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[12274] 【習作】永遠なる姫騎士(ダイの大冒険・オリ主・チート)
Name: 若年寄◆decbc20d ID:a621b7d9
Date: 2009/10/09 11:52
 これはオリ主というべきか、オリ敵なのかもしれません。
 主人公はバーンの娘でチート溢れる出鱈目な強さを誇っています。
 でも付け入る隙というか、弱点は存在するので無敵にはならないかと(多分)
 またドラクエ1~8に登場するキャラも出演予定です。
 逆にダイの大冒険でいたはずのキャラが出ない事もありえます。

 そんな設定でも構わないという方は、この物語にお付き合い下さいませ。



[12274] 第壱話 姫騎士と竜騎将
Name: 若年寄◆decbc20d ID:a621b7d9
Date: 2009/09/28 00:39

 世界の中央に位置する巨大な大陸、ギルドメイン大陸の東部に大陸の名を冠する山脈がある。
 そこには巨大な鬼の姿を模した魔王軍の本拠地、鬼岩城が隠されていた。

「うううっ!!」

 魔王軍の重鎮が会議に用いているレフトショルダーの間にて魔軍司令ハドラーが唸っていた。

「じゃ…邪悪の六芒星が三つに!?」

 魔王軍を象徴する六芒星の星の内、三つが輝きを失っていた為だ。

「ヒュンケル、クロコダインが裏切り、フレイザードが死んだ!!
 その為、邪悪の六芒星を形成する三角形が一つ消滅してしまったのだ!」

 歯軋りするハドラーの耳に影のような姿をした男、魔影参謀ミストバーンの言葉が突き刺さる。

「こ、これは…まさか我が魔王軍の戦力が半減した事を意味するのでは!?」

「阿呆か! こりゃァ三人の軍団長を失ったって意味だろ?
 地底魔城ごと溶岩に飲まれた不死騎団は別として、百獣魔団も氷炎魔団もまだまだ健在じゃねーかよ!」

「だ、誰だ?!」

 嘲るような声にハドラーは怒り混じりの誰何の声を上げた。

「…これは…まさか、ついに貴女様が出陣されなければならない事態であるとの判断が下されましたか?」

「ああ、今朝方、とっつぁんに呼び出されたよ。ただでさえ色々と七面倒臭ェ仕事やらされてンのに良い迷惑だぜ!」

 蝋燭の灯が届かぬ暗がりから規則正しい靴音が響き、ソレに向けてミストバーンが恭しく片膝を床に着けた。

「み、ミストバーンが膝を!? 何者なのだ?」

 狼狽えるハドラーやザボエラを嘲笑うかのように靴音は大きくなり、ついに蝋燭の炎が足音の主を照らし出した。
 ハドラーは一瞬、男か女かの判断がつかなかった。
 まず背が高い。ヒュンケルと同等か、やや低いくらいか。体の線は細いが、華奢ではなく猫科の猛獣を思わせる力強さを感じた。
 次に髪が長い。光の当たる角度によっては青みかがって見える銀色の髪を膝裏まで伸ばし、首の後ろと先端で無造作に縛っている。
 顔立ちは眉目秀麗と云える。男性的な精悍さと女性的な妖艶さが同居した美貌が男女の判断を迷わせるのだ。
 これでドレスでも身に纏っていれば、舞踏会で多くの紳士達から、是非パートナーにと引く手数多であっただろう。
 しかし、目の前の人物は儀礼用と思しき白銀の甲冑を身につけ、深紅のマントを纏っていた。
 それだけならば中性的な美貌を持つ騎士と紹介して終わりなのだが、持っていたのは美しさだけではなかった。

 まずは目だ。覇気のない濁った目をしていた。どこを見ているのか判らない焦点の定まらない不気味な目だった。
 次に顔の左半分を覆っている包帯も目を引いた。しかも所々に赤黒い染みが広がっている。
 そして、先程の伝法な口調で言葉を紡いだ綺麗なソプラノもまたハドラーに男女の判断を迷わせた。

「…一同、控えよ。姫様の御前である!」

 平素より凄味を利かせたミストバーンの声と姫様という単語にハドラー達は慌てて臣下の礼を取った。

「偉大なる大魔王バーン様のご息女にして、大魔宮バーンパレス近衛騎士団長であらせられるエターナル様だ」

「なっ!? ば、バーン様のむす…ご息女だとぉ!?」

 愕然とするハドラーとザボエラに、エターナルと紹介された女騎士は苦虫を噛み潰したかのように顔をしかめた。

「チッ…とっつぁんが手ェ貸せって云うから何事かと思えばよ。たかが軍団長を三人失っただけじゃねーか!
 俺の出番は噂の勇者様がバーンパレスに攻め込んで来るか、その準備をしてる時でも十分だってのに! 
 ミストバーン! テメェがついていながら何てェザマだよ、オイ!」

『フッ、ミストバーンを責めてくれるな。こやつに非は無い。そなたの召喚はあくまで万全を期す為だ』

 邪悪な六芒星の中央に飾られた魔王軍のシンボルの目が光彩を放ち、その口からエターナルを窘める声がかかった。

「ハハーッ!!」

 主たるバーンの声にハドラー達は一斉に低頭した。
 しかしエターナルだけは苛立ちを隠そうともせずに、腰に手を当ててバーンのシンボルを睨み付ける。

「万全だァ? 不死騎団と軍団長半分を失っただけで随分と弱気になってンじゃねーか?
 あのな? 俺だって暇じゃねーンだぞ? 近衛騎士団、仕切るのがどんだけ忙しいか分かるか?」

 ハドラーは内心、戦々恐々としていた。
 恐怖の大魔王に真っ向から敬語も使わずに罵倒するエターナルがいつバーンの勘気にふれるか気が気でなかった。

『理解している上でそなたを呼んだのだ。デルムリン島で勇者ダイを討ちもらして以来、我が軍は敗北を重ねているのでな。
 確かに軍団長を失った事は魔王軍全体から見れば大した痛手ではない。だが、それによってロモス、パプニカを奪還された事も事実なのだ。
 ましてや先のバルジ島の戦いにおいては全軍で総攻撃を仕掛けたにも拘わらず返り討ちにあう始末でな、魔王軍の面目は丸潰れだ』

「おい、とっつぁん…まさか俺に魔軍司令をやれってンじゃあるめーな? ヤだぜ。面倒臭ェよ…」

 ハドラーの全身がギクリと震え、背中から冷や汗が噴き出した。
 このまま自分がお役御免になれば、未来に待つものは確実なる死以外の何物でもないだろう。
 しかし、バーンの次の言葉で、ハドラーは自分の首がかろうじて繋がった事を悟った。

『案ずるな。余は寛大な男だ。そなたも知るように失敗も三回までなら許すつもりだ』

「まあ、ロモス、パプニカを奪い返されて二回、バルジ島の件で三回…後は無いけどまだ許されてるってことか」

 エターナルにジロリと睨まれて、ハドラーは蛇に睨まれた蛙のように硬直した。
 まだ人間で云えば十六、七歳ほどの娘に、齢三百五十七を数えるかつて魔王を名乗っていた男が気圧されていた。

「ンじゃあ、とっつぁんは俺に何をさせてェンだよ?」

『うむ、そなたには今日より魔軍顧問の任に就き、魔王軍の今後の為に尽力して欲しい』

「顧問だァ? 要は魔軍司令殿の補佐をしろってことかい?」

 エターナルは露骨に厭そうな顔をしてバーンのシンボルを見て、すぐに呆れたように表情を弛緩させた。

『そうだ。知恵を貸すにしろ、共に出撃をするにしろ、そなたの自由で構わぬ。
 思うに軍団長同士の足の引っ張り合いも我が魔王軍の大きな敗因であろう。
 そなたの仕事は各々の軍団が勇者ダイ討伐に当たる際に最大限の力が発揮できるようにする事だ』

「なるほどな…立身出世や保身の為に抜け駆け、騙し合い、牽制とお互い色々やってるわけだ…馬鹿だな、アンタら」

 どこから取り出したのか葉巻を咥えると、エターナルは不機嫌のまま紫煙をくゆらせた。

「ようがす。やってやるよ…で? まずは誰のサポートをすれば良いンだ?」

「も、勿論、大魔王様の信用を回復する為にも、この私自身がダイ抹殺に赴く所存!!」

「そうはいかぬ!!」

 このままでは処刑は免れぬと必死に自分を売り込むハドラーであったが、鋭い一声が彼を押しのけた。

「次にダイと戦うのは…この竜騎将バランと決まっておる!!」

「ば、バラン! もうカールを滅ぼしたのか!?」

 あからさまに顔を強張らせたハドラーには目もくれず、エターナルは胡乱げにバランを見つめた。

「あー…まだ超竜軍団が残ってたンだっけな…じゃあ、魔軍顧問としての初仕事は、かの英雄バランとご一緒ってか」

 気乗りがしないと云わんばかりに欠伸を噛み殺しながら、小指で耳をほじる様は仮にも姫様と呼ばれるような人物がする事ではない。

「姫様! 今更お淑やかにとは云いませぬが、もう少し大魔王の姫という自覚をお持ち下さい」

「るせぇな! 固ェ事云うなよ、ミストバーン。騎士ってェ商売はな、体が資本だからお上品にやってらンねーンだよ!」

「騎士だからこそ品格を問われると思われますが…それよりも、今回は私の出番という事で宜しいですな? 魔軍顧問殿?」

「ほぅ、俺にツッコミ入れるたァ良い度胸だ! 気に入った。家でとっつぁんとファッ○して良い!」

「御免被りますな。では、私は出陣の用意を…失礼」

 踵を返すバランを慌ててハドラーが引き止める。

「待て! この場は俺に任せて貰おう!」

 だがバランは一顧だにしない。

「魔軍司令殿…貴方の口実は最早聞き飽きた! 私は既に貴方が私をダイに近づけたがらぬ理由が読めている!」

 ハドラーの顔は凶相と呼んでも差し支えない程の形相へと変わっていた。

「あの少年…勇者ダイは…」

「竜(ドラゴン)の騎士…だろ?」

 先程までの不機嫌さなどどこに行ってしまったのか、エターナルは愉快そうに口の端を吊り上げた。

「ど、竜の騎士とは…まさか、あの!?」

『知っていたのか、エターナルよ?』

 驚愕するザボエラの声と重なってなおバーンの声はよく通る。

「俺が鍛えた近衛騎士団は裏に回れば諜報機関としての顔もあるンだぜ? 再三再四、勇者ご一行を救ってきた謎の紋章…すぐ調べるに決まってンだろ?」

 さも当然だと云わんばかりのエターナルに対して、ハドラーは生きた心地がしなかった。

「人が悪いですな、魔軍顧問殿…では、任せていただけますな?」

「ああ、行ってこいや。お膳立ては俺がしといてやる…あとはお前さん次第だな」

 何やら含みのある云い方をし、続いてウインクするエターナルに、常に険しい表情をしているはずのバランが頬を弛めた。

「ふっ、魔軍司令殿と違って話が解る。頼りにしていますぞ、魔軍顧問殿」

 するとエターナルは顔を顰め、バランを睨み付けた。

「ンな堅っ苦しい呼び名はやめてくれ。気軽にターさんとでも呼んでくれや」

 いきなりの要望にさしもの冷静なバランも軽く目を見開いた。

『流石の竜騎将バランも驚くか。何、エターナルは様付けや役職名で呼ばれる事を嫌う性格でな、気に入った相手にはそう呼ばせるのだ。
 様付けは厭だ。エターナルさんでは長すぎる。エターさんでは語呂が悪い。そして出来上がったのがターさんという呼び名という訳だ』

 威厳も何もあったものではないであろう、と締めたバーンの声は若干の笑いが含まれていた。

「さて、話が決まったところで、とっつぁんからもう一つ頼まれてた事を済ますとするか」

 そう云ってエターナルはバーンのシンボルが刻まれた鍵を取り出すと、邪悪の六芒星へと近づいていく。

「裏切り者のワニちゃん達はこの鬼岩城の位置を知ってやがるからな。移動させにゃァ面倒な事になる」

「い、移動ですと?」

 訝しむザボエラにエターナルは悪戯好きな子供のような笑みを向けると、鍵をバーンのシンボルの口へと挿入した。
 途端に鬼岩城が震え出し、なんと地響きを立てながら城が持ち上がったのだ。

「きっ、鬼岩城が動く!?」

 持ち上がった鬼岩城に周囲の岩が集まり、一体化していく。
 やがてそれは腕や脚を形作り、さながら巨大な鬼神のような姿へとなっていく。

「さあ、楽しい楽しい世界旅行の始まりだ」

 エターナルの声を合図に鬼神は一歩一歩前進を始める。

「鬼岩城にこのような秘密が…正に素晴らしきはバーン様の超魔力でございますな!」

 一同はしばし呆気に取られていたが、いち早くザボエラが復帰してバーンへの賛辞を述べた。

「このジジイ、意外と胆力があるのな…年の功か、その辺は見習うべきか」

 抜け目なく強者に取り入ろうとするザボエラにエターナルは苦笑を禁じ得なかった。
 しかし、その苦笑はやがて酷薄な冷笑へと変わっていく。

「勇者ダイ…本来ならば魔王軍で執行するはずだったフレイザードの処刑を代わりにやってくれた餓鬼か…
 バランとのお膳立ても大切だが、まずは手間を省いてくれた礼をしに行くのも悪くはないな」

 巨大な鬼岩城を動かすバーンの魔力に畏怖を感じているのか、真剣な表情で窓の外をじっと睨むバランがいる。
 そんなバランに聞こえないほどの小さな声でエターナルは、悪いなと呟いた。

「ま、凹ますほどボコボコにするつもりはないし、魔王軍の先輩からの手荒い歓迎と思ってもらうさ」

 そこでエターナルは不敵な笑みを浮かべ、ダイとの初顔合わせに想いを馳せる。

「…まずは魔王軍の本当の怖さを体験させてやるか。その上でバランとのセッティングをすれば案外スムーズにいくかもな」

 不意にエターナルの体が前傾する。

「…と、その前に差し当たって必要な物は…エチケットぶぐろわあっ!!」

「な、なんじゃっ!? え、エターナル様がっ!?」

「いきなり嘔吐されたぞっ!? え、エターナル様は体調が優れなかったのかっ!?」

「姫様! お気を確かにっ!」

『ふむ…エターナルは子供の頃より馬車などの乗り物に弱かったからな…歩く鬼岩城の振動でやられたのであろう』

 ハドラー達はおろかミストバーンさえも焦りの言葉を発し、混沌の場と化したレフトショルダーの間でバランの溜息が騒音に掻き消された。

「魔軍顧問エターナル様…自らをターさんと呼ばせる御方か…魔王軍も色々なのだな…」

 しかしバランの顔には失望の色は無く、呆れを含んだ苦笑である事に本人は気付いているのだろうか?

「まったく不思議な御方だ…初めてお会いしたというのに、これだけの醜態を晒しているというのに、私は既にこの方を信じ始めている」

 エターナル達の騒動を尻目に、バランは窓から夜空を見上げる。

「もうすぐだ…もうすぐ会えるぞ。待っていろ、勇者ダイ…否、ディーノよ!」

 バランの呟きは夜空に消えていった、と表現できれば綺麗に終わるのだが、やはりエターナル達の騒ぎに掻き消されたのだった。

「おらぁっ! 俺はまだピンピンしてるぞォ! どうした、来いや、振動! おらっ! かかって来いやァ!」

『いい加減にせぬか! 酔っ払っているのか、そなたは!?』

「酔ってねーぞォ! ターさんは絶対に鬼岩城酔いなんてしてないからなっ! うぼえぇっ!!」

「…本当に信じて良いのだろうか…」

 バランの溜息はまたしても騒動に掻き消されたのであった。






[12274] 第弐話 姫騎士と勇者
Name: 若年寄◆decbc20d ID:a621b7d9
Date: 2009/09/28 14:37
 ダイ視点

 ロモスの王様から貰った鋼鉄の剣がもう寿命なので、俺は今、新しい武器を探しにベンガーナのデパートまで来ていた。
 とりあえずカッコイイ騎士の鎧をレオナに買って貰ったまでは良かったんだけど、サイズが合わなすぎてイマイチ強くなった気がしない。
 続いて本命の武器を買おうとすると、なんと鉄より硬いドラゴンの皮膚も簡単に貫くって有名なドラゴンキラーがオークションにかけられていた。
 結局はこちらの予算が足りなくて、ゴッポルさんって商人が落札しちゃったんだけどね。
 レオナはちょっと悔しそうにしてたけど、俺は高い武器が欲しいんじゃなくて新しい剣が欲しかったんだから別に良かったのに…

「あれ? ちょっと肌寒くない?」

 急にレオナが二の腕をさすり始めた。

「ああ、云われてみればさっきまで蒸し暑かったくらいだったのに、今はやけに涼しいな…」

 ポップも不思議そうにしてるけど、騎士の鎧の中が蒸れていたせいか俺は涼しさなんて感じなかった。

「たっ…大変だああ!! あれを見ろ!!」

 戦士風の男の人が指差す方を見て俺達は驚いた。
 だって無数のブリザードが円を描くように街を取り囲んで、グルグル回転しながら吹雪を吐いてたんだ。

「あれは氷炎魔団のモンスター!? 奴らは全滅したんじゃなかったのかよ!」

 ポップもかなり焦ってるけど、目の前に魔王軍がいるんだ。
 やることは決まっている!

「ど、どうすんだよ? やるか?」

「ああ、何をやってるのか分からんが、ブリザードくらいならなんとかなるだろうし、ベンガーナの兵士もすぐに来るだろ」

 周りの戦士達も応戦するみたいだ。
 よぅし! バルジ島の時よりも数は多そうだけど、みんなで戦えばなんとかなるだろう。

「あっ! ベンガーナの兵隊だ!!」

 窓から見下ろせば、確かに兵士の恰好の人達が上空のブリザード達に火矢やメラ系呪文を放っているのが見えた。
 しかし、ブリザード達は兵士達には構わないで回転を続けて吹雪を吐いている。
 やがてすっかり街中が白く染まり、温暖なベンガーナは瞬く間に極寒の世界へと変わってしまった。

「さ、寒い! 魔王軍の奴ら、この街の人達を凍死させるつもりだ!!」

「今までにない戦法だわ! でも、フレイザードが死んだ今、誰がブリザードに命令してるのかしら?」

 そうだ! ブリザード達のこの動き…誰かが命令してなきゃできないはずだ。
 仮にフレイザードが生きてたとしても、なんからしくない…あいつは卑怯なヤツだったけど、戦う時は自ら戦ったはずだ。
 こんな自分の手を汚さずにじわじわと嬲るような戦い方はしないはずだ。

「グオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!」

「うわああああっ!?」

 すると恐ろしげな咆哮が上がり、悲鳴が聞こえてきた。

「なっ!? 新手のモンスターが!!」

 どこに隠れていたのか、グリズリー系とエイプ系のモンスターがベンガーナの兵士達を背後から襲っていた。

「今度は百獣魔団のモンスターかよ!? 一体全体どうなってやがるんだ!?」

 そんなのこっちが訊きたいよ、ポップ!

「驚いてる場合じゃない! ポップ! まずはブリザード達を何とかしよう!」

「あ、ああ…よっしゃ、行くぜ!」

 そう答えてポップが窓から飛び出そうとしたその時、俺は吹雪の音に混じっている何かを聞き取った。

「ポップ、待って! 何かいる!」

 目を凝らすとブリザードの包囲網の外にある教会に異変を見つけた。
 教会のシンボルのである十字架の上に人らしい影がかろうじて見えた。

「十字架の上に誰かいる!! もしかしたら魔王軍の指揮官かもしれない!」

「なんだってっ!? よぅし…俺がブリザードの包囲を破ってやる! ダイは教会へ!」

 ポップの指示に俺は大きく頷いた。

「私も行くわ。まずはブリザードを何とかしないと避難もままならないし」

 そうだった。この極寒地獄をなんとかしないと、店の外に逃げても凍え死んでしまうだけだ。

「先に行くぜ!」

 ポップはトベルーラで窓の外から飛び出していった。

「メラゾーマ!!」

「ギャアアアアアアッ!!」

 ポップのメラゾーマがブリザードを十数匹飲み込んだけど、ブリザードの回転はまだ弱まらない。

「よおしっ! 俺も行くぞおっ!!」

 俺もポップに続こうと窓に足をかけたまでは良かったんだけど、鎧の重さでバランスを崩して地面に落ちてしまった。
 か…カッコ悪い…

「ええいっ!! もうこれじゃダメだっ!! 動きづらくって!!」

 俺は騎士の鎧を外すと、動きを妨げなさそうなパーツを選んで装着する。

「よしっ! 行くぞ、ゴメちゃん!!」

「ピイッ!!」

 雪や氷に足を取られないように注意しながら、俺はゴメちゃんと一緒に駆けだした。








 ポップやお城の兵士達、デパートにいた戦士達の頑張りもあって、俺がブリザードの包囲網に辿り着いた時には、回転も密度もかなり弱まっていた。

「火炎大地斬っ!!」

「ギエエエエエエエエエエエエッ!!」

 剣にメラをかけた魔法剣で目の前のブリザード数匹を蒸発させた。
 続いて襲いかかってきたグリズリーとキラーエイプを蹴散らしながら俺は教会へと急いだ。

「こ…この旋律は…?」

 やっぱり十字架の上に人がいた。
 男か女かは判らない。黒いズボンに袖無しの黒い襟の大きいシャツ、ブーツまで黒い、全身黒尽くめ…
 腰にサーベルだろうか、細い剣を二本腰に差している。その二本の剣は遠目に見ても長さが違うようだった。
 どうやら顔と左腕(もしかしたら全身?)に包帯を巻いているらしい。
 その人は唇にフルートを当てて綺麗な旋律を紡いでいる。
 荒ぶる怒りのような力強さと胸を締め付けられるような深い哀しみが同居しているようなメロディーだ。

「どうだ? 魔界でも伝説の作曲家ロー・キダタの名曲『百獣の嘆き』…
 身勝手な人間のせいで住処を奪われた獣達の怒りと哀しみを表現した曲だそうだ」

 いつの間にかフルートの音が消え、十字架の上の人もいなくなっていた。
 俺は背中から冷や汗が噴き出してきたのを自覚した。
 何故なら、今の声は俺の背後から聞こえて来たのだから…

「おい、拍手の一つもねーのか? ターさん、頑張ったンだぜ?」

 振り向けない…声すら出ない…
 僅かでも動けば殺される!
 そんな馬鹿げた思いが全身を硬直させていた。

「まあいいさ…まずは自己紹介といこうか…」

 背後の人がゆっくりと俺の正面へと回ってくる。
 殺気は感じない。敵意すら感じない。違う…何の気配も感じられないんだ…

「俺の名はエターナル…魔王軍近衛騎士団長にして魔軍顧問…人は俺をターさんと気軽に呼ぶ」

「き、騎士団長が気軽に呼ばれちゃダメなんじゃ?」

 口の中がカラカラに乾いている。
 軽口を叩いているけど、こいつはそんな軽いヤツじゃない…
 こいつを見ていると、あのハドラーが猫のように思えてくる…

「良いンだよ…恭しく礼なんてされてみろ…鳥肌が立つぜ」

 ついに俺の正面にきたエターナルのその目は…濁り切っていて、本当に生きているのかという疑問を持たせた。
 俺の全身に怖気が走り、冷や汗は背中どころか全身から出てくる始末だ。
 こんな銀色の綺麗な髪をしているのに、こんな綺麗な顔をしているのに、その目を見ただけで俺は身を竦ませた。
 マトリフさんの言葉を思い出せ! 勇者の最大の武器は勇気じゃなかったのか!
 俺は震える全身をなんとか動かしてエターナルを睨み付けた。

「あ、あのブリザードとグリズリーはお前の仕業か?」

 俺の問いかけに、エターナルはニヤリと笑った。

「ああ、百獣魔団も氷炎魔団も軍団長を失って宙ぶらりんだったからな。だから俺が再編成して近衛騎士団の隷下として組み込んだンだ」

 こいつでな、とさっきのフルートを俺に見せた。
 銀色に輝くフルートはライオンと大鷲、蛇の姿が刻まれているようだった。

「これは百獣王のフルート、奏者の力量によって操れるモンスターの数やレベルの上限が変わる代物だ。
 ちなみに俺が吹くと獣系だけでなく、ブリザードのようなエネルギー生命体も支配できるンだぜ?」

 エターナルは愉快そうに笑う。
 ならば俺はフルートを壊そうと剣に手をかけるが、エターナルはケラケラと笑みを深めるばかりだった。

「今更フルートを壊しても無駄だぜ? モンスターを手懐けるにゃァ演奏するだけじゃ意味はなくてな。
 このメロディーに惹かれて集まったモンスターを屈服させるだけの力を示さにゃいけねーンだよ」

 だから百獣王って冠してンだ、と苦笑した。

「つまりお前はグリズリー達を従わせるだけの事をしたと?」

「ま、軽く闘気を放っただけなンだがな? 一斉に腹を見せ始めたモンスターの群れにビビッたのは俺とテメェだけの秘密だ」

 そこでエターナルは意地の悪い笑みを浮かべた。

「そういう訳だ。お前さんは百獣魔団も氷炎魔団も滅ぼしちゃァいねェ…軍団長を倒しただけだ。
 クロコダインやヒュンケルも戦士としては優秀だったが、将としての器はねェ。
 ただ、軍団のパワーと数に頼った力押しでロモスとパプニカに勝ってただけだ。
 フレイザードも良い線いってたが、生まれたてで思考が餓鬼すぎた…手柄に執着するあまり独断専行が酷かったからな。
 結局、フレイザードのバカヤロも指揮官向きじゃなかった。出世したとしても、戦いしか能が無ェから役には立たなかっただろうよ。
 分かるか? クロコダインらの裏切りもフレイザードの死も、魔王軍全体からしてみれば大した損失じゃないンだよ」

「だったらお前も大した指揮官じゃないな! こうしてブリザードの包囲網は全滅してるし、キラーエイプ達ももう逃げ帰っている!」

 するとエターナルは大きな声で笑った。

「虚勢を張るンじゃねーよ、坊主! お前はもう分かってるンだろ? 今のがデモンストレーションだってよ?
 俺が本気ならブリザードじゃなくフレイムを使ってこの街を焼き尽くしてたって悟ってンだろ?」

 そうだ…エターナルの云う通りだ。
 ブリザードとキラーエイプ、グリズリーだけでここまでの被害が出たんだ。
 こいつの指揮したフレイムの軍団なら、きっと為す術もなくベンガーナは灰燼と帰していたに違いない。

「誤解されても困るから云っておくがな、別に俺は余裕を見せてる訳でも、テメェを馬鹿にしてる訳でもないからな?」

「どういう意味だ?」

「そりゃァ、今後の為に魔王軍の現状を知っておいて貰おうとな…あっと、肝心な事を忘れてたぜ!」

 訝しむ間もなかった。
 不意にエターナルが何かを思い出したように手を叩いたからだ。

「さっきの話に出てきたフレイザードな? ヤツの事で礼をせにゃァいけなかったンだ」

「礼だって?」

 腰に手を当てて笑うエターナルに訝しげに問うと、こいつは更に胸を反らした。
 間近で見るとやはりシャツの下は包帯がきつく巻かれているようだった。
 だから今まで気付かなかったんだけど、胸を反らした今、判った。
 こいつ…女だったんだ。

「フレイザードはな、テメェも知ってるように不死騎団を地底魔城ごと滅ぼしやがった。
 いくらなんでもこれはやり過ぎだ…だから近々フレイザードは処刑される事になってたンだ」

「それを俺達が倒した…」

「ああ、おまけに完成したアバンストラッシュの威力も見せて貰えたしな。
 本当はヤツを作ったハドラーも更迭する予定だったンだが、その功績によって野郎はお咎め無しって訳さ」

 こいつ…!!

「あのな? こちとら軍人だぜ? テメェの手柄の為に暴走するヤツを放っておけるかよ。
 俺も不真面目な方だが、規律だけはきっちり守ってる。そうしないと下がついてこないからな。
 なんぼ強くても軍規を乱すヤツは粛正されるンだよ。ま、しっかり利用させてはもらったがな」

 エターナルは肩を竦めた後、不敵に笑って腰の二本の剣を抜き放った。

「フレイザード処刑代行及びアバンストラッシュ披露の礼に今度は俺自身の力を見せてやる!
 ハドラー達との戦いなんぞ餓鬼の手遊びに過ぎなかったと思い知るンだな!」

 エターナルは右手に持った長剣を頭上に掲げ、短剣を逆手に持った左手を俺に向かって突き出すような構えを取った。

「決闘の習いだ。もう一度名乗ろう…魔軍顧問エターナル…大魔王バーンの娘だ」

「なっ!? バーンの娘だって!?」

「驚いてねーでテメェも名乗れや」

 そう云って睨むエターナルの目は全然濁ってなくて、鷹のような鋭い光を放っていた。
 この時、俺の心は素直になった。

 怖い。

 どういう意味で今の目とあの濁った目を使い分けているのかは知らない…
 けど、あの鋭い目に射竦められた俺は、負けられないと思う前に…覚悟をしてしまったんだ。
 死を…

「無礼な餓鬼だな…まあ、いい…ついでに俺の相棒も紹介させてもらうぜ」

 いつの間にか俺とエターナルの間合いが狭まっていた。
 不動の構えかと思っていたけど、本当は少しずつ俺に気付かれないように間合いを詰めていたんだ!

「この二振りは、とある海底洞窟で見つけた古文書を解析して製造法を甦らせたカタナって剣でな。
 こと斬る事に関して右に出る剣は無ェ…銘はその古文書に書かれた騎士に似た存在に敬意を表してこうつけた。
 長剣をサムライ、短剣をモノノフとな。そしてこの二振りを使いこなす為、別の古文書から甦らせ独自の工夫を加えた剣法…」

 この時になって俺は漸く剣を抜く事ができた。

「牙狼月光剣! 推して参るっ!!」

 まるで餓えた狼のような迅い寄り身だった。













 あとがき

 半端かなとは思いましたが、このまま戦闘を書くと長くなりそうなのでここで切りました。
 次回はいよいよエターナル本人の戦闘能力が明らかになります。
 前書きにも書きましたが、チート丸出しの極悪仕様です。
 竜の騎士も大概チートですが、それを上回ります。
 でも最低系にはならないように工夫をしてますので、どうかお付き合い下さい。
 いや、今回のエターナルの口上も十分最低系かな…

 あと、思っていた以上に感想が多く頂けたので嬉しかったです。
 本当にありがとうございました。
 他にもツッコミ、アドバイスもございましたら、宜しくお願いします。





[12274] 第参話 姫騎士と竜の騎士 その壱
Name: 若年寄◆decbc20d ID:a621b7d9
Date: 2009/10/01 21:36
 レオナ視点

 みんなと協力してブリザードの包囲を破った私達は、敵の指揮官と思しき者を確かめに行ったダイ君を助ける為、教会へ急いでいた。

「ママ! ママぁ!!」

 子供の泣き声がした方を見ると、なんと瓦礫の下敷きになった母親に縋る小さな女の子の姿が見えた。

「大変だわ! あの人達を助けなきゃ!」

 力に自信がある人達から有志を募って瓦礫をどかそうとしていると、私達の目の前を何かが凄い勢いで通り過ぎていった。

「うううぅ…」

「だ、ダイじゃねぇかっ!?」

 近くの家の壁にぶつかって呻き声を上げているのは、確かにダイ君だった。

「ど、どうしたの!?」

 明らかに重傷を負っているダイ君にベホマをかけながら周囲を警戒する。
 ダイ君をこんな風にしたヤツはまだこの近くにいるはずだから…

「あがっ!!」

 いきなり私の腕の中にいたはずのダイ君が消えた。
 いえ、飛んでいってしまった。

「また派手に飛んだなぁ…」

 私の真上から影が差して、見上げると右足を振り上げた黒衣の女性がいた。
 ま、まさか彼女がダイ君を蹴り飛ばしたの!? まったく気配を感じなかった…

「貴女、なんて事をするのっ!!」

 私はダイ君ごと蹴られたせいで痛む両腕を交互にさすりながら、目の前の女性を睨み付けた。
 するとその人は初めて私の存在に気付いたように目線を向けてきた。
 私はまるで金縛りにあったかのように動けなくなってしまう。

「パプニカの王女レオナか…テメェこそ復興中の国を放って何をしてやがる?」

 鷹のように鋭い闇色の瞳に射竦められて私は言葉どころか呼吸さえも忘れた。

「のこのこと…バルジ島の時のようにまた人質にさてれーのか? それとも、いっそ首をねじ切ってやろうか?」

 恐怖で震える私の前にポップ君が割り込んできた。

「姫さんっ! ボォっとしてんな!!」

「アバンの使徒の魔法使いか…」

 彼女はチラとポップ君を見ただけですぐに興味を失ったのか、飛ばされていったダイ君の方へと足を向けた。

「舐めやがってっ!! 喰らえ、メラゾーマっ!!」

 しかしポップ君の杖の先からは炎はおろか火花一つ出なかった。

「なっ…め、メラゾーマが出ねぇ…」

 ポップ君は何度も杖を振りながらメラゾーマと連呼するけど、結果はすべて不発に終わった。

「ち、ちくしょう…魔法力だけ消費して魔法が…ならヒャダルコだっ!!」

 ヒャド系も同様に不発に終わってしまう。

「無駄だ。俺は精霊達とダチでな。今のように精霊の力を借りた魔法を俺に向けると不発する羽目になる。
 いくら唱えても魔法力を無駄にするだけだ。止めとけ…少なくともハドラーのように地獄の炎を用いたメラでも使えねー限りはな」

「せ、精霊とダチだとぉ…!? 出鱈目云うんじゃねぇ!! なんで精霊がお前みたいな魔王軍とお友達になるんだよ!?」

 ポップ君の云う通りだわ。精霊ルビス様を始めとする正義の力を象徴する存在が、悪の魔王軍に手を貸すだなんて!

「阿呆か! テメェらのちっぽけな物差しで精霊を語るンじゃねーよ! お前らがどう思ってよーが、俺が精霊達とダチって事実は変わらねーよ」

 再びダイ君の方へ足を向ける彼女だったけど、不意に前へつんのめった。

「アダッ!? な、何しゃーがるっ!?」

 頭を押さえて虚空に向けて怒鳴る彼女に私達は呆気に取られた。

「イデッ! グエッ! ホゲッ! ヌガッ! ガゴッ! アベシッ! ヒデブッ! タワバッ!」

 その後も彼女の顔はアチコチに揺さぶられ、そのたびに奇声をあげる様は奇妙を通り越して不気味だった。

「あのお姉ちゃん…半分透明な手で殴られてる…」

「えっ!?」

 未だ瓦礫に母親を挟まれている女の子の怯えた声に私は耳を疑った。

「声もする…ワタシタチハ、トモダチ、ナンカジャ、ナイデショ…ワタシタチト、アナタハ、ナニ?…」

「わーったよっ!! 俺達はダチどころか家族みたいなもんだってンだろびゃっ!?」

 いきなり虚空に水の塊が現われて、真下にいた黒衣の女性を水浸しにしてしまう。

「怒ってる…カゾク、ミタイナ?…」

「家族です! 完全無欠に家族です! お前らと俺との間に結ばれた絆は誰にも切れませんっ!!」

 すっかり濡れ鼠と化した彼女は…滝のように涙を流していた…
 その時、私は一瞬だけだったけど、確かに見た…薄い衣を纏った十数人の美女、美少女達が嬉しそうに彼女に抱きついているのを…

「もう好きにしてくれ…って今の“好きにしてくれ”ってそういう意味じゃねェ! 揉むな! 舐めるな! 服を脱ぐな! だからって俺を脱がそうとするなっ!!」

 彼女の言葉通り、独りでに黒いシャツのボタンが一つ一つ外れていくのが見えた。

「だーっ!! 今は仕事中だっての! 笑ってないでさっさと助けやがれ、ルビスのおっ母やん(おっかやん)!!」

 あーあー、聞こえなーい。私は今、大それた名前を聞かなかった…ええ、聞こえませんでしたとも!

「お、おい、姫さん! あの女が変な一人芝居をしている今がチャンスだ! 早くダイにベホマを!」

 ポップ君に耳打ちされて我に返った私はダイ君へと駆け寄った。

「ひ、酷い…このままでは死んでしまうわ!」

 改めて見るとダイ君の怪我は酷いものだった。
 全身に鋭い刃物で斬られたような裂傷が走り、右肘と右肩の関節がとんでもない方向へ曲がっていた。
 未だ左手に握られている鋼鉄の剣は寿命が近かったとは云え半ばあたりで折れていて、彼女との戦闘の凄まじさを物語っていた。

「ベホマ! よしっ! 傷が塞がっていくわ…あの人に向けない限り、魔法は邪魔されないようね。
 右腕は折れてる様子はないけど…脱臼させられてる! 回復魔法じゃ骨接ぎができないのをよく知っているわね!」

 私はポップ君に骨接ぎが出来る人を捜してもらう。きちんと骨接ぎをしてから回復魔法をかけないと変な風に繋がってしまうからだ。

「うう…れ、レオナ…」

「ダイ君!? 気が付いた?」

「レオナぁ…逃げろ…あいつは今まで戦ってきた軍団長やハドラーとはケタが違う…逃げるんだ!」

 そんな…あの勇敢なダイ君が怯えの表情を浮かべるなんて…

「逃がすと思ってンのか?」

 振り返るとあの黒衣の女性がすぐ近くに立っていた。
 でもシャツはヨレヨレだし、髪も未だに濡れていて、しかも物凄く疲れた表情をしているせいで緊張感が抜けてしまう。

「え、エターナル…」

 ダイ君の生唾を飲む音がやけに大きく聞こえる。

「エターナル? それが彼女の名前?」

「呼びにくければ、気軽にターさんと呼んでくれても良いぜ?」

「ターさんて…」

 よく分からない人…ふざけているのか、私達を馬鹿にしているのか…

「丁度良い。レオナ姫、テメェは人質になってもらうぜ。パプニカ王家の血筋は最早この世でテメェだけ…盾にすりゃァパプニカもすぐ落ちるだろ」

 エターナルの手が私へと伸びてくる。
 一瞬、恐怖が私を支配しかけたけど、すぐに彼女の目線に気が付いた。彼女は私ではなく、ダイ君を見ていた。

「……ろ」

「あん?」

「…めろ」

 私に伸びたエターナルの腕を誰かが掴んだ。

「やめろ…レオナに手を出すな…」

 誰かなんて勿体付けるまでもない。この手はダイ君の手だ!

「ケッ! 負け犬の出番はとっくに終わってンだ。テメェは大人しくしてろ」

 底冷えするような冷たい口調とは裏腹に、彼女の目は輝いている。

「レオナには手を出させない!」

「無駄だ! お前如きじゃ、レオナ姫を救うどころか、俺に一滴の血も流させる事はできねーよ」

 違う…この目はダイ君を見くびっていない…むしろ期待を込めてダイ君を、ダイ君の額を凝視している。

「レオナは俺が守って見せる! 離れろ、魔王軍っ!!」

 閃光が迸る!

「離れろおおおおおおおおおっ!!」

「ぬおっ!?」

 ダイ君、いえ、私達を中心に生じた衝撃波でエターナルが弾き飛ばされて頭から瓦礫に突っ込んだ。

「だ、ダイ君…これがデルムリン島で初めて会った時やバルジ島で私を助けてくれた力…」

 ダイ君の額にはまるで竜の顔のようにも見える紋章が浮かび上がっていた。

「やーれやれ…ちょいと追い詰めすぎたかと焦ったが、やりゃァできンじゃねーか!」

 あれで倒せたとは思ってなかったけど、あの衝撃をまともに受けて無傷でいられるなんて…

「無傷じゃねーよ。あんの馬鹿精霊ども…たかが掠り傷でベホマを何十回かけやがる…伝説のマホイミみてーに体が崩壊したらどうしてくれンだ!」

 マホイミ…確か水をやりすぎると草木が枯れるように、過度の回復系魔法力により生体組織を破壊してしまう呪文だったわね。
 つまりエターナルは回復魔法を集中させてしまうくらい精霊達に愛されている訳ね…って顔を真っ青にさせて震えてるんだけど?

「肉体が滅びたらその魂を精霊界で転生させましょうって…たまにお前らがとっつぁんより怖くなるンだけどよ…」

 精霊に愛されるのも善し悪しね…確かに私達の物差しじゃ精霊は測れないみたいね。

「まあ、今はそんな事に突っ込んでる暇はねーか…つーか、忘れてェ…兎に角、ようやくお遊びが終わった訳だ?」

 二刀流の構えを取りつつエターナルは、楽しそうにダイ君と対峙した。

「ぐっ…ぐあああああああああああああああっ!!」

 なんとダイ君は自分の右腕を引っ張って無理矢理関節を嵌めてしまった。

「おーおー、頑張るなァ…下手すりゃ筋を痛めて余計に動かなくなる場合もあるのによ…」

 エターナルの軽口を無視して、ダイ君が瓦礫に向かって手をかざすと、あの大きな瓦礫は粉々に砕け散った。
 私達は慌てて下敷きになっていた女性を助け出す。

「早く逃げろっ!」

 ダイ君の鋭い声に私は一瞬硬直してしまったけど、すぐに気を取り直して二人から距離を取るべく移動を始めた。

「お…おばあさま! あの紋章はまさしく!」

「ウム…! まさかこの目で本当に拝めるとは思わなんだ…伝説の…竜(ドラゴン)の騎士様の戦いを!」

 あの二人は確かドラゴンキラーのオークション会場で、大金を払って力量以上の武器を持って粋がるのは馬鹿だ、と忠告してた占い師?
 二人はダイ君の紋章…力について何か知っているの?

「ほゥ…ボミオスの効果がまだ切れてねーのにこの速さ…大したもんだな!」

 エターナルの剣は、どうやら逆手に持った短剣で防御、牽制をして長剣で攻撃をする剣法のようね。
 それにしても、素人目にもエターナルの剣は戦士として最高位にありそうなのに、ボミオスでダイ君の素早さを下げていただなんて…
 只でさえ強いのに、相手の力を十分に発揮させないようにする戦い方までするなんて…今ここで倒しておかないと厄介な事になりそうだわ。

「こいつはどうだ? ケエエエエエエエエエエエエエエエイッ!!」

 裂帛の気迫と共に短剣がダイ君の喉笛を抉らんと迫るけど、ダイ君は折れた剣でも余裕で短剣を弾き返した。

「セイッ!!」

 いけない! あの短剣は囮で、本命は長剣の脳天唐竹! しかも短剣を弾かれた勢いも利用している!

「はあああああああああああああっ!!」

 しかし迫り来る長剣を身長差を利用して潜り抜けて、ダイ君渾身の体当たりがエターナルの体に決まる!

「舐めンな!」

 なんとエターナルはその体当たりを受けた体勢のまま両腕でダイ君の頭を抱えると、容赦ない膝蹴りを見舞う。
 負けじとダイ君も額の紋章の光を強めて、無理矢理後ろへ跳びながら拘束から抜け出す。そのスピードは先程の比ではなかった。

「チッ! ボミオスが切れちまったか…だがその折れた剣じゃ俺に通用する攻撃はできねーみてェだな?」

 そうだ。あの折れた剣ではエターナルの防御は突き抜けられない…何かエターナルの剣に対抗できる武器がないと…
 すると派手な金属音を響かせて、何かがダイ君の足下へ落ちてきた。

「坊主! そいつを使え!!」

 振り返るとベンガーナの兵士が叫んでいた。
 ダイ君は兵士の投げた鋼鉄の剣を手にすると空に向かって掲げた。

「勝負だ! エターナル!!」

「チッ! 余計な事を!」

 口ではそうは云いながらも、エターナルの目はやはり楽しげな色が依然としてあった。

「ライデイィィィィィンッ!!」

 ダイ君の剣に稲妻が落ちてそのまま雷のエネルギーが留まる。

「何、あの剣は?」

「そうか! 考えたな! ダイは剣に魔法をかけて敵に剣と魔法を同時に喰らわせる魔法剣が使えるんだ!
 いくらエターナルが精霊に守られていようが、一度発動した魔法までは無効化できないはずだぜ!」

 そうか! 精霊達はエターナルに向けられた魔法に限って力を貸さない訳だから、剣に向けて放つ魔法はちゃんと発動するんだわ!

「これが俺の持つ最強の技!! ライデインストラッシュだああああああああああああああっ!!」

 剣を逆手に持ったダイ君が剣に込められたエネルギーをエターナルに向けて解き放つ!

「ヒギャアアアアアアッ!! だ、大魔王様ああああああああああああっ!?」

 巨大な閃光に飲み込まれて、エターナルの姿が見えなくなった。
 閃光が収まると、そこにはエターナルの姿は影も形もなく、代わりに巨大なクレーターが出来上がっていた。

「勝った…の?」

「…つ…強ぇ…ヒュンケルを倒した奥の手に、今度はアバンストラッシュも完全版だ…これじゃあの反則じみたエターナルも流石に助からないだろ」

 半ば呆然としていたポップ君の口からそんな言葉が出た。
 ゆっくりと私達に近づいてくるダイ君をみんなが固唾を呑んで見守っている。

「や、やったなダイ! 凄かったじゃねぇか」

 ダイ君に声をかけるポップ君は少し笑みが強張って見えた。

「大丈夫だった?」

 額の紋章が消え、元の穏やかな顔に戻ったダイ君が女の子に声をかけると、その子はビクッと震えて私の背中に隠れてしまう。

「ど…どうしたの…君?」

 戸惑うダイ君に女の子は怖いと云って泣きついてきた。

「お兄ちゃん、こわいよぉっ!!」

 泣きじゃくる女の子にダイ君はハッと顔した顔になった。

「…俺が怖い…?」

 見れば周りの人達も怯えたようにダイ君と、先程出来上がったクレーターを見比べていた。

「な…なんでみんな俺のことをそんな目で見るんだよ…?」

「そりゃオメー…テメェが人間じゃねーからだよ!」

 聞き覚えのある声にダイ君の体がギクリと震えた。

「テメェの人間離れした強さを見てこいつらはビビッってンだよ!
 無礼な話だぜ…テメェらの街を守ってくれた英雄様によォ…」

「こ、この声はエターナル!? 生きてやがったのか!?」

 やっぱり…あの断末魔の言葉…どこかわざとらしかったし…

「生きてて悪かったな? ま、俺を倒したかったら、ライデインじゃなくギガデインを使えるようになってから出直してきな」

 クレーターの中心が盛り上がり、土埃を撒き散らしながら無傷の…多分、精霊に治療して貰ったエターナルが立ち上がった。
 流石に無事だったとは云えないようで、あの黒尽くめの服は吹き飛んでいて、右腕と顔の右半分以外の全身を覆う包帯と白のローライズだけという姿になっていた。

「だが噂に違わぬ強さだったぜ? お前さんが本気になってくれたお陰で、テメェの正体、しかと見極める事ができた…ありがとうよ」

 エターナルはゆっくりと私達に近づくと、一振りの剣を差し出した。

「確かテメェは新しい武器を捜してるンだったな? フレイザードの処刑と今日の褒美にこいつをくれてやる」

 鞘から抜き放たれたその剣は片刃の剣だった。それが陽光を反射して美しい光芒を放っている。

「こいつの銘はハガクレ…例の古文書にあったサムライの生き様を示すンだそうだ。
 こいつは只のカタナじゃねェ。魔力を込めて斬れば自動的にバイキルトが発動し、道具として使えばスカラの効果が現われる。
 合い言葉は『我を守れ』だ…まだまだ未熟なヒヨッコにはありがたいだろ? 勿論、切れ味も強度も保証してやる」

 剣の切れ味を増幅するバイキルトと防御力をアップするスカラの効果がある剣…確かに垂涎物のアイテムだわ。
 でも魔王軍である彼女が何故…? その疑問は当然、ダイ君もポップ君にも浮かんだことだった。

「な…何故、俺にこれを…?」

「そうだぜ…魔王軍のヤツがなんで武器を? 罠としか思えないぜ…魔力を込めたと同時にドカンッとかな!」

 訝しむ二人に、当然か、とエターナルは苦笑した。

「気持ちは解るが罠じゃねーよ。 それは本当にお前への褒美なンだよ。そして魔王軍の先輩からのプレゼントでもあるがな」

「ま、魔王軍の…」

「先輩だってぇ!?」

 二人が狼狽するのもよく解る。だって私もかなり驚いているもの!

「ああ、ダイ…テメェは近い将来、魔王軍に入ることになる。その為の準備は既に整えてあるぜ」

「ふ…ふざけるなっ!! どうして俺が魔王軍なんかに!!」

「そうだぜっ! ダイが魔王軍に協力する訳がねぇだろ!!」

 激昂する二人にエターナルは楽しそうに笑う。

「いいや、ダイ! お前は必ず魔王軍に来る! その訳はもうすぐ知る事になるだろう!!」

 エターナルは笑いながらゆっくりと後ろへ下がる。
 ダイ君は追おうとするけど、先程の戦闘の疲労と無理に右腕を治した痛みに膝をつく。

「待てっ!! その訳ってなんだ!?」

「焦るな焦るな! 俺は“もうすぐ”って云ったぜ? その時が来るのを楽しみにしてな!」

 そう云うや、エターナルの体は光に包まれて凄い勢いで飛んでいった…ルーラを使われたか…

「お…俺が魔王軍に…?」

 残されたダイ君は呆然と呟くことしかできなかった。








 あとがき

 ターさんことエターナルVSダイの初戦闘が終了しました。
 結果はご覧の通りです。

 そしてついにエターナルのチート能力の一つ、精霊の加護が明らかになりました。
 これにより自分に向けられた精霊の力を借りた魔法は不発となり、また少ない魔力消費で極大呪文が使えたりします。
 何故、エターナルが精霊に愛されるようになったのかは、後々明らかになっていきます。

 あと脱臼と回復魔法云々は私の独自解釈です。
 何年か前、友人と「RPGの回復魔法で脱臼とか治るのかな?」「脱臼治すのは高度な技術が要るだろ」と論争した事があります。
 結局は決着がつかなかったんですけどね(苦笑)

 それでは、また次回に。





[12274] 第肆話 姫騎士と竜の騎士 その弐【15禁?】
Name: 若年寄◆decbc20d ID:a621b7d9
Date: 2009/10/01 21:35

 世界最北に位置する死の大地は、その名に相応しい鳥も通わぬ不毛の大地である。
 しかし生物の気配がないとされているこの島の地底にこそバーンの居城、バーンパレスが隠されていた。
 そのバーンパレスの中央部にバーンの主城である天魔の塔があり、その中の一室に『永遠の間』と名付けられた部屋がある。

「姫様…宜しゅうございますか? ミストバーンにございます」

「おーう…鍵は開いてるぜ。入って来いよ」

 部屋の主に許されてミストバーンが『永遠の間』に入ると、エターナルがキングサイズのベッドの上で本を読んでいた。
 ベッドの上にいたのはエターナルだけではなかった。肌が透けるような薄い衣を纏った数人の美女、美少女達が妖艶な笑みを浮かべて彼女に寄りかかっている。
 エターナルに至っては純白のシーツを腰にかけてはいるものの、明らかに一糸も纏ってはいなかった。
 普段は包帯の下に隠している肌も晒しており、その肌は炎を流線型のラインで表現したデザインの刺青が彫られていた。

「英雄、色を好む…求めているのは精霊達の方ですから、この言葉は当て嵌まりませぬか」

「合ってンじゃね? 俺だって嫌いじゃねーからよ。一度に相手をする数がちとキツイっちゃァキツイが…」

「セックスの強さは下半身の強さの証明…剣士にとっても格闘家にとっても下半身は重要…つまりは姫様の強さの証明でもありましょう」

 美女達がバスローブをエターナルの肩にかけると、彼女は本をベッドへ置いて帯を締め立ち上がる。

「ンな変な世辞はいらねーよ…で、何の用だ? ダイ達に何か動きがあったのか?」

「はい、ダイは現在、テランに入国しております。自分のルーツを求めての行動でしょう」

「だろうな…あの国は人口50人程度で最早国として機能してるのかすら怪しいところだからな。
 魔王軍もあえて侵略の対象から外してるテランへ行く理由は…その地に眠る竜(ドラゴン)の騎士の伝説だけだろう。
 多くの人間が見てる前で紋章を使わせた甲斐があったな…人間はダイを恐れ、ダイは自分の力のルーツを知りたがるようになる」

 エターナルがシガーケースから葉巻を一本取り出すと、ベッドの上の美女達が顔をしかめたので渋々ケースに戻した。

「で、用件はそれだけじゃねーだろ? その程度の報告は近衛騎士団の連中に伝言すれば良いンだからよ」

「はい、実は姫様の手配通りバランをテランにて待機させていたのですが…」

「あん? あのカイゼルヒゲに何かあったンか? そこはかとなく嫌な予感がするンだが…」

「まずは大魔王の間へご足労を…映像をご覧頂きながら説明を致します」

「わーった…一時間、時間をくれ。流石に情事の残り香を纏わせてとっつぁんの前にゃァ出られめェ」

 エターナルは美女達を引き連れて浴室へと向かった。








 きっかり一時間後、エターナルは全身に包帯を巻き、ベンガーナの時と同じ黒尽くめの姿で大魔王の間へ出頭した。
 その場には既に魔軍司令ハドラー、妖魔司教ザボエラ、魔影参謀ミストバーンの三人が揃っていた。
 玉座を覆う薄布には恐ろしげな影が映り、凄まじいまでの威圧感を放っている。

「とっつぁん、カイゼルヒゲが何かやらかしたンだって?」

「カイゼル…まあ良い。まずはこの映像を見よ」

 エターナルが後ろを見ると岩壁に埋め込まれた巨大な水晶玉のような物があった。

「ザボエラ…」

「ハハッ!」

 ザボエラが何事か呟くと、水晶玉に映像が浮かび上がり、テランを俯瞰で見た様子が映し出された。

「勇者ダイが自分のルーツを求めてテランへ赴いたのは、姫様のご存知の事と思われます」

 エターナルは胡乱げな目でミストバーンを見ながら頷いた。

「そこでダイは単身、湖の底に眠る竜の神殿へ…恐らく自分の正体を知られ、仲間からも疎まれる事を恐れたものと思われます」

「その辺も予想通りだな。だから俺は、二人の邂逅の場に竜の神殿を使え、とカイゼルヒゲに提案したンだからな」

 エターナルは未だ自分が呼ばれた理由が判らなかった。

「流石に悪魔の目玉も竜の神殿に入れなかった為、中で何があったのかは分かりませんが、少なくともダイは竜の騎士のルーツを知ったはずです。
 しかし、問題はここからで…二人が竜の神殿に入って数十分後の事です…」

 映像の中の湖に突如巨大な渦巻きが発生し、凄まじい光と共にダイが大砲の弾のように湖面から飛び出した。

「おおいっ!? 何で戦闘になってンだよ!? 竜の神殿の中でゆっくりと親子水入らずで十数年の時間を埋めろとは云ったが、戦えとは云ってねーぞ!?」

 地面に投げ出されたダイに駆け寄っていく仲間の図を見ながら、エターナルは酸欠の金魚の如く口をパクパクさせている。
 ダイを打ち上げた光は衰える事はなく、その中にバランの姿を認めた。

『あいつは魔王軍だ!! 魔王軍の超竜軍団長…バラン!!』

「へ…?」

 自分が提供したハガクレを構えバランを警戒するダイに、エターナルは顔を弛緩させて間抜けな声をあげた。

「何であの餓鬼はテメェの親父を呼び捨てにしてンの? つーか、超竜軍団長って呼んでね? 親子の名乗りをしたンじゃねーンか!?」

 驚くやら呆れるやらのエターナルだったが、映像はお構いなしに彼らの遣り取りを流していく。
 曰く、自分こそがこの時代における真の竜の騎士であり、ダイは例外である。
 曰く、今こそ竜の騎士としての使命に目覚め、自分とともに人間を滅ぼせ。
 曰く、お前が成長するにつれ人間はお前を恐れ、疎み、迫害するだろう。
 曰く、その時、地獄の苦しみを味わうのはお前なのだ。

「あったー(頭)痛ェ…ダイの性格から考えても、あの云い方じゃ反感買うか、追い詰めるだけじゃねーか…」

 エターナルは、激昂して放ったポップの魔法を閃光とともに弾き飛ばしたバランの映像を見ながら頭を抱えた。
 同族だからとダイを自由にできる権利はないはずだと叫ぶポップに返したバランの言葉に、エターナルは魂が抜けたような間抜け面になった。

『権利なら…ある! 親が子供をどう扱おうと勝手のはず!!』

『…なんて…? 今なんて云ったの?』

『この子は私の息子だと云ったのだ。本当の名は…ディーノ!!』

「今の段階で親子の告白ゥ!? おかしい! タイミングも順序もまったくおかしい!! カイゼルヒゲは本当にダイを引き入れる気あんのか!?」

 よろけるエターナルをミストバーンが支える。

「おい…とっつぁん…俺を呼んだのは、この拗れまくった親子の確執を修復しろってーンか?」

「いや…まだ続きがあるのだ」

 まだあるのか、とエターナルはげんなりとした顔で水晶玉を見上げた。

『うるさいっ!! ディーノなんて呼ぶなっ!!』

「まあ…そうなるよなぁ…」

 エターナルは疲れた表情で必死なダイの表情を見つめた。

『本当の名前もクソもあるもんかっ!! 俺は魔王軍と戦う…勇者ダイだっ!!』

『そうか分かった…では、人間どもの呼び方にしたがってダイと呼ぼう!!』

「おいいぃ!? カイゼルヒゲもダイって呼んじまったぞ!?」

 エターナルの目は眼球が零れそうなくらい見開かれた。

『ダイよっ!! 人間どもに味方する勇者としてお前を倒す!! 素直に我が軍門に下らぬと…命がないものと思えっ!!』

「これ…親子の確執どころか、完全に敵味方に分かれてンじゃねーか…どうすンだよ、おい…」

 エターナルはガックリと肩を落とした。
 その後、ダイは奮起して紋章の力を呼び起こし、ベンガーナでエターナルに放ったライデインストラッシュをぶつけるが、なんとバランはあっさりと受け止めてしまう。
 しかもダイのライデインのエネルギーをそのまま自分の剣に吸収してしまうどころか、追い打ちをかけるようにギガデインを自らの剣に落とす。

「終わったな…」

『ギガブレイク!!』

 ライデインの上位呪文であるギガデインを用いた魔法剣の前に、ダイは為す術もなく防具ごと砕かれて湖に叩き込まれた。
 ダイを倒されてポップが前に出ようとするが、突如現われたクロコダインに制された。
 しかし、そのクロコダインもバランの前ではその身を震わせ、死すら覚悟しているよう見えた。

『もはや完全に人間の味方という訳か…残念だぞ、クロコダイン…私は六団長の中では最もお前を買っていたのに…
 そういえば、あのヒュンケルという男も嫌いではなかった…あの人間を憎む氷のよう心がな…
 だが、私の気に入ったヤツはみんな魔王軍を去る…よほどハドラーに人徳がないのかな…』

「云われてンぞ? 魔軍司令としてどうよ?」

 ハドラーに話を振るが、当の本人は凄まじい形相で脂汗を浮かべるだけで何も語ろうとはしなかった。

『それは違う!』

「あん?」

 エターナルはクロコダインの声に再び水晶玉に目を向けた。

『ヒュンケルはどうだか知らんが…少なくとも俺はハドラーや大魔王バーンの為なら死んでも良いと思っていた。
 主の為に命を捨てるのが真の武人!! その対象が今はダイになったというだけの話だ!!』

『だから私と戦うというのか? ダイを守る為に!!』

『ダイがいなかったら俺やヒュンケルはいつまでも魔道をさまよっていたに違いない…
 あいつは俺達の心の闇に光を与えてくれた…太陽なのだ!!
 生きとし生けるものにはすべて太陽が必要なのだ…それを奪おうとする者は許せんっ!! 力及ばずとも戦うのみ!!』

「太陽…なぁ…太陽を憎悪する俺は何を道しるべにしてるのかなぁ?」

 一瞬だけ苦しげな表情を浮かべたエターナルの呟きは、ハドラーとザボエラの耳に入ることはなかった。
 決死のクロコダインではあったが、竜の騎士の持つ攻防一体の竜闘気の前に一切の攻撃が通用せず、右腕を折られ右目をも潰されてしまう。
 敵討ちとバランの前に進むポップだったが、クロコダインに止められる。
 ロモスでの戦いで自分に命懸けで向かってきたポップの姿に、信じ合いながら戦う人間の素晴らしさを見たというクロコダイン。

『俺の心の濁った汚れを取り除いてくれたのはポップ…お前だ!!』

 ポップがぬぐってくれた心の目でバランを見据え、命をかけるクロコダインの姿にエターナルは何故か羨ましいと思った。
 お互いに最後の攻撃を仕掛けようと対峙するバランとクロコダイン。その時、水飛沫をあげてダイが湖面から浮上した。

「いつの間にかレオナ姫がいねェ…湖に潜ってダイを救ってたのか…結構、根性あったンだな」

 ダイとクロコダインの作戦は、まずダイがバランに向けてアバンストラッシュを放ち、その方向へクロコダイン最強の一撃を撃つことにあった。
 作戦は成功し、竜闘気を突き破ってバランにダメージを与えたまでは良かったのだが、そこでバランは思いもしない奇策に出た。
 なんとバランはダイとお互いの竜の紋章を共鳴させ、ダイの頭脳に全エネルギーを送り込み、人間としての記憶を吹き飛ばしてしまったのだ。
 力を使い果たしたバランは去り、後に残されたのは記憶を失ったダイと、その事実に打ちひしがれる仲間の姿であった。

「あんのヒゲオヤジぃ…!!」

 映像を見終えたエターナルは激昂していた。

「結局はテメェの息子を復讐の道具としてしか見てねーじゃねェかっ!!」

「姫様…」

「今回、俺と組む時な…バランは云ったンだぜ…? 息子のディーノを取り戻したい。それが叶った暁には親子でバーン様のお役に立つってなっ!!
 それがなんだっ!! あれが親子かっ!? 父親であると名乗る前に、共に人間を滅ぼせだぁ!? お前は竜の騎士の例外だぁ!?」

 エターナルの怒りに呼応するかのように、彼女の周囲に数本の炎の柱が立ち上がる。

「俺は正直、ダイが羨ましかったンだぜ! 自分を愛してくれる肉親がいる事に! バランの人格なら十何年の時間なんてすぐ埋めていい親子になると思ってたのに!!
 だから俺は周りくどいやり方でダイには人間に少しだけ疑問を持つように誘導して、バランや魔王軍にも心が傾くようしてお膳立てしたというのに!!
 ふざけやがってっ!! 本当にダイを愛してるってンならテメェの復讐心に巻き込むンじゃねェ!! テメェと魔王軍とじゃ人間を攻撃する動機が違うンだよ!!」

 炎の柱が螺旋を描くようにエターナルの周囲を旋回する。

「ヒィィィィィィィ!?」

 ザボエラが頭を抱えて逃げ惑う。

「落ち着け、エターナル…暑くて敵わぬ…いい加減、贄蝕みの炎(にえはみのほむら)の暴走を抑えよ」

「これが落ち着いて…!!」

「余では不服か?」

 バーンの声にエターナルは一瞬、泣きそうに顔を歪め、すぐにバツが悪そうに俯いた。
 同時に炎の柱は始めから無かったかのように掻き消えた。

「余が父親では不満か? 余はそなたの父たり得ぬか?」

「悪ィ…頭ァ冷やしてくらァ…悪いが俺をここに呼んだ理由はまた戻ってきた時に聞くわ…」

 エターナルは無理矢理無表情になり、足早に大魔王の間から退室する。

「そのことだがな…そなたはすぐにバランと合流すれば良い…その後はそなたの好きにせよ、と命じるつもりであった。用件は以上だ」

 背後からの声に振り向く事はなく、それでも頭を下げて扉の向こうに消えた。
 去り際に、とっつぁん、と一言零して。

「あ、あのぉ…バーン様?」

「ザボエラか…いかがした?」

「先程の口振りからバーン様とエターナル様との間には血のつながりがないように思えましたので…それにニエハミノホムラとは一体?」

「確かに余とエターナルには血のつながりはない…それがどうした? 何か不都合でもあるのか?
 それと贄蝕みの炎のこと…ザボエラよ…そなたがそれを知る必要があるのか?」

 薄布の裾が波打つほどに増したバーンの威圧にザボエラは、滅相もないと慌てて大魔王の間から逃げ去った。

「やれやれ…我が娘ながら落ち着きのない…再来年には五百歳になるというに…」

「姫様はお優しすぎるのです…敵に対して容赦がないのも下手に加減をすれば、情けを生じてトドメを刺せなくなる事を恐れるが為…
 今回の事もそうでしょう。ダイの力試しにおいては、あれは戦いではなく稽古感覚だったに違いありません。
 十中八九、姫様はダイにかなり感情移入されているはずです。だからダイの引き抜きには並々ならぬ期待をされていたのでしょう」

「あれだけの憎悪を抱えていながら、愛情の許容量も巨大な娘ゆえ…人や魔族、竜、モンスター、精霊と分け隔てなく愛するからな…
 あの忌々しい精霊ルビスやヴェルザーが猫可愛がりにし、自分の娘にするからよこせと三日と開けずに催促するほどに…な」

「ダイが魔王軍に下った時、姫様がダイをどのように扱うか…目に浮かびますな」

 自らの保身の為にあれこれ考えていたハドラーには、バーンの溜息が聞こえることがなかった。








 あとがき

 うーむ、竜の神殿からダイが記憶を失うまでのダイジェストっぽくなってしまいました(汗)
 それと今回は第壱話のように三人称視点で進めました。魔王軍サイドでは三人称、アバンの使徒との戦いでは一人称でいこうと思っています。
 
 そして我らがターさん、実はバーン様との血のつながりはありませんでした(爆)
 冒頭もちょっと(?)エロエロな感じで始まっちゃいましたし、読者様の反応が怖いです…
 意味ありげな(中二病っぽいとも)名称も出してしまいましたし…伏線だけは絶対に回収しないと…(汗)

 それでは、また次回に。





[12274] 第伍話 姫騎士と竜の騎士 その参(修正)
Name: 若年寄◆decbc20d ID:a621b7d9
Date: 2009/10/09 11:58
 バーンパレス内に設けられた会議室にて魔軍司令ハドラーが声を荒げている。

「バランはどうしたのだ!? ダイ奪還に失敗した挙句にまったくの音沙汰なしとは!!
 むううっ…だからあいつには任せておけんと…」

「発見! 発見! バラン様を発見しました!!」

「どこじゃ!?」

 悪魔の目玉から突然報告が入り会議室内は色めき立つ。

「ベンガーナ王国の南端・アルゴ岬にて体力の回復を行っていた模様…映し出します」

 悪魔の目玉に映し出されたバランは岬の突端で巨大な三色の篝火を焚いていた。
 それを見てハドラーの顔に忌々しげな表情が浮かんだ。

「ウウッ!! や、やはり…竜騎衆を呼ぶつもりなのか!?」

「竜騎衆!? なんです、それは!?」

「…バランは単独で竜を操っても無類の強さを誇る為、あまり表立ってはおらんが…ヤツには竜騎衆と呼ばれる最強の部下が三人いるのだ!!
 それぞれが海・陸・空の竜を操る屈強の竜使いであり、バランガこの三人を配下に置いた時の破壊力は想像を絶する!!」

「そ…それほどの部下が!?」

 ザボエラはただ呆然と呟くしかなかった。

『集え!! 三界の覇者達よ!!』

 映像の中のバランが叫ぶ。

『今こそ超竜軍団決戦の時!!』

 三色の篝火が巨大な火柱へと変じた。
 それは巨大な火の玉となって空中に留まっており、何かの合図のようであった。
 ややあって…

『…来たかっ!! 竜騎衆!!』

『竜騎衆が一人! 空戦騎ガルダンディー見参!!』

 最初に現われたのはスカイドラゴンに跨った鳥人族の男だった。
 続いて岬直下の海面が渦を巻き、次いで巨大な水柱が上がった。
 中から現われたのはガメゴンロードの甲羅の上に設えた玉座に座るトドマンだ。

『海の王者・海戦騎ボラホーン! 参りました!!』

 最後に巨大な地響きを立てながら進むドラゴンに跨る槍を持った魔族の青年が姿を見せた。

『陸戦騎ラーハルト推参!!』

 ここにバラン最強の部下、竜騎衆の三人が揃ったのだ。

『ご苦労だった。待っていたぞ!』

 バランの労いに三人は不敵に笑う。

『…数年ぶりですね。我ら三人がバラン様の下に集うなど…』

『我々全員の力を欲するとは、いったいいかなる事態が起こったのです!?』

『世界を燃やし尽くす日でも来たのですか? クククククッ!』

『私の息子…ディーノが生きていたのだ!』

 バランの言葉に三人は若干の驚きの表情を見せる。

『最近とみに評判の高かった魔王軍に立ち向かう勇者の少年ダイ…彼こそ我が息子ディーノだったのだ!』

『!! な…なんと皮肉な巡り合わせか…』

 ラーハルトが感嘆の声を上げる。

『私は既にディーノに出会った! そして彼率いる勇者のパーティと一戦交えた。
 その結束力は想像以上に強く…私も若干のダメージを受けた』

『ば…バラン様が…手傷を!?』

『そ、それでこのアルゴ岬に来られていたのですな。ここは代々竜(ドラゴン)の騎士が力を回復する“奇跡の泉”があると云われるところ!』

『ウム…来た理由はそれだけではないがな…』

 ラーハルトはやや痛ましげにバランを見つめるが、ハドラー達にはその理由が皆目見当がつかなかった。

『心得ました。バラン様!! 要はディーノ様の奪還にお力添えをすれば良いのですね!』

 ラーハルトの言葉にバランは既にダイから人間としての記憶を消していることを前置きし、後は迎えにいくだけなのだが、と語尾を濁す。
 懸念事項としてダイの仲間の事を挙げ、特にクロコダインとヒュンケルは侮れないと諭した。

『ククッ…笑止な。バラン様になら兎も角、魔王軍の軍団長如きに我ら竜騎衆が後れを取るはずなどありません!!』

 しかしガルダンディーはバランの忠告を一笑に付す。

『確かにお前達は竜の騎士ほどの力はないとはいえ、魔族、獣人族の中から選りすぐった最強のドラゴンライダー達…
 だが死を覚悟した人間どもは恐ろしい力を発揮する事もある。もし勇者の仲間達が抵抗してきたらお前達三人で叩き潰すのだ!
 その間に私は息子を奪い返す!!』

『ハハッ!!』

 彼らの返事を聞いて、バランは踵を返す。

『戦の準備を整えてくる…しばし待て』

 そう云い置いてバランは森の奧へと姿を消した。
 それを見送ったガルダンディーは若干の呆れの表情を浮かべる。

『フッ…バラン様も相変らず細心な御方よ。たかが人間ども数人と裏切り者二人の為にわざわざ我らをお呼びになるとは』

『無礼だぞ、ガルダンディー!!』

 ボラホーンがガルダンディーを窘め、ラーハルトも同意する。

『そうだ。獅子は兎を倒すにも全力を尽くすという。その細心の配慮が百戦百勝の我が超竜軍団の栄光を支えていることを忘れるな!』

 ガルダンディーは二人に軽く、分かってるよ、と返すと、アルゴ岬から海を挟んで見える街に気付く。

『確かベンガーナという国だな』

『フッ、面白い! 俺は人間どもをいたぶるのは久しぶりなんだ。ちょっくらウォームアップをしてくるぜ!』

 自らのスカイドラゴンに跨るガルダンディーをボラホーンは慌てて止めるが、彼は耳を傾けない。
 スカイドラゴンを駆ってあっという間に飛び去ってしまった。

『馬鹿めが…!!』

『…いつもの事だ。バラン様も笑ってお許しになる…』

 しかし、二人はこの時殴ってでもガルダンディーを止めるべきだったと後悔する事を知らない。

「は、ハドラー様…」

「フン! あのガルダンディーとかいう男を追え! 少しは気晴らしになるものを見せてくれるやも知れん!!」

 伺いをたてるザボエラにハドラーは面白くなさそうに答えたのだった。








 ベンガーナ上空にて、スカイドラゴンが凄まじい雄叫びをあげた。

「な…なんだっ!? また魔王軍が!! し、しかも今度はドラゴンだってぇ!?」

 エターナル率いる百獣魔団・氷炎魔団の攻撃の傷も癒えていないベンガーナの住人達はひどく狼狽している。

「のたうち回るがいい! 灼熱地獄でな!!」

 ガルダンディーに手綱で顔を叩かれたスカイドラゴンは眼下の街に向けて火炎の吐息を吹きかけた。
 ガルダンディーの狂ったような哄笑が響き、炎が街を焼き、サーベルが戦闘員、非戦闘員の区別無く抉っていく。
 酸鼻極まる光景にガルダンディーは鼻で笑う。

「ヘッ、味気ねえな…これじゃ準備運動にもならねえや! ククククッ!!」

「そうかい…なら俺が相手をしてやろうか?」

「あん? 誰が相手をしてくれるってぇ?」

 頭上に自分はおろかスカイドラゴンまですっぽりと覆う巨大な影がかかり、ガルダンディーは訝しげに上空を見上げた。

「……クワアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」

 珍妙な悲鳴をあげてガルダンディーは血走った目を見開かせた。

「だから俺が相手をしてやるってンだよォ…鳥野郎…」

 そこには普段以上に瞳を濁らせたエターナルがいた。

「い、いや、ちょっと待て!? そんなんどこで見つけた!?」

 そしてエターナルが立っていたのは、ベンガーナのデパートに負けぬほどの巨体を誇る漆黒の鱗に覆われたドラゴンの頭上だった。

「待て? ああ、俺が魔軍顧問の地位にいるから遠慮してるンだな? そんな気遣いはいらねーよ」

 エターナルが巨竜の角を軽く叩くと、それはスカイドラゴンを片手で掴まえ、そのまま口に入れて丸呑みにしてしまった。

「る…るるるるるるるるるるるるる…」

「あん? 歌でも歌ってンのか、テメェは?」

「ルードォォォォォォォォォォォォォォッ!?」

 スカイドラゴンの名を叫ぶガルダンディーをエターナルはただ冷ややかに見下ろすだけだった。
 すると巨竜は短く唸り、頭をゆっくり左右にふった。

「おい、鳥人族の兄ちゃん…食いでがなかったとよ…スカイドラゴンのお代わり頼めるか?」

 嗜虐的な笑みを浮かべたエターナルにガルダンディーは目に涙を浮かべて激昂した。

「て、テンメェ…ルードはなあ…俺の唯一心を通わせた友達…いや! 兄弟だったんだ!!」

「そうかい…で?」

「俺達はいつも一緒だった!! どんな時でも…それを…俺の最愛の竜を…!」

 ガルダンディーの目には狂気が宿っていた。

「よくも丸呑みにしやがったなああああっ!! しかも食いでがなかっただあ!? 切り刻んでやる!! 拾い集められねえくらいバラバラにな!!」

「できねー事は口にすンじゃねー…恥をかく事になるぜ?」

「うるせえっ! ルードを殺した報いは受けてもらうぜ!! 死ねえ!!」

 ガルダンディーは頭から白い羽を数本抜くとエターナルに向けて投げつける。
 しかしエターナルはよける素振りも見せずに左腕で受け止める。

「死ねって割りには大して痛くねーし、毒を塗ってある様子もないな…」

「余裕ぶっこいてんじゃねえ!! その羽をよぉく見てみろお!!」

 見れば腕に刺さった羽からキラキラと光が零れていた。

「その光はお前の魔法力だ! 理解したか? その白い羽は相手の体から魔法力を奪うのさ!」

 今度は赤い羽根を抜いて投擲の構えを取る。

「そしてこの赤い羽は…」

「募金すると貰えンのか? 1ゴールドで良いかい?」

「ふざけるな!! こっちは相手の体力を奪うんだ! この意味が分かるだろ? お前を空っぽの木偶の坊にしてからジワジワと切り刻んでやる!!」

「だからよ…できねー事を口にしてっと後で恥かくのはテメェだぜ?」

「舐めるなっ!! たっぷり死の恐怖を味わわせてから殺してやる!!」

 エターナルは赤い羽もそのまま右腕で受け止めた。

「こっちは光じゃなくて血が噴き出すのか…見た目も悪いが、何より無粋だなァ…おい」

「なっ?…て、テメェのその血の色…」

「あん? 血も何も耳の形とか肌の色で俺が魔族じゃねーのはすぐに判ンだろ?」

 雪のような純白の肌を鮮血が瞬く間に赤く染めていく。

「…そういやァさっきから黙って聞いてりゃァ、魔王軍近衛騎士団長の俺にお前だのテメェだの…随分な口の利きようだな?
 俺も堅苦しいのは嫌いだが、軍団長の使い走り風情にタメ口きかれる謂われはねーンだよ…」

 エターナルの両腕に刺さった羽が独りでに燃え上がり、一瞬にして灰になった。
 ガルダンディーは色を失ってぶるぶる震え出す。

「で、だ…なんでテメェがベンガーナにいるンだよ? あのヒゲオヤジにはベンガーナ攻撃を命じてねーぞ?」

 エターナルの右腕を汚していた血がまるで舐め取られているかのように消えていく。

「答えやがれ…黙ってっとテメェの独断専行ってことにして軍法会議にかけンぞ?」

「な…な…軍法…会議?」

「当たりめェだろ? テメェら竜騎衆がカイゼルヒゲ個人の部下だってのは知ってっけどな、そのヒゲオヤジが魔王軍に所属してる以上、テメェらも軍属扱いなんだよ。
 だからな、テメェみてェに好き勝手動かれると示しがつかねーンだ…当然、テメェのような狂犬を放し飼いにしてるヒゲにも責任取ってもらうぜ?」

 エターナルは器用にも空中で固まっているガルダンディーを見据えながら指の関節を鳴らす。

「まあ、私はこれこれこういう理由があって? かくかくしかじかって利益を得られると思ってベンガーナを攻撃しましたってンなら聞くだけ聞いてやるぜ?
 俺を納得させる理由があんなら云ってみ? 場合によっちゃァぶん殴って終わりにしてやらァ…ただし快楽を求めての殺戮だったら分かってンな?」

「な…なんで俺が罰せられなくちゃならねえんだよ!! たかが人間を殺しただけじゃねえかっ!? おま…あんただって魔王軍なんだろ?」

「そうだな…俺だって魔王軍の一員として殺した人間の数は十人、百人じゃ利かねーよ? だがな? 不要な殺戮や略奪は一回もした事ァねーよ!
 ただでさえ魔族やモンスターは人間を見下してる…理知を知らねー獣もいらァ…でもな? だからこそ厳しい軍律で行動を律してンじゃねーか!!」

 エターナルが巨竜の頭から飛び出してガルダンディーに鉄拳を見舞い、差し出された巨竜の右手に着地した。

「本能の赴くままに殺戮、略奪、強姦なんぞやってみろ…いくら強い者が偉いってェ単純な掟を重んじる魔界の者とはいえ、ただの破落戸集団だよ、それじゃァ…」

 エターナルは静かに降ろされた巨竜の手から地面に降りると、大の字になって気絶しているガルダンディーを肩に担いだ。
 再び巨竜の手の上に乗り、持ち上げられると火の海と化したベンガーナの街を振り返った。

「詫びはしねェ…だが、超竜軍団の手綱をしっかりと握っていなかった魔軍顧問たる俺の責任だ…大人しく首はやれねーが、仇を討つってーンなら逃げも隠れもしねーよ」

 そう云い残すと、エターナルの指示を待つ事なく、巨竜は翼を広げて巨体に似合わぬ速度でベンガーナから飛び去った。








 再びアルゴ岬。
 既に戦いの準備を終えているバラン、そしてラーハルト、ボラホーンの三人は待てども待てども戻ってこないガルダンディーに苛立ちを隠せないでいた。

「ベンガーナから立ち上る大量の煙…ガルダンディーの仕業だと思うが、夢中になっているにしても遅すぎる」

「も、申し訳ありません。バラン様…同じ竜騎衆の一員として殴ってでも止めるべきでした!」

「ウム…多少なら戦いの狼煙に丁度良いと不問に付するところだが、いくらなんでも羽目を外しすぎだ!!」

 バランとしてはすぐにでも息子を取り戻したいところなのだが、肝心の戦力の一人が戻って来ないのでは話にならない。

「こうなったら今回はガルダンディーを外しましょう! なぁにこのボラホーンの怪力をもってすれば裏切り者の軍団長など物の数ではありませぬわ!!」

「仕方ない…こうなってはお前達二人にガルダンディーの分も働いてもらおう!」

「「ハハッ!!」」

 ラーハルトとボラホーンが異口同音に返したその瞬間、彼らの背後で何か物が落ちるような音がした。

「むっ!? ガルダンディー!? 何があったのだ!」

 白目を剥き、だらしなく舌を出して気を失っているガルダンディーを三人は取り囲む。
 すると突如突風が巻き起こり、巨大な水柱が立った。

「何事っ!?」

 ラーハルトがバランを庇うように前に進み出る。
 水柱は収まったがそこには何も無かった。

「いや待て! 何かがおかしい」

 バランの指差す方向には海面に穴があいており、空中には水滴が浮いていてぽたぽたと海面へと落ちていく。

「レムオル解除…」

「な…なにぃ!?」

 バラン達には一瞬、空間が歪んでいるように見えた。歪みは徐々に色を得て、ついにはアルゴ岬を見下ろすほどの巨大な竜の姿となった。
 そして今、彼らの頭上には巨竜の頭の上で腕を組んでいるエターナルの姿があった。

「いよォ…テメェンとこの狂犬、回収してきてやったぜ? 明らかに独断専行、軍律違反だ…飼い主としてどう責任取るつもりだ?」

「魔軍顧問…エターナル様…」

 エターナルとバランはしばし睨み合う。
 一触即発の状況でラーハルトが口を開いた。

「お待ち下さい! ガルダンディーの行動はヤツの独断でしたこと! バラン様は我らにここで待つように指示されていたのです!
 勝手な行動をしたのはヤツ自身! そして罪があるのは、それを止めなかった我ら竜騎衆にございます! 責任は我らにあります!」

「傲ったこと抜かしてンじゃねーぞ? 責任ってーのはな、責任者が取ってこそなんだよ! テメェ如きが責任取れるわけねーだろが!!
 それに今の口振りじゃオメー…そこの鳥野郎は軍団長の待機命令をも無視したって事じゃねーか! 逆にもう一個、責任問題が浮上したよ、馬鹿野郎!!」

 エターナルは飛翔呪文トベルーラでゆっくりと巨竜から降りると、改めてバランと対峙した。

「おう、この父親失格オヤジ! この落とし前、どうつける気だ?」

「分かりました…ガルダンディー、起きろ!!」

 何度か軽く蹴るうちにガルダンディーは目を覚ました。

「…ハッ!? ば、バラン様!?」

「後ろを向け」

「……は?」

「後ろを向けと云っている」

「は、ハハッ!!」

 ガルダンディーが後ろを向くとバランは背中の剣を抜き、一閃させた。

「ギィヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 右側の翼を斬り落とされてガルダンディーは苦痛にのたうち回った。

「ガルダンディーにとって命よりも大切な物を破壊しました…私自身への罰はディーノ奪還後、ご随意に…今はこれにて平に…」

「ま、いいだろ…テメェへの仕置きは追って沙汰する…ま、テメェにダイを奪えるのかどうかは知らんがな」

 エターナルの物云いにバランの目つきが鋭くなる。

「聞き捨てなりませぬな…先程の父親失格というお言葉も聞き流す事が出来そうにありませぬ」

「テメェ…本気でダイの父親たる資格があると思ってンのか?」

「資格も何も私はあの子が生まれた頃から父親ですぞ! それにダイではなくディーノです!」

 エターナルは大仰に溜息を吐いた。

「テメェの餓鬼の人格を全否定する父親がどこにいやがる! いや、それ以前になんで最初に自分が父親だと名乗らなかった!?」

 エターナルの拳がバランへと迫り、その直前で拳を止めた。

「今更テメェを殴っても仕方ねェ…なあ? なんでテメェは超竜軍団長だと名乗った? 何故、自分の息子を抱きしめてやらなかった?」

「いずれディーノは魔王軍に来るのです。ですから始めに自分の身分を明かしたまで…それに抱きしめるまでもなく私が父であると自ずから悟ると思いましたので…」

「どっから来るンだ、その自信…結局、交渉は決裂…戦闘になった挙句に記憶まで奪っちまいやがって…ダイはな、テメェの復讐の道具じゃねーンだぞ!!」

「子供というものは親に無条件で従うものです! 私が人間を滅ぼすと決意した以上、ディーノもその道を歩むべきです!!」








 その瞬間、エターナルの脳裏に鮮明に甦る記憶があった。
 生まれた頃から巨大で恐ろしい男に殴られ、蹴られ、煙草の火を押しつけられる日々…
 物心つく前からおぞましい厚化粧を施し空虚な笑みを浮かべながら神の存在を説く不気味な女…
 複数の男女に取り押さえられて、全身に刺青を彫られた激痛…
 巨大な竈に放り込まれて、つい先日まで無邪気に追いかけっこをしていた友と共に業火にさらされた絶望…

『偉大なる太陽神よ! 貴方様のお力の一部である贄蝕みの炎(にえはみのほむら)に無垢なる巫女達を捧げまする!!』

 一人…また一人…業火の中で友が力尽きていく…
 一番仲の良かった年上の友人が身を捨ててフバーハとヒャド系呪文で業火から守ってくれているが、二人とも死ぬのは時間の問題だった…

『我が娘エターナルよ。その名に恥じぬよう太陽神へ永遠の忠誠を誓い、誠心誠意お仕えするのですよ!』

『エターナル…好きよ…だから生きて…生きて私の分まで幸せになって…大丈夫…誰かが助けてくれるまで私は貴女を守るから…』

『熱いよ! 炎が私の中に入ってくるよ!?』

『巫女よ…選択はなされた…我が伴侶はそなた…我が名は太陽を司る神…』

『だ、誰だ、貴様は!? 神聖なる儀式の邪魔をするか!?』

『下品な宗教だ…いい加減目障りだ! 消え失せよ! カイザーフェニックス!!』








「………様! ……ナル様!」

「ん? …ああ…俺は?」

「気が付かれましたか、エターナル様?」

 エターナルは周囲を見渡す。
 まるで森林火災の跡だった。木々は炭と化し、地面は乾きひび割れている。
 どうやら自分は横たわっているらしい。それをバランが抱きかかえるように支えていた。

「どうやら火は完全に消えたようです。エターナル様の竜が吹雪を吐けなかったら火災はもっと広がっていたことでしょう」

 煤まみれのボラホーンが呆れ混じりに報告する。

「消火ご苦労…ディーノを取り戻す聖戦の前に焼け死んではシャレにならんからな!」

「お…俺はいったい…?」

「覚えていないのですか? 突如、貴女様の周囲に巨大な火柱が立ち、周囲を火の海にしたのですよ…ガルダンディーまでも巻き添えにして…」

 ラーハルトが指差す先には鎧をつけた巨大なローストチキンがあった。

「殺しちまったか…俺としたことがなんてェザマだ…」

 エターナルは立ち上がるとゆっくりとガルダンディーの亡骸へと近づき、黙祷を捧げた。

「すまん…許してくれ…」

「エターナル様…先程の炎はいったい…」

「そうだな…仲間殺しておいて、すまんじゃ済まされめェよ…」

 エターナルは自分を庇うように自らを抱き竦めた。

「俺はな…餓鬼ン頃、魔界で一時期流行ってた太陽神信仰で…太陽神信仰、知ってるか?」

「ええ、地底深くに存在する魔界には太陽の光が届く事はありませぬからな…
 太陽に憧れる者達が、僅かでも良い、光をお恵み下さい、と太陽の神に祈り、供物も捧げていたとか」

 バランの言葉にエターナルは小さく頷く。

「その供物ってェのは生け贄も含まれていてな…こうして…」

 エターナルは顔を覆う包帯を剥ぎ取り、炎を表現した刺青を見せた。

「数年に一度、男を知らねー餓鬼を集めて太陽神に仕える巫女の刺青を全身に施し…太陽神が魔界の者に与えたとされる炎の中に捧げるのさ」

「なっ…? ではエターナル様は…」

「そう、太陽神の生け贄の一人だった…ちなみに顔の右半分と右腕に刺青がねーのは、当時、面白半分に皮を剥がされてて刺青を施せなかったからだ」

 その告白にバラン達は顔をしかめる。

「実は魔界にも人間はいる…魔族やモンスターと比べたらほんの一握りの数だがな…そして魔物に追いやられる日々の中で…」

「魔物に皮を剥がされたと?」

「いや、魔物が人間を襲うのはあくまで食う為だ。魔族は人間に見向きもしねェ…遊びで人間をいたぶるヤツはいなかったよ。
 魔物に追われ続ける毎日で歪んでいったンは…人間だ…いつ食われるか分からない恐怖の中で、その鬱憤は弱者に向けられたンだ…」

「人間…!!」

 バランの目に憎悪が宿るが、エターナルは彼の額を優しく叩いて窘める。

「人間全体を憎まないでくれ…俺も人間だよ…もっとも精霊達と気を通わせ合い、精霊界の食い物を食ってるうちに阿呆みたいに寿命が伸びちまったけどな」

「エターナル様が人間…?」

「見りゃァ判ンだろ? とっつぁんとは義理の親子だ…血の繋がりはねェ…」

 そこでエターナルは話がどっか飛んじまったな、と頭を掻いた。

「生け贄にされた俺達は、太陽神へ捧げる為に贄蝕みの炎と呼ばれる特殊な炎の中へ放り込まれた。
 巫女の刺青のせいか炎は何故かこの身を焦がすことは無かったが、生命力を著しく奪っていった。
 次々とダチが力尽きていく中、俺の耳に奇妙な声が聞こえたと同時に、炎が俺の股から中へ入ってきやがった…」

 そこで俺はとっつぁんに救われたンだ、とエターナルは懐かしげに、そして今にも泣き出しそうにしながらも微笑んだ。

「それ以来、俺は感情が高まりすぎたり、男に純潔を捧げようとすると、さっきみたいに炎が暴走して周囲を焼き尽くしていく…
 とっつぁんが云うには、俺は太陽神に魅入られているらしい…生け贄を蝕む炎は今もなお俺の中で燃え続けてるンだ」

 おぞましいだろ? と苦笑するエターナルにバラン達は哀しそうに見つめ返すだけだった。

「これがガルダンディーを殺した炎の正体だ…あとはお前達でヤツを殺した報いを俺に与えてくれ」

 エターナルは目をつむり、超竜軍団の裁きを静かに待った。
 バランはエターナルに近づくと、刺青を施していない右頬に一筋の傷を作った。

「ガルダンディーの命の報いに、女の誇りに一つ傷をつけました…ですが、そもそもあれしきの炎から逃れられぬヤツが未熟だっただけの話!
 しかし、それでは貴女様のお気が済まぬだろうと思い、罰を与えました。超竜軍団からの裁き、お受け頂けますな?」

「すまない…恩に着る…」

 エターナルは深く頭を下げた。

「それとなバラン…今後な…子供は親の従属物みたいな発言は控えてくれ…俺は俺を制御しきれてないンだからな…」

「御意…どうやら私の不用意な言葉が貴女を傷つけたようですね…申し訳ありませぬ…」

「そう思えるくらいなら…ダイと再会した時、父親だと名乗って後は何も云わずに抱きしめてやれば良かったンだよ…
 そうすりゃァ、ここまで拗れることは無かったンだ…いや、下手な交渉をする前にダイは魔王軍に来てくれていたかも知れねーな」

 エターナルは自らを抱いていた腕を解くとしっかりとした足取りで歩を進める。

「どちらへ?」

「どちらも何もテランに決まってンだろ? ガルダンディーを殺しちまったからな、野郎の分くらいは働くさ…」

 エターナルは苦笑してそう答えたものだ。

「今度はしくじるなよ?」

 バランを見つめるエターナルの目は期待と不安が入り混じっていた。








 あとがき

 難産でした。
 ガルダンディーの扱いをどうしようと悩み続けて、結局は今回のようになりました。
 前回でエターナルはかなりキレてましたからね…ガルダンディーのようなタイプとは絶対に衝突するなぁと。

 そして徐々に明らかになるターさんの過去。不幸街道一直線な幼少期でした。
 後にもっと詳しい描写をすると思いますので、それまでお待ち下さい。

 それでは、また次回に。

 修正しました。



[12274] 第陸話 姫騎士と竜の騎士 その肆
Name: 若年寄◆decbc20d ID:a621b7d9
Date: 2009/10/14 00:07
 ポップ視点

 ダイの記憶を消されて俺達は絶望の淵に立たされていた。
 戦力にならないというのは勿論だが、何よりツライのはダイが俺達やアバン先生の事まで忘れちまったことだ。
 直に攻めてくるだろうバランに備える為、姫さんの口利きでテランの王様に会った俺達はダイを匿ってくれるよう掛け合った。
 毅然とバランの行為を侵略と云い切り、戦う決意を見せた姫さんに何か感じるものがあったのかテランの王様も協力してくれることになった。
 
「ほう、お前は…確か名高い占い師の…」

「はい、ナバラでございます」

 ベンガーナで会ったメルル達に王様が声をかけた。
 いくら小国とはいえ、王様の覚えが良いなんて凄ェ占い師だったんだな…

「この国に帰っていたのか…するとその娘は…」

「孫娘のメルルです」

 婆さんに紹介されたメルルは王様に呼ばれて近くへと歩み寄る。
 しばらく王様はメルルの瞳を覗くようにみつめていたけど、ふいに婆さんへと視線を戻した。

「祖母を上回るかも知れぬ力を秘めておるな?」

「た、確かに…最近、私にも感知できないような事を捉えたりします」

 婆さんの言葉に王様は真摯な目をメルルに向ける。

「…お前はその力ゆえに、これから世にも恐ろしいもの、辛いものを見る事になるだろう」

「エッ!?」

「だが目を背けてはならん。自らの力を憎んではならんぞ。お前の力は必ずや人々を救うものになる」

 その日を信じて強く生きろという王様に、メルルは不安そうに返事をするだけだった。
 その瞬間、メルルの体がビクリと震えて、怯えた表情でわななき始めた。

「王様、大変です! ベンガーナから巨大な火の手が!!」

 城の兵士の報告に場は色めき立つ。

「来ます! 凄い憎悪のエネルギーが…この国目がけて!!」

 メルルの悲鳴に近い叫びに俺の脳裏にバランの顔が浮かんだ。

「バ…バランの野郎が来やがるのかっ!?」

「それだけじゃありません…同じようなエネルギーが…他に三つ!!」

 バランの野郎、助っ人か何かを頼みやがったかっ!?

「と、とにかくダイ君を安全な場所へ!!」

「はい、こちらへっ!!」

 シスター・クンビーナっていうグレーの前髪をウィンプル(修道女が頭に被る布)から覗かせた修道女に誘導されて辿り着いたのはなんと牢屋だった。
 いきなり閉じこめられて、人格が幼くなってるダイは当然のごとく泣き叫ぶ。

「い…いくらなんでも牢屋に入れなくても…!」

「しかし、ここがこの城で最も地下深く堅固な場所ですわ」

 メルルの苦言にクンビーナさんはそう返した。
 メルルはまだ渋ってるようだが、バランを迎撃するにもダイを心配せずに戦うにはここが一番なのかも知れない。
 クロコダインのおっさんも、動物の世界にある刷り込みを例に挙げてダイとバランを会わせない為だとメルルに説明する。
 記憶を失ったダイがバランと会ったら…同じ紋章という証拠もあって疑うことなくバランを受け入れちまうだろう…

「かわいそうだけど…ダイ君の為だわ!」

 姫さんもちょっと辛そうだ。

「では、僭越ながら私が勇者様の慰めに…」

 そう云ってクンビーナさんは腰に提げていたラッパを取り出して楽しげな音楽を奏でる。
 ダイには効果があったようで、まだ涙目ではあったものの少しだけ笑顔を見せてくれた。

「むうううううっ!!」

 突然婆さんが唸り声をあげたので、何事かと振り向けば婆さんの持つ水晶玉が光を放っていた。

「姿を捉えた! 南東の方角から真っ直ぐこのテランに向かってきている…!!」

 婆さんの水晶玉にはやっぱりバランの野郎の姿が映っていた。しかも他に三人の姿もあった。

「こ、これがバラン以外の三つのエネルギーの正体っ!?」

「もしや…こやつらが噂の竜騎衆!?」

 クロコダインのおっさんの説明によるとバラン直属の部下で、ドラゴンを操った時の戦闘力は魔王軍の軍団長に匹敵するらしい。

「ま、待って! 三人の内の一人…この女の人って…」

「間違いねぇ…魔軍顧問…エターナルだ!」

 今度はおっさんが疑問の声をあげ、俺はベンガーナで起きたエターナルとの戦闘の事を話した。

「ば、バーンの娘とは…まさかこれほどまでの軍勢だったとは!! どうやら魔王軍は是が非にもダイを手に入れたいらしい…」

 バランやエターナルが単体でいるだけでも強敵なのに、手を組まれたんじゃ勝ち目はねぇ…せめて一人ずつだったら…
 ん? 一人ずつだったら?

「駄目だ駄目だ! …こりゃもう打つ手無しだぜ!」

 大仰に笑って肩を竦める俺にみんなの疑念の目線が突き刺さる。
 けど俺は構わず、俺は一足先にトンズラするから後は適当にしてくれと云い放ってやった。
 正直、みんなに責められるのは堪えるが、ここは踏ん張って悪態をつき通さないと先には進めない…

「心配いらねーよ。どうせこいつあ人間じゃねえ…ヤツらの仲間なんだ」

 心の中で何度もダイに詫びながら、その頭をグリグリと撫でる。

「ヤツらに返してやったって良いんじゃねぇの!? 人間と一緒にいるより大事にしてもらえるぜ」

 次の瞬間、姫さんの平手が俺の頬をとらえて小気味の良い音を立てた。
 どこへでも消えろ…か、自業自得とはいえ辛ェな…だが、それでもなんとか平然とした顔を無理矢理作ってその場を後にした。
 メルルにまでも嫌われちまったが、仕方がない事なんだ…
 どうせ俺一人でいくと云っても止められるだけだし、みんなにはダイを守ってもらわなきゃならねぇんだ!!
 けど、ヤツらは差し違えてでも俺が食い止める!! たとえ勝てなくても一人でも二人でも人数減らしをしてやるさ!!
 最悪でもバランとエターナルだけは分断しねぇともう勝ち目は0になっちまう!!
 死んでもそれだけはやってやるから…後は頼んだぜ!!
 走り去る時、ふと城を振り返ると城門にシスター・クンビーナが立っていた。
 笑っていた…前歯を突き出すネズミみてぇな笑みを浮かべて…美人が台無しだぜ…








 俺は高台の上に立ってバラン達を待ち構える。

「来たっ! 来やがった!!」

 角を何本も生やしたやたらと強そうなドラゴンに跨ったバランを先頭に、ガメゴンロードやバランの程じゃないけど強そうなドラゴンに乗ったヤツらもいる。

「ヤツらが竜騎衆か…って、あれ? え、エターナルがいねぇ!? あの女はどこいったっ!?」

「は・あ・い♪ ここですよ♪」

 いきなり背後から首を掴まれ持ち上げられる。

「健気だな…たった一人で人数減らしに来たか? それともヒゲオヤジと俺を分断させようってェ作戦か?」

「え…エターナル…」

 この声、間違いねぇ…ベンガーナを襲ってきたエターナルだ。
 しかも俺の行動を読んでいやがった!?

「や…ヤベェ…バラン達が通り過ぎちまう!!」

 けど後ろから掴まれてる事が幸いし、呼吸は出来るし声も出せる!

「確かお前にさえ向けなければ魔法は発動するんだったよな? いくぜ、ベタン!!」

 マトリフ師匠直伝の超重力を生み出す大呪文だ!!
 潰れろっ!! 潰れちまってくれえっ!!

「させねーよ!」

 バラン達のドラゴンが目や鼻から血を出しているのは見えたが、トドメを刺す前にエターナルが俺を高台の下へ投げ落としやがった。
 見れば陥没した地面にピクリとも動かないドラゴンの尻尾が見えたが、果たして倒せたかどうか…
 すると地響きを立てて鎧を纏ったトドマンがガメゴンロードを持ち上げて立ちやがった。

「フン!! ひ弱なドラゴンどもめがっ!! だらしない!!」

 ガメゴンロードを投げ捨てたトドマンがそう吐き捨てた。
 …やっぱりバランも、もう一人の魔族みてえな男も無事だったか…ドラゴンだけも全滅できたのは上等だけどな。

「調子こいて周りを警戒しねーでグングン進軍するからだ馬鹿! なんの為に俺が斥候役をしてこの餓鬼を見つけたと思ってンだ!?」

 エターナルが跳び上がったと思ったら、トドマンの脳天に拳骨を落とした。

「いざ尋問しようとしたらオメーら、アホ面さげてどんどんこっちに来やがるンだもん…テメェらの首から上に乗っかってンのは西瓜か何かか!?」

 ヒデェ云われようだ…でも、呼吸を邪魔しない捕まえ方をしてたのは、俺に尋問する気だったのか…

「お前ら、あんま巫山戯ってっと…裸にひん剥いて商店街に晒すぞ、コラ!!」

 が、ガラ悪ィなあ…ある意味、処刑されるよりキツそうな罰だし…
 つーか、バランにもこんな口を叩けるほど偉いんだな、このエターナルって女…

「親の七光りだ…威張れたもんじゃねーよ!」

 エターナルは頭をガシガシ掻きながら俺に近づいてくる。

「まあ、なんにせよ…万事休すだな? たった一人で俺達の足止めに来るたァ見上げた根性だが、裏を返せば俺達を分断させにゃァ抵抗できないほど疲弊してるって事だよなァ?」

 チクショウ…見抜いてやがる…

「ならその策、乗ってやる…おい、ヒゲ! トド! ここは俺と槍男に任せてテメェらはルーラで先に行け!」

「わ、ワシもですか? それでしたらワシとラーハルトがこの場に残り、バラン様とエターナル様がテランへ向かった方が…」

「俺はもう何度もテランへ行ってっから、ルーラを使えば一瞬で追いつく…テメェらはどう見てもルーラを使えそうにねーし、どうやって素早く合流する気だ?」

 クソ…暗に分断させても無駄だって云ってやがる!!

「分かりました…行くぞ、ボラホーン!」

「ハハッ!!」

 バランとトドマンがルーラで飛ぶのを見て、俺も慌ててルーラで追おうするが声が出ねぇ?

「悪いな…魔法使いにマホトーンは基本だろ?」

「容赦ないですね…相手はまだ駆け出しのヒヨッコではありませぬか?」

「ヘッ! テメェはアバンの使徒の怖さを知らねーからそう云えンだ…死を覚悟した人間ってのは恐ろしい力を発揮するからな…ましてやこの餓鬼はな?」

 うん? ダイならともかく、何で俺にまでこんな事を云うんだ?

「“窮鼠、猫を噛む”でしたか? 追い詰められたネズミは何をするか分からない…」

「そんな生易しい諺じゃ表わせねーよ、この餓鬼は…コイツには知恵がある…ロモスでのマホカトール然り、ダイのライデインを補助したラナリオン然り…」

 この女、ベンガーナで俺達と戦う前からの情報まで!

「悪いがお前とダイを分断できてこちらとしても助かってンだよ…もしテメェがテランで待機してたら、きっとダイ奪還の最大の障害になってただろうよ」

 随分と買い被ってくれるな…怖いくらいだぜ。

「だから…ここできっちり始末させて貰うぜ? お前さんの真の怖さは魔法力じゃなく、頭脳にあるンだからな…」

 エターナルが剣を振りかぶる。

「駄目押しにルカニを二発かけさせてもらう…安心しろ…これで剣が骨に遮られて首が切断できませんでしたって状況にゃァならねー…つまり、痛みを感じる事ァねェ」

 チクショウ! ルカニで防御力を下げられたせいか、人前で素っ裸にされたような心細さを感じるぜ!

「微動だにするなよ? どこを斬っても即死させる自信はあるが、できる事なら綺麗な死体にしてランカークスへ届けたいからな?」

 コイツ、俺の故郷まで調べてやがった!
 やっぱり今までの力押しできてた軍団長やハドラーとは一線を画す敵だ…バランやハドラーよりもコイツの方が怖いと思うぜ!

「あばよ!」

 なんてこった! 一人も倒せずにここで死ぬのか!?

「っと! 危ねェな…怪我でもしたらどうすンだ?」

 最期の瞬間がいつまで経ってもこないので、恐る恐る目を開けると、エターナルに剣を向けるヒュンケルと素手でヒュンケルの剣を掴むエターナルが見えた。

「…ケッ! よりによって一番助けられたくねえ野郎に助けられちまったぜ!!」

「そいつは悪いことをしたな…」

 相変らず狙ったようなタイミングで来やがるぜ!

「へっ…一応、礼だけは云っとくぜ…ヒュンケル」

 ん? いつの間にかマホトーンが切れてやがる! これでまた戦える!

「ヒュンケル? んー…ヒュンケルヒュンケル…」

 エターナルのヤツ、ヒュンケルの剣を掴んだまま、残った手の人差し指を顎に当てて考え事をしてやがる。

「ああ、思い出した。自分の師匠を親の仇と思い込ンで、仕舞いにゃァ人間全体を憎ンだ挙句、復讐の為に魔王軍に入ったってェ極端な思考を持った男か」

 いや、合ってんだけどよ…ものには云いようってもんがあるだろ?

「あんだァ? 裏切り者の軍団長とか…こ、こいつが魔剣戦士ヒュンケルとやらか! って云やァ満足なのか?」

 本当に生きてんのかって不思議に思える濁った目で胡乱げに俺を見つめながら、葉巻に火を着けるエターナル。

「くだんねェ事云ってねーで、今度は二人がかりでかかってこい…ヒゲがダイを取り戻すまで遊んでやらァ…なあ、ポップ?」

 コイツ…俺のことをからかってやがる…

「それにしてもポップ…随分と実力に見合わぬ無茶をやったものだな。お前一人で敵を食い止めようとは…!!」

 悪かったな…俺だってやりたくて一人でやったんじゃねーや!

「ダイが…ダイが記憶を消されちまったんだ! 親父の…バランによ!!」

「やはりダイとバランには血の繋がりがあったのか! それでバランはどうした!?」

「先にダイんところへ…行かれちまった!」

 俺の言葉にヒュンケルは、そうかと頷く。

「ならば、こんな雑魚どもに構っている暇はないな!!」

「ばっ…馬鹿野郎! 少なくともあの女は雑魚じゃねぇ!! 魔軍顧問エターナルっていって、バーンの娘だ!!」

「ほう…二度三度、ミストバーンから聞いた事がある…この世のあらゆる剣術、格闘術、魔法、戦略を研究しそれらを統合して一つの戦闘術を生み出した天才がいるとな…
 卓越した頭脳を持ちながら、自分より優れた人物がいれば頭を下げて教えを請い、自分に持ち得ぬ技量を持つ者がいれば礼を尽くして協力を願う謙虚さも持つとも…
 傲慢でありながら繊細で、粗野でありながら礼節に通じ、残酷でありながら根は優しく、奸計を巡らせる裏で馬鹿正直で明け透けで、好色でありながら恋愛には臆病…
 珍しく口を開けば、賛辞と愚痴が延々と続く…ミストバーンをしてここまで語らせるエターナルという人物には興味があったが、ここで会うことになろうとはな…」

「み…ミストバーンの野郎…帰ったら野郎の暗黒闘気を五割ばかり浄化してやる…」

 エターナルは顔を真っ赤にして葉巻の煙をブカブカふかせた。まるで自分の顔を隠そうとするかのように。

「まあいいや…挨拶代わりに、これでもどうだ!?」

 エターナルの両手の間に巨大熱量の柱が!? こ、これってまさか!?

「ポップ、飛べ!!」

 云われなくたって!! 俺はすぐにトベルーラで空中に逃げる。

「ベギラゴン!!」

 挨拶にベギラゴンを使うなんて、なんちゅーヤツだ…しかもハドラーのものより遙かにデカくて威力が桁違いだ!!

「精霊とダチになるとな…無詠唱でしかもメラ程度の魔法力消費で威力も増大するンだよ…友達ってェのは大事にするもんだよな」

 ほとんど反則じゃねーか!! 世の魔法使いが聞いたら首を括りたくなること請け合いだぜ…俺は括んないけど…
 だが、これで決まったとは思ってねーだろうな…あのエターナルの事だ…ヒュンケルの鎧の魔剣の事も知ってるはずだ!

「残念だが俺には魔法の類は一切通用しない!」

 ベギラゴンの熱が収まりきってない中、やはり鎧を纏っていたヒュンケルが飛び出しながら左手を突き出し、弓を引くように剣を持った右手を引いた。

「あの構えは!? こっちもいきなり大技かよ!?」

「ブラッディースク…!?」

 ズボッという間抜けな音を立ててヒュンケルが消えた。
 いや、違う…ヒュンケルの下半身が地面にめり込んでいやがったんだ…

「お…落とし穴?」

 確かラーハルトだったか? あの魔族が目を点にしてヒュンケルとエターナルを交互に見つめる。

「あーははははははははははははははははははははははははははっ!! 引っかかった! 物の見事に引っかかってやんのっ!!」

 エターナルは腹を抱えてヒュンケルを指差しながら爆笑している。

「ポップよぉ…俺が百獣魔団を取り込んだってダイから聞いてねーか? だったら今回だって有効利用するのが自然だろう?」

 ニタニタ笑うエターナルの足下にはスコップを肩に担いだいたずらモグラの群れが整列していた。

「くっ…足が抜けん! おのれ、卑怯な手を!!」

「卑怯で結構…その気になれば穴の底に槍を仕込む事ができたんだ…むしろ慈悲深いと感謝して欲しいくらいだぜ?」

 エターナルはヒュンケルの右手を蹴って剣を飛ばしてしまう。

「それ以前に落とし穴があるかも知れないなァって警戒しなかったお前さんが悪い…否、未熟なだけだな」

 ヒュンケルの背後に回ったエターナルは兜を外すとそのまま頭の上に腰を下ろした。
 なんちゅー羨ましい…いやいや、プライドの高いヒュンケルには酷い仕打ちだぜ…

「ザリガニみてーだな? 甲冑が邪魔で後ろに手が回らねーってか?」

「おのれぇ…男子の頭に尻を…」

「ま、これもお前らアバンの使徒の姿から得た教訓だ…たとえ一つ一つの力は弱くとも、それを束ねればどんな強大な敵も倒せると…そんな良いお話でした」

「オハナシ、オハナシー♪」

「ターサンノオハナシ、タメニナルー♪」

「イエーイ♪」

 魔王軍の中でも最強レベルの大幹部がいたずらモグラと嬉々としてハイタッチをかわす姿はそうそう見られないだろうな…

「さて…」

 おもむろに立ち上がったエターナルの手には青い物体があった。とんがった頭、どんぐりまなこ、緊張感のない口元…
 紛れもないスライムだった。

「なァおい? スライムの食事って見た事あるか? 結構エゲツないぜェ? 全身で獲物を取り込んで、分泌される消化液でゆっくりと溶かすんだ…」

 エターナルは両足でヒュンケルの両手を踏むと、ゆっくりスライムをヒュンケルの顔に近づけていく。

「くたばりやがれ…魔剣戦士ヒュンケルはいたずらモグラとスライムによって倒されましたって、魔界で永遠に語り継がせてやるよ…」

「させるか!」

 俺は持ちうる魔法力を使い猛スピードでエターナルに体当たりをしかける。

「甘ェよ!」

 寸でのところでかわされちまったが、計算通りだ!
 俺は剣を拾うとヒュンケルに向かって投げた。

「覚えたての魔法…まさか味方に向かって撃つことになるなんてな! イオ!!」

 俺が放ったイオはヒュンケルの周囲に着弾し穴を広げる。

「でかしたぞ、ポップ!!」

 すかさずヒュンケルは穴から抜け出し剣を構える。

「随分と舐めた事しやがって…だがこれで正真正銘の二対二だぜ…っていねぇ!?」

 どこを見てもラーハルトの姿しかなく、エターナルは影も形もなかった。

「クソ! またどこかに隠れやがったのか?」

「いや…もうエターナル様はここにはいらっしゃらない…」

「なんだと?」

 ラーハルトは少しばかり疲れたような顔をして槍を構える。

「たった今、悪魔の目玉から連絡があってな…テランの様子がおかしいらしい…なので俺が後の始末を買って出て、エターナル様にはテランへお急ぎ願ったのだ」

「テランの様子が? どういう事だ!?」

「さぁな…詳しいことは知らされてはいないが、出世の為なら何でもすると悪評を取るザボエラとやらが血相を変えてバラン様の援護を要請するからには只事ではあるまい」

 ラーハルトは槍を頭上に掲げると、ヒュンケルと同じく『鎧化(アムド)』と叫んだ。

「なんてこった…ヤツの槍もヒュンケルのと同じ武具だったのか…」

「悪いが急を要するようだ…お前達二人をさっさと片付けて俺もバラン様の救援に向かわせてもらうぞ!!」

 ここに同じ作者の武具を使う剣士と槍使いの死闘が幕を上げた。
 だがな、急いでるのはこっちも同じだ。さっさと片付けたいってのはこちらの台詞だぜ!!
 待ってろよ、ダイ!! 何が起こってるのか分からねぇが、すぐに助けに戻ってやるからな!!








 あとがき

 バラン編、まだまだ続きます。予定ではあと二回…三回…四回ってことはないと思います(汗)
 今回の戦闘、ヒュンケルには悪いけどギャグに走りました。ずっとシリアス続きだったのでガス抜きを…
 まあ、ターさん自身、普段は巫山戯てるけど、決める時は決めるってコンセプトのキャラだったのに、ギャグが少なかったですからね(苦笑)
 バラン編もいよいよ佳境。次回は今まで以上にオリジナル展開が出てきますがなにとぞお付き合いを…

 それではまた、次回にて





[12274] 第漆話 姫騎士と竜の騎士 その伍
Name: 若年寄◆decbc20d ID:a621b7d9
Date: 2009/10/14 00:10

 メルル視点

 牢内で音叉を叩いたような音が充満した。
 それはダイさんの額から発せられていて、呆然としているうちにポップさんが巻いてあげたバンダナが赤く染まった。

「誰か…ここへ来るよ…分かるんだ…ボクは…その人を知ってる!」

 先程までの不安そうな顔が嘘だったように、ダイさんの顔には安堵の表情があった。
 その瞬間、この城の東南付近に凄まじい力を持った者が現われたのを感じた。

「バランだ。間違いない…ルーラで先にこの国まで辿り着いたのだ!!」

 クロコダインさんはダイさんとバランが紋章で繋がっている為、すぐにここを察知するだろうと守りを固めに外へ行こうとする。
 それを姫様も同行するとおっしゃり、クロコダインさんを困惑させたけど、回復呪文の遣い手が必要だと諭されて結局は共に外へ…

「な…なあに? お姉ちゃん…」

 じっと自分を見つめる姫様にダイさんは不安そうにされて…それを見た姫様は一振りのナイフをダイさんの腰に取り付けられた。

「なっ…何するの? 何これっ!?」

 戸惑うダイさんに姫様は、自分の身は自分で守りなさい。これで戦いなさい、と諭されたけど、ダイさんはナイフを着けられただけで泣き叫んでしまう。
 そんなダイさんに姫様は一瞬、哀しそうに目を伏せたあと、決意の表情を見せてダイさんと…口づけを…かわした。

「…ダイ君…何度も教えたけど君は勇者なのよ…ちっちゃいけど勇気があって…明るく真っ直ぐで…それが本当の君だわ」

 そんな姫様の言葉でもダイさんは、まだ自分は勇者じゃないと云い張り、自分を守ってくれる人が近くまで来ていると云う始末だった。

「…違うわ…それは敵よ!!」

「敵!?」

 ポカンとしているダイさんに姫様はさらに云い募る。

「そうよ!! 君の心から君と…あたし達の掛け替えのない想い出を奪った許せない敵だわ!! そんなヤツが来るっていうのにヘラヘラ喜んでないでよ!!
 戦って!! ダイ君!! 戦って自分で取り戻すのよ!! 想い出と…勇気を!!」

 伝えるべき事は全て伝えたと云わんばかりに姫様は立ち上がると、クロコダインさんと共にバラン迎撃に向かわれた。
 …なんて強い女性なの…

「あらあら…折角、勇者様を守って下さる御方が来られるというのに、レオナ姫も酷なこと…否、余計なことを仰る…」

「えっ?」

 振り向くとシスター・クンビーナが微笑みながらラッパに唇を当てていた。

「戦うなんて以ての外ですわ! 三匹の邪神が生み堕としたこの化け物には餌になって頂かないと…アレはコレがいたくお気に入りのようですからね」

「し…シスター・クンビーナ? 貴女はご自分が何を云っているのか分かっているのですか!?」

「えっ? …ええ…ええ、分かっていますとも!! この忌々しい化け物に惹かれたアレを拿捕…いえ、保護するんですわ!!
 五百年前に私どもの手から抜け出した奇跡の巫女…我らが偉大なる太陽神に見初められた清き巫女…永遠なる純潔の処女(おとめ)っ!!」

 シスター・クンビーナは前歯を突き出すように笑う…眼を細め、両腕を折り畳んでラッパを持つ姿はまるでネズミを連想させる。

「チューッチュッチュッチュッ!! さあ、邪神の堕とし児よ!! 我らが巫女を愉しいダンスでお迎えするんでチュウ!!」

 彼女のラッパからおぞましい不協和音が放たれた!!








 クロコダイン視点

 ついにバランが来た!!
 ヒュンケルは間に合わず、ポップも戻ってきてはくれなかったか…

「もう絶体絶命だって感じよね…何か策ある?」

「…俺が先に聞きたいくらいですよ」

 ゆっくりとした歩調でありながら、俺にはそれが妙に早く感じた…恐らく、内心では来て欲しくはないと恐れているのだろう…
 やがて我らの目と鼻の先まで来たバランは始めから竜の紋章を額に輝かせている。
 おまけに今回は巨大な錨を携えたトドマンまで引き連れている…エターナルという女と魔族と思しき男はいない…どこだ?

「フム…たった二人で私を阻めると思っているとしたら、この間の戦いがまるで教訓になっとらんという事か…」

 バランには最早、我らにかける情けはあるまい…凄まじい殺気が俺の体に絡みつくようで震えがくる…

「それとも何か策でもできたのか!?」

 そんなものは無い! 俺と姫だけではバランを凌げる戦法などありえん!

「…そう、策で思い出したが、来る途中、いつぞやの魔法使いの少年が足止めに来たな…エターナル様にお任せして一足先に来たが…」

 バランのその一言は俺と姫を愕然とさせるには十分だった。

「あんな未熟者を捨て石に使うとはクロコダインらしからぬ残酷な策だ…それとも、そちらのお嬢さんの思いつきかな…?」

 ポップの真意を知った俺達は打ちひしがれる。
 が、次の瞬間には俺は腹の底から笑っていた。

「く…狂ったか!? クロコダイン!!」

 俺はなんたる馬鹿だ! お前のそんな心も見抜けず本当に逃げたものと思っていたとは…!
 許せよ、ポップ! あの世で会ったら好きなだけ俺を殴れ!!

「我が心の迷いは晴れた!! バラン!! 勝負だっ!!」

「どうやら本当に気が触れたようだな!」

 バランが剣を抜くと、その前にトドマンが脇から進み出た。

「裏切り者風情がバラン様に手を出そうとは百年早いわっ!! この海の王者ボラホーン様が捻り潰してやる!!」

「武人の勝負に横槍を入れるとは無粋な男だ! ならば、さっさとかかって来い!!」

「舐めるなっ!! 天下無双と謳われた、この海戦騎ボラホーン様の力!! 受けてみるがいいわぁっ!!」

 フン! これで天下無双とは笑わせる!! 軍団長に匹敵するなどと、噂とは当てにならぬものだなっ!!
 俺はボラホーンとやらのパンチを受け止めるとバラン目がけて投げ飛ばしてやった。

「腐ってもかつては百獣魔団を束ねていただけはあるか…ボラホーン…どうやらお前が敵う相手ではないようだ。引けっ!!」

 やはりバランもあっさりとボラホーンを片手で受け止めよったか。

「なっ…!? お、お言葉ですが、今のは油断したまでの事!! ワシが本気を出せばこのような男…!!」

 ボラホーンは大きく息を吸い込むと、巨大な冷気を吐き出した。

「焼け付く息(ヒートブレス)っ!!」

 負けじと俺も奥の手である熱気を込めた息を吐きかけヤツの冷気を相殺する。

「な…何ぃ!?」

 愕然とするボラホーンを上空へと投げ飛ばし、右腕に闘気を溜める。

「獣王会心撃っ!!」

 ヤツは全身から血を噴き出しつつ地面へと落下した。。

「ほう…竜騎衆を一蹴するとは…あの戦いのダメージから癒えたばかりか強くなっていたとはな…“男子、三日会わざれば刮目して見よ”の喩え通りだな」

 いよいよバランが本気になるか…

「姫、一つ策がある…ご助力をお願いしたい!!」

 姫は無謀だと諭されるが、これ以外にバランに対抗するすべが無い以上、やるしかない!!
 俺が覚悟を決めてバランに特攻を仕掛けようとしたその時だ!

「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」

 城からの悲鳴に俺は勢いを削がれてしまった。
 が、どうやらバランの方も虚を衝かれていたようで何事かと城へと目をやっている。。

「な…お城が…!? あれは一体!?」

 なんと小さいなりにも周囲の自然と一体化したような美しいテランの城が数百年も放置されていたかのよう朽ち果てていた。

「い…一体、何が起こったの!?」

 姫の問いに答えるすべは俺にもバランにも無かった。

「むっ!? 空が…紅い!?」

 バランの声に空を見上げれば、確かに空が真っ赤に染まっていた。
 勿論、夕焼けになったわけではない。それ以前に血のように空が真っ赤に染まることなど自然ではありえん!

「いや、城や空を気にしている場合ではない!! ディーノ!! ディーノは無事なのか!?」

 バランは俺達には目もくれずにテラン城へと入っていった。

「ヒイイイイィィィィッ!?」

 情けない悲鳴に目をやると、ボラホーンが奇妙な肉の塊に覆い被されていた。

「た…助け…ベギャアアアアアアアッ!!」

「姫! 見てはなりません!!」

 ボラホーンはまるで全身の血を吸い尽くされたかのように干涸らびた姿へと変貌を遂げていた。

「な…なんだこのモンスターは!? 百獣魔団にも魔界にもこんな化け物はいないぞ!?」

 肉の塊は全身を蠕動だせて俺達に向かって這い寄ってくる。
 大した健啖家だな! ボラホーンだけでは満足しないと見える!!

「く…クロコダインっ!!」

 姫の怯えた声に俺は漸く目の前のと同じ化け物に周囲を囲まれていることに気が付いた。

「メラミ!!」

「姫! 相手の正体も知れないのにうかつな攻撃は!?」

 姫の指先から放たれた火の玉は化け物に命中はしたものの大して効果は無いよう見えた。

『グヒャ…グヒャヒャヒャヒャ…グヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ…』

 むしろ気持ち良かったのか、全身を振るわせて不気味な笑い声(?)をあげる始末だ。

「ならばこれでどうだっ!!」

 俺は渾身の力を籠めて真空の斧を振り下ろすと、化け物はあっさりと真っ二つになった。
 しかし、仲間の化け物が傷口に吸い付くとソレは一体化して一回り大きくなってしまった。

『グヒャ…グヒャヒャヒャヒャ…グヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ…』

「この化け物ども…不死身か!?」

「ニフラム!!」

『ギュゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』

 太陽のような閃光が周囲を包んだが、目を灼くことはなかった。
 光が収まると周囲の化け物は影も形もなく消え去っていた。

「腐肉のような臭いがするから試してみたが…どうやら効果があったようだな」

「え…エターナル!?」

 なんと我らの窮地を救ったのはダイさえも軽くあしらった実力者、魔軍顧問エターナルとやらだった。

「チッ! どうやら本気で面倒な事になってるらしいな! ヒゲとトドはどうした!?」

「ひ、ヒゲ!? ば、バランだったらお城の中に…ボラホーンって男はそこに…」

 姫の言葉にエターナルはボラホーンの死骸をしばし見つめ、黙祷した。

「事が終わったらきちんと埋葬してやるから、少しだけ待ってろ!!」

 エターナルが城の中へ入ろうとするのを姫が制した。

「ま、待って! 一体、何が起こっているの!?」

「解らねーよ! 俺が知りてェくらいだ! だが、この気配…吐き気を催すほどの狂気に満ちた空間は俺の記憶を揺さぶりやがる!!
 いやがる…この城の遙か地下で俺を呼んでいるヤツがいる…俺を誘っていやがる…早く来いと急かして、急かして、俺が来るのを待っている!!」

 エターナルは心ここにあらずといった様子で城を睨み付けている。

「あ…そうだ! ポップ君は!? ポップ君はどうしたの!?」

 レオナ姫が肩を掴んで揺さぶるが、エターナルはまったく意に介してはおらず、ゆっくりと城へと歩みを進めていく。

「…そこにいるの? お姉ちゃん…エターナルを待ってるの? …お転婆なシェラも早駆け自慢のレイルも…素直になれないメリッサもそこにいるのね?」

「え…エターナル!? どうしちゃったの!? ねえ、ポップ君は!? 何が貴女を待っているの!?」

 エターナルは少し煩わしそうに姫の手を肩からどけると、恍惚の笑みを浮かべて更に進んでいく…

「…お姉ちゃん…エターナルね…会いたかったんだよ…一緒に日向ぼっこしたり…お姉ちゃんの膝でお昼寝したり…あ、お姉ちゃんの作ったシチューもまた食べたいな」

 この世の光景とは思えなかった。
 エターナルは時折、全身を痙攣させながら姿を消し、すぐさま少し進んだ位置で再び姿を現すことを繰り返して城へと進む。

「お姉ちゃん…待ってよぉ…お姉ちゃん…置いていかないで…おねえちゃん…えたーなるはここにいるよぉ…おねえちゃん…だいすきなおねえちゃん…」

 エターナルはとうとう城の中へと姿を消した。

「ど、どうするの? クロコダイン!!」

「むやみに中へ入るのは下策でしょうな…しかし、中にはまだダイがいる! メルルやテラン王も…ならば、やることは決まっておりましょう!!」

「そうね! エターナルがあの化け物には二フラムが効く事を教えてくれたし、早くみんなを助けに行きましょう!!」

 俺達は頷き合うとダイ達を救出しに腐肉のような臭いが漂う城へと入っていった。








 再び、メルル視点

 牢屋の中に限らず、お城の中の壁という壁には不気味に蠢く肉片がびっしりとついていた。
 私は何度も何度も吐いて、既に胃の中は空っぽになったというのにそれでも胃液が喉を焼きながら逆流する。
 鉄錆の臭い…血の臭い…腐肉の臭い…獣の臭い…胃液の臭い…人の臭い…

「シスター・クンビーナ…あ、貴女は何者なんですか?」

 けたたましいラッパの音を鳴り響かせ、ダイさんと愉しそうに踊るシスター・クンビーナを睨むことしかできない…なんて無力な私…

「チューッチュッチュッチュッ!! 今更、貴女が知るひチュよう(必要)は無いでチュウ…貴女はそこで死ねば良いんでチュウ!!
 精霊ルビスや人間の神なんて低俗なものを信仰している貴女に偉大な太陽神からの救済はないでチュウ…だから知っても意味はないでチュウ!!」

「ま…まさか太陽神信仰か!? 太陽を神として崇めながら、その狂信ゆえに他の宗教に残酷な攻撃を繰り返したせいで、時の権力者に滅ぼされたと聞いた事がある!」

「お…お婆様!? ご存知なのですか!?」

 シスター・クンビーナは前歯を更に突き出しながらお婆様に近づくと、容赦のない蹴りを見舞った。

「チューッチュッチュッチュッ!! よく知ってたでチュウ…その通り、私は偉大なる太陽神にお仕えする修道女でチュウ!!
 太陽神を崇めぬ畏れを知らぬ愚者どもに、太陽神に成り代わって神罰を下す武装異端審問会(アームド・パニッシャー)の一人でチュウ!!
 我が名はクンビーナ!! 太陽神信仰・武装異端審問会・十二使徒が一人!! 聖なるラッパのクンビーナでチュウ!!」

「くっ…!」

 彼女に蹴られたせいでぐったりしているお婆様を抱えながら私はホイミをかけようとしたけど、魔法はまったく発動しなかった。

「チューッチュッチュッチュッ!! 愚かでチュウ!! この神聖なる太陽神の結界の中ではおぞましい精霊の力を借りた魔法なんて使えないでチュウ!!
 貴女達はそこで大人しくしてるでチュウ! もうすぐここに太陽神の伴侶となる聖なる巫女が来るでチュウ!! 神聖なる儀式の邪魔は許さないでチュウ!!」

 シスター・クンビーナは更にラッパの音を響かせてダイさんと踊る。
 しかし、ラッパの音と踊りは唐突に終わりを迎える。

「どうやらお待ちかねの巫女が来たようでチュウ!! 聖なる儀式を始めるでチュウ!! 邪神の堕とし児よ! 巫女を迎えるでチュウ!!」

 床の肉片を踏み潰しながらフラフラとやって来たのは、確かエターナルという魔王軍の幹部だった。

「チューッチュッチュッチュッ!! 長年捜していた巫女が魔王軍にいるとは思いもしなかったでチュウ!!
 ベンガーナで巫女を見つけた時は喜びのあまり、街の子供を数人ばかり徴集して太陽神に捧げてしまったくらいでチュウ!!」

 さ…捧げるってまさか生け贄!? なんて酷い!
 エターナルは最初、恍惚の表情を浮かべていたけれど、不意にその瞳に力が宿った。

「ハッ!? お…俺はいったい…?」

 エターナルは頭を手で押さえながら何度も左右に振っている。

「ん? ダイ!? ダイか!? 無事だったのか!?」

 ダイさんがエターナルに近づくと、彼に気付いた彼女は嬉しそうに中腰になって抱きしめた。
 なんて慈愛に満ちた表情…これがあの大魔王バーンの娘だなんて信じられない…

「もう大丈夫だ!! ターさんが来たからにはもう誰にもお前を傷つけさせねーぞ!! さあ! 早くこんな気色の悪いところから出ちまおう!!」

 エターナルの慈愛の表情は一変、キョトンとしたものになった。
 次いで真っ赤な血で染まった自分の右手を見て驚いた顔になって、ゆっくりと後ろへ倒れる。

「偉大なる太陽神よ…今より聖なる巫女をそちらへお送り致しまする」

 ダイさんが虚ろな表情でそんな事を呟く。
 エターナルに視線を移すと、彼女のお腹は濡れていて、やはり虚ろな表情でダイさんを見ている。
 ダイさんの右手にはレオナ姫様から貰ったナイフが握られていて、先端から半ばにかけて赤く濡れていた。

「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 私の口から悲鳴が上がっていた事に気付いたのは、ダイさんの手からナイフが滑り落ちてけたたましい金属音を響かせた時だった。








 あとがき

 ターさん刺される! 果たして彼女の運命はいかに!?
 そんな感じで今回は締めましたが、いかがだったでしょう?

 ついに原作とは大きくかけ離れた展開に…第三勢力が出現しました。
 ターさんやアバンの使徒はこれから太陽神の僕達とも戦う事になります。

 展開と云えば今回不憫な扱いを受けたのは海戦騎ボラホーン…クロコダインの見せ場&かませ犬になってしまいました(汗)
 ボラホーンファンの方、申し訳ありませんでした。

 それでは、また次回に。





[12274] 第捌話 姫騎士と竜の騎士 その陸【15禁?】
Name: 若年寄◆decbc20d ID:a621b7d9
Date: 2009/10/19 22:27
 ダイ視点

 なんだろこれ…
 目の前で黒い服を着て、全身に包帯を巻いた綺麗なお姉さんが倒れてて…暗闇のような黒い目でボクを見ている。
 ボクの足に何かが触れて…拾い上げて見ると、それは姫って呼ばれてたお姉ちゃんに押しつけられたナイフだった。

「うああああ…こ、これって…血!?」

 慌ててナイフを投げ捨てようとして、ボクの右手も血で真っ赤になっているのに気付いた。

「え…? 何で? も…もしかして…ボクがやったの!?」

「チューッチュッチュッチュッ!! よくやったでチュウ!! これだけ弱れば贄蝕みの炎(にえはみのほむら)に抵抗する事はできないでチュウ!!」

「…えっ!?」

 振り返るとネズミのように前歯を出したシスターが気持ちの悪い笑い方をして立っていた。

「思った通り、聖なる巫女はお前にだけは気を許していたようでチュウ! こうも容易く事が進んで逆に不安になるくらいでチュよ!!」

「や…やっぱりボクがこのお姉さんを…!? ぼ、ボクはなんて事を…」

「ヘッ! なーにその女の云う事ォ真に受けてンだよ…こちとら戦闘のプロだぜ? 餓鬼に殺られてたまるかい!」

 銀色の髪をしたお姉さんはお腹を押さえながらゆっくりと自分の足で立ち上がった。

「なにが、これだけ弱れば…だ。急所は外れてらァ…浅手じゃァねーが、致命傷には至ってねーよ!!」

「チューッチュッチュッチュッ!! 無意味な強がりはやめる事でチュウ! この結界の中では精霊の力を借りた魔法は使えないでチュウ!!
 急所を外れてようと、治療もできずそのまま失血が続けば、貴女の体力がすぐに限界に来ることは火を見るよりも明らかでチュウ!!」

「舐めンじゃねェ!! 血を止める手段なんざいくらでもあらァ!!」

 お姉さんの右手に金色の炎が噴き出して、そのままお腹に押し当てしまった。
 お肉が焦げるような嫌な臭いとお姉さんの苦しそうな声にボクとメルルってお姉ちゃんは目を丸くする。

「なっ…贄蝕みの炎で傷を焼き潰すとは!? や、やめるでチュウ!! 太陽神の伴侶の体を贄蝕みの炎で焼くなどあってはならない事でチュウ!!」

「物を焼かずして何の火だ、馬鹿野郎!! この炎には散々泣かされてきたが、漸く俺の役に立ちゃァがったな!!」

「ち、違うでチュウ!! 偉大なる太陽神の炎は魔界に生きる人間へ与えられた希望であり、邪悪な敵を焼き滅ぼす為の力でチュウ!!
 その炎は巫女の胎内へ宿り、貴女を穢そうとする無頼な者どもから護り、そして将来、太陽神にお仕えする為に体内の不浄を浄化する為の炎でチュよ!!
 それなのに、その炎が貴女の身を焼いたとなれば、貴女は邪悪な存在という事になり、貴女を選んだ太陽神もまた間違いを犯した事になりまチュウ!!」

 シスターは両手をわたわた動かしてお姉さんを止めようとしてるけど、お姉さんは聞かない。

「変な理屈捏ね回すな、ボケッ!! この炎に助けられた覚えは一度もねーや!! そもそも贄蝕みって字面からしてまともじゃねーだろ!! 
 つーか、贄蝕みの炎にはダチをみんな殺されてたンだよなァ…そんな腐れ炎の何を有り難がれってーンだ、ざけンじゃねー!!」

 お姉さんの背中から金色の炎が噴き出して、まるで鳥の翼のように広がった。
 そのせいでお姉さんのシャツと包帯が燃え落ちちゃって…そこでボクは見たんだ。

「お…お姉さんのお腹の傷が無い…? ううん、それどころか火傷もしてないみたいだ!!」

「み、見て下さい!! エターナルの炎を避けるように、床や壁の肉片が消えていきます!!」

 本当だ。あの気持ち悪いグジュグジュがお姉さんを中心にしてどんどん逃げていく。

「おお…おおおおおおおおおおっ!! 素晴らしい!! 贄蝕みの炎との同化が進み、貴女はまた一つ偉大なる太陽神へと近づかれた!!」

「近づいてたまるか、盲信野郎!!」

 炎がエターナルさん(だったよね?)の体を覆って、まるで黄金の鎧を着ているように見えた。
 そして感激してるシスターの顔面をエターナルさんの拳骨が襲った。
 
「今更だが、テメェ…太陽神信仰の生き残りの末裔だな? 五百年前にとっつぁんが魔界にあった人間の国ごと滅ぼしたらしいが、存外にしぶてェな!?」

「チューッチュッチュッチュッ!! 太陽神信仰は不滅でチュウ! 教皇スカイオーシャン様の指導の下、五百年の歳月の中で力を蓄えていたのでチュウ!!
 最早、太陽神信仰は権力者やモンスターに怯える弱者の集まりにあらず! この世を平定し地上に太陽神と我らの楽園を作る事も不可能ではないのでチュウ!!」

 顔の右半分を凹ませられながらもシスターは目を爛々と輝かせて叫ぶ。

「そういうのを誇大妄想ってンだよ!! なら、俺はこの力を使ってテメェらに引導を渡してやる!!」

「それは結構! 貴女がその力を使えば使うほど偉大なる太陽神に近づくのでチュから、私は喜んでこの身をその炎に捧げるでチュウ!!」

 シスターがラッパを思いっ切り吹くと、物凄いうるさい音が出て、衝撃波が生じた。

「しゃらくせェ!!」

 エターナルさんの前に巨大な炎の壁が現われて、衝撃波とぶつかり合ってお互いに消えてしまった。

「クソっ! 使い方は漠然と解るンだが、使いこなせるだけの技量がねェや!!」

「チューッチュッチュッチュッ!! 今の衝撃波を防ぐだけでそれだけの炎を使ってしまっては後が続かないでチュウ!
 炎は太陽から無限に供給されまチュが、それを扱う貴女の生命力は著しく消耗してしまいまチュウ!
 そして生命力を消耗すればするほど贄蝕みの炎は貴女の体を神にお仕えするに相応しい巫女の体へと作り変えていくのでチュウ!!
 始めはナイフで刺され、体力を消耗した貴女を儀式にかけて一気に太陽神の巫女として覚醒させるつもりでチュたが、これはこれで思惑通りでチュウ!!」

「俺の体は俺ンだ!! それ以上、巫山戯た事ァ抜かっしゃーがると、丸焼きにしてヴェルザーの親父ンとこ遊びに行く時の土産にすンぞ!!」

 でも、エターナルさんの炎は徐々に勢いを失って、背中の翼も最初の半分以下になっていた。

「無理をするからでチュウ! 云ったはずでチュウ。贄蝕みの炎を扱うには生命力を消耗すると!」

 シスターはもう一度ラッパを吹いて衝撃波を放ち、エターナルさんも負けじと炎の壁を作って迎撃する。
 しかし炎の壁はさっきよりはかなり小さく衝撃波に掻き消されてしまった。

「ぐうっ!!」

 炎の壁でいくらか勢いを殺されていたのか衝撃波はエターナルさんを少し後ろへ押しやっただけに終わった。
 けど、今ので炎の翼も鎧も消えてしまう。

「チッ! テメェらへの皮肉のつもりで使った炎だったが、予想以上に扱いづれェ…逆に振り回されるたァ情けねーぜ、まったく!!」

 エターナルさんは全身から汗を噴き出しながら腰に差した二本の剣を抜いた。
 炎の鎧が消えた事で今気付いたけど、エターナルさんって刺青してたんだ…炎のような模様の黒い刺青は白い肌に映えて凄く綺麗だ…

「けど、まだテメェを仕留めるだけの力は残ってンぜ? テメェの衝撃波を放つ“タメ”のタイミングは見切っている!!
 この間合いなら衝撃波を放つ前にテメェの首を取れる!! この気色の悪いとこから早くオサラバしてーし、そろそろ決着をつけさせてもらうぜ!!」

「それは構わないのでチュがね…子供とはいえ殿方の前でその恰好は如何なものでチュか?」

 あ…あわわわわわ…そう云えばエターナルさん、上半身が裸だった!
 けど、エターナルさんはボクをちらりと見ただけで平然としていて、おっぱいを隠そうともしなかった。

「見られて減るもんじゃねーや…むしろ重くて邪魔だから減ってくれると助かるし…」

 そう云ってエターナルさんは一度小さく体を反らしてかなり大きいおっぱいを揺らした。

「それに軍人ってェ職業柄、男と一緒に風呂に入る事も少なくねーし、お姫様ってェ商売は侍女に湯浴みとかの世話させっから不特定多数に裸を見られンのは慣れてンだよ」

 慣れてても少しは隠してよ…目のやり場に困っちゃうから…

「それにほとんど毎晩のように精霊達と夜伽を重ねてるし今更だな」

「…よとぎ?」

「ええと…一緒のベッドで眠る事ですわ! …って、え、エターナルさんも子供の前で変な事を仰らないで下さい!!」

 メルルさん? なんで顔を真っ赤にさせてるの?

「悪ィ悪ィ…ダイには早すぎる話だったな」

 エターナルさんはシスターから目を離すことなく苦笑して答えた。
 あれ? シスターの様子がおかしい? 俯いて体を震わせている。

「夜伽? 夜伽でチュって? 偉大なる太陽神にその身を捧げるべき巫女がおぞましい精霊と肌を重ねている?」

「そりゃま、俺も人間だし? 人並みに性欲はあるわな。けど、忌々しい炎のお陰で惚れた男はみんな焼け死んじまったからな…女に走るのも仕方ねーだろ?」

 さばさばした云い方だったけど、エターナルさんの目は今にも泣きそうだった。
 夜伽とか肌を重ねるとか、意味は分からないけど、好きになった男の人がみんな死んじゃって哀しい思いをしてきたのはボクにもよく分かった。

「そうではないでチュウ!! 百歩譲って女色に走るのは許すとして、貴女は精霊と房事を通じて気を通わせ合ったと云うンでチュね!?」

「じゃなきゃ人間の俺が四百九十八歳まで生きられる訳ねーだろ? 精霊達と気を循環させてる内に自然から気や魔力を吸収できるようになったからな。
 お陰で飯を食わなくても腹は減らねーし、魔法も闘気を用いる技も使い放題よ…って、調子こいてたら、いつの間にやらこの姿のまま数百年が過ぎてたって訳さね」

 いやー、とっつぁん達と一緒に生活すると時間感覚が狂うね、と苦笑するエターナルさんにメルルさんは何故か頭を抱えた。

「人間が完全に老化と寿命を克服した? いえいえ、そんな神をも畏れぬ事がこの世にあってなるものですか…」

 顔を真っ青にして風邪でも引いちゃったのかな?

「そ…そんな…折角見チュけた奇跡の巫女が既に精霊によって体を蝕まれていた? これでは太陽神にお仕えするという大事なお役目はどうなると…?」

「いやまあ、元々太陽神に仕えるつもりはねーし、これで巫女の資格が無くなるンならそれでOKじゃねーか?
 俺は俺で魔王軍で愉しくやってくし、テメェも精々太陽神を信心して世のため人のために生きな…な? それでみんな幸せだろ?」

 エターナルさんはカラカラと笑ってから、急によろめいた。

「あれ? 血ィ流しすぎたかな?」

「許さない…」

「あん?」

「許さない…やっと見チュけた奇跡の巫女をこのままにしておくことは許さないと云ったのでチュウ!!」

 途端にエターナルさんがお腹を押さえて苦しみだした。
 顔を真っ赤にして、目は涙がどんどん溢れて、口元からもよだれが凄いことになっている。

「あ…熱い!? 体が熱い!? ち、違う! 子宮が煮えるくらい熱くなっている!?」

「我ら十二使徒ともなれば、命と引き替えに貴女の胎内にある贄蝕みの炎に干渉する事ができるでチュウ!!
 こうなっては仕方がないでチュウ…我らが太陽神信仰の栄光を見ることができないのは残念でチュが、我が命と引き替えに貴女を覚醒させるしかないでチュウ!!」

 シスターが両手を組んで祈りの言葉を囁く度にエターナルさんの体は大きく跳ねて一層苦しんだ。

「苦しいでチュか? それは貴女を蝕む精霊の気と贄蝕みの炎が戦っている証拠でチュウ!!
 人の体が発熱して病気の原因である菌を殺すように、戒めの炎が邪悪なる精霊の気を貴女の体内から排除しようとしているのでチュウ!!」

「や…やめろォ!! お、俺は巫女なんかになりたくない!! ダチを殺した太陽神に仕えるなんて…嫁ぐなんて…死んでも嫌だ!!」

「何故、拒むのでチュウ? これは名誉な事…人間が直接神に触れる事ができるようになるのでチュよ? そして太陽神と共に我らに救済を!!」

 エターナルさんが苦しんでる…神様と結婚できるみたいなのは凄いけど、その為にここまで苦しまないといけないのかな?
 それにエターナルさんと結婚しようとしてる神様は、エターナルさんのお友達を殺してるみたいだし、ボクが同じ立場だったら、やっぱり嫌だ!
 あと微かに覚えてる…エターナルさんはボクを抱きしめてくれた。ただギュッって抱いて、無事で良かったって微笑んでくれたんだ!
 そんな優しい人をボクはナイフで…助けないと! ボクはこの人を助けないといけないんだ!!

「や…やめてぇ!! エターナルさん、苦しんでるよぉ!! それに嫌がってる人を無理矢理結婚させるのも酷すぎるよ!!」

「は、離すでチュウ!! 我が最期の大祈祷を邪魔チュるな!!」

 ボクはシスターの背中にしがみついてお祈りの邪魔をする。
 シスターも物凄く暴れてボクを振り落とそうとするけど、絶対に離すもんか!!

「ダイさん! 無茶です!」

「だ…ダイ? お前…何やってンだ!? そんな事をしてる暇があるンなら、そこの嬢ちゃんと婆さん連れてさっさと逃げやがれ!!」

「嫌だ! 戦うのは怖いけど、エターナルさんが苦しんだり泣いたりするのを見るのはもっと嫌だ!!
 だからボクは戦うんだ! もう誰が敵で誰が味方なんてどうでも良い!! エターナルさんを苛めるシスターはボクがやっつけるんだ!!」

「だ…ダイ…お、お前…俺の為に戦うと…?」

 エターナルさんの目はまだ涙で濡れてたけど、そのキョトンとした顔はお姉さんなのに可愛かった。

「姫ってお姉ちゃんが云ってた、ボクが勇者ってやっぱり嘘だったんだね…勇者だったらシスターをやっつけたいと思わないもんね!
 勇者だったら魔王軍のエターナルさんを助けたいとは思わないよね? だからボクは勇者じゃない!! 一人の男の子としてシスターと戦う!!」

「だ、ダイさん、なんて事を!!」

「うわ…ヤベ…餓鬼の言葉なのにドキドキしてきた…」

 メルルさんは哀しそうな顔をするけど、仕方ないよ! ボクはどうしてもシスターが許せないんだから!!
 でも、シスターのお祈りを止めたのに、どうしてエターナルさんは顔がまだ真っ赤なんだろう?

「いい加減に離すでチュウ!! 巫女に一傷つけた褒美に命だけは助けようと思ってたでチュが、もう許さないでチュよ!!」

 シスターがラッパを今度は床に向かって吹くと、衝撃波でボク諸共宙に浮いて凄い勢いで天井にぶつかった。

「あぐっ!?」

 ボクの口から沢山の血が出てきた。
 痛いよ…怖いよ…でも絶対に離すもんか!! ボクは男の子だからエターナルさん達を守らなきゃいけないんだ!!

「エターナルさん! 逃げて!! シスターはボクが捕まえてるから、その間にメルルさん達と逃げて!!」

「馬鹿云ってンじゃねェ!! その吐血、内臓までダメージを受けてるはずだ! そんな餓鬼を残して大人がおめおめと逃げられるか!!」

「そ…それを云ったらボクは男の子だい! だから女の子は守るんだ!!」

 エターナルさんは泣き出しそうに顔を歪めると、シスターに向き直った。

「俺の負けだ…巫女だろうと太陽神の嫁でも妾でもなってやる!! だからダイの命だけは許してくれ…こんな泣かせる事をいう餓鬼を殺さないでくれ…」

「だ、駄目だよ…なんでそんな事を云うの? 諦めちゃ駄目だよ…エターナルさんはボクが絶対に守るから!!」

「その気持ちで十分だ…お前はさっき自分は勇者じゃないって云ってたが、それは間違いだ…お前は紛れもない勇者だよ…
 勇者とはその名の通り勇気を持つものだ…しかも、その勇気を見てる奴らにも分け与えることができるお前こそ真の勇者だよ」

 そう云ってエターナルさんは優しそうな…綺麗な顔で微笑んだ。

「ありがとう、ダイ…もうその手を離して良いンだ…俺はお前から勇気を貰ったよ…太陽神の巫女となってでも太陽神と戦う勇気をな…
 さあ、ネズミ女…さっさと儀式とやらをしやがれ…ただし巫女になったからといって俺を容易く御せると思うなよ? 必ず太陽神の喉元に食らいついてやる!!」

「チューッチュッチュッチュッ!! 結構でチュウ! 太陽神の御心を知れば、そんな恐ろしい事は云わなくなるでチュウ!!
 我らと共に世界に蔓延る邪悪な異教徒を殲滅し、この世に真の楽園を創造する聖なる巫女となる事を自ずから望むようになりまチュウ!!」

「さあ、ダイ…手を離すンだ…太陽神信仰の事は全てこのターさんに任せておけ…な?」

 そんな…どうしてこうなるの? ボクはエターナルさんを守りたいだけなのに…
 そうだ! ボクはエターナルさんに勇気を与えたかったんじゃない! エターナルさんが泣いたり苦しんだりするのが嫌なんだ!!

「嫌だ…」

「ダイ?」

「嫌だって云ったんだ!! ボクはエターナルさんが苦しむのを見るのが嫌なんだ!! だからボクはこの手を絶対に離さないぞ!!」

「ピイイイイイッ!!」

 その時、ゴメちゃんっていう新しい友達が強い光を放った。

「ウチュアアアアアアアアアアアアッ!! 眩しい!! こ、これはまさか神の…!?」

 ボクと同じ光を浴びているシスターは苦しんでいるけど、逆にボクは良い気持ちだった。
 まるで全身から力が漲ってきて、額が物凄く熱くなった。

「う…器が壊れる!? 太陽神から賜わった力が暴走して器が耐えきれない!?」

 光が収まるとそこにはシスターの姿はどこにもなかった。
 ただ呆然としているエターナルさんとメルルさん、そして倒れているナバラお婆ちゃんの姿しかなかった。
 勿論、ゴメちゃんはボクの右肩に乗っている。

「だ…ダイ…おまえ、記憶が戻ったのか?」

「記憶? エターナルさんもそんな事を云うの? お兄ちゃんや姫ってお姉ちゃんと同じ事を…」

「記憶は戻ってないのか…なら、その額の紋章は本気で俺を助ける為に発動させたのか?」

 紋章? ボクの額に何があるんだろう? 確かに物凄く熱いけど、不快じゃない…なんか力が体の奧から湧いてくる感じがする。

「ダイさんが竜の紋章を…魔王軍を助けるために、邪教とはいえシスターを倒すために竜(ドラゴン)の騎士の力を…」

 竜の騎士? いや、今はそんな事より!

「あのシスターは!? さっきの光で消えちゃったの!?」

『そんな事ある訳ないでチュウ!! よくも私の器を…神より授かりし力を得てなお人として生きるための器を…』

「気ィつけろ!! 闇の奧に何かいやがる!!」

 エターナルさんはメルルさんのスカートの裾の生地を少し貰って胸に巻きながら前を警戒する。

『ゆるさないでチュウ!! 邪神の堕とし児よ!! この報いは爪先からゆっくりと喰らって恐怖と苦痛を存分に味わわせてから受けて貰うでチュウ!!』

 地響きを立てて闇から巨大な何かが来る!!

『否、最早、巫女だろうと何だろうと関係ない!! この醜い姿を見られたからには全員、私の胃袋の中へ招待してやるでチュウ!!』

「醜いねェ…むしろテメェの性根にお似合いの姿だと思うぜ?」

『神の僕を侮辱するのもいい加減にするでチュウ!! 嬲り殺しでチュウ!! この世に生まれたことをたっぷり後悔するでチュよ!!
 太陽神信仰・武装異端審問会(アームド・パニッシャー)・十二使徒が一人、クンビーナ様の真の恐ろしさを存分に愉しむが良いでチュウ!!』

 全身に灰色の毛が獣みたいにビッシリと生えた筋肉質の女の人を想像できる?
 顔はネズミのように長くなってるけど、目だけは人間のままでシスターが被る布もそのままだ。お尻からは細長い尻尾が生えている。
 だけど、その大きさはさっきの比じゃない! 巨大な熊さえも一口で頭を食い千切れそうなくらいの巨体を誇っている。

『太陽神よ、ご照覧あれ!! 貴方様の忠実なる僕、クンビーナの最後の戦いを!!』

 化け物になったシスターはどこに隠し持っていたのか、その巨体に見合った大きなラッパを咥えると大きく息を吸い込んだ!!








 あとがき

 おかしい…プロットの段階ではポップのメガンテイベントまで書くつもりだったのに、興が乗りすぎて加筆、加筆でご覧のありさまに(汗)
 でも、これも丁度良い区切りなので今回はここで締めました。

 ギャグが書きたいのにシリアスが続く…多少の茶化しはあったけど、ギャグとは呼べないですしね(苦笑)
 しかも今回もちょいとエロい描写が…時代小説を愛読しているせいか、自重しないとエロ描写を普通に入れてしまうのも悪い癖です(汗)
 それとターさんは今のところ、ダイに惚れたって訳じゃないです。ちょっと見る目が変わったというかフラグが一本立ったというか(笑)

 そしてシスター・クンビーナの変身…好きなんです。変身するボスキャラって。燃えますものね(笑)
 次回はバランやアバンの使徒とも合流して大バトルになります。戦闘描写は苦手ですが気合で書ききります。
 でも次回で全てに決着がつくかなぁ…こればかり書いてみないと分かりません。

 それでは、また次回に

 10月19日 誤字修正





[12274] 第玖話 姫騎士と竜の騎士 その漆
Name: 若年寄◆decbc20d ID:a621b7d9
Date: 2009/10/24 22:48

 ヒュンケル視点

「こ、こりゃあ一体…!?」

 ポップが唖然とするのも無理はない。俺とて目の前の光景には我が目を疑ったからな。

「テランの城が朽ち果てて…? ダイは!? みんなはどこ行ったんだ!?」

 死闘の末、ラーハルトを倒し、急ぎテラン城へ辿り着いた俺達を出迎えたのは、完全に朽ちた城と血のように真っ赤な空だった。

「ん? 壁に文字が…何々、肉の塊のような怪物を見ても攻撃はしないように。今のところニフラムしか効果がない事しか分かってないわ。レオナ…だって?
 一体全体、どうなってやがる? 肉の塊? 怪物? 姫さん達は城の中か? ダイの無事どころかみんながどうなってるのか分からねぇ」

「少なくとも一筋縄ではいかんようだ…これを見ろ」

 ポップは鎧を着た巨大なミイラ見て顔をしかめた。

「こいつの鎧…竜騎衆の一人だぜ。どうやったらこんな死体が出来上がるんだよ? 吸血鬼にでも襲われたのか?」

 頬を引き攣らせて無理に笑うポップだったが、動揺は隠し切れていない。
 どうやら死体は血だけではなく、肉や内臓までも失っているようだ。

「死体は魔王軍のもの。仲間にこんな殺し方ができる者はおらん…レオナ姫の書き置きと云い、容易ならざる事態のようだ」

「見りゃ分かるぜ! ザボエラが慌ててテランの様子をエターナルに報告する訳だ…どうする? 城に入ってみるか?」

「そうだな、うかつに入るのは愚の骨頂だが、今際の際のラーハルトにダイとバランを託されたのだ! 手をこまねいている訳にもいくまい!」

 俺達は頷き合うと、ダイがいるという地下牢へと向かう。
 その時だ。立つことも困難なほどの揺れが辺りを襲ったのは。

「じ、地震?! 空の色といい天変地異の前触れか!?」

 下から巨大な気配が迫り上がって来る!?
 俺は地下への階段へと足を踏みかけたポップの腕を掴んで引き寄せる。
 刹那後、けたたましいラッパのような音とともに周囲の瓦礫が吹き飛んだ。

「な…なんだぁ!? まさか地下でバランの野郎が暴れてんじゃねえだろうな!?」

「いくらバランでもダイがいる状況でそこまで無茶はすまい! もしかしたらそこの竜騎衆を殺したヤツかも知れん!」

 その時、吹き飛んだ瓦礫の中に小さな…それでいて巨大な力を感じる影が見えた。

『ウヂュアアアアアアアアアアアッ!! 逃がさないでチュウ!!』

 同時に地下から灰色の巨大な獣が飛び出して、瓦礫の中の影に向かって襲いかかった。

「紋章閃!!」

 しかし巨大な獣は金色の光に弾き飛ばされて地面へと落下した。

「い、今の声…まさか?」

「ああ、間違いない!!」

 俺達のそばに着地した小さな影、その額に燦然と輝くのは竜の紋章!

「だ、ダイ!! 無事だったのか!? それにその額の紋章! 記憶が戻ったんだな!?」

 ポップが嬉々とした声をあげるが、ダイは何故か怯えたような表情を見せた。

「あ…お兄ちゃん…記憶なんてボクは知らないって云ってるのに、まだそんな事を云うの?」

 ダイの言葉にポップは人間の限界をとっくに超えている程に大口を開けて洟まで垂らす。

「ダイ…じゃあ何だって紋章の力を使えてるんだよ!?」

「知らないよ!! でもボクの為に傷ついたお姉さんを助けるんだ!! お姉さんを苛める悪いシスターをやっつけて!!」

 そう云うやダイはむくりと起き上がった灰色の獣と対峙する。

『ウヂュアアアアアアアアアアアッ!! 調子に乗るなぁああああああああっ!! 邪神の堕とし児の分際でえええええええ!!』

 修道女が被るようなウィンプルを頭に乗せた巨大な獣が吠える。

『太陽神の忠実なる僕達よ!! 邪教の手先どもに裁きを!!』

 獣が巨大なラッパを鳴らして踊ると周囲に邪悪な気配が立ち込め、何かを引き摺るような音を立てて肉の塊のようなものが無数に這い出てきた。

「こ、これって姫さんが書き残してた怪物か!?」

「そのようだな! 竜騎衆を殺したのもこいつらかも知れん!」

 腐肉のような臭いを発する肉塊には全身に妙に艶めかしい真っ赤な唇が無数にあり、それが不気味な笑い声をあげて生理的な嫌悪感を生じさせる。

「メラゾーマ!!」

 ポップのメラゾーマが化け物を包み込むが、大した効果は無く、平然と不気味な笑い声をあげ続けている。

「クソ! 全然効かねえ!! やっぱ書き置き通りニフラムしか効果はないのか!! けど魔法使いの俺にはニフラムは使えねーし」

「紋章閃!! お兄ちゃん、逃げて!! そいつらにはボクが使える竜闘気(ドラゴニックオーラ)ってのしか効かないみたいだから!!」

 額の紋章から光を放ち周囲の怪物を薙ぎ払ったダイを見る限り、紋章の力を使いこなしているようだ。

『おのれぇ!! よくも敬虔な信者達を…やはり竜(ドラゴン)の騎士は邪悪な神の創造物でチュウ!!』

「敬虔な信者だって!? こんな化け物が信者の宗教ってどんなんだよ!?」

『化け物でチュって!? 我らが神の為、教義の為、命を捨てて戦う健気な信者達を化け物呼ばわりするとは、やはり邪教の信徒は滅ぼすべき存在でチュウ!!』

 灰色の獣はラッパを振り回して憤慨している。

『もう容赦はしないでチュウ!! いくら竜の騎士でもこれには耐えられまい!! 最大の威力の聖音波動を喰らわせてやるでチュウ!!』

 ラッパを咥えた獣が大きく息を吸い込むと、ダイが真っ直ぐに飛び出した。

「そう何度も吹かせないよ!!」

 ダイの紋章が再び光を放ちラッパの先端を明後日の方向へ向けると同時に、凄まじい衝撃波が発生してラッパの先の木々や地面を吹き飛ばした。

「なんてえ威力だ! バランの攻撃にも引けを取らねえぞ!?」

「確かに威力は凄まじいが戦い方は素人のようだ! 動きに無駄がありすぎる!!」

 このままダイだけに戦わせる訳にもいかない。
 俺はラーハルトから託された鎧を軽く叩き、ヤツに俺とダイを守ってくれと願いつつ魔剣を構えた。

『この餓鬼!! 大人しく聖音波動の餌食になれば良いものを!!』

 巨大な獣はラッパで殴りかかり、長く伸びた爪を薙ぎ、時には鋭い前歯で噛みつくがダイはそれを悉くかわす。

「紋章閃!!」

 モーションの大きな攻撃を繰り返したせいでよろけた隙を見逃さず、ついにダイが紋章の光をヒットさせた。
 だが、なんと灰色の獣は数メートル押し出されただけで、憎悪をのんだ瞳をダイに向ける。

「しかし、俺にとっては十分すぎる隙だ!! ブラッディースクライドぉ!!」

 剣の高速回転に乗せて放った俺の闘気は寸分違わず獣の心臓を貫いた。
 獣はしばし呆然と俺を見つめていたが、やがて力尽きたのか地響きを立てて腰砕けに倒れた。

「やったな!! 変な化け物が出てきた時はどうなるかと思ったが、やっぱお前らは強いぜ!!」

 はしゃぐポップに俺は、ダイの攻撃に便乗しただけだと返した。
 すると急にダイが倒れて意識を失った。

「お、おい!? ダイのヤツ、どうしちまったんだ!?」

「分からん…だが、よく見れば口元が血で汚れている。恐らく戦闘前に大きなダメージを負っていたのだろう…」

「そうか…それで身の危険を感じて本能的に紋章の力が出てきたんだな?」

 それもあるだろうが、それだけでは無いはずだ。
 ダイは“傷ついたお姉さん”と云った…きっとダイは誰かを守る為に竜の騎士の力を使ったのだ。

「バランによって記憶を消されたとしても、ダイの本質はそのままだ…誰よりも優しく、勇敢な心…ダイはダイのままだったのだ」

「まったくだぜ。まさかこの俺が餓鬼に守られるなンてな…こりゃ帰ったら、とっつぁんから大目玉だ…油断のしすぎだ、愚か者めがってな」

 笑いを含んだ女の声に振り向けば、確かエターナルとかいう女が苦笑を浮かべて立っていた。
 だが、上半身の服は無惨にも焦げ落ちており、何かの布を申し訳程度に胸に巻いているだけだった。

「おい! ダイをどうする気だ!?」

 エターナルはダイに近づくとその場に座り、ダイの頭を自らの膝に乗せた。

「どうもこうも治療だよ。この馬鹿、俺よりもデカイダメージを受けてた癖に無茶しやがって…」

 ダイは苦しそうに短い呼吸を繰り返していたが、エターナルが腹部に手を当てベホマを唱えるとその表情は安らかなものに変わった。

「あのおぞましい結界を抜ければ魔法は普通に使えるンだな…安心したぜ」

「…っ!」

 ダイの頭を撫でながら微笑むエターナルの姿は聖母を思わせて、同時にある女性を思い出させた。

「こいつ…魔王軍のクセにマァムみてぇな笑い方もできるんだな」

 同感だ。落とし穴を平気で使い、相手を侮辱するあの時の女と同一人物とは思えん。

「あーっ!! やっぱり先に外に出てたのね!? あたしとクロコダインの苦労はなんだったのよぉ、もお!!」

「まあまあ、結局はみんな無事だったんですから良しとしないと」

 瓦礫と化した城から出てきたのはレオナ姫とクロコダイン、それと占い師風の若い娘と老婆の二人組だった。

「バランはどうした?」

「おお! ヒュンケル、来てくれていたか!! バランなら途中で合流してな、地下でおぞましい結界を維持していると思しき核を発見したまでは良かったのだが…
 我らには核を破壊する手段は無くてな、バランが核の破壊を申し出たので任せたままだ。代わりに俺達がダイを確保し、その後改めてダイを賭けて決闘すると約束してな」

 そうだったのか。あのバランの事だから問答無用で攻撃するものと思ったが、やはり父親だな。ダイの安全を最優先するとは。
 その時、先程以上の振動と爆発音が響き、同時に空は元の蒼天を取り戻し、朽ちていたはずのテラン城は美しい元の姿へと戻っていた。

「どうやら結界の破壊に成功したようだな。俺の獣王会心撃も受け付けぬ核をこの短時間で破壊するとはな…流石はバランだ!」

 クロコダインの感嘆した声はすぐに落ちていった。

「だが、これからそのバランとダイを賭けて決闘するのだ…正直、未だに震えが止まらん!!」

「おっと、俺も忘れて貰っちゃァ困るぜ?」

 ダイを地面に横たえたエターナルがゆっくりと振り返る。

「ぐっ…なんという殺気だ…!!」

 あの聖母のような慈愛の笑みが嘘だったかのように、エターナルの目は死んだ魚のように濁りきっており、この世の者とは思えない濃厚な殺気を放っている。
 右手には長剣を持ち、左手には短剣を逆手に持っている。これがあらゆる格闘技の長所を組み合わせて作ったというエターナルの戦闘術か?

『チューッチュッチュッチュッ!! そして私も忘れて貰っては困るでチュウ!!』

 なんと俺のブラッディースクライドで心臓を貫いたはずの灰色の獣が再び起き上がったのだ。

「テメェ、まだ生きてやがったンか? つーか、今、俺ら決闘の雰囲気出してたろ? 空気読ンで死んどけ、ボケ!!」

『偉大なる太陽神から力を授かったと云ったはずでチュウ!! これしきのダメージなど蚊に刺されたようなものでチュよ!!』

「シスター・クンビーナ!? 傷がどんどん塞がっていく!?」

「あの化け物がシスター・クンビーナだってぇ!? 変わり過ぎてて判んなかったぜ!」

 ポップは唖然としてクンビーナとかいう獣を見つめている。
 だが、クンビーナの変化は傷を塞いだだけでは終わらなかった。
 眉間に穴が開き、紅い宝石のような第三の目が現われ、ネズミのような長い顔は徐々に引っ込み人間に近づいていく。

「綺麗…」

 レオナ姫が感嘆の声を上げるのも無理はない。
 その姿はまるで生きた女神像だ。白磁のような肌、その身を覆う純白の衣、両目を閉じてエターナルやマァムを彷彿とさせる慈愛に満ちた微笑みを浮かべている。

『さあ、おぞましき邪教の信徒達よ! 太陽神に成り代わり、この世で最大の慈悲…死を授けましょう!!』

 巨大な女神がラッパを吹くと竜巻のような衝撃波が起こり、俺達を吹き飛ばしていく。
 姫やポップは云うに及ばず、鎧を着けている俺とクロコダインですら全身から力が全て抜けるほどのダメージを受けた。

「あの化けネズミが正体じゃなかったのかよ、クソッタレ!!」

 そんな中、上手い具合に衝撃波を潜り抜けたエターナルがクンビーナの股下をスライディングで抜けていた。

「牙狼月光剣『膝崩し』!!」

 振り返り様にエターナルが跳び、右手の長剣がクンビーナの膝裏を薙いだ。

『あぐ!?』

 堪らず片膝を地に着けたクンビーナの隙を見逃すエターナルではない。すぐさま再び跳んで首筋に長剣を突き立てた。
 なんという洗練された流れるような美技…落とし穴など使わずとも、俺以上に剣の腕を持っているではないか!

「延髄は急所中の急所…普通はこれで終わるンだがな…」

 首を刺されながらも平然と掴みかかる手をかわしたエターナルは呆れたように頬を指で掻いた。

『太陽こそ我らが力の源! 太陽がある限り私は不滅! 無敵! 魔王軍もアバンの使徒も偉大なる太陽神の力の前に平伏すのです!』

 俺は馬鹿だ。この微笑みがマァムを思い出す? このような傲慢な笑みに慈愛を感じたとは汗顔の至りだ!

「ほう、太陽ねェ…じゃあ、近衛騎士団魔法開発課が最近完成させた魔法を試してみるか?」

 魔法開発課? ヤツの率いる近衛騎士団はセクションが分かれているのか?

「闇の精霊達よ…けっぱれ! 新魔法の初御目見得だァ!! ドルマ!!」

 クンビーナを包むように影のような黒い塊が圧縮していき、最後は爆発を起こした。

『ウヂュアアアアアアアアアアアアッ!? 太陽神の加護を得たこの体にダメージが!? な、何をした!?』

「なんて事ァねーよ。魔界の闇を呼び寄せて、その障気を極限まで圧縮させて爆発させただけだぜ?」

 こんな風にな、と今度はドルクマと唱え、先程以上に濃い闇を凝縮させて大爆発を起こした。
 体に開いた穴はあっという間に修復されていくが、塞がった部分は灰色の針のような毛が生えていた。

「太陽の力、即ち光の力に偏ったテメェには闇の力が効くだろう? 更にドルモーア、ドルマドンと上位呪文が控えているから、ついでに実地データを取らせてくれや」

 エターナルの操る闇の力はクンビーナにとっては天敵のようで、どんどんダメージを与えていく。
 改めてエターナルが恐ろしい敵であると再認識させられる。ハドラーや六団長を倒せばバーンに近づくと思ったが大間違いのようだ。
 恐らく、このエターナルがバーンと戦うまでの最大の障害である事は間違いない。ミストバーンと双璧をなす側近中の側近…厄介だな。

「練度が足りねーせいか、一発一発の威力にバラつきがあるのが気になるっちゃァ気になるがまずまずだな…魔法開発課の連中には特別ボーナスを出してやるか」

 エターナルは満足げに笑いながらクンビーナに近づいていく。

「随分とお似合いの姿になった…いや、戻ったなァ? テメェにはやっぱそのドブネズミみてーな姿がお似合いだよ」

 エターナルの新呪文によって受けたダメージを回復するたびに灰色の剛毛が増えていったクンビーナは、最早女神とは呼べぬ姿へと変貌を遂げていた。

『チュウウウウウウ…おのれ…恨むべきは竜の騎士…結界の中に招き入れた巫女を逃がしたばかりか、結界の核まで…太陽神よ、何故我が行いを見守って下さらぬのか』

「さァな? 大方、眉唾物だったンだろ? テメェらの信じる神様ってのがさ」

『巫女が太陽神を愚弄するか!! 太陽は生きとし生けるもの全てに平等に光を与えて下さる!! 正に神と崇めるに相応しい存在ではないか!!』

 エターナルは小指で耳の穴をほじりながら胡乱げにクンビーナを見つめる。

「平等と云っときながらテメェらは、ルビス信仰や人間の神を崇める連中とか他の宗教を邪教と称して攻撃してたじゃねーか…そんな教義、誰が支持すんだよ?
 ああ、太陽神信仰の発祥は魔界だったっけな…太陽がある地上を羨み、地上で生きる人間を妬むような連中の作った宗教じゃ無理はねェ。
 けどな? そんな僻み根性で祈られたって神様だって困ンだろーが!! 挙句に罪の無ェ餓鬼を生け贄にしやがって…そんな連中に加護を得られる訳ねーだろ!!」

 怒りだ。エターナルはどうやらクンビーナ達、太陽神信仰に並々ならぬ怒りを感じているらしい。
 クンビーナの云う巫女…そしてエターナルの体に彫られた炎の模様の刺青…もしかしたらエターナル自身、太陽神信仰に関わっていた過去があるのかも知れないな。

『偉大なる指導者・教皇スカイオーシャン様のお言葉に間違いなどない…あの御方が消えかけた太陽神信仰に新たな息吹を与えて下されたのだ…
 モンスターに狩られるだけの弱者だった我らに力を授けて下さったのも、餓えし我らに糧を恵んで下さったのも、スカイオーシャン様…
 我らはあの御方のお言葉ならば全てを信じる事ができる…あの御方の為ならば躊躇いなく命を捨てる事ができる…あの御方こそ、我らの希望!!』

「テメェは太陽神を信じてンのか、教皇とやらを信じてンのか、どっちだ?」

 その言葉にクンビーナはハッと体を起こしてエターナルを見つめる。
 しばし二人は見つめ合っていたが、急にクンビーナが頭を抱えて苦しみだした。

『わ、私は何故…私は…諌言…それはあまりに酷く…教皇にお会いしなければ…ネズミ…教義に反する…お諫めしなければ…私の命に代えても…教皇様…』

 断片的な単語の羅列。意味は解らないが、重要な事を云っているような気がする。

『違う…考えるな…私は…お前は…操り人形…あれは敵だ…敵は排除しなければならない…お前は無敵だ…太陽神の加護…』

 クンビーナは頭を抱えながらゆっくりとダイへと近づいていく。

『竜の騎士…あれは邪魔な存在だ…始末しろ…お前は殉教者だ…巫女の回収は…他の十二使徒がやる…殺せ…殺せ…殺せ…そして…死ね』

 クンビーナがラッパを咥えると同時にエターナルの新魔法ドルマが腹に風穴を開ける。
 しかし、クンビーナはそれに構わず、否、それに気付いていないかのように大きく息を吸い込んだ。

「させねぇ!!」

 衝撃波がダイを飲み込む寸前、トベルーラで滑空するポップがダイを掴まえて救った。

「ベギラマ!!」

 距離を取ったポップはすかさずクンビーナの腹の穴へと呪文を叩き込むが、さしたるダメージは与えられなかったようだ。

『私に呪文は通用しない…太陽神の加護を得た私は無敵…私は不死身…私は既に…死している…』

「なんだってぇ!?」

 ポップは訝しむようにクンビーナを見つめているが、疑問を持ったのは俺達も同じだ。

『私の…体の…どこかに…教皇…かけられた…呪いの…核が…それを破壊…』

 まさかクンビーナは自分を倒す為のヒントを口にしているのか?

『私の…罪…償わなけ…無駄だ…我が秘法は誰にも破れぬ…』

 なんだ? まるでクンビーナの中に人格が複数あるような違和感は?

『殺せ!! 竜の騎士を殺すのだ!!』

 今度の衝撃波は早い上に範囲が広く、最早ルーラでは逃げ切れん!!
 我が身を盾にしようとも、脚の骨が折れていて駆けつけることができん!!

「一か八か、スカラ!!」

 なんとポップはダイを抱えて背を向けると、衝撃波に備えて両足を踏ん張った。
 瞬く間に衝撃波が二人を包み、砂煙で視界が遮られた。

「ポップ!! ダイ~~~~~~~~ッ!!」

 やがて視界が開けると、そこには傷一つ負ってないダイと、全身が血に塗れながらもかろうじて立っているポップがいた。

「かああああ…凄ぇ痛ぇ…けど全魔法力をスカラに無理矢理詰め込んだお陰でなんとか死なずにすんだぜ…」

 我が弟弟子ながら魔法使いの身で体を張ってダイを守るとは…褒めるべきか、無茶をするなと叱るべきか…

「ポップ…テメェ、そこまでしてなんでダイを守るンだ? 魔王軍と戦う勇者だからか?」

 ポップの文字通りの献身に流石のエターナルも驚きを隠せないようだ。

「ダイは…ダイは俺達に希望を与えてくれたんだ…勇者とか関係ねぇ…ダイがいなかったら俺達は全員、ここにはいなかったんだ…
 ダイがいなけりゃ姫さんは死んでた!! ダイと戦わなけりゃクロコダインのおっさんもヒュンケルも悪党のままだった!!
 そして…俺はダイと出会えてなかったら、いつも逃げ回って、強ぇヤツにペコペコして、口先ばっかの最低な人間になってたに違いねぇんだ!!
 ダイに出会えて俺達の運命は変わった!! ダイのお陰で俺達はここまで頑張ってこれた!! ダイは俺達の心の支えなんだ!!」

 ポップに抱きしめられたからかダイは意識を取り戻し、血塗れのポップに一瞬驚いたものの、すぐに心配そうにポップの顔を撫でた。

「そのダイが人間の敵になっちまうなんて…殺されちまうなんて…死んでも我慢ならねぇ!!」

「テメェの想いがダイとバラン…親子の絆を断つとしてもか?」

「ああ!! 実の親のバランだろうと、ダイを心の底から慈しんでるアンタだろうと俺達の希望は…渡さねぇ!! 絶対にだ!!」

 全身が血に塗れ、魔法力が尽きながらも、眼光だけは決して衰えさせずにポップは杖を構えてエターナルとクンビーナの二人と対峙する。

『ならば早々に死ね…クンビーナを道連れにくれてやる…』

 地響きを立ててクンビーナがポップに近づく。

「させるか!!」

 クンビーナの巨体を止めたのはクロコダインだった。

「ダイもそうだが、ポップもまた我らの希望!! 死なせる訳にはいかん!!」

 クロコダインも先程の衝撃波でボロボロになっているはずなのだが、渾身の力を込めてクンビーナの左脚を掴んでいる。

『死に損ないが…ならば一生その脚を抱いていろ!!』

 クンビーナは自分の左脚もろともクロコダインを衝撃波で吹き飛ばしてしまう。
 片脚になってなおクンビーナは平然とラッパを咥えポップにトドメを刺そうとする。

「ポップ!! 逃げろ!!」

 折れた脚を引き摺りつつ、俺はポップの救助に向かおうとするが、その前にクンビーナがラッパを口から離した。

『させない…この子達は…殺させない…私もまたダイに…ポップに…希望を見出した…天空の太陽のような…目映いまでの希望を…』

 クンビーナは自らの腕に鋭い前歯を突き立てながら、懸命に何かに逆らっている。
 その目には確かに人の理性が見えた。

『破壊して…教皇の呪いの核を…私の体のどこかにある呪いの根源を…そうすれば私を滅ぼせ…』

 しかし、次の瞬間には、その瞳に再び獣の狂気が宿りラッパを咥えた。
 ダイはポップを庇うように前に出ようとするが、何を思ったかポップはそれを手で制した。

「心配すんな。すぐに終わらせてやるからよ…」

 ポップはダイの額に巻かれた布ごしに頭を撫でる。

「そのバンダナ…ずっと持っててくれよ…五つの頃から愛用してる…俺のトレードマークなんだからさ…」

「ボクが? なんで? そんな事よりお兄ちゃん、逃げて!! 死んじゃうよぉ!!」

「俺が逃げたらお前はどうなんだ? 竜の紋章は今、使えんのか?」

 ポップの言葉にダイは力無く首を横に振った。
 やはりさっきの紋章は火事場のクソ力だったのだ。完全に使いこなせてはいないのだな。

「だったら今のお前に出来る事は自分を守ることだぜ!!」

「お兄ちゃん…」

「解ったら…そのバンダナ…無くさないでくれよ!!」

 血迷ったか、ポップ!?
 ダイを突き飛ばしたポップはあろうことか杖でクンビーナに殴りかかったのだ。

『見苦しきかな、弱者の特攻…一思いにその頭を噛み砕いてくれる! やれ! クンビーナ!!』

 迫り来るクンビーナの顔にポップのマントが絡みつく。
 その隙にポップはクンビーナの頭を両手で掴み、組み付いた。

『ぬぅっ…抜けん! 非力な魔法使いの握力なのに、太陽神の加護を得たクンビーナの力を持ってしても抜けぬとは!?』

「あ…あったりめえよ! この指先にはな…俺の全生命エネルギーを込めてるんだ!! 抜けて貰っちゃ困るんだよ!!」

「お、おい! テメェ、まさかあの呪文を!? 馬鹿な事ァやめやがれ!!」

 エターナルはポップを引き剥がそうとするが、衝撃波をアチコチ飛ばして暴れるクンビーナへ近づけずにいる。

『メガンテか!! 本来、僧侶のみが使える呪文を魔法使いの貴様が使えばどうなるか解っているのか!?』

「ああ、神の祝福を受けた僧侶なら蘇生の可能性もあるだろが…それ以外のヤツが使えば、下手すりゃバラバラだ…
 アバン先生がそうだったようにな…アバン先生は尊敬してるけど…こいつだけは真似したくなかったぜ!!」

 この期に及んでポップは薄く笑みを浮かべていた。

「やめろ、ポップ!! そいつは不死身だ!! 無駄死にする可能性が高い!! やめるんだ!!」

「…心配すんな…こいつだけは必ず道連れにしてやる…呪いの核がどんなんか知らねぇが、メガンテの威力ならシスター・クンビーナの体ごと滅ぼせるはずだ…
 それに精霊の力を借りたベギラマと違って、メガンテは術者の生命を破壊エネルギーに変えてぶつける呪文…こいつにもきっと効果はある!!」

「ポップ、テメェはその女の戯言ォ信じンのかよ!? 出鱈目に決まってンだろ!!」

 何故か敵であるエターナルまでもがポップの説得に回っているが、この際、ヤツを止められるのなら誰でも良い!! この馬鹿を止めてくれ!!

「俺だって馬鹿じゃねぇ…嘘か本当かくらい見抜けるさ…自分の弱点を喋ったこいつの目…嘘を云ってるヤツの目じゃなかった…俺は信じるぜ!!」

 ポップの言葉にクンビーナの動きが止まり、再びその瞳に理性が甦った。

「シスター・クンビーナ! アンタも相当苦しんだんだよな!? だったら、その苦しみを俺が終わりにしてやる!! 道連れが俺って点は勘弁して欲しいけどな!!」

『ありがとう…私も最後の力を振り絞り…私を操る教皇に邪魔をさせません…』

「やめろ! 犬死には許さねェ!! バルジ島で潰された魔王軍のメンツを挽回する為にもテメェらは正面切って潰さにゃァいけねーンだよ!
 自爆なんかされた日には、魔王軍総攻撃までしてテメェを仕留められなかった汚名をどうやって返上すりゃいーンだよ、ボケッ!!」

 説得なのかどうか判断に苦しむエターナルの言葉にポップは苦笑を浮かべた。

「そりゃ悪かったな…その辺は生き残った仲間と戦うって事で勘弁してくれ。それに犬死にじゃねぇさ…
 俺はダイの為に…勇者の為に死ぬんだ…云ってみりゃあ、俺達人間の未来ってヤツの為にさ…
 こ…こんなカッコイイ死に方は他に無ぇよな…」

「よせえ!! よさんかぁ!! ポップ~~~~~~~~~!!」

 俺やクロコダイン、レオナ姫、エターナルが口々に説得をするが、ポップは既に死を覚悟してしまっている目をしていた。
 クンビーナに至ってはラッパを手放し、両手を組んで祈りを神に捧げている。

「姫さん…ヒュンケル…クロコダインのおっさん…みんな…後は頼まぁ…マァムにはうまく云っといてくれや…
 それとエターナルさんよ…俺の死に免じて今日だけはダイを連れてかないでくれねぇか? …もうみんなはバランと決闘するだけの力は残ってねぇからよ」

 ポップとダイの視線が合う。
 ダイは焦燥感とも哀しみともつかない表情を浮かべている。

「ダイ…俺が死ぬところを見ても、まだとぼけたツラしてやがったら…恨むぜ…」

「あ…うわぁぁっ…!!」

「…あばよ…ダイ…お前と色々あったけど…楽しかったぜ…でも…俺の冒険は…ここまでだぜ…!!」

 ポップの体から閃光が溢れ出す!!

『チイッ! クンビーナめ、最期の最期で!!』

「メガンテ!!」

 ポップとクンビーナは閃光の中に姿を消し…ダイはその場に倒れ込んだ…








 あとがき

 ポップ散る! ジャンプ掲載時にこのシーンを読んで呆然としたのは良い想い出です。
 読み返して、こりゃ絶対バランはピンピンしてるな、と冷めた予想もしたものですが(おい)

 しかし、今回でバラン編に決着をつけるつもりでしたが、書いてみたらポップのメガンテまでだったとは…
 プロットでは一行で済む事も、文章にすれば十数行になることはザラで、SSを書く難しさを痛感した今回でした。

 次回はちょっと救いのない部分が出てきますし、いつも以上に無理な展開もあります。
 今回、バランが合流できなかった理由も次回で明らかになります。
 つーか、次回こそはバラン編を終わらせたいと思います(汗)

 それでは、また次回に。





[12274] 第壱拾話 姫騎士と竜の騎士 その捌(TS要素あり)
Name: 若年寄◆decbc20d ID:a621b7d9
Date: 2009/11/03 23:21

 レオナ視点

 あたし達は目の前のクレーターを呆然と見つめるしかなかった。
 止める事ができなかった…ポップ君はもうこの世にいないのだと悟らざるを得なかった。
 クレーターの中央にあった獣と人間の形をした真っ白いオブジェは風に晒されて徐々に形を崩していく。

「馬鹿が…魔力が尽きたってンなら大人しくしてれば良いものを…余計な事をしやがって…無駄死にも良いとこだろ」

 エターナルの吐き捨てるような言葉にあたしの頬はカァっと熱を帯びた。

「む、無駄死にですって? 現にポップ君は命と引き替えに敵を倒したわ! これのどこが無駄死にだって云うのよ!?」

 するとエターナルの濁った目があたしを捉え、途端に身が竦んで何も云えなくなってしまう。

「無駄死にだろーよ? あのネズミ女はなんて名乗った? 十二使徒だったよな? つまり同じようなのが後十一人も控えてるってこったろ?」

 そこまで云われてあたしは漸くエターナルが何を云いたいのか察する事ができた。

「残る十一人…まあ、今後お前らが太陽神信仰とどう付き合うかは知らんが、ずっとこの調子で戦うつもりか? 命がいくつあっても足りねーよ!」

 そうだった…恐らくあたし達は魔王軍だけでなく太陽神信仰とも戦っていく事になるだろう。
 今回はポップ君のメガンテで倒す事ができたけど、不死身に近い十二使徒に有効な攻撃がメガンテ以外に解ってないんじゃ話にならない。
 残る十一人に対してメガンテでトドメを刺すなんて戦法しか取れないんじゃナンセンスとすら云えない。
 ましてやクンビーナの言葉を信じるのなら、十二使徒の背後には教皇と呼ばれる人物がいるんだし…

「解ったようだな? 戦いってな敵を倒せば良いってもんじゃねェ…自らも生き残らにゃァ話にならねーンだよ。
 死を覚悟して戦うのは結構だがよ…命を捨てて戦うのは愚の骨頂だよ。俺の部下だったら絶対に褒めねェ…」

 エターナルは崩れゆく白い人型に軽蔑を込めた目線を向けた。

「あああ…!!」

 やがてポップ君を形作っていた灰は跡形もなく崩れ去った。

「あん?」

「な…何アレ…?」

 灰の中から淡い光を放つ青い球体が浮き上がってエターナルに近づいていく。

「もしかしなくても…これが呪いの核か?」

 エターナルが剣を構えて球体を斬ろうとしたその瞬間、光が強くなりあたし達を包み込んだ。








「なんだここは?」

 次の瞬間、あたし達は優しい光に包まれた不思議な空間の中を漂っていた。
 見渡す限り光しかない空間でクロコダインが呆然と呟くのも無理はなかった。

「む…? 先程の球体が来るぞ!!」

 ヒュンケルの鋭い声に身構えるけど、宙ぶらりんのような状態ではどうしようもなかった。
 やがて球体は再びエターナルの目の前に来ると、徐々に大きくなって姿を変えていった。

「クンビーナか?」

 そう、それは真っ白い巨大なネズミだった。全身には体のラインに沿うような赤い流線型の模様があった。
 しかしクンビーナと違い、邪悪な気配はまったく感じられず神々しい光を放っている。

『我は大いなる太陽神に仕える神獣…クビラである。よくぞ教皇スカイオーシャンの呪いを解いてくれた。礼を云うぞ!!』

 神獣? 呪い? クンビーナが云ってた呪いをかけられていたって話は本当だったの?

「別に俺達が解いた訳じゃねーや…ポップっていう魔法使いだよ。ま、呪いってのが本当だったらの話だがな?」

『信じられぬのも無理はない。そなたは太陽神信仰のせいで地獄の苦しみを味わったのだからな…無論、その責めは不甲斐ない我らにある。
 だが、これだけは信じて欲しい! 大いなる太陽神は邪神にあらず! 本来は生け贄を望む御方ではない! ましてや他の宗教を排他するような御方でもない!!
 全ての元凶は教皇スカイオーシャンにあり! 全てはヤツを疑う事もせず教皇に任命した我ら神獣の落ち度なり! 太陽神は教皇によって邪神に貶められたのだ!!』

 この不思議な空間のせいか、神獣クビラの言葉に嘘がないように思えるばかりか、彼(声が高いから彼女かも)の心の内にある哀しみが伝わってくる。

「百歩譲ってそれが本当だとして、何故、スカイオーシャンって野郎はテメェンとこの神様を貶める? アンタらを呪って何のメリットがあんだよ?」

『復讐だ…そしてヤツ自身の野望の為…』

 エターナルは眉間に縦皺を寄せて神獣クビラを見つめながら、無言で先を促した。

『今から二千年前…太陽神信仰は今以上に増長しておった…それこそ他宗教を邪教と貶め、迫害し、土地から追い立て、虐殺を繰り返す非道の集団と成り果てていた。
 しかし、その事を嘆き、憤ったのが他ならぬ大いなる太陽神であった。あの御方は神罰として大地震、津波、干魃を起こし太陽神信仰の教徒を殲滅寸前まで追いやった。
 畏れおののき許しを乞う教徒達の前に大いなる太陽神は黄金の鬣に覆われたライオンの姿に化身して顕現されたのだ』

『太陽の光は誰にでも平等に降り注いでいる。汝らは特別ではない。我を恐れる前に自らの行為を恐れよ。汝らの罪を悔いよ』

『そう叱責された教徒達は以後、自らの罪を悔い、他の宗教とも手を取り合うようになったのだが、それに納得をしない者もいたのだ…』

「魔界の教徒達か…」

 エターナルは哀しそうに左腕の刺青を撫でた。

『ウム! そなたも知るように魔界には決して太陽の光は届かぬ…そこに平等はない…大いなる太陽神もその高みゆえに、魔界の者達の哀しみを知るすべはなかったのだ。
 そこで太陽神の奇跡の地上代行者である我ら神獣は魔界の教徒の中から賢人を選び教皇に任命した…そやつこそがスカイオーシャン…全ての元凶だったのだ』

「何故、スカイオーシャンを選ンだのかは訊かねーよ。ただ分からねーのは野郎の望みだ。ヤツは一体何を企んでンだ?」

『そなたの父、大魔王バーンの望みとは真逆だ。ヤツは魔界だけではなく、地上界、そして天界さえも闇に飲み込もうとしている…』

「闇に? 野郎は太陽の光に憧れてる訳じゃねーのか?」

『むしろ憎んでおる。不平等の極みにいる魔界の人間の存在を知らず平等を唱えた太陽神をな…だからこそ邪神に貶め、世界を闇に包み込もうとしているのだ。
 魔界の人間は闇の中にあって生きるすべを持つ…スカイオーシャンは闇の支配する世界で地上はおろか天界をも蹂躙し、三界を支配する王になろうとしておるのだ!!』

 言葉が出なかった。
 人の身で地上を征服するどころか、魔界や天界までも支配しようと目論む人間がいる事に驚愕するしかなかった。

「巫山戯た野郎だ…おい、ネズ公! スカイオーシャンの居所を知ってンだろ!? 今すぐ教えやがれ!! ちょいと行って野郎をぶちのめしてくらァ!!」

『それはならん!! 少なくとも今のそなたとスカイオーシャンを会わせる訳にはいかぬ!!』

 神獣クビラの鋭い声にエターナルは面食らう。

「おい、まだ呪いは解けきってねーのか? なんで野郎の居場所を教えねェ?」

『忘れたか? そなたの子宮には大いなる太陽神の力…ヤツの云う贄蝕みの炎(にえはみのほむら)がある事を…そしてつい先程、クンビーナにその炎を支配された事を!
 本来の名を偉大なる神炎(グレイトファイア)、それを制御できておらぬそなたがスカイオーシャンの前に立ってみよ…ヤツを倒すどころの話ではない…
 逆にスカイオーシャンに身も心も支配され、歪められた覚醒を施されて世界を闇へと導く闇の巫女としてヤツの右腕となるのがオチだ!!』

「さっきの醜態の話を出されると辛ェが…じゃあ、どうしろってンだよ?」

 エターナルの疑問に答えるように、神獣クビラの体が発光し、その光はそのまま神獣クビラから離れてエターナルの体の中へ吸い込まれていった。

「な…何をしやがった?」

『今、そなたの中にある偉大なる神炎に我が神力を注いだ。これによりそなたは偉大なる神炎の制御が少しだけ可能になったはずだ。
 そなたはこれより残る十二使徒に封じられし神獣を解放するのだ。神獣の力を全て得る事ができれば、そなたは完全に偉大なる神炎を制御できるようになる!!』

「いきなり面倒臭ェ話になってきたな、おい…じゃあ、何か? 俺はどこにいるかも分からねェ十二使徒をアチコチ捜し回らにゃァならねーのかよ?」

 エターナルはげんなりとした顔をして神獣クビラを睨み付けた。

『捜す必要はない。封じられようと我ら神獣は全て繋がっておる。神獣の在所は我が察する事ができる。それに捜し回らずとも向こうの方からそなたに接触してくるだろう』

「そうだったな…俺は連中にとっては無くてはならない巫女なんだっけな…」

 力無く肩を落とすエターナルに私は笑いを堪えるのに必死だった。

『ついでに我が力を得た事で制御できる神通力を教えておこう…まずは自分の周囲に輪が広がる様をイメージしてみよ…』

 エターナルは訝しげに神獣クビラを見つめていたけど、再び促されて目を閉じた。
 するとエターナルの周囲に薄い光の輪が生まれた。

『それこそが我が神通力『避厄の輪』! 自らを中心にして敵の悪意、害意、殺意に反応して知らせてくれるものだ。
 例えば…それ、パプニカの姫がいる方角の部分が乱れておろう? それは彼女の敵意に反応しておるのだ』

 確かにエターナルの輪は私のいる方角が波打っている。それはヒュンケルやクロコダインのいる方角も同じだった。

「ほう…結構、便利だな…これって調整もできんのか? 軽い敵意にも一々反応されても困るぜ?」

『無論、可能だ。そなたが嫌いだ、という程度の敵意にも反応するようにもできるし、戦闘時には目標だけを追うようにする事もできる。
 使い方はそれだけではない。味方でも気の波長を登録すれば反応するようになる。ダンジョンなどではぐれた時の道標にも使えよう』

「使い方次第で戦局を有利にする事ができるな…下手な攻撃呪文よりよっぽど有り難いぜ」

 私達にとっては全然ありがたくないんだけど…これってエターナルに対して奇襲はほぼ不可能って事よね?

「こんな特典が貰えるンじゃァ十二使徒退治も悪かねーな!」

『喜んでいるところ悪いが…十二使徒も哀れな存在だという事も忘れないで欲しい…彼らも望んで破壊を行っているのではないのだからな…』

「…教皇の呪いってヤツか?」

 エターナルは神妙な顔になった。
 シスター・クンビーナも望んであたし達を襲ってた訳じゃなさそうだったしね…

『シスター・クンビーナも元は心優しい娘だった…彼女はあらゆる楽器の名手でな、魔界にあって音楽で人々の心に潤いを与える正に聖女のような娘であったわ。
 しかし、数百年前…教皇スカイオーシャンがある作戦を用いて敵国を攻撃した事があってな…その作戦とはネズミを媒介として敵の街にペストを流行させるものだ。
 作戦は成功し、大きな街が一つ…また一つと疫病によって滅ぼされていった。そんなある日、クンビーナは偶然ペストの原因が教皇の非情な作戦であると知った』

 否、知ってしまったのだ――神獣クビラの声に哀しみが宿った。

『慈しみ深い彼女は自らの信じる教えがおぞましい作戦を決行している事に悩み、嘆き…ついに教皇に直接諌言をしようと決心した。
 しかし、彼女の言葉に耳を貸すスカイオーシャンではない…クンビーナは捕らえられ、餓えたネズミが蠢く檻に投げ込まれてしまったのだ』

 酷い…街を疫病で滅ぼす事も、人を生きたままネズミに食べさせる事も人間にできる発想じゃないわ!

『クンビーナに対する仕打ちはそれだけでは終わらなかった…封印されていた我を彼女の遺体に埋め込み、呪いで仮初めの命を与えたのだ!!』

 そして彼女は太陽神信仰の暴力装置である武装異端審問会(アームド・パニッシャー)の一員となったのね…
 聞けば聞くほど教皇スカイオーシャンってヤツが憎たらしく思えてきたわ!

『エターナルよ。死ぬ事すら許されぬ哀れな十二使徒を救ってはくれぬか? その代わり、我ら神獣の命と力、好きに使ってくれて構わぬ!!』

「まあ、どの道、十二使徒を倒さにゃァ面倒な事になるのは分かってンかんな…引き受けてやらァ…ただし!」

 エターナルは腰に左手を当ててビシッと右の人差し指を神獣クビラに差した。

「今回、テメェを呪いから解放したのは俺じゃねェ! ポップだ。野郎に何か報いて貰わにゃァ俺の矜持に関わる! それが敵であってもな!」

『云われずともそのつもりであった。クンビーナも死の瞬間にはポップに感謝をしていたからな…我もできる限りの事はするつもりだ。
 これから我がポップにする事…本来ならば自然に逆らう愚行以外の何物でもないが、今回ばかりは大いなる太陽神も大目に見て下さるであろう!!』

 神獣クビラの体が再び光を発して、その光は徐々に人の形を作っていった。

『ポップには我の魂の一部を分け与えよう…厳密に云えば人間とは異なる存在となってしまうが、これが我のできうる限界だ!』

 人型の光の横に半透明のポップ君が現われた。

「ま…まさかポップの魂か!? 肉体が滅びてしまったポップを本当に復活できると仰せか、神獣よ!?」

『リザードマンの男よ。人間とは異なると存在になると云ったはずだ。残酷な事だがな…いくら我でも滅んだ肉体までは復活させる事はできぬ』

 やがてポップ君の魂と人型の光は融合して眩いばかりの強い光を放った。

『ポップよ。目覚めよ! 新たなる命を持って我が前に再び甦るがよい!!』

 やがて光が収まって、不安と期待を込めてポップ君を見たあたし達は思わず絶句した。

「…だ…誰?」

『ポップだ』

 その顔は確かにポップ君の面影があった。

「神獣よ…巫山戯ているのか?」

『我は大真面目だ』

 けど、どう見ても背中には動く度に周りにある光の粒子が尾を引く翼があって…

「ポップは俺の記憶では男であったはずだが…」

『我の魂の影響だ。こう見えて我は女性の人格を太陽神より与えられておるのでな』

 エターナルと同じような銀色の美しい髪を腰まで伸ばした美少女がそこに佇んでいた。

「ま、いっか…こうして生き返っただけでもめっけもんか」

『そう云って貰えると助かる…我としてはそれが精一杯だからな…そなたに恨まれても仕方がないと思っていたからな』

「いやいや、生きてるだけでもありがてぇよ。親父とお袋にどう説明するかが悩みどころだけどな」

 しかも当の本人はまったく気にしてないのが酷く腹立たしかった。

「で、ポップは何て存在になったンだ? 見たところ宗教画の天使みてェだが…」

『ずばりそのまま天使だな…もっとも翼を隠せるので人として生きる事は可能だ…寿命という概念は無いに等しいがな』

「イメージじゃねーよ! ヘソで茶が沸くぜ!!」

「腹立つけど同感だな…俺だって自分が天使なんて云われた日にゃあ背中に怖気が走るぜ」

 エターナルと二人して笑うポップ君にあたしはもう限界だった。

「何を暢気に笑ってんのよ、馬鹿ぁ!! あたし達がどんな思いでいたか分かっているの!?」

「そうだ、ポップ!! お前は残される者の気持ちが分からんのか!?」

 あたしの全力のビンタとクロコダインの軽い拳骨を受けてポップ君はバツの悪そうな笑みを浮かべた。

「悪ぃ…雰囲気で俺のやった事、流せると思ったけどやっぱ無理か…」

「当たり前だ! お前は自分が仲間の中でどれだけ大きな存在か自覚が足りん!! もう二度とこんな真似をするな!!」

 ヒュンケルからも叱責を受けて流石のポップ君も辛そうに顔を歪めた。

「魔法力が尽きた俺にできる事はもうあれしかないと思ってたからな…ダイを守るのに必死だったんだ」

「だからと云って短絡的にも程がある! エターナルではないが、死を覚悟しても命を捨てるような戦い方をするな!! 良いな!?」

 ふふ…ヒュンケルもアバンの使徒の長兄としての自覚が出てきたみたいね?
 こうして弟…妹弟子をきちんと叱る事ができるようになった事からも、今後もむやみに自分を卑下するような生き方はしないでしょうね。

「ああ、今回で懲りたよ…もう二度とメガンテなんて呪文は使わねぇ…約束する」

 ポップ君の言葉にあたし達は漸く笑顔になれた。

「ヘッ…甘ちゃんどもが…それよりそろそろ元の場所に帰してくれねーか? ここにゃァダイがいねェ…あいつがどうしてるか心配だ」

『分かった。それでは帰すとしよう…』

 神獣クビラの言葉と同時にまた光が視界を埋め尽くした。
 光が徐々に弱まり、視界が開けてくる寸前に神獣クビラの声が最後に響いた。

『もし目的が無ければ、まずオーザムに行け。一度滅びた国だが、そこで太陽神信仰がなにやら企んでいるようだ…』








 視界が開けると真っ先に目に入ったのがダイ君を抱きかかえているエターナルの後ろ姿だった。

「お、おい! ダイを連れ帰る気か!? 決闘の約束はどうした!?」

「むやみに近づくな、ポップ!!」

 ポップ君が翼を広げてエターナルに突っかかっていくけど、エターナルは振り返りざまの回し蹴りでポップ君を弾き飛ばした。

「決闘もクソもあるか!! テメェらのダイはとっくに死んじまってたンだよ!! もうこいつはテメェらの仲間じゃねェ!!」

 怒りの形相も凄まじいエターナルにあたし達は思わず絶句して唾を飲み込んだ。

「エターナルさん…何を怒ってるの?」

 心配そうにエターナルの顔を撫でるダイ君に彼女は若干表情を弛めたけど、あたし達としてはそれどころじゃなかった。

「ダイ…記憶が戻らなかったのか? ポップの凄絶な最期を見ても…」

 ヒュンケルも呆然と呟いている。

「記憶が戻るも戻らねーも、こいつの中のダイは死んじまったって云っただろ? もう二度とこいつは勇者として戦う事はねーよ」

「巫山戯た事云ってんじゃねぇ!! どうしてダイが死ななきゃならねぇんだ!?」

「テメェのせいだよ」

 激昂するポップ君だったけど、エターナルの氷のような目に射抜かれて押し黙ってしまった。

「お…俺の…?」

「ああ…恐らくテメェの自爆を見て、かつてデルムリン島でハドラーと刺し違えようとメガンテを放ったアバンの姿がオーバーラップしたんだろうよ。
 アバンを失った哀しみと怒りが蘇り、そして親友であるテメェの死による哀しみが渾然一体となって一気にこいつの頭脳を襲った…
 結果、こいつの心はこのままでは脳がパンクすると判断し、自己を守る為に頭脳から勇者ダイとしての記憶を完全に消去しちまったンだろう」

「そ…そんな事が…」

「どんなに勇者ダイとしての事を訊いても何も分かってない様だったし、無理に思い出そうとして頭痛に襲われる様子も無かった。
 逆にクンビーナと戦った記憶は残っているし、俺が誰かも覚えていた…俺とベンガーナで戦った時の記憶は無かったがな…
 つまりダイはヒゲとの初戦以前の事は完全に消去されちまったって事だ…分かったか? 最早勇者ダイはこの世にはいねェ!!」

 そんな…ポップ君の命懸けの行為が逆にダイ君を追い詰めていただなんて…

「テメェは無駄死にどころか最悪の結果をもたらしやがった。見てろ…ダイ…」

「やめてよ! ボク、何故か判らないけどダイって呼ばれると気持ち悪くなるって云ったじゃない!」

 ダイ君はエターナルの腕の中で落ち着かない様子で身じろぎする。

「だ…ダイ? お前、本当に記憶が消えちまったのか!?」

「ボクをダイって呼ぶなぁ!!」

 恐る恐るダイ君に声をかけるポップ君だったけど、ダイ君の叫びと共にあたし達の方へと吹き飛ばされてきた。
 ダイ君の額には竜(ドラゴン)の紋章が燦然と輝いていた。

「危ない!」

 クロコダインが受け止めてくれたお陰で怪我は無いようだけど、明らかにポップ君はショックを受けていた。

「俺のせいなのか…? 俺はダイを守りたかったのに、逆にダイを殺しちまったのか?」

「しっかりしろ、ポップ!!」

 駄目だわ…今のポップ君にはヒュンケルの声さえも届いてない…

「落ち着け…落ち着け、ディーノ! 悪かった! もうお前をダイとは呼ばねェ…」

 ディーノと呼ばれたダイ君は安心したように微笑んで額の紋章を消した。

「理解したか? もうこいつはお前らの勇者じゃねーンだ! いや、こいつをダイと呼び続けるテメェらと一緒にいたら傷つくだけだろうよ」

 ダイ君の肩を抱いて私達に背を向けるエターナルは、ルーラを唱えようとして急に中断した。
 次の瞬間、エターナルの周囲に光の輪が現われて、テラン城の方角の部分がうねるように波打った。

「ヒゲの野郎…誰と戦ってやがる? クンビーナは死に、結界は壊れた…一体誰と…この感じは…いや、まさか…」

 バランが戦っている? さっきから微かに感じる地響きは気のせいじゃないのね。
 するとテラン城の一部を壊して強大な力を持つ二つの影が飛び出してきた。

「ば…バラン…なのか? そ、その姿は…!?」

 バランと思しき人物は全身に鱗がある怪物的な姿で背中にもドラゴンのような翼が生えている。
 そう、謂わば人型のドラゴンと呼んでも差し支えない姿だった。

「竜魔人…竜(ドラゴン)の騎士の最強戦闘形態か…おい、ヒゲ! テメェは、ンな姿になって何、遊ンでやがる!?」

 竜魔人…これが竜の騎士の…本当の姿なの?

「エターナル様…ご覧の通り、予想だにしなかった敵が現われました。それこそ私が全力を出さねば立ち向かえない程の…」

「ウオオオオオォォン!!」

 なんて事…あのダイ君を一方的に追い詰めたバランが全身を血に塗れさせて荒い呼吸を繰り返している。
 そして咆哮をあげながらバランを追い詰めているだろう相手を見て…あたしは絶句した。

「だ…ダイ君!? ダイ君が二人!?」

 あたしは…いえ、あたし達はエターナルの腕の中にいるダイ君とバランと戦っていたと思しきもう一人のダイ君(?)を交互に見比べるしかなかった。

「おいおい…見かけはディーノそっくりだが、なんだよあの野獣みてェな殺気はよ? しかもご丁寧に額にゃァ馬鹿デケェ紋章がありやがるし…そいつも竜の騎士か?」

 そう、もう一人のダイ君は恐ろしいまでの殺気を放ってバランを威嚇している。
 しかも目には理性の輝きがあまり感じられなかった。

「恐らくは…結界の核を破壊した際、周囲の空間が歪む程の強力な力場が発生しましてな…その中から現われたのがこのディーノそっくりの少年なのです」

「で? なんで戦闘になってンだ? またぞろテメェが変な挑発をしたンか?」

 バランは魔族のように青い血を顔から拭いながらエターナルに反論した。

「人聞きの悪い! 私を見るなり、父さんと呼ぶわ、魔王軍の残党が幻影を見せているのかと斬りかかってくるわで散々なのは私の方です!!」

「残党だァ? どういうこったよ?」

 エターナルはダイ君から離れると、もう一人のダイ君(ややこしいわね!)と向き合った。

「テメェ…何モンだ? 竜の騎士らしいが正体が知れねェ…ヒゲの隠し子だったりするか?」

「私はソアラ一筋で、私の子はディーノ唯一人です!」

 エターナルはバランの言葉を無視して更にもう一人のダイ君に近づいていく。

「お前こそ何者だ!? 魔王軍か!? もう大魔王バーンは倒れたのに何で今更こんな父さんの幻を見せて戦わせるんだ!!」

「とっつぁんが倒れた? 何を馬鹿な事ォ抜かしやがる、この餓鬼!! あの親父は未だピンピンしてやがるよ!!」

「そ…そんな訳あるもんか!! じゃあ、あれは影武者だったとでも云うのか!? あの恐ろしい力を持ったヤツが偽者だったとでも!?」

 最早、あたし達には口を出せるような状況ではなかった。
 もう一人のダイ君の殺気は更に増し、エターナルの方も徐々に眼を細めて鋭い鷹のよう眼光が研ぎ澄まされていく。

「どうにも会話が成り立たねェ…とっつぁんにゃァ影武者なんぞいねーし、テメェみてーな餓鬼と敵対してたなんて聞いた事もねーよ!!」

「だったら俺が倒したバーンは何者なんだ!?」

 もう一人のダイ君がそう叫んだ瞬間、彼の体がくの字に曲がって、口から大量の血が吐き出された。

「さっきから聞いてりゃァとっつぁんを倒したのどうの…餓鬼の戯言だとしても聞き捨てならねーな!!」

 次の瞬間、もう一人のダイ君のお腹に拳をめり込ませているエターナルの姿が知覚できた。

「は…速い!! ラーハルトも速かったがエターナルはそれ以上かも知れん!!」

 ヒュンケルの呆然とした声にわたしまで釣られて呆気に取られてしまった。

「ぐぅ…本当に何者なんだ!? 鬼眼を解放したバーンよりも強い!?」

「テメェ、鬼眼の事まで知ってやがるのか!? まあ良い…俺が何者かってその問いには答えてやっても良いぜ!!」

 ポップ君を弾き飛ばしたあの回し蹴りがもう一人のダイ君をあたし達の方へと弾き飛ばした。

「俺の名はエターナル…魔王軍近衛騎士団長にして魔軍顧問…テメェが倒したと嘯いた大魔王バーンの娘だよ!」

「なっ…!? バーンの娘!? じゃあ、お前の目的はバーンの仇討ちなのか!?」

「だからよ…とっつぁんは死んでねーっての!!」

 エターナルはあたし達に向かってイオを連発して放つ。
 それをもう一人のダイ君が金色に輝く剣で弾いてくれるけど周囲に着弾したイオの爆発で生きた心地がしなかった。

「バーンのイオラがイオナズン級だったのは体験済みだったけど、こいつはイオでイオナズン級の威力を持っているのか!?」

 もう一人のダイ君の声にエターナルは呆れたように表情を弛緩させて爆撃を止めた。

「何を馬鹿な事を…俺は近衛騎士団長だっつったろ? 近衛騎士団の仕事はとっつぁんの護衛及び周辺警護だ。普通、護衛対象よりも弱い護衛がいると思うか?」

 エターナルの言葉にあたし達の顔は一気に血の気が引いた。

「気付いてなかったのか? 俺はな、とっつぁんよりも強ェ…とっつぁんを倒したってだけで満足してるような餓鬼風情に負けるものかよ」

 エターナルの両手の間にアーチ状の熱の柱が噴き出した。

「死ね…冗談でもとっつぁんを殺したと抜かす野郎は餓鬼であろうと許さねェ…」

 まさかベキラゴンまで使えるなんて!!
 エターナルは熱の柱を圧縮するように両手を組んだ。

「灰も残さねーし、さっきの戯言をほざいた事を後悔する暇も与えねェ!!」

「ライデイン!!」

 もう一人のダイ君も負けじと自分の剣にライデインを落したけど、何故かそれを背中の鞘に納めてしまった。

「お、おい…ダイ…で良いんだよな? なんで折角の魔法剣を鞘に納めんだよ?」

「て、天使!? 何で俺の名前を!? い、いや、そんな事よりこの鞘は魔法剣の威力を高めてくれるんだ。その呪文の最高位にまでね」

「つ、つまりライデインならギガデインになるって事かよ?」

 ポップ君の言葉にもう一人のダイ君が頷く。

「行くぞ、エターナル!! これが俺の持つ最強の技だ!!」

「上等だ、ボケ!! ライデインストラッシュ程度で俺のベギラゴンを破れると思ってンならそのまま来やがれ!!」

 もう一人のダイ君は何故かルーラであたし達と距離を取った。

「恐らくあちらのダイは互いの持つ技と呪文の威力がぶつかり合えばどうなるか分かっているんだ。だからこそ俺達を巻き込まないように距離を取ったのだ」

「ウオオオオオォォン!! 全開! 竜闘気(ドラゴニックオーラ)!! ギガストッシュ!!」

 もう一人のダイ君が咆哮をあげながらエターナルへ向かって突進し、エターナルも呪文を解き放った。
 刹那後、巨大な熱量の余波があたし達を襲い、あたしは咄嗟にフバーハでそれを防ぐ。

「決まったか!?」

「甘ェよ!!」

 余波が収まり二人の声に恐る恐る顔を上げたあたしは愕然とする事になる。
 なんとエターナルの前に下から吹き上がる巨大なエネルギーの壁が立ちはだかり、もう一人のダイ君の一撃を容易く防いでいた。

「カラミティ…ウォール…」

「この技まで知ってやがったのかよ…ベギラゴンを目眩ましにして正解だったな。単体で放ってたら破られてた可能性もあったろうしな」

 べ…ベギラゴンを煙幕代わりにするですって!? 強敵だとは思ってたけど、どこまで規格外なのよ、彼女は!?

「う…うわああああああっ!?」

 エネルギーの壁はギガストラッシュを受け止めながら前進してもう一人のダイ君を弾き飛ばしてしまった。

「なるほど…確かにテメェはとっつぁん相手なら良い勝負ができたかも知れねーな…けど、俺の相手をするにゃァまだまだ弱すぎるぜ!!」

 愕然としているもう一人のダイ君にエターナルは不敵な笑みを浮かべるだけだった。

「敵いませぬな…竜魔人に変身した私さえもここまで追い詰めた相手をこうも容易くあしらわれるとは…バーン様をして魔界の宝と云われるのが分かりますな」

 いつの間にか人の姿に戻ったバランが賛辞の言葉を述べると、エターナルは顔を耳まで真っ赤にさせた。

「とっつぁん、部下に自分の娘の事をそんな風に云ってやがるのかよ!? 恥ずかしい親父だ…ああいうのを親馬鹿って云うのかねェ…?」

「それだけの力がありながら、何で最終決戦ではバーンを守りに来なかったんだ!?」

「最終決戦て、テメェもまだ云うか…ん? 待てよ? そうか…そうだったンか…なら、この会話が食い違うのも分かるな」

 エターナルは一人納得顔でもう一人のダイ君に近づいていく。

「テメェ…ヒゲと会う前に何か空間が歪む程のエネルギーとぶつかったか?」

「ひ…ヒゲ!? いや、空間が歪むがどうかは分からないけど、父さんの幻と会う直前、黒の結晶(コア)から地上を守る為に諸共上空に飛び上がったけど…」

「黒の結晶て…つまりその爆発で生じた空間の歪みとヒゲが結界の核を壊した際に生じた歪みが繋がってテメェがこの世界に導かれたって事か…あくまで仮定の話だがな」

 エターナルの挙げた推測にあたし達は首を捻り、もう一人のダイ君は額の紋章を消して驚いている。

「こ…この世界って…まるで俺が違う世界に迷い込んだみたいじゃないか!?」

「だがな、そう仮定するとテメェが二人いる事もとっつぁんを倒した倒さないって会話の食い違いも説明できるンだよ…」

 エターナルはダイ君に人差し指を突きつけて断言するように告げた。

「つまり…テメェは俺達から見て未来の世界から来たって事だよ…大魔王バーンが勇者に倒された未来からな!!」

「そ…そんな…じゃあ、そこにいる父さんは!?」

「本物だよ…さっきからのテメェの口振りからすると未来じゃァこのヒゲは死んでるらしいがな?」

 もう一人のダイ君はガクリと膝を着いた。

「で、でも俺が未来の人間なら、どうして俺はお前の事を知らないんだ? あそこまでバーンを大切に思ってるアンタならバーンを助けに来るはずだろ!?」

「さぁな…未来の事なんざ分からねーよ。とっつぁんに助太刀無用と厳命されて…ても助けるよな、俺なら…ああ、もう一個仮説を思いついたんだが聞くか?」

 エターナルの言葉にもう一人のダイ君は縋るように頷いた。

「まずテメェが覚えてる魔王軍の幹部の名前、挙げてってみ?」

 もう一人のダイ君は云われるままどんどん名前を出していくけど、結構知らない名前が出てきて驚いた。
 列挙された名前を一つ一つ吟味するように聞いていたエターナルだったけど、納得がいったのかそれを止めさせた。

「キルバーン…マキシマム…ハドラー親衛騎団…ゴロア…少なくとも今の魔王軍じゃァ聞かねー名前だ…こりゃテメェには酷だが、もう一個の仮定も確定事項だな」

「ど…どういう事?」

「並行世界…色んな可能性を持ったIfの世界…呼び名は様々だが、どうやらこの世界はテメェの知る世界とは似て非なる別物の世界のようだな」

 今度こそもう一人のダイ君は腰が砕けるように地面へ座り込んでしまった。

「じゃあ、俺が元の世界に帰る事は…」

「ほぼ不可能だな…ただでさえ時間を遡る事なんざ不可能なのに、理論だけであるかどうかも分からなかった並行世界を渡るってなるともう俺の手には負えねーよ」

「そ…そんな…」

 力無く項垂れるもう一人のダイ君にエターナルは背を向けるとバランとダイ君をそばに呼んで魔法力を高める。

「本来ならトドメを刺すべきなんだろうが、こちらとしても分からねー事だらけで判断がつかねェ…とっつぁんの意見を聞くまでテメェの命は預けたぜ」

「ま…待って!! お、俺はどうすれば!?」

「知るか! まあ、そこにいるお仲間と一緒にいれば良いだろ? 並行世界だろうと未来だろうとテメェはテメェだ。邪険にはしねーだろ」

「宜しいのですか? いっその事、あの未来のディーノも連れ帰っては?」

 バランの提案もエターナルは鼻で笑う。

「相手はとっつぁんを倒したって抜かす餓鬼だぞ? 下手に連れ帰ってみやがれ。とっつぁんなら面白がると思うがミストの堅物がどうなるか分からねーだろ?」

「なるほど、一理ありますな…では、少々惜しいですが…」

「ああ、置いていく…まあ、とっつぁんが欲しいって云えば、そン時に改めてだな?」

 エターナルは不安そうにもう一人のダイ君をチラチラと見ているダイ君の頭を撫でる。

「気になるのは分かるがもう日が暮れる…子供は帰る時間だ。今日はお前の為に御馳走を沢山用意してあるから楽しみにしてろよ?」

「ああ、一緒に食事をしながら、今まで会えなかった時間を埋めていこう、ディーノ!」

「う…うん…分かった…バイバイ…お姉ちゃん達…」

「ピイイイイイイイィィィィィ!!」

「ダイ!! 行くな~~~~~~~~~~ッ!!」

 ポップ君とゴメちゃんが泣きながらダイ君に向かって飛んでいくけど、それよりも早くルーラが発動して三人は光となって消えてしまった。

「ダイイイイイイイイイィィィィィィ!!」

 あたしとクロコダイン、ヒュンケルは泣き叫ぶポップ君とゴメちゃん、そして絶望に打ちひしがれているもう一人のダイ君を呆然と見つめる事しかできなかった。








 あとがき

 新型インフルエンザから生還! まあ、私の近況はどうでも良いんですけど(爆)

やっとバラン編が終了しました(苦笑)
 原作とは大きくかけ離れダイが魔王軍へ…アバンの使徒サイドを補完する為に未来の並行世界(原作)からダイを持ってきました。
 勇者ダイの記憶の完全消去は書くに当たって相当悩みましたが、ポップとアバンのメガンテは下手すりゃトラウマになっても可笑しくないだろうと決行しました。
 ポップもポップでTS天使化に…いや、どう考えても原作のポップだと太陽神信仰戦じゃ相性が悪すぎるので…これも読者様の反応が怖いです(汗)
 ちなみにエターナルと太陽神信仰、竜の騎士はジャンケンのようなものです。
 エターナルは竜の騎士より強く太陽神信仰には贄蝕みの炎という弱みがあり、竜の騎士の竜闘気は太陽神信仰の天敵ですがエターナルより戦闘能力は劣るって感じで…
 
 今後は更にオリジナル展開が増えると思います。そういうのが苦手という方もいらっしゃると思いますが、なにとぞ見捨てないでやって下さい。

 それでは、また次回に。





[12274] 第壱拾壱話 姫騎士と魔王軍あれこれ
Name: 若年寄◆decbc20d ID:a621b7d9
Date: 2009/11/05 23:25

 勇者ダイがアバンの使徒の前から姿を消した三日後の事である。
 大魔宮バーンパレスの大魔王の間にて魔王軍幹部が勢揃いしていた。
 薄布で覆われたバーンの玉座に対面して中央に魔軍顧問エターナルが儀礼用の白銀の甲冑を纏って跪いている。
 彼女の右側には魔影参謀ミストバーンが、左側には竜騎将バランが控えている。
 魔軍司令ハドラーが彼らの後方に位置している事からも、現在のハドラーとバランの差は歴然としていた。
 ハドラーの左手に控える妖魔司教ザボエラの目には若干の苛立ちと侮蔑の色があり、横目でハドラーの横顔を捉えていた。

「一同、大儀であった。面を上げよ」

 薄布に鬼のような恐ろしげな影が映り、全身を絡め取るような威圧感が場を支配した。

「愉快だ…今の余は実に気分が晴れやかだ! 同じ時代に二人と存在するはずのない竜(ドラゴン)の騎士が揃って余の配下に加わったのだからな!!
 エターナル…そしてバランよ…そなた達の働きは実に天晴れであった!! これ程の喜びが胸に去来する事はここ数百年無かった事だ!!」

「お褒めのお言葉を賜わり恐悦至極…しかし、此度は全てエターナル様のお力添えのお陰…私は右往左往していただけに御座います」

「謙遜いたすな、バラン!! そなたが忌まわしき太陽神信仰の結界を破ったお陰で奴らの刺客は変調をきたしトドメを刺す事ができたとエターナルより聞いておるぞ」

 バランはエターナルの顔を見るが、彼女は素知らぬ振りをしていた。

「バランよ。ダイ…いや、ディーノを我が魔王軍に引き入れ、我が娘を救った褒美に…本日付けをもって魔軍司令に任命する!!」

「ハハッ!! 謹んで拝命致します!!」

 バランが臣下の礼を取ると同時に後ろから呻き声が聞こえてきた。

「ハドラー…今、大魔王陛下がご下命されている最中だ。その下品な声を止めろ」

 跪いたまま後ろを振り返らずハドラーを叱責するエターナルに視線が集中した。

「え…エターナル様…何か悪い物でも召し上がりましたか?」

「ザボエラ、無礼であろう。姫様は本来礼節に通じた御方…このような重要な場では当然の事だ」

 ミストバーンに咎められてザボエラは自分の失言を悟って口を噤んだ。

「さて、エターナルよ…そなたは此度の謁見を三日待てと云った…その理由は教えて貰えるのであろうな?」

「御意…いくらディーノが竜の騎士とはいえ、あの状態では即戦力にならないのは自明の理…ゆえにディーノを私にとっての第二の故郷へと連れて行ったのです」

「第二の故郷とな!? エターナル…まさか、そなた…」

 そこで無表情だったエターナルの顔に初めて笑みが浮かんだ。

「御意…地上や魔界の一日はあの世界にとっては一年…ディーノを鍛えるにはうってつけ…に御座いますれば」

「え…エターナル様…あの時、自分に任せろと仰せでしたが…ディーノをどこへ連れて行ったのです?」

 額に汗が浮かんできたバランにエターナルは幽鬼のような不気味でいて妖艶な笑みを見せた。

「精霊界…我が義母、精霊ルビスの膝の元、二年の歳月をかけて私と精霊界の入り口を守護する精霊騎士達とでじっくりと鍛えあげた…」

 エターナルは大魔王の間の扉を首と目線だけでチラリと振り返る。

「ディーノ…お入りなさい。偉大なる大魔王陛下に貴方の勇姿をご覧頂きなさい」

「はい! 失礼致します!!」

 バランは自分が知るよりやや低くなった愛息の声に若干の戸惑いを見せた。
 やがて扉が開き、規則正しい靴の音が大魔王の間に響いた。

「おお…おおおお…おおおおおおおお!! 我が息子ながら…」

 その姿は自分が知るよりも背が高く…

「こ…これがあの小僧か!?」

 その顔は自分が知る幼い面影を残しながらも精悍さが増し…

「ただ歩いているだけだというのに…バランに匹敵…いや、バラン以上の力を感じる!?」

 その身から発する気は穏やかなれど、かつて自分が体験した強さ以上の脅威を感じ取り…

「流石は姫様…これほど美々しい騎士に鍛えられるとは…」

 その立ち振る舞いは自分の知る野生児の不作法さを見つける事ができす…

「お初にお目文字致します。大魔王バーン陛下…魔軍司令バランが一子…ディーノに御座います」

「ウム! 実に頼もしい面構えだ! 余は満足であるぞ!!」

 その騎士は自分の知るどの部下よりも燦然と輝いて見えた。

「ディーノよ。そなたは父、バランに成り代わり、今日より超竜軍団長の任に就くが良い!!」

「御意!! 謹んで拝命致しまする!!」

 肩胛骨付近まで伸ばしたクセのある髪を首の後ろで無造作に縛り、エターナルと対をなすような漆黒の騎士甲冑を身に纏う騎士に皆が感嘆の溜息を漏らした。
 かつて勇者ダイと呼ばれた少年は、美と強さを備えた青年騎士へと成長を遂げていた。

「エターナルよ。しばしの間、ディーノを支えてやるが良い」

「その役目、しかと承りました!!」

 ディーノを祝福するバーン達と違いハドラーの心境は絶望の一言に尽きた。
 魔軍司令の地位を追われ、しかもかつての宿敵であった者が魔王軍の幹部として迎えられたのだ。
 最早、自分が魔軍司令の座に返り咲く事は不可能であろう。それどころか、失態続きの自分はこの場で処刑されてもおかしくはないのだ。

「さて、ハドラーよ…」

 バーンに名指しされてハドラーは心臓を鷲掴みされたかのように硬直して額に脂汗を浮かべた。

「余は三度までなら失敗を許すと云った事を覚えているか?」

 ハドラーはガクガクと震えるばかりで口を開く事は叶わない。
 しかしエターナルとミストバーンの両者に叱責混じりに促されて漸く口をこじ開ける事ができた。

「はい…覚えております…」

「では余の云いたい事は分かるな?」

 云うまでも無かった。
 ロモス、パプニカを奪還され、バルジ島では全軍を率いてすらアバンの使徒を一人も倒す事が叶わず、これで三回の失敗をした計算になる。
 そしてバーンはダイの正体が竜の騎士である事を主君であるバーンにさえ明かさなかった事を云っているのだ。

「お前が始めにダイの正体を余に明かしておればここまで我が軍を消耗させる事はなかったのだ! これは失態と呼べるものではないのか?」

 ハドラーは最早声を出すどころか呼吸さえも忘れて薄布に映るバーンの影を見つめるだけであった。

「だが…あの勇者アバンを葬った功績を余は忘れてはおらん…」

 その言葉にハドラーは漸く呼吸を再開した。

「そなたはエターナルの預かりとする! 今後はエターナルの指示に従って行動せよ」

「ば…バーン様…」

「皆の者、大儀であった」

 影が消え、威圧感から解放されたハドラーは限界を迎えたのか両手を床について体を支えた。

「それはそうと…未来から来たというもう一人のディーノについての報告は宜しかったのですか?」

「ああ…あの事はとっくに報告済みだよ。とっつぁんは放っておけとよ…「かつて倒した敵に仕えようとは思うまい」ってな」

「左様ですか…しかしヤツに対抗できるのは現状ではエターナル様だけなのでは? 私とて刺し違える覚悟でかかっても倒せるかどうか…」

 珍しく弱気な発言をするバランにエターナルは酷薄な笑みを浮かべた。

「それだけの実力者だからこそ巧く誘導して十二使徒とぶつけてやればこちらとしても楽になるだろ?
 それと…ンな覇気のねェ事を云ってンじゃねーよ! しかも息子の前でよ? 父親ならもっとシャンとしねェ!!」

「これは確かに私らしくもない…そうでしたな、この程度で覇気を失っては魔軍司令に任命して下さったバーン様の期待をも裏切りましょう!!
 ディーノも許せ…情けない姿を見せてしまったな? だが、今の弱気な私はもうおらぬ…父としてお前にはもう無様な姿は見せぬ事を誓おう!!」

「ううん! ボク達、親子でしょ? だったら無理に弱いところを隠さなくても良いよ! 父さんを支える為にボクは強くなったんだから! ね?」

「ディーノ!!」

 抱擁を交わすバランとディーノの姿をエターナルは嬉しそうに、そしてどこか寂しげに微笑みながら見守るのだった。
 やがてエターナルは表情を一変させ、死んだ魚のような濁りきった目をハドラーに向けた。

「さて…早速だがハドラー…」

 エターナルの声にハドラーの全身がビクリと震えた。

「テメェにゃァ近衛騎士団の隷下にあった氷炎魔団の軍団長をやって貰うぜ? 流石に三つの軍団を指揮すンのは骨なんでな」

「ぐ…畏まりました…」

 ハドラーの怨念が籠もったような声で返事をした瞬間、後頭部に衝撃が走り床と熱烈な口づけを交わす事になった。

「テメェ…不服か? 本来だったらぶっ殺されても文句が云えねェ状況だったンだぜ? それとも人間の俺の下に着くのが嫌なのか?」

 エターナルに頭を踏みつけられたハドラーは屈辱に震えていた。
 魔軍司令の地位から引き摺り降ろされた事もそうだが、かつて魔王と名乗っていた自分が人間の小娘の部下にされ、頭を踏みつけられる状況は耐え難いものだった。
 しかし自分がエターナルに勝てないであろう事は火を見るより明らかであり、見かけと違い自分より百歳以上も年上である事実がハドラーの抵抗心を萎えさせていた。

「ならもう一度魔王と名乗らせてやろうか?」

 後頭部を踏みにじられる痛みと屈辱に耐えかねていたハドラーは、その言葉に目を見開いた。

「俺の権限で暖簾分けさせてやるから、自分のシンパを連れて独立しやがれ!! そうすりゃァ再び魔王を名乗れンだろ?」

 冗談ではなかった。
 今の魔界の情勢で魔王を名乗ればバーンに敵視されあっという間に踏み潰されるのがオチに決まっている。
 しかもエターナルは暗にハドラーという存在が魔王軍には不要だと云っているようなものだった。

「ター姉…鬼だ…」

「人聞きの悪い事云うな!! この野郎の目を見てると昔を思い出してムカつくンだよ!! 俺がとっつぁんに拾われたばかりの頃をな!! なァ? ミストバーン?」

 ディーノに拳骨をくれたエターナルはジト目でミストバーンを睨み付けた。

「この野郎、今でこそ俺を姫様たァ呼びやがるがな? 拾われた当初は、「お前は偉大なるバーン様の道具だ。それ以上でもそれ以下でもない」って抜かしゃーがってよ!
 魔族文字の読み書きから始まって武術、魔法、馬術、泳法、暗黒闘気の使い方、戦略、果ては礼儀作法に社交ダンスって具合に毎日シゴキやがったンだぜ?」

「あれは大魔王バーン様のご息女と名乗るに相応しいレディにお育てせねばと私の方も必死だったのです」

「まあ、結果としてここまで強くなれたンだから感謝はしてるがよ…でも、あの汚物を見るような目は幼心に辛ェもんがあったぜ? 訓練中、何度も死にかけたしな?」

 エターナルはハドラーの頭から脚をどけると葉巻を取り出して火を着けた。

「それが何でター姉を姫様と呼ぶようになったの?」

「こら! ディーノ! エターナル様になんという口を!!」

「構わねーよ! 公式の場以外でそう畏まった口を利かれたくねーンだよ、こいつには…五百歳近くまで生きて漸くできた弟分だしな?」

 ディーノの頭を乱暴に撫でながらエターナルは話を再開した。

「まあ、最初の二年、三年は我慢したさ…命の恩人の役に立つってンでな。けど、ミストバーンを始めとする魔族のあの冷たい目線にはどうにも慣れる事ァはなかった。
 建前じゃァとっつぁんの養女だ。誰もがみんな敬語だったけどよ…慇懃無礼って言葉があるように、結構胸にグサッてくる事ばっか云われ続けてついに俺はキレちまった。
 う~ん…確か俺が十一か十二の頃だったっけかな? 俺の部屋ン中を俺の刺青と同じ模様で落書きされた事があってな…頭ン中真っ白になっちまって城を飛び出したンだ」

「あの時は大変でした…犯人の魔族は云い訳も許されず処断され、私も監督不行届でバーン様からキツイお叱りを受けましたゆえ…」

 ミストバーンの声には悔恨の色があった。

「トベルーラで文字通り城から飛び出した俺は、夢中で飛んでる内にいつの間にかとんでもない場所に辿り着いちまったンだ…」

「とんでもない場所?」

「冥竜ヴェルザー領だ…」

「ヴェルザーの…」

 かつて冥竜王ヴェルザーと死闘を繰り広げた過去を持つバランの顔には緊張があった。

「見知らぬ土地の丘に降り立った俺はしばらくそこで不貞寝をしてたンだが…突然、絹を裂くような悲鳴とおっかねェ咆哮があがったンだ」

「姫様…超高熱にして超酸性のマグマがたぎる魔界の大地で不貞寝をされていたのですか…」

 ミストバーンの声には呆れと疲れの色があった。

「魔界の大地全てがマグマじゃねーだろ? まあ、当然、俺は声のした方へ行ったンだが…」

「当然じゃないでしょ…どんだけ度胸があったんだよ…当時、十二歳くらいだったんでしょ?」

 ディーノも姉貴分の言葉には流石に呆れたようだった。

「一々話の腰を揉むンじゃねェ!!」

「姫様…揉むではなく折るです…」

 ミストバーンの頭にエターナルの拳骨が落ちた。

「そこで見たのは巨大な火吹き竜に追いかけ回されていた精霊の娘だった…後で聞いた話だが、悪戯が過ぎて怒られたから魔界に家出してたらしいンだわ…」

「ター姉と気が合いそうな精霊だね…」

「実際、今じゃ親友だよ。ほれ、俺と一緒にお前を鍛えた炎の精霊騎士、あいつだ」

 あの人かぁ――とディーノは納得しているようだったが、バラン達には話が見えなかった。

「精霊界の入り口を守ってる精霊騎士の一人で、剣の腕はター姉と互角で炎系魔法に関してはター姉より完全に上をいく凄い人なんだ」

「ディーノ…良い師に囲まれていたのだな…」

「いい加減、話が進まねーよ!! で、魔族の世界に居場所はないと自暴自棄になってた俺は最期に善い事でもして死のうと精霊を助ける事にしたンだ。
 今にも精霊を喰らわんとする火吹き竜に俺はありったけのヒャド系魔法を叩き込ンで注意を引きつけると、精霊とは真逆の方向へ走った…
 怒ったドラゴンは当然追いかけて来るわな…餓鬼の脚じゃ振り切る事なんてできる訳もなく、俺はとうとう追い詰められた」

「よく助かったね…」

 ディーノの呟きにエターナルは露骨に厭そうな表情を浮かべた。

「ああ…俺を追い詰めた火吹き竜の口の端や鼻からチロチロと火が漏れてたからな…俺は焼け死ぬンだと他人事のようにその瞬間を待っていた。
 ガバッと大きく開いた口から吐き出された炎を真正面から浴びて、俺は一瞬で灰になるはずだったンだがそうはならなかった…
 俺の全身の刺青から炎が立ち上ってよ…逆に炎のブレスを押し返してな…死んだのは火吹き竜の方だった…焼き殺したなんて半端なもんじゃァなかった。
 ドラゴンは爆発霧散…肉片どころか血の一滴…いや、灰すら残さずこの世から消え失せやがった…巫女である俺は…太陽神に守られてたンだ」

「つまり…ター姉には炎系のブレスや呪文が効かないって事?」

「そうだ。実験じゃァとっつぁんのメラゾーマ…不死鳥を形作り絶対的な破壊力と優雅さを併せ持つカイザーフェニックスさえも防ぎきりやがったよ。
 火吹き竜が死んで気が緩ンだのか、体力を使い果たしたのか、意識が遠のいてな…必死に俺を揺さぶる精霊の声を聞きながら意識を手放した…
 で、気が付けば魔界とはまったく大違いの光溢れる緑豊かな場所に俺はいた…そう、ディーノ、お前が修行した精霊界だよ」

 エターナルは携帯灰皿に吸い殻を入れると二本目に火を着けた。

「俺は精霊ルビスの前に連れ出されるといきなり抱きしめられてな…「私の事、ママって呼ぶ気はない?」って云われてよ…まあ、固まったわな…
 それからはもう口を挟めねーくらい喋りまくりやがってな…言葉は全部覚えちゃァいねーが要約すると、俺はとっつぁんの娘にするにゃァ勿体ないンだそうだ。
 思えばその時からだな…元々敵対していたとっつぁんとルビスのおっ母やん(おっかやん)の仲が更に悪くなったのは…」

「精霊界にいる間、ルビス様、ずーっとター姉にべったりだったもんね。殆ど毎日一緒に寝たり、お風呂もそうだったよね」

「便所にまでついてきて、「お尻は自分で拭ける? ママが拭いてあげようか?」って云われた時は問答無用でぶっ飛ばしたけどな?
 まあ、精霊から見て下賤な人間におっ母やんが擦り寄る光景は当然面白くないようでな。やっぱり見られたンだよ。あの魔族と同じ冷たい目でな…
 曰く、欲深いニンゲンめ、ルビス様に取り入って何を企んでいる? 曰く、ここはお前のような汚らわしいニンゲンが来て善いところではない! ってな。
 だからある日、俺はおっ母やんに何かして欲しい事はないかと訊かれてよ…こんな不愉快な思いをするんじゃ元いた魔界に帰せって啖呵切っちまったンだ。
 怒りをぶつける相手を完全に間違えてた訳だが…おっ母やんは笑ってよ、「やっぱり思った通り優しい子だ。精霊の命を救っても全然恩に着せないんですもの」だとよ」

 勝てる訳ないよ――エターナルの顔には苦笑が浮かんでいた。

「餓鬼の癇癪でヒデェ事云っちまったのによ。おっ母やん、精霊達に罪悪感を抱かせずに精霊界を去る為にあんな事を云ったと思ってやがったンだなァ…
 おっ母やんも気付いてたンだよ。俺が精霊達に受け入れられてないって事をな。でもよ、命を捨てて仲間を助けた部分もやはり認められてたンだよ。
 おっ母やんに啖呵を切って以来、精霊を利用するゲスな人間じゃないって分かって貰えたようでな。今度は逆に俺を大魔王に返すなって騒ぎになったのには参ったけどな!」

「精霊界から、「エターナルは精霊の子として育てます」と通信呪文で宣告された時は流石のバーン様も頭を抱えられましたぞ。
 当時はまだ冥竜と名乗っていたヴェルザーからは、「眷属を殺したエターナルを引き渡せ」と三日と開けずに要求されている最中でしたからな…
 最後は腹を抱えて大笑いされてましたが…「流石は我が娘よ! 人の身でこの大魔王バーン、精霊ルビス、冥竜ヴェルザーを振り回しおるわ!」と…」

「実際、振り回されてたのは俺だったンだけどな…結局、俺が精霊界に滞在してたのは約一年、精霊界の時間じゃ三百年以上生活してたって事か…」

 感慨深げに指を折るエターナルに一同はなんとも云えない微妙な顔をしていた。

「ター姉…もしかして精霊界に滞在してた時期を換算したら…」

「まあ、実年齢は確実に二千歳を越えてるだろうな…計算がややこしくなるから魔界の年度で勘定してっけどよ」

「精霊ルビスの元ですっかり美しく成長された姫様は最早人間というカテゴリーに当て嵌まらない存在となってしまわれていた…
 大気や大地、木石から魔力や気を吸収する業を身に付けられた姫様には最早老いはなく、寿命など無いに等しい魔界でも有数の実力者の一人になられたのだ。
 バーン様の元へご帰還された姫様は開口一番、「これでとっつぁんの最期を看取るまで生きられるようになったな。これこそ最大の親孝行だろ?」と仰ったのだ。
 そのお言葉を聞いた瞬間、私は悟った。私があれこれ口を出す前から既にこの方は大魔王バーン様の娘だったのだと!!」

 ミストバーンはエターナルに向けて跪いた。

「あの時ほど自分の不明を恥じた事はありませんでした。私が余計な事をする前からバーン様とエターナル様の間には親子の絆が結ばれていた事に気づけなかった。
 大魔王様の娘となるのに資格など必要はなかった。その事に気づいて以来、私はエターナル様にも永遠の忠誠を誓うようになったのです」

「まあ、ミストバーンのシゴキがあったからこそ今の俺がいるンだし、感謝してるってのは本当だ」

 エターナルはミストバーンの肩を軽く叩いた。

「ター姉もバーン様の養女になってから色々苦労してたんだね」

「おうよ。実は精霊界からとっつぁんの元へ帰る前にヴェルザーの親父に拉致られるって事件もあってな。更に面倒事に巻き込まれたンだが、今日は割愛させて貰うぜ?」

「ター姉…どんだけ苦労してるの…」

 ディーノの頬がヒクヒクと痙攣しているのは見間違いではないだろう。

「そんな訳だ、ハドラー…テメェの目は無力だった餓鬼の頃を思い出して腹が立つからどうにかしやがれよ?」

「申し訳…ありません」

 ハドラーは目を伏せてかろうじてそれだけを口に出した。

「しかし、実際どうするよ、こいつ? もうアバンの使徒との戦いにゃァ着いて来れねーだろ? けど、とっつぁんから預かった以上はなぁ…」

 戦力外通告を突きつけられたハドラーの瞳に再び憎悪が宿ろうとしたその時、エターナルがミストバーンへと向き直った。

「確かこいつって死ぬ度に暗黒闘気によってパワーアップして甦るンだったよな?」

 エターナルの言葉にハドラーはギョッとして振り向いた。

「仰る通りですが、ただ殺して復活させる事は推奨できません。それでも力は増しますが、経験を伴わぬパワーアップはむしろ弊害となるでしょう」

「要は戦闘による死亡が望ましいってンだろ? だったら好都合だ。おい、ディーノ!」

「何? ター姉?」

 エターナルはハドラーの首根っこを掴まえるとディーノに向けて放り投げた。

「修行こそ実戦形式だったが、本物の実戦は経験してねーだろ? 良い機会だ。実戦経験を積む為と思ってハドラーを五、六回ぶっ殺しとけ」

「分かった。ミストさん、死体は原型を留めた方が良い?」

「それが理想だが、灰にでもしない限りはどんな状態でも復活させる事ができる…ただし原型から崩れれば崩れる程復活に時間がかかると知れ」

 ディーノは頷くとミストバーンやバランを伴ってハドラーを引き摺っていく。

「う…うわあああああああああああああああああっ!?」

 漸く事態を察したハドラーは藻掻き暴れるが、ディーノは苦もなくハドラーを運んでいった。

「は…ハドラー様…」

 残されたザボエラは呆然と見送るが、いきなり頭を鷲掴みにされて情けない悲鳴を上げた。

「え…エターナル様、何をなさいますか!?」

「ディーノ、ハドラーがパワーアップするってンだ…テメェも魔王軍の一員として思うところがあるだろ? いいや、皆まで云うな、テメェはそういう男だ!!」

 ザボエラは混乱をきたし何かを云おうとするが、それを悉くエターナルに妨害されてしまう。

「その意気や良し! そんなテメェにターさんが一肌脱ごうじゃねーか!! あー、あー! 待て待て、皆まで云うな! ターさん、万事心得た!!」

 取り付く島もない。ザボエラの反論は全て封じられる。

「魔軍顧問の名において妖魔司教ザボエラを魔王軍でも一、二を争う実力者に仕立ててやる! 安心しろ! ターさんはできねー事は云わねェから!!」

「いや、ワシは非力な年寄りですじゃ…それゆえ卑怯な作戦を用いねば戦う事もできぬ男…とてもとてもそのような強さを身に付けられるとは…」

「そうでもねーよ」

 漸く出す事ができた反論を平然と流してしまった。

「俺ァよ、テメェの事、結構買ってンだぜ? なんだかんだで魔王軍も脳味噌までも筋肉でできてるような連中が多いからよォ…
 ミストバーンも魔影参謀と抜かしながらちっとも頭ァ働かしやがらねェ…卑怯大いに結構! 決闘じゃ上手かねーが、戦争じゃァそうも云えめェ?」

「エターナル様…そこまでワシの事を…」

「それにテメェは元々持ってた絶大な妖魔力によって六団長の中でも一目置かれた存在だったンだぜ? 強くなる土台は充分あるンだよ!
 それに俺の持つ戦略と知識、近衛騎士団・魔法開発課が編んだ新魔法を詰め込めば、知略と大魔力を併せ持つ最強の軍師が誕生するだろうぜ!!」

 ザボエラは人間と知ってからどこかで見縊っていたエターナルに今、心の底から感謝の念を抱いた。

「え…エターナル様! わ、ワシは粉骨砕身エターナル様に尽くさせて頂きますぞ!!」

「そうか! よく云った!! 流石は俺が見込ンだ男だ!! その気概があれば、恐怖の地獄特訓と悪夢の肉体超改造に耐えられるはずだ!!」

「…へ?」

 ザボエラは呆気に取られた表情を浮かべ、思いっ切り洟を垂らした。
 そんなザボエラを気にする事なくエターナルは大きな襟を掴むと、意気揚々とザボエラを引き摺りつつ大魔王の間を後にする。

「あ、あの…今、不穏な事を仰いませんでしたか?」

「んー…? 何の事かなァ?」

 鼻唄混じりに嬉々として歩を進めるエターナルはザボエラの言葉に耳を貸さない。

「ヒイイイイイィィッ!? や…やめます!! わ、ワシは今のままで結構ですじゃ~~~~~~~ッ!!」

「ハッハッハッハッ!! 楽しいぞォ? この訓練コースは一日ごとにアホみてぇに強くなれっから近衛騎士団の連中にも大好評なんだぜェ?」

「ワシはか弱い年寄りなんじゃ~~~~~~~~~~~~~~~~~ッ!!」

 死の大地にザボエラの叫びがこだました。








 そこは光が一切無かった。
 周りを包むのは深い闇。
 しかし、その闇の中にあって巨大な祭壇だけは何故か知覚する事ができた。

「偉大なる御主様(おんあるじさま)に申し上げます…」

 祭壇の中央に描かれた魔法陣の上に立つ鷲鼻の醜悪な老婆が虚空に向けて言葉を放つ。

「テランに派遣したクンビーナは倒れ、神獣クビラの封印が解かれました…
 そればかりか、巫女様の胎内に納められた贄蝕みの炎(にえはみのほむら)が弱まりまして御座います」

『グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!』

 老婆が見つめる先の闇が波打ち、老婆にしか理解できない声を発した。

「はい…確かにこの程度の事はわざわざ御主様のお耳に入れるまでもありませんでした…」

『グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!』

「その心配には及びませぬ…オーザムで布教を行っている十二使徒は二人…更には漸く使い物になったあの男も送り込む予定です」

 鷲鼻にビッシリとできた腫れ物を爪で引っ掻きながら老婆は薄く笑う。

「あの男の操る術は威力だけを見れば竜魔人さえも一撃で屠れるだけの威力が御座います…太陽神信仰に敗北は御座いませぬわ」

『グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!』

「なんと!? 分かりました…あの女もオーザムに派遣致しまする…流石は御主様、この盤石なる布陣ならば巫女様もすぐに我らの手に落ちましょうぞ」

 腫れ物が破れ血と膿が滴ろうろうとも老婆は鷲鼻を掻くのを止めない。

『グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!』

「そちらも手抜かりは御座いませぬ…常春の結界の核は十二使徒が一人、堅牢なるサティアが守護しておりますので、どうぞご安心を」

『グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!』

「ありがとうございます…全ては太陽神信仰の栄光の為…」

 それきり全ては闇に閉ざされ、何も見えなくなった。








 あとがき

 今回は新しい展開に入る前の前振りって感じで書きました。

 ハドラーの扱いが悪いですが私自身は嫌いじゃないですよ? むしろ大好きです。もっとも超魔生物改造後の彼の場合ですが(おい)
 ディーノは流石にあの状態では戦力にならないのでエターナルと精霊によって修行をつけて貰いました。ちなみに精霊界の時間の流れはドラゴンボールのアレです。

 エターナルの方も過去の話をざっとではありますが出してみました。いずれは外伝としてきっちりストーリーにして発表したいです。
 今でこそ仲の良いミストバーンも当初は、「主が気紛れで拾ったおもちゃ」程度の認識でした。ターさんも結構苦労してたりします。
 彼女が乱暴な男口調で話すのも、周りの魔族に絶対に負けてなるものかっていう反骨心の表れで、いつしか地になってしまったと…

 ラストの変な老婆のシーンは天外魔境2をプレイされた方ならご存知かと思いますが、「ヨミ様に申し上げます」ってヤツです。
 私は天外魔境シリーズが大好きなものでして、クンビーナが変身したのもその影響を受けているからです。

 次回はアバンの使徒サイドの様子を書きます。
 自分で設定しておいてあれですが、鬱展開にならないように注意して書いていきたいと思います(汗)

 それにしても、やっぱり一人称より三人称の方が書きやすいな私は(爆)

 それでは、また次回に。





[12274] 第壱拾弐話 姫騎士を語るアバンの使徒
Name: 若年寄◆decbc20d ID:a621b7d9
Date: 2009/11/11 01:54

 ダイ視点

「けっ…結局こうなっちまったか…!!」

 その正体は操り人形だったキルバーンに仕込まれた黒の結晶(コア)を俺とポップで抱えながら上空へと登っていく。
 もう手放す余裕がないのは分かっていた。俺達は爆発から逃れられないだろう…けど!

「…お前となら…悪かねぇけどな!! ダイ…!!」

「…ごめん…ポップ…!!」

 けど、こいつだけは…一番の親友のこいつだけは!!
 俺はポップを蹴り落とし、更にスピードを上げて上昇する。

「なっ…何故なんだよオオッ、ダイッ!!」

 許してくれ、ポップ。
 こうする事が…こうして自分の大好きなものを庇って生命をかける事が…!!
 ずっと受け継がれてきた…俺の使命なんだよ!!

「バッカヤロオォォオォッ!!」

 真っ青な空に父さんと母さんの姿を見たような気がした瞬間、俺の目の前が真っ白になった。








「…ま、まさか…ディーノか!?」

 気が付くと俺は父さんに抱きかかえられていた。

「…父さん? …って事は…ここは…天国?」

 周りを見渡してみると、真っ暗で石造りの壁に囲まれていた。

「ここって…まるで牢屋みたいだ…ひょっとして地獄に来ちゃったのかな?」

「馬鹿を云うなっ!! ここは確かに牢屋だが現実の世界だ。決して地獄ではない!!」

 そうは云うけど、周りは陽炎のように歪んでて現実味があまり感じられない。

「恐らくは結界を破壊した余波で空間が歪んでいるのだろう…だが、それも直に落ちつき迷宮と化したこの地下牢もすぐに元へと戻るだろう」

「そうか…現実か…俺はまだ生きてたんだ…あの爆発の中を…」

 しばらく手を握ったり開いたりを繰り返してた俺はある事に気付いた。

「…え? …現実? なら目の前の父さんは…」

 俺は素早く父さん(?)から離れると両の拳に紋章の力を宿らせた。

「な…何っ!? 竜(ドラゴン)の紋章が二つあるだと!?」

「お前は何者だ!? 父さんの姿になって何を企んでいる!?」

 呆けている父さん(?)の首を掴んで引き寄せる。
 きっとこいつは魔王軍だ!! しかも父さんに化けるだなんて許せない!!

「ディーノ!? や…やめろ! 私はお前の父親だ! お前を迎えに来たのだ!!」

「お前は魔王軍の残党か!? だったらもう父さんに化けるなんて無意味な事はやめろ!! 大魔王バーンはもういない!! 魔王軍は負けたんだ!!」

「ディーノ!? 血迷ったか!? 魔王軍は未だ健在だぞ!!」

 飽くまでシラを切る父さんの偽者を俺は紋章の力を込めて石壁に叩きつけた。

「いい加減にしろ!! これ以上、父さんを侮辱するのは許さないぞ!!」

 俺はありったけの怒りを込めて睨み付けるけど、まったく臆さない偽者に腹を蹴り飛ばされて、つい手を離してしまった。

「いい加減にするのはお前の方だ!! さっきから訳の分からぬ事を…もしや記憶が混乱している!? 記憶が戻りかけているのか!?」

 父さんの偽者の額に紋章が輝き、俺に向けて思念波を飛ばしているようだけど、紋章が額にない俺には効果がない事に気付いてないようだ。

「ならばもう一度記憶を消してやる!! 二度と揺らぐ事のないように念入りにな!!」

「無駄だ!! 紋章が拳にある俺には頭脳支配が効果ない事くらい分かってるはずだ!!」

 竜の紋章が使える事には驚いたけど、虚仮威しに決まっている。
 俺は偽者の顔面に連続パンチを何度も叩き込んだ。

「お…おのれ…図に乗るな小僧!! 我が息子ゆえに抑えていたが、どうやらある程度の仕置きは必要なようだ!!」

 父さんの偽者が左目の飾りを頭上に掲げると、牢内であるにも拘わらず雷が落ちた。

「ま…まさか…この偽者…竜魔人に変身できるのか?」

 偽者の額から滴る血が赤から青に変わって…全身が鱗に覆われた人型のドラゴンのような姿へと変身した。

「紋章が何故、二つあるのかは知らぬ!! だが私がこの姿になったからにはお前に勝ち目はない!!」

 偽者のパンチが俺の竜闘気(ドラゴニックオーラ)を貫いて顔面を捉えた。

「ぐぅ!! この強さ…本物の父さんと引けを取らない!?」

「これ以上、私を怒らせるな!! 身も心も魔獣と化した私に最早手加減などできないのだからな!!」

「ま…魔獣…父さんを魔獣と呼ぶなぁ!!」

 俺達の殴り合いの余波は周りの空間の歪みを更に広げていっているようだった。

「ハアッ!!」

 少し周囲に気を取られている隙を突かれて俺は腹を浅く斬られてしまった。

「うう…真魔剛竜剣…」

 バーンとの最終決戦で砕けたはずの剣が父さんの偽者の手にあった。

「認めがたいものがあるが、どうやらお前は竜魔人と化した私よりも遙かに上を行く強さを持っているようだ…
 だが!! 神が作りたもうたこの真魔剛竜剣を持つ私と素手のお前…どちらに分があるかは火を見るより明らか!!」

 確かに今のままでは俺に勝ち目はない!!
 俺の…ダイの剣は…どこにあるんだ!?

「やっと大魔王バーンを倒し、キルバーンの最期の罠からも生き残ったのに、ここで父さんの偽者なんかに負けてたまるか!!」

 その時、空間の歪みが更にうねり、奧から凄まじい威力を持った何かがこちらにやってくる!?
 いや、この感じは知っている!! 俺の闘志に引かれて来てくれたんだ!!

「俺の剣よ!! 俺はここにいるぞ!!」

 俺の呼びかけに応えるように剣は俺の手の中に収まった。

「消えろ、偽者!! この剣がある限り俺は誰にも負けない!!」

 両の拳の双竜紋を額で一つにする。

「ウオオオオオォォン!! 行くぞ!!」

 俺の喉の奥から咆哮が迸った。








 気付いたら俺はベッドの上にいた。

「気が付いたか…ダイ?」

 丁度俺の顔を覗き込んでいたクロコダインと目が合った。
 俺の名前を呼ぶのに少し間が開いたのは仕方ないのかも知れない…俺は本来ここにいる人間じゃないんだから…

「ここは…?」

「テランの森の中にある小屋だ。エターナルと太陽神信仰との戦いの後、傷を癒すまでの隠れ家として借りたものだ」

 ああ、俺が父さんに記憶を消された時やハドラーの襲撃の時に使ってた小屋か。

「俺は…ここにいて良かったのかな?」

「…なんだと?」

「エターナルの言葉を信じるなら、俺は未来から来た人間…しかもこの時代の俺はここにはいない…」

 するとクロコダインは乱暴に俺の頭を撫でた。

「子供がくだらん事を気にするな! どの時代から来ようとどのような存在だろうとお前はお前だ!」

「…う、うん…でも、俺のせいで事態がややこしくなったようなものだし…」

「それは違うぞ、ダイ!」

 今度ははっきりとおれの事をダイと呼んでくれた。

「魔軍顧問エターナルはあの場では誰よりも強かった! あのバランすら彼女の前では霞んで見えた程だ。恐らく誰がいようと結末は変わらなかっただろうよ」

「うん…バーンを圧倒する事ができた俺でもエターナルの前では身が竦んだ…バーンより強いって言葉はきっとハッタリじゃないと思う…」

「そう云えばお前はバーンを倒した未来から来たのだったな…さぞや厳しい戦いであったのだろうな」

 クロコダインの目には俺を疑っている色が全然見えなかった。

「しかし未来を知ると云う事はこれから先の戦いで魔王軍に対して大きなアドバンテージを取れるのではないのか?」

「いや、俺はそうは思わん」

 松葉杖をついたヒュンケルが小屋の中に入ってきた。

「どういう事だ、ヒュンケル? 未来の魔王軍が何を企んでいたのか知れば、いつも後手に回るばかりだった我らが先手を打てるようになるかも知れんのだぞ?」

「それだ! 恐らく魔王軍はこのダイが未来の知識を持っていると予測しているはず! 奴らはきっと現段階で進行していた作戦の見直しを必ず図るはずだ!
 思い出してみろ…エターナルはあの僅かな会話でダイ本人すら気付いてなかった時間の逆行の可能性を示唆したのだぞ? その彼女が無策に動くはずがない!!」

 そうだ。しかもエターナルは俺の知る未来では存在しなかった。

「その通り! 魔王軍の編成とダイの知る魔王軍の編成には大きな違いがある。その代表がエターナル率いる近衛騎士団の存在だろう」

「違いは魔王軍だけじゃないよ…俺が知る世界では太陽神信仰なんて敵はいなかった…並行世界だっけ? 俺の世界とはやっぱり歴史そのものが違うんだ!!」

「そうか…こうまで違うと未来の知識は却って弊害になりかねんな…」

 クロコダインは渋い顔で顎をさすった。

「ちなみにダイ…未来ではお前は魔王軍には行かなかったのか?」

「とんでもない!! 俺はポップのメガンテを見て記憶を取り戻し、父さん…バランを退けてその後も魔王軍と戦ってたんだから!!」

 するとヒュンケルとクロコダインの顔に遣り切れないって表情が浮かんだ。

「ここで既に歴史が変わっているという事か…お前は記憶を取り戻し、あのダイは勇者としての記憶が完全に消去されてしまった…」

「そう云えばポップは? この世界のポップはどうしたの?」

 俺がそう訊くとヒュンケルの顔は複雑なものになった。

「会ってみるか? ヤツは今、二重の意味でショックを受けている…一つは自分のせいでダイの記憶が消えた事…そしてもう一つは…」

「ああ、もうたまんない!! どうにかならないのかしら、あの二人!?」

 そこへ苛立った様子のレオナが小屋の中に入ってきた。

「あら、ダイ君!? 目が醒めたのね!?」

 レオナは嬉しそうに、どこか複雑そうに俺に駆け寄って手を取った。

「もう! エターナルが去った後、この世の終わりだって顔で気を失っちゃうんだもん! 吃驚したわ!!」

「ごめん…俺も混乱しちゃってて…」

 俯いて謝る俺にレオナは腰に手を当てて溜息を吐いた。

「無理もないわよ。未来から過去に飛ばされてきましたって云われたら、あたしだって絶望しちゃうわ。ましてや大魔王バーンを倒した直後だったんでしょ?」

「うん…って、それよりポップがどうしたの!? メガンテを唱えて死んじゃった後、どうやって生き返ったの!?」

 するとレオナは戸惑い半分苦笑い半分といった顔になった。

「なんて説明したら良いのかしらね…? 早い話がポップ君は天使になっちゃったのよ!! しかも女の子になって!!」

「ええ~~~~~~~~~~~~~~~ッ!?」

 俺の叫びは竜魔人の咆哮よりも大きかったかも知れない…








「ほら、ポップさん! 恥ずかしがらないで!!」

「いやでも…こう足下がスースーすると落ち着きがなくてよ…しかも動く度に結構捲れるように感じて心許ないと云うか…」

 何、この光景…
 背中に光の粒を纏わせた大きな羽を持つ女の子がメルルに手を引かれて歩いている。

「ほら、また! 脚が開き気味ですよ!? 唯でさえ丈が短いんですから、そんな歩き方じゃ体がぶれて余計にスカートが捲れますよ?」

「いや…だったらもっと丈の長いスカートにしてくれよ…むしろズボンで良いだろ?」

「何を云うんですか!? 丈の長いスカートでは戦いに支障が出るのではないですか?」

「だからズボン…」

「ほら! またがに股になってますよ!!」

 どこかポップに似た顔立ちの女の子の太腿をメルルはピシャリと叩いた。
 でも気のせいか、厳しい口調とは裏腹にメルルの頬が緩んでいるように見えるんだけど…

「あれ…誰?」

「だからポップ君よ…本当にポップ君は天使になっちゃったのよ! しかもすっごく美人になっちゃって!!」

 うーん…確かにポップはおばさん似だったけど美人って感じは…ほら、メルルの厳しい声にゲンナリして洟を垂らしてるし…
 あ…目が合った…

「ダイ!! 目が醒めたのか!?」

 ポップは俺に駆け寄って来ると、目に涙を溜めて物凄い力で抱きついてきた。

「ダイ! ダイ!! ダイイイイイィィッ!! お前はダイだよな!? 勇者ダイなんだよな!? 俺を置いてどこにも行かないよな!?」

「ちょ…ちょっと!? ポップ、苦しい…ってば!!」

 駄目だ。全然聞く耳持ってくれない…しかもこの力、とても魔法使いの…女の子の力とは思えない…
 下手すると双竜紋を展開した俺の腕力に匹敵するかも?

「おい、ポップ! お前はダイを絞め殺す気か!? いい加減にせんとダイが潰れてしまうぞ?」

「え…? コロス…?」」

 クロコダインの声に一瞬、ポップの力が抜けたので俺は素早く抜け出した。

「そうだ…俺はダイを…殺しちまったんだ…何が親友だ…俺は最低だ…俺はダイを守れなかったんだ…」

 ポップは絶望の表情を浮かべて腰砕けに地面に座り込んでボロボロと大泣きを始めてしまった。

「く…クロコダインさん!! もう少し言葉を選んで下さい!! 折角、自責の念が薄くなり始めてたのに!!」

「す、すまん!! ポップ、もう自分を責めるな!! ほれ、ダイはこうしてお前の目の前にいるぞ?」

 見てるだけで吸い込まれそうなくらい光を失ったポップの瞳に射竦められて、俺は微動だにできなかった。
 しばらく俺を見つめていたポップの瞳に徐々に光が戻ってきて、やがて笑顔を見せた。
 でも、その笑顔は無邪気な子供のようで、どこか背筋が凍るような感じのする見ていて不安になるものだった。

「ダイ…ダイ…ダイ…ダイ…ダイ…ダイ…ダイ…ダイダイダイダイダイダイダイダイダイダイダイダイダイダイダイダイダイダイダイダイダイダイダイダイダイ…」

 ポップは俺の頬を両手で挟んで固定すると、俺の瞳を覗き込みながら名前を何度も呼ぶ。

「ヒッ!?」

 ポップの口の両端が吊り上がり三日月のようになって、目もどこか焦点があってない…
 俺はなんだか怖くなって視線だけでみんなを見渡す。

(ごめん…ダイ君、あたし達にはどうして良いか判らない!)

 手を合わせて俺を見るレオナの目はそう云っていた。
 クロコダインとヒュンケルも同じような目をしていた。
 メルルだけは三人とは違うような感情が籠もった目を俺に向けていた。

「ああ…もうこんな時間か…そろそろ飯の仕度をしねぇとな?」

 いつの間にかポップは俺から離れていて、メルルと一緒に小屋へと歩いていく。
 俺はというと、腰を抜かしたように地面に座り込んでいた。

「ああ…そうだ…」

 小屋の扉に手をかけたポップは首だけを真後ろに向いて俺を見る。

「ヒアッ!?」

 モウ、オマエヲ、ダレニモワタサナイ…

 ポップの唇は確かにそう動いていた。

「今日は俺が当番だから期待するなよ?」

 体ごと振り向いていたポップは苦笑気味にそう云っていた。
 さっきのは気のせいだったんだろうか?








 テーブルの上には色とりどりの野菜と鶏肉が沢山入ったシチューとパンが入った駕籠がいくつか並んでいた。

「教わりながら作ったから結構時間がかかちまった…けど、先生が良かったから味は保証するぜ?」

「もう、ポップさんったら! ポップさんも初めて本格的なお料理を作ったとは思えないほどの出来映えですよ」

 ポップとメルルは笑いながら銘々にシチューを皿にそよって配っていく。
 うん、良い匂いだ…デルムリン島にいた頃、ポップが試しに作ったスープはとても食べられるものじゃなかったけど、このシチューは美味しそうだ。

「沢山作ったからいっぱい食べてくれよ! ダイもおっさんも一杯二杯じゃ足りないよな!?」

「はははは! まるで初めて料理を作った子供だな! ああ、さっきメルルがそう云っていたか?」

「おっさん、おかわりはいらないって云ったように聞こえたんだけどよ?」

 ジト目で睨んでくるポップにクロコダインは苦笑して降参のポーズを取った。

「悪かった! 冗談だからそうむくれるな!!」

「それにしてもメルルも上機嫌だねぇ? まるで可愛い妹ができたみたいだよ」

 ナバラさんにからかわれてメルルは顔を真っ赤にさせて俯いてしまった。

「婆さん、勘弁してくれよ。妹って俺とメルルは同い年だぜ?」

「そうですわ…ポップさんを妹だなんて…」

 イモウトジャナクテ、ワタシダケノテンシニ、シタイノニ…

「えっ…?」

「どうかしました、ダイさん?」

「ううん…何でもない…」

 俺は食事に夢中になる事でさっきの事を忘れようとした。
 うん、気のせいだ…メルルがあの三日月のような笑い方をするなんて…

 アナタナンカニ、ポップサンハ、ワタサナイ…

 美味しかったシチューはいつしか味が分からなくなっていた。








 夕食を終えた俺達は今後について話し合っていた。

「状況はダイが体験した未来より厳しいという事か…バーンより強力な幹部がいる上に太陽神信仰か…」

 確かにエターナルはベギラゴンのような極大呪文を目眩ましに使うどころか、カラミティウォールといったバーンの技を使えるような怪物なんだよな…
 しかも精霊に愛されてて、あいつに放った呪文は軒並み無効化され、逆にメラ一発分の魔法力で極大呪文を使えるなんて殆ど反則のような能力もあるだなんて…

「それだけじゃないわ! エターナルは強力な攻撃呪文だけでなくボミオスやルカニのような弱体化呪文を好んで使ういやらしい一面もあるのよ!!
 それにヒュンケルの話じゃあらゆる格闘技や剣術を究めていて、それらの長所を抽出して一つの戦闘術を作り出す天才的な頭脳と戦闘能力も持っているの!!」

「弱点らしい弱点は見当たらないが、クロコダインの話では太陽神信仰の結界に入る直前のヤツは様子がおかしかったそうだ」

 ヒュンケルの言葉にクロコダインは大きく頷いた。

「あのクンビーナとの戦いの最中、何度か激昂した事からも太陽神信仰となんらかの関係があるのは間違いないだろう…」

「ヤツは神獣クビラとクンビーナから巫女と呼ばれていた…あの儀式めいた刺青から見ても断言しても良いだろうな」

 そこでメルルが手を挙げた。

「エターナルが人間である事からもバーンとの血の繋がりがない事は明白です。恐らく生け贄されかかった所を救われてそのまま養女になったのでは?」

「あのバーンが…俺の知ってるバーンは生け贄にされかかってる人間を救うような性格じゃないと思うけど…」

 けど、この世界のバーンは俺の知るバーンとは違うのかも知れない。
 エターナルのバーンに対する感情からも意外と人間に寛大な性格なのかも?

「確か神獣クビラの話ではエターナルの子宮には何とかの炎だかグレイト何とかってのがあって、そのせいでクンビーナに支配されかけたって云ってなかった?」

 レオナ…何とか何とかじゃ分からないよ…
 いや、それより…

「レオナ? 子宮って何?」

「ええと…く、クロコダイン、お願い!!」

 何でレオナは顔を赤くしてるんだろう?

「仕方ありませんな…話が脱線するから手短に話すが、要は内臓の一つでな…卵のように赤子を育て守るものと覚えておれば良い」

「ふーん…なんかピンと来ないけどそういうもんだってのは分かった…」

「早い話がエターナルの中には太陽神信仰が信じる神の力が宿っていて、ヤツらはそれに干渉してエターナルを操ろうとしているらしいのだ」

 つまりエターナルに取って太陽神信仰は天敵って事か…

「阿漕なやり方だが、俺としてはエターナルと太陽神信仰をぶつけるのが最良の策だと思う…」

「ポップ! そんな卑怯な方法は駄目だよ!!」

「では、どうするのだ? 真正面からエターナルや太陽神信仰と戦うのか?」

 ヒュンケルの言葉に俺は何も云えなくなってしまう。
 両方とも正面から戦って勝てるような甘い連中じゃないのは分かっている。
 けど…

「例えばフレイザードとの戦いでは俺達は五人がかりでヤツと対峙した…それは正々堂々と云えるのか? 逆に卑怯と罵られる事なのか?」

「ごめん…俺の勝手な理屈だった…でも、エターナルも太陽神信仰も人間なんだ…できればどっちも死なせたくない…」

「ダイ君…貴方が人間の味方でいてくれるのは嬉しいわ。けど限度があるわよ…太陽神信仰は敵を倒す為なら疫病も利用する危険な連中なのよ?
 勿論、中には説得に応じて改心する教徒もいるかも知れない…でも、あたしには太陽神信仰がそんな甘いヤツらとは思えないのよ」

 レオナの厳しい声に俺は目を丸くした。

「尖兵であるシスター・クンビーナでさえあたし達は歯が立たなかった…これから戦っていくのなら倒す気でいかないと、とってもじゃないけど勝てないわ」

「俺も姫と同意見だ。お前は優しい…割り切れとは云わん…だがお前も竜の騎士ならば、魔族だけではなく人間も正さねばならぬのではないのか?」

 レオナとクロコダインだけではなかった。ヒュンケルもポップもメルルもナバラさんも同じ表情で頷いている。
 考えてみれば、俺は魔族やモンスターには剣を振るっていたけど、人間相手にはどんな悪いヤツでも剣を向ける事を躊躇った。不死騎団長時代のヒュンケルにさえも…
 自分の正義が酷く偏っているように思えてきて、気付いた時には俺はテーブルに目線を落していた。

「ああもう! 暗い話題は一旦、置いておきましょう!!」

 レオナは手を叩いて場を仕切り直した。

「ダイ君! ヒュンケルから貴女の未来の知識は魔王軍に対してアドバンテージを取れないとは聞いてはいたけど、一応何があったのか聞かせて貰える?」

 俺は頷いてまずこの小屋に夜襲をかけられる事から教える事にした。

「父さんとの戦いが終わって俺達はこの小屋で回復を図ってたんだけど、ある夜、ハドラーとザボエラが夜襲をかけてきたんだ」

「ハドラーが…バランの件で相当追い詰められたようだな…」

「けど、ハドラーが来る気配は今のところないみたいだね…俺は三日間くらい寝てたらしいけど、ハドラーの奇襲はまさにその三日の内だったから」

 ヒュンケルはしばらく考え込んでいたけど、やがて口を開いた。

「バランがダイ…お前ではない方だ…ダイを連れて帰る事に成功した…俺がバーンならバランを魔軍司令に任命する…」

「つまり魔軍司令の地位を追われたハドラーは処刑されたとでも?」

 クロコダインの言葉にヒュンケルは首を横に振った。

「そして俺がエターナルならばハドラーを生かしておく…ハドラーに俺達の相手をさせて、自分は秘密裏に恐ろしい企てを進めるといった戦法もできるだろうしな」

「だったらもうハドラーが襲ってきても良いんじゃねぇのか?」

「いや、ハドラーはこちらのダイの強さを知っているはずだ…夜襲をかけたところで勝てないのは十分理解しているだろう…」

 俺は漸くハドラーが襲撃してこない理由が分かった。

「まさかハドラーは自分のパワーアップを考えている?」

「恐らくはエターナルの監視の下でな…エターナルほどの切れ者、ハドラーをそのままダイにぶつけても捨て駒にすらならない事に気付いていない訳がないからな」

 確かにあのエターナルって無駄に兵士を死なせるタイプには見えないよなぁ…

「あーあ、やっぱり未来の知識はアドバンテージにはならなかったか…」

 レオナはテーブルに突っ伏して溜息を吐いた。

「結局、俺達、魔王軍、太陽神信仰…この三つ巴の戦いという状況を上手く利用する以外の上策はないだろう」

 スッキリしない戦い方だけど、仕方ないのかなぁ…
 こうして今夜の話し合いは終わった。俺は胸の中にできたモヤモヤ感を抱えながら寝室へと向かうのだった。








 そして、その夜、夜襲があった。

「ダイ…ダイ…ダイ…ダイ…ダイ…ダイ…ダイ…ダイ…ダイ…ダイ…ダイ…ダイ…ダイ…ダイ…ダイ…ダイ…ダイ…ダイ…ダイ…」

 耳からではなく頭の中に直接響くようなポップの声に俺は一晩中悩まされ続けた。
 しかも声は段々、熱を帯びてきて、時々苦しそうに喘いでいるようだった。
 だけど俺は…何故か、ポップの部屋の様子を見に行く事が危険であるような気がして、結局ベッドから出られず、まんじりとせずに朝を迎える羽目になった。








 おまけ

「こ…ここですか?」

 ザボエラがエターナルに連れられてやってきたのは魔界にあるかつてバーンが棄てた城の一つであった。

「おう、ここが近衛騎士団の秘密道場・錬武館だ」

「何々…ここでは一切の感情を捨てよ…ですと?」

「ま、その内、泣いたり笑ったりできなくなるから覚悟しておけ?」

 城の入り口に書かれた魔族文字を読んだザボエラは恐怖の表情を浮かべていた。

「早速だが行くぜ? ああ、一つ忠告しておくが…絶対に笑うなよ?」

 エターナルに蹴り出される恰好でザボエラは城の中へと入っていった。








「よく来たな!! 歓迎するぞ、新入り!!」

 上半身裸の筋肉質の男がザボエラを傲然と見下ろしていた。
 顔立ちも無骨そのもので、左側のこめかみから頬にかけて大きな傷があり、歴戦の戦士である事が窺い知れた。
 頭髪は一本もなく、目元が見えないほどの色の濃いサングラスが余計にこの男の迫力を増していた。

「申し遅れたが、俺が錬武館館長!!」

 男はサングラスを取る。

「ポコタン♪ である!!」

 サングラスの下から表れたのは顔に似合わない小さくつぶらな瞳だった。
 しかも「ポコタン」と名乗った瞬間のみ声が裏返り可愛らしいものに変わった。
 その瞬間、ザボエラはエターナルの忠告を忘れた。

「ぶふぅ!!」

 物の見事に吹き出していた。
 だが、すぐに警告を思い出す事になる。

『ザボエラ! アウトォ!!』

 何者かの声が響き、ザボエラは数人の男達に囲まれて、ひのきの棒で尻を思いっ切り叩かれたのだ。

「ヒギャアアアアアアアアアッ!! な…なにが起こったんじゃ?」

「だから絶対に笑うなって云っただろ?」

 エターナルはおどけるように肩を竦めてザボエラに云ったものだった。








「これが我が錬武館、歴代の館長である!!」

 城の中を案内されたザボエラは、中で行われている特訓と呼ぶのも馬鹿らしい苛酷な訓練に頬を引き攣らせていた。
 そして最後に館長室に案内されてガイダンスを受けていた。
 尚、ここに来るまでにザボエラは六回も吹き出し尻を叩かれた事を明記しておく。

「皆、同じ顔に見えるんじゃが…」

 館長用の机を見下ろすように並ぶ歴代館長の肖像画にザボエラは笑うまいと腹筋に力を込めていた。

「まずは初代館長のピーちゃん♪ 二代目館長のプータン♪ 三代目館長の…」

 館長は次々に歴代館長の名を挙げていく。

「そして十四代目館長のジュウシマツ♪」

「「ぶふぅ!!」」

 ごつい男達の肖像画に挟まれるように飾られたジュウシマツの肖像画にエターナルとザボエラは堪らず吹いた。

『エターナル! ザボエラ! アウトォ!!』

「ちょっと待て!! 前に来た時はあんなンなかっただろ!?」

 エターナルの抗議は無視され、二人は仲良くひのきの棒を尻で受け止めた。








「あー…ヒデー目に遭った…」

 その夜、大勢の訓練生達が雑魚寝する大広間でエターナルはお尻をさすりながら毛布を頭から被ろうとしていた。

「え…エターナル様…まさかここで眠るおつもりでは?」

 同じく毛布一枚しか与えられなかったザボエラがやや呆然とした様子で隣のエターナルに声をかけた。

「そうだが、何か不都合でもあンのか?」

「いえ、滅相も…しかしバーン様のご息女ともあろう御方が…」

「ここじゃァ身分なんざ関係ねーンだよ。だから今の俺とテメェは五分と五分だ。余計な事云ってねーでさっさと寝やがれ!!」

 エターナルはこれ以上、ザボエラに耳を貸さないと云わんばかりに毛布を被ってしまった。

「くぅぅ…ここまでされては逃げるに逃げられぬではないか…しかもワシの訓練に付き合ってここまでされるとは…」

 ザボエラは笑う。だがそれは、いつもの下卑た笑いでもなく、吹き出し笑いでもなかった。

「少しこの老骨に鞭を打ってみるかの…」

 ザボエラは八百年以上生きて初めてと云えるほど穏やかな気持ちになったのだった。

『ショウヘイへ~~~~~~~~~~イ!!』

 天井から降ってきた声に全てが台無しになってしまったが…








 あとがき

 おまけが長すぎる上に巫山戯すぎました(爆)
 本編とは関係ないので、流してくれて構いません(おい)

 今回はダイ視点でアバンの使徒サイドを書きました。
 冒頭ではダイとバランの戦い、そして何故ダイの剣があったのかを補完してみました。
 なにやらポップとメルルがきな臭いですが、なんでこうなったのか私にも分かりません(マテ)
 筆が乗るとキャラが一人歩きするとはよく聞きますが、何でこういう方向に…
 そしてなんらアドバンテージにもならない未来の知識、逆行キャラの面目丸潰れです(汗)
 さて、次回もアバンの使徒サイドです。書けるかどうかは分かりませんが、私の一番好きなマァムを出せたらなと思います。

 それでは、また次回に。





[12274] 第壱拾参話 姫騎士からの招待状 その壱
Name: 若年寄◆decbc20d ID:a621b7d9
Date: 2009/11/14 23:49
 マトリフ視点

「何だ、この状況?」

 俺の心境を表わすと、この一言に尽きた。
 目の前に広がる光景、甲斐甲斐しくダイの世話をしている色っぺぇ銀髪の姉ちゃんはまあ良い…背中の翼が気にはなるが…
 問題なのはヤツらの隣に陣取ってる如何にも占い師で御座いって恰好の姉ちゃんだ。
 なんちゅー瘴気を放ってやがる…目もツヤが無くてまるで生気を感じねぇし、黒目がデケェ分余計に怖えーよ。
 最初はダイを取られまいと銀髪の姉ちゃんを睨んでるものと思ったが、どうやら嫉妬の相手はダイのようだな?
 何故そう思うのかって? そりゃオメー、銀髪の姉ちゃんと顔を合わす瞬間だけパッと花が咲いたような笑顔に変わったからだよ。
 良く見りゃダイのヤツ、顔を真っ青にさせてるじゃねーか? やっこさんもこの瘴気には辟易してるようだ。
 一見、森の中の穏やかなアフターヌーンティーだが、空気は混沌としていてちっとも楽しそうに見えやしねぇ。
 触らぬ神に祟り無しって言葉が脳裏に浮かんだが、話しかけねー訳にもいかず、気は進まねぇが連中に近づいていった。

「ぃよぉ! 両手に花とはいいご身分だな? 流石は勇者だ。英雄、色を好むってか?」

「ま…マトリフさん!? どうしてここに!?」

 ヘッ…ダイのヤツ、あからさまに助かったって顔をしてやがる。

「どうしてたぁご挨拶だな? 折角、良いモン持ってきてやったのによ!」

 ニヤリと笑ってやると何故か銀髪の姉ちゃんはアングリと大口を開けて顔をそらしやがった。
 おいおい…そりゃねーだろ? いや、初対面なのに俺の顔を見て露骨な反応を見せるって事ァ…さてはポップの野郎が余計な事を吹き込みやがったか?

「良い物? マトリフさん、何を持ってきたの?」

「ま、立ち話もなんだ。そこの小屋ん中でゆっくりと茶ァでも飲みながら、な?」

「普通、客が云う台詞じゃねーだろ、師匠?」

「あん?」

 銀髪の姉ちゃんは失言したって顔をして両手でテメェの口を塞ぎやがった。

「んー…? 姉ちゃん、前にどっかで会わなかったか?」

 ジロリと睨んでやると、銀髪の姉ちゃんは視線を彷徨わせながらヘッタクソな口笛を吹く。
 この誤魔化し方ァまるでポップ…おいおい、良く見りゃこの姉ちゃん、輪郭こそ細くなって薄く化粧までしてるが顔のパーツはポップの面影があるじゃねーか!!

「ま…まさか、テメェ…ポップか!?」

「あちゃぁ…流石、師匠…バレちまったか…」

 銀髪の姉ちゃんは片手で顔を押さえながら空を仰いでいる。

「あ…俺が女になったからってセクハラしちゃ嫌だぜ?」

 急に銀髪の…ポップはおどけたようにそんな巫山戯た事を抜かしてくるが誤魔化されてやるものかよ。

「…何があった?」

 ドスを効かせて凄んでやるとポップは観念したように項垂れた。








「バッカヤロウ!!」

 小屋に入って茶をしばきながら状況を洗いざらい吐かせた俺は気が付けばポップの胸倉を掴んでいた。

「マトリフさん、落ち着いて!! ポップだって使いたくてメガンテを使った訳じゃないんだから!!」

 ダイに腕を掴まれたせいか少し落ち着きを取り戻した俺はポップを解放する。

「好んでメガンテを使うヤツがいてたまるか!」

 俺はすっかり温くなった紅茶を一息で飲み干した。

「ダイに感謝しろよ? あのままだったら勢いに任せて破門を宣告してただろうからな」

「師匠…」

「だが思い直したよ…今のままのテメェは危なっかし過ぎる。俺が責任を持って魔法使いのなんたるかを一から叩き込んでやる」

 俺は女の涙に弱いはずなんだが、元がポップなせいかこいつの泣き顔は逆に腹が立ってきやがる。

「よく覚えとけ。魔法使いってのは常にパーティで一番クールでなけりゃならねぇんだ。
 全員がカッカしてる時でも、どんな絶望的な状況だろうと、ただ一人氷のように冷静に戦況を見てなきゃいけねぇ…」

「けどよ…あの場でクンビーナを呪いの核ごと滅ぼせる威力を出せるのはメガンテ以外に思いつかなかったんだ…」

「メガンテ云々はもう云わねぇが…あの場じゃ魔王軍のスゴ腕の幹部が二人もいたんだろ? 敵が残ってる状況で使うべきじゃなかったな?
 聞けばエターナルって女は極大呪文をメラ感覚で使える化け物らしいじゃねーか。共通の敵と戦ってたって事も考えるとやはりお前の判断は間違ってたんだよ」

 ちっ…俯いて口を閉じちまったか。
 まあ、コイツも女になるわ、人間をやめさせられちまったわでショックを受けてるはずだからな…
 けど、フォローするにも言葉が見つからねぇ…間違っても褒め言葉は云えないからな、さっきの説教と矛盾するし、何より俺は自己犠牲ってヤツが大嫌いなんだ。
 やはりこの場は野郎に任せるのが一番だな。俺の言葉は届かなくても、あいつの言葉ならあるいは…

「それはそうとダイ? 俺が良い物を持ってきてやったって云ったのを覚えてるか?」

「うん…マトリフさんが何を持ってきてくれたのかはもう分かっちゃったけどね」

 そういや、このダイは俺の知ってるダイじゃなくて、未来から来たダイなんだったっけな。

「そうか…じゃあ、受け取りな」

「やっぱり…」

 ダイは俺が渡した本を嬉しそうに受け取った。

「なんだい!? 汚ねぇ本だけど…」

 表情こそ晴れちゃあいねぇが、ポップはダイの手元の本を覗き込んだ。

「アバンの書…アバン先生が武芸・呪文・精神の全てを後世の為に書いたこの世で一冊の本だよ」

「そんな本があったなんて…ちっとも知らなかったぜ…」

 ポップはアバンの書の表紙に描かれたアバンのマークを切なげに指で撫でた。

「…ダイ…空の章…百九十二ページを開けて読み聞かせてやんな」

 何故かダイは困惑の表情でページを捲ってやがるが、何か問題でもあるのか?

「えっ…と…きーず…つ…き…」

 しばらくダイは難しい顔でアバンの書と睨めっこをしてたが、急に苦笑いを浮かべるとパプニカの姫さんに手渡した。

「…レオナ読んで…内容は覚えてるんだけど、読めない字が多くって…」

 ポップ、ずっこけるのはいいが羽を撒き散らすんじゃねぇ!!
 神獣だか何だかの話じゃ翼は体の中に隠せるんじゃねぇのかよ?

「この翼って余分な魔法力を放射する役目もあってさ、翼をしまうとバカデケェ魔法力が体内に溜まっちまって…」

「なんだ? 爆発するってんじゃねぇだろうな?」

「いや、力が漲りすぎてもの凄い怪力になっちまって、持っただけで食器を粉々にしちまうくらいコントロールができねーんだ。
 それに一番の問題は、人間の時と魔法力の質が変わったみたいで、なんつーか魔法力が貯まると気持ち良くなってふわふわした気分になっちまうんだ」

「ですからポップさんは慣れるまで翼をしまう時間を寝る時だけに限定してるんです。いずれは常に翼をしまえるようにするつもりですが…」

 まーた沈んだ顔になっちまいやがった!
 こいつはメンタル面の方も修行しねぇと取り返しのつかない状況に追い込まれかねねぇな。

「おい、姫さん…早いとここいつらに読み聞かせてやんな」

「え…ええ…傷つき迷える者達へ…」

 姫さんは戸惑いながらもアバンの書を朗読する。

「敗北とは傷つき倒れる事ではありません。そうした時に自分を見失った時の事を云うのです。
 強く心を持ちなさい。焦らずにもう一度じっくりと自分の使命と力量を考えなおしてみなさい。
 自分にできる事はいくつもない。一人一人が持てる最善の力を尽くす時、たとえ状況が絶望の淵でも…
 必ずや勝利への光明が見えるでしょう…!」

「自分の使命と力量…自分にできる事はいくつもない…俺は絶望的な状況でダイを守らなきゃと焦ったばかりに視野が狭くなってたんだなぁ…
 改めて悪かったな、みんな…俺は心のどこかでみんなを信じ切れてなかったんだろう…だから俺がなんとかしなきゃって思い余って…」

 頭を下げるポップにダイ達はただ微笑みながら肩を叩いて頷くのみだった。こいつらの間には余計な言葉はいらないんだろう。
 それにつけても、やっぱりアバンの言葉は絶大だな…完全には払拭できちゃあいねぇだろうが、さっきと比べりゃよっぽど良い顔をしてやがるぜ!
 あとは時間と仲間との絆が少しずつ傷を塞いでいってくれるだろうよ。俺にできるのはこいつを鍛える事だけだ。

「立ち直れたところを悪いがな? ポップ、テメェは明日っから覚悟をしておけよ?」

「な…なんだよ、師匠…?」

 ポップ…その嫌な予感がするって云わんばかりの顔はよしやがれ!!
 益々厳しい指導をしてやりたくなるじゃねぇか!!

「云ったろ? お前には魔法使いのなんたるかを一から叩き込んでやると? テメェに俺の持てる魔道の奥義を全て伝授してやろうってんだよ!!」

 この場にいる全員が驚いた顔をして俺に視線を集中させる。

「お前から感じる魔法力は下手な魔法使いなら二十人束になっても敵わねぇくらい強大だ。なら使えてもおかしくはねぇ…」

「な…何を?」

「決まってんだろ? 極大呪文だよ!! 人間には使えねぇとされているベギラゴンも俺には使える。それらを全てテメェにくれてやる!!」

 ケッ…現金な野郎だ! この世の終わりみてぇな顔をしてやがったのに、今度は嬉しそうに顔を綻ばせてやがる。

「喜ぶのは早えぜ? 俺の課す修行の厳しさがアバンの比じゃねぇのは身に染みてんだろ? それにテメェが着いてこれたらの話だぜ!!」

「ああ!! 修行だろうと荒行だろうとなんだってやってやるさ!! ありがてぇぜ、師匠!! お礼に胸でも尻でも触って良いぜ!?」

 はしゃぐポップの脳天に拳骨を落して黙らせてやる。
 この野郎、女になってショックを受けてるって云ってなかったか? 単にハイになってるだけかも知れねぇがよ。

「調子に乗るな、タコ!! テメェのケツなんざこっちからお断りだ!! どこに出しても恥ずかしい馬鹿弟子の矯正は師匠として当然の義務なんだよ!!」

「あうううぅぅ…」

 頭を抱えて涙目になってるところを見ると本質はあんま変わってねーのかもな。

「で、でもマトリフさん? エターナルには極大呪文でも効果が無いんじゃ? だって精霊に守られてるあいつに向けた魔法は全部発動しなくなっちゃうんだよ?」

「別にあの女だけが敵って訳じゃねーだろ? 魔王軍にはまだ三流魔王に竜(ドラゴン)の騎士もいやがるんだからよ」

「あ、そうか…俺、エターナルにどうやって勝つかしか頭になかったから…」

 まあ、ダイは大魔王バーンにも勝ってやがるからな…残る敵はエターナルって考えても仕方ないのかもな。

「それにエターナルと対峙した時の事もちゃんと考えてあるぜ? 我に秘策あり、だ」

「それってエターナル相手にも魔法が発動するって事かい、師匠?」

「俺はまだそのエターナルって女と戦った事ァねぇから断定はできねーがな? だが、あの呪文なら問題なく発動すると予測してるぜ?」

 俺の言葉にダイ達は嬉しそうに手を取り合っている。
 まだ伝授した訳でも実際にエターナルに撃った訳でもねぇのに気の早え連中だ。

「よっしゃ! エターナル戦にも希望が出てきたぜ! 師匠、早いとこその呪文を教えてくれよ!?」

「巫山戯た事を抜かしてんじゃねぇぞ、この餓鬼!! あの呪文は俺にとっても最大最強の切り札なんだ! まずは基礎からみっちり総復習に決まってんだろ!!」

 俺ァ女に手を上げねぇ主義なんだが、ホントこいつの頭は殴りやすいな?

「…って訳だ。悪ぃがしばらくポップを借りてくぜ? 何、次に会った時にゃァこいつはお前の相棒に相応しい魔法の遣い手になってるからよ!!」

「分かったよ。正直、ポップがいなくなるのは凄く不安だけど、エターナルや太陽神信仰と戦うにはみんなでしっかりとパワーアップしなくちゃね!!」

 ダイとポップは見つめ合う。
 ポップよぉ…お前、目ぇ潤んでねーか? まるで恋する乙女…って、まさか女の体に精神が引っ張られてんじゃねーだろうな?

「…ンッンー…! ポップ君? マァムはどうしちゃったのかしら?」

 ほら見ろ…姫さんが面白くなさそうに睨んでるぜ?

「なっ…なんでそこでマァムの名前が出てくんだよ!?」

 こいつの表情…まだマァムにも気があるのか…気が多いというか、やっぱり人格が落ち着くまでって意味でもダイ達から離す必要があるみたいだな?

「あの…いくら師弟でも年頃の女性が男性と二人っきりってあまり良くないと思うので、私もご一緒しても良いですか?」

 占い師の姉ちゃんか…正直、ご一緒したいタイプじゃねぇんだがポップの精神状態を考えると同世代の女の子と一緒の方が良いに決まってる…
 だが、この姉ちゃんも結構問題ありなんだよなぁ…下手すりゃ折角癒えかけたポップの心が悪化しかねねーし…

「あら、良いじゃない? なんならパプニカのお城の一角を貸すわよ? お城の中での生活なら不安はないでしょ?」

 大ありだよ! 俺がパプニカ国王の相談役時代に側近どもに苛められた過去があるのを知らねーのか!?
 今更王宮に住めだなんて云われてもヤな思いをするだけじゃねぇか!!

「大丈夫よ。あまり褒められた云い方じゃないけど、マトリフさんを冷遇してた側近達は不死騎団の襲撃の際に一目散に逃げちゃって殆ど行方知れずよ。
 だからマトリフさんに酷い事をするような家臣は今はいないはずよ? 仮にいたとしても私が睨みを利かせれば派手な事はできないと思うわ」

 人に気付かれず地味な嫌がらせをされるのが堪えんだけどよ…ま、そこまで云われちゃ断るのも大人げないか。
 それにポップの派手な翼も隠さねぇとな…今は天使だなんだと持ち上げて、全てが終わった後、こいつがどんな運命を辿るか容易に想像がつくからよ…
 ハァ…ダイといい、ポップといい、人間に迫害される未来が待ってるのは分かりきってるのに、どうしてこうも一生懸命なのかねぇ?
 俺にできるのは人間の迫害に負けねぇ心構えをポップに叩き込む事くらいなんだよな…

「わーった! そういう事なら世話になるぜ!」

「ええ! ポップ君も私達のダイ君を魔王軍に連れ去った憎いエターナルをコテンパンにやっつけられる強い魔法使いに絶対なるのよ?」

「おう! 精霊ルビス様の事を母親だなんて抜かしていい気になってるあの女の鼻を明かしてやるぜ!!」

 ん? 精霊ルビスを母親だって?

「どうしたんだい、師匠?」

「いや待て…なんで今まで忘れていた!? あのエターナルの名前を!?」

「マトリフ殿? エターナルをご存知なのですか?」

 俺はクロコダインに曖昧に頷きながら十七年前の事を思い出していた。

「俺はともかくアバンにとっては大恩人だよ、あの女は…まさか大魔王バーンの娘だったとはな!!」








 十七年前

「凍れる時間(とき)の秘法? アバン、お前もまた随分と古臭いモンを引っ張り出しやがったなぁ?」

「ええ、魔王ハドラーに有効な呪文が無いかと我が家に保管されている古文書を読み漁った末に漸く見つけた呪法です」

 俺が呆れたように云ってやるとアバンは真剣な表情で頷き返してきた。

「時間が凍る…即ち相手の時間そのものを停止させ永続的に封印してしまう恐るべき呪法…
 数百年に一度と云われる皆既日食…天変地異の力を利用するこの呪法なら魔王にも確実に効果があるでしょう」

「…効果はあるだろうよ…だが、お前にその大呪法を使いこなせるのか? いや、お前に限らず人間によぉ…」

「分かりません…存在を確認されている全ての古文書を調べても完全には解明できませんでしたからね…」

 その余波に巻き込まれてテメェも時間が凍っちまう恐れがあるって事か…

「それよぉ…ロカが承知すると思ってんのか? あいつの事だから、一人でカッコつけんなって止めるに決まってんぞ?」

「ですから今回、ロカとレイラには抜けて貰います。巻き込みたくないのもありますが、やはり勝ち取った平和を味わって欲しいんです、あの二人には…」

「その顔…レイラの事に気付いてるって様子だな?」

 アバンは優しい笑顔で俺を見る。

「流石は女性を泣かせない主義と豪語する大魔道師! 貴方もレイラのお腹の中に新しい命が宿っている事に気付かれていましたか」

「分からいでか! 気付いてねーのはロカくれぇだろ!!」

 アバンの笑顔が苦笑いに変わる。

「戦火の中で生まれる子供こそ平和に生きるべきだと私は思います…ロカとレイラの子供には幸せになって欲しい…その為には魔王ハドラーを倒さねば!!」

「ケッ! お人好しにも程があるぜ! まあ、俺にゃぁ泣く家族もいねぇからテメェが呪法を発動させるまでの時間稼ぎを引き受けてやらぁ!!」

「その為にワシも呼ばれたんだしね」

 そう、人間界最強の大魔道師である俺と世界一の武道家と謳われたブロキーナの大将がいれば魔王に必ず隙ができるはずだ。

「で、その大呪法を使う為の契約は済ませてあるのか?」

「それが…まだなんです。今から契約しようかなぁ…と」

 おいおい、そりゃねーだろ!?
 折角のシリアスな雰囲気が台無しだぜ!!

「これ程の大呪法ですからね…並の精霊と契約しても発動すらできないでしょう…これから呼び出す精霊は…きっと呼ぶだけでも命懸けになると思います…」

「おい! アバン! まさかお前が呼び出そうとしている精霊は…」

 俺は周囲を見渡す。
 ここは数千年前に破棄された精霊ルビスを祀る大神殿だったとされる遺跡…その最下層にある精霊ルビスの依り代となるルビス像が納められた大広間。
 ルビス像を中心にアバン自身の血で描かれた巨大な魔法陣…この時点で気付くべきだった。

「精霊ルビスか…だが、ルビスの召喚に成功しても凍れる時間の秘法の契約ができるとは限らねーぜ? それにルビスは火を司る精霊だろ?」

「確かにルビス様は火の精霊ですが、恐らくは大丈夫でしょう。時間が凍るというのは飽くまで表現なのですから…」

 そう云うやアバンは召喚の準備にかかる。

「マトリフと老師には精霊ルビス様との契約の立会人になって頂きます。お二人を背にすれば私にもルビス様と対面する勇気が湧いてくるでしょうからね」

「こんなジジイ二人に勇気を貰いてぇなんてほざく勇者がどこにいるよ!? まあ、見守っててやるから精々気張りな!!」

「大丈夫! 精霊ルビス様は慈悲深い御方だよ…きっと平和の為に命を賭ける君に力をお貸し下さるさ」

 アバンは俺達に力強く頷くと、召喚呪文の詠唱を始めた。
 やがて魔法陣が光を帯び、ルビス像を照らし出した。

「お出まし下さい! 精霊ルビスよ!!」

 アバンの声に応えるかのようにルビス像の目に赤い光が宿り、足下を照らして赤い円を作り出した。

「だから何で俺が!?」

 そんな叫びと共に表れたのはオーザム人よりも白い肌を持つ銀色の髪を膝裏まで伸ばした女だった。
 しかし…こいつが精霊ルビスか? 伝説じゃ紅い髪と瞳を持ち精悍な顔をした美女ってなってたが、この女ときたらどうだ?
 前述したように髪は銀色だし、表情は胡乱げで闇色の瞳は死んだ魚のように濁りきってやがる。
 しかも黒い鎖で雁字搦めにされていて、とてもこの世界を創造したと伝説を持つ精霊とは思えねぇ禍々しさを感じるぜ!!

「精霊騎士の連中、戻ったら覚えてやがれ!! 裸にひん剥いてフリフリの白いエプロン着けさせて俺の朝飯を作らせてやる!!」

 なんちゅーアホな事を抜かす女だ…これ、絶対ェ精霊ルビスじゃねーだろ?

「…あ、あのぅ…」

「あん?」

 恐る恐る声をかけるアバンに女は剣呑な態度で振り向いた。

「貴女が…精霊ルビス様であらせられますか?」

 おいおい、アバン! この女はどう見ても精霊ルビスにゃ見えねーだろ!?

「テメェの目ン玉は正常に機能してンのか!? 俺の髪や目が赤く見えンのかよ!? だったら医者に診て貰った方がいいぜ!!」

 口の悪い女だな…男勝りと呼ぶにも言葉が汚すぎだ!!
 ん? この女、鎖の下は下着のみか? しかも鎖の隙間から覗く肌を見るに刺青が彫ってあんな…デザインからして炎をモチーフにしてんのか?
 精霊ルビス本人じゃなさそうだが、もしかしたら眷属かもな?

「俺の名はエターナルってンだ! テメェが呼び損なった精霊ルビスの一応、娘だよ」

「ルビス様の…しかし一応とは?」

「血は繋がっちゃーいねェからな。俺はルビスのおっ母やん(おっかやん)に気に入られててよ…半ば無理矢理親子の縁組みを組まされたンだよ…」

 さっきまでの悪態はどこにやら、エターナルと名乗った女はガックリと肩を落した。

「娘にと望まれる程の貴女が何故そのように鎖で自由を奪われているのですか?」

「ああ…そりゃァ俺がルビスのおっ母やんを半殺しにしたからだよ…で、その罰でしばらく鎖で自由をな…」

 エターナルの言葉に俺達は一斉に大口を開けて呆然とさせられた。
 精霊ルビスを半殺しにしただぁ!?

「そ…それはまた穏やかではないですねぇ…」

 流石のアバンも頬を引き攣らせてエターナルを見つめるしかなかった。

「しゃーねェだろ? おっ母やん、いきなり俺の服を剥いだと思ったらフリルがいっぱいのロココ調のロリータファッションを強要しやがったンだぜ?
 俺みてェな大柄な女が似合う訳ねーっつの!! しかも嫌がれば、この服着るまでずっと裸でいなさいって脅すしよ…身を守る為にはああするしかなかったンだ…」

 まあ、なんだ…俺ら人間が抱いてた精霊ルビス像が音を立てて崩れていくな…
 しかし世界を創造するだけの力を持つ精霊を半殺しにするってんだからこの女の強さも相当だな…

「そこへきてルビスのおっ母やんを呼び出す儀式だろ? おっ母やんはあの有り様だから、責任取って行ってこいって俺が送り込まれたンだよ」

 なんとも間の悪い話だな…
 けど納得したぜ。だから登場の時に、何で俺がって台詞が出てきたんだな…
 下着のみの姿なのもルビスに服を取られたからか。

「で、何の用だ? おっ母やんを呼ぼうってンだ。よっぽどの用事があんだろ?」

 そうだったな…この女のインパクトが強すぎて目的をすっかり忘れてたぜ。

「え…ええ、実は今、世界は魔王によって危機に曝されています。私は絶大なる力を持つ魔王を封じる為、精霊ルビス様にある呪法の契約をお願いしたかったのです」

「ある呪法?」

 濁っていたエターナルの目はいつの間にか鷹のように鋭くなってアバンを捉えていた。

「凍れる時間の秘法…魔王ハドラーを封印し世界の平和を取り戻す為、彼の呪法が必要なのです!!」

 途端にエターナルの顔に嘲笑が浮かんだ。

「巫山戯るのも大概にしやがれよ? 凍れる時間の秘法だァ? あれはな? 魔界の神ですら数百年に一度の皆既日食の力を利用しなきゃ制御できない大呪法だぜ?
 テメェも人間にしちゃァそこそこの魔法力を持ってるようだが、凍れる時間の秘法を操るには全然力が足りねーよ!! テメェの分際を知ってからものを云いやがれ!!」

「分かってます!! しかし人の身で魔王ハドラーを倒すにはこれしか方法はないのです!!」

 アバンとエターナルはしばらく無言で睨み合っていたが、折れたのか先に力を抜いたのはエターナルの方だった。

「どうやら本気で云ってるようだな…まあ、俺もおっ母やんの名代で来てるンだし? 契約してェってンならやるだけはやってやるがよ…確実に失敗すんぜ?」

「それでも…魔王を倒す為には挑まねばならないのです!!」

 エターナルは呆れたように顔を弛緩させると、少し力むような声とともに鎖を引き千切った。

「そこまで云うンならやるだけやってみ?」

 エターナルはアバンが描いた魔法陣を一瞬にして消し去ると、複雑な記号と魔族文字で構成された魔法陣をあっという間に描き上げ、その中央に立てとアバンに命じた。

「この契約には呪文の詠唱はいらねェ…つーか、人間じゃ発音できねーから俺が代わりにやってやる。テメェは儀式の間、ただ雑念を払って瞑想してりゃいい」

 ローライズなんて穿いてるせいで半分見える尻を揺らしてアバンの周りをゆっくりと歩きながらエターナルは呪文を詠唱する。
 こりゃ確かに人間には無理だ…何を云ってるのかさっぱり聞き取れねーし、時々知覚さえできなくなるくらいだ。
 やがて身振り手振りが混ざり出し、激しいダンスを踊るようにアバンの周囲を動き回る。
 どうやら半ばトランス状態になってるらしく、途中からタンクトップが捲れてるのに気付かずエターナルは踊り続ける。
 女には目がない俺だがその光景にはスケベ心は働かず、神聖な巫女の舞を見ているかのように厳粛な気持ちになっていた。
 ついには魔法陣全体が強い光に包まれて、その光はアバンの体に吸い込まれるように消えた。

「これで儀式は終わったぜ? もう目ェ開けても良いぞ」

 タンクトップの位置を直しながらエターナルは上気した顔でそう告げた。

「これで凍れる時間の秘法は…」

「ああ、テメェのモンだ…あとは本番でしくじらねーようにするこったな」

「ありがとうございます!! これで希望が繋がりました!!」

 嬉しそうに笑うアバンにエターナルは眼を細めてずいと顔を近づけた。

「さっきも云ったが、凍れる時間の秘法は人間には過ぎた大呪法…成功させるどころか発動させる事もできずに死ぬだけってオチも十分あり得る…その覚悟はあるンだな?」

 エターナルの言葉にアバンは決意を込めた目をして頷いた。

「そうか…なら、これは俺からの餞別だ」

 エターナルは更に顔を近づけて…アバンと唇を重ねた。
 あまりの事に目を見開くアバンとは対照的にエターナルは慈愛の微笑みを浮かべて唇を離した。

「な…何を…?」

「何、テメェは呪法の失敗で死ぬなんて間抜けな死に様は似合わねーと思ってよ? 微力ながら俺の魔力を与えてやったンだ。
 これで少なくともテメェは死ぬ事ァ無ェだろうし、呪法の発動の確立は随分と上がったはずだ…それでも三割にも満たねーたァ思うがな」

「何故そこまでしてくれるのです? 私はあまり見返りになるものは持ち合わせてませんよ?」

 どこか夢心地っぽいアバンの問いにエターナルは慈愛の微笑みのまま答えた。

「テメェが気に入った…って答えじゃ気に入らねーか? 強大な敵にも絶望せずに立ち向かう…今日日の人間じゃもうあまり見ねェタイプだからな…
 期待してるぜ? 魔王を名乗る大馬鹿野郎を勇者と称えられる大馬鹿野郎が倒す様を見せてくれるのをな? 勇者に精霊ルビスの加護があらん事を…」

 エターナルはアバンの額に口付けると、強い光に包まれて、そのまま光とともに消えていった。
 その後、アバンは不完全ながらも凍れる時間の秘法を発動させ、自らを巻き込みながら僅か一年足らずではあったが魔王ハドラーを封じる事に成功した。








 再び現代

「あのエターナルがアバン先生を助けてたなんて…」

 ダイの表情は複雑そうだった。
 無理も無ェけどな。魔王軍の中でもほぼ最強に位置するエターナルがアバンに味方してたなんて想像もしてなかっただろうよ。

「懐かしい話だなァ、おい!」

 上から降ってきた聞き覚えのある声に、俺達は外に出て上を見上げた。

「久しぶりだな、マトリフ…まだくたばってなかったのかよ?」

「惜きやがれ!! テメェもバーンの娘だったとは知らなかったぜ?」

 小屋の屋根の上で気怠げに俺達を見下ろすのは、あの頃とまったく変わってないエターナルだった。

「そっちも血は繋がっちゃいねーよ。俺ァ天涯孤独でありながら大魔王バーンの娘であり、精霊ルビスの娘であり、冥竜王ヴェルザーの娘なんだよ。
 偉ェだろ? 対立し合ってる三人の娘になる事で三者の均衡を保ってるンだぜ? そこの餓鬼より俺の方がよっぽど世間様から評価されるべきだろ?」

 相変らず人を馬鹿にした態度だが不思議と腹が立たねぇ…むしろ再会できた喜びを感じる…俺も年を取ったもんだぜ…

「エターナル!! 何しに来た!? 傷が癒えてない俺達にトドメを刺しに来たのか!?」

「喚くな喚くな! ターさん、夕べは久しぶりにしこたま飲んで二日酔いなンだよ!! 頭に響くからもっと静かに喋りやがれ!!」

 確かに額を手で押さえてるエターナルの顔色は若干青いな…本当に二日酔いなのか?

「今日、ここに来たのは他でもねェ。テメェに招待状を持って来たンだよ」

 エターナルが白い封筒のようなものを指で弾くと、それは上手い具合にダイの手元に収まった。

「招待状? 何に招待しようってんだ!?」

 ポップの問いにエターナルはあの死んだ魚のような濁った目を向けてきた。

「読めば分かるだろうよ…まあいい、近々俺の肝煎りでな、ロモスで武術大会を開く事になってよ。是非とも勇者様に参加して頂きたくてな」

「武術大会…まさか超魔生物の実験台を集めるのが目的か?」

「超魔…生物?」

 ポップらは首を傾げているが、ダイは構わずエターナルを睨み付けている。

「あん? あんな呪文が使えなくなる欠陥兵器の研究なんぞとっくにポシャッてるよ! 近衛騎士団・経理課は厳しいンだ。結果を出せねェ研究にゃァ資金は出さねーよ」

 なんで近衛騎士団が軍の経理をやってんだよ!?

「俺は単に弟子の腕試しをしてェだけだよ。その為にもダイ、テメェの力が最適なンだよ」

「断る!! 俺は魔王軍なんかの云う事なんか聞かないぞ!!」

 激昂するダイにエターナルは意地悪げな笑みを浮かべた。

「そうかい…ならロモス王宮地下にセットした黒の結晶(コア)がラインリバー大陸を吹き飛ばすだけの話だ」

「な…なんだって!? あの超破壊爆弾をロモスに仕掛けたのか!?」

 黒の結晶!? 魔界で作られた大陸さえも吹き飛ばす忌まわしい伝説の爆弾か!?

「安心しろ…テメェが逃げなきゃ良いだけの話だ」

「巫山戯るな!! だったらロモスのみんなに知らせて黒の結晶を捜さないと!!」

「云っとくが、俺ァここからでもロモスの黒の結晶を起爆する事ができるンだぜ? もしロモスのヤツらに知らせようってンなら…分かってンな?」

 ダイは歯軋りする事しか許されなかった。

「ま、詳しい日時は招待状に書いてあるからよ…くれぐれも遅刻するなよ?」

 エターナルはニタリと小馬鹿にするような笑みを浮かべた後、ルーラでいずこともなく飛び去っていった。

「アバン先生の味方をしたヤツが何で…」

 ダイは悔しそうにエターナルが飛び去った方角を睨み続けていた。








 あとがき

 サブタイトルにあった招待状…まさかこんな最後の最後まで出ないなんて(汗)

 今回は、前回壊れかけたポップの軌道修正とポップ強化フラグを立ててみました。
 ご都合主義ではありますが、原作でもこの時期にアバンの書が出てくれたので助かりました(苦笑)
 それでもポップの病んだ部分は完全には消える事は無いんですけど、アバンの使徒内部崩壊するだけの壊れ方は流石にシャレにならないので…

 そしてアバン先生の凍れる時間の秘法の捏造秘話(おい)
 我らがターさん、なんとアバン先生とも面識がありましたとさ(笑)
 書いてる本人は説得力を持たせられたかなと思ってますが、読者様から見て如何だったでしょう?

 それにしてもターさんとマトリフ師匠って口調が似てたんですね(滝汗)
 自分でも書き分けができてたか不安です…

 それでは、また次回に。





[12274] 第壱拾肆話 姫騎士からの招待状 その弐
Name: 若年寄◆decbc20d ID:a621b7d9
Date: 2009/11/23 01:26
 マァム視点

 私はロモスの城下町に特設された闘技場に向かって歩いていた。
 勿論、ここで開かれる武術大会に参加する為よ。

「ふっふっふっ、腕が鳴るなぁ…マァムさん、僕のカッコイイ所をたくさん見せてあげますからね!」

 隣で意気揚々と歩くのは私の兄弟弟子である空手ねずみのチウ。
 昔は悪さをしてたようだけど、私の師、拳聖ブロキーナ老師に捕らえられ、修行によって強い心を持ってからは魔王の邪悪な意志に影響されなくなったそうよ。

「そして決勝戦はマァムさんと僕とで武神流の奥義の数々が繰り出される観客溜息物の素晴らしいバトルが展開されるに違いない!!」

「チウ、世の中には私達よりも強い人がいっぱいいるわ…老師がこの大会に出るように仰ったのも、上には上がいる事を知れってお考えなのだと思うわ」

「大丈夫ですよ! 武神流は無敵です! 優勝はマァムさんに決まってますって!!」

 悪い子じゃないんだけどねぇ…
 けど優勝か…目的は腕試しだから賞品には興味がなかったんだけど、一週間前、主催者から発表されたアレには心惹かれるものがあったなぁ…
 精霊ルビス様ご本人が魔力を圧縮して物質化したとされるルビーに、やはりルビス様手ずから彫金されたミスリル銀で装飾されたというお守りには…

「ルビスの護りですか? 本物なんですかねぇ? 僕にはただの人間が持てる代物じゃないような気がするんですけど…」

「少なくとも大きな魔力を感じるのは確かだわ。もしただの宝石ならロモスの王様だってそれを賞品にして大規模な武術大会を開く訳ないでしょうしね」

「うーん…それに二位と三位の賞品も人間に用意できるものなのか…」

 チウは腕を組んで唸っている。

「確かに魔法ダメージを軽減し道具として使うとマホカンタの効果がある天空の盾、装備するだけで魔法力が回復する女神の指輪…どれも人間界に存在するとは思えない…」

「でしょう? あの主催者もなんだか人間離れしたフインキだし、怪しすぎます」

「チウ、フインキじゃなくて雰囲気よ…でも、あのエターナルさんって人、本当に綺麗だったなぁ…まるで女神様のようで、案外本当に人間じゃなかったりしてね?」

 一週間前、闘技場前で賞品を発表したエターナルさんの事を思い出す。
 膝裏まで伸びた銀色の髪、見つめると吸い込まれそうになる程に深い闇色の瞳、血管が透けるような白い肌、けど唇は鮮血のように真っ赤で艶めかしくて…
 胸元が少し開いた純白のドレスに身を包んだ彼女は精悍な凛々しい表情と時折見せる慈愛の微笑みで聴衆の心を掴んで離さなかった。

「けど…あの刺青はないと思うんですけど…まるで綺麗な絵に子供が落書きをしてしまったような台無し感がどうも…」

「刺青? チウ、彼女は刺青なんかしてなかったと思うけど?」

「ええっ!? あんな顔やら腕やらにいっぱい彫られた刺青が分からないんですか!?」

 チウは驚いているけど、私にはどう頑張っても彼女が刺青をしていたという記憶がなかった。

「あら? お嬢さんのその恰好、武道家よね? 貴女も大会に参加するのかしら?」

 かけられた声に振り向くと、オープンカフェの席の一つで銀髪の女性が優雅にお茶を飲んでいるのが見えた。

「あっ…! 貴女は武術大会の主催者の…」

「ええ、エターナルよ。よろしくね? 凛々しいお嬢さん」

 悪戯っぽくウインクするエターナルさんを見て、何故か私の頬が急に熱を帯びてきた。
 実年齢は私と同じようにも見えるし、大人の女性って感じの雰囲気もあるしで推測できなかった。

「お時間があるようならご一緒にどう? ロモスの王様のご厚意で大会が始まるまで休憩を頂いたのは良かったのだけど、どうにも一人は退屈で…」

「あ、あの…私も大会の受付を済まさないと…」

「大丈夫よ。今はまだ九時よ? 慌てる時間じゃないわ。もし遅刻しても主催者の推薦って形で申し込んであげるから、ね?」

 どうしよう? 確かに時間はあるから無下に断るのも悪いし、けど主催者推薦なんてされたら変に目立つような気もするし…

「私、貴女のような女の子が男の中に混ざって頑張るのを見るのが好きなのよ。私はそんな貴女とお友達になりたいの…駄目かしら?」

「そこまで仰るのでしたら…私も貴女のように綺麗な人とお茶を飲んでみたいですし…」

「あら、お上手ね? そこのねずみ君も遠慮しなくても良いわよ?」

 優雅に手を口端に持っていって笑うエターナルさんにチウは私の背に隠れてしまった。

「あら、嫌われてしまったようね? お連れさんが嫌がってるのに無理に誘う訳にはいかないわね」

「チウ!? エターナルさんに失礼でしょ!?」

 思わず上げてしまった大声に周りの視線が集中する。

「あっ…すみません…」

「私は気にしてないわよ? それよりどうするの?」

「是非、ご一緒させて下さい。チウも良いわよね?」

 渋々といった感じで頷くチウには悪いけど、今の私はどうしても彼女とお茶をしたくなっていた。

「あら、嬉しい! 好きな物を頼んで良いわよ? 退屈凌ぎ付き合ってくれたお礼に何でも奢るわ!」

 ポンと手を叩くエターナルさんは花が咲いたような無邪気な笑みを浮かべている。
 益々熱くなっていく頬を持て余しながら私はそれを隠すようにメニューに目線を落した。

「へぇ…只者じゃない雰囲気がするとは思ってたけどアバンの使徒だったなんてね…お嬢さんと声をかけたのは無礼だったかしら?」

「そ…そんな事ありません! アバンの使徒と云っても偉いのは魔王ハドラーを倒したアバン先生本人であって、私は弟子の一人に過ぎません!!」

 しばらく取り留めのない雑談をしていた私達だったけど、エターナルさんは思いの外聞き上手で、気付いた時には自分がアバンの使徒という事まで話していた。

「謙遜する事はないわよ? 世間に疎い私だって魔王軍と勇敢に戦うアバンの使徒の噂は耳にするもの」

「噂…ですか?」

「ええ、特に有名なのがパプニカのバルジ島の大決戦ね! 魔王軍の総攻撃を受けながら一人も死者を出さずに勝ち残った武勇伝は人々に勇気と希望を与えたそうよ」

 私は唖然とした。あの戦いがもう噂になって広がっていただなんて…

「ひょっとして貴女もあの戦いに参加したのかしら?」

 曖昧に頷くとエターナルさんはまるで子供のように手を叩いてはしゃいだ。

「夢みたいね! 私ったら英雄と気付かずにマァム様を不躾にお茶に誘っていたのね!?」

「え…エターナルさん! 様付けや英雄って云うのはやめて下さい!! それに実は私、あの戦いではあまり役に立ってなかったんですから…」

「あら、ごめんなさいね? でも役に立てなかったという言葉は聞き捨てならないわね?」

 エターナルさんの睨むような目に私は恐縮するしかなかった。
 あの戦いはヒュンケルやポップがいなかったら私は今頃この世にはいない…

「勘違いされてるようだけど、私が云いたいのは戦力云々の事じゃないわよ? 今の世の中…どれだけの人間が目の前の危機に立ち向かえていると思っているの?
 殆どの人間が今の不幸な時代を嘆き祈り呪う事しかしてないじゃない。でも貴女達は魔王軍に立ち向かった…それだけでも賞賛に値するわ。もっと胸を張りなさい」

「…エターナルさん…」

「そして自分の無力を感じたからこそ貴女はこうして仲間から離れ武闘家として修行を重ねてきたのでしょう?
 良くって? この世で真に強くなれるのは、自分の弱さを自覚した上で強くなろうとひたむきに努力する者よ。
 それは武力に限らない。いくら強くても精神的に脆くて自分より弱い者に敗北を繰り返す愚か者もいるわ。
 そうね、貴女は心が強いのね。だからこそ貴女は最強拳法と謳われる武神流をこうも短期間で会得できたのかも知れない」

 気が付けば私はエターナルさんに抱きしめられていた。
 エターナルさんって女性にしてはかなり背が高いのね? ヒュンケルくらいありそうだわ。

「自信を持ちなさい、マァム…貴女はきっと勇者様の力になれる。貴女はきっとこの世でもっとも難しい戦い方をできるようになるわ」

「この世でもっとも難しい戦い方?」

「相手を倒さずに制する戦い…武道における理想的な勝ち方…貴女の優しさならきっとそのような戦い方ができるはずよ?」

 この人は私が戦いの中で望んでいる事に気付いている?

「人間には人間の…魔族には魔族の正義がある…何故、魔王軍が地上を侵略しているのか…それを知れば貴女は魔族と戦えなくなるかも知れない…
 けど、貴女なら魔族の苦しみ、哀しみを理解した上で倒す事なく制する戦いができるような…そんな気がするの…」

「魔族の哀しみ…魔族の正義…」

「魔族の故郷、魔界には太陽の光が決して届く事はない…彼らが人間を憎み地上に攻め入る理由はただ一つ…太陽に思い焦がれているから…ただそれだけよ」

 それだけ…エターナルさんはそう云うけど、大魔王バーンやかつての魔王ハドラーが太陽の光を得んが為に戦っていたとしたら、それは本当に哀しい…
 せめて彼らが最初から武力に訴えず人間と話し合って共存の道を模索できていたら…いいえ、それこそただの理想論ね。
 いくら私が世間知らずの小娘でも人間が異分子に対して排他的なのは歴史が証明している。人種の違い、職種の違いで差別があるんだもの、ましてや魔族となると…

「私達は…人間と魔族は手を取り合えないのでしょうか?」

「難しいわね…人間と魔族が愛し合って子供を為したって話は耳にするけど、種族間の共存となるとね…人間としても自分のテリトリーに異分子が入ってくる訳だし…」

 それではいくら相手を制した所で、単に敵を殺さなかっただけって事にもなりかねない…

「難しいけど不可能とは云ってないわよ? まあ、私達が生きてる間には無理かも知れないけど、その志を継ぐ者を育てていけばいずれは…と思うわ」

 この人は良いタイミングで私が欲しい言葉を云ってくれる…まるで私の心を読んでるみたいに…

「その前にやるべき事があるけどね」

「そうですね…まずは大魔王バーンを倒す…制しないといけませんね」

「そうね、私達は所詮人間だもの…まずは自分達の地盤を固めない事には魔族について考えられないものね」

 そう云えば子供の頃、アバン先生や母さんも云ってたな…人間一人一人にできる事なんてあまりないって…
 子供の頃は意味を取り違えて、人間は無力だと云われた気がして反発してたけど、今なら分かる…人は手を取り合えなければ生きていけないのだと…

「ありがとう!! 私、この戦いはバーンを倒してハッピーエンドになると思ってたけど、間違ってる事に気付く事ができました!!」

「間違い?」

「ええ、バーンを倒してもそれはただ脅威が目の前から消えただけの事…真の平和の為には今後の事も考えなければいけなかったんです。
 人間と魔族…いえ、その他の種族とも手を取り合える未来を作れなければ、いずれは第二第三のバーンが現われるような気がするんです。
 アバン先生が平和の維持の為に後進の指導にあたられていたように…私も未来の為に人と他の種族が共存できるように子供達に教えていきたい…」

 気が付くとエターナルさんが微笑んで私の顔を見つめていた。

「ご…ごめんなさい…私ったら初対面の人にこんな大それた…ただの理想論を語ってしまうなんて…」

「いいえ、未来の事に目を向けられる貴女の事好きよ?」

 途端に私の頬…いいえ、もはや顔全体が火で炙られたかのように熱くなってきた。

「ただ、平和の為に大魔王バーンを倒します、とか、私の手で人間と魔族との共存を実現しますって云われたらきっと私は興醒めしてたでしょうね。
 未来は私達だけにあるのではないんですもの。これから生まれてくる子供達の物でもあるわ。だから恥ずかしがる事はないわよ?」

 いえ、私の顔が赤いのは恥ずかしい…のは恥ずかしいからだけど、エターナルさんが想像してる恥ずかしさとは違うような気がする。
 その時、私の額に温かくて柔らかい物が触れた。

「ああ―――――ッ!?」

 チウ、五月蠅いわよ? カフェでこんな大きな声を出すだなんて…って私も人の事云えないか…

「えっ!?」

 この時になって初めて私はエターナルさんの顔が見えなくなってる事に気が付いた。
 と云うより私達の密着度がかなり上がってるような…

「思ってた以上に驚いてくれないのね? それとも呆れて声が出ない?」

 漸く見えたエターナルさんの顔は楽しそうでいて、どこか残念そうな微笑みを浮かべていた。

「折角、貴女が勝ち残れるようにおまじないをしてあげたのに…」

 私はまだ感触が残る額に指を這わせる。

「じゃあ、もう一回ね? 貴女に精霊ルビスの加護があらん事を…」

 今度は私の右頬に柔らかい感触が…そして左の頬…再び額にエターナルさんの唇が触れた。

「頑張ってね? 貴女の健闘を期待してるわよ?」

 最後に私の右手を取って、手の甲にキスをするエターナルさんと目があった私はその場で意識を手放した。








 気が付くと私はベッドの上で寝ていた。

「ここは…」

「あら? 目が覚めたのね? ここは大会本部の私の私室よ。いきなり倒れるのだもの…吃驚したわ?」

 声のした方を見ると椅子に腰掛けたエターナルさんが苦笑していた。

「悪ノリした自覚はあるけど、まさかあれくらいで気を失うなんて…貴女って結構ウブなのね?」

 途端に顔が熱くなる。
 あ…あれは貴女があんな事をしたから!!

「あ…そう云えば受付は!?」

 私は武術大会の事を思い出して慌てて起き上がる。

「目を覚まして武術大会の心配をするなんて色気のない子ね? まあ、体付きは十分色っぽいけど」

「エターナルさん!!」

「心配は無用よ? 私が主催者推薦で応募しておいたから問題なく大会に参加できるわよ?」

 その言葉に安堵した私の視界の端に時計が映った。

「ああっ!? 正午を過ぎてる!? 予選が始まってる時間じゃないですか!?」

 慌てる私にエターナルさんは優雅に微笑みながら水差しから水をコップに注いで私に手渡した。

「だから心配は無用って云ったでしょ? 貴女は主催者推薦なんだもの、予選なんて出なくても既に決勝トーナメントに出る資格があるわよ」

 事も無げにそんな事を云うエターナルさんに私は呆然とした。
 なんか贔屓されたようで奇妙な居心地の悪さを感じてしまう…

「私のような未熟者が予選なしで決勝に出ても良いものでしょうか?」

「構わないわよ。さっきチラッと予選を見てきたけど貴女より強いと思える選手はあまりいなかったしね」

「私、貴女に戦ってる所を見せてませんよね?」

 するとエターナルさんはコロコロと子供のように笑った。

「私もね、ロモスの王様のご厚意でこんなドレスを着てるけど本来は騎士稼業でご飯食べてるのよ? だから経験則から見ただけでおおよその強さは推測できるのよ」

「エターナルさんは騎士だったんですか!?」

 云われてみればエターナルさんの立ち振る舞いには隙というものが見当たらない。
 それは礼儀作法をきちんと身に付けたからだと思ってたけど、実際は歴戦の戦士だったんだ。

「それはそうとチウは? 彼はどうしてます?」

 エターナルさんは急に困ったような顔をして私を見る。

「ねずみ君は残念ながら初戦敗退よ…あの極端に短い手足で勝てって云う方が無理よ…」

「はぁ…それでチウはどこに?」

「勇者ダイ様と一緒に行動してるわ。貴女の仲間のようだし、受付でお会いした時、ついでに彼にねずみ君を預けてきたの」

 私は思わぬ名前に目を見開いた。

「ダイが!? どうして!?」

「どうしてって大会に出場する為よ? 流石は勇者様ねぇ…初戦なんて相手を睨んだだけで降参させてしまったんだから!」

 あのダイが相手に降参させる程に睨みを利かせた? 機嫌が悪かったのかしら?

「それより…その手の中のもの、飲んだら?」

 云われて私はコップの水を一息に飲み干した。

「美味しい…さっぱりしていて…」

 エターナルさんの持つ水差しにはミントの葉と輪切りにされたライム、氷が浮かんでいた。

「そろそろ予選が終わる時間ね…決勝トーナメントの出場者はちょっと集まって入場の説明をするから先にこの場所へ行って貰える?」

 私はエターナルさんから受け取った地図を確認するとベッドから降りて会場へと向かおうとした。

「マァム…」

「はい?」

 お礼を云って部屋を出ようとする私の背に真剣な声でエターナルさんが呼び止めた。

「魔族の哀しみと正義…覚えてる?」

「ええ、闇の世界で太陽に焦がれる生活…私が同じ立場ならきっと人間を呪っていると思う…」

「貴女は魔界に生まれてもそんな事はないと思うけどね…」

 エターナルさんは後ろから私を抱きしめる。

「マァム…私達、友達になれたのよね?」

「そうですね…貴女が私を嫌わない限りは…」

「だったら次に会った時は敬語は無しね? 私も素のままで貴女に会うから…」

 エターナルさんの腕の力が強くなり少し息苦しくなるけど、何故か不快じゃなかった。

「分かったわ…ずっと私と貴女は友達ね」

「ありがとう…マァム…こんな云い方、卑怯だと思うけど、私の正体を知っても嫌いにならないで…貴女のその顔で、その声で嫌いと云われたら…」

「エターナル?」

 不意に抱擁から解かれて振り返ると、もうそこにはエターナルの姿はなかった…








 地図を頼りに闘技場に向かっていると、この喧騒にも拘わらず何やらヒソヒソと話し声が聞こえてきた。
 気になってそちらに目を向けると、さっと顔を背ける二人組のおばさん達が見えた。
 不思議に思いながらも闘技場を目指していると、再びヒソヒソと声が聞こえ、目を向けるとやはり顔を背かれた。
 流石に気味が悪くなって問いただそうと内緒話をしている二人組に近づくと一目散に逃げてしまった。
 そんな事が繰り返されてる内に、私はいつの間にか子供達に取り囲まれてしまっていた。

「どうしたの? 私に何かご用?」

 先程からのヒソヒソ話のせいで少し機嫌が悪かったものの、なんとか平静を装って子供達に声をかける。

「お姫様にお姫様だっこされたお姉ちゃんだぁ!!」

「はいぃ!?」

 私が思わず頓狂な声を上げたのを皮切りに、子供達は一斉に囃し立てた。

「お姫様にお姫様だっこされた♪ お姫様にお姫様だっこされた♪ 変なの~♪」

「ちょ…ちょっとどういう事なの!? 話が見えないんだけど!?」

 困惑する私に子供達は更に大笑いして私の周りをグルグル回る。

「お姉ちゃん、さっきお姫様にお姫様だっこされて運ばれていったろ? 武闘家なのに情けな~い! お姫様の方が格好良かったぞ!!」

 お姫様? 運ばれていった? そこで漸く私はどうやって大会本部に連れて行かれたのかを察する事ができた。
 私はエターナルに横抱きにされる自分を想像して頭が真っ白になった。
 しかも想像の中のエターナルは騎士甲冑を纏い、自分はお姫様のようなドレスを着ていた。

「え…えええええ…エターナルううううぅぅ!! 貴女、なんて運び方をしたのよおおおおおおおおおっ!?」

 天下の往来で私の絶叫がコダマした。








 少し時間が遡る。
 大会本部の設えた私室のベッドにマァムを寝かせたエターナルはチウを伴って大会受付まで来ていた。

「この紙に書かれたマァム、私の推薦って事で登録して頂けるかしら?」

「これはこれはエターナル様! 畏まりました。名前はマァム…ほうほう武神流拳法ですか! では、主催者推薦なので決勝トーナメントからの出場ですね」

「おいおい、そりゃねーだろ!?」

 斧を持った巨漢が脇から進み出て受付係の胸倉を掴んだ。

「こっちは面倒な手続きをして予選で何回も戦わなきゃいけねーのに、なんでそいつはいきなり決勝なんだよ!?」

「し…しかし大会のルールでして…主催者であるエターナル様の推薦を受けた選手は予選を勝ち抜く必要無く決勝トーナメントに出られると…」

「そうかい…もしかしてその女が主催者のエターナルさんか? ならここは一つ俺も推薦してくれねーか?」

 斧の巨漢はいやらしい笑みを浮かべてエターナルに凄む。

「あわわわわ…え、エターナル様…」

 エターナルは顔を青ざめさせた受付係にヒラヒラと手を振ると、巨漢に向き直った。

「私の推薦を受けたいと云う事はそれなりの力を示してくれるのでしょうね?」

「へっへっへっ…良いぜ、俺の力を見せてやるよ…ここの近くに良い宿があるんだ、そこでしっぽりと教えてやるよ」

 途端に巨漢が横に吹っ飛び、近くの石柱にぶつかった。

「裏拳一発で砕ける…とても推薦できるような実力じゃねーな?」

 顎を砕かれた激痛に床を転げる巨漢を見下ろすエターナルの右拳には巨漢の前歯が数本刺さっていた。

「へ…へへぇ(て…テメェ)…ふっほほひへはる(ぶっ殺してやる)!!」

 巨漢は斧を手にして襲いかかるが、エターナルは容易くかいくぐると男の顔面を掴んだ。

「眼窩部に指を引っかけてある…そのまま思いっ切り後頭部をぶつければ眼球がびっくり箱のように飛び出すぜ?」

「あひぃぃぃぃぃぃ…」

 エターナルの目が本気だと悟った男の股間から湯気が昇った。

「チッ…失禁どころか脱糞しやがったか…いい歳こいてお漏らしするヤツには仕置きが必要だなァ?」

「やめろぉ!!」

 エターナルが目線をずらすとそこにダイがいた。

「これはこれは勇者様…私の招待状に応えて当大会へご参加頂き、誠にありがとうございます」

 エターナルはそのまま巨漢を片手で投げ飛ばしてダイと対峙する。
 巨漢はそのショックと助かったという安心感で意識を手放した。

「さて、受付はこちらになります…ちょうど誰も並んでおりませんので、お待ちする事なく登録できますよ」

 ダイは何かを云いたげであったが、エターナルを睨んだまま無言で右手を指差した。

「ああ…先程の男の歯ですね…では失礼して…」

 エターナルが右拳に力を込めると、めり込んでいた歯が一斉に抜け落ちる。
 途端に傷口が蠢きあっという間に塞がった。
 受付会場にいた人々はその光景に絶句した。

「この程度の傷はわざわざホイミを使うまでもなく気を送り込めば修復と消毒を瞬時に行える…それより受付を…」

 ダイは恐ろしい物を見たような顔でエターナルを見ていたが、すぐに視線を逸らすと受付に向かった。
 それから一言二言受付係と話をしていたダイだったが、不意に情けない表情を浮かべてエターナルに振り返った。

「あん?」

「俺…字、あまり読んだり書いたりできないんだ…」

 予想外の言葉にエターナルは先程の巨漢がぶつかった石柱に自らの頭を強打するほどズッコケた。








「お前ね…いくらなんでも自分の名前くらい書けるようにしとけよ…」

 エターナルにブランチを兼ねた食事に誘われたダイは断る理由もなく、エターナルも自分が主催する武術大会を台無しにする愚行を犯すまいと判断し、承諾した。
 席に着くなりエターナルは魔王軍の幹部でもなく、武術大会主催者でもない顔でダイの先程の醜態を咎めた。

「…面目ない…」

「魔界でも最高の叡智を誇る大魔王バーンが自分の名前も書けない餓鬼に倒されるなんてな…世も末だぜ」

 先程、マァムとお茶をしていたオープンカフェでエターナルは情けない表情で空を見上げた。
 雲一つない青空に良い笑顔でサムズアップしているバーンの姿を幻視した。

「ところで…そこにいる大ねずみは何?」

 本当は知っているのだが、今のダイとチウは初対面なのであえてそう訊いたのだ。

「ねずみとは失礼な!! 僕は拳聖ブロキーナ老師の弟子にしてマァムさんの兄弟子なんだぞ!!」

「マァムの!?」

 ダイは驚いてチウの姿を上から下まで見つめる。

「ああ、そうだ…そのマァムなんだがちとおかしな事になってな…大会本部で預かってるから、予選の間、ねずみ君、預かっててくんね?」

「マァムが!? お前、マァムに何をしたんだ!?」

 激昂するダイにエターナルは彼の頭を押さえる。

「落ち着け! 何もしてねーよ! 天地神明に賭けて俺はマァムに手を出しちゃいねェ!!」

 エターナルはマァムが失神するまでの経緯を掻い摘んで話した。

「…分かった…信じる…でも決勝にマァムが来なかったら俺は黒の結晶(コア)の事を忘れてお前を倒すからな!?」

「慣れねー脅し文句は滑稽なだけだぜ? できもしねェのは分かってる…だが安心しろ。重ねて云うがマァムだけは何もしねェ」

「なんか…俺やポップ、レオナに対する態度と違うな…どうしてマァムにはそんなに優しいんだ?」

 ダイの疑問にエターナルは一瞬身を震わせたが、すぐに取り繕った。

「笑うなよ? 実はマァムは…」

「マァムは?」

「やっぱ云わねェ!! 考えてみりゃァそこまで云う必要ねーじゃねェか!!」

 態度を急変させたエターナルに、ダイは、そりゃないよと突っ込んだ。

「はっはっはっはっ、君も青いね! 彼女の態度を見れば分かるだろ? エターナル女史はマァムさんに惚れてるのさ!!」

「まさかぁ…エターナルは女だよ?」

 ダイが呆れたようにチウをジト目で見ると、エターナルが椅子を倒す勢いで立ち上がってテーブルを叩いた。

「ばっ! …ばばばばばばばば馬鹿野郎な事抜かすンじゃねーよ、ねず公!! おお俺がま、マァムの事好きなんてああああある訳…!!」

 明らかに動揺しているエターナルにダイは目を丸くする。

「そ、そりゃァ子供の頃、一緒に遊んでくれた幼馴染みの大好きなお姉ちゃんに似てなくもないっつーか瓜二つっつーか優しい笑顔がそっくりっつーか…」

「え…エターナル、落ち着いて!!」

「馬鹿野郎!! お、俺はいつだってれ、冷静だ!! そう、マァムはお姉ちゃんにそっくりなだけでべ、別に俺はマァムの事なんて好きでも何でもないンだからねっ!!」

 店の奥に向かってアイスクリームのホットなる奇妙な物を注文しているエターナルにダイは思わず吹き出した。

「完全無欠だと思ってたけど、思わない弱点があったんだね! でも安心してよ。俺はそういう弱点を突くのは嫌いだから」

「だから俺はマァムの事が好きって訳じゃねーっつってんだろ!?」

「そんなに顔を真っ赤にさせても説得力ないよ?」

 会話の主導権をダイに奪われたエターナルは歯軋りをして睨むしかなかった。

「でも…女の人が女の人を好きになるって事ってあるんだね。その『好き』って『Like』じゃなくて『Love』の好きなんでしょ? レオナに教えてもらったもん」

「あの姫は餓鬼になんちゅー事を教えやがるンだ! まあいい、世の中には色んな性癖があるンだよ…ちなみに俺はバイ寄りのレズビアンって所か?」

「バイって?」

「要は男も女も好きになるって事だよ…って、俺も何を教えてンだ…」

 エターナルはテーブルに突っ伏して肩を振るわせている。

「アイスクリームのホット、お待ち!!」

 エターナルの目の前にボコボコと沸騰しているアイスクリームの成れの果てを置いて店員が席を離れた。

「このお店の人…結構馬鹿だね…」

「ツッコミせず敢えてボケで返すとはやるなァ…」

 コメカミにデフォルメされた大きな汗を垂らしたダイに対してエターナルはしきりに感心している。

「兎に角、俺は体質的に男と添い遂げる事ができねーからな…人恋しさに女色に走ったのが切っ掛けだな…」

「まあ、愛には国境も種族も性別もないって事さ!」

「おお、ねずみ君、善い事云うなァ!! 褒美にこのホットアイスクリームを進呈しよう!!」

 アイスクリームの成れの果ての押し付け合いを始めたエターナルとチウに呆れながら、ダイはそろそろ本題に入ろうと切り出した。

「で、今大会の目的はアンタの弟子の腕試しらしいけど、その弟子って誰なんだ?」

「ん? まあ、予選を見てれば誰が俺の弟子かすぐに察する事ができるよ。なにせテメェと同じ力を持ってるンだからな」

 死んだ魚のような目になって薄く笑うエターナルにダイの背筋に冷たいものが走った。

「ま…まさか!? こないだ父さんと一緒に連れ帰った…」

「そう…もう一人のテメェ…ダイことディーノ! 魔王軍・超竜軍団長…ディーノだよ!!」

「超竜軍団長だってぇ!? もう一人の俺…この時代の俺が魔王軍の軍団長…」

 ダイの全身がワナワナと震える。

「魔王軍は今、軍団再編成の真っ最中でな? 人材募集中だ。なんならテメェもスカウトしようか?
 デルムリン島でのモンスターとの仲良しっぷりを見るに、テメェを百獣魔団長に推薦してやっても良いぜ?」

「巫山戯るな!! 誰が魔王軍なんかに!?」

「まあ、とっつぁんも、かつて倒した敵に仕えようとは思わないだろうから放っておけって云ってたかんな…別に構わないぜ?」

 エターナルは鼻を摘んでドロドロのアイスクリームを一息に飲んだ。
 ちなみにその直前、テーブルの下ではエターナルが二本の指を立てて、チウが握り拳を作っていた。

「云っとくが大会中、ディーノの正体を明かしたら分かってンな?」

「分かってる…それより今、気付いたんだけど、こんな大っぴらに魔王軍の話をしてて良かったの?」

「それこそ今更だな? この店は大会期間中限定で出した近衛騎士団・スイーツ開発課の店だからな」

「近衛騎士団って…しかもスイーツ開発課って何!? 軍隊だよね!?」

 エターナルは涼しい笑みで食後の紅茶を楽しむ。

「ほれ、近衛騎士団の仕事がとっつぁんの身辺警護でもよ? とっつぁん自身が強ェから刺客なんて滅多に来なくてな…だから結構、暇なんだわ。
 だからって訳でもねーンだが、暇ならもっと有意義に時間を使おうってンで、警護の片手間に色々と仕事を増やしていった結果、色んなセクションができたンだ」

「そこまでするんなら独立しなよ…」

「ま、とっつぁんの立てた計画が完遂したら考えてみるよ」

 そう云ってエターナルは伝票を持って席を立ち、ダイから離れていった。

「バーンの計画って何だ!? やはり地上壊滅計画なのか!?」

「あん? 何だ? その地上破滅計画ってのは?」

 会計係を待ちながらエターナルは胡乱げに振り返る。

「六つの黒の結晶を六芒星の形に仕掛け同時に起爆し、地上を跡形もなく吹き飛ばした後に魔界へ太陽の光を降り注がせようって計画だ!!」

 するとエターナルは哄笑した。

「なんだ!? テメェンとこのとっつぁんはそんな事企んでやがったのか!? なかなか壮大で面白い計画だがこっちの世界じゃ違ェよ!!
 俺らはそこまで非情じゃねェ…地上移民計画…まずは地上をなるべく無傷で征服し、後に地上の人間を一人残らず魔界に叩き落す!!
 神々によって太陽を奪われた我ら魔界の者は太陽を手に入れ、地上を我が物顔で歩き回り、太陽の恩恵を当たり前のように受けていた人間は闇の世界へ…
 慈悲深いだろう? 人間を滅ぼさず魔界へ送るだけだぜ? しかも闇の中の世界で生きる為のノウハウはちゃんと伝授するつもりだ」

「ち…地上には何人の人間がいると思ってるんだ!? そんな事できる訳ないだろ!?」

「できると云ったら? しかも一瞬でよォ?」

 ダイは闇色の瞳に呑まれかけている。

「もうすぐ超巨大瞬間移動呪文…インフェルーラが完成する。それによって人間は全て魔界に一瞬にして運ばれる!
 優しいだろ? 問答無用でインフェルーラを発動させンじゃなくて、わざわざ地上を征服した後に選ばせてやるンだ。魔界への移住か死をな」

「そんな…残酷な事を計画してたのか…生かさず殺さず人間を魔界に閉じ込める残酷な計画を…」

 ダイは会計をしているエターナルの背中を愕然と見つめるしかなかった。

「残酷て…あのな? 住めば都って云ってな? 魔界だって悪い事ばかりじゃねーよ? 魔界のマグマとかエネルギー利用すれば生活は十分潤うはずだ」

「だったら今のままでも良いじゃないか!?」

 ダイは底冷えするような鋭い目に射竦められて棒立ちになった。

「テメェはとことん人間様だけの味方だな? やっぱり地上で生まれ育ったテメェには闇の世界に生きる者の苦しみは分からねーか?
 マァムは分からないなりに魔族の哀しみを理解しようと考えてくれたぜ? しかも自分らの次の世代以降も魔界の事を考えられるヤツを育てるとまで云ってくれた…」

「マァムが…」

「さっきは急な事で動揺しちまったが、今ならはっきり云える…俺はマァムが好きだ! 『Love』か『Like』かはまだ答えは出ねーけどな?
 力はテメェら竜(ドラゴン)の騎士には及ばねーだろうが、彼女の優しさ、正義には偏りはない…果たしてテメェにマァムの仲間でいる資格はあるのかな?」

 エターナルはダイに背を向けると最早ダイが何を云おうと振り返る事なく歩みを止めない。

「そのねずみ君、頼んだぜ? 一応はマァムを巡る恋敵の一人だ…丁重にな?」

 エターナルの背中はあっという間に雑踏の中へ消えた。








 あとがき

 漸くダイ大の中で一番好きなマァムが出せました。 けど武術大会は予選が終わっただけです(汗)
 どうにもチウが忘れがちです。書きづらいというか会話に絡ませづらいというか…
 彼も好きなんですけどね。将来大物になりそうな器はありますからね。

 我らがターさん、なんとマァムに惚れてしまいました(爆)
 殆ど捏造マァムですが、バルジ島であのフレイザードにすら情けを持って話をしてたくらいだから魔界の者にも優しいだろうなとこうなりました。
 ダイやポップに対する怒りの声も頂いてましたので、もしかするとマァムに対する待遇の良さに逆に怒られるかも知れませんね。
 そしてついに魔王軍の計画が明らかに…と云っても原作と比べたら見劣りしますが(汗)
 ダイはターさんを残酷と罵りますが、魔界生まれの彼女からしてみれば何を云ってるの? って感じです。
 実際に魔界で生まれ育ち、ちゃんと生活してる人間がいる事を知っている彼女からしてみれば、何が残酷なんだってなります。

 次回からは武術大会の決勝トーナメントの開始です。ザムザがいないので滞りなく進行します(笑)
 マァムは決勝からの参加になりますが、エンジンは十分かかっているので大丈夫です。
 まあ、エンジンがかかってる理由はお姫様だっこによる羞恥とやり場のない怒りのせいですが(笑)

 それでは、また次回に。





[12274] 第壱拾伍話 姫騎士からの招待状 その参
Name: 若年寄◆decbc20d ID:a621b7d9
Date: 2009/11/26 00:05
 ロモス国王・シナナ視点

 これはまた随分と強そうなヤツらが集まったものだわい。観客も闘技場の客席を埋め尽くしておるし大盛況でなによりじゃ。
 突如現われた精霊ルビス様の娘を名乗るエターナル様には面食らったが、彼女の云われるままに武術大会を開いて正解じゃったな。
 ロモス国内外から腕自慢を集め、国力増強を図っては如何かとの着想は見事に当たり、こうして人を集める事に成功しておる。
 初めは魔王軍の罠かとも疑ったものだが、気が済むまで好きに調べて構わないと皆の前で裸になってみせた胆力と穢れを見いだせぬ真摯な眼差しに信じる事にしたのだ。
 無論、体には指一本触れてはおらんぞ? 我が国には偽りの姿を見破る秘宝・ラーの鏡があるので彼女が正真正銘の人間である事は証明済みじゃ。
 おまけに普段は滅多に人前には姿を現さぬ精霊や妖精達が、周囲の好色な目線から彼女を守るように囲んだ事も信じる要因となった。
 人の身でありながら精霊ルビス様から娘になって欲しいと請われるような女性を晒し者にはできず、ワシは妻に命じて貴賓室へ案内させた。
 余談じゃが、自分から服を脱いだとはいえエターナル様が人前で裸になった原因は疑いの眼差しで彼女を見ていたワシらにある。
 そこで王妃はせめてもの償いにドレスをプレゼントする事にしたそうじゃが、彼女は女性としては背が高すぎるので似合うデザインがなかなかできず苦労したらしい。

「武術大会の狙いは腕自慢を集めるだけではありませんわ。試合を観戦しようと海外から来たお客で宿屋を始め、土産物屋、食事処なども潤う事でしょう」

 そこまでお考えだったとは、この御仁は経済的な意味でも国力増強を視野に入れておられたのか。

「それに私もお小遣い稼ぎをさせて頂いてますしね」

 エターナル様はワシに数枚のカードを手渡された。

「こ…これはダイ!? マァムにポップ…おお、このカードに描かれておる男は丁度今、戦っている男ではありませぬか!?」

「ええ、武術大会出場者や勇者様達アバンの使徒の肖像をカードにして販売しております。結構、売り上げがありますのよ?」

 どうやら彼女は精密な印刷技術をお持ちのようで、小さなカードに色彩豊かな肖像画が綺麗に印刷されていた。
 売れ筋としてはダイのような勇者は男の子に人気で、マァムのような若い娘やハンサムな騎士なども多く売れているという。

「意外なのはスライムやドラキーといった可愛い系のモンスターも需要があるようです。今、印刷所は嬉しい悲鳴をあげていますわ」

 うぅむ…かさばらない小さなカード、子供の小遣いでも買える値段、蒐集欲をくすぐりそうな秀逸なイラスト…なるほど、売れるかも知れんのぅ。

「勿論、肖像画のモデルには売り上げに応じたバックマージンを支払っておりますわ…けど、勇者様には突っぱねられてしまいましたけどね」

「なんと!? ダイが来ておるのか!?」

「ええ、実は駄目で元々って気持ちで招待状をお送りしていたのです。本当に参加して頂けるとは夢にも思ってませんでしたけど」

 ふむ、ダイは今、魔王軍と激戦を繰り広げている真っ最中…戦いの日々の中では思うように力を抜けまい…たまにはこうした穏やかな大会に出るのも良い息抜きじゃろう。

「魔王軍との戦いでお疲れでしょうに、私の我が儘にお付き合い下されたのです。後でお礼の品を持って参上するつもりですわ」

「そうして下され。あの子はちぃと無欲が過ぎる…かつて百獣魔団の猛攻から救われた時も、お礼の装備は受け取って貰えたが金や宝石は頑なに固辞しておったからの」

 無欲が悪い訳ではないが、助けられた方からすれば礼を受け取って貰えぬ事はある意味心苦しいものがある事も知って貰いたいものじゃて。

「ええ、是非にも…『ただ働きはしない』『ただ飯は食わせない』『ただ飯は食わない』を人生のモットーにしている私の矜持に賭けても…」

 せ…精霊ルビス様のご令嬢とは思えぬ恐ろしく現実的なモットーをお持ちの御方じゃな…

「さて…私は少し野暮用で外します。予選が終わるまでには戻りますので失礼を…」

「おお、主催者は多忙ですな! ですが、少しは息抜きをして下されよ? 武術大会の準備期間から貴女はずっと働き詰めでしたからな!」

「お気遣い、ありがとうございます。王様…でもご心配には及びませんわ。ある意味、楽しみな事ですから」

 エターナル様は本当に楽しそうに微笑まれた。

「主催者推薦で登録した選手の様子を見に行くだけなのですが、本当に会うだけで楽しいのです…まるで恋人との逢瀬のように…」

 今まで見せた事のない妖艶な笑みにワシの背筋が震えた。

「それでは失礼致します…」

 エターナル様は洗練された身のこなしでワシ専用に設えた観覧席から去られた。

「恋人との逢瀬のように…か。誰かは知らぬが彼女の推薦を受けた男は幸せ者じゃなぁ」

 後にエターナル様の推薦を受けた選手が誰なのかを知ったワシは大いに面食らう事になるとは思ってもみんかった。

「おっ? いよいよ、ダイの出番じゃな! 頑張れよ、ダイッ!!」

 応援するまでもなく、ダイは一睨みで対戦相手を降参させてしまったのだった。








 チウ視点

 うう…僕は今、手足が短いという武道家として死刑宣告に近い事実を突きつけられてショックを受けている。
 ダイ君は、パワーはあるんだから頭突きや体当たりで戦えば良いと云うけど、そんな格好悪い戦い方をマァムさんに見せられるものかい!
 あのエターナルって主催者までダイ君の言葉を肯定して、自分に見合った戦法を取り入れるのも格闘家として大事な事だと云う始末だし…

『会場の皆様っ!! 予選は全て終了し、ついに決勝進出選手八名が決定いたしましたっ!!
 それでは我が国で最強を誇る八名のファイターをご紹介しましょう!!』

 僕の憂鬱など知らずに、場内アナウンスの声に会場が湧き上がる。

『まずは今大会優勝候補ナンバー1!! 怪力無双の戦士・ラーバ!!』

 立派な髭を蓄えた筋肉質の男が腕を振り上げているのが見えた。

「何が優勝候補ナンバー1だ!! 勇者ダイ君やマァムさんも決勝に残ってるのに、よくそんな馬鹿な事を云えたもんだ!!」

 観客を煽ってるだけと分かってはいても僕は憤懣やるかたない気持ちになっていた。

『続いて強大な呪文を誇るフォブスター!! どちらも劣らぬ強豪であります!!』

「あっ! あいつは予選で僕に屈辱を与えた…!!」

『そして! パワーに加えてレスリングテクニックにも長けたレスラー・ゴメス!!』

 頭頂部に巫山戯た星の刺青を入れた大男がいい気になって雄叫びを上げている。

『強いのか弱いのか全く分からない! 謎の実力者・ゴーストくん!!』

 何だあれ…? あんな布袋を被ってふらふらしてるヤツなんて今まで気付かなかったぞ? 予選にいたかな?

『更に体は小さいながらも自分の身長以上の斧槍(ハルバード)を軽々と操る少年騎士・ディーノ!!』

 途端に会場内を黄色い声援が包み込んだ。

「キャ――――――――――――ッ!! ディーノ様ぁ!! こっち向いてぇ!!」

 うわ…小さい女の子からそのお母さんってくらいの女の人まで身を乗り出して声援を送っている。
 確かに彼は予選の最中でもとんでもない速さとパワーでハルバードを振り回して対戦相手を圧倒していた。
 しかも常に礼儀正しく、自分が勝った相手にも礼を尽くす姿にファンを増やしていったのを覚えている。
 そのディーノ君は彼女らの大歓声に目を丸くし、キョトンと首を傾げている。

「あ~~~~ん!! きっとディーノ様は何で自分があんな歓声を受けているのか分かってないのよ! 奥ゆかしくて可愛いらしいわぁ♪」

 隣に座る若い女性がうっとりとした表情でディーノ君を見つめている。
 ん? 何故だろう? ダイ君が親の仇でも見るような目でディーノ君を睨んでいる。
 あ、そうか! ディーノ!! 確かエターナルが云っていた魔王軍からの参加者の名前がディーノだったっけ!!
 あれがねぇ…ダイ君より頭一つ二つくらいしか背は違わないし…ダイ君がいなかったら参加者で一番背が低いんじゃないかな?
 それにどことなくダイ君に似てるような気がするんだよなぁ…

『驚く事なかれ!! ベスト8に残ったのは男ばかりではありません!! 並み居る男を蹴散らした二人の女傑!! 美と強さを兼ね備えた戦女神!!』

 そこでマァムさんとのっぺりとした白い仮面を着けた騎士姿の女の子が同時に手を挙げて観客の声援に応えた。

『武闘家・マァム&仮面の騎士・アニマ!!』

 僕は口笛吹いてマァムさんに声援を送った。

『最後はなんと我らがロモス王国を襲った百獣魔団を蹴散らした英雄!! 勇者ダイ様です!!』

 一際大きくなった歓声にダイ君は照れたように頭を掻いた。

『以上の八名が決勝に臨みます!! 果たしてルビス様手ずからお作りになったというルビスの護りを手に入れるのは誰か!? より一層のご声援を!!』

 太陽の光を反射させるようにルビスの護りを頭上に掲げるエターナルに会場全体にどよめきが広がった。

『それでは! 今大会の主催者・エターナル様から決勝トーナメントの説明をして頂きましょう!!』

 エターナルは銀色の鎖に繋げてネックレス状にしたルビスの護りを首にかけると、優しい笑顔になって口を開いた。

「皆さん、よくここまで勝ち残りました。想像以上の実力者が揃い私は大変満足しております。
 国王陛下にご提案申し上げ、この大会を開いた甲斐がありました…」

 ちょっとちょっとマァムさん!? 何で頬を赤らめて溜息なんかついてるんですか!?
 カフェでエターナルと難しい話をしてからどうにもマァムさんの様子がおかしい…

「さあ、それでは最後のステージを整えましょう! 皆さんの立っている舞台の端々には合計八つの宝玉が埋まっています。一人一人好きな物を選んで下さい…」

「これか…?」

 まずラーバが宝玉の一つを手に取った。

「なるほど…それで対戦相手を決めようって云う訳か…」

 続いてディーノ君が宝玉を手にし、他の選手も次々に手を伸ばした。
 ダイ君は最後までエターナルを睨んでいたけど、宝玉を持ってないのは自分だけだと気付いて、露骨に警戒しながらも残った玉を取った。
 宝玉にはAからDまでのアルファベットが刻んであるみたいだった。

「まずは同じアルファベット同士で戦い、次にAとBの勝者、CとDの勝者で準決勝を行います。そして勝者で決勝戦を行い、敗者は三位決定戦を行って貰います」

 組み合わせはこうなった。

 A:ゴメスVSディーノ
 B:ラーバVSアニマ
 C:ダイVSフォブスター
 D:マァムVSゴーストくん

「決勝トーナメントは明日の十時から一回戦を開始します。選手の皆さんは今夜は大会本部に宿泊して頂きます。ささやかながら宴を開きますので、鋭気を養って下さい」

 エターナルはそう話を締めるとニコリと微笑んだ。 








 マァム視点

 大会本部で開かれた宴はどうにも重苦しい雰囲気だった。
 決勝進出者も予選敗退組も一緒に宴に参加してたんだけど、予選落ちした選手の一人が私を名指しして罵った事から始まった。

「俺の記憶じゃこの姉ちゃんは一回も予選で戦ってないんだけどよぉ? アンタ、どうして決勝にコマを進めたんだ?」

「主催者のエターナルに推薦を受けて登録したからよ。主催者推薦を受けた選手が予選免除なんて知らなかったけど…」

「ケッ! さっきの“どうして”ってのはどんな手を使って主催者の推薦を受けたんだって事だよ!!」

 相当酔ってるらしいその男は私が口を挟めない程に捲し立てた。
 初めはすぐに飽きるだろうと聞き流していたんだけど、次の一言で私の我慢が利かなくなってしまった。

「主催者の姉ちゃんは純情そうだったしよぉ…アンタ、色目を使ったんじゃねぇのか!?」

「私をどうこう云うのは構わないけど…エターナルを侮辱しないで!!」

 私の平手があの男の頬に当たる瞬間、誰かにその手を掴まれた。

「こんなくだらない男を殴っても、貴女の手が汚れるだけよ?」

「貴女は確か…アニマさん?」

 淡い桜色の髪を腰まで伸ばした仮面の女性は、特徴もないのに良く覚えていたわね、と平板な口調で答えた。

「…貴方も格闘家の端くれなら、これ以上みっともない真似は慎みなさい」

 周囲からも男を詰る声が上がり始め、彼はバツが悪そうに大会本部からそそくさと去っていった。
 しかし、男がいなくなっても私に対する周囲の心証は悪いままのようで、白い目に曝されるのに耐えられそうになく私もあの男に倣ってこの場から去ろうと思った。

「よォ!! 皆の衆! 楽しンでるか!?」

 その時、酒瓶を持ったエターナルが顔を真っ赤にさせて会場に姿を現した。
 …って、さっきと印象が全然違うんだけど? もしかしなくても酔っ払ってるわね…
 あーあーっ!! ドレスをあんなに乱して、下手すると脱げちゃうわよ!?

「んー? 沢山食いそうなのにあんま食ってなさそうだな? 兄ちゃん?」

 エターナルは千鳥足でゴメスに近づくと、彼の頭をペチペチ音を立てて叩いた。

「今日、必要な分のカロリーはもう取ってるからな…今日はもう茶ァだけで結構だ」

 その瞬間、エターナルの目が光ったのを見逃さなかった。
 もしかして酔っ払った振りをして選手の様子を観察している?
 見れば、声をかけられれば返事をしているけど、近づいて体を触っているのは決勝進出が決まった人間だけだった。
 そして用意された食べ物を食べているのは予選で落ちた者とダイくらいで、他の選手は明日に備えてかアルコールすら飲んでいなかった。

「…っ!?」

 私と目が合ったエターナルは挑戦的な笑みを浮かべた。
 きっと彼女はこう云っている…武術大会の決勝戦は既に始まっているのだと…
 するとエターナルは私に抱きついてお酒臭い息を吹きかけてきた。

「マァムぅぅぅぅぅ…三時間ぶりぃぃぃぃ…貴女に会えなくてターさん、寂しかったぁ…」

「ちょ…エターナル!? 胸に顔を埋めないで!!」

 私の体のアチコチに頬擦りしてくるエターナルに私は困惑と羞恥で頬が熱くなった。
 まるで猫みたい…実際、エターナルの口から、うにゃ~~~~~って甘えたような声が漏れている。
 助けを求めて周囲を見渡すと、ダイとチウがこちらの様子に気付いたようでつかつかと私達に近づいてくる。

「おい、エターナル! マァムから離れ…っと!?」

 背後からエターナルの肩を掴もうとしたダイは大きく後ろへ跳び退った。
 数瞬遅れて、ダイの方へ振り上げられてるエターナルの右足が知覚できた。

「チッ…後ろ向きとはいえ外したか…カラミティエンドの蹴りバージョン、カラミティシュートで真っ二つにしたろーと思ってたのによォ…」

「やっぱり…俺とマァムじゃ扱いが違う…」

「ったりめーだ!! テメェみてーな糞餓鬼と愛するマァムが同じ扱いになるわきゃねーだろ!!」

「愛するって…」

 思わず呟いた言葉にエターナルは真剣な表情で私の目を見つめてきた。
 闇色の瞳はどこまでも深く、私はその瞳の虜にされたかのように動けなくなり、言葉も出なくなっていた。

「マァム…これが俺の正体…俺は男を愛せないンだ…マァム…俺が気持ち悪いか?」

「そんな訊き方…卑怯…」

 私は顔を背けようとしたけど、エターナルはそっと私の顎に手を添えて顔を正面に持ってくる。

「マァム…俺はお前の為なら死ねる…」

「私の為に死ぬだなんて…そんな哀しい事云わないで…」

「マァム…俺はお前の事を…」

「…二人でいい雰囲気になるのは勝手だけど、周りの目も気にして欲しいわね?」

 見つめ合う私とエターナルの顔の間に手を差し入れたのはアニマさんだった。

「ご…ごめんなさい!! アニマさん!!」

「…ったく、もう少しでマァムを堕とせたのによォ…十六女十八女(いろつきさかり)と云われる昨今、この歳で純情な女は貴重だってのに…」

 恐らく真っ赤になってるだろう顔を俯かせている私と対照的に、エターナルは子供のように拗ねたような顔になってアニマさんを睨んでいた。

「いつからそのように好色になったのよ…それに誰と恋愛するのも自由だけど、時と場所を選びなさい! エターナル!!」

「は…はい!!」

 アニマさんに一喝されてエターナルは急に背筋を伸ばした。

「エターナル? どうしたの?」

「俺ァ…昔っからああいうタイプにゃァ弱ェンだ…頭ごなしに怒鳴るンじゃなく、ああビシッと叱るタイプの女に…」

 私は思わず吹き出した。

「貴女の本性が男勝りなのには驚いたけど、そのクセ、女性には頭が上がらないタイプだったなんてね?」

「マァムにゃァ心が強いと云ったけど、俺は逆に心が弱ェ…女は俺にとって愛する存在であると同時に恐怖をもたらす…その矛盾を抱えてるせいで俺の心は強くなれねェ…」

 エターナルは耳元に口を近づけ、私にだけ自分の弱さを教えてくれた。
 それって本当に私を愛してるからって事なの?

「まあいいや…マァムも場の勢いで口説き落とされるのもヤだろ? 俺も焦らずじっくり腰を据えてアタックさせて貰うさ」

「アタックって…本気なの?」

「本気さね…俺はマァムに本気で惚れたからな。ま、とりあえずお友達から始めようじゃねェか?」

 差し出されたエターナルの右手を私は握り返そうとして…何故か、アニマさんに先を越された。

「何してくれてンの?」

 ジト目のエターナルには答えず、私に向けてアニマさんは闘気を放射する。

「…な…何?」

「貴女がこの子に相応しいか…ゴホン! 貴女、強いわね? 明日の決勝トーナメントでは、是非貴女と決勝戦で技と技をぶつけ合いたいものね?」

 何故だろう? 抑揚のない口調なのに、かなりの焦りを感じたのは…
 アニマさんはエターナルの方へ振り向くと愛おしげに右頬を撫でてからその場を後にした。

「…お姉ちゃん…」

「エターナル?」

「ああ…すまねェ…あの仮面の姉ちゃん、何故か懐かしい感じがしてよ…」

 エターナルの頬を伝い落ちる一粒の涙に、私は今まで感じた事のない感情が胸に去来して、どうにも落ち着かなかった。








 翌日、決勝トーナメントが始まった。
 まず、Aの組み合わせであるゴメスとディーノが舞台に上がり、私達は選手用の観戦席へ案内されて二人を見守る事となった。

『大変長らくお待たせしました!! いよいよ決勝トーナメントがスタートします!!』

 アナウンスの声に闘技場は割れんばかりの大歓声が上がった。

『早速、試合を始めたいと思います!! 第一回戦はパワーとテクニックを併せ持つ者同士の戦い! ゴメス対ディーノです!!』

 観客席から若い女性特有の黄色い歓声が上がりディーノコールが巻き上がった。
 ディーノは昨日と同じようにキョトンと首を傾げている。

「う~~ん…誰だったっけ? こんなに応援してくれるんだから知り合いだと思うけど…」

 昨日の選手紹介でそんな事を云っていたのを思い出して、私は思わず口元を緩ませていた。
 ダイがやたらとディーノを睨んでいるのが気になるけど、何かあったのかしら?

『それでは第一回戦を始めます!!』

 ゴメスがファイティングポーズを取り、ディーノもハルバードを持って構えた。

『レディー…ファイト!!』

 合図と同時に何故かディーノがハルバードを手放してしまった。
 自らの得物を手放す騎士という光景に観客は呆気に取られ、それはゴメスも例外ではなかったようね。
 その隙を突くようにディーノはゴメスに向かって走り出した。

「クソッ!!」

 ハルバードが石の床に落ちる派手な音に我に返ったゴメスは向かってくるディーノに蹴りを繰り出す。
 そこでディーノは蹴りをかいくぐるようにスライディングをして、ゴメスの軸足を脇に抱えるように掴んだ。
 更に両足でゴメスの脚を挟むように固定して一気に捻りあげた。

「ウギャアアアアアアアアアアアアッ!!」

「靱帯が切れた…レスリングの達人であるゴメス殿を一瞬にしてヒールホールドで仕留める…恐ろしい子だよ、ディーノ君は…」

 ゴーストくんと名乗る選手の解説に私は戦慄を覚えた。
 予選ではずっとハルバードを使っていた事からそれが彼の戦法だと先入観を持っていたせいで、試合開始直後に彼が得物を捨てた事で虚を衝かれたのが第一の敗因…
 そして先程の先入観と騎士という職業からまさか素手で戦うとは想像すらしてなかったであろう所をあっという間に関節を極められてしまった…

「ゴメス殿はもう戦えないね…ほら、チェックメイトだ」

 膝を抱えて転げ回っていたゴメスの鼻先にハルバードの先端を突きつけたディーノは降参を促している。
 ゴメスは苦痛と屈辱が入り混じった目でしばらくディーノを睨んでいたけど、やがて項垂れて降参を宣言した。
 途端に湧き上がる大歓声とディーノコール、皆がディーノの勝利を祝福していた。

「ただ強いだけでなく、こんな駆け引きもできるなんて…」

 ダイは悔しそうに、けどどこか羨ましそうにディーノを見つめていた。
 ディーノはゴメスの膝に手を当てて回復呪文を唱えていた。
 立ち上がったゴメスは清々しい顔で右手を差しだし、ディーノがそれに応えて握り返すと観客席から惜しみない拍手が送られた。

「遺恨が残る戦い方をする者と戦いの中で友情が芽生える者がいるが…ディーノ君は明らかに後者だね」

 本当ね。命懸けで戦った結果、クロコダインとヒュンケルを仲間にしたダイと同じタイプの少年だわ。
 どこの国に所属している騎士かは分からないけど、もし仲間になってくれたらとても心強いでしょうね。
 選手用の観戦席にやって来たディーノに皆が祝福の声をかけ、ゴメスには労いの言葉がかけられた。

「次は私達の出番だな…お手柔らかに…」

「…こちらこそ」

 握手を交わしたラーバとアニマさんが観戦席から出て行った。
 それから間もなく二人は舞台に上がり、第二回戦がすぐに開始された。
 ラーバは戦士だそうだけど、格闘技術も持っているようで素手で構えを取った。
 対してアニマさんは片刃の剣を下段に構えて対峙する。

「アニマ殿の剣…古い文献にあったカタナと呼ばれる種類の物だね」

 ゴーストくんによると斬る事に特化したアイテムで、その鋭さは既存の剣のどれをも上回るとか…
 やがてアニマさんは足裏を擦るように間合いを詰めながら腰を沈めた。
 ラーバは動かない…いえ、動けない?

「嫌な予感がする…」

 ゴーストくんが漏らした呟きに皆の表情に不安が宿る。
 アニマさんは両肩をつぼめるようにして少しずつ切っ先を上に持ち上げていく。
 途端にラーバの顔に恐怖が浮かび、徐々に後ろへと下がっていった。
 それを追うようにアニマは間合いを詰めてくるので、ついには舞台の端まで追い詰められてしまった。

「馬鹿!! 相手が目の前にいるのに後ろを見るヤツがあるか!!」

 どうやらラーバは自分が後ろに下がっている事に気付いてなかったようで、踵が舞台の外へはみ出たのを驚いた顔をして振り返ってしまった。
 先程のゴメスの罵声が合図であるかのようにアニマさんが一気に踏み込んできた。

「突きだ!」

 アニマさんの突きを迎撃すべくラーバが腕を失う覚悟で剣を払おうとした瞬間、異変が起こった。
 なんとアニマさんはラーバの胸を突くと見せかけて、刀身を返して彼の胴を薙ぎ払った。
 かなり深く截断したらしく、お腹の傷から臓腑が溢れ出てきた。
 あまりの惨劇に観客席から悲鳴と怒号が上がった。

「ター姉!!」

 ディーノの叫びに応えるようにエターナルが王様専用の観戦席から舞台に向かって飛び出すと、ラーバの臓腑を手際良く傷口に押し込みベホマと叫んだ。
 どうやら一命は取り留めたらしく血塗れのエターナルは倒れているラーバに安堵したような微笑みを向けていた。

「突きと見せかけて胴を薙ぐ技か…しかし、それだけの技じゃないだろうね。その程度ならラーバ殿も顔に恐怖を浮かべないだろうし、容易く斬られもしないだろうさ」

 私はアニマさんをじっと見る。

「秘剣『飛龍』…」

「え…?」

 歓声に包まれている中で、確かにアニマさんの声を聞き取った。

「秘剣『飛龍』か…ひょっとしたらボクには荷が重いかも…ダイ、折角ター姉がお膳立てしてくれた場だけど、決勝戦でまみえる事ができなかったら…ごめんね?」

 準決勝でアニマさんと戦う事になったディーノは若干顔色を悪くさせてそう云った。
 ダイは複雑そうな表情でディーノを見つめ返すだけだった。
 私は舞台から担架で運び出されるラーバに付き添うエターナルを目で追う事しかできなかった。
 今はただエターナルにそばにいて欲しい…








 あとがき

 今回、三つの視点で書いてしまいましたが、皆さんは読みづらくなかったでしょうか?

 さて、原作では描かれなかった武術大会の決勝トーナメントが始まりました。
 初めはゲストとしてドラクエⅣのアリーナを登場させようと思ってたのですが、マァムと被るので残念ながらボツになりました。
 まずは小手調べでディーノがゴメスに圧勝、幸先の良いスタートと思いきや準決勝で当たるアニマの登場で雲行きが怪しくなってきました。
 果たしてディーノは必殺剣『飛龍』を破る事ができるのでしょうか?

 そしてエターナルを取り巻く女性達。
 マァムはノンケですがカフェで会話以降、エターナルが気になり出し、アニマもエターナルにはただならぬ思いがあります。
 エターナルとアニマの関係は遠からず明らかにしていくつもりです。

 次回はダイとマァムの試合からです。まあ、原作終了後のダイには誰も勝てないとは思いますけどね(笑)

 それでは、また次回に。





[12274] 第壱拾陸話 姫騎士からの招待状 その肆
Name: 若年寄◆decbc20d ID:a621b7d9
Date: 2009/11/26 00:03

 ダイ視点

 俺にはエターナルが分からなくなっていた。
 担架に乗せられて運ばれていくラーバさんに付き添うエターナルは安心したような表情を浮かべている。
 その優しそうな目はどう考えても演技をしているようには見えない。本気でラーバさんが一命を取り留めた事に安心している目だ。
 だから分からない…全人類を生きたまま魔界に押し込める残酷な計画を進めるエターナルの真意が…

「ター姉は優しすぎるんだ。だから助けられる命は全力で助けるし、誰にも分け隔て無く優しい眼差しを向ける。
 けど、ター姉は軍人…与えられた任務を遂行するには他者の命を奪わなければいけない事もある…ター姉は顔じゃ笑ってるけど、心の中じゃいつも泣いてるんだ」

 俺にしか聞こえない声でこの時代の…もう一人の俺…ディーノが囁く。

「ター姉は優しいからこそ敵だろうと味方だろうと厳しい事を云う。命が軽い戦場だからこそ命を大切にして欲しくって…
 ダイも一度戦ってみてター姉の攻撃に容赦がないのを感じただろう? あれだって心の内の優しさを押し込める為の苦肉の策なんだ」

「エターナルが優しい?」

 そんな馬鹿な、という言葉は俺の口から出る事はなかった。
 テランで初めてあった時、俺が未来から、しかも並行ナントカって所から来た事実を教えてくれた。本来ならそんな事を教える義理もないのに…
 そしてショックで脱力しきった俺にトドメを刺したり、無理矢理魔王軍に連れ去ろうとはしなかった。
 あの時は自分だけでは判断ができないと云ってたけど、考えてみれば俺を拘束してバーンの前に連れ出して指示を仰ぐ事もできたはずだ。
 最大の敵となりうる俺を放っておいたのは、エターナルなりの情けだったのか? ショックを受けている俺をみんなから離さなかったのは…?

「けど…エターナルは人間に酷い事をしようとしている…それにロモスに仕掛けた黒の結晶(コア)も…」

「地上移住計画はバーン様の発案だよ。ター姉が思いついた事じゃない…ター姉が計画を進めているのは軍人だからって事もあるけど、それだけじゃない」

「太陽…か」

 テランで別れてから数日しか経ってないのに、何故か俺よりも背が高くなっているディーノの顔を見上げる。

「そうだね。魔界には太陽の光が差す事は決してない…魔力で生み出した光で作物を育てたりはできるけど、やはり太陽のそれとは比べものにはならない。
 ター姉は人間だけど思考は魔族や竜族寄りだ。彼らが太陽を欲するからこそター姉は自分が同族から嫌われ恨まれる覚悟で地上を手に入れようとしてるんだ」

 同じだ…バーンに勝つ為に全てを捨てて野獣になろうとした俺と…その俺を倒す為だけに鬼眼の力を開放して魔獣と化したバーンと…
 エターナルは魔界に生きる魔族や竜族の為に人類の裏切り者と罵られる覚悟で戦っていたんだ。

「ター姉がそんな覚悟で戦っているからこそバーン様は超巨大瞬間移動呪文インフェルーラが完成してもすぐには発動させないと仰っているのだしね」

「どういう事?」

「インフェルーラが発動すれば人類は抗う事も許されず魔界に堕ちる…それは絶対だ。なら秘密裏に発動させた方が魔王軍は楽に勝利を得る事ができる」

 でもバーンはそれをしようとはしない…

「別に人間達を苦しめようとしてる訳じゃないよ? バーン様は世界を完全に征服して勝者になってから地上移住計画をスタートさせるおつもりなんだ」

「何の為に?」

「ター姉の心を守る為さ…ター姉がどんな様子で計画を君に打ち明けたのかは知らない…けど、本心では自らの繁栄の為に誰かを犠牲にする事に苦しんでるんだよ。
 何度も繰り返すようだけどター姉は優しい…優しすぎる。そんなター姉に人類の裏切り者の烙印を押すんだ。せめてその勝利くらい誇りを持たせてあげたいんだよ」

 つまり人間との戦いに勝利して地上に生きる権利を奪い取る…魔族からすれば勝ち取る事で魔界の勇者にしようと…

「違うよ。ター姉には英雄願望は欠片もないよ。ただ魔族が地上で太陽を拝みながら生活できるのは皆で戦って勝ち取ったからだと誇りに思えるようにしてあげたいだけさ。
 バーン様はね、血こそ繋がってないけどター姉を心から愛している。父さんに倒され封印されている冥竜王ヴェルザーも精霊ルビス様も同様にね。
 そしてター姉も彼らを愛している。それだけじゃない魔族も竜族も精霊もモンスターさえもター姉は愛している。その愛情は当然、人間にも向けられている」

「エターナルが人間を…? いや、あいつも人間なんだから当然か…」

 漸く俺はディーノが何を云いたいのか分かったような気がした。

「エターナルが人間を愛しているのなら…当然、インフェルーラで魔界に堕とされる人間に対して罪悪感を持つ…だからこそなのか!!」

「そう、世界は広いけど人間、魔族の双方が生きるには狭すぎる…ましてや力の差もあって人間と魔族の共存なんて不可能だ。だからこそ人間を魔界に堕とすのだから…
 魔王軍が地上を征服するのは勝者の称号を得る為にすぎない。人間を敗者にする事でター姉の罪悪感を誇りに変え、人間にも魔界行きを覚悟させる事ができる」

「ま…まさかあのバーンが娘の心を守る為にこんな途方もない事を考えてただなんて…」

「君には想像できないだろうけど、ター姉は魔界では宝物のように扱われている。人間にとって君が太陽であるように、ター姉は魔界の太陽とも云われている。
 ター姉の優しさに触れて闇の中でも生きる活力を得た者もいる。かつて弱者と罵られていた者がター姉の厳しさによって魔界でも指折りの実力者になった例もある。
 ボクもター姉に愛されビシビシ扱かれたクチだからね。だからバーン様がター姉を守る為にそこまでするのも不思議とは思わないよ。誰だって太陽は大切だからね」

 エターナルの行動の不可解さ…それはエターナルの持つ優しさ、愛情からくるものだったんだ。
 同じだったんだ。俺が人間に味方するのとエターナルが魔族の為に戦うのは…

「だからと云ってダイがター姉に遠慮する必要はないんだからね? 我々魔王軍の計画は人間にしてみたら堪ったものじゃないだろうしね」

 我々魔王軍か…一歩間違えれば俺もそうなってたのかも知れないと思うと複雑だ。

「要は魔王軍が全滅するか、残るロモス、パプニカ、ベンガーナをボク達が陥落させるかの勝負だね」

 ディーノは獰猛な笑みを浮かべていた。
 俺と同一人物である存在がこんな表情を浮かべた事に愕然とするよりなかった。

「うん? どうやら舞台の掃除が終わったようだね。いよいよ君の出番か…名勝負を期待しているよ」

 確かに舞台を赤黒く染めていたラーバさんの血は綺麗に洗い流されていた。

「けど、やっぱり納得できないのは、そんな優しいエターナルがなんで黒の結晶をロモスに仕掛けて俺を脅すんだって事だ!」

「ああ、黒の結晶か…確かにター姉はあれでロモスを吹き飛ばすって云ってたけど、あんなビー玉みたいな大きさで魔力を込め忘れた爆弾でロモスを滅ぼせるかなぁ?」

「へっ?」

 俺は今、物凄く間抜けな顔をしているに違いない。

「確かにター姉はロモスに黒の結晶を仕掛けたし、吹き飛ばす覚悟もあるだろう…けど、あれじゃぁ海老が跳ねるくらいの衝撃がロモス城を襲って終わると思うよ?」

 間抜け顔で焦る俺に気付いたのかマァムが声をかけてくるけど、返事をするだけの余裕が無かった。

「…騙された?」

「…と云うより嘘はついてないけど事実は語ってないってヤツ? それにいずれは自分達が住む事になる国を滅ぼすほどター姉は短慮じゃないよ」

 同情するような目をして俺の肩をポンポンと叩くディーノに俺は疲れた笑いを見せるしかなかった。
 きっとエターナルに鍛えられている間、ディーノも苦労したんだろうなぁと思うと同時に、昔アバン先生から教わった『同病相憐れむ』って言葉を思い出した。

『皆様、大変長らくお待たせしました!! 舞台の洗浄も完了しましたので、間もなく第三回戦を開始したいと思います!!』

 場内アナウンサーが俺とフォブスターさんを呼んでいる。

「上手く云えないけど、今日は平和な武術大会を楽しむ事を考えた方が良いよ? 何事も前向きにね?」

「そうは云うけど…どんな顔をすれば良いのか分からないよ…」

「笑えば良いと思うよ」

 俺とディーノは同時に乾いた笑いをあげた後、やはり同時に溜息を吐いた。
 アナウンサーが俺を急かす声が聞こえる…俺はどこかヤケクソな気持ちになって観戦席を後にした。
 その後、海破斬でフォブスターさんの放ったメラゾーマを破ってあっさりと勝負を決めてしまったのはちょっと悪かったかなぁと思った。
 続くマァムとゴーストくんことブロキーナ老師の戦いこそ名勝負と呼べるものだった。
 俺、老師が戦ってる姿を初めて見たけど動きにまったく無駄がない事に驚かされた。
 マァムがパンチを放てば、その腕にぶら下がるように掴んでマァムの顎を蹴り上げたり、蹴りが出れば軸足を払って転倒させたりと流石と云うしかなかった。
 終始老師が押しているよう思えた試合だったけど、急に老師が降参宣言をしたので俺達は呆気に取られた。

「持病のひざがしらむずむず病が悪化したようだね…これ以上、戦えないよ」

 そう云って咳き込む老師に俺とディーノはまたも同時にズッコケた。

「ひ…ひざがしらむずむず病でなんで咳が…?」

 多分、実際は手合わせしてマァムの成長を確かめた老師が、マァムに更なる経験を積ませる為にあえて勝ちを譲ったんだと思う。
 マァムは少し納得がいかないような顔をしていたけど、老師相手じゃ仕方ないよ。
 俺はまだゴーストくんの正体を知らない事になっているので、マァムにはラッキーだったねと無難に労った。

「そうね。運も実力の内とアバン先生も仰ってたし、気持ちを切り替えて素直に喜んでおきましょう」

 そう云ってマァムは、準決勝ではお互い手加減無しね、とウインクをした。
 その時、俺の頭の中で浮かんだのは、ああ、なるほど、だった。
 こうして見るとマァムって綺麗なんだと思う。ポップやエターナルがマァムを好きになるのも分かるような気がした。

「ん? 舞台が騒がしいな? 準決勝は昼食休憩を挟んでからって云ってなかったか?」

『皆様、準決勝は昼食休憩の後に予定してましたが、一回戦、三回戦が一瞬で終わってしまった為、お時間に余裕が出ましたので特別試合を用意させて頂きました!!』

 何だろう? まあ、時間を繰り上げられて、今から準決勝って云われるよりはずっと良いけど…

『敗者復活戦と云う訳ではありませんが、惜しくも予選を敗退してしまった選手達から有志を募り特別試合を組む事ができました!!
 なんと主催者であるエターナル様と有志による特別試合が実現しました!! 皆様、盛大な拍手をお願いします!!』

「な…なんだってぇ!?」

 会場が割れんばかりの拍手に迎えられながら登場したのは、黒いズボンと黒いシャツに着替えたエターナルと数人の戦士風の男達と…チウだった。

『なおルールは簡単です! 一番最初にエターナル様に触れる事ができた選手に賞金として千ゴールドを進呈致します!!』

 会場から歓声半分、ガッカリしたような非難が半分って感じに聞こえてきた。
 けど、エターナルの実力から考えれば触るだけでも名誉のような気がする…俺だってテランでの戦いじゃ掠り傷一つつけられなかったんだし…
 戦士達は躍起になってエターナルを見ている。けど中には鼻の下を伸ばしてる人もいるんだけど何でだろう?

『では特別試合を開始します!!』

 まずさっきの鼻の下を伸ばした男が物凄い勢いでエターナルに迫るけど、エターナルはヒラリとかわして男の背をトンと押した。
 すると男は向きを変えて走り続け、別の男の人とそのままぶつかって仲良く舞台から落ちた。

『二人失格であります!! 残り八人です!!』

 今度は三人の男が正面と左右に分かれて同時に襲いかかるけど、エターナルは半歩右に進んだだけで正面の男の視界から消え、右手から来る男の腕を掴んで投げ飛ばした。
 続いて、まだエターナルを見失っている男の背中を蹴って左手の男にぶつけ、場外に飛ばした。これで残り五人…

「女に負けて堪るかよ!!」

 斧を持った男がエターナルに斬りかかるけど、あっさりと片手で受け止められて唖然とした。

「良い斧だな?」

 刃を掴んだままひょいと斧を取り上げたエターナルに泡喰って舞台に残っていた男達は一斉に逃げ出した。
 これで舞台に残っているのはエターナルとチウの二人だけになった。
 チウは窮鼠文文拳でエターナルに突撃するけど、あっけなく顔面を掴まれて床に叩きつけられてしまう。

「ダイのアドバイス…身になってなかったようだな?」

 エターナルは脚をあげてチウを踏み潰そうとするけど、間一髪転がっての逃れる事ができた。
 でも、今のってチウが転がり始めたのを確認してから脚を降ろした感じがしたような?

「ありがたいね…彼女、チウを追い詰めて実力を開花しようとしてくれている…」

 まだゴーストくんの恰好をしている老師が感慨深げに呟いた。
 見れば確かにエターナルの目にはチウを見下す色は無く、どこか期待しているようにも見えた。

「…なかなかやるね…老師の次くらいには強いんじゃないかな?」

「そりゃどうも…」

 手加減しているだろうけど、エターナルに殴られ続けているチウはもうボロボロだった。
 けどいくらエターナルがチウを場外へ放り出そうとしても意外と身が軽いのか落ちる前に体を回転させて落ちる向きを場内へと戻しているのは流石だと思う。
 そんな事を繰り返している内になにかを閃いたのかチウの目がカッと見開いた。

「いざとなったら…か…こうなったら恰好なんて気にするもんか! 予選で負けて、ここでまた負けてしまうよりずっと良い!!」

 チウは一旦、エターナルから距離を置くと、一気に駆けだしてエターナルに向かって跳んだ!

「だあああああああああああっ!!」

 そして体を丸めると勢いよく回転してエターナルに迫る。

「おっ!? 良いねェ!! 大した威力だ!!」

 そう云いながらもエターナルはチウの体当たりを両手で受け止めていたけど、次第に手が開いていくのが見えた。

「ぐっ!?」

 ついにはエターナルの両手をこじ開けて、彼女の腹にぶつかる事ができた。
 肺から空気が漏れるような声をあげてエターナルはたたらを踏むけど、倒れる事はなかった。

「大した男だよ、テメェは…チウ、お前の勝ちだ!!」

 凄いよ、チウ! 手加減はされてたし触れたら勝ちってルールだったけど、あのエターナルに勝っちゃうなんて!!
 エターナルもどこか嬉しそうにチウの頭を撫でている。やっぱりディーノの云うように優しい人なのかな?

「これでチウも武闘家として一皮剥けるじゃろう…アバン殿の時といい、ありがたい事じゃ…」

 そう云えば老師もアバン先生の凍れる時間(とき)の秘法の契約をする時、立ち会ってたってマトリフさんが云ってたっけ。
 本当、これでエターナルが魔王軍じゃなかったら俺も素直に感謝してるんだけどなぁ…

『見事、エターナル様に勝利したチウ選手には千ゴールドが贈られます!! 皆様、盛大な拍手を!!』

 周りからの拍手にチウは感激したのか大声で泣き始めてしまった。
 そんなチウをエターナルは肩車をして一緒に声援に応えている。

「あれが近衛騎士団長エターナルの本当の姿だよ。ああいう人だから近衛騎士団の人達もボク達六団長も命を賭けられる!!」

 分かるような気がする…絶対的な戦闘力にこの優しさ…バーンとはまた違うカリスマ性を持っている。

『さて、これより昼食休憩に入ります! 準決勝の第一試合は午後一時から開始となりますので、遅れずにご来場下さい!!』

 エターナルがチウを肩車しながら舞台から去っていくのが見えた。
 なんだろう。このもやもやした気持ち…まさかチウやマァム、ディーノに向けられる優しさが俺には向けられないのを嫉妬した訳じゃないよね?
 内心に留めた俺の悩みに答えてくれる人は当然ながらいなかった。








 ディーノ視点

 昼食休憩が終わり、いよいよ準決勝・第一試合が始まる…
 対戦相手は『飛龍』という秘剣を持つ仮面の女性、アニマさん…
 正直云って勝てる相手とは思えない…竜(ドラゴン)の騎士の力を使えばなんとかなるだろうけど、ター姉からダイと当たるまで封印するように厳命されていた。
 昼食休憩中、なんとかター姉を捕まえて確認したけど、やっぱりアニマさんとの戦いでは竜の騎士の力は封印するように改めて念を押されただけだった。

「負けても構わねェよ。確かに真の目的は達せられねーが、テメェが人としての力のみでどこまでできるのか見るのも目的の一つだったからな」

 ねずみ君と一緒に大量の料理をやっつけながらター姉はカラカラと笑うのだった。

『お待たせしました!! これより準決勝・第一試合が始まります!!』

 場内アナウンスによって我に返ったボクは腰に手を当てる。そこにあるのはカタナという種類の片刃の剣だ。
 今回は愛用のハルバードではなく、相棒とも云える愛刀ハガクレを腰に差している。
 魔力を込めて斬れば自動的にバイキルトが発動し、道具として使えばスカラの効果がある優れ物だ。
 アニマさんの秘剣を破るにはハルバードでは無理だと判断した僕はハガクレに賭けてみる事にした。
 勿論、ハガクレの攻撃力や能力に期待しての事じゃない。ター姉と一緒に修行した剣法を試してみたかったからだ。
 ボクの持てる限りの技を出し切る…それ以外にアニマさんには勝てそうになかった。
 ター姉をして、剣の腕だけなら俺より上だな、と云わしめたアニマさんには…

『まずは改めて選手の紹介を致します!! まずは巨大なハルバードを軽々と操りながら、実は格闘の心得もある天才児! ディーノ選手です!!』

「キャ―――――――――ッ!! ディーノ様!!」

 途端にあがる女性の声…やっぱり会った記憶がないなぁ…でも面識ない人にここまで応援されるとは思えないし…
 ボクは必死に記憶を辿るけど、どうしても彼女達の顔と一致する名前が思い浮かばなかった。

『続きまして…空を駆ける龍の如く変幻自在な秘剣を操る仮面の美女! 美しさと非情さを兼ね備えたアニマ選手です!!』

 仮面をつけてるのに美女も何もないような気がするんだけど、誰も気にしてないのが不思議でしょうがなかった。

『それでは準決勝・第一試合を始めます!!』

 ボクとアニマさんは同時に鯉口を切った。

『レディ…ファイト!!』

 ボク達は同時に抜刀して構える。
 間合いはおよそ七メートル強…アニマさんは腰を沈めて下段に構えていた。下から突いてくるような威圧感があった。
 下段から突くと見せかけて胴へと斬り込む技だけど、それだけの単純な剣とは思えなかった。
 ラーバさんとの戦いを思い出すに剣先がキラキラ光っていたようにも思えるし、切っ先が揺れているようにも見えた。

 ――雪の奥義を遣ってみる。

 ボクはアニマさんと同じように下段に構えた。
 大魔王バーンに天(攻撃)地(防御)魔の三奥義があるように、魔軍顧問エターナルにも雪月花の三奥義が存在する。
 今からボクが遣おうとしている雪の奥義は『雪像』の名を持つ。
 幾層にも降り積もり続けた根雪のようにどっしりと腰を据えて、相手の挑発に乗らず『待ち』に徹する技だ。
 勿論、これだけでは奥義たり得ない。そこで奥義の名の『像』に意味が出てくる。
 この奥義は相手の像、即ち構えをそっくりそのまま真似て構える事に極意がある。
 相手と同じ構えを取り、鏡像の如く同じ動きをする事で敵の心に焦りと苛立ちを生み、強引に斬り込んでくる出端や刀身を払いにきた瞬間を捉えるんだ。
 またこれはまだボクにはできない芸当だけど、相手と同じ構えを取り、気を同調させる事で敵が遣おうとしている未知の技が如何なるものか予測する事もできる。
 つまり、雪の奥義『雪像』とは『待ち』の奥義なんだ。

「どうやら付け焼き刃の剣術じゃないようね?」

 アニマさんは仮面の奧からボクを見つめたまま足裏を擦るようにして間合いを詰めてきた。
 ボクも下段の構えのまま同じように間合いを詰める。
 切っ先をピタリとボクの下腹部に向けたまま身を寄せてきたアニマさんは、低い下段から少しずつ切っ先を上げてくる。
 両肩を狭め、少し前屈みになると、アニマさんの体が切っ先の向こうに小さくなったように見えた。

「…こ、これは…!?」

 ボクは我が目を疑った。
 切っ先の向こうでアニマさんの体が異様に小さくなり、刀身だけが青白い光を放って接近してくるように感じた。
 思わず戦慄した。そのまま腹を突かれるような恐怖を感じたんだ。

「これがラーバさんが感じた恐怖なのか!?」

 刀身を左右に振っている?
 そうだ。小刻みに切っ先を左右に振るから刀身が光を反射しているんだ。
 ボクも同じように刀身を左右に振ってみたけど、ハガクレの切っ先からアニマさんのような光も放たなければ、威圧も生んでこなかった。
 更に接近してくるに従ってアニマさんの刀身が目前に迫ってくる大蛇か龍のように見えた。

「目眩ましか!?」

 ボクの刀身は止まっていた。アニマさんのように刀身を振る事ができなかった。

「未熟! 『雪像』、破れたり!!」

 自分を罵った瞬間、ボクは自分の胸に龍でも飛び込んでくるかのような異様な気配を感じた。
 突きが来る!!
 そう察知したボクは前に跳躍した!
 剣客としての本能と云っても良い。ボクは突きを弾いたりかわしたりすれば胴を払われると感知したんだ。
 一か八か! ボクは前に飛び込みながら青白い光芒の中に切っ先を突き入れた。
 右腕にかすかな疼痛が走り、ボクが突き出した切っ先にもかすかな肉を裂く感触があった。
 ボク達は一瞬の内に交差して、反転して向き合っていた。
 アニマさんの右肩口の服が裂け、血が滲んでいる。
 ボクも二の腕から血が流れていた。二人とも浅手だった。

「なかなかの腕ね…『飛龍』に襲われてその程度の傷で済んだのは貴方が初めてよ」

 アニマさんは笑いを含んだ声で呟いた。

「こちらは奥義の一つを破られましたよ…これで明日からの訓練は五割増しです」

「それは災難ね? でもこれで『飛龍』の剣を破ったとは思わない事ね? 私の龍は牙だけでなく爪も鋭くてよ?」

 アニマさんは再び下段に構え、ボクは納刀して腰を沈めた。
 これこそター姉が古文書を解き明かして甦らせた居合と呼ばれるカタナ専用の剣術の一つだった。
 ボクは居合を抜刀と斬撃に間髪入れずに行う技術と解釈してるけど、ター姉は如何なる状況でもカタナを抜き反撃、または奇襲する護身用の技術と思っている。
 ともあれボクは時間を見つけては、この居合を突き詰めてボクだけの必殺剣を編み出そうと躍起になっていた。
 居合は確かに早いしリーチもあるけど、片手斬りの為どうしても威力に乏しいという弱点があった。
 そこでボクは片手斬りでも一撃で敵を死に至らしめる方法を工夫し、ついに首筋の血管を斬るという結論に達した。
 首筋の血管を斬られた敵は人間はおろか魔族さえも大出血を起こして死に至る。
 その首筋から吹き出す恐ろしげな噴出音が、微かに残る幼い頃の記憶にある野分の日に怯えながら聞いた風の音に似ている事から秘剣『野分』と名付けた。
 ボクは『飛龍』に対抗する為にター姉すら知らない『野分』をぶつけてみようと思う。
 対峙した敵との間合いと太刀筋を読み、前に跳びながら抜きつけて切っ先で敵の首筋を斬る。
 片手斬りゆえに威力は弱いけど腕を伸ばす上に上体も伸ばすので通常よりも遠間から仕掛ける事ができる。
 しかも首筋の血管を捻るように斬る為、僅かな傷でも大出血を起こしてボクの勝利は確定する。
 間合いを制し、片手斬りの弱点をカバーしたこの秘剣はハドラーさんすら一撃で屠った必殺剣なんだ。

「…その顔…勝負に出るつもりね?」

 ボクの心情を読まれて背筋に冷水を流し込まれたかのように硬直した。
 のっぺりとした仮面のせいでアニマさんの表情は分からないけど、声の感じからして笑ってるようだった。

「…行きます」

 ボクは間合いに入らない内に『野分』を遣ってみるつもりだ。
 当然、こっちの切っ先は敵の首筋には届かないけど、もしかしたら『飛龍』の太刀筋を看破できるかも知れない。
 下段に構えたアニマさんが身を寄せてきた。
 少しずつ切っ先が浮き、刀身が水平になった。すると前屈みに両肩をつぼめたアニマさんの体が切っ先の向こうに小さくなる。
 それと同時に刀身が青白い光を放ち、龍のように見えてくるけど、二度目のせいかさっき程の恐怖は感じなかった。
 やっぱり青白い光は刀身が小刻みに揺れている為に発している事が見て取れた。
 アニマさんが抜刀の間に迫ってきた。全身に剣気が満ち、切っ先が鋭い殺気を放つ。
 またボクの胸元に龍が飛び込んでくるような気配を感じた。

「イヤァッ!!」

 龍が来ると察知したボクは裂帛の気合を発して跳躍した。
 跳びながら抜き付けて切っ先が鋭くアニマさんの首筋へと伸びる。
 ほぼ同時にアニマさんの切っ先がボクの手元に伸びてきた。
 交差する刹那、ボクの右手に激痛が走り、ハガクレを取り落としてしまった。
 予想以上に伸びたアニマさんの切っ先がボクの右手の甲を深く斬り裂いた。

「小手斬り…腕を破壊して確実に攻撃力を削ぐ…!」

 だけど漸くボクには『飛龍』の剣が見えた。
 青白い光を刀身から放って相手を威圧し、突きへくると見せかけて刀身を返し、胴や小手へと斬り込んでくる秘剣なんだ。

「参りました! ボクの負けです!」

 見えたところで右手の甲を骨まで截断され、武器を失ったボクには勝機はなかったんだ。
 おまけに今のボクはアニマさんの間合いの内にいる。回復呪文を唱えたり、間合いの外へ跳ぼうとする前にボクは斬られているだろう。

『準決勝・第一試合の勝者はアニマ選手!! 決勝戦へとコマを進めたのは仮面の女騎士・アニマ選手です!!』

 途端に観客席から歓声と悲鳴が上がった。
 ボクはすぐさま右手にベホイミを唱えると傷は瞬く間に塞がった。
 指を開いたり閉じたりしてみたけど、特に障害は残ってなさそうだった。

「ありがとうございました! 勉強になりました」

 ボクが右手を差し出すとアニマさんも握り返してくれた。

「こちらこそいい勉強になったわ。けど、私としてはもうちょっと本気を出して欲しかったわね? 竜の騎士様?」

「…え?」

 慌ててアニマさんを見返すけど、すでにアニマさんは舞台から降りて選手用の観戦席へと戻ろうとしていた。

「いつの間に握った手、解かれていたんだろう?」

 ボクはアニマさんの冷たい指の感触が残る掌をじっと見つめていた。








 あとがき

 残念ながらディーノくんはアニマに敗れてしまいました。
 敗北と引き替えに秘剣『飛龍』の正体を暴いたので、収穫の方も少なくはありませんでしたけどね。
 さて次はダイVSマァムのアバンの使徒対決。どちらが勝つのかは次回のお楽しみと云う事で。

 さて、今回は蛇足っぽい形でターさん対チウをやってみました(笑)
 いえね、原作のチウはあそこでザムザと戦って成長するんですけど、この作品ではザムザがいませんでしたからね(苦笑)

 それとターさんの心情も少し書いてみました。
 これによってターさんの行動の矛盾、違和感がちょっとでも拭えれば幸いです。

 それでは、また次回に。





[12274] 第壱拾漆話 姫騎士からの招待状 その伍
Name: 若年寄◆decbc20d ID:a621b7d9
Date: 2009/12/08 01:17
 ゴーストくんことブロキーナ視点

 それを見たのは偶然でしかなかった。
 ディーノ君の試合を熱心に見つめているマァムの背後の空間が渦を巻くように歪んでいた。
 何の魔力も気配も無かった。故に誰も気付かない。ワシとてマァムの様子を見ようと目を向けなければ分からなかっただろうね。

「…あっ!?」

 歪みから紅い手が現われてマァムの襟首を掴むと、あっという間に引きずり込んでしまった。
 すぐさま小さくなろうとする空間の渦にワシはほぼ無意識に飛び込んでいた。








「私が招待したのはそちらのお嬢さんだけよ? ご老体」

 気が付くと至る所に草花で飾られた白亜の城の中にいた。
 どうやらマァムは無事のようだね。状況が掴めずアチコチに視線を巡らせてはいるものの、怪我をしている様子はなかった。

「大事な愛弟子を拐かされて動かぬ師などおらぬよ」

 ワシは変装をやめて、玉座に座る紅い髪と目を持つ二十代半ばほどのご婦人を見返した。
 身に付けている袖無しの黒いワンピースは若い娘が着るように丈が短い。
 二の腕まで覆う長手袋は髪と同じく紅く、ブーツまでも紅い。

「老師!? いえ、あの動きを思えば納得です…」

 ワシはマァムに微笑み、すぐに目の前のご婦人へと目線を戻した。

「人聞きの悪い事を…ただ数時間、そのお嬢さんから時間を貰いたかっただけよ」

 ご婦人は脚を組み替えながらそう云った。
 しかし、そのような丈の短いワンピースでするものではないと思うのだがの?

「私に何の用なの!? 貴女、まさか魔王軍!?」

 するとご婦人は目を丸くした。そうした表情を見ると十代のような若々しい印象を受ける。

「私をあのような汚らわしくも醜く、そしておぞましいバーンと同列に扱わないで貰えるかしら? 不愉快極まりないわ」

「す…すみません」

 すぅっと勝ち気そうな眼を細めて睨んでくるご婦人に気圧されたのかマァムは素直に謝る。

「私の名はルビス…ルビス・アピスト・カリクティス。人は私を精霊ルビスと呼ぶわ」

 今度はこちらが目を丸くする番だった。

「ほ…本当にルビス様なのですか? 確かに邪悪な感じはしないし、むしろ神々しさを感じますが…」

「精霊ルビスの名を騙ってなんのメリットがあると云うの? 私は正真正銘、ルビス・アピスト・カリクティス当人よ」

 確かに人間相手に精霊ルビス様の名を騙っても得な事はないね。第一、突拍子もなさすぎて名乗る事によるデメリットが多そうだ。

「そ…それで私にどのような…」

 慌てて跪く我々に、精霊ルビス様は一変少女のようにコロコロと笑い出した。

「そうね、特に用は無いのだけれど…」

 それはないんじゃないかな?

「ただね、私の最愛の娘が本気で好きになったと云う相手を見てみたいと思ったのよ」

「む…娘?」

 それを聞いてワシの脳裏に銀髪のお姫様の顔が浮かんだ。

「エターナル様の事ですね?」

「ええっ!? エターナルが!?」

 驚くマァムにルビス様はさも可笑しそうに見つめる。

「ええ、ロモスで武術大会を主催しているエターナルは私の娘よ。だから賞品に精霊界や天界のアイテムを用意できたのだしね」

 天界て…

「そんな…私、エターナル様の事を呼び捨てに…」

 楽しそうなルビス様とは対照的に我々の顔は青くなっていく。

「エターナルがそう望んだのでしょう? それなら問題はないわ…ただ…」

「ただ?」

 急に厳しい表情になったルビス様にマァムも居住まいを正す。

「エターナルはやめておきなさい。あの子はまだしも貴女まであの子を好きになったら、この先に待つものは貴女にとって地獄の苦しみしかないわ」

「どういう事ですか?」

「もう察していると思うけどここは精霊の住まう世界、精霊界よ…エターナルはこの世界では私の娘として精霊達に愛されている…けど…」

 勿体付けるような云い方にマァムは少々じれったそうにしているように見える。

「エターナルは魔界の者としての顔もある…あの子のもう一つの顔は…魔王軍・近衛騎士団長にして魔軍顧問…つまり貴女の敵よ」

 ルビス様の言葉にマァムの顔色は血の気が引きすぎて最早白くなっている。

「エターナルが…敵?」

「そう、神への生け贄にされかけた所を気紛れを起こしたバーンによって救われ養女となった人間の少女。それがエターナルの正体よ。
 バーンは神が生み出した炎に焼かれながらも火傷一つ負っていなかったエターナルに興味を覚え、自らの居城へと連れ帰った…それが二人の出会いね」

「エターナルがバーンの娘…なら、そのエターナルがどうして貴女の娘に…?」

 縋るようなマァムの目にルビス様は慈愛の眼差しで返す。

「バーンの娘になったとはいえエターナルは人間…バーン配下の魔族に色々と苛められていたみたいでね、ついに限界を越えたのか家出しちゃったのよ。
 逃げた先で偶然、巨竜に襲われていた精霊の少女を見て、命懸けで逃がしてくれたのよ。いえ、むしろ進んで自らの命を投げ出すようにね…
 本人はヤケクソになっていたと後述したわ。確かに捨て鉢になっていたかも知れないけど、あの子に勇気と優しさがなかったら行動すら起こさなかったと思うわ」

「勇気と優しさ…」

 マァムは噛み締めるように呟く。

「エターナルに救われた精霊の少女は、気を失ったエターナルを精霊界に連れ帰ってきたわ。私は初めてエターナルを見た時の衝撃を忘れられない。
 ドラゴンの炎に服を焼かれたせいで裸だったんだけどね。それにしては火傷一つ負っていなかった。その代わり全身に刺青が施されていたのだけど」

「刺青…チウも云ってたけど私にはそれらしいのは見えなかったんです」

「アレはモシャスの応用で刺青を隠してるだけよ。本当は顔の右半分と右腕以外の全身に炎をモチーフにしたデザインの刺青があるわ。
 本人が云うには八歳の頃に無理矢理彫られたらしいけど、そのような幼い子に刺青を施す人間の感性を疑うわ。さぞ痛かったでしょうね」

 マァムは刺青を彫られ泣き叫ぶ幼いエターナル様を想像したのか、険しい顔で唇を噛んでいる。

「貴女は太陽神信仰を…知ってる訳ないわね。魔界発祥の宗教だから…」

「何が云いたいんです?」

「エターナルに刺青を彫り、神への生け贄に捧げようとした者達、それが太陽を神と崇める信者達よ。
 私はね、あの良い子がバーンの娘である事に我慢がならなかったって事もあるけど、太陽神信仰からあの子を守らなければと思ったのよ。
 だから私はエターナルを私の娘となるよう養子縁組をした。勿論、我らが仲間を命懸けで救ってくれた恩に報いる為でもあるけどね」

 ルビス様は真剣な眼差しでマァムを見据える。

「エターナルは太陽神に選ばれた巫女でもあるの…太陽神信仰の信者達はエターナルを手に入れようと様々な罠や刺客を用意しているはず…
 刺客の実力は少なく見積もっても魔王軍の軍団長を単独で倒せるだけの力量はあると予測している。何故なら彼らは魔王軍とも戦う姿勢を見せているのだから…
 この先、地獄の苦しみしかないと云ったのは、貴女とエターナルが敵味方だからというだけじゃない…魔王軍に匹敵する太陽神信仰の矛先が貴女にも向くからよ」

 しばらくマァムは俯いていたけど、不意に穏やかな顔をしてルビス様を見返した。

「それでも私はエターナルの友達をやめるつもりはありません。エターナルは云いました。魔族には魔族の正義や哀しみがあると。
 確かに魔王軍の攻撃は私達の生活を脅かしています。それには憤りを感じますし、卑劣な罠を使う遣り口は許せません。
 けど、今の私には一方的に魔族を悪と断じる事ができなくなってしまいました。太陽を渇望する魔族の哀しみに僅かでも触れてしまった今では…
 それに私はエターナルと約束しました。バーンを倒し、目の前の脅威を取り除いた後、真の平和の為に魔族との共存を考えられる子供達を育てると!!」

 いい顔をしているね、マァム…かのアバン殿を思い出すよ。

「もし、それがエターナルの策略だとしたら? 貴女に魔族の境遇を同情させ、エターナルの味方をさせる事でアバンの使徒の不協和音にしようとしていたら?」

「それでも私はエターナルとは友達です。それがエターナルの策だと云うのならそれでも構いません。身の安全の為に疑うくらいなら信じて裏切られた方が良い」

「何故、そこまでエターナルを信じるの? 私の娘だから? それなら尚のこと信じるのはやめなさい。私達精霊は決して人間だけの味方とは限らないのだから」

 確かに人間の放つ呪文も魔族の放つ呪文も大体が精霊の力を借りて発動させる。力を貸す精霊も契約に基づいているだけだし、そこに善悪の入り込む余地はない。
 もっと云えば悪人の唱えた呪文にだって精霊は力を貸すのだからね。人間の物差しじゃ精霊は測れないよ。

「何度も云いますが、エターナルが友達だからです。友達がたまたま魔王軍の一員だっただけ…いえ、そうじゃないですね。魔族の立場で考える事ができる人という事です」

「エターナルが魔王軍の重鎮と知って顔を青くした子の発言とは思えないわね」

「それを云われると耳が痛いですが…でも決めたんです。確かに立場上は敵味方ですけど、私はエターナルの友達をやめない、と…
 時にはエターナルと戦わなければいけない状況もあるだろうけど、きっとヒュンケルやクロコダインのようにいつかは本当に分かり合えるような気がするんです。
 いえ、友達だからこそ魔王軍の一員として活動しているエターナルを止めなくちゃ…これが今、出せる私の精一杯の答えです」

 清々しい顔で云い切ったマァムにルビス様は満足そうに微笑まれた。

「良い答えね。エターナルが気に入るはずだわ。でも気をつけなさい? そうなるとエターナルは貴女が死ぬまで付き纏うわよ」

「死ぬまで?」

「ええ、エターナルは今まで精霊、人間、魔族、混血児と問わず様々な女の子と関係を持っているわ。それこそ百や二百じゃ利かないくらいにね」

 百や二百――マァムは顔を真っ赤にさせて俯いてしまった。

「今なお囲ってる愛人は十人をくだらないけど、一人として不満を持たせるような付き合い方をしてないのは我が娘ながら流石よね…
 ああ、ちょっと脱線をしちゃったわね。そうそう、軌道修正する前に訊くけど、十人以上お妾さんを囲ってるエターナルでも良いの?」

「ば…バーンや貴女様の娘って事以上に驚きましたけど、それでもエターナルは友達です…妾になれと云われたら流石に考えますが…」

「大切にしたいって云ってた子にいきなり関係を迫ったら、私とてエターナルを折檻するわよ。まあ、大抵は相手の方からエターナルに純潔を捧げるんだけどね。
 そこは良いわ。それで、かつての愛妾の一人に人間の女の子がいてね。エターナルも随分と可愛がっていたわ。向上心も高かったから色々と教えてたみたいね。
 そんなある日ね、その子が恋をしたのよ。相手は人間の男で、しかも一国の王子様だった。泉で水浴びしている所を覗かれたというお約束のような出会いだったそうよ。
 自分の愛人が恋をしたなんて知れば普通は悋気を起こすところだけど、そこはエターナル。逆にその恋を応援してついに二人をゴールインさせたの」

 アバン殿の時といい、やはり相当面倒見が良いようだね、エターナル様は。

「そこからが大変でね? 二人の初夜の時は一晩中、人間の神に懐妊祈願をしたり、妊娠したと知れば城付きの医者を押しのけて甲斐甲斐しく世話をしたりしてね」

「懐妊祈願はともかくお医者様を押しのけてまで世話をするというのは想像できますね。今日初めて会ったばかりなのに可笑しいと思いますけど」

「別に可笑しくはないわよ? 兎に角、私の名前を出してまで世話をした甲斐もあって無事に男の子を取り上げる事ができた。
 その後もエターナルはその国、アルキードって云うのだけど、たびたび訪れては男の子に武術や勉強を教えてたようね。
 かつての愛人が中年、壮年、初老になってもエターナルは変わらず愛し続けた。その子の孫が産まれた時なんか自分の孫のようにはしゃいだものよ。
 しかも当代の国王の意見を押しやって、勝手にソアラと名付けた挙句、私を無理矢理地上に顕現させて祝福させたくらいだから相当ね」

 アルキード…確か十二、三年前に謎の大爆発で陸地ごと滅びた王国だったね。
 ルビス様の祝福を受けたお姫様がいてなおこのような大惨事に見舞われたアルキード…何か神の逆鱗に触れる事でもしでかしたのかと今でも思うよ。

「そして愛する少女が老衰で大往生を遂げると、墓地から見える海に軍艦を数隻並べて何発も、何十発も弔砲を撃った…
 分かる? エターナルに愛されるって事は死んだ後の葬儀まで勝手に仕切られるって事なのよ。流石に引いたでしょう?」

「いえ、そこまで愛されたアルキードのお后様が少し羨ましいです。しわくちゃのお婆ちゃんになっても愛して貰えるのですから…」

「そうね…その子が死の間際に末期のキスをせがんだ時、エターナルは泣き笑いになってキスしてあげたくらいだもの…微笑みながら死ねたあの子は幸せだわ」

「エターナルの愛情って大きいのですね」

「ふふ…あの子にとって腹が立つって思う者はいても嫌いと思う者はいないわ。それは敵に対しても同じ事…エターナルは倒した敵の名前を一人たりとも忘れてはいない…
 たまに、今日は誰々と誰々の命日だなってこのお城の一角に建立した無縁仏の供養塔にお酒をかけてる姿を見かけるしね。多分、名もない盗賊の名前も覚えているわね」

 話を聞く分にはエターナル様はお優しいからね。きっと無念の内に死んだ者達を慰めると同時に自己救済の為にされてるんだろうね。

「その通りよ、ご老体。エターナルは軍人じゃなかったらきっと虫さえも殺せない娘になっていたわ。あの子は戦闘力があるだけで決して強くはないのだから…」

「敵を倒すたびにエターナル自身も傷ついていたのですね…時折、白皙の美貌に憂いが浮かんでいたのはその為でしたか…」

 するとルビス様はまたも目を見開いたけど、今度は純粋な驚きのようだった。

「普段から努めて無表情になる事を心がけているエターナルの変化を、知り合った当日に気付いたのは貴女が初めてよ?
 なるほど、エターナルが気に入るはずね。貴女は口先で綺麗事を並べる下手な聖職者より余程僧侶向きよ」

「あはは…元・僧侶戦士です」

 マァムは恥ずかしそうに頬を掻いた。

「そうね…私も貴方の事が気に入ったわ」

 ルビス様は玉座から腰を上げると、ゆっくりとマァムに近づいて肩に手を乗せた。

「実はね…エターナルも三百年程前に勇者と共に大魔王と戦う冒険をしていた時期があったのよ。しかもルビス信仰の僧侶と称してね」

 聖書のページを切り取って洟をかむような子なんだけどね、と苦笑するルビス様にマァムは驚きを隠せないでいた。

「ええっ!? エターナルが…まさかその大魔王って…?」

「バーンじゃないわ。三百年前、勇者と死闘を繰り広げた大魔王の名はゾーマ! 滅びを喜びとし、絶望を喰らい、哀しみの涙で喉を潤すと云われる絶対悪の象徴!!
 この精霊界アレフガルドを永遠に続く夜の闇で覆い、この私さえも封印し幽閉する程の絶大なる魔力の持ち主! 邪悪なる者! 魔王の中の魔王!!
 あの魔界の双璧と謳われた大魔王バーンや冥竜王ヴェルザーですらゾーマの前では膝を折った…光を憎み、神をも超越した絶対なる闇の権化! 最強最悪の魔の王!!」

 今、我々人間を苦しめているバーンをも超越し、精霊界とルビス様を封じ込める程の存在を知らされてワシの総身に怖気が走った。
 いや、ゾーマという名を聞いただけで腰が抜けそうなくらい震えがくる。それほどまでの言霊が宿った名前だった。

「大魔王バーンをして戦いを避ける絶対悪に立ち向かった者達がいた。それこそがロトの称号を持つ勇者アレルと当代の竜(ドラゴン)の騎士、そしてエターナルだった」

「…ロト? 竜の騎士?」

 一瞬、ルビス様のお顔に哀しみが浮かんだが、すぐに無表情になってマァムの疑問に答えた。
 ロトとは大昔に活躍した勇者の名前であり、勇者アレル様がゾーマを倒した際にその功績を称えられて伝説の勇者ロトの名を贈られたんだそうだ。
 竜の騎士はこの世の秩序を乱す邪悪なる者を誅すべく神々が創造した究極の戦士の事で、竜族、魔族、人間の力を持つ絶対的な存在らしい。
 そしてエターナル様は石像に変えられたルビス様と闇に閉ざされた精霊界を救うために、止めるバーンを振り切って地上に赴いたんだって。

「地上で出会った三人は力を合わせ、時には喧嘩をしながらも地上に跋扈するゾーマの配下のモンスターを打ち破っていったわ。
 特に地上侵攻の指揮をとったいたゾーマ配下の魔王バラモスとの死闘は熾烈を極め、エターナルをして、二度と戦いたくないと零していたわ。
 地上征服を目前にしておきながら、たった三人の勇者によって地上のモンスターを一掃されたゾーマはついに自ら動き、アレフガルドへの入り口を開いた。
 自らが支配する闇の世界でエターナル達を完全に葬ろうと挑戦状を叩きつけてきたのよ! 三人は少しも躊躇う素振りも見せずに受けて立った」

 マァムはエターナル様の冒険譚に目を輝かせている。
 この後、更に詳細な話を聞かされたけど、アバン殿の冒険と負けず劣らずの大冒険で、ワシの老いたはず心が年甲斐もなく燃え上がったよ。

「一番聞かせたかったのはここでね? 私が幽閉されていた塔に辿り着いたエターナルはかつて誕生日にプレゼントしたフルートに魔力を込めて旋律を紡いだ。
 瞬く間に封印が解けた私にエターナルったら勇者を押しのけて、母様母様ってわんわん泣きながら抱きついたのよ? 普段はおっ母やんって呼んでるクセにね」

 頬を赤く染めてルビス様は、両の頬を両手で挟んでくねくねと嬉しそうに身を捩らせた。

「普段の飄々とした感じでも、戦闘時の凛々しくも怖い感じでもなく、ただ母様と連呼して泣きじゃくるエターナルは本当に可愛らしかったわぁ♪」

 虚空に光の輪が出現し、輪の中にルビス様の胸に顔を埋めて泣いている銀髪の少女と、それを優しい眼差しで見つめている黒髪の二人の青年が映し出された。

『ふえーん…母様母様…会いたかった…寂しかった…封印が解けなかったらどうしようって怖かった…母様ぁ…もうどこにも行かないで…』

「こ…これがエターナル…? あの男勝りでダイも一目置いているエターナルが…これは本当に可愛い…」

「でしょう? あの子、自立心が強すぎて滅多に甘えてくれないから思わずこうして記録しちゃったわよ」

 やがて青年達に見られている事に気付いたのか、ルビス様から脱兎の如く離れたエターナル様は耳まで顔を赤くし両腕をわたわた動かして弁解されていた。
 そんなエターナル様を二人の青年はからかうでもなく、お母さんを助けられて良かったなと、微笑むのだった。
 そしてエターナル様は少女のように花が咲いたような笑顔で頷いていた。三人の絆の深さが察せられた。

「救い出された私は、地上に戻り盟友である竜の女王に会うように助言した。天界の神の一人である彼女の力も借りなければゾーマに対抗できなかったでしょうしね。
 でも、アレフガルドを創造して理想の楽園を築こうとする私に代わって地上を見守ってくれていた竜の女王は病に冒され余命幾ばくもない状態だった。
 それでも彼女は勇者達に竜神の秘宝・光の玉を授けてくれて、その後、命と引き替えに卵を産み落として生涯に幕を閉じた」

 アレフガルドに戻ったエターナル様達はルビス様を始め様々な神懸かり的な助力を受け、大魔王ゾーマの居城へと乗り込んだ。
 欠片ほどの光すら存在を許されない闇の中から襲いかかってくるゾーマにアレル様が光の玉を翳すと、闇は払われ、ついにゾーマの本性が露わとなった。
 魔族ともモンスターともとれぬ醜悪な怪物は闇を失ってなお強大で三人を追い詰めていく。しかし彼らは励まし合いながら折れることなくゾーマに食らいつく。
 そしてエターナル様が特攻気味に囮となり、その隙にアレル様の剣がゾーマの額にある巨大な目を貫いた。苦しむゾーマを見て竜の騎士様とエターナル様も続く。
 力の源らしい第三の目に突き刺さった三本の剣に向かって三人は残る力を振り絞って同時にギガデインを放った。
 さしもの大魔王もこれには一溜まりもなく、ついに最強最悪の魔の王は黒コゲになって力尽きた。

「こうして大魔王ゾーマは倒され、アレフガルドは光を取り戻すことができました。めでたし、めでたし…ってなれば良かったんだけどね…」

「どうしたんですか?」

 マァムの問いにルビス様は苦しげな表情に無理矢理作った微笑みを重ねたような不自然な顔になられた。

「苦難の旅の中で三人の絆は強固な物となった…その絆が愛に変わるのは自然な事と云えるわね…でもエターナルには二人の想いに応える事ができなかった。
 実はエターナルには殿方と愛し合えない事情があるのよ。あの子が同性愛者だからって事じゃないわよ? 男性を愛せないからこそ同性愛に走ったの…逆なのよ。
 あの子の子宮には太陽神の力が宿っている。それは様々な厄災からあの子を護ってくれているけど、同時にそれは悲劇をもたらした…」

「何があったのですか?」

「エターナルの体に宿る力は、あの子の純潔も護る…つまりエターナルとセックスしようとする殿方は悉く神の炎によって焼き尽くされた…
 最初の犠牲者は近衛騎士団の先代団長…彼の元で騎士の仕事をしていたエターナルは、人間だろうと差別する事なく接してくれる彼に恋心を抱くようになっていた。
 彼の方も人間でありながら周囲の嘲りにも負けないでいるあの子に惹かれていった…両者に目をかけていたバーンはそれならばと二人の結婚を許したのよ。
 それは盛大な披露宴でね…私も魔界へ赴くのは嫌だったけど、エターナルの純白のウェディングドレス姿を見た瞬間、そんな事は忘れちゃったわ。
 なんだかよく解らないモノに誓いの言葉を述べ、誓いのキスをした時なんて私は人目も憚らず涙を零したものよ。けど…初夜に悲劇は訪れた…」

 突然あがったエターナル様の悲鳴を聞いて駆けつけた皆が見たものは、ベッドの上で呆然と涙を流しているエターナル様に覆い被さる人型の炭だった。
 エターナル様の子宮に封じ込められている太陽神とやらの力は…彼女が純潔を捧げようとしていた新郎をも敵と見なしたのだ。
 騒然とする魔族や精霊を威嚇するかのようにエターナル様の全身に彫られた刺青は光を放っていたという。

「新婚当日に未亡人となったエターナルは失意と絶望の毎日を過ごした…執務どころか生活すらもままならないほど気力を失ったあの子は見ていて辛かったわ…
 そしてバーンやヴェルザーを交えた協議の結果、戦いのない精霊界で様子を見る事になった…あの子を癒すのは言葉では無理、時間しかないという見解からだった」

「惨い過去です…愛し合った男性が目の前で焼け死ぬ光景…もし私だったら正気を保てたかどうか…しかも、それが自分の体に宿る力のせいだったとしたら…」

 マァムは怒りとも哀しみともつかない表情で目に涙を浮かべていた。

「だからなのですね…アルキードのお后様の恋を応援したり、ご懐妊を祈ったり、後々まで面倒を見ていたのは…」

「そうね。自分が決して得られない幸せ…エターナルは自分の分まで、ソレイユって云うのだけどね、ソレイユには幸せな結婚を望んでいたのよ。
 話を戻すけど、アレル達は何度もエターナルに求婚した、エターナルはその度に断るのだけど理由なんて云える訳もない…当然、アレルは納得できない。
 堂々巡りの中、ついにエターナルは最後の手段を取った。自分は大魔王バーンの娘でもあると…いずれバーンは地上を攻め、自分は敵になるだろうと…
 アレルの怒りは当然とも云えた。俺達を騙したのか、父親の敵を倒す為に俺達を利用したのかとエターナルを詰った。
 絆で繋がっていた仲間から罵声を受けてもエターナルには弁明する事も泣く事さえも許されなかった。ただ自分は本来は敵なのだと嗤うしかなかった」

 残酷な話だね。
 生死を共にした仲間から胸の内を抉られるような罵声を浴びながら、顔では嗤ってなければいけなかった。
 太陽神の力の事を告白するのは避けなければいけない。エターナル様としてはアレル様達を太陽神信仰との戦いに巻き込む訳にはいかなかったんだろうね。
 愛する最高の友達を自分のせいで危険に曝すくらいなら、最悪の敵となって罵られた方がずっと良い…馬鹿な御方だよ。
 なんだかワシは無性に哀しくなって…腹立たしくなった。

「馬鹿な子でしょ? 正直に告白するなら太陽神信仰の事にすれば良かったのに…そうすればアレル達だって喜んで太陽神信仰と戦ったでしょうね。
 それでもエターナルはゾーマという稀代の巨悪との戦いをやっと終える事ができた勇者を新たな戦いに…自分の事に巻き込みたくなかったのよ。憎まれてまでもね」

 その後、エターナル様が哄笑と共に魔界へと帰られると、アレル様はいずこともなく旅立たれ、竜の騎士様はアレフガルドで独身を貫いたまま生涯を終えた。

『我が愛した女性はただ一人。後世の竜の騎士よ。願わくば傷つきし永遠なる姫騎士の御心を救ってくれる事を願う』

 そう遺言を刻んだ石塔の下には彼の遺品が眠っているそうな。

「当代の竜の騎士ワイヴァーはどうやら詳細は分からないまでもエターナルが隠していた哀しみだけは見抜いていたようね。
 石塔の下に眠る遺品はエターナルからワイヴァーへと贈られたアイテムや彼なりに開発した竜の騎士の奥義を記した物らしいわ」

 きっと竜の騎士様は後世に現われるだろう同族にエターナル様の救済を望んでいたのだろうね。

「エターナルの複雑な立場が生んだ悲劇…けど、太陽神信仰がエターナルを生け贄にしなければバーンとは会えず、バーンがいなければルビス様の娘にはなれなかった。
 そして、その全てがあったからこそ私はエターナルと会えた…私の心も複雑ですよ。彼女に苛酷な運命を与え、私と引き合わせてくれた神に感謝すべきか憎むべきか」

「ありがとう。エターナルの為にそこまで思ってくれて…」

 ルビス様は片膝を床につけてマァムを抱きしめた。

「貴女をこの精霊界アレフガルドに召喚したのは、本当は真実を語って貴女にエターナルから離れて欲しかったという目論見があったの…
 でも、逆に貴女はエターナルの事を大切な友達だと深く認識してしまった…これは私の負けね。私はどこかで人間を信じきれてはいなかった…」

「ルビス様…」

「心優しいマァム…エターナルの良き友達になってくれる事を願っているわ」

 マァムの額にルビス様の唇が触れた。

「マァム…武闘家に転職した貴女は本来ならもう魔法力が増える事はない…けど、今、私の魔力を注いだ影響で熟練の魔法使い程度の魔法力を得たわ」

「そ…そう云われてみれば何か体の奧が仄かに温かくなったような…」

「それと同時に僧侶系呪文の契約もしておいたわ。ベホマラー、ベホマ、ニフラム、そしてエターナルが開発したマホヤル…」

 初めて耳にする呪文にワシらは首を傾げる。

「自分の残っている魔法力の半分を味方に与える事ができる呪文よ。使いようによっては戦局を大きく変える事ができるわ」

「凄い…戦闘中、魔法力が尽きたポップやダイに魔法力の即時回復ができますね!」

「そんなものかしらね? 武闘家の貴女には下手な攻撃呪文は不要と思って契約しなかったわよ。不満なら契約するけど?」

「ここまでして頂いて不満など云えるものですか! ありがとうございます! これで魔王軍との戦いも有利にできます!!」

 マァムは満面の笑みでルビス様にお礼を云っている。

「そう云って貰えると嬉しいわ…嬉しいついでに、これも持っていきなさい」

 ルビス様が右手の平を上に向けると、そこに光の円が現われて中から竜の意匠が施された白銀の籠手が一つ現われた。
 金属製の様だけどマァムが手にしている様子を見るとかなり軽そうだね。

「これは…?」

「まずは着けてみなさい」

 云われるままマァムは右腕に装着した。

「それは万能手甲…『爪よ』の言葉で鉤爪が飛び出し、『刃よ』で暗殺剣、『伸びよ』でフック付きワイヤー、『撃て』で針が撃ち出されるわ。
 更に『我が身よ。風となれ』と唱えれば素早さを上げるピオラの効果があるわよ。エターナルのお古で悪いけど、性能は保証するわ」

 マァム…エターナルが使っていたって聞いて目が輝いちゃってるよ。

「宜しいのですか? こんな凄い物まで頂いてしまっても?」

「構わないわ。最近のエターナルは格闘もするけど専ら剣術がメインになっているしね…ちなみに理力の杖の技術を使っていて、魔力を込めて殴れば威力があがるわ」

 マァムは云われた通りに鉤爪やワイヤーを出して性能を確かめている。
 ワイヤーの先のフックはなんとガラスのようなツルツルしたものにも引っかかるらしい。どうやら魔法で引っ付いているようだね。
 天井にフックが引っかかりワイヤーが巻き取られてマァムの体が上昇した。フックは使用者の任意で外れ、宙に投げ出されたマァムは猫のような身のこなしで着地した。
 ルビス様のお話ではエターナル様はこのワイヤーを上手く使って立体的な動きで敵を攪乱する戦法がお気に入りだったそうだ。

「女のロマンとか訳の分からない事を云って、それを使って露天風呂の女湯を覗いてたから罰として没収したという曰くのある物だけど有効に使ってくれると嬉しいわ」

「覗きって…エターナルは女ですよね?」

「堂々と女湯に入って見るのは邪道なんですって…温泉は覗いてナンボとか…あの子との親子関係は二千年じゃ利かないけど、どうしてもあの感性だけは理解できないわ」

 分かる気がする…いや、覗きの事じゃないからね!? マトリフ殿じゃあるまいし!
 恐らくエターナル様はそうやって道化を演じる事で傷ついた心を隠してるんじゃないかな?
 武術ができないフリをして自分の強大な力を有事まで隠しておくアバン殿と同じようにね。
 思えばエターナル様がアバン殿に力を貸してくれたのも、そういった似たような部分を感じたからかも知れない。

「あ…もうこんな時間なんだ。エターナルの冒険の話が楽しくてついつい時間を忘れてしまったわ」

 気が付けば窓から差し込む夕日でお城の中はオレンジ色に染まっていた。

「…って、夕方!? 武術大会が終わっちゃってる!?」

 慌てるマァムにルビス様はクスクスと可笑しそうに笑われた。

「大丈夫。心配いらないわ。精霊界と人間界は時間の流れが違うの。元の世界じゃ多分一分も経っていないわ」

「そうなんですか…? 良かったぁ…」

 マァムが安堵の溜息を吐くと、またもルビス様は笑った。

「気を揉ませたお詫びにこれをあげるわ。美味しいわよ?」

 ルビス様はマァムに飴玉を渡した。

「頂きます…飴って歳でもないんだけどね」

 マァムは苦笑して小さく呟くと飴を口に入れた。

「美味しい…甘くてクリーミーで…今までこんな飴を食べた事がありません」

「好評で何よりだわ。それはバターと生クリームを砂糖と水飴と一緒に煮詰めて冷やし固めたものよ。エターナルが魔界のお土産に持って帰ってくれたのよ」

「ま…魔界!?」

 頓狂な声をあげるマァムにルビス様は事も無げに答えた。

「魔界のヴェルザー領で作られたからヴェルザースオリジナルと名付けられたそれは今やアレフガルドでもブームになっているのよ。
 エターナルは冥竜王ヴェルザーの娘でもあってね、その飴を貰った時は四十歳で、こんな素晴らしいキャンディーを貰える自分は特別な存在なのだと思ったそうよ。
 そんなエターナルも今では冥竜王…あの子が弟子にあげるのも勿論ヴェルザースオリジナル。何故なら彼女にとって弟子達は特別な存在なのだから…」

「ちょ、ちょっと待って下さい!? 今では冥竜王って何ですか!?」

「ああ、冥竜王ヴェルザーは現代の竜の騎士に倒されて魔界の奧に封印されてしまっていて、嫌がるエターナルに無理矢理後を継がせたのよ。
 あの子、ヴェルザー配下のモンスターやドラゴンに人気があるし、指揮能力も高い上にヴェルザーの娘という事で満場一致で二代目冥竜王にされたの。
 凄いわよ? あの子が指揮棒を振るだけでドラゴンの編隊が一糸乱さず動くんですから。バーンの所の超竜軍団なんか目じゃないわよ」

 ちなみにエターナル様はヴェルザー軍の中で普通に二代目と呼ばれているらしい。

「ヴェルザーは最後の知恵あるドラゴン…その自分が倒された以上、冥竜軍を動かすだけの知恵とカリスマ性を持つのはエターナルしかいなかった。
 おまけにエターナルはヴェルザーのある戦いに巻き込まれて重傷を負ってね、それを助けるためにヴェルザーの血を飲まされた事があるの…
 竜の血を飲んだ者は不老不死を得るという伝説があるけど、それは間違いよ。竜族の繁殖方法の一つなのよ」

「繁殖方法…?」

「普通は番(つがい)の竜が交尾する方法なんだけど、長命ゆえに適齢期まで育つ竜自体が少ない上に出会いまで少ないから繁殖のチャンスは驚くほどないのよ…
 それを補うかのように竜の血には不思議な力があって、多種の生物を変える性質があるのよ…自分の仲間である竜にね」

「それってまさかエターナルは竜族という事に?」

 しかしルビス様は首を横に振った。

「エターナルの場合は少し違うわね。全身に走る太陽神の巫女の刺青、子宮に宿る太陽神の力…それらがドラゴンの血を追いやった。
 エターナルの傷だけを癒し、完全なる竜化だけは防がれた。あの子は色々体質は変わってしまっているけど本質的な部分は人間のままよ」

「完全なる竜化だけは…が気になるんですけど…?」

「ああ、気付いたのね。そう、竜化は防げたけど完全ではなかったとも云えるわね。実は刺青を施されていない顔の右半分と右腕だけはどうしてもね。
 普段は人間の姿のままでいられるのだけど、危機的状況になればヴェルザーの血があの子を変える。それこそバーンやヴェルザー以上の存在になるわ」

 つまりエターナル様は冥竜王ヴェルザーの血を受けた正に竜族の娘と呼んで差し支えない存在だと云う事か。

「だから、もしエターナルと戦うのなら人間でいるうちに倒しなさい。あの子が冥竜王モードになったらもう天界の神でも連れて来ないとほとんど勝ち目はないわよ」

 エターナル様曰く、変身する時、物凄く痛いらしくどのような状況であろうと精神力でヴェルザーの血を押さえ込んで変身を防いでるんだってさ。
 しかも元の人間に戻ってもしばらく竜族の力は残るそうで、それを持て余して…結果、本人とお妾さん達はエライ事になるんだとか…

「ちなみにあの状態のエターナルは理性が飛んでるように見えて、どさくさに紛れて参加しようとした私をちゃんと認識して部屋から追い出すのだからいけずよね?」

「参加て…」

 マァムも一応精霊ルビス信仰の信者なのでそういった生々しい話は控えて欲しいね。

「さて、そろそろエターナルにも怪しまれそうだし、闘技場に戻すわね」

「そうですね。お名残惜しいですけど、お願いします」

 さて、ワシも再びゴーストくんにならねばの。

「ふふ、今生の別れみたいに云うけど、私自身は貴女の事を気に入ったし、貴女が望めばいつでも召喚するわよ」

 するとマァムは嬉しそうに頷いた。

「今度会う時には美味しいお茶とお菓子を用意しておくわ…それでは武術大会、頑張ってね」

 ワシらの周囲の空間が歪み、徐々にお城の風景が霞んでくる。

「心優しいマァム…エターナルを宜しくね? 常に貴女の身に幸運があらん事を…」

 その言葉を最後に我々の意識が遠のいていった。








『それでは準決勝・第二試合を始めたいと思います!!』

 ルビス様のお言葉通り我らが消えてから一分と経ってはいなかった。
 その間に気付いた者は一人もいなかった。みんなディーノ君の試合に集中していてくれて助かったよ。
 ディーノ君は善戦していたけど、如何せん相手が悪すぎた。あのアニマって娘、どうやら人を斬る事に慣れているね。
 決勝でダイ君とマァム、どちらが当たるのかは分からないけど、血腥い結果にならなければ良いけど…

『準決勝・第二試合…レディ…ファイト!!』

 今、ダイ君とマァムが舞台の上で対峙している。
 ダイ君はナイフ、マァムはルビス様から頂いた万能手甲を装備して徐々に距離を詰めている。

「…『我が身よ。風となれ』!!」

 手甲の魔力で素早さが上がったマァムは一気に距離を詰めてパンチをクリーンヒットさせた。
 ダイ君はいきなり早くなったマァムに対応しきれずまともに喰らっている。
 負けじとナイフを振るうけど、誤ってマァムを斬ってしまう事を恐れてか命中の瞬間、多分無意識に勢いを殺している。
 そんな攻撃がマァムに当たる訳もなく、難なく腕を掴まれ小手を返されて投げられてしまう。

「ダイ…いくら仲間でも…いえ、仲間だからこそ失礼じゃない? そんな遠慮した剣では私には勝てないわよ!!」

 逆にマァムは勢いがある。
 素手と云う事もあって遠慮はないし、なによりルビス様との面談はマァムにとっては大収穫であり、お陰で拳に迷いはなかった。

「はぁ!!」

「あぐっ!!」

 ついにマァムの拳がダイ君の鳩尾の急所を捉えた!

「はああああああああああああああっ!!」

 この勝機を逃すマァムじゃない。連続パンチが気持ちいいくらいダイ君の体に吸い込まれていく。
 どうやらダイ君は仲間云々の前に女の子である事で全力を出せないようだ…これって格闘の世界が凄い侮辱なんだけどね…

「この程度なの、ダイ!?」

「こ…このままじゃ…うおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 追い詰められたダイ君の額に何か光ったようだけど、ダイ君がハッと冷静になった顔をした瞬間、消えてしまった。

「女の子相手だからって舐めすぎよ!!」

 マァムのアッパーがダイ君の顎に炸裂し、彼はそのまま場外に落ちて失格となった。
 ふぅむ…あの額が光った瞬間に感じたパワーを使っていればマァムには勝てただろうに…最後まで遠慮してたのが彼の敗因か…
 ん? ダイ君がこちらを…いや、ディーノ君を睨んでいる? もしや…

『決勝戦進出はマァム選手に決まりました!! これより三十分の休憩の後、三位決定戦を始めます!!』

 三位決定戦と聞いてダイ君の目が鋭く光った…やはりこの子はディーノ君との勝負を望んでいるようだね?
 二人で何かごそごそ話をしているのを見た事があるけど、どうやら少なからぬ因縁がありそうだ。
 だからといって、わざと負けるのは如何なものかとは思うけどね…

「ま、三位決定戦で名勝負が行われるのを期待しておこうかの」

 ワシは髭を撫でながら、マァムにジト目で睨まれこめかみを拳でグリグリの刑にされているダイ君を見つめるのであった。








 おまけ

「どうしても行くのか?」

「ああ…俺はエターナルを追う! あいつをこのままにはしておけない」

「お前、本気でエターナルが敵になったと思っているのか? 仲間だったろう!? いや、俺は今でもあいつは仲間だと思っている!!」

「それは俺も同じだよ! だが、それでもあいつが大魔王の娘である事には変わりない! 俺は勇者だ。エターナルは追わねばならないんだ!!」

「お前…あの冒険の中でお前はエターナルの何を見てきた!? 演技で命懸けの戦いをするか!? 慈愛の眼差しで子供達と遊ぶか!? 泣きそうな顔で怪我人の手当をするか!?」

「そうだ。あいつは演技をしていない…勇気を持って大魔王ゾーマに立ち向かい、必死に何人もの怪我人を救ってきた…だからこそなんだ!!」

「お前…」

「演技というならあの嗤いこそが演技だ! 俺もどちらかと云えば利口な方じゃないが、あいつが心の中で泣いてた事に気付かないほど馬鹿じゃない!!」

「そうか…お前はただ諦めてなかっただけなのか…」

「ああ、俺は本気であいつに惚れている…好きなんだ! だから魔界にいようが絶対に迎えに行ってやる!! 大魔王の娘だからなんだって云うんだ!!」

「分かった…なら、もう止めないよ…アレフガルドは俺に任せておけ。だが、追いかける以上は必ずエターナルを連れ戻してこいよ!?」

「ありがとう…必ず捕まえる! たとえ今生で会えずとも、この魂は何度でも転生して必ずエターナルまで辿り着く!!」

「これは大層な決意だ…行ってこいよ、親友。手土産はお前とエターナルの子供で良いさ」

「馬鹿な事を云うな! お前こそ行きたかっただろうに、すまないな、ワイヴァー」

「気にするな! その代わりお前達の子供の名付け親にさせろよ? アレルよ」

 二人は固い握手を交わした後、同時に後ろを振り返った。
 二人はやはり同時に歩き出し、決して振り返る事はなかった。
 二人はこれが今生の別れだと知らない。








 あとがき

 遅くなりました。難産であったのもそうですが、子供がインフルエンザになってしまって執筆どころじゃありませんでした。
 今は一応治ってはいるのですが、まだまだ洟をくずらせているので油断はできないです。

 さて、今回はマァム、ルビスに拉致られるの巻きです。
 本来、ざっと流すつもりでしたが、後から後からネタが湧いてきたのであのありさまに…
 ゾーマ様、とうとう出してしまいました。まあ、バーンより強いかどうかは知りませんが、この物語ではそういう設定になってます。
 ちなみに勇者アレルという名前は小説版ドラクエ3から拝借しています。
 前回に続いて今回もターさんの内面を書きましたが、如何だったでしょうか?
 軍人じゃなければ虫も殺せず、殺した相手をいちいち覚えて自己救済を兼ねた供養もしている繊細な人だったりします。
 そういった優しさや繊細さを埋めるだけの覚悟があるからこそターさんは戦えてる訳であって実は脆い人なんです。
 それとアレフガルドですが、精霊ルビスが創造した異世界である事は原作ドラクエと同じですが、この物語では精霊のみの世界となっております。捏造もいいところですが、ご容赦を(汗)

 そして、三位決定戦の為にあえてマァムに負けたダイ…
 いくらディーノと戦わせる為とはいえ、少々彼らしくない事をさせてしまったなぁと反省しています。
 でも、次回の三位決定戦ではターさんが張った結界の中で能力全開のバトルを書く予定ですのでご容赦を(汗)

 それでは、また次回に。

 



[12274] 第壱拾捌話 姫騎士からの招待状 その陸
Name: 若年寄◆decbc20d ID:a621b7d9
Date: 2009/12/15 01:59

 ダイ視点

 闘技場の舞台をすっぽりと包み込む結界に俺は圧倒されていた。
 この結界はエターナルの暗黒闘気によって作られたもので、本人が云うには中で竜(ドラゴン)の騎士が暴れたくらいでは壊れないんだそうだ。
 エターナルの言葉を信じるなら、竜闘気(ドラゴニックオーラ)を全開にした父さんとディーノが模擬戦をしてもビクともしなかったんだって…

「ご来場の皆様にお願い申し上げます!!」

 エターナルの良く通る声が会場に響き渡る。

「これから始まる戦いは決して恐ろしいものではありません!! 平和を乱す悪を誅する為に天が地上へと遣わした希望の力なのです!!
 この力を恐れるなというのは無理かも知れません!! しかし、いたずらに迫害する事は許しません!! それは天に対する冒涜となりましょう!!」

 会場が戸惑いと不安の声にざわめく。

「我が母、精霊ルビスの名において命じます!! 希望の勇者・竜の騎士を貶める事なかれ!!」

「その通りじゃ!! 勇者こそ魔王軍が席巻する地上に唯一残された希望!! その希望を我ら人間の手で摘み取ってはならぬ!!」

 エターナルに続いて王様まで声を張り上げる。

「それは神への冒涜、精霊ルビス様への侮辱、そして、ここにおわす精霊の姫・エターナル様の御心を裏切る事になろう!!」

 エターナルから神々しい光が放たれ、半信半疑だった観客達は一斉にエターナルと王様に平伏した。
 これって今から全力で戦う俺やディーノが人間に恐れられない為の処置であると同時に、俺に対する牽制でもあるんだろうなぁ…
 多分、エターナルは俺がロモスに仕掛けられた黒の結晶(コア)のオチを知った事を察している。だからこうして俺に釘を刺してきたんだ。
 もし、今のタイミングで俺がエターナルやディーノが魔王軍の手先だと公表すれば、きっと会場のみんなの批判は俺に向くだろう。
 精霊ルビス様のお姫様になんて事を云うんだと、この場の人間全てを敵に回し…下手をすれば攻撃される可能性もある。
 ここは乗るしかないんだろうなぁ…あ、エターナルのヤツ、こっち見てニヤッって笑った!

「ダイ…エターナルは確かに魔王軍の幹部として動いている。けど、きっと貴方がこの戦いの後、苦しまないように考慮してるだろう事も信じてあげて?」

 セコンドについてくれたマァムに俺は、エターナルが優しい心も持っている事を知ってる、と返した。

「…って云うか、マァムもエターナルが魔王軍だって知ってたんだ?」

「ちょっとね…少し為になる話を聞いちゃったから、今の私は少なくともエターナルの味方よ。勿論、寝返るって意味じゃないからね?」

 分かってる。きっとマァムはエターナルと敵対してはいても心では繋がっていると云いたいんだ。
 自分はあくまでもアバンの使徒としてエターナルとは戦うけど、決して憎いとか、やっつけてやるとか、そういう感情を持たずに純粋に接するつもりだと…

「でも…」

「でも?」

「こうして見ると、やっぱりエターナルが優しいというのがよく分かるわ…だって、魔王軍として動くならこうしたフォローは必要ないもの。
 いいえ、むしろ観客の感情を操って貴方を差別されるように仕向ける方が利口だもの…でもエターナルはそうしない」

 マァムとエターナルは目が合ったのか、ほぼ同時に微笑んだ。

「あれ? そう云えば、俺が竜の騎士だって云ったっけ?」

「結界を張る少し前にエターナルとお話しする時間があってね、貴方の事を聞かされたわ。あの子、貴方の支えになってくれって云っていたわよ?」

「俺の支えに? いくらあいつが優しいって云ったって、敵にそんな事云うかなぁ?」

 首を捻る俺にマァムは苦笑した。

「それはディーノにも突っ込まれていたわ。それに対してエターナルは、そう云っておけば奴(やっこ)さんも俺と戦いづらくなるだろう、ですって」

 素直じゃないわよねと、マァムは優しい眼差しでエターナルを見る。

「でも覚悟はした方が良いわね…いつかはエターナルと直接対決をする事になるだろうけど、そうなったら多分、いえ、必ず彼女は私達を殺しにかかるわよ。
 あの子は優しいけど軍人としての厳しさも併せ持っている。もし負けても情けをかけて貰えると思っていたら痛い目を見るわね…
 エターナルの優しさは決して甘さとはイコールじゃない。敵を殺してあの子の心が傷つくのは確か…でも、あの子は振り下ろした刃を絶対に止める事はしないわ」

 マァムはかなり深い所までエターナルを理解しているみたいだ。
 でも、俺はもっと気になる事があった。

「マァム? なんかエターナルの事、“あの子”って呼んでない?」

 するとマァムは驚いたように目を見開いて右手を口元に当てた。

「嫌だわ…私ったらルビス様の口調が移ったかしら?」

「ルビス様?」

「あ、何でもないわよ! きっとエターナルと友達になれたから親しみを感じたのかも知れないわね?」

 マァムの追求するなと云わんばかりに鋭くなった目に俺はこれ以上突っ込まなかった。
 誰? 突っ込めなかった、の間違いだろうって云ったのは?

「でも正直、エターナルと戦っても勝てる気がしないよ…あいつは精霊達から愛されてるお陰で魔法が通じないんだ。
 ヤツに向かって放つ魔法は全て無効化されて、逆にヤツの魔法は少ない魔法力消費で威力も精度も格段に上がるんだよ。
 おまけにバーンの持つ必殺技もいくつか使えるみたいだし、殆ど反則の塊だよ…せめて呪文が問題なく使えればなぁ…」

「それは無理よ。エターナルはただ精霊達に愛されてるだけじゃないわ。遙か昔に精霊界を危機から救った英雄だもの。精霊は絶対にあの子を裏切る事はないわ」

「英雄? 精霊界の危機って?」

 マァムはまたも失言したって顔をして、ポップ達と合流してから話すわと、言葉を濁した。

「そう云えばポップやヒュンケルはどうしたの? 薄情な話、大会で頭がいっぱいだったから今まで気に置いてなかったけど、一緒じゃないのね?」

 俺の心臓が痛いくらいに跳ね上がった。
 どうしよう…ヒュンケルは治療と修行で云い訳は成り立つけど、とてもじゃないけどポップは女の子に、それも天使になりました、なんて云えないよ…

「えーっと…ヒュンケルは武器が新しくなったんで、それを使いこなす為に修行に専念してるよ…ポップは…」

『ご来場の皆様! 結界の安全確認が完了しました! これより三位決定戦を行います!!』

 タイミング良くエターナルのアナウンスが入り、お陰で俺はなんとか誤魔化す事ができた。

「じゃあ、行ってくるね!」

「ええ、頑張ってね! 相手はかなりの技巧派よ。それに加えて今まで秘めていた大きな力を開放するみたいだし、油断は禁物よ」

「分かってる! あいつは強い! 気を引き締めないと確実に負けるって分かるんだ!!」

 その証拠に舞台上で俺を見下ろしているディーノは薄く笑みを浮かべている。
 俺がバーンを倒した事を知ってても笑えるんだから、あいつも相応の力を持っていると見るべきだ。
 しかも俺の背中の剣は既に戒めを解いている…相棒(こいつ)も分かってるんだ。ディーノが強いって事を…

「行くぞ! ディーノ!!」

 俺は結界を擦り抜けて舞台に上がる。
 結界を通る瞬間、なんか暖かいものに包まれたような感覚を覚えた。
 そう、喩えるなら母さんの腕の中に抱かれたかのような安心感と云えばいいのか…

「ター姉の暗黒闘気の源は全てを優しく包み込む慈愛の心…ター姉は全てを愛する。それは闇とて例外じゃない。
 夜の闇が眠りに就く人々に安息を与えるように、ター姉の“闇”は優しいんだ…それが怖い」

 確かにこの結界の中は酷く安心する…

「きっとお母さんのお腹の中にいる赤ちゃんはこんな心持ちなのかも知れないね…下手するとここから出たくなくなるくらいにね。
 知ってる? この結界は組み立て方を変えると内部の生命体の命を吸い取る恐怖の力場に変わるんだ…
 結界に捕らわれた者は次第に自分の生命力を奪われていく事に気付いていながら、この安心感のせいで結界から抜け出せなくなる。
 凄かったよ…いや、怖かったよ…結界内のハドラーさんが子供のように安らいだ表情を浮かべながら干涸らびていく光景はね…」

 ディーノの話を聞いてなお俺の心の中に恐怖は生まれず、それも良いかな、と思った瞬間に漸く背筋に冷たいものが走った。
 見れば、ディーノの顔は、しっかりしろと云わんばかりに厳しいものになっていた。

「これは本気で気を引き締めないとね…油断すれば二重の意味で危険に曝されるよ…」

「当然だよ。なんと云っても暗黒闘気遣いの本家・ミストさんの闘魔滅砕陣を発展させたこの闘魔滅魂陣は、ミストさんをして恐ろしいと口にしたんだからね。
 敵に苦痛どころか恐怖すら与えずにじわじわと命を吸い取り…しかも敵の中には母親を思い出して感動の涙を流しながら死んでいく…慈悲深くも残酷な蜘蛛の巣なのさ」

 そんな結界の中に俺達はいるのか…

「しかもこの結界は内側からじゃ竜の騎士が二人がかりで攻撃しても壊れないんだ…入る事はできても決して抜け出せない…蜘蛛の巣と云うのは我ながら良い喩えだね」

 なんだか怖くなって目を瞑った瞬間、何十人ものエターナルに囲まれてるイメージが浮かんで思わず目を見開いた。

「優しい顔をした無数のター姉に囲まれたって顔だね? この結界はター姉そのもの、うかつに五感を閉じればター姉の“闇”に襲われる事になるからね」

 目を瞑れば沢山のエターナルに囲まれ、耳を塞げばエターナルの甘い囁きが耳をくすぐり、鼻を抓めばエターナルの匂いに包まれる…
 試しに鼻を抓むと、日向の花畑の真ん中に立っているかのような優しい香りがした。柔らかな日差しの春の匂いだ。

「これはデスマッチだ…ター姉はボクと君、どちらかが完膚無く叩きのめされるまで結界は解かないと云っていたよ。この試合に限っては降参も場外負けもない」

 ディーノはハルバードを頭上で勢いよく振り回す。風を切る音が会場内を不気味に木霊する。
 俺も背中の剣を抜いて構える。逆手にだ。

「いきなりアバンストラッシュか…面白い…ター姉!! 試合、いや、死合いを始めるよ!!」

『これより三位決定戦を始めます!! レディ…ファイト!!』

 俺は右手に竜の紋章を発動させるとアバンストラッシュA(アロー)を放った。

「今更、そんな温い技がボクに通用すると思ったのか!? 竜闘気(ドラゴニックオーラ)を使うまでもない!!」

 ディーノはアローを掻き消そうとただの闘気を込めたハルバードで迎撃しようとするけど、それこそ俺の狙いだ!!
 俺は予想されるアローとハルバードの衝突点目がけて飛び出し、上から叩きつけるようにアバンストラッシュB(ブレイク)を繰り出した。

「何ッ!?」

「アバンストラッシュX(クロス)!!」

 二つのストラッシュが交差してハルバードを斬り飛ばした。
 これで武器を封じたと思った瞬間、右手首を掴まれ捻りを加えて投げられた。
 妙に手応えが軽いと思ったけど命中の瞬間、ハルバードを手放していたのか!?

「牙狼月光剣『無刀取り』!! これもター姉が古文書から甦らせた技の一つさ」

 ディーノの手には俺の剣が握られている。手首を捻られた瞬間に取られたのか!?

「この輝き…オリハルコン製か? それにこの重さ…全く手に馴染まない違和感…生意気にも遣い手を選ぶ剣と来たか…」

 ディーノは俺の剣を弄ぶように、上に放ってはクルクルと回転しながら落ちてきた剣の柄を見事に掴む事を繰り返している。

「だが!」

 ディーノは俺の剣を持ったまま餓えた狼のような速い寄り身で俺に迫る。

「牙狼月光剣は武器を選ばない!! 仮令(たとえ)自分に使われまいとする武器であろうと支配する!!」

 ディーノの額に竜の紋章が輝き、剣を逆手に持ち替える。

「そら! 君の武器! 君の技だ!! アバンストラッシュ!!」

 ディーノのアバンストラッシュもまた大地を斬り、海を斬り、空を斬る完全版アバンストラッシュだった。
 当たり前か! ディーノはテランで記憶を失うまで殆ど俺と同じ歴史を歩んだ勇者ダイなのだから!!

「全開!! 竜闘気!!」

 俺は両手の竜の紋章のパワーをフルに使ってディーノのアバンストラッシュを受け止める。

「何ッ!? 竜の紋章が二つ!? これがらりるれろを倒した力か!?」

 らりるれろ? 何を云ってるんだ?

「おっと危ない…実はボクにはポカをして正体を知られないように暗示がかけられていてね。らりるれろの名前を出そうとすると別の言葉が出るんだ」

 なるほど…さっきディーノはきっとバーンの名前を出そうとしたせいで、今のように意味不明な言葉が出たんだ。

「君の強さの秘密を知ったからにはボクもそれ相応の礼を尽くさないとね…牙狼月光剣の神髄を見せてあげるよ!!」

 ディーノは俺の剣をこちらに放ると、背中に手を回し腰に差していた二本の剣を取り出したって…いや、あれって檜の棒!?

「相応の礼と云っておきながらそれか!? 檜の棒で俺と俺の剣と戦おうって云うのか!?」

 激昂する俺に対してディーノは涼しげに見つめ返すだけだった。

「これも云ったはずだ。牙狼月光剣は武器を選ばない…つまり檜の棒で君に勝つと云ってるんだ」

 ディーノの竜の紋章が光を増し、竜闘気が檜の棒に伝わっていく。
 そんな事をすれば一瞬にして燃え尽きてしまうだろうに…

「…えっ!? そんな…馬鹿な…」

 なんと竜闘気によって光り輝く檜の棒は燃え尽きる事はなかった。

「君や父さんを含めて歴代の竜の騎士が永遠不滅の金属・オリハルコン製の武器を必要としていたのは偏に竜闘気に武器が耐えられないせいだ。
 けどボクはその弱点を克服すべく画期的な技法を編み出した。それは武器に竜闘気を伝えるのではなく、竜闘気でコーティングする技法さ…」

 ディーノが檜の棒を振る度に恐ろしいまでの威力が風となってこちらまで届く。

「云ってみれば竜闘気で武器を護る訳さ。そうする事でこんな最弱の武器でも伝説の剣に勝るとも劣らない威力と強度を得る事ができるって寸法さ。
 勿論、この技法は平時でも相当な難易度だし、普通に伝えるよりもエネルギー効率は遙かに悪い…でも武器を選ばないという意味では有効だよ」

 その時、汗が目に入り瞬きしたのがいけなかった。
 その一瞬の隙にディーノは俺の懐に入っていた。

「せいっ!!」

 左手の棒が俺の右小手を打つ!
 右手が痺れるけど、なんとか堪えて武器を手放す事だけは避けられた。

「あぐっ!?」

 体勢を立て直す間も与えられず、右手の棒がコメカミを襲う! 左手が脇腹、また右手が太腿、更に左手が再び右小手を打つ!!
 流水のような動きで俺の防御を潜り抜けて檜の棒が容赦なく俺の体を打ちのめす!!

「そぅら、どうした!!」

 上段から左右同時の振り下ろしをかろうじて剣で受け止める。

「お…重い…それに斬れない…」

 俺は双竜紋を全開にしているのに対し、ディーノは額に紋章が一つあるだけなのに威力もスピードも俺と遜色がない?
 いや、確実に俺の方がスピードもあるし、威力も強いはずだ…なのに何故?

「さぁて、何故だろうね!!」

 迷いが隙となって俺はディーノの蹴りを股間で受けてしまう。
 よ…容赦なさ過ぎ…俺が竜の騎士じゃなかったら潰れてたよ?

「勝機ッ!!」

 潰れなくても痛いものは痛く、つい息を詰まらせてしまった隙に再び連続攻撃が始まる。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 俺は竜闘気を全開させ強引に後ろへ跳んで連続攻撃から抜け出すと、すぐさま剣を逆手に持ち替えてアバンストラッシュAを放った。

「ボクに同じ技を二度も遣うなんて馬鹿にしてるの!?」

 なんとディーノは竜闘気を込めた檜の棒をアローに向かって投げつけ相殺してしまう。
 アバンストラッシュBを放つタイミングを逸した俺だけど構わずディーノに突撃する。
 狙いはアローを打ち消す際にできる隙だったのだから!!

「喰らえ!! アバンストラッシュ!!」

「秘剣『昇竜』!!」

 ディーノはアバンストラッシュをかわすでも防ぐでもなく、跳び込み様前転して懐に入り、起き上がると云うより跳び上がりながら俺の顎を打ち据えた。
 下からの打撃に俺の頭は大きく揺さぶられ痛いと思う前に意識が朦朧とした。

「君はらりるれろを倒した事により、決して小さくない驕りができてたんだよ。もう自分より強い者はいないと心のどこかで思ってたんだ…」

「…そ…そんな事…だって…俺はエターナルに…」

「いや、負けてはいない。カラミティウォールで必殺技ごと吹き飛ばされただけだ。そこを精神的なショックを受けて勝負は終わった…
 君は自分で気付いてないだけさ…君はこう思ってるはずだよ? あのまま戦っていれば俺は負けなかったってね?」

 俺はディーノの言葉を何故か否定できなかった。
 なんで? やっぱりディーノの云うように心の奥で自分が最強だと傲ってたのか?

「あのハドラーさんだって決して弱くはなかった…けど、慢心と動揺の繰り返して敗北を重ねてきたんだ…そして今、君がその二の轍を踏んでいるんだよ」

「そ…そんな…」

 朦朧とする意識の中、脚にもきたのか立つ事さえ困難になっていた。

「ダイ! しっかりしなさい!! ディーノの言葉に惑わされては駄目よ!! 彼は自分より格上の敵と戦う為の策として言葉で攻めてるだけよ!!」

「…マァム?」

 マァムは厳しい目で俺を見据えている。

「貴方は脳を揺さぶられて意識が混濁してるせいで判断力が低下してるの!! 普段の貴方ならこんな言葉に惑わされる事はないはずよ!!」

 マァムの言葉が少しずつ俺の意識をはっきりとさせてくれる。

「それに貴方は人間なのよ!! 多少、心に驕りがあると気付いただけで動揺する方が可笑しいのよ!! 貴方に真の勇気があるのなら自分の心の闇とちゃんと向き合いなさい!!」

 不思議だ…マァムの言葉を受けただけで、俺の意識は覚醒し、動揺も迷いも消えていた。
 いや、自分の驕りを見据えて反省をしたというべきか、今の俺の心は妙に清々しかった。

「真の勇気があるのなら自分の心の闇と向かい合え、か…ありがとう! 俺はもう自分の心の醜さに怯えないよ!!」

「どう致しまして。お説教は元・僧侶戦士の本分ですからね」

 マァムの微笑みは本当に綺麗で、ヒュンケルが聖母と喩えたり、ポップやエターナルが好きになるのが良く分かるよ。
 と云うか、俺の知ってるマァムよりも綺麗に見えるのは気のせいかな?

「余計な事を…否、アバンの使徒の絆の深さを甘く見ていたボクが浅はかだっただけか…」

 ディーノはハルバードを拾い上げ竜闘気を開放していく。
 同時に何故か目の下にラーハルトのような模様が浮かび上がる。

「ならば本来ボクより強いはずの君が圧倒された本当の理由を教えてあげるよ!!」

 ハルバードを勢いよく振り回しながら突進してくるディーノを俺は真正面から迎え撃つ!!

「俺の中に眠る竜の力よ!! 再び一つとなれ!!」

 両手の紋章が消え、額に強大な力が収束していくのを感じる。
 同時に心の内に全てを破壊したいという衝動が湧き起こるけど、何故かそれはすぐに引っ込んだ。

「ウオオオオオォォン!!」

 俺は雄叫びを上げて竜闘気を全開にする。

「ハーケンディストール!!」

 ディーノが何故かラーハルト最強の必殺技を繰り出してくるけど、俺は竜闘気を纏わせた両手で受け止める。
 ハルバードの一撃の余波が俺の体に襲いかかるけど、服を少し破くだけで終わった。

「ぐ…両手の竜の紋章を一つにするだって…? これが父さんを、いや、らりるれろを圧倒したという力か!?」

 ディーノは一瞬、表情に焦りを見せたけど、すぐに持ち直して大きく息を吸った。

「カアアアアアアアアアアアッ!!」

 なんとディーノの口から輝いて見える極寒の息が吐き出された。
 竜闘気を纏った体が凍り付くのを見て、危険と判断してハルバードから手を離して距離を置く。

「なんで吹雪を吐けるんだ!? そんなの俺にもできないぞ!?」

「そう、これこそボクの強さの秘密…テランでボクを奪還する際に犠牲になった竜騎衆の魂と融合して新たな力を得た…」

「魂と融合!?」

 驚く俺にディーノは薄い唇の端を吊り上げた。

「正確には竜騎衆の魂を精霊と化し、ボクと契約させたんだけどね? ガルダンディーは風の精霊、ボラホーンは氷の精霊、ラーハルトは守護精霊って具合さ。
 ボクは戦闘時に彼らと一時的に融合してパワーを増幅する事ができるんだ。卑怯とは云わないよね? それを云ったら魔法は精霊の力を借りるんだしね?」

 つまりディーノは精霊と合体する事で竜魔人に匹敵する強大なパワーを得られるという事か!!
 これは油断はできない…今のディーノから感じる魔力や闘気はバーンにも迫る勢いだ!!

「お互いが手の内を見せた以上、お遊びは終わりだ!! 次で決着をつけよう!!」

 ディーノがハルバードを頭上に掲げて叫ぶ。

「望む所だ!! ライデイン!!」

 俺の剣に稲妻が落ち、刀身に火花が散る。
 俺はそれを素早く背中の鞘に納める。

「それがター姉から聞いたライデインをギガデインに変えるという鞘か…ならば遠慮はいらないな…」

 ディーノは聞き取りにくい言葉を唱えた瞬間、ギガデイン以上のエネルギーを持つ稲妻がハルバードに落ちた。

「これぞター姉と雷の精霊、そして近衛騎士団・魔法開発課が編んだギガデインを超えるデイン系最強の新呪文! ジゴデインだ!!」

 ジゴデイン…俺ですらギガデインを使えないのに、それを上回る呪文を使えるなんて…
 ディーノは青白く発光するハルバードを頭上で回転させて勢いをつける。

「ジゴデインはター姉と精霊融合(スピリットフュージョン)をした状態のボクにしか使えず、竜魔人と化した父さんの竜闘気をも貫く究極の呪文!!
 それと極限までのスピードと截断力を持つハーケンディストールとの合わせ技…そちらはギガデイン相当の呪文と全てを斬るアバンストラッシュの合わせ技…」

 ディーノは愉しそうに笑う。
 呪文は自分が上、技は俺が上、片や竜魔人、片や精霊と融合した竜の騎士、どちらに分があるか読めないからこそ面白いと云わんばかりの顔だ。

「征くぞ!! いざ!!」

「尋常に!!」

「「勝負!!」」

 俺とディーノは同時に駆け出す!!

「ギガ…」

「ジゴ…」

 そして同時に互いの必殺奥義を繰り出した!!

「「ストラッシュ(ディストール)!!」」

 結界の中、いや、会場全体が凄まじい閃光に包まれた。

「「手応えあり!!」」

 右腕に伝わる何かを斬った感触と胸に走る鋭い衝撃。
 俺と同時に叫ぶ俺よりやや低い声。

「ああ…!!」

 後方へと吹っ飛びながら、ああ、マァムの声だと、暢気に思った自分がなんだか可笑しかった。








 気が付くと俺の顔を覗くように見つめているマァムの顔が見えた。

「あっ! 気が付いたのね、ダイ!!」

 周りを見渡すと俺は舞台の脇にいた。

「どこか痛いところはない?」

 声のする方へ向くと青い布が見えた。
 目線を上げると大きな何かが影になってマァムの顔を半分隠していた。
 何だろう? 邪魔だなぁ…と、それをどかそうと手を伸ばしてみると凄く柔らかかった。

「ちょ、ちょっとダイ!? ポップじゃあるまいし、何すんのよ!?」

 マァムに拳骨されて俺の意識は一気に覚醒した。
 俺はマァムに膝枕をされて寝ていた。するとさっきの青いのはマァムの武闘着の帯で、さっき俺が触ってたのは…

「ご…ごごごごごごご、ごめん! マァム!!」

 慌てて起き上がって謝る俺にマァムはクスリと笑って許してくれた。

「ま、意識が朦朧としてたって事で許してあげるわ。それより勝負の結果は気にならないの?」

「あ…そうだった!!」

 寝惚けてたとはいえマァムの胸に触っちゃった事にうろたえて肝心な事を忘れてた。

「そ…それで結果はどうなったの!? どっちが勝ったの!?」

 するとマァムは苦笑しながら教えてくれた。

「引き分けよ。両者ノックアウトって事で決着がついたわ」

「そうなんだ…今日は痛み分けか…なんか悔しいな…」

「そうは云うけど、二人とも酷い怪我だったのよ? エターナルなんて半狂乱になってベホマズンを何回も唱えて大変だったんだから」

 マァムの目線を辿ると、俺と同じようにエターナルに膝枕をされているディーノが見えた。
 あ…エターナルの胸に手を伸ばして殴られてら…ここまで行動が似るとなんだか憎めないな…

「それにしても、やっぱりエターナルは凄いわよね…伝説の中でしか伝わってない究極の回復呪文ベホマズンまで使えるんだから…」

 マァムは頬に手を当てて、ほぅと溜息を吐いた。
 なんかエターナルを見る目がどこかとろーんとしてるように見えるのは気のせいかな?

「いよいよ決勝戦ね。貴方との勝負が楽しみだわ」

 背後からの声に俺達は勢いよく振り返る。

「アニマさん…」

 全然気付かなかった…気配がないと云うよりも周囲の土や草に溶け込んでるような感じがした。

「二人の竜の騎士同様、私も決勝戦では真の実力をお見せするわ。貴女も私を殺す気でこないと死ぬ事になるわよ?」

 そう云い残してアニマさんは俺達から離れていった。
 少し心配になってマァムを見ると、マァムは全然気負った感じが見えなかった。

「マァム、大丈夫?」

「平気よ。あんなの脅し文句にもならないわよ」

 マァムは俺を安心させるように微笑んでウインクをした。

「うん、頑張ってね! 俺もここで応援してるから!」

「ありがとう!」

『どうやら両者とも目が醒めたようです!! 会場の皆様、二人の健闘を称えて大きな拍手をお願いします!!』

 場内アナウンサーに再び舞台に乗せられた俺とディーノは湧き起こる拍手と歓声に手を振って応えた。
 ちょっと恥ずかしかったけど、みんな俺達を恐れている感じはなくてホッとした。

「試合直後で興奮してるせいもあるだろうけどね? それでも罵声が一つも無いのは本当に奇跡だよ。ボク、結構えげつない技を遣ってたしね」

 やっぱり試合前にエターナルと王様が精霊ルビス様の名前を出して観客達を牽制してくれてたのが大きいんだろうな。
 なんか俺ってエターナルに助けられてばかりのような気がする…こんな事じゃエターナルには勝てないよ…
 やっぱりどうにかしてパワーアップをしないといけないなぁ…本当、強さって虚しいよ。どこまでいっても上には上がいるんだから…

『さあ、いよいよ残すところは決勝戦であります!! 決勝は美女同士の対決です!! アニマ選手、マァム選手は舞台へ!!』

 俺達は慌てて舞台から降りた。
 そしてマァムと擦れ違う瞬間、ハイタッチを交わして微笑み合った。

『お二人とも準備は宜しいですか!? それではロモス武術大会・決勝戦を始めます!! レディ…ファイト!!』

 桜色の髪を持つ両者は睨み合ったまま動こうとはしなかった。








 あとがき

 三位決定戦が終了しました。結果は両者ノックアウト、痛み分けに終わりました。
 今後、二人はライバルとして切磋琢磨していって欲しいので、ここはあえて引き分けにしました。
 ただ戦いの最中、迷いが生じたダイに発破をかけたマァム、これも説教になるのでしょうかね? いまいち定義が分かりませんが…

 ターサンもそうですが、ディーノも精霊界で修行した為か色々とチート能力を持ってます。
 竜騎衆の精霊化は驚かれた方もいらっしゃったかと思いますが、三者ともあまり見せ場が無かったのでこうして復活させました。
 ラーハルトも精霊化したらアバンの使徒サイドの戦力が消えるとお思いかも知れませんが、その辺りのフォローは考えてあります。
 決まってないのは実は三人の容姿でして、お約束で美少女化するか、可愛いSDキャラにするか、それともあえて姿を変えないか考え中です(汗)

 さて、次回はついにマァム対アニマの決勝戦です。
 どちらが勝つか、どのような展開になるかは次回のお楽しみに。

 それでは、また次回に。





[12274] 第壱拾玖話 姫騎士からの招待状 その漆
Name: 若年寄◆decbc20d ID:a621b7d9
Date: 2009/12/23 00:55

 マァム視点

 試合が始まっても私とアニマさんはまったく動く気配はない…きっと見ている人達はそう思っているのでしょうね。
 でも、それは大きな間違いで、私達はほんのミリ単位で動いている。相手に悟られぬよう自分に有利な体勢に持ち込もうとして…
 試合開始時点と数分経った今の私達を見比べる事が可能なら、きっと観客達はこの変化に驚くだろうってくらい私達は動いていた。
 初めは五間(約九メートル)あった間合いは、今では四間(約七・二メートル)まで縮まっている。
 そしてアニマさんは初め正眼に構えていたはずだけど、いつの間にか八相の構えへと移行しており、少し前屈みになっている。
 しかも刀身を後ろに引いて水平に寝かせていた。
 この構えだと脇構えのように私から刀身は見えなくなる。見えなくはなるけどやはり短所もあるのよ。
 刀身を敵から隠す事で、間合いや斬撃の気配を読ませない利点もあるけど、斬り込む際に刀身を回さないといけないから、どうしても斬撃が遅くなるという欠点もある。

「…秘剣『鬼疾風(おにはやて)』」

 構えが完成したのか、アニマさんは仮面の下からくぐもった声を漏らした。
 それきりアニマさんは動こうともしない。四間という遠間、斬撃に不利な刀身を隠した構え、『鬼疾風』という技名からも得体の知れない不気味さを感じた。
 何かを秘めている…この遠間から仕掛ける以上、刀法だけでなく特殊な動きをするのではないかと察した。

「…『爪よ』」

 かつてエターナルが命を預けていた万能手甲は、私の言葉に応じて鋭い鉤爪を出現させた。
 アバン先生から教わった言葉に、『剣道三倍段』というものがある。剣術家と戦うには武闘家は相手の三倍の力量が必要らしい。
 三倍どころか、はっきり云ってアニマさんの力量は私よりも数段上だと思っている。そんな彼女の剣と向き合うのに素手では確実に負けるだろう。
 かと云って鉤爪程度では埋まるのはリーチの差くらいだろうけど、それでも無手よりかは遙かにマシなはずだった。
 私はアニマさんとディーノの試合を思い出す。ディーノが繰り出した秘剣『野分』…あの動きを盗めれば遠間の敵に対して十分な効果を期待できると思う。
 敵の動きと斬撃の軌道を先読みし、敵の間合いの外から跳躍しざまに首筋の重要な血管を狙う一撃必殺の剣…それを私流に取り込めれば勝機が見えそうだった。
 え? 結局、『野分』は『飛龍』の剣に破れただろうですって? いえ、あの勝負は紙一重だった。ディーノの剣があと数瞬速かったら勝っていたのは彼の方だったわ。
 そして、私にはこれがある…

「…『我が身よ。風となれ』!」

 私の体が羽のように軽く感じられるようになった。素早さを上げる呪文ピオラの効果が私の身を軽くした。
 アニマさんは動かないけど、その全身に剣気が充実し、今にも斬り込んでくる気配が漲っている。
 と、アニマさんが疾走した。

「速い!!」

 正に疾風! 風を受けて広がる髪の色と相俟って桜の花弁を舞い散らす一陣の風に見えた。
 その時、アニマさんの右手に白い光芒が見え、体が左右に揺れ出した。光芒は刀身だ。背後に引いていた刀身を高く翳していた。
 体が揺れて見えるのはその刀身を揺らしているせいみたいね。

「間合いが読めない!?」

 光芒の揺れによる錯覚で間合いだけでなく、どこから斬り込んでくるのか斬撃も読めなかった!
 アニマさんはもう眼前まで迫っていた。

「斬られる!!」

 体は既に動いていた。
 アニマさんに向かって跳躍した私は鉤爪を突き出していた。刹那、私の胸元を凄まじい殺気が通り過ぎていった。
 間髪入れずにアニマさんが八相から刀身を横に払ったんだ。
 私達は交差して大きく間合いを取って反転した。既にアニマさんは再び八相に構えていた。
 私の胸に微かな痛みが走り、武闘着が少し裂けた。生暖かいものが私の乳房を伝い、武闘着の傷から下が少し紅く染まった。
 致命傷じゃない。皮一枚を斬られただけのようだった。これならホイミ程度で傷も残さず癒せるだろう。
 一方、アニマさんの仮面の左側も浅い鉤爪の跡が線を引いていた。私の攻撃も届いてたんだ。手応えを全く感じなかったから外したと思っていた。

「…お互い、間合いを読み間違えたようね…さっきの動き、ディーノ君の『野分』を盗んだのね? 不意を突かれたわ…」

 アニマさんのくぐもった声には驚きが少なからず含まれていた。
 どうやら私の力量は彼女の想定より若干上であるらしかった。
 けど、アニマさんの声に恐れや戸惑いの色はなかった。全身に剣気が漲り、仮面の奧に潜む紅い双眸が炯々としていた。

「…次は…その首を落とすわ」

 ぞっとした。
 淡々と私の首を落とすと宣言するアニマさんに、『鬼疾風』とは敵の首を狙う特異な刀法なのだと漸く悟った。
 先程、アニマさんの剣先が私の胸をかすめたのは、私が跳躍した為に狙いがずれたせいなのだろう。

「私とて、みすみすこの首を落とされませんよ」

 私の言葉に忍び笑いで返したアニマさんは刀身を背後に引いて僅かに腰を沈めた。
 既に剣気は充実していて、いつ疾走が始まっても可笑しくはなかった。
 けど、私には『鬼疾風』がどのような技か看破できていた。『鬼疾風』とは神速の寄り身で迫りながら刀身を揺らす為、間合いも太刀筋も読めなくなってしまう。
 その速い寄り身を止める為に私は更に遠間から『野分』を放つと決めた。ただし私は『野分』でアニマさんを倒せるとは思っていなかった。
 『野分』が見切られているのは分かりきっているし、本家のディーノと比べれば子供の手習いに過ぎない…
 だから私は『野分』を捨て太刀にして二撃目で勝負を決しようと精神を集中させる。
 気を静めて、鬼疾風の起こりを待つ…
 音が消えた…会場の歓声もダイの応援も耳に入ってこない。
 匂いが消えた…胸元からの鉄錆に似た匂いはもうしない。
 色が消えた…全てが灰色のモノクロームになった。
 第六感が研ぎ澄まされて、私とアニマさんだけの世界となった。
 闘技場はおろか舞台もない。空も大地もない真っ白な世界で、生まれたままの姿で私とアニマさんは対峙していた。
 その時、私はアニマさんの仮面の下に隠された素顔を見た。綺麗な人だった。ただ年齢は判らない。無垢な少女にも見えるし、妖艶な熟女にも見えた。
 眠っているかのような細い眼で私を、私の首を真っ直ぐ見据えている。やはり『鬼疾風』は首を狙う剣なのだと確信した。
 アニマさんは腰を僅かに沈め、足の指を這うようにさせて少しずつ間合いを詰めてきた。
 その全身に剣気が満ちて、次第に斬撃の気配が漲ってくるのが分かる。
 ふとアニマさんの肩先が下がった瞬間、こちらに向かって走り出した。
 速い! 私の首を落とさんと鬼が疾風のように真っ直ぐ疾走してくる。正に『鬼疾風』だ。
 アニマさんの右肩に刀身が現われる。刀身を揺らしているのが見える。しかし今の私には光芒も体が揺れる錯覚も見えない。
 私は淡々と迫り来るアニマさんとの間合いを読む。やがて眼前まで迫ったアニマさんの両目が見開かれ血のように紅い瞳が見えた。
 モノクロームの世界に映える唯一の色だった。

「今っ!!」

 裂帛の気合と共に私は前に跳びながら鉤爪を突き出した。
 『野分』を間合いからも更に遠間から放つ。空を切るのは承知の上だった。
 間髪入れずにアニマさんが必殺の気迫と共に八相から刀身を横一文字に払った。
 二筋の閃光が私の目前で交差するイメージが浮かび、私達の体が疾風のように擦れ違った。
 お互いの攻撃が空を切った。アニマさんも『野分』をかわす為に遠間から『鬼疾風』を放った為に切っ先が流れたのだろう。
 私達の体が擦れ違った次の瞬間、私の体は無意識の内に反転していた。
 反転の勢いのまま魔力を込めて裏拳を振るった。鉤爪は既に収納されている。
 それは丁度反転したアニマさんの眉間を捉えていた。

「なっ!?」

 アニマさんの驚愕混じりの悲鳴と同時に色が戻った。
 私の拳がアニマさんの仮面を砕いていた。

「…『鬼疾風』…破れたり…」

 仮面全体にヒビが広がり、やがて粉々になって舞台へと落ちた。

「何故…貴女には『鬼疾風』の幻術が効かなかったの?」

 純白の世界で見たそのままの綺麗な顔に戸惑いの色を浮かべてアニマさんが問う。
 ただ現実のアニマさんの顔には炎をモチーフにした刺青が彫られていた。

「…気の道を塞ぎ、視覚、嗅覚、聴覚を敢えて自ら封じる事で集中力と第六感を極限まで高め、敵の動きを完全に把握するエターナル直伝の奥義『超心眼』…」

 この奥義の前には如何なる目眩ましも通用しない。かつて敵だったヒュンケルにマヌーサの幻覚を見破られたもの彼流の『心眼』の為だった。








 精霊界から戻った私は真っ直ぐエターナルに会いに行った。
 ルビス様とお話した事で芽生えた私の決意を伝えに行く為に…

「敵のままであっても私と貴女の友情は変わらない。ただ私なりの正義を貴女の正義にぶつけるだけ」

 そう伝えた後、エターナルは泣き笑いのような表情を浮かべて頷いた。
 少し前の私だったら、魔王軍に協力するのはやめてとか、こんな事をしても貴女は幸せになれないと、諭していただろう。
 けど、魔族の正義、哀しみ、そしてエターナルの覚悟を知った今、そんな言葉はもう綺麗事とも呼べない軽い物に思えてしまう。
 だから私はアバンの使徒として、いえ、人間としてエターナルの覚悟とぶつかり合う覚悟を決めた。
 それが私達の友情なのだと。友達だからこそお互いの正義や覚悟を否定せず無心で戦おうと誓い合いたかった。
 エターナルの返事は突き出された右の拳だった。私も拳をコツンと合わせる。言葉はなかったけど、これで私達二人の誓いは成った。後は互いに死力を尽くすのみだった。
 踵を返そうとする私の肩をエターナルはガッシリと掴んだ。

「完全に敵味方になる前に俺から友情の印を受け取ってくれ…」

 私はふわりと抱きしめられ、額に優しくキスをされた。
 不思議と羞恥と動揺は無かった。ただ、らしいわね、という言葉が浮かんだ。

「友情の印にしては刺激が強過ぎるわ」

 私の表面上の苦言に対してエターナルは妖艶に微笑むのみだった。

「ついでに俺の魔力と技能の一部をあげたンだし、このくらいは大目に見てくれや。本当は唇を奪いたかったンだけどな?」

「貴女って本当に女の子が好きなのね? でも、本当に親子よね…魔力の与え方が同じなんだもの…」

 そう、その時に私は魔力や『超心眼』を始めとするエターナルの持つ技能をいくつか貰ったのよ。
 すると、苦悩する哲学者のようにエターナルの眉間に皺が寄った。

「やられた…気付かなかったぜ。よく見りゃ確かに魔法力が上がってるな…つまり、おっ母やんもマァムの事を気に入ったって訳か」

 しばらく苦虫を噛み潰したような顔をしていたエターナルだったけど、急に切羽詰まったような顔をして私の肩を掴んだ。

「おっ母やん、何か余計な事云ってないだろうな!? 例えば…」

 私はエターナルの唇に人差し指を当てて首を左右に振った。

「ルビス様はただ貴女を愛していらっしゃるだけよ。そして貴女もルビス様を愛している。それで良いじゃない?」

「その笑顔は反則だろ…ヤベ…マジで引き返せそうにねェや…」

 エターナルは何故かそっぽを向きながら、早口に私に与えてくれた技能の説明をすると、忙しいからと、足早に去っていった。








「そう、あの子が…マァム、貴女は本当にエターナルから愛されてるのね…」

 アニマさんは細い眼の目尻を下げて納得げに頷いた。
 ちなみに貰った技能の中には、『回復魔法の自動発動』というものもあって、胸の傷のように軽いダメージは気付かないうちに治っている。
 余談だけど、精霊界アレフガルドから戻ってから私の周りに体のシルエットが浮かぶ程に薄い衣を纏った半透明の美女や美少女達が見えるようになった。
 まさかこの人達は精霊なのかしら? いえ、精霊なのだとしても、一様に値踏みをするように私を見るのは勘弁して欲しいのだけど…

「ま…まさか…」

 震える声に見上げると、王様の隣でエターナルが顔色を青くさせて震えていた。

「お姉ちゃん? お姉ちゃんなの?」

 止める王様の声を振り切って観覧席から飛び降りたエターナルは全身を震わせながらゆっくりと舞台へと近づいてくる。
 今にも泣き出しそうなエターナルの顔が一瞬ぼやけて、アニマさんと同じデザインの刺青が現われた。
 ルビス様のおっしゃった通り、顔の右半分と右腕以外の全てに刺青が彫られているようだった。
 不意にアニマさんが私の前に立ち、エターナルと対峙する。

「…久しぶりね、エターナル…四百と九十年振りかしらね?」

 アニマさんの言葉にエターナルはポロポロと涙を零し、子供のような微笑みを見せた。

「お姉ちゃん…会いたかった! エターナル、ずっとお姉ちゃんに会いたかったんだよ!!」

 まるで子供のような口振りで舞台に上がろうとしていたけど、不意に顔を険しくして後ろに下がった。

「どうしたの? お姉ちゃんに会いたかったのではなくて?」

 からかうような口調のアニマさんの顔にどこか悪意を感じた私は、彼女の前に立ち塞がった。

「マァム? 幼馴染みとの感動的な再会を邪魔しないで貰えるかしら?」

「再会も何も今はまだ試合中です! それにエターナルの様子がおかしい…貴女、一体何者なんですか?」

 私の声に追随するようにエターナルも口を開く。

「そうだ! お姉ちゃんはあの時、贄蝕みの炎(にえはみのほむら)から俺をかばって力尽きたはず!! それに人間のお姉ちゃんが五百年も生きられる訳あるか!!」

 エターナルの声に怯えの色があるように聞こえるのは気のせいじゃない…
 アニマさんがエターナルの云う“お姉ちゃん”であるかどうかではなく、もっと別の何かにエターナルは酷く恐れている。

「冷たい子ね…私が偽者だと? いいえ、私は貴女の大好きなお姉ちゃん、マリアその人よ?」

 アニマさんは私を押しのけて、また一歩エターナルに近づく。
 エターナルは怯えるように数歩下がった。

「綺麗になったわね…エターナル、貴女の顔をもっと良く見せて?」

「試合中だと云ったはずです!!」

 側頭部を狙った私のハイキックをアニマさんはさも鬱陶しそうに片手で受け止めてしまう。

「邪魔をしないで貰えるかしら?」

 アニマさんは八相に似た構えを取ると(後に蜻蛉の構えと知った)、私に向けて凄まじい殺気を放ってきた。

「最早、相手を惑わす妖剣など用いず一撃粉砕の剛剣をもって貴女を潰す! 蠅のように無様な死に様を曝しなさい!!」

 紅い目で鋭く睨んでくるアニマさんの殺気は静かながらも巨大で、彼女の背後に小さなドラムを輪のように連ねたようなものを背負った鬼を幻視した。

「秘剣『雷神』…」

 周囲に雷雲を纏った巨大な龍のような気迫を背負ったアニマさんが稲妻を思わせる素早い寄り身で襲いかかる。

「チェエエエエエエエエエエエストオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

 奇妙な気合を発して振り下ろされた剣に私は半ば本能的に横に跳んで避けた。
 神鳴りのような轟音と共に衝撃波が生じて私は吹き飛ばされ、なんとか舞台の端で受け身を取る事ができた。

「なんて威力!! こんなのをまともに受けていたら…」

 大きく陥没した舞台の中央部を見て、私の背筋に冷水をかけられたような悪寒が走った。
 正に『雷神』の剣!! しかも彼女は魔法も闘気も用いず、ただ己の膂力のみでやってのけた…

「太陽神信仰・武装異端審問会(アームドパニッシャー)の伝統流儀・日輪派示現流…この剛剣の前には如何なる異教徒の技も無力よ」

「「太陽神信仰!!」」

 私とエターナルが異口同音に叫ぶ。

「やっぱりテメェは偽者だったンだな!? 許せねェ…今すぐお姉ちゃんそっくりの化けの皮を剥がしやがれ!!」

 憎悪をのんだエターナルの声にアニマさんは一瞬、哀しげに顔を歪ませた。

「偽者じゃないと云ったでしょ? 私はマリア…確かに私はあの時、貴女を庇って死んだ…けど、生き返ったのよ。あの御方に新しい命と力を授かってね?」

 エターナルの目が大きく見開かれ、再び大粒の涙を零しながら何度も首を左右に振った。

「嘘だ…お姉ちゃんがあの連中の云い成りになるはすが…正体を現せ!! これ以上、お姉ちゃんを侮辱するな!!」

 エターナルが純白のドレスを脱ぎ捨てると、チウとの試合に着ていた黒いズボンとシャツの姿になった。
 観客達の戸惑いの声を無視してエターナルは二振りの剣を抜いて構えた。

「哀しいわ…どうしても信じてくれないのね?」

 アニマさんがエターナルに向けていた慈愛の表情は消え…無表情に殺気を放出した。

「これはお仕置きするしかないわね…云っておくけど、あの頃のようにお尻百叩きじゃ済まさないわよ?」

「五月蠅ェ!! これ以上、お姉ちゃんの顔、お姉ちゃんの声で話すンじゃねェ!!」

 一触即発の状況を打破すべく私は大きく手を叩いた。

「いい加減にしなさい!! これは私とアニマさんの試合なのよ!? 二人とも引きなさい!!」

「邪魔するなと云ったはずよ? それとも今度は手加減無しで『雷神』の剣を御馳走して欲しいの?」

「そうね。是非、御馳走して欲しいわ。勿論、私も武神流の奥義を尽くさせて貰うわよ」

 私は怒っていた。
 アニマさんがエターナルの心を掻き乱した事でも、太陽神信仰がエターナルに行った所業でもない。
 それはエターナル自身の問題だし、彼女が立ち向かわなければ意味がない事だから。勿論、救いを求めれば何を横に置いても助けるつもりだけどね。
 私は二人の得手勝手な都合で試合を無茶苦茶にされた事に対して怒りを覚えていた。

「エターナルも頭を冷やして…貴女の実力は話に聞いただけで全てを把握した訳じゃないけど、そんな千々に乱れた心でアニマさんには勝てないと思うわよ?」

「マァム…」

「この場は任せて…彼女が偽者かどうかは試合が終わってからでも追求できるわ…と云うより自重しなさい。貴女はこの大会の主催者なのよ?」

 エターナルはバツが悪そうに目を伏せると、熱くなってすまないと、小さく詫びて王様のいらっしゃる観覧席へと大きく跳躍して戻っていった。

「ふぅん…出会ってたったの二日でエターナルの操縦が随分と巧くなったものね?」

 振り返ると、アニマさんが物凄く面白くなさそうな顔で私を睥睨していた。

「あの子を叱る一番効果的は方法は自分の言動が正しいかどうかを考えさせる事…今のは結構効いたと思うわよ」

 その一言に私はカチンと来た。
 まるでエターナルの事なら何でも知っていると云わんばかりの態度が勘に障った。

「それはどうも…あの子のお姉ちゃんを自称するクセに一緒になって試合を台無しにしようとしていた貴女に云われても自覚できませんが…」

「貴女…可愛い顔して中々云うわね…」

 私とアニマさんの間に火花が散る。

「ぅおーい…試合を邪魔した俺が云うのもなんだが、再開するならその変な空気を止めてくれ…」

 遠慮がちに降ってくるエターナルの声に私とアニマさんが同時に振り向く。

「ヒッ!? あー…また試合を邪魔しても悪いな…続けてくれ…」

 先程激昂していた時とは違う表情で涙目になり小さな悲鳴を漏らしたエターナルは、何故か引き攣り笑顔になって試合再開を促した。
 あの怯えた表情…何を見たのかしら?

「変な子ね…それはさておき仕切り直しに改めて名乗らせて貰うわね…」

 アニマさんは殺気を納めると、朗々と名乗りを上げる。

「太陽神信仰・武装異端審問会・十二使徒が一人! 雷神のアニマ!!」

 雷神のアニマ…つまりあの『雷神』の剣こそが彼女の異名となる本来の攻撃スタイルなのね。
 私も負けじと名乗る。

「アバンの使徒が一人! 武神流拳法のマァム!!」

 お互いの名乗りが済むと同時に私達は構えを取った。
 アニマさんは『雷神』の独特の構え。それに対して私は素早くアニマさんの左側に回れるようにリズムを取って体を上下させる。
 初太刀は外す。ただの膂力に頼っただけであの威力…本気で放たれた『雷神』の剣を防御する事は自殺行為だと思う。
 ルビス様から賜わった万能手甲がどれほどの防御力を持っていようと、まともに受ければ防具ごと腕を斬られる事は目に見えている。
 しかし、なればこそアニマさんは初撃に全身全霊を込めているはず…後はあの剛剣を如何にかわして反撃に転ずるかが勝負の鍵となる。
 ただかわすのは愚策…衝撃の余波でも十分体勢を崩せるだけの威力がある。初太刀をかわしても衝撃波の影響が少ない位置取りができなければ私は負ける。
 その位置こそアニマさんの左後方と睨んでいる。右から来る袈裟斬りをタックルの要領でかわし、アニマさんの体を楯にして衝撃波をやり過ごす。それしか無かった。
 アニマさんの全身に剣気が充実してくるのを察した私は、体を前傾させて蹴り脚となる右足に意識を集中する。
 剣は見ない。稲妻の如き神速の振り下ろしを目で見てからかわすなど不可能に近い。ならばアニマさんの剣気だけを感じて無意識無想に動くしかなかった。
 『超心眼』はもう使えない。極限までの集中力を必要とするあの奥義は多用ができない弱点がある。戦いの中で培われた経験という名の『心眼』が頼りだった。
 と、殺気が膨らんだ。『雷神』の起こりと察した私は右脚を蹴り出して、殺気の左側目がけて飛び出した。

「チェエエエエエエエエエエエストオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

 まるで爆弾で岩山を吹き飛ばすかのような破砕音にもアニマさんの気合は掻き消される事はなかった。
 観客の悲鳴と共に衝撃波が私の背中を襲ってきたけど、上手くアニマさんの背に隠れられたのか想定していたものよりも小さかった。
 私はすぐさま反転し、一瞬呆気に取られた。

「なっ!? これが人間にできる事なの…?」

 舞台が…アニマさんが剣を叩きつけた地点より先が吹き飛んでいた。
 時間にして一秒にも満たなかったけど、それが致命的なミスとなった。

「…秘技『極楽送り』」

 アニマさんの白く細い指が私の喉を掴んだ。
 しかし、首を絞めるつもりがないのか楽に呼吸ができた。

「…十…九…八…七…」

「何を数えているの?」

 アニマさんは優しく微笑んだ。

「人は…苦痛に耐えられても…快感には耐えられない…」

 訝しむ間もなく、不意にふかふかのベッドに入り眠りに就く直前のような心地良さが私の頭を支配した。
 まさかラリホー? いえ、呪文を唱えているような気配はなかった…はず…

「…二…一…零…お休みなさい…」

 その言葉を最後に私は意識を手放した。








 気が付くと私はアニマさんに抱きかかえられていた。
 アニマさんの手には小さな瓶が握られていて、刺激臭が私の鼻についた。
 どうやら気付けを嗅がされていたみたいね。

「私は…?」

「私に絞め落とされたのよ」

 信じられなかった。あの時、私は一つも息苦しさを感じなかったのだから…

「感じないはずよ。だって気道を塞ぐ事なく首筋の重要な血管を押さえただけだもの…」

「血管…?」

 まだ少し朦朧とする意識を頭を振る事で覚醒させる。

「そう、脳へと送られる血の流れを止めつつ呼吸を確保する。だから息苦しさを感じず夢を見ているような心持ちになったはずよ?」

 そこで漸くアニマさんの言葉の意味を知った。

「優しく愛撫するように頸動脈を押さえる…人は苦痛で気を失う事はない…けど、快楽には耐えられない…」

 その時、私は本当の意味でアニマさんが恐ろしいと思った。
 彼女の強さの秘密は、相手を幻惑する妖剣でもなく、敵を叩き潰す剛剣でもない…人体を知り尽くした上で効率良く相手を倒す方法を熟知しているんだわ。

「稲妻のように一瞬にして敵を葬る…だから私は雷神の二つ名を持っているのよ」

 私は完全に二つ名の意味を取り違えていたんだ…もし、これが試合じゃなく実戦だったら落とされた後、トドメを刺されるなり拉致されていたに違いないわ。

「これは完全に私の負けですね。参りました」

「いいえ、私も『雷神』をかわされるとは思ってもみなかったわ。完全に背後を取られていた訳だしね。あの時、貴女が硬直してなかったら負けていたのは私の方よ」

 私達は力強く握手を交わした。死人のように冷たい手だった。

「貴女はいったい…先程、一度死んだような事を云ってましたけど、何者なのですか?」

「その答えはオーザムにあるわ。エターナルも聞いているわね? 私の真実を知りたかったらオーザムに来なさい!」

 観覧席からエターナルが困惑げにアニマさんを見つめている。

「教皇スカイオーシャン様がオーザムにもたらした奇跡…それを目の当たりにした瞬間、貴女は悟るわ。太陽神信仰の恐ろしさ…いえ、素晴らしさを!!
 予言するわ!! 大魔王バーンや精霊ルビスですら起こしえない奇跡の数々にエターナル、貴女は自ずからスカイオーシャン様の元へ来る事になる!!」

「ふ…巫山戯るない!! 何で俺があの野郎の所に!?」

 エターナルの声には動揺の色がありありと浮かんでいる。

「巫山戯てなんかいないわ…もう一度云う。私の真実が知りたかったらオーザムに来なさい。まずは太陽神信仰最強の術を操る男が貴女を出迎えてくれるはずよ」

 アニマさんの周囲で小さな稲妻のような火花が散り、彼女の姿が段々と歪んでいく。

「私はオーザムにいる…死なないでね? 私が支配する街は辿り着くだけでも命懸けよ。尤もあの男に勝てるとも思えないけどね?」

 歪みに吸い込まれるようにアニマさんは姿を消していく。

「ま…待て!!」

「ああ、最後に忠告しておくわ…あの男は腕は立つけど、十二使徒に選ばれたのが不思議なくらい粗暴で…どうしようもない程の女好き…気をつけなさい」

 焦るエターナルを無視して一方的に忠告だけを残してアニマさんは歪みの中に姿を消した。
 エターナルは悔しそうに拳を握りしめてアニマさんが消えた歪みを睨むしかなかった。
 やがてその歪みも空気に溶け込むように消えていった。

「オーザム…確か魔王軍に滅ぼされた後、極寒という厳しい環境のせいで未だに復興の兆しが見えない国…そんな国で太陽神信仰は何をしようとしているの…」

 それに彼らの中でも最強の術を操るとされている男…どうやら今のオーザムは世界のどの国よりもホットな状況にあるみたいね。
 私はエターナルの行く末に大きな暗雲が立ち込めているような気がしてならなかった。

「…お姉ちゃん」

 私の目には今のエターナルが迷子の子供のように見えていた。








 あとがき

 年の瀬ですね。
 これからクリスマス、大晦日、そしてお正月とイベントが目白押しですが、サービス業の私には縁のない話ですな(泣)

 それはそれとして、漸くロモス武術大会編が終了しました。
 決勝戦の結果は惜しくもアニマの勝ちとなりました。マァムも相当パワーアップさせましたがゲームでいうところの負けバトルなので仕方ありません(おい)
 次回は武術大会の後始末と魔王軍の話となって、その次からいよいよオーザム編に入ります。
 今までも原作レイプというお言葉を沢山賜わりましたが、きっとオーザム編ではもっと増える事でしょうね(苦笑)
 私なりに読み手を飽きさせない仕掛けを用意したつもりですので、こういう展開がお嫌いではなければお付き合い下さいませ。

 それでは、また次回に。



[12274] 第弐拾話 姫騎士の宴の始末
Name: 若年寄◆decbc20d ID:a621b7d9
Date: 2010/01/15 12:48

 ロモスで開かれた武術大会は結果から云えば大成功と云えるだろう。
 世界各国から腕自慢を集めるという目的は達せられ、諸外国からやってきた観客達は沢山の金をロモスに落としていった。
 大会出場者の中から有志を募り、魔王軍との戦いに備えて傭兵として雇う事もできるだろう。
 これでロモスはベンガーナ軍にも劣らぬ戦力を手に入れた事になる。
 問題があるとすれば、大会優勝者である雷神のアニマことマリア嬢が姿を消してしまった事だ。

「しゃーない…ちと締まらねェがマァム、繰り上げでテメェが優勝って事にさせて貰うぜ」

 頭をガシガシ掻きながらエターナルが提案すると、マァムは一瞬だけ不満げな表情を浮かべたが周囲の言葉もあって頷いた。
 なお三位決定戦で引き分けとなったダイとディーノは、ジャンケンというこれまた締まらない勝負の結果、ダイが準優勝、ディーノが三位と決まった。
 半壊した舞台の脇に設置された表彰台に上ったマァムの首に精霊ルビスが手ずから作ったとされるルビスの護りが掛けられる。

「よく似合ってるわ。まるで貴女の為に作られたようね」

 表彰式で再び純白のドレスを纏い余所行きの言葉遣いになったエターナルは微笑むとマァムの不意を突くように素早く頬に口づけを贈った。
 マァムも始めは驚いた表情をしていたものの、慣れたのかすぐに苦笑に変わった。

「この天空の楯はかつて天空人と人間の混血児である勇者が使っていたものです。天界の至宝とされている武具の一つ…勇者様のお役に立てれば幸いですわ」

 ダイは自分の小さな体には不釣り合いな楯を複雑そうに見ていたが、表彰式が進まないので受け取る事にした。
 手にしてみて呪いの類がかけられている様子がない事を察して密かに安堵の溜息を漏らしたのをエターナルは苦笑して見ていた。

「遣い手がいなくなって久しいかったのですが、大魔王バーンの出現により少しでも人間の救いになればと神々が母、精霊ルビスを通じて私に下賜されたのです。
 私はこの楯に相応しい人物が現われる事を願って大会を開いたようなものですが、こうして勇者様の手に渡った事に運命を感じずにはおれません」

 エターナルが目尻に浮かんだ涙をそっと袖で拭うと観客達から盛大な拍手が巻き起こった。
 ダイはと云えば困惑する一方である。敵であるエターナルが天界の武具を寄越した事も疑問だが、こう盛り上がられては今後、天空の楯を使うよりなかった。
 改めて手の中にある楯を見るが怪しい点は一つもなく、むしろ神々しく自分が手にするのは畏れ多いのではと気後れした程である。
 罠ではない。しかし魔王軍が自分を侮ってこのような施しをしたとも思えなかった。何しろ自分が準優勝になったのは大会の組み合わせとジャンケンの結果だからだ。
 つまり自分以外の誰かが天空の楯を手にしていた可能性もあるのだ。ダイが天空の楯を手に入れたのは全くの偶然でしかない。
 そして、いつぞやの覇者の剣のような偽物である可能性も低い。どのような材質かは分からないが、少なくとも鎧の魔剣に使われた金属に匹敵するだろう事は察した。
 それに加え、今のエターナルは精霊界の姫という触れ込みでロモスにいる。もし天空の楯が偽物であると発覚すればエターナルはおろかルビスの名をも貶める事になる。
 皆の前ではルビスをぞんざいに扱っているかのように振る舞ってはいるが、実際には実の母娘(おやこ)以上に愛し合っている事は明白である。
 そんなエターナルが敬愛するルビスの名を貶める事をするかと問われれば、答えは否である。ならば、やはりこの天空の楯は本物であると見て良いだろう。
 疑心暗鬼に陥るダイにエターナルは意味ありげに口の端を歪めたのだが、思考の迷宮に嵌ってしまっているダイはそれに気付く事はなかった。

「第三位の騎士・ディーノには女神の指輪を進呈します。これも天空に二つと無い至宝、貴方がこれを正義の為に使ってくれる事を祈っています」

 エターナルの言葉にディーノは力強く頷いた。
 元より正義の為に戦う事は本人も望むところである。尤もその正義が人間から見てのものではない事は読者諸兄諸姉には周知の通りであろう。
 ディーノは、正義とは立ち位置によってあっさりと覆される曖昧なものだが有効だ、と云うエターナルの教えを心の中で思い返していた。

「人様ァ殺してナンボが身上の腐れ渡世の俺達軍人にはそういった指標が必要なンだ。だからといって正義を大義名分にして人殺しを是とするような下衆にはなるなよ?
 それこそ只の殺人狂…異常者だ。敵を倒す事を躊躇うのは愚か以外の何モンでもねーよ。でもな、自分が戦う意義を自問しなくなるようになったら…もうお仕舞いだよ…」

 その言葉を思い出し、高らかに嗤いながら弱者を殺戮し、街々を蹂躙する自分を想像してしまったディーノは思わず身震いした。
 だからこそ万感の想いを込めて答えるのだ。

「了解しました。この力は正義の為に…なれど正義に酔う事なく戦う事を精霊ルビス様に誓います!!」

 左胸に右手を当てて誓いの言葉を発するディーノの姿は正に威風堂々。
 観客達からは感嘆の溜息が漏れ、時を置かずして黄色い声援が上がった。

「正義に酔う事なく…」

 噛み締めるように繰り返すダイの声をマァムは黙って聞いていた。
 こうして大盛況の内にロモス武術大会は幕を閉じたのだった。








 大会終了の夜、ロモス城では武術大会の成功を祝して饗宴が催された。
 大会関係者は元より、大会出場者も参加を許された無礼講の大酒宴である。
 ある者は美酒に酔い、ある者は贅を尽くした料理に舌鼓を打ち、大会の中にあった数々の試合の批評をし合う者達もいて賑々しいものとなった。
 宴もたけなわという時にダイ達はロモス王に呼ばれる事になった。

「世界会議(サミット)!?」

「そうじゃっ!! 世界中の王や最高指導者達が一堂に会して魔王軍と戦う為に立ち上がる時がやってきたのじゃっ!!」

 ダイの顔が一気に蒼白になった。
 世界中の人間達が一丸となって魔王軍に立ち向かう為の重大な秘密会議を今、魔王軍の大幹部であるエターナルに知られてしまったからだ。
 ダイは自分の迂闊さを呪った。いくらエターナルの素性を明かせない状況だったとは云え、今の状況を防ぐ手立てはあったはずなのだ。
 見ればマァムも複雑そうに表情を歪めていたが、ふと思いついたように目線を横に動かした。
 マァムの目線の先を目で追うと、平然とロモス王の話を聞いているエターナルとディーノの姿があった。
 演技なのか、人間が集まったところで何するものぞと高を括っているのかは判ぜられない。
 否、エターナル率いる近衛騎士団の中には有能な間諜が多数いるらしい事を聞いているので、既にサミットの事を察していた可能性もある。
 いずれにせよ。魔王軍にサミットを見抜かれた事だけは確かである。

「素晴らしいですわ! 戦いの為とは云え、バラバラだった世界が一つになる事は歓迎すべき事です!!」

 エターナルが感動の面持ちで賛辞を述べるのをダイは半ば呆れたように、否、事実呆れて見ていた。
 エターナルは精霊界の代表のような扱いを受けている。つまりエターナルの言葉は精霊の言葉。ロモス王にしてみれば精霊に褒められたようなものだろう。
 案の定、ロモス王は誇らしげにエターナルと言葉を交わしている。
 いっそエターナルとディーノの素性を明らかにしてしまおうとも思ったが、今更それをしても無意味であると悟って口を閉ざした。
 そんな事をしても自分を含めてこの場にいる全員が皆殺しになるのがオチである。ダイには未だにエターナルを倒すだけの心算が無かった。
 よしんばエターナルを倒す事に成功したとしても、その後に困難が増えるだけという事はさしものダイも気付いてはいなかった。
 まずエターナルは嘘を云っていない。彼女は魔王軍の将ではあるが精霊界の姫君という立場だという事も紛れもない事実なのである。
 つまりエターナルが魔王軍である事を公表すれば、即ち精霊ルビスの姫が魔王軍に協力している事が公となり、精霊ルビス信仰の信徒に衝撃を与える事は明らかだ。
 結果、少なくない信徒が信仰から離れるであろう事は予測できるが、それは取り立てて問題ではない。問題はその後だ。
 精霊の権威失墜に伴い精霊ルビス信仰の信徒に対する弾圧が起こる確率は高いであろう。
 ロモス王がエターナルに敬意を払っている事からも分かるように、精霊ルビス信仰は人間世界の権力機構にもかなり食い込んでいる。
 当然、精霊ルビス信仰の中枢を担う人物にもそれなりの権力を与えられていた。
 そして政治・宗教問わず自分が権力の座から引き摺り下ろされる事を座視する者など殆どいない。
 権力の椅子にしがみつこうと必死に足掻く者も出てくるだろう。その足掻く者と精霊ルビス信仰を弾圧する者がぶつかり合えばどうなるか…
 下手をすれば宗教戦争にまで発展しかねず、世界を纏めるどころか魔王軍に滅ぼされる前に世界が終わる可能性も低くはない。
 それ程までに微妙な立ち位置にいるのだ。魔軍顧問エターナルという姫騎士は…

「如何でしょう? 精霊界の代表としてエターナル様もサミットに参加しては頂けないでしょうか?」

 ロモス王の提案に流石のダイも慌てて反対しようとするが、その前にエターナルが首を左右に振った。

「我々精霊界はあくまで中立、この世界への過度な干渉を避けるという暗黙のルールがあるゆえに、申し訳ないのですがサミットへの参加はできません…」

「左様ですか…いや、今回の武術大会の賞品に精霊界や天界の秘宝をお与え下された事自体が人間にとって奇跡でありますからのぅ…無理は云えませぬな」

 なんとか落胆の表情を隠そうとするロモス王にエターナルは母親が我が子を見るかのような慈愛の微笑みを見せた。

「精霊界の過度な干渉は大魔王バーンの怒りを買うだけでなく、天界の神々からも快く思われませぬゆえ、ご理解頂けて幸いですわ。
 なれどロモス国には我々精霊に協力をして頂いた恩があります…その恩をこの私、エターナル個人が返すのならば問題はないでしょう」

「どういう事ですかな?」

 表情に明るいものを見せ始めたロモス王とは逆にマァムは顔を顰めている。
 僅かなりにもエターナルの為人(ひととなり)を知るマァムはどこかきな臭いものを感じたのだろう。

「マホカトールという呪文をご存知ですか?」

「おお! 存じておりますとも! アバンの使徒の一人であるポップが、勇者ダイの養父ブラス殿をかの大呪文で救った事は記憶に新しいですからな!」

 ダイもかつてクロコダインとの戦いで魔王軍に操られたブラスをポップによって救われた事を昨日の事のように思い出していた。
 改めてダイは自分が得てきた勝利はポップありきなのだという実感が甦った。

「話が早くて助かりますわ。それでは今よりマホカトールの破邪力をもってラインリバー大陸を覆い、魔王軍の侵攻から護りましょう」

 ダイとマァムが目を丸くする間もなかった。
 エターナルの足下に光り輝く五芒星が現われドーム状の光に包まれた。

「邪なる威力よ退け!! マホカトール!!」

 五芒星と光のドームが恐ろしい勢いで広がり、あっという間に端が見えなくなってしまった。
 ダイはアバンによってデルムリン島から邪悪な気配を一掃された時の感覚を思い出す。
 エターナルは本当に大陸ごと浄化したのだと悟ったのだ。

「これでしばらくは魔王軍からの侵攻に怯える事はありません。それこそ大魔王バーンが直接出向いて来ない限りは安全でしょう」

 もはやエターナルの真意を測るどころではない。
 いくらエターナルが優しい心の持ち主と知ってはいても、これはやり過ぎだ。魔王軍から利敵行為と取られて重い罰を受けても文句は云えないだろう。
 しかし、当のエターナルは涼しい顔で感謝の意を述べるロモス王と向き合っていた。
 見ればディーノの顔にも非難の色はなく、むしろ優しい眼差しでエターナルを見つめていた。
 混乱するダイに振り返ったエターナルは唇の右端を吊り上げていた。
 やはり何か企みがあっての事かとダイは益々混乱の極みに陥った。

「…っ!?」

 いつの間にかダイはエターナルに抱きしめられていた。
 控えめな香水と清潔感のある石鹸の匂いがダイの鼻腔をくすぐる。
 ダイの脳裏に何故か母ソアラの顔が浮かんだ。

「ロモスが人類の裏切り者になるかどうかはテメェの腹次第だ…迂闊な言葉は命取りと思え」

 声は蚊が鳴くような小さいものであったが、ダイだけははっきりと聞き取れた。
 ダイは二重の意味でギクリと体を硬直させた。

「な…何を…?」

「ロモスにこンだけ便宜を図ってやった俺が魔王軍だと知れればどうなると思う?」

 人類の敵である魔王軍に様々な恩恵を与えられたと知れればロモスの立場が危うくなるであろう事は子供のダイでも理解できた。
 大陸を覆う程巨大なマホカトールも魔王軍との裏取引の結果と勘ぐられても可笑しくはない。
 少なくとも既に魔王軍に国を滅ぼされた指導者達や気性の荒いベンガーナ王からは良い目では見られまい。
 勿論、魔王軍に騙されていただけだと主張すれば追及を避けられるかも知れないが、そこはエターナル、各国に間者を送っており、いつでも国民感情を煽る事もできる。
 ロモスと魔王軍との裏取引の噂を流して反ロモス感情を植え付ける事くらいは朝飯前だろう。こういった調略も立派な戦術であるのだ。
 これではサミットどころではなく、ロモスは人類の裏切り者として世界中から槍玉に挙げられる事は想像に難くない。

「その上でロモスの民は地上移住計画から免除すると宣言したらどうなると思うよ?」

 ダイの顔色はもはや真っ青どころではない。
 黒の結晶(コア)よりも厄介な爆弾をロモスに仕掛けられたと知ったダイは恐怖していた。
 初めてバーンと対峙し敗北した時は、その戦闘力の違いに恐怖を感じたが、今、自分を抱きしめているエターナルからはそれとは違う恐怖を感じずにはおれなかった。

「別にロモスを人質に取るつもりはねーよ。ただ俺は自分の行動が後々にどのような影響を与えるか、先まで見据える事を覚えろと教えてやったまでだぜ?」

 エターナルは震えるダイの背中をポンポンとまるで子供をあやすように優しく叩いた。

「強いだけじゃ戦争にゃァ勝てねーってこった。もうちっと頭ァ使う事を覚えた方がいいぜ?」

 エターナルから開放されると、ダイは呼吸が止まっていたのか大きく息を吐いた。

「テメェがどうやってとっつぁんに勝ったのかはディーノとの試合を見て大体の見当がついた。お陰で竜魔人ダイ対策の目処も立ったぜ。ありがとうよ」

 バーンとはまた違う次元の狡猾さを見せるエターナルにダイは言葉が見つからない。

「天空の楯はその褒美だ。それを使いこなせれば或いは俺とも良い勝負ができるかもな?」

「この大会の目的は…」

「テメェの実戦データを取る為に決まってンじゃねーか。まさか弟子の修行の仕上がりを見る為だけにこンな大掛かりな大会を開くほど酔狂じゃねーよ」

 しゃあしゃあと云ってのけるエターナルにダイは黙って睨むのみだ。

「ついでにロモスにも楔を打ち込めたしな。今回は俺達魔王軍の勝ちってこった」

 ダイは悔しげに歯を食いしばるしかなかった。

「まあ、俺も予期せぬマリアお姉ちゃんの登場で狼狽しちまったから、あまり偉そうな事ァ云えねーのが辛いけどな」

 一変、エターナルは苦笑を浮かべてダイの頭を乱暴に撫で回した。

「一つ忠告してやろう…テメェは竜闘気(ドラゴニックオーラ)の防御力に頼り過ぎだ。攻撃力の高い技を身に付けるのは良いが、防御の技も磨いておけよ?」

 ダイは酒宴の際に飾られた天空の楯に目を向ける。

「あの楯はデスピサ…ああ、名前を云っても分からねーか。とっつぁん以前に現われた伝説の魔界の王の攻撃にも耐えきったってェ代(しろ)モンだ。有効に使ってくれや」

「本当に貰っても良いの? バーンに怒られるんじゃないのか?」

「ハッ! その程度で難癖つけるほど狭量じゃねーよ! つーか、勇者が少々頑丈な楯を得た所で何の事やあらんと、一笑に付せねーで俺の親父を名乗れるかよ!!」

 この言葉にエターナルがバーンに寄せる信頼が並々ならぬものだとダイは知った。
 実際、バーン・エターナル親子が自分の体験したバーンの強さを遙かに超えているだろうという予感はあったのだ。
 かつて死闘を演じた大魔王バーンは自分より強い者と戦った事のない“井の中の蛙”のような部分があったが、この世界にはエターナルがいる。
 自分より強い者がいる状況でバーンが何も講じていないなどという愚挙は犯してはいまい。きっと自分が戦ったバーンより強いであろうと思っている。

「さて…次に会う時までテメェがどこまで強くなっているか楽しみだぜ。今度は俺も殺す気でかかるから半端なパワーアップは却って命取りになると思えよ?」

 エターナルはダイに背を向けると魔法力を高めていく。

「ロモス王、どうやら精霊界に帰らねばならない時間が来てしまったようです。最後までお付き合いできずに申し訳ありません」

「おお! こちらこそ我ら人間に奇跡の品々を賜わり感謝の言葉もございませぬ。どうぞ精霊界に戻られても息災でお過ごし下され!」

「精霊界にて勇者様を始めとする希望の戦士達に武運がありますよう祈っていますわ。それでは、ごきげんよう」

 エターナルは周囲に目線を動かし、マァムと目が合うと悪戯っぽくウインクしてルーラで去っていった。
 ダイは複雑な表情で、マァムは頬を赤く染めつつ苦笑しながらエターナルが消えていった方向を見続けていた。








 翌日。
 大魔宮バーンパレス・大魔王の間にて魔軍顧問エターナルは大魔王バーンに謁見していた。
 儀礼用の白銀の甲冑を纏い薄布越しに放たれる大魔王の威圧を涼しい顔で受け流している。
 その後ろには魔軍司令バランが控え、彼の右手に魔影参謀ミストバーンが、左手には二代目竜騎将ディーノが跪いている。

「以上がロモス武術大会の顛末にございます」

 数十分にも及ぶ報告を原稿も無しに淀みなく諳んじるエターナルにバラン・ディーノ親子は感心している。
 もっとも二人の様子をエターナルが知れば、この程度の事で感心して司令官や軍団長が務まるのかよと、肩を落とす事請け合いである。

「ご苦労であった。余も悪魔の目玉を通して試合を観ておったがなかなかの戦い振りであったぞ。
 ディーノよ。余はそなたのような強者を将として迎え入れられた事を幸運に思うぞ。大義である」

「ははっ! 勿体なきお言葉、恐悦至極にございます!!」

 バーンの賛辞にディーノは畏まって答える。

「バランよ。そなたも良き跡取りを得たものよな」

「御意! 全てはエターナル様のご指導の賜物! 我が愚息を導いて下された恩は今後の忠勤をもって返させて頂きたく存じまする!!」

「うむ! 親子揃っての活躍、期待しておるぞ!」

 バラン・ディーノ親子はほぼ同時に頭を下げた。
 次の瞬間、バーンから発せられる威圧が増し、薄布の裾が波打った。

「なれどエターナルよ! 此度の醜態は如何なる事か! アニマと申す娘とどのような縁(えにし)があったのかは問わぬが、あれが魔軍顧問の姿か!!」

「面目次第もありませぬ! アバンの使徒を前にして無様を曝した報いは如何様にも!!」

 エターナルは低頭して詫びるが、バーンからの返事は呆れたような溜息であった。

「心にもない事を申すでないわ。謁見が終われば、細かい事をつつくなと悪態を垂れるクセにな」

 その言葉にエターナルは不敵に笑う。

「ケッ! 天下の大魔王なら細けェ事ォつつくモンじゃねーからな! まあ、毅然と対処できなかったのは確かだ。その叱責は甘ンじて受けるぜ」

「謁見は終わっておらぬわ! まあよい、そなたを戒めると同時に前振りでもあったからな。俯かれたままでも困る」

「前振りだァ?」

 エターナルは謁見用の態度から普段の魚の濁ったような目付きに戻り薄布に映る鬼のような影を見た。

「うむ、エターナルよ。聞いたか?」

「聞いたって何をだよ? アンタの声なら今だって聞いてるぜ。そのくたばり損ねェの世紀末覇者みてェな小汚ェ声ならよ、最前から聞きたくなくたって聞こえてらァな」

「相も変わらず口の減らぬ娘よな。人が聞いたかと問うたならば、まずは何をと返せ。話が始まらぬ。茶々を入れるのが早いわ!」

 エターナルは、そりゃ悪ゥ御座ンしたと、小指で耳の穴をほじりながら胡乱げな眼差しをバーンに向けた。
 オーザムを覆う雪が消えた事だと大魔王は云った。

「ああ、しかも駐屯していた氷炎魔団とも連絡が取れなくなってンだってな。何日か前にわざわざロモスくんだりまで韋駄天のヒューマが報せに来たぜ」

 韋駄天のヒューマとはエターナル率いる近衛騎士団に所属している騎士であるのだが武の素質が無く智にも秀でたものがないので常に仲間から馬鹿にされている。
 しかしながら脚が早い事と何事にも一生懸命に取り組む姿からエターナルには可愛がられ、仲間内の連絡(つなぎ)役として重宝されている。

「既に滅ぼしている上に極寒という厳しい環境から生き残りがいても大した事はできまいと放置していたのが仇となったわ」

「俺の事ォ悪く云えた義理か。で、何か分かったンか?」

「どうやらオーザム全体を特殊な結界で覆われているようでな。生半(なまなか)なモンスターや魔族では近づく事すらできぬらしい」

 エターナルの顔が露骨に顰められた。

「マホカトールみてェなモンかい。ンじゃ、調べようがねーなァ…行くとしたら少なくとも軍団長クラスの力量が要る…ああ、そうかい」

「そうだ。エターナルよ。これからそなたにはオーザムに向かって貰う事になる。任務はオーザムの詳細を掴む事と結界の破壊だ」

 エターナルはバーンの声に若干の笑いが混じっている事に気付いた。
 もっともそれに気付いたのはエターナルとミストバーンの二人のみであり、まだ付き合いの浅いバランとディーノにはその変化は分からなかった。
 つまりバーンは、一刻も早くオーザムに行きたいと思っているエターナルの心情を汲んでいる、と云っているのだ。

「そなたはこのバーンの娘である。あのような醜態は二度も許さぬ。その為にも…必ず決着をつけて来い」

「はぁ…おっ母やんと云い、とっつぁんと云い、どうしてこうも俺の事を見抜くかねェ…了解しました。魔軍顧問エターナルは直ちにオーザムへ調査に向かいます!!」

 敬礼するエターナルにディーノが同行を願うが退けられる。

「テメェら親子には世界各国の首脳陣の動きを見てて欲しいンだよ。地上の指導者が一堂に会するって事は一網打尽にできるチャンスってェ事だからな」

「それはごもっともな事なれど、何があるか分からぬ場所にエターナル様をお一人で行かせる訳にも参りますまい」

 あくまで誰かの同道を願うバランにエターナルは不敵に笑う。

「今回の調査に連れて行くヤツはもう決めてるンだよ。おう、入ってこいや!」

 扉が開かれると筋骨隆々とした威丈夫と子供のような背丈の老人が並んで大魔王の間に姿を現した。

「魔軍顧問エターナル様のお召しにより、氷炎魔団長ハドラー!!」

「妖魔士団長ザボエラ!! まかり越しましてございます!!」

 バランは我が目を疑った。
 ハドラーとザボエラがエターナルに連行されて色々としている事は察してはいたが、こうも変わるとは想像だにしていなかった。
 見た目はさほど変わってはいない。ハドラーは顔の模様が巨大になり左半身が漆黒に覆われているが変化はその程度のものである。
 ザボエラも額の飾りに一角獣の如き角があるのに目が向いたが、それ以外は特に変化が見受けられなかった。
 しかしながら二人が身に纏っている雰囲気が以前の彼らではないと物語っていた。
 ハドラーの目は獰猛さこそ失っていないが、驕りや過剰な功名心が伺えない。
 ザボエラにしても狡猾そうな目の光はそのままであるが、その顔は自分の力量への自信があり、小柄で華奢な体に威厳のようなものが見て取れた。
 僅か一月足らず顔を合わさなかっただけで二人は別人と見紛う程に変わっていた。

「どうよ! 元々相当な実力者だったこいつらを磨きに磨いた結果がこれだぜ!」

 エターナルが誇らしげにハドラーとザボエラをバーンの前に引き出す。

「ほう…ただ立っているだけで以前と比べものにならぬ力を秘めているのが分かるぞ…この短い間にようも鍛えたものよ」

「驚くのは早ェぜ? おい、ヒゲ! ちょいとハドラーの相手をしてやンな!」

「姫様のご命令とあらば…しかし大魔王の間を穢す訳にもいきませぬので竜闘気の使用は封印致します」

 エターナルに命じられてバランはハドラーと対峙する。
 バランは更にバーンに命じられ真魔剛竜剣を抜き上段に構える。竜闘気やギガデインこそ用いてはいないがギガブレイクの構えである。
 対してハドラーは無形のまま泰然と構えている。
 その瞬間、バランの顔が強張った。ハドラーは構えらしい構えは取っていないが、バランは無言の重圧を感じ取っていたのだ。

「ええぇぇぇぇぇぇいっ!!」

 自らの重圧を解きほぐすようにバランは気合をかけた。
 ハドラーがすいっと間合いを詰めた。するとバランが思わずその動きに合わせるように下がった。

「ほう…天下無双の豪傑が下がったぞ。なんぞ仕掛けを考えたか」

「とっつぁんも人が悪いな? ありゃァ、ヒゲがハドラーに気圧されての事だ。その証拠に額から脂汗が出てやがる」

「あのハドラーがここまで格を上げるとは…このミストバーン、ヤツの訓練に付き合いはしたものの、ここまで成長するとは思ってもみませんでしたぞ!」

 ミストバーンの感嘆の声にエターナルは誇らしげに微笑んだ。
 魔軍司令バランの後退は壁際まで迫っていた。信じられなかった。多少は力が上がっている事を認めてはいたが、自分をここまで追い詰める程とは想像だにしてなかった。
 そう、バランは心のどこかでハドラーを見下していたのだ。今更竜闘気は使えない。己が剣技のみで戦うしかなかった。
 後悔、先に立たずとはこの事かと最前の自分を心の内で罵倒するバランの前にハドラーがひっそりと無形のまま立っていた。

「父さん、後がないよ」

 愛息の声にバランは、「斬るぞ!」と威嚇するように体を前傾するがハドラーから隙は見出せなかった。
 と、膠着状態を脱するかのようにハドラーが静かに後退して間合いを空けた。
 その動きにバランは踏み込み様に上段の真魔剛竜剣をハドラーの脳天へと電撃の速さで落とした。
 バランの上段斬りが届いたとエターナルとザボエラ以外の全員が思った時、ハドラーの右拳が弓を引くように左脇に引きつけられ…

 そより

 とバランの脇腹を襲った。
 電撃の打ち下ろしとは対照的に緩やかに綺麗な円弧を描く裏拳だった。
 結果は明白のはずだった。だが、その場にいた者が見た出来事は、後々アバンの使徒から恐れられる『そより胴打ち』がバランの脇腹に打ち込まれた瞬間だった。
 どう、と音を立てて天下無双の竜(ドラゴン)の騎士が床に転がった。

「見事だ、ハドラー。よくぞ、ここまで強くなったものよ」

「恐悦至極!」

 未だ起き上がらないバランを見る事なくハドラーは堂々とバーンに臣下の礼を取った。

「ハドラーはな、俺やディーノに何度もぶっ殺されていく内に死への恐怖が消えていったンだそうだ。
 で、死への恐怖が消えたハドラーは自分の地位に執着しなくなった。当然だな。コイツが、自分が失脚する事を恐れていたのは、それが死と直結していたからだ。
 だが、死への恐怖、地位への執着が消えてからコイツは変わった。自分がどこまで強くなれるのか、それ一点のみを想って修行に打ち込むようになったンだ」

 それからのハドラーの進歩は目覚ましいものになったという。
 今尚、エターナルに対して思うところがあるのは事実だが、彼女が憎まれ役になる事でハドラーを奮起させようとしていた事が分からない程愚かでもなかった。
 ハドラーはエターナルに対する忠誠と若干の反骨心をもって己を高め、見事エターナルの期待に応えたのだ。

「今のハドラーの強さは俺が保証してやる。ヒゲもうかうかしてると折角手に入れた魔軍司令の座をあっさり奪い返されるなンて事もあり得るぜ?」

 遠回しにバランにも精進しろと笑うエターナルだった。
 バランは羞恥に顔が熱くなるのを感じた。屈辱もある。だが、この羞恥の根源はハドラーの力量を見抜けなかった自分の驕りにあった。
 これが実戦だったら、裏拳ではなく地獄の爪(ヘルズクロー)だったらと思うとぞっとする。油断したなどという云い訳など立たない。
 同時に、エターナルに見捨てられる事なく、彼女の指導によって僅かな時間でここまで強くなったハドラーが酷く羨ましくなった。

「ハドラーには俺の持てる格闘技術を叩き込ンだ。加えて地獄の亡者を打ち据える裁きの雷(いかずち)を敵に放つ呪文ジゴスパークを伝授してある。
 これで天空の雷を操る竜の騎士と比べても遜色のない戦闘力を得たはずだ。しかも地獄から召喚する訳だからデイン系と違って室内でも使える利点もあるぜ」

 更にエターナルはザボエラに目を向ける。

「ザボエラにも俺の持つ魔法技術を詰め込ンであるぜ。それだけでなく兵法も仕込みまくったからな。今後、軍師としての活躍が期待できるだろう。
 そして目玉はコイツの額に移植した魔角(まかく)だ。これにより大気や大地、木石から魔力を吸収できるようになった。つまり魔力が無尽蔵に使えるって事だ」

 額の角は飾りではなくザボエラの体の一部となっていたのかとバランとディーノは目を剥いた。

「まあ、傷口を真っ赤に焼けたナイフで抉る方がよっぽどマシってェ痛みを伴う手術によく耐えたモンだ…それだけで俺はコイツを尊敬するぜ」

「人を手術台に無理矢理拘束して尊敬も何もありますか…しかし、それによってワシがパワーアップした事も事実…感謝致しますじゃ」

 ザボエラにジト目で睨まれたエターナルは明後日の方向を向いてわざとらしい笑い声をあげた。
 しかし、すぐに笑いを引っ込めたエターナルはバーンに向かって跪き、ハドラーとザボエラも倣った。

「我ら三名、これよりオーザムに赴き、実態調査及び結界破壊の任に就きます!!」

「うむ! 十中八九、太陽神信仰が絡んでの事であろう。見事、オーザムからヤツらを一掃し余の期待に応えよ!!」

「「「ハハッ!!」」」

 エターナルら三人はバーンの殻の激励に同時に覇気が込められた声で返した。

「それそうと…ディーノ、来い」

「ハッ! 魔軍顧問殿、何用でありましょうか?」

 ディーノが小走りにエターナルに近づくと、大きな革袋を投げ渡されて慌てて受け止めた。
 金属同士がぶつかり合う音が聞こえ、かなり重かった。

「留守中、バランとミストバーンと協力して各国の指導者の動きを監視するように…それはその軍資金と武術大会の健闘に対する褒美だ」

 袋の中を覗くと金貨がギッシリと詰まっていた。
 気が付けば足下にも同じ革袋がいくつも積まれていた。

「軍資金は分かるけど、大会のご褒美ってこんなに貰っても良いの?」

 あまりの大金にディーノはバーンの前であるにも拘わらず素になってしまった。

「見返りが無ェンじゃ張り合いもあるめーよ。それに軍資金とも云っただろ? 装備を整えたり、ヴェルザー領から新しいドラゴンを買うなり色々とあるだろうよ」

 エターナルは冥竜王ヴェルザーの娘でもあり現在、暫定的(本人はそう思っている)ではあるが二代目冥竜王としてヴェルザー領の管理もしている。
 それゆえにバーン隷下の魔王軍でも乗騎としてのドラゴンの売買が許されているのだ。

「分かりました! 魔軍顧問閣下の留守中、魔王軍の軍備を整えておきます!!」

 敬礼するディーノにエターナルは険しい顔で睨み付ける。
 元々美形で彫りの深い顔をしているエターナルが怖い顔をすればかなりの迫力が出てくる。
 案の定、ディーノはその迫力にたじろいだ。

「な…何、ター姉…?」

「テメェ、そうやって典型的な優等生な顔をしてとっつぁんやおっ母やんから褒められているようだが、隠れてロモスの娼館で遊ンでたのを俺ァ知ってンだぜ!」

「何っ!? ディーノ、本当か!?」

 バランの叱責にディーノは顔を青くさせた。

「まあ、軍人たる者、いつ命を落としても可笑しくないから、笑って死ねるよう少しでも未練を断つようにって意味で娼館に連れて行ったのは俺だから責めてやるな。
 こいつも数え年で十五歳、太古の世界じゃ元服といって大人扱いしていたから童貞じゃ恰好つくめェと思ってな。ロモスにある高級娼館で遊ばせたンだよ」

 バランは苦虫を噛み潰したような顔で愛息と上司の顔を交互に見る。

「若いからな、酒色に溺れても別に咎めはしねーが、ケジメがつけられてないようだから、こうしてちょいと口煩くさせて貰ったってェ訳だ」

 ディーノは端から見て気の毒に思えるほど俯いている。

「一人前になる勉強だから遊ぶのも大いに結構、だが本来の仕事に差し障るような遊び方は困るぞ」

「は…はい…」

「いいな? 俺がオーザムに赴いている間、テメェの留守居が気に食わなンだ時にはどのような仕置きを受けるかよぅく肝に銘じておけよ?」

 凄味のある眼光にディーノは堪らず平伏した。

「ぎょ、御意!! 我が身命に賭けても軍備の補強は完璧にやり終えておきまする!!」

 その様にエターナルは苦笑する。
 エターナル自身、新郎を悲劇で喪ってから暴走して女色に走り周囲に迷惑をかけていたからこそ同じ轍をディーノに踏んで欲しくなかったのだ。
 少々薬が効きすぎたかと思ったが、自重さえできれば女の肌を愉しむのもまた良しとも思っているのだ。

「その言葉を聞いて俺も安心してオーザムに行けるってモンだ」

 エターナルは屈んで平伏するディーノの頭を撫でた。
 恐る恐る顔を上げるとエターナルは既に微笑んでいた。

「一つ忠告しておいてやる。娼婦ってヤツは馴染みの客が離れないよう手練手管(てれんてくだ)を弄するものだ。お涙頂戴の嘘にコロッと騙されて嵌り込むなよ?」

 既に馴染みがいる事を見抜かれてディーノは乾いた笑いをあげるしかなかった。

「フハハハハハハハハハハハハ!! 頼もしい限りだ! 流石はエターナルの愛弟子よな!! 男子たる者、こうでなくては頼りない。そう思うであろう、バランよ?」

「御意…にございます…」

 バーンに笑われるわ、バランからは睨まれるわ、散々なディーノであった。

 その翌朝、エターナル達はバーンパレスを立ちオーザムに向かう事になる。
 果たして極寒の地に起きた異変とは? エターナルの行く手に立ちはだかる者とは?
 それは次回の講釈にて。








 あとがき

 前回からかなり間が開いてしましました(汗) もう松も取れて新年の挨拶どころじゃありません。
 年末年始が忙しかった事もありますが、最たる原因が新年以降の入社面接を私が受け持つ事になったからだったりします。
 面接って受ける側も大変ですが、実際はする側の方が大変なんですよ。履歴書と十数分の会話のみで人となりを見ないといけないんですから(汗)
 ああ、素晴らしき中間管理職…上からどやされ下からはせっつかれ、作中のハドラーの心境もこんな感じだったんですかねぇ(おい)

 愚痴はこれくらいにして、今回は武術大会の始末とオーザム編への繋ぎの話でした。
 ダイへの天空の楯提供に驚かれた方もいらしたかも知れませんが、実はこれもターさんの作戦だったりします。しかも相当エゲツない(ぇ
 詳細は後々語りますが、少なくとも天空の楯は本物という設定だというのは明記しておきます。
 まあ、最近のターさんはちょっとなぁなぁになっていたので、仕切り直しと私自身を戒める意味で、今回は少し怖いターさんを出してみました。

 そしてハドラーとザボエラのパワーアップ。訓練風景は割愛してますが、いずれ回想という感じで出していくかも知れません。
 次回からはターさん、ハドラー、ザボエラの三人パーティで進めていきます。華がないお供なので地味な展開になりそうです(おい)
 プロットでは早速次回、十二使徒との戦闘になりますが、今までSSが書けなかった反動か、興が乗ってるので会話が長々となって戦闘はお預けになるかもですが(汗)
 それとクロスネタが入るようになります。そういったネタがお嫌いな方もいらっしゃると思いますが、なにとぞお付き合い頂けますようお願いします。

 それでは、また次回に。





[12274] 第弐拾壱話 姫騎士と常春の大陸 その壱(グロ有り?)
Name: 若年寄◆decbc20d ID:a621b7d9
Date: 2010/09/08 02:54
 死の大地の南東にマルノーラという大陸がある。
 そこには世界最北の国オーザムがあったのだが、フレイザード率いる氷炎魔団によって滅ぼされている。
 極寒という厳しい環境もさることながら、フレイザードによって住民の殲滅が駐屯している氷炎魔団に命じられていた事もあって復興はほぼ絶望的と見られていた。
 しかし、いつしか氷炎魔団からの連絡が途絶え、幾度となく物見が派遣されたが帰ってくる者は皆無であった。
 かろうじて悪魔の目玉を使った通信で、「雪が消えた」というメッセージが届けられただけだった。
 余談だが悪魔の目玉に映し出された魔族の少女は両目を抉られ、鼻や耳を削がれ、顔中が焼け爛れた状態であり、先の言葉を最後に事切れたという。

「いくら憎い魔王軍が相手とはいえ容赦が無ェな…こりゃァ俺達も褌締めてかからねェと二の舞になンぜ」

 マルノーラ大陸の南側海岸に打ち捨てられた魔族やモンスターの死体を見渡しながらエターナルは顔を顰めた。
 死体は一つとして五体満足のものは無く、いずれも四肢が切り落とされているか、顔が刻まれているか、或いは臓腑を抜かれていた。
 かつて極寒の大陸と呼ばれていたマルノーラ大陸ではあったが、今は強い日差しが地上へと降り注いでおり、それが死体の腐敗を早めている。
 海岸は最早この世の地獄といった有り様だった。

「どいつもこいつも断末魔の表情が半端ねェな…この娘なンざ歯を全部抜かれている上に首が真後ろォ向いてやがる」

 エターナルは半ば腐り落ちた魔族の少女の顔に手を添えると瞼を閉じてやった。
 すると少女の顔が微笑んだように見えたが、ザボエラは目の錯覚、或いは気のせいだと思う事にした。

「姫様、如何なさいますか? この者達は近衛騎士団や妖魔士団、百獣魔団の中から選りすぐって派遣した豪の者…
 それが容易く全滅し、斯様に無惨な殺され方をしている以上、下手に動くのは危険と思われますが」

 そう問いながらザボエラはエターナルの手を拭こうとするが、彼女の手には腐肉はおろか腐汁すらついていなかった。

「そうも云っていられめェよ。俺だけの私情でここに来たってンなら引き返すのもアリだが、とっつぁんからの任務もあるからよ。
 今、オーザムがどういった状態なのか、この大陸を覆う結界が如何なるモンなのか、それを調べねェ事にゃァ…」

 エターナルの両手に淡い光が灯り、打ち捨てられた死体の山へと向けられる。

「眠れ…残りの任務は俺が引き継ぐ…だから安心しろ…ニフラーヤ!!」

 光は強烈な閃光となって周囲を照らすが、不思議な事にザボエラの目を灼く事はなかった。

「こ…これは…」

 閃光が収まった後、ザボエラが目にしたものは、この世の地獄ではなく元の美しい白浜だった。

「無惨な最期を遂げた魂達に安らぎを与え、天へと帰すニフラムの上位魔法ニフラーヤ…ルビスのおっ母やん直伝の取って置きだ」

 地上において魔界を思わせる程の障気と怨念に満ちた海岸を一瞬にして浄化したエターナルに、ザボエラは改めて畏敬の念を覚えずにはおれなかった。

「さて…そろそろ斥候に行かせたハドラーが戻ってくる頃かな?」

 エターナルはオーザムの首都へと続く道へ目を凝らしながら呟いた。
 予定では、ハドラーは正午までに海岸へ戻ってくる筈であり、報告を聞きながら弁当を使った後、首都に向けて出発すると決めていた。
 太陽はもう南天へ差し掛かりつつあった。

「姫様! お待たせしました!!」

 果して正午丁度にハドラーが海岸へと戻ってきた。
 エターナルは昼食の準備の手を止めてハドラーを労う。

「ここより街道を北へ進んだ所に中規模の村を発見したのですが住民は一人も見当たりませんでした。
 念の為、モシャスで人間に化けて村の様子を探って見ますと、人が生活をしていた痕跡がありましたので無人ではないと思いますが…
 それと大陸を覆う結界の影響と思われますが、街道を進むにつれて疲労感と云いますか脱力感に襲われました」

 一通り報告を済ませたハドラーは人の頭ほどもあるハムをペロリと平らげる。

「村の中に丸々と太った牛や豚がいたって事も考えると、人がいるのは確実だな。
 元々オーザムは極寒の世界、外海からの訪問者などなかなか来ねェだろうし、村々の行き来も少ねェだろうから閉鎖的になってンのかもな?
 だから人間に化けてたとしても、余所者ってだけで姿を隠した可能性はあるな」

 こっそりくすねてきたバーン秘蔵のワインが注がれたグラスを弄びつつエターナルは次の行動を決める。

「とりあえずここいても埒が明かねェ。まずはその村に行ってみるか? 何かしらの情報が手に入るかも知れねェ」

 二人が頷くのを確認したエターナルはワインを飲み干すと、手早く荷物を纏めて出発の準備に取りかかる。
 住民に余計な警戒心を与えたくないという配慮から鎧を脱いで行動すると決め、ハドラー達もそれに倣う恰好になった。

「ンじゃ、行くとすっか!」

 珍しく膝上十数センチのプリーツのついた黒いスカートを穿いたエターナルは、裾を翻しながら街道へと脚を向けた。








 ハドラーの案内で街道を進むエターナルは僅かながらも体に違和感を覚える。
 体が重いと云うのではなく、気分が悪いのでもない。強いて云うならば倦怠感に似ていた。

「人間である姫様にも影響が出始めているのでしょうか?」

「さてな? まぁ、この身はヴェルザーの親父の血を取り込ンでるからそのせいかもな」

 エターナルは軽く腕を振り回す。
 並の魔族なら疲労感に押し潰されて進めなくなるだろうが、軍団長クラス以上となれば障害にもならない。
 全身甲冑を着て戦う方が余程苛酷だなというのがエターナルの感想であった。

「つーか結界は破邪の効果と云うよりも、結界内にいる生き物の生命力を吸い上げてるみてェだな?
 こりゃ魔族やモンスターだからとか、人間には影響がないとか、そういうンじゃねェ…
 下手ァするとオーザムの生き残りまでこの結界で殺られてる可能性があるぜ」

 ふと辺りを見渡すと、街道の脇に広がる麦畑の中で何か白い影が動いているのが見えた。

「おっ? 第一村人発見!」

「姫様!? 少しは警戒を!!」

 エターナルは男二人の目の前でスカートを尻っ端折りにすると、二人の諌言を無視して麦畑の中へと入っていった。
 影の主は小さな老婆であった。彼女は広大な麦畑の中、たった一人で刈り入れをしていた。
 まだ穂に実がつくどころか花も咲いていないというのに…

「悪いね。お母さん、ちょいと話を聞いてもらえるかい?」

 一心不乱に大きな鎌を振り回す老婆の背後からエターナルが声を掛けるが、まるで聞こえていないかのように動きを止めない。

「…たい…たい…さま…いり…たい…たい…さま…いり…」

 よく耳を傾けると、老婆はぶつぶつと何かを呟いていた。

「お母さん? は・な・し・を・き・い・て・も・ら・え・る・か・な!?」

 今度は老婆の耳元で一字一字区切って声を掛けると、彼女はバネ仕掛けのように勢いよく振り返った。
 そしてエターナルの顔をしげしげと見つめると、満面の笑みを浮かべて、鎌を大きく振り上げて跳びかかってきた。

「何しやがる!?」

 老婆の行動に一瞬面食らったエターナルは鎌をかわすだけで精一杯だった。

「…たい…たい…さま…いり…たい…たい…さま…いり…」

「あん?」

 老婆は老人とは思えないスピードで間合いを詰めると、エターナルに呼吸をする間も与えないほどの連続攻撃を繰り出してきた。

「…たい…たい…さま…いり…たい…たい…さま…いり…」

「さっきから何を云ってやがる!?」

 息もつかせぬ連続攻撃も動きが単調なせいですぐに見切られ、エターナルのミドルキックが風を唸らせながら老婆の腹部を打ち抜いた。
 加減をした積もりだが、何分相手は老体であるので殺さずに無力化できたかは疑問であった。
 そしてその疑問はすぐに晴れた。

「アヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャハァ――――――――ッ!!」

 口から血の泡を吹きながら老婆が再び鎌を振り回してきたのだ。

「めでたい…めでたい…巫女様のお嫁入りぃぃいいいいっ!!」

「巫女様?」

 それがいけなかった。
 老婆の言葉に気を取られ、普段であれば躓くはずのない小石に足を取られて尻餅をついた。
 すかさずエターナルの腹の上に老婆が馬乗りになる。

「巫女様! 巫女様じゃぁ!! 巫女様が見つかったぞぉ!!」

 老婆は首が千切れんばかりに頭を左右に振りながら鎌を振り上げ、

「メラゾーマ!!」

 巨大な火球に上半身を飲み込まれて、腰から上を失った。
 老婆の下半身を腹からどかして立ち上がると、安堵の溜息を漏らしつつこちらを睨む二人の男と目があった。

「悪ぃ…助かった」

 油断していたとはいえ大魔王バーンの姫が一人の老婆に殺されかけたのだ。
 エターナル一人でも殺される事だけはなかっただろうが、手傷の一つは負っていただろう事は想像に難くはない。
 だからこそエターナルは言い訳をする事なく二人に詫びたのだ。

「姫様、最早この地は太陽神信仰のテリトリーと考えて良いでしょう。相手が人間でも油断は出来ない、否、我々の常識は最早通用しないかも知れませぬぞ」

「まったくだ。俺も現実に殺されそうになったからな。のどかな風景を前に、魔王軍の精鋭が全滅した事実を忘れていたらしい」

 そこでハドラーが首を捻る。
 いくら暢気な田園風景が広がっていたからといって、あの油断も隙もならない姫がこんな無様な油断をするだろうか、と。
 ましてや海岸に広がる地獄絵図をつい先程見たばかりなのである。
 そして気付く。

「姫様、俺も老婆に向かって姫様が駆け出す姿を見て、苦笑はしても焦燥は感じませんでした」

「云われてみれば、ワシも姫様が襲われる瞬間まで、のどかな時間だとさえ思っておりました。
 もしやこの結界は生命力を奪うだけではなく、意識を今のように誘導するような効果もあるのやも知れませぬ。
 そう考えればあの精鋭が為す術もなく全滅したのも頷けますわい」

 ザボエラの考察にエターナルも思わず唸った。

「爺さんの云う通りかもな。この結界の意図はまだ読めねェが、マジで褌締めてかねェと気力も体力も根刮ぎ奪われかねねェぞ」

 そこでエターナルは眉を情けなくハの字に下げた。

「姫様? 如何なされました?」

「褌で思い出しちまった…なぁ、さっき尻餅ついただろ?」

「ええ、先程は肝を冷やしましたぞ」

「それでな…今日の俺はスカートだ…それに裾を上げてた訳でな…」

 エターナルは手で尻を押さえる。

「しかもよりにもよって土がぬかるんでやがった…」

 エターナルは荷物袋に手を突っ込むと、小さな白い布製の物を引っ張り出した。

「ちょいと待っててくれ。そこの茂みで取り替えてくる…」

 少し離れた茂みに向かうエターナルの背中はかなり煤けていたとザボエラは後述している。

「近衛騎士団・アパレル課の連中に勧められるままスカートで任務に就くンじゃなかったぜ…」

「…一体近衛騎士団にはいくつ課があるのじゃろうな?」

「さてな…噂じゃ近衛騎士団の中で傭兵部隊を作るつもりらしく、自分達を売り込む為の営業課などというものまであるらしいぞ」

 下着を替えたものの未だに肩を落としているエターナルのぼやきに、ハドラーとザボエラは揃って溜息をついた。








「ここが例の村か。典型的な農村だな…アレさえ無ければ…」

 ハドラーが発見した村に到着した一行は村の入り口から一歩も踏み込めずにいた。
 何故ならば、入り口から見える広場の中央に大きな篝火が焚かれ、数体の魔族の死体が網焼きにされていたからだ。
 その周囲を数十人の村人が囲み、何かしらの肉に舌鼓を打っていた。
 その肉が何であるのか極力想像しないように努める三人であった。

「こりゃァ村の中を突っ切るのは危険だな…かと云って村を避けるとなると山越えになるし、どうすンべ…」

 村人に見つからないよう入り口の門の陰に隠れて相談していると、不意にエターナルのスカートの裾が引っ張られた。

「……ん?」

 見下ろすと五、六歳くらいの女の子がエターナルのスカートを掴んで無邪気に笑っていた。

「お姉ちゃん、どこから来たの? お隣の村の人?」

 どのように返事をしたものかと逡巡している内に、女の子の手はエターナルの髪に移っていた。

「わぁ♪ お姉ちゃんの髪の毛、銀色で綺麗♪ もしかしてお姉ちゃん、外国の人? だってオーザムには銀色の髪の毛人いないもん」

 物怖じせずに話しかけてくる女の子にエターナルは苦笑しながらしゃがむと、視線を合わせて答える。

「そうだ。お姉ちゃんは外の国から船でここまで来たンだよ」

 すると女の子は満面の笑みを浮かべて、

(ん? なんかどこかで見たパターンだな?)

「じゃあ、余所者だね♪ 余所者は死んじゃえ♪」

 大振りのナイフで斬りつけてきた。

「危ねェ!? さっきのババァと同じパターンかよ!!」

 咄嗟にナイフを掴む手を取って投げ飛ばす。

「みんな!! 余所者だよ!! ここに余所者がいるよ!!」

 背中から勢いよく地面に叩きつけられながらも女の子は村人達にエターナルの所在を伝える。

「余所者だぁ!! 入り口に余所者がいるぞ!!」

「殺せ!! 余所者はみんな殺せ!!」

「よく知らせてくれたメアリー!! 褒美に今夜はこの女の心臓を食わせてやるぞ!!」

 村人達は食事を中断して手に手に農具を持って駆け寄ってくる。

「クソッタレ!! マジで厄介だな、この結界! 警戒心がすぐに薄れやがる!!」

 干し草を持ち上げるピッチフォークを突き出してきた村人の首を蹴りながらエターナルがぼやく。
 村人は首の骨が折れたのか顔を真横にして倒れるが、すぐに笑いながら起き上がる。

「巫山戯やがって!! 首の骨を折ってもくたばらねェのか!?」

「この結界のせいなのか、太陽神への狂信から精神が肉体を凌駕しているのか、生半(なまなか)な攻撃では倒せそうにありませんな!!」

 ハドラーは両手に地獄の爪(ヘルズクロー)を出して数人の村人を一気に屠る。

「そのようじゃな!! メラゾーマ!!」

 ザボエラの杖の先から巨大な火球が飛び出すが、彼らは一人の村人を楯にする事で犠牲を抑える。

「こやつら死を恐れていない!? し、しまった!!」

 メラゾーマを用いてすら大したストッピングパワーを得られなかったザボエラに農具を凶器にした村人達が殺到する。

「イオラ!!」

 その村人達に立ち塞がるように無数の魔力の球体が現われ、彼らに殺到する。
 村人に触れるか地面へと着弾した球体は大爆発を起こして周囲を吹き飛ばす。

「あのババァン時の借りは返したぜ!!」

 サムズアップするエターナルにザボエラも苦笑しながら親指を立てて返す。
 窮地を脱したザボエラは呪文をギラ系に切り替えて村人達を少しずつ確実に倒していく。

「ええい! 鬱陶しいわ!! イオナズン!!」

 ハドラーも負けじとイオナズンで数軒の家ごと村人を巻き込むが、倒壊した建物を乗り越えるように次から次へと増援が現われる。

「クソ!! キリがねェ!! 本当に一回滅ぼされた国なのかよ!?」

 エターナルは五十人斬り捨てたところで数えるのをやめていたが、もう既にその倍は斬っているはずだ。
 しかし一向に攻撃が緩む気配が見えない。

「お姉ちゃん♪ あ・そ・ぼ♪」

 その時、入り口でエターナル達を見つけた女の子が数人の子供達を引き連れて戻ってきた。
 きな臭い。子供達は全員、体から煙を吹き出している。

「…ッ!! 導火線が燃える臭い!!」

 駆け寄ってきた子供の一人を捕まえると鍬や鎌を手に迫ってくる村人に向かって投げる。
 次の瞬間、子供は爆発霧散し、多くの村人を巻き込んだ。

「自爆だと!? テメェら、餓鬼に何させてやがる!!」

「余所者は殺せええええええええええっ!!」

 エターナルの叫びも村人達には届いていない。

「お姉ちゃん♪ どこ行くのぉ?」

「しまっ…!?」

 子供が自爆するという状況に動揺した一瞬の隙をつかれてエターナルの両足に子供達がしがみついてくる。
 子供とは思えない万力のような力で脚を掴まれて振りほどく事ができない。
 それに生来の優しさが自爆しようとしている子供を蹴り飛ばす事に無意識のブレーキをかけていた。

「お姉ちゃん、一緒に逝こうね♪」

「冗談じゃねェぜ!! 俺ァ死ぬ時はベッドの上で腹上死って決めてンだよ!!」

 絶体絶命の中、エターナルの耳に笛の音が微かに聞こえたような気がした。

「姫様!!」

 ハドラーとザボエラの悲鳴に近い叫びが轟く中、諦めず女の子の顔を掴んで引き剥がそうとしていたエターナルは確かに見た。

「太陽神様!! この聖戦の勝利を貴方へ♪」

 女の子の顔の皮が捲れ上がり、無骨な人形の顔がそこにあった。

「魔王軍・魔軍顧問エターナルを十二使徒が一人、傀儡(くぐつ)のアンティーラが討ち取ったり♪」

 次の瞬間、エターナルは閃光と轟音、そして衝撃に包まれた。








 オーザムの首都の中央に建造された豪奢なオーザム城の会議室で三人の姿があった。

「どういう事かしら? 何故、あんな村に傀儡のアンティーラがアンブッシュ(待ち伏せ)してるの?」

 淡い桜色の髪を腰まで伸ばした女性が垂れがちの目を細めて問いかける。

「私の指示だ。今現在我ら四人の中でも自由に動け、尚かつ巫女様の奪取が可能な実力者はアンティーラだけだからな」

 蒼い髪をアップに纏めた切れ長の目をした女性が事も無げに答える。

「アンティーラが強いのは私だって百も承知よ!」

「アニマよ。ならば問題あるまい?」

 激昂するアニマに冷たい眼差しを送りつつ蒼い髪の女性は紅茶を一口啜る。

「問題大有りよ!! アンティーラはかつて巫女様候補の中でも一番巫女様に近いと謳われた美貌と魔力の持ち主だったわ!!
 でも実際に巫女様に選ばれたのはエターナルだった…アンティーラは今でもその事を恨んで…いえ、妬んでいるのよ?」

「アニマ…まさかアンティーラが巫女様を殺すとでも云うのではあるまいな?
 馬鹿を云え。そんな事をしてもアンティーラが巫女様になれる訳ではないのだぞ?」

「ええ、いくら実力があろうと結局巫女様を選別するのは太陽神様のご神託…アンティーラがあの子を恨むのは筋違い…
 でもね? 数百年生きようと、人外の力を持ってようと、私達の本質は人間なのよ? 感情という怪物だけは完全に制御なんてできないわ」

 アニマは目の前の女性が淹れた紅茶を飲んで顔を顰めた。

「サティア…貴女は何回教えても美味しい紅茶の淹れ方を覚えないわね…どうやったらここまで香りが飛んで尚かつエグ味を引き出せるのよ」

 サティアと呼ばれた蒼い髪の女性はそっぽを向いて鼻を鳴らした。

「フン、茶なんぞ飲めれば文句はあるまい。それは巫女様とて同じ事だ」

「どういう意味よ?」

「確かにアンティーラが巫女様に良い感情を持っていない事は私とて百も承知だ。
 だが、だからこそコントロールも容易なのだ。要は巫女様を殺さなければ私に文句はない」

 アニマは一瞬にしてサティアとの間合いを零(ゼロ)にすると、胸倉を掴んで持ち上げた。

「貴女、アンティーラに何て云ったの!?」

「フン、巫女様はエターナル様であるという決定は覆らん。感情のままあの御方を殺せばアンティーラ、お前は反逆者となる。それはお前も望むところではあるまい、と」

「そして、こう続けたのね? 巫女様は偉大なる太陽神様の精を受け、光の救い御子様を産むのがお役目、ただそれだけ…と」

 アニマの眠っているかのように細かった双眸が見開かれ、鮮血のように真っ赤な瞳がサティアの絶対零度の銀色の目を射抜く。

「そう、最悪、生きて子宮さえ無事ならエターナル様が如何様なお姿になろうと問題とするところではない。それさえ守って貰えれば後はお前の裁量に任せると、な」

「そんな事、私が許さないわ。あの子には…エターナルには指一本触れさせない!!」

「できると思うのか? 今のお前は教皇様の魔力でかろうじて生き存えているゾンビに過ぎん。お前の翻意が教皇様に伝わった瞬間、お前はたちまち死骸に化ける」

 サティアの手がアニマに触れると電流のようなショックが腕に走り、思わず彼女を放してしまう。

「安心しろ。エターナル様は神の子を産む宿命を帯びた御方…いくらアンティーラが嫉妬に狂ってもそこまで無茶はしまい」

「だから感情は完全に制御できないって云ってるでしょ」

 腕をさすりながらアニマはより一層サティアを睨む。

「フン、よしんばアンティーラが巫女様を殺すか、出産に耐えきれんほどのダメージを与えていたとしても問題はない」

 サティアの見る者を凍えさせる視線がアニマを捉える。

「いざとなれば巫女様の子宮のみを生かし続ける事はできる。死者に新たな命を吹き込む事ができる教皇様ならば容易い事」

 愕然とするアニマをよそに、サティアは一言も口を利いていない三人目に声をかける。

「そういう訳だ。悪いがお前の出番は無くなりそうだな?」

 すると貴族然とした恰幅の良い五十絡みの男が口を開いた。

「じゃあ、俺様は帰るわ…俺様も暇じゃなくてよ? スカイオーシャンの野郎から頼まれ事があるんでな…」

 男は豪快におならをしながら席を立つと、大きなお腹をゆさゆさ揺すりながら会議室を出て行く。
 サティアはの後ろ姿を忌々しげに見送った。

「相変らず下品で知性の欠片もない男だ!! アレが我らと同じ十二使徒の一人なのだからおぞましい!! おまけに教皇様を呼び捨てにするとは!!」

「彼は元々太陽神信仰の信者ではないもの。教皇様にその腕っ節を見込まれて十二使徒になった謂わば傭兵のようなものよ。忠誠を求める方が無茶よ」

「分かってる!! だが、どうしてもあの男の品の無さだけは我慢が出来んのだ!!」

 先程、激昂するアニマを冷静に追い詰めていた時とは真逆に頭を掻きむしり地団駄まで踏んでいる。
 余程、あの男の存在はサティアの感情を掻き乱すのだろう。
 その姿に幾分溜飲が下がったアニマは控えめなノックに気付いた。
 入室を許可すると、オーザム兵の鎧を着た青年が入ってきた。

「報告いたします!! 先程、南東にある農村にて傀儡のアンティーラ様と巫女様が戦闘を開始したとの事です!!」

 思わずアニマは天を仰いだ。

「もう二人が激突したの…早すぎるわ。今のあの子じゃアンティーラには勝てない。
 だから私はまずあの男、そして私と戦わせる事で力をつけさせてあげたかったのに…
 今は太陽神様に祈るしかないわね。あの子が無事にアンティーラから逃げられる事を…」

 アニマは両手を組んで太陽に祈るが、彼女は一つ失念していた。
 エターナルにとって太陽神こそが最大の敵であるという事実を…








 あとがき

 まずは八ヶ月近くも放置してしまい申し訳ありませんでした(汗)
 理由はいくつかあるのですが、大きなものとしては…

 一つ。
 春入社の新入社員の育成の責任者だった為、指導に時間を取られた事。

 二つ。
 昇進して新しい環境に馴染めず徐々にモチベーションが下がった事。

 三つ。
 実は三社ばかり賞に小説を投稿してまして、その執筆と準備に明け暮れてこちらが疎かになってしまった事。
 結果? 二社が一次選考も通らなくて、一社は一次選考だけ通りました。現実は厳しいですわw

 四つ。
 子供が通う小学校でPTAの役員に選ばれてしまった事。
 
 こんなところです。
 最近になって漸く時間に余裕が出てきましたので久方ぶりに筆を取りました。
 一応、執筆再開となりましたが、仕事が忙しい事には変わりなく、更新は亀の歩みになると思います。

 さて、今回から新展開のオーザム編ですが、いつにも増してダイの大冒険の雰囲気がありません(おい)
 おまけにこの八ヶ月の間に思いついたネタをどんどんやろうとした結果、オーザム編の一番手が変わったりと散々です(汗)
 しばらくはほとんどオリジナル展開に加え、クロスネタがかなり入って来ますので不快感を覚える方もいらっしゃると思いますが、お付き合いの程宜しくお願いします。

 それでは、また次回に。




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