」

 え?

 あ、こっち来た?

 「…… 無理」

 ですよねー。

 俺達は久しぶりに全滅した。




 そんなこんなで、幾日か狩りを続けていたある日、チルヒメがギルドアジトで相談を持ちかけて来た。

 「実は私達のギルド、パンドラの壷に従属したいと言うギルドがあるのです」

 「…… なんで?」

 俺達はただの狩りギルド。

 PT単位の弱小ギルドに従属するなんて、デメリットしかない。

 「従属したギルドのギルド員は、親ギルドに対して経験値の1%を、強制的にギルド経験値として奪われます。

  僕たちのギルドは、それに対する見返りは用意できませんよ。

  通常はレベル上げの支援や、合戦で手に入るレアアイテムの供給などで、埋め合わせをするのですが……

  パンドラでは無理ですしね」

 「それが、見返りは必要ないので、従属だけさせて欲しいと言うのです。

  代わりに、経験値の提供は最低限の1%のみと」

 「だから、どうして態々デメリットを、背負い込もうとするかなー?

  何てギルドなの?」

 「はあ…… 全日本巫女愛好会リーングラット支部、とか」

 「…… 巫女愛好会?」

 「ははぁ、チルちゃん目当てな訳ね」

 「確か、リーングラットで発足した、実際の巫女は元より、漫画、アニメ、ゲーム、ラノベ等を含む。

  全巫女を研究、擁護、敬愛する、70名前後の結構規模が大きい、ファンギルドですね」

 「知ってるのか? キール」

 「まあ、それなりの人数がいるネタギルドなので、ちょっと話題にはなりましたね。

  ネタギルドは趣味人たちの集まりなので、ネタキャラの宝庫ですが、廃人も多いので侮れませんよ」

 「…… で、チルヒメはどうしたいんだ?」

 「まあ、私の格好が原因ではありますが、断っても、承知しても、悪影響は出さないと言ってますし。

  正直私は、どちらでもかまわないかと」

 「他の皆は?」

 「…… どうでもいい」

 とはデス娘。

 「正直、関わりたくないんで、従属させて関係が深くなるのはイヤかなー。

  でも従属させなくても、関わってくる可能性を考えると、キッチリ下に置いて制御した方が…… 」

 これはミッシェルの意見。

 「確かギルドの規則で、実在の巫女に必要以上の干渉は、固く禁じられていた筈です。

  それを考えると、チルヒメさんが実害を被る事は無いと思いますね。

  それならば従属させた方が、パンドラ的には利益がありますね」

 キール、お前詳しすぎないか?

 「チルちゃんが、巫女の格好を止めれば解決するんじゃない?」

 「この格好は、このキャラクターのポリシーですからね。

  ネタキャラとして作った以上は、変えられない部分ですよ」

 そう言うものなのか?

 「うーん、悪影響は出さないと宣言しているのだから、一旦承知するのはどうだろう。

  それを信じる限りは、相手にデメリットしかなく、こっちにメリットしかない話だ。

  その上で断られたら、相手も蟠りが残るかもしれないからな。

  一旦承知して、影響があるなら、解消すればいいと思う。

  どうかな?」




 パンドラの壷に、従属ギルドが出来ましたよ…… と。



[11816] 十二話
Name: ハリコの豚◆40baa12f ID:62227e72
Date: 2009/09/26 18:11

 このPTも、さっきミッシェルのレベルが上がって、全員レベル50を超えた。

 「じゃあ、明日は恒例のPT狩り休日だな」

 「グラッチェはもう、突撃スキルを取ったんだよな」

 「ああ、明日はスキルの熟練度上げかな」

 「レベル80を超えたら、合戦がメインになるのか?」

 「合戦ではキャラのレベルは上がらないから、狩りは続ける。

  でも、70過ぎくらいから、PTを抜けさせて貰うことになるかもな」

 「どうして?」

 「本当はレクイエムは、80過ぎからしか入れない様にしているんだが、俺は70になったら入れと言われててな。

  多分それから先は、90過ぎまでギルメンとスパルタ上げになるから」

 「スパルタ上げって、経験値が公平で組めるギリギリの上位レベルと、PT組むあれか?」

 「ああ、本来は行けないレベルのダンジョンで。

  周りが狩っているのを、只管守られながら座ってる、あれな。

  捉まれば1瞬で殺されるけど、即蘇生で狩り再開だから、スパルタ上げ」

 「面白くなさそうだな」

 「仕方ないさ。

  これでも、かなり待ってもらってはいるんだ。

  レクイエムの同盟ギルドに頼めば、低レベルからでもスパルタ上げは可能だしな。

  まあ、スキルの熟練度上げないと意味無いし、70までは待ってもらってる」

 「そうか、じゃあレベル70から、前衛を募集しないとな」

 「すまんな」

 「いや、グラッチェにはグラッチェの都合があるし。

  高レベルのプレイヤースキルを持つ相手と、狩を続けられただけでも幸運だと思っているよ」

 「まあ、レベル70までは、まだ先ですから、しばらくはこのまま頑張りましょう」

 「そうだな」




 さて……

 サムライ用のスキルは、道場主のNPCが教えてくれるが、今回取りたいのは忍者スキルの忍遁。

 斬剣法と、どっちを先に取るかは迷ったが、現時点の俺とデス娘を比べるに、間違いなく俺の方が弱い。

 具体的には被ダメが多い。

 攻撃力的には、多少なりとも俺のほうが大きい。

 武器自体は、大鎌の方が刀より大ダメージだが、攻撃速度は刀の方が速い。

 スキルの見切り分は、俺の方が攻撃力が高いだろう。

 PT内ではキールの回復魔法があるので、攻撃力の高い俺の方が見た目は強く感じるが。

 俺がPT全員の中で一番、回復魔法をかけられているのも、また事実。

 サムライは鎧を付けて被ダメを抑える耐久型と、着物で避ける回避型があるが。

 回避型である以上は、これから増え続けるであろう、敵の与ダメを如何に回避するかが肝心。

 PTの前衛は、倒す事よりも、倒されない事が、更に重要になってくるのだから。

 と言う事で、忍遁を取る事に決定。




 しかし、どこで修得するんだ?

 誰かに聞いて来ればよかったな。

 とりあえず、道場主に聞くかな。

 「何ををぉぅ! 貴っ様ぁ! よもや、サ・ム・ラ・イから、転職しようとしておるのでは、あるまいな!!」

 ムッハー!

 って感じで、道場主が詰め寄って来た。

 「いやいやいや、サムライのままで、忍者のスキルを取れると聞いたから、修得しようと思っただけで」

 「む、確かに、サムライは優秀な職種だから、忍者共の使うスキルも一部ではあるが、修得できるぞ」

 「ええっと、どこで?」

 「む、裏庭に枯れ井戸があろう。

  中に降りられるようになっておる。

  そこから、忍者の隠れ家に行けるはずだ」

 なるほど。




 ふうむ、古井戸からロープが中に垂れていて、普通なら桶が付いているであろう、その先には……

 「地面に固定されているな。

  この縄を使って降りるのか……

  登るのが大変そうだな」

 とにかく下りてみるか。

 横穴が…… 行くしかないかな。

 「む、何者だ」

 忍者の格好をしたNPCが…… 彼が教えてくれるのか?

 「あの、ここで忍遁のスキルを、取れると聞いたんだけど」

 「ふむ、其の方はサムライか。

  忍者であれば200Gだが、サムライならば600Gだな。

  それとも忍者に転職するか?」

 忍者に転職したら、道場主に怒られるな。

 それに次はサムライのスキル取るし。

 「いや、600G払うよ」

 「うむ、忍遁であったな…… 」




 無事にスキル修得…… と。

 じゃあ後は槍と弓でも新調するかな。

 とうとう千鳥を佩けるレベルになったし。

 と、山門や水門に行くより先に、主水さんに良い出物が無いか、聞いてみるかな。

 連絡、連絡っと。




 ふむふむ、槍も弓も普通に攻撃力を増加させた上で、槍は炎属性の物、弓は無属性の物か。

 なるほど、弓は属性矢が有るからな。

 副武器だから、これでいいかな、リーズナブルなお値段だし。

 戦国乱世のアジトか、行ってみるかな。




 ここかな。

 「おー、ヨシヒロ、ここだ」

 「あ、主水さん、どうも」

 「お前、レベル50で、スキル何取ったの?」

 「忍遁だけど」

 「マジ? 忍者スキルじゃねぇか」

 「回避力が欲しくてね」

 「ああ、判らなくも無いが、PT組んでるんだろ?

  回復とか普通にかけて貰えば、そこまで回避上げなくても良くないか?」

 「うーん、PTにアサシンの娘がいるんだけど、被ダメで確実に負けてるから、気になって」

 「そりゃ、職の差って思った方がいいんじゃね?

  まあ、取った後なら今更言っても、しゃあねぇか」

 「まあ、次は斬剣法取るけどね」

 「ふーん…… そうそう、槍と弓だよな、こっちのカウンターから買えるからよ」

 「へー、こういう風に店になってるんだ」

 「おいおい、お前もギルマスなんだろ?

  自分のトコのアジトくらい加増してないのかよ」

 「うん、ギルド経験値はレベルが上がってから、貯めた方がいいって言うんで」

 「まあ、たしかにその通りかもな。

  前は狩りギルドでも、IN率や時間帯がずれたから。

  多めにギルド員入れないと、狩りが成り立たなかったけど。

  今は固定が決まったら、喧嘩でもしない限りは、増やす必要もないしなぁ」

 まあ、グラッチェが抜けるのがレベル70だから、それまではギルド経験値を貯めるのも置いておくかなぁ。




 「で、チルヒメが”魔法知識”、デス娘が”毒マスタリー”、キールが”加護”で、ミッシェルが”禅”。

  俺が忍遁…… と」

 魔法知識は、各種魔法の底上げスキルで、MPの最大値や、回復量も増える。

 毒マスタリーは、武器に毒属性を持たせたり、広範囲に毒を撒いたりできる。

 加護は、防御力や抵抗力が増加し、防御系の技を修得する上に、HPの最大値や、回復量も増える。

 禅は、弓のアクティブスキルで消費するMP消費量を抑える事が出来、MPの最大値や、回復量も増える。

 「魔法知識と禅って、効果が似てるのな」

 「魔法知識は魔法使い系の下位スキルで、禅は弓職系の上位スキルですよ。

  なのに効果が似ているのは、魔法使い系と弓職系の、MPの重要度が違うからでしょうね」

 と、チルヒメが教えてくれた。

 「例えば僕の持つスキルでは、信仰の熟練度を上げれば、MP最大値の増加や回復力増加も修得できます。

  と言うか、極めてはいないとは言え、もう修得してますが。

  HP最大値の増加や回復力増加は、加護の熟練度を上げて初めて修得が可能になります。

  MPはレベル10で修得できて、HPはレベル50までかかる。

  これも神職系の重要度に、則していると言えますね」

 これはキール。

 なるほど、弓職より魔法使い系の方が、本来はMP増加や回復+を早く覚える訳だな。

 「でもデス娘の毒マスタリーは、上級職のアサシンで修得するスキルにしては、微妙じゃないか?」

 「…… そうでもない」

 「毒マスタリーで修得できる毒は、色々と種類があってな。

  目潰しや混乱、誘惑や気絶、ダメージ浸透や即死毒まで、色々使い分ける事ができる。

  ステータス低下系の毒は、狩りが凄く楽になるぞ。

  合戦じゃあ、キュアで1発無効化だけどな」

 これはグラッチェ。

 「でも狩りじゃあ、滅茶苦茶有効だよ。

  危ない時には混乱や気絶で緊急回避、攻撃力の高い敵には目潰し、HPの高い奴にはダメージ浸透。

  ザコの群れには、即死毒を撒くのも有効だねー」

 「それはすごいな」

 デス娘にまた、水をあけられた気分だ。




 「で、何処へ狩りに行く?」

 「魔法の塔はどうでしょうか。

  キールさんが幸運司祭なので、抵抗力の増加に期待が持てます」

 「だがヨシヒロも、デス娘も回避系だからな。

  魔法とは相性が悪くないか?」

 「いっそ幽霊船はどうですか?

  物理攻撃の無効な敵が出ますが。

  ヨシヒロ君は千鳥に換えたし、デス娘さんも毒属性を付ければ問題ないです。

  弓は属性を付ければいいですし、グラッチェなら属性武器は持っているでしょう?」

 「えー、でもブラウンたちが攻撃できないよ。

  桔梗はできるの?」

 「桔梗は属性攻撃ができますから、大丈夫です。

  それにブラウンちゃんたちには、骸骨やゾンビを相手にしてもらえばいいのでは?」

 「…… 毒、効かない」

 「まあ、確かに骸骨やゾンビに毒は効かないが、幽霊に攻撃が通る様になるし。

  毒の散布を修得するのは、どうせまだ後だろう?」

 しぶしぶと言った感じで、デス娘はうなずいた。

 「じゃあ、決まりかな。

  その幽霊船ってのに行こう」




 イザ幽霊船へ!

 乗り込んだのはいいものの、むっちゃコワイな、ここ。

 死神装束の、デス娘のコワさも60%はUPしている。

 『katatatattattttatattttatttttta 』

 スケルトンが骨をならしながら、大量に迫ってくる。

 ゾンビは動きこそゆっくりだが、HPが高く力も強い。

 幽霊は攻撃さえ通れば、ザコだな。

 「ヨシヒロとデス娘は、ゾンビを中心にタゲを取ってくれ。

  骸骨は俺が、可能な限り引き受ける。

  チルヒメは作戦通り、回復にまわってくれ。

  その分はキールの神聖魔法で、殲滅力を上げる

  ミッシェルはシャワーアローを、積極的に撃ってくれ」

 ここのモンスターたちは、水魔法に強い。

 特にスケルトンには殆ど効かない。

 代わりに神聖魔法が最大の効果を発揮するので、チルヒメとキールは攻守を入れ替える。

 そして水魔法ほどの範囲攻撃が無い、神聖魔法での攻撃を補完するために、ミッシェルのシャワーアロー。

 適正レベルの少し足りない俺たちには、かなり忙しい狩場だが、狩れない事もない…… はず。




 「しかし、あいかわらず幽霊船は人気薄だな」

 「人が少ない分、湧き待ちはないッスけど。

  忙しすぎるッスね」

 「なあ、グラッチェ。

  舳先の方にいるやつら、ヤバくね?」

 「う…… む。

  全滅するかもな」

 「俺らもヤバくね?」

 「そうだな。

  まあ、こういう日もあるさ」

 近くの舳先にいるPTが、既に何人か死んでいる。

 あれが潰れたら、間違いなく来るな。

 「たすけてー」

 「へ、へるぷ!」

 うんゴメン、こっちもギリギリなんだ。

 と、その時。

 「ん? 何だ? この音楽は」

 「ああ、居たのか…… 」

 ん? 知ってるのか? グラッチェ。

 その瞬間、大量の薔薇? が、壊滅しそうなPTの周囲に降り注いだ。

 シュババババッ! って感じだ。

 「大丈夫かい? 君達」

 一人の男が、いつの間にか船首像の上に居る。

 「なあ、グラッチェ…… 」

 「見ての通りだ」

 黒いタキシードに黒いシルクハット、メガネのような白いマスクに、赤い薔薇を咥えた変態が、そこには居た。

 「ああ、あれが噂の……

  どおりで、何処かで聞いた曲だと思いました」

 チルヒメも知っているらしい。

 「あれって、噂になってるの?」

 「まあ、かなり有名なネタキャラですから。

  ハイディングで隠れて、危機に陥りそうなPTに近づくと、吟遊詩人のスキル”演奏”でBGMを奏でます。

  それで薔薇手裏剣を使って、敵を殲滅した後にああやって…… 」

 「名乗りを上げて消える訳か」

 「何と言うか、見事なネタキャラだよねー。

  偶に月○仮面もやるらしいよ」

 それって、月影の……




 「兎に角、危機は去った。

  狩りを続けよう」

 と、その時、遠くから声がした。

 「みんな逃げろ!」

 「船長キタコレ」

 「ガル様が来たぞー! 退避ぃー!」

 え? もしかして、BOSS? いるの? ここ。

 あ、タキシード様がBOSSらしき敵に、突っ込んで行った。

 …… あ、殺られた。

 「急いで船から出るぞ!」

 グラッチェの号令で、船外に退避。

 「BOSS居たの?」

 「ああ、海賊ガルフォード、通称船長だな。

  村長よりは弱いから、60代のPTなら勝てない事も無い。

  まあ、俺たちは一旦退避して、殲滅待ちだな」




 しばらくして、高レベルそうなPTが出てきた。

 「船長、死にましたー」

 「おつー」

 「おつー」

 「おつー」

 「おつー」

 「海賊帽ゲッツ」

 「おめー」

 「おめー」

 「おめー」

 『おつ』や『おめ』は様式美だが、こう言う事は大事だな。




 今日の夕方は、ギルド会議。

 と言うか、キールから話があると召集されたのだ。

 「議題はギルド経験値についてです」

 「え? 高レベルになるまで、上げないんじゃなかったっけ?

  俺は少なくとも、グラッチェがいなくなるまでは、入れない心算だったけど」

 「いえ、既に入っている分を、どう使うかの件です」

 「入ってる? 何で?」

 「…… 巫女萌え会」

 「…… あ。

  巫女萌え会リーングラット支部の上納分か」

 「正確には、全日本巫女愛好会リーングラット支部ですが」

 「貯まっているのですか?」

 「ええ、かなり貯まっています」

 ギルドのステータスを確認すると。

 本当だ、かなり貯まっている。

 「うっわー、人数が多いとはいえ、頑張ってるねー」

 「人数が僕たちの15倍で、レベルは大半が僕たち以上。

  カンストレベルも居ますから、たとえ1%でも貯まるのは必然ですね」

 「どうするー?

  使わないと貯まるだけだし、巫女さんに使ってもらった方が、相手も喜ぶかもよ?」

 「どうする?」

 俺はチルヒメを見る。

 「どうと言われましても……

  うちは、定員も余ってますし、製造職もいないので、工房や店も必要ありません。

  訓練所…… も、中央のギルドだと、メリットが少ないですし」

 「いっそギルメンでも増やす?」

 「何の為にですか?」

 確かに、現状で満足って言えば、満足だしな。




 「キール、態々議題に出したって事は、腹案でもあるのか?」

 「はい。

  実は別キャラでの友人に、昨日相談されまして」

 キール、『別キャラ』の友人がたくさん居そうだな。

 「彼の所属しているギルドが、解散寸前なのです。

  具体的にはマスターと副マスターが、揃って別キャラの時に、例の事件が起きてしまって。

  かなり大きなギルドだったのですが、それだけに冒険に向かないキャラも、結構な数を抱えていまして。

  実際は既に、冒険に向かない人たち以外は、ギルドから抜けているのです」

 「マスターも副マスも、居ないんじゃあなぁ。

  ギルド経験値も使えないし、合戦もできない。

  かと言って、ギルド上納分を止める事もできない。

  人数を増やす事もできないし……

  メリット無いもんなぁ…… デメリットはあるけど」

 「それで残った人たちを、うちで抱えたいと言う訳ですね?」

 「行き場の決まっていない一部を、ですね。

  正直な処、メリットもありますが、居なくても良い人材でもあります。

  だからこそ、残っているのですが…… 」

 「ふむ、何人くらい居るんだ?」

 「行き場所が、見つかっていないのが7名。

  一部だけ抱えるよりは、許容人数を増やして、全部抱えた方がいいでしょうね」

 「7名ですか。

  抱えるだけなら何とかなりますが、工房やお店も造る必要があるでしょうから……

  経験値は足りますかね?」

 「計算してみましたが、何とかたりますね。

  しかし今ある経験値は、殆ど使ってしまいますが」

 「いいんじゃないの?

  どうせ使い道に、困ってたくらいだし。

  その人たちも助かるんでしょ?」

 「そうだな、反対意見が出ないなら、かまわないと思う」

 「…… 別に、いい」

 「そうですね、それではキールさんの案で行きましょう」

 「じゃあ、彼らに連絡を取りますよ」




 「と言うわけで、すまないグラッチェ。

  今日の狩りは中止にしたいんだ」

 今日はギルド員の補充で、忙しくなるからな。

 「そうか、まあ狩りの中止なんて、昔はしょっちゅうあったし。

  気にする事はないさ。

  ところで、解散になったギルドって何処なんだ?」

 「ああ、”チャーリーブラウンと愉快な仲間たち”とか言う…… 」

 「ピーナッツか!

  大規模ギルドじゃないか、ウチよりデカいぞ。

  そうか…… 解散か」

 「ピーナッツ? まあ、デカいギルドだそうから、知ってるとは思ったが」

 「ああ、ギルド名が長いからな。

  大抵はそっちの名前で呼ばれる…… にしても、解散か」

 「そんなにショック?」

 「なんと言うか、うちもレティーが居なかったら、解散だったかも…… と思うとな」

 そっか、感慨深いものがあるのかな。

 まあ、ギルドマスターの気苦労って処かな。


 …… 俺もそうだっけか。



[11816] 十三話
Name: ハリコの豚◆40baa12f ID:62227e72
Date: 2009/09/28 12:09
 「パンドラの壷の皆さん、我々を拾ってくれると言う話、大変感謝する。

  我々は、どちらかと言えば残りカスじゃが、それでも拾ってくれると言うのであれば。

  役に立ちたいと考えておる。

  ただ我々が役に立つには、それなりの施設を必要とし、それ故に今まで行き先がなかったのもまた事実。

  失礼じゃが、そちらのギルドはログアウト事件の後に開設されたばかりで、現在の人員も5名とか。

  我々の必要とする施設を、用意出来るだけのギルド経験値を、貯めておられるだろうか」

 ふむふむ、確かにギルドを異動した後で、施設を用意出来ませんでした…… では、彼らも困る。

 「キール、その辺は大丈夫だと、言っていたよな」

 「はい、皆さんの必要とする施設は、既に伺っています。

  武器、防具、装飾品用の工房と、それらを販売する為の店舗。

  これは共通のものを、使っていただく事になりますが、用意できます。

  料理用の厨房と、ギルド外向けの食堂。

  食堂はテーブル数10個の、小規模向けになりますが用意できます。

  農業用と牧場用の農場と牧場。

  これも小規模ですが、それぞれ用意できます。

  それから各施設の拡大や、プライオリティが低い物の増設については。

  他の施設との優先順位を考えながら、順次追加していければ…… と、思っています」

 「ふぅむ。

  確かにそれだけ用意していただければ、充分すぎるとも言えます。

  ですが正直に言うと、信じ難いのです。

  あなた方の規模では相当に無理をしないと、それだけの経験値は得られない筈。

  この件で無理をさせているのであれば、申し訳ない気持ちもありますし。

  それに拡大や増築の話もされましたが、それもかなりの無理が必要かと思われますが」

 あー、確かに俺らだけじゃあ、用意するのは無理だしね。




 「御説明しましょう。

  その件に関しては、少しばかり皆さんにお願いがあるのです」

 ? 何、言ってんの? キール。

 「実は僕たちの従属ギルドに、全日本巫女愛好会リーングラット支部と言うギルドがあります。

  名前の通りのギルドなのですが、今回の話では、彼らの尽力があったからこそと言っていいでしょう。

  そこで…… もちろんこれば強制ではないのですが、ギルド外向けに食堂を作るのですよね。

  ウェイトレスを巫k 」

 スッパァーーーン!

 ミッシェルがキールの後頭部を、ハリセンで見事に叩いた。

 どっから持って来たんだ?

 「何、言ってるのよ、キール君!」

 「いや、従属ギルドとしての彼らの働きに報いる為にも…… 」

 パコーーーン!

 今度は顔面にいった。

 「と言うか、和服を着ることが出来るのは、浪人かサムライか忍者だけなんだろ?

  彼女たちは着れないんじゃない?」

 俺の言葉に、キールは何故か愕然とした様子で。

 「…… 巫女服は和服扱いなのですか?」

 「そうですよ」

 とはチルヒメの答え。




 「…… まあ、従属ギルドまで持っているのなら、経験値を用意できると言う言葉も頷けなくはない」

 そして彼らは、一旦視線を交わしあい、頷きあった。

 「それでは宜しくたのむ。

  一応、先程は簡単に名前だけを紹介したが、技能も含めてもう一度、自己紹介をしようかの。

  ワシはゴンザレス7世、皆にはゴンザレスとかゴン爺と言われておるな。

  武器製造は片手武器を伸ばしておる。

  それから後は”商売”スキルじゃな」

 これは、さっきまで交渉役をしていた、おじいさん。

 と言っても、筋骨隆々のおじいさんで、ゴン爺の名前は非常に合っている。

 「俺は、あるるかん。

  鎧製造と商売を取っている。

  まあ、ギルメンには材料費だけで、鎧を提供させてもらうよ」

 この人は、いちいちキザ? な動きをしながら話す。

 ちょっと格好付けてるつもりで、ハズしてるタイプだ。

 「俺はアルベストだ。

  ”畜産”と”酪農”スキルを修得している。

  肉とミルクは売るほど生成できる…… つうか売るが。

  ギルメンには只で提供するから、安心してくれ」

 こっちは何ていうか、兄ちゃん、て言うタイプだ。

 『ニイチャン』でなく『アンチャン』な。

 「僕は与作です。

  ”耕作”を持ってます。

  あと”園芸”も。

  米とか野菜とか、任せてください」

 何だかモサっとしてるな。

 うん、彼は与作だ。

 ここまでの4人が男性陣。

 「私はエトピリカです。

  ピリカって呼んでください。

  技能は料理と商売です。

  食堂の料理は、私が作る予定です。

  あ、もちろん皆さんの料理は無償で提供しますよ」

 この子は、素朴な感じの女の子だな。

 何ていうか、うん、普通だ。

 「私(わたくし)は美々子ですわ。

  ”裁縫”と”装飾加工”のスキルを修得していますの。

  基本的に、商品は販売しますが、ギルドの皆さんの分は相談に乗りますわ。

  よしなに」

 うん、そうなんだ。

 彼女、金髪縦ロールなんだ。

 キラッキラのドレスを着てるんだ。

 でも名前は和風なんだ。

 「私はプシけです。

  ”釣り”と武器製造を修得しています。

  伸ばしている製造スキルは、短剣です。

  よろしくお願いしますね」

 彼女は普通だな…… 格好はメイド服(エプロン付き)だけど。

 しかもホワイトブリムには何故かネコミミが付いている。

 「ああ…… よろしく」




 ギルドアジトを改築したら、一気に立派になった。

 表通りの左半分に、食堂の入り口が。

 右半分はカウンターになっていて、武器、防具に装飾品の販売が出来るようになっている。

 しかも食堂に入って右側も、カウンターになっていて、季節? の野菜や肉などが販売される予定だ。

 店舗の奥に厨房があり、地下には工房がある。

 上に行くと会議室や個室などの、ギルド員が使う部屋になっている。

 そして1階の、ある扉を開けると、全然別の場所に出る。

 そこは農場と牧場があり、月白やブラウン、バイオレット、桔梗たちも、狩りの無い時は放牧? することもできる。

 でも、馬はともかく、狼や虎はどうなんだろ。




 「すごいな」

 「家畜は、前のギルドにあった奴を全部、持ってきたからな。

  ちょいと手狭だが、仕方ねーよな。

  けど、野菜や穀物は植え替えだから、大変だよ。

  まあ、技能を持ってない俺らには、手伝えねぇから、与作に頑張ってもらうしかねぇがな」

 「へー。

  1人で大丈夫なの? 与作」

 「大丈夫ですよ。

  農業と言っても、かなり簡略化されてますからね。

  直ぐに農場を、穀物や野菜で埋めてみせますよ」

 「ほうほう、じゃあこの辺りは任せるから、よろしく頼むな」

 アルベストと与作は大丈夫そうだ。




 工房はどうかな。

 「おお、マスターか、お主らが全員、片手剣を使わぬ事は残念じゃが。

  その分、作った物を他の人間に売って、儲けてみせるからの。

  楽しみにしていてくれ」

 「本当に、まともな鎧を着ているのが、皮鎧のミッシェルさんだけとは……

  まあ、いいでしょう。

  巫女服や死神ローブの防御力を上げることができるか、職人の腕の見せ所ですよ」

 「なあ、利益の3割をギルドに渡すって言ってたけど、本当にいいのか?」

 「もちろんじゃ、まあ気にするなら店舗と工房の、使用料とでも思っておいてくれ。

  それに自分のギルドの為じゃしな」

 そう言うことなら、何かコトが起こった時にでも、使わせて貰うよ。




 店の方は美々子が店番をしていた。

 「やあ、美々子。

  もう店を開いてるの?」

 「当然ですわ。

  前のギルドにあった在庫を、全部持ってきましたもの。

  早く売らなければ、倉庫に入りきれなくなってしまいますわ」

 「もう倉庫、埋まっちゃったの?」

 「ええ、私達が毎日在庫を増やしていますもの。

  売れなければ、破棄しなくてはならない物も出てきますわね」

 「早めに倉庫の拡張をした方がいいんだろうか」

 「作るほうを止めれば対処はできますが、売れるようになるのが一番ですわね」

 ふうむ、製造系の3人には頑張ってもらうか。




 厨房の方には、ピリカとプシけの他に、チルヒメとデス娘もいた。

 「やあ、こっちはどう?」

 「はい、明日からは食堂も開けますよ。

  基本的には、私とプシけの2人で営業します」

 「へえ、前のギルドでもそうしてたの?」

 「いえ、前のギルドでは、ギルメンさんたちを相手にした営業でしたので」

 「ああ、内部向けの食堂だったんだ」

 「ええ、でも今回は外向けにお店を出させて貰ったので。

  ギルメンさんたちの食事は、無料で提供しますよ」

 「そりゃあ、ありがたいな」

 「まあ、元々の材料は、農場組から提供されますからね。

  プシけの釣って来る魚もありますし」

 そのプシけはチルヒメと話している。

 「プシけ、どうしてメイド服にネコミミを付けているのですか?」

 「プシけの”け”はネコの意味なのです」

 「…… ではプシは?」

 「ニュアンス的には、ピリカと同じような感じで」

 よく判らない話をしている。

 だがデス娘よ、つまみ食いなんかするなよ。




 まあ、新メンバーも再スタートは順調なようだな。

 俺たちも頑張らねば。

 と言う事で、幽霊船に来ているが、相変わらず骸骨がおおいな。

 経験値は美味いが、BOSSも居るから気は抜けないしな。

 「なあ、グラッチェ」

 「ん、何だ?」

 「BOSSって、俺らのレベルじゃまだまだ狩れないんだよな」

 「狩れるやつもいるぞ」

 「だよな…… ! いるのか?」

 「ああ、低レベル狩場のBOSSなら、何とかなるよ」

 「村長か?」

 「いや、あれは無理。

  村長は90代のPTでも死ねるから」

 そうなのか。

 「BOSS狩ってみたいな」

 「ふむ、皆がよければ、明日行ってみるか?

  手ごろな奴に」

 「行きたいな、レアアイテムとか出るんだろ?」

 「…… まあな」




 やって来たのはきのこ岳。

 「なつかしいな、でもここってBOSS出たか?」

 「奥の方に山頂に続く道があるんだ」

 「へー、知らなかったな」

 「ここのBOSSは、BOSSと言っても弱めですからね。

  もちろん、きのこが適正のPTには、強敵ですが」

 とはチルヒメ。

 弱いの? まあ、BOSSだし、物は試しだな。




 しばらく狩りながら奥まで行くと。

 「お、いたいた、あれだな。

  一応タゲは俺が取るから」

 「よし、いくぞ!」

 普通のきのこは腰までの大きさだが、奴は人の身長ほどもある。

 しかも笠が青地に白丸の斑点、毒きのこです、と全身で示している。

 をををりゃぁあああ!

 ザクッ! ザクッ! ザクッ! ザクッ! ザシュ! ザクッ! ザクッ!

 おれの連打に、後衛組もバシュバシュと矢を撃つ。

 『ggguuuuuuggaaaaaaagyyyyiiiiiiii』

 お、死んだ。

 …… こんなもの?

 「なあ、グラッチェ」

 「ん?」

 「レアは?」

 「滅多に出ないからレアって言うんだ」

 後ろからデス娘が、ポンポンと肩を叩いた。

 「…… おつ」

 …… あり。

 その日は記念に、村長さんに自爆攻撃を慣行しました。




 レベルが55を超えた頃、真九郎さんから連絡が来た。

 ブルームーンライトで何かあったのかな?

 『ヨシヒロ君、昨日オリジンが毒蜘蛛の森に戻って来た。

  レベルも1になっていた事だし、因果も含めておいたから大丈夫だとは思うが。

  一応報告まで』

 ああ、そんな事もあったな。

 真九郎さんに、ありがとうございましたと返しておく。




 そのころ、ちょうどギルド内でもちょっとした問題が起こっていた。

 またまた、巫女萌え会の奮闘で、施設を拡張できるくらいの経験値が貯まったのだ。

 「だから牧場を拡張するべきだろ?

  もう少し広くないと、現状は窮屈なんだ」

 「でも、お肉は充分に供給出来ているし、穀物や野菜も、まあ足りている。

  僕は庭園なんてどうかなって思うよ、ギルドのみんなにも憩いの場は必要だし」

 「与作君、君は花を育てたいだけだろう。

  今ギルドに必要なのは、何と言っても倉庫の拡張だよ。

  店を移転したばかりでか、装備品の売れ行きが下がっていてね。

  このままでは在庫で溢れてしまうよ」

 「それこそ、製造量を抑えれば済む話では?

  一番重要だと思うのは、この経験値が従属ギルドの皆さんのお蔭だと言う事です。

  つまり、従属ギルドの皆さんが最も頻繁に活用されている、食堂の拡張こそが急務ではないかと…… 」

 「いやいやいや、食堂を拡張するって事は、肉や野菜とかの食料がもっと必要になるって事だから…… 」

 「肉も野菜も余っているのだろう?

  それに食堂を大きくしても、人手が足りないではないか」

 「ここは間を取って釣堀なんかを増設しては…… 」

 「全然、間ではありませんわ」




 まあ、白熱しているのは製造組だけだが。

 そこにキールが割って入った。

 「どうでしょう皆さん、現状は食材が供給過多なのは事実です。

  アルベスト君と与作君の方は、もう少し拡張を待っていただいては。

  それに倉庫の方も、現状は装備品の売れ行きが良くないと言うのも、移転だけが問題ではないと思います。

  これは抜本的解決策が出来るまで、製造を見合わせてはどうでしょうか?

  それに先程、ピリカさんも言いましたが。

  経験値について最大の功労者は、全日本巫女愛好会リーングラット支部の皆さんです。

  食堂が出来て以降、彼らが頻繁に訪れているのもまた事実。

  パンドラとしては食堂の増築こそが現状、一番ギルドの利益に則していると思いますが」

 ピリカは熱心に頷いているが……

 「キール、お主の言う移転だけではない問題とは、なんの事だ?」

 「人員の入れ替わりが、無くなった事ですね、ゲーム自体の」

 むむぅ、と唸るゴン爺。

 「今までは、ゲームからいなくなる人が居れば、所持アイテムも共に消え。

  新しい住人は、製造職から装備を買う。

  この流れが出来ていました。

  しかし、人の移り変わりが無くなれば、装備品も売れなくなる。

  最もいい物、満足する物を持っていれば、後は趣味的に集めるくらいですからね」

 「なるほど…… 製造職にとっては辛い時代だね。

  それで、君の言う抜本的解決策とは?

  何かあるのかい?

  流石に案も無く、俺たちに製造を見合わせろとは言わないよね。

  俺たちにとっては、存在意義にも関わる問題だ」

 「具体的にコレと言うのはありませんが。

  先程も言いましたように、市場に良い物が溢れてしまえば。

  後は趣味的な物だけが、生き残るのでは? と、考えています」

 「つまり、ネタアイテムを作れと言いますの?」

 「それも選択肢の一つと言う事で」




 「…… なるほどの、それ以上を考えるのは、ワシらの仕事じゃろうな」

 「だがよ、人員の問題はどうするんだ?

  食堂の拡張となれば、ピリカとプシけだけじゃあ、手が足りなくなるぞ?」

 と、これはアルベスト。

 「そうですね、その為にギルド員を増員…… と言うのもなんですし。

  アルバイトを雇うのはどうでしょうか?

  採算は取れるのでしょうから」

 「アルバイト?

  そんなの来るやつ居るのか?」

 「ゲームが”ゲーム”で無くなった日から3ヶ月以上。

  狩りに疲れている人だっているはずです。

  そうですね、ウェイトレスの募集ですから、女性に限るとして……

  例えば、そう、例えばですが。

  募集する職を、浪人かサムライか忍者のみn」

 スパパパァアン!

 「まだ言うかな、この子は」

 ミッシェルがハリセンで見事な3連打を浴びせた。

 ふむ。

 「ピリカ、もし食堂を拡張するとして、アルバイトなり探して見つからなければ。

  2人で対応する事になるが、大丈夫か?」

 「頑張ります。

  今は結構、食堂の外で待っている人も多いし、食べるのを諦めて帰る人もいます。

  そう言う人たちに、少しでも快適になって貰えたら…… 」

 ふむむ。

 「どうだろう、皆」

 「まあ、ここは引くかのぅ」

 「食堂が廻り始めたら、次は食材の供給確保だしな」

 「意見が纏まったのであれば、私達は…… 」

 と、言う事で、食堂の拡張に決まったのだが。




 「ヨシヒロ君、話があるのですが」

 態々、伊達メガネを装備してキラリと光らせながら言うキール。

 お前、懲りてないな。

 うん、そうなんだ、キールに頼まれて主水さんに連絡を取ったんだ。




 「おー、相談だって?」

 「うん、実は主水さんのギルドで、アルバイトしてくれる女性は居ないかと思って」

 「アルバイト? 何の?」

 「食堂のウェイトレス」

 「なんだ、お前の所、食堂始めたのか。

  でも何で、俺の所に聞きにくるんだ?

  人が集まらないのか?」

 「いや、実は、ウェイトレスのユニフォームが巫女服になりそうなんだ」

 「…… なりそうなのか」

 「今、ギルド内に暗躍してるヤツがいてね」

 「まあ、最近は狩りに熱心じゃないと言うか、疲れてきてるやつもいるからな。

  声を掛けるだけはしてみるよ」

 「ありがとう」




 アジトに帰ると、キールが美々子と相談していた。

 「何人分ですの?」

 「まだ正確には決まってないが、拡張した食堂を切り盛りできる程度は集めないとね」

 「まあ、2人では大変そうですものね。

  判りましたわ、ユニフォームは私の方で用意致します」

 「助かります」

 着々と準備は進められていた。



[11816] 十四話
Name: ハリコの豚◆40baa12f ID:62227e72
Date: 2009/09/28 18:20

 今日の獲物はロックゴーレム。

 本来ならば、俺たちが相手をするには、ちょっと…… いや、かなり早い相手だ。

 しかしデス娘が、暗闇、混乱、防御力低下の毒を修得したので、狩れるはずだとやって来た。

 デス娘の鎌とグラッチェの剣、そして俺の刀に、それぞれの毒属性を付加してアタック。

 暗闇が効けば、油断さえしなければ攻撃は当たらなくなる。

 混乱が効けば、そもそも攻撃がこない。

 そして防御力低下の毒で、硬い岩ゴーレムでも軟くなる。

 ゴーレムは非アクティブだし、アクティブのサラマンダーは水魔法に弱い。

 ミッシェルはゴーレムに風矢、サラマンダーに水矢と、少し忙しそうだが充分狩れる。

 「でもゴーレムって毒が効くんだな」

 「このゲームでは、毒は半分魔法扱いだからな。

  幽霊にも効いたろ?」

 「…… そうだったな」

 ガシガシとゴーレムを狩る。

 だが、デス娘のMPは比較的少ないので、MPが尽きたら回復するまで火トカゲ狩りだ。

 そのときは俺が釣り役で、火トカゲを釣りまくる。

 でも偶に間違って、シャワーアローでゴーレムを釣って怒られる。

 2匹釣ってしまったときは、流石に全滅したYO。

 あ、デス娘は2匹連れてるのを見た瞬間、ハイディングで逃げたから、全滅じゃないな。

 このゲーム、非アクティブモンスターは、技などでタゲを変えない限りは変わらない。

 でもタゲられた人が死ぬと、アクティブな状態で残るので、大惨事になる。

 まあ、そんな失敗をしながら、今日もレベル上げ。




 次の日の夕方、俺はチルヒメと戦国乱世のアジトに向かった。

 「そういえば、前も同盟の件で相手のアジトに行ったときに、ゴタゴタがありましたね」

 「今回は大丈夫だろ?

  バイトの件で人数が集まりすぎたんで。

  流石に無関係のままじゃ、都合が悪いかもって事での同盟だから」

 「そうですね」




 「俺が戦国乱世のマスター、狂四郎だ。

  こっちが副マスの…… 」

 「珍玄斎です」

 「パンドラの壷のマスター、ヨシヒロです」

 「副マスターの木花知流比売です。

  知流か知流比売とお呼びください」

 「それで、同盟の前に聞いておきたいのだが。

  レクイエムと花鳥風月の、2つと同時に同盟を結んでいると言うのは本当か?」

 「ええ、本当ですよ」

 「…… むう。

  いや、すまない、正直信じ難い事なのでな。

  それで、巫女姿のウェイトレスだったかな。

  つまり、その姿で…… と」

 狂四郎さんはチルヒメを見た。

 「あ、正確には、これと同じものとは決まっていませんが、巫女服ですので似たような物かと」

 「ふむ、定期的に様子を見に行く必要がありそうだな」

 「…… 珍玄斎」

 「な、何だ? 別に俺は、静葉たちの巫女服姿を見たいとか、そんな事は考えていないぞ!」

 「……。

  ……。

  まあいい」

 「じゃあ同盟の要請を送るぞ」

 「はい、受け取りました。

  返します」

 これで同盟は終了。

 次の日には、食堂に巫女さんが並んでいた。




 今日も今日とて、ロックゴーレム。

 サラマンダー釣りも慣れてきて、初日の様な失敗もしなくなった。

 「…… MP切れた」

 「よし、じゃあゴーレムは一時中止だな」

 「了解、これ倒したらトカゲ釣ってくるわ」




 そして、狩場の先にある通路に入って、しばし進んだ所で。

 「よお、お前ヨシヒロだよな」

 「ん? だれ?」

 「オリジンの使いのもんっつったら判るか?」

 「オリジン? 何か用か?」

 「大した事じゃねえけどよ、釣りの手伝いしてやろうと思ってよ。

  まあ、デスペナ1個プレゼンツってトコか?」

 「んあ? どう言う…… 」

 その瞬間、一人の男が俺の隣を駆け抜けて行った。

 男がやって来た方を見ると、大量のサラマンダーが迫ってくる。

 ドォーン!

 エフェクトと共に、男が駆けて行った方向に炎の壁が現れる。

 壁の向こうには、サラマンダーを釣って来た男と、俺に声を掛けた男が。

 「ファイアーウォール。

  PTの所までは逃げられねぇな」

 「完全に挟み撃ち…… か。

  ハイディング」

 「…… ナニィ!」

 うん、そうなんだ。

 姿を隠した俺は、通路の脇へ避ける。

 大量のサラマンダーの突撃の前には、ファイアーウォールなど紙の如し。

 第一、火属性のサラマンダーには、ダメも与えられない。

 俺にタゲが移ったのを見てから逃げる心算だったのか、壁の向こうに居た2人の動作は遅れた。

 うん、2人とも潰されたよ。

 レベルは俺より高かったみたいだけど、あそこまで集めた火トカゲには敵わなかったらしい。

 その後、俺は火トカゲたちをPTまで連れて行ったのは、言うまでもない。




 「そうか、オリジンか。

  あいつも懲りないやつだな」

 「うーん、これじゃあ、また来るかもな」

 「だが、雇ったのか友人かは知らんが。

  火トカゲに囲まれて死ぬのなら、大したレベルじゃない。

  大丈夫だろう」

 グラッチェはこう言うが、あいつはしつこいからな。

 「いや、それでも確実に俺らより強いし、もっと強い奴が出ないとも限らない」

 「ふむ。

  もうお前も、ギルドのマスターだからな。

  まだ敵対してくるなら、ギルド全体で対処するのも手だぞ」

 「うーん、あんまりそう言うのはどうかと思うが。

  諦めてくれないかな」




 しばらくの日数が過ぎ、アジトに戻ると会議室に知らない巫女さんが居た。

 新しいバイトの人かな?

 「ギルドマスターのヨシヒロさんですか?

  私は、全日本巫女愛好会リーングラット支部のマスター、【刹那】と申します」

 「ああ、巫女m…… えっと、全日本巫女愛好会の」

 正直、従属手続きとかはチルヒメに任せていたので、会うのは初めてだ。

 まさかマスターも巫女さんとは。

 「ギルド名は長いので、巫女会などと呼んでいただければ、と」

 「ああ、パンドラのマスター、ヨシヒロです。

  はじめまして」

 「今日はヨシヒロさん…… パンドラの壷にお礼を言いにきました」

 「お礼? いつも経験値を入れてくれるのはそちらで、うちは何もしていないけど」

 「下の食堂の事です。

  ギルド員も大変喜んでいますし、なによりギルド員が大幅に増えました」

 え? 増えたの? 巫女食堂のお蔭で、巫女萌えが増えたってこと?

 「そうなんですか?」

 「ええ、ギルド定員を急遽増やす事になりました。

  うれしい悲鳴ですね」

 「はあ……

  でも、前々から不思議に思っていたんですが、何でうちに従属を?

  特に、君自身が巫女なら、うちに従属する意味が益々判らないんだけど」

 「もちろん知流比売さんが居るからです。

  実は以前まで…… ログアウト事件の3日前までは、私の別キャラがギルドのマスターでした。

  そう、あの日、私は見たんです。

  知流比売さんの巫女装束を。

  目から鱗がボロボロと毀れ落ちました。

  そう! 浪人であれば、サムライであれば、巫女の姿になれるのです!

  ええ、即日作り変えましたよ、それがこの姿です。

  でも私から見たら、この姿もあくまでも知流比売さんの真似に過ぎない。

  真の巫女である知流比売さんが、副マスターをするこのギルドに従属するのは当然の運び」

 「…… はあ」

 と言う事は、この人の中n ゲフン! ゲフン! 中の人など居ないんだったな。

 「いや、これからも宜しくお願いします。

  巫女会の一同、パンドラの従属ギルドとして、より一層の働きを、お見せしますよ」

 「あ、こちらこそ宜しく」

 …… 色々と大変な人だったな。




 刹那さんが帰った後、食堂を覗いてみると、なるほど大盛況だった。

 「あ、珍玄斎さん、どうも」

 「ああ、ヨシヒロ君、邪魔しているよ」

 「良く来ているんですか?」

 「毎日とは行かないがね。

  だが来ている回数は狂四郎の方が多いんじゃあないかな」

 …… そうなのか。

 「あ、マイクさん、どうも」

 「あ、ああ、どうも。

  ここの飯は美味いな! NPCの食堂が味気なく感じるよ!」

 「ウロボロスには、料理スキルを持った人は居ないんですか?」

 「いや、何と言うか…… そう! 自分も副マスになったんでね。

  食事の時くらいは、他所でゆっくりしたいんだよ!」

 「ギルドが大きいと、大変なんですね」

 「いやぁ、ハハハハハ」

 あれ? あそこで一心不乱に食ってるのは、シークレットさん?

 「どうも、シークレットさん」

 「あら、ヨシヒロ君、君もここで食べてるの?

  ハハァン、巫女さん目当てね」

 「あ、いや、ここウチのギルドなんで」

 「な・ん・で・すってぇえ!

  何でこんな美味しいお店があるのに、早く教えてくれないのよ。

  私は今日知ったわよ!」

 「ご、ごめん」

 何と言うか…… ピリカすげー。




 「ゴン爺、出来たのかい?」

 「うむ、最近の食堂にいる連中をヒントに作ってみた」

 「…… 祓串、ですの?」

 「そうじゃ。

  武器の種類としては鞭になるがのぅ。

  紙垂を振って攻撃するんじゃが、ワシの熟練度的に大した威力は出ん」

 「あくまでもネタ武器…… と言うわけかい?」

 「そんな物を作る訳がなかろう。

  これは装備するだけで、魔法効果の上昇能力に、僅かなりともMPの回復量も上がる。

  つまりは魔法使いの使う、杖に似た性質を持っておる」

 「なるほど、正に祓串と言う訳だね?」

 「うむ、ニッチな商品じゃが、確実に売れる当てがあるでな」

 「確かに……

  それで、あるるかん。

  貴方の方はどうですの?」

 「OK、これを見てくれ」

 「む! このエンブレムは!」

 「そう、女性用のビキニ型アーマーでありながら、特徴的なショルダーガードとヘルメット。

  そしてブーツと一体化した脛当てに…… 何と言っても、このエンブレムが付いた盾。

  MS○7Bを模したこの甲冑に死角は無いっ!」

 「…… 良く判りませんが、売れますの? これ」

 「売れるに決まっている! (断言)」

 「ま、まあいいじゃろう…… 美々子、おまえさんはどうじゃ?」

 「フフフッ 見てください、この素晴らしいデザインの数々を」

 「…… どっかで見た事があるようなデザインじゃな」

 「ブランド品の、丸パクリじゃないか!

  流石に拙いだろう! これは」

 「何だか貴方には、言われたくないような気もしますが……

  これはリアルな世界に戻れなくなった私達が、望郷の念を忍ぶ為の物ですわ。

  二度と手に入れることの出来ない、これらの品々。

  レプリカであっても、提供したいと言う切ない私の気持ちが理解できませんの?」

 「まあ、問題があるようなら、取り下げればよかろう。

  買われるとしても、本物でない事は100%保障付きなんじゃしの」

 …… 何だか製造組も苦労しているみたいだ。




 ある日、俺たちが岩ゴーレムを狩っていると、8人の集団に横殴りをされた。

 「おい! どう言うつもりだ!」

 「ん? 挨拶はもう済ませたと思ったがな」

 と、横殴りをしてきた魔術師。

 「あ、あいつ、この間オリジンに頼まれたとか言ってた…… 」

 「ふむ、オリジンの手下か」

 「おいおい、手下じゃなくって、金で雇われただけだぜ」

 「引くつもりはないのか?」

 「こっちも商売なんでな」

 「判らんな。

  こっちは狩場を変えれば済む話だ。

  それとも、また探し出すか?」

 「態々探す必要もねぇだろ?

  ギルドアジトからお前らの後を、付いて行きゃあいい」

 グラッチェと魔術師の会話に、キールが入って行く。

 「つまり、どうしたいのですか?

  ヨシヒロを2・3回殺して、デスペナでも与えたいのですか?」

 「いやぁ俺らも、お前らに嫌がらせをしてくれって頼まれただけでな。

  オリジンが最終的にどうしたいか、なんか判んねぇな。

  案外、本人も判ってねぇんじゃねぇか?」

 何てこった。

 「じゃあ今から一緒に、ゴブリン狩りでも行きますか?

  どっちが多く狩れるか競争なんて、面白いですね」

 「ふーん、だがな、そんな事を始めたら、見張りだけ残して解散するさ。

  一人が付き合うだけで、お前らは狩りに行けない。

  俺らは普通に狩りをする…… どうだ?」

 「何、言ってるんですか、そんな事をしたら見張りを殺して、狩りに行きますよ。

  あなた方のレベルは知りませんが、PT全員でフルボッコにすれば、できるでしょ?」

 おお、嫌がらせ合戦になると、キールは強いな。

 お? 向こうも別の人間が出てきた。

 「埒が明かんな。

  どうだ、お前らもパンドラとか言うギルドを持ってるんだろ?

  合戦で勝負しようじゃないか」

 「合戦? このPTで出られるのは3人だけですよ。

  しかも1人はギルド員じゃありませんし」

 「お前らにだって、同盟ギルドくらいはあるんだろ?

  助けて貰えばいいじゃないか。

  もちろん、その時は俺らも同盟ギルドを出すがな」

 するとグラッチェが言った。

 「で? 合戦で勝敗を決めて、どうしようってんだ?

  勝てば満足なのか?」

 「いや? 賭けをするんだ。

  俺らが勝てば、お前らのギルドは解散。

  お前らが勝てば、俺らは嫌がらせを止めてやるよ。

  ギルドは作るだけでも、結構な金や労力が必要だからな。

  オリジンも納得するだろうさ」

 「話にならんな。

  こっちが勝てば、お前らが解散。

  もちろん、それ以降の嫌がらせも無しだ。

  こっちは一方的に嫌がらせを、受けているんだからな。

  そうでなくては公平ではないだろう?」

 「OK。

  日時はおって知らせる。

  対戦フィールドは選ばせてやるよ」

 「いいだろう」

 …… グラッチェ。

 あいつ等は去って行ったが。

 「どうするんだよ。

  負けたらパンドラ解散じゃんか」

 「済まんな、お前のギルドの事なのに。

  だが、負けさせはせんよ。

  今日の狩りは中止だな。

  レクイエムでも可能な限りの戦力を集める。

  そっちでも、動いてくれ」

 いや、それは動くけど。




 「ヒャッヒャッヒャ、あいつらバカだぜ、勝てるつもりでいるんじゃあないだろうな!」

 「だいたい、賭けの代償を公平にしたって。

  勝ち目がないなら同じことだって、判んないかな」

 「あいつら、こないだまでギルメン5人しか居なかったんだろ?

  今は10人超えたらしいが、追加人員は全員、製造とか一般スキル持ちらしいじゃねぇか」

 「どっちにしろ、こっちは60人超えてるんだ。

  10や20のギルドじゃあ、話にならんよ。

  それにレベルも、上は90代もいるからな」

 「でもグラッチェとか言うやつは強気だったよな、あいつパンドラの一員じゃなかったんだろ?」

 「自分に関係ねぇからじゃね?」

 「ふむ、まあ一応、同盟ギルドも呼んでおくか」

 「考えすぎじゃね?」

 「念の為だ。

  あいつ等は低レベルでギルドを作った。

  と言う事は、高レベルの別キャラがいる可能性が高い。

  もちろんそれを出す事は適わんが、友好なギルドがいるかもしれんからな」

 「OK、OK。

  だが俺らの優位は動かねぇって。

  俺らの同盟ギルドには、ウロボロスの従属ギルドもいるしな。

  あそこは大所帯だから、声かけとけば結構集まるんじゃね?」

 「まあ幾ら友好があろうと、低レベルのPTギルドと同盟組むギルドなんか、そうそう無いって。

  今頃は、知り合いに頼みまくってるって処かな。

  だが、低レベルの狩りギルドを助ける為に、合戦に参加しようなんてギルドは、そうは無いはずだからな」

 「そうそう、第一、ギルド内で合戦に出れそうな奴って、マスターのサムライと司祭だけだろ?

  自分の所でも2人しか出ないギルドに、どんな助けが来るんだよ」

 「ああ、弓職はハンターみたいだし、戦士の奴が騎士でもギルド外の人間だからな。

  後はどう見てもネタキャラだしな」

 「まあ、今度の合戦は象が蟻を潰す様なモノってか?」

 「…… しかし、本当に良かったのか? オリジン。

  これで、銀行に貯えていた金もアイテムも、全部放出したんだろ?」

 「どうせ最強装備は、奴の罠にかかった時に消えているんだ。

  一からやりなおすさ。

  だが、奴に意趣返しだけは、して置かなくてはな。

  俺がギルドに追放され、シークレットにも無視され……

  レベルも装備品も…… クソッ。

  ギルドマスターだと? 巫女食堂だと? ふざけやがって!」

 「落ち着けよ、オリジン。

  まあ少なくとも今回の件で、ギルドは解散。

  となれば、奴のPTも解散するだろう。

  ギルド内で築いてきた関係もパァになるだろうさ」




 「フ…… ン。

  まあいい、全てはそれからだ。

  先ずは奴の周りを剥いで…… それからだ」



[11816] 十五話
Name: ハリコの豚◆40baa12f ID:62227e72
Date: 2009/10/03 19:12
 当日、俺たちは相手方と、合戦前の打ち合わせを行った。

 「ヨシヒロ、よくも俺の前に顔をだせるな」

 「おお、オリジン、久しぶりだな。

  ちょっかい出して来たのは、今回もお前の方からだろ?」

 「! …… お前にとっては久しぶりでも、俺にとっては……

  まあいい、今日はお前のギルドが解散する日だからな」

 「君がパンドラの壷のマスター、ヨシヒロ君か。

  俺が今回の代表ギルド、”アルビオン”のマスター、ジョンブル岡田だ」

 「ええっと、岡田さん」

 「ジョンブルで結構」

 「…… ジョンブルさん。

  今回の大将は、そちらが貴方で、こちらが俺。

  でいいんですね」

 オリジンは未だ合戦に出れるレベル…… と言うか、職ではない。

 「そうだ。

  そして、負けた方がギルドの解散となる。

  これは試合の勝敗条件として、NPCが管理する事になるから。

  敗者のギルドは自動的に消滅する。

  ごねる事はできんぞ……

  正直、今回の話は、俺にとっても本位ではない。

  だが金も受け取ったし、義理もある。

  悪いが潰れてもらう」

 「こっちとしても、そう簡単には潰される訳にはいかないので」

 「…… いいだろう」




 「なあ、グラッチェ」

 「何だ?」

 「何かドキドキしてきた」

 「心配するな、どう考えても負けはない。

  いっそ、圧倒的ではないか…… とか言ってみるか?」

 それ負けフラグ。

 「まあ、実際に圧倒的ではありますが、油断だけはしないでくださいよ」

 とはキール。

 「俺を含めて、歴戦の者ばかりだ。

  弁えてはいるつもりだ。

  じゃあ、俺は配置に付くから、お前はどっしり構えていれば、それでいい」




 先鋒の中央は、ウロボロスを中心に。

 その下部組織の皆さんと、友好同盟の皆さんが左右に展開している。

 更に外側前方、右側をレクイエムと、その友好同盟の皆さん。

 左側を花鳥風月と、その友好同盟の皆さんが展開している。

 第2陣はブルームーンライトと戦国乱世、そしてその友好同盟の皆さん。

 第3陣は、解散したチャーリーブラウンと愉快な仲間たちの伝で、集まって来てくれた皆さん。

 その他、有志の皆さんも、第3陣に組み込まれている。

 そして本陣は、全日本巫女愛好会リーングラット支部と、その友好同盟の皆さん。

 Y字型の鶴翼陣を敷いている。

 すごい人数になったな。




 「何なんだ! あいつらは!」

 「ちょ、聞いてねぇよ! 何であんなにいるんだよ!」

 「おい! 真ん中の奴等、ウロボロスじゃねぇか! あいつら味方じゃなかったのか?」

 「今確認している!

  『今回は親ギルドが、そちらの敵方に付く事になったため、味方することはできない。

   親ギルドに事情を説明した上で、不参加となった。

   これは、当方の精一杯の誠意だと思って欲しい』…… だとぉ?

  何だそりゃあ!」

 「それにしても、多すぎだろぉよ」

 「大変だ! 敵の左はレクイエムだ!」

 「な、なんだってー!!」

 「バカな事を言うな! 右側の敵には花鳥風月がいたんだぞ! ありえんだろう!」

 「ありえんと言えば、この人数自体がありえんのだ!」

 「…… どう言う事だ? ジョンブル。

  今回の戦は、弱小ギルドを揉み潰すだけだと言ってなかったか?

  本来は、俺たち同盟ギルドを呼ぶまでもないとか。

  それとも、俺たちが揉み潰される側だったってオチか?」

 「ま、待ってくれ、こんなハズじゃあ…… 」

 「俺たちが待っても意味ないだろ?

  まあ、お前らはここで終わるみたいだし。

  最後の戦に付き合うくらいはしてやるさ」

 「…… クソがっ!

  いいか! 相手の大将は、火トカゲ狩ってるようなレベルだ!

  何とか…… 何とか敵大将の所までたどり着くんだ!

  それだけで勝てる!

  速攻で行く! いいな!」




 「伝令! 先鋒が敵陣と接触! 敵陣形は偃月陣!」

 「ごくろうさまです」

 「あ、ありがとう」

 むぅ、明らかにキールの方が慣れている。

 「敵は大将共々、突っ込んできたようですね」

 「この人数にか?」

 「万が一にも貴方に届けば、形成の逆転もありえますからね。

  と言っても、抜けませんよ、これは」

 「任せてください、うちのマスターより、万が一にも負けぬようにと、厳命されていますから」

 これは巫女会のワイズメンさん。

 浪人で参加できない、刹那さんの代わりに巫女会を率いて参加している。

 「いやぁ、巫女会もたくさん来てくれて、助かります」

 「いえいえ、自分達の半分にも満たないギルドに、親ギルドが潰されたとあっては。

  恥どころの話ではないですからね。

  まあ参加できるのは、70名そこそこですが」

 いや、それを言うのなら、うちは敵の1/5しかいないんだけど。

 「しかし流石は我等の親ギルドですな、ここまでの動員力を持っているとは……

  いや、実際はパンドラに従属する事に、否定的な者もいたのですよ。

  もちろん、あなた方に巫女食堂を運営していただいて、その数はグンと減りましたが。

  しかし、これで決定的に、従属に対して文句を言う者はいなくなるでしょうな」

 「いや、俺もここまで集まるとは……

  正直、思っても見なかったよ」

 ワイズメンさんに、素直な気持ちを答えると、キールがこう言った。

 「この人数は不思議ではありませんよ。

  例えばレクイエムですが、彼らに取っても全力で戦う理由があります」




 「どんな?」

 「まず、この戦い自体ですが。

  アルビオンがパンドラに対して売った喧嘩を、実際に買ったのはグラッチェ君ですよ。

  彼自身、切れてた節もありますが。

  正義の味方を象徴するレクイエムとしては、願ってもない敵でしょうね。

  そこそこ有名になった『毒蜘蛛の森の粘着PK』が、運営が用意したペナルティーを喰らって尚。

  復讐の為に金で雇ったギルド。

  何と言うか、見事なまでの悪役ですよね。

  レクイエムも実力のあるギルドですが、マスターがロストしている今。

  トップギルドの認識から転落しない一番の方法は、正にトップギルドとして認められた所以。

  『正義の側に立つギルド』として、周囲に再認識させる。

  絶好のチャンスと言える訳ですよ。

  僕たちと違って解散こそ懸かっていませんが、意気込みは僕たち以上かもしれませんね。

  ここで負けたら、トップどころか一流と呼ばれる事も危ういですから」




 「正義の味方も大変なんだな……

  じゃあ、花鳥風月はどうなんだ?」

 「彼らこそ、我が事以上に必死ですよ。

  だいたい、パンドラを作ったのは彼らですよ?

  ここで解散なんかされた日には、泣くに泣けませんよ。

  それにレクイエムが本気ならば、それ以上に本気で僕たちを支援しないと。

  パンドラが結局はレクイエム寄り、なんて言われたら。

  またチルヒメさん達が、裏切ったの見捨てたのと言う話になります。

  まあ、こう言う処でレクイエムと共闘するのも。

  花鳥風月がパンドラと同盟している理由の一つだと、僕は考えていますがね」

 「そうか、パンドラのギルド開設費は花鳥風月が出したんだもんな。

  ギルド経験値は巫女会が稼いでるし……

  俺ら何もやってなくね?」

 「同盟やギルド員を増やしたりはしているでしょう?

  一時的とは言え、これだけの人数を動員できるギルドは、他にありませんよ」




 「今一つ実感が湧かないが……

  ウロボロスもかなり協力的だよな」

 「ああ、彼らに協力を要請に行ったのは僕ですが。

  実は敵方の同盟ギルドに、彼らの従属ギルドがあるらしいんですよ。

  それで、レクイエムと花鳥風月にも当然協力を要請している、と告げると。

  立場を明確にしなければ、悪者側に分類されるとでも思ったんでしょうかね?

  積極的な協力を約束してくれましたよ」

 「キール?

  まさか脅したりしたのか?」

 「いやですねぇ、ヨシヒロ君…… 」

 …… え? その後は?

 脅してませんよ、とか言わないの?

 「それから、ブルームーンライトが協力的なのは、言うまでもありませんね。

  この合戦の原因がオリジンにある以上、追放したとは言え、他人事ではありませんよ。

  元ブルームーンライトのオリジン。

  在籍期間が長かっただけに、後々まで尾を引くでしょうね」




 「なるほど……

  じゃあ、戦国乱世の人たちや、第3陣に居る人たちはどうなんだ?

  彼らには、そこまでの理由が無いと思うが」

 「祭りですね」

 「…… 祭り?」

 「先程も言いましたが、これだけの規模を動員できるギルドは他にありません。

  うちとしても、余程の理由がなければ、2度とこれはできません。

  まあ、歴史に残る戦いと言っても、過言では無いですね。

  その戦いに、勝利が確定している側から誘われたらどうします?

  乗るでしょう? 普通」

 「じゃあ…… まあ、戦国乱世の人たちは同盟ギルドだから、比較的に積極的だとしても。

  第3陣の人たちは、お祭り気分なのか」

 「まあ、数は力ですからね。

  それに、祭りだからこそ奮闘してくれる人たちも多いと思いますよ?」

 まあ、それもそうか。

 と、前の方が騒がしくなったな。

 敵が来たか?




 アナウンス?

 「合戦の終了をお知らせします。

  勝者、ギルド、パンドラの壷。

  敗者、ギルド、アルビオン…… 」




 ええっと。

 何もしない裡に、終わっちゃった。

 本陣は一人も動いてないよ? うん。

 それじゃあ、あんまりなんで、言い方を変えてみるかな?

 『この戦いは伝説の戦いとなった…… 』




 合戦のメリットとしては、ギルド経験値の(通常の狩りと比べて)大幅増加。

 そして、勝者側の参加数と敗者側の参加数、及び敗北のペナルティーに応じて、レアアイテムの配布。

 今回は勝者として、かなりの数のレアアイテムをゲットしたが、全てを参加してくれた味方の皆さんに渡した。

 俺もキールも、話してただけだもんな。

 まあ、分配はチルヒメとキールに任せたので、俺は本当になにもやってない。

 そして、合戦場の控え室から出ると……

 アルビオンの人たちが、オリジンを吊るし上げていた。

 まあ、ゲームだから実際のダメージは無いはずだが。

 どうしよう、声をかけた方がいいのかな?

 無視するのも何だが、勝者から声をかけるのもな……

 とりあえず、通路なので、近づくしかない。




 「ヒ、ヒィーッ! ま、まってくれ。

  俺たちの負けだ、もうギルドは解散されちまった。

  もう勘弁してくれ。

  オリジンの奴は、キッチリと制裁しとく。

  もう、俺たちからアンタらに関わる事はねぇよ。

  約束する!」

 トラウマになったようだ。

 「判った。

  今回の件はコレで終わりだ。

  それでいいな」

 「あ、ああ、もちろんだ」

 元アルビオンの人たちが、ガクガクと頷く。

 うむ、一件落着。




 今回の件で、俺たちのギルドは結構な噂になった。

 味方をしてくれた人たちと、友好な関係にはなったが、同盟は結ばなかった。

 どうも花鳥風月の同盟者たちは、アンチレクイエム派らしい。

 花鳥風月は、派手にレクイエムと戦い合っただけに、アンチレクイエム派の盟主的位置にいるのだとか。

 だからこそ、レクイエムの同盟者たちとは折り合いが悪く。

 他のギルドも含めて、ヘタに同盟者を増やすと微妙すぎる関係ができてしまうのだ。

 本当に、今回の動員は奇跡みたいなものだったんだな。




 今日の獲物もロックゴーレム。

 グラッチェがタゲを取って、俺とデス娘を含めて、毒武器アタック。

 チルヒメは風矢と水魔法で、ミッシェルは矢を入れ替えながら。

 キールの支援の下で倒していく。

 「やっぱ、こう言う普通の狩りがいいよね」

 「そうだな、だがお前も、もう有名ギルドのマスターだ。

  厄介ごとは増えるかも知れないぞ?」

 「嫌なこと言うなよ」

 「…… 事実」

 デス娘まで。




 「ギルド員の補充?」

 「うん、ピリカも頑張っているけど、予想以上に食堂が繁盛してね。

  料理スキルを持っている人を補充してほしいんだ。」

 とはプシけの意見。

 「一応、枠に余裕はあるが、皆はどう思う?」

 「そうですね、いずれはグラッチェさんの代わりの前衛を募集するとしても、現在の定員枠は15名。

  後から定員枠を増やすこともできますし、いいのでは?」

 「しかし、農場や牧場、それに倉庫の増築も待ってもらっている状態です。

  ここは募集するとしても、最大2名に留めるべきでしょうね」

 「そうじゃの、ワシらも色々な武器・防具・装飾品を研究しておるが、うまく行っておるとも言い切れん。

  冒険組のレベルが上がれば、レアアイテムの拾得も出てくるじゃろうし、倉庫の拡大は必要じゃの」

 「そういえば、俺達まだレアアイテム出したことないよな」

 「レベル上げ優先で、レアを出さない敵を相手にした方が多かったですからね。

  まあ、低レベルのレアなど出すだけ無駄という感覚が、僕たちにあったのは事実ですが。

  おっと、話がそれてしまいましたね」

 「とりあえずさー、募集するだけしてみたら?

  巫女萌え会の連中も頑張ってる事だし、ギルド経験値はあんまり問題にならないと思うなー」

 「でもミッシェル、巫女会の厚意に甘え続けるのもなんだか…… 」

 「そうは言ってもさ、現状は経験値集めを競い合っても、勝ち目ないし」

 「まあ、その辺りは追々考えるとして、現状ピリカが困っているのは事実でしょう。

  料理スキルのある定員を2名補充、と言う事でいいのでは?」




 「でも一つ問題があると思うよ」

 「あるるかん、問題って?」

 「今、結構な人数がパンドラに入りたいって、言ってきてるのは知ってるよね。

  でも俺たちは、今ギルド員を募集していないと全て断ってきた」

 「実際に、私達はあの方々を受け入れるだけの定員枠を、用意できませんから」

 チルヒメに美々子が続ける。

 「しかし今回は、こちらから募集する。

  大半の方々は納得できるでしょうが、納得しない方も絶対に出てきますわ。

  その辺りはどう考えていますの?」

 「いっそギルド員は増やさずに、巫女会の料理スキルを持ってる人に手伝いを頼めば?」

 俺が言うと、ピリカが返してきた。

 「当面はそれでも乗り切れますが、やっぱり専門の料理人としてギルド内に居てもらった方が。

  安心できます」

 「まあ、手伝いより本職として居て貰った方がいいよな」

 とは言っても、流石に引き抜く訳にもいかないしな。




 「募集は、ギルド名を伏せて行いましょう。

  基本的に厨房担当ですから、目立ちませんし」

 とはキールの意見。

 「そんな事をして、後でバレた方が問題にならないかな」

 これは与作。

 「ギルド名を伏せて募集するのは、パンドラに入りたい人を募集するのではなく。

  巫女食堂で、料理を作りたい人を募集するからです」

 「いや、キール、巫女食堂で、って言うのも伏せるから」

 「まあ、いいんじゃないの?

  いつかは、グラッチェの代わりを募集するんだろ?

  遅かれ早かれ出てくる問題だって。

  料理人の募集でオタオタする様なら、前衛の募集なんて出来ないぜ」

 これはアルベスト。

 確かにその通りだ。

 「皆ごめんね、私が頼りないばっかりに」

 「…… 気にするな」

 デス娘の言う通りだ。

 ピリカが気にすることはない。




 『料理スキル持ち2名募集。

  当方、ギルドアジトで食堂を経営しております。

  現在は中規模の食堂で、料理人が1名しかおりません。

  ギルドへの参入が可能な、料理スキル持ちを募集しております。

  高熟練度の方、歓迎。

  詳細は、掲示板に書き込みのあった方から、順次連絡させて頂きます。

  尚、定員になりましたら、締め切りとさせていただきます』

 とりあえず、こんな物でいいだろう。

 「確認は、時間的な余裕のある製造組で頼むよ。

  実際の面接はピリカが主で、俺かチルヒメが立ち会うって事でいいかな」

 「はい、ありがとうございます。

  食堂の拡張も含めて、私ばかり、なんだか悪いですね」

 「いやいや、それが一番巫女会の喜ぶことだしね。

  実際、経験値は彼らが稼いでくれてるんだし」

 「それに情けないが、ワシら製造組は不振じゃしのぅ。

  ネタ装備も売れん事はないが、ニッチ商売には変わりない。

  一番売れておるのが、美々子のパチグッズじゃが。

  あれは装飾加工で作った高価な品より、裁縫の技術で作った安物の方が売れておるからのぅ」

 「まあ、装飾加工で作った物だと装備アイテム扱いで、能力を付加して高価にもできるけど。

  服みたいな裁縫の技術で作るものは、あくまでも趣味のものだからねぇ。

  それでも普段着として売れるけど、デザインがパクリ物なのが割れてるから、高くもできない」

 「すまんの、マスター。

  そのうち、必ずなんとかするわい」

 「まあ、焦らないでよ、ゴン爺。

  今は試行錯誤の時だけど、その内きっと波も来るさ」




 つーか、一番ギルドに貢献してないのが、俺たち冒険組だったりするんだけどね。



[11816] 外伝2
Name: ハリコの豚◆40baa12f ID:62227e72
Date: 2009/09/30 18:13
 「こんちは! オリジンさん。

  昨日はどうもっした」

 「お? ヨシハルか。

  ロンリーも…… 今日も一緒か?」

 「こんにちは」

 「おう、今日も行くか?」

 「え? 流石に2日つづけては悪いッスよ」

 「いや、今日一緒に狩る予定だったギルメンが入れなくなってな。

  唐突に時間が空いたんだ」

 「ここでボーっとしてるよりは、お前らの壁やってる方が生産的だろ?」

 「じゃあ、お願いします」

 「おー、昨日と同じ大猿でいいよな」

 オリジンさんは、俺とロンリーがペアで狩ってる時に助けてくれた、高レベルプレイヤーだ。

 俺はアーチャーで、それまでずっとソロ狩りしてたんだけど、初めて組んだPTでロンリーと会った。

 PTは1時間程度で解散したけど、時間の余った俺とロンリーは、ペア狩りしてたんだ。

 ちょっとピンチに陥った処を、通りかかったオリジンさんに助けてもらって。

 その後、暇してると言うオリジンさんに、レベル上げを手伝ってもらった。




 「何? お前本当に初心者なの?

  じゃあ、それ1stキャラ?」

 「うん、まあ本当は1度、間違えた名前で作ったキャラが居たけど、レベル5くらいで消しちゃったし」

 「間違えた名前って?」

 「俺、本名は良治(リョウジ)ってんだけど、それを読み替えてヨシハル。

  でも、間違えてヨシヒロにしちゃったんだ」

 「バッカでー」

 「うん、作り替えたよ。

  ロンリーは別キャラいるの?」

 「まぁな、1stは今70超えてるな」

 「へー」

 こんな感じで話しながら狩りが出来るのも、オリジンさんがタゲを取っていてくれてるからだ。

 「お、レベルが上がった」

 「おめー」

 「おめー」

 「ありがとう」




 「でも本当に、オリジンさんが助けてくれて、ありがたいですよ」

 「いや、ギルドでも低レベルのレベル上げとか、してるからな

  結構なれてるからよ。

  まあ、お前らもレベルが上がったら、ウチに紹介してやってもいいぜ」

 「いえ、おれは別キャラいるんで」

 ロンリーは断ったが、俺は興味あるな。

 「どんなギルドなんですか?」

 「ああ、ブルームーンライトっつってな、中堅ドコの合戦ギルドなんだが。

  まあ、俺は少し後に入ったんで、マスターや副マスじゃないが、ナンバー3って位置にいるかな。

  ギルド内にも、俺が育ててやったヤツが結構いるしよ」

 「すごいんですね」

 「いや、まあ低レベルの支援とかしてたら、普通に感謝されるじゃん?

  別に派閥って訳じゃねぇけど、俺を慕ってくれるヤツとか出る訳よ」




 「…… お、済まんがギルドに呼ばれた、いかなきゃならん」

 「あ、はい。

  レベル上げありがとうでした」

 「ありがとうございました」

 「お、じゃあな」

 オリジンさんは行ってしまった。

 俺もレベルが上がったら、低レベルの手伝いとかしてみたいな。

 弓職じゃ、難しいかな?

 「じゃあ、俺も落ちるわ」

 「あ、うんじゃあ、おつ」




 このゲーム、始めてよかったな。

 みんな良い人ばっかりだし、ゲームも凄く楽しいし。

 でも、ハマり過ぎない様にしないとな。

 高校でオタクデビューってのも何だし。

 よし、今日はログアウトしよう。



[11816] 十六話
Name: ハリコの豚◆40baa12f ID:62227e72
Date: 2009/09/30 18:24
 俺たちは今、白Dこと、ホワイトボーンダンジョンに来ている。

 白い骸骨風の壁が続く、このダンジョンの特徴は。

 「…… 罠」

 そう、今デス娘が先頭を歩いている理由にある。

 全員が立ち止まり、デス娘の解除作業を見守る。

 何故、態々こんな罠だらけのダンジョンに潜るかと言うと、この地下3階にある狩場が美味いからだ。

 いや、俺は行ったことないんだけどね。

 「1階と地下の1・2階は罠だらけだけど、地下3階は罠が無いからな。

  解除系のスキルがいるが、奥の大蟻たちが、美味いんだ。

  もうすぐ皆、レベル60になるし、63まではここで一気に上がる。

  多分、明日はスキル取り休日だな」

 「そんなに美味いのか?」

 「この罠を抜けれたら、の話ですがね。

  ここに限らず、罠や隠し扉の先にある狩場は、比較的レベルが上がりやすいんですよ」

 「そうなんだ」

 「盗賊系に対する救済策でしょうね」

 チルヒメはそう言うけど、救済?

 「デス娘なんか見てると、俺より強い様に感じるけど」

 「デス娘は短剣以外の武器も持ってますし、盗賊系でも攻撃に特化したアサシンですから。

  普通のシーフなどは、盗賊らしい活躍ができないのなら、職の存在理由が薄れますし」

 そんなもんかな?

 「普通のシーフとかローグだと、前衛には勝てないんだよね。

  後衛とか支援職なら勝ち目はあるけど」

 ミッシェルはそう言うが……

 「そうなの?」

 「まあ、デス娘は前衛として長柄物で戦っているがな。

  本来、盗賊系は弓や投擲などの遠・中距離か、近距離でも短剣を左右持ちで、攻撃の回転力で勝負だからな。

  特に高レベルのスキルは、アサシンや忍者以外は、搦め手の充実になってくるから。

  攻撃力をガンガン増していく前衛には、ついて行けなくなる。

  盗賊系は、あくまでも補助系の職と見られるな」

 そういうものか。

 「まあ、デス娘さんに限っては、並みの前衛じゃあ太刀打ち出来ないような育ち方をしてますからね。

  最初から戦士系より強い盗賊系が、コンセプトなんでしょう。

  格好も死神ですし。

  プレイヤースキルも併せて考えると、ヨシヒロ君じゃあ勝ち目は少ないですね」

 …… キール。

 デス娘も、コクコクと頷いてるし。




 よし、地下3階に到着だ! 狩りまくるぞ!

 「…… なあグラッチェ」

 「何だ?」

 「敵が今まで以上に、気持ち悪いんだけど」

 「かもな」

 「いや、おかしいだろ?

  白いワニって、白いだけならともかく、内臓透けてるじゃん!

  何? あの血管はしりまくった白蝙蝠は!

  あの白ねずみも、デカいし! 透けてるし!」

 「…… 直ぐに慣れる」

 「いや、デス娘! 無理、あれはヤバイって」

 「大丈夫だよ、狩ってれば消えて行くから。

  つか、ねずみはコッチで狩るから、ワニお願いね、ワニ」

 「近づきたくないのでしたら、桔梗やブラウンちゃん達もいますし。

  弓で後衛に廻ってはどうでしょうか」

 「そ、それだ! よし、今日の俺は後衛だ!」

 「まあ、仕方ないか」

 「生理的にダメな人もいますからね。

  まあ、弓で狩ってる裡に慣れるかもしれませんが」

 お前は攻撃しないから良いよな、キール。




 狩が終わって、アジトへ帰ってきた処で。

 「ヨシヒロさん」

 「ん? ピリカか、どうした?」

 「一人、料理人の面接に来る人がいました。

  ただ、名前を書いてないんですよね。

  夜まで公園にいるそうですが……

  まあ、こっちもギルド名を書いてないんで、警戒してるんですかね?」

 「ふーん。

  とりあえず一度、会ってみるか?」

 「じゃあ、今から掲示板に書き込んで、来てもらいますね」

 「いや、俺も公園に行くから、そこで会おう。

  もし断って、その人がウチのギルドの募集だとバラシたら。

  面倒になるかもしれないからな」

 「でも、ヨシヒロさんが居れば、バレバレでは?」

 「いや、名前は知られてるかも知れないが。

  顔はまだ知られてないだろ?」

 「そうですかね?

  まあ、公園が良いのなら、そうしますか」




 …… どうしよう。

 「…… フッ、フッハハハハハッ。

  まさか、お前の所だとはな」

 「オリジン…… お前、料理人に?」

 「判っているだろう、ヨシヒロ。

  俺は全てを失った。

  もう、まともに狩りをする事すら出来やしない。

  ああ、昨日までレベル上げすらしてなかったのは、不幸中の幸いかな。

  一般スキルを1つ取って、何処かのギルドに拾って貰おうと思ったのさ。

  俺のことを知らないギルドだって、今ならまだあるだろうからな。

  …… 満足か?

  …… いや、お前にとってはそれすら、どうでもいい事なんだろうな。

  判ってるさ…… 邪魔したな」

 「…… なあ、オリジン」

 「言っておくが!

  …… 同情は要らん。

  もうお前に突っかかって行く事はしない…… いや、出来ない、か」

 …… オリジン。




 「いやぁ、びっくりしましたね」

 「何と言うか…… 何とも言えんな」

 「まあ、明日もまた募集を続けますよ。

  幸い巫女会の人たちが、しばらく手伝ってくれる事になりましたんで」

 「そうだな」




 今日はPT狩りの休日。

 皆スキル取りに行く筈だ。

 俺が取るスキルは、もちろん斬剣法。

 とりあえず修得して、最初の能力は攻撃力+と”抜刀術”のアクティブ技。

 ちょっと案山子で練習してみるか。

 ん? 刹那さんがいた。

 「こんちは」

 「あ、ヨシヒロさん、こんにちは。

  熟練度上げですか?」

 「さっき斬剣法を修得したんで、抜刀術を試してみようと思って」

 「…… 抜刀術使いになるんですか?」

 「いや、試してみるだけですけど、何かあるんですか?」

 「いえ、ある意味、抜刀術サムライは、究極のネタ職なんで」

 「…… そうなの?」

 「抜刀術の特徴は、使用者の全MPと引き換えに、敵単体に強力な1撃を与える技です。

  MP1でも使えますが、MPの残量があればあるほど強力になりますし。

  使用後はMPの自然回復が、5分間は開始されないので、普通は満タン状態で使います。

  通常の攻撃力に、使用したMPに応じた倍率が掛けられますからね」

 「それ、何てマダンt」

 「単体にしか効きませんがね」

 「でも、究極って程では無いんじゃないですか?」

 「1回使用する毎に、5分+MP回復分のインターバルが必要ですからね。

  刀を鞘に戻す必要もありますし。

  熟練度の上げ難さは、他の技の比ではありません。

  しかもゲーマーは、『だからこそ』熟練度を上げる人が、少なくないですからね。

  しかも抜刀術って、何と言うか浪漫じゃないですか。

  中途半端に上げてへたれたり、上げる心算は無いけれど、つい使ったりする人が多いんです。

  つまり、よっぽど気合入れて上げないと、『その程度は普通に使える人居るよ』と返されます」

 「つまりは少々上げても、皆使えるから、TUEEEEEできない…… と」

 「まあ、それだけに、一定水準を越えると、尊敬されますね。

  ある意味」

 「ある意味、ですか」

 「ちなみに、実は槍や弓でも使えるので、使ってみせると。

  知らなかった人にはウケますね」

 そうですか。




 刹那さんは弓の訓練に行ったけど、俺は刀の訓練だな。

 いいさ、1度くらいは使わないとな。

 浪漫だし。

 ズッパーン。

 …… いいな。

 でも5分に1度は辛いな。




 次の日は…… また白Dか。

 「グラッチェ、お前は何のスキル取ったんだ?」

 「俺は”叙任”だな。

  騎士用の”奥義”みたいなもんで、戦士スキルと騎士スキルの底上げをするスキルなんだ。

  上位の技とかも覚えるしな。

  まあ、ついでに言えば、身分が騎士から正騎士になったが、これは大して変わらん」

 「ふーん、他の皆は?」

 聞いてみると、チルヒメとミッシェルは、それぞれ魔法使いと弓術の奥義を修得。

 キールも奥義に相当する”秘跡”を修得し、司祭から司教になっていた。

 デス娘は”暗殺”で、ハイディング状態の時に、攻撃力や攻撃速度、クリティカル率などが上がるスキルを修得。

 「もしかして、みんなスキルの底上げを取ってる?

  俺だけ出遅れ?」

 「いえ、デス娘の場合は、奥義は別にあります。

  グラッチェさんやキールさんは、正統派スキル取りを一直線なので、このタイミングになりますが。

  ヨシヒロさんやデス娘は、忍遁と長柄武器で、それぞれ1クッション置いてますから。

  ミッシェルも隠身を取っていますが、罠系のスキルを捨てていますし。

  私の場合は、基本から外れていますから」

 「まあ、正統派のスキル取りが安定して強いのは確かですが、それが正解と言う訳ではありませんよ。

  例えばデス娘さんは、短剣使いの正統派アサシンより強くなると思いますよ?

  まあ、これまでの経験から考え抜いて選んだスキル取りでしょうから、当然かもしれませんが。

  それにソロで一番効率を出せるのは、チルヒメさんになると思います」

 「そうなんだ」

 「まあ、弓と範囲魔法で高殲滅力だし、回復魔法で長時間対応だし、桔梗もいるしね。

  経験値の半分を桔梗に取られても、ペア狩りと同じで、効率は上だしね。

  あたしもブラウンとバイオレットが居るけど、チルヒメちゃんの殲滅力には勝てないし」

 なるほどねー。




 相変わらず、ここの敵はキモイけど、少しは慣れたので前に出る。

 でも千鳥は使いたくないので、槍を使う。

 「おお、その槍は火属性か、いいじゃないか」

 「まあね、お前は属性武器使わないの?」

 「銀行に幾つか預けてあるが、まだ装備できないし、買うのもなんだしな」

 「あー、なるほどね」

 よし、槍で抜刀術(?)を使ってみるか。

 ズシャアァーン!

 おお、1撃で倒せた。

 「ヨシヒロ、それは熟練度上げないと、意味無いし。

  そもそも、MOB相手に使う技じゃないから」

 「いや、使ってみたかったんだって」

 「いいじゃありませんか、使わなければ、熟練度も上がらないのですから」

 「いや、だから熟練度を上げるにしても、あえて抜刀術は無いと思うが」

 「でもヨシヒロさんは、そもそもアクティブな技を使いませんし…… 」

 「だが、抜刀術が最も熟練度を上げ難い技なのは…… 」

 ああ、グラッチェとチルヒメの言い争いも、何だか久しぶりな感じがするな。




 狩が終わって、アジトへ帰ってきた処で。

 「ヨシヒロさん」

 「ん? ピリカか、どうした?」

 「一人、料理人の面接に来る人がいました」

 「…… 何だかデジャブが」

 「今度は大丈夫だと思いますよ?

  御名前はR・ノヴァさん、男性の方だそうです」

 「じゃあ、また公園で待ち合わせにしようか」




 「こんにちは、ピリカと言います、貴方がR・ノヴァさんですか?」

 「ああ、俺がR・ノヴァ。

  ノヴァでいい、宜しく」

 「俺はヨシヒロです、宜しく」

 「それで、君たちのギルドに入って料理をすると言う事だよな」

 「ああ、実は俺たちのギルドは、低レベル…… と言っても、何とか60代までたどり着きましたが。

  その狩りギルドなんです、規模としては、未だ12人しか居ません。

  偶々、開いた食堂が思ったより繁盛したので、料理人を募集したのです」

 「そうか…… だったら一つ注文があるんだが、いいだろうか」

 「何でしょうか」

 「実は俺はレベル100…… もうカンストしている。

  戦士として狩りを続けて、レベル100直前で……

  例のログアウト事件だ。

  愚痴を言っても始まらないが、100になったら別キャラを作る予定だった。

  こうなっては仕方がないが、レベルが上がりきって、今更狩りも…… と思ってな。

  100の時に一般スキルの料理を取ったんだ」

 「なるほど、それで?」

 「正直、料理の熟練度は、まだ未熟と言っていいだろう。

  だが料理人として募集に応じたからには、そう扱って欲しい。

  俺なら、レベル60代の狩りを手伝うことも出来る。

  もし君らが合戦に出ているのなら、それなりの戦力にもなるだろう。

  だが俺は料理人として募集を受けた。

  狩りや合戦がしたいなら、他にも知っているギルドはいくらでもある。

  あえて、それらの伝手を頼らず、この募集に応じた訳を考慮して貰いたい」

 「なるほど、俺は構わないが、ピリカはどう思う?」

 「心配しなくても、狩りなんかしてる暇は1㍉秒もありませんよ。

  最近スキルを取ったって事は、まだまだ熟練度が低いって事ですからね。

  朝から晩まで、みっちりと、お料理の時間です」

 「ふむ、それで構わないなら、俺たちのギルドに来てくれ」

 「ああ、望む処だ」

 ノヴァがギルドに加わった。




 「ふむ、パンドラの壷か、最近どこかで聞いたような気もするが…… 」

 「ああ、ちなみに食堂は巫女食堂って言われてるから、そっちの方が有名かもな」

 「巫女食堂! 聞いた事があるぞ。

  なるほど、あそこだったのか……

  有名店って事になるのか?

  俺で大丈夫だろうか」

 「大丈夫ですよ、『早☆急』に熟練度を上げてもらいますから」

 もしかして、ピリカって結構、厳しいのかな?

 「う、うむ、精進する」




 皆を集めて、自己紹介をしてもらった。

 「R・ノヴァだ、呼ぶ時はノヴァでいい。

  宜しく頼む。

  俺は一応レベル100だが、このギルドには料理人として入ったので、戦士としてのレベルは忘r」

 バキィ!

 デス娘が、ノヴァの顔面を大鎌の柄でぶん殴っていた。

 「お、おい、デス娘」

 「…… 偉そう」

 「いや、いくらなんでもそれは」

 「ヨシヒロさん、実はノヴァさんはデス娘の前キャラの弟子だったんです」

 「…… 弟子?」

 「ま、まさか! お師匠様?」

 ガタガタ震えてるよ、ノヴァさん。

 「…… デス娘」

 相変わらずな自己紹介のデス娘。

 「ハ、ハハァ」

 ノヴァ…… 土下座するなよ。

 「お、お師匠様とはつゆ知らず、御挨拶が遅れて申し訳ございませんでしたぁっ!」

 「チルヒメ…… デス娘って…… 」

 「何といいますか、ノヴァさんは非常に要領の悪いところがあって。

  初心者の頃、デス娘には言い表せない程に、お世話になっているのです」

 「…… そうなんだ」

 「今はPTの殆どが、元高レベルプレイヤーですし。

  ヨシヒロさんも特にフォローを必要としない、プレイヤースキルなので目立ちませんが。

  元々デス娘は世話焼きな所がありまして。

  斯く言う私も、初心者の頃はデス娘に、お世話になったのですが。

  ノヴァさんは『特に』が付く感じでしょうか」

 …… そうなんだ。

 「あー、判る判る、私もエミューの時に苦労させられたッス。

  まあ、悪い子じゃないんだけどねー」

 「エミュー…… って、まさかレクイエムの?」

 「あー、そうそう、今はミッシェルって言うの、宜しくねー」

 「宜しくお願いしまッス」

 思ったより、すんなり溶け込めそう…… なのか?




 「チルヒメさん、あの人、要領が悪いんですか?」

 「あ、大丈夫だと思いますよ、ピリカ。

  頭が悪い訳ではないので。

  手順さえ間違えなければ、料理は熟練度でどうにでもなりますから。

  ついでに言えば、聞き分けの無いときは、デス娘の名前を出せば解決しますから。

  まあ、使わなくても大丈夫だとは思いますが」




 結論から言えば、ピリカはデス娘の名前を使う必要もなかった。

 「ピ、ピリカさん厳しい…… 」

 「大丈夫か?」

 「だ、大丈夫だ! ピリカさんが、俺の何倍も働いているのに、へたれている訳にはいかん。

  何としても、一人前の料理人になってみせる!」

 「ノヴァさん! 注文が3つ追加です! 2分で仕上げてください!

  後、下がったお皿の洗浄をお願いします!」

 「は、はい!」

 ある意味、狩場よりも慌しい雰囲気だな。




 この日、久しぶりにアナウンスが振って来た。

 「運営からの、お知らせです。

  2ヶ月後に大型アップデートを、予定しております。

  アップデート内容は。

  第一に、レベル90代以降を対象とした、高レベルマップを追加致します。

  それに伴いまして、高レベルモンスターの追加、及びレア装備品の追加が行われます。

  第二に、全装備品に耐久度を付加致します。

  それに伴いまして、装備品の修繕NPCが追加されます。

  また、武器製造、鎧製造、装飾加工の3スキルに付きまして、対応する装備品の修繕が可能となります。

  それぞれの詳細は、各城の掲示板をごらんください」



[11816] 十七話
Name: ハリコの豚◆40baa12f ID:62227e72
Date: 2009/10/02 00:44
 「やあ、ゴン爺、店番ごくろう」

 「お、戻って来たか、どうだった?」

 「流石に城には大勢いたね。

  まあ、90上MAPの情報は置いておくとして。

  製造系の情報だが、耐久力が下がった装備の修理は、NPCが置かれるらしい。

  つまり彼ら以上に安価な値段でないと、儲ける事は難しいだろうね」

 「むぅ、あまり期待できんのぅ」

 「だが、耐久力も上限があってね。

  修理すればするほど、その上限が下がるんだ。

  最後は壊れて修理できなくなる」

 「と言う事は、装備の買い替えは起こるか……

  しかし最終的に壊れると言う事は、装備品の価値自体が下がるのか?」

 「絶対とは言えないけど、価値は下がらないと思うよ。

  新しく追加される、修理用のドロップアイテムを使用すれば。

  俺たち製造職のスキルで、耐久力の上限をMAXまで戻せるらしい。

  課金アイテムでも出来るらしいけどね」

 「課金アイテムは考えんでも良かろう。

  しかし耐久力の上限を戻せるのなら、結局の所、装備品は売れんと言う事にはならんか?」

 「それはどうかな?

  耐久力の上限を戻すのに、充分な金額を取ればいい。

  それが装備品の買い替えと、どっちが安くなるかは相場次第になるだろうけど。

  儲けさえ出るのなら、そっちで儲けてもいいんじゃあないか?」

 「ふぅむ、ワシとお前、そして美々子とで手分けをして。

  友好ギルドの製造職とも、話し合ってみるかのぅ」

 「そうだね、ウロボロス派にレクイエム派、花鳥風月派にそれぞれ当たれば。

  かなりのギルドと連携が取れるんじゃあないかな。

  一大コミュニティーを作れば、市場の方向性も左右できるかな?」

 「何、大それた事など考えてはおらんよ。

  ワシらにそんな器量などはあるまい」

 「ま、それもそうだね」




 …… デス娘が変な服を着ている。

 「デス娘、何だ? それ」

 「…… 買って来た」

 デス娘が手に持った大金槌を、ズイッと掲げてみせる。

 いや、確かに、得物もいつもの大鎌じゃないが。

 「事前情報では装備の耐久力上限を、修理するアイテムはゴーレム系がドロップするそうなんです。

  でも彼らは、鎌などの刃物で戦うと、武器の損傷が激しいとか。

  それで比較的損傷の少ない、鈍器を用意したそうです。

  私達は弓を使った方が良さそうですがね」

 チルヒメが教えてくれた。

 うん、言ってる事は判る。

 同じ長柄武器だし、スキル的には変わらないだろう。

 慣れる為に、早めに使ってみるって処か。

 でも、俺が知りたいのはそこじゃなくって。

 「何で、いつもと格好が違うんだ?」

 「…… 様式美」

 …… 済まんデス娘、理解できん。

 今日のデス娘の服は、赤を基調に黒のアクセントが施された、ゴスロリ? 的な服装で。

 赤い帽子には、黄色い十字架? と白いウサギの顔みたいなものが、両端に付けられてる。

 何故か髪をおさげにしてるし。

 「説明しましょう」

 お、キール、判るのか?

 「かつて、とらいあんぐるh…… 」

 「そこからかい!」

 速攻で強烈な突っ込みを入れたのは、アルベストだが、すまんが更に判らなくなった。

 「まあヨシヒロ、昔ああいう格好のアニメキャラが居た、って事だけ覚えてれば充分だろ」

 「ああ、そうなのか」

 「デザイン画を渡されましたので、可能な限り再現をしたつもりですわ。

  ただの服ですので、耐久力は無きに等しいですが、それは今までも同じですものね」

 美々子が作ったのか。




 漸く白Dも卒業か、うれしいな。

 「次はドコへ行くんだ?」

 「そうだな、嘆きの塔はどうかな」

 「行けなくはありませんが、性急すぎませんか?」

 「すまんな、60を超えた辺りから、更にせっつかれてるんだ。

  はっきり言って、パンドラも有名ギルドの仲間入りをしているからな。

  ありえないとは言え、早めに俺をギルドへ戻したいんだろう」

 「ありえないって、何が?」

 「グラッチェ君がパンドラに入る事が、ですよ。

  まあ、安心したいって処ですね」

 「考えすぎたと思うけどなー」




 嘆きの塔は8階までの塔で、マミーやグリフォン、レイスやランドドラゴンなど。

 湧きは少ないが、強敵が多い狩場だ。

 敵が3匹も同時にやってきたら、全滅の可能性もある程だ。

 しかも皆アクティブだし。

 デス娘も本気モードか、得物を大鎌に戻している。

 服も死神風に戻しているのは、やはり様式美だろうか?

 「なあ、ヨシヒロ」

 「ん、何だ?」

 「お前の所のゴンザレス。

  彼がうちのギルメンと、えらく熱心に話し込んでいたが、次回の大型アップデートの件だよな。

  うちの友好ギルドを含めて、かなり大きく動いているようだが。

  うちの奴等は、まだ流動的だとか言って、話そうとせんのだ。

  何か知らんか?」

 「アップデートって事は、装備の耐久力の事だろ?

  製造職同士で打ち合わせするのは、不思議じゃないと思うが」

 「ふむ、今は彼らのやり方を信じて待つか」




 「今回の増設は、いよいよ庭園ですね!」

 「まあまあ与作、そう興奮するなよ」

 「だって、前回は釣堀の設置、前々回は倉庫の拡大、前々々回はまあ、農場の拡大でしたが。

  その前は牧場の拡大で、漸く今回、庭園の設置ですよ」

 「どうどうどうどう」

 「馬じゃないですよ!」

 「めずらしいな、与作があんなに興奮してるなんて」

 「まあ、優先順位を下げるのは判ってたことじゃろうが、前のギルドでも実現出来なかった庭園が。

  ここに来て、漸く実現するのじゃから、まあ無理はないと言った処かの」

 「へぇ、まあ確かに庭園は趣味の世界だからな。

  でも現実がゲームと重なった今は、それなりの意味はあると思うよ」

 「…… なるほどのぅ」

 「そう言えば、追加の料理人は未だ見つからないのですよね?

  ピリカはともかく、ノヴァの方は限界が近いのでは、ありませんの?」

 「だ、大丈夫ですよ、美々子さん! 俺はまだまだまだまだまだまだ元気ですから!

  戦士はタフさが売りですからね! ハハハハハハハハハハハハハハハハハ…… 」

 うん、限界は近いらしいな。

 「しかし、こればかりは、募集を掛け続けるしかないですからね。

  巫女会の皆さんも、充分に協力してくれていますし」

 「でもさー、チルちゃん、ピリカちゃんは全然平気なんだよ?

  単にノヴァ君が、へたれなだけでない?」

 「いえ、何と言うか、ノヴァさんは要領が悪いところがあるので。

  同じ作業でも、負担が大きくなりがちなのですよ」

 「なんだピリカ、それじゃあノヴァさんが慣れれば解決じゃない」

 「いえ、プシけ、その慣れるというのが中々…… 」

 「…… そのうち慣れる」

 「じゃあ、今回は庭園の増設って事でOKだな、みんな」

 反対はいなかった。




 ある日、工房を覗いてみると、美々子しか居なかった。

 「美々子、ゴン爺やあるるかんは、他のギルド?」

 「ええ、ゴン爺はレクイエム、あるるかんは花鳥風月へ行っていますわ」

 「最近はずいぶんと行き来が激しいみたいだけど、揉めてるの?」

 「そこまで言うほどでは無いのですが、装備品の修理にかかる相場を決めているんですから。

  一筋縄では行きませんわね」

 「相場って、自分達で決めれるもんでも無いだろう?」

 「それが、友好ギルド、同盟ギルドをたどっていけば、かなりの方々と連絡しあえるので。

  決められそうな勢いなのですわ」

 「…… その辺の市場操作が、良いか悪いかは置いておいて。

  一度、来れる人全員を集めて、どこかで会議でも開いたらいいんじゃない?」

 「あら、市場操作なんて人聞きが悪いですわ。

  私達はそれぞれの製造職の方々と、意見調整をしているだけですわ。

  それに今の状況では、一同に集めるのは無理ですわね。

  ギルド間のいがみ合いは、奥深いものですわ。

  だからこそ私達も、奔走している訳ですけれど」

 「うーん、市場なら放って置いても決まると思うけどな」

 「みんな焦っているのですわ、勿論私も。

  特にギルド内にいる製造職の方々は。

  元々は一般スキルを得た方々よりも、ギルドの役に立っていました。

  優越感、とまでは行きませんが、それなりの自負はしていた筈です。

  それが今では、どのギルドでも逆転しています。

  私は裁縫スキルを持っていますから、それほどでもありませんが。

  気持ちはわかりますわ」




 ふぅむ、そういうものだろうか。

 「もうネタグッズは作らないの?」

 「いえ、アップデートまで時間はありますし。

  アップデート直後から、修理が直ぐに必要になるとも限りません。

  実際にはどの程度、私たちが必要とされるのかも……

  でもネタ装備も、能力をネタにした物は、本当に微妙で」

 と言って、美々子は腕輪を取り出した。

 「これは、MPを回復する効果のある腕輪で、『チャージ』と唱える毎にMPを回復するのですが。

  変わりにHPを10ポイント消費します。

  しかも増えるMPは1ポイントだけ。

  回復職が使うにしても、微妙すぎますわ」

 正にネタ装備だな。

 ネタだが……

 「じゃあそれ、俺が買うよ。

  使えるかもしれないし」 

 「差し上げますわ。

  どう見ても失敗作ですし」

 うーん、うまく行かないかもしれないしな。

 「じゃあ、貰っておくよ、ありがとう」




 夕食の後は熟練度上げの時間。

 今日の俺は、HP回復POTを購入して修行に臨む。

 抜刀術。

 シャァァアン!

 「チャージ」

 シャァァアン!

 「チャージ」

 シャァァアン!

 「フッハハハハハ、これであと10年は戦える」

 うん、そうなんだ。

 MPも自然回復じゃなきゃ、回復する訳で。

 MP回復POTを使うよりも、遥かに安上がりだ。

 おっと、調子にのってHPが0になる処だったぜ。

 POT飲まなきゃ。




 「グラッチェ君、向こうからハーピーが来ています!」

 「もう無理だぞ、流石に8階はまだ辛かったか」

 嘆きの塔も最上階となると、流石に手強い。

 「1度7階に戻ろう」

 「しかし、こいつ等を何とかしないと」

 「ハーピーは俺が行く」

 「無理だヨシヒロ。

  グリフォンはどうするつもりだ!」

 「こうする」

 抜刀術。

 そう、ここに来るまでにコツコツ熟練度を上げた、抜刀術が火を噴くZE。

 ズッパァアアアン!

 「うお! SUGEEEEE!」

 「ちょっとヨシヒロ君、いつの間に抜刀斎になっちゃったのよ」

 「普通は、そんなに早く抜刀術の熟練度は上がらないんですが。

  ヨシヒロ君、いったいどうやったのですか?」

 「ヨシヒロさん、今のは相当に熟練度が高くないと、出ないダメージですよ。

  レベル80以上の抜刀術使いと、同じくらいは出ていましたよ」

 フフフ、もっと言ってくれたまい。

 「…… ハーピー」

 おっと、そうだった。




 俺はグラッチェと夕食をしに、NPCの食堂へ行った。

 巫女食堂は、パンドラのアジトでもある為。

 正式にレクイエムへ入るまでは、グラッチェも来難いみたいだ。

 副マスのレティーシャさんは偶に来てるのに。

 「冗談じゃあ無いわよ!

  なんであたしが、そんな格好をしなきゃならないのよ!」

 ん? 隣のテーブルが騒がしいな。

 女の子が1人に男が3人だが。

 「そうは言うがな、ミラのん。

  現実に売り上げは落ちてるんだ、何とかしなきゃならんだろう」

 「あんた等、外回りが稼いでくりゃいい話でしょ。

  稼ぎが落ちてるって言っても、あたしは充分にギルドに貢献してるわよ!」

 「俺たちだって、ちゃんとギルドに経験値を入れてるじゃないか。

  お前は金、俺たちは経験値、これまでもそうして来たし、それでいいだろ?」

 「あたしが稼いだお金で、装備とか買ってるくせに。

  それだけの働きを、してるのかって事でしょ?」

 「なあ、ミラのん。

  ログアウト事件からこっち、俺たちは24時間ここに居る。

  当然、前より経験値を稼いでいる。

  お前の食堂での利益も大幅に上がったが、ここ最近は落ち込んでいる。

  何とかしなきゃ、ならないんじゃないか?」

 「だからって、何でそんな格好で料理しなきゃならないのよ」

 「お前だって知ってるだろう?

  向こうの通りに出来た、巫女食堂。

  毎日行列が出来てるそうじゃないか」

 「うちは味で勝負してんのよ!

  キワものと一緒にしないで!」

 「味も良かったぞ、向こうは」

 「行ったのかよお前、どうだった?」

 「いや、それがな…… 」

 「ふざけないでよ!!」

 ドン! とテーブルを叩く彼女。




 それを横目にしながら、俺たちは小声で会話していた。

 「おい、ヨシヒロ。

  巫女食堂って言ってるぞ?

  お前んトコに客を取られた店のやつらか?」

 「判んないけどさ、彼女に何かのコスをさせて。

  巻き返しを図ろうとしてるみたいだな」

 「でもさ、お前んトコが儲かってるのはさ。

  半分は巫女会の奴等じゃないのか?」

 「いや、それがさ。

  食堂を始めて、巫女会も倍以上に膨れ上がったらしい」

 「…… すげーな、おい」

 「たださ、純粋に巫女さんが好きって言うよりも、ギルドに入りたい気持ちが大きいみたいだ。

  ログアウト事件以降、人間関係はゲーム内が全てじゃないか。

  ここでPTもギルドも入れないと、そうとうキツいらしいよ」

 「ああ、精神状態が不安定な上にボッチだとキツいな、確かに」

 「他のギルドは戦力とか製造の熟練度とか求められるけど、あそこは巫女好きならOKだし。

  人間関係も、煩わしく無い割には、連帯感もあるらしい。

  実際はそれほど巫女好きでなくても、うちの食堂に3度3度通うだけで、アピールできるしな」

 「なるほど、そう考えると、ヤツらも役にたってるんだな」

 「いやぁ、うちなんか、巫女会様々だよ」




 「だから!

  スク水食堂ってなんなのよ!」

 「ほら、エプロンしてたら、目立たないから…… 」

 「おおお! スク水エプロン!」

 「ふざけないでって言ってるでしょ!」

 「じゃ、じゃあさ、上だけはセーラ服を着てても可にするから」

 「ほっほーぅ、通ですな!」

 「な…… ナメンナーッ!

  もういい、あんたたちのギルドなんか辞めてやるわよ!」

 「ま、まあ落ち着けよ、ミラのん。

  俺たちも悪乗りしすぎたし…… なっ」

 「うるさい、もう脱退したっ!

  あんた達は、もう関係ない人だから!

  どっか行けっ!」

 それから、男達は顔を見合わせて、やれやれと言った感じで席を立った。

 いや、お前らが、やれやれだろう、どう見ても。

 「ミラのーん。

  寂しくなったら、戻ってきていいからなー」

 「消えろ!」




 男達が消えた後、残された彼女がぽつりと零した。

 「まいったな…… 今ドキ、料理人の募集なんかしてるかしら」

 ふむ、原因はうちのギルドにも…… 無いとは思うが、話題に出てたしな。

 まあ、返って煙たがれるかもしれんが、声をかけてみるか。

 「なあ君、料理人として働き先を探してる…… て言うか、これから探すの?」

 「ん? ああ、みっともない処、見せたわね。

  今見てた通り、ギルドから出たんでね。

  料理スキルしか上げてないキャラじゃ。

  どっかのギルドに世話になるしかないわよ。

  もしかして、あんた達、料理人探してたりする?

  こう見えても店出してたから、腕には自信あるわよ」

 「まあ、俺のギルドで料理人を探してる事は、探してる。

  君さえ良ければうちに来るか?

  一応、料理場を仕切っているギルメンに、面通ししてもらうけど。

  腕があるなら、大丈夫だと思うよ」

 「ふぅん…… あ、あたしは魅羅埜と書いてミラノ。

  他からはミラのんとか呼ばれているわ」

 「ああ、俺はヨシヒロ、パンドラの壷って言うギルドのマスターをしている、宜しくな」

 「俺はグラッチェ、ヨシヒロとは違うギルドに入る予定だが、一緒に狩りをしているんでね。

  宜しく頼むよ」




 「ちょっと!

  ここって巫女食堂じゃない!

  騙したのね!」

 「え? 騙してはないと思うが」

 「だって、あたしに巫女の格好をさせるつもりでしょ!

  絶対いやよ!」

 「ああ、大丈夫。

  君の職性だと、したくても出来ないから」

 「…… ハッ!

  そう言えば、チーフはネコミミメイドって聞いたわっ!」

 「…… まあ、そうしたいなら止めないけど」

 「だれがよ!」

 「とりあえず、話は中でしよう。

  裏から入れるから」

 うーん、結構面倒な性格してる?

 もしかして。



[11816] 十八話
Name: ハリコの豚◆40baa12f ID:62227e72
Date: 2009/10/03 01:02
 「ちょっと、ヨシヒロ!」

 「ん? 何だミラのん」

 「パンドラに入ったのはいいけど、何なのよこのギルドの同盟ギルド。

  すっごい一流が、揃ってるじゃないの。

  それに従属ギルドって何?

  何でこんな14人しか居ないギルドに、従属ギルドがいるのよ。

  しかもこのギルド、パンドラの10倍近くいるじゃないの

  …… まあ、名前からして、ギルドじゃなくって食堂に従属してそうだけど」




 「んー、正確にはチルヒメに従属してるのかな?」

 「あー、あの人も巫女さんだもんね。

  て事は、食堂の制服は、あの人の案?」

 「いや、あれはキールが暗躍してな」

 「いやですねぇ、ヨシヒロ君、貴方もしっかり片棒を担いだじゃないですか」

 「うぉ、キール。

  いつの間に」

 「ふーん、あんたも暗躍した訳ね」

 「いやいやいや、俺は頼まれただけだから」

 「…… まあいいわ、そう言う事にして置いてあげる」

 いやいやいや。




 「あ、ヨシヒロさん、ありがとうございます」

 美々子?

 「ん、なにが?」

 「この間の腕輪、戦国乱世に情報を流していただきましたでしょう?

  ずいぶんと稼がせていただきましたわ」

 「いやいや、腕輪を只で貰ったお礼だよ」

 「ところで、向こうからミラノさんが、すごい勢いで近づいて来ていますわ。

  大丈夫ですの?」

 「ん? ミラのん?

  なんだろう」




 「ちょっと、ヨシヒロ!

  よくもさっきは誤魔化したわね!」

 「何の話だ?」

 「同盟ギルドの事よ!

  あんたが巫女食堂、設立の為に暗躍した話をして。

  その辺をあやふやにしたでしょ!」

 「いやまて、だから俺は暗躍なんかしてない…… 」

 「もう誤魔化されないわよ!」

 「いや、だからまて…… 」

 「大丈夫ですわ、ヨシヒロさん。

  貴方が食堂の為に尽力してくださったのは、みんな知っておりますから」

 「だから俺は、キールに頼まれただけで」

 「今更、謙遜はいりませんのに」

 「だから同盟の…… 」

 「あーもう、お前もグラッチェに会ったろ?」

 「…… それが?」

 「あいつがレクイエムのマスターだ。

  キャラは違うけどな」

 「うっそ!」

 「ついでに言えば、ミッシェルの別キャラもレクイエムのメンバーだし。

  チルヒメとデス娘の別キャラは花鳥風月。

  キールの別キャラはウロボロスのメンバーだ。

  もう一つ言えば、ここに居る美々子を含めて、残り殆どが。

  チャーリーブラウンと愉快な仲間たちのメンバーだ。

  納得できた?」

 「…… それって、すごくない?」

 「かもな」

 「じゃあ、あなたもピーナッツの?」

 「いや、俺は初心者。

  これが1stキャラ」

 「…… なんでよ!」

 何でって言われても……




 やって来ました嘆きの塔へっと。

 「よし、今度こそ8階で安定して狩れる様になっているはずだ」

 「前回は命カラガラだったッスからね。

  姐さんが焦ってるのは、判らないでもないッスけど。

  まあ、あれから皆レベルも上がったし、行けるッスよ」

 「ミッシェル、まだ俺を姐さんと言うのか」

 「まあ、あたしにとっては、姐さんッス」




 うーむ、あぶなっかしくはあるが、何とか狩れてるな。

 「うぁ、あっちからマンティコアに、ギガントスネイクが2匹来たー」

 「任せてください」

 チルヒメ?

 手があるのか?

 その瞬間、辺りが吹雪に包まれ、俺たちがタゲを取っていた敵が一斉に凍りついた。

 「ブリザード、これが水魔法の大範囲魔法です」

 これは、ちょっと呆然とした俺に向けてのセリフだろう。

 「今だ、桔梗とブラウンたちを、新しく来た蛇2匹に。

  マンティコアは俺がタゲる。

  ヨシヒロとデス娘は凍ったやつを、1匹ずつ始末してくれ」

 あいあいさー。

 「それにしても凄いな。

  周りの敵が一気に片付いた?」

 「実際には敵は死んでいませんよ。

  熟練度が上がればともかく。

  ダメージは喰らっていますが、動きを止めているだけですね」

 キールが解説してくれるが、それでも凄いと思う。

 「確かに、一喝よりは長時間動きを止めるが、無制限ではない。

  それでも他の系統の大魔法と比べたら、使い勝手がいいからな。

  チルヒメが水系統を選んだのも、これを使う為だろう?」

 「ええ、漸くモノになってきた感じですね」




 俺たちがアジトに帰ると。

 ゴン爺たちも、ちょうど集会から帰ってきた様だ。

 「お、ゴン爺たちもおつかれ、何か集会で決まった?」

 「いや、何も決まりはせんよ。

  具体的には、サービスが提供されるまでは決まらんだろうな」

 「まあ、一応の方向性は決まってるんだけどね。

  勿論それは、サービス提供後に変わる可能性はあるけどね」

 「じゃあ何を話し合ってるの?」

 「ぶっちゃけた話、グチり合いじゃな。

  ワシら製造職は、ログアウト事件以降は重要度が減るばかり。

  今回の件で光明も見える気はするが、それも細かい仕様次第。

  アジト内に居ても居心地が悪くなると言っては、傷の舐め合いをしとるのよ」

 「まあ、その中でも俺たちは、派閥間の一番やっかいな部分を調整してるんでね。

  結局は同盟しているギルド以外のデカイ処も、俺たちが纏める様になってきてね」

 「やっかいなって、レクイエムと花鳥風月か?」

 「あの2つは、対外的には、完全に反目しとるでの。

  ワシがデカい派閥を持つギルド間の調整を大まかにやって。

  あるるかんは派閥の内側で起こる、小さい規模の問題を調整しておる。

  後は、ギルドに所属していない製造職を、一人ずつ呼びかけて取り纏めようとしておるのじゃが。

  美々子はその作業を管理しておるな」

 「もしかして、お前らお偉いさん?」

 「とんでもないわい。

  面倒な作業を押し付けられただけじゃ。

  美々子は、今もそれで町を徘徊しておるはずじゃ」

 「まあ実際、うちは新興で勢力も小さい上に、強力なギルドとも多く繋がってるからね。

  間に立ち易いんだよ。

  同盟ギルドはもちろん、俺たちの前ギルドの関係もあるし。

  何より、伝説の戦いを纏めた実績もある…… そうだよ」

 「どっちにしろ、影響力はあるんじゃないのか?」

 「デカいギルドに話を持って言っておるとはいえ、反対しておるものも沢山おる。

  まあ、今これだけ集まっておるのも、ワシらにとっては只のゲームで済まん部分があるからの。

  不安が多ければ集まりもするが、とても一丸となってとは言えんよ」

 「派閥もあれば暗躍する者もいる。

  俺達が徒党を組むのを危険視する反対派もいる。

  我関せぬと言う者もいれば、積極的に邪魔する者もいる。

  そして俺達は、その間を飛び回って争いにならない様に駆け引き。

  影響力なんてあったら、もっと楽になるだろうにね」

 「…… あー、がんばれ」




 荒れ狂う吹雪の中、矢が雨の様に降り注ぐ。

 凍える敵達に、次々と死神の鎌が襲い掛かる。

 辛うじて生き延びた敵の攻撃も、鋼の盾に阻まれる。

 「そして猛虎や餓狼達に屠られる…… と」

 「うちのブラウンたちは飢えてないよ。

  ちゃんとエサあげてるし」

 「例えだよ、例え」

 「しかし、随分と楽に狩れる様になりましたね。

  チルヒメさんの吹雪が効いてますね」

 「ああ、もう直ぐ皆70だな」

 「そうなったらグラッチェとの狩りも、終わりになるか」

 「何、また皆が90超えたら、一緒に狩りに行けばいいさ」




 今日も夕食はグラッチェと、NPCの食堂に来ていた。

 「思えば、ヨシヒロには済まんことをしたかもな」

 「何が?」

 「今は特にそうだが、俺が効率的な狩場や狩り方を知っていた為に、随分と急がせてきた。

  本当は様々な仲間と臨時にPTを組み、色々と道に迷ったり、全滅したりしてここまで来る。

  町も狩場も、すっとばしたのが沢山ある。

  もうやり直しはきなかいのにな」

 「何、その代わりに体験させてもらった事も色々あるさ。

  伝説の戦いの大将なんて、やりたくても、そうやれるもんじゃない。

  それもお前との出会いがあったからだろ?」

 「どうかな、お前の強運なら俺と出会わなくても、それくらいはやりそうだ」

 「だったら、お前とあった事も俺の強運のうちだろ?」

 「…… そうかもな」




 アジトに帰ると、ピリカが賄いのカレーを作っていた。

 「私~のカレーは、ウコン色~♪」

 「ごきげんだな、ピリカ」

 「はい、ミラノさんが来て、すごく助かってますよ。

  これで何時食堂を大規模に拡大しても、対応できますね」

 「か、勘弁してください。

  ピリカさん」

 隅には真っ白に燃え尽きたノヴァが居るが、まだ慣れないのかな?

 「ノヴァ! ピークが過ぎても、まだ店は開いてんだからね!

  シャキっとしなさいよ!」

 「ハ、ハイ」

 ミラのんは、はりきってるな。




 「ヨシヒロさん、ちょっといいですか?」

 チルヒメが俺を呼んだ。

 会議室にはPTの4人が座っていた。

 「ん、何だ?」

 「いえ、グラッチェ君が抜けた後の事を、そろそろ考えるべきかと思いまして」

 「ああ、ギルドに前衛を補充するって話だな」

 「それなんですが、僕から提案があります。

  いっそPTを解散してはどうでしょうか」

 「…… 何で?」

 「まずPTメンバーですが、チルヒメさんとデス娘さんは、明らかにソロ向けのキャラです。

  桔梗を前衛に、魔法と弓で敵を倒しつつ、回復魔法も所持するチルヒメさん。

  ハイディングを含めて、暗殺タイプのデス娘さん。

  充分にPTでの役割を果たせますが、どちらかと言えばソロでこそ、その実力を発揮できるキャラです。

  そしてミッシェルさんも、狼を前衛に後衛として狩る、どちらかと言えばソロタイプですね。

  そして何よりも、君ですよ。

  ヨシヒロ君」

 「俺?」

 「ええ、君はグラッチェ君とペアで組初めて、このPTまで直ぐに落ち着いた。

  僕たち以外とPTを組んだ経験は、あのロンリー氏くらいですよね?

  それじゃあ、もったいないですよ。

  本当は、もう少し早くにこの提案をしたかったんですがね。

  同じギルドの僕たちは、PTを解散しても離れませんが、グラッチェ君は関係が切れてしまう。

  もちろん、友人としての関係が切れる訳ではありませんが、疎遠にはなりますからね。

  そこで、このタイミングと言う訳ですよ」

 「だがキール。

  お前は明らかにPT用キャラだよな。

  解散して一番困るのは、お前じゃないか?」

 「ええ、その通りです。

  だからこそ、僕から提案しているのです」

 「…… 皆どう思う?」

 「確かに私とデス娘は、元々がソロ用に作ったキャラですし。

  キールさんの言う様に、ヨシヒロさんが他の方たちとPTを組む経験を、増やした方がいいと言うのも理解できます」

 「…… 納得」

 「まあ、ここで解散しても、ギルドは一緒だしね。

  また集まりたかったら、簡単に集まれるし。

  それに、前衛を一人だけ選んでギルドに追加するより。

  一旦バラバラになって、それぞれが臨時PTなりソロなりで、気の合う人を探した方がいいかもね。

  ちょっとパンドラって、名前だけ大きくなりすぎちゃったかもだし」

 ふぅむ。

 そう言えば、グラッチェも俺がPT経験が足りない様なことを言っていたな。

 同じPTとばかり組む時の弊害って事かな。

 「よし、それじゃあレベル70になったら、PTは解散ってことで。

  それぞれギルメンに入れたい人を見つけたら、報告してくれれば対応って事で」




 「なあ、お前どうするよ」

 「どうするって?

  ああ、美々子の話か」

 「かなりデカい規模の話らしいじゃねぇか」

 「あいつら、ギルド組は俺たちより甘い汁を吸って来たんだ。

  そうホイホイ話に乗れるかよ」

 「つってもよー、リーングラットのやつらは乗り気みてーだぜ?

  他にも支持してるやつらは、多いみたいだし。

  取り残されて損でもしたら…… 」

 「だいたいギルドの奴等は、自分達のギルメンに武器作ってりゃいいってのによ」

 「今はログアウト事件以降、ギルドに入った冒険者も多いけどよ。

  それでも半分以上の冒険者は無所属だ。

  ギルマスも副マスも不在で、解散したギルドも多いしよ。

  そう言う人たちの為に、俺らはいるんじゃないのか?」

 「止せや、そいつは建前だろ?

  製造職は、よっぽど大手ギルドじゃないと、中々入れねぇ。

  入ったら、入ったなりの義務は生じる。

  やっかむだけのヤツにゃあ、元々ギルドに入れる器量なんざなかった。

  てぇ事じゃねえのか?」

 「へ、お前だってフリーじゃねぇか、何いってやがる」

 「フリーだから言えるんだろ?

  解散組が言っちまったら、喧嘩になる」

 「けどよ、リーングラットじゃギルドに入った奴も増えたって聞いたが?」

 「ああ、あの町にゃネタギルドがあってな。

  そこが最近、大幅募集したらしい。

  ネタギルドだけに、職種は不問だし、特に強制されて何かするってのも無いらしい」

 「そりゃいいな」

 「とは言え、さっき話に出てた美々子は、そのネタギルドの親ギルドに所属しているらしい」

 「てことは、そこに入ったら否応無く賛成に廻る訳か」

 「まあ、義理としちゃそうなるな」

 「じゃあお前は反対なのか?」

 「どうかな、いくら話し合っても相場を決める事はできねぇだろ。

  とは言え、製造職同士のコミュニティーが出来上がろうってんなら、入るべきだと思うぜ。

  何しろ、この世界からは攻略ページも、相場情報ページも見れないんだからな。

  商売で何が大事かって、情報だろ?

  狩場や合戦場の情報は、実際に行ってる奴等から聞くのが一番早い。

  それを一番スムーズに取得できるのが、ギルド組の奴らだ」

 「つまり、ここで反目に出れば、アップデート以前の問題で大きく出遅れるって事か」

 「商売っ気のねぇ奴はそれでもいいが。

  貧乏な製造職ほど惨めなものはねぇ」

 「でもよ、反目に出るやつらもいるんだぜ?」

 「まあ、製造職が全部1つに纏まっちまったら、市場操作できるからな。

  損してでも、競争相手として残るやつもいるだろうさ」




 「今日はこれで終わりかな」

 「ああ、ついにレベル70を超えたよ。

  まあ、チルヒメやミッシェルは、まだ69だから明日まで付き合ってもいいが」

 「大丈夫ッスよ、どうせしばらくはソロでやるつもりッスから。

  69でも70でもあんまり変わりないッス」

 「…… そうか」

 「じゃあ、これで解散だな」

 「ああ、90超えたら、また声をかけてくれ」

 「ああ、じゃあな」

 長い間、固定PTで組んでいたので、感慨深いものもあるが、これでまた一つ成長するって事かな。




 翌日、俺は奥義スキルを取る為に道場へ行った。

 ううむ、これから公園で臨時PTでも探すか?

 …… まあ、今日は熟練度上げでもいいか。




 今日は公園で臨時PTの募集。

 最初は募集が無いか、見るんだったな。

 『臨時PT)前衛募集、当方火風魔(回復あり)66LV、吟詩63LV』

 吟詩? 吟遊詩人か、魔ってのは魔術師だろうな。

 ここにレス付けてみるか。

 サムライ70LVですが、かまいませんか? と。

 ふむふむ、OKか。




 「こんにちは、ヨシヒロです。

  宜しく」

 「お、宜しく、魔術師のBahnです。

  Burnと間違えた事は内緒で、バーンと呼んでくれ」

 「はじめまして、カインの刻印です。

  カインと呼んでください。

  吟遊詩人ですが、よろしくお願いします」

 「実は俺、吟遊詩人の人と組むの初めてなんだけど。

  どんな事ができるの?」

 「色々な歌や曲で、PTの仲間の能力を上げたり出来るんですよ。

  本当は製造職になろうと思ったんだけど、ログアウトの件でね。

  急遽、吟遊詩人になったって処かな」

 なるほど、製造職だと今頃は苦しかったかも知れないしなあ。

 「じゃあ狩場は何処にする?」

 「ヨシヒロはいつも何処で狩ってるんだ?」

 「あ、俺は最近は嘆きの塔に行ってたな」

 「あー、3人じゃきついな」

 「どうかな? 王蟲狩りは」

 「王蟲狩り? 行ったことないな」

 「嘘だろ? じゃあ塔に行く前は、何狩ってたんだ?」

 「あー、白Dかな」

 「あそこは確か、盗賊がいないと行けないよね」

 「うん、こないだまで固定PTやってたから」

 「ふーん、何で固定外れたんだ?」

 「外れたって言うか、解散になって。

  元々ソロに向いてた職が集まってたから」

 「もったいねぇなー。

  まあ、気が合わないPTなら、無い方がいいかもだけどな」

 「まあ、同じギルメンだし、集まろうと思えば出来るけどね」

 「ふーん……

  お前が居なくなった後、こっそり何処かで組直したりしててな、固定PT」

 「ば、バカな!

  そんなことは無い…… よ?」

 「バーン、意地悪ですよ」

 「そ、そうだ、そんな意地悪な事を言うと、バーンじゃなくてミッチーって呼ぶぞ」

 「誰がミッチーだ!」

 「まあまあ、とりあえず今日は、王蟲狩りにしましょう、ミッチー」

 「ミッチーじゃねぇ!」


 まあ、新しい冒険も、無事に始まりそうだな。



[11816] 十九話
Name: ハリコの豚◆40baa12f ID:62227e72
Date: 2009/10/03 18:13

 ここは暗黒の森、通称オームの森。

 このギガントクロウラーってのが王蟲か。

 「めちゃめちゃデカいな。

  これってボスじゃねぇの?」

 「いや、普通のモンスターだ。

  本当に知らねぇんだな」

 「じゃあ俺が加速の歌を歌うので、ヨシヒロはタゲってください」

 「らじゃ。

  これって非アクティブなんだな」

 ザンッ!

 …… ん?

 ザザン! ザザザザン!

 うぉ! 攻撃速度はえーっ!

 「すげーな、加速の歌っての」

 「流石にサムライだと攻速速いな。

  でも調子に乗って当たるなよ」

 「OK、OK」

 これなら軽く避けれる。

 …… でも当たると痛そうだな。

 ボボボボボボボボボボッ!

 うお! ファイアーボルト10連発かよ。

 ボボボボボボボボボボッ!

 こ、これは負けられん!

 ザザザザザザザザン!

 「おー、やるなー」

 フフリ。




 「でもさー、前に臨時PTって、減ってるって聞いたけど。

  そうでもないの?」

 「いやいや、減ってるっつーか。

  割合的には殆ど居ない感じじゃねえの?」

 「? でもさ、公園には結構人がいたじゃないか」

 「お前このゲームの実人数知ってる?

  例の事件の時、休日のかなりIN率が高い時間帯だったからさ。

  この中には2万人以上は、入ってると俺はふんでるんだが」

 「そう考えるとすげーな」

 「で、俺たちのいた公園は、この世界で中心の町。

  一番人が集まる町だ。

  それでもあの人数しか居なかった」

 なるほど、そう考えると臨時PTは少なくなっているのか。

 「まあ、お前みたいに固定PTが無くなるやつもいれば、俺みたいに臨時専門のやつもいる。

  カインみたいに中々組んで貰えないやつもいるからな。

  臨時が減ったとは言え、それなりにはPTが組める」

 「なるほどねー。

  でも何でカインはPT組んでもらえないの?」

 質問してみたが、カインは必死に歌っている最中だ。

 「吟遊詩人はな。

  便利なんだよ、でもな。

  ネタ的っつーか、本来はこんな感じで充分役にたつんだが。

  吟遊詩人を入れるくらいなら、攻撃職増やすって奴のが多いんだよな。

  で、1人でもそう言う奴がPTに居ると、居心地悪くなるじゃん」

 「なるほどねー」

 「うまく行けば、固定組んだ方が楽なんだがね。

  うまく行くやつも居れば、あぶれるやつも居る」

 なるほどねー。

 ザザン!

 8匹目っと。

 「しかし全然当たらないな、回復かける回数が少なく済んで楽ではあるが」

 「ああ、忍遁取ってるし、加速の歌がすごい効果だからな」

 「おお、忍遁あるのか、それは当たらねぇよな。

  それにしても、吟遊詩人は役に立つんだけどな。

  ネタキャラのイメージが強いから損だよな」

 「そう言やバーン、臨時専門って行ってたけど、何で?」

 「固定はなー。

  よっぽど気が合うやつでも、喧嘩する時はするし。

  ヘタに結束が固ければ固いほど、1人抜けただけでも、割れたり崩壊したり。

  まあ、俺には合わなかったな」

 ふむ、俺たちの場合もグラッチェが抜けたから崩壊したのか?

 …… 違うような気がするな。




 「悪いな、カイン。

  俺らばっかりでしゃべってて」

 「いえ、こればっかりは途中で口を挿めませんからね」

 「じゃあ、また機会があったらな」

 「おつでした」

 「おつー」

 「おつ」




 今日も公園で掲示板を確認っと。

 ふむふむ、前衛2、後衛1で後衛と回復役を求めているのか。

 レベルが合いそうなのはこれだけかな?

 応募してみるか。

 当方サムライで70LV、弓が使えますっと。




 「よろしく~」

 「よろ~」

 「よろ」

 「よろしくです」

 「後は回復職だな」

 ……。

 ……。

 ……。

 1時間経過した。

 「どうする? POT持って突っ込む?」

 「POTで塔は無理だって」

 「じゃあ王蟲に狩場変えるか?」

 「4人だとちょっとマズいしなー」

 「王蟲飽きたよー」

 「もうちょっと待つか」

 キールでも空いてないかな?

 …… ないか。

 ですよねー。

 ……。

 ……。

 「もう待てねぇ、ソロに行くわ」

 「…… どうする? 3人になったし、王蟲に行く?」

 「王蟲は嫌だ」

 ……。

 結局解散した。

 こう言う事もあるのか。

 ソロにでも行くか。




 今日のPTは重戦士に武道家、火水魔術師に司教、そして俺。

 重戦士のオークスは最近固定PTが仲違いして分裂。

 武道家のヴェインはネタ扱いされる事が多く、固定に入れなかったらしい。

 火水魔術師のアルト(´∀`)はペアの相方が忙しかったらしい。

 司教のビーンsも固定は合わないとか。

 俺が弓を持つことで、それなりにバランスのいいPTとなるので、嘆きの塔へ入った。

 「じゃあ、とりあえず7階に行くか」

 「そうだな、様子見て行けそうなら8階だな」

 うん、その時は行けそうだと思ったんだよ。

 オークスは硬いし、ヴェインはそこそこ避けれる。

 アルトはブリザード使えるし、加えて俺の属性矢とビーンの支援。

 8階に突入したよ。




 ビーンのやつ、回復しやがらねぇ。

 今回のPT唯一の女の子であるアルトに、アピールするのまでは兎も角、回復役の仕事しろよ。

 「ビーン、ヴェインに回復を」

 「ん? ああ。

  それでさ、アルトちゃん。

  ギルドには入った方がいいって、絶対。

  いつも一緒に狩ってるって言う、ペア狩りの相棒もそうだけどさ。

  ログアウトできない現状、それなりのコミュニティーに属していないのは危険だと思うよ。

  少人数だと解決できない問題もあるし、情報も偏りがちだし、やっぱり助け合わなきゃさ。

  俺ん所のギルドなんかどうかな?

  自慢じゃないけど40人以上の中堅だし、同盟ギルドにはレクイエムと同盟しているギルドもあるんだ。

  つまり派閥的にも、すっごく大きい所なんだよね。

  今、俺たちのギルドはガンガン人を増やしてる処なんだ。

  外の世界から離されて孤立した俺たちが…… 」

 「ビーン、今度はオークスに」

 「うるさいな! ヨシヒロ。

  俺はアルトちゃんと話してるんだろ?

  オークスは硬いから、もう少し後でも大丈夫だって。

  ちゃんと考えて回復してんだよ、MPだって限界はあるんだ。

  俺はお前と違って本職の回復役なんだから、任せとけばいいんだよ!」

 めちゃくちゃ不安なんだが。

 「いい加減にしろよ、ビーン。

  お前がそんな態度じゃ、俺たち前衛が安心して狩れないだろ?」

 「何が前衛だ、武道家なんて劣化軽戦士じゃねぇか。

  攻撃力は片手剣にも劣る、防御力は紙で盗賊ほど避けれない。

  唯一の頼みの”超回復”も、役に立たねぇネタスキルじゃねぇか」

 「もう止めて!」

 あ、アルトが切れた。

 「ビーンさん、ちゃんと回復してください!

  武道家がネタとか言ってますが、回復しない司教より100倍はマシですから。

  それからギルドに誘われましたが、貴方みたいな人の居るギルドに行くわけ無いじゃないですか。

  第一、レクイエムの名前とか出して、同盟ギルドでも大した意味は無いのに、更にその同盟ギルドとか!

  自慢になるはず無いでしょ! バカですか!」

 「な…… 何、言ってんだよ。

  俺はさっきから、回復しないなんて言ってないだろ?

  回復には適度なタイミングってのが、あるんだよ!

  それも判らずに言うなって事。

  第一、武道家が劣化軽戦士なんて、みんな知ってる事だろ?

  それにレクイエムの名前を出したのを自慢とか! バカじゃないの?

  別に自慢とかじゃなくて、ギルドの立ち位置を説明する為に出しただけっつーの!

  判れよ! そんな事。

  まあ、お前なんかもう、こっちから願い下げだけどな!

  どうせお前、ネカマなんだろ?

  俺がお前を勧誘したのも、元の性に戻れなくなったお前を哀れんだからだっつーの!」

 「もういい。

  これで今日の狩りは終わりにしよう」

 「オークス?」

 「どうせこれじゃ、もう無理だろ?」

 「…… そうだな」




 一旦、塔から出た俺たちだったが。

 ビーンが早々に出て行った後、解散しようとする俺たちをアルトが引き止めた。

 「待ってください、もし良かったら司教に当てがあるので、呼んで再開しませんか?」

 「そりゃ、ありがたいが」

 「私といつもペアしてるコなんですが、今日はスキルを取る為に別行動だったんです」

 「ああ、70のスキル」

 「しかし、さっきのヤツは最低だったな」

 「ヴェイン、もう忘れようや」

 「そう言えばヴェイン、あいつの言ってた超回復ってどんなスキル?」

 俺はビーンの言ってた部分で、知らない事があったので聞いてみた。

 「ん? ああ、超回復はスキルっつーよりアクティブ技なんだが。

  MPが満タンの時のみ使用可能な技でな。

  全MPと引き換えに一定時間だけ、高スピードでHPが自動回復する。

  と言っても、技の発動中と終了して5分の間は、MPが自動回復しないからな。

  熟練度を上げれば超回復の時間は延びるんだが、MPが回復しない時間も延びるしな。

  武道家の場合は技を使わないと、本当に劣化軽戦士と言われて仕方ない職だから。

  熟練度の上げにくさも相俟って、ネタスキル扱いだな」

 「ふーん…… いやさ、HP10と引き換えにMPを1増やすアイテムがあるんだが。

  満タンでないと使えないんなら、意味無いよな」

 「うーん、例えばHP500とMP50を引き換えに出来るのなら、意味はあるんだが。

  全MP回チャージするのはきついな」

 「作れるか聞いておくよ」




 今度の司教は女の子で、名前はポトフ。

 大人しい感じのコなので、安心して狩れそうだ。

 しかし、弓で熟練度の高い追走矢をMPの半分も叩き込んだ方が、抜刀術1撃分より与ダメが高……

 いやいや、あれは1撃で与えられる事に意味があるんだ。

 連射できないけどなー。

 「いやー、今度はいい感じだな。

  回復もちゃんとやってくれるしな」

 ヴェインも御満悦? のようだ。

 「そうだな、でもビーンに限らず、そろそろギルドに勧誘される事も多くなるんじゃないかな。

  レベル70超えると、合戦でもそこそこは戦力になるからな」

 「そう言うお前はどうなんだ? オークス。

  ギルドに入ってるのか?」

 「いや、そろそろ入って合戦に参加したいとは思うんだが。

  ヴェインはどうなんだ?」

 「固定PTも入れねぇのに、合戦ギルドには入れてもらえねぇな。

  まあ、職種的には合戦に出られるんだが。

  アルトは、勧誘されてたって事は未所属だよな」

 「ええ、別キャラでは入ってたけど……

  でも今は入る気がありませんね。

  さっきの事のせいでもありませんが」

 「ふーん、ヨシヒロはどうなんだ?」

 「俺、ギルドマスターやってるし」

 「へー、じゃあ合戦とかやるの?」

 「いや、固定PTの狩りギルドだったんだけど、今は皆バラバラで狩りしてるな」

 「ああ、ギルドだけ残ったんだ」

 「いや、PTが違うだけで普通にギルメンしてるから、みんな」

 「あの、ヨシヒロさん、私、ギルドに入れて貰えませんか?」

 ポトフが言ってきた。

 「ん? ギルドに入りたいの?」

 「私、今アルトとペア狩りしてて、これからもその心算なんですけど。

  ギルドには入ってみたくて、でもアルトは入る気ないって言うんで…… 」

 「なるほど、狩りには影響されずにギルドにだけ所属したいって事か。

  一応メンバーには確認取るけど、多分大丈夫だと思う。

  でもうちは合戦に出る予定ないよ?」

 「あ、私も合戦とかは考えてないんで」

 「おやおや、ビーンみたいに必死で勧誘して、失敗する者もいれば。

  ヨシヒロみたいに、向こうから飛び込んでくる者もいる」

 「なあ、ヨシヒロ。

  合戦には出ないのか?

  合戦するなら、お前のギルドに俺も入れてもらいたいんだが」

 「うーん、うちは合戦できる程の戦力もないし、立ち位置が微妙だしなー。

  同盟ギルドにゲストとしてなら、参加させてもらえるかもしれないけど」

 「そっか、自分の所で合戦しないのか。

  今回は見合わせるわ」

 「ヴェインはどうする?

  ギルド探してるなら、うちに来るか?」

 「んー、何かギルドとしては機能してなさそうだし、止めとくよ」

 「そっか…… 確かにそうかもな。

  PTはバラけたし、合戦は出ないし、装備品の店も不調。

  食堂は好調だけど…… どうなんだって感じだな」

 「あの、一応確認ですが、まともなギルドですよね。

  ポトフは結構、ポワッとしてる処があるから、簡単に決めちゃいましたが」

 「まともだと思うよ?

  うん」

 「まさか男性ばっかりで、女性がポトフだけになるってオチは無いですよね」

 「ええっと…… ひのふのみの……

  あ、今ちょうど半々だから、ポトフが入れば女の子の方が多くなるよ」

 「え? マジ?

  断ったのは失敗だった?」

 「おいおい、ヴェイン…… 」

 「…… ポトフ、変な所だったら速攻で脱退するのですよ」

 「う、うん」

 まだ入ってもないのに……




 狩が終わったあと、ポトフと、一応アルトが付いてきた。

 「ここだな」

 「こ、ここは!

  噂の巫女食堂ではないですか!

  貴方、ポトフを巫女にして食堂で働かせる気ですね」

 「いやいやいや、天丼だから」

 「? 天丼だろうと牛丼だろうと、巫女がウェイトレスをしている事に変わりは…… 」

 「いや、だから、ポトフは巫女服着れないから。

  職種的に」

 「…… そう言えば、噂ではチーフの格好はn」

 「いやいや、それももう終わったから」

 「アルト、一応、入ってみましょう」




 「あら、ヨシヒロ君じゃない、おつかれー」

 「あ、レティーシャさん、毎度どうも」

 「いやー、ここのご飯ンまいわねー。

  私も料理スキル取っておくんだったわ」

 「ここのは材料から自家製なんで、その辺りもあるそうですよ」

 「ああ、そこで売ってるやつね。

  材料は売ってるから、ウチも料理スキル持ってるやつ入れようって話は出たんだけど。

  男共が巫女食堂でなければ、味が変わるとかほざいてね」

 HAHAHAHAHA!

 ってな話を軽くしてアジトの奥へ。

 「ヨ、ヨシヒロさん、今の方はレクイエムのサブマスでは?」

 「ん? ああ、ここの常連でね」

 「あなどれませんね…… 巫女食堂」




 「なるほど、そちらのポトフさんが新規加入で、アルトさんは付き添いですね。

  問題が無ければ、加入申請をください。

  あ、ヨシヒロさん、定員を増やしておいた方がいいですよね」

 「あ、そうだね、お願いするよ」

 「宜しく、お願い、します」

 「…… ビックリしました。

  まさか貴方が巫女食堂のギルドマスターで、しかもそれが、あのパンドラだったなんて。

  でも伝説の合戦をしたギルドが、合戦しないってどう言うことですか?」

 「あのって言うのは多分過大評価だけど、まあ立ち位置が微妙だからな。

  おいそれと合戦は出来ないんだ」

 「…… 折角の伝説が崩れてもって事?」

 「いや、元々合戦はしないって事で作ったギルドだから。

  あの時は本当に例外」

 「まあいいです。

  今後も私がポトフとペアで狩るのも、問題ないんですよね」

 「もちろん」

 それを聞いて安心したのか、アルトは帰って行った。




 「でもチルヒメたちは、ギルド員の増加とか話はでないの?」

 「私たちは基本ソロですから。

  出るとしたら、キールさんくらいでは無いでしょうか」

 「ふーん。

  あ、そう言えば美々子。

  この腕輪だけど、HP10とMP1の交換じゃなくって。

  HP500とMP50の交換なんかは出来ないの?」

 「1ワードで、と言う事ですか?

  そんな事が出来るのなら、とっくに作って司祭たちに売ってますわ」

 ですよねー。

 「でも、司祭たちには売れるんじゃありませんか?

  辻ヒールで熟練度を上げるよりは、効率がよさそうですが」

 「ではキールさん、貴方なら買いますか?」

 「いや、僕は…… なるほど、そう言う事ですね」

 「ええ、辻ヒールで熟練度を上げる段階の方々は。

  例のレベルを初期化した転生組、くらいしか残っていませんもの。

  その中であえて司祭を目指す方は、期待するほどは居ませんわね」


 いろいろ難しい物だ。



[11816] 二十話
Name: ハリコの豚◆40baa12f ID:62227e72
Date: 2009/10/04 21:55
 今日の俺は嘆きの塔4階に、3人で挑んだ。

 「おつー」

 「もつー」

 「もつかれー」

 「そう言えば、風弓出てたよな」

 今日一緒に狩りをした、聖騎士のポップルⅡが言った。

 「ああ、俺持ってる」

 同じく一緒に狩りをした、アーチャーのバルショットが答えた。

 ちなみに聖騎士は、神聖魔法を修得した騎士と言った処。

 「ん? 店売りでいいんじゃないの?」

 固定PTの時はいつもそうしてたが。

 ちなみに、このゲームで店売りと言うとPCの店で出品する事ではなく、NPCの店に売ることを言う。

 「おいおい、一応レア武器だぞ?

  これ店売りとか、どこの廃人様PTだよ」

 「…… え? 俺いままで、その手の物は全部店売りだけど?

  みんなゴミと変わらんって言ってたし」

 「いやいやいや、確かに別キャラの為に取って置くって事は無くなったけど、充分に売れるから。

  まあ、低レベルの武器が更に値下がりしてるのは確かだけど、店売りはないんじゃない?」

 …… そういえば、あいつら皆、廃人様?

 「あれだったら買い取るよ?

  俺アーチャーだし、以前の相場って訳にはいかないけど、7割くらい?」

 「いいんじゃねえの?

  ヨシヒロもいいよな、店売りに比べたら全然高値だし」

 「ああ、バルショットがそれでいいなら」

 レアが出ないと思ったら、気付かずに売ってた?

 まあ、みんなゴミ扱いしてたし、たいした武器でもないもんな。




 アジトに戻るとチルヒメが居たので、その辺を聞いてみた。

 「確かに私達の感覚では、レベル80以下を対象としたレア装備は、あまり意味が無い様に思ってしまいますね。

  駆け足でこのレベルまで来た事もありますが、塔まではレア装備が出にくい場所で戦ってましたし」

 やっぱり廃人感覚だったんだね、みんな。

 でも、そう聞いたらレア装備を出したいな。

 それに、そろそろ武器も買い替え時かな、とも思ってたし。

 「なあチルヒメ、レア装備が出やすい敵っているかな?」

 「出やすいと言うのは難しいですが、塔以外ですと王蟲なども出しますね。

  ブルーメタルアーマーと言う鎧でサムライは着れませんが、それなりの値段で売れました……

  ログアウト事件以前は、ですが」

 アイツ、レア出すのか。

 ふぅむ、あれならソロで狩れそうな気もするな。

 滅多に出ないからレアって言うんだろうが、明日1日狙ってみるか。 




 うん、それからは朝公園で臨時PTを組めなかった日は、王蟲狩りばかりしてたよ。

 まあ王蟲は非アクティブだし、ソロで何とか狩れるしね。

 危ない時は抜刀術を使うし。

 そしてレベルが74になった頃。

 おおお、ついに出ましたよ、ブルーメタルアーマー。

 …… 相場ってどうなんだろ、ゴン爺にでも聞いてみるかな。




 「…… 微妙だな。

  もう直ぐアップデートで、相場はどう変わるか判らん。

  普通に考えれば落ちるが、狩りで予備が必要な程消耗するなら、上がるやも知れん。

  だいたい、この世界では皆が1日中狩りをしておるが、外の世界ではそうではない。

  当然、アップデートは外の世界に併せた仕様のはずじゃ。

  それがこの世界にどう影響するかは、まだ判らん」

 「つまりアップデート前に急いで売った方がいいか、後からゆっくり売った方がいいか判らないって事か」

 「…… いっそ物々交換も手かもしれんぞ?

  お主なら、正宗あたりと交換できれば旨いのではないか?」

 「出来るの?」

 「普通なら、ちょっとムリ目じゃな。

  だがキャラチェンジが出来ない現状で、倉庫に眠る正宗を持つ騎士もおる筈じゃ。

  どうせ2度と使えんなら…… と、交換する者も出るやも知れん。

  それに、もう直ぐアップデートと言うこの時期、相場がどう変わるか判らんからの。

  確実に手に入るなら…… とな。

  何より今は皆、情報が手に入りにくい状態だからな。

  時間をかければアップデート前後の混乱で、行けるかもしれんな。

  まあ本当に鎧が高騰して、武器が下落したら損する事になるがな。

  それでも使えん鎧を抱えておるよりはマシじゃろ」

 ふぅむ、なるほどな。

 「公園に行ってみる」




 ついにアップデートの日が来た。

 耐久度の詳細は、NPC武器屋や修繕NPCが教えてくれた。

 装備によって5から10の幅があり、0になると装備できなくなる。

 修理すると、耐久度が上限値より1減った状態まで回復するが、今度はその数値が上限値になる。

 上限値が1になった装備は修理できなくなるが、製造職ならば上限値を増やす事ができるそうだ。

 「どうやら、ゴーレム系が”修復素材”というアイテムを出すらしいが。

  砂ゴーレムだと、耐久度の上限値が1増えるアイテムが出るようだの。

  岩で3、鉄で5、鋼で7、ミスリルで10の上限値を増加する素材が確認されておる」

 「ちなみに鎧も武器も同じ素材で回復できるよ」

 ゴン爺の説明に、あるるかんが補足を入れた。

 「耐久力は、俺の場合1日半くらいで1ポイント減ったけど、普通なのかな?」

 「今のところ適正レベルで狩って、1日~2日で耐久力が1つ減ると言う情報が入っておる。

  修復素材の方はデス娘が、例のハンマーで砂ゴーレムを昨日1日狩ってきて。

  素材を4つ拾得したそうじゃ。

  どのゴーレムが一番効率がいいかは、判ってはおらん。

  しかし耐久力を上げる対象の装備に対応した、製造の熟練度が一定以上でなければ。

  耐久力の上限値を、大きく増やす事はできん」

 「例え上限値が10上がる素材を使っても、製造職の熟練度が5までしか対応してなかったら。

  耐久力の上限値は5にしかならないんだよね。

  例えば上限が7まで、盾の耐久力を上げる事のできる人がいるとするよね。

  耐久力を+3する素材があって、元の盾が耐久力2なら5になる。

  でも元が5なら7にしかならない。

  元が8なら素材が消えるだけだね」

 「まあ、失敗しても素材が消えるだけなのは、親切仕様かもしれんな」

 ふむ、ゴン爺とあるるかんが交互に説明してくれたが……




 「で、ゴン爺たちだと、耐久力を幾つまで増やせるんだ?」

 「実践してみんと判らんのぅ。

  明日デス娘とチルヒメが、ペアで岩ゴーレムを狩りに行ってくれる。

  素材が無いと実験もできんからな。

  ちなみに、耐久値8のハンマーに+1素材で試してみたが、上限値は上がらんかった。

  熟練度を上げとらんから、予想通りじゃがな」

 「しかし、ゴーレム系は刀だと磨耗が激しいんだよな。

  長柄武器って、結構需要が高くなる…… か?」

 「お主なら弓があるじゃろう、それに砂ゴーレムくらいなら木刀でもよかろう。

  あれならば、使い捨てても黒字じゃろうからな」

 あ、それもそうか。

 「でも騎士とかは大変かな?」

 「まあ、そのうち市場にも修復素材は出るじゃろうしな」

 「じゃあ、俺たちはこの情報を持って、また寄り合いに出かけてくるよ」

 がんばってくれ。




 俺は早速、木刀を買って砂ゴーレム狩りに出かける。

 今の俺ならば、ソロでも楽勝…… なんだけど。

 流石に皆、狩りに来てるな。

 まあ、しばらくすれば落ち着くか。




 人が多くて狩り難かったけど、素材は3つゲット。

 こちらの被害は目に見えてはなし。

 木刀は鈍器扱いなのでゴーレムに強いし、耐久度が減っても直ぐに買い替えられる。

 服の耐久度に関しては、当たらなければどうということはない。

 しばらくはここに通ってみるかな。

 レベルは上がらないけど熟練度は上がるし、素材はギルド倉庫にでもいれておけば、製造組が使うだろう。




 1週間ほど期間が過ぎたころ、正宗とブルーメタルアーマーを交換したいと言う人から連絡が来た。

 正宗! ゲットだぜ!

 ログアウト事件から使ってないと言う事で、耐久値は10。

 レベル75からが対象なので、上げなくちゃな。

 そしてクリティカル率+20%の腕輪を2つ、美々子から安値で購入。

 レベル75になったら、クリティカル率100%だな。




 与作から、庭園が完成したと聞いたので見に行った。

 うん、西洋風の庭園だな。

 中央に噴水、それを囲む様に設置された花壇には、数々の花々が咲き誇り見事な美しさを披露している。

 ベンチなんかも設置されて、かなり立派に出来ている。

 農作業をしながら、よくここまで見事に作ったもんだ。

 流石にこれまでは、誰も入れなかっただけの事はあり、自慢の一品と言う所だろう。

 でも、美々子はおっそろしく似合うけど、俺やチルヒメには似合わんな。

 日本庭園なら逆だったろうが。

 「ここでパーティーでもするかな?」

 「ふむ、日本庭園であれば、巫女パーティーが似合ったでしょうに」

 「キール、お前どんだけ巫女が好きなんだ」

 「いえいえ、パーティーをするなら、必然的に巫女会を呼ぶことになりますから。

  彼らの期待に応える為にもですね。

  なにより我々のギルドは、最早『巫女食堂を経営しているギルド』と認識されていますから。

  パーティーともなれば…… 」

 「ハイハイ」

 パフンとミッシェルに、ハリセンで後頭部を叩かれるキールは置いておいて、ミラのんが言う。

 「パーティーは良いかもしれないわね。

  友好ギルドを呼んでさ、庭園開設記念とかでパーッと…… 」

 「…… ああ、考えてみると難しいな」

 「何で?」

 「…… 派閥」

 デス娘の突っ込みに、ミラのんも理解したようだ。

 友好ギルドを呼ぶとして、レクイエムと花鳥風月。

 どちらかだけを呼ぶ訳にはいかないし、両方呼ぶと大変な事になる。

 うん、内輪だけにしよう。




 今日は適当な募集が掲示板に無かったので、自分で募集する事にした。

 『臨時PT)74前後で狩場未定。 全職募集』

 何故か応募が殺到した。

 一瞬で俺を入れて5名が書き込んだので、募集中断と追記してレスを確認する。

 『弓職です、レベル75、火力高め』

 『召喚師のレベル74です、入れてください』

 『レベル72吟遊詩人です。 入れますか?』

 『ネタキャラですが回復できます。 レベルは76』

 『盾持ち戦士、レベル70入れますか?』

 …… 何かアッと言う間に集まった割りには、バランス良さそうだな。

 『全員OK 募集〆』




 とりあえず全員集まったよ。

 「レンジャーのロビンソンフットだ、ロビンと呼んでくれ」

 レンジャーは初めて見たけど、彼は普通っぽいな…… うん。

 名前はちょっとアレだけど。

 「召喚師の生命です、よろしく」

 晴明の捩りかな?

 永続召喚はしていないので、オーソドックス(?)な召喚師かな。

 別に狩衣を着ている訳でもないし。

 「吟遊詩人のElise♪です、エリーゼと呼んでくださいね」

 彼女は何と言うか、美々子タイプ?

 髪は紫でドリル付き、ドレスのスカートは当然の如く傘を差した様に広がっている。

 ちなみに高級感あふるるバイオリンなどを手にしてらっしゃる。

 「ドッジだす、回復とか出来るだす」

 …… 彼はピエロだ。

 見たまんまピエロだ。

 でも、普通っぽく見えるのはエリーゼと…… 彼女のせいかな。

 「レディμであります! レディと呼んで頂けるとうれしいであります!」

 彼女は、何と言うか、非常に、ナイスバディのお姉さん…… なんだけど。

 売れてたんだ、あるるかんが作ったあれ。

 うん、そこには女性用のビキニ型アーマーを装着して、ゴン爺の作った付属剣まで揃えた女性が。

 「すごいだすな、レディどん、オラが霞んじまうだ」

 「こう見えても、かなり高性能な防具であります、ターゲットはお任せであります」




 まあ、集まってしまったものは仕方がない。

 気を取り直して今回の狩場、迷宮ことラビリンスへと向かった。

 「…… なあ、迷宮って言う割りには、全然わき道がない。

  て言うか、一直線なんだが?」

 「もしかして、ヨシヒロどんは初挑戦だすか?」

 「うん、俺これが1stキャラだし」

 「ここはずっと一直線だす。

  もう戻っても、永遠に一直線の通路しかないだす」

 なぬ?

 「ここを生きたまま出るには、一番奥まで行ってBOSSを倒すしかない。

  まあ、俺たちには無理だがな」

 「無理ってロビン、じゃあどうするんだ?」

 「死に戻りがあるじゃないか」

 「ちょ、ロビン。

  …… 皆も判っててここに来たのか?」

 「まさか知らない人がいるとは、思っていませんでした」

 「ここは諦めて死に戻るしかありませんよ、まあ充分に経験値はプラスになりますから」

 「問題ないであります」

 「でも、死んだら防具とか壊れないかな?」

 「…… そう言えば、その仕様変更がありましたね」

 ってエリーゼ。

 「大丈夫だす、お金も充分に儲かるだすよ。

  赤字にはならないだす」

 そう言うものか。

 …… まあ、諦めよう。




 少し広い空間に出た。

 ここはPTが狩りをしている。

 「ここは埋まってるな。

  次に行こう」

 「このダンジョンは、狩場1つに1PTってオヤクソクなんですよ。

  ちなみに、さっきみたいな空間が1つの狩場になります。

  通路は殆ど敵が出ませんから」

 セイメイが説明してくれた。

 今回のPTは人格的には当たりっぽい?

 うん、人は見かけで判断しちゃいけないな。




 「お、ここは空いているだすな」

 「よし、ここにするか。

  前衛はヨシヒロとレディでいいよな」

 「ああ、後衛は任せる。

  エリーゼは何の曲ができる?」

 「歌系は取っていませんので、高揚の曲を披露しますわ。

  これで攻撃力と防御力が上昇します」

 「じゃあオラも、カード手裏剣で応戦するだす」

 「召喚師が魔術師に劣らない事を見せてあげよう」

 「行くであります!」




 いやいやいや、かなり強いよ、このPT。

 固定してた時と同じ様な感覚で狩れる。

 「このPTは結構当たりだな、最近臨時PTの質が落ちたと思ってたが。

  居るところには居るもんだ」

 ロビンも同じ様に思ってたらしい。

 「オラみたいなピエロは、固定なんか無理だすから。

  臨時の質が落ちたのは痛いだすよ」

 「まったく、私のような吟遊詩人にしても固定PTはおろか、ギルドにすら入れませんよ。

  稀に誘われても、下心を隠そうともしない方々か、隠せもしない方々ですし。」

 「それは僕みたいな召喚師にしても同じですね。

  どうしても魔術師に劣って見られてしまいます。

  何とかギルドに入れたので、固定PT狩りも出来る様になりましたが」

 「ではセイメイが今日、臨時PTに来ているのは偶々だすか?」

 「ええ、今日は皆、合戦の準備で忙しくて。

  僕は準備が特にないので、PTに来ましたがね」

 「皆、大変でありますな。

  自分は普通の戦士なので、固定PTやギルドにも誘われるでありますが。

  PTは最近崩壊したであります」

 普通、なのか。

 「レディは何処かギルドに、入っているのですか?」

 「今まではレベルが低かったので、断っていたであります。

  そろそろ考えてはいるのでありますが…… 」

 「問題でもあるのですか?」

 …… エリーゼは、良く音楽を引きながら会話できるな。

 戦いながら会話してる俺たちも一緒か?

 いや、難易度はあっちの方が高いはず。

 「今ひとつ、コレダ! と言うギルドがないであります」

 「それは贅沢な悩みだと思いますよ?

  私達から見たら」

 「そうだす、オラたちは入りたくても入れないだすよ」

 「2人ともギルドに入りたいのなら、うちに来てもいいよ?

  まあ、合戦は無しの狩りギルドだけど」

 うん、つい言っちゃった。

 「本当だすか?

  でも狩りギルドってことは、ヨシヒロどん固定PTがあるだすか?」

 「前は固定してたけど、今はバラバラだな。

  まあ合戦無しが前提だけど、それでいいなら」

 「でもオラはネタキャラだすよ?」

 「何でか、うちは結構ネタが多いから」

 「私のようなタイプでも、受け入れて貰えますでしょうか…… 」

 「いや、もう1人いるから、同じタイプ」

 「…… 面白そうでありますな。

  ヨシヒロ殿、是非自分も受け入れて欲しいでありますが」

 「うん、枠的には大丈夫だし。

  まあ一応はギルメンと相談してからになるけど、合戦は無しだよ?」

 「合戦なら、別ギルドの者に混ぜてもらえばいいであります」

 「そう言う事なら、うちの同盟ギルドに話は通せるけど」

 「おおー、大漁じゃないの、ヨシヒロ。

  俺もギルドに入ってなきゃ乗ったんだがな」

 「じゃあ、狩が終わったら3人はアジトに連れて行くから。

  他のメンツと相談して問題がなければ入会って事で」


 なんだか、増やしまくってるかな?



[11816] 二十一話
Name: ハリコの豚◆40baa12f ID:62227e72
Date: 2009/10/06 18:16
 「さて、そろそろお開きにするか?」

 ロビンが言った。

 もうそんな時間か、ダンジョンは相変わらず時間が判り難いな。

 「だすな、じゃあ奥に進むだか?」

 「…… ここのBOSSって何なんだ?」

 「ラビリンスのBOSSなのですから、ミノたんに決まってます」

 エリーゼが教えてくれたのだが……

 「ミノたん?」

 「ミノタウロスですよ、最初見た人は大抵ビビリますが、どうせ死に戻りです。

  突っ込みましょう」

 生命がフォローしてくれた。




 …… ミノたんヤヴェえ、絶対無理。

 『vvvvuummmmmoooooaaaaaaaaooooooobbbbbmmmmoooooooo!!!』

 既に10人近くがミノたんと対戦してらっしゃる。

 「みんな死に戻りみたいだな、ここはマジ対戦以外の時はPT関係なく突っ込んで大丈夫だから」

 「運が良ければ、多勢に無勢で殺れない事もないだす」

 「行くであります!」

 …… レディは速攻で潰された。

 ここは抜刀術の後に弓で遠距離だな、死に戻りにしても狩る努力はしたい。

 シュパーーーン!

 「うぉ! SUGEEEEEE!」

 「ネタキターーーーーー!」

 「行ける! 行けるぞぉ! これであと10年はあべし!」

 結構好評だった。

 でも満タンMPのクリティカル抜刀術でも、ミノたんはまだ全然動いてる。

 距離を取って…… と。

 ん? ミノたんは大きく振りかぶって、地面に…… 範囲攻撃か!

 ヤバイ! ドッジがすかさず回復してくれたが、あれはヤバイ。

 タゲに頑張ってた前衛が、3割死んだ。

 後衛は7割減だ、生命とロビンも撃沈。

 ここに到ってはPTも何もない、生き残った皆で一斉にミノたんに挑んでいく。

 ええい! 弓の連打だ!

 …… うん、頑張ったよ。

 でも範囲攻撃3連打は無いよね、ミノたん。




 「ヨシヒロ殿、ここは自分がこの鎧一式を買った店でありますよ?」

 「ここがうちのギルドだから」

 「こ、ここは巫女食堂でないだか?」

 「そうだよ」

 「…… 一度入ってみたかっただすが、勇気がなくて断念してただすのに」

 「ああ、ここで食べ難いなら、会議室に持って行って食べればいいよ」

 「あ、いや…… 」




 「いやあ、ちょうど今日は僕もメンバーに入れて貰おうと、連れて来たんですよね」

 キールよ、お前もか。

 彼が連れて来たのは2人。

 何というか…… うん、そうなんだ。

 1人は忍者。

 判りやすく、これでもかって言うくらい忍者。

 「拙者、服部肝臓でござるニンニン」

 貫蔵じゃないのか。

 まあ、ある意味判りやすいな。

 もう1人は女の子なんだが。

 レンズの向こうが、白くて見えない様になっている黒縁眼鏡をかけているのは…… ファッションとして。

 高校の制服みたいなブレザーの上から、ダブダブの白衣を羽織ってる。

 「アルケミストのケミストリです、宜しく」

 ふむふむ。

 「忍者はなんとなく判るけど、アルケミストって何だ?」

 「錬金術師ですね、毒で敵を攻撃したり、薬で味方を治癒や補助します。

  他にも薬を作ったり色々できるのですが、それにはギルドに研究室を作らなければなりませんね」

 キールが解説するが。

 「研究室って、経験値足りるのか?」

 「経験値自体は充分に足りていますよ。

  もちろん、彼女の入会も含めて皆さんの了解が出なければ、増設できませんが」

 「じゃあ、俺が連れて来た3人も含めて、皆で決めよう」




 結局、5人とも入る事が決まり、夕食も含めて庭園で歓迎パーティーを開く事になった。

 パーティーも半ばになってくると、エリーゼは徐ろに楽器を弾き始めたし、ドッジはジャグリングなどを始めた。

 レディはあるるかんと鎧について語り合い、肝臓はノヴァと酒盃を交わしながら愚痴を聞いたりしているようだ。

 …… ケミストリはキールやゴン爺、美々子と一緒にいる。

 ゴン爺がニヤリとした後、ケミストリが眼鏡をキラリとしながら何事かを呟く。

 それにキールが答えたと思ったら、美々子が突然高笑いをする。

 オーッホッホッホッホッホって…… 生で聞いたのは初めてだ。

 うん、見なかった事にするよ。

 みんな溶け込んでいる様で何よりだ。




 「ヨシヒロさん、最近はギルド員集めに熱心ですね」

 チルヒメが話かけてきた。

 「熱心って言うかさ、前にうちのギルドに入りたいって人が沢山来たじゃない。

  その時は募集してないからって断ったけどさ、食堂にいると声かけられたりするんだよね。

  でもさ、そんな人たちは、うちが合戦しないって言うと大半は諦めるんだよね」

 「確かに、私たちは合戦をしない約束でギルドを設立していますからね。

  この前みたいな例外は…… もう無いといいですが。

  前の合戦を聞いて来た人は、実情と噂のギャップで諦めるでしょうね」

 「うん、伝説の合戦をしたギルドとか言われても、これ以降合戦をしないんじゃあね。

  それでも入りたいって人は、うちが有名だからって、意味の無い理由なんだよね」

 「そうですね、有名だからって入っても、有名になった原因である合戦はもう無い…… ハズですから。

  入っても意味がないんですよね」

 「でもさ、俺やキールが連れて来た連中は、ギルドに入りたくても入れない奴らだからさ。

  …… 若干ノリで来たやつもいるけど。

  うちのギルドの噂を知らずに、それでも小規模なギルドでいいからって入って来るなら。

  入れてやりたいじゃない?」

 「…… そうですね。

  でも、断った人たちには何と言いますか?」

 「正直に言うさ。

  うちは合戦をしないから、それ目当てで来た人は断る。

  ただ有名だからって理由で来た人も断る。

  それ以外でうちに入りたい理由があるなら、話くらいは聞くってな」




 最近はケミストリとペア狩りが多くなった。

 他は万能型のチルヒメと、支援特化のエリーゼがペアを組むことが多いらしい。

 デス娘は肝臓とドッジを連れて3人狩り。

 前衛型アサシンのデス娘と後衛型忍者の肝臓、シーフ型で回復魔法もあるドッジは相性が良い。

 ミッシェルとキールはレディを連れて3人狩り。

 これもバランスが取れたチームだ。




 レベルが上がって正宗を持つ事で、クリティカル率が100%になった俺はザックザックと敵を狩っていく。

 嘆きの塔も、ペア狩りならまだまだ旨い。

 敵に囲まれたらケミストリの麻痺・混乱・衰弱毒を混合した特性毒薬に、弓に持ち替えた俺のシャワーアローで一掃。

 ペア狩りを始めてから、弓も槍もランクの高い物に買い換えた。

 クリティカルの腕輪も含めて、所持金が底を突きかけたが、ペア狩りウマー。

 所持金もガンガン貯まって行く。

 逆にケミストリは薬を大量に使うので、赤字では? と思ったが。

 「与作が庭園の隅に、薬草と毒草の栽培をしてくれてね。

  材料費が殆ど只なの。

  今の処、ギルドに経験値も入れてない私が、申し訳ないくらいよ」

 「あー、経験値は俺も同じ…… つーか未だ巫女会におんぶにだっこなんだよな。

  80超えた辺りから、皆で経験値いれるかな?

  でも不足もしてないんだよな」

 「まあ、その時は会議でも開けばいいんじゃない?

  私としては、経験値以外にもギルドに貢献する方法はありそうだけど」

 「ん? 何かするの?」

 「実はアルケミストの”錬金”スキルに、くず鉄を装備品の素材に変更できる技があってね。

  くず鉄自体はゴーレムや人形などのドロップ品として、かなりの数が出る…… まあゴミなんだけど。

  錬金自体は非常に成功率が低くて、普通の鉄や鋼に変えるくらいなら、鉄や鋼を買ったほうが早いって技なの。

  NPC鍛冶屋でも売ってるしね、まあ今までは捨てスキルと言われていたわね。

  アルケミスト自体がネタ職扱いではあるんだけど。

  ただ、この前の仕様変更で、作ることが出来る素材に修復素材が追加されたのよね。

  もちろん成功確率は低いわ。

  熟練度を上げても10%と言った処かしら」

 「でも、需要はあるよな」

 「まあね、キールが魔法をかけてくれたら、効いている間は+20%。

  運装備を美々子が用意してくれるから、フル装備で合計60%の確立まで上げられるわね」

 「くず鉄が2つに1つは修復素材になる訳か」

 「アルケミスト自体の数が少ないし、外ならアルケミストの別キャラを作る人も増えるんでしょうけど。

  流石にこの世界で、1からアルケミストを作り直すのは、根性いるものね。

  それに作れる修復素材は、耐久力上限が+1のものだけだし」




 最近、巫女会は元より同盟ギルド、友好ギルドに職人寄り合いの関連も含めて、色々な所からくず鉄を輸入している。

 対価として錬金した修復素材の一部を渡しているが、大半は売っているので、かなりの儲けになっている。

 当然、装備品の修復業もしているが、『修復素材を安定して売っている店』としての地位を築いた今。

 有名になれば、当然客も増える。

 以前より武器も売れる様になって来たし、他の製造職より多くの修理を頼まれる様になった。




 「と言う事で、製造職を増やして欲しいんじゃ。

  このギルドはいつの間にか、製造職の中心的立場になってしもうての。

  依頼も多いことじゃし、ワシらだけでは廻しきれなくなっておる程じゃ」

 ふぅむ、いつの間にそんな事に…… まあ、冒険組も増やして来たんだから、製造組を増やしたいと言うのなら。

 いいよ、と言おうとした処でキールが発言した。

 「問題が3つありますね。

  1つ目は、当然ですが際限なく増やす事はできませんので、誰を入れて誰を弾くかを選定しなくてはいけません。

  熟練度だけでなく、人間性や相性なども含めて。

  弾かれた方は反感を持つかもしれません…… 熟練度が高くても人間性などで弾かれた場合は特に。

  当然それは、僕たち冒険組が増やした人たちにも言えますが。

  今回は自分達から入りたい人の中から選別ですからね。

  2つ目として、5名以上増やすのであれば、工房を拡大する必要があります。

  倉庫も定員枠も拡大が必要ですが、ギルド経験値の問題から一気に増やすのは難しいですね。

  3つ目に、用意できる修復素材の数も問題になります。

  修理する品目の数が増えると言う事は、修復素材の必要数も増えると言う事です。

  ケミストリさんだけでは、錬金が追いつかなくなりますよ」




 「まず1つ目の問題じゃが、あまり考えなくてもいい。

  と言うのが…… さっきも言った通り、パンドラは製造職の中心的立場になってしもうておる。

  職人たちの中から、パンドラに入りたいと言う者が出始めてから、各派閥同士で色々…… の。

  今は各派閥が代表を選別して、パンドラに送り込もうとしている状態じゃ」

 何それ。

 「それって、おかしくない?

  うちのギルドに入る人を、他の関係ない人が決めるって言ってるのよね。

  そんなの受け入れられないでしょ」

 ミッシェルの突っ込みに美々子が答えた。

 「確かにその通りだとは思いますわ。

  しかし製造職の寄り合いで、私たちが影響力を持ちすぎましたの。

  元々うちのギルドは立ち位置が微妙ですし、拒否すると伝説が後3つくらい追加されそうな勢いですわ」

 更にあるるかんが補足する。

 「花鳥風月の職人さんとかもさ、元々パンドラはギルドの緩衝地帯的な設立のされ方をしたんだから。

  ここで製造職の派閥にとっても緩衝地帯的役割を果たすべきだ…… とかさ。

  実際に花鳥風月もレクイエムも、それぞれ大きな派閥の中心にいるんだよね」

 ゴン爺も畳み掛ける。

 「何しろギルド所属の職人たちは、殆どが大規模ギルドの者達じゃからな。

  影響は強いわ、我は強いわ。

  かなり複雑なギルド間の対立をそのまま持ち込みつつも、それぞれの利益で付いたり離れたり。

  そう言う状況では…… 断れんかったよ。

  すまんな」

 「そう言う状況でしたら、受け入れざるを得ませんね」

 と、これはチルヒメ。

 「2つ目の問題は、定員だけでも増やして貰って、受け入れた後に工房を拡大の方向ではどうかの?

  それと3つ目じゃが、フリーのアルケミストを5人ばかり確保しておる。

  情報が流れておらん今は、アルケミストはギルドに受け入れてもらい難いでの。

  今はこっちを入れる方が先決かもしれんの」

 「…… やれやれ、研究室も拡張しなければなりませんね」

 これはキール。

 「なあ、2番目の問題について案があるんだがよ」

 「ん、何かあるのか? アルベスト」

 「俺のフレンドにネタ職の奴が居てさ。

  普通のギルドに受け入れて貰えない、ネタキャラを集めたギルドを作りたいって言ってるんだ。

  でもギルドを作るのって金が結構かかるじゃん。

  何処か金を持ってるギルドがあれば、従属ギルドになってもいいから提供して欲しいって言ってた。

  うちなら出せるんじゃね?」

 「確かに出せますが、どれくらいの効果が見込めるのですか?

  効果が薄いようならば、巫女信仰を深めた方が」

 キール……

 「確認してみるか…… 」




 「ふむ、有志は40人くらい居るそうだ…… うちより多いな。

  高レベルから登録して積極的に定員枠を増やすそうだから、悪い結果にはならないと思うが?」

 「本当に40名集められるなら、悪くは無いですね。」

 「いいんじゃないでしょうか、食堂や修復素材で資金は潤っていますし。

  経験値が入れば、元は取れると思いますよ?」

 アルベストが確認した答えに、キールとピリカは賛成のようだ。

 他も特には否定する意見は無いようだが。

 「…… 面接」

 デス娘が相変わらすの調子で言ったが、確かに事前に会っておく必要はあるだろう。




 代表は超マッチョな武道家だった。

 「武道家のSUGURUです。

  ギルド経験値の件は聞いています。

  ネタキャラではありますが、充分にお役に立てるかと」

 何と言うか、額に『肉』の字が書かれた、たらこ唇の覆面をしている。

 「予定では40名を集めることが出来るとか」

 「現在、実際にギルドが存在しない状態で40名以上の同士がいます。

  それだけネタキャラに関して、ギルド入会が厳しい状況と言う事ではありますが。

  実際にギルドが設立できれば、更に積極的に勧誘に励めますので、最終的には100以上を目指しています」

 「うちの、もう1つの従属ギルドも130名を超えていますので、非現実的な話ではないと思いますね」

 キールの言葉は、スグルさんに対する援護と言うよりも。

 100人レベルの従属ギルドは既に持っていると言う、牽制に近い意味だと思う。

 親ギルドより多くなってもナメんなよ、とか。

 100人と言った以上は割るんじゃないぞ、とか。

 なんだかんだで、ギルド”ティルなノーグ”の設立が決まった。

 名前はネタキャラたちの安住の地と言う意味が込められている…… そうな。




 「これからは、ネタキャラの人たちはティルなノーグを紹介した方が、いいかもしれませんね」

 「キール殿、すると拙者たちが親ギルドに入れたのは幸運でござったな」

 「それは判りませんよ? 肝臓君。

  うちはうちで、色々と抱えていますからね」

 「でもさ、従属ギルドが増えるってことは、食堂の利用者も増える可能性があるんじゃない?

  料理人も増やす必要はないの?」

 「おいおい、ミラのん。

  それだったら農場や牧場の従業員確保の方が、先じゃないか?」

 「アルベストどん、アルケミストの増加と研究所の拡大が先だすよ」

 「そうですよ、製造職の方々も増えるのですし…… でもそうなると庭園の拡大も」

 「ないから、与作君、それはないから」

 「ミッシェルさん、2回も言わなくても…… 」




 嘆きの塔8階、ここにもペアで来れる程強くなりました。

 「ヨシヒロ君はレベル80になったら、何のスキル取るの?」

 「俺は”活法”かなぁ、自分が死に難くなるだけじゃなくって、回復魔法に似た効果もあるって言うし」

 「なるほど、合戦をしないなら”兵法”はあまり意味がないからね」

 「そう言うケミストリはどうするんだ?」

 「私は勿論”創造”だよ。

  ホムンクルスを作れば、アルケミストとしての力は倍増するからね」

 「ああ、戦いにも研究にも役に立つって言ってたな」

 「まあ、育て方次第だから両方って訳にはいかないけどね。

  単体能力はチルヒメさんの桔梗みたいな、永続召喚獣には敵わないけど。

  アルケミストのサポートとしては非常に優秀だよ」

 そう言いながら、ケミストリは俺に攻速上昇のドーピング。

 辺り一帯には防御力劣化の毒を撒く。

 ムッハー、俺TUEEEEEEEEEEEE!




 「お、ヨシヒロ、久しぶり」

 「ん? グラッチェ?

  久しぶりだな…… って、お前もしかしてソロ?」

 「おー、レベル90超えたからな。

  お前はペアか?」

 「ああ、まだ80まで行ってない」

 ちょっとショボーン。

 「何、焦るなって。

  言ったろ? 俺はスパルタで無理無理に90まで上げたんだ。

  今80なら遅い成長じゃないさ」

 「…… まあ、80になったらレベル上げより、レアの取得とかを中心に動くつもりなんだけどな」

 「そうだな、合戦に出ないならその方がいいかもな。

  じゃあまたな」


 まあ、ゆっくり上げて行けばいいさ。



[11816] 二十二話
Name: ハリコの豚◆40baa12f ID:62227e72
Date: 2009/10/06 18:14

 今日はケミストリが忙しいらしいので、久しぶりに臨時PTでも行くかな。

 先ずは掲示板を確認。

 ん? BOSS狩り会開催?

 何かのイベントかな?

 レベル不問、全職募集、非公平PT…… ねぇ。

 行ってみるかな。

 「皆、今日は良く集まってくれた!

  俺が今回のBOSS狩り会の主催者、レーニーだ!

  先ずイベントの主題は、BOSSを狩る事だ!

  最初のターゲットは村長を予定している!」

 おお、村長に挑むのか。

 30人くらいいるし、狩れるかな?

 「第一の注意点だが、家に帰り着くまでがBOSS狩り会です!」

 「滑ってるぞー!」

 「先生! 飛ばしすぎです!」

 「オヤクソクキター!」

 メンバーもかなりノリがいい…… のか?

 「冗談は置いておいて、今回の狩りは非公平PTを4組で開催します。

  故に経験値は、敵にダメージを与えた率によって振り分けられます。

  それでは回復役が不利になりますので、レア以外のドロップ品は全て回復役に振り分けます。

  もしレア品が出た場合は、イベント後にオークションを開きます!

  また死亡した場合は、町に死に戻りしないでください。

  高レベルの司教、複数に参加してもらっていますので、その場で蘇生致します。

  但しその時に生じるデスペナは自己責任とさせていただきます。

  質問のある方はいますか?」

 それから何人かが質問した。

 村長以降の狩りは、村長戦での実力に応じて決めること。

 手加減はいらない、全力で狩れ!

 イベントの終了は状況を見て、夕方ごろに適当に〆。

 他PTが狩っているBOSSには、原則手を出さない事。

 などなど。




 さて、久しぶりだよオーク村。

 「もう直ぐ湧くはずです、がんばりましょう!」

 湧き時間の確認をして、ちょうど良い時間帯に来たんだから、そろそろ湧くはずだが……

 「いたぞー! 村長発見!」

 お、いたか。

 MPも満タンだし、抜刀術いきますか。

 ザッシューーーーーン!

 「うををををおおーー!」

 「抜刀斎発見!」

 「TUEEEEEEEE!」

 もちろん1撃では死なないので、後衛に廻って弓を連射。

 死にたくないしね。

 「オークガードを召喚したぞ!」

 …… MP無いからシャワーアロー撃てないっす。

 ボルケーノ、メテオスウォーム、サイクロン等の大魔法が、一瞬にしてオークガードたちを壊滅していく。

 ちなみに凍らせるとBOSSはテレポートして逃げるので、ブリザードは使われない。

 正に地獄絵図と言った処か。

 何が凄いって、それでも死なない村長さん。

 とは言え、多勢に無勢。

 『geeeroorrrorrroooo』

 終に村長さんも死んでしまった。

 「おつー」

 「おつー」

 「おつー」

 「おつー」

 「おつかれー」

 範囲攻撃が無い分、ミノたんよりは楽だった?

 ちなみに残念ながら、レアは出なかった。




 「これならイケる!」

 レーニーのその一言でラビリンスへGO!

 俺たちの目的はBOSSなので、一番奥まで一直線に向かう。

 流石に30人もぞろぞろと行くと目立つな。

 「よーし、次がBOSS部屋だ!

  ここは死に戻り連中がいるから、人が途切れてから狩るぞ!」

 人が居ないのを確認して、BOSS部屋に突入。

 前はなかなか人が途切れる事もなかったらしいが、今は朝から入って夕方まで粘るPTが大半だ。

 中途半端な今の時間は、人が途切れやすい。

 「突撃!」

 もちろん今回も抜刀術。

 ザッシューーーーーン!

 「よっしゃナイスぅ!」

 「抜刀斎カコイー!」

 ミノたんは範囲攻撃があるので、思い切ってこのまま刀で斬り続ける事にした。

 ザザザザン! ザザン! ヒラリ。

 よし、いける!

 …… 来たよ、範囲攻撃。

 だが1発なら!

 回復チームの頑張りもあって、何とか持ちこたえている。

 「スゲーな、抜刀術だけでなく、クリ100%かよ」

 「正宗とクリ装備のお蔭でね」

 度重なる範囲攻撃で何人か死ぬが、強制的に蘇生が入る。

 ちなみに俺は攻撃力が高い為に、回復チームが優先して回復してくれる。

 『bummmmoooooooooooooooo!』


 お、倒した!

 流石に30人のスパルタフルボッコの前には、ミノたんも堕ちるしかない。

 しかし残念ながら、ここでもレアは出なかった。




 「最後の〆はデュラハンにいくぞ!」

 俺はデュラハンは知らなかったので聞いてみると。

 霧の森にいる馬車に乗ったBOSSで、森の適正レベルは85前後。

 ちょっときつめだが、デュラハンはレアのドロップ率がいい事でも知られている。

 主催者的には、オークションでもう1つ盛り上がりたい、と言った処か。

 デュラハンは逃げながら魔法や召喚で戦うらしい。

 俺は久しぶりに月白に乗って槍を構えた。

 移動には基本、月白に乗っているんだけど、狩りで一緒するのは久しぶりだ。

 クリティカル率は少し下がるが、突進しながらの抜刀術(槍)は、クリティカルさえ決まれば刀以上だ。

 前衛は基本的に騎乗している。

 BOSSが出るまでは、騎乗したまま森で狩りをする。

 待ち時間を潰すのと、BOSS戦で減った経験値を補充する為だ。

 でも死んで更にデスペナを受ける人もいる。

 俺にとってもキツイ狩場だが、周りに高レベルも多いので、結構フォローしてもらえる。

 「出たぞー!」

 俺たちは一斉にデュラハンに向かって突っ込む。

 デュラハンは逃げるが月白はグラニだ、速さには自身がある。

 突撃+抜刀術で突きかかる。

 ズッシャァァァア!

 よし、クリティカル来た。

 「いいぞ! 追撃しろ!」

 でも流石に上のレベルのボスだ。

 魔法の連打を受けて殺されちゃったYO。

 すぐさま蘇生されて、月白に再度跨る。

 が、近づくのは怖いな。

 そうだ、もう馬上弓修得してるから弓で遠距離攻撃しよう、うん。

 ビシビシと弓を撃ちながら気付いたが、MPが回復し始めている。

 そうか、死んだからMP回復の停止がリセットされたんだ。

 ビシ! ビシ! ビシ! ビシ! ビシ!

 お、MPが満タンになった。

 よし、2度目の抜刀術は弓バージョンだ!

 ビシューーーーーン!

 『gaaaaaaaagggguguuuaaaaaa!』

 お、止め刺しちゃった。

 流石に抜刀術2回のダメ…… 前のBOSSも入れると4回分と、止めのポイントは大きかった。

 レベルが80になったよ。

 さっき死んだばっかなのに。

 そしてレアアイテムもゲット!

 もっとも、これはオークション行きだが。




 「今回はレアアイテム、妖精の剣が出ました。

  よって、BOSS狩り会の参加者によるオークションを開催します。

  オークションによって得られた金額は、全員に平等に配布されます!」

 妖精の剣は片手剣で、ぶっちゃけ要らない。

 せいぜい高く売れる事を祈るのみだ。




 まあオークションもそれなりに盛り上がったが、30人で分けると、やはりそれなりの金額になった。

 さて、夕飯までにはまだ時間があるな。

 道場で活法スキルを取った後、俺は考えた。

 MP回復POT(大)を使えば、俺の場合MPは最大まで回復する。

 ソロでBOSS狩れるんじゃね?

 村長は無理だろう。

 毒きのこなら間違い無くいけるが、あまり面白くない。

 …… 船長に挑戦してみるか。

 死んでも80になったばっかだし。




 やって来ました幽霊船。

 「すいません、船長の湧き時間判りますか?」

 俺はPT狩りしている人たちに聞いてみた。

 「あ、後20分くらいかな」

 「ありがとうございます」

 とりあえず船長の湧きポイントに行って、狩り始めた。

 「なあ! そこBOSS出るよ?」

 親切な人が注意してくれた。

 「あ、BOSS待ちです」

 「? でもソロっしょ?

  もしかしてタイマン?」

 「うん、挑戦してみる」

 「おー! スゲー!」

 …… いつの間にかギャラリーが集まり始めた。




 「がんばれよー、即死したら笑いモンだぞー」

 何てことを言われているうちに…… 湧いた!

 今回はMP回復を幾つか持ってきているとはいえ、何発で沈むか判らない。

 とりあえずは普通に攻撃して、ヤバそうだったら抜刀術の連打かな。

 …… 結構避けれる!

 おおー、がんばれー!

 ババババッ!

 ま、魔法攻撃とは卑怯なり!

 「がんばれー!」

 お、ギャラリーが多いだけに辻ヒールがかかって来た。

 「ありがとう!」

 だが辻ヒールに頼っていてはタイマンの意味がない!

 行くぜ抜刀術!

 スッパァアーーーーン!

 「ウオオォォォォ!」

 「スゲーーー!」

 ここでもギャラリーが沸いた。

 結構いい気分だな…… フフリ。

 更にMPを回復して……

 スッパァアーーーーン!

 更に! 更に!

 スッパァアーーーーン!

 その度に沸きまくるギャラリー。

 でも最後の方はオヤクソクっぽく沸いてた。

 繰り返すこと数回。

 ついに船長が倒れた。

 「おつー」

 「おつー」

 「おつー」

 「タイマンおつー」

 「ありですー。

  辻ヒールもありでしたー。

  あ、トライデントきたー!」

 「おお、おめー」

 「おめー」

 「おめー」

 「ありー」




 トライデントは海神殿のBOSSを倒しても得られるそうだが、ドロップ率は船長共々非常に低い。

 レベル80から使用できる三叉の槍で、ゲーム内でも最上位レベルの武器だ。

 馬に騎乗した状態での相性がよく、騎乗中は通常攻撃が範囲攻撃になる。

 これはラッキー。

 でもソロか合戦でないと使わないんだよな。




 次の日もケミストリは忙がしかった。

 どうやら製造職とアルケミストの受け入れ準備に付き合っているらしい。

 ケミストリは修復素材の件で関係してくるからな。

 同じ様に暇してたポトフがいたので、今日はポトフとペア狩りだ。

 アルトはレベル80になったので、今日はスキル取りに行くらしい。




 やって来たのは通称オーガー街道と呼ばれる道。

 道のあちこちにオーガーがうろついている。

 「そう言えばアルトって魔術師だよな。

  後衛2人でどうやってペア狩りしてるんだ?」

 「あ、私が壁します。

  アルトちゃんは火力特化なんです」

 確かに魔術師よりは司教の方が硬いな。

 「ポトフは80になったらスキルは何を取るの?」

 「”教化”スキルを修得するつもりです」

 「教化スキルってどんなの?」

 「自分に対して敵がアクティブになり難くなるんです。

  その辺は盗賊の隠身と似ていますね。

  他にも敵のタゲを無効化したり、一定時間モンスターを味方に付けたり…… です」

 「でもそれだと、壁が出来なくなるんじゃない?」

 「いえ、こちらから攻撃すればタゲは取れますから」

 なるほど。

 「ですから、タゲは少しこちらに廻してもらっても大丈夫ですよ?

  私はローブの下にチェインメイルも着てますし、騎士スキルの鉄壁も修得していますから」

 「そうなんだ、ペア特化って感じ?」

 「いえ、蘇生の出来る司教は、自分が死なないことが一番大事ですから。

  高レベルになると、基本的に防御力を高めることが第一になりますね」

 ふーん、そう言うものか。

 「よし、今日中にポトフをレベル80にするぞ!」

 「ありがとうございます」




 「ティルなノーグは順調に、当初予定していた40名を入会させました。

  更に入会希望も増えている様ですので、順調と言っていいと思います」

 と、チルヒメが報告してくれた。

 「パンドラでも研究室の拡張とアルケミスト5名の追加、及び定員枠の拡張が済みました。

  アルケミストの内3名は、低いレベルで熟練度の引き上げを行う製造職タイプです。

  また他の2名もレベルをカンストしていますので、今後は熟練度上げに専念するそうです。

  実質は私の熟練度が一番低い状態ですが。

  先任と言う事で、私がアルケミストチームのリーダー的役割をさせてもらう事になりました」

 これはケミストリ。

 「工房と倉庫の拡張、それから製造職の受け入れはどうなってる?」

 俺の質問にゴン爺が答える。

 「工房は拡張できるだけの経験値が溜まっておるので、拡張をよろしく頼む。

  それから、職人の受け入れは人数分の枠を確保してから一斉に、じゃの。

  倉庫の拡張はその後でええじゃろ」

 「じゃあ、今から工房を拡張するけど、問題ないよな」

 一応、皆に確認してから拡張の操作をする。

 ポチっとな。

 「拡張した。

  後はまた経験値が溜まるのを待つだけだが……

  そろそろ俺たちも経験値をギルドに入れないか?」

 俺の意見にキールが答える。

 「正直、僕たちが入れても大した足しにはなりませんが。

  一応1%ずつくらい入れておきますか」

 反対意見も出ないようなので、経験値の1%をギルド経験値に入れる事になった。




 「ところでヨシヒロ殿、自分は今度、肝臓殿と共にレクイエムの合戦に誘われたでありますが。

  出撃してもよろしいでありますか?」

 レディが言って来た。

 「うーん、レクイエムか…… 相手は同盟ギルドじゃないよね?」

 「違うであります」

 「大丈夫だよね? チルヒメ」

 「そうですね、一応バーリンさんには話しを通しておきます。

  それから出るのであれば、花鳥風月を初めとする他のギルドにも、バランス良く出る必要があるでしょうね」

 「その辺を考慮して、出る所を決めてくれれば問題はないよ」

 「了解したであります」




 会議が終わって庭園に行くと、早速エリーゼのBGMが聞こえてきた。

 なんか本当に音楽が好きなんだな。

 「やあ、ヨシヒロ。

  今度、職人組が入ればここも40人近くなる。

  中堅ギルドって感じになってくるよね」

 「ん、あるるかん。

  まあ、人数的にはな」

 「なんだ、自覚してないのかい?

  格は一流所と肩を並べてるよ、このギルドは」

 「…… まったく実感ないよ」

 「それも君らしいよ」

 「そうだ、あるるかん。

  今度、攻速装備とか言うの作って欲しいんだけど、出来るか?」

 「出来る事は出来るけど、サムライの場合は飛鳥の布っていうアイテムがいるね。

  たぶんギルド店か露店を廻れば買えると思うけど、高いよ?」

 「レアアイテムなのか?」

 「と言うより収集イベントアイテムだね。

  色々な鳥のモンスターがドロップする羽根アイテムを、数百枚ずつ集めてNPCに交換してもらうんだ」

 「俺でも集められるかな?」

 「レベル的には可能だけど…… まあ、頑張るしかないね。」




 こういう時にギルドはありがたいね。

 ファイアーバードの羽根はチルヒメに手伝ってもらって、3日で集まった。

 奴等にはブリザードが面白い様に効く。

 BOSSのフェニックスには偶に殺されたけど。

 ロック鳥はミッシェルに手伝ってもらった。

 2人でシャワーアローを撃ちまくった。

 ラウンドバードは月白とトライデントの出番だ。

 範囲攻撃で、TUEEEEE! した。

 最後にデス娘とドッジに肝臓を連れて、嘆きの塔でハーピー狩り。

 知っていれば溜めてたのに。

 漸く手に入れたよ、飛鳥の布。




 それまでの裃と見た目は変わらないが、確かに攻撃速度に+修正がある。

 それに回避力にも+修正がある。

 防御力も若干上がっている。

 「これ、すごいな! いいのか?只で」

 「布は用意してもらったし、後の材料も只で手に入るからね。

  気にする必要はないよ」

 「ありがとう!」




 こうなると弓もレアが欲しいよね。

 聞いてみると、エルヴンボウってのを、デュラハンが落とすらしい。

 …… あれはソロじゃ無理。

 レア探しは一旦諦めてケミストリとペア狩り。

 いつの間にか彼女もホムンクルスを作っていたが、直接は狩りの役に立たないらしい。

 何でも錬金の支援に特化させたとか。

 その分、彼女が用意した薬の効果は上がっているそうだ。




 2人でラビリンスに入ってみた。

 今回はケミストリが回帰の札という物を作っているので、死に戻りしなくてもギルドアジトに帰れる。

 空いている狩場を探して奥に進んでいくと、喧嘩しているPTがあった。

 …… 見た顔が多いな。

 いや、同じレベル帯でIN率も一緒だから、不思議じゃないか。

 ポップルにビーン、ロンリーまで居る。

 それに知らない女の子が1人の4人PT。

 …… 何となく原因が判るのは気のせいか?

 どうやら言い合っているのはビーンとロンリーの様だ。

 「おー、ヨシヒロ。

  久しぶりー」

 ポップルは我関せずと言った感じで、こっちに声をかけてきた。

 「おー、ポップル。

  喧嘩か?」

 「それがさー、今回は聖騎士とハンターに魔術師と司教が居て、バランスがいいと思ったんだけどよ」

 「司教がハンターの娘を口説いて、魔術師が切れたって感じか?」

 「すげぇな、何で判ったんだ?」

 「いや、ビーンともロンリーとも組んだ事があってな」

 聞こえてくる言い合いで、ビーンが前と同じような事をやったのは直ぐに判る。

 効率厨のロンリーが黙っているはずもない。

 「ハンターの娘が、中の人は男だって言えば済むような気もするが」

 「済まなかったらどうするんだ?」

 「…… アッー」

 「少なくとも、体は女だから」

 「正真正銘、女です!」

 ハンターの娘に突っ込まれた。




 「もういい!

  俺は1人で戻るからな!

  お前らは死に戻りでもしてろ!

  回復も無しで狩れないだろうがな!」

 あ、ビーンが切れたみたいだ。

 PTから抜けて…… 消えた?

 「どうやら時空神の司教だったみたいね」

 ケミストリが言うが、なるほど時空神と言うだけあって、テレポート系の魔法が使えるのだろう。

 「まったく…… 回復が聖騎士だけでは狩りはきついな。

  帰還の扉を開くが、いいよな。」

 ロンリーが言った。

 「いや、どうせならこのまま狩らないか?

  ヨシヒロもどうだ、合流しないか?」

 「んー、俺はいいけど。

  どうする? ケミストリ」

 「私も構わないわよ」

 「しかし司教がいないんだぞ?

  全滅するのがオチだ。

  悪いが俺は抜けさせてもらう。」

 「私も今日は嫌になっちゃったから帰るわ。

  ロンリーさん扉よろしく」

 ロンリーとハンターの娘は結局帰るようだ。

 ポップルが俺たちのPTに移って、2人は消えた。

 「じゃあ改めて、ここで狩るか」


 ロンリーもビーンも相変わらすの様だな。



[11816] 二十三話
Name: ハリコの豚◆40baa12f ID:62227e72
Date: 2009/10/07 18:22

 今日は臨時PTにでも行くかな。

 と、公園に来てみた。

 ちょうど良いレベル帯は…… ぬ、募集がある!

 前衛1名募集か、これに書き込んでみるか。




 「宜しくお願いします、サムライのヨシヒロです」

 「よろしくー、武道家の茉莉香茶です、ジャスミンとよんでちょ」

 彼女は丈の短いチャイナ服にカンフーパンツ。

 シニョンキャップまで付けている。

 「魔術師のブーン・内藤だ、ブーンでいい」

 彼はローブを着た正統派魔術師と言った所か。

 「ビーンだ、ブーンと似た名前だが、前にも組んでるから問題ないよな」

 …… 問題は別の所にあるのでは?

 まあ、彼の方が先にきているんだから、ここで何か言うのは止めておこう。

 行き先はラビリンス、大丈夫かな?




 あれから数時間…… 午前中を何事もなく過ごし、既に午後に入っている。

 ジャスミンがいるから、またビーンの悪い癖がでるかと思ったが。

 ! そうか、彼女は既にどこかのギルドに入っている?

 まあ、いずれにせよ真面目なビーンは結構使える。

 俺とジャスミンがタゲを確実に取り、ブーンのブリザードが敵を殲滅。

 ビーンは的確に回復を行う。

 いいバランスのPTだ。




 「いやー、臨時もいいな。

  ダメPTの時はがっかりだが、当たった時がうれしいよ」

 「ブーンは普段固定なのか?」

 「まあ、って言うか最近PTが解散してね。

  一緒に固定してた人たちがギルドに入っちゃって。

  俺はギルドって拘束されるの嫌いだから、誘われたけど入らなかったんだ。

  案の定、固定って感じじゃ無くなってね」

 「ふーん、ギルドに拘束されて固定できなくなったのか」

 「仕方ないよ、ギルドに入った以上はギルド優先でないと。

  何のためにギルドに入るか判らないし。

  ギルド側にしたって、貴重な経験値つぎ込んでメンバー枠広げてるのに。

  それでメンバーがギルド優先にしなきゃ、入れる意味ないし」

 ジャスミンが解説してくれたが…… そうだよな、俺の所がちょっと特殊で気付かなかったけど。

 ギルド枠も経験値を頑張っていれて、初めて広がるんだもんな。

 「ふん! ギルドなんかに入ったって、いい事なんか無いさ」

 って、今言ったのビーン? ナニガアッタノ?

 「どーしたの? ビーン。

  ギルドに思う処がありそうだけど」

 ジャスミンがダイレクトに質問した。

 「大した事じゃないさ。

  俺も最近までギルドに所属していたんだ。

  そしてギルドの為に一生懸命、勧誘してたんだぜ?

  そりゃ、熱が入る余りちょっと強引な処があったのも認めるさ。

  でも他のギルドから文句を言われたからって、追放はないだろう!

  これまでギルドの為に頑張って勧誘してきたってのに!」

 そ…… そうか、追放されたのか。

 確かに、ちょっと強引って言えないくらい酷かったけど。

 「追放されちゃったんだー」

 ジャスミンがあくまでも軽~く言う。

 「俺が誘ってたヤツがさ、誘ってる途中に話に割り込んできたヤツのギルドに行っちまってさ。

  まあ、それは仕方ないさ。

  どっちに行くかは本人の勝手だ。

  ケドさ! 俺が無理やり誘ったとか強引とか!

  ギルド通して文句言ってきやがって」

 ビーンがそう言うと、今度はブーンが返した。

 「でもさ、文句を言われただけで追放っておかしいんじゃねぇの?」

 「文句を言ってきたギルドが、何かすっげぇ力のあるギルドらしいんだ。

  うちの…… 元居たギルドのマスターがビッちまってよ。

  速攻で放り出されたよ…… パンドラとか言ったっけかな」

 …… え?




 「えーーー?

  パンドラって、それはヤバイよ。

  こないだ話題になった伝説の戦いで大将になった、超有名ギルドじゃん。

  敵対したチームのメンバーは解散した後も、ケチョンケチョンらしいよ?」

 いや、ジャスミンさん?

 「偶然だな、俺が固定を組んでたPTに居た連中も、そのパンドラに入ったんだ。

  まあ、俺の時は普通の勧誘だったし、問題のあるギルドにも見えなかったが」

 え? 何それブーン。

 聞いてないよ?

 「まあ、力を持つと周りも過剰に反応するからねぇ」

 一応、確認しておくか。

 「なあ、ビーン。

  お前の居たギルドって何て名前なんだ?」

 「あ? 言ってなかったっけ?

  ”tktkバニッシュ”ってギルドだ」

 …… tktk?

 「よさげな名前だな」

 ブーン?




 アジトに帰って冒険組に確認してみたが、誰も知らないと言う。

 まあ実際に追加してないもんな。

 似たような名前のギルドでもあるのか?

 とりあえず夕飯でも食うか、と食堂に行くと。

 「ヨシヒロ君!」

 シークレットさんが手招きしている。

 「や、どうも」

 シークレットさんの座っているテーブルについて注文をする。

 「ちょっと聞いた?

  最近”パンドラの箱”ってギルドが出来て、積極的に勧誘しているらしいわよ」

 「…… ああ、なるほど。

  心当たりはあります」

 「貴方の所の関連ギルド?」

 「いえ、関係ないですよ」

 「ダメじゃない。

  パンドラの壷の偽ギルドでしょ?

  ああ、なるほど、じゃ無いわよ」

 「うーん、とりあえずギルドで話し合って対策を考えます」




 翌日、俺はチルヒメとパンドラの箱のアジトに行ってみる事にした。

 アジトの場所はブーンを経由して、昔の固定PTに居た人たちに聞けば判る。

 「ああ、貴方たちがパンドラの壷さんですか。

  噂は聞いていますよ、すごいギルドですって?

  いや、うちも似た名前にしてしまった為に間違われる事が多くて……

  まあ時期的にはうちの方が後発なので、文句も言えませんが。

  ああ、名乗り遅れました。

  パンドラの箱、ギルドマスターのプルドックです。

  こっちは副マスのQ次郎」

 「どうも宜しく」

 「ああ、どうも。

  俺はパンドラの壷、マスターのヨシヒロ」

 「私は木花知流比売です。

  それで、名前の類似はあくまでも偶然。

  と言うわけですか?」

 「ええ、実は我々も困っているのです。

  元ネタはギリシャ神話なので、有名な話ですからね。

  似たような名前のギルドがあると、後から知ったのですが。

  その時には既にギルドを作ってましたし……

  それが俺たちが知らなかっただけで、かなり有名なギルドらしいじゃないですか。

  間違える人も少なくないんですよ。

  折角作ったギルドが他のギルドに間違えられるのも、こちらとしても困惑物ですが。

  先ほども言いました様に、こちらは後発。

  そちらとは違うギルドであるとアピールしていかなくては、と思っていますよ」

 「なるほど。

  先ほど、そちらも言われた通り。

  うちのギルドは、とあるギルドを潰した折に少々有名になってしまいました。

  似たような名前のギルドがあると言われますと、少々過敏になる所がありまして。

  実際に間違えられる事も少なくないとか。

  ただ…… もし、そちらのギルドの行動で、うちのギルドに悪影響がでる様であれば。

  うちも対処せざるを得ませんが。

  それは宜しいですね」

 どうもチルヒメは頭からプルドックさん達を信じていない様だ。

 とは言っても、あちらが偶然というスタンスを崩さないのであれば、今はここまでだろう。

 俺たちは彼らのアジトを後にした。




 正直、しばらく放って置くしかないかと思っていたが、帰り道で声をかけられてそう言う訳にもいかなくなった。

 「お、おい、ヨシヒロ」

 「ん、岡田さん?」

 「…… ジョンブルでいい。

  いや、それよりもだ。

  君はパンドラの箱と言うギルドを知っているか?

  壷ではない、箱だ」

 「ん? 今そこに様子を見に行ってきた処だが?」

 「…… そうか。

  いいかね? あれは俺たちとは関係ない。

  アルビオンはもう無くなったのだから」

 「何か知っているのですか?」

 チルヒメが問いただす。

 「…… あそこのマスターは、どこから拾ってきた男かは知らないが。

  副マスターは元アルビオンの人間だ。

  まったくバカな男だよ。

  言っておくが、俺の方から彼らには既に警告はした。

  だが無くなったギルドのマスターに、大した統制など取れるはずもない。

  つまり、この件はもう俺たち、元アルビオンの面々とは関係のない別の話だと認識して欲しい。

  言いたい事はそれだけだ」

 「言いたい事はだいたい判った」

 これは早急に対応した方がいいだろうな。




 「やれやれ、アルビオンの件は自業自得だと言うのに……

  しかし今度は合戦で決着とはいかないでしょうね。

  まず乗ってくる事はないでしょうし、こちらから挑発をしても無駄でしょう」

 キールの言葉にプシけが続く。

 「とは言え放って置く訳にもいかないよね」

 確かにQ次郎が元アルビオンと言う事は、パンドラの名前を選んだ理由には意味があるのだろう。

 うちのギルドに真っ向から対する勝算と覚悟が。

 「早めに潰しておく方が、傷は浅いかのぅ」

 「ゴン爺、何か方法でもあるの?

  相手も判っていてやってるんだから、簡単にはいかないと思うけど」

 「まあ、こっちで動いてみるわい。

  しばらく任せてくれんか?」

 ゴン爺が言うので、箱の件はしばらく静観する事にした。




 今日は霧の森で狩りだ。

 デス娘にミッシェルとドッジにケミストリ、そして俺の5人で向かう。

 いつの間にかミッシェルの狼に黒狼が加わっていた。

 「この仔はプラムだよ」

 相変わらず変な付け方だ。

 この人数では、デュラハンには勝てないので無視の方向でいく。

 デス娘とミッシェルは更に強くなってるな。

 でもクリ武士として完成した俺も強くなってる。

 霧の森に居る幽鬼や妖精たちを狩りまくる。

 「ねえヨシヒロ君、トライデント持ってるんでしょ?

  壁はブラウンたちに任せて、範囲攻撃のがよくない?」

 ミッシェルが言う。

 「OK、じゃあ馬に乗るよ」

 欠点と言えば、経験値の半分が月白に吸われる事だが、殲滅力が上がるのでよしとする。

 「そう言えば、そろそろ職人ぶんのギルド員枠を拡張できるだけの経験値も溜まるんじゃないか?」

 「1週間以内には溜まるでしょうね」

 俺の問いにケミストリが答える。

 「色々な派閥の代表だすから、熟練度は期待できるだすな」

 「出来る限り得意武器が重ならないように選んでるらしいから、全武器職人がギルド内に揃うみたいだねぇ」

 「流石に鎧職人や装飾職人もいるみたいだすよ」

 まあ、武器はギルド内で揃うって事だな。




 ギルドに職人さんたちが加わって、更にしばらくしたころ。

 プルドックさんがQ次郎を連れて、うちのアジトへやって来た。

 「ヨシヒロさん、卑怯なんじゃないですか?」

 「…… と、言うと?」

 「とぼけないでくださいよ。

  そちらの嫌がらせのせいで、一時期50名を超えていた私たちのギルドが……

  今や4名まで減ってしまった。

  いえ、その残った2名も、もう解散しようと言う始末ですよ!」

 つまりプルドックさんとQ次郎+2人だけになってしまった、と。

 そして残った2人も解散したい…… 詰みじゃん。

 「ええっと、ゴン爺?」

 正直、俺はゴン爺に任せっぱなしなので、よく判らない。

 「嫌がらせなどと言われても…… 心当たりがないのぅ」

 あ、とぼけた。

 「今や狩場では、我々は貴方がたの偽者呼ばわりです。

  いえ、そう言う者も出てくる覚悟はしていましたが、ギルド員が何処も彼処もで嫌がらせを受けたそうです。

  しかも装備の修理や販売までも、うちのギルドは相手に出来ないと断られましたよ!」

 「ああ、それは済まん事をしたのぅ。

  いや、そちらでもワシらん所と混同されて困っておると言っていたそうなのでな。

  うちらとそちらが違うギルドだと、友好ギルドを通じて広めて貰ったんじゃ。

  いやあ、嫌がらせまでされておるとは……

  こちらが有名になりすぎた故に、偽者と思われるそちらは災難でしたな」

 「何をしらじらしい!

  だったら武器の販売や修理を差し止めたのは、どう言う了見ですか!」

 「それなんじゃが、ワシらもほとほと困っておってのぅ。

  最近、優秀な製造職人を相次いで入会させておったのじゃが、少し強引にやりすぎたのかのぅ。

  他の製造職人たちに総スカンを喰らってな。

  こちらもギルドに必要な職人は、粗方入会させておるし…… 売り言葉に買い言葉で対立してしもうてのぅ」

 もちろん、真っ赤な偽りである。

 「まさか、そのせいで我々も断られたと言いたいのですか?

  今、貴方がたは、こちらとそちらが違うギルドだと広めたと言ったばかりでしょう。

  矛盾するではありませんか!」

 「いやいや、狩りに出ておる冒険者たちには充分に広まってきておる様なのだが。

  職人共は意固地でのぅ…… なかなか話を聞いてくれんのよ。

  じゃが、そちらに迷惑がかかっておるのならば、関係の修復も考えねばのぅ。

  しかし聞く耳を持ってくれればいいが……」

 「いい加減にしてください!

  うちのギルドは貴方がたに潰されたアルビオンの残党が、復讐の為に態と似た名称で設立した。

  そんな噂までが流れているんですよ!」

 「いい加減にするのはそちらではありませんか?」

 を、ここでキールが出た。

 「その噂ですが。

  元アルビオンのギルド員が副マスターなどをやっていれば、そう言った噂も出るのが当然だと思いますが?」




 「なん…… だと?

  どう言うことだ?

  Q次郎、まさか君?」

 ん? プルドックさんは知らなかったのか?

 「もうよそうや、プルドック。

  確かに俺は元アルビオンのギルメンだ。

  お前がここのパチもんギルド作って、楽に人員を確保しようとしているのを知って。

  前居たギルドを潰された意趣返しでも、と思ったけどよ。

  完敗だろ?

  あのときのパンドラは同盟ギルドこそ強力だったが、本体は10人そこそこのギルドだ。

  偽物が本物と入れ替われる、なんて思ったこともあったがよ。

  どだい無理な話だったって事だ」

 「く…… そ」

 「さて、プルドックさん。

  貴方の話では、偶然に付けた名前と言っていたそうですが。

  Q次郎さんは違うと言っていますね。

  となると、こちらの対応も甘くはできませんね。

  まあ、これが最後の選択だと思ってください。

  解散しますか? 潰されますか?」

 キール…… それは選択なのか?

 「…… 解散する」

 ギルドの解散が確認された後、2人は帰っていった。

 えっと…… 一件落着?




 それからしばらくして、食堂で夕飯を食っている時だった。

 「やあ、ヨシヒロ君、ここいいかな?」

 「ああ、マイクさん、どうぞ」

 ウロボロスの副マス、マイクさんが来た。

 「聞いたよ、似非BOXの乱。

  また伝説を作ったそうじゃないか」

 「…… いや、伝説とか、そう言うのじゃないですよ」

 「まあまあ、謙遜はいらないから」

 とか言いつつ料理を注文するマイクさん。

 「ところでさ、ヨシヒロ君にちょっと頼みがあるんだ」

 「何ですか?」

 「うちのギルメンに明後日が誕生日のやつがいるんだが、ここの食堂を貸切らせて貰えないかな?

  急な話だが、そいつ最近落ち込んでてね。

  ちょうど誕生日ってこともあって、急にパーティーやろうって事になったんだ。

  まあ、無理だったら仕方ないが、俺の知ってる中じゃあここの飯が一番うまいからな」

 誕生日か…… そういえばギルメンの誕生日なんかしらないな。

 うちもやった方がいいのかな?

 いやでも、今の俺たちに誕生日なんて関係あるのか?

 そもそも今は何月何日だ?

 「…… いくらなんでも明後日ってのはきついな」

 「だよな、まあ忘れてくれ」

 「あ、でも庭園なら貸せるかもしれないぞ?」

 「庭園? 持ってるのか?」

 「ああ、趣味人がいてな」

 「是非頼む」

 「一応メンバーに確認しておくよ」




 まあ、断る理由もないので、誕生会はうちの庭園で行われた。

 一応部外者であるパンドラの面々が、ぞろぞろと集まっても何なので。

 BGM係りのエリーゼ、余興&案内人としてドッジ、そして俺とチルヒメが代表として参加した。

 ついでに戦国乱世の巫女ウェイトレス隊も、臨時アルバイトで出張ってもらった。

 「すごいな、庭園ってのも…… うちも余裕があれば欲しいところだな。

  だが園芸のスキル持ちが居ないと、意味がないんだったな…… いるのか? そんな数奇者」

 「うちには1人いるから、他にもいるんじゃないか?」

 「うーん…… 会議にかけてみるか」

 マイクさんは乗り気っぽいので、近いうちにウロボロスでも庭園ができるかもしれない。




 後日判ったことだが、園芸スキルってのは非常にレアスキルらしい。

 普通はだれも取らないし、取ったとしてもギルドが庭園を用意する事は、更に稀らしい。

 …… 最近、うちに庭園がある事がウロボロスから周りに伝わっているらしい。

 公開しなきゃならんことになるかな?



[11816] 二十四話
Name: ハリコの豚◆40baa12f ID:62227e72
Date: 2009/10/08 18:29

 「他のギルドでも庭園の話は上がったみたいですが、自分の所で作ろうとするギルドの話は聞きませんね」

 チルヒメがそう言うが。

 「何で?」

 「やはり今でも、無駄だと言う意見が多いみたいですよ」

 チルヒメの答えにノヴァが補足する。

 「まあ、庭園なんか造らなくっても町毎に公園はあるしな。

  スキルを取るのも増設するのも難しくはないが…… 普通はいらんわな」

 「そんな事ありませんよ!

  現にウロボロスさんも、あんなに喜んでたじゃないですか!」

 ムッハー! と与作は主張するが、デス娘が切って捨てる。

 「…… その時だけ」

 うん、そうなんだ。

 田畑用の農場や牧場もそうなんだけど、庭園や釣堀も含めてバカにならない維持費がかかる。

 うちでそれが維持できるのは、巫女食堂の頑張りによるものだ。

 まあ、食堂からすれば食材が無料で手に入るので、庭園以外は大きくプラスだろうが。

 それに庭園はアルケミストたちにも実益があるので、うちにとっては無駄ではない。

 でも他所にとっては、パーティーなどの余興をガンガンやる様なギルドじゃないと、無駄に写るんだろうな。




 「で、結局庭園は予約制の貸し出し会場として、経営する訳?」

 俺の質問にキールが答える。

 「そうですね、基本的に友好ギルドを対象にします。

  友好ギルドの範囲は、同盟ギルドと更にその同盟・もしくは従属ギルド。

  そしてパンドラの従属ギルドとその同盟ギルド。

  後はメンバー個人と直接の友好があり、パンドラと敵対していないギルド…… ですね」

 「敵対ってさ、今の処パンドラに敵対ギルドはないじゃない」

 ミッシェルが突っ込むが、それは将来の可能性として決めているだけだろう。

 「今の処は、ですね。

  これに伴い、庭園直属のサポート部隊を設立します。

  料理等は巫女食堂に引き続きピリカさんたちにお任せしますが。

  庭園の総合管理として与作君。

  サポート部隊の管理としてプシけさん。

  彼女はそれに伴って、巫女食堂のチーフウェイトレスから抜けてもらいます。

  代わりに巫女ウェイトレスの管理はミラノさんにお任せします。

  またBGM担当としてエリーゼさんを筆頭にチームを作ってもらいます。

  サポート部隊はプシけさん直属ですので、ネコミミメイド隊を結成する事になります。

  また、BGM部隊と併せて、従属ギルドにアルバイトを依頼しています」

 確かにティルなノーグであれば、吟遊詩人の確保は出来るだろう。

 また、ネコミミメイド服は巫女服と違って、着脱に規制がない。

 …… が、あえてメイド服にネコミミを付ける必要はあるのか? キール。




 「しかし判らんだすな。

  他のギルドが作らないと言う事は、大して必要を認められていないと言う事だす。

  あえて、パンドラから借りる人たちがいるだすか?」

 ドッジの意見にキールが答える。

 「自分で作る人は居なくても、あるのならばそれを利用しようという人はいるでしょう。

  少なくとも借りる事ができるのであれば、造るよりは借りたほうが安上がりです。

  もちろん、うちがやろうとしている様に経営用として庭園を造れば、儲けが出ますので話は別ですが。

  とは言っても、うちがそれで成功出来ると考えるのは。

  豊富なギルド間のネットワーク…… 特に有力な大手ギルドのモノを多く所持している事。

  それと実績のある食堂を抱えてるが故に生じた高い評価の料理。

  これがあるからこそ、会場の貸し出しによる利益も現実的になります」

 「つまり会場だけ造っても、料理とネコミミメイドは付いて来ないでござるな」

 肝臓が変な納得をしている…… いや、ある意味真理か?




 「待って欲しいであります。

  他の方は居残り組でありますが、エリーゼ殿は狩り組であります。

  BGMを引き受けて、狩が出来なくなっては困るでありますよ?」

 「ありがとう、レディさん。

  でも事前に相談を受けて、BGMそのものではなくアルバイトの人選を中心に対応して。

  具体的なアルバイトの管理を、与作さんとプシけさんにお願いする形を取ることで。

  対応できると判断しました。

  大丈夫ですわ」

 「それならば良いでありますが」

 まあ、本人が出来るというのだから、大丈夫だろう。




 「あの、それなら…… 日本庭園も、増設してみては、どうでしょう?」

 ポトフが言ってきた。

 「いやいや、順番的には今度こそ牧場の拡大でしょ?」

 アルベストがイマイチ意味のない反論をするが……

 「何故ですか?」

 チルヒメの問いにポトフが答える。

 「うちは、巫女食堂で、人気があります。

  だから…… 」

 と、そこまで言った処でキールが割って入る。

 「なるほど!

  確かにパンドラと言えば巫女食堂!

  そして巫女が似合うのは西欧庭園より日本庭園なのは道理!

  となると…… 更なる巫女の募集が必要になりますね!」

 いやいやいや、飛ばしすぎだから、キール。

 「そうですね、今の庭園を拡大するのもいいですけど、増設するのも…… 」

 与作は乗り気だが……

 「それはちょっと待って欲しいです。

  万が一、パーティーが2つ同時に開かれて食堂もとなると……

  ちょっと無理ですねぇ」

 とピリカ。

 確かに大変そうだ。

 「とりあえず、今の庭園を開放して成り行きを見てからでも遅くはありませんね」

 とチルヒメは結論を付けた。




 今日は嘆きの塔6階でソロ狩り。

 活法スキルの技、”応急手当”を回復魔法の代わりに使う事ができるので、ソロも楽になった。

 この技は擬似的にHPを回復させる技で、応急手当の持続時間内のみ擬似的にHPが回復する。

 持続時間が切れると同時に擬似的に増やされたHPは消滅する。

 しかし持続時間内に受けたダメージは擬似的なHPから先に削られていくので、回復魔法の代わりに使えるのだ。

 応急手当中もHPの自然回復はするし、重ねがけもできるしな。

 …… 効率は悪くないが、やっぱりPTの方が面白いな。




 「でもさ…… 花鳥風月が文句を言うのっておかしくない?

  確かにレディちゃんたちが参戦する合戦はレクイエムの方が多いけど、それは合戦の数自体が全然違うんだから。

  参加数に偏りが出るのも当然でしょ」

 ミッシェルが言っているのは、花鳥風月からきたレディたちの合戦参加についてのクレームの件だが。

 今グラッチェがギルドに復活して、最盛期の活性化を見せているレクイエムと。

 ログアウト事件以降、未だに合戦数を控えている花鳥風月では。

 開催される合戦数自体が段違いだ。

 結果、レディたちがお邪魔する合戦先も偏ってくる。

 「とは言え、このギルドが出来た経緯を考えると、彼らの言っている事も間違いではありませんよ。

  事実はどうであれ、それを見た周りの人は、レクイエムの友好ギルドが花鳥風月の合戦にも参加している。

  そう考えておかしくないですね」

 キールの言葉にレディが答える。

 「つまり自分たちがレクイエムの合戦に出る事を自重すれば良いでありますか?」

 「今後はそうしてもらえると助かりますね。

  もちろん、花鳥風月側に傾きすぎるのもダメです。

  バランスよくお願いします。

  …… 面倒でしたら、いっそウロボロスを中心に置いてもいいかもしれませんね」

 キールがそう結論付ける。

 「じゃあこの件はそれで解決かな?」

 俺がそう言うと、チルヒメが待ったをかける。

 「それがそう言う訳にもいかないのです。

  とりあえず1回、パンドラのマスターであるヨシヒロさんに、50人規模で花鳥風月の合戦に参加していただきたいのです」

 「つまり、それでレクイエム側に傾いていた天秤を引き上げようと?」

 「そう言う事になります。

  50人はパンドラだけでは無理なので、巫女会とティルなノーグに協力を依頼します」

 まあ仕方ないか。

 「50人となるとギルドとして参戦って事になるから、レクイエムには話を通しておいた方がいいね」

 と言う事で、俺は合戦に出ることになった訳だ。




 今回パンドラから、俺、キール、ポトフ、レディ、肝臓の5人に加えて、従属ギルドから有志45名が参加してくれた。

 「か、合戦は初めてです…… 緊張します」

 「大丈夫だよポトフ。

  俺も初めての時は緊張したけど、まあ大した活躍は出来ないうちに終わっちゃったし。

  2度目はキールと話しているうちに、いつの間にか終わってたし。

  …… あんま参考にはならないか。

  でもまあ、そんなモノだと思えばいいよ」

 今回、俺たちの位置は魚鱗の陣、第2陣の右。

 合戦が始まって先鋒同士が激突し、しばらく叩き合いが続くうちに敵が左右から先鋒に挟撃を仕掛けてきた。

 「出番ですね」

 キールの合図に俺は弓での抜刀術で、右から突撃する部隊のリーダーっぽい相手を見事にHIT!

 「パンドラ部隊! 突撃!」

 構わず突っ込む敵の、更に横から突撃を仕掛けた。

 しかし、先ほど沈めたはずの敵リーダーも司教の蘇生魔法で復活。

 合戦は、互いの大将を落とした方が勝つが、大将以外は蘇生が可能なので時間がかかる。

 「司教です! 回復役を先ずは狙うのです!」

 キールは言うが、お前も司教だろうに…… 狙われるぞ?

 こちらも敵も範囲魔法で辺りは地獄絵図に。

 まあ、回復役の範囲回復魔法との競争だな。

 俺もトライデントに持ち替えて、敵司教を中心にSATUGAI。

 レディは回復役の護衛組、肝臓は忍法での範囲攻撃組だ。

 ぶっちゃけMPを回復しながら抜刀術を使うより、月白の上からトライデントの範囲攻撃を連打した方が効率がいい。

 俺自身、何度か殺されながらも何とか戦線を維持していた。

 「ニンと、あちらの方に敵のハイディング司教部隊が来ているでござる」

 肝臓の報告に、全員に指定位置へ範囲攻撃を指示した。

 やつらに寄られては、戦果が全部無駄になる。

 とは言え、硬い。

 「一人でも生かして置いては、蘇生して全部復活しますよ!

  確実にしとめてください!」

 キールの支持に、さらに攻撃の勢いが増す。

 「ポトフ殿、焦る必要はないであります。

  自分らが後衛の皆さんを死守します故」

 「は、はい。

  レディさん、宜しく、お願いします」

 いやー、何とか右側は死守しました。

 中央の主力が敵を突破して、何とか勝ち。

 ポトフは何度か死んでいたが、キールが確実に生き延びたのは、やはり経験の差か?

 レディーも肝臓も死んでたと言うのに。

 しかし、合戦の勝敗として勝ちは勝ち。

 何とか面目は保てたよ。




 結局、褒賞として貰ったレアアイテムは全部、従属ギルドに渡した。

 まあうちは、自分から合戦しないギルドだし。

 今回の様に他所の合戦にギルドとして出るのも、可能な限り避けたい。

 つまり滅多にない、従属ギルドに対する褒賞の機会だからって事だ。




 ある日刹那さんがアジトに来た。

 「実はうちの知り合いのギルドに、パンドラに従属したいと言うギルドがあるのです」

 「と言うと?」

 「リーングラットから、この町と反対方向に同じくらい離れた町で、ヨトゥンと言う町があるのですが。

  その町を本拠にした、小規模ギルドがあるのですが……

  最近、食堂を開こうとしているのです。

  その町も冒険者たちは多いのですが、やはり何かウリがなければ成功し難いのも事実です。

  それで、そこのギルド員のうち料理スキルを持つメンバーが、全員女性と言うこともありまして。

  この際、全員スパルタ上げでレベル20まで持って行って、浪人になろうか…… と」

 「つまり。巫女食堂?」

 「流石にこちらに無許可では拙いですし、例え許可を得ても二番煎じやフェイクの謗りは免れない…… と。

  例え他の制服を用意しても、ここがこの世界でのパイオニアには変わりませんし。

  いっその事、ギルド的に従属して正式に支店と言う形で運営してはどうか…… と」

 「なるほどねぇ、皆はどう思う?」

 「巫女食堂の支店という形で参加したいのであれば、ピリカの意見を先ず聞くべきですわ」

 と美々子が言う。

 「ピリカ?」

 「食堂の支店…… と言う事でしたら料理の腕は一応、確かめなければなりませんね。

  利益から上前を撥ねるのはやり過ぎな気もしますから…… どうでしょう、食材は原則うちからの購入にすると言うのは。

  その上で、ウェイトレスの質をプシけに判断してもらって、合格であれば…… 」

 「従属ギルドにしてやンよ…… って処か?」

 「アルベスト…… どんだけ~」

 「そう言う話なら、今度こそ牧場は拡張だな!」

 「そうなるかな」

 「だったら農場の拡張に、関連スキル持ちの増加もした方がいいと思う」

 とは与作の意見。

 確かに拡張すると、人員も必要になるか。

 「まあそれは、実際に件のギルドが巫女食堂の名に相応しいか、それを見てからでもいいでしょう」

 とはキールの言だが、ホクホクしてるな、キール。




 それからしばらくして、めでたく巫女食堂ヨトゥン支店は開かれたのだが。

 更にしばらくして、支店の近くにシスター食堂ができた。

 うん、そうなんだ。

 ウェイトレスが、シスターさんなんだ。

 それから程なくして、バニーさん食堂、メイドさん食堂、ナースさん食堂、婦警さん食堂etc……

 いつの間にかヨトゥンは大食堂街と生まれ変わっていた。

 とは言え、殆どはパイの奪い合いで瞬く間に消えていく。

 アニメキャラの制服やコスプレの食堂は、一部信者やアンチの熱すぎる視線に即消えていく。

 信者からすれば、ただ格好だけ真似しても、かえって許せないらしい。

 そしてアンチも非常に湧きやすく、速攻で消されていく。

 そして、ここまで類似品が増えれば、格好だけの店は当然の様に淘汰される。

 奇抜な格好をしていれば儲かると思った人たちも多く居たが、結局は味の差で潰れていく。

 このゲームは全年齢対象なだけに、あまり露骨な営業は出来ない仕様になっている。

 ある程度、露出の高い制服の店も残ることには残ったが、結局は味の勝負になってくる。

 そうなってくると、今度は露出の少ない方が喜ばれたりもするから判らない。

 更には、他の町でも同じ現象が起こりかけたが、最初の数件が格好だけのマズー食堂だったのが災いし。

 結局は殆ど残らなかった。

 ちなみに、うちに無許可で出来た巫女食堂もあったらしいが、一瞬で潰されたらしい。

 …… 何があったんだか。




 「…… で、うちの従属ギルドになって、正式に巫女食堂を始めたい人たちが?」

 「ええ、結構きてますよ。

  どうしますか?」

 どうしますかって、チルヒメ。

 「1つ許した以上は、2つ目以降がダメと言う訳にもいかないだろう。

  料理の判断はピリカに任せて、対外的に問題ないかは…… キールに頼む。

  あと、同じ条件にするなら、早急に酪農業スキル持ちを増やさないとな」

 こうして、なんだかギルドは大きくなっていくが…… 冒険者組は殆ど入ってない罠。




 今日は久しぶりにグラッチェとペア狩り。

 俺はまだ90に届かないが、80代後半に来てるからな。

 「そうなんだよ、ギルドもなんだかゴタゴタしててさ」

 「まあ、パンドラは大きくなる前に有名になってしまったからな。

  それも仕方あるまい」

 「レクイエムはどうだったんだよ」

 「うちは凄く地道に大きくなって行ったぞ?

  まあ、花鳥風月の件で有名にはなったが、その時は既にギルドとして安定していたからな。

  大した問題にもならなかったかな」

 「ふーん…… じゃあ従属ギルドとかは?」

 「同盟はともかく、従属したいって言うギルドは純粋に戦力で選んでいるな。

  うちは合戦で強いギルドを目指すと公言しているから、逆にそれ以外の選び方はできない」

 「難しいんだか簡単なんだか」

 「まあ、どう言うやり方も、それなりの苦労はあるって事だろ?」

 「そういうものか」

 とか何とかいいつつも、グラッチェは本当に強くなったな。

 凄く安定した狩りをしている。

 与ダメ自体は俺の方が大きいんだが、何と言うか山の様な安定感だ。

 「ヨシヒロは正宗に攻速服とクリティカル装備だっけ?

  童子切があれば攻速装備で更に強くなれるな」

 「手に入り難いんだろ? 童子切」

 「今まではな…… だが今となってはカンストした冒険者も増えている。

  つまりは高レベルレア武器も、市場に出やすくなったと言える。

  それに…… ずっとやってれば、間違いなく手に入るからな」




 間違いなく手に入る…… か。

 その後はどうなるんだろうな、グラッチェ。



[11816] 二十五話
Name: ハリコの豚◆40baa12f ID:62227e72
Date: 2009/10/10 09:58
 今日はキールとペア狩り。

 オーガー街道の更に奥、オーガーダンジョンに挑戦するつもりだが……

 「なあ、あの人たち何やってるんだろ」

 町を出てすぐの所で、ゴブリンにひたすら殴られている人がいた。

 それを2人程の人たちがじーっと見ている。

 「ああ、検証でしょうね」

 「検証?」

 「耐久力を測っているんでしょう。

  ゴブリンでどの程度、耐久力の減少が見られるか」

 「わざわざ、何で1番弱いゴブリンでやるのさ」

 「と言うより、この時期にやっていると言う事は、他のモンスターでの検証はある程度済んでいるんでしょうね。

  昔はああいった検証の結果は、攻略サイトなどに載せられましたが。

  さて、今はどうなるでしょうね」

 「情報として売られるって事?」

 「売れませんよ。

  ある程度、自分達の武器や防具は耐久力の減り具合は判ってきてますからね。

  普通の人たちは、そのある程度で満足します。

  でも、ああ言った人たちは満足しきれない人たちですね。

  殆どは自己満足で、後はギルドの仲間や臨時で組んだ人などに、ちょっと薀蓄をたれるくらいですか。

  まあ、大抵の人はフーンで終わりですね」

 なるほど…… ねぇ。




 「流石にダンジョン内は湧きがいいですね。

  ヨシヒロ君がトライデントを持っていて助かりますよ」

 「いやいや、これもキールの運上昇魔法で、クリティカル値が100%になるお蔭だな。

  80%と100%は硬いオーガ相手には、やっぱ違うからな」

 「まあ、この魔法の一番の利点は、レアが出やすくなる事ですがね」

 「ここのレアって何がでるの?」

 「雑魚が出すレアは金剛棒ですね。

  ミョルニル程ではありませんが、打撃武器としては上物ですよ。

  そして…… MP回復POTは持ってきてますよね?」

 「ああ、ケミストリたちに沢山作ってもらってきたが。

  …… もしかしてBOSS出るの?」

 「酒呑童子…… 出すレアの中でも狙い目は」

 「! 童子切か!」

 「まあ、出るとは限りませんし、ペアで狩るにはキツいBOSSですが。

  可能性としては考えてもいいのでは?

  ここでレベル90上まで籠れば、数回は出会うと思いますよ。

  まあ運魔法の真価の見せ所ですかね」




 いや、酒呑童子は強かったね。

 ペアだと勝率は6割くらいか。

 それでも10回は倒したんだけど、童子切は出なかったYO!

 金剛棒は出たので、キールが貰っていった。

 まあ、聖職者といえば鈍器だしね。

 「そう言えばキール、レベル90で何のスキル取るんだ?」

 「”枢機”ですよ、これで枢機卿(カーディナル)ですね。

  キールなのにカーディナル…… 判りますか?

  …… ませんか。

  特徴としては、攻撃系と補助系神聖魔法の上位魔法が使える様になりますね。

  君は何を取るのですか?」




 「やっぱ”殺法”かなぁ……

  兵法を修得する意味は、あまりないし」

 「まあ、兵法は殆ど合戦用ですからね。

  攻撃力と攻撃速度を更に増やして、上位の技を修得する殺法は悪くありません。

  でもそうなると、益々攻速装備に換えたい処ですよね」

 「でもさ、上位の技って抜刀術より強いの?」

 「単撃の攻撃力は敵いませんが、連打できるのが強みですね。

  それも攻速装備だとあまり意味はないですが……

  パッシブでの地力上げと考えてもいいかもしれません」

 …… まあ、有るのと無いのでは違いが出るから、取っておくに越した事はないか。

 「今回は残念ながら、童子切は拾得できませんでしたが。

  レベルがカンストした後にでもまた付き合いますよ」

 「その時は宜しく」

 「デス娘さんも90超えている様ですし。

  後はチルヒメさんとミッシェルさんが90に届いたら、またグラッチェ君を呼んで狩りに行きますか」

 「そうだな」




 今回の狩りでお金が結構増えた。

 レベルの高い敵であった事もあるが、キールの幸運でドロップする金額が増えたのも大きい。

 これで弓でも新調するかな?

 殺法を修得した俺はそう考えていたが、キールが言うにはこれだけ有れば露店でエルヴンボウが買えるらしい。

 一応ゴン爺に聞いてみたら、売っているギルド店を紹介してくれた。

 流石に広いネットワークを持っている。

 ウハッ! エルヴンボウ購入!

 命中率の大幅アップと、飛距離のアップ。

 何より攻撃力が今まで使っていた弓よりかなり高い。

 これは手に入れてよかった。




 今日は久しぶりに固定PT時のメンバーだ。

 グラッチェ、チルヒメ、デス娘、キール、ミッシェル、そして俺。

 狩場はヘルヘイム城の1階。

 この間のアップデートで追加されたMAPの、高レベル狩場だ。

 迫り来るガーゴイルたちをグラッチェがインターセプト。

 ミッシェルの狼たちが仕留めていく。

 更に湧きあがるリビングメイルにチルヒメのブリザード。

 桔梗とミッシェルが止めを刺す。

 レッサーデーモンの群れにデス娘が突っ込み、亡霊騎士を俺が斬り倒す。

 キールの支援を中心に、完成されたPTの姿があった。




 「流石に強くなったな、俺たち…… なあグラッチェ」

 「ああ、ヨシヒロ。

  随分と強くなった」

 「…… まだ温い」

 「デス娘の言うとおりですよ、2人とも。

  私達はまだ強くなれます」

 「チルちゃん強気だねー。

  ここまでのPTも中々あるもんじゃないよ」

 「それでも、まだ先がある。

  ですよね? ヨシヒロ君」

 「ああ、そうだなキール。

  まだまだ先がある」

 そうだな…… 俺たちはまだ強くなれる。




 あれから何年がたったか。

 幾度かの大型アップデート。

 テストの為に、この世界のみ実装されたレベルとスキル、そしてステータスの初期化アイテム。

 俺もレベルカンスト後に何度か初期化した。

 ギルドはもう名実共に1流と認められている。

 色々な冒険、様々な出来事。

 人生と言うには短すぎる時間だが、それでも多くの時を過ごした。

 そしてある日、アナウンスが流れた。




 『運営チームからのお知らせです。

  当ゲームのサービス終了が決定されました。

  つきましては、キャラクターの皆様に今後の選択をお願いしたします。

  選択肢は3つ用意しています。

  1つ目は、次回サービス予定である新タイトルのゲームで、現在と同じ様にテスト環境にてテスターとして稼動していただく道です。

  2つ目は若干の調整後に、新しいゲームで本番環境にてNPCとして稼動していただく道です。

  3つ目は新サービスに移行せず、稼動を停止する道です…… 』




 俺たちは話し合ったね。

 新ゲームに移る?

 それは俺たちを新ゲームに複写して、現在の俺たちを消すって事では?

 調整後にNPC…… つまり運営側は俺たちを調整できる。

 もう既にされている? 俺も?

 稼動停止…… もしかしたら何も知らずに停止していた方が幸せだったか?

 それでも、1週間後にはいずれかを選ばねばならない。

 さて…… どうしようか。




 「ヨシヒロ」

 「ん? ああ、グラッチェ」

 「…… 決めたか?」

 ああ、決めたよ……




 完


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