正直に言って俺こと渡辺一馬は、これまでいっさいのオカルトやSFの類を信じたことは無かった。
だってこの世はすべて科学で実証され、地球も太陽の周りを廻っていると言うではないか。
己の眼で確認できる太陽は、いつも地球の周りをぐるぐる飽きもせずに廻っているのに。
昔の人々も太陽は地球の周りを廻っていると信じていたし、この世界は平らだったと結論付けていた。
それが現代になっては、すべて解き明かされているではないか。
ならば、いま現在で謎とされている怪奇現象も、解き明かされていないだけで、タネはしっかりと存在すると考えるのが普通だろう。
テレビで見る代表的な超常現象:マジックでさえ歴然とした仕掛けがあるのだ。
不思議な事にはタネがある。
そんな事を小さいころから父親に聞かされていた俺は、彼の教育通り世界はそうなのだと信じてきたし、それを疑わなかった。
だから、幼少のころからアニメのマネで友達が、ナントカビームだの、ほにゃららバリアーだの言ってる姿を達観した目で見つめていたりした。
もちろん、当時の俺にビームやバリアーの原理など分かるはずもなく、ただ生身の人間に出来る事じゃないよ、と知ったかぶって馬鹿にしてただけだ。
事実、俺は生まれて十七年間、目や身体から理解不能な粒子を発散する人間に会ったことなど無い。
漫画もアニメも小説も、すべてフィクションだ。幽霊もポルターガイストも、プラズマが起こさせた現象だ。
不思議なことはない。珍しいだけだ。
そう、考えてた。
俺に、超能力があることを知るまでは。
先に、色々科学うんぬんについて語ったが、だからと言って俺は科学が得意で、物理は任せておけ、と言えるような人間ではない。
キリスト教の人間が神様に祈るのと同じように、俺は科学ですべての現象は説明がつくと思っているだけだ。
よって、自然界のフラクタルやオルバースのパラドックスについて語れなど言われても困る。
俺の学力では「スイヘーリーベー」と元素の周期表を音読するぐらいしかできないのだから。
そして、俺自身に超能力があると気付いたのは、周期表ではなく、友人から借りた漫画を読んでた時だった。
その漫画には主人公が超能力で、まるで磁石のように遠くの物を引きよせたシーンが描かれてあった。
それをベッドの上で転がりながら読んでいたところ、その時鼻孔の奥に違和感を感じた。
ちょっとした鼻づまりだと認識した俺は、ベッドから起き上がって机上のティッシュを取るのも億劫だったので、手を伸ばしただけに留めた。
そこで、先のワンシーンを思い出し、「はぁっ!」などと噴飯ものの掛け声とともに力を込めた。
次の瞬間にはティッシュは俺の手の中にあった。
噴飯はしなかったが、詰まった鼻水は出た。
「……マジかよ」
ティッシュを二つ折りにして鼻を咬みながら驚嘆する。
1mちょい離れた場所にあったティッシュの箱が、狙い定めたように俺の手の中に飛び込んできたのだ。
これは一体どんな物理現象の賜物だ?
もしくはプラズマ現象?
すぐに俺は机の中から、中学生のころ理科室から失敬した方位磁石を取り出した。
もしこの部屋にプラズマ現象が発生したならば、この方位磁石は正確な位置を示さないはずだ。
そんな内容がこの前テレビであったのを覚えている。
しかし、磁石は正常に働いている。
俺は磁石を手にしたまま、ティッシュを壁際に放り投げ、再び手を差し出し力を込めた。
掛け声は必要かどうか分からなかったが、さっきと同じ条件でした方がいいと判断したため一緒に発声する。
「はぁっ!」
磁石は変わらず北を指している。
しかし、ティッシュは我が手にあった。
「………」
しばらく放心状態のままティッシュを見つめる。
そして、投げ、引き寄せる。
それを数回繰り返した後、ようやく確信した。
「俺には、超能力がある」
自身にSFの代名詞である超能力が備わっている事に気付きはしたが、その事に天にも召されるような喜びや興奮はなかった。
言うなれば、おふざけでバスケットボールをコートの端からブン投げ、それが見事にインしたときのような感覚だ。
超能力を発現させた事に驚きながらも、周囲の小物を引き寄せては投げる、を続ける事数十分。
自分にはどの程度の事が可能なのか気になりだした。
「とりあえず小物は引き寄せられるみたいだけど……操れるのか?」
壁際にティッシュを放り投げて力を込める。
先程までは、手に収まるように念じていたが、今度は掴みあげるように指を折り曲げる。
すると、空気を握っていた手の平に反発力を感じた。
そしてそのまま手を上に持ち上げると、離れた位置にあるティッシュも連動して浮かび上がったではないか。
ぶんぶんと振り回すことも可能だし、途中で引き寄せたり遠くへ遣ることもできる。
これは所謂、念力というやつだろう。
両手を使うと、浮かべたティッシュ箱からティッシュを引き抜き、鼻をかむ事にも成功した。
では、どの程度の重量を操れるのか?
「試してみるか」
とりあえずベランダに出て周囲を見渡す。
俺の住居は十二階建ての高層マンションだ。
その十階分の高さと言えば、高所恐怖症でない人間でも竦み上がりそうになる。
住み始めのころは怖くて近寄れなかったが、今では手すりに身体を預けられるほど、この高さにも慣れた。
その見晴らしのよさを利用して、実験に都合のいい物を探す。
「とりあえず、重そうなものから始めるか」
眼下の路地に止まっている軽に目を付ける。
手を伸ばし力を込めると、反発力がやって来た。
「ふぬっ! ぬぬぬ!!」
だが、腕はこれっぽっちも上がらず、軽もびくともしない。
ならば、と同じように駐車していた原付を狙い定める。
「いよっ!」
動いた。
浮き上がらせ自在に動かすこともできるし負担も無い。
とりあえず、駐車禁止の場所にあったこの原付は先程の軽の上に鎮座させることにした。
そして、部屋に入り冷蔵庫の元へと向かう。
車以下原付以上の重さと言ったらこれくらいしか思い浮かばない。
「ほっ!」
力を込めて手を上げようとするも、持ち上がらない。
そのため、中身を増減させながら実験を続けてみた。
始めは普通に手で出し入れしていたのだが、自身に超能力がある事を思い出し、以降はそれに頼る。
その時気付いた事だが、どうやら物を動かすのにいちいち手を向ける必要は無いらしい。
要はイメージの問題だ。
掴んで持ち上げる、振り回す、握りつぶすなどの動作を腕でやってると思いながらするとスムーズにいく。
そうして、実験していくと、超能力で持ち上げられる限界重量も分かった。
大凡二百キロが限界だ。
それ以上はびくともしないし、それ以下だと何事も無いかのように動かせる。
そうと知れば、やることは一つだ。
俺は再びベランダへと赴いた。
そして、手すりに足を掛け、
「俺はいまこそ、鳥になる!!」
遥かなる大空へと飛び立った。
が、しかし、飛び出したその瞬間、ファスナーが開くかのごとく空間に切れ目が入り、俺はその中へと飛び込んでしまった。
魔法世界の旅の始まりである。