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[11883] 【習作】 カオスゲートオンライン (VRMMO系 TSアリ)
Name: 南◆e65b501e ID:073768d4
Date: 2009/10/09 23:29
 鋭い金属音と派手なエフェクト光を撒き散らし、スマッシュで打ち込まれたミノタウロスのウォーハンマーを、左手に持つナイトシールドのスタンバッシュで弾く。
 その瞬間、物理的にありえない動きで相手の上半身が跳ね上がり、そのまま硬直、スタン状態を示す星のエフェクトが、ミノタウロスの頭上に浮かんでクルクルと回りだす。
 が、こちらも無傷ではない。
 痺れにも似た痛みと共に、視界の隅に表示されたHPバーが、ごっそり削られる。
 と、同時に、大ダメージによる硬直、一般に仰け反りと呼ばれる現象が発生し、身動きが取れなくなる。
 流石はミノタウロス、フェイズ2ダンジョンの最強ボスモンスターであり、直接攻撃力だけならフェイズ3のボスすら凌ぐと言われるだけの事はある。
 ダメージカット率の低いスタンバッシュとはいえ、防御力の高いパラディンがフェイズ2の敵に仰け反らされる事自体珍しいのだが、シニスにとってはある意味当然とも言える。
 華奢なエルフの女性キャラと言うデメリットは、こういう所で顔を出すのだ。
 カウンターのスタンバッシュによるスタンの効果時間は通常の半分で、仰け反りよりわずかに遅い程度、硬直明けはほぼ同時となり、スタンバッシュの目的だった、ヒールポーションでHP回復をしている余裕はない。
 シニスは素早くショートカットに目を走らせ、使用可能なスキルをチェック。
 しかし、先ほどからの戦闘で、ディレイ中のスキルも多く、使える防御系のスキルは、盾の基本スキルであるシールドガードと、剣の上級スキルのパリィのみだ。
 シールドガードは、相手の攻撃を盾で受け止めるだけという単純な技だが、防御時間が長くダメージカット率も高い。
 もっともこの防御時間の長さは、相手に余裕を与え、自分は後手に回らざるを得なくなると言う欠点でもある。
 もう一方のパリィは、剣で相手の攻撃を弾くという技で、成功すれば攻撃を完全無効化できる上、相手の体勢を崩し先手を取ることが可能だが、失敗すれば相手の攻撃をクリティカルでもらう事になる。
 そして今のHP残量では、通常攻撃のクリティカルに耐える事は出来ない。 
 防御を固めてチャンスを待つか、攻勢に出てチャンスを掴むか、ローリスクローリターンかハイリスクハイリターンか。
 だが、そんな悩みは、後ろからかけられた一言で消し飛んだ。

 「シニスさん回復行きます」

 その声と同時に暖かい光が全身を包み、3割を切るほどに減少していたHPバーが、見る見る回復していく。
 後衛のビショップ、残月の光の魔法、グレートヒールだ。

 「サンクス!」

 後ろを見る事無くそう礼を返し、シールドガードの準備をする。  
 が、もはやシニスに出番は無かった。
 
 「はっ!」 

 鋭い呼気と共に、シニスの右に居た真紅の槍を持つ侍が、閃光のような突を放つ。

 フラッシュスラスト。

 槍の上級スキルで、一瞬で複数の突きを叩き込む大技だ。
 スタン中で動けないミノタウロスに、これを回避する手段などある筈も無く、全弾直撃、さらにスタン効果によりクリティカルというおまけ付きで、HPバーはみるみるに0に近づいていく。
 そこへ、左から全身を黒いプレートメイルで固めたオーガの戦士が突進、振りかぶったウォーアックスを、相手の眼前の地面めがけて叩き込む。。 
 すさまじい激突音と共に、一段と激しいエフェクト光があたりを乱舞する。

 アースクェイク
 
 鈍器の奥義スキルであるこの技は、打ち込まれた地面を中心とした範囲ダメージと、強烈なノックバック効果を生み出す。
 エフェクト光の波に押し流されるように後方へと弾き飛ばされたミノタウロスのHPバーは、あっという間に0になり、表示ネームが死亡を表す灰色へと変わる。
 同時に、その巨体は後方へと倒れこむとそのまま動かなくなり、辺りにドロップアイテムが散乱する。
 そして、クリアエフェクト音と共に、視界の隅にダンジョン消滅までのカウントダウンが表示される。
 
 「おつかれ~」
 「おつ~」
 「おつかれさま~」
 
 戦闘は終了し、皆が適当な挨拶を入れつつ、そぞれ戦闘状態を解除していく。
 シニスも戦闘状態を解除し、剣を鞘に収めると、少し離れた所に転がっている戦士の死体に近づきターゲッティング、魔法スキルリストを呼び出し、リザレクションを選択、実行する。
 リザレクションの詠唱に入るとすぐ、自身の体から金色のエフェクト光が湧き出し、ターゲットされた死体の周囲に聖印が浮かぶ。
 そして、同時に現れた詠唱バーがゆっくりと減っていく。
 
 「すいません、お手数おかけして」

 恐縮そうにターゲットされた死体が声をかけてくる。
 彼は、元々このダンジョン攻略に挑戦し、あのミノタウロスに返り討ちにあった初心者パーティーの一人であり、シニス達レスキューパーティーに救援を要請した当人だ。

 「1次職パーティーでミノとかち合えば仕方ないですよ、気にしない気にしない、その為のレスキューだし」

 呪文の詠唱と言っても、魔法発動のためのチャージ時間をそう呼んでいるだけで、実際に呪文を詠唱しているわけではないが、詠唱中は一切の行動とアイテム使用が不可な為、だべる位しかやることが無い。

 「でも凄いですね、リザレクション使えるパラディンってはじめてみましたよ」
 
 そう驚かれるのも無理は無い、死んだPCを復活させるリザレクションは、有用性は高いものの、習得に必要な魔力値が高く、魔法職以外でそれを満たすのには厳しいものがあるからだ。

 「ま、その為のエルフの女キャラだし、種族と性別の修正が無いと習得値満たすのは厳しいから」

 「なるほど、でもそれだと戦闘職辛くないですか?」

 当然だが魔力や知力などに高いプラス修正がつく反面、戦闘職として重要な筋力や体力に大きなマイナス修正がくる。
 種族修正と性別修正のマイナスは、どちらか一方なら多少のデメリットで済むが、重複するとなると致命的とすら言われる程で、特にエルフの女性キャラでの戦闘職と、オーガの男性キャラでの魔法職は、wikiの初心者案内に、やめとけと赤大文字で記されてるほどだ。
 最もそれは、まるで使えないと言う訳ではなく、初心者がファーストキャラとして手を出すのは薦めないというだけで、大器晩成型の特化構成としてゲームに慣れた人間が作る分には問題ない。

 「戦士や騎士の時は辛いけど、パラディンになればそうでもないよ、装備の修正なんかもあるし」

 「修正ってヴァルキュリア装備?そんなに大きいですか?」

 「セット効果で修正値1.5倍だからかなり大きいよ、防御値の方は盾と剣のスキルでがんばると言いたい所だけど、さっきみたいに仰け反らされる事があるから厳しいことは確かだね」

 女性専用防具であるヴァルキュリアシリーズは、筋力や体力などにプラス修正が加わる効果があり、さらにシリーズものの防具は、同一のシリーズで装備を統一すれば、セット効果としてその修正値が1.5倍されるという特徴がある。
 もっともシリーズ物は、同ランクのシリーズ物でない一品物の防具に比べ、防御力の点で一段落ちる。
 単に防御力のみを求めるのなら、シリーズ等にこだわらずに身につける方が、はるかに高い防御力を得られるのだ。

 「そっち終わった?」
 
 そんな事を話していると、他の死者の復活を終わらせた残月が、こっちに声をかけて来る。
 さすがに専門の魔法職、高レベルの高速詠唱や短縮呪文等の、チャージ、ディレイ短縮スキルで、リザレクションを低レベル魔法並みの速さで唱えたのだろう、こちらが一人蘇生させてる間に、5人の蘇生が済んでいた。
 もっともそれ位の速度で唱えられないのなら、戦闘中の高レベル回復魔法は使い物にならない。

 「待って、今終わる……っと、終わった」

 詠唱バーが0になり、聖印が激しく輝くと同時に、床に転がっていた戦士の表示ネームが灰色から緑へと変わる。

 「ありがとうございました」
 
起き上がるなり頭を下げて来る彼を手で制し。

 「HP回復はあっちでやるから、あの坊さんの所に行って」

 と、こちらに向かって杖を振っている残月の方を指す。
 もっとも、ノームである彼は、周囲に集まった初心者パーティーの面々の陰に隠れてしまい、杖の先端が揺れているのが、かろうじて見えるだけだ。

 「本当に何から何まですいません」
 
 そう言って彼が残月の元に駆けていく。
 蘇生魔法であるリザレクションは、復活した時点では、HP・ST・MPは1割しか回復しないので、もう一度HPを回復してやる必要がある。
 
 全員が効果範囲に入ったのをを確認した残月が呪文の詠唱に入る。
 残月の頭上に聖印が浮かび、周囲に温かな光のエフェクト光が放射される。
 まるで春の日差しのような、心地よさを伴った光を浴び、周囲に集まった初心者パーティーの面々のHPバーが一気に回復する。

 ヒーリングウェーブ

 僧侶系の者しか扱えない命の魔法の奥義で、効果範囲の全てのPCとペットのHPを回復する効果があり、 複数キャラのHPを回復するのなら、これが一番効率がいい。

 その光の中で、生き残れた事を喜び合う初心者パーティーの面々。
  

 そんな様子を眺めつつ、インベから飴を1つ取り出すと口の中に放り込む。
 バナナの甘い味が口の中に広がると同時に、ST回復Lv1のアイコンが視界の隅に表示され、力がゆっくりと満ちていく心地よい感触が全身を満たす。


 「あ、俺にも一個くれ」

 真紅の武者鎧で身を固めた侍、正確には3次職の剣豪である犬丸が、そう言ってこちらに手を出してくる。

 「うい、どうぞ」
 
 もう一つ飴をインベから取り出すと、犬丸に向かって軽く投げてやる。

 「こう言う時は一服したいもんだが、タバコが無いのは辛いよな」

 苦も無く、飛んできた飴を口でキャッチした犬丸は、口の中で飴を転がしながら言う。
 
 「そう言えば、犬丸さんはヘビースモーカーだったって言ってましたっけ?」
 「おうよ、嫌煙権とかに負けずにがんばってたのに、ここで強制禁煙って訳だ、泣けるよ」

 そう言って苦笑する犬丸は、髭面の渋い親父顔も相まって、そういう表情がとてもよく似合う。

 「でもカジュアル装備でパイプってあったでしょう、あれじゃ駄目なんですか?」
  
 まるで鉄の小山のようなオーガのベルセルク、ディーガンが問いかけてきた。

 「ありゃ駄目だ、カッコだけで、実際に吸える訳じゃないから」
 「それはそれは、ご愁傷様」
 
 そんな事を話してるうちに、初心者パーティーの面々はHPを回復し、こちらがルート権を放棄したドロップアイテムや宝箱を回収、何度も礼を言いながら、ゲートストーン、いわゆるワープアイテムを使い、地上へと帰還していった。


 それを見送った後、犬丸が皆に提案をする。
 
 「で、この後ホームに帰る前に、ドラゴンクロウで飯食っていかないか?」
 
 ドラゴンクロウは、料理系ギルドが経営している店で、中華専門店として結構名が売れてる店だ。

 「中華か……中華は悪くないけど高いだろ」

 真っ当な料理になるほど、素材と調理工程が増え、価格が跳ね上がっていく。
 本格中華料理店で売ってるドラゴンクロウは、基本的に高級店なのだ、そこで1食となると、普段の食費の3日分が飛ぶことになる。

 「わかってないなぁ、犬丸は中華が食いたいんじゃなくて、チャイナが見たいんだよ」
 
 そう言って話しに加わってきたのは、黒装束のホビットの忍者の少女、カナメだった。
 と、同時に言われて思い出したのが、ドラゴンクロウの売りの一つが、店員が皆チャイナドレスの女性キャラだと言うことだ。

 「いぬまうぅ」

 呆れたような声で、ディーガンが犬丸に非難の目を向ける。

 「いや、その、たまには良いじゃないか、目の保養したって」

 そっぽを向きながらそう答える犬丸、こういう表情は実に様にならない。

 「ま、いいけどね、俺も目の保養は嫌いじゃないし」
 「だよな、さすがシニスは話がわかる」

  そんなシニスと犬丸を見たカナメが、ニヤニヤしつつ言った。

 「シニスは気をつけた方がいいよ、この間犬丸、私にチャイナ作れないか聞きに来たから」
 「ばっ!それを言うなと!」

 あわててカナメの口を押さえようとする犬丸を、カナメはひらりとかわす。
 カナメは忍者であると同時に、腕のいい裁縫師でもある。
 そもそも忍者という職は、適度な戦闘力と多彩なタゲ切り能力、踏破力の高さなど、生産素材集めに適している為、採集職や生産職者に多い。
 そしてカナメもその口だった。
 パーティーの一員として後衛や鍵開けもをするが、あくまで本職は裁縫師と言い切っているし、実際高い裁縫スキルで大概の物の製作が可能だ。
 そしてチャイナドレスは、製作に高い裁縫スキルを要求し、複数の作業工程と、素材に高価な物をいくつも使うので、ほぼオーダーメイド専門アイテムなっている。

 「しかしチャイナは置いとくとしても、シニスは普段着をもう少し何とかすべきだと思うぞ、いつまでも初心者用のコットンシャツとズボンと言うのではせっかくの素材が泣く」

 そう言ってきたのはウイザードのグエンだ。

 「いや、衣装の事でグエンにどうこう言われるのは納得がいかん、お前こそいつもローブじゃないか」

 と、シニスが言い返す。
 
 「何を言う、確かにローブばかりだが、シニスみたいに同じ物を着っぱなしと言うことは無いぞ」

 そう言えばそうだった、グエンはローブばかり何着も集め、その日の気分や用途で使い分ける、何気に衣装持ちな奴だった。

 「それにワシにはローブが一番似合うからローブを着ているんであって、シニスみたいにめんどくさいから初期装備使い倒しているとのは違う」

 それも事実だ。
 長い髭を蓄えた枯れ木のような爺キャラであるグエンには、ローブがとてもよく似合う。
 個人的にはアロハも似合う気がするが。 

 「はいはい、揉めない揉めない、とりあえず救助成功の報告は送ったし、当直の交代も済んだんでこれで帰るけど、この後皆で食事って事で良い?」

 言い争いに発展しそうなタイミングで残月が割って入り、本部との業務用チャットで、報告や引継ぎを終えたことを報告してくる。
 そう言えば発端は食事の事だったと思い出す。
 もっとも、食事それ自体に関しては特に異論も無い、確かに高いが、だからと言って払えないほど高額と言うわけでもないし、たまには中華と言うのも悪くない選択だ。
 
 「それじゃぁ、今日は犬丸の奢りでドラゴンクロウって事で」

 皆が首肯するのを見たパーティーリーダーの残月がそう結論を下し、パーティーメンバーの歓声と犬丸の悲鳴が響き渡る中、ゲートストーンの光が瞬き、そして消える。
 そして、誰もいなくなったダンジョンで、ゆっくりとカウントダウンだけが進んでいき、やがてダンジョンと共に消滅、人類はその生活圏をほんのわずか回復させる。

 それはこの世界、かつてカオスゲートオンラインと呼ばれた世界の、何の変哲も無い日常の一コマだった。



[11883] 【習作】 カオスゲートオンライン 第2話
Name: 南◆e65b501e ID:073768d4
Date: 2009/09/19 00:43

 カオスゲートオンライン

 VRMMOの初期からあるこのゲームは、運営開始から5年を数え、引退者と新規参入者の入れ替わりを経ながら、過疎化することも無く今に至る老舗ゲームのひとつだった。
 もっとも、VRと言っても、SFのように脳に直接信号を送ったり、考えただけで自由に動けると言うような凄い物ではなく、視線入力機能つきヘッドマウントディスプレイと、サラウンドヘッドホン、ボイスチェンジャーつきボイスチャットシステムが一体化したヘッドギアとゲームパッドで構成され、キャラクターの視点での臨場感溢れる演出を売りにしたもので、運営開始当初は爆発的な人気を博した。
 が、5年という月日はさすがに停滞を生む。
 運営側は、これ以上は小さなアップデートや、イベントなどでは顧客のモチベーションを維持できないと判断、5周年記念と題して大幅なアップデートの計画を発表した。
 それは、新MAPに新スキル、新アイテムに新クエストと、新要素てんこ盛りで、5年と言う年月でマンネリ化したゲームワールドを一新するとして、プレイヤーからはおおむね好意的な評価を受け、新規プレイヤーの増加と、引退プレイヤーの復帰を促した。

 そして、期待の大幅アップデートが行われた当日。
 その日は、明日から連休という事もあり、サーバーはほぼ満員、新要素の報告がBBSに次々書き込まれ、wikiはどんどん更新されていった。
 アイテム相場は大荒れし、新実装のスキルの使い方についてあれこれ論争が沸き起こり、新たな耕地や宅地を巡っての入札は白熱し、新クエストの攻略に頭を悩ませる者、弱そうに見えた新mobが意外に強く返り討ちにあう者、新マップ探索のために未知の大地へ赴く者など、様々なプレイヤーで沸き返っていた。

 そして、シニス達もそんなプレイヤーの一人だった。
 
 その日、ギルドホームのある森と湖の都、城塞都市リンドグラムは、立錐の余地も無いほどの賑わいを見せていた。
 
 「どう?買えた?」
 
 集合場所に最後に顔を出した残月に、ディーガンが問いかける。

 「ダメ、ポーションとかもう売り切れ、NPC売りのしかなかった」

 残月がオーバーなアクションつきで答える。

 「まぁ、初日だし、これだけの人出だし仕方ないよね、とりあえず手持ちで十分だと思うけど、足りなくなったら融通してね」

 回復の要である残月だが、戦闘中残月自身を回復してくれるPCが居ない為、残月の回復は主にアイテムに頼りがちだ、特にMPを回復してくれるマナ・ポーションの有無は、パーティー全体の生命線と言っても過言では無い。
 そしてこの手のアイテムは、NPC商店では基本的な物しか売っておらず、高性能な物が欲しければ、調合スキル持ちのPCなどから買うしかないのだが、さすがに今日は、どのPC商店も満員御礼品切れ続出と言う有様、もっとも通常の冒険なら手持ちで十分なのだが、今回は難易度の目安がつかないので少々不安が残るといった所だろう。
 皆もそれは解っているので、気楽に請け負いながら町の外へと歩き出す。

 「で、どうする?森回っていく? それとも湖の上飛んで山から行く?」
 
 NPCガードが守る城門を抜け、街の外に出た所でシニスが問う。

 リンドグラムから新マップへ至る道は2つ。
 周囲を囲む森を抜けた東側にある街道側から行くか、湖の反対側にある山脈を超えていくかだ。
 
 「山越えようぜ、新mobも居るみたいだし、もしかしたら何か新しい木とか生えてるかもしれない」

 そう提案したのは犬丸だ。
 確かにこのアップデートで、旧マップの方でも新mobが沸いたり、従来のmobのAIや能力や活動域に変更があったという話は聞くし、収穫物の沸きポイントの変更や、新しい収穫可能オブジェクトの配置もなされたという事で、新たに伐採可能な木などが生えている可能性もある。

 「でも山越えだと着くまでに時間かかるんじゃない? 素直に街道経由で行った方が早く入れるし安全でしょう、山越えで疲れ果てて、着いた先でグロッキーじゃ本末転倒だし」

 安全策を主張したのはディーガンだ。

「いや、みんなが来る前に、ツレとtellして聞いたんだが、街道ルートはかなり混んでるそうだ、mobよりPCの方が多いくらいだとか」
 
 そのグレンの発言で、皆の中から街道ルートと言う選択肢は消えたようだ。

 「山越えで行きましょう、それに私今回のアップデートで出たペガサス買ったんで、使ってみたいし」

 と言う残月の決断に、異議を唱えるものはいなかった。

 「あ、残月さんあれ買ったんですか、じゃあこれでみんな飛行ペット持ちって事ですね」
 
 エルフのアーチャーであるNonkoが、嬉しそうに言う。
 ペットには、調教スキル持ちがmobをティムして捕まえるペットと、オフィシャルで販売されている課金ペットの2種類がある。
 そして、 飛行ペットは例外なく課金ペット、残月は今まで飛行ペットを持って無かったので、湖を渡る必要があった時は、シーホースと言うやはり課金の水棲ペットで一人水上を渡って、たまに湖に住む水棲mobに襲われたりしていたのだ。

 「じゃぁこれで今までみたいに、残月さんが一人水中戦を繰り広げているのを、皆が上で観客しないで済みますね」
 
 ディーガンの安心したような言葉に皆が同意した。
 実際あれは心臓に悪かったのだ。

 城壁から離れた空き地で、皆がペットインベからそれぞれのペットを呼び出す。
 見慣れたワイバーン、グリフォン、魔法の箒、大鷲に混ざって、今回実装されたペガサスが姿を現し、皆がその周囲に集まった。

 「へ~結構出来良いですね」
 「お、腹からじゃなく、ちゃんと羽が前足の上から生えてる」
 「やっぱ新しいと作り込みも甘くないなぁ」

 新実装のペガサスには、皆興味深々だった。
 
 「で、パラメータとかどうなの? 強い?」
 
 ペガサスが気に入ったのかNonkoが聞いてくる。

 「やっぱり戦闘力は低いみたい、でもその代わり2人乗り出来るし、結構早いみたいよ」
 「へ~二人乗りできるんだ、じゃぁ私も買おうかな」
 「でもNonko結構ペット持ってなかったっけ? ペット枠大丈夫?」
 「あ~そう言えば一杯だ、拡張しなきゃ駄目だね」
 「拡張って、良くまぁそんなにペット買うなぁ」
 
 そんな話をしつつ、皆それぞれ自分のペットに騎乗する。

 「じゃ、行きましょうか、あんまりここでだべってても仕方ないし」

 そう言って真っ先に残月が空へと飛び上がる。
 それに大鷲とグリフォンが続き、少し遅れて魔法の箒とワイバーンが追随する。
 早いと言っていただけあって、飛行性能トップの大鷲に、わずかに遅れる程度の速度で飛行するペガサス。
 それを見て、さらに購入の決意を固めるNonko、そんなNonkoに呆れ気味の面々、短い飛行時間を終え一同は対岸へと到着する。
 対岸に渡り、山の斜面を登っていく。
 山の上空はロック鳥という飛行mobのテリトリーで、空から一気に新マップへという手段は危険が大きいとの判断からだ。
 森は天を覆うような大木が生い茂り、昔TVで見た北欧の森林地帯を思い起こさせる。
 ともすれば方向を見失いそうになる中、何度もマップ確認し、たまに出会う蛇やイノシシや狼に熊、ゴブリンなどを適当に処理しつつ、新マップへの入り口、グリムロックの橋へと向かう。
 
 「沸き位置はずいぶん変わってるっぽいな、前はこの辺は安全ルートだったんだが」

 伐採と木工のスキルを持ち、このあたりによく木を伐りに来る犬丸が言う。

 「ゴブリンてこの辺居たっけ?」
 
 集団でこちらに走り寄って来るゴブリン達を、弓の範囲攻撃スキル、アローレインで射殺しながらNonkoが問う。
 
 「いや、居なかったはず、新規実装ってやつだな、あっちの方に新しく何本か巨木や古木が生えてたから、それ用の障害だろ」

 巨木や古木からは高級板材が採れるものの、伐採難易度が高い上、周囲にmobが配置されていることが多く、入手困難な素材でもある。

 「お、この先だ、」

 グリムロックの橋へいたる小道、今までそこを塞いでいた巨大な岩が、今は跡形もなく消えている。
  
 「お~ちゃんと道が開いてる」
 「何か感動です」
 「さぁ、未知の世界へ出発」

 期待が高まり皆が足を踏み出そうとた瞬間。

 「ごめん、やっちゃった」

 さっきから後ろを追ってくるゴブリンに、景気良く矢を打ち込んでいたNonkoが、いきなり謝ってくる。
 何事かと一同が視線を走らせた先には、一本の大木が大地から根を引っこ抜きつつこちらに向かってくる姿が見えた。
 アローレインの範囲攻撃が命中しアクティブ化したそれは、おそらく古木や巨木の障害の本命なのだろう。
 高HP、高防御力、高攻撃力と、3拍子そろったそのmobの事は皆知っていた。
  
 「……トレントですか……」

 残月が疲れたような声を出す。

 「うわ、めんどくせぇ」

 そう言いつつも剣を抜き、戦闘状態へ移行するシニス。

 「どうする?逃げちまう?」

 グレンが撤退を提案する。
 実際トレントはあまり相手をしたくないmobなのだ。 

 「いや、あれ足速いから無理、追いつかれる」

 動きが遅いので誤魔化されがちだが、歩幅が大きいので実はPCより移動速度は速い、実際もう目と鼻の先だ。

 「しまったな、斧持ってくれば良かった」
 
 愛用の槍を構えながら嘆く犬丸。
 トレントは、伐採スキルが高ければ、普通に剣などで攻撃するより、むしろ斧で伐採した方がダメージがいく。
 高い伐採スキルを持つ犬丸にとっては、攻撃速度と命中が高い代わりにダメージが低めな槍で攻撃するより、斧で伐ったほうがダメージを与えられるのだ。

 「あ、じゃあ私の予備の斧使います?」
 
 そう言って、両手斧を主武器とするディーガンが犬丸にトレードを申し出る。

 「お、悪い、借りるわ」
 「どうでも良いが早くしてくれ」

 タウントやコールなどの挑発スキルでトレントのヘイトを稼ぎ、Nonkoらタゲを奪い取ったシニスが、トレントの攻撃を捌きながら叫ぶ。
 トレントの攻撃は鈍器扱いとなっていて、ダメージもダメージ貫通率も高い。
 Nonkoが喰らっていたら即死してそうな攻撃を受け止め、お返しとばかりに剣で切りつけてみるがろくなダメーが出ない。
 トレントの防御は特に刀剣系に強く現れ、ロングソード装備のシニスでは、下手をすればダメージ一桁などと言う事すらありうるのだ。

 「残月さん回復頼む!」
 「はい、すぐかけます」 

 残月は、素早くシニスに防御力上昇と自動回復のbuffをかけ、さらにトレントに攻撃力低下と行動速度低下のdebuffをかける。
 そこへグレンがファイアボルトを、Nonkoがフレイムアローを打ち込む。
 着弾のエフェクトと共にトレントから炎が吹き上がるようなエフェクトが表示され、延焼効果によるDoTダメージが発生する。
 ようやくダメージらしいダメージを与えたものの、その事によりタゲがグレン達に移りそうになる。
 
 「こらこら、余所見はだめだって」

 慌ててタウントでタゲを取り戻そうとするシニス。
 と、そこへ後ろから声がかかる。
 
 「待たせた」
 「後はお任せ」

 先にディーガンがスマッシュで斧を打ち込む。
 シニスとは比べ物にならないダメージが入り、トレントのHPバーがガクンと減る。
 が、凄いのはその後に続いた犬丸の攻撃だった。
 打ち込まれた斧の一撃は、それまでの攻撃がカスに思えるほどのダメージを与え、さらにそれが止まらず連続して続いていくのだ。
 伐採は、高スキルになるほどディレイが短くなる、犬丸ほどの高スキル持ちなら、ほとんど連打と言っていい速度での伐採が可能だ。
 あれよあれよと言う間にトレントのHPは0になり、青々と茂っていた葉が枯葉に変わって、周囲にアイテムがドロップする。 

 「おつかれ~って、どうした?」

 良い汗かいたぜとばかりに振り返った犬丸は、声もなく呆然と立ちすくむ皆を見て、不思議そうに問いかける。

 「いや、樵ってすげーと思って」
 「うんうん」
 
 シニスの言葉を皆が肯定する。
 トレントと言えば、プレイヤーが選ぶ相手にしたくないmobランキングの中では結構上位に位置するmobだ。
 それをこうもあっさり片付ければ、呆然とするのも無理は無い

 「ま、樵たる者、面子にかけても樹には負けられないって事だ、それにトレントがうっとうしいのは、動き出すまで見分けがつかないから不意打ちを喰らい易いのと、あの攻撃捌くのはナイトかパラディンじゃないと無理って話で、今回はたまたま上手く噛み合っただけだし、それよりトレントはドロップおいしいぜ、とっとと拾っちまおう」
 
 転がっているドロップアイテムは、トレントの枝にトレントの丸太、トレントの葉とトレントの樹液、どれも生産素材として高値で取引されている物で、これを売ればそれだけでフェイズ1ダンジョンクリアと同じ位の儲けは出る。
 
 「確かにおいしいな、でもこれでこの辺樵が増えそうだね」

 トレント狩りをする連中はほとんどが専門の樵パーティーだ。
 そんな連中が3パーティーもやって来れば、このあたりはあっという間に丸裸だろう。 

 「ここは気楽に樹が伐れるいい狩り場だったんでちょっと残念だな、でもこれでトレント素材多少値が下がるかもしれん」
 「あ~それはありそうね」

 元々樵が本職じゃない犬丸は、それほど気にしてないようだ。  

 「トレント材が安くなるって言うのは、アーチャーとしては嬉しい話だけどね」

 トレントの枝を使って作られた弓、高価で高性能なトレントロングボウが安くなるかもしれないと言う話を聞いて、Nonkoが喜ぶ。 

 「さて、では改めて新世界へ出発」

 そう言って残月が小道の先へと歩を進める。
 そこには始めて見る巨大な谷と、その間を繋ぐ一本の吊り橋があった。

 「おーなんていうか絶景」
 「これ、高所恐怖症の人間には使えないルートだな」
 「確かにこの光景は、その手の人には敬遠されそうですね」
 「橋から落ちらた死ぬかな?」
 「ずいぶん高そうだから、落下スキルMAXの人でも落下ダメージで死ねると思うよ」
 「というか、橋がゆれるのまで再現とかやりすぎだと思う」

 口々に感想を言いつつ、皆が橋を渡る。
 一瞬の読み込み時間の後、目の前には今までとは植生を異にする森が広がっていた。
 今までの森が、北欧のような寒い地域の森のイメージだったのに対し、もう少し暖かい、例えるならカナダの森のようなイメージがある。 
 
 「お、鹿がいる」 
 
 グレンが少しはなれた所をうろつくシカの群れを見つけた。 

 「あれ今までの鹿とちょっと違わない?」

 鹿というmobは今までも居たが、ここにいる鹿は微妙に違うし表示ネームも異なる。
 
 「見た目はテクスチャ張り替えただけみたいだけど何か違うかもね、試しに1匹狩ってみる?」

 残月の提案に特に異論は出ない。

 「じゃ、とりあえず射て見るね」

 早速Nonkoが弓を構えた。 


 それが、この世界がだのゲームであった最後の記憶だった。




[11883] 【習作】 カオスゲートオンライン 第3話
Name: 南◆e65b501e ID:073768d4
Date: 2009/10/27 00:54

 唐突なブラックアウト。

 はじめは単なるサバ落ちだと思った。
 アップデート直後によくあるトラブルの一つだ、臨時メンテが入って1時間位潰されるだろうが、待つのもいいだろう、だがログインサーバーが混雑して、結局今日はゲームは無理かも。
 そんな気楽な考えで、ヘッドギアを外そうとして――――途端に恐怖した。

 ヘッドギアをしていない。

 ついさっきまでしていたはずのヘッドギアは、今では影も形も無く、代わりに人間にはありえない長い耳の感触があった。
 手にしっかり持っていた筈のゲームパッドも消え失せ、座っていた筈の椅子の感触すら無くなっている。
 やがてゆっくりと視力が回復する。
 目の前には、ブラックアウトする直前まで見ていた深い森が広がっていた。
 だがそこには、以前とは違う圧倒的な存在感があった。
 ほのかに香る草木の匂いと暖かな日差しの感触、頬にはそよぐ風の流れを感じる。
 どれもありえない事の筈なのに、自分の中にある何かがそれを当然と受け止めていた。
 そう、これは当たり前な事だと何故か納得している自分がいた。
 そしてそれが、パニックを起こしても不思議ではない状況にあって、冷静さを保っていられる理由でもあった。
 
 「シニス? 気がついたのか? 大丈夫か?」

 呼ばれて振り向くと、犬丸が心配そうな顔でこちらを覗き込んでくる。

 心配そうな顔? 

 おかしい、このゲームにあんな表情は用意されてないはず、そもそもあんな豊かな表情や行動は、エモーションコマンドやアクションコマンドによる操作の範疇を超えている。
 そうか夢だ、きっと寝落ちして夢を見ているに違いない。
 シニスが全ては夢として、現実逃避を始めそうになったところを、犬丸が肩を掴みはっきりした口調で引き戻す。

 「大丈夫だ、落ち着け、落ち着いてゆっくり思い出すんだ、何でこんな事になってるか判っているはずだから、大丈夫、何も危険は無い、とにかく落ち着いてよく思い出せ」

 そんなわけないだろうと言いかけた口が止まる、そう、犬丸の言うとおり覚えていた。
 いや、覚えていると言うのは正確ではない、これはそもそも記憶ではない、情報と呼ぶべきだろう、まるでブラクラを踏んで画面をウィンドウが埋め尽くしていくような感覚で、脳内に情報があふれ出す。
 基本情報とその補足が、ハイパーテキスト、ハイパーリンクで繋っているかのように関連付けられた情報として体系的に表示され、まるで木が枝を広げるようにに多数の情報が展開していく。
 だが、その情報は所々文字化けしたかのように意味不明の部分があり、理解できな部分も多い。
 それは恐らく、その情報を理解するだけの土台がこちらにないからだろう。
 海を知らない人間に海の話をしても、具体的にイメージ出来ないのと似たようなものだ。
  
 「よく判らないと思うが、自分の中にある妙な情報は連中からのメッセージみたいな物だ、とりあえず連中はこちらに敵意や悪意は無いらしい、お前はともかくまず落ち着くことだ」

 犬丸がゆっくりと諭すように言ってくる。
 処理能力を超えた情報の嵐に翻弄されながら、シニスは最も知りたい疑問を口にする。

 「一体どうなってるんだ?それに連中って何なんだよ」

 そう言った途端、新しい枝が分かれ、それに関する情報が脳内にあふれ出す。
 脳内で生まれた情報の木は、もはや大木と呼ぶ大きさに成長し、シニスの中にがっちり根を下ろし枝葉を広げていた。
 そこから得られる情報が、シニスが思い浮かべた疑問に次々と回答を示し、それにより何とか現状の把握が可能になる。
 
 「理解できたか? わからない部分も多いと思うが、お前より先に目が覚めた奴らとチャットで色々話して、とりあえず皆の情報をつなぎ合わせて、恐らくこうだろうと言う見解が出ている。 暫定的な物だけど、およその所はあってるだろうと言う事で、ワールド内で大まかな同意も取れてるが、説明は皆が目を覚ましてからだ、何度も同じことを話すのは面倒だからな」

 言われて辺りを見回すと、すぐそばで残月がやはり気がついたばかりらしいNonkoを落ち着かせている所だった。
 グレンはぼーっと立っているだけに見えるが、恐らくチャット中なのだろう、まるでキーボードをタイプしているように何も無い空間で指が動いている。
 カオスゲートオンラインの文字チャットは、通常のキーボード入力と、視線入力を利用したソフトキーボードの2つがあったが、今グレンが使っているのはそのどちらでもなく、バーチャルキーボードとでも呼ぶべき仮想のキーボードを指でタイプするものだ。
 そんなシステムは存在しなかったはずなのに、グレンは当たり前のように使いこなしている。
 それも先ほどの情報の恩恵なのだろう、とりあえず基本操作的な物は、皆が当然のように理解しているらしい。

 やがてディーガンが目を覚まし、全員がひとまず落ち着いた所で残月が皆を集め状況の説明を始める。

 「さて、皆さん落ち着いたところで状況の説明をしたいと思います、これはチャット等でワールド内の人達と今分かっている事を話し合い統合した結果で、群盲象を評すと言う言葉の通り、実はまったく的外れという可能性もありますが、とりあえずの指針にはなると思います」

 このパーティーの中では最初に覚醒したらしい残月と犬丸は、元からの理解度が高かった上、チャットなどでずいぶん情報収集をしていたらしい。
 グレンも独自にチャットで情報収集に励んだ結果、ある程度現状を理解しているようで落ち着いている。
 シニスとディーガンはとりあえず落ち着いてはいるものの、まだ現状を理解しておらず、不安の色は濃い。
 そしてNonkoはまだ少々挙動不審だ。

 「まず俺たちは今ゲームの中にいる、と言ってもゲームの中という言い方は正確ではない、ゲームを元に構成された世界、とでも思ってくれ、ゲームのままでない部分もあるからな、ログアウト機能が消えてるのもその一つだし、特に重要なのはリスポーンが出来ないから注意という事だ、他にはグレンが使っていたようにチャットなどにも変更があるが、こういった物の使い方は皆判っているはずだ」

 どやら一番状況を理解しているらしい犬丸が説明を始める。
 と、Nonkoがあわてて聞き返す。

 「待ってくれ、リスポーン出来ない?」

 リスポーンとはゲーム中死亡した場合、デスペナルティと引き換えに設定されたスタート地点で復活できるというシステムだ、これがあるおかげで、ゲーム中敵に殺されたとしても、安全地帯での復帰が可能だった。
 
 「リスポーンが効かないと言う事は、死んだらそれまでって事か?」
 「いや、HPを0にされて死んだとしても、それは身動きもアイテム使用も出来ない状態になるだけで、死ぬわけじゃない、ただリスポーンによる自力救済が出来ないだけだ、リザレクションなどをかけてもらえば復活できる」
 「何でそんなことが判る?」

 はっきり言い切る犬丸にNonkoが疑問をぶつける。

 「実際俺が残月のリザレクションで生き返ってるからだよ、チャットでも同様の報告はたくさんあるしな」
 「っておい、犬丸死んだのか?」

 グエンが驚いた声を上げる。

 「ああ、目が覚める前にmobにぶっ殺されてたらしい、起きたらいきなり死体だったよ、だがリスポーンが出来ないだけで、今までのゲームと同じようにチャットは可能だから、死んでも助けは呼べる。 実際今もチャットで助け求めてる連中はいっぱいいるしな、とりあえず皆が起きて状況が把握できたら救援に行こうという事で、俺と残月は意見が一致してる。 強制はしないができれば皆にも手伝って欲しい」

 その言葉に皆は素直にはうなずけなかった。
 困っている他人を助けるのはやぶさかではないが、それはまず現状を理解し、自分達の身の安全を確保してからだ。
 犬丸もそれはわかっているのか、気にした風もなく説明を続ける。

 「で、俺達がこんな状況に陥った理由だが、どうも連中のSETIに引っかかったらしい。 最も連中は地球人じゃないから、SETIと言うのも語弊があるが細かい事は良いだろ、とにかく連中は俺たちを発見し、コンタクトをとろうとしてこう言う事態を招いた、つまり異星人にアブダクションされた様なもんだ、と言ってもあいつら異星人ってわけでも無いけどな」

 何やらワクワクした様子の犬丸。
 もしかして犬丸は、矢追とかが好きな人種だったのだろうか?
 そういった嗜好が情報の理解度を助けていると思えば頼もしくもあるが、趣味に引っ張られてゆがんでいる可能性もあり不安が残る。

 「SETIってなに?」

 ディーガンが問い、皆の視線も犬丸に集中する。

 「SETIっていうのは、Search for Extra-Terrestrial Intelligenceの略で、地球外知的生命体探査の事だ。 ボイジャーに金のレコード積んで宇宙に打ち出したり、オズマ計画なんてのでは、電波でメッセージを宇宙に向けて発信したりしたし、今も電波天文台とかが、宇宙からの有意信号が無いか探してたりするそうだが、いまだ宇宙人発見や接触の報告は無い。 嬉しいかどうかは別として、俺達は異種知的生命体とのファーストコンタクトの場に居ると言うわけだ」

 犬丸の説明を聞いてなんとなくわかったのか、

 「2001年宇宙の旅か」
 「未知との遭遇なわけね」
 「スタートレックだな」

 グレン、残月、シニスが、3者3様の感想を述べる。

 「なにそれ?」
 「さぁ・・・・・・」

 世代の差か趣味の差か、ディーガンとNonkoはついていけずに首をかしげていた。

 「で、俺達をこんな目に合わせた奴らはいったいどこにいるんだ? まさか攫っといてほうりっぱなしなんて訳じゃないよね?」
 
 Nonkoの言葉に残月と犬丸は顔を見合わせる。
 
 「それなんですが、今皆の中にある情報、これが連中の言葉か何かのようです。 皆さんが起きる前、私と犬丸さんだけが起きていた時に何度か情報の更新があり、それを受け取った人達とチャットで色々話し合った結果、それが相手のコミュニケーション方法じゃないかと言う事でほぼ意見が一致しました、こちらから何らかの返事が出来ないかと色々試した人も居たようですが、今の所有効な手段は発見されて無いようです」

 スタートレックでは万能翻訳機で、未知との遭遇では光と音で、異星人とコミュニケーションが取れていたが、こちらはそう簡単な話ではないようだ。
 常識はおろか、生命体としての形態や概念さえ違うのだから、当然といえば当然だろう。

 「なるほど、映像や音声までついた情報の塊をやり取りするのが相手のコミュニケーション手段なわけか、SF小説とかに出てくるテレパシーってこう言う感じなのかもな、こちらからはメールとかで対応出来そうな気もするが、そもそもあて先不明ではどうしようも無いし」
 「って、グレン映像や音までついてるのか?」

 グレンの発言にNonkoが驚いた声を上げる。
 どうやら受け取った情報の理解度には個人差がかなりあるようで、映像や音、味覚や嗅覚、触覚などの感覚はおろか、喜怒哀楽といった感情すら感じるものまで居るらしく、それによれば彼らは、我々を発見、接触できた事を喜び、有効なコミュニケーション手段を確立できない事を悲しんでいるらしい。
 もっともそれが正しい理解であると言う保障は無い上、こちらからは相手の姿すら見えない状態では、ドコに話しかけて良いかすら分からない。

 「ま、犬丸が実はUFOオタクだったと言う落ちがついた所で、現状の把握は皆大体ついたかな?」
 「誰がUFOオタクだ!天文少年だっただけだ」

 グレンの言葉に皆が曖昧に頷く中、犬丸が食って掛かる。
 じゃれあう子犬のような二人をよそに、皆自分の中での情報の再整理が進む。
 この説明により、文字化けしたように理解できなかった部分が多少理解出来るようになり、現状の把握は確かに進んでいた。

 「二人ともそう揉めないで、宇宙にロマンを感じるなんてのは、男として当然の事だろう」

 そしてとりあえず出来うる範囲での現状把握を終了したシニスが、仲裁しようと声をかける。
 と、犬丸とグレンが同時に叫んだ。

 「トレッキーは黙ってろ!」
 「誰がトレッキーだ!」

 子犬は3匹に増えた。
 最もこんなじゃれ合いは、現状の不安を誤魔化すためのポーズに過ぎない。
 皆もそれはわかっているのか、特に止めるでもなくそれぞれが互いに情報交換したり考え込んだりしていた。

 「で、俺達元に戻れるのか?」
 
 少し落ち着いた所で、Nonkoが犬丸に皆が一番知りたがっていた事を聞いてくる。

 「わからない、だが俺が起きてからもうずいぶん時間が経って居るが、これがゲーム内時間だとすると、現実では30分も過ぎてない事になる、もし現実の体が意識不明とかになっていたとしても、すぐに生き死にがとか、家族等に発見されて大騒ぎという事にはなっていないと思う」

 ゲーム内の時間と現実の時間はリンクしていない、現実の1分でゲーム内ではほぼ1時間が経過する。
 この世界の時間の流れががゲーム内時間であれば、現実ではまだほんの数分しかたっていない可能性もある。

 「でもこのままだったら、いずれそう言う事態になるんじゃない?病院とかに運ばれたら当然ゲームしてられるわけ無いよね?」

 ディーガンの不安ももっともだ、当たり前だがヘッドギアをつけたゲーム中の人間が倒れたりしたら、普通は光過敏性あたりを疑う、異種知的生命体によって精神をゲーム世界に閉じ込められたなんて突飛な考えを持つ奴は居ない。
 そして、今唐突にゲームを終了させられたらどうなるか、もしかしたらゲームとの接触が絶たれる事で現実に帰れるかもしれないが、逆に現実への帰還手段を失うかもしれない、下手をすれば現実世界での救命行為そのものが死の引き金になるかもしれないのだ。

 「そのあたりの事も踏まえて、今ゲート組の連中が中心となって、相手との接触や行動不能者の救助を進めている、実際手の出しようの無い現実の事についてあれこれ悩んでも仕方ない、心配なのはどうしようもも無いが、まず目の前の問題から片付けていくべきだ」

 犬丸の言うゲート組とは、カオスゲート攻略を目的としたギルドやプレイヤー達の通称だ。
 このゲームのタイトルにもなっているカオスゲートとは、このゲームの舞台であるバルディカ大陸に開いた、魔物達の住む異世界へ通じる門である。
 カオスゲートは、巣別れするように周囲にダンジョンを形成、ダンジョンの周囲を魔物の勢力下へと変え、また、生み出されたダンジョンはフェイズ1から現実時間で1週間ごとに進化していき、フェイズ4になった時点で新たなダンジョンを周囲に形成、最終的にはフェイズ6となる。
 フェイズ1フェイズ2ダンジョンは初心者パーティ向け、上級者ならソロでのクリアも可能、フェイズ3フェイズ4はパーティー推奨、上級者によるソロクリアも不可能ではないが、時間と労力を考えると割に合わないのでやる者はほとんど居ない、そしてフェイズ5フェイズ6ダンジョンは複数パーティー推奨、ソロでの攻略は自殺と同義とされている。
 これらのダンジョンを踏破し、カオスゲートダンジョンを突破、ゲートキーパーと呼ばれるオブシディアン・トータス、サファイア・ドラゴン、ルビー・フェニックス、アイヴォリー・タイガーを撃破、最後にカオスゲートの主であるカオスドラゴン・ティアマトを倒す事がこのゲームの目的の一つでもある。
 もっとも、カオスゲートを攻略したからと言ってゲームが終わるわけではない。
 mob等からのドロップ率の上昇、スキルアップ確率の上昇等のご褒美期間が1週間あり、その後フィールドのどこかに新たなカオスゲートが開く事になる。
 そしてこのゲート攻略は、単独のパーティーやギルドでどうこう出来る物ではない、最低でも数百人規模のプレイヤーの協力が必要なのだ。
 だが、スキル上げのために高レベルの敵と戦いたい者、各ゲートキーパーやティアマトが落とす貴重なアイテム狙いの者、戦闘職を支援するために様々な補給物資を持ち込む生産職、ゲート戦自体を楽しむ者から果ては単なる野次馬まで、ゲート戦に参加する者は多い。
 そう言った雑多なプレイヤーの集まりをまとめ上げ、ある程度の秩序を維持して、効率的にカオスゲートをクリアしようと活動しているのが、ゲート組と呼ばれるプレイヤー達である。
 彼らがしているのは、ゲートの位置の特定や、そこへ至る道の確保、補給の手はず、ゲートダンジョンの攻略等の事前準備、そしてゲートキーパー戦やティアマト戦での指揮だ。
 指揮と言っても、攻撃や防御、一時撤退のタイミングを計ったり、敵の状態や攻撃法に応じて、有効な攻撃法や防御法への切り替えを即す程度だが、これの良し悪しが勝敗を分ける要でもあり、優秀な指揮官は皆から一定の敬意を払われている。
 また、各プレイヤーやギルド間での意見の調整、揉め事の処理などもしているため、ゲート組は顔が広くそれなりの信頼もあり、ゲート戦と関係の無いユーザーイベントなどでも、仕切りの助っ人を頼まれる事もある。
 そういった今までの経験と実績が、今の混乱した状態で情報をまとめたり、救援要請を受け付けたり、余力のあるプレイヤー達に救助を依頼したりするまとめ役として機能しているのだろう。

 「で、仕切ってるのはゲート組のどこ?」
 「メイドさんとこ」

 Nonkoの問に犬丸が答える。
 メイドさんとは、メイド派遣協会というギルドの通称で、全員メイド服着たメイドキャラと言うネタキャラ的な半生産系のギルドだが、交渉や仕切りが上手いので、イベントなどの中心ギルドとしての信頼は厚い。
 また全員そろいのメイド服というスタイルも、仕切りをしている者がどこに居るか良く判ると言う理由で、それなりに好評でもあった。

 「それでメイドさんの方からは、さっきのトレントの所で行動不能になったパーティーが居るので、保護を頼みたいという要望が来てます、近くにトレントを倒せる戦力を持ち、リザレクションが可能なパーティーは私たちだけだそうで、できれば協力して欲しいとのことです、そして私は出来る限り協力しようと思っています」

 残月が断固とした口調で言う。
 先ほどは圧勝したが、基本的にトレントは与し易い相手ではない。 
 弱かったりパーティー構成が噛み合ってなかったりすれば、一方的に蹂躙されてもおかしくないのだ。
 また、リザレクションは高レベルの魔法であり、誰もが使えるというわけではない。
 この混乱状態の中、トレントを撃破でき、プレイヤーの復活も可能なパーティーが近くに居るというのは、僥倖と言って良いだろう。
 しかし、こんな異常事態に直面し、いまだ現状の把握すら不完全な状態で、いつものゲームのつもりで行動すればどんな危険があるかわからない。
 だが、いつまでもここで話をしていた所で、状況の改善には何の役にもたたなさそうな事も確かだ。
 
 「メイドさんの所なら無茶は言わないだろうし、いいよ」
 
 そう言ってまずディーガンが立ち上がる。

 「それに何かしていた方が気がまぎれる」

 それにグレンが続く。
  
 「そうだね、ここでうだうだ考えてるよりがその方がいい」

 Nonkoも腰を上げる。 

 「シニスは?」

 操作法を覚えようとする初心者のように剣を振っていたシニスに、残月が問いかける。
 一通りの動作を試して、操作を確認し終えたシニスが答える。

 「行くなら早く行こう」
  
 それ聞いた犬丸が、にやりと笑って言った。

 「決まりだ」



[11883] 【習作】 カオスゲートオンライン 第4話
Name: 南◆e65b501e ID:0d46516c
Date: 2009/10/09 23:36

 「悪い、少し休ませてくれ」

 そう言ってシニスは、床の上に大の字になって倒れこんだ。
 立膝になっている右足は、太ももの付け根近くまでスカートが捲くれ上がりひどく扇情的だが、そんな事に気を使う余裕は無かった。
 手足から力が抜け、握り締めていた剣が床に転がるのをただ見ていた。
 休息状態に入ったためスタミナの回復が早くなり、それが心地よい暖かさとなって全身に染み渡っていく。 
 背中に感じる大理石の冷たさが、徐々に思考をクリアにしていき、シニスに何があったかを思い返す余裕を与える。

 この世界はゲームとは違う。
 知識としては解っていたつもりだったそれが、実際にどういう意味をもつのか、シニス達は誰一人としてそれを理解していなかった。
 そう、あの時、目を覚ました瞬間感じたのは、日差しの温かさや風のそよぎ、この世界には現実と変わらぬ感覚があったのだ。
 だからそれもあって当たり前だし無い方がおかしい、そんな事に誰も気がつかなかった。

 すなわち、殴られれば当然痛いと言うことに。

 シニス達が行動不能者の元へ駆けつけた時、そこには倒れ伏したプレイヤーと、周囲をうろつくトレントとゴブリンの群れがいた。
 周囲をうろつくゴブリンをNonkoの弓とグレンの魔法で始末し、シニスがトレントのタゲを取り攻撃を防いでいる間に、ディーガンと犬丸が斧で切り倒す。
 今までと同じにゲームだったなら、事前に立てたその作戦通り苦も無く倒せるはずだった。
 だが、これはもうただのゲームでは無かったのだ。
 トレントの、大きく振りかぶった一抱えほどもある太い枝での一撃。
 対するシニスのシールドガードのタイミングは完璧で、今まで通りなら何の問題も無いはずだった。
 唯一つ今までと違っていたのは、攻撃に痛みが付随していたことだった。
 攻撃を受けた瞬間、シニスの頭は真っ白になった。
 全身を貫く鋭い痛み、HPを削られた事による貧血にも似た脱力感、それらが一体となった痺れる様な痛みが、シニスから正常な判断力を奪っていた。
 気がついた時は、無防備に2発目を喰らい、地面に叩き伏せられた後だった。
 パーティーメンバーの声はまるで耳に入らなかった。
 混乱したシニスの視界に、トレントが再び枝を振りかぶるのが映る。
 すぐさま立ち上がり、ただただガードした。
 叫び声が口を突いて溢れ出したが、自分が何を叫んでいるのかも判らなかった。
 戦闘が終わった時には、スキルを連打したおかげでスタミナをほぼ使い切り、立っているのもやっとな有様だった。
 その後、倒れている行動不能者達を残月が回復、ゲートストーンで共にリンドグラムへと帰還し、救護施設として機能している大聖堂で、とりあえずの待機所として与えられた一室に入ったとたん、シニスは床に倒れ込んだのだった。
 
 「すまない、まさか痛みがあるなんて思いもしなかった」
 
 倒れたまま動かないシニスに、犬丸が声をかける。
 視線があさっての方向を向いているのは、今のシニスを直視するのは少々都合が悪いからだろう。

 「いや、それに気がつかなかったのは俺だって同じだ、誰かを責めるような話じゃない」

 シニスは、そんな犬丸の様子に気付く事無く、窓の外に広がる青空を見ながら答える。
 その、天候エフェクトでは到底成し得ない高い空と、吸い込まれそうなほどの深い蒼、ゆったりと流れる雲の様子が、シニスの心を落ち着かせていく。

 「それよりそっちもダメージ喰らってたろ?大丈夫だったか?」
 
 先の戦闘で、シニスがパニックを起こしたため連携が乱れ、ゴブリン達の接近を許してしまったのだ。
 最も、ゴブリン程度では大した被害も無く、すぐ排除できたのは幸いだったが、皆多少のダメージは負っていた。

 「あ、こっちは大丈夫、大したダメージじゃなかったし」

 慌てたようにディーガンが言う。
 どうやら痛みは、ダメージ量に比例するらしい。
 一撃でHPの半分以上を持っていかれるような大ダメージを受けたシニスと違い、ダメージが二桁に行くか行かないか位だった皆の受けた痛みは、せいぜいドッジボールを軽くぶつけられた程度だったようだ。
 一方のシニスはというと、攻撃を喰らった瞬間頭に浮かんだのは、かつて硬式野球のデッドボールを受けた時の痛みだった。
 最もその時とは違い、痛みは一瞬で後を引かないし、内出血やら骨折やらの心配も無いのだから、同じというには少々語弊があるだろう。
 そもそもデッドボールの時は、当たった場所に穴が開いたかと思うような痛みがその後もしばらく継続し、その場でのた打ち回るほどの物だったが、これはそういった物では無かった。
 体の芯から全身に衝撃のように痛みが走り抜け、それで終わり。
 痛みが後を引く事も無く、次の瞬間にはまるでさっきの痛みが幻だったかのような錯覚すら覚え、それがパニックを引き起こした一因でもあった。

 そんな話をしていると、救護活動などを取り仕切っているメイドさん達との話を終えた残月が、戻って来て皆に現状を報告をする。

 「皆さんお疲れ様、さっきメールが来まして、カナメと兵庫助は無事王都についたそうです。ドリアは別キャラでインしてたみたいですが、こちらも王都でカナメ達と合流、一緒にいるとの事で、うちのギルド員でインしてたと確認できる者は一応全員無事だそうです」

 シニス達のギルドEXPLORERは、総勢43名の中規模ギルドだが、同一プレイヤーによる複数キャラ登録や、ほぼ引退状態の幽霊ギルド員を除けば、その実働メンバーは14人前後。この日インしていたギルドメンバーは名簿上では8名、別キャラでインしていた者が1名で、シニスたちとは別行動をとっていた3人は、この日王都アルフレニア方面で活動していたのだ。
 
 「それで、あちらも大変なので、しばらく王都で色々手伝いをするとの事です」

 とりあえず、ギルドメンバーの安否が確認できほっとした雰囲気になる。
 また、皆の個人的なフレンドも、それぞれメールで安否を確認してはいるが、今の所緊急事態に陥ってるものはいないようだ。

 「手伝いって言っても、あいつらたいして戦闘力無いだろ?何してるんだ?」

 と、Nonkoが疑問を口にする。
 ドリアの別キャラは知らないが、カナメも兵庫助も基本的に生産職で、戦闘はあまり得意ではないはずなのだ。

 「色々だそうです、救助者のケアやら、アイテムの受け渡しやトラブルの仲裁やら、戦闘とかスキルとか関係無い仕事もたくさんありますから」
 「そう言えばこっちでもそう言う事してる奴たくさんいるしな」

 残月の言葉にグレンがうなずいた。
 確かにリンドグラムの救助活動の本部となっているこの大聖堂でも、先ほど救助した連中を預けた時などに、同じような事をしているらしいPC達がせわしなく走り回っていた。

 「そして現在、自力で町まで戻れるようなPCは、ほぼ全員街への帰還を果たせたようで、後は死亡するなどして自力での行動が不能な者か、ゲートストーンを所持しておらず、道中の安全を確保できない者が救助を待っている状態です」

 ゲートストーンは、登録してあるホームポイントに直ちに帰還できる便利なアイテムではあるが、使い捨てな上に、単なる移動に使うにはコストパフォーマンスが悪いという微妙な価格であり、ダンジョンなどからの緊急脱出など非常用のアイテムという認識が強く、普段持ち歩かない者も多い。
 そのため、いざとなれば死に戻りでいいやと考えていたPC達が、帰路を確保できずに立ち往生しているらしいのだ。

 「そこで、これからの事ですが、皆さんどうします?」
 「どうするって、何が?」
 
 当然このままパーティーで活動を続けると思っていたNonkoが、残月に聞き返す。

 「私も最初はこれはゲームの延長だと思ってました、でもさっきの戦闘で、ここがただのゲームの延長ではなく、戦闘にはそれなりのリスクが付くという事が分かった訳です、私はこのパーティーのリーダーをさせてもらってますが、それはあくまでゲーム上の話、今はもうとてもゲームと言える状態じゃありませんし、みんなに戦闘を強いる権利もありません」

 残月はそこでいったん口を閉じ、皆を見回した。
 皆も真剣な顔で、残月の次の言葉を待っている。

 「私はこの先も、行動不能になっている人達を助けたいと思っています。ですが、それを皆に強制することは出来ません、特に前衛は負担が大きい訳ですし。ですからここで一度パーティーを解散しようと思います」

 同時に、皆のネーム表示から、パーティー状態を示すシンボルが消える、パーティーリーダーである残月がパーティーを解散したのだ。
  
 「これから先、リスクを負ってでも私と行動を共にしてくれる方はここに残ってください、そうでない方はギルドハウスの方で待機するなり、ここで本部の手伝いをするなり、王都の方へ跳んでカナメ達と合流するなりしていてください、近況や情報はギルドチャットで流しますから、別れても状況の把握はできるよう努力します」

 残月の話が終わった後、皆黙って残月を見つめた、残月も目をそらすことなく皆を見返す。
 
 「と、言う事だそうだが、皆はどうする?俺は続けるつもりだが」

 犬丸が最初に口火を切る。 
 
 「さっきも言ったが、人助けでもしてたほうが気がまぎれる、」

 グレンが言い、Nonko、ディーガンもそれに頷く。

 「そうそう、今更仲間はずれは無しだ」 

 最後にシニスがそう言って腕を宙に突き上げるが、倒れたままなので妙に間抜けだ。

 「でもシニスはそんなふうに倒れる位なんだから、無理して来ない方が良いんじゃない?」

 ディーガンがシニスを労わる様に言う。
 口でいくら大丈夫と言われても、実際床にへたり込んでいられては説得力が無い。
 皆もそう考えているのか、ディーガンに同意するようにシニスを見つめる。
 そもそも残月がこんな事を言い出したのは、シニスが倒れたからという部分が大きい。
 しかし、そんな事には露ほども気づかず、あっけらかんとしてシニスが言った。

 「あ、これは痛かったからとかじゃなくて、単なるスタミナ切れ、皆も気をつけたほうがいいよ、スタミナ切らすと立ってられないぐらいへとへとになるから」
 
 その言葉に、皆の表情がが微妙に歪む。

 「……つまり何?痛みを受けたショックとかそういうのじゃなしに、単に疲れてぶっ倒れてただけ?」

 何かに裏切られたような声でNonkoが確認し、他の者も、皆一様に呆然とした表情になる。
 そんな皆の変化に気づかず、シニスは言葉を続ける。

 「あ~まぁそう言う事、疲れて頭回らなかったんで、ゲームなんだからポーションとか魔法で回復出来るって事すっかり忘れてた」

 いや~間抜けだ~などと一人笑っているシニスの周りに皆が集まる、その顔はどれも能面のように無表情だ。
 そんな皆の様子を見てシニスが言った。

 「どったの?」

 その一言が引き金だった。

 「だったら最初からそう言え!」
 「いらん心配かけるな!」
 「何であなたはいつもそうなんですか!」
 「少しは空気読みなさい!」
 「ふざけんなこら!」

 皆が、寝転んでいるシニスにゲシゲシけりを入れる。
 あわてて体を丸めて庇ったが、いくら蹴られてもまるで痛くない、そもそも蹴られている感触すらほとんど無かった。
 ひとしきり蹴りを入れて皆も気が済んだらしい。

 「馬鹿はほっといて、全員参加って事で良いな、戦闘中とかにやっぱ止めますってのは無しだぞ」

 犬丸に言葉に、皆が頷いた。
 それを見た残月が深々と礼をするのを、グレンが手を振って止める。
 
 「礼は無し、別に残月に言われてやる訳じゃない、みんなやりたいからやるんだ、やりたい事をやろうってのはうちのギルドのモットーだろ」

 そう言って笑ったグレンにつられる様に、皆が顔をほころばせた。

 「で、本当にいいの?シニスはタンクだよ? ガンガン殴られることになるけど大丈夫なの?」

 再度ディーガンが聞いてくる。
 シニスはタンク、いわゆるパーティーの盾役だ、mobからの攻撃を一手に引き受け、他のパーティーメンバーへのダメージを減らし、またmobのタゲを自分に向けるさせる事で動きをコントロールする事が役目だ。
 戦闘で受けるダメージは他の者とは桁違いであり、それが痛みを伴うとなると、その負担は倍増する、心配するものが出るのも当然だ。

 「最初に殴られた時は、驚いたしパニクったりもしたけど、そう言う物だと分かっていればどうって事は無い、それにうちのパーティーは、他にタンク出来る奴居ないし」

 タンクは盾役だから、ただ防御していれば良いと言う物ではない。
 タゲを確実に保持し、mobがあちこちうろうろしないよう固定して、味方が攻撃しやすい状態を作り出したり、防御の薄い後衛に強力な攻撃が行かないよう庇ったりるには、それなりに慣れと技術がいる。 
 そしてこのパーティーでタンクの経験があるのは、シニスの他には犬丸とグレンの二人だけ。
 もっともどちらもタンクは別キャラで、タンク役を交代しようにも、後衛職であるウイザードのグレンは論外な上、剣豪である犬丸も、前衛職とはいえ敏捷度と攻撃力重視でタンク向きのキャラ構成ではなく、HP・防御力共にパラディンであるシニスに大きく劣る。
 かろうじてディーガンがHPで肩を並べはするが、防御力ではやはり大きく劣り、何よりタンクの経験はまるで無い。
 それに、たとえ交代したところで、誰かが殴られ役になる事に変わりは無く、根本的な解決にはならない。 
 
「大丈夫、痛いって言ってもあんなもんはあれだ、雪合戦の雪だまの中に硬い玉が混じってるようなものだ、痛さなら歯医者のドリルの方がよっぽど痛いし、そもそも痛いからって泣いて逃げては漢が廃る」

 皆が心配しないよう、努めて軽く言う。

 「いや、お前今女だし」

 犬丸がすかさず突っ込む。

 「やかましい!キャラは女でも魂が漢なんだからいいんだ!」
 「魂は漢でも今は体は女だということをもう少し自覚した方がいい、さっきから犬丸やNonkoが目のやり場に困ってる」

 グレンに言われて今の姿に初めて気がつく。
 先ほど蹴られて転がったりしたので、スカートが盛大に捲れたりしていたのだが、こう言う物は言われても反応に困る。
 そもそもこの体はゲームのアバターなのだから、見られてもどうということは無い気がするが、かといって恥ずかしさがまるで無いかと言うとそうでも無い。
 結局無視して普通に立つ事で誤魔化すことに決める。
 と、残月が、起き上がろうとしたシニスに手を差し出す。
 礼を言って手を借り起き上がったが、残月はその手を離さない、手を握ったまま何か考え込んでいる。
 
 「……なにか?」
 「どう?感触ある?」

 と言われて気がつく。
 確かに手を握られた感触がある。 そんなことは当たり前だと思って気にも留め無かったから気がつかなかったが、相手に触った感触があると言うのは大きな驚きだ。

 「じゃこれは?」
 
  何を思ったか、突然残月がシニスのわき腹をさわさわと撫でる。

 「なっ!何するんですかいきなり!」

 驚いたシニスが、両脇を押さえながら叫ぶ。

 「いや、くすぐったりしたらどうなるかと思ったんだけど――――くすぐったかった?」

 脇に手を当てられて驚きはしたが、くすぐったくは無かった、何か物が当たっている感覚はあったが、間に分厚いゴムの壁でもあるような、あいまいな感覚で伝わってきたのだ。

 「実はこっちも手と違って脇の方は触った感触が変だった、まるでガラスの壁触ってるみたいで、さっきシニス蹴りつけた時もそうだったし、基本的に他人との接触は制限されてるみたいなのに何で手だけ普通に触れるんだろ? ……ちょっとPvP設定オンにしてみてくれる?」

 残月に言われるままにシステム画面を呼び出し、PvP設定、すなわちプレイヤー同士の戦闘の可否設定をオンにする。
 途端、尻をなで上げる妙な感触に悲鳴を上げる。
  
 「うわぁぁぁぁ~~~~!」

 驚いて飛び退くと、そこには両手をにぎにぎさせている犬丸が居た。

 「なるほど、PvP設定がオン同士なら触れるわけか、」
 「い、犬丸!貴様何を!」

 言いかけた所で再び脇の辺りに妙な感触を感じる、見ると残月が脇に手を這わせていた。

 「PvPオフのままだとPvPオンの相手を触っても変化ありませんねぇ、シニスさんの反応から見てそちらも同じみたいですし」
 
 確かに先ほど触られた時と感触が変わらない、他者への接触はPvP設定で制御されているようで、オフにしておけば他人に攻撃を受けたり触られたりする事も無くなるようだ。
 そのまま残月があちこち触って確かめた結果、PvPオフの状態では手ぐらいしか感触が無いということが分かる。
 グレンが、手だけ触れ合えるのは、アクションコマンドの中に握手があるからではないかという推測を立てる。
 推測でしかないとは言え、理由として納得できないでもない。

 「では次はPvPがオン同士でチェックだ」

 と言いながら、続いて触ろうとしてきた犬丸を蹴り飛ばす。
 PvP設定がオン同士なのでまともに攻撃が入るが、シニスは格闘スキルを取っていないので大したダメージにはならない。

 「何をするんだ、これは純粋に調査目的で」
 「やかましい!お前は目的がよこしまだから駄目だ!」
 「しかたないだろう!、目の前に生エルフが居るんだか――」

 開き直った犬丸が最後まで言い切る事無く、PvPをオンにしたディーガンの斧の一撃を受け轟沈する。

 「PvPオン同士なら痛みもあるみたいですね、調査はこれで十分でしょう、何ならもう2・3発いきますか?」
 
 通常アタックとは言え、大ダメージを誇る鈍器系、それも背後からの攻撃によるダメージボーナス効果とあいまってかなりのダメージが入り、痛みもそれに応じたものとなったようだ。

 「いたた、いや、もう十分。なるほど、大ダメージだとこれくらいの痛みな訳か、確かにいきなり喰らえば驚くなこれは」

 犬丸が頭を振って起き上がりつつそんな感想を述べる。
 とりあえずプレイヤー間の攻撃や接触はPvP設定を切っておけば防げると言う事が分かったのは朗報だ、これならプレイヤー同士のいざこざで死亡するものが出る事も無いし、女性アバターに無理やり不埒な振る舞いをする事も不可能だ。
 ただでさえ混乱した状況の中、無用なトラブルの種は少ない方がいい。

 元々PvP設定はデフォルトではオフな上、対人イベントでもない限りオンにする者はあまり居ない、何せオンにしていた所で、無駄にPKつまりプレイヤーキラーと呼ばれるプレイヤー同士の殺傷行為に巻き込まれる危険性が増すだけでなく、下手したら味方の範囲攻撃や魔法でダメージを負うと言う間抜けな事にもなりかねないからだ。
 こうして判明したPvP設定に関する報告を、メールでメイドさん達のほうに上げる。
 しばらくして全体チャットで、PvP設定をオフにしておくようアナウンスが流れる。
 と同時に、ノックの音と共にドアが開き、一見子供のようなホビットのメイドさんが一人顔を出した。

 「すいません、クラリカの森の蜘蛛狩り場でmobに囲まれて身動き取れない人が出てるんで、救出お願いできますか?」
 「おう、任せろ」

 犬丸が即答し、皆がうなずく。

 「助かります、チャットルームのナンバーはC-408で、キーはa5d9です、詳しい事は直接本人に聞いてください、ではよろしく」

 そう言って、ぺこりと頭を下げると、ドアの外へと消える。
 早速残月が言われたチャット部屋に入室し、詳しい状況を聞きだし始める。
 どうやら蜘蛛がドロップするスパイダーシルクを採りに行ったのだが、気を失っている間に大量の蜘蛛に囲まれてどうしようもなくなったらしい、今は持っていたインビジブルポーションの効果で透明化してやり過ごしているが、この薬は動くと効果が切れるので逃げる事も出来ず、にっちもさっちも行かなくなったという事だ。

 「蜘蛛狩りなんて久しぶりだなぁ」

 何気ない犬丸の言葉に、ディーガンが答える。

 「私はカナメに付き合ってちょくちょくやってるよ」

 ベルセルクであるディーガンは、多数相手の戦闘を得意とし、多彩な範囲攻撃技を持つ。
蜘蛛狩りなどはお手の物だろう。
 逆に、剣豪の犬丸やパラディンのシニスは、強力なボスモンスターなど、単体の敵と戦うことを得意とし、多数の雑魚を相手に戦うといった戦闘が苦手だ。

 「Nonkoは調子に乗って殺しすぎるなよ、バードイーターに湧かれちゃかなわん」

 グレンの言うバードイーターとは、蜘蛛を短時間に多数殺すと湧く一種のボスモンスターだ。
 シニス達なら負ける事は無いしドロップもおいしいのだが、今回のような別に用のある時に湧かれてはめんどくさい事この上ない。
  
 「わかってるよ、でもあれは半分運だから、湧いたからって俺に文句言われても困るぞ」

 アーチャーのNonkoも、ウイザードのグレンも、共に強力な範囲攻撃を持ち、蜘蛛がパーティーに近寄る前に殲滅することが出来るし、近寄られた所でディーガンが居る、そして万一バードイーターが湧いたとしても、犬丸とシニスで対処できる。。
 この仕事がシニス達に割り振られたのは、そう言ったパーティー戦力を吟味した上でのことだろう、メイドさん達の仕切りはたしかに上手い。 

 「あ~なんか24時間戦えそうな味がする―――けど確かに効くな、よしOK、こっちは準備完了」

 スタミナポーションを飲んで、スタミナを回復させたシニスが残月に声をかける。
 皆のネーム表示には、再びパーティー状態を示すシンボルが灯っていた。

 「ではいきましょう」

 そう言って残月はドアを開け、一歩踏み出した。
 
 




[11883] 【習作】 カオスゲートオンライン 第5話
Name: 南◆e65b501e ID:0d46516c
Date: 2009/10/27 00:53
 あれから一週間が過ぎた。
 もっともそれは、ゲーム内時間の話で、現実ではまだ3時間位しか過ぎていない可能性が高い。
 皆から集めた情報を検討した結果、アレが起こったのは夜の11時前後らしいと言う事は判っているので、現実での体が意識不明などになっていたとして、それを家族などが見つけて大騒ぎになるとしても、それは朝以降だろうと言うのが、大半の人間の意見だ。
  騒ぎが表面化するのを朝6時と仮定しても、夜の11時から約7時間、ゲーム世界では3週間近い時間がある。
 そういった時間的余裕と、mobとの戦闘さえしなければ、PvP設定で身の安全を守れると言う安心とで、皆一応の落ち着きを取り戻していた。
 と言ってもそれは表面的なもの、不平や不満、そして不安は皆の中に確実に蓄積されていっており、それはまるで、内圧を高めつつある休火山のようだ。
 これが噴出する前に、何らかの展望を見出す事こそが求められているのだが、現状これと言った物は無く、嵐の前の静けさの様な緊張感漂う穏やかさが街を満たしていた。 

 「お、美味そうだな、俺にも一本くれ」

 リンドグラムの大通りで、ベンチに腰掛けぼんやりと通りを眺めながら、串にさした大きめの焼き鳥のような物をかじっていたシニスに、通りがかった犬丸が声をかける。
 シニスはちらりと犬丸の方を見ると、インベントリからもう一本串焼きを取り出すと、犬丸にむけて差し出した。
 犬丸がそれを受け取ろうと手を伸ばした所で、ふと気がついて問いかける。

 「サンキュ、でこれ何?」
 「蛇肉」
 「・・・・・・」

 その答えを聞いた途端、犬丸の手がぴたりと止まり、世の終わりのような顔になる。

 「・・・・・・どったの?」

 そんな犬丸を不思議そうに眺めつつ、差し出した串焼きを軽く振る。
 じわじわと犬丸の手が後退し、大きなため息と共に心の底から哀願するような声で言った。
 
 「蛇を食うなよ・・・・・・」
 「前に買い溜めした分がまだ残ってるんだよ、いいじゃないか、トリシオみたいで美味いし」

 蛇肉をインベントリに戻し、代わりに鮎の塩焼きを一本取り出す。

 「ほら、これならどうだ?」
 「お、サンキュー」

 受け取ってがぶりと豪快に食いついた所で、またぴたりと動きが止まる。

 「どうした?」
 「鯵の塩焼きの味がする」
 「知るか」

 塩魚を齧りかけのまま、世にも情けない顔をした犬丸をそう切り捨てて、再び蛇肉を頬張る。
 蛇肉、正確には蛇焼肉と言うそれは、文字通り蛇系のmobからドロップした蛇の肉を、塩で焼いたものだ。
 蛇の肉は集めやすく、低スキルでも調理でき、重量も軽いためかさばらず、持ち運びに便利で、空腹度の回復量もそれなりにあったため、ゲームだった時は売れ筋の食べ物だった。
 このゲームでは、物を食わなければ満腹度が減っていき、半分を切ると、休息状態以外でのスタミナの自動回復が停止、3割を切ればスタミナの最大値が減少するペナルティーがある。
 ちなみに、飲み物の方は潤滑度で表され、これは魔力に関係している。
 だから、空腹状態にならないための手軽な食品として、蛇焼肉は定番の品だったのだ。
 だが、それはゲームだったからの話で、実際に喰うとなると話は違ってくる。
 確かにこれはゲームのアイテムとして作られた物であり、現実の蛇の肉とは違う、単に蛇型のmobからドロップしただけであり、現実の蛇とは何の関係も無い事は判っている。
 しかしいざ口にしようとすると、ギブアップするものが続出、蛇肉、鼠肉、犬肉など、効率重視の食品は主力商品の座を退く事となリ、代わりに、より高価で材料と手間はかかるが見慣れた食い物、うどんやピザ、カレーやすき焼きなど、かつて趣味品、高級品と言われていた物が飛ぶように売れている。
 何せ、食わないと腹が減るのだ、自分の腹具合を数値で見れるというのは、ある意味便利かもしれないが、空腹度が60%を切ると空腹感を感じ、10%を切ると激しい飢餓感を感じる。
 潤滑度に対する喉の渇きも同じで、故に食事は欠かせない要素となっている。
 そしてこのゲームでは、NPC売りされている食糧はほとんど無く、NPCから直接買える食料は、パンと水とミルク、後はいくつかの果物だけで、他は調理しないと使えない食材でしかない、ちなみにパンは、アイコンの図柄通りのコッペパンの味をしていた。
 また、光の魔法に、クリエイトフード、クリエイトウォーターという食料と飲み水を作る魔法があるが、これは乾パンと水しか出来ず、非常食以上のものではない。
 結果、料理スキルを持つ料理人が大活躍することになった。
 料理や醸造など食べ物関係のレシピは、追加要素としてお手軽だったためか、5年間の小規模アップデートのたびに様々な物が追加され、今ではかなりの数のレシピが存在し、何より料理人による味の変化すらある。
 たとえば、同じようにすき焼きを作ったとしても、料理人によって、関西風だったり関東風だったりするのだ。
 これは製作者の持つイメージが影響しているらしく、たまに鯵の味をした鮎なんて物も出来てしまうし、蛇焼肉やドラゴンの肉を使ったドラゴンステーキのような皆が味を知らないような物は、案外普通の鶏肉味やら牛肉味やらで落ち着いて、とんでもない味になったという物は今の所ほとんどない。
 もっとも、細かい理屈などは上手い飯が食えると言う現実の前には大して意味を持たず、理屈よりも実利優先、そもそもゲームの世界に取り込まれる事事態が異状なのだから、料理の味程度で一々驚いていられない、食生活が豊かになるのならそれで良いというのが大方の意見だ。
 だが、その豊かな食生活を維持するためには、先立つ物が必要なのは現実もココも同じ。
 手っ取り早く稼ぐ手段は簡単で、今まで通り狩をするればいいのだが、ココで問題なのが、全員が全員痛みを克服できたわけではないと言う事だった。
 そして、痛み以外でも死亡時のリスクを嫌った者、猛獣やモンスターの持つ圧倒的な迫力に恐れをなした者など、戦闘職や前線を離れる者も多く、とりあえずの金策として、今まであまり相手にされていなかった各種クエストや、リスクの少ない初心者用mob狩りがが大盛況となっていた。
 現に今もシニス達の目の前の大通りには、お使いクエスト途中の者達が走り回っているし、城門のすぐ外では蛇や鼠、狐や狸等、初心者用の弱いmonを狩る者達で溢れている。
 また、広大な農地や豊かな漁場を持つ王都アルフレニアでは、釣りを始める者達で釣りポイントは満員、農耕は農地は足りなくなり奪い合の様相を呈しているらしいし、鉱山都市ゼルガスでは鉱夫が大増員で、掘るべき鉱石が足らない有様だそうだ。
 だが、買う方はそれで良いとして、作る方の問題はむしろ増加している。
 何せ、複数のドロップ食材を必要とする料理の需要が突出しているのに、狩をするPCが激減したおかげで、食材の入手が入手が非常に困難になってしまっているのだ。
 それに加えて、キャラクターが固定されてしまった事による在庫不足の問題もある。
 このゲームでは1つのアカウントで3つまでキャラクターを作る事が出来る。
 そして、生産職は大量の素材や在庫を、同アカウントの別キャラクターを倉庫キャラクターとして、在庫や素材の預け先にしている者が多い。
 その為、キャラクターが固定され変更不可能な現状は、多くの生産職にとって倉庫キャラクターの持つ大量の素材や在庫を失った事により生産能力が激減していた。
 逆に、倉庫キャラでこの事態に巻き込まれ、抱えていた大量の在庫を放出してくれる者もいたため、多少は何とかなっていたが所詮焼け石に水、食材不足は徐々に深刻化している。

 「実際、食料の値上がりやら売り切れやらは増えてきたしな、食材調達にもっと力を入れないと、このままじゃコッペパンや乾パン食う羽目にになるぞ」
 「と言ってもなぁ、まぁ入手が厳しいのは一部の肉やら野菜で、皆って訳じゃないし、むしろ問題なのは計画的なな供給ルートの構築だろ」

 犬丸の指摘は最もだ。
 蛇焼肉の様な単純な料理と違い、今需要がある料理のほとんどは複数の素材が必要なのだが、この辺りで採れない物を買出しに他の街へ行っても、売っている場所が分からなかったり、逆に売り手が他の街へ行商に出かけた後で行き違いが起こったりと、上手く噛み合っていない事が多い。

 「それだよなぁ、あと、需要と供給のバランスが取れてないのが問題だよ、門前で狐とか狸とか狩ってる奴が、鹿あたりを狩れば結構違うんだけどなぁ」

 今、門前で大量に狩られている狐や狸は、毛皮がドロップ品で肉を落とさないのだ。
 同じような初級mobでもウサギは肉を落とすのだが、この辺りには沸かないので、ここで採れる肉は蛇肉や鼠肉となるが、これは食う奴がほとんどおらず、NPCに売られて金に換わるだけで、食材調達の役には立っていない。

 「だけど鹿とかが狩れる所まで遠出すると、熊やら虎やら出るからなぁ、門前狩りに転向したような連中じゃ無理だろ」
 「だよなぁ、バッファローは無理としても、鹿くらい狩ってくれれば楽になるんだが」

 肉料理の主な食材となる鹿やバッファローのうち、牛肉の獲れるバッファローは、単体でもそれなりに強い上、同属リンクと言って、攻撃を受けるとそばにいる他のバッファローが一斉に襲い掛かって来るシステムがある為、狩ろうとすると群れ一つ相手にする事となり、それ相応の戦力が要求される。
 何せ殲滅に手間取れば、repopしたバッファローが次々参戦してきて、延々戦い続ける羽目になるのだ。
 持久戦に持ち込まれ粉砕されたパーティーは、枚挙に遑がない。
 実際、食材調達の為に、シニス達も他のパーティーらと共にバッファロー狩りに行っているだが、下手なボス戦以上の苦戦を強いられ、何度か死者を出す羽目になった。
 しかし、それで獲れた牛肉の量は、現在の需要から見ると少なく、とてもではないが全プレイヤーの胃を満たすほどではない。
 その点鹿はそれほど強くはないし、同属リンクなどという厄介な物も持っていないので、鹿自体を狩るのは楽だが、周囲にヒグマや虎がいる為、危険が無いわけではないので、門前狩りに転向したような連中は行きたがらない。
 現在は、3パーティー一組編成のバッファロー狩りにあぶれたパーティーを回してはいるが、少人数なので効率はあまりよくない。
 いっそバッファローはあきらめて、鹿一本に絞ろうかという意見もちらほら出ているが、牛肉の魅力には勝てないでいる。

 シニスは、食い終わった蛇肉の串をそこらに投げ捨てて天を仰ぐ。
 串は地面に落ちると同時に、雪が溶けるように消えていった。

 「ゲームの時みたいに、狩場まで数分と言うのならもう少しやる奴も多かったんだろうけどなぁ」
 「近場でも2~3時間、下手すりゃ1日がかり、途中で襲われる危険もありじゃ小銭目当てで行く奴がいなくなるのもしょうがない」

 シニスの嘆きに、犬丸が相槌を打つ。
 食材狩りが廃れている理由の一つがこれ、フィールドの広さがゲームの時より広くなったのだ。
 全マップがシームレスで繋がったのは良いのだが、距離がゲーム内時間での移動距離に準じる形になっているのだ。
 つまりゲームで1分かかってた距離を移動するのに約1時間かかる事になり、他の都市との行き来や、狩場への移動に支障をきたす結果となっていた。
 最も全部が全部ゲーム時間基準の距離にされたわけではなく、街や建物などは、多少広くなったとはいえ常識的な範囲で落ち着いている。

 「この調子だと、そのうち気軽に食える肉料理は兎焼肉と兎肉のスープ位になっちまいそうだな」
 
 天を仰いだままそう呟いたシニスに、犬丸が答える。

 「だけど野菜や魚は獲れるんだし、野菜や魚主食にすればいいんじゃないか?」
 「野菜はともかく、街の川で釣れるのは鮎や鯉だろ? 鯵の味した鮎の塩焼きが出来る位だから、秋刀魚の味した鯉の丸揚げが出てきても俺は驚かんね」

 城塞都市リンドグラムは、街の中を川が流れており、そこでは釣りをする事が可能で、リスク無く低スキルでも釣れるので、金稼ぎ兼食材確保として大量の釣り人が糸をたらしている。

 「ま、今時川魚の味知ってるやつなんて少ないだろうしなぁ、海産物の方に期待するしかないだろ」

 そう言いつつ、鮎の塩焼きを食い終わった犬丸が串を投げ捨てる。
 こちらの串も、地面に落ちると同時に跡形も無く消えていった。
 
 「王都のほうの漁船は閑古鳥らしいじゃないか、海岸で釣れるのはハゼとキスと鯛くらいだろ、それでも川魚よりは味が期待できそうだけど」
 「蟹とか海老とかタコも釣れるよ、それに漁船は、昨日今日釣りを始めた奴が乗っても、スキル足りなくて何も釣れないだろうし、戦力そろえずに釣りして、鮫やら海竜やら大王イカやら釣って、あえなく全滅なんて事になるのも現状では困るしな、それ以前に輸送ルートの確保だ、残月はその事で王都の方に話し合いにいってるんだろ?」
 「ああ、食料の安定供給とかで、それぞれの都市仕切ってる連中との会議だと、色々忙しい人だなあの人は」

 シニス達が今こうして暇しているのは、リーダーである残月が会議のために王都へ向かった為であり、ディーガンとNonkoは王都に居るカナメ達に会いに同行、グレンは個人的なフレンドに会いに行くと言って、やはり王都へ同行して行った。

 「あの人のあのバイタリティーには恐れ入るよ。 ま、それを言ったら、今会議に出てる連中は皆そうだがな」
 「そうだな、ホント、あの人たちには頭が下がる、あの人達が居なかったら、今頃こんな所でのんびりはしてられなかったろうからな、下手すりゃ北斗の拳かマッドマックスかって状態になっててもおかしくなかったわけだし」

 シニス達は、昨日まで泊りがけで、食材調達のためのバッファロー狩りに駆り出されていたのだが、いくら怪我もスタミナも魔法や薬で簡単に回復すると言っても、偶には休みを取らなければ心が持たない。
 実際休んでみて、初めて自分が酷く疲れている事に気がついた位だ。
 だからこそ、連日の激務にさらされながらも、何とか皆の不満や要望を処理し続ける、最近では執行部という名が定着しだした彼らの働きには感謝の念が絶えない。
 最も他の者から見れば、シニス達も執行部の一員と同義なのだが、当人達は気付いていない。

 「それでも不満はたまるんだよなぁ」

 ぽつりと言うシニスに、犬丸が言葉を返す。

 「それはしょうがない、人間何をやっても不満は出るものだ」
 「そんな物ですか」
 「そんな物ですよ」

 妙に年寄り臭い台詞を交わしつつ、インベントリからほうじ茶を取り出して啜る。
 と、犬丸が手を出してきたので、もうひとつ取り出して渡してやる。
 受け取って一口飲んだ犬丸が、また妙な顔をする。

 「今度はなんだ?」

 もう一口・二口、確かめるように飲んだ後で、ボソリと言った。

 「なんかサービスエリアの、無料サービスのほうじ茶の味に似てないか?」
 「だから知らねぇって、ほうじ茶の味なんかどれも似たようなもんだろ」
 
 言いつつ、飲み終えた湯飲みを脇に置くと、これも瞬く間に消えていく。

 「でもここ、物は食えても出す方は無くてある意味助かったよな」
 
 周囲の建物などに目をやりながら呟くシニスに、犬丸が答える。

 「確かに、性別やら変わったやつ多いしな、そんな物まであればさらに混乱して収拾付かなかったかもな」
 「いや、それもあるけどそうじゃなくて……」
 「何だよ?」

 シニスの言いたい事が分からず、眉をひそめる。

 「ここ、トイレ無いじゃん」

 その言葉に、ポカンとした表情になる犬丸。
 街のマップやらギルドハウスの間取りやらを思い返しても、確かにこの世界にはトイレは存在しない、そもそもゲームにトイレなど必要ないのだから、当たり前な話だ。
 もっとも、トイレが必要なゲームなど余りやりたいとも思わないが、今トイレが必要な状態になっていたら、かなり悲惨な状況になっていただろう。

 「……それもそうだな」 

 力なく答えてほうじ茶を啜る。
 お茶は冷める事無く、適温のままだ。
 この世界では料理もお茶も、インベントリから取り出せば、作りたてそのままの状態を維持し続ける。
 トイレなどの煩わしい物は存在せず、調理等はいつも出来立て最高の状態を維持し、使い終わった食器類は勝手に消えてなくなる。
 この世界は色々便利だが、これに慣れると現実に戻った時苦労しそうだ。
 そんな事を考えながら、飲み終えた湯飲みをベンチ脇の植え込みに投げ捨てる。
 湯飲みは地面に落ちると同時に消えてなくなった。


 



[11883] 【習作】 カオスゲートオンライン 第6話
Name: 南◆e65b501e ID:0d46516c
Date: 2009/10/27 00:54

 ゲームの舞台として作られたこの世界では、各都市にも明確な方向性がある。
 ゲームのスタート地点である王都アルフレニアは、簡単な初級クエストが多く、周囲に現れるmobのレベルは低く、農場や漁船等食料関係の施設が豊富で、様々な食材を特産品としている。 
 森に囲まれた城塞都市リンドグラムは、周囲に現れるmobは中レベル、主な特産品は、羊毛や蜘蛛から取れる絹、皮や毛皮など裁縫素材、各種材木といった木工素材であり、鉱山都市ゼルガスは、上級mobが辺りを徘徊し、様々な鉱石や宝石などが採れ、鍛冶屋や細工師のメッカとなっている。
 それ以外にも、各種魔法を学べる学術都市カンタスベリーや、王国に逆らう反乱軍が集う反乱都市チルト、またエルフやノームやオーガなどそれぞれの種族の暮らす集落では、それぞれそこでしか買えない物を売っていたりと、おのおの特色を持つ。
 だが現状必要なのは、多数のプレイヤーを収容できるキャパシティーと食料や資金の確保、そして交通の便なため、ほとんどの者は王都アルフレニア、城塞都市リンドグラム、鉱山都市ゼルガス、に集まっていた。
 学術都市カンタスベリーや反乱都市チルトが避けられらのは、カンタスベリーは周辺にmobが居らず、またクエストなども少なめで資金や食料などの調達が困難な上、そこを根城にしている者も少なく、チルトは単純に交通の便が悪いからであリ、各種族の村等は、そもそもキャパシティーが足りない。
 結果、アルフレニア、リンドグラム、ゼルガスの3都市が、プレイヤー達のとりあえずの落ち着き先となっていた。

 そしてここ、王都アルフレニアの王城の大会議室では、現在各都市の代表が集まり、物資流通問題に関する話し合いが行われていた。
 最も大会議室と言っても、王城の中のそれっぽい部屋を、勝手にそう呼んで使っているだけで、部屋の奥には、本来の部屋の主である倉庫枠拡張クエスト用NPCの爺さんが、所在なさげに立ちつくしている。

 「それでは、食材は基本的にアルフレニアの広場で取引すると言う事で、皆さんよろしいですか?」

 アルフレニアにある大手料理ギルド、裏ミシュランのギルドマスターである鰤トニーの確認に、皆が賛同の意を示す。
 オーガの巨体に赤ふん一丁、アフロヘアーに丸グラサンと、外見はまるっきり変態だが、混乱したアレフレニアで、救助された人たちのケアやら炊き出しやらに尽力した人であり、今回の会合の提案者でもある。

 「ええ、各自が勝手に行商したりするより、取引場所を固定した方が、混乱やら無駄やらが無くていいでしょう、同じように、木材や裁縫材料はリンドグラムで、インゴットや宝石なんかはゼルガスで取引って事でいいんじゃない?」

 そう言うのは、ゼルガスで輪天堂という鍛冶ギルドをやっているGAAPだ。
 こちらは、つなぎのような服を着た小柄なドワーフの女で、椅子が合わないためか、テーブルの上に首だけ突き出たユーモラスな格好になってしまっていた。

 「で、その食材なのですが、各都市での調達状況はどんな感じでしょう?」

 その言葉を受けて、リンドグラム代表として参加しているメイド派遣協会のギルドマスターのめどいが答える。
 茶色のセミロングに眠そうな目をした人間の女性で、薄茶色のメイド服をきっちり着こなしている。

 「リンドグラムでは、街中での釣りにより、鮎や鯉は簡単に入手でき、十分な量が確保出来ると思います。ですが、湖などでの釣りは、水棲mobを釣った場合の対処などの問題があり、鱒や鰻等はあまり期待できません。 また、肉類に関してですが、バッファロー狩りは、移動や戦闘の手間を考えますと、やはり高価なものにならざるを得ず、安価に量が欲しいという事でしたら、鹿を中心に狩るのが良いかと、それと、現状狩りに参加する者が少ないという問題もあります」
 「ゼルガスも似たようなものだ、猪はともかくとして、マンモスやグリフォン、ドラゴンなんて物は狩りに行く奴すら居ない、最も、下手にそんな物狩りに行かれて死なれでもしたら事だから、その方が良いけどね、ブドウや茶葉は山ほど取れてるから、ワインやジュースや茶を作るのには問題ないよ」

 GAAPが手をひらひらさせながら言う。
 
 「了解です、アルフレニアでは海岸での釣りは多いですが、漁船に乗り込む者は少なく、マグロや秋刀魚や鮟鱇などは希少とならざるを得ません。 また、肉類は山ほど取れますが、食用に回るのは兎くらいで、それ以外の肉、蛇やら鼠やら犬やらはNPC売りされています。 そして農場は、多少混乱がありましたが今は収縮し、主に米や小麦などの穀類と、野菜の生産が主軸となっています。 また、種まきから収穫までには1週間ほどかかる事を確認しました」

 と、鰤トニー、格好は変態だが行動と言動は常識人、そうでなければ人望が集まるわけも無い。
 もっとも、こんな事態になってさすがに恥ずかしかったのか、何度かちゃんとした服を着た事もあったのだが、その度に、服を着た鰤トニーさんは鰤トニーさんじゃないと言う皆の反対に押し切られ、赤ふん一丁に戻ったと言う、実は押しに弱い奴でもある。

 「やはりバッファローと猪は外せないよなぁ、狩りの人数が足らないと言うのなら、アルフレニアから人員派遣するってのはどうだ?」

 そう提案したのは、アレフレニアで現在狩を取り仕切っているニャア大佐、全身猫装備でキメたホビットの少年だ。
 バッファローは牛肉系料理の、猪は豚肉系料理の素材なので、この二つが有ると無いとでは料理のレパートリーに雲泥の差があるのだ、

 「そうして貰えれば正直助かります、バッファローや鹿は沸き位置の関係もあり、食材調達には苦労してますから」

 その提案に、残月が喜びの声を上げる。
 バッファローも鹿も、街から離れた所に沸く上、道中危険なmobが居たりと狩場へ着くまでに時間がかかるのだ。
 ゲートストーンは街や村等のホームポイントにしか行く事は出来ないので、行きはどうしても歩かなければければならなくなる。
 そして距離が増えた分、余計な敵とのエンカウントの機会も増え、戦闘で武器や薬などを消耗する事となり、肝心の狩りで支障をきたす結果となっている。

 「こっちも助かる、猪狩りはとにかく人出がいるからな。 というかむしろ、雑魚狩りしてる連中はアルフレニアで兎狩りしてもらって、鹿やらバッファローやら猪やら狩れる連中をそれぞれの街に集めた方がいいんじゃないか?」
 
 イノシシは街からそれほど離れていない所に沸く物の、群れない為、数を狩るには探し回らねばならず、これも少人数では手間のかかる獲物だった。
 実際猪狩りでは、戦闘時間より、獲物を探す時間の方がはるかに長くかかっている。
 対応策は、目下の所人海戦術あるのみだ。

 「いえ、今門前狩りしてる人達を皆アルフレニアに集めれば、アルフレニアでmob不足が起こって、かえって混乱するでしょう、門前狩りは今のままの方が良いと思います」

 「いわれてみればその通りだな、今でも沸き待ちしてたりる訳だし、一箇所に集めれば、無用なトラブルが起きかねない、門前狩りはストレス解消みたいな意味もあるから、そこでストレスためられちゃ本末転倒だしな」

 鰤トニーの指摘にGAAPが納得する。
 現在小康状態とはいえ、先の見えない現状に対する不安は、強烈なストレスとなっている。
 それを解消する意味でも、美味い料理を食ったり、様々な仕事に従事したり、雑魚狩りで暴力衝動を開放したりするのは有効だと判断されている。
 
 自分達とて、ここでこうやって都市運営の真似事をして、皆の世話を焼いているのは、ストレスや不安からの逃避という一面があることを否定できない。
 そしてそのストレスの最大要因は、何と言ってもこの事態を引き起こした者達の事だ。
 それは、この世界にいるプレイヤー全てが知りたいと望みながら、大っぴらに口にするのは憚られると、いわばタブー視されている。
 何故ならば、人間下手に否定的な話を聞くより、不確かでも希望があった方が良い、明確な事が判らない現状では、嫌な話は聞きたくないと思う者が大半で、それがその話題そのものを禁じる風潮となっていた。
 だが、ここに居るメンバーの間では避けて通れない話題でもある。

 「で、肝心の連中とのコンタクトは、何か目処は立ったのですか?」

 残月のその言葉に、鰤トニーとめどいが目配せしあう。
 皆の視線が集中する中、おもむろに鰤トニーが口を開く。

 「皆さんもご存知かと思いますが、あの日以来何度か彼らのコンタクトと思える物がありましたが、現在は止まっています。 代わりに、最近街の連絡掲示板に意味不明のメッセージが書き込まれていることがあり、始めの内は誰かの悪戯かとも思いましたが、発信者が存在しない事が確認された為、彼らが新たなコンタクト方法を模索している結果ではないかとの見解に達し、経過を見守る一方、掲示板に書き込んだりメールを送る事で、彼らに情報発信が可能かのテストをしているところです」

 連絡掲示板とは、街の広場などに立っているだれでも書き込み可能な掲示板で、主にプレイヤーイベントの告知や、野良パーティーやギルドメンバーの募集、売ります買いますなどの情報交換に使われている。
 これはスレッド式になっていて、書き込みは自動的に投稿者の名前で登録され、投稿者宛にメールを送る機能もある。

 「待って、何でそれが彼らからの書き込みだと分かるの?誰かのいたずら書きかもしれないじゃない、根拠は?」
 
 GAAPが慌てて聞く。
 確かに今掲示板は、人探しや狩りや釣りの同行メンバー探し、アイテムの売り買いなどの書き込みに加え、現状に対する不満や不安などの吐き出し口にもなっていて、落書きやいたずら書き等は日々増える一方だ、変な書き込みがあったとしてもおかしくは無い。
 だが、それに対する鰤トニーの答えはた単純にして納得のいくものだった。

 「名前ですよ。現在は皆がログアウト出来ない状態にあります。 つまりキャラクター検索で名前を検索すれば、必ずヒットするはずなのですが出てきませんし、メールを送ってみても無反応です。 もしかしたら単なるバグかもしれませんが、そう言って見過ごしてしまうにはリスクが大きい、今は掲示板への返信と、メールを送ることで反応を見ている段階です」

 確かに誰一人抜けられない現状では、キャラ名による検索から逃れる術は無い。

 「という事は、そのスレッドに他の者が書き込んだりすることは、禁止した方が良いんじゃないですか?」

 残月の言葉に、鰤トニーは首を振って答える。

 「いえ、掲示板を使って彼らがコンタクトを求めている事が知れ渡れば、皆が勝手な書き込みをしたりメールを出したりして、収拾が付かなくなる可能性が高いです。 はっきりした事が分かるまでは伏せておいた方が良いと判断してます」
 「それもそうだね、もし失敗した時の事を考えれば、下手にぬか喜びをさせた分後の落差が怖いし、はっきりした事が判るまでは伏せた方が得策かもね」

 そう言うGAAPの声は、強い不安の色を帯びていた。
 こういった情報の独占は、他の者に強い不信感を抱かせる危険があり、それは今危ういバランスで保たれている平穏を脅かす物でもある。
 だからと言って、あらゆる情報を無分別に公開すれば良いかと言うと、それも危険だ。
 特に、彼らとのコンタクトという大事をまえに、不安定要素は極力排したいと思うのは当然だし、そうすべきでもあるが、自分達にそう言う事を決める権限があるかと問われれば、首を横に振らざるを得ない。
 そもそもここに居る全員が、成り行きで今の立場に居るわけで、選挙か何かで皆の信任を得ている訳ではないのだ。
 最も、多くのプレイヤーはそんな面倒な事に興味はなく、ましてや費用持ち出しのボランティアで、余計な苦労を背負い込む余裕など無いと考えている。
 だが、中には俺達に仕切らせろと言ってくる者達も居て、そう言う者には一度仕事を任せてみるのだが、今の所お山の大将気取りたいだけの連中は、実際に仕事を任されると、手に負えずに逃げる者がほとんどだ。
 そして逃げ出した者の言葉に耳を傾ける者は居ない。
 結果、皆からの信頼は上がると同時に遠慮が薄れ、更なる苦情処理等に忙殺されると言う、当人達にとっては悪循環が繰り返される羽目となっていた。
 無論、手伝いを申し出る者もいて、少しづつ人員は増えてはいるのだが、まだまだ人手不足で手が回らないことが多い。
 
 「この事に気がついてる者は俺達以外にも結構居ると思う、実際怪しいとこちらに知らせてくれた者も何人かいるしね。 だが、今の所掲示板に山ほど書き込みがある等という事態にはなっていないし、メールの方はわからないが、この事に関する噂話も聞かない事を考えると、気がついた者が居るとして、彼らもこの件を公表するのは良くないと判断したんだろう、だから無用な刺激はせず、このまま様子見が良いと思う」

 鰤トニーの意見に皆があいまいにうなずく。
 そもそも、、鰤トニー達もこれをどう扱って良いのか考えあぐねているのが現状だ。
 実際、彼らは学者でもなければ外交官でもない、元々単なる学生や社会人で、とてもじゃないが、人類初の異種知的生命体とのファーストコンタクトなんて物を取り仕切るのは、荷が重すぎる。
 いっそすべて放り出してバックレてしまおうかと思ったのも1度や2度ではないが、そこまで無責任になれない事と、支えてくれる他の者が居る事が、逃げずに踏みとどまっていられる大きな理由だ。

 「ま、コンタクト方法については、相手におんぶに抱っこで行くしかないな、こっちからは手の出しようも無いし、ただ、コンタクトのタイミングなどは注意しないと、失敗したら目も当てられない」

 それしかないという事は皆にも分かる。
 こちら方取れる手段はほとんど無いに等しい、彼らがこちらとのコミュニケーション手段を確立してくれなければ話にならない。
 だが、それには時間制限が付いているのも確かだ。
 今保たれている小康状態が崩壊する前に、彼らとのコミュニケーションを成功させなければ、とてもじゃないがまともな対話など成り立たないだろう。
 皆が不安になる中、残月がさも安心したかのように言う。

 「それなら鰤トニーさんに任せて安心ですね、何せ釣りマスターですから」
 
 その言葉に、皆の顔がほころんだ。
 このゲームでの釣りは、スキル値による単純な確率勝負ではなく、伸び縮みするバーを、成功枠であるHitゾーンに達したタイミングで止めると言うミニゲーム的な要素がある。
 スキル値が高かったり、竿や餌が高級だと、Hitゾーンが広がったり、バーの伸び縮みの速度が変化したりするが、やはり目押し技術がものを言う。
 最高レベルの獲物相手では、釣りマスター、すなわち釣りスキルを完全習得した者が最高級の餌は竿を駆使しても、Hitゾーンは5%あるか無いかと言う具合だ。
 最も、竿や餌によっては、バーの速度が遅くなる代わりにHitゾーンが狭くなるものや、逆にHitゾーンが広くなる代わりにバーの速度が速くなる物、バーの速度がとんでもなく早くなる代わりに、普通では釣れない超大物が釣れる物等色々ある。
 そして釣りスキルをマスターにする為には、その超大物を釣ってスキルを鍛える必要があり、その為マスター取得者は非常に少ない。
 つまり釣りマスターの称号は、目押し技術が高いことの証明でもある上、このミニゲームによる成功可否は、釣り以外の生産スキルでも使われているので、釣りマスターの称号を持つ者は、生産者として優秀であると言う証であり、皆の尊敬を集めている。
 無論、釣りマスターの称号など、彼らとの交渉には何の役にも立たない事は分かっている。
 だか、釣りマスターを取るのに必要な要素、目押し以上に重要と言われているのがリアルラックなのだ。
 かつてナポレオンは、兵士にお前は運が良いかと聞いたそうだが、今必要な物もそれであり、 伸るか反るかの大勝負なら、運が良い者に任せたい、その意味では釣りマスターである鰤トニーが居れば上手く行くかもしれない、何の根拠も無いが、運に根拠を求めるのは無粋だし、何よりただ安心したいだけなのだ。
 誰でも似たような物だから、せめて運だけは良さそうな者にやってもらいたい。
 そんな皆の期待を一身に背負い、鰤トニーの胃がキリキリ痛んだ。




[11883] 【習作】 カオスゲートオンライン 第7話
Name: 南◆e65b501e ID:0d46516c
Date: 2009/11/15 22:01


 「結構気持ちがいいなぁ」
 
 舳先から身を乗り出したシニスが、水平線に目を凝らしながら言う。
 ここは王都アルフレニアの沖に浮かぶ漁船の上、照りつける日差しと吹きぬける潮風が肌に心地よく、冷えたオレンジジュースを片手に、バカンス気分を満喫していた。
 だが、シニス達がこんな所に来ているのは、もちろんバカンスのためでは無い。

 「しかしまぁ、この年でマグロ漁船に乗る羽目になるとは」
 「こらこら、人聞きの悪い言い方をしなさるな、船長が気を悪くする」

 隣で気持ちよさそうに風を受けていたグレンが突っ込みを入れる。
 もっとも、この船の船長はNPCなので、気を悪くするような事はあり得ない。 
 だが、マグロ漁船と言う話はあながち間違いではない、シニス達がこの船に乗り込んでいる理由は、不足してきたマグロやカツオなどの外洋魚を釣る為だからだ。
 と言っても、シニス達に釣りスキル持ちは一人も居らず、実際に釣りをするのは、裏ミシュランの釣り師達だ。
 では、シニス達は何のために居るかと言えば、釣り上げた獲物を仕留めるためである。
 漁船で釣れる獲物は、マグロやカツオ、カジキマグロなど、釣り上げたらそれでおしまいの普通の魚の他に、人喰い鮫や大王イカ、鯨やシーサーペントなど、釣り上げた後仕留める為の戦闘が必要な物も多く、それら凶悪な獲物に対処するために、漁船での釣りは戦闘力必須となっている。
 その為にこの船に乗り込んでいる釣り師達は、それなりの戦闘をこなせる半生産半戦闘職といった者達ではあるものの、人手不足でいつもの人員を揃えられず、臨時に戦闘担当としてシニスたちに同行してもらっていたのであった。
 最も、今回の目的はマグロやカツオなどの普通の魚であり、シニス達はあくまで保険と言う立場、暇を持て余しているシニス達を尻目に、裏ミシュランの釣り師達は釣りに勤しみ、着実に漁果をあげつつあった。
 そんな中、船首楼で風を受けながら、釣りをする釣り師達を眺めつつ、グレンととりとめの無い話をしていると、船室から出てきたディーガンが声をかけてきた。

 「シニスさんは漁船に乗ったこと無かったっけ?」
 「ああ、釣りには手を出してなかったからね、ディーガンは?」
 「私は前に何度か、でもその時はこんな風に潮風や日の光を感じる事は無かったから、結構新鮮です」

 漁船と呼ばれてはいるが、この船の外見は海賊映画にでも出てきそうな、3本マストのキャラック船だ、コロンブスのサンタ・マリア号や、マゼランのビクトリア号と同型と言えば、興味のない人にも形くらいは判るだろう。
 
 「確かにね、これはなら単なるクルージングが目的でも、十分楽しめる」

 その言葉にディーガンもうなずく。
 現実では乗る事などほとんど出来ないであろう、本物の木造帆船でのクルージングは、遊覧船としても十分楽しめる。
 ただ、今までのゲーム内では、あくまで視覚的効果に過ぎなかった船の揺れなどを、ここでは実際の感覚として体感してしまうため、乗り物に弱い者は一発でダウンしてしまう。
 現に今、下の船室のベッドでは、裏ミシュランの釣り師や犬丸など、数人の酔いやすい体質の者が、船酔いで真っ青になって寝込んでいた。

 「そう言えば残月は?見当たらないけど、あの人もダウンしたのか?」

 出港した時は、皆と同じようにはしゃいでいた筈なのだが、今は姿が見えない。

 「いえ、残月さんは下で倒れた人の面倒見てます、何でもリフレッシュ・アリア使うとと具合が良くなるとかで」
 「……なるほど、船酔いは状態異常の一種扱いなわけか、まぁ納得できる話ではあるけどな」
 「ステータス画面で見ると、レベル1の病気扱いみたいです」
  
 リフレッシュ・アリアとは、状態異状回復効果を持つ音楽スキルで、演奏中効果範囲内のすべてのキャラクターのレベル1までの状態異状を解除する効果がある。
 そしてゲーム内での病気とは、ぼやけて波打つような視界の異常と、ヒットポイントとスタミナとマナの自然回復の停止と言う効果だったが、今ではそれに加えて頭痛や吐き気などもあるらしい。
 もっともこの頭痛などが、病気全般に付随した物か、船酔いだからかは判らないが、これでステータス異常が単なる不便な状態から、実害のある物にランクアップしたのは確実だ。

 「しかしこうなると、船に乗れる奴は結構絞られるかもな、遠洋漁業の人選基準は、釣りスキルより船酔いしない事を優先しないと駄目なんじゃないか?」
 「でもこう言う物は乗ってればそのうち慣れるって言いません?」

 そう言われて、乗船早々船酔いに倒れた連中の事を思い返してみる。
 どいつもこいつも、まるで死人のような顔をしてのたうっていた。

 「あの船室で呻いてる連中に、そのうち慣れるから頑張れなんて、とてもじゃないけど、可哀想で言えないよ俺は」

 その言葉にディーガンか苦笑する。

 「あ、やばい!」

 中央甲板で釣りをしていた釣り師の一人が、突然大声を上げる。
 その一言で、何が起こったのか理解した他の釣り師達は、すぐさま竿をたたむと、船尾の舵輪に飛びつき舵を切って船を加速させる者、武器や防具を身に着ける者、船室に人を呼びに行く者など、手馴れた様子を見せる。
 その間も、最初に声を上げた釣り師は、ぞんざいに竿を引き、わざと釣りゲージの失敗枠で止める事により、獲物を逃がそうと試みているのだが、これが中々外れない。
 普通の魚なら、あわせに失敗した時点でほとんど逃げられてしまうのだが、モンスターを釣った場合は、魚と同じように逃げる物と、逆に逃げずに食いついてくる物に分かれる。
 そして食いついてくる物は、高い戦闘力を持った難敵である事がほとんどだ。
 どうやら今かかっているmobも、そう言った難敵の一種らしい。

 「やばい、どうもシーサーペントみたいだ、戦闘の方お願いします」

 あまり戦闘力に自信が無いらしい釣り師が、何やら達観したような口調で報告してくる、どうやらすでに死を覚悟しているようだ。
 もっともシーサーペントとの戦闘になると判れば、ヒットポイントや防御力の低い生産系プレイヤーは皆そうだろう。
 シーサーペントとは巨大な海蛇型のmobで、水棲mobの中ではトップクラスのヒットポイントと防御力を誇る。
 攻撃方法は直接攻撃と口から吐く水のブレスで、魔法等の厄介な特殊能力は大して持っていないものの、とにかく一撃のダメージが大きい上攻撃範囲が広く、ほぼ甲板上すべてがダメージ圏内となる攻撃法もあり、ヒットポイントや防御力に自信の無い生産兼業戦闘職では、生き残れと言う方が無理だ。
 とは言う物の、そう言った彼らをモンスターから守るのが、今のシニスたちの仕事である。
 シニス達は即座に中央甲板に集結、船室で寝込んでいた犬丸も、残月と共に甲板へと上がって来ると、接敵を前に各自buffなどの戦闘準備を整える。
 やがて、シーサーペントのものらしい巨大な影が、海面にゆっくりと姿を現す。
 水棲mobは、基本的に陸上やダンジョンにいるmobより巨大だ。
 現にこのシーサーペントも、今シニス達の乗る船に等しい全長を持っている。
 そして巨大な物は、ただ大きいと言うだけで、見る物を圧倒する。
 シーサーペントの巨体が水面を割り、その鰐に似た頭部をメインマストに等しいほどの高さに上げたと同時に、釣り糸が切れたのか、釣り師が尻餅をつく。
 滝のように雪崩れ落ちる海水が甲板を叩き、皆が一瞬にしてずぶ濡れになる。
 そいつはほんの数瞬、まるで値踏みするかのように、皆を睨め付けた。
 それは先制攻撃が可能な千載一遇のチャンス、だが誰一人として動く事はなかった。
 皆、現実には存在しない巨大生物の持つ、圧倒的な迫力に飲まれていたのだ。
 まるで蛇に睨まれた蛙のように、その馬をも一飲みに出来そうな口が開くのを、ただ呆然と見ていた。
 だが、その口腔で巨大な水球が膨れ上がった瞬間、シニスが反射的にスキルを使用する。
 瞬時に左腕が跳ね上がり、同時に青白いドーム状の光がシニスを中心に湧き上がると、間一髪の所でシーサーペントのウォーターブレスを防ぎとめる。
 フォースシールドと呼ばれるこの最上級の盾スキルは、使用者を中心に、敵からのダメージを減退させ、プレイヤーの防御力と魔法抵抗力を上昇させるフィールドを作り出す効果がある。
 防御スキルとしてほぼ最高位にあるものの、効果時間中は移動も行動も不可になる上に、スタミナの消費は激しくディレイも長いと効率は悪く、連続使用は出来ないが、ここ一番という時は頼りになる技だ。
 しかし、いかに最高レベルの防御スキルだろうと、ウォーターブレスのダメージをすべて防ぎ止めるには至らない、特に戦闘職でない釣り師の中には、今の一撃で瀕死状態になった者すら居る始末だ。
 ここで薙ぎ払いなどの広範囲攻撃がくれば、甲板には何人かの死体が転がる事になる。
 が、天はシニス達に味方したようだ。
 シーサーペントはゆっくりと船から離れていく。
 恐らく体当たり攻撃をかけるための距離をとっているのだろう、その隙を逃さず、残月がヒーリングウェーブで皆の体力を回復、それでも足りない分は、ヒーリングポーションなどで各自が回復していく。
 そんな中、シニスは目の前で尻餅をつきながらも、何とか生き残った釣り師に向かって叫ぶ。

 「あんたは早く逃げろ、次は死ぬぞ!」

 その言葉を聞いたとたん、男は船倉に通じるドアへ向かって、転がるように駆け出していく。

 「今のでヒットポイント半分切った奴も逃げろ、邪魔だ!」

 同時に犬丸が声を張り上げる。
 その声に従って、さらに何人かがドアの向こうへと消えて行った。
 結果、甲板上にはシニス達のパーティーの他に、船尾の舵輪に取り付いて操舵手を買って出てくれている4人が残る事となった。
 船上で戦う場合、舵取りが居ると居ないでは難易度は大きく異なる。
 特にブレスを持つシーサーペントなどが相手の場合、船ごと回避できるかどうかは、勝敗を大きく分ける要素でもある。
 水棲ペットに騎乗するなどして水中戦を挑むという手も無いわけではないが、水中戦特化構成でもない限り不利になるだけな上、リスポーン不可な現状では、死亡した場合の蘇生が非常に困難になるので、端っから選択肢に入っていない。
 いったん離れたシーサーペントが、波を蹴立ててこちらに急接近を始める。
 それに対し、弓を持つNonkoが、長射程のホークショットや大威力のイーグルシュートで迎撃を試みるが、ダメージこそ出てはいるものの、ほとんど意にも介さず激突コース一直線で突き進んでくる。
 遠距離攻撃手段を持たない前衛一同が、激突に備え防御を固める中、グレンが杖を前方に掲げて叫ぶ。
 
 「でかいの行くぞ!」

 その声と共に、グレンの持つ杖からまばゆい光球が放たれる。
 それは海上を一直線に走り、シーサーペントへと突き刺さると、巨大な火球となって炸裂、爆音と熱波が船上に居る全員を叩き、蒸発した海水が水蒸気となり視界を奪う。
 ダンジョンで使えば、広いはずのボス部屋すら覆い尽くすという攻撃範囲と、全攻撃魔法中1・2を競う火力を誇る、火の魔法最上位攻撃呪文ノヴァフレイム、まさにヌーカーの名に恥じぬ一撃だ。
 しかし、いかに大威力の攻撃を命中させようとも、所詮プレイヤーの与えられるダメージでは、膨大なヒットポイントを持つ大型mobを仰け反らせる事は不可能だ。
 分厚い水蒸気の雲を割って、まるで何事も無かったかのごとくシーサーペントが突っ込んでくる。

 「舵取り! 突撃かわせるか?」

 中央甲板の右舷側に陣取り、迎撃の準備を整えつつ、一縷の望みを託して聞く。
 mobの攻撃に対して、船体そのものは地形などと同じ扱いで、攻撃判定を受けない。
 が、このままだと、突撃してくるシーサーペントは甲板上を通過し、その進路上に居る者全てをひき潰し弾き飛ばす事になる。
 それを防ぐには、船ごと回避するか、甲板で盾役が受け止めるかの2択になるのだ。
 だが、基本的に船より足の速いシーサーペントを回避することは非常に困難で、せいぜい接敵位置を調節し、甲板上を走り回ったり、バックアタックのような攻撃を受けないようにするのが精一杯だ。 
 実際、舵取りの返事も否定的なものだった。

 「無理ッス! そっちの正面で受けますからヨロシク!」

 そう叫び返すオーガの男は、店売り品らしい無個性なスケールメイルを身に纏い、その前にはプレートメイルで身を固めたナイトらしい男が盾を構え、そして後ろにはレザーメイル装備の男が二人、それぞれ防御力上昇とヒットポント回復の効果を持つダンススキルを使用して踊っていた。
 彼等にとっては最大級に防備を固めているのだろうが、シニス達から見れば木で出来た家に立て篭もる子豚に等しい。
 まともに突撃を受ければ、生き残れる物は皆無だろう。

 「了解、そっちまでガード出来ないから、そっちの防御や回復は自分達で頼む」

 そう言って、すでに目と鼻の先までに迫ったシーサーペントと正対する。
 他のメンバーはメインマストより後ろへ退避し、まさにシーサーペントとの一騎打ち状態。
 そして波を蹴立てて突っ込んでくるそれは、まるで暴走する列車のようで、気分はまさに飛び込み自殺の瞬間だ。
 奥歯は噛み合わず、フリーフォールに乗った時の内臓を置き忘れたような不快感が腹腔を満たし、勝手に逃げ出そうとする足を必死でこらえる。
 しかし、迫り来る巨大な頭部を前に、意識が現実逃避を始めようとした瞬間、腹の底から沸き上がった衝動が、巨大な哄笑となって喉を突き、全身に力を与える。
 
 「畜生! メチャ怖ぇぇぇ!」

 叫びながら盾を突き出しスキルを入力、同時に目を閉じ両足に力を込めて、歯を食いしばる。
 スキルが発動した瞬間、耳をを擘く激突音と共に、目を閉じていてすら網膜を焼く派手なエフェクト光が乱舞し、全身をダンプにでも撥ねられた様な衝撃が貫く。
 だが、それだけだった。
 船体を横断し、甲板上のプレイヤー達を蹂躙する筈だったシーサーペントの突撃は、たった一人の盾によって防ぎ止められていた。
 イージスと呼ばれるパラディン専用のこの盾スキルは、高いダメージカットに加え、ノックバック無効の効果がある。
 すなわち、突撃などのスキルに付随するノックバック、いわゆる跳ね飛ばしを無効化し、相手を押しとどめる事が出来るのだ。
 ボスを含むほとんどの大型mobが持つノックバック攻撃を無効化するこのスキルこそが、パラディンが対ボス戦闘の要と呼ばれる所以でもある。 
 もっとも、いかに高いダメージカットを誇ろうとも、大型mobの突撃を受ければただではすまない。
 現にシニスのHPバーは一気に減少し、ほとんど瀕死になった所で停止、意識すら飛びかけた程だ。
 大量のヒットポイントを失った事による貧血にも似た急激な脱力感で、危うく腰を落としそうになった瞬間、暖かい光に包まれてHPがほぼ全回復する。
 後衛の残月が掛けた光の魔法中最大の回復魔法、パーフェィクトヒールの効果だ。
 同時に、左右から走りこんできた犬丸とディーガンが、フラッシュスラストとヘビースマッシュを、動きを止めたシーサーペントの首に叩き込み、後方からNonkoが、イーグルシュートやリボルバーシュートを撃ち込む。
 技後硬直状態のシーサーペントにこれを回避する余地は無く、無防備に被弾してヒットポイントを大幅に削られていく。
 
 「よし! 引っぺがすぞ! 離れろ!」

 その声と同時に、後方から飛来した火球が硬直が解ける寸前のシーサーペントの顔面で炸裂、跳ね上がるようにして頭が持ち上がると同時に後退し、船から引き剥がされる。
 グレンの放ったノックバック効果を持つ火の攻撃魔法、バーストインパクトだ。
 そのノックバック効果により、相手が船から離れたのを確認した残月が叫ぶ。
   
 「今です! 全速離脱!」

 その声を合図に舵取りが船を加速させ、硬直が解け自由を取り戻したシーサーペントの攻撃範囲から離脱を図る。

 「さて、これでまた突撃かましてきてくれると楽なんだが」

 船を追って加速を始めたシーサーペントを見ながら犬丸が言う。
 確かに突撃を食い止めて硬直中にたこ殴りと言うのは、必勝パターンの一つだ。
 これを後数回繰り返せば、仕留めるのは容易い。
 最も、それで楽なのは犬丸やグレンなどのアタッカーであって、タンクであるシニスはちっとも楽ではない。

 「お前気楽に言うけど、アレ受け止めるのは死ぬほど怖いぞ、何なら代わるか? ・・・・・・って、ヤバイ、ブレス来るぞ! 回避!」

 思わず愚痴をこぼしかけたシニスだが、こちらを追撃中のシーサーペントが突然停止し、大口を開けたのを見て叫ぶ。
 その警告を聞くでも無く、攻撃を察知した舵取りが大きく舵を右に切る。
 急な転舵で甲板が揺れ、皆が体勢を崩す中、左の舷側ギリギリをシーサーペントのウォーターブレスが掠める。
 すさまじい轟音と共に突風が甲板を叩き、後部甲板で踊っていたダンサーがすっ転ぶが、実害は無い。
 この手のブレスは直接照準のみで、追尾や偏差射撃は無いので、左右どちらかへの回避で簡単に避ける事が可能だ。
 最も、それは今回のような直線のブレスの話で、コーン状やガス状などのブレスの場合は、また違った対応を求められる。
 ともあれ、ブレスを回避されたシーサーペントは、再び接近を開始する。
 それが突撃のような急速な接近で無いのは、船に取り付き直接攻撃を仕掛けるのが目的なのだろう。
 追いかけられどんどん距離が詰まる中、船は出来うる限りの速度を出して接触時間までのを引き延ばし、弓と魔法でダメージを与え続ける。
 だが、シーサーペントは被弾をものともせず、一直線に突っ込んでくる。
 船はある程度接近された所で減速しつつ舵を右に切り、相手に対して横っ腹を向け、戦いやすい中央甲板を戦場にするべく位置を調整し、シニス達は中央甲板に集まり迎撃準備を整える。
 残月が皆にBuffを掛けなおし、魔法を連打したグレンはマナポーションをを飲んでマナを回復、Nonkoはインベントリから予備の矢を矢筒へと補充し、シニスはグレンに対しサクリファイスをかける。
 これはかけられた対象が持つヘイトを、すべて自分へと変更する物で、ヌーカーとして敵に大ダメージを与え、与ダメージによって累積するmobのヘイトを稼いでしまったグレンのヘイトを肩代わりする事で、脆弱な魔法使いがmobの優先攻撃目標となる事を防ぐのが目的だ。
 同時に他の者は、シニスへの攻撃の巻き添えを食らわないようシニスと距離をとる。
 そしているうちに、船に取り付いたシーサーペントは、変更されたヘイトテーブルに従ってシニスを照準、直上から叩き潰すがごとくその巨大な頭部を振り下ろす。
 しかしシニスは、そのモーションの大きい攻撃を、いとも簡単にをパリィで叩き落し、間髪入れずに左手の盾でスタンバッシュを叩き込む。
 連続した激突音と共に、重なり合ったエフェクト光がシニスの視界を焼く。
 それが回復した時には、星のエフェクトを頭上に頂き、無防備に立ち尽くすシーサーペントに対し、思う存分技を叩き込むディーガンと犬丸がいた。
 防御手段として使われた時と違い、攻撃として使われたスタンバッシュのスタン時間は長い。
 何も出来ないシーサーペントに対し、アタッカーの二人はクリティカルやダメージ貫通率の高い大技を撃ちこみ、Nonkoはアーチャーの持ち味である早い攻撃速度を生かして連打でダメージを稼ぎ、グレンは弱点属性である火の魔法を、残月はDebuffに加え、毒や衰弱などのDoTダメージ系の魔法をかける。

 「・・・・・・なんか一方的だな、アレ」
 「やっぱ純戦闘職パーティーは違うわ」
 
 船尾楼から、なにやらあきれたような声が聞こえてくる。
 パラディンの防御力に加え、ウィザードやビショップの持つ魔法の効果が兼業戦闘職であった彼らとは桁違いなのだ。
 魔法職はその専門性から、使えるレベルにしようとすると、種族や性別等の修正を上手く利用しない限り、他職との兼業はほぼ不可能になる。
 故に兼業職であった彼らの持つ魔法は効果が低く、特に効果が術者の魔力に左右されやすいDebuffやDoT系の魔法は、魔法抵抗の低いシーサーペント相手ですら大した効果を与えられず、今までは防御力の高い相手に肉弾戦と言う、ある意味漢らしい戦いしか出来なかったのだ。
 その後、スタンから回復したシーサーペントが、ブレス、呑み込み、薙ぎ払いなどの攻撃を仕掛けるも、その都度ガードしたり攻撃をそらしたりと、シニス達は大したダメージを受ける事無く順調にシーサーペントのヒットポイントを削り取っていく。
  
 「そろそろ逃げにいはいるぞ、足止めよろしく」

 mobには、瀕死状態になると逃走を図る性質を持つタイプがあり、シーサーペントもそのうちの一つだ。
 陸上のmobなら走って追っかけられるのだが、水棲mobの場合水中に潜られれば、水中戦能力をほとんど持たないシニス達では手も足も出なくなる。
 それを防ぐには、スタンや麻痺などで逃走を防ぐ必要があるのだが、シニスはスタンバッシュを先ほど使用したばかりでまだディレイ中だった。

 「悪い、こっちスタンまだ駄目なんで、誰か頼む」
 「了解です、ゴーストハンド行きます」

 宣言と共に、残月の杖の先から白いもやのような物が放たれ、シーサーペントに命中した途端、海面から沢山の半透明な手が生えてきてシーサーペントに絡みつく。
 闇の魔法のゴーストハンドは、亡霊の手を呼び出し、相手の移動を禁じる効果があるのだ。
 逃走に移ろうとしていたシーサーペントは、その手に移動を封じられ動くことが出来なくなる。

 「場所が場所だけに船幽霊みたいだ」

 そんな犬丸の意見に皆が同意する。
 船幽霊にたかられるシーサーペントという、オカルト雑誌の記事みたいな光景は妙にシュールで、戦闘の緊張感が霧散していく。
 ゴーストハンドが禁じるのは移動だけであり、その場での攻撃や防御は可能なのだが、逃走モードにはいったmobのAIは、攻撃や防御と言う選択肢を採る事無く、ひたすら逃げようと無意味にのたうつだけなので、シニス達は苦も無く残りのヒットポイントを削り取っていった。
 やがてHPバーが0になり、シーサーペントは一度海中へ没した後、高く飛び上がって断末魔の絶叫を響かせ、ドロップアイテムを甲板に撒き散らすと、そのまま海中へと消えていった。
 
 「よし、終了」
 「お疲れ~」
 「お疲れさま~」

 戦闘終了と共に、皆が労いの言葉を掛けつつ武器を収める。
 散々水を被った服が肌に張り付いて少々気持ち悪いが、これは放っておけばすぐに乾くので問題ない。

 「どうも、お疲れ様でした」
 「すいません、リザ下さい」

 と、戦闘終了を見て取った船尾楼の方から声がかかる。
 見ると、ダンスを踊っていた二人のうちの一人が倒れて死んでいた。
 打撃や呑み込みなどの攻撃は皆こちらで捌いていたが、ブレスや薙ぎ払いなどの広範囲の攻撃では、あちらにもダメージがでていたのだ。

 「はい、すぐ行きます」

 あわてて残月が船尾への階段をかけ上がっていく。
 戦闘終了と同時に気が抜けたシニスは、座り込んで辺りをぼんやりと見ていると、ドロップアイテムを回収していたNonkoが感嘆の声を上げる。

 「おっ! 海王の槍がでた、ラッキー!」

 その台詞を聞いて、皆がNonkoの所へ集まる。
 Nonkoの手には、黄金に輝く三叉の槍、一般にトライデントと呼ばれる武器が握られていた。
 シーサーペントなどの一部の水棲大型mobからドロップするこの槍は、水中行動でのボーナスに加え、水棲mobに対するダメージボーナスが付くレア武器の一つだ。
 最も、ドロップ率はあまり低くなく、入手しやすいレア武器でもあり、効果も特化的なので、売りに出したとしてもそれほど高く売れるわけではない。
 また、同じドロップ武器でも、能力に多少のばらつきがあり、上はA級品から下はD級品までに分類され、A級品ならかなりの値が付くが、D級品辺りだと買い手が付く事は稀で、NPC売りになる物がほとんどだ。 

 「で、どうする? 使う?」

 犬丸の方を向いたNonkoが聞く。
 ドロップアイテムの取り扱いについては、食材などの生産素材は釣り師が、それ以外のアイテムや金はシニス達がと言う事で、話が付いている。
 槍スキルを取っているのは犬丸だけなので、犬丸が使わないのなら、換金アイテムとなるわけだが、現状武器を買い込むPCはほとんど居ないし、どうやらB級品らしいそれを、NPC売りするのももったいなくはある。
 
 「そうだな、ボーナス付くし船の上でああ言うの相手にするなら、これ使ったほうが良いだろ、水棲mob以外だと今まで使ってた十文字槍のほうがダメージ出るけどな」
 
 武器のステータスを確認した犬丸は、そう言って装備を変更する。
 純和風な当世具足に、ギリシャ神話のポセイドンが持つような三叉戟という格好は、妙にミスマッチで、それを見たディーガンが驚きの声を上げる。

 「珍しいですね、犬丸さんが和風装備以外を使うなんて」

 スタイルに拘りを持つ犬丸は、侍という自身の職に拘って、今まで和風装備以外の物を使う事はほとんど無かったのだ。
 
 「ま、今はあまりスタイルに拘ってられる時じゃないからな、それにこれもそんなに悪くない、何となく傾奇者っぽくないか?」
 
 そう言って手にしたトライデントをくるくる回すと、歌舞伎役者のごとく見栄を切ってみせる。
 そしてそのポーズのまま、それをボーっと見ていたシニスに声をかけた。

 「つか、お前大丈夫か? 戦闘中突然ゲラゲラ笑い出だしたりで結構怖かったが」
 
 心配そうな顔をする犬丸に、大丈夫だというように手を振って立ち上がる。

 「ああアレな、悪い。 なんか怖いのが限界超えたら突然笑えてきちまった、まぁおかげで吹っ切れたんで、結果的に良かったけどな」

 その言葉に得心がいったのか、軽くうなずきながら言葉を返す。

 「なるほど、ジェットコースターとかで笑い出すのと似たような物かな」
 「どっちかって言うとバンジージャンプじゃないかな、正直アレと正面から向き合うのはかなり怖い、肝っ玉の小さい奴だとへたり込んでもおかしくないぞ」

 今まで相手にしていた、熊やら虎やらバッファローやらといった相手も、決して気楽な相手ではなかったが、大型mobは桁が違う。
 現実でやったら確実に死ぬような事を、現実と同じようなリアリティーの中やらなければいけないのだ、どこぞのヒーローの特訓みたく、建築物破壊様の鉄球を受け止めるような、常識の埒外のクソ度胸が必要だ。

 「まぁ判る、隣でお前が叩き潰されそうになったのを見てただけでも肝が冷えたしな」
 「一度実際に経験して、大した事無いと実感できればもう大丈夫なんだろうけどな、それまではやっぱ怖いよ」

 そういった途端に犬丸が顔を微妙に赤くし、あさっての方を見る。

 「どうした?」

 その様子に不審を思えたシニスが追求する。

 「いや、その、すまん、なんかHな想像をしてしまった」
 「死んで来い貴様は!」

 どうせダメージは出ないのだ、容赦なく蹴りを入れる。

 「つか、お前船酔いはどうした」

 ふと思い出し、ゲシゲシ蹴りを入れながら聞く。
 
 「ああ、あれ。 なんか戦闘してたら収まった、やっぱ慣れだね、慣れ」

 蹴られて転がりながら返事をする犬丸には、船酔いで半死人のようだった時の弱々しい気配は微塵も無い。
 そんな犬丸の能天気さに無性に腹が立ち、さらに蹴りをくれてやる。
 そんな事をしていると、船室から退避していた釣り師達が上がってきた。
 
 「お、兄ちゃん兄ちゃん、大漁ですぜ、どうぞ」

 その中にシーサーペントを釣った釣り師を見つけたNonkoが、早速彼の取り分を渡しに行く。
 渡されたアイテムを見て、釣り師連中が驚きの声を上げる。
 定番であるシーサーペントの肉と鱗の他に、レア素材の目玉と心臓が出ていたのだ。
 こちらの取り分である海王の槍も含めて、あのシーサーペントはなかなかに美味しい獲物だった事になる。

 「よし、船を戻すぞ!」

 釣り師達とリーダーの言葉と共に、漁場に向けて舵が切られ、船が大きく揺れる。
 さっきの戦闘で漁場から離れてしまった事に加え、獲物である魚は一定の回遊コースを巡っているため、それを追いかける必要もあり、再び漁を始めるまでしばらく時間がかかる事になる。
 その時間を利用し、釣った魚を料理して、皆で食事にする事になった。
 流石に料理ギルドの釣り師連中の事だけあって、料理の腕前は見事な物だ。
 刺身に寿司にマグロ丼、たたきにマリネと、マグロ尽くしの食事に、皆が舌鼓を打つ。
 そのうち、誰かが出してきた酒に酔っ払う者が出始め、少しはやめの夕食が徐々に宴会へと変わっていく。
 ここではいかに酔っ払おうが、呪文一発で酔いが覚めるのだ、そんな気安さもあって、皆酒を飲む事に抵抗が無い。
 だが、その酔いを覚ますはずの者が、真っ先に酔っ払って正体を失っていては話にならない。
 すでに漁果が予定を超えていた安心感も手伝ったのか、漁場に付いた頃には、漁船は宴会舟へと姿を変え、そのまま酔い潰れて寝てしまう者まで出る始末で、漁が出来る状態ではなく、多少正気を残していた者も居たのだが、この状態では下手に釣りをしてモンスターを釣ろうものなら、全滅の危険すらある。
 逆に酔っ払って釣りを始めようとする者を全力で阻止することとなり、結果宴会が続行され皆、酔い潰れることと相成った。
 やがて時が過ぎ、船の使用時間が満ちると、今まで船長室にいた船長のNPCが船尾楼へとやって来て舵綸を握り、港へと帰還するための針路が取られ、大量の漁果と酔っ払いを乗せた船は、誰が上げたのか大漁旗を掲げつつ、魚を切望する者達の元へとひた走る。
 が、その時王都アルフレニアは、もはや魚どころでは無くなっていた。
 この自体を引き起こした元凶とも言える者達とのファーストコンタクトが、今まさに始まっていたのだ。




[11883] 【習作】 カオスゲートオンライン 用語集
Name: 南◆e65b501e ID:0d46516c
Date: 2009/10/09 23:28
 
 用語が判らないという意見がありましたので、簡単な用語集を作りました。
 これはあくまでカオスゲートオンライン用の用語集なので、一般のオンラインゲーの用語とずれている事もあります。


 buff

 魔法や技によるステータスなど能力の強化の効果


 debuff

 魔法や技によるステータスなど能力の弱体化の効果


 DoT
 毒や炎など継続して与えられるダメージ。


 mob

 いわゆるモンスター。
  

 PvP

 プレイヤー間での対人戦闘を指す。
 この設定がオンになっていないPCに対する攻撃はすべて無効化される。


 tell

 遠距離にいる相手との音声によるチャット


 アクティブ

 反応範囲内のPCに反応して襲ってくる状態。
 常時アクティブなものと、攻撃を受けるまでアクティブにならない物がある。


 タゲ 

 mobの攻撃目標、すなわちターゲットとされること


 タゲ切り

 mobのタゲを解除し、見失わせる技
 

 ターゲッテキング

 攻撃や魔法の対象として定める事


 ダメージカット率

 攻撃によって受けるダメージを減退させる値。
 これが高いほど受けるダメージが少なくなる。  


 チャージ

 呪文や技などを使うためにに必要な、事前の準備時間


 ディレイ

 呪文や技などを再使用可能になるまでの、事後の準備時間


 ノックバック

 対象を後退させる効果。



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