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[11877] おいお前。俺が超能力者と知っての狼藉か (現実→異世界)
Name: アドベルド◆6b4ed35e ID:94d81ee2
Date: 2009/09/15 14:10
正直に言って俺こと渡辺一馬は、これまでいっさいのオカルトやSFの類を信じたことは無かった。

だってこの世はすべて科学で実証され、地球も太陽の周りを廻っていると言うではないか。

己の眼で確認できる太陽は、いつも地球の周りをぐるぐる飽きもせずに廻っているのに。

昔の人々も太陽は地球の周りを廻っていると信じていたし、この世界は平らだったと結論付けていた。

それが現代になっては、すべて解き明かされているではないか。

ならば、いま現在で謎とされている怪奇現象も、解き明かされていないだけで、タネはしっかりと存在すると考えるのが普通だろう。

テレビで見る代表的な超常現象:マジックでさえ歴然とした仕掛けがあるのだ。


不思議な事にはタネがある。


そんな事を小さいころから父親に聞かされていた俺は、彼の教育通り世界はそうなのだと信じてきたし、それを疑わなかった。

だから、幼少のころからアニメのマネで友達が、ナントカビームだの、ほにゃららバリアーだの言ってる姿を達観した目で見つめていたりした。

もちろん、当時の俺にビームやバリアーの原理など分かるはずもなく、ただ生身の人間に出来る事じゃないよ、と知ったかぶって馬鹿にしてただけだ。

事実、俺は生まれて十七年間、目や身体から理解不能な粒子を発散する人間に会ったことなど無い。

漫画もアニメも小説も、すべてフィクションだ。幽霊もポルターガイストも、プラズマが起こさせた現象だ。

不思議なことはない。珍しいだけだ。

そう、考えてた。

俺に、超能力があることを知るまでは。






 先に、色々科学うんぬんについて語ったが、だからと言って俺は科学が得意で、物理は任せておけ、と言えるような人間ではない。

キリスト教の人間が神様に祈るのと同じように、俺は科学ですべての現象は説明がつくと思っているだけだ。

よって、自然界のフラクタルやオルバースのパラドックスについて語れなど言われても困る。

俺の学力では「スイヘーリーベー」と元素の周期表を音読するぐらいしかできないのだから。



そして、俺自身に超能力があると気付いたのは、周期表ではなく、友人から借りた漫画を読んでた時だった。

その漫画には主人公が超能力で、まるで磁石のように遠くの物を引きよせたシーンが描かれてあった。

それをベッドの上で転がりながら読んでいたところ、その時鼻孔の奥に違和感を感じた。

ちょっとした鼻づまりだと認識した俺は、ベッドから起き上がって机上のティッシュを取るのも億劫だったので、手を伸ばしただけに留めた。

そこで、先のワンシーンを思い出し、「はぁっ!」などと噴飯ものの掛け声とともに力を込めた。

次の瞬間にはティッシュは俺の手の中にあった。

噴飯はしなかったが、詰まった鼻水は出た。


「……マジかよ」


ティッシュを二つ折りにして鼻を咬みながら驚嘆する。

1mちょい離れた場所にあったティッシュの箱が、狙い定めたように俺の手の中に飛び込んできたのだ。

これは一体どんな物理現象の賜物だ?

もしくはプラズマ現象?


すぐに俺は机の中から、中学生のころ理科室から失敬した方位磁石を取り出した。

もしこの部屋にプラズマ現象が発生したならば、この方位磁石は正確な位置を示さないはずだ。

そんな内容がこの前テレビであったのを覚えている。

しかし、磁石は正常に働いている。

俺は磁石を手にしたまま、ティッシュを壁際に放り投げ、再び手を差し出し力を込めた。

掛け声は必要かどうか分からなかったが、さっきと同じ条件でした方がいいと判断したため一緒に発声する。


「はぁっ!」


磁石は変わらず北を指している。

しかし、ティッシュは我が手にあった。


「………」


しばらく放心状態のままティッシュを見つめる。

そして、投げ、引き寄せる。

それを数回繰り返した後、ようやく確信した。


「俺には、超能力がある」







自身にSFの代名詞である超能力が備わっている事に気付きはしたが、その事に天にも召されるような喜びや興奮はなかった。

言うなれば、おふざけでバスケットボールをコートの端からブン投げ、それが見事にインしたときのような感覚だ。

超能力を発現させた事に驚きながらも、周囲の小物を引き寄せては投げる、を続ける事数十分。

自分にはどの程度の事が可能なのか気になりだした。


「とりあえず小物は引き寄せられるみたいだけど……操れるのか?」


壁際にティッシュを放り投げて力を込める。

先程までは、手に収まるように念じていたが、今度は掴みあげるように指を折り曲げる。

すると、空気を握っていた手の平に反発力を感じた。

そしてそのまま手を上に持ち上げると、離れた位置にあるティッシュも連動して浮かび上がったではないか。

ぶんぶんと振り回すことも可能だし、途中で引き寄せたり遠くへ遣ることもできる。

これは所謂、念力というやつだろう。

両手を使うと、浮かべたティッシュ箱からティッシュを引き抜き、鼻をかむ事にも成功した。

では、どの程度の重量を操れるのか?


「試してみるか」


とりあえずベランダに出て周囲を見渡す。

俺の住居は十二階建ての高層マンションだ。

その十階分の高さと言えば、高所恐怖症でない人間でも竦み上がりそうになる。

住み始めのころは怖くて近寄れなかったが、今では手すりに身体を預けられるほど、この高さにも慣れた。

その見晴らしのよさを利用して、実験に都合のいい物を探す。


「とりあえず、重そうなものから始めるか」


眼下の路地に止まっている軽に目を付ける。

手を伸ばし力を込めると、反発力がやって来た。


「ふぬっ! ぬぬぬ!!」


だが、腕はこれっぽっちも上がらず、軽もびくともしない。

ならば、と同じように駐車していた原付を狙い定める。


「いよっ!」


動いた。

浮き上がらせ自在に動かすこともできるし負担も無い。

とりあえず、駐車禁止の場所にあったこの原付は先程の軽の上に鎮座させることにした。

そして、部屋に入り冷蔵庫の元へと向かう。

車以下原付以上の重さと言ったらこれくらいしか思い浮かばない。


「ほっ!」


力を込めて手を上げようとするも、持ち上がらない。

そのため、中身を増減させながら実験を続けてみた。

始めは普通に手で出し入れしていたのだが、自身に超能力がある事を思い出し、以降はそれに頼る。

その時気付いた事だが、どうやら物を動かすのにいちいち手を向ける必要は無いらしい。

要はイメージの問題だ。

掴んで持ち上げる、振り回す、握りつぶすなどの動作を腕でやってると思いながらするとスムーズにいく。

そうして、実験していくと、超能力で持ち上げられる限界重量も分かった。

大凡二百キロが限界だ。

それ以上はびくともしないし、それ以下だと何事も無いかのように動かせる。

そうと知れば、やることは一つだ。

俺は再びベランダへと赴いた。

そして、手すりに足を掛け、



「俺はいまこそ、鳥になる!!」



遥かなる大空へと飛び立った。


が、しかし、飛び出したその瞬間、ファスナーが開くかのごとく空間に切れ目が入り、俺はその中へと飛び込んでしまった。




魔法世界の旅の始まりである。



[11877] 2話
Name: アドベルド◆6b4ed35e ID:94d81ee2
Date: 2009/09/16 11:28
晴れ渡った、どこまでも続く青い空。

いつまでも緩やかで、眠りを誘うような白い雲。

輝かしい太陽は森林を青々と照らし出し、眼下に広がる湖面に光を映し出している。



美しきかなこの世界。どこに行った我が世界。



俺こと渡辺一馬は地上数百メートルの上空から、そう思った。

広がる豊かな自然は、見慣れたコンクリートジャングルではない。

森の熊さんがいたいけな少女を追いかけまわしてたり、バンビが駆けずり廻ってたりしそうな、そんな情緒あふれる景色だ。


ベランダからフライトを実行した直後に、不可思議な隙間に入り込んだ結果、このような展開になった。

俺は別にバカンスを堪能したいわけでもないので、戻ろうと振り返ったところ、隙間はどんどん小さくなっていく。


「なっ!? まずい!!」


慌てて超能力を使い戻ろうとしたが、隙間は小さくなっていく。

そして、見えなくなったところで気がついた。


「俺、飛んでねえじゃん」


そう。俺は飛んではいない。

絶賛、落下中だったのだ。

つまり、隙間は小さくなって消え去ったのではなく、物理的に遠のいて見えなくなっただけだ。

それが指し示す内容は簡単だ。



地上が近い。



下を振り向くと、湖の水面がきらきらと輝いていた。

このままのスピードで水面に叩きつけられたら、またたく間にお陀仏だ。

しかし、俺には超能力がある。

飛べないなら飛べる物を用意すればいいのだ。

自身を浮遊させられないならば、それ以外の物を浮遊させればいい。


「そう、このTシャツを超能力で浮かせばいいのだ!」


物を浮遊させ自在に動かせる念力を使えるのは実証済み。

冷蔵庫を動かせる俺に、Tシャツを浮かせることぐらい他愛もないことだ。


そして―――


「Tシャツよ、浮かべ!」


―――ボッ、という音と共に上半身裸になった。


「うああああぁぁぁぁーーー……」


落下は続く。

上を見ると見事Tシャツはその場に浮遊していた。

固定されたシャツは念力により浮遊するが、重力の影響を受け続ける我が肉体は落ち続ける。

結果として、幼子が母親に脱がされるが如くのダイナミックさで、上半身を脱がされた。


つまり、ダイナミック脱衣だ。


ならば、今度はズボンだと思ったが、我が頭脳は超能力でズボンを浮遊させたときに生じる恐ろしい結末を導き出した。

すなわち、尻に食い込む事である。

小学生のころ、プールでスライダーをした後の、あの違和感が蘇る。


「嫌だ……。いやだぁあああああ!!」


だから、躊躇することなく俺はズボンを脱ぎ棄てた。

ばたばたと、音をはためかせてズボンは遠くに飛び立っていった。

Tバックの脅威は過ぎ去ったか。

俺は安堵の息を吐きつつ、落下を続ける。





水面まであと5秒といったところか。

痛みに備えて全身に力を込める。


「……3、2、1、」


ドッパァーン!! という音が耳を打つ。

しかし、我が肉体に痛みは微塵も感じなかった。

それもそのはず、俺の身体はミッション・インポッシブルのように、水面から拳一つ分の距離を空けて浮かんでいたのだから。


「おお……助かった……」


衝撃波で巻き上がった水が滴となって辺り一面に降り注いだ。

裸の背中に打ち付ける感触が心地よい。

ざぁああ、と水面に波紋が広がり、消えてゆく。

宙に漂う小さな滴が太陽の日差しを受けてきらきらと輝きを放つ。

まるで光のカーテンだ。

俺は水面から数センチほど浮かんだままその光景を見ていた。



すると、カーテンの向こう側で何かが動く影が見えた。

気になった俺は、ボブスレーみたいに身体をまっすぐに伸ばし、水面を滑るように移動する。



光の中を突っ切った先には、一人の少女がいた。



水に濡れて艶めかしい亜麻色の髪、白磁のように美しい肌、顔立ちは端麗でお姫様めいた印象を受ける。

水に浸かってるため細部までは分からないが、バストの発育も中々なものだと思う。

彼女は紫に輝く瞳を大きく見開いて、こちらを見ていた。

先程のダイナミック着水のせいだろう。

明らかに日本人じゃない外見をもつ少女に、どうやって声をかけようかと数瞬考える。

あちらは明らかにこちらを警戒している。

水上五センチの高さで浮いている男が、魚雷のようにやって来たのだ。

無理もない。

言葉が通じるかどうか不明だが、いきなり見知らぬ地に放り出された身としては、ここが何処だか知っておきたい。

だから俺は―――


「デーデン」

「!?」


警戒されないよう、音楽を口ずさみながら彼女の周囲をぐるぐる廻り始めた。

もちろん、俺がどんな人間か知ってもらうために、顔は彼女の方を向いている。

外国人だろうと、俺と同じぐらいの歳ならば必ず聞いた事がある超有名なサメ映画のメロディだ。

「その曲知ってるわ!!」と、俺に好印象を持ってくれるに違いない。


「デーデン、デーデンデーデンデーデンデーデン」


歌いつつ、輪を縮める。

すると、彼女の瞼はふるふると震え、そして、叫んだ。


「いやぁあああああああああああ!!?」

「いやぁあああああああああああ!!?」


彼女のソプラノボイスにびっくりした俺は慌てて逃げ出した。

再び光のカーテンに逃げ込むと、周囲一帯に綺麗な声が響き渡る。


『フィール・エール・クラウディア!』


すると、なんということだろう。

俺が逃げ出した場所、つまり、少女がいた地点からでっかい氷の柱が一本飛んでくるではないか。

すかさず緊急回避を行う俺。


「せいっ!」


ガボンッ、と水中に潜ると氷柱は頭上を越えて行った。

浮上してみてもUターンして来る気配は無い。

見たところどうやって飛ばしているのか全く分からない。

試しに超能力で引き寄せてみると、すんなりとこちらにやって来た。

ギターケースぐらいの大きさの氷柱は気泡も無く透明だ。

およそ自然にできたものとは思えない。

触ったり、舐めたりしても、氷の域を出る物ではなかった。

不思議である。


「これは本人に聞くのが一番だな」


速攻で決定する。

俺は決断力と行動力はクラスで一番だと小学校のころ、よく成績表の先生のコメント欄に書かれていた程の男だ。

それが「落ち着きがない」と書かれ出したのはいつ頃だろうか。

何はともあれ、俺はこの氷柱を引きつれて先程の少女のところに行くことにした。

せっかくなので桃白白風に飛んで行く。

つもりだったが、重量オーバーのため氷柱が湖面に沈んだ。

仕方なく氷柱から降りて、湖面に数センチ浮かぶ。

桃白白は無理だったが、餃子は可能だ。







いつまでも残っている光のカーテンを通り抜け、少女が居た場所に戻ってみても、彼女はいなかった。

仕方なくそのまま岸辺まで行くと、ガサリ、と草むらが動いた。

ちらりと、亜麻色の髪が見える。間違いない、彼女だ。

ごそごそと何かしているようだが、気付いていないようなのでこちらから話しかける。

まずは自己紹介だ。

彼女は異国の人間ぽかったので、グローバルに英語で話しかける。


「ハロー! マイネーム イズ カズマ ワタナベ!」

「ひゃあ!?」


飛びあがって驚く少女。

どうやらお着換え中だったようだ。

上着を身に着けていない彼女は前を上着で隠しつつ、俺を見て叫んだ。


「さ、さっきのモンスター!?」


日本語を喋った。どうやら帰国子女らしい。







[11877] 3話
Name: アドベルド◆6b4ed35e ID:94d81ee2
Date: 2009/09/17 20:33
自分の部屋から突如見知らぬ土地に放り出されたため俺の姿はパンツ一枚だ。

陸地にあがっても靴も無いため、足が汚れるに嫌悪感を抱いた俺は、五センチ浮遊を続行する。

水を滴らせながら、警戒する少女へと近づく。

亜麻色の艶やかな髪にまだ多分な水気を含ませた、妖精を彷彿とさせる少女は、何やらいろんな感情が混ざってそうな視線をこちらに向けた。

超能力者とはいえ一般人である俺には、視線から殺気やらは感じる事は出来ない。

しかし、明らかに警戒している事は分かった。



どうやら彼女は俺の事をモンスターと思っているようだ。

どこからどう見ても俺は人間にしか見えないのに、モンスターと間違えられるのは甚だ心外だ。

モンスターが衣服を着用するはずがないだろう。

ブリーフならしっかり穿いているじゃないか。


それに、モンスターなどと……。


ネス湖に存在すると言われるネッシーも偽物だったし、鹿児島県薩摩半島の池田湖に住むイッシーもまやかしなのだ。

つまり、モンスターなど存在しない。

しかし、どうした事か、目の前の少女を見る限り本気で俺の事をモンスターと認識しているらしい。

ならば、その誤解を解くことから始めなければならない。

俺は一端目を閉じると、覚醒するように目を開いた。

少女が身構える。

そして、厳かに語り始めた。


「あなたが落としたのは、このでっかい氷ですか?」


ドスン、と音を立てて引き連れてきた氷柱を少女の目の前に置く。

そして、俺は背後の湖に手を伸ばし、超能力で氷と同量の水を浮かび上がらせ、


「それとも、この氷になる前の水ですか?」


問いかける。

こんな風に湖の精霊チックに話しかければ、モンスター疑惑など吹っ飛ぶだろう。

加えて、氷の秘密も分かるという一石二鳥作戦だ。

少女は俺が水を取り出した事に驚愕した様子だが、じっと無言で見詰めるとこう言った。


「まずは服を着ても良いかしら」


きゅっ、と前を隠していた上着を握りしめる。

少女の顔には僅かな紅が差している。

彼女はまだ十七歳といったところ。

他人の前で肌を晒すという行為に羞恥心を覚えているのだろう。

俺は彼女を安心させるために言った。


「気にするな、俺も裸だ」

「あんたと一緒にするな!」


少女は近くにあった石を拾い投げつけてきた。

身体を右にスライド移動させることで避ける。

少女の蛮行に眉を顰めつつ、


「確かに男と女は別だ。でも、人間という枠から離れるものではないだろ、人間みな平等だ」

「あなたは人間なの?」

「少なくともモンスターではない。名前は渡辺一馬、日本の高校生」

「ニホン? コウコウセイ?」


彼女は後半の言葉に首をかしげながら続ける。


「なにそれ?」

「どうでもいいけど、早く服着なよ。恥ずかしいンだろ? 良い歳した娘がいつまでも男の前で胸を隠してるんじゃありません!」

「あんたが言うな!」


そう叫ぶと、少女は手を突き出し透き通ったソプラノボイスで謳う。


『フィール・エール・クラウディア!』


直後、彼女の手の平を中心に湖から巻き上がった水が集まり、塊となって撃ち出された。

それは俺の元へと向かう途中で凍結していき、眼前に迫るころには(幾分か小さいが)先程の氷柱が完成されていた。



そのあまりにも超常的な力の発現。



何かしらの言葉を発した後に生まれたこの現象は、俺のような超能力というより、むしろ、もっと根源的な力、そう――魔法――と呼ぶのに相応しい。

幼少のころから絵本などで触れてきた存在するはずの無い力。

超能力と同じ、空想の産物と思われていたソレを見て、俺の思考はフリーズした。

そして―――


「あまいわ!!」





と叫びつつ、吹っ飛んだ。











普通の主人公や物語ならここで気絶して、目が覚めると少女に介抱されている、みたいなオチになるのだろうが、俺は違う。


「あぅううん……うーん……」


気絶などせずに、鳩尾に飛び込んできた鈍痛に苦しんでした。

その痛がり様に少女もやりすぎたと思ったのか、駆け寄って来た。

ちゃっかり上着を着込んでいる。


「ご、ごめんなさい、あのくらいなら避けられると思って……」

「む、胸が苦しい……お前のあれで、胸のここら辺が、ぎゅっと苦しいんだ……」

「その言い方やめてくれない? 事実かもしれないけど、その言い方やめてくれない?」


少女は露骨に顔を顰めると、白くたおやかな指を俺に向け、静かに呟いた。


『フィール・エール・クラウディア』


ぽう、と白い光が指先に灯ると、その光は雪のように俺の身体へと溶け込んでいった。

すると、胸の鈍痛が消えていく。


「お? おお? 痛みが無くなった……」

「そりゃそうよ。治癒魔法かけたんだから」

「魔法? やっぱり、今のは魔法なのか? あの氷も?」

「当然でしょ。……なに、あなたもしかして魔法知らないの」


まるで高校生にもなって携帯電話を持ってない奴に出会ったかのような反応。


「知ってるよ。アレだろ? 魔力をはたらかせて不思議な事を行う術、だろ? 馬鹿にするなよ、こちとら日本の高校生だぞ」

「だいたいあってるけど……なに、ニホンって? コウコウセイっていうのも聞いた事無いわ」

「日本を知らない? ジャパン、ジャパニーズ、富士山、テンプーラ。聞いたこと無い?」

「ない」

「ここはどこ? 私はだーれだ?」


人差し指を頬に当てて可愛らしく小首を傾げる、俺。


「馬鹿にしてるの? あなた私を馬鹿にしてるんでしょ?」


怒りに染まった眼差しを向けながら、手をかざす少女。

また氷が飛んで来ては堪らないので、ぶんぶんと首を横に振り謝る。


「わぁー!? 違う違う! 馬鹿にしてない!」

「じゃあ、あなたの名前は?」

「 俺は渡辺一馬ですッ! カズマって呼んでください!」

「まったく……。で、カズマ? どこまで本気なの?」

「ここが何処か本気でわかりません」


とりあえず正座をして聞く姿勢を整える。

今の俺はブリーフしか装備してないので、地面に正座は痛い。

だから、超能力を有効活用して浮かび上がる。

ブリーフしか装備してないってなんだ?

もう少しまともな装備があっても良いだろ。

とか思ってると、少女は手を顎にかけて可愛らしく小首を傾げた。


「本当に分からないんだ。迷子にでもなったの?」

「いや、人生初の飛行に挑戦したら、いつの間にかこの湖の上に落っこちてた。なんか、こう、空間の裂け目みたいなのを通った後にね」

「なにそれ、空間を渡る魔法? そんなの聞いたこと無いわ。いや、もしかしたら古代の……」

「うん、俺もない。で、ここは何処?」


ぶつぶつ独り言を言い始めそうな気配を感じた俺は、すかさず問いかける。

少女は「あっ」と声を上げると、


「そうね、こっちが先決だったわ。ここはフランタリア大陸東部の大森林イシュリの森よ」

「フランス? イタリア?」

「違う、フランタリア。この星ガイアで一番大きな大陸よ」


その言葉は、俺の脳髄に電撃を走らせ、瞬く間にスパークした。


「え?……地球じゃ、ない……?」

「なによ、チキューって?」

「―――そんな、馬鹿な……」


頭の中が真っ白になる。

何なんだ今日は。突然俺に超能力が現れたと思ったら、見知らぬ土地に飛ばされて、魔法を使う少女に出会って……。

あげくの果てに、異世界だ? 一体どこのアニメだというのか。



いや、まて、俺の超能力にこの世界の魔法、まさか……。



そうだ、そうに違いない。


「そうか、俺は、この世界の住人だったのか……」


明らかになる真実。

その衝撃的な己の出身に驚愕しすぎて、世界が回って見える。

ぐるぐる、ぐるぐる、回って見える。


何という事だろう、俺が、異世界人……。



俺が、俺が……



「俺がぁあああ――――ッ!!」

「うるさい! 気持ち悪いから正座したまま廻るのやめなさい!!」


ぴたっ、と止まる。

しかし、高速回転しすぎたため、眩暈は止まらない。

両手を地面に着き項垂れる。


「うぇえええ……。気持ち悪い……」

「……あなたって本当に馬鹿ね」


少女の声が間近で聞こえたかと思うと、ふわりと、花の香りが身を包んだ。

それと同時に、全身が包まれる感覚。


「これは……」

「マント、私の。そんな格好でいつまでも居たら大変よ? いえ、変態ね」

「ああ、ありがと。……えと、」


言い淀むと、彼女はにこりと微笑んだ。


「メロディアよ、変態さん」


その表情は柔らかく、それこそ花のようでつい見惚れてしまった。





[11877] 4話
Name: アドベルド◆6b4ed35e ID:94d81ee2
Date: 2009/09/19 10:46
「カズマ、これからどうするの?」


メロディアと名乗った少女は草陰に隠していた荷物を整理しながら尋ねた。

マントを貰った身として、それを軽く手伝いつつ答える。


「どうしようかなぁ……ここから森を出るまでどれくらい掛かるんだ?」

「西の街道に出るんだったら、歩いて六日。東に行くのなら二日掛かるわ」

「この森広すぎ」

「これでもここは直線路で一番森が短いのよ。他のところはもっと歩かないと」

「女体で言うとちょうど腰のくびれですな」


ボンキュッボンと、手でラインを描くとメロディアに冷たい目で見られた。

なんだ? 女性の前で女体の話をしたからか?

でも、事実をわかりやすく理解しやすくするために、例えに出すのは悪くないじゃないか。

人は何かを伝えるときに難解な物事ほど、何かに置き換えて説明するだろ。

理解できないほどの速度は光、尋常じゃない発汗は滝、天気にすらバケツをひっくり返したような、という例えがある。

それほど、例えというのは重要なのだ。

しかし、女性の前で女性の身体を例に挙げるのはよくないらしい。


「例えが悪かった。女性の前で女体の神秘を語るのはよろしくないな」

「まったくよ。もう少しまともな例を挙げなさいな」

「では、男性器のか」

「それ以上言って御覧なさい? 女の子にしてあげるわよ」


荷物の中から、ぶっといサバイバルナイフを取り出しながら言うメロディア。

アメジストの瞳がスッと細まった。

身の危険を感じて、整理整頓の手伝いを中断し飛び退る。


「な、なんということだ!? お前はそのナイフで、まずこのマントを切り刻み、その下から現れる俺の裸体をまるで殺人鬼のように見詰めるんだな!? そして白く輝くブリーフを、そのしなやかな指で力強く剥ぎ取るんだ!! 嫌がる俺を組みふせて、最後にその手に握る凶悪なサバイバルナイフで……ッ!? いやぁああああああああ―――ッ!!」

「妄想を詳細に説明するな!!」


顔を真っ赤にさせたメロディアはその手に握るナイフを投擲。

しかし、技術が有るのか無いのか分からないが、刃ではなく柄の方が飛んできた。

超能力で止めることもできたが、なんか怒ってるっぽいので素直に攻撃を受ける。

ナイフは胸に当たり、地面に落ちた。


「危ないじゃないか」

「危ないのはあなたの脳みそよ。それに怪我しないよう、ちゃんと柄を向けてあげたじゃない」


どうやら投擲技術は熟達しているようだ。

俺はナイフを超能力で拾い上げると、くるくる回しながらその造形を見る。


肉厚な刃は、刃渡り20cmはある。

銀に輝く刀身には幾何学的な文字が書き連ねてあり、それは良質な木材で作られた柄にも刻まれている。

手に取ってみると、ずっしりと重い。

その重みが妙な緊張感と興奮を与えてくる。

男として刃物に憧れる部分もあり、ちょっと振り回したくなった。


「なあ、ちょっとこれで何か切っていい?」


尋ねると、彼女は目をまん丸にして驚いていた。

その視線はナイフに行っている。え? なに? もしかしてこのナイフ、選定の剣とか、そんな類の物でそれを簡単に手にした俺は勇者決定?


「あなた、そのナイフを浮かべられるの?」

「え? うん、ほれ」


超能力でナイフを浮かべて先程のようにくるくる回したり、びゅんびゅん飛ばしたりすると、彼女はいっそう瞳を大きくした。

顎に手を掛けて、何かを考えるように聞いてきた。


「……驚いたわ。そのナイフは封魔鋼で出来ているのよ」

「なに、フウマコウって?」


指で刃をなぞりながら尋ねる。


「封魔鋼ってのは、その名の通り『魔力を封じ込める』鉄鋼のこと。この特殊な鉄はね、あらゆる魔法を封じ込めるの。拘束具として使うと、使われた人物は魔法を使えなくなるわ。でも、顕現した魔法を消し飛ばすことは出来ないわよ。封魔鋼そのものは傷一つ付かないけど、本人はモロに魔法を喰らうから」

「ほー」

「……ほー、じゃないわよ。あなた一体何者なの? 詠唱なしで魔法使うし、属性も分かんないし、あげくの果てに封魔鋼を浮かべるし。ホント、どこの魔法使い?」


訝しげに俺を見るメロディア。

その問いに俺は首を横に振り、言った。


「俺は魔法使いじゃないよ」

「魔法使いじゃない? じゃあ、あなたが今使ってるそれは何だって言うのよ」

「これは超能力だ」

「超能力?」


俺はこくりと頷き、


「俺は超能力者だ」


そう、宣言した。










その後、俺は超能力について自分が知っている限りの知識をメロディアに語った。

情報源はすべて漫画とアニメだが、俺も詳しく知らない為それで十分だ。

そして、俺が超能力に目覚めてから、ここに至るまでの経緯を話したところ、呆れたような目で見られた。


「あなたって、つくづく馬鹿よね……。普通、飛べるかどうか実験してから飛ぶでしょ」

「いや、あの時、俺は確実に飛んでいた。そう、舞い上がっていた」

「愚かなほどにね」


ぴちゃん、と湖のどこかで魚が跳ねる音がした。

湖上を通って来た風は涼しいというよりも肌寒い。



いま冷静になってみると、確かに愚かだった。



あの時、ズボンを脱ぐ必要はなかったのだ。

脱ぐべきはブリーフだった。

ズボンだったら寒くないし、ある程度汚れても気にならないだろう。

しかし、ブリーフは違う。

純白に輝くこの下着は、長い時間ほっとくと黄ばみが生じるのだ。

これは看過できない問題である。

マントがあるからと言って、下はスッポンポンなんてどこの変態だ。

深夜に現れる露出狂じゃあるまいし。

だいたい、露出狂などは裸になる事に快感を覚えているから厄介なのだ。

背徳感やスリルを求めて裸になるなんて信じられん。

俺は何も感じずに、自然なままで裸になれる。


つまり、俺は奴らとは違うのだ。


とにかく、最重要で考えなければならないのは、黄ばみをどうするかだ。

そういえば、迷彩柄はブリーフの黄ばみを隠すためにあるという話を、どこかで聞いた覚えがある。

しかし、染料がない。どうしたものか……。


「ねぇカズマ、あなた、これからどうするの?」


現状に行き詰ったことを知って項垂れていると、メロディアは気遣わしげに尋ねてきた。

しかし、下着の染料が思い浮かばない俺には答える事が出来なかった。

無言のまま、沈黙を保っていると彼女は「よしっ」と言って手を叩き、


「行くとこが無いんだったら、私について来なさい」


と言った。

だが、彼女について行ったところで問題が解決するわけでもない。

その為、


「しかし、洗濯が……」


と言い淀む。すると、彼女はその言葉に苦笑しながら、


「変なところで悩むわね、あなた。大丈夫よ。私は水系統の魔法が得意だから、旅の途中に水に悩む事は無いわ。つまり、洗濯も出来るの」

「なんと……!?」


黄ばみが、黄ばみが取れる!!


「あ、でも、自分の分は自分でしてよね」

「わかった。よろしく頼むよ、メロディア」


二つ返事で承諾し、手を差し出す。

彼女はその手を握ると、力強く握手した。


「ええ、よろしくね、カズマ」


メロディアの手は柔らかく、ひんやりと気持ちよかった。






[11877] 5話
Name: アドベルド◆6b4ed35e ID:94d81ee2
Date: 2009/09/22 18:09
この星ガイアにはモンスターが存在するらしい。

奴らのほとんどは凶悪で獰猛で、人間を襲い喰らってしまうと言う。

上位のモンスターになると人間と同レベルの思考を持ち、下位のモンスターを従えて人里を襲撃するのだそうだ。

そんな話を聞かされた俺は、メロディアの後ろに隠れながら森を移動している。


「ほら、いつまでもビクビクしてないでシャンとしなさい」

「お前が俺をビビらせるからだろ」

「超能力ってのがあったら楽勝じゃない。そのナイフも貸してあげるんだから大丈夫よ」

「馬鹿を言うな。俺は虫も殺せない男と評判だったんだ。森の中にもモンスターがいると知っちゃあ、お前の後ろにいるくらいしか俺に出来ることは無い」

「すごい堂々と情けないこと言うわね」


メロディアは苦笑を洩らすと、周囲を見渡した。

森の中はシンと静まっていて、風が木々を揺らす音が時折聞こえるだけ。

青々と茂る葉の隙間から木漏れ日が差し込んできており、一見すると森林浴にもってこいな景色だ。

ここが異世界なのか別の惑星なのか分からないが、これといって地球と変わった景色は無い。

途中、列を成して移動するタンポポを見かけたが、地球で発見されてないだけだと思い、別段驚く事も無かった。

つまり、大した弊害も無く俺たちは東に向かって歩いていたのだ。

靴の無い俺は裸足なので、浮遊して移動してるけど。


「わぷっ」


下を見ながら足をバタつかせていると、前を歩いているメロディアにぶつかった。

俺のスピードが上がってぶつかったのではなく、メロディアが止まったが故の衝突だ。

早く歩いてもらわないと、俺が進めないので後ろからグイグイ押す。


「せいっ! せいっ!」

「ちょっと押さないでよ! 下がりなさい!」

「男にはなぁ、引いてはいけない時ってのがあるんだよ!!」

「それ今言う台詞じゃないでしょ! こら、やめなさい!! 前を見なさいよ、前を!!」

「いまの俺にはお前しか見えない」

「私の後ろに居るからでしょ! モンスターよ、モンスター!! モンスターが現れたの!!」

「なにぃ!?」


慌てて飛び退る。そして言う。


「あ、いま下がったけど、あれだよ? 引いてはならない時はもう過ぎたんで、さっきのは無効だから」

「わかったから、前を向きなさい!」


注意されて前方を向くと、そこには一体の獣がいた。

大型犬程の体格、薄茶色の体毛、地面まで届く長く垂れ下がった耳。

尋常ではないほどの大きさを持つウサギがそこに居た。

しかも、1mはある角を生やして。


「なんかあまり強そうじゃないな。石投げてりゃ勝てそうだ」

「……何言ってるの。こいつはこの森じゃ最強のモンスターよ。舐めてかかったら冗談抜きで死ぬわ」


低い声でそう言うと、メロディアは腰に帯びた剣を抜き放ち、それを正眼に構えた。

彼女は魔法使いだが同時に剣士でもあるらしい。

俺も一応、借りているナイフを構えるが、明らかにナイフよりもウサギの角が長い。

地球での日常では、モンスターを倒す経験なんてゲームでしかしたこと無いのだ。

喧嘩ですら、数年に一回あるかないかといった程度なのに、いきなりマジ戦闘とか勘弁して欲しい。


「来るわよ!」


メロディアが叫んだ瞬間、ウサギの身体が消え去った。

同時に俺の真横を一塵の風が通り過ぎ、後方から破砕音が聞こえた。

振り返ると、ひと抱えできそうな幹がへし折れ、木が大きな音を立てて倒れるところだった。

木の近くには巨大ウサギがいる。


「くっ、さすが最速を誇るモンスターね……目で捉えるのがやっとだわ……」

「おい、こんな序盤から『最』」の付くようなモンスター出すなよ。どうせ付くなら『最弱』にしてくんない?」


冷や汗が首筋をつたう。

メロディアには見えたらしいが、俺にはさっぱりだ。


「あれも魔法か何かで飛んできてんの?」

「いいえ、純粋な脚力よ」


言ってる傍からウサギは姿勢を低く構えた。

素人目からも力を込めてるのがわかったので、転がりながら移動する。

直後、背後からやっぱり破壊音が聞こえた。


「ウサギのくせに森に優しくないぞ」


起き上がりながら文句を言うと、視界に影が差した。

メロディアが俺の前に立ちふさがっている。


「あなたは逃げることに専念しなさい。こいつは私が引きつけるから」


メロディアはウサギに手をかざし、透き通る声で詠唱した。


『フィール・エール・クラウディア!』


空間から現れたのは氷柱ではなく、幾本もの氷の矢だった。

それは弾丸のようなスピードでウサギに向かう。

しかし、ウサギの速さは氷の矢をも上回り易々と避けられてしまった。


「はやく逃げなさい!!」


叫ぶメロディア。

ウサギは再び突進の姿勢を見せ、力強く踏み出した。


「―――え?」


しかし、奴はその角で何かを破壊することは無かった。

何故ならウサギは宙に浮いて、強靭なその足で地面を蹴る事が出来ないからだ。

浮かしてるのは、無論、俺。


「ほれ、止め刺して。こいつ、さっきから木にぶち当たっても平気みたいだからさ。地面に叩きつけても効果ないから、お前の剣でばっさりやっちゃって」

「わ、わかった」


こくん、と頷きウサギに恐る恐る近づくメロディア。

角を振り回さないようにしっかり固定しているので、彼女に危険は無い。

メロディアはウサギの頭部に一突き入れ、止めを刺した。

剣を収めた彼女は、ほっと安堵の息を吐くと、


「すごいわね、超能力って……」

「二百キロ以下なら自由自在でっせ。以上ならピクリとも動かないけど」

「ふぅん……」


顎に手を掛けて考え込むメロディア。

どうやら、これが彼女の癖のようだ。

美人がする様はなかなか絵になっている。

そして、彼女は上目づかいで口を開いた。


「ねぇ」

「助けた礼か? そうだな……、体で払ってもらおうか」

「そうね、薙ぎ払ってあげる」


剣に手を掛けながら言う彼女に、すかさず平伏する。


「すいませんでした。出来心でつい……」

「つい、で言う台詞じゃないわよね? ……まあ、いいわ」

「いいの!?」

「そういう意味じゃない! 許してあげるって意味!!」


真っ赤になって叫ぶメロディア。


「どうどう、落ち着け。冗談だよ、冗談。で、なに?」

「まったくもうっ……! 私が聞きたかったのは、超能力で人も浮かせられるのかってことよっ」


モンスターも浮かせられたので出来るだろう。

興奮するメロディアを手で制しながら答える。


「出来ると思う。俺自身は拳一個分しか浮かないけど。……なんでそんなこと聞くんだ?」


すると、彼女は先程とは違った感じで顔を赤らめると、ぽつりと言った。


「……私も飛んでみたいもん」

「ふーん」


ギラッと刀身が輝いた。


「何分コースがよろしいでしょうか、お嬢様」

「とりあえず十分お願い」

「畏まりましたでございますです、お嬢様」


その後、十分間森には楽しげに笑う少女の声が響いた。





[11877] 6話
Name: アドベルド◆6b4ed35e ID:94d81ee2
Date: 2009/09/24 15:02
肌に刺さるような冷え込みに耐えきれず目が覚めた。

目に映る景色は森。

日が完全に明けてないこの時間帯では、覆い茂る木々の屋根によってまだ闇に覆われている。

空気は清涼に澄みわたり、吸い込む息はひんやりと冷たい。

土と緑の香りが際立つそれを大きく吸い込むと、俺は体を起こした。

硬い地面に横たわっていたため、身体の節々が油切れのカラクリみたいに悲鳴を上げる。

身体をひねって体操すると、背骨が盛大な喝采を上げた。

あまりに爽快な音だったため、自分としても気分が良くなる。

だがその上機嫌も、現状を省みたところで下降した。


「ああ、やっぱり夢じゃないか」


黒々と灰になった焚き木を挟んで向こう側に居る少女を見る。

彼女の名前はメロディアと言う。

絹のように柔らかそうな亜麻色の髪。

まつ毛はくるりと長く瞑られた瞼の下には初めて見る紫の輝きがある。

肌は旅をしているにもかかわらず透き通るように白い。

その相貌は今まで見たことも無いくらいの美貌を誇り、妖精と見紛うほどだ。


しかし、何よりも特筆すべきなのは彼女の声だ。


透き通るような透明感のある声は、空気を震わせて耳に届くのではなく、まるで脳内に直接響くよう。

特に魔法の詠唱をしているときは、正しく世界に語りかけるようにその言葉は溶け込んでいく。

そして、それは発動するのだ。


「異世界に魔法にモンスター。……すごいところに来たなぁ」


僅か一日。

いや、まだ二十時間も経っていない。

それだけの間に、俺は超能力に目覚め、異世界へと旅立ち、魔法使いの少女に出会い、モンスターと闘った。

いっさいのオカルトやSFを信じなかった俺が、だ。


やっぱりこれは夢なのか?


17歳の純真で清らかな青少年が見た夢幻なのだろうか……。

いや、超能力まで夢にするのは勿体無いので、異世界に行ったあたりから夢にしよう。

いやいや、それだとベランダから飛び降りたのは現実になってしまうから、もうちょっと前から夢にしよう。

あ、でも、超能力あるから飛び降りても平気なんじゃないか?

待てよ、それだとどうして俺は夢を見ているんだ?

平気なら夢なんか見ないだろ。

飛び降りたのが現実で、今見てるのが夢だとしたら……。

あれ? 俺、意識不明の重体?


「馬鹿な、そんなことあるわけがない。俺は超能力者だぞ、こんな風に浮かべるんだぞ」


拳一個分浮遊する。

幽霊のように浮かぶ事が出来る俺が地面に衝突して重体になるわけがない。


あれ、……幽霊?


幽霊は浮かんで、俺も浮かぶ。

死ぬと幽霊になるからイコール俺死んだ?

地面に激突して死んだ? 俺、しんだ?


「死んだぁあああああああああああ!!?」

「ひゃあ!? な、なに!? モンスター!?」


飛び起きるメロディア。

すぐ横に置いていた剣を取ってきょろきょろ周囲を見渡している。


「なによ、何もいないじゃない」

「うぉおおおおおおおお!!? 何もいないだと!? 俺が見えないのか!? やっぱり死んだぁあああああああああ!!!」

「何言ってるのあなた?」

「うぉおおおおおお!!!」

「ねえってば」

「あぁぁぁあああぁあああ!!!」

「いい加減にしなさい!!」


コツンと、頭部に衝撃。

メロディアに昨日の夕食で食べた木の実を投げつけられた。

コロコロと地面に転がっていく栗のような木の実を見つめる。

拾い上げてみると、木の実はあっさりと持ち上げる事が出来た。

物に触れるということは身体があると言う事だ。


つまり、俺は死んでない。


俺は木の実をメロディアに放り投げると言った。


「さあ、それを俺に向かって投げろ」

「……え?」


ずざざ、と引き下がるメロディア。


「思いっきりだ。手加減はするなよ?」

「頭おかしくなった? いや、最初からおかしかったけど……」

「俺はいつだって正常だ。いいから早く投げろ」


彼女は何か嫌なものを見る様な目付きで俺を見た後、木の実を思いっきり投げつけた。

それは風を切って俺の腹部へと当たり、地面に転がった。

当たった腹部を撫でながら、


「……俺は、生きてる。生きてるぞぉおおおおおおおお!!!」

「……何なのよ、いったい」


両膝をつき、天に手を上げて雄叫びをあげる俺を尻目に、メロディアは溜め息をついた。









「この森っていつまで続くんだ?」

「もうそろそろ抜けるわよ。本当ならもうしばらく掛かるはずだったけど、あなたのおかげね」


二人並んで浮遊しながら移動する。

俺の超能力でメロディアを運んでの移動はかなりのペースで行える。

この能力自体使いすぎて疲れるという事は無いため、運び続けでも構わないのだが、メロディアは休憩中だけ俺の超能力を使ってる。


「疲れないからいいさ。でもなんで休憩中だけ? ずっと運んでやっても良いけど」


生い茂る枝に当たらないようコントロールしつつ尋ねる。

彼女は腰に帯びる剣を、ポンと叩くと、


「私は魔法使いだけど、同時に剣士でもあるの。他人に頼りっ放しってのは騎士道に反するのよ。できるだけ自分で進むのが私の騎士道だからね」

「じゃあ自分で歩けばいいじゃん」

「言ったでしょ? できるだけって。疲れたら休むのは当たり前よ。でも、休みつつ移動できるならそれに越したことは無いわ。つまり、これは怠けてるんじゃなくて効率よく休憩してるの」

「上の口では何とでも言える」

「『上の』はいらないから」


そんな軽口をしながら移動していると、突如森が切り開けた。

ここが森の終わりなのだろう、開けた先には青々とした草原が広がっていた。

季節があるのかどうかは知らないが、一面に色とりどりの花々が咲き誇っている。


「わあ、綺麗なところ」


女と言うのはやはり花に何かしらの感情を持つものなのか、メロディアはその光景に喜色を露わにした。

そんな姿を見た俺は、自分の足で歩きたいだろうと思い、メロディアをゆっくりと地に降ろす。


「ありがと、気が利くじゃない」

「紳士ですから」

「どこが」


笑いを洩らしながら花畑に躍り出るメロディア。

妖精のような彼女がいると、とても様になっている。

ここにカメラがあれば取ってやりたいくらいだ、と思ったところで思い出した。


「そう言えば携帯持ってたわ」


マントの下、ブリーフの中に手を突っ込んで取り出す。

防水機能付きの最新携帯だ。

もちろんカメラ機能付きで、画質も良い。

二つ折りの黒い携帯構えてを激写。映し出された風景は満足いくものだった。

そして、温かな光景に頬を緩ませた後、俺も陽だまりの中へと足を踏み入れた。






[11877] 7話
Name: アドベルド◆6b4ed35e ID:94d81ee2
Date: 2009/10/03 17:29
色彩豊かな花々の土地を通り過ぎた先には、ひとつの町があった。

村と言うには大きすぎで、街と言うには小さすぎるそんな場所。

町の周囲は腰ほどの高さの石垣でぐるりと囲いをしており、さらにその外側は堀が掘られている。

石垣の石と石の隙間には花々が飛ばした種が力強く根付いており、思い思いの色を主張していた。

近づいてみると、堀の中には水が流れており小魚が泳いでいる。

四つん這いになってそれを見て、


「ほほー、綺麗なところだなぁ」

「ホントね。あなたの下着がマントの裾から見えなければ完璧だわ」


俺の後ろに居たメロディアが不服そうに言った。

それを聞いてむっとする俺。


「俺だって好き好んで下着一丁になったわけちゃうわ。大体、俺のブリーフも純白で綺麗だぞ、まだ」

「残念ながらちょっと黄ばんでるわ」

「これは黄ばみじゃない。あれだ、太陽に当たりすぎて日焼けしただけだ。今日は特に天気がいいからな」

「あなたの頭の中もね」


言いつつメロディアも横に並び、同じように堀を覗きこむ。

水の中に影が差しこみ、それに気付いた魚たちは一斉に逃げ出した。

清らかな水は透き通っていて、底の水草が躍っているのが見える。

水の流れに沿って視線を移動させると、石橋があった。

石垣と同じように草花に覆われていているが廃れた感じはせず、逆に威風堂々としている。

大人数が足を踏み鳴らしても平気そうだ。


「あそこが町の入口みたいね」


メロディアがそう言った時だった。


「うおっ!?」


どんっ、と誰かに尻を蹴られた感覚。

堀を覗きこむように四つん這いになっていた俺は、後ろから突き落とされる形で堀の中に落ちた。

水面との距離も近く、いきなりの事で超能力を発揮できなかったため、大きな水音を立てて水中に没した。

刺すような冷たさが全身を覆う。

幸いにも足がつく程度の深さだったため、溺れることは無かったが全身濡れ鼠だ。


「誰だ、蹴飛ばしたのは!!」


水面から頭だけを出し、堀の上に視線を投げる。


その先に居たのは十歳前後の灰色の髪をした少年だった。

薄汚れた衣服を身に纏いながらも、瞳は爛々としている。

敵意だ。

少年の、髪と同じ灰色の瞳には純然たる敵意が宿っていた。

メロディアもそれに気付いたのか、困惑しながらも少年に問いかけた。


「君、どうしたの? 昔変態に嫌なことされた?」

「さりげなく俺を変態にするな」


失礼なことを言ったメロディアに注意をして、再び少年を見る。

少年は依然として俺を睨みつけたままだ。

水に突き落とされたまま謝罪の一つも無ければ、流石の俺でも腹が立つ。


「おいお前。俺が超能力者と知っての狼藉か」


威厳たっぷり不機嫌全開に大人の余裕を少々混ぜた態度で、穴があくほど睨みつける。

すると少年は少しばかりたじろいだ後、感情に任せたように言葉を吐き出した。


「うるさい! お前らが来なけりゃオレたちはこんな目に遭わなかったんだ! 父ちゃんを返せよ! このモンスターの手先め!!」


そう言うと、少年は俺に向かって飛びかかって来た。

繰り出される空中飛び膝蹴り。

普通ならドロップキックかライダーキックを放ってくるはずなのに、膝ときた。


「ヌハァ―――ッ!?」


水中で身体が思うように動かなかった俺は、一直線に飛んでくるそれを眼に焼きつけつつ、頭部に喰らった衝撃で意識を手放した。










浮かび上がるような感覚と共に、俺は目を覚ました。

包まれるような温かさを感じる。

ゆっくり目を開くと、視界に映ったのは見知らぬログハウス調な部屋。

家具や調度品はほとんどなく、薄汚れた衣服が数点床に散らばってるだけだ。

その中の唯一の家具であるベッドに俺は寝かされていたようだった。

着ていたマントは無く下着のみ。いや、携帯もあった。


「どこだ、ここは……?」


ベッドから起き上がり、窓辺によって外の風景を見る。

視線の高さから二階であるらしい。


「ああ、町の中か」


そこから見える景色は、石垣の外から見えた町の中だった。

森が近いからか、家屋のほとんどはログハウス調であり、花々と合わせて温かな印象を与える。

しかし、その町並みを行き来する人々は皆どことなく疲れた様子である。

笑い声や怒鳴り声も聞こえない。

その様子に首を傾げるが、理由が分からない以上考えたって仕方がない。


「そういや、メロディアはどこだ?」


そもそも、どうして寝ていたのか思い出せない。

堀の中を覗いていたのは覚えているのだが、それから先が靄が掛かったようにハッキリとしない。

しばらく唸っていると、ふと、鼻孔をくすぐる芳香に気がついた。

匂いはどうやら部屋の外から漂ってきているみたいだ。

誘われるように部屋を出て廊下に出る。

そのまま香りを頼りに階段まで行き着くと、階下から話し声が聞こえてきた。


「へぇー、じゃあ姉ちゃんはリマ―ムの人なんだ」

「ええ、そうよ。首都ウォルコックの次に大きな街だからね、人もたっくさん居るの。嫌になっちゃうくらい」

「だから旅に出たの?」

「いいえ、ちょっと探し物があってね……。あ、トトくんそれ取って」


とんとんとん、と包丁の音が響く。

どうやらメロディアが料理をしているようだ。

包丁の音と合わせるように階段を下りる。

下に降りても、家具類の少なさは変わらなかった。

広い部屋の真ん中にテーブルとイスが二つだけ。

あとは細々としたものが床に散らばっている。




台所に近付くと、最初に気付いたのは少年の方だった。

少年は俺の姿を確認すると、ぎょっとした表情を取り、続いてばつが悪そうに視線をそらした。


「あ、起きたの。マントは乾かしてそこに吊ってあるから、早く着なさい」


メロディアは少年の反応だけで俺が起きた事に気づいたらしく、こちらを振り向かぬままマントの位置を指で示した。


「あいよ」


手を向けて引き寄せる。

文字通り飛んできたマントを手に収めて羽織ると、少年は目を丸くして驚いていた。

しかし、目が合うとハッとして逸らす。そして、呟くように言った。


「お、オレは謝んねえからな……」


その一言で思い出した。

俺はこの少年の膝蹴りで……。

いや、そんなわけ無い。

こんな毛も生えてないようなガキンチョに一発KOなどあるはずがないんだ。


「は? 何言ってるのかな? 俺はべつに気絶したわけじゃないから」

「え、いや、オレの膝がこう、顎にガーンって当たって……」

「それは夢。もしくは幻だから。ほら、あそこのお姉さんは魔法使いで幻術が……」

「使えないわよ、幻術なんて」

「…………」

「…………」

「うるせぇええええ!! 面白いか!? いたいけな青少年をイジメて、お前ら面白いかぁあああ!? あ~あ、どうなっちゃうんだろうね? 若者がこんな調子で、この後の世の中はどうなっちゃうんだろうねぇええええええ!?」


思いのたけを叫ぶと、少年は目を白黒させて驚いた。

どう反応すればいいのか分からないのか、視線を彷徨わせた後にメロディアを見る。

彼女は少年の頭にポンと手を置くと、困ったように笑った。


「こういう人だから」


俺の叫びは飯が出来上がるまで続いた。





[11877] 8話
Name: アドベルド◆6b4ed35e ID:94d81ee2
Date: 2009/10/07 13:21
湯気立つ料理がテーブルを埋める。

異世界に来て初めて食べるまともな料理だ。

でっかい肉の塊がテーブルの真ん中に陣取り、その周りを木の実や野菜類が彩る。

肉にはソースがたっぷりと掛けられており、それが光沢を放つ様を見て、食欲を掻き立てられない者はいないだろう。

照り焼きのような甘辛な香りが鼻孔をくすぐり、思わず唾液を呑み込んだ。


「お前料理出来たんだな」

「まあ、あり合わせだけどね」


そう言いつつも、メロディアはどことなく誇らしげだ。

上機嫌で皿を並べていくと、一際早く席に着いていた少年トト(先程メロディアに教えてもらった)が喜色満面に叫んだ。


「姉ちゃんすげえよ! こんな御馳走久しぶりだ!」


その言葉に首を傾げる。


「久しぶりって……この食材はお前ん家のじゃないのか?」

「この家のどこにこんな食料が有るってンだ? 物見て言えよ」


拗ねたように言う。

トトの言い草にはムッとしたが、確かに、この家は異常に物が少ない。

まるで引っ越し直後のようだ。

貧しい様子を遠回しに貶されたとでも思ったのか、トトは背もたれに乱暴に身を任せると、


「マントの下は裸だし、変態じゃんか」

「黙っていれば抜け抜けと……」

「ついさっきまで叫んでいたくせに何言ってンだ、あんた?」


あまりにも礼儀知らずな小僧だ。

初対面でいきなり堀に蹴落とし、顔に膝蹴りを入れて謝りもしないと思えばこの始末。

いくらなんでも度し難い。

今はそっぽを向いてこちらを向こうともしない。


「こぉんのガキンチョが!」


ここはひとつ拳骨を食らわさなければなるまい。

そう奮起してトトに近づこうとしたら、


「待ちなさい、カズマ」


皿を並び終えたメロディアが静かな声音で制してきた。


「なんでだよ。こいつ、いくらなんでも失礼だろ」


不機嫌極まりない。

どうしてメロディアまでトトを庇うのか。

理不尽すぎて顎がしゃくれてきた。


「確かにちょっと口が過ぎるわね。……トトくん、謝りなさい」

「だって、こいつが……」

「トト」

「………ごめん……」


視線をそらし、唇を尖らせながら不承不承と言った態で呟くトト。

メロディアはそんなトトを見て、腕を組みながらうんうんと頷いている。

謝られた俺はと言うと、


「隙ありぃいいい!!」


二人の隙をついてトトに近付き頭をぶっ叩こうと右手を振り抜く。

しかし、直前でマントをメロディアに掴まれた。


「ぐふぇ!?」


首が閉まり、なおかつ、狙いを損なった俺の右手はトトが座っていた椅子の背もたれに当たり、小指を突き指した。


「ぬぉおおおお……」


痛みに床を転がり廻っていると、頭上に影が差した。

見上げるとちょっと怒った顔のメロディアが、


「何してるの」

「うっ……いや、隙があったもんだから……」

「トトくんはちゃんと謝ったでしょ。大体、あなたも悪いの。あなたが気絶した後に、この家まで運んでくれたのはトトくんよ」

「それは……自業自得だろう?」


胡坐をかいて、不満を述べる。

俺を気絶させたのはトトなのだから、運ぶのも当然コイツだ。


「確かに自業自得ね。でも、その後が問題だったのよ」

「その後?」


コクリと頷くメロディア。

トトは何を思い出しているのかちょっぴり涙目だ。


「俺、なんかした?」


メロディアは呆れたとばかりに一つ頷いて、


「トトくんは勘違いだった事に気付いた後、あなたを水がら引き揚げて頭の治療もしてくれたのよ。その時しっかり謝ったし。でも、あなたの目が覚めないから心配して自分のお家に招待してくれたの。あなたを運ぶのは自分だって言ってね。まだ十歳なのに頑張ってくれたのよ」


そこで一端話を区切り、トトを見る。

トトは申し訳なさと照れが入り混じった様子で、灰色の髪をいじっていた。

メロディアは続けて、


「問題はあなたを運んでいる最中。あなた、あの時本当は起きてたんじゃないの?」

「いんや、目が覚めた覚えは無い」

「なら私は今後、絶対あなたを運ばないわ」

「なんで」


尋ねると、メロディアは痛々しい表情を取り、述べた。


「トトくんはあなたを運んでいる最中、ずっと太腿に膝蹴りを喰らっていたのよ。もちろん、あなたにね。これでもかと、執拗に。代ろうかって言っても、勘違いで傷つけた人だからって聞かなくて。そう言ってる間もあなたはずっと膝蹴り。起きてるんじゃないかって思って、足を凍らせたんだけど反応なし。まあ、おかげで蹴りも止まったからそのままベッドに連れてったんだけどね」


さりげなく物騒な事を言ったメロディア。

しかし、膝蹴りをしていたとは……まったく覚えがない。


「……ベッドに寝かせて魔法を解いた瞬間、今度は関節技喰らった」


足をさすりながらぽつりと言うトト。


「ここまでされたら、流石に嫌われるわよ。でもま、今回はどっちもどっちと言う事で納得しなさい」


「ほら、握手」と俺とトトの手を取るメロディア。

どうしたものかとトトに視線を投げると、トトは上目づかいにちらちらと俺の顔を窺っていた。

喧嘩した友達と仲直りする直前の小学生みたいだ。

俺も昔、昼休みが終わり使っていたボールを誰が片付けるかで喧嘩した覚えがある。

友達は「最後に触ったやつが片付けろよ!」などと抜かし俺に投げつけてきたが、無視して教室に行こうとしたら喧嘩になった。

その後に謝ろうとして来たあいつの表情と同じだ。

要は、謝ろうと思っても反発心や矜持が邪魔をして、あと一歩が踏み出せない状態である。

仕方ない。俺が歩み寄ることで、その一歩を詰める事にしよう。


「わかった。握手だ」


すっと手を差し伸べる。

トトはちらりと俺の表情を窺うと、ゆっくり手を握った。


……今だ!


握った手に思いっきり力を込める。

俺の握力は40ピッタリだ。

同年代の中では下の中ぐらいの力しか持たないが、小僧には十分痛いだろう。


「痛い痛い! ちょっ、力入れすぎ!! 放せって!!」


予想外の攻撃に身をよじらせて痛みから逃げようとする―――俺。


「あ、ごめん」


パッと手を離され、痛みから解放されるも握られた右手はジンジンと熱を持つようだ。

え、何この子? 力強すぎじゃない?

俺は確かに平均以下の筋力しか持たないけど、七つ年下の子供に思わず降参する程貧弱ではなかったはず。

懐疑の眼差しでトトを見つめると、灰色の少年は言った。


「ごめんよ、オレ普通の人よりちょっと力が強いんだ」

「だよねー。俺が貧弱ってわけではないよねー」


あれでちょっとだと? 嘘言うな!

あれはゴリラでもなきゃ出せねえような力だぞ!

お前はあれか? 猿から進化したんじゃなくて、ゴリラから進化したのか? などといった心の声は表に出さない。

だってこっちから攻撃しようとしたのに、そのまま返されたなんて恥ずかしいじゃん。

誰も俺がトトを痛めつけようとしたなんて知らないかもしれないけど、ここで思いのまま言葉を発したらなんか負けた感じがする。


「はいはい、仲直りも済んだ事だしご飯にしましょう」


ぱんぱん、と手を叩き席に着くメロディア。

俺とトトは視線を交らせないまま返事をした。


「わかった」

「へ~い……って、ちょっとまて」


席に着いた二人はどうしたんだとばかりにこちらを見る。

テーブルを挟んで向かい合う二人。

そして、気付いたようだ。









―――椅子は二つしかない。


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