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[12318] 転生者はトラブルと出会ったようです 【次スレに移行】  
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:8716a64c
Date: 2012/01/17 00:52
2012/01/17 「転生者たちはトラブルと出会ったようです」に移行



大した力が無い主人公がボロボロになりながら頑張る話を目指しています。

稚拙ながら精一杯書き上げました。
皆様に楽しんで読んで頂ければ幸いです。

誤字報告及び関西弁のご指摘ありがとうございます。
お礼を申し上げます。


2012/1/17



[12318] 第1話
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:8716a64c
Date: 2010/04/09 17:54
第1話

 俺の名前はヴァン・ツチダ、今年で9歳。銀髪でオッドアイの紅顔の美少年さ。
 こう見えても現実世界からリリカルなのはの世界にやってきたトリッパーだ。
 SSSランクの超魔力の持ち主で、あまり使えないけどレアスキルも持っている。ついでに言うと管理局のお偉いさんとも知り合いだし、スペシャルな魔法とメイドさんな融合デバイスも持っている。
 だが、こんな俺もかつては……いや、よそう。不幸なんて人に言うものじゃない。
 さあ、俺の原作知識を生かしてなのはたちを助けてやるぜ……。


 すいません。私、嘘をついておりました。


 ぶっちゃけ、前の自己紹介はほとんど嘘です。名前は確かにヴァン・ツチダで9歳ですが、間違っても美形なんて面じゃありません。
 こっちに来た理由は不明です。前後が曖昧で、前の自分が生きているか死んでるかさえ不明です。まぁ、俺が此処にいる段階で死んでるだろうけど。
 ちなみに、顔は前世とほぼ同じで、黒髪で黒目の平凡な容姿でした。
 魔導師ランクは現時点で空戦C-、レアスキル等特記事項は無し。職業は時空管理局で首都航空隊に勤務する公務員です。
 転生者ってのはちょっとしたアドバンテージだけど、出来事の断片を描いた“物語”でしかない“原作”の知識なんて、俺が居る段階で大して役に立たないだろうしなぁ……。そもそも、原作知識を生かして何かを出来るほど頭が良くないし財力もない。ちゃんと働かなきゃご飯が食べられないから、仕事に追われる毎日なのよね。
 いや、こんな弱気じゃダメなんだ。なんとかして最低限なのは達とコネクションを作らないと、俺自身がどうしても助けたい人を助けることが出来なくなる。
 とりあえず、うまく行けばフェイトと知り合いになれるかなーなんて下心を持って執務官講習会なんぞを受けているのけど、可能性は限りなく低い。運良く出会えても下手をすると警戒されるし、きっと美人だろうからナンパ男Aで処理されそうだ。
 なんとかできないものかなぁ……はぁ。
 俺が考え込んでため息をついていると、不意に後ろで俺と同じ作業をしていた若い男……というか、少年が声をかけてきた。

「何溜息ついているんだ、先輩」
「いや、人生設計に迷って」
「何言っているんだよ」

 あっ、呆れられた。
 ちなみに話しかけてきたのは管理局で俺の後輩にあたるティーダ・ランスター空曹長。死亡フラグ持ちのシスコン野郎である。
 配属が俺より後だった為に、8つも年下の子供を先輩と呼ぶ羽目になった不幸な人である。もっとも多くは無いけど管理局で子供が働いているのは珍しくない(俺の年齢で武装隊にいるのは流石に珍しい)ので、あまり抵抗が無いみたいだ。
 実は彼は既に俺よりも階級が上なのだが、他に人がいないと時々俺の事を先輩と呼ぶ。
 見られたら困るだろうから止めて欲しいのだが、どうも止める気がないらしい。

「大体、人生設計に悩む歳じゃないだろう」
「いや、若い時からちゃんと考えておかないと将来後悔するから」
「なに年寄りくさい事を」

 いや、年寄りだから。
 外見はともかく、中身は君よりずっとおっさんよ。言えないけど。

「いや、年寄りですから、実際」
「9歳で何を言うんだよ」

 あぁ、言ってしまった。
 ますます呆れられたけど。
 しかしなぁ、この人も死亡フラグ持ちなのだ。知り合わなきゃ放置していたかもしれないが、年齢で舐められている俺を庇ってくれたり、他にも色々と面倒見てもらってる。できれば死なないで欲しい人なのだ。
 無能力な転生者なんて、やりたいけどやれない事が多すぎて、ほんと悩みばかり増える。

「はぁ……」
「だから溜息つくなって。気持ちはわかるけど。何時になったら終わるんだろうな、これ」
「俺に聞かないでくださいよ、ティーダ曹長……」

 俺の溜息の意味を誤解したティーダさんが、金槌を工具箱に戻しながらぼやく。
 俺達がいるのはミッドチルダの首都クラナガンを守る首都航空隊の3097航空隊隊舎。地上では花形の航空隊なんぞといっても、首都の隅っこにあるこの隊舎はオンボロで、先日の大雨でついに雨漏りしはじめた。
 地上の予算不足の煽りをもろに受けているのである。
 書類や機械類があるから放置するわけにもいかず、かと言って修理の予算を申請したら何時になるかわからない。安全の問題上屋根の修理を素人の一般事務員にはさせられないので、しかたなく手の空いた魔導師が交代で修理をしているのだが、素人仕事なので一向に終わらない。
 そんな訳でむなしい作業に、ついつい人生設計を考えてしまう俺であった。 
 ティーダさんも同じ気持ちだったから、俺に話しかけてきたんだろう。

「まぁ、愚痴っていてもしかたないから続けようぜ」
「はい」

 そう言うとティーダさんは再び日曜大工に戻る。
 俺も考えてもしょうがない将来設計を投げ捨て、現実の脅威である雨漏りに向き直った。
 もっとも、さすがに無言で作業を続けていると落ち込むばかりなので、お互いどうでもいい事を雑談しながらだ。

「そういえば、来週の講習会どうするよ? ヴァンは確か夜勤だろう」
「適当に出て隅っこで寝てますよ」
「寝たら意味は無いだろう」
「ノート後でください」
「んなもん、頼るなよ。つーか、ちゃんと講義を聴かないと意味がないぞ」
「そうなんですけどね、俺の場合は総合魔力で足切りされそうですから……。無理に出世するより今は地力を上げてったほうがいいかなーって」
「お前のサーチャーはちょっとしたものだろう、アレじゃダメなのか?」
「一発芸ですから、あれって」

 不意に下の窓から女性事務員が首を出して呼びかけてくる。

「曹長、空曹! 出動要請です!」
 
 その言葉に俺達は顔を見合わせると、真剣な表情で隊舎に戻った。



 そして、俺達は顔を見合わせると、真剣な表情で隊舎に戻りたくなった。

「なんだよ、アレ」
「俺に聞かないでくださいよ……」

 要請に従い現場に急行した俺とティーダさんであったが、現場を見たとたん絶句してしまった。
 まあ、そりゃそうだろう。大量の警備隊と警邏隊を引き連れた男が、両手一杯に女物の下着を抱えて疾走しているのだ。
 人生の1/3近くを管理局に捧げている俺だが、こんなもん見たのは始めてである。
 つーか、どこのYOKOSIMAだよと、叫びたくなったのは秘密だ。幸いというかなんというか、そのバリアジャケットを着込んだ下着泥は銀髪の優男なので違うだろう。
 って、バリアジャケット?

「あー、あいつ魔導師だ」
「ほんとだ」

 上空で俺とティーダさんは冷めた目で足元の逃亡劇を見つめていた。
 送られてきた情報によるとすでに2時間近くこの追いかけっこを続けているらしい。そんな長時間走り続けるタフネスと魔力はすごいが、はっきり言って才能の無駄使いでしかない。

「まぁ、魔導師でも性犯罪に走る奴もいるだろうな」
「激しく低レベルですけどね。行きますか、ティーダさん」
「だな、ヴァンは足止め。俺が援護する」
「いつものフォーメーションですね。了解」

 ティーダさんの専門は射撃魔法である。間違いなく地上ではトップクラスの腕前で、俺なんかじゃその精度、威力とも足元にも及ばない。
 一方の俺は白兵から砲撃までそれなりに使えるオールラウンダーだが、どちらかと言えば格闘戦を得意としている。ティーダさんと組む場合は、俺が前に出て援護を貰う事になる。

「んじゃ、言ってきます」

 そう言うと、俺は一気に飛行速度を上げて先回りをする。
 程なくして、下着泥は角を曲がり俺の目の前に現れる……事無く、ビルの壁をよじ登り始めた。
 ……って、器用な。
 あ、いや、感心している場合じゃなかったな。俺は地面を軽く蹴ると、ビルの屋上に先回りした。

 息を切らせ鼻水をたらしながら、銀髪でオッドアイの優男はビルの屋上に現れる。
 って、どこのオリキャラ様だよ。鼻水たらして下着を抱えているんで台無しだけど。

「だ、だれだ!?」
「ホールドアップ、管理局だ」
「げげっ! 孔明の罠か?」

 俺の名乗りに、やたらオーバーアクションで驚く下着泥。
 つーか、孔明の罠って何だよ。

「孔明か小梅かしらんけど、窃盗その他もろもろの現行犯だよ」
「ま、まて、話せばわかる」
「話せば?」
「少年、君にはわかるはずだ。君も男なら、あの風にそよぐ真白な花弁の魅力が! その魔力に囚われた漢の魂が!」
「ごめん、わからない」

 中身が入っていない洗濯済みの布切れにどう欲情しろと?
 そもそも、転生して以来9年間ずっと強制賢者モードなんだよ。

「たわ言は後でまとめて聞くから、バリアジャケットを解除して素直について来い」
「だが、断る。このイオタ・オルブライトが最も好きな事のひとつは自分で強いと思ってるやつに「NO」と断ってやる事だ…」
「じゃあ、力ずくになるよ」

 なんか、前世で散々ネットで見たネタをぶちかます下着泥のイオタ。まぁ、97管理外世界日本のコンテンツはミッドチルダでも人気だから、知っていても不思議はないんだけど。
 とはいえ、こっちもお仕事である以上、軽犯罪とはいえ現行犯を逃がすわけには行かない。俺は手にもった杖型のデバイスP1S(管理局の制式装備であるストレージデバイス。ただし、かなり古い型)に格闘戦用の力場を纏わせる。
 2時間も追っ手を振り切るか振り切らないかのギリギリで走り続けるタフネスは馬鹿にならない。正直、最低に見積もってもBランク、下手すればAランクに匹敵する実力の持ち主だろう。
 やってることは低レベルだけど。
 俺は油断なくデバイスを構えると、目の前の下着泥に集中をする。
 一方下着泥は、構えた俺を見て不敵に笑うと、軽く地面を蹴り飛び上がった。って、航空魔導師か!?

「それも絶対にノゥ!」

 そう言いながら華麗なジャンプを決めた下着泥はムダにクルクルと回転をしながら再び地面に着地する。

「このイオタ・オルブライトが最も嫌いな事のひとつは暴力沙汰です、ごめんなさい」

 そして、いきなり謝りました。
 飛び上がったと思ったら、膝を付いて着地、そしてそのまま地面に額をこすりつけた。
 まさに、見事なジャンピング土下座である。
 俺は呆れるべきか感心するべきか悩みながら、とりあえず規定の勧告を述べる。

「じゃ、武装解除して。貴方には黙秘する権利と弁護士を呼ぶ権利があります。まぁ、軽犯罪だからそこまで大事にはならないだろうけどね」

 初犯か常習犯かしらないけど、ここまで彼は暴力は振るってないようだし大事にはならないだろう。
 もっとも、この俺の考えは色々な意味で覆されることになる。

「それもやっぱり、ノゥ! いざ行かん、美少女と美幼女とオッパイと貧乳がたわわに実る自由の船出!」

 そう言うと、突如下着泥を中心に魔法陣が形成される。なんだかえっちーっぽい軽薄なピンク色の魔法陣がビルの屋上一杯に広がる。
 って、さっきのジャンピング土下座は魔法の前振りかよ!

「ヴァン、そいつは転移用の魔法陣だ!」

 念話と肉声、双方でティーダさんの声が聞こえてくる。
 マズイ! 俺は大慌てで地面を蹴ると、下着泥を制圧するべくデバイスを振りあげた。
 そして、それとほぼ同じタイミングだった。

「ヴァン!! 避けろ!!」

 再びティーダさんの叫びが聞こえてくる。
 俺はほとんど条件反射で後ろに大きく飛び上がる。俺が飛び上がった次の瞬間、弧を描いて飛んできた魔法弾がビルの屋上に着弾した。

「あ、あぶねえぇ……」

 その様子に俺の背中に冷たいものが流れた。
 ティーダさんの警告が無ければもろに背中から食らっていた。警備隊の連中は何考えてるんだよ、味方の誤射でKOは流石にごめんだ。
 もっとも、この感想は次に発生した現象ですぐさま吹き飛んだ。

「ノゥ! ヘルプミー!! おまわりさーん、たすけてー!!!」

 突然叫びだす下着泥。そして警報を鳴らすデバイス。
 この警報音は……、次元震!? って、ちょ、おまっ、制御できないのかよっ!!
 つーか、なんで転移魔法でこんなやばい現象が起きるんだよっ!!

「さっきの魔法弾、次元反応弾かっ!!」
「反応弾!?」

 驚いている俺の横で、ティーダさんが叫び声を上げる。
 さすが射撃魔法のスペシャリスト、先ほどの攻撃魔法に思い当たったようだ。

「知っているんですか?」
「ああ、お前の年齢なら知らないのか。10年位前に禁呪指定喰らった魔法だよ。
 ごく稀にだが転移魔法と反応して次元震を引き起こすって、ニュースになったんだ!」
「そ、そんなヤバイ魔法が! って、次元震なおも増大中!?」
「くそっ! ヴァン、下の連中を避難させるぞ!!」

 ティーダさんは大慌てで下に居る連中に避難をするように呼びかける。
 でも、ここは街中だ。この次元震がどれだけの範囲を巻き込むかわからないが、近くに住宅や学校、オフィスビルだってあるんだ。逃げ切れない人が必ず出る。
 AAAランク……いや、せめてAAランクの魔導師がこの場にいれば何とかなるかもしれないが、ここに居る魔導師で最高位はAランクのティーダ空曹長だ。将来的にはAAA……いや、Sにだって届くだろうけど、今の彼にそこまでの力量は無い。

 いや、何とかできる手段が無いわけじゃない。
 俺は覚悟を決めると、静かにティーダさんに話しかける。

「ティーダさん、すいません。俺が行きますから、フォローお願いします」
「お前、何を言っているんだ? って、それは?」

 ティーダさんは俺のデバイスを見て目を見張る。
 そう、俺のデバイスは封印形態にその姿を変えていた。

「封印魔法なんて持っていたのか?」
「ええ、削除しないで入れておいたんですよ」

 まあ、ティーダさんが驚くのも無理は無い。普通一般の陸の武装隊員が封印魔法を持つことは殆ど無い。実は俺が入れていたのも、初期設定で最初から入っていたのを削除していなかっただけに過ぎない。
 皆入れたがらない理由は簡単で、専門部署でもない限り使う場面がまず無いからだ。しかも封印する物次第では、慣れてなければ一回封印処理を行なうだけで魔力を使い切ってしまう可能性がある。
 そんな魔法に容量を割くぐらいなら、もっと実用的な魔法を入れたいと考えるのが普通だろう。
 物語ではポンポン封印魔法を使っていたような気もするが、あれはきっと話の都合だ。少なくとも俺達には無理な芸当である。

「俺が次元震を封印します」
「無茶だっ! まて、それなら俺がやる!!」

 俺を慌てて止めるティーダさんだけど、それこそ無理な話だ。

「それこそ無茶ですよ。慣れない他人のデバイスで封印なんて出来るわけないでしょう。まして、すでに次元震が始まっているのに」
「そ、それは……、お前が無理に命を掛けなくても」
「おじさんが言っていたけど、俺達管理局職員は命を掛けて地上の平和を守らなきゃいけないって。時間も無いみたいですし、俺が行きます」

 俺の言葉にティーダさんが項垂れる。
 安定・停止状態にあるロストロギアならまだしも、次元震の封印なんて特に難しい部類だ。人のデバイスを借りてできる代物じゃない。
 少なくとも、俺達レベルの魔導師には命がけの作業なのだ。

 はははははは、どうやってアニメの舞台に介入しようかと考えていたら、その前に死亡フラグが来ましたよ。

 でもしかたないよね、これが俺の職業なんだから。俺みたいな半端者が市民を守るヒーローになれるなんて、かっこよくない?
 本当に最後まで迷惑と心配を掛けてすいません、ティーダ曹長。おじさん、姉ちゃん。後は頼みます。
 次元震エリアを見つめる俺に、ティーダさんが最後の言葉を掛けてきた。

「ヴァン……、すまない」
「気にしないでくださいよ。あ、それよりも無事に帰って来たら妹さんを俺の嫁にくださいね」
「それは断る、ティアナは誰にもやらん!」

 辛そうなティーダさんに俺は軽口を叩く。ティーダさんもいつもと同じようにシスコン節で応えた。
 そして、お互い顔を見合わせニヤリと笑みを交わすと、俺は自分が持つ切り札ともいえる魔法を発動させた。

「閃光のごとく駆けよ」
『Flash Move』

 少女の声の合成音と共に、俺の身体は高速の世界に突入する。
 俺が唯一使える加速魔法は直線でしか動けない上に連続稼働時間が2秒程度、しかも一回使うと30秒は再使用が出来ないという、使い所が難しい魔法だが、こういった場合では重宝する。
 俺は瞬間移動とも言える速度で次元震エリアに近づく。境界で硬い壁にぶつかった様な衝撃を受けるが、速度をさらに上げ強引に突っ切る。
 体がバラバラになりそうな衝撃に堪えながら周囲を見ると薄暗かった。
 どうやら次元震には外部からの光を遮蔽する効果があるらしい。
 そのまま墜落ような体勢でビルの屋上に着地する。
 俺は起き上がりながら周囲を確認する……いや、しようとした瞬間なにかに横殴りにされ吹っ飛ばされた。2~3度転がりビルの柵にぶつかり止まる。

「ぶ、物理的な衝撃を伴う次元嵐……?」

 どうやら口の中が切れたっぽい。血の味を舌に感じながら俺は呟く。
 訓練校時代に講義で少し習ったけど、こりゃ厄介だ。何処からとも無くいきなり見えない拳に殴られるんだから。
 これに比べたら、突風はまだ“見える”。
 俺は体の状態を確認しながら立ち上がる。骨に異常はないみたいだけど、あちこちが痛い。特に足は捻ったのか、立ち上がるだけで激痛が走る。
 額も切れたみたいで、額から血が流れ落ちているのが触らないでもわかった。
 でも一発で意識を持っていかれなかっただけで御の字だろう。封印する事も出来ずに一緒に次元震に巻き込まれたんじゃ道化も良い所だ。
 周囲を確認、下着泥は……?

「ヘルプ、ヘルプミー! ああ、世界は私のような天災を見捨てようとするのか、そうか、これは嫉妬、嫉妬なんだな。世界は私の有り余りあふれて漏れ出してメルトダウン寸前前転3回半得点は10点満点な才能を妬み、私を消そうと言うのか。ああ、何たる世界的損失! 何たる悲劇! 全世界の美女美少女美熟女美幼女美少年美メカの涙があふれてスタンドバイミー!!
 ああ、こうなるならなのはたんとユーノたんとフェイトたんとはやてたんとヴィータたんとアリサたんとすずかたんとキャロたんとエリオたんとルーテシアたんとチンクたんにクンカクンカ!クンカクンカ!モフモフモフ!ハァハァハァハァ!しておけばよかったぁぁぁぁぁぁぁl!」

 うん、無事らしい。
 なんか聞き捨てならない台詞があったような気がするが、とりあえずキニシナイ。余裕があるみたいだし、とりあえず放置しておいていいな。
 
 俺は脱力しそうになる気力を奮い起こすと、周囲を注意深く伺う。
 俺の目当てのものはすぐに見つかった。
 屋上から高さにして1m程度のところに、黒い球体状の何かが存在しており、それを中心に光が届かないエリアが少しずつ拡大している。
 あれがこの次元震の中心だろう、アレを封印すれば……。
 俺は一歩ずつ中心核に向かい進む。その間にも、凶器となった空間が俺を襲う。
 刃物となった空間が俺の肩口を切り裂き、拳となった空間が俺を打ちのめす。バリアジャケットがなければ、きっと2~3回は死んでいただろう。
 すごく痛い、泣きたいぐらい痛い。
 でも、俺は管理局員なんだ、皆を守らなきゃダメなんだ。
 俺は歯を食いしばって一歩ずつ前に進んだ。
 そして、中心核近くにやってきた俺は、デバイスを構えた。

「封印!」

 叫び声と共に、中心核の封印術式を展開する。
 魔力がごっそりと持っていかれる。傷が痛み、身体が悲鳴を上げる。
 ともすれば持っていかれそうな意識を、俺は気力だけでつなぎ止めた。
 そして、中心核に何重もの魔法陣が絡みつき、狭いエリアで次元嵐が荒れ狂い、俺の身体を打ち付ける。
 手をデバイスから離しそうになるのを必死に堪えながら、俺は術式をくみ上げていく。
 やがて黒い球体は消えていった。

「封印、完了……」

 周囲が明るくなり、俺は安堵の溜息をつく。

「ヴァン!! 気をつけろ!!」

 ティーダさんの叫び声を上げる。

「えっ!?」

 俺は思わず目の前の封印した場所を見た。そこにはまだ小さな黒い点が存在していた!

「し、しまった!!」

 次の瞬間、その点が轟音を立てて爆発する。
 黒い空間がビルの屋上をごっそりと抉り取るのが俺が見た最後の光景だった。





 ……ここは。
 俺が気がついたのは、何処かの森の中であった。
 あたりは薄暗い……、夜なのか?

 俺はばらばらになりそうな苦痛を無理やり無視して立ち上がった。いつの間にかバリアジャケットは消え、管理局の制服姿に戻っている。
 どうやら、あの次元震の余波を受けてここに跳ばされたらしい。
 あの後どうなったのだろうか、ティーダさんや町の人は無事なんだろうか。
 もっとも、今の俺には確認する術も無く、ただ無事を信じる事しか出来ない。それに、まずは現状を確認しないと、人の心配をしている余裕なんてないはずだ。
 俺は気持ちを切り替えると、周囲の様子を窺った。

 周囲に空気はあり、森が茂っている。これは生命活動が可能な場所に落ちたという事なんだろう。
 次元震に飛ばされて虚数空間に落ちなかっただけでも、とんでもない幸運だ。これは一生分の幸運を使い切ってしまったかもしれない。
 宝くじとサッカーくじを買うのは今後止めておこう。

 できれば管理世界であって欲しいけど、そこまで期待はできないだろう。
 俺はデバイスを起動させて周囲の様子を探る。
 って、ありゃ?
 デバイスを起動させると、妙な違和感がある事に気がつく。調べてみるとデバイスが破損しており機能の一部が壊れていた。戦闘には支障が無いと良いんだけど……。
 自己診断開始……えっと……。
 ありゃ、射撃系の管制が死んでいる……。ビーコンは生きているから救難信号は発信されていると思うけど。
 俺の使っているストレージデバイスP1Sは10年前から使われている管理局の制式装備だ。型が古いので処理速度は最新型に比べ落ちるが、やたら頑丈に出来ている。
 今回はこの頑丈さに感謝しよう。この程度の故障なら、まだデバイスとして使用できる。
 まぁ、そんな風に強がってみたものの、未知の場所での故障は心細いよなぁ……。
 主と同じくボロボロのデバイスに溜息をついていると、突然脳裏に誰かの声が聞こえてきた。

【聞こえますか、僕の声が……、聞こえますか!?】

 おそらくは、助けを求める無差別念話だろう。
 これが聞こえてきたということは、管理世界の……辺境だろう、恐らく。

【聞いてください、僕の声が聞こえるあなた……、お願いです。僕に少しだけ、力を貸してください】
「おい、どうしたんだ、こちら時空管理局ミッドチルダ……、って、聞こえてないのか!?」

 恐らくは子供だろう助けを求める声に俺も念話を飛ばすが、どうやら向うには聞こえていないらしい。
 無差別念話の上に、こちらも魔力が尽きかけているから無理も無い。
 とはいえ、ボロボロなことを理由に放置しておくわけにはいかない。道義的にも、職業的にも。

 念話は少しずつ力を失っていく。相当切羽詰った状況のようだ。

【お願い、僕の所へ……近く……きけん……もう】

 そして声は聞こえなくなった。

「くそっ、何処の誰か知らないけど生きていてくれよ! セットアップ!」

 俺はボロボロの身体に気合を入れるために一声叫ぶと、この身にバリアジャケットを纏った。
 もっとも、展開されたバリアジャケットの様子も酷いものだ。管理局武装隊の制式装備である俺のバリアジャケットだけど、あちこちが破れている。
 一回消えたバリアジャケットがこの状態ってことは、射撃管制系以外にもデバイスの機能が壊れているのかもしれない。
 とはいえ、見た目はボロでも防御機能までは死んでないなら問題は無い。
 俺は痛む身体に鞭打って飛び上がった。

 飛び上がった俺の眼下には緑あふれる山々と海に面した大きな町が広がっていた。
 どうやら、人が居住している世界に跳ばされたみたいだ。思ったより早くミッドチルダに帰れるかもしれない。確実に一生分どころか前世と来世の分の幸運も使い切っただろうから、賭け事は絶対に止めておくべきだと再度心に誓った。
 しかし近くに町があるのならば、無理しなくても良いかなと思う。反面、おじさんに叩き込まれた管理局局員心得に従い、助けを求める声に向かって飛び続ける。
 
 そして、俺は程なくして助けを求める声の主を視認した。
 なにやら、俺と同年代のツインテールのかわいらしい女の子が、何だか良くわからないもじゃもじゃな怪物に襲われている。

 あ、パンツ見えた。

 じゃなくて、その彼女の腕の中にはイタチというか、フェレットらしき動物がいて、その動物は首から赤い球体がぶら下がっていた……、デバイスだよな、アレ……。
 ……って、どこかで見たことがあるような。
 予想外の出来事に俺が呆然としている──あるいは、現実逃避をしている間にも、状況はどんどん進行していく。
 とりあえず逃げ出したツインテールの女の子であったが、化け物はすぐに追いつく。
 女の子はフェレットから赤い球体……いや、デバイスを受け取ると、教わりながら起動キーらしき言葉を口にした。

「我、使命を受けし者なり
 契約の元、その力を解き放て……」

 だが、化け物もそれを黙って見ているほど間抜ではない。
 少女とフェレットに、牙をむいて襲い掛かる。
 って、まずい!!

「くそ、間に合えっ!!」
『Flash Move』

 考えるよりも、身体のほうが先に動いていた。
 俺は高速移動魔法を起動させると、化け物と少女達の間に割って入る。
 射撃管制が壊れている以上、格闘戦で行くしかない。デバイスに力場を纏わせ強化をすると、全力で化け物をぶん殴った。

──GUYAAAAAAAA!!

 俺の渾身の攻撃を受けて化け物は吹っ飛ぶものの、すぐにうなり声を上げて起き上がった。
 再び突撃してくる化け物を、プロテクションで受け止める。
 って、つえええええええええ。じりじりと押されているよ! バリアが今にも砕けそうだよ!
 物語じゃホイホイ倒していたけど、こいつこんなに強いのかよ!
 
「えええええええええっ、誰、誰、誰なの!?」
「ええええええっ!? 管理局の人!? 来てくれたんだっ!!」

 突然の乱入者に、少女は驚きの、フェレットは歓喜の叫びを上げる。
 だからパンツ見えている。
 じゃなくって……。

「お、押さえておくから何かするなら早くしてくれっ!!」

 俺は必死に押さえ込みながら、後ろで驚いている二人に叫び声を上げた。
 その叫びに我に返ったのか、二人は起動キーワードの続きを唱え始める。

「い、急ぎましょう! あの人が危ない!」
「そ、そういえばボロボロだよ、あの子! ねえ、続きはどうするの!?」
「僕に続いて! 風は空に……」
「風は空に、星は天に、そして不屈の心はこの胸に。この手に魔法を。レイジングハート、セットアップ!」

 二人の詠唱は佳境に入っていく。その間も俺は必死に化け物を抑え続けていたが……。

──GUYAAAAAAAA!!

 くうっ、バリア突破された!

 爪のような蔦のような部位に切り裂かれ、頬から血が流れる。
 一番攻撃力のありそうな化け物の牙らしきものは、デバイスとぶつかり合い火花を散らしている。
 もうそんなに持たない!

「せ、成功だ……」
「うそ、うそ? なんなの、これ?」

 何でもいいから早くしてくれっ!
 俺の焦りが最高潮に達した時、突如化け物から受ける圧力が軽くなる。
 いや、違う。化け物は新たに出現した、真なる脅威に反応して前座に過ぎない俺に構うのをやめたのだ。

 そう、俺の背後には突然起きた非現実な出来事に混乱する、白いスカートの新米魔導師……高町なのはがそこに立っていた。
 俺は偶然にも、望んでも混じれないだろうと半ば諦めていた物語の舞台に潜り込んでいたのだ。



[12318] 第2話(前編)
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:8716a64c
Date: 2011/08/08 23:11
第2話(前編)


「な、なんなの、これなに!?」

 初めてバリアジャケットを身に纏ったなのはが驚きの声を上げる。
 無理も無い、97管理外世界の人間は魔法の存在を知らないのだ。目の前の化け物だけでも混乱しているところに『変身』なんてしては、どうして良いのかわからなくなるのも道理だ。むしろ、気を失わないだけ気丈な子だと褒めるべきだろう。
 いや、後ずさりするどころか、彼女は一歩前に踏み出す。目はおびえる事無くはっきりと俺と化け物を見ているじゃないか。
 傷ついた、見ず知らずの少年……情けないが俺の事……を守ろうと、小さくとも確かに戦う勇気を示したのだ。
 武装局員だって初めて実戦に出た時は恐怖と緊張で何も出来ない事が多い。それなのに彼女は一歩前に出た。とてもじゃないが、訓練など積んでない、ごく平凡な子供だとは思えない。
 それは彼女の優しさであり強さであり、そして歪みであるのだろう。少なくとも平和な日本に育った9歳の女の子としてみれば異常である。化け物を目の前に泣き叫び逃げるのが正しい姿だ。
 これが良い事なのか悪い事なのか、正直わからない。
 しかしそんな事よりも何よりも、確かに言える事は、俺は物語の登場人物などではない、生身の人間である高町なのはの勇気に感動していた。

 俺が彼女の姿に感動を感じていたように、化け物は少女に恐怖とこの中で唯一自分を打倒できる存在であるという事を感じたのだろう。
 化け物は一声天に向かって吼えると、大きく跳躍した。

──GUYAAAAAAAA!!

「来ます!」

 フェレット……、ユーノが警告を発する。
 その警告になのははデバイスを目の前に突き出して……うろたえる。

「えええっ、ど、どうするのっ!?」

 って、無理も無い! 彼女がどう考えていようと、魔法は素人なのだ。バリアジャケットを着込んだところで、戦い方がわかるわけは無い。
 俺は大慌てで再びデバイスを構えなおす。最悪、俺が彼女の盾になってでもあの怪物の動きを止めなければならない。
 もっとも、俺の心配は杞憂に終わる。
 インテリジェントデバイスであるレイジングハートが、勇気ある主を守るために自動的防御を展開させたからだ。

『Protection・・・』

 勢いをつけて落下してくる化け物に対して、レイジングハートを基点にピンク色のシールドが形成される。

「うんん……、くうううん……」

 その形成されたシールドを傘に、化け物の突撃を耐えるなのは。
 苦しそうではあるが、俺のシールドと違いビクともしない……、って、アレ一番ランクの低いアクティブ系プロテクションだよな……。俺が張ったシールドよりも2ランクぐらい低い。物理防御は高いけど、すぐに壊れるはずなんだが、アレ。
 どんだけとんでもない魔力を秘めてるんだよ……。

 あっ、いや、こんなどうでも良いことに感心している場合じゃなかった。
 あの化け物のが動きを止めている今がチャンスじゃないか。

『Force Saber』

 俺の手持ちの格闘専用魔法ではもっとも攻撃力のある魔力の剣、フォースセイバーを起動させる。
 俺の操作によりデバイスから青白い魔力刃が伸びてゆく。
 スター○ォーズやビー○サーベルを参考に作った俺の近距離用の攻撃魔法……ただし、未完成品。1回振るとすぐ消えちゃうし、魔力を馬鹿食いするし、連続使用できないし、取り回しもあんまりよくないと、やっぱり使い所が難しい。
 本当は何合でも打ち合えるようにしたいのだが、剣の形に固定させるのがなかなか難しいのだ。
 まあ、それでも接近戦においては一番攻撃力がある魔法だ。今みたいに足止めをされている相手になら今のこれでも十分使える。

「くらえっ!!」

 俺は大きく振りかぶると、化け物を切り裂く。
 魔力刃は大した抵抗もなく化け物にめり込むと、バターを切り裂く様な感触と共にあっさり化け物を両断した。

「す、すごい……」

 俺の攻撃になのはが感心して力を抜く。
 それを見て、ユーノが慌てて警告を発する。

「力を抜かないで! すぐ再生します!」

 そう、俺の魔法の破壊力が大きかったのではない。こいつは打撃に対しては己の身体を分散させる事により衝撃を吸収する特性を持っているのだろう。そうでなければあそこまで抵抗無しに斬れるはずがない。
 もっとも、そんな事を素人の少女に分かれというのが無理だ。
 化け物は切り裂かれた半身などお構い無しに、なのはに向かって突進を続ける。

「えっ、ええええっ!? きゃああっ!!」

 慌ててプロテクションに力を込めなおそうとするなのはだが、一度力が抜けた状態から改めて強化するのは熟練の術者でも難しい。
 化け物の突進にバリアはついには破られ、なのはは大きく跳ね飛ばされる。

 って、まずい! あっちは電柱じゃないか!

 このままだと背中から電柱にぶつかる!? バリアジャケットを着ているから平気だと思いたいが、彼女は初めて魔法を使うのだ。どこかに綻びが無いとも限らない。さらに、受身が取れるような身のこなしもしていなかった。
 綻びがあった場合、背面からの衝突はかなり危険だ。
 俺はフラッシュムーブを発動させて電柱にぶつかる前になのはの身体を受け止める。
 もっとも、衝撃までは完全に消せない。俺はなのはを受け止めると背中から電柱に激突した。
 めきめきと音を立ててへし折れる電信柱。バリアジャケットでも消せない衝撃が俺の身体を通り抜けた。

「ぐはぁっ!」

 肺から空気が搾り出される。今の衝撃でバリアジャケットが解ける……。
 まずい、今ので魔力が完全になく……なっ……た。意識が……遠のく。

「ねえ、君、君、大丈夫、君」
「し、しっかりしてください……!!」

 なのはとユーノの声が聞こえてくる。
 だけどその声はすごく遠くて……。

「お、俺は良いから……はやく……」

 この時俺は、早くどうしろと言おうと思ったのだろう。
 俺の意識は再び闇に消えていった。





 最初に気がついたのは、まぶたの上に乗っかっていた濡れたハンカチの感触であった。

「ここは……?」

 背中には何か硬いものが……、どうやら寝かされていたらしい。
 俺はあちこち痛む身体に呻きながらも上半身を起そうとする。

「あ、気が付きましたか?」

 俺のお腹のあたりから声がした。
 そこには知性を瞳に宿したフェレットがちょこんと乗っかっていた。
 うむー、やっぱり夢じゃなかったらしい。とんでもない幸運で此処に飛ばされてきたんだな、俺……。

「うん。君達に助けられたみたいだ。すいません、ありがとうございます」

 俺が起き上がりながら礼の言葉を述べると、フェレットは逆にかしこまって謝罪と礼の言葉を口にした。

「あ、いや、そんな、僕のほうこそお礼を言うべきなのに、何とお礼を言って良いのやら」
「いや、俺が来たのは仕事だから。それと、もう一人の女の子は?」

 そう、仕事だ。自分で選んだ仕事なのだ。それなのに気を失って助けるはずの一般市民に逆に助けられるなんて情けない。いくら疲れきっていたとはいえ、そんな事は言い訳にならない。
 俺は自分の不甲斐なさを内心で責めつつも、とりあえず目の前のフェレットに姿の見えない女の子のことを訪ねる。

「あ、なのはさんならもう一枚ハンカチを濡らしに行きました。すぐに戻ってくると思います」
「そうか、本当に迷惑ばかり掛けて……、重ね重ね申し訳ない。ところで、君達はスクライア一族の人?」

 全部知っているといえば知っているんだけど、会話に不自然さを出さないためにも念の為確認をする。
 スクライア一族独自の変身魔法は有名だ。管理局の局員が知っていてもなんら不自然なところは無い。 

「いいえ。スクライアは僕だけです。なのはさんは此処の人で……僕が巻き込んで……しまって……」

 今にも泣き出しそうな声を出すフェレット。
 俺が同じ世界出身の、しかも管理局の人間だからだろう、まるで懺悔をするかのごとくフェレットは項垂れる。

「それを言ったら俺はどうなるんだよ。管理局局員なのに真っ先に気絶したんだぞ……って、そういえばさっきの化け物は?」
「あ、それならなのはさんが倒して、封印しました」
「って、封印処理? あんな素人の子供が?」
「はい、それがどうかしましたか?」

 封印処理をしたと、さも当然とばかりに言いやがった。
 前にも少し言ったが、封印処理って慣れてなきゃ力の入れ加減がわからなくて結構魔力を使うんだぞ。あの子、どんな魔力をしているんだよ。
 いや、このフェレットもその事に疑問を抱いていないって、どんだけ……。
 それともスクライア一族だからか、発掘一族なら封印処理をすることも多いだろうし、当然と考えたのかな?

 俺が色々と基本スペックの違いに絶句していると、軽い足音と共に女の子が駆け寄ってきた。

「あ、気が付いたんだ」

 やってきたのはツインテールの女の子。名前は知っているけどとりあえずは自己紹介されるまで知らないふり。

「はい、ご迷惑をおかけしました。ありがとうございます」
「そ、そんな、当然の事をしたまでだよ」

 礼を言う俺に、真赤になって照れる女の子。
 そんな女の子に俺はとりあえず自分の所属を述べる。

「いえ、本当に助かりました。自分は時空管理局ミッドチルダ本局首都航空隊3097隊所属、ヴァン・ツチダ空曹です」
「え、えっと、私立聖祥大学付属小学校3年生、高町なのはです、えっと、その、はい」
「ええええ、ぼ、僕ですか。え、えっと、スクライア一族のユーノ・スクライアです」
「あ、いや、そんな畏まって名乗っていただかなくても……」

 うむー、びっくりさせてしまったようだ。
 とはいえ、こういった場合ちゃんと所属を名乗っておかないと、管理世界に戻ってから騒ぎになったとき責任の所在がわからなくなるからなぁ……。
 しかし、3人の自己紹介(?)後に、なんともいえない沈黙が場を支配する。
 なんと言うか微妙に気まずい空気が流れているのだ。
 そんな空気をぶち破ったのはなのはであった。

「あ、うん、ごめんなさい。え、えっと、なのはって呼んでください」
「あ、僕はユーノで」
「あ、それなら俺はヴァンで」

 そしてこれ幸いとユーノが俺に話しかけてきた。

「えっと、ヴァンさんはジュエルシードを回収しに派遣されてきたんですよね」
「あ、いや。違う……というか、此処何処?」
「えええええええっ、違うんですか!?」

 あああああ、やっぱり勘違いされていた。
 そりゃそうだよな、あのタイミングで管理局の人間が救援に来たら、ロストロギア回収に来たと思うよな、普通。
 地上と本局じゃ所属部署が違うなんて、外部の人はわからないだろうし。

「助けを求める念話が聞こえてきたから来たんだけど……」
「で、でも、ここは管理外世界ですよ、なんでこんな所に管理局の人が!?」
「いや、どう説明してよいやら……」
「あ、あの、ちょっといいですか?」

 俺とユーノが話すのを横で聞いてたなのはが、申し訳なさそうに手を上げながら俺達に質問をする。

「なんですか、なのはさん?」
「さっきから言っている時空管理局って、何ですか?」
「あっ」

 その言葉に、俺とユーノは顔を見合わせた。
 そりゃ、知らない単語だよね、彼女は。

「えっと、なのはさんは俺やユーノさんが別の世界から来たって事は……」
「うん、ユーノくんから聞いたよ」
「そうですか。俺達の住む世界やなのはさんが住む世界の他にも、人の住む世界、住まない世界とかいろんな世界があるんです。そんな幾つもの世界の平和を守っているのが時空管理局という組織なんです」

 無茶苦茶大雑把な説明だが、実は管理局に対する一般的な認識は、管理世界の人間でもこんなものである。
 むしろ、地方だと一般市民の生活に絡むことが少ないから、『そんな組織あったな』程度だ。

「えっと、ヴァンくんはその管理局にお勤めしているの?」
「はい。わかりやすく言うと、管理世界を守るお巡りさんです」
「えええええっ、でも、私と同じぐらいだよね。あ、もしかすると実はずっと年上?」
「えっと、なのはさんは小学校3年生ですよね。今年で9歳だから同い年ですよ」

 中身は違うけど。
 俺の解説になのはは大声を上げて驚く。

「えええええええっ!?」

 まぁ、この世界の住人なら仕方が無い反応だろう。
 俺とユーノは顔を見合わせると、とりあえずなのはが落ち着くのを待って情報交換を続けることにした。



「えっと、つまりヴァンさんは次元震を封印しようとして、失敗して此処に飛ばされたと」

 俺の説明に、ユーノが確認の意味で尋ねてきた。

「たしか、空戦C-でしたよね、無茶しますね……」
「いや、俺は他に出来る人がいなかったから仕方なくですし。一人でロストロギア探しに来たユーノさんほどじゃ」
「僕も、急がないと大変なことになるからですから」

 次元震の封印は最低でもAAランク以上の魔導師がやるのが普通だ。俺のランクでは自殺行為と大差が無い。まぁ、あの状況じゃ仕方なかったんだけど、今から考えるとアドレナリンが出すぎててんぱっていたような気がする。
 ちなみに、ユーノの事情は俺の知る物語とまったく同じだった。
 しかし俺も相当無茶だったが、ユーノも無茶さでは負けていない。一人でロストロギアの回収に来るっていうのは自殺行為に近い。滅びた文明の遺物っていうだけあって、ロストロギアは大抵ろくな代物じゃない。
 比較的安全だと判断された代物でも、研究機関で何年も研究して安全を確認しないと一般に出回らない。
 結局わかったのはお互いに無茶だと言うことだけだ。
 その結論が出ると、ユーノは深い溜息をついた。

「じゃあ、やっぱりジュエルシードの回収は僕がやらないとダメですね」
「あー、まぁ、専門じゃないけど俺も手伝うから気を落とさないでくれ」
「え、で、でも」
「あのな、手伝わないなんて選択したらクビになるよ。幸い、確か此処は本局の巡回エリアだから、それほど待たずして管理局と接触できるし」

 アースラの到着がどれくらいかかるかわからないけど、何ヶ月も先って事はないだろう。この時期は確かぬこ姉妹もいるから、俺達が目障りになったらアースラの到着を早める工作をするはずだ。
 正直かなり気は重いが、あの暴走体を目にしてしまった以上、協力しないと言う選択肢はない。
 つーか、アレはヤバイだろう。あんな暴走体が大量に出現したら、魔法を知らないこの世界の住民じゃまともに対処できないぞ。下手すりゃトチ狂った連中に都市ごと焼き払われかねない。
 海の連中、あんな代物がばら撒かれてるんならさっさと回収しに来いっつーの。地上の予算分捕り、有望な連中を次々に引き抜きしているくせに。

「す、すいません」
「礼を言われるようなことじゃないよ」

 申し訳ないぐらいに畏まるユーノに、俺はパタパタと手を振って応える。 
 そもそもは、俺達時空管理局の怠慢とも言えるのだ。
 そんな俺達の話を横で聞いていたなのはが口を挟む。

「あ、あの、それじゃあ、私も協力する」

 まあ、そう言うよな、この子だと。

「いえ、それには及びません」

 そして、それをキッパリと断るユーノ。
 って、え?

「で、でも、でも、二人とも怪我をしているんじゃ」
「いえ、怪我はもう大した事はありません。それに、これは本来なら僕達の世界の問題です」

 俺がユーノの予想外の対応に呆然としている間にも、二人の話は進んでゆく。

「それを言ったら此処はなのはの世界だよ」
「はい、だからこそ、これ以上なのはさんを巻き込めないんです」
「そんな、私は全然平気だよ」
「すいません。でも、さっきだって危うくなのはさんに怪我をさせるところでした。ヴァンさんがいなければどうなっていたか……」

 いやいや、どう見てもアレは俺が足手まといだった気がします。
 余計な事をして、ピンチを誘発しただけじゃ?

「助けてくれてありがとうございます。なのはさん、巻き込んでしまって申し訳ありませんでした」
「ユーノくん……」

 ユーノの意志は強い。
 なのはも納得したわけでは無いだろうけど、これ以上どうしても協力するとは言えないでいた。
 きっと、人に無茶や我侭を言えない子なのだろう。

 って、そうじゃなくて、やべえええええ、この展開どうするんだ?
 いや、確かに管理外世界の住人を巻き込むべきじゃないのはわかる。というか、俺だって普段ならそう判断して、なのはを事件から遠ざけようとする。
 とはいえ、アースラが到着するまでの間、事件を俺とユーノだけで解決できるかというと正直かなり難しい。
 先ほどの暴走体と戦った感じでは、魔力が回復して半々といったところだ。まぁ、ユーノのサポートがあればもう少し勝率は上がるだろうけど、今現在じゃユーノの本当の実力がわからないしなぁ……。

 ユーノに協力を断られたなのはが、すがるような悲しい目で俺を見つめてきた。
 その目は捨てられた子犬のようだった。

 ここでなのはさんに協力してもらおう……とは、実は俺には言えない。
 悲しいかな管理局は階級社会。俺が管理外世界の住民を戦闘が想定される事態への現地協力者にしたら、もろに越権行為なのだ。
 たしかこの場合は『戦闘を想定する現地協力者の採用においては、人命に関わる緊急時の場合に限り提督、執務官、あるいは其れに準ずる資格所持者ないし該当最高指揮官が現地住民に危険を十分に説明した上で、当人の了承があった場合に限り現地協力者として採用をしてもよい』となる。この条件をクリアしない限り、最悪は懲戒解雇もありえるのだ。
 実は、戦闘が予測されていなかった事件でも戦闘が起きるなんてことはよくあるので、厳密に運用されている法律じゃないんだけど……。
 いや、ジュエルシードは危険なロストロギアだし、いずれは人命に関わってくるだろうから問題無いのか?
 そんな風に俺が悩んでいると、なのはは悲しそうな顔で俺達に謝ってきた。

「そうだよね、ごめんね。二人はお仕事なのに我侭言って」
「いえ、僕の方こそ巻き込んでしまって申し訳ありませんでした」
「あ、これ返すね」

 そう言ってなのははレイジングハートをユーノに差し出す。

「あ、いえ、これはっ! 貴女に差し上げます」
「ううん、これはユーノくんやヴァンくんに必要でしょう。じゃあね、さようなら」

 そう言ってユーノに強引に渡すと、なのははとても寂しそうな笑顔を俺達に向けて、一回お辞儀をすると俺達の前から立ち去ろうとした。
 顔を上げる一瞬、なのはの目の端に光るものを見たとき、俺の中で罪悪感が膨らむ。
 それは“俺”という異物のせいで、運命が狂いだした事への罪悪感であった。

 俺はなのはに声も掛けれず、ただ呆然と見送るしか出来なかった。



[12318] 第2話(幕間)
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:8716a64c
Date: 2009/10/31 19:13
第2話(幕間)


 その日、なのはの様子は朝からおかしかった。
 朝から沈みがちで、授業中もどこかぼんやりとしていた。
 話しかければ答えはするのだが、どこか上の空だ。
 最初は昨夜起きた原因不明の事故であのフェレットがいなくなったからかと思ったが、何か様子が違う。
 落ち込んでいるというよりも、悩んでいるといった様子だ。
 今はすずかが話しかけているが、返事が要領を得ない。

「ねえ、なのはちゃん、あの子心配だね」
「うん、そうだね」

 ちゃんと返事をするんだけど相変わらずどこか上の空だ。心配して必死に話しかけているすずかが可哀想なぐらいだ。
 朝からずっとこんな調子で、いくらなんでも様子がおかしすぎる。
 彼女は自分で何でもかんでも抱え込んじゃう性質だけど、彼女の事を親友だと思っている私──アリサ・バニングスとしては、何一つ相談してもらえないのは頭にくる。
 私は相変わらずぼんやりとしているなのはを問いただすべく、彼女の机の前に陣取った。

「ねえ、なのは」
「うん、なあに?」
「なのは、あんた朝から様子がおかしいわよ」
「そ、そうかな? ふ、普通だよ」

 明らかに普通じゃない。
 第一フェレットの事が心配なら、あの子の事を知っている私達に隠す意味なんて無いはずだ。絶対にそれ以外に、しかも昨日私達と別れてから何かがあったに決まっている。
 私の自分でも短いとわかっている堪忍袋が切れる音がした。

「いい加減にしなさいよね! どう見ても普通じゃないでしょうが!」

 ドン、と机を叩きながら私はなのはを睨みつける。
 横ですずかが吃驚しているが、気にしてはいられない。

「あっ」

 なのはがびくっとして顔を上げる。
 私はなのはにはっきりと自分の思いをぶつける。

「朝から何話しても上の空でぼーっとして!」
「ご、ごめんねアリサちゃん……」
「ごめんじゃない! 私達と話すのはそんなに退屈なら、一人でいくらでもぼーっとしていなさいよ!
 行くよっ!」

 私はそう言うと教室から出て行った。

「アリサちゃん……。
 あ、なのはちゃん……」
「いいよ、すずかちゃん。今のはなのはが悪かったから……」
「そんな事ないと思うけど……、とりあえずアリサちゃんも言いすぎだよ。少し話して来るね」
「ごめんね」

 そう言ってすずかが私の後を追ってくる。
 出る寸前にちらりとなのはを見ると、また一人うつむきまだ悩んでいる様子だった。
 ったく、そんな顔するぐらいなら相談しなさいよ! 私達はそんなに頼りないの?


「アリサちゃん、アリサちゃん……、アリサちゃん」 

 教室から出て行った私にすずかが追いついたのは階段でだった。
 不安そうな様子のすずかに、ちょっぴりやりすぎたかなと私は反省する。彼女は階段の上から私を覗き込み、こう言った。

「なによ」
「何で怒っているのか、何となくわかるけど、ダメだよあんまり怒っちゃ」

 すずかもなのはが何か私達には言えないことで悩んでいるのは気付いているみたい。
 そうだよね、小学校に入学してからずっと3人一緒だったし。でも、だから頭に来るんだ。

「だってムカツクわ。悩んでいるの、見え見えじゃない。黙ってるの、困ってるの見え見えじゃない!
 何を言っても私達には相談してくれない。悩んでも迷ってもいないって嘘じゃん!」
「どんなの仲良しの友達でも、言えない事はあるよ……。
 なのはちゃんが秘密にしたいことなら、私達は待っててあげることしか出来ないんじゃないかな」
「だからそれがむかつくのよ、少しは役に立ってあげたいのよ!
 どんな事だっていいんだから、なんの役に立たないかもしれないけど、少なくとも一緒に悩んで上げられるじゃない!」

 見てられないじゃない。なのはが一人で悩んでるなんて。
 友達なんだから! 親友なんだから!

「やっぱりアリサちゃんもなのはちゃんのこと好きなんだよね」
「そんなの当たり前じゃないの!」

 慌ててふりむくと、そこには優しい微笑みを浮かべたすずかがいた。

 あの時、私が馬鹿だったあの時、なのはがいてくれたから、私はすずかとも友達になれたんだ。
 すずかだって、なのはがいたから少しずつ明るくなっていった。
 そう、あの子がいたから私は一人ぼっちじゃなくなったんだ。だから、少しでもいい、頼って欲しかった。



[12318] 第2話(後編)
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:8716a64c
Date: 2010/02/02 11:03
第2話(後編)


 俺が放ったサーチャーが獲物を確実に捕らえる。
 その獲物は野生の勘に従い、逃げようと必死にもがく。
 だが、どんなに俊敏でも俺からは逃げられない。

 鍛え上げられた魔術師の前に、いかに奴といえども逃げる事など出来ないのだ。

 幾重にも張られた罠が、奴の行く手をさえぎる。
 光の輪が奴の身体をどんどん縛ってゆく。

 そして、最後の茂垣を追えた奴は、俺の魔力に絡め取られ断末魔を上げた。


「フィッシュ」

 とりあえず、ピチピチと跳ねる魚を手に、俺はにやりと笑った。
 この魚、食べられるかな?



 さて、問題です。
 文明圏で生活するのに何がまず最初に必要でしょう。

 答え
 お金

 他にも身分証明だとか住居だとか色々あるけど、とりあえずお金がないと何も出来ないのが人間社会という奴だ。
 ところで、俺達はお金を持っているでしょうか。
 突発的な事故で飛ばされた俺はもちろんのこと、ユーノも実は持っていなかった。
 いや、お金が必要ってことはわかっていたし準備もしていたみたいだけど、ミッドチルダのクレジットカードがあってもこっちじゃ使えない。
 なのはと別れて今後の事を話し合っていた時にお金のことを尋ねたら、ユーノが任せてくださいとカードを出してびっくりしたよ。
 なんというか、頭はすごく良いのに肝心なところで抜けてる人なんだと思いました。

 まあ、そんなわけで、俺達二人は夜露をしのぐために廃ビルにもぐりこみ、魔法で傷を治し、とりあえずは生きるためにサバイバル生活をはじめる事となった。

 ちなみに冒頭で俺がやってたのは、管理世界では禁止されている漁法だったりもする。
 サーチャーで魚群を探すのは良いのだが、バインド系の魔法で魚を取っちゃいけない事になっているのだ。下手にこれを多用すると、魚を根こそぎ取る事になるから。
 もっとも今回は非常事態という事で勘弁してもらうしかない。

 俺は認識阻害とサーチャー、そしてバインドを駆使して、海上に陣取って昼と夜の蛋白源を確保するべく釣りを続けていた。ちなみに、もちろん朝食は抜きだった。
 ユーノは山に木の実を取りに行っている。
 俺は別行動中のユーノに念話で声をかけた。

【おーい、ユーノ。そっちはどうだ?】
【あ、ヴァン。こっちはそれなりに取れたよ。ヴァンは?】
【大漁……ってほどじゃないけど、今日明日食べる分には困らないくらいには釣れた。食えるかどうかは後で判別してくれ】

 料理が出来ないわけじゃないが、食べれる魚かどうかを見極める事は俺には出来ない。日本近海でそんなに物騒な魚はいないとは思いたいが……。
 一方のユーノは野外生活が多いスクライア一族の人間だけあって、その手の知識は豊富らしい。
 ユーノは本来なら三食オヤツ昼寝つきのペット生活が待っていたわけで、ホントすまないと思う。俺に関わった不幸を呪って欲しい。

【そうですか、じゃあ合流しましょうか】
【ああ、例の隠れ家でいいな。俺はサーチャーを町にばら撒きながら戻るから、少し遅くなる】
【はい、わかりました。じゃあ僕は先に戻って広域探索の準備をしておくね】
【了解。じゃあ、後で】

 もちろん、俺達もサバイバルだけをやっているわけではない。
 この町の近辺にはまだ19個のジュエルシードがばら撒かれているのだ。出来る限り早く見つけ、発動する前に回収しないと大変なことになる。
 俺は町の上空をちんたらと飛びつつ、いくつかのサーチャーをばら撒く。

 とりあえず50のサーチャーを作ると、図書館でデバイスに読み込ませたこの町の地図を開いた。

「たしか、物語では神社だったよな……暴走体が出たのは」

 俺は呟きながら地図を見るが……、俺の記憶にあった情報はあんまり役に立ちそうに無い。
 なんせ、地図に表示された神社のマークだけで相当な数になる。

 というか、激しく不安だ。

 正直俺とユーノだけで対処できるのか、なのはの力が必要じゃないのか?
 10歳にも満たない女の子に頼るのはどうかと自分でも思うのだが、あの桁外れの魔力や、強力な暴走体を思い出すとどうしても不安になる。
 いや、次の事件は防げてもその次は木だったよな……、アレはなんとしても先回りをして阻止しないと、俺じゃ対処できないレベルだ。順番はなんとか覚えているし、ミッドチルダには完全に忘れる前にストーリーを書き溜めたノートがあるのだが、もちろんここには持ってこれなかった。半ば諦めてたし仕事も忙しかったからノートの確認もここ最近はしていない。
 正直細かいところまで覚えてないのが悔やまれる。

 っと、いけないいけない。とりあえずは今できることをしっかりとしないと。
 たしか暴走体が出たのは大きな神社だったような気がする。もっとも、物語の演出なだけって可能性もあるしなぁ……。正確な位置がわからない以上、先回りをして回収ってのは難しい。

「この数じゃ足りないかな? でもデバイスも俺も本調子じゃないし……」

 とりあえず、魔力反応があるものに優先的に反応するように設定して四方に飛ばす。
 それぞれから伝えられてくる情報を処理しながら、俺は何もない空中で胡坐をかいた。

「地図を埋めるだけでも大変だな。鳥とかに持って行かれて移動する可能性もあるし……」

 一人で探索していると、どうしても独り言が増える。
 俺はぶつぶつと呟きながら、それぞれのサーチャーを操作する。
 そして程なくして、住宅地に飛ばしたサーチャーの一つが強い魔力反応を拾い上げた。
 意外と運がいいのか?

「おっ、ビンゴか?」

 俺はそのサーチャーに意識を向ける。
 そこには、買い物袋をもった車椅子に乗った俺と同じ年頃の少女と、それを尾行するかのようについていく猫の姿があった。
 って、違うっつーの!!
 やっぱり、運は全部使い切っていたらしい。よりにもよってこれが最初に反応するとは。

 ああ、猫がサーチャーを見上げている。
 姉妹のどっちかは知らないけど、気がついているな。
 本局でも最強クラスと噂されるグレアム提督の使い魔なんだから、俺の作ったサーチャーなんて一発で見抜くか。

 とりあえず、俺が気がついている事を悟られない様に、サーチャーを通常探索に戻す。程なくしてサーチャーは住宅地を抜け、車椅子の少女と猫も探索範囲から外れる。
 デバイスに記録だけは取って置いたから後で何かに使えるかもしれないけど、今は彼女達の事は忘れよう。

 ジュエルシードだけでも手一杯なのだ。この町で眠っている闇の書や、それを狙うグレアム提督一味に関わってややこしい事になるのはごめんだ。
 ジュエルシードの事も気がついているだろうから無茶はしないだろうけど、今の俺が彼女に関わっても何も出来ない。
 いや、いずれは彼女とも関わりたいんだけどね。俺にも色々と事情があるから……。
 まあ、後で考えよう。ヴァン・ツチダは英雄でも救世主でもないんだから、自分が今出来る事を精一杯するしかないのだ。

 俺は気を取り直すと、再度探索に戻った。

 そして、一回隠れ家に戻り、焼き魚とよくわからない木の実という炭水化物が恋しくなる食事を取る。
 空腹だったから美味かったけど。

「ユーノも結局午前の探索は成果無しか」
「うん、広域探索にも反応は無かった」

 俺は焼き魚を、ユーノは木の実をかじりながら互いの探索成果を報告しあう。
 しかしこの食事、アースラがすぐ来てくれれば良いけど、何ヶ月も先だったら確実に栄養のバランスが崩れるなぁ。

「しかし、此処まで反応がないとはなぁ……」
「ジュエルシードは通常時の安定性が高いんだよ。だからなおさら怖いんだけど」

 そう言いながら、ユーノは目の前で木の実を一個割ってみせる。
 要するに、通常時は硬い殻にくるまれているけど、なにかあると中身をぶちまけて周囲に被害を与えるということか。

「厄介だな」
「厄介なんですよ」

 俺達は溜息をつくと、残っていた焼き魚を平らげる。

「午後の探索に行って来る」
「あ、僕も」
「ユーノはまだ本調子じゃないんだろう。此処で休んでいてくれ」

 ユーノはこの世界の魔力と体質的に合わないとかで、魔力の回復が遅いらしい。
 もっとも、いくら体質が合わないと言っても、普通に魔力を消費しただけならこんな症状には陥らないので、出会うまでよっぽど無茶をしたんだろうなぁ……。
 ちなみに俺はそんな事は無いので、ちゃんと回復していた。

 ジュエルシードを先回りをして回収できなかった場合、数日以内に神社で戦闘があるだろう。

 俺一人で対処できればいいが、出来ない可能性だってある。その場合はユーノの支援が必要だ。なのはという最強のカードを失った以上、ユーノには出来る限り体調を万全に近づけて欲しい。

「で、でも」
「気にするなって。戦闘になる可能性だってあるんだから、そん時は頼むよ」

 申し訳なさそうにするユーノに、俺は笑いかける。
 しかし、ユーノといいなのはといい、本当に子供なのかね。俺が本当の9歳だった頃は道理をわきまえないガキだったし、日本も管理世界もどっちもだが、無責任で聞き分けの無い大人というのも嫌というほど見てきた。
 早熟すぎな気もするが、ほんとに良い奴過ぎる。

「あ、だったらこれを使ってください」

 そういうと、ユーノは首に掛けていたレイジングハートを俺に差し出す。

「いや、いらないから。というか、多分無理」

 ユーノがこの世界に持ち込んだ、恐らく俺の魂が生まれ育った世界ではもっとも有名なデバイスだ。
 正直ある種の憧れはあるが、俺には多分使えないだろう。

「え、でもヴァンのデバイスは少し壊れてるんでしょう?」
「射撃がちょっといかれてるだけだから、何とかなるよ。それに、俺インテリジェントデバイスとは相性が悪いんだ」
「そうなんですか?」
「ああ、入局する時に調べてみたら、相性値が0.01と出た」
「なるほど、低いですね……」

 ユーノが納得して頷く。
 俺のインテリジェントデバイスとの相性値は測定できる範囲ではほぼ最低値となる。相性が悪すぎて使えないと言うことだ。
 まあ、Aランク以上の魔導師にだってインテリジェントデバイスを使っていない人も結構いるし、相性値0で絶対使えないなんて人も稀にいるのだから気にしたって仕方が無い。
 それに、ストレージデバイスさえ使えれば仕事をするのには困らないしね。

「じゃ、行って来る」

 そう言って認識阻害の魔法を使うと、俺は再び海鳴市の空に飛び立った。



 まぁ、勢い良く飛び出したところで、やる事は午前と変わりない。都市上空をヘロヘロと飛びながらばら撒いたサーチャーを操作するだけだ。
 地道に、地図を確認しながらサーチャーでジュエルシードの反応が無いか調べていく。
 すでに地図上の神社の8割は確認済みだが、ジュエルシードは確認できていない。

 午後に一回だけ魔力反応があったのだが、八神さん宅に飾られている闇の書だったのは秘密だ。
 塀にいた猫が睨んでいたのが実に印象的だった。

 そんなこんなで時間は過ぎてゆき、日が傾く。 
 
「まいったな、今日は見つからないのかな?」

 真っ赤な夕日を手でさえぎりながら俺は小さく溜息をつくと、ばら撒いたサーチャーを消そうとする。
 その時だった。
 背筋を震わすような、強力な魔力の反応を感じる。
 なんというか、世界が止まるような、世界の色が変わるような、気持ち悪い感覚だ。この世界には俺達以外に魔力を使う存在がいないだけに、より一層その気持ち悪い感覚をダイレクトに感じる。
 ほぼ同時に、隠れ家で休んでいたユーノから念話が飛んできた。

【ヴァン!!】
【俺も気がついた。場所は……ここの神社か……】

 まさか、いきなりジュエルシードが暴走するとは! 俺は地図を取り出し場所を確認する。
 くそっ、ノートをもっとしっかりと確認しておくべきだった。諦めていたツケがこんなに早く回ってくるとはっ!

【神社?】
【この国の神殿だよ、俺のいる場所のほうが近い! すぐに急行するからユーノも来てくれ!】
【わかりました、気をつけて!】

 俺はユーノとの念話を切ると、最高速度で神社に向かった。


 俺が神社に到着した時、目の前では四足の獣のような化け物と気を失った女の人がいた。
 無理も無い、四つ目で子牛ほどもある地球上ではありえない化け物が敵意をむき出しに睨んでいるのだ。普通はこうなる。
 恐らく原生生物を取り込んだのだろう、昨夜の暴走体とは段違いの迫力だ。
 俺はデバイスに力場を纏わせると、一直線で化け物に向かう。

「はぁっ!!」

 そして一閃。
 上からの不意打ちともいえる一振り。
 だが、暴走体は後ろに飛ぶとその一撃をあっさりと避ける。
 突然の乱入者を敵とみなしたのだろう、俺に牙を向け唸り声を上げた。

「はははは、ちっとばかしヤバイかな?」

 俺は乾いた笑みを浮かべながら暴走体の様子を伺う。
 ジリジリと、弧を描くような軌道で俺との間合いを計っている。
 正直、かなり怖い。でも……。

「負けられないよな……」

 俺の背後には気を失い倒れている女の人がいるのだ。
 俺は気合を入れなおすと、化け物を睨み返す。経験上、こういった場合気合負けをしたら一気に押し込まれるのだ。
 じりじりと、時間だけがゆっくりと過ぎてゆく。 
 そして、先に我慢の限界を迎えたのは暴走体であった。

──GUAAAAAAA!!

 暴走体は牙をむき出しに一直線に走ってくる。

「その程度でっ!」
『Round Protection』

 俺はそれに対して、俺が持っている中ではもっとも硬いシールドを展開した。
 そして衝突。
 シールドと暴走体が衝突し火花を散らす。昨晩の暴走体よりも攻撃が重い! 魔力がガリガリと削れて行く!
 でも、俺の魔力も昨晩より充実している。この程度じゃプロテクションは突破できない!
 暴走体と盾がぶつかりあい、先に勢いを無くしたのは暴走体であった。
 俺はその瞬間を待って、化け物の鼻っ柱にデバイスを叩き込む。

──GYAUUUUUU!!

 暴走体は情けない声を上げて吹っ飛ぶ。
 これなら、なんとか戦えない事も無い。すごいぞ俺。頑張れ、俺。
 もっとも、どうやらダメージは思ったより低かったようだ。暴走体はすぐに体勢を立て直すと、今度は高速で俺の周囲を飛び回り始めた。
 って、まずい!?
 辛うじて見えるが、それでも捕らえきれるとは思えないスピードだ。
 俺は必死に相手の動きにあわせようとするが、どうしても動きが1テンポ遅れてしまう。
 突然飛び込んできては爪を振るう暴走体に、俺のバリアジャケットが切り刻まれてゆく。

 そして……。

──GUAAAAAAA!!

 暴走体の牙が、ついに俺の肩口を捕らえた。

「ヴァン!!」
「ヴァンくん!?」

 その時、俺の視界の隅にユーノと、なぜかなのはの姿が映った。
 って、何でなのはが此処に!?
 俺が疑問を思い浮かべるよりも早く、なのはが動く。

「ユーノくん、レイジングハートを貸して!」
「え、あ、はい!?」

 なのははレイジングハートをユーノから受け取ると、起動キー無しでレイジングハートを起動させた。
 少女の腕の中に、赤い宝玉の魔法の杖が出現する。

「キーワードもなしに、レイジングハートを起動させた!?」

 ユーノが驚きの声を上げる。
 暴走体はなのはが内に秘める魔力に脅威を感じたのだろう。首を大きく振るい俺を投げ飛ばすと、なのはに向かい一直線に駆け出した。

「なのはっ!! 逃げろっ!!」

 俺は必死に叫ぶ。

「なのはさん、防御服を!」

 ユーノがなのはの肩でアドバイスをする。
 なのはの周りに桜色の魔力光が渦巻き、そこに向かい暴走体が突っ込む!

「なのはっ!!」
「なのはさん!!」

 俺とユーノの叫びが重なる。
 そして、土煙が晴れた時、バリアジャケットを纏った無傷のなのはがそこにいた。

「ふう……」

 なのはにしても間一髪だったのだろう。安堵の溜息をつきながら……、彼女は鳥居の上を睨みつけた。
 そこには、いつの間にか上っていたのか暴走体がいた。
 暴走体は鳥居から飛び降りると、なのはに襲い掛かる。

──GUUUUUUUU!!
「くうぅぅぅぅぅぅぅっ!」

 だが、その攻撃はなのはと暴走体の間に出現したピンクの障壁に阻まれた。
 ほんの少しだけの間、暴走体と障壁がぶつかり合う。勝者は障壁だった。
 暴走体はあっさりと吹っ飛ぶと、ぐったりと倒れ伏す。

 って、あの暴走体の体力と魔力を障壁の反発作用だけで削りきっただと!?
 ちょっとまて、普通はそんな事無理だぞ!? しかも、彼女は魔法を使うのが2回目だよ!?

 しゃ、洒落にならん。

 自分が魔法を使えるようになり、そして直に目の当たりにしてわかる。“物語”などでは語りきれない凄まじい魔力だ。
 俺が驚いている間にも、なのはは封印魔法を起動させ、あっという間に暴走体のコアとなっていた子犬とジュエルシードを切り離し、封印してしまった。

「これで、いいのかな?」
「うん、これ以上ないぐらいに」
「えへ」

 ユーノも俺と同じ気持ちだったのだろう。なのはの質問に呆然と答えるのだった。


 女の人は意識を取り戻すと、子犬を連れて帰って行った。
 記憶操作をしたわけではないが……というか、やれと言われても出来ないのだが、別に問題は無いだろう。あんな現象を現実とは思うわけがない。数日間は魘されるかもしれないけど、すぐに忘れるはずだ。
 帰っていく一人と一匹を隠れて見ていた俺達だったが、女の人の姿が見えなくなるとユーノがなのはに話しかけた。

「すいません、またなのはさんを巻き込んでしまって……」

 後悔の念を滲ませながら、ユーノがなのはに言う。

「う、うんうん、私が勝手に来ただけだから……」
「違います! 本当は僕達がちゃんとしていれば!」

 まったくユーノの言う通りだ。
 管理局局員としてみれば情けないことこの上ない。そう、これから言わなきゃいけない事を考えると穴に入りたいぐらいだ。

「そ、そんな事無いよ。あ、ごめんね、レイジングハートを返すね」
「いや、それはなのはさんが持っていてくれたほうが良い」

 ユーノにレイジングハートを返そうとするなのはの手を、俺はそっと止めた。

「えっ?」

 俺の行動に、なのはとユーノが俺を見る。
 そんな二人の視線を受けながら、俺はなのはに頭を垂れた。

「高町なのはさん、お願いがあります。俺達に協力をしてください」
「ヴァ、ヴァンさん!」
「ヴァンくん!?」

 俺の言葉に、ユーノとなのはは驚きの声を上げる。

「ヴァンさん、でも」
「ユーノだってわかっただろう、俺達だけじゃ正直無理だ」
「それは……、たしかに」

 そう、今日の暴走体との戦いで思い知った。
 俺程度じゃ物語の舞台に紛れ込むことは出来ても、戦うことは“今は”出来ない。
 実力が違いすぎるのだ。
 無論、何時までも肩を並べられないなんて事態に甘んじる気は無い。いずれは追いつき追い越すと心に誓う。
 そして、それはユーノも感じていたのだろう、俺の言葉に黙ってしまう。

「昨晩断っておいて勝手なお願いだとは思います。でも、俺達二人の力じゃこの町を守れないんです。お願いします」

 そう、今真っ先に優先しないといけないのは、今危機に晒されているこの町の人たちの命だ。
 俺の目的とか、俺の出世オワタとか、俺の職とかよりも、優先される。管理局職員は一般市民の平和と次元世界の安全、そして何より人命を優先しなきゃいけないのだ。
 そもそも、俺は物語の舞台に来たと調子に乗っていた。
 ヴァン・ツチダはスーパーマンじゃない。人の力を借りながら、目の前にある事を精一杯するしか出来ない凡人でしかないのだ。
 だったら今できることを精一杯やろう、色々な人の力を借りながら。 

「そんな、断ったのは僕が勝手にしたことだよ。謝るのは僕だ!」
「ユーノ、この場の責任者は管理局員である俺なんだよ。謝るのは俺の仕事だ」
「ち、違います……」

 必死に責任は自分にあると言い合う俺とユーノ。
 そんな俺達に、なのはは優しく微笑みかける。

「そんな、私は気にしていないから謝らないで。それよりも、私も一緒にいていいの?」
「僕からもお願いします。なのはさん。昨日はごめんなさい。僕があんな事を言わなければ……」
「だから気にしないでって……うん、そうだ」

 必死に謝る俺達に、なのはは悪戯っ子っぽい笑みを浮かべると、右手を差し出してきた。

「私のことは“なのはさん”じゃなくて、“なのは”って呼んで。そうしたら許してあげる」

 俺はその手を握り返し、ユーノは俺達の手の上に上ってきた。

「わかったよ、なのは。よろしく」
「わかりました、なのは」
「よろしくね、ユーノくん、ヴァンくん」

 夕日を受けて真っ赤に染まる神社で、俺となのは、そしてユーノの3人はそれぞれ顔を真っ赤にしながら握手を交わした。

 これが俺となのは、そしてユーノの長い付き合いのはじまりだった。
 この日俺は、本当の意味で物語の舞台に……、いや、物語なんかじゃない。

 俺はこの日、なのは達と一緒に時を歩んで行く権利を手にした。



[12318] 第2話(終幕)
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:8716a64c
Date: 2009/10/04 17:22
第2話(終幕)


 その日の習い事は途中で中止になった。
 習い事の先生が、急性盲腸炎で倒れてしまったからだ。
 二人は帰りの自動車の中、実に気まずい沈黙の中にいた。昼間のなのはとの事が尾を引いているのだ。

 いや、二人ともそれぞれの気持ちはわかっているし、これで仲たがいするという事もない。
 でも、それでもなのはが何で悩んでいるのか、どうしても気になるのだ。

 そうして、自動車が市街地に差し掛かった時だった。
 窓の外をぼんやりと見つめていたアリサがポツリと呟く。

「あ、なのは」
「えっ?」

 アリサの視線の先には、たしかに町を歩くなのはの姿があった。
 でも、どうであろう。
 昼間の何か悩んでいる暗い顔とはうって変わって、にこやかな明るい笑顔を浮かべてるではないか?

「なんで笑ってるのよ、なのは」

 ポツリと悲しそうに呆然と呟くアリサだったが、すずかの声に目を見開いた。

「あれ、あの隣の男の子だれだろう?」
「えっ?」

 確かになのはの隣には二人が知らない男の子が歩いていた。
 良く見ると、何処かの制服を着た男の子となのはは談笑してるではないか?
 どうやら、自分は相当参っていたらしい。すずかに言われるまで気がつかないなんて。

 それを確認した瞬間、二人の脳裏にある方程式が確立する。


①なのはが何か悩んでいて、一日中暗かった。
②見ず知らずの男の子と一緒に楽しそうに歩いていた。

①と②から導き出される答えは?

 やや早熟というか、早とちりというか、ぶっちゃけ勘違いなのだが、二人は同時にほぼ同じ回答を導き出した。
 男のほうが聞けば、必死に否定しただろう。彼は前世では『なのは×ユーノ派』で、ロリコンじゃないからだ。もうちょっと育ったらまだしも、今彼が感じている感情は娘を見守るような父性であったからだ。
 もっとも、そんな勘違いを正す人はこの場にはいない。
 勘違いばかりがどんどんと増大してゆく。
 
「って、男かぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! なのはの奴!!」
「あ、アリサちゃん、落ち着いて、とりあえず落ち着いて」

 アリサを、隣に座っていたすずかが必死に止める。
 まあ、アリサも本気で怒っているわけではないだろう。顔を赤くしてそっぽを向きながらポツリと呟いた。

「そりゃ、簡単には相談できないわよね、告白されたんじゃ。満更でもないみたいだし、怒ってた私が馬鹿みたいじゃない」
「で、でも、なのはちゃんの悩みがわかって良かったよね」
「ふ、ふん」

 そう言うと、アリサはますます真っ赤になってそっぽを向いた。
 明日、どうやってなのはをからかってやろうか。
 そんな事を考えながら、親友が困った事態に巻き込まれたんじゃないと知って、アリサはそっと安堵の溜息をつくのだった。

 彼女達が真実を知るのはもう少し先の話になりそうだ。



[12318] 第3話(前編)
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:8716a64c
Date: 2010/04/09 18:26
第3話(前編)

 ども、ヴァン・ツチダです。
 なんだかんだで、都会のど真ん中でのサバイバル生活も1週間になろうかとしています。
 食事は毎日新鮮な魚と、名前が良くわからない木の実でおいしいです。
 そうそう、流石にこっちはまだ春先で少し寒いので、廃ビルにダンボールとビニールシートを拾ってきて即席の部屋を作りました。すこし暖かくなりました。
 元が日本人なのでお風呂に入りたいと、ドラム缶を持ってきて即席のお風呂を作りました。魔法があるので沸かすのも簡単です。
 服の替えが無いので、基本的に人前に出る時以外はバリアジャケットで生活しています。バリアジャケットの標準機能であるエアコン機能がとっても便利で快適です。
 そうそう、娯楽も見つけました。一人棒倒し楽しいです。
 目覚まし時計がない生活にも慣れました。朝日に焼かれて目が覚めます。
 とっても快適な生活でした。

 ……すいません、私嘘をついておりました。
 都会生まれの都会育ちの俺には、一人でのサバイバル生活はとっても辛いです。

 いや、陸士訓練校でサバイバルの訓練も受けているのだが、あっちはあくまでも装備を揃えた上で常に数人のグループで行動していた。
 デバイス一本で、管理外世界の都市のど真ん中でサバイバル生活をする訓練なんて受けていない。
 窓の外を見ると明るい町並みが見えるだけ、精神的にくるものがある。とにかく、1週間とはいえ、人との接触が無いのが堪えるのだ。
 認識阻害を使っている時ならまだしも、それ以外であんまり町に出るわけにもいけない。警察に補導でもされたら大事だ。管理世界のお巡りさんが現地のお巡りさんに捕まったなんて笑い話にもならない。
 結局、一人息を潜めて生活するしかないのだ。

「あは、あは、あはははははははは……」

 俺は本日朝の探索を終えて廃ビルの隠れ家に戻ると、一人棒倒しに興じてむなしい笑い声を上げた。

「ちょ、ちょっと、ヴァンくんしっかりして!!」
「ヴァン、ヴァン!! ちょっと、もどってきてー!!」
「あは、あははははは……」
「なのは、お弁当を! お弁当で現実に戻すんだ!」
「あ、うん、そうだね。ヴァンくん、ほら、おにぎりだよ、ヴァンくんの好きな梅干なの!」

 そんなちょっぴり壊れ気味の俺を、なのはとユーノが必死に引き戻そうと必死に揺さぶっていた。


 俺を現実に引き戻したのは、食生活の生命線たるなのはのお弁当の差し入れだ。
 なのはが差し入れてくれたおにぎりはとても美味しかったです。可愛い女の子の手作り弁当なんてロストロギア、前世じゃ見たこと無かったぜ!

「いや、ご迷惑をおかけしました」
「そ、そんな事無いけど……ヴァンくん大丈夫?」
「いや、大丈夫です。わたしはとってもげんきです」
「だ、大丈夫そうに見えないよ、ヴァン!」

 冷や汗を流す二人。いや、ホント大丈夫だからドン引きしないで欲しい。

「あの、お父さんに話すから、うちに来ようよ」
「いや、管理外世界では魔法はできる限り隠匿しなきゃならないし……」
「でも、こんな生活を続けていたら体壊すよ」
「まあ、あと一ヶ月も待てばきっと管理局の巡回部隊が来るから」

 一ヶ月もこんな生活を続けたら、アースラが来たとたん医務室直行になりそうだが。

 ちなみにユーノはなのはの家に行ってもらうことにしました。
 素人であるなのはを一人にしておくわけにはいかないし、事情を知る者のサポートが必要だ……と言うのを、建前にして。当人は一人だけと渋ったが、俺と一緒に極限生活をする意味は無いし、身体を壊されたら元も子もない。
 なのはの家ならちゃんと栄養のある物を食べられるし、風雨に晒される生活をしないですむ。

 しかし俺はそうはいかない。小動物一匹くらいなら野良で誤魔化せるが、子供一人を魔法の事を抜きに泊めてもらうわけにはいかないだろう。
 魔法の隠匿もあるし、信じてもらうのも難し……くもないか。なのはの両親だし……。

 とにかく、俺は一人廃ビルに潜み、ジュエルシードの探索を続けていた。
 その間の成果は、昨晩なのはの通う学校で回収した1個と、俺が海辺で見つけた未発動の1個の合計2個。あとは、俺はその場にはいなかったのだがプールで1個回収したらしい。
 これで回収したジュエルシードは6つとなった。
 しかし、まだ回収できたのは1/4に過ぎず、巨大な木の事件が発生していない。
 できれば今まで回収した3つのどれかが木の事件を起こすジュエルシードであって欲しいが、そんな幸運に期待するわけにはいかない。

「ところで、なのは今日学校は?」
「今日は日曜だよ。昨日話さなかったっけ?」
「そうだっけ?」

 いつもの制服姿ではないなのはに尋ねてみると、こんな答えが返ってきた。
 うーん、サバイバル生活のせいで曜日感覚が狂っているな。

「でも、ヴァンくん本当に大丈夫? 私達が休んでいる間もずっとジュエルシード探し続けているんでしょう?」
「そうですよ、それに此処に帰ってきてから訓練もしているみたいですし……、いくらなんでも身体壊すよ」
「訓練は日課だし、探索は仕事だよ。大丈夫、俺は本職だから体力の分配ぐらい心得ているよ」

 どうやら二人に心配掛けているみたいだ。
 納得していない顔で俺の事をじっと見てくる。ここは下手に隠し事をしないほうが良いだろう、俺は苦笑いをしながら本音を口にする。

「体力はまだ余裕があるのは本当だよ、これでもそこそこ鍛えているから。
 ただ、まあ、ずっとなのはたち以外と接触が無いから、少し精神的に参っていただけだよ。もう大丈夫だから心配しないで」

 あと、温かいご飯と味噌汁と納豆が恋しいというのもあるが、台無しになりそうなので黙っておく。いや、食生活は栄養補給の他にストレス発散にもなるから重要なんだけどね。
 俺の言葉になのはとユーノは顔を見合わせた。
  
「だったら僕がこっちに戻るよ!」
「ううん、それよりもやっぱり家に来ようよ」

 あちゃ、余計に心配させちゃったか。

「いや、だから魔法の事の説明が大変でしょう。ユーノの事だって話さなきゃいけないし」
「でもでも、ヴァンくん辛そうだよ」
「そうだよ、無理して身体を壊しちゃいけないって言ったのはヴァンでしょう」

 うーん、なのはたちが心配するのももっともなんだけど、俺にも事情がある。
 それも、どちらかと言うと大人の事情だ。

 管理外世界で魔法は隠匿しなければならない。この法律には幾つかの特例が定められており、今の状況は不可抗力が認められるケースだろう。隠匿が人命より重いなんて事は無いからだ。
 では世話になって良いかというと、そうとも言えない。世の中には人の揚げ足を取って喜ぶ馬鹿もまた多いのだ。
 すでに越権行為と取られるのを覚悟でなのはを現地協力者としている。その上で彼女の家で厄介になっていたと知れたら何を言われるかはわからない。
 俺一人が辺境送りになるくらいならまだいいが、孤児になった俺の面倒を見てくれた人たちに迷惑がかかる事だけは避けたい。まして此処は海の管轄だ、できる限り慎重に動くべきだろう。
 これで何時管理局が来るかわからない状況なら、迷わずなのはの家に世話になるんだけどね。残念ながらどれだけ長くても2~3週間、一月程度でアースラが来ると俺は知っている。
 馬鹿馬鹿しい話だとは思うのだが、組織勤めをしているとどうしてもこういう思考が先に来るのだ。

 もっとも、こんな情けない大人の事情をなのはたちに話すわけにもいかない。

「とりあえず、本当に倒れそうなら頼むよ。その時は素直に世話になるから」
「もう……絶対だよ。私もユーノ君も本当に心配しているんだから」
「ごめん」

 さすがに、本気で心配している二人には本当に申し訳ない。

「でも、なのはの家に行くか行かないかは置いておいても、ヴァンが少し休んだほうがいいのは事実だよ。
 昼間は僕達を休ませて、ずっと探索を続けているんでしょう」
「ま、まあ、それはそうだけど、ほら、ユーノにはなのはに魔法を教えるって役目が。それに、封印はほとんどなのはがやってるじゃないか。見た目ほど疲れてないよ」
「海で見つけたのはヴァンが封印したんだろう、あの時は顔色が真っ青だったじゃないか!」

 なんというか、今日の二人はなかなか引き下がらない。
 よっぽど俺が参っているように見えるみたいだ。

「わかった、わかったよ。じゃあ、今日は休む。これで良いだろう」
「これで良いだろうじゃなくて、もう少し自分の身体を労わりなよ!」

 怒られてしまった。

「じゃ、とりあえず今日はヴァンくんを休ませるって事で決定!」
「わかったって、今日はゆっくり休ませて貰うからさ」

 俺はそういうと、部屋の隅っこにあるダンボールハウスに向かう。

「そこで休めるの?」
「大丈夫、布団は選ばない性質だから」

 そう言うと俺はダンボールハウスにもぐりこんだ。
 そのままスウスウと寝息を立てる。

「寝たのかな?」
「疲れてたんだよ、やっぱり。今日一日探索をしないだけでもだいぶ変わるはずだよ」

 こうしてしばらく話しこんでいた二人だったが、やがてビルから出てゆく。
 よし、出て行ったな。

 俺は二人が廃ビルから出て行ったのを確認すると、ダンボールハウスから抜け出す。そして、毎度おなじみの探索用のサーチャーを作り出した。

 今のところ町の4割弱の探索が終わっている。もっとも、下水に落ちていたり、トラックの荷台に紛れ込む、動物に運ばれるなどして既に探索が終わったエリアに戻っている可能性もある。結局のところ、一人ローラー作戦を続け根気良く探すしかないのだ。
 この先、フェイトがやってくれば確実に戦闘が発生するし、俺と言う異物がある事でどんな突発的事態が起こるかわからない。すでに俺の記憶している物語とだいぶずれてきた。
 まず無いとは思うが、アースラが来ない可能性だってある。なのはとユーノは、本当にどうしょうも無くなった時の切り札なのだ。
 あの二人は絶対に消耗させられない。戦力外の俺が少し無理をしてでも先にジュエルシードを出来るだけ回収すれば、この先余裕を持って事態に対処できるはずだ。

「さてと……」

 俺は心配してくれるなのはとユーノに少しだけ申し訳ないと思いながらも、町の地図を取り出す。
 その時だった。 

「さて、どうするのかな?」
「少し目を離すとすぐこれだ」

 俺の背後の窓の外から、少女と少年の声が聞こえる。
 ちょっとまて! 俺は恐る恐る後ろを振り向く。
 そこには、窓の縁に肘をつきとっても爽やかな笑顔を浮かべるなのはさんと、額にバッテンマークを浮かび上がらせたユーノの姿があった。
 なんか、二人の背中に『ゴゴゴゴ』という文字が見えるようだ。むっちゃ怖いよ、二人とも怒っているよ!

「あの、一つお尋ねしてよろしいでしょうか?」
「なにかな?」
「ここ、3階のはずなんだけど」
「うん、飛行魔法覚えたの」

 ちょっ! 魔法を覚えて1週間ですよ? 普通はようやく安全な魔力の引き出し方を覚えるって時期ですよ?
 優秀なインテリジェントデバイスがついているからって、いくらなんでも習得速度が早すぎます。

「質問はそれだけなの?」
「いえ、あと、確かビルの外にでて、町に向かっていたはずじゃ?」
「僕が君のサーチャーにダミーを流したんだよ」

 まてっ! 俺が使っているアクティブサーチはAAランクの魔術師のジャミングすら突破して、欺瞞情報を完全に見抜いた実績があるんですよ!
 それを妨害するどころか、俺に気がつかせないようにダミーデータを流すなんてどんだけすごい技術があるんだよ、ユーノは!?

「質問は終わりなのかな? 他に何か言いたいことは無いのかな?」
「え、えっと……、やっぱり休んでいる場合じゃないと思って……」
「ヴァンくん、少し頭冷やそうか」

 ちょ、その台詞は早い! 早すぎる!! 具体的には10年ほど早すぎる。
 大慌てになる俺を見て、なのはさんはにっこりと般若の笑みを浮かべるのだった。


「うう、グーでぶん殴ること無いじゃん」

 町を行きながら、俺は半ば涙目で隣を歩くなのはに話しかける。
 とりあえずは翠屋に行くことになったんだけど、二人ともまだ微妙に怒っている。
 流石に攻撃魔法を叩き込まれる事は無かったが、代わりに思いっきりグーでぶん殴られました。
 ほっぺがまだ痛いです。
 そりゃ、騙すようなやり方は悪かったと思うけどさ。だからって一日監視付で休めってひどくね?

「自業自得だよ」
「自業自得だね」

 もっとも、二人とも俺の言い分を聞く気は無いらしい。 
 今の俺は久し振りにバリアジャケットを解除して、管理局の制服姿だ。ちょっと目立つかと思ったが、ユーノと話をするために軽い認識阻害を掛けるので大丈夫らしい。
 久し振りに魔力負荷がかからない姿になったので身体が軽い。

「でも、休めって言われても何をしていいか……」

 正直、休暇と言うと昼過ぎまで寝て、溜まった洗濯片付けて、近所のスーパーに食料をまとめ買いに行き下ごしらえをするので終わってたからなぁ。
 まして、此処は知らない町だし、先立つものも無い。
 俺の呟きに、なのはとユーノが呆れ返る。

「えっと、それってわーかーほりっくって言うんだっけ?」
「友達いないんですか?」
「いや、いるよ。ただ管理局なんて勤めていると、なかなか休暇が合わないんだよ」

 基本的に管理局、しかも魔導師は忙しい。俺なんか地上勤務だからまだマシだけど、本局で乗艦勤務になった奴なんて気がつくと何ヶ月も顔を見ていないなんて事もある。

「そういうなのははやユーノはどうなんだよ?」
「ぼ、ぼくはちゃんといますよ。休暇だってちゃんと!」
「わ、わたしは……、うん、いるよ」

 あれ? なのはの様子がおかしい。
 なんというか、友達の事を聞いたら急に言葉を濁し始めた。ユーノもその事に気がついたのだろう、なのはの肩口に登ると頬を軽く舐めてから尋ねる。

「そういえば、プールの時も金髪の子……えっと、アリサさんとだけはなんか様子がおかしかったし」
「あ、うん、そのね……、ちょっと喧嘩しちゃって……」
「え? 喧嘩?」

 あれ? この時期そんな話し無かったよな。
 物語と現実は違うと言ってしまえばそれまでだけど……。

「うん、でも大丈夫、ちゃんと仲直りするから」
「それなら良いんだけど……」

 言い澱むなのはを少し疑問に思いながら、俺たち三人は翠屋にたどり着いた。


 翠屋にはとても人が一杯だった。
 というか、中は子供が沢山いるんだけど、アレなに?

「あ、そういえば今日はお父さんがコーチをやっているサッカーチームの試合だったっけ?」
「そんな事やってるんだ」
「うん」
【あ、だったら認識阻害を切るから、ここからは念話で】
【わかった】

 人が沢山いるのを確認すると、ユーノは認識阻害を切って普通のフェレットのふりをする。
 まず大丈夫だと思うけど、念には念を入れてだ。
 そして、ユーノが認識阻害を切ると同時に、外の席に座っていた女の子がなのはに声をかけてきた。

「あ、なのはちゃん」
「えっ? すずかちゃん?」

 って、なのはの友達コンビの片割れかよ。って、ことは彼女と一緒の席に座っているのは?

「あら、なのはじゃない」
「あ、アリサちゃんも!?」
「何驚いているのよ? ちょっと出かける前に寄っただけなんだからね」

 やっぱり、振り返ったのは気の強そうな金髪の女の子だ。しかし、その似合いすぎのツンデレテンプレートの台詞はどうかと思うぞ、おじさん。
 予想しなかった出会いに呆然と立っていたなのはだが、そんな彼女にアリサは来るように勧める。

「なのは、そんな所に立ってないでこっちに来なさいよ」
「う、うん」

 多少行きにくそうであるが、なのはなアリサとすずかの座っていた席に向かう。
 喧嘩をしていたとか言っていたがあそこで彼女達のところに行けるのなら、なのは一人でも大丈夫だ。
 まだ1週間程度の付き合いだけど、なのはが芯の強い子だってのは良くわかった。これなら、俺なんかの出番は無い。
 俺は少しだけ安心すると、翠屋を後にしようとした。

「ちょっと、そこのあんた。なに一人で行こうとしているのよ!」

 って、俺?
 立ち去ろうとしていた俺に、アリサが声をかけてくる。

「はい、俺に何か用ですか?」
「とぼけなくても良いわよ、あんたもなのはの友達でしょう」
「いや、そこで道を尋ねただけの一般ピープーです」
「嘘言うな。この間だってなのはと一緒にいたでしょう」

 げ、どこかで一緒にいたのを見られてた?
 やべ、あの反応なら魔法はばれてないと思うけど、少し探りを入れたほうが良いかな? 頭が良いって話だから、隠しているだけの可能性もあるし。
 俺はそう考えると、空いているなのはの正面に……って、なぜ席をずれるんだ? まあ、良いけど。
 俺はなぜかアリサが席をずれたので、なのはの隣に腰を掛けた。

「ふーん、見ない制服ね。どこの?」

 俺の服装を上から下まで見ていたアリサが、やや棘のある声をかけてくる。

「ミッドのだよ、ちょっと遠いところにあるから知らないだろうけど」
「ふーん、わざわざ遠いところから来たんだ」
「事情があってね。内容は秘密だけど」

 ちなみに、嘘は言っていない。しかし、何処まで知っているんだ、この娘は?
 俺とアリサの間でぴりぴりとした緊張が走る。
 すずかが怯え、なのはがうろたえる。ちなみにユーノは我関せずクッキーを齧る。

【ずるいぞ!】
【僕にどうしろって言うんだよ】
【知恵ぐらい貸してくれ! むっちゃ怖いよ、この子】

 こっそりと俺とユーノが話している間に、店から若い女の人が出てくる。
 彼女はなのはと何か話しているが、おれはアリサとの言葉を発しない駆け引きでろくすっぽ聞いていない。
 そんな駆け引きがどれくらい続いただろう。店から出てきた女の人が俺に話しかけてきた。

「ねえ、君。えっと、何を注文する?」
「水で」
「えっ?」
「お金が無いんで、水で」

 俺の言葉に、女の人は呆然と店に戻っていった。
 一方、アリサは俺の情けないけど切実な注文に、俺に与えていたプレッシャーを和らげ、呆れてこう言った。

「あんたね、女の子をデートにさそうならお金ぐらい準備しておきなさいよ。奢れとは言わないけど、自分の分ぐらいは払えるようにしないと。それじゃヒモかマダオ一直線よ。
 なのは、あなたの男の趣味にどうこう言う気は無いけど、親友としてこれは拙いんじゃない?」
「あ、アリサちゃん。そ、それはちょっと」
「事実じゃない」

 ほわい? 
 いまなんといいましたか、おじょうさん?

 アリサの言葉に俺の脳ミソが真白になる。
 それはなのはも同じだったようだ。お互いに顔を見合わせると、ロボットのような動作でアリサにほぼ同じ内容を尋ねる。

「あ、アリサちゃん、私がヴァンくんとつきあってるって?」
「そ、そこのツンデレお嬢さん、俺がなのはと付き合ってるって?」
「あんたヴァンって言うの? そうじゃないの?
 そりゃなのはが悩むのはわかるし、言えないのもわかるけどさ。相談が一つも無いのは悲しいわよ」

「って、違うっ!!」
「違うよ、アリサちゃん!」

 俺となのはは思わず叫ぶ。
 つーか、ありえない、絶対にありえない! そもそも俺となのはの精神年齢は親子ほどの差があるんだぞ。
 まあ、最近は精神が肉体に引っ張られて若返っているような気がするけど、すくなくとも俺はロリコンじゃねえええええええ!!
 そもそも、1週間程度の付き合いで、どう恋愛感情が発生するって言うんだよ。

「違うの、じゃあどんな関係なの。あんなに楽しそうに歩いていて。すずかも見たよね」
「う、うん。なのはちゃん楽しそうに話していたよね」

 ちょ、勘違いですよ、二人とも! 俺となのはは仕事を手伝ってもらっているだけで……。
 いや、でもそんな事話せないよな……。

【ユーノ、なんか良い知恵ない?】
【そうだよ、ユーノくん、お願い。力を貸して!】
【無理】

 いきなり見捨てやがった。
 俺となのはが打開策を求めユーノに念話を飛ばしているのを、どうやらアリサは答えに窮して照れていると思ったようだ。
 とっても素敵な笑みを浮かべて、俺となのはを追求してきた。むにむにとやわらかいほっぺを引っ張りながら、楽しそうになのはをおもちゃにする。

「オラオラ、話しなさいよ、なのは。どこで彼と知り合ったのよ」
「ひゃ、ひゃれって……ヴァンくんとはそんなんじゃないよ!」
「そ、そう。ちょっと落し物を探すのを手伝ってもらっただけでなのはとはそういった関係じゃないですよ」
「おっ、もう呼び捨て。ふむふむ、それが馴れ初めだったと」
「だから違うの!」
「隠さなくったっていいわよ」

 ニヤニヤと笑うアリサと、真っ赤になって必死に否定するなのはと俺。
 なんだって、女の子はこういう話が好きなんだよ。

【なんとかしてよ、ユーノ!】
【無理だって。飽きるまでまとう】

 くそ、自分に被害が及ばないと思って、一人安全そうなすずかのところに逃げやがった。
 そのうち仕返しに焼き海苔みたいなマユゲ描いてやるからな、覚えておけよ。
 そして、ここにさらに状況をややこしくさせる人が割り込んでくる。

「あら、なのはももうそういう年頃なんだ」
「って、お母さん違うの!」

 先ほど来た店員さんだ。って、彼女がなのはのお母さんの桃子さん!?
 わ、若い、若すぎる!? どうみても女子大生じゃないか!?
 俺の驚きをよそに、お母さんは俺の前にシュークリームとオレンジジュースを置いてゆく。
 って、これは?

「あ、なのはのお友達へのサービスだから気にしないでね」
「って、そんな、悪いですよ!」

 俺が思わず叫ぶが、お母さんは気にしないのと言いつつ店に戻って行く。そしてなにやら勘違いしているお母さんは店に戻るとエプロン姿の男の人にごにょごにょと耳打ちをした。
 って、ナニ? この状況?

 アリサがなのはを嬲る横では、店から子供達とエプロン姿の男の人が出てきた。
 なにやらサッカーの試合がどうだとか、大会で優勝だとか言っているが俺もなのはも聞いていない。
 やがて子供達は解散してゆく。

【なのは、ヴァン!】
【ユーノくん、どうしたの?】
【なんかあったの?】
【男の子が持っていたの、ジュエルシードだ!】

 俺達は一瞬で素に戻る。
 なんでも、サッカチームの子供の一人が持っていた青い石がジュエルシードだったらしい。とはいえ、人前で回収するにもいかない。
 俺は待機モードにしていたデバイスを使い、こっそりとステルスサーチの魔法を飛ばす。

【ユーノ、どの子だ?】
【あの、女の子と一緒にいる子だよ】
【わかった!】

 普段使っているサーチャーよりも少し性能が落ちるが、不可視で魔法による探知にもひっからないという優れものだ。子供一人尾行するならこれで十分だ。

【サーチャーを飛ばした。この子達と別れたら回収に向かおう】
【うん、わかった】

 こうして、俺達が少しだけ緊張していると、俺達の席にエプロン姿の男の人がやってくる。
 この人がなのはの父、高町士郎さんだろう。
 男の人は俺達に向かい話しかけてくる。

「おかえり、なのは。いらっしゃい、アリサちゃんにすずかちゃん」
「あ、おじゃましています」
「おじゃましています」
「ところで、そっちの男の子ははじめてみるけど、なのはのお友達かい?」

 そう言って俺を優しい微笑を浮かべながら見る。

 って、怖い。

 別に殺気を出しているわけでも、『なのはに手をだす奴には死を!』なノリなわけでもない。ごく普通に、娘が始めてつれてきた男友達を微笑ましそうに見ているだけだ。
 だけど、その一挙手一投足の全てにまるで隙が無い。少なくとも俺ごときにわかるような動きの粗は無いのだ。魔法抜きで考えれば俺が今まで出会ってきたどの人よりも、たぶん強い。
 無論、魔法を使えば魔導師が勝つだろうが、魔法抜きで人は此処まで鍛えられるのかと正直感心する。
 元ボディーガードで、喫茶店のマスターだというが……。
 俺の微妙な変化に気がついたのだろう。いや、気がついている。お父さんは俺に尋ねてきた。

「君、何かやってるだろう?」
「ええ、剣を少し」

 ちなみに、俺がやってるのは剣道じゃなくてベルカ式剣術だ。レアスキル扱いの古代ベルカ式魔法はもちろんの事、聖王協会が独占中の近代ベルカ式魔法も使えないので、あくまでも型だけなのだが、白兵戦が苦手なミッドチルダ式魔法を使う犯罪者と1対1でやりあう時には役立つ。

「ほう、その歳で大したものだ」
「いえ、齧っているだけです。俺なんかまだまだです」
「謙遜する必要なんて無いとおもうよ、頑張れよ」
「はい」

 そう言うと、お父さんは店に戻っていった。
 俺は安堵の溜息をついて、椅子に深く腰掛けた。正直、此処まで緊張したのは合同演習でゼスト隊の面々と鉢合わせて以来だ。あの時は、うちら全員が30秒程度で蹴散らされたっけ。

「ねえ、何かいま二人の間で緊張が走らなかった?」
「ううん、ちょっとお兄ちゃんたちに似てたかな?」
「私はわからなかったけど……」

 事情がわからない女の子達が、目をぱちくりさせながら。俺とお父さんを見つめていた。

 そして、女の子達は用事があると言ってそれぞれ帰っていった。
 どうやらなのはとの仲直りもうまくいったらしい。
 まあ、帰り際にくぎみーボイスで『明日になったら、ちゃんと話してもらうからね、なのは!』と言っていたのが怖かったが。

 そしてそれに合わせて俺も席を立つ。
 順番的に考えれば、あれが木を発生させたジュエルシードだ。発動する前に回収しないといけない。
 俺は物陰に隠れると、バリアジャケットを身に纏い飛び立った。

【なのは、ユーノ。俺は先行しておく。チャンスがあったら回収するけど、最悪の事態を想定してくれ】
【うん、わかったよ】
【ヴァンくんも気をつけて】

 飛行魔法を覚えたといっても、流石に今のなのはでは首都航空隊に籍を置いている俺ほどの速度は出せない。
 俺は不安を押し隠しながら、サーチャーが示す場所に向かって飛び立った。

 だが、その不安は数分後に現実のものとなる。
 いや、俺が考えていたよりも、さらにややこしい事態を引き起こすとは、神ならぬ我が身では知る由も無かった。



[12318] 第3話(後編)
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:8716a64c
Date: 2010/02/02 12:35
第3話(後編)


 ところで、俺は何をやってるのだろう。
 いや、やりたい事はわかる。ジュエルシードを回収したいのだ。
 問題は、ラブコメをやっている子供達だ。ボーイミーツガールで、ストロベリーで友達なんだけど友達以上の気持ちがあふれかえっているよね、うん。なんというか、甘酸っぱいよね。俺なんか9歳でワーカーホリックだよ、遭難しても結局仕事さ。
 なんというか、昭和の古き良き時代のラブコメを見ているようで、むず痒い。身体は子供頭脳は汚れきった大人としてはかなりキツイ。

 俺はサーチャーから送られてくる目に毒な情報を覗きながら、どうやって回収するかと思案しながら町の上空を飛ぶ。
 何が困るかって、街中で人間が持っているって所だ。
 動物相手なら強引に奪い取れる。暴走体なら倒せばいい。しかし、人間相手だとそう簡単にはいかないのだ。
 話して譲ってもらうのは論外だ。普通は信じないだろうし、信じたとしても魔法を隠匿してもらえるとは限らない。そもそも、時間が足りない。
 時間が有るならゆっくりと説得して譲ってもらうのだが、俺の知識と照らし合わせれば今日『木の事件』が発生するのだろう。こうなる前に回収しておきたかったんだけど……、いや、悔やんでいる場合じゃない。
 暴漢よろしく襲い掛かり、奪い取る……。やっぱり論外、ジュエルシードの特性を考えれば確実に発動する。
 これで記憶操作か封時結界や捕縛結界が出来るのなら強引に奪い取ると言う選択肢もとれるんだが、残念ながら俺はその手の便利な魔法の適性が無い。
 まてよ、もしかして……。

【ユーノ、ユーノ聞こえるか?】
【どうしたの、ヴァン。何かあったの!?】
【いや、まだ何もおきていない。あのさ、もしかしてお前、封時結界か捕縛結界を使えないか?】
【両方使えますよ、必要なんですか?】

 あっさりと言いやがった。
 結界魔導師なんて呼ばれているから使えるかと思ったが、本当に使えるとは。普通は大規模結界なんて数人がかりで発動させる魔法なんだけどね……。
 でも、空間を切り取るこれらの魔法が使えるのなら、掠め取って即座に結界の外に放り出せばいい。証拠が無ければ騒いだところで魔法がばれることはまず無い。
 不正な手段では有るが、この際贅沢を言っていられない。
 くそ、こんな事なら一緒に先行しておくべきだった。自分の判断力の無さ、馬鹿さがいい加減嫌になる。

【ユーノ、なのは。すぐ来てくれ。必要な事態になりそうだ】
【あ、はい。でも……】
【なのは、飛行魔法を使えるよね。ユーノを連れてきてくれ】
【え、でも私そんなに早く飛べないよ】
【信じ念じるんだ、自分は速く飛べる、飛ぶために生まれてきたんだって。それが飛行魔法上達のコツだ】

 普通はこれだけで速く飛べるようになったりしない。それなりに学習と訓練を積む必要がある。
 俺がなのはに伝えたのは、ある程度の技術を身につけ飛べるようになった魔導師が、より一層速く飛べるようにする為の基本的なアドバイスだ。
 本来なら空を飛べない人間が空を飛ぶ為の心構えと言ってもいい。
  
 ユーノほどの魔術師が飛べない事はないだろうが、彼はそれほど速く飛べないのだろう。出来るなら俺と一緒に先行しているだろうし、そもそも彼はまだ完全に回復していない。
 こうなったら、なのはの成長性に賭けるしかない。

【うん、わかった。やってみるね】
【ごめん、たのむ】

 俺達が念話で会話をしている間にも、少年と少女は甘酸っぱい会話を続けている。
 見ている俺は、いつジュエルシードが発動するかと気が気でないのだが。

「今日はすごかったね」
「いや、そんな事無いよ。ほら、うちはディフェンスが良いから」
「でも、かっこよかった」
「あ、そうだ!」
「えっ?」

 そう言うと少年は青いひし形の石を取り出す。
 って、ジュエルシード!?

「はい」
「うわー、綺麗……」
「ただの石だとは思うんだけど、綺麗だったから」

 少女が、青い宝石を受け取ろうとする。
 その瞬間、二人の手の間から強い光が……、って、まずい! 発動する!? まずい、なのはとユーノはまだ到着していない!
 くそっ! せめて町に対する被害だけでも!

『Flash Move』

 俺は加速魔法を発動させると、墜落するよりも早く地面に向かって降り立つ。
 着地の衝撃に、少し前に捻った足の痛みが再発する。だけど、これぐらいの痛み……。

「えっ!?」
「きゃっ!?」

 少年と少女が石の放つ光と突然出現した俺に驚いているが、この際無視だ。
 俺はデバイスを振りかざすと、一気に封印魔法を発動させる。

「封印!」

 幾重もの魔法陣がジュエルシードに絡みつく。
 しかし……

「なんだ、この力は!?」

 俺は驚きの悲鳴を上げる。
 俺が封印魔法に慣れていないというのもあるだろうが、ジュエルシードから凄まじい魔力を感じる。
 その力は以前封印した次元震に匹敵した。
 そういや、前にユーノが言っていたっけ。人間が強い願いをもって発動させると、ジュエルシードは大きな力を発揮するって。まさか、ここまで段違いだと思わなかった。
 俺は砕けんばかりに奥歯をかみ締めると、全身の魔力を振り絞り封印魔法を強化する。魔力と生命力がごっそり持っていかれる時に生じる脱力感が俺を襲う。眩暈がする、意識が薄れる。
 だけど、封印に失敗すれば町が大きな被害を負う。命に代えてもそれだけは阻止しなければならない!
 
 俺は気力と魔力を振り絞り、何とか封印魔法を維持する。ここ1週間の無茶のツケか、立っているだけで正直辛い。視界が赤く染まり、息をするだけで身体のあちこちが痛む。
 俺とジュエルシードの魔力が火花を上げてぶつかり合う。

 そしてぶつかり合いは終焉を迎えた。

 突如、小さな爆発音を立てて俺のデバイスが煙を噴く。
 俺の弱い魔力を補うために負荷をかけすぎたかっ!?

「し、しまった!!」

 次の瞬間俺の視界が真白な光で埋まる。

「ヴァンくん!!」
「ヴァン!!」

 誰かの叫びを聞きながら、俺の意識は白い光に飲み込まれた。




 どうやら、少しだけ気を失っていたらしい。
 俺は今だ成長を続ける巨大な木の枝に引っかかっていた。木は町を押しつぶしながら成長を続ける。

 くそっ、阻止できなかった……。
 こうなるのを知っていて、今回は十分な時間があったはずなのに……。いくつ判断ミスをしているんだよ、俺は。
 つくづく自分が嫌になる。
 そんな後悔に沈む俺に、ユーノからの念話が届いた。

【ヴァン、ヴァン! あ、聞こえますか、ヴァン!!】
【ああ、聞こえる。ごめんそ……】
【ギリギリ間に合いました。ヴァンのおかげです!】
【えっ!?】

 俺の驚きの声をよそに、ユーノは興奮した声で俺に話しかけてきた。

【ヴァンが結界が必要になるって言ってくれなきゃ、町に大きな被害が出るところでした!】
【違うんだよ、ユーノ……、こうなる前に阻止できなきゃ……】

 え? 結界の中?
 そうか、少なくとも町に被害は出なかったか……。
 最悪の事態にはならなかった事に少し安堵しながら、やはり失敗だと悔やむ。
 俺は物語を知っている。回答を知っていた状態でテストを受けているようなものだ。
 発動する前に阻止できなきゃ、成功したことになんか……。

【ヴァンくん、それは違うの】
【なのは?】
【ヴァンくんは必死にやってるのは私達が知っているの。私達も一緒にいるんだから、出来ることからやっていこうよ】

 あっ……。

 なのはは俺の事情を知っているわけではない。俺が悔やんでいる理由など分からない。

 でも、彼女の言っていることは正しい。
 そうだよな、俺に出来ることなんて限られている。知識があろうが無かろうが、出来ないことは出来ない。だから、一般人であるなのはに協力を求めたんじゃなかったのか?
 俺程度が何を思い上がっていたんだ?
 なのはたちを休ませて一人で出来る限り回収する? できるわけ無いだろう、馬鹿。
 知識があるから事前に事件を起こさせない? ジュエルシードの特性を考えればそう簡単にいくわけ無いだろう、阿呆。
 そうだよな、あんな悔やみ方をするのは二人に失礼だ。覚えたての魔法でギリギリ間に合わせてくれたなのはと、まだ完全に回復しきっていないのに大規模な結界魔法を使ってくれたユーノの二人を侮辱している。

 ああ、そうだ。思い上がっていた。俺は一週間前にユーノに何て言った?
 情けない、自分と言うのを忘れていた。確かにあの二人は子供だけど、俺よりも優れた魔導師なんだ。

【ありがとう、なのは。それからごめん、二人とも】
【え、え、え? そんな、謝ってもらうようなことじゃ】
【そ、そうですよ。何を……】
【いや、思い上がっていたよ。二人に散々心配かけて、ごめんなさい。俺に力を貸してください】

 俺の言葉に、二人の照れているような思念が伝わってくる。

【ヴァンくん……】
【何を言っているんだよ、ヴァン。元々力を借りているのは僕だよ】

 本当に良い奴らだ。足手まといの俺をこんなに心配してくれて。

 それからごめん、P1S。俺は管理局入局以来の相棒であるデバイスにも謝る。次元震封印という無茶をやった上に、連続稼動を強いたのだ。壊れたって無理がない。
 だけど、もう少しだけ無理を承知で頼む、これを何とかしないと大変なことになるから。
 俺はP1Sの機能を確認する。封印機能が完全に死んでいた。各種の処理速度もだいぶ落ちている。
 だけど流石は管理局の制式装備だ。まだ十分に働ける。

【悪い、封印機能が使えなくなった】
【とりあえず合流しようよ、ヴァンくん】
【了解、そっちに向かう。ユーノ、結界の維持時間は大丈夫?】
【ずっと休ませてもらったから、かなり持つよ】
【そうか、合流……あれは?】

 俺は枝からよろよろと飛び立つ。
 だが、視界の隅に倒れている女性の姿を見つけた。結界に巻き込まれたか!?
 その女性は腰が抜けているのか立ち上がる様子も無い。そして、女性を押しつぶさんと木の枝が女性に向かっていく。

【くっ、ごめん、合流は無しだ! 巻き込まれた人がいる】
【ええええっ、な、なんだって!?】
【あんな無茶なタイミングで結界に封じ込めただけでも神業だよ! ごめん、封印はなのはとユーノだけで頼む】
【わかった、ヴァンくんも気をつけてね!】

 俺は念話を切ると、その女性の元に向かおうとする。

『Flash M……』
「えっ!? ……くっ!」

 いつもの加速魔法を使おうとするが、その瞬間眩暈がしてガクンと高度が落ちる。
 魔力切れの上にデバイスの処理能力が落ちているからか……。こうなるとフォースセイバーも使えないな……。
 俺は加速魔法抜きで、できる限り速度を上げる。
 間に合えっ!!

「きゃあああああああああああああ!」

 恐怖のあまり、女性は咽が裂けそうなほどの絶叫を上げている。
 その女性に、槍のように尖った根っこが今まさに襲い掛からんとしていた。
 くそっ、フィールド系は間に合わない……、こうなったら。

 俺は決死の覚悟で、バリアジャケットの防御力を上げ女性と根の間に割り込む。
 木の根は俺のバリアジャケットをいとも容易く貫き、俺の胸を大きく切り裂いた。
 痛いという感覚すらなかった。ただただ衝撃に意識が飛びそうになる。俺は2~3歩よろけると、その場にしりもちをついた。

「ははは、テロリストのアジトに突入した時でも、こんなに怪我しなかったぞ……」

 な、内臓ま……では達して……ないな。これなら、まだ……動けそうだ……。傷を確認したとたん、痛みが襲ってくる。
 約束したとたんこれだ。成長無いな……。また……二人に怒られそうだ。
 ダラダラと流れ落ちる血に。女性の顔が引きつる。無理も無い。

「だ、大丈夫……ですか?」
「私は……そんなことより、き、君こそ大丈夫?」

 突如割り込んできた俺にその女性……いや、女の子が微妙なイントネーションまじりに、呆然と尋ねてくる。
 って、これって関西弁?
 俺はその時になって初めて女の子をじっくりと見る事が出来た。
 俺と同じ年頃の女性だ。栗色の髪を肩で切りそろえている、目のパッチリとしたかわいらしい女の子だ。バッテンみたいな髪飾りが特徴的……って?

「は……やて?」

 なんでこの子がここにいるんだ!? 猫姉妹はどうしたんだよ!? 良く見ると、壊れた車椅子と散らばった本があるじゃないか!
 絶対にこんな場所にいるはずの無い少女の出現に俺は混乱する。しかし、いまの呟きは迂闊すぎた。

「な、何で君、私の名前を……?」

 まずい、痛みと疲労で注意力が散漫になっていた。
 その少女、八神はやては俺の呟きに驚きの声を上げる。どう言い訳しようか、俺は朦朧とする意識で必死に考えるがまったく思いつかない。
 一方のはやては、俺を追及しようとするが、すぐにそんな事をしている場合ではないと気がつく。

「そ、そんな事尋ねている場合やなかった。す、すぐ逃げないと!」

 そう言って、動かない下半身を引きずりながら俺に向かってくる。
 この子は……俺を先に逃がそうと? 足が不自由なのに? 来てもどうにもできないだろうに、それでも何とかしようと?
 まったく……泣かせるじゃないか。こんな良い子を死なせるわけには行かない。俺は歯を食いしばると、痛みを堪え何とか膝立ちになる。

「お、俺に捕まって……」
「つ、つかまってって、怪我が!」
「今は逃げることが先だから。はやく……」
「わ、わかったわ」

 そう言うとはやては俺の首に手を回ししがみつく。
 俺も片手で彼女を抱える。
 俺は出来る限りゆっくりと、飛び立った。

「血がつくけど、ごめんなさ……い」
「そんな事気にしないから! それよりも、君の怪我が!」
「気にしないで……」

 はやては半泣きで俺にこう言う。少しでも俺の負担にならないようにと、気を使ってくれる。
 その意識、目線は俺の怪我に向けられている。こんな状況なのに、俺のことを心配してくれているのだ。
 優しい子だ……。
 俺はなんとか意識をつなぎとめ、ビルの屋上にゆっくり着地する。
 そして、俺の背後ではピンク色の閃光が空を駆け抜け、巨大な災厄の木を貫いていた。
 なのは達がやってくれたのだろう、これでもう、大丈夫だ……。
 俺は安堵の溜息を突くと、とうとう意識を手放した。
 どこか遠くではやての泣き叫ぶ声が聞こえるが、それを気にする余裕は俺にはもう無かった。


 そして、この時俺は知らなかった。
 ミッドチルダで発生していた異変を。なぜはやてを監視しているはずのリーゼアリア、リーゼロッテの使い魔姉妹がこの場にいなかったのか、その理由を。
 俺がその理由を知るのは、アースラ到着を待たなければならなかった。



[12318] 第3話(終幕というか、蛇足)
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:8716a64c
Date: 2010/04/13 09:54
第3話(終幕というか、蛇足)


 ようやく日本が見えてきた。
 その事実に、彼は歓喜のあまりコサックダンスを踊りだした。
 ずんだらずんだら、酒を飲むなら黒田ぶしー。

 彼は管理世界に生まれたまさに天災とも呼べるグレートでデリシャスでスパイシーなスーパー魔術師だった。まさに一万と二千年前から愛されてきた才能なのだ。
 そんな彼だったが、世界の悪戯か悪意か、それともウケ狙いかしらないが、次元震に巻き込まれて別の世界に飛ばされてしまったのだ。ああ、何たる悲劇、何たる世界的悪意、おのれ、ゴルゴムの仕業か!?

 しかし、流されたのが97管理外世界だったのは幸運だった。
 それこそ彼の目的地、美幼女のあふれるまさに理想郷。でも10年後は簡便な。

 かくして、アメリカ大陸に墜落した彼の冒険の旅が始まる。

 最初に立ち寄った町ではロリコン探偵と一晩ロリのすばらしさについて語り合った。あとでまとめて吹っ飛ばされたが、あの男は生きているだろうか? その後イギリスに渡りロンドンでは貧乳ツインテやらハラペコ騎士と戦い、鉄っぽい男に幼女のすばらしさを教えロリ姉と駆け落ちさせるという偉業を達成した。しかし、そのときはっちゃけさんに食べられそうになったのは彼のトラウマだ。その後はヨーロッパに渡りモヒカンプロレスラーと一戦をする。あの回転はすごかった。さらにさらに、印度では手足が伸びる坊さんにカレーをご馳走になる。東南アジアでは世界で一番と二番に怖い女の人に出会い慌てて逃げ出し、香港で巨大風水盤をめぐる戦いにこっそり介入し、同じ女性の下着を愛するバンダナ男と仲良くなった。ロリとボインで最後には殴り合いになった。さらに中国大陸に入り美少女武将と種馬太守と知り合いになる。あのロリから年増までいけるハーレム形成能力はぜひ参考にしたい。さらに赤い髪の日本刀使いに追い回され、ピンクブロンドのメイジとその使い魔と共に巨大なゴーレムっぽい何かと戦った。

 ちなみに、なんか本当に同じ世界なのかと問われると、男は紳士ですからと答える。
 これだけの冒険を繰り広げた彼は、まさにHENTAIという名の紳士に相応しい男に成長しやがりましたこんちくしょう!
 設定とか何とか関係ないもんね、ベリーメロン。
 ちょっぴり各地で犯罪者扱いされたけど、泣かないもんね、男の子だから。

 そして、彼はついに、目的地である日本は海鳴市に到着したのだ。

「はーっはっはっはっはっはっは、ついに、ついに我が理想郷に到着したのだ。さあ、待っていてくれ、なのはたんにフェイトたんにはやてたんにすずかたんにアリサたん!
 なのはたん!はやてたん!ふぇいとたん!ゆーのたんぅぅうううわぁああああああああああああああああああああああん!!!
 あぁああああ…ああ…あっあっー!あぁああああああ!!!ありさすずかぅううぁわぁああああ!!!
 あぁクンカクンカ!クンカクンカ!スーハースーハー!スーハースーハー!いい匂いだなぁ…くんくん
 んはぁっ!フェイトたんのブロンドの髪をクンカクンカしたいお!クンカクンカ!あぁあ!!
 間違えた!モフモフしたいお!モフモフ!モフモフ!髪髪モフモフ!カリカリモフモフ…きゅんきゅんきゅい!!
 無印のフェイトたんかわいかったよぅ!!あぁぁああ…あああ…あっあぁああああ!!ふぁぁあああんんっ!!
 第4期はされて良かったねヴィヴィオたん!あぁあああああ!かわいい!ヴィヴィオたん!かわいい!あっああぁああ!
 映画も決定されて嬉し…いやぁああああああ!!!にゃああああああああん!!ぎゃああああああああ!!
 ぐあああああああああああ!!!映画なんて現実じゃない!!!!あ…アニメも映画もよく考えたら…
 な の は ち ゃ ん は 現実 じ ゃ な い?にゃあああああああああああああん!!うぁああああああああああ!!
 そんなぁああああああ!!いやぁぁぁあああああああああ!!はぁああああああん!!でも此処は現実ぁああああ!!
 この!ちきしょー!うらやましいだろう!!現実になって…て…え!?見…てる?げんじつのはやてちゃんが僕を見てる?
 遥か遠くですずかちゃんが僕を見てるぞ!(以下省略しました、読みたい人はわっふるわっふると書き込んでください)」

 言っていることは犯罪……というか、ギリギリどころかはるかにあっち側の人以外の何者でもないが、彼は別に彼女達に手を出す気など無い。
 なぜなら彼は紳士だから。
 ただ、たっぷりじっくりなぶるようになめまわすようにスリスリするように指一本触れず愛でるのみだ。
 そう、それこそ彼が紳士たる証。
 紳士たるもの、彼女達の力になってこそ、怖がらせたり害悪になってはいけないのだ。
 それこそ、紳士道、紳士坂。

「はーっはっはっはっはっは、あれ?」

 ぱくっ。通りすがりの白鯨が海上で漂流していた銀髪の優男を一飲みにした。
 おなかの中で彼は人形師と鼻が伸びる人形に出会う事になる。

 イオタ・オルブライトが海鳴市に到着するのはもう少し先の話し。




「という、夢を見たんだけど」
「氏ねばいいと思うよ、変態」



[12318] 第4話(前編)
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:8716a64c
Date: 2011/02/20 11:20
第4話(前編)


 目が覚めたとき、俺は知らない部屋に寝かされていた。1週間ぶりの布団の感触が心地よい。着ている服もいつの間にか洗いたての寝巻きに変えられていた。
 知らない天井だと喉まで出かかったが自重する。
 
「こ、ここは?」

 俺はぼんやりとどうしてこんな所にと考える。
 たしか木の事件に遭遇して、ユーノが咄嗟に機転を利かしてジュエルシードを結界に隔離したんだよな。もっとも俺はジュエルシードの発動の衝撃で跳ね飛ばされたんだっけ。
 んで、なのはとユーノの二人と合流しようとしたら巻き込まれた人がいて……その人が何故かはやてで……。何とか安全圏に避難させたところで、気絶したんだっけ?
 
「って、そうだ! 木は? あの後どうなったんだ!」

 俺は直前の出来事を思い出すと飛び跳ねるように起き上がろうとした。
 って、いてええええええ!!
 だが、胸に感じる引きつるような痛みに、再び布団の中に沈む。
 そういや、はやてをかばって木の根に斬られたんだっけ? 内臓には達していなかったはずだが、かなり深手だったよな。どこぞの正義の味方じゃなく単なる公務員なのに、我ながら無茶したものだ。
 胸の傷跡を触る……って、包帯こそ巻かれているがふさがっている? 地球の技術じゃ何針も縫う大怪我のはず……。こんな事が出来るのはユーノの奴か。
 俺はゆっくりと起き上がろうと頭を動かす……って!?
 
 そこには、すやすやと眠るまつげの長い少女の横顔があった。ぶっちゃけ、なのはだ。
 当たり前だが一緒に布団に入っているわけではない。恐らは俺の看病をしていて眠ってしまったのだろう、普段着のまま倒れるように眠っている。
 ロリコンじゃないのでなんとも思わないけど、さすがに頭を動かしたら女の子の顔があったのはびっくりした。

 俺はなのはを起さないように、そっと身体を起そうと……って!?

 反対側を見ると、栗色の毛玉がドテンと置いてあった。いや、毛玉じゃなくてユーノか。
 なんというか、ぜひ触ってモフモフしたい質感である。
 まあ、この状態でそんな事をするわけにもいかない。俺は二人を起さないように腕を動かして自分の身体の状態を確認する。
 
 身体に胸に包帯が巻かれている他にも、手足や顔も包帯や絆創膏だらけだった。ユーノの手足じゃ包帯を巻く事など無理だし、なのはもこんなしっかりとした巻き方が出来るとは思わない。
 となると、誰か大人がやったのかな? どう見ても此処は日本の家屋で病院ではない。だとすれば、なのはの家なのだろう。
 
「んんっ……はれぇ、ヴァンくんおきたぁ……、って、ヴァンくん目が覚めたの!?」
「うわわわっ、って、ヴァン!」

 俺がそうやって身じろぎをしているのに気がついたのだろう、突っ伏して寝ていたなのはが眼を覚ます。最初は寝ぼけ半分で俺を見ていたが、叫び声を上げて驚く。
 その声に驚きユーノも眼を覚ました。
 
「ああ、おはよう。また迷惑をかけちゃったみたいだ」

 俺は照れながら二人に謝る。昼間の二人との会話を思い出したからだ。
 どうもテンパってると恥ずかしい台詞がスラスラと出るようだ。今度から気をつけよう、黒歴史とされてはたまったもんじゃない。
 
「よ、よかった……、血が一杯出てて目が覚めないかと思ったんだから!」
「そうだよ! 僕もなのはもどれだけ心配したか……!」
「ごめん、本当に心配かけた」

 平謝りするしかなかった。我ながら無茶をしたという自覚がある分、本当になんと謝っていいやら。
 半泣きの二人を前に俺は今度こそ上半身を起すと、ただひたすら頭を下げるしかなかった。
 そうやって俺が謝っていると、部屋の入り口が静かに開く。
 そこにはなのはの父親である高町士郎さんと、彼が押す車椅子に乗った女の子がいた。
 
「やあ、目が覚めたみたいだね」
「こ、こんばんわ」

 この状況で流石に説明しないと言う選択肢は取れまい。
 やってきた二人に、俺はミッドに帰ったら確実に左遷されるだろうなと思いながら、内心でこっそり溜息をついた。
 
 
 
 俺は妙なものを見る目付きで隣に座るなのはとユーノを見ていた。
 なのはが正座をしているのはまあいい。ユーノがあのフェレットの体型で正座をしたのは驚いた。というか、どういう関節しているんだ?
 ちなみに俺はまだ布団から上半身を起している状態だ。さすがに重症だったので(自主)正座は止められた。
 
「いや、別に正座しなくても……。あ、ヴァン君は止めて置きなさい。本当だったら病院に入院しなければならない重症だったんだから」

 と言ったのは士郎さんだ。
 
「えっと、何処から説明すればよろしいでしょうか?」
「まず、自己紹介からかな?」

 一見柔和に見えるが、なかなか眼光が鋭い。言外に嘘をついたらどうなるか分かっているんだろうね、と言っているのだろう。
 ついでに、部屋の向うには明らかに隠れている気配が一つある。恐らくなのはのお母さん、桃子さんだ。この様子だと後二人もどこかに隠れているんだろう。俺には気配のけの字も感じられないけど。
 
「自分は時空管理局ミッドチルダ本局首都航空隊3097隊所属、ヴァン・ツチダ空曹です。身分証明書は……えっと、なのは。俺の着ていた服は何処に?」
「それなら枕元にあるよ」
「え、あ、ほんとうだ。ごめんごめん」

 気がつかなかった。
 俺は上着の内ポケットから管理局局員であることを示す身分証と待機モード形態であるカードになっていたデバイスを取り出すと、身分証を士郎さんに渡す。
 
「これは……。ごめん、読めないんだけど」
「始めて見る文字やな……」
「すいません、ミッドチルダの文字なので……。えっと、あとは」

 そう言うと、俺はデバイスを起動させる。カードは一瞬で1メートル程度の長さの杖に姿を変えた。
 カードから杖への一瞬の変化に二人は驚く。
 
「これは魔法の杖であるデバイスです」
「魔法の杖ってもっとメルヘンなものかと思ってた、ねじくれた木とか。意外とごっついんな」
「古いデバイスにはそういうのもありますよ。博物館とか骨董の世界ですけど」
「手品じゃあらへんよな? ヴァンさんも魔法使いってことなのね……」
「ユーノ君が喋った時も驚いたが魔法か……、見せてもらっていいかな?」
「どうぞ」

 俺はすんなりとデバイスを渡す。
 この場合は別に問題は無いだろう。ストレージデバイスは資質が無い人には只の棒にすぎない。

「いいのかい?」
「この状況ではしかたありませんよ。別に魔法を使えない人が触っても危険はありませんから」

 はやてが触るとどうなるんだろう? 一瞬だけ考えたが、気にしない事にした。
 魔法の資質が目覚めたら目覚めたで、その時考えようと半ば投げやりに考える。というか、人間離れした御神真刀流の使い手3人(内2人はスネーク中)に囲まれて、俺はもうパンク寸前ですよ。
 そもそも、この状況で俺に拒否権は無いしね。緊急避難ということで勘弁してもらおう。
 幸いはやての魔法の資質は目覚める事無く、二人は満足いくまで杖をぺたぺた触ると俺に返してくれた。
 
「それと、確認しておくけどユーノ君もフェレットじゃないんだね」
「はい、僕はスクライア一族のユーノ・スクライアと言います。今まで騙すような真似をしていて申し訳ありませんでした」

 俺がデバイスを再び待機状態に戻している横で、ユーノは深々と頭を下げる。だから、フェレットの体型でどうやってやってるんだ?
 まぁ、スクライア脅威の変身魔法ということで、こいつの関節についてはこれ以上は無視しよう。気にしすぎると精神衛生上よくない。
 俺は自分の注意の対象を変えるべく自己紹介に戻る。
 
「私の事は二人とも知っているみたいだから自己紹介はいらないね。後この子は……」
「私は八神はやてや。よろしくな、二人とも」

 車椅子の女の子が元気に挨拶をしてくる。あんな事に巻き込まれた割には平静を保っているのは大したものだ。
 一方の俺はというと、何故名前を知っていたかと何時つっこまれるかと思って気が気ではなかった。だから速やかに話題を変えるべく、自分が何処から来たのかを説明し始めた。
 
「俺とユーノはこの世界の住民ではありません。別の世界からやってきた魔法使いです」
「ユーノ君もかい」
「はい、僕もです」

 一瞬、士郎さんとはやての顔が和む。
 おかしい、俺には精神感応のレアスキルなんて無いはずなのに、はっきりと二人が考えたことが見えた。ユーノの様な魔法使いがフニョフニョ沢山いて、ユーノのような魔法使いがモカモカ動き回って、ユーノのような魔法使いがモコモコ生活しているフェレットランドを想像したな。
 よく見たら、隣のなのはもか。表情がほんわか夢心地だ。
 まあ、いずれ勘違いは分かるだろうし、これはほっとこう。夢を壊すのは良くない。
 
「俺……あ、いや、私は時空管理局と呼ばれる組織の一員です。管理局は我々が住む管理世界の治安維持を担う組織で……警察と裁判所の総称だと思ってください」

 同じ管理局ではあるが俺たちの犯罪者を追う部署と裁く部署は基本的に別組織だ。他にも災害救助や文化財保護などの仕事もあるが、管理局に対するその辺りの細かい説明はばっさりとはしょった。そもそも今この町で起きている事件とはなんら関係ない。
 
「つまり、君とユーノ君はその警察官なのかい? 見たところなのはと同い年くらいに見えるが……」
「はい、僕もヴァンもなのはと同い年です。あと、管理局員はヴァンだけです。僕はスクライア一族と呼ばれる発掘を生業とする一族の者です」
「発掘? ユーノさんは学者さん? でも学者さんがなんでお巡りさんと?」
「いえ、僕は学者じゃ……、まだ学生で……」

 ユーノの言葉にはやてが首をかしげる。彼女の言葉の意味はユーノには分からなかったようだ。
 まぁ、無理も無い。地球で言う“発掘”と管理世界……特にスクライア一族の言う“発掘”では大きく意味合いが違う。いくらユーノが博識でも、こんな辺境の管理外世界とのニュアンスの違いなど分からないだろう。
 
「すいません、我々の世界で言う“発掘”とこちらの世界で言う“発掘”では少し意味合いが違うんです。
 我々の世界ももちろん考古学的な意味合いもありますが、もうひとつ、失われた文明の遺物を見つけ出すと言う仕事でもあるんです」
「失われた遺物?」
「ええ、我々の世界には過去に失われた文明があって、その遺跡の中には現在では再現不能な力のある遺物……我々はロストロギアと呼んでいますが、そういった危険な物が眠っているんです。
 えっと、こちらだと映画のイン○ィージョーンズを思い浮かべてもらえれば……」

 俺の説明に二人が納得し、ほんわかとした顔をする。きっと、テンガロンハットをかぶって冒険をするユーノを思い浮かべたのだろう。
 一方、俺の例えが分からない人が一人。

「ねえ、ヴァン。なに、そのインディー○ョーンズって?」
「地球の映画だよ。興味があるなら帰ったらDVDを貸すから」
「そんな事しなくても、レンタルビデオショップで借りてくるよ」
「あ、そっか。こっちじゃ普通に流通しているんだ」
「話を戻していいかな。そのお巡りさんと考古学者の卵さんが何でこの町に?」

 おっと、思わず脱線してしまった。
 士郎さんの言葉で、俺たちは話を元に戻した。

「はい、僕は事故でこの世界に散らばった、その危険な遺物を回収しにこの世界にやってきたんです。
 今この町にはジュエルシードと呼ばれる危険なロストロギアが散らばっているんです」
「ジュエルシード? それは一体どういうものなんだい?」
「はい、本来は手にした者の願いを叶える魔法の石なのですけれども、力の発現が不安定で単体で暴走して使用者を含めて周囲に危害を加える場合があるんです。一週間前の槙原動物病院での事件を覚えておられますでしょうか?」
「ああ、もちろん」
「あれはジュエルシードが暴走し、暴走体が暴れて起きた事件です」
「一週間前……。そうか、なのはが夜中一人で家を抜け出して、沈んだ表情で帰ってきたあの日だね」
「はい……」

 そういえば、あれからまだ一週間しか経ってないのか。
 話が出来る人がユーノ達しかいなかったせいか、ずいぶんと長いこと一緒にいたような感覚になってた。
 
「でも、そんな危険な物がなぜこの町に?」
「僕のせいなんです。先ほども話ましたけれども、僕は故郷で遺跡発掘の仕事をしているんです。ある日、古い遺跡の中であれを発見して、調査団に保管してもらったんですが……。運んでいた亜空間船が事故か、なんらかの災害にあってしまって」
「それって、ユーノ君のせいなの?」

 ユーノの話に疑問を持ったはやてが俺に対して聞いてくる。
 
「詳細は資料を確認しなければ何とも言えませんし、事故原因についても知らないので責任の所在については明言できません。更に俺にはそれを判断する資格がありませんからあくまでも私見ですけど、ユーノに責任は無いんじゃないかな?」

 我ながら回りくどい言い回しだが、しかたない。
 強いて言うならユーノがいい加減な保管を指示した、もしくは調査団がいい加減な保管をやっていた場合の責任だろうけど、クソ真面目なユーノの性格や調査団が大手発掘組織のスクライア一族であると考えると、そんなヘマをするとは思えないんだよな……。
 ついでに言うと船会社だってスクライア一族御用達の連中で、ロストロギア運搬の危険性は十分承知していただろう。 突発的な小規模次元震に巻き込まれたか海賊の襲撃にあったなど、回避不可能な不測の事態が起こったと考えるのが現時点で一番合理的だ。
 
「でも……」
「ユーノがどう思うかはともかく、話に聞く限りユーノに責任があるとは言えないよ」

 ただ一人でロストロギア探しなんて危険な事やってるので、帰ったらスクライア一族の大人に説教くらいはされるだろう。やってる事の善悪はともかく、なのはという幸運に巡り会わなければ死んでいたかもしれない。
 もっとも、突き詰めれば俺達管理局の怠慢に繋がるんだけどね。俺たちは次元犯罪から市民を守るために給料を貰っているわけだし、管理局は各国から拠出金を貰っているわけだから。
 
「しかし、管理局とはそんな危険な代物を子供二人に回収させるのかい?」
「あ、いえ。違います。俺が地球にやってきたのはジュエルシード回収とはまた別件で……」
「別件? まだ何かあるのかい?」
「いえ、地球で何かがあったわけじゃないんです。俺たちの世界で起きた事故の結果、此処に飛ばされちゃって……」
「飛ばされた?」

 あ、首を捻ってる。
 無理も無い、管理世界の住民だって俺の状況は想像できんと思う。天文学的な確率で此処にやってきたわけだし。
 
「はい、魔法の暴走を抑えようとして、結果的に転移してきちゃったんです」
「え? じゃあ、ロストロギアだっけ? それの回収はユーノくんだけがやるつもりなの?」
「いえ、今頃管理局の船がこちらに向かっている最中だと思いますよ。幸い、地球近辺は巡回航路ですから」
「見張っているのかい?」
「いえ、どちらかと言うと、こちらの世界から地球に迷惑をかける奴が出ないようにする為です」

 うむー、管理局に変な不信感持たれなきゃいいけど……。この手の説明って苦手なんだよなぁ……。
 ちなみに管理外世界の巡回の最大任務は、次元犯罪者を含む管理世界の住民が管理外世界に迷惑をかけてないかどうかの確認である。次元犯罪者も管理外世界に来たら大人しく真っ当に暮らせば良いのに、大抵の連中は魔法を利用して犯罪をやってるもんだからすぐ見つかるのだ。

「じゃあ、すぐ来るんだ」
「はい、他の世界を調べながらなので正確な日時までは分かりませんが、どんなに遅くても2~3週間以内には」

 まあ、他の世界で騒動が起きていてそっちに忙しくて来れないなんて事は……、まず無いだろう。
 そういった場合は、要監視世界である第97管理外世界には代行艦が派遣されるはずだ。もっとも、その場合は2~3週間じゃなくて2~3ヶ月になってしまう。
 
「それに、家のなのはが協力しているんだね」
「はい、すいません。私達が不甲斐無いばかりになのはさんをこんな事に巻き込んでしまって」
「ちょっと、ヴァン。それを謝るのは僕の……」
「前にも言ったろう、この場では責任者は俺なんだよ」

 良いか悪いかではなく時空管理局の人間である限り、次元犯罪ないし事故の解決に民間人が協力している場合は、その責任の所在は管理局員に帰属する。この場に俺以外の管理局局員がいない以上、俺が全責任を取るしかないのだ。
 はははははは、実物のリンディ提督とクロノ執務官がどんな性格をしているのか分からないけど、左遷か減給は覚悟しておこう。物語通りなら説教程度で許してもらえるかもしれないけど、俺の背景考えるとなぁ……、部下への示しもあるし。
 だが、そんな俺達の内心を知ってか知らずか、士郎さんは俺達を責めずになのはに優しく問いかけた。
 
「なのはは、彼らの話を知っていて協力しているのかい?」
「うん、初めて会った夜に全部聞いたよ。それに、最初は断られたの」
「断られた?」
「巻き込んでごめんって……、でも私、知っちゃったから……、放っておく事なんて出来ないから」

 真っ直ぐに父親を見つめるなのは。9歳の少女とは思えない、男前な態度である。
 そんななのはに、父親である士郎さんは優しく微笑みかけた。
 
「知っていて協力すると決めたのならとやかく言わないさ。なのはが決めたことなんだ、反対しない。頑張るんだぞ」
「お父さん!」

 一瞬『良いのか?』と思わないでもなかったが、そういう家系なのだろう。他所様の教育方針に口指しをするほど野暮ではない。
 否、俺にはする資格など無い。なのはを利用している薄汚い大人は俺なのだ。そして、俺は未来の、自分のエゴの為に10年後の彼女達を利用したいと考えている。
 どう考えても俺に口出しする資格など無い。

「すいません、なのはをよろしくお願いします」
「謝るのはこちらです。必ずなのはさんを無事にお返しします」

 そういって頭を下げてくる士郎さんに、俺は無責任な約束をするしか出来なかった。
 
「なあ、ところで私から一つ尋ねてええかな?」

 そんな俺たちを見ていたはやてが、俺とユーノに尋ねてくる。
 
「えっと、何でしょうか?」
「なあ、私が何であの木の……結界だっけ? に巻き込まれたん?」
「すいません、それは僕のミスなんです」

 はやての質問に謝ったのはユーノだった。
 
「恐らく僕が結界を張る際に、設定を間違ってしまって……。本当にすいません」

 ユーノはそういって謝るが、恐らくは違うだろう。
 はやての中に眠る資質が、ユーノの結界に介入したのだ。もっとも、この場では確認する術も無かったし、言っても仕方の無いことだった。
 
「別に謝らなくていいよ。何でか知りたかっただけだから。それに……」
「それに?」
「こんな事になっているなんて、私ちっとも知らなかったわ。ヴァンくんやユーノくんに知り合えただけでも十分な収穫や」
「そんな! あんな危険な目に合わせて……」
「謝る必要なんて無いって。そうやな……ユーノくん、ちょっと手を出してくれる?」
「え? こうですか?」

 そう言うと、ユーノはその小さな前足をはやてに向かって突き出す。
 はやては車椅子を前に進めその手を握ると、軽く上下させる。
 
「はい、握手。これで友達やから貸し借りは無しや」
「そ、そんな……」
「私は気にしない。だからユーノくんも、それからヴァンくんもなのはちゃんも気にしないで」

 巻き込んだ3人に、はやては笑顔で返す。
 俺は少しだけ苦笑いをしながら、はやてに手を差し出す。はやてもそれを握ると、にっこりと笑った。
 
「俺が自分の世界に戻るまでだけど、よろしくなはやて」
「こっちこそ」
「あーずるい。私も!」

 握手する俺たちに、なのはがぷんすか怒りながらはやてに握手を求め、はやても其れに返した。
 俺はそれを微笑ましく見ながらも、この先どうなるんだろうと不安を少しだけ感じていた。
 
「あのー、そろそろ入っていいかな?」

 そんな和やかな子供達を見てだろうか、入り口の向うから若い女の人がひょこり顔を出す。
 なのはの母親である高町桃子さんだ。彼女の言葉に、士郎さんは微笑みながら呼びかけた。
 
「ああ、いいよ、入っておいで」

 その言葉に、桃子さんの後ろから眼鏡を掛けた女の人が、窓からは若い男の人が入ってきた。
 って、やっぱスネークしていやがったな……。小太刀持って窓の外にいたのか……高町兄よ。いや、鉄線こっそり隠すなよ、高町姉よ……。
 どうやら地味に死亡フラグが立っていたのを回避したらしい。
 
「気がついていたのかい?」

 やや表情を引きつらせる俺に、士郎さんが尋ねてくる。
 つーか、俺が周囲に気を配っていたと気が付くって、どんだけ化け者だよ、この人。
 
「なのはから家族構成は聞いていましたから、まったく気配は読めませんでしたけど」
「はっはっは、流石になのはと同い年の子供に気付かれるほどヤワじゃないよ」

 訂正、この一家化け物揃いだよ。
 俺がまともに訓練を積み始めたのは転生して5歳で管理局に入局する直前からだから決して強いわけではないけど、それでも微塵も気配を感じないなんて並みの鍛錬で出来る芸当じゃない。
 呆れている俺を他所に、入ってきた高町家の人々が次々に自己紹介をしてゆく。彼らは一様に喋るフェレットであるユーノに興味津々のようだ。
 助けを求める視線を向けてくるユーノだが、女性陣のおもちゃになっているユーノを俺は薄情にも見捨てた。そのうちなんか奢るから許してくれ。
 あ、高町兄が来た。
 
「恭也だ、始めまして、ヴァン君」
「始めまして」

 ぜひ『魔法剣エーテルちゃぶ台返し』とか『余を楽しませろ、大○字九郎』と言って欲しい声で話しかけてくる。
 
「ところで、一つ疑問に思ったんだけど良いかな?」
「何でしょう?」
「君は要するに漂流してきたんだよな。だったら、今まで住む家はどうしたんだい?」

 その言葉に、一瞬周囲の空気が凍る。
 つーか、空気読めよ!

「あ、その、実は近くの廃ビルにヴァンは住んでいて」
「廃ビルって……あの廃ビルかい?」
「えっと、それって?」
「一週間前から人影があるって噂になってね。浮浪者でも住み着いたのかって、今度有志で確認に行こうって……」

 有志って、この町の有志? なんか、非常にやばいような……。
 どうも地味に死亡フラグが回避できていないっぽいと察した俺は、それを回避するべく行動に移った。
 
「あの、多分それ俺です。出来ればそっとしておいて欲しいなって……」

 消極的かつ積極的行動。関係者にお願いする! つーか、これ以上俺の給料とボーナスを下げないで!
 しかし、この行動は予想外の結果を生むことになる。反応したのは高町桃子さんだった。
 
「ヴァンくん、あのビルに一人で住んでいるの?」
「え、いや、まあ、そうですけど……」

 この若すぎるなのはの母親から受ける何ともいえないプレッシャーに俺はしどろもどろになる。
 
「ねえ、ヴァンくん。その管理局ってのが来るまで家に住みなさい」

 って、命令形!?
 俺は右を見る。ユーノがニヤニヤ笑いながら見ていた。先ほど見捨てたのを根に持っているな! 心が狭いぞ!
 左を見る。なのはがニコニコ笑いながら見ていた。なんというか、期待に満ち溢れたキラキラした目をしていた。 うん、汚れた心のお兄さんにはキツイね。その純粋な笑顔。
 ついでに正面を見る。はやては腹を抱えて笑っていた。ノリが良すぎるぞ、初対面!
 
「あの、いちお、管理局員としては極力現地住民とは接触を持たないように……」
「服は恭也の小さい時のがあったわよね」
「ああ、押入れの奥にしまっていたよね。ちょっと出してくるよ」

 って、聞いていねえええええ!!
 俺に拒否権など無く、高町家にお世話になる事になるのだった。



[12318] 第4話(後編)
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:8716a64c
Date: 2011/09/05 21:21
第4話(後編)


 その日の朝、俺は車椅子を押しながらお世話になっている高町家に戻ってきた。
 
「ただいま戻りました」
「お邪魔します~。ヴァンくん、ありがとうね」
「気にしないでいいよ。ただ飯食らいなんだから、これくらいはやらないと」
「もしかして、お礼の話……」
「笑顔で断られた。子供が気にするなって……」

 管理世界に戻ったら必ず御礼をすると言ったのだが、桃子さんも士郎さんも聞かないんだよなぁ……。これでも管理世界じゃ社会人なんけど、俺……。
 そうそう、俺の会話の相手は、もちろん八神はやてだ。
 今日はなのはと恭也さんの二人と一緒に出かけるというので、俺が迎えに行っていたのだ。なんでもなのはがすずかの家にお茶会に行くとかで、すずかたちにはやてを紹介する事になったのだ。

「ユーノくん、クッキー食べる?」
「あ、いえ、先ほど頂きましたし……」
「遠慮なんかすること無いのに、ユーノくんったら」
「うわわわわっ」

 玄関をくぐり居間を覗くと、美由希さんとユーノが遊んで……いや、ユーノがすっかりおもちゃにされていた。
 眼鏡の美人に抱きしめられて、あわあわとうろたえている。
 
「やあ、はやてちゃん、いらっしゃい。ヴァンくんお帰り」
「ただいま戻りました」
「おじゃましています。あの、良いんやろうか、私が行って……」
「なのはやすずかちゃんが良いって言ったんだ。気にしなくて良いよ」

 俺たちが来たことを察した恭也さんが居間に顔を出す。4人が来たことでさすがにユーノも美由希さんから開放された。
 ユーノはこれ幸いと俺の肩によじ登ってくる。
 
「あ、はやてちゃんいらっしゃい」
「おじゃましています」

 そうやって挨拶をして雑談をしている3人を他所に、俺は肩のユーノと少し真面目な話を始める。
 
「ユーノ、頼んでおいた部品の修理はどうだった?」
「うん、確認してみたけど射撃管制と封印補助が完全に焼け付いていたよ。レイジングハートと同期させて直らないか試してみたけど、やっぱりダメだった。これ以上はパーツも無いし僕じゃ無理だと思う」
「そっか、ごめん。無理な事頼んじゃって。ジュエルシードは?」
「うん、レイジングハートに移しておいたよ」

 結局あれから1週間はユーノに絶対安静を言い渡されたのだ。おまけに持ってるとまた無茶をするとデバイスまで取り上げられた。
 しかたないのでユーノにデバイスが治せないか見てもらったのだ。ユーノも専門ではないのだが、少なくとも俺よりは知識がある。
 
 3日目からは回復したので壊れている部品だけ引っこ抜き、サーチャーでの探索だけは許してもらった。
 その結果、河口付近で未発動のジュエルシードを一個発見できたのは僥倖だろう。大した手間も無くなのはが封印、回収できた。
 現時点で回収数は8つ。これが物語より良いのか悪いのか覚えてないので何とも言えないが、ここから先は回収は厳しくなるだろう。
 
 なのはが今日お茶会に行くという事は、おそらく彼女が……フェイトがやってくるのが今日なのだ。
 
 何が起きるかわからない以上、正直に言えばAAAランクの魔術師と現行戦力でやり合いたくない。なのでデバイスを返してもらってから、月村邸のジュエルシードを先に回収するべくサーチャーを送っていたのだが一向に見つからなかった。
 俺の探し方が悪いのか、それとも今日何らかの要因で庭に落ちてくるのか……。
 
「ヴァン、ヴァン、どうしたの?」
「あ、ごめん。ちょっと考え込んでた」
「もしかして、まだ体調悪いのかい?」
「いや、流石にもう大丈夫。これ以上休んでいたら逆に体が鈍るよ」

 いや、ほんと桃子さんのご飯は美味しかったです。久々に日本の家庭料理(和食にあらず)が食べれた時は、泣きそうになったよ。
 
「今日からは慣らしながら探索に戻る」
「でも……、もう少し休んだほうが良くない?」
「大丈夫だって。其れに今日は無理をしないから。ほら、これが今日の探索予定地域」

 俺はそう言うと、デバイスを起動させて地図を呼び出す。
 俺が指定したエリアは、ちょうど月村邸のある地域だった。
 
「そっか、今日はずっと僕達の傍にいるんだね」
「まあ、あれだけ心配かけたしね」

 少しだけ良心がチクリと痛む。
 ユーノは真剣に心配してくれているのに、俺はこの期に及んでまだ騙すような真似をしなきゃならないからだ。俺は今日事件が起きる可能性が高いのを知っている。だからそこの傍を張るだけで、心配をかけないようにではない。
 とはいえ、転生者だというのは墓場まで持っていかなければならない秘密だ……と、思う。
 それに、俺には良心だなんて言う資格なんて無いしね。
 
「この辺りで探索しているから、何かあったら呼ぶよ。それに俺は今、封印できないし」
「そうだったね……」

 これ問題だよな……。俺が見つけてもなのはが来るまで封印出来ないのだ。
 早いところ何とかしないといけないけど、デバイスの部品はこちらじゃ見つからない。
 
「おまたせー。遅くなって、ごめんなさい」

 笑顔を浮かべたなのはが居間にやってきたところで、俺たちの会話は打ち切りになった。
 一番理想的なのは俺が発動前にジュエルシードを発見できて、無事封印できる事なんだけどな……。まあ、頑張ろう。
 
 
 
「やっぱ見つからないか……」

 一週間ぶりに飛行魔法を駆使して町を見下ろしている俺だったが、やっぱりジュエルシードは発見できていなかった。
 月村邸には手持ちのサーチャーの半分を配置して監視しているのだが、ジュエルシードの欠片すら見当たらない。
 さらに、町に飛ばしているサーチャーにも何の反応も無かった。
 
「厄介だよなぁ……。発動前は殆ど魔力を発していないって言うのも」

 まあ、だからこそロストロギア認定を受けているのだろう。
 こんな代物を毎度毎度相手にしている機動部隊や海の連中が忙しいのも分からないでもない。そういや、同期で船に乗った悪友がそろそろ帰ってくる頃だったけど、元気なのかね。まぁ、俺が死亡認定受けてるかもしれないが……。
 俺は探しながらも、微妙にどうでもいい事を考えていた。
 
 その時だった。立て続けに事態が動く。
 
「えっ!? サーチャーが次々に消えている!?」

 町にばら撒いていたはずのサーチャーの反応が次々に消えてゆく。
 俺が今使っているサーチャーは、光学以外への隠密性が皆無の代物だ。魔導師だったら容易に発見、撃破できる。管理世界でなら隠密性を高めた代物を使うのだが、魔力消費を抑えるために簡易版を使っていたのだが……。
 フェイトたちに見つかった!? でも、こんなにあっさりとサーチャー撃墜するような乱暴な手段に出るか。自分達が、敵対者がいると声高々に宣言しているようなものだぞ!?
 
 俺が緊張と混乱をしている事などお構い無しに、別の場所でも同時に事態が進行する。
 
 月村邸の少し上を飛んでいたカラスが青い石をポロリと落とす。その事にカラスは気が付く事なく遥か彼方に飛んでいった。
 落とした石の名前は、もちろんジュエルシードである。
 
 そりゃ、探しても見つからないわけだ……。
 
 そして俺が呆れている間にも子猫がジュエルシードに触れ、眩い閃光が周囲を照らす。
 サーチャーに物を拾える機能があれば、事前に回収できたのに……。
 
【なのは、ユーノ、聞こえる!?】
【うん、聞こえるよ。気が付いた!】
【ジュエルシードですね、どこで】

 俺の念話に、二人が応じる。
 
【場所は今二人がいるすずかさんの家、庭の奥。子猫が触っちゃったみたいだ】
【そんな、すぐに回収しないと!】
【ああ、俺も向かうけど、気をつけてくれ!】
【うん、大丈夫。まかせて】

 俺の言葉になのはが頷く。
 
【違う、そういう意味じゃないんだ】
【え? どう言う事です?】
【俺が街に放ったサーチャーが消された。何者かがジュエルシードを狙っている可能性がある】

 俺は後手後手に回っている現状に歯噛みする。
 中途半端な知識しか持たないからか、毎度毎度起こるだろう状況を阻止できないどころか、中途半端な知識に振り回されている気がしてならない。
 俺は苦虫を噛み潰したような表情で、二人に警告を発する。
 
【サーチャーを潰してるって事は、こっちがいる事を知って宣戦布告をしているようなものだ。どうなるか分からないけど、二人とも気をつけて!】
【うん、わかったよ!】

 これだけ忠告しておけば、不意打ちで大怪我って事は無いだろう。
 なのははまだ素人に毛が生えた程度だけど、ユーノならば冷静に周囲を見て取れるはずだ。
 
 しかし、物語では冷静な女の子だったと思ったが、何だってこんな好戦的な真似を?
 
 
 
 
 俺が月村邸に到着し、なのは達と合流するのに要した時間は2分程度だった。
 というか、横からなら木で隠れるかもしれないけど、上空からだと目立つねあれは……。
 
 俺より少し早く現場に到着したなのはとユーノが、呆然とした表情でそれを見上げていた。
 いや、気持ちは分かる。
 何メートルあるんだろうね、あの巨大化した子猫……。

「や、やあ……」
「ヴァ、ヴァ、ヴァンくん、あれは?」
「俺に聞かないでくれ……」

 ずしーん、ずしーんと、暢気に歩くさまは子猫のままだ。サイズが小さければこのままお持ち帰りしたい。
 今までの暴走体が怪物じみた姿ばかりだっただけに、なかなかインパクトがある。
 まあ、なんでもなければこのまま少し和んでいても良いのだが、そうも言っていられない。
 
「あの猫の大きくなりたいって願いが、正しく叶えられたんじゃないかな……」
「そ、そっか……」

 見た目のインパクトに呆然としていた俺たちだったが、一番先にユーノが我に返った。
 
「って、こんな事している場合じゃなかった! なのは、急いで封印しないと!」
「そうだったね。襲ってくる様子も無いようだし、ささっと封印を」

 たしかに呆然としている場合じゃなかった。
 サーチャーを態々撃墜し、こちらに来ていると宣言している存在がいるのだ。ゆっくりしている暇など無い。
 なのはは懐から待機状態のレイジングハートを取り出し掲げる。
 
「レイジングハート!」

 そして、その時だった。
 俺たちから少し離れたところを、2つの光の弾が通過する。
 光の弾は狙いを外す事無く巨大子猫に命中し、巨大子猫は苦痛の悲鳴を上げる。
 命中した肩口の毛が焼け焦げ、血が噴出す……って、あの傷は!?
 
「非殺傷設定を切ってある!?」
「ええええっ!?」

 俺の言葉にユーノが驚きの声を上げる。
 巨大子猫の傷は殺傷設定時に生じる魔力痕だ。犯罪者相手の商売をやってるだけに、俺は嫌になるぐらい見てきた。
 しかし、よっぽどおかしな犯罪者か明確な殺意が無い限り、普通は非殺傷設定を切ったりはしない。
 それは別に犯罪者が人道に目覚めているとかモラルの問題ではなく、単純な損得勘定からだ。使用された魔法の設定が殺傷か非殺傷により、管理局や地元警察の捜査に対する力の入れ具合が違ってくる。
 殺傷設定で魔法を振るった事が判明した場合、被害者の生死の有無に関わらず威信にかけて犯人逮捕に全力を注ぎ、指名手配は無期限指名手配になってしまう。それを分かっていながら、藪を突付いて蛇を出そうという物好きは滅多にいない。
 逆に言うと犯罪に使われた魔法が非殺傷設定だと、よっぽど悪質でない限り管理局や警察も手が回らず検挙されないケースも多かったりする。この辺が犯罪がなかなか減らない原因であるという悲しい話もあるんだけど……まぁ、これは関係ない話だ。
 
「あれっ! あそこっ!」

 狙撃位置に気付いたなのはが警告の声を上げる。
 此処から少し離れた場所、2本の電柱の上にそれぞれ人影があった。
 
 2人!?
 
 俺が内心驚いているのを他所に、付近にばら撒いていたサーチャーの一つが少女と男の声を拾ってくる。
 
「手を出さないでと、言ったはず……」
「二人でやったほうが効率的だろう、フェイト」
「もう一度言う、手助けはいらない……。バルディッシュ、フォトンランサー連撃」

 そこには、黄金色の髪の少女と、同じ髪の色の少年がいた。
 俺たちと同い年くらいの少女は長い金色の髪をツインテールにまとめ、漆黒のマントを靡かせている。そのかわいらしい顔はどこか憂いを秘めていて、俺にもとても悲しそうに見えた。彼女がフェイト・テスタロッサだろう、物語の通りの出で立ちだ。
 
 一方の少年は俺やなのはより確実に5歳は年上だろう。鼻梁が整ったモデルのような顔立ちで、男にしては長めに金髪が肩にかかっていた。少年は銃と剣が一体化したような獲物をその手に握り、ノースリーブなのに腰にヒラヒラとした腰布というのか、装飾のある黒いバリアジャケットを身に纏っている。
 恐らくはあの剣がデバイスだろう。アームドデバイスという事は古代か近代かまでは判別できないがベルカ式魔法を使ってくるはず。
 
 フェイトのもつデバイスから、無数の雷撃が飛び巨大子猫を襲う。
 雷撃は真っ直ぐに巨大子猫に突き刺さり、巨大子猫は苦痛の悲鳴を上げた。
 
 傷は……増えていない……、となると、先ほどの殺傷設定の魔法はあの男か……。
 管理外世界出身で使用魔法が古代ベルカ式の場合、単に非殺傷設定が出来ない可能性もある。しかし、近代ベルカ式なら非殺傷設定は出来るし、古代ベルカ式も現代では追加パッチで非殺傷設定が出来るようになっている。
 出来ないのかしないのか、どちらかわからない以上は何とも言えない。
 
「レイジングハート、お願い!」
『Standby ready. Set Up.』

 その光景を見て、なのはは厳しい表情でレイジングハートを起動させる。
 一瞬、眩いばかりの魔力光が辺りを照らし、白いバリアジャケットに身を包んだなのはが出現した。
 そしてそのまま走っていくと、巨大子猫に……って、無茶するな!
 
 俺はなのはの意図を悟ると、慌てて彼女の後を追う。
 
 なのはの靴に桃色の羽根が出現する。
 そして彼女は飛び上がると、巨大子猫の前に浮かび雷撃から庇う。
 
『Wide Area Protection』

「無茶しないでっ!」

 俺と、いつの間にか俺の肩に登っていたユーノもなのはの隣に行くと、合わせて防御魔法を展開した。
 
『Round Protection』
「なのはっ!」

 なのはとユーノ、そして申し訳程度だけど俺の三重の防御壁の前に、黄金色の雷撃は光の残滓を残し消えてゆく。
 魔力の重さが暴走体の比じゃない。
 俺の魔力なんか足元にも及ばないだろう。同い年でここまで魔力差があるなんて、チートにもほどがある。
 
 いや、それだけじゃない。後ろには殺傷設定で魔法をぶっ放した男も控えている。
 どこのどいつかわからないが、少なくとも友好的な奴じゃないことだけは確かだ。
 
「魔導師……? それに管理局!?」
「まさか……な」

 俺達を見て少女は驚き、男は訝しげな表情をする。
 こんな辺境に管理局局員がいること自体が不思議なのだろう。俺は連中に停止を呼びかける。
 
「ミッドチルダ式魔法を使ったという事は、あなた達を管理世界の住民であるとみなして警告します!
 管理外世界での魔法を使用した危険行為は原則的に禁止されています。こちらは時空管理局空曹ヴァン・ツチダです。第97管理外世界地球への滞在許可書を提示してください。詳しく話を聞きます」
 
 これで話に応じてくれる、あるいは逃亡してくれれば御の字だ。フェイトはともかく、男は危険なジュエルシードを封印に来た善意の第三者の可能性が……あったら良いな。
 いきなり非殺傷で魔法をぶっ放すような奴を、できれば相手にしたくない。俺だけなら慣れているんで良いのだが、なのはやユーノを危険には晒すわけにはいかないだろう。
 もっとも、当たり前だがそう都合良くは進まなかった。
 
「お断りします。私にはそれが必要だから……」

 そう答えたのはフェイトだった。一方男は答えずに小声で呟く。
 俺の配置していたサーチャーは、その声を明瞭に拾っていた。
 
「なぜこんな所に管理局が? 原作にはあんな奴いなかったはず……淫獣はちゃんといるから、バタフライ効果か? しかしあの偽善者どもめ、クロノ以外でも変わらず傲慢だな、此処は管理外世界だって言うのに……、少し現実を教えてやるか」

 ……。
 ……。
 ……。
 もしかして、俺と同じ境遇!?
 つーか、なぜに敵意剥き出し!?
 この呟きは俺以外には聞こえなかったようだ。男は何事も無かったかのようにフェイトに話しかける。
 
「フェイトはジュエルシードを確保するんだ。俺は管理局の奴をやる」
「手出しは……」
「2対2だ、ジュエルシード回収には手は出さない」
「くっ……」

 どうやら、あちらの男は俺にターゲットを絞ったようだ。
 ならば好都合、これでなのはとユーノを危険に晒さないで済む。
 
 一瞬だけ顔を顰めたフェイトだったが、次の瞬間には無表情に巨大子猫の足元を撃ち抜いていた。
 その早業に、今度は俺もなのはも手が出せない。巨大子猫は悲鳴をあげ木を巻き込みながら地面に倒れる。
 
「やる気満々みたいだね」
「そうだね」

 一瞬だけ巨大子猫を心配そうに見つめたなのはだったが、すぐに前を向きフェイト達に対しデバイスを構える。
 
「話をする気は無いということか!?」
「力ずくで来ればいいだろう、いつものように」

 聞く耳を持たないらしい。
 こうなったら、覚悟を決めるか……。

「なのははあっちの女の子を押さえて。ユーノはなのはのサポートを頼む」
「ヴァンくんは?」
「あっちの男が俺に目をつけてるみたいだから、何とかするよ」
「ベルカ式みたいだけど、大丈夫?」
「何とかなるでしょ。つーか、するのが俺の仕事だよ……。危ないと思ったらすぐに逃げてね、その判断はユーノに任せるよ。なのはは無茶しそうで不安だから」

 まあ、無茶っぷりならユーノもどっこいなので不安はあるが、怪我をするぐらいなら逃げてもらうべきだ。

「ひどーい、ヴァンくんにだけは言われたくないよ!」
「ははは、ごめんごめん。んじゃ、頼むね、二人とも」

 俺はそう言って少し微笑むと、フェイトを無視して剣の男に一直線に向かった。
 正直、射撃が出来ない状態で古代近代問わずベルカ式魔法とは戦いたくない。いや、デバイスが万全でもやりたくない。
 だからと言って、なのはやユーノに殺傷設定魔法の使い手と戦わせるわけにはいかない。
 
「ベルカの騎士に接近戦を挑むか!」

 男はそう言うと、円形の魔法陣を展開して魔力弾を撃ち込んでくる。
 って、ベルカミッドの複合式!? つーことは、ほぼ管理世界出身で間違いない。
 俺は飛んでくる弾丸を紙一重で回避する。バリアジャケットに掠った弾丸の魔力がフェイトよりも重い。最低でもAAA、いや、おそらくはSランク……。
 勘弁してほしい、なんだってこんな辺境に化物魔導師がゴロゴロいるんだよ……。
 
「武装を速やかに解除しろ!」
「ふん、傲慢な!」

 俺の最後の言葉にも、男は動じない。
 俺は覚悟を決め、力場を纏わせたデバイスを男に振るう。
 しかし、男は俺の渾身の一振りを剣であっさりと弾くと、剣の柄を俺の腹に叩き込む。
 バリアジャケットでも吸収しきれない衝撃に、俺は小さく息を吐く。
 
「がはっ!」
「ぬるい! ぬるすぎるぞ! 非殺傷設定だと! その程度の覚悟で戦いなど……」

 男が何かほざいているが、とりあえず無視。
 俺は半分涙目になりそうなのを堪えながら、瞬時に魔法を組み上げる。
 
「食らえ……」
「なっ?」
『Force Shot Claymore』

 俺の術式に従い、空いている掌に魔力球が生まれる。それは瞬時に破裂すると、前方に無数の魔力弾をばらいた。
 現在デバイスの射撃管制が壊れているので射撃魔法と砲撃魔法が殆ど使えないのだが、この射程が短く誘導性が皆無……と言うよりも、前方に弾をばらまくしか出来ないフォースショットクレイモアなら関係ない。目標以外を巻き込む危険性があるので使える場面が限られているが、至近距離で使えばAランク魔導師でも無事ではすまない威力がある。
 俺は咳き込みながら、煙に包まれた魔導師から少し距離を取った。
 
 
 
 同じ頃、二人の少女の戦いも始まっていた。
 木の枝の上に着地したフェイトを、なのはは真正面から見つめる。二人は静かににらみ合いを続ける。
 
「管理局の魔導師……。ジュエルシードを回収しに来たのか……」
「この子、ジュエルシードの正体を知っている?」

 フェイトの問いかけに、ユーノがポツリと呟く。
 あの少女は“地球にばら撒かれたロストロギア”ではなく、“ジュエルシード”を集めに来たのだ。この差は大きい。

「バルディッシュと同タイプのインテリジェントデバイス……」
「バル……ディッシュ?」
「ロストロギア……ジュエルシード」
『Scythe form Setup』

 黒いデバイス、バルディッシュがその姿を変える。先端の斧のようなパーツがスライドし、そこから雷撃の刃が現れる。
 俺のフォースセイバーと同系列の魔法だが、収束率、安定性は比較にならないほど優れている。
 フェイトは魔法の大鎌を正眼に構え、なのはもまたレイジングハートを構えた。
 
「申し訳ないけど、頂いて行きます」
「させないよ」
 
 なのはの返答に、フェイトは大鎌の一振りで答える。
 もっとも、その大振りの一撃をなのはは上空に飛び上がり避けた。
 だが、避けただけだ。そのまま上空に滞空するだけで、攻撃に移らない……いや、移るタイミングが分からないのかもしれない。
 フェイトは上空に逃げたなのはを確認すると、余裕を持って次の魔法を発動させる。
 
『Arc Saber』

 振りぬかれたバルディッシュから、魔力の刃が放たれた。魔力の刃は回転をしながらなのはに迫る。
 
「あっ!」
『Protection』

 命中寸前でなのはのプロテクションがその攻撃を止める。
 だが、爆発した白い閃光がなのはを包み込む。
 
「なのはっ!」

 ユーノが叫ぶのと同時に、なのはが閃光から飛び出す。
 だが、その瞬間を待ち構えていたフェイトがなのはに向かって大鎌を振り下ろす。……いや、振り下ろそうとした。
 
「これはっ、バインド!? あの使い魔!?」

 振り下ろそうとしたフェイトの腕に、光の輪が絡みつく。
 その事に一瞬だけフェイトは動揺する。バインドは瞬時に解除したが。大きな隙が出来る。
 その隙を見逃さず、なのはがレイジングハートを振るった。
 
「その程度」

 だが、その一撃はフェイトの掌にあっさりと止められる。
 当たり前だ、今の一振りには魔力が大して乗っていない……。少女の腕力で棒を振るったのと大差が無いのだ。
 
「なんで、急にこんな……」
「答えても……、たぶん意味が無い」

 二人は短く応答をすると、弾けるように距離を取る。
 二人のデバイスの形状が変わる。レイジングハートは砲撃形態に、バルディッシュも杖の姿に。
 二人の少女が互いにデバイスを向け合う。どんどんと緊張が高まってゆく。
 
──にゃぁ……

 不意に、なのはの後ろで巨大子猫が眼を覚まし小さく弱々しく鳴く。
 その声に、なのはが思わずふりむく……って、まずい!
 
 次の瞬間、真白な雷光がなのはを包み込んでいた。
 
 
 
 咳き込む俺に向かって、煙の中から魔力弾が放たれる。
 俺はその弾を避け……、避けて体勢が崩れた俺に向かって剣の切っ先が迫ってくる。
 
 直感だった。この時俺はバリア系の魔法ではなく、俺の最大攻撃力を持つ攻撃魔法を使っていた。
 その判断が、結果的に俺の命を救った。
 
『Force Saber』
 
 魔力で作られた刃が、アームドデバイスとぶつかり合い火花を散らす。
 重い……魔力差がダイレクトに伝わる……このまま鍔迫り合いはできない。俺の薄いバリアじゃ確実に突破されていた。
 じりじりと押されていく現状に、俺の背筋に冷たいものが流れる。
 
「良い判断だ。バリアを張っていたらそのまま叩き切っていた……。だが魔力が軽い……未熟だ」

 煙の中から魔導師が姿を現す。ダメージはあったようだが、動きが鈍った様子は無い。
 これだから高ランク魔導師と戦うのは嫌なのだ。こちらの攻撃は防御をなかなか突破できず、あちらの攻撃は常に一撃必殺の威力を秘めている。
 タフネスや魔法の持続時間も高ランク魔導師が有利だ。
 気合と根性でカバーするのにも限度がある。
 
「これだけの実力差を見ても、まだ非殺傷設定でやるか! 手を汚す覚悟が無いなら戦いなんかするんじゃないっ!!」

 相手のデバイスから薬莢が排出される……って、まずい、カートリッジシステムかよっ!
 腕にかかる負荷がドンと増す。フォースセイバーの刃が打ち砕かれる。
 
『Flash Move』

 俺は咄嗟に高速移動魔法を発動させ、一気に下に向かって逃げる。地面に落ちるように着地する。
 肩口が浅く切り裂かれるが、致命的なダメージは負わずに済んだ。
 
「そんな魔法まであるのか……。少年、君はまだ強くなる、覚悟をきめ……」
「やかましいっ!」

 まだピーチクパーチク騒ぐ魔導師を睨みつけながら俺は叫ぶ。
 
「こちとら次元世界のお巡りさんだ! 殺さず捕まえるのが俺の仕事だ!
 アンタが何を勘違いしているのか知らないが、管理局員の誇りにかけて非殺傷は貫く! 公務執行妨害及び危険魔法使用その他もろもろで逮捕させてもらうぞ!」

 俺の魔導師ランクはC-、相手はSランク。射撃魔法は使えない。移動系だけならAに匹敵すると言われている俺だが、それ以外はランク相応でしかない。
 ついでに言えば、相手は先ほどから非殺傷設定を切って攻撃している。
 笑えるほど状況は不利だ。こんな所で啖呵を切っている場合じゃない。ケツをまくって逃げたほうが良い。
 だが、逃げられない。こいつは危険すぎる。
 この場で非殺傷設定を切っている意味は殆ど無く、これだけ力量差があるなら俺の制圧なんて容易のはずだ。
 だが、こいつは自分の主義のためだけに非殺傷設定を切るなどと言った危険な行為を行なっている。こんな奴を放置しておくなんて出来ない。
 
 俺の啖呵に、魔導師の顔に怒りが浮かぶ。
 
「こちらが親切に言えば付け上がるか、その傲慢万死に値する……。ならば、その理想を抱いて溺死しろ!」

 魔導師が吼えると同時に、デバイスから2発の魔力弾が放たれる。
 
『Round Protection』

 俺の張ったバリアは一発目の魔力弾を止め、消え去ってしまう。
 そして、バリアが消えた空間をニ発目の魔力弾が通過し、バリアジャケットを紙の様に貫通し俺の左足を貫いた。
 
「くっ、がぁっ!」

 その痛みに俺は悲鳴をあげ、バランスを崩す。
 まずい、この足じゃ動きが……。
 そんな俺の前に、魔導師が静かに下りてくる。魔導師はデバイスを大きく振りかぶった。
 
「その傲慢を償え」

 剣が振り下ろされる。
 目をつぶるのだけはダメだ、俺は相手を睨みつける。
 せめて一太刀でも、俺は全力でデバイスを振るう。
 二つのデバイスのぶつかり合いで大きな爆発が起き、俺は空高く跳ね飛ばされた。
 
「止めだ」

 そう言うと魔導師は俺に近づいてくる。
 逃げようにも、足を貫かれ爆発に痛めつけられたこの身体では逃げようが無い。
 滴り落ちる血に、意識が朦朧とする。
 
「何をしている。もう終わった」

 だが、魔導師の前に黒いデバイスが差し込まれる。って、バルディッシュ? フェイト?
 少し離れた場所では、倒れているなのはの姿があった。
 
「これ以上の戦いは無意味……帰るよ」
「そうか……」

 意外にもフェイトの言葉に男は素直に従い……、剣の柄で俺の横っ面を思いっきり殴り飛ばした。
 俺は二転三転して、木にぶつかって止まる。
 
「少年、手を汚す覚悟が無いなら俺の前に出てくるな」

 そう言い残すと、魔導師とフェイトは飛び去る。飛び去る一瞬に見えたフェイトの表情が辛そうで、申し訳なさそうに見えたのは俺の気のせいだったのだろうか?
 こうして、俺達とフェイトの最初の出会いは終わった。
 
 
 
 
 いつもそうだが、大抵の事件は流動的に状況が動く。
 俺達みたいに犯罪者と直接殴りあう部署でも、人質や対象の動きなどで当初説明されていた話と違うなんてのはよくある。
 
 そして今回の状況の変化は劇的だ。フェイトだけなら予想の範疇だったが、殺傷設定で魔法を振り回す騎士の登場でまったく話が違ってきた。
 流石にこの状況で、ご両親に黙ったままジュエルシード集めはできないだろう。
 
「そんな事があったのか」
「はい、先日あんな約束をしておいてなんですが、なのはさんを危険に巻き込んでしまって」

 俺の説明に士郎さんが神妙な面持ちで頷く。隠す必要のある内容ではないので、月村邸での事件は洗いざらい話した。
 殺傷設定、非殺傷設定のくだりはいまいちピンとこなかった様だが、そういう物だと納得してもらった。
 
「あの杖や衣装や、魔法の使い方。それに管理局の事を知っていました。間違いなく、僕達と同じ世界からやってきた住人です」

 俺の説明にユーノも補足をいれる。
 古代ベルカ式の魔法だけというのなら、散逸したデバイスを偶然手に入れた人だった可能性もあったのだが、近代ベルカ式とミッドチルダ式の複合式とミッドチルダ式の使い手の二人となると、その可能性はほぼ0だろう。特に複合式なんて俺は始めてみた。
 
「状況がまったく変わりました。これ以上なのはさんを危険に巻き込む事はできません。なのは、悪いけどここからは戦いからは降りてくれ。封印だけは頼みに来るけど」
「そんな!」

 俺の言葉になのはがいきり立つ。だが、これを機会になのはは事件から引き離すべきだろう。本来なら俺一人でやらなきゃいけない事だ。
 ユーノも沈痛な面持ちで俺の言葉に同意をした。
 
「そうだね、なのはは頑張ってくれ……」
「ユーノ、お前もジュエルシード集めから降りるんだ」
「な、何を言ってるんだよ、ヴァン!」

 だが、俺はそんなユーノもこれ以上のジュエルシード集めから降りるように言う。
 命の危険があるのはユーノも同じだ。そもそもこの事件にユーノの責任なんて無い。
 
「あの女の子はともかく、男はヤバイ。殺傷目的の魔法を平気で振り回すんだ。これ以上関わると命を落とすかもしれない」
「で、でも……」 
「二人が危険な事をする必要は無いよ。後は俺に任せて……」
「ヴァンはどうするのさ!」
「流石に放置はできないからな。なんとか連中を出し抜いてジュエルシードを集めるよ」
 
 フェイトだけなら適当に誤魔化して逃げ回る事も出来るが、正体不明の騎士がいると傍観もできない。
 俺と同じ境遇だとは思うのだが、何を企んでいるかわからないからだ。
 
「それはダメ!」
「それは駄目です!」

 だが、そんな俺の言葉を二人は拒否する。
 
「ジュエルシード集め、最初は二人のお手伝いだったけど、今はもう違う。私が、自分でやりたいと思ってやってることだから。此処で降りろなんて言うと怒るよ!」
「あのな、なのは。もうお手伝いなんて言っていられる状況じゃないんだよ!」
「なのははともかく、僕は絶対にやめません! 元々この事件の責任は僕にあるんですよ!」
「ユーノ、この事件の責任はお前には無いんだって! 危険すぎる!」
「危険なのはヴァンくんも同じでしょう!」
「俺は仕事なの!」
「でも、部署は違うんでしょう! ヴァンだって本来なら関わるべきじゃない!」

 徐々にヒートアップして俺達は喧嘩腰になっていく。
 そんな俺達を見つめていた士郎さんが俺達を止めに入る。
 
「3人とも落ち着きなさい」

 その声は静かだったけど、迫力があり俺たち3人は顔を見合わせて黙り込む。
 
「ヴァンくん、その騎士さんは本当に危険なのかい」
「はい、今回は手加減していたようですが、次もそうだという保障はありません」

 俺が生き残っている以上、騎士もそれなりに手加減していたのだろう。
 
「なのは、ユーノくん。それでも君達はジュエルシード集めを止めないのかい?」
「止めません」
「うん、絶対に止めないよ」
「危険なんだぞ」
「それでも、やめられないよ。もう……」
「あの騎士が何をするかわからない以上、なおさら止められません」

 頑固な二人に、士郎さんは苦笑いをしながらこう言った。
 
「ヴァンくん、悪いとは思うけど二人を頼んでいいかな?」
「士郎さん、でも!」
「仮に此処で二人を止めても、きっと危険なところに向かうだろうね。それなら君が手綱を握るべきじゃないのかな?」
「そ、それは……」

 確かに二人が俺の居ない所でジュエルシード集めに向かう姿が、リアルに想像できる。というか、此処で止めても確実に行く。
 危険だからって、止まる様な二人じゃないだろう。
 一見可愛らしい二人だけど、芯はそんじょそこらの男じゃかなわない熱血漢だ。
 
「二人とも、俺の指示に従えるか?」
「うん」
「死ぬかもしれないんだぞ」
「死ぬ気なんてありません」
「騎士が出たら絶対に戦わずに逃げる事。あと、二人とも一緒に訓練をする」
「わかったよ」
「それと、言う事を聞かなかったら本当にジュエルシード集めを止めさせる。それでいいか」

 俺の言葉に二人は力強く頷く。これ以上の説得は無理だろう。

「すみません、お嬢さんをもう少しお借りします」
「ああ、頼んだよヴァンくん」

 俺は士郎さんに頭を下げながらも、この二人が無事にこの事件から抜け出せるように命を懸けると心に誓うのだった。



[12318] 第4話(終幕というか、蛇足)
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:8716a64c
Date: 2010/03/21 19:56
第4話(終幕というか、蛇足)


「フェイト、よくやったな」

 フェイトが隠れ家にしているマンションに到着すると、男……プレラ・アルファーノは優しく微笑み、フェイトの頭を撫でた。プレラの指にフェイトの絹のような金色の髪が絡まる。
 プレラは腰をかがめると、フェイトと同じ位置に視線を持ってくる。

「初めての実戦とは思えない出来だったな」
 
 その様に、フェイトは視線をそらす。
 
「訓練通りやっただけ……。それにあの子素人だった」
「そんな事無いさ」
「それより疲れた……おやすみなさい」

 そう言うと、フェイトは男を放置して部屋に入っていく。
 その様子にプレラはもう一度軽く微笑むと、彼は隣にある自分が借りている部屋へ戻っていった。
 
 
 ……キモチワルイ。
 
 男が別の部屋に向かうのを確認すると、フェイトは嫌悪の溜息をついた。
 ある日突然時の庭園にやってきた男達の一人。あのプレラという男は何かと言うと自分に構ってきた。初対面から偉そうに話し、気がつくと人の頭を撫でている。
 母の言いつけが無ければ顔も見たくない。
 出来ることなら、1分1秒たりとも一緒に居たくない。
 フェイトはあの男の、まるで物でも見てるかのような視線が大嫌いだった。
 
 
「ただいま……」

 フェイトは心身とも疲れ果ててリビングに通じる扉を開ける。
 そこには使い魔であるアルフが居るはずだった。
 こんな表情だと彼女に心配をかけてしまう。フェイトは無理に顔に笑顔を作る。

 
「のー、やめてー。なんだか快感になるからヘルプミー! あああん、食い込んだ荒縄がとってもKA☆I☆KA☆Nになってきた。あああああ、アルフさんにこんな趣味があるなんて、なんだかとっても新発見!」
「って、何勝手にやってるんだ! キモイ声を上げるなっ! お前は!!」

 リビングへの扉を開いた瞬間、フェイトは思わず固まってしまう。
 そこには、天井からなんというか、とっても卑猥な縛り方で拘束され吊るされている銀髪の優男と、それをサンドバッグにしている赤毛の女性……己の使い魔であるアルフがいた。
 アルフとフェイトの視線が絡み合う。
 
 フェイトは笑顔を凍りつかせたまままま扉を閉めた。
 
「え、えっと、えっと、ご、ごにゅっくり……」

 舌を噛んだ。

「ちょ、ちょっとまっておくれよ、フェイト!! 何を勘違いしているんだよ!!」

 慌てて後を追ってくるアルフに、フェイトは視線をそらしながら応える。
 
「アルフ、趣味は人それぞれだと思うの」
「だから、違うんだって!!」
「でもね、でもね、アルフはまだ2歳だからちょっぴり早いと思うんだ」
「だから勘違いしないでくれよ!! あの変態が勝手に抜け出そうとしたから縛っただけで! あの変態がいつの間にか自分であんな縛り方に変えてたんだよ!」
「アルフ、嘘は良くないと思うの」
「だから、ちがうー!! 信じて、信じてくれよフェイト!!」

 涙目で訴えるアルフにフェイトは何だか達観した表情で、揺らされるままカックンカックンと首を前後に動かした。
 
「そうだ、信じるんだー。アルフはこんな趣味があるんだよー」
「いきなり後ろに立つな! この変態!!」

 いつの間にか縄を抜け出しアルフの後ろに立っていた変態ことイオタに、彼女は振り返り拳を叩き込む。
 しかしなんだか表現が難しいフェニョロフニョロした動作で、アルフの拳をことごとく回避する。
 
「こら、変態! 逃げるなっ!!」
「だが、断る。このイオタ・オルブライトが最も好きな事のひとつは美老女美熟女美女美少女美幼女美少年から追い掛け回される事だ…」
「なに気持ち悪いこと言っているんだ、この、まて!」

 漫才じみた追いかけっこを続ける二人に、フェイトはおろおろしてしまう。
 さすがの彼女にも、この状況を何とかするようなスキルはない。
 その追いかけっこがどれだけ続いただろう、不意にフェイトの前にイオタはやってきた。
 
「ところでフェイトちゃん、その手を見せなさい」

 その言葉にフェイトは思わず自分の手を庇う。
 
「こら、変態! フェイトに手を出すなって」
「いいから見せなさい」

 アルフがやや本気の怒声を上げるが、イオタは取り合わない。
 強引にフェイトの手を取ると広げさせる。
 その掌には一直線の裂傷があり、赤い血が滲んでいた。
 
「フェイト、これって!?」
「ごめん、ちょっと失敗しちゃって……」

 あの昼間の戦いで女の子の攻撃を素手で受け止めた。
 魔力が乗らない一撃だったからバリアジャケットだけで十分かと思ったのだが、予想外に攻撃は重く掌に裂傷を残す結果となってしまったのだ。
 
「アルフ、悪いが救急箱を取ってきてくれ」
「何言っているんだへんた……分かったよ」

 普段の近寄りがたい雰囲気とは一転して、真剣な表情のイオタにアルフも思わずその言葉に従ってしまう。
 イオタは強引にフェイトをソファーに座らせると、慣れた手つきで掌を消毒していった。
 
「ひっ……」
「イオタ、あんたっ!」

 沁みる薬に思わず悲鳴を上げるフェイトに、アルフがいきり立つ。
 だが、イオタは欠片も動じずにこう言った。
 
「沁みる薬じゃなきゃ、ありがたみが無いだろう。痛い思いをするから次からは怪我をしないように人は気をつけれるんだ」
「あんた、何医者みたいなことを……」
「医者だよ。まあ、これは恩師の受け売りだけどね」
 
 あっという間に消毒を終えると、やはり慣れた手つきで道具を片付ける。
 
「なあ、魔法でささっと治さないのかい?」
「馬鹿を言うな。人間には自分で治ろうとする力があるんだ。この程度の怪我で魔法なんか頼るもんじゃない」

 そう言ったイオタは、普段の変態っぷりからは信じられないぐらい頼もしく見えた。
 
「イオタ……、ありがとう」

 だからだろうか、フェイトは素直にお礼の言葉を口にした。
 
「どういたしまして……おっと。
 それならぜひ、私にぱん……あべし!!」
「そうか、パンチが欲しいのかこの変態!! 一瞬でも感心した私らが馬鹿みたいじゃないか!!」
「やめてー、ぼうりょくはー、そんな所踏まないで、あうあうあうー」

 そしてまた始まるドタバタの追いかけっこ。
 その様子に、フェイトは少しだけ優しい苦笑を浮かべた。



[12318] 第5話(前編)
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:8716a64c
Date: 2010/03/02 20:14
第5話(前編)



 甲高い音と共に、俺となのはのデバイスが交差する。
 単純な力比べは俺が不利だ。筋力は上でも、魔力の絶対量と放出限界が違いすぎる。
 圧倒される前に組み合っていたデバイスを引く。力を入れようとしていたなのはは体勢を崩し、前のめりにつんのめった。

「きゃっ!」

 なのはの鳩尾を狙って、デバイスで突く。
 
『Protection』

 だが、レイジングハートのオートガードが展開される。桃色の障壁と俺のデバイスが火花を散らしぶつかり合う。インテリジェントデバイスはこれがあるから攻めにくい。
 デバイスとシールド、火花を散らした攻防に負けたのはもちろん俺だった。

 分かっちゃいたが、俺の生半可な攻撃ではなのはの防御力は突破できない。純粋な魔力勝負だったら、うちの部隊と一人でやりあえるんじゃね? 実質的に一番強いのティーダさんだし。
 俺は大きく跳ね飛ばされながら、内心でなのはの才能に驚愕する。

「レイジングハート、お願い!」
『Divine Buster』

 なのはがレイジングハートを振りかぶると、前方に巨大な魔力が展開する。
 って、ヤバイ、あれはヤバイ。物語でも並み居る強敵を薙ぎ払ってきた、なのは必殺の砲撃魔法だ。
 実物を目の前にしてはっきりとわかる、やばいなんてもんじゃない。ただでさえとんでもない魔力を秘めているのに、半端じゃない収束率がある。それなのにあの太さ……。
 見ただけで震えるほどの圧迫感を感じる。あれを食らったら俺なんか絶対に無事じゃすまない。
 
「シュート!」

 ピンク色の光の柱が恐ろしい速度で俺に迫ってくる。

『Round Protection』

 俺は普段より少しだけ離れた場所にシールドを展開する。
 俺のシールドは紙のようにあっさりとぶち抜かれる……って、ひえええええええええええ。分かっちゃいたけど、怖すぎる!

『Force Shot Claymore』
『Force Saber』

 このままじゃ砲撃に飲み込まれるのは必至、俺は立て続けにフォースショットクレイモア、フォースセイバーという、俺の接近戦で最大火力を誇る魔法を光の柱に叩き込む。
 魔力の散弾と、魔法の刃は殆ど同じタイミングで光の柱の先端に飲み込まれる。
 魔法同士は大きな爆発を起し……光の柱は揺るぐ事無く俺の居た空間を薙ぎ払った。
 やっぱ、俺じゃ逆立ちしても止められないかっ!
 
「やったの?」

 なのはが煙に包まれた空間を見ながら、ポツリと呟く。

『Flash Move』

 しかし、高速移動魔法で背後に回っていた俺は、なのはの後頭部をぽこんと軽く小突いた。
 
「はい、終了」
「おつかれさま。なのは、ヴァン」

 模擬戦が終わった俺たちは、ゆっくりと地面で見上げていたユーノとはやての元へと降りていった。
 
「はわぁ、すごいわ。人があんな速くビュンビュン飛ぶんや……。それになのはちゃんビームを撃つし」
「にゃはは……、負けちゃったけどね」
「ずっと仕事でやってたんだから、そりゃ簡単に負けられないよ」
 
 感心するはやてと、落ち込むなのは。
 そして余裕を見せて言う俺だったが、実は内心ドキドキだった。
 ユーノに頼まれてディバインバスターに対して防御魔法と攻撃魔法、そして移動魔法を使ったのだが、正直に言えば失敗する可能性が高い無茶な行動だった。何とかユーノの思惑通りうまくいったが、失敗したら無様に撃墜されていただろう。

 なのははここ数日で驚異的な成長を見せている。このままのペースでなのはが成長を続ければ、あと数日で俺はなのはに歯が立たなくなるだろう。
 それがわかっていたから、ユーノもこのタイミングで模擬戦をやらせ、俺に無茶な要求をしたのだ。


「さて、反省会だ。なのは、今の模擬戦でわかったことは? はやても気がついたことがあったら言っていいよ」

 ちょこんとベンチに登ったユーノが、胸を張ってなのはに問いかける。
 
「うん、ヴァンくんがとても強かったの」
「それは違う。まともにやれば俺はなのはに勝てない。10回やれば9回は確実になのはが勝つ」
「あと1回は?」
「よっぽど運が悪くない限り、なのはが勝つよ」

 俺の通常攻撃が百回攻撃当たってもなのはは倒れないだろうけど、なのはは1回攻撃を当てただけで俺を撃墜できる。
 俺の現在の手持ちでなのはに通じそうなのは、フォースセイバーとフォースショットクレイモア、あとフラッシュムーブくらいか。どれもこれも消耗やチャージ時間などに問題があり連発は難しい魔法ばかりだ。
 この状況で普通にやって勝てるわけが無い。もっとも、だから普通じゃない手段をあれこれ考えるのだけど。
 
「でもヴァンくんビーム出さなかったやろ? あれってハンデじゃないんかい?」
「いや、ビームじゃなくて魔法弾ね。使わないんじゃなくて使えないんだ。デバイスが壊れてて……」
 
 俺が射撃魔法を使えても、結果はさほど変わらない。目くらましの牽制が増えるだけで、「よっぽど運が悪くない限り」が「運が悪くない限り」に変わる程度だ。
 ちょっとやそっとじゃ覆せない魔力差が俺となのはの間にはある。

「じゃあ、ヴァンくんが強かったんじゃなくて、私が弱かったって事?」

 やっぱり聡明な子だ。気がつきつつあるか。

「少し違う。なのはが弱かったんじゃなくて、なのはが下手だったんだ」

 なのはの言葉をユーノが訂正する。
 そろそろなのはに教えることが無くなりつつあるなんて言っていたユーノだが、予想外の落とし穴があった。なのはは一つ一つの魔法は強力なんだけど、それを一連の流れとして使えないのだ。魔法初心者にはありがちな話である。
 ジュエルシードの回収だけなら不要な知識なだけに見逃していたのだろう。基本的に暴走体は動物と同じで、力押しでも何とかなる。
 
「……そっか、ヴァンくんが体勢を崩した時、私はチャンスだと思ってすぐにディバインバスターを使っちゃたんだ。でも、時間があったからヴァンくんは体勢を立て直して3回も反撃ができたの」
「そそ、なのはの砲撃は高位の魔導師でも一撃で倒せる威力を秘めてるけど、砲撃だけにチャージ時間が長いし、撃った後にどうしても隙が出来るだろう。
 砲撃魔法が問題なんじゃなくて、そこに持っていくまでにどうするかが今のなのはの課題なんだよ」
「一番オーソドックスな戦法はバインド系列で足止めをすること。もっとも、オーソドックス過ぎて対抗策も多いけどな」
「バインド?」

 説明の補足に、はやてが首をかしげる。
 
「はやて、ちょっと腕を上げてみて?」
「こうやろか?」

 俺ははやてにバインドをかける。俺の魔法が発動し、はやての右腕に光の輪が絡みついた。
 
「おおっ、本当に動かない!」

 腕に絡まった光の輪に歓声を上げるはやて。光の輪は20秒程度ですぐに消える。
 
「ヴァンも言ったけど、バインドはオーソドックスな魔法なだけに対抗策が多いんだ。決まれば強力だけど、使い所は気をつけて」
「うん、わかった」
「あとは砲撃じゃなくて射撃魔法による牽制だけど、その辺はレイジングハートと相談だな。俺やユーノも相談には乗るけど、相棒のインテリジェントデバイスとよく戦術を練るのも大事だぜ。
 ……っと、ただし、あの魔力負荷だけは少し弱めておきなよ」
「あ、そうだったね。なのは、いくらなんでもあの設定は高すぎだよ」
「でも、レイジングハートはあれをしておけば強くなるって……、こう見えても頑丈だから、大丈夫だよ」

 俺とユーノの言葉に、なのはが大丈夫だと言う。この辺が基礎訓練をやっていない高位魔導師の怖いところだ。どこまでが無茶で、どこまでが安全だという線引きが甘い。
 俺も同じ負荷をかけてもらったが数分間しか立っていられなかった。そんな負荷を掛けつづければいずれ大怪我をするにきまってる。いつ何時、あの物騒な魔導師……いや、騎士が何をするかわからない。最悪、自分の身を守るために戦わなきゃならない事態もありえる。
 変な消耗のされ方をしてはたまらない。
 
「いや、訓練方法としてはオーソドックスだけど、疲労が結構溜まるんだよ。あの手の訓練はメリハリを利かせて身体を休めながらやるのが普通だよ」
「そうだよ、今は緊急事態だからしかたないけど、負荷はかけすぎないように注意をして。怪我をしたら大変だよ、ヴァンみたいに」
「俺を引き合いに出すなよ」
「うん、確かにそうだね。注意するよ」
「そこで納得するな」

 ユーノの言葉になのはが頷く。俺としては納得しがたいものがあるが、まあいいだろう。
 なのはが頷くのを見ると、ユーノは今度は俺を見る。
 
「で、ヴァンの課題だけど」
「俺も?」
「あたりまえだろう。第一、なのはに少しもダメージを与えられなかったじゃないか」
「まあ、そりゃそうだけど……」

 俺の魔力はこの事件に関わっている魔導師の中では圧倒的に低い。
 よっぽど練りこまれたバリア貫通能力がないと、俺の攻撃はどの魔導師にも通用しないだろう。
 
「うん、ヴァンの魔法で使用頻度が高い……フォースセイバーとフラッシュムーブを見ていて気がついたんだけど、こんな改良はどうかな?」

 そう言って魔法のレジメを俺のデバイスに送信する。
 って、これは……ふむふむ……こうなるのか。これなら魔力のロスがだいぶ減る……でも。
 
「なあ、ユーノ。これ無茶苦茶難しくない? そりゃ戦力アップになるし戦術の幅も広がるけど、今の俺にはこんな高等魔法は組めないぞ」
「なにを言っているのさ。大丈夫さ、僕が指導をするから無理にでも使えるようになってもらうよ」
「ちょ、ちょっとまて。そんな時間あるのか!? あの騎士がいつ何をしでかすかわからないのに!?」
「大丈夫、まかせてよ! 簡単だからさ。最終的にはなのはの砲撃を防げるようになってもらうからね」

 ちょ、あのなのはの主砲を防げと!? それどこの無理ゲー!?
 
 ユーノの目がピキューンと輝く。この瞬間、鬼軍曹ユーノが誕生したのだった。
 空(軍)曹は俺だけど……。
 
 
 
 なんでも、高町家は4月末の連休を利用してちょっとした家族旅行に行っているらしい。
 喫茶店なんてやってると普通の人と休みが違う。家族で一緒に旅行に行く機会も少ないのだろう。

 殺傷設定で魔法を振り回す危険な騎士がジュエルシードを狙っている。こんな危険な事態でなのはとユーノは行くのを悩んだようだが、俺は二人を強引に行かせる事にした。
 あれから数日、なのはと俺はユーノの指導の下、訓練を繰り返していたからだ。
 
 俺はプログラムの高等理論の講義を延々と受け続け、なのははレイジングハートのシミュレーターで模擬戦を繰り返していた。
 
 いい加減なのはにも疲労が溜まる時期だ。
 温泉旅行にでも行って、気分をリフレッシュしたほうがいい。ジュエルシードは俺が先回りをして回収すれば良いだけの話だ。こっそり封印してもらうぐらいなら大した手間じゃないだろう。騎士が居たなら逃げれば良いだけだ。
 決して、俺がユーノの座学から逃げたかったわけではない。
 
 ……そんな風に思っていた時期が私にもありました。
 
 温泉に向かう自動車に乗っているのは、高町家御一同とユーノ。それにアリサとすずか、あと月村家の人達。
 此処までは良い。
 さらに、誘われたはやて。まあ、あの木の事件以来友達になったみたいだし、身寄りの無いはやてを、基本的にお人好しの高町家が誘うのも当然といえば当然の流れだろう。
 
 でも、なんだってここに俺が居るんだ?
 
 いや、最初は断ったんだけどね。お金もないし家族水入らずに参加するのは気が引けるって。
 そしたら桃子さんがさ、『今は一緒に住んでるのだからヴァンくんも家族よ』と……。強引に押し切られました。
 
「ちょっと、そこのアンタ、何とか言いなさいよ!」
「えー、その件は秘書を通して」
「どこにいるの!」

 女の子たちの華やかな会話になじめない俺だったが、なのはとの関係を追求されれば答えないわけには行かない。
 言い訳すればするほど、アリサとはやてがニヤニヤしながら追求してくるのだ。
 
「だから、ただの友達だよ」
「ふーん、ただのね」
「あやしいなぁ。その辺はどうなんや、なのはちゃん」
「そういう関係じゃないよ。ほんとに一緒に探し物をしただけで」

【ユーノ、なんとかならない?】
【無理。それよりも、講習を続けるよ。魔力圧縮値の変換効率における熱伝導の……】
 
 しかも、このキャピキャピとした会話の合間にも、マルチタスクを駆使して俺はユーノの講義を受け続けているのだ。
 高位魔導師の中には感覚で魔法を組める変人もいるらしいが、俺にはそんな便利なスキルは無い。強い魔法を組もうとすればそれだけ高度な知識を増やし、訓練を積まないといけないのだ。
 とはいえ、ユーノの講義は大学でやってるレベルだ。最終学歴が管理局の訓練校な俺には半分以上がちんぷんかんぷんである。ユーノもそれを分かっているから、根気強く丁寧に教えてくれるんだけど……。
 
【ユーノ、そこをもう一度お願いします……】
【えっと、アヴァロンの法則だね。これは魔力変換体質を元に……】
「ねえねえ、あれ見て!」
「うわー、きれい」
【ねえ、二人とも旅行中ぐらいゆっくりしたら?】
【そんな暇ないよ。ヴァンへの講義内容はまだ3割も終わってないんだから】
【まだ3割!?】

 なのはが助け舟を出してくれたが、たしかにユーノの言うとおり休んでいる暇が無いのは事実だ。
 俺はなのはに申し訳ないと思いながら、移動中の車でユーノの講義を受け続けていた。
 
 
 それから暫くして、俺たちは目的地である宿の山旅館に到着した。
 
「うわあああっ」
「大きいっ」
「お、ほんとや。丸々太っておいしそ……」
「違うでしょっ!」

 旅館の池をアリサとすずか、それにはやてが見に行く。
 関西人らしくはやてがかましたボケを、アリサがチョップでつっこんだ。
 完全になじんでるな、はやて……。
 
 俺ははしゃぐ少女達を他所に、記憶と同じかを確認するために軽く魔力を飛ばした。
 たしか、ここにジュエルシードがあったんだよな。温泉回だったから覚えているんだけど、たしか川だったような気が……。
 
 ……いきなり見つかった。
 近くの小川の茂みに、微弱な魔力反応がある。使い魔っぽい反応は無いな? まだ到着していないのかな? チャンスかも……。
 とりあえず、俺はステルスサーチャーを川沿いに飛ばしながら、なのはとユーノに念話で声をかける。
 
【二人とも、ごめん。ジュエルシードがあった】
【ええええええっ!?】
【ほ、ほんとうですか?】

 フラフラと飛んでいったステルスサーチャーは、茂みに落ちていたジュエルシードをあっさりと見つけた。
 
【今現物を確認した。魔導師らしい反応は探索エリア内に無い。どうする、二人とも?】

 俺の問いかけに、二人はほぼ同時に答えた。
 
【回収に行きましょう!】
【回収するべきだよ!】
【騎士が来るかもしれないぞ】
【それでもです】

 止めるべきかもしれないと思いながらも、俺は二人の意見に同意を示す。
 ただし、釘を刺すのは忘れない。
 
【じゃあ、確認だ。ジュエルシードの回収に向かうけど、あの騎士が現れたら一目散に逃げること。最悪はユーノの結界に逃げ込んでやり過ごす】
【情けないけど、それが一番良い手だね】
【あの女の子は来るかな?】
【来ると思う。ジュエルシードを欲しがってたのは、騎士じゃなくて女の子だったみたいだし】
【そっか、そうだよね……】

 俺たちは方針を決めると、同行者に断りをいれる。
 
「ちょっとヴァンくんと森に行ってくるね」
「あ、なのは、ちょっとまって。すいません、行ってきます」

 俺となのは、それにユーノは森の奥に向かっていった。



[12318] 第5話(幕間)
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:8716a64c
Date: 2009/10/13 01:36
第5話(幕間)



 ぴきゅーん。乙女イヤーは地獄耳。
 などと思ったわけではないが、アリサの耳になのはとヴァンの声が届いた。
 
「ちょっとヴァンくんと森に行ってくるね」
「あ、なのは、ちょっとまって。すいません、行ってきます」

 そう言って森の中に手をつないで(と、アリサにはそう見えた)進んでいく二人を、アリサはにんまりとした顔で見つめる。
 そして、二人の姿が見えなくなったとき、横にいた親友と新しい友達に話しかけた。
 
「ねえねえ、あの二人あやしいと思わない?」
「もう、アリサちゃんずっとその話ばかりだよ」
「そうやで、あんまチョッカイかけると馬に蹴られてなんとやらやで」

 あきれ返る二人ではあったが、それでも聞かないフリができないのはそろそろ思春期にさしかかろうとする乙女心か?
 
「蹴られるような真似はしないわよ。全力全開で応援するわよ」
「応援って?」
「そりゃ、二人っきりになったらムードのある音楽をかけたり、出すジュースはコップ一つにストロー二本だったり」

 悪乗りをして話すアリサにはやてが乗ってくる。
 なのはたちの事情を一人知るはやてだったが、初めての旅行に浮かれ、その事をすっかり忘れていた。
 もっとも、これはあまり責められないだろう。その道のプロでも旅先で事件が起きるなんて想定しない。まして、はやては素人の少女なのだ。
 
「まむしドリンクをそっと置いたり、布団の位置を近づけたりもせんとな」
「わかってるじゃないの、はやて」
「アリサちゃんもな」
「ちょっと、はやてちゃんまで」

 アリサの悪乗りにあっさり堕ちるはやてに、すずかが顔に縦線を浮かび上がらせる。
 もう一押し、アリサは畳み掛けるように耳元で囁いた。
 
「よーく考えてみなさいよ。もしかすると二人、森の中でき、き、キスするかもしれないわよ」
「えええっ!?」

 ボンと、音を立て真っ赤になるすずか。
 
「どう、親友の一大事よ。見に行かないわけには行かないよね」
「で、でも」
「大丈夫や、見つかっても祝福すれば良いんやから」

 悪乗りを続ける2人を、すずか1人で止められるわけがなかった。
 かくして、3人はなのはたちの後を追うことになる。



[12318] 第5話(後編)
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:8716a64c
Date: 2010/03/02 20:32
第5話(後編)



 特に何事も無く、ジュエルシードはすぐに見つかった。
 いや、まぁ、探す際に俺が川に落ちたのはここだけの秘密だ。
 
 サーチャーが発見した河原の茂みを掻き分けると青い宝石が落ちていた。暴走する事もなく安定状態だ。これならすぐに回収できる。
 
「なのは、封印をお願い」
「うん、レイジングハートお願い」
『All right. Standby ready. Set Up.』

 レイジングハートが起動し、封印モードに姿を変える。
 
「ジュエルシードを封印」

 レイジングハートに吸い込まれていくジュエルシードを見て、俺は少しだけ安心をする。
 少なくとも、これで暴走体大暴れという展開だけはない。高町一家や月村家ご一行、アリサやはやて、そしてなにもしらない旅館の人たちに被害が出ることだけは無くなった。
 もっとも、安心はまったくできない。
 
「終わったね」
「いや、まだだよ」

 安心して笑顔を見せるなのはに、ユーノが厳しい表情で答える。
 そして俺も、同じように厳しい表情で森の一角を睨みつけた。
 
「出てきなよ。いることは分かっている」

 元々隠れる気など無かったのだろう。俺の言葉に黒衣の少女と、赤毛の女性が歩み出る。おそらくは封印の時の魔力を察知して、この場に急行したのだ。
 赤毛の女性は俺達を見ると好戦的な笑みを浮かべる。
 黒衣の少女は悲しげな表情浮かべ、俺たちに静かに語りかけた。
 
「そのジュエルシードを渡してください……」
「それはできないよ、君こそ管理局に出頭するんだ。今ならまだ軽い罪で済む!」

 誰かが唾を飲む音が響く。
 はっきりと言おう。あの騎士がいなくとも、彼女とその使い魔だけで俺たち3人よりはるかに強い。
 俺の魔法技術講習はまだ半分も行っていないし、なのはが魔法動作を一連の流れとして行使できるようになるにはまだ少しだけ時間がかかるだろう。ユーノも完全に回復していない。
 俺たち3人を前に、少女は悲しい瞳のまま語りかける。
 
「それこそできない。今ならあの人もいない……」

 騎士がこの場に居ない以上、『あの人』とは騎士のことだろう。
 俺は一つの事実に気がつく。少女……、フェイトとあの騎士は上手く行っていない、あるいは付き合いが短い。もしくは目的が違う……。この3つのどれかだろう。
 そうでなければ、この場面で騎士が出てこないはずが無い。騎士がいたら俺たちはジュエルシードを渡して撤退する以外の選択肢がなくなる。それくらい彼女達も分かっているはずだ。

 騎士は俺と同じ境遇なのはほぼ間違いない。そして、こちらの世界でよほど厳しいトレーニングを積んであの力を得たはず。まさか生まれもった才能だけであそこまでの力を得たなんて事は無いだろう。んな事があったら、総合魔力の低さに悩み日々トレーニングを積んでいる俺と比べて不公平すぎる。
 後半の冗談はさておき。
 あれだけの魔導師がフェイトと違う目的でロストロギアを狙う……もしかしたら、とんでもない事を狙っているのかもしれない。まさか、フェイトと仲良くなるために犯罪となるジュエルシード集めをやってるなんて馬鹿な話は無いはずだ。
 
「ジュエルシードを集めてどうする気だ! これは危険なものなんだ!」

 近寄ってくる二人に、ユーノが警告を発する。
 
「さーね。答える理由が見当たらないねぇ」

 だが、そんなユーノに対して赤毛の女性は、からかう様な口調で答える。

「それにさあ、この状況であんた達が物を聞くことができると思ってるのかい?」

 そう言うと、赤毛の女性の姿が大きく変わり始める。その腰まである赤毛が全身を纏うように長く伸び、その華奢な指が歪にゆがみ、爪が鋭く変わる。口が醜く裂け、目に獣の鋭さが宿る。
 もはやその場所に女性の姿は無く、巨大な赤毛の狼が俺達を睨みつけていた。
 
──WOOOOOOON!!

「あいつ、あの子の使い魔だ!」
「使い魔!?」

 女性の変身に、ユーノが声を上げる。
 あそこまで見事な使い魔はそう滅多にいない。豊富な魔力と卓越した知識がなければ、動物に毛が生えた程度の使い魔にしかならないのだ。
 あれがフェイトの使い魔アルフか……、俺と殆ど同い年だというのに彼女の力量は底が知れない。
 
「そうさ、わたしはあの子に作ってもらった魔法生命。製作者の魔力で生きる代わり、命と力の全てを賭けて守ってあげるんだ」

 その言葉と共に、アルフは一歩前に踏み出す。
 
「さあ、ジュエルシードを渡すんだ」

 アルフは大きく跳躍すると、こちらに向かって襲い掛かってくる。
 ユーノはなのはの肩から飛び降りると、防御魔法を展開する。
 
「こいつっ! この程度で私が止まると思っているのかい!」
「止めて見せるさっ!! それにっ!!」

 障壁とアルフが火花を上げて拮抗する。
 でもね、それって大きな隙なんだよ。俺は飛び上がると、結界に足止めされているアルフを思いっきり蹴り飛ばす。
 
「俺を忘れるなよ!」
「きゃっ!!」
 
 体勢を崩し、地面に叩きつけられるアルフ。
 俺はそのまま加速して、アルフに魔力を込めたデバイスを叩き込もうとする。ショックで気絶させてしまえば1対3、騎士が来る前に確保できれば、彼女達の事情やあの騎士について詳しく聞くことができる。
 良く考えたら捕らえておく場所や手段が無いんだけどね……。デバイスを取り上げても、簡単な魔法ぐらいは使えるだろうし。
 もっとも、これは獲らぬ狸の皮算用だったようだ。当たり前だが、俺の攻撃をフェイトが邪魔をする。
 
「アルフ! させない!」

 高速で移動し、雷撃の鎌を俺に振り上げる。
 俺は間一髪振り返ると、デバイスでその攻撃を受け止めた。互いのデバイスが火花を散らす。
 
「ヴァンくん!」
『Divine Shooter』

 動きが止まったフェイトに対し、なのはの放った魔法弾が迫る。
 慌てて俺から離れるフェイト。寸前までフェイトの居た空間をピンク色の魔法弾が通過する。
 
「まだっ! レイジングハートお願い!」
『All right』

 だが、なのはの攻撃はそれで終わりではなかった。なのはの魔法弾が突如進行方向を変え、真っ直ぐにフェイトに迫る。
 って、あの動きは思念誘導!? あれ高等技術だぞ、魔法を知って1ヶ月で出来る代物じゃない。物語でホイホイ使ってたけど、現実で使われると流石にショックだ。
 
「くっ! こんな魔法までっ!」
『Defensor』

 迫る魔法弾にバルディッシュのオートガードが展開される。黄色いシールドが浮かび上がり、魔法弾とぶつかり合う。
 轟音と共に、フェイトが煙に包まれた。
 
「やったの!?」
「なのは! 気を抜かないで!」

 やっぱ、この辺りがまだまだ甘い。
 煙の中から、雷の矢がなのはに迫る。
 
「えっ! きゃっ!!」
『Protection』

 今度は逆に、レイジングハートのオートガードが展開される。ピンク色の障壁の前に、雷の矢が砕け散る。
 だが、フェイトの攻撃はそれで終わりではなかった。バルディッシュの先に金色の魔力が集まる。
 
「そんな大技! させるかよっ!!」

 俺は砲撃魔法を阻止すべく地面を蹴る。デバイスを一直線に突き出し、フォースセイバーを発動させようとした。
 しかし……。
 
「それはこっちの台詞だよ! フェイトの邪魔はさせないよ!」

 体勢を立て直したアルフが先回りをする。
 そのままぶつかり合うデバイスとアルフの牙。俺達が火花を散らす中、フェイトの魔法が完成する。
 
「撃ち抜け、轟雷」
『Thunder Smasher』

 空中から放たれた雷の槍がなのはに迫る。
 やっぱりなのはを狙ってきたか。俺たちの最大戦力であり、もっとも素人であるのが彼女だ。なのはが撃墜されれば俺たちに勝ち目は無くなる。
 
「なのはっ! 危ない!!」

 なのはの前にユーノが立ちふさがる。
 ユーノを中心に再び魔法の障壁が展開され、雷の槍を吹き散らす。
 
「ちっ!」
「くそっ!」

 周囲を照らしていた閃光が収まると同時に、俺とアルフはほぼ同じタイミングで距離を取った。
 これ以上組み合っていたら、互いに格好の的になるからだ。
 
 俺は地面に立つなのはたちのすぐ横に、アルフは空中に浮かぶフェイトのすぐ横にそれぞれ降り立つ。
 
「強いな、彼女達……」
「うん……」

「あのチビども……子供は良い子にしていれば良いのに」
「アルフ、彼女達は強い」

 距離を取り、お互いの出方を伺う。
 戦力的に見ればまだまだ彼女達が有利、個々の能力はフェイト達が上だ。一人でも脱落すれば俺達が押し込まれるのは目に見えている。
 だが、一撃必殺の破壊力を持つなのはがこちらにいる。騎士さえいなければ、戦えないことは無い。
 
「ねえ、話し合いで何とかできないかな……」

 なのはの呟きに答えたのは、意外にも空中にいるフェイトだった。
 
「私はロストロギアの欠片を……ジュエルシードを集めなければならない。そして、あなた達も同じ目的なら私達はジュエルシードをかけて戦う敵同士って事になる」
「だから、そういう事を簡単に決め付けないために話し合いって必要なんだと思う」
「話し合うだけじゃ、言葉だけじゃきっと変わらない。伝わらない!」

 そう言うと、フェイトはバルディッシュを再び構える。
 いや、彼女の心のなにかに、なのはの言葉が触れたのだろう。先ほどまでよりも、気合の入り方が違う!?
 
「それに、管理局がいる以上、私達は引けない」
「人を鬼みたいに言わないでくれ、管理局にだって情状酌量って言葉だってある。先ほども言ったけど、今ならまだ軽い罪で済む可能性があるんだ、これ以上のジュエルシード集めは止めるんだ」

 物語を元に考えると、いくら実行犯といえ彼女自身は確実に情状酌量が認められるケースなんだよね。主犯である彼女の母親はさておき……。
 もっともこれは俺が知らないはずの情報だし、現実は物語には登場しない騎士が存在する。俺が知るあの物語とはまったく違う流れになっている可能性が高い。
 俺の言葉に対するフェイトの返答は、言葉ではなく行動だった。
 一足に飛び立つと、凄まじいスピードでなのはの後ろに回りこむ。
 って、まずい! なのはやユーノじゃあの速度についていけない! 予想以上に彼女のスピードが速い、見積もりが甘かったか!?
 
「なのは、あぶないっ!!」

 ギリギリしゃがんでデバイスの一撃を避けるなのは。さらに連続攻撃を仕掛けようとするフェイトだったが、その前に俺が間に割り込む。
 デバイス同士が再び火花を散らす。
 
『flier fin』

 俺がフェイトを押さえている間に、なのはは飛行魔法で飛び上がり距離を取る。
 
「賭けて、それぞれのジュエルシードを一つずつ!」

 だが俺が抑えていられたのは一瞬だった。
 俺が受け流す暇も無く、バルディッシュに電撃が走る。咄嗟にバリアジャケットを強化して抵抗するが、それでも完全に衝撃を抑え切れない。
 
「ぐががっ!」

 これがフェイトの本気かよ! 一瞬で吹っ飛ばされた俺に、さらに数本の雷の矢による追撃が加えられる。
 防御魔法が間に合わない。俺の身体に矢が突き刺さる。
 意識こそ失わずに済んだが、全身が衝撃と痺れで動けない。くそっ、もう脱落かよ……。
 
「ヴァン!!」
「俺は大丈夫だ! それよりなのはのサポートを!」
「おっと、あんたの相手は私だよ! 行かせるもんかい!!」

 俺は倒れながらもユーノのなのはをサポートするように言う。しかし、ユーノは回り込んだアルフに邪魔されてその場に釘付けされてしまう。
 
『thunder smasher』

 俺を倒し、いつの間にかなのはよりも上空に飛び上がっていたフェイトが、再び雷の砲撃を放つ。
 それに対し、なのはも己の砲撃魔法を放つ。
 
『divine buster』

 金色の雷と、ピンク色の閃光が空中でぶつかり合う。
 一瞬、フェイトの顔が疑問に歪む。通常ではありえない砲撃の威力に気がついたのだろう。
 
「レイジングハート、お願い!」
『all right』

 なのはの祈りに、レイジングハートが応える。
 赤い宝玉がより一層力強く輝き、ピンク色の光に更なる力が注がれる。
 その光景に俺も、ユーノも、そしてアルフすらも絶句した。
 
 ピンクの光は金色の雷を蹴散らし、フェイトを飲み込む。
 
「なのは、すごい……」
「でも、甘いね……」

 ユーノが呆然と呟き、アルフが余裕を持って応える。
 そんな二人の言葉をかき消すように、森の中からも少女の叫びが響いた。
 
「なのはちゃん、上や上! 油断しちゃダメや!!」

 その声に疑問を持つよりも早く、なのはは反射的に魔法を使う。
 振り向きもせずに、魔法弾を生み出すと上に向かって発射した。
 
『Divine Shooter』
 
 ピンク色の光が上空から迫ってきていた黒衣の少女を撃ち抜く。
 
『scythe slash』

 黒衣の少女は魔法弾を受けながらも、白い魔導師に向かい真っ直ぐに突き進む。
 
 そして決着は……。黒衣の少女の意地が勝利した。
 撃ち抜かれた傷をそのままに、少女はなのはの首筋に雷の刃を押し当てる。
 
『put out』
「レイジングハート!? なにを!?」
「主人思いのいい子だ」

 レイジングハートより出てきたジュエルシードを、フェイトが掴み取る。
 そして、少女はゆっくりと地面に降りたった。彼女の視線が、森の一角に注がれる。
 
「な、なのは……?」
「なのは……ちゃん?」

 そこには、アリサとすずか。そして車椅子に乗ったはやてがいた。
 って、なんだって彼女達がここにいるんだ!? ま、まさかついてきた……。俺は血の気を失ってしまう。大失態どころの騒ぎじゃない、どう報告書を書けというんだよっ、この事態。
 フェイトはゆっくりと降りてくるなのはと倒れている俺を一瞥すると、少女達に話かけた。
 
「彼を連れて行くんだ。痺れはすぐに取れる……。帰ろう、アルフ」
「さっすが私のご主人様。じゃあね坊やとおチビちゃん」

 彼女の言葉にアルフが再び人の姿になる。
 そして、二人は立ち去ろうとする。
 
「まって!」

 そんな二人を、なのはが呼び止める。
 
「できるなら、私達の前にもう現れないで。もし次にあったら止められないかもしれない。それに、あいつが来たら命の保障はできない……」
「名前……。あなたの名前は!?」
「フェイト……。フェイト・テスタロッサ」
「あの、私は」

 なのはがフェイトに名乗ろうとする。
 だが、フェイトはそれを聞く事無く飛び去っていった。
 それを呆然と見つめるなのはに、アリサとすずかが駆け寄る。
 
「なのはっ! あ、あんた大丈夫!?」
「け、怪我は無い!? なのはちゃん!?」

「へ、ええ? アリサちゃん、すずかちゃん? ええええええっ!?」

 呆然としたのも束の間、なのはは突然の親友の出現に驚きの悲鳴を上げる。
 なのはの声が森に木霊した。



[12318] 第5話(終幕というか、蛇足)
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:8716a64c
Date: 2010/06/09 12:22
第5話(終幕というか、蛇足)


 
 プレラ・アルファーノは正直困惑していた。
 この状況は何なのだろうか?
 
 原作ではたしか、ジュエルシードの発動、回収は深夜だったはず。
 フェイト達は朝早く先に出発していったが、自分は発動に間に合わせて到着する予定だった。ぎりぎりに到着するのが、色々と都合が良い。
 そこで、なのはに実戦の本当の怖さを、自分がやっていることの恐ろしさを教えよう。さらにフェイトの境遇を少し匂わせ、自分がフェイトの為に戦っていることを教えればお人好しだろう彼女のことだ、こちらに協力する。
 いや、下手をすれば何も知らずにフェイトを苦しめたと後悔するかもしれない。流石にそれはかわいそうだが、フェイトと自分がフォローすればいい。
 
 あの管理局員とユーノは邪魔であったが、構うことは無い。あれだけ脅せば傲慢な管理局員は怯えてもう来ないだろう。税金泥棒の管理局員なんてそんなものだ、我が身可愛さに逃げ出すに決まってる。
 ユーノは人間だと教えてやれば良い。騙していたと知れれば、あの淫獣の信用はがた落ちだ。高町家から追い出されるだろう。
 
 なのはさえこちらに取り込んでしまえば、もう怖いものは無い。クロノの魔導師ランクはAAA+、自分はS。負ける要因はない。
 
 それなのになんだ、この状況は?
 
 昼間だというのに大きな魔力反応を感じたので来てみれば、なのはとフェイトの戦いはすでに終わっていた。
 フェイトは立ち去り、なのはは……アリサとすずか、それに八神はやてに囲まれている!? 
 
 な、なぜだ。何が起きている!?
 そもそも、この時期にはやてが何故なのはと知り合いなんだ!? おかしいだろう!?
 原作で知り合うのは、もっとずっと後のはず。

 ありえない!?
 
 不意になのはが動く。すぐ傍に倒れていた子供を起き上がらせ肩を貸す……。
 子供!?

 プレラはその時初めて、なのは達以外の子供の存在に気がついた。

 黒髪で黄色人の肌。一見するとただの日本人のようだが、着ている服は管理局の制式装備であるバリアジャケットであった。
 その姿には見覚えがある。あの時、月村邸で現実を教えてやったあの管理局員ではないか!?
 
「まさか、あいつも俺たちと同じトリッパー?」

 バタフライ効果で関係のない管理局員が紛れ込んだのかと思っていた。
 だが、奴がトリッパーだとすれば説明がつく。
 おそらくは、この時期からはやてに取り入ったのだろう。ヴォルケンリッターの居ないこの時期なら、彼女は孤独で簡単に取りいる事ができる。そんな事を思いつくのは、自分と同じトリッパーだけだ。
 
 おそらくはハーレムでも作るつもりで介入しているのだろう。そうでなければ、あれだけの少女達に囲まれている理由が思いつかない。
 
 一瞬、仲間に連絡を取ろうかと考えるプレラだったが、その考えはすぐに捨てた。
 仲間が知れば、あの腐れ外道すら同胞として仲間に引き入れようとするだろう。そんな事など騎士の誇りにかけて許せるわけが無い。
 
「許せんな、己が欲望だけで人の心を弄ぼうとするのは」

 なのはの肩を借りて歩く少年を見て、プレラは心に誓う。
 今からあれを倒しにいくのは、流石に都合が悪い。なのはたちの説得がやり難くなる可能性がある。
 だが、次に戦いの場で出会ったのなら、必ず奴を討つ。

 そう、人の心を弄ぶあの外道は許せない。正義のため、奴は自分が討たなければならないのだ。



[12318] 第6話(前編)
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:8716a64c
Date: 2010/07/01 10:58
第6話(前編)



 ちょこーんちょこーんちょこーんと、畳の上に正座させられている3人は右からユーノ、なのは、俺。
 その正座をしている3人を鬼のような形相で睨みつけているのは、アリサさんである。
 後ろでは微笑みながら見守る高町家の面々と、困った表情で見守る月村家の面々がいる。もっとも見守るだけで助けてくれる気は無いらしい、こんちくしょう。
 
「あ、アリサちゃん、そ、そろそろ落ち着いて……」
「ね、ねえ、アリサちゃん。そろそろ正座をやめていいかな?」
「私は落ち着いているわよ。ものすごくねっ!」

 そう言いながら、なのはのほっぺをむにむにひっぱる。実によく伸びるやわらかほっぺだ。
 いや、まぁ、そうじゃなくて……。
 
「あの、あんまりなのはを責めないで。僕達がなのはを口止めしていたわけで」
「そそ俺なんか特に仕事だから、魔法を隠匿してもらわないと給料に響くのですよ」
「それはさっき聞いたわよ」

 ちなみに先ほどから俺達が何をやってるのかというと、今まで隠していたことを洗いざらい吐かされました。
 そして、説明が終わったところで、冒頭の鬼のような表情のアリサが出現していたわけです。
 
「それにね、私は魔法の事を黙っていたのは怒ってないわ」
「ほんと!?」
「ヴァンやユーノの事を考えれば、私達にだって話せないって言うのは理解できるわよ」

 そう言って、腕を組みそっぽを向くアリサ。ほっぺが微妙に赤いのは照れているからだろう。
 賢い子だ。このぐらいの年齢なら拗ねそうなのに、話せばきちんとわかってくれる。
 
「私が怒っているのはね……」
「怒っているのは?」
「なんだって、つ、つ、つ、つきあってるとか、そういう話じゃないのよっ!!」

 ちょっ! 何でそういう話になっているんだ!?
 
「あ、アリサちゃん、それ私達は違うって言ったよ!?」
「うるさいうるさいうるさーい! この、私のドキドキをかえせー!!」

 そう言ってなのはに襲いかかるアリサ。なんたる理不尽。
 ふにふにとなのはのほっぺを引っ張る。よっぽど触り心地が良いのだろう。
 
「ちょ、ちょっと、アリサちゃん落ち着いて」
「そうや、あんまり引っ張るとなのはちゃんのほっぺが長くなってしまうで」
「うるさいうるさーい! ドキドキわくわくしていたのに、こんなオチかー!」
「ありひゃひゃん、ひたいー!」

 じゃれあう女の子を肴に、大人組みは軽い酒盛りとしゃれ込んでいる。
 それを横目に、先ほどからずっと正座をさせられていた俺は隣のユーノにぼそっと呟いた。
 
「なあユーノ、俺たち何時まで正座をしていればいいんだろう?」
「僕に聞かないでよ……」



「はあ、酷い目にあった」
「はははは、災難だったな」

 溜息混じりに廊下を歩く俺に、災難だったと笑いかけているのは恭也さんだ。
 いかにも同情していますといった風だが、この人も酒盛りをしていた大人の一人である。俺が同じ立場でも喧嘩さえしなければ面白く見ていただろうから怒ってはいないが。
 
「いやいや、彼女達の仲が悪くならなくて良かったですよ。俺達のせいで関係が悪くなったら、流石に申し訳ないですから」

 これは俺の本心だった。
 ただでさえ危険な目にあわせているのだ。友達関係で何かあったら申し訳ないどころの騒ぎじゃない。
 
「でも良かったのかい? 魔法のこと」
「まあ、彼女達も黙っていてくれるって約束してくれましたから大した問題は無いですよ」

 まあ、管理世界に帰ったら減給処分かボーナスカットはほぼ確実だが、懲戒免職になるほどじゃないので問題は無い。
 ちょっぴり月末が塩パスタになるだけだ。せめてふりかけぐらいはかけられる程度で済めば良いけど。
 
「本当にそれだけかい?」
「そんなもんですよ。俺もユーノも元の世界に帰れば普通の人ですし、魔法の話が広まって困るのは、この世界に残るなのはです。
 二人とも友達を見世物にするような子じゃないでしょう。それに地球でこんな事を触れ回ったとしても誰も信じませんよ」
 
 別に物語の知識が無くても、アリサやすずかが、あるいは高町家の人たちがなのはを大切にしている事は俺にもわかる。友達や家族を見世物にしようとはしないだろう。
 万が一なにかの拍子に魔法のことがばれそうになっても、その時は魔法の力を捨てれば良い。
 魔法の恩恵にどっぷり浸っている世界の住民としてこう言うのもなんだが、魔法なんて無くたって家族と友達さえいれば幸せな生活はできるのだ。
 なのは自身はやや良い子すぎる所はあるが、家族と友達がいればそう簡単に不幸にはならないと思う。
 
 いや、俺にこんな事言う資格は無いか。現在彼女を事件に巻き込んでいるのは俺だ。いや、それどころか、未来の“なのは”だって俺の都合に巻き込みたいと考えていた。
 よくよく考えれば、最低の思考だよな……。

 自己嫌悪を感じながらも、現状考えなきゃいけないのはあの騎士の事だと気持ちを入れ替える。
 アースラ到着まで、果たして持つのか。今日、フェイトと戦って力量の違いを嫌というほど思い知った。3人がかりであっさり蹴散らされてしまったのだ。
 あの騎士がいなければ……なんて簡単な話じゃなかった。
 このままなのはが成長を続ければ、フェイトを押さえられるようにはなるだろう。いや、彼女の場合一撃必殺の破壊力があるから、場合によっては倒せるかもしれない。
 だが騎士まで押さえられるかといえば、答えは否だ。なにより殺傷設定を振り回す相手とは戦わせる事などできない。
 そして騎士の目的がわからない以上、ジュエルシードは何としてもこちらが回収しないとだめだ。何とか無い知恵振り絞って、あの騎士を出し抜かないとならない。
 せめて、部隊の仲間……ティーダさんあたりがいるのなら、取れる選択肢も増えるんだけど……。

 どう考えても前途多難すぎる。
 
 一瞬だけ現状を苦悩した俺だったが、不意に掛けられた声によって現実に引き戻された。
 
「あ、お兄ちゃん、ヴァン」

 どうやら、いつの間にか目的地であった温泉についていたようだ。
 温泉に続く廊下で湯上りらしいなのはたちとばったりと出会う。髪はまだ湿りを帯び、頬が赤く上気している。
 
「二人ともこれからお風呂?」
「ああ、そうだよ。なのはたちはもう入ったのかい?」
「うん、大きくてすっごく気持ちよかったよ」
「そっか、それは楽しみだな」

 兄妹の会話を聞く横で、アリサの腕に抱かれていたユーノの様子がおかしい事に気がつく。
 ぐったりとしていて、ピクリとも動かないのだ。
 
「あれ? ユーノどうしたんだ?」
「うん、温泉に入ったらぐったりしちゃって……」
「体が小さいからな、湯あたりしたんだろう」
「そっか、ごめんねユーノくん」

 なんか忘れている。そう思いながらも俺達はなのは達と別れ温泉に向かう。
 そして温泉につかりほっと一息ついたところで、忘れていた内容を思い出した。
 
「あ、そっか」
「どうしたんだい?」
「いや、大した内容じゃないからいいです」

 ずっとフェレットだったから俺も忘れかけていたが、ユーノの本来の姿は俺と同い年の男の子だ。
 一緒に入っても問題がある年齢じゃないが、そろそろ照れくさくなる年齢でもある。2泊する予定だし、このままじゃかわいそうだ。明日は男湯に入るようにしよう。

 どうせあと10年もすれば酒の肴の笑い話で済む程度の内容だけどね。

 俺はユーノに少し同情しながらも、とりあえず色々な悩みを一時忘れる事にした。
 


 温泉旅行から数日は、特に何事も無く時間がすぎていった。
 いや、何事も無かったわけではない。海浜公園付近の岩場に引っかかっていたジュエルシードを見つけて封印できたし、俺の新魔法も完成した。
 ただフェイトや騎士との遭遇は無く、不気味なほど穏やかな時間が流れていった。
 
「すいません。それじゃ俺はこれで」
「ああ、お疲れ様」
「ご苦労様、ヴァンくん」

 その日、俺は翠屋で皿洗いの手伝いをしていた。
 何もしなくて良いと言われたのだが、さすがにそれでは申し訳ない。
 高町家でお世話になる事が決まって依頼、調査や訓練の時間以外、手の開いている時は翠屋で手伝いをする事にしているのだ。 サーチャーをばら撒くだけなら、他の事をしながらでもできるしね。

 満席に近かった翠屋の店内も、日が暮れるにしたがいだいぶ空席が目立ち始めた。
 今日はなのは達も町を見回ると言っていたし、迎えに行きがてら俺も町を見回ろう。
 
 念話でなのはとユーノのいる場所を確認して、一人夕暮れの町を歩く。
 正直気分は重い。
 物語を基に考えれば、そろそろ次の事件が起きる頃だ。そしてその次はアースラ到着となる。
 無論アースラが物語通り到着するという保証は無いが、それは考えても仕方がない。
 
 アースラが到着をすれば状況は一変する。地上勤務の俺でも知っている、有名なクロノ・ハラオウン執務官とリンディ・ハラオウン提督が到着するのだ。悔しいが海は本当に精鋭揃いだ。あの騎士を制圧することも可能だろう。
 
 だが、到着まで確実にあと数日かかる。
 あいつも俺と同じ境遇である以上、このタイムスケジュールはわかっている。事を起すなら、アースラ到着前の今しかない。
 俺に騎士を押さえられるだろうか。あのランクの魔導師が本気になって暴れたら、魔法に対する備えの無い地球の都市など一昼夜で壊滅する。目的が何なのかわからないだけに、奴の存在は不気味だ。

 俺は考えるのを一瞬だけやめ、周囲の光景を見る。
 スーツ姿のサラリーマンが少し疲れた顔で帰路につき、学生服の少年少女が楽しそうに笑いながら歩いてゆく。買い物帰りだろう主婦はビニール袋を下げ、子供達が自転車で走ってゆく。
 そこにあるのは、前の俺の故郷と瓜二つの光景だった。
 
 やっぱり、守らなきゃだめだよなぁ……。
 なのは達には騎士が現れたら逃げろと伝えてあるが、最悪は騎士と刺し違える覚悟をしておく必要がある。
 俺程度の力でも、全力で魔法を叩き込めば奴を数日間は行動不能にする事が出来る。
 その数日が、黄金よりも貴重な時間となるはずだ。
 
「地上の、そこに住む人の生活を守るのが管理局員の仕事だったよね」

 不意にミッドにいるおじさんや姉ちゃんの顔が浮かぶ。
 俺の命よりもなによりも、この町で日常を過ごす人たちの明日を守る事が先決だ。
 
 俺が覚悟を決めて、顔を上げた。その時だった。
 雑踏を掻き分けるように、俺の前から一人の男が歩み出てくる。黄金色の髪を肩口まで伸ばした鼻梁の整ったまだ少年と呼べる歳の男だ。その男は俺を見るとサファイヤを思わせる透き通るような青い目を細め、にこりと笑う。
 そして、静かに俺にだけ聞こえるように声をかけた。
 
「ついてこい、管理局員」
「どう言う意味だ?」
「そのままの意味だよ。お互いに此処では戦いたくあるまい。それとも、君は犠牲者が出ても良いと?」
「ふざけるな……」

 逃げれば暴れるという事か。
 よりによってなのはとユーノがいない時に……。いや、いなくて良かったと思うべきか。あの二人を危険に晒さないですむ。
 俺がいなくなってもあの二人なら何とかできる、町を守りきることが出来るだろう。いや、そもそもあの二人の物語にとって俺こそが異物だ。心配する事自体がおこがましい。
 それに、短い付き合いながらなのはとユーノは信用できる。後を任せることが出来る。俺がこの騎士を止めれば、あとはあいつらと、到着するだろうアースラチームが何とかしてくれる。
 俺は覚悟を決めると、騎士を睨みつけ問いかけた。
 
「どこに行けば良い?」
「そこのビルの屋上はどうだ。あそこなら邪魔が入らない」
「わかった」

 俺達は認識阻害を最大にすると、夜の帳に包まれた町に飛び上がった。
 
 
 
 日は暮れ、夜の闇がこの町を支配している。
 俺と騎士は一言も言葉を交わさず、ビルの屋上に降りたった。互いに既にバリアジャケットを身に纏い、臨戦態勢は整っている。
 どれだけ対峙していただろう。先に口を開いたのは騎士であった。
 
「そろそろ始まる時間だな」
「なんだと?」

 男が俺の疑問に答えるよりも早く、それは起こった。
 
 突如立ち上る魔力、湧き出る雷雲。
 そして、魔力に誘発されて、先ほどの魔力を上回る巨大な力が吹き上がった。
 この反応は、ジュエルシード!?
 
【ヴァン、なのは、聞こえる!?】
【ユーノくん、私は聞こえるよ。ヴァンくんは?】
【ああ、聞こえている】
【なのは、発動したジュエル……】
【二人とも、此処からすぐに離れるんだ!】

 俺はユーノの言葉をさえぎって、二人に逃げるように伝える。
 
【ど、どうしたの、ヴァンくん?】
【ま、まさか騎士が来ているの?】
【そうだ、すぐ逃げるんだ。ジュエルシードを一個渡すのは惜しいけど、命が大切だ】
【まって、ヴァンくんは今どこに!?】

 勘が鋭いな、なのはは。
 少しだけ苦笑をすると、俺は二人に最後になるかもしれない言葉をかけた。
 
【なのは、ユーノ。後は頼むよ】
【ちょ、ちょっとまってください、ヴァン!】
【ヴァンくん! どうしたの、ヴァンくん!!】

「別れの言葉は終わったか?」
「盗み聞きかよ。趣味が悪いな」
「別に聞いてなどない。雰囲気で察しただけだ」
「そりゃ御親切に」

 お互いに……いや、俺は距離を測りながら、騎士の情報を少しでも引き出そうと話しかける。
 デバイスに記録しておけば、管理局が来て回収されたとき何かの役に立つはずだ。
 
「貴方は何故こんな犯罪行為に手を染めるんだ」
「それを管理外世界で言うか? この世界にロストロギアを集めてはいけないという決まりは無い」
「ここは管理外世界でも、貴方は管理世界の人間だろう。ならば管理世界の法に従う義務がある」
「確かに管理世界出身だ。だが、勝手に決められた法に従う義務などあるのか?」

 一瞬、こいつが何を言っているのかわからなかった。
 そりゃ俺達の年齢からしてみれば、法律なんて勝手に年寄りが決めた物なのは間違いないが、だからってそれを破っていいなんて道理はない。
 そもそも、皆が好き勝手しては社会なんてものは成り立たないからルールがあるのだ。

「何を言っているんだ!? そんなに法律が気に入らないなら政治家にでもなればいいだろう! こんな所でロストロギアを集める意味がどこにある?」
「お決まりの文句だな、管理局の狗。あの脳髄どもに魂まで売ったか。個人の思惑に支配されている世界などに何の意味がある」

 言いたい事はわからんでもない。実在してるかどうかまでは知らないが、いるならあの三脳は正直どうかなと俺も思う。
 でもだ、だからと言って……。
 
「あんたが世界に意味が無いと思っても、そう思わない人だって沢山いる! あんたみたいな力が無い人は、法律っていう世界に守られるしかないんだ!」
「それは真実を知らないだけだ! それに世界の事など俺にはどうでもいい! 俺と俺の知る連中に降りかかる火の粉を払うだけだ」
「それなら大人しく人の迷惑がかからない場所で引きこもってろよ!」
 
 管理外世界で危険なロストロギアを集めをしておいて、降りかかる火の粉もへったくれも無い。
 
「一人の少女が命がけで集めようとしているんだぞ、手伝わない理由なんてあるか!」
「手伝う前に止めろ! 明らかに犯罪なんだぞ! いや、犯罪以前にどれだけ危険だと思っているんだ!」

 フェイトの事情は物語でしか知らない。ただ物語と同じ事情なら、本当に彼女のことを思うのなら、母親の目を覚まさせてやる事が先決だろう。
 いや、物語を知らなくたって彼女はいつも悲しそうで辛そうだ、ジュエルシード集めを手伝うのが彼女の為になるとは思えない。
 
「なのはを利用している貴様がそれを言うかっ!」
「わかってるさ、俺はなのはとユーノの純粋な思いを利用している薄汚い大人だってな! それでも、あんたの言っていることは無茶苦茶だ!」

 なのはを戦わせたくなんか無い。彼女は友達と一緒に微笑んで、翠屋で看板娘をやって、ユーノとじゃれあっているのが一番良く似合う優しい女の子だ。
 ユーノだってそうだ。普通に学校に通い、研究して、立派な学者になるのを夢見ている普通の少年だ。ジュエルシード集めなんて彼がしなくたっていい事だ。
 彼女達の傍に俺なんかがいて良い道理なんて無い。
 彼女達を戦いの道に引き込んだのは俺だ。いずれは罰せられる時が来るなら、それは甘んじて受けよう。
 でもだ、今は彼女達の力が必要なのだ。非力で情けない俺に代わって、彼女の住むこの町を守るためには。
 
「そうだ、貴様は薄汚い大人だ。彼女達の傍にいるのには相応しくなど無い。この場で排除させてもらう」

 そういうと、騎士は己がデバイスを構え、声高々に宣言する。
 
「我はベルカの騎士、銃刃の騎士プレラ・アルファーノ。己が欲望に負けし管理局の狗よ、この場で討たせてもらう!」

 それに対し、俺は己がデバイスにユーノに授けられた新たな力を纏わせる。
 
「我が意に従い、集え閃光」
『Force Saber Second』

 発動した新たなフォースセイバーがデバイスに集ってゆく。デバイスを光の力場が覆い、俺の握っていたグリップ部分を除き光の刃にその姿を変えた。
 一回振るえば掻き消えるこれまでのフォースセイバーと違い、この光の剣は何合でも打ち合える。威力も、持続時間も、そしてバリア貫通能力も段違いにアップした。
 俺にはすぎた魔法だが、ユーノと一緒に作った魔法だ。使わせてもらう。
 
「時空管理局空曹ヴァン・ツチダだ。これ以上の罪を重ねるのはやめ、速やかに投降するんだ」

 かくして、戦いの火蓋は切って落とされる。
 そしてちょうど同じ頃、俺達の眼下では二人の少女が、再び巡り合っていた。



[12318] 第6話(幕間)
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:8716a64c
Date: 2010/03/21 19:43
第6話(幕間)


「見つけた……」
「けど、あっちも近くにいるみたいだけどねぇ」

 フェイトの呟きに、狼の姿のアルフが応える。
 アルフが指し示した方角を見れば、たしかにピンク色の魔力光が輝いていた。それに町に人影が無い。おそらくは彼らの誰かが何らかの結界魔法を行使したのだろう。

「早く片付けよう。バルディッシュ」
『sealing form. set up.』

 バルシッシュが音を立ててその姿を変える。
 だが、フェイトが封印魔法を使うよりも早く、あの少女は来てしまった。また、あの子と戦わないといけないのか。
 覚悟などとうにできていたはずなのに、人を傷つけなければならない事に対する嫌悪が脳裏をよぎる。

 アルフが白い少女に襲い掛かる。
 しかし、寸前で張られたシールドに防がれ、大きく弾かれてる。
 
 フェイトはバルディッシュをデバイス形態に戻すと、やってきた少女に向けた。
 だが、少女の口から漏れたのは、フェイトの予想外の言葉だった。
 
「ねえ、あの騎士さんはどこ!?」
「騎士?」

 少女の言葉にフェイトは目を白黒させる。
 騎士と言われて思い当たる節は無い。だが、少女は必死にフェイトに訴える。
 
「お願い、教えて! ヴァンくんが、私の大切なお友達が大変なの!」
「騎士って、なに?」
「初めて会った時、あなたと一緒にいた男の子の事だよ。お願い、教えて!」

 そこまで聞いて、ようやくプレラが自分の事をベルカの騎士と名乗っていたと思い出す。
 だが、彼がどこにいるかなど知らない。いつも勝手にいなくなっては、気がつくと戻ってきているのだ。手伝うと言っていたジュエルシード集めにしても、手伝ったのは最初の1回だけだ。
 
「プレラの事? ごめん、私は知らない」
「そ、そんな」

 少女の顔に絶望が広がる。
 理由は無いのにフェイトは罪悪感を覚える。
 
「本当に知らないの。いつも勝手に現れては去っていく」

 拠点としているマンションだけは知っているが、それだけは教えられない。
 なぜなら自分の拠点もそこだからだ。
 
「そっか。ごめんなさい!」

 フェイト逡巡していると、なのははジュエルシードなど一顧だにせず飛び去ろうとする。
 
「まって、なにがあったの?」
 
 戦ってジュエルシードを奪い合ったはずの少女のあまりにもおかしな様子に、フェイトは考えるより先に彼女を呼び止めていた。
 
「あの騎士さんが、ヴァンくんと戦って……、このままじゃヴァンくんが」

 焦っているのだろう、言っている事が要領を得ない。
 とはいえ、何が言いたいのかは分かった。そしてそれと同時に、血の気が引いた。
 
 あの男は、管理局員を襲いに行ったというのか!? そんな、馬鹿な!?
 フェイトはあの男の正気を疑う。
 
 あの管理局員の少年は、はっきりと言えば弱い。そしてこの少女は管理局員ではなく外部協力者だろう。魔力こそ大きいが戦闘技術は素人同然だ。
 外部協力者がいるとはいえあの程度の魔導師が一人しか派遣されてない。これは管理局がこの件について本腰を入れてないという事だ。
 だが、あの管理局員を殺せばどうなるだろう。
 答えは簡単だ、管理局は本気でこの件の調査に乗り出す。そうなれば、ジュエルシード集めは格段に難しくなる。
 藪をつついて蛇を出すようなものだ。あの男が管理局を嫌っていたのは知っていたが、こんな利の無い事までするとは!
 
 少女はフェイトに答えると、再び飛び立っていく。
 フェイトは歯噛みすると、発動寸前のジュエルシードに目を向ける。
 
「フェイト、どうするんだい?」
「あの男を探して止める。敵を増やす必要は無い」
「あいよ、先に行って探してくる」
「お願いアルフ」

 走っていくアルフを横目にフェイトは速やかにジュエルシードの封印作業に戻る。
 ジュエルシードは話している間に暴発寸前まで魔力が漏れ出している。これ以上放置しておくのは危険だ。
 
『sealing form. set up.』
「ジュエルシード、シリアル19……、封印!」

 予想以上に反動はあったが、封印自体は無事に終わる。
 ジュエルシードをデバイスに収納したフェイトは、プレアの凶行をとめるべく飛び立つ。
 
【プレラ、聞こえるか、プレラ。すぐに戦いをやめて!】
【へろぅ、お耳の恋人、右手も恋人、左手は愛人の美老女美熟女美女美少女美幼女美少年の味方イオタくんに何か……】
【煩い】
【はぅん、冷たい仕打ちぃ。くやしい、でもかん……プツン】

 必死に念話を送るが反応が無い。余計な声が聞こえたような気がするが、今はあの変態に構っている暇は無い。
 
 先ほどの白い少女が必死に探し回っているのが見える。
 身構える少女に、フェイトは早口に言う。
 
「私も探すのを手伝う」
「あ、ありがとう」
「あなたの為にやっているわけじゃない。礼なんていらない」
「あ、あの……」
「なんだ」

 探しに行こうとするフェイトを少女が呼び止める。

「私、なのは……、高町なのはだよ。前の時は自己紹介できなかったから」

 少女……いや、高町なのはの自己紹介にどう答えるべきか。それとも無視するべきか。
 フェイトのそんな悩みは、頬に落ちてきた生暖かい感触で中断した。
 
 ポツリ。最初は雨が降ってきたのかと思った。
 だが、隣に浮かぶなのはの顔を見たとき、これは雨で無いと気がつく。
 
 なのはの頬を濡らすそれは、赤かった。
 
 なのはもそれに気がついたのだろう。目を見開き、小さく震えながら上を見る。
 フェイトも、同じように上を向いた。
 
 最初は何もない闇しかなかった。
 だが、不意に稲光が暗雲を切り裂く。
 
 その閃光に浮かび上がったのは、無残にも剣に貫かれた少年の姿だった。
 
「い、いやああああああああああああああああああ!!」

 なのはの悲鳴が、夜のビル街に響いた。



[12318] 第6話(後編)
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:8716a64c
Date: 2010/03/21 19:50
第6話(後編)



 先に動いたのは騎士であった。
 デバイスを振り上げ突進してくる騎士を、俺はフォースセイバーで受け止めた。
 以前のフォースセイバーなら押し切られていた一撃を、光の剣は揺るぐ事なく火花を散ら押し止める。
 
「この短期間で腕を上げたのか?」
「違うよ! 友達から貰った力だっ!」

 もっとも、長時間の鍔迫り合いが不利なのはわかっている。俺はカートリッジシステムが使用される前にデバイスを受け流すと、体勢を低くして潜り抜けるように騎士の右足を切り裂いた。
 騎士のバリアジャケットが弾け、光の残滓が騎士の右足に沁み込んだ。
 物理的なダメージこそ無いが魔法ダメージで足が痺れたのだろう、騎士の表情が苦痛に歪む。
 
「友だと!? 貰った!? 騙して奪ったんだろうがっ! あの子たちに何をしたっ!!」
「何とでも言えっ!」

 騎士の言葉はある意味間違いない。俺は彼らを一方的に知っているのだ、騙している事には違いない。
 だが、だからこそ俺を信じてくれたユーノやなのはの友情は裏切れない。俺が逃げたらこの町で暴れると宣言された以上、こいつを倒し、逮捕するしか俺に残された道は無い。
 
 俺は矢継ぎ早に剣を振るう。攻め込まれたら最後、防戦一方になるのはわかっている。
 俺の振るう剣を騎士は危なげなく受け止めると、俺を跳ね飛ばし宙に舞った。

「この期に及んで、まだ非殺傷設定を使うか。実力差もわからない阿呆か」
「人殺し用の刃物を振り回して喜ぶ馬鹿よりはマシだ」

 俺の答えに、騎士の表情が怒りに歪む。
 
「ふざけるな! その玩具の兵器がどれだけ悲劇を生み出していると思っている!」
「んなもん知らないと思っているのか!」
「知っていて、まだそれをありがたがるか!」

 騎士の言う事にも一理ある。
 非殺傷設定に関して言えば、人殺しをしないで済むという禁忌感の薄れから、暴力的な犯罪を誘発しているという識者も多い。また、ミッドチルダだけでも年間300件以上の非殺傷設定魔法による死亡あるいは重大な傷害事故が発生している。非殺傷設定も決して万全ではない。
 だからと言って、人を傷つける事が前提の殺傷設定を振り回して良いとイコールではない。
 第一俺の仕事は犯罪者を裁く事ではなく、捕まえて然るべき所に突き出す事だ。殺傷設定など使って良い道理が無い。

「言っただろう、街中で人殺し用の刃物を振り回すよりマシだって」
「ふざけるな……。だったら、その玩具の兵器でどれだけ出来るか見せてみろ!」

 叫びながら、騎士が魔法弾を連射する。デバイスから放たれた光の弾が、ビルの屋上のコンクリートをえぐる。
 俺は地面を這うように高速で飛行しながら回避した。防御魔法はどうせ簡単に突破されるから使わない。1発でも貰ったら、俺はそれだけで終わるのだ。全部避けるしかない。
 回避しながら、俺はフォースセイバーを振るう。

「パージ!」

 俺の掛け声で光の剣の刃の部分だけがはずれ、真っ直ぐに騎士に向かってゆく。
 ユーノが考案したフォースセイバーの新しい使い方だ。現状で射撃魔法が使えない俺だが、こうやって刃を切り離し遠隔操作をする事で格闘戦の延長として遠距離攻撃を可能とした。射程は10mほどだが、今の俺には貴重な距離だ。
 あいつが天才だっていうのが良くわかる。人が使う魔法の改造ってのは難しいのに、こんな凄い魔法を作るなんて。

「はぁっ!」
「小癪なっ!」

 回転しながら迫る刃を騎士はシールドを張って防ぐ。
 だが、その瞬間だけ弾幕が止んだ。

「ブレイク!」

 轟音と閃光を撒き散らし、光の剣が破裂する。爆発と閃光で騎士が後退し目をつぶる。
 俺はその隙を見逃さず一気に飛び立ち、再びフォースセイバーをデバイスに纏わせた。

「でやああああっ!!」

 俺は気合の叫びを上げ、騎士の背中を一直線に切りつける。
 光の残滓が騎士の身体に刻まれる。普通ならこの一発でノックアウトなのだが、さすがはSランク。やや動きが鈍るものの、相変わらずのすばやい動作で体勢を立て直した。

「きさまああああああああああっ!! 調子に乗るなぁ、このガキがぁ!」

 そのまま騎士の身体に魔力が収束する。
 って、これはやばいっ!!

「ロード、天葬爆塵!」
『Darkness Explosion』

 騎士のデバイスのカートリッジシステムが稼動し、薬莢が一つ排出される。
 それと同時に、騎士を中心に魔力の奔流が生まれ、次の瞬間全方向に漆黒の魔力が爆発的に広がる。
 全方向攻撃かよ! 間に合えっ!

『Flash Move』

 高速移動魔法が発動する。
 だが、俺がこの空域を離れる前に衝撃波が俺を飲み込む。一発で意識を持っていかれそうな苦痛を歯を食いしばりながら耐える。
 奔流が収まった時、意識が残っていたのは僥倖だった。

「ぜぇ……、ぜぇ……」
「ほう、これに耐えたか」

 余裕しゃくしゃくで笑う騎士。
 確かになんとか耐え切ったが、魔力と体力をごっそり持っていかれた。これではフラッシュムーブやフォースショットクレイモアのような大技は使えない。
 一回の攻撃で全身がボロボロだ。左腕が焼けるように痛い。これは確実に骨までいっている。
 額から流れる血で視界がふさがれる。他にも肋骨が何本かひびが入っている。全身の痛みだけで、今にも意識が飛びそうだ。
 フォースセイバーだけはまだ使用可能だ。これはユーノに感謝しなければならない、もう少しだけ戦える。

「や、やかま……しい。覚悟……しやがれ」

 俺は動く右腕でフォースセイバーを構えた。
 全身で剣を支えると、真っ直ぐに騎士を見据える。

「フル……ドライブ」

 刃を飛ばすパージ、爆発させるブレイク。そして3つ目、切り札とも呼べる全力攻撃であるフルドライブ。
 1日1回が限度の上に、使うと5分間は戦闘不能になるので使いたくなかったが、どうせもう後が無い。
 捨て身の特攻に出ようとした俺に、騎士も無言でデバイスを構える。

「ロード、天剣龍牙」
『Charge』

 騎士のデバイスから空薬莢がまた一つ排出される。
 剣の切先に魔力が集っていく。

「うあわああああああああああっ!!」
「でやぁぁぁぁぁぁぁあああああ!!」

 俺と騎士の裂帛の気合が交差する。魔力剣とアームドデバイスが交差する。
 そして……。

「あっ……」

 腹部が熱い。
 痛いと感じられないほど、熱い。
 咽から何かがこみ上げてくる……、それが血だと気がついたのは吐き出してからだ。
 腹から何かが引き抜かれる。それは俺の血で真っ赤にそまった騎士のアームドデバイスだった。

 身体に力が入らない。
 俺は剣が抜かれると同時に、飛ぶ力を失い地上に向かって落下していった。
 どこかで、誰かの悲鳴が聞こえる。

 俺が最後に見たのは騎士の顔で、奴の顔は歪み、今にも泣き出しそうに見えた。

──そんな顔するなら、殺傷設定で魔法を振り回すんじゃねえよ。

 咽元まででかかった言葉は、結局声にならなくて。
 俺の意識は闇に飲まれた。



[12318] 第6話(終幕というか、蛇足)
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:8716a64c
Date: 2010/03/21 19:55
第6話(終幕というか、蛇足)



「い、いやああああああああああああああああああ!!」

 高町なのはの悲鳴が夜のビル街に響く。
 二人の少女が呆然としている間にも、力を失った少年が落ちてくる。

「いけない!」

 フェイトは落下してくる少年を受け止めようとする。フェイトは血を浴びるのも構わず少年を受け止めた。

「くっ!」

 意外と重い衝撃に、落下しそうになる。

「ヴァンくん、フェイトちゃん!」

 我に返ったなのはが慌てて二人を支えた。
 純白のバリアジャケットが赤く染まる。

 力が抜けている少年を動かさないように、ゆっくりと地面に降りた。
 そして地面に降り立つとほぼ同時に、少年が身に纏っていたバリアジャケットがかき消すように消滅する。
 フェイトは少年を地面に寝かすと、少女から少し離れた。

「なのはっ!」
「フェイト!」

 遠くからユーノとアルフが駆け寄ってくる。
 アルフは最初赤く染まったフェイトに驚きながらも、それがフェイトの流した血ではないと安堵の息をつく。

「フェイト、大丈夫かい?」
「私は大丈夫、それよりも……」

 そう言うとフェイトは、ピクリとも動かない少年と泣きながら少年に縋り付く少女を悲しい瞳で見る。

「ありゃ、もう助からないね」
「そうだね……」

 どう見ても致命傷だ。あの傷では助からないだろう。

「なのは! どいて!」

 ユーノと呼ばれたフェレットの使い魔が治療魔法を使う。
 魔法陣が少年の身体を覆う。だけど、少年から流れ出る血は止まらない。

「アルフ、行くよ」
「いいのかい、フェイト?」
「かまわない」

 その光景をぼんやりと見ていたフェイトだったが、彼らに背を向けるとその場から立ち去る事にした。
 あの少女……高町なのはからは怨まれるだろう。だが、こんな事はジュエルシードを集めると決めた時に、あるいは競合者がいると分かったときに覚悟はできている。
 彼女達には怨む権利がある。だが、それを踏みにじっても自分は母の為にジュエルシードを集めなければならない。
 ならば、こんな所で立ち止まっていられない。早急に戻り、管理局対策を考えなければ。

「フェイト、こんな所にいたのか」

 彼女達の進む先にプレラが降り立つ。
 彼はいつものように、フェイトの頭を撫でようとして……。

「触るな」

 フェイトは男の手を払いのけた。


 
「なぜ……」

 プレラは呆然と呟く。
 自分は間違った事はしていないはず、。彼女のジュエルシード集めを手伝っただけ、この世界でも傲慢に振舞った管理局を倒しただけじゃないのか? 彼女に感謝される事をやったはず。
 そして彼女には言えないが、原作にない余計な介入者を排除しただけ、自分の欲望をぶつけようとした奴を潰しただけじゃないのか?
 聞き違いだ。そう思ったプレラは恐る恐るフェイトに尋ねる。

「ど、どうしたんだ、フェイト?」

 返答は無かった。代わりに返ってきたのは、蔑みの視線だった。
 真っ赤な血を全身に浴び、底冷えのする視線を向けてきた彼女は女神のように美しく、そして恐ろしかった。

 そんな、そんな、そんな、なぜ、なぜ、なぜ!
 フェイトちゃんが、フェイトちゃんが、あいつらと同じ、あいつらと同じ、視線を向けるんだ。
 俺は力を手に入れたんじゃないのか!? あの冷たい世界から飛び出したんじゃないのか!? ろくな魔法も使えないのに人を蔑んだ連中から力が認められる世界に来たんじゃないのか!?
 師匠は言った、この力があれば何でも好きなように出来るって。
 師匠は言った、今の俺なら好きなように出来るって
 好きなようにしていいって。

 プレラはフェイトに縋るような視線を向ける。
 だが、フェイトはもう彼のことを見ていなかった。価値がないものには一顧だにせず、立ち去っていく。

 気がつくと、プレラはこの場から逃げ去っていた。


 
「だめだ、血が止まらない、くそうっ!!」

 ユーノが治療魔法を続けながら、悲痛な叫び声を上げる。
 先ほどから自分が出来る限り最大威力で治癒魔法を使っているが、傷がふさがるどころか血が止まらない。

「レイジングハート、お願い!?」
『sorry』

 なのはがレイジングハートに祈りを捧げる。
 だが、いかに祈願型のデバイスでも出来る事とできない事がある。
 治癒魔法の使い手が少ないのは、その難易度故だ。魔力が強ければ出来るというものではない。

 握る彼の手が少しずつ冷たくなってゆく。
 鼓動が少しずつ弱くなっていく。

 もうだめか、二人の心が絶望に覆われそうになった。その時だった。

「フェイトの様子がおかしかったから来てみたら、こんな事になっているとは」

 二人の背後に、銀色の髪の青年が降りたったのは。


「あなたは……」
「私の事よりも、今はその少年の事だろう」

 突如現れた人物に、なのはは呆然と尋ねる。
 その人物はなのはの問いに答えず、見る人を安心させる柔和な笑みを崩し真剣な表情で倒れたまま動かない少年を見つめた。

「ずいぶんと酷い怪我だな……。だが、問題あるまい。助けよう」
「えっ?」
「で、できるんですか!?」

 なのはの問いに、青年は力強く頷く。

「お願いします。何でもしますから彼を、ヴァンくんを助けてください!」
「僕からもお願いします。大切な友達なんです」

 必死に頭を下げる二人に、青年は首を横に振る。

「子供がそんな事を言うべきじゃない。世の中には悪い大人もいるんだからね。
 っと、急がないとな……。目覚めよ、明星の書」

『Yes My Master』

 青年が取り出した一冊の本より優しそうな女性の声がする。
 本のページがひとりでに開き、中から虹色の髪の神官のような衣装を身に纏った少女が出現する。
 少女はなのは達に優しく微笑むと、真剣な表情で青年の目を見る。

「状況はわかってるな、レイン」
「イエス、マイマスター。行きます、ユニゾン・イン」

 その言葉とともに、少女と青年の姿が重なり合う。
 青年の髪が虹色となり、背後に翼のような魔力光が放出される。

「まさか……古代ベルカの融合型デバイス!?」

 ユーノが驚きの声を上げる。
 まさかこの目で古代ベルカの融合型デバイスを見るとは。
 そんなユーノの驚きを他所に、青年は高らかに祈りの言葉を読み上げる。
 魔法陣が幾重にもヴァンの身体を包みこむ。

「吹き込むは女神が息吹、リザレクション!!」

 最後の言葉と共により一層強い光がヴァンの身体を包む。
 その光が消えた時、そこには頬に赤みが戻っているヴァンの姿があった。

 ユーノが慌てて腹部にあった傷を確認する、無い、何処にも無い。
 鼓動も正常、生きている!

「ヴァンが生きているよ!」
「ヴァンくん……」
「これで大丈夫だ。もっとも、血を流しすぎたようだから目覚めるのは明日だろう」

 今にも泣きそうな表情でヴァンに縋りつく二人を見て安堵すると、青年は振り向きこの場から去ろうとする。

「まって、あの、なんてお礼を」
「その少年には借りがあったから、それを返しただけさ」
「あの、お名前を聞いていいですか?」

 子供達の声に、青年は振り向かずに答えた。

「通りすがりの医者だ。覚えておく必要なんて無い」

 そう言うと青年は、転移魔法を駆使して何処かへと去っていった。



[12318] 第6話(終幕というか、蛇足の蛇足)
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:8716a64c
Date: 2010/03/21 19:58
第6話(終幕というか、蛇足の蛇足)


「ユニゾン・アウト」

 少女達から離れた場所に転移をしたイオタは、デバイスとの融合を解除する。
 こいつとの融合はいつも怖い。髪が毛先から七色に変化を繰り返すのだ。電光掲示板じゃあるまいし、こんな変化絶対毛根に悪いにきまってる。爺さんや親父が禿だったのも、絶対こいつの仕業だ。

「ふう」
「お疲れ様、マイマスター」

 融合を解除した管制人格のレインが労わりの言葉をかける。髪の色はいつの間にか落ち着いた黒に変わっていた。
 デバイスとしての能力をフルに使うときは虹色の髪になるのだが、普段からそれでは目立って仕方が無い。何事も無い時は彼女は落ち着いた黒髪に髪の色を変えているのだ。
 この状態だとどこぞの令嬢のように、落ち着いた雰囲気に変わる。

「ああ、大変だったな」
「はい」

 明星の書の歴代マスターの中でも類を見ない天才児であるイオタでも、あそこまでの深手を一瞬で治すのは簡単ではないのだ。彼が疲労するのも無理もない。
 と、レインは思っていた。
 しかし……。

「ああああああああ、こんちくしょう、こんちくしょう、私って奴は。なんだって医者モードでは真面目なんだ。でも、かわいらしいそれが私のチャームポイント。でもねでもね、せっかくの美少女美少年とお知り合いになれるチャンスだったのにパンツぐらいもらえたかもしれないのにこんちくしょー!」

「黙れ、ド変態!」

 レインの踏み込んだ足が石畳を砕き、その拳がイオタの鳩尾に突き刺さる。

「ぐぼぉぉぉぉ、暴力はんじゃいい」
「黙れ、たまに真面目にやったと思ったらすぐそれかい、もぐぞ小僧」
「小僧って言ったな小僧って、パパにもぶたれた事が無かったのに、でもドロップキックは日常茶飯事よん」
「殴られた事が無いなら、私が殴ってやるわ。つーか、貴様の変態っぷりは教育係として歴代の主に申し訳がたたん! 大体そんなんだから、守護騎士に愛想をつかされて逃げられるんだ! 今日という今日こそは、この場で矯正してくれる」

 拳を鳴らしながら近づいてくる己のデバイスに、イオタは思わず後ずさりをする。

「まて、おちつけ、おちつくんだレイン。いくらなんでも守護騎士が全員寿退社して最初に退職したイヴ(見た目は○学生)は二児の母で、会うごとに幸せそうなのを見てくやしいでもかんじちゃうな嫁き遅れのロリババァだからって私を凹っても何にもならないぞ。つーか、そんなんだからいつまでもしょ……」
「だまれ、この天然セクハラ野郎! つーか、私は別に悔しくなんか無い!」

 レインはがしりとイオタの頭を掴むと、ギリギリと握りつぶす。

「うがががが、つぶれるつぶれる、つぶれてしまう! ああ、なんか規制で赤く描けないので七色に輝く液体が飛び出してしまう」
「ついでにその頭蓋骨の中身も少し飛び出しておけ。そうすれば変態も少しはマシになる」
「やめてー、ほんとに出ちゃう出ちゃう。別のところからも出ちゃうくらいKA☆I☆KA☆N」
「やめんか! お前変態っぷりに拍車がかかっているぞ、最近!!」

 夜の町を魔導師とデバイスのどつき漫才の声が響き渡るのだった。



[12318] 第7話(序幕)
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:8716a64c
Date: 2009/12/28 02:18
第7話(序幕)



「ユーノくん、私がかわるよ。少し寝ないと」
「うん、でも僕は大丈夫だからもう少し見ているよ。それになのはには学校があるだろう」

 ヴァンの意識は一晩経っても戻らなかった。
 ユーノの診断で異常は見当たらない。あの医者の言葉を信じるなら今日には目を覚ますだろう。
 それでもユーノはそんなヴァンを一晩中見守っていた。他の誰かが休めといっても、頑として聞かなかった。
 
「ねえ、ユーノくん」
「なんだい、なのは?」
「なんでいつもいつも、こんな無茶をするのかな。ヴァンくん……」

 彼女が知る魔法使いの中では一番弱いのがヴァンだ。技術的なもの以前に魔力が違いすぎる。
 本来なら彼が逃げても誰も文句は言わないだろう。彼の勤める管理局がどんな組織かは知らないが、二人の説明を聞く限り死ねと命じる組織ではないはずだ。
 それなのに、何時も彼は無茶をして倒れている。
 
「何時も仕事だって……、私達そんなに頼りないかな」
「違うと思う」

 落ち込んでいるなのはに、ユーノは振り向きもせずに答える。
 
「ヴァンはずっと責任を感じているんだと思う。なのは……ううん、なのはや僕にジュエルシード探しをやらせている事を」
「でも、私は自分がやりたいからやっているんだよ」
「僕だってそうさ。ジュエルシードを見つけたのが僕である以上、僕が探さなきゃいけないと思っている。でも、ヴァンは危険な事をするのは自分だって。僕達に少しも怪我をさせたくないんって」
「少し……頭くるな。お友達だと思っているのに、ヴァンくんが無茶をするのを止められないって」
「僕もだよ……。ヴァン一人で何とか出来る相手じゃないって分かっているはずなのに、いつも一人で勝手に決めて無茶するんだから」

 二人は静かに、眠り続けるヴァンを見つめた。
 
「ねえ、ユーノくん」
「どうしたの、なのは?」
 
 眠り続けるヴァンを見ていたなのはは、不意に隣にいたユーノに話しかけた。
 
「私、考えたんだけど」
「ん?」
「私、考えたんだけど、あの子の事、フェイトちゃんの事が気になるの」
「気になる?」
 
 なのはは思いつめた表情で、ユーノに語る。
 
「うん、すごく強くて、冷たい感じもするのに、だけど、ヴァンくんが大変な時は一緒に探してくれた優しい子だったの。なのに、なんであの怖い騎士さんと一緒にいたんだろうって。なんであんなに悲しい目をしていたんだろうって……」
 
 フェイトにはフェイトの思惑があって、プレラを止めたかっただけだろう。
 だが、それでも探してくれたという事実は変わらない。
 
「きっと、理由があると思うんだ。ジュエルシードを集めている理由、騎士さんと一緒にいた理由。だから私、あの子と話をしたい。だから、その為に……」
 
 
 
 
 
「お土産はこれでよしと」
 
 マンションの屋上でフェイトはケーキの入った箱を大切そうに抱えなおす。久方ぶりに母さんに会うのだ、嬉しくないはずは無い。
 とはいえ、表情はいまいちさえなかった。
 昨晩の事が脳裏によぎる。たとえ敵といえども、人の死を前にして何も感じないほどフェイトも場慣れしている訳では無い。
 
「そういえば、イオタとあいつは?」

 不意に、昨夜から姿が見えない男二人を思い出す。
 
「イオタは書置きがあったよ。『先立つかもしれない不幸をお許しください。どうか探さないでください。イオタ』って」
「それって遺書!?」

 予想外の書置きにフェイトが驚く。彼に何があったのだろう!?
 いつも通り馬鹿をやっていただけで、普通じゃないけど普通だったはずだ。
 
「裏面に『冷蔵庫のプリンは食べないでね。夕方には帰ってきます』とも書いてあったよ」

 アルフもフェイトと同じように驚いたのだろう。こめかみを押さえながら続きを伝える。
 
「考えないほうがいいね」
「私もそう思う。あいつに関しては考えるだけ無駄だよ」

 二人はあの変態を脳裏からデリートすると、もう一人姿の見えない男について考える。
 昨晩凶行に及んだあの男はどうしたのだろう。
 
「さあ? 部屋に戻ってなかったみたいだけど」

 アルフもそっけなく答える。
 あの偉そうな男に関しては、アルフも好意は抱いていない。
 まあ、いないならそれでいいだろう。耳障りな講釈を聞かずに済む。
 
「アルフ、これをお願い」
「甘いお菓子ね。こんなんであいつが喜ぶのかね」
「よく分からないけど、こういうのは気持ちだから」

 フェイトはアルフにお土産のケーキを持たせると、母のいる時の庭園の座標を口にする。
 
「次元転移、次元座標876C4419、331……」

 フェイトの座標指定に彼女達の足元で黄色い魔法陣が輝き始める。
 
「……開け、いざないの扉。時の庭園、テスタロッサの主のもとへ」

 黄金の魔力が噴出し、次の瞬間二人の姿はマンションの屋上から消えていた。
 
 
 
 
 
「入ります、師匠」

 組織の本拠地に戻ったプレラは、真っ先に自らの師の下に向かった。
 師匠はこの時間なら大聖堂にいるはずだ。プレラは声をかけると大聖堂の扉を開いた。
 
「あら、プレラさん。お仕事中ではないのですか?」

 そこにいたのは聖王教会の正装に身を包んだ、20前後の金髪の女性がいた。
 彼女はシスター・ミト、プレラの魔法の師匠である。そして反管理局体制組織の重鎮であり、彼女は組織でも一握りしかいない“同胞”であった。
 プレラはベルカの礼に従いシスター・ミトに頭を垂れる。
 
「はい、今日はフェイトが時の庭園に戻る日ですので、定時連絡をかねて一時帰還を」
「あら、ジュエルシード集めが終わるまで、ずっとフェイトちゃんと一緒にいると思ったんだけど」
「そ、それは……」

 一瞬口ごもるプレラに、シスター・ミトは優しく微笑みかける。
 
「彼女と上手くいってないのですね」
「いえ、そんな事は……」
「無理もありませんわ。彼女はまだ己の運命を何も知らないのですから」

 その言葉にプレラがはっとなる。確かにそうだ、彼女は自分の運命を何も知らない。
 だが、あの時彼女は明らかに自分を拒絶していた。そう、あいつらのように自分を見下し、分かってくれないでいた。
 
「では、私はどのようにすれば良いのでしょう。シスター・ミトよ」
「貴方はどうしたいのですか、プレラさん」

 私はどうしたいのだろう……。
 
「貴方が戦うのは何故ですか? 貴方が求めるものは何なのでしょうか?」
「私の戦う理由、求めるもの……」

 思い出す、こちらの世界で真っ赤に染まったこの手を。それまでの態度を一転させ、蔑みの視線を向けてきた連中を。
 自分はこの世界の欺瞞に気が付いてしまったのだ。

「それは貴方自身がよく知っていますね。貴方は世界の全てを知っているのですから」

 そうだ、自分は知っている。これから起きる幾多の悲劇も、管理局の狗として才能を使い潰される日々の事も。
 
「そうですね、プレラさん」
「はい、もちろんです。そうだった、私は未来を知っているから、この仕事を引き受けたんだった」
「そうですよ、プレラさん。私達は未来を変えなければなりません、貴方は彼女達の事を、彼女達以上によく知っているのでしょう」
「そうでした。私は彼女達を守らなければならなかった。心の傷を利用され、戦う意味すら知らない。そしてその事に気が付く事すら許されない。あの少女達の心を守れるのは、彼女達をよく知る私だけなのです」

 そうだ、確かにシスター・ミトの言うとおりだ。
 彼女達をよく知る自分なら、管理局の魔手から彼女達を助けられるのは自分だけだ。
 
「今はまだ理解されないかもしれません。でも、いつかは貴方の正しさは彼女達も分かってくれるでしょう」
「はい、もちろんです」

 そうだ、自分は何を迷っていたのだろう。

「シスター・ミト、失礼しました。やるべき事を思い出しました」
「そうですか、それはよかった。頑張るのですよ、銃刃の騎士プレラ」
「はい」

 力強く答えると、プレラは大聖堂を後にした。
 そうだ、自分がやるべき事はわかっている。まずはこれからやってくるクロノを倒さねば。奴との遭遇が彼女達が管理局に取り込まれる第一歩なのだから。
 
 
 
 プレラが出て行った大聖堂で、嘲笑の声が響く。
 それは徐々に大きくなり、やがて爆笑に変わった。
 
「盗み聞きとは行儀が悪いですよ、盟主」

 シスター・ミトは慈愛の笑みをまったく崩さずに、笑い声の主に話しかける。
 
「これは失礼。君に用があって来たのだけどもね。なかなか面白いものを見せてもらったよ」

 プレラが出て行った扉とは別の扉から仮面の盟主が入ってくる。

「あら、楽しいとは?」
「いやいや、あそこまで愚図な弟子を良くぞ作れたものだ」
「失礼ですわね。私は戦技を教えただけで弟子ではありませんわ」
「手厳しい。Sランクの騎士に対する言葉とは思えないな」
「生まれもった魔力の高さに胡坐を掻いているのですから手厳しくもなります。それに、精神に関しては勝手にああなっただけ」
「あれだけ露骨に誘導してか?」

 まだ可笑しさが消えて居ないのか、盟主は口元を歪める。
 一方のシスター・ミトの表情は変わらない。変わらず慈愛の笑みを浮かべるだけだ。
 
「私はアレに一言も嘘は言っておりませんよ。 ところで、こちらには何の御用ですか?」
「なに、彼の事だよ。君が推薦した彼は実にすばらしいな。半ば遊びのつもりだったが、予想以上の出来だよ」

 盟主は楽しげに語る。
 
「ろくな報告もよこさず、物語以下の数しかジュエルシードを集める事が出来ず、今度は管理局員殺害未遂だ。実にすばらしい」

 そう、ジュエルシードをプレシアに集められては困るのだ。
 大勢に影響は無いが、出来れば彼女達が回収する数は少ないに越した事はない。さらに未遂とはいえ管理局員を殺害しようとした事は大きい。これでプレシア一味に対する管理局の対応は厳しいものとなるだろう。
 半ば遊びで彼を派遣したのだが、予想以上の出来だ。
 
「管理局員? この時期にはまだいないと記憶しておりますが?」
「どこからか紛れ込んだようだな。プレラよりもずいぶんと優秀なようだぞ。物語よりもずいぶんと多くジュエルシードを集め、町の被害を幾分食い止めている」
「アレよりも馬鹿はそういないと思いますが、ずいぶんと先回りをしているようですね、その管理局員」
「それはそうだろう、彼もまた“同胞”のようだからな」

 そう言うと、盟主は一冊のノートを見せる。件の管理局員の自宅に置かれていた一冊のノートだ。
 ずいぶんと使い込まれたボロボロのノートには、この世界で起きるだろう物語の断片が書き込まれている。それはヴァンが物語を忘れないように書き溜めていた物だった。
 シスター・ミトはノートの内容を確認すると、火を放ち燃やしてしまう。
 高熱に晒され一瞬で灰となったノートを眺めながら、シスターは呆れ声を上げる。
 
「あらやだ、まだ“同胞”がいたのですか」
「いたらしい。出来れば我らの仲間に引き入れたいな」
「仲間ですか? 管理局勤めがこちらに付きますか?」
「さあ? 付かないなら付かないでも構わんよ」

 シスターの言葉に、盟主は実にいい加減な答えを返す。

「ずいぶんと酔狂ですね。その気になればジュエルシードを全て集める事も、高町なのはやフェイト・テスタロッサ、八神はやての3人の抹殺も可能でしょうに」
「なあに、こんな世界だ。遊ばなければやってられないさ」

 その辺りの感覚はシスター・ミトには分からない。
 物語の中心人物である3人は危険だ。力のない今のうちに障害は即排除するべきだと思う。
 とはいえ、盟主だけは本当の意味での同志だ、盟主の方針に口を挟む気は無い。自分は復讐を果たせれば、ただそれで良いのだ。それ以外は、盟主の趣味に付き合うのもよかろう。
 シスター・ミトは慈愛の笑みを浮かべながら、そう考えるのだった。
 
 
 
 
 
 第97管理外世界近辺の次元空間内を、銀色に輝く一隻の艦船が航行していた。
 時空管理局が誇る、次元空間航行艦船アースラだ。
 次元世界の平和と安全を守る船は、定期巡回航路で普段と変わらぬ朝を迎えていた。
 
「みんな、どう?」
 
 リンディ・ハラオウン提督がブリッジのクルーに極力明るく声をかける。
 ブリッジクルーの一人が、現在の航行状況を手短に報告する。
 
「はい、現在第三船速にて航行中です。目標次元には今からおよそ160ベクタ後に到達の予定です」

 さらに、別のクルーが先日より監視していた次元の情報を引き続き報告を続ける。
 
「前回の小規模次元震以来特に目立った動きはないようですが……」
「失礼します、リンディ艦長」

 艦長席に腰をかけたリンディに、若い女性クルーが紅茶を持ってゆく。
 
「ありがとうね、エイミィ」

 女性クルーに微笑みながら礼を言い、紅茶に一口口をつける。
 
「そうね、小規模とはいえ次元震の発生はちょっと厄介だものね。危なくなったら急いで現場に向かってもらわないと」

 リンディはそういって溜息を一つつくと、下で厳しい表情でモニターを見ていた少年に話しかける。
 
「ところでクロノ、本局と地上本部の様子はどう?」

 クロノと呼ばれた少年が、厳しい表情のまま本局から送られてきた情報を口にする。
 
「本局も地上もまだ混乱が続いているようです」

 つい先日だが、本局内で爆破テロが発生、多数の死傷者が出る事態となった。負傷者の中にはグレアム提督の名も並んでおり、彼はいまだに意識不明の重態だ。この前代未聞の事件に、本局は対応に追われ混乱が続いていた。
 現在、犯人の進入ルート、爆破の手段、犯人が何者かなのか全てが不明である。ただ、聖王教会の関係者が関わっているのではないかと噂が流れており、両者の関係が悪化するのではないかと懸念されている。
 一方で地上では約一月前に発生した次元震事件と、それに関連して判明した記録改竄事件の対応に追われていた。
 幸い次元震は勇気ある局員の尊い犠牲により、行方不明者2名という市街地で発生したとは思えない少ない被害で済んだのだが、次元震発生という不祥事に地上本部では責任の擦り付け合いが起きていた。
 一時は犠牲となった局員に責任が擦り付けられかかったほどだ。その一件は同僚と局員の後見人の尽力により濡れ衣だと判明したのだが、代わりに一部の上級局員が事件の記録を改竄していたというスキャンダルが発覚した。
 
 現在管理局は、本局と地上その双方が混乱しているのだ。

「そう、相変わらずなのね」

 リンディはコンソールを操作し情報を確認すると、深い溜息をついた。
 管理局の混乱は長く籍を置いた身としては嘆かわしく、関係の深いグレアム提督の容態は心配だ。本来ならすぐにでも本局に戻りたいところだが、そうも言ってられない。
 個人的な心情で職務を放棄などできないのだ。
 
「艦長!」
「どうしたの?」

 次元震が発生した次元世界を監視していたクルーが声を上げる。
 
「どうしたんだ? また次元震が発生したのか?」
「いえ、違います。それが……」

 クロノの質問にクルーが計器を確認しながら言葉を選ぶ。
 
「微弱な時空間救難信号を確認しました」
「なんですって!?」
 
 その言葉に、リンディの表情が曇る。次元震も放置しておけないが、救難信号も無視できない。どちらを優先するべきか。
 だが、次のクルーの言葉でその選択の必要がなくなる。
 
「救難信号の発信源は……、第97管理外世界地球です」
「何だって!?」

 目的地が同じなら悩む必要はない。このまま向かえばいいだけだ。
 そう考えたリンディであったが、クルーの追加報告にさらに驚きの表情を見せた。
 
「コード確認、発信者はミッドチルダ地上本局首都航空隊3097隊ヴァン・ツチダ空曹です!」

 先ほど話題に出たミッドチルダで発生した次元震の被害を防いだ局員だ。
 予想外の出来事に、アースラのクルーは互いに顔を見合わせるのだった。



 
 
 時の庭園と呼ばれる移動庭園の内部、奥深い一室で誰かを叱責をする声が聞こえる。
 その部屋の中で、フェイトは無残にも天井から吊るされていた。

「たった、三つ……これは、あまりにも酷いわね」

 そう呟くプレシア・テスタロッサであったが、彼女を見慣れた人がいれば微妙に困惑していた事に気が付いただろう。

「はい、ごめんなさい母さん……」
 
 だが、おびえるフェイトはその事実に気が付いていない。
 
「いい、フェイト。あなたは私の娘、大魔導師プレシア・テルタロッサの一人娘。不可能な事などあっては駄目」
 
 そう言いながら、フェイトの顎を上げさせる。触ってみた感触に異常はない。
 どうしてなのだろう。内心でプレシアは首をかしげる。
 先ほど、怒りに任せフェイトを鞭で叩いたはずなのに、フェイトには何故か傷一つない。出来の悪い幻影かとも思ったが、どうやら違うようだ。
 
「どんな事でも、どんな事でも成し遂げなければならない」

 もしかしたら自分の身体は想像以上に悪いのかもしれない。叩いていないのに叩いたように勘違いするとは。
 まあ、それでも構わない。あの子さえ……。あの子さえ……。
 
「はい……」
「こんなに待たせておいて、上がってきた成果がこれだけでは、母さんは笑顔で貴方を迎えるわけにはいかないわ。わかるわね、フェイト?」
「はい……、わかります」
「だからよ。だから、覚えて欲しいの」

 フェイトの顔を見ていると、先ほどの困惑など消えてゆく。
 怒りや悲しみ、焦り、あるいは罪悪感がプレシアの心を覆っていく。
 
「もう2度と、母さんを失望させないように」

 その言葉と共に、手に持っていた杖が再び鞭に姿を変える。
 フェイトの表情が恐怖に震える。その顔が、さらなる負の感情を呼び起こす。プレシアは怒りに任せ、その鞭を振るった。
 
「はうん」

 鞭から確かに肉を叩く感触が伝わる。
 だが、フェイトに傷は付いていない。フェイトも様子がおかしい事に気が付いたのだろう。きょとんとして首を左右に振る。
 もう一度振るう。
 
「あうん」

 やはりフェイトに傷が付かない。
 フェイトの目が点となる。彼女にも何が何だかわからないようだ。
 もう一度振るう。
 
「ううん」

 やっぱりフェイトに傷が付かない。
 フェイトが首をかしげる。
 そういえば、今鞭を振るったときに何か肌色のものが見えたような気が……。
 もう一度振るう。
 
「にゃん」

 たしかに、今肌色の何かが通った。
 プレシアはさらにもう一度鞭を振るう動作だけして、途中で手を止めた。
 
「ああん……って、あれ?」

 フェイトと自分の間に現れたその物体に、プレシアの目が点になる。
 それはブーメランビキニパンツだけを身に纏い、奇妙なポージングを決める銀髪の青年だった。なにげに腹筋がくっきり割れているのが気持ち悪い。
 
「あれ、い、イオタ?」

 フェイトが恐る恐るその人物の名前を口にする。
 ちなみにフェイトのいる位置からはイオタのお尻しか見えない。Tパックになっており、尻笑窪がばっちり見えるのが、かなりイヤだ。
 フェイトの呟きに、プレシアはその人物に思い当たる。たしか、先日来取引があった連中の客人を名乗る男だ。フェイトに引っ付いて地球に行っていたはずだが。
 
「何をしているのかしら、貴方は……」

 怒りよりも困惑でプレシアは尋ねる。フェイトを庇いたいにしても、これは異常だ。目にも止まらぬ高速で庇いに来る意味が理解できない。
 彼が何をしたいのかさっぱりわからない。
 イオタは白い歯を輝かせながら、プレシアの質問に答える。
 
「鞭打ちと聞いてやってきました」
「聞いて?」

 やはりフェイトを庇う気か?
 
「これは罰なの。貴方が関わる事じゃないわ」
「ばつ、ノンノンノンノン! それはノゥ!」
「ノゥ?」

 男の言っている意味がわからず、プレシアは尋ねる。
 男の答えは、プレシアの予想の斜め上を行っていた。

「鞭打ちは、業界的にご褒美です!」

 そう言いながら、恍惚の表情を浮かべ不気味なポージングを決め、さらに腰をカクカクと動かす。
 その様に、プレシアの生理的嫌悪が爆発した。つーか、見ているだけでマジ気持ち悪い。明らかにぶたれる事を喜んでいるではないか!
 急いでフェイトの拘束を解くと、一言命じる。
 
「フェイト、この変態をさっさと捨てて来なさい!」
「今度は放置プレイ!? なんて高度な!?」
「ちがうっ!」

 とことん変態的な発想をするイオタに、流石のプレシアも引く。
 
「フェイト、もういいからジュエルシード集めに戻りなさい! そのついでにこの変態を処分しなさい!」
「言葉攻め!? ああん、美熟女の言葉攻め、いいっ!」

 ゾワゾワと鳥肌が立つ。
 
「いいからさっさと出て行きなさい!!」

 プレシアの叫びが時の庭園に響いた。



[12318] 第7話
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:8716a64c
Date: 2010/03/22 00:46
第7話


 俺は悪寒を感じ目を覚ました。
 感じたのは此処暫くでお馴染みとなった、ジュエルシード発動の余波だ。
 
 俺は飛び起きると、少しだけおかしい事に気が付く。
 折れてたはずの左腕がいつの間にか治っているし、肋骨も痛まない。腹に風穴を開けられたはずなのに、痛みどころか触っても傷一つ無い。
 
 騎士に刺されて死んだかなと思ったんだが。まさかあの世にまでジュエルシードは無いよな。
 
「ヴァン! 目が覚めたの!」

 疑問に首を傾げる俺に飛びついてきたのはユーノだ。
 ユーノがいるという事は死んでないのだろう。
 
「じ、じんばいじたんでずよー」
「これ、ユーノがやってくれたのか? ありがとうな」
「ううん、違うよ。通りすがりのお医者さんが」
「通りすがりの医者?」

 予想外の答えに、俺は目を白黒させる。
 
「銀色の髪の魔導師が来て……古代ベルカ式のユニゾンデバイスを使って……」
「ええっ?」

 さっぱり状況がわからない。というか、銀色の髪の魔導師にユニゾンデバイス? 闇の書はまだ目覚めてないよね。というか、目覚めていたら少なくともこの町が吹っ飛んでいるはずだ。
 というか、今闇の書関係が目覚めたら、はやてが相談に来るだろう。
 
 一体何が起きたのかさっぱりわからない。
 俺はユーノに何があったのか詳しく聞こうとして……、そんな事をしている場合ではないと思い出す。
 
「おっと、そっちは後回しだ。ユーノ、なのはは?」
「まだ学校から帰って……って、あああっ!?」
 
 しがみつき泣きじゃくるユーノを引き剥がしながら自分の身体を確認する。動かしたところ問題は無い。
 もふもふした感触は名残惜しいが、ジュエルシードが発動したという事はなのはかフェイト、あるいは騎士が現場に向かっているはずだ。
 
【なのは、聞こえるか?】
【なのは! なのはっ!】
【ごめん、今手が放せないの!」

 俺とユーノが念話で呼びかけるものの、一言だけ反応するとすぐに念話が切れてしまう。
 すでに、何かが起こっているらしい。
 戦闘になって手が離せないのか、それとも騎士が現れたのか……!? 最悪騎士に……。物語通りアースラが到着して、それで通信に気が付かないなら良いが、まったく状況がつかめない。
 いや、考えるよりも先に動かないと。
 
「ヴァン、僕はなのはのところに行ってくる!」
「ちょっと、まて、おい、ユーノ!」

 言うが早いか、ユーノは俺の返事を待たずに出て行ってしまう。
 ったく、あのあわてんぼうめ。
 俺は枕元にあったデバイスを掴むと、即座にバリアジャケットを纏った。
 
「あれ、そこでユーノくんが大慌てで出て行ったんだけど?」

 部屋の入り口から士郎さんが顔を出す。そして俺の顔を見ると優しく微笑んだ。
 
「行くのかい?」
「はい、すいません」
「謝る必要なんて無いさ。ただ、なのはも、ユーノ君も、私達やなのはの友達も、君が傷つけば悲しい思いをする事だけは覚えておくんだよ」
「ありがとうございます」

 それはかつて危険な世界にいた彼なりの経験から出た言葉なのだろう。
 俺は一言だけ礼を言うと、窓を開け空に飛び立った。そして地面を駆けてゆくユーノを見つけると拾い上げる。

「ヴァ、ヴァン!? だ、だめだよ、休んでなきゃ!」
「ジュエルシードが発動しているのに休んでいられっか。それに、なのはと連絡が取れないんだぞ!」
「それは、そうだけど……」
「ごちゃごちゃ話すのは後だ。ユーノ、行くぞ」

 俺はユーノを抱えなおすと、最大速度で空を飛んだ。
 
 
 
 幸いなのはは無事だった。
 俺が現場に到着したのと丁度同じタイミングで、暴走体は二人の少女の砲撃に撃ち抜かれていた。
 周囲を見渡す限り、騎士は居ない……。よくよく考えれば物語でクロノが来るタイミングだ、警戒して隠れているのかもしれない。
 
「なのは、大丈夫かっ!」
「ヴァンくん!? それにユーノくん!?」
「あの時の!?」

 俺の出現に、二人の少女がそれぞれ驚く。殆ど致命傷だったからフェイトが驚くのは分かるんだが、何でなのはまで……。
 さてはなのは、先ほどの念話をろくに聞いてなかったな。まあ、こんな状況じゃ無理も無いけど。

「ヴァン、僕は此処で」
「わかった」

 俺は地面に降り立つとユーノを下ろす。何かあった場合、さすがにユーノを抱えたままでは行動が取れない。
 ユーノは手近な茂みに隠れると、空にいるなのはに呼びかける。
 
「なのは、ジュエルシードの封印を!」
「あ、うん、わかった!」

 ユーノの言葉に、なのははジュエルシードを封印すべく杖を構える。
 騎士が居ないならさっさと封印して逃げるべきだ。せこい考えだが、戦力的には仕方ない。
 
「ジュエルシードは渡さない!」

 だが、フェイトだって黙って見ているわけではない。
 彼女もまた、ジュエルシードを封印するべく杖を構える。だけど……。
 
「それはこっちの台詞だ!」

 俺はフォースセイバーをデバイスに纏わせると、地を蹴ってフェイトの妨害をしようとする。
 この子には悪いが彼女の身柄を確保できれば、この先俺達は騎士一本に対策を絞れる。アースラがこなかったら余計な苦労を背負う事になるが、それは考えない方針でいくしかない。
 最悪、ユーノに管理世界までひとっ走りしてもらおう。
 
 よくよく考えればユーノは単独でこの世界に来れたんだから、帰る手段だってもちろん持ってるよな。管理世界までひとっ走りしてもらえば良いと、今気が付いた……。流石に局員からの要請となれば、腰の重い海の連中も誰か派遣するだろう……。
 もしアースラが来なかったらユーノにお願いしよう……。
 
 自分が今気が付いた可能性を胸にしまいつつ、俺はフェイトに向かい突進をする。
 
「させないよっ!」

 そんな俺を抑えようと、アルフが牙を剥く。
 だが、頭数だけならこちらが多い。
 
「ヴァン! はぁっ!!」

 俺の目の前にユーノが躍り出る。
 ユーノを中心に魔法陣が展開し、防御結界がアルフの行く手を阻む。
 ユーノとアルフがぶつかり合うのを尻目に、俺はついにフェイトに肉薄する。
 
「くっ!」

 封印モードのデバイスではそう簡単に防御は出来ない。
 ほぼ必殺のタイミングで、俺はフェイトに剣を振るう。
 
 しかし……、俺が振るった光の剣は、アームドデバイスにより受け止められる。
 
「貴様……、生きていたのか……」

 俺の剣を受け止めたデバイスの持ち主……、騎士は俺を睨みつける。
 くそっ、やはり、隠れていたのか!? 俺と同じ境遇だとすると……クロノを不意打ちするためか!?
 俺と騎士が鍔迫り合いを行なう横で、二人の少女の封印魔法がほぼ同時に飛ぶ。それはジュエルシードの浮かぶ場所でぶつかり合い、互いに消滅する。
 
「どういうわけか、生きていたみたいだな」
「ならば、今度はその首を叩き切る!」

 俺は騎士の憎々しげな言葉を、皮肉で受け止める。
 俺自身も生きていた理由はわからないけどね。通りすがりの医者とか言っていたが……。
 
 俺と騎士、魔法の剣とアームドデバイスが火花を散らす。
 力負けをしたのは、情けないが俺だった。
 俺は騎士の魔力に大きく跳ね飛ばされると、地面に痕をつけながら大きく後退する。この力の差だけはどうにも手に負えない。
 騎士は、俺を追撃するべく突進してくる。
 
 俺はそれを受け止めようと剣を構え……。
 
 だが、俺の剣が騎士のアームドデバイスを受け止めることは無かった。
 
 俺の目の前に突如現れた人影が、その手に持つデバイスで騎士のアームドデバイスを受け止めたからだ。
 
「ストップだ! 此処での戦闘は危険すぎる。時空管理局執務官クロノ・ハラオウンだ」

 俺の目の前に現れた少年は、ちらりと横目で俺を見て言葉をかけてくる。
 
「大丈夫か、ヴァン・ツチダ空曹」

 そこに現れたのはクロノ・ハラオウン執務官、地上でも知らぬ者のいない海の若きエースの一人。
 
 そう、この瞬間、俺が待ち焦がれていた時空管理局が到着したのだ。
 後に『PT事件』と呼ばれる事件は新たな局面に入るのだった。



[12318] 第8話(前編)
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:8716a64c
Date: 2011/08/08 23:11
第8話(前編)


「ストップだ! 此処での戦闘は危険すぎる。時空管理局執務官クロノ・ハラオウンだ。大丈夫か、ヴァン・ツチダ空曹」

 騎士の剣を受け止めたクロノ執務官が俺に声をかける。

「まずは全員武装解除するんだ」

 そう言いながらも、クロノ執務官の視線は騎士とフェイト、それからアルフに向けられている。
 おそらくはアースラから見ていたのだろう。なのはとユーノは味方と判断しているようだ。
 
「貴様がクロノか……」
「そうだが?」

 騎士が俺に対して以上の憎しみを込めて、クロノ執務官の名前を確認する。
 一方のクロノ執務官は騎士の怨念染みた声に訝しげな声を上げた。

「僕に何か用か?」
「管理局は何時まで管理外世界に干渉する気だ!」
「君はこの世界の住民なのか? だが、その武器は……」
「私の事はどうでもいい!」

 騎士は一言吼えると、アームドデバイスに力を込める……って、いけない!
 俺は体勢を立て直すと、急いでその場から離れる。俺を庇ったままじゃクロノ執務官が不利になるだけだ。
 
「執務官! 奴はミッド・ベルカ複合式を使います! カートリッジシステムに気をつけてください!」

 俺の言葉にクロノ執務官の表情が変わった。
 カートリッジシステムから薬莢が排出される。アームドデバイスから黒い魔力光が立ち上る。
 
「遅い! 天剣轟雷!」

 騎士は受け止めたクロノ執務官のデバイスごと叩き斬ろうとする。
 俺ならばまともに受けていたかもしれない一撃を、クロノ執務官は予想外の行動で回避する。
 
「スティンガーレイ!」

 騎士が剣に力を込めるのとほぼ同じタイミングで、クロノ執務官は魔法弾を騎士の腹に叩き込んだ。
 衝撃に騎士は大きく後ろに吹っ飛び空中で体勢を整え止まり、一方のクロノ執務官も地面に痕を残しながら後ろに後退する。
 ダメージが大きかったのか騎士は腹を押さえ呼吸を乱し、クロノ執務官のバリアジャケットも所々乱れていた。
 
「とりあえず武器を下ろすんだ。話を聞かせてもらう」
「くっ、こ、この程度……」

 そう言いながら騎士は再びデバイスを構える。
 
「どうしても戦うのを止めないというのか?」
「管理局の威を借る狐め……。たった一撃を入れただけでいい気になるなよ!」
「話しをする気は無いという事だな」

 騎士の叫びに溜息を一つつくと、クロノ執務官はデバイスの先に魔力光を集める。
 二人の魔力がどんどんと高まっていく。俺も、なのはも、そしてフェイトもその迫力に動きを止めた。

 先に動いたのは騎士であった。アームドデバイスを振りかぶると、轟音を立てて突進を開始する。
 騎士の一振りを、クロノは飛び上がり回避する。クロノが直前までいた場所に小さなクレーターが出来る。一方で飛び上がって回避をしたクロノ執務官は、デバイスを振りかぶり魔法弾を騎士に向かって放つ。
 
「はぁっ!」
『Stinger Snipe』

 光弾は一直線に騎士に襲い掛かる。
 騎士はデバイスで魔法弾を弾き飛ばすと、お返しとばかりに魔法弾を放つ。
 クロノ執務官はシールドを張り魔法弾を防ぐが、魔法弾の衝撃を殺しきれずにさらなる後退を余儀なくされた。
 やはり、魔力は騎士が一段上か?
 
「この程度の力で、非殺傷などをありがたがり支配者面するのかっ!」

 叫びながら騎士はアームドデバイスを構えカートリッジシステムを起動させる。
 刺突をするべく切先をクロノ執務官に向け、魔力光を吹き上がらせる。騎士の放つ魔力は、昨晩俺に対して攻撃した時とは段違いだ。周囲の空気が震える。
 そして、騎士が地を蹴り飛び上がった。その瞬間だった。
 
 騎士の背中を、光弾が貫く。
 
「なっ!」
「スティンガーレイ!」

 騎士は驚きの声を上げ体勢を崩す。体勢を崩した騎士に、クロノ執務官は高速の魔法弾を雨霰のように叩き込んだ。
 相手が油断した隙に維持しておいた誘導弾で不意打ち。さらに体勢を崩したところに高速の魔法弾で追撃……。魔力や攻撃の威力はどう見ても騎士が上なのに、なんて強さだよ。
 
 もっとも、この判断はやや早計だった。騎士も流石にこれだけではやられなかった。
 
「貴様……この程度で! こんな玩具の魔法で私がやられるかっ!」

 ほとんど挽回不能と思われた状況から球状のバリアを形成し、魔法弾の雨を弾き飛ばす。
 もっとも、騎士のダメージは深いようで、明らかに肩で息をしている。
 
「誰が支配者で、どれが玩具の魔法か知らないが降伏しろ」
 
 クロノ執務官が再び降伏勧告を発する。
 だが、それは騎士の戦意を折るどころか、更なる戦意を掻きたてる結果となった。
 
「ふざけるな、この間違った世界を正すため! 私は負けられないんだ!」
 
 騎士はそう叫ぶとアームドデバイスを構え直し……。
 そんな騎士の足を、忍び寄った魔力弾が貫く。再び体勢を崩した騎士に、クロノ執務官の放つ魔法弾の雨が降り注ぐ。
 
 って、今の魔法弾はどこから?
 
 俺の疑問はすぐに解ける。
 騎士の足を貫いた魔法弾は空中で停止すると、進行方向を変え茂みの中に消えていく。あの魔法弾はクロノ執務官の意思一つで再び騎士に襲い掛かるのだろう。
 そう、クロノ執務官は最初に撃った誘導弾をずっと維持し続けているのだ。しかも騎士に命中しても弾が消えないように、射角と誘導弾の魔力残量を調整しながら……。
 先ほどから一撃必殺の大技を狙っている騎士の意図を察し、確実にダメージを積み重ねる作戦に出たのだ。
 なんて、えげつなくて出鱈目なんだ。あんな芸当はティーダさんだって出来ないぞ……。

 俺がクロノ執務官の戦技を呆気に取られ見ていると、ちらりとクロノ執務官がこちらを見る。
 って、そうだった。のんびりと見ている場合じゃない!
 俺は大慌てで地面を蹴ると、空中に飛び立つ。目指すは宙に浮かぶジュエルシードだ。
 俺の行動に、クロノ執務官と騎士の戦いを呆然と見ていた他の面々も慌てて動き出す。
 
「ジュエルシードは渡さない!」

 ジュエルシードに向かう俺の前にフェイトが先回りをする。雷撃の大鎌が俺の首を狙う。
 だが、その一振りを俺は光の剣で受け止めた。
 雷の刃と光の刃が交差し、火花を散らす。
 もっとも、フェイトは鍔迫り合いをする気は無いのだろう。俺とフェイトの間に小さな魔法陣が発生する。以前と同じように、雷撃ショックで俺を排除するつもりなのだ。
 
 でも、それは先日見せてもらった!
 
 フェイトの攻撃魔法が発動するよりも早く、俺は一つの魔法を完成させる。
 
『Flash Move』

 組み合った状態から、俺は加速魔法を発動させた。
 
「えっ、ええっ!? きゃっ!」
 
 俺の予想外の行動にフェイトが小さく悲鳴を上げる。
 高速移動からの突撃はオーソドックスな攻撃の一つだ。空戦魔導師の格闘戦は高速飛行での体当たり合戦だなんて言う人もいる。
 だが、こんな組み合った状態で0距離からの高速移動魔法は普通使わない。理由は単純に危険だからだ。
 そのまま失速、墜落するのはまだマシで、高速で何かに突っ込む、最悪は身体の部位ごとに別方向へのベクトルがかかり全身骨折なんてのもありえるのだ。
 最後の話は加速魔法を覚えたての初心者じゃない限りまずならないけど。
 危険を承知で俺はあえて今回この魔法を使ったのは、俺の使うどの攻撃魔法よりもフラッシュムーブの出足が早いからだ。
 実際、フェイトの攻撃よりも俺の魔法は早く発動した。
 
「フェイト!!」

 アルフの悲鳴が響く。
 フェイトは妙なベクトルで回転した後、目を回し地面に向かって墜落する。一方の俺自身も回転をしながら高速で海面に叩きつけられた。この速度だと水面も地面も大して変わらない。ダメージを吸収するためバリアジャケットの一部が弾け飛ぶ。
 ユーノとにらみ合っていたアルフが宙を駆け、フェイトをその背中で受け止めた。

「あんたっ! フェイトによくも!!」
 
 更に一声吼えると、墜落のダメージが抜けていない俺に向かって、魔法弾を発射した。
 って、このタイミングじゃ防げない!?
 
 俺は衝撃に耐えるべく歯を食いしばるが、衝撃は何時までたっても来なかった。
 俺の周りに出現した球状のバリアーがアルフの魔法弾を防いだのだ。この魔法は……ユーノか!?
 
「ヴァンに攻撃はさせないよっ! なのは!!」
「うん、まかせて! リリカル、マジカル……ジュエルシードシリアル7、封印!」

 放たれた魔法の光は空中に浮かぶ青い宝石を貫き、青い宝石は吸い込まれるようにレイジングハートに飲み込まれた。
 
「ジュエルシードが……」

 その光景をアルフの背中で見ていたフェイトが呟く。俺の予想外の攻撃(ほとんど自爆同然の愚行)を受け、ダメージはないのだろうが三半規管がおかしいのだろう。
 一方でアルフは状況の不利を悟ったのか、背中のフェイトに話しかける。
 
「フェイト、撤退するよ!」
「で、でも!」
「状況が悪すぎる! プレラ、あんたも捕まりたくなかったら協力するんだよ!」

 アルフはそう叫ぶと、地面に向かって無差別に魔法弾を連射する。
 小さく悲鳴をあげ、なのはとユーノが後ろに跳ね飛ばされる。
 
「なんだって!」

 その攻撃に、クロノ執務官の注意が一瞬だけそれる。
 その隙に、騎士が体勢を立て直す。騎士はデバイスのカードリッジを入れ替えシステムを起動する。次々に空薬莢が排出され、騎士の身体に魔力が収束した。
 
「リロード……ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう、ちくしょー!!!」
『Darkness Explosion』

 騎士を中心に魔力の奔流が生まれ、次の瞬間全方向に漆黒の魔力が爆発的に広がる。
 昨晩も騎士が使った全方向攻撃魔法に、流石のクロノ執務官もシールドを張り後退を余儀なくされた。
 
 騎士の放つ黒い魔力光が消えた時、この場に残っていたのは俺達だけだった。
 
 
 
 
 騎士の撤退にほっとしたのも束の間で、厳しい表情のクロノ執務官が俺の前にやってきた。
 無理も無い。なのはたちを味方と認識してはいたようだが、彼女達はどう見ても局員ではない。この場で真っ先に事情を聞きに来るとすれば俺にだろう。
 俺はクロノ執務官に敬礼をすると、救援の礼と自らの所属を告げる。
 
「先ほどは危ないところをありがとうございました。自分はミッドチルダ本局首都航空隊3097隊所属、ヴァン・ツチダ空曹です」
「管理外世界巡視隊巡航L級8番艦付き執務官、クロノ・ハラオウンだ。次元震に巻き込まれたと聞いていたが?」
「はい、気が付いた時にはこの世界に転移しておりました」
「なんと言うか、天文学的確率だな……」

 クロノ執務官が呆れる。まぁ、そりゃそうだ、俺だって人から聞けばすぐには信じられない話だ。
 いや、俺にとっては二重の意味で信じられない話なんだよなぁ……。3回も死に掛けるのが幸運かどうかはさておき。

「ところで、彼女達は?」

 クロノ執務官の視線の先にいるのは、もちろんなのはとユーノだ。
 俺の態度からクロノ執務官が偉い人だというのは分かったのだろう、なのはもユーノもとりあえず大人しくこちらを見ている。
 
「はい、彼女はロストロギア探索で協力者となって頂いた現地在住の高町なのはさん、それと危険物調査のため97管理外世界に滞在しておられたユーノ・スクライア氏です」
「現地協力者?」

 クロノ執務官が訝しげな表情をする。この世界に建前上魔導師は居ないのだから無理も無い。まして、なのはを見て魔法を知って1ヶ月の素人です……とは、普通思わないよなぁ。あんな砲撃魔法を撃てる人間なんて、ベテランの魔導師だって滅多にいないぞ……。
 なんというか改めて考えると、自分の周囲がどんどん非常識極まりない状況になっていく事に頭が痛くなってきた。いや、俺の存在が一番非常識なのは自覚しているが。

「あの、ヴァンくん、この人は誰なのかな?」

 ほとんど置いてけぼりな状況だったなのはが、恐る恐る俺に聞いてくる。でも、直接の知り合いでもないし、どう紹介するべきか?
 俺がどうやって紹介するべきかと悩むよりも早く、クロノ執務官が勝手に自己紹介をしてくれた。
 
「クロノ・ハラオウン執務官だ。ヴァン空曹の直接ではないけど上官に当たる」

 ややつっけんどんな自己紹介をするクロノ執務官に、なのはが慌てて姿勢を正すとペコリとお辞儀をする。
 
「えっと、私立聖祥大学付属小学校3年1組高町なのはです」
「スクライア一族のユーノ・スクライアです」
 
 なんだか、デジャブを感じるやり取りがやられている中、クロノ執務官の表情がやや困惑する。
 さて、どうやってなのはの事を説明するべきか。俺がそう考えていると、俺たちの横の空間にモニターが浮かび上がり、若い女性が映し出される。
 いや、若くないよな……たぶん。肩には提督の階級章が輝いているし。
 
「クロノ、お疲れ様」
「すいません、片方は逃がしてしまいました」
「まっ、大丈夫よ。それとヴァン・ツチダ空曹は生還おめでとう」

 小首をかしげ、にこやかに話しかけてくるこの人がリンディ・ハラオウン提督なのだろう。桃子さんといい、この人といい、なんだってこんなに若いんだ?
 俺は内心で浮かんだ疑問をおくびも出さずに、敬礼で答える。
 
「ありがとうございます。提督」
「あらあら、そんなに畏まらなくてもいいわよ。ところで、いきなりで悪いんだけど簡易でいいけど報告書かなにかあるかしら?」
「はい、コードを……確認しました。すぐに転送します」

 リンディ提督の指示に従い、まとめておいたジュエルシードに関わる事件の記録を送る。毎日こっそりまとめていたのが役にたちそうだ。
 俺の報告書を受け取ったリンディ提督の表情がやや引きつる。彼女が見たのは現地協力者の下りか、それとも騎士の下りか、それともその両方か。
 
「うーん、これは。ねえ、クロノ。ちょっと話を聞きたいからそっちの子たちをアースラに案内してあげてくれるかしら?」
「了解です。すぐに戻ります」

 やっぱ目をつけられたか。まあ、騎士がいるので物語のようになのは達を戦力とは数えまい。
 とりあえず、無事に済むように俺は信じてもいない神様に祈った。
 
 
 
 転送は一瞬だった。
 魔法陣が展開されたと思った次の瞬間に、俺達はアースラの転送室にいた。
 しかし、海の設備はいいよなー。地上でもこれが使えるとずいぶん楽なんだけど、使わせてもらえない。地上の基本的な移動手段は自動車やヘリ、あるいは自力での飛行なんだけど、現場に付くまでの時間が結構かかるのだ。おかげで何度犯人を取り逃がした事か……。
 まあ、地上……というより都市部で使えないのは、予算よりも安全管理と法律の関係なんだけどね。
 
 俺が海の装備に感心している横では、なのはが不安そうにきょろきょろと周囲を見回していた。
 俺達はクロノ執務官に先導され進みながら、こっそり後ろでなのはに説明をする。
 
「ねえ、ユーノくん。此処って一体?」
「時空管理局の次元航行船の中だね。簡単に言うと、いくつもある次元世界を自由に移動するその為の船」
「あんま簡単じゃないかも……」

 ユーノの説明になのはが引きつった笑みを浮かべる。

「えっとね、なのはが暮らしている世界の他にも、いくつもの世界があって、僕達の世界もその一つで、その狭間を渡るのがこの船で、それぞれの世界に干渉しあうようなのが、ヴァンが勤めている時空管理局なんだ」
「そうなの、ヴァンくん?」
「まあ、大雑把に言えばそんな認識で間違いないよ。もっと簡単に言うと、次元世界のお巡りさんだ」

 業務内容を細かく言うと洒落にならないくらい多岐にわたるので、あの程度の認識でいいだろう。

「それは説明として簡単すぎない?」
「そうか?」
「あはははは、ヴァンくんは単純だから」

 転送室から出ると、クロノ執務官が微笑みながら話しかけてくる。
 
「ああ、何時までもその格好というのも窮屈だろう。バリアジャケットとデバイスは解除して平気だよ」
「あ、そっか」

 その言葉になのはがバリアジャケットを解除する。
 一方のクロノ執務官と俺は解除しない。というか、俺は出来ない。
 
「ヴァン空曹、君も解除していいよ」
「いえ、私はこのままで」

 この下寝巻きなんだよな……。しかも、その下はここのところ毎度お馴染みのミイラ男一歩手前。
 もっとも、クロノ執務官もそれ以上は何も言わなかった。少しだけ苦笑いをすると、今度はユーノに話しかける。
 
「君も、元の姿に戻っていいんじゃないか?」
「あ、そう言えばそうですね。ずっとこの姿でいたから忘れてました」

 そう言うと、ユーノの姿が光に包まれ、フェレットから人へと姿を変える。
 はじめて見る人間の姿のユーノは、俺と同い年の金に近い栗色の髪の華奢な男の子だった。フェレットのときと同じ緑色の目が印象的だ。
 
「なのはにこの姿を見せるのは久しぶりだっけ? ヴァンは初めてだよね」
「ああ、そんな顔してたんだ」

 下手な女の子よりも可愛い顔に感心していると、なのはが悲鳴を上げる。

「え、え、え、え、え、え、ふえええええぇぇぇぇぇぇ!?」

 その悲鳴にユーノがびっくりする。
 あー、そういやまだ話してなかったっけ。温泉の時に後で話しておこうと思ってたんだけど、訓練で忙しくてすっかり忘れてたな。
 
「ユーノくんて、ユーノくんて、ユーノくんて、その、その、その……、なに、だって、嘘!? ふえええええええええ!?」

 そう言いながら、首を振るなのは。ツインテールがその動きにあわせてパタパタ揺れるのは可愛らしいが、何時までも見ているのもなんだな。
 
「ユーノ、ちゃんとスクライア一族の変身魔法説明した?」
「いや、説明もなにも最初になのはとあった時は……、アレ?」

 そう言って小首をかしげるユーノ。頭は無茶苦茶良いのに、どっかぬけてるよな……。
 一方のクロノ執務官はあきれ返ってこちらを見ていた。
 
「君達の間で何か見解の相違でも?」
「なのは、僕達が最初に出会った時って、僕はこの姿じゃ……」
「違う違う、最初っからフェレットだったよー!」

 まだまだ続く二人のやり取りに溜息を付いていると、クロノ執務官が俺に何事かと聞いてきた?
 
「ヴァン空曹、これはいったい?」
「なんというか、ただのうっかりとしか言いようが……。おーい、二人とも早く行こう、提督を待たせているんだし」

 俺の言葉になのはとユーノが我に返る。
 その後、俺達はクロノ執務官の先導で艦長室に向かった。



「艦長、来てもらいました」

 アースラの艦長室は、なんというか凄い有様になっていた。
 なぜか壁際に飾られている盆栽にカコーンと鳴っている鹿威し。胡散臭い畳敷きに茶の湯のセット。
 どこからつっこんで良いのやら悩む有様になっていた。というか、この船のどこにあったんだろう、こんな物?
 たしかに管理局の管理外世界住民との接触に関するマニュアルには、『相手の文化を尊重し出来る限りあわせる事により緊張を和らげる事』とあるのだが、逆に緊張しそうな気がするのは気のせいだろうか? なのはぐらいだと、茶の湯なんて経験が無いだろうし……。
 
「おつかれさま。まぁ、3人ともどうぞ楽にして」
「はぁ」
 
 ほら、なのはもユーノも呆気にとられているし。
 今声をかけてきたどうみても20代にしか見えない女性がリンディ提督だ。
 モニター越しでも思ったが、本当に若い。クロノ執務官と親子だとはとても信じられないな……。
 なのはとユーノが呆然としながらも座る中、一人直立不動で立っていた俺にリンディ提督が話しかけてくる。
 
「あら、私の顔に何か付いているかしら、ヴァン空曹?」
「あ、いえ、お若いと思いまして」
「あら、やだ。こんなおばちゃんを捕まえて」

 そう言ってオホホホと笑うリンディ提督。全国のおばちゃんに謝れと言いたい。
 もっとも、リンディ提督の目は笑っていなかったが。



[12318] 第8話(後編)
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:8716a64c
Date: 2010/03/22 00:56
第8話(後編)



 はいどうぞ、と出されたのは抹茶と羊羹だった。

「ヴァン空曹。まずはこれまでお疲れ様。大変だったわね」
「ありがとうございます。あの、一つお尋ねして宜しいでしょうか……」

 本来ならこんな事をするべきじゃないのかもしれないが、俺はどうしても一つ気になることがあったので真っ先に尋ねる。
 もっともリンディ提督も俺が質問してくる事は予想していたらしく、優しく微笑みながら答えてくれた。
 
「貴方が跳ばされた次元震の事ですね」
「はい」

 これまでは考えないように努めてきたあの事件だが、やはりどうしても気になっていた。
 都市部での次元震なんて最悪数千人、数万人単位で犠牲者が出てもおかしくない。気にするなというのが無理だ。
 
「安心して、ヴァン空曹。貴方の決死の活躍で行方不明者2名……、あっと、貴方が発見されたから1名ね、これだけで済んだわ」
「1名……」

 都市部で物質崩壊が始まりかけていた次元震、しかも対応したのが俺だと考えれば奇跡と呼んでいい数字だ。あの速度で崩壊範囲が広がっていれば、対応できる魔導師が現場に到着するまでに3桁以上の犠牲者が出ていただろう。
 本来なら被害が少なかった事を喜ぶべきなのかもしれないが、それでも1名の犠牲者が出たと考えれば素直に喜べない。自分は運良く助かったと思うと尚更だ。
 どうしても悪い方向に考えてしまう俺に、リンディ提督は胸を張れと言う。
 
「ヴァン空曹、貴方のおかげで多くの人命が助かったのよ、胸を張りなさい」

 おそらくは提督の言うことが正しいのだろう。犠牲になった1名を気に病むのがいけないわけじゃないが、それでいじけている訳にも行かない。
 それにまだ行方不明だ、俺が助かった以上どこかに生存している可能性もある。
 
「アースラにも事件の資料が届いている。スタッフに伝えておくから後で目を通しておくといい」
「はい、ご配慮ありがとうございます」

 俺はリンディ提督とクロノ執務官に礼を述べる。
 悔やむのは後でも出来る、まずは今ある事件を片付けないと。
 
「それじゃ、話を戻すわよ。ヴァン空曹の報告書は読ませてもらったんだけど、いくつか分からない事があったから聞いていいかしら」
「はい」
「ヴァン空曹が一月前にこの世界へ漂着、直後ユーノさんの救助要請を受けて暴走体と交戦、現地協力者の高町なのはさんの助力を受けてロストロギア・ジュエルシードを封印する……で、良いのかしら?」
「その通りです」

 うむー、簡易報告書にはユーノやなのはに不利な事は出来る限り書かないようにしたんだけど、大丈夫かな?
 なのはは管理外世界の住民だから管理局の法律は適用できないので問題無いし、ユーノもスクライア一族がロストロギア等危険物取扱いの許可を受けているのでやはり問題ない……。
 強いて言うならレイジングハートの受け渡しくらいだけど、個人譲渡なので問題無いはず。まぁ、中にはネチネチといやみを言う連中もいるんだけどね……。身内の恥を晒すようで嫌だが、この辺りの融通が利かない人間は陸派の幹部に多く、逆に海派の幹部は融通が利きすぎるきらいがある。

「なのはさんはこの世界の出身という話しだけど、魔法はどこで?」
「えっと、ユーノくんにレイジングハートを貰って覚えました」
「えっと、つまり君が魔法を覚えてから……一ヶ月?」
「はい」

 目を見開くリンディ提督とクロノ執務官。いや、そんな目でこっちを見られても……。気持ちは分かるけど。

「そ、そう。ところでユーノさんは危険物調査で此処に滞在していたという話だったけど、どうしてかしら?」
「それは、ジュエルシードは僕が発掘したから……」
「そうですか、あのロストロギア、ジュエルシードを発掘したのは貴方だったんですね」

 ユーノの言葉に、リンディ提督が納得したとばかりに頷く。
 あちゃ、問題は無いけど、色々と言われそうだったから曖昧にごまかしていたんだけど……。
 
「だから、大変なことになる前に僕が回収しようと……」
「立派だわ」
「だけど、同時に無謀でもある。せめて、何人かでこれなかったのか?」
「ヴァンにも言われました……。あの時は早く回収しなきゃって頭が一杯で」
「ごめん、少し言いすぎた。本来は僕達管理局がすぐに動けないのがいけないのに」
 
 訓練を受けた管理局員でもロストロギアの回収はかならず数人で当たる。いくらユーノが優れた魔導師でも、たった一人で回収するなど無謀と言われても無理は無い。実際問題として、今回の一件でユーノは危うく命を落とすところだった。
 クロノ執務官が思わずきつい事を言ってしまったのは無理も無い。
 もっとも、それを俺達管理局が言うのはどうかという問題もある。管理局はその為の組織で、各国から分担金……すなわち血税を貰っているのだ。人手も予算も足りないという現実など、言い訳にはならない。
 俺たちの話を横で聞いていたなのはが、リンディ提督に尋ねた。
 
「あの、ロストロギアってなんですか? ユーノくんとヴァンくんは失われた文明の遺物って言っていましたけど?」
「そうね、その認識でほとんど間違いは無いわ。
 次元空間の中には幾つもの世界があるの。それぞれに生まれて育っていく世界。その中に、ごく稀に進化しすぎる世界があるの。技術や科学、進化しすぎたそれらが自分たちの世界を滅ぼしてしまって、その後に取り残された失われた世界の危険な技術の遺産」

 リンディ提督の説明をクロノ執務官が引き継ぐ。
 
「それらを総称して、ロストロギアと呼ぶ。使用法や危険度などは個々で違うが、使い所によっては世界どころか次元空間さえ滅ぼす力を持つこともある危険な技術」
「しかるべき手続きを持って、しかるべき場所に保管されていなければならない品物。
 貴方達が探しているロストロギア、ジュエルシードは次元干渉型のエネルギーの結晶体……、アースラの分析ではその可能性が高いと出たわ。ヴァン空曹がこの世界に漂着できたのも、あるいは同種のエネルギーの干渉があったからかもしれないわね」
「それって、どれくらい危険なんですか?」

 なのはの質問は、地球出身としてみれば当然の質問だろう。
 暴走体のようにわかりやすい脅威ならまだしも、次元干渉型のエネルギーと言われてもピンと来ないはずだ。
 
「そうね、幾つか集めて特定の方法で起動させれば空間内に次元震を引き起こし、次元断層さえ巻き起こせる……そうね、地球と同じような世界を幾つも滅ぼせるほどの威力よ」
「昨晩この町で小規模な次元震反応が観測されたんだ」
「昨晩?」

 なのはが首をかしげる。昨晩と言えばフェイトがジュエルシードを強制発動させた時だろう。
 魔力を持たない一般人が発動させても、町を飲み込む事件が起こるのだ。彼女ほどの魔導師が強制発動させれば次元震が発生していても不思議は無い。
 
「気が付かなかったのかい?」
「ごめんなさい、昨夜はヴァンくんが大変で……」
「ヴァン空曹が?」

 クロノ執務官がこちらを見る。
 丁度いい、簡易報告書に書いている暇が無かったから、ここで報告しておこう。
 
「はい、昨日夕方過ぎに騎士……ベルカ・ミッド複合式を扱う魔導師と遭遇、交戦しておりました」
「あの魔導師と!? なんて無茶な!」

 いきり立つクロノ執務官。彼の言葉は当然だろう、俺の力量じゃ自殺行為と言われても文句が言えない。
 
「申し訳ありません。逃亡すれば町で暴れると脅迫されたもので」
「なっ!」

 俺の報告にクロノ執務官だけでなく、なのはやユーノ、リンディ提督も絶句する。
 あのレベルの魔導師が無差別に暴れればどうなるか、それが分からない人間はこの場にいない。
 
「ヴァン空曹、戦闘記録は?」
「あります。まだ未編集ですが……」

 俺は横目でちらりとなのは達を見る。最後の辺りはかなり衝撃的なので、出来れば見ないで欲しいのだが……。
 提督も俺の意図を察してくれたのだろう、なのはたちに退席するよう促す。
 
「そうね、悪いんだけどなのはさんたちは……」
「いいえ、私も見ます」
「でも……」
「僕もなのはも、昨晩近くにいて見ていますから。お願いします」

 真剣な表情の二人に、折れたのはリンディ提督だった。俺に記録を再生するように促した。
 俺は頷くとデバイスから昨晩の戦闘記録を呼び出す。出来ればこれを見て、なのは達が戦いから身を引いてくれれば良いと思いながら。



 記録映像は数分程度の短いもので、すぐに終わった。
 さすがに素人のなのはとユーノは顔が真っ青だ。
 無理も無い。映像とはいえ人を殺そうなどという連中に会った事は無いのだろう。

「ヴァン空曹……、映像では深手を負ったように見えたが傷は?」

 クロノ執務官の質問は至極真っ当なものだ。というか、俺が聞きたいぐらいの内容だった。
 
「小さな傷はともかく、動けないような傷はありません……。そういえばユーノ、これどうやったんだ? 通りすがりの医者がどうとか言っていたけど?」

 ユーノは顔を真っ青にしながらも答える。
 
「うん、ヴァンが刺された後、医者を名乗る魔導師が通りすがったんだ」
「通りすがりの医者ってやつ?」
「うん、ヴァンくんを治したら、名前も名乗らずに去っていったの」

 二人の発言に、リンディ提督とクロノ執務官がこちらを見るが、俺にも思い当たる節は無い。首を左右に振るしか出来なかった。
 
「それはどんな人だったの?」
「えっと、銀髪の男の人で、古代ベルカのユニゾンデバイスを使用していました」
「ユニゾンデバイス?」

 なんだよ、そのレアなアイテムは? なんだって、古代ベルカの姿と意志を与えられた究極のデバイスが出てくるんだ?
 管理局職員3人がポカーンとしている間にも説明は続く。

「えっと、使用していた魔法は見た事の無い術式だったけど、三角形の魔法陣も混じっていたからたぶんベルカ式で、虹色の魔力光が……」

 ユーノの声がだんだんと小さくなっていく。ユーノも自分が見たものに自信がなくなっているのだろう。
 そりゃそうだ。虹色の魔力光といえばアレしかいない。ミッドチルダに住む者なら子供でも知っている御伽噺の主人公だ。
 
「虹色って聖王教会のアレだよね」
「いや、俺に聞かれても。頭脳労働担当はユーノだろう」
「いや、えっと、その……」
「あの、それを見たのはユーノさんでしょう。私達を見ても……」
「見間違いじゃないのか?」

「ユーノくん、私も見たよ。虹みたいで女の人と合体してたよ」

 管理世界の住民4人が困惑している理由が分からないなのはが、自分もユーノと同じものを見たと主張する。
 
「見間違いじゃ……」
「でも、なのははあの話を知りませんよ」
「そうよね、ユーノさんだけなら混乱して見間違えたって可能性もあるけど……」
「ねえ、なのは? レイジングハートに記録は無い?」

 ユーノの言葉に、なのはが首から下げていたレイジングハートを確認する。
 
「ごめんなさい、その部分は残っていないの」
「あ、いや、無理も無い。マメに活動記録を録るのは局員の習性みたいなものだから君が気にする必要は無い」

 クロノ執務官の言うとおり、管理局に勤める魔術師はまず最初に記録を小まめに録るように叩き込まれる。しかし一般的には自身が魔法を使った時以外は、そんな面倒な事はやってない。
 ましてなのはは魔法を覚えてたったの一ヶ月だ。んな細かいところまで気が回ったら、それこそ俺達の立場が無い。

「でも聖王ってなんなんですか?」
「ああ、永く続いた古代ベルカの戦乱の時代を終結に導いた昔の王様の事なの。私達の世界では聖王教会で信仰されているのよ」
「そうなんですか……」

 俺たちの態度と聞いた話では、いまいちピンと来ないようだ。もっとも、これは無理も無い。
 聖王の遺物や遺跡は今なお、現実的な脅威として俺たちの前に現れる。管理局員や考古学者にとっては伝説の偉人であると同時に、今なお“生きて”いる存在なのだ。

「まあ、その魔導師の事はとりあえずはいいわ。ヴァン空曹を治したって事は悪い人じゃないでしょうし、遭遇したら少しお話を聞く事にしましょう」

 リンディ提督はとりあえずその魔導師に関しては棚上げする事に決めたようだ。
 たしかに、通りすがりの医者よりも先に何とかしなければならない脅威があるのだ。リンディ提督は艦内通信を開くと女性士官を呼び出す。
 
「どうしました、艦長?」
「エイミィ、悪いんだけど最優先で調べ物をお願いできるかしら?」
「はい」
「名前はプレラ・アルファーノ、推定年齢は15歳前後。魔法形態は近代ベルカ式及びミッドチルダ式の複合型でアームドデバイスを使用。映像データも送るからすぐに調べておいて。あの黒衣の女の子よりも最優先でお願いね」
「了解です」
「あ、それと本局に武装隊の増援を要請しておいてね。こっちも大至急よ」
「了解」

 リンディ提督はクルーに指示を出すと、抹茶に大量の砂糖を入れ一口飲む。
 本当にやりやがった、この人……。千利休にジャーマンスープレックスを食らいそうな暴挙である。
 俺となのはがリンディ提督の暴挙に若干引いている事に気が付かず、リンディ提督は真剣な表情で俺達に告げる。
 
「これよりロストロギア、ジュエルシードの回収については時空管理局が全権を持ちます。ヴァン空曹は本局からの命令があるまで私の指揮下に入る事になります」
「了解です」

 まぁ、当然だ。辞令次第ではあるが、おそらくは事件解決までアースラで待機勤務となるだろう。
 俺一人を送り届けられるほど、管理局も潤沢な予算を持ってない。
 
「君達は今回の事は忘れて、それぞれの世界に戻って、元通りに暮らすといい」

 クロノ執務官が二人にそういう。
 ユーノが項垂れ、なのはが納得できないと言う。
 
「でも、そんな」
「次元干渉に関わる事件だ。民間人に介入してもらうレベルの話じゃない」
「でも!」

 納得できないと食い下がるなのはに、リンディ提督が厳しい表情で告げる。
 
「急に言われて気持ちの整理が付かないでしょう。でもね、今回の事件では殺傷設定を振り回す魔導師が関わっているの。管理局としてこれ以上民間人であるなのはさんやユーノさんを危険に晒す事は出来ないわ」
「でも、ヴァンくんは!」
「俺は管理局員で、これは自分で選んだ仕事だよ、なのは。これまで手伝わせておいてこう言うのもなんだけど、これ以上は命を落としかねない危険に関わるべきじゃない」
「そんな……。でも……」

 俺はリンディ提督がなのはを戦力として数えなかった事に安心する。
 一方で、なのははどうしてもと食い下がった。
 
「なのはさんがどうしても気になるのはわかるわ。だからアースラとの連絡は取れるようにしておきますから安心して」
「そうじゃないんです、どうしても私、あの女の子の事……フェイトちゃんの事が気になって」
「気になって? 何が気になるの?」
「あの子、悪い子じゃない気がするんです。昨日ヴァンくんが大変だった時、捜すの手伝ってくれて……。一回ちゃんとお話したくて」

 なのはの必死の訴えに、リンディ提督は目をつぶると少しだけ考えてから答える。
 
「わかりました。彼女と話を出来る機会があったらなのはさんにお知らせします。だから勝手に事件に関わらないようにお願いね。本当に危険なのよ」
「はい……」

 リンディ提督の提案は多少の下心もあるだろうが、提督としては最大限の譲歩だろう。殺傷設定を振るう魔導師がいる以上、民間人を関わらせる事など出来ないのは当然の判断だ。
 もっとも、なのはは納得できないのだろう、表情が沈みがちだ。

「ヴァン空曹はとりあえず備品管理室に行ってデバイスを交換した後一回下船、今晩はお世話になっていた人たちに挨拶をしていらっしゃい。クロノ、悪いんだけど3人の案内をお願いね」
「了解です、艦長」
「そ、そんな! 態々クロノ執務官に来ていただかなくても」
「あら、気にする必要は無いわ。アースラは意外と広いから迷子になっちゃうから」

 かくして、なのはとユーノ、そして俺はこの事件から一旦は外れる事になる。
 俺も含め、アースラ一行が高町なのはという少女の行動力を見誤っていたのを知るのは、もう暫く後の事であった。



[12318] 第8話(終幕)
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:8716a64c
Date: 2010/03/22 01:09
第8話(終幕)


「ほええええええええぇ……」

 壁一面にデバイスがかかっている姿はなんだかんだ行っても壮絶である。見慣れていないなのはが感嘆の声を上げたのは無理も無い。

 もっとも、俺はと言うと最新式デバイスが収められている部屋を目にして、陸と海の予算分配の不公平さに泣きたくなった。
 いや、半分は冗談だ。任務の性質上、これはどうしてもしょうがない部分があるのだ。

 海の……特にアースラのような次元巡航艦は数ヶ月間の管理外世界巡回任務にあたる事がある。
 最近は技術も上がり長期の航海も減ってきたそうだが、それでも管理世界と連絡が取れない場所で長期航海も多い。そういった任務では修理のため管理世界に戻る事が出来ないので、どうしても艦内に予備の部品や装備をストックしておく必要があるのだ。
 もっとも、陸ではそれなりの実力が無きゃ支給されない最新型のデバイスをずらっと並べる意味があるのかというと、流石に無駄使いじゃないかとは思う。
 アースラのような巡航艦に予備装備……、海が金食い虫と言われる所以である。
 
「だれかいないか?」

 装備の保管室に入ったクロノ執務官は薄暗い保管室に向かって声をかける。
 言われてみれば、事務室に人の姿が無い。
 
「はーい、今行きますよー。あ、クロノさん」

 奥の倉庫から出て来たのは若い女性だった。髪を肩口で切りそろえた、眉毛の太い眼鏡の若い女性だ。
 あれ? この人?
 
「クロノさん、この子達は?」
「地上本局のヴァン空曹だよ。地球で保護した。あとは現地の子達だ」
「ああ、この子があの」

 クロノ執務官の簡単すぎる説明で、『あの』と納得する。
 やだなー、ミッドチルダではどんな報道されているんだよ……。
 
「地上本部首都航空隊3097隊所属、ヴァン・ツチダ空曹です。えっと、本局第四技術部のマリエル主任ですよね?」
「あれ、私の事知っているの?」

 俺の言葉に、マリエル主任は少しだけびっくりした表情をする。
 
「はい。3ヶ月前に地上の執務官講習会の新型デバイスの運用理論で……」
「ああ、特別講師をやったときね。そっか、あの時……あああっ、思い出した、ナンパ男と一緒にいた子だよね」

 嫌な覚えられ方だが、事実なので文句が言えない。ちなみに、ナンパ男とは俺と一緒に講習会に出ていたティーダ空曹長である。
 俺は必死に止めたんだよ。でも聞かないんだもん、あの人。まぁ、あんな事が無きゃ、互いに顔なんて覚えていなかっただろうけど。
 
「でも、技術部の主任がなんでアースラに?」
「マリーでいいよ、ヴァンくん。ちょっと別の世界で仕事があってね、便乗させてもらったの」
「なるほど」

 握手を求められながら、俺は彼女の言葉に納得する。
 アースラのような巨大艦は、巡回のついでに任務がある局員を運ぶ事も珍しくない。
 俺たちの会話を横で聞いていたクロノ執務官が尋ねてくる。
 
「ヴァン空曹、君は執務官志望なのか?」
「え、その、えっと……はい、そうなります」

 一瞬だけ悩んだが、俺はそうだと答えた。
 俺自身は陸の人間のつもりだし、できれば地上の平和を守りたいと思っている。俺が執務官講習会を受けているのは、あくまでも物語の知識からくる下心からだ。
 俺程度の魔力で執務官になるのは難しい。というか、魔力で足切りされるからほぼ無理だろう。だからと言って魔導師としてキャリアがあるので、非魔導師執務官の試験は受ける事ができない。
 俺が執務官になれる可能性はほぼ0なのだ。
 まあ、だからって執務官講習会に出ている人間が執務官志望じゃないとは言えない。

「そうか、大変だろうけど頑張れよ」
「ありがとうございます」

 クロノ執務官もその辺りはわかっているのだろう、無理だとわかりながらも激励だけはしてくれた。
 
「ところで、今日は何の用ですか? S2Uの調子が悪いんですか?」
「いや、僕じゃなくてヴァン空曹のデバイスだよ」
「あ、すいません。代機申請に来たんです」

 そう言うと俺は自分のデバイスを差し出す。
 
「おっ、P1Sだなんて、渋いの使ってるね」
「しっくり来るのがこれしかなくて」

 基本的に陸で支給されるデバイスは1世代前の型だが、俺が使っているP1Sはさらに古く2世代前のデバイスだ。これを使っている局員は現在ではほとんどいない。文字通り『魔導師の相棒』であるインテリジェントデバイスと違い、ストレージデバイスを使う魔導師はよほど思い入れでもない限り、デバイスの交換に躊躇などしない。
 ちなみに俺がこれを使っているのは最初に支給されたデバイスの耐久度に不満があったからで、格闘戦をする事が多い俺には、デバイスの強度も重要なのだ。
 実際、俺の無茶につきあいながらノーメンテナンスで一月稼動し続けたのだから、こいつの頑丈さは半端じゃない。
 もっとも、今回交換できるなら交換したい。入局以来ずっと使ってきたデバイスなので思い入れはあるけど、この辺が限界だったのだろう。

「ん~、ちょっと見せてもらうね。……処理速度が30%ダウン、オプション機能も4割ぐらいが死んでいるよ」
 
 マリーさんはデバイスを起動させると、慣れた手つきでP1Sをチェックしてゆく。
 なんか、前にチェックした時よりもさらに損傷が進んでいるな……。よく今までもったものだ。

「次元震とロストロギア、さらに高位魔導師と立て続けでしたから。えっと、代機はどれを?」
「あっと、ごめんね。これなんてどう?」

 取り出したのは最新型のストレージデバイスだった。俺は受け取ると2~3回軽く振り回す。
 ……やっぱ、軽いな。新素材の導入で軽くなったって話だったけど、今まで使っていたデバイスよりもずいぶんと頼りない。もっとも、強度はこちらが上なのだから、単なる気のせいなのだけど。
 使っている間に慣れるだろう。俺はデバイスをマリーさんに渡しながら注文をする。

「あの、先端部の交換って出来ますか?」
「もちろんできるよ。どうするの?」
「汎用型でお願いします。オプションはノーマルのままで、処理の順位は移動系と探索系を最優先に。細かいデータはP1Sにあるので同じに、音声サンプリングも移しておいてください」

 ミッドチルダ式戦闘用デバイスのデフォルト設定は射撃型となっている。先端に照準用球状パーツがあり、周囲を保護兼魔力増幅用金属製部品が被っているの形状が一般的だ。もっとも、この形状だと物理的にバランスが悪く、格闘戦がやりにくい。
 今回頼んだのは先端部の射撃用パーツを外し、シンプルな魔力増幅器に交換する改造で、形状は出っ張りの少ない棒のような形となる。クロノ執務官のデバイスもこの形態だ。

「これまた、渋いセッティングだね。待機モードはカードでいいのかな? 交換とデータの移し代えで30分かかるけど大丈夫?」
「あ、えっと……」

 マリーさんはP1Sのデータを確認しながらこう答えた。たしかにデバイスの設定ならそれぐらいの時間はかかる。いや、むしろ短いぐらいだ。
 もっとも、俺はともかくなのはたちに30分は少し長い。後ろで待っていたなのはたちを見る。

「あ、私たちのことは気にしなくていいよ」
「装備は万全にしておいたほうがいいだろう。食堂にでも案内するよ」

 なのはの言葉に、クロノ執務官が肩をすくめる。
 執務官がいる以上は俺が何か荒事をすることは無いだろうが、不測の事態はいつ何時起こるとも限らない。
 俺はクロノ執務官の勧め通りに、デバイスの調整を優先する事にした。



 家に帰っても、なのはは沈みがちだった。
 夕飯の時も沈みがちで、今は桃子さんの横で皿洗いの手伝いをしている。
 
 一方の俺は、士郎さんにこれまでの経緯を報告できる限りで報告していた。
 
「そうか、ヴァン君の世界の人たちが来たのか」
「はい、今までお世話になっていて急にで申し訳ありませんが、明日からアースラに乗船する事になりました」
「すぐに帰るのかい。なのはの友達も寂しがると思うが……」
「いえ、本局からの命令次第なので何ともいえませんが、少なくとも数日間はこちらに滞在していますし、挨拶に来る時間も取れるはずです。あと、何時になるかはわかりませんが、こちらに来た指揮官も挨拶に来ると思います」

 こればかりは上の命令だから、俺もどうなるかわからない。慣例通りなら事件解決まではアースラに待機で予備戦力扱いだろう。
 どっちみち、足が無いので明日即帰るということは無い。また、上がどんなに急いでいても、こちらでお世話になった人たちに挨拶も無しで返れとは命じないだろう。
 
「そうか、寂しくなるな」
「休暇が取れたら、今度は仕事抜きで遊びに来ますよ」
「来れるのかい?」
「ええ、手続きは面倒ですけど、間違いなく渡航許可は取れると思います」

 別に犯罪暦もないし、正規の管理局員なので社会的信用もある。渡航許可をとるのに問題は無い。
 唯一の問題は金銭的な話だ。定期航路が無いので、結構高いんだよね地球に行く費用って。転移魔法が使えないので、使える人にお願いするしかない。
 
「帰った後、必ず一度はお礼にお伺いします。あと、なのはとユーノの事なんですが……」

 俺は小声で士郎さんに話す。
 
「危険なんで、事件から離れてもらう事になったんですが、どうも二人とも気持ちの整理が出来ていないようで……。こんな事をお願いするのもなんですが……」
「大丈夫だよ、家族だからね」
「すみません、元はと言えば俺が巻き込んだからなのに……」
「それは言わないほうがいいよ。なのはが自分で選んだ事なのだから」

 こうして、重要な話は終わり後は雑談となった。
 ミッドチルダに関する事などを、高町家の人たちに面白おかしく話した。
 
 そして……。
 
「ヴァン・ツチダ空曹、これより巡航L級8番艦アースラの指揮下に入ります」
「歓迎します。ヴァン・ツチダ空曹」
 
 俺は翌日高町家の人たちと別れ、船上の人となった。



[12318] 第8話(終幕というか、蛇足)
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:8716a64c
Date: 2010/02/01 02:57
第8話(終幕というか、蛇足)


「あ、艦長」
「どう、二人とも何かわかった?」

 私服姿でアースラのブリッジに入ったリンディは、居残りで仕事をしていたクロノとエイミィに話しかけた。

「はい、プレラ・アルファーノについて判明しました」
「あら、もう?」

 エイミィの能力を疑っていたわけでは無いが、あの魔導師について分かるのはもう少し先の話だと思っていた。

「はい、プレラ・アルファーノ、14歳。出身はミッドチルダ首都クラナガン近郊となっています」
「広域指名手配犯なのかしら? こんなに早く判明したって事は?」

 次元世界の住民の数は膨大に亘る。その中からたった一人の情報を探すのは非常に難しい。
 広域指名手配でも受けていない限りは、こんなに早くは見つからないだろう。だが、リンディの予想は外れていた。
 
「いえ、行方不明人として家族から捜索願が出されていました」
「行方不明人?」

 エイミィは画面の一部にデータを出しながら説明を続ける。
 画面にはまだ幼いプレラの写真が映し出されていた。なるほど、この子供が成長すればあの魔導師となるだろう。

「はい、4年前に失踪となってます。高い魔力資質を持ち将来を嘱望されていたようですね」
「ご家族は?」
「両親とも管理局に勤務しています。父親は第8管理世界ヴァリアス地上本部付執務官ピート・アルファーノ氏です」
「本部付執務官? そんな良いご家庭の子がまたなんで?」
 
 公式には管理世界の番号に意味は無いとされている。しかし実際には、管理世界の番号が少ないほど管理局内でのポストは高いとみなされる。
 第8管理世界の本部付執務官ともなれば執務官の中でもエリート中のエリートだ。いずれは本局に戻り、高い地位に着く事は間違いない。
 
「原因は不明とされています。ただ……」
「ただ?」
「はい、失踪の少し前に魔法の暴発事故を起しています」
「暴発事故?」
「はい、管理局士官教育センターで実技訓練中に2人が重症となる事故を起しています」

 魔法の暴発事故自体は珍しい話ではない。少なくとも、管理局の人間ならそう答えるだろう。
 だが、リンディは首をかしげる。重傷者が出るような事故なら噂話ぐらいは聞いていそうだが、彼女の記憶にある限りそんな話は聞いたことが無い。
 
「あら、そんな話は聞いていないわよ? クロノは?」
「確かに、そんな事故が起きたって話は聞いていますが、詳しくは」
「クロノくんはそういった噂話は疎かったもんね」
「別にいいじゃないか。そういうエイミィはどうなんだよ」

 憮然とするクロノに、エイミィは胸を張りながら答える。
 
「たしか1こ下で主席入学の子が自主退学の後に失踪したって噂は聞いていたよ」
「そんな事あったっけ?」
 
 首をかしげるクロノに、流石のリンディも苦笑を隠せない。根が真面目なのは良い事だが、噂話に疎いと言うのも真面目すぎる。
 もっとも、苦笑している場合ではなかった。もとは管理局で働く事を考えていたあの少年は、なぜこんな犯罪に走ったのだろう。
 
「彼の背景を出来る限り調べておいて頂戴。それと、今度は黒い服の女の子……フェイトさんの事も調べておいてね」
「了解です。今のところ指名手配にも行方不明人にも該当者はいません」
「そう……、なのはさんが気にしていたみたいだけど、あんな凄い子がなんでこんな犯罪に……」

 モニターの映像は、夕方の海浜公園で戦う二人の少女に切り替わっていた。
 リンディの呟きに、クロノが答える。
 
「たしかに、魔力値だけなら僕よりも上でした。これだけの魔力がロストロギアに注ぎ込まれたら次元震が起きるのも頷ける」
「あの子たち、なのはさんとユーノくんはヴァン空曹に協力してくれていたみたいだけど、こっちの子はなんでなのかしらね。ヴァン空曹の報告では、プレラとは連携が取れておらず、会話の端々から別組織の可能性が推測できるとあったけど」
「管理局員と奪い合いをするなんて、よほど強い目的があるのか……」
「目的、ね」

 画面の中で黒衣の少女は、年齢とはかけ離れた戦闘技術を見せ付けていた。
 その姿は見ていて痛ましさすら感じる。
 
「私達が言えた義理じゃないけど、まだ小さな子なのに、普通に育っていればまだ母親に甘えていたい年頃でしょうに」

 そう言ったリンディの表情は、どこか自嘲染みていた。
 それは、管理局に勤める多くの大人が時折見せる表情だ。仕方ないという言い訳で、自分達も子供を戦わせている。
 広大な次元世界の治安を守るためには、どうしても子供まで戦わせなければならない時がある。それを躊躇えば、さらに多くの一般市民が傷つくのだ。
 情けない話だが、それが管理局の現実であった。
 
 
 
 
 その日、プレラの元に組織の盟主から連絡が入った。
 画面に映る仮面の盟主を見ながら、プレラは思わず尋ね返す。
 
「地球にいる、管理局員をつれて来いと?」

 おかしい、自分はあの局員のことを報告などしていないはず。
 それなのに、なぜ盟主は知っているのだ?
 
「ふふふふ、そんな怖い顔で睨まないでくれ。別に報告が無かった事に怒っている訳ではない。“同胞”を探していたところ、偶然にもそちらにいるヴァン・ツチダが該当しただけだ」

 いまだ表情の硬いプレラに、盟主は内心の嘲笑を隠しながら続ける。
 
「君ほどの騎士でも、専門でなければ同胞探しなど出来まい。君が気が付かなかったのも無理は無い」
「それは、その通りですが……」
「我々も彼の家にノートが無ければ気が付かなかっただろう」
「ノートですか?」

 盟主の言葉に、プレラが疑問の声を上げる。
 盟主は咽で笑いながら、ノートの内容を教えた。
 
「ああ、原作の内容がびっしりと書き込まれていたよ」
「原作の……」

 ぎりっ、プレラが奥歯をかみ締める。
 やはりあの男、物語を自分の都合が良い様に歪めるつもりで介入したのか。しかも管理局側ということは、これから起こるだろう幾多の悲劇を止める気は無いらしい。
 怒気をみなぎらせるプレラに、盟主は困ったように注意をする。
 
「君の管理局への怒りはもっともだが、彼に当たっても仕方が無いぞ」
「それはその通りですが……」
「それに、私は彼と会ってみたいのだよ。同胞でありながら、管理局に身を寄せる男とね。
 方法は君に任せるが、彼を招待してくれたまえ。場所は……そうだな、時の庭園がいいだろう」

 盟主の言葉に、騎士は頷く。
 あの愚者は気に入らないが、ほかならぬ盟主の頼みならば仕方がない。彼らは自分の力を正当に評価してくれたのだ、恩を返すのに躊躇する理由など見つからない。
 もっとも、手足の一本ぐらいへし折っても問題は無いだろう。
 
「それと、クロノ・ハラオウンの排除も引き続き頼むよ。彼は我等にとって、大きな障害になる事は間違いないからね」
「はい、お任せください」

 そうだ、自分は認められている。
 他の同胞や、同僚を差し置いて、これほど重要な任務を任されているのだから……。



 プレシア・テスタロッサは通信モニター越しに、盟主を名乗る仮面の人物を気だるそうに眺めていた。
 
「ふむ、どうやらジュエルシード集めは上手く行っていないようだな」
「貴方方が貸した騎士はどうやら大した事は無いようね。これならあの話は無かった事にしようかしら」
「そう言われてもな、アレは我が組織の中でも上位の騎士なのだが」
「どうだか」

 盟主の言葉に、プレシアは呆れ声を上げる。
 確かに魔導師としては上位の力を持っているだろう。だが、プレシアの見立てではあの騎士は破壊力のみに特化しすぎている。探索等の小技は一切できず、破壊力だけでは使い所が限られている。
 戦闘にしても格下相手ならまだしも、実力が近づけば近づくほど攻略は容易になるだろう。
 それが分からないほど愚か者でもあるまい。あの人形が欲しいと言って近づいてきたのだが、こうなるとそれが本当の目的かどうかあやしいものだ。
 
「まぁ、ジュエルシード集めが上手く行っていない理由の一端はこちらにある事は認めよう。そこでだ、貴方には代わりの技術を供与したい」
「技術?」
「そうだな、死者蘇生などの生命操作技術などはどうだろうか?」

 その言葉に、プレシアの眉がピクリと動く。

「何を言っているのかしら?」
「さてね。双方にとって悪い話ではあるまい」
「少しだけ考慮しておいて上げるわ」
「良い返事を待っているよ」

 その言葉と共に、通信が切れる。
 あの盟主とやらは何を知っているのだろうか、まったく持って忌々しい。
 目的さえ達成してしまえばあの人形などどうなってもいいが、手の内を見透かされているようで気分が悪い。
 
 そして、気分が悪いといえばもう一つ。
 目の前にいる、この男の事だった。
 
「で、貴方は私に何の用かしら?」

 そう、フェイトに命じて捨てさせたはずの男、変態男ことイオタがいつの間にか舞い戻ってきていた。
 一瞬焼き払おうかとも思ったが、横に突然出現したのはおそらく融合型デバイス……。病に犯された自分では勝てる確率は半分以下。目的を果たすまで死ねない以上、忌々しいが戦いは出来る限り避けるべきだ。
 
「なに、貴女に用が合ってね」

 昼のどうしょうもない変態っぷりとはうって変わって、イオタは真摯に話しかける。
 
「私は用なんて無いけど」
「貴女に無くても、私としては君の現状は見過ごせなくてね」
「どういう意味かしら?」
「オルブライト一族……と言えば、貴女なら分かると思うが」

 イオタの言葉に、プレシアは少しだけ考える。
 いや、考えるまでも無く、その名前にすぐに思い当たった。一時は彼らの影を追い求めていた時期があるからだ。もっとも、あの時は結局は最後まで見つからず、時間だけが無駄に過ぎていった。
 
「聖王の末裔を僭称する、死者すら生き返らせる医療一族が私に何か用かしら?」
「残念ながら、死者蘇生に関する全ては、伝説の地に置いてきてしまったので手元には無いのだが、後は概ね君の言うとおりだ」

 イオタの妙な言い回しが引っかかる。
 『死者蘇生は無い』のではなく、『置いてきた』と言った?
 つまり、無いのではなく、有る所に行けば存在すると言う事か!?
 
「それはどういう意味かしら?」
「一族に伝わる口伝だ。どこまで真実かは保障できない代物だがね」

 イオタは真実かどうか保証がないと言うが、あの伝説の医療一族がいい加減な口伝など残すまい。そして伝説の地とは、彼女が目指しているあの場所に違いない。
 今までは有るかどうかわからない、半ば自棄になって行動していた。だが、もしかしたら、本当にたどり着ければ、目的がかなう可能性が出てきたのだ。
 少しだけ湧いた希望にプレシアは笑い出す。そしてそれは徐々に大きくなり、哄笑にかわった。
 時の庭園にプレシアの笑い声が響き渡る。その笑い声が収まるのを待って、イオタはプレシアに話しかける。
 
「ところで一つ確認したいのだが良いかね?」
「断るわ。私の身体は私が一番よく知っているから。もう待てないし、待つ時間も無いわ」

 その言葉に、イオタは溜息を一つ付く。
 
「怪我ならば問答無用で治すのだが、病気ではそういうわけにもいかないな。今日のところは大人しく引き下がろう」

 怪我ならば治療魔法である程度までなら治せるが、病気だとそう簡単にはいかない。魔法で病気を治療しようとすると、合併症が発生してしまうケースが多いのだ。どうしても病気だけは、時間をかけてゆっくりと治すしかない。
 イオタは懐から一枚のカードを出すと、プレシアに向かって投げる。
 
「これは?」
「一族の病院の住所と、一族間でのみ通じる割符だよ。私がいない時に心変わりをする事があったらそこに向かってくれ」
「礼は言わないわよ」
「別に言われる理由も無い。君と言うよりもフェイトちゃんに対してのお礼だからな。 ああ、そうそう、退散する前に一つ聞いていいかな?」

 普段なら拒絶するだろう言葉を、プレシアは了承する。

「今日は気分が良いから、聞くだけ聞いてあげるわ」
「なら一つ。君はあの奥にいる少女を本当に抱きしめる事が出来るのかい?」

 イオタの言葉に、プレシアの目が鋭くなる。
 
「どこでそれを?」
「隠すつもりならもっと考える事だな。アレでは見つけてくださいと言わんばかりだ」

 なるほど、従順なフェイトしかいなかったので特に気を使ってはいなかったが、この男ならすぐに見つけるであろう。
 そして見つければ、伝説の医療一族ならすぐ目的など分かるはずだ。だからこそ、少しでも会話が出来る可能性を引き出すために、自分が食いつきそうな話題を出してきたと……。
 プレシアはこの変態としか思えない男の評価を上方修正すると同時に、つまらなそうに答えた。
 
「お説教なら聞かないわよ」
「そんな柄ではないよ。ただ、純粋に疑問に思っただけだ」
「疑問に?」
「一つは君の身体のこと。君がどういう手段で目的を達するつもりかはあえて聞かないが、彼女が目覚めるまで身体はもつのかい? いや、それ以前に目覚めた後の彼女に自分と同じ思いをさせる気なのか?」

 イオタの疑問に、プレシアは思わず言葉を失う。
 いや、死者蘇生すら存在する伝説の地ならば、きっと病気も何とかなるはずだ。理性的な考えではないと分かりながらも、プレシアはその希望にすがる。
 
 だが、イオタの口にした二つ目の疑問は、なまじ希望を持ってしまっただけに、プレシアの狂気に僅かだが罅を入れた。
 
「もう一つ。フェイトちゃんに辛く当たらなければならなかった君が、同じ顔をした少女を抱きしめられるのかい?」

 その言葉に、プレシアは答えられなかった。
 以前なら嘲笑混じりに出来ると答えていただろう。あの人形は大嫌いだ。憎んでいると。
 だが果たして、今の自分は本当にアリシアを、我が娘を抱きしめる事が出来るのだろうか。希望を持たなければ思いつかなかった事が、彼女の脳裏をよぎる。

 出来ると答えるのは簡単だ。だが、明晰すぎる彼女の頭脳は、考えたくない可能性に行き当たってしまったのだ。
 プレシアの中で湧き上がった疑問に答えられるものは、どこにもいなかった。



[12318] 第9話(前編)
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:8716a64c
Date: 2011/02/02 04:41
第9話(前編)



 薄暗い会議室の末席が俺に与えられた席だった。
 リンディ提督が今後の方針を決定する会議の始まりを宣言する。
 
「というわけで、本日0時をもって本艦全クルーの任務はロストロギア・ジュエルシードの捜索と回収に変更されます」

 俺は先ほど紹介されたクルーを見渡す。皆10代後半から20代前半の若いクルーばかりだ。

「では、本件において先行してジュエルシードの探索と回収を行なっていたヴァン・ツチダ空曹より、これまでの経過の報告を行なってください」
「了解です」

 俺は敬礼をしながら立ち上がると、手元のモニターを開く。
 そこには昨日提出したこれまでの事件の簡易報告書が映し出されていた。クルーもそれぞれ資料に目を通す。
 
「では、報告いたします。まず現地時間の4月……」



 アースラに乗り込んでから、すでに3日が過ぎていた。
 もっとも、その間の俺の仕事と言えば、最初の会議での報告を除けば、正式な報告書作成と訓練、あと執務官補佐のエイミィさんの手伝い……というか、代わりにお茶汲みをするくらいなものだ。
 悲しいかな魔導師として力不足で戦力外、その他の業務に関しても海のクルーはスペシャリスト揃いなので手を出しても邪魔なだけだ。

 あと4日で武装隊が到着する。それまでの間は、予備戦力扱いなんだけどね、いちおーは。単純な待機とせず、予備戦力としてくれているリンディ提督の心遣いが身に沁みる。
 いや、帰った後の危険手当てが違うのよ、予備戦力と単なる待機だと。
 
 現在クロノ執務官は単独で地上に降りており、今日までに3つのジュエルシードを回収している。
 ジュエルシードの位置特定は、俺が行なっていた探索データと合わせればかなり絞り込めるとの事だ。流石は大型艦、装備の充実がうらやましい。
 
「エイミィさん、どうぞ」
「ありがとう、ヴァンくん」

 はねっ毛気味の、猫を思わせる栗色の髪の女性がエイミィ執務官補佐官。お茶を持ってきた俺に振り向き微笑みかけながらも、その手はまったく止まっていない。
 
「どうですか?」
「うーん、やっぱり発動直前まで魔力反応が微弱だってのは厳しいね。事前データが無かったらと思うとゾッとするわ」
「そう言って頂けると、助かります」

 探索に関しては素人仕事だから、彼女から見ると穴だらけだろうに……。
 
 俺はエイミィさんにお礼を言うと、与えられていた予備シートに向かう。画面に映し出されているのは、現在作成中のここ一月の正式な報告書だ。はっきり言って、夏休み最終日の宿題を全部残した小学生の気分だ。量が膨大すぎて、どこから手をつけていいかわからない。魔導師なんて、実のところ肉体労働者なのだ。
 俺は小さく溜息をつくと、画面の一部に別のデータを呼び出す。俺がいない間に管理世界で起こったニュースのデータだ。特に目を引いたのは2つの事件で、一つは俺が関わった次元震事件、もう一つは本局で起こった爆破テロ事件だ。
 
 あの事件で行方不明となったのは俺と下着泥棒だけだった。
 奇跡的な数字では有るが、そもそもクラナガン市街で次元震が人為的に発生する事態が大失態なのだ。責任の所在が大問題になったのも頷ける。
 だからって当初は俺の無謀な行動が次元震発生に繋がったなんて論調だったとは驚いた。
 ちなみに、最初にその引き金を引いたのはうちの上官だったりもする。詰掛ける記者団を前に、隊舎の入り口でこうコメントした。
 
『危険な魔法を行使し一般市民を巻き込む危険行為を行なうなど首都航空隊の魔導師としてあるまじき失態で、あまつさえ犯人すら取り逃がすなど無能極まりない』

 事務官上がりで現場を知らない隊長らしいと言えば隊長らしいけど、前後関係ぐらい調べてコメントしろよと言いたい。どうせ、局内の政治絡みでこんな先走ったコメントをしたのだろう。
 このコメントが一人歩きをして、マスコミではいつの間にか俺が次元震を発生させる魔法を使ったという事になったらしい。そんな魔力があれば苦労しないのだが、マスコミの悪癖で面白がった記事が先行した。連日酷いバッシングで、俺の後見人である姉ちゃんやその周りも盛大に叩かれたそうだ。
 もっとも、あの姉ちゃんが大人しく黙っているわけも無く、俺が叩かれている事に激怒していたティーダ空曹長と接触、事件の詳細なデータを入手して正式な事件報告として公表する。
 
 問題は此処からだ。
 
 この時マスコミでは管理局から極秘入手した『ヴァン空曹が危険な魔法を使用した詳細な事件のデータ』が出回っていた。
 相反する二つのデータに隠蔽体質だの身内擁護だのとずいぶんと荒れたらしいが、後者のデータに改竄の痕跡が見つかった辺りから話がおかしくなる。改竄されたデータを流したのが幹部局員だったと発覚したのだ。
 マスコミの掌返しが早いのはどこの世界でも同じで、今度は一局員に責任を押しつけようとしたとバッシングを開始。しかも、芋蔓式に色々と問題のあるデータが出てきたらしい。
 現在、地上は本局まで巻き込んで綱紀粛正と内部調査で大荒れ中だそうだ。
 こりゃ、即時帰還命令なんて出ないだろうなぁ……。俺と親しい人を除いて、ほとぼりが冷めるまで戻ってくるなってのが管理局の本音だろう。世間がだいぶ忘れかけているのに、俺が帰ってきたらまた大騒ぎになるにきまっている。

 まぁ、大人の事情を飛び越えてドロドロとした政治の世界の事は置いておこう。
 どうせ下っ端局員に過ぎない俺には関わる事の無い世界だ。問題はもう一方、本局で起きた爆破テロ事件だ。
 
 前代未聞のこの事件、重傷者の中にギル・グレアム提督の名前がある。現在もまだ意識不明の重態で、使い魔も主に負担をかけないように休眠モードに移行したらしい。
 痛ましい事件だと言う以前に、俺にはもう一つの意味があった。

 はやてのことである。

 木の事件の時、猫姉妹が出てこなかった理由がようやくわかった。そりゃ、こんな状況じゃ出て来れないだろう。
 おそらく数ヶ月後に発生するだろう『闇の書』事件。はやての家に闇の書があるのは確認済みだから、間違いなく発生するだろう。これまでの経緯を考えれば物語と違う展開になるのは確実だ。あのロストロギアの性質を考えれば、最悪は地球が消滅する。
 どうしたものかなぁ……。俺なんかに出来る事といえば上に報告するぐらいだけど、どこに報告するか考えておかないと。
 
 俺が考え事をしている間にも、地上に降りていたクロノ執務官はジュエルシード回収を終わらせていた。
 モニターには鳥形の暴走体をバインドで縛り上げ、4つ目のジュエルシードを回収している姿が映っている。
 
「ジュエルシード、ナンバー8確保確認、お疲れ様ですクロノさん」
『回収完了しました。これより帰還します』
「了解です。帰還用ゲートを出します」
 
 ランディさんの操作でクロノ執務官の傍に転送用の魔法陣が発生する。
 程なくして、クロノ執務官がアースラの艦橋に現れる。
 
「クロノ・ハラオウン、帰還しました」
「ご苦労様、クロノ。それじゃあみんな、当直任務以外は順次休憩に入っていいわよ」

 その言葉と共に、残務処理が終わったクルーから順次休憩に入っていった。



 割り当てられた休憩時間を利用して、俺はアースラのトレーニングルームに訪れていた。
 事ある毎に次元航行部隊と地上部隊の差を思い知らされる毎日だが、この場所も実に贅沢な作りになっている。各種シミュレーターが完備だもんなぁ……。次元航海を考えれば仕方ないのかもしれないが、やはりこの装備の充実はうらやましい。うちの隊なんか訓練はグランドか海上、あるいは廃棄区画のどれかでやるかしかない。
 シミュレーターなんて地上本部の施設を2ヶ月に1回使えるかどうかだ。うちは全員空が飛べるので海上訓練も出来るが、陸士部隊に配属された同期の話では、訓練場所を探すだけで大変らしい。
 
 まぁ、こんな機会だから使わせてもらおう。俺はシステムを起動させると、仮想敵を出現させる。
 最初は軽く模擬標的で流すが、次にこれまでの戦闘記録から作られた仮想騎士を呼び出す。本来ならクロノ執務官用に作られたシミュレーションデータで、俺なんかが逆立ちしても勝てる代物じゃない。
 俺がこれを選んだのは……ぶっちゃけると、男の意地って奴だ。やっぱ地上では花形と言われる航空隊の人間としては、負けっぱなしってのは悔しい。この先もう戦う事など無いだろうけど、それでも訓練だけはしておきたい。
 
 シミュレーションのスタートを告げるブザーが鳴り、仮想騎士が動き出す。
 アームドデバイスを構え一直線に突っ込んでくる。やっぱ、加速が早い。俺はデバイスを構えると後退しながら魔法弾を撃つ。
 
「フォースショット!」

 力場系の魔法弾が騎士に何発も命中するが、大したダメージを与える事も出来ず、突進の勢いは消えない。
 やっぱ、防御力が段違いだ。俺は歯噛みすると次の魔法を繰り出した。
 
『Flash Move Action』

 俺が使用したのは、ユーノが作ってくれたフラッシュムーブの改良版だ。
 加速力を小出しにする事により、最大で20秒間の加速が可能となった。
 その分瞬間移動じみた加速は出来ないし、加速力を上げれば最大時間が減少する。最大加速にするとやっぱり2秒しか持たないし、30秒間は再使用不能であるなどの欠点は無くなっていない。
 それでも使い勝手はこちらが遥かに上だ。今まで出来なかった加速中の方向転換や一時停止も出来るようになった。
 
 ユーノが作ってくれた魔法のうち、これだけは制御に自信が無く訓練以外では使っていない。早く実戦でも可能なレベルまで練りこまないと。
 
 俺は少しだけ加速をすると、騎士の一撃を大きく避ける……制御が甘い。実動はコンマ何秒なのに、今の回避だけで持続時間が5秒も減った……。
 俺はフォースセイバーを発動させると騎士のわき腹を切りつける。確実に切り裂くが、ダメージはバリアジャケットに吸収されていく。俺は再加速をすると数回切りつける。
 この攻撃で、加速時間は尽きてしまう。やっぱ攻撃に使うと加速時間の消耗が激しい……。
 
 俺は騎士と距離をとろうと後退するついでに、フォースショットクレイモアを叩き込む。
 爆炎に包まれる騎士から目を離さずに後退するが……。今までよりもダメージを与えており、バリアジャケットも明らかに乱れているが、まだまだ元気な騎士が躍り出てくる。
 
 振りかぶられるアームドデバイスを受け止めようと剣を構えるが、止める事はできても魔力で押し切られてしまう。
 切り裂かれこそしないが、大きく吹き飛ばされる。
 そして、再度突進してくる騎士を回避する事が出来ずに、アームドデバイスが突き刺さった。
 
「またダメか……」

 へたり込みながら戦闘データを確認する。本日の記録は5戦5敗、最長戦闘時間は5分、最短は今の30秒。
 フォースセイバーとフォースショットクレイモアはダメージを通せたようだが、ノックアウトするには至らない。逆にこっちは一撃で撃墜認定か……。新魔法のテストを兼ねていたとはいえ酷い結果だ。
 散々なデータにへこんでいた俺は、シミュレーションルームに他の人が入ってきてた事に気が付かなかった。
 
「精が出るな、ヴァン空曹」

 やってきたのはクロノ執務官だった。突然かけられた声に俺は跳ねるように立ち上がると、慌てて敬礼をする。
 
「これは執務官」
「今は休憩中だからそこまで畏まらなくてもいいよ。訓練かい?」
「はい」

 直立不動の俺にクロノ執務官は苦笑をしながらも、戦闘データを覗き込んで顔を顰める。
 
「なにも、このデータでやらなくても良いんじゃないのか?」
「ですが、目下最大の相手は……」
「だったら、もう少し戦術を考えないと。騎士と同じレンジで戦っていては勝てないぞ」
「それはわかっているんですが……」

 クロノ執務官の言っている事もわかるが、実際問題として俺の魔法で通じそうなのは、接近戦で使うものばかりなのだ。俺のバインドじゃすぐに力負けするし、砲撃魔法はチャージが長すぎて撃つ事すら出来なかった。
 
「色々と戦術を練っているみたいだけど、まだまだ戦術に柔軟性が無い。その剣の魔法が強力なのはわかるけど、魔法は魔力値の大きさだけじゃない。状況にあわせた応用力と、的確に使用できる判断力が重要なんだ」

 そう言うとクロノ執務官は自分のデバイスを起動させる……って、え?
 
「少し訓練に付き合おう」
「よ、よろしいんですか?」
「やってはいけないなんて決まりは無いよ。それとも僕じゃ不服かい?」
「そんな、むしろ身に余る光栄です! よろしくお願いします!」

 俺は慌てて礼を言うとデバイスを構える。
 AAA+ランクの魔導師、しかも海の若手ではナンバー1の呼び声も高いクロノ執務官の胸を借りれる機会なんて、この先絶対に無いだろう。
 せっかくの機会だ、自分の力がどこまで通じるか試してみよう。
 俺は気合の声を上げると、クロノ執務官に向かっていった。
 
 
 
 そして、俺は死んでいた。
 いや、本当に死んでいるわけじゃないよ、食堂のテーブルに突っ伏してピクリとも動けないでいた。目の前ではクロノ執務官が苦笑いをしながら食後のお茶を飲んでいる。
 
「あれ、クロノくんにヴァンくんなんて、珍しい組み合わせじゃない?」
「こんにちわー」

 トレイを持ったエイミィさんとマリーさんが俺たち二人を見てこちらにやってくた。
 クロノ執務官は苦笑いをしながら二人に手を上げる。
 
「いや、ちょっと訓練をしたんだが」
「ああ、なるほど」

 クロノ執務官の言葉で納得がいったのか、エイミィさんも苦笑いを浮かべる。
 
 クロノ執務官との実力差はわかっていたよ。絶対勝てないってのも理解していた。
 でもね、その認識ですら甘かったのだ。今日は物語で最強と言われていたクロノ執務官の強さを嫌と言うほど思い知った。
 騎士ほど圧倒的な魔力差が有ったわけじゃないのに、何やっても通じないんだもん。
 加速と思ったら先にバインドされてるし、後ろに回り込もうとしたらいつの間にか遠くにいて砲撃の雨嵐。じゃあ、こっちも射撃とおもえば格闘戦で蹴散らされる。バインドをしようとしたら、いつの間にか後ろに回りこんでいた誘導弾に叩き落される。
 何をやろうとしても先回りをされて、こっちが行動できないんだもん。

 とにかく状況判断をするスピードが早いのだ。しかも、それが一々的確なのだから手に負えない。
 訓練の最後にクロノ執務官がリミッターで魔力をCまで落としたのだが、それでも何も出来ずに撃墜された。
 
 今までも自分より強い魔導師は何人も見てきたし、“勝てない”と感じる魔導師もなのはやユーノ、それに騎士など何人も遭遇してきた。しかし、クロノ執務官相手だと勝ち負け以前に“何も出来ない”のだ。
 地上本部の花形部隊というなけなしのプライドなんぞ木っ端微塵ですよ。
 
「クロノくんはアースラの切り札なんだから、仕方ないよ。元気出しなさいよ」

 そういいながらエイミィさんは鶏肉を一切れ口に運んだ。俺の皿にあったやつだ。

「その言葉の意味がよく分かりました……。クロノ執務官との差があそこまでとは……。俺なんかミジンコ以下でした……」
「そこまで卑下しなくても。筋は悪く無かったよ」

 完璧に完封しておいて、筋もへったくれも無いと思う。
 魔力差なんてつまらない言い訳など出来ない、圧倒的な経験と戦術の差がありました。涙もでねーよ。
 こうなったら……。
 
「ううううう、クロノ執務官!」
「どうしたんだ?」
「事件が片付いて手があいている時で良いんで、俺に訓練をつけてください」

 俺は席から立ち上がると、下げれるだけ深々と頭を下げる。
 こうなったら、この機会に出来るかぎり技術を吸収してやるぜ。海の執務官の手を煩わせて訓練をつけてもらったなんて話、ミッドチルダに帰ったら色々と問題が出るだろうなーなどと頭の片隅で考えながらも、あそこまで華麗に完封されたら男の意地が成り立たない。
 せめて、一太刀浴びれせるようになろうと、俺は心に誓う。
 
「いや、そう言われても……」

 一方のクロノ執務官は困り顔で左右を見渡す。しかし、女性陣は明らかに事態を面白がっていた。
 
「いいじゃない、クロノくん。そろそろ弟子の一人ぐらい取っても」
「いや、そういうわけにはいかないだろう。所属だって……」
「青春ですね、エイミィ先輩」
「マリー、君も面白がらないでくれ」

 変わらず頭を下げっぱなしの俺に、意外なところから援護射撃が来た。
 
「あら、いいじゃないのクロノ。手があいている時間はヴァンくんの訓練を見てあげても」
「艦長!」

 いつの間にかやってきてたリンディ提督が、やはり面白そうに声をかけてきた。
 俺を含め全員が直立して敬礼をする。リンディ提督は片手でそれを下げさせながら、クロノ執務官に話しかける。
 
「クロノだっていつかは下の子の面倒を見る事になるんだから、丁度良い機会じゃない」
「それはそうですが……」
「大変だと思うけど、クロノにとっても良い勉強になるわ。やってみなさい」

 リンディ提督の言葉に少し考えるクロノ執務官であったが、意を決すると承諾の言葉を口にする。
 
「わかった。ただし、君がアースラにいる間だけだぞ」
「ありがとうございます!」

 俺は頭を深く下げ感謝の言葉を述べた。
 喜ぶ俺をあたたかい目で見ていた面々だが、不意にマリーさんが何かを思い出したかのように懐から一枚のカードを取り出す。
 
 って、P1S?
 
「そうそう、忘れてた。ヴァンくんにこれを返しておこうと思ったの」
「P1Sですよね」
「これからは新しいのを使うかもしれないけど、これは地上本部に返却しなきゃいけないでしょう」

 言われてみればそうだった。
 魔法は個人の資質に依存している技能である為、管理局では個人所有のデバイスを使用する事が認められている。また、支給されたデバイスの改造や局員による買取りなども行なわれていた。
 もっとも改造はともかく、買取りをするのは特殊な任務などでインテリジェントデバイスを支給された連中ぐらいだろう。ストレージを買取るなんて事は滅多に無い。稀に定年退職する局員が長年の相棒を記念に購入するぐらいだ。
 俺はP1Sを購入していないので、航空武装隊に返却しなければならない。無論アースラ経由で返却も出来るのだが、別部署経由で返すと装備部への印象が悪くなるのだ。デバイスは魔導師と一心同体であるという観点から、返還は自分の手で行なう事が慣例となっているのだ。
 
「P1Sだけど修理するついでに少しいじってみたから、暇があったら試してみてね」
「そうなんですか? 態々ありがとうございます」

 俺はマリーさんからP1Sを受け取ると、上着の内ポケットに仕舞い込む。
 この時、まさかこのデバイスがあんなとんでもない事になるとは夢にも思わなかった。



 就寝時間となり、俺は与えられていた部屋に戻った。
 本来俺の階級なら5~6人で使うような乗務員船室で寝泊りするのが普通だが、今回に限り個室が与えられている。少人数での巡回任務なので部屋が大量に余っているらしい。
 本当のところは次元震以来ハードすぎる毎日だった俺に対して、リンディ提督が配慮してくれたって所だろう。
 断る理由も無いので、俺はこの申し出を喜んで受けた。

 就寝前に書き途中の正式な報告書を記録していると、モニターの片隅にメールが届いた事を示すマークが点滅する。
 訓練校で同期だった連中やティーダさん、それに姉ちゃんからのメールだった。
 第97管理外世界は管理外世界としては珍しくミッドチルダとリアルタイム通信を出来るのだが……ぶっちゃけ料金が高い。通信許可が下りて初日はリアルタイム通信で姉ちゃんとティーダさんに連絡をしたのだが、それ以降はずっとメールでやり取りをしている。

 予想はしていたが半ば死んでいたものとして扱われていたらしく、姉ちゃんには盛大に泣かれ怒られた。
 まだ何度か死に掛けた事は話していないが……、また怒られそうだ。
 
 一方のティーダさんは、俺の顔を見るなり謝ってきた。俺が封印するべきだったのにと。
 気にしないで欲しいと伝えたのだが、どうしても納得できないようだ。後ろでツインテールの女の子……ティアナちゃんが心配そうに見ていたのが印象的だった。
 
 俺はまずは姉ちゃんからのメールを開く。
 管理局の制服に身を包んだ、眼鏡の女性が映し出される。
 
『ヴァン、そちらは元気にすごしていますか? こちらは……』

 昨日も連絡をしただろうに、几帳面に定型の文句を言う姉ちゃんに俺は苦笑いをする。
 俺は姉ちゃんのメールを見終わると、次にティーダさんからのメールを開く。そしてその次は同期の友人の、またその次は……。
 こうして、その日の夜は更けていった。
 
 
 
 
 クロノ執務官……いや、堅苦しいから訓練中は階級をつけなくて良いと言われているので、クロノさんか……との訓練を開始してから3日。
 なんだかんだで面倒見が良いクロノさんは、嫌な顔一つしないで訓練に付き合ってくれていた。
 手加減をしてくれているので、初日のように何も出来ないなんて事は無くなったが、変わりに一本取られる毎に説教が飛んでくる。
 その指摘は細部にまで及び、へこんでいる暇も無いぐらいだ。
 
「はぁっ!」

 俺は紙一重で、クロノさんが放った魔法弾を避ける。
 フラッシュムーブアクションが持続中だったから出来た芸当だ。まだ時間は数秒余っている。なんとかクロノさんの懐に入り込みたいが、接近戦は警戒しているはずだ。
 俺は一瞬だけクロノさんに接近するそぶりを見せると、すぐさま全力で後退する。その間に魔法弾で牽制するのも忘れない。
 そして十分な距離を取り、砲撃魔法を放とうとする。
 
「フォースキャノ……」
『Blaze Cannon』

 しかし、俺が砲撃を撃つよりも早く、クロノさんの砲撃が俺を撃ち抜いた。
 シミュレーションルームのブザーが鳴り、俺の撃墜が表示される。そして、すぐに飛んでくるクロノさんの説教。
 
「何をやってるんだ! あんなみえみえのフェイントじゃ長距離攻撃をするつもりだってすぐにばれるぞ!」
「はいっ!」
「それと、魔法弾による牽制も今回の場合は必要がない。砲撃魔法はどれだけチャージ時間を減らせるか、相手の隙を見つけるかが大切なんだ。フェイントで隙を作るつもりなら無駄な射撃をするんじゃない!」
「はいっ!」
「まあ、フラッシュムーブアクションの制御がかなりマシになった事は褒めてやる、それじゃあ一旦訓練は終了。片付けて職務にもどれ!」
「はい、ありがとうございました!」

 俺は頭を下げ礼の言葉を述べた。
 当たり前ではあるが、3日程度でそんなに強くなれるはずが無い。いや、3日でとんでもなく強くなった女の子も身近にいるにはいるが、あれは例外中の例外だ。
 俺の戦い方は『マニュアルの意味を理解していない』のと『突撃癖がある』の二つが大問題との事だ。
 特に前者は行動に無駄が多いと、何度も怒られている。
 
 もっとも、まったく成果が無いわけじゃない。
 今まで実戦レベルでの制御が難しかったフラッシュムーブアクションが、ある程度まで制御できるようになってきた。
 もっとも、まだ単体で制御が出来てるわけじゃない。クロノさんのアドバイスで別の魔法と組み合わせたところ、なんとか制御できる状態になっただけだ。
 
 
 俺が機材を片付け、それをクロノさんが腕を組みながら眺めていると不意に艦内のアラームが鳴り響く。

『エマージェンシ、捜索域の海上にて大型の魔力反応を感知!』

 それと同時に、クロノさんの前に艦内通信のモニターが開く。

「クロノくん、ヴァンくん急いでブリッジに来て!」
「何かあったのか!?」

 慌てた様子のエイミィさんに、クロノさんが走りながら真剣な表情で尋ねる。
 俺も一歩遅れクロノさんについて行く。
 
「これを見て! 海鳴市近海の映像なんだけど!」

 画面が切り替わり、海の様子が映し出される。
 空は真っ黒な雷雲が立ち込め、海は巨大な波がうねっている。
 上空では黒衣の少女が、巨大な魔法陣と共に浮かんでいた。
 
 俺たちはブリッジに駆け込む。
 モニターの向うでは、3本の巨大な竜巻が巻き上がっていた。
 
「何とも呆れた無茶をする子だわ!」
 
 リンディ提督が艦長席で身を乗り出して声を上げる。
 そういえば、物語ではこんな展開だったっけ? 俺は物語を思い出しながらも、現実で無謀極まりない行いをやったフェイトに呆れを通り越して震えを感じていた。
 ロストロギアの封印は相当に消耗する行為なのだ。封印する前にあれだけ巨大な嵐を起こすほどの魔力を消費したら、普通は封印など出来なくなる。
 嵐の中を飛ぶだけでも、精神と魔力を削る作業なのだ。
 
「そうですね。間違いなく自滅します。あれは、個人で出せる魔力の限界を超えている」

 俺と同時にブリッジに飛び込んだクロノさんが、自分用のコンソールを操作しながら提督の言葉に答える。
 
「自滅を待ちますか?」
「そうね、可哀想だけどプレラ・アルファーノもいるみたいだしね」

 確かに、今回は初めからアルフだけでなく騎士の姿があった。
 儀式魔法こそ手伝ってはいなかったようだが、さすがに嵐を前に見ているだけとはいかないようだ。何とか嵐を相殺しようと悪戦苦闘している。
 
「あと一日あれば、武装隊が到着していたのだけど……」
「無いものねだりをしても仕方が有りませんよ。今のうちに捕獲の準備を……」
「まってください!」

 指示を出そうとしたクロノさんの言葉を、監視していたエイミィさんの声が遮る。
 
「探索域に侵入者が2名……、なのはちゃんとユーノくんです!!」
「な、なんだって!?」

 クロノさんが叫びを上げる。
 確かにモニターには学校の制服を着込んだなのはと、人間の姿のユーノが映っていた。
 なのははレイジングハートを掲げバリアジャケットをその身に纏う。
 
「アレックス! すぐに二人に呼びかけて!」
「先ほどからやってますが、呼びかけに応じません!」

 アレックスさんの叫びに、リンディ提督が厳しい表情をする。
 そして、クロノ執務官と俺に命じる。
 
「クロノ、ヴァンくん、悪いけどすぐに現場空域に向かって。クロノはプレラ・アルファーノとフェイト・テスタロッサの相手を、ヴァンくんはなのはさんとユーノくんを現場から引き離して!」
「了解です!」
「了解しました!」
「二人とも、無理をする必要は無いからね。最悪は今回の捕獲を諦めます」
「はい!」

 俺とクロノさんはブリッジを飛び出すと転送室に向かう。
 モニターの向うでは、二人の少女が巨大な嵐に立ち向かっていた。



[12318] 第9話(後編)
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:8716a64c
Date: 2010/03/22 09:18
第9話(後編)



 転送装置から吐き出されたクロノさんと俺は、目標空域の上空に転移を果たす。
 互いに顔を見合わせると、それぞれのデバイスを起動させた。
 
「クロノ・ハラオウン執務官、行きます! セットアップ!」
「ヴァン・ツチダ空曹、出ます! セットアップ!」

 一瞬光に包まれると、それぞれバリアジャケット姿に変わる。
 
「ヴァン、なのはって子はどんな子なんだ?」
「一途で真面目な子ですよ。まさかこんな事になるなんて」

 不覚としか言い様がない。冷静になって考えてみれば、なのはの行動は十分に予測できたはずだ。フェイトの事が気になってるって言っていたわけだから、あの子の性格なら少しぐらい危険でも首を突っ込むに決まっている。そしてなのはに負い目があるユーノは、それを止めるわけが無い。
 アースラと合流して事件から彼女達を遠ざけられたと、安易に安心してしまっていた。

「悔やむのは後だ。突っ込むぞ!」
「了解!」

 俺とクロノさんはそのまま分厚い雲を突っ切る。
 雲の下は暴風が吹き荒れ、雷が天から降り注いでいる。特に巨大な三本の竜巻を前に、フェイトは木の葉のように翻弄されている。
 騎士はなんとか嵐を相殺しようとしているようだが、接近戦が主体の騎士では容易に嵐に近づけないようだ。
 
「フェイトには近づけさせないよ!」

 雲の上から突っ切ってきた俺たちにアルフが向かってくる。
 
「させるかっ!」

 加速を上げて先行すると、アルフの牙をデバイスで受け止める。
 俺とアルフの魔力がぶつかり合い火花を散らす。赤い狼の青い目が俺を射抜く。
 
「坊や、あんた程度で私を止められるか!」
 
 そう叫ぶと、アルフはデバイスに噛み付き俺を振り回す。
 抵抗しようにも地力が違いすぎる。こういった力勝負では相変わらず俺に勝ち目は無い。
 でもっ!
 
『Force Saber Second』

 振り回された一瞬の隙にデバイスを魔力の剣とする。
 噛み付いていたデバイスが突如剣に変わったのだからアルフはたまらない。非殺傷設定なので大きな怪我は無いが、口の中が酷い事になったのだろう。痛みに悲鳴を上げて俺のデバイスから離れる。
 
「管理局! こんな時にっ!」

 騎士が嵐の相殺から離れ、俺たちの迎撃に向かってきた。鋭い切先を俺に向け、魔力光を纏い突進してくる。
 だが、そう簡単にはいかない。俺のカバーに回ったクロノさんの魔法弾が騎士に降り注ぐ。
 
「ヴァン! こいつは僕が引き受ける……、って、なにっ!?」
「覚悟さえあれば、この程度の魔法など!!」

 クロノさんが驚くのも無理は無い。騎士は魔法弾のダメージを受けながらも突進を止めないのだ。
 バリアジャケットが破け相当の魔力ダメージを受けながらも騎士の動きは揺るがない。クロノさんの攻撃が回避できないなら、耐えて一撃必殺を狙うつもりなのか!?
 俺とクロノさんは慌てて回避をする。俺達が寸前までいた場所を、騎士の剣が通り過ぎる。
 雨霰のように降り注ぐ魔法弾を受けながら突進を続けるなんて呆れたタフネスだ。

「礼は言わないよ!」
「言われるまでも無い」

 体勢を立て直したアルフが俺たちに対して身構える。流石に懲りたのか今度は人間形態だ。

「執務官、どうしますか?」
「変わらない。ヴァンは使い魔の追撃をかわしたら二人を事件現場から引き離してくれ」
「了解です」

 クロノさんが俺に指示を出していると、騎士がこちらを睨んでくる。

「貴様らは、あの年頃の少女がこれだけの無茶をしているのに邪魔しに来るかっ! どうせ、自滅を狙って漁夫の利を得ようとしていたんだろう!」
「君達が罪を犯している以上、こちらも容赦はしない。ただそれだけだ」

 叫ぶ騎士に、クロノさんが冷たく答える。そりゃあんな無茶をする前に止める事ができるなら最高だろう。できるならそうしている。
 だが、俺たちは限られた人員と予算の範囲内でベストを尽くさなければならないのだ。罪を犯している彼女に対する配慮の優先順位はどうしても低くなるに決まっている。
 
「たった一人の少女も救えないで、彼女の悲しみも理解できないでっ!」

 騎士はそう叫ぶと、アームドデバイスに魔力を収束させる。
 魔力が剣に集い、長大な漆黒の刃となる……って、フォースセイバーやフェイトの雷の刃と同系列の魔法か!?
 騎士は巨大な剣を一振りする。

「そんな個人的な事情、いちいち子供の理屈に構ってられるかっ!」
『Stinger Blade Execution Shift』

 クロノさんは魔力の剣を避けると、大量の魔力刃が騎士に降り注ぐ。
 魔力刃が小爆発を起し視界がふさがれる。
 
「ふざけるなっ! なのはが理解できた事を何故お前らは理解しようとしない!」
「だったら、それを何とかするのは身近にいる人間の役目だろう!」

 クロノさんが派手な魔法を使ったのは、俺の動きを騎士の目からそらすため。
 俺は飛行速度を上げると、二人の少女のいる空域に向かう。
 
「フェイトのところには行かせないって言ったよ!!」

 そんな俺にアルフが追いすがる。振り上げた拳が俺の頬を捉えた!
 強い衝撃に、俺は体勢を崩し水面近くまで落下する。クラクラする視界をなんとか気力で持ち直し、周囲を見渡す。
 
 俺は何とか体勢を立て直すと、海面を擦るように後退する。
 俺の軌道にそって、白い高飛沫が巻き上がる。
 
「逃がさないよ!! こんなセコイ目くらまし!」

 そんな俺にアルフが追撃にきた。海水のカーテンを突き破り、アルフが迫ってくる。
 俺はその攻撃を何度か回避し、シールドを張って受け止めた。
 シールドと拳がぶつかり合う。魔力同士が反発する。
 アルフは拳に更なる力を込めた。俺に対しては力押しで押し切れると判断したのだろう。
 
 だけど甘い! 
 
 俺はシールドが破られる刹那、加速魔法を発動させその場から離脱する。
 アルフは急に相手がいなくなり僅かに体勢を崩す。もっとも、それは本当に僅かで、すぐに体勢を立て直せる程度のものだった。

 本来なら俺に対して追撃をかけられただろう。だが、体勢を立て直したアルフに、騎士が回避したクロノさんの砲撃魔法が迫り来る。
 そう、俺は闇雲に動き回っていたわけじゃない。クロノさんと騎士、それにアルフが一直線に並ぶように誘導していたのだ。俺が回避をせずに防御に回ったのも、アルフの足を止めるためだ。
 騎士とフェイトたちが連携が出来ていれば、こんな誘導など出来なかっただろう。
 
 直撃だけはなんとか回避するが、アルフは余波で吹き飛ばされる。
 気を失うほどじゃなかったようだが、あれではすぐに動けまい。
 
 俺はダメージでふらつくアルフを放置すると、なのはとユーノのいる場所に向かった。
 
 
 
 ちょっとした高層ビルほどの太さがある竜巻に、なのはやフェイトほどの魔術師でも手が出せないでいる。
 物語ではバンバン封印していたような気がするがやはり現実には難しいのか、ユーノが竜巻をバインドで縛り上げようと四苦八苦していた。
 なのはとフェイトは何かを話しているようだ。ピンク色の輝きがバルディッシュに吸い込まれている所を見ると、魔力を分け与えているのだろう。
 
 俺はとりあえず暴風に煽られ体勢を崩しているユーノのところに向かう。
 悪天候での飛行は魔力と経験がものを言う。
 なのはやフェイト、騎士はその膨大な魔力で耐える事が出来るだろう。俺は仕事柄、何度も悪天候下での飛行を経験している。クロノさんにいたっては魔力も経験も十分だ。
 ここにいる中で一番危ないのはユーノとなる。よっぽどの物好きでもない限り、悪天候での飛行は避けるものだ。鳴り物入りの新人が嵐に巻き込まれ、飛行制御を誤り墜落なんてのは珍しい話じゃない。
 俺は速度を上げると、ユーノの傍にやってきた。
 
「ユーノ! なにやってるんだ!!」
「ヴァン!」

 怒鳴り声を上げる俺に、ユーノは一瞬だけ喜んだような表情を見せ、次に怒りの表情に変わった。
 って、なぜ?
 
「ヴァン、何で来たんだよ!?」
「何でも何も、お前たちが危ない事をしているからだろう!」
「何を言っているんだよ! 管理局の船に乗ってからずっと連絡一つよこさないで! なのはや……僕達がどれだけ心配したと思っているんだよ!」

 うっ、それを言われると辛い。実際、連絡取らなかったし。

「何言っているんだ! ユーノたちだって連絡よこさなかっただろうが!」
「あんな状況でなのはが連絡取れるわけ無いだろう! なのははずっと気に病んでたんだよ!」
「そりゃ連絡取らなかった俺も悪いけど、だからってこんな危ないところに来る理由にはならないだろう!」
「ヴァンだって知ってるだろう、なのはがあの子のこと気にしているって!」

 なんか、だんだん話していて腹が立ってきた。
 こっちは仕事で命を懸けてるんだぞ。何のために人が命を懸けていると思ってるんだ。

「だからって止めるのがお前の役目だろうが!」
「止められないよ! なのはをこの事件に巻き込んだのは僕たちだろう! 彼女があの子と話したいっているなら、力を貸すべきだろう!」
「んな子供の理屈に付き合ってられるか! 危ないんだぞ! 巻き込んだって言うなら止めろよ! 二言目にはなのはなのはって!!」
「大人ぶって! 無茶ばっかりして足を引っ張っているのは君だろう!」
「んだと! 民間人を危険に晒せるかっ! 一人でロストロギア探しに来たのはどこのどいつだ!」
「その民間人に散々頼ったのは誰だよ!」

 俺とユーノは、状況を考えずににらみ合う。
 
 この時俺とユーノは、状況も、歳も、なにもかも忘れて喧嘩をしていた。
 管理局員失格だとか、僕としたことはとか、そんな情けない言い訳を口にするほど、これは後に恥ずかしい思い出となる。
 そして、少年たちの喧嘩に割って入った不幸な人物が一匹、フェイトの使い魔アルフだ。後に、この時の事を俺たち二人はアルフとリンディ提督、ついでにエイミィさんに散々からかわれる事になるのだが、それはまた別の話だ。
 
「あんたらぁ! 何やってるんだっ!」

 拳を振り上げ、魔法弾を放ちながら襲い掛かってくるアルフに、俺たち二人は何も考えず同時に叫んでいた。
 
「うるさいっ!! 今大切な話をしているんです!」
「やかましいっ!! 大切な話をしているんだっ!」

 ユーノが振り向くと竜巻に対してのバインドを維持したまま、アルフにバインドをかけた。アルフは避けようとするが、何重にも絡まった魔力の鎖にからめとられる。
 そのバインドが解けるよりも早く、俺はすれ違い様にアルフをフォースセイバーで斬りつけた。
 まともに攻撃を喰らい落下していくアルフに、再度ユーノのバインドが決まる。
 俺は下からアルフに向かって魔法弾の雨を浴びせた。
 
「ちょ、あんた達っ! きゃあああっ!」

 吹っ飛ばされ悲鳴を上げたアルフは、突如出現したユーノの張ったシールドにぶつかり落下してくる。
 そこに俺が踏み込んで、フォースセイバーを突き立てた。
 
 光の刃だけ残し、俺はアルフから離れる。
 最後に起爆の言葉を口にした。
 
「ブレイク!」

 そして起こる爆発。
 気を失ったアルフは海面に向かい、ゆっくりと落下していった。
 
「ユーノ、話の続きだ!」
「こっちこそ話があるよ、ヴァン!」

 お互いに睨みあう俺たちだったが、割り込んできた念話に中断させられた。
 
【何をやってるんですか! ヴァン空曹! ユーノくん!】

 大音量の念話を飛ばしてきたのはリンディ提督だ。
 
【ヴァン空曹、あなたはもう少し大人だと思っていたようですが違うようですね。管理局員としての誇りはどうしたんですか!】
【申し訳ありません】
【ユーノさんも、立派な心掛けがある子だとおもっていましたが、何を考えているの!】
【す、すいません】
【まぁ、お説教は後でまとめてやりましょう。状況が変わりました、ヴァンくん、ユーノくん。二人ともなのはさんのサポートを】

 その言葉に、俺たちは竜巻を目にする。
 いつの間にか、ちょっとしたビルどころか、ちょっとした山ほどの大きさになっていた。
 
「これって……」
「まずいよね……」

 流石に青くなる俺たちに、リンディ提督の声が聞こえてくる。
 
【これより、なのはさんとフェイトさんが同時に封印魔法を飛ばします。貴方達はこの竜巻をバインドで封じてください】

 よく見ると、クロノさんや騎士も戦いを止めて嵐に向かって砲撃を叩き込んでいる。
 これはかなりまずいらしい……。アースラから送られてきたデータでは、次元崩壊寸前らしい……。
 
【これより、カウント0で私がこの空域に封印を仕掛けます。ヴァン空曹、ユーノくんは同時にバインド、クロノとプレラ・アルファーノは砲撃で嵐を相殺。なのさんとフェイト・テスタロッサはジュエルシードの封印を。なお、この協力はジュエルシード封印までの間となります】
【かまわん。地球崩壊は私の本意ではない】
 
 リンディ提督の提案に、騎士が頷く。
 
 そして、作戦は始まる。
 エイミィさんの数えるカウントが0となる。
 
【3、2、1、0】
【はあっ!!】

 リンディ提督の気合の声が響く。
 その声に呼応して、周囲の空間が凍りつき、時間が停止する。
 竜巻は不気味にその動きを止めた。
 
 俺とユーノの魔法が同時に飛ぶ。
 互いにわだかまりが無いわけではないが、嫌というほど息はぴったりだった。
 
「ストラグル!」
「バインド!」

 俺とユーノが飛ばしたのは、封魔拘束魔法であるストラグルバインドだ。
 動きと同時に魔法を封じる上位のバインドなのだが、射程が短く拘束能力も低いなど問題も多く使いでに乏しい魔法だ。実は俺なんかがまともに使える簡単な魔法じゃないのだが、動かない相手なら十分拘束できる。
 今回の目的を考えれば、この魔法が一番ベストなバインドだろう。

 二色の魔法の縄が竜巻を拘束し、その力を削いでいく!
 
「スティンガーブレイド・エクスキューションシフト!」
「天剣魔斬!」

 クロノさんと騎士の魔法が竜巻に向かい飛んでいく。
 無数の刃が竜巻を切り裂き、騎士の剣から放たれた漆黒の刃は竜巻を切り裂く。
 巨大な竜巻の中に、何か輝くものが見える。
 
 そして、最後に控えていたなのはとフェイトが、互いの砲撃魔法を放つ。
 
「お願い、レイジングハート! ディバイン……バスター!!」
「いくよ、バルディッシュ。サンダァァァァァァ、レイジィィィィ!!」

 ピンク色の魔力光と金色の稲妻が竜巻の中に隠れる災厄の根源を貫いた。
 
 
 
 嵐が収まった後、とりあえずは気だるい空気が流れていた。
 一時停戦は嵐が収まるまでとなっていたが、嵐の相殺に全員魔力を消費しすぎてすぐに戦闘とはならないのだ。
 この気だるい空気は水中に沈むジュエルシードが浮かび上がってくるまでだろう。
 
 なのはとフェイトは少し離れた上空で何かを話しており、クロノさんと騎士は互いに隙をうかがいにらみ合っている。
 そして、俺とユーノはというと……。
 
「ふん」
「……」

 互いに目を合わせずにいた。
 我ながら子供相手に大人気ないとは思うが、どうしても感情が制御できないのだ。前々から精神年齢が身体に引っ張られている気はしていたのだが、今回はかなり酷い。
 冷静になるべきだ、俺は必死にそう考えるが、どうしても頭がかっかする。
 そう、冷静になって考える……考える……。
 
 そういえば、何か忘れている気がする。
 俺がそう思った瞬間、収まりつつあった暗雲が再び集まりはじめる……。
 
 俺はそれを見た瞬間に魔法を使っていた。
 
『Flash Move Action』

 俺は加速魔法を最大速度で飛ばすと、なのはとフェイトのいた場所に現れる。
 そして考えるよりも先に、二人を全力で突き飛ばしていた。
 
「ヴァンくん!?」
「ええっ!?」
 
 二人は驚きの表情を浮かべながら海に落下していくのを見て俺は少し安堵する。
 そして次の瞬間、一瞬前までなのはとフェイトのいた場所……そして、俺が今いる場所に紫の雷が突き刺さった。
 
「うああああああああああああああああああっ!!」

 その衝撃に、俺の口から悲鳴がもれる。
 血が沸騰しそうだ、意識がどんどんと薄れていく。
 
 落下していくフェイトを、いつの間にか意識を取り戻していたアルフが受け止める。
 俺に向かってクロノさんとなのは、ユーノと騎士が向かってきた。

 位置が近かったのはなのはと騎士だ。
 
 なのはと騎士の手が俺に触れた? そう思うのと同時に、俺の意識は闇に沈んだ。



[12318] 第10話(序幕)
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:8716a64c
Date: 2009/11/06 18:09
第10話(序幕)
 
 
 
 アースラのブリッジに怒号が飛び交う。
 
「逃走するわ! 捕捉を!?」
「駄目です! 雷撃で次元追尾システムが機能を停止!」
「プレラ・アルファーノが転移! ヴァン空曹と……なのはちゃんも転移に巻き込まれました!」

 予想外の事態にリンディは腰を上げる。
 次元跳躍攻撃に真っ先に対応したのは、この場にいる魔導師の中で一番力量に劣るヴァン空曹だった。
 彼は身体を張って二人の少女を守り、雷に打たれ撃墜された。意識を失い落下していくヴァン空曹をプレラ・アルファーノが受け止め転移する。

「機能回復まであと25秒、追い切れません!」
「敵使い魔とクロノくんが交戦! 使い魔撤退! クロノくんはロストロギアを確保した模様!」

 次々と飛んでくる報告に、リンディは力なく椅子に腰をかけた。
 
「機能回復まで対魔力防御、次弾に備えて」

 もっとも、まず次は来ないだろう。勘がそう告げている。
 
 なのは達の乱入は十分予測できたはずだ。あの年頃の子は時として驚くほど無茶を行なう。行動を躊躇させるような経験が無いからだ。それは純粋な思いの発露なのかもしれないが、だからこそ危険というものに驚くほど鈍感なのだ。
 二人とも大人顔負けの優秀な魔導師だ。それゆえに、二人ともまだ学生であり子供だと言う事を軽視していた。
 今回のヴァン空曹のユーノとの口喧嘩は局員として軽率だ。アースラ乗艦後はなのはたちと連絡を取っていなかったいうのも少しまずいだろう。だが次元震以降の彼を取り巻く状況は彼一人の手に負える状況ではなかった。その間どれだけ緊張を強いられてきただろうか。
 アースラ合流で気が弛み、気が回らなくなるのも予測できたはずだ。いや、そもそも彼に彼女たちのフォローを命じなかったのは自分だ。
 
 そこまで考えて、リンディはこの事を考えるのを止めた。自らの甘さや失態を悔やむのは事件が終わってからだ。
 
「艦長! すぐに追跡を!」
「クロノ、本艦は魔法攻撃により機能の一部が停止、追尾は出来ませんでした」
「それでしたら、転移痕を辿って!」

 必死に訴えるクロノに対し、リンディは冷静に切り返す。
 
「それは許可できません。システムのサポート無しでは不確かな上に、消耗が激しすぎます」
「しかし!」
「命令よ、クロノは戻ってきて。それとユーノくんもこちらに連れて来てね」
「了解です……」

 厳しい表情をしたクロノが不承不承納得したと言う。
 真面目すぎて感情表現が苦手なところがある子だが、その実情にもろい子だ。たった3日とはいえ自らが指導した子が攫われたのだ、冷静ではいられまい。
 だが、闇雲に動くわけにはいかない。誘拐した以上、何らかのアクションを起すはずだ。転移に巻き込まれたなのはの事もある。
 慎重に、かつ大胆に動く必要が有るのだ。

「しかし、なんでヴァンくんを?」

 リンディは小声で呟く。
 墜落しているから助けた……、捕まらないよう転移した……、なら話は簡単だ。今頃適当な場所で開放されているだろう。一局員をつれまわす意味など無い。まして、助けておいて別の場所で殺すというのは考えにくい。
 しかし、殺傷設定の魔法を振り回す男が撃墜された局員を助ける理由とは何なのだろうか?
 彼の身柄を交渉に使う? 馬鹿馬鹿しい。そんな交渉に応じる訳がない事ぐらいわかっているだろう。応じる様に見えても、後々追跡が執拗になり面倒になるだけだ。一時は管理局に身を置いていたのだから、それくらいわかっているはずだろう。

 無論なのはを人質に使ってくる可能性もある。だが、なのはが転移に巻き込まれたのは偶然だ。
 ヴァンを連れて行った理由とは関係ない。
 
「まだ、色々と裏がありそうね、この事件……。エイミィ、悪いんだけどなのはさんのご両親に連絡を。私が事情を説明に行きます」

 リンディはポツリと呟く。長い24時間の始まりであった。



「ヴァン・ツチダは医者に見せた。もう大丈夫だ」
「ありがとうございます。ごめんね、レイジングハート」
『Don't worry』

 なのははバリアジャケットを解除すると、待機モードのレイジングハートを騎士に手渡す。
 うつむくなのはに、プレラはかける必要の無い言葉をかけていた。
 
「医者の見立てではあと数時間で目を覚ますそうだ。後遺症も無いらしい。暫く不自由だろうが、こちらの部屋を使ってくれ」
「はい」

 転移に巻き込まれたなのはは、プレラやヴァンと共に時の庭園に転移していた。
 本当なら一暴れをしても良かったのだが、戦うにはヴァンの傷が深すぎた。レイジングハートの見立てでは、放置しておけば死んでしまうほどの深手を負っていたのだ。
 プレラも同じ判断をしたのだろう、ヴァンを治療する代わりに降伏を呼びかけた。
 結局ヴァンの治療を条件に、なのはは降伏したのだ。

「ヴァンくんに会わせては……」
「すまないが今はできない。君は偶然巻き込まれた客人だが、彼は明確に敵だからな」
「そうですか……」

 ちょっとしたホテルのスイートルーム並みの一室だ。出歩けない事を除けば不自由は有るまい。プレラはそれ以上彼女に声をかける事無く部屋を出ていこうとした。

「あの、なんでプレラさんはフェイトちゃんと一緒にいるんですか?」 
 
 だが、出る直前にかけられた声に足を止める。
 なんと答えるべきだろうか。組織からの命令と言うのも確かにあるが、なによりも彼女が可哀想だと感じたからだ。
 
「彼女がジュエルシードを集めるのを望んでいたからだ」
「でも、集めている時のフェイトちゃん。とっても悲しそうで辛そうだった……」
「それは……」

 当たり前の話だ。彼女は本質的に優しい少女で、人を傷つける事など望んでいない。
 
「彼女の母親が、それを望んでいるからだ」

 プレラはそれだけ言うと、なのはの答えを聞く事無く部屋から出て行った。

「くそっ!」

 何もかも上手くいかない。
 ジュエルシードは原作よりも少ない数しか集められず、あの夜以来フェイトとの関係も上手くいっていない。
 さらに、なのはに事情を話しこちらの味方に引き込もうかと考えたが、それが出来なかった。話す事すら出来なかったのだ。

 プレラは部屋から出ると廊下の壁を叩いた。
 
 腹立たしい。本来ならフェイトたちの変わりに雷を受けるのは自分のはずだった。自分なら耐えられる、その自信があった。
 だが、現実はどうだ。クロノとにらみ合っていた自分は出遅れ、フェイトたちを庇ったのはあの管理局員だ。あの欲望まみれだと思っていた男だった。
 奴は本当に我が身を省みず、フェイトたちを庇って死にかけた。
 
 何より腹立たしいのは、奴に対し負けたと感じた自分がいること。
 そして、落下していく奴を受け止めたとき、生きている事に安心してしまった自分がいることだ。



 その時、プレシア・テスタロッサの感じた感情は何だったのだろうか。
 絶望か、それとも激怒か。
 
 結局、あれだけ言っても集められたジュエルシードはたったの4つ。
 次元震を引き起こすだけならまだしも、目的を果たすには圧倒的に足りない。
 
 虚数空間を渡り、彼の地に行くのならば最低でもこの4倍、いや5倍は欲しい。
 最低でも事前に1回は次元断層を引き起こし虚数空間を観測、測定しなければ、伝説の地にたどり着く事など出来ないだろう。
 
 このような無様な結果しか残せなかった人形には罰を与えなければならない。
 チクリと、心の片隅に痛みを感じながらもプレシアはその狂気に身をゆだねようとした。
 
 だが、フェイトを拘束していた部屋に入るなり、彼女は地に膝を付き崩れ落ちる。
 
 部屋の中央には、たしかにフェイトは拘束されていた。
 黒いマント、黒い拘束衣のような衣服、あの子と同じ顔……確かにフェイトだ。
 
 だが、間違ってもフェイトは身長180センチ以上ある男ではない。
 つーか、腹筋が割れている男がフェイトと同じ衣装など着ても、そっちの趣味が無いプレシアにはただひたすらに気持ち悪いだけだ。
 あの頭に被った饅頭のようなフェイトの顔をしたお面は何なのだろう? 張り付いた笑顔が妙にむかつく。
 
 部屋に入る前に感じていた、あらゆる感情などその姿を見た瞬間吹っ飛んだのは仕方ないだろう。
 
 どれくらい衝撃を受けていただろう。プレシアは何とか気を持ち直すと、出来る限り冷静に聞こえるように声を出す。
 
「何をやってるのかしら、あなたは……」
「母さん……」
「あんたに母親呼ばわりされるいわれはないわっ!!」

 キレた。手に持った鞭で思いっきりぶん殴る。
 
「あぁん」
「気持ち悪い声を出すんじゃないの!」
「えー、そんな」
「んーんーんー」
「むぅーむぅーむぅー」

 だめだ、冷静になれ。プレシアは深呼吸をしながら、部屋の片隅から聞こえるくぐもった声に首を向ける。
 そこには、荒縄で縛られ猿轡を噛まされたフェイトとその使い魔が仲良く転がされていた。
 自分と同じ格好をした変態を目にして、フェイトは滝のような涙を流している。大嫌いな人形のはずなのに、思わず同情しそうだ。
 
「もう一度聞くわ……、何をしているのかしら?」
「むち打ちだと聞いてやってきました。ゆっく……」
「うるさいっ!」

 とりあえず、皆まで言わせず全力で吹っ飛ばした。
 爆音と共にゴロゴロと部屋の外まで転がっていったが、かの伝説の一族の事だからどうせ死んではいないだろう。
 
「はぁはぁ……、魔法プレ……」

 とりあえず、色々と疲れたので部屋に戻って休む事にした。これ以上はかまうだけ疲れるだけだ。外から聞こえてくる妙な声など無視しよう。
 そう、考えなきゃならない事は多い。あの盟主の申し出をどうするか検討せねば……、人形などに構っている場合ではないのだ。



「まったく、あの変態め。人を縛りやがって! 見つけ次第ぶん殴る」
「アルフ、お、落ち着いて」

 結局、フェイトとアルフの二人が拘束から抜け出せたのは暫くしてからだ。
 巻き寿司のような簀巻きにされていたフェイトはともかく、匠の技を極めた妙な縛り方をされていたアルフは怒り心頭だった。
 
「腕に痕が付いたよ……フェイトは大丈夫かい?」
「うん、中に布団を挟んでくれていたから」
「この待遇の差は何さ?」

 自分の腕に付いた痕をさすりながら、アルフがぶつくさ呟く。
 そんなアルフを微笑ましげに見ていたフェイトだったが、不意に表情を曇らせる。結局集められたジュエルシードは全部で4つ。全体の五分の一にも届かない数だ。母があきれ返るのも無理が無い。
 特に最後は最悪だった。あれだけ大魔法を使いながら、結局は一つも回収できなかったのだ。
 
「でも、ジュエルシードが……」
「フェイト、何落ち込んでるのさ。奪い返せばいいじゃないか」
「でも……」
「大丈夫、なんとかなるって」

 アルフは安請け合いをしながらも、ジュエルシード集めは止めるべきではないかと考えていた。
 危険が大きいし、なによりプレシアが何を考えているのかわからない。今回は管理局の坊やが割り込んできたから良かったものの、下手をすればフェイトが大怪我をするところだったのだ。
 プレラの奴は結局は途中でどこかに消えちまうし……。あの管理局員には可哀想だが、本当にフェイトに怪我が無くてよかった。
 
 落ち込むフェイトを慰めようと必死に話しかけるアルフだったが、ぐーっという情けない音がおなかの辺りから聞こえてくる。
 
「あれ?」

 その音に、フェイトは軽く微笑む。
 
「ふぇ、フェイト、こ、これはその……」
「そうだね、ずっと大変だったからご飯にしようか、アルフ」
「う、うん。じゃあちょっと私が取ってくるか、フェイトは部屋で待っていてくれよ」

 照れ臭いのかアルフは顔を真っ赤にしながら早口でまくし立て、フェイトはその言葉に従った。



 時の庭園の一室から誰かの話し声が聞こえてくる。現在この庭園にいるのは、自分達と変態を除けばプレラの仲間が1人いるだけだ。だが、次元通信室に一体何の用なのだ?
 別に盗み聞きをする気は無かったが、獣の鋭さを誇るアルフの耳にはその声がはっきりと聞こえていた。
 
「盟主、プレシアはこちらの要請に応じ、人形の引渡しに応じるようです」
『それは僥倖だな』
「しかし、盟主。なぜ殺すつもりのフェイトを引き取りたがるのですか?」

 殺す? 今なんと言った?
 
『君もわかっているだろう。彼女はプロジェクトFの数少ない完成形で、データは貴重なのだよ。いずれは不確定要素として殺すにせよな』
「物好きな事を、データだけなら回収も終わっているでしょうに」
『まぁ、そうなのだがね。彼から提供される技術だけというのも心もとないだろう。最終的には敵対する可能性が高いのだからな』

 話している内容は半分もわからない。
 だが、はっきりとわかる内容が一つ。フェイトを“殺す”だと!?
 アルフは考えるよりも先に、通信室の扉を蹴り破っていた。
 
「あんたらっ!」

 その勢いのまま、通信室にいた女に殴りかかる。
 だが、女の張ったシールドに防がれ、大きく跳ね飛ばされた。
 
「くあああっ!」
「あらあら、盗み聞きなんていけない狼さんだ事」
「今なんて言った! フェイトに何をするつもりなんだい!!」
「聞こえていたなら簡単ですわ。あのお人形さんはプレシアから譲り受ける事になったんですの。だから、切り刻んで中をぐちゃぐちゃに調べる事にしたんですわ」

 慈愛の笑顔を浮かべながら、シスター・ミトを名乗る女は語る。
 その声は優しく、まるで子供に絵本を読んであげるようで、だからより一層おぞましかった。
 
「なんだとっ! ふざけるなあっ!!」

 再び拳を振り上げるアルフであったが、不意に巨大な衝撃を受けて後ろに吹っ飛ぶ。
 シスター・ミトの手の中には、いつの間にか巨大な戦斧……ハルバード型のアームドデバイスが握られていた。
 
「あらあら、予想以上に頑丈です。真っ二つにするつもりで振るったのに」
「げふ、げほっ……」

 感心したように呟くシスター・ミトに、アルフは一言も返せない。
 先ほどの衝撃が強すぎて、呼吸を整えるのがやっとだ。たった一回切りつけられただけなのに、全身がずたぼろだ。肋骨の2~3本は確実にひびが入っている。
 
「じゃ、今度は首を刎ねましょうね。動かないでくださいよー」

 歌でも歌うような声を上げながら、シスターは戦斧を大きく振りかぶる。
 だが、アルフは咄嗟に地面に手を触れると、魔法陣を展開する。この傷では……せめて、逃げないと……。
 
 爆音が響き、粉塵が上がる。
 
「あらら、逃げちゃいましたか」

 居なくなったアルフに、シスター・ミトが楽しそうに呟く。
 
【ご苦労だったな、シスター】

 そんなシスター・ミトに、盟主から念話で言葉がかけられる。

【盟主のお願いどおり、情報は渡しましたよ。本当に、回りくどいお遊びが好きですわね】
【なに、既に欲しいものは手に入れているのだ。あの二人は後10年は生かしておく必要がある以上、精々遊ばないとな】
【本当なら半年で始末してもいいでしょうに、その酔狂な意見には同意しかねます】

 呆れ声を上げるシスター・ミトに、盟主のからかうような声が聞こえてくる。
 
【君が言うかね。弟子に任せれば良いのに、時の庭園に乗り込んで事の顛末を見届けようとしている君が】
【あら、私は自分で仕込んだものの結末はこの目で見ることにしていますの。これは酔狂ではなくポリシーですわ】
【それが酔狂と言うのではないのかな?】
【盟主ほどではありませんわ。盟主もここに居るのでしょう。ずいぶんと上手くお隠れのようですが】

 返ってきたのは言葉ではなく、盟主の含み笑いであった。
 シスター・ミトは呆れながらも、微笑を浮かべた。
 
 

「アルフ……?」

 ふとフェイトはベットから起き上がる。
 アルフを待っている間に、どうやらウトウト眠ってしまっていたようだ。
 周りには誰もいない。
 アルフは戻っていないようだ。ふとフェイトは首を上げる……時計の針は1時間過ぎていた。
 あまりにも遅い……何が……?
 
 不意に、ベットに座っていたはずの彼女が転げ落ちるほどの衝撃が部屋を襲う。
 それが、時の庭園自体を揺るがす衝撃だと気が付くのには、少しだけ時間がかかった。
 
「な、なに?」

 時の庭園に異常事態を知らせる警報が鳴り響く。
 慌てて手元のモニターを開く。そこには、大量の警備用の傀儡兵の残骸が無残にも転がっている。

 そしてその先には、白いバリアジャケットに身を包んだ少女が立っていた。
 
 
 
「艦長!」

 あの海上決戦からすでに15時間が経過。武装隊も10時間前に到着、システムも復旧して現在周辺の捜査に当たっているところだった。
 
「どうしたの? エイミィ?」
「管理局でのみ使用されているコードをキャッチ! このコードは……ヴァン空曹です!」

 その言葉に、リンディは腰を上げる。
 
「発信源特定は?」
「出来ています。って、この魔力反応は……なのはちゃんが戦闘中の模様です!」

 行方不明になっていた二人の生存に、艦内は色めき立つ。どうやら素直に捕まっているような二人ではなかったらしい。どうやら相手の本拠地と思われるところで大暴れの最中のようだ。
 あの二人が無事だった事は嬉しいが状況がよくないらしい。
 リンディは意を決すると、次々に部下に指示を出してゆく。
 
「武装隊はルートを確保次第すぐに出動、二人の救出を最優先に。クロノ、ユーノくんもすぐに出れるようにして!」
「了解です」
「は、はいっ!」
「相手は次元跳躍攻撃を行えるほどの魔導師よ、皆気をつけて」

 かくして第97管理外世界地球を舞台としたPT事件は最終局面に入る。
 それは同時に10年の長きにわたる事件の幕開けでもあった。



[12318] 第10話(前編)
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:8716a64c
Date: 2010/03/22 09:56
第10話(前編)



 まず最初に感じたのは、冷たい石の床の感触だった。
 俺はぼんやりする意識の片隅で、最近こんなんばっかだなーなどと、暢気に考えていた。管理局に入局して3年経つが、此処一月だけで3年間の撃墜回数の5倍ぐらい落ちている。
 まぁ、生きているだけラッキーと思おう。俺を除くと最低魔導師ランクがユーノのAだなんて事がどっかおかしいのだ。ある意味レアスキルより貴重な戦闘可能Sランクオーバーの魔導師が、こんな管理外世界の事件に2人も関わっているなんて普通はありえない。
 
 俺はミッドに帰ったら絶対に有給を取ると心に誓いながら、周囲の様子をうかがう。
 
 まず確認するのはデバイスだが、やっぱりない。ついでに見回すと、部屋にはしっかりと鉄格子がはめられている。
 アースラに回収されたなら冷たい石の上じゃなくて、清潔なベットの上で目覚めているはずだもんな。気を失う直前、騎士に回収されたような気がしたのだが、気のせいじゃなかったようだ。
 
 俺は次に身体の具合を確認する。相変わらずあちこち痛いが、とりあえず動くようだ。
 どうやら良い医者か凄い回復魔法がかけられたようだ。はたして死にかけた事の不運を呪うべきか、運良く回復させてもらっている事の幸運を喜ぶべきか悩むところだ。
 まぁ、帰ったら人間ドック行きは確定だろう。10歳にも満たないで廃人は勘弁願いたい。
 
 俺は身体が動く事を確認すると、とりあえず立ち上がって屈伸運動をする。
 動きにとりあえず問題は無い。
 さてと、まずは鉄格子の調査かな。電流でも流されてたら目も当てられない。
 俺は上着を脱いで鉄格子に投げてみようとして、手を止める。ふと上着の内ポケットを探ってみると、P1Sが出てきた。

「ボディチェックを忘れたとは思いにくいよなぁ……罠かな?」

 あるいは俺程度が暴れても、間単に取り押さえられる自信があるだけなのかもしれない。ぶっちぎりで弱いという自覚があるだけに、この考えは否定できない。今更俺に罠を張る意味があるのかという問題もある。
 考えてもしかたない。
 とりあえず待機モードだったデバイスを起動させる。
 10年前のデバイスはパーツが無かったからだろうか、微妙に形状が変わっている。基本的には汎用型らしい出っ張りの無いフォルムだが、先端部分に射撃型より小さな魔力増幅用らしき金属パーツが付いている。返却のつもりだったから、射撃型に戻したのかもしれない。
 
「ステルスサーチ」

 俺はとりあえずサーチャーを飛ばす。今回使うのは相手の拠点である可能性を考え、隠密性を高めたサーチャーである。って、手ごたえが少しおかしいような?
 とりあえず鉄格子は……何の仕掛けも無いのか、普通に壊せそうだ。
 少し探索範囲を広げる。どうやら次元航行艦らしい。いや荒れてはいるが、妙に広い……船じゃない? 移動式の次元庭園か……。
 さらに探索範囲を広げる……、覚えのある魔力反応って……なのは!? って、なんでなのはが!? それにフェイトが寝ている……って、名前は忘れたけど、ここってプレシア・テスタロッサの本拠地だった移動庭園かよっ!?

 俺はそこまで推測すると、慌ててサーチャーを消した。
 隠密性にはそこそこ自信があるが、だからって限定SSランク魔導師相手に通じるか試す気は無い。
 しかし、ジャミングはかかっていなかったし、監視している様子も無い、鉄格子も魔法的な処理がまったくなされていないと、まるで抜け出してみろといわんばかりだ。まぁ、フェイト達だけなら荒事は素人だからで通じるんだけど、まさかあの騎士までそんなボケをかますとは考えにくいしなぁ。
 
 さて、どうするか。
 なのはがいた部屋はクラシック調の立派な部屋だった。ちょっとしたホテルのスイート並だ。今でこそ荒れ果てているが、移動庭園の持ち主は趣味が良かったのだろう。
 ついでにすごい高給取り。たぶんベット一つだけで俺の一ヶ月分の給料が消し飛ぶ。
 あっちは監視されている可能性があるから、迂闊に念話とはいかない。一番ベストなのは、なのはと合流後にどこかにあるだろう転送機を使用して脱出する事だ。そこまでできなくても、次元通信が出来る場所を探して連絡すればアースラが動く。
 運が良ければ、なのはが魔法を使っただけで気が付くかもしれない。
 
 とりあえず、なのはだけでも逃がさないとなぁ……。

 俺はもう一度サーチャーを飛ばすと、誰も監視していない事を確認する。機械的な罠も無い。
 俺はデバイスを構えると、フォースセイバーを起動させた。

『Force Saber Second』

 ぐん、という普段とは違う手応えと共に、デバイスが光の剣に変わる……って、ちょっとまて?
 魔法の発動と共にデバイス先端部分の金属板がスライドしてきて、十字架のような形の鍔に変形した。さらに、握りの部分も微妙に持ちやすくなってるし、フォースセイバーの威力も上がっているような……。

 俺は慌ててデバイスのデータを引っ張り出した。
 
 ……って、マリーさん、これのどこが『少しいじった』だよ……。フレーム以外ほとんど別物じゃないか。
 処理速度は50%増し、容量や魔力増幅率も上がっている。オプションに機能最適化用の簡易自己判断機能や、俺が得意とする力場系魔法の強化システム、……って、うわぁ……こんなものまで付いているよ、どこにあったんだ?
 これはもう、P1SCとでも呼ぶべきか。最新型と比べても遜色の無い性能だ。
 その分俺専用にカスタマイズされており、設定も相当ピーキーだ。
 本局のデバイスマスターは極端なカスタマイズをする人が多いって噂だったけど、本当だったとは……。

 なんか、とんでもなく改造されたデバイスに眩暈を感じながら、俺は牢屋の鉄格子の一本、根元付近に刃をいれる。
 がこんという音と共に、鉄格子が外れる。強化デバイスのデビューとしては地味な使い方だが、現実なんてそんなもんである。さらに飛び上がって、上の鉄格子も外した。
 俺は一本だけ鉄格子を外すと牢屋の外に出て、再び鉄格子を元に戻す。
 
「さてと、上手く出来るかな……」

 さらに、フォースセイバーを解除すると、ティーダさんから教わった幻術魔法を試してみる。
 あの人は質量を持った幻覚だとか、自己判断できる幻覚だとか、相手の意識すら刈り取る幻覚だとか、どこのレアスキルだと言いたくなるような、とんでもない幻術を平気で使うが、俺が使えるのは初歩の初歩、動かない幻影を作るだけだ。
 とりあえず、自分そっくりの幻影を作ると牢屋の奥に寝かせ、顔は壁側を向けておく。見られたら一発でばれるもんな、顔は精密なのが作れなくて『へのへのもへじ』だし……。
 俺は足音を立てないように軽く浮くと、滑るように牢屋を後にした。
 
 
 庭園の内部は荒れ放題だった。
 かつては緑あふれる美しい庭園だったのだろう、枯れた木々や池の跡らしいくぼみが見つかった。この景色は所有者の心の荒れ具合なのかもしれない。こういった庭園を維持するには、お金もさることながら、なにより所有者自身の細やかな心遣いが必要だからだ。
 もっとも、今の俺にそんな事を構っている余裕は無い。それどころか、この荒れ具合はむしろありがたいぐらいだ。これなら隠れるところに困らない。
 
 俺は隠れながら、なのはがいるだろう部屋に向かう。
 
 向かう途中で不意に何か大きな揺れを感じた。少し離れた場所で何か煙が? あれはアルフか?  って、なんだ、あの戦斧を持ったシスターは……。
 俺は物陰から眺めながら、どこかで見覚えがあるシスターの事を考える。
 
 たしか……。俺はその場から離れつつ、デバイスに記録してある広域指名手配の手配書を引っ張り出す。
 
 あった……、シスター・ミト。第8管理世界ヴァリアス出身のテロリスト。元は騎士の称号を持つ聖王教会のシスターで、当時の魔導師ランクは近代ベルカ式空戦Sランク。7年前に突如、数人の弟子と共に自らの所属する教会で虐殺を行なう。教会に身を寄せていた孤児を含め教会関係者30人以上が犠牲となった。
 その後は管理局と教会の追跡を振り切り逃亡、テロリストとなる。判明しているだけで9人の要人暗殺と26件の爆破テロ、1件の航空機爆破に関わっているとされており、ここ2年は活動が確認されていない事から死亡説が流れていた……。
 
 って、やべええええええ! なんだってこんなにやばいテロリストがここにいるんだよ!?
 
 すぐに離れて正解だったな。あれに見つかったら今度こそ命が無かっただろう。
 冷や汗を流しながらも、不意に視界の隅にオレンジの塊が落ちている事に気が付く……って、アルフじゃないかっ!?
 俺は慌ててアルフに近づくと状態を確認する。息はあるから死んでないようだが、相当傷が深いらしい。
 先ほどの爆発は転移魔法の余波だったのか。目くらましも兼ねたのか? 取り合えず事情を聞くべきだろう。
 しかし、まいった。俺は治療魔法なんて知らないし……とりあえず、魔力を分け与えれば起きるかな?
 
『Divide Energy』

 今度治療魔法を習っておこうと思いつつ、魔導師ならほぼ誰でも使える魔力譲渡を行なった。
 青白い俺の魔力光がアルフに吸い込まれ、アルフがうめき声を上げる。
 
「んんっ……」
「おい、平気か? しっかりしろ?」

 俺は意外とモフモフしているアルフの感触を掌に感じながら、アルフの頭を撫でる。
 まだ意識が定まらないのだろう、ぼんやりとした目で俺を見つめる。
 だが、管理局の制服を着た俺の姿を確認すると、ばっと飛び起きようとして……うずくまる。
 
 無理も無い、あのシスターの攻撃を受けたのだ。生きているのが不思議なぐらいだ。しかも、魔力を与えられて無理やり起されたようなものだしな。
 
「あんた、管理局が……なんでここに」
「俺が聞きたいぐらいだよ……、って、そんな事は後で良いか。それより、あのシスターは何なんだ? お前が攻撃されているのを見たが」

 俺の言葉に、アルフははっとする。
 動物形態でなければ、襟首を掴んでいるような勢いだ。
 
「あんた、頼む、管理局なんだろう! お願いだからフェイトを助けておくれよ!」
「えっ? ちょっとまて、どういう意味だ?」
「あいつらがフェイトを殺すって……、だから、お願いだから!」

 あいつら? フェイトを殺す?
 相当慌てているのだろう、アルフの言葉は支離滅裂だ。

「わかった、判ったからとりあえず落ち着け。えっと、アルフだったな。とりあえず隠れられるところはないか? そこで事情を聞くからさ」
「それなら、そこの池の跡に穴があるよ」
「よし、じゃあそこで話しを聞くから」

 何時あのシスターの追跡があるかとびくびくしながら、俺はアルフの言う穴に隠れる。
 隠れながら、とりあえず事情を確認する。
 
「えっと、つまり。あのシスターはあの騎士……プレラの仲間で、あいつが外部と連絡を取っていて、その相手との会話でいずれフェイトを殺すと言っていたと?」
「そうだよ。嘘じゃないんだ……」
「いや、信じるから。ほら」

 今にも泣きそうなアルフに、俺はデバイスの広域指名手配書を見せる。狼でなかったら、アルフの顔色は真っ青になっていただろう。それぐらい狼狽していた。

「すぐにフェイトに知らせないと!」
「だから落ち着けって。連中は他になんて言っていた? 何でも良いから思い出して言ってくれ」

 俺はデバイスの録音機能を入れて話を聞く。
 毎度お馴染みの、いざという時の保険という奴だ。

「プレシアの奴に売り飛ばされたとか、カテゴリFの完成形だとか、不確定要素だから殺すとか、しばらくは生かしておくとか……」
「カテゴリF? プロジェクトFじゃなくて?」
「えっと、そういえばそうだっかな。とにかく、フェイトが!」
「判ったから落ち着け、落ち着くんだ。すぐに殺す気は無いって事なんだろう。だったら確実に逃げる手段を考えないといけないだろう」

 今にも暴れだしそうなアルフを押さえながら、俺は内心で考える。
 ただのテロリストというだけでも相当にまずいが、不確定要素なんて言葉が出た以上、俺と同類と考えておくべきだろう。
 
 なのははともかく、俺自身はフェイトと何の関係もない。局員と犯罪者という関係でしかない。
 とはいえ、どういう関係であれ顔見知りで、殺されると判っている命をほっとくほど冷たくなれるわけも無い……と思う、たぶん。
 どのみち、この件は上に報告だ。あんな大物テロリストが出てきたって時点で俺の手に余る。
 
 つーか、俺は単なる武装隊員なんだよね。犯罪者をとっ捕まえるのだけが仕事なのに、最近忘れそうだ。
 
「アルフ、断っておくが、俺は管理局員だから彼女を逮捕しなきゃならないぞ。それでもいいのか?」
「それだって殺されるわけじゃないんだ。あいつら本当にヤバイんだろ、このままだとフェイトが殺されちまう」

 たしかに。今日明日ってところじゃないが、フェイトがまずいのは確かだろう。
 つーか、俺やなのはもまずい。悠長に救助を待つなんていう状況じゃなくなったなぁ……。とりあえず情報収集して考えないと。魔法で勝てない以上はこの小賢しい知恵で出し抜くしかない。
 
「なあ、アルフ。いくつか聞いていいか?」
「何でも良いから早くしないと」
「えっとな、まずここの次元間通信機ってどこにある?」
「何でそんな事を……、さっきのシスターがいたところだよ」

 うわ、最悪……。すぐに行くわけにはいかないなぁ……。
 
「んじゃ、次。ここに転移装置って付いている?」
「昔はあったけらしいけど、今は無いよ。プレシアの奴がなんかの研究に使うって改造しちまったそうだ」
「どうやって出入りをしてたんだよ?」
「ここで生活していた者は、全員転移魔法が使えたからね。それ以外は連絡艇を使ってたよ」
「連絡艇はあるのか?」
「あるよ。買い物とかには必要だったからね」

 となると……こうしてこうなって……。次元跳躍攻撃があるんだよな。他にも次元攻撃が可能な奴がいる可能性も考えると……。
 おっし、危ない賭けだけどこれが一番ましか。俺は意を決すると、アルフに尋ねる。
 
「アルフ、連絡艇のある場所は?」
「中層階だよ。案内板があるよ」
「そっか、OK。悪いけどアルフ、フェイトを連れて脱出するまで、俺の指示に従ってくれるか?」
「フェイトを助けてくれるなら何でもするよ。だから……」
「そこまで言わなくてもいいって。仕事だから……んじゃ、まずなのはを助けに行くけどいいか?」

 俺の言葉に、アルフが目を白黒させる。
 
「なのはって、フェイトに付きまとっていた子だよね。なんでここにいるのさ?」
「俺が聞きたいぐらいだけど、知らないの?」
「知らないよ……そういえば、プレラの奴と一緒に転移したみたいだったけど……」

 巻き込まれたかなんかしたのかな? まったく無茶をする。
 
「でも、何だってあの子を助けに……」

 何を思ったか毛を逆立てるアルフに、俺は軽く手を振る。
 
「まずは戦力補強だよ。怪我人二人じゃ、脱出できるものも出来なくなる。 あっと、もう一つ確認を忘れてた。アルフは今転移魔法はどれくらい出来そう?」
「そうだね……、いま少し魔力を分けてもらったから、一人……いや、二人なら転移できるよ」

 うわ、それだとつまり……。まぁ、いいか。優先順位なんて考えるまでも無いんだし。最悪、なのはとフェイトの二人を脱出させる。
 アルフには悪いけど、その時は諦めてもらう。どうせアルフが転移魔法を使わなきゃならない事態になってたら、その時は俺も死んでいる。あの世で恨みを聞くことにしよう。
 
 と、俺は内心で強がった。
 前も含めればそこそこ生きているが、やっぱり死にたくなんかは無い。正直、今自分が思い至った最悪の可能性は怖いし、涙が出そうだ。でも、これが俺の仕事だと言い聞かせ、局員のプライドと男の意地にかけて表には出さないようにする。
 出来る限り平静に、軽くアルフに話しかける。
 
「んじゃ、行くとするか」

 俺は先ほど確認したなのはがいる部屋に向けて、アルフと共に向かった。



[12318] 第10話(後編)
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:8716a64c
Date: 2011/12/14 21:40
第10話(後編)
 
 

 サーチャーで見たけど、この時の庭園(名前はアルフに聞いた)はずいぶんと贅沢なつくりだ。
 普通は次元庭園ってのは、次元航路の中継点にあり、長い次元航海の合間に立ち寄る一種の中継ステーションとして利用されるのが一般的だ。長い船旅で疲れきった人々の心を癒すべく、地上に似せた庭園を完備しているところも多い。
 もちろん、何にも無い次元空間にそんな施設を作れば莫大な費用がかかる。普通はその航路をよく使う複数の国が、合同で出資して運営するものだ。
 それを個人で所有、運用するというのはかつてのプレシアがとんでもない資産家だったということなのだろう。俺の知る限り、個人所有の次元庭園なんて持っているのは、経済紙のトップに顔が出てくるような金持ちぐらいだ。
 
 まぁ、つまり何が言いたいかというとこの時の庭園も贅沢なつくりであり、かなりスペースに余裕を持って作られているって事だ。
 たとえば俺達が今通っている通風孔なんかも、子供なら十分通れる広さがある。クロノさんも多分通れるとは言ってはならない。エイミィさんあたりなら笑いながら言いそうだが。
 ちなみに、アルフはバインドして牽引中だ。モップ状態だが、這って進めないのだから許してもらおう。なんだかぶつくさ小声で文句を言っているけど、聞こえないふりをする事にした。
 暫く移動すると、目的の部屋にたどり着く。
 
「この下になのはがいるはずだけど……?」
「うん、確かにあの子の匂いがするよ……でも」

 さすが犬……と思ったが、でもって何だ?
 
「でもって?」
「あの子以外にも何だか匂いが?」
「知っている匂い?」
「いや、知らない匂い。たぶん小さな子供だと思うけど……」
「男? 女? 他にはいない?」
「なのはって子以外は、子供一人だけ。あとは判らないよ。あんた達ぐらいの歳だと、違いはそんなに無いからね」

 そんなもんか。こればかりはアルフの言う事を信じるしかない。
 まぁ、子供ならよっぽどの事が無い限り大丈夫だろう。なのはやフェイト。いや、実は俺ですら子供としてみれば異常な戦闘力があるのだ。ぶっちゃけ、一般人なら……いや、Eランク以下の魔導師なら、俺一人で1ダースぐらいなら相手に出来る。

 ……ホントだよ。最近自信なくなってきたけど。
 
 俺は通風孔の入り口を蹴り開けると下に飛び降りた。
 
「きゃっ!」

 当然飛び降りた俺に、なのはが驚きの悲鳴を上げる。
 
「よっ、なのは。元気だったか?」
「ヴァ、ヴァンくん!?」
 
 俺は出来る限り軽く、ピースをしながらにこやかに挨拶をした。
 一方のなのはは、俺の顔を見るなりボロボロと泣き出す。さらに、俺に飛びついてきた。
 
「ヴァンくん、無事でよかった……無事で……」
 
 そう言って、ボロボロと泣くなのは。
 なのはがここまで取り乱すなんて、よっぽど酷い怪我だったらしい……。ホント、毎度毎度よく無事だよなぁ……俺。
 
「何とか無事だよ、なのは。助けに来たよ」

 とりあえず、俺はなのはをなだめるべく優しい声を出す。正直、俺の立てた脱出計画は半ばなのは頼みみたいなところがある。
 逃げる前にフェイトをいただいて行かないといけないんだから、難易度は結構高い。って、これじゃ泥棒か誘拐犯だな。
 
「助けに来たって……」
「なのはと……あとフェイトって子も。っと、アルフ、降りて来い」

 そういうと、俺はバインドの先を引っ張る。通風孔からアルフが落ちてきて……人間形態に姿を変えた。モップ状態はかなり嫌だったらしい。
 
「えっと、たしか……」
「アルフだよ。なのはお嬢ちゃん」

 アルフは簡単に挨拶をすると、部屋の片隅。ベッドの奥を見つめる。
 それに反応したわけじゃないだろうが、布団が一部もぞもぞと浮かび、中から5歳前後の光の加減で青に見えそうな黒髪の女の子がでてきた。
 
「あれ、なのはお姉ちゃん?」
「あ、スバルちゃん。起きたんだ」
「スバル?」

 なんか聞き覚えがあるようなないような名前に驚きながら、鸚鵡返しに俺は尋ねる。

「ううん、少し前に騎士さん……プレラさんの仲間って人が連れてきたの……」
「なんだ、そりゃ?」

 俺は呆れながら後ろにいたアルフを向く。
 アルフも判らないのだろう。首を左右に振る。
 
「なんでも、攫ってきたって……。仮面とマントの男の人だった」
「仮面とマント?」
「えっと、君はスバルって言うのか?」
「う、うん。お兄ちゃんは管理局の人?」

 俺の今の格好は、管理局のバリアジャケット姿だ。ドラマなどでよく登場するので、小さな子が知ってても不思議じゃない。
 しかし、仮面とマントに、スバルだと……。
 
「あの、助けに来たの?」
「まぁ、そうだな」

 俺はそう答えながら、なのはにだけ聞こえるように指向性の念話を飛ばす。
 
【なのは、とりあえず話を聞いてくれ。会話は全部念話で……ちょっと手を出して】
【え、うん、こう?】

 俺は片手を差し出してきたなのはの手を握る。
 指向性の念話ってのはコツがいるのだ。もしかするとなのはは使えないかもしれない。接触性の念話なら傍受される恐れはまずない。

【ちょちょちょっと、ヴァンくん!?】
【手短に話すけど、ちょっと状況がまずい。この時の庭園に危険なテロリストがいて、フェイトの命を狙っているそうだ】
【ええっ!】
【フェイト救出を条件にアルフ……彼女の使い魔と同盟を結んだ。とりあえず聞くけど、レイジングハートは?】
【えっと、騎士さんに取り上げられちゃった】

 なのはの言葉に若干落胆しながらも、これは予想内の出来事だ。アルフから騎士の部屋も聞いている。作戦に変更はない。
 俺は脳内で若干作戦プランを組みかえるとなのはに伝える。
 
【なのは、これから言う事をよく聞いてくれ。これから君に俺のデバイスを預けるから、少しだけ暴れて、その後は逃げ回ってくれ】
【それってどういう?】
【いいから聞いて。たぶんなのはが暴れたらフェイトが来るから、そうしたらアルフと一緒に彼女を説得してくれ】
【う、うん】
【俺はなのはが暴れている隙に、何とかデバイスを取り戻すのと、通信室に取りついてアースラに救援を要請する】
【その間、ヴァンくんのデバイスは?】
【今持っているのしかないから、無しになるけど……その辺は大丈夫だから心配しないで】

 かなり破れかぶれな作戦だが、人の命が懸かっている以上、俺に出来る最も確率が高い精一杯はこれしかないのだ。
 だが、作戦を伝えられたなのはは怒りの声を上げた。
 
「全然大丈夫じゃないよ! ヴァンくん!」
「な、なのは?」

 俺は呆然と彼女の顔を見る。
 なのははボロボロと泣きながら俺の目を真っ直ぐに見つめる。
 
「ずっとずっと無茶をして、一人でボロボロになって、この間も今日も死にかけて……ぜんぜん平気じゃないよ!」
「でも結局は生きているだろう。大丈夫だ……」
「ずっと大丈夫なんて保証はないの! 今度だってデバイス無しで行こうだなんて! もう待ってるだけだなんて……」
 
 心配かけまくっているって自覚があるだけに、真剣に泣かれると辛い。

「なんで……なんでこんな無茶ばっかりするの……、教えてくれなきゃ……お手伝いできないよ……」

 真面目に、真っ直ぐ見つめるなのはに、おれは少しだけ考え、言葉を選びながら、それでも素直に答えた。
 
「大切だからだよ」
「大切? お仕事ってそんなに大切なの? だから無茶をしなきゃならないの?」
「仕事は大切だけど、それだけの意味じゃないよ。大切なんだよ、なのはのことが」

 俺はそこまで言うと、少しだけ間をおいて思い浮かべる。
 ミッドチルダにいる人たちの事を、地球で出会った人たちの事を。

 そう、大切だから無茶をするのだ。
 結局、俺が管理局に勤めているのも、この仕事に誇りを持ってあたっていられるのも、大切なものを守れるからだ。
 ずっと昔、俺はこの世界に生まれて物語の世界だとはしゃいだ事がある。でも、違うのだ。ここは物語に似ているかもしれないけど、紛れもない現実の世界で、皆泣き笑い、怒り悲しみ、必死になって生きている。
 失った命は戻ってこない。
 俺みたいな例があるから、どこか別の世界で生まれ変わっているのかもしれないけど、その人たちとはもう会えない。

「なのはが大切なんだ。ユーノは守りたい友達なんだ。なのは達だけじゃない。はやてやアリサ、すずか、士郎さんや桃子さんや恭也さんも美由希さんも……、ミッドにいる友達も仕事の仲間、姉ちゃんやおじさんも……」

 物語に語られていなくても、皆生きているのだ。
 ここには俺の大好きな人たちがいる。そして、ここが現実である以上は、やっぱり犯罪に走る連中もいる。そういった連中から皆を守らなきゃならない。
 安月給で危険も多い。でも、誰かがやらなきゃならない仕事なんだ。 

「俺の大好きな人たちと、その人たちが生きる場所を守りたいと思ったから、この仕事に就いたんだ。俺は次元世界のお巡りさんだからね」

 我ながら陳腐な理由だ。でも、結局のところ俺は次元世界のお巡りさんなのだ。無茶をする理由はそれ以上でもそれ以下でもない。

 俺の言葉を静かに聞いていたなのはだったが、涙を拭い左手を差し出した。納得してくれたのか、デバイスを渡せという事だろう。
 俺は彼女にデバイスを渡し、念話で起動コードを伝える。ちなみに、管理局で使うデバイスはもしもの事を考えて起動コードを声に出す必要がない。
 
「ねえ、ヴァンくん。一つ聞いていいかな?」
「なに?」
「ねえ、もし私やユーノくんが管理局に勤めてたら、ヴァンくんはどうしてたの?」
「ん~。質問の意味がわからないけど、多分二人とも俺の上司だろうなぁ……」

 管理局に年功序列なんて言葉は存在しない。まぁ、事務はそうでもないが、俺たち魔導師にとっては存在しない事は確かだ。
 二人とも天才だし、俺の上官になっている事は間違いない。

「その時は頼ってくれるの?」
「頼るも何も、その時はきっと俺が命令を聞く立場だよ」

 俺は苦笑いを浮かべながら答える。この先どうなるか知らないが、物語では地獄の教導隊行きだもんなぁ……。
 やめよう。あそこの人外連中の事を考えるとトラウマが目覚めそうだ。

 なのははP1SCを受け取ると、バリアジャケットを展開する。
 普段どおりの白いスカート姿だ。人のデバイスでバリアジャケットを展開すると本人じゃなくて所有者のバリアジャケットになる場合がある。どうやら、今回はそれはなかったようだ。
 彼女は2~3度杖を振り使い勝手を試す。魔導師なら誰でも使えるのがストレージの良いところだ。レイジングハートには劣るだろうが、フェイトや騎士、シスターと戦わなければ問題あるまい。
 
「あ、P1SCは俺用に調整されているから使いにくいかもしれないから気をつけて。あと、処理速度が速いから誤射にも注意してね」
「うん、わかった」

 俺はそう言うと、後ろに控えていたアルフを見る。
 って、なんだって片手で顔を押さえて天を仰いでいるんだ。しかも、あのスバルって子も同じような動作をしているし。
 
「どんかん……」
「いや、あんたって……いや、そういえばまだ子供だったね」
「何言ってるんだ、失礼な」

 こいつらが何を期待していたのか知らないが、俺にもなのはにもそんな気は無い。
 俺は口でそういいながら、アルフの肩を叩く。そのついでに、念話を使った。
 
【アルフ、機会があったら俺の事は構わないからなのはとフェイトを地球に送るんだ】
【え、それはいいけど、あの子はどうするんだい?】

 アルフが見つめる先にいるのは、俺となのはのやり取りに首をかしげている自称スバルだ。
 
【アレは気にするな。責任は俺が取るから、なのはとフェイトの二人を最優先に逃がすんだ。余裕があったら、アルフ自身が逃げろ。もう一度言うが、アレは無視して構わない】

 あからさま過ぎる。
 いくらなんでも、この状況で“スバル”を名乗る少女なんておかしすぎる。十中八九罠だろう。
 だが、罠の意味も分からなければ、目的もわからない。まるで遊ばれているようで腹が立つが、藪をつついて蛇を出すわけには行かない。向うだって、それがわかってやっているんだろうし。
 
【よくわからないけど、わかったよ】

 アルフが納得したのを見て、俺は降りてきた通風孔にバインドを投げかける。デバイスを通していないので人を拘束する能力は欠片もないが、子供一人を吊り上げるくらいなら問題はない。
 俺は通風孔にもぐりこむと、頭だけ出して最後の注意をする。
 
【んじゃ、くれぐれも戦わない事】
「あ、スバルちゃんだっけ? きみはこの部屋から出ないでね。後で助けに来るから。アルフはなのはを頼んだよ。
 あっと、くれぐれもその子を連れて行っちゃダメだからね」
「え、でも……」
「戦いがあるかもしれないから、ここで待たせておいたほうが安全だろ。んじゃ、行って来る」

 なのはが頷くのを確認すると、俺は通風孔の中を入っていった。
 
 
 
 そして、すぐに通風孔から出た。
 これ以上通風孔を進む意味は無い。むしろ、あの自称スバルがいる以上危険なぐらいだ。デバイスを取り戻す時くらいか、潜むのは。
 俺は注意深く辺りをうかがいながら、中層階にあるという連絡艇に向かう。こういった次元庭園の連絡艇は、非常時の脱出ポットとしても機能するようになっている。
 次元跳躍攻撃をしてくる魔導師がいる以上はこれで脱出は危険だが、連絡艇に備え付けられている救難信号用の次元通信機は使える。複雑な連絡は無理だが、俺のコードを入力して送信すれば、アースラは確実に気が付く。
 
 そして拍子抜けするほどあっさりと連絡艇の停泊所に着いた。
 警備がいるかと思ったが、警備のけの字もない。深く考えても仕方ないので俺は脱出艇にもぐりこむと通信機を操作する。市販品だけに、簡単に設定が出来た。
 
 うむー、こんな簡単で良いのか? なんか、罠くさいが……。
 
 俺は巻き上がる不安を抑えながら信号を発信すると同時に、タイマーをセットして5分後に連絡艇が発進するようにした。
 とりあえずはこれで良い。
 俺は停泊所を後にすると、事前にアルフから聞いていた騎士の部屋に向かおうとした。
 その時だった。
 
 突如、巨大な振動と共に時の庭園がゆれたのは。
 
 周囲に響く緊急警報の嵐。
 って、なのはだよな、これ……。
 この規模の次元庭園を揺らすなんて、どんだけでたらめなんだ……。
 
 いや、惚けている場合じゃない。俺は大慌てで騎士の部屋に向かった。
 
 
 
 俺が騎士の部屋に向かう間にも、時の庭園は何度もゆれた。
 末恐ろしいというか、なんというか……彼女の魔力の三分の一でも俺にあればと思わないでもない。そうすれば騎士に不覚は取らなかっただろう。
 まぁ、無い物強請りをしてもしょうがない。
 
 よっぽど慌てて出て行ったのか騎士の部屋の扉は開けっ放しだった。
 しかも、部屋に備え付けられていたテーブルの上には、赤い宝石とカードが一枚……本当に罠じゃないのか、これって!?
 あまりにも作戦通り過ぎる状況に、流石の俺も一瞬だけ躊躇した。最悪、騎士が常に持ち歩いている可能性も考えていたのだが……。
 
「まあ、考えても仕方ないか……」

 俺は手早く部屋に入ると、赤い宝石とカードを掴み取る。
 
「あー、お前レイジングハートだよな?」
『Yes』

 いつもと変わらぬ声のレイジングハートだ。
 カードに自己診断を走らせて……俺のデバイスだ……。
 
 少しだけ俺は呆然としたが、いつまでも呆然としている場合じゃない。
 俺は急いでこの部屋から出ようとした。
 
「なにをしている、貴様」

 突如、廊下の向うから声がする。
 やってきたのは騎士ことプレラだった。既にバリアジャケットを身を包み、手にはアームドデバイスを握っている。
 
 って、まずい。やっぱ罠だったか?
 
「まさか、牢から抜け出しているとは……。なのはを暴れさせてこんな事を……」

 怒りの目でこちらを見る騎士に、俺は無意識に一歩後ずさりする。
 だが、俺の後退は後ろから聞こえてきた声に止められてしまった。
 
「管理局!? 何でここに?」

 後ろからやってきたのは黒衣の魔導師フェイト・テスタロッサだった。
 まさか、なのはのところに行くと思っていたが、こちらに来たか……。偶然か、狙ったのかは知らないけど、絶体絶命とはこの事だ。
 
 一歩ずつ二人の魔導師が近づいてくる。
 これまでか。俺がごくりと唾を飲み込んだ、その時だった。
 
 俺と騎士の間の天井が、突如真っ赤になって膨れ上がる。
 その膨張に耐え切れなくなった天井が、轟音をあげて爆発した。そして、視界を覆うピンクの閃光。
 
 って、壁抜きだとぉ!?
 
 轟音と衝撃に吹き飛ばされそうになるのを、俺は伏せて耐え切れ……ない。
 
 俺は木の葉のように吹き飛ばされ、フェイトのいる場所のはるか後ろに叩きつけられそうになる。
 
 しかし、そうはならなかった。開いた穴から白いスカート姿の魔導師が飛び込んできて、俺を脇に抱えて飛び上がる。
 さらに、行きがけの駄賃とばかりにやってきた方向へ砲撃を叩き込んだ。
 
「なのはか?」
「危なそうだったから、助けに来ちゃった」

 そういって微笑む彼女は、とっても魅力的だった。
 もっとも、背後の崩壊しかけているフロアとはかなり不釣合いではあったが。



[12318] 第11話(前編)
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:8716a64c
Date: 2009/12/28 11:02
第11話(前編)



 まるでヒーローのように現れたなのはは、俺を掻っ攫うと通路から庭園まで一気に飛び出した。
 
「大丈夫、ヴァンくん?」
「さんきゅ、助かったよ」

 フェイトがこちらに来たのは誤算だったが、それ以外は概ね問題ない。むしろ、上手く行き過ぎて怖いぐらいだ。
 俺は握り締めていた赤い玉をなのはに見せた。
 
「レイジングハート!」
『Hello Master』

 笑顔を見せて喜ぶなのはと、チカチカと強く輝くレイジングハート。普段より点滅ペースが早いのは……もしかしてP1SCに嫉妬しているのかな?
 脳裏をよぎった馬鹿な考えはさておき、俺はなのはにレイジングハートを手渡す。そして、なのはからP1SCを受け取った。
 
「なのは! ヴァン!」

 さらに、なにやら煙が立ち昇っている方角から、狼形態になったアルフが駆け寄ってきた。
 俺となのはは互いのデバイスを手に、すぐさまバリアジャケットを展開する。
 
「行くよ、レイジングハート。
 風は空に、星は天に。輝く光はこの腕に……、不屈の心はこの胸に! レイジングハート、セットアップ!」
「P1SC再起動……認証完了……セットアップ」

 一瞬強い光に包まれた俺達は、次の瞬間バリアジャケットを身に纏った。
 なのはは白と青のスカート姿。胸の赤いリボンが風になびく。
 一方の俺は毎度お馴染みの管理局の制式装備姿だ。白いジャケットに同じ色の胸部鎧……って、ええええっ!?
 
「バ、バグっている……」

 驚きのあまり思わず呟く。
 管理局制式装備のバリアジャケットは濃紺のジャケットに灰色の胸部鎧という姿だ。一方今回展開されたバリアジャケットはジャケットや鎧は白く、縁取り部分は両方とも青い。どう見てもなのはのバリアジャケットのカラーリングを引き継いでいる。なのはの強い魔力に引っ張られてバグが発生したようだ。スカートにならなかっただけマシなのかもしれない。
 俺は慌ててデバイスのデータを確認する。各機能に問題は無いが……デバイスの機能最適化システムが動いている。なのはが使った魔法を記録処理しているようだ。
 独立したシステムだから魔法使用時の処理速度に問題は無いが、こんな高度な魔法は俺じゃ使えないぞ。

 とりあえず問題は無いようなので、俺はこの問題を放置する事にした。後で直すのが大変そうだが、気にしてもしょうがない。
 全ては生き延びてからの事だ。

 俺となのは、それにアルフは同時に時の庭園内部に通じる入り口を見る。
 庭園の中から黒衣の少女と騎士……フェイトとプレラが出てきた。互いに距離を取り睨みあう。
 
「アルフ……?」

 フェイトは俺達の中にアルフの姿があることに気が付くと息を呑む。
 
「フェイト、聞いておくれよ。その男の仲間がフェイトを殺すって……。これ以上こいつらに関わるのは危ないんだよ」

 アルフの言葉に、フェイトが思わず隣にいたプレラを見た。
 一方のプレラはその言葉にぽかんとした間の抜けた表情をする。
 
「何を言っているんだ、アルフ。なぜそんな事をしなければならない?」
「私が知るわけ無いだろう。あんたの仲間が、シスター・ミトって奴がそう話していたのを聞いたんだよ。フェイトを引き取ってから殺すって」
「まさか、師匠がそんな事を言うわけが無い!」
「あいつ、広域指名手配のテロリストだって言うじゃないか! 私だって危うく殺されるところだったんだよ!」
「それは管理局のでっち上げ……まさかっ!」

 不意にプレラはこちらを睨んでくる。
 
「貴様! アルフに何を吹き込んだ!」
「何も吹き込んでない。第一この状況で俺が何かを言ったとして、説得力があると思うのか?」

 捕まっていた人間にどうしろというんだ。仮に俺が彼女に何かを吹き込んだとしても、鼻で笑われるのがオチだ。
 少なくとも、俺なら絶対に信じない。
 
「いや、アルフはプレシアに不信感を抱いていた。なら、そこを突けば!」
「あんたこそ何言っているんだ!? そりゃあいつの事は好きじゃなかったけど、それとこれとは話が別だよ! そもそもアイツだってこの事を知らないかもしれないじゃないか!」
「何を……、貴様、アルフに何をした!?」
「だから何もしていないって……。お前こそ何を根拠に俺が吹き込んだなんて言っているんだ」

 どうも話を聞いていると、プレラは本当に知らないようだ。
 とはいえ、アルフがシスターに殺されかかったのは、確かに俺も見た。
 
「アルフが殺されかかったのは事実だぞ。遠くからだったけど、確かに俺も見た」

 俺の言葉にフェイトが息を呑み、プレラが怒声を発する。
 
「ふざけるな! 師匠がそんな事をするわけあるまい! マシな人間かと思えば、私まで謀る気か!」
「違うっていうなら師匠とやらに確認すればいいだろう。アルフが正しいかどうか」
「貴様と師匠を比べるまでも無い! アルフを惑わせ師匠を侮辱するとは許せん!」

 取り付く島がないとはこの事だ。襲われたと訴えているのは俺じゃなくてアルフなのに。
 もっとも、アルフはこれ以上プレラに構う気は無いらしく、必死の形相でフェイトを説得する。
 
「フェイト、早くなんとかしないと……逃げるか……、こいつらを何とかするかしないと」
「だめ……。母さんはあなた達を捕まえろって……」

 アルフが一瞬こちらを見る。だが、それが受け入れられないのは彼女も分かっているだろう。
 プレシアが何を考えているのはわからないが、下手に捕まれば一瞬でシスターに首を刎ねられる可能性だってあるのだ。

「それに、それなら尚更母さんを放っておく事は出来ない……」
「フェイト!」
「だったら、一緒にお母さんのところにお話を聞きに行こう、フェイトちゃん」

 今の今まで黙って話を聞いていたなのはが、微笑みフェイトに話しかける。
 その言葉に、どこかほっとした表情でフェイトが応えた。
 
「それなら、武装を解除して欲しい。悪いようにはしないから」
「ううん、それは出来ないの。悪い人がいるなら……、助けてあげないと。フェイトちゃんもわかっているでしょう」
「それは……」

 なのはの言葉にフェイトが口ごもる。
 この中で彼女が一番信じているアルフが、シスターの危険性を訴えているのだ。その情報を正しいと思っている俺達が武装解除はできないと、フェイトだってわかっているだろう。そしておそらくは心情的にも理性的にも戦いたく無いのだ。彼女もまた、アルフが嘘を言っているとは思っていないし、母が危機かもしれない状況で無駄な力など使いたくないだろう。
 かと言って、母親の命令は俺達の捕縛だ。アルフが嘘を言って無くても、少なくとも俺は敵だという認識があるのだろう。武器を持ったまま連れて行けない。
 
 もっとも、俺は俺でなのは達を行かせたくは無かった。
 プレシアとシスター・ミトの関係はわからないが、シスターが危険なテロリストなのは確かだ。彼女達を向かわせたくはない。

「まて、君達は勘違いしている! 師匠や同志はこの間違った世界を正すために活動しているんだ! なんでそんな師匠が君達を傷つけなければならないんだ」
「まだそんな事を……、私が嘘を言っているっていうのかい!」

 アルフがプレラに牙をむく。今にも飛び掛りそうな勢いだ。
 そりゃそうだ、アルフから見ればプレラはシスターの仲間なのだろうから。
 
「そんな事は無い。だが、君がそちらの男に騙されて……」

 こんな状況だが、うんざりする様な堂々巡りだ。
 もっとも、俺にとっては好都合だったりもする。とにかくアースラが来るまで時間を稼がなきゃならないからだ。
 だが、そんな俺の浅はかな考えは、突然の……そして、俺が一番恐れていた乱入者によって脆くも崩れさる。

 突如、俺達の間に爆発が起こる。
 俺となのはにアルフ、フェイトとプレラはそれぞれ爆風に煽られ後退した。

「まったく、少しはしゃんとしなさいな、プレラ」

 出てきたのは、20歳前後に見える金髪の聖王教会のシスターだった。
 もちろん本当のシスターなんかじゃない。シスター・ミト、管理世界で広域指名手配を受けている危険なテロリストだ。

「あんた……」
「師匠!」

 突然現れたシスターをアルフは射抜かんばかりに睨みつけ、一方のプレラは信頼の笑みを浮かべて出迎えた。
 
「プレラ、貴方がしっかりしていないと、彼女達がどちらを信じていいか戸惑いますよ」
「師匠、聞いていたのですか。ならばやはり……」
「私とそこの少年、どちらを信じますか」

 えげつないを通り越して、呆れるほどみえみえの詭弁だ。
 
「ふざけるなっ! 人を殺そうとしておいて!」
「あら、夢でも見たのでは? 私が本気なら今頃貴女は生きてなどいませんよ」
「よくもぬけぬけと……」
「ああ、そうそう、フェイトさん?」

 もっとも、シスター・ミトはアルフのことなどお構い無しにフェイトに振り向くと、彼女の心をえぐる一言を述べる。
 
「お母さんからの伝言ですわ。『役に立たない子はいらない』だそうですわ」

 その一言に、フェイトは顔面を蒼白にしてバルディッシュを構えた。
 
「フェイトちゃん!」
「フェイト! もうやめようよ! 不幸になるだけだよ!」

 なのはとアルフが慌てて叫ぶが、フェイトは止まらない。
 
「なのは、アルフ……、降伏しないなら」
 
 能面のような表情になると、こちらに一歩ずつ近づいてくる。
 
「プレラはフェイトさんをお手伝いしてくださいね。そっちの管理局員をとっちめてあげなさい」
「はい、師匠」

 そう言いながら、シスター・ミトはこちらをちらりと見ると、意味ありげに微笑む。
 ん?
 
「それじゃ、私はお客さんが来る前に急いで下の荷物を運び出さなきゃなりませんから、後は任せましたよ」

 そう言うと、シスターの姿は掻き消えた。
 何を考えているんだ、あいつ? わざわざ俺にヒントを出しやがった? いや、そもそも色々と整合性がおかしくないか?
 見張りがいなければならない状況で、一回も見張りに遭遇しなかった。今の『お客さん』という言葉は間違いなくアースラがもうすぐ来るということだ。
 わざと俺に救援を呼ばせた?
 何故だ? 俺を試している?
 
 俺がシスター・ミトの真意を考えていられる時間はここまでだった。
 プレラが、アームドデバイスを構えると一歩前に踏み出す。
 
「ヴァン・ツチダよ。フェイトやアルフ、なのはを惑わせ、我が師匠を侮辱した罪は万死に値する」

 くっ、アースラが来ているからって、この状況では不利……とは限らない。
 戦わずに済ませれればそれが最高だったんだけど……。俺は念話でなのはとアルフに作戦を伝える。
 
【なのは、アルフ、フェイトを頼む。隙があったら地球の……なのはの家に逃げてくれ。たぶんユーノか管理局の人がいるから、保護してもらえ】
【ちょ、ちょっと、ヴァンくんはどうするの?】
【近くにアースラが来ている。それまで、プレラを押さえる】

 俺の言葉に、なのはとアルフが叫び声を上げる。
 
【そんな、むちゃだよ!】
【死ぬ気かい! あんた!】

 当然といえば当然の反応だ。
 だが、フェイトとプレラを同時には相手に出来ない。そんな事をすれば地力で劣るこちらが瞬殺されるのは目に見えている。

【大丈夫、今回は絶対に負けないから】

 勝てないけどね。とは、あえて言わない。俺が虫ならプレラは象だ。だが、虫には虫の戦い方と意地がある。
 シスターは多分この戦いにこれ以上介入する気は無いのだろう。でなきゃ、俺にヒントを出した意味が無い。
 あいつの真意はわからないが、どっちみち普通にやればこちらが負けるのはわかりきっている。ならば策に乗った上で打ち破るしかない。
 
【向うは明らかに俺だけ狙っているみたいだから、逃げられないよ】
【そりゃ、そうみたいだけどさ……】

 俺は出来る限り軽く、自信を込めて約束をする。
 
【ちゃんと帰ってくるから、安心してくれ】
【絶対だよ、約束だよ。帰ってこなかったら許さないからね、ヴァンくん】
【ああ】

 かなり無茶な約束だが、今の状況で二人同時に戦えない事は理解したのだろう。念話でもわかるほど泣きそうな声だが、なのはは納得してくれた。
 なのはとユーノの二人にはここ一月の間、迷惑をかけすぎたもんな。このあたりでちゃんとした所を見せないと見捨てられそうだ。
 俺は気合を入れなおすと、プレラの視線を真っ向から受け止める。
 
 アースラが到着するまで、短くて長い戦いの始まりだった。



[12318] 第11話(後編)
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:8716a64c
Date: 2009/11/13 01:37
第11話(後編)



 俺達管理局の低ランク魔導師には、高ランク魔導師に対して伝統的な戦い方がある。
 それはすなわち……。
 
 逃げる事だ。
 
『Flash Move Action』

 俺は加速魔法を発動させると、一気にプレラの横を通り抜け庭園内部に入り込む。
 
「に、逃げたっ!?」
「えええええっ!?」

 俺の突然の行動にフェイトとなのはが驚きの声をあげる。
 一方、俺が逃げ去った庭園の入り口を見て目が点になっていたプレラだが、しばらくすると哄笑を上げた。
 
「はっはっはっはっは、やはり我が身が大切だったか、管理局員などその程度だろう。なのは、アルフ、君達はあのおと……ぶべらっ!」

 なのはに向かって何か言おうとしたプレラの後頭部が爆発する。
 それをやったのは、もちろん俺だ。通路を全速力で通り抜けて別の入り口から顔を出し、プレラの後頭部に向かって魔法弾を叩き込んだのだ。
 
「き、きさまっ!?」

 プレラが後頭部をさすりながら顔を上げるが、俺の姿はどこにも無い。
 一発叩き込むと、すぐさま全速力で中に戻ったのだ。奴は慌てて俺がいた入り口に向かう。
 だが……。
 
「うわわっ!?」

 一歩踏み出したとたん、プレラの足元から突如魔力刃が生えてくる。下のフロアにいた俺が、フォースセイバーを上に向かって撃ち出したのだ。
 流石のプレラも、下からの攻撃には肝を冷やしただろう。

「ふ、ふざけるなっ!!」

 プレラは寸前で避けると、叫びながら地面に向かってアームドデバイスを突き刺す。爆発が起こり地面が崩れ、下の通路が剥きだしになる。
 プレラは通路に飛び込み、声高々に叫んだ。
 
「このような姑息な攻撃! 私に通じると……」

 彼の台詞が終わる間もなく、通路の奥から無数の魔法弾がプレラに向かって飛んでくる。
 もっとも所詮は俺の魔力で作った魔法弾だ、防御力は破れない。プレラもそう判断したのだろう、大した防御もせずにアームドデバイスを構えて魔法弾を撃ってきた方向に突っ込んでくる。
 
 だけど、そうは問屋が卸さなかった。
 
 プレラは低い位置に張られたバインドに足を引っ掛ける。勢いよく突っ込もうとしていたからたまらない。派手に転ぶとゴロゴロと転がり正面の壁にぶつかる。
 
「お、おのれぇえぇええええええ!」

 血管が切れんばかりの怒りを見せ叫び声を上げるが、既に俺が仕掛けた罠にかかっていた。
 手足を動かそうとしても動かない。壁に張り付いてしまっているのだ。
 
「なっ! こ、これはっ!?」

 慌てるが、そう簡単に動けないだろう。
 俺が壁に仕掛けておいたのは、魔法を覚えたての子供が工作などに使う“接着”の魔法だ。子供向けの魔法と馬鹿にしたもんじゃない。なんせ子供が使う魔法なだけに、弱い魔力でも使用できるのだ。一応は戦闘魔導師に分類される俺の魔力なら、工業用接着剤に負けない粘着力を見せる。
 プレラが本気を出せばすぐに抜け出せるだろうが、バインドとは根本的に違うので咄嗟に何をされたかわかるまい。さらに、俺も魔法の正体を悟らせるような隙を与える気は無かった。
 
 奴が張り付いている壁とは廊下を挟んで反対側の通路から、魔法弾を連射する。狙いなどつけずにとにかくばら撒くだけだが、それでも動かない的になら当たる。
 俺は着弾を確認せずに通路の奥に飛び去る。足を止めたら捕捉されるのはわかっているからこっちも必死だ。高速で移動しながらも時々止まり、いくつか簡単なトラップを仕掛ける。
 
「き、きさま! ふ、ふざけるなぁ!!」

 プレラが張り付いていた壁をぶち壊しながら叫び声を上げて追っかけてきて……、瓦礫とバインドを使った即席の振り子型ハンマーに吹っ飛ばされ床に張り付いていた。
 うわ、あそこまで上手くいくとは……また接着剤を塗ったところに落ちてるよ。
 バリアジャケットを着ているから大したダメージは無いだろうけど、いい感じに頭に血が上っているな……。
 
「お、おちょくっているのかっ!!」

 ちなみに俺はふざけてないし、おちょくってもいない。大真面目にやってるのだ。
 Sランク魔導師とまともに殴り合ってなんかいられるかっての。今までは屋外での空中戦だったから出来なかったけどね。
 
 プレラとの戦いは巨大猫、夜のビル街、海浜公園、それと海上の4回ある。2回は俺が戦い、残り2回はクロノさんが戦った。
 その最中に気がついたのだが、彼はほとんど回避というものを行なっていない。
 当初は魔力が違いすぎて回避する必要が無いだけかと思っていた。だが、クロノさんの攻撃を避けないのはいくらなんでもおかしい。無論クロノさんの攻撃が早すぎて回避が出来ないというのもあるだろうが、それを抜きにしても奴の動きは直線的すぎた。
 
 さらにおかしな所はある。一番最初の遭遇の時にはノーマルのサーチャーを尽く潰されたが、次の時から使用していたステルスサーチャーは1回も撃墜されなかった。また、物語の舞台となっている場面以外は探索中に1回も遭遇していない。
 海上の時に儀式を行なっていたのはフェイトだけだった。
 物語の知識通りに動いているだけかと考えたが、プレラだって俺がいる以上はその通りにいかないだろうと予測できるはずだ。
 
 これらの事から俺はある一つの推論にたどり着いた。
 プレラは大きな破壊力を持つ魔法を得意としていても、回避や探索などの細かい動作や補助魔法は苦手、もしくは使えないのではないかという推論だ。
 こう考えると、これまでの不可解だった事がすんなりと説明が付く。特に最初の遭遇で脅しておきながら、その後の探索で1回も妨害や遭遇が無いのはおかしすぎる。
 
 狭い通路という奴の力を発揮し難い場所に誘い込み簡単なトラップを仕掛けてみたところ、奴は面白いぐらいひっかかった。俺を見下しているというのもあるだろうが、奴の探知能力の低さは推論通りだ。
 これなら、なのはのような壁抜きを恐れる必要も無い。
 半ば希望的推測であったが、どうやら正解だったようだ。当初の作戦通り、アースラが来るまで精々時間を稼がせてもらおう。
 時の庭園の案内板から詳細な内部構造図を入手できる目処も立っていたし、これなら何とかなる。
 
 
 
 俺とプレラが時の庭園内部で追いかけっこをしていたのと丁度同じ時、二人の少女は互いのデバイスを構え空中で相対していた。
 地上に残してきたサーチャーの一つがその姿を映し出していた。
 
 二つのデバイスがぶつかり合い火花を散らす。
 かつては一方的に圧されてばっかりだったなのはだが、今では互角にぶつかり合っている。魔法を覚えてから一月ちょい、フェイトとであってからは3週間程度なのにとんでもない成長速度だ。
 
 距離を取り合った二人の少女は、互いに誘導弾を撃ち合う。
 金色の矢と桜色の弾が互いに絡み合うように飛び交い、互いに高速で回避する。この魔法弾勝負を制したのはなのはだった。回避するのと同時に再び魔法弾の準備を完了していた。
 
「シュート!」

 再び迫り来る魔力弾にフェイトは雷の鎌を振りかぶり、叩き斬りあるいは避けながら突き進む。
 目前まで迫ってきた雷の鎌を、なのははシールドで受け止める。火花を散らすシールドと雷の鎌。
 フェイトはシールドを突破しようと鎌に力を込める。そんなフェイトの背後から、先ほど避けたはずの魔法弾が舞い戻ってきた。
 
「くっ!」

 フェイトは慌ててシールドを張り受け止める。金色の障壁の前に魔法弾は砕け散る。
 だが、その一瞬の隙を突きなのはは離脱を果たしていた。
 
『Flash Move』

 なのはは高速移動魔法を使用すると、いつの間にかフェイトの頭上に回りこんでいた。

「てえええええええええっ!」

 気合を上げて突撃するなのは。
 ……泣いて良いですか? 今使った魔法、俺の同じ名前の魔法よりも制御と持続時間が上なんですが……。
 
 迫り来るレイジングハートを、フェイトはバルディッシュで受け止めた。
 しかし……。
 
「えっ!?」

 二人の姿が閃光に飲まれる。おそらくはなのはの突撃の余波だろう。
 俺の設置したサーチャーからは、あの光の中で何が行なわれているのかわからない。
 
 閃光が収まるのと同時に仕掛けたのはフェイトだった。
 雷の鎌でなのはを追い込むと、事前に設置してあった魔法弾の雨を浴びせた。
 
『Fire』

 なのはは寸前でシールドを張り、受け流す。弾かれた魔法弾が地面に当たり轟音を立てて爆発する。
 そして二人の少女は再び互いに距離を取った。
 
 
 
 丁度その頃、俺とプレラの追いかけっこは相変わらずの様子だった。
 現在プレラは仕掛けておいた糊付きの毛布を頭からかぶって悪戦苦闘中だ。
 なんとか毛布を引き剥がしたところに、目の前をふらふらとサーチャーが横切る。
 
「ふざけるなっ!!」

 プレラがそのサーチャーを斬り捨てる。
 もっとも、そんなもの幾つ壊されても困らない。今飛んでいたのはあえて発見させるために飛ばしたダミーだ。本当に奴を監視している隠密性を高めたサーチャーは別にちゃんとある。
 
「男としての誇りは無いのか! こんな姑息な真似を繰り返しやがって……、卑怯な真似をしやがって……出て来いっ! ヴァン・ツチダ!!」
 
 卑怯で結構。
 んな事言われても、のこのこ出て行けば瞬殺されるのはわかっている以上、出ていく馬鹿はいない。ちょっとやそっとじゃ覆せない差が、俺と奴の間にはあるのだ。
 卑怯だろうが姑息だろうが、アースラが来るまで挑発しながら逃げ回るしかない。
 
 実のところ、最初のトラップ以降はほとんど奴は罠にかかっていない。
 俺も逃げながらだからそんなに仕掛けている暇もないし、仕掛ける必要も無い。あいつが冷静にならないように要点で挑発すれば良いのだ。冷静になってなのは達のところに行かれなければ問題は無い。
 実際、奴が顔を真っ赤にして探し回っているフロアに俺はいない。とっくの昔に3つ下のフロアに移動して、いくつかトラップと幻影を設置している最中だ。通り過ぎたフロアには、すでに罠の設置は終わっている。
 
 俺達が追いかけっこをしてから5分以上が経過している。俺は入手した地図とサーチャーで奴を監視しながら不思議に思っていた。
 なんだって、あんな魔法しか使えないんだろうかと。
 
 魔法という技術は基本的に個人の資質に依存している。それはすなわち、どうしても得手不得手が発生してしまうという事だ。
 結界魔導師であるユーノが攻撃魔法を不得意としているように、魔法を習得していくうちにどうしても苦手な分野というものが出てきてしまう。クロノさんのような攻撃から回復まで何でも使えるオールラウンダーは逆に珍しいのだ。
 しかし、よっぽど特殊な事情でもない限り、苦手な分野の魔法が使えないという事ではない。ユーノにしてもデバイスさえあれば攻撃魔法もちゃんと使える。
 
 こういった得手不得手が判明した魔導師がとる道は二つ。苦手な分野も学習して対応できるようにするか、純粋な特化型の魔導師になるかだ。
 前者は物語での19歳のなのはが相当し、後者は物語での19歳のはやてがそうなるだろう。
 だが、こういった特化型魔導師は基本的に単独で行動はしない。得意な分野では最強に近いが、それ以外では遥か格下相手にも後れを取るからだ。
 
 プレラはどちらかというと、後者の純粋な特化型魔導師に近い。
 あれだけの魔力があるのだ。苦手な分野の魔法でも訓練さえすれば、力任せに成し遂げる事が出来る。魔力が強いというのはそういう事だ。
 ところが彼は探知能力が低い、儀式魔法にも参加しない。これは訓練を積んでいない特化型魔導師に近いという事なのだろう。
 
 ところが、そう考えると次の疑問が浮かんでくる。
 果たしてプレラは何の特化型魔導師かということだ。白兵戦にしてはクロノさんに近づく事すらできず、俺に一太刀浴びせられているお粗末さだ。広範囲殲滅型だとも思えない。砲撃型は論外だ。あえて言うなら、破壊力特化型だろうか?
 だが、破壊力だけ上げたところでほとんど無意味だ。当たらなきゃ意味が無い。
 何度も負けておいてなんだが、彼が破壊力を生かせるような訓練を積んでいたとは思えない。クロノさんとの戦いはあまりにも不器用すぎだし、防御力も極端に高いとは言えない。
 まるで、破壊力と魔力値だけを伸ばすようにひたすら訓練を積んできたかのようだ。
 
 これが独学で鍛えていたってのならまだわからないでもない。だが、師匠を名乗る人物がいる。
 そもそもあれだけのテロリストが、俺でも気が付くようなプレラの欠点や運用法の間違いを気が付かないとは考え難い。
 
 何であんな歪な鍛え方をさせたのか。おそらく重要な事を見逃している。
 その事に気がつきつつも、俺は何を見逃しているのか見当が付かなかった。
 
 
 
 二人の少女の戦いは佳境に入っていた。
 肩で息をしていたフェイトは長期戦になれば不利だと考えたのだろう。足を止めて大魔法の準備に入る。
 無数の魔法陣がなのはを囲み、退路を塞ぐ。慌てて左右を見回すなのはだが、その時にはフェイトの魔法は完成していた。
 
『Phalanx Shift』

 フェイトの周辺を無数の雷球が囲む。
 あの雷球一つ一つが、砲撃魔法の一発に匹敵するほどの破壊力を秘めている。
 
「あっ!?」

 なのはの顔に緊張が走る。
 だが、逃げ出そうにも手足が次々にバインドで拘束されていく。
 
「まずい、フェイト! そんな魔法を使ったらその子が!」

 アルフがそれを見て叫ぶが、フェイトは止まらない。
 彼女は静かに目を閉じると、呪文の詠唱を続ける。
 
「アルカス・クルタス・エイギアス。疾風なりし天神、今導きのもと撃ちかかれ。バルエル・ザルエル・ブラウゼル」

 そして、フェイトの魔法が完成した。
 無数の雷撃が、少女を噛み砕かんと唸りを上げて宙に舞う。雷の兵隊を従えた少女は、配下どもに突進を命ずる。
 
「フォトンランサー・ファランクスシフト……撃ち砕け、ファイア!」

 無数の雷撃がなのはを襲う。
 その様はまさしく古代ギリシャの密集陣形戦法であるファランクスであり、避けようの無い無慈悲な雷の槍が動けないなのはを襲う。
 あれはまずい。アルフじゃなくてもそう叫んでいただろう。
 非殺傷設定はかかっているようだが、非殺傷設定だからと言って必ず安全とは限らない。非殺傷設定魔法でも命を失う事もあるのだ。そこまで酷くなくとも、何らかの障害を負う場合だってある。
 あれはそれが出来る魔法だ。
 
 俺は叫びたいのを必死で堪える。どのみち俺がいる場所は遥か下の階層だ。今更出て行くことなど出来ない。
 今の俺に出来る事は、なのはの無事を信じる事だけだ。
 
 金色の雷が舞い、なのはの周辺が爆炎と煙に包まれる。
 フェイトが一瞬だけ辛そうな表情をするが、それでもとどめとばかりに残っていた雷を掌に収束させる。
 
 そして煙が晴れる。
 
 そこには、一人の少女が立っていた。
 バリアジャケットはボロボロだ。肩口は破れ、スカートは大きく裂けている。バリアジャケットは辛うじて原形をとどめるのみで、襤褸切れを纏っているの大差が無い。
 それでもなのはは戦意を喪失する事無く、確かにその場に浮かんでいた。
 
「撃ち終わると……、バインドってのも……、解けちゃうんだね……。でも、今度はこっちの……」
『Divine』

 なのははレイジングハートの先をフェイトに向ける。
 すでにシューティングモードとなっていたレイジングハートが魔法の発動を告げた。
 
「番だよ!」
『Buster』

 レイジングハートから光の柱が放たれる。その光はフェイトの放った雷の弾を易々と蹴散らし、フェイトを飲み込まんと迫る。
 その光にフェイトはシールドを張って対抗するが、そのシールドの上だというのにフェイトの魔力を削る。その威力の前に、フェイトのバリアジャケットがどんどんと削れて行く。
 マントは千切れ、服のあちこちに切れ目が入っていく。
 暴力的な光の柱を、フェイトは歯を食いしばって堪えようとした。刹那の攻防に少女の顔が苦痛に歪む。
 長くて短い一瞬は過ぎ去り、光が残滓を残し光の柱は消えていく。フェイトの顔に安堵が広がる。
 
 だが、安堵するには早すぎた。
 
 先ほどの閃光に勝るとも劣らない更なる星の輝きが、少女の頭上に集う。
 
「受けてみて、ディバインバスターのバリエーション!」
『Starlight Breaker』

 薄闇に沈む庭園に、流星のごとき輝きがなのはに集う。展開された魔法陣により生み出された魔力球が爆発寸前まで膨れ上がる。
 たった9歳の、魔法を知って一月の少女が操っているとは思えない、膨大な魔力が唸りを上げていた。
 
「くっ……えっ、バインド!? あ、ああっ!?」

 無論フェイトも黙ってあんな魔力を喰らうつもりは無い。その機動力を生かして逃げようとする。
 しかし、いつの間にかかけられていたバインドに手足を拘束される。
 何とか逃げようともがくが、先ほど使った大魔法の反動でバインドを破壊できない。
 
「これが私の全力全開! スターライト……ブレイカァァァァァァァ!!」

 膨大な光の奔流に、フェイトの姿が飲み込まれる。
 
 って、マテマテマテマテ! フェイト生きてるのか、あれって!?
 いや、物語では生きていたけど……。
 あまりにも膨大な魔力に、俺は絶句する。
 先ほどから小刻みに揺れていた時の庭園だが、今の魔法の余波で立っていられないほど大きく揺れた。
 
 光の奔流が収まったとき、意識を失ったフェイトは飛ぶ力を失い地面に向かって落ちていく。
 なのははフェイトが地面に衝突するよりも早く回り込み拾い上げた。どうやら彼女は生きているようで、俺は安心の溜息を付いた。
 
 
 
「くっくっくっくっく、はっはっはっはっは!」
 
 時の庭園の揺れが収まった時、プレラは突如顔を押さえて笑い出す。
 ちょくちょく幻影やサーチャーで挑発していたんだけど……?
 
「よくよく考えれば、こうしていればよかったよ……」

 そう言うと、アームドデバイスを床に突き刺す。
 穴を開けて下の階に行くつもりか? それなら別の階に移動すれば良いだけだが……?
 
 だが、俺の予想は大きく外れた。
 
 奴の刺したデバイスが小刻みに震える。その震えは床に広がり、さらにフロア全体に広がった……って、まて!?
 
「砕けろっ! 天覇崩雷!」

 デバイスから空薬莢が排出される。それと同時に、奴のいたフロア全体の床が轟音を立てて崩れ落ちた。
 って、ちょっとまて! 人の家……いや、それ以前にここは次元庭園だぞ。なんて無茶な事を!?
 
「ふん、奴がこそこそ隠れるなら、私は隠れる場所を無くせば良いだけだ」

 俺が呆れているのを他所に、プレラは次の階の床にもデバイスを突き刺す。
 その階の床もぶち抜く気か……。さっさとこのフロアから逃げるか。俺はちらりとデバイスを確認すると、次の目的地を決める。これ以上このフロアにいるのは危険だろう。さっさと抜け出すべきだ。
 俺が目指す場所は、吹き抜けとなっているホールであった。
 
 
 
「あっ、気が付いた、フェイトちゃん?」

 フェイトを抱きかかえ、ゆっくりと地面に降りてゆく。
 あれだけの砲撃を受けた直後だ。フェイトはぐったりとしていて動けないようだ。
 
「ごめんね、大丈夫?」
「うん」

 フェイトは俯きながらも、小さく頷く。
 
「私の……、勝ちだよね」
「そう……、みたいだね」

 二人の少女は小さく会話を交わす。
 
「立てる?」
 
 なのはの言葉に、フェイトは小さく頷くとふらつきながらも立ち上がった。

「フェイト!」

 そんなフェイトに、人間形態のアルフが駆け寄る。
 あれだけの魔法を喰らったのだから無理も無い。だけど、安心するのはまだ早い。俺は2人……いや、3人に念話で警告を発する。
 
【なのは! アルフ! それからフェイト! 気をつけて!】

 その言葉に、厳しい戦闘の後の脱力感に包まれていた二人が、緊張を取り戻した。
 そして俺の予測どおり、無粋な乱入者が現れる。
 
「あらあら、仲良しさんですわね」
 
 やっぱり来たか!
 どこからとも無く現れたシスター・ミトがアームドデバイスを振りかぶる。
 だが、俺の警告で緊張感を取り戻していた少女達は、後退してその一撃をやり過ごした。
 
「あらら、逃がしませんよ」
 
 そう言いながら、シスター・ミトはアームドデバイスを振りかぶり追撃に入る。
 しかし……。
 
 
 
「ふん、炙り出されてきたか。虫め」
 
 吹き抜けのフロアに出た俺の目の前に、少し上にある出入り口からプレラが姿を表す。
 その表情は怒りに歪み、目は真っ赤に充血していた。
 
「あのような姑息な罠を使いやがって! 貴様は戦士としては殺さん、祈る暇も与えん! 戦いを愚弄した罪を地獄で懺悔しろ」
「俺は戦士じゃなくてお巡りさんなんだけどな」
「戯言を!」

 そう言うと、アームドデバイスを問答無用で振りかぶる。
 そんなプレラに対して、俺は勝利の笑みを浮かべてこう言った。
 
「残念だったな。悪いけど俺の……俺達の勝ちだ」

 その言葉と同時に俺の目の前に防御結界が張られ、プレラの攻撃を弾き飛ばす。
 プレラに対して幾重ものバインドが手足を拘束するべく絡みつく。
 
「なにっ!?」

 プレラが驚きの声を上げる。



 追撃に移ろうとしたシスター・ミトの前に、一人の女性が長い髪を靡かせ割り込んでくる。
 女性の張った攻勢防壁の前に、流石のシスター・ミトも弾き飛ばされ後退した。
 
 4枚の光の翼を煌かせた女性は厳しい表情でシスター・ミトを睨みつけると、透き通るような声で名乗りを上げる。
 
「広域指名手配犯シスター・ミト、これ以上は私が相手をします。大人しく武装解除をしなさい」

 いつの間にか現れていた武装局員が、デバイスを構えシスター・ミトを取り囲んでいた。
 
 
 
 俺に対する攻撃を止めたのは、ユーノの張った結界だった。
 クロノさんの放ったバインドは、プレラの手足を確実に拘束していく。
 複数の武装局員がプレラを取り囲む。
 
「ヴァン、助けに来たよ」
「大丈夫か、ヴァン」

 尊敬する執務官と信頼する友人は、振り向きもせずに俺に言葉をかける。
 
「ありがとうございます、クロノ執務官。助かったよ、ユーノ」

 この瞬間、攻守が逆転する。
 PT事件は終幕を迎えつつあった。



[12318] 第12話(序幕)
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:8716a64c
Date: 2009/11/27 18:39
第12話(序幕)



 時の庭園が大きく揺れる。
 来客と対面していたプレシア・テスタロッサの形の良い眉が跳ね上がる。
 この揺れの原因はわかっている。彼らが捕らえ、連れ込んだ魔導師が暴れまわっているのだ。警備用の傀儡兵をいくつか向かわせたが、少女の破壊力の前に次々と破壊されていく。破壊された傀儡兵が10体を超えたとき、プレシアは傀儡兵を引かせる事にした。
 このまま数で圧していけば制圧は出来るだろうが、それまでにとんでもない数の被害が出る。
 
「まったく、あなた達が連れ込んだ小娘がとんでもない事をしてくれたわね」
「あらあら、困りましたわね」

 白々しい。
 プレシアはシスター・ミトの態度に怒りを通り越して呆れを感じていた。
 ボディチェックなど基本的な事を忘れる間抜けが生き残れるほど、彼女の住む世界は甘く無いはずだ。故意に見逃した事などわかりきっている。

 忌々しい。

 正直八つ裂きにしてやりたいところだがそうもいかない。魔力で負けているとは思わないが、あちらは純粋に殺す訓練を積んでいる。さらに病気の身だ、まず勝てまい。
 それに、プレシアは彼女の属する組織の技術を欲しているのだ。ここで関係を終わらせる事が出来るわけが無い。
 そういった事を全て計算した上で、この女は行動している。
 
「で、この落とし前をどうつけるつもりなのかしら? 管理局も来ているみたいだけど?」

 プレシアの言葉にシスター・ミトは考えているふりをすると、さも今思いつきましたとばかりに満面の笑みを浮かべた。

「しかたありませんわ、ここは私が処理しましょう。どっちみち、蘇生技術を試すためには私どもの本拠地に行かなくちゃなりませんし」
「話しにならないわね。マッチポンプって言葉を知っている?」
「あらら、手厳しい。でも、ここは私が出るしかありませんわよね」

 確かに管理局が時の庭園を察知した以上、ここに留まるのは得策ではない。
 アルハザードへの道を開こうにも、ジュエルシードが4つではお話にならない。
 手詰まりとはこの事だろう。以前だったら諦めてやぶれかぶれの行動に出ていたかもしれないが、今の自分は諦める気は無い。組織の技術に、アルハザードに僅かでも希望を見出してしまった以上、諦められない。それが狂気から来る希望だとしても。
 
「まぁ、この件は貸しにしてあげる。私達が脱出するまで、精々時間稼ぎをすることね」
「ええ、ご希望に添えるようにいたしますわ。ドクター・テスタロッサ」
 
 芝居じみた仕草で礼をする女に嫌悪を感じる。
 だが、どれだけ腹が立とうとも、こいつらの思惑通りに行動する以外に手がない。
 ジュエルシード探索に無能な男を送ったのも、管理局員を捕まえてきたのも、この為の伏線だったと考えれば納得がいく。
 
 彼らが最初に彼女に接触を図ったのは、新型の傀儡兵とプロジェクトFのデータの交換取引だった。
 プレシアにはもはや意味の無いデータだったので気軽に取引に応じた。その後人形の取引にしても、アリシアさえ、本物の娘さえ取り戻せればどうでも良かったので、最終的には取引に応じた。
 だが、連中が真に欲したのはプレシア自身だったのだ。データがあれば、あるいは現物があれば技術の再現は難易度が下がってゆく。だが、そんなものよりも、作成した研究者がいれば研究が一気に進むのは子供でも分かる理屈だ。
 
 そう、こいつらはプレシアを組織に連れ込む為だけに、大掛かりな芝居をやってのけたのだ。死者蘇生の餌をちらつかせ、アルハザードの道を閉ざし、その上で敵を呼び込む。
 馬鹿馬鹿しい話だが、プレシアは彼女達の組織に身を寄せる以外の選択肢を失っている。管理局に捕まれば間違いなくアリシアの蘇生は諦めなければならなくなるだろう。
 腸が煮えくり返る思いだ。あまりにも馬鹿馬鹿しい手段だったので、考慮の外であった。見事にしてやられたものだ……。
 
「ところで……お尋ねして良いですか?」
「なにかしら」

 部屋から出て行こうとしたシスター・ミトが、この女にしては珍しく笑顔を消して尋ねてくる。
 珍しく困惑の表情など浮かべていた。
 
「あの、それは何なのですか?」

 シスター・ミトの視線の先にあるのは、謎の物体Xである。

 物体Xは先ほどから時の庭園内部で暴れている少女とそっくりの衣装を身に纏っていた。
 違うところといえば、背中に真っ赤な糸で『天』の一文字が刺繍されている部分だ。さらに身に纏っているのは可憐な少女ではなく、180センチ以上あるだろう骨格のしっかりした長身の男性だというのも違う。スカートの丈は何故かやたら短く、今にも下着が見えそうだ。というか、チラチラ見えている。

 頭がある部分にはでっかい饅頭のような仮面がかぶさっており、ぶん殴ってやりたくなるような笑顔が張り付いていた。時折、『ゆっくり……チャージなどさせなるものかなの』などほざいている。

 そんな何と表現して良いかわからない物体が、先ほどから次々とセクシーポーズを決めているのだ。百戦錬磨のテロリストたるシスター・ミトといえども、困惑する。コスプレという言葉を知っていても、マジでキモイ。
 ここまでツッコミを入れないでいられた精神力こそ賞賛に値するだろう。賞賛されても嬉しくないだろうけど。
 
 一方のプレシアは、流石に慣れた……あるいは諦めたのか、余裕の笑みを浮かべながらシスター・ミトに逆に尋ねる。
 
「何だと思う?」
「え、その、それは……」
「何だと思うのかしら?」
「え、えっと……あらら、プレラがフリーズしているみたいだから行きますね」

 そう言うと、シスター・ミトは足早に部屋から飛び出してゆく。
 
“勝った”

 何に勝ったのかはよくわからないが、プレシアはむなしい勝利の感触を噛み締める。
 少しだけ彼女は微笑むと、背後の人物を極力視界に入れないようにしながら話しかけた。
 
「そうそう、貴方にこれの御礼をしていなかったわね」

 そう言うとプレシアは一枚のカードを取り出す。
 以前イオタから手渡された医療一族の割符だ。この割符と共に彼がもたらした情報が無ければ、今頃自棄になって次元震を起していたかもしれない。
 
「好きでやったことだ。礼など不要」
「貴方が良くても私の気が許さないわ。お礼に一つ良いものを上げるわ」
「良いもの?」
 
 プレシアの言葉に、イオタが仮面を持ち上げ訝しげな声を上げる。
 
「貴方にあの人形を上げる」
「人形? フェイトちゃんの事か?」
「そんな名前だったかしらね。欲望の捌け口でも、手駒にでも好きに使えばいいわ」

 その言葉に、イオタは嘆息する。
 どうしょうもない変態ではあるが、彼には彼の矜持はあるのだ。あほな事をやっていても、下着泥棒と覗き以上のことは絶対にやらないのだ。十分犯罪者だけど。
 ひぎぃとからめぇな展開は彼の矜持に反する。自分が言う側の展開なら構わないどころか、ぜひお願いしますなのだが。
 
「人身売買などする気は無いんだがな。その様な行為は私の流儀に反する」
「だったら捨てても構わないわ。少なくともあの連中が持って行くよりは幸せになれるでしょう」

 あの連中は最終的にフェイトを殺すだろう。それ自体はどうでもいいが、全て連中の思惑通りになるのは腹が立つ。
 生きていれば幸せになれる等という気は無いが、チャンスぐらいはくれてやっても良い。イオタに預けるのが果たして幸せかはさておき。
 
「なら、そう素直に伝えれば良いものを」
「私はあの人形は大嫌いなの。もう2度と見たくないだけよ」
「ツンデレ乙とでも言っておこう」
「なによ?」

 相変わらず意味不明な言葉を言う男に呆れながら、プレシアは席を立つ。
 
「連中と行くのか?」
「ここまで来た以上、諦めるわけにはいかないわ。私はアリシアを、幸せだった時を取り戻すの」
「そうか……」

 そう、かつて自分が引き起こした事故で儚くも散った娘を取り戻すのが、彼女の目的であった。
 娘を取り戻す過程で出来たのがあの人形、フェイトだ。だが、アレはどこまでもアリシアに近いが、決定的にアリシアと違う。
 アレこそは自分の罪の証なのだろう。少なくともプレシアはそう感じていた。
 だからこそ、アレが嫌いで、アレの存在が許せなかった。
 
 そうアレは憎い、嫌いだ。消してしまいたい罪の記憶だ。
 だから、捨てるつもりだった。
 
 だが、アリシアを取り戻した時、同じ顔をした罪の記憶に自分は果たして耐えられるだろうか?
 そう考えた時、プレシアは一つの決断を下した。
 
 捨てる事には変わり無い。もう自分はアレの存在に耐えられない。
 だが、少しだけマシなところに捨ててやろう。偽善とも呼べないくだらない自己満足だが、それでも少しは負担も減るかもしれない。
 
 プレシアは、そのくだらない自己満足の奥にある本当の感情を無視した。
 知ってはならぬ感情だと、いずれは自らに不幸として返ってくると気がつきながらも、あえて無視をする。
 
「仕方あるまい、少しだけ預かろう。だが、その先は知らんぞ」
「それで構わないわ。ありがとう」
「身体に気をつける事だ。そのアリシアちゃんとやらの為にもな」
「そうさせてもらうわ」
「何か伝える事は無いか?」

 イオタの言葉に、プレシアは少しだけ言葉を伝える。
 そして、彼女は二度と振り向く事無く去っていった。愛娘の眠る棺と共に。



[12318] 第12話(前編)
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:8716a64c
Date: 2009/12/28 13:00
第12話(前編)



 アースラの到着により戦況は一変していた。
 シスター・ミトにはリンディ提督が、プレラにはクロノさんがそれぞれ相対する。なのはたちの様子を見るために設置しておいたサーチャーが、地表部分での出来事を俺に伝え続けていた。
 
「あらら、噂に名高いリンディ・ハラオウン提督自らがお見えになられるとは思いませんでしたわ」

 楽しそうに微笑むシスター・ミトに、リンディ提督はどこまでも冷淡だった。
 
「もう一度確認します。武装解除をして速やかに投降しなさい」
「お喋りもしてくださらないのですか?」

 どこまでも表情を変えないシスター・ミトに、リンディ提督は無言で武装隊に捕縛の命令を上げる。
 武装隊から無数のバインドがシスター・ミトに向かう。
 シスター・ミトはバリアを張ってバインドが絡むのを一瞬だけ凌ぐと、ハルバード型のアームドデバイスを振るいバインドを尽く叩き落した。
 
「あらやだ、非力な女性に乱暴な……」
「戯言に付き合う気はありません。続けなさい」

 リンディ提督の言葉に、武装隊が再びデバイスを構える。だが、彼らの魔法が発動するよりも早くシスター・ミトは芝居じみた仕草で傀儡兵を呼び出した。
 
「いえいえ、少し付き合ってもらいますわよ。みんな、出てきなさい」

 シスター・ミトの言葉に床から鎧姿の傀儡兵が湧き出すように出現する。その数は目視できるだけで30は超えている。さらに、物陰の向うからも提督やなのは達がいる場所に近づいてくる。
 Aランク魔導師に匹敵する魔力を持つ傀儡兵の大兵団だが、それを見てもリンディ提督は眉一つ動かさなかった。

「この程度で?」
「嫌な女ですわね、これでもAランク魔導師に匹敵する力があるんですけど」
「所詮は機械でしかありませんよ」
「ほんとに嫌な女」

 シスター・ミトはにこやかな笑みを崩さぬまま毒づく。Aランク魔導師に匹敵すると言う傀儡兵は、武装隊により破壊されていく。流石に一撃でとはいかないようだが苦戦らしい苦戦はしていない。
 リンディ提督はディストーションシールドの干渉により、傀儡兵に対する外部からの魔力供給を妨害しているのだ。
 傀儡兵にもバッテリーは積んであるだろうが、拠点防衛用の傀儡兵は外部からの魔力供給を阻害されると極端に動きが鈍る。海の武装隊にとっては、わかってれば怖くない相手なのだろう。
 リンディ提督が初手から出てきたって事は、時の庭園内は到着までにサーチ済みだろうし。

「これ以上の抵抗は無駄です。勝ち目はありませんよ」
「勝ち目が無いかどうかはともかく、これ以上無駄というのは確かですね。ほら」

 シスター・ミトの言葉を合図に、時の庭園が大きく揺れた。
 
 
 
 異変が起きたのはホールも同様だった。
 出現した傀儡兵に対し武装隊員が協力して対応に当たっていたのだが、突如として時の庭園が大きく揺れる。その衝撃は凄まじく、空中にいた者までバランスを崩した。

 俺達が何が起きたのか理解出来ぬ間も事態は動く。

 俺達が動揺している一瞬の隙に、プレラがアームドデバイスのカートリッジを2回ロードする。立て続けに空薬莢が排出され、プレラの身体を眩いほどの魔力光が覆う。
 そして何をするかと思ったら、強引に各種のバインドを引きちぎり始める。嘘だと思わず叫びたくなったが、実際に音を立ててバインドは一本ずつ千切れていく。最後まで残っていたのは、クロノさんとユーノが放ったバインドだった。
 そして俺が半ば呆れている間に、プレラはバインドを全て引きちぎった。
 
「な、なんて馬鹿魔力だ」

 流石にクロノさんも呆れ声を上げる。
 バインドを解除する手段は大きく分けて二つ。魔法のプログラムを解析、介入して解除するか、力任せに破壊するか。後者の力任せというのは普通はなんらかの高位の魔法により破壊する事を指すのだが、今のは本当に魔力だけで引きちぎったのだ。
 理論上は可能なのだが、普通の人間は魔力ロスが多すぎてやらないし、そもそもやれない。バインドされており細かな魔法操作が出来なかった苦肉の策なのかもしれないが、それにしてもとんでもない魔力だ。
 
 もっとも無茶なバインドブレイクは流石のプレラにも厳しかったようだ。引きちぎった勢いのまま、ホール上層階の入り口の一つに消えてゆく。
 
「まてっ!」

 慌ててクロノさんが追いかけようとするが、同じタイミングで入ってきた通信によって追撃を諦める事を余儀なくされた。
 
「クロノくん、すぐにこれを見て!」

 エイミィさんが血相を変えてデータを送ってくる。
 その情報に、クロノさんの顔からも血の気が引いた。
 
 
 
 エイミィさんが送った情報の詳細を、態々シスター・ミトがリンディ提督に説明をしていた。
 
「こ、これは?」
「せっかくジュエルシードがありましたから、ちょこっと使わせてもらいましたわ」
「まさか!?」
「はい、想像の通りです。このままでは数分もたたずにこのあたりは次元震に飲み込まれるでしょうね」

 その言葉に、リンディ提督の表情が一層険しくなる。
 
「ならば、そうなる前に貴方を捕らえるだけです」
「ええ、構いませんよ。そのかわり、第97管理外世界地球で何十万、何百万人も死んじゃうんでしょうね。東京、北京、ロンドン、ニューヨーク、パリ、モスクワ……他にも大都市は沢山ありますから、どこになるかしら?
 あれ? あの世界の住民の事ですから、その影響で大戦争が起こるかもしれませんね。何十億人かしら?」
「どういう意味ですか?」
「私が捕まると同時に、ジュエルシードが簡易魔力炉ごと第97管理外世界の大都市にランダム転移して、自爆する事になっておりますの」

 慈愛の笑みを浮かべたシスター・ミトの言葉に、流石のリンディ提督も絶句する。
 そりゃそうだろう、自分を捕まえれば何十万、何百万の管理世界とは関係の無い人々を虐殺すると言っているのだ。彼女がテロリストだとしても度が過ぎている。
 職業柄、胸糞悪いテロリストの話は何度も聞いているが、こんな無茶苦茶をやるテロリストなど聞いた事が無い。
 
「ああ、わざとゆっくり戦って、先に封印ってのは無駄ですよ。チャージが完了した瞬間にランダム転移するようにセットしてありますから」
「貴女、自分がやっていることをわかっているの!?」
「もちろんですわ。あら、やだ、管理外世界の……、出来損ないの世界の事を気にしているんですか? 別に何百万人死んでも貴女の責任にはなりませんから気にしなさいでくださいな」
「ふざけないで!」

 リンディ提督が叫ぶのも無理は無い。アースラから送られてくる各種データは、シスター・ミトの言葉が真実だと裏付けている。
 背後で話を聞いていたなのはの顔色が変わる。地球は彼女の故郷だ。しかも、家族や友達の命がかかっている。
 そんななのはの事など気にも留めず、シスター・ミトは話を続けた。
 
「ああ、そうそう。チャージ時間ですけど、噂に名高いリンディさんのディストーションシールドなら、だいぶ引き伸ばせますよ~。あ、でも3つあるジュエルシードの発射装置へ行くには、傀儡兵が沢山いますねぇ。さて、どうしましょうか?」

 本来なら、管理外世界の地球など見捨てて、テロリストの逮捕に全力を注ぐべきかもしれない。この女は放置しておけば更なる悲劇を確実に生み出すだろう。
 管理世界を守る時空管理局の提督としては、それが正しいのかもしれない。
 だが、それは同時に我々の敗北でもある。
 管理外世界に管理世界の悪意が及ばないようにするのも時空管理局の重要な仕事なのだ。地球を見殺しにするなど言えない。
 
 リンディ提督のディストーションシールドの力場の流れが変わる。時の庭園を襲っていた揺れが小さくなる。

「あらあら、お利巧さんですこと。それじゃ、私は退散させてもらいますわね」

 引き際はわきまえているのだろう。その言葉と共にシスター・ミトの足元に魔法陣が発生し、彼女の姿が掻き消えた。
 それと同時に周囲にいた傀儡兵も動きを停止する。おそらくは、ジュエルシードを守る傀儡兵にエネルギーを回すためだ。
 リンディ提督は一瞬だけ悔しそうな表情を見せると、周囲に指示を飛ばす。
 
「みんな、二手に分かれて頂戴。エイミィ、詳細データを……。これよりジュエルシードのある地点をABCと呼称します、全員地図を確認。A地点はバード隊が、B地点はブルー隊が封印に向かって!
 それと、すぐにクロノを呼び出してちょうだい!」

 指示を飛ばすリンディ提督に、なのはが話しかける。
 
「あの、私も協力します!」

 なのはの言葉に、リンディ提督は一瞬だけ考えると、すぐさま指示を出した。
 
「わかりました、なのはさんは一番遠いAポイントにバード隊と向かってください」
「はい!」

 一方、アースラから送られてきたデータを盗み見していたフェイトが、真っ青な顔色をする。
 
「ここ、母さんの研究室……」
「い、言われて見れば!?」
「い、行かないと!」
「待ちなさい!」

 慌てて飛び立とうとするフェイトだったが、リンディ提督が呼び止める。
 そんなリンディ提督に、フェイトはデバイスを構えた。
 
「邪魔をするな!」
「邪魔などしません、フェイト・テスタロッサさんですね……」
「は、はい……」
「ブルー隊は彼女と一緒にBポイントに向かって! ジュエルシードの封印と、ドクター・テスタロッサの保護を行なって頂戴!」

 アースラ内部でどういう認識だったのかはわからないが、この“保護”はおそらくはフェイトを刺激しないためだろう。
 
「フェイトさん、道案内をお願いします」



 アースラから送られてきた情報に、クロノさんが一瞬絶句し、すぐに激昂した。
 
「なんて事を考えているんだ!」
「まったく同感ね。クロノは武装隊と急いでCポイントに向かって。そこが一番魔力反応が高いから注意してね」
「了解です!」

 そう言うと、クロノさんは武装隊と共にCポイントに向かおうとする。
 
「ヴァンとユーノはアースラに帰還をしておいてくれ」
「でも、僕も行きます!」
「ヴァンが足手まといだ。一人で戻らせるわけにはいかない」

 横でクロノさんとユーノが何かを話しているが、俺はろくすっぽ聞いちゃいなかった。
 何かおかしい……俺の勘が訴える。
 
「わかったら、すぐにアースラに回収してもらってくれ。行くぞ!」
「了解です」
 
 ジュエルシードを爆弾代わりに使うっていうのは分からないでもない。
 だが、なんで3箇所なんだ? たしか、フェイトが回収したジュエルシードは4つ。
 1箇所だけ2つ使っている? 確かにその可能性もあるが、史上空前の虐殺を笑顔で語るようなテロリストが、そんな効率の悪い事をやるか?
 1つだけ持っていく……、ありえない。
 こう言っちゃ何だが、管理世界というレベルで見ればジュエルシード1つなど珍しい類のロストロギアではない。すぐに同様の機能を持った代用品が見つかるだろうから、1つだけ持っていく意味なんて無いはずだ。
 3つ使い潰す気なら、俺なら4つとも此処で使う。
 
 俺は大慌てでデバイスから時の庭園の詳細な地図を引っ張り出すと、アースラから送られてきたデータと重ね合わせる……。
 ジュエルシードの設置してある3箇所はそれぞれ均等に分かれており、距離が遠い。この3箇所からもっとも遠いポイントは……あった、時の庭園のメイン魔力炉……これは……、多分偶然なんかじゃない。
 俺が思いついた事などリンディ提督やアースラのクルーが考慮しなかったはずが無い。それでもメイン魔力炉に人を向かわせなかったのは、無いかもしれない可能性に貴重な戦力を避けないからだろう。
 そして、ここでフリーの戦力は俺とユーノだけだ。
 
「リンディ提督!」
「ちょ、ちょっとまってよ、ヴァン! どこに行くの!?」

 俺はリンディ提督に通信を開きながら飛び立つ。
 ユーノが慌てて俺についてくる。どうせ二度手間になると、俺はユーノにも聞かせるつもりの大声でリンディ提督に報告した。
 
「こんな緊急時に、ヴァン空曹!」
「すいません、これからメイン魔力炉に向かいます!」

 俺の言葉に、ユーノははっと気がついた表情になり、リンディ提督は厳しい表情のまま応える。
 彼女の表情は驚いたといった感じだが、そこに困惑が無いところを見ると、俺と同じ可能性に気がついていたのだろう。
 
「貴方達だけで!? 許可で……いえ、危険だけど、良いの?」

 一瞬だけ悩むそぶりを見せたリンディ提督だが、俺の目を見るとすぐに確認をとった。

「今更です!」
「ユーノくんは」
「僕も行きます!」

 一瞬、ユーノだけはと考えたが、よくよく考えればこんな危険な場所まで来てくれた友人に、今更帰れは失礼だろう。
 それに他の3つはともかく、メイン動力炉にあるかもしれないジュエルシードは単なる自爆用の可能性もある。アースラに戻って安全という保証は無い。

「わかりました、ヴァン空曹、それとユーノくん。すぐにメイン魔力炉に向かってください!」
「了解!」
「はい!」

 俺とユーノは勢いよく返事をすると、飛行速度を一層上げるのだった。



[12318] 第12話(後編)
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:e8725c8b
Date: 2009/11/18 03:53
第12話(後編)



 時の庭園での戦いは最後の時を迎えつつあった。
 
 武装隊が命懸けでなのはをジュエルシードの元に送り込んだ。
 フェイトが母に捨てられた事を知り、同時に若き医師から母の言葉を受け取った。
 クロノさんが魔法を打ち消す傀儡兵と死闘を繰りひろげ、勝利を勝ち取った。
 
 そんな中、俺とユーノも最後の、最大の障害と対峙する事となる。
 
 
 
「やっぱりセットしてあったか!」
「嫌な方向ばかりに予測が当たるね!」
「まったくだよ!」

 高速で飛びながら毒づく俺に、フェレットの姿になり俺にしがみついていたユーノが同意の言葉を口にする。
 ちなみにユーノがフェレットになっているのは俺がユーノを運ぶためだ。どうやら飛行魔法だけは俺に一日の長があったらしく、ユーノは俺の速度についてくることが出来なかった。
 結局俺がユーノを運ぶ事になったが、体格が同じぐらいの少年を抱えるのは無理なのでフェレットに変身してもらったのだ。

 俺達は出来る限り速くメイン魔力炉に向かおうとしながら、同時にサーチャーを先行させていた。
 
 正直言って、かなり不気味だ。
 何が不気味かというと、メイン魔力炉に向かう俺達に妨害らしい妨害が一つも無いのだ。サーチャーもすんなりとメインの魔力炉のある場所に到着して、あっさりとジュエルシードを見つけ出せた。
 仕掛けてあった事は予測してあったので驚きはしなかったが、警備どころか見張りすらいないのだ。
 
「これって、罠だよね……」
「たぶん」
 
 まだ発動には程遠い状態のようだが、時の庭園を維持している魔力炉のエネルギーを一気に注ぎ込まれたらどうなるか。正直考えたくは無い。
 エイミィさんの試算ではこの魔力炉なら数秒で次元震が可能な状態にもっていけるらしい。
 これの嫌なところは罠だとわかっていても行かなければならないところだ。援軍を求めようにも他の3箇所とも苦戦中で、援軍を出せるような状態じゃないらしい。
 先ほどからつなぎっぱなしのアースラのブリッジからは、各方面で苦戦中の局員と連絡を取り合うクルーの怒号が響いている。怪我人は多数出ている模様だが、一人も死人が出ていないらしい。流石は海の精鋭だ。
 
 進んで行く俺達の視界に、メイン魔力炉に続く扉が見えてきた。
 本来はエレベーター用の扉なので分厚く頑丈そうだ。ゆっくり止まって開けている暇は無い。
 
「ユーノ、突っ込むぞ! 荒っぽくやるから舌を噛むなよ!」
「わかった。防御は僕がやる!」
「ああ、頼む!」

 ユーノの言葉に俺はP1SCにフォースセイバーを纏わせ扉に突き立てた。
 俺と光の刀身の間に防御幕が出現する。
 
「ブレイク!」

 爆音を立てて扉が吹っ飛ぶ。
 至近距離で刀身爆破をやると自分にもダメージが来るのだが、ユーノが防御してくれたおかげでダメージ無しで済んだ。
 俺達は動力室に転がり込むように進入する。

 そこには三柱の巨大な女神像が中央にそびえ立ち、その周辺に鋭い岩があちこちに転がっていた。女神の背後にある塔がメイン魔力炉本体だろう。
 神殿のような光景だが、頭上に張り巡らされたメンテナンス用の通路や動力パイプが、ここが神殿ではないと語っている。
 目当てのジュエルシードはすぐに見つかった。中央の女神像の腕の中でジュエルシードが青い輝きを放っている。態々見つけやすいように設置しているあたり、これを仕掛けた奴の性格の悪さが表れていた。
 
 もっとも、俺達二人の視線を釘付けにしたのは、動力室内部の光景でもなければジュエルシードでもなく、女神像の前に陣取る一人の男だった。
 彼は腕を組み、目の前にアームドデバイスをつきたて、まるで瞑想するかのように目をつぶっている。
 男の名はプレラ・アルファーノ。幾度と無く俺達の前に立ちふさがった騎士であった。
 
 彼は静かに目を開けると、俺達に向かって話しかけてきた。
 
「悪い事は言わない。ここから去れ」
「な、何を言っているんですか! あのシスターがそれで何をするつもりなのか……」
「知っている!」

 ユーノの言葉に、プレラは叫び声を上げる。
 
「いくら大義があろうとも、管理世界と無関係な地球の人々に被害が出るのは容認できない。このジュエルシードは私が責任を持って回収する!」
「だったらすぐに!」
「それは出来ない! 師匠やドクター・プレシアが完全に安全な場所に到着するまでは!」
「そんな!」
 
 ユーノが思わず絶句する。

「我々は今ここで捕まる訳には行かないのだ!」
「ふざけんな、その為に地球がどうなっても良いって言うのか!」
「そうは言っていない!」
「どこが違うっていうんだ、逃げれなきゃ発射するって言っているようなもんだぞ! 自分の言っている言葉の意味を考えろっ!」

 俺の言葉に、騎士の顔が怒りに染まる。
 
「私だってこんな事したくはないんだ!」
「だったらするんじゃない!」
「黙れっ! そもそも管理局なんてものがあるから!」

 そう叫ぶと、プレラはアームドデバイスを横一文字に振るう。
 魔力を帯びた衝撃波が俺達に向かって飛んできた。って、一言多かった、逆切れさせてしまった……。
 
「くそっ!」

 俺は必死に回避し、しがみついたユーノがバリアを張る。
 ユーノのバリアに衝撃波は衝突し爆発を起す。その隙に、俺は一旦岩陰に隠れた。
 
 って、追撃が来ない?
 追撃が来るかと思ったが、プレラは俺達が隠れるとそのまま元の場所で待機をする。
 ここで時間稼ぎをするつもりなのか、それとも先ほどの追いかけっこがあるので警戒しているのか……。
 どっちでもこれは厄介だ。あいつが追いかけてくるなら、ユーノだけでも先行させてジュエルシード回収という手もあるのだが……。
 いくら感知能力が低いといっても、目立つ場所にあるジュエルシードを取りに行けば流石に気がつくだろう。なんとかこの場から引き離すか、倒すかしなきゃならない。


「なあ、ユーノ、姿を消す魔法とかないか?」

 俺はユーノを地面に下ろしながら、確認をする。
 
「ごめん、流石にそういった幻影系は使えないんだ」
「ユーノもダメか」

 幻影系の魔法はレアスキル一歩手前なのだから仕方ない。ティーダさんはこの手の事が得意なのだが、あの人は今頃ミッドチルダだろう。
 封時結界を張ってプレラを締め出す……流石に無理だ。あまり広い結界を張るとプレラも巻き込むだろう。感知能力が低いから内部の出来事は認識できないかもしれないが、結界の存在は外部からでも気がつくし突入も出来る。

「あ、でも光学結界なら使えるよ」
「それは広い範囲に張れないだろう。広い範囲に張ったらあいつも巻き込むだろうし」
「そうだよね……」

 光学結界とは、要するに内部で行われている事を見えなくするだけの結界だ。その場所に行けば魔法が使えない人でも簡単に結界内部に侵入できる。
 しかも結界なので、内に入れば丸見えだ。
 
「小さい結界を連結する事ってできないか?」
「できるけど、流石に気がつくと思うよ」
「だよな……」

 小さな結界の一つや二つなら気がつかないかもしれないが、女神像まで行けるほど連結していくと、継ぎ目に歪みがでるので気がつくだろう。
 でも、これなら……。
 
「なあ、ユーノ、ちょっと耳を貸せ」

 俺はそう言ってフェレットを持ち上げると、ユーノに思いついた作戦を伝える。
 最初は神妙に聞いていたユーノだったが、聞き終わると同時に目を見開く。
 
「む、無茶だよ。一人で足止めなんて、今度こそ殺されるよ」
「無茶で無謀なのは承知している」
「ついでに馬鹿だよ」
「ひどいな」

 ユーノの言葉に、こんな状況ではあっても苦笑いをする。
 笑う俺をますます睨んでくるユーノだったが、別に自殺願望も無ければ不可能だとも思っていない。
 
「ヴァン、死ぬ気なの?」
「死ぬ気なんて無いよ。これはユーノと俺の二人なら絶対に出来ると思ったから話したんだ。
 喧嘩もしたけど1ヶ月間一緒にやってこれたんだぜ。俺はユーノになら安心して背中を預けられる」

 真っ直ぐに見つめる俺に、ユーノは溜息をつきながら折れた。
 
「ヴァンといい、なのはといい……本当に頑固なんだから」
「なのはほどじゃないぞ」
「なのはより酷いよ」

 さらりと酷い事を言って、言われた気がする。
 ユーノは人間の姿に戻りながら、俺を睨みつける。
 
「ヴァンには言いたい事は山ほどあるんだ。無事に帰ってこなかったら許さないからね」
「なのはと同じような事を言うなよ」

 俺はもう一度苦笑いをすると、女神像の前に陣取るプレラを睨みつけた。
 
 
 
 物陰から出てきた俺をプレラが睨みつけてきた。
 
「去れと言ったはずだ」
「悪いが、あんな危険物を放置して逃げられない」
 
 俺は出来る限りゆっくりとした足取りでプレラと対峙する。
 
「管理局の正義に、そこまでして命を掛けるか……」
「管理局の正義ね……。一般市民の平和に命を懸けているんだけどね」

 小さく呟くと、デバイスを構えながら投降を呼びかける。
 プレラの言う管理局の正義が何なのかは知らないが、俺にとっては一般市民の生命と財産を守るのが仕事だ。
 
「プレラ・アルファーノ、今すぐ武器を捨てて投降するんだ。これ以上罪を重ねるな」
「貴様こそ今すぐ私の目の前から消えていなくなれ……ユーノはどうした?」
「答えると思うか?」
「そうか、まあいい。攻撃魔法を使えない結界魔導師一人ぐらいなら問題は無い」

 プレラはそういうと、デバイスを構える。

「もう一度言うぞ、今すぐ私の目の前から消えていなくなれ」
「お前こそ、ジュエルシードの封印を邪魔するな」
「これ以上の言葉は不要か……。貴様にこれ以上好き勝手にはさせない。いくぞヴァン・ツチダ!」

 そう叫ぶと、プレラはデバイスを大きく振りかぶり突進してくる。
 一方の俺は奴が振り下ろすよりも早く、思い切って奴の懐に飛び込む。
 避けきれなかった刃が俺の肩に深く食い込む。赤い鮮血が吹き上がるが、俺はそれに構わず突進を続けた。

「なにっ!?」

 俺はプレラの懐に体当たりをする。
 この位置なら近すぎてすぐに斬られる心配は無い。もっとも、もともとの年齢差による筋力差にプラスして魔力差もある。このまま何もしなければすぐに吹き飛ばされるだろう。
 デバイスの先端を押し付け魔法を発動させる。
 
『Force Saber』

 俺が使ったのは、古いバージョンのフォースセイバーだ。
 デバイスの先端から出現した光の刃は、その地点にあった障害物……プレラの身体をそのまま貫く。腹部を貫かれたプレラの顔が苦痛に歪む。
 だけど、まだまだ!
 持つ騎士の右腕……デバイスを持った側の腕に自分の腕を押し付けると、バインドを発動させる。
 
『Handcuffs Bind』

 俺が使ったバインドはリングバインドと呼ばれる基本的なバインドの発展系だった。通常のバインドは捕まえた相手を空間に固定するのだが、俺が今使ったのは空間ではなく物同士を結びつける手錠型のバインドだ。
 通常は犯罪者の逮捕時に手錠が足りなかった場合に使われる魔法なのだが、今回これを使ったのには訳がある。
 このバインドは術者が触れている時に限り、常時魔力供給が出来るので強度がかなり高いのだ。実力差があってもそう簡単には解除できない。

 そして、このバインドの欠点である『離れられない』という事が、この場合だと最大の利点となる。
 
「き、貴様、何を!?」
 
 腕同士がくっついているのだ。こうしておけばアームドデバイスを振るうスペースを確保できまい。
 俺はデバイスに力場を纏わせると、さらにプレラの身体に押し付ける。
 
「フォースショット!」

 0距離で魔法弾を連射する。基本的に魔力が違うので1発1発は大したダメージにはならない。とはいえ、同じ場所に連射をすれば少しずつではあるがバリアジャケットが削れダメージになるだろう。
 連射される魔力弾にプレラの身体がくの字に曲がる。それと同時に、デバイスの押し付けた部分が少しずつひしゃげていく。
 もう少しでいいからもってくれ! もう少し、もう少しダメージを与えて時間を稼がないと……。
 
「なめるなっ! この程度!」

 だが、魔力差だけはなんともしがたい。プレラは腕を上げると、デバイスのカートリッジシステムを起動させようとする。
 おそらくは、この距離であの全方位攻撃をするつもりなのだろう。この状況でアレを使われたら、確実に俺は死ぬ。逃げようが無いからだ。
 だけど……。
 
「同じ攻撃、何度も効くかっ! それを待ってたぜ!」

 俺は奴の身体からデバイスを離すと、叩きつけるようにアームドデバイスの薬莢排出部分に挟み込む。
 既に壊れかかっていたデバイスの先端部分が音を立てて砕け散った。
 だが、同時にアームドデバイスのもっとも繊細な部分に異物が挟まる。軽い音を立てて、カートリッジシステムが機能を停止した。
 
「貴様、これを狙って!」
 
 俺がやった捨て身の特攻は、全てこのための伏線なのだ。プレラはピンチになると大抵この魔法を使っていた。おそらくは一番信頼している魔法なのだろう。
 だが、常にカートリッジシステムを使っていれば、システムの助けが無ければ単独では使えないと宣言しているようなものだ。
 
「だが、貴様、武器を失ったぞ!」

 その言葉と共に、魔力を帯びたプレラの拳が俺の顔に向かって迫ってくる。拳は頬にめり込む。バリアジャケットを着てなければ、頭が吹き飛んでいたかもしれない。
 口の中に鉄の味が広がる。歯が一本折れたっぽい……。
 
「だからどうしたぁ!」

 もっとも、俺はそんな事など構わずお返しとばかりにプレラに殴りかかる。
 だが、奴のバリアジャケットの防御を突破できず、軽く表面を撫でただけだった。
 
「武器破壊は褒めてやる! だが、実力差がありすぎたな!」

 再び迫ってくるプレラの拳は、今度は腹にめり込んだ。
 血が混じった胃液が込み上げてくる。
 
「うああああああああっ!」

 拳を振るう。だけど、やっぱりバリアジャケットの表面を削っただけで。
 
「無駄だっ!」

 奴はバインドした腕ごと俺を持ち上げると、力任せに地面に叩きつける。
 背中からの衝撃に、一瞬意識が遠くなる。
 腕同士をつないでいたバインドが今の一撃で解け、俺はゴムマリのように何度か地面をバウンドする。
 
「逃がさん!」
 
 3回……、たった3回攻撃を受けただけで俺は満身創痍だった。まったくもって嫌になる魔力差だ……。
 それでも、まだ時間を稼がなきゃならない。俺は何とか立ち上がろうともがく。だが、俺の胸をプレラが踏み潰す。
 
「があああああっ!」

 俺は言葉にならない悲鳴を上げる。
 今ので肋骨が何本かひびが入った……。デバイスの緊急チェックによると内臓は無事みたいだけど……。
 
「あああああああああっ!」

 プレラが更に体重と魔力を乗せてくる。
 バリアジャケットの最終防御が発動し、胸部装甲が砕け始める。
 肺から空気が搾り出される。内臓がつぶれそうだ。目から涙が止まらない。ションベンをちびりそうだ。だけど、俺は意識が飛ばないように必死に耐える。
 鈍い音と共に胸部装甲が完全に砕け散る。同時に、俺は血を吹き出す。
 それを見てプレラはアームドデバイスを構えなおした。
 
「これで終わりだな、ヴァン・ツチダ。これだけの実力差で……、貴様はよくやった。敬意すら感じるよ」

 そう言って、デバイスを大きく振りかぶる。あれで俺を突き刺すつもりなのだろう。
 
「だが、これで終わりだ。苦しまないように介錯しよう。何か遺言はないか?」

 余裕を見せたつもりなのか、それとも本当に俺に敬意を表したのか。ベルカの騎士だというなら、本当に後者なのかもしれない。
 どっちでもいいが。
 どっちみち、この勝負はついた。本当に、ここまでよく耐えてくれた。
 そう……。
 
「わ、悪いが……、俺達の勝ちだ」

 かすれる声で、俺は宣言する。
 そう、俺の耳にはユーノの声がこの時届いていた。あいつの事だ、何度も飛び出したくなっただろうに……。
 
【ヴァン、待たせたね!】
 
 少し離れた空間が音を立てて砕け散る。
 ただ姿を隠すだけの結界が、全てを薙ぎ払う星の輝きが放つ圧力に耐え切れなくなったのだ。
 
 隠された空間の下からユーノが姿を現す。
 白と青の、なのはと同じ色のバリアジャケットを身に包んだユーノは、両手でしっかりとP1SCを構えていた。
 P1SCの先端では、爆発しそうなほどの膨大な魔力が膨れ上がっている。
 
「な、なにっ!? 何故ユーノが攻撃魔法を!? いや、それ以前にその魔法は!?」

 その光景に、プレラが驚きの声を上げる。
 確かにユーノは攻撃魔法を苦手としているが、使えないわけではない。デバイスの助けがあれば苦手なりに使えるのだ。
 
「貴様の敗因は……、俺の親友を侮った事だ……」

 俺はほぼ壊れかけのデバイスを使って二つの魔法を発動させる。
 ユーノが俺に贈ってくれた魔法は、こんなボロボロの状態でもちゃんと発動してくれた。
 
『Force Saber Second……Flash Move Action』

 俺は発動した光の剣をプレラの足に叩きつける。ほんの刹那、呆然としていたプレラからの圧力が減じる。
 それだけで俺には十分だ。痛みも苦しみも無視して、俺は加速された時間の中で全力で奴の足元から抜け出し、ユーノのすぐ傍まで退避した。
 
「しまった、貴様!」

 俺が抜け出した事に気がついたプレラが慌てて追いかけようとする。
 だけど……。
 
「まさか、バインド!?」

 俺の追撃に入ろうとしたプレラを幾つものリングが拘束していく。
 ユーノが使ったのだろう。魔力集束だけで手一杯だろうに、まったく無茶をする。
 
「ユーノ、すまない」
「ヴァンこそ、無茶をして」

 俺は完全に機能を停止したデバイスを投げ捨てると、ユーノが構えたP1SCに手を添える。
 ユーノが苦手とする砲撃のプログラムを補い、完成させてゆく。

 P1SCには、先ほどなのはが使った魔法が記録されていた。機能最適化システムが勝手に動いたのだろう。
 もっとも、それだけでは意味が無かった。
 俺では前段階の魔力集束が逆立ちしても出来ないし、ユーノだけでは砲撃まで持っていけないからだ。
 だが、それぞれが足りない部分を補い、二人がかりでスターライトブレイカーを完成させる。かなり無茶な計画だったが、この賭けに俺達は勝ったのだ。
 
「お、お前たち、まさか!」

 プレラがバインドから逃れようと必死にもがく。
 しかし、一流の魔導師であるユーノのバインドだ。デバイスが破損した今の状態では、強引に抜け出す事など出来まい。
 
「言ったろう、俺達の勝ちだって!」
「そう、これが僕とヴァンの全力全開!」

 俺とユーノの叫び声がシンクロする。
 
「スターライト……ブレイカァァァァァァァァ!!」

 P1SCから光の奔流が迸る。暴力的なまでの光が全てを飲み込む。
 轟音を立てて、この空間を光の暴力が支配する。
 
 その破壊力に、俺やユーノ、P1SCまでもが傷ついてゆく。
 だが、俺達はP1SCを手放さない。
 本来なら絶対に勝てない相手に対してようやくつかんだ、蜘蛛の糸よりも細い勝利の可能性だ。手放してなるものか。
 
 光は騎士の身体を打ち据え意識を刈り取るだけでなく、女神象に抱かれた災厄の青き石も同時に飲み込みその力を封じた。
 そして光の奔流が過ぎ去った時、ジュエルシードは完全にその機能を停止して女神像から転がり落ち、プレラは意識を失い倒れ伏した。
 
 この瞬間、21個のジュエルシードは全て管理局の手により回収されたのだった。



[12318] 第12話(終幕あるいは、開幕)
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:e8725c8b
Date: 2009/12/28 14:23
第12話(終幕あるいは、開幕)



 倒れたプレラは、その辺りにあったワイヤーとユーノのバインドで縛り上げておいた。
 デバイスも取り上げておいたので、もう暴れる事など出来ない。
 
 ちなみに俺は満身創痍でお休み中。適当なサイズの岩に背中を預け座っている。痛覚遮断がなければ七転八倒していた事だろう。ユーノはジュエルシードの回収を終え、残りの傀儡兵を完全に停止させるべく魔力炉の操作を行なっていた。最初は手伝おうかと思ったのだが、専門的な知識が無い俺は邪魔だといわれてしまったのだ。
 
 本当はすぐにアースラに回収してもらいたかったのだが、他の部隊では瀕死の重症者まで出ていたらしく後回しになった。次元漂流していた医者が時の庭園で保護されていたとの事で、最悪の事態にはならずに済みそうだ。
 
 アースラで受け取った最新型の制式デバイスは完全に機能を停止している。特にフレームにひびが入っているのは致命的だ。
 P1SCはもう少しマシで、一部破損に留まった。もっとも機能最適化と砲撃補助は完全に死んでおり、スターライトブレイカーなどなのはの魔法のプログラムは完全に消し飛んでいた。
 一つのデバイスを同時に二人で使うなんて想定してないからなぁ……。
 多少もったいないと考えながらぼんやり応援を待っていると、このフロアに続くエレベーターの扉が開く。
 最初は応援が来たのかと思っていた。
 だけど、チーンという軽い音と共にやってきたのは、青く見える黒髪の小さな女の子だった。たしか、なのはの部屋にいた自称スバルだ。
 
 ……って、死闘続きで忘れてた。こいつがいたんだった。
 
 一番忘れてはいけない存在を忘れていた迂闊さを呪いながら、同時にここまで騒動が無かった幸運に感謝する。
 
「あ、管理局のお兄ちゃん……」
「どうしたんだい、えっと、スバルちゃん」
「うん、お兄ちゃん達が出て行ってから揺れて、凄い音がして……部屋から出て……そしたら、お兄ちゃんが飛んでいるのを見て……」
「だめじゃないか、部屋にいなきゃ」
「でも、私怖くて……」

 こういった腹芸は苦手なのだが、この際仕方ない。まだ普通の女の子のふりをするということは、いきなり暴れる気は無いのだろう。俺は白々しく、まったく気がついていないフリをする。
 本当に攫われた女の子の可能性も、絶対に無いって訳じゃないし。
 
 俺が出来る限り表に出さないように最大限警戒していると、女の子は涙ぐみながら俺に駆け寄ってくる。
 女の子は俺の胸に飛び込んできて……。
 
 
 
 俺のデバイスと、少女の赤黒い魔力光に包まれた掌がぶつかり合い火花を散らす。
 
 
 
 ああ、やっぱりと俺が思っている間にも、女の子は素早い動作で俺から離れた。
 顔はまったく変わらないのに、幼さが消え大人びた雰囲気を帯びる。少女は顔をゆがめ哄笑を上げた。
 
「あははははははははははははは、やっぱり気がついていたんだ、お兄ちゃん」
「気がつかないわけないだろうが、怪しすぎだ」

 なんとも言えない嫌な笑みを浮かべる女の子に、俺は心底嫌そうな表情を向ける。
 あの状況で『スバル』だなんて女の子が出てきた段階で怪しまないほうがどうかしている。まったく知らない別の名前だって、あの状況で出てきたら警戒するだろう。
 もっとも、少女は別の見解を持っているようだった。
 
「いやいや、そうでもないんだよ、お兄さん。このなりでスバルを名乗ると、こいつの同類は面白いぐらいに油断してくれるんだ。まぁ、油断するような馬鹿は私には必要無いんだがね」

 そう言うと、倒れたままのプレラを蹴っ飛ばした。
 可愛らしい仕草なだけに、より一層怖い。
 しかも、さらりととんでもない事を言いやがったし……。こいつの姿は物語の登場人物と同じ記号的特長を持つ。知っていれば油断する奴が出てくるかもしれない。
 だが、こいつの言葉を信じるなら、『油断する』と経験を語れるほど同類と会っているって事か?

 俺は表情を引きしめ、油断無くデバイスを構えながら、こっそりアースラに連絡を……取れない!?
 念話を封鎖された? 俺が連絡を取ろうとしたことに気がついたのだろう、少女がにんまりと笑う。
 
「ひどいな君と話そうと態々来たのに、余計な者を連れ込もうだなんて。そんな事では女性に嫌われるぞ」
「悪いが仕事が恋人でな。そんな事に興味は無い」
「それはつまらない人生だと思うよ」

 俺は警戒しながらも、油断なく少女から距離を取ろうとする。
 念話封鎖なんてすれば、アースラが気がつく。すぐに救援が来るはずだ。

「何者だ……ってのもアレか。プレラの仲間だな」
「そういう事になるかな? おっと、ユーノ氏もこちらに気が付いたようだ」

 謎の少女の言葉通り、こちらの異変に気が付いたユーノが駆けつけてこようとして……目に見えない壁のようなものにぶつかる。何か必死に叫んでいるようだが、こちらにはまったく聞こえない。おそらくは内部の会話も外にも聞こえないのだろう。
 しかし、へっぽこ魔導師の俺はともかく、結界魔導師であるユーノですら突破できない結界を寸前まで気がつかせないように張っただと!?
 俺は目の前の少女の技量を恐れながらも、表に出さないようにして問いかける。
 
「そのプレラの仲間とやらが俺に何の用だ?」
「なあに、一つはこの馬鹿の回収。これでも重要な玩具なので、管理局に渡すのは惜しい」
「玩具? 仲間じゃないのか?」
「まさか。シスターが嫌がらせがてら玩具にしているだけだ。魔力資質だけは高いから、弾くらいにはなるかと考えているんだがね」

 嫌がらせ? 弾? ヤクザのような言い回しだ。というか、Sランク魔導師を弾って……。どんだけ無駄使いをするつもりなんだ……って、あれ?
 もっとも、そんな事を気にしている余裕など無いと、俺はすぐに意識を切り替える。

「もう一つは何だ?」

 俺はとりあえず聞きだしてみる。もっとも、本気で聞いているわけではなく、何とか逃げ出す隙が無いか周囲に気を配っているのだ。この会話に気を取られ油断してくれればめっけものだ。
 せっかく捕まえたプレラを連れて行かれるのは悔しいが、このコンディションで戦って勝てるとは思えない。

「なあに、君を勧誘に来たのだよ。ヴァン・ツチダ」
「へ?」

 もっとも、その会話で思わず気が抜けてしまったのは俺であった。
 こんな状況で勧誘されるとは思わない。

「ふふふふ、驚いたかね。我らは同胞の保護を行なっているのだよ」
「嘘だろう。いや、それ以前にあんたに同胞呼ばわりされるいわれは無いぞ」

 少女の言葉を、俺は瞬時に違うと断言する。
 
「おやおや、同胞で無いと?」
「名前も名乗らず、いきなり殺そうとして何が同胞だよ。そもそも、シスターやプレラのようなテロリストを飼っておいて何を言う」
「先ほどの攻撃かい? あの程度では死なないだろう。か弱い少女と見ると乱暴するやからも多くてね、身の安全を優先させてもらっただけだよ」
「どうだか」

 間違いなく嘘だろう。
 そもそも、不意打ちをしてくる相手を信用する馬鹿はいない。

「それと名前の件だが……困ったな」
「何がだ?」
「私は名前が無くてね。普段は盟主と呼ばれているのだが……。そうだな、今ここで即興で名前を考えるのも一興か」

 とことんふざけた奴だ。
 言っている事の一つ一つが癇に障る。

「うーん、フィアッセ……、晶、蓮飛、那美、久遠……」

 何の名前か知らないけれど、どうせろくな繋がりではあるまい。
 というか、名前が無いとか即興で考えるとか、何を考えているんだか。

「おちょくってるのか?」
「ははははは、こういう性格でね。そうだな、とりあえずは不破ナノハとでも名乗るか」

 盟主とやらが述べた名前はふざけすぎていた。怒りで頭に血が上る。よりによってなのはを名乗るとは思わなかった。
 俺は殴りかかりたい衝動を必死に堪える。
 
「なのは……だと! 馬鹿にするのもいい加減にしろ!」
「馬鹿にしているわけではないのだが……。おっと、そんな怖い顔で睨まないでくれたまえ」

 盟主とやらは口先だけで謝罪の言葉を口にすると頭を下げる。
 わざと怒らせようとしているとしか思えない。とことんおちょくっている。
 
「まあ、時間も無いようなので真面目に話そう。我らと一緒に来ないか、ヴァン・ツチダ」
「行くと思うか?」
「いや、来ないだろうな」

 あっさりと前言を翻す盟主に、俺はとうとう我慢できずに切りかかった。
 盟主はフォースセイバーを素手で弾くと、俺を軽く押す。
 たったそれだけの動作で俺は大きく吹き飛ばされ、盟主の張った結界に背中を打ちつけた。
 
「どのみち、今の君が来ても足手まといだ。それに……」

 盟主はこちらを見ると、ぞっとするような憎悪の篭った残忍な笑顔を俺と俺の背後……、このフロアにやってきたなのは達に向けた。
 職業柄、強い感情を秘めた人の顔は見慣れている。だが、今こいつが浮かべた表情は、まるで世界の全てを呪っているかのような純粋な憎悪だった。
 見た瞬間に怒りの熱が下がり、背筋に冷たい汗が流れる。

「単なる阿呆なら道具として使ってやるのも我慢も出来るが、貴様のような本物の馬鹿は許しがたい。反吐が出る。
 君がその大切なお友達とやらと絶望に喘ぐ姿を、もう少し見たくなったよ。世界が破滅するその日まで精々楽しむがいい、正義の味方殿」

 その言葉と共に、盟主とプレラの姿が掻き消える。
 同時に、俺を閉じ込めていた結界が消え去った。
 
「ヴァンくん!」
「ヴァン!」
「大丈夫か、ヴァン!」

 へたり込む俺に、なのはやユーノが駆け寄ってくる。
 ダメージは大した事がなかった。元々挨拶だけのつもりだったのかもしれない。俺はやってきたなのはたちを見て、安堵の溜息をつく。
 しかし、最後に感じた恐怖だけは暫く消えそうに無かった。



[12318] 第13話(エピローグ前編)
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:e8725c8b
Date: 2009/11/26 14:52
第13話(エピローグ前編)



 アースラの待機室はさながら野戦病院のようだった。
 いや、さながらじゃないな。艦内という事を除けば本当に野戦病院なのだろう。

 アースラの待機室にいる武装隊に無傷の者はいない。比較的怪我の軽い者がユーノやクロノさんの治療魔法を受けていた。俺の怪我も治療魔法で治る範囲内だったようで、とりあえず痛みは消えている。もっとも、2~3日は安静にしないと駄目だろう。
 しかし、ユーノはともかくクロノさんは本当に多芸である。ある程度以上の治療魔法は幻影と同じくレア一歩手前の魔法だ。あれだけの戦闘能力を持っていながら、こういった魔法も使えるのだから恐れ入る。
 ちなみに、一番の重症患者はこの場にいない。内臓破裂の上に折れた肋骨が臓器に突き刺さっていたとかで現在手術中だ。時の庭園で保護されていたという医者がいなければ、かなり危ない状態だったそうだ。
 
 現在、アースラの雰囲気はかなり暗い。
 ロストロギア・ジュエルシードを全て回収できたとはいえ、広域指名手配犯のシスター・ミトや重要参考人であるプレラ・アルファーノ、プレシア・テスタロッサを取り逃がしている。唯一身柄を確保できたのは子供のフェイトだけなのだ。
 払った犠牲に対してあまりにも成果が乏しい。暗くもなるのも無理が無い。
 
 俺達が口数も少なく待機室で待機していると、不意に通信用のモニターが開く。出てきたのはリンディ提督だった。
 
「クロノ、そちらになのはさんとヴァンくん、それとユーノくんはいるかしら?」
「はい、おりますが」
「応急手当が終わり次第、ちょこっと艦長室に来てもらえないかしら。見てもらいたいものがあるの」
「えっと……」

 クロノさんが俺達を見渡す。
 俺となのはは既に応急手当も受けて待機中だ。一方ユーノは負傷者に治療魔法で応急処置を続けている。
 
「ヴァンとなのはさんは動かせますが、ユーノが今離れるのはちょっと……」
「それなら二人だけでいいから、大至急お願いね」
「了解しました……。ヴァン、なのは、話は……」
「はい、聞こえてました」
「うん、聞こえてたよ」

 俺達はユーノをちらりと見る。
 
「僕はまだ手が放せないから行ってきなよ。何だか、急いでいたみたいだし」
「うん、お手伝いできなくてごめんねユーノくん」
「行ってくるよ」

 この場所にいても、俺に出来ることはない。
 なんか、かわいい女の子がいなくなるのを残念がる武装局員が、同僚の女性武装局員にぶん殴られていたりもするが気にしないほうが良いだろう。
 俺となのはは待機室を後にした。
 
 
 
「ヴァン・ツチダ空曹、入ります」
「おじゃまします」
 
 俺は敬礼をしながら入室し、なのははおっかなびっくりしながら頭を下げ部屋に入った。
 どうやら以前の和室セットは片付けたらしくどこに見当たらない。まぁ、常時あんな艦長室だったら嫌すぎだけど……。
 俺は内心をおくびも出さずに目だけで部屋を見回す。そこにはリンディ提督だけでなく何故かマリーさんがいた。
 って、マリーさんまでなんで?

「二人とも怪我をしているのに御免なさいね。ちょっと確認したい事があるから?」
「はい、なんでしょうか?」

 リンディ提督は俺達が頷いたのを確認すると、写真を机の上に取り出した。
 その写真にはマリーさんと、女の人が一人、あと女の子が二人写っていた。女性は優しげな微笑みを浮かべ、二人の女の子を抱き寄せている。その横でマリーさんも笑っていた。一方の女の子達は笑顔ではあるものの表情が硬く、どこか緊張しているようだ。
 写真の端っこに男性の腕らしいものが見える。もしかするとタイマーのセットに失敗をして、写真に入れなかった父親なのかもしれない。ぱっと見たところ、ごくごく普通の平凡な家族の肖像だ。
 
 真ん中にいる女性が、クイント・ナカジマ准陸尉でなければ。
 
 以前やった合同演習で、俺はこの人にひき逃げされたんだよなぁ……。ウイングロードが現れたと思ったら、すげー勢いで突っ込んで来るんだもん。回避する暇も無くひき逃げされて撃墜となったんだ。あの後必死にフラッシュムーブを覚えたんだよね。
 でも、そうなるとこの女の子達は……。
 俺が以前やった演習や物語を思い出している横で、なのはがリンディ提督に尋ねる。
 
「あの、この写真は何なんですか?」
「ちょっと確認をしたいんだけど、貴方達が最初に出会った女の子は“スバル”って名乗ったのよね」
「はい」

 頷くなのはに、リンディ提督は写真に写っていた二人の女の子を指差した。
 
「記録映像が残っていないから聞きたいんだけど……こっちの子と似ていた?」

 ああ、やっぱり。この写真の女の子達が物語に出てきたギンガとスバルの姉妹なのだろう。こっちのちっこいのが、物語でティアナちゃんとコンビを組んでいたのか。うむー、なまじっか実物を知っているから、あの泣き虫でティーダさんの後ろをついて回るティアナちゃんが、物語のようになるなんて信じられないんだよね。
 しかし、マリーさんがナカジマ一家と知り合いだったとは驚いた。
 
「あんまり似ていません」

 写真を見たなのはが即答する。たしかに、髪の色や瞳の色は同じだけど顔の作りがだいぶ違う。
 見間違える事はまず無い。
 
「そうですね。二人並べて姉妹だって言われれば信じるかもしれませんが……。見間違える事は無いと思います」

 俺もなのはの言葉に同意をする。
 
「あの、この子があのスバルちゃんと何か関係があるんですか?」
「ちょっと訳ありでね。この子もスバルっていうの」

 なのはの質問にマリーさんが答える。個人情報だから良いのかなーと思うが、彼女も技術主任を勤める才媛だ。言って良いところとダメな部分の線引きはちゃんとあるのだろう。
 俺が心配するような話じゃない。
 
「そうなんですか……」
「もしかすると姉妹かな……って思ったんだけど、ごめんね」
「い、いえ、ごめんなさい、私こそ変な事を聞いちゃって」

 しきりに申し訳無いというなのはに二人は微笑むと、話は終わったと伝える。
 
「ごめんなさいね、まだ疲れているのに呼びつけちゃって。なのはさんは待機室に戻っていいわ。あ、ヴァンくんはもう少し話があるから残ってね」
「はい」

 そういうと、なのはは艦長室から退出する。
 しかし、なんだって俺が残されたんだろ? なのはが退出したとたん厳しい表情に変わった二人を見ながら、内心で首をかしげる。
 
「ヴァン空曹、確認を取りたいんだけど」
「はい」
「どこで、プロジェクトFの事を知ったのかしら?」

 声を荒げた訳でもないのに、背筋に冷たいものが流れる。
 リンディ提督が手元で何かを操作すると、時の庭園での会話の一部が再生された。

『プレシアの奴に……ば、されたとか、カテゴ……だとか、不確……から殺すとか、しばらくは生かしておくとか……」
『カテ……F? プロジェクトFじゃなく……』
『えっと、そういえばそうだっかな。とにか……』

 こんな会話してたっけ……いや、そういえばしていた記憶が……。

「貴方のデバイスから回収された音声データです。映像データや盟主とかいう少女との会話データは機材そのものが壊れていて記録されていませんでしたが……」

 かなりやばい目で二人が俺を見てくる。
 って、まじい……。さすがにこれは……、いい加減な事を言ったとたん拘束されかねない。かといって『前世でアニメとしてみてました』とは言えない。間違っても言えない。黄色い救急車を呼ばれてしまう。
 俺は必死に何とかいい言い訳が無いかと、必死に考える。数秒考えて、一つだけごまかせそうな事件に遭遇していた事を思い出した。
 
「えっと、実は……」
「実は?」
「一年ぐらい前なんですが、臓器密売シンジケートのアジトに突入するという作戦に従事した事がありまして、そこで……」
「臓器密売? それで?」
「そこで“作っていた”んですよ。臓器抜き取りだけじゃなくて……」

 俺は顔を顰めながら、一年前の事件を説明する。
 陸士隊からの要請を受け、俺達3097航空隊は臓器密売シンジケートのアジトに突入した。普通の病院に偽装していたその施設は、地下の浅い部分には誘拐された浮浪者や孤児が囚われており、すでに人体から摘出された臓器が保管されていた。
 これだけでも十分におぞましいのだが、この事件には続きがあった。俺が周囲の放った監視用のサーチャーが隠し扉を発見し、俺とティーダさん、あと陸士隊の子が隠し部屋に突入する。そこでは人工的に臓器を作り出す実験がなされていた。
 かなりいい加減で未熟な技術しかなかったらしく、カプセルの中身で人の姿を保っていたものは一つも無かった……とだけ言っておこう。いや、本当はもっと酷かったんだけどね。その時一緒に突入した陸士隊の新人の子は、PTSDになって後方に下げられてしまったって話しだし。
 この時発見されたのが、JS論文の断片だったのだ。もっとも俺はその内容を詳しく見たわけでは無いので、プロジェクトFの事が書いてあったかどうかまではわからない。だが、この事件をきっかけに少し調べたといえばごまかせる……かもしれない。

 俺の説明に二人も顔を歪める。
 聞いていて楽しい話じゃないのでしかたない。
 俺は二人がなにやら考えている隙に、あえて自分から質問をする。出来る限り話題をそらすためだ。
 
「あの、俺やなのはが遭遇した“スバル”って子も、もしかしてプロジェクトFの……」
「それは貴方が考える事じゃないわ。ごめんなさいね、疑うような真似をして」
「いえ、あの状況ですから無理もありません」

 まあ、何故か犯罪者にさらわれた上、プロジェクトFを知っていれば、俺自身も何らかの犯罪に関わっているんじゃないかと疑うよね。
 もっとも、俺が第97管理外世界にやってきたのは本当に天文学的な確率での偶然だからなぁ。あんな馬鹿な手段で姿を隠したり、アースラが見ている前でさらわれるなんて目立つ真似をするのも明らかにおかしい。
 
 念の為確認したってところなのだろう。今のところはだけど。
 
「一つ聞いていいかしら?」
「何でしょうか?」
「貴方が見た“スバル”って子は、どんな子だった?」

 リンディ提督の言葉に俺は少しだけ考えると、彼女に感じた事を率直に答えた。
 
「凄く恐ろしかったです。軽薄な言動の裏に、まるで世界の全てが悪いと言わんばかりの憎悪を溜め込んでいるように感じました」

 その憎悪の最大の対象は、俺となのはだろう。そして、おそらくは俺と同じ境遇の人間……。何故彼女があそこまで憎しみを抱いているのか俺にはわからない。よほど酷い経験をしたのか、それとも別の何かがあるのか……。
 彼女の最後の表情を思い出すたびに背筋が凍る。
 俺が答え終わると、リンディ提督とマリーさんの二人は深い溜息をついた。

 理由は推測がつく。おそらくはあの少女もナカジマ姉妹と同じ戦闘機人じゃないかと考えているのだろう。
 酷い目にあって、それで色々と憎んでいる……と考えているのかもしれない。
 でも、直感だが多分違う。個人の境遇とは違う別の何かを彼女は憎んでいる。俺はそう感じていた。



『リンディ艦長、ドクターから手術が終わったとの報告が上がりました』

 重苦しい空気に包まれた艦長室に、ブリッジにいるエイミィさんから通信が入った。
 空気を入れ替える気か、リンディ提督は明るい声を上げる。

「あら、もう? ずいぶんと早いみたいだけど」
『はい、後は縫合だけだと』
「結果はどうかしら?」
『暫くの入院が必要だとの事ですが、職務復帰も不可能ではないとの事です』
「それは良かったわ」

 リンディ提督は安堵の溜息をつくと腰を上げた。
 
「ドクター……、えっと、イオタさんでしたっけ? 責任者として挨拶がしたいんだけど」
『はい、今は待機室で怪我人を見てくれています』
「ほんとに助かるわ……。これから向かいますから、時の庭園の監視を引き続きよろしくね」
『はい』

 そう言うと、リンディ提督は俺とマリーさんを伴って艦長室を出てゆく。
 提督の背後で、マリーさんが俺に話しかけてきた。
 
「ごめんね、ヴァンくん。疑うような真似をして」
「いえ、仕方ありませんよ。俺だって同じ立場ならおかしいと思いますから」

 俺は苦笑いを浮かべながら答える。
 まぁ、あやしすぎるもんな。俺の境遇は……。
 
「でね、こんな事をお願いするのもおかしいんだけど……」
「はい?」
「これ以上、この事を調べるのは止めてくれないかな。気になるのはわかるけど……」

 彼女の表情は申し訳なさそうで、何というか艦長室での厳しい表情とはまったく違う。あえて言うなら、誰かを庇っているって感じだ。
 彼女の言葉の意味が一瞬だけわからなかったが、すぐに合点が行く。
 おそらくは、これ以上俺にナカジマ姉妹の事を調べられたくないのだろう。流石に俺が何かするとは思っていないだろうが、管理世界では人体改造や質量兵器に対するアレルギーが結構根強く残っている。過去の戦争やその後の混乱期にかなり酷い事件が頻発したのだ。一部の下卑たマスコミにかぎつけられたらどうなる事か……。
 何かの拍子に情報が漏れて、結果的に彼女達が傷つくのを避けたいと考えている……といったところだろう。プロジェクトFにたどり着いた俺なら、戦闘機人に気がついてもおかしくないと考えても不思議じゃない。
 
「それは命令でしょうか?」
「そういう訳じゃないんだけど……」

 歯切れが悪いマリーさんの言葉に、俺は自分の推測がさほど間違っていないだろうと確信した。職務関連なら命令すればいいだけだ。聞かなければそれこそ拘束すればいい。元々調べるのは俺の仕事じゃないし。
 これは彼女の個人的なお願いなのだ。
 俺は真剣な表情をすると、了解の言葉を述べる。

「わかりました。何か事情があるようなのでこれ以上は調べません」
「本当にごめんね」
「いえ、謝られるような事じゃありませんよ。興味本位で調べていいような話じゃ無さそうですし」

 申し訳無さそうな表情のマリーさんに、俺は罪悪感を感じる。
 調べなくてもある程度は“知っている”んだよね、俺の場合……。はっきり言って、今の俺の態度は彼女を騙しているに等しい。
 なのはやユーノに対してもそうだ。親友だとか友達だとか言っても、結局は“知っている”以上は騙しているのと同じだ。俺はこれからどれだけ二人の信頼を裏切らなきゃならないんだろう。
 そう考えると、泣きたいぐらい陰鬱な気分になった。



 待機室に入ると、なのはとユーノが興奮した面持ちで俺に飛びついてきた。
 って、いきなり何を?
 
「ヴァン、ヴァン! 大変だよ!」
「そうなの、大変だよ、ヴァンくん!」
「ど、どうしたんだよ、二人とも?」

 思わず目を白黒させる俺に、ユーノが鼻息荒く話しかけてきた。
 その表情に、先ほどの陰鬱な気分が吹き飛ぶ。

「ほら、ヴァンが前に死に掛けた時にさ、通りすがりの医者が来たって話したよね」
「あ、ああ」
「その人がいたの! ほらっ!」

 その声が聞こえていたのだろう、待機室の奥から一人の成年がやってくる。
 年齢は20前後か、銀色の髪にオッドアイの美形の青年だ。彫刻のような整った顔だが、不思議と目に愛嬌があり冷たい印象を受けない。
 青年は笑顔を浮かべると、右腕を差し出しながら近づいてくる。
 
「ヴァンくんだね。こうやって挨拶をするのは、始めてかな?」

 俺はその青年の顔を呆然と見つめつつ、右腕を握り返す。

 そして、開いた左腕で手錠を取り出し、青年の右腕にかけた。
 
「ほわああああああああああいいいいいいいっ!?」

 素っ頓狂な悲鳴を上げる青年……イオタ氏。
 その有様に、周囲の人々が殺到する。
 
「ちょ、ヴァン、なにをしているの!?」
「ヴァン、正気か!」
「ヴァンくん、どうしたの!?」

 次々と叫ぶ周囲の人の声が、右から左に通り抜けてゆく。
 俺はポツリと、不思議と透る声でこう答えた。
 
「えっと、下着泥棒の容疑で逮捕します」

 その言葉に、待機室がしんとなる。
 次の瞬間にイオタ氏が思いっきり叫び声を上げていた。
 
「し、しまったああああああああああああああああああああああああああああっ!!
 天災たる私としたことが、ちょっぴり心振るわせる純白の浪漫を思わず出来心で手にとってしまい、下着泥棒という男の崇高たる使命を果たすべく逃亡中だったのをすっかりわすれてたあああああああああああああっ!!」

 待合室にいた全員の心が一つとなる。
 
「んな事を忘れんなぁっ!! つーか、いきなり自供するんじゃないっ!!」

 俺のツッコミがアースラに木霊した。
 
 かくして、ミッドチルダで起きた次元震騒動は犠牲者0で終了する。
 イオタ氏は下着ドロ事件で本局到着後に本国に強制送還される事となった。その強制送還時にやっぱり騒動が起きるのだが、それはまた別の話だ。



[12318] 第13話(エピローグ後編)
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:e8725c8b
Date: 2010/06/03 14:09
第13話(エピローグ後編)



 出会いがあれば別れがある。
 次元震でこの世界に飛ばされてから一月と少し。いろいろな事がありすぎるぐらいあった。
 
 正直、俺は幸運だと思う。
 あの盟主を名乗る少女の言葉を信じるなら、それなりの数の同類がこの世界に紛れ込んでいる。その中には彼女達と出会いたかった連中もいたはずだ。だが、物語に関わったのは俺と騎士ぐらいであった。
 なのはとユーノに出会えただけでも凄い幸運なのだ。しかも自惚れてよいなら友達と呼べる関係にまでなれた。
 俺にはもったいないぐらいに恵まれすぎている。
 
 もっとも、この事を考えると何時も心が痛くなる。
 結局のところ、物語の知識を持つ俺は彼女達をだましているようなものだ。話すべきかもしれないと考えつつ、なのはやユーノに拒絶されるのが怖くて話せないでいる。姉ちゃんやティーダさんみたいにこの先不幸があるから……って訳じゃないのにだ。
 中身が大人のクセに、実にみっともない。
 
 俺は海浜公園でなのはとフェイトの別れを見ながら、柄でもなくそんな事を考えていた。
 
 

 時の庭園での戦いが終わってから数日、その間にもいろいろな事があった。
 
 まず、本局と地上本部から俺宛に略式ではあるが二等次元勲章が届いた。
 ミッドチルダでの大規模次元震被害を未然に防いだ功績をうんたらかんたらだそうだ。マスコミの興味も完全に別の事件に移ったということで、管理局は当分の間は勲章一つでごまかす方針に決めたようだ。これで帰っても階級は上がらないだろうから、給料も上がらない。俺は帰還後、そのまま本隊に復帰となった。
 何度も死にかけて結果がこれとは、ちょっぴり欝になりかけたのは秘密だ。
 
 時の庭園だが、管理局から専門チームが派遣されてくる事になり、後日ミッドチルダ付近まで運ばれる手筈になった。
 所有者であるプレシア・テスタロッサが行方不明のため管理責任者が娘のフェイトとなり、このままいくと3年後には所有権も移るらしい。その事を伝えると、アルフが税法関係の資格のあれこれを知りたがったのが印象的だった。
 一方、フェイトは意外と落ち込んでいなかった。後で聞いた話しだが、この頃から管理局に入る事を決めていたらしい。再び出会うだろう母が犯す罪を止めるために……。
 
 俺のデバイス、P1SCだが再び修理され……というか、改造される事になった。
 現在は代機としてノーマルのデバイスを借りている。制式デバイスを一週間で壊したので新品はもらえなかった。
 その代わりP1SCを修理してもらう事になったのだが……。エイミィさんの情報によると、マリーさんが証拠物件として押収したプレラのアームドデバイスを見てインスピレーションが刺激されたらしく、半ば趣味で改造する気だそうだ。
 まだ完成していないが、できれば俺が使える範疇の代物に落ちついて欲しい。
 
 そうそう、デバイスで思い出したが、俺とユーノのバリアジャケットの色はどうやってもなのはカラーから元に戻らなかった。
 俺みたいなペーペーがオリジナルバリアジャケットを着ていると目をつけられるので、できれば元に戻したかった。だが、何をやっても戻らないのだ。
 なのはにだいぶ引っ張られたらしく、時間をかけるか矯正訓練をしなきゃ戻らないらしい。流石にバリアジャケットの色で訓練するのも馬鹿らしいので暫くはこのままだ。
 3人でおそろいだとエイミィさんにからかわれた。
 
 医者のイオタ氏だが、現在アースラの独房に入れられている。
 別に下着ドロだからそこまでする必要は無いのだが、アースラ内部でちょっぴりおいたをしたのがいけなかった。大捕り物の末に、自分のユニゾンデバイスであるレインさんとリンディ提督の二人の残虐ファ……もとい、二人に取り押さえられ、その手で独房に叩き込まれた。
 ちなみにレインさんは現在アースラの食堂でアルバイトをやっている。主の不始末を償いたいと言って志願してきた。リンディ提督がポケットマネーで給料を出しているとの噂だ。
 メイド姿の巨乳ウェイトレスさんはクルーに大好評である。

 まぁ、このあたりの話は機会があったら別の時にでも語ろう。



 その日、俺は意を決してリンディ提督に個人的な話があるとアポを取った。

「ヴァン・ツチダ空曹入ります」

 俺が艦長室に入ると、そこにはクロノさんがいた。
 おそらく何らか用事があったのだろう。リンディ提督に詰め寄っているような雰囲気である。
 
「あの、お邪魔でしたでしょうか?」

 提督と執務官の会話に俺が割り込んでいいものじゃない。
 俺はまたの機会に改めるべきかと考える。
 
「別に構わないわ」
「僕はこれで」
「まちなさい、クロノ。貴方も話を聞いていきなさい。いいわね、ヴァンくん」

 退室しようとするクロノさんだったが、リンディ提督が呼び止める。
 俺は少しだけ考え頷いた。どうせクロノさんも後で知ることになるのだ、二度手間なんてする必要は無い。
 
「かまいません。見てもらいたいものがあります」
「周囲に隠すほどの事ですか? 見せなさい」

 リンディ提督が促すのを受けて、俺は待機モードのデバイスからフォトデータを取り出す。
 半壊したP1SCから引っ張り出したデータだけに少し乱れ気味だが、空間に浮かんだ画面に一冊の本が浮かび上がる。革張りの表紙に金細工の装飾、鎖で封じられた重厚な本だ。
 おそらく二人には嫌というほど……いや、彼女達にとって仇である存在だ。見覚えがあるのだろう。二人が息を飲むのがわかる。
 
「これですね……」

 リンディ提督が自分のデスクを操作して画像を呼び出す。そこに映っていたのは、俺がデバイスから呼び出した画像データとまったく同じデータだった。
 って、なぜ?
 びっくりとする俺に、クロノさんが苦い顔で答える。
 
「先日、マリーが君のデバイスにこのロストロギア……、闇の書の画像データがあると報告してきたんだ」

 あ、そういえば代機の時にデータを提出したっけ。
 そりゃ、デバイスの中に第一級捜索指定遺失物……しかも、殲滅指定まで受けているロストロギアのデータがあれば、上に報告するよな。猫姉妹は俺の個人的な『ぬこ&わんこフォルダ』に入れておいたから気がつかないだろう。あそこには、他の猫型使い魔や巨大猫、ついでにアルフのデータまで入ってるし。
 
「ヴァン、君が何でこのデータを持っていたんだ」

 クロノさんが怖い顔で睨んでくる。因縁のある相手だから無理も無い。
 
「はい、実は私がこの世界に漂着して二日目、ジュエルシードの探索中に微弱な魔力反応を感じ確認したところそれがありました。もっとも、その時は気にも留めていなかったんですが……」
「気にも留めていなかった?」
「はい、漂着デバイスだとばかり……。まさか、ロストロギアが二種もあるなんて……」
「なるほど……。確かに一つの街、しかも管理外世界の街に二つも危険なロストロギアがあるなんて考えないな」

 管理外世界にデバイスなど魔法に関わる品が流れるというのは実は珍しい話じゃない。ユーノとなのはのように個人が助けられたお礼に渡すケースや、事故などで漂着するケースが結構あるのだ。
 未発達な管理外世界では漂着したデバイスを切欠に魔法文明が誕生したなんて過去の記録もある。偶然流れ着いた遺物を回収してはその世界の正常な文明の発達に干渉をする事になる……、なんて極端な学説もあるぐらいなのだ。
 現在は犯罪性を帯びた悪質なケースや危険なロストロギアでない限り、回収しないのが一般的だ。
 現実的な問題として、全て回収するには人手が足りないというのもある。
 
 闇の書は有名なロストロギアのひとつだが、全ての局員が詳細を知っているわけではない。俺みたいに地上で働いている局員なら尚更だ。俺が闇の書に気がつかなくても不思議はない。
 クロノさんもそう判断したのか、ほっと安心したような、納得した表情をした。
 
「とはいえ、これは報告義務違反よ。貴方が勝手に判断していい問題じゃないわ」
「申し訳ありません……」
「まあ、この事を追及するのは後にしましょう。
 ……でも、結果論になるけど気がつかなくて良かったと考えるべきかしら。ヴァンくんだけじゃ対応は出来なかったでしょうし。最悪の事態になった事も考えられる。でも、もうこの町に闇の書は無いでしょうね……、逃亡済みでしょうし」
「確かに……とはいえ、何かわかるかも知れませんから捜査を……」

 残念がる二人に、俺は報告を続ける。
 
「あの、その件ですが……、闇の書は現在休眠状態でこの町にあります。所有者もわかってます」
「な、なんだって!!」

 俺の言葉にクロノさんが叫び声を上げる。今にも掴みかかってきそうな様子だ。
 それをリンディ提督が視線だけで止めると、冷静な声で俺に聞いてくる。
 
「どういう事かしら、ヴァンくん?」
「はい、これを……」

 俺は促されるままに、懐から一枚の写真を取り出す。
 温泉旅行に行った時の写真だ。なのはやアリサ、すずかに囲まれて車椅子に座ったはやてが楽しそうに微笑んでいる。
 
「この車椅子の少女が闇の書の所有者です……」

 正直、このタイミングで報告するべきかどうか悩んだ。物語の知識といえばそこまでかもしれないが、確かにはやては家族を手に入れていた。俺がはやての幸せを奪うんではないかと悩んだ。だけど、その考え自体がはやての人格を蔑ろにしているんじゃないかと。それ以前に、あの物語ですら奇跡の連続だったのに、俺程度の浅薄な人間が関わってより悪化しないかと……。
 もっとも、シスターや盟主の登場でそうも言っていられなくなった。確実に彼女達は介入してくるだろう、それも最悪な方向でだ。
 物語の知識を持つ連中は、事件を引っ掻き回すだろう。管理局が容易に出し抜かれるとは思わないが、わかっているというだけでも大きなアドバンテージだ。
 
「ちょっとまて、この子は……、報告の中にあった事件に巻き込まれた現地の女の子だったな」
「はい、何も知らない普通の女の子です。彼女の名前は八神はやて、なのはやユーノ、俺の友人です」
 
 俺は搾り出すように声を出す。
 連中を出し抜くには、このタイミングでこちらから動くしかない。できる事とできない事を見誤るわけにはいかない。
 俺に出来るのはここまでだ。あとはリンディ提督やクロノさんを信じるしかなかった。



 リンディ提督が方針を決定したのは翌朝だった。とりあえずはやてを説得、保護して詳細な検査をしてみるという。
 おそらくは、現時点で出来る最善の手段なのだ。記録に残る限りでは、完全な休眠状態の闇の書を発見したのはこれが初めてになる。
 現在わかっている限りでは破壊してもいずれは再生してしまう。これでは根本的な解決にはならない。なんとか現物を捕獲して根本的な解決策を模索しようとするのだろう。
 クロノさんは何かツテがあるらしく、ユーノに連絡を取っていた。本局七大無駄遣いの一つ、無限書庫に連れて行くんだろうな……。

 翌日、俺はリンディ提督と共にはやての家に行く事となった。
 リビングに通され、リンディ提督は挨拶と自己紹介を済ますと早速はやてに説明を開始する。

「えっと、ヴァンくんから昨日電話で聞きましたけど、この本が凄く大変な代物だとか?」
「はい、その本はロストロギア、闇の書と呼ばれる大変危険なものなの」
「ロストロギアって、あのジュエルシードとかいう宝石と同じ……」
「いいえ、同じロストロギア認定されているけど、危険度は闇の書がはるかに上だわ」

 放置しておくと確実に周囲に破壊を撒き散らし、主ごと消滅する魔導書だ。
 単独ならちょっと厄介な暴走体を生み出す程度、しかも手順を踏んで保管すれば制御できるジュエルシードとは段違いの危険度だ。

「……というわけです」
「はぁ、この本がそんなとんでもない代物だったんですか」

 リンディ提督が現在わかっている限り闇の書の危険性を説明する。もっとも、流石にぴんと来ないのだろう。なんというか、間の抜けた表情だ。
 たしかに『あの本を持っていると貴女も死んで世界が滅びますよ』なんて言われて、すぐには理解できないだろう。
 はやてがジュエルシードの暴走事件に巻き込まれてなければ、警察か救急車を呼ばれるのがオチだ。
 
「で、本を渡して欲しいと?」
「いいえ、そうじゃないんです。はやてさんにも私達の世界に来て欲しいの」
「へ?」
「恥ずかしながら、闇の書については何もわかっていない状態なの。受け取って破壊したとしても、いずれは再生してはやてさんの手元に戻る可能性が高いわ」
「なんか、やっかいやな……、今までの持ち主はどうなったんや?」
「記録に残っている限りは、暴走に巻き込まれて……」

 リンディ提督が言葉を濁す。
 まぁ、9歳の女の子に聞かせられる内容じゃないよなぁ……。
 しかも内容がきついし……。死ぬかもしれないから、どこの誰かもしれない連中について来いって言うんだから。
 
「そっか……。私は別にいいよ」
「突然の話で混乱している……って、良いんですか!?」

 って、即答?
 あっさりとついてくるのを了承された事に、リンディ提督は逆に驚く。というか、俺も驚いた。
 
「だって、このままだと私が死ぬ上に周りにも迷惑がかかるんじゃ、一緒に行くしかないでしょ」
「いや、俺達が嘘をついている可能性だってあるだろ?」

 俺は驚きのあまり思わず言ってしまう。

「それこそありえんわ。ヴァンくんとなのはちゃんが訓練しているの見たけど、あんな空飛んでビーム撃てるような人たちが、私みたいな身寄りの無い子供一人攫うのにこんな嘘をつく意味が無い」

 ああああ、なんか隣でリンディ提督が怒っているよ。なに管理外世界の住民に見せているのって……。
 隣で笑顔のまま怒気を見せる提督にびびっている俺を余所に、はやては更に続ける。

「それに、少なくともヴァンくんは信用できると思うしな。そのヴァンくんがお勤めしているとこなら、大丈夫でしょう」
「それじゃあ」
「ご迷惑をかけると思いますが、この身を預けます。よろしくお願いします」

 ぺこりと頭を下げるはやてに、俺とリンディ提督はなんとも言えない気分になった。
 
 
 
 その後細々としたスケジュールなどを説明した後、俺と提督ははやての家を後にした。
 流石に街中で転移をするわけにいかないので、人目が無いところに移動している最中にリンディ提督はポツリと呟いた。

「とりあえずは、ごねられなくて良かったわね」
「あの、提督……」
「なにかしら?」
「すいません! 考えてみれば、提督やクロノ執務官の方がずっと御辛いお立場だったでしょうに!」

 俺は立ち止まると、思いっきり頭を下げた。
 はやてはともかく闇の書は二人にとって仇なのだ。勝手な都合で報告を遅らしたり、俺ばかり悩んでいるふりなんてのは考えてみれば最低だ。俺よりももっと、この人達の方が苦しかっただろう。
 突然謝った俺にリンディ提督は声をかけた。
 
「ヴァン空曹、頭を上げなさい」
「はい」

 夕日に照らされていたリンディ提督は、優しく微笑んでいた。
 なんというか、とっても綺麗に見えた。

「報告が遅れた事はマイナス、友達の事で悩んでいたとしてもね」
「はい……」
「私達の仕事は常に後手に回るわ。手を拱いていたら状況は悪化していく。考えるのは良いことよ、でも私達に悩んでいる暇は無いと覚えておきなさい。上に行くつもりならね」
「はい、今後は肝に銘じます」

 俺は敬礼でリンディ提督に答えた。



 なのはとフェイトが泣いている。二人が何を話しているのかは俺のところからは聞こえない。アルフは聞こえているみたいで、もらい泣きしている。
 アリサとすずか、高町家の人達はこの場にはいない。さすがに許可が出来なかったのだ。なのはとユーノだけでも特例中の特例なのだ。
 あと、ユーノはもう数日はこちらに残ると言っていた。個人転移が出来るから、遅く出てもアースラより先に帰っている可能性が高いから問題は無い。帰る前に少し調べたい事があるとか言っていたが、詳しくは教えてもらえなかった。
 
 俺は少し離れたところで、はやての荷物を抱えながらぼんやりと彼女達を見ていた。近くのベンチにはアルフとクロノさん、それにユーノがいる。
 
「いいの? ヴァンくんはなのはちゃんと別れの挨拶しなくても」

 はやてが俺を見上げて尋ねる。
 もっとも、それは野暮ってものだろう。なのははフェイトに友達になりたいって言ってたしね。
 
「必要ないよ。別に今生の別れって訳でもないし、フェイトみたいに暫く拘束されるって訳でもない。休みが取れたら遊びに来れるんだし」

 その休みが半年後になるか、一年後になるかという問題はあるが、気にしてはいけない。勤め人としては考えれば考えるほど悲しくなるから。
 いやね、年配の局員がたまにぼやくのよ。忙しくて家族旅行にもいけないとか、緊急出動で娘の授業参観に出られなかったとか……。妻が娘を連れて実家に帰っちゃったとか死にそうな顔でぼやかれた時は、皆で無理やり休みを取らせて迎えに行かせたけど。
 いや、ほんと。今度はちゃんとした休みを取って遊びに来たいよ。
 
「それにお別れ会はこの間翠屋でやってもらったよ」
 
 俺が帰る前に、高町家の人達やアリサにすずかが集まって、ささやかなパーティーを開いてくれたのだ。本当に嬉しかった。
 ちなみに、リンディ提督にケーキをお土産に持ってくる事を命じられたりもしたが、これは本当に激しくどうでもいい事だ。
 
「いや、あのな……はぁ、なのはちゃんも大変やね」
「だから妙な勘違いするなって……。あんまりしつこくそのネタを引っ張るとなのはに失礼だよ」

 このぐらいの年齢なら仕方ないけど、恋愛感情が無い相手との関係をはやし立てるのは可哀想だと思う。
 だから、こっちを睨むんじゃないユーノよ。クロノさんも頼むからそんな目で見ないでくれ。あんたらまで勘違いをしてどうする。
 俺は何だか居心地の悪さを感じ、何も言わずに肩をすくめた。

「時間だ。はやてはアースラにご案内だ」
「なんかドキドキするなぁ。魔法使いの船って」
「驚かせる事だけは保障するよ」

 クロノさんの言葉は、主にリンディ提督の艦長室的な意味合いだろう。
 また和室をやって待ってるんだよなぁ……、あの人。クルーに止めないのかと尋ねたけど、クロノさんですら止められないって言ってるし。
 
 クロノさんは立ち上がると、二人に時間だと告げる。
 そして、なのはとユーノを除き、一箇所に集まる。これからアースラに回収してもらうのだ。

「フェイトちゃん!」

 そんな俺達に、いや、フェイトに駆け寄るとなのはは髪を結んでいたリボンを外して差し出した。
 
「じゃあ、私も」

 フェイトもリボンを外す。二人の少女はリボンを交換する。
 春の潮風が優しく吹き、日の光が海に反射しキラキラと輝いている。
 
「ありがとう、なのは」
「フェイトちゃん」
「きっと、また」
「うん、きっとまた……」

 そして、二人の手が離れる。リボンだけを残し。
 
 アルフが抱えていたユーノをなのはの肩に戻した。

「ありがとう、アルフさんも元気でね」
「ああ、色々とありがとうね、なのは、ユーノ」
 
「それじゃあ、僕も」
「クロノくんも、フェイトちゃんとはやてちゃんをお願い」
「ああ」

 なのはの言葉に、クロノさんは微笑みながら応える。
 
「んじゃ、私もちょっと魔法の世界に行って来るね」
「うん、気をつけてね」
「次に会うときは元気な姿になって、驚かせるから覚悟しといてな」
「うん、絶対だよ、はやてちゃん」

 はやての言葉に、なのはが微笑む。

「んじゃ、ユーノ。先に戻っているからミッドチルダでな」
「うん、僕のほうが早く着くかもしれないけど」

 一方その横で、俺とユーノが別れというか、再会の約束をしていた。
 
「って、ヴァンくん。なのはちゃんと挨拶しなくて良いの?」
「いや、そういわれても……。んじゃ、なのは、またな」

 出来る限り軽く、明るく挨拶をする俺になのはは目元の涙をふき取ると、胸元の制服のリボンを外した。
 って?
 
「ヴァンくん、また会おうね。これ、お守り代わりに」

 そういうと、俺の手に赤いリボンを押し付ける。
 って、ちょっとまて……。
 
「もう怪我しないように、ね」

 そういうと、なのはは微笑みながらぽろぽろと泣き出す。
 ちょっとまて、何でここで泣くのよ!? 俺は思わずおろおろする。周囲の色々な視線が痛い。どうしろって言うんだよ、これは。
 えっと、俺は何とか返すものが無いかと悩み、俺は半ばいらないとポケットに入れっぱなしだった2等次元勲章を取り出した。見た目だけは綺麗な蒼い宝石のはめ込まれた勲章をなのはに握らせる。
 
「これを上げるよ」
「ヴァンくん、これって?」
「今回の件で貰ったんだけど、どうせつける機会は無いからさ。なのはに上げる」
「いいの?」

 なのはの言葉に、無言で俺は頷いた。

「ありがとう、ヴァンくん」

 そう言って、なのはは少し泣きながら微笑んだ。その顔はとても可愛くて、思わず見とれてしまった。
 ますます居心地が悪い。
 
「んじゃ、なのはも無茶するなよ。怪我には気をつけろよ!」

 俺はそういうと、足早に輝き始めた魔法陣に戻る。
 だから、はやて、アルフ、ついでにフェイト。そんなニマニマした目で見るな! クロノさんも、そんな目で見ないでくれ。
 
「ばいばい、またね……、クロノくん、アルフさん、はやてちゃん、ヴァンくん……それにフェイトちゃん」

 なのはの言葉にフェイトが手を振って応えた。
 なのはも力いっぱい手を振って応える。
 そして、光がひときわ強くなり、俺達の姿は地球上から消え去るのだった。
 
 こうして、PT事件は終わりを告げる。
 俺にとっても一つの事件の終わりであり、更なる事件の始まりでもあった。



[12318] 閑話第1話
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:e8725c8b
Date: 2011/09/05 21:24
閑話第1話



「はやての家は確かに魔法的な処理がなされていました、それも巧妙に……。正直僕も言われなきゃ気がつきませんでした」
「やっぱり……。ごめんなさいね、変な事を頼んじゃって」
「いえ、はやては僕にとっても友達ですから。でも……、これって相当悪質ですよ。はやてに対する悪意すら感じます」

 ユーノの言葉に、リンディは深い溜息をつく。
 最初に違和感を感じたのはヴァンの報告を受けたときだ。八神はやてという少女は9歳で下肢に重い障害を持ちながら、学校にも行かずたった一人で暮らしているという。
 ありえない。少なくとも彼女の住むこの地域の福祉は、管理世界と比べてもかなり進んでいる。経済的にも豊かであり、そんな女の子を一人で放置しておくなどあまりにも不自然だ。
 そしてその事にヴァンが疑問を抱いていないのもおかしい。色々と不自然なところの目立つ少年ではあるが、少なくとも善良で勇気ある性根の持ち主だ。そうでなければ彼程度の力量で、オーバーSランクの違法魔導師に立ち向かっていけるはずがない。
 
 更におかしな事が出てくる。八神はやての周りをエイミィに調べさせたところ、彼女の財産管理人にギル・グレアム提督の名前が出てきたのだ。
 時空管理局提督、艦隊指揮官、執務官長など要職を歴任したグレアム提督は地球出身である。地球の知人の娘を援助していてもおかしくは無いのかもしれない。だが、闇の書の所有者を援助しているとなると話は違ってくる。
 これらの不自然さに気がついたとき、リンディはすぐさまクロノとエイミィに緘口令を敷いた。推測で語るにはあまりにも話が大きすぎるからだ。
 地球を去る直前に滞在期間が残っていると言っていたユーノに一つの依頼を出した。すなわち、八神はやての家の綿密な調査だ。遺跡探索のプロフェッショナルであるスクライア一族にはお手の物だろう。

 そして、結果は黒であった。

 八神はやての家には、それとわからないように魔法的な処理がなされていた。彼女が一人で暮らしていても、あるいは急に人が増減するなど変化があっても周囲はそれを当然と受け止めるように認識阻害が仕掛けられていたのだ。
 急にあの家で人が増えても、あるいは減って誰もいなくなっても、周囲の人間は誰も気にも留めないだろう。
 自分も初めから警戒して防御をしていなければ、認識阻害に囚われていたかもしれない。

「そうね、とんでもなく悪質だわ……。ユーノくん、この事はなのはさんには?」
「伝えていません」
「そう、悪いけどこの事はなのはさんやヴァンくんにも内緒にしておいてね」
「わかりました」

 リンディは溜息をつくと、この話はここまでで終わらせた。
 そして、少しだけ微笑むと話題を軽く変えた。
 
「それじゃ、報酬はユーノくんの口座に振り込んでおくから……。帰るまでもう少し時間があるんでしょう、なのはさんと一緒にゆっくりデートでも楽しんでらっしゃい」
「ちょっ、な、なんでそうなるんですかっ!」
「あら、いいじゃないの。ただでさえヴァンくんにリードを許しちゃってるんだから、この辺で挽回しないと」
「いや、その、あの、僕は……」
「うちのクロノもいるし、競争相手は多いわよ。がんばりなさい」
「いや、だから、その……、そ、それじゃあ、ミッドチルダで!」

 ユーノからの通信が切れる。
 その初々しい態度にクスリと笑うと、リンディはすぐに真剣な表情に戻る。

「何を考えていたのかしらグレアム提督は……」

 夫の死を見取り、彼の使い魔はクロノを育ててくれた。まさしく大恩人だ、正直疑いたくは無い。
 だが、状況証拠は彼は黒だと断じている。

「これじゃ、ヴァンくんを怒れないわね」

 リンディはそう自嘲すると、クロノとエイミィの二人を呼び出した。
 ギル・グレアム提督は現在も意識不明の重態だ。彼から事情を聞くことなど出来ない。出来る限り速やかに彼が何を考えていたのかを調べなければならない。
 闇の書の担当がアースラチームになる事は、既に本局で決定されている。フェイトの裁判と同時進行だ、かなりのハードスケジュールになるだろう。
 だが、そんな事は大した問題ではない。ハードスケジュールは何時もの事なのだから。



「はーっはっはっはっはっはっはっはっは! やってくれたよ、本当にアイツは不愉快で面白い!」

 彼らの組織のアジトで、盟主……、不破なのはと名乗った少女は哄笑をあげた。
 その様子は心底楽しそうで、同じテーブルについていたシスター・ミトは半ば呆れながら尋ねる。
 
「何か楽しい事でも?」
「ああ、あったあった。あの正義の味方君、八神はやてを管理世界に連れて行ったよ」
「あら、てっきり誘導したものだとばかり思ってましたわ。態々顔を出すなんて」
「ふふふ、さてな」
「でも、よろしいのですか? 原作知識が役に立たなくなりますよ」

 こちらのアドバンテージ、物語の知識が役に立たなくならないか?
 シスター・ミトの不安はもっともだろう。だが、少女にとってはそうではなかったらしい。
 
「構わんよ。誰かが介入した段階で物語の流れに関する知識など大して役に立たん。重要なのは思考パターンと状況を分析し、現状でどう動くかを先読みする事だ。この程度では我らのアドバンテージは消えん。特に今回は事前に大きな介入があったしな」
「ギル・グレアム提督襲撃ですか……」

 シスター・ミトは少女のカップにお茶を入れながら、おそらくは一番大きかっただろう介入を思い出す。
 
「まったく愚か者もいたものだ。あれでは敵対トリッパーの存在を大々的に宣伝しているようなものだ。世界を安定させてきた脳味噌の実力を過小評価しているとしか思えん」
「たしかに、無様なパフォーマンスでしたわね」

 シスター・ミトが少女の言葉に頷く。あれだけ派手な事件を起こしながら、目標だろうギル・グレアム提督は重症であっても生きている。植物状態でも二度と目が覚めないわけでもない。
 見るものが見れば暗殺目的だと一目瞭然だ。パフォーマンスとしては成功でも、暗殺としてみれば間抜け以外の何者でもない。
 
「でも素人がやったにしては、捕まらなかっただけ上出来では?」
「管理局のお情けだがな」
「たしかに、聖王教会との関係を悪化させないために調整しているだけですからね……」

 シスター・ミトはカップをソーサーに置くと、慈愛の笑みをそのままに嘲笑の言葉を吐いた。

「今は騎士カリムが率いる穏健派勢力が伸びていますから。一気に挽回しようとして夜天の書を手に入れようだなんて……、まったく先走った馬鹿がいたものです」
「その馬鹿が頭なのだから性質が悪い。配下にトリッパーが手に入った事を、天啓か何かと勘違いしたのだろうよ。ヴァン・ツチダが駄目押しをしたのは流石に笑ったがな」
「宗教って怖いですねぇ……」
「君が言うか?」

 おそらくは、アースラが地球を離れた後、八神はやてを手に入れるつもりだったのだろう。
 今頃は聖王教会過激派についたトリッパーが地球にやって来ているころだ。もぬけの殻の家を見てどう思うのか、考えただけで笑える。

「情報収集はしていないのでしょうか?」
「していないだろうな。ヴァン・ツチダが地球にいるのに、グレアム襲撃をしたところを見ると。典型的なトリッパーだよ」

 原作知識はトリッパーの大きな武器であると同時に大きな弱点でもある。物語の内容が実際に起きると錯覚し、登場人物を実際の人物と誤認してしまうのだ。
 前者は出来事に対する対応力を奪う。なまじ事前に知っていて準備が出来るだけに、予想外の出来事に極端に弱くなるのだ。
 後者はアイドルに対する偶像崇拝のようなもので、出会うまではなかなか彼らを生身の人間だと認識できなくなってしまう。
 当人に出会っても勘違いをしたままのプレラのような例は流石に珍しいが、ヴァンにしても出会うまでは彼女達を実在の人間として認識できていなかった。
 更に言えば、いきなり事件現場に突入していなければヴァンも今のような友情を結べていなかっただろう。彼が友情を結べたのは、事件を目の前にして管理局員としての使命感が勝ったからだ。対応によっては彼もまた、なのはやユーノに拒絶されていた可能性が高い。
 知らない人間が自分の事を詳しく知っているなど、普通の人間には気持ち悪いだけだ。

「まったく、ヴァン・ツチダには助かったよ。グレアム一味の真似事をしなければならないかと思っていたからな」
「おや、やらないのですか?」
「ああ、不要だ。監視は怠らないが、暫くは傍観していればいい。私の読み通りならば、最終的には物語に近い状態になるだろう。我らが動くのはそれからでも遅くない」
「よろしいのですか、管理局と聖王教会が闇の書を直してしまうかもしれませんよ?」

 少女……いや、仮面を被り直したから盟主か……は、席を立ちながらシスター・ミトの言葉を否定する。

「それはありえんよ。管理局の提督は決して無能ではなれない。彼が10年以上かけて氷結封印以外の手段を見出せなかった以上は、少なくとも短い時間で解決できるような手段は物語の手段以外は存在しない。まぁ、トリッパーの能力だけは例外がある可能性ではあるが」
「管理局と聖王教会の協力は?」
「無い。馬鹿が先走ってくれたおかげでな……。むしろ」

 盟主は言葉を切ると、心底楽しそうに笑いながら語る。

「この事件を切欠に管理局と聖王教会の血を血で洗う争いが見れるかもしれないぞ」
「まあ、なんてすばらしい。それはとっても楽しそうですわ」

 盟主の言葉に、シスター・ミトも本当に楽しそうに微笑むのだった



「トリッパー?」

 聞きなれない言葉に、地上本局で2大巨頭と呼ばれるレジアス・ゲイズ少将は鸚鵡返しで言葉を返していた。
 まず最初に思いついたのは薬物中毒患者だ。もっとも、そんな代物の為に態々最高評議会の老人が向うから連絡を入れてくる事などありえない。
 
「前世というものを信じているか?」
「前世?」

 また胡散臭い言葉が出てきた。とうとうこいつらも耄碌したのか?
 だが、最高評議会の老人から出た言葉は彼にとっても予想外の内容だった。
 
「そうだ、ここ暫くだが前世の記憶があるという連中が出てきてな」
「その中にこの世界をフィクションの物語だと言う連中がいるのだよ」
「なんと」

 あまりといえばあまりに馬鹿らしい。やはり耄碌したのか。
 レジアスは内心鼻で笑いながらも、表面だけは神妙に話を聞くことにした。
 もっとも、次の瞬間にはそんな自制はすぐに吹き飛ぶ事になる。
 
「連中のもつ情報によると、我らと君は10年後に殺されるらしいぞ、ジェイル・スカリエッティの手の者によってな」
「なにを戯言を、そんなものを信じると?」

 流石に殺されると言われて楽しいはずも無い。レジアスにしては珍しく不快を表に出した。
 その様子を楽しそうに見ていた最高評議会議長が口を開いた。
 
「我らも当初はそう思っていたよ。ところが、ここに来てそうも言っていられなくなってきた」
「と言うと?」
「第97管理外世界でロストロギア事件が起こったのは知っているな」
「はい、もちろん」

 娘のオーリスが気にしていた事件だ。よく覚えている。
 オーリスが後見人を務めるヴァン・ツチダという少年が、都市部で発生した次元震被害を食い止めようとして失敗。次元震の封印は奇跡的に成功するものの、本人と犯罪者一名が消えてしまう。
 その後の不愉快極まりない騒動はさておき、少年は約一月後第97管理外世界にて生存が確認された。その際、彼は僅かな協力者と共に現地で発生していたロストロギア事件の捜査と回収に当たっていたという。
 レジアスも含め、陸や空の人間にとってはなかなか愉快な話だった。豊富な予算と人員で上からものを言う海の連中が、通常ならAAランク以上の実力者であたる次元震をC-の力量で何とかした。漂流後も局員の使命を忘れずに、本来なら海が即座に当たらなければならない管理外世界のロストロギア事件を孤立無援の状態で対応していたのだ。
 特に辺境警備航空隊の喜びようは凄かった。建前上は本局直属の武装隊と言われながらも、陸同様に冷遇されている身だ。海の鼻を明かしたと喜ぶのも無理は無い。
 
 レジアス自身はヴァン・ツチダとそれほど親交があったわけではない。オーリスを通じ何度か会った事がある程度だ。
 それでも自分が知っている、そして娘が後見人を勤める少年が無事生還し、活躍をしていた事には胸がすく思いだった。
 
「その事件に関わるロストロギア……ジュエルシードを連中は事前に予見しておったよ」
「さらに、同じ場所に潜伏していた闇の書も予見し、実際に発見された」
「我らが確保したトリッパー2人、協力を申し出てきたトリッパーが1人。全てが彼らの言う物語通り……という訳ではないが、無視できる事態でもなくなった」

 一瞬、レジアスの脳裏に聖王教会が保有するレアスキルの事がよぎる。
 
「全てが物語通りではないというと?」
「物語では闇の書が発見されるのは半年後の事だそうだ。どうやらイレギュラーが存在しているようだな」
「イレギュラーですか……」
「そう、君の娘が後見人を勤めるヴァン・ツチダがイレギュラーだ」

 態々彼らが一局員に言及するとは……。
 その言葉に、レジアスは一つの可能性に思い当たる。

「あの少年が……。まさか、彼もまたトリッパーだと!?」

 だとすると、あの少年は何らかの目的を持ってオーリスに近づいたのか?

「我々は半々程度だと考えている。連中の物語はあくまでもフィクションでしかない」
「我らが確認したトリッパーは合計5人。その全員が高い魔力資質ないしレアスキルを保有している」
「彼にはそういった物が一切存在しない。我らも判断しかねているところだ」

 確かに彼はしっかりとしてはいたが、ごく普通の少年だった。
 だが、可能性は0になったわけではない。もしトリッパーだとするなら、あの少年は何の目的で近づいたのだろうか? それとも、本当に単なる偶然だったのか? 敵か、味方か?
 流石のレジアスも、それを推測できる材料など持ち合わせていなかった。

「私に何を命じるおつもりで?」
「君にもタイムスケジュールを渡そう。後で見ておくと良い」

 レジアスは内心の焦りを悟らせないように努めながら、最高評議会の言葉に注意を払う。

「まずはジェイル・スカリエッティに対する警戒を……」
「それとアインヘリアルの完成を急がせろ。雑音は我らが何とかしよう……」
「ヴァン・ツチダは?」
「暫くは放置してよい。多少の知識があろうとも、あの程度の魔導師では大した事など出来まい」
「聞けば真面目な局員だそうではないか。事を起すまで精々使い潰せばよい」
「彼らの言う“物語”の“主役”と交友があるらしいからな。監視だけは怠るな」
「はっ」

 その言葉と共に、レジアスと最高評議会をつないでいた通信が途切れた。



 最高評議会との会談は何時も疲労を伴う。
 レジアスは椅子に深く腰をかけると、いつの間にか届けられていた封書の封を切る。
 中には今時珍しく紙にこれから起こる事が書かれていた。
 希少技能保有者を嫌悪するレジアスだ、その内容を素直に信じる気など無い。だが最高評議会から渡された以上は嫌でも見ておくに越した事は無い。
 
 ふむ、10年間は私の周りでは大きな事件は何も起きないのか……。
 10年後、地上本部にAMFによる包囲網で魔導師の無力化か……。警備の強化をしておく必要があるな。魔法弾による攻撃は多重弾殻射撃以外は効果が薄いはず。だが、それを使える魔導師となると地上にはほとんどいない。
 本局の横槍が面倒だ。質量兵器は出来る限り使いたく無い。AMF対策として低ランクでも少しは効果がありそうなベルカ式の普及をゼストに手伝わせるか。もっとも、あの頑固者が素直に聞くかどうか……。
 正体不明のロストロギアによる空中からの首都進攻か……。なるほど、あれの完成を急がせるわけだ。戦闘機人による襲撃がある以上は、警備の強化も必須か。
 高町なのは、フェイト・T・ハラオウン、八神はやて……。この3人の少女が海の支援を受けて機動六課を設立するのか。まったく忌々しい。これほどの戦力をリミッターをつけて一部隊に集中だと? 本局の連中は一体何を考えているんだ。自分達の足元が、地上の現状というものをわかっているのか?

 レジアスは内容を脳裏に焼き付けると、書類に火をつけて燃やしてしまう。
 後に一切残さないように紙で渡されたのだ。何らかの薬品が使われていたのか、書類は一瞬で燃え尽きてしまった。
 
「オーリス、話がある」

 レジアスは秘書官である娘を呼び出す。
 まだ、彼女には裏の仕事は手伝わせてはいない。聡い子だ、そのことに気がつき手伝いたがっているのは知っているが、引き離すべきかも知れない。先ほどの未来予想には、自分の死後彼女が逮捕されるとあった。
 信じたつもりはないが、確かに自分の死後政敵が彼女を槍玉に挙げるのは容易に想像が出来た。
 
「何の御用でしょうか、少将」

 入ってきたのは、地上本局の士官用の青い制服を身に纏った、真面目を通り越して硬い印象を受ける若い女性だ。
 彼女の名前はオーリス・ゲイズ。今は亡き妻が残した、レジアスの一人娘だった。
 
「オーリス、ヴァン・ツチダという少年について聞きたい」
「ヴァンく……ツチダ空曹についてですか?」

 レジアスの問いかけは彼女にとって予想外だったのだろう。
 何時も冷静な態度を崩さないオーリスにしては珍しく目をぱちくりさせる。その様子は幼い頃と変わらず意外と可愛らしく、レジアスは思わず苦笑いをするのだった。



[12318] 閑話第2話
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:e8725c8b
Date: 2010/03/22 15:32
閑話第2話



 戦斧の名を持つデバイスを構えた黒衣の少女が俺と対峙する。
 その圧倒的な迫力を前に、俺は無意識のうちに呟いていた。

「何でこんな事になったんだ……」

 俺の呟きを聞きつけたのだろう、クロノさんは悲しい目で俺を見るとこう答えた。

「ヴァン、世界はいつだって、こんな筈じゃない事ばっかりだよ」

 クロノさんが言っているのは、世界の真理なのだろう。
 だけど、俺は認めたくなかった。だって、それじゃあ悲しすぎる。

「そんな、でも……、人はそれに抵抗する事だって出来るはずです」
「諦めるんだ、ヴァン。僕達にはもうどうする事も出来ない。覚悟を決めるんだ」
「でも、俺は……」
「わかってる、でも……」

 俺達二人の会話を、女性の声がさえぎる。

「盛り上がっているところ悪いんですけど、二人ともそろそろ始めてくださいよ」

 マリーさんの言葉に、俺とクロノさんは二人揃って溜息をついた。

「ほんと、なんでこんな事になったんでしょう」
「諦めるんだ。僕がやったら実験にならないって言うんだから」

「フェイトちゃんがんばれー」
「ヴァンくんの勝ちに賭けたんやから、死ぬ気で頑張れ!」
「あら、大穴狙いね。私は堅実にフェイトさんの30秒以内に勝利一本よ」

 訓練室の上にある窓からリンディ提督、エイミィさん、ついでにはやてとアルフが無責任な応援をしてくる。
 仕事をしているのはマリーさんぐらいで、P1SCとバルディッシュに仮設したカートリッジシステムの様子をモニタリングしているのだ。他の面々は休憩時間を利用して野次馬に来ているだけである。
 それだけならまだ良いのだが、どうも俺達の訓練結果でトトカルチョをやっているらしい。賭けているのはお茶菓子のクッキーだ。

「海ってこんな感じなんですか?」
「いや、普通は……事件が無ければ普通にやってるな……。なんとも面目ない」
「クロノさんが謝るような事じゃないと思いますが、心中お察しします」
「すまない……」

 長期航海中は娯楽が少ないので、緊急時で無い限りは武装隊や執務官の訓練を見物に来る人が多いらしい。
 戦闘可能な魔導師ってのは案外少ないから、ブリッジクルー以外にとっては訓練でも見応えがあるのだそうだ。だからって、提督自ら見物に来るのはどうかと思うが。

 なんとなく脱力感を感じながら、俺たちは訓練を兼ねたカートリッジシステムの運用実験を開始した。



 事の起こりは2日前に遡る。

「どうかな、ヴァンくん?」
「かなりバランス悪いですね……」

 修理されたP1SCに新たに付けられたのはカートリッジシステムだった。上手くまとめられなかったのかパーツがはみ出しており、だいぶ不恰好だ。

「あはは、ごめんごめん。補修用のパーツででっち上げたシステムだから。見た目までは手が回らなかったの」
「いえ、生意気言ってすいませんでした。でも、よくパーツがありましたね」

 古代ベルカ式はレアスキル扱いになるほど使用者が少なく、近代ベルカ式は個人的な流出を除けば聖王教会の独占下にある。強力だとはわかっていても、カートリッジシステムを使う局員はほとんどいないのが現状だ。
 ある程度まとまって運用しているのは、陸のゼスト隊ぐらいだろう。

「うん、ごく稀にだけど武装隊にもベルカ式を使う人がいるからね、補修部品ぐらいは完備しているの」

 ごく稀のために用意しているなんて、地上では考えられないなぁ……。
 
「それにね、この船って時々聖王教会関係者が乗る事があるの。それで少し多めにね」
「って、いいんですか?」

 俺のこの言葉は二つの意味がある。
 一つは地上の人間である俺に漏らした事で、もう一つは聖王教会関係者が管理局の艦艇に乗っているって事だ。
 現在聖王教会と管理局の関係はお世辞にも良いとは言えない。聖王教会の実質的なトップと言われているソナタ枢機卿は強硬派で、古代ベルカの遺産の全ては聖王教会で回収、管理するべきだという立場を取っている。
 次元国家の中でも軍事独裁色の強い国家群がこれを支持しており、表立って管理局と対立しているわけではないが、長年続いた協力関係に綻びが出てきていた。

「別に隠しているわけじゃないよ。あと、こっちに乗るのは穏健派の人たちだから。騎士カリムって聞いたことがない?」
「えっと、デュアリス枢機卿の懐刀って言われている人ですよね。たしか、穏健派の中心的な人だったかな?」

 物語に出てきた騎士だったと思うが、口の悪いゴシップには枢機卿の愛人とか言われている。

「そそ、その人とコネがあってね。以前は騎士が出向してきてたんですって」
「ああ、なるほど」

 穏健派は管理局との協力体制を維持しようとしているって話だ。戦力を提供していても不思議じゃない。
 俺達がそうやって世間話を続けていると、装備室の扉が開く。

「あ、クロノさん」

 立ち上がって敬礼をする俺を片手で抑えながら、クロノさんはマリーさんに話かけた。

「マリー、何か頼みたい事があるって話だったけど?」
「うん、クロノさんにヴァンくんの相手を頼みたくって」
「ヴァンの相手?」

 クロノさんは俺のデバイスに増設されていたカートリッジシステムを見て顔を顰める。

「カートリッジか……」
「クロノさんは好きじゃないんですか?」
「ああ、あまり好きじゃないんだ。自分の実力以上の魔力を引き出すってのはどうかなと思う」

 ああ、なるほど。たしかに堅実を好むクロノさんは嫌いそうだもんな、こういった派手なシステムは。

「別に使うのが悪いとは思わないけど、自分では使いたくない」
「クロノさんは使わないかもしれないけど、ヴァンくんの事や、この先の事を考えたら今のうち実験しておけって艦長からも言われているんですよ」
「シスター・ミト一味に守護騎士か……、確かに備えておくに越した事は無いな」

 つい先日まで戦っていた、そして暫く後に出てくるだろう闇の所の防衛プログラム、ヴォルケンリッターか……。どちらもカードリッジシステムを使ってくる強敵である。
 もっとも、後者は俺が今後戦う可能性はほぼ0だろう。彼らが敵対するかどうか以前に、闇の書はアースラチームが担当するので、首都航空隊の俺が関われる可能性はほぼ無い。

「訓練室で良いのかな?」
「はい」



 訓練室に向かう俺たちは、廊下ではやてと車椅子を押すレインさんに出会った。
 ユニゾンデバイスのレインさんは本来は医療用だとかで、アースラ乗艦中ははやての面倒を見ると名乗り出てくれたのだ。
 再びリンディ提督の手で簀巻きにされ独房に叩き込まれたイオタ氏と対照的に、アースラクルーの信頼を勝ち取っている。
 ……いや、実はイオタ氏も一部の男性局員には信頼を超えた男同士の魂の友情を勝ち取ってはいるんだけどね。その連中は今頃トイレ掃除の真っ最中だが。

「あれ、ヴァンくんにクロノくん? それにたしか、マリーさんやったな。 どうしたんや?」
「これから訓練室に行くんだけど、はやてちゃんは風呂上り?」

 確かに、よく見ると髪が少し湿っていた。

「うん、こんな身体やから、人がいない時間に迷惑をかけないようにな」
「そんなの気にしなくても良いのに」
「いやいや、私はお客さんやから迷惑はかけられん。そうそう……レインさん、脱いでも凄かったで」
「おおっ!」
「はやてさん!」

 はやてが指をワキワキせながらマリーさんに耳打ちをし、レインさんが真っ赤になって怒る。
 って、俺とクロノさんにまで聞こえるような声で言ってどうするんだよ。俺達の反応楽しんでるだろう。乙女的に間違ってないか?
 まぁ、彼女がアースラに馴染んだと喜ぶべきなのかもしれないが……。

 はやてとマリーさんはひとしきりレインにお説教をくらう。その間俺とクロノさんは待ちぼうけだ。
 なんというか、居心地が悪い。特に腕を振り上げる毎に揺れるレインさんの胸を見ていると……。
 クロンさんも同じだったらしく、彼らの会話に強引に割って入っていった。

「そろそろいいかな、僕達も暇なわけじゃないし」
「すいません、クロノさん」
「いや、君が悪いわけじゃない。それよりも早く実験してデータを集めたほうがいいだろう」
「実験? なんかするんか?」
「ああ、カートリッジシステムの試運転を」

 俺の言葉に反応したのはレインさんだった。俺がもっているデバイスを見ると、誰が使用するか一目で見抜いた。
 
「カートリッジシステムですか? ヴァンさんが使うには危なくありませんか?」
「そうかもしれないんだけどね……、って、レインさん詳しいの?」
「はい、医療用ではありますが、基本的な知識なら知っております」

 その言葉に、マリーさんが目を輝かせる。

「ねえ、レインさん、一緒に来てもらえないかな?」
「え、でも……」

 レインさんが思わずクロノさんを見る。この場の最高責任者は執務官であるクロノさんだろう。
 クロノさんは少しだけ考え込むと、あっさりと許可を出した。

「別に見られても問題は無いだろう」



 訓練室で俺とクロノさんは対峙する。
 クロノさんはカートリッジシステムを嫌っていたが、俺としては凄く楽しみだったりもする。
 なんというか、こういうギミックって燃えるのだ。

「では、行きます」

 クロノさんがデバイスを構えて頷く。俺はドキドキしながらカートリッジシステムを起動した。

「ロード!」

 がしょこん。という稼動音を立ててデバイスから空薬莢が排出される。
 全身が熱くなる。過剰ともいえるほどの魔力が身体を包む。暴れ馬のようで、制御するだけで一苦労だ。
 
「いきます! フォース・キャ……え、えええええっ、えええええええ!?」

 俺のデバイスの先端に溜まった魔力球が急速に膨れ上がる。って、制御できない!?

「お、おい! ヴァン?!」

 クロノさんが慌てて声をかけるが、もう遅い……。
 光の弾はどんどんと大きくなり、ついには俺の身体も包み始める。慌ててバリアジャケットを強化するけど……間に合うか!?
 
「に、逃げてください、クロノさん!」

 俺は駆け寄ってくるクロノさんに、何とか逃げるように伝える。
 そして、爆発音と共に俺の意識は途切れた。


「ヴァンくんの魔力じゃカートリッジから供給された魔力を抑え切れなかったみたいですね」
「それじゃあ意味が無いんじゃないか?」

 んで、医務室。
 ちょっぴり焦げたクロノさんが、マリーさんの説明を聞いている。
 もっとも俺はそんな話を聞いていなかった。ベッドに寝かされた俺は、さめざめと泣いていた。

「ううううう、もうお婿にいけない」
「なにを馬鹿な事を言っているんですか?」
「なのはちゃんかユーノくんにでも貰ってもらえばいいやん」

 いやね、気がついたら服を脱がされレインさんの手で全身に軟膏を塗られているんですよ。
 パンツだけは脱がされてなかったけど、死ぬほど恥ずかしく幼児退行してしまいました。
 はやてなんかニマニマしながら見ているし、恥ずかしがっている俺を見て手伝おうかなんて言いやがったし。気持ちよすぎるあたりがますます罪悪感を感じる……。

「押さえるのはシステムで補助すれば何とかなりそうですけど、使用者にかかる負担が問題ですね。これを……」
「かなり酷いな。1回の魔力暴発とは思えない疲労じゃないか」
「ええ、ヴァンくんには悪いですけど、ここで気がついてよかったです。なまじ制御できる魔力があったら、決定的な事故があるまで気がつかなかったと思いますから」
「対策は出来るのか?」
「難しいですけど、やってみます」

「うううううううう……」

 馬鹿な嘆き方をしている俺を他所に、クロノさんとマリーさんは真面目な会話を続けていた。



 んでもって本日、勤務シフトを終え訓練室で訓練をしていた俺達の元に、ちょっとした本棚ほどの大きさの箱と、ケーブルで結ばれたP1SCをマリーさんが持ってきた。

「えっと、これって……?」

 俺は呆然とマリーさんに問いかける。
 ちなみに箱はイオタ氏が、古代の奴隷のようにぼろきれを纏い首輪に繋がれながら引っ張ってきた。
 つーか、これで良いのかよ。人権的に……。まぁ、イオタ氏個人の趣味っぽいが……、あのぼろきれはバリアジャケットで何だかとっても楽しそうだ。
 彼に関しては深く考えないほうがいいだろう。

「ほら、この間言ったじゃないですか、カートリッジシステムの負担軽減をやってみるって。作ってみたんですよ」
「いや、そう言われても……」

 思わず呆然と呟く。
 少し想像してみてもらいたい。このでっけー鉄の塊を背負って戦う姿を。なのはみたいな砲撃タイプならまだしも、俺みたいに機動力を生かして戦う人間にとっては負担にしかならない。

「背負うんですか?」
「まさか。これは実験用ですから、小型化は今後の課題です」
「なるほど」

 とりあえず実験的に作ってみたなら、この大きさも仕方が無いのかもしれない。
 俺が納得している横で、マリーさんが楽しそうに話を続ける。
 
「それと、本日のスペシャルゲストです」
「スペシャルゲスト?」

 クロノさんも知らないらしい。首をかしげる。
 訓練室の扉が開くと、バルディッシュを持ったフェイトが入ってくる。

「って、フェイト?」

 思わずクロノさんを見るが、やはり首を横に振る。
 俺達が良いのかと思っていると、モニター室から声がかけられた。

「大丈夫です。私が許可を出しました」

 そう言ったのはリンディ提督だ。
 彼女の許可なら問題は無いだろうけど、なんだって……。
 いや、リンディ提督の思惑はさておき、フェイトを巻き込んで実験とはどういう事かとマリーさんを見ると、嬉々として説明をしてくれた。

「うん、カートリッジシステムの比較試験をやりたくてね。ほら、この艦にあるインテリジェントデバイスって、フェイトちゃんのバルディッシュだけでしょう」
「勝手に改造したんですか?」
「まさか、そんな事しないよ。P1SCを改造していたら、横で見ていたバルディッシュが自分から志願したのよ」

 なんと……。言われて見ればバルディッシュの形状が少し変わっている。先端の戦斧部分と柄の部分の間になにやら円柱状の保護カバーが取り付けられていた。形状的には物語に登場したバルディッシュ・アサルトに近い。
 もっとも、よく見るとカートリッジシステムはリボルバー式ではなく単発式のようだ。あえて名前を付けるなら、バルディッシュ・プロトアサルトとでも言うべきか?
 しかし呆れるべきか、性能向上にかける意気込みを感心するべきか判断に悩む。

 なるほど、リンディ提督の判断はフェイトの裁判を有利にする為かな?
 管理局側の要請でデバイスを改造し、訓練や実験に付き合う。さらに彼女は管理局で働く事を希望しているらしい。幾分かは裁判官の心象も良くなるだろう。
 フェイトはジュエルシード封印の時に色々あったらしい。その様子にリンディ提督やクロノさんは何か思うところがあったらしく、親身になっているという話だ。俺自身はフェイトとそこまで親密な関係じゃないので、くわしくは聞いてはいないけど……。
 意図がわかったなら、これ以上気にする必要は無い。俺は気を切り替えてマリーさんに尋ねる。

「で、どんな実験をすればいいんですか?」

 俺の言葉にマリーさんがにっこりと微笑む。なんでだろう、ひしひしとやな予感がする。

「うん、フェイトちゃんのバルディッシュ・ザンバーとヴァンくんのフォースセイバー・フルドライブをぶつけて欲しいのよ」
「ちょ、死んじゃいますよ! ザンバーがどんな魔法か知らないけど、絶対俺じゃ押し負けます!」
「だいじょうぶ! 安全面はばっちりだし、腕の良い医者と美人看護婦もいるから!」
「それって、すでに怪我確定!? どこが安全面が大丈夫なんですかっ!」

 叫び声を上げるが、当然俺に拒否権は無かった。
 そして、冒頭のシーンに続く。



 結局、実験は開始される事になった。
 クロノさんは一歩下がる。いざという時は押さえられる様にだろう。リンディ提督がいるのも同じ理由からだ。

「ヴァン、よろしくお願いします」
「お手柔らかに頼む、フェイト」
 
 これ以上ぼやいていても仕方ない。俺は一礼するとデバイスにフォースセイバーを纏わせ、システムを起動させる。
 
「カートリッジ・ロード……」
 
 デバイスから空薬莢が排出され、以前使った時と同じように過剰ともいえる魔力が俺の身体を包む。その力強さは熱すらも帯びているようだ。
 そして、以前と違う部分ももちろんある。制御できない暴れ馬のようだったのに、今度は俺の言う事をきちんと聞いてくれていた。
 
「どうかな、ヴァンくん?」
「これなら何とか制御できそうです……。フォースセイバー・フルドライブ」

 俺は魔力が制御できるのを確認すると、フォースセイバーを起動、さらに最終形態に移行させる。
 光の剣の収束率がどんどんと上がり、ついには柄の部分を残し姿が消えてしまう。
 柄の先の杖すら姿が見えない。知らない人が見たら、剣の柄だけを握っているようにしか見えないだろう。
 もちろん、剣が消えたわけではない。俺の弱い魔力を無駄なく最大限に発揮するため、極限まで魔力刃を収束させているのだ。そのため、このモードにすると目標に衝突寸前まで刀身が見えなくなる。
 これがフォースセイバーの最終形態であるフルドライブ、なのはのディバインバスターを4秒も止める事が出来る俺の切り札だ。
 もっとも、これを使うと5分間も戦闘不能になってしまうため、実戦では一度も使った事が無い。
 
「んじゃ、続いてフェイトちゃんもどうぞ」
「はい、ロード」
『Load Cartridge』

 フェイトはおっかなびっくりカートリッジを起動させる。保護カバーがスライドし、空薬莢が排出される。

「大丈夫? 使えそう?」
「大丈夫です。バルディッシュ、ザンバーモード」
『Yes, sir. Zamber form』

 フェイトの命令により、バルディッシュが変形をはじめた。柄が短くなり、戦斧部分が二つに割れる。柄となったデバイスから半実体化した魔力刃が伸びる。
 あれがバルディッシュのフルドライブモード、バルディッシュ・ザンバーか。正直対峙しているだけで吹き飛ばされそうな迫力だ。
 
 そしてこの姿を見て、実験のもう一つの意味に気がついた。
 純粋なミッドチルダ式魔法の使い手で格闘戦を得意とする人間は意外と珍しい。
 俺とフェイトのデータを下に、ミッドチルダ式の格闘でベルカ式とどれだけ戦えるかをシミュレーションするつもりなんだろう。闇の書関連で襲撃がある事を予測し、警戒しているのだ。
 
「それじゃあ、タイミングはこちらで知らせます。お願いね」
「はい」
「了解です」

 俺は返事をすると、緊張のあまり唾を飲む。
 こうやってゆっくりとフェイトと対峙するのは初めてだが、なのはに勝るとも劣らない魔力を感じる。
 訓練室のランプが点灯する。

「はじめてください!」

 そして、俺とフェイトは互いの魔力刃を振るい、打ち合わせる。
 バルディッシュ・ザンバーとフォースセイバー・フルドライブの見えない刃がぶつかる。姿を消していたフォースセイバーがその姿を現す。半ば以上実体化し鋼の輝きを見せる魔力刃が、金色の雷の刃とせめぎあう。
 二つの魔力はぶつかり合い……押し負けたのはもちろん俺だった。
 フォースセイバーは数秒間は持ったあと、澄んだ音を立てて粉々に砕け散る。光の粒子を残し消えてゆく。
 そして、俺はバルディッシュ・ザンバーに吹っ飛ばされて、意識を失うのだった。



 結局は医務室送りになり、また死ぬほど恥ずかしい思いをする羽目になる。
 しかもこれだけ苦労しておきながら、装置の小型化が出来なかった為にP1SCの再改造は見送られ元の状態で返却された……。

 こんちくしょうめ。



[12318] 閑話第3話
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:e8725c8b
Date: 2010/03/22 15:37
閑話第3話



 その日、八神家をこっそりと覗いてクラウス・エステータは困惑していた。
 理由は簡単だ。なんとか八神はやてとコンタクトが取れないかと思いやって来てみればもぬけの殻なのだ。近所の人に聞いたところ、数日前に親戚を名乗るご婦人と出かけて行ったらしい。

「まいったな……」

 クラウスは柔らかな栗色の髪をかきながらぼやく。こんなの物語に無かった。
 何もかも物語通りと勘違いしていた自分が間抜けなのかもしれない。

「そりゃそうだよなぁ。僕がいる以上は原作通りとは限らないのに……」

 ポツリと呟く。

 そう、クラウスはここではない世界、この第97管理外世界とそっくりの世界から転生した、所謂転生者である。2トントラックに撥ねられたと思ったらリリカルなのはの世界で生まれ変わっていたのだ。
 生まれ変わった当初は混乱したが、紆余曲折の末に魔法の才能や保有していたレアスキルが認められ聖王教会の騎士となれた。

「まいったなぁ……地球まで来て成果無しなんて……。騎士カーリナになんて報告すればいいんだよ」

 怒ると怖い上司の顔を思い浮かべながら、クラウスはもう一度ぼやく。
 今回の作戦にかけた費用はそれほど多くない。少し前に1度だけ闇の書の存在を確認しに来ただけだ。あまり長時間いるとグレアム一味に発見される恐れがあったので、すぐさま帰ることにしたのだが……。
 そして今日、再び訪れてみれば、もぬけの殻であった。

 今回の計画は数ヶ月前にクラウス自身が立案し、上層部に提出した。
 地球にある夜天の書を回収、マスターの保護を行なうという計画である。

 無論、こんな事を知っているのはおかしい。通常なら厳しく尋問される。
 だが、クラウスにはそうならないだけの訳があった。それは彼が保有するレアスキルにある。

 クラウスの保有するレアスキルは『未来察知』という。
 『未来察知』は視界の範囲内で発生する事象の可能性を見抜く。簡単に言えば少し先の未来を見通せる限定的未来予知能力であった。読める時間は連続で1分、通常は数秒先が限度なのだが、ごく稀に能力が暴走してかなり先の未来まで見渡せる時があるのだ。
 いつ発動するかわからない上に精度もそれほど高く無いのだが、彼の所属する派閥の対立派閥には、同じく未来予知能力をもつ騎士カリムがいる。
 彼の能力は彼女の対抗馬として重宝されていた。

 そして今回、クラウスは教会内での地位向上の為に、夜天の書の存在を予知したと偽り、確保に乗り出したのだ。

 クラウスの予知に、強硬派の内部では荒れに荒れた。
 なんせ、クラウスの未来予知が正しければ夜天の書が第97管理外世界に存在しているのだ。古代ベルカの遺産の全ては聖王教会で管理するべきだと主張する彼らにとっては、見逃せる事態ではない。
 さらに管理局のグレアム提督がその事を周囲に隠し、陰謀を企んでるという。
 すぐにでも回収するべきだという意見と、ギリギリまで管理局に任せ最後に圧力をかけてこちらに引き入れるべきだという二の意見が強硬派内部で最終的に残った。

 時を前後して管理局本局内でテロが発生、グレアム提督が巻き込まれる。
 
 事件を切欠に、管理局の監視が無いなら回収するべきだという意見が大勢を占める。
 このテロ事件はかなりタイミングが良すぎる。ソナタ枢機卿が直接に命じたとは思っていないが、強硬派の中でもとりわけ過激な騎士アルフォードのグループがやったのかもしれないと、クラウスは考えていた。
 もっとも、クラウスにはどうでもいいことだ。丁度同じ場所で起きていたロストロギア事件を管理局が解決して立ち去った後に、マスターである八神はやてを保護、夜天の書を確保するという結論に達した。

 そして本日、クラウスは再び第97管理外世界にやってきたのだが……。

「まいったなぁ……手ぶらで帰れないけど、持って帰る物も無いよね」

 こっそり家の内部を探ってみたが、夜天の書はどこにも無い。
 電気のブレーカーが落とされ、冷蔵庫の中が空な事を考えると、長期間にわたって不在とするつもりらしい。
 クラウスは八神はやての探索を諦め、彼女の家を後にした。



 結局は成果無しで帰るしかない。そのことに落胆しながらも、帰還までもう少し時間があった。ぼんやりと見覚えがあるようでない町を散策していたクラウスだが、ふと町の一角に目を止める。
 緑色の看板には『翠屋』という店名が書かれていた。

「あれが……」

 ごくりと唾を飲む。
 原作の舞台となった喫茶店だ。
 一瞬入ってみようかと考える。自由に使っていいと金はだいぶ貰った。少しお茶を飲むぐらいは十分にある。
 だが、その考えはダメだと考える自分がいる。せっかく貰ったのだ、こんなところで自分だけ贅沢はしていられない。

 入ろうか入らないべきか。そう悩むクラウスだが、喫茶店の前でうろちょろする子供は、はたから見れば相当珍妙に見えたのだろう。
 不意に、後ろから声をかけられる。

「あの、どうかしましたか?」

 可愛らしい女の子の声に、クラウスは心臓が飛び出るぐらい驚いた。
 思わず飛び跳ね、女の子にぶつかってしまう。

「きゃっ!」

 しりもちをついて倒れる女の子に、クラウスは慌てて手を差し伸べた。

「すいません」
「私こそごめんなさい」

 その時になって、少女が自分と同い年ぐらいのツインテールの女の子だと気がつく。
 そう、彼女は彼が迷い込んだ物語の世界の主人公、高町なのはだ。
 ここにいると知っていても、さすがにこんな当然に出会うとは思っていない。なんらやましいところは無いのだが、さすがに内心で焦りを感じる。

「あの、どうかしましたか?」

 クラウスの手を借りながら、なのはは立ち上がる。しかし、クラウスの様子がおかしいと思ったのだろう、なのはが尋ねてきた。
 もっとも、答えられるわけが無い。何とかごまかせないかと辺りを見渡す。
 その時、なのはのカバンのポケットから何かが澄んだ音を立てて転がり落ちた。

「あ、いえ、あの、何か落ちましたよ」

 クラウスはなのはを立ち上がらせると、足元に転がっていたメダルを拾い上げる。
 
 いや、それはメダルではなく勲章だった。表面には時空管理局のエムブレムが刻まれ、中央にはめ込まれた青い石が輝いている。
 たしかあれは時空管理局の次元勲章? よほど大きな功績のあった局員でなければ授与されないはず。管理局員ではないはずのなのはが何故? まさか、もう入局している? いや、時期的にありえない。管理局で渡しそうなのは……クロノか?

「あっ、ありがとうございます」

 クラウスから勲章を受け取ると、なのはは大切そうにカバンにしまった。
 その様子に、好奇心が頭をもたげる。うろ覚えだが、原作にはあんな物を渡すシーンは無かったはず。

「ずいぶんと変わったメダルですね」

 クラウスの言葉に、なのはは嬉しそうな満面の笑みを浮かべ答えた。

「はい、大切なお友達にもらったの」

 友達という事は、管理局から直接貰ったわけではなさそうだ。
 しかし、なのはにプレゼントか……。クロノあたりが渡したのか……?
 どうもこの世界は原作と違う流れを見せているようだ。クラウスはそう考えると、翠屋には入らずにこの場を立ち去るのだった。



 まったくついていない。
 本当についていない。
 ルーチェ・パインダは内心で思いつく限りのスラングをぶちまけていた。

 ルーチェは転生者という奴だ。第97管理外世界そっくりの世界から、こっちの世界に転生してきた。
 まぁ、それはいい。一度は病気で死んだ身だ。あのボロボロの身体と薄情な親族なんぞに未練は無い。ちょっと病室で見ていたアニメそっくりの世界だったのは気になったが、五体満足な身体に生まれ変われたのだから文句は無い。

 女の身体でなければ。

 何の因果か、生まれ変わったのが女の身体だったのだ。前世は男だっただけに、ショックは大きかった。
 特にここ最近は月の物が始まり無茶苦茶きつかったり、男の何気ない仕草にドキッとしたりするのだ。正直何度か死にたくなった。
 更に生まれ変わった場所も悪かった。物心がついた……というのも変だが、前世と今の自分が一つになった時にはスラム街の一角で暮らしていた。ろくに学校も行けず、犯罪すれすれの行為で日々の糧を得ていたのだ。
 幸い高い魔法の資質があったので身体を売らずに済んだ。更に運良くレアスキルもあったので、比較的安全に仕事をこなす事が出来た。別に学校に行かなくてもそれなりの知識があったので、生活する上では問題は無い。
 なによりこっちには、あの薄情で銭勘定しか考えてない親族はいない。今の家族は心の底から愛している。
 2度目の人生は不幸も多かったが、トータルすればマシな人生だっただろう。

 連中と出会うまでは。

 魂の故郷に未練は無いつもりだったが、ほんの少しだけ未練が残っていたらしい。
 仕事で偶然知り合った魔導師が偶然にも同じ境遇の人間だと知って、迂闊にも自分も同じ境遇だと話してしまったのだ。最初は同類という事で仕事を回してもらえて万々歳だったのだが、そう上手い話なんて転がっていない。
 気がつくと、連中の反管理局組織から逃げられなくなってしまっていた。なんせ家族が人質みたいなもんだ。

 それでも当初はテロの真似事をやっているだけだったから良かった。
 Sランク魔導師が二人に、AAランク魔導師が一人。管理局でもめったに無い恵まれた編成にリーダーが気を良くした。何をトチ狂ったのか、管理局の脳味噌を倒そうなどと言い出しやがったのだ。
 言うだけならまだ良かったのだが、本当に実行に移しやがった。
 あちこちを嗅ぎまわるうちに、かなりヤバイところまで潜り込んでしまったのだろう。ある施設を襲撃したところで今までに無い力を持った魔導師が彼らの前に立ちふさがった。
 結果は言うまでもなく惨敗。組織のメンバーは一人残らず捕らえられてしまう。無理やり協力させられていたルーチェは直前で逃げ出したが、あっさりと捕らえられてしまった。

 話がおかしくなったのはここからだ。
 組織のリーダーが我が身可愛さにベラベラとトリッパーの事をしゃべり出したのだ。これから起こるだろう未来の出来事を一言一句残さずに。
 それが何故か脳味噌の耳に止まり、ありとあらゆる手段で情報を搾り取られてしまう。

 そう、ありとあらゆる手段でだ。

 人として身も心も完全に壊れてしまったリーダーとサブリーダーの姿は思い出したくない。
 あの時はルーチェも2度目の人生も不幸のどん底で終わるのかと思った。ところが仏心か、情状酌量の余地か、それとも彼女のレアスキルを惜しく思ったのか、脳味噌どもは彼女に取引を持ちかけてきた。
 すなわち、狗となるか、死ぬかだ。
 ルーチェがどちらを選んだかは、言うまでもない。



「どうしました、隊長?」
「いえ、何でもありません。3097隊隊舎までは後どれくらいかかりますか?」
「あと20分ほどですね。お疲れになりましたか?」
「いえ、大丈夫です。ご面倒をかけます」

 自動車を運転をしていた局員の問いかけに、ルーチェは猫をかぶり礼儀正しい少女をよそおう。
 どういうわけか転生後の姿はアイドル顔負けの可愛らしさだった。腰まである艶やかな黒髪に、健康的であるが白い肌。顔の造形も申し分ない。12歳という年齢でありながらメリハリのきいた身体をしている。
 あと6年経ったら押し倒したいぐらいの美少女である。スラム出身といっても誰も信じない。どこの名家の令嬢だと勘違いされているぐらいだ。
 もっとも、ルーチェ本人には嬉しくもなんともない。向けられる男の視線がうっとおしい位だ。

 運転している局員の見る目は女性というよりも、微笑ましい子供を見る目なので今回は気にならないが。
 自意識過剰かな? などと考えつつもルーチェはもう一度上から送られてきた資料に目を通した。

 今回の転属は表向きは更迭された3097首都航空隊の隊長にかわり、新たな隊長として赴任するというものであった。
 いや、この表現は些かおかしいか。赴任自体も本来の任務なのだ。
 管理局に入局させられたところ、なんでも隊長適正があるとかで士官コースに無理やり進められた。しかも、本当に適正があったらしく1年の短期コースにおいて優秀な成績を残し、全課程を恙無く終了してしまったのだ。
 今回は隊長として初着任である。真面目にやれと脳味噌直々にお言葉をもらってしまった。

 そしてもう一つの任務が、ヴァン・ツチダなる局員の監視である。
 何でも自分と同類の疑いがあるとかで、有害かどうか見極めろというのだ。それならとっ捕まえて吐かせれば良いだろうに、彼らの中ではその選択肢は無いらしい。
 なのはたちアニメの主役と交友があるというのが原因だそうだが、それだけではないだろう。局員一人の命を気にするほど彼らは優しくない。
 彼らは管理世界という名の牧場の牧童であり、管理局は彼らの牧羊犬に過ぎない。管理世界さえ維持できれば、そこに生きる一人一人などどうでも良いのだ。
 ヴァンが生かされているのも物語に対する保険と言ったところだ。彼は物語において最初に発生した差異なのだ。
 下手に潰して物語と同じ展開になる事を恐れているのだろう。
 用が済んだ後がどうなるかわからない。処分されるか、それとも放置されるか。



 面倒な仕事だ。本当に嫌になる。
 気楽に過ごしていた頃が懐かしい。もっとも、あの当時に戻りたいかといえば、そうでもない。不承不承管理局入りしたものの、入局を切欠に生活が安定した。母を病院に入れることが出来たし、妹を学校に通わせる事が出来た。女だけで過ごす事に恐怖を感じなくて良くなった。
 そう、必ずしも悪いことばかりでは……。

 などと考えていたルーチェの耳元に爆発音が届く。彼女の持つレアスキルが、それが事故ではなく爆発物によるテロだと告げる。
 すぐさま思考を切り替えると、即座に本局の情報局及び3097隊へ通信を開いた。

「え、えっと、どなたですか?」

 3097隊の女性オペレーターが突如開いた通信に驚きの声を上げる。

「挨拶はまだですが、本日そちらに着任する予定でしたルーチェ・パインダ三等空佐です」
「えっと、新しい隊長ですか?」
「そうなります。今の爆発は聞こえていますね」
「え、あ、はい。」
「待機中の武装局員にすぐ出動できるよう準備させてください。それと隊舎の警備ランクを最高ランクまで上げておきなさい。こんな至近距離で爆破があった以上は陽動の可能性があります」

 突然命令口調で、しかも事故か事件かわからない爆発に対して厳しすぎる対応を迫る少女に、さすがのオペレーターも困惑する。
 その様子にルーチェは苛立ちを感じながら、厳しい声で命令を発した。

「復唱はどうしたんですか!」
「あ、は、はい。局員に出動準備と隊舎の警戒レベルの引き上げを速やかに行ないます」
「私は空を飛んで大至急そちらに向かいます。急いでくださいね」
「りょ、了解です!」

 ルーチェは通信を切ると、左腕に巻きついていた細いブレスレットに声をかける。

「ロードスター、起きている?」
『Yes Master』
「よし、頼むよ……。セットアップ!」

 相棒たるインテリジェントデバイスに声をかけると、すぐさまバリアジャケットを身にまとう。
 フード付きのコートに厚手のチョッキとズボンという姿になると、弓型デバイスを握りルーチェは飛び上がった。

「すいませんが、貴方は暫く待機、連絡があり次第自動車で隊舎に来てください。私の私物も少しありますからお願いしますね」
「了解です」

 やっぱり自分はついていない。
 少しは良かったかなと考えたとたんこれだ。



 その日、レジアス少将の下に怖い顔をしたゼストが尋ねてきた。
 来るだろう事は予測していたが、根回しを始めた途端に来たのは予想外である。

「レジアス、聞きたい事がある」
「どうした、そんな顔をして」

 最近は疎遠になった……いや、汚れてしまった自分には彼がまぶしく感じ、距離を置くようにしていたのだ。
 だが、それでも親友と呼べる男の剣幕に、レジアスは内心で溜息をつく。

「噂を聞いた」
「今更どんなだ」
「お前が俺と俺の部下を後方に下げようとしていると……。これは真実か?」

 ゼストの言葉には、嘘だと言って欲しいとの願望が混じっていた。
 だが、今回の一件はレジアスの中では既に決定事項であり、この頑固な親友を是が非でも説得しなければならない。

「真実だ」

 レジアスは出来る限り静かに、力強く答える。
 その声は凡百の局員ならば逆らえない迫力が篭っていたが、長年の付き合いであるゼストには通用しなかった。

「レジアス! お前は地上の現状を忘れたのか!? この状況で俺を後方に下げてどうするつもりなんだ!」
「忘れてなどおらん。これを見ろ」

 そう言うとレジアスは息のかかった技術部に作らせた報告書をゼストに見せる。

「これは?」
「お前たちが1年前に保護した戦闘機人に関する最終報告書だ」
「ギンガとスバルか?」
「そちらではない。お前たちが突入した施設についてだ」

 その言葉は予想外だったのだろう。
 ゼストは驚きの表情を浮かべながら報告書に目を通し、眉をひそめる。

「技術部の報告では、数年以内に高機動でありながらアンチマギリンクフィールド発生装置を搭載した自動機械……ガジェットドローンが出現するらしい」
「この報告書を信じたのか?」
「疑う理由が無い。魔術師を相手にするなら、俺が開発者でも同じ事を考える」

 その言葉にゼストは押し黙る。
 おそらくは自らに魔法の力が無い事を最も悔しく思っているのがこのレジアスだろう。彼が血の涙を流し、魂をすり減らしながら部下達を死地に送り込んできた事を彼はよく知っていた。
 変われるなら変わりたい。そう思いながらも、決して言ってはならぬ言葉だと心の奥底に封じ続けてきたのだ。

「AMFで魔導師が魔法を使うのを封じ、AMFの干渉を受けにくく身体能力に優れた戦闘機人で魔導師を叩く。悪い戦術ではあるまい」
「それは確かにそうだが……」

 そして、それは現実に未来において起こりえた可能性の一つでもあった。
 
「高ランク魔導師であれば対抗策があるのかもしれないが、本局の横槍で地上はそれだけの戦力が集められん」
「それと俺が後方に下がるのと何の関係がある?」
「対抗する手段は二つ。一つは質量兵器を持って対抗する……、これは出来んがな」

 管理世界の住民は質量兵器に強い拒否反応を示す。過去の戦争やその後の混乱期に無秩序に使われた結果、ほとんどの世界で最低一箇所以上は人が住めなくなった不毛の土地が存在する。
 管理世界の住民はそういった土地を見ながら成長するのだ。魔導師にのみ頼る体制に問題を感じながらも、質量兵器に拒否反応を示す。
 その傾向はアルカンシェルをはじめとした大規模魔導兵器の普及後も変わらない。戦力不足に嘆くレジアスにしても質量兵器の使用に二の足を踏むのは、市民感情を考慮してだけではない。
 管理世界で質量兵器が再び使用できるようになるには、かなりの時間がかかる事だろう。
 
「そしてもう一つは、比較的干渉を受けにくいベルカ式のアームドデバイスを組織的運用する事だ」
「その教官を俺や俺の部下にやれと?」
「お前も知っているだろう。近代ベルカ式は聖王教会がほぼ独占しており、穏健派と呼ばれる連中にしても本局にべったりで地上には滅多に回ってこない。我々が組織的運用を模索するならば、どうしても自前で何とかするしかない」
「それはそうだが……」
「何も永遠に後方に下がっていろとは言わん。10年……、いや、5年で良い。古代ベルカ式を教えろなどと無茶など言わない。未来の為にアームドデバイスを使える者を少しでも増やして欲しいのだ」

 レジアスはそう言いながら机に両手をつき、頭を深く下げた。
 こうなるとこの男は考えを変えない。レジアスはゼストを頑固者と評するが、ゼストにとってもレジアスは扱いづらい頑固者であった。あるいはだからこそ親友になれたのかもしれない。
 ゼストは小さく溜息をつくと、なかなか頭を上げない親友に言葉をかけた。

「わかった、少し考えさせてくれ」
「すまない……」

 ゼストはもう一度溜息をつくと、レジアスの部屋を後にした。



[12318] 閑話第4話
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:e8725c8b
Date: 2010/02/01 03:21
閑話第4話



「あれ?」
「どうかしたんですか?」

 ブリッジで調べ物をしていたエイミィさんが、モニターを見て呟いた。
 お茶を持っていっていた俺は、何かあったのかと尋ねた。

「うん、ちょっと……これ」
「ありゃ……、これは?」
「艦長、クロノくん!」
「どうしたんだ、エイミィ?」

 エイミィさんの呼びかけに、別の場所で書類をまとめていたクロノさんが答える。

「ちょっと見て欲しいものが、今モニターに回します」

 そう言うとエイミィさんは慣れた手つきでコンソールを叩く。
 正面モニターの一部が切り替わり、5年前に起きた暗殺事件の記録が表示される。

「これは……」

 それを見た二人が息を飲む。
 
 事件のあらましは簡単に言うとこうだ。
 当時の第8管理世界ヴァリアス地上本部本部長であったヴォーゲン准将をシスター・ミトの弟子とされる元管理局員が白昼の街中で殺害、逃亡をはかる。管理局による必死の追跡を振り切ろうとするものの、緊急出動したピート・アルファーノ執務官に取り押さえられた。
 ピート・アルファーノ執務官はプレラ・アルファーノの実の父親である。
 なお、犯人は留置所内で自殺とある。
 この事件のおよそ数ヶ月後からシスター・ミト一味の『管理局による一極支配からの世界の解放』を掲げたテロ活動が活発化する。
 もっともシスター・ミト一味はテロ請負人、あるいはテロリスト専門の傭兵とでも言うべきなのか、他の組織に雇われてテロ活動を行なうことも多かったようだ。

「これは……」
「プレラ・アルファーノの失踪はこのしばらく後とあります」

 エイミィさんの報告に、この場にいた全員が押し黙った。
 有力者の子女を誘拐というのはよくある話だが、まさかテロリストに引き入れるなんて。そういえば、盟主がプレラの事を『シスターが嫌がらせがてら玩具にしているだけだ』などと言っていたっけ?
 どっちにしろ……。

「陰湿ですね」
「まったくね……」

 クロノさんの言葉に、リンディ提督が頷いた。
 おそらくはブリッジにいた者全ての心情を代弁していただろう。





 切欠は、小さな悪意だった。
 たった10歳の子供が士官センターを主席で合格、魔導師ランクは入学当時でAAA、父親は執務官。絵に描いたようなエリートだ。
 そんな彼に向けられた嫉妬。それが少年の人生を大きく狂わせるなどこの時誰が予想したであろうか?



「プレラ~!」

 講義を終えた講堂で、プレラに一人の少女が声をかけてきた。
 その声にまたかと些かうんざりしながら、それでも憎めない彼女に優しい笑みを浮かべる。

「どうしたんですか、ポーラ?」
「ノート貸して~、今の講義がわからなかったの」

 半泣きで抱きついてくるポーラに、プレラは少し顔を赤くする。
 ポーラは今年で14歳だ、茶色の髪のほんわかとした少女だが、べたべた男に抱きついていい歳ではない。もっとも、まだ10歳のプレラを男として見ているかどうかというと、甚だ疑問ではあるが。

「抱きつかないでくださいよ、ポーラ。ちょっと、胸があたってるって」
「え~なんで~」

 やっぱり見ていなかったらしい。なんとかポーラを引き離そうともがくプレラだったが、腕力ではかなわない。
 ジタバタともがくプレラを、ポーラはますます強く抱きしめる。
 背の低いプレラはポーラにとって丁度良い抱き心地なのだ。もっとも、それは男では無く抱き枕に近い感覚ではあったが。もっとも、ふくよかな胸がもろに後頭部にあたっているのだ。そろそろ思春期となるプレラにはたまらない。
 いや、プレラ自身はある事情により精神は20年以上生きていると思っているのだが、実際は前の人生は僅か14年で歩みを止めている。今の彼は歳相応の精神年齢でしかない。
 こんな状況を楽しめるような人生のスキルは持ち合わせていないのだ。
 真っ赤になりながらジタバタともがくプレラであったが、助けの船は意外なところからもたらされる。
 プレラを抱きしめていた腕の力が不意に抜ける。その隙にプレラはポーラの腕の中から抜け出した。
 
「あーん、プレラ」
「プレラが迷惑がってるだろう、ポーラ」

 ポーラを引き剥がしたのは、ポーラによく似た少年であった。
 彼の名前はザート。ポーラの双子の弟である。ほんわかとしたポーラに比べ、やや鋭い容貌の少年だが、今は優しく微笑んでいる。

「たすかったよ、ザート」
「いやいや、我が愚姉がすまない」
「ひどーい、誰が愚かよ!」
「人前で抱きつくな。はずかしい」
「ただのスキンシップじゃない」

 どうしょうもない事で口げんかをする二人に、プレラは苦笑いを浮かべる。
 管理世界では低年齢で社会に出る事は決して珍しい事ではない。だが、それは低年齢の人物を皆が公平に扱うという事とイコールではないのだ。
 年齢が低いだけで侮る者、搾取の対象としてしか見ない者なども多い。どれだけ法整備が進もうとも、そこに住む人間のモラルまで完全に縛れないのだ。
 その点この二人は子供として扱ってはいるが、見下しているわけではない。プレラはノートを取り出すとポーラに尋ねる。

「えっと、ポーラはどこが分からないんですか?」
「えっとね、戦術理論の……」
「しかし、今時紙のノートを使うなんて珍しいよなお前」

 プレラの取り出した紙のノートを見て、ザートが呆れた様子で呟く。
 空間投影技術の普及により、管理世界では紙を利用したメディアが消えつつある。現在実用品の記録媒体として紙を愛用しているのは、よっぽどの変わり者ぐらいだ。
 その変わり者の一人がプレラだ。

「こっちのほうが分かりやすいんだよ。ほら、どこ?」
「うーん、全部」
「まてや」

 さすがというか、なんというか、全部わからないと言い出したポーラにツッコミをいれる。

「ああ、この愚姉、ずっと寝ていたんだ。プレラ、ノートを貸す必要なんて無いぞ」
「そんなー!」
「自業自得だ。身体ばかりじゃなくて少しは脳味噌にも栄養を回せ」
「ひどーい。このナイスバディは日々の研鑽の賜物よ」
「ただの筋肉馬鹿だ……まて、何で拳を鳴らしている!?」
「うふふふふ、可憐な乙女に対してなんですって」

 弟の血も涙も無い評価に、ポーラはどうやら鉄拳制裁を下す事にしたようだ。
 このままではザートの顔の形が変わりかねない。プレラは苦笑いをもう一度浮かべポーラの手に無理やりノートをねじ込んだ。

「あれ、プレラ?」
「わからないなら貸すよ。そのかわり今度またクッキーを焼いてきてよ」
「プレラ、ありがとー! ちゃんとノートを返すとき焼いてくるね」
「あんな消し炭同然のものを……マゾか?」
「やはり、お姉ちゃんと語り合いたいみたいね、主に肉体言語で」

 拳を再び鳴らし始めるポーラをプレラは慌てて止める。

「ちょっと、落ち着いてよポーラ」
「だって、ザートがいじめるんだもん」

 そう言って再びポーラはプレラに抱きついてくる。引き剥がそうとジタバタするプレラに、何時ものドタバタに天を仰ぐザート。何時ものやり取りといえば、何時ものやり取りだ。
 そしてそんな平和でのんびりとした空間を、あるものは気にも留めずに通り過ぎ、あるものは微笑ましそうに、あるものは妬みの視線で見ていた。

「ったく、あのガキと犯罪者ども、馬鹿みたいに騒ぎやがって……」
「まったくよ、少し可愛いからっていい気になって」
「むかつくな」

 同じ講義を受けていたある一部の士官候補生が呟く。まだ10代前半だろうか、彼らに共通するのは皆両親が管理局でそれなりの地位にいる、もしくは両親がかなりの資産家だという事だ。
 彼らはあの連中が気に食わなかった。たった10歳のガキが自分達を差し置いて主席を取り、元は次元犯罪者だった二人がのうのうと同じ講堂で空気を吸っている事が我慢ならなかった。
 その少年が未来に起きるだろういくつかの悲劇を回避するために必死で勉強している事や、二人が幼い頃に誘拐され少年兵に仕立て上げられた事など知らない。
 彼らは相手が相応の努力をしたのだろうと考えない。何か事情があるだろうと考えない。考えようとすらしない。
 ある意味彼らは本当にまだ子供である。

 だからだろう、やってはならない悪戯を思いつき、結果も考えずに実行してしまった。

「なあ、確か次は戦技実習だったよな……。アイツのデバイスを……」
「そりゃいい」
「図に乗っていたみたいだから、お灸をすえてやりましょう」

 そう、下らない嫉妬が全ての始まりだった。



「あ、あああああああああああああ……」

 少年の悲痛な叫びが響く。
 彼の前に倒れているのは、彼と親しかった二人の少年少女だ。
 安全なはずの非殺傷設定、安全なはずの模擬弾……。そう、安全なはずの魔法が、姉弟を深く傷つけたのだ。
 
「おい、いそげ! こっちだっ!」
「うわ、これは……ひどい」
「おい、しっかりしろアルファーノ候補生!」

 教官たちの声が聞こえる。
 だが、プレラはそんな教官達の声をまるで聞いていなかった。ただただ、己の引き起こした事態に慟哭していた。



 その日からプレラを取り巻く環境はは一変する。
 まず、いつの間にか妙な噂が立っていた。気に食わない、纏わりついてきた犯罪者を訓練にかこつけて半殺しにしたという。
 あるいは、父親である執務官の権限を利用して、事件をもみ消したらしいと。
 どちらも根も葉もない噂だ。今回の件で一番傷ついているのはプレラなのはどう見ても明らかだ。プレラが否定すれば表向きは消える程度の噂だろう。
 だが、不幸にも噂が流れ始めた頃、プレラは士官センターの講義が終わると姉弟の見舞いに行っていたのだ。もっとも、二人は重症であり一度も面会が出来ないでいた。

 噂が噂を呼び、徐々にプレラの周りから人が消えていく。教官たちが気がついたときは手遅れだった。
 小さな嫉妬と悪意が、少年の居場所を全て奪っていた。

 二人の親友を失い、士官センターに居場所を失ったプレラは、いつの間にか町の教会に足を踏み込んでいた。



「どうかしましたか?」

 教会に足を踏み入れた少年に、まだ若いシスターが微笑みながら話しかける。

「懺悔を……しにきました……」

 少年は死にそうな声で答える。
 そこが、更なる地獄だとも知らずに、彼はすがり付いてしまった。



 少年が帰った後、シスターは楽しそうに同僚らしい幼いシスターに話しかけた。

「なかなか最低で面白そうな話でしたね」

 楽しそうなシスターに、幼いシスターは疑問をぶつけた。

「シスター、なぜあの子供を殺さなかったのですか? 態々こちらの手の内に勝手に入ってきたのに……」

 そう、自分たちはあの少年を殺すために、この町に潜伏をしたのだ。
 偶然とはいえ手の内に入ったのだから、さっくり殺してこの町から立ち去るべきではないのか? 当然といえば当然の疑問だ。
 だが、シスターの考えは少し違った。

「それなんですけどね……」

 シスター……シスター・ミトは楽しそうに答えた。

「いきなり来たんで、思わず本業をやって……冗談ですよ。ふと面白い事を思いついちゃったもので」

 一瞬だけ視線が厳しくなったのを察してか、シスター・ミトは冗談を引っ込める。

「本当は執務官に息子の首を贈ろうかと思いましたけど、それよりもあの子が『邪悪な管理局と戦う正義の戦士』になったら面白いと思いませんか?」
「はぁ?」

 シスター・ミトの言葉に、幼いシスターは呆れ声を上げた。

「見たところ中々の魔力資質。あれを面白おかしくいじり倒して、極悪非道の犯罪者に仕立て上げる。う~ん、エスティさんの命を奪いやがった執務官には地獄よりもなお苦しい生き地獄をプレゼントなんて素敵じゃありませんか?」
「よろしいのですか?」
「あの可愛い顔が、騙されてたと知って絶望に歪む。楽しそうじゃありません?」
「私にはわかりかねますね」
「あら、そうですか?」

 そっけない声に、シスターは残念そうな声を上げる。
 だが、そんなのは一瞬で、すぐに慈愛の笑みを浮かべ、残忍な言葉を述べた。

「あの子をこちらに取り込みましょう。士官センターでは孤立しているみたいだけど、探って頂戴。
 もしあの子がはめられているなら、その証拠も回収して犯人が分からないようにしておいてね。ああ、おクスリを使っても構わないから」
「酔狂な……。わかりました、シスター。失敗しても怨まないでくださいよ」
「その時は首をプレゼントするだけですから」

 そう言って、シスターは優しく微笑んだ。
 それからおよそ1月後、プレラは士官センターから姿を消す事になる。




「執務官!」

 管理局本局の廊下で、ある女性執務官は呼び止められる。
 その女性は顔に大きく醜い傷があった。

「どうしました、そんなに慌てて?」

 執務官は足を止め振り向く。
 やや容貌の鋭い執務官補佐官は、息を切らしながら女性にたった今届いた情報を伝えた。

「み、みつかったんだ」
「みつかった、何が?」
「何がじゃない! プレラがだ!」

 その言葉に、女性執務官……ポーラ・フォルク執務官は息を飲む。

「どういうこと、ザート!?」
「どういうこともこういうことも無いよ、第97管理外世界を巡回していたアースラが見つけたって……でも」
「でも」

 一瞬、ザート執務官補佐官は言うべきか言わぬべきか悩む。
 しかしここで黙ってもすぐ知ることになるのだ。その事をよく分かっているザートは、はっきりと報告内容を述べた。

「シスター・ミト……、広域指名手配のテロリストの配下になっていたって……」
「な、なんですって!?」

 その言葉にポーラは絶句をする。
 あの優しい少年が何故……その言葉に応えられるものなど何処にも無い。疑問に思うのは一瞬、わからないなら調べればいい。

「ザート、情報を集めるわよ」
「ああ」

 そう、あの日の約束を果たすまで。
 まだあの子にあの時のノートを返してはいない。クッキーを焼く約束も果たしていない。



[12318] 閑話第5話
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:e8725c8b
Date: 2010/03/22 16:18
閑話第5話



「うわー、おっきー」
「すげーなぁ……」

 次元空間内に浮かぶ時空管理局本局を前に、せっかくだからとブリッジに招待されていた八神はやてと、ついでに俺はおもわずポカーンと呟く。
 測る物が無いので正確なサイズはわからないが、たしか内部に都市一つを抱えている巨大次元艦のはず。

「おいおい、はやてはともかくヴァンまで何を言っているんだ?」

 はやてと一緒に感心している俺に、クロノさんが苦笑い交じりに話しかけてくる。

「いや、俺は入局の時に1回しか来たこと無いですし、あの時はゆっくり見ている暇が無かったから」
「1回って、君は空隊だろう?」

 ああ、なるほど。クロノさんの勘違いの理由が少しわかった。

「あ、俺は陸からの叩き上げですから」
「そうなのか? キャリアじゃなくて?」
「ええ、陸士警邏隊出身です」

 航空隊を構成する魔導師は大きく分けて2種類の人間がいる。
 一つは陸士出身で3ヶ月の短期養成コースを経由して航空隊に転属した叩き上げ。もう一つは長期養成コースを経由して配属される所謂キャリア組、あるいは次元航行部隊予備軍などとも呼ばれている。
 短期養成は地上での訓練だけなので本局に行く事は無いが、キャリア組は養成時に何度も本局と往復する。
 俺は前者の叩き上げに該当し、ティーダさんは後者のキャリア組となる。航空隊全体の割合は6:4から7:3くらいになるだろう。中央に行くほどキャリア組が多い。
 普通の叩き上げは陸士隊でかなりの経験を積んでから転属となるので、皆ある程度以上の年齢になる。俺は配属後に移動魔法の先天資質が発見され、短期養成を経て航空隊に転属となったのだが、俺くらいの年齢で航空隊にいるのはキャリア組が普通なので、クロノさんが勘違いしたのは無理も無い。
 もっとも移動系、特に飛行魔法の先天資質は飛行魔法が後回しになる管理局の訓練カリキュラム上、発見が遅れることが多く、俺のように陸士から航空隊へ進むケースは年齢さえ無視すれば決して珍しくない。

 ちなみに俺が所属する航空隊は正式名称を本局航空武装隊と言い、建前上は本局直属の部隊となっている。
 時空管理局は次元世界の治安維持組織であり地上に戦力を置かず、有事に要請があった場合にのみ戦力となる武装隊を派遣するという事らしい。
 もっともこれは本当に建前上の事であり、現実的な運用になると少し違ってくる。
 実際には陸士部隊にも戦力はあるし、地上配備の航空武装隊は装備や人員、配置状況などは一部のエリートを除き陸士隊と大差が無い。理由は簡単で、次元世界が広大すぎるからだ。

 ミッドチルダに住んでいると簡単に往復できるので忘れがちだが、管理世界のほとんどは本局と日帰りが出来ず、結果的に部隊を常駐させておかなければならない。また、重要だとされている場所だけでも膨大な数に及ぶ。
 そんな状況で陸士隊と航空隊の施設や装備を一々別にしていたら、いくら予算と人員があっても足りるわけがない。基本的に要所以外では陸士隊と航空隊は同じ施設と装備を利用する。そのため地方の航空隊は陸士隊と同じ地上部隊という意識が強く、航空隊の出動要請も建前上というところが多い。

 ところが航空隊の隊長が本局から直接やってくると、ごく稀に陸士と航空隊の間でいざこざが起きる場合がある。大半はその辺りの呼吸もわかっているのだが、ごく稀に杓子定規に規定を振り回す人がいるのだ。
 単に真面目で現場を知らないだけの人なら、現場を知ると合わせてくれるらしいのだが、地方に飛ばされた鬱憤や政治目的でわざとやってる奴だと最悪らしい。場合によっては現地警察や軍隊との仲まで悪化する。
 ただでさえ海を見て戦力を出し渋って地上を蔑ろにしていると疑われているのに、こういった態度の人間が派遣されてくると、これまで地道に築いてきた信頼関係が崩れるそうだ。現地政府との折衝を担当する部署に配属された年上の友人が大変だとぼやいていた。

 なお、こういった地方の不平不満やいざこざの対応をするのが地上本部で、その都度頭を痛めてきたレジアス少将が本局嫌いになるのも頷ける。
 もっとも少将は少将で本局嫌いの度が過ぎている気もする。姉ちゃんの父親だし、地上の平和を守るために苦心しているあの人を悪く言いたくは無いのだが、時たま本局も同じ管理局だって忘れているんじゃないかって発言も多い。
 あの人が死ぬと姉ちゃんが悲しむんだよなぁ。ただでさえ姉ちゃんはファザコンの気があるし、少将は俺が死んで欲しくない人の筆頭だ。

 しかし……、最高評議会は脳髄となって100年以上生きているとか、月刊アルハザード(地球で言えば月刊ム○に相当する雑誌)のトンデモオカルトレベルの話をどこまで信じて良いか正直悩む。
 リアル転生者をやっている俺が言うのもアレだが……。

 と、話がだいぶずれた。

 そんなわけで、俺は本局のお膝元の局員でありながら本局には来た事が無かったのだ。

「そうだったのか」
「俺の年で叩き上げは珍しいですからね」
「それじゃ、大変だっただろう」
「ええ、覚える事もでしたけど、訓練施設が全部大人向けばかりで……」
「ああ、それはわかる。僕も一時苦労したから」
「大変そうやったんやなぁ……、クロノさん」

 一番大変だったのは背が届かない事だった。まぁ、飛行魔法の良い訓練になったし、今となっては良い思い出だ。
 俺達がそんな雑談をやっている横で、オペレーターや操艦クルーが本局への着艦許可を求めている。普通なら入港なのだが、本局は超巨大次元航行艦なので伝統的に着艦らしい。
 そんなトリビアみたいな知識はともかく、アースラはゆっくりと本局に近づき、港に入ってゆく。
 本局との接続を告げるアナウスが響き、クルーの緊張が解けた。

「はいはい、皆お疲れ様。いつも通り点検をお願いね……、エイミィは悪いんだけど私とクロノ、あとはやてさんは先に降りるから、代わりにみんなの面倒を見てあげてちょうだい」
「了解です」

 リンディ艦長がクルーに足早に指示を出してゆく。港に入ったからといって即クルーの仕事が終わるわけではない。入港後の各種チェックも彼らの重要な仕事だ。
 本来なら艦長が真っ先に降りるというのはまず無いのだが、今回は特別の事情があるのでリンディ提督は艦を離れるのだ。

 ロストロギアが2種、次元犯罪者が1名、おまけで下着泥棒が1名。ロストロギアは次元震級と即時殲滅指定なんて、きわめて危険な代物を乗せているのだ。多分だが、一つの艦にここまで危険物が集中するなんて管理局の歴史上初めてだろう。
 提督自らが艦を降り、各セクションに回らなきゃならないのだ。

「クロノはとりあえずフェイトさんとアルフさんの護送をお願い。ヴァンくんはイオタさんの護送をお願いね。迎えがもう来ているらしいから、逃げようとしたらぶん殴っていいから。攻撃魔法の使用を許可します」

 うむー、温厚なリンディ提督にここまで言わせるとは……。



 そんなわけで、俺とクロノさん、リンディ提督、それにフェイトにアルフ、イオタ、そして闇の書を持ったはやては作業を続けるクルーを他所に先に艦を下りる事になった。
 そして艦を降りて真っ先に、一つの事件がおきた。



 しっかり手錠をはめられているのはイオタだ。ちなみに罪状が重いフェイトはリミッターこそかけられているが手錠はされていない。
 手錠をはめるように言い出したのは彼のユニゾンデバイスであるレインさんなのだから、彼の信用度がうかがい知れる。
 
 艦を降りた俺達の前に、地上部隊のベージュの制服を着た若い……というかどう見ても俺やはやて、フェイトよりも幼い局員がこちらにやってくる。 年齢は俺達より1つか2つ年下だろうか? 燃えるような赤いソバージュのかかった髪を後ろで軽く縛った、いかにも気の強そうな女の子だ。制服を着ているから局員なんだろうけど、自分より年下の局員なんて久しぶりに見た。
 一方、その女の子を見た瞬間、イオタが脂汗を流しがくがくと震えだす。って、何事?

「い……イヴ!?」

 知っている顔なのか、向うはこちらを見てニコリと笑う……、って、今背後に般若が見えたような?
 俺がそう感じて油断した一瞬の隙に、イオタは突如脱兎のように逃げ出した。

「って、まてっ!」

 俺は慌てて追おうとする……って、手錠をはめられた状態でアースラの外壁をよじ登り始めたよ……なんて器用な……。
 思わず呆然としてしまった俺を他所に、この事を予測していたらしい赤毛の女の子が素早く動く。
 
「逃がすかよっ! アイゼン!」
『Ja』

 キーホルダー状の待機モードにしていたデバイスを起動させると、ハンマー型のアームドデバイスを振り上げる。
 ……って、やべえ、すげえ見覚えがあるデザインだ。
 少女はハンマーを振り上げると、ハンマーが巨大化する。

「逃がすか、イオタ! 光になれえええええええええええええええっ!!」

 いや、光になっちゃダメだろう。

「ひ、ひひいいいいいいい、そんな、ゾン○ーコアがないから潰されたら再生できないよ! って、そんなでかいハンマーに潰されたらやばい、やばすぎるって……、ぎゃああああああああああああああっ!!!」

 俺達が呆然としているのを他所に、壁をよじ登っていたイオタはクシャという軽い音を立ててハンマーに潰された。
 あー、アースラの外装が凹んだな……。

「ちょっ、さ、殺人事件!?」
「あ、いや、生きているみたいだよ」

 アルフの言うとおり、潰されて落ちてきたイオタはぽてんと地面に落下すると、血文字で『犯人はヤス……」などと書いていた。
 そんなイオタに赤毛の女の子は歩み寄ると、アイゼンと呼んだハンマー型アームドデバイスでゲシゲシと殴りつける。

「あー、てめー、人の顔を見るなり逃げるとはどういう了見だ? というか、他所の世界にまで恥を晒しているんじゃねーよ」
「イヴ。その辺で手加減を……、アースラの皆さんが思いっきり引いているから」
「レイン、お前がついていながら、なにこの馬鹿を好き勝手させるんだよ。おかげで産休明け一回目の仕事はこいつの引き取りだぞ。分局長に泣きつかれたんだぞ、君にしか頼めないって! おかげで息子のお遊戯会に行けなくなるし!」
「いや、その点は面目ない……」

 なんか、今凄い台詞を聞いたような……。いや、ここで呆然としている場合じゃない。
 俺は関わりたくないという本能を押さえ込むと、女の子に話しかけた。

「あの、どちらさまで?」
「ああ、すまない。第108管理世界分局地方航空隊のイヴ・イセッタ二等空尉だ。今回はこの馬鹿を引き取りに来た」
「申し訳ありません、ミッドチルダ……」
「知っているよ、地上の英雄殿。ヴァン空曹には今回はこの馬鹿が本当に迷惑をかけた」

 そう言うと、アームドデバイスをぐりぐりと捻る。
 なんかイオタが『あっ、あっ』などと叫んでいるから、そろそろ止めたほうがいいような気がします。

「あの、お知り合いなのですか?」
「ああ、認めたくはないけど、こいつがガキの時から面倒を見ているんだ。まったく、小さい時はスケベだったけど利発な良い子だったのに……、どこで育て方を間違えたのか……」
「あの、なんかイヴちゃんのほうが年上のように聞こえるんやけど……」

 俺達の会話にはやてが割り込んでくる。おそらくはその疑問はこの場にいた全員の疑問だったろう。
 だって、さっきから産休だとか息子だとか……、どう見てもこの子、俺たちより年下なんだが……。

「ああ、その事か。今年で26歳だ」
「そんな、嘘っ!」

 そう叫んだのはリンディ提督だ。いや、信じられないのは分かるが、提督が叫んでも説得力無いです。
 もっとも、俺達の驚きは更に続く。横で話を聞いていたレインさんが補足を入れる。

「こう見えても、イヴは二児の母だ」
「嘘っ!」

 フェイトが思わず叫びを上げる。

「ほんとうだぞ、子供の写真もある」

 そう言うとデバイスから画像データを呼び出す。
 出てきたのは熊みたいな目だけ優しい雰囲気の管理局の制服を着た大男と、3歳ぐらいの男の子。それにイヴ二等空尉とその手に抱かれた小さな赤ん坊。
 どうみてもお父さんと子供達にしか見えないんですが……。

「結婚式の写真もあるぞ」

 そう言ってタキシードを着たさっきの男の人とウェディングドレスを着たイヴ二等空尉の写真を引っ張り出す。
 すいません、どう見ても犯罪の匂いしかしません……。

「えっと、その姿って変身魔法かなんかですね?」

 クロノさんが思わず尋ねる。
 ああ、なるほど。変身魔法なのか。俺達の間に不思議な安堵の空気が流れる。
 だが、現実はいろんな意味で無情だった。

「何が悲しくて結婚式で変身なんかしなきゃならないんだ? これが地の姿だよ」
「お子さんは養子なんですね、偉いわ」
「違うよ、お腹を痛めて産んだ実の子だよ……、って、何だって皆同じ事を言うんだ?」

 やばい、どっからツッコンでいいかわからない。
 呆然とする俺達に、沈痛な表情のレインさんがそっと囁く。

「諦めるのが肝心です。彼女の結婚には私達の仲間内でも散々議論になったんですよ。見た目が犯罪じゃないかって……」

 いや、どう見ても犯罪です。

「そうですか……」
「もう、そういうもんだと諦めるしかない」

 なんというか、とんでもない敗北感に包まれた俺たちを他所に引渡しの手続きを終え、イヴ二等空尉はイオタを引っ張って行くのだった。
 この時はもうこの人達にこれ以上関わらないで済むと安堵した俺達だったが、この後もちょくちょく世話になるなどと誰が予想しただろうか。
 神ならぬ俺たちは知る由もなかった。



[12318] 閑話第6話
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:e8725c8b
Date: 2011/08/08 23:12
閑話第6話



 イオタの引渡しも終わり、いよいよ俺はアースラでする事がなくなった。
 それはすなわち、別れの時が来たという事だ。

 俺たちは現在本局の待機室にいる。クロノさん、はやて、フェイトとアルフが待機室でお茶を飲みながらリンディ提督の帰りを待っていた。
 提督が戻ると同時に、フェイトたちは身柄を拘置施設に送られ、はやてはとりあえず病院に行く事が決まっている。そうなるとフェイトは裁判が終わるまで、はやては闇の書の一件が終わるまで俺は会えなくなるだろう。クロノさんとは立場が違いすぎて話す機会がなくなる。
 俺自身も、リンディ提督が戻り次第本局の航空隊総本部に出頭し、報告書を提出した後に地上に帰還、3097隊舎の隊長に報告に行くことになっていた。
 手紙でのやり取りぐらいは出来るし、なのはに送る手紙は俺も便乗させて貰う予定にはなっている──管理外世界への通信費は高いのだ──が、当分の間はお別れだ。

 彼女達がどうなるかすごく気になるが、もう俺が関われる事件じゃない。

「クロノ執務官、おそらくはもうすぐ時間ですので……」
「ああ」
「本日まで御指導御鞭撻、誠に有難うございます。私のような弱卒に訓練を付けていただきお礼の言葉もございません」

 俺は姿勢を正すと、敬礼をしてクロノさんにお礼の言葉を述べた。
 俺のしゃちほこばった挨拶にクロノさんは苦笑いを浮かべると、右手で握手を求めてくる。

「僕も良い勉強になったよ。ヴァンのこれからの活躍を期待している」
「ありがとうございます」

 俺も右手をあげ、その手を握り返す。
 わずかな期間だったけど、本当に勉強になった。戦い方や、有効な魔法の使用法、さらに魔法を2つほど教えてもらった。モノになるかどうかはこれからの訓練次第だけど……。
 俺は更にはやてとフェイト、それにアルフにも別れの言葉を述べる。

「んじゃな、はやてにフェイト、それにアルフ。身体には気をつけるんだぞ」
「なんか、私らはそっけないなぁ」
「まったくだね、なのはの時はあんだけ……」
「そうそう、二人は見詰め合って……」
「だから勘違いをするなって」

 余計な事を言うはやてとアルフを軽く睨む。もっとも、二人ともニヤニヤするだけで変化はないが。
 一方、俺とほとんど接点がなかったはずのフェイトは丁寧に別れの挨拶をしてきた。

「色々とありがとう。ヴァンも気をつけて」
「ああ、んじゃ嘱託魔導師試験頑張れよ」
「うん。あと、なのはに心配かけないようにね」

 フェイト、お前もか。
 
 しかし、短い期間だけど、色々とあった。本当に濃い時間だった。多分一生忘れないだろう。
 
 そして別れの挨拶が終わるのと同じくらいのタイミングで、部屋の入り口が開く。
 俺達が一斉に振り向き……そこにいたのは厳ついおっさんだった。

「げ、ゲイズ少将……?」

 いや、おっさんなんて呼ぶわけにはいかない。俺は呆然としながらも、何度か直接あった事のあるその人の名前を呟く。
 そこにいたのは地上の二大巨頭と呼ばれているレジアス・ゲイズ少将その人だった。俺の後見人を勤めてくれているオーリス姉ちゃんの父親でもある。
 そんな事より、ほとんど地上にいて滅多に本局に上がらない地上の守護者が何でここに?

 俺とクロノさんは一瞬だけ呆然とするものの、大慌てで敬礼をした。どちらにとっても所属は違うが上官なのは変わりがない。
 敬礼する俺とクロノさんを見つめるレジアス少将。姉ちゃん経由で何度か会った事はあるが、こうやって制服姿で直に会うのは初めてである。以前に会った時は、姉ちゃんの手料理を前に胃薬を飲んでいたっけ……、俺にも薦めてきたな……無駄に終わったが。
 私服の時はわりかし普通っぽかったが、制服になったとたん迫力が段違いだ。

「私がいる事がおかしいかな? ヴァン空曹、ハラオウン執務官」
「い、いえ、その様な事はありません!」

 俺は大慌てで答えた。ぶっちゃけこの人がここにいるのはおかしいが、間違ってもそうは言えない。
 ガチガチに固まっている俺を不憫に思ったのか、クロノさんが横から助け舟を出してくれた。

「レジアス少将は何故こちらに?」
「最悪、万を超える犠牲者が出ていたかもしれない事件を未然に防ぎ生還した局員です。少将直々に出迎えに来るのはおかしいですか?」

 レジアス少将の後ろから、眼鏡をかけたクールな雰囲気の美人が出てくる。
 彼女の名前はオーリス・ゲイズ。縁あって俺の後見人をやってくれている女性である。ちなみに職業は少将の秘書官。ああ、レジアス少将がいるなら姉ちゃんも当然いるわな……。

「姉ちゃ……、オーリス秘書官」

 俺は敬礼でこの中で一番見知った顔に挨拶をする。
 しかし、姉ちゃんもレジアス少将もやけに刺々しい。まぁ、散々煮え湯を飲まされてきた海の領域だから仕方ないのかもしれない。

「そこまで畏まる必要は無い、リラックスしたまえ」
「りょ、了解です」

 と、言われてもどうしろって言うんだ。
 立場が違いすぎてどうしたらいいんだかさっぱりわからない。

「あの、ヴァンくん。この人偉い人なの?」
「あ、えっと……」

 恐る恐る話しかけてきたのははやてだ。

「ヴァン空曹、こちらのお嬢さん方は?」

 レジアス少将はクロノさんではなく俺に尋ねてくる。
 って、まずい……。どうしよう。嫌な汗が噴出してくる。

 闇の書はトップシークレットとして口止めされている。いくらレジアス少将相手といえども俺みたいな下っ端が洩らしていい情報ではない。
 んじゃ、黙っていれば良いのかと言われると、人間関係上ひたすらまずい。というか、下士官に過ぎない俺が少将直々に尋ねられて答えないなんて許される事ではない。
 話せばクロノさん達から怒られ、話さなければ姉ちゃんになんて言われるか……。ぶっちゃけ、本局に睨まれても地上本部に睨まれても俺みたいな下士官はあっさり吹っ飛ぶのだ。

「え、えっと、第97管理外世界で起きた事件で保護した女の子で、管理世界で検査を受けさせる必要があるので連れて来ました」
「ほう……」

 嘘はついていないが、真実からも程遠い。
 ぶっちゃけ、クロノさんと姉ちゃんの視線が凄く痛い。つーか、カンベンシテクダサイ。
 ……やばい、胃が痛くなってきた。

 もっとも、レジアス少将は俺のいい加減な説明に気を悪くした様子も無く、車椅子のはやてを見つめる。
 強面なレジアス少将に見つめられ流石に萎縮したのか、はやては腕の中の闇の書をぎゅっと抱き寄せた。
 その様子に流石に幼い女の子をおびえさせるのはまずいと思ったのか、姉ちゃんがレジアス少将に声をかける。

「少将」
「ああ、すまん」

 流石にレジアス少将も視線の力を弛めた。
 はやてはほっと溜息をつくと、自己紹介をする。
 
「あ、私は八神はやてって言います。地球でヴァンくんに助けてもらって、このままじゃ危ないからってこっちにつれてきてもらって」

 一瞬だけ二人の目がびっくりとした様子になる。って、姉ちゃんは何でこっちを見るんだ?

「そうか、私は管理局少将のレジアス・ゲイズだ。後ろにいるのは私の秘書官でオーリスという。ヴァン空曹の後見人でもある」
「オーリスよ。よろしくね、はやてさん」

 姉ちゃんは少しだけ微笑むと、はやてに握手を求める。はやてもおずおずとその手を握り返した。

「そちらのお嬢さんは?」

 そう言ってレジアス少将はフェイトを見つめる。
 一瞬だけクロノさんがフェイトを庇うように位置を変える。別にこの状況でレジアス少将が危害を加えるわけが無いから、本当に無意識の動きなのだろう。
 海の人はなんでか少将を警戒しているって話しだし。俺みたいな下士官には正直わからない世界だ。

「あの、フェイト・テスタロッサです。こっちは使い魔のアルフ」
「ほう……」

 闇の書の一件はともかく、ジュエルシードの報告は行っている筈だ。おそらくは報告書に名前があったのだろう。
 フェイトの自己紹介にはそれほどびっくりとした様子は無かった。

 などと思ったら、姉ちゃんが小声で、本当に小声で呟く。

「驚いたわ。まさかヴァンくんが女の子を連れてくるなんて……」

 その呟きを耳聡く聞きつけたのがはやてだった。彼女はこの空気をぶち壊す発言をしてくれた。
 こんな事が出来たのは、この場にいる中では唯一目の前にいる人がなんとなくえらい人程度の認識しか無い為か、あるいは今まで会った偉い人の筆頭が気さくなリンディ提督だったからかもしれない。

「ああ、オーリスさん。違う、違うでぇ。ヴァンくんの思い人は地球にいるんや」
「そうなの?」

 ちょっとまて。

「なのはちゃんって子がね。もう別れ際は二人で見詰め合っちゃって」
「マテマテマテ、悪質なデマをばら撒くな」

 レジアス少将の前だというのに、俺は思わずはやての言葉に反論してしまった。
 
「デマも何も事実やん。リボンと勲章を交換なんかして、なあ、フェイトちゃん」
「うん、そうだった」

 まったく、何だってくっつけたがるんだよ、こいつらは。

 第一、俺なんかが何時までも彼女達の周りにいれるわけない。プレラの言葉では無いが、俺みたいな利用しようなどと考えていた薄汚い大人が傍にいていい子じゃないのだ。
 
 そうだよなぁ……。よく考えたら、ここでレジアス少将とはやてたちのコネクションが出来たって事は、俺の役目は終わるよな……。それほど長い付き合いじゃないが、知り合いを見捨てるほど薄情な子達じゃないだろう。姉ちゃんもクールに見えて実は情に脆い。
 上に行くような連中は、こういった一回の出会いも大切にする。そっか、俺が心配するような事は無くなるのか。
 
 後は良からぬ事を考えてる同類をとっ捕まえるだけだが、知識はどんどん陳腐化していくので、そこまで恐れる必要は無いのかもしれない。
 むしろ俺は足手まといで、なのはの傍にいる大義名分は無いのだ。

 そう考えたとたん、なのはのリボンを入れておいた胸のあたりが苦しくなる。
 俺はその苦しさを無理やり押し込むと、できるかぎり明るい声を上げた。

「フェイトも頷くな。俺にもなのはにもそういう意識は欠片も無いから」
「えぇー加減おのれを偽るのはやめんかい。せっかくもらった勲章まで上げちゃったくせに」
「そうだよ。なのはもヴァンのこと話していたし……」

 あれは、咄嗟に返す物が無かったから……と、俺が言う前に反応したのは姉ちゃんだった。
 能面のように表情の消えた顔で、俺を睨みつけてくる。

「ヴァンく……、ツチダ空曹。今とんでもない事を聞いた気がするのですが?」
「え、えっと、何でありますでしょうか?」
「ニ等次元勲章を上げた?」
「は、はい」

 その姉ちゃんの迫力に俺はただ頷くしかなかった。

「何考えてるの、ヴァンくん! あれは勤続何十年のベテランでもまずもらえない名誉なのよ!」
「で、でも……。俺はあれ付けて出ることなんて……」
「何言っているの! 貴方の今回の活躍に、表彰式まで考えられてるのよ! その時付けて行かないでどうするんですか!」

 ちょ、何だってそんな話になってるんだよ? というか、あれってそんな凄い勲章なの? まったく興味が無いんで、気にしてなかったが?
 俺は思わず助けを求めるようにクロノさんに顔を向ける。もっとも、クロノさんも驚いた様子でこちらを見ていた。

「ヴァン、もしかして式典の事を知らないでやったのか? てっきり勲章が無くても問題がないのでやってたものだと?」
「え、いや、そんな事を言われても?」
「勲章と一緒に渡した書類に書いてあったろう、式典の事は」
「ええええっ!? ど、どうせ大した事が書いてないと思って読んでなくて……」

 俺の言葉に、姉ちゃんとクロノさんの怒鳴り声が重なる。あまりの音量にアルフが狼モードに戻り、尻尾を丸めて部屋の隅に逃げてしまう。
 
「ヴァンくん! 貴方は!」
「ヴァン! 君はっ!」

 一方、この騒ぎを目を点にして見ていたレジアス少将だったが、二人の叫び声が消えるのを待ってカクカクとした動作で俺に話しかけてきた。

「ヴァン空曹、勲章を人にあげてしまっただと?」
「は、はい?」
「女?」
「え、あ、は、はい。あの、怪我をしないようにって、現地で世話になった女の子がお守りにリボンをくれたもので、つ、つい……」

 ほとんど半泣きに近い俺の様子に、最初は呆然としていたレジアス少将だったが、次の瞬間声を上げて笑い出した。

「く、勲章を女に……プレゼントだと。代わりにお守りを……。そ、それは……くっくっく、あはは、わーっはっはっはっはっはっはっは!!」

 そりゃもう、本当に楽しそうに豪快に笑うのだ。その様子に姉ちゃんやクロノさんは毒気を抜かれる。

「はーっはっはっはっは、そうか、名誉よりも彼女か、そうか、そうだな。はーっはっはっはっはっはっは!!」
「あ、あの、少将?」
「ああ、すまんすまん。オーリス、そこの馬鹿に後で勲章の意味をじっくり講義してやれ」
「で、ですが、よろしいんですか?」
「所詮はあんなもの金属の板に過ぎん。式典には代用品でも付けさせておけばいい」

 そう言いながら、俺に釘を刺すのも忘れない。
 さらりと恐ろしい事を口にする。

「まあ、書類確認を怠り勲章をぞんざいに扱ったからには、それなりの処分が必要だがな。細かい内容はお前に任せる」
「わかりました、そちらは手配しておきます」

 姉ちゃん怖いって……とは言える雰囲気ではない。
 などと、戦々恐々と俺がしていると、不意に部屋の入り口が再び開いた。

「ちょっと、どうしたの!?」
「何があったの!?」

 慌てて飛び込んできたのは、リンディ提督とユーノであった。
 海の女傑と地上の豪腕、この二人の出会いが俺の胃に更なるダメージを与える事になるなど、この時の俺には予想が出来すぎて悲しくなるぐらいだった。



[12318] 閑話第7話
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:e8725c8b
Date: 2009/12/07 08:10
閑話第7話



 前にも少し言ったが、俺にはレアスキルなんて便利なものは無い。
 そんな俺にもはっきりとレジアス少将とリンディ提督の背後にスター○ラチナとザ・○ールドが見える……。あるいはクレイジー○イヤモンドとキラーク○ーン、もしくは虎と竜、ハブとマングース、イノキとアリ……、とにかく二人の将官は笑顔のまま周囲の人間がドン引きするような迫力を見せている。
 なお、本来なら将官同士のガンの付け合いなんてみっともない事態を止めるべき佐官のオーリス秘書官とクロノ執務官は、2人揃って壁際に退避している。二人の少女も一緒だ。
 ってか、お前ら4人、現実逃避して世間話なんてしているんじゃない!
 特に姉ちゃんとクロノさん、それぞれの血縁で親で身内だろう!
 もっとも、俺の恨みがましい目を二人は見事に無視した。
 
 俺と逃げ遅れたユーノは、二人の中年の間で固まっていた。逃げれるような状態じゃないのだ。
 
「これはこれは、ハラオウン提督。まさか帰ってきているとは、久方ぶりですな」
「こちらこそ、ゲイズ少将。まさか本局でお会い出来るとは思いませんでしたわ」

 最初に口を開いたのはレジアス少将だった。
 どちらも聞けば普通の挨拶なんだけど、目や声が欠片も笑ってない。

「私も管理局の人間だ、本局にいてはおかしいかな?」
「いえいえ、てっきり地上から離れられないものだと」

 ギシ、周囲の空間が歪む。
 いや、本当に歪んだわけじゃないが、少なくとも俺はそう感じた。

【ちょ、ちょっと、ヴァン。何事!?】

 唯一管理局の内情がわからないユーノが念話で悲鳴を上げる。
 とにかく地上と本局の将官は仲が悪い。俺達みたいな下っ端……、尉官ぐらいまでは自分の命がかかっているのでそうでも無いのだが、滅多に現場に出ない佐官以上となると本当にどうしょうもない。
 この喧嘩で一番被害を被るのは俺達下っ端だ。陸士時代には何度空や海に早く支援を要請しろと思い、空になってからは早く救援を要請してくれと思ったことか……。

【ユーノ、諦めてくれ】
【ちょ、ちょっと、何をどう諦めろって!?】

 慌てて叫ぶユーノだが、彼に構っている余裕は俺には無かった。
 つーか、なんだって下士官の俺がこの二人に挟まれなきゃならないんだよ。

「今日は何の御用でしょうか?」
「ふむ、魔導師ランクが低いにもかかわらず、高ランク魔導師にもできない事をやってのけた地上の英雄を出迎えに来て何かおかしい事があるのかね?」
「確かに彼のやった事は立派ですわ。でも……」

 褒め殺しっす。すげー視線が痛い。高ランク魔導師となるとすぐに引き抜く海を暗に皮肉っているのだ。

「このような港湾内部まで少将自ら来られるのは軽率では?」
「ほほう、本局はそんなに危険なのか」

 やめてー、俺のHPはもう0よ。これは人手はあるが士気が低く、派閥争いで足の引っ張りあいをやっている地上を揶揄しているのだ。
 二人は互いにジャブというか、間に挟まれて聞いている俺にとってはKOパンチを叩き込む。
 というか、頼むから下士官挟んで喧嘩は止めてくれ……。

 ちなみに、この二人の発言はどっちもどっちだ。
 海は精鋭主義が行き過ぎており、CやDランク魔導師で十分な仕事もBランク魔導師があたる。装備や人員を過剰に見積もる悪癖があり運用に無駄が多く、人手不足はなにも広大な次元世界ばかりが原因ではない。
 逆に地上の魔導師はランク制限で出世ができず、その反動で上層部を非魔導師が占めてしまっている。上層部の派閥争いが原因で縄張り争いと足の引っ張り合いなどもあり、お世辞にも陸の士気は高いと言えない。
 もっとも、これはどちらにおいても、仕方ない側面があるのだ。
 一度事件が起これば桁外れの被害が発生する海は装備や人員をケチれないし、戦力が乏しい陸は魔導師が現場から離れられず有能な人材は奪い合いになる。
 どちらもカツカツでやっているのだ。こればかりは一朝一夕には解決するような問題ではない。

 まあ、そんな管理局の抱える問題はこの場では関係無いが。

 どっちかっていうと、この二人の場合は単に馬が合わないだけっぽいからなぁ……。
 普通はいくら仲が悪くてもいきなり喧嘩はしない。二人ともいきなり喧嘩をするほど子供じゃないはずだ。
 二人の間に火花が飛び散る。
 頼むから誰か助けてくれ……。



 んでもって、暫く後。
 あの二人の睨み合いは、双方がそれぞれ仕事で呼び出されていちおー終わりになりました。

「すいません、父がご迷惑を……」
「いや、こちらこそ母が迷惑をおかけして……」

 と、まぁ、あの二人が出て行った待合室では姉ちゃんとクロノさんが互いに謝っていたりもする。
 謝るぐらいなら止めろよ……。

 ちなみにあの二人に挟まれていた俺はベンチに横たわり、ユーノもフェレットになって俺の上で丸くなっていた。俺達二人のHPはもはや0だ。

「ヴァン、大丈夫?」
「ユーノくんもしっかりしいや」
 
 濡れたハンカチをのせてくれたフェイトとはやての優しさが身に沁みる。

「ヴァンくんがお世話になったようで、本当に申し訳ありません」
「いえ、こちらこそ彼の活躍が無ければ事件の早期解決は難しかったですから。それに、彼には良い勉強をさせてもらいました」
「訓練までつけていただいたとか……」

 なんか、二人の会話が先生と保護者みたいになってきている……。




 本局から臨海第8空港までの次元連絡艇でははっきり言って針の筵だった。
 地上までは転送ゲートもあるのだが、これは緊急時用であり所属、階級に関わらずおいそれと使えない。本局と地上の移動は次元連絡艇を使うのが一般的だ。転送ゲートのように一瞬で移動できず数時間のフライトとなるが、コストが安く物資の大量運送も出来る。

 今回は管理局の連絡艇ではなく、民間会社の連絡艇で移動することになった。
 理由は単にコストが安いかららしい。何でもレジアス少将の本局訪問は半ばプライベートだったらしい。本来なら管理局プライベート機の使用が出来る立場なのだが、少将が突発的な事に費用をかけるのを嫌い民間機で移動する事にしたそうだ。

 まぁ、それはいい。

 いや、俺が民間機で地上に戻るのは当たり前だから良いんだよ。下士官一人の移動に費用はかけられないから。
 姉ちゃんやレジアス少将がファーストクラスに乗っているのもいい。立場上エコノミーには乗れないしね。

 でも何で俺まで一緒にファーストクラスに乗せられているんでしょうか?
 
 はっきり言って、周囲の視線が痛いです。
 なんせ、本局から連絡艇に乗るのなんて基本的に管理局関係者ばかりだ。当然皆レジアス少将の顔を知っている。そんな偉い人の横に俺みたいな制服を着た子供が座っているのだ。目立たないわけ無い。
 姉ちゃんは慣れているのか堂々としているけど、前世今世たぶん来世含め小市民の俺には無理です。

「どうした?」

 自分用の空間投射モニターを開き書類チェックを行なっていたレジアス少将が尋ねてくる。

「あ、いえ、その、場違いで……」
「気にする必要なんて無いわよ、ヴァンくん」
「堂々としていれば良い。気にするな」

 いや、あなた達はそうだろうけど……。
 ますます胃が痛くなってきたよ。



 久方ぶりのミッドチルダの大地を踏み、俺はようやく帰ってきたと実感していた。
 海鳴市……日本は懐かしいと感じていたが、最後まで故郷だと感じる事が出来なかった。どうやら知らない町だから、同じようで違う場所だからというだけではなかったようだ。
 自分で思っていた以上に、俺はミッドチルダ、そして次元世界の住人になっていたらしい。

「ヴァン!」

 空港のゲートを出てすぐに、大きな声で名前を呼ばれる。
 声がした方を見てみると、茶色い髪の線の細い20前の少年と、少年に手を引かれて赤い髪をツインテールにした小さな女の子がこちらにやってきているところだった。

「ティーダさん!」

 やってきたのは同僚のティーダさんと、その妹のティアナちゃんだ。今日は休みなのか、ティーダさんは私服姿だった。

「どうしたんですか、こんな所に?」
「どうしたもこうしたもねえよ!」

 そう言うと俺にヘッドロックをかけてくる。さらに、人の頭を拳骨でぐりぐりしてくる。

「ほんとに生きていたんだな。ヴァン!」
「いたたたた、生きているも何も、連絡したでしょう!」

 アースラと合流した時にちゃんと電話を入れたし、その後もメールでやり取りした。

「ばかやろう、皆どれだけ心配した事か! 次元震に飲み込まれて帰ってきたと思ったら……本当に無事でよかった……」

 俺の位置からじゃ顔が見えないが、ティーダさんのしんみりとした声が聞こえてくる。
 よく考えてみたら当然の反応かもしれない。次元震に飲み込まれたという事は、普通なら死亡と同じ事だ。

「すいません……」
「いいんだよ、本当によく無事で……」

 俺達がそうやっていると、後からゲートを出てきた姉ちゃんが声をかけてきた。

「ヴァン、何をやって……。あら、ティーダ」
「あ、オーリスもいたのか?」

 あれ?

「ええ、ヴァンくんを迎えに本局まで」
「ああ、そりゃそうだよな」

 俺はティーダさんの腕から頭を引き抜きながら二人に声をかける。

「あの、知り合い?」

 いや、本当は聞きたい事はこれじゃないんだが……。

「ああ、ヴァンの濡れ衣を晴らすのにオーリスに協力してもらってな」
「私も事件の詳細な話が聞きたかったから、ティーダに会えてよかったわ」

 いやいや、そうじゃなくて……なんで呼び捨て?
 というか、あんたら仲がよろしいですね。

 俺が姉ちゃんと知り合ってそろそろ5年近く経つが、姉ちゃんの周りに男の影があった事はただの一度も無い。
 10代でそれで良いのかと思うのだが、美人だけど性格がきつい上に優秀すぎて並みの男じゃ気後れして釣り合わないのだ。さらに父親があのレジアス少将である。
 父親の権力目当ての馬鹿は姉ちゃん自らが門前払いにし、普通に言い寄ろうと考える連中は気後れしてしまうらしい。
 一方、ティーダさんと知り合ってからはおよそ2年。ティーダさんが3097隊に配属されてからコンビを組んでいる。このシスコンの少年は一見すると妹を一人で養っている立派な若者なのだが、その裏で結構な遊び人でもあった。
 俺の知る限りなんだかんだで彼女がいなかった時期が半月以上無かったためしが無い。根っこの部分は正義の熱血漢なので相手が不幸になるような事はありえないのだが、とにかく美人と見たら口説くのが礼儀だと考えている節がある。
 ちなみに家ではうまく隠しているらしく、ティアナちゃんはこの事を知らない。思春期になって兄の本性を知った時が心配である。

 いや、まぁ、それはともかく。
 このことから推論できる事態はたった一つしかない。いや、すげー推論したくないが……。

「それだけ?」

 ジト目で二人を見る俺に、姉ちゃんが赤くなる。
 ……姉ちゃんに手を出しやがったか、このイタリア系ミッドチルダ人め。姉ちゃんの事だ、権力目当ての馬鹿を冷たくあしらう事が出来ても、本当に単純に女の子として扱う男には免疫が無いだろうからなぁ……。

「おいおい、ヴァン。お前の濡れ衣を晴らす為に一緒にあちこちを回ったんだぜ。なぁ、オーリス」

 大切なところだから2度いいましたね。その時に手を出したわけか、こいつ……。
 でもね、墓穴を掘ったな。

「その話、私にも詳しく聞かせて貰えないかな? ティーダ……」
「ティーダ・ランスター空曹長です。俺……いや、私の同僚であります、レジアス少将」

 二人の背後から近づいてきたいかつい顔のおっさん……レジアス少将が妙な迫力を漲らせて声をかけた。まぁ、可愛い一人娘だしなぁ、多分一度もこんな事無かったんだろうし、しかたないよね。微笑ましいで済む年齢じゃないから、二人とも。
 とりあえず俺は、フルネームをレジアス少将に伝えておく。

「ちょ、おまっ!」

 とりあえず、驚きの声を上げるティーダさんはスルーしておく。
 姉ちゃん、赤くなるなって……。

「そうか、すまない。ヴァン空曹、そちらのお嬢さんと一緒に少し……そこの喫茶店でケーキでも食べてきなさい」
「了解です。ティアナちゃん、ちょっと一緒にケーキでも食べに行こうね」
「でも、お兄ちゃんが……」
「ちょっと大切なお話があるだけだからね」
「うん」

 素直でよろしい。

「お兄ちゃん、ヴァンと一緒にケーキ食べてくるね」
「あ、ああ」

 にっこりと笑うティアナちゃんに、ティーダさんはこちらを情けない目で見つめてくる。
 つーか、別に俺のせいじゃないでしょうに。

【ちょ、ヴァン! 同僚を助けようって気は無いのか!?】
【んな事言われても、ティアナちゃんに見せるわけにはいかないでしょう】
【そりゃそうだが……何とか助け舟を】
【無理。姉ちゃんに手を出したんだから、そろそろ年貢の納め時だと諦めてください】
【まてまてまて! お前何を怒っているんだ!? だいたい、まだ何度かしょ……】

 まだ何か言いたそうだが、とりあえず念話をシャットダウンする。
 ってか、俺も9歳だしね。今思い出したけどさ。

「ティアナちゃんは何を食べる?」
「ん~と、ショートケーキ!」

 俺は薄情にもティーダさんを見捨てると、ティアナちゃんの手を引いて近くの喫茶店に入っていった。
 背後でなにやら面白そうな事になっているが、気にしてはいけない。馬に蹴られる趣味は無いからね。

 この時俺は闇の書事件に関わる事は無いだろう、クロノさんやユーノが何とかしてくれるなどと暢気に考えていた。
 だけどそれは大きな間違いで、俺もすぐに事件に関わる事になり、その事件でなのはと再会する。

 でもそれは暫く後の事。この日から俺は日常に戻ったのだった。



[12318] A’s第1話(1)
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:e8725c8b
Date: 2010/01/18 12:12
A’s第1話(1)



「ヴァン・ツチダ空曹、ただ今隊に帰還しました」
「貴官の復隊を認めます。お帰りなさい、ヴァン空曹。そしてはじめまして、貴方の不在の間にこの隊を任されたルーチェ・パインダ三等空佐です」

 俺が地球にいた間に、3097隊の隊長は変わっていた。新しい隊長は俺より少し年上の可愛らしい黒髪の女の子で、なんでも士官養成コースを優秀な成績で卒業したらしい。
 就任早々に近くで起きたテロ事件で迅速な指揮をしたとの事で、航空隊の中にはファンクラブが出来つつあるそうだ。

 前の隊長は次元震関連の騒動に関する責任を取らされ辺境に左遷された。
 騒動の発端があのおっさんの無責任な発言だったとはいえ、なんともひどい話だ。もっとも人を蜥蜴の尻尾切りに利用しようとして、自分が尻尾にされたのだから同情の余地はない。

「ヴァン空曹には帰還早々悪いとは思いますが、一つ仕事があります」
「はい」

 鋭い目で俺を見つめるルーチェ隊長に、俺は無意識のうちに唾を飲み込んだ。
 ここまで鋭い表情をするとは、どんな任務が与えられるのだろうか?



 俺の使う魔法を感知してP1SCの形状が変化する。先端部分の魔力増幅用の金属板が鍔に変化し、杖が少しだけ短くなる。
 改造計画が白紙になったP1SCだが、地味にバージョン2.0に調整されていた。最大の変更点はフォースセイバーの使用時に杖の長さが少し短くなるところにある。バルディッシュの変形機構を流用したという話だ。
 この変更により今まで杖の部分が邪魔でできなかった非殺傷設定での『突き』が出来るようになった。他にも魔力が低い俺が苦手とする砲撃関連を少しだけ強化したらしい。

 さて、そんなデバイスを構えると、俺はフォースセイバーの魔法を発動させた。

『Force Saber Second』

 俺はP1SCに魔法刃を纏わせる。
 短くなった杖に、青白い光の刃が生まれ、光の剣となる。俺は剣を真直ぐに構えると刃の部分を操作した。

「パージ」

 俺が呟いたキーワードに反応して、光の刃がP1SCから離れる。
 光の刃は空中でゆっくりと回転すると、俺の念じたとおりの軌道で目標に向かって行った。
 光の刃は縦横無尽に飛び交うと、次々に目標を切り裂いてゆく。
 目標は抵抗らしい抵抗も見せずに、真っ二つになる。

 後ろで見ていたティーダさんが、俺に声をかけてきた。

「便利だな、その魔法」
「泣いて良いですか?」

 先程から俺が切り裂いているのは、隊舎のグランド一面に生えた雑草である。まあミッドチルダは初夏だしね。そりゃ雑草も生えてくるさ。
 まさか帰還後すぐに草むしりを命じられるとは思わなかった。
 
 本局か地上本部に掛け合えば業者が来るのだが、例によって何時になるか分からない。部外者が目にする前庭は流石に業者に任せるのだが、訓練で使うグランドは申請するのが面倒なので、自分たちで草むしりをやっているのだ。
 しかしP1SCはバージョン1.0といい、2.0といい、碌な初運用をしていない気がする。こういう運命なのか、それとも俺の運用が悪いのかは分からないけど。

「んなこと言っても、魔法でやるって言い出したのはお前だろう」
「そうなんですけど、やり始めたら無性に悲しくなってきて」
「気持ちはわかるが諦めろ。俺たちに割り当てられた場所はちゃっちゃか終わらせるぞ」

 なんとなくこの魔法を作ってくれたユーノに申し訳ないと感じながらも、これも制御訓練の一環だと自分を必死に騙す。
 俺は刃を操作しながら、虚しさを紛らわす為にティーダさんに話しかけた。

「そういやティーダさん、来週には昇進でしたっけ?」
「おう、とうとう尉官だ」

 熊手で刈った雑草をまとめながら、ティーダさんも答える。
 キャリア組なので、功績に関わらずある程度までは自動的に出世するのだ。

「とうとう青服ですか」
「そうなるな。そういやお前はどうなんだ? 次元勲章もらったんだろう」

 青服とはキャリア組の尉官以上を指す隠語である。尉官になるのと同時に小隊指揮官資格を自動的に取得し、教導隊と同じ白地に肩が青い制服を着る機会が多くなるのでこう呼ばれていた。
 ちなみに航空隊の本来の制服は本局直属を表す紺色の服である。
 
 まぁ、豆知識はともかく、ティーダさんの言葉に俺は引き攣った笑みを浮かべる。

「ははははは、昇進どころか俺は減給処分ですよ」
「ちょっとまて、なんでそうなるんだ?」

 流石に勲章を貰って減給なんて馬鹿な話は普通ない。ティーダさんが作業をする手を止めてこちらを振り向いた。

「いや、その勲章を紛失しまして……」

 3ヶ月間、給料の一部をカットされました。姉ちゃん、身内だからって一切手加減しないでやんの。今朝ミッドチルダ本局航空隊管制センターに出頭したところ、いきなり処分を聞かされましたよ。
 いや、手加減されてなきゃ最悪辺境送りだったのかな? 昨日は相当しつこく怒られましたし。

「紛失ってなぁ……」

 俺の言葉にティーダさんは呆れ、ついでにニヤリと笑う。

「俺は女の子にプレゼントしたと聞いたぞ」

 その言葉に俺は思わずフォースセイバーの制御をミスった。地面すれすれを飛んでいた光の刃は飛び上がり明後日の方角に飛んでゆく。俺は大慌てで制御を取り戻すと光の刃を消した。

「ちょ、ちょ、ちょ、なんでその事を!?」
「オーリスから聞いたぜ。仲良くなった女の子にプレゼントしたんだろう。いやー、ヴァンにもとうとう春が来たのか」

 ああ、はやての流した悪質なデマがこんなところまで!?
 つーか、姉ちゃん。よりにもよって一番ばらしちゃいけない人に……。

「違います、デマですよ! なのはと俺はそういう関係じゃないですよ!」
「へえ、なのはっていうのか、その娘」
「だから違うって……」

 確かに俺はなのはの事が好きだけど、それはあくまでも友達としてだ。なのはにしても、そういった目で俺を見ていない。何度も死にかけていた俺を心配してくれているだけだろう。
 ……というか、あれだけ死にかけたら普通心配するよ。あの事件でブッチ切りで弱かったわけだし。
 ちなみにアリサやはやては、俺やなのはの反応を見て楽しんでいるだけだ。

「って、まさか、その話は?」
「お前が来るまでに皆に伝えておいた」

 ああああああ、やっぱり。なんか隊舎に入ってから皆の俺を見る目が妙に生暖かかったような気がしていたんだよ!
 この人が原因だったのか。

「なんて事するんですか!?」
「良いじゃないか。みんな生暖かく祝福してくれているぞ」
「昨日見捨てた仕返しですね」
「まさか、俺がそんなことをする訳ないだろう。大切な弟分の恋愛を見守ろうとする暖かい兄心だ。ところで、チューぐらいしたのか?」
「だから違うって!」

 くそう、完全に遊ばれている。とりあえず落ち着け、落ち着くんだ俺。
 俺は数回深呼吸をすると、冷静さを取り戻す。

「だから違うんですよ。ちょっと別の子が面白がって言っているだけで」
「まぁ、お前がそれで良いならいいんだけどさ。でもな、ヴァン、女の子は成長早いぜ。意地を張っているうちに誰かに取られて後悔しても知らないぞ」
「子供相手に何を言っているんですか……」

 ティーダさんの言わんとしている事はわかるが、そもそもそういう関係でない。
 もはや闇の書にかかわる出来事は物語通りにならないだろう。それなら、なのはが管理局に入ることも無いだろうし、仮に入ったとしても俺じゃ足手まといだ。これから先彼女と会う機会は無いのかもしれない。

 そう考えると少し寂しいが、きっとこれで良いのだろう。
 プレラに言われたからじゃないけど、いつまでも利用しようとした人間が側にいて良いとも思わない。

「子供でも同じさ。フラれるのもいい経験だぜ」
「だから違いますよ」

 そう言ったティーダさんの表情は妙に優しげだった。



 まぁ、こんな会話をのんびりとしていられるのは出動が無い時だけだ。
 お世辞にも治安が良いとは言えない管理世界では、俺たち航空隊が出動しなければならない機会も多い。
 俺の本隊復帰から数日後、6月に入りティーダさんが昇進してすぐに出動要請が入った。



 俺の他4名の隊員が待機している車両に、陸士隊との打ち合わせを終えたティーダ・ランスター准空尉が戻ってくる。

「お疲れ様です、ランスター准空尉」

 隊員を代表してまず最初にティーダさんと同年代の隊員が声を掛け、次々に他の隊員も同じように労いの言葉をかけた。

「お帰りなさい、ランスター准空尉」
「どうでしたか、ランスター准空尉」

 ティーダさんは最初は鷹揚に頷き、そしてぼそっとツッコミを入れる。

「いじめか、お前ら?」
「そんな事ないですよ。決して昇進と同時に美人の彼女をゲットした准尉に嫉妬なんてしてないっすよ?」
「そうっすよ。また美人をものにしやがって、こんちくしょう」
「俺にも紹介してくださいよ、この間のコンパで良い思いをしたのは准尉だけでしょう」
「本音がただ漏れだぞ」
「大人って嫌ですね」

 一人だけいた既婚者と俺が半分呆れてツッコミを入れる。つーか、いつのまにかティーダさんと姉ちゃんの事も隊で噂になっていたのだ。
 そんな軽いジョークの応酬をやりながらも、ティーダさんは俺たちに状況を説明してゆく。

「出動前のブリーフィングでも聞いたと思うが、銀行強盗を行った違法魔導師が陸士隊の追跡を受けながら逃亡中だ。違法魔導師の数は二人、どちらも推定魔導師ランクはミッドチルダ式空戦Aだ」

 空を飛ぶAランク魔導師相手だと陸士隊では確かに荷が重い。陸士隊の中にも空戦が得意な者もいるのだが、その数は決して多くない。
 例外も多いが、一般的に魔導師の重大犯罪は管理局のランク分けでA~Cが最も多く、数の多いDランク以下の魔導師は喧嘩など突発的な事件や小規模の犯罪を引き起こす傾向がある。
 AAランク以上の魔導師が犯罪に関わる場合は、社会的地位が高くなる事が多い為か経済犯罪に関わるケースが大半だ。また、極めて重大な大規模犯罪を起こすのもこのランクだ。

「なお、違法魔導師の一人が子供を人質にとっている」

 その言葉と共にモニターに違法魔導師の映像が映し出される。黒尽くめのバリアジャケットに覆面姿の二人だが、たしかに一人がバインドで縛り上げた5歳ぐらいの男の子を脇に抱え込んでいた。
 その映像に俺たちの表情が引き締まる。

「違法魔導師はこのまま郊外の林間地帯に入り込むつもりみたいだな。逃し屋かなんかが居るのだろう。郊外に出る直前で俺たちは待機、全力で叩くぞ」
「了解です」

 それぞれが了解をする横で、ティーダさんは今回の組み合わせを告げて行く。

「……んで、最後にヴァンがガードウイングで、俺がセンターガードだ。俺が狙撃で違法魔導師から子供を引き離すから、ヴァンは加速魔法で子供を保護。地上の陸士隊に引渡してくれ」
「了解です」
「あとは4人で違法魔導師を取り押さえるんだ。子供の安全を確保し次第ヴァンと俺も戦闘に復帰するけど、相手はAなんでツーマンセルを崩すなよ」
「了解!」



 街と森の境目に、俺たちは隠れるように待機していた。
 陸士隊の追跡により違法魔導師グループは俺たちの隠れているポイントに誘導されている。
 俺が事前にばらまいたサーチャーに違法魔導師グループの影が映った。

「来ましたよ」

 俺は隊の仲間に小声で伝える。
 陸士隊からもデータは送られてくるのだが、こればかりは自分たちでも確認しておくのが一般的だ。なんせ命に関わるのだから仕方ない。
 俺のサーチャーから送られてくるデータは、デバイスを通し他の隊員にも伝えている。

 そして、ついに肉眼で確認出来るまでの位置に違法魔導師達がやってきた。

「いくぞ!」

 拳銃型のストレージデバイスを構えたティーダさんが小さく叫ぶ。
 デバイスの先端にオレンジ色の魔力光が集まっていく。

「狙いは外さない!」
『Variable Barret』

 ティーダさんのデバイスの先端から、魔法弾が飛び出す。
 魔法弾は狙いを誤らず、子供を抱えていた違法魔導師の腕を打ち抜き、その衝撃に子供を抱えていた腕の力が緩む。
 次は俺の番だ。

『Flash Move Action』

 加速魔法を発動させた俺は、ほとんど最高速で違法魔導師のすぐ側にやって来る。
 事前に発動させていたフォースセイバーで違法魔導師の腕を斬りつけると、子供を強引に引き剥がした。

「て、てめえ!」

 違法魔導師がなにか叫ぶが、そんなもん聞いてやる義理はない。俺はフォースセイバーを切り離すと。そのまま違法魔導師に叩きつける。

「なめるなっ!」
『Protection』

 違法魔導師は向かってくる光の刃に対し防御壁を展開する。

「ブレイク!」

 だが、ぶつかり合う寸前に俺は光の刃を爆破した。
 プロテクションに守られダメージこそ無いようだが、爆風で違法魔導師は後退する。
 その隙に俺は子供に負担をかけないギリギリの速度で地上に降下した。一人なら加速魔法で後退するのだけど、そんな速度で飛べば子供の内臓が深く傷つく。下手すりゃ死ぬ。
 とりあえず、子供に怪我はないようだが、一刻も早く安全なところに連れて行かないと。

「坊や、大丈夫か?」
「あ、え、う、ううん」
「ま、まちやがれっ!」

 後退してゆく俺に、もう一人の違法魔導師がデバイスを向ける。
 デバイスの先端に黄色い魔力光が収束してゆく。って、砲撃魔法か?

 違法魔導師のデバイスから一直線に魔力砲がこちらに向かってくる。
 だが、その攻撃は俺のはるか前方で魔力の壁にぶつかりあっさりと四散した。

「すいません!」
「気にするなっ!」
「時空管理局だ。武装解除して投降しろ!」

 仲間の張った防壁に守られながら俺は地上に向かう。地上からはティーダさんからの支援射撃が絶え間なく続いている。
 一方、俺より遅れて森から飛び出した仲間の隊員が違法魔導師達と戦闘状態に入っていた。
 魔力光が飛び交い、爆音が森の上空に鳴り響く。

「子供を保護しました!」
「ご苦労様です、空曹!」

 俺は着陸すると同じように隠れていた陸士隊の女性局員に子供を引き渡そうとする。
 って、がっしりしがみついて離れない?

「えぐ、えぐ、ええええええええええええんんんんん!」

 って、泣き出した!?
 まぁ、無理も無い。大人だって生きた心地がしないだろう状況だったのだ。地面に足がつき安心した途端に恐怖に囚われたのだろう。
 俺が子供を引きはがそうと四苦八苦している横で、ティーダさんが空中に飛び上がった。

「ヴァン、俺は先に上にいくから、子供を引き離したらすぐに来てくれ」
「了解です」

 もっとも、すでに状況はこちらの有利に傾いている。おそらくは俺の出番はないだろう。
 俺たちはこういう時の為に訓練を積んでいるのだ。うちの隊員は俺を除いて全員Bランクだが、1ランク上程度の魔導師なら数さえいれば決して負けない。
 実際、俺が泣きじゃくる子供を引き剥がした時には、二人の違法魔導師はバインドで雁字搦めにされ取り押さえられていた。

 こうして、新聞の地方欄に載るような小さな強盗事件は、一名の犠牲者も出さずに終りを迎える。
 事件に巻き込まれた一般市民の生命と財産を守るのが俺たちの仕事であり、日常だった。

 ちょうど同じ時にミッドチルダで起きていた闇の書をめぐる騒動を俺はまだ知らない。



[12318] A’s第1話(2)
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:e8725c8b
Date: 2010/01/18 12:17
A’s第1話(2)



「闇の書について調査をすればいいんですね」

 管理局の廊下をクロノとユーノ、それにエイミィの3人は歩いていた。
 ユーノを管理局の巨大データベースである無限書庫に案内するためだ。

「ああ、その辺に顔がきく知り合いがいたんだが、今はちょっとね」

 クロノは言い淀む。
 思い浮かべたリーゼアリア、リーゼロッテの使い魔姉妹は、昏睡状態であるグレアム提督の魔力負担を軽減するために休眠状態に入っていた。

「あの、エイミィさん。なんか様子がおかしいんですけど?」
「ちょっとね、クロノくんのお師匠さんに当たる人たちなんだけど、ちょっとワケありで……」
「そうですか」

 小声で話している横で、クロノの通信機が音を鳴らす。
 画面に出てきたのはリンディ提督であった。

「クロノ、悪いんだけどすぐ来てくれないかしら?」
「今すぐですか?」
「ええ、大至急お願い」

 要件だけ話すと、リンディ提督からの通信は切れる。
 クロノは少し表情をしかめると、同行していた二人に声をかけた。

「ごめん、少し用が出来た。エイミィはユーノを無限書庫に案内してくれ。話はもう通してあるから」
「いいけど、どうしたのかな?」
「急いでって事は、なんかあったんだろう」



「どういう意味ですかっ!」

 リンディ・ハラオウン提督の執務室にクロノの怒声が響く。
 伝えればこうなるだろうとわかってはいたが、我が息子ながら熱血漢だ。これでもう少し感情を表に出す事ができれば周囲に冷たい人間だと勘違いをされないのだが……、まぁ、ここで考えるような内容ではない。
 リンディはため息を一つつくと、諭すように話を続ける。

「これは上の決定よ。逆らえないわ」
「八神はやてと闇の書を本局から地上……ミッドチルダに下ろす。ですか……」
「上は本局がエスティアと同じような事になるのを恐れているの」

 11年前の事件では本局への帰還中に保管されていた闇の書が再度暴走し、次元航行艦エスティアの機能まで奪ってしまうという想定外の事故が起こっている。
 確かに上層部がそう判断しても無理はない。しかし……。

「それは分かりますが、まだ守護騎士すら出現していない状態ですよ。それに地上に持っていけば地上が危険に……」
「本局で暴走されるよりはマシと考えているのでしょう。それに無人世界の研究施設に現在空きがないの」

 滅びた文明の危険な遺物はロストロギアと一括りにされているが、同じロストロギアでも危険度は物により天と地ほど違いがある。
 通常は管理局の手におえないロストロギアは破壊処理を行うのだが、中にはロストロギアの破壊が別のロストロギアの発動トリガーになっている物や、同種のロストロギアが多数存在していると想定されている物もあるのだ。
 そのような危険極まりないロストロギアの破壊、あるいは無力化の為の研究は、万が一の可能性を考え人の住む世界では行わない事になっている。幾つかの無人世界で分散して行っていた。
 もっとも、管理局が保有している施設は現在他のロストロギアの研究で手一杯であり、仮に施設の数が足りていても研究員が確保できない状態が続いている。
 実のところ闇の書は、対策しやすいロストロギアに分類されていた。闇の書の厄介な点はランダムに転生し事件に終わりがない事の一点にほぼ集約され、破壊自体はアルカンシェル等の大規模兵器を使用すれば難しくないのだ。

「それにしても急すぎます」
「わかってるわ。この一件だけど、どうも上の動きがおかしいの」
「上の動き?」
「どうもね、闇の書とはやてさんを聖王教会に引き渡そうという動きがあるの。それもソナタ枢機卿にね……」
「そんなっ!」

 その言葉に流石のクロノも絶句する。
 ソナタ枢機卿といえば聖王教会でもベルカ遺産の一括管理を訴える強硬派の重鎮だ。彼らに引き渡すということは、管理局はこの一件から手を引くと宣言するに等しい。

「どうもね、上層部の中にはどうせ宿主ごと吹き飛ばすなら、聖王教会にやらせればいいんじゃないかなんて考えている連中もいるみたいなの」

 長年研究こそされているが、未だに解決の糸口が即時殲滅以外に見つかっていないのだ。
 如何に危険なロストロギアといえども、9歳の少女ごと消し飛ばせば管理局に対する批判は避けられないだろう。いっそ、聖王教会に任せようと考える連中が出てもおかしくはないのかもしれない。
 もっともリンディ自身は、そのような最悪の事態になったら自らの手を汚す覚悟でいた。他の人間にはやらせられない。恨まれるのは自分の役目だ。

「グレアム提督の不在が痛いわね。この手の意見には断固として対応する人だったから……」
「グレアム提督ですか……」

 クロノが微妙な表情をする。
 尊敬する大恩人であるが、この一件に関してはおかしな動きがあった人物だ。現在昏睡状態がつづいており、彼が何を考えていたのかを聞く術はない。

「流石に引渡しの件は拒否したけど、地上での警備に騎士の派遣はねじ込まれそうよ」
「しかし、どこで闇の書の事を?」

 現在闇の書に関する事態は極秘のはずだ。教会が知っているということ自体おかしい。

「最初はヴァンくんから漏れたのかとも思ったんだけど、どうも違うみたいなのよね。
 かなり前から彼らは闇の書に関して嗅ぎ回っていたみたいなの。それも、ヴァンくんの漂流以前からね……」
「ちょっとまってください、それって?」

 それでは辻褄が合わない。
 闇の書の発見は、ヴァンが第97管理外世界に漂着してからだ。それ以前に発見など物理的におかしい。
 いや……一人だけ知っていた可能性がある人物がいる。

「グレアム提督経由で?」
「それもどうかしら。爆破テロに聖王教会の関与が疑われているわ……。どうもこの一件、闇の書だけを相手にしていれば良いわけじゃないみたいね」
「厄介ですね……」

 クロノの言葉に、リンディも頷く。

「クロノ、悪いんだけど先に地上に降りて地上本部に渡りをつけてくれないかしら?」
「僕がですが?」
「そう、はやてさんの一時受け入れ先の確保と、地上本部に事情説明をお願い」
「良いんですか? 地上に借りを作る事になりますよ?」
「この際贅沢は言っていられないわ。私は本局に残ってレティと上の動きを少し探ってみるから、その間の指揮はクロノに任せるわ」

 ただでさえ誰が敵で誰が味方かわからない状態だ。
 手柄の横取りだけを狙っているのなら大した問題はないが、こうなると先の爆破テロ事件は闇の書がらみと考えて間違いはない。聖王教会強硬派がどう動くか読めない以上は最悪の事態も想定するべきだろう。
 本件において地上本部閥は動きを見せていない。ここで下手に情報を隠匿して痛くも無い腹を探られては面倒だ。

「幸い、個人的にコネクションも出来たしね」
「ヴァンですか?」
「あの子は自分の持つコネクションの凄さに気がついていないみたいだったけど」
「そういえば、レジアス少将とほとんど面識が無いって言ってましたね……」

 少将の娘が後見人など、普通なら望んでも得られないコネクションだ。その気になればかなり有利な位置からスタート出来たであろう。
 だが、彼の経歴を見ると普通に陸士訓練校を卒業して陸士隊に配属。飛行魔法の先天資質が確認された後は短期養成コースを経て航空隊に転属となる。おそらく彼がオーリスに頼ったのは管理局入局時の後見人だけなのだろう。実に平凡な経歴だ。
 執務官を志望しているという話だから上昇志向が無い訳ではないのだろうが、もしかすると潔癖症の気があるのかもしれない。

「最悪は彼に仲介を頼んで頂戴。はやてさんの誕生日までに地上に下ろしておきたいの」
「了解しました。僕も友人に聖王教会内部に詳しい奴がいますから訪ねてみる事にします。しかし、地上は反発しそうですね。どうであれこうであれ、危険に晒すわけですから……」
「その件だけどね、とりあえず地上の次の場所の当てはあるから。どんなに遅くても7月末には次の場所に移せると思うわ」






「やあ、クラウス」

 ミッドチルダ北部にある聖王教会の施設の一つで、クラウス・エステータは意外な人物と会った。

「ヴェロッサか、何の用だ?」

 背後から呼び止めてきた旧知の人物に、クラウスはお世辞にも好意的とは言えない返事をする。
 もっとも、当のヴェロッサは気にした様子もなく話を続けた。

「いや、友人が珍しくミッドチルダにいたものだからね。探したよ」
「僕はお前と友人になったつもりはないんだが」
「一緒に悪戯をして姉さんにお仕置きをされた仲じゃないか。いやあ、聖王の遺物に落書きはやりすぎたね」
「悪いが覚えていない」

 ヴェロッサの軽口にクラウスは冷たく答えた。

「そもそも、お前が管理局に入局して以来一度も顔を合わせていないはずだが?」
「お互い忙しい身だからね。しかたないさ」
「仕事をサボってばかりと聞いている」
「これは手厳しい」

 実のところ、クラウスとヴェロッサは幼なじみと呼んで良い関係である。
 お互いに孤児であり、レアスキルを保有していたという事もあり幼い頃は親しく付き合っていた。
 だがその友情はクラウスが強硬派のソナタ枢機卿の下に付き、ヴェロッサが管理局に入局した事により終りを告げた。
 少なくともクラウスはそう考えており、親しく付き合えない理由があった。

「悪いが僕は忙しい。君と話している暇はない」
「まあ、そう言うなよ」

 そう言うとヴェロッサはクラウスにだけ聞こえるような小声で話しかける。

「騎士アルフォードの部下が妙な動きをしている。巻き込まれないように気を付けた方が良い」

 そんなヴェロッサにクラウスは冷たく、そして小さな声で答えた。

「それを僕に伝えてどうしろと……。君も自重しろ。君には君と騎士カリムの立場があるんだ。大人になれ」

 そう言い去って行くクラウスを、ヴェロッサは寂しげな表情で見送るのだった。



「どうしろって言うんだよ……」

 クラウスは周りに誰もいなくなると、小さく呟いた。

 クラウスとて今の自分の居る立場が危ういことはわかっていた。
 原作知識など無くとも、強硬派が破滅に向かっているのは一目瞭然だ。
 管理局抜きに古代ベルカの遺産管理など不可能である。戦力的にも政治的にも一宗教組織が行える事ではない。
 仮に管理局からその役目を奪ったとしても、そうなれば他の地方政府や宗教組織などが黙っていないだろう。
 各国が出資する管理局という政治的に中立な特殊組織だからこそ、ロストロギアの一括管理が認められているのだ。
 それが崩れれば、血みどろのロストロギア争奪戦が起こるのは確実である。ロストロギアにはそれだけの価値があるのだ。

 今は気風の良い物言いを反管理局の政治家やメディアに祭り上げられているが、いずれは現実に飲み込まれる。
 用済みになれば神輿は捨てられるだけだ。
 だが、そうだとわかっていても既に引き戻せない所まで、強硬派は来てしまっている。

「僕にはこれしか無いんだ……」

 クラウスはもう一度小さく呟く。
 クラウスは戦災孤児だ。彼の生まれた世界は長く内戦の続く世界であった。
 そんな世界に平和な日本の頭でっかちな前世知識など大して役には立たない。飲水の浄水が衛生上必要だとわかっていても、たった1滴の水でも無駄にできない。
 そんな厳しい世界で、彼は新しい親の顔も知らず、同じ境遇の子どもたちと肩を寄せ合いながら必死に生き抜いていた。

 だが、そんな戦乱も彼が5歳の時に管理局の仲介で終わりを告げる。

 戦乱が終わった世界で、彼と彼が属する孤児グループは聖王教会の孤児院に引き取られた。
 飢える心配も殺される心配も無い、新たな生活を手にする。魔導師として適性のあったクラウスはその能力を認められ、中央の学園に特待生として向かえ入れられた。
 ヴェロッサや騎士カリムと出会ったのもその頃だ。同じレアスキル持ちであり、一人異郷で勉学に励んだクラウスは、二人に可愛がられた。
 未だ貧しい故郷の期待を一身に受け、彼は齢10歳にして騎士の称号を得るまでに至る。

「これしか……」

 もし何もなければ、あるいは友人だったヴェロッサの勧め通り、管理局に入局していたかもしれない。
 彼の能力なら管理局ですぐに出世出来たであろう。
 それどころか、彼の持つ原作知識は役に立ったはずだ。あの戦乱を終わらせてくれた管理局に決して悪い感情は抱いてない。
 ヴェロッサと一緒に働ければ、どれだけ素晴らしかっただろうか。

 だが、クラウスには管理局に行けない理由があった。
 彼の仲間たちの居る故郷の孤児院は、ソナタ枢機卿派の孤児院であったのだ。

「すまない、ロッサ、カリム姉さん……」

 騎士カリムの人柄は知っている。決して悪意の有る人ではない。厳しくも優しい彼女の事は今でも尊敬している。
 万事に適当のように見えて、その実は面倒見の良いロッサの裏表の無い友情は嬉しかった。
 だが、彼女や彼の人柄がどうであれ、聖王教会の富は有限だ。穏健派が主流となれば、強硬派に属する施設や孤児院の予算は削られる。善悪の問題ではなく、そうせざるを得なくなるのだ。

 魔法が存在するこの世界でも、全員が幸せになれる方法など存在しない。

 クラウスは収入の殆どは仕送りに当てている。それでも故郷の仲間たちを満足な教育を受けさせるには厳しい。彼の前世の記憶が、最悪の状況から抜け出すのに必要なものは、まずは教育だと告げている。
 なんとしても、仲間たちを中央の学校に入れさせなければならない。
 その為には、もっと教会内での地位を上げなければ駄目だ。
 
 頭でっかちで役立たずだった自分を守ってくれた仲間たちの為に、何を踏み台にしても成し遂げなければ……。

 たとえ歴史を歪めても、やり遂げなければならない。
 それが少年の選んだ生き方だった。



[12318] A’s第2話(1)
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:e8725c8b
Date: 2010/01/26 10:40
A’s第2話(1)



 高町なのはの朝は早い。
 日課となっている魔法の練習をする為だ。

「それじゃあ、今朝の練習の仕上げシュートコントロールやってみるね」
『All right』
「こっちも準備OKだ」
「なのは。お願いね」
「うん」

 なのはと少し離れた所から、兄の恭也と姉の美由希が呼びかける。
 高町家の庭で此処の所毎朝行なわれている、練習の総仕上げであった。
 当初は別々に練習をやっていたのだが、飛び交う光の弾を見て一緒にやってみないかと美由希が言い出したのだ。ルールは練習用魔法弾を当てればなのはの勝ちで、一定時間避けられれば美由希の勝ち。使用できる魔法弾は1発、範囲は庭の一角のみ。現在のところなのはの0勝11敗1引き分け(恭也の盆栽をひっくり返してしまい二人揃って怒られた)だった。

「じゃあ、いくよ。リリカルマジカル、福音たる輝き、この手に来たれ。導きのもと、鳴り響け。ディバインシューター、シュート!」

 なのはの手から桜色の輝きが解き放たれる。
 音を立てて飛んでくる光の弾を、美由希は危なげなく躱す。
 だが、飛び去るかに見えた魔法弾は慣性の法則などあっさりと無視して、すぐさま美由希に襲いかかる。

「うわわっ、っと!」
「アクセル……くっくく……」

 だが、その魔法弾も美由希は身体を反らして避ける。
 これを始めた当初は余裕で避け続けられた美由希も、ここの所冷や汗をかく事が多くなってきた。もっとも、こっちは長年鍛錬を積んできているのだ、そう簡単に当たるわけにはいかない。
 一方のなのはも辛そうだ。デバイス無しでの思念制御での誘導弾使用は術者の負担が大きいのだ。そもそも並の魔導師なら、デバイスがあっても思念制御の誘導弾は使えない。
 魔法を知ってから2ヶ月弱。この少女は天賦の才は計り知れないものがある。

『Fifty-five. Sixty. Sixty-four. Sixty-eight. Seventy. Seventy-three』

 レイジングハートがカウントを続ける横で、恭也が厳しくも優しい表情で二人を眺めていた。
 そして、ついに時間が0となる。

「そこまで、やめっ!」

 恭也の声に桜色の魔法弾がピタリと止まる。
 一方で美由希はほっとした表情をした。今日は結構危なかった、彼女でも縦横無尽に飛び交う魔法弾を躱し続けるのは大変なのだ。

「へへへん、今日も私の……」
「今日はなのはの勝ちだな。初勝利おめでとう、なのは」
『Good job master』
「ええええっ、なんでー!?」
「シャツの後ろの裾を触ってみる」

 恭也の言葉に、美由希は慌ててシャツの裾を触ってみる。確かにほんの少しだけだが、魔法弾が掠ったのか切れ目があった。
 おそらくはギリギリで避けた一発が掠ったのであろう。

「こ、これで負け?」
「負けは負けだ。諦めろ」

 しょんぼりする美由希の横では、なのはがレイジングハートに微笑みかけている。
 掠らせただけとはいえ、ようやく当てることが出来たのだから嬉しいのだろう。

「やったね、レイジングハート」

 その笑みを見て、まあ良いかと思う美由希だった。



 その日の夕方、といざるす海鳴駅前支店に3人の少女の姿があった。
 なのはと、その友達であるアリサとすずかだ。もうすぐ誕生日を迎える友達に送る誕生日プレゼントを選ぶ為だ。

「ねえ、なのはちゃん。これなんかどうかな?」

 そう言ってすずかが持ち上げたのは猫型のぬいぐるみだ。なんとなくだが、以前見た巨大猫に似ている。

「こっちなんかも良くない?」

 一方でアリサが選んだのは赤い毛並みの犬のぬいぐるみだった。やっぱりどこかで見たような自称狼なお姉さんに似ている気がした。
 二人が選んだ見覚えのあるぬいぐるみに、なのはがやや引き攣った笑みを浮かべる。

「うーん、そういえばはやてちゃん、どんなのが好きか聞いた事無かったよね」
「お茶会の時は、猫を可愛がってたから、こういうの好きだと思うけど……」

 もうすぐ誕生日なのは、彼女たちの友達である八神はやてだ。
 もっとも、今現在彼女は海鳴市……いや、この世界にいない。彼女は病気を治す為(少なくとも3人はそう聞いている)に、ミッドチルダという異世界に旅立っていたのだ。
 おかげでそれと無く好みを聞くことも出来ない。誕生日プレゼントを選ぶのも一苦労だ。

「ねえ、これなんてどうかな?」

 そう言ってアリサが次に持ち上げたのは、ウサギのぬいぐるみだった。
 もっとも、口元が縫いつけてあったり、全身が微妙にやさぐれていたり、ちょっぴり呪われていそうだ。

「そ、それは誕生日プレゼントっぽくないんじゃないかな?」
「でもはやてってこういうの好きそうじゃない? 関西人の血的に考えて?」
「ひ、否定できない……」

 なんというか、妙にノリの良い女の子だ。嬉々として『なんでやねん』とツッコミを入れるはやての姿が、なのはとすずかの脳裏にくっきりと浮かび上がる。
 しかもハリセンで叩かれているのは、何故か知っている次元世界のお巡りさんだったりもする。

「ん~、もうはやての好みが分からないから、1人一個ずつ買って送らない?」
「え、でも最初は3人で一個って? 大きいの買おうって」
「それだけどさ、はやてってずっと誕生日一人だっていってたじゃない。私たちでこれまでの分一斉に祝ってあげようよ。お小遣いは痛いけどさ」
「あっ……」

 そういえば、たしかに彼女はその様な事を言っていた。
 家族がいない彼女は、一人家で誕生日を迎えてきたという。

「……そうだね。そうしようか。すずかちゃんはそれで良い?」
「うん、私もそれで良いよ」
「うーん、それだったら私はこれなんか良いと思うんだけど?」
「なんか、ユーノに似てない?」
「うん、そっくり」

 数日後、次元世界を渡る運搬船に、ビデオレター付きの4つのぬいぐるみが乗る事になる。ちなみに一つ多いのは、アリサがいたずら半分にのろいうさぎのぬいぐるみを混ぜた分だった。




 資料を読み進め、説明を聞くに従い、レジアス少将の表情はどんどんと厳しくなっていった。
 無理も無いとクロノは思う。危なそうだから、一時的にとはいえ本局から地上に闇の書を降ろすという。これでは地上に何のメリットも無いどころか、余計な危険を押し付けられるだけだ。
 本局と対決姿勢を明確にしているレジアス少将のことだ、どれだけ怒りを感じているだろうか?

 だが、クロノの予想に反して、レジアスは怒声を上げる事は無かった。

「事情は分かった。魔法を知らぬ少女が闇の書の主だったとは」

 それどころか、八神はやてに同情をしてみせる。
 その様子は演技をしているようには見えなかった。

「ええ、本人はただのアンティークだと思っていたようです」
「それが自らの身を蝕んでいた訳か……、なんとも酷い話だな」

 八神はやての病状はリンカーコアの収縮による重度の身体麻痺。
 現状では下肢だけのように見えるが、本局の医師の診断では体の内部はボロボロだそうだ。もし何かの拍子に魔力が一気に流出を始めたらもう助からない可能性が高いらしい。原因である闇の書を根本からどうにかしなければ、余命は半年といったところだ。
 第97管理外世界の医師の手に負えなかったのも無理も無い。

「ええ、ヴァン空曹が発見していなかったらと思うと、ぞっとします」

 もし今回偶然発見できていなければ、どれだけの被害が出て、どれだけの人命が失われていただろうか。
 このままでは覚醒した守護騎士達がプログラムに従い、少女の意思などお構いなしにリンカーコアの蒐集を開始する。そして闇の書が完成し、少女は暴走に飲み込まれ周囲に破壊をもたらした後、死んでしまっていたことだろう。
 年端もいかない少女が理由も分からずただ衰弱して死んで行く。しかも、後に残るのは滅び去った世界。考えたくも無い悪夢だ。

「しかし、本局は何を考えている。地上……いや、どの世界に持っていってもこのような話は拒否をされるぞ」

 現時点では何の解決策も無く、確実に暴走する代物を地上に降ろそうというのだ。まともな神経の為政者なら、ロストロギアの旨みを考慮に入れたとしても地上に降ろすのは許可しないだろう。
 別に本局とて地上世界がどうなっても良いと考えているわけではないのだが、時として地上の安全に関して無頓着とも取れる行動をする。

「ですが、闇の書は比較的容易に殲滅が可能です」
「そして地上に人の住めない土地を、またひとつ作るのか。それも、あの少女ごと……」

 考えられる最悪の可能性は、闇の書が暴走を開始し始め世界が滅びる事だが、そのような事態になる前にアルカンシェルで周囲ごと吹き飛ばして終りとなるだろう。
 もっとも、そうなった場合仮に都市部から離れていたとしても、破壊の余波や市民の動揺、経済に対する影響や治安の悪化を考えれば地上の被害は計り知れない。
 そう考えれば到底受け入れられない内容だと言うのはクロノにもわかっていた。だが、なんとしてもレジアスに首を縦に振らせなければならない。

「その点も考慮に入っております。8月末には地上から撤収出来るよう準備を進めております」
「ふん、儂よりも貴官の方が詳しいか。流石はハラオウンの名を継ぐ者といったところか」

 レジアスの言葉は11年前の事件で命を落としたクロノの父、クライド・ハラオウンの事を指しているのだろう。
 如何に犬猿の仲といえ、職務に殉じた故人を皮肉る趣味はない。レジアスはクロノに対して率直に尋ねる。

「父の敵討ちか?」
「因縁は感じていますが、父は関係ありません」
「ふん、可愛気の無い。8月の撤収はほぼ確実なのだな」
「はい、幸い研究施設のある移動式の次元庭園を確保出来ています。現在は修理中ですが、7月中には修理が完了する予定となっています」

 リンディの心当たりはPT事件の舞台となった時の庭園であった。
 現在時の庭園はPT事件の証拠物件として本局側まで曳航され、最後の現場検証が行なわれている。もっとも、現場検証は曳航中にほぼ済ませており、6月頭にはフェイトに返還される手はずとなっていた。
 大魔導師であるプレシアの本拠地なだけに、研究施設は一通り揃っている。先の戦いで少々ガタがきているが、十分修理可能な範囲内であった。
 管理局による時の庭園の修理を条件(この条件を強く主張したのは使い魔のアルフで、フェイト自身は無償での提供を考えていた)に、八神はやての収容はフェイトの了承を得ている。

「しかし、現時点で受け入れられる施設は地上本部中央病院しか無いぞ?」

 八神はやてを受け入れられる施設は、ミッドチルダといえどもそう多くない。
 事件の特殊性を考えれば、地上本部中央病院か聖王医療院くらいだろう。

 そのうち後者の聖王医療院は現在使えない。先の本局テロ事件だけでなく、穏健派と強硬派の対立が深刻なところまできているのだ。
 さらにソナタ枢機卿の闇の書引き渡し要求もある。聖王医療院に預けるなど、鴨が葱を背負って行くようなものだ。適当な理由と政治圧力を駆使してはやてを管理局から引き離すだろう。

「不測の事態に備えて武装隊を一個小隊降ろすことになっています」
「それで足りれば良いがな。まあいい、こちらからも戦力を回すとしよう」
「良いのですか?」
「本部の目の前で暴れられては面倒だ。情報は逐一提供してもらうぞ。何時ものように秘密主義を貫かれてはたまらん」

 首に鈴をつけておきたいという事か。本局が情報を掌握し、隠匿するのも地上の不満の一つだ。
 無論本局としても、事件の捜査と機密を考慮しての事なのだが、その事が原因で陸士が無用の危険にさらされる事も多いと聞く。

 はやてを聖王教会に引き渡すことが出来ない以上、地上への多少の譲歩は考えていた。むしろ今回の要求はクロノが考えていたよりも軽いぐらいである。
 最悪は受け入れ拒否をチラつかせ、強請られる事も考えていた。
 もっとも、ここで明確な要求が無い以上は、後でずいぶんと高い利子を毟り取られそうではある。

「そちらは了解しました」

 とはいえ、クロノに選択肢はなく、要求を受け入れることになる。
 そしてクロノは10年後にこの時の利子を支払うハメになるのだが、神ならぬ身であるクロノに知る由も無かった。




「まったく、忌々しい」

 自宅に帰る車内でレジアスは呟く。もっとも、その言葉は半ば人身御供にされかけているハラオウン親子ではなく、本局全体に対する怒りであった。
 その呟きを聞きつけたオーリスは車を運転しながらレジアスに訪ねた。

「宜しかったのですか?」
「ふん、どのみち今の段階で大した危険など無い。ソナタに闇の書を持っていかれる方が面倒だ」
「暴走よりもですか?」
「まず暴走は無いな。闇の書はまだ守護騎士すら出ていないらしい。この段階で暴走するならば、もっと頻繁に闇の書による事件が起きている筈だ。
 今の段階で八神はやてが何かしない限り、暴走する危険はほぼ無い」
「しかし、それならば何故本局は八神はやてと闇の書を急に降ろそうと?」

 オーリスの疑問に、レジアスは忌々しげに呟く。

「先のテロの直後だ、立て続けに不祥事が起きることを恐れているのだろうよ。まぁ、本局には鼻薬を嗅がされた連中もいるようだがな」
「では、そちらの調査も並行して?」

 オーリスの眉間に皺が寄る。もしそうだとすれば、由々しき事態だ。

「ああ、そちらも頼む。せいぜい海……ロウランあたりにでも恩を売ってやれ」

 レジアスはそう答えると軽く天を仰いだ。本局の地上軽視は毎度の事だが、一刻の怒りが過ぎ去るとひどく陰鬱な気分になる。
 今回の一件で闇の書が地上にある間になんらかの事件が起きれば、確実に本局に対する風当たりは強くなるだろう。ハラオウン親子の首を切れば良いと言うレベルでは済まない。
 本局の連中は時折、自分たちの着ている服や食べている飯がどこから来ているのか忘れているような言動をとる。広大な次元世界を守っているうちに、自分たちの足元が見えなくなるのかもしれない。
 一つの世界を犠牲にしても次元世界を守る。口の悪いマスコミが好んで行う管理局への皮肉だが、本当にそうなったら最後、管理局は次元世界から切り捨てられるだろう。
 日常を守れない治安組織に、誰が金を出そうなどと思うのだろうか?



 不意にオーリスの個人用端末が音を立てた。
 その音にレジアスの意識は現実に引き戻される。

「何事だ?」
「も、申し訳ございません。……ツチダ空曹?」
「別に知らぬ仲でもあるまい。出たらどうだ?」

 突如の連絡に、オーリスは出ることも無く通信端末を切ろうとする。既に帰宅中とはいえ、少将の前でプライベートな会話をするのもおかしいだろう。
 だが、レジアスは少将ではなく父親の顔で通信に出ることを勧めた。そういえばあの少年も本件に関わっていたなと思い出す。

「は、はぁ……」

 そう言われては出ないわけにもいかない。オーリスは通信端末を開いた。

【ね、姉ちゃん、た、助けてください!】
「どうしました、ヴァンくん? 運転中なので手短にお願いね」
【あ、いや、も、申し訳ありません】

 画面の向こうで今にも泣きそうな情けない顔をしたヴァンが顔を出す。おそらくは後ろに少将がいるのを確認し、とんでもないときに連絡をしてしまったと慌てているのだろう。
 その様子に苦笑をしながら、レジアスは尋ねる。

「どうした、空曹?」
【あ、いや、その……】
「良いから話してみろ」

 レジアスの強い詰問に、ヴァンは要件を口にしてしまう。
 
【あ、あの、女の子の誕生日に何をプレゼントしたらいいものかと……。他に相談出来る人が思いつかなくて……】

 その情けない質問にオーリスは呆れ、レジアスは思わず吹き出すのだった。



[12318] A’s第2話(2)
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:e8725c8b
Date: 2010/01/26 11:58
A’s第2話(2)



 その日俺がマリーさんに連絡を入れたのは、デバイスメンテナンス費用申請書類作成の為だった。
 
 基本的に管理局では局員が使用するデバイスのメンテナンス費用は局持ちとなる。もっとも、その為には書類を提出しなければ駄目な上に、意外と審査が厳しい。自分で改造をやって審査に通らず、泣く泣く自己負担でメンテナンスをやるハメになった局員の話はよく聞く。
 そういった意味でP1SCは管理局のメカニックマイスターの手による改造だから、審査から漏れる心配が無く気が楽だ。彼女のサインがあればほぼ100%審査に通る。
 ちなみに、通常のメンテナンス費用が一番安いのは基本的に自己再生システムを搭載しているインテリジェントデバイスだ。中身は高価なのだが、多少の破損や部品のヘタリはほっといても直るので、通常は簡単なチェックだけで終了するらしい。逆に大きな破損が出てしまうと、部品の取り替えにえらく費用がかかると言う話だ。
 P1SCは自己再生機能と人工知能が無い以外はインテリジェントデバイスに近い。自己再生機能が無いこいつの維持費を自己負担する事になったらと思うと、かなりゾッとする。
 というか、クロノさんのS2Uよりも性能が上なんだよね、これ……。全く使いこなせていないけど。

「あれ、ヴァンくんじゃない。どうしたの?」
「あれ、ヴァン?」

 なぜか通信モニターにマリーさんと一緒にユーノが顔を出した。

「なんでユーノがいるんだ?」

 今は本局で調べ物をしているはずだが、なんだって技術部に顔を出しているんだ?

「うん、ちょっとマリーさんに頼み事が……、それよりもヴァンはどうして?」
「あ、そうだった。マリー主任、P1SCの費用申告書類にサインを頂きたいんですが……」
「メンテナンス費ね。んと、よし、送っておいたよ」
「ありがとうございます」

 俺は自分のメールボックスを確認する。確かに届いていた。
 あとはこれをうちの装備部に提出するだけである。

「あ、ところでヴァンははやての誕生日に来るの? ヴァンだけが返事が無いって言ってたけど」
「えっ?」

 ユーノの言葉に俺は驚きの言葉を上げる。ってか、聞いてないぞ、そんな話?

「なに、それ?」
「いや、何って……、手紙を送ったって。家に届いていない?」
「ええええっ!?」

 やべえ、ずっとプライベートのメールボックスは確認していない!
 いや、復帰後はいろいろ忙しくてね。家に帰るとすぐに寝ちゃってたから……。

「もしかして見てないの?」
「う、うん」

 モニターの向こうで、ユーノとマリーさんがジト目で睨んでいる。

「し、仕方ないじゃないか。仕事で忙しくて……」
「僕やクロノだって忙しいよ。言い訳はともかく、どうするのさ?」
「な、何日だっけ?」
「6月4日」
「えっと……」

 俺は慌ててスケジュールを確認する。あと3日しかないじゃん!?
 って、だめだ。長期の警備任務が入っている。
 俺だけじゃなくて、3097隊全部が本部中央病院の別棟の警備に当たるらしい。まだ詳しいブリーフィングは行なわれていないが、どこぞのVIPが入院でもするのだろう。

「ご、ごめん。仕事が……」
「はぁ、はやてに伝えておくよ」
「ご、ごめん。プレゼントだけは送っておく……」
「謝るならはやてにね」
「う、うん」

 ため息をつきながら呆れるユーノに、俺は何も言えなかった。
 そして、通信は切れる。
 しかし困った。プレゼント送るにしても何を送れば良いんだ? 自慢じゃないが、前世今世含め女の子にプレゼントなんかした事ないぞ? しかも明日から警備に入るから、実質買いに行けるのは今日の帰りだけか。
 こ、これは誰かに相談を……。

「どうしたんだ、ヴァン?」

 ちらりとティーダさんを見る。論外。この人の事だ、絶対面白がって碌でもないアドバイスをするに決まっている。
 というか、ただでさえ妙な噂が流れているのだ。これ以上ネタを提供する気はない。

 かくして、俺は姉ちゃんに相談し、一緒にいたレジアス少将に笑われる事となる。
 なお、贈ったのは無難に花束だった。
 姉ちゃんが薦めてくれた花屋に、おまかせで花束を作ってもらうことにしたのだ。

 そしてこの時俺はドタバタですっかり忘れていた。というか、覚えていなかった。
 八神はやての誕生日に起きる、ある重大な転機の事を。



[12318] A’s第2話(3)
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:e8725c8b
Date: 2009/12/30 02:06
A’s第2話(3)



 会議室には緊張が漂っていた。
 これから行なわれる長期の警備任務に関してのブリーフィングが行なわれるのだ。

「しかし、部隊まるごと派遣されるなんて、どんな任務なんだ?」
「さてな、VIPの護衛だとは思うが……、よほどの要人じゃないか?」

 俺の呟きを聞きつけたベテラン空士が、思いついたことを口にする。
 それを切っ掛けに、皆が好き勝手言い始めた。

「だが、ミッドチルダに要人が来るなんて聞いてないぞ?」
「お忍びか……あるいは、新規に管理世界に所属する管理外世界のVIPかもしれないな?」
「どっかの王族とかかな?」
「お姫様とかだと良いな、ラブロマンス的に考えて。俺がさっそうとお姫様を……」
「鏡を見てから言え」

 後半になると、予測と言うよりは願望とか妄想になりつつある。武装隊の男女比率はほぼ半々なのだが、うちに関してはルーチェ隊長とオペレーター、それに事務員のおばちゃんを除き野郎ばかりだ。
 その反動か、たまにティーダさんにお弁当を届けに来るティアナちゃんなどは、一種のアイドルだった。
 まぁ、男所帯なんてこんなものである。

 俺たちがお馬鹿な雑談に興じている間に時間となり、ルーチェ隊長が室内に入ってきた。
 3097航空隊武装班のトップであるタタ一等空尉が、キビキビとした動作で敬礼を命じる。

「敬礼!」

 雑談をやめ敬礼をする俺たちを一瞥し、隊長は全員に着席を命じる。

「では、本日1500時より開始される管理局地上本部中央病院別棟3号舎での警備任務について説明を始めます」

 隊長の言葉と共に、正面の大型スクリーンに中央病院の見取り図と周辺地図が表示される。
 俺たちは自分のデバイスに地図を読み込ませながら隊長の次の説明を待つ。

「我々が担当するのは別棟3号舎周辺になります」

 隊長の言葉と共に、地図に俺たちが担当する警備区画が色分けされる。
 それと同時に、一瞬だがざわめきが漏れた。俺達の他にも病院内に本局付きの武装隊が、少し離れた周辺には陸士隊と聖王教会騎士団まで配置されている。
 これはいくらなんでも尋常な警備体制ではない。先程誰かが言ったジョークである、どこかの王族ってのもあながち間違いでは無いのかもしれないなどと皆考えたくらいだ。
 全員が緊張した面持ちで見守る中、隊長は話を続ける。細々とした勤務シフトなどを説明していく。

「今回の護衛対象はこの少女となります。名前は八神はやて、それ以外の個人データは極秘となります」

 護衛対象が画面に出てくる。
 隊長の言葉通り、出てきたのは可愛らしい女の子であった。年齢は9歳で栗色の髪を肩口でまとめ、バッテンの髪飾りで髪を留めている。
 その少女の写真に、俺は思わず目を見開く。なんというか、見覚えがありすぎるぐらい、見覚えがある少女だった。

 ぶっちゃけ、はやてである。

 ってか、まてや。なんだってはやての護衛がうちにまわってくるのよ。闇の書関連は伏せているのか?
 誰かが手を回したんだろうけど……。リンディ提督かクロノさん、あるいは姉ちゃんあたりかな?
 俺がそんな事を考えている間にも、ブリーフィングは進んで行く。そして、隊長は最後にこう付け加えた。

「なお、命令が無い限り建物内への立ち入りは一切禁止となります」



俺たち3097隊が管理局地上本部中央病院の別棟の警備任務に入ってからすでに1日が経過した。

 はっきり申し上げます。現場の空気は最悪です。

 俺たち空は上と下が入り交じっているのであまり気にしないのだが、陸の魔導師の海に対する感情は複雑だ。嫉妬と羨望がまぜこぜになったような、そんな屈折したものがある。
 本人の努力次第と言うのは簡単だが、陸士隊と本局武装隊の魔導師では才能に大きな差がある。仮に同じBランクだとしても、陸士のBはそこが限界のBであり、武装隊のBはただの通過点に過ぎない。
 他にも陸士隊の魔導師はランク制限で出世が難しい事や、事件が起こると真っ先に駆けつけ抑えているのは陸士なのに、解決して賞賛を浴びるのはおっとり刀で駆けつけてくる次元航行部隊だという意識がある。急行していると言われても、陸士隊からしてみればそうは見えないのだ。

 俺も魔導師としてそれほど才能がある部類じゃない。この先どんなに頑張ってもBランクがせいぜいで、運が良ければAが狙えるかも……って、程度だ。彼らの気持ちが分からないでも無い。

 さらに追い打ちをかけるように、何故か聖王教会の騎士団まで派遣されてきているのだ。

 聖王教会が独自に保有する戦力である騎士団であるが、管理局との関係はやはり微妙だ。
 連中が身内同士で内ゲバやっていて手が回らないというのもあるが、管理局に一定の発言力を有しながら、近代ベルカ式魔法をほぼ独占状態だというのが局内の反感を買っているのだ。極少数の個人が流出させる以外には、管理局に近代ベルカ式が来る事はまずない。
 アースラチームのように個人的に親しい所はともかく、他の部署は本局地上関係なしに騎士団の助けがある事が無いのだから、反感を買うのも無理はないだろう。
 現在穏健派の騎士カリムが積極的な管理局支援を、強硬派のソナタ枢機卿が独自でのロストロギア管理を訴えて激しく対立している。穏健派が勝てばいいのだが、強硬派が勝つとどうなることか。



 さて、今回そんな騎士団が出張ってきて少しどころでなく問題が起きていた。
 具体的にはこんな感じだ。

 うちの警備範囲内、ちょっとした森になっている場所に入ってきた騎士団の連中を注意しに行った時の話である。

「ここは管理局ミッドチルダ本局首都航空隊3097隊の警備区画です。教会騎士団の方々は所定の持ち場に戻ってください」

 ティーダさんが険のある声で、持ち場に戻るように告げた。無理も無い、今日だけで騎士団の連中に注意をしたのは3回目だ。
 何でも陸士隊とも同じようなトラブルを起こしているという。
 不承不承、不貞腐れた態度で去って行く騎士団の連中であったが、聞えよがしに呟いた言葉が俺達の耳に届いた。

「なぁ、管理局はいつからお子ちゃまのお遊戯会になったんだ?」
「コネ入局の箔付けなんだろ」

 その言葉に、ティーダさんの目がさらに険しくなる。
 こうなってくると管理局との連携に不慣れとかじゃなくて、こちらを挑発しているとしか思えない。

「そこのノッポとチビ! 今なんて言った?」
「ちょっと、よしましょうよティーダさん」
「お前が言われているんだぞ、ヴァン」

 俺のために怒ってくれるのは嬉しいが、こんな馬鹿に付き合ってティーダさんの経歴に傷を付けるのもバカバカしい。
 それに、コネで入局というのは間違ってない。保護者に局員がいると有利になるので、姉ちゃんに無理を言って後見人になってもらったわけだ。
 航空隊にいられるのも、飛行魔法の先天資質があるなら早いうちに航空隊にいった方が良いだろうと、所属していた陸士隊の隊長がかなり無理をして推薦してくれたからである。ある意味箔付けと言えなくもない。

「おや、なにか聞こえましたか空士殿?」
「なんでもありません、早く持ち場に戻りなさい!」

 俺の言葉に連中はニヤニヤとした嫌な笑みを浮かべる。

「ヴァン、お前な」
「すいません、出すぎた真似をしました。でも、あんなチンピラ相手にティーダさんの経歴が傷つくのも嫌ですから」
「あのな、そういう問題じゃないだろう」

 ティーダさんがため息混じりに言う。連中の上にも抗議をしているのだが、今のところ効果がない。
 かといって喧嘩にでもなったら事が事だ。

 もっとも、俺もこう考えながらも苛立っていたようだ。周囲に対して警戒が疎かになっていた。

「誰がチンピラだ、小僧」

 立ち去ったと思っていた騎士団の連中がいつの間にか戻ってきていた。
 ってか、ほんとこいつら何考えてるんだ? 警備中だぞ、今は。

 いつの間にか囲まれてるし……。
 俺は小声でティーダさんに謝る。止めて置いて、俺が騒動を起こしてどうする。

「すいません」
「気にするな」

 俺の謝罪に、ティーダさんは気にするなと言う。

「何の用だ?」
「その小僧を置いてゆけ。礼儀というものを叩き込んでやる」
「ざけんなよ、テメエら何様のつもりだ?」
「ふん、痛い目に合うかね」

 その言葉と共に連中の気配が変わった。
 ちょっとまて、こいつらここでやる気か!? 正気かよ!?

「はん、教会騎士団も落ちたもんだな。いいぜ、かかってきな」

 数の差は5対2……。緊張と魔力が高まる。
 その時だった。

「まて、お前たち、何をやっている!」
「騎士クラウス……」

 森の奥から現れたのは俺とそう歳の変わらない、栗色の髪の柔和な雰囲気の少年だった。
 聖王教会で“騎士”と呼ばれるのは相当なエリートのはず。あの歳で騎士だなんて、すごい天才なのだろう。

「僕は何をやっているのかと聞いているんだ!」

 厳しい口調で詰問する騎士に、騎士団の面々が不貞腐れた面で答える。

「いや、この小僧に礼儀というのを教えてやろうかと思いまして。人の顔を見るなり侮辱的な言葉を投げつけられましたからな」
「そうですか、僕には貴方達がこちらの人達に因縁を付けていたように見えましたが」
「まさか、我ら騎士団がそのような事をすると?」

 いけしゃあしゃあと好き勝手言う。

「では、ここはどこですか? 貴方達の警備区画からだいぶ離れていますが?」
「はっはっはっはっは、管理局は頼りないですからなぁ」
「分かりました、貴方達に人の言葉が通じないと。もう何も言いませんから直ぐ僕の目の前から消えてください」
「なにか勘違いしていませんか、騎士クラウス。我らは騎士アルフォードの配下であなたに命令権はないはずですよ」
「そうですか、別に良いですよ。彼らに何かをする気なら僕が相手になりますから」

 その言葉に、騎士団の連中の気配が変わる。
 これは、怯えてる?

「これ以上恥をさらす前に立ち去りなさい!」
「この件は騎士アルフォードに報告させてもらう」
「どうとでも報告しろ」

 その言葉と共に騎士団の連中は森の奥に消えて行く。なんか、『騎士カーリナの稚児が』とか、悪態をついているのが聞こえてきた。
 彼らの姿が完全に見えなくなると、少年はこちらに頭を下げてくる。

「申し訳ありませんでした」
「ふん、あんたがあいつらの監督責任者か?」
「直接ではありませんが、そうなります」

 申し訳なさそうな少年に、ティーダさんは苦々しげに告げる。

「年齢が年齢だから舐められているのはわかるが、びしっとしろよな。ちゃんとあいつらの上司に言っておけ」

 基本的に子供に優しいティーダさんにしては珍しく声を荒らげている。
 まぁ、どうもここに来ている騎士団は先程の連中と似たような態度だったらしいから、その対応に追われていたティーダさんの心象が悪いのも無理も無い。

「行くぞ、ヴァン」
「あ、はい」




「あれ、ヴァンくんやない?」

 さっきの少年騎士がきっちり抗議をしたのか、それ以降は騎士団が大きな問題を起こす事は無かった。特に何事も無く夕暮れになり、夜となった。
 時間は夜の9時。もっとも、俺達の仕事にはあんまり関係が無い。今夜は俺は夜通しの警備だった。
 
 変わらず病院の周りを巡回していた俺達に、頭上から声がかけられる。

 聞き覚えのある声に、俺は頭を上げた。
 病院の窓から、はやてが首だけ出してこちらを見ている。
 俺はどうしたものかと一瞬躊躇する。俺達航空隊は病院の中に入ってはいけない。ようするにはやてと接触するなと言われているのだ。
 クロノさんに頼めば恐らくは面会許可は下りるだろうけど、流石に仕事中に頼む気はない。
 本来なら聞こえないフリをするべきかどうか、一瞬だけ悩む俺だったが、横にいたティーダさんが要らぬ気をきかせてくれる。

「ヴァン、悪い。ちょっと財布を落としたみたいだから拾ってくるわ。10分ぐらいここで待ってろ」

 今回の警備を仕切っているのがアースラチームだというのは知っているから、船の中で知り合ったと考えたのだろう。
 ちなみに部隊の連中も皆知り合いじゃないかと疑っているようだが、なにやら生暖かい笑みで誰も聞いてこなかった。しかし、後でまた何か妙な噂が立ちそうだ。
 俺は内心で溜息をつくと、首を上に上げた。

「よ、はやて。ごめんね、明日の誕生パーティーに出れそうも無くて」

 俺のシフトが終わるのは明朝で、その後1回隊舎に戻る。パーティーは昼の予定だから、どう考えても間に合わない。
 顔を合わせた途端謝る俺に、はやては苦笑いを浮かべた。

「もう、いきなり謝らんでもええよ。お仕事なんやろ、何度も見かけたで」

 はやてはこの病院に入院しているんだから、俺の姿を見る機会もあったのだろう。別に隠れて警備しているわけじゃない。
 全く知らぬ世界で不安だろうから、俺が近くで警備をしている事をクロノさんかエイミィさんあたりが教えていても不思議じゃないしね。

「でも本当にごめん、折角の誕生日なのに……。プレゼントだけは送っておいたから」
「それはたのしみやな。なのはちゃんにせっかくもろた勲章を渡したんやから、私もそれなりのものをもらわんとなぁ」
「勘弁してよ……」
「あははは、ごめんごめん。でもテレビを見たで、緊張してカチコチやったなぁ」

 テレビとはこの間の表彰式の事だろう。
 ニュース番組でほんの少しだけとはいえ流れたのだ。いや、あんなの初めてだから本当に緊張しました。部隊の連中はもちろん、姉ちゃんまでニュースを見たと笑いながら連絡してくるんだもんなぁ……。

「そうそう、全局のヴァンくんが出ていたニュースをなのはちゃんのところに送っておいたで」
「ちょ、おまっ!? そんな事……」
「エイミィさんとユーノくんが協力してくれたから、すんなり出来たよ」

 あ、あの人達は……。よりによってユーノまで。
 ちなみに後に聞いた話では、カチコチに表情が固まっていた俺のニュース映像は、高町家のお茶の間では大好評だったらしい。遊びに来たアリサなどは腹をくの字に曲げて笑い転げたそうだ。

 俺達がそんなどうでもいい雑談をしていた。その時だった。
 不意にはやての部屋から怪しい光が漏れる。次の瞬間、はやてが悲鳴をあげる。

「な、なんやのっ!?」
「は、はやて!?」

 その悲鳴に俺は考えるよりも先に身体が動いていた。
 一足で飛び上がると土足なのにもかまわずはやてのいるベッドの上に飛び乗り、彼女をかばうようにデバイスを構える。

「はやて、俺の後ろに!」
「う、うん」

 はやてが俺の服の裾をぎゅっとつかむ。
 俺がこの時最初に脳裏に思い浮かべたのは盟主達である。警備が敷かれている以上は襲撃が警戒されているという事であり、はやてに危害を加えそうな連中は奴ら以外に思い浮かばなかったのだ。

 そう、この時俺は間抜けにもある可能性をすっかり脳裏から消去していた。
 あるいは、まだ時間が夜の9時だった為に無意識にその可能性を除外していたのかもしれない。地球の日本との時差はおよそ3時間。現在日本では6月4日午前0時だった。
 もっとも、これはかなり後になって気が付いた事だ。この時俺は、真剣に襲撃を警戒していた。

『Circle Protection』

 俺とはやてを包み込むように球状の防御壁が発生する。ユーノから教わった魔法の一つだが、あいつほど強度はない。それでも全方位からの攻撃から一瞬ぐらいは防御できる。
 さらに、俺ははやてを抱き寄せると状況に合わせてすぐに部屋から飛び出せるようにする。足が不自由なはやてじゃ、自分ひとりで逃げろって訳にはいかない。

 魔力流が吹き荒れる部屋に変化が訪れた。
 何も無かったはずの空間に、一冊の重厚な古書が出現する。支えも無いのに浮かぶ本を目に、俺は小さく呟く。

「な、なんや……、これ……」
「や、闇の書?」

 この時になって、俺はようやくはやての身に起きる転機の事を思い出していた。
 もっとも、俺がそれを口にするよりも早く、闇の書が眩く輝く。
 それと同時にはやての胸から小さな光が飛び出し、それを中心に黒い古代ベルカの魔法陣が展開された。

 再び眩いばかりの光が部屋を埋め尽くす。目を開けていられない光量に、俺とはやては思わず目をつぶる。

 そして……。

「少年よ、杖を下げられよ。我らにその御方を害する意思は一欠片も無い」

 凛とした女性の声に、俺はうっすらと目を開く。
 そこには今まで影も形も存在しなかったはずの、4人の男女が膝を付き頭を垂れていた。

「闇の書の起動を確認しました」

 さきほど俺に声をかけた、体の線がはっきりと出る黒いボディスーツに身を包んだピンクに近い赤い髪の女性が一番最初にはやてに言葉を告げる。

「我ら、闇の書の蒐集を行い、主を守る守護騎士でございます」

 次に同じように控えていた同じ服装の、金色の髪の女の人が自分たちの存在意義を告げた。
 さらに、ガッシリとした体格の浅黒い肌の大男……いや、あの動物の耳は使い魔……ベルカ式だから守護獣が言葉を引き継ぐ。

「夜天の主の元に集いし雲」

 最後に、俺達よりも幼い赤い髪の少女がこう言った。

「ヴォルケンリッター、なんなりと命令を」

 その言葉に俺達は驚いていた……わけじゃない。
 いや、俺は驚いていたよ。まさか、今日がヴォルケンリッターが出現する日だったとは、すっかりと忘れていた。

 でも俺達の驚きの中心は彼らの出現じゃなくて、出現した一番幼く見える少女に集中していたのだ。
 いや、ぶっちゃけ似ているというレベルじゃなくそっくり。違うのは髪型と、あちらにあった妙な所帯臭さが無いぐらいか? よく見ると顔も少し違うかな。でも、双子のようだ。
 そう、彼女はつい先日俺達に軽いトラウマを植えつけてくれた自称26歳二児の母に瓜二つだった。

「おい、ちょっとちょっと、あ、あたしがどうかしたのか?」

 俺達二人のなんとも言えない妙な視線に気が付いたのか、少女は居心地の悪そうに身を捩る。
 俺とはやては顔を見合わせると、互いにゆずり合い、根負けした俺が代表して質問をした。

「えっと、旦那さんと子どもは? 国に帰ったんじゃなかったんですか? イヴ二等空尉」
「へ? んなもんいねーよ。ってか、誰だよそれは?」

 俺の頓珍漢な質問に、少女が呆れ声を上げる。
 まぁ、そうだよね。ヴィータに子供がいる訳ないもんな。他人の空似だよね。うん、そうだ、そうに決まっている。

 少女の言葉に俺とはやては顔を見合わせ、安堵の溜息をつく。
 その様子に、少女は再び悲鳴を上げた。

「何二人で納得しているんだよ?」
「ヴィータ、いい加減にしろ。主の前で無礼は許されないぞ」

 妙な安堵に包まれる俺達と、なにやら念話で話しているらしきヴォルケンリッター。
 この妙な状況は、異変を察知したクロノさんが部屋に飛び込んで来るまで続くのだった。



[12318] A’s第2話(4)
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:e8725c8b
Date: 2011/07/20 20:50
A’s第2話(4)



「くそっ! どうなっていやがる!?」
『Variable Barret』

 少し離れた場所で少年少女を見守っていたティーダであったが、異変に気がついた時は既に手遅れであった。
 突如八神はやての病室の周りに発生した魔力流は、何者も寄せ付けない障壁と化していたのだ。
 当初はヴァンに続き飛び込もうとしたティーダであったが、魔力流に吹き飛ばされ地面に叩きつけられた。今放った魔法弾も障壁の前にあっさりと砕け散る。
 どうやら何者の侵入も許さないらしい。こうなると頼りになるのはぎりぎりで飛び込めたヴァンだけだ。

「無事でいろよ、ヴァン……」

 ティーダは小さく呟くと、障壁を破壊するべく魔法弾を放ち続けた。



【気がついているか?】

 最初にその事に気が付いたのは盾の守護獣ザフィーラであった。

【あの少年の騎士甲冑、色こそ違うが管理局のものだ】

「いや、つい先日あった人がな、そっくりやったのよ。その人が人妻で二児の母やったん」
「あたしにそっくりで人妻で二児の母? ありえねー、何の冗談だよ」
「いや、俺達も嘘だと思ったんだけど……」

 なにやら妙な会話をしている主とヴィータをよそに、他の守護騎士達は念話で状況確認をする。

【まさか、今回の主は我らが覚醒前に管理局に囚われていたのか?】
【だけどあの子をずいぶんと信用しているようですよ】

 シグナムの言葉に、シャマルが主と管理局員らしき少年を盗み見る。
 はやての手は、いまだにヴァンのバリアジャケットをつかんでいた。囚われの身とはとても見えない。

【囚われているうちに情がわいた可能性は?】
【そういう雰囲気ではない気がします。本当に友達みたい】
【確かにな……、それにここは病院か?】
【多分そうね。もしかすると入院していただけで、彼はこの病院の警備の子かも】
【希望的な予測は禁物だが、たしかにその可能性はある】

「あ、でももしかして、その旦那ってのも同じ年ぐらい?」
「年齢はともかく、見た目がなぁ」
「熊みたいやったな。写真を見る限りでは親子にしか見えへん」
「どんなカップルだよ……」

 少なくとも新たな主である少女は、あの管理局員の少年を信頼している。
 その事を考慮に、シグナムは決定を下す。

【準備だけはしておこう。最悪は主を守り逃げ延びるぞ】
【あちらの少年はどうしますか?】
【連れて逃げるか、最悪は私が切り捨てる。最優先は主の安全だ】

 シグナムはそっと自らの愛剣に触れ、ヴィータにも同じことを伝える。

【ヴィータ、聞いていたか】
【聞こえていたよ。でも、なんか……】

「熊と子供? あ、結婚出来たって事は法的には問題なかったんやろうなぁ。旦那さんがどんな人か興味あるわぁ」

【どうした?】
【今回の主、なんか何時もと違うような気がするんだ】

 少なくとも、こんなにどうでも良い事を主と会話をした記憶は彼女達に無い。物として扱われ、冷たい倉庫に入れられ、会話は命令がある時ぐらいであった。
 だが、だからといって今の彼女たちは希望を抱かない。抱けない。抱こうとしない。希望があることすら知らない。
 だからシグナムはヴィータにこう答える。

【そうだと良いがな……、何者かが侵入してくるぞ】

 守護騎士召喚時の防御結界も時間切れのようだ。
 まず最初に管理局のバリアジャケットを着込んだ青年が窓から飛び込んでくる。

「ヴァン! 大丈夫か!?」

 さらに入口の扉が勢い良く開き、肩に刺のある少年が転がり込んできた。

「はやて、平気か!? 守護騎士プログラムが発動したのか!?」

 窓と入り口、完全に挟み込まれている。しかもどうやら悪い予感が当たったようだ。これまでの経緯を考えれば、管理局が自分たちに友好的なわけがない。主は管理局に囚われている。
 主は、少年の側におり、奪取して即逃亡は難しい。どう見ても新たに現れた二人の魔導師は手練だ。簡単には逃げれまい。

【ヴィータとシャマルは主の守りと逃亡を優先しろ。ザフィーラは私と殿を】

 シグナムは仲間の返事も待たず、待機形態だった炎の魔剣レヴァンティンをシュベルトフォルムに切り替える。
 それと同時に、ヴィータが鉄の伯爵グラーフアイゼンを、シャマルは風のリング・クラールヴィントを起動させた。唯一ザフィーラのみは徒手だが、守護獣である彼には得物など不要だ。
 明らかに戦闘の意思を見せるヴォルケンリッターに、管理局員達に緊張が走る。
 それぞれがデバイスを構えヴォルケンリッターを見据える。特に少年は、主を庇うように身を前に出す。

 それぞれの緊張が限界まで高まり、今まさに戦いが始まらんとした、その時だった。

「なにやってるんや、あんたたちはっ!!」

 素人なら息も出来なくなるような極限の緊張をぶち壊したのは、まだ幼い主であった。
 彼女の怒鳴り声に、ヴォルケンリッターも管理局員達も毒気を抜かれる。

「いきなり顔を合わせたら喧嘩って、なにやってるんや!」
「主よ、しかし……」
「しかしもへったくれもあらへん、それに、そこのおっぱいのデカイ姉ちゃん」
「お、おっぱいのデカイ?」

 あまりといえばあまりの言葉に、シグナムは鳩が豆鉄砲を食らったような表情をする。

「私は主なんて名前やあらへん。八神はやて、はやてや。自己紹介もせんでいきなり喧嘩するんやない。はい、順番に自己紹介をしてゆく」

 この時、八神はやては……ちょっぴり切れかけていた。
 事前レクチャーで守護騎士の事は聞いていた。いずれ出てくる守護騎士はどんな怖い連中なんだろうと、内心不安だった。
 しかし、実際出てきてみればやや固いものの、普通にしゃべれるじゃないか。そう思って少し安堵したら、クロノ達が飛び込んできて武器を構え、息も出来ない様な恐ろしい気配を発しはじめたのだ。

 普通の少女だったら泣き叫んでいたかもしれない。しかし、彼女は八神はやてだった。
 色々な意味で普通の少女ではないのだ。

「まず、オッパイ姉ちゃん」
「いや、そのオッパイと連呼するのは……、私は剣の騎士シグナムと申します、主よ」

 吹き出しそうになったヴィータを軽く睨むと、シグナムは頭を垂れ素直に名前を名乗る。

「主やなくてはやてや、それから頭を下げるんやない。ちゃんと目を見て話そう」
「し、しかし恐れ多い……。分かりました、主はやてよ」

 はやての剣幕にシグナムは目を白黒させる。
 一方、これはなんだか逆らわない方が良いと思ったのか、ヴィータがシグナムに続き名乗りをあげる。

「鉄槌の騎士ヴィータでございます。えっと……」

 素直に名乗るヴィータに、はやては優しく微笑んで応じる。

「よろしくな、ヴィータ」
「よ、よろしく……」
「私ははやてや」
「よろしく、はやて」

 今までの自己紹介は機械的に名称を述べるだけであった。だが、今回の主とのこれは、本当に自己紹介だ。
 はやての優しい笑みに、今までにない経験に、ヴィータの頬が赤くなる。

「湖の騎士シャマルです。よろしくお願いしますね、はやてちゃん」
「盾の守護獣ザフィーラだ。主はやてよ」

 それを見たシャマルが優雅にお辞儀をし、ザフィーラがぶっきらぼうにも見える声であいさつをする。
 ヴォルケンリッターは次々に自己紹介を続けて行く。シグナム一人が怒られ損であった。
 全員が名乗ったのを確認すると、はやてはもう一度優しく微笑むと、もう一度自己紹介をした。

「一回名乗ったけど、あらためてよろしくな。私は八神はやてや。これから闇の書の主として、闇の書の暴走を何とかしたら守護騎士みんなの衣食住の面倒をみる事になる予定や」

 そのはやての言葉に、慌てたのは入り口から入ってきた管理局員だ。

「ちょっとまて、はやて。なんでそういう事になっているんだ?」
「違うんか? 守護騎士は人間とほとんど変わらへんって話だから、闇の書の暴走を何とかしたら私が面倒みるもんだとばっかり」
「いや、たしかにそうだが、いや、彼女たちはプログラムで……」
「でも人間と変わらんのやろ。アルフさんやてちゃんと人間と同じ扱いやったし、彼女たちもちゃんと扱わんと駄目や。それよりも、クロノも自己紹介をするんや。なんか新顔の色男もおるしな」

 その言葉に管理局員達が顔を見合わせる。この状況は流石に想定していなかったらしい。

「ほら、ちゃっちゃか自己紹介をやる。これだから男は……」

 なんだかひどい言われように、クロノはやや憮然としながらも律儀に自己紹介をした。

「クロノ・ハラオウン。時空管理局の執務官だ」

 この中で一番階級の高いクロノが自己紹介をした以上、あとの二人も自己紹介をしないわけにはいかない。
 まず最初にはやてにとっても新顔の若者が名前を名乗る。

「あ、えっと、ティーダ・ランスター准空尉だ」
「えっと、ヴァン・ツチダ空曹です」

 二人が名乗り終えると、ヴォルケンリッターを代表して、シグナムが尋ねる。

「主はやては管理局に囚われているわけでは? それに、闇の書の暴走とは」
「うん、違うよ。闇の書がこのままじゃ危ないって話だから、こっちの病院に入院しているだけや」
「闇の書が危ない?」
「ちょっとまってくれ、君たちは闇の書の暴走を知らないのか?」

 明らかに様子がおかしい守護騎士達に、クロノが疑問の言葉を投げかける。

「暴走、何の事だよ?」

 その言葉に、ヴィータが不機嫌そうに答えた。

「知らないのか。そんな馬鹿な……。いや、でも、それなら納得が……」

 絶句するクロノの背後から、ガヤガヤと声がする。
 建物内の警備に当たっていた武装隊が集まってきたのだ。守護騎士達の目が鋭くなる一方で、クロノは武装隊の一人に通常警備に戻るように命令する。

「君たちは通常の警備に……いや、外部から誰も入れないようにしてくれ。誰かが直接僕に会いに来たら来た場合はすぐに知らせてくれ」
「了解です」

 散っていく武装隊に、ヴォルケンリッターが軽い驚きの表情を浮かべる。いつも通り、このまま数に任せて拘束されるのかと考えたのだ。
 クロノはヴォルケンリッターに向かって提案をする。

「君達と情報交換をしたい」
「どういう意味だ?」
「君たちははやてを傷つける意思はないのだろう」
「無論だ」

 何を馬鹿な事をと思いつつも、シグナムはクロノの次の言葉を待つ。

「現在管理局では闇の書の暴走からはやてを守るための調査を行っている」
「貴殿らに主はやてを傷つける意思はないと?」
「無論だ。管理局は魔法を知らない世界の一般人を傷つけるような組織じゃない」

 シグナムとクロノの視線がぶつかり合う。
 ほんの数秒のぶつかり合いの後、シグナムは視線をそらしはやてを見る。
 はやてはにこりと笑うと、うなずきながらこう言った。

「大丈夫、信頼できる人達や」

 その言葉が決定打であった。
 シグナムは決断を下す。

「分かった、話を聞こう」
「シグナム、いいのかよ!?」
「主が信じる方々だ。まずは話を聞こう。ただ、その話が嘘偽りだった場合は……」

 シグナムはありったけの殺気を込めて、クロノを睨む。
 その殺気をクロノは軽く受け流した。

「その時は首でも何でも持っていけば良いさ。はやて、悪いけど同席してもらえるかな?」
「うん、いいで」

 はやての了承をうけ、最後にクロノは二人の航空隊隊員にこう言い渡す。

「ヴァン、それとティーダ准尉。君たち二人は悪いけど、別室に待機……いや、拘束させてもらうよ」

 その言葉に、二人の顔が真っ青になる。
 もっとも、警備区画外に入り込んだ上に、二人には知らされていない最高機密を見てしまったのだから、これは妥当な処理であった。




 ルーチェはその光景を“見て”困っていた。ルーチェの持つ『千里眼』なら、ヴァンがどこにいようとも監視が出来る。
 彼女が最高評議会から与えられた命令はヴァン・ツチダの監視だ。彼がトリッパーかどうか、そして有害かどうかを見極めるための材料をもってこいというのだ。
 もっとも、有害かどうかについては早々に現時点では無害と最高評議会は結論付けている。
 あれだけのコネを持ちながら士官コースに進まず、勲章の重要性を理解していないなど政治的な野心に乏しい。職務に関しては真面目で、周囲にからかわれては真っ赤になっているような少年を有害と考え続けるのは難しい。
 演技の可能性も考えられたが、彼のプライベートにおかしな点は見つからなかった。

 一方でトリッパーかどうかは保留となっている。

 流石に最初の漂流や登場人物との出会いは偶然だろうが、第97管理外世界での活動は原作知識があったとしか思えない点も多い。
 市街地に巨大樹木が発生し大きな被害をもたらすはずだった事件に関しては、ユーノ・スクライアを事前に休ませた上で結界を駆使し被害を0に食い止めるなど、原作知識がなければ難しい解決策を取っている。
 反面でトリッパーの干渉が予測されるとはいえ、奇跡の連続とも言える闇の書事件をミッドチルダに持ち込み原作知識を御破算にするなど、最大のアドバンテージとなる原作知識に対するこだわりがまるで見られないのだ。

 そして今回、召喚タイミングのズレに関しては彼女にとっても予想外であったが、ヴァンの行動は守護騎士を知らない人間のそれだった。あのタイミングで主に絶対服従の守護騎士からはやてを庇う意味はない。最悪は主に対する敵対行為と勘違いされ、攻撃の対象になりかねないのだ。そして実際に攻撃されかかっていた。
 彼はトリッパーでも原作知識が無いのか、あるいは原作知識に乏しいのかもしれない。自分とて最高評議会から詳細な原作知識を与えられてなければ、細かいところは忘れていた。

 そう、すでに最高評議会はほぼ完全な原作知識を保有している。そういった意味では既に彼の重要度は低くなっていた。

 まぁ、いい。別に期日が切られているわけでもなし、慌てて行動に移る意味も無い。その気になれば、いつでも始末出来る。
 ルーチェは“見る”のを止めると、意識を元に戻す。

 そして、軽い怒りを滲ませながら呟く。

「んで、なに人の胸を揉んでるのかな……」

 一緒にお風呂に入っていた妹が、いつのまにか人の胸をまさぐっていた。
 幼い少女の指の動きに合わせて、柔らかい双丘が形を変えて行く。
 何が嬉しくて前世男の自分が胸を揉まれなきゃならんのか。男だった頃は鼻を伸ばして見ていた部位も、自分の胸にくっついてみたら邪魔な脂肪の塊に過ぎない。重いしかぶれるし下着は高いし、男は妙な目で見てくるしと碌なもんじゃない。

「えー、お姉ちゃん呼んでも反応がないんだもん。これはチャンスかなと思って」

 怒りに震える姉に、妹はにこやかに答える。

「何がチャンスだ。というか、反応が無かったら人の胸を揉むのか、キミは」
「どうすれば大きくなるか、研究のために実物を触ってみようと……」
「色気付くには10年早い」

 ごつんと軽くげんこつを落とすと、ルーチェは湯船から上がった。
 湯上りのほんのりと桜色に上気した肌の上を、水滴が滑り落ちる。ルーチェはバスタオルで水分を丁寧に拭きとると、手早く下着を身につけてゆく。
 以前はブラをつけるのに抵抗があったが、最近では慣れたものだ。時々我にかえり泣きたくなるけど。

「お姉ちゃんはちょっと仕事に行ってくるから、留守番お願いね」
「え~? もう夜だよ?」
「ごめんね。多分今晩は帰ってこれないから、戸締まりをちゃんとやっておいてね」
「は~い」

 守護騎士が召喚されて状況が変わった以上、隊長である自分が呼び出されるのは確実だ。それを抜きにしても、勝手に命令外の行動をした部下二人を引き取りに行かなければならないだろう。
 最高評議会の連中はどう動くのか。面倒な指令が来なければ良いと、ルーチェは内心で溜息をつくのだった。



[12318] A’s第3話(1)
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:e8725c8b
Date: 2009/12/30 02:05
A’s第3話(1)



 クロノから渡された管理局の資料に目を通したヴォルケンリッターは、一様に青ざめた表情をしていた。
 その様子に、クロノは彼らが暴走の事実を知らないと確信する。

「こ、こんなの嘘だ、あたしらを騙そうと……」

 ヴィータが反射的に呟くが、その声に力は無い。
 クロノが見せたのは11年前の事件の記録であった。
 暴走に巻き込まれた次元航行艦エスティアをはじめとし、管理局に逮捕される前の主、同じく捕縛される自分たち、収容される闇の書など、確かに自分達であるのに映像の数々は、彼女たちの記憶には無いものであった。

 その事実に、彼女たちも自覚してしまったのだ。歴代の主がどういう末路を歩んだか、闇の書を完成させるとどうなるか、守護騎士として有って然るべき記憶が無いという事を。
 今まではその事を疑問に思う事すら出来なかったが、それを目の前に突きつけられる形となった。
 これを一切合切嘘だと叫ぶのは簡単だが、それは論理的な思考に基づくものではなく、子供が癇癪を起こし騒ぐのに等しい。

「だが、我らに記憶はない。これを嘘だと断じる事も出来ない」
「でも……」

 確かに騙されている可能性もある。だが、それは自分達が闇の書の完成形を知らない事が前提となる。
 自分達ですら自覚していなかった事を、管理局が知り得る事が出来るであろうか?

「主はやて、この話は……?」
「うん、本当だと思うよ。私な、本当はこの世界……ミッドチルダやなくて、地球って世界に住んでいるんやけど」
「地球ですか?」

 聞き覚えが無い世界だ。
 他の者も同じだったのだろう、シグナムの視線に首を横に振る。

「管理外世界……って呼んでるらしいんやけど、ここみたいな魔法が無い世界なんや。そこで一人暮らしをしてたんやけど、わざわざ提督さんが出向いてきて、このままじゃ危ないから来てくれへんかって」
「その話を信じたのですか?」
「騙す意味があらへん。その気になれば簡単に連れ去れるのを、説得に来るなんて」
「信用させて騙す気じゃ……」
「私もそれも考えたんやけどな、そんな悪どい事をやる人達に見えへんかった。ヴァンくん……あの一番ちっこい男の子やけど、少し前に事件に巻き込まれた私を助けてくれた事があるんや」

 はやての言葉に、シャマルが疑問を口にする。

「それも含めて演技と言うことは?」
「自分が死にかけてまでか? あの時は大変やったで、血が仰山出るわ、どんどん冷たくなっていくわで……。ユーノくんとなのはちゃんが来るのがもう少し遅かったらと思うと、ゾッとするわ」

 その時の事を思い出しているのだろう。はやての顔が少し青くなる。
 倒れるヴァンを前に、はやては泣き叫ぶしか出来なかった。
 すぐになのは達が飛んできて、ユーノが必死に治療魔法を使わなければ、彼は今頃生きていなかっただろう。

「ユーノ? なのは?」
「友達や。管理局の人やないよ」

 はやての言葉に、シグナムは一つの決断を下す。

「主はやての判断を信じます」

【おい、良いのかよ?】
【疑う理由……いや、材料が我らには無い】
【そりゃそうだけど……】
【この状況で主の安全を確保しながら逃亡するのは難しい。主は魔導師では無い上に、下肢に障害があるんだぞ】
【確かに、かなりの数の魔導師がいるようだ。危険が大きい】

 ザフィーラとシャマルも念話による会話に加わる。
 探ったわけではないが、先程のやりとりからこの建物内部だけでも相当数の魔導師がいるのは分かっていた。無論周囲にも配置しているだろう。負けるとは思わないが、安全に逃げるのは難しい。

【それに、彼らの話が本当だった場合、主の命に関わる】
【鵜呑みにするのは危険だけど、迂闊に関係を絶つのも危険ということね】
【そういう事だ。とりあえずは11年前の調査を。次元航行艦が沈んだのなら、管理局以外にも記録が残っているはずだ】
【嘘だったらどうするんだ?】

 ヴィータの言葉に、シグナムは抑揚無く答える。

【いつも通りにするだけだ】
【そうか……わかったよ】

「そうか、よかったわ」

 守護騎士達の念話での会話が聞こえないはやては、シグナムの言葉にはやては笑顔を見せた。

「なあ、彼女たちの服はどうするんや? 後、地球に帰るまで住むところと……」

 どうやらはやては彼女たちを地球に連れて帰る気が満々らしい。
 その点は後で考えることにしても、はやての言葉にクロノは少し考え答える。
 確かにこのままと言うのはまずいだろう。黒のボディスーツと言うのは目立つし、身体のラインがもろに出るのでシグナムやシャマルは目のやり場に困る。

「とりあえずは管理局の制服を着てもらうか。それならすぐにフリーサイズを用意できるが……」

 ふと、クロノは順繰りにヴォルケンリッター達を見る。
 女性二人は普通のサイズだから問題はない。守護獣であるザフィーラも大柄ではあるが、十分常識の範疇だから合うサイズは用意出来るだろう。
 そして最後に視線がヴィータに注がれる。
 このサイズは……あるのか? 子供用の制服もあるけど、ここまで小さいのは……。
 いや、あのハンマーを振り回していた空尉の制服があったんだから、きっとあるだろう。
 
 そう考えた瞬間、無理やり無視していた事実が意識の大半を占めた。
 そう、この守護騎士の少女は、あの自称26歳二児の母な局員に似ている。というか、同じ顔だ。そういえば、デバイスも同種だったような気が……。

「な、なんだよ……?」

 クロノの視線に気づいたのだろう。ヴィータが居心地が悪そうに身を捩る。

「いや、何でも無いよ。君のサイズもあるだろう。イヴ二等空尉も制服を着ていたし……」
「またそいつか。何者だよ?」
「むしろ、僕が聞きたいよ」

 クロノのやや投げやりに聞こえる言葉に、はやてが思わず頷くのであった。



[12318] A’s第3話(2)
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:e8725c8b
Date: 2010/01/26 17:17
A’s第3話(2)



「なあ、ヴァン。俺はさ、海に憧れてたんだ」

 ティーダさんが俯きながら俺に話しかける。

「執務官志望でしたよね、ティーダさんも」
「ああ、でもさ、海ってこんなんだったんだ」
「落ち込まないでくださいよ」

 彼が落ち込むのもわかる。
 でも……。

「知っている人が言いました。世界はいつだってこんなはずじゃないって」
「それはそうだけどさ……」
「それに第一……」

 俺は半眼でティーダさんの手元を見ながらこう言った。

「口では色々と言ってますけど、ノリノリじゃないですか」
「いやー、それはさ、なんというか、隠しきれない溢れんばかりのセンスって奴?」

 ティーダさんはなんか吹っ切れた爽やかな笑顔を浮かべ、部屋を飾る飾りを持ち上げて見せる。素人仕事とは思えない丁寧な作りだ。
 この人何気に器用なんだよね。ティアナちゃんに色々作ってあげているうちに、裁縫から料理、果てはデバイス作成まで何でも出来るようになったらしい。

「それにさ、女の子の誕生日パーティー用の飾りだろ、常識的に考えて手を抜けないだろう」
「いや、まぁ、そうですけど……」

 ちなみに先程から俺達が何をやっているのかというと、はやての誕生日パーティーの時に部屋を飾る飾りを作っていたのだ。
 拘束されて会議室っぽいところに連れて行かれたと思ったら、待ち構えていたエイミィさんに『どうせ暇だろうから、作っておいてね』と頼まれたのだ。
 デバイスも取り上げられてないんだから、実にいい加減だと呆れるべきか、信じられていると喜ぶべきか判断に悩む。
 ちなみにティーダさんは二つ返事でこの話を了承した。美人に分類されるエイミィさんのお願いだし実にわかりやすい。

 そんなわけで、俺とティーダさんはせっせと飾りを作っていた。

「しかし、海……、次元航行部隊ってもっとビシッってな感じでやるもんばかりだと思ってたぜ」
「俺も最初はそう思ってましたけど、アースラで嫌というほどノリが軽いと思い知らされました」

 俺達地上勤務の人間には一つの妄想がある。きっと次元航行部隊の連中って、いかにもエリートでかっこいいんだろうなぁ、と。
 アースラだけ特殊という可能性も考えたが、クロノさんや武装隊の反応を見る限り程度の差こそあれ、どこもあんなノリなんだろう。

 まぁ、気を抜くところでは抜いておかないと、やってられないってのもわからないでもない。俺達の仕事は、凄惨な事が多すぎる。
 特に海の連中は、場合によっては億単位の人命を背負わなきゃならないわけだし、常時張り詰めていたら持たないのだろう。

「しかし、ヴァン。あのはやてって娘の本名がなのはっていうのか?」
「なんでそうなるんですか?」
「いや、ずいぶんと親しそうだったから、てっきりあの娘が例の勲章を上げたっていう……」
「名前が違うでしょう。なのはは俺とはやての共通の友達ですよ」
「そうなのか? ってか、あの名前が本名だったのか。偽名かなんかだと思ってた……。よっと、できた」

 この病院に入院するVIPの中には様々な事情から偽名を使うものもいるらしい。

「本名ですよ。わけありの子ですけど……。すいません、巻き込んじゃって」
「気にするな。お前だって同じ状況だったら突っ込んでただろう」
「そうですけど……」
「俺は気にしてないんだから、これ以上言うと本気で怒るぞ」

 こうやって俺達が話しながら箱いっぱいに飾りを作っていると、部屋の入口が開く。
 入ってきたのはクロノさんであった。部屋に入るなり、内職仕事をしている俺達を見て呆れ返る。

「な、何をやっているんだ、君たち?」
「エイミィさんがきて、暇だろうから作ってくれと……」
「な、なるほど……」

 この短い会話で事情を察してくれたらしい。なんだかとっても同情的な視線を向けてくる。
 俺達もきっと同じような目をしていたのだろう、苦労している比率はクロノさんの方が多いはずだ。

「ま、まぁこれはいい。
 とりあえず、ティーダ准空尉とヴァン空曹にはすまない事をした。不測の事態だったとはいえ、拘束することになって」
「いえ、問題ありません」

 クロノさんの言葉にティーダさんが答える。
 これは後でクロノさんから聞いたのだが、離れた場所に保管していた闇の書は、何の予兆も無く突如はやての元に転移したそうだ。
 地上本部中央病院の別棟は普通の病院ではない。外来患者も利用する本館はともかく、別棟はVIPなども利用する事から、転移魔法と探知系魔法に関しては特に対策が施されている。それらを安々と突破し、闇の書ははやての元に転移したらしい。
 見積もりが甘かったといえばそれまでだが、流石はベルカ最盛期のロストロギアである。

「君たち二人の処遇だが、しばらくは本隊を離れてもらうことになる」

 まぁ、妥当だろうと俺達は思った。少なくとも闇の書を地上に持ち込んだのは秘密のはずだ。第一発見者の俺はともかく、事情を知らないティーダさんを自由には出来ない。
 もっとも、この次に続く処分は俺達の予想外だった。

「現時点より、ティーダ・ランスター准空尉とヴァン・ツチダ空曹の両名はしばらくの間アースラに出向、僕の指揮下に入ってもらう」
「はい?」

 思わず俺は間抜けな声をあげる。

「えっと、いいんですか?」
「人手が足りないんだ、そっちの隊長の許可はとってある。これが略式だけど命令書だ、ヴァンは特に目を通しておくように」

 クロノさんが出したのは、確かに正式な命令書だった。

「しばらく拘束されるばかりだと……」

 予想外の展開に呆然とする俺に、クロノさんは呆れ声をあげる。

「君をこれ以上拘束する意味はないだろう。事情はほとんど知っているんだから」
「まあ、そうですけど……」
「それにな、はやてが君たち二人の事を気にしてたからな」
「私もですか?」

 ティーダさんの言葉にクロノさんが少しだけ苦笑いをした。

「目の前で拘束したから、自分のせいで迷惑を掛けたくないんだろう」

 うむー、確かにはやてが考えそうな話ではある。
 なんというか、すごく人に気を使う子なんだよな。なのはもだけど……。
 クロノさんの説明に納得したのか、ティーダさんが敬礼をする。

「了解しました。ティーダ・ランスター准空尉とヴァン・ツチダ空曹の両名はこれより指揮下に入ります」
「ああ、よろしく頼む」

 俺もそれに倣う。
 そして、ふと思い出したようなフリをして、クロノさんに話しかけた。

「あの、クロノさん……」
「どうしたんだ、ヴァン?」
「いえ、あの『夜天の主』って何だと思いますか?」
「夜天の主?」
「いえ、守護騎士の一人……ザフィーラがはやての事を『夜天の主』と呼んだんです。『闇の書の主』ではなくて」

 『夜天』というのは、闇の書の本当の名前の事だ。
 ザフィーラからこの名前が出たのは驚いたが、ここで伝えておけば少しは無限書庫で調べているユーノの助けになるだろう。俺が伝えなくてもどうせすぐにたどり着くんだろうけど。

 しかし、しまったなぁ……。もうなのは達の物語に関わる事はないだろうと考えて、ノートを確認するのを忘れてた。帰ってから一種の虚脱状態だったし。
 まぁ、物語の展開とは大きく違っているだろうから、ノートを見てもこれ以上俺のいい加減な知識は役に立たなかっただろうけど。

 一方俺の言葉を受けて、クロノさんが少し考え込む。
 そして通信端末を開くと、ユーノを呼び出した。

「少しいいか?」
「どうしたんですか? って、あれ、ヴァンまで?」
「ああ、検索の追加を頼みたい。ヴァン、守護騎士が出現した時の記録はあるか?」
「はい。これを」

 俺はデバイスに記録しておいた守護騎士登場とその直後の会話をクロノさんのデバイスに転送する。
 二人がなにやらあれこれ話している横で、ティーダさんが小声で話しかけてきた。

「あの子がなのはって娘か?」
「ユーノは男ですよ。というか、そのネタから離れましょうよ」

 俺達が馬鹿な雑談をしている間にも、打ち合わせは終わったようだ。

「……夜天の主か。調べてみるよ」
「大変だろうけど頼むよ」




 翌日。
 あの後事件の状況説明を受けてた。もっとも、はやての身体がそれほど持たないという、あまり聞きたくない話以外は、俺の知っている内容以上の進展は無かった。
 そして……。

「はやてちゃん、誕生日おめでとー!」
「あははは、ありがとうなぁ」

 エイミィさんの音頭で、はやての誕生日パーティーが始まった。
 アースラスタッフや、PT事件で顔見知りとなった武装隊員達が入れ替わりに部屋にやってきては料理を摘まんで立ち去っていく。
 ちなみに料理を作ったのははやて自身とエイミィさんだ。

 一方、このパーティーで居心地が悪そうというか、場違いに感じているのが見え見えなのがヴォルケンリッターの面々であった。
 え? ティーダさん? 開始1分で早々に馴染みましたよ。 現在マイク片手に司会を引き受けています。

「というわけで、誕生日プレゼントの贈呈だ。まずは代表して、ヴァンからどうぞ!」

 こんな事を言っています。
 って、ちょっとまて。

「あの、なぜ俺?」
「ユーノくんはまだ到着してないし、そうするとヴァンくんからになるでしょう」

 横にいたエイミィさんの言葉は、確かにそのとおりだった。
 同い年の友達だと、ミッドチルダにいるのは俺とユーノだけだ。さすがに裁判中のフェイトは自由に外出する事は許可されていない。
 ちなみに俺が送る予定だった花束は、本局から某結界魔導師が態々個人転送で送り届けてくれた。本人はまだ到着していない癖にと、深くは考えてはいけない。
 フェレットの時にゴルゴ眉毛を描き込んでやる……。

「んじゃ、これを……」

 俺は傍らに置いてあった花束をはやてに手渡した。
 ちなみに花屋におまかせで頼んだので、俺が名前を知っている花は殆どない。薔薇っぽいのの他はさっぱりだ。
 まぁ、女の子の誕生日プレゼント用と指定しておいたから、変な花は混じってないだろう。

「ありがとうなぁ、ヴァンくん」

 花束を受け取ったはやてが笑顔で答える。

「ああ、はやて、誕生日おめでとう」

 流石にこれだけ多くの人の目の前で花を渡すなんてのは恥ずかしい。
 俺は花束を渡し終えるとこそこそと壁際に戻る。ふと、エイミィさんといつの間にか来ていた姉ちゃんの視線が俺に向いていることに気がついた。

「あれ、姉ちゃ……オーリス秘書官どうしたんですか?」
「ええ、こちらに用事が……、それよりあの花束は?」
「花屋に頼んだんですが?」

 いっている意味が分からず首を傾げる。というか、花屋の事は姉ちゃんも知っているだろうに。
 横で聞いていたエイミィさんが溜息をついた。

「まぁ、ヴァンくんだしねぇ……」
「そうですね、ヴァンくんですし……」

 姉ちゃんも同じような仕草で溜息を付き、二人は顔を見合わせて苦笑した。
 何を言っているんだ、二人とも? 首を傾げる俺に、姉ちゃんが説明をしてくれた。

「花言葉って知っている?」
「そういうのがあるってのくらいは……」
「薔薇の花言葉は“愛”よ」
「へ?」

 思わず間の抜けた声をあげる俺を、二人は笑いながら見る。

「赤以外の色も混じっているから、それ以外の意味もあるけどね」
「でも、蕾は愛の告白なのよ」
「いや、でも男は普通そんなの知りませんよ……」

 こうやって俺が二人におもちゃにされている間にも、プレゼントの贈呈が続いていく。
 遅れてやってきたユーノは本を、エイミィさんとクロノさんはアクセサリィを、姉ちゃんは腕時計を贈ったようだ。
 って、姉ちゃんまで?

「ヴァンのお友達だし、知らない仲じゃないですから。少将も咬んでますよ」

 うむー。
 俺が唸っている間にもプレゼントは進み最後になのは達が送ってきた大きな箱を開ける番になった。

「これは大きいわぁ。ヴィータ、ちょっと手伝ってや」
「わかった」

 ややぶっきらぼうに見える態度で、ヴィータが一抱えもある箱を開けるのを手伝う。
 彼女が近づく一瞬、武装局員の何人かに緊張が走るが、恐れていたような事態は何も起きなかった。普通に箱が開くと、3つの大きなぬいぐるみが転がり落ちてくる。
 巨大ユーノみたいな奴に、巨大アルフみたいな犬のぬいぐるみに、なんかでかい猫……。
 落ちてくるぬいぐるみを近くに控えていたシグナムとシャマルが慌てて抑える。

 あれ?

 どうやら箱にもうひとつウサギのぬいぐるみが入っていたようだ。妙にやさぐれたウサギが真ん中に鎮座している。
 一瞬、ヴィータの目がそのウサギに止まった事に俺は気が付いた。




「なあ、ヴァンくん。ちょっとお願いしたいことがあるんやけど、いいかな?」

 パーティーの途中、はやてがこっそり俺に耳打ちする。

「なんか悪巧みかな?」
「そうやなぁ、ちょっと一枚かまへんか?」

 ちょっぴり小悪魔チックな笑みを浮かべるはやてに、俺も同じような笑みで応えた。
 とりあえずは、紙袋を探さないとだめかな?




 やがて誕生パーティーも終わり、俺とヴォルケンリッターははやての病室にプレゼント類を運び込むことになった。

「すまんな、手伝わせて」
「いえ、気にしないでください」

 俺と一緒に荷物を運ばされているのはヴォルケンリッター唯一の男手であるザフィーラだった。
 ちなみに俺の任務ははやてと守護騎士の監視という事になっている。もっとも、実のところ戦闘では一蹴されるのが目にみえているので、無茶をしないようにとのお目付け役だ。
 周囲にはわからないように武装隊が張り付いているし、病院周りの警備シフトも変わっている。

 シグナムははやてに常に張り付いておリ、はやてに渡された紙袋を持ったヴィータもその後を固めていた。シャマルだけは別行動で、花束を花瓶に移し替えに行っている。
 俺も含め、管理局を未だ警戒しているのだろう。シャマルだけ別行動なのも、一網打尽にされるのを恐れて……というのは流石に考えすぎか?

「どうせ一人では持ち歩ける量じゃありませんから」
「確かにな」

 一番大きかったぬいぐるみは箱に戻され、ザフィーラが抱えている。他にも重量物を抱えているのだが、まったくよろめく様子が無いのは、流石としか言い様が無い。
 というか、あのタッパは羨ましいよなぁ……。前世ではそこそこ身長が伸びたけど、今度はどうなるのかな。前は176だったから、今度は180くらい欲しいが……。
 っと、俺がそんな事を考えている間にもはやての病室についていた。

「到着や。あっ、ヴィータ」

 病室についた途端、はやてはヴィータに呼びかける。

「そうそう、その袋を開けて良いで」
「えっ?」

 突如言われて戸惑うヴィータに、はやてがニコニコと微笑みかける。

「ええから、ええから」

 その笑みに押されるように、ヴィータは紙袋を開ける。
 中から出てきたのは、先程のなのはたちのプレゼントの中に混じっていたノロイウサギであった。俺がヴォルケンリッターにも内緒でこっそり移し変えておいたのだ。まぁ、加速魔法を使ったのはやりすぎだった気もするが。

「ああああ……」

 一瞬だけ喜びの笑みを浮かべるヴィータであったが、次の瞬間真面目ぶった表情を無理やり作る。

「だめだよ、これははやての誕生日プレゼントじゃ!?」
「うん、それがやな。目録を見たらこれだけ誰のプレゼントでも無いんや」

 目録にはなのはが巨大ユーノ、ずすかが巨大猫、アリサがアルフもどきとなっていた。
 恐らくはアリサが二人には内緒でウケ狙いに混ぜたのだろう。他の二人はこういう事はしないだろうし。

「でも……」
「それにな、良く考えてみたら、昨日は皆の誕生日になったわけやし」
「えっ!?」

 その言葉にヴォルケンリッター達が顔を見合わせる。
 というか、その発想は俺にも無かった。たしかに闇の書から出てきたのは昨日だけど……。

「私からも時間を見つけて皆に何かプレゼントをするから、かんにんや」
「いいの?」
「うん、私のところにはおっきいのが3つも来たんやし、その子はきっとヴィータの誕生日プレゼントになるために次元の海を渡ってきたんやと思うわ」
「ありがとう、はやて」

 頬を赤らめ、はやてにお礼を言うヴィータは、どこにでもいそうな、ごく普通の女の子に見えた。
 この日から一月と少しの間、はやてとヴォルケンリッターは監視付きではあったが穏やかな時間をすごす事となる。



[12318] A’s第3話(3)
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:e8725c8b
Date: 2010/01/26 17:24
A’s第3話(3)



「買い物に行きたい?」

 その日はやてが頼んできたのはこんな内容だった。

「そや。4人をあの格好のままって訳にもあかんやろ」
「まぁ、確かに……」

 はやての言葉にクロノさんは思わず頷く。
 現在ヴォルケンリッターの4人は管理局陸士隊の制服を着ている。階級章こそ付けていないが、何時までもこのままでは問題があるのは確かだ。
 制服というのは局員の証明でもある。彼女達を悪く言う気はないが、部外者に何時までも着せておいて良いものではない。

「誰かに行かせるというのはダメかい?」
「ダメや。服はちゃんとサイズを計って買わんとなぁ。似合う似合わないもあるし」

 現在はやての身分はあくまでも管理局に保護された管理外世界の住民であり、民間人に過ぎない彼女を拘束する権限は管理局にはなく、行動の自由が保証されていた。無論いざとなればそうも言っていられないのだが、少なくともクロノさんに無茶をする気はないだろう。
 守護騎士が暴れないのも、俺達が彼女を丁寧に扱っているからだ。仮に彼女を害して守護騎士が暴れだしたら、相当の犠牲を払わなければ抑えられないのはわかりきっている。

「なあ、はやて。出かけたいのはわかるがお金と言葉はどうするんだ? 文字は読めないだろう?」
「お金はリンディさんにこっちの通貨を両替してもらったから大丈夫や」

 この場にいない、本事件の総責任者が色々やっていたらしい。
 実際のところはやてになにかあった場合の保険として、こちらのお金を持たせたのだろう。文明社会ではある程度までならお金があればなんとかなるものだ。
 というか、お金が無くて文明社会に放り出されたら悲惨だったよ。具体的には4月の俺。

「言葉というか、こっちの文字は……」

 はやてはニッコリ笑いながら俺を指さしこう言った。

「通訳兼荷物持ち兼道案内」
「まてや」

 とりあえずツッコミを入れておく。
 サイフにされないだけマシなのかもしれないが。

「だいたい、自慢じゃないが俺を連れていっても役に立たないぞ。私服なんかその辺の量販店の安物だし、女物の服は全くわからん」
「本当に自慢にならへんな。でも大丈夫や」
「大丈夫って?」
「エイミィさんに、こっちの服の相場とかをちゃーんと教わっておいたんや。ほら、メモ帳も」

 そう言うとはやてはメモ帳を取り出してこちらに見せる。確かにオススメのお店や値段などの参考資料が書いてあった。
 ちなみにエイミィさんは現在本局に戻り、リンディ提督の手伝いをやっている。フェイトの裁判などであっちも忙しいのだ。
 いつの間にこんなの手渡したんだ、あの人?

「主はやて、服など買わないでも我らはこの格好のままで……」
「何言ってるんや。ずっと同じ格好ってわけにもあかんやろ」
「それなら、騎士甲冑をデザインしていただければ、その姿で待機しております」
「騎士甲冑?」

 首を傾げるはやてに、俺は少し説明をする。

「魔法を使うときに着る防護服の事だよ。俺達が使うミッドチルダ式魔法ではバリアジャケットというんだけど、シグナム達が使うベルカ式魔法では騎士甲冑と呼んでいるんだ」
「へー、そうなんや。そういや、ヴァンくんの服はいつの間にか白くなってんなぁ、何でや?」
「聞かないでくれ……」

 俺は思わず視線を反らす。まだ色戻らないんだよなぁ……、式典とかでも着るから、早く戻さなきゃならないんだが。

「我らの服装がこのままでまずいのなら、初期設定のスーツか騎士甲冑で十分です。態々服など用意していただかなくても」
「却下や。私は戦ってもらう気などあらへんし、騎士甲冑を作ったとしてもせっかく綺麗なのに着たきりすずめなんて台無しや」

 そう言ってはやてがシグナムのどの部位を凝視したのか気が付いたが、あえてツッコミは入れなかった。

「なあ、クロノさん、だめやろうか?」

 はやての懇願にしばらく考え込むクロノであったが、溜息をつくと許可を出す。

「しかたない。ヴァンとティーダを連れて行くなら許可しよう」
「あのナンパ兄ちゃんか。荷物持ちが一人増えるわけやな」

 ティーダさんだが、シグナムとシャマル、あとエイミィさんと私服だったリンディ提督にコナをかけようとしたところを目撃されているので、はやての中ではナンパ男という評価になっていた。
 事実なので否定出来る要因が何一つ無い。

「主はやて」
「どうしたんや、ザフィーラ?」
「私ですが、服は必要ありません」
「何を言ってるんや? 男やからって遠慮する必要はあらへんで?」
「いえ、そうではなく」

 そう言うとザフィーラの姿が一瞬で狼の姿へと変わる。
 なんというか、本当に狼だった。アルフと違い本物の野生の匂いがする。
 そう、ザフィーラと同種であるアルフという知り合いがいるが、なんというか、アルフって狼なのに座敷犬の雰囲気がするんだよなぁ……。

「おおうっ!」
「こちらの姿がありますので……」

 狼の姿になったザフィーラに、はやては目を輝かせる。

「なあ、ザフィーラ、さわっていい?」
「かまいませんが……」
「うわー、もふもふやぁ」

 といって、もふもふと抱きつく。

「ちょ、主はやて!」

 ザフィーラが慌てて叫ぶが、もうはやては聞いていなかった。

「買い物ですけど、管理局の制服のままって訳にはいかないですね」
「そうだな、適当にでっち上げるか……いいかな、君たちも?」

「もふもふや~」
「こいつは、触り心地だけはいいからな」

 結局はやてが満足するまで俺達は、街に出る準備と注意をヴォルケンリッターにするのであった。



 実のところはやてが街に出る事は予測済みで、警備計画も練られていた。
 ちょっと考えてみて欲しい。障害を抱えているとはいえ、ごく平凡な9歳の少女が、ずっと病院に閉じ込められているのだ。どれだけストレスを感じているだろうか?
 はやては下肢の障害を除けばまだ元気だ。ずっと閉じこもっているのに耐えられないだろう。
 仮に我慢できたとしても、確実にストレスが貯まる。そのストレスをトリガーに闇の書が暴走するかもしれない……、その可能性も真剣に討論されたらしい。
 結局、様々な警備パターンが組まれ、何故かはやてが外出する際には俺が着いて行くことになっていた。

 出向前から。

 いや、命令を拒否出来る立場じゃないし、はやての事を考えれば顔見知りが一人いれば安心だろうという考えもわかる。しかし、俺がはやての付き人になる事は以前から決定されていたらしい。
 そう考えれば、拘束された時デバイスを取り上げられなかったり、エイミィさんが飾りの作成を任せたり、お役所仕事の管理局にしては早く出向の命令書が出たのも納得が行く。俺の出向は既に決まっていたわけだ、こんちくしょう。
 となると、ティーダさんの出向も多分決まってたんだろうな。うちの部隊で俺と組むことが一番多いのがあの人だし、人格的にも信頼がおける。さらに社交性も十分だ。
 うちの部隊で俺とセットで誰かを出向させるなら、まず間違いなくティーダさんが選ばれるだろう。

 ちなみに、この事をティーダさんに話したら『気付かなかったのか?』と呆れられた。ますますこんちくしょう。



 さて、はやてがザフィーラをもふるのに満足し、俺が自前の『ぬこ&わんこ』フォルダーにザフィーラの勇姿を記録し、待ち時間でティーダさんがシャマルにコナをかけようとして華麗に躱され、適当にでっち上げた服だとシグナムの胸のあたりがヤバイことに気が付いた俺達は早速街に繰り出した。


 管理世界、魔法科学の進歩した世界などと偉そうなことを言っても、ミッドチルダの都市は高層建築が高いことを除けば地球の大都市とさほど違いはない。
 これは別にミッドチルダに限ったことではなく、同じ人間が住む以上は、そんなに奇抜なデザインの都市は設計出来ないのだ。
 ちょっと考えてみて欲しい、今にも倒れそうなデザインのビルで生活がしたいだろうか?



 俺達が最初に向かったのが、何故か下着専門店だった。
 流石にここには入れない。と、思ったらティーダさんは平気な顔で入っていきましたよ。

「中身が入ってない布切れに何動揺しているんだ、ヴァン?」
「いや、そう言われても……」
「ヴァンくん、見てや。これ、シグナムに合うサイズってこんなに大きいんや」
「少しは恥じらえ!」

 なにやら黒いアダルトなデザインの下着を手にはしゃぐはやてに、思わずツッコミを入れてしまった。



「わりかし普通やなぁ……もっと、こう」

 次にやってきた洋服屋ではやてが呟く。

「普通って、どんなのを期待していたんだ?」
「いやな、魔法使いの世界やからとんがり帽子にローブでもあるかと」
「流石にそう言うのは、田舎に行かないと無いな」
「あるんか!?」

 ティーダさんの説明にはやては目を輝かせた。

「田舎というか、少数民族とかの民族衣装はバリエーションが多いからね。流石に都会では服装も地球とそう変りないよ」
「そうなんか。クロノさん肩の角とか、かなり奇抜やからきっとすっごいファッションがあるのかと思っとったわ」
「あれはクロノさんのこだわりだろう」

 そういやあの角、なんで付けているんだろう?
 まさかあれでタックルなんてするとも思えないし……。はやての言葉に、一瞬馬鹿な考えが脳裏を過ぎった。



「へえ、こっちにもアイスってあるんか」
「そりゃあるよ。食べるなら買ってこようか? なにがいい?」

 俺ははやてとヴォルケンリッターを見回す。

「あ、ヴァン。俺は抹茶な」
「ティーダさんは自分で買ってください」

 俺は軽口を叩きながら、ティーダさんに目配せする。

「私はバニラで。皆はどうするんや?」
「いえ、私達は……」

 遠慮しているのか、よくわからないのか、ヴォルケンリッター達は戸惑った様子を見せる。
 それを見たはやてがニッコリと笑いながら俺にこう言った。

「皆にも私と同じ奴をお願いや。冷たくて美味しいから食べてみてみい」
「おっけー。買ってくるよ。と、シャマルさん付いてきて。一人じゃ持てないから」
「えっと、はやてちゃん。良いんですか?」
「うん、手伝ってあげて。お願いや」
「はい」

 一瞬だけシグナムが睨んだ気がしたが、きっぱり無視をする。別にこっちに何かする意思はないんだから、故更ビクつく必要はない。
 俺は小走りにアイスを買いに向かった。その際ティーダさんははやての側を離れない。
 口ではなんだかんだ言っても、二人揃って離れる訳にはいかないからだ。かと言って、不自然にくっついていてもダメだと言われている。あくまでもはやての付き人なのだ、俺達は。

 まぁ、護衛もしくは監視が何人も隠れて付いてきているので、必要以上に気を張る必要がないってのもあるんだけどね。
 真面目な話、武装隊ではあっても護衛は専門じゃない。高度な訓練を必要とする護衛を、俺みたいな素人に毛が生えた程度の人間に任せる訳がない。

 俺とシャマルは人数分のバニラアイスとティーダさんの抹茶アイスを買って足早に戻る。
 彼女たちにアイスを渡していると、はやてが御礼を言ってきた。

「ヴァンくん、おおきにな」
「どういたしまして。ほら、食べなよ」

 そう言いながら俺はアイスを口にする。
 次にはやてが口にしようとする前に、ヴィータがかぶりつく。

「どうや?」
「おいしい……、けど」
「ありゃ、気に入らなかったか?」
「そうじゃねえって。ただ、はやてが作ったご飯の方はもっとギガうまだった……」

 その言葉に俺とはやては目を点にし、次の瞬間二人で笑い出した。

「ちょ、な、何で笑うんだよ。二人とも!」

 ヴィータは突然笑い出した俺達に顔を真赤にして抗議をする。
 その様子が可愛らしくて、俺とはやてはますます可笑しくなった。

「ご、ごめん。ちょ、ひっぱらないで、い、痛いって」
「笑うからだっ!」
「そこまで言われたら、また頼み込んで今日も私が作らんとなぁ」
「はやてがまた作ってくれるのはうれしいけど、何で二人とも笑うんだよ!」

 ますます憮然とするヴィータであったが、笑いの発作はシャマルに、シグナムに、そしてザフィーラにと伝わっていく。
 街の一角で八神家の面々とおまけの二人の笑い声が響くのだった。





「やれやれ、これを見ていると闇の書や守護騎士に対しての認識を変えたくなるよ」

 はやての買い物の一部始終の記録を確認していたクロノさんが疲れた表情をする。
 本件の責任者であるクロノさんは、ほぼこの病院に缶詰状態だ。実際に疲れているのだろう。着替などはエイミィさんが持ってきてくれているらしい。

「感情の無いプログラムだとばかり思ってたんだが……」
「どう見ても普通の女の子ですからね」

 クロノさんの言葉にティーダさんが同意をする。
 それに関しては俺もほとんど同じ感想を抱いていた。

「なんて言うか、感情の出し方を知らない子供を見ている気分になります」
「あるいはそうなのかもな。彼女たちから聞いた話だと、これまでの主は完全に道具扱いだったそうだ」
「守護騎士プログラムって言っても、要は使い魔みたいなものですから。まともな連中じゃなかったみたいですね」

 よっぽど闇の書の運が悪かったのか、それとも突如与えられた巨大な力に酔ったのか、少なくともこれまでの主はろくなもんじゃ無かったらしい。
 特に、ここ最近の主に関して言えばどうしょうもない人間だったようだ。

 ここ何十年かの風潮として、使い捨てではない、長期に活動することを目的とした使い魔は社会に出る事が多くなってきている。
 以前はそういった使い魔を奴隷のごとく使い潰していた事もあるそうだが、倫理的な問題や雇用の問題から使い魔にも給料や地位を与える事が管理世界の殆どで法制化していた。
 まぁ、そんな使い魔を作れる魔導師は優秀であり、その使い魔だってほとんど優秀なのだ。雇用主からしてみれば一人分の給料で魔導師と使い魔を雇えるならそれに越したことは無い。魔導師としても自分の仕事を使い魔が変わってやってくれるならサボリたい放題だ。
 そんなもんを気軽に認めてたら倫理的もさることながら、一般人の雇用を圧迫する事になってしまう。
 それならちゃんと給料を出させ社会的な地位を与え監視をすれば、雇用主や魔導師も無茶な真似が出来なくなるだろうというのが現在の主流な考え方なのだ。

 その考え方からすれば、かつての主が倫理的に問題のある人物だったのは容易に想像が出来る。
 まぁ、闇の書なんてロストロギアを許可無く隠匿し、守護騎士に蒐集をさせていた段階で管理世界では立派な犯罪者なんだけど。

「まぁ、彼女たちが普通の人間のように感情を出せるようになるのは良い傾向だと思おう。他に報告は?」
「今日の買い物でですが、本屋に寄りましたが、宜しかったのですか?」

 本屋に行きたがったのははやてだが、シャマルが書店で新聞のバックナンバーを確認していたのを俺もティーダさんも気がついていた。
 もっとも、彼女たちも俺達が気がついていて見逃していたのは知っている様だったけど。

「別に問題はないさ。今のところ調べられて困るような事は何一つ無い。むしろ、こっちが見せた資料が嘘じゃないと言うことの裏付けになれば良いだろう」
「十一年前の事故は大騒ぎでしたからね」

 俺の生まれる前の事なので詳しくは知らないが、何でも当時は新聞の一面を飾った大事件だったらしい。

「そういう事だ。すまなかったな、二人とも」
「いえ、問題はありません」
「そうか。来週にはユーノの調査がひとまず完了する予定だから、場合によっては君たちも忙しくなる。今日はゆっくり休んでくれ」
「了解です」

 俺とティーダさんは敬礼をして、臨時の執務室から退出した。
 そして翌週、事件は次の展開を見せる事となる。



[12318] A’s第3話(4)
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:e8725c8b
Date: 2011/08/08 23:13
A’s第3話(4)



 闇の書に関する調査報告に、出席者は一様に暗い表情となった。
 自分達が対応しなければならない、あるいは完成すれば無比の力が得られると信じていた物の正体に困惑していた。

「ユーノ、悪いけどもう一度今の部分を説明してくれ」

 クロノの言葉に、ユーノはディスプレイを操作してレジメを引っ張り出す。

「はい、闇の書は本来の名称を『夜天の書』と呼び、魔導技術の研究用に作られた蒐集型巨大ストレージだったようです。しかし、歴代の主が改変を行い、現在のような形になってしまったと思われます」
「そこが理解出来ないんだが、はっきり言って自爆用にしか使えないぞ?」
「おそらく、一人ではなく複数の人間が別の時期に別の目的で改変したんでしょう。その結果整合性が取れずにバグが発生したとしか……」
「本末転倒だな……」

 ユーノの説明に誰かが小さく呟く。
 何かの目的を持って改変をした代物が、回避不可能な自爆用の爆弾になってしまったのだから、そうとしか言いようがない。

「では、再改変……いえ、修復すれば闇の書は夜天の書に戻り、危険な魔道書ではなくなるということですか?」

 オーリスの指摘は当然と言えば当然の指摘だ。
 だが、ユーノは首を横に振る。

「現時点では不可能です」
「プログラムが複雑すぎるということですか?」
「それもありますが、闇の書の防衛プログラムに問題があります」

 ユーノはディスプレイに次のレジメを映しだす。

「闇の書の防衛プログラムは真の持ち主以外によるシステムへのアクセスを認めない作りになっています。無理に外部から操作をしようとすると、持ち主を呑み込んで転生してしまうようです」
「酷い念の入れようだな……」
「むしろ、ここまで念を入れた防衛をしなければならない改造をした時代背景に興味がありますが……、関係ありませんね。続けます」

 偶然の産物か、はたまた狙って作ったのか、狂気としか言いようのない防衛プログラムに参加者の血の気が下がる。
 確かに、このような防衛プログラムが必要な病んだ時代背景が気にならないわけではない。とはいえ、それは今は関係のない話だ。

「続きがあるのかい?」
「こちらを見てください。無限書庫での調査及び、シグナム達の証言から闇の書は幾つかのシステムからなる複合構造を採用している事が判明しました。巨大ストレージである本体を中心に、制御人格が全体の制御を行っているようです。この管制人格にアクセス、修復できれば……」
「ちょっとまってくれ、外部からの操作は受け付けないんじゃ?」
「はい、真の持ち主以外はアクセスできません。ですから、真の持ち主にアクセスして貰う必要があります」

 ユーノの言葉に、全員の視線がはやてに集まる。

「えっ、わ、私?」
「うん、はやてなら闇の書に問題なくアクセスできる。はやてを経由して修正プログラムか停止プログラムを送る事ができれば……」
「だが、そのプログラムはどう作るんだ?」

 確かに真の主であるはやてであれば闇の書にアクセスできるのかもしれない、だがどうやって修正プログラムを作るのか?
 当然の疑問に答えたのは、ユーノでなくリンディであった。

「その件だけどね、全くあてが無いわけではないの」
「あてとは?」

 一つは聖王教会だが、そちらは現在使えない。
 聖王教会がキナ臭い事もあるが、未だに遺物管理に強い影響力を持つソナタ枢機卿が闇の書及びその主の引渡しを要求しているのだ。
 では、それなら解決策があるのかと問い合わせても機密の一点張りで何も話そうとしない。そのような状態で引き渡せるわけが無いのだが、管理局内の親強硬派を使って強引にでも引き取ろうとしている。
 皮肉な話だが、本局と対立中であるレジアス少将のお膝元であるミッドチルダでなければ、はやての身柄を引き渡さなければならなかったかもしれない。最高評議会から強い働きかけがあり、今回の地上への移動がすんなりいったとの噂もあるくらいだ。
 こんな状況で闇の書関連の情報開示を求めたとしても、碌な事にならないのはわかりきっている。

 今までもロストロギアの管理に関して揉めた事が無い訳ではないが、このような事態は初めてだ。

 確かに闇の書は特別なロストロギアではあるが、もっと特殊な物は幾らでもある。ここまで各勢力が血眼になる代物かといえば、リンディは首をかしげざるえない。
 事件とは直接関係のないところで、各勢力の思惑が動いているような気がしてならない。

 ここまで考えると、リンディはその考えを一回隅に寄せる。
 これは話せるような内容ではないし、今回の会議とは直接関係はない。今考えなければならない事は別の話だ。
 リンディは気持ちを切り替え、それでも眉を顰めながらアテを口にした。

「ほら、前回の事件で保護したというか、逮捕したイオタくん……彼のデバイスよ」

 その言葉に、イオタを知らない者は首をかしげ、知る者は苦笑いというか、なんとも複雑な表情をする。
 一方、イオタを知ってはいるが、彼の奇行を知らないユーノは周囲の反応を不思議に感じながらも説明を続けた。

「それと問題はもう一つ、はやての健康状態にあります」
「主はやての身に何か?」

 ザフィーラの問に、シャマルが説明を引き継ぐ。

「はやてちゃんのリンカーコアだけど、ほんの少しだけど収縮が確認されたわ。このままだと、いつ体調が急変するか……」
「なんとか対策はないのか!?」
「それなんですが、はやての病気は魔力を闇の書に吸われている事から発生しているわけで、リンカーコアの蒐集を行えば、病状の進行を遅らせる事が出来そうなんです」

 その言葉に、クロノが顔を顰める。

「理屈はわかるが、人を襲わせるわけにはいかないぞ。それに希望者を募るのも問題がある」
「その件なんですが、蒐集するリンカーコアは何も人間のものでなくてもいいそうです」
「そうなのか?」

 ユーノの意外な言葉に、クロノは思わずシグナムを見る。
 シグナムは頷きながら肯定した。

「事実だ。質や量で劣るが、リンカーコアを持つ生物なら人間でなくとも問題はない」
「それなら、魔法生物がいる世界を手配すれば……」
「時間稼ぎではあるけど、それで進めるしかないわね」

 手配そのものや、魔法生物から蒐集するのはかなり大変そうだが、人から強引に集めるよりはよっぽど良い。
 今後の方針がそう決まりかけていたその時、シグナムはリンディとクロノに向かい一つの提案をする。

「ところで提案……いや、頼みたいのだが、主はやてを助けるため、蒐集などを我らヴォルケンリッターにも手伝わせてもらえないだろうか?」
「我らは夜天の主を守るために存在している。それがすべて人任せにして安寧を貪る事など出来ない」
「無茶なお願いだとは分かっています。でも……」
「頼むよ……。あたしらもはやての為に何かしたいんだ……」

 その言葉は真剣であり、4人の守護騎士達はどこまでも真直ぐにクロノたちを見つめていた。

「はやては知っているのか?」
「うん、夕べだけど相談されたんや。自分達も役に立ちたいって」
「そうか……」

 短い期間ではあるが、彼女達の間には確かな絆が生まれつつあった。シグナム達はこの風変わりな幼い主をなんとしても守りたい、そう考えていたのだ。
 予想外の提案に、会議の出席者達は互いに顔を見合わせるのだった。





「今度はあの馬鹿がナニをやらかしたんだ?」

 イブは時空管理局第108管理世界地上本部の本部長室の扉を些か乱暴に蹴り開けた。
 その様子に本部長は溜息をつく。
 彼女とはずいぶんと長い付き合いだが、自分が偉くなった今でも子供扱いだ。前の彼女にも今の彼女にも足を向けて寝られないくらいに世話になっているが、もうちょっと敬意というものが欲しいなーと思うのは贅沢だろうか?
 もっとも、ここに一人で呼び出される時はたいてい変態がらみの碌な話じゃないのだから、彼女がささくれ立つのも無理はない。それに人前ではちゃんとやっているんだから無問題だ……と、彼女なら言うだろう。

「ああ、すまないね。イヴさん」
「遅いぞ、イヴ」

 腰を低くして謝る本部長に対して、来客用のソファに座っていたピンクに近い赤い髪の女性が注意をする。

「ナシム。お前まで来ていたのか? 久しぶり、旦那さん元気か?」
「ああ、健勝だ。おっと、呼ばれた私だけではない」

 確かにそのとおりだった。金髪をショートカットにした柔和な女性と、小柄な青い毛並みの守護獣が応接セットに腰をかけていた。

「お久し振りですね、イヴちゃん」
「久しいな、イヴ」

 最近はそれぞれの家庭があり、以前ほど頻繁に合う事ができなくなっていた元同僚が勢ぞろいしている。
 普段だったら喜ぶところだが、態々本部長室に集めるという事態に、イブの表情は自然と厳しくなっていく。

「なんだ、シャルにフィーまで? おい、おっさん。なにかあったのか?」

 明星の書の元守護騎士が4人集められた。まともな事態ではないだろう。

「起こっていると言うか、これから起こると言うか……、イオタが来たら説明するよ」
「あいつも来るのか? サボるんじゃないか?」
「いや、大丈夫だと思う……。先程から女子更衣室付近の迎撃システムが作動しているから」
「そうか……」

 毎度の事ながら、どこで育て方を間違えたんだろう。4人の元守護騎士は顔を見合わせ溜息をついた。
 そして程なくして、本部長室の扉が開く。入ってきたのは黒い髪の大人しそうな少女と、彼女に足を掴まれ乱暴に引っ張られた血達磨の男であった。
 現在の明星の書のマスターであるイオタと、管制人格のレインだ。

「久しぶりだな、レイン」
「はい、皆さんもお変わりがないようで」

 二人の登場に、5人はそれぞれレインに挨拶をする。
 ちなみに、この中でイオタの心配をする奴は一人もいない。どうせ明星の書の再生機能のおかげであの程度じゃ死ねないのだ。3分もすれば勝手に復活する。
 掃除のおばちゃんが大変だろうなーなどと、そんな薄情な事すら考えていた。

「んで、全員揃ったけど何があったんだ?」
「ああ、その件なんだけどね。今日だけど本局からイオタに出頭要請が来たんだよ」

 その言葉に、全員の視線がイオタに集中する。

「てめえ、今度はナニやらかした!」
「元主っぽい何かよ。いい加減他の世界での行動は謹んでください!」
「そうですよ! 下着泥棒なんて恥ずかしい!」
「いい加減去勢をした方が良いのではないか?」

 元守護騎士の酷い評価にイオタは起き上がりながら抗議をした。

「マテマテマテマテ! 今回は私が何かをしたわけではないぞ!」
「ほんとか?」
「本当なんです、信じられないかもしれませんが……」

 レインが申し訳なさそうに答える。
 その言葉に元守護騎士達は一斉に本部長を見た。

「何があったんだ?」
「ああ、実はだね。本局が闇の書を確保したらしいんだよ」

 その言葉に、イヴ以外の3人が驚きの表情を見せ、イブは一人で納得したように頷く。

「そうか、アレはやっぱり闇の書だったのか」
「知っているのか?」
「ああ、この間そこのバカを本局まで引き取りに行った時に、車椅子に乗った女の子が抱えていた本からレインに似た気配がしたんだよ」
「なるほど。我々の知る限り現存しているのは明星の書を除けば闇の書だけだからな……。しかし、それで本局はなんと?」

 ナシムの言葉に答えたのはイオタだった。
 普段のおちゃらけモードではなく、いつの間にか医者の顔に変わっている。

「明星の書のデータを取らせて欲しいそうだ。闇の書を夜天の書に戻したいらしい」
「可能なのか?」
「デバイスに関しては門外漢なので詳しくは分からないが、相当に難しいだろうな。原型を留めていないという意味では、明星の書は夜天の書の比ではない」

 イオタの言葉にこの場にいた全員がため息をつく。
 
 確かに、蒐集型ストレージである明星の書は、夜天の書と同時期に作成された同型デバイスだ。
 だが、呪われた書となってしまった夜天の書とは経歴が大きく異なる。
 古代ベルカ時代の聖王に仕える医者の手に渡った明星の書は、医療用デバイスとして大改造を受ける事となった。旅をする機能がオミットされ、蒐集は医療用に限定された上で、相手の同意が無ければ不可能になる制限が設けられた。
 さらに制限は主となった者にもかけられ、医療目的以外の魔法は殆どが使用不可能となるようにされた。特に攻撃魔法に関しては、完全に使用不可能となる有様だ。
 新たに追加された機能もある。治療魔法の魔力増幅が大幅に強化され、主が変わる際の白紙化バグは修正された。修復機能は主の肉体までも癒せるようになり、蒐集した治療魔法を“写本”と呼ばれるストレージデバイスにコピー出来る新たな機能が追加された。
 さらにベルカ末期には聖王の遺伝子を残す為の方舟として選ばれ、管制人格に聖王の遺伝子パターンがコピーされる事となる。ユニゾン時の髪の色や魔力光の変化は、この遺伝子データの影響によるものだ。

 26年前にはある事件で完全に破壊された守護騎士プログラムを再生する際、かねてより研究が進められていた独立プログラムを使用し、守護騎士達を完全に書より独立させる事に成功した。現在、彼女達は一人の人間として新たな人生を歩んでいる。

 ここまで改変されると、元の魔導書とは完全に別物だ。
 むしろ、闇の書の方が原型を留めている可能性が高い。

「もっとも、全く勝算が無い訳でもないだろうな。コピーしただけで直るなどと安易な期待をしているわけではあるまい」
「主イオタよ。貴方はどうするおつもりで?」
「つまらない事を聞かないでくれ。そこに私を呼ぶ患者がいるのならば、行かなければなるまい。
 こういう事もあろうかと、守護騎士分離プログラムを取りに実家に戻ったのだからな。もっとも、長老方は良い顔をしなかったが」

 その事に苦笑いをしながらも、それも当然だろうイオタは呟く。
 過去に何度も時の権力者や聖王教会、管理局から明星の書の移譲を迫られてきた。時には武力をチラつかせた連中もいたらしい。
 時にはコネを使い、あるいは武力を用いてその全てを一族は跳ね除けてきた。データだけとはいえ、管理局に渡すのに難色を示すのも当然といえば当然の反応だ。

「よく許してもらえましたね」
「女の子の命と、古代の王様のデータ、どちらが重要なのかと問うたら納得してくれたよ。主に親父殿の肉体言語によってだが」

 とても医者に見えない重量級の鋼の筋肉の持ち主である一族の長を思い浮かべ、全員がうんざりとした表情をする。
 はっきり言って医者というよりも、世紀末覇王にしか見えない容貌なのだ。それなのに専門が小児科なのだから、世の中分からない。

「あの、長老は平気だったんですか?」
「アレはアレでどうにかなるタマではあるまい」

 シャルの言葉に、フィーがますます嫌そうな表情をした。枯れ木のようにやせ細っている癖に、魔法も使わず岩を砕く老婆を心配するなどバカらしい。というか、若者の生気を吸って若返る異常生物が簡単に死ぬ訳が無い。
 しかし、産婦人科がなんだってそんな物騒な技を使いこなすのだろうか?

「まあ、あの変人連中はともかく、私は管理局の出頭要請を受けて本局に行くつもりだ」
「お前が言うな。で、それは分かったけど、なんであたし達が呼び出されたんだ?」

 今までもイオタが勝手に旅に出る事はあったし、それが問題になった事は……毎回なんだかんだで問題は起きているが、せいぜい下着泥で強制帰国させられるぐらいだった。
 これまでは事前に集められる事など無かったはず。

「うん、それなんだけどね。今回はイオタに護衛をつけようと思うんだ」

 イヴの疑問に本部長が答える。

「どうもね、例の次元震事件だけど、イオタを狙ったっぽいんだよ。数日前に辺境の研究機関から研究用の次元転位弾の入ったデバイスが盗まれる事件が発生しているんだよね」
「ちょっとまってくれ。あの事件って街が一区画消えかかったんだぞ、正気か!?」

 不死身とまでは行かなくとも、ちょっとやそっとでは死なない男を始末しようとすれば、確かに虚数空間にでも叩き落とすしか無いのかもしれない。
 だが、街中で次元震を起すなど、下手をすれば万単位の死者が出かねないのだ。とてもではないが、正気の人間のやる行為ではない。

「うん、正気じゃないね。イオタ一人始末するためにそこまでやるんだから」
「その事件の調査はしなくて良いのか?」
「そっちは本局と地上本部の優秀な人材が頑張ってやってるよ。イオタに心当たりは無いんだろう」
「無いな。暗黒病院とは和解したし、闇のナース同盟とは休戦中だ。薬剤梁山泊との仲は良好であんなことをするなど思えん」
「当たり前です! 勝手にうちの病院と看護師、それに薬局を妙な組織にしないでください。というか、貴方の実家でしょう」

 元のおちゃらけモードに戻ったイオタにシャルが苦情を言う。
 そんな会話を無視して本部長は話しを続ける。

「ちょうどイオタは奉仕活動中だしね。監視を兼ねて誰か護衛に行って欲しいんだ。彼はともかく、レインに何かあったら大変だろう」
「たしかにな……」

 その言葉に全員が頷き、次の瞬間視線がイヴに集中する。

「イヴ、大役だろうがガンバレよ」
「待てや!」
「そうね、イヴちゃんが適任だわ」
「だからちょっと待て!」
「元守護騎士として、使命を果たせよ」
「だからおまえらちょっと待て! 何であたしが行く事になるんだ!」

 よってたかって面倒事を押し付けようとする元同僚に、イヴは抗議の声をあげる。

「そう言われてもな、私達は既に管理局を退職した民間人だ。局員であるお前が行くのが道理だろう」
「ふざけんな! お前たちもまだ嘱託魔導師登録が残ってるだろう!」
「そう言われても、私には患者がいますし……」
「シャルはそうかも知れないが、他の二人はニートだろうが!」
「ニートとは失礼な、専業主婦と呼んでもらおう」
「料理一つ出来ないで何を言ってるんだ!」
「しっ、失礼な、す、少しはマシに……! いや、そもそも狼に料理をすると言う概念はない!!」
「旦那は人間だろうが、座敷犬! たまには働け!」
「働きたくないでござる! 絶対に働きたくないでござる! じゃなくて、私はそろそろ夏の締切が……」

 なにやらぎゃあぎゃあと口喧嘩を始める元守護騎士達に、イオタと本部長は我関せずとお茶を飲み始めた。

「いいのですか、止めなくて?」
「どうせ最後にはいつも通りくじ引きになるから、ほっておくよ」
「はあ……」

 なんかすっかり俗っぽくなって責任の擦り付け合いをする元守護騎士達に、レインは頭痛を感じずにはいられなかった。





「管理局がオルブライト一族に明星の書のデータ開示を要請だと?」

 その日届いた報告に男は顔を顰める。

「はい、こちらが潜り込ませた者によると、数日後には迎えの局員が出るとか……、それと」
「それと?」
「はい、守護騎士達の何人かが八神はやての元を離れるようです……」
「それは本当か!?」
「はい、剣の騎士は第6管理世界に、鉄槌の騎士が第108管理世界に向かい出発する予定です」

 その言葉に男は考える。
 当初は強引にでも八神はやての身柄を確保しようかと考えていた。地上に移送されたのも都合が良かった。本局より手が出しやすい環境になるからだ。
 だが、その考えは早々に頓挫する。あの守護騎士達が出現してしまったのだ。
 一騎当千の守護騎士達が相手では、強引に事を進めようとしても失敗するのは目に見えている。
 だが、その守護騎士がいないのなら……。

「そうだな、守護騎士が離れるのは心配だな。テロリストにでも襲われなければ良いが」

 男の呟きに、報告に来た騎士は顔を歓喜に歪めた。

「そうですな、テロリストに襲われないか実に心配ですな。そう言えば、オルブライト一族の次期当主もミッドチルダに向かうようですが」
「そちらも心配だな。あの聖王の血を不届きにも隠匿する一族の事だ、敵は多かろう」
「最近はどこもかしこも物騒ですからな……。本日の報告は以上となります。」

 今日の報告はここまでだった。何時もなら、報告を終えれば退出するだけだ。
 だが、男は騎士が退出する前にひとつ確認をする。

「そうそう、例の仕込みはどうなってる? 使わないに越したことはないが、高い金を払って買い入れたのだぞ?」
「管理局の目が厳しく順調とは言えませんが、それなりには進んでいるようです」
「それならよい。下がれ」

 これですべてを手に入れられる。そう、聖王再臨に備えをなければならない。
 そう、自分にはそれが出来るはず。そう、自分は神に選ばれた人間なのだ、出来ないはずがあろうか?
 男は自らの栄光を夢見て、暗く微笑むのだった。





 ある次元庭園の待合室でシグナムとヴィータは時間を潰していた。
 ミッドチルダから離れて数日、彼女達は船が出る時間を待っているのだ。

「なあ、シグナム。お前一人で大丈夫なのか?」
「心配をしてくれるのか、ヴィータ」
「そういう訳じゃないけどさ……」

 真っ赤になって視線を反らすヴィータに、シグナムは軽く微笑む。
 確かに彼女が心配する理由もわかる。だが……。

「問題あるまい。管理局のサポート付きでの蒐集だ。追われる心配が無い以上、これまでよりもずいぶんと気が楽だ」

 シグナムはそう言うと周りで思い思いに時間を潰している武装隊員を眺める。
 今までは不倶戴天の敵であったが、味方になった今では頼もしい。管理局を全面的に信用したわけではないが、少なくとも彼らが主はやてを真剣に救おうとしてくれている。

「私よりも、お前は大丈夫なのか?」
「ああ、明星の書だっけ? ナンパ兄ちゃんと一緒にそのマスターを連れてくるんだろう。楽勝だよ」

 シグナムの言葉に、ヴィータが答える。
 ヴィータの使命は明星の書のマスターの護衛だ。ティーダという局員も一緒だ、さほど難しい任務ではない。

「それに、あたしそっくりのイヴって奴にも興味があるしな」
「確かに写真で見た限り気持ち悪いほどそっくりであったが……、何者かは分からないが、気をつけろよ」
「心配性だな、シグナムは」

 軽く笑い飛ばすヴィータであった。
 この認識は甘かったと、後に死ぬほど後悔をするハメになるのだが、その運命をヴィータはまだ知らない。

 それはともかく、そろそろ時間だった。ここからは別行動だ。

「おーい、ヴィータ。時間だぜ」

 入り口からヴィータに同行しているティーダがやってきた。

「っと、わりい。んじゃ、シグナム、いってくるぜ」
「迷惑を掛けるんじゃないぞ、ヴィータ」

 そしてヴィータとティーダの二人は次元庭園のロビーを歩いていく。
 第108管理世界までは個人転送で行くのは到底不可能だ。幾つかの次元港を経由しなければならない。

 ヴィータは手を振りながらシグナムから離れて行く。
 やがてシグナムの姿が見えなくなる、その時だった。

「きゃっ!」
「うわっ!」

 余所見をして歩いていたヴィータは、通りすがりの少女とぶつかってしまう。

「いたたた……」
「あの、大丈夫ですか?」

 ふと視線を上げると、自分より幾つか年上に見える少女は先に立ち上がり、こちらに手を差し伸べてくれていた。
 どこかで見たような記憶があるな、などと思いつつ、ヴィータは素直に少女の手を借りながら立ち上がる。

「う、すまない」
「ううん、私もよく前を見ていなかったから、ごめんなさい」

 そう言うと少女はぺこりと頭を下げた。ツインテールに結ばれた柔らかな茶色い髪がひょこひょこと揺れる。
 夏休みを利用しての長期旅行だろうか? ずいぶんと大きなリュックサックを背負っていた。

「いや、あたしが余所見をしてたのが悪いんだ、謝らなくても」
「それじゃあ、おあいこなの」

 そう言って微笑む少女に、ヴィータも自然と微笑む。

「おーい、ヴィータ。どうしたんだ?」

 そんな二人にティーダが近づいて来る。

「っと、悪い。連れが呼んでいるみたいだ。じゃあな」
「うん、ばいばい」

 そうして、ヴィータは少女と別れた。
 少女はヴィータが見えなくなるまで見送ると、気合を入れなおしてミッドチルダ行きの次元航行艦のゲートを探し始める。
 なんせ、生まれて初めての次元旅行だ。
 春先に起きた事件で出来た友達との再開を楽しみに思いながら、少女はドキドキワクワクに胸を踊らせるのだった。



[12318] A’s第4話(1)
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:e8725c8b
Date: 2010/04/13 19:07
A’s第4話(1)



「ヴァンくん、そうか、行ってしまうんやな……」

 そう言ったはやての目は悲しみに満ちていた。

「だめよ、はやてちゃん。止めちゃ……。ヴァンくんの決意は固いわ」
「でも、うちは、うちは……」

 抱き合って悲しみに耐えるはやてとシャマルに、俺はこう言った。


「人が着替えを取りに行くだけで、なんでこんな寸劇をしているんだ? シャマルまで一緒になって」


 というか、『うち』ってなんだよ。普段は使わない一人称まで使って何やってるんだ?
 呆れる俺に、足元のザフィーラが申し訳なさそうに謝る。

「すまん、ヴィータとシグナムがいないので……」
「暇なのか?」
「うん」

 素直に頷くはやて。

「暇ならユーノとマリーさんが置いていった課題をやりなよ」
「さっきまでやってたんやけどな、ヴァンくんが出かけるって聞いて」
「服を取りに行くだけだよ」
「着替えとかやろ。私が洗濯してあげようか?」

 はやてが微笑みながら言う。はやての希望もあり、全てではないが料理や洗濯などを自分でやっているのだ。
 とはいえ、流石に護衛対象にそんな事をさせられない。

「俺が護衛だって忘れないでくれよ……。只でさえ減給食らってるんだから」
「気にする必要なんてあらへんよ」
「はやては気にしなくても、俺が気にする」

 後、上司も気にする。

「そっか。男の子やし、そういう事もあるんやろう」
「どういう事だよ。っとっと、バスの時間が近いからもう行くね。何か欲しいものはある?」
「そやな、甘いものが欲しいなぁ」

 暇と言うか寂しいのだろう。シグナムとヴィータははやての身体を治す為に別世界に行っている。
 シャマルとザフィーラははやての護衛と身体の様子を診るために残ったのだが、それでも人数が半分になったのだから仕方がない。
 俺は仕方ないと苦笑いをしながら、何か買ってくると約束する。

「ケーキでも買ってくるよ」
「翠屋のシュークリームがええなぁ」
「無茶言うな」

 ツッコミを入れる俺に、はやてがいたずらっ子の笑みを浮かべた。




 はやての護衛……というか、付き人になってから2ヶ月弱。その間ほとんど家に帰っていないのだが、まったく帰ってないというわけではない。
 着替を取りに行くなど、何回かは家に帰ることが出来た。

 そしてその日も家に帰ることが出来たのだが……。

「あれ?」

 家に帰ると言っても、のんびりと休んでいる暇はない。
 洗濯物を洗濯機に入れて短縮で回し、替えの下着などの替えの衣類を鞄に詰め込む。あとは洗濯機が止まりしだい部屋の中に洗濯物を干して……。

 そこまでやって、まだノートを確認していなかった事に気がつく。
 闇の書に関する騒ぎに関して言えば、もう知識は役に立たない事は間違いないのだが、この先何かあるといけないので今のうちに確認しておくに越したことはないだろう。
 そう思い、ノートをしまっておいた引き出しを開けたのだが……。

「無い?」

 ノートが無い。

 あれ?

 俺は別の引き出しを開ける。カードや通帳類を入れておいた引き出しだ。
 枚数を数える。カードも通帳も全部ある。通帳を見る限りでは特に引き出された形跡はない。現金もそのままだ。
 俺はネットワークを立ち上げ、通帳残高とカードの使用状況を確認する。やっぱり問題はない。

 泥棒が入ったってわけではなさそうだ。そもそもあんな俺の手書きのノートなんて盗むバカはいないだろう。ミッドチルダの人間には読めないように、日本語で書いておいたわけだし。

 間違って捨てた?

 自分がやりそうな可能性を考えて頭が痛くなる。
 とはいえ、そこまで迂闊で残念なつもりも無いし……。あとは別の場所に移した……、そんな記憶は無いしなぁ……。

 俺が首をひねっていると、洗濯機から電子音が聞こえてくる。
 どうやら洗濯が終わったようだ。俺はとりあえず考えるのを止めると、洗濯物を干すことにした。



 しかし、ノートどこ置いたっけ?
 時間が無かったので全て探したわけではないが、家のどこを探してもノートは無かった。
 捨てる訳ないんだよなぁ……。
 しかし参った。闇の書のあたりまでは比較的覚えているのだが、10年後の話となるとうろ覚えでしかない。しかも起こるのは10年後なんだから、その頃になったらもっと忘れている事は確実だ。
 盟主達が物語に沿って何らかの攻撃をしてきた場合、うろ覚えでも物語の知識は役に立つのだが……。

 盟主?

 もしかして、連中が盗んだ?
 でも、何のため? あんないい加減なノートを? 俺の知識を封じるため?
 いや、確かにそうだ。
 転生者にとって知識は最大の武器……でもないかもしれないが、大きなアドバンテージなのは間違いない。それを奪い取るだけでも、大きな意味がある。

 まいった。先手を取られたか……。いや、もしかすると地球にいる間に取っていったのかもしれない。
 今からノートをもう一冊作る……。意味が無いよなぁ。もう此処から先の物語の大半は忘れているわけだし、いい加減な知識で作ればそれに足元を掬われる。
 自分で勝手に転んでいたら世話がない。

 どうやって連中に対抗するか考えないと、なのは達の身が危ない。

 そこまで考えて、ふと何を思い上がっているのかと考える。
 そもそもなのはたちは守られるようなタマじゃない。俺なんかじゃ足元にも呼ばない天才なのだ。
 もう物語と違う道筋を進んでいる以上、たいした力の無い俺なんかがいても邪魔になる。
 だいたい、9歳の一月ちょいの付き合いでしかないのだ。普通に考えれば、故意に長く付き合おうとしない限り、自然と離れていく関係だ。

 この先、なのはの側をまとわりつくのは迷惑だろう。
 出動要請があった時に一局員として頑張る以外、なのはを助ける事など出来ない。限界と職務をわきまえないわけにはいかないよな。
 そりゃ、ずっと友達でいたいけど……、住んでいる世界が違いすぎる。

 そんな事を考えながら歩いていたのがいけないのだろう。俺を呼び止める声に気が付かなかった。

「おい、まてよ!」

 突如肩を掴まれて、俺は意識を現実に戻した。
 いつの間にか病院についていたようだ。

「えっと、すいません」

 とりあえず無視をしてしまったので、謝っておく。
 いつの間にか囲まれている……って、囲んでいたのはいつかの騎士団の連中だった。

「何の御用ですか?」
「何の御用じゃねえよ、身分証を出さないか!」
「あっと、すいません?」

 俺は慌てて懐から身分証を出す。
 以前は喧嘩を売っててきた連中だが、今回はぼんやりしていた俺が悪いので下手に出る。

「ヴァン・ツチダ空曹か……。通って良いぞ」
「すいませんでした。では」

 俺は身分証を懐に戻すと、軽く手を振りながら別棟に向かおうとする。

「あれが噂の地上の英雄様か、偉ぶりやがって」
「ったく、ただのガキじゃねえかよ。どうせインチキなんだろう」

 後ろから聞えよがしに嫌味が聞こえてくるが、きっぱり無視した。
 別にその名前に思い入れはないし、それどころかマスコミが作った恥ずかしい渾名は早く返上したい。

「貴方達はまた何をやっているんですか!」

 一方、俺と騎士団の連中の諍いを見つけたのだろう。見覚えのある少年騎士がやってきた。
 名前は覚えてないが、よく見る顔だ。騎士団が問題を起こす度に頭を下げて回っているのだから自然に覚えてしまう。

「何と言われても、警備ですよ」
「貴方達は検問の担当ではないでしょう」
「そう言われましても、上から配置転換を言われましたから」
「聞いていないぞ!?」

 おいおい、それで大丈夫なのかよ。
 人事ながら組織としてよく平気だなと、呆れて顔をあげる。
 その時だった。

「あっ、危ない! 散れっ!!」

 不意に少年騎士が警告の叫びを発する。
 その叫びに反応できたのはこの場では俺だけだった。
 慌ててその場を飛び退いた次の瞬間、大型トラックがこちらに突っ込んでくる。
 トラックは騎士団の一人を巻き込み、そのまま塀にぶつかって停止した。バリアジャケットをまとってたから死んでないと思うが……。

「お、おい、な、なにごとだ……?」

 更に一人が不用意にトラックに近づく。

「近づくな!」

 少年騎士が叫ぶが、その叫びは遅かった。
 トラックの荷台から発せられた閃光が兵士を貫く。真っ赤な血を流しながら兵士は倒れた。

「いったい!? P1SC、セットアップ!」

 俺はバリアジャケットを纏うと、更に後退した。下手に前に出ていたら的になるだけだ。
 辺りが騒然とする中、トラックの屋根がバリバリと音を立てて裂ける。その中から、巨大な鋼の人形が……って、傀儡兵!?
 更に転送ゲートが開き、デバイスを構えた黒ずくめの一団が出現した。

「襲撃だぁ!」

 警報と怒声が鳴り響き、魔力光が煌めく。
 一瞬にして、病院前は戦場となった。





『Force Shot』

 簡易バリケード越しに放った魔法弾が、黒ずくめの一人を吹っ飛ばす。
 一方俺の横にいた騎士団の兵士も、黒ずくめの放った魔法弾に貫かれ倒れる。

「ここは引き受けるから、下がって治療を!」
「す、すまない!」

 肩を抑えうずくまる兵士に下がるように指示を出す。
 練度は高いが実戦経験に乏しいのだろう。騎士団の連中は技量と比べて動きが鈍い。

「このままじゃ……」

 できればこの場は騎士団に任せて撤退したいのだが、黒尽くめの数が多くそれも叶わない。
 最初の襲撃から更に別のトラックが数台突っ込んできて中から傀儡兵が出現した。中には一般病棟に攻撃を仕掛けている奴らもいて、陸士隊はそちらの防衛と民間人の避難で手一杯だ。
 騎士団や航空隊が応戦に当たっているが、最初の不意打ちと傀儡兵のおかげで劣勢を強いられている。

 更に性質の悪い事に、周辺からこの場所を隔離する結界が張られているようだ。
 戦闘が始まってから既に数分が経過しているが、街中なのに援軍が来ないところを見ると、結界破りに手こずっているのだろう。

 とりあえず、あの傀儡兵をなんとかできれば……。とはいえ、ビームを四方にまき散らす傀儡兵相手は、近代ベルカ式には相性が悪いらしい。
 それに、この場にいる兵士は管理局の魔導師ランクに換算したらBかCくらいで、傀儡兵とまともに戦えているのは先程の少年騎士ぐらいだ。今も少し離れた場所で槍を巧みに操り傀儡兵と戦っていた。
 明らかに分が悪すぎる。
 こうなったら……。

「10秒頼みます!」

 俺は別の兵士に頼むと、飛行魔法で少し後ろに下がる。
 フォースセイバーを解除して、デバイスを通常モードに戻した。

「上手くいけよ……」

 俺は脳裏から術式を引っ張り出す。
 青白い魔力光が吹き上がり、足元に魔法陣が展開される。

「魔力制御問題なし、術式展開、照準固定……、いっけぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

『Blaze Cannon』

 P1SCの先端から、青白い魔力光の柱がほとばしる。
 アースラでの訓練の最後にクロノさんから教えてもらった砲撃魔法、ブレイズキャノンを撃ち込んだ。
 
 魔力をバカ食いする上に、クロノさんほど威力もない。ついでにまだ完全に自分のものに出来ていないので隙が大きいなど欠点も多いが、フォースセイバーと並んで俺が持っている魔法の中では最大火力を誇っている。

 ブレイズキャノンは狙いを誤たず、傀儡兵の頭部を貫く。傀儡兵は火花を散らしながら、膝をついた。

 これで敵の布陣に穴が開いたはず。傀儡兵の破壊に黒ずくめの連中の弾幕が一瞬やむ。
 その隙に騎士団の連中が、突撃を開始した。
 接近さえできれば近代ベルカ式は強いのだ。

「ど、どんなもんだ……」

 俺は肩で息をしながら小さく呟く。
 だけど、油断するのは早すぎた。
 沈黙したと思われていた傀儡兵が再び動き出す。
 こちらを狙っている!?

 傀儡兵の腕が上がり、拳が火を吹き轟音を立て飛んでくる。

 って、やばい、今の砲撃で魔力を使いすぎた!? このタイミングじゃ避けられない!?

「危ない!」

 だが、その拳が俺に当たるよりも早く先程の少年騎士が割り込み、鋼の拳を切り払った。
 空気を震わせ、拳が爆散する。

「た、助かりました。えっと……」
「騎士クラウスです。それよりも、此処は僕たちが引き受けますから下がって!」
「でも、まだ数が……」
「大丈夫です。僕たちにも意地があります」

 彼の言葉は真剣だった。
 確かに、はやてのことが心配だ。ザフィーラにシャマル、クロノさん、さらには武装隊がいるから滅多な事はないとは思うが……。
 此処は下がるべきか、そう考えたその時だった。

 俺達二人が立っていた場所に魔法弾が降りそそぐ。

「ちいっ!」
「くそっ!」

 俺達二人は大慌てでその場から飛び退いた。
 そんな俺達にバリケードを突破した人影が襲いかかった。



 騎士クラウスの元に、小柄な人影が襲いかかる。
 襲撃者は少女であった。染めているのか緑の髪を肩口でまとめ、ひらひらとした白いバリアジャケットを身に纏っている。両手に短剣型のアームドデバイスを持ち、舞い踊るように騎士クラウスに斬りかかった。

 一方の騎士クラウスは、槍を縦横無尽に振り、その猛攻を抑える。

「この程度で! 僕を捉えられると思うなよ!」
「早い!?」

 いや、それどころか、少しずつ少女の短剣の速度を上回る速度で突きを繰り出し始めた。
 残像すら残す高速の突きに、少女が一歩後退する。
 だが、その一歩は槍の間合いだった。

「もらったっ!!」

 裂帛の気合をあげ、騎士クラウスが槍を繰り出す。その一撃は少女の意識を一撃で刈り取る……はずであった。
 邪魔が入らなければ。

「発射……」

 轟音を立てて、魔法弾が騎士クラウスに迫る。
 それを放ったのは、いつの間にかバリケードを突破してきていた少女だった。
 黒いドレス風のバリアジャケットを身に纏い、華奢な外見なのに大砲のような巨大なデバイスを構えている。

「危ないよ」
「すまない、助かった」

 そう言うと、白い少女は体制を立て直し、アームドデバイスを構え直した。




 俺に襲い掛かってきたのは魔法弾だった。
 追尾機能を付与されたそれは、正確に俺に迫ってくる。

「このぉ!」

 俺は叫びながらラウンドプロテクションを張ろうとして……、不意に感じた悪寒に、真後ろにプロテクションを張った。
 ラウンドプロテクションにバインドが絡まる。
 ……って、設置型のバインドかよ。あ、あぶねえええ。

 と、俺が驚愕している間にも、追尾型の魔法弾が迫る。

「性質が悪いぞ!!」

 俺は叫びながら、魔法弾で迎撃する。それと同時に、デバイスに魔力を纏わせると上に向かって大きく振るった。

 デバイスとアームドデバイスが火花を散らしぶつかり合う。
 魔法弾を操る魔導師の姿が見えない事に気がつき、死角となっている場所を警戒したのだが……。
 運が良かった……。
 だが、安堵する暇も無く俺は驚きに目を見開く。

「貴様……、ヴァン・ツチダか?」

 聞き覚えのある声だった。そこにいたのは黄金色の髪の、俺よりも少し年上の少年だった。
 彼の名はプレラ・アルファーノ。PT事件において俺達の前に何度も立ちふさがった違法魔導師である。

「まさかこんな所にいるとは……」
「それはこっちの台詞だっ! この襲撃は、まさか盟主の差金か!」

 俺は叫びながらデバイスを振り抜く。
 俺とプレラは距離を置きながら対峙した。

「いや、盟主も師匠も関係はない。私個人の都合だ」
「都合?」
「ユーノ・スクライアは……、この場にいないようだな」
「教えると思うのか?」
「別に構わん。いないのならそれでも構わない」

 そう言うと、プレラも再びデバイスを構える。

「悪いが貴様が一人だとしても……、この場で倒させてもらう」

 やる気かよ……。まぁ、はやてを狙って来たのならあたりまえだろうが。
 しかし、こいつ2ヶ月でとんでもなく強くなって無いか?
 時の庭園で俺がなんとか生き延びれた最大の理由は、こいつの戦闘技術が下手くそだったからだ。
 大技ばかり狙って隙が大きく、戦術もへったくれも無かったから付け入る事が出来た。

 ところが先程使ったのは誘導弾に設置型のバインド。地味な魔法だけど、戦術面においては強力な魔法だ。
 こいつがこの魔法を覚えた事の最大の意味は、奴自身が持つ大火力を生かす戦術を会得しつつあるという事に他ならない。

 こうなると、前みたいに逃げるってのもかなり難しいな。

「ヴァン・ツチダ。デバイスを構えろ」

 緊張で肌がひりつく。逃げるにしても、立ち向かうにしても、今のこいつは以前の奴と別物だと考えた方が良い。
 俺が最大限注意をプレラに向けた。その時だった。

 突如、背後から忍び寄っていた何かが俺を縛り上げる……って、なんだこりゃ!?
 驚いている間もなく、俺は縛り上げられ宙づりになる。って、ぐるじい……。

「ヴァン空曹!」

 騎士クラウスが俺を助けようと、こちらに向かおうとする。

「行かせないぞ!」
「隙あり」

 しかし、二人の少女が同時に飛び出し、騎士クラウスの進路を妨害する。
 息のあった魔法弾と斬撃のコンビネーションに、こちらに来る事が出来ない。

「こんなところで何油を売っているのかしら、プレラちゃん」
「アトレーか……」

 一方で、背後から聞こえてきたのは野太い男の声だった。
 なんとか首を動かしそちらを見ると、30前だろうか。鞭型のアームドデバイスを持った痩せすぎの男がいつの間にかそこにいた。なんというか陰気な雰囲気で、黒い髪を腰まで伸ばしている。
 絡みついた鞭は俺の体を締め上げてくる。バリアジャケットでも防ぎきれない負荷がかかり、息が出来ない。

「貴方に頼んだのは、雑魚を蹴散らす事だったと思うけど?」
「そいつとは因縁があってな」
「あら、この坊やと? だからって仕事の放棄は感心しないわね」
「私は好きにやらせてもらう。そう言っておいたはずだが?」
「ミトちゃんのところの子だからって、調子乗ってない?」

 二人が何か言い争っているが……これはチャンスだ。
 俺は最後の力を振り絞り、デバイスに魔力を込める。

「アトレーさん!」

 その事に気が付いたのは、あの二人の少女のうち黒い少女だった。
 だけど、もう遅い!

『Blaze Cannon』

 デバイスから魔力が解き放たれる。
 魔力光にアトレーとかいう奴が飲み込まれる。今のうちに鞭から脱出を……。

「何しやがる、このガキは!!」

 だが、俺が脱出する間もなく、鞭は更に強い力で俺を締め付けてくる。
 更に、鞭からトゲが生えると体に食い込んできた。

「くっ!」

 苦痛に呻く俺に、アトレーは残忍な笑みを浮かべる。

「静かにしていれば、楽に殺してやろうかと思ったが、クシャクシャにされるのがお望みのようだな!」
「まてっ! やめろっ!」

 プレラが何か叫ぶが、それよりも早く俺の体は大きく持ち上げると、勢いを付けて地面に叩きつけた。
 バリアジャケットが無ければ、今の一撃で顔面が潰れて死んでいただろう。
 額が切れ、血が滴り落ちる。

「悲鳴も上げないのか。だったら、これでどうだ!!」

 鞭が更に締め付ける。バリアジャケットを貫き、トゲが体に食い込む。
 全身から血が吹き出す。

 なんとか脱出を……。
 俺は必死に考えるが、意識が朦朧として考えがまとまらない。

「やめろと言ったはずだ!」

 何故かプレラが銃剣をアトレーに向ける。

「くそっ、こうなったらっ!!」

 騎士クラウスが片手を槍から離し、何かの魔法を使おうとする。



 そして……。



『Divine Buster』
『Thunder Smasher』

 桜色の魔力光と、金色の雷が、俺を拘束していた鞭を破壊し、アトレーのいた空間を焼き払う。
 力を失い、落下する俺を誰かが優しく受け止めた。

「大丈夫、ヴァンくん?」

 それほど前に聞いたはずじゃないのに、懐かしい声が俺の耳に届く。
 俺は泣きそうになるのを堪え、彼女の名前を呼んだ。

「なのは?」
「うん、久しぶり。遅くなってごめんね」

 そう言うとなのははいつの間に傍に来ていたユーノに俺を預け、黒ずくめやプレラの動きを警戒していたフェイトの側に戻る。

「フェイト? ユーノ?」
「ごめん、ヴァン。遅くなった」

 俺が呆然としている間にも、事態は進む。

「フェイトちゃん、おまたせ」
「気にしないで。友達なんだから……」

 そう言って二人の少女はデバイスを構える。
 一方、突然登場した二人の少女に、寸前で砲撃から逃れていたアトレーが忌々しげに尋ねた。

「くっ、管理局か? もう入ってきたのか!?」

 その呟きに、フェイトが小さく訂正を入れた。

「そうだ。友達を助けに来た」



[12318] A’s第4話(2)
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:e8725c8b
Date: 2010/03/11 03:31
A’s第4話(2)



「フェイトちゃん!」
「なのは!」

 時空管理局本局の次元港のロビーで、高町なのはは迎えに来ていたフェイト・テスタロッサを見つけ満面の笑みを浮かべた。
 急いで駆け寄ると、その手を握る。

「ひさしぶりだね、なのは……」
「うん、ひさしぶり」

 2ヶ月前に分かれただけなのだが、その前のほんの半月程度に色々とありすぎた。
 たった9年の人生しか歩んでいない少女達にとって、その半月は何よりも大きくて大切な思い出だ。
 二人は喜びながらも、涙を堪えていた。話したい事は沢山あるのに、上手く言葉に出来ない。そんなもどかしさを感じながらも、二人は少しずつお互いにあったいろいろな事を話していった。

「……な事があったの」
「そうなんだ……」

 二人の話が一段落したのを見計らって、少し離れたところで彼女達を見守っていたリンディがやってきた。

「お久しぶりね、なのはさん」
「リンディさんもお久しぶりです」

 やってきたリンディに、なのはは笑顔で会釈する。
 そんななのはを笑顔で見ていたリンディだが、次の瞬間には真剣な表情をした。

「でも、良いの。なのはさん」
「はい。色々と考えて、相談もしたけど、やっぱり私も受けてみます。フェイトちゃんと一緒に嘱託魔導師試験を」

 今回、管理外世界に住むなのはがやって来たのは、フェイトと共に嘱託魔導師試験を受けるためだ。
 管理局の青田買いと批判を受ける事も多い嘱託魔導師制度だが、資格を持っていれば有利になる事も多い。特に管理外世界に住むなのはにとっては、管理世界への連絡手段だ。
 将来彼女が魔導師として身を立てるにせよ、地球で普通に暮らすにせよ、持っていて損という事はないだろう。

「そう、わかったわ。貴女を歓迎します、なのはさん」




「え? レイジングハートの点検ですか?」
「そそ。ずっと使いっぱなしでしょう。一度フルメンテをした方が良いと思うんだ」

 マリーの言葉に、なのはが首を傾げる。
 レイジングハートをはじめとした高価なインテリジェントデバイスには自己修復機能が標準装備されている。少々のダメージなら勝手に直るのだが、メンテナンスが不要というわけではない。
 特に戦闘で使うタイプのデバイスは予想外の負荷がかかっていることも多く、定期的なメンテナンスが望ましいのだ。

「とりあえず筆記試験でしょう。その間に終わらせておくから」
「……うん、それじゃあよろしくお願いします」

 そう言うとなのはは、首に下げていたレイジングハートを外し、マリーに手渡す。
 そして手渡す時に、ふと部屋の片隅のカプセルに入れられたバルディッシュに気が付いた。

「あれ? バルディッシュもメンテナンス?」
「ううん。違うの」

 なのはの質問に、同行していたフェイトが首を横に振る。

「違うの?」
「バルディッシュはね、カートリッジシステムCVK792-RCを搭載した、バルディッシュアサルトに生まれ変わったんだ」
「カートリッジシステム? そういえば、前の事件でヴァンくんがそんな名前を言っていたような気が……。」

 首を傾げるなのはに、マリーが嬉々として説明をする。

「そそ、ベルカ式の魔力増幅システムであるカートリッジシステム……、ううん。ヴァンくんがその身を犠牲にして取ってくれたデータを元に改良した改良型のカートリッジシステムを搭載したの。これで、今までよりも強力な魔法を使えるようになったんだ」

 ぶぃ、と自慢げに話すマリーだったが、ふと手元のレイジングハートの様子がおかしいことに気が付く。
 なにやら急速にチカチカと点滅をすると、カプセルに入っていたバルディッシュとなにやら交信を始めた。

「れ、レイジングハート?」
「ば、バルディッシュ?」

 互いの主が狼狽する中、交信を終えたレイジングハートがマリーに向かって要求をする。

「えっと、ええっ!? 自分もカートリッジシステムが欲しい!?」
「ええええっ!?」




「なのは、なんでここにっ!?」

 4日ぶりに無限書庫から出てきたユーノは、この場にいるはずがない少女の出現に、驚きの悲鳴を上げた。
 そんなユーノに、なのはは笑顔で答える。

「ユーノくん久しぶり。嘱託魔導師の試験を受けに来たの!」
「そんな、危ないんだよ?」
「うん、でもほっとけないから……」

 その言葉に、ユーノはほっとけないのははやてなのか、ヴァンなのか、それとも両方なのかと悩む。
 一瞬だけヴァンに嫉妬するものの、彼をほっとけないというのは自分も同じだ。
 なのははおろか自分の足元にも及ばない力量しかない少年。
 彼は常に自分達の心配をしながら皆を守る為に平然と死地に向かう。
 そんな彼に何時も文句を言ってやりたいと思いながらも、なんだかんだで何時も言えないでいる。

「試験はどうだった?」
「うん、合格だって」




「くそっ! どうなってやがる!」

 その結界を前に、ゲンヤ・ナカジマ一等陸尉は悪態をつく。
 中央病院を襲った異変に、地上本部は直ちに陸上警備隊第108部隊など、幾つかの精鋭部隊と航空隊を出動させた。
 時空管理局のお膝元である首都クラナガン、しかも管理局の施設である中央病院への襲撃だ。直ぐに鎮圧出来なければ管理局のメンツに関わる。
 だが、病院周辺を覆った結界に、陸士隊、航空隊の双方は足止めを余儀なくされた。

「隊長、ゼスト隊が到着しました」
「直ぐに突撃の準備を! もっとも、この結界をなんとか出来なければ、入れないだろうがな……」

 専門の結界破りのチームが時間をかけなければ、この強固な結界は破れないだろう。
 仮に少数の力量ある魔導師が侵入する事が出きても、こういった大人数のテロリストが展開している状態では少なからず犠牲者が出てしまうのだ。数の暴力というのは馬鹿にできない

 状況にイラつくナカジマの元に、本局から通信が入る。
 通信に出たのは、

「はい、こちらは第108部隊ゲンヤ・ナカジマ一等陸尉」
「こちらは本局のリンディ・ハラオウンです」
「いったい何の御用で?」
「時間が無いので手短に。こちらから援軍を出しました。彼女たちの侵入を妨害しないようにお願いします」
「え、いや、そう言われても……」

 別に邪魔する気はないが、仮にSオーバーの魔導師が突入したとしても鎮圧が難しいのは分かっているはずだ。下手に刺激して、取り残された民間人にテロリストの矛先が向かうのも問題がある。いったいどうするつもりなんだ?
 だが、リンディは自身を込めた笑みで答える。

「その中の一人が、結界破壊の術式を持っています。これより彼女達は結界内部に突入し、内部より結界を破壊します」
「な、なんだって!?」

 あの強固な結界を!? ナカジマは驚きの声を上げた。




 病院が見えるビルの屋上に、なのはとフェイト。それにユーノとアルフの4人は待機していた。
 そして、4人の元に待っていた突入の許可が下りる。

『なのはちゃん、フェイトちゃん。許可が降りたよ。お願いね!』

 本局からエイミィが彼女達に指示を出す。

『新しくなったバルディッシュと、レイジングハート。初めての実戦だけど、大丈夫だよね』
「うん。大丈夫」
「はい。大丈夫です」

 頷く二人に、エイミィは力強く頬笑み、状況を伝える。

『外部からの観測だと、病院正面部分が一番の激戦みたい。ヴァンくんもそこで……って、ちょっとまって!?』
「どうしたんですか?」
『プレラ・アルファーノの姿を確認したって!』

 その言葉に、二人の少女に緊張が走る。
 2月前の事件でかかわり合いになった違法魔導師だ。殺傷設定の魔法を振り回す彼がいるということは、どれだけ犠牲が出ているのだろうか。

『二人とも、急いで結界内部に侵入して。それからなのはちゃんはスターライトブレイカーで結界の破壊をお願いね』
「わかりました。フェイトちゃん」
「うん、なのは」

 なのはは頷くと、フェイトと互いに顔を見合わせ、もう一度頷く。
 そして、2人は新しい名前で、互いのデバイスを呼びかけた。

『Order of the setup was accepted』
『Operating check of the new system has started』
『Exchange parts are in good condition, completely cleared from the NEURO-DYNA-IDENT alpha zero one to beta eight six five』
『The deformation mechanism confirmation is in good condition』
『Main system, start up』
『Haken form deformation preparation: the battle with the maximum performance is always possible』
『An accel and a buster: the modes switching became possible. The percentage of synchronicity, ninety, are maintained』
『Condition, all green. Get set』
『Standby, ready』

「レイジングハート・エクセリオン!」

 なのはが新たなる力を得た不屈の心に呼びかける。

「バルディッシュ・アサルト!」

 フェイトが、自分と共に本当の自分を歩み始めた相棒を呼びかける。

『Drive ignition』

「セーット!! アップ!!」

 二人の少女の叫びに、互いのデバイスが主の戦装束を生み出す。
 桜色の魔力光と、金色の雷がビルの屋上を照らし、二人の少女はバリアジャケットを身に纏った。

『Master』
「え?」
『please call me “Cartridge Load.”』

 レイジングハートがカートリッジシステムの使用を提案する。
 なのははその声に頷くと、新システムを起動させた。

「うん。レイジングハート! カートリッジロード!」
『Load Cartridge』

 なのはの命令に従い、レイジングハートのカートリッジシステムが機械音を立てて稼働した。
 マガジンからカードリッジが供給され、なのはの魔力が強化される。余剰魔力が排出され、水蒸気を上げた。

『Sir』

 バルディッシュもまた、同時に主の呼びかける。

「うん、私もだね。バルディッシュ、カートリッジロード」
『Load Cartridge』

 バルディッシュに新たに搭載されたカートリッジ用リボルバーが回転する。
 撃鉄がカートリッジを叩き、魔力が溢れ出す。

「いこう、なのは」
「うん、フェイトちゃん」

 二人は互いのデバイスを構え、結界に向かい砲撃魔法を放つ。

『Divine Buster』
『Thunder Smasher』

 桜色と金色、二つの魔力は結界を容易に突き破り、今まさに命を落とす寸前だった少年を助けた。
 かくして、2人の少女は物語に合流を果たす。



[12318] A’s第4話(3)
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:e8725c8b
Date: 2010/03/11 03:33
A’s第4話(3)



 なのはとフェイトの出現に、状況は一転する。
 ダメージを負った俺は後ろでユーノの治療を受け、騎士クラウスと二人の少女は互いに距離をとりそれぞれの味方に合流した。
 戦場の真ん中なのに、不思議な静寂が辺りを包む。

「建造物侵入及び破壊、傷害致死……、テロリズム等の現行犯だ……」

 黒ずくめ達と対峙していたフェイトが、小さいけれどよく通る声でテロリスト達に告げる。
 その声に反応したのは、テロリストの少女達だった。

「何者だ、貴様達は?」
「時空管理局嘱託魔導師……、フェイト・テスタロッサ」
「同じく時空管理局嘱託魔導師の高町なのは! 何でこんな事をしたのか、話して!」

 フェイトとなのはの名乗りに、少女達が反応する。

「ほう、貴様があのフェイト……」
「それに、高町なのは……」

 何だか知らないが、二人の反応はなのはとフェイトを知っているかのようだ。
 まさか、また同類?
 俺が少女達の言葉に違和感を感じている間にも、事態は進んでいく。
 
「フェイトに、高町なのは……」
「プレラ……」
「騎士さん……」

 なのはとフェイトは、この場にいたプレラの顔を見て、驚きの声を上げる。
 一方のプレラも、驚きながらもどこか納得したような表情をした。

「プレラ・アルファーノ。貴方はロストロギア不法収集及び管理外世界への大規模破壊攻撃等の重要参考人として広域指名手配されています。すぐに武器を捨てて投降しなさい」
「母の事を聞かないのか?」

 表情を硬くして投降を呼びかけるフェイトに、プレラは静かに尋ねる。
 その言葉に、フェイトは硬い声で答えた。

「貴方達を捕らえて居場所を吐いてもらう」
「私と来ればすぐにでも会えるかもしれないんだぞ?」
「断る。日の当たる世界で生きて欲しい……、それが母さんの願いだった」

 フェイトがプレシアにどのような言葉をかけられたのか、俺は一切知らない。
 ただ、彼女の言葉には力強い決意が篭っていた。

「そうか……、ならば敵同士になるな……」
「貴方が投降しないのなら、そうなる……」
「私は君の事は好きだったんだが」
「私は貴方が嫌いだった」
「そうか……」

 フェイトにしては珍しい強い拒絶に、プレラは少しだけ悲しそうな表情をした。
 だがそれも一瞬の事、プレラはすぐに真剣な表情に戻る。
 
「どうする、アトレー。どうやら時間をかけすぎたようだが?」
「くっ……、撤退するから時間を稼いで頂戴! 貴女達二人も協力しなさい!」

 プレラの言葉に、アトレーとかいう男が苛立たしげに叫ぶ。

「逃がすかっ!」

 その叫びに反応したのは騎士クラウスだった。槍を振りかぶると、アトレーに斬りかかる。
 だが、素早く反応したプレラがその攻撃を受け止める。

「悪いがスポンサーのご命令だ」
「テロリスト風情がっ!」

 互いにカートリッジシステムの積まれた槍と銃剣が火花を散らす。
 二人の激突を機に、それぞれが動き出す。

「バルディッシュ、カートリッジロード」
『Load Cartridge』

 フェイトの呟きに、バルディッシュが機械音を立てて稼働する。
 内部のリボルバーが回転し、音を立ててカートリッジを叩く。バルディッシュからあふれんばかりの魔力が立ち上る。

 ……って、ベルカ式のカートリッジシステム? マリーさん、ついに改良型を実戦レベルで完成させたんだ。
 って、よく見たらなのはのレイジングハートまでカートリッジシステムが搭載されているし……。

「なのはは結界を」
「うん!」

 フェイトはなのはに一言呼びかけると、サイズモードになったバルディッシュを振りかぶり突進する。
 狙いはリーダー格と思われるアトレーだ。プレラと騎士クラウスがぶつかり合うや否や逃げ出した男を追撃する。
 だが、高速で動いた白い服の少女がフェイトの前に立ちふさがった。

「少し付き合ってもらうぞ。フェイトお嬢様」

 金色と紫色の魔力光の軌跡を残し、バルディッシュと短剣型のアームドデバイスが何度もぶつかり合う。
 ってか、速い。フェイトの動きについていっている!?

「いくよ、レイジングハート! カートリッジ、ロード!」
『Load Cartridge』

 高速で動く二人を横に、なのははレイジングハートを砲撃モードに切り替える。使おうとしている魔法は……スターライトブレイカー?

「あんたの相手はあたしだっ!」

 だが、そうは問屋が卸さない。黒いドレス型バリアジャケットを纏った少女の大砲型デバイスから橙色の魔力が吐き出される。
 なのははそれを空に飛び上がって避けると、魔法弾を少女に叩き込んだ。

「邪魔をしないで! アクセルシュート!!」

 なのはの周囲に発生した12発の魔法弾が、複雑な軌道を描きながら少女に迫る。

「うわわわっ! そんなに操れるのっ!?」

 バックステップを踏み次々に迫る魔法弾を少女は避ける。
 寸前で目標を見失った魔法弾は地面に叩きつけられ力を失う……かに見えた。

「なんてでたらめ!?」

 だが、地面にぶつかるに見えた魔法弾は寸前で停止すると、勢いを殺さずに進路を変え少女に迫る。
 ってか、あんなタイミングで進路変更できるのかよ!? どんな誘導訓練したんだんだ、なのはは!?
 
 空を飛ぶ事が出来ないのか、人間離れしたバネで魔法弾を避ける少女だが、こうなるとあの大型デバイスは不利だ。
 あのサイズでは取り回しが悪いし、なにより砲撃はチャージに時間がかかる。
 もっとも、それは使用者である少女自身よく分かっているのだろう。大きくジャンプをすると、大きく間合いを取った。
 そんな少女に魔法弾が迫る。

「……発射!」

 しかし、溜め時間0で放った散弾式の砲撃に相殺され、12発の魔法弾は空中で爆発をする。
 確かにあの取り回しの悪い大砲で精密な誘導弾を撃墜するなら、距離を開けて散弾で薙ぎ払うのが一番効率がいいだろう。
 でもね……、なのは相手に距離を取るのは悪手なんだよ。

「そ、そんなぁ!!」

 一息つく間もなく、少女が悲鳴を上げる。
 そりゃそうだ、誘導弾を処理したと思ったら、既に砲撃魔法のチャージを終えたなのはがレイジングハートを構えていたのだから。

『Count nine, eight, seven, six, five, four, three, two, one, zero』

 カウントを終えたレイジングハートの先端に、爆発しそうなほど巨大な魔力球が発生する。
 その暴力的な魔力を前に、少女の顔が恐怖に引きつった。

「こ、このっ!」
「させないよ!!」

 苦し紛れに短時間チャージで砲撃を放つが、前に出てきたアルフのシールドに弾かれる。

「ひっ! あ、あい……」
「いくよ、全力全開!!」
『Starlight Breaker』

 少女が何か魔法を使おうとするが、それよりも早くなのははレイジングハートのトリガーを引く。
 レイジングハートより放たれた光の奔流が、少女を飲み込まんと襲い掛かった。



 その頃、フェイトは苦戦を強いられていた。
 フェイトの戦闘スタイルは俺と同じく機動性を生かして戦うというもの。
 あの白い服の少女の速度は、僅かだがフェイトより速い。

 何合かの打ち合いを制したのは、白い服の少女だった。
 バルディッシュの柄を二本の短剣でがっしりと挟み込む。

「早い……」
「その程度か!」

 少女が、フェイトに向かって回し蹴りをきめる。
 躱し切れなかったフェイトが、後ろに吹っ飛ぶ。
 とはいえ、フェイトだってただ吹っ飛ばされるほどヤワじゃない。体制を即座に立て直すと、射撃魔法を展開した。

『Photon Lancer』

 解き放たれた雷の矢が少女に迫る。
 だが、少女は余裕を持って、短剣でその雷を切り払う。
 そしてその勢いのまま、フェイトに斬りかかった。

「もらった!」

 ……でも、勝負はフェイトの勝ちだ。
 少女がアームドデバイスを構えた瞬間、音を立てて砕け散る。

「な、なにっ!?」

 あの少女はスピードは速かったが、デバイスに魔力が乗っていなかった。
 魔力が乗っていないデバイスなど、ただの金属の棒に等しい。
 まして、カードリッジで強化されたフェイトの魔力だ。いくらアームドデバイスといえどもひとたまりも無かったのだろう。

「これでっ!」

 破壊されたデバイスに少女は驚きの表情を浮かべる。フェイトは間髪いれず斬りかかった。

 その時、俺は思わず叫ぶ。別の場所で戦っていたプレラが、フェイトに向かって魔法弾を放っていたのだ。

「フェイト! 危ない!」

 ほとんど条件反射で反応したフェイトは、寸前のところで飛んできた魔法弾を避ける。
 その隙に、少女はフェイトとの距離をひらいた。



 この場を一番観察できていたのは、怪我で後方に下がっていた俺と、意外にもプレラだった。
 味方の少女達が敗北寸前になる寸前に、奴は素早く行動をおこす。

「くっ……このままでは」

 小さく歯噛みすると、プレラは無詠唱で魔力を放出する。
 以前の事件でよく使っていた全方向攻撃に近いが、あれよりも威力がはるかに小さく、魔力をただ噴出しているだけに近い。
 だがプレラはなのはをも上回る魔力量の持ち主であり、これだけでも十分に攻撃となった。

「うわっ!?」

 突如吹き荒れた魔力風に、騎士クラウスが数歩後退する。
 ダメージを受けるほどの威力は無いが、あれをまともに受けてはバランスを崩す。そのまま本命の一撃を受ければ、さすがの騎士クラウスでも一撃で落とされるだろう。

 騎士クラウスが一歩下がって生まれた隙に、プレラはフェイトに向かい魔法弾を放つ。
 更にその反動を利用して飛び立つと、今まさにスターライトブレイカーに飲み込まれようとしていた少女の前に立った。

「プレラ?」
「喋るな……カートリッジ、連続ロード! 防壁展開!」

 少女が呆然とする中、プレラの張った防御壁とスターライトブレイカーが衝突する。
 プレラは全身から魔力を放出し、カートリッジシステムまで併用して、なんとか耐えようと踏ん張る。
 だが、そんな攻防は1秒も持たなかった。

 薄紙を破るように、プレラの張った防御壁は蹴散らされる。
 桜色の魔力光はそのまま直進し、空中にあるナニカ……おそらくは病院を囲っていた結界にぶつかり、それもあっさりと破壊した。

「やったの!?」

 その光景に、ユーノが思わず叫ぶ。
 だが、なのはは厳しい表情を崩さずに答えた。

「ごめん、逃げられちゃった!」
「ええっ!?」

 ユーノが驚きの声を上げたのは無理も無い。どう見ても直撃のタイミングであった。
 あの動きが見えたのは、高速移動を得意とする俺とフェイトぐらいだろう。
 なのはにしても見えたわけではなく、手ごたえが無い事に気がついただけのようだ。騎士クラウスも気がついてはいたようだが、目で動きを追う事は出来なかったらしい。
 別の場所……というか、こちらを驚き半分で見ている。

 白い服の少女が、プレラ達が砲撃に飲み込まれる寸前に高速移動で飛びこむと、二人を抱えてどこかに飛び去ってしまったのだ。
 フェイトと戦っていた時は、どうやら三味線を弾いていたらしい。先ほどのスピードは俺やフェイトの速度を大きく上回っていた。俺のフラッシュムーブで直線移動をする時に出る最高速に匹敵する早さだ。

「白い服の女の子が連れて行ったよ。プレラは無事じゃなかったみたいだけど……」

 飛び立つ一瞬に見えたプレラは、バリアジャケットが半壊していた。俺とユーノの劣化スターライトブレイカーでも一撃で撃墜できたのだから、元祖スターライトブレイカーを喰らった以上は無事ではあるまい。

 俺は肩を押さえながら立ち上がる。
 ユーノがかけてくれた治療魔法のおかげで、立ち上がれるくらいには回復していた。

「ヴァン、大丈夫!?」
「ああ、なんとか……、ありがとうな、ユーノ」

 よく見ると、こちらに突入してくる武装隊や陸士隊が見える。
 こうなれば鎮圧は時間の問題だろう。だが、プレラや謎の少女達、さらにはアトレーとかいう男も逃がしてしまった。
 この事が後にどう影響するのか、そう考えると喜んでばかりもいられない。

「それと……」

 俺はちらりとなのはとフェイトを見る。
 フェイトがくるのは、ある意味予想していた。海の連中はなんというか、使えるものは何でも使えという主義の提督が多い。彼女が嘱託魔導師を希望していた以上、試験と講習が終わるや否や顔見知りのアースラチームに派遣してくる事は容易に想像できる。

「ありがとう、フェイトに、アルフ」

 俺のお礼の言葉に、フェイトが微笑し、アルフが力強く微笑む。

 そう、この二人が来たのはまだわかるのだが、なのはがここにいるのは予想外どころの騒ぎじゃない。
 というか、地球にいるんじゃないのか? 学校はどうしたんだ?
 俺は若干混乱しながらも、俺は彼女にも礼を言う。

「ありがとう、なのは。それと……えっと、久しぶり、なのは」
「うん、久しぶり、ヴァンくん」

 俺の言葉になのはは満面の笑みを浮かべる。
 その裏表の無い笑みに、俺は柄にも無く赤面してしまった。




[12318] A’s第4話(4)
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:e8725c8b
Date: 2011/01/12 00:01
A’s第4話(4)



 別棟正面玄関前で激しい攻防が行なわれていた。
 病院前に築かれた簡易バリケード越しに、武装隊と黒尽くめの集団は魔法戦を繰り広げている。
 精強な武装隊ではあったが、数の暴力の前に苦戦を強いられていた。



 爆音が響き、部屋が小刻みに揺れる。
 別棟の一室に避難していたはやてがポツリと呟く。

「私のせいで……」

 襲ってきたのが何者かは知らないが、確実に狙いは自分だろう。
 はやては回りを見渡す。この部屋に避難しているのは自分だけではない。非戦闘員である管理局の事務官や病院のスタッフも一緒だ。
 彼らが巻き込まれたのは、自分のせいに等しい。自分さえ……。

「はやてさん」

 その言葉を聞きつけたオーリスがはやてに声をかける。

「私のせいで……」
「はやてちゃん、これは別にはやてちゃんのせいでは……。

 だが、はやてはもう一度小さく呟くだけだ。付き添っていたシャマルが否定するが、はやての反応は鈍い。
 オーリスは少しだけ息を吐くと、意を決してはやての頬を軽くはたく。

「え?」

 少し赤くなったほほを押さえ、はやてが呆然と呟く。

「はやてさん、何を思い上がっているんですか?」
「なぜ貴女の責任になるんですか、この襲撃が」
「私が闇の書が……」
「馬鹿な事を言わないでください。貴女は闇の書に関する騒ぎに巻き込まれただけの民間人です」

 ずっと孤独で生きていたらしい彼女は、妙に責任感が強すぎるところがある。
 人の力を借りられないという訳ではないのだが、背負わなくても良い責任を感じるのだ。

「でも……」
「でもではありません。単純な事実です。無駄に責任を感じる暇があるなら、犯罪者を盛大に罵りなさい。そちらの方がよっぽど健全です」

 きっぱりと言い切るオーリスに、はやてがなんとも複雑な表情をする。

「はやてさん、責任感が強いのは貴女の美徳なのかもしれませんが、責任を過剰に感じるのは周囲に対する侮辱になりますよ。まして此処は管理局の施設です、この程度の事など覚悟済みです。
 むしろ、この襲撃を予測対応出気なかった事こそ、管理局の落ち度です」

 その言葉に、はやては俯きながら答える。

「ごめんなさい……」
「謝る必要なんてありませんよ。町中ですから、すぐに救援が来ます」

 そして、柄にも無く熱く語ったオーリスは少し赤くなる。
 そんなオーリスに、シャマルが礼の言葉を言う。

「すみません、ありがとうございます」
「当然の事を指摘したまでです」

 そう言うオーリスであったが、実のところ状況は良くなかった。すでに5分以上が経過しているのに救援が来る様子が無い。
 地上本局も本件に関しては独自に対策を練っている。此処で何かあった場合、5分以内にこの場に部隊を展開できるよう待機していたはずだ。
 病院周辺を警備していた部対からの報告では、病院周辺に強力な結界が張られているらしい。おそらくはその結界に阻まれこちらに来られないのだろう。

 まだ最悪ではないが……。彼女たちがそんな事を考えていた、その時だった。
 突如、はやてたちのいた場所の近くの壁が爆発する。

「きゃあああっ!」

 オーリスとはやてが思わず悲鳴をあげる。

「この程度!」

 控えていたザフィーラが気合の叫びあげ、障壁を張る。爆風や破片は障壁に阻まれはやてやオーリスに届くことはない。
 しかし、周囲にいた局員や病院スタッフはそうはいかない。破片をもろに受け、苦痛に呻く。

「しまった!」

 部屋の入口付近で警戒及び防戦の指揮をしていたクロノが慌ててデバイスを構える。
 だが、それよりも早く黒ずくめの男たちが部屋に突入してきた。

「おっと、動くんじゃねえ!」

 黒ずくめの男の一人が、片手に小柄な少女……、まだ若い局員をつかみ上げると頭にデバイスを突きつける。
 さらに、後続の黒ずくめ達はデバイスを構える。

「ヘタに動くと、こいつの頭がザクロみたいになっちまうぞ!」
「ひっ!」

 目の前にデバイスを突きつけられ、その局員が悲鳴を上げる。

「くっ……」
「へっへっへ、動くんじゃねえぞ。お前ら、デバイスを捨てろ!」

 その言葉に、武装隊が一瞬動きを止める。

「捨てろって命令してるんだよ!」

 そう叫ぶと、黒ずくめの男は少女の顔をデバイスで殴った。
 口の中が切れたのだろう、少女の口から血が滴り落ちる。

「くっ!」

 クロノや武装隊は悔しそうにデバイスを地面に置いた。

「よしよし。それじゃ、そこの車椅子のガキ! お前はこっちに来い!」
「主はやてに何を言う!」
「おっと人質が……」

 叫ぶザフィーラに、黒ずくめの男が人質の少女を故更強調する。

「我らがその程度で止まると思ったか!」
「待つんだ、ザフィーラ!」

 人質を意にも介さないザフィーラを、クロノが慌てて止める。
 だが、ザフィーラはその言葉を鼻で笑う。

「我らヴォルケンリッターは主の為に存在する。主の身の安全のためなら、他の者など……」
「馬鹿な事を!」

 二人の言い争いを黒ずくめの男は鼻で笑い、逆にはやてが顔を真っ青にし、次に顔を真赤にした。

「ザフィーラ、なんて事を言うんや!」
「しかし、主よ……」
「私以外がどうなっても良いなんて思っちゃあかんよ。そこの兄ちゃん、私が行けばその子は開放してくれるんやろう?」
「ああ、そうしてやるぜ!」

 その言葉にはやては意を決すると、車椅子を動かそうとする。
 
「はやてちゃん!」
「はやてさん!」

 シャマルとオーリスが叫ぶ。

「ごめんなぁ、やっぱ私の責任じゃなくても人が傷つくのを見るのは嫌なんや……」

 泣き笑いをしながら、はやてが動きだした。
 黒ずくめ達の注意がはやてに集中する。少女の頭からデバイスが一瞬逸れる。
 その瞬間をクロノは見逃さなかった。

「今だ! 撃てっー!!」

 クロノの号令一下、デバイスを持たない武装隊隊員達の手から、魔法が一斉に解き放たれる。
 魔法弾は正確に黒ずくめ達を撃ち抜いていく。

「な、なにっ!?」

 黒ずくめの一人が悲鳴を上げるが、彼らの不幸はこれで終わらない。

「はあっ!!」

 ザフィーラの放った拘束魔法、鋼の軛が次々に男たちの体を貫き、拘束していった。
 その隙に、先ほどの局員は黒尽くめの手を振りほどいて逃げ出す。

「なんや、なんや!?」

 はやてが驚きの声を上げるが、この場合仕方が無いのかもしれない。彼女は魔法に関しては素人同然であり、今までの経験からデバイスが無ければ魔法が使えないと誤認していたのだ。
 実のところ、デバイスが無くても魔法の行使は可能である。単にデバイス無しでやると使用者に負担がかかり、制御の面で不安定になるというだけだ。
 だが、今回のように人質が取られるなど、何らかの事情でデバイスが手元にない場合も想定される。クロノはもちろん、武装隊の面々はそういった事態も想定して訓練を積んでいるのだ。

「申し訳ありません。騙すような真似をして……」
「だ、騙す!?」
「はい、先ほどクロノより思念通話で相談がありまして……」
「演技やったのか!?」
「はい」

 はやては慌ててクロノを見るが、その頃クロノや武装隊は壁の穴に向かっていた。
 壁の向こうから、後続の黒ずくめ達が迫ってきているのだ。

「はい、注意を引くようにと……」
「そうなんか……」

 ザフィーラの言葉に、はやてが脱力する。

「はやてさん、貴方のおかげで部下が助かりました。でも、もうあんな無茶は……」
「うん、もうしない。今になって震えてきたわ」

 はやての言うおり、はやての身体はは小刻みに震えていた。
 今になって、恐怖がぶり返してきたのだ。

 はやては顔をあげる。そこには、穴の向こうで病院を守り、必死に戦うクロノや武装隊の姿があった。
 戦う彼らを見て、恐怖とは別の何かがはやての胸の中に目覚めつつあった。





「助かったよ。ありがとう」

 意識を取り戻したプレラは、自分を助け出してくれた二人の少女に素直に礼を言った。

「礼を言うのはこちらだ。妹が世話になった」

 一方、白い服の少女は遠くを見つめながら振り向かずに答える。

「何が見えているんだ?」
「結界が破られ管理局が病院に突入した。他の連中の捕縛も時間の問題だろうな」
「高町なのはのスターライトブレイカーか」

 その言葉にプレラはあの桁外れの砲撃を思い出す。
 ヴァンとユーノが使った同じ名前の魔法とはケタ違いの威力だった。あれから防御魔法の精度を上げたつもりだったが、あそこまででたらめとは予想外だ。なるほど、劇中でフェイトが『防御の上からでも落とされる』と言ったのもうなずける。
 防御魔法の錬度に関しては、さらに練り直す必要があるだろう。

「そうだ。全くデタラメだ。あれは本当に人間なのか?」
「間違いなく人間だろう。彼女は管理外世界の出身なんだからな」
「信じられんな」
「まったくだ」

 自分も常識外れの存在だと自覚しながらも、高町なのはに関しては信じられないほど非常識だと思う。
 とてもではないが、ごく平凡……でもないが、つい最近まで魔法が存在しない世界のごく普通の小学生だったとは思えない。

「まぁいい。お前はどうする?」
「どうするもこうするも、スポンサーから今回の分の報酬をもらわんとな」

 自らの未熟を叩き直すため、あるいはヴァン・ツチダに勝利するために組織を抜け出し約ニ月。何をするにも金が必要だと骨身に沁みてわかった。
 特に今回はなのはの砲撃を止める為とはいえ、カートリッジを3発も使ってしまったのだ。補給を考えると頭が痛い。

「だが、あの様子では報酬はもらえるのか?」
「アトレーは逃げ出せたようだが……。あやしいが、行かない訳にはいくまい。前金しか貰ってないからな」
「やれやれ。大変だな、傭兵も」

 肩をすくめる少女に、プレラは苦笑しながら少し疑問を持つ。
 彼女達は傭兵ではないというのか?

「では、君達はどうする?」
「私達も逃げるわけにはいかない事情があってな」
「ならば一緒に行くか。最悪の事態を考えれば、一緒にいて損はあるまい」
「確かにな」

 最悪の場合、合流地点を管理局が包囲している可能性もある。
 その場合逃げるには、戦力が多いに越した事はない。どちらかが捨て駒になる事を含めてだ。
 
 少なくとも、プレラと彼女達の間に信頼関係は無い。互いの力量は認めていても、これ以上助ける意味も理由も見当たらなかった。
 プレラが少女を助けたのは咄嗟の衝動と、自らが練った魔法を試す為であり、少女達にしても彼を助けたのはついでに過ぎない。

「それでは行くか」

 その言葉と共に、プレラの足元に転送用の魔法陣が開く。

「助かる」

 その魔法陣を前に、少女が答える。
 そんな少女に、プレラはふと名前を聞いていなかった事を思い出す。

「そういえば名乗ってなかったな。私はプレラ・アルファーノだ」
「私たちは……」

 少女達の名前は、予想外の名前だった。
 だが、プレラはあえて気にしない事にした。
 今更原作の登場人物と関わって何になるというのだ?





「はっ……、これは?」

 自分の死角から飛んできた桜色の球体に、クアットロは呆然とする。

『Wide Area Search successful. Coordinates are specific. Distance calculated』

 一方、ヴィヴィオとの戦いを繰り広げていた筈の高町なのはは、レイジングハートがもたらした発見の報告に、小さく呟く。

「見つけた……」

 激戦の最中でありながらも、なのはは真なる敵を、倒さなければならない障害を見逃さなかった。
 なのはの意思に従い、ブラスタービットがヴィヴィオを縛り上げる。

「え、エリアサーチ!? まさか、ずっと私を探してたの!?」

 無意識に後ずさりながら、クアットロは何とか思い直す。

「だけどここは最深部。ここまで来られる人間なんて」

 クアットロは自分を安心させようと呟く。だが、その言葉は逆に高町なのはの持つ力を思い起こさせるだけだった。
 そう、彼女は管理局の誇るエースオブエース。砲撃魔法のプロフェッショナルだ。

 高町なのはが一歩踏み出す。彼女の足元に何重もの魔法陣が展開される。

「壁抜き!? まさか、そんな馬鹿げた事を!? ……あっ!」

 クアットロは思い出す。数年前の火災で、火災の中心から外までを、たった一発の砲撃で吹き飛ばし、通路を築いた事を。
 その時の姿が映し出される。あれが可能な高町なのはなら、この状況とて……。

「あ、あああああああっ!」

 クアットロの表情から完全に余裕が消える。瞳孔が小さくなり、その表情が恐怖一色に染まった。



「ドクター、またそれを見ておられたのですか?」

 妹達からの報告を持ってきた長身の女性……ウーノは、大画面の一角に浮かんだ映像を見て呆れ声を上げた。
 そんな彼女に、ドクターと呼ばれた長髪の男は笑顔を浮かべながら答える。彼の名はジェイル・スカリエッティ、希代のマッドサイエンティストだ。

「いやいや、これはこれで興味深いものだよ。まぁ、クアットロが嫌がるから、彼女のいる時は遠慮しているんだがね」

 口や態度には出さないが、あの娘はこの映像が流れるのを酷く嫌がる。まぁ、特にここは自分が無様に砲撃で吹っ飛ばされるシーンなのだから、嫌がるのも無理も無い。
 ちょっとした用事で出かけてもらっている今が、ゆっくりと視聴するチャンスというものだ。

「そのクアットロから、報告が届いております」
「ほう? それで何と?」
「教会、管理局双方に問題なくもぐりこめたようです。ただ……」
「ただ?」

 歯切れの悪い言葉に、スカリエッティは首をかしげる。

「はい、トーレとディエチが“高町なのは”及び“フェイト・テスタロッサ”と遭遇、交戦を行なったと報告がありました」
「ほう、それはすばらしい。それで結果は?」

 その報告に、スカリエッティは歓喜の声を上げる。
 まさか、この時期にあの二人と出会えるとは……。

「双方とも敗北寸前で撤退したようです」
「無事なのかい?」
「はい、破損等はありません。しかし、このような結果に……」
「それは仕方がないよ。二人とも本来の武装を封じた上に、外見年齢を弄ってあるのだから。戦闘能力は本来の半分も出せていないのだからね。
 むしろ彼女達に遭遇して、無事に撤退できた事を喜ぼう」

 そう、自分の夢を阻む者たちとこの時点で遭遇出来た事は何より喜ばしい。
 彼女達の戦闘データは、後発のナンバーズ……半人半機である戦闘機人の強化に繋がるだろう。八神はやてがいると知り、ちょっとした悪戯心で商売相手の所にもぐりこませてみたのだが、予想外の大収穫だ。

「ハハハハハハ、御伽噺の主人公達の力がどの程度か、ゆっくりと見させてもらおうじゃないか」

 地下深くに存在するラボに、ドクター・スカリエッティの哄笑が響き渡った。





「失敗しただと?」
「はい」
「あれだけの金と戦力を使いながら、小娘一人攫えなかったというのか?」
「も、もうしわけありません」

 男の言葉に、報告に来た騎士が震え上がる。彼がその気なら、自分など簡単に消されてしまうだろう。
 だが、男は怒りよりも疑問を感じていた。

「解せませんね。こう言っては何ですが、戦力的には十分だったはず」

 八神はやてをテロリストが誘拐、騎士団がそれを追跡、殲滅した後に保護し、こちらの管轄に移す。
 これが今回立てた計画だった。
 エージェントを使い傭兵と傀儡兵を用意した。
 先方の戦力分析も出来ている。元々あの病院に戦力を配置したのは守護騎士プログラムが暴れだした時の為であり、それほど多く戦力を配置していたわけではない。飛びぬけて手ごわいのはクロノ・ハラオウン執務官ぐらいだ。
 更に、病院を外部から隔離するために結界を用意、運用した。あの結界は地上本部の戦力では破るまでかなりの時間がかかる。本局の魔導師なら短時間で突破できるだろうが、管理局のシステムでは即応などできないだろう。
 ゼスト隊など少数の強力な魔導師が突破してくる可能性は考えられたが、それは誤差の範囲だ。
 騎士団から派遣される警備には使えない駒と、この程度なら単独で切り抜けれる駒のみを配置した。
 失敗する要素はほとんど無かったはずだ。

「それが、結界が数分で破壊されたようで……」
「数分で突破? 地上にそんな強力な魔導師が?」

 男の言葉に、騎士が訂正をいれる。

「いえ、“突破”ではなく“破壊”です」
「馬鹿な! そんな魔導師が一体どこに?」

 病院周辺に張った結界を破壊するには、それこそ戦技教導隊クラスの魔導師が必要なはず。

「どうもハラオウン提督がスカウトしてきた嘱託魔導師がいたようで……」
「だが、それほどの魔導師なら噂ぐらいは聞いていそうですが?」
「はい、つい先日登録されたばかりのようで……。しかも管理外世界からスカウトしてきたようです」

 なるほど、管理局に所属したばかり、しかも管理外世界の出身なら、噂を聞いた事が無いのも頷ける。

「それで、その魔導師の名前は?」
「はい、第97管理外世界出身の高町なのはという魔導師で、先日のロストロギア事件の際に、提督直々にスカウトしてたとの事です」

 その言葉に、男が予想外の反応を見せる。

「タカマチ・ナノハだと……?」
「はい」

 男は一瞬だけ呆然とし、次の瞬間先ほどまでの不機嫌が嘘のように高笑いをあげた。

「そうか、実在していたのか……ナノハ、タカマチ・ナノハが。ははは、はは……うわーっはっはっはっはっは!!」
「ソ、ソナタ枢機卿?」

 あまりの急変に騎士が慌てるが、男……ソナタ枢機卿は騎士の声など聞いていなかった。

 タカマチ・ナノハ……タカマチ・ナノハ……タカマチナノハ……。
 まさか、聖母タカマチ・ナノハか!? いずれ生まれる新たな聖王の母となる少女かっ!? まさか、本当に実在していたとは……。
 そう、20年前、突如脳裏に浮かんだ映像。狂科学者に操られた聖王を助けようと奮闘する、聖母の姿……。
 ずっと夢だと、白昼夢だと思いながらも、何故か忘れられなかった幻想。

 だが、現実にタカマチ・ナノハは出現した。

 そう、あれは幻などではなく未来予知だったのだ。
 それならば、何としてもタカマチ・ナノハは手に入れなければならない。
 聖王の威光を取り戻すためには絶対に管理局などに渡してなるものか。その少女が産むだろう子は、新たな世界の王となる。いや、自分が王にしてみせる。

 その為に自分は聖王教会でこれまで地位を築いてきたのだ。
 そう、あの夢を見た時から、自分は運命に選ばれていたのだ!

 聖王教会の重鎮は新たなる世界を夢想しながら高笑いを上げる。
 少しずつ、何かが狂い出してきた瞬間だった。



[12318] A’s第5話(1)
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:e8725c8b
Date: 2011/01/12 00:30
A’s第5話(1)



 なのはの結界破壊後、周囲を包囲していた陸士隊及び航空武装隊が雪崩れ込んできた。
 結果、逮捕者57名という大捕物となり、中には広域指名手配を受けていた犯罪者も多数紛れ込んでいたらしい。
 もっとも、その代償は大きかった。警備に当たってた騎士団と陸士隊で合計30名近い重傷者が出た。死者が出なかったのは不幸中の幸いだろう。空隊と武装隊は大きな損害は無かったらしい。
 ちなみに俺は分類上、軽症者扱いだ。ユーノの治療のおかげで思ったよりダメージが無かったのは助かったけど、負傷手当が出ないのは地味に痛い。

 ってかさ、なんだってここ暫く、SだのAAAだのありえねー高ランク魔導師とばっかり戦ってるんだよ。理不尽すぎるだろう。アトレーとか言う違法魔導師だって推定ランクが総合AAAだって言うじゃないか。高ランク魔導師が多く在籍する管理局だって、AAA以上は非戦闘員を含め5%しかいないのに、なんだってこんな高ランク魔導師とのエンカウント率が高いんだよ。
 こんな連中とやりあったって、給料は変わらないんだぞこんちくしょう。

「ヴァンくん、こっちむいて」
「バインドかけようか?」
「ユーノ、お前な。俺は怪我人だぞ、いちお……」

 俺が現実逃避していると、なのはに怒られました。
 俺達が何をやっているのかというと、俺の怪我の治療である。なのはが俺に消毒液を塗っているだけだけど。
 ちなみにユーノは今回も怪我人の間を走り回っている。治療魔法が使えると、こういう時にこき使われるのだ。

「はい、終わり。もう怪我をしないって約束したのに……」
「そりゃそうだけど……、怪我するのも仕事のうちだし」

 まぁ、怪我をしたくて仕事をしているわけじゃないけど。

「そんな仕事無いの! みんな、凄く凄く心配するんだよ……」

 怒られました。というか、どうしろって言うんだよ。
 俺は困り果ててちらりとフェイトを見るが、あからさまに視線をそらされました。ちなみにその後ろでアルフが笑っております。
 ユーノ? あいつは怪我人の治療をしながら、時々来てはなのはと一緒にお説教かまして行ってますよ。

「俺だって別に怪我をしたいわけじゃないんだよ。ただ、状況的にそうも言っていられないわけで……」

 俺だって怪我をしたいわけじゃない。この仕事を長く続けたければ出来る限り怪我をしないほうがいいに決まっている。
 だが、武装隊で働いていく上で、怪我はやっぱりつきものだ。

「それはわかるけど……」

 なのはが何か言いたそうに俯く。なのはが子供の頃に士郎さんが大怪我をして入院したって話だったから、その事を思い出しているのかもしれない。 まぁ、それはそれとして、俺は俺で聞かないといけない事がある。

「それよりも、なのは。なんでミッドにいるんだ?」

 先ほどはドタバタしていて聞きそびれてしまったが、そもそも第97管理外世界に住むなのはが何だってこっちにいるんだ?
 嘱託魔導師とか言っていた気がするけど、何時の間にそんな試験受けたんだろう?

「うん、リンディさんが試験を受けないかって……この間連絡があって」

 リンディ提督が勧めたのか……いつの間に。
 まぁ、海の提督ならやりそうな話ではある。嘱託魔導師は、昔戦力不足だった頃は管理局の傭兵制度であったらしいが、今じゃ青田買い制度だしなぁ……。
 管理外世界出身で誰の唾もついていない有望な魔導師なら、スカウトとまでいかなくても、そういった進路も取れる事を明確にしておこうと考えるだろう。
 もっとも、別に管理局の都合だけではなく、なのはが嘱託魔導師資格を持っておくのは悪い選択ではない。
 別に管理局の仕事を請け負わなくても、身の回りで管理世界絡みのトラブルが起きたとき、管理外世界の住民であっても管理局の助けを受けられるからだ。
 将来はさておき、取っておいて損な資格ではない。管理外世界に住んでいれば態々仕事の依頼が行くなんて事はまず無いしね。
 まぁ、でもだ……。

「危ないんだぞ。助けてもらっておいてなんだけど、なにも出撃しなくても……」
「でも、ヴァンくんやはやてちゃんが危ないって」

 それを言われると言い返し難い。今回なのはが助けに来なければ、俺はなぶり殺しになっていた可能性が高い。
 でも、ここで引き下がるわけにはいかない。

「あのさ、管理局で働くってのは。今回みたいに、危ない犯罪者の相手だって時にはしないといけないんだよ」
「わかってるよ。でも、せっかく覚えた魔法を役に立たせたいの」
「わかってないよ。魔法を使って仕事をするだけなら研究者になる道だってある。管理局で働くって事は大怪我……いや、死ぬかもしれないんだよ」

 助けてもらっておいて、凄く失礼な事をしているってのはわかっている。ぶっちゃけ、今の俺は恩知らずで恥知らず以外の何者でもない。
 いや、あるいは今はお礼を言って再会を喜んで、後で言い含めれば良いだけなのかも知れない。

「でも、危ないのはヴァンくんも一緒でしょう」
「俺は仕事だよ」

 でもなぁ、なのはやユーノに危ない事はしないで欲しいってのが俺の本音なのだ。俺と違って才能があるだけに、なおさらだ。
 フェイトは前科がついちゃったし、母親の事があるから止めようとは思わない。元少年兵、元犯罪者、親がいないなど、俺を含めて、俺と同年代の訳あり局員は多いしね。
 俺なんか、管理局を辞めたら路頭に迷う。

 でも、なのはの場合、魔法を知っただけの民間人だ。ごく普通に家庭があり、ごく普通に学校へ通っている。彼女なりの理由はあるんだろうけど、管理局に関わるのは大人になってからでも良いんじゃないかと思う。
 大人になっても、やっぱり管理局に入るんじゃなくて、別の仕事をして欲しいとは思うけど。

 なんとなくだが、ティーダさんが時々、ティアナちゃんが管理局に入りたがるのが困ると愚痴る気持ちがわかる。
 自分達の仕事は胸を張って誇れるが、知っている人には同じ職業について欲しいとは思えない。管理局に入るなら、よく考えて後悔しないようにして欲しいと思う。
 我侭であり、エゴだけどね。なのはやユーノだけを特別扱いしてるわけだし。

 俺達二人の間を気まずい沈黙が支配する。
 というか、せっかく再会したのに、喜ぶよりも文句を言うなんて、我ながら酷い大人だよ。……子供だけど。

 居心地が悪い上に、周囲の視線が痛い。
 俺達のまわりにいるのはPT事件の時も一緒だった武装隊の連中だ。ぶっちゃけ、顔見知りばっかり。

 俺達が暗い沈黙を続けていると、救いの神がこの場に現れる。

「フェイトちゃんが来とるって? って、何でなのはちゃんが来とるんや!?」

 もとい、あくまだった。

「はやてちゃん!」
「はやて!」

 はやては一瞬だけびっくりするものの、すぐに友人との再会に笑顔を浮かべた。

「ひさしぶり……って、ほどやないけど、何でここにおるの?」
「うん、実はね……」

 って、呆れている場合じゃなかった。なのは達の意識がはやてに逸れたのをこれ幸いと、俺はそそくさと立ち去ろうとする。

「ヴァンくん、どこに行くの?」
「仕事だよ。いいかげん、クロノさんに報告をしないと」

 なのはがそれを見咎めて文句を言うが、俺はさらりと受け流す。
 ちなみに呼ばれているのは本当で、怪我の治療が終わったら来いと言われていた。

「ちょっと、まだ話が……」
「ごめん、仕事があるんだ」

 なのはがまだ何か言いたそうだったが、俺は一言謝ると大部屋を後にする。
 ふと、最後に見たなのはの表情が寂しそうで、離れたところで治療魔法を使っているユーノは怒っているように見えた。




 良くない傾向だと思う。

 物語うんぬんを抜きにして、なのはやユーノと一緒にいるのは楽しいし、二人の友情は嬉しい。俺は中身が見た目どおりじゃないせいか、同年代の間では浮いてしまい、年上は相手が子供としてしか見てくれない。
 精神年齢が肉体年齢に引っ張られてはいるが、本当の子供ほど無邪気にはなれないのだ。
 まぁ、あと5年か10年も我慢すれば問題は無くなるだろうから気にはしていないのだが、それでも何故かなのはやユーノとは馬が合い、一緒にいて楽しいと思う。

 でも、やっぱり良くない傾向だ。

 彼女達は次元世界という視点で見ても有数の天才魔導師、あるいはその卵だ。今回骨身に沁みて思ったが、俺と彼女達じゃ嫉妬すら感じないほどの才能の差があった。
 俺だって2ヶ月遊んでいたわけじゃない。初めてなのはたちと出会ったあの日からしてみれば、ユーノやクロノさんのおかげで考えられないほど力量が上がっている。それでもなのはの足元すら見えないのだ。
 今回なのはたちが戦った魔導師は決して弱くは無い。並の魔導師なら蹴散らされてもおかしくないレベルだ。それなのに、なのはもフェイトも余裕を持って勝った。
 今は子供特有の友達感覚で付き合っていられるが、いずれは才能の差と言う名の壁が来る。今からでも距離をあけておかないといけないだろう。
 俺が怪我をするぐらいならまだ良いが、俺が足手まといになって彼女たちが傷つく事態は見たくない。子供時代の付き合いだから考えすぎなのかもしれないが、今から考えておくべきだ。
 転生者である事をばらせば……、嫌ってくれるかな……。

 そんな事を考えながら歩いていると、いつの間にかクロノさんの臨時執務室についた。

「ヴァン・ツチダ空曹です」
「ヴァンか、入れ」
「はい」

 扉をノックし、俺は入室する。
 中には先客がいた。長髪の、スーツ姿の若い男……いや、少年か。年齢はクロノさんと同じぐらいだろう。柔和な顔をしており、こちらを興味深そうに見ていた。

「丁度いいところに来た、ヴァン。君に紹介しようと思っていたんだ」

 クロノさんの知り合いかな?
 こんな状況でここにいるっていう事は、管理局の私服組だろう。

「ヴェロッサ・アコース査察官だ。ヴァン空曹だね、クロノ君から噂を聞いているよ」

 ふーん、査察官なのか……、まぁ、士官センター出のクロノさんなら、そういう知り合いも……。
 って、査察官!? 査察官だって!? 超エリートじゃないか!

「ヴァ、ヴァン・ツチダ空曹であります。お会いできて光栄であります、アコース査察官殿」

 俺は背筋を正し、敬礼で挨拶をした。
 相手は超エリートである。俺の首なんか瞬時に吹っ飛ぶのだ。

 ……って、よくよく考えれば、ここんと俺の首なんて軽く飛ばせるような人たちとよく会うよな気がする。リンディ提督にレジアス少将、クロノさんに今回のアコース査察官。
 厄年じゃないはずだが、一度お払いに行くべきかもしれない。

 一方、俺の内心の動揺を知ってかしらずか、アコース査察官は苦笑いをしながら握手を求めてきた。

「そこまで緊張しなくてもいいよ。堅苦しいのは苦手なんだ」
「は、はい。アコース査察官殿」
「おいおい、僕の時はそこまで緊張しなかったのに」
「人徳の差じゃないかな?」

 俺はその手を握り返しながらも、かちこちに固まっていた。それを見てクロノさんまで笑い出す。
 とはいえ、これにはちゃんと訳がある。
 執務官も査察官もエリートという意味では同じだが、執務官は比較的現場に出ることが多く、俺みたいな地上の前線にいる人間でも年に何回かは彼らの指揮下で働く。一方の査察官は一般組織や施設の調査、あるいは管理局内の査察を行なう部署である。俺達が動く時は彼らの仕事は終わっているか、もしくは俺達の仕事が終わってからが彼らの出番なため、まったくと言って良いほど接点が無い。
 実際、俺は査察官と直接会話をするのは初めてなのだ。

「いえ、そのような事は……」
「まぁ、いいや。戦闘データの提出か?」
「あ、は、はい」

 今回の襲撃で、なんだかんだで前線で戦っていたのでデータの提出を命じられたのだ。
 俺はたたずまいを正すと、デバイスから抽出したデータを提出する。

「僕も見て良いのかい?」
「頼むよ」

 俺が提出したデータをクロノさんは早速モニターに写し、アコース査察官も覗き込む。
 ふと、アコース査察官の表情が曇る。その事にクロノさんも気がついたのだろう、横目で見ながら尋ねる。

「どうしたんだ、ロッサ?」
「いや、知っている顔があったんでね。続けてくれ」

 画面に出ていたのは騎士クラウス以下、騎士団の面々だ。
 査察官なんてやってるからには顔が広くてあたりまえだし、教会に知り合いがいてもおかしくは無い。
 やがて映像はプレラが出現し、俺が違法魔導師の不意打ちで撃墜寸前になったシーンに変わる。

「ちょっと止めてくれ。今のシーンをもう一度頼むよ」

 不意に、アコース査察官がストップをかけた。

「どうしたんだ?」
「いや、今の違法魔導師だけど、もう一度映してくれ……」
「いいけど?」

 もう一度オカマ口調の鞭使いが映し出される。

「こいつが何か? ヴァンこいつは」
「はい、アトレー・セヴィという広域指名手配犯です。調べましたところ、誘拐殺人事件など3件に関与があると……」

 俺はデバイスの中に広域指名手配犯の手配データを入れているので、すぐに引っ張り出せた。
 いや、有るのと無いのじゃ違うのよ。広域指名手配犯って、時々とんでもない裏技を持ってるから。

「顔は違うが……、でもこの技は……。姉さんかシャッハなら何かわかるかな……」

 一方でアコース査察官は画面を覗き込みながらぶつぶつと呟いていた。
 そして何かに思い至ったのか顔を上げると、クロノさんにデータをもらえないか聞いてくる。

「クロノ君、このデータのコピーをもらえるかい?」
「構わないが、何か知っているのか?」
「確証は無いんだが、昔見た騎士にそっくりなんだ」
「騎士に?」

 アコース査察官にクロノさんはオウム返しで訪ねる。
 そんな俺達に、アコース査察官は眉をひそめながらこう言った。

「ああ。ただ……故人なんだよ、彼は。だいぶ前に交通事故で亡くなっている筈なんだ」

 その言葉に、俺とクロノさんは思わず顔を見合わせた。




 その後俺は臨時執務室から退出しようとしたところで、アコース査察官に呼び止められた。
 何でも知り合いがいるから、案内して欲しいとの事だ。クロノさんからも案内するように命じられたので、騎士団の臨時詰所に行く事となった。

 俺としてもちょうど良かった。ちょっとなのは達とは顔を合わせ辛かったし、これ幸いと、案内を引き受けた。

 俺達が騎士団の仮設詰所にいくと、先ほどの騎士クラウスが丁度詰所から出てくるところだった。

「騎士クラウス」

 俺はとりあえず彼を呼び止める。よく考えたら、あのあとすぐに別棟に向かってしまい、ろくに挨拶をしていなかった。

「おや、ツチダ空曹じゃないですか。先ほどはご助力いただき有難うございました。部下に犠牲者を出さずに済みましたよ」
「いえ、こちらこそ助けていただいて感謝しております」

 半ば社交辞令ではあるが、同じ戦いを潜り抜けた戦友として、互いに笑顔で話す。
 とはいえ、それは一瞬の事で、すぐに騎士クラウスの顔が険しくなった。

 って、なんで?

 彼の視線は……アコース査察官に向いている?

「何の御用でしょうか、ヴェロッサ殿」
「いや、別の用件でこちらに来たんだが、君がいると知ってね」
「そうですか。態々激励有難うございます。騎士カリムにはよろしくお伝えください」
「いや、そうではなくてね」
「自分は忙しいので、失礼」

 なんか、ずいぶんと妙な会話だ。
 親しげに話しかけるアコース査察官に、騎士クラウスは表情を凍りつかせたまま事務的に対応して去っていった。
 これでアコース査察官が馴れ馴れしいだけかといえば、そうは見えない。査察官の様子は自然で、むしろ騎士クラウスの態度が不自然に……いや、辛そうに見えた。
 どういう事だろう?

 俺が疑問に思いながらアコース査察官を見ると、一瞬だけものすごく寂しそうな、辛そうな表情をしていた。
 彼の表情に、なぜかなのはとユーノの姿がかぶる。
 それだからだろうか、その場から立ち去るアコース査察官に、失礼だとは思いながらも尋ねてしまった。

「あの、査察官。彼とは……?」
「ああ、いや、みっともない所を見せてしまったね」

 元の気さくな笑みに戻るが、どこか影が消えていない。
 俺の視線に気付いたのだろう。アコース査察官は少し寂しそうに笑いながらこう言った。

「やれやれ、クロノ君の一番弟子だけあって、鋭いところはよく似ているな」
「いえ、すみません。プライベートな事を尋ねてしまいまして」
「いやいや、大した話じゃないよ。彼とは幼馴染なんだ。だけど、進む道が違ってしまったら、友情も終わりだなんて宣言されちゃってね」

 アコース査察官は肩を竦めながら話を続ける。

「そりゃお互いに立場ってものがあるし、仕事上やりあうのは仕方ないけどね。それでも、友人まで無理に辞める必要ってのはあるのかな?」

 アコース査察官と騎士クラウスの間に何があったのかはわからない。
 ただ、確かな事は、彼のこの言葉に俺は何一つ答える事が出来なかった。



[12318] A’s第5話(2)
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:e8725c8b
Date: 2010/05/23 22:59
A’s第5話(2)



「なんだい、あいつ。せっかく心配してきたって言うのに、あのぶっきらぼうな態度は!」

 ヴァンのなのはに対する態度に最初に怒り声を上げたのはアルフだった。

「ったく、何考えてるんだい、あの子は。前の時と全然態度が違うじゃないか!」

 心配してくれていた女の子に、あれは無いんじゃないか。助けてもらっておいて、危ないから来るなでは酷すぎる。
 一方のなのははと言うと、少しだけ寂しそうに笑うと首を横に振るった。

「ううん、違うよ。ヴァンくんは変わってないよ」

 その言葉に、怪我人の応急手当を終えたユーノが同意をする。

「ああ、まったく変わってないよ。誰かが危ない目にあうのを極端に嫌がるんだ」

 ユーノの表情は怒っているような、悲しんでいるようなそんな複雑な表情だ。
 それほど長い付き合いではないが、ヴァンの性格はよく分かっている。今回もまた、危ない事は管理局員がやれば良いなんて考えているのだ。
 無論、それが彼の仕事だろう。だが、態々ミッドチルダまで来たなのはの気持ちくらい汲めないのか? 友人が傷つくのを黙って見ているのが、どれだけ辛いと思っているんだ?

「どうしたんや? ヴァンくんと喧嘩でもしたん?」

 明らかに態度のおかしい面々に、はやては首をかしげる。

「そういう訳じゃないんだけど……、危ない事をするなって……」
「死に掛けて助けられたくせにさ」

 ぷりぷりと怒っているアルフに、はやての護衛で控えていたザフィーラが声をかける。

「彼なりの矜持があるのだろうな」
「そりゃわかるけどさ、よわっちいクセに無茶ばっかりするんだよ」

 ヴァンが管理局員として誇りを持っているのはよく分かる。
 だが、それとこれとは話が別だ。実力差がわからないほど馬鹿では有るまい。無謀にもほどがある。

「弱さは誰かを守る事を止める理由にはなるまい」

 もっとも、蒼き狼は別の感想を抱いたようだ。

「そりゃそうだけど……、待ってる身にもなってみなよ。なのはやユーノがどれだけ心配してたか」
「そこは、彼の未熟な点だろう。己の身を省みないのは必ずしも美徳ではない」

 なにやら難しい顔をして話している狼二匹に、不意にシャマルが声をかける。

「あの、ちょっといいかしら?」
「どうした?」
「なんだい?」

 息のあった動作で振り返る二人に若干引きながらも、シャマルは二匹に尋ねる。

「あの、なんか話が合ってたみたいだけど、お友達?」
「いや、初対面だ」
「初めて見る顔だね」

 あっさりと初対面と言い放つザフィーラに、シャマルが汗を流す。

「そういや、まだ名乗ってなかったね。フェイトの使い魔のアルフだよ」
「盾の守護獣ザフィーラだ。主はやてに仕えている」
「そっか、よろしくな」
「よろしく頼む」
「あははは、そういえば、うちの子達をなのはちゃん達に紹介してへんかったな」

 苦笑いをしながら守護騎士たちを紹介するはやてを見ながら、フェイトはふと思う。
 ヴァンもなのはもユーノも、互いの事を本当に心配して、大切に思っている。それゆえに彼女達はすれ違っているのだ。
 人の心はこうも難しいのか。フェイトは小さく溜息をついた。





「嫌な感じね……」

 リンディの呟きに、レティ・ロウランが肩をすくめる。日ごろはクールな印象であるレティだが、この日ばかりは困惑が表情に出ていた。
 何があったのかわからない。それが二人の正直な感想であった。

 今回の地上本部中央病院襲撃事件で、リンディは苦境に追い込まれるはずであった。
 
 危険物を押し付けられた地上からの苦情が確実に来るだろう。更に管理不十分を理由に聖王教会が闇の書の引渡しを主張し、管理局内の親教会派や、リンディとの対立派閥の連中がそれに同調する。
 二人はそう予測していた。

 ところが蓋を開けてみれば、闇の書に関わる事件に関しては、相変わらずアースラチームの担当となっていたのだ。
 地上からの苦情も、最低限の形式的なものだけであった。

「どういう事かしら? 刺した釘が効果が出たって訳でもなさそうだし」
「状況が変わった……にしても急すぎるわね。地上はこっちに貸しを作りたいだけでしょうけど……」
「あの古狸に貸しを作るのはゾッとしないわ」

 レティの言葉に、リンディが少し顔を顰める。
 これまでの聖王教会強硬派の闇の書に関する工作は酷いものだった。
 ある提督は、妻がおかしな宗教にはまり、その事で教会の力を借りていた。あるいは、子供の進路での便宜、親戚の交通事故、結婚、就職……。
 犯罪すれすれの工作が管理局に行なわれていたのだ。現在は査察部の力も借りて洗い流しをしているのだが、まったくもって頭が痛い。

「あら、別にいいじゃない。それよりも、このオーリスって娘は優秀みたいだし、うちに欲しいわね」
「こらこら。見境なく引き抜かないの」

 レティの呟きに、リンディは苦笑する。
 今回、管理局への工作に関して、リンディ達に情報を回したのはレジアスの娘であるオーリスだった。
 優秀な魔導師と同じぐらい、優秀な文官も貴重である。レティの食指が動くのもわからないでもない。

「そう? 魔導師でもないのにこんな短期間で出世しただけはあるって感心しただけよ。それに、あなたの所もオーリスさんが後見人を勤める空士の子をスカウトしているんでしょう?」
「クロノが面倒を見ていただけよ。まぁ、クロノは結構気に入っているみたいだけどね」

 クロノがヴァンの訓練を見ていた事は、本局でもちょっとした噂になっていた。
 根が真面目な本人達は純粋に訓練をしているだけだが、色々と邪推する連中もいるのだ。

「ふーん、実際はどうなの?」
「魔導師としては、どんなに鍛えてもA……、努力してA+が精一杯ってところかしら。お世辞にも才能があるとは言えないわ」
「AAには届かないの?」
「そうね、よっぽど良い師匠につけば……。ううん、多分無理。良い子なんだけどね……」
「なんか、歯に物が挟まったような言い方ね」

 リンディはあの少年を思い出しなが言葉を選ぶ。

「良い子なんだけどね。ちょっとね……得体の知れないところがあるの」
「なにかのレアスキルでも隠し持っているのかしら」
「それは無いと思うわ」

 好ましい少年だとは思う。少なくとも勇敢な少年で、真面目な管理局員だ。彼がなのはやユーノを大切に思っている事や、クロノを尊敬している事に裏表は無いだろう。それが出来るほど器用な性格はしていない。
 だが、彼は何かを隠している。それが彼個人の問題なら良いのだが、そうではないような気がしてならないのだ。
 それが分からないのに信用して良いのだろうか? リンディはあの少年に対して判断を付けかねていた。

「まぁ、ヴァンくんのことはさておき、これ以上はやてさんを地上に置いておけないわね……」
「あら、時の庭園は直ったの?」
「まだ一部工事が遅れているみたいだけど、収容には問題ないわ」
「戦力はどうするの?」

 本局傍に曳航されてきた時の庭園だが、既に修復は9割は終了している。

「シグナムさんたちに戻って来てもらうしかないわね」
「そういえば、彼女凄いらしいわね。将来的にはうちに来てくれないかしら」

 同行している局員からの報告では、中々倒せない大型の魔法生物も単独で撃破、リンカーコアの収集をやってのけたらしい。
 二人がそんな事を話し込んでいると、執務室に通話が入る。

『艦長、大変です!』
「どうしたのかしら、エイミィ?」

 モニターに出てきた顔は、本局でこちらのサポートをさせていたエイミィだった。

『はい、グレアム提督の意識が戻りました!』
「な、なんですって!?」

 その報告に、リンディとレティは思わず顔を見合わせた。





「なのは、大丈夫?」

 なのはと二人っきりになったタイミングを見計らって、フェイトはなのはに話しかける。

「え、平気って? 私は全然平気だよ」

 笑顔でガッツポーズをとるなのはを痛ましそうな目で見ながら、フェイトはなのはにもう一度尋ねた。

「なのは、本当に平気なの?」
「だから、平気……だよ」

 じっとこちらを見つめるフェイトに、なのはの声が少しずつ小さくなる。
 顔が俯きがちになり、目の中に寂しそうな影が浮かぶ。

「平気そうじゃないよ。何だかとっても寂しそう」
「うん、寂しいんだと思う。友達になれたと思ったのに。私は心配しちゃいけないのかな」

 なのはの言葉をフェイトは首を横に振って否定する。

「ううん、そんな事無いよ」
「でも、ヴァンくんは心配するなって……、危ないから来るなって……。私、いらないのかな?」

 そう言ってなのはは俯く。彼が何を考えているのか分からない。自分が一方的に友達だったと思っていただけなのだろうか?
 そんな彼女の手をフェイトはとった。

「フェイトちゃん?」
「だめだよ、なのは。全然なのはらしくない」
「えっ?」
「私と友達になりたいって言ったのは、なのはだよ」

 その言葉になのはは顔を上げる。

「ずっとずっと逃げ回ってた私と友達になりたいって、全力でぶつかってきてくれたのは、なのはだよ」

 そう、少し前の事件で、ただ母の笑顔を取り戻したいと、でも実は母にすがっていた自分に全力でぶつかってきてくれたのは、なのはだった。
 彼女がいなければ、母がいなくなったあの時、自分はどうなっていただろうか?

「私に友達になり方を教えてくれたのはなのはだよ。ヴァンが何を考えているのか私は分からない。でも、心配ならちゃんと聞かないとダメだよ」

 そう、ちゃんと聞かなかったから、母は自分を捨てるしか出来なかった。
 ただおびえるだけでなく、優しい記憶にすがるだけでなく、ちゃんとあの人の事を見ていれば。

「なのはもヴァンも、ユーノも、3人ともとっても辛そうだよ。ちゃんと話さないと、私と母さんみたいになっちゃう……」


 フェイトは思い出す。あの日、空の研究室で医者の青年に伝えられた母の別れの言葉を。
 『私は貴女を愛せなかった。そんな私についてくる必要は無い。日の当たる場所で、好きに生きなさい』
 そう言った母は、どんな心境だっただろうか。

 プロジェクトFATEと、母の研究についてはイオタから全部聞いた。
 最初は絶望した。自分はアリシアの偽者で、あの人は自分を愛していなかったんだと。自らが起した事故で死んだ娘を生き返らせる為の研究の失敗作で、いちゃいけない存在なんだって。
 でも、あの少し変な医者はこう言った。『日のあたる場所で生きろと言った言葉の意味を考えなさい』と、そして『君を心配してくれている女の子の事を忘れてはならない』と……。

 最初は分からなかった。死にたいぐらい辛かった。
 でも、あれから時間が経って、少し落ち着いて考える時間が出来て、少しだけわかった。

 あの人も辛かったのだ。
 色々な愛に、思いに、そんなことに囚われ、何も考えられないでいたのだ。
 自分がもう少し強くて、支えられたら。ちゃんと話を出来たら、あの人も別の道を歩めたかもしれない。

 だって、友達であるなのはが少しだけ支えてくれただけで、自分はこんなに強くなれたんだ。

 自分は好きに生きる。あの人は悪い人についていった。
 自分は管理局に入り、いずれはあの人たちの前に立つ。あの人にこれ以上罪を背負わせないために、そして今度こそ自分の思いを伝えるために……。
 そして、もう一つ。
 少しでも自分を強くしてくれた友達の……、なのはの力になりたかった。



「ちゃんと目を見て、はっきりと名前を呼ばなきゃだめだよ。ヴァンはずっと、なのはから目をそらしているよ」

 フェイトの言葉に、なのははもう一度俯く。
 だが、それも一瞬の事。
 すぐに彼女は顔を上げる。そこにある瞳には迷いは無い。いつもの、フェイト・テスタロッサのよく知るなのはの目がそこにあった。

「そうだよね。ううん、ありがとう、フェイトちゃん。忘れてた」

 なのははフェイトに笑顔を見せると、こう言葉を続けた。

「ヴァンくんがなんであんな態度を取るのか、ちゃんと聞かなきゃ。私の思いをぶつけなきゃ、きっと分かり合えない」
「そうだよ、なのは」
「今度はちゃんと、ヴァンくんと話してみるね。私の思い、ぶつけてみる」

 そう言ってなのはは、力強く微笑むのだった。



[12318] A’s第5話(3)
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:e8725c8b
Date: 2010/02/04 17:21
A’s第5話(3)



「あ、姉ちゃ……オーリス秘書官」

 別棟に戻ってきた俺は、玄関前で姉ちゃんと顔をあわせた。
 レジアス少将付きの秘書官である姉ちゃんだが、闇の諸事件が解決するまではアースラチームに出向となっている。表向きは地上に不慣れなアースラチームのフォローの為となっているが、実際は地上本部……というか、レジアス少将との連絡係なのだろう。

「あら、ヴァン? はやてさんの護衛では?」
「ちょっとクロノ執務官のお客さんを騎士団の詰所まで人を案内していて」

 別に隠すような事でもないので、あっさりと教える。

「執務官の? あのスーツの査察官?」
「知り合いがいるとか……」

 そこまで話して、ふとあの査察官の最後の言葉を思い出す。

 無理に友達をやめる必要があるのかな?

 彼は別に俺の悩みを知って話したわけじゃないんだろうけど、考えるところがあった。

 なのはやユーノのことは好きだし、思い上がって良いのなら友達……なんだろうと思う。だからこそ、危ない事をしないで欲しい。
 ユーノは自分の能力が戦い向きではないと知っているが、半面で責任感がとても強い。ジュエルシードの一件などが良い例だが、背負わなくても良い危険に勝手に向かっていく。
 なのはにいたっては、魔法の力を役立てたいらしく、自分から危ない事に首を突っ込んでいく節があるのだ。つーか、女の子に言う言葉じゃないと思うが、実に男前すぎるよ、なのはは……。
 二人が口で言って、危ない事から身を引いてくれるのなら良いのだが、きっとそこまで物分りは良くはないだろう。でなきゃ、ロストロギアの探索を一人でやったり、ミッドチルダまで嘱託魔導師資格を取りに来たりはしない。
 それだけでもかなり嫌だが、それ以上に彼女達と俺の付き合いが問題だ。俺が傍にいれば何か起きた際に確実に足手まといとなって、二人が怪我をする可能性は高い。
 物語ではこの先なのはが大怪我をするんだっけ。歩けなくなるかもしれないぐらい、酷い怪我を……。俺に出来るのは身代わりになるくらいで……。
 いや、そもそも、そんな状況で俺がでしゃばれるのかといえば、無理だろう。所詮しがない空隊の下士官にすぎない。彼女達は俺とは違うところに行くんだろうから、俺がついていけるはずが無い。能力的にも、職務的にもだ。
 俺の知らないところで彼女が大怪我を……。一瞬だけ考え、背筋が凍る思いがする。

 俺はこういった考えを、表に出さないようにやっていたつもりだった。魔導師なもんだから、マルチタクスは得意なのだ。

「ねえ、ヴァンくん。何を悩んでいるのかしら?」
「え、悩んでなんか……」

 俺はモゴモゴとごまかそうとする。
 しかし、姉ちゃんは俺が何かを悩んでいる事はお見通しだった。

「嘘を言うんじゃありません」
「え、いや、その……」
「何年貴方の“姉ちゃん”をやっていると思っているんですか」

 う、そう言われると……。姉ちゃんには家族を亡くしてからずっと、迷惑をかけっぱなしだもんな……。
 中の人は俺のほうがずっと年上のはずなんだが、姉ちゃんにだけはホント頭が上がらない。
 一方の姉ちゃんは、何時ものクールな表情を崩さず真っ直ぐこっちを見てこう言った。

「貴方が悩むんですから、よっぽどの事だと思いますけど、一人で悩んでいてもたぶん解決しませんよ」

 そういわれると、反論できない。
 確かに、一人でウジウジと悩んでいて解決するような問題じゃないのは確かだ。

「うん、実はちょっと。もしも姉ちゃんにさ、大切な人がいて、その人が危ない事をしようとしているんだけど止められなくて、自分の力が足りなくて……、そんな時姉ちゃんならどうする?」

 我ながらまとまりの無い話だが、こういった説明になるのもしかたない。
 しかし、よく考えたらこの話ってレジアス少将と姉ちゃん、それにティーダさんにも当てはまるんだよな……。ある意味反則だけど、限定的ながら未来を知っているのだし。
 もっとも、よくよく考えたらどれもこれも、俺じゃ何にも出来ないな。なのはの怪我とティーダさんの件は時期がわからないし、レジアス“中将”の話にいたっては、仮に俺が19になって出世できているかというと、低ランク魔導師なんで出世はかなり難しい。

「一般論で良いのなら、自分に出来る事をします。出来ない事は人に任せます」

 姉ちゃんの言葉は簡潔だった。
 たしかに、俺じゃどれもこれも出来ない事ばかりだ……。力も知恵も、何もかも足りないよ。
 俺はそう考え落ち込みかけるが、姉ちゃんの言葉はまだ続いていた。

「もっとも、私の見たところ、貴方の悩みはそれ以前の段階のようですが」
「えっ?」

 俺は顔を上げ姉ちゃんの目を覗き見る。
 いつも通り冷たく見える目だが、実際はその奥に慈愛に満ちた光が篭っているのを俺は知っている。でなきゃ、この人の能力で地上の秘書官に納まっているはずが無い。

「それってどういうこと?」
「簡単な事ですよ。貴方は何を一番にやりたいんですか?」
「え? 俺が……」

 姉ちゃんの言葉に一瞬悩む。その時だった。

「ヴァンくん!」

 突然、廊下の向うからなのはが走ってくる。
 走り回ったのか、汗だくな上に息を切らせていた。何やってるんだよ……。

 俺が半ば呆れて見ていると、ぜえぜえと息を切らせていたなのはが顔を上げた。

「ヴァンくんと話したいと思って」
「いや、話って……」
「ヴァンくん。この子は?」

 あ、そういえば姉ちゃんはなのはは初めてだっけ。

「えっと、この女の子が高町なのは。第97管理外世界でお世話になった魔導師の女の子」
「ああ、この子が」

 まぁ、顔は知らなくても名前ぐらいは知っているよね。
 勲章の事があるし……。

「なのは、こっちがオーリス・ゲイズ。俺の後見人をやってくれている姉ちゃん」
「あ、えっと。お話はヴァンくんからよく聞いています。はじめまして、高町なのはです」

 俺の紹介を受けて、なのはがまるでばね人形のような動作で背筋を伸ばし、ぴょこんとお辞儀をした。
 一方、姉ちゃんは緊張しているなのはを微笑ましそうに見ながら、握手を求める。

「はじめまして、なのはさん。ヴァンくんの後見人のオーリス・ゲイズです」

 日本は握手をするという風習が一般的じゃないからだろう、なのははおっかなびっくり姉ちゃんの手を握る。

「あの、もしかして大事なお話の最中でしたか?」
「あ、いや、その……」

 なのはたちの事で相談に乗ってもらってました……とは、流石に言えない。
 俺が困り果てているのを見てクスリと微笑むと、手に持った書類を殊更強調してこう言った。

「いえ、話はもう終わりましたから。私は仕事があるのでこれで」
「あ、姉ちゃん……」

 その場から立ち去ろうとする姉ちゃんを、俺は思わず呼び止める。
 姉ちゃんはにっこりと笑うと、俺に向かってこう言った。

「彼女達とゆっくり話しなさい。私としては安心しましたよ、ヴァンくんは同年代の友達が少ないみたいですからね」

 ちょ、そういう話じゃ無いんですが。
 慌てる俺を尻目に、姉ちゃんは足早にこの場を立ち去っていった。

「どうしたんだよ、なのは。そんな息を切らせて?」

 凄いく居心地の悪いものを感じながらも、俺はとりあえずなのはに尋ねる。

「うん、ヴァンくんとお話がしたくて」
「お話って……」
「こっちにきてから、ちゃんとお話してなかったから」
「まぁ、そうだな」

 再会した時はいきなり事件現場だったし、その後すぐに口論になった。
 よくよく考えたら、まともに話なんてしてないね。

「さっきは悪かった。感情的になって」
「ううん、私もだよ」

 俺はなのはと並んで廊下を歩く。正直何を話して良いのかわからない。
 いや、話さなきゃならない事は分かっているのに、最初に口から出たのは当たり障りの無い話題だった。

「あのさ、士郎さんや桃子さんは元気? あれからお礼の手紙ぐらいしか出せてなかったけど……」
「うん、元気だよ。毎日新婚みたいで……」
「あはは、相変わらずか」

 俺は高町家の朝の風景を思い出しながら少し笑う。
 もっとも、どこか本当に笑えていない自分に気がつく。なのはも同じなのだろう。表情が少し暗い。

「恭也さんや美由希さんは?」
「元気だよ。私の魔法の練習にも付き合ってもらってるの」
「そうなの?」
「うん、当たったら私の勝ちって……。滅多に当たらないけど」

 んな事やってるのかよ……。なのはがなんであんな精密な誘導弾操作が出来るのかわかった気がする。人間相手にやると上達は早いもんな。
 しかし、なのはに対して勝ち星が多いって本当に人間か、あの人たちは……。

「アリサやすずかは元気?」
「うん、元気だよ。ねえ、ヴァンくんは帰ってからどうしてたの?」
「仕事ばかりだよ。書類が溜まってたし、式典とか出なきゃならなかったし」
「あー、ユーノくんから送られてきたビデオでしょう。見たよ」
「うげっ、あれ見たの?」
「うん、アリサちゃんなんかおなかを抱えて笑ってたよ……」

 そんな当たり障りの無い会話など長くは続かない。
 やがて、俺から本題に切り出した。

「なあ、なのは。危ない事はもうやめに……」
「危ない事をやりたいんじゃないよ。みんなの助けになりたいだけなの」
「それをなのはがする必要は無いだろう。そういった仕事をする為に、管理局があるんだから」

 なのはが魔法の力を得て、人の助けになりたいという気持ちは分からないでもない。

「でも、私が管理局に入っちゃいけないって事は無いと思うの」
「学校だってあるだろう。大人になってからだって遅くは無い。危ないんだよ、本当に俺達の仕事は」

 AA、AAAといった腕利きの魔導師だって時に殉職するのが俺達の仕事だ。
 なのはが優れた魔導師なのは間違いないが、今すぐこの仕事をしなきゃならない理由は無い。この仕事をするにしたって、大人になってからだって遅くないはずだ。

「知ってるよ! でも、ヴァンくんだって危ない仕事をしてるじゃない!」
「俺は自分で選んだ仕事だよ!」
「私も自分で選んでるの! それに、今日だってヴァンくん危なかったよ!」
「それとこれとは話が別だよ! 本当に危ないんだよ! 取り返しのつかない怪我をしてからじゃ遅いんだよ!」
「知ってるよ!」
「わかってないよ!」

 睨みあう俺達だったが、不意になのはが悲しそうな顔をする。

「ヴァンくんだってわかってないよ! ずっと、ずっと待ってるだけなのだって辛いんだよ!」

 言いたい事や気持ちはわかる。だけど、それを認めるわけにはいかない。
 譲れないのだ、これだけは。ぶっちゃけ、物語がどうであれ、なのはを戦いに巻き込んだのは俺なのだ。

「それでもだ! 民間人を……、友達を俺なんかの為に怪我をさせるわけにはいかないんだよ!」
「そんな言い方ないと思うの!」
「そういう話なんだよ。いくら嘱託魔導師試験を受けたって言っても、なのはが戦う必要なんて無いんだよ!」
「私は、自分でやりたいから、友達を守りたいからこの試験を受けたんだよ!」
「危ないんだよ、本当に! それなら、なのはを怪我させるぐらいなら死んだ方がマシだ!」

 俺の言葉に、なのはの目に怒りが浮かぶ。

「ヴァンくんの馬鹿っ!! そんなのじゃ意味が無いんだよ!!」

 なのははそう言うと、涙目で立ち去っていった。





「そりゃ、ヴァンが悪いよ」

 と、まぁ、呆れながら俺に言ったのはユーノだった。

「いや、まぁ、売り言葉に買い言葉で酷い事を言った自覚はあるんだけど……」

 なのはと分かれてすぐ、何があったのかとやってきたのはユーノだった。

「ヴァンはホント成長して無いね」
「酷いな。少しは成長しているぞ」
「事実だよ。僕と喧嘩をした時と変わってないじゃないか」

 あうー。そう言われると辛い。
 というか、中の人は大人のはずなのに、何やってるんだろうね、俺。
 肉体年齢に精神年齢が引っ張られているというよりも、最近は精神が子供化してないか?

「でもさー、本当に危険なんだよ。ジュエルシードの時とは段違いに」

 あの事件ではフェイトはこちらに怪我を負わせないように気を使ってたから、本当の意味で危険だったのは騎士ことプレラだけだった。最後の時の庭園での戦いだけはちょこっと違うが、明確な殺意は少なかった。
 しかし今回はと言うと、謎のテロリスト集団が管理局の病院を襲撃してきたのだ。真っ当な犯罪者ならこんな馬鹿な真似はしない。
 はっきり言って正気じゃない、危険度は段違いだ。

 いや、今回に限った事ではなく。この先様々な事件に関わっていくと考えれば……。

「ヴァンの言う事もわかるけど、死ぬ方がマシは酷いと思うよ。一度なのはに謝って、冷静にちゃんと話しなよ」

 そうだな、ちゃんと謝って……。
 いや、ここで距離を開けておくべきかな……。俺が言おうとする。

「あ、ヴァン。この件に付いてフォローするように言われても僕はやらないからね」
「おい、ユーノ」
「僕もなのはと同じ気持ちだから。ヴァンが危ない事をさせたくないのはわかるけど、これはちゃんとヴァンがするべき話だ。なのはは暫くミッドにいるって話だから、ちゃんと話しておきなよ」
「お、おい、だから……」
「じゃ、僕は本局に戻らないといけないから」

 そういえば、ユーノとフェイトはすぐに本局に戻るのだった。
 ユーノは無限書庫での調査の続きがあるし、フェイトは特例として出撃が認められただけなので、用事が終わったらすぐに戻らないといけないのだ。

「そっか、気をつけてな」
「ヴァンも。ちゃんと仲直りするんだよ」

 ユーノの言葉は、まるで弟に言い聞かせているようだった。
 まったく、これじゃどっちが年上かわかりはしない。俺はごちゃごちゃする頭を抱え、一人溜息をつく。

 ほんと、何やってるんだろう。俺は……。



[12318] A’s第6話(1)
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:e8725c8b
Date: 2010/04/11 11:54
A’s第6話(1)



 その時、ヴィータはとにかく混乱してきた。
 何でこんな状況になったんだろうと考えてみるが、まったくわからない。

 自分は闇の書の防衛プログラムであり騎士だ。んで、今回の主となった八神はやては今までのロクデナシどもと違い、何だかとっても優しくて、あったかくて、面白い奴だった。
 自分から主のために何かをやりたい、助けたいと思ったのは今回が初めてだ。

 今まで何度も自分達を追い回した管理局が味方に回ったのも、そういえば今回が初めてだ。
 最初は新しい主は管理局にあっさり捕まったのかと思った。だが、それは違った。闇の書に蝕まれたはやてを助けるために、一所懸命に頑張ってくれている。
 最初は信じてなかったが、今でも完全に信じているとは言いがたいが、あのクロノっていう執務官とヴァンとかいう子供は信じても良いと思った。

 そして、最初の時に感じた、今度は今までと違うんじゃないかという予感は間違ってなかった。

 まだたった1ヶ月と少しだけど、今までに無かった温かく笑顔にあふれた生活。こんな日々をずっと続けられたらどれだけ素晴らしいだろうか。
 いや、たった刹那の幸せでもいい。この幸せをくれたはやてを何としても助けたい。
 その為には、何としてもはやてを闇の書の呪いから解放しなければならない。

 その為に自分はこんな遠い世界までやってきたのだ。

 そう、その為だったはずなのに……。

「うぇぇぇぇぇぇぇん、ままぁ!」
「だからお前のママじゃねえって言ってるだろう!」

 少なくとも、鼻水をたらして泣きつく迷子に構うためでは無いはずだ。

「ままぁ……!」
「だから違うって言っているだろう!! ってか、男がピィピィ泣くんじゃない!」

 泣きじゃくる子供に、ヴィータは怒声を上げる。
 その怒鳴り声でますます泣くという悪循環に陥っているのだが、子供の相手をした事が無いヴィータはその事に気がつかない。誕生してからどれだけ長く存在しようとも、そのほとんどは戦いの記憶だけで、社会経験がほとんどないのだ。
 泣く子供の相手など一回もした事が無く、あやす事など出来るはずも無い。

「ったく、何でこんな事に……」

 実のところ、思い出すほど何かがあったわけではない。
 ちょっとティーダと離れトイレに入り、出てきたらこの子供に引っ付かれたのだ。
 突然の事に気が動転して、その場から子供を抱え走り去ってしまった。

 ぶっちゃけ、ティーダとはぐれてしまったのである。

 最終的に落ち合う場所はわかっているから問題は無いのかもしれないが、流石にはぐれた事が後でばれたら迷惑をかけるかもしれない。
 はやてからも、迷惑をかけないように言われてるし……。

「どうしたもんかなぁ……」
「まま……」
「あー、うるせー」

 ティーダとはぐれたのも問題だが、この子供も問題だ。
 放置して逃げる……ってのも、気が引ける。
 とりあえず泣き止ませないと、話を聞くに聞けない。どうやって泣き止ませようかと考えていると、不意に空港の一角にあるアイスクリームショップの看板が目に入る。

 まぁ、ガキだし食い物で泣き止むだろう。

 ヴィータはそう考えると、泣く子供の手を引っ張りアイスクリームショップに向かう。

「わりぃ、アイスクリームを二つ」
「あら、種類は何にしますか?」

 可愛らしい子供二人の客に、アルバイトの女性店員は顔を綻ばせる。

「えっと……」

 種類と言われても咄嗟に思いつかない。
 あの時はヴァンとはやてはなんて言う種類を買ったっけ? えっと、えっと……。

「マニラを二つ」
「バニラじゃないのかしら?」
「ああ、それそれ、それだ。バニラを二つ」

 名前を間違えて慌てるヴィータに、アルバイト店員はクスリと微笑むと、コーンにアイスクリームを乗せる。
 ちょこっとサービスをして、チョコの2段重ねだ。

「え、こんなの頼んでないよ?」
「いいのよ、サービスだから。お姉ちゃんなんでしょう、頑張りなさいね」

 どうやら店員は、ヴィータを泣く弟をあやす姉と勘違いしたようだ。
 まったくの他人なのだが……、店員の好意を無碍にするのも心苦しい。

「ありがとう……」

 ヴィータは慣れない親切に少しだけ赤くなりながらお礼の言葉を言う。
 店員はもう一度微笑むと、空港のお勧めスポットをヴィータに教えた。

「どういたしまして。そこの扉を出ると小さな公園になっているから、今の季節ならお薦めよ」
「本当にありがとう」

 ヴィータは支払いを済ませると、店員に礼を言って子供をつれてその公園に向かった。





「うちの子が保育園を抜け出した?」
『すまん、少し目を放した隙に逃げ出したそうだ』

 結局のところ、イオタの護衛という貧乏くじを引く羽目になったのはイヴであった。
 あいつら絶対グルであたしをはめようとしているな、そう考えながらも勝負は勝負だ。大人しく護衛をやる事にした。
 まぁ、本部長にはきっちりと手当てを出させる事を約束させたが、やっぱり腹が立つ。
 ダーリンは仕事だって苦笑していたけど、少しぐらい遠出が多い事に怒ってくれたって良いと思う。出る前にも搾り取っておいたが、帰ってからも搾り取ろう。

 そして約束の当日。
 とりあえず、空港でおいたをしようとしたイオタを叩き潰したところで、子供を預けてあったナシムから連絡があったのだ。

「どういう事だよ!」
『なんでも、一緒にいたうちの娘の話だと、お前に会いに行くと言ってバスの屋上に飛び乗ったらしい』
「ちょっ! なんだよ、それはっ!」
『しかも、保母さんの追撃を振り切り、最後には飛んで行ったそうだ……』

 無駄に行動力のある自分の息子にめまいを感じつつも、そのぐらい出来るだろうなーなどと、乾いた笑みを浮かべる。
 なんせ自分とダーリンの子だ。小さい頃からきっちり魔法を教えてある。デバイスこそ持ってないが、そんじょそこらの一般人には後れを取らない。
 いや、喜んでいる場合じゃない。

「それは何時ごろの話ですか?」

 横で聞いていたレインも顔を真っ青にして尋ねてくる。

『レインか。午前のお散歩の時間だから、おそらくもう空港についている頃だ』
「わ、わかった。とりあえず、探してみる」
『それと、元主っぽい何かに気をつけろよ』
「あっ……」

 その言葉に、イヴとレインは足元に転がしておいたはずのイオタの姿が無い事に気がつく。

「あの馬鹿、逃げやがった!」





 アルバイト店員に薦められてやってきた空港内の公園は、確かに気持ちの良い場所だった。
 花壇には夏の花が咲きほこり、中央の噴水は夏の日差しをうけ水が輝いている。
 休むのにちょうど良い木陰があちこちにあり、長旅で疲れた人たちや時間待ちの乗客がお弁当を広げていた。

 ヴィータはまだ泣き止まない子供をベンチの一つに座らせると、手に持ったアイスを一つ押し付ける。

「えっ?」
「ほら、とにかくこれでも食べて泣き止め」
「う、うん」

 アイスを渡された子供は、頷くとアイスを食べはじめる。
 ある程度食べたところで、子供は顔を上げてこう聞いてきた。

「あれ? ママじゃないの?」
「だから、さっきからちげーって言っているだろう。ってか、アイスを食べ始めてから気がつくなよ」

 ベンチに腰をかけ、同じようにアイスを食べていたヴィータが天を仰いでぼやく。
 アイス一つとはいえ、痛い出費だ。

「ううん、ママはお菓子をおそとで食べちゃダメだって……そっくりなのに」
「あたしにそっくりって何だよ」

 思わず呟きながらも、ふと召喚されてから何度か聞かされていた自分そっくりだと言う局員の話を思い出す。
 まさか……でもなぁ、しかし……。
 こんな偶然ってあるものだろうか? いや、でも、そのイヴって局員はこの世界に住んでいるわけだから、確立は0じゃないし……。

「なあ、お前……」
「なあに?」
「お前の母ちゃんの名前ってさ……」

 イヴって言うんじゃないのか?
 そう尋ねようとした、その瞬間だった。



 突如、周囲を震わせる轟音が辺りに響く。



 それが何なのか、ヴィータにはよくわかった。
 長い時間の中で嫌というほど聞き覚えた、何かが爆発する音だ。
 ヴィータは咄嗟に防御結界を張ると、自分と子供の周囲を覆う。
 結局その判断は正しかった。次の瞬間、公園の入り口付近でも同等の爆発が起こる。

「何が起こりやがった!」

 何ものかの爆弾テロ……なのだろう。
 まったく、自分が来る時に起こらなくても……。ヴィータは奥歯をかみ締めながら、あたりを見渡す。
 周囲には、公園で休んでいた人たちが怪我を負い大勢倒れていた。幸いここでは死者は出てないようだが……、咄嗟に防御結界を張る事が出来た魔導師もいなかったようだ。

「お、おねいちゃん」

 あたりの惨状に、子供が抱きついてくる。

「お、今度は泣いてないな。上等!」

 先ほどまで母を求めて泣いていた子供は、今度は涙一つ出さずにこの惨状を睨みつけていた。
 咄嗟の事に感情がついて来てないだけなのかもしれないが、ここで泣かれるよりずっと良い。

「ちょっと離れな。いくぜ、アイゼン!」
『Jawohl』
「あれ? あいぜんくん?」

 子供が離れたのを確認すると、相棒たるグラーフアイゼンを握り締める。
 待機状態からデバイスモードに移行したグラーフアイゼンを振り上げると、一気に振り下ろす。次の瞬間には、ヴィータの姿は大きなスカートとウサギの帽子がついた、赤い騎士服へと変わっていた。

「このままじゃまずいか……。塀をぶち抜いて……」

 この公園は空港の中庭を利用して作られている。
 まだ火災が発生した様子は無いが、このままでは次に何が起こるかわからない。

「いくぜ! グラーフアイゼン、カートリッジロード!」
『Explosion. Raketenform』

 ヴィータの命に従い、グラーフアイゼンは衝角の搭載された突撃形態にその姿を変える。

「ぶちぬけぇ!!」

 ヴィータはその場で何回か回転すると、瓦礫に埋まった入り口に向かって突進し、勢いをつけてグラーフアイゼンを叩きつける。
 その一撃に、瓦礫の山は一瞬で吹っ飛んだ。

「どうだ!」

 その勢いのまま空港の建物に入ったヴィータであったが、そこは公園以上の地獄絵図であった。
 空港の利用客やそこで働く人たちが幾人も血を流し倒れ、あちこちには火がくすぶっている。

 その中で唯一良いっていいほど、平気な顔をして動き回っている黒づくめの集団が一つ。
 ふと、ヴィータは気がつく。今黒づくめの一人が蹴っ飛ばしたのは何だ?

 それが先ほどのアイスクリームショップの店員の女の子だった事に気がついた瞬間、ヴィータの長くない堪忍袋の緒が切れた。

「てめえら! 何をやってやがるっ!!」

 ヴィータは怒声を上げると、黒づくめの集団に襲い掛かった。



 後に第108管理世界第7空港襲撃事件と呼ばれる事件の始まりであった。



[12318] A’s第6話(2)
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:e8725c8b
Date: 2011/01/04 04:09
A’s第6話(2)



「てめえら! 何をやってやがるっ!!」

 怒声を上げて突撃したヴィータは、まず最初にアイスクリームショプの店員を蹴った黒ずくめに襲い掛かった。
 グラーフアイゼンが唸りを上げて黒ずくめにめり込む。
 黒ずくめは放物線を放物線を描き吹っ飛ぶと、大きな音を立てて窓ガラスに頭から突っ込んだ。

「くっ、イヴか?」
「いや、あれは闇の書の守護騎士だ」

 黒ずくめの仲間が突然の乱入者に驚きの声を上げるが、ヴィータはそれを適当に聞き流すと、横目でちらりとアイスクリームショップの店員の様子を伺う。

 胸は辛うじて上下していた。よかった、生きている。

 もっとも、本当に辛うじてだ。この状況のまま放置していれば危ない事には変わりない。
 いや、彼女だけではない。このフロアのあちらこちらには苦痛に呻く人や、動かなくなった親にすがりつき泣き叫ぶ子供がいた。既に何人かは事切れているかもしれないが、まだ無事な人たちも少なからずいる。早く何とかしないと……。

 そこまで考えて、ふと内心でヴィータは苦笑する。

 何時からあたしはこんなに甘くなったんだろう……と。
 今回の召還以前のヴィータなら、この状況を見ても眉一つ動かさなかっただろう。あの程度の爆発一つに対応できず動けなくなるような軟弱者などに心を乱すような事は無かった。
 だが、今は違う。この状況に心を痛めている自分がいる。怒りを感じている鉄槌の騎士がいるのだ。

 悪くないと思う。今までの自分よりも、ずっと心が軽い。

 肩の力が自然に抜ける。
 余計な事を考えるのはここまでだ。この状況を何とかしなければならない。
 長き時を戦い続けた守護騎士の頭脳が、状況の分析を開始する。

 さて、どうすっかな。
 相手の数は10……一人減って9。戦って負けるとは思わねえが、楽に勝てる相手でもないみたいだ。

 なにより、こいつらはさっき自分の事を闇の書の騎士だと呼んだよな。こう言っちゃ何だが、あたしは悪名高い闇の書の守護騎士だ。それを知っていて逃げるのではなく身構えるのだから、腕に自身があるってこったろう。
 いや、下手をすれば目的はあたし達なのかもしれない……、巻き込んじまったかな……。っと、余計な事を考えている場合じゃねえな。

 以前みたいな殺してもいい戦い方をすれば楽なんだろうけど、管理局の連中に耳にたこが出来るほどやるなと言われてるし、何よりはやてが悲しむからやりたくは無い。
 そういや、ナンパ兄ちゃんはどこにいるんだ? それなりに腕が立ちそうだったから、この程度じゃ死んじゃいないだろうけどよ。

 まぁ、あの兄ちゃんはひとまず横においておいて、まずはこいつらだ。
 ここで戦うのは論外、流れ弾で被害が出る。乱射でもされたら目が当てられない。まずは何人か数を減らして、外に誘導しないとな。さっきから爆音が聞こえるって事は、他の場所でも暴れているみたいだが、そっちは管理局の連中に任せりゃいい。

 んじゃ、そうと決まったら……。

「先手必勝、くらえっ!」

 ヴィータは相手が不意打ちの混乱から抜け出すより前に動き出す。
 どこからとも無く4つの鉄球を取り出すと、目の前に放り出しグラーフアイゼンで打ち出した。ヴィータが得意としている中距離誘導型射撃魔法、シュワルベフリーゲンだ。
 赤い魔力光を纏った鉄球が黒ずくめ達に音を立てて襲い掛かる。

「散れっ!」

 黒ずくめ達はその場を飛びのく。普通のベルカ式魔法相手なら、それで十分な回避行動だ。ベルカ式の使い手は基本的に射撃が苦手だからだ。
 だがヴィータ相手には緩慢な回避行動としか言いようがない。金属球は空中に停止すると進路を変え、黒ずくめ達を追いかける。辛うじてシールドで防御する黒ずくめ達だが、ヴィータの追撃は終わらない。

「おせえんだよっ!」

 怒声を上げ自らが放った誘導弾がこじ開けた隙間にもぐりこむと、ヴィータはグラーフアイゼンを振り回す。
 かわしきれずに黒ずくめ二人が吹っ飛ばされ、柱や壁にぶつかり動かなくなる。

「くそっ! 撃てぇ!」

 黒ずくめのリーダー格と思しき男の叫び声と共に、魔法弾が飛んでくる。
 ヴィータはそれを素早く回避、あるいはシールドで受け止めながら割れた窓から外に飛び出た。

 よし、ちゃんとついてきてるな。

 黒ずくめが追ってくるのを確認すると、ヴィータは空中で動きを止める。あと7人、油断できる数ではない。




「お姉ちゃん!」

 母親そっくりの魔導師のお姉ちゃんは、悪い連中に追われてどっか言っちゃた。
 助けにいかないと……。その少年は隠れていた瓦礫の陰から飛び出すと、慌ててヴィータたちを追おうとする。

 慌てて駆け出す少年だったが、こちらに爆走してくる2人の人影を見つけた。

「待ちやがれっ!」
「アッー!」
「また一人やられたぞ!」
「な、なめやがって!」
「ははははははははははっ! 追いつけまい、追いつけまい! 怖かろう! 怖かろう! 人は心まで強化できないのだ!」
「ってか、そっちの兄ちゃん何笑ってるんだ!」
「最高にハイって奴だよ! 君もわかるだろう」
「わかるかっ!」
「何言ってやがるっ! いい加減に二人とも死ね!」

 どうやら彼も追われているようで、後ろからは魔法弾が飛んできている。もっとも、その一人の男は口では表現の難しいふにゃらほにゃらとした動きで魔法弾を器用にかわし、時折横に飛んだと思うと、倒れている人を脇に投げる。
 もっとも、ただ投げただけではない。投げ飛ばされた人は防御フィールドに包まれゆっくりと落下する。よく見ると、苦しそうだった表情も幾分和らいでいる。
 もう一人はというと、時折後ろに魔法弾を放ちながらも、彼が通った後にいた怪我人の姿がいつの間にか消えている。

 治療と防御結界、そして襲われない様に幻影で姿を隠す。
 器用という言葉では言い表せないほどの、変態的な魔導の冴えを見せる二人であった。

「あっ!」

 その男の顔を見た瞬間、少年は思わず声を上げる。
 その声に気がついたのだろう、その男たちは、少年に近づいてきた。




「あらあら、ほんとうにオバカさんね」

 空港が一望できる遠方のビルの屋上で、メガネをかけた少女は滑走路で行なわれている戦いを見ながら小さく呟く。
 たしかに、連中の目的の一つに闇の書の守護騎士の確保がある。だからと言って、自分達のチームだけで、しかも誘導されるまま外に飛び出してどうするというのだ。
 相手は古代ベルカ式魔法の使い手とはいえ、遠近どちらにも対応できるオールラウンダーだ。その事は事前に教えておいたはずなのに。

「どうせ、手柄欲しさに自分達だけで倒すつもりなんでしょう」

 紅い守護騎士のハンマーの一振りに、また兵隊が一人吹っ飛ばされ、意識を失う。

「ずいぶんとお優しい事で」

 とはいえ、誰一人死んではいない。死ぬようなダメージも受けていない。
 噂に聞いた悪逆非道な守護騎士とはえらい違いだ。

「改心したなんて、つまらないわね」

 まったく、馬鹿な話だ。まぁ、あの兵隊が雑魚なだけなのかもしれないが。
 まぁ、自分としてはどちらでも良い。連中のサポートが表向きの任務だが、実際の目的はあの不愉快な物語に出てきた守護騎士の力を計る事だ。連中が勝とうが負けようがどちらでも構わない。

「とはいえ、このままでは直ぐに決着がついてしまいそうね」

 そう呟くと、少女は周囲に浮かんでいた空間投射ディスプレイから他の場所にいる部隊のうち、手があいている者に通信をいれる。
 ほぼ確実にあの守護騎士が勝つだろうが、能力を全部吐き出してもらわなければこんな辺境まで来た意味が無い。
 精々役に立ってもらおう。




「ちっ! 何でこんなに来るんだよ」

 ギリギリで魔法弾を回避しながら、ヴィータは思わず毒づく。
 最初に追ってきた7人はさほど労せずに倒せた。そのはずだった。

 ところが、7人を倒すと同時に他の黒ずくめ達が空港からこちらを追って飛び出してきたのだ。
 一人一人は雑魚に過ぎないが、とにかく数が多い。
 こういった場合に面倒なのは流れ弾であり、不意の一撃だ。こちらの数が少ない時はラッキーヒットで一回動きが鈍ると、あっという間に数に押しつぶされてしまう。

 ヴィータは再び鉄球を取り出すと、シュワルベフリーゲンを相手の密集している場所に叩き込む。
 回避しきれなかった黒ずくめの一人が吹っ飛ばされ動かなくなる。

「もらったぁ!!」

 シュワルベフリーゲンを打ち出し一瞬硬直したのを好機だと思ったのだろう。黒ずくめの一人がアームドデバイスを振り上げ襲ってくる。

「その程度喰らうか……よ?」

 無論そんなもの予測済みだ。ヴィータはグラーフアイゼンで受け止めようとして……、突如その黒ずくめの動きが止まる。
 黒ずくめは突如白目を剥いたと思うと、力無く地面に向かって落下していった。

「へ?」

 そのあまりにも不可解な動きに、ヴィータだけではなく他の黒ずくめ達も動きを止める。魔法弾も何も飛んでいなかったのに、何故落ちたのだ?
 だが、異変はそれだけでは終わらなかった。
 突如、あたりに誰かの笑い声が響く。

「はーっはっはっはっはっはっは」

「な、なんだ!?」
「ど、どこだ!?」
「みろ、あそこだっ!」

 ノリが良いのか、それとも本当に今の不可解な現象に怯えたのか、黒ずくめ達は周囲を見回し始める。
 そのうち一人が、笑い声の発生源を見つけ出し指差す。彼が指差した先、空港の屋上にはいつの間にか一人の青年が出現していた。
 銀色の髪の青年は高笑いをしながらこちらを睨んでいる。

「な、何者だ!?」
「通りすがりの医者だ、覚えておく必要は無い!」

 なにやら格好つけてポーズを決める男だったが、黒ずくめの一人が男の正体を言い当てた。

「おい、あれはイオタじゃないんか?」
「ああ、A班が追っていたイオタだ!」

 謎の青年改め変態医師イオタ・オルブライトは、そんな黒ずくめ達に冷たく語る。

「ふっ、悪党どもよ。痛い目に合いたくなければ速やかに武器を捨てて3回回ってワンと叫んで前転してトリプルアクセル決めて隣の人と組んでフォークダンスを踊れ、って組む人いないの、誰かイオタ君と組んであげてイヤーですーそんな酷いな黒歴史で降伏しろ」
「な、何を言っているんだ」
「どうせ言っている事に意味は無い!」
「自分で言った!?」

 突然出現して理解不能なことを叫ぶ青年に、黒ずくめ達の間にこいつに関わって良いのかという疑問が生まれる。
 とはいえ、暴力を糧に生きている連中だ、すぐに舐められたままではいけないと、返事代わりに砲撃の雨を降らせる。

「どうせ奴は攻撃魔法が使えん! 半分は撃ちまくれっ!」

 ヴィータと戦っていた黒ずくめの半分がイオタに向かって砲撃の雨を浴びせる。

「そこの変な奴、あぶなっ・・・・いっ!?」

 襲い掛かってきた黒ずくめ達を捌きながら、思わず叫んだヴィータであったが、呆気に取られ間抜けな声を出す。
 砲撃の雨にさらされたイオタであったが、なんとも口では表現にしくいフニャラフニャラとしたタコ踊りのような動作で、全ての魔法弾を回避してしまったのだ。

「な、何であたらねえんだ?」
「ははははは、朝一番に納豆を食べればそんなへなちょこ魔法には当たらん! 今度はこちらの番だ!」

 そう言うとイオタは自分の前に小さな鏡のようなものを作り出す。
 その魔法は、ヴィータには見覚えがある魔法であった。

「まさか、旅の鏡?」

 それはヴィータの仲間であるシャマルが得意とする転移魔法の一種だ。
 シャマルはあの魔法でリンカーコアの摘出をやってのけるが……、実際のところ防護服が正常に作動している相手への使用は難しい。確かに魔導師を一撃で無力化できる魔法だが、この状況で出来るのか!?

 ヴィータの疑問はもっともだが、実際に彼が行なったその行動はヴィータの予想をはるかに超えていた。
 イオタは無表情に旅の鏡の中に手を突っ込む。


「あっー!!」


 突如、イオタに砲撃を撃っていた魔導師の一人が奇妙な悲鳴を上げて昏倒する。

「えっ!?」

 そのとき、彼らは見てしまった。

 昏倒した男の尻から生える、枕ほどの大きさのイチヂク型の物体を。
 その男が何をされたのか、理解してしまったのだ。

「ま、まさか……」
「うわーっはっはっはっはっは、我が旅の鏡ならば、バリアジャケットの装甲が最も薄いケツを破るなど容易い!」
「う、嘘だ!」
「嘘かどうかは自分で試すが良い。ほれ!」
「あっー!」

 再びイオタが鏡に手を突っ込むと、ツッコミを入れた黒ずくめが昏倒する。尻からは、やはりイチヂク型の容器が突き出していた。

「ま、まさか……」
「言っただろう、バリアジャケットの装甲など無意味だと」

 不適に微笑むイオタであったが、実のところ彼の台詞は嘘である。
 防護服と皮膚の間に物体を転移させただけであった。もっとも、防護服が内部からの圧力を感知し、人体にダメージが及ばないように自動的に排出する様に出来ている。
 ところが、人体で一箇所、尻だけは違った。ある部分に物をあてがう事により、そのくぼみにめり込んでしまう。それを防御服はダメージとして感知できないのだ。この程度の圧力を一々感知していると、激しい動作をする度にその動作をダメージとして誤認して、動くたびに防護服が壊れてしまうのだ。
 無論、内部に入りきらないサイズの物は異物として感知し、その部分を外部に排出する。
 結果的に大きすぎるイチヂク型の容器の一部が外部に輩出され、防護服の尻が破れたように見えたのだ。

「け、ケツを掘られたぐらい……」

 男の一人が震えながら呟く。
 無論、男の尊厳にかけて凄くヤダが、死ぬわけじゃない。だが、そんな男に対してイオタは冷たく言葉を続ける。

「ああ、そうそう。その容器の中には下剤や筋弛緩剤、睡眠薬発汗剤胃薬興奮剤プロテイン自白剤にコラーゲンその他もろもろを適当にブレンドして入れておいたから」
「えっ!?」

 その言葉に、黒ずくめ達は一斉に昏倒した連中を見る。
 そこにいた男達は、モザイクをかけなければテレビに映せないような、なんともひどい状況になっていた。

「あ、ああああ……」

 無論、ヴィータもそれを見てしまった。もろに見てしまった。
 長い時を生きているヴィータであったが、心は乙女だ。こんなもん見せられて平静でいられるわけが無い。ってか、シャマルになんて説明したらいいんだよ、あれ。自分の魔法があんな使われ方をしたと知ったら、ひきつけ起すぞ。
 ってか、なんだよ、あのビクビクしているものは? あたしはあんなの知らないぞ!?

 もっとも、動揺するヴィータを他所に状況は動いてゆく。
 動揺したのは黒ずくめも同じだ。彼らは暴力の世界に生きる連中だ、自分がろくな死に方をしない事はわかっている。
 だが、だからと言ってこれはちょっと酷い。こんな面白い状況になりたいとは思わない。
 それは共通の認識だったのだろう、黒ずくめ達は一斉にイオタに向かい魔法弾を放った。

 だが……。

「ふはははははははっ、当たらないといっただろう。それにだ、いいのかな?」

 ひょいひょいと魔法弾をかわす。時折当たるがすり抜ける。

「あそこにいる、私に構っていて?」
「えっ?」

 いつの間にかイオタはヴィータの隣に出現し、彼女を抱きかかえその場から転移する。
 ヴィータの姿が黒ずくめ達の中から消えると同時に、建物の影から一斉に管理局の魔導師達が姿を現した。

「おっし、イヴさんにそっくりの純真娘……じゃなかった、民間人の救出は完了! 撃てええええええええええ!!」

 空港警邏隊の隊長の号令一過、管理局の魔導師たちが一斉に黒ずくめの集団に向かって魔法弾を浴びせる。
 警邏隊には低ランク魔導師しかいないとはいえ、これだけ数が一斉に魔法弾を放つとたまらない。黒ずくめが一人、また一人と倒れてゆく。

「お姉ちゃん!」
「ヴィータ、無事だったか?」

 一方、転移魔法により救出されたヴィータは二人の人物と再会していた。旅の連れであるティーダと、先ほどの少年である。

「おまえら、なんで?」
「いや、こっちのイオタさんとテロリストと追いかけっこしてたんだが……」
「お姉ちゃんを助けに来たんだ!」

 何とか説明しようとするティーダと、抱きついてくる少年。
 思わず目を白黒させるヴィータであったが、彼らの背後で行なわれている戦闘のクライマックスに目を見開く。

「おまえたち、逃がすかよ! アイゼン!!」
『Gigantform』

 魔法弾の雨を何とか逃れた少数の黒ずくめに、グラーフアイゼンと同型のデバイスを構えた自分そっくりの少女が、自分にとって切り札中の切り札であるギガントフォルム形態のデバイスを振り下ろしていた。

「潰れやがれ、てめえら!!」

「うそ……」

 事前情報でイブの存在は知っていたが、こうやって目の前に出現すると、やはり動揺してしまう。

「あ、ママ! やっちゃえええっ!」

 まして、横であの少年がこう叫んでいるれば、認めない訳にはいくまい。
 黒ずくめ達を纏めて押しつぶす。自分そっくり……、いや、自分と同じ存在を前に、ヴィータは小さく呟いた。

「あれがイブかよ……、ほんとうに、あたしそっくりだ」
「いや、似ていない。君は君だ。あの暴力似非ロリババァと同じだなんて思わない……ぶべらぁ!」
「ちょ、イオタさん、衛生兵、衛生兵はどこだ!?」

 呆然とするヴィータにイオタが何かを言おうとするが、どこからとも無く飛んできた鉄球が彼を吹っ飛ばす。
 まぁ、ヴィータは欠片も見ちゃいなかったが。




 事後の処理は管理局に任せる事となった。
 怪我人の搬出と、逮捕者の護送、そして死者の運び出しや捜査などの事後処理が行なわれている横で、ヴィータははやてを救う鍵となるデバイス、明星の書とその主、そして元守護騎士と初めて対面していた。

 もっとも、この場の主役はヴィータでもイオタでも、明星の書でもなく、一人の小さな少年だったのかもしれない。

「ママっ!」

 少年はヴィータそっくりの女性……イヴに抱きつく。

「このオバカ、何で保育園を抜け出してきたの!」

 口では怒っているが、息子を抱きしめるイヴの目には涙が浮かんでいた。

「だって、ママが、ママがいなくなっちゃうって」
「そんなこと無いよ。ちょっと仕事で出かけるだけだからね」

 抱き合う親子を横目に、ヴィータは足元から視線をそらしながら明星の書の管制人格であるレインに話しかける。

「あんたらが、明星の書の管制人格か?」
「はい、明星の書の管制人格、レインです。夜天の守護騎士よ」

 真っ直ぐに見つめてくる彼女に、何と言えば良いのだろう。素直にはやてを助けてくれと言えば良いのか……。でも、こいつは……。
 ヴィータは思わず言葉に詰まる。
 そんな彼女を安心させようとレインは優しく微笑み、言葉を続けた。

「安心してください。はやてさんを助ける事が我が主の意思です」
「す、すまねえ……、あ、いや、ありがとう。でも……」
「はい、助けましょう」

 そういうと、レインはとりあえずぶっ倒れていた主を踏み潰す。

「あ、いや、そうじゃなくて……」

 ヴィータはレインの足元で再び痙攣しだしたイオタを見て何と言えば良いのか悩む。
 っていうか、大丈夫なのか、こいつら? なんで主を踏み潰しているんだよ?
 結局、冷や汗を流しながら素直に聞くことにした。

「おほほほほ、なにかありましたか?」
「いや、そいつ痙攣してるけど?」
「おほほほほ、気のせいですわ」
「泡吹いているけど、大丈夫なのかよ?」
「ですから気にしてはいけません」

 一方のレインはあえてヴィータの疑問をスルーする。
 というか、ヴィータちゃんは気がついていないのね、このアホがスカートの中を覗こうと這って近づいてきていた事に。

 まぁ、普通はそんな事予想しないだろう。

 レインはぐりぐりと足に力を込めながら、思考回路が穢れていない夜天の守護騎士と、汚れまくっている自分の元守護騎士を比べ、内心で涙を流した。

「お姉ちゃん」
「ヴィータっていうんだっけか?」

 そんなとぼけた会話をしている二人に、話が終わったのか親子が声をかけてきた。

「ああ、あんたがイヴか?」
「ああ、元明星の守護騎士のイヴだ。うちの息子が世話になったみたいで、すまなかったな」
「あ、いや、別に礼を言われるような事じゃ……」

 そこまで答え、ヴィータは彼女にだけ聞こえるような小声で尋ねる。

「その、本当に産んだのか?」
「だから、何だって皆そんな事を聞くんだ?」

 出発前に散々聞いた上に、ある程度覚悟が出来ていたとはいえ、言われてみればよく似ている。
 というか、自分とほとんど同じ体格で、どうやって作ったんだよ……。いや、それ以前に自分達はプログラムで出来た擬似生命じゃ……。
 もっとも、流石に子供がいる前でこれ以上は聞けない。
 そんなヴィータの苦悩を知ってか知らずか、イヴは息子を促した。

「ほら、お姉ちゃんにお礼を言いなさい」
「はい、ありがとうお姉ちゃん」
「あ、いや……、もう母ちゃんに迷惑かけるなよ」
「うん」
「これ、『うん』じゃなくて『はい』でしょう」
「はい」

 真っ直ぐに見つめてくる少年に、ヴィータは真っ赤になって照れる。そういえば、こうやって素直に感謝されるのは初めてじゃないだろうか?

 こうして、微笑ましい親子との会話……では終わらなかった。
 離れた場所で他の局員と手続き関係で話していたティーダが、大あわてで戻ってくる。

「大変だ!」
「な、なんだよ。ティーダ?」
「いいか、落ち着いて聞けよ」
「いや、おまえがおちつ……」
「ミッドチルダで病院が襲われたそうだ!」
「な、なんだって!!」

 ヴィータが叫び声を上げる。
 ティーダの襟首をつかむと、怒鳴り声を上げた。

「はやては、皆は無事が!?」
「だから、落ち着けって……、皆無事みたいだ」
「そ、そうか……。い、急いで戻らないと!」

 慌てるヴィータを見て、いつの間にか復活したイオタが肩をすくめながら呟く。

「やれやれ、忙しない旅になりそうだな」
「はい、マスター」























【おまけ・ボツネタ?】


「あらあら、結局負けるなんて不甲斐無い」

 もっとも、この負けは予想の範疇……どころか、彼女が誘導したようなものだ。各所に配置していた戦力をヴィータに集中させたのだから、空港内にいた兵隊は援軍無しで各個撃破されていったのだろう。
 もっとも、彼女にとってはどうでもいいことだ。彼女の目的は、あくまでも守護騎士の力量を見る事だけだ。そしてそれは十分に果たされた。

「噂に名高いオルブライトの守護者の力も見られましたし、目的は果たしましたわね」

 なるほど、当初予定したスペックなら、姉妹が負けたというのも頷ける。早急に戻り、他の戦闘データもあわせて姉妹の強化をしなければ……。

 捕まる兵士達を尻目に、彼女はその場を撤収しながら帰還後のプランを考えていた。
 だが、それは大いなる油断。彼女のいる場所も、また戦場だという事を忘れていた……。

 不意に、背後に気配がする。
 だが、気がついた時には遅かった。

「え、エリアサーチ!? ま、まさか。でも、これだけ距離が離れているのに追ってこれる人間なんて……」

 既に自分のいる位置から空港は見えない。
 それに、自分のISを発動すれば……。

「まさか、転移攻撃!? あの変態があの攻撃を!? ……あっ!」

 慌ててISを使用して姿を隠そうとするが、時既に遅し。背後に恐ろしい気配が迫ってくる。

「あっー!」

 少女の悲鳴が青空に木霊した。

 この時彼女の身に何が起こったのか誰も知らない。
 ただ、彼女の抹殺リストの最上位にイオタ・オルブライトの名前が入る事になるのは確実だった。




「何やってるんだ、イオタ?」
「いや、せっかく用意した薬が一つあまったから使ってみた」
「また何か悪さをしているんじゃないだろうな?」

 ジト目で睨むレインに、イオタは胸を張ってこう答える。

「失礼な、私が悪さ以外をするわけ無いだろう」
「威張るな、この変態!」

 レインは無表情にイオタの鳩尾に魔力を乗せた手刀を叩き込む。

「ぬおおおおおおお、死ぬほど痛い……」
「何やってるんだよ、お前ら?」

 一方のヴィータはどつき漫才を繰り広げる主と管制人格を目にして、ちょっぴりうつろな目でポツリと呟く。

「はやてもああなるのかな……」

 彼女の呟きは誰にも聞かれる事無く、虚空に消えていった。



[12318] A’s第7話(1)
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:e8725c8b
Date: 2010/02/27 02:18
A’s第7話(1)



 時の庭園にやってきた俺が感じたのは、呆れ混じりの驚きだった。
 それはなのはやフェイトも同じだったのだろう、俺と同じようにポカンとした表情をしている……、って、フェイトは持ち主だろう?

「ね、ねえ、フェイトちゃん。ずいぶんと変わっているんだけど……?」
「ごめん、なのは。私もこうなってるとは知らなかった」

 フェイトも知らなかったのか……。
 呆然としている俺達の横で、ここに初めてくるはやてやシャマル、ザフィーラは首を捻る。

「どうしたんや、3人とも。そういや、ここフェイトちゃんの持ち物なんやろ。綺麗なところやなぁ……」

 そう、時の庭園はとても綺麗になっていた。
 以前来た時は壊れて倒れていた柱はすべて直されており、ぼんやりと薄暗かった照明は淡い光であたりを照らし出していた。
 上層部の庭園部分に到着してみると、荒れ放題だった庭は全部綺麗になっており、枯れた木はすべて新しいものに取り替えられており、芝生も綺麗に敷きなおされていた。
 以前の廃墟同然だった時の庭園を知る身としては、この変わりようには絶句するしかない。
 直しているとは聞いていたが、ここまで徹底的にやっていたとは……。

 ……つーか、何に金を使ってるんだよ、本局。いや、アルフが意外にやり手だったのかな?

 3人が呆然と立ち尽くしていると、向うから赤毛の使い魔が駆けてくる。
 まぁ、言わなくてもわかると思うがやってきたのはアルフだ。

「フェイトー」

 数日早く時の庭園にやってきていたアルフであったが、フェイトとの再会に尻尾を震わせて喜んでいる。

「あ、アルフ、これは?」
「ああ、管理局に“元”に戻してもらったんだよ」
「元に?」
「ああ、リニスがいた頃と同じだろう」

 聞いた事の無い名前だが、おそらくは時の庭園に以前いた人の名前なのだろう。
 その人物の名前が出ると、フェイトの表情が和らぐ。

「そうだね、あの頃と同じだ」

 そう言ってフェイトはあたりを見回す。
 不気味な印象を受けた廃墟は、美しい庭園へと生まれ変わって……いや、甦っていた。




 数日前の病院襲撃事件で、はやてを地上に置いておくことは危険だという声がでてきた。
 というか、かなり上は揉めているらしく、姉ちゃんや本局の知り合いの話を総合すると、本局ではリンディ提督やクロノさんの責任問題にまで発展しそうな勢いで、逆に提督を擁護しているのが面倒を押し付けられたグレアム提督の派閥以外ではレジアス少将をはじめとした地上系の派閥だという妙な状態になっているらしい。
 どうも上は、闇の書事件を政争の道具にしているみたいで腹が立つ。実際命の危機に陥っているのは年端もいかない少女で、命を懸けてるのは現場の俺達なんだと言いたい。
 言えないけど。

 まぁ、実のところこういったロストロギア事件や大規模事件などは政争の道具になる事は少なくない。戦力を与えられながら事件解決ができない部隊はなんとやらは……、って事らしい。戦力の奪い合いは地上も本局もさして変わらないのだ。
 地上が低い評価しか得られない理由もここにある。扱う事件が比較的小規模なものが多い上に、大規模事件は地上独力の解決が戦力的に難しい。
 戦力が低いから事件が解決できず、事件が解決できないから解決能力のある部隊に人員を回すため戦力を削らされるという悪循環がここにある。
 レジアス少将が本局から警戒されるのもここなんだよね。黒い噂が多いってのもあるが、彼が実績をあげ続ければ本局部隊の戦力を削られるんじゃないかっていう恐怖心があるのだ。今まで地上から削ってきたっていう負い目もあるんだろうけど。
 実際にレジアス少将は評議会と組み、アインヘリアル計画で本局側の予算を削っている。ただでさえ人手不足で苦しんでいる本局としてはたまったものじゃないだろう。
 本局は都市が一つ消し飛ぶような事件を扱う事も多いのだ。金だけならまだやりくりできるが、人員まで奪うんじゃないか……と、彼らが考えるのも頷ける。
 時空管理局も所詮は人の作った組織だ。綺麗じゃないドロドロとした部分も多い。その割を食うのは俺達現場の人間なんだけどね。

 現場の人間から言わせると、今回の襲撃を予想できる人間はいないと思う。
 元々今回の警備も、闇の書の守護騎士が暴れだした際に鎮圧する事が主目的だ。外部からの襲撃は正直想定されてない。精々、個人レベルの犯罪者がはやてにちょっかいを出して闇の書が暴走を開始しないようにというレベルだ。
 まして、傀儡兵まで引き連れての大規模襲撃なんて完全に考慮の外だった。

 というか、あの兵力と装備をどこに集結させてたんだと言いたい。

 あの戦力が街中で暴れてたら、相当数の死傷者がでたはずだ。事は闇の書事件だけで収まる話じゃない。
 ああいった危険人物や危険物の出入りをチェックするのは海上警備捜査部や陸士隊、あるいは査察部の仕事だ。今頃連中はてんやわんやで大騒ぎだろう。

 話を戻そう。

 上は結構揉めたらしいが結局は予定を繰り上げ、何かあった際に周囲に被害が及ばないように時の庭園に移送する事になった。
 本来はシグナムやヴィータが戻って、ある程度目処がついてから移動の予定だったんだけどね。はやて自身もこの移動には積極的だったってのもある。病院に出た被害も大きかったし、周囲に迷惑をかけたく無かったんだろう。
 結局、修理の終わった時の庭園に移動する事になった。




 はやてに用意された部屋はやたらと大きな部屋だった。
 というか、何だよあの天蓋付きのベットは……、高級ホテルのスイートルームみたいだ……。いや、テレビでしか見た事無いけど、この間セレブ特集で見たホテル・アグスタの最高級スイートルームがこんな感じだった。

「凄い部屋やなぁ……」
「こんな部屋あったんだ……」

 いや、だから所有者まで呆れるなよ。

「ここ、フェイトちゃんのでしょう……」
「全部の部屋を把握してなくて」

 なのはも同じ感想だったようで、ちょっぴり呆れている。互いにフェイトを見て、ふとなのはの視線が合い……、どちらからとも無く視線をそらす。
 居心地が悪い。
 なのはと喧嘩をして以来、まともに会話をしていない。
 俺は仕事で、なのはははやてが心配で互いに同じ場所にいるのだが、視線すら合わせることができないでいる。この件に関しては、ユーノだけじゃなくてはやても自分達でちゃんと話し合えと一点張りだ。

「ヴァン空曹」

 俺がそんな事を考えていると、不意に背後から女性が声をかけてきた。
 顔見知りの局員だ。俺と共にはやての護衛を担当している武装隊の人である。

「ああ、すいません。何でしょうか?」
「交代の時間です」
「ああ、もうそんな時間ですか」

 言われて確認してみれば、確かにもう交代の時間だった。
 基本的にはやての付き人は俺がやってるが、24時間ずっとはやてにくっついているわけじゃない。俺の休憩もあるし、友達とはいえはやてだって家族でもない男に四六時中くっついていらてたら苦痛だろうと、時折女性隊員が交代してくれているのだ。

「それでは、報告に行ってきます」

 俺の言葉に女性隊員は敬礼で答え、はやては無言で俺を睨む。
 あの時以来、どうにもこうにも皆との関係がギクシャクしている。

 まぁ、潮時なのかもしれない……。

「あっ……」

 後ろからなのはの声が聞こえた。
 とってもつらそうな声だが、俺はあえて無視をする。
 以前なら、はやての事が心配だったので出来る限り残るか、報告もさっさと終わらせて戻る事にしていた。クロノさんもその辺はわかっていたので、その辺は融通を利かせてくれていたしね。
 だけどあれ以来、居心地の悪さも加わって俺は彼女達から逃げるようになっていた。



 時の庭園に移動した俺達だったが、実はクロノさんはこの場にはまだ来ていない。

 何でも本局に用事があるとかで、半日遅れで来る予定なのだ。じゃあ、誰に報告するのかと言うと、最高責任者のリンディ提督へなのだが、彼女も時の庭園にいない。
 もっとも、提督は遠くにいるわけではなく、最悪の事態に陥った場合はアルカンシェルで時の庭園ごと吹き飛ばせる様に傍に待機しているアースラに乗艦していた。
 あれはアースラに提督が乗ってないと最終ロックが外れない仕組みになっているから、長時間はこちらに来られないのだ。



「あれ? ティーダさん」
「よ、ヴァン」

 簡易待機室となっている部屋にやってきた俺は、ティーダさんがいることに驚く。
 イオタをこっちにつれてくる為にミッドチルダを離れていたのだが、戻るまで数日はかかったはず。

「何時戻ってきたんですか?」
「ついさっきだよ。ヴィータやシグナムも一緒だったけど会わなかった?」
「入れ違いだったのかな? でも早いですね」
「ああ、イオタさんが転移魔法を使ってな。まさかこんなに早く戻ってこれるとは思わなかったぜ」

 転移魔法で帰ってきたのかよ。確かに転移魔法は次元航行船を使うよりも早く帰ってこれる事もあるが、よっぽど優秀な魔導師で無い限り長距離の連続転移は無理だ。

「って、事はイオタもこちらに?」

 あの人がこちらに来ているということは、騒ぎが起きることは必至だ。

「いや、イヴさんやレインさんと一緒に本局にいるぞ」

 本局かよ……騒ぎになってなきゃ良いが。
 この予想は当たりすぎるくらい当たっており、風の噂ではレティ提督の可愛らしい悲鳴が聞こえたとか聞こえなかったとか……。まぁ、コレはどうでも良い話だ。

「ところでお前は何でここに? はやてちゃんの護衛だろう?」
「交代時間ですよ。報告に来たんです」
「ああ、なるほど。タイミングが悪かったな、リンディ提督は会議中だぜ」
「あちゃ」

 ここにある通信機から報告を上げるつもりだったんだが。
 まぁ、イオタ……というか、レインさんが到着したんで状況に進展があったのかもしれない。報告書を作って待機かな?
 俺は自分用のデスクに向かうと、報告書を作成するべくディスプレイを開く。

 もっとも、ディスプレイを開いてみたものの、何と言うかいまいち力が入らない。ここ数日はずっとこんな感じだ。何やってるんだろうな、俺は……。

「おーい、ヴァン」

 そんな俺にティーダさんが話しかけてくる。

「なんですか、ティーダさん」

 不機嫌だからというわけではないが、俺の返事はとげが含まれていた。そんな俺の態度にティーダさんは怒るのでもなく言葉を続ける。

「その様子じゃ本当みたいだな」
「何がですか?」
「なのはちゃんって子と喧嘩をしたんだろう」

 その言葉に、俺は思わず椅子から滑り落ちる。
 こっちに来たばかりのクセに耳が早い。

「どこで聞いてんですか!?」
「どこっていっても、隊の連中にオーリスに、アースラチームの連中も言ってたぜ。痴話喧嘩をしてたってな」

 その言葉に、俺は思わず立ち上がって叫んでいた。

「どうしてそういう話になるんですか! 俺となのははそういう関係じゃないですよ!」
「まあ、そうだろうな」

 からかうかと思っていたティーダさんだったが、意外にも俺の言葉をすんなりと認める。

「お前さんの死にそうな顔を見ていると、まだそういう関係前なのがよく分かる」
「どういう意味ですか?」
「そのまんま。鏡を見てみろよ、かなり参った顔だぜ」
「そんな事無いですよ」

 まぁ、ここ数日居心地の悪さは感じているが……。

「相変わらず意地っ張りだな。お前らしいっちゃお前らしいが。オーリスが心配してたぜ」
「姉ちゃんが?」
「お前さん、もうちっと素直になったほうがいいぜ」
「どういう意味ですか?」
「だから、そのまんまさ。正しいだけの親切の押し売りじゃ女の子には届かないぜ。まして、相手は次元の海まで越えてくる女の子だ」

 だからそういうのじゃないって。俺はなのはに危ない目にあって欲しくないだけで……。なのはにしても、この間知り合った友達が心配だっただけだろう。
 それに何より、俺は彼女達に大きな嘘を……。

「ほれ、また死にそうな顔になってる」

 そういうと、ティーダさんは俺の頭をくしゃくしゃにする。

「まぁ、少し安心したけどな。妙に大人びていたお前さんも色々悩む年になったんだって」
「ちょ、やめて下さいよ」

 俺はそういいながらティーダさんを引き剥がす。
 まったく……、本当は俺のほうが大人なはずなんだが……。

「おっと、あずかり物だ」
「あずかり物?」

 ふと、ティーダさんは話題を変え懐から何かを取り出す。
 渡されたのは待機状態のデバイス……あ、いや、デバイスの追加パーツか?

「なんですか、これ?」
「ああ、ユーノくんとマリエル主任からお前に渡してくれってな。使ってみてデータを提出して欲しいそうだ」

 これは……俺が内容を確認しようとした、その時だった。不意に時の庭園内に緊急放送が鳴り響く。

『エマージェンシ、本施設内部にテロリィ……』

 だが、その緊急放送も突如消えてしまうって……!?

「ティーダさん!」
「ああ!」

 何が起こったのかはわからないが、異常事態だけは確かだ。
 こういった場合、俺達は速やかにはやての元に駆けつけなければならない。俺達は一瞬でバリアジャケットを纏いデバイスを持つと廊下に飛び出した。
 しかし……。

 廊下に飛び出した俺達の前に、一人の男……いや、少年が立ちふさがる。

「久しぶり……というほど時間は経ってないが、またあえて嬉しいぞ、ヴァン・ツチダ」

 ちょ、何でこいつがここにいるんだ?
 海の警備状況は一体どうなっているんだよ!?
 武装隊がニ個小隊に聖王教会の騎士団が一個小隊と、厳重な警備がしかれていたんじゃないのか!?

「おい、友達か?」
「違いますよ……」

 乾いた笑いを浮かべながら、ティーダさんが俺にに聞いてくる。目の前の少年がその身に秘める桁外れの魔力を彼も感じ取っているのだろう。
 一方のその少年は、ティーダさんの言葉に律儀に答える。

「私の名はプレラ・アルファーノ……。君達の、敵だ」

 そう、何度と無く俺達を苦しめてきた騎士は、再び俺達の前に立ちふさがったのだ。



[12318] A’s第7話(2)
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:e8725c8b
Date: 2011/09/05 21:37
A’s第7話(2)



「お尋ねしたい事があります。グレアム提督」

 グレアム提督の病室にやってきたクロノは、ベッドから上半身だけを起したグレアム提督に向かい開口一番にこう尋ねた。
 その口調は固く、以前からよく知る恩人に対する口調とは思えない。

「クロすけ! あんた、お父様に向かって!」

 その口調に、主の看病の為に控えていた使い魔達が気色ばむ。
 だがグレアム提督は、穏やかな表情を崩す事無く使い魔姉妹を制した。

「いいんだよ、ロッテ、アリア……。私のところに来たという事は、クロノは粗方の事はつかんでいるのだろう。違うかい?」

 そう尋ねたグレアム提督に、クロノは軽く頷く。

「11年前の闇の書事件以降、提督は独自に闇の書の転生先を探していましたね。そして、発見した」

 クロノの言葉と共に空間投射ディスプレイに闇の書とはやての姿が映し出される。

「闇の書の在処と、現在の主、八神はやてを。しかし、完成前に闇の書の主を押さえてもあまり意味が無い。主を捕らえようと、闇の書を破壊しようと、すぐに転生してしまうから」

 その言葉に、ベッドの上のグレアム提督は頭を垂れる。
 だが、クロノの話はまだ終わっていない。

「だから、監視をしながら、闇の書の完成を待った。見つけたんですね、闇の書の永久封印の方法を」

 クロノが言葉を切るタイミングを見計らい、グレアム提督は溜息を一つつき、口を開く。

「よく調べたね」
「信頼できる友人と、優秀な部下がいましたから」
「隠蔽には気を使ったのだが」
「ロッテが第97管理外世界にいた、確実な証拠が残っていましたよ」

 そう言うと、クロノは空間投射ディスプレイに一枚の写真を映し出す。
 それは第97管理外世界において、偶然にもヴァンが撮影した一枚の猫の写真だった。彼の趣味らしい猫や犬の映像が大量に納められたホルダーに、混じっていたのだ。彼は町で見かけた猫を気まぐれに撮影しただけなのだろうが、分析では99.98%の確率でリーゼロッテと同一個体であると出ている。
 他にも八神はやての自宅にあった仕掛け、財産管理人の名前、さらにはクロノの依頼でヴェロッサが調べ上げた提督の開発していた魔法。
 これらを総合すれば、グレアムが何を考え、何をしようとしていたのか、おぼろげながら見えてくる。

「あの時の!」

 一方で写真を見せられたリーゼロッテはしまったという表情をする。
 あの時、4月の始めに海鳴市にサーチャーが飛んでいたのは気がついていた。それが偶然にも管理外世界に漂着した局員が放ったものだとも知っていた。
 だが、ばら撒かれたロストロギアを回収するためには仕方が無い事だ。ロストロギアが暴走していれば、計画が根本から狂う恐れがあったのだから仕方が無いと見逃していたのだが、まさか自分達の写真が取られていたとは……。

「話してくれますね、提督」
「話す前に、一つ聞いて良いかな?」

 グレアム提督の言葉に、クロノは答えない。
 それを了承と取って、グレアム提督は気にかかっていた事を口にした。

「あの少女……。八神はやてと守護騎士たちはどうしている?」

 計画通りなら、すでに闇の書の守護騎士は行動を開始しているはずだ。
 いや、意識を取り戻してから真っ先に調べたので知ってはいる。
 だが、自分が考えていた計画とまったく違う方法を模索した後継者と目してた少年の口から、直に彼女の事を聞きたかったのだ。

「八神はやて及び守護騎士のシグナム、ヴィータ、シャマル、ザフィーラの4名はこちらの呼びかけに応じました。現在は闇の書の暴走を食い止めるために協力をしてもらっています」

 知ってはいた。
 だが、その内容に二つの意味でグレアム提督は深い溜息をつく。

 一つは自分の11年は何だったのだろうという落胆。執念で闇の書を探し当て用意周到に計画を重ねたが、一瞬の不慮の事態で全てがご破算になったのだ。彼でなくとも、自分がかけていた時間は何だったのだろうと自問してしまうだろう。
 そして一つは、幼い少女を救えるかもしれないという希望。彼女を孤独の迷宮に突き落としておきながら勝手な言い分だとは思う。だが、彼は彼女に対して罪悪感を抱かないほど非情でもいられなかった。

「両親に死なれ、身体を悪くしていたあの子を見つけ、心は痛んだが、運命だと思った。孤独な子であれば、それだけ悲しむ人は少なくなる」
「はやての父の友人を騙って生活の援助をしていたのも提督ですね」
「永遠の眠りにつく前ぐらい、せめて幸せにしてやりたかった。……偽善だな」
「封印の方法は、闇の書を主ごと凍結させて、次元の狭間か、氷結世界に閉じ込める。そんなところですね」
「そう、それならば闇の書の転生機能は働かない」

 リーゼロッテがグレアム提督の話を引き継ぎ、クロノに話しかける。

「これまでの主だって、アルカンシェルで蒸発させたりしているんだ。それと何にも変わらない」

 だが、その言葉をクロノは真っ向から否定する。

「違う。八神はやては今までの主と違い、永久凍結をされるような犯罪者ではない。偶然ロストロギア事件に巻き込まれた、ただの一般人だ。そもそもその手段は違法だ」
「他に手段は無いんだよ。あたし達だって、11年間、ずっと探していたんだ。そんな決まりなんかに縛られたから、クライド君だって、……あんたの父さんだって!」
「ロッテ」

 一瞬激昂しかけたリーゼロッテを、グレアム提督は小声で止める。
 一方のクロノは、少しだけ目を伏せ頭を振った。

「法以外にも、提督のプランには問題があります」

 実のところ、クロノたちもこの方法は考慮に入れていた。

 もっとも、闇の書の永久封印の為ではなく、あくまでも時間稼ぎの手段の一つとしてだ。クロノたちの方針は、あくまでも闇の書の危険性を永遠に排除する事だった。
 その為には闇の書の致命的なバグを、何としても取り除かなければならない。
 彼女を一時的にコールドスリープさせ、時間稼ぎをする事も真剣に討論された。

 もっともこれは、はやてをなのはやユーノにヴァン、あるいは海鳴市の友人達と過ごす時間を奪うという事であり、本当に最後の手段だ。
 それに、どの道この方法では本当に時間稼ぎにしかならない。一番上手く行っても、10年程度を稼ぐのが限界だとクロノたちは試算していた。

「まず、凍結の解除はそう難しくないはずです」

 封印の際に闇の書の防衛プログラムが完全に封印できていなければその場でアウトだ。
 闇の書の性質を考えれば、防衛プログラムが勝手に凍結封印を解除してしまうだ可能性が高い。凍結封印に耐性をつけられてしまえば、もう誰にも止められない。
 そしてなにより、闇の書以外の要因が深刻な問題だった。

「どこに隠そうと、どんなに守ろうと、いつかは誰かが手にして使おうとする。怒りや悲しみ、欲望や切望、そんな願いが導いてしまう。封じられた力へと……」

 そして現に、既に闇の書を狙い襲撃事件がおきている。あれほどの事をしでかすような連中が、封印されたくらいで闇の書を諦めるだろうか?
 ロストロギアに一縷の望みをかけ、破滅の力と知りつつも求める人間の執念は凄まじい物がある。
 ロストロギア事件で最も恐ろしいのは、その破壊力などではない。それを求める人間の業と執念だ。

「君達はどう闇の書に立向かう気なのかね」
「捜査上の機密ですので話せませんが、提督のお考えのプランとは違います」
「そうか……」

 実のところ、グレアム提督自身は既にクロノたちの行なおうとしているプランをあらかたつかんでいる。
 稼動中の同型ユニゾンデバイスのデータをベースに、闇の書を本来の夜天の書に修復する。はっきりと言って、茨の道だ。その様な事が簡単に出来るとは思えない。
 だが、彼らはそれをやるという。あるいは、これこそが自分が失っていた若さなのかもしれない。

「提督、一つ教えてください。この件は他には」
「いや、全ては私の独断で進めていた」
「聖王教会にも?」
「資料検索に利用はしたが、それだけだ。情報が漏れないよう注意を払っていた」

 今更グレアム提督が嘘をつく意味は無いだろう。
 さらに、管理局最強のユニットの一つと呼ばれているグレアム提督が用心したのだ。そう簡単に情報が漏れたとも思えない。
 だが、そうすると聖王教会強硬派はどこで闇の書の情報を? アースラが発見してから動いたにしては彼らの動きは早すぎる。

「テロの標的になった心当たりは?」
「こんな仕事だ。心当たりが無いとは言えば嘘になるが、正直聖王教会に怨まれる覚えは無い」
「そうですか……。それでは、現場が心配なので。すいません、失礼します」

 これ以上聞く事は無いだろう。クロノは一礼すると病室を後にしようとする。

「クロノ」
「はい」

 だが、グレアム提督はクロノを呼び止めると、リーゼアリアに命じる。

「アリア、デュランダルを彼に」
「お父様」
「そんな……」
「私達にもうチャンスは……いや、既に我々が何かを出来る状況ではないのだよ。持っていたって役にたたん」

 グレアム提督に促され、リーゼアリアは懐から待機モードのデバイスを取り出し、クロノに手渡す。

「どう使うかは君に任せる。氷結の杖デュランダルだ」

 薄い水色のカードが照明を反射して輝いた。




 病室を退出したクロノの元に、ヴェロッサから連絡が入る。
 モニター越しの彼は、苦虫を噛み潰したような表情だった。

『やあ、クロノ君』
「ロッサか、何かわかったのか?」
『ああ、悪い知らせだけどね』

 その言葉に、クロノも表情を曇らせる。

「じゃあ」
『ああ、聖王教会強硬派は黒だ』

 ヴェロッサはそう断言すると、調べ上げた資料をクロノに送り説明を開始する。

『君の推測したとおり、事件の少し前から聖王教会自治領に関する人と物資の流れにおかしな点が見つかった』
「やはりか」

 もともと、病院襲撃にはおかしな事が多すぎた。
 人も物資も無から沸いてくる物ではない。あれだけの数の兵士と、傀儡兵を含めた装備をどこから持ってきたのかという疑問が生じる。
 装備だけならこのミッドチルダ内で密造されていた可能性もあるが、人に関してはそう簡単にいかない。中には広域指名手配犯も混じっていたのだ。全員が全員、ミッドチルダ内に潜伏していたとは考えられない。中にはつい最近他の世界で事件を起こした者もいるのだ。
 そして、彼らの出入りを全て見逃すほど管理局は無能でもない。
 長距離次元転送で進入してきた可能性も論外だ。グラナガンの守りはそこまでヤワではない。

 ここで疑問に思うのは聖王教会強硬派のあやしげな動きだ。
 どう考えても闇の書の存在を事前に知っていたとしか思えない行動の数々。そして、グレアム提督を狙った爆破テロ。

 これらを考慮し、クロノは一つの推論を導きだした。
 聖王教会強硬派ないし、強硬派の一部は闇の書を狙いコレまでの事件を起こしたのではないのか?
 こう考えると、色々と不自然な点のつじつまが合うのだ。

 だが、自分はそう容易く動けない。仮に動けても、捜査には多大な労力を要するだろう。特に聖王教会は管理局理事の椅子をいくつか保有しており、そう簡単に手は出せない。一執務官には荷が重過ぎるし、まともな手段で捜査していては時間がかかりすぎる。
 そこで、聖王教会に強いコネを持ち、捜査にうってつけのレアスキルを保有する親友のヴェロッサにこの件の捜査を依頼したのだ。

『現在、姉さんとレジアス少将に話を通して騎士アルフォードを拘束、調査中なんだけど、とんでもない話が出てきた』
「どんなだい?」
『騎士アルフォードは、広域指名手配犯のジェイル・スカリエッティとの取引があったそうなんだ』

 その言葉に、クロノは思わず絶句した。

「なんでそんな最悪のマッドサイエンティストと?」
『僕に聞かないでくれ、ここからが本題だ。どうやら彼らは管理局内の信者を利用して……』

 ヴェロッサがそこまで言ったところで、アースラにいるエイミィから緊急通信が入る。

『クロノくん、聞こえる!?』
「エイミィ、いま話中……」
『それどころじゃない……って、ヴェロッサくん?』
『やあ、エイミィさん。久しぶり』

 クロノの開いていた通信越しに挨拶を交わす。
 だが、エイミィはすぐにそれどころではなかったと気がつき、状況をクロノに説明する。

『クロノくん、すぐにアースラに戻って。時の庭園にテロリストが侵入、現在駐留部隊と交戦中なの!』
「なんだって、アースラに乗っていた武装隊の出動は?」

 時の庭園内に駐留させていた他にも、アースラ内に1個小隊が乗っていたはずだ。

「それが、時の庭園に高濃度AMFが展開されていて、援軍を送れないの。……オーリスさん、そっちは? ティーダくんと通信が回復? えええっ、なのはちゃんが攫われた!?」
「ちょっとまて、エイミィ! なのはが攫われたって一体!?」
『今情報を収集中よ! ごめん、急いでもどって来て!」

 あまりにも早い事態の展開に、クロノはヴェロッサに謝罪の言葉を述べる。

「くそっ! ごめん、ロッサ」
『わかってる。後手後手に回りすぎた。新しい事実が判明次第、アースラに送るよ』
「すまない、頼む。
 エイミィ、すぐそちらに転移するから準備を頼む」
『了解、こっちの準備は終わってるわ』

 その言葉を聞くや否や、クロノは転送可能な場所に向かって駆け出した。

 だが、この時のクロノは知らない。時の庭園の戦いが、事件を更に意外な方向に進ませる事を。



[12318] A’s第7話(3)
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:e8725c8b
Date: 2010/03/11 02:38
A’s第7話(3)



「くっ、そちらは大丈夫か!」
「すいません、一人……!」
「わかった、下がれ。ここは私達が切り込む」

 はやての盾になった局員が一人、仲間の局員に引きずられて後方に下がる。
 時の庭園内部には。魔法を阻害するAMFが高濃度で展開されていた。完全に戦闘不能となるほど強力ではないが、魔力攻撃が主体のミッドチルダ式魔法を使う管理局局員はほぼ無力化されてる。薄いバリアジャケットを頼りに、子供たちの盾になる事が精々だ。

「援護します」
「あ、私も!」

 AMFの影響下でも戦闘能力を失っていないフェイトとなのはが援護を申し出る。

「すまない、2人とも頼む。いくぞ、ヴィータ」
「ああ、ぶっ飛ばすぞ、アイゼン」
『Jawohl』

 シグナムとヴィータがデバイスを構えるのと同時に、二人の少女は魔法を展開した。

「いきます。アクセルシューター……」
『Accel Shooter』

「いくよ。フォトンランサー……」
『Photon Lancer』

 なのはの周りに桜色の魔法弾が、フェイトの周りに雷の矢が生み出される。
 だが、二人の魔法に何時もの力強い輝きは無い。だが、それでもこの中では貴重な戦力だ。

「シュート!」
「ファイア!」

 2種類の魔法弾の雨が廊下の端にいた兵士達に突き刺さり爆発する。
 そのタイミングを見計らい、シグナムとヴィータは兵士達に飛び掛った。

「紫電一閃!」
「ぶっとびやがれっ!!」

 シグナムの剣が、ヴィータのハンマーが唸りを上げる。
 一振り毎に、テロリストが一人、また一人吹っ飛ぶ。

「この、プログラム風情が!」

 中にはアームドデバイスを手に斬りかかる者もいたが、悠久の時を戦場で過ごした本物のベルカの騎士にかなう筈が無い。

「邪魔だっ!」

 シグナムは振り向き様に背後から迫り来る槍を一太刀で斬り捨てた。
 はやてが主でなければそのまま魔導師も斬り捨てていたところだが、はやての経歴に傷を付けるわけにもいかず意識を奪うだけで済ませる。
 横を見れば、ヴィータも同じように魔導師を制圧していた。

 だが……。

「こっちだ、撃てぇ!」
「下がるぞ!」
「わかった!」

 曲がり角から現れたテロリスト達の銃が一斉に火を噴く。
 それを察した二人は慌てて後方に飛びのいた。

「AMFに実弾銃かよ」
「定石だ。それよりも来るぞ!」
「わかってるよ!」

 二人の動きを察したわけではないのだろうが、銃を撃っていたテロリストの一人が手榴弾を投げてくる。
 シールドの外で手榴弾が爆発する。幸い今回はスタングレネードだったらしく、二人のシールドを突破するような事はなかった。
 だが、今回はそうだったからといって油断は出来ない。こいつらは一回殺傷目的の手榴弾を使っている。バリアジャケットを纏っている魔導師たちは致命傷を免れても、一般の局員には十分脅威だ。
 はやての治療と闇の書の無害化が目的のため、戦闘が出来る魔導師だけ時の庭園に派遣するわけにはいかない。危険だとわかっていても、生活班や研究者などの足手まといとなる非戦闘員も数多く時の庭園にはいるのだ。

「くっ!」

 シグナムが状況の悪さに歯噛みしていると、背後からなのはが声をかける。

「二人とも、下がって!」
「心得た!」
「お願い、レイジングハート!」
『All right』
「ディバインバスター!」
『Divine Buster』

 AMF下のためチャージに時間はかかったものの、十分な威力に達した砲撃がテロリスト達に向かい放たれる。
 桜色の魔力光に巻き込まれ、数人のテロリストが吹き飛ばされる。

 もっとも……。

「何時もの威力が出ない……」

 AMF影響下でもっとも不利なのは射撃や砲撃などの魔法だ。
 着弾までにAMFの影響により威力が削れてしまう。

 とはいえ、これで一息つけたのは確かだ。
 フェイトは篭城している部屋の入り口付近まで戻ったシグナムに声をかける

「大丈夫ですか?」
「この程度なら問題ない。とはいえ、このままではいずれこちらが詰むな」
「ええ……」

 先ほどからずっとこの調子だ。数で勝るテロリスト達の攻撃に、少しずつではあるがこちらが消耗を強いられている。
 配置されていた局員の数は多いのだが、魔法が使えないという事態に合流が出来てないでいるのが現状だ。

「シャマル、外部との通信は?」
「ごめんなさい。先ほどから試しているんだけど、妨害が酷すぎて……」
「そうか……」

 シグナムの問に、シャマルが申し訳なさそうに答える。
 AMFの他にも幾重にも妨害が施されており、転移魔法による脱出どころか通信すら出来ない。

「聖王教会がテロリストとつるんでいたとはな……。
 とにかく、シャマルは外部への連絡と時の庭園の内部に残された味方との通信の確保を急いでくれ」
「わかったわ」

 シャマルが答える。

「ヴァンくん、大丈夫かな……」

 その話を聞きながら、なのはが誰にも聞こえないぐらいに小さな声で、この場にいない友人の安否を気遣うのだった。




 やれやれ……。

 誰にも気がつかれないように潜みながら、彼女は内心で小さく溜息をつく。
 まさか子供一人攫うのに自分まで駆りだされるとは思わなかった。まぁ、ドクターが乗り気なのだからしかたないけど。

【セインちゃん。聞こえるかしら?】
【あいよー、クア姉。聞こえてるよー】

 そういや、出張から帰ってきたら誰かが後ろに来るのを怖がってたけど、何かあったのかな? ドクターも何があったのか聞き出せなかったみたいだけど。
 姉からの通信に、彼女はそんな事をぼんやりと考える。

【なにか変な事を考えていない?】
【考えてないよ~。そろそろ時間?】

 あのメガネ姉、妙なところで勘が鋭い。そのくせどっか抜けていて詰めが甘いんだけど。
 しっかし、お尻になんかあったのかな?

【それならいいんだけれど。まぁ、それよりもそろそろスポンサーの戦力が来るから、手筈通りお願いね】
【了解】

 一部とはいえ管理局に理事席をもつ聖王教会が管理局の施設を襲撃するなんて、世も末だね。
 少女はそんな事を考えながらも、息を潜めその時をじっと待った。




「どうだ、シャマル。外と連絡は取れそうか?」
「それがまだ……って、あれ?」
「どうした? 外部と連絡が取れたのか?」

 先ほどから怪我人の治療と外部への連絡を行なっていたシャマルが、少し様子が変わったことに気がつく。

「そうじゃないけど、あ、ティーダさん、ヴァンくん?」
「ヴァンくんと連絡が取れたの?」
「ほんまか!?」

 友人の無事に、なのはやはやてが反応する。
 彼女達は知らない事だが、この時ヴァンとティーダの両名はAMFの範囲外である魔導師と交戦中であり、その魔導師が通信妨害設備の一部を破壊していたのだ。
 これがなければ外部との連絡が遅れ、全てがテロリストの思惑通りに事が進んでいたかもしれない。それほど絶妙のタイミングだった。

「ヴァンくん、聞こえる?」
『って、なのは? それにはやても、無事か? ……って、うわっ!』
『ヴァン、ぼさっとするな!』
『なのはたちと連絡が取れたんですよ!』
『なんだって!』

 ノイズ交じりの通信画面の向うでは、確かにヴァンとティーダが何者かと交戦していた。
 全員がその事に注目する。
 それは仕方が無い事だったが、大きな隙となった。

「魔導師が突進してくるぞ!」
「うわぁっ!」

 ヴォルケンリッターの意識がそれた瞬間に、バリケードが突破される。

「しまった!」

 鞭型のアームドデバイスを持った魔導師がバリケードを破壊する。
 さらに、彼に数名の魔導師が続く。

 無数に枝分かれし、炎を纏った鞭が局員達を拘束、その身を焼いてゆく。

「ほほほほほ、中々面白い力ですね!」
「うわあああああああっ!」

 アトレーと呼ばれた魔導師の哄笑が室内に響く。

 そんな中、一番最初に反応できたのはフェイトだった。
 サイズモードのバルディッシュを振りかぶり、

「くっ! 通さない!」
「おっと、貴女の相手は私だ」

 だが、身体のラインがはっきりとわかる全身を覆う戦闘服を着、手足から生えたエネルギー刃を武器とする、紫のショートカットの女性がフェイトの前に立ちふさがる。

「先日の借りを、返させてもらおう」
「貴女は?」

 初めて見るその女性にフェイトが問いかけるが、帰ってきたのは言葉ではなく刃であった。
 素早い動きで手足のエネルギー刃を縦横無尽に振るう。

「はぁぁぁぁぁっ!」
「早いっ!」

 その素早い動きに流石のフェイトも防戦一方になる。
 だが、防戦をしながらも、その動きに見覚えがあることに気がついた。

「この動き……、この間の病院の!?」
「そういう事だ!」

 女性の蹴りがフェイトに決まる。
 その衝撃を止め切れなかったフェイトが大きく後ろに後退した。

「フェイト!」
「フェイトちゃん!」

 アルフとなのがが慌てて動く。
 拳を振り上げアルフが迫り、なのはが魔法弾のチャージを始める。
 しかし……。

「インヒューレントスキル、ヘヴィバレル発動……発射!」

 アルフとフェイトの間に、一条の砲撃が走った。
 撃ったのは、後方に控えていた茶色い髪を後ろで縛った少女だ。フェイトと戦っている女性と同じ戦闘服に身を包み、巨大な大砲を軽々と構えていた。
 彼女の放った管理局の破壊判定ランクでSに匹敵するエネルギーにアルフは吹っ飛ばされる。

「きゃあっ!」
「アルフさん!」

 使い魔の本能か、寸前で防御は出来たようだが、それでも吸収し切れなかった衝撃に意識を失う。
 動きを止めたアルフを貫こうと、アトレーの鞭がアルフに迫る。

「させるかよっ!」

 アルフを庇うべく、ヴィータが鞭の前に立ちふさがる。
 ヴィータの張ったシールドと鞭の先端が火花を上げてぶつかり合う。

「って、力負けしている!?」

 ヴィータが驚きの声を上げる。
 鞭の先端は少しずつヴィータの張ったシールドを侵食し、撃ち砕かんとしているではないか?
 避けようにも、その力に押され動くに動けない。このままでは鞭に額を砕かれる。

「ヴィータ!」
「くっ、レヴァンティン!」
『Sturmwinde』

 シグナムの放った衝撃波が鞭を弾き飛ばし、間に入ったザフィーラがヴィータを救出した。

「な、なんだよ。今のありえねーパワーは」

 救出されたヴィータが呆然と呟く。
 別に自分達が最強だとは思っていないが、動けないほど圧倒的なパワーを一人の人間が出せるなど、とてもではないが信じられない。
 いや、そもそもここはAMF化だ。魔法攻撃のみのミッドチルダ式魔法ほどではないが、ベルカ式魔法も大幅に力を失っているはずなのだ。それなのに、あの少女達やあの男の力はあまりにも不可解だ。

「皆、さがって!」

 なのはが叫び声を上げる。
 今のやり取りの間に、大砲を構えた少女のチャージが終わっていた。

「インヒューレントスキル、ヘヴィバレル発動……もう一発!」
「させない、レイジングハート!」
『All right. Divine Buster』

 だが、ほぼ同時になのはの砲撃もチャージを終える。

「発射!」
「ディバインバスター、シュート!」

 オレンジ色のエネルギーと、桜色の魔力砲が空中でぶつかり合う。
 二つのエネルギーがぶつかり合う余波で、周囲で戦っていた魔導師も後退を余儀なくされる。
 火花を散らしぶつかりあうエネルギー。競り勝ったのは、桜色の魔力だった。

「うそっ!? ほ、本当にこいつ人間か!?」

 圧倒できるほどではないものの、徐々に桜色の魔力がオレンジ色のエネルギーを圧してゆく。
 あまりにもでたらめなその威力に、少女は驚きの声を上げる。


 だが……それでも、少女達の負けではない。


 不意に、砲撃の為に踏ん張るなのはの足を何かがつかむ。

「えっ!?」

 その感触に、なのはの意識が一瞬それる。
 だが、砲撃中であり、力比べの真っ最中だ。それ以上の事は出来ない。
 
 床から伸びた手から、突如魔力による鎖が伸びる。
 鎖はなのはの四肢を拘束してゆく。それと同時に、なのはの意識が遠のく。

「なのはちゃん!!」

 はやてが思わず叫び声を上げる。
 鎖に縛られてゆくなのはの姿が徐々に床に沈む。
 それに抵抗しようとも、闇に沈んだなのはの抵抗する意思が徐々に削られる。
 桜色の魔力砲が力を失い、オレンジ色のエネルギーに呑み込まれてゆく。

 そして……。

「なのはっ!!」

 フェイトの叫びが部屋に響いた。
 オレンジ色のエネルギーが通過した後には、なのはの姿は無かった。

『おい! 何があったんだ!?』

 通信モニター越しに、ヴァンの声が響く。

「な、なのはちゃんが……さ、き、消えちゃった……」

 シャマルの呆然とした呟きが、戦いの喧騒に消えていった。



[12318] A’s第7話(4)
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:e8725c8b
Date: 2010/04/08 08:55
A’s第7話(4)



「とりあえず、ここでは狭いな……」

 プレラはそう言うと、デバイスを上に向け砲撃を放つ。
 その一撃で天井を何枚も突き破り、上層部の庭園まで続く穴が開く。

 って、壁抜きかよ……。
 なのはなんかは普通にやるが、あれって結構難しいんだぞ。威力もだけど、最初の壁でエネルギーを全部使い切らないように調整しなきゃならないのだ。

「付いて来い」
「付いて行く必要があるのか?」
「私は構わんよ。だが、ここで戦うのは君達が不利ではないか?」

 ムカツクが事実だ。こんな逃げ場の無い狭い通路で高い破壊力をもつプレラとは戦えない。
 せめて、味方の援軍を……。俺はプレラを睨みながらこっそりと念話を飛ばす。

 しかし……。

「そうそう、時の庭園は既にこちらの制圧下にある。外部に連絡は出来ない」

 先ほどから念話で呼びかけているのだが、時の庭園外部は愚か内部にいるなのはたちにすら連絡が取れない。
 言っておくが、俺達が使っている通信は民生用のやわな奴じゃない。念話にしても、通常通信にしても簡単には妨害できないように幾重にも対策が取られている。
 こいつ一人で……いや、生半可なテロリストじゃ出来ないだろう。それこそ国家レベルの支援が必要だ。

 俺の脳裏に嫌な予感が浮かぶ。

 傀儡兵みたいな大型魔法兵器を管理局に知られずにミッドチルダに持ち込むにはどうするのかって。
 基本的に通常の空港や転移魔法による進入は無理だ。いくらなんでもあのサイズの物を何機も見逃すほど管理局も無能じゃないし、あの人数を転移させようとすればどうしても監視網に引っかかる。特に今回の病院警護はバックにレジアス少将も絡んでいる以上、地上本部との連携が出来ていなかったとは考えにくい。
 召喚魔導師が一枚咬んでいた可能性もあるが、それにしたってあらゆる条件を揃えるまで管理局が見逃していたってのは無理がある。

 だが、こちら側に内通者がいれば話は違ってくる。必ずしも不可能じゃない。

 今回、聖王教会が異常に出張って来ている。普通は警備に一枚咬もうとしても、少数を出向させてくるのが精々だ。
 そして、ミッドチルダには管理局の監視の目が届きにくい場所が一箇所だけある。そこを基点に戦力を集結させたと考えれば、つじつまが合ってしまうのだ。

 いや、薄々は感じてはいたんだよ、なんかおかしいって。

「聖王教会がグルなのか」
「そうだ。既に他でも戦いが始まっている」

 ティーダさんも俺と同じ結論に達したのだろう。呟くように指摘し、プレラも言葉をあっさりと認める。
 って、最悪じゃないか。
 テロリストの他にも、警備に当たっていた聖王教会の騎士達もこちらの敵に回った事になる。

「そうそう、逃げようとしても無駄だ。この場所を除けば時の庭園内部にAMFが仕掛けられている。私には大して関係ないがな」

 AMFだと……。
 フィールド系の上位防御魔法で、魔力結合を解除する事により魔法を防ぐ。不用意に使うと自分の魔法まで解除してしまうという間抜けな欠点があり使い手は少ないのだがその効果は絶大で、別名ミッド式殺しと呼ばれている。
 しかし、んなもんまで仕掛けているのかよ……。
 おそらくは管理局内部にも相当食い込んでいるのだろう。金で買収したのか信者を使ったのか知らないが修理業者に紛れ込み、事前に時の庭園内部に仕掛けをしたってところか。

「さて、おしゃべりは終わりだ」

 プレラはそう言うと、ふわりと浮き上がり穴を上昇していく。
 俺達を一顧だにしないのは、ここで不意打ちを仕掛けられても十分対応できるという自信なのだろう。
 まあどの道今回は逃げられない。AMF影響下じゃ高速移動は相当制限されてしまうし、魔法による簡易トラップも仕掛ける事は不可能だ。仮にAMFの話が嘘でも、非戦闘員が多数いる内部で追いかけっこなど危なすぎる。

「ティーダさん……」
「謝るなよ、相棒」

 俺が何かを言おうとする前に、ティーダさんは俺の頭を軽く小突く。

「どのみち、アレも逮捕しなきゃならないんだろ。放置できる相手じゃない」
「はい」

 そう言うとティーダさんは懐から待機状態のデバイスを取り出す。
 って、あれ?

「ったく、ハードな初運転になりそうだぜ」
『No problem master』

 って、インテリジェントデバイス? なんか、見た事無いデバイスなんですけど……?

「どうしたんですか、それ?」
「おう。本局に寄った時に受け取ったんだ。ナイトミラージュって言うんだ」

 インテリジェントデバイス支給したのか……、さすが本局。
 あ、いや。この場では戦力アップはありがたいと感謝するべきか。P1SCにも追加パーツがあるしね。

「んじゃ、いくか」
「はい、セットアップ!」
『Standby ready』

 俺とティーダさんの二人は待機モードだったデバイスを起動させ、バリアジャケットを身に纏う。

 待機モードだったP1SCは先ほど預かった追加パーツを巻き込みながらその姿を変える。
 形状は最も一般的なデバイスに近い。先端が金色の二股のブレードに分かれ、中央には小型の水晶球がくっついている。さらに、今まで無かった余剰魔力の放出ノズルと、その下にマガジン式のカートリッジシステムが搭載され……って、カートリッジシステム!?
 あ、さらに直接使用上の注意が流れてきた。なになに、腰のベルトに制御装置が付いています。
 この小さい箱かな? 確かについている。
 えっと、これは外さない事。無しでカートリッジを使用すると魔力暴走が起きる可能性があります。

 ……とりあえず、使い方はわかったから良しとしよう。

 俺は新しくなったP1SCと、白くなったバリアジャケット……って、ちょっとまてっ! ようやく元の色に戻ったはずだぞ!? 何でまたなのはカラーに?

 あ、説明が……なになに、バリアジャケットの色はサービスです、エイミィ&マリー。

 何するんですか、あの人たちは!!
 まあ、今度は自分の意思で元の色に戻せるようだから、とりあえずはいいか。緊急事態で初運転する事になるとは思ってなかったから、こんな悪戯を仕込んだのだろう。

 俺が新しい機能に一喜一憂をしている間にも、ティーダさんもデバイスの起動を終えていた。

 ナイトミラージュは黒を基調とした二挺拳銃型のデバイスだった。特徴的なのはグリップの上辺りについている紅い円形のパーツだ。あと、おそらくはカートリッジシステムも搭載されている。
 なんというか、凄く見覚えがあるデザインだ。名前は忘れたが、物語でティアナちゃんが使っていたデバイスの色違いでやんの……。

 バリアジャケットは、武装局員の制式装備のままみたいだけど……。

「おっし、ヴァン。いくぜ」
「あ、はい」

 俺とティーダさんも、地面を蹴ってふわりと浮かび上がる。
 念の為不意打ちを警戒はしたが、おそらくはしないだろう。奴が不意打ちで俺達をどうこうする気が在ったなら、会話なんてしない。奴にはそれだけの実力があるのだ。
 そして実際に不意打ちなど無く、俺とティーダさんは庭園部に降り立った。



「ふふふ、ようやく貴様と戦える日が来たな、ヴァン・ツチダ」

 降り立った俺たちを見て、プレラは不敵に笑う。
 一方の俺は内心うんざりしながら尋ね返す。

「なんだって俺なんか構うんだよ」

 その言葉に、プレラは楽しそうにこう答えた。

「決まっている。貴様が強いからだよ」
「マテ、なんでそうなる!?」

 俺は思わず素でツッコミを返してしまう。
 言っておくが、俺の魔導師ランクは空戦C-だ。ここ暫くで実力が上がったからもうちょっと上になるかもしれないが、まだBランクには届かないだろう。
 推定Sのプレラに強いといわれるような実力は無い。
 だが、プレラは別の考えを持っていたようで、にやりと笑うとこう言った。

「ふん、管理局のランクでは弱いだろうな。だが、貴様は強い、この私を倒せたんだからな!」

 そう言うと、ガンブレードを振り上げ突っ込んでくる。
 くそっ、早い!

「ティーダさん!」
「おう!」

 俺の叫びに、ティーダさんが大きく後ろに下がる。
 彼と組む時は、俺の役目は前衛だ。ティーダさんには後ろに下がって援護してもらわなければならない。
 俺はティーダさんが下がるのを確認する事も無く、奴を迎撃するべく魔法を発動させる。

『Force Saber Second』

 俺の魔法発動を受けてP1SCの形状が変形する。
 二股に分かれていた金色のパーツが一本にまとまり、中央の水晶球を挟み込む。余剰魔力放出用のバレルが杖に対し垂直になり鍔の役割を果たす。そして最後に杖が短くなり柄となり、杖先端の金色の部分から光の剣が発生する。
 これなら柄を長くすれば槍としても使えるな……。
 脳裏に一瞬新しい使い方を思いつくが、今は試している暇など無い。俺はフォースセイバーが発動したのと同時に、新しく搭載されたカートリッジシステムを起動させる。

『Load Cartridge』

 カートリッジからあふれた魔力が俺の身体を覆う。
 フォースセイバーが今までに無い力強い輝きを見せる。
 これならっ!

 火花を散らし、俺のフォースセイバーとプレラのガンブレードの刃がぶつかり合う。
 以前なら瞬時に吹っ飛ばされそうになるほどの力の差があったはずなのだが、カートリッジのおかげで辛うじて踏みとどまれる。
 もっとも、奴も同じシステムを持っているわけだから、使われたら弾き飛ばされるのだろう。

 鍔迫り合いをする中、プレラは笑いながらこう言った。

「はっはっはっは、やはり貴様は強いよ、ヴァン・ツチダ! この2ヶ月、私の一撃を受け止める事が出来た魔導師は数えるほどしかいなかった!」
「んな事知るかっ!」
「魔導師ランクなど所詮は偏差値にすぎん! 貴様は私を打ち倒せた魔導師なのだ! 貴様を倒し、私はさらなる高みに上る!!」
「何でそうなる!?」
「気が付いていないのか? 私相手に向かってこれるCランク魔導師などそうはいない!」

 高い評価はありがたいが、まったく持って嬉しくない。高みに上りたいなら一人で勝手にやってくれ。
 しかし、この2ヶ月こいつに何があったんだよ? 以前と人格が微妙に違うぞ!?
 
 鍔迫り合いが出来るとはいえ、地力で劣っているので長時間組み合っていては不利だ。俺は怒声を上げながら、奴の剣を受け流し距離をとる。

「逃がさん!」

 プレラは追撃に移ろうとするが、その前にティーダさんが動く。

「ヴァン!」
『Variable Shoot』

 無数の魔法弾が、俺とプレラの間に着弾した。
 その弾幕に流石のプレラも後退を余儀なくされる。さらに、地面に着弾しなかった残りの弾丸がティーダさんの誘導によりプレラを襲う。

「もう一人の魔導師かっ!? やるなっ!」

 そう叫びながらデバイスを持っていない手でシールドを張るプレラ。魔法弾はシールドにあたり爆発を繰り返す。
 俺はその隙に、地面を這うように飛行し、プレラの後方に回る。

「パージ!」

 プレラの背後、ある程度距離を取ったところでフォースセイバーを切り離し、プレラに向かって投擲する。

「連携か!」

 プレラはそう叫ぶと、ガンブレードでフォースセイバーを切り払う。
 叩き落されて地面に光の刃が食い込む。だが、振りきった武器はそう簡単に戻せまい。

「くらいやがれっ!」
『Blaze Cannon』
「ぬおっ!」

 切り離したと同時に、P1SCの先端を通常モードに戻した俺は、プレラに向かってブレイズキャノンを叩き込む。
 青白い魔力光にプレラの姿が飲み込まれる。さらに、その衝撃でシールドが消えてティーダさんの魔法弾もプレラに命中し、巨大な爆発を起した。

「やったか?」

 その様子に、ティーダさんが思わず呟く。
 普通の相手ならアレで終わりだよな。AA……いや、AAAでも無傷じゃいられない攻撃だったと思う。
 だが、あれで倒せる相手なら苦労はしない。

「まだです、油断しないで!」

 一方の俺は再びフォースセイバーを発動させながら油断無くプレラがいた場所を見ていた。
 そして、実際にプレラは爆煙の中から平然と出てくる。
 流石に多重弾殻弾と砲撃魔法の合体攻撃に無傷とはいかなかったようで、バリアジャケットに綻びが見られた。
 もっとも本人はまだまだ元気のようで、俺をたちを見ると嬉しそうに笑い出す。

「はははははは、腕を上げたな、ヴァン・ツチダ! それでこそ我が宿敵に相応しい!」

 だから何時宿敵になったんだよ。相変わらず無駄にタフな奴だ。
 しかし、ホント厄介になった。以前なら頭に血を上らせて突っ込んできたのだが、別の方向に突き抜けてしまっているようだ……。

 うんざりする俺を他所に、奴はデバイスのカートリッジシステムを起動させる。

『Load Cartridge』

 ただでさえでたらめだった奴の魔力がぐんと上がる。

「はっはっはっはっは、いくぞヴァン・ツチダ。ここからが本番だ!」
「させるかよっ!」

 奴の強力な魔力で主導権を握られてはたまらない。奴が動き出すより早く俺とティーダさんは次の行動に出た。
 俺は奴の懐に飛び込むと、フォースセイバーで一閃する。だが、その一撃はプレラに易々と受け止められてしまった。

 重い魔力が腕に伝わる、やっぱり魔力差が大きい。

 俺は組み合う事無く後方に下がる。
 だが、そう易々離れてくれるほど奴も甘くない。すぐさま追撃に移る。

「やらせねえよ!」

 ティーダさんが再び弾幕を張ろうと魔法弾を作り出す。
 だが、プレラのほうが一足早かった。

「同じ手が効くか! ダークダガー!」

 プレラの手に黒い魔力で組み上げられた短剣が何本も生まれる。奴はそれをティーダさんに向かって投げつける。
 ティーダさんは飛び上がって回避を試みるが、誘導が付与されているらしく動きにあわせて追尾してゆく。

「ちいっ!」

 ティーダさんは舌打ちをすると、魔法弾で迎撃を試みる。
 黒い短剣とオレンジの魔法弾がぶつかり合い爆発した。って、爆発が大きい!? 誘導と炸裂を同時にやっただと?
 爆発に煽られ、ティーダさんは空中で体勢を崩した。

 一方のプレラは、短剣を投げつけると結果を見ずに、俺にガンブレードを向ける。
 ガンブレードの銃口に漆黒の魔力球が発生する。

『Gravity Smasher』

 黒い魔力光が俺に向かって迫ってくる。
 だが、あの速度ならかわせ……いや、違う!?

 プレラは砲撃の反動を利用し、一気にティーダさんに向かい飛ぶ。
 ティーダさんは先ほどの爆発で体勢を崩している。このままじゃまずい。
 フラッシュムーブで……いや、間に合わない。
 くそっ、こうなったら……。

「シュート!」

 俺の意思に従い、一番最初に叩き落された光の刃がプレラに向かい一直線に飛んでゆく。
 今使ったのはフォースセイバーのパージ、ブレイク、フルドライブに続く4つ目の使い方であるシュートだ。一回制御を離れたフォースセイバーを再び制御下に戻す技なのだが、一直線にしか飛ばないという欠点がある。
 本来は何本か仕掛けた上でトラップとして使用するのだが、この際仕方ない。

「なんと!」

 この攻撃はどうやら予想外だったようで、流石の奴も突進を止め回避する。
 その隙にティーダさんも体勢を立てなおし、更に牽制の魔法弾をプレラに叩き込みながら俺の傍に戻ってきた。

「すまない、ヴァン」
「お互い様ですよ」
「しかしお前、よくあんなのと戦ってたな」
「前より強くなってますよ……」

 病院の時も思ったが、前とは別人と思っていい戦闘能力である。
 性格的にもなんか突き抜けているっぽいが、戦闘能力の変化はそれ以上だ。前は力押し一辺倒だったから、俺でもなんとか攻略できたのだが、からめ手や牽制、あるいは応用を身に着けつつある。
 まったく、たった2ヶ月でここまで化けるとは……。

 俺達がそんな事を話している一方で、プレラは空中に浮かび上がると再び楽しそうに笑う。

「やはりお前はすばらしいよ、ヴァン・ツチダ! この2ヶ月、幾多の強敵と見えてきたが、貴様ほど私の心を震わせる相手はいない!」

 遠慮したいです。

「熱烈だな、ヴァン。答えてやったらどうだ?」
「勘弁してください。それよりもヒットアンドウェイでいきますか?」
「それしかないな。あのタフさじゃ一撃必殺は無理だ」

 俺達は作戦会議とも呼べない意思疎通を終えると、互いにデバイスを構える。
 上空にいたプレラもひとしきり笑って満足したのか、デバイスを正眼に構えた。

「さて、続きといくか」

 そう言うとプレラはカートリッジシステムを稼動させ、魔法を発動させる。

『Dark Rain』

 奴の周りに何発もの魔法弾が出現する。

「降り注げ、漆黒の針!」

 その言葉と共に、奴の周りに魔法弾がこちらに襲い掛かる。

「拡散!」
「はい!」

 どうやら軽い追尾機能があるらしいその魔法弾は軽い曲線を描きながらこちらに向かってくる。
 だが、避けられないほどの追尾じゃない。俺達が回避した魔法弾ははるか後方、庭園の施設にぶつかり爆発を起す。

「ヴァン! また来るぞ!」

 その爆音の間から、ティーダさんの怒鳴り声が聞こえてくる。
 もっとも、それを聞くまでも無く、プレラの周りに再び魔法弾が出現している事に俺も気が付いていた。
 ってか、リロードが早い?

「まだまだいくぞ!」

 少数相手に使うような魔法じゃないぞ。
 奴の放つ連続魔法弾に、俺とティーダさんは防戦一方になる。
 そんな時だった……。

『……あ、ティーダさん、ヴァンくん?』

 不意に、視界の片隅にノイズ交じりの通信ディスプレイが開く……って、シャマル!? 通信が回復したのか!?

『ヴァンくん、聞こえる?』
「って、なのは!? それにはやても、無事なのか? ……って、うわっ!」
「ヴァン、ぼさっとするな!」

 ギリギリで魔法弾をかわした俺に、ティーダさんが怒鳴り声をあげる。
 とはいえ、今起こった事態を伝えないわけにはいかない。俺は回避行動をとりながら大声で怒鳴り返す。

「なのはたちと連絡が取れたんですよ!」
「なんだって!」

 どうして通信が回復したのかはわからないが、向うの無事がわかっただけでも僥倖だ。
 とはいえ、この魔法弾の雨の中では状況の確認もできない。
 俺は意を決すると、ティーダさんにこう叫んだ。

「俺が突っ込みます! 道をお願いします!」
「危険だ……いや、わかった、3秒後だ!」

 俺の意図を察したティーダさんが緊張したまなざしでこちらを見る。
 かなり危険な業だが、俺達なら出来る。

 俺は魔法弾をかわしながら距離を取ると、脳内でカウントをする。
 3
 2
 1

『Flash Move Action』

 俺はカウントが0になると同時に、加速魔法を発動させプレラに向かって一気に突っ込む。

「そんな突撃など!」

 もっとも、プレラは魔法弾の雨で対応できると判断したのか、変わらず魔法弾を降らせる。
 たしかに、いくら加速したとしても普通なら避けられない。

 だが、この場には普通じゃない人が一人いるのだ。

「させないぜ……クロスファイア!」
『Cross Fire Shoot』

 ティーダさんの放った魔法弾が、正確に俺の進路上にある魔法弾だけを打ち抜いていく。漆黒とオレンジ、二つの魔法弾がぶつかり合い火花を散らす。
 魔法弾の雨の中で、奴に向かう一筋の道が出来上がった。

「まさかっ!?」
「いくぜ!」

 魔法弾の雨を潜り抜けた俺は、プレラに向かいフォースセイバーを振り上げた。
 だが、奴も並みの魔導師ではない。ガンブレードで迎撃にくる。

「この程度の動きで、させるかぁっ!」

 一閃。奴のガンブレードが俺を切り裂く。
 切り裂かれた俺は、何の抵抗も見せず切られ、消える。

「なに!? まさか、幻影!?」

 奴がその事に気が付いた時にはもう遅い。俺とティーダさんは、既に準備を整えている。
 
「いくぜ、ブレイズキャノン……」
「くらいな、ファントムブレイザー……」
『Blaze Cannon』
『Phantom Blazer』
「シュート!」
「ファイア!」

 俺とティーダさんの砲撃魔法が、幻影を切り裂きバランスを崩したプレラに命中する。
 さらに……。
 
『Load Cartridge』
『Load Cartridge』

 それぞれのデバイスがカートリッジシステムを稼動させた。
 二種類の光の柱が更に太くなる。

「う、うおおおおおおおおおっ!」

 一瞬、砲撃の威力を押さえ込もうとするプレラであったが、さすがにカートリッジまで使った砲撃2発を押さえきれるものじゃない。
 耐え切れなくなった奴は爆発を起し、少しはなれた森に墜落してゆく。

 まあ、あれでも倒れてない。どうせすぐに戻ってくる。
 とはいえ、少し時間が稼げたのは事実だ。

 俺達二人は開きっぱなしだった通信モニターを覗き込む。

『なのはちゃん!』
『なのはっ!』

 って、響いてきたのはフェイトとはやての悲鳴?
 なのはって……。

「おい! 何があったんだ!?」

 内心の焦燥を必死に抑えながら通信モニターに呼びかける。
 そんな俺に答えたのは、シャマルの呆然とした声だった。

『な、なのはちゃんが……さ、き、消えちゃった……』

 消えたって……どういう?
 なのはの身に何が……。

 その言葉を聞いた瞬間、俺の頭から血の気が一斉に引いたのだった。



[12318] A’s第8話(1)
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:9eea3fb2
Date: 2011/09/05 21:39
A’s第8話(1)



「なのはが……消えた?」

 一体何が……、いや、何でなのはが、なにが……、どうして、俺がいたら……。

「おい、何があったんだ?」
『それが、なのはちゃんが何者かに攫われて』
「はやてちゃんじゃなくて!?」
『私は無事やけど、なのはちゃんが!』

 呆然としている俺の横で、ティーダさんが通信を続けていた。
 しかし、なんでなのはが? なのはは確かに天才だけど、こう言っちゃ何だが普通の魔導師だ。攫う意味がわからない。
 あ、いや、意味ならあるか。彼女は物語の主役だった。でも……。

「おい! ヴァン!」

 呆然としていた俺だったが、頭に拳骨を受けて現実に戻る。

「ティ、ティーダさん……」
「ぼさっとするな! 戦闘中だ!」
「は、はい!」

 確かに戦闘中だった。
 ここで撃墜されたら何も出来なくなる。
 俺は気合を入れなおすと、プレラが落ちたあたりの森を改めて見た。奴はまだ出てきていない。

「目が覚めたか!? 通信妨害が切れた今がチャンスだ。急いで探索と外部との連絡の中継を急げ! あの魔導師が出てきたら俺が抑える」
「りょ、了解!」

 ティーダさんの命令に俺は頷く。
 通信系はともかく、広範囲に対する探知はティーダさんより若干上だと自信がある。
 さらに、単独でプレラを押さえるのは俺じゃきつい。

 いや、これは言い訳だ。
 この時俺はきっと何も考えてなかった気がする。なのはが心配で、なのはの身に何かあったらと恐怖していた。

『Wide Area Search』

 デバイスから無数の光の玉が飛んでいく。
 サーチャーから次々に時の庭園の惨状が俺と、俺とデータリンクをしているティーダさんやシャマルに伝わってゆく。

「ヴァン・ツチダ! 何をぼんやりとしている!」
「いい加減うぜえよっ!」

 森からプレラが飛び出してくるが、ティーダさんの魔法弾に阻まれ動きを止める。

「貴様に用はない!」
「てめえの事情なんか知るか!」

 プレラが誘導弾で牽制をするが、射撃魔法に関して言えばティーダさんは本当に凄い。
 オレンジ色の魔法弾が漆黒の魔法弾を次々に撃ち抜き霧散させてゆく。



 その間にもサーチャーは次々に俺に情報を送ってくる。

 いくつかのサーチャーがAMFに絡め取られ消滅してゆく。
 サーチャーの減衰が始まった境界を時の庭園のマップに書き足す。
 全体の約8割がAMFの影響下に納まっている。これでは転移魔法は限られたエリアしか使えない。



 シャマルを通して、庭園内部の戦いの様子も伝わってくる。

『邪魔です!』
『動きが鈍ったぞ!』

 女はフェイトの振るったデバイスの一撃を避けると、手足に装備された紫のエネルギー刃を振るう。
 フェイトは辛うじてデバイスの柄で受け止めるが、力負けして後退を余儀なくされる。

 まずい、ただでさえAMFの影響下でスピードが普段より落ちているのに、焦りで動きが大雑把だ。
 あれじゃ、倒せるものも倒せない。

 それに……。
 俺はフェイトの戦っている女性を注目する。
 全身を切れ間無く覆う、身体のラインがはっきりとわかる青系統の戦闘服。
 あの装束を纏う者が何者なのか、俺は知っている。

 そう、ジェイル・スカリエッティの戦闘機人、ナンバーズだ。
 この時期から存在していたのか……。

 いや、それよりも……俺の中で焦りが更に大きくなる。
 彼女達が出てきたって事は、スカリエッティが関わっているって事だ。
 生命操作や生体改造、機械工学に通じた謎の多い科学者で、ロストロギア関連以外にも数多くの事件で広域指名手配されている次元犯罪者。
 物語では管理局最高評議会の手下であり、最後には裏切った男。

 何で奴がこの事件に絡んで来ているのか知らないが、おそらくはなのはを攫ったのは奴だろう。

 まずいなんてもんじゃない。あんなマッドサイエンティストに攫われたら、何をされるかわかったもんじゃない。



 さらに俺は作業を進める。
 俺の放った通信中継用のサーチャーが時の庭園外に出る。
 それと同時に、ノイズ交じりではあるがアースラとの通信が回復した。

『こちらアースラ、こちらアースラ……って、ヴァンくん!?』
「姉ちゃん!? とっと、こちら時の庭園駐留隊ヴァン・ツチダ空曹です。現在時の庭園はテロリスト及び騎士団の襲撃を受けています。嘱託魔導師の高町なのはが攫われました! 通信妨害、AMFの影響下にあり苦戦中です、至急応援を!」

 通信に出てきた姉ちゃんに一瞬だけ驚いたが、たしか通信士の訓練も受けていたはず。非常時だから手伝ってるのだろう。

『なのはさんが攫われたってどういうこと!? ヴァン空曹、えっと……』
『オーリスさん、私が代わる! ヴァン空曹、現在位置をこちらに伝えてください!』

 手間取る姉ちゃんに、エイミィさんがすぐに通信を引き継ぐ。
 まぁ、姉ちゃんの本職は秘書官であり、局内の調整が本業だ。訓練を受けているとはいえ通信機が使えれば良いというレベルでしかなく、エイミィさんの様にいかないのも無理は無い。
 俺は焦る気持ちを押し殺し、通信の維持を続ける。

「現在位置は時の庭園上部庭園部。ビーコンは……」
『ヴァン・ツチダ及びティーダ・ランスターの位置確認。時の庭園内部の様子は?』
「内部ではヴォルケンリッター及び残存駐留部隊、嘱託魔導師のフェイト・テスタロッサが交戦中、通信を中継します」
『中継了解、……確認。……接続完了。中継はもう大丈夫よ。他に内部の様子は?』

 流石は海の精鋭だ。エイミィさんはこの激しい通信妨害の中、俺が作った柔な通信網を補強して、あっという間に時の庭園全体の通信網を回復させた。
 俺は急に増えた通信を慌ててカットすると、アースラにサーチャーで確認したデータを送ろうとする。
 その時だった。

「なのはっ!!」

 送られてきた映像に、無意識に叫び声を上げた。
 俺が放ったサーチャーの一つが、攫われたなのはの映像を送ってくる。
 青い装束に身を包んだ女性に連れられたなのははバインド系の魔法で縛られ、薬でも打たれたのか身動き一つしない。

 このまま行けば……次元航行艦の発着港?
 そうか、AMFの妨害で転移が出来ないから、次元航行艦で時の庭園を脱出する気か。
 この庭園部にのみAMFが無かったのも、プレラがいたのもそれが理由か。救援部隊の侵入ルートを限定するために、発着港から遠い庭園部にあえてAMFの影響が無い場所を作り、強力な魔導師を配置したんだ。

 くそっ!

 どうすればっ!?

『ちょっと、ヴァンくん、どうしたの? ヴァンくん、ヴァンくん!?』

 エイミィさんが叫ぶが、俺は無様にも再び思考停止に陥っていた。
 そんな俺の耳に、怒鳴り声が響く。

『ヴァン! なにやってるの!』
「へ? ユーノ?」

 通信機越しに俺を怒鳴りつけたのはユーノだった。

『ヘ? じゃないよ! なのはが攫われたんだろう! 僕もすぐにそっちに行くから準備をして!』
「お、おい、ユーノ」
『なのはを助けに行かなきゃ! いいよね、クロノ!』
『ああ、ヴァンとランスター准尉は援軍が到着次第、なのはの救出に当たってくれ』

 次に聞こえてきたのはクロノさんの声だった。
 確かクロノさんとユーノは本局にいたはず。

『そうね。それが現状で割ける戦力の限界ね。ランディ、救出部隊の転送準備は?』
『転送ルート確認。武装隊のスタンバイも完了。すぐにでもいけます。ただ、罠の可能性も』
『罠でも乗るしかないわ。はやてさんを押さえられたら終わりなんだから、時間との勝負よ。
 オーリスさん、本局と連絡をお願い。手透きの部隊でAMFに対応できそうな部隊が無いか確認して』
『了解です』
『イオタさん、レインさん、それとイヴさん。聞こえていますか?』
『聞こえているよ。あたしも救出部隊に回る』
『お願いね。えっと……』
『レインを向かわせた。聞きたい事があるなら彼女に確認してくれ。私は医務室に直接向かう』

 通信越しに、アースラ出のやり取りが聞こえてくる。
 それはごくごく当たり前の俺達の仕事だが、何故だか胸が熱くなった。

「ヴァン・ツチダぁぁぁぁぁ! 覚悟ぉぉぉぉぉ!」
「くっ! ヴァン!!」

 そんな俺の感傷などお構い無しに、ティーダさんの妨害を突破したプレラがこちらに迫ってくる。
 はっきり行って、回避できるタイミングじゃない。
 だけど……。

「お前なんかにっ……!」

 なのはを助けたい。なのはと話したい。こんな奴に、やられるわけには行かない!

 俺は探索を打ち切ると即座にフォースセイバーを発動させ、それを迎撃する。
 フォースセイバーとアームドデバイスが、再び組み合い火花を散らす。

「つれないな! ヴァン・ツチダ!」
「お前に構っている暇は無いっ!!」

 プレラがアームドデバイスに力を込めてくる。
 組み合うのはやっぱきつい。俺は一瞬だけ力を込め払いのけると、飛び上がり奴と距離を取る。
 プレラは飛び上がった俺に追撃しようとするが……突如その動きをやめて庭園の一角を見て呟いた。

「やれやれ、ようやく騎兵隊の登場か……」

 そこではクロノさんを筆頭に、武装隊一個小隊が光り輝く転送用ゲートから姿を現していた。
 さらに、プレラがどう動こうと対応できるように、ティーダさんが魔法弾を準備している。

 気付いたか……。

 やっぱ前より数段厄介になってる。前は猪突猛進なところがあったのに、周囲がちゃんと見えてるよ。

「プレラ・アルファーノだな。速やかに武装解除をして投降しろ」

 一方、時の庭園に到着したクロノさんはプレラに投降を呼びかける。

「投降すると? 私はヴァン・ツチダと決着を付けたいだけなのだがな」
「君が何を考えているか知らないが、投降しないなら僕が相手だ」

 そう言うと、クロノさんはデバイスを構える……って、S2Uじゃない?
 もしかしてデュランダル?
 ということは、グレアム提督の意識が戻ったのか?

 俺の疑問を他所に、プレラはそれを見てにやりと笑うと、クロノさんに向き直る。

「そういえば、君にも借りがあったな……」

 どうやら、奴の興味は俺からクロノさんに移ったらしい。好都合っちゃ好都合だが、本当に何を考えているんだかわからない奴だ。
 一方、俺の傍に一緒に転移をしてきたユーノがやってきた。

「ユーノ、すま……」

 すまない。そう続くはずだった。
 だが、ユーノは俺の言葉を遮ると、こう言った。

「ヴァン、君は色々と難しく考えすぎだよ。なのはを助けに行こう」

 その言葉に、正直泣きそうになる。
 ほんと、俺には過ぎた友達だよ。

「武装隊は八神はやての救出及びテロリストの排除を急げ。
 ヴァン、ユーノ。君達二人はなのはの救出だ。ランスター准尉、二人を頼むぞ」

 クロノさんの言葉に武装隊が、ティーダさんが動く。クロノさん自身は、プレラと戦闘に入る。
 今は泣いている場合じゃない。泣く事なんて許されない。

「どうするんだ、ヴァン、ユーノ。なのはちゃんの救出だけど、庭園内を突っ切るのはきついぞ。武装隊と行くか?」
「そんな必要ありません」

 こちらにやってきたティーダさんの言葉に答えたのはユーノだった。
 たしかに、ティーダさんの言うとおりAMFの充満した時の庭園内を進むのは骨なのだが……。

「あちらから行きましょう」

 そう言ってユーノが指差したのは、時の庭園の壁だった。
 ああ、なるほど。さすがユーノだ。実にわかりやすい。

「お、おい? どういうことだ?」

 うろたえた声を出すティーダさんだった。まぁ、普通の発想じゃないから仕方ない。

「OK、ユーノ。今穴を空ける」
「頼むよ」
「お、おい、だから……って、まさか?」

 俺は通常モードに戻したP1SCを壁に向けると、ブースト付きの砲撃魔法を放った。

「カートリッジ、ロード!」
『Blaze Cannon』

 閃光が走り、壁に大穴があく。
 俺達はそちらに向かって走り出す。

「ユーノ、防御結界を頼む」
「わかったよ。ヴァンこそ空間飛行を失敗しないでよ」
「任せとけ」
「お。おい、お前たちちょっと待てよ。ったく、なんて無茶を」

 目指すは時の庭園の次元航行艦発着港。なんとしても、なのはを奪還しなければならない。
 俺達は防御結界に身をつつむと、次元空間に飛び出した。



[12318] A’s第8話(2)
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:9f18423d
Date: 2010/04/08 09:10
A’s第8話(2)



 次元空間へのダイブというのは結構命がけだ。
 バリアジャケットや結界、防護服があればとりあえず死なないが、移動を失敗するとどこにすっ飛ばされるのかわからない。実際、次元航行技術を持つほとんどの国の次元空間航行法では、次元空間内での作業は管理局員、警察、軍隊などを除き原則命綱の着用が義務付けられている。
 もっとも、飛行魔法使用時のバリアジャケット着用と同じく、完全には守られていないのが実情だ。次元空間内を命綱無しで移動できれば一人前といった危険な風潮まであるらしい。



「こんちくしょう、なんだってこんな所に!」
「知るかっ! とにかく逃げるぞ!」

 時の庭園外壁を飛びながら、俺は怒鳴り声を上げる。
 勢いよく次元空間に飛び出した俺達だったが、時の庭園外壁にへばりついていた丸っこい機械の群れと鉢合わせるはめになった。たしか、スカリエッティが作った自動機械だよなぁ、名前はガロード? ガラット? えっと……とにかくガの付く丸い奴。
 こんな外壁にまで兵器を待機させておくとは、用意周到というか変質的というか、作戦を練った奴の性格の悪さがよく分かる。

「今度は前からも来たよ!」

 3人分の防御結界を維持していたユーノが前を指差し叫ぶ。

「ティーダさん、頼みます!」

 飛んでくるミサイルやらビームを叩き落しながら、丸い奴に対して唯一有効な攻撃魔法を持つティーダさんに呼びかける。

「ちっ、わかった!」
『Variable Shoot』

 オレンジ色の魔法弾が前方に展開していた丸い奴に突き刺さり、次々と爆発してゆく。丸い奴らはAMFを発生させているので、ティーダさんの多重弾殻射撃くらいしか有効な攻撃手段が無いのだ。
 カートリッジ使用の砲撃魔法やフォースセイバーなら通用するかもしれないが、チャージ時間や距離の関係でこの場には適さない。
 そもそも俺達の目的はなのはの救出であり、この丸っこい連中の相手ではない。

 しかし……。

「また来たよ!」
「しつこい!」

 俺とユーノが悲鳴を上げる。
 前方の丸い奴を落としたと思ったら、また沸いて出てきた。どれだけいるんだよ、こいつら。

「おい、ヴァン、ユーノ! そこのハッチから中に飛び込むぞ!」

 やってきた丸い奴を次々に撃ち落していたティーダさんが、俺達に呼びかける。

「でも!」
「このままじゃどのみち発着港に着く前に押しつぶされちまう! 距離はだいぶ稼げたんだ、後は中を突っ切るぞ!」
「……了解!」

 確かにティーダさんの言うとおりだ。このまま丸い奴を相手にしていたんじゃ埒が明かない。
 仮にこいつらの囲みを突破できたとしても、発着港に到着した時には戦闘能力を失っているだろう。

「俺が先行して開けます。ユーノ、フォローを頼む」
「わかったよ!」

 俺は速度を上げると、ユーノの防御結界から抜け出す。
 一人先行した俺に向かって丸っこい奴からレーザーが飛んでくる。
 何発かは避け、避けきれなかった分はバリアジャケットとユーノの防御魔法で弾く。

 俺はメンテナンス用ハッチに取り付くと、P1SCを押し当てる。
 たしか、今回に限り管理局の優先コードが……よっと、開いた。
 俺はハッチが開いたのを確認すると、大声でティーダさんとユーノに呼びかける。

「こっちは開いた!」
「すぐ行く!」

 俺の声に丸っこい奴の相手をしていた二人も慌ててハッチの中に飛び込む。二人が入ったのを確認すると、急いでハッチを閉じた。
 もっとも、これで安心は出来ない。扉を壊して突入してくる恐れもある。
 俺達はそれぞれ扉を注視する。10秒、20秒、30秒……、扉を攻撃する気配すらない。

「とりあえず大丈夫か……」
「でも、ここからだとだいぶ距離がありますね」
「あのまま丸い奴を相手にするよりはマシだろう。とはいえ、だいぶ時間をロスしたな」

 安堵の溜息をつきながら、俺達は時の庭園のマップを確認する。
 だが、安堵するにはまだ早かった。

 ……ピ、ピ、ピピ……。

 不意に、電子音が俺達の耳に届く。
 その不吉な音に俺達は顔を見合わせ、恐る恐る入ってきた入り口に振り向いた。

 ピー

 大きな電子音と共に、扉の入り口が音を立てて再び開く。
 って、この丸っこいの、態々電子ロックを開いて入ってきやがった!? 壊して入ればいいものの、なんでこんなに無駄に器用なんだ!?

「ちょ、ちょっとまてぇっ!」
「ティーダさん、頭下げて!」

 丸っこい奴の黄色いレーザー発射口に光が灯る。
 俺はティーダさんを押しのけて、フォースセイバーで丸いのを叩ききる。

 レーザーは俺に命中する前にユーノが咄嗟に張った結界の前に霧散する。
 一方、丸っこいのの懐に飛び込んだ俺は、がくんと力が抜ける感触を味わう。

「AMFかっ!」

 直接影響圏内に入るのは初めてだが、これがAMFか。
 普段から身体を覆っている身体強化が強制的に解除されていくのがわかる。身体強化だけじゃない、この分じゃ基本防御や飛行にも影響がありそうだ。
 俺は抜けそうになる力をなんとか留めつつ、唯一光を失ってないフォースセイバーを振りぬいた。
 普段よりも重い感触と共に、丸い奴を切り裂く。そのダメージで、丸い奴は動きを止めた。

 フォースセイバーは元々対プレラを想定した魔法で、高位魔導師の防御を抜くために多重弾殻に近い特性を持っている。そのおかげでAMF下でも攻撃力を失わなかったが、他の魔法はまず使えないだろう。
 きっついな、こりゃ……。

 俺がそんな事を考えている間にも、扉の向うから次々に丸っこい奴らが顔……なのかな? とにかく、扉から中に入ってこようとする。
 幸いサイズの関係で1体ずつしか入って来れないようだが、まったくしつこいったらありゃしない。

「ヴァン、ユーノ! お前たちは先に行け!」

 丸っこい奴の姿を確認したティーダさんが、魔法弾を撃ちながら叫ぶ。

「えっ!? でも!」

 ユーノが思わずこう返す。
 だが、この場ではティーダさんの判断が正しい。というか、それ以外の選択肢が存在しないのだ。

 本来足止めに向いているのはユーノだが、AMFを標準装備をしているこいつら相手じゃ分が悪すぎる。バインドで縛ろうとも、障壁で止めようとも、魔法そのものを消されてしまうのだからどうしょうもない。足止めをするのには破壊をするしかなく、それを出来る魔法をユーノは持っていない。
 俺に関しては論外だ。機動力で引っ掻き回すタイプの俺は元々足止めには向いていないし、通用しそうな魔法がフォースセイバーしかない。そして接近すれば防御魔法や身体強化が消されるのだから、1発当たるとその場で終わってしまう。
 壁や天井を破壊して通路を埋めようにも、こいつらの攻撃力ならさほど時間をかけずに撤去して追って来る。そもそも、それが出来るだけの攻撃力と時間が俺達には無い。この先に敵が居ると挟み撃ちになる可能性もある。
 結局、誰かが足止めをするしかなく、足止めが出来るのは空間制圧能力の高いティーダさんしかないのだ。

 ユーノもその事にすぐに気が付いたのだろう。すぐに押し黙る。

「……了解。死なないでくださいよ、ティーダさん」
「安心しろって。あんな風邪薬のオバケには負けないってな!」

 にやりと笑ってそう言うと、ティーダさんは一斉に魔法弾を放った。
 オレンジ色の魔法弾は弧を描きながら、丸っこい連中改め風邪薬の化け物を貫く。

「ユーノ、行くぞ!」
「うん。お願いします、ティーダさん」

 俺とユーノはティーダさんを残しその場を後にする。
 俺達の背後から、激しい戦いの音が聞こえてきたが、俺達は振り向かなかった。




 俺達が入った入り口は時の庭園外周部の通路で、幸いAMFの濃度は高くなかった。これなら俺でも魔法が普段と同じに使える。
 俺とユーノはサーチャーを前方に飛ばしながら通路を進んでいた。

「ヴァン」
「わかってる。俺にも見えた」

 ユーノが言わんとしている事はわかっている。
 進路前方にいつの間にか一人の少女が出現していた。年齢は俺達より少し上ぐらいか、なのはを攫った連中と同じ青を基調としたボディスーツに身を包んだ白に近い銀髪の少女。
 名前は忘れたが、スカリエッティの戦闘機人!
 たしか、戦闘機人は特殊能力を持っていたよな……。

 俺は必死に記憶の片隅から奴の能力を思い出そうとする。
 ナンバーズは意外と印象が薄いんだよな。顔芸が凄かった眼鏡とか、地面に潜ったりするのとかは印象が強いが……。

「ヴァン、どうする!」
「どうするもこうするも……」

 俺はユーノを見ながら答える。
 その時、廊下に突き刺さったナイフが視界の片隅に映る。って、確か!

「ユーノ、全力で防御結界!」
「ええっ!?」

 俺の突然の言葉にユーノが驚く。もっとも、俺はその驚きを無視してユーノの腕を掴んで急加速する。
 間に合えっ!

 俺が急加速すると同時か、それよりも早く廊下のあちこちに突き刺さっていたナイフが一斉に爆発する。
 ユーノが咄嗟に防御結界を張るが……なんて衝撃だ!?

 ユーノの結界に包まれた俺達は、嵐の中の小船のように左右に打ち付けられる。
 本来ならあの破壊力の前に撃墜されていただろう。だが、事前に相手の能力を思い出して加速していたのと、ユーノの結界の強固さに助けられた。

「ユーノ、生きてるか?」
「大丈夫だよ。ヴァン、見えた?」
「ああ、突き刺さっていたナイフが爆発した」

 ユーノの返事にほっとしながらも、スカリエッティの戦闘機人の厄介さに舌を巻く。
 単純な火力もさることながら、あのナイフの使い勝手のよさは相当なものだ。俺もフォースセイバーで似たような事は出来るが、あそこまでの破壊力と隠密性は無い。
 あのナイフの爆破までのタイムラグがどれだけかわからないが、爆弾のような使い方以外にも、通常の砲撃魔法のような使い方もできるはずだ。彼女と戦う時は、トラップと射撃、双方に気をつけなければならないって事か。
 ほんと、汎用性が高そうな能力だよなぁ。

 幸い、まだ時の庭園から次元連絡艇の発進していないが、のんびりしていられる余裕などない。
 この戦闘機人をまともに相手にしたら時間がかかりそうだ。
 こうなったら……。

「ユーノ……」
「ヴァン、僕がフォローするから、先に進んで」
「お、おい!」

 俺が足止めをしている間にユーノを先行させようとしたのだが、逆に先に言われてしまう。

「無茶な!」
「無茶じゃないよ。今一番にしなきゃいけない事はなのはの救出だ。ヴァン、一人ならあのくらいの爆発なら突っ切れたんだろう」

 うっ……、事実だったりもする。
 
 爆発物の存在に気が付いていた俺は、確かにフラッシュムーブで爆発圏内から脱出する事ができた。何故しなかったかっていうと、ユーノがいたからに他ならない。
 仮にユーノを引っ張って高速移動魔法を使ったとしたら、慣性制御が出来ないユーノが怪我をする。仮にユーノが慣性制御系の防御を出来たとしても、よっぽど上手く同期しない限りはベクトル操作を失敗して事故を起こす可能性が高い。
 誰かを受け止めるとかくらいならまだしも、牽引するような使い方をするのはよっぽど熟練かつ互いの息が合ってないと難しいのだ。

 これは別にユーノが悪いんじゃなくて、高速移動魔法独自に問題がある。
 高速移動使用時には速度を増すだけではなく衝撃緩和や反射神経強化などいくつかの魔法を同時制御しなければならない。これに失敗すると自分の速度でダメージを受けたり、加速終了時に周囲を巻き込んで衝突事故を起したりしてしまう。
 適正の無い人間にはこの同時制御が難しく、その為に自分よりも高位の魔導師に対抗できる魔法でありながら高速移動魔法の使い手はかなり少ない。

 もっとも避けれるだけなので、その後の追撃に対応できるかはわからないんだけど。
 それにだ、だからと言ってユーノに戦闘機人の相手をさせるわけにはいかない。

「それだったらユーノが先に行け。お前の防御力ならあの程度の爆発は防げるだろう」
「防げるけど、僕の速度じゃ足止めされちゃうよ。それに防御が必要ならヴァンが通り抜けるまでの間は僕がフォローする」
「でも!」
「これが一番成功率が高いのは君だってわかってるだろう」

 なんとか考えを変えさせようとする俺に、ユーノは真剣な、男の表情でこう言った。

「それに……。ヴァン、僕は君に負けたくないんだ」
「お、おい。それはどういう意味だ! ……って、ちょっとまて」

 ユーノがポツリと呟いた言葉を問い質そうとするが、時間はもう残されてなかった。先ほどの爆発で俺達を仕留められなかったと悟ったのだろう。戦闘機人がこちらに向かいナイフを投擲する。
 ユーノは言いたい事だけ言うと、俺の制止などおかまいなしに少女に向かってゆく。

「ヴァン! なのはをお願い!」

 少女の放ったナイフとユーノの防御結界がぶつかり合い、巨大な爆発を引き起こす。
 くそっ! こうなったらもう止められない。いや、介入は出来るし協力すれば倒せるかもしれないが、ここで時間を浪費すればなのはの救出できなくなる恐れがある。
 ユーノを信じるしかないのか……。

「くそっ! ユーノ、なのはを助けてすぐ戻る!」
「大丈夫、すぐに追いつくよ!」

 俺はふわりと浮かび上がると、戦闘機人の少女を振りきるべく全速で飛行する。

「逃がすかっ!」

 少女がナイフをこちらに投げてくるが、そのいくつかはユーノの防御結界に叩き落され、残りは俺に掠る事も無く壁や天井に突き刺さった。

「君の相手はこの僕だっ!」

 俺に向かい攻撃した少女に、ユーノのチェーンバインドが飛ぶ。
 ユーノと戦闘機人の激しい戦いが始まる。俺はそれを振り返る事無く一直線に進んだ。



[12318] A’s第8話(3)
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:9f18423d
Date: 2011/09/05 21:40
A’s第8話(3)



「たく、本当に幾ついるんだよ?」

 次々にやってくるガジェットドローンを前に、ティーダは思わず呟く。
 まだまだ魔力に余裕はあるが、数が数だ。幸い狭い通路なので囲まれる事は無いが、こうなると根競べだ。

「まとめていくぜ……ファイア!」

 多重弾殻の魔法弾を放つ。
 オレンジの魔法弾は狙いを過たず侵入を試みたガジェットドローンの群れに突き刺さり、一瞬の間をおいてガジェットドローンは次々に爆発をおこした。
 これで侵入してきた連中は全て落としたが油断は出来ない。今までのパターンから考えれば、どうせすぐに次が来るに決まっている。
 とはいえ、贅沢は言ってられない。これで余裕が出来たのも事実だ。

「ヴァンは無事にお姫様を助け出せたのかね……」

 物陰に隠れ消費したカートリッジを詰め替えながら、ティーダは先に行かせた相棒の事を考える。

 ヴァンとは配属以来の付き合いだ。
 一番最初の印象は、『可愛げの無い嫌なガキ』だった。

 空士訓練校を優秀な成績で卒業したティーダは配属当時の魔導師ランクは空戦Bランクで、射撃魔法に関してはAAに匹敵するという、本来なら次元航行部隊付きの武装隊に配属される逸材であった。
 だが当人の希望により、地上部隊である時空管理局ミッドチルダ本局航空武装隊3097航空隊に配属となる。

 地上部隊を希望した理由は、両親の事故死だ。

 両親の死は、ティーダの人生は大きく狂せた。ティーダ・ランスターが本来進むはずだったエリートコースからのドロップアウトを余儀なくされたのだ。
 次元航行部隊に配属となれば長期の出張も多く、両親を失った幼い妹に辛い思いをさせる事になる。
 同じ武装隊でも地上配備部隊は一段低く見られ、出世に大きく影響するのはわかっていた。だが、唯一残った家族を見捨てられる訳など無い。
 それでも本局よりの1000台部隊に配属なら話も違っただろうが、彼が配属されたのは地上本部よりの3000台部隊だった。
 数年の遠回りと妹の養育を天秤にかけた上で選択した事とはいえ、これでは周囲に置いていかれると相当焦ったものだ。

 その焦りとエリート意識が邪魔をして、配属当時は隊で浮いた存在だった気がする。

 そんなティーダが配属早々組まされたのが、陸士警邏隊上がりのヴァン・ツチダだった。

 出会った当時から妙に大人びたガキで、ティアナとそう変わらない年齢のはずなのに常に冷静で出来る事をそつなくこなす。
 こちらが大人として振舞おうとしても、逆に子供扱いされる事もしばしばで、手柄や出世よりも事件を解決する事を優先するような奴だった。
 年齢が年齢なので喧嘩をしたわけではないが、当時は気味悪く思い任務以外では距離を置いていたものだ。

 まぁ、大人びている部分はさておき、『冷静』だとか『そつなく』なんて部分は巨大な猫をかぶっていただけで、周囲が真っ青になるような無茶を平気でやらかす奴だと思い知らされるはめになるのだが……。

 それはともかく、最初はむかつくガキだったヴァンを相棒として認識し始めたのは、何時ごろだっただろうか。凶悪なテロリストと二人っきりで戦った時か、一晩中妙な魔導師を追いかける事になった時か。それとも、偶然にも自分ヴァンのと境遇が似ている……いや、自分のほうがマシだと知った時だったかもしれない。
 気が付いた時にはヴァンを相棒と認めており、部隊の連中との間にあった壁は無くなっていた。
 無論、一方的にあいつに影響をされた気は無い。つーか、あいつもずいぶんと変わって、だいぶ子供らしくなってきた。
 それに、今でも出世をしたいと思っている。ティアナに手がかからなくなったら、執務官試験に合格して再びエリートコースに戻るつもりだ。
 でも、今の生活も悪くないと思う自分も、確かにここにいた。

『Warning』
「わかってるよ。おかわりが来たんだろう」
『Yes』

 息を整えていたティーダに、ナイトミラージュが警告を発する。
 入り口付近には、再びガジェットドローンが集結しつつあるのだ。

「ったく、休んでいる暇すらねえのか。仕事熱心すぎるぞ、この機械」

 軽く愚痴りながらも、ティーダはデバイスを構えなおす。

 ここ暫くのヴァンは、見ていて実に面白い。恋や友情に悩み、翻弄されているのがよく分かる。
 子供でも働けるミッドチルダではあるが、ヴァンの仕事熱心さは少し異常だ。あいつが見せる笑顔はいつも“大人”の笑みだった。
 だが最近は大人びていた殻が割れ始め、歳相応の少年の顔が見え始めている。あのユーノって子や、会った事はないがなのはって女の子のおかげだろう。隊の仲間と常々心配していたのだ、このままじゃつぶれちまわないかって。
 実に良い変化だ。仕事一本で生きるには早すぎる。

 だから……。

「さあて、ガキどもがお姫様を助け出して戻ってくるまで、もう一踏ん張り頑張りますか」

 ティーダはそうおどけると、進入してきたガジェットドローンに魔法弾を叩き込む。
 子供を守るのは、何時だって大人の仕事なのだ。





 強い。それがその少女の率直な感想だった。

 ドクターが発見したイラストによる映像記録……アニメーションによれば、影の薄いサポート要員でしかない。使える魔法も防御と拘束、結界や転移など攻撃力を持たないものばかりだ。
 自分なら数分で殺さずに制圧できると思っていたのだが……。

「くらえっ!」

 ユーノの足元から発生した一本のチェーンバインドが、近くにあった瓦礫をつかむと、少女に向かって迫ってくる。
 本来なら速度も遅く、精密な動作を苦手とするバインド系とは思えない素早い動きだ。何発かは避けられるが、どうしても避けきれない攻撃も出てくる。

「このっ!」

 着弾と同時に爆発するよう設定したナイフ型の固有武装、スティンガーが瓦礫に突き刺さり爆発した。
 これが通常の魔法ならこの迎撃で終わるのだが、厄介な点はここからだ。

 砕いた瓦礫が降り注ぐ。ダメージを負いそうなサイズの瓦礫以外は無視する。第一これが本命ではない。
 降り注ぐ瓦礫と粉塵の隙間を縫って、チェーンバインドが飛んでくる。少女はそれを避け、避けきれないものは外套で受け止める。
 少女の羽織っている外套はただの外套ではない。シェルコートと呼ばれる彼女の固有武装で、多様なバリアを展開できる能力を有している。AMFを最大出力で発生させチェーンバインドを打ち消す。
 このままユーノの防御結界を中和しようと飛び込めば、再び瓦礫の雨に晒される事になるだろう。
 少女は距離を取るべく牽制に数本のスティンガーを投擲する。
 スティンガーは防御結界に阻まれ、ユーノのはるか手前で叩き落された。

 互いに距離を取り、にらみ合いが始まる。

 高町なのはやフェイト・テスタロッサのような派手さや攻撃力は一切ない。だが、油断をすればたちまちバインドに囚われてしまうだろう。
 はたしてドクターの命令通り殺さずに済ませる事ができるか、少女には自信が無かった。



 チェーンバインドによる瓦礫の撤去は昔からよくやっていたが、牽制程度には使えるようだ。
 その事に安堵しつつも、ユーノは考える。

 最初は強制転移で時の庭園の外に放り出そうかと考えていたのだが、あの外套にはAMFを発生させる機能があるらしく、戦闘開始早々にそのプランはダメになった。
 そうなると何とか倒さないといけないのだが、自身が決定打に乏しいのは自分が一番よくわかっている。
 元々荒事向きではないのだ、ユーノ・スクライアという魔導師は。

 もっとも、それでもユーノにだって意地がある。
 最近出来た友人は、勝てないだろう相手にだってわかっていても挑んでいく。彼自身無謀だとわかっていてもだ。
 彼の行いが正しいとは思わない。あの頑固者のお人よしめ、見ている人間の気持ちも考えろ。
 妙に人に遠慮して、自分自身に嘘までついて、そのくせ一番実入りが無くて危ない事は自分でやろうとする。少しは素直になりやがれ。
 彼に譲る気は無いけど、あんなヴァンを見ているのも馬鹿らしい。

 ユーノはそれかけた思考を元に戻す。
 決定打に乏しいユーノではあるが、反面防御なら随一だ。目の前の少女の攻撃の威力はかなりのものだが、なのはやフェイトの魔法に比べれば格段に劣る。
 ユーノの防御を貫ける威力ではない。

 向うもそれはわかっているだろう。
 こうなると根競べ……に見せかけた騙しあいだ。相手の防御を崩す一手を先に揃えられた者が勝つ。
 この手の騙しあいは、クロノが得意なのだが……。





「たしかに、彼女の身柄は受け取った」

 若い……いや、幼い騎士が表情を凍らせながら、意識を失った少女を受け取る。他の騎士たちも一様に、表情が硬い。
 それを見て女は内心で嘲笑う。

「ええ、確かに高町なのはの身柄は引き渡しましたわ。今後ともご贔屓に」

 女のおどけた口調に、騎士たちの表情はさらに硬くなった。
 闇の書……あるいはロストロギアの護衛任務だと思って来てみれば、やってる事は幼い少女の誘拐だ。少なくとも、ある程度真っ当な倫理観の持ち主なら面白いはずも無く、その事でからかわれれば腹も立つだろう。

 まったくつまらない連中だ。
 中途半端な正義感と道徳観に縛られ、自分を偽りながら役目をこなす。
 もうこちら側にいるというのに、邪魔な感情に振り回されるとは。人間とはなんと愚かな生き物だろうか。

「彼女のデバイスは?」
「彼女の胸元に待機モードで」
「そうか……」

 確認か、それとも意趣返しに手間をかけさせようとしただけなのか。騎士は問いかけはしたがデバイスを取り上げるような真似はしなかった。
 そんな幼い騎士の問いかけに答えながら、女はこれからの事を考える。

 ドクターの命令通り、必要なモノは全て入手した。
 既に彼女にとって高町なのはに用はない。むしろ今後の事を考えれば消してしまいたいぐらいだ。

 もっとも、それはドクターから禁じられていた。それどころかドクターの計画をそのまま遂行すれば、高町なのはは無事親元に帰る事になる。
 現時点でドクターは高町なのはを始めとした登場人物に手を出す気は無い。それどころか機動六課、あるいはそれに準ずる組織を設立させる気でいる。
 無論自分達にとって機動六課が設立された方が色々と都合が良いのは分かっていた。特にドクターが研究しているアレを監視するためには、必須と言っていい。

 だが、ドクターの考えはそれだけではない。はっきりと口に出した訳ではないが、ドクターは自分の作品達が物語を超えられるかどうか試したがっているのだ。
 それが悪いとは言わない。それが悪いという事は、ドクターという人間の全否定に繋がってしまう。

 しかし、それだけでは困る。敗北して捕縛されるなんて未来は真っ平ごめんだ。
 ドクターだって同じはずなのに、あの方はどうしても過程の観察を重視するあまり、結果そのものには無頓着なところがある。物語においてドクターが負けた理由も、身近でドクターを見ている限りではなるほどと頷けた。

 だけども、何度も言うが負けては意味が無いのだ。

 だから、女はドクターの計画に独断で少々アレンジを加える事にした。
 なあに、大した違いではない。管理局が高町なのはを救出するまでの“時間”が少しだけ延びるだけだ。女としてちょっとばかりトラウマを背負うかも知れないが、大して問題は無いだろう。どのみち、その程度の誤差は元々計画の内だ。彼女の行いは、ほんの少し計画をずらしただけに過ぎない。
 そして、ここまでは計画通りだ。このまま行けば彼女の計画通り、高町なのはの不屈の心ははりぼてになる。

 次元艦に連れて行かれるなのはを見ながらほくそ笑む女であった、全てが彼女の計画通りに動くわけではなかった。
 彼女が高町なのはを害しようとするならば、彼女を守ろうという意思もここには存在しているのだ。



「なのはっ!」

 彼がその場に到着した時、高町なのはが次元航行艦に連れ込まれる直前だった。
 窓の下、発着港には重火器で武装したテロリストが警備に当たっている。

 普段の彼はとにかく考えて戦うタイプだ。自身の弱さを自覚しているから、様々な手管を考え、実行する。
 そんな彼がこの時は何も考えていなかった。彼女を助けたい一心で自らが持つ最強の魔法を解き放つ。

「カートリッジロード!」
『Load Cartridge.
 Force Saber Execution Shift』

 発着港の発着ロビーを一望できる通路で、少年は師匠より授けられた広域攻撃魔法を展開する。
 少年の周りに、30本を超える光の刃が展開した。
 
「フォースセイバー・エクスキューションシフト……くっ……。シュート!」

 膨大な情報処理に目眩をおこしつつも、少年は刃を解き放つ。
 放たれた光の刃は廊下を、窓を軽々と突き破り発着港にいたテロリスト達に襲い掛かる。
 その攻撃を回避できた者達も、無傷ではすまない。突き刺さった光の剣は次々に爆発をする。その阿鼻叫喚の中、廊下に開いた穴から少年が姿を現した。

「敵襲かっ!」
「上だっ!」
「艦をすぐに発進させろっ!」
「撃て、撃てぇ!」

 動き出す次元航行艦。少年に向かって伸びる火線。
 その弾幕の中、少年はひるまない。
 多少の傷を負うのも気にせず、銃撃の雨に飛び込む。高速で飛ぶ少年は銃撃の雨を潜り抜け次元航行艦に取り付いた。




「ロケット弾をもってこい!」
「馬鹿、やめろ! 船に当たるぞ!」
「戻せないのか!?」
「無茶言うな。管理局に拿捕されちまうだろう!」
「すぐに中の騎士に連絡するんだ!」

 あらあら、無様です事。

 出航していく船を見つめながら、女はテロリスト達の不手際を鼻で笑う。
 あっさりと警備を抜かれた挙句、少年は次元航行艦に飛び乗った。

 故意に警備が手薄な場所を作り、トーレ姉様の知り合いだという男をだまくらかして救助を呼んだんですけどね。

 ここで救助が来るのは、計画通りだ。
 予想外な事といえば、来るのはクロノ・ハラオウンかユーノ・スクライアだと思っていたのだが、PT事件に関わった来訪者の少年だったくらいだ。
 むしろ、重要人物で無いだけに、消しても後腐れは無いだろう。むしろ好都合だといえる。

【セインちゃん、状況はわかってるかしら?】

 女は次元航行艦に潜り込んでいる妹に呼びかけた。

【見えてるよ~。ギリギリで高町なのはの拘束を解くんだよね】

 女の連絡に、妹は当初予定していたプランを口にする。
 姉からの情報によれば、高町なのはを引き取った騎士クラウスはかなりの使い手だ。そのレアスキルは数秒先の未来を見通すという強力極まりないものだ。
 もっとも彼のレアスキル『未来察知』は視界に入っていない事象には対応できないという欠点があり、ほぼ一騎討ち専用の能力だという。
 それなら、高町なのはを開放して1対2の状況を作れば騎士クラウスを倒す事も可能だろう。

 だが、それでは面白くない。

【それなんだけどね、少しだけプランを変更しようと思うんだけど】
【変更ってどうするのさ、クア姉?】
【なのはお嬢様の意識だけを覚醒させておいて頂戴】

 その言葉に、妹は内心で首をかしげる。

【意識だけ? それで良いの?】
【それだけで問題ないわ。それ以外の手出しは必要ないから】

 騎士クラウスなら、確実に来訪者の少年を倒すだろう。
 実力差がありすぎるので殺害には至らないかもしれないが、それで十分だ。助けに来たはずの少年は無様に血の海に沈み、自分は女としてとてもとてもおぞましい体験をする。
 ああ、可哀想ななのはお嬢様。どれだけの絶望が心に刻み込まれる事でしょう。

 絶望に打ちひしがれる高町なのはを想像し、女は暗く笑う。
 その笑いは銀色の緞帳に遮られ、誰の目にも届く事は無かった。



[12318] A’s第8話(4)
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:9f18423d
Date: 2010/07/24 20:03
A’s第8話(4)



 わ、我ながら無茶をしたものだ。

 小型次元航行艦の貨物室に滑り込んだ俺は、安堵の溜息を付く。
 密輸銃器の摘発に何度か立ち会ってるし銃撃戦の経験もあるけど、弾幕の中を突っ込むなんて経験は初めてだ。
 船に連れ込まれるなのはを見て頭に血が上ってやってしまったが、出来れば二度としたくないものである。

 さて、ゆっくりと休んでる暇なんてない。
 この船で逃げるつもりなんだろうけど、もしかすると時の庭園から距離を取って個人転移なんて可能性もある。召喚魔導師でもない限り大きな荷物を運ぶ事は出来ないが、女の子一人ぐらいなら余裕だろう。
 これをやられると、管理世界の探知網内でも追跡は難しい。もっとも、見たところ軍船じゃないから、長距離転移用の転移装置なんて便利なものは無いと思うけど……。

 俺は立ち上がりながら装備を確認する。
 俺が持たされていたカートリッジの予備マガジンは2つ。はじめから装着していた分を含め3つ。P1SCのマガジンは3連装で、ここに来るまで4発使ったから残り5発……。
 まぁ、今まではカートリッジ無しでやってきたんだし、何とかなるか。

 さてと、まずなのはのいる場所を確認しないと……。俺は船の構造を探るべくサーチャーを飛ばそうとする。
 しかし……。

「見つけたぞ!」
「侵入者はこっちだ!」

 どやどやと、銃火器を持った連中が、貨物室にやってくる。
 そりゃ、アレだけ派手に進入すれば気が付くよな。ゆっくり進入しているような時間が無かったとはいえ、これは少しばかりピンチだ。
 やってきた連中の中から俺とそれほど年の離れていない騎士が少し驚いた顔で出てくる。

「あんたは確か、騎士クラウス?」
「君は、たしかヴェロッサと一緒にいた……?」

 ここでわずかとはいえ知った顔の登場……、特に一回は肩を並べて戦った人が敵に回るってのは正直最悪な気分だ。

「ツチダ空曹だったね。高町なのはを追ってきたのは君だったのか」
「ええ、そうです。時の庭園の通信妨害は解除されました。誘拐……いや、一連の事件は管理局が把握する事となりました。これ以上罪を重ねるのは止めて、武器を捨てて投降してください!」

 実際、誘拐事件……いや、聖王教会がテロリストと組んでいる事は管理局の知るところとなっている。
 状況的に考えればこんな投降勧告なんて無意味というか……。

「そうか……。だが、降伏は出来ない。君こそこの数相手に何が出来る? 降伏したまえ、悪いようにはしない」

 やっぱ無駄か。動揺するかなと思ったが、兵士達の銃口はしっかりとこちらを向いたままだ。
 どういう計画でやってるのかは知らないが、この程度は覚悟済だろう。

「誘拐の現行犯です。なのはを……攫った女の子をすぐに返すんだ!」
「それは出来ない。もう一度言う、降伏するんだ」

 俺の言葉に、騎士クラウスが答える。もっとも、彼も俺が降伏するなんて考えて無いだろう。念のための確認という奴だ。
 俺だって彼らが降伏するとか、素直になのはを返すとか考えていない。
 互いに緊張が高まる。俺はフォースセイバーを、騎士クラウスは槍型のデバイスを構える。

「降伏しませんか」
「当たり前だ」

 少なくとも、ドクター・スカリエッティが絡んでいる以上、俺に降伏という選択肢は無い。
 絡んで無くても、なのはを助けないなんて選択肢はもっと無い。

「仕方ないか。お前たちは後退して、隔壁を閉鎖。そのままその場で待機だ」
「了解です、騎士クラウス」

 騎士クラウスの命令に従い、兵士達は入ってきた入り口から消えていく。
 俺を説得しよう……ってわけじゃないよな。貨物室という狭い空間で、表は次元の海だ。さらに白兵戦主体のベルカの騎士なら、銃による援護なんて邪魔なだけだろう。
 うっかり壁に穴でも空けたら、大変な事になってしまう。俺たち魔導師はバリアジャケットを纏っているから次元空間内でも平気だが、一般人が飛び出したら防護服を着てない限り生きていけない。

「本当に降伏する気は無いんですか? 事件は管理局の知るところになりました。アコース査察官が悲しみますよ」
「ロッサは関係ない! それに、君さえ拘束すれば誘拐事件は無かった事になる。高町なのはは時の庭園の戦闘で行方不明扱いで終わるんだ。そういうところからの命令なんだよ……」

 うわ、なんか、スカリエッティ博士がらみかと思ったら、それより上の所からの命令っぽい。
 実在しているかどうか知らないが……最高評議会……、じゃないよな。命令系統が違いすぎる。となると、聖王教会のトップクラスからの命令か……。
 しかし、そうなるとますます誘拐の理由がわからなくなる。
 才能は豊かだが、魔導師としてのなのはは特筆するべき点はそれほどない。オーソドックスなミッドチルダ式魔導師だ。

 まぁ、グダグダ考えても仕方ないか。どうせこの場ではそんな事は関係ないしね。
 彼がなのはを解放して管理局に投降する意思が無い以上、彼を何とかしない限りなのはは助けられない。

「最後のチャンスだ。降伏しろ、ツチダ空曹」
「あなたこそ投降するんだ。逃げ切れないぞ、騎士クラウス」

 互いににらみ合い、魔力が高まる。
 そして、先手を打って動いたのは俺だった。



 * * * * * * * * * * * * * *



 計画が管理局にばれた段階で、計画は破綻していた。
 恐らくは自分達は騎士アルフォードの配下として全員逮捕されるであろう。仮にヴァン・ツチダを拘束してもその結果は変わらない。
 そんな事は、クラウスにもよく分かっていた。

 仮に現在持っている管理局理事の地位を失ったとしても、聖王教会における彼の地位に揺らぎは無い。
 仮に自分達が全員逮捕されたとしても、自身には何の痛痒も無い。そういう存在なのだ、ソナタ枢密卿は。

 結局、もとからこうなる運命だったのだ。ヴェロッサや騎士カリムに出会ったのが、悪い夢だったと思うしかない。

 顔見知りと戦う事、さらにはその相手が親友の知人である事を考えれば、最悪の気分だ。
 噂に寄れば、彼はハラオウン執務官の一番弟子らしい。そんな少年を打ち据え幼い少女を攫う。
 さらに、転生者としてみてみれば、彼の行動は物語の決定的な崩壊を意味する。これから起こる幾つもの事件に対応する主役がいないのだ。枢密卿が何故高町なのはを欲するかは分からないが、非合法な手段を用いるのだから恐らくは碌な目的ではないだろう。
 クラウスは自嘲の笑みを浮かべる。もはやヴェロッサやカリムには顔向けできない。

 だが、これが自分の選んだ道なのだ。転生者だろうが、なんだろうが、この世界の仕組みには逆らえない。

「最後のチャンスだ。降伏しろ、ツチダ空曹」
「あなたこそ投降するんだ。逃げ切れないぞ、騎士クラウス」

 互いに最後の警告を発する。
 皮肉な話だ。物語に存在しない二人が、物語の主人公をめぐって戦いを起す。いや、それほど綺麗なものではないか、所詮自分は誘拐犯だ。
 だが、彼が高町なのはとどのような関係か知らないが、自分にだって譲れないものがあった。守るべき家族が、兄弟が、仲間がいる。ここで捕まるわけにはいかないのだ。

 互いににらみ合い、魔力が高まる。
 先に動いたのは、ヴァンであった。圧倒的に力量差で劣る彼は、主導権を握られたら勝てないと考えたのだろう。低空で浮遊し、後方に下がりながら魔法弾を連射する。
 誘導はともかく、連射性能は大したものだ。

 だが……見える。

 彼の持つレアスキル『未来察知』の導きに従い、全ての魔法弾を余裕を持って避けヴァンに肉薄した。



 * * * * * * * * * * * * * *



 全部避けられた!?
 取り立てて早いわけじゃ無いが、騎士クラウスは的確な動きでシールドを張る事無く魔法弾を全て避けてしまう。
 そして、そのまま肉薄すると槍で突いてきた。
 俺は何とか避けようと身を捻るが、騎士クラウスは思い切った踏み込みで槍を振るう。穂先はまるで俺の動きを察していたかのごとく俺に迫ってくる。

 避けきれない!

 俺はそれを悟ると、左肩を突き出し肩に槍を食い込ませる。胸を貫かれるよりはこちらがマシだ!
 そして刺さる一瞬に、P1SCで切り払う。
 鈍い痛みと共に、左肩から鮮血が吹き出す。

「避けたかっ! でもっ!」

 次々に槍を繰り出してくる騎士クラウスに、俺は為す術もなく切り裂かれる。
 どの攻撃も早いわけじゃないのだが、的確に俺のいる位置を狙ってくるのだ。避けれる攻撃が一つもない。
 こうなると、次善の策をとるしか無い。急所に当たりそうな攻撃だけをシールドとP1SCで防ぎ、致命傷にはなりそうも無い攻撃は放置する。 
 あちこちが切り裂かれ、痛みで動きが鈍る。

 ってか、このままじゃ押し切られる。多少のダメージを覚悟しても距離をとらないと……。
 俺はフォースセイバーを構えると、爆破をしようとする。

「ブ……」

 俺がここまで呟いたその瞬間、突如騎士クラウスは大きく後ろに下がる。
 ってまずい!?

「レイク」

 俺の呟きに、フォースセイバーが大きな音を立てて爆発する。俺は大きく吹き飛ばされると、コンテナの一つにぶつかる。
 この爆発で距離を取るつもりだったんだが、巻き込まれたのは俺だけだった。自爆しただけだな、これじゃ……。

 俺は痛みと眩暈を堪えながら何とか立ち上がる。
 一方の騎士クラウスは距離を取ったまま、こちらをじっと見ていた。
 戦闘開始から約1分。それだけで俺は満身創痍で、全身から出血をしている。特に最初の一撃を受け止めた左肩の痛みはひどい。痛覚遮断をしてこの痛みだと、骨にひびくらいは入ってるかもしれない。

 こっちはこの有様なのに、あちらはまったくの無傷だ。
 まぁ、何時もの事だと、俺はくじけそうな心に活を入れた。



 * * * * * * * * * * * * * *



 1分。

 『未来察知』の作動時間内に仕留め切れなかったのは久しぶりである。
 事前に与えられていた資料によれば、彼のランクは確か空戦Cだったはずだ。それなのに仕留め切れなかったという事は、あの年齢にして相当の修羅場を潜り抜けてきたという事だろう。
 実戦経験という点で、騎士団は管理局に到底及ばないという事か。

 強力無比に見える『未来察知』であるが、使い方を誤れば途端に弱体化を招く暴れ馬のような能力だ。
 例えばクラウスは数秒先の未来まで見えるが、その実大雑把にしか見ていない。その気になれば詳細な部分まで見えるのだが、そこまでやると無数の選択肢の全てが見えてしまい、とてもではないが情報処理が間に合わない。
 見える先が最大でも数秒なので戦闘以外の使い道に乏しく、戦闘にしても大雑把な未来予知しかできない。そのくせ集中力を欠くと極端に精度が落ちる。
 さらに、相手の咄嗟の反応にも完全には対応しきれない。特に戦い慣れたベテラン相手だと、手痛いしっぺ返しを食らう事もしばしばだ。

 それでも、特に白兵戦においては無類の強さを持つレアスキルなのには変わりが無い。

 とりあえず、次の『未来察知』の使用可能時間までは少し間がある。
 あの出血と傷だ、無理にこちらから攻める必要はあるまい。



 * * * * * * * * * * * * * *



 まだ立てるし、まだ動ける。

 今の攻防……ってか、一方的にやられていただけだが、とにかく分かった事は二つ。騎士クラウスはクロノさんやなのはレベルで強いという事と、足捌きから見て陸戦魔導師だって事ぐらいだ。どっちもあんまり役に立たないか。
 天井の低い貨物室では、陸戦魔導師相手でもそれほど有利にはならない。
 とはいえ、俺が勝ってそうなのはその一点だけだ。なら、それで攻めるしかない。

 俺は空中に浮かび上がると、フォースセイバーを発動させ、騎士クラウスに突撃をする。

『Flash Move Action』
「その出血で、こんな狭い空間で高速移動魔法だって!? 正気か!!」
「正気だよ、こんちくしょう!」

 罵声を上げながら俺は突っ込む。確かに、大量に出血している時に身体に負担が大きい高速移動魔法なんて正気の沙汰じゃない。
 とはいえ、正気で勝てる相手じゃないならやるしかないだろう。
 なにより、命に代えてもなのはを助けなきゃならないのだ。

 俺は常人では目にも止まらない速度で飛び回り、騎士クラウスに斬りつけた。
 この攻撃に流石の騎士クラウスも対応しきれず、何度か俺の攻撃を喰らいよろける。
 もっとも、俺だって無傷じゃない。
 出血しながら高速で飛び回るんだから、血がますます流れ出る事になる。狭い室内、しかも戦闘中の高速移動魔法は制御を失敗すれば大惨事だ。怪我と極度の緊張で集中力がどんどんと低下していく。

「うわあああああああああっ!」

 だが、それでも俺は止まらなかった。
 獣のように雄叫びを上げながら、高速で騎士クラウスに斬りつける。
 これなら行ける。そう思ったその時だった。

「そこっ!」
「……えっ!?」

 高速で飛び回っていた俺の目の前に、突然槍の穂先が現れる。
 いや、騎士クラウスが俺の軌道上に槍を置いたのだ。

 ちょっとまて、高速移動中の魔導師の進路を読むだって!? クロノさんじゃあるまいし、そんな非常識な真似!?
 俺はその槍を回避することが出来ず、正面から衝突してしまう。咄嗟にP1SCを前に突き出し防御をする事により、串刺しになる事だけは避ける。もっとも、串刺しを避けただけで、無理な機動変更と衝突の衝撃に勢いよく跳ね飛ばされ、天井を突き破り上のフロアの天井に衝突。そのまま転がり落ちた。
 ぜ、全身がいてえ……。

「し、しまった!」

 下の貨物室から騎士クラウスの声が聞こえる。あんだけ見事にカウンターをしておいて、しまったってなにさ。
 俺は朦朧とする意識で立ち上がり、周囲を見渡す。

 そして、俺は呆然と呟く。

「なのは?」

 そう、そこには見たことも無い術式のバインドに縛られ椅子に座らされたなのはがそこにいた。
 相変わらず表情はうつろだが、見たろころ傷は無い。胸元でチカチカ輝いているのはレイジングハートか。反応を見せない主に必死に呼びかけているのだろう。

「なのは……」

 なんだ……、こんな傍にいたのか……。
 俺はのろのろとなのはの傍に近づく。

 やべえ、こんな状況なのに、なのはの顔が見れて嬉しいや。
 PT事件のときも似たような状況があったけど……。

「助けに来たよ、なのは」

 返事がないと分かっていながら、俺はなのはに語りかける。
 ぱっと見なので詳しいプログラムは分からないが、催眠系の術式が混じっているっぽい。あのバインドは身体だけじゃなくて精神の活動を縛っているのだろう。

 なのはの顔を見たことで、少しだが冷静さが戻ってくる。

 いや、本当に冷静さを欠いていたな。
 小型の次元航行艇は貨物室のすぐ上が乗客室なのが一般的なんだから、いたっておかしくは無い。そんな単純な事に気が付かなかったなんて。
 そもそも冷静に考えていれば船に飛び乗らなくても、小型次元航行艇……しかも、軍用船じゃないのならカートリッジを使えば外壁に穴を開ける事ぐらい出来たはずだ。
 そうすれば、船の出航は出来ないわけで、足止めが出来たはず。

 なんか、なのはが攫われたって聞いて、よっぽど気が動転していたっぽい。
 俺みたいな力の弱い魔導師は頭を使って出し抜かなきゃいけないのに。

「ツチダ空曹」

 床に開いた穴から騎士クラウスが登ってくる。
 彼は俺となのはを見ると、再び降伏勧告を口にした。

「降伏するんだ、ツチダ空曹。これ以上の出血は危険だ。実力差がありすぎる事ぐらいわかっただろう、君に勝ち目は無い」

 実力の差なんて端から分かってるよ。

「やだね」

 ややぞんざいな口調だが、これは勘弁してもらおう。出血と痛みでそんな事を取り繕う余裕が無いのだ。

「俺はなのはを連れて帰る」
「そんな事が出来ると思っているのか! 実力差が分からないわけじゃないだろう。いや、そもそもこの命令は……」
「上から来ているって? 聖王教会のお偉いさん……しかも、トップクラスの誰かだろう」
「知って……」
「貴方が口を滑らした事から推測したんだけど、当たってたみたいですね」

 俺の言葉に、騎士クラウスはこちらを睨みつける。

「そうだ、君の言う通りだ。仮にここを切り抜けても、次はもっと悪辣な手で彼女を捕らえに来るかもしれない。君だって分かってるだろう、聖王教会という組織の力を!」

 彼の言う事は間違いじゃない。聖王教会の力は絶大で、管理局といえども彼らの意向を無視できない。
 管理局に出資者で理事席を持っているというのもあるが、それ以上に宗教組織としての力が大きすぎるのだ。信者数を背景とした財力や情報網は馬鹿に出来ない。局員にだって信者は多いし、独自戦力の騎士団も強大だ。
 俺みたいな木っ端役人の首なんて、瞬時に飛ばせるだろう。

「知ってるよ。でもさ、それが何?」

 俺の口調が癇に障ったのか、騎士クラウスは声を荒げる。

「何じゃない! 大きな力には結局勝てないって分からないのか!」

 んなもん、分かってるよ。でもさ……。

「そんな事関係ないさ。
 俺はなのはの事が好きだから。相手が何であっても、俺はなのはの事を守る」

 我ながら陳腐な台詞だ。そういや、前にも似たような事を言ったっけ。
 まったく、俺って奴は成長が無い。
 でも、あの時と少し違う。
 ああ、そうなんだ。俺はこんなにもなのはの事が好きなんだ。同じ世界で生きる人間として、ずっと彼女の友達でいたいんだ。

 言葉を口にしたとたん、胸の中でわだかまっていたものがすっと溶けてゆく。

「そっか。俺はなのはの事が好きなんだ」

 もう一度俺は同じ言葉を口にする。
 ふと、少し前の喧嘩の事を思い出して可笑しくなった。
 ああ、そうか。あれはただ彼女に八つ当たりをしていただけなんだ。
 頭ごなしに、同じ言葉を繰り返すなんて馬鹿げている。あんな言い方じゃ小さな子供だって反発するだけだ。まして相手は頑固者のなのはだよ。そんな事をすればこじれるなんて俺は知っていたはずじゃないか。
 傍に居たいって思ってるのに、無理に遠ざけようなんて考えて喧嘩をして。そりゃ、姉ちゃんやユーノが呆れるわけだ。

 冷静になって考えれば、能力的に今の俺となのはが同じ事件に関わるって事はありえない。前回や今回の事件が異常なだけで、俺と一緒にいると危ないんじゃないかなんて考え事態がトンチンカンなのだ。
 天才たちに囲まれて、のぼせ上がっていただけなのかもしれない。
 危ない事は極力しないで欲しいというのは変わらないが、なのはの人生をとやかく言う権利は無いはずなのに。少し先を知っているからなんだって言うんだろう。

「好きだからって……そんな青臭い子供の台詞」

「子供で悪いか! 俺はなのはが好きだから、俺はなのはを守る! 相手が聖王教会だろうと何だろうと、俺の邪魔はさせない!」

 3度目の叫びをあげる。身体は痛い。出血が酷い。相手は強い。でも、不思議と力が漲ってきて、今まで止まっていた頭が回転を始める。
 それと同時に、今まで気が付かなかったことに気が付く。周囲の状況、俺の勝利条件、騎士クラウスの苛つき。

 俺のいるところは、次元航行艇のゲスト室だろう。かなり広い部屋で、壁の窓から次元の海と時の庭園が見える。
 次に勝利条件。そもそも、あんな強い魔導師と戦う必要は無かったんだ。なのはを無事に助け出せればいい。なんとかアースラに連絡をしてこの船を拿捕するか、なのはを転移回収してもらえばそれでクリアだ。この船には何らかの対策がしてあるだろうが、それさえ何とかしてしまえばいい。

 そして、理由はわからないが騎士クラウスは苛ついている。
 俺の意外な抵抗に……違うな、そういう雰囲気じゃない。思い出してみればアコース査察官の名前が出てきたあたりから、雰囲気が変わっていた。
 あるいは少し前の俺と同じように、自分の境遇と俺を重ね合わせているのかもしれない。
 だとしたら……俺は何も出来ない。
 偉そうに説教など出来る立場じゃないし、やって良いとは思えない。自転車泥棒に拳骨を食らわせるわけじゃないのだ。多分、俺には何かを言う資格は無いし、問われてもいない他人が偉そうに正論を言っても空しいだけだ。もし言って良い人がいるなら、それはアコース査察官だけだろう。
 俺がやって良いのは、俺のやりたい事をぶつけるだけだ。

 俺の頭の中で一つのプランが立ち上がる。
 かなり無茶な手だが、恐らくは俺が勝てる唯一の策。必要なのは、勇気だけだ。

「なのはは返してもらうぞ!」

 俺は失敗の恐怖を振り払うべく叫び声を上げる。
 一方の騎士クラウスは阻止するべく、怒声を上げて突っ込んできた。

「させるかっ! 僕にだって負けれない理由があるんだ!」

 でも、動きが荒い。
 俺は高速移動魔法を発動させると、全速力で部屋の隅まで逃げる。彼から大きく距離を取り、カートリッジを1発使用した。

「カートリッジか」

 次の攻撃を警戒し、騎士クラウスは身構える。
 だが、俺が使ったのは攻撃魔法ではなかった。

『Sphere Protection』

 PT事件の際、ユーノから習って……結局魔力不足で使えなかった防御魔法を発動させる。
 なのはの周囲を球状の防壁が覆う。
 これなら、無理に破ろうとしない限り、数時間は誰もなのはに手出しは出来ない。なのはの安全はこれで保障できる。

「防御魔法?」
「派手にやるからね。勝負だ、騎士クラウス!」

 俺はそう叫びながら、デバイスから光の刃を消す。
 カートリッジをさらに一発使い、俺が出せる最大火力の魔法を発動させる。
 それがどんな魔法か悟ったのだろう。騎士クラウスは驚きの表情を浮かべた。阻止しようとして動くが彼の移動速度だったら俺の魔法発動の方が速い。

『Blaze Cannon』
「船内で砲撃だと!? 正気か」
「正気だって言ったろう! 撃ち抜けぇぇぇっ! ブレイズキャノン!」

 俺の叫びと共に、青白い閃光が騎士クラウスに迫る。
 下手に回避すれば船を傷つける。騎士クラウスはその場で足を止め、シールドを発動させる。
 シールドと砲撃がぶつかり火花を散らす。
 このままなら、地力で勝る騎士クラウスが砲撃を防ぎきるだろう。だけど……。

「なっ!」
「でええええいっ!」

 騎士クラウスが驚きの声を上げる。無理も無い、発射した砲撃の軌道を、強引に変えたのだから。
 青白い砲撃はそのまま騎士クラウスのシールドから外れ、次元航行艇の壁をぶち破る。

 船の壁に大きな穴が開き、次元の海が姿を現す。
 次元の海は、人間が作った篭の中身を強奪するべく、その牙を剥く。
 空気が、調度が、船外に吸い出される。警告音がけたたましく鳴り、この部屋の入り口の隔壁が下りおる。

「船の壁に穴を開けるなんて!? 正気か!?」

 騎士クラウスの叫びはある意味当然だ。次元航行艇の壁を破るなんて正気の沙汰じゃない。

「3度目だぜ! 正気だってな!」

 吹き荒れる突風に、騎士クラウスは槍を床に刺し何とか耐えようとする。
 一方の俺は、突風に身を任せた。

「あっ……しまった!」

 突風に身を任せたのは俺だけじゃない。結界に包まれたなのはもまた、突風に流され船外に吸い出される。
 普通なら吸い出されたら一巻の終わりだが、そうならないよう事前に結界を張りなのはを守ったのだ。

「なのはは確かに返してもらったぞ!」

 俺はなのは入りの結界の傍に行くと、このまま押し出す。
 あとは船の探知妨害圏内から脱出すれば良いだけだ。だが、諦めないって言うのなら騎士クラウスも同じだった。

「逃がすかっ!」

 俺達が船外に脱出したのを見るや否や槍を構え飛び上がる。
 だが、その動きは緩慢だ。俺がこの脱出を決意した理由がこれだ。彼に対して俺が勝っているのは、空戦の能力だけだろう。
 攻撃は一切回避できず、攻撃は尽く外れる。同じ土俵では戦っては絶対に勝てない。

 そんな相手にどうやって出し抜くか。
 簡単だ。俺の土俵に引きずり込めば良い。それで勝率が劇的に上がるわけではないが、0よりはマシになる。

「近づかせるか!」

 俺はデバイスを前に突き出すと、フォースショットを連射する。
 だが、騎士クラウスは魔法弾を槍で弾きながら肉薄してきた。槍と光の刃を失ったデバイスが交差する。

「ツチダ空曹、覚悟! 烈風一迅!」

 魔力を乗せた斬撃を振るう。
 肩口に、槍の穂先が食い込む。

 そして……。

「えっ?」

 騎士クラウスの口から、惚けた声が漏れる。
 そりゃそうだろう。光の刃を失ったはずのデバイスが、彼の胸元に刺さっているのだから。
 俺は苦痛に堪えながら、最後の魔法を発動させた。

「あんたが何を背負ってるのか知らないが、俺の邪魔はさせない! フォースセイバー、フルドライブ!」

 俺の叫びに呼応し、最高の一撃を放つために姿を隠していたフォースセイバーが再び出現する。

 冷静になって考えれば、彼のカウンターは異常だった。
 攻撃は常に俺を追尾し、回避は常に成功する。シールドすら必要としない。そんな事可能だろうか? さらに、病院での戦闘では高速移動に対応できていなかったはずなのに、今回は対応して見せた。
 クロノさんにしても、完封モードに入るまでは防御魔法を駆使して戦うし、俺やフェイトの高速移動に対応するのは基本的に出始めか終点でだ。クロノさんでも、高速移動中の魔導師は捕らえきれないと言っていた。

 そこで、俺は一つの仮説を立てた。騎士クラウスは見て対応できる超反射神経の持ち主なんじゃないかと。
 まぁ、この仮説は当たって無くても遠からずだろう。見えない光の刃をいうトラップにはまった所を見ると……。

 無論、普通にやっていては、見えない刃と言えども当たらなかっただろう。
 だが、彼は俺がなのはを助けると言ったあたりから明らかに冷静さを欠いていたし、無理やり空戦に引きずり込む手段が俺にはあった。
 勝率1割に満たない、しかも外れれば後が無い危険な賭けだったが、俺はその賭けに勝ったのだ。

「う、うおおおおおっ! 負けれるか!」

 だが、胸の中央を貫かれながらも、騎士クラウスは槍を振りぬこうと力を込めてくる。槍のカートリッジシステムが稼動し、槍に強力な魔力の輝きが宿る。
 ホント凄いよ、この人。
 だけど、俺も負けない。

「それはこっちだって同じだ! カートリッジリロード、全弾持っていけ!」

 俺はマガジンを入れ替えると、残ったカートリッジの全て注ぎ込む。
 デバイスが音を立てて稼動し、空薬莢が3つ排出される。
 槍が深くめり込み、骨にひびが入る嫌な音が耳に届く。
 それと同時にフォースセイバーがひときわ強く輝く。
 
「うおおおおおおっ!」
「うわあああああっ!」

 もはや言葉にならない叫びを、俺達二人は上げる。
 そして、勝負がつく。

 フォースセイバーの輝きが、騎士クラウスの意識を刈り取ったのだ。

「俺の勝ちだ……」

 意識を失った騎士クラウスに向かって、俺は小さく呟いた。



 とと、こんな事をしている場合じゃない。
 俺は気を抜くと意識を失いそうな痛みを発する身体に鞭を打って、なのはの元にたどり着く。
 胸は上下している。よかった、無事だ。

「レイジングハート、聞こえているか?」
『Yes』
「主じゃなくて悪いが、救難信号を発信してくれ。近くにアースラがいる」
『All right』

 俺はレイジングハートが点滅するのを見て、騎士クラウスに向かってバインドを飛ばす。
 弱々しいバインドで、抵抗すれば瞬時に破壊されるようなものだったが、どうやら抵抗は無いようだ。

 あっと、フィールドで包んでおかないとな。意識を失ったからといってすぐにバリアジャケットが解除されるわけじゃないが、念の為ってやつだ。
 俺がそう思い、首を上げる。

「えっ?」

 俺は信じられないものを目にし、惚けた声を上げた。

 誰が予想するだろうか。時の庭園をすっぽりと覆うほどの巨大な三角形の魔法陣の存在なんて。一辺がどれくらいの長さなんだよ、あれは!?
 って、時の庭園が魔法陣に飲まれている? あ、いや、違う。アレは、転移魔法陣!?

 時の庭園ごと転移だって?

 俺が魔法陣の正体に気がつき驚きの声を上げるとほぼ同じタイミングで、P1SCが警告音を発する。

「って、何!? 魔法陣に引っ張られている?」

 良く見れば俺達だけじゃない。今しがた脱出したばかりの小型次元航行艇も、魔法陣に引っ張られている。
 船ですらそうなのだ。生身で次元空間に飛び出した俺達など逃げれるはずも無かった。

 俺となのは、それに騎士クラウスはその巨大魔法陣に引っ張られ、いずこかの世界に転移を果たす。





「ここは……」

 真っ先に感じたのは、潮の匂いだった。
 周囲を見渡せば、確かに海だ。
 何処かの海岸線に、俺達はたどり着いていた。 少し離れた沖合いににょきっと突き立っている次元航行艇がかなりシュールだ。
 いや、それ以前に空に浮いているのは……時の庭園か。

「なのはは?」

 もっとも、探す必要すらなかった。
 よっぽど気が動転していたのだろう。しっかりと抱きしめたままだった。

 転移の衝撃でバインドも解けている。

 良く見れば、騎士クラウスも少し離れた場所に倒れていた。

 周囲がやや薄暗い……。これは封時結界かな?

 俺はさらに周囲を確認する。
 海岸線の公園……。海に突き出した洒落た桟橋が見える。って、その光景は凄い見覚えがある。
 というか、絶対に忘れない光景だよな。

「ここって、海鳴市?」

 そう、俺達が転移したその場所は、俺がほんの前まで過ごしていた町だった。
 そしてこの町が、“闇の書事件”の最後の舞台となる事を俺はまだ知らない。



[12318] A’s第9話(1)
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:9f18423d
Date: 2011/08/08 23:15
A’s第9話(1)



「A班、取り残された一般職員3名を救出しました。内1名は重症」
「すぐに回収、医務室に!」
「C班、テロリストと交戦に入りました!」
「クロノ執務官は?」
「現在プレラ・アルファーノと交戦中です!」

 お世辞にも良い状況とは言えないが、それでも状況は好転しつつある。
 次々に送られてくる時の庭園内の状況に対し指示を出しながら、リンディは手元のモニターに目を通した。そこにはヴェロッサから送られてきた聖王教会強硬派の犯罪の記録が克明に記されていた。

 贈賄など可愛いもので、テロリストの囲い込みや銃器の密輸、使用禁止魔法の盗難、さらにはドクター・スカリエッティとの取引記録もあり、どうやら事故で死亡した騎士達の遺体引き渡していたらしい。
 さらにこちらは犯罪ではないが、ユニゾンデバイスを独自に隠匿、研究していたようで、どうやら闇の書の修復に当てる予定だったようだ。

「ねえ、レインさん」
「なんでしょうか?」
「ちょっと見て欲しいんだけど、これは可能かしら?」

 そう言うと、ブリッジに来ていたユニゾンデバイスであるレインに資料の一部を見せた。
 資料に目を通したレインは少しだけ眉をひそめると、溜息混じりに答える。

「理論上は可能ですが、実際は不可能でしょうね」

 彼らの計画では、闇の書が起動した瞬間を狙い暴走状態の管制人格を破壊、用意したユニゾンデバイスを管制人格に摺りかえるというものだった。

「確かに私達管制人格は本体である書とは完全に同一ではありませんから、別の管制人格を宛がえて再生する事も可能です。ですが、暴走状態の夜天の書の管制人格を破壊できるかどうかが一点、仮に破壊できたとしてもユニゾンデバイスが書のデータ処理できるかどうか分かりません。
 仮に調整してデータ処理が可能だとしても、改造された夜天の書を見本も無しに調整しているのですから、上手くシンクロできる可能性は低いでしょう」
「マリーやユーノくんの見解と同じね」

 事前に資料を見せた二人も、レインと同じ回答を出している。そもそも、無限再生機能が働いている管制人格を破壊できるかどうかすら怪しいのだ。
 無論強硬派の研究者もこの危険性は十二分に理解し、現時点では不可能、サンプルを確保した上で年単位の研究が必要と指摘していたらしい。だが、闇の書を独占するという上の決定に逆らえず、奪取を強行する形となった……と、調書では締められている。

「急がないと拙いわね。もし暴走したら……」

 最悪、夫を亡くしたあの事件の再現を、自らの手で行なわなければならないかもしれない。
 時の庭園にいる皆、特に子供達の安否が気になる。リンディは一段と焦燥を強くした。





 ユーノと少女の戦いは決め手に欠けるまま、ただ時間だけが過ぎていった。
 少女がワンアクションで使用できる数のスティンガーではユーノの防御は破れず、ユーノの低い攻撃力では少女に有効打は与えられない。
 もっとも、どちらにしても無駄に攻防を重ねているわけではない。互いに相手を圧倒できる決め手を打つべく相手の隙をうかがっていた。


 無数のスティンガーによる爆発が、あたりの空気を振るわせる。
 だが、その爆発はユーノの防壁に防がれてしまう。
 もう何度か行なわれた攻防だ。ユーノは肩で息をしながら、牽制のチェーンバインドを飛ばす。

(そろそろか)

 少女はそれを回避しながら内心で呟く。
 半人半機である自分と違い、ユーノは生身の人間で、人間ゆえの限界が必ず存在する。疲労もその一つで戦闘機人の自分よりも体力が少ない。
 疲労すれば魔力、集中力共に低下。こちらが仕掛けたトラップにもかかりやすくなる。
 少女は最後の仕掛けをするべく、限界までスティンガーを呼び出した。



 ユーノの中で若干の焦燥が生じる。
 既に相手を攻略する方法は見つけているが、とにかく隙が無い。隙を見つける前に、こちらの体力が切れてしまう。
 何とか状況を打破しなければ……。

 少女が再び多数のナイフを投擲する。
 ナイフを叩き落すべく再び防壁を張ろうとした。だが、次の瞬間予想外の事が起こる。
 ユーノの頭上で、突如爆発が起こった。

「天井!?」

 驚きの声を上げるが、変化はそれだけでは終わらない。床のあちこちでも立て続けに爆発が起こる。
 だが、この程度では自分の防御は貫けない。それは彼女もわかっているはずだ。

「いや、防壁を抜く気は無いのか!?」

 ユーノは相手の意図を悟る。
 相手は自分を生き埋めにするつもりなのだ。防壁を貫けないのなら、防壁があっても無くても関係ない状態に持っていけばいい。

「しまった!」

 足元が崩れる。飛行できるユーノではあるが、上下左右から降ってくる大量の瓦礫と、次々に投擲される爆発するナイフに動きを制限される。
 やがて、限度を超えた結界は縮小し、瓦礫の山にユーノの姿は飲まれていった。



「終わった……」

 瓦礫に飲み込まれたユーノを見て、少女はポツリと呟く。
 あれほどの使い手だ。この程度では死なないだろうが、暫くは動けまい。殺さないように仕留めるのは骨だった。もし相手にもう少し攻撃力があったらと思うとゾッとする。
 この戦いは自分にとってもいい経験になった。

 だが、少女の安堵は少しだけ早かった。

「チェーンバインド!」

 突如、壁の一角からチェーンバインドが飛んでくる。
 少女は軽々とそれを回避した。

「壁越しの攻撃など……なにっ!?」

 だが、そのチェーンバインドは彼女を狙ったものではない。チェーンバインドは次々に周囲の壁や天井を貫いてゆく。気がついたときは少女はチェーンによる結界で囲まれていた。

「まさかっ!? 同じ事を考えていた!?」

 少女が相手の意図を悟るが、その時はもう遅かった。
 チェーンバインドが一気に動き、壁や天井が高速で迫ってくる。
 スティンガーによる迎撃……否定。瓦礫が細かくなり余計回避が難しくなる。
 シェルコートによる防御……否定。ダメージは防げるが、動けなくなる。
 スティンガーとシェルコートによる脱出路の形成……保留。脱出は可能だが、自らも大きなダメージを負う。
 ユーノ・スクライアにとどめを刺す……肯定。これが一番確実な脱出方法だ。ドクターの命令に逆らう事になるが、最優先の命令は捕縛されない事だ。

 少女はそう考えると、ユーノにとどめをさすべく、瓦礫の山を崩そうとする。
 だが……。

「いない? まさか、あのタイミングで脱出しただと!?」

 少女は人間では知覚できない情報も読み取る事が出来る。そんな彼女の目に、瓦礫の中はもぬけの殻だと移っていた。
 あのタイミングでは逃げる事など出来るはずがない。それなのにどうやって!?

 戦闘機人といっても、ベースとなっているのは人間だ。感情もあれば、人間ゆえの弱点もある。忘却もその一つだ。
 彼女がスクライア一族の事をもう少し意識に留めておけば、この事態は避けることが出来たかもしれない。だが、直接戦闘に関係ない事だったので、彼女は発掘一族スクライアを意識の外においていた。
 それが、勝負の明暗を分けた。

 少女の生身の部分が、驚きのあまり行動を遅らせる。
 少女が驚いている間にも、瓦礫の山は迫る。
 逃げれるタイミングは完全に逸した。少女は瓦礫の山に飲み込まれていった。



「やれやれ、まさか同じ事を考えていたとはね」

 少女が瓦礫の中に埋まり動けなくなったのをしっかりと確認した後、ボロボロになった通路の隙間からフェレットになったユーノが頭を出す。
 確かに、防壁が抜けない相手を生き埋めにするのは、たしかに有効な戦術の一つだろう。とはいえ、それはスクライア一族に対して行なうのは悪手でしかない。
 遺跡発掘を生業とするスクライア一族は、一般に比べ落盤に巻き込まれる可能性が非常に高い。そのため子供の頃から落盤時にパニックにならないようにと心構えを叩き込まれ、脱出する手段を教え込まれる。一族独自の変身魔法もその一つだ。
 そんなスクライア一族出身のユーノを生き埋めにしようとしても、できるはずが無い。瞬時に脱出されるのがオチだ。
 そして彼女がユーノを倒したと思った瞬間が、ユーノにとっての最大のチャンスだった。もしあのタイミング以外でトラップを発動させても、あの少女は回避していただろう。
 相手を倒したと思い安堵したタイミングで、しかも相手が必殺のトラップを自分が分からぬ手段で脱出していた驚きがあったからこそ、成功したのだ。

 ユーノは瓦礫の山が崩れないように、外部を魔法で補強すると、聞こえないと分かりつつも中の少女にこう言った。

「あとは、騒動がひと段落したら管理局の人に回収してもらってください。僕は行かなきゃ」

 そう言うと、ユーノはフェレットのまま走り出そうとする。

 もしもこの時、面倒くさがらず人間の姿に戻っていれば、結果は違っていたかもしれない。
 だが、ユーノは防御力の低いフェレットの姿のままこの場を立ち去ってしまった。そして……。

「えっ!? 光の粒!? これって!?」

 ふと、通路に……いや、時の庭園全体に光の粒子が充満している事に気がつく。

「こ、これは……まさか!?」

 ──なのは、ヴァン……!

 ユーノの最後の言葉は、音にはならなかった。ここで、ユーノの記憶は一旦途切れる。
 これと同じ現象は、時の庭園全体で起こっていた。





 激しい衝撃と共に、プレラは地面に叩きつけられる。さらに追撃の魔法弾が迫ってきた。
 それを転がって回避すると、お返しとばかりに魔法弾をクロノに向かい放つ。だが、それらは全てシールドに弾かれ、防がれてしまう。
 まったく、少し前の自分はどれだけ馬鹿だったのだろう。あの化け物相手に、魔導師ランクが1つ上だというだけで勝てるなどと思い上がっていたとは。魔法は魔力値ではないとは、誰の言葉だっただろうか。
 プレラは自嘲の笑みを浮かべた。

「投降する気は無いのか?」

 立ち上がるプレラに、宙に浮かぶクロノは問いかける。
 そんなクロノに、プレラは笑みすら浮かべながらこう答えた。

「すまんな、悪いがもう少し付き合ってもらおう」

 強い相手はこの2ヶ月で何人も出会ってきた。格下だと思っていた相手に手痛いしっぺ返しを喰らったのも一度や二度ではない。
 大した考えもなしに、修行と銘打って戦場に乗り込んで後悔した事など数えきれない。
 それでも、自分の実戦経験はクロノやヴァンの足元にも及ばないだろう。彼らの機転や戦術を肌で感じるのは、実に楽しいのだ。一戦毎に経験が血肉となっていく感覚がたまらない。

 狂ってる。最近では自分もそう思うようになってきた。
 だが、戦いが楽しいと思い始めている自分を、否定する気にはなれない。

「悪いが、これ以上付き合う気はない。捕縛させてもらう」

 だが、クロノにそんな道楽に付き合う義理はない。今まで以上に攻撃の回転を早め、プレラを捕縛しようと考える。
 一方のプレラは、デバイスを構えながらこう答えた。

「それは困るな。決着を付けたい相手や、確認しなければならない事柄がいくつかある。今捕まるわけにはいかない」

 まだ、捕まるわけにはいかない。ヴァンとの決着もそうだが、彼には確認しなければならない事がある。
 その為に、あのクアットロを名乗る女の危険性を理解しながら、あちらの話に乗ったのだ。まぁ、話を持ってきたトーレは見え透いた嘘はつかないだろうという打算もなかったわけではないが。


「そういったことは、艦で聞こう」
「悪いが、男の誘いに乗る気はない」

 互いの魔力が膨れ上がり、二人の間に緊張が走る。
 だが、二人のぶつかり合いは起きる事がなかった。それよりも早く、時の庭園を謎の光が包む。

「こ、これはっ!?」
「い、一体!?」

 二人が驚きの声を上げる。
 この時二人が並みの魔導師なら、彼らもまた光に飲み込まれ終わっていただろう。
 だが、咄嗟の判断で二人は互いに防壁を展開する。

『クロノくん!』
「エイミィか!?」

 交戦中にもかかわらず通信を開くエイミィに、クロノが尋ね返す。
 彼女との付き合いは短くない。こんな時に通信を入れるとは、よっぽどの事態がおきたという事だ。

『そ、それが……』

 エイミィがクロノに事情を説明しようとする。だが、それよりも早く辺りを包む光が寄り一層強くなってゆく。

『ごめん、クロノくん! 先に回収を……!」
「了解した!」

 これは説明している暇はない。そう判断したエイミィはクロノを強制回収する。クロノも抵抗はしない。
 一方、そういったサポートをしてくれる相手のいないプレラはそうはいかなかった。突如崩落し始める床に巻き込まれる。

「こ、これはっ!? うわああああああああっ!!」

 崩壊する時の庭園に、プレラの悲鳴が木霊する。
 だが、それは時の庭園での戦いの最後の一幕の始まりに過ぎなかった。
 



[12318] A’s第9話(2)
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:9f18423d
Date: 2010/07/24 20:27
A’s第9話(2)



「一体何が……」

 崩れた瓦礫を押しのけながら、プレラは呟く。
 先ほどから連絡を取ろうにも、誰にも連絡が通じない。それどころか、先ほどまで響いていた戦いの喧騒が一切聞こえないのだ。
 まるで時の庭園の全てが死に絶えてしまったような、そんな不気味な錯覚さえ感じる。

「さて、どうするべきかな」

 プレラは呟く。
 あるいはこのまま撤退するべきかもしれない。何か異常事態が起こったに決まっている。命あってのモノダネだ。この様子では報酬も期待できないだろう。
 だが、好奇心が甚く刺激されるのも事実だ。それに、ここまで大掛かりな事態となると、八神はやてと闇の書が絡んでいる可能性が高い。
 最悪の場合、周囲を巻き込んで消滅してしまう。騎士団やテロリストの計画も、こんな事態は想定していなかったはずだ。不測の事態が発生したとしか思えない。



 プレラは少しだけ悩むが、結局は事態を確認するべくアームドデバイスを手に奥へ向かった。
 八神はやての身に何かあったら大変だ。奥で何かが起こっているなら、行かなければなるまい。



 先ほども思ったことだが、時の庭園内部は不気味な様子だった。
 今だ燻る炎や崩れ落ちた調度など、つい先ほどまで戦闘があった様子は残っているのだが、肝心の人間が人っ子一人存在しない。その尋常ではない様子に流石のプレラも息を飲む。

「こんな事なら探知系をもう少し訓練しておくべきだったな」

 この2ヶ月の修行では、主にバインド系や誘導系を独学でやってきた。直接的な戦闘力に関係しない探知系は後回しにしていたのが、後悔先に立たずとはこの事だろう。
 このあたりは今後の修行課題だが、今考える事ではない。
 プレラは逸れそうになった思考を戻し周囲を警戒する。

 かたっ。

 プレラの耳に何者かが動く音が聞こえた。

「誰だ!」

 デバイスを突きつけながら振り向くプレラだったが、相手を見た瞬間にその動きを止める。
 そこにいたのは小さな女の子だった。そう、幼いという意味ではなく、文字通り“小さな”女の子だ。
 その姿に、プレラは思わず呟く。

「ユニゾンデバイス?」
「ひっ?」

 突きつけられた刃に、小さな少女は涙目になりながら悲鳴を上げる。

「すまなかったな」

 プレラは武器を下ろしながら、まじまじと相手の姿を観察する。
 身長は30センチ程度だろうか。赤い髪をツインテールにまとめた気の強そうな女の子で、水着のような服を着ている。背中に生えた悪魔のような羽根がチャームポイントなのだろう。
 咄嗟に出てこなかったが、たしかアギトという名前だったはず。原作ではゼストやルーデシアと行動を共にしていたユニゾンデバイスの少女が何故ここに?
 一方のアギトはプレラの謝罪など聞かずにガックリと肩を落とす。

「畜生、また捕まるのかよ……」
「また? どういう意味だ?」

 聞き捨てなら無い台詞に、プレラが反応した。

「何を言っているんだよ! あたしを捕まえに来たんだろ! 焼くなり煮るなり好きにしろよっ!」
「焼けと言われてもな、こちらはただの傭兵だ。状況を確認しに来ただけだが……」
「どうせ嘘だろ、あたしを騙して」
「騙す意味など無いだろう。捕まえる気ならこんな悠長におしゃべりなどしていない」

 この猜疑心の強いおチビちゃんに、プレラは内心辟易する。
 だが、直に彼女が原作では非合法の実験施設でひどい目にあっていた思い出し、恐らくは今までも信じてひどい目に合い続けていたのだろうと、考えを改めた。
 もっとも、考えを改めるにも出来ることなど……、そこまで考え、とりあえずアームドデバイスを投げ捨てる。

「お、おい、武器を」
「これで良いだろう。別に捕まえる気も何かをする気も無い。どうしてこんな状況になったか確認しに来ただけだ」

 とりあえず、信じてもらわねば話も聞けない。危険ではあるが、ここまで人の気配が無いなら、すぐにどうこうなる事は無いだろう。
 この考えは案外上手く言ったようで、アギトも肩の力を抜くと恐る恐る尋ねてきた。

「本当に捕まえに来たんじゃないんだな、アンタ? あの、騎士団の仲間じゃないのか?」
「ああ、その通りだ」

 若干真実から離れているが、気にしない事にする。
 それに、元々騎士団に直接雇われているわけでもなし、どのみち適当なところで裏切る気でいた。相手もこちらを処分する気でいたようだし、大きな意味で嘘は無いだろう、多分。

「悪いが、何があったか知っている事だけでも良いので話してもらえないか?」

 プレラの言葉に、アギトは短くではあるが、彼女が見た事を口にした。





「ほほほほほ、中々面白い力ですね!」
「うわあああああああっ!」

 アトレーと呼ばれた魔導師の哄笑が室内に響く。
 そのアトレーの内部で魔力制御を行なっていた烈火の剣精は、正直何の感情も抱いていなかった。あえて言うなら、だるい、早く終われ、程度だ。
 機械で無理やりユニゾンさせられ、力を出す事を余儀なくされる。融合騎としての屈辱、ロードを得られない事の苛立ち、これが終わったとしても、待っているのは苦痛に満ちた実験の毎日。それらの全てが、烈火の剣精の精神を蝕んでいた。

【さあ、もっと、もっと力を出しなさい、烈火の剣精!】
【はい】

 そもそも名前を呼んでもらえない。名前をつけてもらえない。こうやって開発コードで呼ばれるのだ。
 もう嫌だ……、そう思っても、力を出す事を止められない。

「喰らいなさい! 火龍一閃!」

 炎を纏った鞭がうなり、バリアジャケットを纏った局員だけでなく、魔導師でない一般局員をなぎ倒す。

「てめえ!」

 その光景に、ヴィータが怒りの声を上げてグラーフアイゼンを振り上げ突進した。
 だが、九つに分かれた鞭がまるで蜘蛛の巣のように張り巡らされ、ヴィータの進路を妨害する。

「おほほほほほほ! 遅いですよ!」
「この程度であたしが止まるかよっ!」
「そうですか? では龍の吐息に吹き飛ばされなさい!」

 突如、蜘蛛の巣のように張り巡らされていた鞭から、巨大な炎が噴出す。
 鞭の網を強引に突破しようとしたヴィータはその炎にまともに巻き込まれる。

「ヴィータ!」

 慌ててザフィーラが防御魔法を使い大きなダメージを負う事無く後退できたが、騎士服の端々に焦げ目が残った。

「ヴィータ、気をつけろ」
「すまねえ」

 下がりながらも、ヴィータはポツリと呟く。

「気がついているか?」
「ああ、あの尋常ではない力。おそらくは融合騎……」
「力の源も、あの騎士とは違うものを感じるわ」

 ヴィータの呟きにシグナムとシャマルが答えた。



 フェイトと謎の女の戦いは、終始フェイトが押され気味で続いていた。
 AMFの影響下で全力が出せないというのもあるが、速度において完璧に負けているのだ。

「どうした、フェイトお嬢様。貴女の力はそんなものか?」

 女はそう言うと、足に装備されたエネルギー刃を振るう。
 何とかバルディッシュで受け止めたフェイトだったが、次に振るわれた刃は避けることが出来なかった。肩から大きく切り裂かれ、血が吹き出る。さらに衝撃で後ろに大きく飛ばされた。

「フェイト!」

 その様子にアルフが慌ててカバーに入ろうとする。だが、女達も無能ではない。

「させないよ!」

 大砲を構えた女の砲撃は、正確にアルフとフェイトを分断する。

「くそ、邪魔を……」

 何とかフェイトに近づこうとあがくが、女の正確な射撃の前に、アルフは近づく事ができない。
 むしろ、後退させられているぐらいだ。

 アルフが焦りを見せる一方で、フェイトは妙に落ち着いていた。
 あの目の前の相手は、早くて強い。AMFが無かったとしても、速度では自分を上回っている。

 今のままでは勝てない。

 フェイトは軽く息を吐くと、覚悟を決めた。アレは、理論上は完成している。
 あとは勇気だけだ。

「バルディッシュ……いくよ」
『Yes, sir. Sonic Form』

 フェイトの命令に応じ、バルディッシュがフェイトのバリアジャケットを作り変える。
 マントが消え、装飾が消え、黒いボディスーツだけのシンプルな姿へと……。

「装甲を薄くして、速度を取ったか」
「これなら、貴女の速度に追いつけます」
「なるほど……これが噂の……。いい覚悟だ」

 二人の間に緊張が走る。互いにギリギリまで、集中力を絞り込む。
 そして次の瞬間、常人では目視する事など出来ない高速の戦いが始まった。



 ユニゾンデバイスを使用した魔導師は、もはや別物といっていい戦闘能力がある。はっきりと言ってしまえば、アレはもはや人間ではなく兵器で、普通なら生身の人間でどうにかできるレベルの相手ではない。
 古代ベルカ時代に生まれたヴォルケンリッターはそれが痛いほどよく分かっていた。

「ヴィータ、シャマル。分かってるな」
「ああ、相手が融合騎だって分かったなら、やりようがある」
「ザフィーラは、はやてちゃんや、戦えない人の防御をお願いね」
「心得た」

 だが、それでも彼女達には十分な勝算がある。
 将たるシグナムの命令の元、守護騎士たちは顔を見ることも無く頷く。

「行くぞ!」
「ああ!」

 シグナムが、ヴィータが、それぞれのデバイスを構え突撃してゆく。

「ほほほほほ、無駄な事を!」

 そんな二人を嘲笑いながら、アトレーは炎の鞭を振るう。

【さあ、烈火の剣精。もっと力を引き出しなさい!】
【はい】

 アトレーの振るう鞭に、さらなる炎が纏わりつく。
 それはもはや、炎の龍だ。触れなくとも感じる肌を焦がさんばかりの熱気に、流石の二人も顔を顰める。

「ったく、遠慮無しに力を使いやがって。髪が焦げる」
「愚痴るな、来るぞっ!」

 二人を砕かんと振るわれる鞭を、互いに撃ち落とす。
 ここまで力の差がありすぎると、攻撃するのは無謀なのだ。

「ほほほほ、防御だけでは勝てませんよ! そらそらそら」

 防戦一方の二人に、アトレーは鞭の速度をさらに増す。
 何とか直撃こそ避けるものの、あまりの熱にバリアジャケットや髪の端がじりじりと焦げる。

 その光景を、じっと見ているものが一人いた。
 後方に下がったシャマルだ。ザフィーラの張った防壁にもはいらず、じっとアトレーの動きを睨みつける。

 早く見極めなければ……。力押しで倒そうとすると、どれだけ被害が出るか……、チャンスは1回。
 そしてそのチャンスが訪れる。

「さあ、とどめですよ!」
【最大火力です、烈火の剣精】
【はい……】

 アトレーの体内で、リンカーコアと別の場所に魔力が集まる。

“見極めた!”

 シャマルの目が鋭くなる。集中力が高まる。
 瞬時に作り出した旅の鏡に手を入れた。

「火龍い……えっ!?」
【火龍い……えっ!?】

 次の瞬間、アトレーの体内で魔力を高めようとしていた烈火の剣精は何者かにつかまれ悲鳴を上げる。
 そう、シャマルの旅の扉は、正確に烈火の剣精の身体をつかみ、体外に抉り出していたのだ。

 その衝撃に、思わず動きを止めるアトレー。
 そしてその隙を見逃す、シグナムとヴィータではなかった。

「いくぞ、ヴィータ!」
「おう!」

 二人のデバイスが、同時にカートリッジの空薬莢を吐き出す。
 互いの必殺の魔法が、アトレーに迫る。

「紫電一閃!」
「フランメ・シュラーク!」

 剣とハンマーがアトレーの身体を正確にえぐる。
 だが、倒れる直前、アトレーも騎士の誇りにかけて最後の一撃を放つ。

「蛇頭散げ・・・」

 アトレーの持つ鞭がばらばらに分離する。細かいパーツの弾丸が、周囲にばら撒かれる。

「くそっ、無駄な足掻きを!」

 シグナムが、ヴィータが、ザフィーラがそれを叩き落すべく防壁を展開する。
 本来なら、3人の守護騎士によりそれらは完全に撃ち落されるはずだった。

 だが、パーツの一つに、つい先ほどまで満ちていたユニゾンデバイスの力が強く宿っていた。

 そのたった一つのパーツが、ザフィーラの防壁を貫いた。

 そして……。

「主はやて!」
「はやて!」
「はやてちゃん!」
「主よ!」

 守護騎士たちがはやてを見ながら悲鳴を上げる。
 それを聞いていたはやては、何で守られている自分を見るんだろうと不思議に思う。
 そして、守護騎士たちの視線の先、自分のおなかを見る。

 そこは、真っ赤な血で染まっていた。

「えっ……」

 はやてが驚きの声を上げる。
 そして、彼女の意識は闇に沈んでいった。



「はやてっ!」

 直撃をした訳ではない。ほんの少し離れたところを弾丸は通っただけに過ぎない。
 だがそれだけで、その余波の威力だけでも9歳の少女の身体は耐えられなかった。

 事態はさらに進む。

 はやてが血を流し倒れた瞬間、はやての腕の中にあった闇の書がひときわ強く輝き宙に浮かぶ。
 書はひとりでに開くと、急速に白紙のページを埋めてゆく。

「こ、これは!?」
「な、なにっ!?」

 それと同時に、守護騎士たちの姿が急速に薄れる。
 その身を書に吸収されているのだ。

 更に……。

「な、なんだ、この光は……」

 フェイトと戦っていた女が驚きの声を上げる。

「闇の書が!?」

 フェイトの悲鳴が響く。
 次の瞬間、闇の書から光の粒子が発せられる。それは時の庭園全体を一瞬で包み込んだ。

 次の瞬間、わずかな人数だけ残し、時の庭園から人の姿は消えていた。





「あたしが知っているのはこれだけだ。みんな消えちまったて、本だけがずっと浮いていて……。怖くてあたしは逃げ出したんだ」
「なるほど」

 烈火の剣精の説明に、プレラは半ば呆れながら呟く。
 おそらく八神はやてが負傷した事により、闇の書に搭載されていた何らかの緊急防衛プログラムが発動した……。そんな所だろう。
 まったく、聖王教会の連中は何を考えているのか。八神はやてを負傷させ、闇の書の暴走を招くなど、本末転倒もはなはだしい。

「なんか、凄くやばそうだったよ」
「ヤレヤレ、そうだな」

 烈火の剣精だけ残った理由は分からないが、ユニゾンデバイスだったことが関係あるのかもしれない。
 彼女は確か、現存する数少ないオリジナルユニゾンデバイスだ。何らかの防衛機能があったとしても不思議ではない。
 正確には分からないが、考察するには材料も時間も少なすぎだ。そもそも、そんな事を考えている場合でもない。

「じゃあ、あたしは行くからあんたも……」

 プレラは足元に転がっていたデバイスを拾うと、銃口を烈火の剣精に向けた。

「ひっ! や、やっぱり捕まえる気なんだ……」

 その行動に烈火の剣精は悲鳴を上げるが、プレラはそんな事を一切構わなかった。
 問答無用で引き金を引くと、黒い魔法弾を放つ。

 魔法弾は烈火の剣精の脇を通りすぎると、壁越しにこちらを狙っていた存在を正確に撃ち抜いていた。

「やれやれ、長話が過ぎたようだな」
「えっ? ええええっ!?」

 プレラは険しい表情で壁の奥に居た銀髪の女を睨むと、烈火の剣精に語りかける。

「逃げるのだろう。早くしたほうがいい。逃げられなくなるぞ」
「え、あ、ああ、アンタはどうするんだよ」

 烈火の剣精の疑問にプレラはニヤリと笑い、こう答えた。

「二人では逃げられまい。安心しろ、アレは私が足止めをしておいてやる」



[12318] A’s第9話(3)
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:9f18423d
Date: 2010/04/26 18:41
A’s第9話(3)



「時の庭園内で魔力反応増大……、パターン解析……。かっ、艦長!!」
「落ち着きなさい、アレックス! 何があったの!?」

 リンディの一喝で落ち着きを取り戻したオペレーターが、報告を上げる。

「や、闇の書の覚醒らしき魔力反応を感知しました!」
「なんですって!?」

 その報告に、思わずリンディは席から腰を上げた。
 一番恐れていた事態が、ついに起こったのだ。

「時の庭園内部の様子は分かる?」
「だめです、先ほどの魔力衝撃でサーチャーが全て破壊された模様!」
「みんなの安否の確認を急いで!」
「了解です!」

 次々に来る報告はろくなものが無い。クロノなど庭園上層部に居た数名は回収できたが、それ以外の局員の安否が分からないのだ。
 事態は最悪の方向に流れているといっても過言ではない。
 リンディは強靭な忍耐力で不吉な考えを抑えると、次々に送られてくる報告を一つ一つ処理していった。





 抜き撃ちではあったが、プレラが放った魔法弾はかなりの威力だった。いや、実はかなりなんて物じゃない。並みの魔導師なら数人まとめて薙ぎ払える程の威力だったはずだ。
 だが、シールドも張らずに魔法弾の直撃を受けたはずの女は大した怪我をした様子もなく、瓦礫を押しのけて立ち上がってきた。

 そこにいたのは銀髪の女だった。
 黒い翼を背に背負い、漆黒の衣装に身を包む20前後の女性。顔に浮かぶ赤い文様は、もっとも深き闇の呪いの烙印か……。
 闇の書の意思、少しだけ未来に愛する主より『祝福の風』の名を授かる女性を前に、プレラは苦笑を浮かべる。

「アレで無傷とは、自信を失うな……」

 一方の女は、無表情に冷たく言い放つ。

「素直に消えてはくれないようですね……」
「物騒な事を言うな」
「貴方達を許す理由があると思うか?」

 まぁ、無いだろう。プレラはその言葉を飲み込む。
 闇の書の意思から見れば理不尽にも襲われ、主を傷つけられたのだ。しかも、呪われた運命を何とかできるかもしれない……と、考えていた矢先に。
 これで原作のように手加減してもらえるなどと思うほどプレラも馬鹿ではない。

「お前が怨むのをとやかく言う気は無い。ただ、こちらの小さいのは巻き込まれただけだ。見逃してやってはくれないか?」

 しかし、これだけは言っておくべきだろう。
 理由や計画はどうあれ、自分は聖王教会とつるんでいたテロリストに雇われた傭兵だ。彼女が怨むのも無理は無い。
 だが、烈火の剣精に関して言えば無理やり協力させられ、道具として使われていただけである。
 だが、銀髪の女は冷たい目でこう答えた。

「そちらの融合騎を? 我が主は、我らにかけられた呪いを解こうと、幼い身でありながら必死に恐怖と戦っていた」

 闇の書の意思は静かに答える。
 一見すればミッドチルダでの生活を楽しそうに過ごしていたはやてであったが、その実恐怖と戦っていた。
 それはそうだろう。まだ彼女はたったの9歳だ。見知らぬ土地、見知らぬ人々、待ち受ける死の運命。弱音を吐くような子ではないが、どれだけ怖かっただろうか。
 ヴァンやクロノ、リンディといった親切な異界の人々や、なのはたちなど再会を誓った地球での友達、家族となるかもしれない守護騎士達の支えが無ければ、彼女は壊れていたかもしれない。それほどの恐怖と彼女は戦っていた。
 だけど、その努力は無に帰した。愚者たちの手によって……。

「騎士達を助けたいというのが主の望み。だが、それが断たれた今、それを断った者達を私は許しはしない。それがせめてもの主への……」
「八神はやてがそれを望むと? ……いや、私に言う資格は無いな」
「そうだ。だが、その融合騎を渡すのなら、せめて安らかな眠りを与えよう」

 闇の書の意思の言葉に、烈火の剣精がびくりと身を震わせる。
 彼女の言葉は静かではあったが、深い怒りと悲しみが篭っていた。そして同じユニゾンデバイスの烈火の剣精には、彼女の気持ちが痛いほど分かるのだ。

「あ、あたしは……」
「謝罪も言い訳も不要。主を傷つけた貴女を私は許しはしない。……消えろ」

 そう言うと、闇の書の意思は魔力で作った真紅の短剣を烈火の剣精に向かい投げつける。
 防ごうと思えば防げただろうその攻撃を、烈火の剣精は防御しなかった。いや、防御できなかった。自分が彼女と立場だったら、きっと同じ事を考える。
 その刃の前に、烈火の剣精は消し飛ぶはずだった。

「やれやれ、話しかけたのは私だったのだがな」
「お、お前!」
「逃げろと言ったはずだぞ、小さいの」

 だが、その短剣は愚者の一人が張った防壁の前に砕け散る。

「愚かな……。その融合騎を庇うか」

 愚者の一人……プレラは笑みを崩す事無く闇の書の意思に相対してこう言った。

「庇っても庇わなくても結果が同じなら、気分良く戦える選択肢を選ぶとは思わないか?」

 闇の書の意思の言葉に、プレラは半ばおどけながら答える。
 そんなプレラに、闇の書の意思は怒りを滲ませながら宣言した。

「ならば、その気分と共に永久の闇を与えよう。闇に、染まれ……」

 その言葉と共に、闇の書の意思の手に漆黒の魔力球が生まれる。

「やれやれ、聞かん坊だ。銃刃の騎士プレラ・アルファーノ、いざ参る!」

 それを前にしても、プレラの軽口は止まらなかった。いや、軽口を止めれば、彼女に気圧されてしまうと理解して、故意に軽口を止めないのだ。
 そもそも、気圧されたら負けだし、勝算が無い訳ではない。中に眠る八神はやてが起きるほどの魔力ダメージを与えれば、プレラの勝ちだ。

「デアボリック・エミッション」

 闇の書の意思を中心に漆黒の魔力が広がる。
 その光景に、プレラは歯噛みをすると、自分と烈火の剣精を包む防壁を展開した。

「うおっ!」

 魔力が重い。自分も似たような魔法を使うが、威力が段違いだ。
 自慢するわけでは無いが、自分の魔力量は人間という範疇では最強ランクだろう。だが、闇の書の意思の魔力量はそれをひとまわりもふたまわりも上回っている。
 防壁ごと後方に圧されてゆく。
 もしスターライトブレイカー対策に防壁を強化していなければ、瞬時に破られていただろう。それほどの威力だ。
 幾つもの壁を突き破り、ようやく後退が止まる。

「なんて威力だ……」

 もっとも、防ぎはしたものの魔力をごっそりと持っていかれた。
 まったく、クロノといい闇の書の意思といい、強さに自信を持っていたかつての自分が馬鹿みたいではないか。

「あ、ありがとう」

 横にいた烈火の剣精が、礼の言葉を言う。

「まだいたのか」
「まだって!」

 なにやら真っ赤になって怒っているが、今のプレラにはこの小さな少女に構っている余裕など無い。
 デバイスのカートリッジを起動させると、短く言い放つ。

「逃げた方がいいぞ。本気でやるからな」
「えっ!?」

 返事も待たず、プレラはガンブレードの先端に魔力を収束させる。

「行くぞ! 天剣龍牙」
『Charge』

 守ったら負ける。それがプレラの出した結論だった。
 魔力光の軌跡を残し、プレラは闇の書の意思に突撃をする。

「その程度で……」

 だが、闇の書の意思は表情を変える事無く手に魔力を込めると、無造作に拳を振るう。
 漆黒の刃と細い腕がぶつかり合い、火花を散らす。

 刹那の攻防を勝利したのは、細い腕だった。
 漆黒の刃は無残にも砕け散る。闇の書の意思は無造作に逆の拳も振るう。
 拳は正確にプレラの顔を打ち抜く。
 そのままありえない回転で転がり、柱にぶつかりようやく止まった。

「あ、あれを防ぐか……」

 口の中が切れたのか、血の味がする。
 痛みに顔を顰めながら、プレラはのろのろと立ち上がった。

「砕くつもりだったのだが……」
「頑丈さには自信があってね」

 おどけてみたものの、今の激突で実力差は大体分かった。最近では小技を思い出しつつあるものの、プレラの戦い方は基本的に大魔力を生かした力押しだ。
 だが、その戦法は自分より巨大な魔力を持つ闇の書の意思に通じるだろうか?
 いや、魔力だけではなく、戦闘技能も相手が上回っている。
 無論自分の力がまったく通じないわけではないだろうが、正直に言えば絶望的だ。

 だが、ある意味絶望的ともいえる戦力差を前にして、プレラの口元に浮かんだのは笑みだった。
 負ける可能性が高くても、負けると決まったわけじゃない。第一、ここで逃げては格好が悪いじゃないか。
 みっともなく負けるのは、ヴァン・ツチダとユーノ・スクライアに負けたあの一回で十分だ。

「ならば、砕けるまで繰り返そう」
「人の頭をスイカみたいに言わないでもらいたいな。砕かれるなんて、お断りだ」

 当然といえば当然の言葉を口にすると、プレラは再びデバイスを構える。
 どのみち、あれこれ考えている余裕は無い。




 逃げろと言われて、あの状況で逃げられるか。
 それが烈火の剣精の本音であった。
 第一、闇の書の意思は常にこちらの位置をロックしている。本当にこの場から逃げ出そうとした瞬間、瞬時に破壊されるだろう。

 物陰に隠れ戦いの様子を伺っていた烈火の剣精であったが、そこで繰り広げていたのは戦いとは言えない酷いものだった。
 あの少年騎士は無謀にも闇の書の意思に突撃を繰り返しては、吹き飛ばされている。能力差がありすぎて、それ以外の戦術が取れないのだ。魔力だけは大きいが、実戦経験が少なすぎる。

 何度目だろうか。プレラが闇の書の意思の攻撃で吹き飛ばされる。
 どすっという重い音を立てて、烈火の剣精の傍に落ちてきた。
 烈火の剣精はたまらず、プレラの傍に飛び寄る。

「もう十分だよ! 逃げろよ! 殺されちまうよ!」

 そんな烈火の剣精に、プレラは血と痣でボロボロの顔を向けてこう言った。

「なんだ、まだ居たのか。逃げろと言ったぞ」
「何言ってるんだ!」

 あまりといえばあまりの言葉に、烈火の剣精は本気で腹を立てる。
 涙を浮かべながら、必死に抗議の声を上げた。

「死んだら何にもなら無いだろ! あたしは……」
「死ぬ気は無い。それに、死ぬより逃げる方が辛い。騎士の下らん自己満足だ。お前が泣くような話ではない」


 自分は変わったのだろう。こんな状況にもかかわらず、烈火の剣精の涙を見てプレラは素直にそう思った。

 以前の自分には、泣いてくれる人間など居なかった。
 フェイトからも疎まれていたし、盟主や師匠、同僚は泣かないだろう。無様な奴と笑うだけだ。かつての自分がそうだったように……。
 いや、二人だけ泣いてくれそうな友人はいたが、自分の手で殺してしまった。あの愉快な双子には、もう二度と会えない。

 あの双子を失った時から、自分は迷走していた気がする。
 ぽっかりと空いた穴を埋めるべく、力のみを求め、空虚な言葉を吐いてきた。今ならフェイトが自分を疎んでいた理由がおぼろげではあるが分かる。
 母の為に望まぬ戦いに身を投じていた少女が、あんな空虚な言葉で喜ぶだろうか。まったく、馬鹿をやっていたものだ。

 結局、ヴァンとユーノとの戦いの敗北と、その後の事が彼の空虚な価値観を撃ち砕いた。言い訳など許さぬ、強さ以上の強さを見せ付けられれば考え方も変わるというものだ。
 そう考えれば、あの無様な敗北も悪くなかったのかもしれない。

 今はほんの少しだけだけど、胸が重いのだ。

 見ず知らずの娘を守るための戦いでも、自らの信念を捻じ曲げ破壊兵器を守ったあの戦いよりも、絶望的だがよっぽど気分が楽だ。血にまみれ何度も砂を噛みしめようとも、闘志が尽きる事は無い。
 プレラは痛みに歪みそうな顔に笑みを浮かべると、もう一度だけ烈火の剣精に向かい逃げるように言う。

「逃げるんだ。ここは私が食い止める」

 その言葉を、烈火の剣精は首を振り否定する。

「いやだ、あたしは逃げない!」
「お前が気にするような……」
「あたしもあんたと一緒に戦ってやるよ!」

 一瞬、その言葉の意味が分からなかった。
 だが、ユニゾンデバイスである彼女のその言葉の意味は、たった一つだと気がつく。

「いいのか?」
「しかたないだろう! 他に勝てるのかよ!」

 確かに、勝つ手段など思いつかない。
 クロノやヴァンなら、力量差を機転で切り抜けるかもしれないが、今の自分にそこまでの戦術眼は無い。プレラはその事を痛いほどよく分かっていた。
 ならば……、彼女の好意を受けるべきだろう。やれる事をやらないで負けるのは、それこそ無様だ。

「ふふふ、まさか助けるつもりだった小さな少女に、自分が助けられるとはな」
「小さい言うな。あたしは烈火の剣精だ! でっかいの!」
「それは名前ではなく、称号だろう。名前は?」
「う、うっさい。あたしは烈火の剣精で良いんだよ!」

 そう答える少女を見て、ふとこの少女に名前が無かったのかもしれないという可能性にたどりつく。原作ではかなりひどい研究所だった……らしい。態々名前など付けないだろう。
 プレラは内心で溜息をつくと、自分ではない誰か彼女につけるだろう名前で彼女の事を呼ぶ事にした。

「そうか。ではお前をアギトと呼ぼう」
「な、なんだよ、それ?」
「名前だ。今決めた」
「勝手に決めるな!」

 そうは言うが、まんざらでもない様子だ。
 口元が微妙ににやけていて、口の中で何度も『アギト』の名前を繰り返している。

「しょ、しょうがないな! アギトって呼ぶ事を許してやるよ。でっかいの!」
「でっかいのではない。プレラだ」

 そういえば自分も彼女に名乗ってなかった。そんな事を思い出す。

「んじゃ、いくぜ! でっかいの!」
「ロードではないんだな」
「あんたがもっと強くなったら、ロードって呼んでやるよ」

 軽口を叩きながらも、二人は緊張する。
 ユニゾンデバイスの特殊能力、融合はそこまで気軽な技ではない。常に一定の確率で、融合事故が発生して死に至る可能性があるのだ。

「ユニゾン・イン!」

 アギトの掛け声と共に、二人の姿が重なる。
 次の瞬間、漆黒の炎を纏った騎士がその場に出現していた。

「これが、ユニゾンデバイスの力か……」
【ああ、いくぜ、でっかいの】
【ああ、いくか。小さいの】

 後に、プレラはこう語る。
 この瞬間こそが、自分が本当の意味で“騎士”になった瞬間だったと……。




















【おまけ】



 絶望感に包まれるアースラのブリッジにまた一つの報告が飛び込んだ。

「艦長、ヴァン空曹の位置を特定! 無事を確認しました!」
「急いで通信をつないで!」

 最悪な状況報告しかない現状で、数少ない良い情報だ。
 士気回復の意味も込めて、リンディはヴァンとの通信を回復させるように命じる。

「了解です。映像、サブモニターに回します!」

 オペレーターの一人が大急ぎで通信を回復させた。
 モニターの一部に、小型次元航行艦の様子がが映る。


『子供で悪いか! 俺はなのはが好きだから、俺はなのはを守る! 相手が聖王教会だろうと何だろうと、俺の邪魔はさせない!』


 そこに映し出されたヴァンは、大声でこんな事を叫んでいた。
 ここに居るメンツは、短いとはいえヴァンとの付き合いがあり、彼の人となりをしっている。あまりといえば、あまりにも場違いな告白にアースラが一瞬だけしんと静かになった。
 そして次の瞬間、少しだけクルーの口元に笑みが浮かぶ。

 状況が状況だ、声を出して笑うことなど出来ない。
 だが、少なくとも子供たちは元気に頑張っているのだ。大人である自分達が絶望に包まれてどうするというのだ。

「皆、正念場よ。エイミィは本局のマリーに連絡。アースラで無理なら本局の知恵袋に状況を分析させて!」
「了解です」
「レインさん、闇の書の暴走に何か心当たりがあるなら何でもいいから教えて」
「わかりました」

 アースラのブリッジが活気付く。
 まだ、何かが終わったわけではない。絶望に沈むのは、全てが終わった後でも遅くは無いのだ。



[12318] A’s第9話(4)
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:9f18423d
Date: 2010/04/30 04:31
A’s第9話(4)



 若き騎士とはぐれ融合騎のユニゾンを、闇の書の意思は冷めた目で見ていた。
 これでいい。これで連中が自分を破壊できるのら、それはそれで良し。死ぬなら死ぬで、二人まとめて処分が出来るのだから手間が省ける。
 別に手加減をしたつもりは無いが、闇の書の意思は一撃で殺さないように注意を払っていた。

 そう、この時、闇の書の意思は迷っていたのだ。

 あの若き騎士やはぐれ融合騎には、怒りこそ感じてはいてもそれ以外の感情は無く、主の仇以外の何者でもない。
 彼女が考えていたのは、志半ばで倒れた優しき主の事だ。彼女は闇の書の呪いを知り、何とかしようと無力であってもあがいていた。その主は、人に迷惑をかける事を嫌がっていた。
 そんな彼女の思いに今の自分は添っているだろうか。
 そうではないだろう。このまま行けば自分の理性は直に消え去り、周囲に破壊をもたらすだけの災害となるだろう。
 そして最後には周囲を巻き込んで消滅し、次の主の元に転生をする。

 永遠に終わらぬ夜の繰り返しだ。

 ならば、あの騎士と融合騎にチャンスを与えても悪くは無い。逃がす気は無いが、ユニゾンしたあの魔導師なら、天文学的な確率ではあるが自分を破壊できるかもしれない。そうすれば、主の思いとは違っても、この呪われた夜は終わる。
 失敗したところで、終わらぬ夜に戻るだけだ。

「ここは手狭だな……」

 闇の書の意思は小さく呟くと、再び掌に闇を集める。
 掌に集まった魔力球が十分なだけの力を蓄えると、闇の書の意思はそれを握りつぶした。
 時の庭園に膨大な魔力流が吹き荒れ、壁や床を破壊する。
 魔力風が収まった後には、床も壁も、調度も何も残っていなかった。

 いや、残っているものが一つ。

 魔力の暴風を耐え切ったそれは、刃を煌かせてこちらに迫ってきた。
 黒い炎を纏ったガンブレードが闇の書の意思に迫る。

「先ほどより、威力はあったのだが」
「ああ、落とされるかと思ったよ!」

 黒い炎と、黒い防壁が激突し、周囲に火花が散った。
 今の広範囲攻撃は最初の攻撃よりも威力を上げたつもりだが、どうやら耐え切ったようだ。
 もしかすると、せめて主と一緒に死ねるかもしれない。闇の書の意思はそんな事を考えていた。



 押し合いでは埒が明かない。
 そう考えたプレラは闇の書の意思と距離を取りながら、ユニゾン中のアギトに声をかけた。

【調子はどうだ、アギト?】
【ああ、調子はいいぜ。でっかいの】
【正直に言え】

 自分の体だ。微妙な違和感ぐらいは分かる。
 調子よく答えるアギトに、プレラは冷静に再度問いかけた。
 その問に、アギトはやや言い難そうに答える。

【調子が良いのは本当だよ。ただ……、ごめん、あんまり相性は良く無い】

 なるほど、この違和感の正体はそれか。納得しながらも、プレラはアギトに負担をかけないように軽く受け流す。

【初ユニゾンなんだ、その程度は想定内だ。こうなったら実戦で慣らしていくしかないだろう】
【そりゃそうだけど……】

 不満そうなアギトに、プレラは内心で苦笑する。元々専用の調整を受けているわけではないのだ。彼女もいきなり全開で動けないのは分かっているのだろうが、ユニゾンデバイスとしてのプライドが許さないのだろう。
 なかなか可愛らしいところがあるものだ。

【……って、笑うな。でっかいの】
【すまんすまん、小さいの。それよりも気がついているか?】
【急に真面目ぶるな。ああ、気がついてるよ】

 ユニゾンして初めて闇の書が強い理由が良く分かる。闇の書とはやての間の相性がとてつもなく良いのだ。
 当然といえば当然なのかもしれない。ある程度ランダム性があるとはいえ、広大な次元世界から適正者を選び転生している。相性が良いとは言えないプレラとアギトでも、人間相手に使うは過剰すぎる大幅なパワーアップが出来るのだ。
 適合者であるはやてと闇の書の意思のユニゾンは、どれだけの力を引き出せるのか想像ができない。

【なら、あれも見えるか】
【見えてる。主が吸収されかかってる。多分、怪我をした主を守る保護機能がぶっ壊れているんだと思う。ってか、融合騎の基本機能がほとんどぶっ壊れているじゃないか、あの根暗女!】

 そう、ユニゾンデバイスの目から見ると、闇の書の意思に八神はやてが飲み込まれかかっているのがはっきりと分かるのだ。
 直接目にした事から判明した事を元に、アギトは闇の書の意思の状態を推測する。

【どういうことだ?】
【あいつ、追加機能で転生機能や無限再生機能があるんだろう。
 多分だけど、本来なら怪我をした主を癒す保護機能がぶっ壊れてて、無尽蔵に魔力を吸収しちゃうんだ。んでもって、主を完全に吸収しちやうと、主不在の為に自己保全本能が働くんだよ】

 アギトの説明に、プレラは彼の知る原作知識と照らし合わせてみる。なるほど、はやての下肢のマヒも、闇の書による魔力奪取が原因だった。
 さらにアギトの説明は続く。

【主が急にいなくなるもんだから、無意識に緊急事態だと感じちまう。正常ならスリープモードに入るだけなんだけど、あいつの場合は転生機能が動くんだと思う。転生するには現在の体が邪魔だから自壊するんだろうけど、根暗女ってたしか無限再生機能があるんだろう?】
【壊れたくても、壊れられないのか】
【そそ、結果的に整合性が取れずに、魔力が許す限り自分だけじゃなくて周囲も破壊するんだと思う。自壊モード中は理性はシャットダウンされるだろうから、制御なんてできないだろうしね】

 厄介な話だ。
 結局、誰かが無秩序に改造したため、あるべき防衛機能が壊れ、整合性の取れていない一つ一つの追加機能が暴走を開始するということか。

【つまり、あの娘が消えるまでがタイムリミットという事か?】
【細かくサーチしたわけじゃないから正確なところまではわからないけど、大筋で外れてないと思う。それまでに何とかしないと、根暗女の自爆に巻き込まれる可能性が高い】

 なるほど、知ってるかどうかは分からないが、管理局がアルカンシェルなどで吹き飛ばし続けていたのはもっとも安全な解決策だったわけか。

【倒す以外の方法は? 娘を助け出す事は出来ないのか?】

 プレラの質問にアギトは少し考えると、こう答えた。

【魔力ダメージで、根暗女の保護機能を停止させれば何とかなると思う。正常なユニゾンなら意識を失う事なんて無いんだけど、そこがぶっ壊れてるんじゃないかな?】
【主を叩きこせばとりあえず暴走は止まると?】
【主にはあたしら融合騎は逆らえないんだ。あちこちがぶっ壊れているみたいだから根本的な解決にはならないだろうけど、とりあえずは止まると思う】

 つまり、原作と同じなわけか。
 プレラは口元の端に苦笑を浮かべると、律儀にこちらの作戦タイムを待っていてくれた闇の書の意思を見る。

「密談は終わったようだな」
「態々待っていてくれるとは予想外だ。ついでに、こちらの言う事を聞いてくれるとありがたいのだか」
「断る」
「そうか……」

 彼女から見れば信用できる要因が一つも無いのだから無理もない。
 プレラはデバイスを構えると、内にいるアギトに語りかける。

【いくぞ、小さいの。闇の書の意思の魔力を削って、中の娘を助ける】
【了解、でっかいの。確かに、あれを完全消滅させるのは今の状態じゃ難しいな】

 二人の意思が一つになり、プレラの身体から黒い炎が噴出した。黒い炎はガンブレードの刃に収束し鋭さを増す。
 プレラが得意とする突撃技だ。

「黒炎龍牙!」

 炎をなびかせ、弾丸と化したプレラが闇の書の意思に迫る。闇の書の意思は魔法陣を展開すると、防壁を張り巡らせた。
 黒い切先と漆黒の防壁がぶつかり合い、火花を散らす。
 このままでは先ほどと同じ展開が繰り広げられるだろう。だが、ここからが違った。

【アギト!】
【あいよっ!】

 二人の意識が重なる。使うのは二人はアギトが得意とする炎熱系の攻撃魔法だ。

「ブレネン・クリューガー!」

 ガンブレードから片手を離すと、空いた手に魔法陣を展開し魔力を集める。それと同時に、ガンブレードの魔力を高める。通常なら難しい高等技術だが、今は二人だ。息を吐くように容易に出来る。
 ブレードに集まった強い魔力が防壁を歪める。強引に生じさせた防壁の綻びに腕を突っ込むと、灼熱の魔法弾を撃ち込む。
 ほぼ至近距離からの攻撃だ。百戦錬磨の闇の書の意思といえども、流石にこれは回避できない。
 着弾と同時に魔法弾が炸裂、闇の書の意思が魔力を帯びた炎に包まれる。

「これはっ!」
「まだまだ!」

 プレラの攻撃は終わらない。
 闇の書の意思から距離を取ると魔法弾を連射する。それらは全て防壁に阻まれるが構わない。
 中の炎と表の砲撃で魔力を削りきる気なのだ。
 だが、プレラの攻撃にさらされているはずの闇の書の意思は冷静であった。
 防壁を自分から解除するプレラに向かい飛翔する。その速度に、纏わりついた炎を吹き飛ばされた。

【でっかいの!】
【おう!】

 もっとも、二人とてこの程度で焦らない程度には戦い慣れしている。
 防御を解いたのならば、細かい魔法弾など不要。二人はチャージを邪魔されないように後退しながら砲撃魔法を発動させた。

【焼き払え、熱き炎!】
「撃ち砕け、黒き星」

『Gravity Smasher』

 ガンブレードの先端に幾重もの光が絡みつき、魔法陣を形成する。魔法陣の先端に魔力が収束し、炎を纏った黒い砲弾が生み出された。

「グラビティスマッシャー! ファイア!」

 炎を纏った漆黒の魔法弾が闇の書の意思に迫る。
 並みの相手なら、一撃で撃墜できる威力の砲撃だ。だが、それすらも闇の書の意思は回避しない。腕を振り上げると、無造作に振り下ろす。
 ただそれだけで、砲撃魔法は二つに割れるとあっさりと霧散した。

「な、なんだとっ!?」
【う、うそっ!?】

 いくらなんでも、素手で砲撃魔法を迎撃するのは予想外だ。プレラの動きが一瞬だけ止まった。
 その隙を、闇の書の意思は見逃さなかった。
 右の拳がプレラの腹に突き刺さる。

「ぐはぁぁぁぁぁ……」

 バリアジャケット越しでも伝わる衝撃に、プレラは悶絶する。
 さらに、闇の書の意思の攻撃は終わらない。右に左に、拳が次々にプレラに突き刺さる。
 そして、とどめとばかりに蹴りが決まり、プレラは大きく弾き飛ばされた。

「この程度か……」
「まだだっ!」

 失望の目で見つめる闇の書の意思だったが、この程度でどうこうなるほどプレラもヤワではない。
 直に体勢を立て直すと、先ほどと同じ砲撃を発射する。

「同じ攻撃を繰り返すか……」

 黒い砲弾を前に、闇の書の意思は同じように叩き落とそうとする。
 だが、次の砲撃は先ほどと違った。
 砕け散った砲撃から、炎の鞭が無数に伸び闇の書の意思を拘束してゆく。

「ほう」

 拘束しながら炎でダメージを与えるつもりか。その攻撃に感心しながらも、闇の書の意思はその拘束を無造作に引きちぎった。

「でたらめだな……」
【感心している場合かっ! くるぞっ!】

 闇の書の意思の手に、魔力が収束していく。漆黒の魔力球が膨れ上がった。
 アギトの言葉に、プレラはデバイスを構える。

 次の瞬間、プレラの姿を飲み込むほどの砲撃が放たれた。





 同じ立場になってみて初めて分かる事がある。
 プレラはこれまで自分より“強い”魔導師と戦った事はあっても、自分より“高ランク”の魔導師と戦った事は無かった。
 もっとも、これは仕方が無い事なのかもしれない。プレラの魔導師ランクはSだ。これは通常なら最上位の魔導師ということになる。SSランクもあるにはあるが、管理世界全体でも名簿が作れる程度にしかこのランクはいない。
 基本的には、プレラが自分よりランクが上の相手に出会うことはほぼ不可能なのだ。
 そういった意味では、この戦いは得がたい経験だ。基礎的な魔力だけで攻撃を弾かれるなど、初めての経験だった。
 なるほど、低ランク魔導師が高ランク魔導師を恐れる理由がよく分かる。

 それに闇の書の意思との差は魔力だけではない。戦闘経験も段違いだ。
 考えてみれば当然なのかもしれない。闇の書は作り出されてから現在までのほとんどを戦いの中で過ごしてきた。その中にはプレラと似たタイプの魔導師だって何人も居たはずだ。
 対応できないと考えるほうがおかしい。

 さらに、八神はやての吸収というタイムリミットもある。このままでは勝つのは難しいだろう……。
 何か逆転の手段を見つけ出さなければ。

 いや、プレラの頭は一つだけ何とかなるかもしれない戦術が思いついてはいる。危険が大きいが、そんなものは現状も変わらない。
 だが、それを実行するには色々と問題も多いのだ。

【悩んでいる暇は無いか……】
【どうしたんだ、でっかいの!?】

 その時、アギトもまたプレラと同じように焦っていた。
 はっきりと言えば、闇の書の意思に勝てる可能性が低いのだ。あちらは適合者にユニゾンしているのに対し、こちらはユニゾンはできる程度の適合性しかない。
 プレラとの相性の関係で、100%の力を発揮できないのだ。無論そんな事は分かっていたし、それを何とかするのが融合騎の役目だと覚悟もしていた。何とかできる、いや、する。そんな風に考えていた。
 それでも二人がある程度ユニゾンに慣れていれば、話は違ったのかもしれない。だが、現実は非常だった。適合率が違いすぎて、勝負にならない。
 そんな焦るアギトに、プレラは無情な決定を告げる。

【アギト、ユニゾン・アウトをするぞ】
【ちょ、まてよ! わ、私はまだやれるぞ】

 自分は要らないというのか。そんなアギトの抗議に、プレラは冷静に答える。

【分かっている。だから、今のうちにユニゾン・アウトをするんだ】
【なんでだよ、分からないぞ、でっかいの!】

 まぁ、そうだろう。だからプレラは、自らの動揺を悟られないように冷静に嘘の説明をする。

【いいか、これから私は闇の書に組み付いて、全魔力を持って奴の魔力を相殺する】
【死ぬ気か!?】
【死ぬ気は無い。ギリギリまで奴の魔力を相殺し、防御力を極限まで削る。だが、私も力のほとんどを使い果たすだろう。そこでお前の出番だ】
【えっと……】
【ぎりぎりで離れて、再度ユニゾンをする。主導権はお前に渡すから、最大出力でぶちかましてやるんだ】

 無茶な話だ。無茶すぎる。成功する確率なんてほとんどない。
 だが、このままで戦っても負けるのは確実だ。ならば、主の作戦に乗ろう。アギトはそう考えた。

【わ、わかったよ。その代わり一つ約束しろよ】
【ああ、無事に帰って……】
【違う! 帰ってきたら、その似合わない気取った喋り方を止めろよな!】
【なっ! に、似合わないだと!?】
【全然似合わないよ。まったく似合ってないよ。ガキのクセに、『ふっ』とか言っちゃって。どうせノートに書き留めて練習しているんだろ!】
【わ、私の秘密をどこで……】
【うわ、冗談で言ったのにホントなのかよ。痛すぎるぞ、でっかいの】
【や、やかましい! くそ、その辺は後できっちりと話すからな!】
【ああ、きっちり話そうぜ、でっかいの】
【ああ、またな。アギト】

 そう言うと二人はユニゾンを解く。
 元の髪の色に戻ったプレラは、半べそのアギトを見て少しだけ苦笑いをすると覚悟を決めた。

「ユニゾンをやめて私に勝てると?」
「ああ、勝つ気だ」

 闇の書の意思を睨みつけながら、プレラは雄叫びを上げる。

「勝負だ、闇の書!」
「……、いいだろう」

 プレラの周囲に魔法陣が展開する。
 ガンブレードの先端に、漆黒の魔力が収束した。

「また、それか」

「龍牙」
『Charge』

 変わらぬ突撃技に、闇の書の意思が失望の色を見せる。
 だが、プレラはそんな事など気にしない。格闘戦において、自らの最強技を繰り出す。
 漆黒の魔力光の軌跡を残し、プレラは闇の書の意思に突撃する。

「盾よ……」

 闇の書の意思は防壁を張る。
 ユニゾンしていても貫けなかったのだ。ユニゾンをやめた今のプレラに貫けるはずなど無い。
 だが、プレラだって馬鹿ではない。剣が防壁にぶつかる寸前、ある仕掛けを発動させた。

「爆散!」
「な、なにっ!?」

 その言葉と同時に、刃に集まっていた魔力が爆発を起す。
 彼がライバルと目する魔導師が得意とする魔法を真似た仕掛けだ。ほぼ自爆技だが、流石の闇の書の意思もこれは予想外だろう。
 プレラの予想通り、流石にこれは闇の書の意思にも予想外で、思わず後退をしてしまう。

 その隙こそが、プレラが求めていたものだった。

「これでっ!!」

 プレラは爆発を突っ切り、闇の書の意思にしがみつく。

「な、何を!?」

 闇の書の意思が驚きの声を上げるが、プレラは彼女が驚きを確認する事無く、全力で魔力を放出する。
 漆黒の魔力が、プレラと闇の書を包み込む。

「ま、まさか!? 自爆覚悟で私の魔力を相殺する気か!?」
「そうだっ!」

 沸き起こる魔力、削られる魔力。二つの黒い魔力光が渦を巻く。
 その余波で、辛うじて残っていた周囲の瓦礫が砕ける。

「うおおおおおおおおおおっ!」

 魔力量だけなら、なのはすら凌駕するプレラだ。流石の闇の書の意思も、無傷ではすまない。急速に力を失って行く。
 だけれども……。

「愚かな……」

 闇の書の意思は哀れみの目でしがみつく少年騎士を見つめる。
 確かにこの戦術は驚いたが……。

 プレラの周りに光の粒が舞う。

「あ、あれは……。離れるんだ! でっかいの!!」

 離れて見ていたアギトが、闇の書の意思が何をしようとしているのかを悟って叫び声を上げる。
 だが、プレラは魔力を放出するのをやめない。

「この戦術は、以前にもあった……」

 闇の書の意思が小さく呟く。
 そして、プレラの身体は光の粒子になり、消えていった。



 この時、二人の融合騎はどちらも気がつかなかった。
 プレラの顔に、勝利を確信した笑みが浮かんでいた事を。



「でっかいの!!」

 アギトの悲痛な叫びが時の庭園に響き渡る。
 初めての、初めてのロードなのに、結局自分は何も出来なかった。見殺しにするしか出来なかった。
 アギトの叫びに呼応し、彼女の魔力が暴走を開始する。
 
 後先など考えていない。ただ、プレラの敵をとるべく闇の書の意思に特攻をしようとする。
 だが、そんな彼女の手足は動かない。いや、動けない。

「バ、バインド!?」

 まさか、闇の書の意思はここまで読んで、こちらを拘束したのか?
 死ぬのかな……でも、ま、いいか。成り行きで組んだとはいえ、ロードと一緒に死ねるのなら。
 アギトはそんな事を考え、次に来る衝撃に備えた。

 だけど、衝撃は何時までも来ない。

 衝撃の代わりに、彼女の身体を強固な防壁が包み込む。
 さらに、バインドと防壁は自分をこの場から離脱させようとしているじゃないか!?

「ま、まさか、これってプレラが!? あの馬鹿! 融合騎なんて庇ってどうするんだよ! はなせ、はなせよ!!」

 必死にもがくが、バインドは解けない。バリアは破れない。
 アギトの姿は少しずつ戦場から遠ざかっていった。



 防壁に包まれこの場から強制的に退去させられるアギトを見て、闇の書の意思は最初は追撃しようかと考えた。
 だが、直にその考えを捨てる。

 憎き敵であるが、自爆覚悟で挑んできた騎士が、あの融合騎だけは救おうとしたのだ。
 ここは敬意を表するべきだろう。

 そしてそれ以上に、何もかもがむなしかった。

「結局は、何も変わらないのか……。また、終わらぬ夜が始まる……」

 結局、あの騎士と融合騎でも自分を破壊する事は出来なかった。
 優しい主の夢は破れ、破壊と死に満ちた旅路がまた始まる。

「主はやてよ……」

 あの優しい主。我が愛しき騎士たち。その全てを巻き込み、また全てが終わる。
 でも、せめて……。

「あなたの最後の希望を……」

 闇の書の意思は小さく呟くと、一つの魔法を発動させる。
 発動させたのは、超長距離転移魔法。古の昔、一軍を移動させたという、現在では失われた魔法だ。
 通常の転移では届かない距離でも、この魔法なら地球にたどり着ける。

 騎士たちに、自分が育った町を見せたい。彼女達と、あの町で一緒に住む。
 それが、主はやての願い。

 一緒に住む事はかなわなくとも、せめてこの目に焼き付けておこう。



 そして……。



「ここが主の育った町……」

 海上に浮かびながら、闇の書の意思は誰にともなく呟く。
 ああ、本来なら騎士たちが、優しき主と共に住むはずだった町。

「また、ダメだった……。もう、全てを終わりに」

 だが、その夢は破れた。むなしさだけが残る。

「この場から去ろう……」

 目の内に町の姿は焼き付けた。もうこの場に用はない。そもそも、この場に来るべきじゃなかったのに……。
 理性が残る限りこの場から離れよう。できれば、誰も巻き込みたくない。

 闇の書の意思は転移に巻き込まれた時の庭園や次元航行艇には目もくれず、この場から立ち去ろうとする。

 だけど……。



「まってください、夜天の書さん! お話を聞いてください!」

 彼女の進路をさえぎる様に、不屈の心を宿した少女が立ちふさがる。
 終わらぬはずの夜が明ける時が来た事を、まだ彼女は知らない。















【おまけ】

 くしゃ……。

 ミッドチルダ本局首都3097航空隊隊舎にて、何かが握りつぶされる音が響く。
 潰されたのは金属製のマグカップ。握りつぶしたのは部隊の隊長であるルーチェだった。

『Master?』

 自らの主の行なった奇行に、相棒たるインテリジェントデバイスのロードスターは感情の薄い戦闘用人工知能にしては珍しく困惑した声を上げた。
 一方そんな相棒の声など聞こえていないのか、ルーチェは暗い笑みを浮かべ小声で呟く。

「ふ、ふふふふ、ふふふふふふ……、人が連日残業してまで仕事をしているのに、ストロベリーで甘酸っぱい青春トークで大告白ですか……」

 よく見ると、ルーチェの目の下には濃い隈が出来ている。
 先日の病院襲撃はミッドチルダの地上部隊にとっては大失態に他ならなず、隊長クラスは連日防衛体制の見直しの会議に忙殺されていた。
 ルーチェももちろん会議に出なければならない隊長の一人であり、連日遅くまで会議に出席している。

 さらには、ルーチェはそれにプラスして先日まで出払っていた部隊員達が一斉に提出した報告書の処理に、極秘任務であるヴァン・ツチダの監視までやらなければならない。
 身体がもう一つ二つ欲しいなどと馬鹿な事を考えているような状態なのだ。

 そんな中、口から砂糖でも噴出しそうな告白を見せ付けられたのだから、ルーチェとしてはたまらない。しかも、これを後で脳髄トリオに説明しなきゃならないのだ。それなんて羞恥プレイ?
 隊長室で一人むなしく仕事をしている自分が馬鹿らしい。
 徐々に妙なテンションが上がってくる。書類の処理速度が速くなり、ついでに声も大きくなっていく。

「くっくっくっくっく、幸せにはしませんよ、幸せには……」

 ルーチェが暗く呟く。その目には、嫉妬の炎が燃え盛っている。
 含み笑いが大きな笑いに変わり、部屋から声が漏れ出す。だが、今のルーチェはそんな事を一切気にしていなかった。

「帰ってきたら、こき使ってやる。こき使ってやるから……。ふふふふふ、私の部隊からカップルなんて誕生させるものですか……」

 やたら後ろ向きな事を呟くルーチェだが、彼女は本気である。とりあえず、あの二人のクリスマスは全力を持って潰す所存だ。
 というか、やってられっか、こん畜生め。
 あ、なんか抱きしめてる。スゲームカツク。

「ティーダ・ランスターと、ヴァン・ツチダの両名は、絶対に破局させてやるんだからねっ!」



「えっと、隊長は何叫んでいるんだ?」

 隊長室の扉の前で、3097隊の隊員達は気味悪そうに中から漏れ出している奇声を聞いていた。
 ちなみに、声をかけるような度胸の持ち主はいない。

「何時もの発作だろう」
「あれさえなけりゃなぁ……」
「お前声かけろよ」
「やだよ。お前こそ声かけろよ」

 隊員達はヤレヤレと、肩をすくめる。

 あの可愛らしい隊長が赴任しておよそ3ヶ月。見てくれはともかく、性格に関してはこの部隊に相応しい変わり者だったと隊員達も悟っていた。
 特に不思議なのは、既婚者には優しいくせにカップルにだけは厳しいところだ。
 デートや合コンで休みたいなどと言った日には、確実に普段の倍以上の仕事を押し付けてくる。だからと言って誰かに嫉妬しているのかというと、それとも違う。

 どうも、彼女は恋愛そのものが嫌いならしい。

 前世が男という彼女の事情を考えればやさぐれるのは無理も無いのだが、そんな事を隊員に分かれというのが無理だ。

「げーはっはっはっはっは」

 隊長の奇妙な笑い声が隊舎に響く。
 その奇妙な笑い声をBGMに、隊員達は今日も市民の安全を守るために働く事を決意する。
 決して美少女が上げる奇妙な笑い声に対して現実逃避をしている訳ではない。たぶん。

 時空管理局ミッドチルダ本局首都航空3097隊は、今日も平和だった。



[12318] A’s第10話(1)
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:9f18423d
Date: 2010/05/05 04:16
A’s第10話(1)



 海岸線の公園……。洒落たデザインの海に突き出した桟橋が見える。
 って、凄い見覚えがある光景だよな、おい。
 少し前に起こったPT事件で、俺達にとって最後の舞台となった場所。なのはとフェイトが一時の別れを惜しんだあの公園に俺達は倒れていた。

「ここは海鳴市?」

 ありえない光景に、俺は驚きの声を上げる。
 時の庭園があった場所は本局の近くだったはず。現在の技術で地球まで一瞬で転移出来る距離ではない。数年のうちに実用化できるって話だけど、あくまでも見込みでしかない。
 それに時の庭園のような大質量ごと転移するなんてのは、俺達の魔法の常識ではありえない。
 こんな事は普通の人間には不可能だろうから、やったのは多分彼女だ。

 空中を見上げると、そこには黒い翼の生えた銀髪の女が浮かんでいた。女はこちらの事など気にする様子も無く、町をじっと見つめている。

 って、あれ。リィンフォース……じゃなかった。まだその名前はもらってないだろうから、闇の書……、いや、夜天の書……の、管制人格だよな。
 なんで覚醒したのかは分からないが、時の庭園を転移させたのも彼女の仕業だろう。というか、蒐集されていただろう古代魔法以外に考えられない。

「ん……、んんっ……」

 腕の中で、なのはが身を小さく声を上げた。目が覚めるのかな?
 催眠系の魔法をかけられた直後は、後遺症などを考えメンタルチェックをするべきだとされている。とはいえ状況が状況だ。すぐに起きてもらうべきだろう。

「なのは。起きろ、なのは」

 俺はなのはの頬を2、3度軽く叩く。程なくして、なのはは薄目を開けた。

「あれ? ヴァンくん……? あれ? ここって海鳴?」

 まだ意識がはっきりしないのか、なのはは寝ぼけ眼で周囲を見渡す。

「なのは、起きたか? 身体の調子はどうだ?」
「ヴァンくん!?」

 だが、それも数秒だけ。次第に目の焦点が合ってゆく。
 そして俺の姿を確認すると、なのはは耳まで真っ赤になり、目を白黒させ、俺の怪我を見て青くなった。実に表情豊かだ。

 まぁ、意識が戻ったら家族以外の、しかも喧嘩をしていた男の子の腕の中じゃ、こういう反応になるだろう。まだ子供とはいえ、なのはも女の子だ。
 それに、今の俺は寝起きに見て気持ちのいい姿じゃない。バリアジャケットのおかげで止血は終わってるが、全身傷だらけな上に、左腕が肩より上に上がりそうに無い。
 痛覚遮断が無ければ、激痛で七転八倒していた事だろう。

「なのは」
「ヴァンくん」

 俺が声をかけるのと同時に、なのはも俺の名前を呼ぶ。
 そのタイミングがまったく同時だった為に、思わず双方とも押し黙ってしまう。
 俺は目をぱちくりと、なのははまた頬を真っ赤にして上目使いでちらちらとこちらを見る。

 一瞬、すげーやな予感が脳裏をよぎったが、俺はその可能性を無理やり脳の片隅に追いやった。

「あの、なのは」
「あの、ヴァンくん」

 また沈黙。
 だから、こんな事をやっている場合じゃないって。

「なのは!」
「は、はい!」

 なのはは真っ赤になってびくりと震える。とりあえず話を聞く体制が出来たのだから良しとしよう。
 しかし、俺はどう説明するべきか……一瞬だけ悩む。俺だって、状況が分かっているわけじゃないのだ。なのはと話すのと平行して、アースラや時の庭園に呼びかけているのだが、うんともすんとも言わない。
 かなりまずい状況なのは確かなのだが……。

 俺となのはの間に、また気まずい沈黙が流れる……と、そう思われたその時、絶望に沈んだ女の声が俺達の耳に届く。


「また、ダメだった……」


 決して女の声は大きかったわけではない。むしろ小声だった気がする。
 だが、彼女の悲痛な声は、確かに俺達の耳に届いていた。

「ヴァンくん、あの人……」

 なのはの表情が真剣なものに変わる。俺やユーノがPT事件で何時も見てきた、彼女のりりしく頼もしい表情だ。女の子に使う表現じゃないような気がするが、なのはにはこの言葉が一番似合うと思う。
 そしてその表情を見ていると、絶望的な状況なのにちっとも絶望なんて感じやしないのだ。

 子供相手に頼っているようで情けないのだが、どんな絶望的な状況でも何とかなる。そう思わせるものの片鱗が彼女には確かにあった。

「ああ、闇の書……あ、いや。夜天の書の管制人格だろう。理由はよく分からないが、海鳴に転移させられたらしい」
「そうなんだ。あれが、闇の……」
「夜天の書な。ちゃんと本名で呼ばないと」
「あ、うん。そうだよね夜天の書さんだね」

 闇の書は改悪され付けられた名前だ。
 当人がそう名乗った、あるいはそう呼べと言ったならともかく、そうでないのならちゃんと本名で呼ぶのが礼儀だろう。


「もう、全てを終わりに」


 再び絶望に満ちた声が聞こえてくる。
 恐らく、彼女にとって今回は数少ない呪われた運命から抜け出すチャンスだったのだ。だが、その機会は永遠に潰えた……と思っているのだろう。
 良い奴も、悪い奴も、好きな奴も、嫌いな奴も、自分のせいで、自分の意思と関係なく死んでしまう。
 夜天の書の絶望がどれほど深いかなんて、俺には想像も出来ないし、軽々しく何か言っていいものじゃないと思う。仮に言って良い人間が居るとしたら、彼女達と呪われた運命を共にする覚悟がある者だけだ。

 そして俺には、そんな覚悟は無いから、その絶望に対してはなにも言わない。

 というか、運命を共にする覚悟なんてのは俺達には不要だ。
 俺はソレを確認するために、なのはに話しかける。

「って、言ってるけど?」
「ううん、まだ。何も終わってないよ。はやてちゃんも、夜天の書さんも……。それに私も」
「いい返事だ」

 俺となのはは顔を見合わせて少しだけ笑う。

「とりあえず、彼女が暴走を開始したら町が危ない。その前にけりをつけるんだ」
「うん」

 今の俺達に必要なの覚悟は二つだけしかない。諦めない覚悟と、このふざけた運命を絶対に終わらせるという強い意思だ。
 こんな所で死ぬ気は無いし、大切な友達を失う気も無い。たった1ヶ月とはいえ、なのはとユーノ、3人の思い出が詰まった町を失うなんてごめんだ。

「なのは、ごめんな。散々危ないとか何とか言っても、最後には君に頼る事になりそうだ。仲直りもまだなのに」
「ううん。私もちゃんと話したいし。……ヴァンくん、大丈夫?」
「怪我はともかく、魔力切れ。すぐに戦闘は無理だ」

 もっとも、その気はあってもすぐには動けそうに無い。
 怪我もひどいが、それ以上に魔力切れが深刻だ。全身がだるくて力が入らない。

「私を助けるために……。なら、私と魔力をはんぶ……」
「いや、そうじゃないから。フルドライブを使っちゃったから」
「あ、そっか。たしか動けなくなるんだっけ?」
「うん」

 なのはも俺のフォースセイバーの欠点を知っているから、すぐに納得してくれた。
 フォースセイバーの最強モードであるフルドライブは、1回使用するとリンカーコアが焼け付き、5分間は魔法の使用が制限されるという諸刃の剣なのだ。
 しかも、今回はカートリッジを3発同時使用している。回復まではもう少し時間がかかりそうだ。

「俺も動けるようになったらすぐに行くから」
「うん、まってるから」

 まぁ、俺が行っても盾ぐらいにしかなれない気がするが、どのみちなのはだけに任せるって訳には行かない。
 盾にしかなれないなら、盾になればいいだけだ。

「でも、フェイトちゃんやユーノくんたちは……」
「多分、ユーノやフェイトは闇の書に取り込まれているだけだ。でっかい魔法ダメージを与えれば、連中なら自力で脱出できる」

 半ばあてずっぽうだが、物語の知識やユーノの調査記録と照らし合わせれば、間違っていないだろう。
 闇の書の過去の活動記録から、対人吸収能力ないし魔法を持っている事が判明している。町の住民が一晩で全て消えたなんて事もあったそうだ。
 時の庭園から連絡が無い事を考えれば、全員吸収されてしまった可能性が高い。
 全滅した可能性も無きにしも非ずだが、俺が時の庭園を離れた短時間でクロノさんやティーダさん、ユーノや武装隊を全滅させるのは、いくらなんでも無理だろう。

「はやても、多分同じ状態だと思う。
 説得して話を聞いてくれるならそれでも良いんだけど、聞かないようだったら、とにかく暴走を開始する前に大きな魔力ダメージを与えて寝ている連中を叩き起こすんだ」

 はやても内部でまだ生きているはずだ。彼女が死んでいるのなら、闇の書は暴走、転生しているはず。アースラがこの場にいない以上、はやてを助け出して夜天の書から闇の書の闇を切り離す以外に手は無い。
 とどめのアルカンシェルが無いのだが、その前の第一段階、はやてたちの救出が出来なければとどめなんて考えるだけ無駄だ。

 そう、まだ、何も終わってない。まだ、チャンスはある。

 俺は内心の不安を押し隠し断言した。
 正直に言えば、物語と違う状況だからそれで上手く行くとは限らない。とはいえ、俺となのはの二人だけしかいない以上、物語と同じ奇跡が起こる可能性にかけるしかないのだ。

 俺の言っている事があやふやで、不確実な事はなのはも分かっているのだろう。
 でも、なのははにっこりと最高の笑顔を俺に向けてくれた。

「うん、わかった。やってみるね」

 そう言うと、俺の腕の中から抜け出し、なのはは立ち上がる。
 って、まだ抱きしめっぱなしだった……。

「頼むよ、なのは」
「うん。まかせて。行くよ、レイジングハート」

 なのはの声に、今か今かと出番を待ち構えていたレイジングハートが眩く輝く。

「我、使命を受けし者なり。
 契約の下、その力を解き放て。
 風は空に、星は天に。
 そして、不屈の心はこの胸に。
 この手に魔法を。
 レイジングハート、セット・アップ!」

『stand by ready.
 set up』

 一瞬、周囲に眩い桜色の魔力光は膨れ上がり、次の瞬間、純白のバリアジャケットを身に纏ったなのはがそこにいた。
 金と白、そして赤い宝玉のはまった杖を手に、なのはは夜天の書をじっと見つめる。
 そして最後にこちらを一瞬だけ振り向くと、彼女は薄暗い空に飛び上がった。



 なのはが飛び上がった先、そこには夜天の書が、俺達の事など気にせず町を見つめていた。
 だが、それにも飽きたのか、彼女は再び呟く。

「この場から去ろう……」

 周囲には、俺が飛ばした情報収集用のサーチャーがあり、近づいてくるなのはの姿も見えているはず。
 だが、彼女はまるで気にする様子が無い。強者の余裕って感じじゃないよな。
 サーチャーを通してではあるが、彼女を近くで見た第一印象はとにかく寂しそう……この一点だ。クールに見えるけど、それは彼女が周囲との間に作った壁な気がする。悲しくて、寂しくて、触れたらすぐに壊れそうな、そんな弱々しい印象を受けた。
 そのくせ放出する魔力はなのはを上回っているんだから、ものすごくアンバランスだ。

「まってください、夜天の書さん! お話を聞いてください!」

 ようやく夜天の書に追いついたなのはが、彼女の進路をさえぎるように回りこみながら声をかける。

「お前は……、主はやての友人の……」

 声をかけられて、ようやく夜天の書は俺たちの存在を認識したようだった。

「私、なのは、高町なのは。私立聖祥大学付属小学校3年生です、夜天の書さん!」

 なのはの自己紹介に、夜天の書は一瞬だけ目を見開き驚いた表情をする。
 だけど、次の瞬間には彼女の表情は苦痛に歪み、口から漏れたのは自嘲の言葉だった。

「お前はその名前で……、本当の名前で私を呼んでくれるのか……。だけど、もう今となっては夜天の名も虚しいだけだ……」

 その言葉を聞きながら、俺となのはは念話で話す。

【ねえ、ヴァンくん。今の】
【なのはも気がついたか】

 そう、なのはが彼女を“夜天の書”と呼んだ時、僅かではあるが彼女の瞳の中に喜びの色が見えた。

【なのは、彼女に呼びかけるんだ】

「夜天の書さん。お話を聞かせてください。はやてちゃんや、フェイトちゃん。あと、ユーノくんやシグナムさん、ヴィータちゃん、シャマルさんは……」
「主はやても、愛しき騎士たちも、お前の友も私の中で眠っている……。すまないが、彼女達の事は諦めてくれ。私には、どうにも出来ない」

 なのはの問いかけに、夜天の書は自分の胸に手をあて、申し訳なさそうに答える。
 さらに、ちらりとこちらと視線を向け、こう付け加えた。

「もう時間が無い。私は暴走を開始するまで出来る限り町から離れよう。お前はあの勇敢な少年と共にこの世界から立ち去るといい」

 暴走まであまり時間が無いらしい。
 ユーノやフェイト、ティーダさんにクロノさん、武装隊の面々は想像した通りのようだ。まだ“眠っている”だけなら希望はある。

「さあ、時間が無い。私が暴走を開始する前に、早くこの場から逃げるんだ」

 悲痛な声だ。せめて、本当の名前を呼んでくれたなのはだけは逃げて欲しいと思ったのかもしれない。

 もっとも、記録に残る限り“闇の書”の暴走は最大で世界規模にまで達する。この世界のどこにも逃げ場は無い。
 仮に彼女が転移して何も無い次元空間に行ったとしても、大規模次元震は発生する。その場合、余波でどこに被害が出るか分からないという最悪の状況になる可能性が高い。
 さらには過去の記録を見ると、被害を出さないように転移させたら、転移痕を遡って無数の世界に被害を及ぼしたなんて逸話まである。

 逃げたところで気休めに過ぎないのは、夜天の書自身が一番よく分かっているはずだ。

 もっとも、それ以前の段階で俺達が逃げる訳は無いんだけどね。俺もなのはも、何一つ諦めていないから。
 夜天の書の悲痛な声に対し、高町なのはは、俺の尊敬する友人は、はっきりと拒否の言葉を口にする。

「それは出来ません」
「なぜ!」
「フェイトちゃんも、ユーノくんも、ヴォルケンリッターの人たちも、クロノくんや管理局の人たちも……。それに、はやてちゃんも夜天の書さんも、絶対助けるから。だから、もう泣かないで、夜天の書さん!」

 遥かな過去から、そして近い過去から続いている、痛みに覆われた冷たい現実を撃ち砕くと、あるいは彼女達を縛り続けていた悲しき呪いの鎖を断ち切ると、なのはが決意の声を上げる。
 その瞬間、夜天の書の頬に一滴の涙がこぼれ落ちた。



[12318] A’s第10話(2)
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:9f18423d
Date: 2010/05/20 01:04
A’s第10話(2)



『幕間・過去、あるいは先延ばしにされただけの決別』





 フェイトの目覚めは、驚きから始まった。

 柔らかな朝の日差しが差し込む部屋のベットはふかふかで、なんだかとても良い匂いがする。
 その事に驚きながら布団をずらすと、隣では小さくなったアルフと自分そっくりの女の子が寝ていた。その女の子がアリシア……自分の元となった少女だとすぐに分かった。アリシアの姿など、一度も見た事が無いのに……。

 更に驚きは続く。

 寝ていた自分たちを起こしに来たのは、フェイトにとって魔法の師である使い魔のリニスだった。
 ありえない。彼女はもうこの世界のどこにも居ないはずのに……。

 そして、リニスにつれられて到着した食堂で、フェイトの驚きは最高潮に達する。

 そこには、テロリストに連れ去られたはずの母が、リラックスした仕草でお茶を楽しんでいるではないか!?

「お母様、おはよう」
「おはよう、プレシア」

 アリシアとアルフがプレシアに駆け寄る。

「アリシア、アルフ。おはよう」

 プレシアは優しく微笑むと、自然な仕草で挨拶を返す。

「プレシア、困りましたよ。今日は嵐か雪になるかもしれません」

 そんな3人に、リニスは歩み寄りながら冗談交じりに声をかける。
 さらに、その光景を柱の影から見つめていたフェイトに声をかけた。

「ほら、フェイト」
「どうしたの、フェイト?」

 その声に促され恐る恐る柱の陰から出てくるフェイトに、プレシアは優しく微笑み声をかける。

「どうも、なにか怖い夢でも見たらしくって、今は夢か幻だと思っているみたいですよ」
「フェイト、勉強のしすぎとか?」
「ありえる」

 困ったように説明するリニス、冗談交じりにまぜっかえすアリシアとアルフ。
 そこだけ見れば、ごく普通にある幸せな家庭だ。だからこそ、フェイトは一層不安を感じていた。

「フェイト、いらっしゃい?」
「あ……」

 プレシアに促され、フェイトは恐る恐る傍に寄る。
 そんなフェイトに、プレシアは優しく微笑み頬をそっと触った。

「怖い夢を見たのね。でも、もう大丈夫よ。母さんもリニスもアリシアも、みんな貴女の傍にいるわ……」

 母の暖かな手に、フェイトは息を飲む。
 そうか、あれは夢なんだ……夢なんだよね、母さん。優しかった母さんが、あんな怖い人になるはずはないよね。

「母さん……」

 フェイトの呟きに、プレシアは答える。


「本当に、愚図な子……。それでも、この大魔導師プレシアの娘?」


 突如投げかけられる冷たい言葉。その言葉に、フェイトは顔を上げようとする。
 だが、それよりも早く頬に感じたのは、冷たい感触と鋭い痛み。

 衝撃で床に倒れた少女が見たのは、何かに追い詰められたような、それでいて全てを諦めているような、フェイトのよく知ったプレシアの姿だった。
「愚図な子にはお仕置きをしないとダメね。母さんは悲しいわ」

 プレシアの手には、いつの間にか鞭が握られている。
 それを見た瞬間、フェイトの思考が凍りつく。
 先ほどまでの暖かな空気は既にそこにない。あるのは、薄暗い廃墟同然の部屋……。彼女の知る時の庭園であった。

 状況が分からない。何が起きた?

「何を惚けた顔をしているの……?」

 だが、フェイトが状況を整理するよりも早く、プレシアは苛立たしげに鞭を振るう。
 時の庭園に鞭が空を切る音と、少女の悲鳴が響き渡った。





『幕間・過去、あるいは先延ばしにされただけの決別』





「フェイトちゃんも、ユーノくんも、ヴォルケンリッターの人たちも、クロノくんや管理局の人たちも……。それに、はやてちゃんも夜天の書さんも、絶対助けるから。だから、もう泣かないで、夜天の書さん!」

 なのはの叫びも、結局は夜天の書の絶望には届かない。

 いや、これは少し違う。確かに彼女の絶望は深いが、それだけではない。

 本当の名を忘れ去られ、呪われた書として存在してきた彼女にとっては、本当の名で呼び、自分と言う存在を知りながらも平然と救うと言い放つ少女の存在は心地よいものだ。なるほど、下肢が不自由な主に対しても、嫌な顔を一つもせずに友になれるだけのことはある。
 だが、だからこそ、この少女は逃げてもらいたかった。

「貴女の心は心地よい。だが、もう全ては手遅れ……」
「手遅れなんかじゃ!」

 なのはの叫びに、夜天の書は冷たい現実を突き立てる。

「手遅れなのだ。既に私は暴走寸前で、貴女が何かをしようとした瞬間に、第一段階として自己防衛プログラムが暴走を開始する」
「そんな……」
「逃げて欲しい。そして、主はやての事を少しで良いから覚えておいて欲しい……」

 なのはが思わず絶句する。彼女も、闇の書の暴走の恐ろしさは知っているのだろう。
 それでいい。此処で逃げるのは恥ではない。幼い命を散らしてまで人を救う必要など無い。
 彼女は逃げて生き延びるべきだ。せめてこの少女を巻き込まないようにと、夜天の書は願う。

 だけどそんなささやかな願いは、なのはには届かない。届く必要も無い。
 だって、夜天の書は苦しそうだ。悲しそうだ。とっても辛そうだ。

 助けたい。高町なのはがそう思ってしまったのだから。

「ごめんなさい。夜天の書さん。やっぱりそのお願いは聞けません。少しだけ覚えているなんて嫌だから、もっと、楽しい思い出を沢山作りたいから!」

 なのははそう言うと、相棒たるレイジングハートに声をかける。

「行くよ、レイジングハート。少し無理をするけど、ごめんね」
『All right』
「馬鹿な真似はよせっ!」

 夜天の書が叫ぶが止まらない。
 レイジングハートから、カートリッジから空薬莢が1発排出される。

「エクセリオンモード」
『Exelion mode. Ignition』

 レイジングハートに課せられていた、最後の枷が吹き飛ぶ。
 フォルムはより鋭角になり、まるで金色の槍のような形態へと変化する。レイジングハートの切る札ともいえる、エクセリオンモードがその姿を現した。

「逃げろ……暴走が」

 夜天の書の表情が苦痛に歪む。
 なのはの魔力の高まりに反応し、自己防衛プログラムが勝手に起動しそうなのだ。

「逃げません。いくよ、レイジングハート!」
『Excellion Buster』

 レイジングハートの先端に、桜色の魔力光が宿る。
 暴力的なまでの魔力が、魔法陣と魔力球を形成した。

「少し痛いかもしれないけど、少しだけ我慢してください!」
「無理だっ! 逃げろっ!」

 なのはの叫びと、夜天の書の叫びが交差する。
 その瞬間だった。

「ブレイク……きゃっ!」

 発射寸前になった瞬間、突如なのはに翼の生えたトカゲが飛び掛る。なのはは小さな悲鳴を上げながらもギリギリで回避した。

「こ、これって!?」
「もう、止められない……」
『自己防衛プログラム発動……』

 夜天の書の声と、機械的な音が同時に口から漏れる。

『今期蒐集生物を召喚。転生準備完了まで防衛に当てる』
「や、やめろ……」

 良く見れば、いつの間にか夜天の書の周りに無数の魔法生物が出現していた。

「これって暴走の!?」

 なのはが初めて見る生物群に驚きの声を上げる。
 そのわずかな隙に夜天の書は大きく後退し、代わりに魔法生物の触手がなのはを絡めとろうとした。

「邪魔をしないでっ!」

 なのはが魔法生物達の突進を回避し、反撃の魔法弾を準備しようとする。

「邪魔なんてさせるかよっ!」

 だが、なのはが魔法弾を展開するよりも早く、この場に飛び込んできた少年が魔法生物を一太刀で切り捨てた。
 存在を保てなくなり消えていく触手や魔法生物から目を離さず、ヴァンはなのはに声をかける。

「なのはっ!」
「ヴァンくん!?」

 よほど急いで飛んできたのだろう、少年……ヴァン・ツチダは肩で息をしていて、得意としているはずの光の剣も、今の一太刀で消えてしまっている。
 そもそもあの負傷と魔力切れだ。戦場に飛び込む自体が無茶極まりない。
 そんな少年に、なのは振り向かずに声をかけた。

「身体は大丈夫なの!?」
「こいつらと戦えるぐらいには回復した!」

 実のところ、この言葉は嘘だ。ヴァンはかなり無理をしている。
 倒れていた騎士クラウスからカートリッジを分捕り何とか上がってきたものの、左腕は相変わらず動いていないし、リンカーコアも回復したとは言いがたい。
 だが、サーチャー越しに伝わってきた状況から、休んでいる場合ではないと判断して上がってきたのだ。

「任せても大丈夫なんだよね」
「大丈夫、この手の生物と戦う訓練は受けてる。背中は俺が守るから、なのはは夜天の書を追うんだ!」
「うん!」

 ヴァンが無理をしている事など百も承知だ。
 だけど、なのははヴァンの言葉を信じた。例え無茶でも、危険でも、負ければ世界ごと消えるのだ。信じて任せなければ戦えない。

「ごめんね、ヴァンくん」
「謝る必要なんて無いよ。これは、俺の仕事なんだ。第一、悪いのはこの状況を作った連中で、なのはが気にするような事じゃない」
「そういう問題じゃないとおもうの!」
「そうか?」

 まったく、自覚が無いのは怖いと思う。
 どれだけ人が心配したと思っているんだ、ヴァンは。

「もう、あとでちゃんとお話をしようね」
「ああ、約束だ」

 二人の言葉はそこで切れた。
 なのはは夜天の書を、ヴァンは魔法生物達を睨みつける。互いに戦う相手は決まった、あとは目的を達するだけだ。

 最後に一言。なのはは誰にも聞こえないように小さく呟く。

「私の事、守ってくれるって言ったよね。約束だよ、ヴァンくん」

 ちょっとだけ、胸と頬が熱くなる。
 それがなんなのか分からないけど、彼は守ると言った。信じたい。

「行って来るよ、ヴァンくん!」
「ああ、頼んだ! 雑魚は任せておけ!」

 お互いに顔も見ず、それぞれが戦わなければならない相手に向かい飛び立っていった。



[12318] A’s第10話(3)
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:9f18423d
Date: 2011/08/08 23:19
A’s第10話(3)



 青い水の世界を見下ろす漆黒の空間に、突如閃光が輝く。
 閃光が消えた時、銀色に輝く船が出現していた。
 そこは今だ地球人類が叡智を結集しなければ到達できない場所であり、その船は地球人類が建造した物では無い。

 船の名はアースラ。数多の世界を守る、時空管理局の次元航行艦だった。



「皆、大丈夫?」

 転移の衝撃で艦長席から転げ落ちたリンディは、椅子に戻りながらクルーに声をかける。
 ブリッジを見回したところ、自分以外のクルーも席から投げ出されていたが、どうやら大きな怪我をした者はいないようだ。

「計器に異常なし、問題ありません」
「機関部、こちらも問題ありません」
「大丈夫です」
「皆、すぐに状況を確認。エイミィ、急いで頂戴」
「了解です」

 次々に無事の報告が届く中、我ながら無茶を命じたものだとリンディは内心で苦笑いをする。
 突如転移を始めた時の庭園に対し、リンディはアースラを転移魔法陣へ突入させた。横に同型のデバイスをベースとした明星の書の管制人格レインがいて、魔法陣の正体をすぐに教えてもらえたとはいえ、普通の人間なら突入は躊躇するところだ。
 これはリンディがクルーから絶大な信頼を勝ち取っている事の表れだろう。

「現在位置特定……。現在位置、第97管理外世界地球付近!」
「艦長、次元航行艦ヘロイーズより通信が入っています!」

 次々に報告が届く中、同じ管理局の次元航行艦から通信が届く。
 その船の名前には覚えがある。闇の書関連で動けないアースラに変わり、第97管理外世界地球付近の巡回を行なっていた次元航行艦のはずだ。
 恐らくは地球付近を巡回中だったのだろう。

「すぐにつないで頂戴」
「了解です」

 リンディの指示を受け、エイミィがモニターの一角を開く。そこに慌てた表情の厳つい大男が映し出される。

「お久しぶりです、リンディ先輩……じゃなかった、提督。とりあえずこれを見てください」

 挨拶する間も無くヘロイーズの艦長は映像をアースラに送った。
 モニターの一角に、黒い結界に包まれた海鳴市海岸線の様子が映し出される。

「これは……!?」

 海鳴市はいい。
 見知らぬ世界につれて来られていたのだ、彼女が求めるのは故郷である海鳴だろう。闇の書の主に選ばれた少女の事を考えれば、転移先が彼女の故郷である海鳴市近辺になる可能性は十分に想定できた。
 だが、あの結界の周りで武装局員に襲い掛かっている魔法生物の群れは一体何なのだ?
 驚きのあまり表情を凍らせるリンディに、ヘロイーズの艦長は状況を説明する。

「今から少し前に、第97管理外世界で強力な転移反応を確認。それと同時に強力な結界が展開されました。こちらの武装局員を調査に向かわせたところ、突如魔法生物が出現、こちらに襲い掛かってきました。現在は結界の上にもう一つ結界を張り、魔法生物が地元都市に襲来しないよう迎撃に当たっております」

 実のところ、ヘロイーズに乗っていた武装局員だけでは数が足りず、地球に密入国をしようとしていたいたずら小僧などの民間人にまで迎撃の協力を要請をしなければならない始末だ。
 まだ結界確認から数分だが、出現した魔法生物の数は大小あわせ100を超えている。

「内部の状況は分かりませんか?」
「なにぶん強固な結界で、内部の確認すらできていません。埒が明かないので突入部隊を編成しようかと考えていた矢先に、アースラが……」

 ここまで言うと、ヘロイーズの艦長は言葉を切った。
 彼もアースラが闇の書の対応に当たっていた事は知っている。強力な結界、現在の常識では考えられないアースラの出現、魔法生物の突然の出現。これらを総合すれば、この一件に闇の書が絡んでいる事は容易に想像できた。

 当初は驚いていたリンディだが、彼女もまた同じ結論に達する。リンディは頷くと、部下に指示を飛ばした。

「恐らくあなたの考えている通りよ。エイミィ、ヘロイーズに闇の書に関する資料を送って頂戴。あと、こちらでも結界のスキャンを急いで」
「了解。おそらく闇の書の魔力パターンを使えば、結界内部の様子も……」

 一斉に動き出すアースラスタッフ。
 程なくして、正面のメインスクリーンに結界内部の様子が映し出される。
 ノイズ交じりではあるが、結界内部では少年少女が魔法生物の群れと戦っているではないか!?

「結界内部確認できました……なのはちゃん、ヴァン空曹を確認! 戦闘中の模様です!」

 その様子に、ブリッジが一斉にどよめく。

 よく見てみれば、魔法生物と戦っているのはヴァンだけだった。
 なのははというと、その横で黒い翼を生やした女と戦っているではないか。

「レインさん、彼女は?」
「あれは、私と同型……闇の……、いや、夜天の書の管制人格です」

 レインの解説に、一同息を飲む。
 予想はしていたが、ここまで事態が進んでいる事に驚きを隠せない。
 そしてそれ以上に、わずかな時間とはいえこの絶望の中を戦い続けている子供たちにも驚く。
 
 二人とも、それほど時間が経ってないはずなのにボロボロだ。なのははバリアジャケットのあちこちに綻びを生じさせているし、ヴァンにいたっては、全身のあちらこちらに流血の後がある。左腕にいたってはぶらんと下げたまま、動かしていない。

「急いで二人と連絡を!」
「はい! こちらアースラ、こちらアースラ。二人とも聞こえる!? 無事!?」

 エイミィの呼びかけに、二人は一斉に反応した。

『こちら高町なのはです! なんとか無事にやってます!』
『こちらヴァン空曹。聞こえます! アースラは無事だったんですか!?』
「それはこっちの台詞よ……って、危ない!」

 巨大な口をした魔法生物がヴァンの右腕を飲み込む。その様子に、エイミィが思わず悲鳴を上げる。
 だが、当のヴァンは焦る事もなく、それどころからそのまま右腕を相手の口内に押し込むと砲撃魔法を発動させた。

『ブレイズ……キャノン!』
『Blaze Cannon』

 口から直接体内に砲撃を打ち込まれた魔法生物はたまらない。頭の先から尻尾までボコボコと皮膚や肉が膨れ上がらせると、次の瞬間には内部から破裂して消滅する。
 ヴァンは魔法生物の消滅を確認すると、周囲の魔法生物を牽制するために魔法弾を放ちながら通信を続ける。

「だ、大丈夫なの?」
『問題ありません。こちらは現在覚醒した夜天の書と交戦中です!』

 右腕を焦がしたヴァンの言葉をなのはが引き継ぐ。

『夜天の書さんはだだっこですが、なんとか話は通じそうです。はやてちゃんやフェイトちゃんにユーノくんとクロノくん。それに取り込まれた他の人の救出をやってみます!』

 そう叫びながら、なのはは闇の書……いや、夜天の書とぶつかる。
 なのはの張ったシールドと、夜天の書の拳がぶつかり合い火花を散らす。次の瞬間、魔力で劣るなのはのシールドは砕け散った。次の瞬間、魔力の篭った夜天の書の拳がなのはに突き刺さる。
 なのはは寸前でデバイスで防御するものの、勢い良く海に叩き落された。

 リンディは巨大な水柱を上げて海に消えていったなのはの名を叫ぶ。

「なのはさん!」
『大丈夫です。まだやれます』

 なのははすぐに浮かび上がると、再び空中で夜天の書と対峙する。
 肩で息をしていて辛そうだが、瞳の内の闘志は欠片も衰えていない。

「二人ともいい、よく聞いて頂戴。クロノは無事だから解析が完了次第すぐに救援を向かわせます。ほんの少しだけど堪えて頂戴」
『クロノさんは無事だったんですか!? 了解です!』
『分かりました!』

 まったく、大した子供たちだ。
 こんな状況なのに、泣き言一つ言わないなんて。

「無理しないで、なんて言える雰囲気じゃなかったわね……。結界の解析急いで、救援を送り込むわよ。提督、申し訳無いんですが」
『聞いていましたよ、先輩。こちらも結界内部への侵入ルートの解析を急ぎます』
『待ちたまえ』

 二人の艦長の会話に、イオタが割り込む。

「ドクター・イオタ。何ですか?」
『話は聞かせてもらった。レイン、こっちに来い。私たちなら、あの結界内部に進入が可能だ』
「何ですって!?」

 思わず傍らに控えていたレインの顔を見る。
 レインは小さく頷く。

「力技になりますので私たち以外に1名を結界外周部に連れて行くのが限界ですが……、私とマスターなら可能です」

 医療用である明星の書は、治療目的以外の魔法のほとんどは制限を受けている。だが、そんな中でも医療目的以外にも制限が緩い魔法系統がいくつか存在する。
 その一つが転移魔法だ。元々は緊急時に患者の下に直に向かえる様にと制限が緩かったのだが、それがこの場では幸いした。

「クロノ、貴方は大丈夫?」
『問題ありません、艦長。すぐにでも行けます』

 クロノだって、闇の書の吸収に巻き込まれ無傷ではない。
 だが、彼もまた何一つ諦めてなどいないのだ。

 まったく、若いというのはうらやましい。
 リンディはその若さに内心で微笑むと、凛とした声で命令を発する。

「分かったわ。クロノはすぐに救援を。ドクター・イオタ、それにレインさんは転移をお願いします」





「逃げるんだ……」
『敵性存在健在、迎撃レベル上昇』

 苦しげに呟く夜天の書と、その口から漏れる機械的な防衛プログラムの声が響き、無数の魔法弾が彼女の周りに出現する。
 魔法弾の数は目視できるだけで100は下らないだろう。
 だが、圧倒的ともいえる夜天の書の力を見てもなのはは一歩も引かない。一つ一つの言葉を噛み締めながら、決意を口にした。

「言ったよね。私は逃げないって。はやてちゃんや夜天の書さんを助けるために、皆頑張ってる。リンディさんも、エイミィさんも、管理局の人も、ヴァンくんも、みんなみんな、頑張ってる。私が逃げていい理由なんてどこにもないんだよ」

『迎撃レベル設定完了。迎撃開始』

 無数の魔法弾がなのはに向かい発射される。
 その魔法弾の数では勝負にならない。なのはは砲撃で対抗する。

「レイジングハート、行くよ!」
『All right. Excellion Buster』
「エクセリオーン! バスター!!」

 桜色の砲撃と光の弾が二人の間の空間に衝突する。激しい爆発がおき、互いの視界を塞ぐ。
 夜天の書が煙の中から脱出する。それを追う様に、桜色の魔力光が爆煙を切り裂く。

「バスター!」
「抜き撃ち!?」

 夜天の書が驚きの声を上げた。
 抜き撃ちとは思えない威力の砲撃に、さすがの夜天の書も大きく跳ね飛ばされる。
 だが……。

「あれも無事なんだ……」

 驚いたのはなのはも同じだった。
 抜き撃ちとはいえ、エクセリオンバスターの直撃を受けたはずだ。それなのに、夜天の書はすぐに体勢を立て直してしまった。

「マガジンは残り2本。カートリッジは12発。もう少し頑張ろうか、レイジングハート」
『All right』





『幕間・過去、あるいは先延ばしにされただけの決別』





 何時ものように折檻を終えた母が自分に命じたのは、第97管理外世界でのジュエルシード探しだった。

 ああ、そうか。あの出会いは夢だったんだ。地球に行けと命じられた自分が作り出した……。
 友達となりたいって言ってくれた女の子も、変な医者も、全てが辛い現実から逃げ出したい自分が作った夢だったのだ。
 微笑みかけてくれない母を見て、フェイトはそう思った。

 ははは、よりにもよって自分は何を妄想したんだろう。
 悪漢に攫われた母親を助けようなんて、そうすれば母が笑いかけてくれるだろう。なんて都合のいい夢を見ていたんだ。
 その証拠に、ここには変な医者も不愉快な騎士もいない。

 全ては夢だったんだ。

「フェイト、しっかりしなよ。なんだかおかしいよ!」

 アルフが話しかけてくるが、フェイトはまるで聞いていなかった。
 なんだか、もう何もかもがどうでもいい。
 虚ろな目で町を見回していたフェイトは、アルフに痛々しい笑みを向ける。

「おかしくなんてないよ。大丈夫、ちゃんと母さんの言いつけ通りジュエルシードは集めるから、アルフは心配しないで」

 フェイトはそう言うと、アジトにしていたマンションの屋上から飛び立つ。

「いや、そうじゃなくて……。ちょっと、待ちなってば、フェイト!」

 肩を掴もうとしたアルフの手が宙を切る。
 あのフェイトは様子がおかしい。いや、この状況は……。だが、フェイトはまるで心を閉ざしたように誰の声も聞いていない。

「どうなってるんだよ。一体!」

 アルフはいらだたしげに叫ぶと、フェイトを追おうと自身も空中に飛び出した。



 魔力反応があった場所は、高級住宅街にある一軒の屋敷からだ。
 屋敷の庭の一角では、この世界ではありえない巨大な子猫が暢気に散歩をしている。

「こんな所まで、一緒なんだ」

 フェイトはポツリと呟く。もっとも、それすらもどうでも良かった。
 早く終わらせよう。フェイトは近くの電柱の上に降り立つと、バルディッシュに声をかける。

「バルディッシュ」
『Be steady』

 実直な性格のバルディッシュにしては珍しく、フェイトの呼びかけにまともに答えない。フェイトが冷静ならおかしいと気付くだろう。だが、この時のフェイトはまさに夢見心地だった。
 フェイトは周囲の事など気にしない。フェイトは使用する魔法を選択すると、ポツリと呟く。

「フォトンランサー連撃」

 周囲に展開した雷の矢が巨大な子猫という、些か矛盾した存在に突き刺さる。
 子猫は突然の痛みに悲鳴を上げた。
 そんな子猫の苦しみなど意にも止めず、フェイトは更に魔法による攻撃を続けようとする。

 だが、雷の矢は障壁に阻まれ霧散した。

「誰?」

 ポツリと呟くが、それはどちらかといえば反射的なものだった。
 だが、そこでフェイトの目がはじめて大きく見開かれる。そこにいたのは、白い服の魔導師の少女と一匹のフェレットだった。

「フェイト!!」

 フェレットが大きな声でフェイトの名前を叫ぶ。

「えっ? ユーノ?」

 見覚えのある姿、聞き覚えのある声。
 あの夢の中で、自分と対峙した三人組の一人。最初は使い魔だと思ってたけど、実は男の子だった魔導師……。

「なんで?」

 自分の夢が作り出した存在だったはずなのに、なんで存在しているの?

「あれ? あの子ユーノくんの知り合い?」

 白い服の魔導師が不思議そうにユーノに尋ねた。

「えっと、後で説明するからなのははフェイトを取り押さえて! すぐに味方も来るから!」
「え、えっと、取り押さえるってどうやって? それに味方って!?」
「アルフだよ! 何時もみたいにやれば大丈夫……って、ああ、そっか。この時のなのははまだ戦えないんだった!」

 自分の妄想のはずだった少女と少年の存在が、霞に覆われたフェイトの意識に一条の光となる。

「ユーノ? それになのは?」

 彼女達は自分の妄想じゃなかったのか? なんであのフェレットは自分の名前を知っているのだろう?
 辛い現実から逃げたかった、自分の夢じゃなかったのか?

 でも、確か彼女達は夢の中では三人組だったはずなのに、なんで二人しかいないのだろう?

 フェイトの脳裏に、次々に疑問が浮かび、消えていった。



[12318] A’s第10話(4)
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:9f18423d
Date: 2011/11/06 11:05
A’s第10話(4)



 夢を見ていた。

 深い森の中で、ユーノは警戒を続ける。
 姿はどこにも見えないが、怪物は確実に存在していて、こちらを窺っていた。
 油断をすれば、咽元を掻っ切ろうと襲ってくるだろう。森の奥から、怪物が移動する音だけが聞こえてくる。
 極度の緊張と怪我に、ユーノは肩で息をする。

 普通に考えれば、こんな夢は悪夢だろう。だが、この夢は決して悪夢なんかじゃなかった。

 懐かしい……というには最近の話ではあったが、ユーノ・スクライアにとっては大切な思い出だ。多分、生涯忘れないだろう、それぐらい鮮烈にあの日々は脳裏に焼きついている。
 それほどまでに、彼女との出会いは、彼との友情は心地よかった。
 よくよく考えてみれば出会ってからたった4ヶ月なのに、ずいぶんと長く付き合っていたような気すらする。

 夢の中で、ユーノは怪物に深手を負わせるものの、結局は倒せずに逃がしてしまう。
 そして自分も力を失い、消耗を避けるためにフェレットの姿となった。

 弱いわけではないが、ユーノはひどく片寄った魔導師だ。少なくとも、戦闘をして良いタイプの魔導師ではない。
 単純な戦闘能力なら、2ランク下のヴァンにも負ける。防御力や拘束能力は桁外れに高いものの、攻撃力がほとんど無いのだ。自分を守っているだけならともかく、それで何とかなるほど戦闘は甘くない。
 それでも現場に出たがるのは男の子の意地だった。女の子であるなのはや、自分よりも力に劣るヴァンが頑張っているのに、向いてないからと引っ込めるほどユーノも達観してない。

 ユーノは怪物と戦いながら、そんな事をぼんやりと考えていた。

 ユーノの記憶通りに、事態は進んでゆく。
 一人倒れていたユーノを、学校帰りのなのは達が見つけ動物病院に連れて行く。そこで手当てを受け、休む事になった。
 そしてこの夜、怪物……ジュエルシードの暴走体に襲われたんだっけ?

 ユーノは状況に身を任せながら、ぼんやりと考えを整理する。

 たしか、自分は時の庭園で攫われたなのはを助けるため、テロリストの少女と戦っていたはずだ。
 そしてテロリストの少女を瓦礫の山を使い拘束したところで、辺りが光の粒に蔽われて……記憶はそこで途切れている。
 となると、あの光の粒が幻覚魔法か催眠魔法だったのだろう。自分の実力を過信するわけではないが、それでも一切察知されずにあれだけの魔法を使うのは普通なら無理だ。
 恐らく闇の書の能力か何かなのだろう。完成した闇の書は他者を取り込む事が出来たはずだ。

 しかし、それなら何で闇の書はこんな夢を見せているんだろう?

 ユーノがそんな疑問を考えている間にも状況は進んでいく。

 暴走体が病院を襲撃する。必死に逃げる自分、駆けつけるなのは。
 二人で必死に逃げるんだけど、結局は逃げ切れなくて……。

「どうすればいいの!?」
「これを!」

 そして、僕はレイジングハートをなのはに渡し……。

「我、使命を受けし者なり」

「我、使命を受けし者なり」

「契約の元、その力を解き放て……」

「契約の元、その力を解き放て……」

 そして、ここでヴァンがやってきて……。

「えっと、続きは!?」
「え、あれ? えっと……」
「ねえ、続きは!?」
「あ、はい。風は空に……」
「風は空に……」

 来ない!? ヴァンが!?
 なんでだ!?

 ユーノの驚きを他所に、ユーノの知らない物語が動き出した。





『幕間 余分な欠片、歪んだ世界』





 夢の世界で数日が過ぎた。

【ねえ、なのは。ヴァンって名前知らない?】

 すずかの家に行くバスの中で、ユーノは周囲に気付かれないように念話で話しかけた。
 もっとも、ここ数日それとなくヴァンの事を知らないかなのはやレイジングハートに確認を取っている。そして、どちらもヴァンの事を知っている様子は無かった。

【ヴァン? ううん、ごめんなさい、知らないよ……。ユーノくんのお友達?】
【あ、いや、知らないならいいんだ】

 だから、この答えはある意味予想通りだ。
 申し訳なさそうに答えるなのはに気にしないようにと言いながら、ユーノは内心で別の事を考えていた。

 あの夜から今日まで、結局、ヴァンは現れていない。当初はヴァンだけは闇の書に取り込まれてないので夢の中に居ないのかと思ったが、どうやらそれとは違うらしい。
 なにせ、この横にいるなのはは本物のなのはではなく、夢が作り出した幻に過ぎない。いや、このバスの運転手も、乗客も、横にいるなのはの兄、恭也も、目に見える全てか精巧な幻なのだ。
 恐らくはユーノの記憶を元に作り上げたのだろうが……だが、そう考えると疑問が一つ浮かぶ。
 なぜか、ヴァンの姿がこの幻の中に無いのだろうと?

 今日に至るまで夢の中のPT事件そのものは実際に経験したものとそう大きな差は無い。
 差と言えば、ヴァンという勘違いの要因が無かったため、なのはがアリサと喧嘩をしなかった事くらいだ。一番大きな被害が出る可能性があったサッカー少年の木の事件は、発生する前にユーノがジュエルシードを回収して何事も起こらなかった。
 その為にはやてとの出会いも無かったが、ここにいたはやても幻だったので問題は無い。

 夢の中なのでほっといても問題は無いのだが、それが出来ないのはユーノの生真面目さゆえだろう。

 調べれば調べるほど実に精巧に出来た幻だ。だが、それだけにヴァンがいない理由がまったく思いつかない。
 もっとも、当初はその事を必死に考えていたユーノだが、考えるだけ無駄だと現在は考えないようにしている。それよりも何よりも、先に考えなければならないのはこの夢からの脱出方法だ。
 通常この手の魔法からの脱出は強力な魔力攻撃でプログラムを破壊するか、あるいは魔法プログラムに介入して脱出ルートを作成するかのどちらかとなる。
 前者はユーノの攻撃力では不可能だし、後者はプログラムが複雑すぎて糸口すら掴めてない。

 どうやって脱出するか……ああ、次は巨大猫だっけ……。
 フェイトとプレラが来るんだよな。あの時はヴァンが一人でプレラを抑えてくれたけど……。

 ユーノがそんな事を一人悩んでいる間にも、状況は進んでいく。
 月村邸の庭に落ちているはずのジュエルシードを探したが……結局は子猫が発動させてしまう。

【なのはっ!】

 不意に感じる悪寒に、ユーノはなのはに話しかける。

【うん、すぐ近くだ】
【どうする?】
【えっと……】

 夢の中のなのはは少しだけ不安そうに友人を見渡す。突然の事態に、どうやってこの場を離れたら良いのか思いつかないのだろう。
 それならと、ユーノは現実でもやった解決方法を行なう。

【それならっ】

 ユーノはそう言うと、自分が乗っていたテーブルから駆け下りて森の奥に向かい駆け出した。

「ユーノくん!?」
「あれ? ユーノどうかしたの?」
「うん、何か見つけたみたいなのかも。ちょ、ちょっと探してくるね」
「一緒に行こうか?」

 後ろでなのはが友達と話しているのを確認する暇も無く、ユーノは森に一直線に向かう。
 フェイトとプレラがいるとすると、準備をしておかないと……。


【ああっ、もう! 誰か居ないのかい! 誰か、誰か!】


 その時、ユーノの脳裏に声が響いてきた。

【アルフ? アルフかい!?】
【ちょ、その声はユーノ?】

 思わず返事をしたユーノに、念話を送ってきたアルフが驚き混じりに返事をする。恐らく、返事があるなど期待していなかったのだろう。
 彼女は自分の事を知っていると言う事は……。

【うん、そうだよ。君は本物のアルフなのかい!?】
【少なくとも、夢の産物じゃないって自覚は有るよ。そういう言葉が出るって事は、あんたも本物のユーノなんだね!】

 この夢の中に、自分以外に現実から取り込まれたものがいる。
 その事に驚きながらも、ユーノは一つの希望を見出す。もし、フェイトがいるのなら、彼女の魔法で強引に幻覚を打ち破れる。

【アルフがいるって事は、フェイトも一緒に!?】
【ああ、一緒だよ……。って、そうだった。それどころじゃないんだ。フェイトの様子がおかしいんだよ】

 だが、そうは上手く行かない。
 アルフの言葉に、ユーノは眉間にしわを寄せる。

【おかしいって? 夢の存在じゃなくて】
【あのフェイトは本物だよ。あたしは使い魔なんだ、本物かどうか見分けがつかないわけないだろう!
 そうじゃなくて、この状況を変だって思ってないみたいなんだよ。イオタやプレラが居ないっていうのに、これが夢だって気がついてないみたいで……】
【もしかして、幻覚に取り込まれている?】
【多分……】

 その言葉に、ユーノは真っ青になる。
 この手の魔法に深く取り込まれてしまうと、現実に戻れなくなる恐れがあった。

【た、大変だ。君とフェイトはどこにいるの!? すぐにそっちに行って解除するから】
【解除できるのかい?】
【幻覚全体は無理だけど、フェイトにかかった暗示なら僕でも解除出来る】

 この手の魔法は、世界を形成している魔法と、個人にかけられている暗示は独立しているのが普通だ。暗示だけなら、ユーの1人でも解除可能である。
 ユーノの言葉にアルフが安堵の溜息をつきながら、フェイトの行き先を告げた。

【フェイトだけど、ジュエルシードを探すって、飛んで出て行って……って、あれ? たしか……】
【それって、こっちに来ているって事】
【多分】
【アルフはすぐにこっちに来て! 話を聞いてくれればいいけど、そうでないなら取り押さえないと!】
【ああ、わかったよ。すぐに向かうから、フェイトの事をお願い!】

 夢に取り込まれている以上、こちらの話を聞かない恐れが高い。
 暴れるぐらいならまだマシで、最悪の場合は一戦交える必要があるだろう。



 森の奥では、巨大な子猫が暢気に散歩をし、なのはがそれを呆然と見上げていた。

「ねえ、ユーノくん、これって……」

 ユーノにとっては二度目なので驚くほどのものではない。
 それよりも、近くに来ているだろうフェイトへの警戒が重要だった。猫ごとまとめて吹き飛ばされる可能性だってある。
 そして、そのときはすぐにやってきた。
 猫の胴体に、雷の矢が次々と突き刺さる。

「フェイト!!」

 ユーノは雷の矢が飛んできた方向に振り向くと、咽が張り裂けんばかりの大声で彼女の名前を読んだ。

「えっ? ユーノ?」

 突然名前を呼ばれて、フェイトは思わず困惑する。
 そして、ユーノの横にも困惑する少女が一人。

「あれ? あの子ユーノくんの知り合い?」

 夢の中のなのはが、恐る恐る尋ねる。
 そんななのはに、ユーノは真剣な表情でこう答えた。

「えっと、後で説明するからなのははフェイトを取り押さえて! すぐに味方も来るから!」
「え、えっと、取り押さえるってどうやって? それに味方って!?」
「アルフだよ! 何時もみたいにやれば大丈夫……って、ああ、そっか。この時のなのははまだ戦えないんだった!」

 しまった。フェイトの登場に、つい現実のなのはと一緒にいるつもりになってしまっていた。
 このなのはがジュエルシード事件の頃のなのはなら、まだ戦うことなど出来ない。魔導師として、戦う力を手にしたのはフェイトとの出会いが切欠なのだ。
 たとえ夢の存在とはいえ、今の彼女に戦えと言うのは無理だろう。

 ユーノは意を決すると、変身魔法を解除する。
 数ヶ月前と違い、それほど消耗をしているわけではない。説得が出来るかどうか分からない以上、あの姿でいるメリットは無い。

「え、え、え、え、え、え、ふえええええぇぇぇぇぇぇ!?」

 突然のユーノの変身に、なのはが悲鳴を上げる。

「ユーノくんて、ユーノくんて、ユーノくんて、その、その、その……、なに、だって、嘘!? ふえええええええええ!?」
「なのは」

 だが、そんな悲鳴もユーノの真剣な声の前にかき消された。

「ユ、ユーノくん?」
「ごめん、なのは。今日まで協力してくれて有難う。でも、もう終わりだから」
「終わりって……えっと……」
「本当は君と、この場にはいないけどもう一人の男の子と一緒なんだけど……あ、いや、ここにいる君には関係ないか。
 とにかく、なのはとの思い出の日々をもう一度すごせて楽しかったよ」

 この言葉に嘘は無い。
 ヴァンがいないという事はあったが、3人でドタバタ走り回ったあの日々を思い出せて楽しかったのは事実だ。

 でも……、夢は覚めなきゃならない。

「夢は終わりなんだ、なのは。僕はもう行くから」
「え、ちょっと、ユーノくん。それって……」
「ありがとう。さようなら」

 言いたい事を言うと、ユーノは立向かうべき現実に向かい、後ろを向かず飛び上がった。



「貴方は誰?」
「君は僕の事を知っているはずだよ、フェイト」

 空中に飛び上がったユーノを、冷たい目のフェイトが出迎える。
 なるほど、彼女は本物だ。あの迫力を、幻覚で作れるとは思えない。それに、これだけ殺気を振りまいているという事は……素直に解除はさせてもらえないだろう。

「私は貴方の事なんて知らない」
「いや、知っているはずだよ。僕やなのは、ヴァンやはやて、クロノにリンディさんにイオタさん。2ヶ月前の事件で、君と深く関わった人たちだ」

 ユーノが名前を一つ挙げる毎に、フェイトの顔色が青くなり、表情が強張ってゆく。
 知らないはずなのに、知っている名前。

「嘘、あれは夢だったはず……」

 自分に都合のいい夢だったはず。
 やさしい御伽噺だったはず。

「夢なんかじゃない。君が駆け抜けてきた現実だよ。お母さんを、助けるって言ってたじゃないか!」
「違う! あれは私が見た、都合のいい浅ましい夢だ!」

 母が悪漢に連れて行かれて、自分が助けるなんて夢に決まっている。

「夢じゃないよ、フェイト。アルフに聞いてみるんだ。彼女もここが夢だって認識している。今、君は幻覚に囚われているんだよ。すぐに解除するから」
「くっ、来るな!」

 そう言って、近寄ろうとするユーノに、フェイトはデバイスを向けて威嚇をする。

「フェイト、君だって魔導師ならこの手の幻覚に囚われたままの危険性は分かるはずだろう」
「貴方の言っている事が本当だという保障は無い」

 あれが夢じゃないなら……それは素敵だろう。
 そしてそう思う反面、その考えに至った自分の浅ましさに嫌悪を抱く。

 この時のフェイトが感じていたのは、変わることへの恐怖だった。

 母はあの場所から自分を逃がした時、優しい言葉を伝言として残したらしい。だが、それが本心からかどうかなど、誰に分かるというのだろう。
 捨てられたという意識が、フェイトの奥底にあるのだ。
 この世界の母は優しい言葉など投げかけてくれない。だけど、捨てられるよりはずっとマシだ……。

「フェイト!」

 ユーノの叫び声に、フェイトは現実に引き戻される。
 そうだ、こんな事を……夢の事など考えている場合じゃなかった。

「ユーノ、そこをどいて。私はジュエルシードを集めなきゃ……」
「それは終わった事件なんだよ、フェイト!」
「終わってない。終わってなんか無いんだよ。邪魔をするなら」

 そう言うと、フェイトは雷の刃をユーノに向ける。

「フェイト!」
「これ以上の話は、無駄だ」

 一気にユーノと距離を詰めると、雷の刃を振りかぶった。

「やっぱり取り込まれてる!」

 ユーノは舌打ちをすると、ラウンドシールドの魔法を展開して刃を受け止める。
 シールドと刃が火花を散らす。

「防御だけなんて……」

 じりじりと、刃がシールドにめり込む。
 シールドが歪み、ひびが入る。

 なのはやヴァンは、こんなのと格闘戦をやっていたのか……。
 分かっていたつもりではあったが、実際に相対してみると、フェイトの桁外れの技量が良くわかる。素人同然のなのはと、資質で遥かに劣るヴァンは良く戦い抜いたものだ。
 そして二人が過去に頑張ったのだから、自分が諦めるなんて選択肢はありえない。

「砕けろ! バリアバースト!」
「なにっ!?」

 突然の爆発に、フェイトが驚きの声を上げる。
 ユーノは崩壊寸前だったシールドを自分で爆破すると、距離を取りながらチェーンバインドを放つ。

「この程度で!」

 だが、フェイトも負けて居ない。蛇のように追いかけ、絡んでくる魔力の鎖をバルディッシュで切り払いながら、次の攻撃魔法を準備する。

「バルディッシュ……反応が鈍い!」
『Be steady』
「フォトンランサーいくよ……ファイア!」
『Photon Lancer』

 普段よりも反応が鈍いバルディッシュに若干苛付きながら、フェイトは雷の矢をユーノに向かって放つ。

「早い! このっ!」

 再び張られたシールドと雷の矢が衝突した。
 1発、2発。1発当たる毎に、魔力が削られ、少しずつ後退を余儀なくされる。
 魔力が重い。あの、テロリストの少女の使う爆発する短剣とは桁違いの魔力の重さで、体勢を維持するだけで一苦労だ。

 フォトンランサーの衝撃でバランスを崩したのを勝機と見たフェイトは、更にたたみ掛けるべく砲撃魔法を放った。

「撃ち抜け、轟雷! サンダースマッシャー!」

 金色の雷が、束となってユーノに襲い掛かる。光の中にユーノの姿が消えていく。
 如何に防御力に特化したユーノとて、これを喰らえば無事では済むまい。

「やったか……」

 爆煙に包まれるユーノを見て、フェイトがポツリと洩らす。
 だが、それは早計だった。

「まだだっ!」

 煙の中からユーノが飛び出す。
 またバインドが来る? フェイトはバインドを警戒して身構える。

 そんなフェイトにユーノは接近すると、拳で殴りかかった。

「えっ!?」

 どちらかといえば大人しい優等生のユーノとは思えない腰の入った良いパンチに、フェイトは驚きの声を上げる。
 そんな驚いているフェイトに、ユーノは拳に魔力を乗せ更に追撃をかけた。

「フェイト、ごめん! はぁっ!」

 ユーノは発掘一族スクライアの人間である。
 今でこそこの分野では知らぬ者のいない有名な一族だが、元は盗掘まがいを生業にしていた一族だ。それに、辺境に行けばロストロギア目当てに強盗団が襲ってくるなんて話は、珍しい物ではない。
 それゆえに、スクライア一族の子供は皆、みっちりと護身術を叩き込まれていた。ユーノも無論例外ではない。
 適正の関係でユーノは攻撃魔法が不得意だが、徒手空拳ならそこそこ戦える自信がある。
 魔法戦ではあまり役に立たないので今まで使わなかったが、こんな状況だ。出来る事は全てやらないと状況は変えられない。

 想定外だったこともあり、フェイトは防戦一方になる。
 冷静に対処すれば捌けない攻撃ではないのだが、この時のフェイトは色々な意味で冷静さを欠いていた。
 防御しそこなったパンチが顎の先をかすめ、一瞬だけフェイトがよろめく。

「今だ! チェーンバインド!」

 無数の鎖がフェイトの手足を拘束する。
 完璧なタイミングだ。これなら逃げられまい。

 だが、この時ユーノもまた失念していた。
 フェイトが正気ではないと。拘束が完成する寸前に、準備をしていたフェイトの魔法が完成をする。

「まだ、終わらないよ。フォトンランサー・マルチショット……」

 フェイトの周囲に、無数の雷の矢が生まれる。
 そしてそれは、“フェイト”に向かって突進を開始した。

「えっ!? まさか!?」

 自爆覚悟の相打ち攻撃!?
 ま、まずい!?

 正気ならまず思いつかない戦術に、ユーノは驚きの声を上げる。
 そして驚きながらも、咄嗟に自分とフェイトを守るバリアを張れたのは流石と言うべきだろう。
 だが……。

「終わりだね、ユーノ」

 雷の矢が通り過ぎた後には、ユーノとフェイトが宙に浮いていた。
 どちらもボロボロに見えるが、消耗はユーノがより激しい。フェイトを守るために咄嗟に展開した防御魔法に、ごっそりと魔力を持っていかれたのだ。

「フェイト……」
「さよならだ、ユーノ」

 そう言うと、フェイトはユーノにとどめを刺すべくバルディッシュを振り上げる。
 ユーノはその動きに咄嗟に目を瞑ってしまう。次に来るだろう衝撃を想像する。

 だが、何時までたっても衝撃は来なかった。
 変わりに聞こえてきたのは金属同士がぶつかり合う高い音。
 そして、少女のこんな言葉だった。

「だめだよ、フェイトちゃん。譲れないものがあるなら、目指すものがあるなら、ぶつかり合うのは仕方が無い事なのかもしれない。
 でも、今のフェイトちゃんがやっている事はただの八つ当たりだよ……それじゃあ、周りにいる人を傷つけるだけなんだよ」

 恐る恐る目を明ける。
 そこには、空中に浮かび、間に割り込みバルディッシュを受け止める少女魔導師の姿があった。

「なのは……」
「なのは?」

 ユーノとフェイトの声が重なる。少女の名前は高町なのは。
 二人にとって大切な友人……の幻。

「なんで……」

 戦えないはずの、この時期のなのはが何で飛んできたんだ?
 しかも、あのタイミングで飛び込めるんだろう?
 ユーノの呟きに答えるものは誰もいない。

「邪魔をするなら、なのはでも!」

 フェイトは叫び声を上げ、バルディッシュを振るう。
 だが、なのははそれを軽々といなすと、デバイスの先端をフェイトに向ける。

「フェイトちゃん……、ごめんね。少しだけ、痛いかもしれないけど……」

 そう言った少女の目はとても悲しそうだった。



[12318] A’s第11話(1)
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:9f18423d
Date: 2011/11/06 10:51
A’s第11話(1)



 現場に到着したアルフが目にしたのは、高度な空中戦を繰り広げる二人の少女の姿だった。
 地上ではボロボロの格好で二人の戦いを見つめるユーノの姿もあった。
 これはある意味予想内だ。
 ユーノを軽く見る気は無いが、それでもフェイトと戦うのはきついだろう。二人はPT事件の時よりも更に強くなっており、ユーノでは二人の戦いに介入するのは難しい。
 ヴァンの奴は……どうやらいないみたいだ。撃墜された様子も無いから、初めから取り込まれていないのだろう。

 アルフは二人の戦いを見守るユーノの傍に降り立ち声をかける。

「ユーノ、なのはも取り込まれてたのかい?」
「違う」

 呆然と二人の戦いを見守っていたユーノは、アルフの言葉を否定した。

「取り込まれてないって……あれって、夢のなのはなのかい?」

 まさか、夢の存在がフェイトと戦うなんて……。まぁ、幻でも夢でも、なのははなのはって事なのかな?
 アルフはそう考えたが、事態を見守っていたユーノはこわばった顔でその言葉も否定した。

「だから、違うんだ」
「違うって何がさ?」
「よく見てよ、二人の動きを……」

 ユーノの言葉に内心首をかしげながら、アルフは二人の戦いを目で追う。
 ほぼ互角と思われがちななのはとフェイトだが、実は現時点ではフェイトが若干なのはを上回っている。わずか数年とはいえ、訓練を積んだフェイトは、ほぼ我流の上に魔法を知ってから数ヶ月のなのはよりも強いのだ。
 とはいえ、その差はごくわずかでしかない。なのはの一撃必殺の砲撃と精密な誘導弾は、戦力差を覆すだけのポテンシャルを持っている。

 実際、今行なわれている戦いも、速度と格闘戦能力で勝るなのはがフェイトを押していた。

 速度と格闘戦能力で勝るなのはがフェイトを……!?
 ちょっとまて、何でなのはが押している

「ちょ、ちょっとまってよ。何であのなのは、あんなに早いんだよ!? フェイトの距離でフェイトを圧倒しているじゃないか!?」

 アルフの驚きの声に、ユーノも深刻な表情で頷く。

「そうなんだ……。あのなのはは……強すぎる」





『幕間 あるべき可能性、来ない未来』





「なんだこりゃ?」

 そう思わず呟いたのは、ティーダ・ランスターだ。
 時の庭園で座薬の親玉を相手にしていたと思ったら、良くわからない闇の空間に閉じ込められていた。鍛えられた武装局員とはいえ、困惑するのは無理も無い。
 いや、この空間よりも何よりも……。

「あれって俺とティアナだよなぁ……」

 ありふれた墓石の前にならんでいる自分と妹のティアナの姿が正面に浮かんでいる。自分は呆然とした表情を浮かべており、ティアナは泣きはらしたのか目が真っ赤だ。
 たしか、両親が事故で亡くなった後の光景だったはず。ほんの数年前の事なので、忘れるはずなどない。

「あの後大変だったんだよな……」

 自分の身の安全すら守れるかどうかわからない状況なのに、ティーダは苦笑いを浮かべる。
 幸い両親の遺産や事故の保険金と遺族年金と相手からふんだくった慰謝料。さらに、自分は既に魔法学校を卒業し時空管理局の空士訓練校に籍を置いていた為に食うに困るという事は無かった。
 とはいえ、まだ年端も行かない幼い妹を抱えなければならない事に変わりはない。当時は困惑したし……。

『くそっ! 何でこんな事に……』

 ティアナが寝静まった深夜、ティーダは一人呟く。
 幼い妹を放置しておけないのも本音なら、余計な荷物を背負わされて苛立っているのも本音だ。

『ティアナさえいなければ……』

 搾り出すような、苦悩に満ちた声。まだ十代の少年にとって、人一人の生活を背負うのは重過ぎる。ティアナがいなければ、どれだけ自由に生きられただろうか。
 考えてはいけない事だ。そう理解しながらも、心のどこかでそう思っていた。

「まぁ、今から考えると笑い話だよな」

 過去のティーダの苦悩を見ながら、現在のティーダは苦笑いを浮かべる。
 
 そりゃたしかに妹一人とはいえ背負うのは重い。
 自分はちゃんと親代わりをしていられるのか、兄としてちゃんとしているのか。妹に寂しい思いをさせていないか、自分に何かあったら……。色々と考えるが、それ自体が“楽しい”のだ。
 そりゃ色々と重い。苦しい。なんで自分だけと思う。
 でも、ティアナの成長が嬉しいし、大変でも一所懸命に生きる日々は充実感がある。
 たしかに、地上配備部隊に配属され出世は若干遅れるかもしれない。空士経由で執務官になって、適当なところで退職して資格を取って法律事務所でも開こうかなんて人生設計は完全にパーだ。
 だが、経験してみてわかる。共に生きる者のいない人生など味気がなさ過ぎる。苦労も苦悩も、生きる上で必要なのだ。
 まだ若い自分にとって数年の遅れがなんだというのか。この日々で糧になったものに比べれば数年の遅れなど……そう素直に思えるのだ。

「それに出世が遅れたと思ってたら、臨時で執務官補佐だもんなぁ……」

 執務官補佐を経験していると、執務官試験で加点がある。正式な資格を取った訳ではないので微々たる物だが、それでも順位が数百番は変わってくるだろう。
 瓢箪から駒……とは、この事を言うのかもしれない。
 ティーダが現状を考えている間にも、正面の映像は時を重ねていく。次に浮かんだのは、配属された時の映像だ。

「おっ? 今度は配属の時か。しかし、なんだってこんな映像が流れているんだ?」

 神経質そうな隊長の訓示をつまらなそうに聞いている自分を見ながら、ティーダは疑問を口にする。
 もっとも、それは最初だけで、次第に映像に引き込まれていった。


 今から考えればこの隊長も可哀想な奴だった。本局の士官が第一世界ミッドチルダとはいえ地上部隊に配属されるなど、はっきりと言えば左遷だ。
 特に3097隊は地上よりな上に、本来なら叩上げの士官が隊長を勤める部隊で、非魔導師で現場を知らない文官では制御など出来なかったのだろう。
 実際、命令無視等の問題行動があったわけではないが、当時の隊長が軽く見られていたのは事実だった。今のルーチェ隊長とて就任早々に起きたテロ事件での指揮がなければ、ここまで信頼は勝ち取れていなかっただろう。
 結局、同じ元エリートでありながら3097部隊に流れてきた自分に期待し、場合によっては腹心に……と考えていたのかもしれない。もっとも、ティーダ自身は左遷されてきた隊長などに媚を売る気など無く、相手にしなかったのだが……。

「んで、ヴァンと組まされたんだよな……」

 あの時は、いきなり子供の隊員と組めと言われて面を喰らったものだ。
 そうそう、タタ一尉につれられて……。

「だれ、こいつ?」

 映像の中でティーダが組まされたのは、一度も会った事のない局員だった。
 ティーダが困惑するなか、映像は続く。
 ヴァンがいないことを除けば、日常はそれほど変わりがない。ティアナの面倒を見て、仕事をして、夜には執務官になる為の猛勉強をする。
 そんな毎日が続き……。

「あ、いや。オーリスとの出会いもない? ってか、次元震事件が発生してない?」

 コマ送りにされる日常で、あの4月に起きた次元震事件だけがすっぽり抜け落ちてなかった。
 そこからの日常もさほど変わりない。ただ、ヴァンがいなくて、オーリスとの出会いがないだけだ。あと、おまけで隊長が変わっていないくらいか……。
 たしかに、あの次元震事件がなければオーリスとの出会いも無いだろうし、その後のごたごたで隊長が飛ばされる事も無かっただろう。

 だが、なんだってこんな映像が流れるんだ?

 ティーダが疑問に思っている間にも、映像の中のティーダは日常に過ごす。
 ティアナが成長し、魔法学校に入学し、そして……。

「えっ?」


 映像の中で、ティーダは違法魔導師の一撃を受け、血を流し大地に伏していた。

「ちょ、ちょっとまて、何で俺が死んでるんだ!?」


 そんなさらなる困惑などお構い無しに、映像は進んでいく。
 父母の葬式と同じように、喪服を着て墓の前に立つティアナ。まるで数年前の焼き直しのようだが、隣にティーダの姿は無い。
 さらに、兄の死を悲しむ彼女に追い討ちをかけるように、部隊長のコメントが報道された。

『犯人を追い詰めながらも取り逃がすとは、首都航空隊の魔導師としてあるまじき失態で、例え死んでも取り押さえるべきだった』
『それでは、死亡したランスター一等空尉は……』
『任務を失敗した役立たずは……』

『ふざけないでっ!』

 ティアナはテレビに向かって手に持っていたマグカップをぶつける。その衝撃にマグカップは砕け、テレビは音を立ててその機能を停止した。これ以上、死んだ兄を悪く言われるのは耐えられない。
 一人になった家で、膝を抱えティアナは泣いた。


「マテマテマテ! なんだよ、これはっ!」

 あの隊長のコメントは、ある意味納得だ。一人で次元震を抑えたヴァンに対しても、辛辣なコメントを残している。
 あるいは、自分が死ねばティアナが独りぼっちになるのも、分かっていたことだ。
 自分が最も見たくない可能性を見せ付けられ困惑するティーダに、更に映像は地獄を見せる。

 ティーダの時が止まろうと、世界の時は常に動き続ける。
 魔法学校を卒業したティアナは、兄の遺志を継ぐように陸士訓練校の門を叩く。
 そこで、スバルという少女と出会い、親友となる。

 そこでティアナは努力を重ねる。大して才能の無い身だ、人並み以上の努力を重ねなければ天才と呼ばれた兄の遺志など継げない。


『32号室、ナカジマ&ランスター……、総合3位!』

 相方のスバルが自分達の成績を読み上げる。
 その成績に、それまで厳しかったティアナの表情が始めて和らぐ。

『……ほんとだ』
『やったね……、すごいね!』
『うん……! これならトップも狙える!』

 だが、そんな少女達にも悪意ある声が向けられる。

『あの子……、士官学校も空隊も落ちているんでしょ?』
『相方はコネ入局の陸士士官のお嬢だし、格下の陸士部隊ならトップ取れると思ってるんじゃない?』


 既に配属されているティーダからしてみれば、訓練校の成績で一喜一憂したり陰口を叩くなど失笑ものだが、彼らはまだ現場を知らないのだから仕方が無いのかもしれない。
 コネがまったく無意味だとは言わない。いや、配属後は重要な要素であり能力だ。潔癖症な人間はコネを馬鹿にするかもしれないが、コネがあるというのはそれだけ社会的に大勢の人の信頼を勝ち取り、能力が認められているということに他ならない。
 実際に大したコネの無い自分はかなり苦労しているのだ。
 だが、半面で訓練校の成績は実にシビアだ。役にたたないくらいならまだマシで、最悪は次元世界一つが失われるなんて事になりかねない。


 さらに、映像は進む。
 一時は心無い陰口に激昂しかけたティアナだったが、相方の女の子が宥めて心を落ち着ける。

「良いコンビだな、スバルって子とうちのティアナは」

 おっとりとしたスバルと勝気なティアナ。性格は正反対に見えるのに、中々良いコンビだ。
 陸士訓練校を優秀な成績で卒業した二人は、災害担当の陸上警備隊に配属された。
 そこで更に実績を挙げ、八神はやてを部隊長とする機動六課に引き抜かれる。

「って、八神はやてって、はやてちゃんが隊長!?」

 ティーダが思わず驚きの声を上げる。そりゃそうだ、自分が知っている、現在の護衛対象が管理局のお偉いさんになっているのだ。
 驚くなって言うのが無理だ。

「おっ、中々の美人さんだな、この金髪の子はスタイルも良い」

 男の性で思わずそんな事を呟く。
 だが、そんな暢気な感想も、次の瞬間また吹っ飛ぶ。

「隊長は高町なのはって子か。フェイトって子ほどじゃないが、中々の美人……って、高町なのは!? ヴァンが惚れたって女の子じゃないか!?」

 まだ一度も会った事は無いが、たびたび聞く名前だった。
 たしか、ヴァンがせっかくもらった勲章を上げてしまった相手だ。
 しかし……。

「戦技教導隊って、あいつもえらい女の子に惚れたもんだな……」

 戦技教導隊といえば、泣く子も黙る管理局の最強魔導師軍団だ。
 何回か共同訓練を経験した事があるが、正直思い出したくない。何度足腰が立たなくなるまで痛めつけられたことか……。
 ぶっちゃけ、人間の皮をかぶった悪魔だと思う。連中は絶対にドSだ。

 まぁ、ヴァンの将来の事はともかく、映像は進む。

 教導隊との訓練で無茶をしたティアナを見た時は、思わず頭を抱えた。まだ若い上官のフォローが下手だったというのもあるだろうが、なんとも無茶をしたものだ。
 災害救助部隊所属だから教導隊の連中の事をよく知らなかったのだろうが、自分なら教導隊相手に死んでもあんな真似はしないし、したくもない。

「この映像の中だと俺は死んでるけどな」

 暢気な冗談を呟きつつも、映像に見いる。

「おっ、オーリスだ」

 相変わらずクールなオーリスに最初は苦笑していたティーダだったが、次第にその表情はこわばっていく。
 そこに写された映像は、ある程度予測できた自分の死後のティアナの姿以上に、衝撃的なものだった。

『小娘は生贄か……、元犯罪者にはうってつけの役割だ』
『まぁ、それさえ彼女は望んで選んだ道でしょうけど』

 オーリスとレジアス中将がはやての写真を見ながらそう毒づく。


 さらに、場面は変わる。
 夕日が差し込む廊下で、オーリスとはやては言葉を交わす。

『戦闘機人、人造魔導師……。かつてはレジアス中将が局の戦力として採用しようとした技術です』
『ずいぶんと昔の話です』
『安定して数を揃えられる量産可能な力、倫理的問題を問われず量産によるコストダウンをさえできれば、実現可能な計画。レジアス中将は秘密裏にその計画を進めていませんでしたか?』

 立ち止まるオーリスに、はやては更に畳み掛ける。

『スカリエッティはその理想的な存在です。違法研究者でさえなければ、間違いなく歴史に残る天才ですから。
 おそらくは、スカリエッティとの司法取引が行なわれ、中将は機が熟するのを待っていた。スカリエッティが人造魔導師や戦闘機人を大量生産し、それを地上本部が発見、摘発する。という状況を作れるのも、そうなれば摘発したそれらを試験運用、という形に持っていけるでしょうし……。
 その途中、掴まれたくない事実に近づいた捜査員を事故死させるのも、優秀な人造魔導師素体を得ることも……』
『下らない妄想はいい加減にしていただきたいものです』
『ご意見を伺いたいだけです』
『貴女は、入局十年でしたか?』
『はい』
『中将は四十年です。十年前、貴女は自分の命惜しさに、自分の騎士に犯罪行為を働かせていた時期に、あなたはその歳でニ佐にまで駆け上れた魔力の源、貴女の身体に溶けたロストロギア闇の書があまたの命を奪い続けていた時期にも、中将は地上の平和を守るため働いていました』
『自分と闇の書の罪、否定はしません。そやけど、隠された真実があるならそれを日のあたる場所に持ってくる、それが今の私の仕事です』
『調査や捜査をしたいなら、調査許可書か特別令状を持ってきてください。話はそれからです』

 とげとげしい会話だ。双方、相手を犯罪者と言い合っている。
 そこにいた二人は旧知の仲などではなく、互いに敵を見る目であった。


「ちょっとまて、元犯罪者ってなんだよ!? はやてちゃんも、オーリスも何を言っているんだよ!?」

 彼の知る限り、はやてが犯罪者だった事は一度もない。
 いや、それどころか闇の書という呪われたロストロギアを押し付けられた被害者ではないのか。オーリスは……いや、レジアス少将もそれを知っているはずだろう。
 なんで、はやてはあんなにも二人に批判的……いや、あそこまで悪く言うんだ!? はやてはオーリスにもなついていたはず。なんで、自分を慕う女の子にこんな厳しい事を言えるんだ!?

 あまりにも違いすぎる。自分の知っている二人とはまったく別人だ。
 さらに時間は進み、レジアス中将が死んだと思っていたゼストと再会し、戦闘機人に殺害され、オーリスは犯罪者として捕縛され……。


 限界だった。
 ティーダはいつの間にか握っていたナイトミラージュを映像に向けると、魔法弾で打ち抜いた。
 鏡のように砕け、映像は霧散する。

「なんだよ、この映像は。ふざけてるのか?」

 身近にいる人たちの不幸に、ティーダは苛立った声を上げる。
 不幸は必ずしもマイナスではない。人が成長する上で重要な糧だからだ。だが、今のはなんだ?
 一時とはいえティアナは自分の死に人生を呪縛され、オーリスは父を殺され犯罪者として捕縛される。あまりにも悲しすぎるじゃないか。
 ティアナはまだいい。良い仲間に囲まれ、立ち直った。最初は呪縛されていても、ちゃんと彼女の目標として進んでいった。
 だが、オーリスは……。

「何でこんな物を俺に見せた。どこのどいつだ……」

 怒気を滲ませるティーダだったが、不意に周囲の風景が歪みだす。

『Emergency』

 不意に、ナイトミラージュが警告を発する。
 デバイスが何を言っているのか、ティーダはすぐに気がつく。

「今の一撃でこの空間が不安定に!? どれだけ安普請だよ!?」

 この時、内と外、二人のなのはとの戦いの余影響で闇の書の演算能力が恐ろしく低下していた。

「何時までもここにいるのは危なそうだな。相棒、ずらかるぜ!」
『Yes, sir』
「撃ち抜くぜ……」

 ティーダはそう言うと、腰をすえナイトミラージュを構えた。
 専門は射撃だが、ティーダは幻覚のスペシャリストでもある。この手の幻覚の抜け出し方など、百も承知だ。
 この場合一番早いのは、大魔力による幻覚破壊。

 ランスターの弾丸に、撃ち抜けぬものなど無い。

『Phantom Blazer』

 オレンジ色の砲弾が、デバイスの前に展開される。
 基点と思わしき場所を見据えると、ティーダは砲撃を解き放った。

「ファントムブレイザー……ファイア!」

 オレンジ色の砲弾の軌跡を軸に、闇の世界に皹が入る。
 そして……世界は砕け散った。



[12318] A’s第11話(2)
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:9f18423d
Date: 2011/11/06 11:14
A’s第11話(2)



「はぁ、はぁ……」

 肩で息をしながら、フェイトは目の前のなのはを見つめる。

 強い。

 早くて強い事は、庭園での決戦でわかっていた。
 それでも隙は多く、まだまだ自分が有利だった。負けた言い訳をする気は無いが、あの時の勝負は本当に僅差だったはず。

 だが、今の彼女の強さはなんなのだ? 

 速度で勝る自分が攻め込んでいるように見えるが、その実クリーンヒットが一発もない。斬撃は全て受け流され、砲撃は全て防がれる。
 既に自分は息が上がっているのに、あちらはまったく揺るぎがない。ユーノとの戦いでのダメージは関係なく、純粋に魔力もスタミナもなのはが上回っているというだけだ。
 ああ、そうだ。彼女は私よりも強い。そう、互角に戦えたなんて都合の良い妄想でしか……。

「フェイトちゃん!」

 更に内に篭り始めたフェイトに、なのはが声をかける。

「気をしっかり持って。幻覚に取り込まれちゃダメだよ!」
「だまれっ!」

 フェイトは苛立ちをぶつけるように、なのはに近づきバルディッシュを叩きつけた。
 だが、その攻撃もなのはは易々と受け止めると、悲しいそうに説得を続ける。だが、フェイトはその言葉に耳を貸さない、貸す余裕などない。

「こうなったら……」

 フェイトはなのはと距離を取ると、バリアジャケットの一部をパージする。どっちみち、攻撃力はあちらが上なのだ。中途半端な装甲など、こうなったら不要。
 マントが消え、装甲が消えていく。高速機動モードであるソニックフォームを起動させる。

「これで勝負を決める!」
「フェイトちゃん……」

 覚悟を決めたフェイトを見て、なのはは悲しそうに俯く。
 余裕があるように見えて、なのはもそれほど余裕があるわけではない。フェイトの速度は脅威だし、一つ処理を間違えれば途端に畳み込まれてしまう。それだけの力が彼女にはある。
 さらに、自分の魔力をいまいち制御しきれていない。まるで暴れ馬のようだ。

 なのはは深い溜息を一つつくと、全身の力を抜いて自然体となる。

 フェイトは自分を曲げない子だ。生半可な説得では届かない。そうでなければ、自分達の友情はなかっただろう。全力でぶつかり合って、ようやく友達になれたのだ。
 このフェイトも、きっと一緒だろう。だけど、ちょっと忘れているだけだ。

 だから、もう遠慮はしない。フェイトが本気な以上は、全力でぶつかって、止める。
 フェイトを正気に戻さないと、きっと大変な事になるから。





『幕間 過去と現在と未来』





 先手を取ったのはフェイトだった。
 どういうわけか、あのなのはは自分の知っているなのはよりも強い。後手に回れば立ち直れない。
 フェイトは高速で不規則に動き回りながらなのはに肉薄した。
 雷の刃がなのはに迫る。

「このぐらい!」

 だが、なのはなその一撃をレイジングハートで易々と止める。防御にシールドすら張らない。
 
 わかっている。このなのはの格闘能力は高い。特に、接近戦の防御は生半可な事では崩せない。先ほどまでのぶつかり合いでわかったが、砲撃型とは思えないほどに練りこまれている。
 だけど、私の攻撃はまだ終わりじゃない!

 フェイトは攻撃が受け流されたのを確認すると、すぐさま準備してあったフォトンランサーを放とうとする。
 だが、その動きはなのはに完全に読まれていた。
 組み合っていたデバイスの間から、桜色の鎖が突如沸いて出てくる。

「0距離バインド!? まずい!」

 フェイトは慌ててデバイスを引くと、準備してあったフォトンランサーを鎖に向かって放つ。
 雷の矢は鎖とぶつかり合うと、互いにはじけて消える。
 しかし、このなのははいつの間にバインドの準備をしていたのだ?

 フェイトの驚きなど気にせずになのはが動きだす。
 レイジングハートの周りに、十二個の魔法弾が形成される。

「アクセルシューター、シュート!」

 十二の魔法弾は一直線にフェイトに迫ってくる。
 避ける……いや、だめだ。アレの誘導性はよく知っている。中途半端に回避するよりは……。

「撃ち抜け、轟雷! サンダースマッシャー!」

 普段よりも収束率を落としたサンダースマッシャーを放つ。
 威力は格段に落ちるが、元々これはなのはを撃つ為じゃない。迎撃の為だ。
 広がった砲撃は、次々桜色の魔法弾を飲み込んでいき、フェイトの目論見通り魔法弾を誘爆させてゆく。
 さらに、砲撃の余波がなのはに迫っていく。さすがのなのはも、後退を余儀なくされるはずだ。

 だが、そんなフェイトの予想を嘲笑うかのように、レイジングハートの先端に魔力球が形成される。

「うそっ!」

 思わず驚きの声を上げるフェイトだったが、なのははフェイトの驚きなどお構い無しに砲撃を放つ。

「ディバインバスター!」

 桜色の砲撃は収束の甘いサンダースマッシャーをあっさりと蹴散らしフェイトに迫る

「そんな!」

 でも、いくら威力が低いからって、あんな素早くサンダーレイジを打ち消す砲撃を準備できるなんて!
 フェイトは驚きの声を上げながら、なんとかその砲撃を避け、安堵の息を吐く。
 だが、安堵するにはまだ早すぎた。
 フェイトは砲撃を避けたすぐそこを狙い、12発の魔砲弾が迫ってくる。

「もう!? リロードが早すぎ……えっ!?」

 驚きの声は、さらなる驚きに上書きされた。
 迫ってくる魔法弾は十二発ではない。十八発だった。

「数が多い!?」

 なのはが誘導できる魔法弾は、最大でも十二発だったはず。その1.5倍を誘導だなんて……いや、それ以上にこのアクセルシューターはいつ撃った?
 フェイトが驚いている間にも、魔法弾は複雑な軌道を描きながら、フェイトの周りを飛び回る。
 こうなってしまうと、迂闊に動けない。

「フェイトちゃん、もう終わりにしよう。今のフェイトちゃんじゃ、私には勝てない」

 なのははどこまでもフェイトを心配していた。それはまるで、年上の女性が子供を心配しているようで……。
 だが、その優しさすら、今のフェイトは拒絶をする。

「うるさいうるさいうるさい! 夢の存在のクセに!」
「そうだよ、ここは夢の世界だよ。もう、終わった事の記録でしかない」

 駄々っ子のように叫ぶフェイトに、なのはが語りかけた。
 自分は夢の……記録の存在だとあっさりと認める。

「だから、夢から覚めなきゃ。現実に立向かわなきゃ」
「黙って!」

 現実ってなんだ。ここなら、母さんは私を見てくれる。
 微笑んではくれないけど、見捨てられる事は……。

 フェイトは叫びながら、バルディッシュをザンバーモードに切り替える。
 その余波で魔法弾が誘爆しフェイトを傷つけるが、そんな事はお構い無しだ。

「これで決める!」
「フェイトちゃん……」

 フェイトの切り札中の切り札、最大火力を誇るジェットザンバーの術式が展開される。
 それを前にしても、なのはに焦りの表情はなかった。ただただ、悲しそうな目でフェイトを見ると、静かにこう言った。

「フェイトちゃん。ごめんね……。少し、頭を冷やそうか」

 その呟きと共に地上の、森の合間、フェイトの背後からさらに六発の魔法弾が飛び出してくる。
 魔法弾は狙い過たずフェイトの背中に命中した。

「えっ!?」

 その一撃でバランスを崩したフェイトの視界に、ディバインバスターのチャージを終えたなのはの姿が映る。

「ディバインバスター……シュート」

 次の瞬間、膨大な魔力がフェイトに向かって放たれる。
 それを避ける手段はフェイトには無く、彼女の意識は桜色の魔力に飲み込まれて消えた。




「……と、フェイトは大丈夫なのかい!?」
「幻覚は解除したけど……」
「え、えっと……、訓練用の模擬弾だから大丈夫だと思うけど……ちょっとやりすぎちゃったかな」

 なのはの声に続き、二人分の溜息の声が聞こえる。
 闇に沈んでいたフェイトの意識が、周囲の会話に引っ張られ次第に覚醒してゆく。

「あ、フェイトちゃん!?」
「あっ、気がついたかい、フェイト?」
「よかった、もう目が覚めないかと思ったよ、フェイト!」

 安堵の表情を見せるなのはとユーノ。感極まって抱きついてくるアルフ。
 そんな3人をぼんやりと見回していたフェイトだったが、意識が覚醒するにつれ、自分がやってしまった事を次々と思い出していく。
 フェイトは慌てて飛び起きると、ユーノとなのはに向き直る。

「わ、私は、な、なんて事を……」

 思い出せば思い出すほど、自分はなんという事をしてしまったのだろう。
 友達であるユーノを傷つけ、夢の存在とはいえなのはに暴言を吐いてしまった。自分はなんて……。

「フェイトちゃん、気にしちゃダメだよ」

 再び落ち込みそうになったフェイトに、なのはが慌てて声をかける。

「この手の幻覚は、一度かかると中々抜け出せないんだから」
「で、でも……」
「僕もなのはも無事だったんだし、気にしちゃダメだよ。フェイト」
「それはそうだけど……」

 どうして良いかわからない。
 罪の意識にさいなまれるフェイトに、なのはは優しく微笑みかけると、小声でアドバイスをした。

「フェイトちゃん。悪い事をしたら、まずごめんなさい。助けてもらったら、ありがとうって、相手の目を見て言うんだよ。まずはそこから始めないと、ね」

 なのはのアドバイスに、フェイトは少しだけうろたえると、意を決して二人に向かって頭を下げる。

「なのは、ユーノ。ごめんなさい。それから、助けてくれて、ありがとう……」
「うんうん。ユーノくんは?」
「許すも許さないも無いさ。あんな状況なんだ、助けるのは友達として当然だろう。大丈夫だよ、フェイト」

 友達。2ヶ月前にも、なのはが言った言葉。友達になりたい、そういわれてどれだけ嬉しかっただろうか。
 そして、今。ユーノは友達を助けるのは当然だと言ってくれた。あんなに危ない目に合っても、微笑みかけてくれる。
 胸が熱くなる。一人ぼっちじゃないと、自分はまだ、周りには、すばらしい人たちがいるではないか。

 母の事は確かに悲しいが、それだけに囚われるのはこの人たちに対する裏切りじゃないのか。
 裏切りたくない。この温かく、大切な人たちを。

 フェイトはその思いを、言葉に込める。

「本当に……ごめんなさい。それと、ありがとう、なのは、アルフ。それにユーノ」
「どういたしまして、フェイト」

 フェイトの思いを受け取り、ユーノは優しく微笑んだ。

 とりあえず、フェイトに怪我らしい怪我は無かった。あれだけの戦いを繰り広げながら、模擬弾を使っていたとは……このなのはは一体何者なのか。
 興味は尽きないが、それよりもなによりも真っ先にやら無ければならないことは、彼女の謎の解明ではない。
 ユーノはちらりとなのはを覗き見る。このなのは夢の存在だ。あまり彼女の目の前で相談したい内容では……。

「大丈夫だよ、ユーノくん。私は夢の存在なんでしょう」
「なのは、気がついて!?」
「うん。ユーノくんが男の子の姿に戻ったあたりからかな。昔も驚いたなーって思い出して、そこから……」
「そうか、ごめん。なのは……」

 自分は残酷だと思う。
 現実に戻るために、なのはごと夢の世界を破壊しなければならないのだ。そして、この夢の世界の少女はその事を自覚している。知っていて、自分達を送り出すために、フェイトを救ったのだ。

「ユーノくん。こういう時は『ごめんなさい』じゃなくて、『ありがとう』だよ。それに、私は消えるわけじゃなくて、ただ戻るだけだから大丈夫だよ」
「戻るって……」

 ユーノの問いに、なのはは答える事も無く曖昧に微笑んだ。
 ユーノは問い質そうとするが、もうそこまで時間は残されていなかった。
 不意に揺れが3人を襲い、世界が歪む。

「ちょ、ちょっと、これって?」
「幻覚が揺らいでるんだ!」

 驚きの声をあげるアルフに、ユーノが簡潔に答える。

「たぶん、この時代の私が頑張ってるんだと思う。急がないと夢の崩壊に巻き込まれるよ」

 ユーノの言葉に、なのはが捕捉をいれた。
 確かに、夢が不安定になって来ている。このままここにいては危険だ。最悪は、脱出できなくなる可能性だってある。

「フェイト、起きてすぐで悪いんだけど……」
「うん、わかっている」

 フェイトは痛む身体に鞭を打って立ち上がると、バルディッシュを構える。
 この手の幻覚からの脱出方法は心得ている。自分の魔力なら、脱出路の形勢が出来るはずだ。

「アルフ、ユーノ。私から離れないでね」
「ああ、わかってるよ」
「うん」
「それとなのは……」

 二人が傍によってくるのを確認すると、フェイトは最後になのはを見る。
 なのはは三人を見て優しく微笑むと、手を振りながら別れの言葉を口にした。

「三人とも、多分これから先も辛い事や悲しい出来事がたくさんあると思うけど、皆で力をあわせればきっと解決できるから。がんばってね」
「なのはも、ありがとう」
「助かったよ」
「なのは……、ありがとう。さようなら」

 ユーノが、アルフが、最後にフェイトがこれから消える少女に最後の言葉を述べる。なのははそれに答えず、静かに三人を見送った。
 一瞬だけ、なのはの姿がぶれて美しい大人の女性に見えたのは、気のせいだろうか?
 そして……、世界が砕ける。



「どこに行く気かしら、フェイト?」

 不意に、誰かがフェイトに声をかける。

「プ、プレシア。あんた!」

 世界が壊れた先にいたのは、フェイトの母、プレシア・テスタロッサだった。
 もちろん、彼女も夢の存在だ。目の前にいるプレシアの姿はぼやけ、今にも消えそうである。
 だが、それでも大魔導師プレシアだ。油断できる相手じゃない。フェイトを傷つけていた存在の出現に、アルフが色めきたつ。

「アルフ」

 しかし、フェイトはそんなアルフを手で制すると、一歩だけ前に出た。

「母さん」
「何かしら?」

 フェイトの呼びかけに、プレシアは不機嫌そうに答える。
 フェイトはそんな彼女の様子を少しだけ気にして、心の傷の痛みに顔を顰め、それでも勇気を込めて言葉を続けた。

「母さん。私はあなたが何を求めていたのか、何をしたかったのか、最後まで知りませんでした」

 知ったのは全てが終わった後。
 いや、イオタから聞いただけで、実はまだ何も知らない可能性だってある。

「私は貴女にとって、不出来な娘だったのでしょう」

 それどころか、もしかしたら娘として見てもらえなかったのかもしれない。
 優しい言葉に隠された、考えたくない可能性。だが、フェイトはそれも口に出す。

「アリシアの出来損ないだったのかもしれない」
「人形風情が、どこでアリシアの名前を?」

 夢の世界のプレシアが、憎しみを込めてこちらを睨む。
 その視線に逃げたいという心が首をもたげる。

「フェイト!」
「フェイト!」

 ユーノとアルフの心配そうな声が聞こえてくる。
 獣の姿に戻ったアルフはフェイトを守るように間に入り、ユーノは支えるように肩に手をかけた。
 フェイトはその手をぎゅっと握り、空いた手でアルフの頭を撫でる。

「大丈夫だよ、二人とも」

 そう、自分は一人じゃない。あんなにひどい事をしたのに、ひどい事を言ったのに、助けてくれた友達がいる。
 もう、幻なんかに囚われないよ。

「現実の貴女の伝言で知りました」
「現実の?」
「はい。現実で、貴女はアリシアを……私の元になった少女を生き返らせるために私を作ったと」

 もっとも、失敗だったのだろう。
 イオタはそう言ったわけではないが、母の態度から考えれば、自分は出来損ないだったのだ。
 だけど……。

「現実の貴女は、その手段を探し犯罪者と共に消えてしまいました」
「そう……」
「貴女は、私に自由に生きなさいと伝言を残しました。だから、私は自分の意思で、貴女を探します」

 そう決めていた。そうだったはず。

「貴女がこの先恐ろしい犯罪に手を染めるなら、私がそれを止めます。それが、あなたの娘としての務めだと思うから」

 以前の自分はそこまで考えていただろうか。
 母を捜したいと思っていた。だけど、その後の事は?
 また、盲目的に母についていくのだろうか。味方になりたいのだろうか。それとも、止めたいのだろうか。
 もしかすると、何も考えていなかったかもしれない。

 2ヶ月前なら、味方になりたいと言ったかもしれない。でも今はもう、裏切りたくない友達が増えすぎた。
 出会ってからまだ少しだけど、そこに確かな絆が生まれていた。

「そう……」

 フェイトの言葉を聞き、プレシアは表情を緩める。

「貴女は私の知っている人形とは、もう完全に違う存在なのね」
「母さん……」
「私は貴女の母さんなんかじゃないわ。それはここには居ないんでしょう。行きなさい、フェイト・テスタロッサ」

 プレシアはそう言うと、踵を返す。

 最後になる前に大事な事に気がつけると良いわね……

 最後に誰にも聞こえないぐらい小さく呟き、プレシアの幻は消えていった。
 アレは自分が作った幻だったのか。それとも、あのなのはと同じで自分のしらない母の影なのか……。どちらなのだろう。
 もっとも、その答えはどうでも良い事なのかもしれない。それよりも、フェイトは一つ、気がついた事があった。
 それは……。

「そっか。私はまだ、何も始めていなかったんだ。始まってもいなかった……」

 ポツリと呟く。
 幻覚に取り込まれた時、浅ましいと自分を評した。ある意味間違いではない。
 母を助けて、微笑みかけてもらう。そんなジュエルシードを集めていた時の延長線程度しか考えていなかった気がする。

 きっと、それじゃだめなんだ。
 時には痛い思いを、苦しい思いをしてでも自分の思いを告げなければ……。きっと、誰も本当に微笑んでくれない。
 なのはが、ユーノが、アルフが、あるいはヴァンやクロノが、身をもって教えてくれていたはずなのに。今頃になって気が付くなんて……。

「フェイトぉ……」
「大丈夫、フェイト?」

 ユーノとアルフが心配そうに声をかけてくる。
 そんな二人を安心させるべく、フェイトは二人に微笑みかけた。

「大丈夫だよ。二人とも。ありがとう、アルフ、本当にありがとう、ユーノ。貴方達と一緒にいれて、本当に良かった」
「本当に大丈夫だよね、フェイト」
「大丈夫だよ、ユーノ。私はもう迷わない。私は私をはじめるんだ。バルディッシュ!」
『Yes, sir』

 フェイトは自らのデバイスに呼びかけると、ふと思い出し自分のデバイスを覗き込む。

「そういえば、お前もずっと呼びかけてくれていたんだよね。ありがとう、バルディッシュ。これからも一緒に飛んでくれるよね……」
『Yes, sir』
「ありがとう……」

 こんなにも、すばらしい仲間がいるのだ。
 悩む事もあるだろう、苦しむ事もあるだろう。だけど、もう迷わない。

「いくよ、バルディッシュ」
『Yes, sir. Zamber form』

 フェイトの呼びかけに、バルディッシュがその形状を変化させる。
 戦斧部分が二つに割れ鍔に、内側から突き出したパーツを核に、金色の魔力が半物質化し、刀身に変わる。
 この姿こそ、バルディッシュアサルトのフルドライブフォーム。その名もザンバーフォーム。

 フェイトは雷を纏いながら、腰を深く落としバルディッシュを担ぎ上げる。

「疾風、迅雷……」

 闇の空間に雷が舞い踊る。闇の空間に、ひびが入る。
 背後に控えたアルフとユーノが防御を完成させたのを確認し、フェイトはバルディッシュを一直線に振り下ろした。

『Sprite Zamber』

「スプライトザンバー!!」

 金色の雷剣が、闇を切り裂く。
 そして、幻の世界は完全に砕け散った。



[12318] A’s第11話(3)
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:9f18423d
Date: 2011/06/11 14:58
A’s第11話(3)



 ねえ、シスター?

 闇の書事件。いや、A’sの物語において、一番重要なファクターってなんだと思う?

 私は原作を詳しく知らないのでわかりかねますが、やはり主人公である高町なのはの活躍では?

 残念ながら違うよ。A’sの物語においては、彼女はただの狂言回し、ただの端役さ。物語上、主役の立ち位置にはいるけどね。

 では、重要なのは?

 ふふふふ、それはね……。





 ……私は、何を望んでたんやっけ?

 ぼんやりとした意識の片隅で、八神はやてはこんな事を自問し続けていた。
 どれぐらい自問していただろか。不意に、閉じ込められていた闇の世界にやさしい女性の声が響く。

 ……夢を見る事。悲しい現実は全て夢となる。安らかな眠りを。

 ……そう……なんか?

 夢を見る事を望んでいたのだろうか?
 いや、夢は見ていた。あの守護騎士の皆、シグナムにヴィータにシャマルにザフィーラ。海鳴の友達、なのはちゃんやアリサちゃん、すずかちゃん。次元世界の友達、ヴァンくんにユーノくんにフェイトちゃん。アースラの皆、リンディさんにクロノくんにエイミィさん。それに変な人のイオタさんやレインさん。
 一人ぼっちだったこれまでの人生では出会えなかった、いろんな人たちと共に歩む未来を……。
 いつか、この二本の足で大地に立ち、友達と共に歩んでいける未来を……。

「私が、欲しかった幸せ……」

「健康な体、愛する者達とのずっと続いていく暮らし。眠ってください。そうすれば、夢の中でずっとそんな世界にいられます」

 眠れば良いのかな。
 この心地よいまどろみに身を任せて……。

 違う。

 はやては、ぼんやりとした意識で首を横に振る。

 まどろみに身を任せるのは心地よいかもしれない。でも、違う。

 手に力を込める。アームパイプに力無く投げ出していた手を握り締める。
 焦点が定まらなかった八神はやての目に力が篭る。
 はやてははっきりと正面を見据え、闇の空間に立つ女性を見つめ、女性の誘惑にこう答えた。

「せやけど、それはただの夢や」

 そう、ただの夢。夢見た未来なんかじゃなく、ただの想像の切れ端。
 憧れているだけで手が届かないもの。
 欲しかったのは、そんなものじゃない。






 桜色の魔力光と、漆黒の魔力光の起動が海上で交差する。
 高速でのぶつかり合いに競り勝ったのは、夜天の書の意思だった。
 跳ね飛ばされ、なのはは数歩後退を余儀なくされる。

「これ以上は……」
『警戒レベル1ポイント上昇。砲撃戦警戒レベル2ポイント上昇』

 夜天の書の意思の意識が、少しずつ遠くなっていく。
 限界の時が近い。これ以上は持たない。

「に、逃げるんだ……。お前の砲撃は私には通らない……」
「ううん。通してみせる。レイジングハートも力をくれている! ヴァンくんも後ろで私を守ってくれている! 二人とも、命と心をかけて答えてくれている! 泣いている子を、救ってあげてって!」

 無理な連続運用でフレームの各部にガタがきそうなのに、レイジングハートは泣き言の一つも言わない。
 ヴァンは最初の宣言どおり、一匹の魔獣も二人の戦いに割り込ませていない。
 二人の命懸けの信頼に答えないでどうするというのだ。

『A. C. S., standby』

 なのはの足元に、魔法陣が展開する。
 レイジングハートエクセリオンの装甲の一部が開き、桜色の羽根が噴出した。

「アクセルチャージャー起動、ストライクフレーム!」
『Open』

 レイジングハートの先端から、桜色の魔力刃が出現する。
 たしかに、このままでは砲撃は通らないだろう。ならば、通るようにするまでだ。

「エクセリオンバスターA.C.S……ドライブ!」

 槍と化したレイジングハートを真正面に構え、なのはは全力で夜天の書の意思にぶつかって行く。
 夜天の書の意思が張り巡らせた防壁とぶつかり合い、今まで以上に激しい火花を散らす。
 睨みあう二人の間で、桜色の穂先が徐々に黒い障壁にめり込んでいった。

「とどいて!」

 なのはの気合の叫びと共に、さらなる力が穂先に集まる。
 そしてついに、桜色の穂先は夜天の書の防壁を突破した。

「まさかっ!?」
「ブレイク……シュート!」

 槍の先端で桜色の魔力が膨れ上がる。
 膨大な魔力が、夜天の書の意思に向かい叩き込まれる。そして、全てが桜色の光に包まれた。



 海上には謎の空を飛ぶ岩山。その前では、桜色の光が時々爆発を繰り返す。周囲には巨大な化け物が飛びまわり、時々青白い閃光が走る。
 この世のものとは思えない光景に、アリサは呆然と呟く。

「ね、ねえ。アレは何かな……。ま、まさかなのはかな?」
「違うんじゃないかな……。なのはちゃん、ヴァンくんのところにいるはずだし……」

 横で同じ光景を見つめていたすずかも、同じように呆然とした表情で答えた。

 なのはがここじゃない世界へ旅行に行って数日。
 まぁ、女の友情よりも男の子だよねーなどと、妙にませた事を言っていたアリサだが、やっぱりなのはがいなくて寂しかったのだろう。
 少し沈んだ様子だった彼女を、すずかは町に連れ出した。

 まぁ、とくに目的も無しにウィンドショッピングをするつもりだったのだが、そうは問屋は卸さなかった。
 突如暗くなったと思ったら、町から人っ子一人いなくなったのだ。
 あまりにもおかしいと町を駆け回っていると、海のほうで何かが光りだした。それが何かを確認するべく坂の上まで来たのだが……。

 自分達が結界に巻き込まれた事も、あのこの世のものとは思えない場所で、親友が戦っている事も、この時のアリサとすずかはまだ知らない。



「ほぼ0距離……、バリアを抜いてのエクセリオンバスターの直撃。これで、だめなら……」

 0距離からの砲撃は、実のところ自爆技に近い。
 砲撃の余波でバリアジャケットはボロボロになっている。今の攻撃でダメなら……。
 肩を押さえ息を荒げるなのはだったが、彼女の希望もむなしくレイジングハートが警告を発する。

『Master!』

 その声に顔を上げると、空中にはほぼ無傷の夜天の書の意思が浮かんでいた。

『警戒レベル1ポイント上昇。最終防衛モードに移行』

 夜天の書の意思の口から、機械的な声が漏れる。
 まだ、あれではだめだという事か……。

「もう少し、頑張らないとだね……」
『Yes』





「私、こんなん望んで無い。貴女も同じはずや。違うか!?」
「私の心は騎士たちの感情と深くリンクしています。だから騎士たちと同じように、私も貴女を愛しく思います。
 だからこそ、貴女を殺してしまう自分自身を、貴女を殺そうとした者達を許せない」


 やれやれ、とんだ道化だったようだ。まぁ、それが一番ベストな流れなのだが……。
 闇の書に飲み込まれたプレラ・アルファーノは、八神はやてと夜天の書の意思の会話を聞きながら肩をすくめた。

 元々計画は数段構えではあった。
 自爆同然に防御力を削り、その後アギトの一撃でかたを付けるのが最初のプラン。もっとも、これの成功率は限りなく低いだろう。
 闇の所に入り込み、中のはやてを起すのが第二のプラン。こちらが本命だ。原作と流れが違う以上、八神はやてが覚醒してない可能性を考慮に入れたのだが……。
 結局は、杞憂だったようだ。このまま原作と同じように進むのなら、無駄な介入はするべきではない。
 プレラは二人の邪魔をしないようにと隠れ続けていた。

「自分ではどうにも出来ない力の暴走。欲望のまま闇の書の力を狙う悪漢。私の呪われた運命に貴女を巻き込んでしまった……」

 罪悪感を滲ませる夜天の書の意思に、はやては首を横に振るう。

「覚醒の時に、あなたのこと少しはわかったのよ。
 望むように生きられへん悲しみ。悔しさ。私にも少しはわかる。シグナムたちと同じや。ずっと悲しい思い、寂しい思いをしてきた……」

 あの、不自由無く生きられる家で、ずっとひとりぼっちだった。
 でも……。

「でも、今は一人やない。シグナムが、ヴィータが、シャマルが、ザフィーラが、なのはちゃんが、フェイトちゃんが、ユーノくんやクロノくん、ヴァンくん。他にも皆ついてくれてる」
「しかし……」
「それにな、ある人が私にこう言ったんや」

 ふと、友人の義理の姉が言った言葉を思い出す。
 そう……。

「無駄に責任を感じる暇があるなら、犯罪者を盛大に罵りなさいって。まぁ、ここで罵っても何の解決にもならないんやけど……」

 責任を感じる必要が無いとは思わない。襲われたのも、巻き込んだのも自分達だ。
 でも、まだ何の責任も果たしていないのに、自分のせいなどとを感じるのは早すぎる。

「なあ、忘れたらあかん。貴女のマスターは、今は私や」

 車椅子から立ち上がり、そっと夜天の書の意思の頬を触る。
 夢の世界なのに、その頬はとても温かかった。

「ちゃんと聞かなきゃあかん」

 はやての足元に、ベルカ式の魔法陣が展開される。
 その事に、夜天の書の意思は驚き息を飲む。



『最終防衛モードに移行』



 突如、夜天の書の意思とはやての周囲にあった闇が蠢きだす。
 外での脅威に対し身を守るべく。不要な意識を飲み込み、燃料を効率よく消費できるよう姿を変えようとする。

「な、なんや、これは!?」
「危ない、マスター!」

 はやてを捕らえようとした闇の触手の動きを察知し、夜天の書の意思は慌ててはやてを突き飛ばす。
 身代わりになった夜天の書の意思が、一重二重と触手に取り込まれていく。

「そ、そんな!」

 慌ててそれを追おうとするはやてだったが、闇ははやてをも捉えようとして……。

「させるかっ!」

 突如割り込んできた一人の騎士が、闇の触手を斬り捨てた。

「だ、誰やあんた?」

 突如割り込んできた見覚えのない男に、はやてが驚きの声を上げる。

「私の事は後回しだ。それよりも、闇の書の意思に呼びかけるんだ!」

 割り込んできた騎士……、プレラは叫び声を上げる。
 野暮だと思いながら二人の会話を聞いていたプレラであったが、まさか最後の最後でこうなるとは思ってもみなかった。

「あ、え、どうやって!?」

 プレラの叫びに、はやてが困惑した声をあげる。

「私の相棒が言っていた。融合騎にとってマスターの権限は絶対だと」

 もっとも、どうやってと言われても、プレラに説明など出来るはずも無い。
 とっさに思いついた、アギトの言っていた事を口にする。

「とにかく彼女の名前を呼びかけろ! 闇の書も、答えてくれるはず!」
「わ、わかった……。やってみる」

 そう答えながら、はやては考える。
 ずっと、ずっと考えていた。呪われた魔導書、闇の書と呼ばれていたこの子の事を。
 呪われた闇など、悲しい名前を押し付けられてしまったこの子の事を。

 夜天の書。それが本当の名前。

 それとは別に、いつか祝福された名前を贈ろうと……。

 八神はやては一歩づつ前に進む。

「はやて! そういう事か、しょうがない!」

 プレラは彼女の意図を悟ると、はやてを守るべく魔法を繰り出す。
 無数の魔法弾が闇を蹴散らす。振るわれる剣が、闇の触手を斬り裂く。

 そしてはやては、取り込まれかけている夜天の書の意思にそっと触れた。

「なあ、ずっと考えていたんや。もう、貴方のことを呪われた魔道書とか、闇の書とか呼ばせへん。私が呼ばせへん。
 私は管理者や。私にはそれが出来る」

 そう、彼女を直すとき、真っ先にやろうと考えていた事。それは……。

「無理で……。もう、自動防衛ぷろグラムが……、管り局のまどう師が……」
「そっか。ヴァンくんかな? 外でも皆、頑張ってるんやな」

 まだ、きっと誰も諦めてない。
 自分の知っているあの人達なら、最後まで諦めない。だから……。

「止まって」

 ハヤテの足元の魔法陣がより一層強く輝く。





【外の方! 管理局の方!】

「これって!?」
「これは!!」

 突如聞こえてきた念話に、なのはとヴァンが驚きと喜びの叫びを上げる。

【そこにいる子の保護者、八神はやてです】

「はやてちゃん!?」
「はやて!?」

【なのはちゃん!? ヴァンくん!? やっぱり無事やったんやね!?】
「それはこっちの台詞だ! 大丈夫か、はやて!」
「そ、そうだよ。はやてちゃんこそ、無事でよかった……」
【うちの子と戦ってたのは、やっぱり二人やったんやね】
「うん、色々あって、夜天の書さんと戦ってるの」

 三人の会話が始まると同時に、夜天の書の意志の動きが止まる。

【ごめん、なのはちゃん。なんとかその子を止めてあげてくれる】
「えっ!?」
【魔道書本体からのコントロールを切り離したんだけど、その子が発していると管理者権限が使えへん。今そっちに出ているのは、始動コードと防御プログラムだけだから】

 はやての言っている意味がよく分からない。
 なのはは優秀な魔導師だが、あくまでも実戦で鍛えた優秀さだ。魔法に関する座学はほとんど収めていない。
 どうすれば良いのか。困惑するなのはに、別の念話が飛び込む。

【なのは、聞こえる!?】
「えっ、えっ!? ユーノくん!? ど、どこにいるの!?」

 行方不明だったユーノの声が聞こえてきた。

【今はフェイトとアルフと闇の書から脱出中だ】

 運が良かったと言うべきか。おそらくは闇の書の内部は相当不安定になっているのだろう。
 脱出を試みていた三人の耳にも、はやての念話が聞こえてきたのだ。
 戦闘能力こそ低いが、ユーノの魔導技術は洗練され高い。はやての作ったバイパスを経由して、外部への連絡ルートを即座に構築したのだ。

【それよりも、わかりやすく伝えるよ。今から僕が伝えることをなのはができれば、僕たちはみんな外に出られる】
「うん」
【どんな方法でもいい。目の前の子を、魔力ダメージでぶっ飛ばして。全力全開、手加減なしで!】

 なんともわかりやすい指示だ。
 なのははニコリと微笑むと、分かったと頷く。

「さっすがユーノくん。わっかりやすい!」
『It's so』

 なのはの足元に、魔法陣が展開される。得意の砲撃の準備に入る。
 無論、闇の書の防衛プログラムもただではやられはしない。なのはを妨害しようと、魔獣を召喚する。
 しかし……。

「魔獣の相手は俺だって言ってるだろうが!」

 海中から出現した触手を、ヴァンが次々に斬り捨ててゆく。
 全身怪我の無いところなど無いが、それでも最後の力を振り絞る。ここが、たぶん勝負の分かれ目なのだ。

「エクセリオンバスター、バレル展開! 中距離砲撃モード!」
『All right. Barrel shot』

 レイジングハートが姿を変える。
 杖の柄が長くなり、桜色の羽はひときわ大きくなった。
 砲撃の前段階。拘束用の魔力流が闇の書の防衛プログラムを縛る。





「夜天の書の主の名の元、汝に新たな名を贈る。
 強く支えるもの。幸運の追い風。祝福のエール。リインフォース」

 その名前を唱えた瞬間、闇が砕け散り……。






『幕間 夜天の主と来訪者』





「ここは?」

 砕けたはずの闇の狭間で、プレラは首を傾げる。
 あれで外に出れらたはずじゃないのか?

 周囲は炎に包まれた街だった。
 地球ではない。管理世界でも無い。
 いや、管理世界か……でも。

「様式が古い。これは、古代ベルカ時代か?」

 夜天の書の……いや、名を送られたからリィンフォースの記憶の世界か?
 そう首を傾げるプレラだったが、不意に聞こえてきた音に後ろを振り向く。

「なにもの……うっ」

 此処2ヶ月で人の死体など見慣れてはいたが、それでもこれはひどい有様だった。
 その人物は手足はちぎられ、胴は黒く焼け焦げていた。それでも息があるのは、執念だろうか?

「大丈夫か?」

 駄目だろうと思いつつ、プレラはそう問いただす。
 その人物は何も答えず、視線だけである一点を指し示す。

 そこには、銀色の“人形”が立っていた。
 いや、あれを人形と呼んでいいのだろうか。辛うじて人と思えるデザインをしているだけで、指も顔も無い。子どもが描いた落書きのような人だった。
 “銀色の人”は燃える街、死体の山の上に立ち、手に持つは……夜天の書か!?
 驚くプレラをよそに、“銀色の人”は淡々と作業を勧める。

『障害完全排除。コレヨリ規程地点マデノ修正行動ニ入ル。夜天ノ書ノ再改変開始。守護騎士回収』

 その言葉と共に、死体の幾つかが消える。
 いや、あれは……。

「シグナム、ヴィータ、シャマル!?」

『守護騎士回収完了。自動防衛プログラム再構築、無限転生機能再構築。正常機能ノ破壊ヲ開始』

「こ、これは」

 夜天の書を囲む何十もの魔法陣。おそらくは、あれで夜天の書は闇の書に改造されたんだろうが……。

【頼む……】

 不意に、背後の人から念話が届く。

【これを見ている者が、心ある来訪者である事を願う……】
【頼む……私たちの仇を。あの鏡の使徒と、始まりの来訪者を倒してくれ……】
【奴は、この世界の歴史を、自らが降り立つその時まで思い通りに進めようとしている……その為にいくつもの悲劇を繰り返している】
【私の仲間や、私の騎士も、戦乱を終わらせようとして、夜天の書を助けようとして、奴の逆鱗に触れた……】
【頼む……奴の思い通りにだけはさせないでくれ……】

「どういう……」

 困惑した声を上げるプレラだったが、メッセージはそこで終わっていた。


「うおおおおおおおおおっ!!」

 不意に、銀色の人に向かい、一匹の狼が向かっていく。
 いや、狼ではない。あれは!?

「主の! 仲間の仇ぃぃぃぃぃぃ!!」

「ザフィーラか!?」

 ザフィーラの牙が銀色の人に食い込む。
 肩がパリンと砕ける。
 しかし……。

『逃亡中ノ守護騎士ヲ確認。回収ヲ開始』
「うぉおおおおおおおおお!」

 銀色の人は自らの損傷などお構いなしに、ザフィーラすらも回収しようとする。
 ザフィーラは必死に抗うが、無駄な抵抗だった。
 砕けた肩から腕一本。それを道連れに闇の書に引き込んだところで、完全に分解され闇の書の中に消えていった。
 そして、この世界で動くものがいなくなる。

『最終工程完了。闇ノ書ノランダム転生開始』

 最後に闇の書が消え、この世界が終りを告げた。

「どういう……事なんだ……」

 口の中がからからに乾いている。
 現実に帰る一瞬が、とてつもなく長く感じるのだった。






 一番重要なファクターはね。八神はやてとギル・グレアムさ。

 それはどういう意味でしょうか?

 簡単さ。八神はやてが闇の書の主に相応しい器を持っているかどうか。そして闇の書を完成させようとするものがいる。そのニ点だけが、あの物語では重要だったのさ。
 まぁ、片一方は脱落したけれどもね。幸い代わりがいたようで問題は無かったけれども。

 聖王教会ですか。

 まあね。

 そういえば、馬鹿がひとり紛れ込んでいましたね。

 あれはあれで面白かったよ。利用価値が無くなったみたいだけどね。

 残念です。もう少し楽しめるかと思ったんですが。

 真実に近づいたんだし、処分の時なのだろう。おっと、それよりもそろそろビジネスの時間じゃないか。

 そうでした、行ってまいりますね。盟主。

 ああ、先方によろしくね。いつか殺すとはいえ、今は重要なビジネスパートナーだ。

 はい、かしこまりました。盟主もお気をつけて。

 ああ、そうだね。そろそろこっちも出番みたいだね……。



[12318] A’s第11話(4)
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:9f18423d
Date: 2010/06/22 00:33
A’s第11話(4)



「エクセリオンバスター、バレル展開! 中距離砲撃モード!」
『All right. Barrel shot』

 レイジングハートが姿を変える。
 杖の柄が長くなり、桜色の羽はひときわ大きくなった。
 砲撃の前段階。拘束用の魔力流が闇の書の防衛プログラムを縛る。

「エクセリオンバスター、フォースバースト!」

 レイジングハートの先端に、巨大な魔力球が形成される。
 圧縮されているのにも関わらず、魔力がどんどんと膨らんでいく。
 桜色の輝きが、周囲を照らし出す。

「ブレイク、シュート!」

 なのはの叫びに呼応し、レイジングハートの先端から桜色の魔力光が迸る。無数の蛇のように絡みながら、巨大な柱となり闇の書の防衛プログラムを包み込む。
 莫大な魔力光があたりを照らしだし……。そのなかで、幾つもの閃光が天に向かって伸びたのを俺は見逃さなかった。

 俺は相変らず湧き続ける魔獣を切り払いながら、口元に笑みを浮かべた。

「フェイト! アルフ! それにユーノ!」

 上空に、三人の姿が出現する。
 ぱっと見たところボロボロではあるが大きな怪我はない。よかった……無事みたいだ。
 物語で知っていても、本当に無事な場面を見るとやっぱり安心した。
 なのはも、三人の姿を確認して笑みを浮かべる。

「よっ、ヴァン。ずいぶんとボロボロだな。相棒の借りは返さないとな……、ナイトミラージュ!」
『Yes, sir』

 さらに、こんな声と共にオレンジ色の魔法弾が闇を切り裂く。
 魔法弾は吸い込まれるように魔獣の群れに着弾すると、一斉に大爆発を起した。あれだけいた魔獣の群れの大半が、一斉に叩き落される。

「ティーダさん!」

 その光景に一瞬呆然とするものの、俺は慌てて後ろを振り向く。
 そこには何時もと変わらない笑みを浮かべたティーダさんが、ナイトミラージュを構え微笑んでいた。

「悪いな、ヴァン。ずいぶんと無理をさせちまったみたいでよ」
「無理ってほどじゃありませんよ」

 などと強がっては見たものの、実はそろそろ限界だった。
 本当に皆無事でよかった……。やべ、涙が出そう。
 まだ終わってないんだから……。

「初めて見る顔が三人ほどいるな……。ふむ、あっちの白い服の子がなのはちゃんか。なるほど、ペアルックとはやるな、ヴァン。」
「こんな時に何言ってるんですか、あんたは」

 俺が泣きそうな、あるいは無理をしている事に気がついたのだろう。ティーダさんがしょうもない軽口を叩く。
 俺もそれに軽口で返した。そうだよな。泣くのは無事事件が終わってからだ。

 俺たちが互いの無事を喜んでいると、不意に周囲の空気が、地面が、海面が……いや、空間が震えだす。
 圧倒的な力の余波が、あたり一面を振るわせる……って、これは!?

【皆、気をつけて! 闇の書の反応、まだ消えてないよ!】

 エイミィさんの叫びが俺たちの耳に届く。
 なるほど、アレが出てくるのか……。

【さて、ここからが本番ね……】

 リンディ提督の声にも極度の緊張が滲んでいる。
 そりゃそうか。十一年前の夫の死を含め、多くの死と不幸を生み出してきた存在の本丸が出てくるのだ。

【クロノ、準備は良い】
【はい、僕はもう現場に着きます。ただ、ドクター・イオタとレインが……】
【イオタさんたちがどうかしたの?】
【飛べないとかで、走って来るとか……】

 そういや、あの人が飛んでいるところを見た事が無いな。下着ドロ事件の時も、ビルの壁をよじ登ってたし……。
 なんともアンバランスな話だが、深く考えない方が良いだろう。
 リンディ提督も同じ結論に達したのか、若干疲れた声で指示を出した。

【まぁ、彼の出番は事件が終わってからでしょうから、今は良いとしましょう。アルカンシェル、使わずに済めば良いけど……】

 最後にポツリと聞けて来たのは、提督の本音だろう。
 それの威力をよく知る俺とティーダさん。それにクロノさんも同じ思いだった。なのはやフェイトは良くわかってないみたいだが……。

 ゴゴゴゴゴゴ……。

 とっと、感傷に浸ってる場合じゃない。
 周囲の空間がよりいっそう強く震える。海上の一点に巨大な魔力が収束し、次の瞬間に闇のドームといった感じの結界が出現する。
 あれが闇の書の防衛プログラムか。

 バラバラの場所にいた俺たちは、ゆっくりと一箇所……なのはの傍に集まってゆく。

「ヴァンくん、大丈夫?」
「大丈夫だ。というか、逃げ場なんて無いだろう。……ん? どうしたんだ、ユーノ?」

 心配そうに声をかけてくるなのは。
 一方ユーノは俺をなんか変なものでも見るかのような目で……、いや、ユーノだけじゃなくてフェイトとアルフもか?

「どうしたんだ、三人とも?」
「あ、いやなんでもないよ」
「そっか? 調子がおかしいのか?」
「ううん。何でもないよ。そうだね、後で話すよ」

 まぁ、俺のあまりのボロボロさに引いているのかもしれないが……。まぁ、聞き質している場合じゃないか。
 三人も同じように表情を引き締める。

 揺れが徐々にひどくなる。周囲の空間が悲鳴を上げた。

【はやてちゃんは闇の書の防衛プログラムと完全に分離しました!】
【みんな、下の黒い淀みが暴走の始まる場所になる】

 はやては無事らしい。
 それにしても、なんていう魔力だろうか。
 エイミィさんに言われなくても、魔導師なら間違えないだろう。ここまで邪悪な雰囲気の魔力は滅多にお目にかかれない。
 こんな存在を腹の内に抱えさせられてきたのか、夜天の書は……。

【みんな、クロノくんが到着するまでむやみに近づいちゃ駄目だよ!】
「はい!」

 なのはがエイミィさんの言葉に返事を返す。




 * * * * * * * * * * * * * *




 管理者権限発動。

 はやての命令が、その空間の全てを支配する。
 はやての意に従い、リインフォースが掌握したシステムの書き換えを進めてゆく。

「防衛プログラムの発動に割り込みをかけました。数分ですが、暴走開始の遅延が出来ます」
「うん、それだけあったら十分や。そや、リインフォース」
「はい」

 ミッドチルダでユーノやマリーから渡されたベルカ式魔法プログラムの教本を思い出す。
 半分以上はちんぷんかんぷんだったが、それでも重要そうな箇所はちゃんと覚えている。

「多少のダメージは気にせんへんで良い。本体に防衛プログラムが残らないようにな……」
「それは……」

 はやての言葉にリインフォースが言葉を失う。
 はやての言うとおり、防御プログラムは切り離されても、自分の中で再生する可能性が高かった。だから、全てが終わった後に……。
 そんな彼女の考えを先読みしたかのように、はやてが優しく声をかける。

「勉強が役に立ったなぁ。少しでも残ってたら、暴走箇所が復活する可能性があるんやろ?
 悪いところは、すっぱりやらんとな。幸い、良いお医者さんと看護婦さんがいるみたいやし、彼らを信じよう」
「明星の書とその主ですか」
「知ってるんか?」
「見ていましたから。同型の魔導書が残っていたのには驚きました」

 元は健全な学術書だ。同型の魔導書もそれなりの数が作られていた事は、おぼろげではあるが覚えている。
 とはいえ、それが自分以外にも現存しているとは思わなかった。

「そっか、姉妹みたいなもんかな……とっと、話している場合や無かったな。はやく皆を起してあげないとあかん」
「はい」

 もっとも、そんな思い出に浸っている場合ではなかった。
 今はやるべき事を。二人は作業に集中する。はやての周囲に、四つの光が現れる。
 光は弱々しいものの、はやてを守るように彼女を囲む。

「リンカーコア召喚、守護騎士プログラム破損修復。同時並行して囚われた人の解放を」

 はやての命令に光がひときわ強くなる。
 少し離れた場所、公園の一角に4つのベルカ式魔法陣が出現する。

 魔法陣はひときわ強い輝きを発し、守護騎士たちの身体を再構成してゆく。

「守護騎士以外は、時の庭園内に……」

 飛べない魔導師以外もいるのだ。さすがに海の上にというわけには行かない。

「テロリストもおりますが?」
「そうやな……可哀想やけど、体力と魔力を死なない程度に奪って、動けないようにしておいてや」

 些か乱暴ではあるが仕方が無いだろう。解放したとたん暴れられて、犠牲者が出るよりはマシだ。

「数名が自力で脱出した模様ですが……。彼女たちには干渉できません」

 リインフォースの言葉にはやては少し考える。
 そういや、自力で脱出といえば、あの時助けてくれたあんちゃんはどうなったんやろう? いつの間にかいなくなってたが……まぁ、助けてくれたって事は管理局の人なんやろうから、大丈夫やろう。後で、ちゃんとお礼を言っとかにゃああかん。
 はやてはそう割り切り、リインフォースに指示を出す。

「そっちは管理局の人を信じるしかない。防衛プログラムの分離は大丈夫?」
「はい、問題ありません。ただ、機能の大部分を失う事になりますので、以後、当分の間はユニゾンが出来なくなる可能性があります」
「そこは仕方ないと割り切るしかない。命あってのモノダネや」
「はい」
「じゃあ、始めようか……。おいで、私の騎士たち……」

 はやての声に、守護騎士たちが答える。
 四つの光に守られた天を突く光の柱が、暗き世界に出現した。




 * * * * * * * * * * * * * *




 突然の眩い光に、俺たちは目を覆う。
 何が起きたのか一瞬だけわからなかった。だけど、次の瞬間に俺たち全員の顔が驚きと歓喜の表情に変わる。
 なぜなら、そこには俺たちが会いたかった人たちがいたからだ。

「ヴィータちゃん!?」
「シグナム!?」

 光が消えた場所では、四人の守護騎士が主を守るように浮かんでいた。

「我ら、夜天の主の元に集いし騎士」

 四人の将であるシグナムが最初に宣言をする。

「主ある限り、我らの魂尽きる事なし」

 言葉を引き継いだのは、参謀であり後方支援を担当するシャマルだった。

「この身に命がある限り、我らは御身と共にある」

 守護獣であるザフィーラの言葉は、守護騎士とはやての契約の言葉だ。

「我らが主、夜天の王、八神はやての名の下に」

 最後にヴィータが言葉を締める。
 長き時を闇ですごした四人の騎士と、一人の融合騎は、この瞬間、闇から脱し八神はやての元に集結したのだ。

 光の殻が砕け散る。
 両方の足で立ち、十字架型の杖を構えるはやての姿がそこにはあった。

「はやてちゃん!」
「はやて!」

 俺となのはが歓喜の声を上げる。はやては俺たちを見ると、ニコリと微笑んだ。
 先ほどもそうだったが、実際に目で確認するとやっぱり安心する。

「夜天の光よ、我が手に集え! 祝福の風、リインフォース、セーットアップ!」

 はやてが自らの騎士甲冑を作り出す。
 白を基調とした外套に、特徴的な大きな帽子。背中には6枚の黒い翼が浮かんでいる。
 髪や瞳の色が変わってるから、ユニゾン済みか……。

「って、どうしたんですか? ティーダさん?」
「あ、いや、なんでもない」

 ふと、俺の横にいたティーダさんが一瞬だけ顔を顰めた事に気がつく。
 しかし、ユーノたちといい、ティーダさんといい、闇の書の中で何かあったのかな?
 後で聞いておくべきかもしれない。

 俺がユーノやティーダさんの様子がおかしい事を気にしている一方で、復帰したヴォルケンリッターが再会を喜んでいた。

「はやて……、おなか大丈夫?」
「大丈夫や」

 目を真っ赤にして目を潤ませているのはヴィータだ。

「すいません……」
「はやてちゃん、私たち……」

 一方大人の二人……、シグナムとシャマルはすまなそうに俯いている。
 後に知った事だが、なんでもはやては瀕死の重傷を負っていたらしい。守るべき主を守れなかった守護騎士としては、忸怩たる思いなのだろう。

「ええよ。悪いのは襲ってきた連中や。反省するのも、次は失敗しないようにする事も重要やけど、今はもっと大切な事があるやろう?」

 そう言うと、はやては小さく息を吐き、とびっきりの笑顔を家族である彼女たちに見せた。

「いまは、おかえり。みんな、無事でよかった」
「う・・・・うえええええええん」

 はやての言葉に感極まったヴィータがはやてに抱きつくと、子供みたいに泣きじゃくる。

「はやて、はやて……無事でよかった……はやてぇぇぇ……」

 そんな八神家の傍に、なのはやフェイト、俺やユーノも飛び寄っていく。

「なのはちゃんとフェイトちゃんも無事でよかったわ。ほんと、心配したんやで」
「ううん、ヴァンくんが助けに来てくれたから」
「ユーノくんやティーダさんもやで」
「そうなんだ……」
「いや、僕は途中で脱落しちゃったから……」
「嘘言うな。お前が敵を足止めしてくれなきゃ、なのはの所まで行けなかったよ」

 とりあえず、謙遜しているユーノに、一言大声で真実を言っておく。つーか、こういう時はアピールしろ。
 一方のティーダさんは少しはなれた場所で俺たちを微笑みながら見つめていた。
 そんなティーダさんの傍に飛んできたのは、クロノさんだ。

「ティーダ准尉、無事で本当に良かった」
「クロノ執務官」

 やってきたクロノさんに、ティーダさんは敬礼で答える。
 クロノさんはそれを手で制すると、八神家を見て優しく微笑んだ後、真剣な表情で命じる。

「総仕上げの時間だ」
「了解です」

 クロノさんとティーダさんもこちらにやってくる。
 ここにいる魔導師が、全員集合したことになる。

「みんな、無事で何よりだ。感動の再会を邪魔するようで心苦しいが、時間がないので簡潔に説明する。
 あそこの黒い淀み、闇の書の防衛プログラムが後数分で暴走を開始する。僕らはそれを何らかの方法で止めなければいけない。停止のプランは、現在二つある」

 そう言うと、クロノさんは手にしていたデバイスを皆に見せる。
 S2Uではない。鋭角なフォルムに青い宝玉のはまった白銀のデバイス……。氷結の杖、デュランダルだ。

「一つ、きわめて強力な氷結魔法で停止させる。
 一つ、軌道上に待機しているアースラの艦船魔導砲、アルカンシェルで消滅させる。これ以外に、何か良い手はないか?」

 両方とも乱暴な手段だ。特に後者は論外だ。

「えーと、最初のは多分難しいと思います。主のいない防衛プログラムは魔力の塊みたいなものですから」

 そう答えたのはシャマルだ。彼女の発言を契機に次々に発言が飛び交う。
 シグナムが、ヴィータが次々に発言する。

「凍結させても、再生機能は止まらん」
「アルカンシェルも絶対ダメ。近くに町があるじゃないか」

 まぁ、そうだよなぁ……。

「あそこにはなのはやはやての家もありますし……。アルカンシェルは拙すぎるでしょう」
「そんなに凄いの?」
「発動地点を中心に、百数十キロ範囲の空間を歪曲させながら、反応消滅を起させる魔導砲。って言うと大体わかる?」

 なのはにはわからんと思うが……。まぁ、ユーノもアルカンシェルの事を知っているか。
 あれは人のいる場所で使うもんじゃないからなぁ……。都市ひとつを消す事が最も被害を小さくする方法……なんて場合にしか使えない、最後の手段なのだ。

「ところで、4人とも記憶は?」
「ああ、今まで霞がかかったように思い出せなかった出来事がだいぶ思い出せてきた。今までの主の事、暴走の事……」

 暴走の事を知らなかったはず、とのクロノさんの問いかけに、ザフィーラが答えた。
 一方、そんな会話の間に、アルカンシェルのことが理解できたなのはとフェイトが意見を言う。

「あの、私もそれ反対」
「同じく、絶対反対」
「僕も艦長も使いたくないよ。アレの暴走が大きくなれば、被害はそれより遥かに大きくなる」

 ただ、クロノさんの言う通り、防衛プログラムが暴走をしだしたら被害がどうなるかわからない。
 はっきり言えば、地球一つで済めばまだ良いほうだ。

「あの、良いでしょうか?」
「どうした、ヴァン?」

 俺が言わなくても誰かが気がつくんだが、今は一分一秒が惜しい時だ。
 意を決して、自分の知っている確実に成功するプランを口にする。

「あれって、コアがある限り再生するんですよね」
「そうだが」
「だったら、コアだけを抜き出して、軌道上までコアを強制転移させてアルカンシェルを使って吹っ飛ばすって出来ませんか?」

 クロノさんは少しだけ考え込むと俺に尋ねる。

「だが、どうやって?」
「これだけの魔導師がいますし、魔力が足りなきゃあれもありますから何とかなりませんか?」

 俺が指を刺したのは、空中に浮かぶ時の庭園だ。
 あれの魔力炉って地味にロストロギアなんだよね。魔力だけなら、アースラにも負けない出力がある。
 もっとも、俺が知っている知識じゃなのはたちだけで十分なのだが……。

「エイミィ、今のプランはどうだ?」

 クロノさんの問いかけに、エイミィさんが通信機越しに答える。

【聞こえているよ。今計算をしているところだけど、今のところ勝率は70%以上。とっと、臨界点まで15分を突破】

 70%か。高いんだか、危ないんだが微妙なラインだ。
 俺の言葉を聞きなのはたち三人が表情を綻ばせる。

「ヴァンくん、凄い」
「それなら、上手く行けば被害は最小に」
「さすがやなぁ」

 もっとも、嬉しくないどころか罪悪感ばかりが募る。
 俺が考えたわけじゃない。君たちの誰かが思いつく事で、俺は手柄を横取りにしたに過ぎない。俺はただ知っているだけだ……。
 いや、懺悔は事件が終わった後にしよう。俺のちっぽけな良心よりも、今は大切な事がある。

【計算完了。おっしゃ、そのプラン、こっちのフォローで98.57%まで勝率上昇!】
「残り1.43%は?」
【足りない分は勇気と根性で補って!】

 常識人のクロノさんの問いかけに、エイミィさんが軽口を交えて答える。
 クロノさんは天を仰ぐと、呆れ声を上げた。

「エイミィ、君は……。それにヴァン、君はもう少し常識的な人間だと思ってたんだが」
「ははは、非常識の塊ですよ。こいつは」
「失礼な」

 なんか、失礼な事を言う年長者二人に、俺は憮然と答える。
 非常識な存在なのは否定しないけど。

「艦長」
【まぁ、相変わらず思いっきりが良い事を思いつくというか、なんというか】
「リンディ提督まで同じ事を……。この中の誰よりも俺は常識的ですよ」

 あ、思わず言ってしまった。

「説得力無いな」
「無いね」
「ヴァンくん、常識って言葉調べなおしてみいや?」

 ユーノ、フェイト、はやての言葉である。
 そんなに風に言われると泣くぞ。

【勲章を人にあげる人を常識的とは言いません】

 しかも、通信で聞いていたらしい姉ちゃんは追い討ちをかけてきた。
 俺は思わずなのはを見る。

「え、えっと……」

 視線をそらされました、こんちくしょう。

「ヴァンで遊ぶのはここまでだ。個人の能力頼りのギャンブル性の高いプランだが、まぁ、やってみる価値はある」

 俺をおちょくる皆を止め、クロノさんがまとめる。
 ちなみに、裏の意味は失敗しても損はない、という事だ。仮に失敗しても、アルカンシェルで地表ごと吹き飛ばす範囲が広がるだけだ。
 まぁ、最悪最低の思考ではあるんだけれども……。

「防衛プログラムのバリアは、魔力と物理の複合四層式。まずはそれを破る」
「バリアを抜いたら、私たちの一斉砲撃でコアを露出」
「そうしたら、ユーノくんたちの強制転移魔法でアースラの前に転送!」

 なのはたちが、プラン……とも呼べない、乱暴極まりない作戦を口にする。

【あとは、アルカンシェルで蒸発、と】
【上手く行けば、これがベストですね】

 そうと決まれば早い。
 リンディ提督の言葉に俺たちは頷くと、それぞれのポジションを確認する。
 俺とティーダさんはやや前衛。このメンツバーで俺たちの砲撃はさほど役に立たないので、発生するだろう妨害に対する備えか……。

「提督……、見えますか。闇の書は呪われた魔導書でした。その呪いは幾つもの人生を喰らい、それに関わった多くの人の人生を狂わせてきました」

 クロノさんが通信に語りかけている。
 おそらくは、通信の先にはグレアム提督がいるのだろう。

「アレのおかげで、僕の母さんも、他の多くの被害者遺族もこんなはずじゃない人生を進まなきゃならなくなった。それはきっと、貴方も、リーゼたちも。無くしてしまった過去は変えることは出来ない。だから、今を戦って未来を変えます」

 強いよな、クロノさんは。
 家族を失った、こんなはずじゃない人生を歩んだ。それはクロノさんも同じだろう。でも、彼は一言も自分の事を言わない。
 闇の書に恨み言を言うわけでもなく、ただひたすら未来を見つめる。
 復讐は何も生まない、未来に生きろ。口で言うのは簡単だけど、実行できる人がどれだけいるのだろう。

 本当に、クロノさんには勝てる気がしない。

 俺がそんな思いを思い浮かべている間にも、アースラでは着々と防衛プログラム殲滅の準備が進んでいる。
 リンディ提督の声が、俺たちの耳に届いた。

【アルカンシェル、チャージ開始!】



[12318] A’s第12話(1)
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:9f18423d
Date: 2011/01/04 04:07
A’s第12話(1)



「そうや、ヴァンくん、なのはちゃん」

 と、緊張する俺達に、はやてが話しかけてきた。

「どうしたの?」
「怪我がひどいやないか。シャマル」

 まぁ、なのはも俺もボロボロだ。
 特に俺は、左腕が確実に折れている。痛覚遮断でごまかしているけど……。

「はい、お二人の治療ですね。ただ、ヴァンくんの左腕は……」
「折れた骨をいきなり繋げるのは無理だし、仕方ないですよ」

 設備があればともかく、今は無理だろう。

「それならば、そちらの少年は私に任せてもらおう」

 とりあえず、なんか来たけど無視しよう。
 それがいいよね、うん。
 ユニゾンデバイスのレインさんがなにやら抱えて飛んできたけど、俺は気にしないことにした。

「え、えっと、どちら様でしょう?」
「シャ、シャマル。そいつを気にしちゃいけない」

 あ、ヴィータは会ってるんだっけ?
 そういや、迎えに行ったのは彼女とティーダさんだったな。

「え、でも……」
「気にしちゃいけないって、特にシャマルは近づいちゃダメ!」
「は、はぁ……」

 なんか、ヴィータは必死にイオタからシャマルを引き離そうとして、スカートを引っ張っている。
 さらに、イオタに後ろを見せないようにって……なんか凄い警戒のしようだが、なんかあったのか?
 いや、あったんだろうな。イオタだし。

「えっと、ヴィータちゃんが連れてきた、同型管制人格の方ですよね?」
「はい。明星の書の管制人格、レインと申します。我が主は制限により飛行魔法が使用できないので、このような形になりまして申し訳ありません」
「飛行魔法が使えない? それならこの場から退避したほうが良いのでは?」

 レインさんの言葉に答えたのはシグナムだ。
 普通ならそうなんだが、そいつの場合死にそうにないんだよなぁ。ちょっとやそっとじゃ……。

「そうなのですが、遠目にもヴァンさんの怪我がひどいとわかりましたので」

 レインさんの言葉を、イオタが引き継ぐ。

「普通なら魔法での骨折の治療は避けたいのだが、事情が事情だ」
「で、出来るんですが?」
「ああ、複雑骨折だと手が出せないが、幸い綺麗に折れているようだからな」

 治療魔法の使い手であるシャマルが驚いている後ろで、アルフとフェイトがひそひそと話している。

「なんか気持ち悪いくらい真面目だけど、悪い物でも食べたのか、アイツ?」
「え、でも時々ああいう雰囲気に……」
「いや、あいつのことだから『おっぱーい』とか叫んで突然暴れるんじゃないかと……」

 ひどい評価だが、俺も全面的に同意である。
 ヴィータやティーダさんも視界の隅でうんうんと頷いているところを見ると、同じ考えのようだ。
 もっとも、初対面の連中はイオタの言葉にただ驚くだけだ。

「まぁ、論より証拠だ。そちらの少年は私が引き受けよう。なのはちゃんとフェイトちゃん。あとユーノくんの治療はシャマルさんがやってくれ」
「え、あ、はい」

 言うが早いか、レインさんとイオタがやってくる。

「少し痛いが我慢しろよ」
「痛いって? ……って、ぎゃあああああああああああああああああああああああああ!!」

 俺は思わず大きな悲鳴を上げる。
 痛覚遮断の魔法を使っているのにもかかわらず、とんでもない激痛だ。
 あまりの痛みに視界がかすむ、涙が出る、鼻水が止まらない。骨がゴリゴリ動いているのが、ぎちぎちくっ付いていくのがわかる。気持ち悪い。胃液を吐きそうだ。というか、吐いた。胃の中が空っぽだったのが救いか?
 気を失えれば楽だろうが、あまりの痛みに失神ができない。

「ヴァ、ヴァンくん!?」
「ヴァ、ヴァン!?」

 横でシャマルの治療を受けていたなのはとユーノが慌てて飛んでくる。
 もっとも、この惨状を作り出したイオタは涼しい顔でこう言った。

「骨はつないだ。上げてみろ」

 そう言って、無造作に俺の腕をつかむと動かす。
 って、痛くない? あれ? 動く?

「問題はなさそうだな……」
「あ、あんなに痛いなら先に行ってくれ……。いや、ありがとう。お礼を先に言うべきでした」
「言うと皆逃げるからな。礼には及ばんさ」

 確かに……。二度とあの痛みを経験したいとは思わない。実は拷問用の魔法なんじゃないかと思う痛みだった。

「くっついたんですか!?」

 目をぱちくりさせ腕を動かす俺を見て、シャマルが驚きの声を上げる。

「上手くいったようだな。失敗すると、おかしな形になるのであまりやりたくはないのだが」

 んな危ない魔法だったのか……。まぁ、助かったけど。

「骨折をあんな一瞬で治すなんて、なんて凄い……」

 先ほどから驚きの表情を隠さないのはシャマルだ。同じ治療魔法の使い手として、驚くところがあるのだろう。

「邪法だよ。あまり褒められる技ではない。さて、後はまかせた。レイン、下がるぞ」
「あ、あの、それでも凄いと思います。今度ぜひご教授ください」

 転移魔法で後方に下がるイオタに、シャマルが顔を高潮させて呼びかける。
 一方のヴィータは、冷や汗を浮かべながら小さく呟く。

「や、やめたほうがいいとおもうけど……」
「なんで? あんな凄い魔法……。癒しと補助が本領なのに、どうやったのかわからないなんて……」
「いや、いいよ。いずれわかるから……」
「出来るようになるのかしら……」
「いや、そういう意味じゃなくてさ……」
「あの御仁に何かあるのか、ヴィータ?」

 シグナムまで尋ねるが、ヴィータは首を横に振るだけだった。
 問題は魔法じゃなくて、イオタの性格だからなぁ……、説明するのは難しいだろう。
 初対面のシグナム、シャマル、ザフィーラは首をかしげながらこちらを見回すが、俺達はとりあえずこの問題には触れない事にした。そもそも、やらなきゃならない事は他にある。

「ま、まあとりあえず……。私達はサポート班だ。あのウザイバリケードを上手く止めるよ」
「うん」
「ああ」

 どこかにすっ飛んでいった緊張感を引き戻すように、アルフがユーノとザフィーラに語りかける。

「俺とヴァンは、あの魔獣が来た場合のガードだ」
「了解です」

 闇の淀みの周りには、先ほど召喚された魔獣の生き残りが終結しつつあった。
 物語にはあんな連中いなかったと思うが、魔獣のリンカーコアばかり蒐集させたから、もしかすると召喚属性が付いてしまったのかも知れない。

 俺達が互いの役割を確認し合っていると、闇の淀みの周囲から黒い柱が吹き上がった。

「始まる……」

 クロノさんが緊張した声を上げる。
 誰かがごくりと唾を飲む。

「夜天の魔道書を呪われた魔道書と呼ばせたプログラム、闇の書の闇……」

 黒い球体が浮かび上がり、ついには闇の淀みがはじけ飛ぶ。
 その内側から、なんとも表現し難いモノが出現する。あえて表現するなら、ドラゴンをベースに無数の生物と甲冑、黒い翼、そして鉱物を繋ぎ合わせた玩具といったところか。直に見ると中々グロイ。
 ドラゴンの頭部に張り付いている、銀色の女性型フィギュアが言葉にならない方向を上げた。

──AAAAAAAAAAA!!

「チェーンバインド!」
「ストラグルバインド!」

 アルフとユーノ、二人の手の先に魔法陣が生まれる。
 それぞれの魔法陣から光で出来た鎖と縄が防衛プログラムの周囲を囲っていた触手を絡めとり、その圧力で次々に砕いていく。
 さらに、ザフィーラがベルカ式の拘束魔法を使用する。

「縛れ! 鋼の軛!」

 白銀の拘束杭で薙ぎ払い、次々に触手を砕いていく……って、ああなると拘束魔法じゃないな。


──AAAAAAAAAAA!!


 自らを守っていた触手が砕かれ、こちらを脅威と認めたのだろうか。銀色の女性型フィギュアがひときわ甲高い声を上げた。
 それを合図に、周囲を飛んでいた魔獣が一斉にこちらに向かってくる。

「来たぜ来たぜ。ヴァン、準備は良いか?」
「準備は出来ています!」

 俺はP1SCを通常モードに戻すと、カートリッジを三発炸裂させた。
 膨大な魔力が身体を駆け巡る。それを制御しながら、魔法を作成する。

「千の刃よ! 断罪の剣となれ!」

 俺の周囲に魔法陣が生まれ、さらに周囲に無数の魔力で出来た刃が出現する。
 俺が持つ唯一の広域殲滅魔法、フォースセイバーエクスキューションシフトだ。カートリッジを3発使っても、出現させられる刃の数はクロノさんの半分にも満たないんだけど……。
 とにかく。あの魔獣たちをこちらに近づけるわけにはいかない。

 一方、俺の横ではティーダさんもナイトミラージュのカートリッジを炸裂させ、巨大な魔法陣を形成する。
 使う魔法は得意のクロスファイアだが、魔法弾の一発一発は砲撃魔法であるファントムブレイザー用の砲弾だ。

「いくぜ、あわせろよ!」
「了解!」

「フォースセイバーエクスキューションシフト……シュート!」
「ファントムブレイザークロスファイア……ファイア!」

 砲弾と剣の雨は次々に魔獣たちに突き刺さると、爆発を引き起こす。
 命中しなかった魔獣たちまでもが爆発の余波で吹き飛ばされ海に落ちてゆく。


「なあ、おまえ。時の庭園以外でどこかで会わなかったっけ?」
「ほへ?」

 真剣な表情でデバイスを構えながら、ヴィータが場違いな質問をなのはにぶつける。

「えっと、どこかであったっけ?」
「気のせいかな? えっと、名前は?」
「時の庭園でちゃんと自己紹介したよね。高町なのはだよ」
「そうだっけ? ちゃんとあわせろよ、高町なんとか!」
「なのはだって! ヴィータちゃん!」

 漫才のようなやり取りだが、二人の表情は真剣そのものだ。
 恐らくはなのはの年齢を見て、緊張しすぎないようにとのヴィータなりの気遣いなのだろう。たぶん……。

「鉄槌の騎士ヴィータと、鉄の伯爵グラーフアイゼン!」
『Gigantform』

 グラーフアイゼンのカートリッジが炸裂し、その形状が大きく変わっていく。
 ハンマー部分がひときわ大きく、強固なものに置き換わる。

「轟天! 爆砕!」

 さらにヴィータが振りかぶると、グラーフアイゼンは巨大化を遂げた。

「ギガント! シュラーク!」

 巨大な魔力と質量が込められた鉄槌は、防衛プログラムの第一層バリアを粉々に砕く。
 さらに、なのはが追撃を仕掛ける。

「高町なのはとレイジングハートエクセリオン、行きます!」

 なのはの周りに桜色の魔法陣が出現する。ひときわ強い、魔力光が噴出す。
 天に掲げたレイジングハートが、カートリッジを吐き出した。

『Load cartridge』

 桜色の羽根が舞い散る中、なのはがレイジングハートを防衛プログラムに向けて構える。

「エクセリオンバスター!」
『Barrel shot』

 高速用の魔力風が、防衛プログラムの触手や残った魔獣を根こそぎ吹き飛ばす。

「ブレイクシュート!!」

 今まで以上にひときわ強力な桜色の奔流が、防衛プログラムに向かって伸びてゆく。
 桜色の魔力は、第二層バリアを吹き飛ばした。


──AAAAAAAAAAA!!


 防衛プログラムの上げる叫びは苦痛の悲鳴か、怒りの咆哮か。
 どちらにせよ、俺達のやる事は変わらない。

「次、シグナムとテスタロッサちゃん!」

 シャマルの言葉に、防衛プログラムの背後に陣取っていたシグナムが動き出す。

「剣の騎士シグナムの魂、炎の魔剣レヴァンティン。刃、連結刃に続く、もう一つの姿……」

 シグナムの掲げたレヴァンティンが一際輝く。
 鞘と連結した刀身が、弓へと変わる。

『Bogenform』

 弓が引き絞られる、矢が光り輝く。

「駆けよ、隼!」
『Sturmfalken』

 解き放たれた矢は、一直線に防衛プログラムに向かう。
 危機を察した第三層バリアが強く輝くが、着弾と同時に爆発しバリアを粉々に砕く。

「フェイト・テスタロッサ、バルディッシュザンバー……行きます!」

 フェイトが金色の剣を振りかぶる。
 その余波で生み出された魔力風が、再生した防衛プログラムの触手を再び塵へと変える。
 掲げた剣から、雷が天を焼く。

「撃ち抜け、雷神!」
『Jet Zamber』

 天を切り裂く巨大な剣が防衛プログラムに迫る。
 防衛プログラムは最終防衛バリアに力を込めるが、それはむなしい抵抗だった。
 金色の剣はバリアを易々と切り裂くと、ついでとばかりに防衛プログラムの胴体の一部を抉り取る。


──AAAAAAAAAAA!!


 全てのバリアを突破された防衛プログラムが悲鳴を上げる。
 今まで以上の速度で再生した触手の先端に、魔力球が形成される。
 って、ここに来て攻撃に転じるか!?

「盾の守護獣ザフィーラ!」
「こりゃ、俺も名乗るべきかな? 時空管理局首都航空隊准尉ティーダ・ランスター!」

 その動きに真っ先に対応できたのは、ザフィーラとティーダさんだ。
 
「攻撃なんぞ、させん!」

 ザフィーラが生み出した鋼の軛が触手を次々に拘束してゆく。
 さらに、ティーダさんの魔法弾が触手先端の水晶板を次々に打ち抜いてゆく。

「攻撃できなきゃそこは最大の弱点ってな! 砕けちまいな!」

 鋼の軛で触手が次々に砕ける。
 拘束されなかった触手は、最も脆い部分から進入した魔法弾が内部を焼いてゆく。

「はやてちゃん!」

 これを好機と見たのか、シャマルがはやてに呼びかける。

「彼方より来たれ、やどりぎの枝。銀月の槍となりて、撃ち貫け!」

 はやての足元に、ベルカ式の三角形の魔法陣が展開される。
 巨大な魔力槍がはやての周りに出現する。

「石化の槍、ミストルティン!」

 発車された槍は狙い過たず暴走プログラムの胴体を打ち抜いてゆく。
 刺さった場所から、徐々に暴走プログラムが石化していった。


──AAAAAAAA……。


 そして、銀色のフィギュアまでもが石化し、全身にひびが入り砕け散る。
 だが……。

「うわ……」
「なんだか、凄い事に……」

 アルフとシャマルが思わず呟く。
 石化したはずの防衛プログラムだが、それでも石化していない部分から再生してゆく。
 緑色の触手がはえ、龍に似た巨大な顎が背中からせり出してくる。フィギュアがあった場所も、肉の目がせり出し、頭のない首が生まれた。
 ぶっちゃけ、グロイ。

【並みの攻撃じゃ通じない、ダメージを入れた傍から再生しちゃう!】

 アースラのエイミィさんが分析結果を伝えてくる。
 でも……。

「だが、攻撃は通っている。プラン変更は無しだ!」

 少なくとも、攻撃を無効化しているわけではない。
 外壁を除去し、コアをむき出しにさえ出切れば勝機はある。

「いくぞ、デュランダル!」
『OK, Boss』

 クロノさんはデュランダルに呼びかけると、呪文の詠唱に入る。

「悠久なる凍土 凍てつく棺のうちにて 永遠の眠りを与えよ」

 魔力の余波だけで、海面が凍りつく。
 冷気は暴走プログラムの周囲を囲い、その動きを拘束する。いや、それどころか余波だけで防衛プログラムが凍りついているじゃないか!?

「凍てつけ!」
『Eternal Coffin』

 そしてついに魔法が発動した。
 防衛プログラムは凍りつき、その端々が砕け散る。

 だが、それでも、防衛プログラムはしぶとく身を捩じらせる。
 この程度では死なない、消滅しないと暴れまわる。
 だけど、お前の夜はもう終わりなんだ。

「いくよ、フェイトちゃん、はやてちゃん」

 なのはの呼び声に、二人の少女が頷く。
 この少女達がいる限り、終わらなかった夜も、終わる時が来たのだ。

『Starlight Breaker』

 なのはに、フェイトに、そしてはやてに膨大な魔力が集まってゆく。
 一つの都市を容易に焼き払えるほどの魔力が、少女達の周囲で踊り狂う。

「全力全開! スターライトォォォォォ!」

 なのはが……。

「雷光一閃、プラズマザンバー!」

 フェイトが……。

「ごめんな。おやすみ……。
 響け終焉の笛、ラグナロク!」

 そして、はやてがその力を解き放つ。

「ブレイカぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 三つの光が寄り集まり、さらなる光へと変わる。
 海を砕くほどの魔力が、暴走プログラムに注ぎ込まれる。
 そして……。


「本体コア、露出……」

 攻撃には加わらず、状況を見守っていたシャマルがついに暴走プログラムのコアを発見する。
 旅の鏡の中央で、銀色の輝きが煌く。

「つかまえ……、た!」
「長距離転送!」
「目標、衛星軌道上!」

 ユーノとアルフが、強制転移魔法を発動させる。
 二つの強力な魔法陣に囲まれ、防衛プログラムのコアが脱出しようと暴れるが、もう逃がしはしない。

「転送!!」

 3人の魔法により、抉り取られた防衛プログラムのコアが衛星軌道上に向かい一直線に飛び上がってゆく。

【コアの転送、来ます!】
【転送されながら、生体部品を修復中! 凄い早さです!】

 アースラの緊迫した雰囲気が俺達にも伝わってくる。

【アルカンシェル、展開!】
【ファイアリンクロックシステム、オン……。命中確認後、安全距離まで退避します。準備を!】
【了解!】

 俺達のいる場所からは、もう何も見えない。
 あとはアースラクルーの力を信じるだけだ。

【アルカンシェル、発射!】

 リンディ提督の声が聞こえてくる。
 次の瞬間、天を眩い光が覆った。

【効果空間内の物質、完全消滅。再生反応、ありません!】
【準警戒態勢を維持。もう暫く反応体制を確認します】
【了解……】

 エイミィさんの、いや、アースラクルーの安堵の溜息が通信越しに聞こえてくる。
 クロノさんが放った放った氷結魔法の余波で小雪が舞い散る中、通信を聞いていた俺達だったが、次の言葉を聞き一斉に緊張を解いた。

【というわけで、現場の皆、おつかれさまでした。状況、無事に終了しました】

 それぞれの顔を見合わせ、ほっと溜息をつく。
 俺も近くにいたティーダさんやクロノさんと顔を見合わせ、安堵の息を吐く。
 残骸回収やリインフォースの本格的な修復などやらなきゃならないことはまだ多いけど、とりあえず一番恐れていた事態は終わったのだ。

「やったな」
「ええ、よかった……」










──もったいないな。偶然と運命、それにとびっきりの悪意が生み出した奇跡のプログラムなのに……。


 え?
 突如、俺達の耳に聞き慣れない声が聞こえてくる。
 いや、聞き慣れないだけだ。俺はこの声の主を知っている!


──いらないなら、防衛プログラムは私がもらってゆくよ。


「これって、あのスバルちゃん!?」
「違う、盟主って奴だ。そっちは偽名だ」

 こちらの声が聞こえていたのか、盟主は俺の叫びに律儀に答える。


──ひどいな、君の為に不破ナノハって名前を名乗ったのに。呼んでくれないのかい?


「ふわ!? なのは!? えっと、えっと、それって!?」
「ふざけてるんじゃねえ! どこだ、出て来い!」


──言われなくても出てくるよ、ほら。


 盟主の言葉と共に、アースラクルーの悲鳴が俺達の耳に届く。

【艦長! 防衛プログラムの反応が増大! け、健在です!】
【な、何ですって!?】
【嘘!? 完全に反応は消滅したはずなのに!?】
【アースラ正面に出現します!】

 俺達の目の前に、映像スクリーンが現れる。
 そこには宇宙空間を背に、完全再生した防衛プログラムが空間を引き裂きながら出現しようとしていた。

 そう、まだ闇の書事件は終わっていない。



[12318] A’s第12話(2)
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:9f18423d
Date: 2010/07/17 02:59
A’s第12話(2)



【艦長! 防衛プログラムの反応が増大! け、健在です!】
【な、何ですって!?】

 クルーの報告に、リンディ提督が驚きの声を上げる。

【嘘!? 完全に反応は消滅したはずなのに!?】

 驚いているのはリンディ提督だけではない。エイミィさんや他のクルーも驚きの声を上げていた。
 もっとも、これは無理も無い。
 ロストロギアは基本的に俺達とは違う文明が違う理論に基づいて作った代物だ。ゆえに常識は通用しないとされている。
 とはいえ、これはいくらなんでもあんまりだろう。なんせ、アルカンシェルは理論的には破壊できない物が無いとされている。先ほどの攻撃は確実に直撃コースだった。
 それをどうやって、完全に反応が消えた状態から回復させたというのだ? でたらめにもほどがある。

【アースラ正面に出現します!】

 その声と共に、俺達の目の前に映像が映し出される。

「こ、これって!?」
「盟主だろう。こんな悪趣味な真似をするのは」

 俺が毒づいている間にも、暴走プログラムは空間を引き裂き、徐々に通常空間に這い上がってきている。
 元からあった回復力か、それとも何かされたのか、防衛プログラムはその形状を大きく変えていた。全身はよりシャープな形状に変わり、竜のような姿になっている。翼は一回り大きなものに変わり、全身を覆う鎧は分厚く強固なものになっていた。
 より一層攻撃的な雰囲気の頭部には、銀色の女性型フィギュアが復活している。そして、そのフィギュアの横には全身をマントで包んだ少女……盟主が宇宙空間だって言うのに乗っかっていた。

【ふふふふ、悪趣味とはひどいな。久しぶりだね、ヴァン】

 モニターの向うで、盟主がまるで友人にでもであったかのような笑みを浮かべている。

「ヴァン?」
「大丈夫です」

 俺のすぐ横を飛んでいたクロノさんが、心配そうに俺をちらりと見る。
 あの手のサインは、引き伸ばせって事か。

「あれからニヶ月ぶりか。まあ、あんたとは久しぶりでも、プレラの奴がずいぶんと暴れまわってくれたけどな」
【あれは彼が勝手にやった事だよ。私の与り知らぬ事さ】
「部下に対しての発言とは思えんな」
【そう言われてもね。強くなるって言って出て行ったのさ。まぁ、君達と戦う事になったのは私も驚いたけどね】

 どこまで本当で、どこから嘘かさっぱりわからない。

「捨て駒扱いの割にはずいぶんと優しいんだな」
【捨て駒でも強さによっては使い方も変わるだろう。強くなりたいのを止める理由は無い。それに、巨大組織の末端にいる君とどう違うと?】
「一緒にするな」
【一緒さ。君が否定しても変わらないさ】

 こいつの言っているのは、ゼスト隊の悲劇やスカリエッティなど管理局の黒い一面の事だろう。言わんとしている事はわからないでも無いが、それでも一緒にされる謂れは無い。
 とはいえ、今は奴の軽口に乗るしかない。
 なにせ、切り札となるアースラはアルカンシェルを撃ったばかりで出力が上がらないのだ。なのはたちだって、全力攻撃の直後でだいぶ息が上がっている。今、奴が防衛プログラムを使い暴れだしたら止める手段が無い。
 もっとも、奴もそれぐらいわかっている。盟主は俺の反応を楽しそうに眺めながら、まるで取り込むのを忘れた洗物を思い出したかのような、そんな何気ない口調で行動を起した。

【君も現実に帰る事を考えたほうが良いと思うよ。おっと、そろそろこちらの用事を済ませてしまおうか】

 盟主はそう言うと同時に、防衛プログラムに何かを命じる。次の瞬間、防衛プログラムの頭部で魔力球が膨れ上がる。漆黒の魔力球は周囲のわずかな光を食い散らかし、ありえないほど巨大なサイズに膨張してゆく。
 地上にいるはずの俺達ですら、遥か上空で巨大な魔力が収束している事がわかるのだ。先ほどよりもパワーアップしている!?

【魔力は反応増大。出力オーバーS突破……測定不能です!】
【防壁展開!】
【だめです、出力上がりません!】

 アースラクルーの悲鳴が俺達の耳にも届く。

「や、やめろおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 俺は盟主に向かって叫ぶが、それで奴が止まるはずなど無い。
 それどころか俺が絶叫するのを態々確認してから、魔力球を解き放った。

【じゃあね】

 解き放たれた魔力球は、周囲の闇すらも喰らいながら一直線にアースラに向かい直進する。
 アースラも必死の回避行動を取るが、アルカンシェル発射後のためか動きが若干鈍い。皆の悲鳴と絶叫が響く。

「かあさあん!! えいみぃぃぃぃぃぃ!」

 そして、次の瞬間空が激しく輝き、様子を伝えていた映像が光と共に消え去る。

「そ、そんな……」
「アースラが……」

 まさか、アースラを落とすなんて……。
 俺達の表情に絶望が浮かぶ。

「母さん、エイミィ……。また……」

 クロノさんの声はより一層悲痛だ。
 闇の書に関わる事件はあの人から全てを奪うと……。いや、違う。クロノさんから奪ったのは俺達……。

【勝手に殺すなぁ!!】

 って。へ?

「え、エイミィ!?」
【また! じゃない。アースラはまだ健在だよ!】

 俺達の耳に、エイミィさんの怒声が響く。

「無事なんですか!?」
【無事じゃないけど、とりあえず生きているよ!】

 俺の質問に答えると同時に、それぞれの通信端末で空間投射モニターが開く。
 よほどの衝撃だったのか、アースラのブリッジのあちこちでクルーが席から投げ出されている。エイミィさんも、どこか切ったのか額から血を流していた。
 しかし、アースラはアルカンシェル発射直後で出力が上がらなかったはず? どうやってアレを回避したんだ?
 俺の疑問の答えはすぐにわかる事になる。通信モニターの端で顔を真っ青にしたリンディ提督が、息も絶え絶えに損害状況を確認していた。

【アースラの状況は?】
【右舷被弾。魔力炉が一基使用不能に!】
【アルカンシェルの被害状況は】
【アルカンシェル本体は無事ですが、稼動に必要なエネルギーの確保が出来ません】

 アースラの通信が聞こえているのだろう。盟主の楽しそうな声が俺達の耳に届く。
 モニターの端に映るアースラの様子はひどいものだ。特徴的な二枚のブレードのうち一枚はへし折れ、艦本体部分である円状の部分は大きく抉り取られていた。

【へえ。自前で防壁を展開して今の攻撃をそらしたのか。流石は音に聞こえたリンディ提督だね】

 なるほど、リンディ提督のあの消耗は、自前でアースラを守る障壁を展開させたのか。
 魔導師ランクは総合AA+で極端に高い魔力を持っているわけではないが、リンディ提督は魔力流のコントロールを得意としている。完全に止めることは不可能でも、そらす事なら出来たってところか。
 もっとも、あの真っ青な顔色は相当無理をしたのだろう。恐らくは次の攻撃を防ぐのは……。

【一撃で沈めるつもりだったんだけど、なかなか制御が難しいものだ。まあいい、もう一つの用を済ませるとするか】

 え?
 アースラにとどめを刺すかと思われた盟主だったが、俺達が拍子抜けするほどあっさりとアースラに対しての攻撃をやめると、暴走プログラムの足元に魔法陣を展開させる。あの魔法陣は……転移魔法陣?
 俺達が呆気に取られている間にも盟主と暴走プログラムの姿はどんどん魔法陣の中に消えていく。
 どういう事だ!? 俺が考えている間にも、盟主の姿は見えなくなり……。

「こ、こっちに来ます!」

 最初にそれに気がついたのはシャマルだった。彼女の悲鳴染みた叫びに俺達もそれ気がつく。
 凍りついた海の底、そこに鈍い光が発生していた。光は徐々に強くなり、ついには海全体までに広がる。

「なのはっ!」
「うん、エクセリオンバスター、ブレイクシュート!」

 ユーノの叫びになのはが答える。
 桜色の魔力が海を覆った氷を叩き割り、水中で蠢く存在に突き刺さった。轟音と共に、巨大な水柱が立ち上る。

「やったんか!?」
「いや、まだだ!」

 クロノさんの叫びに、考えるよりも先に体が動いていた。
 俺達はそれぞれが防御魔法を発動させる。シールドが、バリアが身体を覆う。
 次の瞬間、海中で発生した漆黒の魔力は、圧倒的な圧力と破壊力と共に俺達を包み込む。って、やばい!? カートリッジ付きのシールドでも持たない!? 俺の張ったシールドは漆黒の魔力の前に秒単位で削られていく。このままじゃ……!」

「ヴァン!」
「ヴァンくん!」

 そんな時、俺の傍にユーノとなのはがやってきて、自分達のシールドに俺を引っ張り込む。

「すまない!」

 俺は短く礼の言葉を言うが、ユーノもなのはもそれに答える余裕など無い。
 それどころか……。

「うそっ!? 持たない!?」

 ユーノのバリアが、なのはのシールドが徐々に削られている。桜色の魔力が、緑色の防壁が、弱々しい火花を散らし削られていく。
 ってか、俺のへなちょこシールドじゃないんだぞ!? 周囲を見渡せば、フェイトやクロノさん、ティーダさんのシールドまでもが凄い勢いで力を失っていっている。一箇所に集まって凌いでいるはやてとヴォルケンズも似たような状態だ。
 このままじゃ、バリアの上からでも落とされる!?

「これ以上はさせん!!」

 この絶望的な状況に叫び声を上げたのはザフィーラだった。
 ザフィーラはこの圧倒的な砲撃の中、身を削りながら前に進むと、気合の声と共に防壁を展開する。

「鉄の城壁!」

 次の瞬間、俺達全員を守るように巨大な防壁が展開され、闇の奔流を押さえ込む。
 漆黒の闇と白に近いザフィーラの魔力光が激しくぶつかり合い、空中で互いに削りあう。

「す、すごい……」

 思わず呟きながら、俺はこの時になって初めてザフィーラの服の色が白く変わっている事に気がつく。
 これって、まさか……、ザフィーラがリインフォースとユニゾンしたのか? いや、そういえば物語でもリインⅡがシグナムやヴィータとユニゾンしていたから、ザフィーラがリインとユニゾンを出来ても不思議は無いか。
 流石は盾の守護獣といったところか、ユニゾンしたザフィーラは闇の奔流を完全にせき止めている。徐々にだが闇の奔流は収まっていき、周囲に光が戻ってきた。
 闇の奔流が完全に収まると同時に、俺達を守っていた防壁が消えてなくなる。
 だが、この防御の代償は決して少なくなかった。防壁が消えると同時にザフィーラの体からリインがはじき出されるように排出される。そして、二人は力なく落下してゆく。

「ザフィーラ!」
「リイン!」

 シャマルとはやてが落下していく二人を受け止めながらそれぞれの名前を叫ぶ。

「だ、大丈夫です。主はやて……」

 口ではそう言うリインだが、とてもじゃないが大丈夫には見えない。
 良く見れば、身に纏っている騎士甲冑はボロボロじゃないか。
 もっとも、強がっていなければ、やっていられないのだろう。リインと同じようにボロボロのザフィーラが、海面の一転を指差す。

「私達の事は良い。それよりも、来るぞ」

 ザフィーラの指差していた先では、徐々に海が盛り上がりつつあった。それは次第に内にあった存在の形になってゆく。
 龍のようなでたらめな魔獣。そう、盟主にコントロールされた、闇の書の防衛プログラムがそこに出現していた。

「いきなり砲撃とはひどいね。思わず反撃してしまったじゃないか。」
「何がいきなりだ……」
「本当さ。こんな所で死なれても困るんだよね。次の実験に付き合ってもらわなきゃいけないんだから」

 毒づく俺を軽くいなしながら、盟主は防衛プログラムの頭部に降り立つと、銀色の女性型フィギュアに手を当てる。

──AAAAAAAAAAA!!

 防衛プログラムの咆哮が辺りに響く。
 それと同時に周囲の空間が捻じ曲がる。散らばっていた防衛プログラムの残骸が書物のページにまで分解され、さらに三箇所に集まってゆく。それは徐々に人の形を模っていった。
 最初は細かいパーツなど無いのっぺらぼうのようであったが、徐々に髪が目が、指が作られていく。人型は柔らかな少女の曲線を描き、つややかな髪を再現していく。
 その人型の姿は俺が知っている少女達にそっくりで……。

「あれって、私!?」
「私もいる!?」
「あ、あれってなんなの!?」

 自分達の姿を模されたはずのなのはたちが驚きの声を上げる。普通なら恥じるだろう裸身も、今はただ不気味なだけだ。
 さらに、人型は色を得る。肌に生気が宿り、髪に、瞳に色がつく。なのはそっくりの少女はより濃い茶色、フェイトそっくりの人型は氷のような青い髪、はやてに似た存在はよどんだ銀色に。人型の周りに更に頁が集まり、少女達の裸身を戦装束で包み込んでゆく。

「くそっ! 完成前に!」

 ぼーっと見ている場合じゃない。俺は慌ててデバイスを構えると、最大火力の砲撃を叩き込む。

「ブレイズキャノン!」
『Blaze Cannon』

 我に返った俺が放った砲撃が人型に迫る。だが、それが到達するよりも早く青い髪……フェイトそっくりの少女が動きだした。
 青髪のフェイトもどきはバルディッシュそっくりのデバイスを振る上げると、雷の鎌を生み出す……って、これって!?

「不意打ちとは卑怯だぞ……えっと、えっと……。えっと、地味顔! くらえ、光翼斬!」

 目覚めた青髪のフェイトもどきは雷の鎌の宿ったデバイスを振りかぶると、雷の刃を飛ばしてくる。
 やっぱり、フェイトと同じ魔法!
 雷の刃は高速で回転し、ブレイズキャノンを蹴散らしながら俺に迫ってくる。このタイミングじゃ回避できない。

「ヴァン! 下がって!」
「すまない!」

 咄嗟に、俺の周りにシールドが生まれる。
 今の声は、ユーノか。シールドと刃がぶつかり合うのを尻目に、俺は慌ててその場を離れる。次の瞬間、シールドと刃は大きな音をたてて大爆発を起した。
 それでも余波を完全に殺せず、俺とユーノは後ろに吹き飛ばされた。

「ヴァンくん!」
「ユーノ!」

 俺達に気を取られた一瞬の隙に、青い髪のフェイトもどきが距離をつめ、フェイトに切りかかる。その速度はフェイトに勝るとも劣らず、流石のフェイトも防戦を余儀なくされる。

「はーっはっはっはっは、余所見をしているとは余裕だな! 我が宿命のライバル、フェイト・テスタロッサ!」
「だ、誰!?」

 青い髪の少女の攻撃をバルディッシュで受け止めながら、フェイトが驚きの声を上げた。
 久しぶりって、会った事あるのか? でもフェイトは面食らった様子で知らないっぽいけど……。

「君が僕を覚えていなくとも、僕は君の事を知っている! 君の雷の熱さを、君の羽ばたく速さを!」
「えっと、どこであったのかな?」
「さあ、わが宿命のライバルよ。我が刃の下、我が血肉、我が糧となれ! 君を倒し、始まりの来訪者を滅ぼし、僕は王となる!」
「えっと、えっと……、誰?」

 困惑しているフェイトのことなどお構い無しに、フェイトもどきは一方的にまくし立てる。
 というか、会話が成立してねえ。

「僕が誰かは関係ない! もはや問答無用! 黙れ、そして聞け!」
「ちょ、ちょと、」
「我が名は雷刃の襲撃者! 行くぞぉ! 我が太刀に、一片の迷いなーしっ!!」

 会話はやっぱり成立してないが、実力はフェイトに勝るとも劣らないらしい。目にも止まらぬ速度で飛び回ると、的確な斬撃を繰り返す。
 流石のフェイトも会話の成立をあきらめ、同じく高速で飛び回り応戦する。同じ高速機動型同士の格闘戦だ。ああなると簡単には手が出せない。
 しかし……、あんなもの俺の知っている物語にはいなかったはずだぞ?

「ユーノくん、あれは一体!?」
「えっと多分だけど、蒐集したデータを元に作り上げたコピーだと思う」

 そんな事が出来るのか!? 俺がそう叫ぶ前に、俺やなのはの横で冷たい声がする。

「ええ、その推測で概ね間違っていません」

 言葉と共に砲撃が飛んでくる。正確になのはだけを狙った砲撃を、なのはは大きく身を捻って回避した。
 もっとも、砲撃は挨拶代わりのようで、追撃はしてこない。それどころか、なのはの傍に来ると自己紹介を始める。

「ただ、正確を期すなら、私達がコピーをしたのは姿形だけです。私達は砕け得ぬ闇を構成するマテリアルの一つ。私はその『理』を司る者」

 そこにいたのはなのはそっくりの少女だった。姿かたちはなのはに似ているが、見間違える事は無いだろう。
 髪型がショートだとか、服の色が違うとか、そういった表面上の違い以上に、その雰囲気がまったく異なっている。なのはが身に纏っている優しい空気は欠片も無く、濃厚な死と破壊、血の香りのする、冷たい雰囲気の少女だった。こっちのなのはもどきは、フェイトもどきと違って会話が通じるっぽい
 “砕け得ぬ闇”ってのは、多分闇の書の防衛プログラムのことだろう。だとすれば、フェイトもどき……いや、雷刃の襲撃者がフェイトの事を知っていたのも、防衛プログラムの記憶を引き継いでいるって事か。
 しかし……。

「あっちの子と雰囲気が違うね」
「あれは彼女の個性ですから」
「個性なの?」
「個性です」

 個性なのか……。いや、まぁ、なんというかずいぶんと面白いパーソナリティの持ち主っぽいけど、あのフェイトもどき。なんか、戦いながら『凄いぞ強いぞかっこいい』とか言っているんですが……。

「名前、聞かせてもらえる?」
「生まれたばかりでまだ名はありませんが、これから死合う相手に名を告げぬのも無礼ですね。そうですね……『力』のマテリアルの即興を借りて、星光の殲滅者と名乗りましょう」

 なのはもどき……いや、星光の殲滅者はそう言うと、デバイスをなのはに向かって構える。
 デバイスを向けられたなのはも、レイジングハートを構えながら星光の殲滅者の動きに対応できるように魔力を高めてゆく。

「戦わないって、出来ないのかな?」
「私は貴女と戦う為に生み出されました。それが私の存在意義……」
「でも、それって悲しいよ」

 なのはの言葉は、ある意味優しく、ある意味残酷だ。魔法プログラムとして生み出されたばかりの彼女は、シグナムたちのような長い時を経過した存在や、アルフのような生物ベースの使い魔。あるいは人格形成教育を施された存在とは違う。確固たる個性とそれを支える経験が無いのだ。人格があるように見えるが、彼女は相当に不安定な存在なのだろう。
 だからこそ、与えられた衝動、プログラムに従い行動する。悲しい存在ではあるが、それを悲しいと断じるのは彼女の存在意義を否定する事に他ならない。

「そうかもしれません。でも……。夜天の融合騎の内で、砕け得ぬ闇の一部として、貴女の戦いを見ていました。こうして身体を得て、貴女と死合えるのが楽しみでしかたありません」

 もっとも、そんな事は星光の殲滅者も承知だったようだ。
 彼女の杖の先に、魔力光が集っていく。

「この感情が作られたものか、それとも私自身の内より湧き出したものかはわかりません。ただ、私は貴女と戦いたい。それに、あなたの意思がどうであれ、私を放置しておけば貴女の大切な人が傷つきます。始まりの来訪者は他者を傷つける事に躊躇はありません」

 挑発か、あるいは同情したなのはに気を使ったのか、彼女の表情からはわからない。だが、言っている事はまぎれも無い事実だろう。
 星光の殲滅者の魔力の高まりに呼応するかのように、なのはの魔力も高まってゆく。戦いは避けられない。それを悟ったのかなのはが最後に一つだけ尋ねる。

「最後に、一つだけ聞いていい?」
「私に答えられることでしたら」
「貴女が闇の書から生まれた存在じゃなきゃ、戦わずに済んだのかな?」
「わかりません。私は砕け得ぬ闇無しでは語れぬ存在ですから」
「そっか……。ごめんね、変な事を聞いて」
「いえ、興味深い仮定でした」

 そう言った星光の殲滅者の表情は変わらなかった。だから、彼女が何を考えて、なのはの言葉にどう思ったのかは彼女以外の誰にもわからない。
 ただ、外野の俺達にわかるのは、それが二人の最後の言葉だというだけだ。二人の少女の間に、巨大な魔力球が二つ生まれる。

「エクセリオン!」
「ブラスト!」

 そして同時に、巨大な魔力砲が放たれた。

「バスター!」
「ファイア!」

 二人の少女が放った桜色の閃光が二人の間でぶつかり合い、眩い閃光があたりを照らす。
 小柄な少女の身から信じられないほどのエネルギーが放たれ、空中でぶつかり合う。機動力のある砲撃型同士の戦いが始まった。



 なのはと星光の殲滅者の戦いが始まったのと丁度時を同じくして、最後に残ったはやての戦いも始まろうとしていた。
 はやてと相対するのは、はやてそっくりの少女だ。色素が薄く、目付きが鋭いところ、そして帽子の有無や衣装がやや黒系統が多いところなどを除けばそっくりだ。
 そう、そっくりではあるが、はやてにある家庭的な雰囲気は無い。悪意と傲慢さ、それがあの少女から感じられる全てだった。

「フェイトちゃんそっくりな子はフェイトちゃんと、なのはちゃんとそっくりな子はなのはちゃんと戦ってる。そうすると、残ったあんたの相手は私ってことやろうか?」

 はやてにしては好戦的な、そして厳しい言葉を、はやてに似た少女は鼻で笑う。

「我の相手が小虫一匹だと? 王を見くびるなよ。我の相手はここにいる小虫と塵芥……、残り全てよ」

 あまりといえばあまりに人を馬鹿にした言葉に、はやてが珍しく怒りを見せる。

「人を小虫呼ばわりするのも腹が立つが、それ以上に誰が塵芥やって!」

 だが、少女はそんなはやての怒りなど気にしない。
 いや、気にしようという意思すらないのだろう。フェイトもどきとは違った意味で、この少女は会話が通じないのだ。

「口の聞き方に気をつけろ、小虫。心地よい暗黒、死と破壊の宴。その為に生まれた騎士でありながら、砕け得ぬ闇に弓を引いたのだ。塵芥と呼んでもらえるだけありがたいと思え」
「な、なんやって!」
「口の聞き方に気をつけろと言ったぞ、小虫!」

 はやてそっくりの少女は魔法弾をはやてに叩き込む。

「主はやて!」

 だが、はやてはその魔法弾が届く前に、リインフォースがシールドを張り魔法弾を叩き落す。

「リイン!」
「ほう。死にぞこない。まだ動けるのか。だが、そのボロボロの身体では辛かろう」

 緊急起動、巨大砲撃の連発、多重召喚、さらに先ほどの巨大防壁。おそらくは少女の言う通り、リインフォースの身体はボロボロなのだろう。
 そんなリインを少女は嘲笑う。闇に、破壊に、死に魂をゆだねれば楽になれるものをと、嘲笑う。

「貴様の生きる場所は闇の中なのだ。さあ、貴様も我が糧に……」
「ええかげん、黙れや」

 不意に、ぞっとするような冷たい声が聞こえてくる。その声の主がはやてだと、誰もが一瞬理解できず耳を疑う。
 だが、恐ろしい冷たさを秘めた声を発したのは、確かに八神はやてだった。

「何と言った、小虫」
「黙れと言ったんや、劣化コピー」

 はやての言葉に、少女の眉がピクリと上がる。

「王への暴言許しがたい」
「誰が王や。さっきから聞いてれば、闇だの死だの……人んちの子をなんだと思ってるんや。悲しい夜を、冷たい時を、望まぬ破壊を、誰一人望んでない苦しい日々を、この子たちは心をすりつぶしながらずっと過ごしてきたんや。
 でもな、そんな夜は、もう終わりや……。悲しい夜も、冷たい世界も、望まぬ破壊も、もう全部終わりや!
 それをこの子たちに強制しようとするあんたを私はゆるさへん!」

 はやての怒りの叫びが、辺りに響く。

「吼えたな、小虫。貴様がどう思おうと、そいつらは我が所有物、闇の眷属よ。我が下僕として永久の破壊と死、明けぬ夜に生きるべき存在!」
「生き方を決めるのはあんたなんかや無い、この子たち自身や! そして、私はこの子達の保護者として、あんたが言う未来なんて絶対に認めん!」
「主はやて……」
「はやて……」
「はやてちゃん……」

 はやての言葉に、八神家の皆がはやてを見る。
 そんな彼女たちに、はやてはにっこりと微笑むと、最後の夜天の主として倒すべき敵を指し示した。

「いくよ、皆。八神家の力を見せてやるんや!」
「はい、我が主!」

 はやての号令で、ヴォルケンリッターとはやてに似た少女の、闇との決別の戦いが始まる。
 俺の知らない闇の書となのはたちの戦いが始まる。

 そしてその一方で……。



「ヴァン、ティーダ。僕達は奴を叩くぞ。ユーノとアルフはなのはとフェイトのフォローを!」

 三人の少女達の戦いが始まったのを見て、クロノさんはそう判断し命令を下す。
 たしかに、高速機動型や砲撃型同士の決戦や、広域攻撃型と、その守護騎士の戦いに混じるのは危険すぎるし、叩くならその大元を叩いたほうが良い。
 咄嗟になのはたちの元に向かいそうになった俺だったが、確かにクロノさんの言うとおりだ。

「了解です!」
「了解!」

 マテリアルをなのはたちに任せるという判断をした俺達を、盟主は面白そうに揶揄する。

「へえ、良いのかい。彼女達は強いよ。あの子たち、負けるかもしれないよ」
「下らない挑発に乗る気は無い」

 クロノさんはそう言うと、杖を盟主に向けて……顔を顰める。
 何で……って、げ。

「ヴァンにクロノか……」
「プレラ……」

 少女達の戦いに介入するよりも、親玉を叩く。
 そう判断した俺達の出鼻をくじくように、盟主の後方、時の庭園からプレラの奴が姿を現す。
 時の庭園にいたわけだから、盟主の組織に属する奴が出てきてもおかしくは無い。とはいえ、こんな状況で……絶体絶命と言う奴か……。
 俺達の背筋に、冷たい汗が流れた。




















【おまけ① シグナム編】

「我の相手が小虫一匹だと? 王を見くびるなよ。我の相手はここにいる小虫と塵芥……、残り全てよ」

 小虫や塵芥呼ばわりされて憤るはやてだが、それ以上に憤る者たちがいた。
 はやての周りにいたヴォルケンリッターを代表し、シグナムが一歩前に出る。

「貴様、今我らが主になんと言った?」

 シグナムの声はゆるぎなく冷静に見える。だが、その内に込められた怒りは、横で聞いている俺の背筋にも冷たい汗が流れるほどだ。
 あふれんばかりの怒りと敵意に気がついているのか、気がついてないのか、はやてに似た少女は傲慢な態度を崩さない。

「口の聞き方に気をつけろ、塵芥。砕け得ぬ闇の価値もわからぬ小娘には丁度良い呼び方であろう」
「貴様、主はやてを侮辱するか!」
「口の聞き方に気をつけろと言ったぞ、塵芥!」

 激昂したシグナムに、はやてそっくりの少女は魔法弾を叩き込む。
 だが、シグナムもヴォルケンリッターの将。高速で迫る魔法弾を剣で叩き落した。

「ほう。今のを防ぐか。壊れかけのガラクタとはいえ、流石は我が守護騎士だ」
「誰が貴様の騎士だ。誇りを持たぬ下郎風情を主に持った覚えは無い」
「なに?」

 傲慢に笑う少女を、シグナムがばっさりと切り捨てた。その言葉に、少女の眉がピクリと上がる。

「耳まで遠いか、下郎。たった今召喚され、顎で使われている貴様が王だと? 笑わせるな。
 我らヴォルケンリッターの誇りと力を知らぬ貴様が主だと? 身の程を知らずも甚だしい。貴様のような存在など、下郎で十分」
「吼えたな、烈火の将。貴様の王に対する暴言は許しがたい。貴様は魂ごと切り刻み、その肉体は永久の血と破壊の宴に侍らしてやろう!」
「出来ぬ事をほざくな、下郎! 行くぞ、レヴァンティン!」
『Ja』



【おまけ② ヴィータ編】

「我の相手が小虫一匹だと? 王を見くびるなよ。我の相手はここにいる小虫と塵芥……、残り全てよ」

 小虫や塵芥呼ばわりされて憤るはやてだが、それ以上に憤る者たちがいた。
 はやての周りにいたヴォルケンリッターを代表し、シグナムが一歩前に出る。

「てめえ、今はやてに向かって何て言いやがった!」

 ヴィータの怒声が辺りに響く。気の短い彼女の事だ、大切なはやてを侮辱され激昂したのだろう。
 可愛らしい少女の外見には似合わない怒気をヴィータは発するが、はやてに似た少女はそんな怒りを嘲笑う。

「口の聞き方に気をつけろ、塵芥。砕け得ぬ闇の価値もわからぬ小娘には丁度良い呼び方であろう」
「てめえなんかに、はやての何がわかる!」
「口の聞き方に気をつけろと言ったぞ、塵芥!」

 ヴィータにはやてそっくりの少女は魔法弾を叩き込む。
 もっとも、ヴィータもヴォルケンリッターの一員だ。瞬時にシールドを出して魔法弾を弾き飛ばす。

「ほう。今のを防ぐか。壊れかけの塵芥とはいえ、流石は我が守護騎士だ」
「誰がてめえの騎士だよ! あたしらの主はここにいるはやて、一人だけだ。この出来損ないの偽者!」
「なに?」

 傲慢に笑う少女を、ヴィータは鼻で笑う。その言葉に、少女の眉がピクリと上がる。

「聞こえなかったのか、出来損ないの偽者って言ったんだよ。見た目ははやてそっくりだけど、お前にはあたしの……あたしらの主になる資格なんて無い!」
「吼えたな、鉄槌の騎士。貴様の王に対する暴言は許しがたい。貴様の意思をすりつぶし、我が下僕として永久に使い潰してくれよう!」
「ハッ、上等! 出来るもんならやってみやがれ! あの馬鹿をぶち抜くぜ、アイゼン!」
『Ja』



[12318] A’s第12話(3)
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:9f18423d
Date: 2010/08/12 17:07
A’s第12話(3)



 少女は泣いた。
 それが何の解決にもならない事だと知りながら、少女はずっと泣き続けた。
 それが彼女に出来る、唯一の事だから。

「でっかいの……」

 結局、何も出来なかった。
 せっかくロードとなってくれた少年を見殺しにする事しか出来なかった……。オリジナル融合騎などと言っても、そんなものだ。そもそもこの時代まで存在していること自体、幾多の主を踏みにじってきたと言うことではないのか。
 消された記憶の奥に、どれだけの主を見捨ててきたのだろう。これではあの根暗女をとやかく言う資格などない……。
 死ねればどれだけ楽だろう。実験動物とされていた時から何度も思ったことだ。だが、融合騎として生まれた自分に自殺は許されていない。自殺しようにも、プログラムされた自己保全機能がその行動を回避してしまうのだ。下手に強行しようとすれば、彼女の心理パラメーターの調整のため、自身の意思に関わらず自動的に記憶を消されてしまう。
 そうなれば、せっかくロードとなってくれた少年の記憶も、消えてしまう。ほんの一瞬、わずかな時だけだけど、彼は確かに彼女のロードだった。
 記憶が消えるなんて、絶対にいやだ。

 彼女に許されたのは、ロードの為に泣く事だけだった。

 どれだけ泣き続けただろう。表では白い魔導師の砲撃が、根暗女を打ち据える。
 そして……根暗女の姿が消え、彼女の主とその守護騎士が……。

「なんでだよ……」

 不公平だ。
 あいつらはあんなに笑っているのに、あたしのロードはこの場には居ない。
 あの根暗女に飲み込まれて、消えてしまった。この次元庭園内に幾つもの気配が戻ってきているのに、でっかいのの気配だけは無い。
 不公平だ……あの根暗女は主を取り戻したっていうのに……。あたしは……。

 根暗女達の戦いは進んでいく。

 切り離した暴走プログラムを、根暗女達は仲間の力をもって消滅させる。
 あいつらは仲間が一杯いるのに、あたしのロードは一人で戦ったのに……。
 不公平だ不公平だふこうへいだ……。

 考えているうちにむなしくなる。あいつらに八つ当たりをするのは、一人で勇敢に戦ったロードを侮辱する事になるんじゃないか?
 少女は考えるのをやめると、更に状況の変わった戦場に背を向ける。
 逃げよう……。どうせ、あの盟主とか言う奴には勝てないだろう。どうせ……。

「えっ?」

 不意に、彼女の視界に、戦場に一直線に向かう魔力光が映る。
 黒い魔力光の軌道を残し、男は戦場へと戻っていった。



 どうやら、あの幻を見ていた時間だけ脱出した場所と時間にラグがあったようだ。
 アギトを私事で危険に巻き込まずに済んだ事や、ギリギリ間に合った事を感謝しながら、プレラは周囲を見渡す。
 最初に視界に入ったのは、やはりヴァン・ツチダとクロノ・ハラオウンだった。

「ヴァンにクロノか……」
「プレラ……」
「君は……」

 二人の表情がどんどんと強張っていく。盟主に迫ろうとしていた彼らの動きが止まる。
 無理も無い。うぬぼれるわけではないが、自分は強敵であろう。防衛プログラムを得た盟主と自分に挑むのは、ほぼ自殺行為だ。よほどの馬鹿でも無い限り突っ込んでは来ないし、逃げる算段をする。
 もっとも、一人だけ命懸けで食いついてきそうな奴はいるが……。時間を稼ぐ必要があると言うならともかく、逃げれば被害が大きくなる以上、あの男は絶対逃げない。
 それがわかっているだけに、最後の確認を急ぐ必要がある……。

「へえ、プレラ。ずいぶんと腕を上げたものだ」
「ありがとうございます。お久しぶりです、盟主」

 感嘆の声を上げる盟主に、プレラはとりあえず礼と挨拶をする。
 どこか白々しい空気が流れるが、それは何時もの事だ。彼らの組織に暖かな空気などなく、ただ目的の為に互いの力を利用する。
 このような空気に憧れていた気もするが、なぜだろう、今はただ薄ら寒いだけだ。

「ところで、アレは何をしておられるので?」

 プレラの視線の先には、なのは、フェイト、はやて。それぞれの影と戦う少女達の姿があった。
 彼の持つ原作知識には無い存在に、プレラは若干の混乱をする。あんなものは存在していなかったはず……。もっとも、考える事態無意味かもしれない。自分達がいる以上、これからもイレギュラーはいくらでも起こるだろう。
 プレラは少女達に対する疑問を心の片隅に仕舞うと、盟主の返答を待つ。

「ふふふ、怒っているのかい。安心しなよ、彼女達にできるのは精々足止めさ。まぁ、少しぐらい痛い目を見るかもしれないけどね」
「そうですか……」

 確かに一見互角に見える。だが、それはなのはたちの驚きによる混乱と、影である少女達の能力の高さによる力押しによるものに他ならない。
 なのはもフェイトも、力押しだけで勝てるような魔導師ではない。はやてにしても、彼女単体ならまだしもヴォルケンリッターと同時に戦うなど狂気の沙汰だ。なるほど、足止めというのもあながち嘘と言い切れない。

「やりすぎではありませんか?」
「君が言うのかい? 9を救うためには1を切り捨てる覚悟が必要なんじゃないのかい?」

 たしかに、昔調子にのってそんな事を言った気がする。言った気はするが……。

「阿呆だったのだな。本当に……」
「へえ? 自覚があったんだ」
「ああ、私は……」

 管理局への嫌悪感や、魔法に対する考えが変わったわけではない。
 だが、それでも……自分の望みは人の幸せだったはず。断じて、絶望などではない。

「……私自身の愚かさが許せない! 貴様の正体に気付かず、不幸と破滅を望む者に協力していたなどと!」

 その言葉と共に、プレラはデバイスを盟主に向かって振り下ろした。過去を、全てを振りはらおうと、力の限りを込めて一直線に振り下ろす。
 もっとも、盟主自身プレラの行動を読んでいたのか、瞬時にシールドを形成してその攻撃を受け止める。

「人聞きが悪いな。管理局の戦力を削ぐためだよ。ここで彼女達が死ぬ事は無い」
「ああ、ここで殺す気は無いだろう」

 本気で大殺戮を考えているなら、盟主一人で来るなどと考えられない。
 組織は少数精鋭ながら優れた魔導師や、強力なトリッパーが存在している。そもそも、本気で何かをするつもりならばシスターがついてきているはずだ。彼女の姿が見えない以上、最初の宣言通り実験のつもりなのだろう。

「だが、貴様の目的は彼女達の排除……いや、殺害。違うか?」
「ひどいな、何を根拠に?」
「2ヶ月前、ヴァン・ツチダに調子に乗って色々話しただろう」

 盟主との会話を続けながらさらに力を込めるプレラに対し、盟主は一瞬だけ鳩が豆鉄砲を食らったような表情になった。
 ほんの一瞬、プレラの言った事を考え、そしてそれが何時の事かを思い出そうとする。そして、シールドを傾けて斬撃を受けながしながら、感嘆の声を上げた。

「もしかして、PT事件の時かい? 意識があったのかな?」
「頑丈さだけは人並み以上に鍛えてくれたおかげでな。貴様が蹴り起してくれたので、すべて聞かせてもらったよ」

 ヴァン・ツチダという何があろうとも相容れないだろう転生者を前に、苛立ちを紛らわせようと蹴っ飛ばした記憶はある。
 だが、あの程度の軽い衝撃で目が覚めるとは……。劣化版とはいえスターライトブレイカーが直撃したはずなのに、驚くべきタフネスだ。

「驚いたよ。まさか起きていたとは」
「気がついていて話していたのかと思っていたが?」
「まさか、本当に偶然さ。しかし、あれだけでは根拠が薄いと思うのだけどね」
「調べればすぐにわかったさ……」

 あの時、朦朧とする意識の中で聞いた盟主の嘲笑を正直信じたくは無かった。だが、調べれば調べるほど、そして組織の外で何かを経験すれば経験するほどに、組織の事が信じられなくなっていった。
 初めての戦場、偶然に出会った本物のベルカの騎士、気まぐれに助けた人々の笑顔、そして、口の悪い融合騎。彼らとの出会いと別れを繰り返すうちに、どんどんと信じられなくなるシスターや盟主の言葉。自分は玩具だという言葉を裏付けるかのような、こちらの世界の父とシスターの因縁。
 そして、防衛プログラムを操りフェイトたちを襲う盟主を見た時、プレラは自分が信じた組織の正体を悟った。

「そういう意味ではないのだが……まあ、いいか。私に逆らった以上は一緒だしね」

 そう呟くと、盟主は掌に魔力を溜め込む。澱んだ赤い光がその手に宿る。
 並みの魔導師なら一瞬で焼き尽くせるほどの魔力を、盟主は無造作にプレラに向けた。

「シスターには悪いけど処分決定だ。さようなら、プレラ」

 その言葉と共に、魔力光が弾け無数の魔法弾がプレラに襲い掛かる。
 だが、プレラは慌てる事無く魔力を込めたアームドデバイスを横に振るう。黒い魔力光の軌跡が空中に刻まれると、魔法弾はその軌跡に次々に吸い込まれてゆく。

「へえ、2ヶ月前とは大違いだ。オリジナルの防御魔法かい?」
「さてな。今の私を簡単に処分できるとは思わないことだな、盟主」
「大きく出たね。少し相手をしてあげようか……おっと、その前に」

 用心深くデバイスを構えるプレラを面白そうに見つめていた盟主だが、横目でちらりと足を止めていた管理局の面々を見る。
 連中はただ足を止めているわけではあるまい。おそらくクロノが既に指示を出しているのだろう。連中は切欠さえあればすぐさま動けるように周辺を注意深く見守っている。おそらくは仲間割れを興したこちらに注意をしつつも、なのはたちの戦闘に介入して先にマテリアルを撃破、その後こちらに攻撃……と行ったところか。
 マテリアルの製造方法やスペックを確認できた以上、あの3人を撃墜されたところで腹は痛まない。また作れば良いだけだし、なのはたち3人の少女と4人の守護騎士、それにクロノ、ユーノ、ヴァンを最低限生かしておかなければならない以上はあまり無茶をする訳にもいかない。
 直に殺害をすると、奴の介入を招く可能性がある。さほど脅威ではないが、正面切ってあいつと対峙するのは面倒だし、なにより計画に支障をきたす恐れがあった。
 始末しておかねば後々面倒になりそうな奴が数人いるにはいるが……、それとて最優先事項には程遠い。まぁ、目的を達成するまでもう少しだけ時間がかかりそうなので、少しだけ時間稼ぎをするか。
 盟主はそう考えると、防衛プログラムに魔力供給を開始する。

「させるか!」

 何をするのかは理解できなくても、魔導師なら魔力の流れぐらいなら感じる事はできる。
 行動を阻止しようと突っ込んでくるプレラに、盟主は防衛プログラムの触手を間に割り込ませ突進を妨害した。

「おっと、君用じゃないんだ。そこで待っていなよ」

 軽口を叩きながらも、意識の片隅で作業を継続する。今回はマテリアルを練りこむ必要は無い。記憶と認識を改竄、オリジナルに敵対行動を取るように設定。
 残骸の一部を分解、再構築……この場で強い魔導師から3人を選び作成……エラー。やはりトリッパーは無理か。ならば、クロノとティーダだけで良い。下手にウォルケンリッターやなのはたちをヴァンとユーノに当てると、勢い余って殺す可能性がある。
 現時点のあの二人に決定打は無い以上、自分の脅威にはならない。プレラを相手にしながら、片手間にあしらう事も可能だ。
 決めてしまえばやる事などそれほど多くない。分解中の残骸から更に数頁を使用し、クロノ・ハラオウンとティーダ・ランスターを作成……。

「今度は僕の偽者まで!?」
「俺までいる!?」

 出現した闇の欠片によるコピーに、クロノとティーダが驚きの声を上げた。既になのは達のコピーを見ているとはいえ、自分達の偽者の出現に驚きを隠せない。
 一方の偽者も完成と同時に目を開くと、自分と同じ存在がいる事に驚きの声を上げた。

「こいつは、いったい何者だ……?」
「クロノ執務官、これはいったい? 俺……じゃなかった、私の偽者まで」
「それはこっちの台詞だ。」

 思わず突っ込むクロノだったが、コピーは話を聞いていない……。あるいは、聞く能力を付与されていなかった。

「幻術か亡霊か、いずれにせよ、消えてもらう! ティーダ准尉は僕に続け」
「了解です!」
「……やりづらいな、どうも。予定変更だ、僕とティーダは迎撃。ユーノとヴァンはなのはを、アルフはフェイトの救援に……!」

 表情を歪め指示を出しながら、クロノは咄嗟にシールドを展開する。シールド越しに感じる魔力は重くて強い。こちらの話を聞くようには出来ていないようだが、実力は本物と寸分も変わらないようだ。
 油断は出来ない。クロノはそう考えると、気を引き締めてデバイスを構えなおした。




「まさか、あんな能力まで……」

 アースラのブリッジで地上の様子を見ていたリンディは、内心で防衛プログラムへの評価を変更していた。
  ただの破壊プログラムであれば、実のところさほど脅威ではない。第97管理外世界の住民には悪いが、仮に自分達が全滅したとしても今度は万全の体制で別の者が挑めば破壊できるだろう。
 だが、あの魔導師の複製が可能なプログラムを持ち逃げされればどうなるか、正直考えたくは無い。ここにいる魔導師よりも実力のある魔導師など管理世界には山のようにいるのだ。
 無論あのプログラムにも限界はあるだろうが、それでもSランク魔導師を数人コピーして都市内部で暴れさせるだけでも甚大な被害が出るだろう。管理局の能力だけで対応できない可能性だってある。

「逃がす事は出来ないわね……」

 アースラを自爆させ刺し違えてでも、あれは破壊しなければなら無い。そういう存在だ。だが、アルカンシェルの直撃にも耐えた存在をどうやって……耐えた存在?
 ふと、リンディの脳裏に一つの疑問が浮かぶ。本当にアレはアルカンシェルを耐えたのか? あれは、理論上は直撃すれば破壊できないものは無い。ロストロギアに固定観念を用いるのは危険だが、これまで破壊できていた存在が破壊できなくなるというのも変な話だ。
 それに、なんで彼女は地上に降りた?
 アルカンシェルの砲撃に耐え、アースラを一撃で行動不能に追い込むほどの火力があるなら、衛星軌道上から砲撃をすれば地上にいる魔導師には手も足も出ない。あのコピーの実験なら、なにも自ら地上に行く必要は無いだろう。コピーに距離の制限があるのか……あるいは、何か弱点があるのか?

「アレックス、急いでこのあたりの転移、召喚反応のトレースを開始して」
「か、艦長?」
「復唱は!?」
「は、はい! 了解!」

 リンディは一つの可能性に行き着くと、部下に矢継ぎ早に指示を繰り出す。
 恐らくは、時間との勝負だ。

「ランディは急いで地上の防衛プログラムの魔力保有量と質量の再計算。エイミィ、本局のマリーと通信は?」
「あ、はい。繋がってます」
「なら、大至急こっちで観測した全データをあっちに送って。何かわかるかもしれないから」
「了解です」

 アルカンシェルの直撃に耐えた防衛プログラム……。アルカンシェルの威力を知っているだけに、あまりにも衝撃的な光景だった。正直言えば、茫然自失としてしまっていた気がする。
 だが、考えてみれば盟主を名乗る少女の動きには不自然な点が多かった。こちらを排除したいのなら、不意打ちをすれば防御は間に合わなかっただろう。そもそも、態々自分達の前に出てくる意味自体が無い。あれでは自分のみを危険に晒すだけではないのか?
 他にも、アースラのデータを信じるのならアルカンシェルは効果範囲の物質を確実に消滅させている。防衛プログラムが健在だとするのなら、アルカンシェルは一体何を消滅させたのだ?
 ただの露出趣味の可能性もあるが、もしかすると自分達は重大な事を見逃していたのかもしれない。
 リンディは内心で歯噛みをしながら、部下に指示を出し続けた。



「ふふふふ、これで余計な邪魔は入らないよ、プレラ。さあ、処刑の時間だ」
「貴様のな」

 チラリと闇の欠片に翻弄される管理局の面々を見たプレラだったが、すぐに盟主に向き直る。
 余所を気にしていて勝てる相手ではないし、何より管理局の面々が手出しできないのは都合が良い。自らの因縁に他人を踏み込ませる気は無いし、なにより盟主という存在は危険すぎる。
 噂では幾つものレアスキルと、膨大な数の魔法を使いこなすとか……。

「はぁっ!」

 プレラはカートリッジを炸裂させ魔力を高める。相手はあのシスター・ミトが一目置き、組織のトップに立つ少女だ。それが無くとも、闇の書の防衛プログラムを易々と制御してみせる化け物である。
 最初から全力でやらなければ、待っているのは死だ。

「黒星よ、撃ち砕け! グラビティスマッシャー!」

 銃剣の先端に収束した魔力が、重力の塊となり盟主に牙を向く。全てを噛み砕く黒い砲弾が盟主に迫る。

「へえ、思ったよりやるね。前みたいに隙だらけの魔法を使うかと思ったのに」

 だが、全てを砕くはずの砲撃を、盟主は掌で易々と受け止める。軽口を叩きながら、その小さな手で黒い砲弾をあっさりと握りつぶす。
 あの一撃で終わるなどと思い上がっていたわけではないが、それでもあっさりと止められた事にプレラは目を剥く。

「あれを止めるか……」
「私相手に牽制なんて、遊んでいる暇は無いと思うよ。ほら、この子も君の血を欲しがっている」

 盟主の言葉に、防衛プログラムが一際大きな咆哮を上げた。海中に没していた触手の群れが一斉に目覚め、あるものは槍に、あるものは鎖となってプレラに向かい襲い掛かる。
 視界を埋め尽くさんばかりの触手の群れに対し、プレラは回避をしないどころか、ただ防御フィールドを強化し突っ込む。どうせ出来ないなら無理に回避などしない。フィールドで吹き飛ばせば良い。

「その程度!」
「へえ、進めるのか」

 その様子に、盟主は思わず感嘆の声を上げる。
 並みの魔導師なら一瞬で吹き飛ぶほどの触手の群れのはずなのに、プレラの進撃は止まる事は無い。それどころか、更に速度を増してゆく。

「この程度で、私の突進を阻めるものか!」
「へえ、怖い怖い。それならこれはどうだい?」

 おどけた口調とは裏腹に、空間を軋ませるほどの魔力を秘めた円錐状の魔法弾がプレラのフィールドに迫る。
 その魔法弾もフィールドに阻まれ霧散する……そうプレラは想像した。だが魔法弾はフィールドにぶつかると、そのままフィールドに先端をめり込ませてゆく。

「多重弾殻か!?」
「もっと素敵なものだよ。ほら」

 盟主の言葉と共に、円錐状の魔法弾は障壁にめり込んだところで動きを止める。だが、それで終わりではなかった。
 魔法弾の先端が突如開くと、無数の魔法弾がフィールド内部にばら撒かれる。フィールド内部で、魔法弾が一斉に爆発を起す。密閉された空間での爆発は通常の数倍のダメージをプレラに与える。

「炸裂式魔法弾って言うんだけどね。中々洒落た魔法だろう」

 ここで追撃をすれば確実に倒せるだろう。だが、盟主は一切の追撃をする事は無かった。それどころか、微笑みながら様子見をする。

「余裕のつもりか……」

 爆煙の中から、役に立たなくなったバリアジャケットの飾り布を破り捨てながらプレラが現れる。
 身体のあちこちから血を流す様は凄惨そのものだが、瞳に宿る闘志は些かも衰えていない。

「ああ、その通りさ。君相手に本気を出す必要は無いからね」
「その傲慢、死につながると思え!」

 プレラは雄叫びを上げ再び盟主に突撃を開始する。
 結局のところ、自分の持ち味は大魔力を生かした力押しだ。それを生かすための小技を幾つか学んだが、2ヶ月では所詮付け焼刃でしかなく、クロノに通用しなかった小技が、盟主相手に通用するはずも無い。
 ならば、自らの力を信じ真っ向勝負を挑むまで。

「でやああああああっ!」

 触手を切り捨て、魔法弾を弾き、少々のダメージは歯を食いしばってプレラは突進する。
 標的は盟主……ではない。奴の背後の防衛プログラムだ。あのサイズなら、少々の小技で避けることなど不可能。

「天剣魔斬!」

 砲撃剣。そう名づけた巨大すぎる漆黒の魔力剣が、プレラを基点に天に向かい伸びてゆく。
 プレラは剣の形成が完成するのを待たず、一気に剣を振り下ろした。

「自棄かい? そんな大降り」

 盟主はそう嘲笑うと、防衛プログラムの触手を槍と化して、プレラに向かい突き出す。
 槍と魔力剣がぶつかりあい、火花を散らす。周囲の海水が衝撃に飛ばされ、巨大な波となり沿岸を襲う。

「私の魂の一撃! 止められると思うな!」

 そのぶつかり合いを制したのはプレラだ。毛先一本分の力も残さない、プレラは柄を握る手に今あるすべての力を注ぎ込む。剣の放つ光はそれに比例して黒く、深く、その色を深めていく。元々天性の素質があったのだろう。歪んだ修行の上に作られた膨大な魔力は、防衛プログラムの力に勝るとも劣らない。
 触手の槍も魔力を収束させ抵抗するが、命と誇りをかけた漆黒の魔力剣は、触手の槍を次々に砕いてゆく。
 そして……。

「仰々しいのは恥ずかしいよ。君ごときの命、私に止められないとおもっているのかい?」

 それでも盟主の余裕は崩れない。
 プレラの必死の攻撃を嘲笑う。

「ほら、こんな風にね」

 次の瞬間、競り合っていたはずの触手の槍は硬度を失い魔力剣に絡みつく。蜘蛛の糸のように、あるいは蛇のようにしなやかに、強靭に剣を包みこんでゆく。
 いや、剣だけではない。その勢いのまま、プレラの身まで包み込もうと迫ってくる。

「くっ!」

 あんなものに絡み疲れては一巻の終わりだ。プレラは舌打ちをすると、瞬時に魔力剣を解除し、触手の群れから離れようとする。
 触手も獲物を逃がさんと、うねりながらプレラに迫る。プレラはそれを切り捨て、切り払い、回避してゆく。
 だけど、すべての触手を認識することなど、プレラにできるはずも無く、背後に忍び寄っていた触手から放たれた魔法弾がプレラの胸を貫く。

「がっ……」
「捕まえた。さあ、終わりの時間だ」

 盟主の楽しそうな声が辺りに響く。圧倒的な力を何の苦悩も苦行も無く偶然手にしたトリッパー。その力を撃ち砕くのは盟主にとって何よりの楽しみなのだ。
 いつの間にか周囲を囲んでいた触手が一斉に魔法弾を放つ。元々プログラムで作られた存在だ。魔法弾は一切の揺らぎも誤射も無く、その全てがプレラに吸い込まれてゆく。
 プレラは飛ぶ力を無くし海に向かって落ちていった。

「ふふふ。さようなら、プレラ」

 芝居めいた仕草で、盟主はプレラの別れの言葉を言う。
 巨大な水柱を残し、プレラの姿は海中に没し……。

「まだだっ!」

 次の瞬間、落ちた時と同じ規模の水柱を立てて海中からその男は飛び出した。
 既にその身はボロボロだ。殺傷設定の魔法を数え切れないほど受けたのだ。いかにタフネスに自身があるプレラといえどもただではすまない。
 だが、指の一本でも動く限り諦めるなどあってたまるか。ライバルとの戦いで最も学んだこと、それは諦めない事だ。

「な、なにっ!」

 完全に死んだと思われていたプレラが瞬時に復活した事に、盟主の動きが一瞬だけ遅れる。
 そのわずかな隙こそ、待っていた時。プレラは銃剣を振り上げ、盟主の細い首に向かい一直線で向かう。
 迎撃の触手や魔法弾が飛び交うが、その全てを無視する。多少のダメージなど知った事か、この一撃に全てをかける。

「くらえ、盟主!!」

 漆黒の光の弾丸が、盟主に向かい突き進む。
 弾丸を阻止しようとしたものの全てが、その光に飲み込まれ吹き飛ばされる。

「し、しまった!」

 白銀の剣が、盟主の首筋に叩き込まれる。











 ぐにゃり。









 次の瞬間、白銀の刃は薄っぺらなゴムの玩具のように歪み、盟主を毛一本分も傷つけずにその場を通り過ぎる。
 あまりといえばあまりにもひどい、ありえない動きにプレラの表情が凍りつく。

「なんてね」
「な、なんだとっ!?」

 盟主は嘲笑う。心の底から可笑しそうに、ありったけの侮蔑と憎悪を込めて嘲笑う。
 ああ、その顔が見たかった。信じていた武器が喜劇の小道具のように役に立たない玩具と化す。ああ、その瞬間の表情は何てすばらしいんだろう。

「君のそのデバイス。シルバーブラッドは私が与えたんだよ」

 だから、懇切丁寧に悪意と嘲笑を込めて教えてやろう。君のその動きは、すべて私の掌だったって事を。
 盟主の言葉に、今更のようにプレラの顔が青くなる。盟主の言おうとしている事に気がついたのだろう。
 なんとも鈍い事だ。

「何の仕掛けも無いと思ったのかい?」

 まぁ、だからって説明をやめる気は無い。
 そう、教えてやろう。おまえらトリッパーには生きる価値など一切無いという事を。

「最初から、君を殺す気になればいつでも殺せたのさ。どうだい、すべては最初から私の掌のうちだったのさ。言ったろう、できもしない事を仰々しく言うのは恥ずかしいってさ」

 驚きのあまり動きを止めるプレラに、盟主は内心で最後にこう付け加える。
 
『そして、この世界が、どれだけ悪意と絶望に捻じ曲がっているかを知る事無く、君は死んでいくのだ』

「さようならだ、プレラ……」

 絶望に凍りついた表情を浮かべるプレラに、盟主は極上の笑みを浮かべる。なるほど、シスターが彼を狂わせた理由がよく分かる。なんと、極上の表情を浮かべてくれるのだろう。

「砕け散れ、銀の鮮血よ」

 剣を弾代わりにする主人公の物語。君も好きだったはずだ。さあ、その技で孤独に死にたまえ。
 次の瞬間、プレラの手にあったデバイスが轟音を立て爆発をする。
 その爆発に抗う余力などプレラにあるはずも無く、今度こそプレラは海面に叩きつけられ、海の底に消えていった。


 盟主は少しだけ勘違いをしていた。


 絶望に染まったと思っていたプレラだったが、彼は絶望に染まってはいなかった。
 彼の凍りついた表情は、一つの符合が脳裏に結びついた事に対する驚きだった。

 自らの持つデバイス、“シルバー”ブラッド。
 原作とは違う、“銀色”の防衛プログラムのフィギュア。
 そして、夢の中で見た、あの鏡の使途の“銀色”。

 この符合は一体?
 偶然かもしれない。だけど、どうしてもあの過去のトリッパーの姿が脳裏から消えないのだ。
 爆発に吹き飛ばされ、意識を失うほんの刹那の時に、プレラはそんな事を考えていた。

 己の命の心配なら、無い。
 時の庭園から飛び出した赤い光を纏った少女の姿が、視界の片隅に見えたのだから。



[12318] A’s第12話(4)
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:9f18423d
Date: 2010/11/19 21:26
A’s第12話(4)



 あのプレラを……。
 あまりにあっけなく落とされたかつての強敵を前に、ヴァンとユーノは思わず絶句した。何度も戦っただけに、プレラの力はよく知っている。
 確かにプレラは“強い”魔導師ではあっても、“戦いなれた”魔導師ではない。膨大かつ強力な魔力を持っている為に初見で戦うには厳しいが、1~2度戦えばクセが読め、戦いなれた魔導師ならなんとか食いついていける。小技を覚え腕を上げても、やはり荒削りなところは変わってない。実際にはるかに実力の劣るはずのヴァンとティーダは、二人でプレラを抑える事に成功している。
 とはいえ、あくまでも抑えただけで、勝つには厳しい相手には変わりない。プレラの強力無比な魔力は、一撃で状況を逆転させるポテンシャルを持っているのだ。
 それを、あの盟主はほとんど一方的に下してしまった。

 信じられない光景に、なのはの救援に向かおうとしていたヴァンとユーノは思わず動きを止める。

「さあ、プレラの処分は終わった。さて、どうしようかな」

 そう言い盟主はほんの少しだけ二人を見た。
 こちらに襲い掛かって来るならそれでよし。来ないなら、放置でもいいだろう。彼らは基本的に決定打にはならない。時の庭園で使ったあの技だけは要注意だが、あの隙の大きな技なら発動前にどうにでも潰せる。

「くっ……。ユーノ、バックアップを頼む!」
「わかった」

 ヴァンの指示に、ユーノが一歩後ろに下がる。
 
 戦う事を選んだか。まぁ、それもよかろう。
 盟主は二人に対しての自動防衛を防衛プログラムに命じると、他の魔導師たちに注意を向ける。足止めをしているとはいえ、予想外の攻撃は常にあるからだ。

 盟主がそんな余裕を見せる一方で、ヴァンとユーノはどう攻撃をすれば良いのか判断が付かずにいた。あれだけ攻撃範囲の広い防衛プログラム相手に下がったところで気休めにしかならない上に、逃げようにも強固な結界の中で逃げ場が無い。
 さらに、自分達よりも戦闘能力の高い魔導師は、揃って影に足止めをされている。

【なあ、ユーノ。何か良い作戦は無いか?】
【今考えているところだよ。ヴァンは?】
【ごめん、流石に思いつかない】

 二人は盟主に気付かれないように念話で相談するが、正直何も思いつかなかった。せめてもの救いは、触手などの末端部を除き動きが鈍いぐらいだろう。もっとも、ビルほどのサイズの防衛プログラムに機敏な動きをされたら、それこそ誰の手にも負えなくなる。
 絶望的ともいえる戦いを前に、二人の表情は一層険しくなった。



 名を名乗らなかったはやての写し身は、自らを王と称するだけあり恐るべき力を秘めていた。
 夜天の主とヴォルケンリッターを同時に一人で相手にする。普通に考えれば一軍を一人で相手にするなど狂気の沙汰だが、彼女にとっては相手にする数が多少増えようが大した問題ではない。

「でたらめだな……」
「まったくだぜ」

 無尽蔵に飛んでくる魔法弾を回避しながら、シグナムとヴィータは思わず呟く。
 通常は広範囲に影響する魔法は術式展開に時間がかかるか、長時間の魔力チャージを必要とするのだが、彼女にはそれが無い。広域攻撃を連射されては、接近戦が主体のベルカの騎士にとっては非常にやりづらい相手なのだろう。
 さらに、彼女たちはそれ以上に深刻な問題を抱えていた。

「リイン、しっかりして!」
「私に構わず……」
「何を言っている!」

 シグナムとヴィータの背後では、ザフィーラとリインフォースが風の盾に守られシャマルの治療を受けている。
 先ほど盟主の放った砲撃を受け止めたザフィーラとリインフォースだったが、その代償は決して小さくなかった。ザフィーラはまだいい。消耗が激しいだけで、回復魔法を受ければ復帰できるだろう。
 だが、リインフォースの消耗は生命に関わるレベルである。
 防衛プログラムを分離した直後に、はやてとユニゾンをして大魔法を連発し、さらにザフィーラとユニゾンをしてアースラを一撃で沈めかねない砲撃を防ぎきった。
 仮に正常な状態でもオーバーワークになりかねない連続運用だ。まして、構成の大部分を失った状態では、命に関わるレベルの消耗となる。先ほどからシャマルの治療を受けているが、回復した様子は無い。それどころか、どんどん衰弱している。
 本来ならば後方に下がらせるべきなのかもしれないが、自称王の少女はリインが下がろうとすると決まって妨害をかけていた。
 足手まといを戦場に置くことにより、八神家の戦力を削いでいるのだ。

「シグナム、ヴィータ、もう少しだけ気張ってや」
「それは無論」
「大丈夫だぜ、はやて。あたしはまだまだやれる」

 最前線で負担が大きい二人を元気付けようとはやてが声をかけた。もっとも、声をかけたはやて自身もかなり辛いのか、肩で息をしている。
 つい30分前までは車椅子に乗っていた身なのに、大魔法を連発した挙句、間髪入れず自称王の少女との戦いがはじまったのだ。さらに、彼女はこれが初の実戦であり魔法行使である。消耗しないわけが無い。
 夜天の書の加護で魔法行使はスムーズにできているが、その動作は僅かだが遅い。元々、遠距離、遠隔発生、大魔力をもつのはやては高速、並列処理の適正は低いのだ。
 まして、これが初めての実戦だ。ここまで落ちなかっただけでも大したものだともいえる。

 とはいえ、そんな事はこうなってしまっては何の慰めにもならない。これ以上の長期戦になれば致命的な損害を被る事になる。
 はやては厳しい表情を見せると、シグナムたちを自分の傍に集結させる。

「ちまちまやってたら埒があかん。何とかあのアホを吹っ飛ばす魔力を溜めるから、二人はサポートをお願いや」

 はやての言葉に、シグナムとヴィータは笑みすら浮かべ頷く。

「お任せください、主はやて」
「ああ、もうこれ以上は指一本触れさせねえ」

 覚悟を決めるはやてたちに、自称王の少女は嘲笑を込め傲然と言い放つ。

「出来ぬ事を口にするとは、ヴォルケンリッターも落ちたものだな」
「はん。あたしらをなめるのもいい加減にしろよ、裸の王様!」
「出来ぬかどうかはその身で確かめるがいい!」

 ヴィータとシグナムの物言いが気に食わなかったのか、自称王の少女は不愉快そうな表情を浮かべると、砲撃クラスの魔法弾を一面に展開する。
 あまりの魔力量に、空間が軋み光すら捻じ曲がってゆく。

「では、試させてもらおう。さあ、跪け塵芥!」

 その言葉と共に、空を埋め尽くさんばかりの魔法弾がはやてたちに襲い掛かった。



「はははは、流石は我がライバル! 君の速さ、まさしく神速!」
「貴女も、早い……」

 緊張感を根こそぎ持っていくような事を叫んでいるのは、雷刃の襲撃者だった。
 彼女の言葉に、フェイトが真剣な表情で答えるのだが……。

「だが、僕はそれを乗り越え更に飛ぶ!」
「え、えっと?」

 会話になって無い。
 二人の様子を見ていたアルフは、構わないでどこにでも飛んでいって欲しいと思った。きっと敵味方含め誰も止めないだろう。
 妙に真面目なフェイトは雷刃の襲撃者の発言に一々反応しているのだが、彼女の次の発言は常に斜め上を行く。会話のキャッチボールが出来ないのだ。
 まともに相手にしちゃいけないと学ぶには、フェイトは若干真面目すぎた。

 もっとも、そんなアホな発言しかしない雷刃の襲撃者だが、その実力は紛れも無く本物だ。速度やパワーなど基礎能力はフェイトを上回っている。
 動きや魔法がコピーである以上、速度で戦うフェイトにとっては最悪の相手だ。ほぼ確実に能力勝負で一歩先を取られるため、どうしても劣勢になってしまう。

「いくぞ! 僕を止められるものなら止めてみろ!」
「っ!」

 二人は再び高速機動を発動させると、常人では目で追うのも難しい世界へ突入してゆく。雷の鎌がぶつかり合い火花を散らす。
 ぶつかり合うたびに、フェイトの動きが少しずつ遅れてゆく。クリーンヒットは避けているものの、小さな傷がどんどんと増えていった。バリアジャケットの裾が切れ、あちこちから流血を起している。
 流血は体力や集中力を奪っていく。
 ぶつかり合いが10回を越えた頃、若干の遅れは致命的ともいえる隙を生み出す。攻撃を受け流す事が出来ず体勢を崩したフェイトに、雷刃の襲撃者は大技を繰り出す。

「受けよ、我が破壊の雷を! ひぃぃぃぃっさぁぁぁぁぁつぅぅぅぅぅ! 雷刃爆光破!」

 雷刃の襲撃者の手から圧縮された雷が迸る。光の奔流がフェイトの身体を包み込み、次の瞬間雷は巨大な爆発を引き起こした。

「きゃっ!」
「フェイト!」

 悲鳴を上げて吹き飛ばされるフェイトに、アルフが慌ててフォローに入る。
 落ちていくフェイトを受けとめると、追撃を防ぐためにシールドを正面に張った。アルフの判断は、結果的にフェイトを救う。アルフの張ったオレンジ色のシールドめがけて、雷の刃が高速でぶつかってきた。
 二つの魔力が反発しあい、ついには爆発を起す。アルフのフォローが無ければ、防御力で劣るフェイトは危なかっただろう。
 それぐらい絶妙なタイミングのフォローだった。

「アルフ、ありがとう……」
「あたしはフェイトの使い魔だよ、当然さ」

 お礼を言うフェイトに、アルフはなんでもない事だとばかりに答える。
 もっとも、そっけないのは口だけで、尻尾が千切れんばかりに左右に動いていたが……。
 一方、必殺の一撃を防がれた雷刃の襲撃者がアルフに対して文句を言う。

「二対一なんて卑怯だぞ! ずるいんだぞ! こっちは一人なんだぞ!」
「うるさい! あたしはフェイトの使い魔なんだから良いんだよ!」

 雷刃の襲撃者の叫びに、アルフが律儀に答える。先ほどまで高度な魔法戦を行なっていたとは思えない子供っぽい……と言うより、本当に子供の喧嘩だが、当人たちは至極大真面目だった。

「そうか、なるほど!」
「って、納得した?」

 あっさり納得する雷刃の襲撃者に、フェイトが驚きの声を上げる。

「まさか、そんな伏兵まで用意しているとは、やるな、フェイト・テスタロッサ!」
「え、えっと……」

 どこをどうすれば、そういう結論になるんだろう。アルフは最初からずっといたのに……。
 まともに取り合おうとするほど、フェイトは混乱する。これを作戦でやってるのなら大したものだが、残念な事に雷刃の襲撃者の地でしかない。
 一人で納得する雷刃の襲撃者、混乱するフェイト、尻尾を振っているアルフ。戦場とは思えない混沌とした空気がそこにあった。

 だが、混沌とした空気はすぐに霧散する。
 何時までも、ボケたおすほど3人とも馬鹿ではない。フェイトは真剣な表情をすると、片手でアルフを下がらせる。

「ごめん、アルフ。下がっていて」
「フェ、フェイト?あいつの言っている事を真に受けて!?」

 目を白黒させて抗議をするアルフに、フェイトは少しだけ微笑むと決意を込めて答えた。

「ううん、違う。たぶん、アルフじゃついていけないから……」

 その言葉と共に、フェイトの身体を一際強い魔力光が取り囲む。
 光に煽られ、マントが、バリアジャケットが光の粒子に変わる。そして次の瞬間、フェイトの身体を新たなバリアジャケットが包み込んだ。基本的な術式は変わっていないが、防御機能を向上させるためのパーツが根こそぎ消えている。デザイン的にも、マントなどが消え、水着からスパッツのような形状へと変化を遂げていた。
 フェイトの切り札であるソニックフォームが、その姿を現した。

「防御を捨てたか、フェイト・テスタロッサ」
「そうでなければ、貴女は倒せない」

 アルフが心配そうに声をかけようとして、何も言わずに引き下がった。こういう時のフェイトは、何を言っても決意を変えないだろう。

「フェイト……、しっかりやりなよ」
「うん」

 後ろに下がるアルフに、フェイトは力強く頷く。
 今までのフェイトが手を抜いていたわけでは無い。ただ、防衛プログラムとの連戦を考え、余力を残していただけだ。だが、今のフェイトはその余力を捨て去ったのだ。
 よく言えば思いっきりの良い。悪く言えば無謀な姿に、雷刃の襲撃者がにやりと笑う。

「面白い、どちらが真の雷光か決着をつけよう! いざ、尋常に!」
「勝負!」

 そして、二人の少女は再び高速の世界の戦いに突入して行った。



 その戦場には、桜色の魔法弾が飛び交っていた。
 高速で飛び交う二人の少女は桜色の光に囲まれ、まるでダンスを踊っているようだ。だが、そこで飛び交っている光は相手を倒すための武器であり、二人の少女の表情はダンスを楽しんでいるような笑顔ではない。
 二人の少女のいる場所は、間違いなく戦いの場であった。

「ディバインシュート!」

 レイジングハートの先端から魔法弾が発射される。
 誘導性を持った魔法弾は狙いを過たず星光の殲滅者に向かってゆく。並みの魔導師なら一発で撃墜できる魔法弾を目にしても星光の殲滅者は焦る事など無く、一発ずつ冷静に対処してゆく。一発目をシールドで弾き、ニ発目をデバイスで叩き落とし、三発目を魔法弾で迎撃した。

「パイロシューター」

 おかえしとばかりに迫ってくる魔法弾を、なのはは迎撃しない。それどころか、飛行速度を上げ振り切ろうとする。

「それは悪手です。パイロ……」

 飛び回りなのはを挟み撃ちにしようと、星光の殲滅者は追撃の魔法弾を展開しようとした。だが、その一瞬の隙をなのはは見逃さなかった。

「お願い、レイジングハート!」
『Flash Move』

 なのはは速度を一気に上げると、その身を高速の矢と化す。星光の殲滅者を見据えると、レイジングハートを大きく振りかぶった。

「そう来ましたか!」
「やああああっ!」

 レイジングハートと、星光の殲滅者のデバイスがぶつかり合う。二つのデバイスが火花を散らしせめぎ合う。
 だが、それも一瞬。二人は位置を入れ替えると瞬時にその場を離れる。二人が鍔迫り合いをしていた空間を、制御を失った魔法弾が通過した。

 魔法弾が描いた桜色の軌跡が空中に消えた時には、二人の少女は次の一手を完成させていた。

「いくよ、レイジングハート! ディバイン……」
「魔法展開、魔力チャージ完了……。ブラスト……」

 ほぼ同じ術式、同じ魔力光の魔法陣が二人の前面に展開される。
 膨大な魔力が唸りを上げ、魔力球を形成する。洒落にならない魔力同士のせめぎあいに、まだぶつかってもないのに周囲の空間が震えだす。

「バスター!」
「ファイアー!」

 二人の術式が完成し、桜色の光の柱が二人のデバイスの先からほとばしる。
 闇を切り裂き、砲撃が空中で衝突した。周囲を白く染め上げるほどの激しい光を発し、二つの光はせめぎあう。そして、互いの力を出し切ったところで巨大な爆発を起した。
 巨大な爆煙が立ち上がり、周囲の空気が押し出される。その衝撃に海には大きな波が発生し、残留していた防衛プログラムの残骸は砕け散る。

「さすがです……」

 爆煙越しに星光の殲滅者は感嘆の声を上げた。
 はやてやフェイトの写し身と同じく、この星光の殲滅者はオリジナルであるなのはより能力が高い。実際、相殺しきれなかった魔力の余波で、なのはのバリアジャケットの裾に綻びが出来始めている。
 とはいえ、あくまでも余波だけで、クリーンヒットは一発も受けていない。

「貴女も、強いね」

 砲撃型……それも、なのはや星光の殲滅者のような相手を一撃で撃墜できる魔導師同士の戦いは、必ずしも身体能力や魔力だけで勝敗が決まるとは限らない。良い例がPT事件でのなのはとフェイトの戦いだろう。終始押していたはずのフェイトが、強力な一撃を受け動きを封じられ、結果的に敗北している。
 どれだけ戦いを有利に進めようとも、相手が砲撃を撃てなくなる瞬間まで気が抜けない。
 さらになのはは、自身の代名詞とも言える不屈の精神の持ち主だ。戦いの最中に精神が折れ、戦いを放棄するなどまずないだろう。
 実際、星光の殲滅者は何度もなのはの隙を見つけているようだが、そのたびになのはの防御力や危機的状況でも諦めない精神力に押され攻めあぐねていた。
 もっとも、攻めあぐねているというならなのはも同じだ。何度もチャンスを不意にしているのに、星光の殲滅者は焦るという事が無く隙が出来ない。なのはが不屈の精神の持ち主なら、星光の殲滅者は揺るがぬ精神の持ち主と言ったところか。
 
 結局、なのはと星光の殲滅者の間に、互いに相手を圧倒できるほどの差が無い以上、これは長期戦になる。誰もがそう思っていた。

「ですから、少しだけズルをさせていただきます」

 たった一人の少女を除いて。

「ズル?」

 なのはの能力をコピーしているのなら、ズルというほどの奥の手は存在しないからだろう。
 星光の殲滅者の言葉になのはが内心で首をかしげる。

「ジェノサイドモード、リリース」

 その言葉と共に、星光の殲滅者の姿が桜色の光に包まれる。

「それって」
「ジェノサイドモード……奥の手です。この心滾る良き戦いを終わらせたくありませんが、新たな闇の書の誕生を妨害させるわけにはなりません」

 光の中から現れた星光の殲滅者が、淡々と新たなる姿の名を告げる。
 星光の殲滅者の姿はそう大きくは変わった訳ではない。細部を除けば、精々胸元のリボンがなくなった程度だ。
 デバイスの形状も変わったわけではない。大きく変わった点は一点、蝙蝠を模した三角錐状の2機の遠隔操作機が出現した事だろう。

「行きます。ルシフェリオン……」

 遠隔操作機が星光の殲滅者の前に集まり、3つの魔力球が生まれる。それは力を増しやがて一つの塊へと成長していった。
 星光の殲滅者の砲撃を見て、なのははバリアを展開して、砲撃をやり過ごそうとする。

【なのはっ! 防御は無理だ!】

 そんななのはの脳裏に、ヴァンの叫びが届く。

「えっ!?」
「防御の上から落とされる! 回避するんだ!」

 思わず動きを止めるなのはに、ヴァンは叫び警告する。彼の必死さが伝わったのだろう。なのはも慌てて回避行動を取った。

「ブレイカー!」

 次の瞬間、なのはがいた場所を膨大な魔力が通過した。スピードこそ遅かったが、威力は桁外れだ。十分な距離を取ったはずなのに、余波だけでなのはのバリアジャケットの裾に切れ目が入り、ずたずたになってゆく。

「ヴァ、ヴァンくんのアドバイスが無かったら危なかったかな……」

 スターライトブレイカーと同系列の収束砲ではあったが、威力はそのままにチャージ時間が短縮されていた。消費が大きいので連射はできないが、チャージ時間の短縮を遂げただけで、使い勝手は格段に上昇する。

「今のを回避するとは、良い判断です。警告を飛ばしたあの来訪者に感謝しなければなりませんね」
「来訪者?」

 なのはが意味の分からない単語を尋ね返すが、星光の殲滅者は返答せずにデバイスを構えなおす。

「おしゃべりはここまでです。さあ、戦いを続けましょう」

 その台詞を合図に、星光の殲滅者の足元に桜色の魔法陣が展開される。
 なのはの疑問に答える気は無いのだろう。確かに、星光の殲滅者に答える義理は無い。

「何だか良くわからないけど、負けてあげるわけにも、闇の書の闇を放置するわけにもいかないの!」

 なのはも星光の殲滅者の意思を悟ると、なのはが気合を入れなおすべく叫びを上げる、ぶつかり合いに備え足元に桜色の魔法陣を展開させた。

「良い気迫です。さあ、行きます!」

 星光の殲滅者の叫びを合図に、再び桜色の魔力がぶつかり合う。
 戦場に、膨大な魔力エネルギーが飛びかい、余人には割り込む事の出来ない砲撃の嵐が戦場に吹き荒れた。



 ヴァンが星光の殲滅者の変化に気が付いたのは偶然だった。突如膨れ上がった魔力に、思わず集中を途切らせそちらを見てしまった。
 普段ならそれで集中を切らすほどヴァンも迂闊ではない。だがこの時、星光の殲滅者が見せた姿はヴァンを混乱させるには十分なものだった。

 なぜなら、彼女の姿は、彼の知る物語では10年後になのはが辿り着く境地だったはず。
 この時代にどうやってあれを知ったのか。仮に盟主がプログラムをいじっくたにしても、フィクションからどうやってプログラムを起したというのだ?
 混乱し、思わずなのは向かって危険だと叫んでいたヴァンだったが、その行為はあまりにも無謀でしかなかった。



「ヴァン! あぶない!」

 ユーノの叫びにヴァンは自分の周囲の状況に気がつく。
 なのはに注意を促していたのはほんの一瞬だったはず。だが、その一瞬の隙に、防衛プログラムの触手はヴァンの周囲を取り囲んでいた。

「ヴァン! 下がって!」

 下がれってどこに!?
 ヴァンは慌てて退路を探すが、完全に囲まれており逃げ場が見つからない。
 触手の先端に魔力が収束する。レーザーのように収束した魔法弾が、ヴァンに向かって放たれた。

「うわっ!」

 ヴァンは慌ててバリアを張るが、防衛プログラムの攻撃の前の障壁には紙のように脆い。
 収束した魔法弾はバリアをあっさりと突き破ると、腿を、肩を、二の腕を次々に切り裂く。せっかく治療され止っていた血が噴き出す。

「ストラグルバインド!」

 ヴァンの惨状に、ユーノが慌ててバインドを放つ。
 魔力を拘束するバインドが触手の束に絡みつく。魔力同士が拮抗するが、純魔力で構成されている防衛プログラムは、ストラグルバインドに極めて弱い。急速に魔力を失った触手にひびが入る。

「これでっ!」

 ユーノが魔力のワイヤーを引っ張った。それによって、かなりの数の触手が千切れ、あるいは砕け散る。
 僅かに開いた道に、ヴァンは強引には身を割り込ませると、なんとかユーノのいる場所まで後退した。

「大丈夫、ヴァン?」
「なんとか……。すまない、ユーノ」

 恐らくは、自動迎撃の弱い攻撃だったのだろう。ダメージは決して小さくは無いが、なんとかまだ戦える。
 そんなヴァンとユーノを盟主は一瞥する。

「やれやれ、まだ諦めないのかい」

 なんとか現状を打開しようと足掻く二人を、盟主は面白そうに見詰める。
 彼女の目からしてみれば、ヴァンやユーノの足掻きは無駄な努力だ。能力的な問題で、自動防衛すら突破できずにいる。
 まぁ、もう暫く遊んでいても構わないか……。
 盟主がそう考えている一方で、ヴァンとユーノは下がりながらなんとか現状を打開使用と考えていた。

【ユーノ、何か良い手は無いか?】

 声を出す余裕も無い。痛む身体に顔を顰めながら、ヴァンはユーノに話しかける。
 ユーノはバリアで魔法弾を弾きながら答えた。

【ごめん、ちょっと思いつかない。ヴァンは?】
【流石にあれじゃあな……。特攻すれば一太刀くらいは浴びせる事が出来そうだけど……】
【無茶だよ】
【わかってるよ】

 幸い、速度自体はそれほど速くない。なんとか肉薄は出来そうだ。
 もっとも、それでは後が続かない。
 勝算があるなら特攻じみた真似も辞さないが、今突っ込んだところで無駄死にするだけだ。

「もうちょっとがあれについて何かがわかれば……。コントロールできるはず無いのに」

 ユーノが悔しそうに呟く。せめて自分に有効な攻撃手段があれば、なんとかできるのに……。
 なのはたち強力な魔導師が足止めを喰らっているとはいえ、これだけ魔導師が雁首揃えているに逃げ回るしか出来ない。
 なんとか攻略の糸口をつかまないと……。なんとか触手の直接攻撃の届かない場所まで下がり体勢を立て直した二人は、再び攻撃に移るべく魔法を構える。
 その時だった……。

【わかったぁ!】

 二人の出鼻を挫くように、脳裏にエイミィからの念話が飛び込んでくる。
 使われたのは指向性の秘匿念話。同時にダミーの念話も飛ばすほどの念の入用だった。
 誰かが何事だと尋ね返すより先に、エイミィが口早に状況の解説を開始する。

【傍受が怖いから返答は不要よ。まずこれを見て!】

 アースラから送られてきたのは先ほどのアルカンシェルでの攻撃をした時の映像記録だ。マルチタクスを駆使して、ヴァンたちは戦いながら通信の内容を確認する。
 何でいまさらこれを? 当然のように浮かぶ疑問を先読みしたわけでは無いだろうが、エイミィの解説は続く。

【こちらの分析では、アルカンシェルにより目標は完全に消滅しているわ】

 では、今戦っている相手はなんなのか?

【次にこれ】

 次に流れてきたのは、防衛プログラムのコアを転送した際の転送ゲートだった。

【この部分を見て! コア摘出の転送ゲートだけど、外部からの干渉を受けてるわ】

 それって、まさか……。
 魔導師たちは次々に脳裏に、盟主が使用したトリックのカラクリに気が付く。

【盟主は、コア転送の一瞬の隙を突いて、転送ゲートに干渉、防衛プログラムコアを再分割したの! アルカンシェルで吹き飛ばしたのは、再分割されたコアの一部分だけ!】

 つまり、防衛プログラムの無限再生機能を利用したトリックだったわけで、アルカンシェルが通用しなかったわけではない。
 とはいえ、この状況と何の関係が……。

【いい、次はこれ。あの防衛プログラムと、周辺の魔力の流れなんだけど……】

 次に周囲の魔力の流れの観測データが表示される。
 魔力の流れは、盟主を基点として崩壊した残骸を巻き込んで防衛プログラムに流れていっていた。

 言われて見て初めて気が付く。確かに、防衛プログラムの残骸は戦いの始まった直後よりもだいぶ減っている。
 星光の殲滅者たちの材料に使われた分以上の残骸が、確かに減っているではないか。

【いい、皆聞いて。あの防衛プログラムは無理やり膨らませた風船みたいなもので、格段に弱っている状態よ。大きな魔力ダメージを与えれば、自壊を開始するわ。盟主はスカスカの防衛プログラムを回復させるために、地上に残されていた残骸を回収しようとしているのよ!】

 エイミィのこの分析は、ほぼ当たっていた。
 盟主の目的は、地上に残された防衛プログラムの残骸を速やかに回収する事だった。
 そのためにアルカンシェル発射直後に芝居じみた仕草で登場して、アルカンシェルは通用しないと誤認させた。アースラを破壊したのも2発目のアルカンシェルを撃たせない為だ。流石にアルカンシェルの追撃は盟主と言えども防ぎきれない。
 時間が経てば残骸はマテリアルとなり霧散してしまう。どうしても、無理をしてでも早期に残骸の回収ルートの構築を行なう必要があったのだ。

 これに比べれば、マテリアルによる写し身の作成実験などは余興に過ぎない。
 なのはたちの足止めに利用してをいるが、破壊されたところで困らない。防衛プログラムさえあれば、いくらでも量産が効く。

【いい、こっちであれを倒すための作戦を組むから、皆はもう少しだけ耐えていて!】

 エイミィはそう言って通信を閉める。

「ヴァン」

 不意に、ユーノが俺ヴァンに声をかける。

「なんだ?」
「僕に命を、預けてくれる?」

 ユーノの言葉に、ヴァンは一瞬目を丸くする。
 エイミィからの情報で、防衛プログラムに対する攻略手段を思いついたのか。
 ヴァンは逡巡する事無く、すぐに口元に笑みを浮かべるとこう答えた。

「よし、それで行こう」

 あまりにあっさりと答えるヴァンに、逆にユーノは困惑する。
 かなり危険な作戦なのだ。それなのに詳細すら聞かずにこう来るとは思っていなかった。

「作戦を聞かないの? 安全性とか、成功率とか、聞かないの?」
「時間が無いんだろう。多分、アースラが対策を取る前に、あいつが先に動く」
「そうだろうけど……」

 態々危険な場所に突入して防衛プログラムの残骸の回収を行なうような相手だ。アースラが自らの計画に気が付く事も織り込み済みだろう。
 未だに周囲を覆う結界すら破れずにいる。時間が経てば、手に追えない事態になるのはほぼ確実なのだ。

「昨日今日の付き合いじゃないんだ、必要ないだろう」
「ヴァンはやっぱヴァンなんだね……」
「どういう意味だ。おっと、で、俺は何をすればいい?」

 作戦の安全性や、成功率なんて聞く必要は無い。
 今欲しいのは、何をすれば良いかの指示だ。

「ヴァンは突っ込んで、落とされない程度に時間を稼いで。僕がフォローをするから」
「どれくらい?」
「準備が終わるまで」
「了解だ!」

 中々アバウトな指示だが、ヴァンの返事に一切の迷いは無かった。
 ヴァンはデバイスに魔力の剣を纏わせると、正眼に構える。

「頼むぜ、ユーノ!」
「ヴァンこそ、君が落ちたらそこで終わるんだから、落ちないでよ!」
「善処する」

 なにやら作戦を立てている二人の少年を、盟主は面白そうに眺めていた。
 こちらにかかってくるか。どのような手段で攻略するつもりか。多少は面白そうな事をするようだが、相手をしてやるか……。

「何をする気かな?」
「その足元の化け物をぶっ飛ばす相談だよ。盟主、自称不破ナノハ。これ以上の罪を重ねるのはやめ、武器を捨てて速やかに投降しろ!」
「馬鹿なことを。できるかな、君たちに」

 盟主のあざけりの混じった言葉に対し、ヴァンとユーノは自信を滲ませこう答えた。

「俺とユーノならできるさ!」
「僕とヴァンなら、決して不可能じゃない!」



[12318] A’s第12話(5)
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:953d3e2f
Date: 2011/02/18 03:24
A’s第12話(5)



 あーくそー、なんだって俺はこんな所にいるんだよ。特務隊とか教導隊レベルの相手だろ、コレ。俺はCランク魔導師、一介のへぼ空士でしかないんだぞ……。最近はBくらいにはなったかなあーとか、もしかしてAいけるかもと、うぬぼれちゃったりなんかしちゃったりしているけど、どのみちアレはない。
 俺は戦場の中心に陣取る防衛プログラムを見て、内心愚痴を吐く。
 見た目はドラゴンもどきといったところか。もっとも、管理世界に実在するどのドラゴンよりもその姿は醜悪だ。
 海面すれすれに浮かび、その周囲をうねうねと無数の触手が蠢いている。あれは動きの鈍い本体を守る砦であり、接近するものを薙ぎ払う凶器であり、そしてその一本一本が魔法を放つ端末だった。
 先ほどたこ殴りに出来たのも、始動直後の動きが鈍い時を狙えたからに他ならない。ぶっちゃけ、まともに遣り合ってればなのはやフェイト、はやてたち3人にクロノさんがいてもヤバイ相手だ。
 さらに、今回は盟主と言う理性のある操縦者までいる。何があったのか知らないが、プレラの奴もよくあんなのに単身突っ込んだものだ。
 まぁ、アースラからのデータでは死んで無いみたいだし、あとで捕まえてから事情を聞く事にしよう。バリアジャケットは維持していたみたいだし、水死はしないだろう。どっちみち、今は奴を回収している暇なんて無い。
 てか奴以上に無謀なまねをしなきゃならないんだよね。如何に自壊寸前とはいえ俺とユーノの二人で何とかしようなんて自殺行為以外の何者でもない、こんちくしょう。

 とはいえ……。

【ヴァン、大丈夫?】

 ユーノは念話で心配そうに尋ねてくる。念話越しにもユーノの緊張が伝わってくる。
 無理も無い。訓練を受けた俺ですら正直に言えば逃げたい気分なのだ。いくら修羅場を潜り抜けた事があるといっても、ユーノが震えるのも無理は無い。
 とはいえ、負ければ盟主みたいな物騒な奴が防衛プログラムを手に入れちゃうわけだし、下手すりゃ世界滅亡のおまけ付だ。最初から逃げるなんて選択肢は無い。
 俺はユーノの緊張を解こうと、軽くおどけてみせる。

【目一杯後悔しているところだ】
【あ、そう。問題は無いみたいだし、作戦通り行くよ】
【ユーノ、少しはツッコミ入れろよ】
【冗談を言っている暇は無いでしょう。目一杯後悔しているのは僕も同じだよ】
【そりゃそうか】

 ユーノの言っている通り、冗談なんて言ってる暇は無い。
 それに、どうやら何時もの調子に戻ったようだ。ユーノは呆れが混じっちゃいるが、冷静さを取り戻し俺に最後の指示を出す。
 ユーノは念話を周囲に飛ばした。

【タイミングは僕が計るから。僕の指示通りに動いて】
【了解だ。悪いが、周囲を見ている余裕は無いだろうから頼むぜ】

 逃げ足に自信はあるが、アレ相手に通じるのかどうか非常に疑問だ。
 まぁ、ここまできてグダグダ考えても仕方ないか。

【んじゃ、いくぜ、ユーノ】
【頼むよ】

 俺はデバイスに魔力剣を纏わせると、盟主に向かって突っ込んでいく。
 一方、盟主はと言うとそんな俺を見て鼻で笑う。

「無謀だね」

 その呟きと共に、細めの触手の先端に魔法弾の光が灯る。
 って、させるかっ!

「んなもん、はなから承知だ!」
『Force Shot Claymore』

 俺の手に出現した魔力球が炸裂し、無数の魔法弾を前方にばら撒く。
 俺オリジナルの散弾型魔法で誘導性など考慮してない為に使い場所に困る魔法だが、前に敵しかいない場面では重宝する。ばら撒かれた魔法弾は、細い触手に当たると、次々に触手の先端の魔力球を誘爆させてゆく。
 さらに、誘爆に巻き込まれた他の触手も次々に吹っ飛んでいった。
 よし、今のうちに……。

「ヴァン、後ろ!!」

 ユーノの叫びが俺の耳に届く。
 考えるより先に、俺は全力で上昇する。ほんの一瞬前まで俺のいた場所に、丸太ほどの太さのある太い触手が通り過ぎていった。
 って、あぶねぇえええええ。まともに当たったら……。

「ヴァン、まだ!」
「うわああああっ!」

 しかも、俺に向かってきた太い触手はそれ一本ではなかった。
 先ほどの爆発の爆煙の幕から、無数の触手が俺に向かって襲い掛かってくる。

「って、おわっ、おわっ!!」

 妙な悲鳴を上げながら、俺は右上斜めと触手を回避してゆく。
 だが、触手の数に徐々に動ける場所が少なくなり、正面からくる触手が……、かわせない!?

「ストラグルバインド!!」

 まずい、そう思った次の瞬間、俺に襲い掛かってきていた触手に緑色の魔力の縄がかけられる。触手を拘束した魔力の縄は、その勢いのまま数本の触手を引きちぎり、役目を終え海に落ち海中に消えてゆく。

「さんきゅ、ユーノ!」
「それよりも!」
「わかってる!」

 コレでまだ終わったわけではない。次々に襲い掛かってくる触手の一本に魔力剣を突き立てながら、俺は真っ直ぐに盟主をにらみつけた。



 * * * * * * * * * * * * * *



 ヴァンとユーノの二人が防衛プログラムと戦っていた時、少女達の戦いは佳境を迎えていた。



 異変に気がついたのは、星光の殲滅者がジェノサイドモードを使用して暫くしてだった。
 防御の上から落とされかねない強力な砲撃を前に回避に専念していたなのはだが、徐々に星光の殲滅者の様子が変わっていくことに気がついたのだ。

「苦しそう?」

 一見すると相変わらずの無表情だが、時折歯を食いしばっている。そんな様子が伺えるのだ。

『It seems not to be able to endure unreasonable magic operation(無茶な魔力運用に耐えられないようです)』
「そんな!?」

 なのはの呟きに、レイジングハートが答える。
 そこまで無茶をして……、などとなのはは一瞬考えるが、よくよく考えてみれば似たような真似をする人間を一人知っている。

「レイジングハートの言うとおりです。今の私にとって、この姿は負担が大きい」

 二人の会話が聞こえたのか、星光の殲滅者は攻撃の手を緩めこそしないが、律儀に答えた。

 星光の殲滅者が使用しているジェノサイドモードは、ありえたかもしれない未来おいて、高町なのは一等空尉が使用するブラスターモードを元に構築されている。
 通常の任務で使用するアグレッサーモードと違い、ブラスターモードは魔力消費や体への負担などを切り捨てている。成長したなのはですら滅多に使えない切り札なのだ。
 それを、いかに闇の書が生み出した魔法生命体とはいえ、8歳の少女の肉体で、しかも一度のテストもせずに実践で再現すればどうなるだろうか。
 普通の人間……いや、同じ魔法生命体でもシグナムたちヴォルケンリッターのように念入りに作られた存在ならまだしも、急ごしらえで不安定な星光の殲滅者では、場合によっては消滅してしまうかもしれない。それほどの危険があるのだ。

「ですが、この一戦にはなんら関係ありません」

 もっとも、それは長時間使い続けてたらの話で、少なくともこの一戦には関係ない。
 どのみち闇の書が完成すれば、自分達は再び闇に帰るのだ。先の事など考えても仕方がない。

「逃げ回って、時間切れを待っても無駄です。貴方に闇の書の復活の邪魔はさせません」

 余計な一言だ。
 闇の書の復活を考えれば、逃げ回り無駄に時間を使ってもらったほうが都合が良い。
 それなのに、星光の殲滅者は理にそぐわない、こんな言葉を口にしていた。

 一方で、星光の殲滅者の言葉に、なのはは一つの決意をする。

「そっか、そうだよね。星光ちゃんにとっては、どうしてもやらなきゃならない事なんだ」

 自分を傷つけても、苦しくてもやり遂げなきゃならない事。
 ユーノが危険を承知でジュエルシードの回収を一人で始めた様に、フェイトが母に喜んでもらおうとジュエルシードを集めに来た様に、ヴァンがボロボロになって皆を守ろうと必死な様に、無茶をしてでもやりたいことがあるのだ。
 星光の殲滅者にとって、闇の書の復活がそれなのだろう。
 だが、それは決して認められない。認めてはいけない。 だけど、認めれないことだけど、彼女の思いは本物だ。

「レイジングハート。ごめんね、もう一回だけだけど、無茶をするね」
『Don't worry』

 だったら、自分もそれ相応の覚悟をしなきゃ、彼女を止められない。
 守りたい、大切な人たちを!

「レイジングハート、エクセリオンモード!」

 レイジングハートが再びエクセリオンモードに姿を変えた。カートリッジは最後の2本。彼女を排除し、防衛プログラムを破壊する。
 覚悟を決めたなのはを見て、星光の殲滅者が問いかけた。

「通りませんよ、今の貴女では」
「私にも、貴女に負けない思いがあるから。掴みたい未来があるから。皆の未来を守りたいから。この一撃、通して見せる!」

 なのはは次に放つ砲撃に全てをかけるつもりなのだろう。
 今の星光の殲滅者なら、回避する事は簡単だった。だが、星光の殲滅者は、あえてなのはとの勝負に乗った。

「良い覚悟です。ならば、遠慮はしません」
「勝った方が……」
「仲間の助けにいける」



 もはや、常人の目には刃同士が撃ち合う光しかわからない。そんな戦いだった。
 フェイトと雷刃の襲撃者は言葉を交わさず、ただひたすらに飛び、打ち合う。

(この子、早い。今の私よりも、ずっと……)

 フェイトが雷刃の襲撃者の速さに舌を巻く。
 防御を捨てた自分よりも、早くて、強い。

(さすが我がライバル。戦い慣れている。ボクよりずっと、強い)

 雷刃の襲撃者がフェイトの強さに驚きを覚える。
 あの速度なのに、防御を捨てているのに、正確で、早い。能力は全てこちらが上のはずなのに、圧倒することができない。

「光翼斬!」

 雷の刃が、空中を飛び交う。フェイトはそれをシールドで弾くと、お返しとばかりに魔法弾を解き放つ。

「プラズマランサー!」

 だが、雷刃の襲撃者の速度に追いつけず、雷の矢はむなしく宙に消えてゆく。 

 射撃では決定打にならない。二人は雷の刃をデバイスから生み出すと、格闘戦を行うべく相手に向かってゆく。
 金色の閃光が空中で交差する。
 時にまっすぐに、時に螺旋を描き、空中に軌跡を残す。
 打ち合ったのは十数秒。それだけで、互いの速度の限界を見極める。

「決着をつける」
「真っ向勝負。いくぞぉぉぉ!」 

 互いに最後の一撃を放つために、大きく距離をとる。
 そして次の瞬間、最高の一撃を放つべく二人は雷の槍となった。

 雷が激しくぶつかりあう。雷光が周囲を焼く。

 そして……。

「速さなら、ボクの勝ちだ……」

 雷刃の襲撃者が、小さく呟いた。

「フェイトぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

 アルフの悲鳴が響き渡る。

 閃光が通り過ぎたそこには、フェイトの肩口に雷の刃が深々と突き刺さっていた。



 * * * * * * * * * * * * * *



 触手の一本に魔力剣を突き立てた……なんてかっこいいことを言っておいて何だが、結局のところ。

「き、斬れない!?」

 太い触手に突き刺さったフォースセイバーだが、分厚い皮膚に阻まれ少し切れ目を入れたところで動かなくなった。
 って、おい……。なんだよ、この堅さは!? 押しても引いても……。

「ヴァン、後ろ後ろ!」

 ユーノの叫びがまたまた俺の耳に届く。
 振り向くまでもない。細い別の触手がまたまた迫ってきているのだ。
 俺はあわててフォースセイバーを消すとその場を飛び退く。寸前まで俺のいたところを、触手の槍が通り過ぎる。しかし、ユーノのストラグルバインドには切れて、俺のフォースセイバーじゃダメなのかよ。そりゃ相性の問題もあるが、ここまで実力差があるのか?
 そんなことを一瞬でも考えたのがいけなかったのか、俺の耳にこんな音が聞こえてくる。

 しゅる

 ん、げ、しまった!?
 そう、槍にまぎれて近づいていた細い触手の一本が、俺の足をとらえたのだ。
 って、やばい。

 そう思った次の瞬間、俺の全身をとんでもない激痛が襲った。

「ぎゃっ!」

 短い悲鳴が口から洩れる。
 電撃!?

「ストラグルバインド!」

 ユーノのストラグルバインドが再び飛ぶ。
 ストラグルバインドは触手をまとめて縛り引きちぎり、海に落ちてゆく。
 何とか触手の戒めを逃れた俺は、自分の体のチェックをした。

「ヴァン!?」
「大丈夫だ!」

 痛覚遮断のレベルを上げながら、俺は強がりを口にする。
 いや、大丈夫なのは本当だ。殺さない程度にダメージをいじっているらしく、痛みの割にダメージは少ない。何回も食らえば危ないが、一撃で落ちる事は無いだろう
 ったく、とことん性格が悪い。プレラを下すほどの力があるのだから、その気になれば俺なんて一撃で殺せるだろう。なぶり殺しにでもするつもりか?
 まぁ、好都合だと考える事にしよう。
 とにかく時間を稼がなきゃならないのだ。役に立たないとか、攻撃が通じないとかいっている場合じゃない。

 ユーノも俺の状況が分かったのか、それ以上何もいわなかった。ただ、ひたすら何かに集中をする。
 俺は再び、無謀とわかりつつも突撃を開始した。今の俺に出来ることはユーノを信じ、待つ事だけだからだ。 



 * * * * * * * * * * * * * *



 八神はやてと負傷した仲間を守るためにシグナムとヴィータの取った手段は我が身を盾にするという、ある意味単純である意味愚かな手だった。
 もっとも、二人とて好きでやっているわけではない。自分達が攻撃に転じれば、王を名乗る少女は容赦なく背後の負傷者に攻撃を仕掛けるだろう。愚かだとわかっていながら、我が身を盾にするしかない。それはある意味、プログラムだった彼女達が人になったと証拠なのかもしおれない。
 とはいえ、見ている身としてはたまったものではなかった。

「将、ヴィータ……主……」

 不慣れな防戦に身を削る騎士たちを、必死に魔法を組み上げているはやてを、リインフォースは見ていることしかできなかった。
 駆け寄りたい、助けに行きたい。だが、今の自分は崩壊寸前だ。ほんの少しのダメージでも、崩壊が始まるかもしれない。分離したはずの防衛プログラムと自分の状況に大差が無いとは皮肉な話だ。
 所詮、自分は……。

「リインフォース」
「大丈夫だ、ザフィーラ」

 ザフィーラの呼びかけに、リインフォースは我に返る。そうだ、自嘲している場合ではない。
 なんとかこの状況を打破する手段を考えねば。はやての魔法は素人とは思えない出来だが、あの自称王を確実に倒せるかどうかは未知数だ。
 今の自分でははやてにユニゾンするのはほぼ不可能、魔法も一回使えるかどうかで、戦力としては期待できない。

 一方、仲間の盾になっていたシグナムとヴィータだったがそろそろ限界が近い事を悟っていた。

「あとどれぐらいもつ?」
「正直あんまりもたねーな。シグナムは?」
「こちらもだ……」

 もともとヴォルケンリッターにおいて防御の担当はザフィーラだ。我が身を守るだけならともかく、背後の仲間を余裕を持って守れるほど二人とも防御に長けているわけではない。
 戦闘開始から数分で、二人は満身創痍だ。シグナムの騎士甲冑の上着は破れすでにどこかに飛んでいるし、ヴィータの赤いスカートも大きく避け太ももが露出している。全身傷だらけで、出血していないところを探すほうが難しいぐらいだった。
 シグナムは自分たちの状況、戦力を考え、はやてに聞かれないように小声でヴィータに確認をとる。

「主はやてのチャージまで持つか?」
「あたしだけならともかく……」
「そうか……」

 迷ったのは一瞬。

「ヴィータ。お前は自分と主はやての守りに専念しろ」
「行くのか?」

 言葉短めだが、シグナムの意図をヴィータは正確に読み取った。
 もはやこれ以上の防戦は無理だ。ヴォルケンリッターは夜天の書の主であるはやてを守るために存在している。ならば、主のために命を投げ出すのに何のためらいがあるだろうか?

「怒られるだろうがな……。考えていたよりはずっとマシな終わり方だ」

 はやてはたどたどしくではあるが、確実に魔力をチャージしている。
 しかし、残念ながらあの魔法が完成するよりまで自分たちがもたない。

「わかった。命にかえても、はやてには指一本触れさせねえよ」
「すまないな」

 二人は決死の覚悟を固める。
 特攻してでも、王を名乗る少女を止める。分担していた防御を一手に引き受ける。
 どちらも無茶としか言いようがない。だが、それは仲間を、家族を守る誇り高き決意だ。

「ではな、ヴィータ」
「じゃあな、シグナム」

 二人は別れの言葉を口にすると、すぐさま行動に移ろうとする。

 だが……。

「ふん、大人しく我が裁きを受けて入れていれば、このまま楽になれたものを」

 二人の行動が変わったことを敏感に察知した王を名乗る少女は、すぐさま行動を変える。
 痛めつけるための魔法の雨を瞬時にやめると、瞬時に膨大な魔力を編みこんでゆく。

「まあ、我も塵芥に構うのはそろそろ飽きた。ほかの塵芥どもの相手をしなければならないのでな」

 星光の殲滅者や雷刃の襲撃者が相手にしている連中もそうだし、その他の雑魚ども。さらには、砕けえぬ闇を操ろうなどと不遜なことを考えている紛い物の出来損ないを殺さねばならない。
 そう砕けえぬ闇は我のもの、闇は我にこそふさわしい。そう、我こそは闇統べる王なのだ。

「さあ、闇統べる王の前に砕け散れ、塵芥!」

 王の剣の名をもつ魔法が、放たれる。 そこにあったのは、圧倒的な暴力だ。

「なっ!」
「しまった!」

 膨大な魔力の奔流が、特攻を決意した二人に……。

「そ、そんな!?」

 魔力をチャージするはやてに……。

「風の盾が……砕ける!?」

 さらに後方にいるシャマルたちに襲いかかる。

「マスター!」

 リインフォースの叫びが、閃光の中に消えていった。



 * * * * * * * * * * * * * *



「へえ、しぶといね」

 盟主の奴が人を小馬鹿にするが、もうそれに反応などできなかった。
 攻防……いや、俺は一方的に奴に嬲られていた。何度も突撃し、攻撃を喰らう。その都度ユーノがストラグルバインドやシールドなどでフォローしてくれてはいたが、そろそろ限界っぽい。
 先ほどイオタに治療してもらったが、その治療前よりも酷い状態だ。既にバリアジャケットの胸鎧は砕け剥奪し、左足や右腕の部分は破け、皮膚は裂け流血している。
 ユーノからの合図はまだ来ない。

 時間を稼がないと……。

 俺はそれ以外の思考を強引に考えないようにすると、再びデバイスを構えた。
 既にデバイスからフォースセイバーは消してある。ぶっちゃけ、通用しないなら魔力の無駄だ。

「いくぞ……」

 俺は盟主に向かい突撃する。
 触手が来る。何度も突撃していると、攻撃パターンの推測が出来るようになってくる。
 避ける、かわす、回避する、受け流す、止める、回避する。
 捕まりそうに何度もなるが、今までで一番置くまで進む。

「本当にしぶとい」

 盟主が呆れながら、その手に魔力光を集める。
 ついに防衛プログラムだけじゃなくて、自分でも攻撃を仕掛けてきたか。

 赤黒い魔力光の砲撃が放たれる。
 周囲に触手がある。回避は無理だ。俺はシールドを張る。
 シールドに砲撃がぶつかる。耐えられない。

 俺はシールドの強度を一瞬だけ強めると、自分から後ろに飛ぶ。
 爆発。
 なんとか爆発からは……。だめだ、衝撃で三半規管が……。触手が……。

「ストラグルバインド!!」

 ユーノの魔法が再び飛ぶ。俺に襲い掛かっていた触手がまとめて砕け散った。
 再び、盟主への道が開かれる。突撃を……。
 避ける、避ける、かわす、回避する、受け流す、止める、回避する。

「やれやれ、そろそろ介錯してあげるとするか」

 されてたまるか。
 奴の手に魔力光が……。

 少しはなれたところで3回、大きな爆発音が聞こえてきた。
 恐らくはなのはたちの戦いだろうが、俺にはそれを見ている余裕なんて無い。

「ストラグルバインド!」

 その爆音が合図だった。
 ユーノのバインドが、盟主に向かって飛ぶ。

「無駄だよ」

 盟主は片手でストラグルバインドを弾き飛ばすと、俺に向かって魔法弾を……って、え?

「こ、これは?」

 盟主が驚きの声を上げる。
 叩き落したはずのストラグバインドが……あ、いや。それだけじゃない。無数のストラグルバインドが海中から飛び出してきたのだ。一本や二本じゃない。それこそ何十本というバインドが防衛プログラムを拘束してゆく。
 って、どこから? てか、まともな人間が一度に出せる数じゃないぞ!?

「まさか、先ほどまでのバインドがまだ生きていた!? いや、防衛プログラムの魔力を使って維持していたのか!?」

 盟主がご丁寧にも説明してくれる。
 そういうことか、先ほどまで俺の援護に使っていたバインドは全てこのためか。普通に準備をすれば気付かれるので、俺への援護と言う形を取っていたのか。
 俺を援護する傍ら、ユーノはずっとこのトラップを張り続けていたのだ。しかも、長時間維持を続けるために防衛プログラムを構成する魔力を奪うように構成をいじって……。
 いや、燃料である魔力は防衛プログラムから奪えても、バインドの維持自体はユーノ自身が行わなきゃならない。控えめに言っても人間業じゃない。

 防衛プログラムを拘束する魔力の縄はどんどんその数を増やしてゆく。それに伴い、魔力を奪われた防衛プログラムの殻にひびが入り始める。

「これはさすがに……」

 さらに、バインドは防衛プログラムだけではなく、盟主すらも拘束しようとその手を伸ばす。
 バインドから逃れるべく、盟主は防衛プログラムを蹴ると宙に逃れた。

「ヴァン! 今だ!!」

 砲撃……だめ。射撃……論外。結局、通じそうな魔法はこれしかない。

『Force Saber Second』

 俺はデバイスに魔力剣を纏わせる。対プレラ相手にユーノが作った魔法だ。バリア貫通能力は、これが一番高い。

「合わせて」
「わかったぁ!」

 ユーノの声に、俺は残った力のすべてを振り絞る。
 ユーノが作ってくれたチャンスなのだ。これを無にしてどうする。
 俺とユーノは気合の叫びを上げ盟主に肉薄する。
 魔力剣が、ユーノの拳が、盟主の張ったシールドにぶつかり、火花を散らす。恐らくこの時初めて盟主の意識が俺たちに向いたのだろう。彼女の表情が、そう如実に語っていた。

「うぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
「でやぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 正しく捨て身だった。
 だけど……。

「力不足だね」

 盟主は平然と俺たちを嘲った。

「まぁ、少しだけ驚いたかな。でもね……終わりだ」

 次の瞬間、ユーノの懐で爆発が起こる。

「うわぁぁぁぁ!」

 盟主が何をしたのかさっぱりわからないが、わかったのはユーノが大きく弾き飛ばされたということだ。
 さらに、やつの手は俺に迫る。
 って、まずい。今の状態であれを食らったら……。

「よく頑張ったほうだよ。さあ、ゆっくりと休むがいい」

 盟主の手に魔力が集まる。赤い魔力がどんどん膨らんでいく。
 このままじゃ犬死? フルドライブ? だめだ。今日はもう使えない。 カートリッジ? もう使っている。 ほかの手段は、ほかの手段は……。
 いや、まだこの手が!

「まだまだっ!」

 俺はデバイスから片手を離すと、腰につけていたカートリッジ制御装置に手を触れる。
 もともと俺じゃ扱いきれないカートリッジの魔力を、この機械で制御していたんだ。これがなくなれば魔力は暴走を開始する。前に暴走した時は低レベルの砲撃魔法でもクロノさんの防御を突破できたのだ。盟主といえどもこいつで自爆をすれば……。

 俺は腰のベルトから、制御装置をむしりとろうとした。

 不意にユーノの姿が俺の視界に入る。吹っ飛ばされまだ残っていた氷柱に叩きつけられたユーノは、何とか体を起こそうともがいている。
 あいつもこの装置のことは当然知っているはずだ。自爆してでも、盟主をここで止めなきゃ、きっと更なる悲劇がおこる。

 その時だった、俺とユーノの視線が合った。

 その視線は、何か訴えているようで……。



 * * * * * * * * * * * * * *



 闇統べる王の砲撃をなんとかやり過ごしたシグナムは、慌てて周囲を見回した。
 ヴィータは、いる。シャマルや、ザフィーラの姿もあった。リインフォースも、ザフィーラに庇われたのか、健在だ。咄嗟に、全員が防御をしたのだろう。だが……。

「は、はやてが……いない」

 ヴィータが呆然と呟く。

「そ、そんな……馬鹿な」

 ヴィータの呟きに、シグナムが何度も周囲を見回す。
 たしかに、はやての姿だけはそこに無い。

「滑稽だな、塵芥。あれだけ大口を叩いておいて、主を守れないとは。いや、あの程度を防げぬ力なき主を哂うべきか」

 闇統べる王の嘲笑に、誰も答えられなかった。

「所詮貴様らは闇の眷属よ。温かい未来、そんなもの貴様らには存在せぬ。さあ、闇に……」
「黙りなさい」

 聞くに堪えない少女の言葉を遮ったのは、リインフォースだった。

「主を失ったガラクタが何を言う」
「主を失った? 何を言っているのですか、貴方は? 私たちは主を失ってなどいませんよ」

 ついに正気を失ったか。
 闇統べる王は嘲笑と憐憫をにじませリインフォースに問う。

「ほう。ならば貴様の主とやらはどこにいる」
「主ならばここに……」

 片手を自らの胸に添えるリインフォースを、闇統べる王は華で笑う。自分の心の中にいるとでも言う気か?
 そう問いかけようとした闇統べる王だったが、次に聞こえてきた声に絶句をした。

『おるで!』

 そう元気よく答えたのは、夜天の主、八神はやてだったからだ。

「なっ!」
『さあ、皆待たせたな』

 リインフォースより聞こえてくるその言葉と共に、彼女の腕の中に巨大な魔力が集い始める。
 先ほどからずっとはやてがチャージを続けてきた魔力だ。

「ば、ばかな! な、何故ユニゾンできる!? そんな余力、残っていなかったはず!」

 その現象が何か、闇統べる王はすぐにわかった。確かに、リインフォースの髪の色が、魔力の色が、かわっている。
 たしかに、あの現象はユニゾンだ。咄嗟に、はやてとリインフォースはユニゾンしてあの砲撃をやり過ごしたのだろう。
 それはわかる。わかるのだが、問題はリインフォースにユニゾンするような余力など残っていなかったはずなのだ。

「確かに、私にユニゾンができる力など残っていなかった」
『だから、私が、リインフォースにユニゾンしたんや』

 あの時、砲撃に飲まれそうになったはやてを、リインフォースは最後の力を振り絞り庇おうとした。
 最後の力を振り絞れば、はやて一人なら守りきれる。そう考えての行動だった。
 その自己犠牲の精神に、はやては怒った。一緒に生きたい。そう願った。生き延びよう、そう足掻いた。

 ほんの一瞬、砲撃が二人を飲み込む寸前にはやてが思いついた手段。それがこのユニゾンだった。

『今まで好き勝手してくれたなぁ。だけど、コレでおしまいや!』
「夜天の主とその翼が、闇の運命を終わらせる!」

 リインフォースの手に夜天の雷が集う。

「くっ、塵芥! 王を謀ったな!」

 闇を統べる王が、それに対抗するべく自らも最大火力の砲撃魔法であるエクスガリバーを発動させようとする。
 だが、それを許すヴォルケンリッターではなかった。

「これ以上好きにはさせん!」
「終わりだぜ、ニセモン!」

 シグナムとヴィータが高速で肉薄すると、それぞれの武器を振るう。
 ベースがはやてである闇統べる王はそれを回避する事が出来ず、大きく跳ね飛ばされる。

「ぐああっ!」

 それでも体勢を立て直そうと、必死にもがく。
 だが、そんな彼女の動きを封じるように、魔力の楔がその四肢を拘束する。

「終わりだ、王を僭称するものよ!」

 ザフィーラのバインドか。こうなっては簡単には動けない。闇を統べる王は防御のためにシールドを張ろうとする。
 だが、それすらも彼女には許されなかった。

「こ、これは!?」

 胸から女の手が生えてきているではないか?
 それがシャマルの得意とする旅の鏡だとすぐに気がつく。

「捕まえた……」

 リンカーコアを摘出された苦痛に、闇を統べる王は悲鳴を上げる。

『行くよ! リインフォース!』
「はい! 我が主」

 そして、完全に拘束された闇統べる王にとどめを刺すべく、リインフォースとはやては最後の一撃を解き放った。
 闇の雷に、闇統べる王が飲まれてゆく。

「ば、馬鹿な。我が、我がぁ……」

 断末魔の叫びを上げる孤独な王に、リインフォースの中にいるはやては少しだけ悲しそうな表情を浮かべ小さく呟いた。

『絆の力を侮った罰や……。ごめんな、助けてやれんで……』



「速さなら、ボクの勝ちだ……」

 雷刃の襲撃者の言葉を、フェイトは静かに受け入れた。
 確かに、速さでは勝てなかった。彼女の肩に突き刺さった、雷の刃がその証だ。雷刃の襲撃者は雷の刃を引き抜いた。
 傷口から鮮血が噴出し少女たちの顔を赤く染める。
 その痛みに耐えながら、フェイトは雷刃の襲撃者にこう言い返した。

「だけど、この勝負は私の勝ち……」

 たしかに、フェイトの肩口は大きく切り裂かれている。浅い傷ではないが、致命傷でもない。
 一方の雷刃の襲撃者の胸には、バルディッシュザンバーの刃が、深々と突き刺さっていた。

「ははは、まさか、こんな手でやられるとはね……」

 非殺傷設定とはいえ魔法生命体、それも急ごしらえの雷刃の襲撃者にとっては致命傷だ。
 背後によろけながら、雷刃の襲撃者は胸の傷ではなく、背中に目をやる。
 そこには、先ほどフェイトが放ち、宙に消えていったはずのプラズマランサーが数本突き刺さっていた。フェイトが放ったプラズマランサーは不発だったのではない。空中で進行方向を変え、最後の突撃の瞬間に雷刃の襲撃者に襲い掛かったのだ。
 その衝撃が雷刃の襲撃者の動きを鈍らせ、フェイトを勝利に導いたのだった。

「貴女とは経験が違う」
「そのようだね……」

 フェイトの言葉を雷刃の襲撃者は素直に認める。
 雷刃の襲撃者の経験は、実際のところ闇の書としての経験に他ならない。これが完全なフェイトのコピーなら同じ手を思いつけたかもしれない。だが、雷刃の襲撃者としてのパーソナリティを得た瞬間から、フェイトの経験と闇の所の経験は他人の経験、教本となってしまったのだ。
 高町なのはという親友にして好敵手だった少女との戦いを経て、さらにはクロノとの訓練やテロリストとの戦闘経験があるフェイトのほうが、若干ではあるが戦術に幅があった。
 魔法を単体でしか使えなかった雷刃の襲撃者と、突撃の複線として準備できたフェイト。結局、勝敗を分けたのは経験の差だった。

「君が勝者だ。君は飛べ、僕は落ちる」
「わかった」

 雷刃の襲撃者は勝者を讃えると、静かに目をつぶる。フェイトも、消え行く雷刃の襲撃者の言葉に、静かに頷いた。
 この傷では、戦うどころか自分を維持することもできやしない。闇の書の頁に分解されてゆく体を必死に維持しながら、雷刃の襲撃者は言葉を紡ぐ。

「だけど、ボクはいつの日か必ず復活する」

 そう、それほど遠くない未来、必ずや自分は復活する。
 そして、その時こそ……。

「必ずや君を倒し、その時こそ僕は再び飛ぶ! そして、始まりの来訪者を、生贄のなり損ないを打ち砕き、今度こそ新たな王となる! その時まで……」

 雷刃の襲撃者は目を見開き、真正面のフェイトに宣言した。
 否、宣言しようとした。

「あれ?」

 だけど、そこにフェイトはいなかった。
 思わず間抜けな声を上げ、雷刃の襲撃者は周囲を見回す。
 フェイトは、すぐに見つかった。倒した雷刃の襲撃者の事などほっといて、防衛プログラムがいる主戦場に向かっているじゃないか。
 そういや、高速で飛び回ってずいぶんと距離が開いたな……でも……。

「ちょ、ここはボクの最後の言葉を聞くところだろ! ちょ、おま、まてー、こらー!」

 必死に叫ぶが、ずいぶんと距離が開いてしまったため、もう聞こえないらしい。
 しかも、緊張感が途切れたのか体の崩壊がどんどんと進んでいくじゃないか!

「まてまてまて、こ、これで終わり? そ、そんなぁ~!」

 こうして、ちょっぴり情けない悲鳴を上げながら、雷刃の襲撃者は空中に消えていくのだった。




「ブラストファイア!」

 星光の殲滅者を前に、なのはは一歩も動かなかった。
 普通に撃ち合えば、威力、連射性、精密さ、そのすべてにおいて星光の殲滅者は高町なのはを上回っている。真正面から撃ち合えば、敗北は必至だ。
 だが、彼女が自分と同じタイプの魔導師なら、必ず隙が出来る。

 迫りくる桜色の魔力の本流を前にしても、なのはは一歩も動かなかった。
 普通に避けてはだめだ。ギリギリまで引き付けなきゃ……。

『Master!』

 レイジングハートが警告を発する。
 回避行動に移らなければ避けられない。レイジングハートが必死に訴える。
 だが、そんな相棒に対し、なのはは自信を滲ませ応える。

「大丈夫だよ、レイジングハート……」

 なのはの脳裏に過ぎったのは、高町家での日々。姉との訓練。
 軽いレクリエーションレベルではあったけど、あの訓練は確かになのはの中で血となり肉となっていた。

 なのはは姉の動きを思い出す。彼女はなのはの魔法を常に最小の動きで回避していた。本気になって走り回っていれば回避できないはずなかったのに、あえて最小の動きにこだわっていた。
 理由はおぼろげながらわかる。彼女は常になのはの姿を視界に収めていた。いつ何時も“反撃”できるように備えていたのだ。

 迫りくる砲撃を、なのははしっかりと見据える。

 恐怖が無いわけではない。あたりまえだ、高町なのははごくごく平凡な小学3年生の女の子だ。怖くてたまらない。
 でも、それよりも、ここで負ければ大切な人が、愛している人たちが傷つく。そちらのほうがずっと怖い。
 家族を、友達を、アースラの人たちを、フェイトを、はやてを、ユーノを、ヴァンを思い浮かべる。
 譲れない。この思いを、皆の未来を譲るわけにはいかない。
 その思いが、なのはの不屈の心を燃え上がらせる。

「いくよ、レイジングハート!」
『All right』

 桜色の魔力光は、今まさになのはを飲み込もうとしている。
 なのはは光に向かい突き進む。狙うは最小での回避。

「……!」

 ちりちりと魔力のすさまじさが伝わってくる。強引な機動に、全身が悲鳴を上げる。
 避けきれなかったスカートの一部が大きく裂け、太ももまで露出させた。
 すれ違う時間は一瞬のはずなのに、何分にも何時間にも感じる。

「ギリギリでかわしましたか……でも」

 なのはの捨て身ともいえる回避を、星光の殲滅者は賞賛した。
 すばらしい動きだ。自分があれと同じ動きができるかと問われれば無理だと答えるだろう。
 だが、それだけだ。
 確かに無駄の無い動きに見えるが、一歩間違えれば即死につながりかねない危険な動きだ。そんなものを"理”のマテリアルである自分にはできない。そして、無理をしてでもやらなければならない動きではなかった。
 星光の殲滅者はそう結論付ける。

 その考えこそが、二人のわずかな違いであり、勝敗を分ける鍵だった。

「ジェノサイドビット、ブレイクシュート!」

 星光の殲滅者はビットに魔力を注ぎ込む。一斉に使えば威力の増幅を、別々に使えば砲撃の弱点である連射速度をカバーできる。これがこの装備の強みだ。
 次々に放たれる砲撃を、なのははやはり最小の回避で回避し続ける。

 もっとも、ギリギリの回避だ。完全に回避することは不可能だ。

 光の粒子に焼かれ、肩がむき出しとなる。胸のリボンがちぎれどこかに飛んでゆく。
 左の髪を縛っていた飾り紐が吹き飛ばされ、髪の一部が光に飲み込まれる。
 一瞬でも気を抜けば、光の中に吸い込まれる。
 それでも、なのはは耐え続けた。

 そして……。

「レイジングハート!」
『Flash Move』

 なのはは加速魔法を発動させる。 

「エクセリオンバスターA.C.S……ドライブ!」
「0距離射撃ですか……、ですが悪手です!」

 光の矢となって特攻してくるなのはを見ても、星光の殲滅者はあわてる事なく砲撃で応戦をした。

「ブラストファイア!」

 あの速度では精密な動きは不可能、直撃コースだ。かわせまい。
 桜色の光に飲み込まれてゆくなのはを見て、星光の殲滅者はこの戦いの決着を確信した。

 だが……。

「なにっ!?」

 次の瞬間、星光の殲滅者の目が驚愕に見開かれる。
 そこには、砲撃を切り裂きこちらに迫ってくるなのはの姿があるではないか!?

「砲撃の撃ちすぎだよ! 星光ちゃん!」

 そう、なのはが待っていたタイミングはまさにこれだった。

 強力無比な砲撃魔法ではあるが、決して無敵でも万能でもない。むしろ、その強力さゆえに弱点も多いのだ。
 それはチャージ時間であり、射撃後の隙の大きさであり、魔力消費の大きさであった。星光の殲滅者がどれほど強大な魔導師であっても、この弱点は変わらない。少なくとも、先ほどまでの激突で同じだとなのはは思った。
 ならば、砲撃魔法を撃った直後こそこちらの最大の攻撃のチャンス。
 無論、星光の殲滅者とて凡百の存在ではない。砲撃魔法の弱点など百も承知だ。それゆれのジェノサイドビットでの連射であり、自らの魔力残量にも常に気を使っている。魔力切れを起こせば、どれだけ優れた技量、装備を持っていても意味が無い。
 それでも魔力が弱まる時が確かにあった。
 それを、なのはは見逃さなかったのだ。そして、そのタイミングを逃さぬよう、危険を承知で最小の動きで回避し続けたのだ。

「いくよ! ブレイク……」
「させません!」

 二人の少女がぶつかり合う。
 星光の殲滅者は咄嗟にシールドを展開する。
 レイジングハートの先端がシールドにぶつかる。

「シュート!!」

 次の瞬間、ひときわ強い閃光が二人をつつんだ。



「敗れましたか……。強いのですね、あなたは」

 爆煙の内より、星光の殲滅者が姿をあらわす。
 全身傷が無いところは無く、デバイスにはひびだらけだ。その姿は無残としか言いようが無い。
 だが、その表情は不思議と晴れ晴れとしており、闇の眷属はとても見えないほど優しげであった。

「ううん。あなただって」

 遅れて爆煙よりでてきたなのはも太ももや肩がむき出しで、縛っていた髪もほどけており、勝者とは思えないひどい姿だった。

「ああ、私は消えるのですね……」

 全身の傷から血の代わりに魔力が流れ出る。体の端々が頁へと戻っていく。 
 消滅の時が迫っている。それでも、彼女の優しい微笑みは消えない。むしろ、それを見つめるなのはこそ辛そうだった。

「うん……。ごめんね」
「なに、強い戦士と戦って敗れたのです。生まれた甲斐はありましたとも」

 お世辞でもなんでもない。星光の殲滅者の偽りの無い本心だった。
 生まれてからたった十数分でも、これほど充実した戦いができたのだ。闇の所の一部として長き時を生きていた間よりも、ずっと生を感じられた。
 むしろ、高町なのはという少女に感謝の念を抱いたぐらいだ。

「うん……ありがとう」

 消滅する事に後悔は無い。どうせ急ごしらえ、仮初の命だ。
 だが、彼女と二度と戦えない事は、会えない事だけは未練がある。その思いが、星光の殲滅者に言葉を紡がせた。

「もし、次に見える事があれば、今度はきっと決して砕け得ぬ力をこの手にして、あなたと戦いたいと思います」
「ん……。待っている、とは言えないけど」
「ふふふっ……、でも、気をつけて。来訪者……、世界を歪める病魔は、高町なのはにとって一番の敵となるでしょう」

 来訪者……。かつて闇の書であり夜天の書であった彼女たちが戦った敵、世界を歪める病魔あるいは寄生虫。記憶を改竄された守護騎士や融合騎は覚えていないだろうが、書の一片だったマテリアルは微かながら記憶している。
 最も忌むべき“始まりの来訪者”はまだこの世界に具現化していない。だが、いずれは彼女たちの前に立ちふさがるだろう。そして負ければ、彼女が愛しいと思った少女は消えてしまう……。
 いや、そうでなくともなり損ないや、壊れた聖女がすでに相対している。茨の道には代わりが無い。

「それって!?」

 聞き覚えの無い言葉に、なのはが反応する。
 星光の殲滅者はそれを伝えようとして……、これ以上伝えられないことに気がつく。あの忌々しいなり損ないがキーワードをブロックしているのだろう。
 それに、これ以上自分を保つのも難しい。名残惜しいがここまでだ……。

「私に伝えられることはこれだけです。
 次に私と戦うまで、あなたの道が、勝利に彩られますように。それでは……さらばです」

 だが、どれだけ困難があろうとも、この少女はきっと負けないだろう。理屈では説明できなくとも、星光の殲滅者はそう信じ、高町なのはの勝利と彼女との再戦を祈り消えていった。
 
「不思議な子だったな……」

 星光の殲滅者のいた場所を見つめながら、なのははそう呟く。だが、次の瞬間まだ終わっていないことに気がついた。
 そう、悲しみの根源は未だ終わっていないのだ。



 * * * * * * * * * * * * * *



 ユーノと視線があった瞬間、俺は腰にあった制御装置から手を離した。
 なぜかと言われると困るのだが、そうするべきだと強く思ったからだ。

 いや、はっきりと言おう。そのときユーノの目が、自分を信じてと訴えているようで、ここで自爆したらきっとユーノとの友情が終わってしまう。そう感じたからだ。

 とにかく、俺は自爆ではなく次の手を考えた。
 次の一手はユーノが考えている。あいつは負けるような手は考えない。ならば、俺に出来ることは……。

「カートリッジロード! ブレイク!」

 俺は通じない事を覚悟で、フォースセイバーを爆発させた。
 カートリッジで増強した爆発に俺は後方に吹き飛ばされる。むっちゃ痛いが、歯を食いしばって耐える。
 次の瞬間、俺がそれまでいた場所を赤い閃光が通り過ぎた。

「へえ、避けたか」

 爆煙ごしに、盟主の声が聞こえる。爆発の衝撃で奴も後退して若干のかすり傷はあるけど、ダメージって言うほどじゃない。傷つくぞ、正直。
 こっちは自爆同然の回避で、かなり大ダメージだ。直撃や正真正銘の自爆よりかはマシだが、正直きつい。

「だが、次はどうするのかな。もうバインドは解けるよ」

 盟主の言うとおりだ。防衛プログラムを縛っていたユーノのストラグルバインドは徐々に引きちぎられつつある。
 防衛プログラムが蓄えている魔力はストラグルバインドで何とかできるレベルをはるかに超えていた。魔力を強制放出させるストラグルバインドといえども、放出させる値には限界があるのだ。
 
 普通に考えれば大ピンチだ。だが、それだが盟主の言葉に何のあせりも感じてなかった。
 不思議と何とかなる、そう考えていたのだ。
 そしてそれは、間違いなかった。

「こうするのさ」

 声は、俺たちの上、上空から響いてきた。声の主は、クロノさん!?
 次の瞬間、防衛プログラムが巨大な氷柱に飲み込まれた。

「クロノ・ハラオウン!? まさか、こんなに早く!?」

 このとき、盟主が始めて驚きの声を上げる。
 いや、俺も驚き顔を上げようとするが、それよりもはやくフラフラな俺を誰かが支える……。

「お前最近怪我が多くないか?」
「ティーダさん?」
「よっ、待たせたな」

 てか、コピーと戦ってたはずじゃ?
 こんな短時間で決着が?

「僕はあそこまで弱くはない。もっとも、一人ならもう少し梃子摺ったかもしれないけどな」

 クロノさんの言葉に、俺はあわててコピークロノとコピーティーダの姿を探す。
 いた。二人のコピーは、緑色の鎖に縛られもがいていた……って、ユーノのバインド?

 ここにいたって、俺はユーノの立てた作戦をようやく把握する。あいつ、あんな威勢のいい事を言っておきながら、始めから二人で何とかしようなんて考えていなかったのだ。
 ようは、盟主の意識を俺たち二人に向けさせる。それだけに意識を向けていたのだ。
 俺とユーノ、あとはシャマル以外なら、この場にいる誰でも防衛プログラムを崩壊させるだけの攻撃力を持っている。とはいえ、俺やユーノが誰かの援護に回り自由に動けるようにする事は盟主の妨害で出来なかっただろう。
 盟主が妨害する事の出来ない一瞬を作る。それがユーノの目的だったわけだ。
 二人で何とかしなきゃならないなんて考えた俺が馬鹿みたいだ。いや、頭の出来の違いか?

【ヴァン、ティーダさん! 盟主を吹っ飛ばして!】

 ユーノの無茶な注文が俺の脳裏に響く。
 ったく、了解だ。

「おう! ヴァリアブルシュート……、フルファイア!」
「フォースセイバー! いっけー!!」

 俺とティーダさんは盟主に向かいそれぞれの攻撃を飛ばす。光の剣と魔法弾は盟主のシールドに当たると大きな爆発を起こした。
 二人がかりの攻撃に、防衛プログラムの近くまで盟主が吹き飛ばされる。それと同時に、クロノさんの魔法が完成した。

「闇の書の呪われた運命は、ここで終わらせる」
『Eternal Coffin』

 次の瞬間、目を開いているのもきつい、それほどの氷の嵐が辺りを包む。
 あたりが白く、ただ白く染まってゆく。

「こ、この威力は!?」

 盟主の声が、嵐の向うから聞こえてくる。
 クロノさんが澄ました声で答えた。

「二度目なんだ。コツはだいぶつかんだ」

 ちょ、そういえばデュランダルを使ったのって、今日が初めてだったよな。
 てか、さっきのあれ、ぶっつけ本番で使ったのかよ!? いや、そういや、闇の書封印用だから、この威力なのか?
 俺が驚いている間にも、盟主と防衛プログラムがどんどんと氷の中に封じられてゆく。

「終わりだ。砕け散れ!」

 クロノさんが終焉を宣言すると同時に、氷の柱が砕け散る。
 そして、防衛プログラムは今度こそ、完全に砕け散った。



[12318] A’s第13話(1)
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:09864760
Date: 2011/02/18 03:26
A’s第13話(1)



「うひゃー、派手だね……」

 海上に吹き荒れる白い嵐を砂浜で眺めていたセインは感嘆の声を上げた。

 セインはスカリエッティが生み出した戦闘機人の一人だ。今回は任務であるシャトルに潜伏していたのだが、なんともひどい目にあった。
 本来の任務は高町なのはを監視するだけだったはずだった。クアットロの悪趣味な計画修正はいつもの事なのでどうでもいい。今時漫画でも見られないような告白シーンに出くわしたのは予想外だったが……。まぁ、これもどうでもいい事だ。
 問題はこの後だ。
 闇の書の覚醒による巨大転移魔法にシャトルが巻き込まれたのは予想外だったし、ぶっ放された氷結魔法により危うく封印されかかりそうになったのはさすがに参った。
 封印寸前でシャトルから抜け出せたのは単純に運が良かったからだ。ディープダイバーの能力で海に逃げ込まなければ今頃冷凍保存されていただろう。実際、シャトルに残っていた乗組員はとばっちりで封印されていた。
 そして問題はもうひとつ。逃げる途中でおかしなものを拾ってしまった事だ。
 本来なら放置しておくのだが、一人が姉妹の知り合いで、もう一人がアニメに自分たちの味方として出ていたため、思わず助けてしまったのだ。

「おい、でっかいの、目をあけろよ……。でっかいの……」

 セインはピクリとも動かない少年にしがみついて泣きじゃくる小さい少女を見ながら、どうしたものかと考える。
 まあ無理もない。盟主とやらの攻撃は相当なレベルだった。生きているだけでも不思議なくらいだ。
 もっとも、そんな事を褒めてもこの小さい少女……アギトにはなんの慰めにもならないだろう。

【セイン、無事か?】

 ほんと、どうしようかあ。そんな事を考えていたセインに、姉妹の一人から通信が入ってきた。

【あいよー、トーレ姉。あたしは無事だよー】
【そうか。クアットロ以外の無事は確認できた】
【クア姉は一足先に帰ったよ。目的のブツは手に入れたからね】
【そうか。ならば全員無事か】

 元々クアットロは目的の品を手に入れたら直ちに帰還する計画だった。彼女がここにいない事はなんら問題ない。
 
【いや、全員無事というか、無事じゃないのが一人……】
【どうした? バイタルデータは問題ないようだが、どこかに不具合が?】
【いや、ちょっと妙なものを拾っちゃって……】

 セインはそう言うと、通信モニターに倒れた少年……プレラと泣きじゃくるアギトを映した。

【プレラか!? それに……!?】

 その光景に、トーレは驚きの表情を浮かべる。
 プレラほどの魔導師があそこまで大きなダメージを負っているというのも驚きだが、それ以上にあの融合騎、アギトの存在があるとは予想していなかった。
 聖王教会が融合騎を秘匿しており、闇の書の管制人格の代用品として使うつもりだったのは知っていたのだが、まさかプレラと関係があろうとは……。
 ここはどうするべきか……。トーレは一瞬だけ考え、すぐに結論を導き出す。
 強力な魔導師に恩を売るのも、貴重なオリジナル融合騎を得るのも、さらには来訪者のサンプルを手に入れるのも、どれをとってもドクターにとって損では無いはずだ。
 どのみち、管理局から逃亡しなければならないのだ。ついでに二人を連れ出すくらいは、大した手間ではない。

【セイン、動かせそうか?】
【大怪我はしているけど、大丈夫だと思うよ】
【ならば、二人も一緒に連れていけ】
【りょーかい】

 連れて行くこと事態は、セインに不服は無い。一度助けた手前、このまま放置していくのは目覚めが悪いと考えていたところだ。
 だが、まさかトーレから連れて行くよう指示を出されるとは想像していなかった。てっきり、捨てていくように言われるか、最悪処分を命じられるかと思っていたのだ。
 良くも悪くも武人肌のトーレが、あんな事を言い出すなんて。そういえば、あの表情は……。

 まさぁ、まさか……。

「おーい、そっちのちっこいの。ここはもうすぐ管理局が来るから逃げるぞ~」

 まさか、あのトーレに春が? でも、たしかこの少年が助けたのはディエチだったず? 普通フラグが立つならそっちだ。それとも、彼女に何か思う事があったのか? 姉妹でのどろどろの三角関係?
 そんな事実は欠片も無いのだが、つっこむ人がいない為にセインの思考がどんどん暴走していく。先ほどシャトルでの出来事に毒されているのかもしれない。
 この勘違いは後々まで尾を引き、姉妹でのドタバタ劇につながりるのだが、それはまた別の話だ。



 * * * * * * * * * * * * * *



 俺たちの仕事は戦って敵を倒して終わり……というわけではない。
 むしろ、戦いが終わった後のほうが後始末で忙しい事が大半だ。

「とんでもない数の逮捕者だな……」

 そう思わずぼやいたのはクロノさんだ。頭の包帯が痛々しいが、そんなことに構ってられないぐらいに今回の逮捕者数は多かった。
 聖王教会がこんな馬鹿なことをするなんて想定してなかったからなぁ……。
 ちなみに俺もミイラ男一歩手前なのだが、人手が足りない関係でクロノさんの執務室に引っ張り込まれた挙句書類整理を手伝わされている。
 ちなみに、比較的怪我の少なかったティーダさんは外で戦闘エリアの調査、ユーノはリインフォースの検査に立ち会っており、なのはとフェイトははやての付き添いをやっていた。

「ヘイローズがいてくれて助かりましたね。アースラだけじゃ収容できませんよ、この数は」
「まったくだ。それにしても、最終的な逮捕者数はどれだけになるんだか……」

 俺もクロノさんと同じ資料を見ながらため息をつくと、気を取り直して書類を片付けてゆく。
 時の庭園での戦いでの逮捕者数はアースラの収容人数を超えていた。いや、スペース的には問題ないのだが、局員の負傷者が多すぎて監視する人数が足りない。付近を巡航中だった次元航行艦ヘイローズから警備の人員を回してもらえなければ、相当厳しい状況になっていたはずだ。
 それと……。

「プレラと、青いボディスーツの女達は全員逃亡ですか……」
「ああ」

 盟主に撃墜され海に消えたプレラはいつの間にか姿を消していた。途中まではアースラの探知機にひっかっていたのだが、忽然と姿を消したらしい。追おうにも俺達は防衛プログラムと戦闘中でどうする事も出来なかったのだが……。
 さらに厄介な事に、3人いた青いボディスーツの女達も全員姿を消したらしい。ついでに、時の庭園外部で俺達が交戦した丸っこい機械もいつの間にか消えていた。
 希代のマッドサイエンティストの生み出した戦闘機人とSランク魔導師が一人。厄介極まりない。

 まぁ、無論悪いニュースばかりではない。防衛プログラムはクロノさんのエターナルコフィンで完全に破壊できたし、なにより……。

【クロノくん。盟主が封印された氷柱の収容を完了したわ】
「了解だ、すぐヘイローズに向かう」

 そう、最後の最後で事態を引っ掻き回してくれた盟主が氷結封印された状態で発見されたのだ。
 心配事の一つを捕まえる事が出来たのは喜ばしい事だが、反面で盟主をどうするかと言う問題が発生した。
 どこをどうやったのかは知らないが、闇の書の防衛プログラムを自在に操るような化け物だ。下手に封印を解いて暴れられたら手が付けられない。とはいえ、氷結封印は常温ではあまり長持ちせず、それ用の施設か氷結世界に持っていかなければならない。
 結局は封印解除せずに管理世界まで運び、そこで封印解除、尋問を行う事になった。
 んで、その盟主入りの氷柱を中破状態のアースラに運び込むわけにも行かず、運搬は次元航行艦ヘイローズが引き受ける事になった。

「ヴァン、書類仕事は一旦切り上げだ。僕はヘイローズに行って来るから、君ははやてたちの様子を見に行ってくれ」
「医務室ですね。了解です」

 執務室でまとめていた書類をまとめると、クロノさんは席を立つ。俺も手元にあった資料を閉じると席を立った。



 医務室に行くと、イオタとレインさん。それにベッドで上半身を起したリインフォースの姿があった。
 はやては……あ、リインの隣のベッドで寝てるのか。でも、そうするとなのはやユーノ、フェイトの姿が無いのが……。

「あれ? なのはたちは?」
「なのはちゃんとフェイトちゃんは花瓶の水を換えに行ってるわ。ユーノくんはリンディ提督に呼ばれたみたい」
「そうですか」

 どもうも入れ違いだったっぽい。
 まあ、会いに来たのは彼女達じゃない。

「はやては大丈夫なのか?」

 俺の質問に答えたのは意外にもイオタだった。
 イオタは書き掛けのカルテから目を離すことなくはやては健康体だと太鼓判を押す。

「はやてちゃんは問題ない。初めての魔法使用で大規模魔法を連発したんだ。疲れて寝ているだけだ」

 ああ、なるほど。リンカーコアというのは普通に生きている分にはまったく使わない器官だ。そのため、初めて魔法を使うと、たいした魔法でなくてもすごく疲れる。
 まして、ユニゾンデバイスのサポートがあったとはいえ、初めてであれだけの魔法を連発すれば9歳の女の子じゃ体力が持たないだろう。

 一瞬、ツインテールの白い魔導師の姿が脳裏によぎるが、アレは例外中の例外だ。初めて魔法使って、しかもロストロギアの封印までやってのけて平然としているなんて、控えめに言っても人間業じゃない。
 てか、魔法知って4ヶ月なんだよな、なのはは……。はやてはまだ理解できるよ、夜天の書のサポートがあるんだから。レイジングハートは優秀なデバイスではあるけど、あくまで普通のデバイスだ。なんだって、あそこまでとんでもない魔法を連発できるんだよ。

 まぁ、なのはのことは横においておいて、今ははやてとリインフォースだ。俺はそれかけた思考を元に戻すと、リインフォースの調子も尋ねた。

「リインフォースは?」
「私も大丈夫です」

 そういうリインフォースだが、顔色が真っ青だ。ユニゾンデバイスに人間と同じ症状が出るかどうかは知らないが、とてもじゃないが大丈夫そうには見えない。
 俺も疲れていたのか、考えが表情に出たのだろう。リインフォースは微笑みを浮かべると、もう一度大丈夫だと答えた。

「本当に大丈夫です。防衛プログラムは完全に分離しましたから」

 いや、それだけじゃないんだが……。まぁ、防衛プログラムが完全に分離したなら、物語みたいに消えなくても済むだろうから喜ばしいことか?

「大丈夫ですよ。リインフォースさんは治りますよ」
「そうなんですか?」
「ええ」

 よっぽど妙な表情をしていたのか、レインさんが微笑みながらそう付け加える。
 まぁ、この人がそう言うなら大丈夫なんだろう。

「ツチダ空曹。貴方にはどうお礼を申し上げていいか……」
「へ?」
「貴方が主はやてをあの家から連れ出してくれなければ、どうなったことか。また、今までの主と同じ悲劇を……」
「あ、いや……」
「主はやてと、騎士たちと同じ時を歩めるかもしれない……。今までこんな事を想像する事もできなかった……」

 なんか、感極まってお礼を言うリインフォースだが、俺はたいしたことはしていない。
 精々、時計の針を少し進めただけだ。しかもそれだって盟主一味がいたからであり、リンディ提督がデバイスにあった闇の書のデータを発見したからであって、俺が自主的に動いたわけじゃない。はやてとの出会いだって偶然で、出会うまでは知っていても助けようなんて考えていなかった。
 むしろ、丸投げされたリンディ提督やクロノさん、あるいは無限書庫で調査に当たったユーノのほうが大変だったはずだ。
 俺が感謝されるような事って、本件じゃ何一つ無い。

 改めて考えてみるとひどいな、俺って奴は……。

「俺は何もやってないよ。お礼ならリンディ提督やクロノさん、それに、友達だという理由だけで無償で動いてくれたなのはやフェイト、ユーノに言ってください」
 
 自己嫌悪に陥りそうになりそうな思考を強引に建て直し、俺はリインフォースに笑い返す。思うだけならともかく表情に出しちゃいかん。
 まぁ、局員が犯罪被害者を不安にさせる様な事をしちゃいけないのだ。
 まして彼女はようやく呪われた運命から解放されたんだしね。暗い顔を見せる必要なんて無い。

「しかし……」
「俺は仕事ですから」
「そこまで謙遜する事も無いだろう」

 リインフォースのお礼の言葉に困っている俺に、横でカルテを書いていたイオタが声をかけてきた。

「いや、謙遜って……」
「謙遜以外の何者でもないだろう。仕事なのは事実だろうが、君が命がけで戦ったのも事実だ。礼を言われるだけの事はしたはずだ。患者の精神衛生のためにも素直に礼の言葉ぐらいは受け取ってほしいものだ」

 そう言って再びカルテを書くイオタが、なんだか医者みたいだった……。



 結局、いくつかの話を聞いて、俺は医務室を後にした。
 リインフォースは魔法生命体の専門家に見せた上で長期のフルメンテナンスが必要らしいが、とりあえず消滅することは無いらしい。イオタは怪しいが、一緒にいたレインさんがそう太鼓判を押したのだから、たぶん大丈夫なのだろう。
 もうこうなると専門家がどうこうする話で、俺にはさっぱりわからない世界だ。

 むしろ、俺が考える問題は別にある。俺と同じ境遇の連中のことだ。
 今回盟主がとっ捕まったが、まだプレラやシスター・ミトが残っている。なんか組織立っていたみたいだし、ほかにも俺と同じ転生者があの一味にはいるかもしれない。
 単純に犯罪に走るだけなら捕まえるだけでいいのだが、連中は物語の知識を使って何かをしでかしかねないんだよなぁ。目的も良く分からないし。
 まぁ、物語は10年後までタイムスケジュールが分からないし、すぐに何かする事は無いだろう。そもそも今回の一件で見る限り、俺の知っている流れには絶対にならない。
 とはいえ、人の動きは読めなくても、防衛プログラム奪取に走ったように何かちょっかいをかけてくる可能性は常にある。
 今回は何とかなったが、次は無事事件が終わるとは限らないし……。盟主から何か情報が取れればいいんだけど、どうなる事やら……。
 俺の知識はだいぶ風化しているんだよなぁ……。

 考え込みながら廊下を歩いていたのがいけなかったのだろう。曲がり角で誰かにぶつかってしまった。

「きゃっ!」
「あっと、すいません……って、なのは?」
「ヴァンくん?」

 ぶつかったのはなのはだ。よく見たら、後ろには花瓶を抱えたフェイトもいた。ちなみに、俺ほどじゃないが二人ともあちこちに絆創膏を張っている。まぁ、大きな怪我は無かったみたいでよかった。
 おっと、そうだ。なのはにもちゃんと謝らないといけないな。色々とひどい事を言ったし。

「ごめん、なのは」
「ううん、私も前を良く見ないで歩いていたから……」

 まぁ、とりあえずは起こさないと。俺は転んだなのはに手を差し出し……。

「ありがと……あっ」

 って、なぜそこで視線をそらし赤くなる、なのはっ!
 ちょ、手をあちこちに宙をさまよわせる……。そういや、リィンフォースと戦う直前もこんな感じだった……。
 あの時感じた悪寒というか、嫌な予感がシャトルでの出来事と同時に脳裏によぎる。



『好きだからって……そんな青臭い子供の台詞』
『子供で悪いか! 俺はなのはが好きだから、俺はなのはを守る! 相手が聖王教会だろうと何だろうと、俺の邪魔はさせない!』



 まさか聞いていた。もしくはレイジングハートがチクッた?
 いや、でもあの反応は……。いや、でも。そのまま聞けば告白だよな、アレ。いや、あの時は頭に血が上っていたから考えなしに叫んでいたけど、冷静になれば自分の言葉がどう聞こえるかくらい想像がつく
 いやいや、俺にそんな考えはミジンコの触角の先端ほども無い。断っておくが、俺はまな板にも子供にも興味は無い。いたってノーマルなのだ。いや、今は子供だから年上趣味?
 とにかく友情や親愛、あるいは妹がいたらこんな感じかなーとは思っても、それ以外の感情は一切無い。せめて、あと10年は育ってもらわないと……いや、そうじゃなくて。

 二人そろってあたふたする俺たちを、花瓶を抱えたフェイトが妙に生暖かい目で見ていた。って、いつの間にそんな目をするようになったんだ、フェイトさん?

「なのは、私は先に行くから。二人で……」
「二人でって何、フェイトちゃん?」
「ってか、何でそんな目でこっちを見るんだ!」

 真っ赤になるなのは。あわてる俺。
 そんな俺たちを見て、フェイトは小首をかしげる。

「仲直りがまだなら、ちゃんと話さないと」

 あ、そういう事ね。
 そうだよね、ちゃんと謝らないといけないよね。俺は特に……。

「皆には私から言っておくから」
「何を!?」
「二人が仲直りするから、ゆっくり話すって」

 からかわれているのか、それとも素なのか……。まぁ、はやてじゃあるまいし、後者だろう。
 俺となのはは互いに深呼吸をし、互いに目を見合わせすこしだけ苦笑する。ま、確かにユーノとは何だかんだでちょくちょく会って話していたが、病院での一件以来、なのはとは話す機会が無かった。
 俺は転びっぱなしのなのはにもう一度手を差し伸べる。なのはも照れくさそうに微笑みながら俺の手を取り……。



 次の瞬間、アースラが激しく揺れる。俺となのはは床に激しく叩きつけられ、フェイトの手から花瓶が落ちて砕け散った。
 緊急事態を伝える赤いランプが点滅し、エマージェンシが鳴り響く。



 後に『闇の書事件』と呼ばれる事件の結末の始まりだった。



[12318] A’s第13話(2)
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:09864760
Date: 2011/09/25 23:36
A’s第13話(2)



「クロノ執務官、少し時間を頂けないだろうか?」

 アースラに戻ってきたクロノを待ち構えていたのはヴォルケンリッターの面々だった。
 彼女たちは一様に神妙な面持ちで、クロノを見つめていた。

「どうしたんだ? 急な用事でなければ後ででいいか?」

 クロノの態度はぶっきらぼうだが、別に他意はない。彼は本当に急いでいた。
 なんせ前回のPT事件の重要参考人である盟主を捕らえる事に成功したのだ。彼女とシスター・ミトとの関係は不明だが、彼女たちの組織で重要な地位にいる事は間違いない。
 うまくいけば一網打尽……、そこまでいかなくとも、フェイトの母親であるプレシア・テスタロッサに関する手がかりが得られるかもしれないのだ。無論、闇の書の防衛プログラムを操るなどといった非常識な真似をやってのけた少女の取調べは一筋縄ではいかないだろう。それでも、重要な手掛かりに違いは無い。
 それ以外にも、盟主捕縛により色々と調べなければならない事が多数出てきた。次元航行艦ヘイローズで得た盟主に関する情報は、クロノ一人で調べきれる量では無い。
 まだ若いクロノが、事後処理があるとはいえ最も重要な部分に決着がついただろう闇の書よりも、盟主捕縛に気がいくのはしかたがない事だった。
 もっとも、それをヴォルケンリッターがどう受け取るかはまた別の問題だ。ヴォルケンリッターを代表して、シグナムが暗い表情で話を続けた。

「それほど時間はとらせるつもりはない。我らの処分の事だ」
「え?」

 シグナムの言葉に、思考が一瞬停止する。
 何を言い出すんだと思う。そんなクロノの感情に気がつくことなく、シグナムはさらに話を続けた。

「我らヴォルケンリッターの4人は管理局の如何なる処分にも従う。ただ、主はやてとリインフォースだけは見逃してやってほしい」
「いや……」
「なあ、頼むよ。あたしらは短い間だけど、はやてに色々もらった……でも、あいつは」
「お願いします、クロノさん。私たちの過去にはやてちゃんを巻き込みたくないんです」
「無茶な注文なのは重々承知だ。だが、頼む」

 シグナムの言葉を口切に次々に懇願するヴォルケンリッターを前に、クロノはようやく事の次第、彼女たちが何を心配していたのかを把握する。
 そしてそれと同時に妙な脱力感を覚えた。

「ちょっとまて、君たちが何を心配しているのか知らないが、はやてが管理局から処分されるという事はないぞ」

 八神はやての立場は、“管理局に協力した管理外世界の魔導師”だ。彼女が闇の書を得たのは偶然であり、制御ができるような代物でもなかった。そしてなにより、彼女は管理局の要請を快く受けてくれた善意の協力者だ。
 そんな彼女を、しかも管理外世界の住民である彼女をどう裁けというのか?

「だが、我らが過去に行ってきた事はどうなる?」
「同じ事だよ。八神はやての守護騎士である君たちを裁く法は管理局に存在しない」

 一方のヴォルケンリッターの立場は微妙だ。
 ヴォルケンリッターは過去の主の下、何度も犯罪行為を行っている。その事で彼女たちを危険視し、処分せよという意見が無い訳でもない。あるいは、それを理由に徴発しようという動きもあった。
 とはいえ、現在の彼女たちは八神はやて個人が所有する守護騎士……使い魔である以上、おいそれと処分や徴発など出来ない。
 一部の者が知る“物語”のようにヴォルケンリッターがはやての制御を離れ、管理世界で犯罪を行ったならともかく、現存しているヴォルケンリッターははやての制御を離れる事なく、事件終了まで一貫して管理局に協力的だった。
 そしてこれまでの経緯から、彼女たちは理由も無しに暴れるような存在では無い事がはっきりしている。
 調査できる限りの歴代の主は、揃いも揃ってろくな連中ではなかった……あるいは、その時代が群雄割拠の戦乱の時代であり現在の価値観では計れない状況だった。
 こうなると、社会的立場を持たない使い魔……言い方は悪いが、道具に過ぎない彼女たちに法的な責務を背負わせる事は難しい。

 現在なんら問題は無く、更に管理外世界の住民の個人所有である以上は、管理局といえどもそう簡単に手を出せない。
 管理局は法の番人ではあっても、無分別な正義の味方ではないのだ。

 とはいえ、実のところ彼女たちが即時殲滅指定を受けた闇の書の付属物である以上は、その気になれば法的に問題なく処分、徴発する手段が無い訳でもない。
 だが、少なくともクロノやリンディにはそのような手段をとる意思は無く、とらせる気も無かった。
 こういったロストロギアがらみのグレーゾーンに関わる問題は、担当した士官の意向が強く反映される。担当官がクロノである以上、よほどの事が無い限り管理局が彼女たちに法的な責務を問う事は無いだろう。

 だが、それでもシグナムたちは納得できなかった。それだけの誇りを持ち合わせていたし、それ相応の理由もあった。

「それでも我らの罪は……」
「もう過去の事だ。少なくとも今の君たちが気にするような事ではない」
「だが、貴殿の父は!」
「その事か……」

 シグナムの言葉に、クロノは内心で天を仰いだ。
 彼女たちが11年前の事件を調べていた事は当然知っていたし、いずれは父クライドの事にも行きつく事はわかっていた。
 調べられて困る事では無いので放置しておいたのだが……。まったく、何が心の無い守護騎士プログラムだ。本当に人間そのものじゃないか。
 適当な記録をとった連中に内心で文句を言いながら、クロノはきっぱりと気にする事ではないと言う。

「君たちが気にする事じゃない」
「それで良いのか!?」

 結局、過去はどこまでも鎖のように絡み付いてくるのだろう。グレアム提督がその輝かしい人生を狂わせたように、彼女たちもまた、過去の鎖から完全に逃れられないでいる。
 クロノだってそうだ。闇の書に人生を狂わされた一人として、怒りと悲しみは確かにこの身の内に存在する。
 復讐を考えなかった、と言えば嘘だ。もし闇の書が無ければ、もっと平凡な人生を歩んでいただろう。何で母があんなに苦労しなければならなかった? 平凡な家庭に何度憧れを抱いただろうか? 執務管を目指した動機に復讐が混じっていなかった訳ではない。
 彼女たちが救いようの無い悪党ならばクロノも処分を躊躇わなかっただろう。口では復讐など考えていないと言いながら、心のどこかでは望んでいた。
 だが、彼女たちもまた闇の書の悲しみの連鎖の被害者でしかない。そんな彼女たちに復讐をしようなどと、クロノは思わなかった。
 
 悲しみの連鎖は誰かが断ち切らなければならないのだ。いくつもの悲しい事件を見てきたからこそ、クロノは強くそう思う。

 もっとも、それを素直に口に出来るほどクロノは大人ではなかった。ようするに、照れくさいのだ。
 そんなクロノの口から出たのは、ぶっきらぼうな言葉だった。

「闇の書に関わる悲しい事件の全ては、もう終わった事だよ。君たちに復讐しても父が帰ってくるわけではない。法的にも君らを裁けない。君たちが……」

 続けるべき言葉はアースラを襲った巨大な振動により中断を余儀なくされた。




 * * * * * * * * * * * * * *




 何が!?
 いくら中破していたとしてもアースラは時空管理局の次元航行艦だ。よほどの事が無い限り、大きく揺れるなんてありえない。
 この異常事態の到来に、それまでののんびりとしていた空気は一気に吹き飛んだ。

「何がっ!?」

 急な事態に俺は立ち上がりながら通信を開こうとする。とりあえず現状確認をしないと……。
 もっとも、現状確認に関しては、するまでも無く何が起きたのか判明する事になる。俺と同じように立ちあがろうとしていたなのはが、窓を指差しながら呆然と声を上げた。

「そ、そと、ふねが!?」

 その言葉に俺とフェイトも窓の外を見る。そこには時空管理局の次元航行艦ヘイローズが浮かんでいるのだが……なんだよ、あれ!?
 アースラと同型艦のヘイローズだが、その表面にはびっしりと木の根のようなものが……って、見覚えが……あっ!?

「闇の書の防衛プログラム!?」
「ええっ!?」
「それってどういう事!?」

 呆然と呟く俺に、なのはとフェイトが驚きの声を上げる。

「11年前の闇の書事件で闇の書が暴走、エスティアが乗っ取られた時の状況に似ているんだ!」

 そりゃ見覚えがあるはずだ。俺も今回の事件で出向するにあたり、エスティアに関する記録を見ている。
 でも、あの侵食スピードは記録映像で見たエスティアの比じゃない。巨大な艦がはっきりと分かる速度で根っ子のような触手に覆われてゆく。

【ヴァン!!】
「ユーノくん、何があったの!?」

 ユーノからの通信に真っ先に答えたのはなのはだ。

【なのは? ヴァンとフェイトも一緒?】
「ああ、3人とも一緒にいる。何があったんだ?」
【分からないんだ。防衛プログラムは確かに破壊したはずなのに……】

 そう、防衛プログラムは確かに破壊した。闇の書に関わるもの……書の本体に、管制人格であるリィンフォース、さらにはヴォルケンリッターと主であるはやて。その全てはアースラにある。
 防衛プログラムを操って見せた盟主の危険性を考え、ヘイローズには闇の書に関する物は一切持ち込んでいない。逮捕者ですら分担せずにアースラに全て収容したぐらいなのだ。
 一体何が……って、あ。

「ユーノ、クロノさんは!?」

 たしか、ヘイローズに行くって言ってなかったっけ?

【クロノはもうアースラに戻っているよ! 今はシグナムたちと一緒にブリッジに向かっている。ヴァンたちもすぐにブリッジに来て!】
「わかった」

 この非常事態に、なのはやフェイトといった戦力を集中させたいんだろう。
 俺は……まぁ、ただのおまけだ。いや、俺とティーダさんのアースラでの配置はクロノさん付きでブリッジだけどね。



「ヴァン・ツチダ空曹、高町なのは、フェイト・テスタロッサ到着しました!」

 ブリッジに駆け込みながら俺は到着を報告する。どうやら俺達が一番最後だったらしく、ユーノにクロノさんにティーダさん。さらにヴォルケンリッターの面々も到着していた。
 通常なら遅いと怒鳴り声の一つでもきそうなものだが、皆それどころでは無かった。状況を確認しようと、オペレーターの怒号が交差する。

「通信はまだ回復しないの!?」
「駄目です。ブリッジとの通信が回復しません! 内部スキャンも受け付けません!!」
「緊急脱出ポットの射出を確認!」
「すぐに動ける魔導師に確保に行かせて!」

 中で何が起きているのか状況が分からない。その事にブリッジが焦燥に包まれている。

「いったい、何が……」

 芸の無い台詞だが、何度目かになる呟きに誰も答えられないでいた……と思っていた。
 だが、以外にも俺の……いや、アースラクルーの疑問に対する答えはすぐに出ることになる。俺の呟きに答えるかのように正面のメインモニターが切り替わった。

【ははははははは、闇の書の闇の最後の足掻きだよ。ヴァン・ツチダ!】

 って、盟主!?
 画面に映った映像に、俺達は息を飲む。
 出てきたのは確かに盟主……だったものだ。だが、アレは一体なんなのだ?
 上半身は確かに、盟主を名乗っていた少女のモノだ。だが、下半身は木の様な物に飲み込まれ半ば一体化し、腕もまた木の枝に絡め取られ埋没している。皮膚のあちこちは破れ、肉は爆ぜ、その内にある骨や機械が露出していた。
 って、今違和感が……。

「まさか、貴様……」

 俺が違和感に気がつく前に、何かに気がついたシグナムが怒りを滲ませながら盟主に問う。

「貴様、防衛プログラムに飲み込まれたのか!?」
【飲み込まれたとは酷いな、烈火の将。防衛プログラムを体内に取り込んだのさ】

 ちょ、ちょっとまて。それって、まさか!?
 盟主が何をしたのか、それに気がつかない者はこの場にいなかった。その証拠に、皆の顔が一斉に蒼白となる。

「貴女、何をしたのか分かってるの!?」

 シャマルが悲鳴を上げる。

【私自身が闇の書の闇の一部となるという事に何か問題でも?】
「無限転生で逃げる気か! ……だが!」
【まさか。私に受肉した時点で転生機能は完全に停止している】

 はっきり言って、正気じゃない。

 管理世界で極刑並の処理とされている氷結封印だが、あくまでも封印刑であり死刑ではない。封印された者を殺さないように、生命活動の一部は必ず維持されるよう術式に組み込まれている。
 盟主はそこをつき、氷結封印される直前に防衛プログラムのコアを体内に取り込んだのだろう。
 そして、盟主自身の生存に当てられる生命活動の全てを防衛プログラムの回復に当てる。辛うじて生かしておくだけの生命活動では人間が封印を解く事は出来ない。ところが、魔力さえあれば秒単位で回復、増殖してゆく防衛プログラムならその僅かな生命活動だけで十分に復活できる余裕があったのだ。
 だが、これは同時に自殺に等しい手段だ。防衛プログラムに取り込まれるわけだから逃げる事もかなわず、確実に暴走に巻き込まれる。しかも、闇の書ならまだしも生身の人間だ。あんな状態では無限転生機能など動かない。
 今の盟主は、防衛プログラムに貪り食われながら、暴走による破壊を待つ以外に何も出来ない状態だ。いや、それどころか、あの状態で暴走まで自我が持つのか?
 防衛プログラムに飲み込まれ身体が崩壊しているんだぞ?

「正気か……」
【正気? ははははははは、人形風情が正気を問うとはな!】
「何を言っていやがる!」
【この世界の真理さ】

 盟主の放つ狂気に、さすがのブリッジクルーも真っ青になる。
 奴がこの世界を作り物だと認識する。俺と同じ転生者なら、あるいはありえるかもしれない。
 だがそれでもだ、苦痛や、空腹、生理的反応は紛れも無く現実として襲ってくる。
 というか、肉体が崩壊しつつある現状で笑えるなんて……。何度も言うが、絶対正気ではありえない。

【まぁ、貴様らには分かるまい。ははははは、全てが終わる時までな】

 そう言い放つと、盟主はひとしきり高い哄笑を上げる。
 そしてその哄笑は徐々に小さくなっていき、木の根にその姿が埋もれていき……っていけない!

「えっ、ちょ、ちょっと!?」
「ヴァン!? 何を?」

 何が起きるか察した俺は、大慌てでなのはとユーノの目を隠す。隣を見ればクロノさんもフェイトの目を隠していた。

「エイミィ、メインモニターをシャットダウンするんだ!」
「だめ、強制通信でシャットダウンできない!?」

 くそっ、最後の最後まで底意地の悪い!

「すいません、後で始末書書きます! ヴァン、お前は……」
「俺は局員です!」

 ティーダさんはそう叫ぶと、メインモニターに向けて魔法弾を放つ。
 防ごうと思えば防げたはずなのに、クロノさんもリンディ提督も止めなかったところを見ると子供に見せるべきでは無いと判断したのだろう。
 実際、サブモニターには凄惨な光景が映し出されている。あんなもの見せ付けられたら、トラウマが残るぞ。いや、なのはたちも見ていないだけで、何が起きているのか想像しているのだろう。腕の中で小刻みに震えている。
 正直俺も目を背けたかったが、仕事の手前背ける事は許されない。

 この仕事についてからある程度死に耐性がついたというのもあるだろうが……、不思議と奴の死には何も感じなかった。
 もっとも、単に感じる暇がなかっただけかも知れない。

【アースラ、聞こえるか! アースラ!】

 盟主が消えた次の瞬間、サブモニターが切り替わり、厳つい顔の提督が現れた。ヘイローズの艦長、無事だったのか。というか、盟主の奴今の今まで通信妨害までしてたのか……。
 傷だらけではあるが、どうやらまだ無事のようだ。ホッとする俺達だったが、次の瞬間、事態の悪化が想像以上のスピードだったと思い知らされる。

「こちらアースラです!」
【通じたか! ブリッジも何時機能を停止するか判らない。すぐにアルカンシェル発射準備をしてくれ!】

 突然何をと皆が一瞬思ったが、ブリッジオペレーターの叫びにその理由を知る。

「ぼ、防衛プログラムの反応が増大! 次元震発生の予兆が見られます!」
「なっ!」

 通信妨害の狙いはコレだったのか、ギリギリまでアースラに事態の進行を悟らせないために……。
 いや、それだけじゃない。明らかに11年前の時よりも事態の進行が早い。何処から魔力を引っ張ってきやがった、あいつは!?

「だが、乗組員は!」
【魔力炉を緊急停止して、出来る限り進行を抑えていたがもう限界だ! 脱出できたクルーの回収をお願いします!】

 ブリッジが一瞬シンと静まり返る。いや、そんな気がした。
 提督の言っている事を理解できない者などこの場にいない。船にまだ多数のクルーが残っている事は、誰の目にも明らかだった。

 提督は、自分たちごと防衛プログラムを撃てと言っているのだ。

 いや、理屈はわかる。ヘイローズが乗っ取られた場合、どれだけ被害が出るかわからない。通常の巡回中だった為にアルカンシェルなどの大規模破壊兵器こそ積んでいないが、次元航行艦の魔力炉は人間のリンカーコの火ではない出力を持っている。あれが本格的に暴走を開始したら、恐らくもう手がつけられない。
 完全に乗っ取られる前に、破壊する。そうしなければならない。
 だが、クルーの大部分は脱出できず、取り残されている。

「アースラは、これよりアルカンシェルの発射準備を……。チャージが完了次第、クルーの回収を打ち切り……、安全域まで後退後、防衛プログラムの残滓を……殲滅します」
「艦長!」

 リンディ提督の命令に、クロノさんが非難の叫びを上げる。
 だが、それ以上はクロノさんも何も言えなかった。リンディ提督の顔が、見たこともないぐらい真っ青だったから。
 これじゃ11年前の事件の焼き直しじゃないか! いや、あれの比じゃない。11年前の事件で愛する夫を失った女性が、息子の目の前で大勢のクルーの命を奪う事を覚悟で引き金を引く。
 こんな悪夢が存在して良いのかよ!

【すみません、リンディ先輩。妻と娘に……】

 サブモニターが砂嵐に変わる。ヘイローズの通信機能が死んだのだろう。
 なんとか、なんとかできる手段はないのか?
 氷結封印は……、魔力砲は……、なんか、なんか手段は。せめてクルーだけでも。

「リンディさん! 私が助けに!」
「いけません! 次元飛行訓練も受けていないなのはさんをこの場では出せません!」
「何か手はないのか!」

 皆が焦る中、さらに通信が入ってきた。

【リンディさん! リインが、リインフォースが……】
「どうしたの!」

 今にも泣きだしそうなはやての言葉を継いだのはイオタだった。はやてを抱きかかえ、こちらに向かい通路を走っている。
 先ほどの衝撃でぶつけたのか、額から血を流しているイオタは真剣な表情で状況を説明した。

【すまん! リインフォースが一人で出て行った!】
「なんですって!?」

 こんな状況でどこに?
 そんな言葉を誰かが口にするより早く、ブリッジオペレーターが状況を報告する。

「艦長!」
「今度は何!?」
「防衛プログラムの侵食スピードが低下しました! この魔力反応は……リインフォースです!」
「リインフォースさん!?」

 言われてみれば確かに、ヘイローズ周辺を薄い黒い魔力が覆っている。

「リインフォ-スさんと通信をつないで!」
「りょ、了解!」

 リンディ提督の命令に、エイミィさんが大慌てでリインフォースと通信をつなぐ。
 サブモニターに祈るような姿勢で魔力を放出するリインフォースの姿が映った。

「リインフォースさん!」
【リンディ提督ですか……。非常時だったために無許可で出ました。すいません】
「そんな事より、何を!?」

 苦しそうに魔力を放出するリインフォースに、リンディ提督が問いかける。
 リインフォースは苦痛を滲ませながら、それでも笑顔で質問に答えた。

【防衛プログラムの侵食スピードを抑え、クルー全員が脱出する時間を稼ぎます】
「できるの?」
【はい。これは私の一部でしたから……。制御は不可能でも、侵食スピードを遅らせるぐらいは】

 彼女の言葉に、皆が安堵の表情を浮かべる。闇の書の悲劇が繰り返されるのは、もう御免だ。
 だが、そんな淡い期待はブリッジに飛び込んできたイオタの言葉で打ち砕かれた。

「馬鹿を言うな! 君の身体はすでに限界が近いんだ! そんな無茶をすれば、存在が維持出来なくなるぞ!!」

 そう言えば、そんな事を……!
 はやてが、涙をにじませ叫びを上げる。

「戻ってくるんや、リインフォース! 今ならまだ間に合う。みんなの力を合わせれば、一人で犠牲にならなくても!」
【無理ですよ、主はやて。これは同じ闇の書の一部だった私だけが出来る事です】

 防衛プログラムはリインフォースから分離した存在だ。
 彼女が持っていたアクセス権を利用して、防衛プログラムの動きを抑えているに過ぎないのだろう。
 だが、既に切り離した別の存在である以上、干渉するのには無理が生じる。

「あかん! だめや、リインフォース!」
【主はやて……駄々っ子は、ご友人に嫌われますよ……】

 リインフォースの肩が弾け、頁へと変わる。
 マテリアルの少女たちが消えていった時と同じ様に、徐々に身体が分解していく。
 彼女は防衛プログラムの進行を抑える為に、身体を維持している最後の魔力を使っているのだ。

「そんな! なんで! リインフォースさんが……。ようやく悲しいことは全部終わったのに!」

 なのはの叫びに、答えられる者はいなかった。
 当たり前だ。闇の書事件は終わった。後は残務処理だけだと思っていたじゃないか。なんで、リインフォースが消えなきゃならないんだ?
 こんな結末、誰も望んでいないのに!

【誰かがやらねばならない事です。主はやての代で闇の書の、終わらぬ夜は終わったのです。これ以上犠牲者を出すわけにはいかない】
「そんな、そんな簡単にあきらめるなよ!」
【貴方まで無茶を言わないでほしい。でも、ありがとう、高町なのは、ヴァン・ツチダ。それに管理局の人たち……。最後に優しい人たちに出会えて良かった……】

 消え行くリインフォースは、優しく微笑む。そんな、そんな! もっと、もっといい未来があったはずじゃなかったのかよ! もっとやさしい未来だってあったはずじゃないのかよ!
 こんな状況で、何を言っているんだよ! 俺は優しくなんてない。偶然出会わなきゃ、はやてを見捨ててたかもしれない人間なんだぞ。俺みたいに偽者じゃなくて、もっと優しい人たちに囲まれるべきじゃないのかよ!
 だれか、誰か何とかしてくれ……。

「あかん、やめて、リインフォース! 私がそっちに行って何とかするから!」
【我侭を言うものではありません。主はやて、良いのですよ。ずいぶんと永い時を生きてきましたが、最後の最後で貴方に綺麗な名前と心をいただきました。騎士たちも、信頼できる友も貴女の側にいます。心配はありません】
「心配とか……そんな……」
【私は笑っていけます……】

 その言葉の間にも、彼女の身体は崩壊を続けている。
 想像も付かないほどの苦痛を、彼女は味わっているはずだ。それでも、リインフォースは最後まで笑顔だった。

「一度は暴走を止めたんや! 今度もきっと大丈夫や! 今度も私が、私たちが……」
【あの時とは状況が違います。それに、もう時間切れです……】

 現実は無情だ。俺たちの祈りなど何の意味もなく、ついには最後の瞬間を迎える。リインフォースの崩壊は加速度的に進む。
 はやてはイオタの腕の中から飛び降りると、少しでもリインフォースの側に近寄ろうと、這ってモニターの前に向かった。 

「そんな、いっぱい、いっぱい悲しい思いしてきたんや……、これから、もっと幸せにしてあげなきゃならんのに……」
【大丈夫です。私はもう、世界で一番幸福な魔導書ですから】
「リインフォース……」
【主はやて、ひとつお願いがあります。私は消えて、小さく無力な欠片へと変わります。もしよければ、貴女がいずれ手にするであろう、魔導の器に送ってあげて頂けますか?
 祝福の風、リインフォース。私の魂は、きっとその子に宿ります】
「リインフォース……」
【はい、我が主……】

 そういって、彼女は最後にもう一度だけ、微笑をはやてに向ける。
 リインフォースの最後の微笑みは、本当に綺麗で、なにより悲しかった。

 何で、何で死ぬのに、あんなに優しく微笑む事が出来るんだよ。俺たちみたいなのが二度目の生を謳歌しているのに……なんで、なんでこうなるんだよ。

【主はやて、守護騎士たち、それから、小さな勇者たちと勇敢な番人たち……。ありがとう。そして、さようなら】

 リインフォースの姿が頁となり、最後に一筋の光となって消える。
 それと同時に、ヘイローズを覆っていた木は動きを止めた。

「リインフォースさんが作ってくれた時間を……無駄に出来ません。急いでヘイローズのクルーを回収して頂戴」
「了解」

 少女たちが涙を見せる中、リンディ提督は表情を変えることなく命令を発する。
 ただ、握られた手を覆う白い手袋に、真っ赤な染みが広がっていた。



 俺たちが関わった闇の書事件は、アースラから放たれたアルカンシェルの輝きで終わりを告げた。



 次元航行艦ヘイローズは闇の書の防衛プログラムの浸食を受け制御不可能となった為に、アースラに搭載していたアルカンシェルで撃沈する。
 犠牲者は自爆攻撃を仕掛けた自称不破ナノハ一名。ヘイローズのクルーは全員脱出に成功して無事だった。
 事件の規模に対して人的被害は極めて軽微というのが、この事件に対する世の評価だ。

 ただ、最終報告書の物的被害欄に記されている“第97管理外世界現地魔導師、八神はやて個人所有ユニゾンデバイス。個体名リインフォース”の消滅は、この事件に関わった人々の心に深い爪痕を残す事になった。



[12318] A’s第13話(3 あるいは幕間1)
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:6611d573
Date: 2011/02/11 19:51
A’s第13話(3 あるいは幕間1)



「ソナタ枢機卿。か、管理局が面会を……」
「適当な理由でも言って追い返しておけ! 私は忙しいのだ、誰も通すな!」

 気の利かない従者を追い出した後、ソナタ枢機卿はありとあらゆるものに呪いの言葉を吐いた。

「まったく、管理局め……あの、俗物どもめ、忌々しい」

 計画通り進んでいれば、今頃聖母高町なのはは聖王教会に保護され、闇の書とその主はソナタ枢機卿の息のかかった研究施設に移送されているはずだった。万が一管理局員とテロリストがこちらの人員を目撃したとしても、闇の書の暴走に見せかけた次元庭園爆破によりまとめて消す事になっていた……、そのはずだった。
 戦力も十分に確保し、万が一を考え虎の子の人造魔導師とレアスキル持ちの騎士まで派遣した。
 にもかかわらず、現実には聖王の威光がわからぬ管理局の連中と、無能極まりない部下のせいで計画は失敗に終わってしまった。

 しかも、指揮に当たらせた騎士アルフォードは管理局に逮捕され、いくつかの施設に手入れまで入ったという。無論、役人の集まりである管理局だけでここまで迅速に動けるはずが無い。聖王教会に裏切り者がいるのだ。
 騎士カリム・グラシアとその義弟ヴェロッサ・アコースが動いたのだろう。あの管理局かぶれの事だ、管理局に媚を売るついでに対立派閥である自分達の力を削ごうというのだ。まったく、聖王の威光を何と心得ているのだ。

 そう、聖王が、この時代にこそ新たな聖王が必要なのだ。管理局などといった弱腰の体制が世界を混迷に導いている。各世界に国家が存在し共同で時空管理局を運営しているなどと言えば聞こえは良いが、次元間の問題を丸投げしているだけだ。強大な力を持っているように見える管理局だがその実体は各国の利害調整機関に過ぎない。
 それでは駄目なのだ。小さな犯罪にならそれで対応できるだろうが、大きな事件に対しては治安機関がまともに機能しない。次元世界を渡り歩く無法者を捕縛しきれない。管理外世界非介入の原則などといった偽善の為にどれだけ血が流れているのだろうか。
 強大な武力を用いなければ、広大な次元世界を平和に導く手段は無いのだ。それにもっとも相応しい力の持ち主が聖王であり、聖王を助けるのが聖王教会では無いのか。

 聖王の復活は近いのだ。こんな所で管理局などといった俗物相手に手を煩わせている場合ではない。管理局理事の一人であり、聖王教会の重鎮、さらには各国政府要人と親しいソナタ枢機卿に、管理局も簡単に手出しは出来ない。
 配下の騎士の逮捕は痛いが、捜査の手がソナタ枢機卿まで及ぶ事は無いよう手は打ってある。

 それよりも問題は、聖母高町なのはの事だ。
 こちらの意図が気付かれるという事はないだろうが、今回の失敗で聖母は第97管理外世界に戻ってしまった。さらに、管理局が彼女の周りに護衛を置いている。護衛を排除することは容易いが、管理局に協力する連中がいる以上、うかつに動けば攻撃する口実を与えるだけだ。それほど長く待つことはできないが、今は様子見に徹するしかない。
 身程知らずの魔導師が一人聖母にまとわりついているようだが、早いうちに始末しておいたほうがいいだろう。

 闇の書に関しては諦めるにしても、聖母の監視および確保、管理局へのけん制、失った戦力の補充、さらに目障りな者の排除……、まずはどれから手をつけるべきか。
 一人思案に暮れていたソナタ枢機卿だったが、不意に専用の情報端末が立ち上がる。

「誰も通すなと言ったはずだぞ」

 まったく、性懲りもなく……辺境にでも飛ばすか?
 相変わらず気の利かない従者に不快感を隠せないソナタ枢機卿であったが、通信をしてきたのは従者ではなかった。通信モニターに、年齢不詳の長髪の男が出現する。

「それは失礼いたしました、ソナタ枢機卿」
「ドクターか」

 ジェイル・スカリエッティ。記憶転写型クローンであるプロジェクトFの基礎理論を構築した希代のマッドサイエンティストだ。噂では管理局上層部……あの聖王を冒涜する脳髄共とも関係があるとか……。
 古代ベルカの技術復活を餌に近づいてきた男だが、ソナタ枢機卿はこの男の事が好きではなかった。油断できない相手だとも思っている。だが、使える男であることは間違いない。実際に、次元庭園の戦いで彼の手駒は管理局の目を逃れ逃亡を成功させている。
 さらに、彼が復活させた後こちらに提供するという品は聖王の最大規模の遺産にほかならない。

「私に直接連絡はしないようにと言ったはずだぞ」
「それは申し訳ない」

 不快感を隠さないソナタ枢機卿に、スカリエッティは慇懃に謝罪の言葉を述べる。もっともその顔には何時もの薄ら笑いが張り付いており、ソナタ枢機卿の言葉など欠片も響いていないだろう。

「まあいい。何のようだ」
「催促ですよ、ソナタ枢機卿」
「何?」
「聖王の聖遺物、いい加減に約束どおり貸し出していただけませんかね」

 聖王の遺産のひとつを貸し出せと言い放つスカリエッティに、ソナタ枢機卿は苦い顔を浮かべた。
 希代のマッドサイエンティストが欲しがっているのは、過去の聖王の遺伝子データである。彼がソナタ枢機卿に提供すると言っている聖王のゆりかごを起動させる手段を解析するのに必要だという。
 なるほど、長きに渡り歴代の聖王を守ってきた聖王のゆりかごの研究に必要というのはわからないでもない。だが、貴重な聖王の遺産をあのマッドサイエンティストに渡していいものか。その思いが、ソナタ枢機卿に結論を出させないでいた。
 だが……。

「追加の条件がある。それを約束するならばすぐにでも聖王の聖遺物を渡そう」
「条件?」
「ああ、お前の開発した戦闘機人。こちらに提供してもらいたい」

 金で動きそうな連中はあらかた引き抜いた後だ。まして、これだけの事件の後では騎士を引き抜き、戦力を集めるのは大変だろう。
 表向きの戦力は時間をかけるしかないが、裏の戦力だけは充実させておきたい。こちらの戦力が激減していると知れたら、穏健派が強引な手段に打って出ないとも限らない。
 対立派閥の騎士カリムが騎士団を掌握しつつある以上、これは急務だ。

 スカリエッティはソナタ枢機卿の申し出に少しだけ考えるそぶりを見せると、快諾の言葉を口にする。

「いいでしょう。ただし、実動データは回収しますからね」
「よかろう」

 自分の知的好奇心を満足させる事ができればいいのか。
 まあいい。大事の前の小事だ。



「失礼します」

 すぐにでも聖遺物を渡すとは言ったが、まさかすぐに使者が来るとは思わなかった。
 やってきたのはシスターの装束に身を包んだ女だ。正規の装束だから、相当前から潜入していたのだろう。やはりあの男は油断できない。処分する事も考えておかなければ。

「お前はシスター・ドゥーエ?」

 取引に同席させた騎士カーリナが驚きの声を上げる。
 自分が最も信頼する騎士の一人にソナタ枢機卿は誰かとたずねる。

「知っているのか?」
「はい、孤児院で孤児の面倒を見ているシスターですが……」

 騎士カーリナの知っているシスター・ドゥーエは大人しく面倒見のいい女だった。教会にもぐりこんだ虫一匹に大騒ぎし、やんちゃな子供にスカートをめくられ真っ赤になり、皿を割っては年配のシスターに叱られる。
 そんなどこにでもいそうなごく普通の女だったはず。

「ふふふ、女には秘密があるのですよ」
「貴様」

 驚く騎士カーリナに、ドゥーエは小馬鹿にした態度をとる。
 その態度に騎士カーリナは激昂し、腰の剣を抜こうとした。

「まて、騎士カーリナ」
「猊下」
「ここは私の執務室だ。血で汚されてはかなわん」

 この女の態度に腹が立ったのはソナタ枢機卿も同じだが、この女はスカリエッティの使者だ。ここでスカリエッティとの関係を絶つのは愚策中の愚策である。
 どのみち、武装解除はしており完全に丸腰だ。憎まれ口を叩くぐらいしかできまい。

「失礼しました」

 騎士カーリナが剣から手を離すのを確認すると、ソナタ枢機卿はドゥーエに話しかけた。

「スカリエッティの使者で間違いないのだな」
「ええ、その通りでございます」

 相変わらずの態度だ。あのドクターの使者ならこんな性格なのかもしれない。
 ソナタ枢機卿は女から符合を確認すると、席を立ち部屋の片隅に設置してあった調度に手をかけた。

「猊下?」

 何をしているのかと訝しげになる女たちの事などお構いなしに、ソナタ枢機卿は調度の首をひねり下に隠されていたパネルを叩く。
 それと同時に部屋にあったからくりが動き出す。壁の一部が開き、豪華な細工が施された箱がせり出してきた。

「こ、これは?」
「お望みの聖遺物だ」
「こんなところに……」

 なるほど、探しても見つからないわけだ。ドゥーエは誰にも聞こえないぐらい小さく呟く。
 聖遺物の管理者をたらしこんで手に入れた聖遺物は偽者だった。良くも悪くも人をだますのに向かないあの司祭が偽者を用意したとは思えず、知らぬ間に移動させれれていたのかと教会を探ってみていたのだが……。
 まさか、枢機卿自らが隠匿していたとは予想していなかった。

「ふん。このような重要な物を俗物に任せておけるか。ところで、ドゥーエとやら。ドクターからの戦力提供はいつになる?」

 聖遺物の納まった箱を受け取りながら。ドゥーエは不敵に笑う。

「その件ですが、戦闘機人はここに」
「なにっ?」

 自分の事を指差す女に、ソナタ枢機卿も護衛の騎士カーリナも驚きを隠せない。
 だが、なるほど。騎士にも正体を悟らせない女だ。戦闘機人なら戦闘力も高かろう。能力は、暗殺と諜報といったところか。今自分が欲している戦力としては申し分ない。
 スパイというのは基本的にその正体がわからないから意味がある。誰にも正体を悟らせない、これほどの戦闘機人が正体をあっさり明かしたという意味は……、スカリエッティがこちらに全面的に協力する意思があるという事に他ならない。
 ソナタ枢機卿は幾分機嫌を良くする。

「それと、ドクターからご伝言が」
「なんだ?」

 女が自分の正体を明かした。
 その事実に、ソナタ枢機卿もと護衛の騎士カーリナの二人の警戒心が一瞬だけ緩んだ。
 そして、それは大きな過ちだった。

「調子に乗りすぎだよ。成りそこない」

 一瞬、何が起きたのか誰にもわからなかった。ただ、灼熱の痛みが、ソナタ枢機卿の胸に広がる。
 少しだけ首を動かすと、いつの間にかドゥーエの手から伸びた爪に、自分の胸が貫かれているではないか!?

「君の出番は終わりだ、ゆっくりと休みたまえ。以上がドクターからの伝言です」

 ドゥーエはニコリと微笑んで、爪を動かす。ソナタ枢機卿の重要な臓器が鋭い爪により切り刻まれる。
 断末魔の悲鳴を上げる暇もなく、聖王教会を二分する強硬派の首魁はその命を絶たれた。

「き、貴様!」

 一瞬の早業に呆然としていた騎士カーリナだったが、ソナタ枢機卿が倒れた事により我に返る。
 腰に佩いていた剣を抜こうとした。

 そう、抜こうとした……、だけだった。

 抜けない。抜こうにも、剣の柄に触れられない。
 ただ、腕が宙を切るばかりで……。

「えっ?」

 騎士カーリナは慌てて腰を見る。愛剣であるティソーナは腰にあった。
 では、何故つかめない。何故、何故、なぜなぜなぜ……。
 剣を掴むはずの手が無いのだ。いや、手が無いわけではない。なぜなら、少しはなれた床に手首から先が転がっていて……。

「わ、私の……」
「ふふふふふ、お久しぶりですね。シスター・カーリナ。あ、今は騎士カーリナでしたっけ?」

 何故、何故こいつの声がここに……。
 なぜ、凶悪なテロリストなシスター・ミトがここにいるのだ!?

「み、ミト!」

 叫び上げる騎士カリーナに、シスター・ミトの返答は重い蹴りであった。
 腹部を狙ったその蹴りは、女の身体を軽く吹き飛ばす。家一軒くらい軽く買えるほどの調度品を砕きながら、騎士カーリナの身体は壁に強かに叩きつけられた。

「呼び捨てにされるほど仲が良かったわけじゃありませんよ、騎士カーリナ。それにしても鈍りましたねぇ、最初の一撃に気付けず、今の蹴りはかわせないなんて」

 そう、知り合いではあるが仲が良かったわけではない。
 かつて、シスター・ミトがまだ教会にいた頃、聖王教会の競技会で何度か顔をあわせた。その程度の関係だ。
 当時はこの二人にシスター・シャッハを合わせた三人が上位を競い合い、いずれは3人とも優れた騎士になるだろうと言われていた。もっとも、シスター・シャッハは早々にカリム・グラシア付きとなり、シスター・ミトは師匠であり育ての親であったシスター・エリーゼの孤児院で働くため一線から退いた。
 競技会で顔をあわせていたのは、ほんの数年。それ以降は顔をあわせる事など無く忘れてゆく。そんな関係だった……。

「うふふふふ、政治や陰謀ばかりにかまけて、腕を磨くのを怠るなんて本末転倒ですよ」
「な、何を……、ぎゃああああああああっ」

 執務室に再び女の叫びが木霊する。シスター・ミトの手にした戦斧が騎士カーリナの肩に深々と食い込んていた。

「勝手に喋らないでくださいね。我慢できなくなっちゃうから。
 ……あっと、いけないいけない。そうそう、今の私が知らないと思っているのですか? 相変わらず、人を過小評価する悪癖は治っていませんね」
「ま、まさか……」
「やっと気付きましたか、お馬鹿さん。知っているんですよ~、マザーの孤児院を襲った、その黒幕が誰かをね」

 当時、聖王教会で頭角を現し始めたソナタ枢機卿ではあったが、神学者出身であるために政治基盤が脆弱であった。
 特に反管理局を掲げるその姿勢は、現場の人間の受けが良くなかったのだ。トップに躍り出るためには、どうしても現場で働く戦力が必要だ。ソナタ枢機卿はなりふり構わぬ戦力集めに奔走する事になる。
 そんな中、早々に一線を退いたレアスキル持ちのシスターに目を付けるのは当然の流れだった。
 もっとも、当時のシスター・ミトは中央での栄達などには興味が無く、初めて得ることの出来た家族と共にある事を選んだ。血は繋がらなくとも愛してくれた母と、育ち巣立っていく孤児達の面倒を見るのに必死だった。
 暴力と暗闇そして苦痛の中、10歳の誕生日を向かえる前に終わった前世と違う、どこにでもある平凡な、優しい日々を過ごしていた。
 だが、そんな日々も血と炎により終焉を迎える。

「ま、まて、あれはソナタ枢機卿のめい……がっ!」

 何かを言おうとした騎士カーリナであったが、その言葉もまた、シスター・ミトの放った戦斧の一撃により封じられた。
 刃の無い部分による一撃に、騎士カーリナの歯がまとめて砕ける。

「勝手に喋るなって言ったでしょう。まったく、いけない子ですね~。言ったでしょ、全部知ってるって」

 その日、彼女は孤児院から離れていた。顔見知りの管理局員の呼び出され町に出ていたのだ。
 男の用といってもありふれた話で、安月給からなんとか捻り出した資金で購入した指輪を、一世一代の言葉と共にミトに渡そうというだけだった。彼女も、不器用だけど真面目で正義感に溢れた優しい男に好感を抱いていた。
 本当にどこにでもある、ありふれた話でしかない。
 だが、幸せの絶頂になったかもしれないその日は、直後に人生最悪の日へと様変わりする。
 シスター・ミトが働いていた孤児院に暴漢が押し入ったのは、日が暮れてすぐだった。かつては名を馳せた騎士であろうとも、年老いたシスター・エリーゼでは荒くれどもを退ける事など出来なかった。
 教会に戻った彼女が見たものは、火に包まれた孤児院と屍の山と、物言わぬ躯となったシスター・エリーゼを殴打する男たちの姿だった。助かったのはシスター・ミトと、日が暮れても遊びまわっていた……あるいは、姉であり母であった女の幸せを祝福しようとした悪ガキが数人だけだ。
 この時、シスター・ミトは初めて人を殺した。

「知っているんですよー。ソナタ枢機卿が孤児院を締め付けて私を確保しようとしていた事を。そして、私がソナタ枢機卿の下につけば立場が脅かされかねない。そう思った貴女が何をしたのかを」

 郊外といえ、都市部でこんな事件が起これば地元警察や管理局が動く。直に管理局の部隊が孤児院の周りを包囲する。
 少しだけ安心したシスター・ミトであったが、それは終わりではなく始まりだった。
 管理局員だと思っていた連中が狙ったのは、暴漢ではなく血塗れのシスターと生き延びた孤児たちだった。非殺傷設定が切られた魔法弾を受ければ、華奢な子供の身体などひとたまりも無い。襲撃の難を逃れた子供も次々に倒れてゆく。
 多勢に無勢の前に、シスター・ミトが連れ出せたのは、魔導師として訓練を始めていた二人の子供と、心配して駆けつけてくれた局員の男だけだった。
 管理局がこの有様だ。自分達に安住の地は無い。そう悟った彼女達は地下に潜り、管理外世界に逃れる。孤児院で大虐殺を行なったシスターが広域指名手配になったと聞いたのは、それから数日後の事だった。

 騎士カーリナと、当時の地上本部長が懇意だったマフィアを使い襲撃をさせた。当時は素人同然だったが、調べるのはさほど難しくなかった。
 あるいは、この情報は騎士カーリナの放った罠だったのかもしれない。実際に、この情報を調べ上げた後、元局員だった男は単身で地上本部長を襲撃し殺害、その後は自殺に見せかけ殺害されている。

 シスター・ミトは騎士カーリナの所業を一つずつ述べると、彼女から戦斧を離しながら最後にこう付け加えた。

「まぁ正直、今となっては貴女なんてどうでもいいんですけどね~。復讐する意味なんて無いですし~」
「え?」

 あまりといえばあまりの言葉に、騎士カーリナは恐怖も忘れ呆然とした声を上げる。あるいは、そう言い放ったシスター・ミトの態度が本当にどうでも良いという感じだったからかもしれない。
 そして実際、シスター・ミトにとってこの女の存在はもはやどうでも良いものだった。その後盟主と出会い、別の目標を持ったのだ。今更こんな小物に復讐する意味など無い。

「だ、だったら……た、たすけ……」

 シスター・ミトの言葉に騎士カーリナは一縷の望みを見出す。この場さえ生き延びれば、なんとか……。
 だが、その一縷の希望を見出した瞬間こそ、シスター。ミトがもっとも見たかった瞬間であり、待っていた瞬間だった。

「でも、ケジメはケジメですからね~。……貴様の手にかかった私の家族、その数をその身に刻みつけて死ね」

 常に浮かべていた慈愛の笑みをほんの一瞬だけ消すと、シスター・ミトは戦斧を何度も振り下ろす。
 鈍い音がするたびに、騎士カーリナの断末魔の叫びが執務室に木霊する。だが、結界に包まれたこの部屋の声が外に漏れる事は最後まで無かった。



 世間一般から見れば自分も悪趣味だという自覚のあるドゥーエだったが、シスター・ミトの行動は彼女の目から見ても常軌を逸していた。
 自身も獲物を嬲るような言動をとることはあるが、殺すときは一瞬で済ませるようにしている。一撃で殺せる獲物を何度も切り刻む意味など無い。はっきり言ってしまえば不合理であり無意味だ。

「復讐は終わったかしら?」

 そして、他人が嬲った死体を見て悦に浸るような変態趣味も無い。
 シスター・ミトの悪趣味な行動に眉をひそめていたドゥーエだったが、打撃音がおさまるのを待って声をかけた。

「あらやだ、復讐じゃなくて取引先へのサービスですよ」

 どうだか。
 ドゥーエは咽元まででかかった言葉を飲み込んだ。
 サービスという割には、あの女を嬲っている間も、一瞬たりともこちらに対する警戒を解かなかった。いや、それどころか常に殺気を見せていたではないか。
 もっとも、それを声に出して指摘するほどドゥーエも子供ではない。第一、この手のタイプははぐらかすだけでまともに取り合わないだろう。基本的に自分やドクターと同じタイプだ。
 そう直感で感じたからこそ、ドゥーエはこの女に対しては利用価値の有無で考える事にする。利用価値がある以上は無意味に挑発する意味など無く、ビジネスライクに付き合えば良いだけだ。
 ドゥーエは内心で溜息を一つつくと、シスター・ミトに確認を取る。

「そう。だったらそろそろビジネスの話をしましょう」
「それもそうですね、人が来ても困りますし。こちらがご注文の品ですよ~」

 そう言ったシスターのすぐ傍に魔法陣が発生する。魔法陣は一瞬強く輝くと、内側から初老の男が出現した。
 ドゥーエはすぐさま、出現した男をスキャンする。見た目は問題ない、中身も……大丈夫だ。命令通りに動く。
 品物を確認し安心するドゥーエに対し、シスター・ミトは不服そうだった。珍しく眉をひそめると、ドゥーエに尋ねる。

「そちらの仕様書通りに作りましたけど、よろしいんですか?」
「何がですか?」
「このクローン枢機卿ですが、せいぜい半年、長くても1年しか稼動しませんよ?」
「その事なら問題はありませんよ」

 短期間の作成なのだから、稼働時間が極端に短いのは仕方ない事だ。それにどうせ長く使う気など無いし、使えるような状況でも無い。
 スカリエッティがプロジェクトFや戦闘機人、人造魔導師のデータを代価にシスター・ミトの組織に発注したのは、ソナタ枢機卿のクローン人形の作成だった。
 自前で作成できない事は無いのだが、こんな使い捨ての人形に手間を取られる事をスカリエッティが嫌がったのだ。

「それならよろしいんですが、後で文句を付けないでくださいね」

 若干不服そうだが、それで構わないのだ。
 元々ドゥーエが今回ソナタ枢機卿を暗殺したのは、この人形と入れ替えた後、彼の持っていた資金ルートや政治的コネクションを根こそぎ奪うためだ。
 時空管理局最高評議会のバックアップを秘密裏に受けていたスカリエッティは、本来なら資金に関しては心配する必要など無かった。だが、この世界にはありえたかも知れない物語が流入している。
 ほぼ完璧な物語を入手したスカリエッティではあるが、それは同時に最高評議会も同じ情報を手に入れる可能性を示唆していた。
 最高評議会が物語の情報を手に入れた場合、最悪は準備が整う前にスカリエッティの粛清に走る可能性がある。この場合逃げる分には大した手間ではないのだが、今まで手にしていた潤沢な資金が断たれてしまう。

 それでは困るのだ。そんな事態になれば、研究が続けられなくなる。

 最悪の事態を想定すれば、どうしても最高評議会に変わるスポンサーを見つけなければならない。そこで目を付けたのが、聖王教会で反管理局の旗頭となっているソナタ枢機卿であった。

 もっとも、接触を図った初期の段階では、別に暗殺を考えていたわけではない。
 現在の研究テーマが完了すれば、資金など気にする必要がなくなる。あくまでもつなぎとして、彼に目をつけていたに他ならない。
 ところが、事態が変わったのはおよそ2ヶ月前。何をトチ狂ったのか、闇の書や高町なのはを手に入れる為、配下を動かしはじめたのだ。時空管理局は巨大組織ゆえの鈍さはあるが、決して無能ではない。
 聖王協会の全てを牛耳っているというならともかく、今のソナタ枢機卿の力では逮捕してくださいと言っているようなものだ。

 沈む船に乗る馬鹿はいない。だが、ソナタ枢機卿のもつ資金ルートや反管理局コネクションは魅力的だ。どうしても手に入れたい。

 そこで無能な本人を消した上で、クローンを使い彼の持つ資金やコネクションをスカリエッティに移す作戦を計画した。
 既に準備は済んでおり、後は本人の殺害だけだった。聖王の遺伝子確保など今回はついでに過ぎない。

「ええ、大丈夫です。ただ……」
「ただ?」
「それだけは掃除をしていってくださいね。さすがに面倒ですから」

 そう言ってドゥーエが指さしたのは、騎士カーリナだった物であった。原型を留めないほどに無茶苦茶にされた死体を処分するのは一苦労だ。まったく、何を考えているんだか……。
 若干非難の視線を向けてくるドゥーエに、シスター・ミトは悪びれなく微笑むと、魔方陣を展開する。

「ああ、言われてみればそうですね。適当に捨てておきますね。サービスで、そっちの老人も一緒に処分しておきましょう」

 そう言うとシスター・ミトは笑みを崩す事無く、魔法陣に二人の遺体を放り込んだ。



 ある管理外世界で早朝ジョギング中の主婦が身元不明の老人の刺殺遺体を発見する。すぐさま現地警察が捜査にあたったが、不思議な事に最後まで老人の身元が判らず事件は迷宮入りする事となる。
 また、別の管理外世界のゴミの山に捨てられた肉片は、最後までそれが人だと気付かれる事無く朽ち果てていった。



[12318] A’s第13話(4 あるいは幕間2)
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:64bac739
Date: 2011/02/18 03:28
A’s第13話(4 あるいは幕間2)



「おわったぁ……」

 ようやく全部の書類を片付け終わった俺は、与えられていたデスクに突っ伏した。膨大な量の書類を片付けた俺をほめてあげたい。がんばったね、神様ありがとー。

 若干ハイ気味だが、これには訳がある。今回の事件は逮捕者だけでおよそ100人、さらに次元航行艦が一隻撃沈、一隻中破という、ここ10年で考えれば前代未聞の大事件だ。さらに、海鳴近海に時の庭園と墜落した次元連絡艇という片付けなきゃならないものがある。これらの後片付けと各種の書類と報告書でこの一週間は大忙しだった。
 事件が事件だけに書類の量が大変な事になっているのだ。艦の航行勤務が休憩時間に感じる、それぐらいの量だった。
 実のところ、ユーノや姉ちゃんが手伝ってくれなきゃ、クロノさんやティーダさんも含め、まだ書類仕事は終わっていなかったと思う。

 それに、少しはしゃぐぐらいにしておかないと、余計な事を考えそうだしね。

「あー、ヴァン」

 精も根も尽き果てた、そんな様子の俺にクロノさんが苦笑を浮かべ声を掛ける。

「どうしましたか?」
「悪いが、この書類書き直しだ」
「あ、こっちも直してくれ。これじゃ、戦闘状況がわからねーぞ」

 提出した書類にダメ出しをするクロノさん。さらに、追撃を掛けるティーダさん。
 上官二人のコンビネーション攻撃にヴァンは死んだ。神様のバカやろー。

「ほら、突っ伏してないで書類片付けろ」

 いや、自業自得なんだけどね……トホホホ。



 盟主による闇の書暴走、そしてリインフォースの消滅から一週間が過ぎた。
 この間、アースラは地球近くの次元空間に留まる事を余儀なくされた。
 闇の書との戦闘……、厳密には盟主によるアースラへの攻撃と最後のアルカンシェル発射の余波により、魔力炉の一つが完全に機能を停止し、さらに艦前方部のブレードが1本中からへし折れてしまったのだ。
 ある程度戦闘から時間が経過しており応急修理が進んでいたといえ、よく最後にアルカンシェルを撃てたもんだ。
 まぁ、それはともかく、この状況での長期航海は危険な為、地球近海で応急修理を行う事になった。
 時の庭園も地球に飛ばされていた為、沈んだ次元航行艦ヘイローズのクルーを収容する場所や、応急修理用のドックに困らなかった事がせめてもの救いだろう。

 そうそう、なのはと八神一家は管理世界に戻らず、このまま地球に帰る事になった。はやてはともかく、なのはは往復すると夏休みが終わっちゃうもんな。
 ちなみに、当然だがフェイトは俺たちと一緒に管理世界に戻る予定だ。なんせ、まだPT事件の裁判が終わってない。今回の件は不可抗力だから裁判に影響が無いといいのだが……。

 アースラの応急修理も完了し、後2~3日様子を見た後に管理世界へ帰還する。
 俺がリンディ提督に呼び出しを受けたのは、そんな日の事だった。



「ヴァン・ツチダ空曹入ります」
「入りなさい」

 俺がアースラの艦長室に来るのは5回目だ。1回目と4回目は妙な茶席風だったが、今回は普通の艦長室だった。人の趣味をとやかく言う気は無いが、あのセットを何処にしまっているのか謎である。
 しかし、何だって呼び出し食らったんだろう。今回は心当たりがまるで無い。
 事件に関するあれこれの聞き取りなら会議室を使うだろう。ここに呼び出されたって事は、あまり周囲には聞かせたくない話があるって事なんだろうけど……。
 もしかして、提出した書類に何か不備が? でも、その場合はクロノさんかティーダさん経由で説教食らうだけだろうし……。

「ごめんなさいね、急に呼び出したりして」
「いえ、問題ありません」
「あらあら、緊張しなくても良いのよ」

 緊張した面持ちの俺に、リンディ提督は席を薦めながら微笑みかける。
 もっとも、そう言われても緊張が解けるわけが無い。とりあえず顔なじみにはなったが、それでもこの人は俺にとって雲の上の人なのだ。
 現場に出ているときは気にならないというか、そんな事にかまっている余裕は無いのだが、本来は俺みたいな下っ端が直接話すなんて事はめったに無い人である。というか、クロノ執務官だって本来ならば雲の上の人に違いない。
 よくよく考えると、なのはとかユーノの事で色々ありすぎて若干てんぱっていたとはいえ、PT事件の時よく訓練をつけてくれなんて無茶を言えたよな、俺。
 提督と一対一というありえない状況のため、マルチタスクをフルに使い現実逃避していた俺だったが、同じ魔導師であるリンディ提督にはお見通しなのだろう。彼女は笑いながら手近にあった急須を取り自らお茶を……って、おい。

「提督、お茶なら私が入れます」
「あら、いいのよ、ここは私の部屋なんですから。お砂糖はいくつかしら?」

 いや、良くない。なのはやはやてといった部外者がいた時ならともかく、提督自らお茶を入れるなんてこっちの心臓に悪い。
 もっとも、リンディ提督は地か計算か知らないが、のほほんと微笑みながらお茶をいれ、砂糖の数まで聞いてくる。

「砂糖とミルクは無しで」
「あら、お茶は苦くても平気なのね」

 いやいや、緑茶に砂糖を入れるってのは珍しくは無いらしいけど、自分としてはどうかと……。
 特にリンディ提督の場合は、入れる砂糖の量が半端じゃないからなぁ……。あれじゃ、砂糖入りのお茶じゃなくて、お茶風味の砂糖水だ。
 ちなみに、『苦くて』の部分はピーマンが食べられない事を揶揄しているのだろう。いいじゃないか好き嫌いがあっても……。大人になったら食べられるようになるから。

「はい、曽祖父が日本からの移住者だったもので、その影響で」
「あら、そうなの。そういえば、日本じゃ緑茶に砂糖は入れないってなのはさんも言っていたわね」

 そう言いながらのほほんとお茶をすするリンディ提督は、制服を着てなきゃとてもじゃないが管理局の提督には見えない。いいところ、近所のお姉さんだ。
 おばさんじゃないのがこの人の怖いところだ。魔導師が老けないなんて事は無いはずなんだが……、桃子さんといいリンディ提督といい、いったいどうなってるんだろう?

「なんか、今失礼な事考えなかった?」
「いえ、考えておりません」

 一瞬だけ凄く睨まれた気がするが、とりあえず気にしない事にする。
 その後、リンディ提督と雑談が続く。もっとも、提督が尋ね、俺が答えるという繰り返しだ。内容も、『アースラの皆と上手くいってる?』だとか、『クロノはちゃんと訓練見ている?』とか『なのはさんとどこまでいったの?』だとか、当たり障りの無い……いや、最後だけ茶を噴出しかけたが、とにかく、そんな雑談ばかりだった。
 しかし、この雑談が本題のはずは無いだろう。俺みたいな下っ端に構っていられるほど、提督は暇じゃないはずだ。

「ところでヴァンくん、ちょっとお願いしたい事があるんだけど」
「はい、何でしょうか?」
「もうちょっとだけ、地球に残っていて欲しいんだけど」
「構いませんが……ってええっ?」

 一瞬、この人が何を言っているのかわからなかった。
 引き抜き……は、ありえない。魔導師として平凡な才能しかない俺は、海の提督が直々に引き抜くような人材じゃないはずだ。正直、今回と同規模の事件がおきたら殉職する自信がある。
 なのはたちを管理局にスカウトさせる……これも無いか。第一、俺の後見人はオーリス・ゲイズである。今回の事件では陸と協力したとはいえ、基本的に海と陸は犬猿の仲だ。スカウトに陸の介入を招きかねない俺を使うとは考えにくい。

「え、えっと……」

 口をパクパクさせながら考える。
 こうなると、俺自身に問題があるのか?

 って、よくよく考えれば、思い当たるフシが多すぎる。
 管理外世界の住民への魔法関係の情報開示して、無断で民間人を協力者に仕立て上げ、この間は航行中の次元航行艦に大穴を空けたっけ。不可抗力だったとはいえ、懲戒免職されてもおかしく無い所業ばかりだ。

「左遷ですか?」
「それに近いわね」

 目の前が一瞬真っ暗になった。

 思わず呟いた言葉に、リンディ提督が真面目な表情で頷く。9歳……いや、実は誕生日前だから8歳で左遷とは……。出世にはさほど興味が無いとはいえ、我ながら酷い人生だ。
 動揺が顔に出たのか、リンディ提督は苦笑いをしながらそこまで思い悩む事ではないと言う。

「まぁ、ヴァンくんの責任じゃないんだけど、ちょっと地球でほとぼりを冷まして欲しいのよ」
「私の責任じゃない……と、私の責任ではないと?」
「今回の事件で、ちょっと上がごたついていてね」

 今回の闇の書事件は、言うまでもなく管理局と聖王教会の大スキャンダルだ。
 ロストロギアである闇の書関連に関しては報道管制がしかれているとはいえ、白昼に行なわれた病院襲撃に関してはごまかしようが無い。聖王教会強硬派に属する騎士がテロ容疑で逮捕されたのは、トップニュースで報じられたそうだ。
 こうなると、強硬派に協力していた管理局の一部高官もただではすまない。まだ事件終結から1週間だが、てんやわんやの大騒ぎをしているらしい。
 特に首が飛ばされそうな連中はアースラチームの粗探しに必死だそうだ。
 そして実際に、探さなくても見えるほど大きな粗が今回はある。なんせ、次元航行艦が一隻撃沈、一隻中破という大きな被害が出ている上に、重要参考人の自爆まで許してしまった。
 現場に出ていれば闇の書を相手にしてコレで済めば御の字な被害でも、裏方からすると大変な被害らしい。
 問題のある俺を帰還させ、さらに突っつかれるのを避けたいのがリンディ提督たちの本音だった。
 また、どうも地上……というか、レジアス少将が俺を突っつかれるのを嫌い、リンディ提督の提案に乗ったようだ。
 俺は後見人が地上本部のレジアス少将の娘な上に、何でか知らないがクロノさんの一番弟子扱いだ。俺を突っつけば、そっちまで攻撃できると考えた連中がいるのだろう。

 しかし、一番弟子扱いは名誉だとは思うが、俺には荷が重い。クロノさんはこのまま順調に行けば提督になるだろうし、魔導師として才能のある弟子を取る事になるだろう。その時、一番弟子扱いが俺みたいな凡人じゃクロノさんの立つ瀬が無い。
 まぁ、人の噂も七十五日だ。弟子入りしたわけじゃないんだし、そのうちこの噂も消えるだろう。

 管理世界のドタバタを説明し終えたリンディ提督はぬるくなったお茶を口に含むと、最後にこう締め括る。

「現場にいる人間としては、正直頭が痛いんだけどね」

 まぁ、現場に出ているものなら誰でも一度は思う事だろう。
 管理局も結局はお役所であり、人間の組織だ。政治的な駆け引きも必要な事は分かる。現場の人間が動けるのも、裏方の連中が各方面を相手に色々と調整してくれているおかげだ。
 とはいえ、死ぬような思いで事件を解決したら上の政治劇に付き合わされるんじゃ、正直に言えばやってられない。

「まぁ、上のドタバタはついでで、本命はなのはさんたちの事なの。なんだかんだで、一番彼女たちと親しいのは貴方でしょう」
「はい、そうです」
「こっちに連絡係と護衛を残す事になったんだけど、最初の2~3ヶ月は顔見知りにいて欲しいのよ」

 なのはたちが優れた魔導師と言え、やはり9歳の女の子だ。同年代の局員がいるのは彼女達にとって心強いだろう。
 騎士クラウスの言葉が本当なら、今回の事件は聖王教会、それも相当上の人間が絡んでいる。首謀者が捕まるまでは、どこにいたとしても安全って事は無い。
 まぁ、戦力的には高ランク魔導師が集まっているこの町へ簡単に手出しは出来ないだろう。それに立て続けに重大事件が起こっているため、第97管理外世界への監視は相当強まっている。信者がいる管理世界より、こっちのほうが安全かもしれない。

「しかし、なんで2~3ヶ月なんですか?」

 長期間地球にいろと言われても困るが、2~3ヶ月とは中途半端な数字だ。内心首を傾げる俺に、リンディ提督が若干表情を曇らせながら理由を説明する。

「丁度それぐらいにフェイトさんの裁判が終わるでしょ。終わり次第彼女に護衛を頼もうと思っているの」

 確かにこういった長期滞在任務は正規の局員よりも嘱託魔導師向きの仕事だ。
 それと、リンディ提督が表情を曇らせた理由だが、聞かなくても何があったのか想像がついた。

「フェイト相手にも、いつもの連中が湧いたんですか?」

 呆れ半分、嫌悪半分で尋ねる俺に、リンディ提督も苦笑いと嫌悪を滲ませて頷く。

 こんな仕事をしていると、事件や事故に巻き込まれ親を失った子供の話はよく聞く。というか、俺もその一人だ。
 そういった親を失った子供たちの中には、親の遺産を継ぐ例も少なく無い。
 そして、どこから聞きつけて来るのか知らないが、そんな子供の財産を狙う輩というのが後を絶たないのだ。

 フェイトには次元庭園という莫大な財産がある。まだ所有権はプレシア・テスタロッサにあるはずだが、彼女が行方不明のままなら、数年後には娘のフェイトに所有権が転がり込む。仮にプレシアが戻ってきたとしても、その間のフェイトの養育費を請求できるだろう。
 次元庭園の資産的な価値がどれぐらいなのかわからないが、控えめに考えても人一人が一生遊んで暮らせるぐらいの金額にはなるはずだ。
 財産目当てのハイエナが群がってきたのは想像に難くない。

「自称フェイトさんの親戚や、ご兄弟、善意の里親が呼んでもいないのに大勢来たわ。まぁ、皆お引取り願ったんだけど」
「色々言われませんでした?」

 よくあるのが管理局は才能のある子供を引き取って無理やり働かせているって奴だ。
 だが実際は、当たり前ではあるが子供たちにも職業選択の自由がちゃんとある。子供たちが管理局で働き続けるのは社会復帰プログラムの一環や、他に行き場や就職口が無い。あるいは、やりたい事の為の種銭稼ぎや資格習得目当てなど、それぞれに理由があるというだけだ。
 てかね、子供が一人で生きてくって、大人以上に大変なのよ。子供でも働けるミットチルダではあるが、就職口が豊富にあるという訳じゃない。一般的な企業は、ある程度の高等教育を受けた人しか取らないしね。
 施設に入るのが嫌なら、働けて教育も受けられて資格も取れる管理局で働くのも悪い選択じゃない。

「子供がそんな事を気にしない」
「はい」

 とはいえ、こんな事を当事者以外がわかるわけも無い。リンディ提督の表情からすると、やっぱり色々言う奴もいたのだろう。連中の言う事も一利ないわけじゃないしね。
 でも、呼ばれもしないでも来るような連中は大概はロクなもんじゃない。

 現在は裁判中だし、追い返すのは難しくなかったはずだ。しかし、何時までもそういうわけにはいかない。
 偉そうな事を言っても、時空管理局も結局はお役所だ。世界にもよるが、子供に保護者はつけなければならないし、内心がどうであれ条件をクリアすれば資格有りと認めなければならない。
 そして、嫌な話だが、通常の場合は保護者の選定は大人の事情で一方的に決められてしまう。

 さらに財産以外にも、フェイトにはプロジェクトFという大きな秘密がある。フェイトを引き取りたがる人間は多いのだろう。

 だが、もしもフェイトが嘱託魔導師資格を持っていれば、自立した社会人として保護者の選定にフェイトの意向が強く反映される。ふざけた連中を排除するのも容易になるのだ。
 フェイトは若干物分りがよすぎるところがあるが、使い魔のアルフは保護者がふざけた奴だった場合、主を守るために動くだろう。プレシアの件で、アルフはアルフなリに考える事があったらしいし。

 リンディ提督の考えがようやくわかった。嘱託魔導師になるようフェイトに薦めた本当の理由はコレか。

 PT事件においてフェイトは実行犯だが、詳しい事情を知らず母親の命令に従っただけだ。ジュエルシードがどのようなものかも、わかっていなかったと思う。どう考えても、悪いのは首謀者であるプレシアだ。
 さらに、年齢が年齢であり、環境的にもよかったとは言いがたい。別に嘱託魔導師になっていなくても、さほど判決は変わらなかったはずだ。せいぜい、社会復帰プログラムの長さが若干変わるぐらいか……。

 フェイトには目的があるとはいえ、前例が無い裁判中の嘱託魔導師資格取得なんて無茶をすると思っていたのだが、これが本当の理由だと考えるなら納得がいく。
 フェイトの事を考えれば、無理をしてでも嘱託魔導師資格を取らせたのだろう。

 俺の勝手な妄想かもしれないが、それほど外れて無い気がする。
 話しながらそんな事を考えていた俺だったが、不意にリンディ提督が怖い表情をした。

「ヴァンくん」
「はい」
「貴方が今何を考えたのかはわかりませんが……。あまりフェイトさんに余計な事を吹き込んじゃ駄目よ」
「了解です」

 推測をベラベラしゃべる趣味も無いので、俺は素直に頷く。
 それにどうせ、フェイトもいずれは俺と同じ結論に辿り着くと思うしね。

「話が逸れたわね。で、ヴァンくん。地球に残る件だけど、良いかしら?」
「部隊次第になるとは思いますが、私はかまいません」

 盟主がいなくなったとはいえ、油断は出来ない。
 俺も考えなきゃならない事があるし、丁度良い機会だ。

「よかったわ」

 俺の快諾が得られたので安心したのか、リンディ提督は朗らかな何時ものリンディ提督に戻ると、手元にコンソールを操作する。俺の次の任務に関する書類を回したのだろう。
 こうなると、部隊にも話は通っているのかな? この手際のよさは見習いたい。

 俺が感心している横で甘いお茶を美味しそうに飲み干した提督は、話の締めくくりにこう言った。

「あ、そうそう。イオタさんとレインさんも、はやてさんの経過を見る為に少しこっちに残るらしいから、二人の面倒もよろしくね」
「すいません。先ほどの話、考え直させてください」

 最後に落とされたとんでもない爆弾に、俺は条件反射的に即答する。
 てか、あの連中も帰る予定じゃなったのか?

「先ほど了解したじゃない」
「断られるのをわかっていて、あえて黙っていたでしょ。提督!」
「あ、わかっちゃった。ごめんなさい」

 両手を合わせ、拝むように謝るリンディ提督に先ほどまでの威厳は無い。
 てか、カワイコぶってごまかすんじゃありません。歳を考えなさい、歳を。

「俺一人じゃ無理ですよ、あの人たちを止めるのなんて! 昨日だって食堂をぶっ壊したでしょう!」

 まぁ、ぶっ壊したのはイヴ二等空尉なのだが。原因はイオタ及び一部の馬鹿が隠し撮り写真……それも、かなりきわどい奴の売買を行なっていたからだ。
 ちなみに、現在の一番人気はシグナム、僅差でレインさんらしい。ザフィーラもコアな人気があるとか無いとか……。

「大丈夫、イヴさんも帰る予定だから」
「もっと止められません!」

 俺の叫びが艦長室に木霊する。
 まぁ、いくら叫んでも一度決定した任務は覆る事など無かったのだ。





「……てな事がありまして」
「それは、まぁ、なんだ。かんばれ」

 まったく心の篭って居ない同情のエールが嬉しいよ、ティーダさん。
 リンディ提督の部屋から戻った俺を待っていたのはティーダさんだ。ちなみに、この人はもちろんミッドチルダに帰る組だ。まぁ、二人しかいないAランク魔導師を長い事部隊から離しておくわけには行かないのだからしかたがない。
 自販機の前でだべりながら、俺は溜息をつく。

 最後の不意打ちだけはずるいが、あの人が本気で命令すれば俺みたいな下士官は逆らえない。事前に聞いてくるだけありえないぐらい良心的なのだ、リンディ提督は。
 とはいえなぁ、別にイオタの事は嫌いじゃないが、暴走すると俺じゃ止められない。
 盟主一味の俺の同類への対策やらなにやら、考えようと思っていたんだけど、とてもじゃないが色々考えている時間は無いだろう。
 せめて、現地のお巡りさんの迷惑にだけはなりたくないものだ。

「なあ、ヴァン。落ち込んでいるくらいなら止められる人にコツを聞いて来たらどうだ?」

 普段のティーダさんなら、俺が地球に暫く滞在すると聞いたら、なのは関係でからかってくるだろう。
 だが、この時の俺はよっぽどへこんでいたらしく、からかうどころかアドバイスまでくれた。

「止められる人って言うと、イヴ二等空尉ですか?」
「まぁ、そうだな」

 物理的に止めろと言われるだけな気がする。
 まぁ、気分転換にはなるか。俺は立ち上がり空き缶をゴミ箱に捨てると、力の無い笑みを浮かべる。

「じゃあ、ちょっと言ってきます」
「おう、頑張れよ」

 そう言って手を振るティーダさんを見ていると、ふとリインフォースの事が脳裏によぎる。
 それでも盟主の仲間がこの人にちょっかいかける可能性があるんだよな……。この人も、物語にかかわりのある人だから……。

 後から考えると、この時の俺は若干弱気になってたんだと思う。忙しく働いている時は気がまぎれたが、物語という余計な知識があったゆえに、リインフォースの件は正直堪えていた。
 死に立ち会うのは初めてじゃないし、俺が助けたんだと思い上がるほど何もやってない。

【主はやて、守護騎士たち、それから、小さな勇者たちと勇敢な番人たち……。ありがとう。そして、さようなら】

 それなのに、笑って死んでいったリインの姿が脳裏から消えないのだ。
 いや、知識があったとしても盟主の行動は予測なんて出来なかった。そもそも、海鳴に来た事自体イレギュラーなのだ。あれを止める事など出来なかったと、理屈ではわかっている。
 だが、それでも俺は“知って”いた。
 ふと気を抜くと、自問自答してしまう。
 はたして俺は、彼女に礼を言われるほど勇敢だったのか。我が身可愛さに、彼女を見捨てたんじゃないのかと……。

 そんな事を考えていた俺は余計だと思いながらも、冗談を装いこんな事を口にしていた。

「ティーダさんはミッドチルダに帰るんですよね」
「ああ、そうだ。ティアナの事も心配だしな」
「俺がいない間に、落ちないでくださいよ」

 冗談めかした、別になんでもない会話のはずだった。
 だが、ティーダさんの変化は著しかった。何時もの気のいいアンちゃんと言った風情は消え、重大事件を前にした時にみせる真剣な表情に切り替わる。
 何事ですか、と俺が聞くより早く、ティーダさんは俺の肩を掴みこう尋ねていた。

「ヴァン。お前もしかして……お前も、アレを見たのか?」
「アレって?」

 呆然と聞き返す俺に、ティーダさんは闇の書に囚われていた時に見せられた夢の話を始める。
 その内容は驚くべき内容であり、俺の知る物語ではありえない内容だった。
 そして、これは転生者、来訪者、あるいはトリッパーと呼ばれる存在の根底に触れた、最初の瞬間であった。




 * * * * * * * * * * * * * *





「相変わらず、勘の良い子ね……」

 少年が退出したのを待ち、リンディは小さく溜息をつく。
 イオタの件を最後に残しておいて正解だった。色々と考える子だ、余計な事にまで考えが及ぶ可能性がある。

「ミッドチルダから引き離してみたけど、どう動くのかしら」

 ヴァンを地球に滞在させる為に使った理由に一切の嘘はない。なのはたちの為というのも本当だし、上層部がごたついているのも事実だ。
 幸い地上本部との折衝も拍子抜けするほどズムーズに行った。レジアス少将がヴァン……あるいは、その後見人であるオーリスの経歴に傷が付くのを望まなかったのだ。

 だが、そんな彼もリンディが地上に借りを作るのを覚悟でヴァンの出向を延長した訳は気がついていまい。

 すなわち、ヴァン・ツチダという少年に対して様々な疑念があるという、この一点だ。

 元々図りかねる部分がある子ではあったが、そこまで疑わしい子でもなかった。
 彼がなのはやユーノに見せる友情や信頼は本物であったし、クロノを尊敬して慕っているのも嘘偽りは無いだろう。ヴァン・ツチダが勇敢な局員である事には、疑いの余地など無い。

 だが、ここに来てヴァン・ツチダにある疑惑が浮上してきた。
 それは、本局にいるマリエルから送られてきた、ある調査報告からはじまった。

「戦闘機人……か」

 戦闘機人とは人の身体と機械を融合させ、常人を超える能力を得た存在である。鋼の骨格と人工筋肉を持ち、遺伝子調整やリンカーコアに干渉するプログラムユニットの埋め込みにより高い戦闘力を持つ。
 もっとも、現在ではもろもろの事情で禁止されている技術であり、生まれてはいけない存在のはず。
 だが、そんな戦闘機人が、今回の闇の書事件では4人も確認されたのだ。

 時の庭園内で戦闘を行なった青いボディスーツを着た3人の少女達。そして盟主、不破ナノハ……。

 特に盟主に関しては、1年前に保護された少女たちを生み出した組織が、平行して研究していた戦闘機人の生き残りだった可能性があるらしい。
 なるほど、それなら盟主が“スバル”を名乗ったのも偶然ではないと考えられる。

「年齢的には合わないんだけどね」

 ヴァン・ツチダの後見人であるオーリス・ゲイズの父親であるレジアス少将は、かつて戦闘機人の導入を主張した事がある。
 もしかすると、その戦闘機人に深い関わりがあるのでは無いか。その疑いが浮上してきたのだ。
 あまり疑いたくは無いのだが、ヴァンがプロジェクトFを知っていた事や、盟主がヴァンに異様に執着していた点、疑わしかったとはいえスバルを名乗った盟主を放置するなど普段の彼からは考えられない行動を取った点など、彼には戦闘機人と関わりがあると考えれば辻褄が合う点が多いのだ。

 無論、年齢的に合わない事や、盟主がヴァンに拘った割にはオーリスの事を歯牙にも止めていなかった事。さらに、今回の出向延長もスムーズに行った事など、否定する要素も多いのだが……。

「まぁ、暫くは様子を見るしか無いわね……」

 ヴァンがなのはやはやて、あるいはユーノやクロノに見せる感情は本物だ。任務自体には何の不安も無い。
 彼が何か知っているにしろ、知らないにしろ様子を見るしか無い。白にしろ黒にしろ、彼がミッドチルダから離れている間に彼の周囲を調べるだけだ。

 だが、出来れば潔白であって欲しい。

 リンディはガラにも無く、そう願うのだった。














おまけ


 ぐしゃり

 一週間前に買いなおしたばかりの金属製のマグカップが音を立てて潰れる。
 大の男でも潰すのが大変そうなカップを握りつぶしたのは、ミッドチルダ本局首都3097航空隊隊長を務めるルーチェであった。

「くっくっくっくっく。これから2ヶ月は地球でなのはさんとストロベリーな日々ですか……。己、ヴァン・ツチダめ。あの青春小僧め……」

 無駄にどす黒いオーラを発しながら呟く少女に、彼女のデバイスであるロードスターは何の反応も示さなかった。
 ぶっちゃけ、ここ暫くで主の性癖を理解し、“呆れる”という機能を習得したのだ。

「くっくっく、私の目の青いうちは、ストロベリーな展開にはさせません、させませんよ……」

 そんなに腹が立つなら、態々レアスキルを使って覗き見などしなければ良いのに。
 ロードスターは呆れながらそう考える。すでにヴァン・ツチダが黒であると判明したため、監視任務は一旦解かれている。今覗いているのは惰性と趣味以外の何者で無いはずだ。

 ちなみに、最高評議会は現時点でヴァン・ツチダに関してはこれ以上無理に構う必要は無いと結論付けている。
 魔導師としては少し優秀な程度でしかなく、その気になれば首輪をつけるのも容易い。更に性格的にも善良な管理局局員の域を出ず、脅威になるほど出世できる見込みも無い。

 何より彼は高町なのはに近すぎる。彼が同類の注目を浴びている可能性は高い。
 下手に消すと、他のトリッパーを刺激する事に繋がりかねない。
 消すメリットが何も無い上に、デメリットと手間ばかりが多い。そのくせ、庇ったり身内に引き込むほどのメリットも無いのだ。

 そんな事よりもやらねばならぬ事が最高評議会には多かった。

 まぁ、監視任務が解かれたとはいえ、ルーチェが部隊長なのに変わりは無い。
 そんなわけで、部隊で仕事をする傍ら、出向していた部下の様子を覗き見していたわけだが……。

「げーはっはっはっは、どんな妨害をしてやろうかしら」

 さらにどす黒いオーラを発揮するルーチェだった。



「あー。お姉ちゃんまた壊れてる」

 仕事で帰れない姉に着替えを届けに来た妹だったが、隊長室から聞こえてくる姉の含み笑いに呆れ声を上げた。
 まぁ、家族は姉の奇行には慣れているのだが……。

「あの、なんかごめんなさい。あんな姉で」

 あの姉に付き合わされる隊員の人たちには申し訳無い。大好きな姉であるが、あの性癖だけはどうにかならんだろうか。アレさえなければ、完璧なのに……。
 もっとも、そんな妹の苦悩など知る由も無い、案内をしていた若い空士が苦笑いと共にこう答えた。

「いや、もう慣れたから。慣れるとアレはアレで可愛いし」

 あれでいいの?
 妹は咽まででかかった言葉を飲み込む。

 見た目はともかくあの性格だ。出会って3分でその幻想がぶち壊される。そう揶揄されたぶっ壊れた恋愛嫌い。
 カップルをぶっ壊そうとした事は数知れず。なぜだか一度たりとも成功したためしが無いので実害は無い上に、なぜか狙われたカップルの大半は狙われる前より仲が良くなっているという。
 まぁ、あの姉らしいといえば姉らしい。

 しかし、あれを可愛いなんて……この部隊は駄目かもしれない。妹は真剣にそう思った。
 もっとも、彼女は知らない。そう遠く無い未来に、姉がこの部隊を去った後、自分もこの部隊の隊長に就任するという事を。

 そして、隊員からよく似た姉妹扱いされるという無情な現実を……。

 それはともかく、時空管理局ミッドチルダ本局首都航空3097隊は今日も平和だった。



[12318] A’s第13話(5 あるいは幕間3)
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:ea99c99c
Date: 2011/11/06 13:03
A’s第13話(5 あるいは幕間3)



 ナンバーズたちが持ち帰った資料は、どれもスカリエッティを興奮させる代物だった。

 元々聖王教会強硬派に接触する事が目的で、成果など期待していなかった。病院襲撃にトーレとディエチを派遣したのも雇い主へのポーズであり、適当な段階で逃げるつもりだったし、時の庭園に仕掛けたAMFは廃棄予定の試作品だ。
 物語に登場する少女達の生のデータ収集も事のついで、クアットロにアレを取ってこさせたのも気まぐれに過ぎない。
 なんせ、聖王のゆりかごの修復には、最低でも7~8年はかかると試算が出ている。現時点でのデータなど、10年も経過すれば変わっている可能性がある為に、現時点で焦る必要は無い。それで無くとも、物語は活躍を派手に描いている可能性が高く信憑性にかける……、そうスカリエッティは考えていた。
 だが、実際にデータを取ってみて分かったが、あの少女達は皆化け物だ。
 廃棄寸前の試作品とはいえ、AMF下であそこまで魔法を使いこなせるとは予想外だった。辺境の未開な世界にあのような逸材がいようとは。コレだから人間という生き物は面白い。
 他にも、数機だけ投入した試作型ガジェットドローンの実戦データや、闇の書の実動データ。実に実りが多い。
 どこから手をつけようか。新たな研究対象の数々に、スカリエッティの口は自然とほころんでゆく。

「ドクター?」
「ああ、すまないね。いやあ、実に有意義なデータだったよ」
「それはわかりますが、今後のスケジュールを決めませんと」

 本来、ウーノはスカリエッティの思考の邪魔をするような女性ではない。彼女の役割はあくまでもスカリエッティの補助であり、スカリエッティの意思はあらゆる出来事より優先される。
 とはいえ、時と場合によっては、それを破らねばならない時もあるのだ。特にこのスカリエッティという男は自他共に求める研究馬鹿、あるいは紙一重だ。研究に没頭するあまり文字通り寝食を忘れ、倒れた事も一度や二度ではない。
 当初はスカリエッティの研究補助と管制、情報収集用戦闘機人だったウーノが、スケジュール管理からはじまり家事炊事育児散髪までこなせるようになったのもこの男の並外れた無精さゆえだ。
 今は戦闘機人たちの視線もありだいぶマシになったが、生み出された直後はラボで倒れているドクターを前に何度大騒ぎをした事か……。
 今回の一件でスケジュールの大幅な変更が見込まれる以上、しっかりとスケジュールを立てた上で管理しなければ、絶対にスカリエッティは倒れるまで研究に没頭する。

「ドクター、今後のスケジュールの変更ですがいかがいたしますか?」
「そうだねぇ。でも、緊急を要する案件は無いんだよね」

 急いで手をつけなければならない作業は無い。強いて言うならナンバーズのスペックの見直しとガジェットドローンの改良だが、それとて急ぎというには程遠い。

「トーレたちが連れてきた来訪者のサンプルはいかが致しますか?」

 たしか、プレラとかいう名前だったか。ユニゾンデバイスのアギトが付きっ切りで看病しているが……。

「現時点で欲しいデータは全部取ったから。後は、目を覚ましてからになるしね……」

 記録を見た限りでは即死してもおかしく無い攻撃を受けたはずなのに、生命活動にはなんら支障が無かった。いや、それ以前にかなり厄介な薬物を投与されていた形跡があるのに、あの少年は問題なく動いていたようだ。
 驚くべき頑丈さだった。ここまで行くと、ある種のレアスキルに近い。
 瀕死なら人造魔導師に改造でもして恩を売ろうと考えていたが、その必要は無かった。無駄に改造してデータに異変が起こっては来訪者のサンプルとして台無しになるのし、何よりめんどくさい。
 医療ポットに放り込んでおいたのですぐに意識を取り戻すだろう。重症には変わりないのでしばらくはベットの上での生活だが、若いのですぐに回復する。

「そういえば、トーレとディエチが時間を空けてはサンプルの様子を伺っているようですが?」
「へえ?」
「どうも、病院襲撃の際に助けられた事を気にしているようですが……」

 それは初耳だった。
 あの二人が……スカリエッティは密かにほくそ笑む。

「止めさせますか?」
「薬物浄化はしておいたんだよね?」
「はい」
「ならば、計画に支障が出ない範囲なら無理に止める必要は無いさ。そうだな、どちらかをあの少年の世話係にでも付けておいてくれ」
「よろしいのですか?」
「かまわないさ」

 それであの来訪者がこちらに恩を感じてくれるならそれで良し、情が移りコントロールしやすくなるなら拾い物だ。そうでなくとも二人の情操教育くらいにはなるだろう。
 戦闘機人は単なる機械ではない。機械ではありえない揺らぎこそ、スカリエッティの作品に相応しい輝きなのだ。

「あとは、遺伝子データのサンプル2点ですが。そのうち聖王の遺伝子データは予定通りで?」

 先日ドゥーエから野菜や服などと共に送られてきた聖王の聖遺物は今度こそ本物だった。本来ならもっと早くに手に入っていたはずの代物なのに、あの出来損ないの老人は迷惑な真似をしてくれた物だ。
 ウーノは内心でソナタ枢密卿に対し悪態をついたが、スカリエッティの反応は実に淡白な物だった。

「ああ、そうだね。ドゥーエの送ってきた聖王の遺伝子データは、手筈通り適当にばら撒いておいてくれ」
「よろしいので?」
「ヴィヴィオだったっけ? 誰かが作ってくれるなら、それはそれで構わないさ。楽を出来るところは楽をしておかないと。必要になったら奪い取れば良いだけの事だ」

 出来ないようなら改めて自分で作ればいいだけの話だ。それに、データをばら撒いたところで手元のオリジナルが無くなるわけではない。
 スカリエッティという男は未知への探究心は旺盛だが、技術の独占にはさほど興味がなかった。実際に途中で手を引いたプロジェクトFや、すでに古くなった戦闘機人のデータなどは外部に流出させている。
 単純なクローン作成自体はスカリエッティの興味を引くような事柄ではない。彼にとってはすでに枯れた技術だ。聖王が必要になった段階で、作った連中から奪い取れば良いだけなのだから、別の者に研究させて手間を省くべきだ。そうスカリエッティは考えていた。

「それと、もう一つのデータですが……」
「サンプルNTか……。実に弄りがいのありそうな素材だねぇ」

 時の庭園でソナタ枢密卿が企んだ高町なのは誘拐。そのどさくさにまぎれ、スカリエッティはクアットロ達に高町なのはの体組織の一部をサンプルとして採取させたのだ。
 そう、未来のエースオブエースを素材とした、物語に存在しない戦闘機人を作成するために……。

「そうそう、まずやらなければならない事を思いついた」
「どれからでしょうか?」

 やる事が決まったのなら、効率的なスケジュールを立てねばならない。
 そう身構えるウーノを一瞬だけ微笑ましそうに見たスカリエッティであったが、次の瞬間には狂気に満ちた科学者の笑みを浮かべた。

「まずは、新たに生まれる君たちの妹のナンバーと名前を決めないとね。そう、我々が望む我々の世界、その世界の礎となる新たな娘の名前を!」

 そして、全てを小馬鹿にした尊大な態度で、宣言する。
 作られた存在、歪められた世界、刷り込まれた欲望。そんな事はスカリエッティにはどうでもいい事だ。
 連中の妄執に付き合う気などさらさら無い。彼にあるのは、ただ自らが内に秘めた無限の欲望を叶える。それだけだった。





「これで戦闘機人の有用性が証明されたわけか」

 機械と闇に包まれた一室に老人の声に似た物が響く。機械で合成された老人の声を操るのは、時空管理局最高評議会と呼ばれる物のメンバーたちだ。
 時空管理局の暗部に蠢く者たちは、注目するべき世界の変化につき論じる。

「だが、問題がないわけではない」
「八神はやてに関してはどう管理局に取り込む? 犯罪者としての取引は通じないぞ?」
「我らが動かなくとも、海の連中が道筋を作るだろう。管制人格が犯罪の犠牲になったのだ。管理外世界の住民である以上、無念を晴らす為には管理局に入局するしかあるまい」
「しなければ?」
「その時の手も用意してある」

 闇の諸事件から発生したさまざまな事象を分析し、管理局、いや世界にとっての最善の一手を模索してゆく。

「むしろ、問題はトリッパーとスカリエッティだ」
「確かに、我らが手を尽くそうと捕縛すら出来なかった闇の書を制御したトリッパーは世界の脅威だ。それに、スカリエッティは……」
「奴はなんと?」
「取引のある相手に戦力を派遣した……と、言い張っている」
「まったく、ソナタも余計な事をしてくれたものだ」

 そう、彼らの目的はあくまで世界をより良く導く事にある。最近紛れ込んだトリッパーなる者……いや、最高評議会を知る者の中には、最高評議会が管理世界を支配しているなどと言う者もいる。
 だが、その認識はある意味正しく、ある意味間違っていた。
 確かに彼らは世界各地の指導者を裏から操り、時に陰謀を張り巡らせ、害悪となるだろう者を排除している。だが、それは間違っても私利私欲の為ではない。
 すべては、世界をよりよく導く為、そして二度と彼らが経験したような過ちを起こさせない為なのだ。
 そう、時空管理局は世界を管理をしているだけ。地獄の釜が再び開かないようにする為の蓋に過ぎない。
 150年前に終結した最悪の戦争を知り、あの時代に無数の屍を積み上げてきた故に、彼らは自分たちにその役割を課した。自分たちと同じ思いを、同じ経験をさせるのはもう沢山だと。
 でなければ、何が楽しくて人の姿を捨ててまで世界に尽くそうか……。

 彼らの経験は凄惨過ぎ、その思いは強固過ぎた。
 止められる者のいないまま100年以上の月日が流れ、始まりは純粋だった切なる願いは、闇の中で腐り堕ちきっている。そしてその事に彼らは気がついていない。

「奴が物語の知識を得ている可能性は?」
「高いな。偶然にも、八神はやてを襲う組織に協力し、高町なのはを浚おうとした……とは考えにくい。そもそも我らと戦おうなどと考えたトリッパーがいる以上、スカリエッティと接触したトリッパーがいた可能性は高い」

 何人この世界に紛れ込んでいるのかは定かではないが、連中は実に厄介な存在だ。
 連中の大半は平和な国で生きてきた善良な一般市民だ。好んで他者を傷つけようなどと考えず、隠れるという意識に乏しい。中には堂々と転生者を名乗りサイトを運営していた者や、次元漂流者として保護を求めていた者もまでいた。
 だが、強力な力を持ち増長している、厄介な連中がいるのも事実だ。
 冷静に考えれば中途半端で役に立たない知識しか無い筈なのに、この世界を上からの目線で決め付け好き勝手できると勘違いしている。
 代表格は“タナトス”と名乗る盟主やミトの反管理局組織だが、局内で最高評議会に対しクーデターまがいの事を企むグループがあり拘束してみたところ、構成員にトリッパーが混じっていた。ヴァン・ツチダに接触しようと計画していた形跡まであったらしい。
 ヴァン・ツチダが闇の書事件関係で外部との接触に制限を受けている状態でなければ、少々厄介な事になっていたかもしれない。まぁ、味方に引き込む意味の無いヴァン・ツチダだが、物語の中心近くにいる為トリッパーに対する撒き餌くらいの意味はあったと言う事だ。
 もっとも、釣れるのは軽率な連中くらいだろう。そこまでしなくても、更に数名のトリッパーが確認されていた。

 しかし、連中は何なのだろうか?

 発見されたトリッパーの出自に統一性は無く、中には物語の知識が無い者までいる。全員に共通する事は何故この世界に生まれ変わったのか分からないという事だ。
 これ以上トリッパーというだけで警戒する必要は無いのかもしれない。それよりも、彼らが生まれ変わったメカニズムを解明する事に全力を尽くすべきだろう。そう、最高評議会は考えていた。

 もっとも、トリッパー個人への興味は薄れても、彼らがもたらした知識は別だ。
 物語の前倒しとも言えるスカリエッティの行動は最高評議会を警戒させるには十分だった。

「どうする? スカリエッティを処分するか?」
「だが、奴無くしては戦闘機人や人造魔導師、そしてゆりかごの復活はありえないぞ?」
「だが、放置もしても置けまい。戦闘機人と人造魔導師に関しては途中での摂取。聖王に関しては……我らで生み出せばよかろう」

 一人の言葉に、他の二人が一瞬だけ沈黙する。
 その言葉が何を指しているのか、それがわからぬ者はこの場にいない。

「出来るのか?」
「オルブライト一族が秘匿していた遺伝子データが手に入ったのだ。やってみる価値はあろう」

 辺境の医療一族、オルブライトが持つ聖王の遺伝子データを欲した組織は多いが、これまでどの組織も手に入れられずにいた。
 あの一族はただの医療一族ではない。全員が天才的な技術を持つ一族だ。死者すらも蘇らせるとの評判は伊達ではなく、彼らに命を救われた有力者も多い。
 彼らの持つコネクションは政財界のみならず、地方の小さな村や場末のマフィアまで多岐に渡る。なんせ、一族の大半が好き勝手に放浪し、行く先々で医療活動を行っているのだから、その繋がりを正確に把握できる者などいない。
 彼らが門外不出としている秘法、明星の書に手を出そうものなら、管理局といえどもただではすまないだろう。

 だが、今回の闇の書の一件で、拍子抜けするほどあっさりと明星の書のデータは管理局に提出された。
 現在解析の途中ではあるが、上手くいけば完全なる聖王の遺伝子データが手に入る。

「だが、確実に成功する保証は無いぞ」
「ならば、目処がつくまでは泳がせおけばよかろう」
「ゼストに関してはどうする?」
「予定通り、人身御供になってもらおう。失敗作になる可能性は高いが、それでも人造魔導師の作成データは貴重だからな」

 転生者など高々50年も生きていない若造ばかり。そのような者たちの下らぬ企みなど飲み込んでくれよう。最高評議会の掲げる大義は軽いものではない。
 かくして、管理局のもっとも深き闇の底で、老人たちの謀が進んでいく。
 だが、未来は誰にとっても不確かな物である事を、老人たちは忘れていた。





 アジトに戻ったシスター・ミトを出迎えたのは、みすぼらしい姿の老人だった。
 衣服こそ清潔な患者衣だが、その下の皮膚は爛れ、肌は土色に変色している。歯も頭髪もすべて抜け落ち、目は半ば閉じていた。
 どう見ても死を待つだけの老人はシスター・ミトの姿を確認すると、喜びの声を上げる。

「やあ、おかえりなさい、シスター・ミト。首尾は万全のようだね」

 老人の挨拶に、シスター・ミトはいつもの笑みに若干の呆れを滲ませながら返事をする。

「ただいま戻りました、盟主。……なんですか、その姿は?」
「仮の入れ物だよ。失っても一番惜しくないのはこの体だからねぇ」
「前の身体は?」
「失ったよ」

 その言葉に、シスター・ミトは天を仰いだ。

「遊びすぎるからですよ、盟主」

 元のプランでは管理局をあしらいつつ、実験を兼ねて物語ではほぼ不要となった第97管理外世界を闇の書の防衛プログラムで吹き飛ばす手はずだった。
 だが、盟主が老人の身体でいると言う事は、第一プランは失敗し、第二プランへと移行したのだろう。

「いやはや、今回はシスターの言うとおりだ。ユーノ・スクライアにしてやられたよ。リインフォースが消滅してくれたのは僥倖だったが」
「残り少ない身体を二つ使い潰すのと引き換えにできるほどの成果ですか?」
「それを言われると痛いな……おっと、着替えの用意が出来たようだ」

 その言葉と共に、老人がその動きを止める。
 かろうじて残っていた目の光が消え、膝が崩れ落ちる。糸が切れた操り人形のように倒れ付す老人を、シスター・ミトは何の感慨も無く笑みを浮かべたまま見詰めていた。
 老人が完全に動かなくなったのと同時に奥の扉が開き、一糸纏わぬ少女が現れる。10歳前後だろうか。少女は黒い髪から滴る薬品を気にする事無く、まっすぐに部屋の中央までやってきた。

「また女の子の身体ですか。それなら服ぐらい着てくればよろしいのでは?」
「処理は早いほうが良いのでね。いくら私でも、そう何度も死ぬのはごめんこうむりたい……くるぞ」

 少女のその言葉と共に、倒れていたはずの老人の身体が動き出す。
 ただ、その動きは生命のあるものの動きではない。皮膚の下が不気味に躍動し、盛り上がる。潰れていた筈の眼が膨れ上がるとありえないほどの大きさに膨れ上がり瞼から飛び出す。皮膚だったものは鱗に変わり、体内に埋め込まれていた金属は別の何かに作り変えられ増殖してゆく。
 その人ではありえぬ変化に、流石のシスター・ミトも息を呑む。
 一方の盟主はこの動きを直に見るのは二度目だ。慌てる事無く老人だったものに手をかざすと、処理の為の魔法を唱える。

「嘆きの川の流れに巻き込まれ、ジュデッカの息吹に飲まれよ。エターナルコフィン」

 少女の詠唱と共に、老人だった肉塊を魔方陣が取り囲む。空気に含まれる水が凍り、光を反射し白く輝く。
 そして次の瞬間、すべてを吹き飛ばす暴風が部屋の中央で荒れ狂い、肉塊を氷の棺に閉じ込めた。

「とりあえず封印完了」
「ご苦労様です、盟主。予定通りとはいきませんでしたが」
「あまり責めないでくれ。ちゃんと闇の書の防衛プログラムは回収してきたんだから」
「コピーですけどね。しかも、経験値がリセットされた」

 地球での闇の書の防衛プログラムは確かに消滅した。だが、所詮は防衛プログラムはプログラムでしかない。
 とはいえ、通常の手段ではバグだらけの防衛プログラムのコピーなど不可能だろう。そもそも、乗せられる媒介が無い。
 だが、盟主だけは別だった。
 彼女の肉体は魔導プログラム収集用の戦闘機人……現代に再生された、闇の書とも言える存在だ。さらに、始まりの来訪者、あるいはファーストトリッパーと呼ばれる存在から奪い取った媒介や、自意識が完全に破壊された、データリンク可能な同型の戦闘機人が存在する。
 恐らくは唯一、この世界で闇の書の防衛プログラムを制御できる存在が彼女であった。

 今回やった事も、自分の機能をフルに活用したに過ぎない。
 不破ナノハを名乗った体で防衛プログラムと同化した際に、プログラムの中枢部分を別の身体にコピーしたのだ。
 もっとも、本来なら地球を破壊した後、断片を持ち帰り培養する予定だったのだから計画は半ば失敗だった。

「今日は厳しいな、シスター。経験値がリセットされコピー魔導師が生み出せないのは痛いが、本来の用途を考えれば大差はあるまい」
「その通りですが、実働部隊としては、手駒は多いに越した事は無いのですけれども」

 組織に属し、使える兵力は存外に少ない。
 プレラのように思考を放棄した鉄砲玉ならまだしも、こちらの意図を理解した上で協力する者など皆無だ。そんな者は刹那的に生きる狂人か、望郷の念が強いあまりこの世界を軽視する一部の転生者ぐらいだ。
 当たり前だ。欠片でも正気が残っていれば、世界を破滅させる計画に誰が協力しようか。

「そうそう、手駒で思い出したが……2つほどお土産があるんだ」
「お土産?」

 盟主がつまらぬ物を土産などと言う訳が無い。だが、土産と言うほどの物となると、シスター・ミトも咄嗟に思いつかなかった。
 そんなシスター・ミトに、盟主は魔導プログラムを光の球に変え手渡す。桜色と黄金色、そして白く輝く三つの魔導プログラムは重力を無視して宙に浮くと、シスター・ミトの周りをふわふわと漂う。

「これは?」
「防衛プログラムのマテリアルだよ。なかなか愉快な個性と能力が発生したので持ち帰ってみた」
「あら。でも、このままじゃ使えませんね。どうしましょう」
「ドクター・テスタロッサなら適当な身体を用意できるだろう」

 その言葉に、シスター・ミトは一瞬だけ考える。
 PT事件に細工をしてこちらに連れて来たプレシア・テスタロッサではあるが、決して協力的な訳ではない。現在はこちらで用意したラボで戦闘機人や人造魔導師などの研究を続けているが、あくまでも娘の復活の為に一時的に協力しているだけだ。
 彼女が優先度の低い出来事で協力するかと言えば、その可能性は限りなく低い。

「協力しますかね?」
「させればいい。私は無理でも、君の計画になら彼女も乗るだろう」
「よろしいので?」

 その言葉に流石のシスター・ミトも驚きの表情を浮かべた。
 真の計画を知るのは盟主とシスター・ミトの二人だけだ。組織には他にも計画に携わっている者もいるが、それはあくまでも断片を知るに過ぎない。
 それほどまでに秘匿されている計画を部外者、それも物語に登場する人物に伝えろと言うのだ。

「かまわないさ。どうせ彼女は物語では死んでいる人物だ」
「わかりました。盟主がそう仰るのなら」

 確かに、自分なら彼女を協力させる事も可能だろう。
 シスター・ミトがプレシアをどう説得するかを考え始める前に、盟主はもう一つのお土産を口にする。
 もっとも、それはお土産と言うにはあまり面白くない話だった。

「もう一つのお土産は、プレラの事だが」
「逃げ出したあの馬鹿が何か?」
「地球で会ったよ。逆らったので処分したのだが……、死ななかったみたいだな」
「あら」

 盟主の言葉に、シスターは驚きの表情を見せる。
 プレラは魔力が高いだけのただの馬鹿だ。考え無しに強力な魔力を振るうしか出来ない。シスター・ミトはそうなる様に仕込んだ。
 運が良ければSランク空戦魔導師に勝ち、悪ければDランクの陸戦魔導師にも劣る。そして、本当の実力者に当たればあっさりと負ける。そういう風に鍛えたはずだったのだが……。

「盟主と戦って生き延びれるとは思えませんけど?」
「自分で鍛えた様だよ」
「あらあら、らしくない」

 薬を使って増長と慢心を詰め込み、下らぬ我侭を心の支えにさせたはずなのに……。
 自分の知らぬところで変化した、あるいは元に戻りつつある玩具に、シスター・ミトは驚きを覚える。そして、盟主の言葉はシスター・ミトに更なる驚きを与えた。

「ナンバーズやアギト。さらには真実の一端とも接触を持ったようだな。これはもしかすると、ヴァン・ツチダの対抗馬になるかもしれないぞ」
「まさか?」
「ああ、プレラかヴァン。そのどちらかがファーストトリッパーの器に選ばれるかもしれないな」

 この世界を狂わす全ての元凶、始まりの来訪者、あるいはファーストトリッパー。今だこの世界に出現していない奴の肉体に、あの玩具が選ばれるかもしれないのだ。
 無論、それ以外の器を選ぶ可能性も高く、盟主たちも奴に対しての対策をいくつも講じていた。
 だが、どの器が選ばれるにせよ、その人物にあるのは破滅だけだ。プレラがそれに選ばれるかもと考えると、それはそれで愉快な事だった。

「奴の粘つく視線を感じたよ。どちらに目をつけたか、それとも排除の対象と考えたのかまでは判別できないがね」
「そうでしたか……」

 その言葉に、シスター・ミトの表情がいつもの笑みに戻っていく。
 断片とはいえ戦うべき相手の出現に、彼女の心は再び狂気の鎧を纏う。

「この時代に出現できなかった以上、奴が現れるのは10年後だ」
「出現しますか?」
「奴に世界をリセットをする力は残されていない。あの妄執の亡霊は望みをかなえる為、カレイドスコープと共に必ず現れるさ」

 世界を狂わす全ての元凶である始まりの来訪者、あるいはファーストトリッパーの出現の瞬間は、彼女たちの望みがかなう瞬間でもある。
 闇の中で運命を狂わされた者たちの反撃が始まろうとしていた。





 世界は止まらない。光も、闇も、その望みをかなえる為に動き出していた。
 世界を蝕む闇がどう動くか、それを知る者はどこにもいない。

 そして、闇を切り裂くだろう光たちは、まだ小さく無力だった。



[12318] A’s第13話(6 エピローグ・前編)
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:ea99c99c
Date: 2011/03/24 00:25
A’s第13話(6 エピローグ・前編)



「めろんちゃーん!」

 まぁ、説明するまでもないとは思うが奇声を上げているのはイオタという医者っぽい変態である。
 ちなみに、あいつの言うメロンとは甘い果物のことじゃない。守護騎士の中で一番豊かな胸をほこるシグナムの事である。

 あ、ルパンダイブした。

 以前ならイオタの奇行に目を白黒させ困惑していたシグナムだが、出会ってからおよそ半月。毎日のように奇行を目にしてれば、いい加減対応も覚えるものだ。どこに隠し持っていたのか知らないが竹刀を取り出すと、目にも留まらぬ速度で振り下ろす。

「紫電一閃」
「たわばぁ!」

 とても竹刀が発したと思えぬ景気のいい音がしたかと思うと、イオタはアスファルトとお友達になっていた。
 いやあ、シグナムもほんと手際よくなってきたよなぁ。以前は対応できずに胸の谷間に頭を埋められた挙句、どうやったのか知らないがブラのホックを外されたんだっけ……。

「おおっ、今日もイオタさんは元気やな」

 元気で済ますか、八神はやて。車椅子に乗った患者が笑い転げている横で、レインさんはシグナムに謝り倒す。

「ああああ、また抜け出しやがってこの変態! すいません、すいません、こんなの育ててすいません」
「いや、貴殿が気にするな。もうなれた……」
「本当にすいません」

 そして謝りながら、ぶっ倒れたイオタの頭をぐりぐりと踏みつける事も忘れていない。この漫才のようなやり取りにもいい加減なれたらしく、シグナムは死んだ魚のような腐った目で明後日を見ていた。
 こんなのが腕のいい医者で、主を診ていると信じたくないのだろう。
 しかし……、古代ベルカにおいても最高クラスの遺産である夜天の書の守護騎士と明星の書の管制人格がこんな漫才をしているなんて知ったら、聖王教会の連中は発狂しかねないよなぁ……。



 アースラが本局に向かってから1週間の時間がたった。アースラは明日本局に到着する予定だ。
 地球に残った俺は管理局が用意した海鳴市のマンションに居を構えている。俺の立場はなのはの護衛なのだが、四六時中張り付いているわけではない。
 俺の役割はカカシというか囮だ。警察官が常駐ないし巡回していれば、犯罪に走りにくいってやつなのだ。
 実際、半分左遷だし……。
 それはともかく、今回の事件は聖王教会が絡んでいる。管理世界最大の宗教組織が相手のため、管理局と言えども簡単には手が出せないのだろう。
 耳に挟んだ話では、アコーズ査察官が騎士カリムと協力して慎重に捜査に当たっているらしい。

 しかしあの人……、物語に出てきた無限の猟犬を使う査察官じゃないだろうなぁ……。
 考えてみれば、クロノさんの友達の査察官って条件がぴったりだ。まさか、レアスキルを持っていますかなんて聞けないから、確認は出来ないけど……。



 パシーン!

 小気味良い音と、頭に受けた衝撃に俺は現実に引き戻される。

「ツチダ、集中できていないぞ!」
「す、すいません!」

 シグナムの叱咤に、俺は頭を下げ竹刀を構えなおす。イオタがはやての診察をしている間、俺とシグナムは庭で剣の稽古をしていた。
 いくら子供と言っても医者で無い男が立ち会うわけにもいかない。シャマルが立ち会ってるし、レインさんも一緒だ。医者やってる時だけはイオタも真面目だし、多分きっと恐らく大丈夫だろう。
 こちらに残る事が決まってから、俺はシグナムに頼み込みベルカ式の剣術を習っているのだ。魔法の術式は違っても、体術には共通点も多い。特に俺は白兵戦をする事が多いから、彼女の剣術は参考になるのだ。

「少し休むか?」
「いえ、せっかくだから……」

 いまいち集中しきれていない俺に、シグナムが休憩を提案する。
 もっとも、管理世界に帰れば仕事だ何だで訓練だけって訳にもいかない。それに武装隊の訓練はどうしても部隊単位、内容も射撃や砲撃が主となる。特に俺たちミッドチルダ式魔導師にとって、白兵戦はあくまでもサブでありメインに訓練する事は無いのだ。
 ましてやシグナムのような白兵戦のエキスパートと訓練できる機会なんて、今を逃したら永遠に無いかもしれない。
 失礼だとは思ったが、駄目もとでシグナムに頼み、快諾を得て今回の訓練となったわけだ。
 今の俺はとにかく強くなりたい。
 なんせ、盟主が死んでもプレラやシスター・ミトが残っている。連中が相手だと、射撃だけでは逃げる事すら不可能だ。
 特に防衛プログラムとの戦いではユーノの作戦で勝てたが、俺は完全に足手まといでしかなかった。
 無論、盟主のやったことはあの場での強さなんて関係ない事はわかっている。リインフォースを助ける手段はあの時点で無かった。俺よりも頭の良い連中が盟主の自爆攻撃は予見できなかったのだ。どうしょうもないのはわかっている。
 それでも、俺がもう少し強ければ他にも手があったんじゃないかと言う思いは消えない。

「もう少し訓練を続けませんか?」
「集中できていない状態では怪我をするだけだ。それに、そろそろ主はやての診察も終わる」

 その言葉に、俺は今の時計を見る。言われてみれば、もう一時間ぐらい経過していた。
 ぜんぜん気がつかなかったよ……。
 俺が時間経過に呆然としているのを見てシグナムは珍しく微笑むと、竹刀を立てかけ縁側に腰をかける。

「アースラの事が気になるか?」

 そう言いながらシグナムは胸元をはだけ風を送る。季節は夏だ、動き回って汗をかいたのだ。
 ……それは良いんだが、少しはこっちの目を気にして欲しい。正直目のやり場に困る。子供相手だから気にしてないんだろうけどさ。

「ええ、そりゃまあ……」

 俺は極力そっちを見ないようにしながら答える。

「別に航行に問題はないんだろう?」
「そうなんですけどね……」

 厳密には心配なのはアースラじゃなく、ティーダさんだ。



 俺が地球に残る事が決まったあの日、俺はティーダさんが闇の書に囚われている間見せられた夢の話を聞いた。
 それは俺の知る物語に良く似た、それでいて絶対にありえない話だった。



「……と、いう訳だ」

 夢の内容を話し終わったティーダさんは、どこかいらついている様に見えた。
 そりゃそうだ。自分が死ぬなんていわれ、楽しい人はまずいないだろう。

 ティーダさんの見た夢は俺の知る物語とほぼ同じ内容だったが、決定的に違う部分がもあった。

 おぼろげな記憶ではあるが、物語においてティーダさんの死に関する話は“そういう過去があった”以上には語られなかったはずだ。ティーダさんの話では、かなり詳細にそういう場面を見せられたらしい。
 詳細な未来予知なのか、闇の書の機能なのか、取り込まれた転生者……あの場にいたのはプレラだけだったはずだが、あいつが何かを知っていたのか……。
 まぁ、考えても俺なんかにわかるわけがない。魔導師って言っても、俺はいわゆる肉体労働者だ。せめて、ユーノの半分でも頭が良ければ何かわかったかもしれないが、今の俺には情報が足りなさ過ぎる。

「なあ、お前は何を見たんだ?」
「俺は取り込まれたわけじゃないんですけど……、転移魔方陣に巻き込まれた時に」

 それよりも重要なのは、ティーダさんが限定的ながら未来を見たという事だ。
 俺の知る物語を口にする。若干の嘘は混じるが……転生者って事は話せないんだから仕方がない。

「俺のいない未来において、なのはが落ちて大怪我をする事、ゼスト隊が全滅する事、ティーダさんが死んでティアナちゃんが管理局に入局する事。あとはレジアス少将が暗殺される事ぐらいです」

 大雑把に知っている物語の断片を話す。

「俺の見た夢より大雑把だな。しかも、お前自身は登場していないのか……。取り込まれなかった影響か?」
「そこまでは……」

 俺の体感時間で10年以上前に見た物語です……とは言えないし、仮に言えてもここから先は大雑把にしか覚えていない。
 それに、俺やその同類が好き勝手動いたし、その影響でかスカリエッティの戦闘機人まで出てくる始末だ。この先どうなるかなんて誰にもわからないだろう。
 だが、物語に語られたティーダさんの死を注意してもらうことが出来るかもしれない。
 これからおきる未来において、物語に登場した“ティアナ・ランスター”が生まれないのは大きなマイナスだろう。だが、ランスター兄妹の知人である俺からしてみれば、そんなのは知った事じゃない。
 そう、なのはが好きだから助けたかったように、俺はこの人の事が好きだから死んで欲しくないのだ。

「でも、お前報告書に書いてい無かっただろう?」
「いや、気絶した時に見た夢だと思って……。てか、ティーダさんだって書いてなかったじゃないですか?」
「予知関係だからなぁ」
「ですよね……」

 予知系のレアスキル、ロストロギアに計り知れない利用価値があるのは言うまでも無いだろう。政府や企業、果てはマフィアまで、予知系の能力を求める者は多い。ささやかな能力であっても、官民巻き込んでの争奪戦になるなんて事もあるぐらいだ。
 俺たち下っ端の局員にとって、これらの能力に触れる事は鬼門だ。予知に関わるヤバイ案件に巻き込まれ、酷い目にあった局員の逸話は多い。
 俺や俺の同類の知っている物語の知識も、予知系の能力に分類されるだろう。数ヶ月前の俺みたいに普通にしてれば役にたたない能力だが、それでも盟主一味どころじゃない騒動に発展する可能性がある。
 身を守れるような強力な何かが無い限り、自分からばらすような迂闊な奴なんていないだろうけど。

「まあいいか。予知だったら大変だからな。帰ったら少し調べてみるか」
「でも、危なくないですか?」

 ティーダさんは下っ端平局員で、特に上とコネがあるわけでもない。姉ちゃんはレジアス少将に掛け合ってくれるかもしれないが、娘の彼氏と言う立場程度では、少将が力を貸してくれるかどうかは微妙だ。ぶっちゃけ、これ幸いと処分される可能性だってある。
 ほめられた話じゃないが、あいまいな状態で予知関係の出来事を報告書に書くのを控えるのは、ある種の自衛の為なのだ。

「そこまで深入りする気はねえよ。第一、自分の命がかかっているんだから、調べないわけにもいかないだろう」
「確かに……。でも、本当に注意してくださいよ。残されたティアナちゃんや姉ちゃんが泣くのを見るのは嫌ですからね」
「わかってるよ。それよりもだ……」

 正直どうなるかわからないが、今の俺にできるのは此処までだ。あとは、再開する時まで彼が無事であることを祈るしかない。



「ツチダ、お前は心配性だな」
「知り合いの事ですから。すいません、せっかく訓練を見てくれているのに」
「どうせ今はする事が無いのだから、それはかまわないさ。それよりも……」

 縁側に腰をかけよく冷えた麦茶を飲みながら、シグナムがこんな事を口にする。
 夏の日差しが照りつける中、シグナムの目には若干の憂いが帯びていた。

「元服間際の男にこう言うのもなんだが、背負い込みすぎではないか?」
「元服って、ベルカ時代じゃないんですから……。そんなに背負っているように見えますか?」
「年寄り扱いしないでくれ。特にリインフォースが死んでからの君は、ピリピリしているように見えるな。ゲイズやランスターも、心配しているようだったぞ」
「そんなつもりは無いんですけど」

 そう見えるって事はそうなんだろう。
 次の任務に入った以上、終わった事件をうじうじ悩むほど柔な神経はしていない。 だが、それとは別に今回の事件での力不足や、これから先の事を考えると頭が痛かった。
 盟主が死んでも、たぶん、まだ何も終わっていない。そして、俺はまだ何も知らないのだろう。
 たぶん、俺はこれからも転生者にまつわる事件に関わっていく事になる。俺の同類にとって、この世界でイニシアチブを取れる知識はなのはの周りだけだし、その中で異物は俺だけだ。
 俺自身がなのはたちの側にいる事を望んだ以上、どうしても同類の相手をしなければならなくなる。まともな連中相手なら気にする必要もないんだが、盟主一味のような連中もいる以上油断は出来ない。

 ……しかし、なんだって俺が出会った同類は犯罪者な上に、強力な能力を持っている連中ばかりなんだろう。
 ホント、まともな奴はいないのだろうか? それとも気がつかないだけで、すれ違っているとか……。盟主の口ぶりからするとそれなりの人数が紛れ込んでいるはずだが、もしかすると運が悪いのかもしれない。

「ツチダが自らの職務に誇りを持っている事はわかるが、一人で背負う事は無い。腕や魔力が無いなら無いなりに出来る事もあろう」
「それはわかっていますよ。でも……」

 それはわかている。でも、出来ないって諦めきれるほど、俺は涸れちゃいない。
 俺は少し優秀なだけで正真正銘凡人だ。それでも、何もできない無力感を味わうのも、無駄だとあきらめるのも、どちらも二度としたくない。

「俺は俺なりに、やってみたい事があるんです。義務感や誇りからだけじゃない。俺の大好きな人たちの大切な場所を守るのは、俺自身が望んだ事ですから」
「若いな」
「そりゃ、まだ9歳ですから」
「そういう意味ではないんだがな」

 俺の言葉にシグナムが苦笑する。俺自身も青臭い言葉だとは思うのだが、妙に大人ぶってやりたい事から目を背けるよりましだろう。

「なんや、静かになったと思ったら練習は終わったんかい?」

 俺たちが縁側で休憩をしていると、置くからはやてがやってきて声を掛けてきた。
 どうやら検査は終わったのだろう。イオタやレインさん、シャマルとヴィータ、それにザフィーラも一緒だ。

「検査は終わったんだ?」
「ええ、経過は順調。健康状態に問題はありません」

 レインさんが太鼓判を押す。それはよかった。
 これではやての身体に異常が残っていたなんて事態になれば、俺たちは消えていったリインフォースに顔向けできなくなる。

「後はリハビリだが、これはこちらの主治医と相談して決めるべきだろう。ああ、そうそう。魔法の練習をするのはいいが、リハビリには魔法を使わないようにな」
「なんでだよ? 魔法を使っちゃだめなのか?」

 イオタの妙な注釈に、ヴィータが首をかしげる。

「長い事足の筋肉を使っていなかったんだ。まずは足の筋肉を使う訓練から始める事になるだろうが、下手にリハビリで魔法を使うと日常的に魔法を使いながら歩く癖がついてしまう可能性がある」
「それってまずいのか?」
「若い内はそれでも良いが、年をとって魔法行使がスムーズに出来なくなると悲惨になるぞ。歩けなくなって、車椅子生活に逆戻りはしたくないだろう」

 確かに、歳を食うと魔法がスムーズに使えなくなる。
 俺の母校の校長は魔導師ランクがAAの癖にAAAやSランクの上位魔導師を笑いながらぼこる化け物だが、寄る年並みには勝てず長時間の魔法運用が出来ないという。
 魔法も運動能力や記憶力と一緒で、歳をとれば自然に衰えていくものなのだ。

「幸い、はやてちゃんはまだ9歳だ。最初は辛いだろうが、今からリハビリをすれば十分に魔法抜きでも日常生活を送れるようになる。本当に大切な事はあせってやってはだめだ。地に足を着けて、ゆっくりと一歩ずつ進まないとな」

 イオタの言う事はいちいちもっともだ。自信と慈愛に満ちたその姿は、こいつが良い医者なんだと思わせる何かがある。
 はやての将来の事を考えれば、あせらずじっくりとリハビリをするべきなんだろう。

「そして、出来ればそのお足で踏んでほし……」
「へんたいというだけでじゅうぶんだ。れいんぶりーかー、しねぇ」
「ちょ、おま、中身が出ちゃう! ギャー!」

 これで変態でなければなぁ……。
 レインさんにさば折を食らって悶絶しているイオタを見ながら、俺たちは心底そう思った。

「あー、うん、とりあえずお昼ごはんにしようか。ヴァンくん、ちょっと手伝ってやー」
「え、俺? ああ、いいよ」



 勝手知ったる人の家。前の時に何度かはやての家に出入りしているので、台所のどこに何があるかは大体把握している。
 とはいえ、客である俺に料理の手伝いをさせるのははやてが俺に話があるからだろう。朴念仁とか鈍いとか言われている俺だが、そのぐらいは察する事が出来る。

「なあ、はやて。俺に話があるんだろう」

 周りを見れば、シグナムたちの姿がない。いくらなんでも不自然ってもんだ。
 生姜を摩り下ろしながらそう尋ねる俺に、素麺を茹でていたはやてが笑いながら答える。

「ヴァンくんにしては察しがええなぁ」
「ここまでお膳立てされたらね」
「うん、リインフォースの事や……。ヴァンくん、ありがとう」

 はやての言葉に、俺は面を食らう。
 あの最後の日、病室で俺にお礼の言葉を口にしたリインフォースの姿と、今のはやての姿がかぶった。

「ヴァンくんがリインフォースの事を気にしているってな。ただ、本当にあの子は、ヴァンくんに感謝していた。
 ヴァンくんが命がけで私を救ってくれたあの日から、運命が変わったって……。主を呪い殺す事無く、罪を背負わせる事も無く、全てを終わらせる事が出来たって……」

 それは、はやての思いか。はやてに残ったリインフォースの思いか。それともその両方か。
 多分、俺とシグナムの会話を聞いていたのだろう。たく、なのはに心配かけて、今度ははやてか。ほんと、俺って進歩は無いな。

「ありがとう、はやて。それから、ごめんな」
「え?」
「大見得切ってミッドに連れて行ったのに、リインフォースを助けられなくて」

 結局俺の知る物語より状況が良くなったのか悪くなったのかはわからない。それがわかるのは、きっと何十年も後になってからだ。
 だがどうであれ、俺は結局はやてを助けられなかったのも事実だ。
 俺はそれほど立派な人間じゃないけど、最低の人間にはなりたくない。自分がやった事から、目を背ける真似だけはしたくかった。

「それと、一番泣きたいのははやてなのに、気を使わせちまって」
「泣きたくなんてあらへんよ……って、あれ?」

 俺の言葉にはやての目から涙が零れ落ちる。

「ご、ごめんなぁ。どうもあの子がいって以来、涙もろくてあかん。あの子の泣き虫だった癖が移ってもうたのかなぁ……。料理中なのに」

 泣きやもうと目をこするはやての顔を見ないように背を背け、俺は鍋をじっと見る。
 強がりな子だ。誰かが見ている前では、泣けないのだろう。

「泣いて良いと思うよ。俺は鍋を見ているから」
「ヴァンくん?」
「本当は気の聞いた台詞の一つでも言えればいいんだけど、俺は馬鹿だから何も思い浮かばなくて。でも、悲しい時に無理をする必要ないと思う」

 俺の言葉に、はやてのすすり泣く声が次第に大きくなり、それはやがて嗚咽に変わる。
 もしかすると、最低の事をしているのかもしれない。はやての心の傷をえぐっているだけの、自己満足なのかもしれない。
 でも、泣きたい時に泣けないのは辛いと思う。

「ごめん……背中……借りるわ」

 車椅子から身を乗り出し、はやてが俺の背中にしがみつく。背後から少女の泣き声だけが聞こえてきた。
 俺の行為は偽善だ。
 でも、一番泣きたいだろう少女を前に、これ以上無様な姿を見せたくなかった。

 たしかに、俺はリインフォースに感謝されるほど立派な局員じゃない。
 でも、彼女の最後の言葉にふさわしい局員になりたい。そう、切に願った。



[12318] A’s第13話(7 エピローグ・後編)
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:ea99c99c
Date: 2011/12/25 13:54
A’s第13話(7 エピローグ・後編)



「すまない、醤油を取ってくれ。ところでツチダ、午後はどうするんだ?」
「シグナム、玉子焼き全部に醤油かけるなよな」
「わかった、わかった。……午後も空いているのか?」

 昼食の最中、シグナムがこんな事を聞いてくる。
 はやての検査は午前中で終わったので、彼女たちは午後はする事が無いのだろう。もっとも、局員である俺にはやる事が山のようにあった。

「午後は翠屋に行かないと」
「高町なのかと会うのか?」
「なのはちゃんや。名前はちゃんと覚えなきゃあかんで、ヴィータ」
「わかってるよ」

 相変わらずなのはの名前を間違えるヴィータをはやては注意する。どうも覚えにくいらしいのだが……。他の面々は普通に呼べるんだけど、謎だ。

「ん。でも、ヴァンくんも男の子やね」
「はやてちゃん、そういう時はこっそり応援しないと」
「君らは何を言っているんだ」

 ニヤニヤ笑うはやてとついでにシャマルを見て、俺は内心呆れる。
 この年頃の少女なら興味があって仕方ないのかもしれないが、どうしても俺となのはをくっつけて考えたいらしい。

「仕事だよ。人と会う約束があるんだ」
「仕事で人と会う? 地球でか?」

 ここは管理外世界なので、疑問に思われるのも仕方がない。
 隠していても仕方の無い話なので、軽く説明しておくか。どっちみち、もう少し落ち着いたら八神家の面々にも会わせる予定だしね。

「先日リインフォースが転移した日に、魔法の力に目覚めちゃった子がいるんですよ」
「まさか……」
「いや、リインフォースの件とは基本的に無関係」

 責任感が強い彼女の事だ。リインフォースのせいで何かが起こったのかと考えたのだろう。
 一瞬顔色を変えるはやてに、リインフォースの一件とは無関係と説明する。

「密入国者を取り押さえようとして、その際にデバイスを触らせたらしいんだ。そのデバイスが祈祷型で……、魔法に目覚めちゃったらしい」
「なんだ、そりゃ?」

 俺の説明に、ヴィータが首を傾げた。
 きっと、何寝ぼけた事を言っているんだと思ったんだろう。彼女の気持ちは痛いほど良く分かる。
 基本的に祈るだけで魔法が組みあがる祈祷型のデバイスとはいえ、普通はいきなり魔法が使えるようにはならない。そんなに簡単に魔法が使えるようになるなら、管理世界にあるデバイスの全てが祈祷型になっている。
 そうならないのは、普通は祈祷型とはいえ魔法を使いこなすにはそれなりの訓練が必要と言う事に他ならない。
 ぶっちゃけ、常識的に考えればありえない話なのだ。

 ちなみに、目覚めた子の推定魔導師ランクは陸戦AAA。タイプは遠隔操作/射撃型。なんでも海鳴市に引っ越してすぐに一連の事件に巻き込まれたらしい。
 触らせた迂闊な局員は俺の同期だったりもする。あの野郎、相変わらず面倒を押し付けやがって……。訓練生時代や陸士警邏隊時代のトラブルを思い出し、若干欝になりそうだ。

「信じられん才能だな」

 俺の説明に、テーブルの下のザフィーラが呆れ半分、恐れ半分の感想を言う。

「なのはなんかもそうでしたけど、うらやましいというより怖いですよ」
「まったくだ」

 先ほども言ったが、基本的に基礎的な魔法弾一つ使うのにも学習と訓練が必要となる。
 なのはにしろ、その子にしろ、そういった過程を全てぶっ飛ばして高度な魔法を使いこなすのだ。
 なのはもその子も良識のある善人だったから良かったが、これが悪党だったらと考えると怖い物がある。

「とりあえず、今日はその子と会う予定でして」
「大丈夫なのか?」
「先にヘイローズの担当官が確認していて、俺はあくまで顔繋ぎ役ですよ。悪い子じゃないって話だから、大丈夫でしょう」

 闇の書の暴走時にあふれ出した魔獣を抑えるのに協力してくれた上に、事件後に行われた聞き取り調査や性格診断も協力的だったそうだ。とりあえずは、なのはと同じように現地在住魔導師として今までと同じに生活できるように手を打つらしい。
 今回はなのはにも同じ境遇の先輩として、また嘱託魔導師として同席してもらう事になっているし大丈夫だろう。

「どんな子なんや? 男の子、女の子?」
「女の子。俺たちと同い年だよ。そのうち会ってもらう事になると思うから」

 近々紹介する事は決定しているが、それが何時になるかは上の判断だ。俺が関われる事じゃない。 
 しかし、この海鳴市には高ランク魔導師が集まる何かがあるのかね。辺境の管理外世界としては異常な密度だ。俺は素麺を啜りながら、そんな事をのんきに考えていた。



 イオタの護送……もとい、監視……じゃなかった、送り迎えをレインさんとザフィーラに頼んだ俺は、一人翠屋に向かった。
 久方ぶりに訪れる翠屋は相変わらず繁盛しているようだ。ピークである昼を過ぎたのに、席はほぼ埋まっている。

「やあ、ヴァンくん。いらっしゃい。奥の席、空けてあるよ」
「こんにちわ。すいません、今日は無理をお願いしちゃって」

 店に入ってきた俺を見て、カウンターにいた士郎さんが顔を綻ばせる。
 士郎さんの言葉通り、奥の席だけは空になっていた。
 本来ならこういうのは管理局の施設でやるべきなのだろうが、残念ながら地球にそういった類のものは無い。管理局で借りているマンションでとも考えたのだが、まだ整理が終わってないのでだめだったし、相手が警戒してしまうかもしれない。
 結局、無難に知り合いの喫茶店で顔会わせをする事になったのだ。

「昼時じゃなければかまわないよ。なのはから聞いたよ、大変だったんだね」
「ええ、まぁ。すいません、なのはを危険な目にあわせてしまって」

 そういや、こっちに駐在する時に一度挨拶には来たが、その時はどたばたしていてあんまり長く話せなかったな……。なのはの周りに起きた事は、リンディ提督から話が行っているのだが。

「別にそれはヴァンくんの責任じゃない。それどころか、君がなのはを助けてくれたんだろう」
「僕だけの力じゃないですよ。ユーノや同僚が尽力してくれたからです」

 俺だけだったら、船までたどり着けなかっただろう。それに、結局俺がやったのもなのはをバクチに巻き込み、無駄に危険にさらしただけだった気がする。
 結果オーライと言うには、俺の行動には反省点が多すぎるのだ。
 ……でなきゃ、左遷なんてされないよ。

「それでも、父親としては娘の恩人にはお礼の一つでも言わないと気が済まないものさ。本当に、ありがとう」
「はい」

 あんまり謙遜しすぎると、相手に悪い。リインフォースにも気を使わせちゃっただろうしね。
 俺は素直にお礼の言葉を聞くと、確認しなければならない事を訪ねる。

「そういえば、なのはは?」
「なのはならちょっと裏にストローを取りに……あぁ、戻ってきた」
「あ、ヴァンくん。いらっしゃい」

 手にストローの入った箱を抱えたなのはが裏からやってくる。
 って、おひ……。

「なのは、何で制服なんだ? あ、もしかして、今日は登校日だった?」

 やってきたなのはは、小学校の制服姿だった。
 もし登校日に呼び出しちゃったとすると、悪い事をしたな……。

「えっ? 違うよ。今日は嘱託魔導師として人と会うんだから、ちゃんとした格好……って、ヴァンくんは私服だよね」
「そうだよ」

 俺の格好はと言うと、黒いシャツにジーンズというごく平凡な普段着だった。
 まぁ、管理局の制服のまま管理外世界を歩き回る訳にも行かないってのもあるけど……。

「今日は顔見せだけだから、普通の格好で良いって電話で言わなかったけ?」
「あれ? え、えっと、そうだっけ?」

 相手を緊張させない為に、普段着でって言ったんだけど……、ま、小学校の制服なら問題ないか。
 
「着替えた方がいいのかな?」
「いや、そのままでも大丈夫でしょう。それに、今度来る子も9月からなのはと同じ学校に通うって話だったし」
「え、そうなんだ!」

 ちらちらと不安そうにこちらを見るなのはに、俺は問題ないと告げる。しかし、この様子じゃ夕べの電話の内容を聞いていなかったのか、半分ぐらい頭からすっ飛んでいたらしい。
 まぁ、時間も遅かったし、なにより戦闘以外で初めて嘱託魔導師として働くのだ。なのはも緊張していたのだろう。

 から~ん

「すいませーん」

 翠屋の入り口が開き、喫茶店に一人で入ってくるにはやや早い容姿の女の子が緊張した面持ちで入ってくる。
 茶色の髪をポニーテイルにした可愛らしい女の子だ。もっとも、可愛いかどうかよりも重要な事がある。俺は関係者以外に会話内容を認識されないよう、認識阻害の魔法を使う。

「あ、管理局の……」
「はい。次元航行艦アースラ所属、地球駐在員のヴァン・ツチダ空曹です。」

 緊張している少女を不安にさせないように気をつけながら、俺は略式で現在の身分を彼女に伝える。

「あ、私は聖祥大学付属小学校3年生で、管理局嘱託魔導師をやっている高町なのはです」
「えっと、あなたがなのはさんですか?」
「はい、って、知っているんですか?」
「ええ、ま、まぁ……。あ、私は……」

 どうせ、アースラで面談した時、誰かから名前を聞いたんだろう。同じ地球在住、しかも同い年の女の子の話題を出しても不思議じゃない。なのはもそう思ったのか、これ以上追求する事は無かった。
 俺たちはそれぞれ自己紹介を終えると、奥にとってあった席に向かう。
 とりあえずは、法的な話だな。昨晩デバイスに読み込ませておいた法律関係のアンチョコを脳内に開きながら、俺は彼女の質問の言葉を待った。





「無事に終わってよかったね」
「まったくだ」

 そして夕方。あれから少女との話は終始和やかに無事終わった。
 最初は騒がれるかと思ったが、予想以上に大人びた少女で、最後にはなのはとメアドを交換するまで仲良くなっていた。
 いや、ほんと助かった。
 状況がわからずはしゃぎまわられるか、それとも泣かれるか……。始めるまでは気が気でなかったのだ。

 俺となのはは翠屋を後にし、それぞれ家に帰る前に、気まぐれに海岸線の通りを歩いていた。

「これから大変だろうけど、とりあえずはひと安心だよ」
「大変って?」
「色々とだよ」

 そう、彼女にとって……そして、なのはにとっても大変なのはこれからだ。
 魔法の無い世界で、魔法の力に目覚めてしまった。今は新しい事が楽しくて仕方ないかもしれないが、何れは魔法が大きな壁となって彼女たちの人生の前に立ちふさがる。同じ境遇の子が周囲にいるとはいえ、最終的には自分一人で大きな選択をしなければならない。
 そう、魔法を捨て故郷に残るか、魔法の世界に移住するか、それとも隠しながら故郷に残るか……。
 俺たちに出来るのは精々、彼女たちが選択出来る大人になるまで見守る事くらいだろう。

 もっとも、それは今言う必要のある話じゃない。俺はなのはの質問をはぐらかし、夕日に染まる海を見詰める。
 つい先日あそこで死闘を繰り広げたのが嘘のような、静かな海だった。
 なのはもそれ以上追求する事無く、俺の隣に来ると同じように海を見詰めた。

「なあ、なのは」
「うん?」

 赤い夕日が照りつける中、俺はなのはにくだらない質問をぶつけてみた。

「なのははさ、俺がここにいて良かったと思う?」
「えっ?」

 俺が……いや、俺たちがいなければ、なのはが体験する出来事は大きく違ったはずだ。
 闇の書事件は年末までずれ込み、ヴォルケンリッターが暴れ少なくない被害が出た。でも、その戦いを経てなのはたちは新しい友達を得て、自分たちが目指すものを学んだはずだ。
 学べた事、学べなかった事、変わった事、変わらなかったもの……。
 どうであれこうであれ、俺たちの存在は世界を大きく変えた。
 これが良い事なのか悪い事なのか、この世界の住民である俺にはわからない。だけど、なのはやユーノ、はやてやフェイト、クロノさんやティーダさん。それに姉ちゃん……オーリス・ゲイズや消えて行ったリインフォースにとってどうなのかは知りたいと思った。
 もっとも、それに答えられる人間なんて、この世界のどこにもいないだろう。
 本当に意味の無い、くだらない質問だ。俺はなのはが答えるより前に、謝罪の言葉を口にする。

「ごめん、忘れてくれ。本当にくだらない質問だから」
「忘れろって……」
「いや、皆に迷惑かけたなって思って……。
 そうだ、ちゃんと謝ってなかった。なのはには、ミッドチルダで色々言ってごめんなさい。心配して来てくれたのに」

 そう言って俺は頭を下げる。
 そんな俺を見て、なのはが思いっきり慌てだす。

「ヴァンくん? ううん、あれは私も悪かったんだよ。意地になっちゃって……勝手に思い込んで……。ヴァンくんも、私の事を心配して言ってたんだって忘れてた」

 なのはを困らせる趣味も無いので俺は頭を挙げる。
 頭を上げた先には、なのはの白い掌があった。

「色々とあったけど、浚われた時に助けに来てくれて嬉しかったよ。たぶん、どっちも少しずつ間違っていたんだと思う」
「そうだろうね」

 俺は自分の苛立ちをなのはにぶつけてしまい、なのははいつの間にか自分が守らなきゃと思い込んでいた。
 小さな思い込みと、すれ違いだったわけだ……。

「仲直りの握手」
「ああ」

 俺はその手を自然に握り返していた。
 夕日に染まる海岸線で、俺となのはは仲直りをした。心のつかえが取れ、自然と笑みが浮かぶ。
 問題は山積だけど、少しだけほっとした。

「それとね、ヴァンくん」

 なのはが俺を上目使いで見ながら、何かを言うおうとする。
 俺は握手していた手を放し、なのはの次の言葉を待った。

「なに?」
「えっとね、その、さっきの話だけど。私は……」


 ビービービー!


 なのはが俺に向かって何かを言おうとした、ちょうどその瞬間を狙ったかのように俺のデバイスがけたたましい音を立てる。
 そのタイミングに、俺となのはは驚き思わず距離をとり妙なポーズをとってしまった。

「な、なに?」
「え? えっと、通信が……って、管理世界って……うちの部隊だ。誰からだ? ……隊長から?」

 アースラに出向中の俺に何の用が……って、げっ。

「どうしたの、ヴァンくん?」

 デバイスに表示されたメッセージを見て真っ青になった俺を、なのはが不思議そうに覗き込む。
 俺は乾いた笑いを浮かべながら、状況を説明した。

「書類の不備が見つかったから、すぐに再提出しろって……」
「えっ?」
「締め切りは、1時間後って……。ちょ、何でこんな急に!? 悪い、なのは。俺一回マンションに戻る」
「え、あ、うん。がんばって」

 即提出しなきゃ減棒だと書いてあった。
 すでに3ヶ月の減棒処分を食らっている身だ。流石にこれ以上の減棒は避けたい。
 俺は焦る内心を無理やり押し込むと、帰り道を急ぎながら手を大きく振るった。

「じゃ、なのは。また、明日な!」

 そう、また明日会えばいい。無限に時間があるわけじゃないけど、明日という名の日常くらいは取り戻す事が出来たはずだ。
 なのはは一瞬目を丸くし、次の瞬間とびきりの笑顔を浮かべて俺と同じように手を振った。

「うん、また明日ね。ヴァンくん!」



 悲しい事も、苦しい事も沢山あった。そして、その最中に俺たちは大きなものを失った。
 守れた物、守れなかった人。本当に、色々とあったと思う。
 それが良い事なのか、悪い事なのかは、きっとまだ誰にもわからない。それに、俺たちを狙う闇は深すぎて、まだ本当の姿すらわかっちゃいない。
 
 それでも、手に入れた物が確かにあった。
 守りたい。そう強く願えるだけの大切な絆が、確かにここに生まれていた。
 それを守るために、俺は強くなりたい。そう思った。



 そして、その絆を狙う者がいる事を、この時の俺はまだ知らなかった。
















 というわけで、“転生者はトラブルと出会ったようです”A’S編はひとまず終了となります。
 ここまで読んでいただいた読者の方々に、お礼を申し上げます。いただいた感想の数々、および誤字指摘は大変励みになりました。

 引き続き、空白期編(仮題)およびStS編と続く予定ですので、もしよろしければ読んでいただければ幸いです。

 なお、下の短文は本編に挟めなかった裏エピソードです。
 もしよろしければご笑覧ください。











【番外編・多分語られない、彼女の理由】



「ヴァン・ツチダにティーダ・ランスターめ……」

 少女は小さく笑うと、その力を発動する。
 本来なら必殺の力を持つ彼女の能力も、今はただ覗き見にしか使っていない。自分の能力を知る少数の連中に対しても、覗き用の能力だとしか伝えていない。
 それでいいのだ。
 暗殺用の物騒な能力など、今の自分には必要ない。部下の監視と、うるさい上司への情報提供にだけ使っていればいいのだ。

「今日はティーダの妨害を……えっ?」



「おい、隊長が突然鼻血を出して倒れたぞ!」
「救護班を呼べっ!」
「隊長、気をしっかり、隊長!!」

 デスクワークをしていたルーチェが突如倒れた事に、周囲は色めきだつ。血を見てヒステリーを起こす柔な隊員はいないが、それでもこんな状況に皆慌てる。
 顔が真っ赤で、ドクドクと鼻血を垂れ流している美少女の姿はかなりシュールだ。
 だが、隊員たちはそんな事に気にせず、やってきた医務官にルーチェを引き渡す。

「しっかり、隊長! 傷は浅いですよ! 隊長、しっかりしてください!」

 担架で運ばれていくルーチェは薄れ行く意識の片隅で、今後のストロベリー妨害は清く正しいヴァンだけにしようと心に誓った。


 それはともかく、時空管理局ミッドチルダ本局首都航空3097隊は今日も平和だった。



[12318] End of childhood 第1話
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:ea99c99c
Date: 2011/09/05 21:43
End of childhood 第1話



「E1、E2、E3。全部問題なし……、バッテリー残量問題なしと」

 夏のくそ暑い中、俺が何をやってるのかというと海鳴市の各所に設置したサーチャーの作動チェックである。

 闇の書事件の最中、聖王教会強硬派によりなのはとはやては狙われた。とりあえず一連の事件の首謀者である騎士アルフォードは逮捕されたのだが、事件がこれで終わりとは管理局も思っていない。どうも事件は騎士アルフォードより上の人間が絡んでいるらしく、警戒が怠れないのだ。
 詳しい内容は捜査上の秘密で俺みたいな下っ端には流れてこないのだが、戦った騎士クラウスの態度からして間違いないのだろう。
 そんなわけで俺が海鳴市に戻った二人を護衛するため駐在員として派遣されてきているわけだが、ぶっちゃけ24時間張り付いているわけにもいかない。特にはやてはミッドチルダでも護衛と言う名目で四六時中監視されていたわけだから、いくら親しいとはいえ俺が張り付いていたらたまらないだろう。
 そもそもヴォルケンリッターに、なのはにはやて。全員優秀すぎる魔導師な訳だから、直接的な戦力は足りている。問題は奇襲されないようにどう周囲を警戒するかだ。
 そこで、町に魔法関係の侵入者が無いかどうかチェックする為に、機械式のサーチャーを設置する事になった。
 幸い、ここは管理外世界の中でも魔法文明が発生していない世界だ。魔法がらみの侵入者は、管理世界がらみの可能性が高い。入ってきた人間を問答無用でって訳には行かないが、警戒するには十分だろう。

 そんな訳で設置されたサーチャーのチェックも俺の重要な仕事な訳なのだが……。

「あつい……」

 俺はチェックボードを日差しよけ代わりにして空を見上げる。
 八月の暑い太陽が、燦然と輝いていた。

「あー、くそ。管理外世界はこれだから……」

 別に管理世界の夏が涼しいわけじゃない。ただ、基本的に武装隊の俺が出動する時はバリアジャケットを装着している。
 あれを着ている限り、暑さ寒さをある程度シャットダウンしてくれるんだよね……。でなきゃ、フェイトのような薄着のバリアジャケットだと上空で凍えてしまう。
 休みの日はバリアジャケットなど着ていないが、仕事で歩き回るのと休みに出歩くのでは気分が違う。
 しかもだ……。

「次の場所に移動しなきゃ……」

 俺は暑さにふらつきながら、管理局から支給された移動用器具を置いてある場所に向かう。
 移動用器具なんて言うとかっこいいが、ようは自転車である。しかも、ホームセンターで売ってるような安物。電動式ですらありゃしない。
 管理外世界の街中でバリアジャケットを着るわけにも行かず、空を飛ぶのも緊急時以外はご法度。しかたなく、延々と町の各所に設置されたサーチャーを自転車で点検して回っているのだ。次元航行艦で馬鹿みたいに予算を使っているのだ、こういう所でケチらないで欲しい。
 おかげで久方ぶりにじめじめした日本の夏を満喫中ですよ、こんちくしょう。

「あー、プールか海に行きたい……」

 海鳴市は海に面しており、海水浴場も近場にある。とはいえ、9月まではスケジュールが詰まっており、海やプールなんて遊んでいる余裕は本当に無い。そもそも、次の休暇がいつになるかすら未定なのだ。生きるためには働かなきゃいけないのは仕方ないが、仕事ばかりだとホント泣きたくなる。
 まぁ、どっちみち、ここには一緒に行く友達もいないんだが……。まさか、護衛対象のなのはや八神家を誘うわけにも行かない。
 今年の夏も、仕事だけで終わりそうだなー。
 脳裏を過ぎったむなしい思いを振り払い、俺は仕事に戻っていった。





 * * * * * * * * * * * * * *





「ずいぶんと派手にやられたわね」
「言わないで。正直、自分でもよく無事に戻れたと思っているところなんだから」

 友人であるレティの言葉に、リンディは力無くうなだれた。
 二人が今見ているのは、先日闇の書の防衛プログラムと交戦したアースラの詳細な被害報告書だ。大きなところで次元航行用ブレードの剥離とサブ魔力炉の停止。細かい部分では武装の三割が使用不能、ライフラインの一部が破損。さらに船体フレームに歪みが確認されており、もしかするとアースラは廃艦処分になるかもしれない。
 ある程度は事前にわかっていたが、こうして報告書の形で見せられると、今になって背筋が凍りつく。
 優秀なスタッフと機転の利く子供たち、そしてなによりリインフォースの犠牲に支えられた、薄氷の上の勝利だった。

「上はわかって無いみたいだけど」
「これだから現場を知らない連中は……」

 リンディの言葉は前線にいる者なら一度は言った事のある台詞だろう。

「ツチダ空曹。置いてきて正解だったわね」

 レティの言葉に、リンディは深い溜め息を吐く。
 身辺調査の為に地球に置いてきたヴァンだが、結果的に大正解だった。
 彼がミッドに戻っていたら、少々面倒な事態になっていたかもしれない。

 今回の闇の書事件は、過去の事例に照らし合わせてみれば被害は極小と言って良い。物的な被害は次元航行艦2隻。人的な被害も民間人はゼロ、局員に若干の負傷者がいるぐらいだ。
 過去には一回の発動で三桁に及ぶ死傷者が出た事例もある。今回も同様の被害が出ても不思議ではなく、満点で無いにしろ実に良くやっていたと思う。
 もっとも、後方の認識はそうでもないらしい。
 やれ、病院の警備に不備があったのではないか、やれ、次元庭園に経費を使いすぎじゃないのか。やれ、氷結封印した犯罪者を艦に収容したのは軽率だったのではないか。
 彼らの粗探しはヴァンにもおよび、なのは誘拐事件時の次元航行船破壊はやりすぎではないのかというのだ。
 それに連動するかのように、聖王教会強行派が船は聖王教会の所有で不逮捕特権を有しているとして、彼の行為は違法だと裁判も持さない構えをとり始めた。
 ここまで露骨だと、いっそ清々しい。何処の息のかかった連中が騒いでいるのか、嫌でも分かるというものだ。

「どうするの、彼」
「流石に処分はないでしょう。士気にかかわるわ」

 単身で高ランク魔導師相手に奮戦したのだ。確かに次元航行船破壊はやりすぎだが、あれは不可抗力だろう。
 上層部のくだらない駆け引きに巻き込んで、未来ある局員を処分させるわけにはいかない。
 リンディの返答にレティはこう尋ねる。

「それじゃあ、彼にツバでもつけておくのね」
「何言っているのよ」
「あら、そのつもりで調べた訳じゃないの? ツチダ空曹だけど、今ちょっとした注目の的になっているわよ。引き抜こうとしている所もあるみたい」
「注目って?」

 次元航行艦隊と地上本部。通称海と陸は犬猿の仲だ。特にレジアス少将は海嫌いで有名であり、通常なら彼が海の任務に快く力を貸す等考えられない。
 ところが、今回の闇の書事件において彼は快く協力するどころか、娘のオーリス秘書官をアースラに出向させている。これまでに無かったこの動きに、当然周囲は注目した。
 そんな中、一人の空士の存在が浮かび上がってきた。そう、ヴァン・ツチダの存在だ。
 レジアス少将の一人娘であるオーリス・ゲイズを後見人に持ち、グレアム提督の秘蔵っ子であるクロノ・ハラオウンの一番弟子であるこの少年が、その手腕を持って陸と海の溝を埋めてしまったのではないか?

「なによ、それ」

 リンディにとって寝耳に水な話だった。
 そりゃそうだ。直接彼の人となりを知る身としては、あまりにも突拍子が無い話だ。ヴァンは良い子ではあるが、どこにでもいるごく普通……というには色々と無茶をしでかす事が多いが、とにかく平凡な少年だ。
 政治的なあれこれが出来るかと問われれば、絶対に無理だと答えるだろう。とにかく、そういった事を得意とする者に共通のある種の腹黒さが彼には無い。良くも悪くも真っ向勝負しか出来ない性質だ。
 間違っても海と陸の溝を埋められるような政治的な駆け引きができる人間じゃない。

「他にも、Cランクだけど実はAAAに匹敵する実力の持ち主だとか、いずれはクロノくんの片腕になり陸と海の架け橋になるとか、レジアス少将の秘蔵っ子だとか、強力なレアスキルをもっているとか……」
「ありえないわ……」

 実物の当人にかすりもしない高評価に、リンディは力無くデスクに突っ伏す。
 なまじ、実際に活躍をしているだけに、この噂は性質が悪い。
 彼はCランク魔導師にもかかわらず、Aランク魔導師の協力があったとはいえ推定Sランク魔導師を撃破、さら数ヵ月後には単身で陸戦AAA魔導師を撃破している。
 本人に言わせれば、前者は相手の戦い方が下手すぎただけだし、後者は犯罪行為に対する後ろめたさから動きが鈍かっただけで、双方実力を十二分に発揮できる状況ではなかった。本当に運が良かっただけでしかないと言う事になるだろう。
 実のところ、Cランク魔導師でもAAA以上の魔導師を撃破する事は十分可能である。ようは相手の防御力と耐久力を突破できるだけの攻撃力さえあればいいのだ。実戦慣れした魔導師なら、そういった決め技の一つや二つは持っている。
 ただ、高ランク魔導師とは攻撃力や防御力が違いすぎ、確実に急所に当てなければ落とせず、1発掠るだけで大抵の低ランク魔導師は落ちてしまう。1発の至近弾も許さず、必殺の一撃を確実に急所に叩き込む。これがどれだけ難易度の高い行為か言うまでも無いだろう。
 これを普通に出来る魔導師はCランクの枠にははまらない。ただ、魔力値がDやCランクとさほど変わらない、AやBランク魔導師になるだけだ。
 ヴァンはランクの割には攻撃力の高い魔導師だ。ラッキーヒットが出れば、高ランク魔導師を倒すのも不可能ではない。
 ただ普通はその超幸運が2回も立て続けに来たと思わないだろう。後方にいるヴァンを直接知らない者が、彼に何かあるのではと考えるのは無理も無い事だった。

「で、実際はどうなの? クロノくんは11月にBランク試験を受けさせるって言ってたけど?」
「成長が早いタイプみたいだから、Bはすんなりと取れると思うわ。ただ、魔力が低くて高ランクを狙うのは難しいのよね……」

 ヴァンやフェイト、なのはといった年下の子の面倒を見始めてから、クロノはずいぶんと落ち着いてきた。まだだいぶ硬さは残っているが、年頃の少年らしい笑顔を見る機会も増えている。
 元々面倒見が良い上に、マメで気が利くタイプだ。今までは周囲が年上ばかりだったので気負いが先に来ていたのだろう。ワンマンタイプの執務官から一皮剥ける日も近いかもしれない。
 母親としては息子の成長の切欠になったヴァンの存在をありがたいと思う反面、責任者としては彼を疑わない訳にはいかない。

「そういえば、調べた結果はどうだったの?」

 レティの言葉にどう答えるべきか一瞬だけ悩むが、隠すような事でもないので素直に答える事にする。

「ごく普通の家庭の出だったわ。訳ありではあったけど」
「ふーん」

 ヴァン・ツチダを調べた結果、出てきたのは彼がどこまでも普通だという事だけだった。
 新歴56年、ミッドチルダ首都クラナガン生まれ。会社員の父と専業主婦の母の間に長男として生まれる。兄弟として歳が離れた姉が一人いたようだ。
 ただ家族は彼が4歳の時に、クラナガンで発生したショッピングモール爆破テロ事件に巻き込まれ全員死亡している。
 彼が管理局への入局を志願したはその事件の直後だ。クラナガン在住だった彼は、第四陸士訓練校に入学を果たす。その際、保護者の叔父が別世界に在住だった為、死んだ姉の親友であったオーリスに後見人を頼んだらしい。
 不幸な生い立ちではあるが、特に珍しい境遇という訳でもない。あの年齢で働くなら、これくらいの事情はあるだろう。

 十歳未満で管理局入局を志願する幼年志願者の数は毎年それなりの数に及ぶが、配属まで残る者はほんの僅かだ。
 管理局の仕事は命に関わる。また、相手にするのも、ロストロギアや犯罪者など、子供だからといって手加減をしてくれるような相手ではない。
 それゆえに訓練校の教官は、子供だからといって訓練に手加減はしない。その厳しい訓練に、軽い気持ちで志願した幼年志願者は脱落してゆくのだ。結果、配属まで残るのは何らかの事情がある者か、よほど才能に恵まれた者。そうでなければ、飛び抜けた変わり者となる。

「入局の動機は、家族の仇討ちかな?」
「そうかもね。本人は話したがらないでしょうけど……」

 リンディの知る限り、ヴァンは人の同情を買って喜ぶタイプではない。
 アースラでのヴァンは姉代わりであるオーリスや、兄貴分であるティーダの事はよく話していたが、家族の話題については避けていた気がする。彼にとってあまり触れたくない話題なのだろう。
 それとなくその事を察していた周囲も、無理に聞こうとはしなかった。
 働かなければならない子供の事情を詮索している自分に嫌気がささないでもないが、これも仕事の内だとリンディは割り切っている。綺麗事だけでは管理局の提督など務まらない。

「配属後は?」
「比較的普通ね。性格が性格だから、無茶ばかりしていた節はあるけど……」

 入局してからの経歴も、先日の次元震事件まで特に目立った物は無い。所々無茶をやっていたらしき記録が見受けられるのはご愛嬌だろう。
 引きどころを弁えていないわけではないが、引けないと分かるととたん無茶をやりだすらしい。

 ヴァンがプロジェクトFを知ったという事件も確かに存在しており、スカリエッティ論文の断片が発見されていた。彼が所属する部隊が参加した一斉摘発は首都防衛隊主導で行われた案件であり、別の現場では戦闘機人の違法研究摘発も行われている。今はナカジマ姓を名乗っている戦闘機人姉妹が保護されたのも、ちょうどその時だった。
 さらに、スカリエッティ論文の断片はネット上の各所に散乱している。愉快犯的性質を持つマッドサインティストが、真偽織り交ぜ故意にばら撒いているのだ。
 時期的にも状況的にも、彼が独自でスカリエッティ論文に触れていてもなんら不思議では無い。

 結局、考えすぎだったのかな?

 犯罪組織の構成員……しかも、幹部クラスにあれだけ注目されていたのだ。何も無いとは考え難い。偶然出会っただけで、あそこまで名前を連呼されるだろうか?
 ヴァン自身が知らない可能性も含め、考慮しなければならないだろう。
 とはいえ、ヴァンばかりに構ってられる訳じゃない。リンディはヴァンに関する疑問をとりあえず頭の隅に寄せると、対処しなければならない案件を一つずつ思い浮かべていた。





「すまないね、クロノくん。無理を言ってしまって」

 ヴェロッサは横を歩くクロノに謝罪の言葉を述べる。
 それに対し、クロノの返事は実に単純だった。

「無理と言うほどの事じゃないよ。むしろ、こちらとしてもありがたいくらいだ」

 ヴェロッサが親友であるクロノに頼んだ事は、先日の闇の書事件の最中に起きた、高町なのは誘拐事件で逮捕された騎士クラウスとの面会だった。
 査察官の地位を使えば面会する事自体は難しくないのだが、どうしても手続き上の時間がかかる。そこで、担当執務官のクロノに面会が出来るように頼み込んだのだ。
 騎士クラウスをヴェロッサと面会させる事はなんら問題ない。元々ヴェロッサは管理局の査察官であるし、なにより騎士クラウスは逮捕後は一貫して捜査に協力的だった。
 そんな騎士クラウスだが、彼は彼で問題があった。故郷や同僚からの差し入れや手紙を、一切受け取ろうとしないのだ。

 拘留中の逮捕者に差し入れが行われる事はよくあったし、認められた範囲内ならば日常品や手紙を受け取るのは逮捕者の権利である。
 無論、受け取らなくてもそれはかまわない……と言いたいのだが、それはそれで管理局としては困るのだ。
 世の中には人の揚げ足を取って喜ぶ輩というのが一定数存在し、それを煽る事を商売としている連中もいる。もし逮捕中の聖王教会の騎士……それも、まだ10歳の少年への差し入れが一切届かないなどと言う話が外部に漏れれば、事実がどうあれ一部のマスコミがここぞとばかりに管理局を叩くだろう。
 特に役人や政治家の不祥事と言うのは、万国共通でマスコミの大事な飯の種だ。ある程度は権力の暴走を監視するという意味で必要かもしれないが、今回のような重大事件を解決前に引っ掻き回されてはたまらない。

 看守に泣きつかれていたクロノにとって、友人であるヴェロッサの頼みは渡りに船だった。

「それじゃ、この先に彼はいるから。頼んだよ」
「ああ」

 部屋の前にいた警備の者に一声かけると、ヴェロッサは取調室に入っていった。



「僕を笑いに来たのかい?」

 取調室に入ったヴェロッサに向けられたのは、こんな辛辣な言葉だった。騎士クラウスが突然吐いた暴言に、同席していた取調官が思わず慌てる。
 もっとも、これはヴェロッサにはある程度予想できていた事だ。片手で取調官を抑えると、いつもの飄々とした笑みを崩さずこう返す。

「そこまで管理局の査察官は暇じゃないよ。どうだい、元気だったかい?」
「これが元気に見えるかい?」

 これは相当重症だ。ヴェロッサは内心天を仰ぐ。
 彼の幼馴染である騎士クラウスは、長い戦乱で荒れた故郷の仲間を中央の良い学校に進ませる為に、その収入のほとんどを仕送りに使っていた。聖王教会でもレアスキルを持つ騎士の収入だ、一流企業と比べてもなんら遜色はない。年齢を考えれば、破格の収入だっただろう。
 幼馴染で親友であるヴェロッサには彼が何を考えているのか痛いほどよく分かる。

 自分や、故郷の仲間が、犯罪者として逮捕された自分と親しい為に迷惑がかかる事を恐れているのだ。最低でも、過去はともかく今は関係が冷え込んでいる。そう周囲に思わせたいのだ。

 何もそこまで考えなくともと、ヴェロッサは思う。
 この程度で足元を掬われるほど柔ではないし、今のところそこまで悪辣な敵もいない。そしてなにより、ヴェロッサはクラウスをまだ友人だと思っている。
 こんな状況でも周囲に気を使い、迷惑にならないように悪態をつくところなど、クラウスは昔と何も変わっていないではないか。
 そんな友人を、見捨てられる訳が無い。

「いや、見えないね。だから元気の元だよ」

 そう言ってヴェロッサが取り出したのは、一枚の手紙だった。
 今時珍しい紙で書かれたその手紙は、クラウスの故郷の孤児仲間からの手紙だ。もっとも、クラウスはそれを一瞥するとすぐに受け取りを拒否する。

「悪いが、故郷は捨てた身だ。見たくも無い」
「そう言われてもね。レディに渡すように頼まれた手紙なんだ。ここで引っ込めては僕の沽券に関わる」

 ヴェロッサに泣きついてきたのは、なにもクロノだけではない。手紙が届かないと、クラウスの故郷の仲間が直接ヴェロッサに頼みに来たのだ。

「君に頼んだのか? この筆跡は、パルか……」
「ああ、今は教会に泊まっているよ。僕は女性の涙には弱くてね。読まなくてもいいから、引き取ってくれ。僕も毎日日参するのは骨だしね」
「勝手にしろ」

 そう言ってクラウスはすぐに手紙への興味を失う。そのように周囲に見せる。
 まったく持って素直じゃない。あの指のせわしない動きは、彼が嘘をつく時に見せる癖だ。中身に興味があって仕方ないのだろう。

「あと、これは一つ伝言だ。シャッハが、烈風一迅を使っておいて負けたと聞いて、弛んでいる様だから後で再修業だとか言ってたよ」

 一瞬、クラウスの顔色が真っ青になったのをヴェロッサは見逃さなかった。
 クラウスはシスター・シャッハに一時期だが師事していた事がある。彼の使う烈風一迅もその際習ったものだ。当時のシャッハの訓練は苛烈を極めていた。それを思い出したのだろう。
 一瞬だけ昔に戻った友人を見て、ヴェロッサはくすりと笑う。
 だが、そんな状況ではないときを引き締める。何も手紙を渡すためだけに、今日の取調べをセッティングしたわけではないのだ。

「あと、もう一つ君に伝えておく事があるよ。孤児院の件だが……」
「それが何か?」
「ソナタ枢密卿が予算に絡み、色々と工作をしていたみたいだ。次期から正常化すると思うよ」
「そうか……」

 クラウスは興味がなさそうだが、これもポーズだろう。実際、この話題にほとんどの孤児出身の逮捕者がこの話題に飛びついてきた。
 孤児出身者は、ソナタ枢密卿の重要な戦力だ。新進の派閥である強硬派に孤児院出身者を取り込むため、ソナタ枢密卿はあの手この手で孤児院の締め付けを行っていた。
 現在は彼の力をそぐ為、聖王教会は緊急の予算見直しを迫られている。

 もっとも、クラウスにとってはありがたい話題ではあるが、半面で自分の罪を帳消しに出来る話題だとは思っていない。
 何より自分は、その締め付けられた予算を寄り大きく故郷に流すためにソナタに与したのだから……。

 やはり重症だ。責任感が強すぎる。
 ヴェロッサは内心で溜息を一つつくと、クラウスに対する質問を開始するのだった。



 取調べはそれから小一時間ほど続いた。
 ヴェロッサに対するクラウスの態度は険悪ではあったが、質問自体には素直に応じていた。それどころか、ヴェロッサが見落としていた部分を指摘し、説明するほどだ。
 そんな幼馴染に悲しいものを感じつつ部屋から出たクラウスを待っていたのは、クロノであった。

「おや、クロノくん。待っていたのか?」

 忙しいはずの執務官が、ずっと部屋の前で待っていたらしい。
 驚くヴェロッサを見たクロノは、心配そうに声を掛けてきた。

「様子がおかしかったからな。大丈夫か?」

 その言葉に大丈夫だと答えそうになったヴェロッサだったが、ふと自分の指先が震えている事に気がつく。
 予想以上に、自分は消耗しているらしい。

「予想以上に辛いな」

 その事に気がついたヴェロッサは強がりをやめ、素直に答える事にする。
 クロノとも長い付き合いの親友だ。嘘をついてもばれるだろうし、彼にクラウスの事は何度も話している。
 この優秀な執務官は、隠してもすぐに気がつくだろう。
 力なく笑うヴェロッサに、クロノの方が余計辛そうな表情を見せた。

「すまないな。力になれなくて」
「君が悪い訳じゃないだろう。むしろ、クロノくんには感謝しているぐらいだよ」

 実際、クラウスを逮捕したクロノやヴァンを怨む気は欠片も無い。これも仕事だし、なによりクラウスは命令された身とはいえ、逮捕されるだけの事をやってしまった。

 ソナタ枢密卿はかねてより黒い噂の多い人物であり、彼の率いる強硬派は新鋭の派閥として急速に過激なカルトと化していたのは、聖王教会の内部事情に詳しい者なら誰もが知る事実だ。
 また、彼がその権力をもって聖王教会各所の予算をコントロールし派閥を強化していたのも、周囲はある程度把握していた。とはいえ、それも全て聖王教会内部の事であり、無茶はしないだろうという油断があったことも事実だ。
 実際、ヴェロッサだけでなく、騎士カリムを初めとした穏健派、あるいは強調派もそう考えていた。身内ゆえの油断があったのだろう。

 だが、今回の事件で蓋を開けてみれば、強硬派は広範囲の非合法活動に手を染めていた。未登録のロストロギアの不法所持から始まり、広域指名手配犯やマフィア、テロリストとの取引や、兵器の不法購入と研究。さらに、4月にクラナガンで発生した次元震未遂事件に使われた次元反応弾、その盗難事件にも関わっていた痕跡まで出てきた。
 現在首謀であるソナタ枢密卿は公務と特権を利用し、管理局や聖王教会の出頭要請を拒否をしている。それどころか、影響下にあるマスコミや政治家を通し、さまざまな裏工作を行っているらしい。
 
 事件の規模が規模だ。すでに事件は若手であるヴェロッサ一人の手に負えない規模に膨れ上がりつつあった。査察部では聖王教会と協力し、大規模なチーム編成を行いこの件に当たっている。
 ソナタ枢密卿は逃げ切る気だろうが、逃がす事は無いだろう。奴の犯罪行為はいずれは白日の下に晒される。

 それはいい。だが、そうなる前になぜ幼馴染の親友を救えなかったのか。
 もっと出来る事があったんじゃないか。本腰を入れて調べるべきだったんじゃないか。そうヴェロッサは後悔をしているのだ。

 もっとも、後悔している親友に、クロノがしてやれる事はほとんど無い。
 彼に出来るのは話を聞いてやる事と、事件捜査に協力するぐらいだ。

「ヴェロッサ……。君が彼との面会を希望する時は、最優先に出来るよう手を打っておく」
「ありがとう、クロノくん」

 親友のそんな心遣いをありがたく思いながら、ヴェロッサはふと小耳に挟んだことをクロノに伝える。
 それは彼が、自分と同じ後悔をしないようにとの心遣いだ。

「ところで、君の一番弟子……ツチダ空曹の事だが」
「ヴァンが何か?」

 まだ出会ってから半年も経っていないが、フェイトやなのはと並び、初めて面倒を見る年下の魔導師だ。
 別に弟子ではないが、面倒を見た少年をクロノは可愛がっていた。

「かなりまずいところから注目を浴びているみたいだぞ」
「まずいところ?」
「脳髄」

 その言葉で、クロノはヴァンがどこから注目を浴びているかを察する。
 管理局の暗部とも言える、陰の支配者。ヴェロッサが言っているのは最高評議会の事だ。
 通常、クロノやヴェロッサレベルでは最高評議会の存在は知っていても、その正体までは知らないのが普通なのだが、二人とも独自のコネクションを通じ最高評議会の正体を掴んでいた。
 最高評議会は基本的に現場の方針に口を挟まないが、彼らに目をつけられ酷い目にあった局員の数は少なくない。

「だが、ヴァンの後見人はオーリス秘書官だぞ?」

 オーリスの父であるレジアス少将の後ろ盾が最高評議会なのは、ある程度上の者なら誰でも知っている公然の秘密だ。
 クロノの言葉に、ヴェロッサも頷く。

「少将が絡んでいるかどうかは分からないが、彼以外にも局の内外問わず何人かを注目しているらしいんだ」
「一体何が? 悪いが、注目を浴びるような奴じゃないぞ」

 ヴァンは良くも悪くも平凡な魔導師だ。注目を浴びるような能力は無い。少なくとも訓練を見ていたクロノはそう確信している。
 何かの能力を隠している……それもない。能力を隠している者は、その分だけ動きに余裕ができる。いざといった時の切り札が、動きに余裕を生むのだ。
 だが、ヴァンにはそういった人間に特有のある種のクセが無い。
 魔導師としての彼の能力は、クロノの知るものがほぼ全てだろう。仮に知らない何かがあったとしても、たいした事の無い隠し技が一つ二つある程度だ。

「それは分かっている。僕も詳しくは分からないが……ある種のレアスキルを持つ集団で現れたとか……。その一人と目されているらしい」
「レアスキル?」

 かなり不鮮明な噂だ。正直ヴェロッサとしても、雲をつかむような話でまだ要領を得ない。
 だが、放置しておくと危険だと、彼の勘がそう言っていた。

「詳しくは分かったら伝えるが、気をつけておいたほうがいい」

 その言葉にクロノは一瞬だけ考え込むとヴェロッサの言葉に頷いた。
 確かに、魔導師としては平凡なヴァンだが、彼が自分たちに何かを隠している事はクロノも気がついている。盟主を名乗る少女の執着や、他にもふと違和感を覚える事も多い。
 そしてそれを母が疑い、調べている事もクロノは知っていた。

 安心して背中を預けることが出来る男だ。彼が善良で、信頼に値する人間である事をクロノは疑っていない。
 だが、彼が隠している何かを、自分も知らなければならないのかも知れない。
 辛そうなヴェロッサを見て、クロノはそんな事を考えていた。



[12318] End of childhood 第2話
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:98b874a2
Date: 2011/06/18 12:59
End of childhood 第2話



「そこのお嬢さん~、僕と海難事故時の救助訓練をしな……、ぶべっ」

 どんな口説き文句だよとツッコミどころ満載のナンパをやっているのは、言うまでもなくイオタの奴である。
 いくら長身で面のプリントが良くとも、アレじゃあ引っかかる女性などいない。まして今の奴の格好は紫のラメ入りブーメランビキニパンツ、しかも後ろはTバックだ。猥褻物一歩手前の存在に、まともな神経の持ち主なら間違ってもお近づきになりたくないだろう。
 最後の『ぶべっ』はナンパしていた女性が逃げる際に、イオタをひっぱたいた時の悲鳴だ。

 そんなイオタの身内だが、少し離れた場合で必死に他人のフリをしていた。

「あの、いいんですか、ほっといても?」
「わ、私には何も見えません!」

 心配そうに尋ねるなのはに対し、身内のレインさんは必死にイオタのいる方を見ないようにしている。
 ちなみに二人の格好も水着だった。
 なのはは淡いピンクのスカート付きワンピースだ。胸元の小さなリボンがワンポイントで、可愛らしい彼女に良く似合っている。
 一方のレインさんは競泳用のシンプルな紺の水着だ。ただ、この人の場合スタイルがスタイルのため、競泳用の無駄の無いデザインが、かえって胸や腰を強調してしまっている。

「ま、まあドクター・イオタもたまにははしゃぎたいのでしょう」
「たまにか?」

 苦しすぎるフォローを入れたシャマルと冷たいツッコミを入れたシグナムも、スタイルではレインさんに負けていない。
 パーカーを羽織り麦藁帽子をかぶっているのはシャマルだ。一見すると大人しい格好のようだが、パーカーの下は大胆なビキニである。
 その横にいるシグナムは胸元と背中が大胆に開いているワンピースという着る人を選ぶ格好だった。立ち振る舞いに隙がなく、スタイル抜群のシグナムには良く似合っている。
 ちなみに、二人の水着が大胆すぎるのは、別に彼女たちの趣味ではない。服飾に詳しくない彼女たちに、きわどい水着を着せた犯人がいるのだ。
 その犯人は、騒ぎに我関せず生まれて初めての海水浴を満喫中だった。

「ほれ、ザフィーラにおっぱいや」
「カニ乗せようぜ、ほら、カニ」
「こら、ヴィータ、よせ! うおっ!」

 珍しく人間形態のザフィーラは、はやてとヴィータにより砂浜に埋められていた。顔にカニを乗せられ、悲鳴を上げている。
 ザフィーラを埋めた二人の格好も、もちろん水着だった。
 シャマルとシグナムにきわどい水着を着せた犯人……はやては水色のワンピースを着ている。あちこちについた濃い青のリボンがおしゃれなのだろう。流石にまだ歩けないので泳ぐのは無理だが、ザフィーラに砂をかぶせて遊んでいる。
 そして、恐らくはやての水着選びで最大の被害者が、このヴィータだろう。いや、似合ってないわけじゃないんだよ、彼女の水着。ただ、スク水ってどうなのよ。いくらなんでもベタベタすぎでしょ。胸に『う゛ぃーた』なんてひらがなで書いてあるし……。

 俺が彼女たちの水着に詳しいのは……特に理由など無い。昨晩、初めて海水浴に行く事になったはやてが興奮して連絡をよこしてきて、その際の彼女たちの水着について事細かく、身振り手フリを交えて解説してくれたのだ。
 ちなみに、このはやて……あと、実はアリサの二人のイタズラは、しっかりと覚えていたヴォルケンリッターの手で数年後に仕返しされる事になるのだが、それはわりかしどうでもいい話だ。実際に被害をこうむったのは、二人よりもむしろ俺とユーノだったし……。

「なのは、お昼の準備を手伝って~」
「あ、はーい」

 母親である桃子さんに呼ばれたなのはが、バーベキューの準備を手伝い始める。しかし、桃子さん、ホントに子持ちの母親か? なのはが着ている水着と同じ色のピンクのビキニを着ているのだが、スタイルといい肌のはりといい、とてもじゃないがなのはみたいな大きい子がいる母親には見えない。
 それはともかく、今日は高町家総出で海水浴場に遊びに来ているのだ。
 よく見れば、周囲には高町家の皆さんのほかにも、アリサにすずか、それとすずかのお姉さんとメイドさんたちもいた。

 さてと……。

 俺は遊んでいるなのはたちを見ていたサーチャーからの映像を切る。
 遊んでいる彼女たちがうらやましいなぁと思わないわけじゃないが、俺は俺で仕事があるのだ。さっさと仕事を終わらせて俺も昼にしたい……。
 ちなみに俺がいるのは彼女たちがいる場所からだいぶ離れた海鳴沖上空。格好も普段着ではなく管理局のバリアジャケット姿だ。

 俺は陰鬱な溜息をつきながら、P1SCから送られてくる周囲のデータを確認する。
 計測値が正しいなら、そろそろだ。
 俺はサーチャーを飛ばしながら、周囲を注意深く観察する。

 いたっ!

 俺は前方に、上空に浮かぶ人影を発見する。その人物は黒い翼を背負い、銀色の髪を靡かせていた。表情は虚ろで、全てをあきらめた人間特有の病的な虚無感を漂わせていた。
 ちっ! よりにもよって……。

「あなたは……管理局の魔導師か?」

 その人物は俺の姿を確認すると、俺が何者か尋ねてくる。
 彼女の名前はリインフォース。いや、俺を知らないって事ははやてに祝福の風の名を送られる前……。まだ、闇の書の意思だった頃の彼女か。

「そうだ」

 俺は手短に答えると、敵意が無い事を示すためとりあえずデバイスを下げる。
 その動作の意味が分かったのだろう。闇の書の意思は俺を攻撃する事無く尋ねてきた。

「私の主はどこに……。愛しき騎士たちは何処に消えたのだろう」
「どこにも消えていないよ。君の主はやては永遠の夜を打ち破り、騎士たちを連れて温かで平和な日常に戻っていった」

 君一人を除いて……。俺は脳裏に浮かんだその言葉を無理やり消し去る。
 彼女は確かに消えてしまった。でも、きっと何かを残せたはずだと、無理やり自分を納得させる。
 そんな俺の動揺を敏感に悟ったのか、あるいはもう会話を行うだけの力も残っていないのか、闇の書の意思は俺の存在を無視して先に進もうとする。

「私は主を……騎士たちを探さなければならない……」

 そう言って去っていこうとする闇の書の意思の前に、俺は立ち塞がる。
 彼女の性格で暴れると思えないが、とにかく存在が不安定だ。何のきっかけで、何時暴走するか分かったもんじゃない。
 それに、なにより……。

「そこをどいてくれ。私には君と戦う理由が無い」
「悪いけど、こっちにはあるんだ。君をはやてたちの所に行かせるわけにはいかない」

 もしも彼女が本物なら、俺は喜んで彼女をはやての元に案内しただろう。
 だが、この闇の書の意思は本物ではない。闇の書の防衛プログラムが破壊された際、飛び散った破片が過去の彼女を再生しているに過ぎない。そのため記憶は遠い過去の時点で止まっており、今の仲間に会っても分からないだろう。さらに僅かな時間で消滅してしまう不安定さだ。
 そんなものを、はやてたちに会わせるわけにはいかない。家族の……それも、同じ人物の死に二度も立ち会わせるなんて事をさせられる訳が無い。

「邪魔をするなら、容赦はしない……」

 そう言うと、闇の書の意思はその腕に魔力を込める。
 もっとも、その力は本当に弱い。一番最初に出現したザフィーラの残滓はオリジナルと遜色ない力を持ち、クロノさんが出なければ対応できなかった。2度目はフェイトのコピーが出現したのだが、その時は俺が単独で撃破出来る程度だった。
 残滓が発生したのは3回目だ。時間の経過で魔力が拡散し、力が弱まっているのだろう。
 無論油断できる相手ではないが、俺一人でも十分対処可能である。

「ああ、容赦しなくていい。全力でいくぞ!」

 なのはたちに残滓の存在は伝えてある。最悪の場合は、彼女たちに手伝ってもらう必要があるからだ。
 とはいえ、今回ばかりは彼女たちをつれてこなくて良かった。
 これは単なる自己満足だろう。自身の成長の無さに内心呆れながらも、俺は闇の書の意思の残滓を迎撃するべくデバイスを構えた。





 * * * * * * * * * * * * * *





「つまり、こちらに叛意は無いんだな」
『ええ、もちろん。実験の為に潜り込ませた組織が、たまたまそちらを襲っただけだよ』

 ぬけぬけと言い放つマットサイエンティストに、レジアスは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
 ここ暫く最高評議会が注目する“物語”の“登場人物”が関わる事件に、やはり“登場人物”であるスカリエッティの戦闘機人が現れる。それを抜きにしても、今までは戦闘機人のテストは全て表に出ないよう、細心の注意を払っていたはずだ。
 突然ともいえるスカリエッティの行動方針の変更。トリッパーがもたらした“物語”を信じていないレジアスから見ても、あからさまな怪しい動きだ。

「適当に捜査妨害はしておこう。だが、あまり目立つような真似はするな」
『判りましたよ、今後は自重するよう努めましょう』

 スカリエッティは慇懃無礼な態度を最後まで崩さず、通信は途切れた。
 戦闘機人プロジェクトには必要な事だとはいえ、なんとも腹立たしい。いずれ見ておれ、レジアスは怒りを抑えようと奥歯をかみ締めた。



 トリッパー、転生者、来訪者。そう呼ばれる異分子がもたらした情報は大きく意味を変え始めている。
 すでに多くの者が知り始めたこの情報は、未来予知としての精度を失っていた。あたりまえだ、ヴァン・ツチダをはじめとする多くの者が好き勝手に動いた結果、物語とはまったく違う状況になっているのだ。
 これであの未来予知を信じる者がいたら、それは何も現状を知らない無知者という事になるだろう。

 だが、あの知識がありえたかもしれない未来の一つだったことには変わりが無い。
 人の行動こそまったく未知の状況になったが、聖王のゆりかごを初めとした“物”の情報まで変わるわけではない。
 結果、“物語”の情報が巨大な遊戯台となり、多数の打ち手が駒を進めるゲームのような状況に、世界の一部が移行しつつあるのだ。



 そして、ここでもまた、世界を変える一手が打たれつつあった。



「おい、大丈夫かレジアス?」

 同席していた友人であるゼストの声に、レジアスは現実に引き戻される。
 レジアスが今いるのはいつもの執務室ではなく、クラナガンの商業区画にある高級バーだった。薄暗い店内に、落ち着いた音楽が流れている。
 正直に言うとこういう店はレジアスの趣味ではないのだが、立場上安い店にはなかなか行けないのだ。

 アルコールに当てられたのか、数日前の不愉快極まりない会談を思い出し、ぼうっとしていたらしい。
 レジアスは若干ばつの悪さを感じながら、友人のゼストに謝罪する。

「すまん、少し考え事をしていたらしい」
「お前にしては珍しいな」

 ゼストの知るかぎり、レジアスが人前で隙を見せる事はめったに無い。
 立場上、人前で醜態を見せる事など許されないというのもあるし、本人の矜持もそれを許さなかった。良くも悪くも鉄の意志を持つ男なのだ。

「ここ暫くドタバタしていてな」
「オーリスくんが海に出向中だったな」

 家事をする娘が不在だった為に大変だったのだろう。ゼストはそう解釈する。
 ちなみに事実は真逆で、娘の面倒を見なくて済んだ分、ここ暫くの家事は非常に楽だった。
 ゼストの勘違いを敏感に悟ったレジアスだったが、娘の名誉の為にあえてその勘違いを正す事はしない。
 いかに親友が相手とはいえ、いい歳こいた娘が家事がまるで駄目とは、恥ずかしくて言えない。娘の下着を少将自ら洗濯してるなどと知れたら、時空管理局の権威など一気に吹き飛ぶだろう。花柄のエプロンを愛用しているところを見られたら、これまで築いてきたイメージが台無しだ。なんでオーリスは料理の際に味見をしないのだろう。あれでは料理が上達する訳がない。
 別の意味で欝になりかけた思考を立て直す為グラスの中身を一気にあおり、レジアスは話を元に戻す事にした。

「話を戻すが、対AMF部隊の件、引き受けてくれるのだな」
「ああ、海があそこまでやられた以上、対策は急務だろう」

 二人がこの日会っていたのは、先日話していた対策AMF部隊の件を話す為だった。

 当初は後方に下がる事になる部隊新設に難色を示していたゼストだったが、時の庭園で起きた闇の書強奪未遂事件で状況の変化を認識せざるを得なかった。
 事件当時、時の庭園には警備の為に武装隊がニ個小隊ほど配備されていた。これは即時殲滅指定ロストロギアがあったとはいえ、過剰とも言える警備体制だ。
 だが、テロリストの設置したAMF発生装置により一瞬にして無力化した。
 現在管理局では主にミッドチルダ式魔法を使用している。これは管理局の発祥がミッドチルダというのもあるが、ミッドチルダ式魔法が他の魔法と比べて高い汎用性を有し、集団運用に適しているというのがあった。
 特に戦闘面でのミッドチルダ式魔法は魔力放出を得意とする。常に相手との距離をとり、複数で単独目標への攻撃ができるミッドチルダ式魔法は、治安維持を目的とする管理局にとって都合が良かった。
 ところが今回、ミッドチルダ式魔法を主力とする武装隊は、AMFによる魔力結合解除により攻撃力を失ってしまったのだ。戦力になったのは一部の高ランク魔導師と多重弾などAMF影響下でも運用可能な魔法を修得していた者。そして一部の非魔導師が所持していた小火器だった。
 対してテロリスト及びテロリストと共謀した聖王教会騎士が主に使用したのが近代ベルカ式魔法だ。
 近代ベルカ式魔法もAMFの影響を受けて弱体化していたが、その影響はミッドチルダ式魔法に比べれば若干軽微であった。何より、デバイスそのものを武器とする近代ベルカ式魔法は、人間相手ならAMF下でも十分な威力を発揮するのだ。
 実も蓋も無い言い方をすれば、デバイスそのものが刃物なのだから、魔法による防御がなければそれだけで十分な凶器になった。

 この事実に、管理局上層部が一種の恐慌状態に陥ったのは言うまでもない。そしてこの教訓をふまえ、管理局の各方面で魔法が使用出来ない状況下での対策が研究される事になる。

 独自に海とのコネクションをもっていたゼストの元にも、時の庭園に戦闘機人らしき少女たちが出現したとの情報と共に届いた。
 彼自身は古代ベルカ式魔法を修得したSランクの騎士だが、部下のほとんどはミッドチルダ式魔法を使う魔導師だ。この先戦闘機人を追えば、AMF影響下での戦闘が高い確率で発生する。
 海の武装隊ですら一時的に無力化したのだ。そうなれば質で劣る部下に大きな被害が出かねない。
 この状況では、流石のゼストも捜査を強行する事は出来なかった。多少回り道になっても、友人の誘いを受け対AMF部隊を発足させてから、事件を追うべきだと考えたのだ。

 その手始めの一つが、レジアスとの意思疎通だった。部隊運用の方針確認、規模、人員確保。話し合わなければならない事は多い。
 もっとも今晩は、忙しかったあまり疎遠となっていた友人同士で飲みにきたという意味が大きかったが……。

「レジアス、対AMF部隊だが、近代ベルカ式の使い手を教官として引っ張ってこれないか?」
「お前たちではダメなのか? 確か、お前の部下に近代ベルカ式を使う魔導師がいたと思ったが?」

 レジアスの疑問にゼストは首を横に振る。

「部隊運用の叩き台は作れても、古代ベルカ式の使い手である俺では、魔法の使用方法は教える事は出来ん」
「それはわかっている」

 ゼストの使う古代ベルカ式魔法はレアスキルに認定されるほど使い手が少ない。
 最初期に成立した魔導だけあって体系が未分化であり、資質の無い者には修得が出来ないのだ。
 一方、部下の一人が使う近代ベルカ式魔法のシューティングアーツにも問題があった。

「俺の部下が使うシューティングアーツだが、あれはあれでキワモノすぎて集団運用には向かん」
「そうなのか?」
「ああ」

 苦虫を噛み潰したような表情でゼストはレジアスに説明を始める。
 シューティングアーツは近代ベルカ式魔法の中では、かなり強力な流派だ。
 通常使うアームドデバイスの他に移動用のローラーデバイスを使用する事により、陸戦魔導師としては破格の機動力を誇っている。反面で二つのデバイスを常に同時使用する為、繊細な制御技術が必要となり修得が難しい流派になってしまったのだ。
 よほどの天才でもない限り、実戦に使えるようになるには長い時間を要するだろう。
 資質がなければ修得出来ない古代ベルカ式魔法よりはマシとはいえ、これでは隊員の数を確保する事は難しい。

「基本的な事ぐらいならば俺たちでも教えられるが、海の精鋭が無力化されたのだ。質で劣る地上部隊の人間で編成する以上、生兵法で前線に出せば殉職者を増やす事になりかねん」
「確かにな……」

 腹立たしい限りだが、地上部隊に配属されている人間は質の意味で海よりだいぶ劣る。ただでさえ質で劣っているのに、さらに中途半端な状態で出せばどうなるか子供でも分かる理屈だ。
 確かにゼストの言うとおり、専門の教官が必要になるのかもしれない。

「判った。そちらは俺が当たってみよう」
「すまないな」

 幸い、現在管理局内でのレジアスの評価は上がっている。トリッパーの存在を隠すためにでっち上げた移動式AMF発生装置……、ガジェットドローン出現を予測する報告書が、思わぬ効果を発揮しているのだ。
 高い先見性を持ち、海ですら苦戦した状態を予測していた。局内の政争では、こういった些細な実績が物を言う時もある。トッリッパーがらみというのは腹立たしいが、利用できるものは何でも利用すれば良い。
 この実績を元に交渉に当たれば、上手くいけば近代ベルカ式魔法の使い手を一時的にでも引っ張ってこれる可能性は高い。今回の闇の書事件で次元航行艦隊に大きな貸しが出来た事も良い材料だ。
 海の横槍が面倒ではあるが、やって出来ない事は無いだろう。

「それと、もう一つ頼みたいのだが……」
「なんだ?」
「ああ、そんなに難しい事ではない。闇の書事件でガジェットドローンと交戦した空士と会ってみたいのだが……。一人はお前の身内だろう、難しくは無いと思うが」

 この時、ゼストが思い浮かべていたのは最近評判のヴァン・ツチダの事であった。あの少年の後見人はオーリスだと聞いている。それなら、レジアスとも面識があり身内同然だろう、そう考えたのだ。
 これは別に不自然な考えではなく、誰もが考える事だった。
 だが、レジアスがこの時“身内”と聞いて真っ先に思い浮かべたのは、ヴァン・ツチダの相棒とも呼べる年上の……、ここしばらくオーリスの周りをうろつくある少年の事だった。
 その名前を、ティーダ・ランスターと言う。

「み、身内……わ、わしは認めん、認めんぞ……。あ、あんな男……ま、まだオーリスには早い……」
「お、おい、レジアス!?」

 妙に動揺し黒いオーラを発するレジアスに、流石のゼストも驚きのあまり動揺する。

「ヴァン・ツチダ空曹はお前の身内ではないのか?」
「え、ああ、そっちの事か」
「そっちとは……。もう一人とも何かあるのか?」
「くっ、実はだな……」

 ゼストの言葉に、レジアスは我に返りここ暫くの事を説明する。
 レジアスが時空管理局地上本部防衛長官の地位をフルに私的活用して調べた結果、ティーダ・ランスターは若いわりには好感のもてる青年だと言う事だった。
 今時の若者の例に漏れず海を志望しているのは気に食わないが、それでもまだ幼い妹の面倒を見るために地上配備部隊を志願したところなど、見上げたものだと思う。その結果、空の人事部に睨まれ地上よりの3097隊に配属されたのは、皮肉としか言いようが無いが……。
 若干女性関係が派手なところもあるが、あくまでも遊びレベルで後には引かないらしい。わかれた彼女やその彼氏から、恋愛相談を受ける事もしばしばだと言うから、人懐っこいカリスマ性があるのだろう。
 魔導師としても優秀で、現在の魔導師ランクは空戦A。今だ成長中だという話で、数年後にはAAAに到達するだろうと言われている。

 実に良い若者だ。スカウトできるものならスカウトしたい。

 ただし、オーリスにちょっかいを出してなければの話だ。

 そんな事を支離滅裂に説明する親友に、流石のゼストも呆れ返る。

「あのオーリスちゃんが……。しかし、年齢的にも早いなどとは思わないのだが……」

 他人ごとの無責任な発言ではなく、常識的な回答だっただろう。
 そろそろ彼氏を作り、将来の結婚も考え始める年頃なのか……自分も歳をとるわけだ。ゼストはそう思った。
 だが、父親のレジアスの意見は少し違ったようだ。

「ゼスト! 貴様は何を考えている!」
「いや、普通にオーリスちゃんも年頃なのかと……」
「なんだと、オーリスは、オーリスは……」

 その後、対AMF部隊の事などそっちのけで、ゼストはレジアスの愚痴を閉店まで延々と聞かされる事になる。
 地雷を踏んだと言えばそれまでだが、男親に娘の彼氏の話題を振ればこうなるのは分かりきっていた事で、ゼストの自業自得だった。





 * * * * * * * * * * * * * *





「うおおおおおおおっ!」

 俺は雄たけびを上げながら、闇の書の意思の残滓が放った赤い魔法弾を突進しながら回避する。
 基本的に相手は長距離、広範囲攻撃を得意としている。彼女の得意としている土俵で戦えば、俺の敗北は必至だろう。なんとしても接近戦に持ち込まなければならない。

「迂闊な!」

 黒い魔力を纏った拳が、俺の顔面に向かって振り下ろされる。
 俺はそれを回避せず、バリアジャケットの強度を上げ額で受け止めた。判っていて受け止めたにもかかわらず、首から上が消し飛びそうな衝撃が俺を襲う。

「無謀な!」
「いつもの事だ!」

 この瞬間、闇の書の意思の残滓の懐が、がら空きになる。
 地力では相手が上である以上、肉も骨もくれてやっていい。その代わり勝利は俺が貰う。

「くらえっ!」

 俺はフォースセイバーにありったけの魔力を注ぎ込む。
 フォースセイバーフルドライブは、やはり実戦向けじゃない。切り札に使うにしても後がなさ過ぎて、一か八かどころか、0か10かの大バクチにしかならない。
 接近戦での切り札が何か必要だ。そう思いシグナムとの訓練を参考に、紫電一閃を元に新しいフォースセイバーの使い方を作ったのだ。

「うおりゃぁっ!」

 暴走し、剣の形を崩した魔力の塊を、闇の書の意思の残滓の腹にぶち当てる。
 その衝撃で、闇の書の意思の残滓は大きく後ろに吹き飛び海に落ちていった。

「やったか……?」

 俺は肩で息をしながら、落ちていった闇の書の意思の残滓を見詰める。
 暫くして、闇の書の意思の残滓は海中から姿を現した。
 まだか……。

 そう思いデバイスを構えようとする俺だったが、そんな俺に闇の書の意思の残滓は構える事無く一つの質問を投げかけてきた。

「一つ聞きたい」
「何だ?」
「私の主は騎士たちと共に暖かな日常に戻ったと言っていたが、本当か?」
「本当だ」

 首を縦に振る俺に、闇の書の意思の残滓はどこか遠くを見ているようだった。
 まだ見ぬ主と共に平和な日常を生きる騎士たちの姿を想像したのかもしれない。

「そうか……お前がそう言うのなら、本当なのだろうな……」
「なんで……」
「私の為に泣いてくれているお前を見て、信じたいと思っただけだ……」

 その言葉に、俺は初めて自分が少しだけ泣いていた事に気が付いた。
 泣き虫なのははやてやリインフォースだけじゃないんだよな。ここ暫く忘れてたが、俺もそうだったんだよ……。

「悪かった。はやてたちに会わせてやれなくて……」
「しかたないさ。それに、どうせもう時間だった。また主を殺してしまうより、よほど良い終わり方だ」

 確かに、闇の書の意思の残滓の姿は徐々に薄れていっている。
 元々少ない魔力で起きた現象だ。彼女はそう長くは存在を維持できないのだ。

「リインフォース……」
「リインフォース?」

 俺の言葉に消え行く闇の書の意思の残滓は首をかしげる。
 ああ、そうか。彼女はまだ知らないんだ。

「あんたの名前だよ。今の主……八神はやてが君に送った名前だ。俺たちは、君の事を祝福の風、リインフォースと呼んでいる」

 その言葉に、リインフォースはもう一度知らなかった自分の名前を反芻すると微笑みを浮かべる。
 それは、本物のリインフォースが消えたときと同じ、優しくて悲しい笑みだった。

「そうか、そんな綺麗な名前を貰ったのか……。この時代の私は、世界で一番幸せな魔導書だったんだな。ありがとう、勇敢な戦士よ。君の名前を聞いていいだろうか?」
「時空管理局空曹、ヴァン・ツチダ」
「ヴァン・ツチダか。ありがとう、ヴァン。最後に、良い事を教えてくれて……」

 その言葉を最後に、リインフォースの残滓は溶けるように空へと消えていった。
 デバイスが表示する魔力値は通常に戻っている。
 今回の再生現象はこれで終わったのだろう。本当に今回は疲れた……。



「大変だったな、ツチダ」

 と、突然背後から声がする。
 その声に慌てて飛びのくと、そこには騎士服を纏ったシグナムの姿があった。
 まさか!?

「安心しろ、本物だ」

 その言葉に設置しっぱなしのサーチャーから映像を拾う。
 確かに海水浴場にはシグナムの姿だけ無かった。探ってみれば、シグナムから感じる魔力が桁違いだ。
 彼女の言うとおり、残滓ではなく本物なのだろう。

「沖で戦いの気配がしたからな。何かあったのかと調べに来たのだ」

 ああ、なるほど。残滓の存在が一種の結界になっていたとはいえ、結構派手にドンパチしたから気がついたのだろう。

「見ていたんですか?」
「安心しろ。見ていたのは私だけだ。主はやてもなのはも戦いには気がついていたが、何と戦っていたかまでは気がついていない」
「そうですか」

 少しだけ安心する。
 あれと戦っていた事を知らせるのは、流石に気が引けるからだ。

「嫌な役割をさせてしまったな」
「仕事ですよ。いい気分はしませんけど、他の誰かにやらせるわけにもいかないでしょう」

 特に今回は。俺はその言葉をぐっと飲み込む。
 とにかく今日の仕事は終わったのだ。早く戻って昼飯食ってゆっくり休みたい。報告書を書くのはそれからだ。
 なんせ肉体よりも、精神的にくたくただった。

「そうか。ところで、これから昼のバーベキューだが一緒に来い」

 精神的に俺が参っているのを気がついたのか、シグナムがそんな事を言い出す。ってか、誘いじゃねえよ、それ。

「俺、仕事中なんっスけど?」
「今終わっただろう。それに、ここにお前が居た事は主はやてもなのはも気がついているんだ。来ないと言うなら力ずくで連れて行くぞ」
「何でそうなるんですかっ!」

 人の意思を無視した言葉に、俺は思わず抗議の声を上げる。
 もっとも、そんな俺の抗議の声などシグナムはさらりとスルーしやがった。

「お前を連れて行かねば私が怒られるからだ。さあ、いくぞ」

 そう言うと、シグナムはさっさと振り返り先に飛んでゆく。
 これでついていかなければ、俺が悪者だよなぁ。俺は仕方なく、シグナムの後をついていく。
 俺がついてきた事を察したのか、シグナムは俺に声を掛けてきた。

「そうそう、お前が最後に使った紫電一閃の真似事だが……」

 げ、あれも見ていたのか……。
 まぁ、当然と言えば当然か。

「剣の振りと魔力集中がバラバラだ。あれでは見た目こそ派手だが本来の威力は出ないぞ」
「えっ!?」
「今は威力を考えるな。剣を振る動作と魔力集中が自然と同期できるようになるまで何千、何万回も素振りをしろ。意識せずに集中出来るようになれば、自ずと威力も上がる」

 これは、シグナムなりのお礼だったのかもしれない。
 このアドバイスを元に、俺は紫電一閃の訓練を行う事になる。もっとも、満足な威力が出せるようになるには、何年もかかる事になるのだが……。



[12318] End of childhood 第3話
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:98b874a2
Date: 2011/02/20 11:21
End of childhood 第3話



 八月も終わりに近づいたが、暑い日はまだまだ続いている。とはいえ、早朝ならばまだ空気はひんやりとしていて涼しい。
 そんな爽やかな空気の中、俺となのはは町内一周のランニングをしていた。

「なのは、大丈夫か!」
「う……、うん。大丈夫」

 なのはの頬は真っ赤に上気し、全身汗だくだ。息は完全に上がっている。
 無理もない。元々運動が得意では無いのだ。しかも、今はレイジングハートに言って、魔力による身体能力強化を止めさせている。今のなのはは年相応の、運動が苦手な女の子でしかない。
 一方の俺は同い年でも現役の武装隊員だ。魔導師としてみればなのはが圧倒的に上でも、魔法を使わなければ体力的には俺のほうが勝っている。
 それでも必死についてこようとしている所は流石だと思う。

 俺たちのような武装魔導師にとって、日々のトレーニングは欠かせない。1日さぼれば、取り戻すのに倍の時間がかかるのだ。
 ここでのトレーニングは魔法の訓練だけでなく、フィジカルトレーニングも含まれていた。

 腕相撲をすれば、相手が大人でも俺が勝つだろう。武装魔導師である俺は日常的に魔力で身体能力を強化しており、俺の力は大人より強い。これは俺に限らず、武装魔導師なら程度の差こそあれ誰でも自然にやっている事だ。
 身体能力強化を自然に行えるようになる事が、武装魔導師になる第一歩だったりする。
 こうやって習得した身体能力強化も、自身の運動能力がなければ宝の持ち腐れだ。常人離れをした身体能力でごり押しする事は可能だが、動きに無駄が多すぎていずれは限界が来る。
 普通の魔導師は、なのはたちみたいに無尽蔵の魔力があるわけじゃないというのもあるし……。
 このあたりが一番すごいのは、災害担当の連中だ。連中は魔力切れを起こした後や魔法が使用できない災害現場にも対応できるようにと、日々のフィジカルトレーニングだけなら武装隊を超える量をこなしている。
 さらに言えば、落ちた時の生存率を考えれば、身体を鍛えておいて損は無いのだ。

「……っ、はぁ……」

 ゴール地点……、高町家の門についた頃にはなのははふらふらだった。
 俺にとっては流す程度の距離なのだが、なのはにとっては辛かったのだろう。如何に天才魔導師といえども、こればかりはすぐにどうこうなる問題ではない。

「ほれ、なのは。タオル。急に止まらないで、少し歩くよ」
「うん、あ、まって」

 俺はなのはの頭にタオルをぽんと乗っける。
 くたくたなのだが、充実感があるのだろう。なのはは笑顔を浮かべタオルを受け取った。



 その後みっちりストレッチを行う。

「お、お姉ちゃん。いっひゃひゃひゃぁぁぁぁっ!」
「なのは、妙な悲鳴を上げないの。相変わらず硬いわね……」

 身体が硬いなのはが美由希さんに引き伸ばされ、珍妙な悲鳴を上げている。
 ろくに運動をしていなかった素人だと考えれば柔らかいと思うのだが、美由希さんには硬いと感じるらしい。
 これも怪我をしない為だ、なのはには我慢してもらおう。俺は妙な悲鳴を上げ続けるなのはを無視して、黙々と自分のストレッチを続けた。

「よっと……」
「ヴァンくんは柔らかいな」
「まぁ、現役ですから。死にたくありませんし」
「なるほど」

 横で見ていた恭也さんがこちらを見て感心する。確かに柔らかい部類だろう。その気になれば頭の裏に足が届く。
 もっとも、これ位できる奴は空隊にはごろごろいる。身体が硬いと落ちた時に負傷……最悪は死亡する可能性が高い。恐らく数字にすれば1パーセントも違いはないだろうが、日常的な脅威として墜落がある為に柔軟性は重要な能力だった。



 そして、ようやく魔法の訓練になる。ここから先は俺じゃなのはに教える事は出来ない。
 これまで主の為とはいえ口出しできないでいたレイジングハートが、ここぞとばかりに張り切りだす。

 なのはは正確なシュートコントロールの練習だとかいって、美由希さんと魔法弾による追いかけっこをしているが……あれ、なんか目の錯覚かな。美由希さんの姿が今一瞬消えたような……。それに、あの魔法弾の数……。デバイスを使わず、なんで3発も操れるんだよ……。
 深く考えないようにしよう。俺は俺の訓練だ。
 俺は木刀を振り上げると、ゆっくりと振り下ろす。その際、振ると同時に魔力を木刀に込めるのも忘れない。
 デバイス以外でも素振りをしながら魔力をスムーズに流せるようになれば、紫電一閃の威力は劇的に上がる。シグナムに教えてもらって以来、ずっとこの練習を続けていた。
 やってみるとこれがすごく大変で、1分かけて2~3回しか振れず、50回を超える頃には腕に力が入らなくなるのだ。
 ベルカ式の適正や魔力変換体質の無い俺が無理やりやってるのだから仕方が無いのかもしれないが、習得するのにどれだけ時間がかかるか考えると気が重くなる。
 もっとも、才能など無い身だ。身体が覚えるま延々と数をこなすしかない。



 ちなみに、最初はこれを夜の公園でやってたのだが……、危うくお巡りさんに補導されるところだった。子供が夜の公園で木刀振り回してたら、そりゃ近所の人はお巡りさんを呼ぶよね。
 とはいえ、これはこれで問題だった。防犯の関係上、認識阻害をかけて訓練する訳にも行かない。色々考えた末、広い庭と道場を持つ高町家にお邪魔する事にしたのだ。シグナムのいる八神家の方がアドバイスを受けれて良いのかもしれないが、さすがに早朝もしくは深夜に行くのは迷惑だろう。

 幸い高町家の事は少し知っている。この家の朝は早く、美由希さんが朝の鍛錬を行っているので、迷惑にならないだろう。
 そう思いお願いしたところ、快諾をいただけた。
 その時一緒に話を聞いていたなのはが、俺にトレーニングに付き合って欲しいと言い出したのだ。

 闇の書事件の最中、なのはは誘拐されかかった。その事でなのはなりに思うところがあったらしい。
 普通の女の子ならあんな怖い目にあったらもう魔法はこりごりと思うような気がするが、もっと強くなる事を望むあたりは流石というか……。

 それはともかく、一緒にトレーニングをする事は俺としても困る事じゃないので、一緒にする事になったのだが……。
 PT事件以来の訓練メニューを見せてもらったところ、なのはの訓練メニューはすさまじく内容が偏った物だった。魔法がらみに関しては俺じゃあ付き合う事が出来ない高レベル訓練メニューばかりなのに、フィジカルトレーニングなどの基礎訓練が驚くほどおざなりになっている。
 短期間で強くなるという意味ではこれでも良いのだが、後々の事を考えるとこれはまずい。
 慌ててなのはの訓練メニューに絡んでいるユーノとクロノさんに確認してみたところ、クロノさんはなのはが魔法を覚えたての素人だという事をすっぱり忘れていたらしい。更に素の運動能力が駄目だと知らなかったようだ。
 まぁ、無理もない。ずいぶん長い友人のような気がしているが、俺たちが出会ってからまだ4ヶ月なのだ。クロノさんはもっと短い。ついつい優秀な魔導師だという点に目が行ってしまい、基礎的な事がおざなりになってしまったのだろう。
 ユーノに関しては、どうも俺たちほどフィジカルトレーニングを重要視していなかったようだ。
 よくよく考えれば、これも無理のない話だった。ユーノも優秀すぎる魔導師だが、彼は単なる民間魔導師だ。民間魔導師と思えないほど戦えるが、彼の本分は戦いではない。知識で重要だと知っていても、それを実感として感じる事は難しいのだろう。
 ぶっちゃけ、管理局の魔導師でも実感してない奴は意外と多い。特に生まれつき高ランクな人間にその傾向は強く、一回落ちてからフィジカルトレーニングの重要性にようやく気がつくなんて事もざらだ。こればっかりは、口で言っても中々分からないらしい。
 結局魔法に関して俺じゃ教える事は出来ないので、魔法以外……フィジカルトレーニングの面倒を見る事になった。

 そういや、物語でなのはも落ちるんだっけ。
 しかし、注意するにしてもどういう状況で落ちるのかわからないので、俺に出来る事は極端に少ない。一緒にいる間に落ちる事の怖さを教えられれば良いんだけど……。



 一通りトレーニングが終わった後は、高町家で朝食となる。
 本当は終わったらさっさと帰ってしまいたいのだが、何だかんだで朝食をご馳走になる事になった。最初は色々と迷惑をかけているのでと断ったのだが、なんだかんだで桃子さんに押し切られてしまったのだ。
 漂流した前回と違い、御礼や材料費の受け取りを断られるなんて事は無かったけど……。

「ん~、今朝も美味しいなぁ。このスクランブルエッグ、前にも作ったよね」
「ほんと~、覚えていてくれたんだ。前に美味しいって言われたから、もう一度作ってみたの。今はトマトがとっても美味しい季節だから、前より美味しくなっていると思うわ」
「うん、でもそれだけじゃなくて、お母さんが料理上手なんだよ」

 スクランブルエッグは確かに美味しいけど、二人を見ているだけでなんだかもうおなか一杯です。
 相変わらず士郎さんと桃子さんは新婚気分ばりばりで……。

「頭に何かついているぞ」
「えっ? ほんと?」
「取るから、少しうつむいて」
「うん」

 相変わらず仲がいいね、恭也さんに美由希さん。
 なんというか、PT事件の時と変わらぬストロベリーな空間に、俺のHPはどんどん下がっていく。皆良い人なんだけど、このノリだけはついていけない。
 前の時は、ユーノと念話でなんだかんだ話して現実逃避してたんだよなぁ……。
 ふと、隣に座っているなのはと視線が合う。彼女もこの空気に違和感を感じているらしく、微笑ましい光景に少しだけ苦笑いを浮かべていた。

「あ、ヴァンくん。ご飯いる? それじゃ足りないでしょう?」
「え、いいよ。ご馳走になっている身だし」

 ふと、なのはの視線が俺のお茶碗に向けられる。
 言われてみたら、いつの間にか無くなっていた。

「ヴァンくんて、結構ご飯を食べるんだから。 ほら、遠慮しなくていいから」
「あ、うん。ありがとう」

 なのはが席を立ち、お茶碗をもってキッチンの奥に行ってしまう。
 うむー、気を使わせてしまったみたいだ。悪い事をしたな。

「はい、ヴァンくん」
「ありがとう。なのは」

 なんか、山盛りになってた。
 俺はお茶碗を受け取ると、ご飯を頬張る。それを見ていたなのはがニコニコと微笑んでいた。



 朝ごはんが終わり、なのはは台所で桃子さんを手伝って食器を洗っている。
 そんな中、居間にいた士郎さんがこんな事を聞いてくる。

「そういえばヴァンくん?」
「はい、何でしょうか?」
「来週からなのはたちは学校が始まるけど、君はどうするんだい?」
「え? 俺ですか? 詳しく言えませんけど、なのはの学校の周りの警備を強化する予定です」

 聖王教会強硬派の残党も、流石に管理外世界で無茶はしないだろう。
 とはいえ、何かあった際の用心のため、学校周りの警備を強化する事になっている。そのためのサーチャーもこっそり設置済みだ。
 暫くは認識阻害を使って、屋上に待機する事になるだろう。

「あ、いや、そうじゃなくて。君も9月から向こうで学校じゃないのかい? それとも、こっちの学校に通うのかな?」

 その言葉に、士郎さんが何を言っているのかようやく気がつく。

「俺は学校は通ってないですよ。訓練校を卒業していますから、向こうの高等学校卒扱いですし」
「そうなのかい? 君がなのはと同じ学校に通ってくれるのなら安心なんだが……」
「俺は11月で撤収予定ですから、3ヶ月もいられない学校に通うのはちょっと……。リンディ提督から聞いたんですか?」

 俺の言葉に士郎さんが苦笑を浮かべた。

「後はオーリスさんもだよ。二人とも、君を学校に通わせたがっていたみたいだったけど……」
「ああ、姉ちゃんもですか」

 それとなく聞いてくれと言われたらしい。もっとも、士郎さんは隠す気は無かったようで、すぐに二人が心配していたと教えてくれた。
 たしかに、姉ちゃんは俺を学校に通わせたがってたもんな。同年代の友達がいないのが心配だと……。
 俺は俺で仕事が忙しいのもあるし、転生者って事で学校に行くのは断ってきた。今回の駐在期間くらいはとリンディ提督が姉ちゃんと一緒に進めてきたんだけど、やっぱり断る事にした。
 流石に小学校へ通うのは精神的にきついし、うっかり適応してしまったらと考えると、それはそれでなんだか怖い。
 今ぐらいがちょうどいいのだ。

「あれ? どうしたの、二人とも?」

 こそこそと二人で話している俺と、洗い物が終わり居間にやってきたなのはが不思議そうにたずねて来た。

「いや、ちょっとヴァンくんに聞きたい事があってね」

 そう言うと、士郎さんはこの話を一回切る。
 子供だからと無理強いされなくてありがたい。

「うん、たいした事じゃないよ」
「変なの? まぁ、いっか。お茶を入れてきたんだけど……」
「ありがとう、なのは」

 そっか、来週からなのはは学校が始まるのか……。

 お茶を受け取りながら、俺はぼんやりと季節の変化を感じていた。

 出会いの春が終わり、悲しい別れのあった夏も終わる。次の季節にはどんな事件が待っているのか、それとも平穏で終わるのか。
 出来れば平穏であって欲しい。そう願わずにはいられなかった。





 * * * * * * * * * * * * * *





 彼はずっと一人ぼっちだった。
 大した理由は無い。両親は普通の人間だ。特に暴力があったわけでもない。
 単に優秀すぎる兄がいただけだ。スポーツ万能、学業優秀、誰にでも優しく正義感にあふれた少年。そんな兄が身近にいただけだ。
 兄に悪意は無い。両親も差別しようとしたわけではない。ただ、兄は優秀で、弟は凡人で、両親はつい優秀な兄だけを見てしまっていた。
 家庭に彼の居場所は無い。幼心にそんな事を理解してしまった彼は、ただ迷惑にならないように、良い子に小さくうずくまっている事しか出来なかった。

 きっかけは何だっただろうか。
 身体が弱かった事か、涙もろかった事か。あるいは運動が苦手だった事か。中学に上がる少し前から、彼はいじめの対象となっていた。
 子供は時に残酷だ、異分子を排除するのに躊躇いは無い。自分たちがどれだけ残酷な事をやっているか一切考えない。
 連日振るわれる暴力に、身体以上に心が磨り減っていく。誰にも相談できぬまま、無駄に時間が過ぎていく。

 ある日、いじめの事実が親に伝わる。
 その事で問質される彼は、怯えながらも助けてもらえるかもしれない。そんな淡い希望を抱いていた。

『抵抗しないお前が悪い!』

 でも、結局両親の口から出たのはこんな言葉で、何も変わらない日々が続く。
 親に悪意は無い。子供がいじめの被害にあっているという事実が受け入れられなくて、心配しているのに心を開かない彼に苛ついて、ついきつく言ってしまっただけだ。
 でも、その言葉で彼の居場所はこの世に無くなった。
 自分がもう少し優秀だったら、もっと強かったら、人並みの人生を歩めたかな? そんな事を考えながら、彼はこの世を去った。


 この世に別れを告げた彼を神が哀れんだのか、それとも悪魔が玩んだのか。彼には二度目の人生が用意されていた。
 次の人生も一人ぼっちだ。父は仕事で家に寄り付かず、母は夫の不在を良い事に遊び歩く。二度目の人生にも兄がいたはずだが、彼の姿を家で見た記憶は無い。
 家にいたのは、無愛想で機械的な対応しか出来ない中年の家政婦だけだ。

 それでも、前の人生とは少しだけ変化があった。
 彼には類まれなる才能が眠っていたのだ。その才能を生かすべく彼はある組織に身を置く事になる。
 そこで、彼は生まれて初めて居場所を見つけた。

『プレラ~!』
『どうしたんですか、ポーラ?』
『ノート貸して~、今の講義がわからなかったの』
『抱きつかないでくださいよ、ポーラ。ちょっと、胸があたってるって』

 それは陽気な年上の女の子であり。

『プレラが迷惑がってるだろう、ポーラ』
『たすかったよ、ザート』
『いやいや、我が愚姉がすまない』

 クールな少年だった。
 二人が何で彼の友達になってくれたのか、彼にはわからない。
 名家の出である自分を利用しようとしたなどと陰口を叩く奴もいたが、それだけは無いだろうと思っている。あの二人は、たとえ彼が何者でも友達になってくれたはずだ。
 だって……。

『あ、あああああああああああああ……』

 真っ赤に染まる二人を見て嘆く事しか出来なかった時、二人は彼に向けてこう言った。

『怪我は無いか、プレラ……』
『よかった……プレラは、無事で……』

 それが二人の最後の言葉だった。あの二人は最後まで、こんな自分を心配してくれていたのだ。
 あの二人を疑う事など、どうして出来ようか。



『でも、お前は自分の居場所を自分で壊したんだよね』

 何も無い空間で、盟主と呼ばれた少女があざ笑う。

『貴方にはこの世界のどこにも居場所なんて無いんですよ』

 一度は師と呼んだシスターが、微笑みを浮かべる。

『気持ち悪い……触るな』

 黄金色の髪の少女が、自分の手を振り払う。

『僕は強くなったんだ! 何で皆……』

『その程度の強さで?』
『結局、お前は強くても弱くても何も出来ないのさ』

 そう、自分に居場所は、居場所なんて……結局力があっても、力を身につけても、居場所なんて……。

『何言っているんだよ! でっかいの!』

 ふと、暗闇の片隅に文字通り小さな少女の姿が浮かぶ。
 気まぐれに助けた少女だ。いずれは彼女も、自分の側から去っていくだろう。
 彼女には彼女のふさわしい居場所があるはずだ。

『違う、悲しい事言うなよ!』
『ちがう、君には……』
『しっかりしろよ、でっかいの! 似合ってないのに、馬鹿みたいにかっこつけて、弱いくせにいきがって、それがお前だろう! しっかりしろよ!』

 自分は……。
 僕は……。
 私は……。




「……おい、でっかいの、しっかりしろよ、でっかいの!」





 プレラ・アルファーノは、少女の涙声で目を覚ます。視界の片隅に、涙を浮かべた文字通り小さい少女の姿が映る。何か嫌な夢を見ていた気がするが、よく内容は覚えていなかった。
 いや、今は夢よりも状況確認だ。周囲を見渡せば見知らぬ部屋だった。
 ふと、プレラはこんな事を口にする。

「見知らぬ天井だ」
「何馬鹿な事を言っているんだ、でっかいの」

 台詞の意味はわからなくても、何かのネタだろうという事を察した小さい少女……アギトはプレラの顔を思いっきり蹴っ飛ばす。

「痛っ。こらっ、私は怪我人だぞ」
「かっこつけれる余裕があるなら大丈夫だろう、このバカ!」

 そう言うと、アギトは小さい身体でプレラにしがみついてくる。
 掴んでおかないと、この仮免ロードは何処かに消えてしまいそうで、すごく怖かった。

「バカバカバカバカバカっ! 本当にバカっ! 死んだら、死んだらどうするつもりだったんだよ! このバカ! 融合騎なんてかばって……このバカ、ほんとバカだよ、でっかいの! このバカ、心配させるなよ!」
「アギト……」

 泣きじゃくる少女に、流石のプレラも何も言い返せない。自分でも相当無茶をしたという自覚があるからだ。
 状況的にしかたなかたっとはいえ、言い訳できる理由など無い。バカといわれるのも仕方ないだろう。100回以上バカといわれるのはどうかと思うが……。

 何も言い返せないプレラは、アギトが泣き止むのを待った。
 聞かなければならない事が多かったからだ。

「ところでアギト」
「……」
「アギト?」

 ふてくされているのか返事が無い。
 困ったものだとアギトを覗き込むと……いつの間にかアギトは寝ていた。

「おい……」

 安心しきって健やかに寝息を立てるアギトを見ると起こすに起こせない。とはいえ、状況がわからないのは……。
 どうすれば良いんだ。流石に困ったプレラだが、救いの手は意外なところから差延べられた。

「ずっとお前を看病していたのだ。そっとしておいてやれ」

 いつの間に現れたのか、蒼いボディスーツ姿の長身の女が部屋の入り口から声を掛けてくる。
 顔見知りだ。間違っても仲間や友だと言える関係ではないが、無駄な事をする性質でもない。殺すつもりは無いのだろうと、とりあえず警戒を解く。
 どのみち、デバイスを失い満身創痍の自分では彼女に対抗できない。

「トーレか」
「目が覚めたようだな。プレラ」

 彼女の名前はトーレ。希代のマッドサイエンティスト、ドクター・スカリエッティが生みだした12人のナンバーズの一人。
 最古参の戦闘機人であり、ナンバーズの戦闘隊長……。
 前世で身につけた知識がプレラの脳裏に過ぎる。

「ここは君たちのアジトか?」
「理解が早くて助かる。状況を聞きたいか?」
「頼む」

 管理局に逮捕され最高評議会により引き渡されたのか、それとも単にあの場で拾われてつれてこられたのかのどちらかだろう。
 プレラが話した限りでは、トーレはそれほど悪い奴ではない。籠の中の鳥に、無意味な嘘はつかないと思う。
 もっとも、だからと言って油断は出来ない。なんせ、彼女の後ろには悪名高きドクター・スカリエッティがいるのだから。



 自分が意識を失ってからおよそ一月。状況はずいぶん変わったらしい。聖王教会強硬派がかなり派手に動いていたのは、裏ではかなり有名な話だ。管理局の手入れが入ったと聞いても、大した感慨は浮かばなかった。
 それよりも、結局リインフォースは助からなかったという事はショックだった。
 あの強敵ともう一度手合わせができない事を残念に思いながら、プレラの脳裏に疑問が浮かぶ。

「あの盟主が自爆?」
「ああ、そうだ」

 あまりにもおかしい。
 配下のデバイスに仕掛けをしとくほど疑い深く用意周到な人間が、むざむざ氷結封印を食らうか? しかも、知識として氷結封印が対防衛プログラムの切り札だと、事前に知っていたにも関わらずだ。
 原作ではさほど役に立った描写は無いが、現実には氷結封印が厄介な事は魔導師なら誰でも知っている。あの管理局が刑罰に使うほどの魔法だ。厄介でない訳が無い。まして奴はトリッパーを集め組織を作るなど、何らかの目的を持って動いているのだ。
 その盟主が氷結封印され、自爆して果てた。
 あまりにもおかしい話だ。

「その話は本当か?」
「本当だ。なんならば、管理局の報告書を見るか?」

 トーレがここまで言うという事は本当なのだろう。あるいは、表向きはそうなっているという事だ。彼女が嘘をついている様子も無い。
 スカリエッティなら何か知っているかもしれないが、どうせ聞いても無駄だろう。教える気なら最初からトーレに伝えておくだろうし、そもそも今の自分には奴と交渉する材料が無い。
 まあ、いい。どうせシスター・ミトを追うつもりだったのだ。生きているのならそのうち遭遇するだろう。
 プレラはそう割り切ると、最後にトーレにたずねる。

「ところで、私は捕虜かな、それとも客人かな? あるいは別の何かかな?」
「今のところ客人が近いな」
「そうか……ところで、一つ頼みたい事があるのだが」
「なんだ?」
「なにか、食べる物は無いか?」

 ふてぶてしく、あるいは切実に食事を頼んでくるプレラに、流石のトーレもあきれ返った。ドクターが呆れるほど頑丈だと言っていたが、長く意識を失っておいて食欲を催すとは……。
 しかも、今いる場所が決して真っ当な場所ではない……、来訪者なら悪名高きドクター・スカリエッティのアジトだと理解しているはずなのにだ。
 単なる馬鹿か、それとも潜り抜けた死線の数の差か。流石のトーレも判断がつかなかった。

「病み上がりだ。流動食になるがそれで良いか?」
「助かる。ありがとう……ん?」
「どうした?」
「いや、なんでもない」

 視界の片隅に何か小さい何かが通った気がしたが、プレラはあえて気にしない事にした。
 どうせここはスカリエッティのアジトだ。監視されているだけだろう、そう割り切る事にしたのだ。
 それより何より、まずは体力の回復だ。逃げるにしろ、何にしろ、全てはそれからだ。






【おまけ】



「あれ?」
「どうしました、隊長?」

 3097隊内隊長会議に出席してたルーチェは、ふと顔を上げた。
 その突然の動作に資料を見ていたタタ一等空尉が首をかしげる。

「いえ、なんだか自分の特技を誰かに取られた気が……」
「特技って?」

 特技・覗き。流石にこんな事は言えないので、ルーチェは言葉を濁し話題を変えた。

「いえ、なんでも……ところで、ティーダさん」

 一瞬、先日見てしまったモノを思い出し赤面しかけるルーチェだったが、強靭な意志とマルチタスクを駆使してそれをシャットダウン、表に出ないようにする。
 まぁ、シャットダウンした思考の一部でそのシーンが再現され続けているのだが……。

「カートリッジシステムのデータですが、これは正しいのですか?」
「俺が使った限りですが……。ただ、ぶっつけ本番だとロスが大きいですね」

 正直、あの時カートリッジシステムで増幅した魔力の何割かは無駄になっていた気がする。
 本音を言えばシステムに慣れるために再訓練をしたいぐらいだ。

「なるほど……費用はともかく、威力上昇分は魅力的ですね」
「経理部に確認を取りましたけど、この価格だと隊員のデバイス全部にカートリッジシステムを搭載するのはきついって話です」

 部隊の経理担当者が議題であるカートリッジシステムの価格についてぼやく。
 確かに、全員のデバイスを改造する事を考えるとコストが高すぎる。

「全員の支給デバイスを下取りに出して、カートリッジシステム搭載型に変えるとどうなりますか? 最悪、型は一つ前でもかまいません」

 ルーチェの記憶と物語が正しければ、数年以内にカートリッジシステムの価格は下がるはずだ。でなければ、訓練校のぺーぺーが自作デバイスに組み込めるはずがない。
 価格が安くなれば、もう一度最新型に交換できるチャンスが来るはず。だが、そうなる前に隊員にはカートリッジシステムに熟達しておいて欲しいのだ。

「システム搭載型はベルカ式が基本ですから、ミッド式の数をそろえられるかどうかかなり怪しいです。それに、下取りもうちは旧式が多いですから……。少しメーカーに問い合わせてみます」
「お願いしますね。聖王教会強硬派が力を減じて、穏健派が急速に伸びています。このままいけば情報公開が行われ、カートリッジシステムが広く普及するでしょう。早く慣れる為にも搭載の方向で話を進めたいので……」

 ティーダたちが時の庭園で遭遇した丸い機械……、ガジェットドローンの存在はかなりの脅威だ。
 まして、前世の知識を持つルーチェからしてみれば、部隊の戦力強化は急務であった。直接危ない事に関わる気はないとはいえ、最高評議会の命令次第ではどうなるか判らない。
 自分の命の為にも、部下の命の為にも、隊員にデバイスにカートリッジシステムを搭載したい。

「それとティーダさん」
「はい」
「多重弾殻射撃の訓練メニュー作成を急いでください。ああ、あとヴァンさんにフォースセイバーの改良と訓練メニュー作成を命じておいてください」
「多重弾殻射撃はわかりましたが、ヴァンのフォースセイバーもですか?」

 ヴァンの使う力場剣、フォースセイバーはミッドチルダ式魔法の中ではかなりキワモノに部類される魔法だ。
 ミッドチルダ式魔法はあくまでも射撃を主とする。格闘戦はあくまでも牽制程度でしかない。

「ヴァンさんの専用魔法ですから彼ほど上手く使えないかもしれません。ですが、近代ベルカ式魔法が公開されれば格闘戦をする機会も増えると思いますので、習得しておくのに越した事はありません」

 ヴァンが使うフォースセイバーは、ミッドチルダ式魔法の格闘攻撃手段としては、ランクの割りに破格の攻撃力と応用性を誇る。
 なにより、あれはデバイス依存の魔法でないのが良い。高価な専用機構を搭載しなくて済むのだ。 

「なるほど、了解です」

 普段は部下の恋愛を邪魔する事に熱意を燃やしたり突然鼻血を拭いて倒れるなど奇行ばかり目立つ隊長だが、こういった指示は適切な事が多い。
 言われてみれば、確かに必要になる可能性があった。

「タタさんはカートリッジシステムの搭載後、機種転換訓練を行う事を前提に部隊のローテーションを見直して、叩き台を作っておいてください」
「はい」

 あとは、どう予算を上から分捕ろうか……。最高評議会に借りは作りたくないから、次元航行艦隊をゆするか……。
 ルーチェは今後のプランを頭で練りながら、分隊長たちに指示を出していった。



[12318] End of childhood 第4話
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:98b874a2
Date: 2011/02/24 05:07
End of childhood 第4話



 新学期が始まれば、自称平凡な小学三年生のなのはも当然学校に通い始める。
 一方の俺は同い年でも社会人なので、今日も変わらず仕事だ。4月からここまで働きづくめでいい加減に休みたいのだが、なかなか状況が許してくれない。
 現在の任務は11月に終了予定だ。そして12月からは年末年始の特別警備が始まる。
 どう考えても次に纏まった休みが取れるのは2月以降……、最悪は半年後の話だ。
 なのはやユーノからワーカーホリック扱いされている俺だが、別にワーカーホリックじゃない。休みたいけど休めないだけだ。
 これ以上考えるのは止めよう。いくらなんでも九歳で仕事漬けなんて悲しくなる。

 俺は鬱になりそうな精神を立て直すため、意識の半分を周辺の監視に、残り半分を手元の空間投射ディスプレイにあてる。

 俺はなのはが通う小学校の屋上に陣取り、周辺の警備に当たっていた。
 もっとも半分は機械式のサーチャーがやってくれる。念の為に自前のサーチャーも幾つかばらまいているが、実のところここで事件が起きる可能性は限りなく低い。
 なんせ、あれだけの事件の後だ。聖王教会強硬派に対する監視が当然強まっている上に、地球近辺は普段より頻繁に管理局の次元航行艦が航行している。
 仮に監視網を突破しても、ヴォルケンリッターをはじめ過剰とも言える戦力がこの町には集中していた。
 よほどの馬鹿か逮捕志願者、あるいは桁外れの超人でなきゃ、ここに襲撃しようと思わないだろう。

 そんなわけで、意識の一部を監視に回し、残りの半分で部隊から命じられた廉価版フォースセイバーを作成していた。
 フォースセイバーはティーダさんに『こんなもん、お前以外使えるか』と言われるほどピーキーな魔法だ。元々俺専用に自作した魔法な上に、ユーノによる改良も、弱い俺が短期間で当時戦っていたフェイトやプレラに少しでも対抗出来るようになる事を主眼に置いている。
 ようするに俺以外が使う事を一切想定していない為、汎用性に乏しいのだ。
 もっとも先天的魔法ではないので、その辺りはソースを整理、改良すれば良いだけなのだが、他にも色々問題が山積みだった。
 俺は空間投射ディスプレイで確認しながらプログラムを弄る。
 やっぱりフルドライブはオミットして、選択式の追加オプションにするべきかな。そうすれば容量に大分余裕が出来るだろう。ただ、多機能故のバランスの悪さは、フルドライブを外した程度じゃどうにもならないんだよなぁ。いっそ、パージ以外は全部オミットしちゃうか……。
 しかし、こうやって魔法プログラムをいじっているとユーノや教導隊の凄さが良くわかる。俺も魔法プログラムの自作をよくするが、初歩的なものならまだしも、複雑なプログラムを他人が使う事を前提に組むのは非常に難しいのだ。
 俺があーでもでない、こーでもないと悩みながらデータを弄くっていると、管理世界から通信が入る。
 定時連絡じゃ無いし、緊急連絡でもないな。誰だろう?
 通信モニターを開くと、そこにはユーノがいた。
 どうやら無限書庫にいるらしいが……、何かあったのかな?

「よう、ユーノ。何かあったのか?」
「やあ、ヴァン。あったから連絡を入れたんだよ」

 どうやらユーノは機嫌が悪いっぽい。一瞬、ユーノにアドバイスをもらおうかなと思ったが、これは無理かな。

「ヴァン、君からもらったメールの件だけど」
「ああ」

 確かユーノにフォースセイバーを提出する事をメールで伝えておいたっけ。
 そりゃ怒るか。あれはユーノが贈ってくれた魔法だ。本来なら俺の一存でどうこうして良い魔法ではない。

「悪い、ユーノ。勝手に部隊提出を決めちまって」

 隊長の想定した状況が一々納得できるものばかりだったんで、ユーノには悪いと思いつつも提出を了解しちゃったんだよな。
 もっとも、ユーノが怒っていたのはそんな事じゃなかった。

「ヴァン、僕はそんな事は怒っていないよ。それよりも、この褒賞金……」
「あれ、なんかおかしかった?」

 魔法プログラムには一応、知的財産権という物が存在する。
 とは言っても、基本的に脳内で処理する代物だけに扱いが非常に微妙だ。なのはのように感覚で魔法を組む人や、見ただけで大雑把に術式を見破るなんて人もいるため、著作権関係を厳密に処理するのが難しいらしい。
 魔法販売店で売っているようなの代物をそのままコピーして売らない限り、個人使用をしている分には追いきれないのが実情だったりもする。
 もっとも今回は一部隊とはいえ管理局が要求しているので、そのあたりの法的関係はしっかりしていた。個人が開発した術式を提出するのだから、それなりの代価が支払われるのだ。さらに、正式採用されるとその規模により使用料が数年間支払われる。
 今回は3097隊だけなので、微々たる物だけどね。

「おかしいも何も、なんでに8対2で僕の取り分が多いんだよ!」
「え? だって、フォースセイバーの開発はほとんどお前じゃん」
「何言ってるんだよ、基礎プログラムは君だろう!」

 基礎プログラムは俺だけど、現行型の開発はほとんどユーノがやった様な物だ。フォースセイバーの開発割合から考えると、このぐらいの取り分になるだろう。

「どう考えても、割合が逆じゃないか!」
「いや、ユーノがいなきゃ完成には至らなかったんだし、そんなもんだろう?」
「ヴァンがいなきゃ、攻撃魔法の作成なんてしてないよ!」
「ユーノ、その歳で欲が無いのはどうかと思うよ」
「ヴァンが言うな!」

 その後もやれ取り分がどうだ、7対3だ、3対7だと、相手の取り分を多くしようと言い合う俺たち。
 この妙な会話にギャラリーが飽きたのか、端からにゅうっと腕が出たと思うとモニターからユーノの姿が消えてしまう。

「ユーノ!?」

 流石に慌てた俺だったが、次に画面に出てきた顔で、何が起きたのかを察する。

「アルフ?」
「よっ、ヴァン。元気にしてたかい?」

 耳を澄ませば、後ろから『離せー』と叫ぶユーノと『アルフが何とかするって言ってる』というフェイトの声が聞こえてきた。
 どうやらフェイトたちが一緒にいたらしい。一瞬まだ裁判中のフェイトたちを本局のデータベースに入れて良いのかと思ったが、問題なしと判断されたのだろう。本局の連中は未整理のあまり長期間放置されていた無限書庫はまったくといって良いほど重視してないしね。普段は元はサブだったデータベースを使っているらしい。

「ああ、仕事漬けで元気だよ?」
「あんたって子は……相変わらずみたいだね」

 俺の若干黒いジョークに、アルフは苦笑する。だが、直ぐに苦笑を引っ込めると本題に入る。

「取り分でもめてるんだろう、あんたたち」
「まあ、そうだけど」
「それなら、良いアイデアがあるんだ」

 そういや、アルフは最近税法関係の勉強をしているんだっけ?
 時の庭園にプレシアの持つ特許で入る特許料等……フェイトが管理しなきゃならない資産はかなり大きい。

「どんなアイデアだ?」
「うん、二人とも受け取るのが嫌なら、全額あたしの肉代に……」
「ねーよ」

 真顔でこんな事を言い出すアルフに、皆まで言わせず全力でツッコミを入れる。
 あっ。アルフがバインドで縛られた。今の金色の魔力光は、フェイトかな?
 予想通り、アルフが消えた画面に出てきたのはフェイトだった。己の使い魔がやったボケに、若干恥ずかしそうにうつむいている。

「え、えっと、こんにちは、ヴァン」
「よう、フェイト。元気にしていた?」
「うん。そっちは?」
「なのはもはやても元気だよ。なのはは学校に、はやては病院でリハビリ中だ」

 なのはは危うく誘拐される寸前だったし、はやては病み上がりの身だ。便りが無いのは無事な証拠と言いつつも、やっぱり心配だったのだろう。俺の言葉にフェイトの表情が和らぐ。

「あの、二人とも自分の取り分が多いのが嫌なら、半分こってのはどうかな?」
「それはそれでなぁ……」

 友人の上前を撥ねるようで、正直気に食わない。
 ちなみに、どう考えても主開発者のユーノもこれでは不満があるようで、背後でもごもご騒いでいる。
 そんな俺たちの様子にフェイトは溜息を一つつくと、次の提案を口にする。

「それじゃ皆とご飯を食べに行って、残りを半分こにするとか……」

 むう。確かに額からしてみて、皆とご飯を食べに行けば殆ど無くなるか。皆に迷惑をかけ通しだし、悪いアイデアではない。
 背後でアルフが『あたしもそれを』とか言っているが、フェイトに睨まれて黙ってしまう。本当に考えていた可能性はあるが、場をわきまえずボケたのだから自業自得だ。

「ただ、正式採用されると結構な額が入るんだよなぁ」
「それは法律の専門家を交えて話し合おうよ」
「専門家って?」
「クロノならきっと、相談に乗ってくれるよ」

 ああ、確かに執務官のクロノさんは法律の専門家だ。しかも管理局の人間だから、こういった事例は良く知っているだろう。
 相談するには、うってつけの人かもしれない。

「フェイト、ユーノにかわってくれ」
「うん」

 俺の言葉にフェイトは引っ込むとユーノが姿を現す。

「ユーノ、それでいい?」
「まぁ、この辺りが落としどころかな」

 結局、正式にお金が入り次第食事会を開く事が決定した。
 しかし、難儀な友人を抱えると苦労するよ、ホント……。





 * * * * * * * * * * * * * *





「お前、よく食べるな……」
「魔導師は身体が資本だ。おかわり」

 遠慮無しに食事を取るプレラに、トーレは思わず呆れ声を上げる。
 トーレたち戦闘機人はエネルギー補給の為に常人の数倍の量を食べるのだが、プレラもそれに匹敵する量を食べるのだ。しかも、病み上がりのはずなのに、数日後にはもう普通に食事を取っている。
 ついでに言えば、ここは敵地でないにしろ悪名高いマッドサイエンティストのアジトだ。毒を盛られる可能性は考えていないのだろうか?
 トーレが呆れるのも無理は無い。

「お前が言うか……」

 もっとも、第三者であるアギトからしてみれば、トーレも同類だという事になる。あの細い胴体のどこに、10人前を超える量の食べ物が入っているのだろう?

 もっともこれはこれで仕方のない事だった。
 旧暦の戦闘機人にとって食事はあくまで補給が出来ない緊急時用の機能で、通常は調整槽や充電で戦闘用のエネルギーを賄っていたらしい。戦闘機能を維持したまま人と同じ食事だけでエネルギーを補給させれば、莫大な量が必要になるのは無理の無い話だった。
 ならばナンバーズも同じ方式に切り替えれば食料は要らなくなるのだが、それはそれで面白くないとスカリエッティは普通の食事をさせる事にしたのだ。

 アギトが食事を終えてからも黙々と食事を続けるプレラとトーレだったが、アギトが何人前か数えるのも馬鹿馬鹿しくなった頃にようやく終わる。
 食事を終えたプレラはお茶を一気に飲むと立ち上がり、トーレに向かい頼みを口にする。

「ごちそうさま。トーレ、付き合って欲しい」
「えっ!?」

 トーレが驚きの声を上げた。



「ってな感じだったんだ! 絶対ストロベリィでラブな空間だったんだよ!」

 ここのしばらくちょくちょく姿を消すと思ったら、どうやらセインはプレラとトーレの様子を覗き見していたらしい。無駄に感情豊富で騒がしい彼女に、他のナンバーズの少女たちは呆れ返る。
 なんともいえない微妙な空気が流れる中、姉妹を代表してクアットロが生暖かい目をセインに向けてこう言った。

「セインちゃん、貴女は疲れているのよ」

 腹黒で陰謀家、そのくせ詰めが甘いクアットロの口から出たとは思えない生暖かく優しい言葉に、流石のセインもたじろぐ。
 その様子に、横で話を聞いていたチンクとディエチも同じように否定の言葉を口にした。

「トーレが、まず無いと思うが……」
「ありえないよー」

 彼女たちが知る限り、戦闘機人の姉であるトーレは良くも悪くも武人肌の女性だ。女性的な柔らかさが無いわけではないが、色恋沙汰にうつつを抜かすとはとてもではないが思えない。
 プレラに興味は持っているようだが、それは高町なのはやフェイト・テスタロッサ、あるいはクロノ・ハラオウンと言った物語に登場した魔導師たちと交戦経験がある騎士に興味があるだけで、男性としては興味など無いだろう。
 そもそも男性として意識するには、会ってからの時間が足りなさ過ぎる。
 もっとも、そういわれて引き下がるほどセインも柔な性格をしていなかった。

「でも、あいつも来訪者なんでしょう。きっと手が早くて……」
「来訪者……。ヴァン・ツチダとかいう奴の事か?」
「ああ、これだね」

 食堂に備え付けのモニターに、時の庭園での事件の一幕が映し出される。

『子供で悪いか! 俺はなのはが好きだから、俺はなのはを守る! 相手が聖王教会だろうと何だろうと、俺の邪魔はさせない!』

 そこでは、血まみれの少年が聖王教会の騎士に向かい叫びを上げていた。
 まぁ、笑えると言えば笑える状況だが、だから何だと言えば何でもない一幕だ。まぁ、戦闘中に大音響で流してやれば一瞬ぐらいは気を引けるかもしれないが、精々それだけだ。少なくともクアットロにとっては大した価値の無い映像だ。

「まあ、こんな状況で告白するとは度胸はあるな」
「それだけだけどね」

 その頃自分は、ユーノに一杯食わされ生き埋めにあっていた。
 そう考えるとチンクの胸の辺りが熱くなる。鼓動が早くなり、ユーノの事しか考えられなくなる。
 これは恋じゃなくて、屈辱の記憶だ。武装魔導師でもない、たかだかAランクの結界魔導師に負けるなど、いつか必ずリベンジする。トーレほどではないものの、やはり武人として誇りを持つチンクはそう考えていた。

「このヴァンってのが手が早いだけでしょう?」

 クアットロが呆れながらそう言うものの、ロールアウトからまだ2年もたってないセインにとっては、刺激的な告白だったらしい。
 彼女は顔を真っ赤にすると、声高々に宣言する。

「きっと、二人はそのうちストロベリーな事をするに決まってるから、ぜひともその映像を!」

 仮にそうなっても、覗き見でもしよう物なら酷いお仕置きが待っているだろうなぁ。そういえば、97管理外世界には『人の恋路を邪魔する奴は、竜に蹴られて地獄に落ちろ』という諺があるんだっけ?
 ディエチはそう思ったが、結局はその事を口にしなかった。



 当たり前ではあるが、プレラがトーレにしたのは、告白だとかいった色めいた物では無い。
 むしろ、その正反対の殺伐とした物だった。

「私と訓練がしたいと?」
「そうだ」

 プレラを取り巻く環境は以前と大きく変わっている。
 かつての仲間だった盟主一味は既に敵だ。いずれは自分の生存を彼らも知るだろう。
 裏切り者を放置しておくほど連中は甘くない。トリッパーというアドバンテージを守る為、あるいは見せしめの為に必ず襲って来るだろう。
 プレラの知る限り盟主やシスター・ミトの他にも、ブラッドリッパーやエアハンマー、ポイズンドールなどプレラよりも強い、もしくは互角の魔導師が組織には数人いる。
 今の自分では連中に勝てない。
 さらにアギトの安全や、闇の書の中で託された思い。そして何より、最大の好敵手であるヴァン・ツチダとの決着がついていない。
 何も知らず、何も叶えられず、何にも成れず死ぬのは、もう二度とごめんだ。
 何の為のこの力だ。自分の証しを打ち立てず死ねる物か。

 なんとしても、もっと強く成らねばならない。その修業相手として、ヴァン・ツチダと同じ高速戦闘を得意としているトーレは理想的だった。

「訓練か……、私の一存では決められないな」

 正直に言えば、プレラとの訓練には心引かれるものがある。
 先の時の庭園での戦いで、AMFの影響下という圧倒的有利な状況にもかかわらずフェイトと引き分けるという醜態を晒したばかりだった。
 そんなトーレにとって、Sランクの騎士と共に訓練が出来る機会はまたとないチャンスだ。

 とはいえ、機密保持の観点から彼女の一存では決められなかった。
 相手がこちらの事を知っている来訪者といえ、生のデータを与えて良いかトーレには判断が付かなかった。

「それで構わない。上の人間に話しておいてくれ」
「わかった。そうしよう」
「なあ、プレラ?」

 ここまで黙って二人の話を聞いていたアギトがここで口を挟む。

「どうした?」
「お前、デバイスはどうするつもりなんだ? 無くしたんだろう?」
「あっ」

 どうやら忘れていたらしい。
 ベルカ式の使い手にとってデバイスは単なる魔導端末ではない。それそのものが武器だ。
 魔法を使うだけならまだしも、無しで戦闘訓練などできる物ではない。

「訓練用があるか確認しておこう」
「すまん、頼む」

 今一しまらない主に、アギトは溜め息をついた。



 意外と言えば意外に、順当と言えば順当に訓練の許可は下りた。
 この話にもっとも積極的だったのはスカリエッティだったらしく、普段はめったに来る事の無い訓練場に姿を現したぐらいだ。

「やあ、お客人。初めまして」

 突然姿を現した年齢不詳の長髪の男に、対面したプレラが面を食らう。

「確かドクター・スカリエッティか」
「ああ、その通りだ。娘たちが世話になったねぇ、プレラくん」

 流石にこのマッドサイエンティストにトリッパーの事を教える気にはなれない。そもそも、現時点で敵で無いだけで、この先どうなるかわからないのだ。
 プレラはトーレの背後にスカリエッティがいた事を初めて知ったかのように装う。
 もっともスカリエッティは来訪者の存在を既に掴んでいる。プレラの稚拙な演技を内心で嘲笑しながら、おくびにも出さない。
 互いの思惑が交錯する中、先に用件を切り出したのはスカリエッティだった。彼は興味深い素材であるが、だからといって無限に時間があるわけではない。研究しなければならない事柄は多いのだ。

「お互い忙しい身だ、用件を済ませよう。君がデバイスを失ったと聞いてね、こちらで用意させてもらったよ」
「ほう?」

 スカリエッティの言葉と共に、ガジェットドローンが一体現れる。そのガジェットドローンは、その細いマニピュレーターで、これまた細長い箱を抱えていた。
 まずは見てからだ。
 プレラは素直にその箱を受け取ると、その場で開いてみせる。
 中には一目でハンドメイドとわかる反りの入った剣……、日本刀型と大型拳銃型の二つのデバイスが納められていた。
 デバイスを予備で持つ事は稀にあるが、ハンドメイドを二つも渡すとは……。一瞬いぶかしむプレラだったが、しぐに二つのデバイスの正体を見抜く。

「2つ? いや、分離型か」
「ご名答」

 プレラが見抜いた通り、このデバイスは一見二つに見えるが、その実一つのデバイスだった。
 通常のデバイスは杖や槍などの形状で一纏りになっている事が多いが、運用上の都合で出力端末を二つ以上に分ける事が稀にある。ただ、この場合はあくまでも一つのデバイスを二つに分けているだけで、二つ以上のデバイスを同時運用しているわけではない。
 そういえば、時の庭園で戦ったヴァンと共にいた局員も、そのタイプのデバイスを使っていたとプレラは思い出した。

 しかし、スカリエッティから贈られたデバイスを受け取って良いものか。
 盟主との一件で痛い目にあったプレラは一瞬だけ悩むが、どのみち選択肢は無いと割り切る事にした。
 どうせここにいる間、訓練用に使うだけだとあっさりと手に取る。

『Hello Master!』
「インテリジェントデバイスか?」

 まさか高価なAIまで積んでいるとは。流石のプレラも驚きの表情を浮かべた。
 一方、その隙に側に控えていたウーノが、スカリエッティにこっそりと耳打ちする。

「ドクター、あれを渡してよろしいので?」
「なあに、かまわんさ。どうせもう十分データを取った、用済みの機械だ。ミッド・ベルカの複合式を使うなら、あれ以上のデバイスはあるまい」

 確かにベルカ式のアームドデバイスとミッドチルダ式の銃器型デバイス、双方の特性を持つデバイスだ。プレラの戦い方にはぴったりだろう。
 だが、ウーノが尋ねたのはそのような事ではない。
 あのデバイスはかつて、運命の守護者と名乗る者たちの魔導力運用端末を参考に、戦闘機人用装備のプロトタイプとして作成した物だ。
 確かにデータは全て取り終わって用済みではあるが、外には発表していないスカリエッティ独自の理論が詰め込まれている。
 そのような物を、一時的にせよ部外者に渡して良いものか……。
 ウーノのもっともな疑問に対し、スカリエッティは大した事は無いと首を振る。

「なあに、どうせ数年で追いつかれる程度の技術だ。それに、トーレの訓練パートナーとデータ取りを務めてもらうんだ、中途半端な真似は良くないと思わないかな?」
「それは、確かに……」

 スカリエッティの言葉にウーノはあっさりと引き下がる。技術データの流出よりもトーレの仕上がりとデータ取りを優先するとスカリエッティが判断した以上、ウーノが口を挟む問題ではない。

「ところで、ドクター?」
「何かね、プレラくん」
「このデバイスに、何か仕掛けはしてるのかな?」

 聞きようによってはかなり無礼な質問だ。横で聞いていた二人の戦闘機人のウーノとトーレが一瞬身構え、アギトがそんな二人を睨みつける。
 一方、そんな失礼な発言を受けたはずのスカリエッティは気を悪くした様子も無く、それどころか良くぞ聞いてくれたとばかりに嬉々として説明を始める。

「まずはいくつかギミックを搭載しておいたよ。代表的なところで合体変形はもちろんの事、戦闘時には自立行動……攻撃と防御も可能だ」
「それは、すごい」

 自立行動は既に商品化されいるシステムではあるが、高価な上にまだ戦闘に耐えられる代物ではない。
 流石はドクター・スカリエッティとプレラは感嘆の声を上げる。

「それと、いくつかのセンサーをつけさせてもらった。君とトーレの訓練データはこちらでも欲しいからねぇ」
「まぁ、妥当だな」

 その程度は予測済みだ。能力を丸裸にされるのは気に食わないが、いずれは袂を分かつだろう。
 このデバイスはここでの訓練用。そうプレラは割り切る事にした。

「自爆装置はついているのか?」
「はははははは」

 プレラの言葉に、ドクターが哄笑を上げる。
 盟主との戦いでデバイスにしてあった細工の為にプレラは敗北した。そんな彼が当然思い浮かべる疑問だろうが、口にする事はどういう意味を持つのか……。
 戦闘機人とアギトの間の緊張が高まって行く。
 だが、そんな少女たちの事などお構い無しに、この男にはまったくに会わない爽やか過ぎる笑みを浮かべスカリエッティはこう言った。

「科学者のたしなみとして、当然付いてるに決まってるじゃないか」

『ついてるのかよ!』

 その言葉に、緊張を高めていた少女たちの心が一つになる。
 てか、そんな事を爽やかに言って良いのか? 彼女たちが心の中でツッコミを入れる横で、プレラもスカリエッティに負けない爽やかな笑みを浮かべこう返した。

「なるほど、流石は噂に名高いドクター・スカリエッティだ。実に良い趣味だ」
「ほお、わかるかい? 君とは趣味が合うようだね」
「そのようだな」

 そう言ってニヤリと笑いあう男たちに、少女たちは心の中で全力でツッコミを叩きつけた。

『いいのかよ、お前ら!』

 もっとも、スカリエッティからしてみれば裏切る可能性のある相手に渡す以上は警戒が必要だし、プレラにしても自爆装置が付いていると知ってさえいればどうにでも対処が出来る程度の事だった。
 とはいえ、談笑しながら話すような内容ではない。少女たちが呆れ返るのも無理は無い話だ。

「最後に、名前は?」
「右のソードはドゥンケル。左のガンはリヒト。そしてメインのAIの名はトゥファングだ」
「ドゥンケルにリヒト……闇と光。そしてトゥファング……二つの牙か。良い名前だ、気に入った」

 色々とツッコミどころのある名前だが、少女たちにはそれを指摘する気力は残っていなかった。短時間だが、ずいぶんと気力と緊張感をそぎ取られたような気がする。
 本人たちが満足なら、それで良いんだろう。きっと……。
 自分たちもそのネーミングセンスに難がある連中に名前をつけられた事を、3人は心の片隅から完全に消去した。戦闘機人や融合騎にも、あまり考えたくない事というのが存在するのだ。

「さて、訓練を始めるなら我々はモニター室に行こう。おや、どうしたんだい、ウーノ?」
「いえ、何でもありません」

 妙に疲れた様子のウーノに、スカリエッティは首をかしげる。
 正直、タイプは違えどドクターと同類が増えた事にウーノは衝撃を受けていた。とはいえ、長年このマッドサイエンティストの秘書を勤めてきたという自負が彼女にはある。直ぐに精神を立て直すと、有能な秘書の仮面を被りなおした。

「かしこまりました、ただスケジュールの都合が……」
「それは残念。まぁ、データだけは後で見させてもらおう」

 そう、データが重要なのだ。
 あのプレラという少年は来訪者だ。彼の身体には、来訪者を来訪者たらしめている因子が存在している。
 古代ベルカの一時期に、“銀”と呼ばれた因子が暴れまわった。異端の歴史であり、正史からは抹消された歴史だ。
 だが、その“銀”の因子は確かに存在しており、その力を解明できれば来訪者の秘密がわかるかもしれない。

 そう、これはまたとないチャンスなのだ。
 スカリエッティは偶然手元に飛び込んできたサンプルに、胸を躍らせるのだった。


















おまけ



「とりあえず、カートリッジの実験部隊になれそうね……」

 各方面を走り回り予算を引き出す作業は大変だ。だが、それだけの見返りはあったとルーチェは安堵の溜息をつく。
 脳髄たちほど出ないにせよ、老人の相手は大変だ。それに、正義の砦たる管理局内にだって変な趣味の奴はいる。男どものねちっこい視線に晒されれば、流石のルーチェとて気疲れしよう。
 自宅の浴槽にゆっくりと浸かる。中身が日本人である彼女には、最高のリフレッシュ方だ。
 まぁ、少し視線をおろすと湯に浮かぶ二つの白くて丸いものが、若干悩みの種だが……。

「また大きくなったかな……」

 肩はこるし、夏場は汗をかくし、男の視線がいやらしい。そして何より下着が異常に高い。
 正直これ以上大きくなられても困るなぁ……。触らせる相手もいないし……って!
 
 ふと、先日偶然に覗いてしまったティーダの様子を思い出しそうになり、ルーチェは慌てて浮びそうになった映像を振り払う。
 てか、私は何を考えてたんだ。慌てて湯船からあがると、何度も冷たい水を頭から被りなおした。

「ふう……」

 落ち着いてみると、ふと正面の鏡に映った自分の姿が目に入った。
 まだ若干12歳ながら、胸は既に大きく膨らみ、腰もずいぶんと細くなった。肌は真っ白できめ細かく、髪は黒い絹糸のようだ。
 目鼻も整っており、どこに出しても恥ずかしくない美少女だろう。
 そんな少女が鏡の向こうで、湯上りで赤く上気しこちらを見ているのだ。幼さと艶やかさがまじった、なんとも言えない姿だ。
 
 自分が男だったらの話だけど。
 
「はぁ、私は何をやってるんでしょうね」

 もっともルーチェにとってはそれは長年見慣れた自分の姿であり、それを見てどうこう思うようなナルシストでもない。
 ただ、使う予定も無いのに無駄に美しい自分の容姿にあきれ返るだけだ。
 使うとなると……。

「てか、考えるなー、考えるなー」

 再び思い出しそうになる部下とある秘書官の姿を無理やり脳裏から消し去る。
 てか、前世は立派に……でも、えっと。
 思考がドつぼにはまりかけた事を察したルーチェは慌てて湯船に入ると、ほかの事に精神を集中しようとする。

 そういえば、ここの所忙しくて地球に派遣した部下の様子を見ていなかったっけ。
 そう思い出すと、千里眼のピントを地球にいる部下に合わせた。



『ほら、ヴァンくん。ほっぺにご飯が付いてるよ』
『あ、わるい。なのは』



 ……。
 …………。
 ………………。

「何やってるんですか、あのストロベリー小僧!」

 じゃばんと、ルーチェは勢い良く湯船から立ち上がる。
 その表情は鬼のようで、脳裏から完全にティーダたちの事は消えていた。
 彼女の脳裏にあるのは、唯一つの思いだけ。

「くっくっくっくっく、げーっはっはっはっはっは、そうか、あいつが私の最大の敵だったんですね。そうのために、この世界に……」

 そんな事実は無い。
 だが、ルーチェにとってそんな事はどうでも良かった。

「くっくっく、絶対に、絶対にこれ以上のストロベリー展開は阻止しなければ……。そう、それが私の使命」

 多分違う。

「おねーちゃん、お風呂場で騒がないでよ」

 風呂場で奇声を上げる姉を見かねて、妹がやってくる。
 だが、姉はいつものトリップをしているらしく、怒るどころか身体を隠す事すらしなかった。ためしに胸を揉んでみたが、やっぱり反応は無い。
 たっぷり満足行くまで姉の胸を揉んだ妹は、とりあえず放置しておこうと割り切り、浴槽を後にした。
 その際浴槽の温度を上げておくのを忘れない。風邪をひいてもかわいそうだし。
 どうせ明日には忘れてる。実害は無いだろう。

「はー。当分戻ってこないな、あれは」

 妹は机の上にぽんと時空管理局士官学校の受験案内を放り投げる。
 進路相談はまた今度にしよう。そう考え、宿題に取り掛かるのだった。



[12318] End of childhood 第5話
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:98b874a2
Date: 2011/07/23 12:16
End of childhood 第5話



「あっ、ヴィータちゃん?なにをやってるんだろう?」

 学校からの帰り道、なのはの視線の先を追ってみると、街角の小さな公園にヴィータの姿が確かにあった。
 なんか、年寄り連中と一緒にいるけど……、あれはゲートボール?

「おっ、ヴァンとななたじゃねーか」
「なのはだよ。わざとやってない、ヴィータちゃん?」
「わりい、わりい。高町なのマシン」
「なのは! なんか増えてるし!」

 まぁ、最初の頃は本当に言えなかったのだろうが、今はわざとやっているのだろう。いちいち訂正するなのはが、面白可愛いのだ。
 ほっとくと何時までも漫才をやってそうなので、俺は仲裁に入る事にした。

「なのテクノロジーの名前はともかく……」
「あー! ヴァンくんまで!」
「こんな所で何やっているんだ、ヴィータ?」
「ゲートボールだよ。爺ちゃんたちに誘われてな」

 俺の質問に、ヴィータは素直に答える。ゲートボールとはなかなか渋い趣味だ。
 まぁ、見た目は小学校入学前に見えても、実年齢はこの中でぶっちぎりの一番上である。爺さんや婆さんと話しが合うのだろう。

「おい、ヴァン。今凄い失礼な事を考えてないか?」
「いや、考えてないよ」
「ヴァンくんまでなんで人の名前をワザと間違えるのかな?」
「えっと……」

 なんか、女の子二人に睨まれています。
 どうしてこうなった?

「ヴィータちゃん。お友だちかい?」

 遠巻きに俺たちを見ていたお爺さんの一人がこちらに話しかけてくる。

「あ、はい、そうです」

 これ幸いと話題を逸らそうとする俺だったが、そうは問屋が卸さなかった。

「ヴァンくん! まだ話しは終わってないよ」
「そうだね。女の子をいじめちゃいけないよ、坊や」
「いや、あれは好きな娘をいじめたくなる男の子特有の……」
「ちょ、それは違う!」
「えっ、ええっ!?」
「おっ、二人して赤くなった」
「男の子は素直じゃないから、女の子が手綱を握らないと駄目だよ」

 なんか、後片付けが終わった爺さんや婆さんがぞろぞろ集まって来て、ふるぼっこです。
 ほんと、どーしてこうなった?



 その後もたっぷり爺さん婆さん、あとヴィータの玩具にされた俺たちが解放されたのは、小一時間くらい経ってからだった。



「で、なんでお前たちがついて来るんだ?」

 老人パワーに圧倒され、若干グロッキーな俺となのはに対し、ヴィータはまだまだ元気いっぱいだ。
 ヴィータもなぶった側だからか、それとも老人側だからか、羨ましい精神的タフネスだ。

「あれ、夕べ言わなかったっけ? 用があるって」

 確かはやての所在確認をした時に、一緒に伝えたはずだが……。
 あの時、ヴィータもはやての後ろにいたよな?

「あ、悪い。ゲームに集中していて気がつかなかった」

 現代の娯楽文化は古代ベルカの遺産を着実に蝕んでいるようだ。

「はやてもシグナムも今日は家にいるぜ」
「いや、今日はヴィータに用があるんだ。見て欲しいものがあるんだ」
「あたしに?」

 俺の言葉にヴィータがすっとんきょうな声を上げる。
 親しいとはいえ、はやてやシグナムほど俺とは接点がないから、予想外だったらしい。



 その後八神家にお邪魔した俺たちは、早速要件を済ませる事にした。
 長居をして、また玩具にされたく無いとも言う。

「見て欲しいものって何だ?」

 庭に認識阻害の結界を張りつつ、ヴィータは俺に聞いてくる。
 縁側にいつの間にか集まったギャラリーを気にしつつ、俺は懐からデバイスを取り出した。

「なんや、何時ものデバイスじゃないんや?」
「事情があってね。これは駐在用の予備装備なんだ。よっと」

『Force arms』

 見学していたはやての声に答えながら、ここしばらく組んでいた魔法を発動させる。
 発動させたのは改良型フォースセイバーで、名前をフォースアームと言った。

「何時もの魔力刃じゃねぇな。……魔力槌か?」

 流石は鉄槌の騎士。発動した魔法を一目で見抜いたか。

「ああ、ちょっと改良したんだ」
「でも、それじゃ普段の魔力刃より弱いだろう。いや、デフォルトってだけで、オプションを付けるのか……? さては、お前が使うんじゃねぇな」
「そこまでわかるの!?」

 性質だけじゃなく、特徴まで見抜かれた事に、開発に携わったなのはが驚きの声を上げた。
 確かに、フォースアームはこのまま俺が使えばフォースセイバーより若干弱い。もっとも、このまま使えばってだけの話で、パラメーターをいじれば同じ威力になるのだけど。

「まあな、これでも夜天の守護騎士だぜ、なのは」
「あー、今ちゃんと名前呼んだ!」

 ほっとくとまた漫才になりそうだったので、俺は慌てて話題を戻す。

「えっと、実はうちの隊で白兵戦用魔法を導入する事になって……」

 ここしばらくの事件を受けて、3097隊では幾つかの方針変更が決定され、その一環で白兵戦用魔法の導入が行われる事になった。
 そして俺の使うフォースセイバーがその候補に上がり、コンペへの提出が命じられたのだが……、フォースセイバーはそのままじゃ問題が多すぎた。
 元々専用魔法だった為に、他人がそのまま使っても俺の半分程度しか威力が出ないのだ。しかも、ミッドチルダ式魔法を使う者がもっとも多く使用しているY字杖型射撃用デバイスにフォースセイバーを乗せると、力場が歪な形となりバランスが取れなくなってしまう。
 さらに運用面でも、“剣”であるフォースセイバーは、ある程度は剣術に精通していなければならない。残念ながら3097隊にそこまで剣術が出来る隊員はいなかった。

 こういった数々の問題点を改善したのが、このフォースアームだ。

 まず、術式を複雑にしているフルドライブなど特殊機能のほとんどを外して、オプション装備に変更した。ブレイクのみデフォルトで残したが、これは近接で使っても術者は傷つかないように改良したものだ。
 次に形状を剣から槌に変更する事にした。
 ミッドチルダ式魔法を使う武装隊員でも杖を使った制圧術くらいは身に付けている。槌と言っても重さで攻撃する訳じゃないので、これなら今までと同じ感覚で使う事が出来た。
 更に副次的な効果だが、この形状ならY字杖型射撃用デバイスで使ってもバランスは崩れない。他の得物を使いたい場合、設定をいじれば槌以外にも剣や槍、大鎌や斧など殆どの近接武器の形状に変更する事も可能だ。
 魔法として見れば、フォースアームはフォースセイバーよりも格段に完成度が上だと言って良い。

 というか、フォースセイバーとは完全に別物になってしまったのは気にしない。要求されたスペックは余裕でクリアしており、性能は向上しているのだから文句はあるまい。

 ちなみに、俺一人じゃ難しい所がありユーノにアドバイスをもらおうとしたら、何故かフェイトとバルディッシュまで絡んできたのは秘密だ。
 しかも、フェイトとユーノから話を聞いたなのはとレイジングハートまで開発に参加して……。

 いや、すごく助かったけどね。
 ただ、例によってお礼の話や作成者の連名でちょっぴり揉めた。皆子供だから仕方ないのかもしれないが、無欲すぎるというのも考えものだ。

 それはともかく、魔法としては完成したフォースアームだが、実戦に耐えられるかどうかは別の話だった。
 教導隊が関わった魔法だって、時には現場で不具合が見つかる事もある。これで完璧だと思うほど、俺たちは思い上がって無い。
 そこで接近戦、しかも鈍器のスペシャリストであるヴィータにフォースアームの出来を見てもらおうと思った訳だ。

「わかった。ちょっとそれ、貸してみな」
「ああ、どうぞ」

 俺の説明をうなづきながら聞いていたヴィータは魔力槌を纏ったデバイスを受け取ると、うんうん唸りながら検分をはじめた。
 小声で『これは、なるほど……こりゃ』などと言いながら、デバイスを軽く振るう。
 最初は適当に振るっていただけだが、その動きは次第に武術の型になって行く。恐らくはベルカ式の槌や棍の型なのだろう。動きは流暢で合理的、普段の荒っぽい戦いかたが嘘のようだ。
 外見が幼い少女であるヴィータにこう表現するのもなんだが、棍を振るう彼女は芸術品のようでとても綺麗だった。
 それはなのはやはやても同じだったのだろう、二人とも息を呑みヴィータの動きを目で追い続ける。
 そして、ヴィータが最後の型を決め動きを止めた時、二人は無意識のうちに拍手を送っていた。

「な、なんだよ、はやて? それになのはまで!?」

 二人の拍手に、逆にヴィータは驚く。なんとなく、小動物っぽい。

「いや、すごいなぁと思って」
「うん、ヴィータちゃん。凄くかっこよかった!」

 手放しでほめる二人に、ヴィータの顔がどんどん赤くなる。
 照れ臭いのだろう。押し付けるように俺にデバイスを返してきた。

「ほら、返す」
「あ、ありがとう。どうだった?」

 俺も一緒にほめても良いのだが、さすがにこれ以上赤くなると騎士服との見分けが付かなくなる。
 俺は助け舟もかねて、ヴィータに魔法の出来を聞いてみた。

「ん~、良い出来だと思うが、まだ実戦じゃ使えねえな」
「そうなの? 自信があったんだけど……」

 かなり自信があったのだが……。落ち込む俺に、ヴィータが駄目な部分を指摘する。

「いや、少し改良すれば即実戦でも使えるぞ。デバイスの強度をもうちょい強化すれば良いだけだ」
「それだけで?」
「ベルカ式と殴りあう事を前提で作ったんだろ、それ」

 ヴィータの言葉に俺は頷く。現在の最大の目的は、近代ベルカ式魔法の拡散に備えて白兵戦強化および、AMFが使用された際の対策だ。
 フォースアームもその一環に過ぎない。

「ミッド式の柔なデバイスでそのままベルカの攻撃を受けると、攻撃力がいくら高くてもデバイスが持たないぜ。デバイス自体を強化して守らないと駄目だ」

 なるほど。確かにアームドデバイスを比べると、ミッドチルダ式のデバイスはどうしても壊れやすい。アームドデバイスと違って直接殴りあう事を前提としていないのだから、当然といえば当然の話だ。
 魔法でデバイスの強度自体を強化しないと駄目か。それくらいなら、少し初期設定のパラメーターをいじれば良いか……。

「帰ったら調整しないとね、ヴァンくん」
「また、出来たら見てやるよ」
「その時はお願いします」

 結構指定された容量いっぱいなんだよなぁ、フォースアーム。
 どうやらまだまだ先は長そうだ。俺は内心で一つ溜息をついた。





 * * * * * * * * * * * * * *




「ところでティーダ。トリッパーって知ってるか?」
「トリッパー? たしか、最近流通しだした合成麻薬だっけ?」

 古代遺物管理部所属の友人と話していたティーダは、友人が突然出した言葉に首をかしげる。
 ティーダの記憶が確かなら、最近クラナガンで流行りだした合成麻薬の一つだったはず。

「いや、それはトリップな。そうじゃなくて、トリッパー、あるいは転生者って奴だよ」
「それって、『古代アルハザードの光の戦士募集』とか『表の世界には興味が無いんです』って奴か?」
「そうそう、それそれ。『私は覇王の記憶を受け継いでるんです』とか『聖王女の守護騎士よ集まれ』という奴」

 魔法文明が発達したミッドチルダ……いや、管理世界においてもオカルト趣味は存在していた。心霊スポットや謎の異次元人ネタは月間アルハザードなどのオカルト雑誌の定番のネタだ。
 9割以上はデマなのだが、稀に真実が混じる事もある。
 とはいえ、世間一般からしてみるとやっぱり戯言に過ぎず、転生者などと言われても胡散臭い目で見られるのがオチだ。

「お前、そんな趣味があったのか?」

 友人が突然言い出した話に、ティーダが若干表情を引きつらせる。
 そんな趣味に引き込まれるのはごめんだ。

「ねえよ。ただでさえロストロギアだなんだで気が狂いそうな代物を相手に仕事をしているんだ。プライベートでは勘弁して欲しいぜ」
「そりゃそうか」

 ややオーバーアクションで否定する友人に、ティーダも苦笑しながら同意する。
 一般人には娯楽の種でも、管理局局員にはあるかもしれない現実だ。ベテランであればあるほど、それが真実だった時の危険性をよく知っている。誰が好き好んで近づこうと思うだろうか。
 まして面白おかしく煽っている雑誌に、良い感情など抱くはずもない。

 だが、そうすると、この友人はどうして転生者などの話題を?
 内心で首を傾げるティーダに友人は急に話題を変えた。

「ところでお前のところのチビッコ」
「ヴァンか?」
「そうそう、そいつそいつ。確か第97管理外世界で、ロストロギア絡みの事件に関わったよな。それも二回」
「どこで知ったんだよ、お前?」

 PT事件はともかく、闇の書に関しては未だに報道規制が引かれている。
 同じ管理局局員なら知り得てもおかしくない情報だとはいえ、耳の早い友人にティーダは呆れて天を仰ぐ。

「その辺は蛇の道は蛇ってな。ロストロギアだけどな、第97管理外世界にあるって預言してたサイトがあったらしいぜ」
「なにっ!?」

 ティーダの表情が強張る。
 闇の書の一件以来、暇を見つけては色々と調べてみたが、結局大した情報は出てこなかった。もしかすると、これは大きなヒントかもしれない。

「予言関係の資料を漁っているって聞いてね」
「なんていうサイトだ?」
「『リリカルを知る者』ってサイトだ。随分前に閉鎖されて、もう無いけどな」

 その言葉に、ティーダの表情に落胆の色にが滲む。そんなティーダの様子に友人はニヤリと笑うと、ポケットからメディアを取り出す。

「ところで、ここにそのサイトの資料があるんだが」

 ロストロギアの管理を任務としている古代遺物管理部では、当然ロストロギアに関する様々な情報を集めている。
 そんな中、稀にだが単なるフィクションの娯楽作品が混じる事があった。このメディアに入っている情報も、そんなお話の一つ……だと思われていた物だ。

「管理部の極秘資料じゃないのか?」
「まさか、ネットで一般公開されていたものだぜ。廃棄予定の資料、それもコピーさ」
「そうか」

 友人の立場を心配したのだが、その必要は無いらしい。それならと受け取ろうとしたティーダだったが、そうは問屋が卸さなかった。
 友人はひょいとメディアをポケットにしまい込むと、笑いながら対価を要求する。

「廃棄資料とはいえ、管理部の資料だ。タダとはいかないな」
「何が望みだ?」
「お前、陸の地域広報課に顔が利いたよな」

 友人が何を要求しているか。薄々察しながらも、ティーダは確認をした。

「紹介しろと?」
「そこまで厚かましくないさ。ちょっと美人揃いの広報課と合コンのセッティングをさ……。得意だろ?」
「十分厚かましいわ」

 どっちも若い男だ。最終的にはそういう話題になる。
 ティーダは友人にヘッドロックをかけながら、メディアを取り上げた。

「ギブギブギブ。受け取ったって事は合コンは……」
「ああ、なんとかしてやるよ……。って、そう言えば、最初の転生者ってのは何なんだ?」
「痛たたた。たく、華奢に見える癖に相変わらずの馬鹿力だな。それを書いた奴が、自称転生者なんだよ」

 ティーダが浮かべた疑問に、ヘッドロックから抜け出した友人が答える。
 そして最後に一瞬だけ鋭い表情を浮かべると、ティーダにだけ聞こえるくらいの小声で呟いた。

「気を付けろよ、ティーダ。これはかなりヤバイかもしれないぜ」

 その警告に、ティーダは無言で小さく頷いた。



 小説の形態で発表されていたそれは、読み物としてみればさほど目を見張るものは無かった。
 文章は稚拙で語彙と表現力に乏しい。ストーリーの良し悪し以前に、読むに耐えれる物ではないのだ。
 それでも我慢して読み進めてみれば、そこには信じらんないものがあった。

 ストーリーは大きく分けて三部構成になっている。
 第一部は第97管理外世界に事故でばらまかれたイデアシードなるロストロギアをめぐり、偶然魔法の力を手にした少女ななかと発掘一族の少年ユウタ、そしてロストロギアを狙う謎の少女フェアリィの物語だ。
 第二部は第一部から半年後からスタートする。赤い騎士甲冑を身に纏った謎の少女リィータに襲撃されたななか。それは、ロストロギア闇の書に関わる事件の始まりだった。
 そして第三部は10年後のミッドチルダを舞台に、マッドサイエンティストのドクター・スカルティーの起こしたテロ事件と、それに立ち向かう少女たちの話となっている。

 何の冗談だと言いたい。
 第一部や第二部は事件の流れこそかなり違う。しかし、登場人物は名前を変えてこそいるが、全て4月からの一連の事件でヴァンが出会った者たちばかりだ。出てくるロストロギアも、実際に海鳴市にあった品物である。
 そして、事件の流れも、ボタンのかけ違い次第ではこうなっていてもおかしくない。そう思わせるものがあった。
 そして第三部。ほとんどは知らない人物ばかりだが、この死んだ兄の意思を継ぎ執務官を目指す少女……、このモデルはどう見てもティアナだ。少なくとも、その少女が使う魔法は自分の魔法とよく似ていた。

 そう、これは自分が闇の書の中で見せられた幻を裏付けるような物語なのだ。

 ここまで読んだところで、ティーダは友人が何故この資料を渡したか、その真意を悟った。
 この資料が“破棄”されたのはおかしすぎる。
 確かに予知としてみればまったく当たってないだろう。二つの事件に関わった者の内、ヴァンを初めとした一部の人間や、聖王教会強硬派の存在が一切無い。これでは大きく外れていると思われても間違いない。
 だが、一部の登場人物と出てくるアイテムは、ほぼ実際にあった物と同じ特徴を有している。
 最低でも長期保存、できれば追跡調査をしてしかるべき資料なのだ。

 闇の書の危険度を考えれば、偶然破棄になったとは考えにくい。何者かの意思が働いたのは明白だ。
 これ以上調べれば、かなり危険な領域に踏み込む可能性がある。友人は手を引くように言っているのだ。
 それも出来れば、ヴァンを初めとしたこの事件に関わっている人物全員と距離を取れ。そう言っているのだろう。

 どうするべきか。ティーダは頭を悩ませる。



「うぉい、ティーダ」

 ふと、ティーダの背後から声がする。声を掛けたのはタタ一等空尉だ。
 ティーダは慌てて開いていた資料を閉じると、背後を振り向く。

「分隊長、どうしました?」
「どうしたもこうしたも、上がりだよ」

 言われてみて時計を見てみれば、既に引継ぎの時間となっていた。
 どうやら色々と考えすぎて、時間が過ぎたのに気が付かなかったらしい。

「さっさと引き継ぎしてこい。帰れないだろう」
「あ、すいません。」

 慌てて席を立つティーダを見て、タタは肩をすくめた。



「というわけで、飲みに行くぞティーダ」
「どういうわけですか。それにまだ昼間ですよ」

 着替え終えて隊舎を出たティーダを待っていたのは、タタであった。
 どうやらティーダが出てくるのを待っていたらしい。

「俺たちの仕事に昼間もくそもあるか。夜勤明けで飲みたいんだよ」
「だったら奥さんと飲んでくださいよ」
「かみさんな、昨日から友達と3泊4日で温泉旅行に行ってるんだ……」

 どこか遠い目で語るタタに、ティーダは呆れる。

「また喧嘩したんですか?」
「し、してねえよ。懸賞で当たったんだよ」

 ただ、忙しくてタタが一緒に行けなかっただけだ。
 そのせいで、同じ主婦仲間で行く事にしたらしい。

「やっぱ、喧嘩したんでしょう」
「そ、そんな事無いぞ」
「人を巻き込まないでくださいよ」

 考えなければならない事があり、タタの愚痴に付き合うのも億劫だ。溜息をつき断ろうとするティーダだったが、今日のタタは強引だった。
 ティーダの首根っこを捕まえると、タクシーを呼び止める。

「やかましい。奢ってやるから付いて来い!」



 強引に引っ張ってこられたのは、駅前にある大衆酒場だった。
 半分は遅い昼食を食べているサラリーマンだが、昼間から飲んでいる人間も意外に多い。
 そんななか、奥の席に陣取った二人はビールを片手に談笑にふけっていた。

「おい、ティーダ。聞いているのか?」
「はい、聞いていますよ」

 訂正。ティーダが一方的にタタの愚痴を聞いていただけだ。
 内容も、やれ家内が健康に悪いとか言って晩酌の量を制限してくるだとか、娘が父親の後に風呂に入るのを嫌がるだとか、そんなくだらない話ばかりだ。
 さすがのティーダも辟易し、アルコールの勢いもあり対応がどんどんおざなりになっていく。
 そして、アルコールがある程度回ったところで、タタが突如別の話題を振ってきた。

「ところでお前。最近何をかぎまわってるんだ? 地球から帰ってから様子がおかしいぞ」
「いや、ちょっと予知を……って、えっ?」

 適当に聞き流し続けていたからだろう。ティーダはアルコールで鈍った脳で、うっかりと口を滑らせる。
 そんなティーダにニヤリとした笑みを一瞬だけ浮べ、タタはまた飲んだくれ親父に戻った。

「また面倒なもんに、首突っ込みやがって。面倒見なきゃならねえチビがいるんだろう」
「そうっすけどね……」

 タタの言葉に最初の思い浮かべたのはもちろんティアナだった。彼女がせめて大人になるまで、自分は生きていなければならない。危ない事に首を突っ込むべきではないだろう。
 だが、次に思い浮かべたのはヴァンや最近知り合った子供たちの姿だ。
 確かに、ヴァン以外は偶然すれ違った程度の関係で、彼らに対する責任は無い。ヴァンにしたって、親しくはあるが仕事の同僚というだけだ。
 ティーダの予測が正しければ、彼らの意思はどうあれ騒動の渦中に引き込まれるだろう。ここでひけば、自分は安全なところに逃げれるかもしれない。
 だが、そう考えると、どうしても心に引っかかる物があるのだ。

「タタ分隊長」
「お前も分隊長だろう。なんだ?」
「なんで、俺とヴァンを組ませたんですか?」

 ふと、ティーダはこんな事を尋ねていた。
 何か理由があれば、踏ん切りがつく。そう考えたからだ。

「ん~、今のお前なら教えても良いか」
「今のって?」
「ああ、配属された頃のお前は、死にそうだったからな。だからヴァンと組ませた」
「死にそうって!?」

 その言葉に、ティーダは驚きの声を上げる。
 そりゃそうだ。少なくとも配属されてからここまで、一貫して魔導師としての実力はティーダが上だった。

「あー、勘違いするなよ。腕の問題じゃねえ。お前あの頃、功を焦っていただろう」

 確かに、そういうところがあった。ティーダは無言で頷く。

「腕は良いけど功を焦っている奴ってのは、大半変なところで落ちるんだよ。必要の無いところで無茶をした挙句にな」
「無茶はヴァンの専売特許じゃ?」
「あいつも生き急いでいるが、別に功を焦って無茶をしているわけじゃない。好き好んで危険な真似はしない奴だ」

 ヴァンが無茶をする時は、決まって引くと周囲の民間人に大きな被害が出る場合だった。
 そのラインを超えさえしなければ、あの少年は意外と堅実だ。ここ暫くは彼の許容量を超えてしまっていたので無茶を繰り返したようだが、それはヴァンの本質ではないとタタは思っている。

「お前さんは、面倒な奴が側にいるとほっとけないタイプに見えたんでね。ヴァンみたいのとセットだとちょうど良いんだよ」

 ヴァンのような奴に無茶をさせない様にするには、腕の良い奴をつけてやれば良い。そうすれば態々危険な真似はやらない。
 そして、ティーダのような奴を先走らない様にするには、面倒な奴をつけてやれば良い。そうすれば、そちらの面倒を見るので手一杯になるだろう。
 魔導師としての実力だけで、一人前の空士になれる訳ではない。それがタタの持論だ。
 そして実際、タタの目論見通り二人は互いを危険から遠ざけるお守りになっていた。

「でも、今の俺なら教えても良いってのは?」
「今のお前は大切な事を見定められるくらいには落ち着いた見えたんでね。だいぶ毒が抜けたと思ったんだよ」

 とはいえ、何時までもそのままでは成長が無い。ヴァンはもう少し毒抜きしなければ一人前といえないが、上に行くためにもティーダは知るべきだろう。
 妹の将来、歳の離れた友人の事、部隊の仲間、オーリスを初めとした女性問題……は、横に置く。
 確かに今のティーダにとって、出世はそこまで重いウェイトではない。出世欲がなくなった訳ではないが、それだけを目的にしようとは思わなかった。

「だいぶマシにはなったが、お前さんは先走る癖があるからな。焦って決めるなよ。まだ若いんだ、じっくり力を蓄えていけば必ず上にいける」

 わざわざ自分を引っ張り出したのは、これを言う為か。
 年配の分隊長に、ティーダは自分の未熟さを痛感する。魔導師としてみればティーダはすでにタタを超えている。だが、分隊長としては足元にも及ばないだろう。
 まだまだ学ぶ事は多い。

「すいません、なんか心配かけたみたいで」
「別に気にするな。大事件に関わった直後だ、不安にもなるさ」

 そういって残っていたビールを飲み干すと、タタは席を立った。

「ありがとうございます」
「だから気にするな。俺も歳なんでね、若い奴にアドバイスの一つもしたくなっただけだ。んじゃ、会計は済ませておくからお前は飯食って帰れよ」
「分隊長は?」
「あんま飲んでるのがばれると、うるさくてね。こいつもかみさんの味方ばかりしやがる」

 デバイスを持ち上げ、タタはおどける。長年の相棒であるインテリジェントデバイスは、どうやら主の健康管理について奥方と同盟を結んでいるようだ。酒量にかんしては、毎日欠かさずレポートを上げているらしい。
 さて、帰るか。タタが店を出ようとした、その時だった。



「きゃあああああああああっ!!」



 突如、絹を引き裂くような女性の悲鳴が店内に木霊する。
 何事かとそちらを振り返ってみれば、店の入り口にナイフを持った男と、血を流し倒れている店員の姿があった。

「あれは……ジャンキーか!?」

 ティーダはそれを見て、小さく声を上げる。
 遠目から見ても、ナイフを持った男の挙動は不審極まりない。口から泡を吹き、目が血走っていた。
 あの手の相手は、早々に制圧しなければ被害が大きくなる。

「ナイトミラージュ!」
『Set Up』

 ティーダの声に、相棒であるインテリジェントデバイス、ナイトミラージュが目を覚ます。
 一瞬の輝きの後、ティーダは管理局のバリアジャケットを身にまとう。少し離れたところでは、タタも同じようにバリアジャケットを纏っていた。
 しかし……。

「くそっ! 射線が!」

 突然の恐慌に客はパニックを起こしたのだ。
 店内を無茶苦茶に逃げ回る客に、流石のティーダも一瞬射撃をためらう。

 一方、より近いところにいたタタは一気に暴漢との間合いを詰めると、暴漢を取り押さえようと魔法弾を打ち込む。

「シャッ!!」

 だが、暴漢は気合の声を上げるとナイフを一閃し、魔法弾を叩き落す。

「アームドデバイス!? 分隊長!!」

 そう、暴漢が持っていたのはただのナイフではなかった。
 近代ベルカ式の使い手が使う、アームドデバイスであった。そうなると、次は……。ティーダが叫びを上げるが、それよりも早く暴漢が動く。
 暴漢はナイフを振り上げると、タタに切りかかった。

「くっ! プロテクション!」

 タタは慌てて防壁を張るものの、ナイフは易々と防壁を切り裂き、更にはタタのもつデバイスすらも真っ二つにする。
 1対1。それも格闘戦ならベルカ式魔法が有利。そして、ミッドチルダ式魔法のデバイスでは、ベルカ式の一撃を受ければデバイスが持たない可能性がある。
 第97管理外世界でヴァンがヴィータから受けた警告と同じ状況が、今まさに起きていた。
 もう、タタを守るのは気休め程度のバリアジャケットでしかない。

「分隊長!!」

 逃げまとう人々が邪魔で、助けに行けない。ティーダが人ごみを掻き分けながら叫びを上げる。
 暴漢の凶刃がタタにせまる。
 そして……。



「むぅ、こうなったら、アレを使わざるを得ないとは!」
『Yes sir. Get set!』

 今まさに暴漢の攻撃を受けそうなはずのタタは焦る事無く、冷静に妙なかっこいいポーズをとる。
 それと同時に、壊れたはずのデバイスが妙に元気な声を上げた。
 タタの魔力が高まり、そして、その瞬間が起こった!



「ひいいいいいいっさっつうううう! はああああああおおおおおおおうううううっ、だんっくうぅぅぅぅけぇぇぇぇぇん!!」



 無意味に気合の入った叫びと共に、足先に練り上げた魔力を拳に乗せ、一気に打ち上げる。小さな竜巻すら起こし、拳圧の奔流がタタの拳から放たれた。
 魔力の奔流に暴漢は飲み込まれ、大きく首をあげ宙に吹き飛んだあと、天井すらもぶち破り、挙句の果てに外の道路にクレーターを作り地面にめり込んだ。
 目の錯覚か、ティーダには一瞬銀河が見えたような気が……。

「成敗!」

 妙なポーズを決めるタタに呆然とするティーダだったが、直ぐに我に返ると人ごみを掻き分けタタの元に向かう。
 今の一連の騒動でパニックが収まったのか、店にいた客は大人しい。あるいは、悲惨な状況を想像していたら、実も蓋も無く暴漢が吹っ飛ばされたので呆然としているだけかもしれない。
 
「おお、ティーダ。すまないが治療魔法をこの人に。俺のデバイスはこうなってしまったのでな」
「え、あ、はい。えっと、今のは?」

 『大丈夫ですか?』 そう尋ねようとしたのに、ティーダの口から実際に漏れたのは、今のみょうちくりんな技に関する質問だった。それくらい、今のティーダは呆然としていた。
 ティーだの知る限り、タタは極平凡なミッドチルダ式魔法の使い手だったはずだが……。

「ん? ああ、覇王断空拳の事か? ガキの頃、近所に覇王の末裔を名乗る変なおっさんがいてな。そいつに習ったんだ」

 ベルカ時代末期の諸王である覇王が編み出した、門外不出の流派らしい。近所の不良に向う見ずに立ち向かうタタを見かねて、特別に教えてくれたそうだ。
 もっとも、覇王が使ったと名乗る武術の流派はミッドチルダだけでも10以上存在する。どこまで本当かはわからないとタタは最後に付け加えた。

「はあ……。すごいんですね」
「すごいだろう。しかし、お前に見せた事は無かったっけ?」
「無いです」

 この人は、変人ぞろいの首都航空隊3097航空隊の分隊長を努める人だ。まともなはずが無い。
 知りたくも無い事実を知ったティーダの耳に、地域警邏隊の接近を知らせるサイレンの音が聞こえてくるのだった。





[12318] End of childhood 第6話
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:98b874a2
Date: 2011/03/04 22:03
End of childhood 第6話



 10月も半ばを過ぎた頃、管理世界からユーノが俺の所にやって来た。俺が以前頼んだ資料が纏まったと、わざわざ地球まで届けに来てくれたのだ。

「データだけ送ってくれてもよかったのに」
「量が量だからね。まともに通信でデータを送ったら、とんでもない通信費がかかるよ。一応ここは管理外世界なんだから」

 シュタッと前足を上げて説明するユーノの言葉を受け、俺は受け取ったデータを確認する。
 うーん、確かに転移魔法が使えるユーノには、直接手渡しをした方が安上がりな量なのかも知れない。目録だけで何頁あるんだ、これ?

「これでも大分絞ったんだ。そもそも“来訪者”なんて曖昧でありがちなキーワードだけじゃ、調べるのは難しいよ」
「そうだよなぁ。正直すまなかった」

 調べられなかったのがよほど悔しかったのか、丸くなるユーノに俺は無理を頼んだと謝罪する。
 俺がユーノに頼んだのは、防衛プログラムが生み出したマテリアルの少女たちが度々口にした、“来訪者”という言葉だった。
 もしかすると盟主たちの企みの一端を知る事が出来るかもしれない。転生者の事がバレる危険性があるのを承知で、ユーノに検索を依頼したのだ。
 もっとも、調べるには漠然としすぎていたようで、結果は散々だった。

「いや、僕も気になってからそれは良いんだけど……。シグナムやザフィーラも知らないみたいだし、これ以上は難しいね」
「そうか……。俺も捜査は専門じゃないからなぁ」

 てしてしと尻尾を振りながらユーノは説明を締めくくる。
 確かに、ユーノの言う理屈はもっともだ。
 俺が転生者の事を伝えれば、もう少し絞り込めるのかもしれない。だが、俺はこの期に及んでも、自身の秘密を打ち明けて良いか悩んでいた。

「ところでユーノ」
「なんだい、ヴァン?」

 俺は内心でため息をつくと、資料を仕舞いながら、先ほどから、どうしても気になっていた事を尋ねる。

「なんでお前、フェレットになっているんだ?」

 そう、ユーノは何故かフェレットの姿でここにやって来た。
 春先の頃はともかく、今では魔力適応も完了しており、わざわざフェレットの姿になる理由は無いはずだ。そもそも、ロストロギアを集めている訳でも無いのに、そこまで消耗しているとも思えない。
 この質問に、ユーノはやや引きつった笑顔……だと思う表情を浮かべ、こう答えた。

「いや、ここに来る途中、美由希さんに偶然会って……」

 ああ、なるほど。ユーノの言葉に何があったのか、おおよそ察した。
 高町なのはの姉である美由希さんは、フェレットモードのユーノが大のお気に入りである。別にユーノを人間扱いしていないとか、そういう訳では無いのだが、出来るだけフェレットでいて欲しいらしい。
 子供に可愛い格好をしていて欲しい母親の心境に近いのかも知れない。人間モードのユーノを見て、悲しそうな目でじーっと見つめたのだろう。
 女性相手に押しの弱いユーノはプレッシャーに耐えきれず、フェレットに変身したのだ。
 変身したユーノを見て、顔を輝かす美由希さんの姿が容易に想像できる。

 とはいえ、見慣れているとはいえ、ミッドチルダ人の俺には、変身されたままというのは逆に落ち着かない。

「なあ、ユーノ。人間に戻らないか?」
「うん、そうさせてもらって良い?」
「ぜひそうしてくれ」

 俺は溜息を一つ付くと頷いて台所に向かった。すっかり冷めてしまったお茶を入れなおす為だ。



 俺が台所から戻ってきた時には、ユーノは見慣れた金髪の少年に戻っていた。

「まぁ、美由希さんのプレッシャーに負けるのも分かるけど、一々フェレットになるなよなぁ」
「そうは言うけど、悲しそうな目でじっと見られると、いたたまれない気持ちになって」

 俺たちは軽口を叩きながら近況を報告しあう。

「そういや、フェイトの裁判は大丈夫なのか?」
「うん、大丈夫だよ。予定通り11月に終わるみたいだ。それよりも保護者選びが大変らしくて、フェイトが珍しく愚痴ってたよ」
「フェイトが?」
「うん、良い人でも地球に行くって言ったら反対するみたいで。いっそ、リンディさんに頼もうかって考えているみたいだよ」
「ああ、なるほど」

 財産やプロジェクトF目当てって奴はさておき、フェイトが地球に行くって言ったら、管理世界の一般的な大人なら大半は反対するだろう。
 管理世界における管理外世界の認識は、未開の恐ろしい世界というのが一般的だ。
 これははっきりと言って単なる偏見である。技術レベルが低い世界が多いのは事実だが、管理外世界だからって必ずしも未開だとは限らない。治安で言えば、日本なんかは管理世界を見回してもありえない、高い水準を長年維持している。
 とはいえ、管理世界の普通の人は管理外世界の事なんてほとんど知らないし、知っていてもそれは既に次元世界と交流はあるが、それぞれの事情で管理世界に参加していない世界の事だろう。地球のような次元世界と交流の無い世界の事など、よほどの趣味人でないかぎり知らないのが実情だ。
 元々放浪一族出身のユーノや、俺みたいな特殊な事情が無い限り、管理世界の住民が管理外世界に偏見を持つのは仕方のない事なのかもしれない。

「はやてやシグナムたちと……あと、イオタさんたちは?」
「はやてはリハビリが予定より上手くいっているみたいだ。上手くいけば、年明けには学校に行けるかもしれないってレインさんが言っていた」

 はやての健康状態は急速に回復している。もう発作の恐れもないという事で、通院もリハビリが中心になっている。現在はなのはたちと同じ学校に通えるようにと、猛勉強中だ。
 一方のイオタはというと……。

「あー、イオタはこのマンションの座敷牢に入っている」
「座敷牢って、今度は何やったの!?」
「聞くな」
「あ、相変わらずなんだね」

 視線をそらす俺に、ユーノも冷や汗を流しながら苦笑する。
 ちなみに、今回の罪状は下着泥。被害者はシグナム……ってか、ここの所シグナムとシャマルしか狙ってないような。まぁ、毎度の騒動の末、レインさんにより取り押さえられた。
 ちなみに、地球では馬鹿をやる時でも魔法を使わないので、どうしてだろうと聞いてみたところ、『管理外世界で魔法を使ったら犯罪じゃないか』などと良い笑顔で言い切りやがった。

「なのはは?」
「今の時間ならそろそろ下校時間かな? 今日はユーノが来る事は伝えておいたよ」
「何も無かったの?」

 8月に時の庭園でなのはが誘拐されかかるという事件があったばかりだ。ユーノが心配するのはもっともだと言える。

「クロノさんから聞いていない? 平穏無事そのものだったよ」

 9月一杯で学校周辺への集中警備は終了していた。機械式サーチャーはそのままだが、リアルタイムでの護衛はもうやっていない。
 とはいえ、なのは自身も優秀な魔導師だし、ヴォルケンリッターの面々も町に侵入者が無いか気を配っている。学校周りの警備をといても、直ぐに何かあるという事は無いだろう。

「そっか」

 俺の言葉に安堵の表情をユーノは浮かべる。
 その表情の裏に隠された感情に気が付かないほど、俺も朴念仁じゃない。そして、それほど長い付き合いじゃないが、こいつの性格を俺はよく知っている。
 俺は内心溜息を付き、ユーノに向かって質問をした。

「なあ、ユーノ?」
「なんだい、ヴァン」
「お前、なのはの事をどう思っているんだ?」

 俺の言葉に、ユーノは飲んでいたお茶を噴出す。咄嗟にプロテクションでケーキごと防御したが、汚いなぁ……。

「と、と、と、突然何を聞いてくるのさ、ヴァン」
「お前がなのはの事をどう思ってるかをだよ」

 ばればれなのだが、俺はあえて聞く事にした。

「ヴァ、ヴァンはどうなんだよ!」
「好きだよ。守りたい、大切な人だ」

 ユーノの逆切れ気味の質問に俺はさらりと答える。
 俺の言葉に嘘は無い。
 ただ、なのはが好きなのは、たぶん恋愛よりも年下の家族に向けている感情だと思う。
 同じ守りたい大切な人の中に、ユーノやはやて、フェイトとアルフ。それにヴォルケンリッターや姉ちゃんやティーダさん、ミッドチルダの友人たちが入っているだけだ。

「僕はと……」
「友達として好きだとか、玉虫色の返事はするなよ。たぶん気が付いていないのはなのはだけなんだから」

 多分フェイトもはやても気が付いているだろう。なのはは家庭環境が常時ストロベリーだからそれが普通になっていて、生半可なアピールじゃ気が付けないんだと思う。

「ぐっ……」

 先回りをされたユーノが言葉に詰まる。予想通りというか、何というか……。

 出会った頃は物語の延長で馬鹿な事を考えていた気がするが、今は少し違う。

 時の庭園で起きた事件の最中、なのはが誘拐されるという一幕があり、それを追いかけた俺たちは強敵の出現に足止めをされそうになった。
 結局、速度に勝る俺がなのはを追う事にしたのだが……。あの時、ユーノは俺に向かってこう言ったのだ。
 
『それに……。ヴァン、僕は君に負けたくないんだ』

 あんな状況で出た言葉だ。この言葉には色々な意味が込められていたんだと思う。
 ただ、その中の一つに確実に自信のなのはへの気持ちが込められていたはずだ。そして、自分がなのはを助けに行きたかっただろう。それにもかかわらずこいつは冷静に考え、俺を送り出した。
 そんな友人に対して、俺の出来る事は何か。考えずにはいられなかった……。

 などと、かっこいい悩みを抜きにしても、ユーノはなのはに向ける感情が周囲にバレバレなのに、必至に隠そうとしている。
 しかも、俺に対して遠慮しているのは明白だ。
 そりゃ、なのはの事は好きだけど、そーいう感情かといわれると……たぶん、きっと、おそらく微妙に違うよなぁ。歳をとれば変わって行く可能性は否定できない……というか、自信がまったく無いが、現時点では、きっと恐らく違う。
 それに、シャトルでのアレ……。うん、このままってのも卑怯だよね。
 ユーノとは友人でいたいのだ。背中を押すぐらいはしないと、たぶん一生負い目になるだろう。

「……好きだよ。僕もヴァンに負けないぐらい、なのはの事が好きだ」
「そっか……」

 その言葉を最後に、沈黙が部屋を支配する。

 ま、俺に出来るのはここまでだ。告白するにせよ、あきらめるにせよ、後はユーノ自身が決めるべきだろう。
 ここまですれば、少なくとも俺に遠慮して行動を起こさないという事だけは無いはずだ。

 そして、沈黙を最初に破ったのは俺だった。

「あ、ユーノは2~3日こっちにいるんだろう」
「うん、そうだけど?」
「これ、やるよ」

 俺が取り出したのは、近くの遊園地のペアチケットだ。

「ヴァン、どうしたの、これ?」
「ああ、別に買ったわけじゃないよ。貰ったんだよ、新聞屋に」
「新聞屋? またなんで?」

 博識なユーノも、日本の細かい風習までは詳しくない。
 俺は苦笑いをしながら事情を説明する。

「なんでも、この辺りの新聞屋は新聞を定期購買してもらう為に色々とプレゼントを渡す風習があるらしい」
「へー、そうなんだ。かわっているね」

 ちなみに、洗剤などを貰うだけ貰って新聞は取ってない。
 子供にチケットを渡して、親が断り辛い状況にしようという下心で手渡したのだ。一切気にする必要は無い。

「でも、ヴァンが行けば良いじゃないか?」
「んな暇があるか。11月には魔導師昇格試験があるんだぞ」
「Bランクだろう。簡単じゃないか」
「一緒にするな」

 そりゃユーノにとってはBランク試験くらい簡単だったろうけど、俺にとっては巨大な関門だ。
 Cランク試験だって、1回落ちた上に研修を受けての繰上げ合格だ。しかも今回はクロノさんの推薦状が付いている。落ちでもしたら、俺だけじゃなくクロノさんの評価にまで傷が付く。
 落ちるわけには行かないのだ。試験まではプライベートな時間は自主練習に当てている。

「クロノは落ちても気にしないと思うけどなぁ? 第一、今の君の実力ならまず落ちないだろう」
「自慢じゃないが、テストには弱いんだ」
「ホント自慢じゃないよ」

 俺の軽口にユーノもいつもの調子の笑みを浮かべる。
 だが、直ぐに真面目な表情を浮べこう聞いてきた。

「でも、いいの? ヴァン」
「チケットなら……」
「これじゃないよ。こんな話をしなければ、僕は……」

 ああ、そういう事か。
 俺は苦笑いを浮かべながらこう答える。

「俺となのはが正式にお付き合いをしているなら、こんな事は言わないよ。でもな、ユーノ」
「うん?」
「俺もお前に負けたくない」

 俺の言葉にユーノは一瞬だけきょとんとして、次の瞬間爆笑をした。
 むぅ、そんな変な言葉だったか?
 そりゃ、俺がユーノに勝っているのは身長ぐらいだ。魔法の才能も、頭の出来も、ルックスも全ての面で負けている。闇の書の防衛プログラムの戦いでは、ぶっちゃけ俺は足手まといだった。俺がいなければ、ユーノはもっと早く盟主を取り押さえていただろう。
 別に恋愛で勝ち負けとか考えている訳じゃない。というか、何を持って勝ち負けとか分かる訳でもない。
 でも、負けたくないっての俺の本当の気持ちだった。

「笑うなよ。第一、勝ち負けだって言い出したのはお前だろう」
「そんな事言ってないよ?」
「言ったろう、時の庭園で!」
「そんな昔の事、覚えてないよ。第一、何を持って勝ち負けなんだ」
「嘘付け、覚えているだろう。てか、勝ち負けの基準なんて知るかっ!」

 笑い転げるユーノに、俺は若干むきになって答える。
 少なくとも、なのはがどちらを選ぶかが勝敗でないのだけは確かだろう。二人そろって玉砕なんて可能性だってあるし、そもそもこんな事を勝負にするのはなのはに失礼だ。
 第一、俺もユーノも、そしてなのはもまだ9歳。恋愛を語るには早すぎる。漫画みたいにずっと一人の人を10年間思い続けるなんて、実は難しい。成長すれば別の人を好きになる可能性だってあるのだ。

 てか、俺は前世分があるはずなんだけど、こいつらといると自分に前世がある事を忘れそうだよ。どんどん子供に戻っている……いや、大人のふりをしていた自分が消えていくのが分かる。
 そして、それが不愉快と感じていないのだから困ったものだ。



 その後もいくつかの雑談を続け、時刻は夕方すぎになった。

「あれ? うちに泊まっていく予定じゃないのか?」
「あ、うん。そのつもりだったんだけど、美由希さんに押し切られて……」
「そっか……」

 まあ、ユーノじゃ押し切られるか……。
 そう言うと、ユーノはフェレットの姿に変身をする。

「じゃ、僕は行くから、また明日」

 ツッコミどころは多いが、俺はあえて全てを無かった事にして普段どおりに振舞う。男の優しさという奴だ。

「おう。朝のトレーニングになのはの家に行くから、その時にな」
「うん」

 そんな事を話ながら、俺はふとこんな事を考えていた。

『ユーノが告白する最大の関門って、実は美由希さんなんじゃ?』

 俺の想像が正しいかどうかを知る者は、この世界のどこにもいなかった。





 * * * * * * * * * * * * * *





 扉の向こうから聞こえてきたのは、男の子同士の会話だった。
 ドアノブに触れかけた手を、彼女は慌てて引っ込めた。


『好きだよ。守りたい、大切な人だ』


 声の主は、8月の事件で誘拐された自分を助けに来てくれた男の子だった。
 彼女の心臓が跳ね上がる。
 あの時、魔法の鎖で縛られていた自分が、夢心地で聞いた彼の言葉は夢じゃなかった。
 喜ぶべきか、それともどう思うべきか。
 
 そんな少女の感情は、更にかき乱される事になる。


『……好きだよ。僕もヴァンに負けないぐらい、なのはの事が好きだ』


 聞こえてきたのは、もう一人の男の子の声。
 道に迷っていてくれた自分に、魔法の力を授けてくれた大切なお友達。
 そんな子が、自分への思いを口にした。

「ヴァンくんに……、ユーノくんまで!?」

 少女は心の中で驚きの声を上げた。
 ヴァンくんも、ユーノくんも大切なお友達……。そう、そのはず。でも、二人が口にしたのは……。
 

 少女は乱れる心のまま、部屋に入る事無くその場を立ち去る。
 少なくとも、今は二人にどんな顔をして会って良いのか分からなかった。



[12318] End of childhood 第7話
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:17419131
Date: 2011/03/11 03:45
End of childhood 第7話



「書類は全部問題無しと。……顔色が良くないみたいだけど大丈夫、フェイトさん?」

 フェイトの保護者に関する書類を確認していたリンディだったが、先ほどから固い表情を崩さないフェイトに体調を尋ねる。
 もっとも、体調が悪い訳では無いだろう。
 表情の意味に薄々気がついているリンディは、内心でため息をつく。
 チェックの終えた書類を脇に寄せると、リンディはもう一度フェイトに体調を確認した。

「フェイトさん、体調が良くないなら……」
「あの、提督」

 心配して何度も声をかけるリンディに、フェイトが思いつめた様子で尋ねる。

「保護者をお願いした件、御迷惑じゃなかったですか?」

 やはり、それか。
 リンディは内心でもう一度ため息をつく。
 そんなリンディに気がつく事も無く、フェイトは一気にまくし立てた。

「提督の御迷惑でしたら保護者の件は……」
「ううん、フェイトさんが良いのなら、私は大歓迎よ」

 リンディはフェイトの言葉を遮ると、安心させようと優しく微笑む。

「でも、色々と言われているんじゃ!」

 まったく、子供を傷つけるのは、何時だって心無い言葉だ。
 リンディは内心の怒りを抑え込むと、どうフェイトを落ち着かせようかと思案した。

 フェイトの裁判が終盤に差し掛かるにつれ、どうしても決めなければならない事が出てきた。その一つがフェイトの新しい保護者だ。
 子供の社会進出が可能な管理世界だが、それでもほとんどの世界で子供には保護者が必要とされている。母であるプレシア・テスタロッサが行方不明となったフェイトも、当然新しい保護者が必要となった。
 通常このような場合、最初に親類縁者へ話がいく。ところが困った事に、長年管理世界と連絡を絶っていたプレシアの親類は見つからなかった。
 このような話は、実は珍しくない。通常はこういった場合、個人的な知人かボランティアに保護者を頼む事になる。
 ところが、ここで再び困った事が起きた。
 呼びもしないのに、フェイトを引き取りたいと申し出てきた者が、大挙してやって来たのだ。中には自称親類や、自称義理の兄までいたらしい。
 ここまでは以前にヴァンが予想した通りなのだが、フェイトの場合は更に状況がややこしくなる事態が発生した。

 某企業が、フェイトの獲得に乗り出したのだ。プレシアが在職中に行った研究の成果で、フェイトを保護する権利は会社にあるというのだ。
 確かにプレシアは一時期その企業に所属をしており、プロジェクトF関連の資料を閲覧した記録が残っている。プロジェクトFその物は違法なのだが、そこから零れ落ちた各技術の中には合法な物も多く、資料の保持だけでは罪に問えない。
 時期的に本当に研究していたのかなどの疑問は残るが、違法研究を直接行ったのはプレシアであり某企業は被害者という立場なのだ。
 倫理的には破廉恥極まりない話なのだが、法的には確かにその企業の言い分にも一理あるから性質が悪い。露骨にプロジェクトFを狙っており管理局としても警戒を強めているが、裁判も辞さない構えの某企業に対応が難しかった。
 管理局が干渉するのにも法律の限界があるとは言え、放置すればフェイトの身に危険が及ぶのは明白だ。
 並の神経の人間が保護者になっては、どれだけ善人でも巨大企業からの圧力に耐え切れないだろう。財産目当ての連中がどう扱うかは、考えるまでも無い。

 フェイトの地球駐在の裏には、夜天の主である八神はやてや誘拐されかかった高町なのはの安全だけで無く、フェイト自身の身の安全も含まれていた。

「そうね。確かに色々と言われているわ」

 フェイトの保護者選考に同席していた児童保護官から、先日面会した婦人の一人が思い通りにならないフェイトに激昂して掴みかかろうとしたと報告を受けている。
 児童保護官とアルフが慌てて取り押さえたものの、婦人はさらに頭に血が上らせ暴言を撒き散らしたそうだ。
 色々と聞いてしまった以上、無理に隠すのは逆効果だろう。
 あっさりと認めるリンディに、フェイトは顔色を変える。

「やっぱり、それじゃ……!」

 闇の書事件の間は、アースラで友達になったはやての事や、なのはが側にいた事もあり落ち着いていたが、裁判が終わりに近づくにつれ、不安がぶり返してきたのだろう。
 無理も無い。大人でもきつい出来事の連続だったのだ。なにかの切欠でぶり返すか分かった物じゃない。

 リンディは席を立つと、震えるフェイトをそっと抱きしめる。

「提督?」

 驚きの声を上げるフェイトを無視して、リンディは少女の震えが止まるまで抱きしめ続けた。
 そしてフェイトが落ち着くのを待ち、言葉を選びながら話し掛ける。

「お母さんを見つけて止めるのでしょう。シャンとしてないと」
「で、でも」
「フェイトさん、確かに世界は優しくなんか無いわ。色々と酷い事を考える人は後を絶たない」

 でなければ、管理局なんて物は存在しない。

「でもね、決してそれだけでも無いわ。フェイトさん、貴女の知っているお友達を思い出してごらんなさい」
「えっ?」

 その言葉に、フェイトはなのはにヴァン、そしてユーノの事を思い出す。
 友達になりたい。その思いだけで、なのはは自分を助けた。
 ヴァンがボロボロになって戦うのは、仕事だからという訳では無い。
 そしてユーノはあの幻の中で自分を助けた。友達だから当然だ。彼はあっさりとそう言いきった。

「今は沢山周りに迷惑をかけなさい。貴女がそれを当然と勘違いしない限り、恩を返そうと足掻く限り、きっとお友達は貴女を見捨てないわ」

 誰かの隣にいる限り、誰の迷惑にもならないなんてのは不可能だ。
 迷惑をかけない事が重要なんじゃない。迷惑をかけた分、どうやって周りに返すかが重要なのだ。

「今は苦しいかも知れない。でもね、フェイトさんもいずれは大人になる。その時、助けてもらった以上に、周りに返せるような大人になりなさい」

 そう、人は誰しもいずれは大人になる。少女は女になり、そして母になるだろう。
 今は近くしか見えない目も、いずれは遠くまで見えるようになる。小さくて少ししか掴めない手も、大きく沢山掴めるようになる。
 その時、助けてもらった分、沢山の人に返せば良い。
 何故なら人は、そうやって優しくない世界で時を重ねてきたのだ。

「提督……」
「提督じゃなくて、リンディね。しばらく一緒に住む事になりそうだし、家でまで提督っていわれるのもね」
「えっ?」

 涙ぐんでいたフェイトの目が丸くなる。
 これは流石に予想外だ。

「え、えっと!?」
「そっちの方が良いかなって思ってるんだけど、どうかしら? あ、フェイトさんが迷惑なら、住む場合は別にするわよ」
「い、いえ。迷惑なんかじゃないです!」

 今だって、アルフと二人でリンディの家にお世話になっている身だ。
 迷惑どころか、管理局の大人……、それもリンディが一緒なら心強い。
 だが、それと同時に当然の疑問が脳裏をよぎる。

「でも、なんで……?」

 管理局の提督は決して暇ではないはずだ。辺境の管理外世界に一体何が?
 フェイトの疑問に、リンディは眉をひそめながら答える。

「ヴァンくんからの報告が少し変なのよね」
「変……ですか?」
「ええ、防衛プログラムの破壊からそろそろ二ヶ月が経つんだけど、まだ余波が収まらないみたいなの」

 防衛プログラムの破壊から二ヶ月。普通なら魔力飽和に伴う余波は、どうの昔に収まっていなければならない時期だ。
 だが、ヴァンからの報告では、微弱ではある物の数日おきに余波が発生しているらしい。

「長いですね」
「そうなの。ヴァンくんもその事を疑問に思っているらしくて、専門家の派遣を要請しているのよ」
「それでてい……、リンディ……さんが?」

 一瞬、何と呼ぶべきか悩むが、一番無難な呼び方にしておく。

「うん、そうなのよ。アースラが廃艦で、次のエスティマの艤装が完了するまで手が空いているでしょ。地球に転送用ゲートを設置する許可も下りたし、フェイトさんたちの事もあるから、私が行こうと思ったのよ」
「そうなんですか……」

 確かにリンディの言う通り、防衛プログラムとの戦いで大ダメージを負ったアースラは廃艦処分が決定している。現在はミッドチルダに移送され、解体を待つばかりだ。
 新たな乗艦となるエスティマは現在艤装中で、現アースラチーム……、新エスティマチームが本格的に稼働するのは年明け以降の話となる。今のリンディは比較的手が空いていた。
 そして、魔力流のコントロールを得意とするリンディが、この手の専門家な事も事実だ。
 リンディが自分たちの事を心配している事は、疑う余地など無い。

 だが、それでもリンディが地球に行くには根拠が薄い気がする。提督自らが動くほどの事態とも思えないのだ。
 逆に言えば、リンディ自らが出向く程の事態を、管理局は想定している。
 そこまで考えた時、フェイトはもっとも恐ろしい可能性を思い付いてしまった。

「そんな訳だから、よろしくね、フェイトさん」
「わ、私こそよろしくお願いします。リンディさん」

 フェイトは思い付いてしまった想像をとりあえず横に置くと、リンディの呼び掛けに笑顔で答えた。
 その笑顔が若干ぎこちないのは仕方のない事だ。
 リインフォースを犠牲にしてようやく滅ぼした闇の書の闇、防衛プログラムが復活するかもしれないなどと考えながら笑えるほど、フェイトは図太くはなかった。



「ところで、フェイトさん?」
「なんでしょうか?」

 とりあえず話に一段落付いたところで、リンディはフェイトにどうしても聞いておかなければならない事を確認する。
 リンディは書類の一角を指差しながら、フェイトにこう尋ねた。

「フェイトさん、これ、本当に良いの?」

 リンディの指差す先には、こう書かれていた。

“後見人:イオタ・オルブライト”

「え、えっと、色々とお世話になっている人ですし、悪い人じゃないと……」

 確かに悪人ではない。悪人ではないが、変態だ。
 イオタは変態と言う名の紳士である。
 果たしてこれで良いのか、そう考えるリンディだったが、フェイトはやや引きつった笑みを浮べこれでかまわないと言い切るのだった。





 * * * * * * * * * * * * * *





 11月に入り、俺が地球にいられる時間も後僅かとなった。
 既にフェイトへの引き継ぎ業務はほとんど終えている。更にリンディ提督までフェイトに同行するとの事で、これ以上俺が心配する事は無いだろう。

 ……提督の地球駐在を聞いた時、飲んでいたお茶を噴き出したのは秘密だ。そりゃ、魔力操作の専門家の派遣を要請したのは俺だが、何も提督自ら来る必要は無い。
 上層部が何を恐れているのか分からないでも無いが、フットワークが軽すぎるにも程がある。

 それはともかく、俺の帰還が後数日となったある日、翠屋を貸し切ってパーティーが開かれる事になった。
 お題目はフェイトの歓迎会兼俺のBランク昇格祝兼フォースアーム正式採用記念だ。

 本当は高町家のみんなも招待するつもりだったので、別の場所を借りるつもりだった。だが、士郎さんに強く進められたのだ。
 確かに長い休みがある訳でも無いし、料理や飲み物を揃える手間を考えれば、翠屋は理想的である。色々と考えた結果、士郎さんの好意に甘える事にしたのだ。
 申し訳ないと謝る俺に、士郎さんは『これも商売だよ』と笑ってみせた。

 余談だが、フォースアームは部隊内コンペを圧倒的多数の支持を受け勝利した。と言うか、対抗馬を推したのはタタ分隊長一人だけだったのだ。対抗馬の覇王拳なんて、分隊長以外の誰が使えるんだというのが、大方の隊員の心境である。

 あと、俺のBランク昇格も、俺自身が驚くほどすんなりと通った。
 駐在員交代に当たり、新たに転移用ゲートの設置などが行われる事となった。その設営の為に部隊が派遣され、一時期ではあるがその人たちと護衛任務を交代したのだ。それでもって、数日ほど支局に赴き実技と筆記の試験を受けてきた。
 絶対に落ちると思っていたのだが、比較的相性の良い課題に当たったのが良かったのだろう。臨時で組んだ空士訓練生の子に凄く感謝された。



 そんなこんなで、今日はパーティー当日だ。俺は朝からなのはと共にパーティーの準備を手伝っていた。

「桃子さん、これはどうしましょう?」
「あ、それは少し冷ましてから使うから、冷蔵庫に入れておいて頂戴」
「はい」
「下拵え終わったよ~」
「はいはい、ちょっと待っててね」

 10人以上が参加するパーティーだ。準備も生半可じゃない。
 ミッドチルダでは自炊しているとはいえ、素人の俺では手伝うのも大変だ。
 世の中の飲食業の人は毎日これをやっているのだから恐れいる。

「ヴァンくん、そろそろミッドチルダから来る人を迎えにいく時間じゃないのかい?」

 士郎さんに言われ時計を見てみると、確かに4時を回っていた。ユーノが付いている筈なので、大丈夫だと思うが、やはり俺も迎えに行った方が良いだろう。

「えっと、すいません」
「こっちは大丈夫だから、行ってきなさい」
「はい。なのははどうする?」
「えっと、わ、私はその、えっと……」

 なのはは俺の呼びかけにしどろもどろになる。
 最近こんな事が多いのだが、一体どうしたんだろう?
 ユーノに遊園地に誘われそれで……、ではないだろう。
 そもそもあいつ、誘うのに失敗している。なのはより先に美由希さんにチケットを発見されたあげく、俺が忙しくて行く暇が無いと口を滑らしたらしい。結果、なぜか皆で行ける時に行こうという話になったそうだ。
 同情するべきか笑うべきか、判断に困る。

「フェイトちゃんも来るんだろう。なのはも行ってきなさい」
「は、はい」

 士郎さんの言葉に、なのはは変な返事を返した。
 大方、はやてとアリサがまた何か吹き込んだのだろう。あの二人にも困ったものだ。



 翠屋を出た俺たちは、フェイトたちが住む予定のマンションに向かう。その間もなのはとあまり会話はなかった。
 てか、チラチラと此方を伺うのは、微妙に居心地が悪い。
 本当に何を吹き込まれたんだろう?

「すいませーん、ヴァンとなのはです」

 フェイトたちが住むマンションはオートロックなので、中から開けてもらう必要がある。
 俺の呼びかけに、スピーカーの向こうから聞き覚えのある女性の声が返ってきた。

「おー、二人も来たね。ちょっと待ってて……よし、開けたがら入っておいで」

 声の主はエイミィさんだ。色々と機材を運び込み、設営していたのだ。 軽い音を立てて、マンションの自動ドアが開く。

「はい。行こう、なのは」
「うん」



 マンションにはクロノさんがいた。常日頃から着ているバリアジャケットでは無く、黒系統のセーターにズボンというごく平凡な姿だ。

「失礼します」
「お邪魔します」

 敬礼をする俺と普通に挨拶をするなのはを、クロノさんは笑顔で迎えた。

「いらっしゃい、二人とも。それとBランク昇格おめでとう、ヴァン」

 試験の時はクロノさんとエイミィも立ち会ったのだが、結果が出たのは先日だったりもする。
 試験内容次第ではその場で判定が下される場合もあるのだが、俺の時は後日発表の形式だった。

「ありがとうございます。これも全てクロノさんのおかげです」
「そんな事は無い。君の実力だよ」

 クロノさんはそう言うが、この人に教わらなかったら、ランク昇格に何年掛かっていたか分からない。

「あの、フェイトちゃんとリンディさんはまだ来ていないんですか?」
「ああ、上で最後の手続をやっているよ。もう終わる頃だから、降りて来るんじゃないかな?」

 上とはマンションの上の階では無い。ここまでクロノさんたちを送ってきた次元航行鑑の事だ。
 クロノさんの言葉を待っていた訳では無いだろうが、マンションの片隅で魔力が動いたのを感じた。

「お、来たみたいだ」
「そうですね」

 あちらこちらで魔力を使っているミッドチルダでは分からないが、地球だと俺たち以外に魔法を使う者がいないので、誰かが魔法を使うと直ぐに分かる。
 程なくして奥のドアが開きフェイトとアルフ、それにリンディ提督が出てくる。更にそれから少し遅れて、ユーノに連れられてティーダさんやティアナちゃん。オーリス姉ちゃんが次々に姿を現した。
 パーティーに参加するミッドチルダ組はこれで全てか……。

「フェイトちゃん!」

 3ヶ月ぶりの再会だ。なのはは顔を輝かせフェイトに駆け寄る。

「久しぶり、なのは」
「うんうんうんうん! 久しぶり、フェイトちゃん!」

 ビデオレターで連絡は取り合っていたはずだが、直接会うのはやはり違うのだろう。なのはは花が咲いたような満面の笑みで、フェイトは照れくさそうに頬を赤らめ再会を喜んでいる。
 まぁ、女の子同士の華やかな再会はさておき、俺は他の面々に話しかける。ユーノとBランク試験の時会ったクロノさんとエイミィさん以外、直接会うのは数ヶ月ぶりだ。

「お久しぶりです、提督。それにみんな」
「ヴァンくんも、長い任務ご苦労様」
「よ、ヴァン。元気にしてたみたいだな」

 ティーダさんもや提督も元気そうで何よりだ。こういう仕事だ、知り合いの無事は何より嬉しいものだ。
 俺が仕事の仲間相手に挨拶をしていると、ふと誰かがズボンを引っ張る。そちらを見てみると、よそ行きのフリルが付いた可愛らしい服装のティアナちゃんがいた。

「こんにちわ、ヴァン」
「こんにちは、ティーダさん、それにティアナちゃん。おっ、今日はおめかししているんだな」
「うん、かわいいでしょう」

 可愛らしい服装がよほど嬉しかったのだろう。ティアナちゃんはその場でくるりと回ってみせる。
 服についていた鈴がチリンと鳴った。

「うん、よく似合ってるよ」
「ありがとう、ヴァン!」

 元気よく返事をするティアナちゃんに微笑みかけた後、俺たちのやり取りを微笑ましげに見ていた姉ちゃんに話しかける。
 姉ちゃんは微妙に申し訳なさそうにこう言った。

「ごめんなさいね、父さんはやっぱり来れないみたいなの」

 レジアス少将にも、はやての件でお世話になったので招待状を出しておいたのだ。まぁ、子供のパーティーに地上本部の忙しい少将がくるとは思ってはいなかったが、礼儀上の問題だった。
 というか、来てリンディ提督とレジアス少将鉢合わせと言うのも怖い気がするし……。

「しかたないよ。少将が来れるわけないし」
「残念がってたわ」
「そうなんだ。おっと、ユーノ悪かったな。みんなの転移を頼んで」
「それは大丈夫だよ」

 ティーダさんはゲートがあれば地力で転移できるのだが、姉ちゃんやティアナちゃんは流石に無理である。彼女たちを連れてくるのを、ユーノに頼んでおいたのだ。
 もっとも、ユーノは俺のお礼よりもなのはが気になってしょうがないらしい。なんか、ここの所妙に余所余所しいところがあるし、ユーノとしては気になるのだろう。
 まぁ、がんばれと俺は心の中でエールを送る。

「あ、すいません、提督。ちょっとこいつを借りて良いですか?」

 ふと、そんな事をしているとティーダさんが俺の首根っこを掴みリンディ提督にこう尋ねる。
 勤務時間外なんでこの人の口調はフランクだ。提督相手によくこんな話し方が出来ると、俺は内心で感心する。

「ヴァンくんを? かまわないけど?」
「すいません。部隊の事なんでちょっと借りていきます」

 よその部隊の事情に首を突っ込むべきではない。
 そう判断したのかリンディ提督はそれ以上何も言わず、ティーダさんと俺は奥に引っ込んでゆく。

「って、なんかあったんですか、ティーダさん?」

 廊下の奥、皆の姿が見えなくなった時、俺はティーダさんに話しかけた。
 ティーダさんは若干不機嫌そうに答える。

「うちで何か無い場合があるかよ」
「そりゃ、無いですけど……。態々引っ張ってくるってことは何かあったんでしょう?」
「とりあえず、これを見ろ」

 俺の疑問に、ティーダさんは情報端末を押し付ける。って、何で情報端末? デバイスに入れれば良いはずなのに……。
 なんだこりゃ? どこかの部隊内文書みたいだけど……、お、古代遺物管理部か。
 えっと、タイトルは……『リリカルを知る者』か。
 ……リリカル!?

 俺は内心で悲鳴を上げながらも本を読み進めてゆく。
 臨場感もへったくれも無いへたくそな文書ではあるが、書かれている内容は俺が前世で見た“なのはの物語”その物だった。

「なんですか、これ?」

 口の中がカラカラに乾く。身体が小刻みに震える。
 俺は逃げ出したいのをぐっと意志の力で抑え、ティーダさんに尋ねた。

「見ての通りだ。俺たちが見た夢とほぼ同じ内容が、転生者を名乗る奴によって3年前にネットで公開されていた」
「そんな……」

 そんな馬鹿な真似をした同類がいたのか?
 予想の斜め上の行為に、眩暈がしそうだ。

「俺の想像だがな、それを偶然見た奴が取り込まれたか、あるいはそいつと同類があの場でリインフォースに取り込まれて、俺とお前がそれに関する夢を見た」
「ありえるんですか?」
「俺もお前も関係者だ。可能性としてはあるだろう」

 実は俺も転生者です。などとは言えないので、俺はとりあえず頷いてみせる。
 同類も一人取り込まれているって言えば、確かに取り込まれているはずだ。可能性として無きにしも非ずだが……それでは説明できない現象もある。
 なんせ、ティーダさんの見た夢は、俺の知る物語よりも更に精密だったらしい。それではまるで、本当の未来予知だ。
 だが、それより何より。これがネットで公開されていて、しかも管理局の資料だったとすると、これは凄くまずい事態になっていることになる。

 最高評議会が実在しているかどうか、俺レベルの知っている事ではない。だが、仮に実在しているとなると、凄くまずい事態になっている。
 なんせ、この物語とほぼ同じ出来事が起き掛けているのだ。
 連中がこの事実に気が付いたら、探りを入れないわけがない。

 そして、最高評議会以上にヤバイのがスカリエッティ一味だ。
 連中はこの“物語”を知っている。
 最初は俺がはやてをミッドチルダに連れて行った影響で、スカリエッティ一味が闇の書に興味を持って介入して来たのかと思った。聖王教会強硬派と取引があったようだが、それだけで伝え聞くスカリエッティの性格から、絡んでくるには根拠が薄いような気がしていたのだ。
 だが、この物語が公開されていたとしたら、前提条件事態がまったく違ってくる。連中が興味を持ったのは闇の書じゃなくて、物語そのもの……。
 まずい。何がまずいかって言うと、この先もなのははスカリエッティに狙われ続ける事になるって事だ。なんせ、彼女は“物語”の“主役”なのだから……。

「とりあえず、ヴァン。この一件は忘れろ。自分の身の回りの奴に危険があり、それを回避する以外はな」
「危ないんですか?」
「ああ。かなりな。これを書いた奴なんだがな、書いて暫くして謎の失踪をしたそうだ」

 謎の失踪……。それを誰がやったのか、俺にはわかったような気がした。
 恐らく盟主一味の仕業だ。まったく無関係な事件に巻き込まれた可能性もあるが、ピンポイントでネット公開なんぞやらかした転生者が無関係な事件に巻き込まれ失踪したとは考えにくい。
 時期的に見れば、最高評議会やスカリエッティがやったとは考えにくい。ジュエルシードがらみの事件が起こるまでは、彼らとて物語が正しいかどうかは半信半疑だったはずだ。物語の知識を有効に使うため、盟主一味が迂闊な同類を消したのだろう。

「俺もお前も、捜査畑や政治畑の人間じゃない。これを探るのは危なすぎだ」
「ですね……」

 今更だが、既にとんでもない事態になっている。だが、ティーダさんの言う通り、これ以上深入りするのは危険すぎだった。
 最高評議会にしろスカリエッティ一味にしろ、今の俺に手が出せる相手では無い。俺は所詮は下っ端の木っ端役人に過ぎないからだ。

 なのはやユーノを守るためには、本気で出世する事を考えないといけないかもしれない。

「ティーダ、ヴァンくん、まだお話時間がかかるかしら? そろそろお店に向かう時間なんだけど」
「おう、すまないな」
「ごめん、すぐ行くよ」

 ふと、俺がこんな事を考えていると、姉ちゃんがやってくる。
 俺は慌てて端末をしまうと心に浮んだ不安を強引に沈めた。
 とりあえずはパーティーだ。俺は無理にでも笑顔を作り、皆のいるところに向かった。





 * * * * * * * * * * * * * *





 その日、聖王教会本部で激務をこなしていた騎士カリムの元に意外な訪問者が訪れた。
 その訪問者は騎士カリムと親しい訳ではない。むしろその男とは対立していると言って良い間柄だった。

「司法取引?」
「そうだ。闇の書で逮捕された騎士たちを減刑するかわりに、数人を教官として地上本部に招きたい」

 そんな男から持ちかけられた話は、彼女にとって決して損な話ではなかった。むしろ、彼女たちにとって利益しかないゆえに不気味なくらいだ。
 地上の二大巨頭、あるいは最高評議会派の豪腕、レジアス・ゲイズが持ちかけた話として、意外以外の何者でも無い。

 時空管理局における地上と本局の対立は、さまざまな要因が複雑に絡み合って出来上がった結果である。
 これらの問題はレジアスが入局以前より潜在的に存在し、彼の台頭により表面化しただけだ。
 そして、その一つに最高評議会と理事会の対立と言うものがあった。地上と本局の対立は、言い換えれば最高評議会派と理事会派の対立でもあるのだ。
 そういった意味で、最高評議会派に属する各地上本部に対して、聖王教会の影響力はお世辞にも高いとは言えない。
 だが、ここで地上本部を統括するミッドチルダ地上本部、それもレジアス少将自らが聖王教会から騎士を教官として招き入れたらどうなるだろうか?

 レジアスはそれが分からぬ男ではあるまい。
 最高評議会の信任が厚い……言い換えれば、最高評議会と一蓮托生な彼が、自分の城に獅子身中の虫となりかねない聖王協会の騎士を招きいれるのだ。
 地上の力を過信し、傲慢とも言って良いレジアスの急変に、その意図が読めないのだ。

「騎士たちを、教官に? 地上本部の戦力では足りないと?」

 レジアスの力を持ってすれば、騎士たちの減刑も可能だろう。
 積極的に事件に関与した騎士はともかく、彼女の義理の弟の幼馴染のようなソナタ枢密卿に脅迫同然で協力させられていた騎士たちは助けたい。
 だが、積極的に乗るのは危険だ。カリムはレジアスの様子を伺うよう牽制の言葉を投げかける。

「足りないからここに来たのだ」

 ここまでストレートに返答されると、かえって対応に困る。流石のカリムもすぐには二の句が続かない。
 この地上の古狸の裏を読み取るのは、かなり骨な作業だろう。

 聖王教会の若き女傑と時空管理局地上本部の豪腕の交渉は、どうやら長引きそうだ。
 おつきのシスターと本来なら前線にいるべき局員は、二人に聞こえないぐらいに小さな溜息をついた。





 ヴァンたちが開いたパーティーは、夜の比較的早い時間に終えた。
 メインとなるのは子供たちだから、ある意味仕方ないことだ。

 良いパーティーだったと思う。

 オーリスは久しぶりに会うはやてたちと談笑し、真新しい制服を受け取って照れるフェイトを見ながら、何とかヴァンを学校に通わせる事が出来ないと考え、そしてティアナにケーキを貰ったヴァンを追い掛け回すティーダを諌めたりした。
 なのはがヴァンとユーノに対しては妙に余所余所しかったり、それを見るフェイトの目がさびしそうだったりと子供たちなりに色々あるようだ。

 以前地球に来た時に挨拶だけはしておいたが、高町夫妻は本当に良い夫婦だった。まだ母が健在だった頃のゲイズ家を思い出し、いつかは自分も……などと考えたりもした。
 まぁ、一瞬その際にミッドチルダにいる父が『料理の勉強もしろ』などと言った気がするが、それは心の奥底に沈めておいた。

 当初は地球ではホテルを取って一泊するつもりだったが、高町家に泊まる事を薦められた。
 迷惑だとは思ったが、短い期間とはいえヴァンがすごした家だ。興味もあり、甘える事にしたのだ。

「あれ、ヴァンくん?」

 ふとオーリスは、あてがわれた部屋の片隅でいつの間にか寝てしまっているヴァンに気が付く。
 ここ暫くの激務に、パーティーの準備などで疲れていたのだろう。気が抜けて、一気に体力の限界が来たらしい。
 普段は無茶ばかりする子だが、こうやって寝てると天使のような寝顔だとオーリスは思う。そしてそれと同時に、死んでしまった親友の姿を思い出す。
 優秀とは言えないが、とにかく明るい娘だった。
 お堅いイメージの自分に突っかかり、一人空回りをして周りに笑いをふりまいていた。最初はうっとおしかったが、いつの間にか気になり、そして親友になっていた。
 そんな彼女ももういない。歳の離れた弟をかばい、帰らぬ人となった。
 あの子が最後まで可愛がっていた弟だ。せめてもう少し大人になるまで、面倒を見たい。

「こんな所で寝てると風邪を引くわよ」

 そう言ってヴァンの身体を抱き上げる。
 闇の書事件で何度も死闘を潜り抜けたとは思えない、軽い身体だ。
 こんな子供たちを戦わせている。そう考えると、無力な自分がとても嫌なモノに感じる。これは管理局に勤める大人……特に非魔導師なら誰でも思う事だろう。
 だが、そうしなければならない。そうでなければ、治安が回復したとは言い切れない管理世界では、より多くの人が傷つく事になるのだ。

 オーリスは脳裏に過ぎったどうにもなら無い考えを振り払うと、ヴァンを布団に寝かそうとする。
 そのとき、ヴァンのポケットから情報端末が零れ落ちた。

「あれ、これって?」

 たしか、ティーダがヴァンに渡していた端末だ。
 男同士だ。どうせえっちな内容の書物なんだろう。オーリスはそう思い、ヴァンを布団に寝かせた後、好奇心で端末を開いてみた。

「む、パスワードが組んであるわね……。誕生日かな?」

 生意気にもパスワードなどで他人に見せない気らしい。
 だが、どうせヴァンのする事だ。パスワードにする数字などオーリスにはお見通しだった。
 数回ためしただけであっさりパスワードを破ると、文書が空間に浮かび上がる。

「あら、局内資料? 空隊じゃくて古代遺物管理部? こ、これって?」

 読み進めて行くうちに、オーリスの表情がどんどん険しくなってゆく。
 『リリカルを知る者』と銘打たれた資料が何を指しているのか、それが分からぬほどオーリスは愚鈍ではない。
 オーリスは手早く自らの端末に内容をコピーすると、ヴァンのポケットにそっと情報端末を戻した。



 誰も知らないところで、運命と言う名の遊戯台の上に、見えざる打ち手が生まれた瞬間だった。
 これが世界にどう影響を与えるか。それはまだ、誰も知らない。



[12318] End of childhood 第8話
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:60d33b00
Date: 2011/04/10 13:24
End of childhood 第8話



 ミッドチルダに戻ってきてから約3ヶ月。2月に入り、怒涛の年末年始特別警備もようやく終わった。
 さて、4月の次元漂流以来纏まった休みが取れず働きずくめだった俺ですが、ここでや、や、や……やっぱり仕事でした。

 泣きたい。

「はぁ……」
「溜め息をついていると幸せが逃げていくぞ」

 ベンチに腰掛けて溜め息をついている俺に、ティーダさんが後ろから声をかけてくる。

 俺は振り向かずにぼんやりとグランドを眺めながら、こう返した。

「大丈夫ですよ。俺に逃げるほど幸せは残って無いですから」
「お前なあ……」

 背後でティーダさんが呆れているが振り向かないでもわかる。

「あっちが気になるのか?」
「訓練内容は気になってますけど、それ以外はさほど」

 ティーダさんが言うあっちとは、グランドで訓練を行っているゼスト隊の事だろう。

 シスター・シャッハや司法取引で出てきた騎士クラウスなど、指導に当たっている者の中に気になる人物がいるのは事実だ。特に騎士クラウスは、アコース査察官とどうなったかずっと気になってはいた。
 とはいえ、そこまで深い付き合いがある訳でもないし、溜め息の原因でも無い。

「それじゃ、なのはちゃんに会えない事でセンチな気分になっているのか?」

 何を言っているんだ、この人は。

「多分期待しているような答えは出てこないですよ」
「お前ぐらいの年頃なら、そうなんじゃね?」
「9歳ですから、ちょっと早いと思います」
「自分で言うか?」

 素っ気なく答える俺に、ティーダさんがますます呆れる。まったく、そうそう何度も玩具にされてたまるか。
 俺の反応が淡白だったのが面白くないのか、ティーダさんは攻め方を変えてきた。

「うひゃひゃっ!」

 突如首筋に押し付けられた冷たい感触に、俺は思わず悲鳴を上げる。

「な、何をする……」

 慌てて振り向くと、そこにはなのはの姿があった。
 俺は一瞬だけ言葉に詰まるものの、直ぐに呆れ混じりの溜め息いた。

「なんでこんなところになのはがー」

 ややオーバーアクションに、棒読みで驚いてみせる。

「ヴァンくんにあいにきたんだよ」
「気持ち悪いですよ、ティーダさん」

 なのはの口からティーダさんの声が聞こえくるのは、正直に言ってかなり気持ち悪い。
 それに、なのはの幻術をつかってティーダさんが悪戯をするのはこれが初めてじゃなかった。昨年末の一件以来これで5度目だ。いい加減驚くのも億劫になる。
 俺はできるかぎり冷たい視線を向けるのだが、その程度で動じるティーダさんではない。それどころか、ドヤ顔でこんな事を尋ねてきた。

「どうだ、似てないか?」
「声が変わっていませんよ」
「声は我慢してくれ。なのはちゃんの声はサンプリングしてないんだ」
「そうなんですか? でも、声抜きにしても……」
「どこが似てないんだ? 外見は練習して、完璧にコピーしたつもりなんだが」

 なのはの姿で首を傾げるティーダさんだが、声抜きにしても似て無い気がする。
 どこが違うかは上手く言えないんだが……。
 少し考えればわかるだろう。
 俺はとりあえず、なんでなのはに化けているのか尋ねる。幻術を使うくらいならまだしも、変身魔法まで使うと言うのは俺をからかう為だけじゃないだろう。

「ところで何をやっているんですか? 幻術系の変身魔法ですか?」
「いや、ハイブリッドの変身魔法だ。少し幻術魔法のバリエーションを増やそうと思ってな」

 そう言うと、手に持っていた缶ジュースをこちらに渡してきた。なるほど、幻術系の変身魔法だと、缶ジュースは持てないか。

 変身魔法は大きく分けて、強化系と幻覚術系の二種類がある。
 前者は肉体を魔力により組み換え、別の特徴を獲得する魔法だ。ユーノが使うスクライアの変身魔法やアルフたち使い魔の人化、ちょっと変わったところで肉体年齢操作なんてのがある。
 一方後者は幻術により、外見的特徴を変化させる魔法だ。幻術の着ぐるみを着込むと考えれば良いだろう。
 どちらにも利点や欠点があるので、一概にどちらが優れているとは言えないが、幻術系はその特性上、自分とサイズの違う物には変身が出来ないという欠点がある。無理に変身しても誤魔化せるのは外見だけで、サイズが合わずにろくに動けないのだ。
 成人男性のティーダさんがなのはに変身したとしても、身長差で頭からティーダさんが飛び出すという、かなりシュールな図になってしまう。
 その点、今回のティーダさんの変身魔法はしっかり物を掴んでいた。肉体変化を併用して、サイズを変えているのだろう。

「しかし、簡単に見抜かれたな」
「そりゃ、こんな場所になのはがいる訳がないでしょう。第一、なんで管理局の制服なんですか?」
「ああ、これは俺の事情だよ。なんなら、別の服にも変えようか?」

 そう言うと服だけ変化させ、空隊が使っている防護服の姿に変わる。
 相変わらず妙なところで芸が細かい。

「きわどいのを期待したか?」
「その時は子供に変な格好をさせている人がいるって、管理局に通報します。それより……」

 そろそろ変身を解いて欲しい。そう頼もうとした瞬間だった。

「あれ、ヴァンくんがなんでこんな所にいるの!?」

 突然なのはが校舎から姿を表し、すっとんきょうな 叫び声を上げた。 だから、なんでなのはがミッドチルダにいるんだよ。

「今日の悪戯は二段構えですか?」
「いや、あれは俺じゃないぞ? なんであの子がここにいるんだ?」

 白い目を向ける俺に、ティーダさんは白々しい事を言う。

「ティーダさん以外誰がこんな事を出来るんですか? てか、前も幻術で悪戯したでしょう、何度も騙されませんよ」

 まったく、悪戯の事に精度が上がるのだからたちが悪い。一度姉ちゃんかティアナちゃんにでもチクるかな。
 そんな事を考えながら新たに現れたなのはの幻を見ているうちに、ティーダさんの変身魔法の欠点に気がついた。

「あっちの幻術は本物そっくりですね……。あ、そっか……。変身魔法は男の動きの癖が消えて無いんだ」
「なるほど、魔法の精度じゃなくて、俺の演技力が問題か……。いや、だから違うって言っているだろう」

 うちの部隊で幻術魔法なんて使うのはティーダさんぐらいだ。
 ばればれなんだから、高度な幻術を悪戯に使うのは、いい加減に止めて欲しい。

「ほえ、わ、私がもう一人? まさか、星光ちゃん?」

 叫び声を上げるなのはの幻に、今日何度目か分からない溜め息をつく。

「流石にうるさいので、あれは消しますよ」

 せっかく作ったティーダさんには悪いが、いつまでも幻に構っていられない。
 俺はなのはの幻の前まで来て、ふと考える。どうやってコレを消そうかと。

「ヴァ、ヴァンくん?」

 基本的に幻術は強い衝撃を受けると消えてしまう。攻撃魔法の一つでも叩き込めば一瞬で消えるだろう。
 だからと言って、なのはの姿をした相手に攻撃魔法を使うのは気が引ける。同じ理由でぶん殴るのも論外だ。
 微弱な魔力を流して、幻の構成を拡散させるか。
 さて、どこを触るか。一番良いのは胴体なのだが、シャマルが使う旅の鏡のように胴体ぶち抜きになりそうでイメージが悪い。顔だともっとシュールになりそうだ。というか、想像したくない。
 無難に手で良いだろう。俺は幻のなのはの手をとった。

「ど、どうしたの? あっ……」

 幻の手はとても小さく、ほんのりと暖かく、そして確かな弾力があった。
 って、弾力?

「ヴァンくん、手冷たいよ……」
「そりゃ、ずっと外にいたから……じゃなくて」

 ギギギギと、後ろを振り向く。
 そこにはいつの間にか変身を解いていたティーダさんが、ニヤニヤとした笑みを浮かべていた。

「だから、それは俺じゃ無いって言ったろう」

 再びギギギギと首を回し、なのはを見る。
 血色のよいほっぺたは赤いし、よく見たら吐く息が白いね。まぁ、まだ2月の中で寒いし……。

「ホンモノ?」
「本物って……。あ、あっちのはティーダさんだったんだ」
「よっ。久しぶり、なのはちゃん」

 軽く挨拶をするティーダさんに、なのはの手を握ったまま固まる俺。そしてほほを赤らめるなのは……。
 そして、さらに……。

「どうしたの、なのは。急に走り出して……あれ、ヴァン?」
「や、やあ。フェイト……って、なんだって二人がここに!?」

 開きっぱなしの校舎のドアから、フェイトが姿を現す。地球にいるはずの二人が何で、第四陸士訓練校にいるんだ?
 ありえない光景に俺が固まっていると、校舎の中から、初老の女性が姿を現す。その女性は俺となのはを見ると驚いた表情を浮べ、こう感想を述べる。

「あらあら、なかなか挨拶に来ないと思ったら、こんな所で女の子を口説いているなんて……。あのやんちゃだったヴァンも成長したわね」

 にこやかに微笑みながら、こんな事を言いやがりました。

「お、お久しぶりです、校長」

 俺はやや引きつった声で、何とか挨拶の言葉を口にする。
 彼女の名前はファーン・コラード。ここ、元戦技教導隊所属の凄腕魔導師であり、現在は第四陸士訓練校の校長を務める女傑だ。
 そして、出来れば俺が会いたくなかった人だったりもする。

「お久しぶりね、ヴァン。ずいぶんと活躍しているようでうれしいわ」
「あ、ありがとうございます」

 やな汗が止まらない。この人は俺の訓練生時代の騒動の数々を知っているからなぁ……。いや、俺が積極的に引き起こしたわけじゃないんだが、同期のトリガーハッピーが……。
 そうそう。俺が先ほどから溜息をついていたのは、もう二度と来たくなかった母校……、第四陸士訓練校に来る羽目になったからだった。



 さて、俺が嫌々母校へ来る羽目になったのには、ちょっとした訳がある。

 昨年の8月、闇の書事件の最中に時の庭園で、ミッドチルダ式魔法を主力とする武装隊がAMFで無力化するという事態が発生した。効率を重視するあまり、単独の術式に傾倒していた武装隊の脆さが証明されてしまったのだ。
 更に昨年の10月ごろ、ミッドチルダでアームドデバイスを持った暴漢が暴れるという事件が発生した。
 事件は偶然居合わせた武装隊員により鎮圧され、軽傷者が一名と大事に至らなかったのだが、事件の最中、鎮圧に当たった局員のデバイスがアームドデバイスにより破壊されるという、管理局としては無視できない事態が発生したのだ。
 この一件をもっとも重く見たのが地上本部と次元航行艦隊……、通称陸と海である。
 なにかと対立する事の多い両者だが、犯罪者と直接対峙する危険な部署だというのには変わりがない。もしもこの事件を参考に犯罪者がアームドデバイスで武装したら、状況次第ではかなりの犠牲が出るだろう。
 8月の一件で始まった魔法無効化に対する対策の模索が、ここに来て一気に加速した。

 この件でいち早く動いたのが、陸のレジアス少将と海のレティ提督だ。

 レジアス少将は麾下にあったゼスト隊を解体し、アームドデバイスの集中運用部隊に再編した。そのために犬猿の仲だった聖王教会から近代ベルカ式魔法の教官を招く熱の入れようだ。

 一方のレティ提督は、カートリッジシステム搭載型デバイスと各種対策を施した魔法の導入を推進した。うちの隊長がカートリッジシステムの導入に当たりスポンサーを探していたのに乗ったらしい。
 マリーさんがカートリッジシステムを研究しており、俺たちの実働データがあったのも後押しになったそうだ。

 これらのプロジェクトは10月の事件前から水面下で進んでいたのだが、後続の計画に追いつかれないようにとスケジュールの幾つかが前倒しとなった。
 そのスケジュールの一つが、3097隊とゼスト隊による合同訓練兼新装備評価演習だ。
 とは言え、二つの部隊が同時に訓練できる大型施設は意外と少ない。仮にあったとしても、手ごろな場所は半年先まで予定が埋まっている。そんな中、訓練場所として白羽の矢がたったのが、第四陸士訓練校……、我が母校だった。
 ちなみに、陸と海……うちは空だが今回の後援は海なので、実験期間の間は海扱い……の実験部隊の合同訓練は珍しいのだが、何でもマリーさんとオーリス姉ちゃんが強引にねじ込んだらしい。

 余談だが、このスケジュール前倒しの影響で、2月に取れるはずだった俺の長期休暇が潰れた。
 かなり鬱だ。



「ところで、二人はなんでミッドチルダに……、いや、訓練校にいるんだ?」

 校長室に強制連行された俺は、これまでの経緯を説明し終えると、何故二人がここにいるのか質問した。
 俺以上にここにいるはずの無い二人だ。首を傾げる俺に、フェイトが答える。

「来月からここで短期訓練プログラムを受ける事になったんだ。その手続きと下見でこちらに」
「なるほど」
「あれ、反対しないの?」

 フェイトの説明に頷く俺に、なのはが此方をのぞき込んでくる。
 微妙になのはの頬が赤いのは、あまり気にしてはいけない。フェイトや校長、ティーダさんの生暖かい視線がむかつくが、強靭な意志で無視をした。

「周りと相談して決めたんだろう。反対なんてしないよ。大変だと思うけど、頑張れよ」
「うん!」

 俺の言葉に、なのはの表情がぱぁっと明るくなる。
 周囲の視線はやっぱり無視だ。

 本音を言えば全面的に賛成とは言えない。入局するにしても、もっと大人になってからでも遅くないと思う。
 だが、不特定多数に向けてばらまかれていた物語の知識や、スカリエッティ一味の暗躍、それに俺の同類である転生者たち……。これらの事を考えると、反対することが出来ないのだ。

 この世界に何人転生者が紛れ込み、何を考えているのかはわからない。だが、今後なのはたちの周りに転生者が増えるだろう事だけは間違いない。
 これは俺の想像だが、俺と出会うまで転生者がなのはたちの周りにいなかったのは偶然じゃない。恐らくは物語が始まるまで、なのはたちに近づこうとした転生者を盟主一味が排除していたのだろう。
 俺が盟主一味に排除されなかった理由は簡単だった。物語の開始直前までは俺は目立つ人間じゃなかったし、なのはたちと出会ったのは物語が始まった直後であり、事故による偶発的の転移だった。突発的過ぎる事態に対応する事も出来ず、出会った後はもう排除する意味が無かったのだろう。
 不特定多数に物語の知識をばら撒いた転生者が謎の失踪を遂げた事を前提に、仮定の上に仮定を積み重ねた暴論ではある。だが、そう間違って無いはずだ。

 そして、スカリエッティ一味の危険性は今更言うまでも無いだろう。

 物語の知識が不特定多数にばら撒かれてなきゃ、盟主一味だけを警戒していれば良かったのだが、そうで無い以上彼女たちが色々と注目を浴びてしまう事は避けられない。そして、常に彼女たちに張り付いて守るなんて現実的に不可能だ。
 なのはたちの身の安全を考えれば、早い時期に管理局に籍を置くは悪い選択肢じゃない。

「あのやんちゃ坊主が、変われば変わるものねぇ……」
「そんなにやんちゃだったんですか?」
「ええ、色々と手を焼かされたのよ。入学したての頃は、俺に構うな……ってのが頃の口癖でね」
「うわっ……」

 とりあえず、横で話している校長とティーダさんはスルーする事にした。
 誰にだって、黒歴史と言うものは存在する。下手にかまって、訓練生時代のアレコレを暴露されるのは避けたかった。



 幸い、一番やばげな事件は暴露される事無く、校長室を後にする事が出来た。
 第8野外演習場春のトラップ祭り事件を暴露されてたら、なのはたちの俺を見る目が変わっていた事は必至だろう。



『枢密卿に対する疑惑は強まっており、時空管理局は来週にも任意ど……』

 まだ若干時間が早いためか、食堂ではつけっぱなしのテレビの音だけがやけに響いている。
 俺は二人を食堂に案内し、少し早い昼食となった。

「そういや、ユーノには会わなかったの?」
「本局で会ったよ。なんか忙しそうだった」
「そっか、最深部から出てきたのか……。あいつ、無限書庫を整理するって張り切ってたからなぁ」

 管理局食堂名物の量だけ多いパスタを頬張りながら、俺は本局の無限書庫でアルバイトをしているユーノの事を訪ねる。最後に会ったのは本局で缶詰にされた直前か。地上に降りる時に顔を見に行ったのだが、あいにく無限書庫の最深部に篭っており会えなかった。

「ヴァンくんはお仕事どうなの?」
「この合同訓練が終わればいったん落ち着くんだけど……」
「前もそんな事言ってなかった?」
「言わないでくれ……」

 なのはの言葉に、俺は若干落ち込む。
 おかしいなぁ。次元漂流以降、ぜんぜん仕事が途切れないよ。
 そんなこんなを雑談しながら食事をしていると、ふと後ろに人の気配がした。フェイトの表情が強張り、なのはが俺の服のすそをぎゅっと掴んでくる。

「すいません、隣に座ってもよろしいですか?」

 食堂はそこそこ混んでいるが、無理に相席をしなければならないほどではない。
 俺に用があるのだろうが、そんな思いつめたような声をしないで欲しいものである。

「かまいませんよ、騎士クラウス」
「ありがとうございます」

 俺の背後にいたのは、なのは誘拐の実行犯である騎士クラウスだった。
 フェイトは若干警戒しているが、俺は構えもせずに隣の席を勧める。まぁ、なのは誘拐の実行犯だった人だ。元犯罪者って言うのは同じでも、主目的が物ではなくなのはだったのだ。
 さらに、一連の事件が完全に解明されたとは言いがたい状況だ。フェイトの時とは状況が違いすぎる。なのはの護衛も兼ねているフェイトが警戒をするのは仕方が無いのかもしれない。

 一方の騎士クラウスは、同席はしてみたものの会話に入れないでいた。恐らく自分が危害を加えた人たちに、どう対応して良いのか分からないのだろう。
 彼が来てから俺たちの会話が止まる。

 フェイトはなかなか警戒を解けないでいるし、隣に座っていたなのはは俺の服の袖を離さない。
 騎士クラウスは俺たちをチラチラと見ながら時折何かを話そうとし、すぐに止める。
 これは、俺が切欠を作るしかないのかな……。

「騎士クラウス」
「あ、えっと。なんでしょうか、ツチダ空曹?」
「ヴァンで良いですよ。れっと、アコース査察官とはお話をなされましたか? 査察官は貴方の事を気にしていたようですが……」

 俺の言葉に、騎士クラウスは驚きの表情を浮かべる。

「ロッサ……いや、アコース査察官から私の事を?」
「大切なお友達だと聞いています。凄く心配をしていました」
「そうですか……」

 彼が何を考えているのかわからない。そして踏み込んで良いものかどうかも分からない。
 ただ、俺はなんとなく彼に向かって一言だけ言いたかった。俺の服を掴むなのはの手の上に、自分の手を重ねながら騎士クラウスにこう言う。

「すいません。俺なんかが言うのは生意気かもしれませんが……。今の騎士クラウスもアコース査察官も、凄く辛そうです」
「えっ?」
「俺もなのはたちの迷惑になるんじゃないかって、考えて色々と馬鹿な事をやって。でも、きっと、友達でいる資格とか、考える必要は無いと思います……」

 正直に言えば、この人がこの先どうなるかは俺には関係の無い事だ。冷たい言い方だが、今の段階で俺がこの人に何かをする理由が無い。
 アコース査察官にしたってそうだ。クロノさんの友人という以外に接点が無い。
 恐らく俺は、病院の時に見たアコース査察官の辛そうな顔を思い出し、無責任な同情をしているだけだ。俺はなのはとの関係を修復できた。その経験から、上からの目線で偉そうに知りもしないで好き勝手に言っているだけだろう。

 俺の言葉を騎士クラウスがどう受け取ったかはわからない。彼は俺が言い終わると少しだけ間を置き、逆に俺にこう尋ねてきた。

「貴方は良いのですか?」
「何がですか?」
「私はそちらの……高町さんを誘拐しようとした実行犯なんですよ」
「今さらですよ。俺は管理局員ですから、終わった事件には拘りません」

 どう考えても反省しているどころか、後悔している人に追い討ちをかけるような趣味は無い。
 更に言えば、彼を捕まえるまでは俺の仕事だが、裁くのは専門外だ。司法取引か保釈か正確なところは知らないが、出てきて局員の指導に当たっているって事は、大丈夫だと上が判断したのだろう。
 俺が言わなければならない事は、この場では何一つ無い。

「それに、誘拐の事を気にしているのなら、俺じゃなくてなのはに話してください」

 そもそも、誘拐の被害者はなのはであり俺じゃない。俺たちはそれぞれ仕事と譲れない物の為に戦っただけだ。
 俺の言葉にその事に気がついたのか、騎士クラウスははっとした表情でなのはを見る。
 見詰められたなのはは、騎士クラウスに向かい軽く会釈をした。なのはが服ではなく、俺の手を握る。

「高町なのはさんですね。はじめまして……と言うのも変ですが、クラウス・エステータと言います」
「高町なのはです。えっと……」
「フェイト・テスサロッサ」

 お互い顔も名前も知っている者同士の、自己紹介が終わった。
 ほんの少しだけ、再び沈黙がテーブルを支配する。

「高町さん。私は……」
「なのはでいいですよ。クラウスさん」
「すいません。では、なのはさん。私は貴女に取り返しのつかない事をするところだった……。これはどう謝罪しても許されることじゃない。本当なら、こうやって目の前に出てくることも破廉恥極まりない事だ……」

 聖王教会の騎士は、清廉潔白な性格な人が多いと聞く。事件の時も感じたが、この人にとってもなのはの誘拐は意にそぐわぬ仕事だったのだろう。
 でなければ陸戦とはいえ、AAAランクの聖王教会の騎士に俺が勝てる訳が無い。明らかに過剰なダメージをあたえないよう手加減されていたし、動きに切れが無かった。
 彼が本気なら、最初のぶつかり合いで俺は撃墜されていなければおかしい。

「そんな……」
「私は貴女にどう償って良いのか分からない。だが、恥の上塗りを承知で……」
「ちょ、ちょっと待ってください、クラウスさん!」

 騎士クラウスが何を言おうとしたのかはわからない。全てを言い切る前に、なのはが大声で止めてしまったのだ。
 そして、あろうことか、彼女はこんな事を言い出した。

「その前に、一つ教えてください。クラウスさんは何であんな事をしたんですか?」
「それは聖王教会の……」
「ううん。そういう事じゃなくて……クラウスさんは、何で戦ってたんですか? あんな凄く辛そうで、悲しそうで……。そう、少し前のフェイトちゃんにそっくりだった。ヴァンくんと戦いながら、クラウスさんは泣いているみたいだった……」

 その言葉に、一瞬フェイトがびっくりとする。

「クラウスさんがどうしてこんな事をしなきゃならなかったのか、お話を聞かせてください」

 なのはの手は俺から離れていた。
 それが少し寂しいと思わないでもないが、それ以上に笑みがこぼれて来るのを俺は止められない。

 そうそう、これがなのはなのだ。俺が好きになった、友達でいたいと心底願った女の子なのだ。

 俺は意味ありげな視線をフェイトに向ける。念話を使ったわけではないが、フェイトも俺の意図を察したのだろう。
 若干の苦笑を滲ませながら、騎士クラウスに向けていた警戒を緩めた。

「そ、それは……」

 なのはのまっすぐな視線に射抜かれ、騎士クラウスが言葉を失う。
 彼はどれだけ口をパクパクさせていただろうか。暫くはそのままだったが、なのはは視線をそらさない。
 彼女の強い瞳に誤魔化しは無駄だと悟ったのだろう。やがて観念して自分のことを話そうとする。

「どこから話せば良いのでしょうか……」

 彼がそう言ったその瞬間だった。
 俺たちの会話は、中断を余儀なくされる。

 第四陸士訓練校で訓練を行っていた二つの部隊に対し、緊急出動要請が出た事を知らせるサイレンが鳴り出したのだ。
 食堂で食事を取っていた局員があわただしく動き出す。もちろん俺も慌てて席を立つと、状況確認に入る。
 平穏な時間は終わりを迎えたのだ。

 そしてそれは一つの物語の終わりと、新たな約束の始まりだった。



[12318] End of childhood 第9話
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:6c302dbc
Date: 2011/04/10 13:50
End of childhood 第9話



 外見だけ見れば、丸っこくて愛嬌があるだろう。色合いも青に白と決して悪い印象を受けるような色彩ではない。
 だが、それが人殺しの道具で武装している存在なら話は別である。まして、魔法を打ち消すなんてとんでもない能力をもっているなど何の冗談だ。
 愛嬌のあるはずの丸い外見が、なんともおぞましい物に見えてくる。

「ちくしょう! どうなんてるんだ!」

 その歳若い陸士は、我慢しきれず悪態をつく。手に持ったデバイスを地面に叩き付けたくなるのを、意思を総動員してぐっとこらえた。
 あの丸っこいの相手では魔法はほとんど役に立ってなくとも、デバイスは武器であり最後の命綱である。投げ捨てれば、あの丸っこいのに集られ、自分もたちまち死体の仲間入りだ。

「おい、バーキンス! 後ろに下がるぞ!」
「後ろってどこだよ!」

 同僚の声に、陸士は怒鳴り返す。
 逃げようにも、どこを見ても丸っこい奴らばかりだ。ちくしょう、あれがホールケーキならいくつでも食ってやるのに!

「壁に穴を開けたら、通信室に当たったんだよ! そこに立て篭もるぞ!」
「敵の施設だぞ! 大丈夫なのかよ!」
「じゃあ、ここで死にたいのか、あいつみたいに!」

 少し離れた所に仲間が倒れている。生きているのか死んでいるのか、ここからではわからない。
 助けに行きたくても、飛び出したら自分もたちまち丸っこいののレーザーで蜂の巣だろう。
 理屈では分かってはいるが、感情的に割り切れるものではない。

「ちくしょう! 何でこうなったんだ!」
「知るか! 文句なら腐れ上司に言いやがれ!」

 普段は陽気な黒人の同僚も切羽詰っており、声に余裕が無かった。
 帰ったら、こんな因果な仕事、上官の面に一発叩き込んでから辞めてやる。陸士はそう考えつつ、同僚と共に奥へと後退して行った。



 陸士029部隊にそのたれ込みがあったのは、およそ二週間前の事だ。
 女性らしき通報者によると、ミッドチルダ北西部に違法生命操作の実験プラントがあるという。通常なら悪戯と切って捨てられそうな話だが、同時に送られてきたデータは確かにプラントの存在を示していた。あからさまに怪しいが、悪戯にしては手が込みすぎている。
 念のために調査を行ったところ、該当エリアの探索中に正体不明の自動機械の襲撃を受けた。
 かろうじて襲撃を退けた調査隊は、天然の洞窟に偽装した搬入口を発見する。

 平均的な陸士隊の戦闘能力はお世辞にも高くない。
 陸士029隊も平均的な陸士隊だ。無理に突入などせず、増援の要請を行うべきだったろう。
 だが、ここ暫くのレジアス少将の動きが、陸士029隊の隊長の判断を誤らせたのだ。

 地上本部の中でも比較的本局よりの派閥に属していた彼は、次元航行艦隊と急接近するレジアス少将に危機感を抱いていた。
 苛烈な性格で敵を作りやすいという欠点こそあるが、手腕や人気でレジアス少将に勝る将校はほとんどいない。特に陸の将校はほとんど小粒で、レジアス少将の派閥と対立する派閥がそれなりの勢力を保っている事が出来ているのも、海の後ろ盾があるのが大きいのだ。
 だが、ここ最近のレジアス少将は、海との交流を活発化させていた。
 特に昨年の11月には自身が聖王教会と会談を行う裏で、腹心である娘を管理外世界へ派遣して、現地に滞在中のリンディ・ハラオウン提督と極秘に接触させている。そしてその直後、陸と海で新装備の合同評価試験が行われる事が決定したのだ。

 この動きを察知できた者はまったくおらず、多くの管理局将校を驚かせた。

 ここでレジアス少将が本格的に本局との関係を修復すると、彼が所属している派閥は後ろ盾を失い、最悪はポストの大半を失いかねない。
 そんな危機感がつのる最中、分かりやすい功績を欲した彼は、麾下の陸士に無謀と知りつつも違法プラントへの突入を命じたのだ。
 たが、海の精鋭ですら梃子摺ったAMFに、平均的な陸士隊が対抗できるはずがない。陸士隊はプラント内部で自動機械の激しい抵抗にあい、救援要請を最後に連絡を絶つ事になる。



 始まりは、最高評議会から下された一つの命令であった。
 ゼスト・グランガイツを捕らえ、戦闘機人に改造しろというのだ。

 なかなか無茶な注文だと、命令を受けた時はスカリエッティといえども苦笑をしたものだ。
 やって出来ない事は無いだろうが、Sランクの騎士を正面から相手にするのは簡単ではない。自分の作品を信じていないわけではないが、万全の状態のゼストを捕らえるのは、それ相応の犠牲を払う必要があるだろう。
 もっとも、いつものごとく最高評議会からの指示は、細かい手段などはこちらに丸投げだ。ならばいかようにでも料理は出来る。



「まったく、老人たちは人使いが荒いな」

 いつもと変わらぬ嘲笑を浮かべ、スカリエッティはプラントに進入した陸士たちの映像を眺めていた。
 もっとも、眺めてはいるが、彼は陸士たちを見ていない。
 当たり前だ。スカリエッティにとって興味を引くような素材はあの中にはないし、計画の障害になるような存在もいない。命を興味深い研究対象として見ていても、命そのものには大した価値を見出して無いのだ。
 一方、スカリエッティの作品であるはずのウーノは、彼ほど非情では無い。
 ただ舞台を整えるだけの為に犠牲となっている陸士に同情すらしていた。もっとも、だからといって手加減などしないのだが……。

「ドクター、陸士隊の損耗率が60パーセントを超えました。作戦はフェイズ3に移行、最深部への誘導を開始します」

 ウーノの言葉通り、プラント内に侵入した陸士隊を表す青い光点は、半数以上が行動不能を表す赤い光点に変わっている。周囲をガジェットドローンに囲まれており、もはや命運は尽きたと言って良いだろう。

「改良前の旧式だけのはずなに、なんとも脆いものだ。おっと、死体があったら念のため回収しておいてくれ。使える素材が混じっているかもしれないからね」
「了解です」

 操作中のガジェットドローン数機を戦闘から離脱させ、死亡もしくは重傷の陸士を回収してゆく。
 重傷者の回収は命じられていないが、放置しておけばどのみち死体になるのは同じだ。生きている内に回収しても、問題はあるまい。
 そして実際、スカリエッティもその事で何か言う事は無かった。

『ドクター』

 暫くして、ちょっとした用件で表に出ていたクアットロより通信が入る。

「クアットロかい。首尾はどうだい?」
『はい。ハゲタカは予定通り食いつきましたわ』
「そうかい。それはよかった」

 すべて予定通り、すべて計画通りだ。
 スカリエッティはニヤリと狂った笑みを浮かべる。

「ウーノ、全員配置についているね」
「はい、ドクター。全員準備は完了しております」
「そうか……」

 この来訪者により狂った世界は、既に“物語”は意味を成さない。
 この来訪者に犯された世界は、既に“筋書き”は破壊されている。
 だが、逆に言えばこの世界の未来は決まっていない。好きに描けるのだ。ならば、このジェイル・スカリエッティが世界に物語を、描き出してやろう。

「さて、派手にやらせて貰おうか。すばらしき我々の夢の為にね」

 スカリエッティの哄笑が、地底の奥底、より闇に近い所で響き渡った。



 人造魔導師の製造技術を欲した最高評議会であったが、問題が一つ発生した。物語で死亡して人造魔導師となるはずのゼストが、死亡しない可能性が高くなったのだ。
 物語においてゼストは、戦闘機人関連の捜査から外される直前に、スカリエッティのプラントに無理な捜査を強行した結果死亡している。この世界のゼストも戦闘機人の捜査から外されているのは同じだが、捜査妨害で外された物語と違っていた。AMFの脅威や海の無力化など、どうしても捜査から外れなければならない理由があり一時的に捜査を外れただけだ。
 さらに、疎遠になりがちだったレジアスとの関係も修復に成功している。
 無理に捜査を進めれば部隊の全滅もありえる以上、ここで捜査を強行するほどゼストも馬鹿ではない。

 そして、もう一つの問題は物語に登場したもう一人の人造魔導師、ルーテシア・アルピーノの件だ。
 ルーテシアはゼストに匹敵する能力を秘めた……いや、治安維持という観点から見れば、ゼストをはるかに上回る危険な能力を持つ人造魔導師である。彼女が召還する多種多様な虫は、単純な破壊力とは違い汎用性に富んでいた。彼女がその気になれば、単独で都市機能を乗っ取る事も可能だろう。
 そんな少女を、研究目的とはいえスカリエッティに引き渡すのは危険すぎる。
 母となる予定のメガーヌは前線を離れており今年中には生まれるだろうが、現時点でこの世界に“ルーテシア”という少女は存在していない。
 今のうちにゼストを人造魔導師に改造した上で回収。そのデータを持ってルーテシアをスカリエッティに手渡さず改造ないし、調査をする。それが最高評議会の出した、人造魔導師に関する計画だった。



 陸士029隊がAMF発生装置の仕掛けられた違法研究プラントの捜索中に消息を絶ったという知らせは、当然レジアス少将の下にも届いた。

「なんだと?」

 第一報を聞いたレジアスは、椅子から腰を上げ目を見開く。

「はい、ですから、陸士029隊がガジェット……」
「それは聞いた。それよりも、この一件がすでにマスコミに漏れたというのは本当なのか!?」
「それは間違いありません」

 レジアスの剣幕に、報告を行った士官が脅える。激情家で知られているレジアスだ。彼の逆鱗に触れて、辺境へ飛ばされた局員も多い。
 もっとも、レジアスは士官の事など眼中に無かった。
 レジアスはデスクの上で手を組むと、誰にも聞こえないような小声で呟く。

「まずいな……」

 問題の施設に関する報告は、何度も握り潰してきた。そこに何があるのか、レジアスはよく知っている。
 いや、そもそも夏の一件を受け、自動機械……ガジェットドローンが出現した際にはすぐに自分の所に連絡が来るようにしたはず。それが、なぜこの事態になるまで報告が上がらなかった。
 本音を言えば、報告も上げず勝手に捜査を行った部隊など見捨てたいぐらいだ。

 だが、それが許されない状況に成りつつある。その事に、レジアスは強い苛立ちを感じていた。

「救援要請は出ているのだな?」
「はい。相当切羽詰まっているようで、現場から直接本部のコントロールセンターに……」
「マスコミにはどこで漏れた?」
「救援要請を行った際、偶然新聞社に繋がったようです。わざわざこちらに通報してきました」

 明らかにおかしい。管理局の緊急通信がマスコミに通じるなど、通常は有り得ない事だ。
 あの狂人が何時までも大人しいとは思っていなかったが、流石に今回の一件は想定外にも程がある。レジアス……、いや、最高評議会の力をもってしても、これではもみ消せない。
 スカリエッティの意図を読もうと必死に頭を働かせつつ、口では状況確認を続ける。

「マスコミはすでに動いているな?」
「止めますか?」
「どうせパパラッチの尻尾切りをするだけだ。時間の無駄だろう。……いや、一時自粛だけはさせておけ。それと、029隊はどうしている?」
「残っていた陸士を集めて、独自に救助部隊を編成しているようですが」
「これ以上行方不明者を増やされてはかなわん。すぐに止めさせろ。場合によっては、わしの権限で隊長を拘束しても構わん!」

 極力冷静に対処していたつもりだったが、最後の最後には堪えきれず怒声になっていた。とばっちりを受けてはたまらない。士官が慌ててレジアスの執務室から飛び出していく。
 ふと気がつくと、執務室に残っていたのは自分と女性秘書官……娘のオーリスだけとなっていた。

「少将。ゼスト隊を使うおつもりで?」
「そうするしかなかろう。たとえ練度が足りていなくてもな」

 レジアスは背もたれに身を預けながら、オーリスの問いかけ……いや、確認に苦々しげに答える。
 ゼスト隊は先日発足したばかりで、練度が十分とは言いがたい。元々ベルカ式魔法を使っていたゼストは平気だろうが、他の隊員はこの無駄な一戦で磨り潰されかねないのだ。
 だが、マスコミが動いている以上、この件を握りつぶし029隊を見捨てると言う選択肢は取れない。そんな事をすれば管理局の威信は失墜し、レジアス自身も失権しかねないのだ。少なくとも、海の連中に難癖をつけられた挙句、せっかく作ったアームドデバイスの評価部隊を取り上げられる事は必至だろう。
 そうでなくとも、すでに地上には勿体無いと引抜きを画策している連中もいるのだ。カートリッジシステムの評価試験部隊と合同訓練をさせた件も、次元航行艦隊の威光を利用して、引抜きを諦めさせるという目的もあった。

 そしてもう一つ気がかりなのが、スカリエッティの考えだ。
 まったく読めない。ここまで表に出てしまった以上、自分や最高評議会でもみ消せるレベルではない。少なくとも、該当プラントは管理局の威信をかけて潰さなければならないだろう。
 何を考えているのか、さっぱりとわからない。かといって、この状況では当人に確認を取る事など出来ない。

 予想外の事態にレジアスが困惑している横で、オーリスが思いつめた表情をしている事に彼は気がつかなかった。
 オーリスは覚悟を決めると、レジアスに一つの提案をする。

「少将。その件ですが、私に考えがあります」
「考え?」

 この時、レジアスは最初はオーリスの言葉をあまり真剣には聞いていなかった。気分転換になれば良い。その程度の考えだった。
 オーリスは優秀な秘書官ではあるが、まだ踏んだ場数が少ない。レジアスがそう思うのも無理が無い事だ。

「はい、救援ですが、ゼスト隊と同時に空の3097隊に出撃を要請してはどうでしょうか?」
「確かに、3097隊は陸寄りだ。だが、今は海の実験部隊でもあるのだ。出動要請は出せん」

 やはりまだまだ青いな。レジアスはそう思ったが、オーリスは引き下がらなかった。

「いえ、その点は問題ありません。あの部隊に所属するヴァン・ツチダの後見人は私です」
「所詮は下っ端だ」
「では、分隊長のティーダ・ランスターはどうでしょう。アレは私の……男です」
「おい!」

 一瞬、オーリスの言葉に管理局少将からただの父親に戻りそうなほど動揺したレジアスだったが、次の言葉により冷静さを取り戻す。

「それに、最大の問題はそこではありません。現在、高町なのはとフェイト・テスタロッサ両名……、AAAランクの嘱託魔導師がミッドチルダに滞在しております」
「それがどうした?」
「ヴァン・ツチダが出動するなら、あの二人も“自主的”に“協力”を申し出ます」

 彼女の言葉の意味を悟れぬほど、レジアスも馬鹿ではない。
 なるほど、確かにあの二人が自主的に協力してくれるのは魅力的だ。AAAの嘱託魔導師二人というのは、海の力を借りるという政治的な失点を補っても余りある戦力である。
 なにより、あの二人と3097隊が加われば、新生ゼスト隊の戦力が磨り減るリスクが減る上に、陸士救出の成功率も大幅に上がる事は間違いない。

「いいのか、オーリス」

 だが、その魅力的な提案を聞いても、レジアスはすぐに判断が下せないでいた。管理局地上本部の少将としてはあるまじきことだが、父親として愛娘の事を心配したからだ。
 確かに自分の友人や知人を危険な現場に送るのは、管理局員……特にレジアスたちのような後方の人間ならば日常的に行っている事だ。だが、オーリスが今回やろうとしている事は、それとは意味合いが異なる。
 後方の政治的な事情に、前線で戦っている局員を利用しようとしているのだ。政治に関わるのなら常に考えなければ事ではある。なぜなら、政治力の低下は、自分についてきてくれ局員の身の安全の低下に繋がるからだ。
 だが、これは決して褒められた行為ではない。
 まして、今回利用しようとしているのは、年端もいかない自分を慕ってくれている少年少女だ。レジアスが心配するのも無理が無い事だった。

 そんなレジアスの心配に対して、オーリスは表情を変える事無くこう答える。

「ゼスト隊の消耗は、地上本部にとって取り返しのつかない大きな損失となる恐れがあります」

 その言葉にレジアスは溜息を一つつくと、決断を下す。

「オーリスは昔から頑固だったな……。わかった、3097隊に申請を出そう」
「では、そのように手続きを……」
「それは別の者にやらせろ。オーリス、お前は顔を洗って化粧を直して来い。唇が真っ青だぞ」



 辛い。息をするのも、億劫だ。
 化粧室にたどり着いたオーリスは、周囲に人がいないのを確認した後に吐いた。胃の中に物が無くなった後も、吐いた。

「酷い顔ね……」

 確かに、レジアスの言うとおりにオーリスの顔色は悪い。たった数分で、随分とやつれたような気がする。

 自分の判断で、愛する者が、親しい者が死地に向かう。それがここまで辛い事だったとは……。
 父の偉大さはよく知っていたつもりだったが、その考えは随分と甘い物だったらしい。
 あの人は入局以来、何人の親友を死地に送り出し、そして何人帰って来なかったのだろう。
 海に戦力を引き抜かれ、弱兵で地上の平和を守るのに、どれだけ苦心して来たのだろう。
 レジアスはすっと、この苦しみを味わい続けてきたのだ。父の偉大さを改めて認識すると共に、これは避けて通れぬ道だとオーリスは鏡に映る自分に活を入れなおす。

「でも、まだ始まったばかり……」

 水を出し、顔を洗う。化粧が落ちるのもお構い無しだ。
 冷たい水に触れているうちに、徐々にだが生気が戻って来た気がした。それと同時に、頭の一部に冷静に今後の事を考える部分が生まれる。

 ヴァンとティーダが持っていた予言としか思えない資料を盗み見したオーリスだったが、調べてみればさほど時間を要せずにトリッパーなる存在にたどり着いた。
 その大半は滑稽無等な物だ。第97管理外世界と類似した別の世界で、この世界の出来事を漫画で見ていたと主張しているらしい。
 全てを信じた訳では無いが、未来予知系のレアスキルの一種だと考えれば辻褄が合う。この手のレアスキルは、ビジョンの受け取り方が人により違うらしく、漫画という形で未来知識を受け取った者がいても不思議ではない。
 そして、未来予知系のレアスキルの特徴の一つが、予知期間が長期になればなるほど、未来を変えられる可能性が高くなると言う物だった。

 レアスキル嫌いのレジアスなら、予言など下らないと一笑に付すかも知れない。だが、予言の物語の中で彼女の知る人物たちは、状況が変わればこのように行動するかもしれないと思わせる物ばかりだ。
 さらに、盟主の妨害により完全に成功したとは言いがたいが、闇の書の防衛プログラムの破壊方法は自分たちが試した手段とほぼ同じだった。
 無視するには、あまりにも符合の一致が多すぎる。

 予言の物語で死が告知されているのは、父であるレジアスとその友人であるゼスト、それとおそらくティーダだ。他にも何人かいるが、少なくとも彼女の親しい知人では無い。
 ティーダとゼストの死のタイミングは、ティアナの年齢を考えればおそらく数年以内だろう。特にゼストは、状況的に今回死ぬ可能性が高い。

「絶対に、あんな未来は認めない……」

 オーリスは小さくつぶやく。
 ゼストの死は、直接父の死に繋がる。
 Sランクの騎士という大きな戦力を失い、恐らくは窮地に立たされる事だろう。
 Sランク騎士は、実働戦力以上の意味を持つ。Sランクの魔導師や騎士はいるだけで抑止力となりうるのだ。更に動かせる戦力の低下は、そのままレジアスの政治力低下にも繋がる。
 予言の物語で必要以上にスカリエッティに好き勝手させていたのも、あるいはそれが影響しているのかもしれない。
 レジアスや最高評議会が戦闘機人計画を諦めていない事はオーリスも薄々気がついていた。父がある種の暗部に手を染めていることも、やはり気がついている。
 だが、だからといってスカリエッティにあそこまで自由にさせる理由が思いつかないのだ。

 ティーダの死も、絶対に避けたい。自分の愛する者だからというのもあるが、そうでなくとも知人の死を見逃せるほどオーリスも達観していない。
 すでに、ヴァンという偶然迷い込んだ異分子の為、予言の物語は大きく姿を変えている。だからといって、無視できる物でもない。
 予言の物語の中で、ティーダの死に関しては驚くほど情報が少ない。
 だが、空隊の任務の最中に殉職した以上、最低でもそこから引き離さなければならないだろう。ティーダが死ぬような事件なら、物語に語られないだけでヴァンの身にも危険が及んでいる可能性が高い。
 少なくとも、彼が死んだとされている状況と環境を変えなければ……。どうしても、今以上の権限を手に入れる必要がある。

 ヴァン自身について調べれば、もう少し“何か”が分かったかもしれない。だが、なまじ生まれた時から知っている少年だけに、オーリスはヴァンに対する調査を怠ってしまった。
 あるいは、自分から話してくれる事を期待してしまったのかもしれない。

「まだ、駄目よね……。もう一つ、保険をかけておかないと」

 オーリスは手早く化粧を直すと、化粧室を後にした。
 愛する者の為に、愛する者を死地に向かわせる。大きな矛盾を抱えながら、また一歩踏み出した。



[12318] End of childhood 第10話
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:6c302dbc
Date: 2011/06/05 11:42
End of childhood 第10話



 管理世界でも有数の経済力を持ち超高層建造物の建ち並ぶミッドチルダも、都市部を離れれば人の手が付いていない自然が多く残っている。
 特にミッドチルダ北部、ミッドチルダ行政区と聖王教会自治領の境界付近には、巨大な森林地帯が広がっていた。森林の総面積は日本列島に匹敵すると言えば、どれだけ広大か想像がつくだろうか?
 その広大な無人の土地の一角に、問題の違法プラントは存在していた。

「さて、そろそろか……」

 ヘリに待機して時間を待っていたゼストは、時計を確認すると小さく呟く。

「ええ、予定ではそのはずです」

 その呟きに応えたのは、豊かな口ひげを蓄えた中年の空士……時空管理局ミッドチルダ本局首都航空隊3097隊のタタ一等空尉だ。
 彼の事は良く知っている。ゼストの使う古代ベルカ式魔法よりも古い、真正古代ベルカ式魔法の一派、覇王拳の使い手だ。真正古代ベルカ式魔法に対応できるデバイスが無い為にミッドチルダ式魔法をメインで使っているが、近接格闘だけならゼストでも容易には勝てない相手である。過去に行った合同演習では、ゼストに近接格闘で挑み、見事に足止めを成功させていた。
 そんな彼が率いる分隊との合同作戦だ。発足間もなく、お世辞にも練度が高いとは言えない新生ゼスト隊にとって実に心強い。

「シスター・シャッハ、ぜひ握手を」
「は、はぁ……」
「次は俺と!」
「バカやろう! 俺が先だ!」
「ひゃっほう、もう手を洗わないぜ!」

 多分心強い。

「お前ら、よそ様と一緒なんだぞ! 少しは大人しく出来ないのか!」

 まぁ、3097隊が色々と問題のある部隊なのは、地上では有名な話だ。これもきっと、彼らなりのリラックス方法なのだろう。
 ゼストは3097隊から視線を逸らすと、自分の部下たちの様子を見た。
 陽気に騒ぐ3097隊の面々とは正反対に、皆緊張した面持ちで待機している。
 無理も無い。陸士の中から選抜した近代ベルカ式魔法の適正持ちの面々であるが、アームドデバイスを使った実戦はこれが初めてなのだ。緊張するなというのは無理だろう。
 本音を言えばもう少し軽い現場で実戦経験を踏ませたかったが、こうなってしまっては仕方ない。ある程度慣れている連中でフォローするしかないだろう。
 そういった意味では、聖王教会から派遣されてきた二人の騎士が行動を共にしてくれるのはありがたかった。

 聖王教会から派遣されてきた騎士のうちの一人は、赤紫の髪の女性、シスター・シャッハだ。
 近代ベルカ式の騎士として鍛えられた、凛々しい雰囲気の女性だが、先ほどから空士たちに握手をせがまれ、意外と可愛らしい表情で困惑をしていた。それでも律儀に握手を返しているあたりは、人が良いのかもしれない。
 一方、もう一人の少年騎士クラウスは一人思いつめた表情で、時折荷物から封の閉じたままの封筒を取り出してはすぐに仕舞う。そんな動作をずっと繰り返していた。

「騎士クラウス」

 ゼストの呼びかけに、クラウスはハッとすると、慌てて手紙をしまい込む。

「どうしましたか、ゼスト隊長?」
「いえ、先程から様子がおかしかったので声をかけたのですが」

 親子ほど年齢差があるとはいえ、クラウスは聖王教会から正式に騎士位を授けられた身で、敬意を払う必要がある相手だ。
 その為に敬語で話しかけるゼストだったが、クラウスは敬語は不要だと言う。

「まだ若輩者ですから敬語は不要です、ゼスト隊長。すいません、お目障りでしたか?」
「いや、そういう訳では無いが、……実戦は不安か?」
「ええ、少し……」

 一瞬だけ隠そうかと思ったクラウスだったが、不安なのは事実だ。それどころか、彼の記憶が確かなら、この任務は下手をすれば命に関わる。ゼスト隊全滅。その単語がクラウスの脳裏に過ぎる。
 もっとも、クラウスの記憶にあるよりも戦力が多い。おそらく自分と同類のヴァン・ツチダが何かやったのだろう。もしかすると、全滅は無いかもしれない。
 とはいえ、可能性が数パーセント減っただけだ。
 不安材料は一つでも多く消しておくべきだろう。こんな所で死ぬ訳にはいかないのだ。
 クラウスは意を決っすると、ゼストに忠告をする事にした。

「ゼスト隊長、作戦前にこんな事を言うのはなんなのですが……、一つ聞いて下さい」
「いったい何かな?」
「僕の目には、ほんの少し先の未来が見えるレアスキルが有ります」

 その言葉にゼストは驚きの表情を浮かべるが、クラウスはそれを無視して本題だけを続ける。

「本来は数秒先しか見えませんが、極稀にかなり先の未来が見える事が有ります。お疑いなら、シスター・シャッハにでも確認して下さい」
「いや、疑ってはいないが、一体何か見えたのかな?」
「ゼスト隊長、貴方の死と部隊の全滅です」

 作戦前に、何とも酷い預言だ。流石のゼストもすぐには二の句が続かない。

「我々は此処で全滅すると?」
「わかりません。僕の見た未来では、この任務はゼスト隊だけで行っていましたから、もう未来は変わっているのかも知れません。ただ、その危険性がある事だけは覚えて置いて下さい」
「……わかった、覚えておこう。ところで、その未来で俺はどのように死んだ?」
「銀色の髪の戦闘機人と戦い、敗北したようです。細かいところまでは分かりませんが……」
「いや、十分だ。すまない」

 未来予知能力など元々曖昧な物だが、クラウスがこの任務に不安を感じている理由としては真っ当だ。少なくとも、ゼストはそう感じていた。
 一方のクラウスは、言いたい事を言い終えると、内心で自嘲する。

 ……結局、何処までも自分本位な人間なのだろう、僕は。

 先程の忠告にしても、ゼストを気遣ってではない。単に自分の生存率を少しでも上げる為だ。
 故郷の仲間の為と言いつつ、流されるまま犯罪に手を染めた時と、構図は同じだ。
 自分の事しか考えていないから、犯罪者にまで身を落としたのだろう。
 半年前に受け取った手紙を見る資格も、ヴェロッサの友達でいる資格も、結局自分には無いのだ。

 そんなクラウスの苦悩などお構いなしに、事態は進んでいく。
 窓から桜色の光が飛び込んでくるのと、ヘリのパイロットが機内放送を入れるのはほぼ同時だった。

「衝撃、来ます!」

 その言葉と共に、ヘリが大きく揺れる。窓の外を見れば、桜色の巨大な光の柱が、森の一角を貫いていた。

「凄いな……」

 誰かが思わず漏らした呟きは、この場にいた全員の心理を代弁していただろう。
 才能が違うと言えばそれまでだが、あれほどの威力を誇る砲撃を10歳に満たない少女が放ったなど、とても信じられるものでは無い。

「そろそろだ。全員、降下準備を整えておけ」

 もっとも、何時までもそれを眺めて惚けてもいられない。ゼストは気を取り直すと、隊員たちに作戦の準備をするように指示を出した。





 * * * * * * * * * * * * * *





「スターライト……ブレイカー!」

 レイジングハートの先端で周囲の空気を震えさせる程までに膨れ上がった桜色の魔力球は、ついにはちきれ膨大な魔力を解き放つ。
 一瞬光と闇が逆転し、桜色の闇が視界を覆う。次の瞬間、轟音を響かせ莫大なエネルギーの奔流が地上を襲った。
 大木が容赦なく薙ぎ倒され、魔力の奔流の前に小枝のように吹き飛ばされる。強固なはずの大地はあっさりと砕け散り、地下に繋がる巨大な大穴を穿った。

 ……しばらく見ないうちに、また威力が上がってないか?

 俺やフェイトには見慣れたなのはの収束砲撃魔法スターライトブレイカーだが、初めて見る連中はあまりの威力にポカンとしている。
 もっとも、これは仕方ないだろう。
 あんな大威力の砲撃魔法を使える人間など、教導隊にだって何人もいない。それをまだ8歳の女の子が放ったのだ。
 いくらブリーフィングで聞かされていたとしても、聞くのと見るのとでは大違いだろう。

「だ、第一波、着弾確認しました! 目標内部構造露出!」

 とはいえ、俺たちも訓練された空士だ。呆然としながらも役目は忘れない。

「ヴァンさんとフェイトさん、範囲殲滅をお願いします」
「了解!」
「わかりました!」

 ルーチェ隊長の指示に従い、俺とフェイトはそれぞれ魔法の詠唱を始めた。
 P1SCとバルディッシュのカートリッジシステムが音を立てて起動し、莫大な魔力を術者にもたらす。

「千の刃よ、断罪の剣となりて……フォースセイバー・エクスキューションシフト!」
「アルカス・クルタス・エイギアス。疾風なりし天神、今導きのもと……フォトンランサー・ファランクスシフト」

 俺の周囲に何本もの青い魔力刃が、フェイトの周りに無数の雷の槍が形成される。
 今のところプラントからの反応は無い。もしかすると無人エリアなのかもしれない。だが、やることは同じだ。

「シュート!」
「ファイア!」

 青き魔力刃と雷の矢は巨大な大穴に吸い込まれるように叩き込まれる。そして一瞬の後、轟音を立てて内部で大爆発が起こった。大穴から煙が黙々と上がっている。
 ここからでは見えないが、おそらく相当の範囲がこれで吹っ飛んだはずだ。

「次ぎ行きますよ。ティーダさんたちは魔力散布の準備を急いでください。三人とも、もう一発いけますか?」
「はい、大丈夫です!」
「はい」

 ルーチェ隊長の声になのはたちは元気よく答え、俺は肩で息をしながらそれでも首を立てに振る。

「おっし、ヴァンの彼女の前だ、気合いを入れろよ!」
「おっしゃ、フェイトそん嫁に来てくれー」
「じゃ、俺はティアナたんを嫁に……」
「おっと、魔法が滑った」

 馬鹿な事を言いながら、ティーダさんたちは普段ならまず使わない燃費の悪い魔法を次々に放つ。これは別に遊んでいるわけではなく、ちゃんとした訳があった。
 空間に漂う残存魔力を収束させるスターライトブレイカーは、いきなり使えるような魔法ではない。その性質上、ある程度の魔力濃度が無いと下手をすれば発動すらしない可能性もあった。
 そこでうちの部隊の連中が燃費の悪い魔法を連発して、周辺の魔力濃度を強引に上げているのだ。
 コロンブスの卵というか何というか、よくもまぁ、こんな手段を思いつくものである。

「か、彼女!?」
「嫁っ!?」
「こんな時でもストロベリーですか……」

 うちの変なおっさん連中の戯言に一々反応するなのはとフェイトに、いつものごとく変な情熱を燃やし始める隊長。今回はよそ様もいるんだから、少しは大人しく出来ないのだろうか……。
 広範囲殲滅魔法の疲労で、ツッコミを入れられないのが口惜しい。



 今回の俺たちに与えられた任務は、所属不明の違法プラントで連絡を絶った、陸士隊の救出だった。何でもガジェットドローンに襲われ、孤立してしまったらしい。
 この難しいミッションに対しルーチェ隊長が選んだ作戦は、砲撃魔法による爆撃後の突入だった。さらに、待ち伏せされた時の事を考えて、範囲殲滅魔法を撃ち込んでおく念の入れようである。
 万全の体制で待ちかまえている地下のアジトに、真正面から突入する必要は無いというのだ。
 普通ならこんな作戦は不可能なのだが、今回は地下まで届く砲撃が可能ななのはがいた。救出を待つ陸士隊にも危険があると言う意見もあったそうだが、非殺傷設定の上に陸士は全員防護服を来ているのだから命の危険は無いと押し切ったらしい。
 逃げ場の無い屋内で、AMF力場を搭載したガジェットドローンと正面から戦うのは危険が大きすぎる。下手をすれば陸士隊の二の舞になりかねないという事で、最終的にこの作戦を行う事になったらしい。
 効率的と言えば効率的な作戦だが、実に乱暴な話だ。


「そっちの三人、準備が出来るまでこっちで休みなさい」

 スターライトブレイカーに必要なだけの魔力濃度を即座に集めるのは難しい。第二射まで若干の空き時間がある。
 空中に浮び待っていた俺たちに、声を掛けてくる女性がいた。 青く見える長い髪を後ろで縛った20代半ばの、活発な印象の受ける女性だ。名前を、クイント・ナカジマ准陸尉という。俺の知る物語で、スバル・ナカジマの母だった女性だ。
 彼女は陸士であり航空魔導師では無いのだが、ウイングロードという魔法の道を空中に作る事が出来た。その為、陸士救出の際に飛行魔法で運ぶより有効だということで爆撃班に抜擢されたのだ。
 ウイングロードは機動性に関しては飛行魔法に一歩劣るが、汎用性は飛行魔法より遥かに高い。自分以外の他人を運べると言うのは、基本的に個人用の飛行魔法には無い特性なのだ。

「え、えっと」

 クイント准陸尉の言葉になのはたちは一瞬悩んだようだが、俺は遠慮せずにウイングロードに着陸する。移動魔法の適正が高く飛んでるぐらいでは疲れないのだが、それでも範囲殲滅魔法を連射しないといけない以上、魔力と体力を節約するに越した事は無い。

「すいません、助かります」

 俺は礼を言いながら、呼吸を整える。クロノさんから習った魔法だが、範囲殲滅はやっぱ消費がきつい。

「えっと、お邪魔します」
「失礼しまーす」

 俺がウイングロードに着陸したのを見て、なのはとフェイトもおっかなびっくり着陸してきた。
 体重の軽い子供3人とはいえ、4人が乗ってもびくともしないのだから便利な魔法だ。

「あはは、いらっしゃい。しかし、貴方たち凄いわね、うちの上の子と2つしか違わないのに……」
「え、そ、そんな事無いですよ」

 クイント准陸尉の言葉になのはが謙遜する。とはいえ、彼女たちが凄いのは事実だ。
 俺より大規模な魔法を使ったはずなのに疲労の色がまったく見られないのだから、凄いとしか言いようが無い。

「ううん、そんなこと無いわ。本当に凄いわよ、3人とも。マリーが言っていた通りね。なのはちゃんに、フェイトちゃん。それと、ヴァンくん」

 え、俺も?
 ああ、そういやマリーさんと知り合いだったな、この人。俺はPT事件の時に見た写真を思い出す。

「えっ? マリーさんの事を知っているんですか?」
「ええ、友達よ。凄い子たちがアースラにいるって聞いてね。ああ、ごめんなさい、自己紹介がまだだったわね。私はクイント・ナカジマっていうの」

 ちなみに、俺は初対面では無いのだが、多分覚えていないだろう。空士になりたての頃、演習でその他大勢と共にぶっ飛ばされただけだし……。
 そうやってなのはたちが自己紹介をしている横で、うちの連中が無駄に輝く七色の魔法を放ち、魔力濃度を上げてゆく。やがて、十分な威力を持ったスターライトブレイカーを放てるだけの魔力が空間にたまる。

「魔力濃度、目標値を超えました!」
「あっと、おしゃべりはここまでみたいだね。がんばってきなさいね!」
「はい!」
「ありがとうございました」」

 俺たちは礼の言葉を言うと、再び空中に飛び上がり配置に突く。
 地上を観測していた隊長が、爆撃目標地点を指定してきた。

「なのはさん、次はこのエリアに砲撃をしてください!」
「はい、わかりました!」
「フェイトさんは追撃をお願いします。ヴァンはもげろてはぜろ!」
「何がですかっ!」

 口では馬鹿な事を言っているが、手元のモニターには標的座標が送られてきている。
 その目標に向かって、なのはがスターライトブレイカーを解き放つ。

「スターライトブレイカー!」

 再び爆音が響き、森の一角が大きくえぐれる。地下に隠されていた人工物がむき出しになる。
 それを確認した後、俺とフェイトが追撃の範囲殲滅魔法を準備し始めたその時だった。

「全員防御陣形を組んで3人をガード! フェイトさんとヴァンさんはそのまま範囲殲滅魔法を構築!」

 突如隊長が叫びを上げる。
 その命令の一瞬後に、地上から無数の光の帯が飛んでくる!

「お前たち、気合を入れろ!」
「やらせん、やらせはしないぞ!」
「フェイトちゃんとなのはちゃんを守れ!」
「ヴァンはどうする!?」
「余裕があったら!」

 こ、こいつら……。
 うちの連中に守られながら、俺とフェイトは範囲殲滅魔法を解き放つ。再び地上に爆炎の花が咲く。
 一瞬、地上から放たれていた対空砲火がやむが、次の瞬間再び再開された。もっとも、その火線は先ほどより弱い。

「今のところ効果はあるようですね……、作戦続行します。ただし、ヴァンさんは範囲殲滅班から外れてください!」
「大丈夫、まだいけます!」

 範囲殲滅魔法がしんどいのは確かだが、カートリッジがあるのでもう少しなら出来る。
 そう抗議する俺に、隊長はきっぱりと冷静になれと言う。

「動けなくなってからでは遅いです。それよりも、迎撃に備えます。ティーダさん、ヴァンさん、マックスさん、レオさんの4人とナカジマ准尉は地上からの攻撃に備えてください。残りは私と共に空爆を続行! 余裕があったら迎撃班の援護!」

 隊長の命令の元、俺たちはフォーメーションを変える。
 近代ベルカ式の射撃タイプという珍しい術式を使う隊長は弓形のアームドデバイスを使う。普段は滅多に前に出ない隊長も、デバイスに魔力で作った矢を番える。

「ほれ、ヴァン。準備を整えろ。お客さんが来るぞ!」
「了解……」

 確かに、ティーダさんの言うとおり三角錐型の自動機械が地上から上がって来ていた。よく覚えていないが、あれもガジェットドローンの一種なのだろう。
 いかんいかん。冷静にならんと。俺はデバイスをセイバーモードに変形させ、フォースセイバーを作り出す。

「お前ら、AMF力場につかまるなよ! 多重弾殻や力場武器も、あの力場につかまると発動しなくなるぞ!」
「フォースアームはあらかじめ発動させておいてください! あれならAMF下でも暫く持ちます!」
「ヴァン、せっかくだから彼女にいいところ見せろよ!」
「そうだぞ、ついでに二人に年頃のお姉さんがいないか聞いてくれ!」
「いい加減にしてくださいよ、マックスさん! あと、なのはにはお姉さんがいますよ!」
「よっしゃ、なのはちゃんお姉さんを紹介してくれぇ!」

 俺の言葉に、妙に気合を入れるうちの連中。たぶん、あんたらは相手にされないと思うが……。

「いい部隊だね、あんたたち!」

 一方、俺たちのやり取りを見ていたナカジマ陸准尉がこんな事を言う。
 まぁ、確かに。素行に問題はあるが、良い奴らだ。時々どつき倒したくなるけど。

 そんな事を言っているうちに、飛行型ガジェットドローンがこちらに向かい青い光弾を放ってきた!

「散開! 迎撃!」

 ティーダさんの号令の元、俺たちは散開して攻撃をやり過ごす。俺は一気に上空に上がると飛行型ガジェットドローンがいる場所より上のポジションを取る。
 飛行型ガジェットドローンが俺の動きに反応して数機がこちらに向かおうとするが既に遅い。

『Flash Move Action』

 加速魔法を発動させた俺は、重力の助けも借りて普段よりも速い速度で加速する。落ちるよりも速い速度で飛行型ガジェットドローンの間を駆け抜けると同時に、フォースセイバーを立て続けに振るう。
 俺が駆け抜けた後に、飛行型ガジェットドローンが一機爆発をした。

「一機だけか!」

 予想以上に機動性が高い。数機にダメージは与えたが、落とすには至らなかったようだ。今のタイミングなら、2機は落とせると思ったのに。
 何機かが俺を追撃しようとするが、既に射撃体勢を取っていたティーダさんたちの放った多重弾殻の射撃魔法に貫かれてどんどんとその数を減らしてゆく。
 さらに、その弾幕を潜り抜けた飛行型ガジェットドローンも、無事ではすまなかった。

「ナックルバンカー!」

 ウイングロードで突撃してきたクイント准尉のパンチで、飛行型ガジェットドローンはあっさりと弾き飛ばされる。小爆発を起こし、味方機を巻き込みながら墜落していく。
 運が悪い……いや、狙ってやったな、あれは。

「動きが早いですよ」
「確かに反応してからの動きは早いな。まだ統合が取れていないんでそこまで怖くないが、数が揃うと厄介だ」

 少し離れた所から、飛行型ガジェットドローンの第二陣が飛び上がってきている。
 機動性は並の航空魔導師より高いが、まだ試作品なのか動きに切れが無い。これならまだ俺たちでも対抗できそうだ。
 そう言っている間にも、ガジェットドローンは次々に上がってくる。って、何機いるんだ、ありゃ?

「ひいふうみい……」
「50機以上はいるな、ありゃ!」

 流石にしゃれにならない数だが、元々爆撃で違法プラントからガジェットドローンを引っ張り出す作戦だ。
 流石に飛行型がこんな数があるとは思わなかったが、予定外と言うほどでもない。

「隊長!」
「分かってます! 爆撃は一時中断! ガジェットドローンの迎撃にあたります!」

 流石にこの数を5人で迎撃するのは無理がある。うちの連中も魔力散布を止めて迎撃に当たる。

「そういや、なのはちゃん、お姉さんがいるって?」
「えっ!? は、はい」

 聞いていたのか、俺たちの会話……。

「よっしゃ、後で俺にお姉さん紹介してくれ!」
「馬鹿やろう、俺が先だ!」
「なんだと、じゃあティアナたんは俺が……」
「よし、お前のボーナス査定0な」

 ほんと、騒がしい奴らだ。
 馬鹿な事を言っている間にもガジェットドローンの大群がこちらの攻撃を仕掛けてくる。俺たちは散開すると迎撃に当たる。

「馬鹿な事言ってないで迎撃に回りなさい! 推定AAランク魔導師と仮定して、1対1は極力避けなさい!」
「了解!」

 隊長が檄を飛ばすが、実はこの指示は難しい。敵の数のほうが多い上に、この乱戦だ。
 とはいえ、こんな所で落ちるわけにもいかない。

「コントロールセンター! プランAを中止、プランBに移行! 地上班に突入を急がせてください!」

 隊長は魔力矢を放ちながら指示を出す。数本の金属製の矢がガジェットドローンを貫くと、爆発を起こす。
 ああ見えて、分隊長連中よりも隊長は強いのだ。体術が苦手なので、あまり前線には出ないんだけど……。

「フェイトちゃん、いくよ!」
「うん、なのは!」

 一方、ガジェットドローン相手に無双をしているのがなのはとフェイトだった。寄ってくるガジェットドローンを誘導弾で蹴散らし、魔力刃で叩き斬り、さらに地上から対空砲火を飛ばしてくる相手には砲撃を叩き込む獅子奮迅の活躍をしている。
 あの二人に向かっているガジェットドローンはどんどんと数を減らしている。

 一方、そういった高位魔導師と比べれば地味ではあるが、うちの連中もがんばっている。
 極力1対1にならないようにしながら、数人がかりでガジェットドローンの相手をしていた。今のところ、撃墜された魔導師はいない。

「ヴァン、あわせろよ!」
「了解!」

 俺もティーダさんと組んで、ガジェットの迎撃に当たっていた。
 基本的に俺は前衛だ。撃墜するよりも、高速で動き回り相手の陣形を崩す事が俺の役目だった。
 数機のガジェットを叩き斬り、魔法弾でけん制をする。

 そうやって何機か落としたところだった。
 油断したつもりは無い。だが、予想外な出来事というのは常に発生する。
 ガジェットドローンと何度目かの接近。俺はフォースセイバーでガジェットドローンの翼を切り裂こうとする。
 だが……。

ガキーン。

 へ?
 一瞬、何が起きたのか分からなかった。
 そりゃそうだろう。すれ違ったガジェットドローンから生身の人間の腕が出てきていれば、誰だってそうなる。しかもその腕は刀型のアームドデバイスを持っており、俺の振るった剣を受け止めたのだ。

「な、何が?」
「これは流石のお前でも予想外か……」

 この声は!?
 俺の驚きなどお構い無しに、ガジェットドローンからにゅうっと人が飛び出してくる。いや、違う。
 ガジェットドローンじゃなくて、幻覚を着込んでいやがったのか、こいつは!

「プレラ!?」
「久しぶりだな、ヴァン」

 そう、飛び出してきたのはプレラ・アルファーノ……、これまでの事件で俺たちの前に何度も現れた違法魔導師だった。
 てか、何でここにこいつがいるんだ?
 スカリエッティと手を組んだのか?

 もっとも、驚いていはいるが、俺は動きを止めなかった。
 こいつ相手に動きを止めるのは危険すぎると、骨身に染みてわかっていたからだ。

「何でお前がここに!」

 俺は叫びながら、フォースセイバーを振るう。プレラはその一撃を易々と受け止めると、こう言い放った。

「成り行きだ。貴様との決着の前の……野暮用だ!」

 プレラは開いている左腕で腰から銃型のデバイスを引き抜く。銃口をこちらに向ける。
 って、やばい!
 俺は咄嗟に身をひねると、射線から身をかわす。
 次の瞬間、黒い魔法球が俺のいた場所を通り過ぎる。

「とりあえずは、仕事を片付ける!」
「何言って……ってええええ!?」

 プレラが何を考えているかはともかく、何をしようとしたのかはすぐ分かる。
 奴の放った魔力急は空中に停止すると膨張を始めたのだ。

「あれは、騎士さん!?」
「プレラ!」

 なのはたちもプレラの存在に気がつく。
 空中で膨張を開始する魔力球を打ち消すべく、なのはが砲撃魔法を解き放った。

「なのはさん、それは駄目!」

 それを見た隊長が慌てて叫ぶが、既に遅かった。
 桜色の砲撃魔法が黒い球体を貫く。その瞬間、黒い魔力球が巨大な爆発を起こした。




「あいたたたた……」

 地面に叩きつけられる事こそなかったが、墜落して木々にだいぶ引っかかった。
 幸い、あの魔力爆発で空中にいたガジェットドローンも無事ではなかったらしく、周囲には残骸が散らばっている。地上にいたガジェットドローンは無事だろうけど、周囲にその姿は無い。
 もっとも、心細いというほどではなかった。最強の味方がこの場にいたからだ。

「ヴァンくん、大丈夫?」
「俺は何とか。なのはとフェイトは……大丈夫そうだな」
「うん、私は大丈夫。でも部隊の人たちが」
「俺が大丈夫なら大丈夫だろう。ああ見えて、ベテラン揃いだし」

 周囲にうちの部隊の連中の姿は無い。空中にも見えないが、俺が無事な以上は皆大丈夫だろう。

「でも、さっきの爆発は?」
「アレは多分、トラップ式の魔力反応爆薬だな。俺も初めて見たけど」

 プレラが使ったのは、魔力反応爆薬だった。他の魔法攻撃に反応して爆発を起こすという魔法だ。仮にプレラの攻撃を俺がシールドで止めていたら、その時点で爆発が起こっていただろう。
 バリアブレイクや魔法弾の元になったという魔法なのだが、使いどころが難しい上に威力が低いので、今ではほとんど使う者のいない魔法だった。

「私のせいで……」
「そんなこと無いよ、なのは」
「今は気にしないで後で反省すればいい。あんなもん、俺でも見抜けなかったし」

 落ち込むなのはに、俺とフェイトは慰めの言葉を言う。
 それに、なのはが一番反応が早かったというだけで、なのはがやらなくても他の誰かが迎撃に魔法を放っていたはずだ。むしろ、ディバインバスターの出力に威力がだいぶ抑えられた可能性が高い。

 第一、俺も魔法のトラップ関係に関してはだいぶ勉強したのだが、最初見たときは気がつかなかった。それくらい珍しい魔法なのだ。魔法を覚えてからまだ一年のなのはが、気がつかないのも無理は無い。
 特になのはは座学より実技が先行しているし……。
 しかし、何で隊長はあんな古典魔法を知っていたんだろう?

【皆、無事ですか? ティーダ分隊は皆いますか? なのはさんとフェイトさんは無事ですか!?】

 おっと、隊長だ。

【こちら、ティーダ。ヴァンとなのはちゃんの姿が見えない。あと、フェイトちゃんもだ】
【俺も無事です。なのはとフェイトも一緒にいます】

 どうやら、俺たちは孤立してしまったらしい。
 俺は念話で無事を報告する。

【座標を送ってください。……ヴァンさんたちの無事を確認しました。全員無事なようですが……が……ガァ……】
【隊長! たいチョ……】

 ちょ、二人とも!?

【もしもし、もしもし、ティーダさん、隊長! 他の皆、フェイト、なのは!】

 いきなり全員がやられたって事は、いくらなんでも考えられない。これは恐らく、ジャミングか。
 空中に飛び上がるのは危険すぎるか……。恐らく地上にはガジェットドローンがうようよしているはずで、うかつに飛べば的になるだけだろう。

「どうするの、ヴァン?」
「部隊の皆と合流したいんだけど……難しいな」

 向こうにこちらの座標は伝えたのだが、隊長やティーダさんたちが何処にいるのか伝わる前にジャミングがかけられてしまった。合流するなら、向こうがこちらを発見してくれるのを待つしかない。
 いや、それもまずいか。ここは敵の勢力圏だ。

「サーチャーをばら撒きながら、一旦後退しよう。味方を見つけ次第、そちらと合流する」

 なのはたちが強いとはいえ、味方がいない状況で戦い続けるのは危険だろう。
 こうなった以上、隊長たちも後退を考えるはずだ。

「なのは、フェイト。まずい状況になったら、とにかく逃げる事だけを考えるんだ。幸い、俺たちが本気で飛べば追いつかれる事は無さそうだし」

 俺の言葉に、二人は神妙な表情で頷く。特になのはは先ほどの失敗がこたえているのか、顔色が真っ青だ。
 本当は俺を置いてでも逃げろと言いたいのだが、そんな事を言えば二人……特になのはが猛反発をするだろう。

「まずい状況というのは、こういう事かな?」

 不意に、木々の間から声がする。
 てか、やっぱり出てきたか!

「プレラ!」

 木々の間から出てきたのは、金髪の違法魔導師、プレラだった。
 俺たちを分断させ、追ってきたのだろう。こいつはなぜか、俺に拘っているところがあるのだ。迷惑極まりない話だが、他のところに行かれるよりかはマシだろう。
 プレラは俺を見るとにやりと笑い、妙に親しげに声をかけてくる。

「先ほどはすまなかったな。久しぶりだな、ヴァン・ツチダ」
「久しぶりな……。お前は何でこんな所にいるんだ」

 間合いを計りながら、俺は慎重に言葉を選ぶ。
 盟主一味を裏切ったプレラが、何だってスカリエッティの違法プラントにいるんだ?

「まあ、成り行きと……、一宿一飯の恩義という奴だ。それに、貴様と出会ってから1年。そろそろ決着をつけたいと思ってな」
「いい加減、自首する気は無いのか?」
「無いな」

 俺たちはそれぞれデバイスを構える。
 それを見たプレラが、溜息を一つつきこう言った。

「高町なのはに、フェイト・テスタロッサ。用があるのはヴァンだけなので、引いてはくれないかな?」
「そう言われて、友達を見捨てると思うか?」

 プレラの呼びかけに、普段のフェイトからは考えられないほど冷たい声で答える。
 その様子にプレラはもう一度溜息をつくと、今度はなのはに尋ねた。

「高町なのは、君もフェイトと同じなのかな?」
「騎士さんこそ、もうこれ以上皆を傷つけるのはやめてください! なんで、こんな事を続けるんですか!」

 なのはの呼びかけに、プレラは少しだけ寂しそうな表情を浮かべると、こう答えた。

「馬鹿な男の、意地とけじめの為だ。引かない以上は、悪いが付き合ってもらうぞ」
「お前こそ、今日こそはいい加減逮捕してやる!」

 もう何度目か数えるのもばかばかしいが、俺たちとプレラの戦いはこうして始まったのだ。



[12318] End of childhood 第11話
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:6c302dbc
Date: 2011/07/31 21:04
End of childhood 第11話



「人の家だと思って、随分と好き勝手やっていますね」

 地下プラントを貫く桜色の光を観測していたウーノは、呆れ混じりの感想を述べた。
 ただの地下プラントでは無い。スカリエッティお手製の防御対策が何重にも施されていた地下プラントだ。
 それを最深部まであっさりと貫くのだから、これはもう呆れるしかない。

「そう言えば、物語では聖王のゆりかごをぶち抜いていたね。あの威力なら、確かにそれもあり得るか」

 隣で同じ映像を見ていたスカリエッティの声にも、若干の呆れが混じっていた。
 もっとも、顔には何時もの嘲笑が貼りついたままだ。明らかにこの状況を楽しんでいた。

「威力だけではありません。的確に防衛システムを無力化しています」
「ほう? 被害は?」
「既にガジェットドローンの60パーセントが機能を停止、その他の防衛システムも47パーセントがダウンしています」

 その数字は、プラントの防衛機能がほぼ停止した事を意味する。残っているのは、陸士の追い込みを行っていた機体と、雑務用の機体だけだ。
 砲撃の威力を考慮しても、被害が大きすぎる。

「最高評議会がプラントの内部情報をリークしたのでしょうか?」
「それは無いよ、ウーノ。プラントは彼らの資産でもあるんだ。まだ利用価値がある以上、無力化するにしても、もっと穏便な手段を取るだろう」

 そもそも、最高評議会に伝えてあるデータは不完全な物だ。さらに、最近になって拡張した区画もある。
 ここまで的確なプラントの無力化は、最高評議会の持つデータでは不可能だろう。

「ドクター、このままでは計画に支障が出る恐れがあります」
「まいったねぇ……」

 言葉はともかく、口調には全く困った様子が無い。それどころか、この期に及んでも楽しそうだった。
 そう、スカリエッティという男にとって、未知なる物とはすべからく興味深い面白いものだ。
 とはいえ、ここで計画が狂えば更なる研究が出来なくなる。それを判断する理性と忍耐力も、彼は持ち合わせていた。

「そうだね、倉庫にタイプⅡの先行量産型とオリジナルが何機かあったろう。あれを使うとするか」
「タイプⅡはOSが未完成ですが?」
「あっさりプラントが落とされても困るからねぇ、精々粘らないと。アレは今回はデータ取りだと諦めるとしよう。どの道、タイプⅣまではばれているんだから、隠しておく意味なんて無いさ。それと……」

 次の指示を出そうとするスカリエッティの言葉を遮るように通信が入る。モニターに焦った様子のトーレが現れた。

「どうしたんですか、トーレ?」

 良くも悪くも武人肌のトーレは、取り乱す事などほとんど無い。そんな彼女が焦っているのなら、よほどの事があったのだろう。

『はい、先ほどの砲撃で、独立開発ラボの外壁にひびが入りました』
「それ以外に被害はありませんか?」
『はい、チンクが調べたところ、内部にダメージは無いようです』

 独立開発ラボは今回の計画において重要な施設だ。それ故に幾重にも防御を施しておいたはずだった。

「ああ、トーレ。チンクは今どこにいるのかな?」
『ラボにダメージが無いか、引き続き確認させていますが……、呼び戻しますか?』
「いや、それには及ばない。チンクはそのままラボの防衛にあたってくれ」

 多少危険ではあるが、チンクなら自力で何とかするだろう。最悪の場合の指示も既に出してある。

『了解しました』
「ああ、折角だから、彼にも一働きしてもらうとするか」
『プレラをですか?』
「そうさ、彼にも食費分ぐらいは働いてもらわないとね」





「全員無事ですか?」

 ルーチェの呼びかけに、周りにいた隊員たちが次々に返事をする。

「ういーす、ちっと額を切りましたが、無事ッス」
「こっちも問題ありません」
「うう、俺は駄目だ。ここは一つ、隊長の熱い人工呼吸を……」
「よし、アレックスさん。そこの馬鹿に熱い人工呼吸をして差し上げなさい」

 とりあえず全員無事らしい。この場にいない隊員も、先程の念話で無事を確認している。

「了解であります!」
「こら、やめろ! くるな、こらっ!」
「嫌がるなんて、燃えるじゃないか」
「ばかやろう、俺はノーマルだっ! って、ギャー!」

 さて、どうするか。とりあえず目の前の地獄絵図から目をそらし、千里眼で軽く辺りを見回す。
 ゼスト隊を中心とした突入班は、既にプラント内部に突入していた。先程の砲撃でガジェットドローンの数を大分削っておいたので、そう易々と不覚は取らないだろう。
 ヴァンたちは、あのプレラという魔導士と戦闘中だ。強敵ではあるがなのはとフェイトがいる上に、ヴァン自身もそこそこ腕が立つ。一人なら特攻しかねないヴァンも、少女たちと一緒なら無茶はするまい。危険ではあるが何とかなるだろう。
 今一番危険なのはティーダたちだ。落ちた場所が悪かったのか、既にプラントの内部にいる。幸い此方も全員無事なようだが、辺りにいたガジェットドローンが集まってきており交戦が始まっていた。

 出撃の直前にルーチェが最高評議会から受けた指令は、スカリエッティの確保だ。
 マスコミをはじめ、事件は各方面の知るところになっている。最高評議会といえども、完全な事件の隠匿は不可能な状況だ。
 この事態に最高評議会はスカリエッティの確保を決定した。抹殺では無く確保なのは、最高評議会は今だスカリエッティを利用するつもりだからだろう。
 幸い出撃した二つの部隊は、どちらも最高評議会がある程度コントロール出来る部隊だ。海……いや、理事会派の介入を招かない限りは、身柄の確保は難しくない。
 もっとも、実際に現場に出るルーチェからしてみれば、あのスカリエッティのアジトに突入するなど、まっぴら御免だった。
 こんな商売だ。危険は承知だが、わざわざ死亡フラグを踏みたいとは思わない。その為の砲撃の雨だった。最高評議会はプラントを無傷で確保したかったのだろうが、そんなものはルーチェの知ったことではない。

(ヴァンさんとは違うのですよ、ヴァンさんとは)

 ほっとくと自分から危険に突っ込んで行く部下を思い出し、クスリと笑う。

「お、今の隊長はちょっと可愛かった!」
「隊長、どうしましたか?」
「ちょっと思い出し笑いをしただけです。それより、もう一度確認しますが、全員大丈夫ですね?」
「はい、全員問題ありません」
「では、これより私たちは施設内部に突入。ティーダ班と合流をした後に、陸士救出とスカリエッティ一味の捕縛にあたります。皆さん、気合いを入れていきますよ」
「隊長、そこは可愛らしく『みんな、頑張って♪』と言って下さい」

 一番やりたくなかったスカリエッティのアジトへの突入だったが、ここまできたら腹をくくるしかない。
 ルーチェはふてぶてしく笑う部下たちを頼もしく思いながらも、普段と同じ可愛らしくもなんとも無いぶっきらぼうな口調でこう答えた。

「お断りします。さあ、馬鹿を言ってないで、行きますよ!」





「ディーロ、クインキ。お前らは一旦下がれ!」
「ですが、隊長!」
「カートリッジが切れているぞ! さっさと入れ替えてこい!」
「は、はい!」

 ゼストの言葉に抗議をする隊員にカートリッジ切れを指摘すると、ガジェットドローンの群れに切り込んでいく。
 やはり実戦に出すには時期尚早だった。ゼストは内心で歯噛みする。

 新生ゼスト隊はアームドデバイス運用部隊として新規に集められた試験部隊だ。
 陸士から選抜し、近代ベルカ式の適性がある者を集めたのだが、元々ミッド式を使っていた隊員が大半だったため、一から魔法の再訓練をする羽目になった。
 中にはベルカ式と高い親和性を見せる隊員もいたが、基本的には術式変更についていくのがやっとだ。
 それでも、初出動がもう少し軽い事件なら何とかなったかもしれない。だが、魔法を打ち消すAMF搭載兵器の群れの相手が初任務では、いささか厳しすぎた。

 そこまで考え、ゼストはその考えを否定する。
 いや、むしろこの任務でよかったかもしれない。

 聖王教会から派遣された二人の騎士、シスター・シャッハと騎士クラウスの活躍も目覚しいが、其れより何よりこの戦場で活躍しているのは3097隊の面々だった。

 彼らは連射が難しい多重弾殻射撃を集団で使い、弾幕を張りガジェットドローンを近づけないでいる。ごくまれに接近を許すものの、魔力槌を使い上手い具合に捌いていた。
 色々と問題を起こし各隊を追い出された連中の吹き溜まりと聞いていたが、なかなかどうして錬度が高い。
 3097隊のフォローが無ければ、錬度が足りないゼスト隊は死者が出ていてもおかしくない状況だ。

 しかし、少人数で動くなら、ミッド式の射撃とベルカ式の近接をセットで運用するべきかもしれない。戻ったら上申してみよう。
 ゼストはそんなことを考えていた。其れが僅かな隙になったのかもしれない。
 だから、その部下の動きを一瞬だけ見逃してしまった。

「突入!」
「ああ」

 部下が部屋のひとつに突入を開始する。

「女の子?」

 突入した部下の一人が、呆然とつぶやく。
 10歳前後だろうか。銀色の髪の小さな少女が、部屋の中央で一人立ち尽くしていた。

「君、大丈夫か?」

 実のところ、こういった違法プラント、あるいは違法軍事施設で幼い子供が囚われているのはそう珍しい話ではない。
 管理世界に広まっている魔法技術と生命体の兵器改造は相性がよいのだ。無論、管理局法および次元世界各国の大半の国の法律では厳重に禁止されている行為なのだが、裏の世界では開発を行おうという者が後を絶えない。
 一騎当千の協力無比な魔道師は一軍に匹敵するのだから、倫理観をかなぐり捨てた連中が出てくるのも無理のない話しだった。

 だからだろう、その局員は少女の幼い外見も相まって、ほぼ無警戒で近づいてしまった。その事に、ゼストが気付いた時にはもう遅かった。

「ああ、大丈夫だ。これ以上はお前らの好きにはやらせん」
「えっ?」

 少女がポツリとつぶやくのと、空中に無数の短剣が出現するのは同時だった。
 突然のことに、局員たちは動けない。

「危ないっ!」

 咄嗟に動けたのはゼストだけだった。出撃前に、騎士クラウスより銀髪の髪の戦闘機人という存在を聞いていたからかもしれない。
 部下たちを庇うように前に出ると、手に持った槍を一閃させる。

「うおっ!」
「弾けろっ!」

 ゼストの槍から発せられた衝撃波と、短剣がぶつかり合い大きな爆発を起こす。
 余波で隊員が吹き飛ばされたが、直撃は無い。3097隊がフォローに回っている、大丈夫だ。
 ならばっ……。

「この程度で!」

 爆発を突っ切り、少女に向かって斬りかかる。
 だが、少女もいつの間にか準備していた大剣で迎え撃った。文字通り大人と子供の体格ではあるが、少女の力は尋常ではない。
 鍔迫り合い越しに、少女の目を覗き込む。戦いに迷いが無く、目の輝きの力が違う。

「ここを守っている、戦闘機人か……」
「ああ、その通りだ」

 1年ほど前に保護したギンガやスバルと違い、中身まで子供という訳ではなさそうだ。
 ならば、手加減は無用。手心を加えればこちらがやられる。

 ゼストは槍に力を込めると、いったん少女と距離をとる。

「時空管理局ミッドチルダ地上本部首都防衛隊が騎士、ゼスト・グランガイツ……いざ、参る!」





 * * * * * * * * * * * * * *





 砲撃の雨に晒されていた森に、一瞬の静けさが戻る。
 無論、それは錯覚でしかない。今この瞬間にも別働隊やはぐれてしまったうちの部隊の連中は戦っているはずだ。
 だが、そう錯覚するほどの静けさと、緊張を感じていた。

 プレラともう何回も戦った。同じ人間とこう長期間戦うなんて、初めての経験だ。
 まぁ、良く俺は生きているものである。まぁ、一度はマジに殺されかかったが……。

 ふと、静かな風が俺たちの間を通り過ぎ、それにのって一斉に周囲の鳥が飛び立つ。
 空一面を鳥が覆い、一瞬太陽の光をさえぎった。

「さて、まずは小手調べと行くか……」

 プレラはそうつぶやくと、銃型デバイスをこちらに向ける。
 って、まずいっ!

「させないっ!」

 戦闘技術はともかく、魔力量と破壊力はなのはをも上回る。そんな奴に先手を取られたら、そのまま主導権を奪われずるずるといく可能性があった。
 それはなのはやフェイトもわかっている。真っ先に飛び出したのはフェイトだった。
 バルディッシュの先端に雷の鎌を生み出すと、プレラに斬りかかる。

「直線的な攻撃など!」

 その攻撃をプレラは右手に持っていた刀型のデバイスで受け止めた。
 確かにフェイトの攻撃だけならそうかもしれない。でもっ!

「ディバインシュート!」

 プレラがフェイトの攻撃を受け止めた瞬間、なのはが魔法弾を解き放つ。
 12の光弾が弧を描き、プレラに迫る。

「ちいっ!」
『Protection』

 プレラの持つ銃型デバイスが輝き、防壁が出現する。
 なのはを上回る魔力量で張られた防壁は強固だった。なのはの放った魔法弾は防壁の前に砕け散り光の粒子に変わる。

「まだだっ!」

 でも、俺たちの連携攻撃は終わってない。俺は加速魔法を使うと、プレラの背後に回りこむ。

「くらいやがれっ!」
「ヴァン・ツチダ!」

 そのまま加速を解かず一気に懐へ飛び込みフォースセイバーを発動、プレラに斬りかかる。

「まだだっ!」

 プレラがそう叫んだ瞬間、ピンポイントで発生した小型のバリアが魔力剣を受け止める。

「って、器用な真似を!」
「ヴァン! 戦うならこの程度の芸当は必須!」

 名前を連呼するなっつーの。それに、俺の攻撃はまだ終わってない。
 俺はカートリッジを炸裂させフォースセイバーの出力を強引に上げると、シールドに切っ先を押し込んで行く。普段なら1ミリも押し込めないだろうが、紫電一閃の訓練で若干ながらフォースセイバーの出力が上がっており、なのはとフェイトの攻撃を受け止める為にプレラがシールドにまわした魔力が少なかった事が幸いした。
 徐々にだが魔力剣はシールドにめり込み、先端が僅かだけシールドを突破する。

「0距離ブレイズキャノンだっ! いけー!」
『Blaze Cannon』

 魔力剣の先端から放たれた青白い魔力の奔流がプレラを飲み込む。
 いくら俺の魔力が弱いといえども至近距離、しかもバリアジャケットだけで防ぎきれる代物じゃない。

「この程度の砲撃などでっ!」

 吹き飛ばされたプレラだが、空中で体勢を立て直すと得意の魔力放出でブレイズキャノンを吹き飛ばす。
 ……ノーダメージじゃないけど、ほとんど効いて無いな、ありゃ。いくらSランクでも、普通なら至近距離の砲撃を食らえば無事ではすまないはずなんだけど。
 相変わらず、やたらに頑丈な奴である。

「いくよ、フェイトちゃん!」
「うん、なのは!」

 もっとも、俺の砲撃では吹き飛ばすのがやっとでも、なのはとフェイトなら話は別だ。
 レイジングハートとバルディッシュ、二人のデバイスの先端で桜色と金色の魔力が輝き唸る。

「ディバインバスター!」
「プラズマスマッシャー!」

 なのはとフェイトが同じタイミングで砲撃を放つ。桜色と金色の光の奔流がプレラを撃つ。
 一瞬遅れて、轟音と共に爆煙がプレラを包み込む。

「やったか!?」

 思わずつぶやく俺だったが、そうは問屋が卸さなかった。
 煙の中から、黒い魔力の針が飛んでくる。

「この程度で落ちはしない!」

 この程度って……、AAAランク魔導師二人の砲撃だぞ!? って、呆れている暇は無い。
 視界が黒くなるほどの魔法弾の雨に、俺たちは防御を余儀なくされる。
 途切れることの無い弾幕になのははシールドを張り防御を、俺とフェイトは速度で回避をした。

 って?

 回避を続けていた俺だったが、突如がくんと速度が落ちる。
 って、フラッシュムーブ・アクションの継続時間が切れた!? ま、まずい!?

「勝機!」

 俺の速度が落ちたことにプレラも気がついたのだろう。黒い魔力の針が俺に向かって振りそそぐ。
 1発目、躱す。掠めた針から、腕が引きちぎれそうな衝撃をうける。二発目、なんとかフォースセイバーで弾く。一発弾いただけで、腕にしびれが走った。3発目、4発目…・・・だめだ、これ以上は避け切れない。

「ヴァンくん!」

 咄嗟になのはがこちらに来て、シールドで俺をかばう。

「すまない、なのは」
「うん、それよりも、くるっ!」

 プレラの攻撃はこれで終わりではなかった。際限なく魔法弾を打ち込んでくる。
 なのはたちも並の魔導師ではないが、プレラもまた非常識なまでの才能を秘めた魔導師だ。砲撃魔法に匹敵する魔法弾の猛攻の前に、なのはも一歩二歩と後退を余儀なくされる。

「シールドが持たない!?」
「んなっ!」

 いや、それどころかシールドが持たないって、闇の書の闇……、防衛プログラム並みの出力ってことだぞ!?
 俺がそう驚いている間に、なのはのシールドが音を立てて砕け散る。

「きゃあああああああっ!」
「うわああああっ!」

 いくらか威力は削がれたが、それでも十分な破壊力のある魔法弾が俺たちに降り注ぐ。俺達二人の周囲で爆発が起こり、大きく吹き飛ばされる。

「なのはっ! ヴァン!」

 魔法弾を回避していたフェイトが叫び声を上げる。

「もらった!」

 一方、プレラは俺に向かって突っ込んでくる。
 この状況じゃ躱せない?

「させないっ! ソニックフォーム……」

 プレラの攻撃の妨害が間に合わないと判断したのだろう。フェイトは切り札であるソニックフォームを発動すると、プレラの前に回りこんだ。
 フェイトの速度に対応し切れなかったのか、やや不自然な体制でプレラは刀を振るう。バルディッシュと、刀型デバイスがぶつかり合い火花を散らす。

「私はこの戦いの為に生き恥を晒し続けた、いわば修羅と呼べる存在! 立ちふさがるなら容赦はしないぞ、フェイト!」
「今更何を言う!」

 強大な魔力同士のぶつかり合いで火花が散る中、プレラの怒声が響く。
 二人はぶつかり合い、ほぼ同じタイミングで一歩下がると、再び剣を合わせた。
 巨大な火花と閃光が飛び散り、次の瞬間フェイトが大きく吹き飛ばされた……って、えっ!?

「きゃあああああっ!」
「最大の武器である速度を生かすために、防御を捨てる覚悟は良し! だが、その速度を生かす航空剣技が未熟だ! 足を止めれば防御の薄い魔導師に成り下がる! 強敵と呼べる相手にめぐり会う機会を失った弊害だな、フェイト!」

 フェイトを吹き飛ばしたプレラはそう叫ぶと、更に追撃の突進をしようとする。
 ……もしかして、シグナムと戦う機会を失った事を指しているのか?

「フェイト!」

 あ、いや、それどころじゃない! フェイトの反応が鈍いって、あれは意識が半分飛んでる!?
 体勢を立て直し、フラッシュムーブアクションで……だめだ、加速魔法のチャージが間に合わない! 30秒の時間がここまで長いと思ったことは無い。

「フェイトちゃん! お願い、レイジングハート!」
『Restrict Lock』

 プレラが突撃する一瞬前、なのはの放ったバインドがプレラの左腕を絡め取る。

「高町か! この程度のバインド!」

 もっとも、それはほんの一瞬の足止めにしかならない。プレラは右手の刀を器用に振るうと、一瞬でバインドを切り払った。
 だけど、一瞬でもあれば……!

「なのは、フェイトを頼む! プレラ、お前の相手は俺のはずだ!」
「ヴァン! 真正面から来るか!」

 体勢を立て直し飛び上がった俺は、落下速度と合わせてプレラに真っ向から斬りかかる。
 それほど長く持つとは思えないが、フェイトが意識を取り戻すくらいの間は!

「悪いか!」

 最初の一発目は刀型デバイスで軽く弾かれる。
 やっぱり、普通の攻撃じゃ歯牙にもかけないか。
 ならっ!

「シグナム直伝のこの技なら!」
「なんとっ!」

 未だに魔力のチャージと収束が上手くいかない。当たり前だ、凡人の俺が半年で形になるほど簡単な技ではない。
 だけど、単純な接近戦の威力ならこれが一番高い。
 過剰な魔力を乗せた魔力剣を構え、一気に振り下ろす。

「紫電一閃!」
「くっ!」

 この技は予想外だったのだろう。
 プレラは一瞬あせり、刀型のデバイスで俺の攻撃を受け止める。刀と剣がぶつかり合い火花を散らす。
 とはいえ、このまま押し切ることは今のプレラには難しい。完成した紫電一閃やブレイズキャノンならプレラの防御を突破できるだろうが、今の俺はどちらも『もどき』の域を出ない。
 ならばっ!

「ブレイク!」

 次の瞬間、フォースセイバーが爆音を立てて炸裂する。
 フォースセイバーに仕込まれた爆裂式……しかも、フォースアームにも採用した指向性の爆発だ。
 今の爆発なら……、今のうちに……。

「この程度の爆発など!」
「なっ!」
 
 爆発の煙の間から、プレラが平然と現れる。
 そりゃ、なのはとフェイトの攻撃に耐えて見せたんだから、ダメージはそれほど無いのはわかっていたが、2~3秒で体勢を立て直すなんて!?

「何時までも奇策が通じると思うな!」

 そのままデバイスを持たない左手でぶん殴ってきた。プレラの拳は俺の頬にめり込み、俺は再び大きく飛ばされる。

「ヴァンくん! ディバインシュート!」

 俺に迫るプレラに対し、なのはが牽制の魔法弾を放つ。

「邪魔をするなら容赦はしないと言ったぞ!」
「そんなっ! 止まらないなんて……!」

 プレラは魔法弾を刀で弾くと、なのはに向かい突き進む。
 なのはも魔法弾と砲撃の弾幕でそれに向かうが、プレラの突進は止まらない。砲撃が、魔法弾が当たるたびに爆発を起こすが、無傷で爆発の中から出てくる。
 いくらなんでも、あの耐久力は異常だ。最初は耐え切ったのかと思ったが、なのはの砲撃はそう何度も耐えれるような代物じゃない。そもそも奴はシールドすら張って無い。
 しかも、あの爆発でほとんど無傷なんて……って、あっ!?

「なのはっ! 狙いを少し後ろにつけるんだ!」
「えっ? えええっ!? シュート!」

 俺の言葉に一瞬困惑するなのはだったが、すぐに指示通りの場所にディバインシューターを打ち込む。
 プレラを無視して飛んでいった魔法弾がやや後方の、何も無いように見える空間で、何かに命中する。透明な空間が砕け散り、その中からかなりのダメージを負っているプレラが姿を現した。

「やっぱり、幻術か!」
「見抜いたか、だがっ!」

 そう、プレラの言う通り既に遅かった。
 プレラはなのはに肉薄し、刀型デバイスを振り上げる。
 なのはもそれを防ごうとレイジングハートを構えた。デバイス同士がぶつかり合い、魔力光を発する。

「えっ?」

 なのはの口から、驚きの声が漏れる。
 そのなのはの腹に、銃のグリップがめり込んでいた。

「魔導師としては天賦の才があっても、経験と練度が圧倒的に足りん。攻撃時は魔導師としての才能でゴリ押しできても、苦手な接近戦では素人とそう変わらん……。今まで落ちなかったのは、単に運が良かっただけだ」

 プレラが言い終わると同時に、なのはが膝から崩れ落ちる。
 たった一発の打撃で、なのはの意識を刈り取ったのだ。
 なのはが意識を失ったのを確認したプレラは、銃型デバイスを地面に投げ捨てると両手で刀を構え、こちらに向き直る。

「幻術を見抜いたのは流石だが、若干遅かったな」

 褒められているつもりのようだが、まったくうれしくない。
 嫌な汗だけが流れるだけだ。

 今回、プレラの奴はガジェットドローンの幻術を纏っていた。それを考えれば、奴がやった事も想像がつく。
 おそらく、自分の少し前方に強固なシールドを張り、その上に自分の幻術を纏わせたのだろう。
 弱い攻撃は幻術を纏ったシールドで受け止め、砲撃など防ぎきれない攻撃は回避する。こちらの照準がずれているのだから、今の奴の実力なら回避はそう難しくない。掻き消えた幻は、爆煙の中で再び作れば良いし、攻撃はその瞬間だけ自分と幻術の動きを合わせればいいのだ。
 
 何時の間にこんな魔法を使ったのかは知らないが、信じられないほど器用な真似をする。

 しかし、こいつの成長速度は一体なんなんだ?
 出会った頃は、魔力の高いだけの不器用な魔導師だった。最初こそその魔力で大暴れをしたが、何度か戦い手の内を晒した後はCランクの俺にいい様にあしらわれた挙句、AランクのユーノとCランクの俺に撃墜されている。その程度の素人魔導師だった。
 確かに、シグナムと戦わなかったフェイトの航空剣技は未熟かもしれない。ユーノやクロノさんの指導があったとはいえ、基本的に独学だったなのはは苦手分野に関しては素人に近い癖の強い魔導師だろう。
 だが、1年前の奴は、二人をこうもあっさり下せるような魔導師ではなかった筈だ。

 何が奴を、ここまで変えたんだ……。

「さて、どうする? 何時かみたいに逃げるか。私はそれでも一向に構わん」
「出来るかよ」

 意識を失ったなのはとフェイトがいるのだ。スカリエッティのテリトリーであるここで、そんな真似なんて出来る訳が無い。
 何とかプレラの奴を出し抜き、二人を連れてこの場を逃げる。それが俺の最終目標だ。
 とはいえ、紫電一閃も、ブレイズキャノンもほとんど効かなかった。正直俺に手は……いや、奥の手があるにはあるか。

 俺は覚悟を決めると、P1SCにフォースセイバーを纏わせる。

「覚悟を決めたか」

 奴の言葉に、俺は答えない。必至に奴に一撃を当てる手段を模索する。
 奥の手……ほぼ自爆技だが、フォースセイバー・フルドライブなら……何とか奴の防御を突破できるだろう。元々、フルドライブは対プレラに開発した魔法だ。
 というか、それ以外に俺に奴を出し抜く手は無い。

「やれやれ、だんまりか……。まぁ、いい。行くぞ、ヴァン!」

 口をきいている余裕なんて無い。一手でも間違えれば即死間違いないのだ。俺が死ぬだけならまだ良いが、なのはやフェイトの事もある。絶対に負けられない。

 剣だけで決着をつけるつもりなのか、刀型デバイスを両手で構え突進してくる。
 俺はフォースセイバーを構えると、奴の剣を受け流す。
 何度もぶつかり合って、ひとつ気がついたことがある。純粋な剣の腕だけなら、若干ながら俺の方が上だった。無論、魔導師としての出力が違いすぎるので、すぐに力負けするのだが……。

「受け流すことくらいならっ!」

 奴の剣は重い。一発受け流すだけで腕がしびれるような気がする。
 魔力の乗りが1年前とは段違いだ。なんというか、攻撃に『重み』がある。
 一手、二手、三手……プレラの猛攻を剣で受け流す。攻撃はしない……というより出来ない。防御を抜かれればそれだけで終わりなのだ。いや、奴の気が変わって射撃を使われたらその場で終わる。

「腕を上げた、ヴァン!」

 そりゃ上がっただろうさ、シグナムから色々教わったからな。……でも、シグナムと戦わなかったからフェイトは……。いや、考えるな。
 思い出せ、シグナムの剣はもっと鋭かった。
 受ける、ひたすら受け流す。チャンスは必ず来るはずだ。

「だがっ!」

 普通の剣技では俺の防御を突破できないと考えたのか、プレラは一度大きく後ろに下がると腰を落とし突きの体勢を取る。
 刀の切っ先に黒い魔力が集う。
 見覚えがある技だ。1年前、奴と一対一で戦った時、殺されかかった奴の突進技だ……。

「勝負だ! ヴァン・ツチダ!」
「乗ってやるよ! プレラ!」

 奴の叫びに応えると、俺はカートリッジを炸裂させ剣を正眼に構える。剣に収束しきれない魔力が火花を散らす。
 魔力がもれているのだ。形だけならまだしも、凡人の俺じゃ半年程度で紫電一閃は習得などできないのだ……。だけど、奴の突進を利用したカウンターなら……。

「行くぞ! 天剣龍牙!」

 黒い魔力の軌跡を残し、プレラが凄い勢いで突進してくる。
 なんというか、緊張と恐怖のあまり周囲がまるでスローモーションのように見える。
 怖い。正直かなり怖い。逃げたい。
 でも、だめだ。ギリギリまでひきつけないと……。

 バリアジャケットの裾が奴の魔力の端に触れる。それだけでバリアジャケットが引き千切れ魔力に帰って行く。
 胸鎧にひびが入る。すでに立ってるのも辛い。
 切っ先が迫る。俺は魔力と体力を振り絞り、剣を避ける。
 芯は外した。でも、刃でわき腹に切り傷が出来る。
 ほんの少し、ほんの少しかすっただけなのに、体が真っ二つになるんじゃないかという衝撃が来る。このまま意識を手放せればどれだけ楽だろうか。
 でも、視界の隅になのはの、フェイトの姿がある。負けるわけには行かない。
 俺は食いしばって衝撃に耐えると剣を振り下ろす。

「紫電いっ……」

 そう、振り下ろそうとした瞬間だった。

「崩撃!」

 突きの体勢のまま、プレラは更なる加速をする。
 しかし、それは剣で突くためだけではなかった。奴は肩に魔力を溜めると、ショルダータックルをかましてきた。
 刀の切っ先に勝るとも劣らない魔力が俺の胴に当たる。俺の耳に、肋骨に皹が入る嫌な音が届く。

 もう、紫電一閃どころではなかった。

 俺の身体はゴム鞠のように軽々と空中に投げ出され、重力に惹かれるまま地上に激突する。

 痛い……という感覚すらなかった。ただ、一瞬身体の感覚が全て無くなっただけだ。
 神経が、意識が千切れそうだ。思考が粉々に砕けそうになる。
 
 だけど、ここで意識を失うわけには行かない。
 視界の片隅に、なのはの、フェイトの姿が写る。それだけを頼りに、砕けそうな意思を繋ぎ止める。
 二人を安全なところに連れて行かなければ、死んでも死に切れない。

 誰かが悲しむ姿は見たくない。
 自分に絶望するのは、もうごめんだ。

 プレラの姿が視界に入る。
 奴が俺に止めを刺そうとした瞬間が、なのはやフェイトに手を出そうとした瞬間が、俺を倒したと思いこの場を去った時がチャンスだ。倒すにせよ、逃げるにせよ、それ以外に俺に残された手は無い。
 フォースセイバーフルドライブ、起動……。フラッシュムーブアクション……スタンバイ。

 プレラがゆっくりとこちらに近づいてくる。
 刀型デバイスは腰の鞘に収めていた。銃型デバイスはまだ地面だ。
 こちらに近づいてくる。俺を倒したかどうか確認する気なのか?
 このまま倒したと思って去るなら、それでよし。止めを刺そうとするなら反撃する。

 プレラは俺が動かないのを確認すると、なのはたちのほうに向かう。森を掻き分けてやってくるガジェットドローンが姿をあらわす。……まさか?
 夏の出来事の時に感じた恐怖がぶり返す。今すぐにでも立ち上がりたい。
 でも、我慢だ。プレラの意識が完全に俺から離れるのを待たねば……。

 プレラもガジェットドローンが来た事に気が付いたのか、そちらに向かう……。

 もう駄目だ……今しか!

 俺は加速魔法と飛行魔法を使い、音も無く立ち上がると、残った魔力をありったけつぎ込んで姿が消えたフォースセイバーを振りかぶる。
 気合も掛け声も無い。ただ、全ての力をこの一振りに!

「この魔力量差だ……。死んだふりが卑怯とは思わないが、言った筈だ。」

 えっ?

「奇策が何時までも通じるとは思うな」

 後ろを向いたままのプレラがつぶやく。俺がその意味を悟るより早く、背中に強い衝撃が走る。
 衝撃に体制が崩れ、バリアジャケットが砕け散った。
 プレラが振り向くと、手に持った刀を振りかぶる。

「技で上回っていても、それを支える地力が足りなかったな、ヴァン・ツチダ。決着だ!」

 それでも、最後の抵抗にP1SCで防御しようと前に突き出す。
 でも、俺の抵抗はそこまでだった。

「で、デバイスが!」

 魔力の篭った一撃の前に、P1SCが砕け散る。気合や根性などではどうにもならない圧倒的な力が、俺の胴体を襲う。
 もう、何が何だかわからなかった。自分が立っているのか倒れているのかも、わからない。
 意識が急速に薄れていく。

 ぼやける視界の片隅に、なのはの姿が移る。

 ごめん、なのは……約束を破って……。俺は……君を……守れなかった……。

 せめて、最後の抵抗になのはに向かい手を伸ばそうとして、俺の意識は完全に闇に沈んだ。





 * * * * * * * * * * * * * *





 残心という言葉がある。
 技を決めた直後、相手が倒れても決して油断しないことを指す。あくまで身構えに対する心構えの一つではあるが、これを実際に実践するのは難しい。
 人間というものは、一つのことが終わるとどうしても安心し、弛緩してしまうものだ。
 緊張によるストレスに対する、自己防衛なのかもしれない。

 相手が何をしでかすかわからない男だったとはいえ、今回のプレラは見事に残心が出来ていたとも言えよう。
 見事にヴァンの不意打ちを察知し、止めを刺すことが出来たわけだ。

 プレラはヴァンが完全に動きを止めたのを確認すると、溜息を一つつく。
 油断する気は無いが、やはり一つのけじめだ。心のどこかに安堵するものがある。

 もっとも、喜ぶにはまだ早いが……。いくつかしなければならないことがあるのだ。

「まずは……」

 プレラは遠隔操作をしていた銃型端末のリヒトを拾い上げると、無造作に魔法弾を放つ。
 魔法弾は接近していたガジェットドローンを、まるで空き缶をのように易々と撃ち抜いた。ガジェットドローンは一瞬だけよろめくと、次々に爆発を起こす。

「人の上前を撥ねようとするのは感心しないな」

 プレラは不機嫌さを隠さず、覗き見をしているだろう連中に言う。スカリエッティ一味がこちらを監視しているのは気がついていたが、勝負がつくや否や出てくるとはなんとも無粋だ。
 しかも、実のところ完全にはついていなかったのだから、間抜けとしか言い様が無い。
 茶々を入れられた報復という訳では無いが、プレラはスカリエッティの好きなようにさせる気はさらさら無かった。

『あらあら、傭兵を名乗っている割には雇い主に逆らうんですか?』
「飯代替わりに爆撃の阻止を手伝っただけだ。そもそも、トーレが個人的に頼んできただけであって、正式に依頼は受けていない」
『あら、ドクターから言われたのではなくて?』

 ガジェットドローンが沈黙すると同時に、空中にモニターが開く。通信を入れてきたメガネの女を、プレラは冷たくあしらう。
 正直、プレラはこの女の事が好きではなかった。いや、それ以前にスカリエッティ一味を信用していない。

 トーレやチンクのように個人として付き合う分には信じて良い者や、ディエチのようにある程度良心を持ち合わせている者。セインのようにそもそも疑うのが馬鹿馬鹿しい娘などもいるにはいるが、基本的に彼らは自分たちの小さなコミュニティの外に対しては冷淡であり、個人よりもスカリエッティ一味の、ナンバーズとしての立場を優先させる。
 闇に生まれ、そこしか知らない彼女たちにとっては仕方の無い事なのかもしれないが、正直あまり気持ちの良い話ではない。
 そんなナンバーズの異端児が、このクアットロだ。ほかの娘たちは自覚の有無にかかわらず、あくまでもスカリエッティの創造物という立場を崩さない。だが、クアットロだけは微妙に違うのだ。
 姉妹の性格、ドクターの望みを理解した上で、歪め自らの欲望をかなえようとしている。ある意味、もっともスカリエッティに似たのが彼女だろう。
 彼女の欲望と狡猾さ、そして人を見下す態度は時に姉妹であるナンバーズや創造主であるスカリエッティにも向けられる。造られた性格なのか、それとも望んでこうなったのかは知らないが、好感を持てというのが無理な話だ。

「どちらにせよ同じだ。そもそも、一番厄介な3人をサービスで倒したんだ。身柄を引き渡すのはサービス過多すぎる」
『あーら、二人じゃなくて?』

 クアットロの視線を追えば、なのはとフェイトを見つめていた。転生者であっても、たいした力の無いヴァンは彼女の中では脅威にカウントされていないらしい。
 3人とも厄介なことに変わりは無いが、実践で一番手に負えないのは、とにかく場を引っ掻き回すヴァンだというのに……。
 自分もそうだったが、この手のタイプは紙に書ける程度のスペックで人を判断し見下す。意思や感情など数字には表せないものがある事は知っていて利用する事はできても、その価値を真に理解する事ができないのだ。それゆえに、感情を愚かだと言い切ってしまう。
 かつての自分がそうだった。一度痛い目に合わないと、考え違いをしていた事などわからないだろう。
 そう考えたプレラはクアットロにその事を指摘しなかった。

「3人だ。まぁ、いい。貴様たちも忙しいのだろう、これ以上欲張れば計画が破綻するぞ」
『あら、探っていたとは意外とやりますわねぇ』
「さてな」

 調査に関しては素人のプレラ程度に計画の確信を悟らせるほど、スカリエッティの脇は甘くない。
 それでも、施設の配備状況や自分に対するスカリエッティの厚遇と検査を考えれば、彼の興味がどこに移っているのかおおよそ推測はつく。

 ここ数週間で、明らかに基地にあったガジェットドローンの数が減っていた。
 一味が目的を持って、この基地を管理局に攻撃させるように仕向けたのは明白だ。

『まぁ、良いですわ。それじゃ、協力関係はここまでですわね』
「お前に協力した気は無い。心にも無い事を言うな」

 デバイスに仕掛けた自爆装置を使うと脅したつもりなのかもしれないが、プレラはつまらなそうに答え通信を一方的に切ってしまう。
 どうせ、現時点のクアットロは大した事など出来ない。スカリエッティの興味が自分たちトリッパーにある以上、貴重なサンプルの自分は泳がせるはず。
 そして、クアットロがなのはとフェイトにしか興味を持たなかったという事は、これはスカリエッティの指示ではなく彼女の独断だろう。自分と同じトリッパーであるヴァンに、スカリエッティが興味を抱かないはずが無い。
 独断であるならば、これ以上のちょっかいは、もうかけてこないはずだ。流石に命令違反過ぎる。

 実際、デバイスは自爆することも無く、正常に稼動を続けていた。

「さて、どうしたものか」

 通信をきると、プレラはかなり困った表情で周囲を見回す。
 先ほどクアットロと会話をしていた時よりも、表情が幾分幼く見える。何せこの時のプレラは、キャラ作りを忘れるくらい困っていたのだ。

「このままって訳にはいかないよなぁ……」

 ヴァンの姿を見てハイになっていたとはいえ、後先考えず3人を倒してしまったのは失敗だった。
 このまま倒れている3人を放置してこの場を去るというわけには行かない。ヴァンはほっといても生き延びるだろうが、少女二人を放置していくのはさすがに良心が咎めた。
 ならば最初からやるなと自分でも思うのだが、焦がれていたヴァンとの決着の前に、そんな自重はすっぱり飛んでしまったのだ。

「起きるまで見ておく……だめか。起きたとたん戦いになる可能性があるな」

 なのははともかく、自分を嫌っているフェイトや何をしでかすかわからないヴァンが起きた時に戦いにならない保障は無い。
 どこかに連れて行くにしても、一度にこの人数を転移させるのは難しい。飛んで運ぶにしても、管理局の監視があるだろうから余計な戦いを起こすだけだ。
 幻術による変わり身を使ってはいたが、なのはやフェイトの砲撃を完全に回避できていたわけではない。プレラもかなりのダメージを負っている以上、連戦は避けたかった。

「とりあえず、この場から移動だけはしておくかな……」

 移動するにしても、どこに行くべきか。
 一人悩むプレラだったが、その悩みは結局必要が無かった。
 なのはたちを回収しようと近づくプレラに、遠方から放たれた鉄球が迫りくる。

「これはっ!」

 不意打ちではあったが、プレラは後方に下がりなんとか回避する。
 後方に下がったプレラに対し、赤い影が更なる追撃を仕掛けた。

「テートリヒ・シュラーク!」

 迫りくる鉄槌に、プレラは堪らずシールドを張る。
 シールドごしに受けたのにもかかわらず、踏ん張ったはずの地面を削りながらプレラは徐々にだが押されていく。
 そしてそれが限界に達したとき、プレラは大きく後ろに吹き飛ばされた。

「うおっ! ヴォルケンリッター……、ヴィータか!?」
「てめえ、なのはに……、こいつらに何をしやがった!」

 空中で体勢を立て直し着地をしたプレラに、飛び込んできた赤い影……ヴィータは怒声を浴びせる。
 この時、ヴィータは恐怖を覚えていた。おぼろげに覚えている、闇の書の騎士だった頃の記憶がうずくのだ。
 好きになった奴も、仲良くなった奴も、尊敬した奴も、皆消えてしまった、あの頃の記憶だ。嫌な奴ですら生きて欲しかった、そう思ったことは何度あっただろう?
 結局はすべて闇に消えていき、彼女に出来たのは心を閉ざし荒む事だけだった。
 その頃のおぼろげな記憶と、傷つき倒れている3人の姿が被るのだ。

「何と言われてもな、戦っただけだ」

 そんな少女の剣幕を見たからだろうか、プレラは逆に冷静になる。
 このままヴィータになのはたちを回収させよう。そう都合よく考えてもいた。

「まぁ、目的は達した。この場は引かせて……」
「そう都合良く行くと思っているのか?」

 不意に背後から声がかかる。
 相手が騎士でなければ、不意打ちを受けていたかもしれない。

「シグナム!?」
「初対面だと思うが?」
「君たちは有名だからな」

 そう答えながらも、周囲を見回す。
 倒れているなのはをシャマルが診ており、ザフィーラが彼女のカバーに入っている。さらに、上空にははやての姿まであった。

「夜天の書の主と、ヴォルケンリッターか……」

 気がつけば、完全に囲まれている。怒り狂っていても、やはり彼女たちは守護騎士だ。先ほどのヴィータの派手な突撃も、自分の注意をヴァンたちからそらす為だったのだろう。やはり自分は未熟だ。プレラはその事を悔しがると同時に、まだ高みは存在すると密かに安堵していた。
 しかし、先ほどクアットロが通信は、彼女たちの接近の警告もかねていたのかもしれない。あの独断の行動は、プレラから通信を切らせるよう仕向けたのか?
 あの性格の悪い女なら、やりそうな話である。

「3人とも、無事です!」

 シグナムとヴィータがプレラをけん制する傍ら、倒れた3人を診ていたシャマルがこう叫ぶ。
 その報告に、ヴィータとシグナムの表情に若干の安堵が浮かぶ。

「あんた、夢の中で私とリインフォースを助けてくれた魔導師やろう?」
「そんな事もあったな」
「ここの悪い奴らの仲間やったんか?」
「残念ながら仲間ではない。傭兵なので、雇い主に言われたように戦っただけだ」

 はやてもプレラの事は聞いている。もっとも、PT事件の際にヴァンたちと敵対した……といった、簡単な説明だけで、詳しく何をしでかしたのか聞いていない。
 その為、何度か助けてくれた魔道師の少年と恐ろしい犯罪者というイメージがどうしても結びつかなかった。
 もっとも、こうやって倒れている友人を見れば、やはり恐ろしい犯罪者だったのかと納得もしたのだが……。

「スカリエッティ……って人に雇われたんか?」
「まぁ、おおむねそんな感じだ」

 飯代替わりに働いた……とは流石に言わない。ちょっと情けなさ過ぎる。

「一応は助けてくれた恩人や。手荒なまねはしたくない。降伏してくれへんか?」
「むぅ……」

 流石に、今の状況でヴォルケンリッターと夜天の主と戦うのはかなり厳しい。
 ヴァンたちとの戦いはプレラにとっても消耗する戦いだった。ヴァンに付け込まれないよう大してダメージを受けてないように装っていたが、なのはやフェイトの攻撃は余波だけでも消耗を余儀なくされるような攻撃ばかりだ。ヴァンが戦力的に足手まといになっていなければ、負けていたかもしれない。
 ヴォルケンリッターと戦えば、負ける可能性が高かった。

「なかなか魅力的な提案だな……」

 ヴァン・ツチダ打倒という最大の目的はすでに達している。そういう意味では、捕まっても良い……そう考えない訳でもない。アギトの件を考えれば、ここで自分が消え、はやてたちの元に行くよう仕向けるのも良いだろう。

 だが、盟主が作り出した、悪意に満ちた転生者組織の件がある。
 捕まればどうなるか……。管理局に勤めるこの世界の父は、自分の出世以外に興味が無い人だ。自分を切り捨てる事はしても、助けはしない。情状酌量の余地も無ければ、管理局に頭をたれる気も無い。
 管理局に捕まれば厳重な魔力封印の上に長期間の拘束となるだろう。自分のやってきた事を考えれば、そうなる事ぐらいプレラもわかっていた。
 自分の手でけじめをつけたい以上、今ここでつかまる訳にはいかない。

「だが、悪いが降伏する訳には行かない。私にはまだやるべき事がある」

 プレラの返答に、シグナムとヴィータが警戒を強める。
 なのはやフェイトをほとんど一方的に倒した魔道師だ。二人といえども楽に戦える相手ではない。
 徐々に包囲を狭めてくるヴォルケンリッターに、プレラは余裕の表情を崩さないよう努める。少しでも弱気になれば、一気に攻め込まれるだろう。

「そうか、ならば少し手荒になるぞ」
「容赦はしねえぞ!」

 シグナムが、ヴィータが武器を構える。
 そんな二人を視界の隅にとどめながら、プレラははやてに話しかけた。

「そうそう、私が恩人だと言ったな。つまり、君は私に借りがある訳だ」
「だから見逃せと?」
「そこまでは頼むのは恩着せがましい。ただ、少しヴァン・ツチダに伝言を頼みたいと思ってな」
「時間伸ばしをする気か?」

 ヴィータが口を挟んでくる。やはり鋭い。
 だが、そんな彼女の発言を無視してプレラは言葉を続けた。

「なに、大した事ではない。盟主の組織だがな、まだ活動を続けているぞ」
「盟主!? 盟主ってあの?」

 やはり食いついてきたか。リインフォースの仇であるのだから、当然と言えば当然だ。
 予想通りの反応に、プレラは内心で安堵のため息をつきながら、さらに話を続ける。

「あいつは死んだだろう!」
「本人が死んでも組織は関係ない。実働部隊であるシスター・ミトの配下は一人も動いていないからな。それにだ……」

 プレラはここで言葉を切って、組織にいたころのことを思い出す。
 よくよく考えてみれば、盟主の死亡自体がかなりおかしい。

「盟主一味がPT事件で誰を連れて行ったか……。スカリエッティ一味との取引、プロジェクトF、記憶転写技術、古代ベルカの生命操作技術……、組織は専門の遺跡発掘チームも持っていたな」

 プレラ自身は所属が違った為に詳しい内容までは知らないのだが、古代ベルカの技術研究をしていた事は知っていた。
 そして、組織がプレシア・テスサロッサをPT事件の際に連れ去り、ジェイル・スカリエッティと取引があった事も知っている。この3つの共通点を考えれば、おのずと答えも出てきた。
 そもそも、計画を立て、組織を動かしていた盟主が一人の護衛もつけずに前線に出てきて暴れる自体おかしいのだ。あれは、死んで見せることを前提として動いたと考えるほうがしっくりくる。
 死んだ盟主とは別に、“盟主”に相応するモノがいまだ存在しているのだろう。乱暴な推理だが、そう外れていないはずだ。

「どういう事や?」

 直接明言した訳ではない。つい先日までごく平凡な少女だったはやてには、彼のいった言葉の意味の大半はわからないだろう。
 だが、はやては聡い子だ。彼が何を言っているのか、おぼろげながら理解しているはずだ。

「全て聞こうというのは虫が良すぎるぞ。自分で調べるか、無限書庫に詳しい者に調査を頼むんだな」
「お前を叩きのめして聞き出すってのがあるぞ」
「怖いことを言うな、そこのちびっこいの」
「誰がちびだ!」

 短気なヴィータがプレラの言葉に激昂する。そうでなくとも、彼女たちにとっては聞き捨てならない内容なのだ。

「落ち着け、ヴィータ! 安い挑発に乗るな」
「ザフィーラ」

 一歩引いたところで聞いていたザフィーラがヴィータをとめる。
 激昂したヴィータが落ち着くのを見て、プレラは内心で舌打ちをした。挑発して隙を作るのは、これ以上は無理だ。

「ヴィータが失礼した。貴殿の言った言葉に……」
「嘘は嫌いでね、事実しか言っていない。組織名はタナトス。いくつかの遺跡荒しをやっていて、管理局にも名前を知られている。調べてみれば簡単に分かるはずだ」

 ある程度冷静さを取り戻した以上、挑発じみた物言いは意味が無い。
 別に彼女たちに喧嘩を売りたい訳ではないのだ。

「それをなぜ我らに教える? 貴殿に何の得がある?」
「そうだな……、君たちとタナトスが争えば、私にも奴らを討つ隙ができるというものだ。おっと、連中の攻撃対象にはおそらく君たちも入っている。知らなければ……は通用しないぞ」

 シグナムに問われ、とっさにプレラはこんな事を口にする。
 ぶっちゃけ、時間稼ぎとヴァンに対しての伝言……さらに言えば、かっこつけ以上の意味は無いのだが、それなりにカッコイイ台詞になったなと自画自賛を内心でした。

「そんなら、協力して迎え撃てば……」
「君は優しい子だな、八神はやて。闇の書の制御人格も最後で良い主人を持ったものだ。だがな、決して交わる事の出来ない人間と言うのもいるのだよ」
「そうか、だがわれらは管理局よりの依頼でここにいる。貴殿を逃がすわけにはいかない」
「それは怖い」

 おどけながら、大きく後ろに下がる。それを逃げるための動作だと判断したシグナムとヴィータが追撃に入る。

「逃がすかよっ!」

 迫りくる鉄槌をプレラは回避する。体勢が崩れたプレラにシグナムが追撃を行おうとする。
 だが、その追撃が行われるより早く、木々の合間より魔法弾の雨がこの場に降り注ぐ。

「ブレネン・クリューガー」

 けん制の魔法弾に、シグナムたちの動きが一歩遅れる。
 さらに魔法弾には発火作用が付与されていたらしく、周囲の木々が勢いよく燃え上がり始めた。

「伏兵!?」
「でも、周囲に人影は!?」

 伏兵の存在に、シャマルが驚きの声をあげる。
 もっとも、これは無理も無いだろう。まさか、身長30センチ程度の人が潜んでいるなど、この時点の彼女たちが想定するわけが無い。

「悪いが引かせてもらおう」
「この程度の炎で、あたしたちがとまると思ってるのかっ! まちやがれっ!」

 ヴィータが炎の壁を突き破り突進する。
 だが、炎はいわゆる目くらましだった。本命は別にあった。

「ユニゾン・イン!」
「なっ!」

 姿は見えないが、どこからか少女の声が森に響く。
 次の瞬間、膨大な魔力がプレラから湧き上がる。その余波だけでヴィータの突進は止められ、弾き飛ばされた。

「ヴィータちゃん!」
「まさか、融合騎か!?」

 そう、発火式の魔法弾でのけん制し、炎の壁で視線をさえぎる。その上で森の影を利用してプレラはユニゾンをしたのだ。

「まさか……」
「夢の中で言ったと思ったが……、私には相棒がいると」

 そう答えながら、プレラは炎の中より姿を現す。漆黒の炎をまとった、白い衣の騎士がそこには存在していた。
 周囲に、ありえないほど強力な魔力があふれ出す。体勢を立て直しながら、ヴィータが小さくつぶやいた。

「悪魔め……」

 ヴァンたちとの戦いには奴はユニゾンデバイスを使っていなかった。それでは、全力で戦ったヴァンたちはなんだったというのだ。奴はヴァンたちをもてあそんだと言うのか?
 もっとも、これはある程度中にいるユニゾンデバイス……アギトも同感だったようで、プレラの中で思わずぼやいた。

【あのチビの言うのももっともだよなぁ……。管理局の魔道師相手にはあたし抜きで戦うし、隠れてユニゾンするし……。まったく、かっこつける事ばかり考えてさ】
【別にカッコつけではない。ヴァンとの因縁の決着は、できれば一対一でつけたかっただけだ】
【女の子たちを巻き込んでたじゃんか】
【不本意だがな】

 なのはたちが引いていたら、一対一で決着をつけていた。戦うのは好きだが、決着をつけたかったのはあくまでもヴァン一人だ。
 それに、出来ればアギトを自分の因縁……しかも、犯罪にかかわるものに巻き込みたくないというのもあった。アギトをはやてたちの目に晒さなかったのも同じ理由だ。

「悪魔か……、悪魔でもいいさ」

 まさか、自分がこの台詞を言われるとは……。若干驚きながらも、ヴァンと戦うために二人の少女を叩きのめした自分の所業は、まさしく悪魔だと納得する。

「この場は引かせてもらおう」
「くっ!」
「逃がすかっ!」
「待つんや! シグナム、ヴィータ!」

 追いすがろうとするシグナムとヴィータを、はやてが制止する。
 ユニゾンした騎士は、もはや魔道師ではない。一個の生きる兵器だ。アレが戦うと言うことは、周囲一体に甚大な被害が及ぶということを意味している。
 普段なら自分の騎士を信じるはやてだが、今は意識を失っている3人がいた。この場で戦うには危険すぎる。
 シグナムとヴィータが動きをとめたのを見て、プレラはふわりと浮き上がる。これ以上この場にいるのは、危ないだろう。
 だが、その前にひとつだけやっておくことがあった。

「おっと、ヴァンにだが……」

 プレラは思い出したかのように、はやてにこう告げた。

「これで、一勝一敗だ。ストライカーズの足手まといになって、私を落胆させるなよ。と、伝えてくれ」

 そう言うと、プレラは一気に加速をしてこの場を立ち去る。
 管理外世界の地球とは訳が違う。のんびりしていて、管理局に捕捉されては面倒だ。

「はやて、いいのかよ!?」

 飛び去っていくプレラを見送りながら、ヴィータがはやてに聞いてくる。
 それに対し、はやては首を横に振りこう答えた。

「流石に3人の安全を確保しながら戦うのはきつい。それに、私らがオーリスさんに頼まれたのは局員たちへの援軍や」

 戦って勝てない……とは思えない。ユニゾンした騎士と言えども、決して無敵ではないからだ。
 だが、そこにいたるまでの消耗、ヴァンたち3人の安全、さらに局員への援軍を考えれば、この場から去ることを宣言している騎士一人にこだわる意味は無かった。
 未来に禍根を残した気がしないでもないが、今を生き延びなければ未来もへったくれも無い。

「今は、しかたあらへん。少なくとも、すぐに敵対する気は無いみたいやしな……」

 それに、少し気になることもある。
 彼はユニゾンデバイスを“相棒”と言った。その相棒のユニゾンデバイスは、どうやら炎を使うようだ。
 そして、炎のユニゾンデバイスなら一つだけ思い当たる節がある。時の庭園で自分たちを襲撃したテロリストが使っていたらしきユニゾンデバイスが、炎使いだった。彼にも何か事情があるのかもしれない。

 もしかすると、良い人かもしれないしな……。

 はやては心の中で一言だけ付け加えると、意識を切り替えた。
 自分たちの仕事は、この下で戦っている管理局の局員たちの救援だ。他の事を気にしていて出来ることではない。





 だが、はやてはこの時知らなかった。
 すでに地下で、最後の決着がつきつつある事を……。



[12318] End of childhood 第12話
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:6c302dbc
Date: 2011/09/18 13:14
End of childhood 第12話



 ゼストが下がったのを見たチンクは、自らも後方に下がりながらスローイングナイフ・スティンガーを大量に投擲して弾幕を張る。
 もっとも、なんのひねりも無く投擲された短剣をゼストはあっさりと槍で弾き飛ばすと、すぐさま突撃を仕掛けてきた。

「悪いが、眠っていてもらうぞ!」

 1対1ならベルカの騎士は負けない。これは若干誇張が入っているものの、1対1となった時のベルカの騎士の強さを表す言葉として考えればあながちはずれでもない。
 多少の被弾を気にしない高い防御力に、ミドルレンジ程度なら一瞬で距離をゼロにする突進力。そして、同ランク相手なら一撃で倒しかねない高い攻撃力を持ったベルカの騎士を単独で止めるのは難しい。
 もっとも、難しいだけで止める手段が無いわけではなかった。

 チンクはゼストに当たらなかった短剣を連続で爆破させる。

「うおっ!」

 突如足元と頭上で起こった爆発に、流石のゼストも一瞬だけ動きを止めた。
 もっとも、止まったのはほんの一瞬だ。すぐさま軽く浮かび上がると、再び間合いを詰めようとする。これだから空戦魔導師は厄介だ。陸戦魔導師相手なら、あの起爆だけで足を殺せる。
 接近戦用の大剣もあるにはあるが、万全の状態の騎士と戦うには心もとない。
 チンクは再び大きく後退しながら、短剣で弾幕を張る。

「近づけさせん!」
「この程度!」

 ゼストはシールドを張り短剣を叩き落す。
 そのまま短剣の爆発をものともせず近づくと、槍を突き出してくる。
 チンクはシェルコートを起動させ、バリアを張った。

「貫く!」

 ゼストの槍が徐々にめり込み、強固なはずのバリアに槍の穂先がめり込んでいく。恐るべき力技だ。
 だが、その瞬間こそがチンクの待ち望んでいた瞬間だった。

「いまだっ!」

 チンクの合図に、突如横の壁を突き破り2機のガジェットドローンがゼストに組み付く。
 バリアの突破に全神経を集中していた時の不意打ちだ。流石のゼストも為す術も無くガジェットドローンに組み付かれる。

「ランブルデトネイター、起動! 弾けろ!」
「ぬおっ!!」

 次の瞬間、ガジェットドローンに仕込んでおいたランブルデトネイターが起動する。ゼストを巻き込み、2機のガジェットドローンが大爆発を起こした。
 もっとも、コレで終わりと言うことは無いはずだ。チンクは油断無くさらに後方に下がると、この部屋に仕込んでおいたものを呼び出した。
 一方、何とか爆発に耐えたゼストも、仕切りなおしに後方に下がることを余儀なくされる。
 致命傷ではないが、決して軽くないダメージに顔をしかめた。

「ゼスト隊長!」

 連続して起きる爆音を聞きつけたのだろう。通路の確保をしていた騎士クラウスがやってくる。
 その様子に、ゼストは思わずおどきの表情を浮かべた。

「騎士クラウス!?」
「爆発音が聞こえたので……彼女は」

 銀色の髪をした、10歳前後の少女。特徴的な眼帯こそ無いものの、クラウスの知識の中にある戦闘機人と特徴が一致していた。
 クラウスの背筋に冷たいものが流れる。

「大丈夫だ、問題ない」
「ですが!」

 出撃前に言っていた予言を思い出し、心配しているのだろう。
 ゼストは笑みを浮かべ大丈夫だと答える。

「アレの相手は俺がやる。騎士クラウスは部下のフォローを頼む」

 どこにこれだけの数が残っていたのだろう。部屋の奥からガジェットドローンの群れがやってくる。とてもではないが、数え切れる量ではない。
 ゼストやクラウスにとっては、多少数が多くても何とでもなるが、ゼスト隊の魔導師の力量に不安がある以上、フォロー役としてのクラウスの能力は必要だ。

「いえ、アレの相手は僕がします。ゼスト隊長は……」
「年寄り扱いされる歳ではないよ。残念ながら、君より私のほうが強い」

 事実だ。レアスキルを全開に戦ったとしても、ゼストはクラウスより強いだろう。
 教官役として出向してきてから一ヶ月。ゼストの技量の高さは良くわかっている。だが、それでもクラウスの不安はぬぐえない。

「ですが……」
「安心しろとは言わん。君の目に何が映ったのか、俺にはわからないからな。だが、もう少し周りを信じてくれないかな?」

 その言葉には、何の含みも無い。
 ゼストの知っているクラウスの過去など、調書に記載されていた内容より少し詳しい程度、付き合いは彼が教官としてやってきた一月弱だ。彼の能力や、彼の持つある物語の存在も知らない。その物語で、友を信じきれなかった自分たちが悲惨な終わり方をしたなど、夢にも思わないだろう。
 そして何より、ゼストはまだ、この世界を歪める者たちの存在を知らない。
 それでも、クラウスという少年いついては、何となくだがわかる事もある。彼の表情の変化で、推測が付く程度にはゼストも歳を取っていた。

 今言うべきことではないかもしれない。そもそも、そんな状況ではない。
 それでも、ゼストは迷える少年に、一言だけアドバイスをしていた。

「君は、もう少し肩の力を抜くべきだな。君は才能ある若者だが、一人で全てを背負い込む事は出来んよ」

 言いたかった事が通じただろうか?
 ソレを確認する時間はゼストには無い。

「どのくらい持ちそうだ?」

 こちらを囲むように布陣をとるガジェットドローンを横目に、ゼストは部下たちに尋ねる。制御に手間取っているのか、まだ遠巻きに囲うだけだが、数が数だ。戦いになれば、数に押し流される可能性が高い。
 弱気にも取れるゼストの発言に答えたのは、後方支援にゼスト隊についてきた空隊の隊員だった。

「円陣を組んで守りに入れば、ひよっこどもでもそう簡単には突破されませんよ」
「そうか?」
「先ほどの爆発ですからシスターやうちの隊長か、分隊長あたりはすぐ駆けつけると思います」
「ルーチェ隊長は地獄耳ですし、タタ分隊長もあれでキャリアは長いですから」

 次々に答える空隊の隊員に勇気付けられたのか、陸士の顔にも若干ながら生気が戻る。その様子に、ゼストは覚悟を決めた。
 これだけの数がまだいるのだ。他からの救援が確実に来る保証はない。今は空元気が出ても、いずれは数に押しつぶされる。短期で決めなければ危険だ。

「おそらくは、あの少女が指揮官だろう。数で押し切られる前に、あの少女を撃破し活路を開く」
「私たちは、防衛していれば良いんですね」
「ああ、あとは通路までの退路の確保を頼む。ムラタ空曹長、指揮は任せます。騎士クラウスは全体のフォローを」
「承知。ですがゼスト隊長?」
「?」
「ガジェットドローン、全て倒してしまっても構わんのだろう?」

 指揮を頼んだ空隊隊員の頼もしい台詞にゼストは笑みを浮かべ、陸士隊の面子は感嘆の声を上げる。

「ああ、出来るなら頼む」

 もっとも、身内である空隊のメンバーはそうではなかったようだ。口々に呆れ声を上げた。

「何をかっこつけてるんだよ」
「きもいぞ」
「てか、そういうのはヴァンかティーダの担当だろう。年を考えろ、妻子持ち!」
「そうだ、美人の嫁をもらいやがって、もげろ!」
「やかましい!」

 感動したのは一瞬。本当に騒がしい部隊だ。
 もっとも、この絶望的ともいえる状況でふてぶてしく笑い、まったく気落ちしていない様はさすがとしか言いようが無い。
 隊長や分隊長。あるいは隊の同僚をよほど信頼しているのだろう。空隊の問題児の寄せ集めと言われているが、噂ほど当てにならないものはない。

「とりあえず、俺が突っ込む」
「おっしゃ、ゼスト隊長が突っ込む花道は俺たちが作るぞ」
「了解! 騎士クラウス、座薬の親玉を接近させないように頼むぜ」

 少なくとも、背中は安心して任せられる。
 彼らが一緒で良かった。ゼストはそう思った。

「銀髪ロリは俺のもんだ!」
「管理局の人! ここに犯罪者予備軍が!」
「お前が管理局の人だ!」

 たぶん、良かったんだろう。





 チンクにとって、この遭遇は計画外の出来事だ。
 本来ならば、ある程度ゼスト隊が内部に侵入したのを確認した後、破棄予定のプラントから脱出する手はずだった。計画が狂いだしたのは、高町なのはによる空爆からだ。
 正確極まりないな砲撃は、プラントの防衛施設を悉く撃ち抜き続けた。しかも、よりにもよって今回の計画の肝である独立開発ラボ付近にまで着弾して、ラボの動力部に深刻なエラーまで発生したのだ。
 独立開発ラボの動力が切れると非常にまずい状態になってしまう。結論だけ言えば予備電源が即座に復旧し事なきを得たのだが、破損箇所が多く点検に時間をとられてしまった。
 さらに運が悪い事に、砲撃による支援を受けたゼスト隊は、スカリエッティ一味が想定していたよりもずっと早い速度でプラントの進入をしていたのだ。
 結果的に逃げそびれてしまったチンクは、残存戦力を集め脱出の機会をうかがっていたのだった。



 さて、どうするか。
 とりあえず距離を取ったところで、チンクは考える。
 物質透過のできるセインか、光学を含めた完全なステルス能力を持つクアットロなら、こういった状況でも脱出は出来るだろう。
 だが、今回はこの二人に救援を要請するわけにも行かないし、来るわけも無い。セインの能力は偶然発生したレア能力だ。普段ならともかく、今回は物語でセインを倒したシスター・シャッハがこの地にいる。こんな撤退戦で使い潰す訳には行かない。
 クアットロに関しても同様だ。元々情報分析と作戦指揮が専門の非戦闘タイプだ。基本的に前線に出すべき存在ではない。
 自力で脱出しなければならないのだが、隠し通路や転送装置は空爆で機能を停止している。

 結局、脱出するには正面のゼスト隊を速やかに撃破し、他の通路を進んでいる空隊がやってくる前に脱出しなければならない。
 そうなると陸士隊の有象無象はどうにでもなるが、ゼストとクラウスの撃墜は必須だ。だが、元々引き払うつもりだった上に、空爆の被害でこのプラントに展開しているAMF濃度は薄かった。
 SランクやAAAランクの騎士を二人相手にして無事でいられると思うほど、チンクは愚かではない。少なくとも、連中を分断しなければ勝ち目は無いだろう。脱出を考えれば、出来る限り無傷が好ましい。
 結局、今ある戦力で出し抜くしかないのだ。
 とりあえずかき集めた旧型のガジェットドローンⅠと、雑務用や訓練用のガジェットドローン。それと、この半年で試作した新装備がいくつか……。
 Ⅰ型はともかく、雑務用や訓練用のガジェットドローンに戦闘能力は無い。せいぜい、仕込んだランブルデトネイターで自爆させるのが関の山だ。
 さらに、試作装備は『チンクキャノン』に代表されるドクターが遊びで作ったとしか思えない装備がいくつかと、作っては見たものの何らかの欠陥があり実践には使えないと判断した未完成品ばかりだった。

 はっきりと言って戦力は心もとないが、まあいい。
 攻撃力0の魔導師が自分に勝ったのだ。戦力が低い事など言い訳にならない事は、チンク自身が一番良くわかっていた。



 即座に固まりクラウスを中心に防御陣形をとる局員たちの錬度に、チンクは内心で喝采を送る。
 圧倒的多数を餌にそうなるように仕向けたとはいえ、この状況でパニックにもならず行動できるのはすばらしい。それに、クラウスが局員のフォローに回るようなのも、チンクには都合が良かった。
 あとは、ゼストも防衛に回ってくれればいいのだが、そこまで都合よく話は進まなかった。
 ゼストが一人、槍を構え突撃してくる。

「やはりそう来たか!」

 短期決戦ならば、指揮官である自分を狙うだろう。特に、こちらの兵士は単なる機械だ。
 ある程度は自立して動くとはいえ、操る者がいなくなれば途端に精度が落ちる。まして、大半は戦闘能力の無い機体だ。化けの皮がはがれるより早く、ゼストを出し抜かなければ危険だ。
 槍を構え突進してくるゼストに、チンクは作業用ガジェットドローンを向かわせる。
 まずは足止めだ。

「ヴァリアブルブリット!」
「ヒャッハー!」
「オラオラオラ!」

 だがゼストの進路上に向かったガジェットドローンは、局員たちが放つ魔法弾に空き缶よりも容易く撃ち抜かれて爆散してゆく。当たり前だ、元々も作業用のガジェットドローンにはAMFが搭載されていない。

「くっ!」

 チンクは歯噛みすると、旧式ではあっても戦闘用のガジェットドローンを局員とゼストの間に割り込ませる。
 戦闘用ガジェットドローンのAMFなら、防御に集中させればしばらくは持つ。とにかく連携を断たなければどうにもならない。
 さらに、チンク自身も後退しながら短剣をばら撒く。
 爆発による不意打ちはもう出来ないだろうが、自分の攻撃力ならSランクの騎士にも通用する。
 もっとも、ゼストとてチンクの攻撃力は侮れないことなど百も承知だ。正面にシールドを張ると、短剣を弾き飛ばし一気に加速をする。

 一瞬で間合いを詰めたゼストは、槍を振るう。

 鋼と鋼がぶつかり合う鈍い音が、あたりに響き渡る。

 咄嗟に大剣でゼストの攻撃を受け流したが、重い一撃だ。バリアも併用していなければ、体の小さなチンクは受け流しきれず吹き飛ばされていたかもしれない。
 Sランク騎士の強さは、この一撃だけでも十分わかる。

「ん?」

 ふと、Sランク騎士というフレーズで最近姉の一人、トーレと懇意にしている少年の事を思い出す。
 セインはストロベリーだ何だと騒いでいたが、トーレにそんな意識は無い。良くも悪くも武人で堅物なのがトーレだ。異常なほどの強さと、妙な素人臭さをもつ少年を鍛え、また自分も鍛えられるのが純粋に楽しいだけだろう。
 それはともかく、良く考えれば、アレもSランクの騎士なのだ。トーレに戦えて自分に戦えないはずが無い。
 チンクの口元に自然と笑みが浮かび、肩の力が抜ける。

「何がおかしい?」

 鍔迫り合いをしていたゼストが、突然笑みを浮かべたチンクに声をかけた。

「すまない、家庭の事情だ」
「何を!」

 その一言に苛ついたのか、ゼストが槍に力を込める。
 高まる圧力に、チンクは大剣を放り捨てた。

「なにっ!」
「そちらの間合いでは勝てそうに無いのでな」

 戦闘機人であるチンクの膂力は見た目とは違うのだが、ウェイトや手足の長さは生身の人間とそう違いが無い。
 いかに力が強くとも、それを支える土台が無ければ宝の持ち腐れだ。魔力や機械で補助をするのにも限界がある。
 小さければ小回りが利く……と言えば聞こえが良いが、小さいと言っても所詮は人間サイズだ。捉えられないほど小さいわけではなく、トーレのような高速戦闘が出来るわけでもない。
 結局、体格が小さいチンクは接近戦はそれほど得意ではないのだ。

 とはいえ、一瞬だけならその『小回り』を利用する事は不可能ではない。

 チンクは大剣を捨てると、小柄な体格を生かしゼストの懐に飛び込む。短剣を抜くと、ゼストに突き刺した。
 もっとも、チンクの固有装備であるスティンガーは投擲用の短剣だ。元々接近して斬るのには向かないし、突き刺すにしても限度がある。実際、強固なゼストの騎士甲冑に阻まれ、先端が突き刺さるにとどまる。
 だが、チンクにとってはこれで十分だった。
 シェルコートを最大起動。高い防御力を誇るハードシェルを発動させ、同時に短剣を起爆。
 
 一瞬、ゼストの魔力光が輝く。チンクが自爆をするとわかった瞬間、爆発を押さえ込もうとバリアを張ったのだ。

 大きな爆発が起こり、チンクとゼストが再び吹き飛ばされる。
 特に体の小さなチンクは、部屋の端まで跳ね飛ばされた。

「やれやれ、何度も使える手ではないな……」

 ハードシェルで防御したとはいえ、至近距離での爆発だ。ダメージを全部吸収できる訳ではない。
 体の節々が痛み、機能の一部が不具合を起こしている。

「まさか、自爆じみた技を使うとは……」

 一方、同じ爆発を食ったゼストも無事ではない。バリアジャケットの腹部が大きくはじけとび、口の端から血を流す。
 幸い防御が間に合い、臓器に致命的なダメージは無いが、肋骨にひびが入っている。
 さらに、今の爆発でまただいぶ距離を稼がれた上に、彼女をカバーするようにガジェットドローンの群れが間に入ってきた。



 チンクは今の攻防を冷静に分析する。
 自分の攻撃はSランクに通じる。半面で、純粋な技量はゼストの方が上だ。ガジェットドローンを使った不意打ち、大剣を捨てることによる不意打ち。2度の不意打ちで攻撃を当てるには当てたが、倒すには至ってない。
 瞬時の判断速度や、基礎能力が高いのだ。
 そして、3度目の奇策が通じると思うほどチンクはおめでたい頭はしていない。こうなると、最大攻撃力を持つ大剣を捨てたのは失敗だったか。
 とにかく近づけさせない。そして、何とか隙を作る。



 ゼストは状況を確認する。
 この程度の傷なら痛覚遮断で戦闘続行は可能だ。侮れない火力の持ち主であり、あの爆発をまともに食らえば自分とてただではすまない。だが、地力ではこちらが勝っている。
 部下たちは、全員無事だ。いや、それどころかクラウスと空隊のフォローがあるとはいえ、ガジェットドローンを確実に倒し続けている。
 最悪自分に何かあったところで、クラウスや別働隊のシャッハとタタ。さらに空隊のルーチェ隊長もいる。
 下手な小細工をするよりも、正攻法で押し切るべき状況だ。



 ゼストが三度目の突撃をかける。
 チンクはガジェットドローンに命じて妨害をさせるが、3度目はゼストに接近するより早く叩き落される。
 短剣を召還、炸裂させるがゼストの突進はとまらない。それどころか、槍から放たれた衝撃波で短剣が大きく吹き散らされる。これではトラップとしても使えない。

「でたらめな!」

 離れたところに吹き飛ばされた短剣を爆発させても意味が無いのだ。
 だから、チンクは自分の足元に短剣を投げる。

「なにっ!」

 ゼストが警戒するのを尻目に、短剣を炸裂。その衝撃を利用して一気に移動する。
 目くらましじみた技だが、それでも構わない。ゼストと位置を入れ替え、再び短剣を投擲する。

 ほぼ背後から放たれた短剣の雨だが、ゼストの張ったバリアに弾き飛ばされる。
 だが、それでいいのだ。

「ランブルデトネイター、起動!」

 ゼストの周囲に散らばった短剣が一斉に爆発する。刺さっているわけではないので威力は低いが、周囲の足場や天井が崩れゼストの動きが止まった。
 今のうちに、次の手を……。

 だが、チンクが動くより先にゼストが動いていた。
 爆煙を突っ切り、ゼストがチンクに向けて槍を振るう。
 放たれた衝撃波は弱いものだった。ダメージを与えるほどではない。だが、その衝撃波によりチンクの動きが拘束される。

「しまった!」

 チンクは受け流そうと、咄嗟に防壁を展開した。
 だが、ベルカ式の攻撃力はそう感嘆にとめられるものではない。防壁ごとチンクを切り裂く。

「でやああああああああっ!」

 一閃。
 かろうじて体をひねり、直撃は避ける。
 だが、その代償は決して小さくない。チンクの顔に槍の軌跡が刻まれる。

「しまった!?」

 ゼストの口から呟きがもれた。
 少なくとも、ゼストは極力後に残るような傷を与えないよう、チンクと戦っていた。
 これは別にチンクを侮ってのことではない。ゼストの職務は管理局の局員である。犯罪者を極力無傷で取り押さえ、しかるべき裁きの場に送るのが彼の仕事だからだ。
 それに、彼女が将来更生することを考えれば、顔に傷など無いほうが良いに決まっている。

 もっとも、この気遣いはチンクにとっては余計なお世話だった。
 別に侮られたと怒る気は無い。むしろ、そういう制限を持って戦いの場に赴かなければならないのだから大変だな、くらいに考える。
 そして、わざわざ自分の行動に制限をしてくれるなら、こちらが有利になるというものだ。

「くらえっ!」

 チンクは片手で右目を抑えながら、大量の短剣を一斉に召還する。
 オーバーデトネイションと名づけた、チンクの切り札の一つだ。ゼストは咄嗟に防御するが、連続する爆発に耐え切れず吹き飛ばされた。

 爆発の煙が辺りを覆う。煙が晴れた時に立っていた二人は、互いに満身創痍だった。

 チンクは顔に大きな傷を負い、右目が完全につぶれている。半分機械の身だ、直らない事は無いだろうが、まさか自分が“この”姿になるとは。
 痛む体を引きずりながら、チンクは内心で苦笑する。

 一方のゼストも、バリアジャケットは大きく破れ血達磨だった。
 油断した気は無いが、一瞬の隙を突かれたのは、自らの未熟としか言いようが無い。

 二人は互いに相対し、槍と短剣をそれぞれ構える。
 すでに双方ボロボロだ。次の激突が、最後になるだろう事はわかっていた。

 ゼストは槍を構え、腰を低く落とす、必殺の一撃を放つために力をためる。
 チンクは手に持つ以外にも短剣を空中に呼び出し、ゼストの隙をうかがう。

 一瞬か、それとも長い時間か。二人は身じろぎ一つせず、互いの隙をうかがう。
 そして、二人の間に誰かが放った魔法弾が通り過ぎた。それが合図だった。

「オーバーデトネイション、シュート!」

 先手を取ったのはチンクだ。空中に召還した短剣を一斉にゼストに向かい発射する。
 手で投げたほどの精度は無いが、かまわない。これは数で相手を圧倒する技だ。

 流石にこの数は捌けない。ゼストはバリアをはって短剣をやり過ごす。
 だが、バリアではこの短剣の雨は防げないのは先ほどの攻防ではっきりしていた。
 ゼストはバリアの後方に穴を開け、大きく後ろに下がると、飛び上がりチンクに向かい突進する。

「そんな突進!」

 手に持った短剣をゼストに向かい投げる。
 一本目はゼストの衝撃波により弾き飛ばされた。だが、その一本目はフェイント。本命の2本目がゼストの肩口を捉える。

「もらった!」

 即座に起爆。爆発にゼストが飲み込まれる。
 墜落していくゼスト。チンクは自分の勝利を確信した。
 だが、その淡い希望は次の瞬間打ち砕かれる。
 
 落ちているかのように見えたゼストは、次の瞬間に体勢を立て直し地を踏みしめた。

「肉を断たせて……、骨を断つ!」

 裂帛の気合と共に、槍を一閃させる。
 その一撃を、チンクはかわせない。魔力の軌跡がチンクの胴体に刻まれる。

「かはっ!」

 そのまま崩れ落ちるチンクに、槍を杖代わりとしたゼストが勝利の宣言の変わりに罪状を読み上げた。

「時の庭園でのテロ幇助および誘拐幇助で君は指名手配を受けている。身柄を拘束させてもら……うっ!」

 そう、読み上げた瞬間だった。ゼストは声を詰まらせる。
 そして、自分の胸を見下ろす。

「こ、これは……」

 ゼストの胸から、いつの間にか刃が突き出していた。
 背後から音も無く近寄った何かが、ゼストを突き刺したのだ。

「まさか、このような隠し玉が……不覚」

 ゼストが倒れる音を耳にしたチンクが、何とか顔を上げる。
 そこにいたのは、四足歩行の戦闘機械だった。丸みを帯び、どこか愛嬌のあるガジェットドローンⅠ型と違い、鋭角なフォルムをした姿がどこか禍々しい。

「Ⅳ……がた?」

 倒れていたチンクが、顔を何とか上げてそれが何かつぶやく。
 ゼストを後ろから突き刺したのは、Ⅳ型と呼ばれるガジェットドローンだった。
 いや、このⅣ型と言うのはある意味正しくない。なぜなら、アレこそが遺跡より発掘されたガジェットドローンのオリジナルだからだ。
 たしか、このプラントにも研究用に数機が持ち込まれていたはずだが、なぜアレが?

『はあ~い、チンクちゃ~ん』

 チンクの耳に、姉であるクアットロの声が飛び込んでくる。

『クアットロか? なぜⅣ型が動いている?』
『ドクターの指示よ。多少時間稼ぎをしておけってね』
『そうか』

 なるほど、今回の作戦の為の時間稼ぎか。
 ある意味仕方ない。ゼスト隊の動きが早すぎて、此方の予定がだいぶ狂ったのだから。
 それに、Ⅳ型は物語に登場したガジェットドローンだ。ドクターが隠しておく意味がないと判断したのもうなづける。

『ところで、チンクちゃん。だいぶボロボロだけど、自力で脱出出来そう?』

 此方のライフデータを見ているのか、それともガジェットドローンを通して見ているのか、クアットロが尋ねてくる。
 その質問に、チンクは正直に答える。

『無理だな、体が動かない』

 フレームは無事だから、休めば動けるようになるだろう。だが、自力で脱出できるかと言うと無理だと判断せざるを得ない。

『そう、とっても悲しいけど、それじゃあこれで別れねぇ~。チンクちゃん、ばいば~い』

 チンクの答えに、クアットロが妙に明るい声を上げる。
 それと同時にⅣ型が脚を振り上げら、次の瞬間その脚がチンクを貫く。

「あっ……」

 クアットロの軽口にチンクが応じるより早く、彼女の意識は闇の底に落ちて行った。







































【まいどおなじみのおまけ】






 これは、本編を台無しにしかねないおまけです。それでも良い方のみお読みください。
 なお、当然ですが本編とは何の関係もありません。







 なお、アイデアをいただいた槍さん、ありがとう。






 覚悟は良いですか?









「まずい状況というのは、こういう事かな?」

 木々の間より、少年騎士が姿をあらわす。
 デバイスこそ握っているものの、その姿は自然体であり、まるで親しい友の下にやってきたかのような足取りだ。

「プレラ!」

 木々の間から出てきたのは、金色の髪の違法魔導師、プレラ・アルファーノだった。
 改めてみれば、バリアジャケットにはかつてのような過多な装飾は無く、要所こそ鈍い銀色のプロテクターで守ってこそいるが、黒いシンプルなコートに変わっている。
 デバイスも、平凡な刀型のアームドデバイスだ。 

「先ほどはすまなかったな。久しぶりだな、ヴァン・ツチダ」
「久しぶりな……。お前は何でこんな所にいるんだ」

 間合いを計りながら、ヴァンは慎重に言葉を選ぶ。
 いくつも浮かぶ疑問もあるが、それ以上にプレラの異常な落ち着きようが不気味だった。かつてのような浮ついた隙がどこにも見つからない。
 能力こそ低いが、ヴァンも幾多の修羅場を潜り抜けている。今のプレラは危険だと、直感で感じていた。

「まあ、成り行きと……、一宿一飯の恩義という奴だ。それに、貴様と出会ってから1年。そろそろ決着をつけたいと思ってな」
「いい加減、自首する気は無いのか?」
「無いな」

 わかりきっていた答えではあるが、自首する気は無いらしい。ヴァンたち3人はそれぞれデバイスを構える。
 それを見たプレラが、溜息を付きながら、ヴァンと共にいる二人の少女に問いかける。

「高町なのはに、フェイト・テスタロッサ。用があるのはヴァンだけなので、引いてはくれないかな?」
「そう言われて、友達を見捨てると思うか?」

 プレラの呼びかけに、普段のフェイトからは考えられないほど冷たい声で答える。
 なにより、なのはのためにもヴァンとプレラを二人きりになど出来ない。

(このまま放置しておけば、きっとプレラはヴァンを(ずきゅーん)。なのはの為にも、放置できない)

 声こそ冷たいが、若干頬を赤く染め視線をそらすフェイトに疑問……というか、非常に良くない空気を感じないでもないが、プレラはとりあえずなのはにも問いかける。

「高町なのは、君もフェイトと同じなのかな?」
「騎士さんこそ、もうこれ以上悪いことをするのは止めてください! こんなことを下って、何も伝えられません!」

 そう、あんな真似をする必要など無いじゃないか。

(騎士さんはきっと、ヴァン君のことが……でも、ちゃんと伝えられなくて。それじゃきっとダメなの)

 なんか微妙にずれているなのはの呼びかけに、プレラは首をひねる。
 というか、二人から感じる妙なオーラは一体?

「それならそれで構わん。馬鹿な男の、意地とけじめの為だ。引かない以上は、悪いが付き合ってもらうぞ」
「お前こそ、今日こそはいい加減に逮捕してやる!」

(構ってくれないから!?)
(逮捕!?)

 ヴァンの台詞に、二人の少女が反応する。

「ヴァン、正気に戻って! 男同士なんておかしいよ!!」
「えっ!?」

 ヴァンはフェイトの言葉に首をひねる。
 そんなヴァンの服のすそをつかみながら、なのはが叫ぶ。

「そんな……、やだ! ヴァンくんは渡さないんだから!」
「ちょ、まて!! なんか話が微妙にずれてないか!?」

 思わずかっこつける事も忘れ、プレラはなのはにツッコミを入れる。
 てか、本当に訳がわからない。

「プレラ、お前がそういう奴だったとは……。お、男同士で……」
「いや、まて、どういう奴なんだ!? 男同士でっていったい!?」
「ダメー!」
「ちょ、なのは!? 引っ張らないで!?」
「って、まて、高町なのは! 泣きながらヴァンを連れて行くな! おーい!」

 残念ながらここ半年スカリエッティのアジトにこもりっきりだったプレラは、トーレと共に体育会系の実に爽やかで健全な日々をすごしていた。朝起きてトレーニング、朝食後は座学、昼食後は再びトレーニングと言う、本当に健全な日々だ。
 そのせいで、ミッドチルダを震撼させたある事件を知らなかった。

 まぁ、知らないほうが幸せなのだが……。





 もっとも……。




「あら、セインちゃん? その荷物は?」
「ウー姉から持ち出すように頼まれた管理局の資料なんだけど、聞いてない?」
「聞いてないわよ、そんなの?」

 持ち出し品の目録に、そんな資料の事など書いていない。
 とはいえ、色々と頭の軽い所はあるが、セインはこんな状況で嘘をつくような娘で無い事は、クアットロも良く知っていた。
 となると、本当にウーノが持ち出すように指示した資料なのだろう。だが、自分はそんな物を見た事が無い。

「なんでも、もう普通じゃ手に入らない超レア物だとか……」
「そう。まぁ、良いけど……。一体何なのかしら?」

 興味本位に、クアットロは今時珍しい紙で出来た資料、『中将と科学者 さあ、俺を開発するんだ』をぺらりとめくった。




 プレラが、事の顛末を知るのも時間の問題なのかもしれない。




 おわれ



[12318] End of childhood 第13話
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:6c302dbc
Date: 2011/09/04 23:55
End of childhood 第13話



 さて、どうしましょうか。

 チンクが動かなくなるのをガジェットドローン越しに確認したクアットロは、これからの事を考える。
 とりあえずチンクに対する処理は終えた。空爆を行っていた高町なのはとその一党も沈黙した。
 Ⅱ型の投入で若干だが時間に余裕が生まれ、ここで研究していた資料の持ち出しも終わった。スカリエッティの指示はほぼ完了したと言える。
 これ以上はⅣ型を出し続ける意味は無い。ステルス装置を作動して撤退させるか……。

『ゼスト隊長!』

 突然の事態に呆然としていたもの立ちの一人、少年騎士が我に返り駆け寄るとⅣ型に斬りかかってきた。
 一撃で破壊こそ出来なかったものの、Ⅳ型は大きく弾き飛ばされる。

「あら、あれは……」

 その騎士には見覚えがあった。一度は直接言葉を交わしている。
 たしか、聖王教会強硬派の騎士だった少年だ。たしか、未来視のレアスキルを持っている……。

 クアットロの中に、黒い欲望が膨れ上がる。
 チンクだけなら処理も終えた事だし見捨てた。ゼストもさほど興味がある素材ではなく、持ち帰ろうなどとは考えない。だが、レアスキル持ちの騎士がいるなら話は別だ。

「それじゃ、少し遊んでみようかしら?」

 クアットロは口元に笑みを浮かべ、待機させておいたⅣ型に命令を下す。内容は、この場にいる者の処分。そして、サンプル3点の回収。
 命令を受けたⅣ型のモノアイに光が灯る。

 撤収が完了しチンクを処理した今、無理にサンプルを捕らえる必要など無い。それどころか運搬ルートからこちらの拠点を割り出される恐れもある以上、自重するべきだ。
 だが、只で返すには惜しい素材だというのも事実。
 まぁ、Ⅳ型は強力だとはいえ所詮は鉄屑。ここで使いつぶすつもりであった。戦闘データだけでも何かの足しにはなるし、運搬が危険になれば破棄すればいい。
 試してみる価値はあるだろうと、クアットロはもう一度ほくそ笑んだ。





 一見強力無比に見える未来予知系統のスキルも万能ではない。
 長期予知は精度に問題がある上に、人の行動如何ではコロコロと変わってしまう。短期予知は何らかの制約が付くのが大半だ。
 クラウスの“未来察知”も持続時間が1分弱と言う制約がある。それを過ぎると作動しなくなる上に、集中力が極端に落ちてしまう。さらに、あらゆる可能性を見てしまう為に、精度を落とさなければとてもではないが処理しきれない。
 その為、不測の乱入者が入り難い1対1ならともかく、乱戦での使用はほぼ不可能と言って良いのだ。

 さらに言えば、一瞬先しか見えない短期予知である為に、クラウスの手の及ばない範囲の未来は変える事が出来ない。
 少し離れた場所にいた仲間の死を、ただ眺めているしか出来なかった事さえある。

 こういった能力なのか、それともクラウスの使い方が根本から間違っているのか……。
 捨てる事は出来ないし、使えない訳でもない。さらに言えば、のし上がる為に利用もした。ただ正直に言えば、クラウスにとって“未来察知”はそれほどありがたい能力でなかった。



 何も存在しないはずの空間から現れたガジェットドローンの凶刃が、ゼストの胸を貫く。
 さらに新たなガジェットドローンは戦闘機人の少女に近づくと、彼女まで串刺しにする。

「ゼスト隊長!」

 突然の事態に誰もが硬直する中、真っ先に動けたのはクラウスだった。あわててゼストの側に駆け寄ろうとするクラウスだが、ガジェットドローンの群れが邪魔をする。

「邪魔だっ!」

 数が多い。クラウスは未来察知を発動させると槍を振るう。
 右から……切り裂く。左から来る……石突きで跳ね飛ばす。ビームが……真横に飛んで避ける。
 視界が歪む。多数の相手の未来を読もうとすればそれだけ処理する情報が増えてしまう。それだけ余分に魔力と脳に負担がかかるのだ。

「いかん、騎士クラウスを援護しろ!」

 背後から局員たちが援護の魔法弾を放つ。クラウスの邪魔をしていたガジェットドローンに魔法弾が吸い込まれ、打ち砕いていく。
 普通ならありがたい援護も、今のクラウスにはそれだけで負担になる。魔法弾の軌道が、更なる負担となってクラウスの脳を焼く。

「くっ……、烈風一迅!」

 歪む視界に絶えながら、クラウスは槍を一閃させた。
 クラウスの一撃に、新たに現れたガジェットドローンは部品を撒き散らしながら弾き飛ばされる。

 それを確認した瞬間、クラウスは“未来察知”を止める。僅か数十秒の攻防だったはずなのに、負担がすさまじい。集中力がだいぶ削られた気がする。疲労のあまり、呼吸が荒くなる。
 自分のレアスキルは負担が大きい事はわかってはいた。わかってはいたのだが……。

「シスター・シャッハに弛んでいると言われる訳だ……」

 クラウスは小声で呟く。シャッハには負担の大きいレアスキルに頼らない戦い方をしろと言われていた筈なのに、出世にかまけるばかり疎かになっていた気がする。
 半年前のヴァン・ツチダの敗北も、振り返ればレアスキルに頼った結果、不可視の攻撃を警戒しなかった結果だ。
 いや、こんな事を考えている場合では……。

「大丈夫だ、ゼスト隊長はまだ息があるぞ!」
「本当ですか!?」

 いつの間にかゼストの側に駆け寄っていた局員の声に、クラウスは現実に引き戻される。

「ああ、流石はSランクというべきか……、だがこのままだとまずい」

 魔導師……それも戦闘訓練を積んだ者の肉体の耐久力は常人より高い。バリアジャケットや騎士甲冑、あるいは身体強化の魔法により生命力や治癒力を一時的に強化しているのだ。
 もっとも、これは過信できる能力ではない。あくまでも若干強くなっている程度で強化を超えるダメージを受ければ普通に即死する。それに、魔力を使い切れば待っているのは死だ。
 胸を貫かれて生きているのは、ゼスト自身が優れた騎士だったという証明に他ならない。

「こっちの銀髪ロリも息があるぞ!」
「なんだと!? よし俺が連れて行く」
「お前とホーマー一等陸士は治癒魔法が使えたな……。ホーマー陸士はゼスト隊長を頼む!」
「了解!」

 同じく刺された戦闘機人の少女の安否を確認していた局員が声を上げる。
 二人とも危険な状態だが、まだ生きている。それが分かった瞬間から、局員たちの動きは早かった。治癒魔法の心得がある局員が負傷者の応急手当に当たる一方で、残りの局員たちがガジェットドローンを近づけないように弾幕を張る。

「騎士クラウス、顔色が悪いようだがもう一踏ん張りお願いできませんか?」
「私に出来る事なら」

 残りの局員の中でもっとも階級の高いムラタ空曹長が声をかけてくる。
 ムラタはクラウスのもつレアスキルの事は知らない。だが、長年の経験から何かしらの能力を使い、その反動が出ているという事だけはわかる。
 正直に言えば休ませるべきなのかもしれないが、その余裕が無いのも事実だ。ここで彼にもう一踏ん張りしてもらわなければ、自分たちが全滅する。

「これ以上先に進むのは厳しい。撤退しますので……で!?」
「退路を切り開くんです……ね!?」

 二人の会話がとたんに途切れる。声が驚愕のあまり震える。
 当たり前だ、今しがたクラウスが吹き飛ばしたはずのガジェットドローンが再び動き始めたのだ。

「アレで動くか!?」
「しぶとい。手の空いているものは新型に集中砲火、陸士隊は雑魚を寄せ付けるな!」

 一斉に魔法弾が新型ガジェットドローンに向かって放たれる。先ほどのダメージの結果か、新型ガジェットドローンの動きは緩慢だ。
 魔法弾を受けボディに小爆発が起こり、破損し部品を撒き散らす。それでも、新型ガジェットドローンの動きは止まらない。
 勢いをつけて飛び上がると、その凶刃を局員の一人に向かい振り上げる。

「ひっ!?」
「ヴォーク、下がれ!」

 狙われた陸士の一人が悲鳴を上げる。一撃目をアームドデバイスで受け止めようとするが、アームドデバイスを弾き飛ばし、返す刀で局員の胴体を切り裂く。
 赤い血が吹き上がり、アームドデバイスが転がる乾いた金属音が響く。

「ヴォーク!」
「くそうっ!」
「うわっ!?」

 倒れた陸士を守ろうと、他の局員たちがガジェットドローンに殺到する。
 だが、ガジェットドローンは局員たちの事など意に介さず脚を振るう。局員たちの体が軽々と吹き飛ばされる。
 そして、最初に切り捨てた陸士に止めを刺そうと足を振り上げ……。

「まにあえっ!」

 クラウスは咄嗟に間に入ると、自らの槍で足の一撃を受け止める。
 これが普段のクラウスなら受け止められたかもしれない。だが、消耗している今の状況では力負けし、徐々に刃がクラウスの顔に迫る。

「お、押し返せない!?」
「くそっ! やらせるかぁ!」

 空士の一人が飛び上がると、破損した装甲の隙間から魔力刃を突き刺す。
 致命的なダメージだったのか、ガジェットドローンが暴れだした。

「チャンスだ!」

 それに続き、倒れていた陸士たちもアームドデバイスの穂先をガジェットドローンに突き刺す。空士たちも、それに続き、魔力刃や槌でガジェットドローンの足を押さえる。
 暴れまわるガジェットドローンの動きに翻弄されながらも、局員たちは必死にしがみつく。

「止めだ! グレイキャノン!」

 一番最初に飛びついた局員がカートリッジを炸裂させると、突き刺したデバイスから直接砲撃魔法を叩き込む。
 それが最後だった。ガジェットドローンは内部を焼かれ、煙を噴き出しながら今度こそ動きを止めた。

「た、助かりました」
「いや、こちらこそ」

 動きを止めたガジェットドローンを押しどけたクラウスに、局員が声をかける。

「ヴォークは!?」
「大丈夫、自分で動けます……」

 軽くは無い怪我だが、どうやら意識ははっきりしているようだ。

「誰か、ヴォーク二等陸士に肩を貸してやれ。急いで脱出を……」

 急いで脱出を。そう言い掛けたムラタの声が再び止まる。
 それはそうだろう。10機以上の新型ガジェットドローンが、いつの間にかこの部屋の入り口をふさぐように並んでいれば……。

「そんな、嘘だろう……」

 誰かが漏らした呟きは、この場にいた全員の思いを代弁していただろう。不意打ちとはいえゼストを一撃で倒し、騎士クラウスも含めこの場にいた魔導師全員でようやく仕留めた新型ガジェットドローンの大群が現れたのだ。
 悪夢としか言いようが無い。

「ムラタさん、この場を切り開けば良いんですね」
「おい、騎士クラウス!?」

 ガジェットドローンを前に、クラウスがポツリと呟く。

「どのみち、この場を突破しなければいけませんから……」
「……すまない」

 この場で一番実力がある魔導師はクラウスだ。彼が活路を切り開かねば、全員危ない。

「僕が活路を開きます。援護と、全力で脱出を」
「わかった」

 その言葉が合図だった。クラウスは再び“未来察知”を発動させる。
 クラウスに反応し、ガジェットドローンが動き出す。刃を振り上げ、一斉に襲ってくる。

「うおおおおおおおおっ!」

 その動きの全てを、クラウスは“見”た。
 見える。動きが見える。右のガジェットドローンが刃を振り上げる。それが振り下ろされるより早く槍を突きバランスを崩す。右のガジェットドローンが刃を振る。それをやりで受け止める。正面から突っ込んでくる。かわして援護の魔法弾の射線に誘導する。さらにくる。右に、左に、上に、下に、斬る、払う、刺す、一体撃破。かわす、きる、たたく、うける、かわす。

「すごい……」

 誰かが呟くが、クラウスは聞いていない。ひたすら槍を振るう。
 相手の数が多い。しかも、なぜかガジェットドローンはクラウスを集中して襲ってくる。
 全てをかわすのは不可能だ。致命傷にならない攻撃はすべて無視する。無数の傷が前進に刻まれ、騎士甲冑が赤く染まる。
 それでもクラウスは止まらない。未来情報が処理しきれない。無数のデータで脳がオーバーフロウを起こす。視界が白く染まる。それでもクラウスは止まらない。
 持続時間1分のタイムリミットが迫る。切れる前に、何とかこの状況を打破しないと。
 はじく、さける、2体撃破、つく、きる、うける、よける、さける、とめる、ながす、うけ、とめ、うけ、よけ、さけ、……。

 考えがまとまらない。ただ、ひたすらに槍を振るう。見える未来がどんどん狭くなる。

 と、ま、う、た、シ、よ、う、き、け……。

 もはや未来は見えない。ただ、ただひたすら目の前ではじける火花を追って槍を振るう。



「なあ、騎士クラウス……。あのガジェットドローンの攻撃を全部避けてないか?」
「す、すげぇ……」

 局員の一人が畏怖をこめて呟く。
 この時、クラウスは気がついていなかった。すでに持続時間だと思っていた1分が過ぎている事も、自身が生まれて初めて真の能力を開放している事も……。
 彼の能力は“未来察知”だ。“未来視”ではない。



 クラウスの槍が、3体目のガジェットドローンを貫いた。


 ガジェットドローンの動きが変わる。クラウスはそれを追うが、直感的に気がつく。

「皆、防御を!」

 咄嗟にクラウスは叫ぶが、すでに時は遅かった。
 これまで出てきていたガジェットドローンとは違う。溜め時間の無いビームがガジェットドローンの目から放たれる。



 どれだけ優れていても、彼のレアスキルでは他人までカバーできない。



「なんとかっ!」

 クラウスは咄嗟にシールドを張る。
 背後にいる、怪我人ぐらいは何とか庇おうとする。

 だが、現実は無常だ。

 無理に広げたシールドは強度が足りない。クラウスの防御を破り、ビームが部屋を蹂躙する。
 クラウスも、局員たちもその威力に吹き飛ばされた。

「ここまでか……」

 吹き飛ばされた折れたクラウスが呟く。一度途切れた集中力は戻らない。魔力とレアスキルの使いすぎで、視界が定まらない。立ち上がろうにも体が動かない。
 そして、手に握っていたはずの槍は、離れたところに転がっていた。

 新型ガジェットドローンがこちらに近づいてくるのがわかるが、もうなす術は無い。
 元々2度目の人生だ。人より良い目を見ていたくせに、犯罪に手を染め、仲間と友を裏切り、多くの人を傷つけた。溜まりに溜まったツケを清算する時が来たのだろう。

 ガジェットドローンがその刃を振り上げる。

 ああ、せめてあの手紙を読んでおけばよかった。ロッサに一言謝りたかった。
 最後に思う事は、後悔ばかりだ。かっこつけて清算なんて思ったけど、アレは嘘だ。生きて、謝りたい、話したい……。

 振り下ろされる刃に、クラウスは目を瞑った。



 そして、何かが咆哮を上げる。



 覚悟した衝撃は何時までも襲ってこない。
 それどころか、聞き覚えのある咆哮が……。クラウスは恐る恐る目を開ける。

 クラウスの前には、魔力で生み出された獣が出現していた。獣はクラウスを庇うようにガジェットドローンの前に立ちふさがり、その牙で刃を受け止めていた。
 その獣は、クラウスにとって見覚えのある存在だった。

「……無限の猟犬? ……ロッサ?」

 彼の幼馴染、ヴェロッサの持つレアスキル、“無限の猟犬”だった。
 しかし、これがなんで……。
 少なくとも、今の自分にヴェロッサが“無限の猟犬”を使わなければならないほどの情報は持っていない。
 このプラントの捜査の為に放った。それもない。そもそも、緊急出動なのだから、あいつが細工をする時間なんて無かったはずだ。

 “無限の猟犬”の本来の使用用途は偵察と情報収集だ。
 だが、高度なステルス能力を持ち、ある程度の戦闘能力もつ“無限の猟犬”は他の使用法もある。

「あいつ、僕を心配して……」

 ヴェロッサならやりかねない。

「切り札だろう……。あの馬鹿野郎……」

 泣けてきた。こんな自分でも、心配してくれる人がいる。
 わかっていたはずなのに、涙が出る。

 ガジェットドローンが刃を振るうと、猟犬はたいした抵抗も出来ずに消える。
 当たり前だ、本来の用途は戦闘用ではない。一撃止めただけでも十分な活躍なのだ。



 そう、一撃止めただけで十分だった。



「銀髪ロリがいると聞いてきました!」
「シスター・シャッハに良い所見せるぞ!」
「もうちょいマシな掛け声は無いのか、お前ら!」

 突如、部屋の外が騒がしくなったかと思うと、もう一匹の“無限の猟犬”に先導され複数の空士と陸士が部屋になだれ込んでくる。

「援軍!?」

 クラウスが驚きの声げる。
 一方、飛び込んできた空士は辺りの惨状を一瞥すると、新型ガジェットドローンを睨みつけこう叫ぶ。

「部下と同僚をよくもいたぶってくれたな。お前ら、遠慮はいらん。鉄屑をぶっ潰せ!」

 その掛け声と共に、先ほど以上の魔法弾の雨がガジェットドローンを襲う。
 無論強力なAMFで無効化される物も多いが、それでも量が量だ。固まっていた所に魔法弾が叩き込まれてはたまらない。ガジェットドローンが勢いに押されよろける。

 それでも、弾幕を突破する機体もいる。
 そんな機体に向かっていったのは、髭を蓄えた壮年の空士と、騎士甲冑を身に着けた若い女だった。

「機械相手に手加減は不要!! くらえ、覇王破岩衝!!」

 デバイスを投げ捨てた空士のこぶしがガジェットドローンの刃を打ち付ける。
 一見するとただのパンチにしか見えないそれの効果は絶大だった。すれ違いざまに放たれた拳の前に、その刃は尽く砕け散った。

「シスター、頼みます!」

「はい。烈風一迅!!」

 続けて飛び出したシスターの両の腕に握られたヴィンデルシャフト……トンファーに似た形態の双剣のアームドデバイスが光の軌跡を描く。
 次の瞬間、ガジェットドローンは4つに断ち切られ、爆発を起こす。

 クラウスをも上回る、本家本元の烈風一迅だった。

「シスター・シャッハ……」

 師であるシスターの登場に、クラウスは呆然と呟く。
 そんなクラウスを見つけたシャッハは、少しだけ微笑むと、クラウスに向かいこう言った。

「無事とは言いがたいですが、生きていて良かった。よくがんばりましたね、クラウス」

 その声がは彼女の元で修行していた時となんら変わりなく……。
 一瞬感動しそうになるクラウスだったが、目の前に先ほどと同じような火花が散る。

「師匠! 来ます! 上です!」

 未来が見えたわけではないのに、咄嗟に相叫んでいた。
 その事を疑問に思うよりも早く、部屋の天井を突き破り新型ガジェットドローンが姿を現す。その数は約50以上。

「まだいたか!」

 タタがそう叫ぶが、援軍が来たのはガジェットドローンだけではなかった。
 ほぼ時を同じくして、壁の一部が崩れ、同時に援軍のガジェットドローンに雨霰と魔法弾が打ち込まれる。

「ひゃっほー、騎兵隊の登場だ!」
「MVPはルーチェ隊長のキスが進呈だ!」
「そんな約束していません。でも、全員全力で撃ち続けなさい!」

 壁の向こうからやってきたのは、ヴァンを除く3097隊の面々だった。
 よく見れば、さらに後ろの壁まで崩れている。
 最速でティーダたちと合流したルーチェは、やはり最短ルート……壁を突き破りながらこの場所までやってきたのだ。

「ルーチェ隊長のキスだと!?」
「てめーら、それはなんだ!」
「キスは俺のもんだ!」

 騒がしく馬鹿な事を叫ぶ3097隊の面々だが、表情は真剣そのものだ。
 全員がデバイスが焼け付かんばかりの勢いで魔法弾を放ち続ける。

「隊長、無事でしたか!?」
「こちらは無事です。救護班は怪我人の確保を! ……ティーダさん、クィント准尉、……それとタタさん」
「なんすか、隊長!?」

 魔法弾をガジェットドローンに叩き込んでいたティーダが、振り向かずに尋ねる。

「この部屋の奥を確保します! フォワードはクイント准尉、ティーダさんは私と一緒に雑魚の掃討。タタさん、クイント准尉のサポートをお願いします」
「了解!」

 普通なら撤退の指示を出すべき状況にもかかわらず、ルーチェは先に進むと判断した。
 それに対し、3097隊の二人の分隊長は何の反対もせずに了解とだけ返事をする。

 信じる隊長がここを勝負どころと判断したなら、それに従うだけだ。

「私の全力射撃を合図に。他の皆は雑魚を寄せ付けないように!」

 そこまで指示をすると、ルーチェは弓形のアームドデバイスを引き絞った。
 それと同時に同じ色をした無数の矢が生まれ、弓に番えられる。

『Unzahlige Pfeile』

 ルーチェの持つ広範囲殲滅魔法が発動する。
 百以上の矢がガジェットドローンを次々に貫いていく。激しい消耗に肩で息をするルーチェだったが、部下に指示を出す事は忘れない。

「今です、タタさん、クイント准尉!」

「了解! 覇王断空拳!!」
「いくわよ! ナックルダスター!」

 二人の拳が、進路上にいるガジェットドローンを打ち砕く。
 そんな二人を妨害しようと、生き残りのガジェットドローンが先回りをする。

「させっかよ! ヴァリアブル・ブリット!」

 ティーダの射撃は正確無比だ。妨害しようとした新型ガジェットドローンを次々に打ち砕いていく。
 そして。

「厳重そうな扉が!」
「ぶち破るぞ!」

 部屋の奥、そこにはここまで違う、厳重極まりない扉が存在していた。
 二人の拳が、奥の扉を打ち砕く。重厚な金属の扉は、空き缶のごとく軽々とひしゃげ、はじけ飛ぶ。

 その様子を部屋の中にいた、たった一人の人間はこう評した。



「やれやれ、最近の管理局の人間は扉の開け方も知らないとはね」

 人を食ったかのような、慇懃無礼な口調。そして、誰をも見下す嘲笑を張り付かせた長髪の男がそこにいた。
 その人物は、ある一部の人間にとっては有名な人間だ。部屋に突入したタタやクイントも、もちろんその人物の名を知っていた。

「まさか!?」
「スカリエッティ!?」

 二人が驚きの声を上げる。

「突然扉をぶち破ったかと思えば、今度は人の名前を呼び捨てとは。まったく、局員の質も落ちたものだねぇ」

 無数のモニターと研究機材に囲まれた部屋にいたのは、稀代のマッドサイエンティスト、広域指名手配犯のジェイル・スカリエッティその人だった。あまりと言えばあまりの事態に驚く局員たちをよそに、ジェイル・スカリエッティはふてぶてしい笑みを崩さなかった。





 その日、ミッドチルダの各新聞のトップニュースは、広域指名手配犯ジェイル・スカリエッティの逮捕であった。
 物語の崩壊は、ここに来て決定的となる。
 その事実に、ある者は泣き、ある者は笑った。


 ただ確かな事は、たとえ物語が崩壊しても、誰に対しても時は同じように流れるという事だけだった。




 * * * * * * * * * * * * * *





「あはははははははははっ!」

 その少年は、一人荒野で笑い続けていた。
 それはもう楽しそうに、そして悲しそうに。
 ただひたすらに笑い続けていた。

「あはははははははははははははははははっ!」

 先ほどの宿命のライバルとの戦い、アレには大きな意味があり、まったく意味が無かった。
 あの時、自分は殺傷設定で魔法を使って戦った。非殺傷設定などと言う便利な物は全てカットし、文字通り人を“殺せる”魔法で勝負したのだ。
 だが、“殺せる”魔法でありながら、3人に後遺症が残るような大きな怪我は一切与えていない。

 そう、男は完璧に魔法を使いこなし、精密な制御をこなして見せたのだ。

「あはははははははははははははははははははははははははっ!」

 それは、男が強くなった証。
 今まで出来なかった事が出来るようになったのだ。

 だが、それは同時に男の弱さの証明であった。

「あははははははははははははははははははははははははははははははははははっ!」

 そう、非殺傷設定の魔法でも時に負傷する事があるように、殺傷設定でも殺さない事は出来るのだ。
 結局生かすも殺すも、術者次第。

 あの時、大切な友を殺したのは自分の未熟さ、愚かさが原因でしかない。自分が魔法に精通していれば、双子が命を落とす事は無かった。
 シスター・ミトの甘言に乗ってしまったのも、非殺傷設定に対する嫌悪も、時空管理局に対する憎しみも……、全ては結局は自分の弱さを誤魔化す為に責任転嫁していたに過ぎない。
 自分の弱さを、友を殺した愚かさを、見たくないから必死に周囲に憎しみをぶつけただけなのだ。

「あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははっ!」

 そうやって自分の強さと弱さを自覚してみれば、なるほど自分の今までの心理までわかってきた。
 そう、なんで自分がここまでヴァン・ツチダに拘ったか。

 戦いに負けたから……ではない。それだけなら、ユーノやクロノにも同じように拘らなければおかしい。
 だが、自分が拘ったのはヴァン・ツチダただ一人。

「あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははっ!」

 以前の自分でも、油断しなければヴァン程度には負けない。自分たちの力に差はそれほど大きかった。
 では、何でヴァンに拘ったのか。

 PT事件の最中、今よりもずっと弱かったヴァンは命がけでなのはとフェイトを救った。
 突然の事態に誰もが動けなかった時、ヴァンはたった一人機敏に動き、プレシアの次元跳躍魔法を身代わりとなり受けたのだ。
 無事ですむとも、何とかなるとも思った訳ではない。実際、ヴァンが本当に死に掛けていたのは助けたプレラが一番よく知っている。

 損得ではない。
 そこに深い理由も無い。
 助けたいから、人を助ける。
 危険を承知で誰かを守る。
 正真正銘のヒーロー。

 あの時、プレラは自分が憧れていた“ヒーロー”の姿をヴァンの背中に見てしまったのだ。

 それでもあの時、プレラは確かにヴァンに敗北を感じ、憧れを覚えた。
 たった一つ、自分が信じた力ぐらいは勝ちたいと願い、執拗に挑戦した。

「あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははっ!」

 だが、勝ってしまえば何の事は無い。
 そんな物はヒーローの条件とはなんの関係も無かった。強いから、格好が良いからと言うだけでなれる代物じゃない。

 結局、プレラ・アルファーノはヒーローになれない。
 ヴァン・ツチダには、一生かかっても勝てそうに無い。

 自分自身の弱さから目を逸らし、自分の為だけに力を振るい、世界を救うなどと妄言を吐き、その実は自分の罪より逃げ回っていただけのちっぽけな奴。
 プレラ・アルファーノとは、そんな平凡で無様な男でしかなかったのだ。

「あはははははははははははははははっ!」

 それは目的を果たした男の狂笑。
 それは、自らの本質を知ってしまった男の死と再生。
 それは……。




 プラントのあった場所からだいぶ離れた山中に、少年の笑い声が木霊する。
 人が居ないのだから迷惑にならない……、かといえば、そうでもなかった。

「あー、プレラは何をやってるんだ?」
「さっきの戦いで頭を打ったんじゃね?」
「そ、そうか」

 一人思考に沈み、自らの愚かさと向き合っていたプレラではあるが、同行者であるアギトとトーレからしてみれば、明後日の方向を見て馬鹿みたいに笑うプレラは気持ち悪いだけだ。
 まだ出会ってから半年と少しだが、プレラがかなり変な性格だと言うのは二人ともよく知っている。とはいえ、延々と笑われてははっきり言って迷惑だ。

 トーレは保護者兼管理人のアギトに横目でたずねる。
 とりあえず、正気に戻ってもらわないと話にならない。別にプレラの笑い声を聞きにやって来た訳じゃないのだ。

「どうするんだ?」
「とりあえず、頭を蹴っ飛ばせば直るんじゃない?」

 ややげんなりした表情のアギトがパタパタとプレラに近づくと、えいやと頭に蹴りを入れた。ぽかりと可愛らしい音がする。

「お前な、人を壊れた機械と一緒にするな」

 どうやら、一人浸ってはいられないらしい。
 とはいえ、蹴っ飛ばすのはひどい。プレラは恨みがましくアギトに文句を言う。

「本当に直ってるんだから、文句を言うんじゃない」
「普通に話しかけろよ」
「普通を語るなら、一人馬鹿笑いをするな、でっかいの」
「ぐぬぬぬ」

 当たり前と言えば当たり前だが、プレラの抗議をアギトは一蹴する。
 それを抜きにしても、口喧嘩でこの小さな少女に勝てる気がしない。

「で、トーレ。どうしたんだ?」

 口喧嘩で勝てないなら、話題を変えるまでだ。
 プレラはトーレに向き直り尋ねる。急に話を振られた事にやや面食らいながらも、トーレは自分の役割を果す。

「え、ああ。ドクターからお前に伝言を頼まれてな」
「伝言?」

 あのドクター・スカリエッティが態々こちらに伝言をやるとも思えない。とはいえ、トーレがこちらに来た以上は本当なのだろう。
 プレラは内心で首をかしげながらも、トーレの次の言葉を待った。

「ああ、引越しの手伝いをありがとう。なかなか面白い物を見せてもらったよ。その礼と言うわけではないが、トゥファングは君に進呈するとしよう……だ、そうだ」

 そういえば借りているだけだったな。とはいえ、念話か何かで伝えれば良い事を、態々トーレに伝言させるとは酔狂な事だ。
 そんな事を思いながら、プレラは呆れ半分に尋ねる。

「自爆装置も込みか?」

 自爆装置自体は個人的に嫌いではないが、自分以外が発動させられるような装置は流石に物騒だ。

「その事だが、解除できているのなら外したらどうだ? と言っていたが?」
「ばれてたか」

 まったく感情を感じさせない口調でプレラは呟くと、デバイスを軽く振るう。
 それと同時に小さな部品が2つ、デバイスから転がり落ちてきた。

「自分が使う武器に人様がつけた自爆装置は流石に怖いからな。外させてもらっていたよ」

 そう言うプレラの後ろで、アギトが『何カッコウつけてるんだよ。外したのは私だろう』と呟いていたのを、トーレの高性能な耳は聞き逃さなかった。
 とはいえ、武士の情けだ。あえて聞こえないふりをしながら最後の伝言を伝える。

「ドクターはお前が外した自爆装置で、外部からの起爆は一切不可能になった。と言っていた」
「そうか。わかった」
「おいおい、でっかいの。信じるのかよ?」
「まあな」

 アギトは明らかに不満そうで疑っている様子だったが、プレラは本当だろうと考えていた。
 短い付き合いではあるが、スカリエッティという人物についていくつかわかった事がある。
 スカリエッティは嘘になんら良心の呵責を覚えず、それどころか人を弄ぶ事に楽しみを見出すタイプだ。いわゆる狂人であり、絶対に信じて良い類の人間ではない。
 半面で、自分の技術力と才覚には絶対の自信を持っている。その為、自分の技術を安売りするような嘘はつかない。
 狂人の理屈と言えばそれまでだが、狂人には狂人なりのルールという物がある。少なくとも、スカリエッティは自分のルールだけは遵守するタイプの人間だ。
 “外部から起爆させる装置”がこれだけだと言ったのなら、本当にその手の“装置”に限って言えばこれだけなのだろう。
 もっとも、他に何が付いているのか分かった物ではないのだが……。

「プレラ、お前はこれからどうするんだ?」

 どこか覇気の抜けた雰囲気のプレラに、トーレは尋ねる。
 別にこの男を誘おうと考えたわけではないが、あまりの気の抜けように少しだけ心配になったのだ。

「しばらくは管理外世界に身を潜めるさ。やる事は多いから本当にしばらくだがな」

 もっとも、これはやや過保護すぎた。不要な心配だったのだろう。
 目的を一つ果したばかりのプレラは確かに気が抜けてはいた。だが、目が死んでいる訳ではない。それどころか、以前よりも少しだけ、背中が大きくなったような気がする。

「トーレ、お前はどうするんだ?」
「秘密だ」
「そうか……」

 ドクターに従い、犯罪行為に手を染めるつもりなのだろう。
 一瞬止めるべきかと考えたが、その考えをプレラはすぐに捨てた。
 今の自分は指名手配の犯罪者だ。そんな事を言う権利など無いし、言えた義理ではない。

「気をつけるんだな。一生引き篭もって終わると言うのもつまらないと思うぞ」
「手厳しいな。私よりお前のほうがそうなる可能性が高いと思うが?」
「違いない」

 決して笑えないはずの冗談だが、二人は少しだけ苦笑すると、どちらからとも無く離れていく。
 そして、別れの言葉を口にした。

「縁があったら、また会おう」
「そうだな。その時は敵でない事を祈っている」

 そして、二人はこの場を離れた。





「なあ、でっかいの。お前はどこに行くつもりなんだ?」

 トーレと分かれたプレラに、アギトが行き先を尋ねてくる。

「とりあえず、知り合いのいる管理外世界に行くつもりだが……。まて、アギト。お前付いて来るつもりか?」
「何言っているんだ、お前。あったりまえだろう」

 当然付いてくると言うアギトに、プレラはため息を一つつく。

「お前な、分かっていると思うが私は重犯罪者だぞ。もう、お前は自由なんだ。今までは成り行きで仕方なかったが、これ以上付いて来る必要は無い」

 管理局に対する嫌悪感が消えたわけではないが、それでも自分が真っ当な価値観を持つ人間にとって“犯罪者”であるという自覚がプレラにもある。そして、自分にこの小さな少女が付いてきたところで、彼女にとって良い事は何一つ無い。
 違法研究施設で悲惨な目にあっていたアギトには幸せになる権利はある。ならば、ここで分かれるべきだ。
 プレラはそう考えていた。

「あのな、この時代に野良融合騎なんていたらどうなるか、お前の軽い頭でもわかるだろう」
「そのぐらい考えている。次の行き場所くらい用意できるさ」

 そう、その為に態々ヴァンとの戦いにアギトの介入を許さず、はやてたちに姿を晒さないよう指示し、さらに貸しがあるよう言いくるめたのだ。管理局はともかく、八神家ならアギトを無碍にしないだろう。
 自分の私闘にこれ以上この少女を巻き込み、犯罪者に仕立て上げるような真似はしたくなかった。

 短い付き合いとはいえ、自分を信用し、心を救ってくれたのは、このアギトだから……。

 だが、そんなプレラのいらぬ気遣いに、アギトは怒り出す。

「何言っているんだ、ロード見習いの見習いの見習いの見習いの丁稚。お前みたいのを放置しておけるわけ無いだろう」
「あのな、だが……」
「第一、今更だよ、今更」
「そんな軽く決めるな。せっかく自由になったのに」
「自由になったから決めたんだよ。お前のその似合わない口調をまず止めさせるって」
「ほっとけ、俺の趣味だ」
「ほっとけるか、突然笑い出したり人格矯正する必要があるレベルだろう、お前!」

 若干茶化しながらも、アギトは自分を助けてくれた馬鹿だけどどこか憎めない少年についていくと決めていた。
 少なくとも、損得抜きに助けてくれたプレラは、自分にとって悪い人間じゃない。一人で戦う決意を固めている少年の味方でいてやりたかった。

 二人の口喧嘩は、日が暮れるまで続く事になる。
 誰もいない山中ではあるが、野生動物と木々には迷惑な事だっただろう。

 とはいえこの凸凹コンビの日常は、騒ぎ、喧嘩をし、それでもどこかお互いに思いやる。そんな感じだった。



[12318] End of childhood 第14話
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:6c302dbc
Date: 2011/11/06 10:42
End of childhood 第14話



 普段ならば静寂が支配する深い森も、この日ばかりは喧騒で満ちていた。

「おい。マスコミのヘリを移動させろ。あんな低空で飛ばれてちゃ、五月蝿くて現場検証が出来ん」
「了解です。ちょっと地上に出ますね」
「ついでに、技術班を連れてきてくれ。ああ、出来れば女性な。流石にこれは、俺たちじゃ手が出せん」
「そうっすね。ちょっと行ってきます」

 年配の陸士の言葉に、若い陸士が浮遊魔法で地上に向かう。
 迷宮のような地下プラントだ。普通なら地上に出るまでだいぶ時間がかかるところだが、幸いどこかの馬鹿があちこちに風穴を開けてくれたおかげで、地上まで一直線で行ける。
 もっとも、良い事ばかりではない。なんせ至る所に大穴が開いている為に、建物の強度が極端に落ちていた。現在は建築関係の魔法を使える魔導師を動員してプラントを強化しているが、いずれは施設を完全破棄した上で埋めなおさなければならないだろう。

「ったく、これだから武装隊は脳筋でいけねえな。後の事も考えろっていうんだ」

 陸士のぼやきも、もっともと言えばもっともだった。
 自分たちが調査を行っている“独立研究ラボ”は比較的被害が少ないが、他の場所はひどい有様らしい。
 ここまで建物が壊れていては、現場検証も一苦労だ。瓦礫の山のどこに何があるか分からないような状況では、調査を担当するものからしてみれば堪ったものではない。

「まぁ、でもおかげで安全に調査できるんですから」
「そうなんだがよ……。一歩間違えてたら、連中こいつらを殺していたぜ」

 年配の陸士の表情が歪む。
 もっとも、それは武装隊に対する文句ではなく、このプラントで研究されていた存在に対する嫌悪感からだ。
 彼の目の前にある大型カプセルの中には、二人の少女が一糸纏わぬ姿で眠るように浮かんでいた。

「戦闘機人か……」

 娘どころか孫と同い年ぐらいに見える少女たちだが、決して自然に生まれた存在ではない。
 元は旧暦より幾度も開発が試みられた人型兵器であるのだが、まともに完成した事の無い難技術だ。そして今日では倫理面などの問題から全面的に禁止されている技術でもある。
 機械式の人工臓器などは珍しくないが、半面で“人を生かす為”の機械ですら、生身の人間には負担になるのだ。身体能力を高める為だけに機械を埋め込めばどうなるか。死にはしないかも知れないが、寿命は確実に縮むだろう。
 まして、ここで研究されていたのは「ヒトをあらかじめ機械を受け入れる素体として生み出す」などと言った、逆転の発想で作られた戦闘機人だ。一見すれば上手い発想のように見えるが、これは言ってしまえば“機械を受け入れる素体”にならなかった存在は、単なる失敗作となるのだ。
 そういった存在がどうなるのか……。胸糞の悪い想像しか思い浮かばない。少なくとも、正気の人間のやる事ではなかった。

 年配の陸士がそんな事を考えていると、通路の向こうから人がやってくる。
 ふと我に返ってみれば、ヘリの爆音もだいぶ小さくなっていた。上に向かわせた陸士が戻ってきたのだ。

「ただいま戻りました」
「すまなかったな、ご苦労さん」

 若い陸士をねぎらう一方で、やってきた人物たちに目を丸くする。
 一緒にやってきた技術部の人間はマリエル・アテンザ第四技術部主任だ。技術班の人間を呼ぶように頼んだが、まさか本局の人間が来ているとは思わなかった。さらに第108部隊のゲンヤ・ナカジマ一等陸尉までやってきたのは、流石に想像もしていなかった。

「本局第四技術部のマリエル、アテンザです」
「ああ、地上本部第97陸士隊捜査班のカーブです。また、なんだって本局の技術部の人とナカジマ一尉まで?」
「ちょっと縁がありまして……。お久しぶりです、三尉」

 顔見知りの老陸士に挨拶をしながら、ナカジマはカプセルで眠る少女たちを痛ましそうに見る。
 ゲンヤ・ナカジマ一等陸尉本人に政治的野心が無いとはいえ、地上本部本局派の重鎮ともいえる存在だ。非魔導師ながら、その高い捜査能力と指揮能力は誰もが一目置く。さらに、奥方は今回の事件で出撃したゼスト隊に所属している。何らかの理由で、こちらに来るように要請されていても不思議ではない。
 自分が知らないという事は機密に属する話なのだろう。老陸士はその話題を避けるように、部下の一人にマリエルを案内するように指示を出す。

「ああ、久しぶり。ああ、ちょっとすいません。、お前。マリエル主任を案内しろ」
「了解です。こちらがコンソールです」
「ありがとうございます」

 深い話題を避けてくれた老陸士に感謝しながらも、ナカジマは表情を曇らせながら老陸士に確認を取る。

「この子達が新たに見つかった、戦闘機人の少女ですか……」
「ええ。ゼスト隊に保護された少女の妹みたいだな……。見つけたのは良いんだが、生命維持装置が動いているらしくて手が出せないんですわ」

 ナカジマの妙な言い回しに気がついてはいたが、あえて指摘せずに老陸士は適当に相槌を打った。

「そうですか。そうそう、その少女は、まだ意識は戻らないものの一命は取り留めたらしい」
「そりゃ良かった」

 生まれがどうであれ、自分より若い人間が死ぬのは良い気はしない。ナカジマの言葉に老陸士は少しだけ笑顔を見せる。
 そんな二人に、マリエルが分かった事を簡単に伝えた。

「三尉。触らなかったのは正解でしたね。この子たちから生命維持装置を外していたら、長くは持ちませんでしたよ」
「ああ、やっぱり」
「ええ。すでに骨格と重要な臓器のいくつかが置き換わっています」
「助けられないのか?」

 生まれがどうであれ、真っ当に生きられるのならそちらのほうがいい。
 ナカジマの質問に、マリエルは表情を曇らせながら否定の言葉を述べた。

「詳しく調べてみないと何とも言えませんけど……。戦闘機人として完成させない限り、生命維持装置から出すのは危険だと……」

 つまり、この娘たちは好む好まないに関わらず、戦闘機人として人生を歩まなければならないという事だ。
 表情を曇らせる二人に、マリエルはもう一つだけ分かった事を伝える。

「あと、それとこの子たちの名前が分かりましたよ。えっと、赤い髪の子がノーヴェちゃん、んで、こっちの赤い髪の子がウェンディちゃんと言うらしいですね」
「おいおい。両方とも赤い髪なんだから、それじゃどっちがどっちか分からねえだろう」
「あれ?」

 暗い雰囲気を漂わす男二人に、若干慌てたのだろう。おかしな説明をするマリエルにナカジマは苦笑をする。
 それをきっかけに老陸士は挨拶をして、自分も現場検証に戻って行った。
 一人になったナカジマは、少女たちの入ったカプセルを見上げながる。

「ま、俺たちに出来る事は、少しでもこいつらの未来がマシになるようにするだけさ」

 戦闘機人だって関係ない。この少女たちにだって幸せになる権利はあるはずだ。
 1年前に引き取った娘たちと生命維持装置に入った少女たちを重ねがら、ナカジマは小さく呟くのだった。





 * * * * * * * * * * * * * *





 ……ねえ、なんで貴方は生きているの?
 ……人生はたった一度なのに。貴方はずるい。貴方なんかを庇って、私は死んだのに……。知っていれば、庇いはしなかった。
 ……私みたいに、また誰かを犠牲にするのね。

 あの子達も、いずれは私みたいに……。





「……ヴァンくん、ねえ、大丈夫? ヴァンくん!?」
「……ヴァン、しっかりしろよ、ヴァン!」

 耳元から聞こえてくる叫びに、意識が覚醒していく。
 ああ、なのはとユーノだ。俺は目を瞑っていたい誘惑を振り切り、目を開いていく。ぼんやりと、白い天井が見えてくる。
 病院だろう。

「ヴァンくん、目が覚めたの!?」

 横からなのはの声が聞こえてくる。
 気分は最悪だが、二人に心配をかけさせるわけにはいかない。俺は上半身を起こすと横を振り向く。

「やあ、なのは、ユーノ……」

 そして、固まった。

「ヴァンくん、大丈夫?」
「ヴァン、大丈夫?」

 そこにいたのは、アシュラなのはだった。いや、アシュラユーノか?
 身長は180を超えているだろう。右半分はなのはのバリアジャケット。左半分はユーノがよく着ているスクライア一族の民族衣装で、饅頭のようなまん丸の、むかつく笑顔を浮かべた仮面をかぶっている。そして、その顔もやっぱり半分はなのはで半分はユーノだった。
 その奇妙な物体が、なのはとユーノの声を交互に使い分けているのだ。

「なにやってるんだ、あんた?」

 俺の知る限り、こんな奇抜な格好をする人間は一人しかいない。呆然としながら、その物体に声をかける。

「ヴァンくん、目が覚めたんだ」
「きもいよ」
「きもいなんてひどいよ、ヴァン」

 他にどう表現しろと言うんだ。こいつは。

「声をコロコロ変えるな。イオタ」
「むむむ、私をイオタと見破ったか。我が26の必殺技の一つ、声帯模写すら見抜くとは」
「それ以前の問題だ。てか、ここはどこだ? いや、それよりなにより、なのはとフェイトは無事なのか!?」

 意識がはっきりしてくるにしたがって、プレラに撃墜された事を思い出す。そして、一緒に落とされたなのはとフェイトの事に気がついた。
 後から考えれば失礼な口調だった気がするが、この時の俺にそんな事を気にしている余裕など無かった。イオタはその事に気を悪くする様子も無く、まず最初に俺が一番知りたいだろう事を教えてくれた。

「とりあえず、落ち着け。なのはちゃんとフェイトちゃんは無事だ。君よりもよほど軽傷だから安心しろ」
「軽傷なのか?」
「私が来る前に検査を受けて、まったく問題がなかったそうだ。軽い打ち身と脳震盪くらいだったらしい」

 殺傷魔法を使うプレラ相手に良く……。

「そうか……よかった。でも、あの状況でどうやって?」

 確か、スカリエッティのガジェットドローンが近づいて来ていたはず。プレラがなんでスカリエッティのアジトにいたのかわからないが……てか、ほんとに何処にでも湧いてくる奴だな、あいつ……とにかく、無事で済むとは思えない状況だった。

「詳しい内容までは聞いていないが、はやてちゃんたちが助けに来たそうだ」
「はやてが?」

 何ではやてが出てくるのかわからなかったが、なのはとフェイトの出撃を聞いて誰かが手配したのかもしれない。まぁ、姉ちゃんかクロノさんあたりだろう。
 安堵のため息をついて肩の力を抜く俺に、イオタはさらに説明を続ける。

「それと、ここはミッドチルダの管理局地上本部中央病院の病室。君は丸一日寝ていて、看病をしていたメガネさんやユーノくんが真っ青だったから先ほど私が交代したところだ」

 メガネさんとは……姉ちゃんの事か。
 一瞬だけ脳裏をよぎった目覚める直前の悪夢を振り払うと、俺はイオタに最後の確認を取る。

「よく分からないけど、大体分かった。でも、何であんたはここに?」

 俺の記憶が確かなら、もう自分の世界に帰っていたはず。
 そんな俺の疑問に、イオタはこう答えた。

「私ははやてちゃんが出撃をしたと連絡を受けて、主治医として様子を見に来ただけだ。それとな少年、いいか。よく聞け。男にはやらなければならない事がある。それははるか遠くに白い布がひらめき女体の神秘を覆い隠し男を誘惑する白い布を集めそれはすなわち性王の使途の使命であり遂行な任務であり、とりあえず今回も欲しいなーでもディバインシュートは勘弁なでスカートで飛ぶと見えるんだけどパンツじゃないんで平気らしいという困った事態になら変身前に奪えばいいんだと言ったら紫電一閃はひどいと思うんだといったらハンマーで殴られてそもそも犯罪だから管理局に突き出すぞといわれてというか本当に突き出されて困ったけどそれが癖になっちゃうと呟いたら危うく氷結封印されかけた過去がとにかくそれはともかくスカリエッティがとっ捕まったと聞いて笑いに来たんだけど」
「ごめん、意味が分からない……ってか、最後になんて言った」

 途中からいつものイオタに戻っていた。
 ほっとくと永遠に話しそうなんで、適当なところで終わらせようかとも思ったが、最後の最後でとんでもない事を言い出した気がする。

「ん? スカリエッティが捕まったそうだ」

 そう言うと、イオタはニュースペーパーをぽいとこちらに投げてくる。
 ニュースペーパーの一面には、スカリエッティ逮捕の文字がでかでかと載っていた。

「えっ、えええええええええええええっ!!!」

 あのプラントがスカリエッティの研究施設だろうと予測はしていたが、まさか逮捕だって?
 この隅っこでピースサインしているのうちの連中じゃねえ?
 てか、これってどういう事だ!?

 混乱のあまり大声を上げる俺だったが、今の今まで意識不明だった事を失念していた。
 俺の叫び声に驚いたのだろう。扉が大きな音を立てて勢い良く開き、部屋の外にいただろう連中が雪崩れ込んでくる。

「ヴァンくん! 目が覚めたの!」
「ヴァン、大丈夫!?」

 真っ先に飛び込んできたのは、なのはとユーノだった。なのはのほっぺの絆創膏や手足に巻かれた包帯が痛々しい。
 一方のユーノは当然無傷だが、おそらく一睡もしていないのだろう。目の下に深い隈が浮かんでいる。

 また二人に心配かけちまったな。それに、守ると誓っておきながら、なんて様だ。
 いや、それ以前に……。
 いや、こんな事を考えている場合ではない。俺はネガティブな考えを振り払うと、笑顔を二人に向けた。

「とりあえず、大丈夫だと思う。目の間にいる変な物体以外は」

 俺の言葉に、妙なポーズを取り続けるアシュラなのは……じゃなかった、イオタの存在にようやく気がついたのか、二人の表情が引きつった。

「え、えっとそれってなんですか、イオタさん」
「ふふふふふふ」

 ドン引きしながらもたずねるなのはに、イオタは不気味に微笑む。
 てか、いい加減にそのコスプレを止めて欲しい。そう思っていると、今度はフェイトとアルフが部屋に入ってきた。

「二人とも病院だよ。ヴァン、気がついたんだ……。 あ、イオタ。それ新作?」
「うむ。左右合体させてみた」
「左右合体って何!?」

 もっとも、フェイトはイオタの奇行を見ても動じないどころか、笑顔で新作かどうか聞いていた。ああ、なのはがフェイトにも引いている。
 フェイト、君って子は……。

「ふぇ、フェイトぉ……」

 なんか変な存在に汚染されている臭いフェイトに、アルフは表情が引きつった。どうやらアルフは真っ当な状態らしい。
 フェイトの更生はアルフに任せる事にしよう。とりあえず、変な物体と親しげに話すフェイトを放置して、次に部屋へ入ってきた人物に声をかけた。

「おお、ヴァンくんも目が覚めたんやな」
「災難だったな、ツチダ」

 なのはたちに続き病室に入ってきたはやてと車椅子を押すシグナムだった。他のヴォルケンリッターもいるようだが、どうやら狭い病室に入れず外にいるようだ。
 二人は一瞬イオタを見てぎょっとするが、すぐにスルーする事にしたらしい。

「ああ、はやてにシグナム。そうだ、イオタから聞いたよ。ありがとう、助けてくれて……」

 俺はベッドから半身を起こすと、二人に頭を下げる。
 その様子にはやては一瞬きょとんとし、次に真っ赤になってテレはじめた。

「そ、そんな、御礼を言われるほどの事はしてないわ。それに、私たちがヴァンくんに助けてもらった事を考えれば……。オーリスさんに頼まれただけやし、友達なんやし当然の事をしただけや」

 真っ赤になって照れているのは可愛いし面白いが、それでもちゃんとお礼は言わないとダメだ。
 俺はもう一度頭を下げる。

「それでも、はやてたちに助けてもらったのは事実だよ。ありがとう、君が来なかったらどうなっていたか……」

 あの稀代のマッドサイエンティストのラボの側で落ちたのだ。もしかすると、なのはやフェイトに二度と会えなくなっていたのかもしれない。
 そう考えると血の気が下がる。

「でも、ほんとになんもやってへんのよ。プレラって人はなんかガジェットドローン? あの丸っこいのを攻撃していたし……」
「へ?」

 あいつ、スカリエッティに付いたんじゃないのか?
 予想外の言葉にポカンとする俺に、はやてが思い出したかのように状況を説明してくれる。

「なんか、近寄ってきてたガジェットドローンを打ち抜いてたんや。遠くから望遠魔法で見ただけやから正確なところはわからへんけど、揉めてたみたいや。あ、そうそう。ヴァンくんに伝言が」
「伝言?」
「うん。一勝一敗やから、次で決着をつける。ストライカーズの足手まといに成るな……って、ストライカーズってなんやろ?」
「管理局の優秀な魔導師の呼び名の一つだよ」

 はやての疑問に答えながら、俺は思わず頭を抱えたい衝動に駆られた。
 ストライカーズってのは管理局内の用語だが、俺たちにはそれ以外にも意味がある。10年後に起こる事件を扱った物語を指す用語だ。少なくとも、奴は10年後までこっちを付けねらう気らしい。
 てかさ、ほんとうに何考えてるんだ、あいつ。どう考えても俺は圧倒的に弱いし、ずっと負け越しているだろう。いや、それ以前にいつの間に勝敗を競いあっている事になっているんだ?
 ほんとわけが分からない奴だよ。

「あと……」

 ん? まだなんかあるのか?
 表情を曇らせるはやての言葉を、付き添いできたシグナムが引き継いだ。

「管理局にも報告しておいたが、盟主の造った組織の事や、盟主自身が未だ存在している可能性を口にしていた」
「なっ!?」

 シグナムの言葉に、俺は思わず絶句した。





 なのはたちが帰った後も、病室に何人かの人が訪れた。その中には部隊の連中やオーリス姉ちゃんなども含まれている。

 イオタの言うとおりディーダさんに付き添われた姉ちゃんの顔は真っ青だったし、プレラに付けねらわれている事が伝わったのか他の皆も心配そうだった。
 怪我をしたついでだから、溜まった休みを消化しておけと、ありがたいんだかありがたくないんだか分からないお言葉を隊長から貰った。
 あと、なんでもゼスト隊長のついでにと、なぜかレジアス少将までやってきた。死ぬほど驚いたのは言うまでもない。

 もっとも、それらに対応しながらも、俺はまったく別の事を考えていた。

「はぁ、どうしたものかな……」

 部隊の連中が回収していてくれたP1SCの残骸を見つめながら、俺は小さく呟く。

 すでに日も暮れており、病室には俺だけだ。緊急入院と言う事で個室を宛がわれたのだが、それほど広くない部屋の筈なのに妙に広く感じる。
 それほど、引っ切り無しに誰か来たと言う事なのだろう。
 正直嬉しくもあったが、そんな事より重要な事が多々あった。

 こうやって一人になると、どうしてもそれを考え込んでしまう。

 怪我はそれほど重くない。明日には退院できる。数日は仕事を休まないとダメだが、新しいデバイスさえあれば来週には復帰できた。
 しゃべらないストレージデバイスとはいえ、ずっと使っていたP1SCに思い入れはある。それに、製作者のマリーさんにすまないという思いもあるが、実はP1SCの事を考えていたわけではなかった。
 愛用の道具の喪失は痛いが、データのバックアップも残っているのでそれ以上の意味合いは無い。

 我ながら薄情だとも思うが、道具より大切な事なのだ。
 それは今回プレラがはやてに残した伝言の内容と、俺の今後についてだ。

 今回の一件は、かつての俺が最も恐れいていた事だ。なのはたちの足手まといになり、彼女たちを傷つけてしまうのではないかと……。
 もっとも、今回の一件はかなりのレアケースだ。
 今のままの俺なら、なのはたちと行動を共にする機会は今後どんどん減るだろう。仮に一緒に行動するとしても、エースを援護する部隊の一魔導師として参加するといった形になる。
 これは強がりでもごまかしでもなく、時空管理局という組織に属している以上、俺の能力ではドクトリンで考えるとそうなってしまうのだ。なのはたちが出張るような事件に対して、俺程度の魔導師の役割は足止めと援護でしかない。
 はっきり言って、Sランク魔導師が俺個人を標的に定めるっていう今の事態が異常なのだ。

 そして問題は、その異常事態が今後も続く……いや、さらに悪辣な手段で俺たちに襲い掛かってくる可能性がある事だ。そう、盟主が作り上げた組織、タナトスについてだ。

 死の神か死を欲する衝動だったか、正確な意味は覚えていないが、とにかく物騒な名前だ。そして、連中がこの世界をどう見ているのか分かるようで胸糞悪い。

 時の庭園での遭遇した時に、盟主が何を以って“世界の破滅”と言ったのか分からない。だが、逃亡の為に何十万もの人の命を犠牲にしようとし、闇の書の闇を使い暴れまわった連中の考えがまともな筈が無いだろう。
 今回はプレラの気まぐれで助かったが、二度目は確実に無い。
 それをどうにかしようとすると……。

「結局足りないんだよなぁ。あらゆる意味で……」

 俺には周囲を動かせるような立場が無い。連中の企てを探り当てられるような捜査能力が無い。そしてなにより、連中と戦えるような力が無いのだ。
 スカリエッティの逮捕で状況がますます見えなくなってきている。あのスカリエッティの事だからどんな隠し玉を用意しているか分からないが、少なくとも物語を元にした未来予測は完全に不可能になったと考えて良いだろう。
 まぁ、今までがおかしかっただけで正常に戻ったとも言えなくも無い。

 俺がそんな事を悶々と考えていると、不意にノックの音がした。

「はい、どうぞ」

 看護婦さんかな。そう思い返事をする。扉が開き、入ってきたのはクロノさんだった。

「く、クロノさん!?」
「やあ、ヴァン。落ちたと聞いたが、どうやら元気そうだな」
「はい。ありがとうございます。すいません、お忙しいところを」
「エスティマが点検中だからね。そんなに忙しいというわけでもないさ」

 旧アースラチームは先日新造艦エスティマを受領し、テスト航海を終えたばかりだ。リンディ提督が地球と本局を行ったり来たりで、クロノさんが艦長代理を勤めていると聞く。点検や問題の洗い流しなどでクロノさんが暇な筈が無い。
 忙しい所を無理に時間を空けて来てくれたのだろう。

「いえ、それでも……本当にありがとうございます」

 俺なんかにはもったいない位、みんな良い人ばかりだ。

「気にしなくて良いよ。プレラと戦ったんだって?」
「ええ、恐ろしく強くなっていました」

 クロノさんもプレラと何度も戦っている。やはり気になるのだろう。

「資料は見させてもらったが、君がそこまで言うほどか?」
「ええ、1年前……いや、半年前とは完全に別物でした」

 そういや、なんか炎を使う融合騎と一緒にいたとか……。一つだけ思い当たる事があるのだが、なんだってあいつが一緒にいるんだ?
 考えれば考えるほど頭が痛くなる。てか、融合騎ってどんなチートだよ。

「そうか……」
「ええ、攻撃魔法だけじゃなくて、幻術や遠隔操作まで使ってきていました……」

 俺は思い出す限りの今回の事件での事をクロノさんに説明する。
 クロノさんなら、俺の話からでも何らかの対策を思いつくだろう。実際に戦った人間の生の証言というのは、本当に貴重なのだ。
 俺の説明を静かに聞き、分かりにくい所はクロノさんが質問をしてくる。そんなやり取りをだいぶ続けただろう。話が一段落したところで、俺は意を決してクロノさんに一つ尋ねる。

「クロノさん、一つよろしいですか」
「どうしたんだい?」
「強くなるには、どうしたら良いんでしょうか」

 何とも情けない抽象的な言い方だが、忙しい執務官に弟子にしてくださいとは言えない。とはいえ、何らかのアドバイスぐらいは欲しい。
 なんせ、俺の知っている魔導師の中で一番強いのはこのクロノさんなのだ。
 なのはやフェイト、シグナムなんかも強いといえば強いが、彼女たちの戦い方は特化しすぎていて、俺じゃ真似できない。ヴィータは癖が無く教えるのも上手いのだが、いかんせん古代ベルカ式魔法の使い手で微妙に俺とは違う。

 俺の突然のぶしつけな質問に、クロノさんは驚く事も無く呆れ半分でこう聞いてきた。

「なんだ、そんな事か」
「いや、そんな事かって……」
「何を今更。知り合ってすぐの頃、訓練をつけてくれなんて言い出したのは誰だった?」
「すいません、あの頃はテンパっていまして……」

 そういや、そんな事もあったな。まだ1年程度なのに、ずいぶんと昔のように感じる。

「別に謝るような事じゃない。僕にとっても良い経験だったしね。だけど、ヴァン。今の君は9歳で空戦Bランクだ。そこまで焦る必要は無いんじゃないか?」
「焦っている訳じゃないんです。ただ、今のままじゃきっとまた後悔する事になる」

 9歳でBランク魔導師というのは、ちょっとしたエリートだ。歴史に名を残したような大魔導師でも、俺ぐらいの年齢では低ランク程度だった者も多い。クロノさんの言う事もあながち間違いというわけではないのだが、それはあくまでも普通の子供の場合だ。
 俺の場合は子供特有の回り道をせずに進んだ結果であり、まともにやっていたらこの先の成長は頭打ちになる可能性が高い。

「それを焦っているって言うんだ。もっとも、君の気持ちも分からないでもない」

 クロノさんは俺の言葉にため息を一つ付くと、俺の目をじっと見つめる。
 俺もクロノさんから視線をそらさず、じっと見つめ返す。はっきり言えば忙しい筈の人に何とも自分勝手な事を言っている。それでも、もう恥などかまっていられない程に、この時の俺は追い詰められていた。

「ヴァン、明日は空いているか?」
「えっ、この怪我ですからしばらくは空いています」
「なら、明日君を案内したい所がある」

 クロノさんの言葉に、俺は目をぱちくりとさせた。
 後から思えばこれがこの一年、俺の人生を大きく変えた出来事の最後の締め括りだった。











【おまけ】



「あ、おやっさん」

 現場でゲンヤと話し込んでいた老陸士に、若い陸士が声をかけてきた。

「おやっさんじゃねえといつも言ってるだろう。てか、どうした、小僧」

 若かりし頃は自分も散々怒鳴られたと思い出しつつ、ナカジマは老陸士と若い陸士のやり取りを見つめる。
 一方、そんな微笑ましそうに見つめるナカジマに気がつく事もなく、若い陸士は困惑した表情で報告を続けた。

「この先に隠し倉庫が見つかりまして」
「何!?」
「そこで兵器らしき物を見つけたんですが……」

 歯切れの悪い若い陸士の言葉に、老陸士が若干苛立った声を上げる。

「報告ははっきり上げろと何時も言ってるだろうが!」
「す、すいません。でも、ちょっと説明し難い物なもので」
「はぁ?」

 首をひねりつつも、ここまで困惑するならよほどの物なのだろう。老陸士はそう判断するとゲンヤに一言告げる。

「ああ、すいません。ナカジマさん。ちょっと見てきますわ」
「私も付いていきましょうか?」
「えっと……」

 一瞬危険がある可能性を考慮した老陸士だったが、若い陸士の様子を見るとそれほど危険物があったようには見えない。
 そう判断し、ナカジマの動向を了承した。

「構いませんよ。おい、案内しろ、小僧」
「は、はい」

 明らかに緊張する若い陸士に案内され、二人は瓦礫の山に半ば埋まった倉庫に入っていく。
 そこには黒光りをする巨大な金属の塊が鎮座していた。

「なんだ、こりゃ?」
「大砲? しかし、なんてサイズだ」

 そう、それはどう見ても大砲と呼ばれるものだった。それも、近代のものではなく、先史時代よりも古い、古代期のまだ人が空を飛ぶ技術すらなかった時代の黒色火薬を使った大砲に近いデザインだった。
 ただ、その大きさは尋常ではない。見える範囲から推測すると、どう見ても2階建ての建物以上の大きさがある。

「スカリエッティはこんなアホな大砲を作っていたのか?」
「どう見ても弾が飛ばないだろう……」

 あのサイズの大砲で弾を飛ばすなら、最新式の魔導砲を使ったほうがはるかに効率がいい。
 単なる懐古趣味のデザインなのかもしれないが、何とも無駄な話だ。そう呆れる二人に、若い陸士がこの大砲と同時に発見した冊子を手渡す。
 態々紙に書かれたそれには、女の子が書いたと思わしき丸い文字が躍っていた。

「マニュアルらしきものも見つけたんですが」
「なんだと、ちょっと見せて……」

 老陸士の言葉は、途中までしか続かない。
 大砲の実物以上に、なんとも間抜けな内容が書かれていたのだ。
 具体的には……。



①チンク姉を中に入れます。

 その文書の後に、デフォルメされた半泣きの銀髪の少女を大砲に詰め込む、これまたデフォルメされた意地悪そうなメガネの少女のイラストが描かれていた。

②チンク姉がランブルデトネイターを使います。

 デフォルメされた青い髪の少女が、大砲の導火線に火をつけていた。なんか、大砲から『暗いよ狭いよ怖いよ』などという吹き出しが出ている。

③チンク姉が発射されます。

 大砲からデフォルメされた少女が、笑顔で発射されていた。



「なんだ、こりゃ?」

 よく見ればマニュアルには続きがあり、そちらには高度な数式や設計図も書かれているようだが、挿絵のインパクトが強すぎた。
 あまりと言えばあまりの内容に数秒間ほど絶句していたナカジマが、なんとか口に出来た言葉はこれだけだった。
 まぁ、人間を打ち出す大砲などを見せられれば、誰だってこんな反応しか出来ないだろう。
 実はISを利用した高度な多薬室砲なのだが、そんな事が分かる者などこの時点では製作者以外はどこにもいなかった。

「えっと、チンクキャノンって言う名前らしいですが……」

 チンクという名前には覚えがある。先日ここでゼスト隊長と激戦を繰り広げた後、管理局に保護された戦闘機人の少女の事だ。
 それにしても……。

「何考えてるんだ、ここの連中は?」
「さあ?」

 老陸士の言葉に、若い陸士もこう答えるしかなかった。






































【今回の誤字で思いついたおまけ(危険物閲覧注意)】















なお、一切の苦情は受け付けません。













「私はヴァンくんが出撃をしたと連絡を受けて、主治医として様子を見に来ただけだ。それとな少年、いいか。よく聞け。男にはやらなければならない事がある。それははるか遠くに白い布がひらめきふんどしがはためく姿は婦女子の妄想を刺激する白い布を集めそれはすなわち性王の使途の使命であり遂行な任務であり、とりあえず今回も欲しいなーでもチェーンバインドは勘弁なでユーノきゅんって飛ぶと見えるんだけど何がって聞くな恥ずかしいという困った事態になら変身前でもおーるおっけーと言ったらベルカ雷光拳はひどいと思うんだといったらグングニールで殴られてそもそも犯罪だから管理局に突き出すぞといわれてというか本当に突き出されて困ったけどそれが癖になっちゃうと呟いたら危うく氷結封印されかけた過去がルーチェ隊長可愛いと槍さんが言っていたけどにかくそれはともかくスカリエッティがとっ捕まったと聞いて笑いに来たんだけど」
「ごめん、意味が分からない……ってか、最後になんて言った」

 途中からいつものイオタに戻っていた。
 ほっとくと永遠に話しそうなんで、適当なところで終わらせようかとも思ったが、最後の最後でとんでもない事を言い出した気がする。

「ん? スカリエッティが捕まったそうだ」

 そう言うと、プレラはニュースペーパーをぽいとこちらに投げてくる。
 ニュースペーパーの一面には、スカリエッティ逮捕の文字がでかでかと載っていた。

「えっ、えええええええええええええっ!!! ……ちょっとまてぇぇぇぇ!」

 俺は思わず、力の限り叫び声を上げる。
 今、この場にいちゃいけないはずの人間がいなかったか?

「やれやれ、怪我人の癖に叫ぶとは……」
「その怪我をさせた奴が何でここにいる!?」

 俺の叫びに、プレラは小刀……いや、アレはデバイスか? とにかく、それを取り出すと器用にりんごの皮を剥きながらこう言った。

「愚問だな、ヴァン・ツチダ、貴様のいるところにならこの私がいない筈が無いだろう」
「まったくだな、リンゴくれるか?」
「ヴァンの為に切ったのだが、よかろう」

 ウサギさんにカットされたリンゴを食べるイオタと、他の果物に手を伸ばすプレラを前に、俺は全力全開で叫び声を上げる。

「人の見舞いを勝手に食っているんじゃねぇ! てか、お前らなんでここにいる!!」
「ふ、聞くな」
「皆まで言わせるな」
「赤くなってるな!!」

 何なんだ、こいつらは。
 もうツッコミどころ満載でどうしたらいいか分からないのだが……と、思ってたら、病室のドアが開いた。

「ヴァン、大丈夫!?」
「ヴァン、しっかりしろ!」
「ヴァンくん、大丈夫!?」
「猫獲ったどおおおおおおおぉ!」
「にゃあああああああああぁ!?」

「ユーノ、クロノさん。それになのは。助けてー! あと、最後の知らない人とどこかで見覚えがある猫って!?」

 恥も外聞も無く涙目で助けを求める俺と、部屋に陣取るヘンタイ二人を見て、ユーノとクロノさんが同時に叫ぶ。

「僕のヴァンは渡さないぞ!」
「くっ、ヴァンは僕が引き取る!」
「ちょっ! ユーノくん、クロノくん、正気に戻って!!」

 なんか血迷ったことを言い出す二人に、なのはがツッコミを入れるが誰も聞いていない。
 なんだが俺の病室は、男たちがいつの間にか喧嘩を始めだした……。




 好評につき、ついに、ついに新作作成決定!
 時空管理局で巻き起こる、リリカルな恋愛模様。
 ヴァンを射止めるのは一体誰!?




 ご存知、冒険の相棒ユーノ・スクライア

「ヴァン、僕と一緒に冒険の旅に出よう!」
「ああ、ユーノ。いつも一緒だ!」

 少年二人は、まだ見ぬ未知の次元を目指す。
 目の前に広がるのは世界の神秘か、ロストロギアか?



 師匠にして頼れる上司、クロノ・ハラオウン

「ヴァン、行くぞ」
「はい、クロノさん。行きましょう!」

 凶悪な犯罪者を前に、二人の少年は一歩も引かない。
 数々の犯罪に立ち向かう執務官と執務官補佐の少年は公私共々パートナー?



 主治医は何でも知っている。イオタ・オルブライト

「ヴァン、さあ、私と共に(以下自主規制)」
「おまわりさーん、ここにヘンタイがいます」

 追いつ追われつの腐れ縁!?
 愛憎塗れの珍道中。二人はいつも一緒!?



 ライバル!? プレラ・アルファーノ

「ヴァン、貴様との決着をつける時が来たようだ」
「ぷ、プレラ……」

 世界の果てでめぐり合った、二人の剣士。
 二人は常にぶつかり、互いを高めあう。



 そして、隠れていない隠れキャラ。5人目のヴォルケンリッター。雷の刺突グレゴール!!

「なあ、毎日が楽しいな、ヴァン。でも、いつまでこうしていられるんだろう」
「きっと、永遠にだよグレゴール」

 出会うはずの無い、運命が交差する。
 存在しないはずの守護騎士と、うつろな少年は何処に向かう。


 もちろん前作からの人気キャラ、恭也、ティーダ、レジアスも変わらず登場。
 そして、ボスキャラはもちろんこの人!



 少女は少年を抱き寄せると、強い意志の篭った眼で周囲を睨みつける。
 灼熱の炎を背負いし白い魔導師は、周囲に向かいその思いを宣言した。

「ヴァンくんは誰にも渡さない!」
「なのは、たとえ君といえども!」
「少し、頭冷やそうか……」

 そう、ラスボスはこの人!
 白い魔法少女、高町なのは!!



 貴方は何をする? お仕事? 戦い? それとも冒険?
 次元世界は恋の大パニック!


 トリップ屋がこの冬送る、超大作。
 完全新作の超恋愛アドベンチャーゲーム!


 う゛ぁんゆー引力の法則3
 『恋のリリカル大作戦 君の瞳は僕のもの!』



 製作:時空管理局最高評議会



 製作未定!!!








 快くネタに成ってくれた槍の人、ありがとうございました。



[12318] End of childhood 第15話
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:6c302dbc
Date: 2011/09/18 19:04
End of childhood 第15話




 場違い、という言葉がある。
 
 俺は管理局に勤めて3年の新米……というには現場と修羅場に出すぎているが、とにかくまだペーペーだ。空隊にいるので空曹という階級こそ得ているが、別に空士養成校や士官学校を卒業したわけでもない。
 まぁ、今更言うまでもない事だが、俺は管理局でも本当に下っ端の現場の人間にすぎない。魔導師といっても、ぶっちゃけ肉体労働者だ。

「あの、クロノさん?」

 時空管理局本局の通路を平然と進んでいくクロノさんに、俺は恐る恐る声をかけた。

「どうした、ヴァン?」
「いや、どうしたって言われても……。良いんですか、俺がこんな所に入って?」

 本局でも法務部などが集中する一角にクロノさんは向かっている。
 当然だが武装隊員の俺はこんな所に来た事がない……というか、本局に来た事すら両手の指で数えられる程度なのに、関係者以外立ち入り禁止の区画を進んでいるのだ。
 空隊の制服は本局と同じ紺のブレザーなので本局の通路を歩いていても目立つ事は無いのだが、階級章を見れば一発でおかしいと気が付く。とにかく自分が浮いている自覚がある。先ほどすれ違った士官がこちらを見ていたのは、気のせいじゃない筈だ。
 蚤の心臓である俺には心臓に悪い。

「局員なんだ、別に問題は無いだろう? 胸を張って歩けばいい」

 もっとも、ここが職場のクロノさんには今一俺の考えは分からなかったようだ。
 うむー、なんだかなー。胸を張れと言われても正直困る。
 俺は極力仕事で歩く人の邪魔にならないように隅によりながら、クロノさんの少し後ろを付いて行く。

 あ、また通りすがりの局員がこちらを見た。

「何を気にしているんだ、君は」

 クロノさんに呆れられました。
 とはいえ、このまま行くと……。

「あの、クロノさん……いや、ハラオウン執務官。このまま行くと高官の執務室がある一角に入るのではありませんか?」

 周囲の目を気にして、普段とは違う畏まった呼び方で尋ねる。
 若干卑屈な態度の俺にクロノさんは苦笑すると、いつも通りで良いと言ってきた。

「別に法務部だからって、そこまで固い場所でもないよ。普段通りに呼べばいい。……その通りだ、よく分かったな」
「案内板がありましたから」

 癖で、自分のいる建物内の構造は必ず頭に入れる様にしている。
 そして、法務部の偉い人と言っても色々といるだろうが、クロノさんが態々案内して会わせようとする偉い人と言うと……嫌な予感しか思いつかない。

「そうか。分かっているとは思うが……」
「クロスケ!」

 説明しようとしたクロノさんの言葉をさえぎったのは、通路の角から突然現れた一人の女性だった。
 茶色の髪をショートカットにまとめた女性で、特徴的なのは頭に鎮座したネコミミだろう。直接的な面識はないが、彼女が誰だか俺は知っている。彼女の名前はリーゼロッテ、時空管理局歴戦の勇士であるギル・グレアム提督が誇る使い魔、リーゼ姉妹の一人だ。
 彼女の事は、訓練校で使う管理局の教本にしっかりと顔写真付きで乗っている。俺みたいにマスコミが話題作りの為に祭り上げた、後ろにカッコ笑いが付く英雄ではなく、正真正銘の英雄中の英雄の一人だ。
 そういや、1年前の事件の最中に地球で猫の写真を撮った気がするが、あれってどっちだったのかな。どういう形であれ闇の書に関する事件が終わった以上、もう意味がない写真なのだが……。

 俺が若干の現実逃避をしている間にも、クロノさんとリーゼロッテの会話が進んでいた。

「おひさしぶりぶりー」
「ロッテ、離せこら」

 リーゼロッテは軽い調子でクロノさんに抱きついているが、微妙にぎこちないように見えるのは俺の気のせいじゃないだろう。
 もっとも、俺はその違和感に気がつかないふりをしながら、直立不動でそのやり取りを見守る。クロノさんは親しく付き合ってくれているが、基本的に俺はもっと下の下士官だ。
 こういった上のやり取りは見て見ぬふりをするのが礼儀だろう。決して巻き込まれたくないので、ほっといているわけじゃない。

「ヴァン、見てないで何か言ってやってくれ」

 だから、こっちに振らないで欲しい。

「あ、こっちの子……」

 あれ? 一瞬だけ睨まれた気が……。
 面識がないとはいえ、思い当たる節が多すぎる。PT事件の際、地球で俺が飛ばしていたサーチャーの事は当然気がついているだろうし、闇の書事件の顛末も知っている筈だ。俺の行動で彼女たちが不利益を被った訳じゃないだろうが、思う所があっても不思議ではない。
 とはいえ、どちらも表ざたには出来ないだろうし、する気も無い筈だ。
 彼女もこちらを睨んだのは一瞬だし、俺はとりあえず見ないふりをした。

「たしか、クロスケの弟子のヴァン空曹だったね」
「ああ、そうだ」

 弟子って……いいのか?
 いや、とりあえず挨拶か?

「はっ。自分はヴァン・ツチダ空曹であります」

 とりあえず、使い魔でも階級はあちらがずっと上だ。
 びしっと敬礼をする俺を見てリーゼロッテは一瞬だけきょとんとし、次の瞬間爆笑した。

「あははははは、さすがはクロスケの弟子だ。真面目だ。私はリーゼロッテ。よろしくね、ヴァンくん」
「こら、ロッテ。ヴァンは真面目な奴なんだからからかうな」

 笑われるような事はしていないつもりなんだけど……。
 爆笑するリーゼロッテをクロノさんが窘めるのだが、どうやら笑いのツボに嵌ったらしく中々爆笑がとまらない。くの字になって笑い続けている。
 ああ、通路を行く人の視線が痛い。

「ああ、もう。ロッテ! 提督はいるか?」
「あはははははは、ごめんごめん、でも……。お父様なら執務室に……くくくっ」

 うむー、本当に何が可笑しかったのだろう?
 内心で首をかしげる俺などお構い無しに、クロノさんはリーゼロッテを引っ張っていった。俺は置いていかれないように小走りに付いていく。

 ……しかし、やっぱり目的はグレアム提督に会う事だったみたいだ……。
 俺は内心で、深いため息をついた。



「クロノ、久しぶりだな」
「ご無沙汰しています。お体は大丈夫ですか?」
「ああ、ぼちぼちな」

 初めて目にするギル・グレアム提督は、訓練校時代の教本に載っていた写真と同じ顔をしていた。
 いや、当たり前と言ったら当たり前なのだが、有名人に出会った時に真っ先に思い浮かぶ感想なんてこんな物である。

 グレアム提督は落ち着いた雰囲気を纏った初老の紳士だが、彼女がはやてにしようとしていた事を考えると思う事が無い訳でもない。とはいえ基本的にあの件について俺は部外者であり、俺の知っている知識とはこの世の外の代物だ。
 この人やはやての10年を軽々しく批判する資格など、俺の何処にも無いだろう。あるとしたら、はやてだけだ。
 第一、知っていて途中まで放置していた俺も、提督と似たり寄ったりで偉そうな事は言えない。

 一方、転生者としてではなく管理局局員としての俺は、どうしようもなく緊張していた。
 そりゃそうだ、この人は俺がこれまでに出会った人たちの中でも一番偉い人なのだ。格で言えばリンディ提督はもとより、レジアス少将よりもはるかに上である。この人が俺を不快に思えば、俺の首など瞬時に飛ぶ。
 クロノさんの恩師である以上、そういう理不尽な事をする人では無いと分かってはいるのだが、これで緊張しないでいられるほど俺は人間が出来ていない。
 結局、クロノさんが俺を紹介している時も、横で固まっている事しか出来なかった。出された紅茶の香りを楽しむ余裕すらない。

「しかし、クロノ。耳が早いな」
「えっ?」

 クロノさんが俺を紹介し終わって、グレアム提督が真っ先に口にした言葉はこれだった。
 何の事だろう。クロノさんも思い当たる節は無いようだが?
 その様子を察したのだろう。グレアム提督も少し首をかしげながら聞いて来た。

「おや? 私が未確認次元域探索隊に異動になる事を聞いてきたのではないのかな?」
「み、未確認次元探索隊!?」
「提督、それは一体!?」

 グレアム提督の口から出た言葉に、俺とクロノさんは驚きの声を上げる。

「おや? それで来たのではないのか?」
「初耳です!」

 現在、時空管理局および次元世界に進出している管理外世界の既知次元は先史時代の半分と言われている。この数字が正しいかどうかは様々な説があるのだが、先史時代よりも狭い事だけは確からしい。
 次元世界各国および時空管理局は少なくない予算を割り振り、こういた未確認次元域の探索を行っていた。
 新たな資源埋蔵世界や居住可能世界の発見、戦乱以降連絡が取れなくなってた世界の捜索というのも重要な目的ではあるが、それ以上に重要なのが未確認次元域から流れ込んでくるロストロギアを含めた未知の脅威への早期対応であった。

 実際、管理局設立前になるが、未確認次元域より戦乱時の世界破壊クラスの自動攻撃兵器が流れて来たという話がある。幸い既知次元域に達するより前に辺境を哨戒中だった連合軍の次元航行艦が発見し、必死の遅延工作の末に中枢部の破壊に成功して大事には至らなかった。
 とはいえその代償は大きく、ミッドチルダへの伝令として下艦させた数名の少年士官を除き、艦長のクラフト・スタローン以下187名の乗員全員が戦死を遂げている。なお、彼らが命がけで守ったのは、地球同様次元世界の存在に気がついていない、今で言う管理外世界だった……。
 ちょうど同じ時期に次元世界間の渡航規制が解除された事もあり、単独世界では対応しきれない重大な次元犯罪が多発する。そうした次元世界の脅威に対抗する為、連合軍を母体として現在の時空管理局が設立される事になるのだが、これはまた別の話だ。

 そんな管理局の歴史はさておき、管理局設立の契機となった事件を元に設立された未確認次元域探索隊だが、現在は左遷先と言う意味合いが強い。なんせ、既知次元域にいる時でも中央には戻れない辺境域が勤務地だし、未確認次元域の探索任務が始まれば数年は戻って来れなくなる。
 言う事を聞かない部下に対し、未確認次元域探索隊送りにするぞというのは、管理局ではお決まりの脅し文句だった。
 少なくとも、艦隊指揮官、執務官長を歴任した“時空管理局歴戦の勇士”が行くような部署ではない。

 俺とクロノさんが一通り驚き終わるのを見て、グレアム提督は話を続ける。

「流石に半年近く休んでいた後だしね。顧問官といえども席が残っていないよ。それに私も歳なので、体力の限界だ」
「ですが、それならなぜ未確認次元域探索隊に? いや、それ以前にまだ提督のお力を必要とする者も……」
「ははは、クロノも人事部の連中と同じ様な事を言うんだね」
「それはもちろんです」

 体力の限界で未確認次元域探索隊行きはない。あそこは一に体力、二に体力。三、四が無しで、五にようやく魔力だ。体力のない老人に務まる部署ではない。
 そしてグレアム提督が異動するなら、クロノさんまで事前に知らなかったというのもありえない話だ。彼ほどの人物が異動となるなら、絶対に噂が流れてくる。
 恐らくだが、グレアム提督自ら志願したのだ。そして思いとどまる様、人事部が提督を説得をしていたのだろう。そう考えれば、噂を聞かなかった事にも説明が付く。人事部が緘口令を敷いていたのだ。
 ここからは物語を前提とした推測の上の推測だが、提督自身は……たぶん、はやての件でのけじめのつもりなのだろう。

 俺の知る物語と違い、グレアム提督は捜査妨害など明確な犯罪は犯していない。闇の書の所在を知りながら報告しなかった事は問題だが、提督を処罰する程の事ではないと上が政治的な判断をしたのだろう。
 もっとも、それを提督自身がどう思うかは別問題だ。彼が自分を許せないと考えても不思議ではない。
 まぁ、これ以上考察をしても仕方ないだろう。というか、考察するような思考能力は、クロノさんが次に言った言葉で銀河の果てまで吹っ飛んでしまった。

「このヴァンも、提督のところで鍛えてもらおうと……」

 人間、不意にとんでもない事を言われると顔の筋肉まで弛緩するんだね。思わずぽかーんとしてしまいましたよ。
 てか、突然何を言い出すの、クロノさん?

「あ、あの、クロノさん? い、いきなり何を?」
「ん? 君もついてきたという事は、そのつもりだったんだろう? 言ってなかったか?」
「聞いてないです」

 とりあえず、昨日病室で案内したい所があると言われ、ここにつれて来られただけだ。いや、だいぶ前から薄々は気がついていたけどね。
 この人……というか、リーゼ姉妹はクロノさんの師匠だし。
 あ、リーゼロッテが後ろで笑い転げている。

「ふむ、なるほど。クロノ、師として彼はどうなのかな?」

 あ、今のやり取りをスルーしやがりましたよ、このナイスミドル。

「そうですね。才能と言う意味ではまったくないです。再三突撃癖があると注意していたのに、切り札となる魔法を温存せずに撃墜されています。戦術の組み立ても稚拙です。特に自身の保身を考えない所があり、無駄に負傷を負う事も多い。戦術眼を鍛えなければこの先行き詰るでしょう。管理局局員としてみれば、事務仕事にかなりの難があります。処理ペースは決して遅くはないのですが大雑把過ぎてやり直しをしなければならない事も多い。さらに……」

 心が痛い。
 クロノさんの指摘する事が一々もっともすぎて、ぐうの音も出ない。
 俺の欠点を次々に言うクロノさんと、それに比例してどんどんへこんでいく。いや、分かってるんだけどね。自分の欠点も……、でも忙しい上に重大事件が立て続けで、中々改善できないで……。

「さらに、状況を言い訳に欠点の改善を怠り……」

 ほんと手加減ねえな、この人。ずいぶん前から知っていたけど。
 もうほとんど漫才の域に達している俺たちを微笑ましげに見ていたグレアム提督だったが、クロノさんの話が途切れるのを見てこう尋ねてきた。

「彼はダメなのかい?」
「いえ。それ以上のモノもちゃんと持っています。努力する意志と、正しくあろうとする精神は人一倍に持っています。才能や能力は他で補えても、こればかりは自分自身で鍛えるしか出来ませんから」

 あ、やべえ。少し嬉しいかも。
 天才たちに一生をかけても勝てない事なんて分かりきっている。それでもユーノの、なのはの友達でいたい以上、心だけは負けたくは無い。その事を素直に評価され、本当に嬉しかった。

「そうか。クロノの評価は分かった。ヴァンくんといったね」
「は、はい」
「君にとって、クロノは良い師かね?」
「最高の師匠です」

 俺は間髪入れずに答えた。正式に弟子入りした訳ではない。訓練校時代の教官にも恩師は多い。それでも、俺にとって最高の師匠はクロノさんだ。

「本当に短い期間、訓練を見てもらっただけですが……。クロノ執務官の教えが無ければ、ここまでこれなかったと思います」
「そうか」

 俺たちのやり取りを微笑ましそうに見ていた提督が、不意に真剣な表情に切り替わる。

「クロノ、一番弟子をリーゼたちに預けたいというのかい」
「はい。今のヴァンは危ない状態です。Sランク魔導師に付け狙われている。保護する事も可能でしょうけれども、彼自身がそれを望んでいない。対抗するには、どうしても自分の殻を破らなければならないんです。今の僕では、彼をそこまで導ける自信がない……」
「師としては失格だな」
「はい……」

 グレアム提督の評価は手厳しかった。

「いえ、そんな事はありません。クロノさんの責任ではなく、私自身の能力の問題です」
「ヴァンくん。そういう問題ではないんだよ。君もいずれ人の面倒を見る時が来るだろうから、覚えておくと良い。君たちは互いに信頼しあう良い関係だ。だが、そこから先に踏み出すには圧倒的にクロノ自身の経験が足り無さ過ぎる」

 たしかに、クロノさんはまだ14だ。よくよく考えてみれば、累算すれば俺のほうが年上なんだよなぁ……。
 もっとも、俺の考えを読んだ訳ではないだろうが、グレアム提督はその考えすら否定してみせた。

「年齢や経験ではない。人として他者をどう見ているか、どう考え、どう観察しているか……だ。クロノは今までアースラチームと言う少数で動く事が多かった。陸出身の、才能の乏しい弟子を、どうやって限界を越えさせれば良いのか分からないのだろう」
「はい、その通りです」
「それは今まで、クロノが限られた人と付き合っていて、周囲を見ないワンマン執務官だった……という事だ。世の中の大半は才能など無い人間だが、彼らの多くは尊敬できる人たちだ。ヒントはいくらでもあった筈だ。それに気がつかなかったのは、クロノ自身がいつの間にか天狗になっていたという事じゃないのかな?」
「はい、そうだと思います」

 提督にやり込められ、クロノさんは項垂れる。
 とはいえ、提督の行っている事を実行できる人間など、世の中にほとんどいないだろう。まぁ、これだけ言うって事は、クロノさんに対する期待がそれだけ大きいと言う事かな?

「もっとも、もう心配はないみたいようだがね」
「えっ?」

 グレアム提督の言葉に、クロノさんが少しだけ驚く。
 彼の表情は、子供だと思っていた人間の成長を見た喜びに満ちていた。

「ヴァンくんだけじゃない。高町なのはくんや、フェイトくん、そういった子供の面倒を見て、彼らの成長を手助けしているうちに、君は広い視野を持ち始めているようだ。そうでなければ、恥をかいてまでここには来ないよ。出来ないと言う事を認めるのも、一つの成長だ」

 クロノさんもまだ14歳だ。しっかりとしているように見えても、グレアム提督からして見ればまだまだひよっ子なのだろう。当たり前と言えば、当たり前だった。

「とはいえ、現実問題として、今は時間が足りないのも事実だろう。ヴァンくん」
「は、はい」
「一つ聞きたい。君は何の為に、強くなりたいのかな?」

 グレアム提督の質問は、ある意味もっともと言えばもっともな質問だ。
 とはいえ、俺が抱えている事情の一つは答える訳にいかない。というか、プレラはなんとなく分かるのだが、盟主が俺に絡む理由はよく分からない。説明のしようがないんだよなぁ。
 そうなると、俺が抱えるもう一つの理由だが……、こっちはこっちで人に言いたい話ではない。
 しかし、調べればすぐに分かる程度の話だ。提督直々に尋ねてきた以上、隠せなかった。

「俺は、自分の大切な人たちを守りたい。普通に生きている人が危ない目にあって欲しくない……」

 とはいえ、口にすると案外言葉に出来ない物だ。

「全てを失って後悔するのは、もう一度で十分です。今までは、綱渡りみたいに上手くいっていたけど、これからも上手くいくとは限らない」

 俺のこちらの家族は、爆弾テロの犠牲になった。
 あの時、何も出来なかった自分が悔しかった。
 恐怖に震えているしか出来ない自分が情けなかった。

 そしてなにより、真っ先に自分が助かった事を安堵してしまった自分が許せなかった。

「俺は、強くなりたいんです……。皆を守れるぐらいに、理不尽な暴力を否定できるぐらいに」

 この期に及んでも、俺は自分勝手だ。
 なのはたちを守りたいという思いもあるが、それ以上に自分が後悔したくないという、身勝手な気持ちが先に出ているのではないか?
 口にすると、そんな気がしてならない。

 俺の独白を静かに聞いていたグレアム提督だったが、話が切れたタイミングでこう言ってきた。

「なるほどな……。もういいよ、ヴァンくん。そうだな。私と共に未確認次元域探索隊に来ないか?」
「そ、それはっ!」

 突然の誘いに、俺は驚きの声を上げる。

「なあに、この老人が死ぬまで付き合えと言っているのではない。ほんの数年、君の修行が終わるまでだ」

 なんとも魅力的な話だ。
 クロノさんをはじめとして、グレアム提督の“教え子”は様々な方面で活躍をしている。リーゼ姉妹が教導隊に招かれるように、グレアム提督は人材育成の手腕にも定評があった。
 俺のような素質に乏しい魔導師でも姉妹の教えを受けられれば、あるいは各段に成長できる……かもしれない。ここで出来ると言い切れない自分の非才が情けなくなるが、それでも一人で修行をしているよりマシなのは確かだろう。
 さらに、“グレアム提督の教え子”というブランドのもつ力は大きく、コネとしては申し分ない。
 まぁ、コネのほうは姉ちゃんに土下座をすれば何とかなるのだが、無理をしてでも教わりたいというのが正直な気持ちだ。この機会を逃したら、一生こんなチャンスは訪れないだろう。

 だが、半面で素直に受けられない理由があった。なのはやティーダさんのように、物語に語られない空白の10年で不幸がある知り合いがいる。さらに、盟主一味がいつ何時仕掛けてくるか分からないし、スカリエッティだって大人しく逮捕されたとは思えない。
 はたして、ミッドチルダを離れて良いものか……。
 さらに、俺の後見人はオーリス・ゲイズだ。彼女の父親はレジアス少将だ。ここで俺がグレアム提督の下に行けば、周囲はどう見るか……。地上の平和を守るため苦心しているあの人たちを見捨てて、自分の為だけに海の英雄の下に付くのが本当に正しいのか。
 若手のクロノさんに指導を受けるのと、グレアム提督の元で修行をするのではその意味合いが大きく違う。
 だが、断るのはクロノさんの顔を潰す事に……。でも、それは……。どうしても思考がぐるぐると堂々巡りになる。

 即答できず口ごもる俺に、グレアム提督が優しい笑みを浮かべてこう言った。

「別にこの場で即答する必要はない。君の将来を決める重要な問題だ。一度家に戻り、周囲の人とよく相談しなさい」

 こうして、この話題はとりあえず終わった。
 この後もクロノさんと提督は二、三雑談をしていたが、俺の耳にはまるで届かず、一人で悩むくらいしか出来ないでいた。





 * * * * * * * * * * * * * *





「何を考えているのかしら、あの子?」

 クロノと、彼が連れてきたヴァンという少年が部屋を後にして、一番最初に口を開いたのはリーゼアリアだった。
 その口調は、若干刺々しい。

「あの子って、ヴァンくん? 弟子入りしに来たんじゃないのかな?」

 ソファに腰をかけ、残ったお茶菓子を摘んでいたリーゼロッテが軽く答える。

「問題は、弟子入りの真意よ。ううん。それ以前に、何が目的でクロノに取り入ったのか……」
「そこまで複雑に考えているタイプには見えなかったけど? クロスケにそっくりな、からかいがいのある、真面目なタイプじゃない?」

 ヴァン・ツチダという少年に対する、リーゼロッテの正直な感想がそれだった。グレアムの元に行くとはっきり分かった時の慌てっぷりや、緊張している様子など演技には見えなかった。
 それなりに長く生きており、魑魅魍魎が跋扈する政局にも関わってきたリーゼロッテだ。浅はかな演技なら見抜く自信がある。少なくとも、彼がクロノに向けている尊敬は本物だろう。

「そっちじゃないよ。彼、自分の事情をほとんど話していないじゃない」

 聞きたかったのは、彼の過去などといった悲惨だけどありふれた物ではない。
 彼……いや、彼の魂が刻み付けた事情だ。

「まぁ、そう易々と話せる物でもないだろう。クロノの目もあったしな」

 外出用の外套に手をかけたグレアムが、リーゼたちの会話に割り込んでくる。

 闇の書事件が終わった事を知ったグレアム提督は、事件において重要な鍵を握ったであろうヴァン・ツチダという少年について詳しく調べなおした。その結果、ある話が浮かび上がってきた。
 クロノが彼をつれて来たのは予想外だったが、旅立つ前に一度は彼と会ってみるつもりだったのだ。

「そりゃそうですけれども……」
「彼が隠す必要があると考えるのもわかるさ。最高評議会の御歴々も注目しているようだしね」
「レジアス少将の派閥の子だから、知っているのかしら?」
「いや、彼は知らないだろうな。良くも悪くも、真っ直ぐな少年だよ」

 彼の持つ事情を事前に知っていたら、あんな無茶をしなくて済んだだろう。そう思うと悔しくない訳でもないが、“事前に知っていれば”は管理局の仕事に付き物だ。
 最小の犠牲で、自分たちを縛っていた事件は終わった。少女の笑顔を永遠の氷壁の果てに追いやるよりも、よほど良い。
 調べ切れなかった自分たちが間抜けなのだ。彼に恨み言をぶつけるのは筋違いだった。

「そうですけど……お父様、外出ですか?」

 慌てて共をしようとするリーゼアリアを片手で制して、立てかけておいた杖を取る。爆弾テロで寝込んで以来、まだ杖が手放せないでいた。
 若い頃の回復力は、もうグレアムには無いのだ。
 もっとも、肉体はともかく、精神まで老け込んでいる暇は無いようだった。

「ああ、彼を連れて行くなら、いくつか根回しが必要だろうからね。古い知り合いに会ってくるよ」

 相手も忙しい身だが、アポ無しでも多分大丈夫だろう。大勢の部下の犠牲の上になりたった虚名だが、こう言った時に英雄の肩書きは便利だ。

「彼を弟子に取るつもりで?」
「連れて行って、吐かせる気かな?」

 リーゼ姉妹の反応に、グレアムは首を横に振る。
 もう舞台から降りる気なのだ。彼から無理やり情報を引き出す意味など無い。それよりも、残していく者たちにするべき事が彼らにはある。

「まさか。クロノの紹介だ。彼が私たちと共に来るならば、最後の弟子として鍛え上げようじゃないか」

 グレアムの言葉に、リーゼ姉妹が不敵に笑う。もしもこの場にクロノが残っていたら、ヴァンに同情しながらも、さっさと逃げ出していただろう。
 事情を無理に吐かせるような荒事よりも、未熟な少年を鍛え上げるほうが数倍も楽しいのだ。





 * * * * * * * * * * * * * *





「何を考えている」

 広大な次元世界に法と秩序の光を照らす組織の物とは思えない闇の底に、老人たちの声が響き渡る。
 無機質でありながら、命令を下す事に慣れたもの特有の力ある言葉を向けられたのは、暗い部屋の中央に置かれた粗末な椅子に座っていた一人の男だった。
 男は手足は元より指の一本まで厳重に拘束され、周囲が見えないよう目隠しまでされている。厳重極まりない拘束を受けながらも、唯一むき出しの口元には軽薄な嘲笑を浮かべていた。

「答えろ、スカリエッティ」

 別の老人の声が響く。その声に、男は肩を竦めながらこう答えた。

「私に問われても、分かる訳が無いでしょう。最高評議会の御歴々」

 こんな状況にもかかわらずスカリエッティと呼ばれた男は、嘲笑をにじませながら最高評議会との会話を楽しむ。

「あなた方が知っている内容と、私が知っている内容はそう違いは無いんですからね」

 スカリエッティの言葉は、人をいらつかせる。彼は故意に、そう振舞っているのだ。
 だが、最高評議会は鉄の精神でスカリエッティの挑発を受け流す。そして、自ら言う気が無いならと、違法プラントからエージェントが回収した情報を突きつけた。

「ならば問おう。スカリエッティ。貴様は百人作られたスカリエッティの一人で相違ないな」
「ええ、その通りですよ。分かっているなら聞かなくても良いでしょうに」
「正気か、貴様?」

 違法プラントで発見された……否、最高評議会に伝わるよう故意に残されていたのは、スカリエッティの計画の概要である。
 その内容は、自らを百人生み出すと言う、正気を疑いたくなるような代物であった。
 最高評議会は次元世界の住人がもっとも狂っていた時代の出身だ。自らの予備を用意する指導者など履いて捨てるほどいたし、優秀な配下をクローンで量産しようとした者や、愛した女性の人形を量産し侍らせた王など、狂った事例をいくつも見てきた。

 だが、自分を百人作成し、次元世界にばら撒いた者など彼らの知識の中にも存在しない。あの時代に匹敵する狂気に、さすがの最高評議会も困惑を隠せなかった。

「そう言われてもね、正気かなど分かる筈が無い。何をするつもりなのかはさて置きね」
「自ら百人を競い合わせる、“ゲーム”か……」

 しかも、複製した百人を互いに競い合わせるなど、もはや理解不能だ。

「ああ、それは正確ではありませんな。十年後のグラナガンで、特に優れた研究を残した数名が、スカリエッティの“究極の研究”を巡って競い合うのですよ」
「それの何処が違う」
「いや、それ以前に我らがそれを許すと思っているのか?」

 最高評議会の糾弾にもスカリエッティは動じない。否、動じるような必要は無い。
 なぜなら、彼らは全て真理を追い求めぬ愚か者なのだ。何を恐れる必要があるだろうか?

「ああ、許さなくても構いませんよ。むしろ、積極的に狩れば良い」
「正気か?」
「正気を問われてもね。むしろ、管理局に捕まるような愚か者は“ゲーム”に参加する資格など無い。それに……私はそのために管理局側に来たのですから」

 管理局により排除されたスカリエッティ・クローンの研究解析と管理局へのフィードバック。それが彼の目的だ。彼はいわゆるゲームのゲームマスターであり、他のスカリエッティとは違いゲームへの強制参加が決定していた。
 いい加減正気を何度も問われうんざりしていた所だ。彼らに分かる様にスカリエッティは説明を続ける。

「“究極の研究”を得るために、スカリエッティシリーズはゲームを競い合うでしょうねぇ。ノーヴェとウェンディを残したのも、自由に研究が出来ず戦力が乏しくなるゲームマスターである私への配慮でしょう。チンクまで付いてきたのは予定外だが、ゲームのルール通り管理局に協力させる事になるでしょうな」

 そういう事を聞きたい訳ではない。とはいえ、これ以上聞いても無駄だろう。
 クローンの一体といえども、スカリエッティだ。まともに付き合ってなどいられない。

「分かった、下がれ。貴様の処分は後ほど決定する」
「そうですか。ですが出来ればご配慮を頂きたいものですな。そうそう、なんなら、今回重傷を負ったゼスト・グランガイツを“治療”しても良いですよ」
「下がれと言った筈だ」



 拘束越しに肩を竦めるスカリエッティの姿がこの場から消える。
 すでに人としての臓器など脳以外残っていない無い筈なのに、息が詰まる思いだ。思い出したくも無いあの時代の狂気を、無理やり目の前に引きずり出された気がする。
 それを生み出したのが自分たちだと思えば、なおさら気分が悪い。

 とはいえ、最高評議会も並の神経の持ち主ではない。
 一瞬だけ浮かんだ感傷を瞬時に振り切り、この先の計画の修正を協議する。

「奴の計画、どうする?」

 議長の言葉に、書記が答える。

「忌々しいが、今は乗るしかあるまい。詳細はさておき、奴の計画は魅力的だ」

 人格は最低でも、能力に間違いは無い。莫大な研究費用を何処から調達してくるつもりなのかは知らないが、他所の金で研究をしてくれるならこちらの腹は痛まない。

「だが、危険ではないか? まともに研究を接収するつもりなら、数年は様子を見なければならないぞ」
「どのみち、百人を狩り出すコストに比べれば、表に対し犯罪を犯した奴を捕まえていくのは通常のコストの内だ」
「なるほど。それに、自身を再生産されれば目も当てられないか……」

 スカリエッティ百人を狩り出せるか?
 年齢や性別を弄くり、中には不妊治療に偽装してまで自身をばら撒いている。それらを全て狩り出すのは不可能では無いが、大変な労力とコストを必要とするだろう。
 それなら、勝手に研究をさせ、犯罪を犯した連中を捕まえ、研究を接収した方が効率的だ。あの男のクローンだ、犯罪じみた研究をしないでいられる筈が無い。

「だが、奴はどうする。あのクローンの処遇は?」
「使うしかあるまい。生半可な技術者では接収に何年かかる?」
「信用できるのか?」
「出来ないだろう。重大な監視と、№2の接近と、聖王の身柄だけは気をつけなければなるまい。残された戦闘機人も、完成次第奴から引き離すとしよう」
「そうだな。それと、我らの聖王再生計画も若干の見直しが必要となった」

 どこかが狂った論理で、彼らの計画が組み上げられていく。
 彼らは間違いなく平和と正義の信奉者だ。そこに私心など無く、彼らが望んでいるのは世界の安定と平和だけだ。

 だが、土台が歪みきった彼らの思いが何をもたらすのか。それは誰にも分かる事ではなかった。












注:管理局の歴史等は公式設定ではなく、原作設定を踏まえた上でのさざみーの想像です。



[12318] End of childhood 第16話
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:6c302dbc
Date: 2011/11/21 00:43
End of childhood 第16話



 レジアスにとって、その日はまさしく厄日であった。

 重傷を負ったゼストや、消耗が激しく今後のスケジュールが遅れるだろう見込みの実験部隊について悩んでいたレジアスは、その日ほんの少しだが寝坊してしまった。それがいけなかったのだろう。
 朝起きると、何故か娘が朝食を作っていた。
 普段でさえ残念な料理の腕のオーリスが寝不足で作った朝食は、当たり前のように失敗していた。しかも、作り直す材料が残っていない。
 妙にじゃりじゃりする目玉焼きと黒焦げのパン、塩の味しかしないスープで朝食を済ませたレジアスは、普段通りの時間に出勤した。ところが、途中で交通渋滞に巻き込まれてしまう。朝から酔っ払った連中が、道の真ん中で喧嘩を始めたらしい。Aランクオーバー魔導師の喧嘩は、さぞ派手だったろう。

 何とか出勤した後は会議だ。先日のスカリエッティ事件で大きな被害を負ったゼスト隊の件も当然議題に上った。
 やれ被害が大きすぎる、やれコストが高い、やれバックアップ体制が薄い地上本部での運用は無理なのでは無いか……。本局派の高官がここぞとばかりに攻撃してきた。
 そもそもお前らの派閥の馬鹿が先走った為、バックアップ体制が整う前に初出動となり、親友のゼストが重傷を負う羽目になったのだ。正直に言えば怒鳴りつけてやりたい気分だったが、ぐっと堪えて懇切丁寧に必要性を訴えた。

 重大事件における地上の役割は、避難誘導や海や空が到着するまでの足止め。さすがのレジアスも管理局の基本的なドクトリンまで否定する気はない。とはいえ、緊急時出動が出来る最低限の高ランク魔導師まで海に取られては、通常の治安維持にも支障が出る。
 そして、こいつらはそこまで海に媚びて出世したいのかと思い、海に対する不信感が更に大きくなった。

 もっとも、これは若干レジアスの穿ち過ぎだ。確かに出世の手土産と考えている連中もいるが、大部分の高官はゼスト隊の運用が陸では難しいと考えての発言である。
 ゼスト隊は地上部隊の中でずば抜けた戦力を保有しており、随伴させられる部隊が存在しない。ゼスト隊がどれだけ強力でも単独運用は非常に危険であり、一度消耗をしてしまえば補充も難しい。
 そして、幸か不幸か事件の被害規模が比較的小さい地上では、ゼスト隊のような強力な部隊が真の意味で必要となる事態は滅多に起こらなかった。つまり現実的な問題として、あらゆる意味で高コストのゼスト隊を、一つの地上世界に配置しておくという事は、強力な戦力を一つ遊ばせておくという事になってしまうのだ。それなら、海に回すべきだと考える者がいても不思議ではない。
 この場合、どちらの考えも間違っていないから性質が悪い。
 人の上に立つ者は、何をなす為に何を切り捨てるか決定しなければならない。それは巨大組織である時空管理局と言えども同じだった。

 会議が終わり昼食にしようかと考えたところで、最高評議会から呼び出しを受けた。
 何事かとはせ参じてみれば、先日逮捕したスカリエッティが残したとんでもない爆弾の事を聞かされた。自身を100人クローニングして世界中にばら撒いたと初めて聞いた時、さすがのレジアスもすぐに反応できなかった。思わず正気かと、最高評議会に聞き返してしまった程だ。
 無礼とも取れる態度だったが、最高評議会は怒る事も無く本件の公表と今後の対応を指示した。
 確かに、逮捕した筈のスカリエッティが何かしらをやらかせば、管理局の権威は失墜するだろう。さらに、100人もいるスカリエッティが事を起こす前に捕捉して対応するのは現実的に不可能だ。
 この一件は隠し通せる代物ではなく、公表は必須ではあるのだが……、社会不安を考えるとそう易々と公開できる物でもない。どうやればいいのかと頭を抱えるレジアスに、最高評議会は裏工作以外ほぼ丸投げする事を決定した。
 レジアスは無神論者なのだが、最高評議会が信仰していたという聖王に、心の中で思いつく限りの罵詈雑言をぶつけた。

 その日の昼食は胃薬だった。

 午後になり、書類を片付けながら今後の対応を考えていると、顔色を変えたオーリスが執務室に飛び込んできた。

「お、おとう……少将」
「なんだ?」

 とにかく、一人で考えたかったためが、レジアスの声が少々険しくなる。

「あ、あの、来客で……」

 午後は来客の予定は無かったはずだ。
 一瞬追い返せと言いたくなったが、オーリスのこの慌て様は何かあったのかもしれない。不機嫌さこそ隠せないが、それでもレジアスはオーリスに来客が誰かと尋ねる。

「何処の誰だ、やってきたのは?」
「そ、その……グレアム提督です」
「なん……だと?」

 予想外の名前に、レジアスは思わず目を見開いた。



「やあ、久しぶりだね。ゲイズくん。ミゼットさんの誕生パーティー以来かな?」
「お久しぶりです、グレアム提督。ああ、そのままで結構です」
「すまないね」

 先に応接室にいたグレアムは、柔和な笑みを浮かべてレジアスに挨拶をする。ソファから立ち上がろうするが、それはレジアスが止めた。
 海嫌いを公言してはばからないレジアスだが、つい先日まで入院していた老人を無理に立たせる趣味は無い。

 グレアム提督とレジアス少将。この二人の会談を見る者がいたら、どう感じるだろうか。
 海の英雄と地上の平和の守護者。管理外世界出身の魔導師と管理世界出身の非魔導師。それとも管理局内の対立構図か?
 あるいは、管理局の歴史を感じる者がいるかもしれない。

 ギル・グレアム提督は管理局初期から中期に活躍した英雄である。
 彼が活躍した時代は再開された次元間交流に群がるように、次元海賊が活性化した時代だ。この頃の管理局の主な任務は海賊の討伐であり、次元航路の安全確保だった。海賊といっても、元は敗走したどこかの軍が犯罪集団化した物だ。その戦力は小規模ながら正規軍に匹敵する。これらを討伐する管理局も連合軍から移籍した兵士が大多数で、当然ながら軍隊色の強い組織となっていた。
 グレアムはそうした次元艦隊を率いた提督であり、管理局の軍隊時代を代表する英雄の一人だ。

 一方のレジアス・ゲイズが台頭してきたのは、次元海賊が沈静化した頃からである。
 壊滅した海賊の生き残りは地下にもぐり、犯罪の舞台は次元空間から都市部へ、その構造も複雑怪奇な物に変貌してゆく。戦闘能力以上に捜査能力が重要となり、“兵士”であった局員では後手後手に回る事が多くなった。
 犯罪の脅威から市民を守るのに必要なのは、“軍隊”ではなく“警察”であり、本局の後方支援組織に過ぎなかった各世界の地上本部を警察組織に纏め上げたのが、レジアスの一派であった。
 そう、グレアムを“軍隊としての管理局の英雄”と称するなら、“警察としての管理局の英雄”と称されるのがレジアスなのである。
 もっとも、その強引とも取れる手法は多くの敵を作り、理事会派と評議会派の対立も関係して本局と地上の溝をより一層深くしてしまったのだが……。

「ところで、今日はどういったご用件で?」
「ああ、今度未確認次元域探索隊に異動する事になってね。その挨拶に知り合いを回っていたんだ」
「ほう?」

 そして、それぞれの時代を代表する二人だが、実は知らない仲では無かった。
 共に本局統幕議長ミゼット・クローベルに見出された人物であり、一時は同じ現場にいた事もあるぐらいだ。もっとも、その当時すでに英雄と呼ばれ名声を得ていたグレアムと、才気に溢れてはいるが駆け出しに過ぎなかったレジアスとではそれほど多く接点があった訳ではない。

「また、探索隊とは思い切った部署に異動しましたな」
「まあね。元は管理外世界の出身だよ。やはり未知への冒険心は止められないさ。ああ、ありがとう」

 お茶を出しに来たオーリスに礼を言うグレアムは、どう見てもリタイア直前の好々爺だ。だが、その中身が一筋縄でいかない事をレジアスは良く知っている。ただ強いだけの魔導師や指揮官に、艦隊指揮官や執務官長などは務まらない。
 いかにも優しげな紳士に見えて、その実は腹に一物を抱えているのがグレアムという男なのだ。
 そもそも、グレアムが未確認次元域探索隊へ志願していた事はレジアスの耳にも届いていたが、異動の挨拶に来るほど親密な付き合いなど無かった。恐らくは別の用件があるのだろう。

「私には分かりかねますな」
「そうかい? 文化遺産保護官だった君なら分かるかと思ったんだが?」
「ロマンを求めるには、歳を食いすぎましたよ」
「君はまだ若いだろう。君とグランガイツくんがやった大立ち回りは今でも覚えているよ」
「昔の話です」

 もう、立場が立場だ。好き勝手に未知のロストロギアや遺跡を相手にする事はできない。背負っている物が大きすぎる。
 そのあたりの事情は、グレアムも良く分かっていた。

「そうだろうね。でも、昔の話と割り切って情熱を抑えるのも寂しいと思うがね」
「抑えている訳ではありませんよ。今は情熱を向ける方向が世界の平和に向かっているだけです」
「模範解答だな。そうそう、情熱と言えば君が後見人を勤めるヴァン・ツチダくんだが、クロノに紹介されて会ってみたが彼も情熱的だったね」
「ほう?」

 色々な意味で現在注目を浴びているヴァン・ツチダの師匠はクロノ・ハラオウンだ。なるほど、師匠の師という事で紹介されていも不思議ではない。
 とはいえ、ここで彼の話が出るのは若干不自然だ。そろそろ本題に入るか。
 警戒しながらも、グレアムはレジアスの言葉を否定した。

「ヴァン・ツチダの後見人は私の娘です。私ではありません」
「おや、そうだったかな? どうも歳を取ると物覚えが悪くなって仕方ないな」
「で、そのヴァン・ツチダがどうかしましたかな?」
「ああ、彼を探索隊に連れて行きたいと思ってね。ああ、あくまでも本人が希望した場合に限るが」

 どこかで食器が落ちる音がした気がする。
 だが、そんな事など一片も気にせず二人の会談は進んでいく。

「ほほう。ですがそれを何故私に? 彼は武装隊所属で私の手が及ぶ範囲ではありませんが?」

 実際、ヴァンの配属関係にはレジアスは一切手を出していない。娘が後見人を務めるに当たって、家族の素行調査こそしたが、それっきりだ。
 もしも問題を起こせば即座に始末する気ではあったが、その後1年前までは何の問題も無かった。

「まあ、そうだろうね。でも、君が特に何かをしなくても、周りが勝手にやるだろう」
「何が言いたいのですかな?」
「腹芸は苦手でね。単刀直入に言うと、君の周りで騒ぎそうな奴を抑えて欲しい。これ以上本局と本部の溝が広がるのは良くないからな」

 ある程度予測できた事だが、あつかましい要求だとレジアスは思った。
 ヴァンの抱えている秘密を抜きにしても、空戦Bランク魔導師は貴重だ。海にとっては何処にでもいる魔導師の一人だろうが、地上にとってはエースとなりうる存在である。

「空戦Bランク魔導師を取られるのにですか? 流石に抑えるのは難しいですな」
「これは君にもメリットのある話だよ。数年間私に預けてくれれば、Bランク魔導師がAAランクになって地上に戻ってくる。なにより、陸士警邏隊出身でグレアムの弟子にまでなった空士が、修行を終えて再び地上配備部隊に戻った……というのは大きいと思うが、違うかね」

 なるほど、確かにその通りになればメリットは計り知れない。AAランク魔導師が地上配備になるのも大きいが、それ以上に“グレアムの弟子”が自ら地上に戻るとなれば、“海から声が掛かるのは名誉”といった風潮に一定の楔を打ち込む事が出来る。
 それにしても、何が腹芸は苦手だ。この古狸め。

「しかし、その通りになりますかな? ヴァン・ツチダがそのまま海に残る事を希望しませんかな?」
「無いな。彼は熱い男だよ」

 レジアスの言葉を、グレアムは笑いながら一蹴する。

「自分の為だけに、小賢しい計算など出来ないだろう。彼は絶対地上に戻る」

 確かにその通りだろう。そもそも、本人にそういった欲があるなら、自身が持つコネクションを最大限利用していた筈だ。
 だが、最後にもう一つだけ問題があった。

「ところで、彼は本当にAAまで行きますかな? 入局時の検査では、Aランク程度が精々だと出ていますが?」
「ああ、うちの娘たちが妙に張り切ってたから、多分大丈夫だろう」

 グレアムが一瞬だけ視線を逸らした事や額に流れる汗を、レジアスは見逃さなかった。
 グレアムの使い魔であるリーゼ姉妹の特訓は、もはや拷問に近いと評判である。ヴァンの未来に若干同情しながらも、メリットとデメリットを素早く計算する。
 “主人公”と交友があるというだけで、トリッパーとしてのヴァンにさほど価値は無い。彼に詳細な“物語の知識”が無いのはここまでの行動で明らかであったし、なにより既に物語は完全に崩壊している。未知数の未来の前に、中途半端な知識は邪魔なだけだ。そしてそれでも、彼の性格を考えれば10年後はクラナガンにいる可能性が高い。
 ここで一時手放すデメリットを計算に入れても、メリットは十分ある。

「私からは何もいえませんが……。ヴァン・ツチダは本局航空隊の所属で、その人事に私が手を出すのは越権行為ですな」
「そうか、すまないね」

 言葉自体は最初とほぼ同じだが、含まれるニュアンスが若干違う。
 レジアスの言葉にグレアムは笑顔を見せると、席を立った。

「さてと、私はそろそろ行くとしよう。引継ぎがだいぶあるのでね。あ、そうそう、君に伝えておきたい事があった」
「何でしょうか?」
「なあに、ただの老婆心だ。悪役になる暇すら与えられず、舞台を降りる羽目になった老人からのな」
「何を知っている!?」

 回りくどい言い方だが、その言葉の意味を理解しないレジアスではない。
 思わず腰を上げるレジアスに、グレアムは、飄々とした態度を崩さずに言葉を続けた。

「なあに、大した事は知らないし、知っていればこう無様な所は見せていないよ。ただ、君はまだ若く、親友を失わずに済んでいる。私が言えた義理では無いが、結果を焦るなよ」

 そう言って、グレアムは部屋を去ってゆく。
 グレアムは今、“親友を失わずに済んでいる”と言った。もしや、自分がまだ知らない“物語”がまだ存在すると言うのだろうか?
 最高評議会も察知していないだけか、それともあえて教えていないだけか。
 その背中を見送りながら、レジアスは一つの疑念を思い浮かべずにはいられなかった。





 * * * * * * * * * * * * * *





「これは?」

 カプセルに収められた3つの胎児を見て、シスター・ミトは疑問の声を上げた。

「貴方から頼まれたマテリアルよ」
「これがですか?」

 それに対しプレシア・テスタロッサは振り向きすらせず、論文を読みながら答える。

「そうよ。高町なのはたちの細胞をベースに、肉体を作っている最中」
「てっきり、使い魔のような形態にするのかと思っておりましたが?」
「干からびて死にたいのなら、そうしてあげるけど」

 辛辣極まりないプレシアの言葉に若干苦笑を滲ませながら、ミトは話を続ける。

「こう見えても、魔力量なら自信があるのですが?」
「そうね、クラナガンの総魔力使用量を一人で賄えるのなら何とかなるかもね」
「いくらなんでも、必要魔力の見積りが多すぎではありませんか?」

 戦闘データを見る限り、マテリアルたちはそこまで魔力は持っていなかったはずだ。プレシアが必要と言った魔力量が必要というのはオーバーすぎる。
 だが、専門家であるプレシアは、ミトの甘い考えを即座に否定した。

「マテリアルは偶然の産物よ。素体となる存在がある使い魔とは違う。どちらかと言えば闇の書のマスターになるのに近いわね」

 ヴォルケンリッターのような純粋たる魔法生命体の製作技術は失われて久しい。時間をかけて研究をするならともかく、いくつもの研究を抱えているプレシアにそのような時間は無かった。
 多少遠回りでも、器となる肉体を作ってやったほうが早くて安全だ。

「使い物になるのですか?」
「ならない物は作らないわよ」

 用件はそれだけなら、邪魔だから出て行け。プレシアは片手でミトに出て行くように促す。
 ずいぶんと嫌われたものだと思いながら、ミトはもういくつか確認しなければならない事を確かめた。

「マテリアルは分かりました。ところで、戦闘機人と防衛プログラムはどうですか?」
「どちらも培養の実験中よ。詳しく知りたいのなら、進捗具合を報告させるけど?」
「お願いしてよろしいですか? 状況が大きく変わりそうなので」

 ジェイル・スカリエッティの逮捕は裏表関係なくトップニュースとして報じられた。
 広域指名手配犯の逮捕というだけでも大ニュースだが、ある種の物語を知る者にとっては状況が大きく変わった事を意味している。この先何が起こるか分からない以上、使える戦力の確認を急ぎたいとミトが思うのは当然の流れだった。

「アリシアさんの蘇生はどうですか?」
「教える義理は無いわ」

 確かにそうだろう。ミト自身はプレシアを嫌ってはいないどころか、ある種の好意や共感を抱いている。だからと言ってプレシアがどう思うかは別だ。むしろ、嫌って当然だろう。
 少なくとも、素直に協力する……。否、プレシアは協力するしか無いのだ。
 その事を確認出来ただけでも問題ないだろう。プレシアの監視も兼ねた研究員たちを一瞥すると、ミトは研究室を後にした。



 続いてミトが向かったのは盟主の部屋だった。
 流石の盟主も今回のスカリエッティの逮捕は予想外だったらしく、部下に収集させた情報を分析する為、部屋に篭りっきりだ。一度様子を見ておいたほうが良いだろう。
 そう考えたミトが盟主の部屋に入ると、資料の山に埋もれた盟主が机に突っ伏し、肩を小刻みに震わしていた。

「盟主?」

 寝ている訳ではないだろう。居眠りをするような可愛げがある存在では無い。
 実際、ミトの言葉に盟主は顔を上げると、そのまま資料の一つを投げてきた。

「やあ、シスター。それを見なよ。中々面白い事が起きているよ」

 面白い事とは? そう疑問に思いつつも、ミトは資料に目を通す。
 そこには、先日逮捕されたスカリエッティが残した爆弾。自身を100人量産した事が書かれていた。

「これは、本当ですか?」

 あまりにも馬鹿馬鹿しい内容に、流石のミトも二の句が続かない。
 もっとも、盟主の感想は違うようだ。ニヤニヤと笑いながら、スカリエッティの行動を賞賛する。

「ああ、本当だろうな。流石はスカリエッティだ。実に効率的なふざけた手法だよ」
「これがですか?」

 自分のクローンを100人作り争わせる行為の何処が効率的なのか? 自身も相当狂っていると考えているミトから見ても、さっぱりと分からない。

「普通に考えればね。ただね、シスター。スカリエッティがナンバーズに自身の予備を仕込んだ理由を考えればどうかな?」
「それは自分に何かがあった際の保険……あっ!」
「気がついたか。そうさ、スカリエッティは自身を100人作る事により、三脳が暗殺を行う可能性を潰したんだよ」

 物語という形で、この世界にはありえたかも知れない未来の情報が流入している。その中には、スカリエッティの反乱が記されていた。
 スカリエッティや最高評議会は、物語に関する知識を既に得ているだろう。でなければ、説明できない動きが多すぎる。

 そして、物語を知った最高評議会はどう動くだろうか?
 確実に反乱の準備が整うより前にスカリエッティを始末する。スカリエッティ自身がどう考えているかはさほど関係無い。その危険性があると言うだけで、十分な粛清の対象だ。
 絶大な力を持つ最高評議会相手に、正面を切って戦えると考えるほどスカリエッティも自信過剰ではない。
 逃げても研究を続ける以上、資材の流れなどから居場所を突き止められてしまうだろう。
 研究を諦めて大人しく隠れるつもりなら、あるいは逃げられるかもしれないが、研究を諦めるという事は、スカリエッティにとっては死ぬのと同義だ。

 暗殺される事を考え、有事の際の自分の予備を作っておくのはどうだろうか?
 1人、2人作ったところでさほど意味が無い。消される自分が増えるだけだ。これが10人でも同じだろう。
 だが、もしも100人ならどうなるか?
 これだけ作れば、最高評議会といえども容易に全員を消す事などできない。さらに勝手にスカリエッティの再生産という、最悪の可能性を考える筈だ。
 ここに技術を賭けた“ゲーム”という餌をばら撒けばどうなるか。
 最高評議会はスカリエッティを消すよりも利用する事を考える。

「確かにつじつまは合いますが、正気の発想ではありませんね」

 盟主の推測を一つずつ吟味したミトの感想がこれだった。
 自分を複数作るなど、考えただけでもぞっとする。

「アレは真性の狂人だ。必要ならどんな事でもするさ」
「ですが、それだとゲームは真意を隠すためのフェイクだと?」
「いや、それも本気でやるだろうね。100人もいるんだ、興味を持った事は片っ端からやっていくつもりだろうさ」

 ますます狂っている。
 もっとも、これくらい狂っていなければ、彼の研究成果は生まれなかっただろう。

「ま、この私の推測が正しいかどうかはさておき、今後の方針は決まったよ」
「どうするので?」
「まずは、組織内にスカリエッティが入り込まない様に警戒をしなければな。あの狂人を招き入れれば、内部からズタズタにされかねない」
「確かに。ゆりかごはどういたしますか? 状況が変わりましたので、復活させない可能性もありますが」

 プレシアや防衛プログラム確保以上に、聖王のゆりかごの奪取は彼女たちの計画には必須だった。

「ああ、そちらは大丈夫だよ。聖王の遺伝子をばら撒いたと言う事は、ゆりかごを復活させる気はあるのだろう。ああ、それと量産されたクローンの中にトリッパーが混じる可能性が高い」
「確保しますか?」
「ああ、そちらは頼むよ。使うにしろ、始末するにしろ、スカリエッティの頭脳を持ったトリッパーは厄介だ」

 トリッパーの魂は、強い因果に惹かれる傾向が強い。強力な魔導師の子、権力者の家族、不幸な事故、希少なアイテムの所持、あるいは不自然な生命。スカリエッティのクローンならば、トリッパーの器となるには十分だ。
 そこで、ふとミトは前々から疑問だった事を思い出す。

「そういえば、盟主。一つよろしいですか?」
「何かな?」
「盟主のお気に入りの、ヴァン・ツチダ。あれは一体何なのですか?」

 彼は爆弾テロでこちらの家族を失っていると聞く。なるほど、それだけならトリッパーの条件に合致する。
 だが、トリッパーにつき物の強力な力が一切備わっていない。最初はまだ未覚醒なのかと思っていたが、2つの重大事件を超えても、一向に目覚める気配がなかった。こうなると、初めから持っていないと考えたほうが自然だ。

「ああ、その事か。大した話ではないよ。アレは、ラストトリッパーか、それに限りなく近い個体というだけさ」
「まさか、ラストトリッパー? あれは理論上だけの存在だったのでは?」

 驚きの声を上げるミトに、盟主は肩を竦めて答える。盟主とて、直に会うまでは存在するとは思っていなかったのだ。

「そうは言っても、存在してしまった物は仕方ない。ラストトリッパー……、言い換えると単なる出涸らしだけどね」
「実も蓋もないですね。そう言ってしまうと」

 トリッパー、来訪者、転生者。そう呼ばれる者たちは皆、“カレイドミラー”を通じこの世界へ落ちてくる。
 その時、“カレイドミラー”に陣取る“ファーストトリッパー”より力の源を奪う。これがトリッパーの力の秘密だ。
 ただし、意図して転生している訳ではない為に、得られる力は選べない。大抵の場合、死ぬ直前に強く感じた事や、日常的に考えていた事に由来する力を得る事になる。
 虐めを苦に自殺した少年は強き力を、交通事故で死んだ男は危機を回避する力を、病室から出られず死んだ者は遠くを見渡せる目を……。
 一方の“ラストトリッパー”とは通常のトリッパーとは違い、力の源が枯渇した状態でこちらの世界に落ちた為に何の力も得る事が出来なかった個体だ。

「ですが、ヴァン・ツチダ以降も力ある転生者は誕生していますが……」

 無限の世界を繋ぐ、“カレイドミラー”に眠る力は無限である。そして、力あるトリッパーはヴァン・ツチダ以降も誕生していた。
 転生のシステムをある程度知っていれば当然浮かぶだろう疑問に、盟主は苦笑を滲ませこう答える。

「9年前、ファーストトリッパーは力の大部分を失った。その衝撃で死んでいない者まで転生に巻き込まれ、トリッパーが大量に誕生したのは君も知っているだろう」
「ええ、もちろん」
「その際に、許容量を超えた為に一時的に力が枯渇したんだろう。カレイドミラーの力は無限でも、元人間であるファーストトリッパーが持つ力には上限があるからね」

 トリッパーに関して言えば、盟主より詳しい者はこの世界の何処にも存在していない。彼女がそう言うのなら、ほぼ間違いないはずだ。
 とはいえ、あまりにも間抜けな話に、流石のミトも力が抜ける。

「まぁ、あれはしばらく放置でいいさ。それよりも、組織の引き締めとクローンの捜索と監視を頼むよ」
「分かりました、盟主」





 * * * * * * * * * * * * * *



 拝啓

 本当なら季節の言葉を入れなければならないんですが、どうせ貴方の事なので手紙を読む読まないでウジウジ悩んでいるのでしょう。数ヶ月も読まない可能性もあるので、季節の言葉は抜きです。
 貴方が中央に行ってから数年が経ちました。私たちの町もだいぶ復興が進んでいます。上の子たちも働ける年齢になってきて、学校に通いながら職人さんの弟子をやっています。ジュリア姉さんは、今度結婚するそうです。
 私も、聖王教会のシスター見習いとして、教会勤めを始めました。

 ところで、クラウス。なんだか大変だったらしいし、ヴェロッサさんに迷惑をかけていたみたいですけれども、貴方に一言言いたい。
 今更馬鹿やったところで、私たちの誰が気にするって言うんですか?
 生きるためとはいえ、人殺し以外一通りやってるんです。皆を必死に守ってくれていた貴方を、悪く言う仲間は誰もいません。

 中央でつらかったら、いつでも帰ってきてください。何年も帰って来ていない貴方の事を、皆心配しています。
 なんだか、書きたい事は一杯あったはずだけど、筆を取ったら書けなくなりました。
 体に気をつけて、元気な姿を私たちに見せてください。





 手紙は涙で滲んでいた。ああ、何でいつも自分は一人で空回りを繰り返すのだろう。周囲に心配をかけて……。
 幼馴染の少女の手紙に、クラウスの頬に自然と涙が流れる。

「クラウス、ここにいたのか」
「ロッサに……カリム姉さん?」

 不意にかけられた声に顔を上げると、そこには2人の恩人がやってきていた。

「久しぶりですね、クラウス」
「ご無沙汰しております、騎士カリム」
「そんなしゃちほこばらなくてもいいのに」

 そう言って微笑むカリムに、クラウスは素直に頭を垂れる。

「すいません。でも、本当に良いのですか? 一時とはいえ、ミッドチルダを離れても……」

 3人がいる場所は、ミッドチルダ北部の臨海第8空港であった。
 クラウスに一時的にではあるが、故郷の世界に帰る許可が下りたのだ。

「模範囚でしたし、ゼスト隊がしばらく活動できませんから大丈夫でしょう」

 そんな事はない。自分がやらかした事を考えれば、そう簡単に渡航許可が降りる訳がない。
 カリムが裏で手を回した事は、ほぼ確実だろう。こんな自分に良くしてくれて、涙が出そうだ。本来は甘えるべきではないのかも知れない。
 だが、クラウスは一度だけ、故郷をこの目で見ておきたかった。自分が犯した過ちの言い訳にしない為にも、故郷の仲間たちの顔を見ておきたかったのだ。

「本当にありがとうございます」

 今は礼の言葉を言うくらいしか出来ない。
 それでも、いつかはこの人たちに借りを返したい。

「このお礼は、必ず」
「そうだな、後で取り立ててやるから覚悟しておいてくれたまえ」
「ああ、覚悟しておくよ。ロッサ」

 やがて、クラウスの乗る便の搭乗が始まった事を知らせるアナウスが響く。

「行ってきます。ロッサ、騎士カリ……カリム姉さん」
「行ってらっしゃい、クラウス」
「気をつけるんだよ。それと、パルさんにもよろしくね」
「ああ」

 こうして、少年の長い事件は終わりを告げる。

 ただ、これは終わりではない事を、クラウスは知っている。少なくとも、多分まだ何も終わっていない。いや、これからが本番だとクラウスはミッドチルダの空と大地に巣食う者の存在を感じていた。
 次にミッドチルダに戻る時は、親友の為に槍を振るおう。そう、クラウスは心に誓うのだった。



[12318] End of childhood 第17話
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:6c302dbc
Date: 2011/12/21 00:54
End of childhood 第17話


 少し時は遡る。



「思ったより元気そうやったな」

 ヴァンを見舞った帰り道、はやては誰にともなく呟く。
 正直に言えば、倒れていたヴァンを見たときは気が気ではなかった。初めて出会った時の、深傷を負い血塗れとなったヴァンがどうしても頭から離れないのだ。
 その点、大した怪我も無さそうで、ひと安心といった所だった。
 一方、そんなはやてと対照的に思い詰めた表情をしているのがなのはとフェイトだ。二人は会話には加わらず、うつむき加減に後を付いてくるだけだった。

「どうした、高町、テスタロッサ。二人とも表情が硬いが?」
「落ちた事を気にしているのか?」

 二人の様子がおかしい事に気がついたシグナムとヴィータが尋ねる。二人はおしゃべりという訳ではないが、寡黙なタイプでもない。
 声をかけられたフェイトは顔を上げると、シグナムとヴィータの言葉にうなずいた。

「うん、気にしている。最後にプレラの言った言葉が頭から離れないでいる」

 一年前、ジュエルシードを巡りなのはたちと戦っていた頃のプレラは、それほど強い魔導師ではなかったはずだ。フェイトを上回る魔力を持っていたが、近接広範囲魔法という使い勝手の悪い魔法ばかりを習得しているという、通常では考えられないほど歪な魔導師だった。
 そしてその歪さは魔導の技のみならず、精神にも及ぶ。騎士を名乗り表面上は紳士を装っていたが、その増長したエゴは味方だった筈のフェイトですら嫌悪感を催すほどであった。

 だが、先日戦ったプレラはまるで別人だ。

 確かに近接型広範囲魔法を得意とするスタイルに変化はなかったが、その運用方法がまるで違う。自分たちを近づけないように、囲まれないように常に距離を計り続けた。何とか懐に飛び込んでみたものの、白兵戦能力ではプレラが一枚上手だった。
 そしてなにより、倒したはずの格下相手でも気を抜かない精神力。
 正邪はさておき、あそこにいたのは“騎士”と名乗るだけの実力を持ち合わせた魔導師だった。
 何が彼をそこまで変えたのか……興味が無いと言えば嘘になるが、それ以上に問題なのは彼が去り際に残した言葉だった。

 盟主の組織はまだ生きている。

 シスター・ミトと供に去った母のプレシア。自らの逃亡時間を稼ぐ為に、管理世界とは何の関係も無い地球の大都市を消し去ろうとした女が所属する組織だ。どう贔屓目に考えても碌な物ではないだろう。

 フェイトに予知のような便利な能力は無い。だが、それでもこの先恐ろしい出来事が起きるとわかるのだ。そしてそれに母が関わっている以上、なんとして求めたい。
 だが、今のままでは足りなかった。
 3人がかりでプレラに完敗したのだ。今の自分では、あいつの師匠であるシスター・ミトや闇の書の防衛プログラムを操って見せた盟主相手に勝てない。
 プレラの言うとおり、自分には実戦経験が圧倒的に足りなさ過ぎる。

「シグナム、頼みがある」
「どうした?」

 真剣な表情のフェイトに、シグナムは彼女の次の言葉を待つ。フェイトが何を言うのか分からぬほどシグナムも鈍くはないが、これは彼女が自分で言うべきだ。

「訓練校やクロノ執務官との訓練だけでは駄目なのか?」

 シグナムは、自身が物を教える事に向いていると思っていない。ヴァン相手に少しだけ剣の手ほどきをしたが、あくまでも“剣”について初歩の手ほどきをしただけだ。
 そもそも、魔導師として訓練しようにも、地力、技量ともに差がありすぎる。魔導師として、騎士としてヴァンを鍛えようにも、自分では一方的にヴァンを打ち据える事ぐらいしか出来ない。
 だが、フェイトは違う。
 彼女の相手をするなら、自分も本気を出さなければならない。そうでなければ、訓練する意味など無いからだ。

「それだけだと、たぶん足りない。それに、盟主一味のシスターは、近代ベルカ式を使う」

 シグナムの問いに、フェイトは少しだけ考えてから答える。
 クロノや訓練校を軽く見ているわけではない。クロノやコラード校長には軽くひねられるし、魔導師としての実力は上でも、魔法の使い方という意味では教官から教わる事は多い。
 フェイトの魔導師キャリアのほとんどは、プレシアの使い魔であるリニスとの訓練ばかりだった。魔導師としての臨機応変さを比べれば、ユーノは元よりヴァンにすら劣るだろう。
 ここで覚えなければならない事はまだまだ多い。だが反面で、ここで覚えられる事はミッドチルダ式魔法をメインとした事だけだ。
 それほど遠くない未来、自分が戦うだろうシスター・ミトや盟主の事を考えれば、白兵戦、さらにベルカ式魔法のスペシャリストであるシグナムは最高の訓練の相手だった。

「断っておくが、私は執事官ほどやさしくないぞ」

 真摯な瞳で見つめるシグナムに、フェイトは唾を飲む。あるべき歴史と違い、フェイトとシグナムの関係は薄い。死闘を繰り広げた経験もなければ、強敵として思いを馳せた事もない。
 優れた魔導師として実力を認め、確かに轡を並べ戦ったが、それはあくまでも八神はやてという少女を挟んでの関係だ。
 それゆえにフェイトはシグナムを“はやてのかっこいいお姉さん”という程度の軽い印象で見ていた。

「大丈夫です。自分が自分である為にも、強くならなきゃいけない」
「そうか、後悔するなよ」

 だが、この瞬間だけは違う。殺気を見せたわけでも、構えを見せた訳でもない。ただ、淡々と後悔しないか確認しただけだ。
 それだけなのに、フェイトはシグナムの中に“騎士”を見た気がした。それほどまでに、この瞬間のシグナムには迫力があった。
 だが、それこそがフェイトの求めたものだ。

 一方のなのははの表情は相変わらず優れない。暗い表情で何かを思い詰めた様子だった。

「なのはちゃんは、別の事を悩んでいるみたいやな」
「うん……。また、ヴァンくんに無茶をさせちゃったなって」

 ヴァンが無茶をするのは何時もの事だが、それを気にしないでいられるかどうかは、また別問題だ。
 特になのはは、ジュエルシードを巡る事件では、殺される寸前……いや、殺されたヴァンを見ている。今もヴァンが生きているのは、あり得ないほどの幸運が味方したからにすぎない。
 なのはは平和な日本で生まれ、過ごしてきたのだ。まして、父親が重傷を負った時には、幼さ故に何も出来ないという苦い経験をしている。意識するなというのが、そもそも無理な相談だろう。
 もっとも、生まれてからほとんどの時間を戦いで過ごしてきた守護騎士……ヴィータの感想は違った。

「しかたねえだろう。あいつ弱いし」
「でも、ヴァンくんは頑張って……」
「努力だけでどうこうなるレベルじゃないんだよ、お前らの差は」
「そんな言い方はないやろう」

 はやてがヴィータをたしなめるが、こればかりはヴィータも譲れない事だ。
 ヴィータは決してヴァンを軽く見ている訳でも、侮っている訳でもない。八神はやての命の恩人という事をさっぴいても、好ましい少年だと思う。
 だが、騎士としての冷静な目で見れば、今現在のヴァンは“弱い”魔導師としか評価できない存在だった。

「しかたないだろう、はやて。こればっかりは事実なんだよ」
「でも……」
「なのはなら防げるような魔法でも、アイツは防御できない。フェイトなら回避できるような攻撃を、アイツは反応できない。お前らが普通に放てる一撃が、アイツには必殺の一撃だ」

 ただの管理局局員だったら、それでも良かっただろう。部隊単位でエースを支援するのなら、今のヴァンでも十分だ。
 だが、なのはたちのような天才とヴァン・ツチダという魔導師個人が行動を共にするには、今の彼には荷が重過ぎる。
 時空管理局が魔導師ランク制度を採用しているのも、伊達や酔狂ではない。ランクの違いすぎる魔導師が自覚もなしに行動を共にするのは、どちらかに負担がかかり非常に危険だからだ。

「魔導の才能の差って言うのは、そう簡単に埋められない。そういう物なんだよ」

 元来、魔導の技とは個人の才能に依存し、徒弟制をもって伝達されてきた技術である。近年に入りミッドチルダ式魔法を中心に体系だった教育システムが構築され、一定の魔力を持っていれば、ある程度までは成長できるようになった。
 その現行の教育システムで成長できる限界と言われているのが、魔導師ランクBだ。
 Aランク以上の魔導師を目指そうにも、そう簡単にはいかない。このランク以上になると、個人の才能に依存する魔法の性質が強く出てしまうのだ。
 天賦の才を持たない者が限界を超えようとするのならば、個人の素質を見極め導ける師匠を見つけた上で血の滲むような努力をしなければならず、それとて、必ずしも限界を超えられる訳ではない。
 ヴァンは良くも悪くも凡人だ。自力で壁を越えられる程の才は無く、師匠であるクロノにしても若すぎてヴァンに限界を超えさせるは難しいだろう。
 
「別に友達をやめろとか、そういう話じゃないけどよ。ただ、アイツが足手まといだって事は……」
「ヴィータ!」

 さすがに言い過ぎだ。はやてはヴィータを止める。

「でもよ……」
「うん、多分、ヴィータちゃんの言っている事は正しいんだと思うよ……」

 まだ何か言いたそうなヴィータに、なのはは力なく微笑む。
 たぶん、ヴィータの言っている事は正しいのだろう。ヴァンとて成長していない訳では無いが、その歩みはなのはたちに比べ遥かに遅い。夏頃ならまだしも、プレラと戦った時のヴァンは完全に足手まといだった。

 それはなのはも理解している。

 そう、理解はしているのだが、それで納得できるかどうかは別の話だ。
 なのはは一人自主訓練に励むヴァンを見ている。1人黙々と木刀を振るヴァンを見ている。なのはたちに負担をかけまいと1人で残滓と戦っていたヴァンを知っている。リインフォースを助けられなかった事を気に病み、力が無い事を悔やんでいるヴァンを知っている。
 あれだけ努力をしているヴァンが、ただ才能が無い、足手まといと断じられるのを納得できるほど大人ではない。

 もっとも、この感情が子供のわがままだと分かっているから、なのはもそれ以上強くは出なかった。

「まあ、この話はこれぐらいにしましょう。なのはちゃんとフェイトちゃんはそろそろ訓練校に戻る時間でしょう」

 おかしな雰囲気になりかけたのを察したシャマルが慌てて話題を変える。言われてみれば、確かに戻らなければならない時間だった。

「そうだね、なのは。そろそろ戻らないと……」
「うん、ごめんね。みんな」

 フェイトに促され、なのはも足を進める。

「わりい、なのは。少し言い過ぎたか」
「ううん、いいの、ヴィータちゃん。私も少し頭を冷やさないと」

 内容に間違いがあるとは思っていない。ヴァンが足手まといなのも、このまま行動を一緒にするのが危ないのも事実だ。
 だが、今言わなければいけない内容でもない。慌てて謝るヴィータに、 なのははもう一度力無く微笑んだ。
 そう言ってやってきたバスに乗り込む二人を彼らは見送る。そして、ふとここまで会話に加わらなかった少年の事を思い出す。

「なあ、ユーノくんいいんかい?」

 はやての質問にユーノは顔を上げながら答えた。

「あ、ごめん。ちょっと考え事をしていたから。ヴァンの事なら、相変わらず無茶をするとは思っているけど、今回は仕方なかったんじゃないかな。プレラに狙われていたのはヴァンだし」

 ユーノの微妙にずれた答えに、はやての表情が引きつる。

「たぶん気に病んでると思うけど、大丈夫だと思うよ。あれで負けず嫌いの意地っ張りだから」

 負けて、なのはたちを巻き込んで、そりゃ盛大に落ち込んでいるだろう。死ぬほど後悔しているかもしれない。
 だが、それで終わる訳が無い。普段の真面目な姿にだまされがちだが、あの少年は負けず嫌いの意地っ張りなのだ。足手まといになったと自覚したのならどういう手段であれ、次からは死に物狂いで足手まといにならないようするに決まっている。

「え、いや、ヴァンくんも心配やけど、そうじゃなくてな……」
「あ、もしかしてなのはの事?」
「そうや。なのはちゃんの事や」

 ようやく察したか。そう思ったはやてだったが、それはユーノの事を甘く見ていただけだった。
 ユーノは肩を竦めながら、苦笑を滲ませる。

「なのはも何だかんだ言って、色々と気にするタイプだしね。面倒見もいいし……でも、こればかりはヴァンがどうするかの問題だ。彼女だって分かっているはずだよ」

 彼女が気に病んだところで現状は何も変わらない。ヴァンが弱く、彼女たちと行動を共にすれば足手まといになるだろうと言う事実は何一つ変わらない。
 そして残念ながら、なのはにそれを改善する術は無いのだ。

「今は直後で悩んでいるだろうけど、自分なりの答えは出すと思うよ。周りに出来るのは見守る事だけだ」
「いや、あのな。ユーノくんそれでいいんかい?」
「それしかないよ。少なくとも、なのはたちのいる分野では僕はもう相談に乗れそうに無いしね。僕は僕が出来る戦いをするだけだよ」

 たった一人で広域結界を張ってみせる天才児のユーノ・スクライアとて、出来る事と出来ない事がある。少なくとも戦いと言う分野では、攻撃魔法がほとんど使えないユーノでは、もう付いていけない。今戦えば、恐らくはヴァンにも負けるだろう。
 その事を悔しいと思わない訳でもないが、刃を交えるだけが戦いではない。ユーノにしか出来ない事があるのだ。

 盟主たちが再び自分たちの前に現われるより先に、連中が何を企んでいるのか見破らなければ、この先起こる事に対応が出来ない。
 プレラやマテリアルの少女たちが態々ヒントを置いていったのだ。学者として、スクライア一族の者として、負けるわけには行かなかった。



 なのはやヴァン、フェイトといった、大切な友人が事件の渦中にいる。
 謎があるなら、悪意を持って遥かなる過去の遺産を使おうと言うのなら、ねじ伏せるまでだ。



 そう決意を新たにするユーノに対し、はやてがあきれ返ったのは言うまでも無い。






「久しぶりだな、ミッドチルダ……」

 グレアム提督の弟子となった俺はリーゼ師匠に鍛えられながら辺境各地を回り、つい先日ミッドチルダ地上本部への移動を命じられた。
 正直かなり大変な旅で何度も死ぬかと思った物だが、終わってしまえばそれも良い思い出だ。
 大した荷物はない。俺は空港のゲートを抜けて、バスターミナルに向かおうとした。その時だった。

「ヴァンくん!」

 人ごみの間から俺を呼ぶ声が聞こえる。
 ああ、この声はなのはだ。既に管理局で働いていると聞いていたが、忙しいのに態々出迎えに来てくれたんだ。
 俺は声をする方向に振り向き、固まった。

 なんで、なのはは車椅子に乗っているんだ?
 車椅子を押すのはユーノだった。その顔にはかつての様な笑顔は無く、ただ無表情に俺を眺めていた。

「な……なのは? ユーノ?」

 震えながらも何とか声を出すと、暗く沈んだ目をしたなのはが俺に向かってこう言う。
 その声は平坦で、一片の感情も読み取れなかった。少なくとも、俺の知っている感情豊かな少女はそこにはいない。

「任務の帰りにね、襲われて落ちちゃったんだ……もう、二度と空を飛べない、歩けないって……」

 そんな……。
 何か言いたいのに、何も声が出ない。そんな俺などお構い無しに、なのはは言葉を続ける。

「私だけじゃないよ。ほら……」

 なのはが指差す先には、ティーダさんの遺影を抱いた小さなティアナちゃんがいた。
 彼女もまた病んだ暗い目でこちらを睨んでいる。いや、それ以前になんでティアナちゃん一人なんだ? ティーダさんは何処に行ったんだ!?

「お兄ちゃんも落ちたの……もう、二度と帰ってこない……」

 ああああああ、これは俺がずっと恐れていた事。ティーダさんは偶然とはいえ知識を持っていたじゃないか。そんな甘い未来予測が、この事態を招いたと言うのか。
 俺はショックで荷物を取り落とす。
 物語の知識と同じ、来て欲しくない未来。あまりにも残酷な未来に打ちのめされる俺に対し、なのはが俺の目を覗き込む。

「知っているよ、ヴァンくん。ヴァンくんはこうなる事を知っていたんだよね」
「え、そ、それは!?」

 何でなのはが知っているんだ?
 驚く俺に、なのはの表情にはじめて感情が浮かぶ。それは、果てしない憎しみであり、怒りだった。

「知っていて、自分の為に提督についていったんだよね」
「ち、違う。俺はなのはたちを守りたくって!」
「私が怪我をすることも、ティーダさんが死ぬことも承知で……」

 俺の声は何処にも誰にも届かない。
 ただ、シンと静まり返る薄暗い場所で、なのはの怨嗟の声だけが俺を打ちのめす。

「この、■■■■■■」





 * * * * * * * * * * * * * *





「うわあああああああああああっ!」

 住んでいるマンションの一室で、俺は悲鳴と共に目を覚ます。全身から嫌な汗が流れ、肌着が張り付いて気持ちが悪い。それ以上に腹の底がムカムカする。
 自分の悲鳴で目を覚ますという事は無いだろうか。この日の俺の目覚めがまさにそれだった。

「あー、畜生」

 怪我をしたついでとはいえ、せっかく休暇を取れたと言うのになんとも最悪の朝である。
 俺はノロノロとベッドから起き上がると、洗面台に向かう。蛇口を全開に開くと、頭から冷たい水をかぶった。

「ひゃっ!」

 思わず悲鳴が口から漏れるが、それでもこの冷たさが心地よい。悪夢で麻痺した精神が動き出す。

 あの悪夢は、予知夢でもなんでも無い。本当に単なる夢だ。
 だが、一部は起こりえる可能性でもある。

 俺の知る物語でなのはは後遺症の残るような大怪我を負い、ティーダさんに至っては命を失う。
 そんな事件が数年以内に起こる可能性がある。
 これが俺を悩ませる、大きな要因だった。

 仮に、グレアム提督に弟子入りすれば数年はミッドチルダに戻れない。そりゃ、休暇で一時的に帰る事は出来るだろうが、あくまでも一時だ。
 その間に俺の恐れている事が起こったら……。

 魔導師として俺の成長が頭打ちになるのは確実であり、弟子入りの話は願っても見ない幸運だ。
 俺は魔力容量で言えばなのはの四分の一以下。武装魔導師として見ると低い部類である。ランクの割に火力が高いが、それはユーノやクロノさんから教わった魔法の威力がすごいと言うだけである。防御と耐久力は紙みたいなもので、一発当たれば即座にボロ雑巾だ。
 実際、過去にフェイトやプレラなど高ランク魔導師と戦った時は、ほぼ一撃で無力化されている。騎士クラウスとの戦いで立っていられたのは、彼が手加減してくれていただけの話だ。

 俺のような大した才能が無い人間がなのはたちのいる世界に首を突っ込むとするなら、生半可な覚悟では済まない。
 今までは奇跡的に上手くいっていただけで、甘く見ていたってこの間の一件でよくわかった。盟主がまだ生きているのなら、シスター・ミトが何か企んでいるのなら、それを阻止する為に力をつけることは絶対に必要だ。

 客観的に考えれば、なのはたちがどうこうなる事件に俺がいてもどうにもならないだろう。盾になる事すら出来ない。
 それはわかっているのだが、だからと言って知らないフリをして旅に出るのが正しいのだろうか……。

 無論、これを考えると更に俺がどうにも出来ないと忘れたフリをしているエリオやキャロの問題もあった。エリオはどっかの実験施設に囚われ、キャロは幼くして部族を追放される。
 物語通りなら問題ない……。この発想自体最低だけど、現状では本当に俺が打てる手はなにも無い。そもそも、あの二人が何処にいて、何時生まれるかすら、俺は知らないのだ。
 だから知らん振りをするしかない……と、割り切っている。
 なのに、なのはが大怪我をするなんて事態は回避したいし、ティーダさんが死ぬなんて何が何でも阻止したい。
 親しい人だからって、えこひいきしているだけだ。だけど、こんな事は真っ当な人間の考える事じゃない。

『最後に優しい人たちに出会えて良かった……』

 リインフォースや、残滓の言葉が脳裏によぎる。
 何が優しいだ。どれだけ利己的でくだらない人間なんだ。ヴァン・ツチダってのは、本当に情けなくてみっともない人間だ。結局自分の知っている人間だけを助けたいなんて浅ましい事を願ってるくせに、それすらかなえられそうに無い。
 いや、助けるって事がそもそも傲慢だ。そんな力なんて、何一つ無いだろう。
 俺はいつも皆に助けられてばかりで……、状況に流されるだけで……。
 転生者だなんて言っても、特別な事は何一つ無い。ただ、おかしな事に巻き込まれただけの凡人に過ぎないのだ。

「はぁ……。俺って何をしているんだろうな……」

 心が更に重くなる。先ほどまで感じていた水の冷たさすら、どうでもよくなる。決別したいと思っていた自分の情けなさが、ふと気が付くといつも自分の目の前にある。
 結局、自分だけ助かったあの時と同じなのだ。見殺しにするしかなかったあの時と……。俺は努力してきたつもりだった。だけど、結局は何一つ成し遂げられた事なんて無くて……。

「あーやめやめ!」

 俺は頭を振って、欝になりかけていた思考を振り払う。
 わかってる。こんな事、考えるだけ無駄なのだ。

「はぁ、とりあえず出かけるか……」

 家にいてもしょうがない。急な休みなので予定らしい予定は何一つ無いが、今の内に行っておきたい所がある。
 俺は服を着替えると、財布をポケットに入れると家を出た。



 グレアム提督への返答までは、まだ時間がある。俺ははたしてどうするべきなんだろう。
 その答えは、まだ出ていない。



[12318] End of childhood 第18話
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:6c302dbc
Date: 2012/01/05 21:10
End of childhood 第18話



 俺の生活するミッドチルダは次元世界でも有数の先進世界だ。日常生活の至るところで魔法や科学の恩恵を受けている。
 ところが交通手段に関して言えば、表面上は地球とそうかわりがない。無論、中身は比べ物にならないほど別物なのだが、道路を走るのは自動車やバイク、自転車や徒歩だ。魔法で空を飛ぶなんて事もほとんどない。輸送は鉄道やトラック、船舶、航空機などを使うのが一般的だ。
 次元航行船は港湾部にでも行かないかぎりは滅多に目にする事はない。飛行魔法や転移魔法などは法的規制、技術的問題、費用が高いなどの問題でおいそれと使える代物ではなかった。

 そんな訳だから、9歳の少年に過ぎない俺が魔法を使わず移動しようとするのなら、地球と大差が無い交通手段を使うしかない。
 この日の俺も、当然電車とバスを乗り継いでいくつもりだった。

「ん?」

 突然後ろから響いてきた自動車のクラクションの音に、俺は思わず立ち止まる。
 道の真ん中を歩いていた訳でも無いのに何事だろう?

「よう、ヴァン。お出かけか?」
「ティーダさん? それに姉ちゃんまで?」
「おはよう、ヴァンくん」
「あっと、おはようございます。二人ともなんでこんなところに?」

 車に乗っていたのは俺の後見人であるオーリス姉ちゃんと、同僚のティーダさんであった。
 驚く俺に、ティーダさんは爽やかな笑みを浮かべてこう答える。

「そりゃ、なんていうか、……朝帰りってやつ?」
「ティーダ!」 

 もうやだ、このラテン系ミッドチルダ人。配属された頃は誰に対しても敬語で話すぐらい真面目で爽やかな好青年だったのに、なんでこうなった。いや、理由は配属先だとはわかっているが……。朱に交われば赤くなるって……。
 ヘラヘラ笑うティーダさんと、真っ赤になってプンスカ怒る姉ちゃんを冷たい目で見ながら、俺は内心でため息をつく。

「すいません、馬に蹴られる趣味は無いんで、俺は行きます」

 別に急いでいるわけではないが、独り者にはあーいうカップルを直視するのは目に毒だ。どこぞの隊長の気持ちがわかりそうで、イヤになる。
 それに、今は顔を会わせづらい。自分が後見人を務める子供が海に行ったら、レジアス少将の秘書であるねえちゃんの立場はどうなる。死ぬかもしれない運命があるティーダさんの事をほったらかしに修行に出ていいのか。
 また一つ気分が重くなる。

「おいおい、まてよ、ヴァン。どこかに行くのなら送っていくぜ」
「ありがとうございます。でも、迷惑でしょうから結構です」
「子供が遠慮なんてするな」

 遠慮しているわけでは無いのだが……。あまり強硬に断るのも変かもしれない。
 それに、何だかんだで勘の鋭い二人だ。おかしな態度を不審がられ根ほり葉ほり聞かれて、口を滑らさない自信はない。
 勝手な話だが、まだ自分の中で結論がついていない、グレアム提督の誘いの件を話したくはなかった。
 俺は内心で小さくため息をつくと、自動車にのりこんだ。

「そういえば、ヴァンくん。今日はどこに行くつもりなの?」

 助手席から姉ちゃんが聞いてくる。これがなのはたちに聞かれたのなら適当に誤魔化すのだが、この二人に対しては隠す意味がない。グレアム提督の件を悟らない為にも素直に答える事にした。

「お墓参りだよ。久しぶりにまともな休みが取れたから、一度最近の事を報告しておこうと思って」





 * * * * * * * * * * * * * *





 駅に向かう車内で、ヴァンは終始当たり障りの無い会話をするだけだった。

「ごめんなさい、ティーダ。変な事を頼んじゃって」

 駅舎に向かうヴァンを見送りながら、オーリスは恋人に謝罪の言葉を述べた。出来るだけ自然にヴァンと顔を合わせるように演技して欲しい。親しい間柄とは思えない頼みを、ティーダは快く引き受けてくれたのだ。
 もっとも、ティーダはと言うと自動車を駐車場に止めてからは、手元のデバイスを弄るだけだったが……。

「別に気にするようなことじゃないだろう。しかし……、あいつがグレアム提督に弟子入りねぇ」

 グレアム提督がレジアス少将を訪ねたのは、一昨日の事だ。レジアスの秘書を務めるオーリスも、グレアムがヴァンを弟子に取りたいと申し出たのを、扉越しとはいえ直に聞いたのだ。
 いや、故意にグレアムはオーリスにも聞かせたのだろう。でなければ、態々訪ねて来るはずが無い。

「相談してくれるかと思ったんだけど……」
「一人で抱え込むタイプだからな。あいつなりに色々と悩んでいるんだろう。そう思ったから、俺に頼んだんだろう」
「そうなんだけど……」

 その悩みの何割かに、自分たちの事も混じっているのだろう。ティーダはそう当たりをつけていた。

「ねえ、魔導師の師弟関係の事はよくわからないけど……どうなの?」
「師匠を得る機会なんて、そう滅多にないからな。普通なら二つ返事で頷いているさ」
「普通なら……ね」

 ヴァンのように一人で限界を超えられずに伸び悩んでいる魔導師は少なくない。そしてそういった魔導師のほとんどが師を得ることが出来ず、成長のピークを終える。
 魔導師として将来の事を考えれば、絶対に弟子入りするべきだ。

「そういうお前さんはどうなんだ?」
「姉代わり……としては、あの子の将来を考えて行くべきだと思うわ。陸の人間としては、微妙なところね……」
「立場って奴か?」
「純粋にBランク空戦魔導師が取られるのは痛いってだけよ」

 ヴァンの性格や彼が管理局局員を志した動機を考えれば、海を終の棲家に希望するとは考えにくい。一時的に離れても、必ず地上に戻ってくるとオーリスは思っている。
 そして実際、4月からの一件で何度も海に行く機会があったのにもかかわらず、ヴァンはそんな希望を一回も出さなかった。
 そういった意味では安心なのだが、戦力として考えた場合、Bランク魔導師がいなくなる穴は大きい。なのはたちが“弱い”と断ずる魔導師も、地上にとっては“強い”魔導師なのだ。

 ここまで考えて、ふとオーリスは一つのことに気が付く。
 なんでヴァンはティーダにあっさりと墓参りに行くと教えたのだろう……と。

「ねえ、ティーダ」
「ん? なんだ?」

 デバイスを弄る手を止めず、ティーダは返事をする。
 その事に腹が立たないわけでもないが、それよりも好奇心の方が先にたった。

「ねえ、あなたはヴァンくんの家族の事を知っているの?」
「ああ、知っているよ」
「あの子はほとんど人に話さないようにしているのに?」

 ヴァンは人に同情される事と、過去の自分を嫌い、家族の事は話さないようにしている筈だ。
 オーリスの疑問に、ティーダはデバイスをカーナビに接続しながら答える。

「ああ、その事か。大した理由は無いよ。うちの両親の墓が、あいつの家族の墓と同じ墓地にあるってだけだ」

 墓地で偶然出会い、気になって調べたらすぐに出てきただけだ。

「あいつの口から全部聞いた訳じゃないけどな。4年前のショッピングモール爆弾テロで、あいつの家族が犠牲になったってのと、あいつは姉に庇われて運良く無事だった……ってぐらいか」

 心に傷を負い、管理局局員を目指すには十分過ぎる出来事だ。
 そう考えるティーダに、オーリスは少し悲しそうな顔をしながら首を振るった。

「少し違うわ……」
「違うのか?」
「あの子はね、トーカ……。死んだヴァンくんのお姉ちゃんなんだけど……姉を見殺しにしたのよ」



 ヴァンから家族を奪ったグラナスビルショッピングモール爆破テロ事件から4年の月日がたつ。
 200人近い犠牲者を出した近年でも最悪に近い大惨事を引き起こしたのは、反体制気取りの学生グループだった。
 学生サークルの域を出ない彼らがこの惨劇をひきおこせたのは、メンバーの一人が研究室より持ち出した研究中のロストロギア、レリックの力によるところが大きい。
 彼らは少し強力な魔力結晶体程度に考えていたようだが、それはロストロギアに対してあまりにも甘すぎる認識であった。
 レリックが組み込まれた爆弾は、休日の買い物客で賑わうショッピングモール中央で爆発したという。その威力は凄まじく、付近にいた最初の犠牲者たちはDNA鑑定をしなければ身元がわからない有り様だった。最初の犠牲者の中には、ヴァンの両親も名を連ねている。

 だが、これは地獄の始まりに過ぎなかった。
 爆発に驚いた買い物客は、当然ながら逃げ場を求めてショッピングモール出入り口に殺到する。そして、それを狙い出入り口に仕掛けられた爆弾が爆発したのだ。
 出入り口に殺到した人々は、一部の魔導師や運良く防御の内側に入れた者を除き助からなかった。
 さらに、最初の爆発で脆くなっていた構造物が崩壊、出入口が完全に塞がってしまう。そこに追い討ちをかけるように、火災が発生する。魔力を帯びた火の勢いは凄まじく、武装隊ですら容易には近づけない状態となった。
 本局武装隊が救援に到着するまでの短時間に、犠牲者数は増大していったという。

 ヴァン・ツチダの姉であるトーカ・ツチダは管理局の魔導師であった。
 もっとも、オーリスと同じ普通学校に通っていた彼女は、魔導師ランクはDランク以下。本格的に魔法の訓練をしたのも入局後で、仕事だって広報課の事務員だ。
 言ってしまえば、彼女はリンカーコアを持つだけの一般人であった。
 実は彼女のような例は、決して珍しい話ではない。
 魔法文明の発達により、機械による魔法再現が進んでいる。その事は生活を豊かにしてくれた反面、文明の発展にもっとも寄与した魔導師の仕事を機械が奪っていくという皮肉な結果をもたらした。すでに魔導師だからといって一生食うに困らないという時代ではない。
 最近では専門教科に時間をとられる魔法学校よりも、幅広く学べ時間も融通が効く普通学校に子を通わせる親も増えていた。

 最初の爆発時にトーカの防御魔法が間に合ったのは、奇跡と言って良いだろう。
 だが、奇跡はそう何度も続かない。
 出入り口で2回目の爆発が起きた時、姉弟はまだショッピングモール上層階にいた。その為、出入り口での爆発に巻き込まれなかったのだが、発生した火災により逃げ場を失ってしまう。
 もう二人そろって助かるだけの魔力は残っていない。
 トーカは残りの魔力を全てヴァンの保護に使うと、彼をビルから突き落とした。
 爆風に煽られて意識を失う直前にヴァンが見たのは、炎に飲み込まれ消えていくトーカの笑顔だったという。
 トーカ・ツチダは、この日帰らぬ人となった。



「なあ、それのどこが見殺しにしたって事になるんだ?」

 話が一段落したタイミングを見計らい、ティーダは疑問を口にする。
 オーリスが話した内容はティーダがすでに知っていた話と同じ物だった。どう考えても、ヴァンが姉を見殺しにしたとはとれない。

「そうね。どう考えてもヴァンくんが悪い訳じゃないわ」
「なら?」
「問題は、ヴァンくん自身がそう考えているって事よ。自分がいなければ、魔法をちゃんと使えればトーカは助かったはずだって」
「ああ、なるほどな……」

 実際、救助された直後のヴァンは、ひどい有様だった。
 暗闇に怯え、炎に怯え、夜ごとに魘され、家族への侘びの言葉と自責の言葉ばかり呟いていた。
 自ら命を断とうとしたのも、1度や2度ではない。

「まだ4年だろう。よく持ち直したな」

 家族を目の前で失い、庇った姉は目の前で炎に呑まれた。大人でも精神を病みかねない状況だ。
 今のヴァンは危なっかしい所はあるが、基本的には健全な少年である。メンタルチェックも特に問題が無い。
 ティーダの言葉に、オーリスがどこか懐かしむような、遠い目で昔を思い出す。

「ある人がね……、ヴァンくんにこう言ったのよ」

 あれは、ヴァンが突発的に手首を切ろうとした時だった。周囲が誰も動けなかった中、その人はヴァンから刃物を取り上げると、殴り付けてこう言った。

「『無駄に責任を感じている暇があるなら、不幸をばら撒く悪党を盛大に罵れ。貴様を助けた者の命は、お前が死んで償える程度の安い物だったのか』ってね」

 それからだった、ヴァンの様子が変わったのは。魘されるのは変わらないが、自責の言葉は彼の口から出なくなった。変わりに、一人で何かを考えている時間が増えた。
 そして……。

「それからしばらくして、ミッドチルダに残りたい、局員になるって……」

 数日後の事だった。少年は叔父の下で普通の暮らしに戻る事を望まず、管理局へ入局する事を望んだのだ。
 今になって思えば、今のヴァン・ツチダが始まったのはこの時だった。

「周囲は猛反対したんだけどね。魔法学校を出てからでも遅くないって……。結局押し切られちゃったんだけど」

 実のところ、厳しい訓練校のカリキュラムに耐えられないだろうという目算が周囲にはあった。一度は挫折しても、大人になってからもう一度入局を目指せばいいと皆が思っていた。
 しかし、入校当時は本当に素人だったヴァンは、大人でも音を上げる訓練をやり遂げて、一端の局員になってしまったのだ。

「あいつらしい……」

 オーリスの話に、ティーダは苦笑する。局員になってからのヴァンしか知らないティーダからしてみれば、あの根性が入ったクソガキがそう簡単に諦めるなんて想像出来なかった。

「そう言わないでよ。どっちかというと大人しくて優しい子だったんだから……ところでティーダ。何やってるの?」

 話している間も手を止めないティーダをオーリスは咎めるような目でにらむ。もっとも、ティーダは飄々とした表情を崩さず、ニヤリと笑い答える。

「悪い悪い。ナイトミラージュ、準備はいいか?」
『OK Boss』
「なにを……、って、あ」

 ティーダの呼び掛けにインテリジンェントデバイスが答えた。同時に接続したカーナビのモニターに光が点り映像が映る。

「あいつが車に乗った隙に、サーチャーを張り付けておいたのさ」
「何時の間に……」

 そこにいたのは、電車に揺られるヴァンであった。怒るべきか呆れるべきか流石のオーリスも一瞬だけ判断に迷ったが、結局は好奇心が勝ったのだった。





 * * * * * * * * * * * * * *






 久しぶりに来る家族の墓は、思ったよりきれいだった。もしかするとオーリス姉ちゃんが掃除をしてくれたのかもしれない。
 最後に来たのは、たしか次元漂流前だから、ちょうど1年ほどここに来なかった事になる。

「結局、薄情なんだよな。俺は…」

 忙しかったのは確かだが、ミッドチルダにあるのだ。決して墓参りに来る時間が作れなかったわけではない。
 転生を経験して自分は特別だと思い上がっていた。俺が魔法をちゃんと使えれば、せめてトーカだけでも助かったかもしれないのに、何もできなかった。当たり前だ。あの事件が起きるまで、俺は愚かにも何もしていなかった。
 愚か者には愚かな結果しか訪れない。ただ、俺は自身が受けるべき結末をトーカに押し付けてまったのだ。
 俺はまだ自分と向き合うのが怖い。だから、此処になかなか来る事ができなかった。
 こちらの家族の墓参りに来ず、前世の家族にいたっては意識する事すらない。

 ほんと、自分が嫌になる。

「ま、愚痴っても仕方ないか」

 俺はため息をつくと、墓の周囲を軽く掃除して、途中で買った花を一つずつ置いていく。
 最後にトーカの墓に花を置くと、今までにあった事を報告しようとして……言葉につまった。
 この一年、色々ありすぎるぐらいありすぎだったと、あらためて思う。

 3097隊でごく平凡な空士をしていたら、事故で地球に飛ばされた。関わりたいけど関われないと思い半ば諦めていた物語りに巻き込まれた。
 ジュエルシードや闇の書といったロストロギアに関わる事件で、何度も死にそうな目にあった。
 新しい友人が出来たし、悲しい別れを経験した。
 とんでもない連中に目をつけられた。
 グレアム提督に、弟子入りしないかと誘われた。

 空へ転属となり、二等陸士から一気に空曹に出世したと報告に来た頃とは偉い違いだ。この一年があまりにも濃密すぎて、とてもじゃないが報告しきれそうにない。
 それに、内容のほとんどは物騒すぎな上に半分も解決していなかった。これじゃ報告すると心配してゆっくり眠れなさそうである。

「色々あったけど、俺は元気に頑張ってます」

 結局、口に出来た報告はこれぐらいだった。
 多分それで良いのだろう。俺はまだ、この人たちやリインフォース、散っていった人たちに胸を張って向き合えるほど立派な人間じゃない。
 いつか貰ったものを返せる日まで、この人たちから奪ったものを返せる日まで、頑張るしかないのだ。

「また来ます」

 グレアム提督に弟子入りしたら、何年もこれなくなるかもしれない。
 ほんと、どうするべきなんだろう。俺は。

 また一つ、気分が重くなった。





 * * * * * * * * * * * * * *





「高町なのは候補生、入ります」
「フェイト・テスサロッサ候補生、入ります」

 その日、まだ朝とも呼べる時間になのはとフェイトは校長室に呼び出しを受けた。
 今日は休みの日の筈にも関わらず、何故呼び出しを受けたのだろう。思い当たる事が無い二人は、内心で首をかしげながら校長室の扉を叩いた。

「はい、いらっしゃい、二人とも」

 校長室には若い女性が一人、先客としていた。柔らかい茶色の髪から動物の耳が覗いているところを見ると、恐らくは誰かの使い魔なのだろう。
 二人が入室すると女性は読んでいた資料から目を離し、二人に向かって会釈をする。

「こんにちわ」
「あ、こ、こんにちわ」
「こんにちわ」

 あの形は猫系統の使い魔かな?
 女性の耳の形を見て、フェイトは母の使い魔だった山猫のリニスを思い出す。

「二人に紹介するわね。彼女はグレアム提督の使い魔で、リーゼロッテ」
「よろしく、二人とも」
「よ、よろしくお願いします」
「う~ん、のりが悪いな二人とも」
「初対面なんだから、当然でしょう」
「おおっと。そうだった。こっちが知ってるから、ついついね」
「今紹介したばかりでしょう」

 とぼけるリーゼロッテに、コラード校長があきれる。
 同じ猫系統の使い魔でも真面目で家庭的な雰囲気だったリニスと違い、だいぶ気さくで明るい性格をしているようだ。

「あの、提督の使い魔のリーゼロッテさんが、なんで私たちの事を知っているんですか?」

 なのはの疑問は、もっともと言えばもっともだろう。ある物語と違い、テロに巻き込まれ意識不明の重体だったグレアム提督は、なのはたちとの面識は無く、クロノも提督の事を話す機会など無かった。

「うん、実はお姉さんは君たちの知っているクロノのお師匠さまなのだよ」
「クロノくんの!?」
「そうだよ~ん」

 意外な縁になのはたちは驚く。
 実は他にもいくつか縁があるのだが、諸々の事情で彼女たちに話すわけにはいかない。いずれはきっちりと決着をつけなければならないだろうが、その時期を決めるのはグレアム提督自身だ。使い魔であるリーゼ姉妹は口を出さない事に決めていた。
 それにどちらにせよ、今回ここに来た用件とはなんら関係ない。リーゼロッテは二人の少女に微笑みかけると用件を切り出す。

「んでだ。君たちに来てもらったのは、ちょっと聞きたいことがあってね」
「聞きたい事ですか?」
「うん、君たちの友達のヴァン・ツチダについてだけど」
「ヴァンくんになにかあったんですか?」

 また、何かやらかしたのか。そう心配するなのはだったが、リーゼロッテは違うとヒラヒラ手を振る。

「クロノに頼まれてね。ちょこっと修行をつける事になりそうなんだけど、彼の事をそれほど知っている訳じゃないからね。一緒に戦った事のある貴女たちの意見を聞こうと思ったのよ」

 武装隊員であるヴァンのデータは既に手に入っている。だが、知りたいのはそういった数値化できる物ではなく、ヴァンと関わった人たちの生の声だ。
 幸い、この第四陸士訓練校はヴァンの母校である。候補生時代も含め、彼の人となりを知るには最適の場所であった。

「ヴァンくんの事をですか?」
「そそ、何でもいいから。魔導師としてじゃなくても、好きな食べ物とか、趣味とか……。そうね、好きな女の子の事とかでも良いわよ」

 最後の言葉になのはが一瞬だけ慌てたのを、リーゼロッテは見逃さなかった。猫の本能に従ってちょっとからかおうかとも思ったが、今は止め役の相方もいない。
 リーゼロッテはぐっと自重すると、真面目な表情を作り二人に問いかける。

「プライバシーにか関わるような部分はいいから、そうね、はじめてであったときのはなしとか」
「リーゼロッテ、校長として生徒は守るわよ」
「にゃっ!」

 一瞬だけ躊躇する二人だが、コラード校長が同席するなら多分大丈夫なのだろうと、ぽつり、ぽつりと出会った頃の事を話し始める。

「えっと、ヴァンくんと出会ったのは一年ぐらい前で……」

 初めて魔法というものに出会ったあの夜、怪物に襲われピンチだったなのはとユーノを助けに来てくれたのがヴァンだった。
 まぁ、その時は怪物に吹き飛ばされたなのはを庇い、ヴァンはすぐに気絶してしまったのだが……。
 そのあとも、ジュエルシードを一緒に集め、フェイトと出会い、はやての持っていた本が闇の書で……。
 思い起こせば本当に色々あった。まだ1年もたっていないのが嘘のようだ。
 そう懐かしそうに思い出を語るなのはやフェイトに対して、話が進むにつれリーゼロッテの表情は徐々にこわばってきた。
 最初は眉を潜める程度だったが、徐々に目つきが鋭くなり、手元の資料に書き込む事が多くなっていく。横にいるコラード校長も、掌を額に当て天を仰ぐ始末だ。

「あの、なにか悪いところがあったんですか?」

 表情の変化に驚いたなのはが恐る恐る尋ねる。自分の不用意な発言でヴァンに何かあったら大変だ。

「うん、別になのはちゃんたちが悪い訳じゃないわ。まー、何と言うか、随分と矯正が必要だって思ってね」
「訓練生の時はもうちょっと柔軟な動きが出来る子だったんだけど」
「なまじ強い魔法を覚えちゃったから、バランスが崩れたのかな」

 無理をしなければいけない状況だった事はわかる。だが、それにしても戦術が自身の身の丈にあっていない。
 クロノの話やデータから推測はしていたが、妙な突撃癖がついているようだ。

「あの、それでヴァンくんは大丈夫なんですか!? 強くなれるんでしょうか」

 頭を抱える指導者たちに、なのははたまらず尋ねる。

「心配なのかな?」
「はい。ヴァンくんはずっと頑張ってきたのに、何時もボロボロになって……、何時も自分ばかり」

 こちらもこちらで重症だ。コラード校長とリーゼロッテは小さくため息をつく。 
 なのはの不安はもっともと言えばもっともだ。
 ヴァンのような我が身を省みない者が身近にいれば不安にもなろう。なのはのような優しいタイプなら尚更だ。
 しかし、実のところなのはの不安の核となっているのはそれだけではない。無茶ばかりを繰り返すヴァンという存在に、不安な感情全体が引っ張られてしまっているのだ。

 あまり良い傾向ではない。
 そう思ったリーゼロッテは、出来るだけ軽い調子を装うとこう言った。

「うーん、そうだねぇ。こればっかりは当人次第だからなぁ。強くなるのも弱くなるのも……。彼がどうなりたいかだね」

 無論、弟子入りをするからには中途半端で終わらせる気などリーゼ姉妹にはない。グレアムの名誉の為にも、彼女たちの認める最低レベルまで徹底的に鍛えるつもりだ。
 反面、どこまで行けるかはヴァン次第だった。その事実をあえてなのはに伝える。

「でも!」
「なのはちゃんの気持ちもわかるけどね。誰も誰かの代わりになる何て事はできない。最後に自分を助けるのは自分だけなんだよ。周囲にできるのは、そのお手伝いだけ」

 どれだけ無様でも、滑稽でも、苦難に満ちていても、結局は自分の手足でもがくしかない。
 手をさしのべる事はできる。その手に上手い下手はあるかもしれない。だが、どうであれ掴むかどうかを決めるのは本人なのだ。
 手垢に満ちた、誰もが言う言葉だ。都合の良い言葉だと人は笑うかもしれない。だが、だからこその真実もまた、そこには含まれているのだ。

「それは、わかっています。でも」

 なのはだって、それぐらいの事はわかっている。わかってはいるが、どうしても落ち着かないのだ。

「彼になんのお手伝いもできないのが、不安かな?」
「えっ!?」

 悲しそうな目をした少女を助けようと戦う事はできた。過去からの呪いに囚われた友達を助ける為に奮闘した。上手く行った事は少ないけど、それでも残ったものが確かにあって、いつしか魔法の力で誰かを助けるお手伝いが出来たら良いなと思っていた。
 でも、今のなのははとても無力だ。
 どれだけ魔法の才能があっても、ヴァンの抱えている問題の助けにはなれない。どれだけ強くなっても、ヴァンが無茶をするのを止める事は出来ない。

「以前、ヴァンくんは自分は次元世界のお巡りさんだって、自分の大好きな人たちを守りたいって言ったんです……」

 でもきっとヴァンは守る事を望んでいても、守られる事を望んでいない。夏に再会した時に彼の言った言葉が、今更ながら心に突き刺さる。

『なのはを怪我させるぐらいなら死んだ方がマシだ!』

 売り言葉に買い言葉、言葉のあやだと思っていた。いや、思い込もうとしていた。
 でも、時々思うのだ。あれこそが、彼の本心だったんじゃないかと。誰かが傷つくぐらいなら、死んだ方がマシだと考えているんじゃないかと。そう考えると、彼の無茶な行動に説明が付いてしまうのだ。

 1人で考えれば考えるほど、どうしても悪い方向に考えてしまう。

 そんななのはに、リーゼロッテはあえて明るい声で笑い飛ばす。

「そりゃ、どっちもまだまだ未熟な子供だからね」

 その言葉に、なのはは一瞬立場も忘れてリーゼロッテを睨もうと顔を上げる。だが、睨めなかった。
 彼女は言葉こそ軽薄に聞こえるが表情は真剣であり、真摯になのはの言葉に耳を傾けていたのだ。

「なのはちゃん、あなたはまだまだ学ばなきゃいけない子供なんだから、1人で全部出来る、いつでも誰かの助けになれるなんて大人でも出来ない事を出来るなんて思い上がっちゃダメだよ」

 リーゼロッテは当然ながらヴァンの入局の経緯を知っている。そして、見た目は若い娘でも、長い年月を管理局という組織に身をおいてきた。
 なのはの言葉と、無茶を繰り返す彼の行動。それらを総合するれば、ヴァン・ツチダという人間が見えて来るというものだ。
 彼のような例は、別に珍しい話ではない。

 おそらく、まだ彼の中では折り合いが付いていないのだろう。

 そして、それはなのはも同じだ。
 もし、彼女が物語と同じ幼少期を過ごし同じトラウマを抱えているのなら、何も出来ない無力な自分に戻る事を恐れているのだろう。

 でも、結局はそれでいいのだ。人間は皆、無力なものだ。
 巨大な権力と類まれなる力を持つグレアム提督とて、実のところ無力でしかなかった。一人で何かやろうなどと考えたところで、碌な結果は出ない。
 今更ながらその事を学んだリーゼロッテは、内心で自嘲しながらもなのはを諭す。

「なのはちゃんが友達を心配なのはわかる。友達に影響されるのも仕方ない。でもね、それだけに流されちゃあ駄目だよ。ちゃんと自分を見つめて、周囲を見つめて、まっすぐ自分の目標を見つけなきゃ、ね」

 彼女の、彼の周りには多くの人がいる。信頼できる友も、頼りになる大人もいる。
 小さな世界で考えてしまった、自分たちと同じ過ちを犯す必要は無い。

「まぁ、ヴァンくんの事はお姉さんに任せなさい。なのはちゃんは、なのはちゃんでちゃんと学んで、自分の目標を見つけなきゃね」

 そう言って胸を張るリーゼロッテに、コラード校長が一言付け加える。

「こう見えても、リーゼロッテは教導隊に招かれるほどの魔法の先生よ」
「教導隊?」

 その名前は、ヴァンから聞いた事がある。凄腕の魔法使いの集まりだとか。
 教導隊に興味をしめすなのはに、リーゼロッテはくすりと微笑む。

「うーん、そうだねぇ……」

 そういえば、物語では自分はこの子に教導隊行きを勧めやんだっけ。リーゼロッテはそう思い出す。
 教導隊の説明をしながら、リーゼロッテは人の事を大切に思えるなのはは、確かに教導隊が向いているかもしれないと思った。





「高町さんたち、大丈夫だった!?」
「フェイトさん、平気!?」

 それからしばらくして校長室を退出したなのはたちを待っていたのは、校長室に続く廊下で待ち構えていた、同じ訓練生たちの質問攻めだった。
 それはそうだ。そう滅多な事では訓練生が校長室に呼び出される事なんて無い。特になのはたちは出撃し、撃墜されて帰ってきたのだ。
 同年代の幼年組みの訓練生が心配で集まってくるのも無理は無い。

「いきなり呼び出されるから、何かあったんじゃないかって。セッサが言い出してね」
「おい、俺だけじゃないだろう。ヒミコやレイだって気にしてたじゃないか!」
「私まで巻き込まないでよね! セッサが一番なのはを気にしてたじゃない!」
「あ、えっと、だ、大丈夫だったよ」

 ぎゃあぎゃあと騒ぐ幼年組みの訓練生に、なのはとフェイトの顔も自然に綻ぶ。
 彼らと知り合ってまだ数日程度だ。それなのに彼らは良くしてくれている。
 管理局の訓練校における10歳未満の幼年訓練生同士の結びつきは強い。
 たとえば、彼女たちの友人であるヴァン・ツチダは6歳で訓練校を卒業したが、その時に同期として配属までこぎつけたのは、短期訓練生を除くと僅か5人であった。そして、これは第4陸士訓練校史でも、最大数とタイの数字である。
 体力や知識はリンカーコアさえ覚醒させれば何とかなるが、精神面が普通の子供では持たないのだ。
 元々大半が訳有りの子供である上に、同期の子供が次々と訓練校を去っていく。そんな環境下では残った子供たちのつながりは自然と強くなる。
 既に6月の入校から9ヶ月、幼年組はこの場にいる3人しか居ない。彼らがなのはたちを気にするのも、当然の話だった。

「ほんと? 落ちたから何か言われたとか」
「そんなのじゃないよ。友達の事を聞かれただけ」
「友達?」
「前に話した事なかったっけ? ヴァンくんって男の子」

 なのはの説明に、セッサという名前の少年の表情が曇る。ヒミコという名前の少女は、少年の表情の変化を見逃さなかった。
 内心でどう弄ろうかと思いながら、ヴァンという少年について聞いた事を口にする。

「たしか、ここの卒業生で去年の次元震事件を解決した人だよね」

 ヴァンがなのはやユーノと出会う切欠になった、春先にミッドチルダで発生した魔法暴発事件の事だった。あの時は訓練校でもずいぶんと話題になったものだ。彼女たちが入学した時は既にヴァンの生存は報道されており、教官たちも生存を喜んでいた。

「でも、あの人って春のトラップ祭りをやらかした連中の片割れでしょう」
「たしか、海の提督を丸太で串刺しにしたんだっけ……?」
「いや、それは死んじゃうでしょう」

 視察に来た高官を、演習場に仕掛けたトラップで複数回吹き飛ばしたという伝説の事件だ。演習範囲の伝達ミスによる事故であり、ヴァンに悪気があった訳ではない。
 それに、うかつに演習場へ入った高官にも非があったし、何より高官も拳骨を一発落とすだけで不問にしたのだから大した問題があった訳ではない。
 とはいえ、仕掛けた罠の数が尋常でなかった上に、子供が仕掛けたとは思えないいやらしい仕掛けも多かった。それが噂の尾ひれとなり、ヴァンとその相方の少年は陸士第4訓練校始まって以来の問題児として伝説の存在となってしまったのだ。

「あ、あははははは……」

 彼女たちの話を聞いたとき、なのはやフェイトは心底こう思った。思い当たる節が多すぎると。
 実際、時の庭園ではプレラから逃げる時に大量のトラップをあちこちに仕掛けていたし、以前はトリッキーな動きを良くしていた。
 力量の遥かに劣る魔導師に、フェイトだって何度か煮え湯を飲まされた。

「なに、今度はあの先輩どんな伝説を打ち立てたの?」
「そ、そうじゃないよ」

 そういった、微笑ましい話じゃない。ただ、彼の将来に関わること。
 そして、おそらくは……数年は彼に会えなくなるらしい。そして、彼の性格を考えたら、きっとソレを選ぶ。
 なのはの中で、一つの問題は少しずつだけど目指す物が出来てきた。今までだって別の世界に住んでいて、頻繁に会っていたのは仕事での偶然だ。しかたないと、頭では理解している。
 それでも、フェイトと分かれたときと同じような寂しさを、なのはは感じていた。

 それが表情に出たのだろう。

 暗い表情のなのはに気が付いたヒミコは、ことさら明るい声を上げ話題を変える。

「あー、そうそう。なのはにフェイト。午後からの外出だけど大丈夫?」
「え、あ、うん。大丈夫だよ」

 訓練校で知り合った子供たちが、近所を案内してくれるという話になっていた。ミッドチルダに詳しくない二人は、この新しい友人たちの申し出をありがたく受けたのだ。

「おっし、んじゃ、午後の外出許可は取ってあるから、着替えて校門前に集合ね」
「うん、ありがとう。ヒミコちゃん」
「いいっていいて。その代わり、地球の話をもっと教えてね。と、セッサもいつまでも暗い顔をしていないでさっさと着替えて来い! 男はあんただけなんだから、しっかりエスコートしてよね」
「いて、蹴るなよ、ヒミコ!」

 仕切り屋の気質があるのだろう。ヒミコは仲間たちに明るい檄を飛ばすと、大人しいレイを引っ張り自分たちも着替えに部屋に戻る。

「ねえ、ヒミコ……」
「どったの、レイ?」
「ねえ、もしかしてセッサって」

 あ、レイも気が付いていたか。
 上着を着替えるレイを横目に、ヒミコは現在のヴァン・ツチダがどんな階級にいるか思い出す。

「現役の空曹。9歳で空戦Bランクのエリートでしょう。セッサのライバルは強力よねー」
「セッサだって、もうCランクだけど……」
「空と陸じゃ、やっぱりねぇ……」

 ただの訓練生が相手にするにはやや荷が重い。それに、スキップで大学を出たユーノという少年の話をした時のなのはの表情も怪しかった。
 同期の少年は中々大変な敵を相手にしなければならないらしい。二人の少女は少しため息をつき、どちらからともなく苦笑するのだった。




 如何に管理局の訓練生であっても、10才に満たない子供の出歩ける距離などたかが知れている。なにせ、公共交通機関以外にろくな足が無いのだから仕方がない。
 その為、子供たちが案内したのは、訓練校の近場であった。
 ミッドチルダにおいては少し大きい程度のなんの変哲もない町だが、地球……いや、日本の町並み以外はろくに知らないなのはやフェイトにとって、刺激的な経験だった。

「ふーん、じゃあなのはがミッドに来るのはこれで3回目なんだね」
「うん、そうだよ」

 ヒミコの言葉になのはは頷く。
 夏に来た時はある事件の真っ只中で、ゆっくり観光などしている暇は無かった。年末に来た時は色々案内してもらったけど、たった3日間のドタバタした旅だった。
 こうしてゆっくりと町並みを見るのは初めてかもしれない。

「似ているみたいで、ずいぶん違うね」

 フェイトがしみじみと呟く。地球の風景と似ているようで、どこかが違う。時の庭園以外はほとんど知らないフェイトにとっても、この風景はなんとも不思議な感じだった。

「君たちの住んでいるのは第97管理外世界の日本という地域だっけ」
「知っているの?」
「えっと、調べたんだ。技術レベルはさておき、あそこは社会はずいぶんと発展しているからね。利便性を求めればどこか似るものさ」

 何かを思い出すように、セッサが言葉をつむぐ。勉強家のセッサの事だ、きっとなのはたちと出会ってから調べたのだろう。

「偶然の一致とか、実は昔一部の人が交流したとかいう説はあるけどね」
「新暦どころか戦乱期以前の話だろう、それは」
「セッサは細かいね」

 そして、この管理外世界からきた少女たちは、訓練生にとっても刺激的な存在だった。
 管理世界の住人にとって、管理外世界……特に、地球のように次元世界に乗り出していない世界は辺境以上に遠い存在なのだ。少年少女たちが好奇心を示すのも無理は無い。

「あっ、ケーキ屋」
「うちで売っているのに似たのもあるし、見た事も無いのもあるね」
「なのはのうち……ケーキ屋なの?」
「うん。ケーキ屋さんじゃなくて、喫茶店だけど、お母さんがお菓子職人なの」
「いいなー」
「レイ、涎!」

 セッサの言葉にレイはあわてて口元を拭くが、涎など垂れていない。あわててセッサを見てみればニヤニヤとした表情をしていた。

 楽しそうに話しながら歩く子供たちは、何処にもいそうなごく平凡な子供たちに見えた。

「あっ……」

 不意に、なのはが小さい叫び声を上げた。





 * * * * * * * * * * * * * *






「代金ここにおいて置くよ、おじさん」
「おう、また来いよ」

 空隊に配属になってから距離の関係でしばらく来ていなかった店だが、店主は俺の顔を覚えていた。
 以前と同じように笑う店主にほっとしながら、俺は食堂を後にした。

 人間なんて現金なものだ。どれだけ悩みを抱えていても、悲しい思い出に浸っていても、時間がたてば自然に腹が減る。
 空腹を覚えた俺は、ふと訓練校時代、あるいは陸士警邏隊時代によく来ていた食堂にやってきたのだ。

「あー、しかし。ほんと成長無いな、俺」

 腹が膨れると、若干心に余裕が出てくる。
 俺には立ち止まってグダグダ悩んでいる暇なんて無いはずなのに、気が付くと色々余計なことまで考えてしまっているのだ。
 自分の成長の無さに頭痛がしてくる。

「あそこに行くか」

 俺はとぼとぼと目的地に向う。というか、そんな大したところじゃない。街中にあるちょっとした自然公園だ。
 訓練生時代、入った当初は俺は初歩の魔法しか使えない素人だった。それで大人と同じ訓練をするのだからすげー辛かった。
 しかも、当時は色々不安定だったから……ああ、今考えても恥ずかしい。
 それはともかく、この公園は訓練生時代、悩みがあったり苦しかったりした時に一人で来た公園だ。木とベンチしかない小さな公園だが、不思議と心が落ち着く。
 きっと、春になると桜が咲く公園だからだろう。
 地球を故郷と思えなくなっている俺だが、不思議との桜だけは今でも大好きだった。

 と、いかんいかん。ちゃんと自分の考えをまとめないとな……。

 俺は先ほどまでの悩みを普段どおり心の奥底に沈め蓋をすると、現実的に今抱えている問題を考える。
 頭で考えているより、口にしたほうが考えがまとまるだろう。俺は公園のベンチに腰をかけると、周囲に人がいないのを確認して悩みを口にした。

「実際、断るなんて選択肢は無いんだよなぁ……」

 クロノさんの紹介だ。大した理由も無しに断れば、クロノさんの顔に泥を塗ることになる。
 そして、理由はあるのだが……、これは人様に言える理由ではない。
 結局、受けるしかないのだ。そうなのだが……。

「盟主が生きているか……」

 本当にそんな事があるのか。そう思わないでもないが、ロストロギアなんてものは大概なんでも有りだ。それに、俺たち自身転生なんて非常識な事を経験している。
 プレラの情報というのは気に食わないが、十分にありえる話なのだ。

「フワナノハだっけ? ふざけた名前をつけた以上、襲ってくるよな。それに、ティーダさんの事や姉ちゃんの立場だって……」

 数年以内に起こるだろう事件、そして物語とは関係ない、俺の同類が起こすだろう騒動。
 別に自分の力で何とかできるなんて考えるほど、俺は思い上がってはいない。これから起こるだろう困難は、きっと大勢の人を巻き込む。
 問題は、その時俺が何を出来るかだ。

「行くと何年かは、帰れない……。その間に何かが起きたら……。でも、今のままじゃ足手まといだ」

 今のままの俺では何も出来ない。

 結論はこれだけだ。
 俺自身、管理局ではエリートの片隅に辛うじて引っ掛かっている身だ。だが、運が良かっただけの凡人では、規格外の天才たちの足元にも及ばない。
 薄々は気が付いていた。俺だってこの一年で成長しているはずだと、自分を誤魔化していた。
 だが、この間の一件でその欺瞞は剥がれてしまったのだ。

「どうすれば良いんだろう……」

 行けば、数年間はなのはたちを守れないかもしれない。

 行かなければ、いずれ起こるだろう騒動で俺は何も出来ない。

「どうすれば良いんだろう……」

 俺はもう一度呟く。



「ヴァンくんは、どうしたいの?」
「えっ!?」

 突然聞こえてきた声に、俺は驚いて振り向く。
 そこには、なのはがいた。

「なのは、なんで……」
「訓練校の側だよ。街で偶然見つけて……」
「え、えっと……」

 そりゃ、なのはが訓練校にいるのはわかっているけど、何で外出なんてしているんだ?
 いや、それ以前に、えっと……

「もしかして、聞いてた?」
「うん。途中からだけど」

 混乱する頭で考える。考えるけど……考えがまとまらない。
 俺は呆然と思った事を口にする。

「え、えっと、今聞いたことは」
「ヴァンくんがずっと頑張っていた事、私は知っているよ」

 俺の言葉になのはは答えず、俺に向って語りかける。

「ずっと頑張っている、ヴァンくんはすごいと思った。すごく痛いはずなのに、怖いはずなのに、頑張っているヴァンくんはすごいと思った」
「それはなのはだって、いや、管理局の局員なら皆同じだよ」

 俺たちの仕事で、怖く無い奴なんていない。
 凶器を振り上げた悪党が、古代の危険な遺物が相手だ。時に危険な災害に立ち向かわなければならない。そして、背中には守るべき人がいる。
 これでこの仕事が怖くないなんていう奴がいたら、それは嘘だ。

「うん、そうだと思う。でも、それでも……、みんなの為に頑張っているヴァンくんはすごいと思った」

 なのはの言葉が心に痛い。
 俺はなのはに尊敬されるほど立派な人間じゃないのだ。

 うろたえる俺になのはは微笑むと、少しだけ話題を変える。

「私ね。魔法の先生を目指してみようと思うんだ。教導隊っていう所を、目指すって決めたんだ」
「えっ?」
「今日ね。午前中にリーゼロッテさんって人が来て、色々教えてもらったの」

 リーゼロッテって、提督の使い魔の!?
 いや、なんで、あ、いや、えっと……。

「魔法の力で誰かのお手伝いを出来れば良いって、漠然と考えていたんだけど……。何をお手伝いするかまでは、考えて無かったって」

 そこでなのはは言葉を切ると、多分俺が今まで見た中で一番素敵な笑顔でこう言った。
「私ね、ヴァンくんみたいに力が無くて悔しい思いをしている人のお手伝いが出来たら良いなって思ったんだ。でも、私が強くなって助ける……少し違うよね。
 だから、先生になって、少しでも力をつけられるようにお手伝いしようと決めたの」

 少女の目にこもる光は、俺なんかよりもずっと強くて、真っ直ぐ未来だけを見つめていた。
 きっと彼女は、俺なんかよりもずっと高い所に行くのだろう。
 そう思うと、悲しくて、情けなくて……。

「ねえ、ヴァンくん。ヴァンくんは、昔こう言ったよね。大切な人と皆がいる場所を守りたいから、管理局に勤めたんだって」

 それは、時の庭園での事だっただろうか。
 あれは……。

「ヴァンくん、私はそんなに頼りないかな。頑張っているヴァンくんの、友達になれないほど頼りないかな」
「そ、そんな事無いよ! 俺は頑張ってなんて……」
「うん、今は頑張ってない。だって、夢に向うのを諦めようかなんて考えてるんだもの」

 あっ……。

「私もね、ヴァンくんの友達でいたいから頑張る。だから、ヴァンくんも頑張る事を諦めちゃダメだよ」
「わるいやつらが……襲って来るかもしれないんだよ。怪我をするかもしれないんだよ」

 俺は呆然と呟く。
 俺の友達でいたいといってくれた、なのはの言葉が嬉しくて。でも、すごく不安で何も考えられずただ思った事を口にする。

「うん、盟主って人は私をずっと前から知ってたんだと思う。不破って、お父さんの旧姓だから」
「そうなの!?」
「うん。だからね。今度あの人が私たちの前にきたら。ちゃんと話してみたいと思う。なんで、あんな怖い事を、いけない事をやっているのか、きちんと知らなきゃいけない」
「危ないかもしれないんだよ……」
「うん、危ないと思う」

 なのははそこで言葉を切ると、少しだけ頬を赤らめ、俺に向ってこう言った。

「でも、その時はヴァンくんが守ってくれるよね」

 そして、片手を上げると、小指を立てる。

「約束して、ヴァンくん。私は先生になる。ヴァンくんは、強くなって皆を守れるようになるって」

 頬を暖かい物が流れる。
 泣いているのだ。年端も行かない子の言葉に泣かされるとは情けない。そう考えながらも、俺自身が昔と同じ過ちを犯しかけていた事に気が付いたのだ。

 何もしなければ、愚かな結果しか訪れない。

 行かなきゃならないのだ。見たくない結末を回避する為には、力をつけなければならないのだ。

「いいの、行っても?」
「うん、行ってらっしゃい。ヴァンくん」

 彼女の言葉に促され、俺も自然と彼女の小指に小指を絡める。



「ゆーびきりげんまーん」
「うーそついたら」
「はりせんぼんのーます」



 その日、俺は女の子と小さな約束をした。
 互いの夢を諦めない。頑張る事をやめない。
 そんな小さな約束だった。

















『く……くくっくっくっく……あぁっはっはっはっはっは! やっぱ、男の背中を押すのは女の子の役目だよな。あーっはっはっはっはっは!』

 と、綺麗に終わらないのがヴァン・ツチダだ。こん畜生。
 俺となのはの小さな約束は、念話で聞こえてきた爆笑で終わりを告げた。
 互いにはっと顔を見合わせ、真っ赤になり、その場を跳んで離れてしまう。

 てか、この声は!

「てぃ、てぃ、てぃーださん!?」
『おう、ヴァン』

 ふと気が付くと、俺の足元に小さな魔力光が……。この色は、ティーダさんのサーチャー?
 これは、朝仕掛けたのか!?
 
『ようやく気が付いたか。ずっと見ていたぜ』
「な、な、な、ななんて事を、プライバシーの」
『現役で気が付かないほうが悪いっての。てか、こんな下手糞なサーチャーに気が付かないなんて、お前らしくないな』

 たしかに、ティーダさんはこう言った探知系は上手くない。普段の俺ならつけられた瞬間に気が付いたはずだ。
 しかし、なんだかとっても悔しい。

 色んな感情が入り混じり、耳まで真っ赤になりうつむく俺となのはに、ティーダさんの念話を経由して女性の声が……って、姉ちゃん!?

『ヴァンくん、見ていたわよ』

 うわ、いや、でもその前に……。
 俺は姉ちゃんが何かを言う前に、その場で頭を下げると謝った。

「ごめん、姉ちゃん! 俺、グレアム提督に弟子にならないか誘われたんだ。俺、姉ちゃんを裏切ることになるかもしれないけど、皆を守れるように強くなりたいんだ」

 俺の声に、一瞬だけ念話越しの声が止まる。そして、姉ちゃんはいつもと同じクールだけど、温かみのある声でこう答えた。

『最初に相談してくれなかったのは、姉代わりとしては寂しいのですが……。言い出したら聞かない子だもんね。いってらっしゃい、ヴァンくん。そのかわり、ちゃんと無事に帰ってくるのよ』

 いや、なんというか……。

「もしかして、知ってた?」
『ええ、大人を舐めないでくださいね』

 もしかして、一人で延々と悩んでただけ?
 周りはそれを知っていた?

 なんて間抜けな話だ。ピエロも良いところだ。あまりの情けなさに、思わず崩れ落ちそうになる。
 そんな俺に、俺だけ極秘念話が届く。

『ヴァン、お前はあの予言の事を気にしていたんだろう?』
『え、ティーダさん!?』
『おっと、声を出すなよ。安心しろ、俺は死なねえよ』

 ああ、そういえばこの人は予言を、あの物語の断片を知っていたんだっけ。
 まったく。視野狭窄とはこの事だ。

『根拠はあるんですか?』
『無い。だけどな、そういう可能性があるってわかってるのに、俺が独断先行すると思うのか?』
『いや、それは……』
『安心しろ。なのはちゃんたちの事も含めて、お前が行っている間くらいはなんとかしてやらあ。知っていれば、手の打ちようはいくらでもあるからな』

 根拠なんて無い。どうなるかも判らない。はっきり言えば、きっとこれは俺を安心させる為の嘘かもしれない。
 でも、俺は泣きたくなるのをこらえて、この人に頼む事を決断した。

『お願いします。ティーダさん』
『おう、任せておけ。そのかわり俺が執務官になったら、お前を補佐官に指名をしてこき使ってやるからな』
『ちょ、それって』

 軽口を聞きながらも、泣きたくなった。

「なのはー、急に走り出してどこいったのー?」
「あそこに……」
「あれって誰だ?」
「あ、ヴァン」

 公園に数人の子供たちが入ってくる。その一団に見知った顔があった。
 彼らが何者なのかを聞こうと顔を向ける俺に、なのはは半ば独り言のように説明をする。

「あ、訓練校のお友達。ヴァンくんを見つけて、考え無しに追いかけて……。おいて来ちゃった」
「おいおい……」

 にゃははと、苦笑いするなのはに、俺は若干呆れたまなざしを向けた。
 それにしても、訓練生……俺の後輩って訳か。って、今の時期じゃ数は少ないだろうけど、訓練校にも同年代の子供がいる。友達だってできるよな。
 遠い世界の物語りに存在が記されていなくても、この世界で紡がれる時間の中には確かに存在しなければおかしい。ここは物語の世界に良く似ていても、時間を紡いでいくのは台本ではなく、この世界に生きる一人一人なのだ。
 当たり前の事なのに、つい忘れそうになる。
 
 そんな自分の傲慢さが嫌になりそうになるけど、隣にいるなのはが、この場にいないけどユーノが、ねえちゃんが、他にも俺の知る大切な人たちの存在が俺を繋ぎ止めてくれる。
 皆を守りたい。そう思ったのは、そう決めたのは自分だ。

「なのは、友達なんだろう。紹介して貰って良いかな? いや、もう現役の俺が訓練生の紹介を求めるとなると、堅苦しくなるかな?」
「ううん、お休み中だし、きっと大丈夫だよ」
「そっか」

 俺は言葉を切ると、もう一度だけなのはにだけ聞こえるように宣言した。

「なのは。俺はグレアム提督の下に修行に行ってくる。きっと何年か帰って来れないけど、皆を、なのはを守れるぐらい強くなって帰ってくる」

 なのはがやはり俺だけに聞こえるように返してくれる。

「うん。待ってるから」

 大丈夫。俺はまた、きっと頑張れる。



 もしかすると、この日の決断を後悔する時が来るかもしれない。

 でも、俺はこの日、自分の愛する人たちと同じときを歩む為に、もう一歩踏み出す決意をした。
 うじうじ悩んだ末の情けない決断だけど、きっと選んだことは間違いではない。



 この日が、次の新しい俺を始めた最初の日だった。



[12318] End of childhood 第19話 プロローグに続くエピローグ
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:6c302dbc
Date: 2012/01/17 00:42
End of childhood 第19話 プロローグに続くエピローグ



 柔らかな朝日が差し込む部屋に、少しだけ忌々しい電子音が響き渡る。
 子供の頃からの習慣で朝は苦にならないけど、暖かなお布団から引き剥がそうとするこの音だけは好きになれない。
 少女はもそもそとベッドから抜け出すと、自己主張を繰り返す目覚まし時計を止めた。

『Good Morning. Master』

 机の上、いつもの定位置で、長年の相棒が朝の挨拶をしてくる。

「おはよう、レイジングハート」

 私立聖祥大附属中学校三年生兼時空管理局武装隊戦技教導官である高町なのはのその日の朝は、いつも通りこうして始まった。



 大切な皆を守りたい。守れる人になりたい。そう願った少年が修行の旅に出てから5年の歳月がたった。
 いろいろ危なっかしかった少年がいなくても、世界は回る。世の中とはそういうものだ。

 高町なのはも、その友人たちも、自分の夢に向かい、順調に、あるいは挫折しながらも将来に向かい歩みを進めていた。



「ほんならシャマル、グレアムおじさんに送る手紙と荷物、いつもの通りたのむなぁ」
「はい、お任せです」
「シグナムは、後で合流やね……。なんかシグナム、楽しそうやな」
「ええ」

 玄関先で送り迎えに出てきたシャマルとシグナムに言伝を残すと、八神はやてはよっこらしょと掛け声を上げて両方の足で立ち上がる。

 彼女を縛っていた呪いが、愛しき魔導書と共に消えて6年。時に挫けそうになる厳しいリハビリをやり遂げ、八神はやての足は完全に治っていた。幼かった少女は少しだけ成長した。病弱だった身体はどこにもなく、年頃の……若干背が低いのが悩みの種だが……少女になりつつある。
 もう、彼女に車椅子は必要ない。両方の足で、何処にでもいける。夢に向って駆けていける。
 地球で中学校に通う傍ら、自らと同じ悲しみを背負う人を少しでも少なくする為、八神はやては管理局の特別捜査官として頑張っていた。

「はやてちゃん……」

 そんなはやてに、シャマルはポツリと言葉をかける。

「『よっこいしょ』なんて、ばば臭いですよ」
「余計なお世話や!」

 戦うことしか知らなかった守護騎士たちも、社会に馴染みずいぶんとすれてきているようだ。
 シャマルの軽い冗談に怒ったフリをしてみせたはやては、スカートのすそを払うと家を後にした。

「あ、はやて。いってらっしゃい!」

 家を出たところで、リードを持ったヴィータと、小型犬フォームのザフィーラと顔を合わせる。
 散歩に行った帰りなのだろう。別に普通の犬のような散歩など必要がないザフィーラだが、ご近所の目というのがあるのだ。

「ん、いってきますー」

 見送る一人と一匹と挨拶を交わすと、はやては学校に向って走り出した。
 友達をあまり待たせるものじゃない。



「よし、と……」

 我ながら良い感じのバランスだ。マンションの台所で、リンディ・ハラオウンはお弁当の出来に微笑む。
 横に準備しておいたピンクの包みにお弁当箱を包むと、リビングで使い魔の頭をなでていた少女に手渡す。

「フェイトさん、はい、お弁当」
「ありがとうございます。リンディさん」

 ピンクの包みに包まれたお弁当を受け取ったフェイト・テスタロッサはにこりと微笑んだ。

 少女と女性の注意がそれたのを良いことに、使い魔がそろーりと動く。もっとも、第一線で働く魔導師に対して、その動きはあまりにも大雑把過ぎた。

「アルフ、つまみ食いはダメだよ」
「ありゃ!?」
「くす。アルフさん、お茶にしましょうか」
「あ、もう。リンディさんは」

 お弁当のおかずの残りをつまみ食いしようとするアルフを、フェイトがじと目で止める。
 もっとも、毎朝やっているお約束みたいなものだ。リンディはくすりと笑うとヤカンに火をかけた。

「それより、フェイト。そろそろ行かないと。なのはたちが待っているよ」
「あ、もう。アルフったら」

 微妙にいじきたない使い魔にため息を付く。以前はフェイトを守る為にどこか張り詰めていた使い魔も、今ではすっかりゆるくなっている。いや、もしかするとこっちが本当のアルフで、昔は無理をしていただけなのかもしれない。
 フェイトはそう思うと気を取り直し、玄関に向った。
 以前は凛々しくもどこか物悲しかった少女も、6年の歳月で優しい微笑が似合う美しい女性に成長していた。
 後数年もたてば、絶世の美女と呼ばれても不思議ではない。

 ハラオウン家にフェイトが引き取られて6年。3回ほど試験に落ちたものの、フェイトは無事に執務官試験に合格した。
 現在はハラオウン親子と家族同然の付き合いをしながら、一人前の執務官になるべくクロノの下で職務に励んでいる。いつの日か自分たちの前に立ちふさがるだろう、盟主一味と、母プレシア・テスタロッサに立ち向かう為に……。

「行ってきます!」

 背中まで伸ばした一つにまとめた髪を軽やかに揺らし、フェイトはマンションを飛び出す。
 フェイトは執務官をしながらも地球の中学校に通っている。忙しくも慌しい日々だが、それはそれで充実した毎日だった。



「今日は久しぶりに、全員集合だな」

 次元航行艦エスティマの艦長席に腰をかけた青年の言葉に、オペレータの女性が振り向きながら答える。

「そうだね。ずいぶんと久しぶりに、皆そろうね」

 艦長の名前はクロノ・ハラオウン。時空管理局提督であり、艦船エスティマ艦長だ。一方の女性はエイミィ・リミエッタ。このエスティマの管制司令を勤めている。
 6年前は小柄だった少年は、立派な体格の青年へと成長していた。優しげな風貌の中にも精悍さが宿っている。現在は若手のホープとして活躍中だ。
 一方、クロノの相棒であるエイミィも、この数年ですっかりと大人の女性に変貌していた。かつてはどこか幼さを残していた雰囲気も、今では落ち着いたものに変わっている。
 かつてはアースラの名コンビだった二人だが、そのコンビは公私にわたり現在も健在だった。
 リンディがおばあちゃんになる日も、そう遠くないかもしれないぐらいに……。

「まぁ、今日は顔合わせが主目的だ。ちょっとした同窓会だな」
「そのようね」

 どこかのんびりと、あるいは微妙に枯れた雰囲気を漂わせるクロノに、エイミィは微笑むと通信を開く。打ち合わせは済んでおり、皆で話を合わせてくれる事になっている。
 てか、今回の作戦を主導したのははやてなのだが……。

「ユーノもいいか?」

 クロノはつながりっぱなしの通信機に話しかける。通信の先にいるのはユーノ・スクライアだ。
 かつては少女のようなかわいらしい少年だったユーノだが……、実は今でもあまり変わってなかったりもする。
 無論身長は伸びたのだが、柔らかな風貌は変わっていなかった。今でも女性に間違われるのもしばしばだ。
 まぁ、一族の伝統とはいえ髪を伸ばしているところを見ると、本人はあまり気にしていないのかもしれない。

「ああ、時間通りに?」

 無限書庫の司書長として、あるいは考古学者として活躍する少年は、携帯端末に向って答える。
 そんな少年に、エイミィがこう尋ねてきた。

「ねえ、本当にいいの、ユーノくん?」
「え、僕はなんだかんだちょくちょく会っていたし。一番会いたいのはなのはだろうから構わないよ」

 何故か知らないが、ユーノだけは旅に出た彼にちょくちょく会っていた。別に会おうとした訳では無いのだが、スクライア一族の発掘現場で、あるいは学術調査に赴いた世界で何故か彼と遭遇したのだ。
 その内何度かは大騒動に発展して、PT事件や闇の書事件に匹敵するような思いを経験したのだが……まぁ、それは今語るべき話ではない。

「いや、そういう意味じゃ……」

 微妙にずれた返事をするユーノに、さすがのエイミィも言葉に詰まる。そういう意味じゃないのだが……。
 しかたないと、エイミィは少しだけ話題を変える。

「そういえば、先週フェイトちゃんと一緒にオリヴィエ記念博物館に行ったんだって?」
「ええ、フェイトがチケットを貰ったっていうから、一緒に。うちの一族が発掘したものも展示されていましたし」

 そのうちの一つは、一族の幼馴染が発掘したものだ。見に行ったユーノたちの前になぜか現われドヤ顔で説明し始めた時は、流石のユーノも苦笑を隠せなかった。
 そういえば、彼女とフェイトは最後になんで左手で握手をしていたんだろう……。

「まて、博物館って何だ? 俺は聞いていないぞ!?」

 エイミィとユーノの会話を聞いていたクロノが、慌てて席を立つ。

「クロノは仕事で一緒に行けないって、フェイトが言っていたよ」
「まて、そこのフェレット人間。それはいつの事だ!」

 また始まった。エイミィはこっそりと苦笑をする。
 一緒に住んでいた為か、クロノはいつの間にかフェイトを妹のように感じていた。
 元々、一人っ子だった上に周りが年上ばかりだったから無理も無い。はやてなど、知人のランスター執務官と共に“シスコン執務官コンビ”などと呼称しているぐらいだ。
 まぁ、ランスター執務官は、思春期に入った妹に嫌われてたりして落ち込んでいる所を、多数目撃されているのだが……。洗濯物を分けられるのは、地味にキツイらしい。
 
 エイミィが苦笑して言う間にも、クロノは矢継ぎ早にユーノの尋問を繰り返す。もっとも、ユーノ自身は友達と一緒に出かけたとしか認識が無いから、話が微妙にかみ合っていない。

(がんばれ、フェイトちゃん)

 内心で妹分にエールを送りながら、流石にこれ以上馬鹿な会話をさせるわけにはいかないと仲裁に入る。
 自分で話題をふっておきながら、中々良い性格であった。

「ほら、クロノ提督も仕事中ですよ」
「う、むぅ」

 むすっとして黙るクロノに、エイミィは内心で苦笑する。
 一方、本局にいたユーノもいつまでも遊んでいられるほど暇じゃない。

「ユーノ司書長。頼んでいた資料だが……」
「ああ、チンク。ごめんなさい、すぐ用意します」

 立ち止まって話し込んでいたユーノに、地上から資料を請求に来た陸士の少女が話しかける。
 彼女の名前はチンク・ナカジマ。5年前の違法プラント摘発の際に管理局に保護された戦闘機人の少女だ。

「あ、いや。急かすつもりは無いんだぞ。私はゆっくり待っているから」
「そういう訳にも行かないよ」

 上官に当たる人物に催促したのを気にしたのか、真っ赤になって慌てるチンクを安心させようと、ユーノは優しく微笑む。
 6年前、闇の書事件では戦った事もある相手だが、今では仕事を抜きにしても親しい友人と呼べる間柄だった。



 日課の朝のトレーニングを終えたなのはは、すばやく身支度を終えると、最後にレイジングハートを首にかける。
 その時ふと、机に飾ってあった写真が目に入る。

 それは、5年前、彼が旅立つ時に取った写真だ。中央に自分と彼、ユーノにフェイト。そして車椅子に座ったはやてがいる。
 それを囲むようにヴォルケンリッターの面々と、クロノを中心としたアースラのクルーや3097隊の空士たち。そして、リンディ提督、レティ提督、グレアム提督。さらにはレジアス中将とその娘のオーリスまでいる。
 あの当時は良く分かっていなかったが、今から考えるととんでもない写真だ。陸の支配者と海の英雄が一緒の写真に……しかも、たった一人の平凡な空士の為に写っているのだ。
 もしマスコミがこの写真を入手したら、それだけでトップニュースになるかもしれない。

 しかし、それにしても……。

「もう、1年か。ヴァンくんから手紙が来なくなって」

 辺境に旅に出たヴァンから手紙が来なくなって、もう1年の月日がたつ。
 もっとも、これは彼の身に何かがあったわけではない。未確認次元空域の調査が職務である彼は、数年毎に連絡が取れない次元空域に行ってしまうのだ。
 心配が無い……と言えば嘘になる。
 また無茶をしていないか、大きな事件に巻き込まれているんじゃないかと心配だ。ユーノと共に巻き込まれた事件の中には、死んでいたって可笑しくない次元崩壊級の事件だってあった。
 ヴァンは良くも悪くも苦労を背負い込むタイプだ。目の前で困っている人がいたら、考えるより先に行動してしまうタイプの人間だ。そして、誰かの為に泣ける人間だ。
 大きな怪我をしてなければいい。また、悲しい思いをしているかも知れない。

「ヴァンくんも、頑張ってるのかな」

 でも、手紙ではいつも強がりを言っていた。がんばっている。そう書いてあった。
 あの日交わした約束に向って、ヴァンは頑張っている。あの日交わした約束に向って、あの日語り合った夢に向って、ヴァンはきっと頑張っている。
 だから、自分だって頑張らなきゃいけない。あの日彼が約束したように、自分も彼と約束をした。
 だから、力が足りなくて悔しい思いをしている人の力になる為に、教導隊で訓練をする傍ら良い先生になる為の勉強も欠かしていない。

「いけない。アリサちゃんたちを待たせちゃダメだよね。いってきます!」

 なのはは感傷を心の奥にしまい込むと、置いてあったかばんを手に取り家を出た。



 季節は何度目かの春に移り変わり、かつて彼とであった頃と同じように桜の花が舞い散っている。
 そんな通りを進むなのはの背後から、3人の少女が声をかけてくる。

「あ、なのはー」
「おはよう、なのはさん」
「あ、なのはちゃん。おーっす」
「あ、アリサちゃん、すずかちゃん、恵ちゃん」

 小学生1年生の頃からのなのはの親友であるアリサとすずか。そして、自分と同じく魔法の力に目覚めた少女である恵だ。
 三人と合流したなのはは、歩く速度を緩めて会話に加わる。

「なのはちゃん、今日はお仕事?」
「うん、今日は久しぶりに、フェイトちゃんやはやてちゃんと一緒にお仕事。お昼過ぎに早退しちゃうから、午後のノートお願い」
「あれ、恵は違うの?」
「あはは、私はエスティマ組とチームが違うからね」

 恵自身も管理局で働いているが、なのはたちとはチームが違う。ある執務官の少年とデバイスマイスターの少年の二人……こっちは局員ではないんだけど……と、仕事をする事が多いのだ。

「んじゃ、了解。頑張って見やすいノートを取ってあげる」
「にゃはは。ありがとう」

 えへんと、豊かな胸を張って快くノート取りを引き受けてくれた友人に、なのはは笑顔でお礼の言葉を言う。

「おはよー」
「おはよう」

 そうやって歩く4人と、フェイトとはやてが合流する。

「おはよう」
「今日集まるんだって?」
「うん。あ、でも。なのはちゃん」
「何?」

 不意にはやてが真剣な表情でなのはに話しかける。

「なのはちゃんだけ、上に上がる時間が早まったで」
「ええっ!? なんで?」
「いや、よー知らんけど。レイジングハート、連絡受けてへんの?」
『Just arrived』

 どうやら、通信の事情でなのはに連絡が届いたのが一番最後だったようだ。
 慌ててメールボックスを開けば、確かに場所と合流時間の変更が記されていた。

「あれ、これって……」

 管理外世界とはいえ、民間人に詳しい情報を知らせる訳にはいかない。なのはは口を閉じると、命令書の内容を脳裏に刻む。
 時間は9:00場所は……海の見える公園?
 管理局のようなところに勤めていれば、急な命令変更も珍しい話ではない。事前のディスカッションでは危険度の低い任務だったと思ったが……ここまで早く時間が変更されたという事は、なにか大事があったのかもしれない。
 なんせ、100人のスカリエッティを始めここの所騒動は多いのだ。警戒するのに越した事は無い。

 今日は学校行けないな。

 なのはは内心で少し残念に思うと、心のスイッチを入れて気持ちを切り替える。
 その瞬間、私立聖祥大附属中学校に通うごく平凡な少女から、管理局のエースオブエースへと精神が変わった。
 
 容姿は変わらないのに先ほどまでのかわいらしい雰囲気が消え、どこか凛々しい風格を漂わせる幼馴染にアリサやすずかはいつもの事ながら驚く。

「ごめんね、アリサちゃん。すずかちゃん。今日は学校いけなくなっちゃった」
「ううん。仕方ないよ」
「なのは、ごめん」
「フェイトちゃんが謝る事じゃないよ。じゃ、行ってくる」

 友人に別れを告げると、なのはは公園に向って走り出す。
 その時一瞬、はやてがニヤリと黒い笑みを浮かべた事に、なのはは気が付かなかった。




 その日、公園は不思議と人は少なかった。
 公園になのはが到着したのは、9時より少し前の事だ。
 合流する相手は、既に公園に到着していた。管理局の制服に身を包んだ男性が、ぼんやりと海を見ている。

 4月になり暖かくなったが、それでも海沿いの公園は時々ひやりとした風が吹く。
 ひときわ強い風か吹くと、海岸沿いに植えられた桜の花びらが舞い散り桜色のカーテンとなる。
 男はこちらに気が付くと、直立不動の堂に入った敬礼をして見せた。

「お迎えに上がりました、高町なのは二等空尉。しかし、貴方だけですか? 3人をお連れするように言われたんですが……」
「え、あ。はい。命令書では私のみの合流でしたが……」

 命令に食い違いがあったのか、男……いや、なのはと同年代の少年は首をかしげる。
 一方、なのはは突然の事に言葉を失う。
 1年前まで手紙はあったのだ。写真で彼がどんな成長をしているのか知っている。そこにいた少年は、ずいぶんと大人びていたけど、ずっと会いたかった少年のまんまで……。

「ま、いいか。……なのは」

 少年は形式ばった雰囲気を解く。
 背は高くなったけど、体格もしっかりとしたものになっていたけど、あの頃とどこか通じる雰囲気で……。

「……ヴァン……くん?」

 呆然と呟くなのはに、ヴァンと呼ばれた少年は小さくうなずく。
 あの頃と変わらない、どこかはにかむような、照れるような笑みに、自然と涙が滲んでくる。

「ずいぶんと時間がかかったけど、約束を守りに帰ってきたよ……」
「……うん……」

 その懐かしい声に、自然と涙がこぼれて、言葉が上手く出なくなる。
 そんななのはに、ヴァンは思わず慌てふためく。

「おいおい、どうしたんだよ。なのは……。あれ、今日帰るって手紙を出したんだけど……。もしかして、届かなかった?」
「うん……知らなかった。……ずっと……ずっと、心配、していたんだよ」

 ユーノと会った時を含め、何度も大きな事件に巻き込まれていた彼だ。誰も知らない世界で何かあったらと、ずっと心配していた。
 少しだけ強い風が、なのはの背中を押す。少女はヴァンの胸に飛び込む。

 言いたい事は沢山あったはずだけど、上手く言葉に出来なくて……ただ、聞きたいことは一つだけで。

「ヴァンくんは、守れるぐらい……強くなったのかな?」
「判らないよ。少しはマシになったと思うけど、上は何処までも高いから」

 彼は正直に答える。
 あの頃よりは強くなったつもりだけど、上は何処までも高い。元々非才の身、最強を目指すような趣味もない。
 だけど、その言葉には確かな自信と、力強い決意があった。

「でも、俺は皆を、なのはを守るよ」
「……うん……」

 暖かく優しい風が、二人を包みこむ。
 桜色の花が舞い散る中、少年と少女は再会を果す。

 そして、彼女の物語に、再び彼が紛れ込む。
 その未来がどうなるか、それはまだ誰も知らない。






Fin



To Be Continued 「転生者たちはトラブルと出会ったようです」











































【台無しになるかもしれないおまけ】



『ああああああ、抱き合ってます、抱き合ってます! なのはさんと、ヴァンって人が抱き合ってます!』

 確かに遠巻きに見る限り、二人は抱き合っているように見える。
 とはいえ、かなり遠いので二人の表情まではわからない。なんとももどかしい限りだ

「くう、映像が遠いわよ、はやて!」
「そのあたり詳しくレポートするんや、リイン!」

 普段使っていない特別教室の一角に、少女たちは固まっていた。はやての融合騎たるリインフォースⅡから送られてくる映像を見る為だ。
 ちなみに、エスティマにいるクロノたちはこの出刃亀行為については何も知らない。
 なのはとヴァンを二人だけで再会させる為にと言われて協力しただけだ。

「うわ、ヴァンって大胆になったわねぇ……」
「ふ、二人とも、これ以上はちょっと……二人に悪いよ」
「そ、そうだよ……。うわ、背中に手を回している……」

 大人しいすずかと真面目なフェイトがはやてとアリサ、それに恵を止めようとする。とはいえ、二人の視線もモニターに釘付けなあたり、止めに入る言葉に力は無い。
 そもそも、授業をサボっている段階で彼女らも同じ穴の狢だ。
 彼女たちは非凡な才能の持ち主とはいえ、十代半ばの女の子な事に変わりは無い。友人の恋愛事情に興味を示さないわけが無かった。

「リイン、近づけそう?」
『はい、アリサさん。決死の覚悟で接近を試みます』
「がんばるんやで、リイン」
「ところで、二人とも何処まで行くのかな……」
「え、えっとちゅーぐらい?」
「いやいや、きっと一緒にホテルに……ある意味それがお約束だし」

 キャーキャー騒ぐ5人の娘をよそに、映像の中の二人に動きが出てくる。

『ああああ、なのはさんとヴァンさんが顔を上げました、見詰め合ってます!』
「な、なにゃて!」
「うわ、このまま……キス?」
「うわぁ……」

 ドキドキしながら食い入るように映像を見る5人だったが、不意に映像が乱れた。

『なんだ、この小さいの?』

 聞こえてきたのは、ヴァンの声だった。





 * * * * * * * * * * * * * *



 未確認地域の調査任務から帰ってきた俺に対して命じられたのは、エスティマでの尉官研修だった。
 どうも猫師匠コンビがこのタイミングでそうなるよう、手を回していたらしい。
 それを知ったのは管理世界に帰還する直前だった。あの猫師匠は修行は真面目だけど、人を玩具にする癖があるのだ。今回も突然のサプライズに慌てる俺を見て大笑いをしていた。
 まぁ、それはともかく命令書を受け取った俺は転属準備を大慌てでする傍ら、なのはたちに帰還する旨を手紙にまとめて送ったのだがなのはの元には届かなかったらしい。

 んで、今日付けでエスティマに配属になった俺に最初に下された任務は、地球にいる3人。なのは、フェイト、はやてを迎えに行く事だった。
 まぁ、普通に船で待っていれば再会出来るのだが、クロノさんが気を利かせてくれたのだろうとありがたく引き受けた……のだが、指定された公園に現われたのはなのはだけだった。
 
 いや、最初は驚いたよ。会いたかった友人に再会出来て嬉しかったし、ものすごく綺麗になってた。
 でも、それと同時に微妙に疑問を覚えた。
 そもそも、エスティマ配属は正式な命令だ。ここに来るまでいた場所が場所なので手紙を追い越してしまった可能性はあっても、なのはだけ俺が帰還する事を知らなかったてのはおかしい。
 そんなわけで、俺はなのはと念話で話した上で周囲にサーチャーを飛ばして、出刃亀行為に励む、この小さいのを発見したのだ。
 いや、腕に現地レポートと書かれた腕章を着けているあたり、誰の差し金かすごくよく分かるのだが……。



「ああ、たしかリインフォースⅡだったかな。こうして顔を合わせるのは初めまして」

 手紙でやり取りしているから、顔も存在も知っていたけど……。こういう顔合わせになるとは思わなかったなぁ。
 感動もへったくれもありゃしない。

「あわわわ、さっきはあっちにいたのに!?」
「はやてから聞いていない? 俺は加速魔法が得意だって」
「はっ! まさか一瞬でこの距離を?」
「修行したからね」

 リインを捕まえる手の力は緩めず、ジト目で睨む。
 彼女はじたばたしながら、俺に向って抗議の声を上げる。

「うわ、手の力が強すぎます! 捕虜としての正当な扱いを希望します」
「それは君とこちらの上官次第だよ、リイン」

 ちなみに、上官とはなのはの事である。俺の階級は准尉、なのはは二尉だ。あっちが二つも上官である。
 この言葉に、なのはが妙に迫力がある笑顔を浮かべてこちらに向って来ている事に気が付いたのだろう。リインはがっくりと力なくうなだれる。

「今日のおやつは食べられるのでしょうか……」
「諦めろ」

 俺は冷たく言い放つ。

「リイン、何でこんな所にいるのかな?」
「黙秘権を行使します! はやてちゃんを裏切ることなんて出来ません!」
「言っている、言っているって」

 さらりと主を売る融合騎に、俺となのはは苦笑いを浮かべる。その姿を、散っていったリインフォースが見たらどう思うだろう……。
 案外、爆笑を抑えようとして、かえってひどい状態になりそうか。

「ふうん、そっか。はやてちゃんか。見ているんでしょう」
『な。なのはちゃん。こ、これには深い訳が』

 あ、念話が届いた。
 念話越しとはいえ久しぶりに聞く幼馴染の声にどう答えようかと一瞬考えるが、なのはが怒っているので触らない事にした。怒ると怖いのだ、なのはは。

「ふうん。深い訳があるんだ。じゃあ、その訳をお話してくれるよね……」
「あわわわ……」

 リインは人の手の中で震えている。まぁ、怖いもんね、今のなのは。
 まぁ、それにしても……。

「く……、うふふふ、あははははははは」
「ちょ、ちょっと、ヴァンくん!?」

 突然笑い出す俺に、なのはが驚きと抗議の声を上げる。
 とはいえ、どうしても笑い声が止まらない。こんなに楽しい気分になったのは、ずいぶんと久しぶりだ。

「ごめんごめん。でも、さっきは言い忘れた」

 ここで言葉を切る。なのはたちと別れてからの5年間も、色々とあった。新しい出会いも、悲しい別れも経験した。
 必死になって走り回った5年間だったと思う。
 だけど、その5年間はこの日の為だ。そんな思いを短い言葉に込める。

「……ただいま、なのは」

 その言葉に毒気を抜かれたのかなのはは一瞬だけきょとんとして、次の瞬間、5年前にも見た最高の笑顔を浮かべた。

「うん。お帰りなさい、ヴァンくん」

 そう、俺はようやく皆の元に帰って来たと実感する。
 
 今までも頑張ってきた、これからも頑張るよ。頑張る事だけは、諦めないよ。
 
 俺は心の中で、誰にともなく呟く。
 少しだけ、誰かが微笑んでくれた。そんな気がした。



[12318] 番外編 転生者はクリスマスも仕事のようです
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:e8725c8b
Date: 2011/02/06 08:41
この話は本編とは関係ないifな番外編です。ちなみに、作者は『恋愛フラグ? んなもんバッキバキにへし折ってやんよ』派です。クリスマスは中止すれば良いと思うよ。

それでも良いと言う方はお進みください。

















番外編 転生者はクリスマスも仕事のようです。



 俺、ヴァン・ツチダがミッドチルダに転生して驚いたことがいくつもあるが、その中の一つが次元世界にもクリスマスがあるということだ。

 しかもだ、次元世界のクリスマスは日本式のヌルイ奴だった。
 子供は親にプレゼントをせがみ、カップルはホテル街に消えていくというアレだ。
 聖者を祝う祭りではなく、商業主義と下心に裏打ちされたアレだ。

 なんでも30年くらい前に、第97管理外世界地球の日本から移住した者が広めたらしい。人間なんてどこの世界でも同じようなもので、商売と祭り、あと下半身には勝てるわけもなく、この邪悪な風習が広まったそうだ。

 まったく、余計なことをやってくれた奴がいるもんである。

 さて、そんな邪悪な祭りを前に、我が3097隊隊舎でちょっとした騒動が起きていた。



「隊長、休みをください」
「やだ」

 休みを申請しているのは、我が隊のスケコマシことティーダ三等空尉である。
 もっとも、年末のクソ忙しい時期に休みが取れるはずも無く、ルーチェ隊長はバッサリと切り捨てた。
 えらいぞ、隊長。

「有給を申請します」
「却下」

 周囲で書類仕事をしている隊員の9割は隊長の味方だ。
 何故か知らないが、うちの隊は俺(前世含む)も含め、一部の既婚者を除けば彼女いない歴生まれてからずっとという奴らばかりである。
 合コンに行くと引き立て役になるような連中ばかりで、あほらしい恨みを買っているというか、嫉妬されているのがティーダさんだった。もっとも、女の子相手に筋肉誇示するようじゃ無理も無いけど。
 まぁ、それを抜きにしても、騒ぎが多くなる年末に休みを取ろうなんて考えがふてえのだ。ティアナちゃんとクリスマスパーティーがしたいだけならともかく、姉ちゃんとデートなんてのも考えていやがるのだから、むしろもげろと言いたい。

「せめて夜勤シフトから外してください」
「不許可、夜勤は決定しています」
「そんな、ひどいですよ」
「やかましい。私だってクリスマスイブは仕事です。隊長である私を差し置いてデートに行こうなどもっての他、一晩中仕事をするが良いわ」

 ちなみに、既婚者子持ちを除くリア充隊員に率先してクリスマスイブの夜勤を割り当てたのは隊長である。
 なぜそんな事を知っているのかというと、先日書類を提出しに隊長室に行ったとき、般若の形相で勤務シフトを組んでいたのを目撃してしまったのだ。
 美人なだけに、恐ろしい迫力であった。

「はっはっは、あきらめろ、ティーダ。仕事なんだからな」

 逆に、隊長の横で朗らかな顔を浮かべているのはタタ一等空尉だ。今年はクリスマスをサファリさんやナノちゃん……奥さんや娘さんと一緒に過ごせると上機嫌なのだ。ちなみに、以前奥さんが実家に帰ってしまい、死にそうになってたのはこの人である。

「そんな、ヴァン、お前もなんとか言えよ」

 うちのナンバー1とナンバー2に、仕事だと言われたティーダさんがこっちに話題を振ってくる。
 報告書の作成中だから、巻き込まないで欲しい。

「仕事なんだからしょうがないでしょう。去年も休んだじゃないですか」
「そりゃ、この時期はガードが薄いから……じゃなくてだ、お前だってクリスマスぐらい彼女と一緒に遊びたいだろう!」
「んなもんいません」

 彼女なんて前世含め出来たことねえよ。つーか、ガード薄いってなんだよ。
 ちなみに、俺はその日は夜勤シフトから外れている。もっとも、俺にとっては何でもない普通の日なので帰って寝るだけだ。

「なのはちゃんと一緒にクリスマスをすごさなくて良いのか!?」
「ただの友達ですよ。というか、彼女は地球です」
「はやてちゃんは、フェイトちゃんは?」

 なに、ここ最近の事件で知り合った友達の名前を片っぱしから出しているんだか。
 そもそも、10歳に満たない子供に恋愛感情を求めるのが間違いだ。

「どっちも地球ですよ。というか、そもそも年齢一桁にどうしろと?」
「お前最近反応が淡白だな」
「これだけからかわれてれば、いい加減に慣れますよ」

 俺達の年齢だと皆、家族とクリスマスパーティーをやるのかな? でも、翠屋はかき入れ時だろうから、なのはは店の手伝いか?
 あるいは、アリサかすずか、フェイトやはやてあたりと一緒にクリスマスパーティーをやるのかもしれない。

 ちなみに、ユーノはミッドチルダで論文作成に追われている。
 あのバカ、クリスマスぐらい休んで地球に行ってこいって言っても聞かないんだよなぁ……。物語で10年も片思いをやってただけのことはある。
 前にやった遊園地のペアチケットも、結局はウヤムヤのうちに皆で行くことになったし。

 俺は同い年の親友のことを思いだし、溜息をついた。
 その溜息をどう勘違いしたのか、ティーダさんが隊長に食って掛かる。

「ほら、ヴァンもため息を」
「別に遊べない事で溜息をついたわけじゃないですよ」
「ったく、そんな事じゃ一生恋愛出来ないぞ」
「何を言っているんですか。って、隊長!?」

 呆れる俺であったが、不意に隊長が恐ろしい形相でこちらを睨んでいることに気がつく。

「ヴァン空曹」
「は、はい。な、なんでありますでしょうか?」

 俺は思わず起立し、直立不動で隊長の言葉を待つ。

「あなた、9歳の分際でクリスマスデートを考えているんですか。しかも、あのなのはさんと、キャッハウフウフイチャイチャとするつもりなんですか?」
「い、いえ、そのようなことは一切考えておりません」

 俺の言葉に、隊長はにこりと笑う。

「そうですよね、あなたもコッチ側の人間。モテない組ですからね」

 いや、あんたの容姿でモテないってのはないと思う……。性格はともかく、見た目だけは一級品なんだから。
 俺の考えをよそに、なにやら隊長が一人鬱モードに入っていく。

「ふっふっふっふ、そうですよ、そうなんですよ。モテる奴なんてみーんな氏ねばいいんですよ。ふっふっふっふっふっふ……。わたしなんて、誰も誘ってくれないのに……。マリーナの奴、何が男を紹介してあげようかですって……」

 なにやら聞こえてはいけない呟きが聞こえてきた気がする。
 俺達は顔を見合わせ、これ以上この話題に触れないように心がけるのだった。



 んでもって、12月24日。クリスマスイブ当日である。
 この日の俺の勤務は夜の9時まで。毎年そうだが、この時期はとにかく忙しい。人間飲む機会は手放さないもので、酔っぱらいの喧嘩やらなにやらで大慌てだった。



「ふう……、クリスマスねぇ」

 時刻は夜の9:30。勤務を終え、電車で自宅アパート側の駅で降りて呟く。

 夜勤のティーダさんはともかく、姉ちゃんはクリスマスは休みだったらしい。ティアナちゃんとクリスマスパーティーをするから来ないかと誘われたのだが、仕事の関係で行けないと断った。
 街はイルミネーションに覆われ、道行く人もどこか浮かれている。

「うー、さぶさぶ。まったく、はしゃいじゃって」

 別に羨ましいわけじゃないが、こういう時は流石に一人でいることの寂しさを少し感じる。
 去年はそんな事を感じなかった。しかしここの所、なのはやユーノと出会ってから一人でいることのさびしさを感じる事が増えた気がする。

 俺は駅前のコンビニによると、ハンバーグ弁当を買い物かごに入れ……、ふと目についたお菓子コーナーにある2つ入りの安いケーキをかごに入れた。
 そして会計を済ませ、一人帰路に着く。

「何買ってるんだろうな……」

 思わず呟く。
 こんなもん一人で食ってもまずいだけだし、クリスマスなんて柄じゃない。
 仕事が恋人が座右の銘だったはずなんだけどなぁ……。

 俺は苦笑いをしながらアパートの階段を登る。
 そして登りきり、自分の部屋を見て……思わず固まる。

 俺の部屋の前には、見覚えのある顔がいたからだ。
 つーか、あの年齢でこんな時間に出歩いて良いはず無い。

「何やってるんだよ、こんなところで」

 俺の言葉に振り向き、見知った顔はこう言った。

「……せっかくクリスマスだし……」

 その言葉に俺は呆れる。よく見ると手や鼻の頭が真っ赤だ。
 ったく、最近の子供は……。俺も子供だけど。

「こんな所にいたら風邪をひくぞ」
「大丈夫」
「大丈夫なもんか、手も冷たくなってるじゃないか」

 手を握ると冷たい。どんだけここにいたんだ、こいつは?
 風邪を引いたら大変だろうに。

「ったく、汚いけど入りなよ。すぐにストーブを点けるから、怒るのはそれからだ」
「うん」

 俺の言葉に満面の笑みを浮かべる。
 その笑みを見て、不覚にもこんなのも良いかなと一瞬考えてしまう。

「ケーキがあるけど、食べる?」
「うん」
「お茶はどこだったかな?」

 この年のクリスマスは、ほんの少しだけだけど、一人じゃないあったかい時間が出来た。







「まちやがれっ!!」

 ティーダは若干の私怨を込めて叫び声を上げる。
 なんか、今すごく虚しさを感じたのはこのせいだろうか? いや、自分以外の陸士や空士も同じように虚しさを感じてるのだろう。
 皆の顔は一様に疲れ果てていた。

「はーっはっはっはっはっは、捕まるか、捕まるものか! これは全世界の良い子(もてない子)に贈るベリーデリシャス今日のおかずはなんじゃらホイなハイパーミラクルリリカルマジカルキルゼムオールなプレゼントなのだぁ!」
「ふざけてるんじゃねえええええええええええ!!」

 結局一晩中ティーダは走りまわる事になるのだが、これはまた別の話である。




 何書いているんだろう、私……。
 今年も一人ぼっちのクリスマス・イブが始まるお……。



[12318] 番外編 転生者はトラブルとすれ違ったようです
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:9f18423d
Date: 2010/04/20 14:41
番外編 転生者はトラブルとすれ違ったようです



 山の切れ間から、夏の日差しに輝く海が見えてくる。
 その光景に私は年甲斐もなくはしゃいだ声を上げた。年甲斐も無くって言っても、まだ8歳……もうすぐ9歳だけどね。

「ねえ、パパ、ママ、お兄ちゃん。海だよ!」
「そうね、そろそろ海鳴かしら?」
「乗り出すと危ないぞ、恵」

 ママやお兄ちゃんの声も弾んでいる。
 パパが何も喋らないのは運転中だからだ。何でも若い頃怖い思いをしたらしく、運転中にはほとんど喋らないんだよね。

「海鳴か、どんな町かな……」

 お兄ちゃんがポツリと呟くのを私は聞き逃さなかった。というか、お兄ちゃんがちょっぴりブルー入っている理由を私は知っている。
 引越し間際に片思いの子に告って振られたんだよね。たしかこれで5連敗?
 まぁ、すぐに元気になるとは思う。だってこの町、美人が多いもん。

 何で私がこんな事を知っているのかって?
 実は私には家族にもナイショな秘密があります。

 私、鈴木恵は転生者なのです。
 しかも、何の因果か『とらいあんぐるハート』もしくは『魔法少女リリカルなのは』な世界に転生しちゃったのです。
 まぁ、ずっと気が付いていなかったんだけどね。パパの転勤で海鳴市に引っ越すって知った時に始めて気が付いたぐらいで、それまでは赤ん坊までタイムスリップで戻っちゃったと思ってたし。

 え? 何で女の子がエロゲを知っているかって? 知ってちゃ悪いか!
 いや、前世というか、前の世界のお兄ちゃんにも呆れられたけど、お前それでも女子高生かって。でも、趣味は人それぞれだよ。




「ちょっと、遊びに行ってきます!」
「待ちなさい、恵」

 新しい家について早々に、私は家を飛び出した。

「いいじゃないか、母さん。後は俺が手伝うよ」
「お父さんったら。恵には甘いんだから」

 あ、いや、うん。ちゃんと自分の部屋に荷物は運んだよ。でも、それよりも何よりも、この物語の舞台となった町を見て回りたかったんだ。
 もっとも、それが私の魔法と日常が交差する毎日の始まりだった……のかな?



 町に飛び出した私だったけど、いきなり躓いた。
 いや、躓いたというか、なんというか……。

「行き倒れだよね、これ」

 私はポツリと呟く。
 大きな森のある公園の片隅に、なにやら人が倒れていた。その人……私と同じぐらいの男の子だけど、うわごとのように『は、はらがへった……』なんて呻いている。
 しかも、格好が明らかに普通じゃない。なにやら白いヒラヒラした服にマントという、夏なのに熱そうな格好だ。赤いちょっと日本じゃ見ない髪の色だから、外国人なのかもしれない。
 う~ん、このまま放置しておくのも目覚めが悪いよね。

「あの、パンがあるけど食べる?」
「パン!?」
「きゃっ!」

 男の子は突然起き上がると、お昼にと買ってあったコンビニのサンドイッチを奪い取りがつがつと食べだす。
 って、びっくりしたな、もう。

「ありがとう。飢え死にするところだった……」
「飢え死にって」

 私が呆れていると、男の子がじっとこちらを向く。
 意外と整った顔に、私はドキドキとするが男の子の呟きにドキドキどころじゃなくなった。

「あれ? はやてじゃない」

 それは小さな呟きだったが、聞き逃すはずも無い。
 ってか、はやてって、あの八神はやてだよね。この町的に考えて。ってか、何でこの子そんな事を知っているんだろう?
 私が内心で首をかしげていると、男の子はこちらにニコリと微笑みお礼と別れの言葉を口にした。

「ありがとう、お嬢さん。このご恩は忘れません。では」

 そう言って立ち去っていこうとする男の子だったが、私は思わず男の子のマントをふみつける。
 その予想外の行動に、男の子はびたーんと転んだ。うわ、ちょっと痛そう……。

「何するんだ、君は!」

 男の子は起き上がると、私に抗議の声を上げる。
 まぁ、そりゃそうだよね。でも、私はそれどころじゃなかった。

「えっと、『ちょっと、頭冷やそうか』」
「えっ……。『チャージなどさせるものか』?」
「それはMADネタでしょう!」

 私は思わずツッコミながら、この男の子の正体を確信する。
 きっと、私と同じ転生者だ。
 男の子はばっと飛びのくと、私に向かって構える。

「くっ、まさか僕以外に転生者がいたとは! まさか、僕とはやての出会いを邪魔する気か!」
「いや、あんな行き倒れじゃ会えないと思うけど……。ってか、私以外にも転生者っていたんだ」

 なんか、電波じみた台詞をいう男の子に呆れ声を上げる。

「知ってて近づいたんじゃないのか?」
「どうやって知るのよ? 散歩中に偶然見つけただけ」
「そうか。しかし、同郷の人間に出会えるとは」

 そう言うと、男の子はへたり込む。最初の電波はともかく、同じような転生者に出会えて安心したのかな。

「えっと、でもそうして倒れていたの? というか、その服ってバリアジャケット? ミッドチルダから来たの?」
「えっと……」

 うーん、ちょっとドキドキしてきた。私の問いかけに男の子は立ち上がりながら何か言おうとした。その瞬間だった。

 突如、私と男の子にむかって光の縄が飛んでくる。
 男の子はそれをかわすと、私のすぐ傍で杖っぽいもの……たぶん、デバイスをかまえた。

「管理外世界密航の現行犯だ、その少女から離れて投降しろ! プジョー・カブリオレ!」

 なんか、アニメで見た管理局の制服を着た、私と同じぐらいの男の子まで現れた。





 アスカ・イースは転生者だった。
 とはいえ、それで得をしたことなど何一つ無い。これが戦国時代とか第2次世界大戦のような時代なら21世紀の知識と知恵で歴史を変えてやると意気込めたのだろうが、彼が転生したのはミッドチルダという科学と魔法が発展した世界だった。
 21世紀の日本よりもはるかに進んだ世界に転生しては、知識の生かしようが無い。
 まぁ、それでも魔法という今までに無い技術に触れられたのは幸いだった。もともと知識欲旺盛だった彼は魔法の魅力にどっぷりとつかり、その力を生かせる仕事である、時空管理局に就職したのだ。

 そんな彼の役職は時空管理局本局次元航行部隊の巡航L級12番艦所属の執務官補だ。
 通常このエリアの巡回は巡航L級8番艦アースラの役目なのだが、現在アースラチームは重大ロストロギア事件の解決に当たっており、巡回が出来ない状態にある。その為、彼らの部隊がこのエリアの巡回に当たっていた。
 その巡回中に、第97管理外世界に違法入国しようとしたのが、このプジョーなのだ。

「くっ、この僕の出会いを邪魔する気か、管理局」
「何を馬鹿なことを言っているんだ、君は。言いたいことがあるなら艦で聞く」
「邪魔はさせない、邪魔はさせないぞ!」

 プジョーはそう言うと、突然少女に抱きつく。

「えっ!? きゃああっ!」

 少女は微妙なところをつかまれ、思わず悲鳴を上げる。
 しかし……。

『Boost Up Strike Power』

「どこ触ってるのよ! この変態!」
「……ぶべらっ!」

 その反応にアスカが慌てより前に少女の魔力が乗った平手がプジョーの顔面にめり込む。
 ちなみに、その魔法を使ったのはというと……。

「ちょ、なんでお前がそっちの女に味方するんだ!」
『Your malfeasance cannot be missed as a device.(デバイスとして、あなたの違法行為は見逃せません)』
「おまえ、産みの親に向かって!」
『Because parents cannot choose(親は選べませんから)』

 なんか、デバイスと漫才を始めるプジョーに、アスカは溜息をつくとデバイスに挨拶をする。

「ああ、何時もすいません。モーニングスター」
『It is possible to say, and, every time, mastering troubles you.(いえ、マスターが毎度ご迷惑をおかけします)』

 なんか流暢に話すデバイスと魔導師に、少女はおもわず叫び声を上げる。

「ちょ、ちょっと、どうなってるのよ?」

 少女の叫びに答えられるものなど、この場のどこにもいなかった。





 そして、丁度同じ頃……。





 海鳴市近海上空





「また、ダメだった……。もう、全てを終わりに」

 その女性の声は決して大きくなかった。だが、その場にいた全員の耳に届いていた。

「って、言ってるけど?」
「ううん、まだ。何も終わってないよ。はやてちゃんも、夜天の書さんも……。それに私も」
「いい返事だ。なのは、ごめんな。散々危ないとか何とか言っても、最後には君に頼る事になりそうだ。仲直りもまだなのに」

 その絶望に満ちた声を聞きながらも、少女は、少年は諦めるという事を知らない。
 諦めて良い道理など無いのだ。

「ううん。私もちゃんと話したいし」
「俺も動けるようになったらすぐに行くから。多分、ユーノやフェイトは闇の書に取り込まれているだけだ。でっかい魔法ダメージを与えれば、連中なら自力で脱出できる」
「うん、わかった。やってみるね」

 そうして、少女は飛び立つ。
 呪われた運命を断ち切るために。








 転生者はトラブルとすれ違ったようです。製作中。

























     *      *
  *  うそです   +  
     n ∧_∧ n
 + (ヨ(* ´∀`)E)
      Y     Y    *

そして、エイプリルフールに間に合わなかった気が……orz



[12318] 番外編 転生者はクリスマスの街を案内するようです(前編)
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:b30883f4
Date: 2011/09/18 21:11
番外編 転生者はクリスマスの街を案内するようです(前編)




 クリスマスは去年やったでしょ。何で毎年やらなきゃいけないのよ!
 作者はクリスマスカップル撲滅委員会に賛同しています。さて、今年も一人寂しくチキンを食べるよ……。
 それでも良い方のみ、ここから先をお読みください。










 じんぐるべーるじんぐるべーる
 
 師走の街に流れるこの曲の意味や、皆が浮かれているこの祭りの意味をわかっている者など、通行人の半分ぐらいだろう。
 なんせ、俺たちが今いるのはミッドチルダの首都クラナガンだ。地球と言う辺境世界のお祭りで、ケーキとチキンを食べ、夜中子供の枕元にプレゼントをそっと置いておく。あるいは、大切な人にプレゼントを贈る。
 ぶっちゃけ、その程度の認識だ。

 実はミッドチルダではこう言ったよく分からないけど形だけでも祝おうというイベントは少なくない。

 先史時代から続く戦乱の時代、次元世界に進出していながらも比較的田舎だったミッドチルダは、古代ベルカ消滅からの戦乱から一歩引いた位置にいた。決して平和だったわけではないが、世界そのものが消滅するような事態には巻き込まれずにいたらしい。
 その結果、比較的平和だったミッドチルダに戦火を逃れた商人たちが拠点を移す事になり、片田舎の世界は一躍経済の中心地となった。その経済力を背景に、ミッドチルダを中心とした世界が戦乱を平定したのは皮肉な話だ。
 さらに言えば、戦乱の最中、無秩序にばら撒かれたロストロギアを回収する為に時空管理局が設立された結果、比較的平和だったミッドチルダがテロや海賊などの標的にされたのも、やはり皮肉な話だろう。

 そんなミッドチルダの歴史背景はさておき、経済の中心地として様々な人たちが流れ込んできた結果、ミッドチルダには各民族の祭りを祝おうと言う風習が出来てしまったらしい。
 まぁ、その大半は実にいい加減なもので、表面上祝うだけで、下手をすればその日の食卓に特別な食材が乗っかるだけ程度だ。
 クリスマスもそんな適当な風習の一つとして、ミッドチルダに定着しつつあった。



「なんか、日本の商店街を見ているみたいやなぁ……」

 クリスマスソングが流れる街を見てあきれ返っているのは、はやてだった。
 まぁ、その気持ちはよく分かる。俺も最初はそうだったし。

「でも、イブを過ぎてもケーキとか売っているんだね」
「売れ残りだけどね」
「その辺はかなりい加減だよな」

 流石は喫茶店をやっている家の娘だけあって、なのはなそういうところに目が行くらしい。
 ケーキ屋やコンビニの店先では、相変わらずケーキを売っている。

「元は日本式のクリスマスが入ってきたんだけど、最近は欧米の25日を本格的にやるのや、そっちのケーキを食べるのも増えてきたんだよ」
「そうなの?」
「ヴァンが聞かないでよ」
「そういうの疎くて……」

 男の一人暮らしなんてそんなものだ。ぶっちゃけ、クリスマスなんてここ数年仕事ばかりだったし。
 俺よりも詳しいユーノに、俺は苦笑いをしながら答える。

「ヴァンらしいっちゃ、ヴァンらしいんじゃね?」
「たしかにな」

 なんだかめかし込んだヴィータの言葉に、その場にいた皆が笑い出す。
 俺は思わず憮然と文句を言った。

「皆の中では俺はどうなってるんだよ?」
「朴念仁?」
「仕事中毒」

 間髪入れず答えたのはフェイトと、はやてだった。
 自覚があるだけに、泣きたくなったのは秘密だ。



 ちなみに、今俺と一緒にいるのはなのはにユーノ、フェイトとアルフ。それにはやてとヴォルケンリッターの面々だった。
 なんで師走の忙しい中をこんな目立つ面々と歩いているかと言うと訳がある。

「でも、こんな急いで地上を見学なんてしなくても?」

 思わず尋ねたのは、案内役を押し付けられた俺である。
 その言葉に答えたのはシグナムだ。ちなみに、来年の春からシグナムは管理局で働く事になっていた。

「オーリス殿の都合が中々合わなくてな。本局は前に見学させてもらったが、地上はまだなのでな。これから働く場所を一度しっかり見て置きたい」
「ああ、なるほど」

 姉ちゃんの都合が合わなかった理由はティーダさんと、部隊長のせいな気がする。つーか、あの隊長ことある毎に隊員の恋愛事情妨害しようとするからなぁ……。
 よっぽど過去に嫌な思いでもしたのかもしれない。

「でもなぁ、こんな急に働くのを決めなくてもええのに」

 はやてがポロリと言葉を洩らす。急なシグナムの就職に反対したのははやてだった。
 せめてもう少しぐらいは、家でゆっくりして欲しかったらしい。

「主はやて、その事は前に話したでしょう。それに、何時までもニートをやっているわけにはなりません」
「ニートとは違うんじゃないかい?」
「家から出ずに食っちゃ寝では、ニートと変わらない」

 アルフの言葉に、シグナムがキッパリと答える。
 ちなみに、俺の知る限りアルフは地球で食っちゃ寝生活満喫中だ。このままアルフが丸くならなきゃいいけどと、フェイトが密かに心配していた。

「大丈夫ですよ、主はやて。地球との間に直通ゲートも出来ましたし、暫くは管理局のほうでも考慮してくれるとのことです」
「でもなぁ……。せめて私が歩けるようになるまでは地球にいて欲しいんやけど……」

 まだ納得していないのだろう。はやてが小さく呟く。しかし、シグナムはあえて聞こえないフリをした。
 はやてには知らせていないようだが、どうしても管理局に入っておかなければならない理由がシグナム……いや、ヴォルケンリッターにはあるのだ。シグナムだけというのが、最大の譲歩なのだろう。
 それ抜きにしてもシグナムたちが働くなら、地球よりも管理世界の方が色々と楽だ。戸籍云々はなんとか誤魔化せても、いかんせん彼女達は歳を取らない。長くて10年、下手をすればその半分で職場を移らなきゃならないだろう。

「それはともかくさ、そろそろ迎えの車が来るぜ」

 重くなりかけていた空気を変えようと、俺は出来る限り明るい声を出した。
 空気が重くなりかけていた事にはやても気がついたのだろう。はやても少し苦い笑いを浮かべると、どうでもいい事を俺に尋ねてきた。

「そういや、魔法の世界なのに移動は車なんやな。皆飛べるんやし、飛んでいったほうが早いとおもうんやけど」
「お巡りさんに捕まるよ。都市部での無断飛行は」
「そうなんか?」

 管理世界でも、通常の移動手段は自動車か電車だ。実のところ、管理世界全体で見ても俺達のようなレベルで飛べる魔導師というのはそう多く無い。というか、都市部にいる魔導師は浮遊魔法くらいは習得するが、飛行魔法は仕事か趣味で無い限り覚えないのが大半である。
 なんせ、都市部では墜落すると下にいる人間にも危険が及ぶという事で制限がなされており、習得の難しさに対して使い所がほとんど無いのだ。ちなみに、転移魔法も同じような理由で都市部で厳しい制限がなされている。

「それに、飛ぶと疲れるし」
「そうなの? 別に疲れないけど……」
「君たちを基準にしちゃいけません」

 俺みたいな適性持ちやなのはたちのような膨大な魔力を持つ人達は、ただ飛ぶ程度では疲れるなんて事は無いのだが、普通の魔導師は飛ぶだけでもかなり疲れるらしい。

「でも、私はそんなにすごく無いよ」
「いや、すごいから。自覚しようね、なのは。俺ですら、地上じゃエリートの部類なんだから」

 ぶっちゃけ、俺はたいした才能の無い魔導師だが、それはあくまでもなのはたちと比べてってだけの話だ。
 世間一般で言えば、俺は中の上くらいの才能がある……はずだ。というか、管理局の航空魔導師になれるのは一握りのエリートなんだぞー。本物の天才を前にすると、言っていてむなしくなるけど。
 あ、なのはたちが生ぬるい視線を向けてきた。

「そんな目で見るなー。どうせ、毎回無駄に突撃して死にかけてるよ」
「自覚あったんだ」
「自覚があってもな。突撃癖を直さないと早死にするぞ」

 猪突猛進の気のあるヴィータとシグナムには言われたく無いよ。
 ほら、後ろでザフィーラが呆れてるし。

「そんな目ってどんな目?」
「男の子にはなぁ、向けて欲しくない視線があるんやフェイトちゃん」
「でも、ヴァンって才能が無いって言う割には強いと思うよ」

 慰めてくれて有難う、フェイト。
 などと、馬鹿な会話をしている間に管理局の車が来た……って、げ?
 車から降りてきた人物を見て、俺は思わず硬直する。

「時間が合わなくてすまなかったな」

 車から降りてきた厳つい顔のおっさん……じゃなくて、男性はレジアス少将だったのだ。
 俺は一瞬の硬直の後、即座に敬礼をする。レジアス少将は俺を一瞥する。

「八神はやての案内ご苦労」
「はい」
「だが、君は現在勤務時間外だろう。楽にしたまえ」
「はい」

 そう言われたからって、楽に出来るわけがない。
 とりあえず、敬礼を解くと一歩後ろに下がった。あ、オーリス姉ちゃんもいたか。
 レジアス少将がはやてと何か話している隙に、俺はこっそりオーリス姉ちゃんに話しかける。

「姉ちゃん、なんで少将が?」
「はやてさんの案内をするって言ったら、自分も行こうって言い出して」
「そんなに軽くて良いの?」
「良くないわよ」

 あ、姉ちゃんの目も据わっている。
 たぶん、レジアス少将のスケジュールを調整するのに苦労したんだろうな。

「それでは、行くとするか」
「はぁ、ご迷惑をおかけします」
「子供が気にする事ではない」

 そう言って車に乗る八神家の面々。俺となのは、それにフェイトとユーノは見学に行く予定は無いのでここで夕方までお別れだ。

「んじゃ、まあ後でなー」
「ああ、行ってらっしゃい。気をつけてね」

 そうしてはやてを見送った俺達だったが、車が見えなくなったところでユーノが自分も行くところがあると言い出した。

「あ、ごめん。僕も用事があるから」
「用事って?」
「ようやく無限書庫の使用許可が下りたんだ」

 無限書庫の使用許可って?
 たしか、ユーノはあそこの司書のバイトをやっていたんじゃなかったっけ?
 俺の疑問に、ユーノは苦笑いを浮かべる。

「ああ、今回は私的な利用なんだよ。論文を書くのに資料が欲しくて」
「バイトで使えないの?」
「正式に発表する論文だからね。許可を貰っておかないと色々と煩いんだよ」

 なるほど。
 本局の石頭連中が言いそうな話しである。

「今まで放置していたくせになぁ。これだから上の連中は」
「大学でも上は一緒だよ」
「違いない」

 煩わしいが、組織である以上は仕方ないのかもしれない。
 俺とユーノが上の石頭連中を苦笑する横で、何かを思いついたようにフェイトが会話に混ざってきた。

「あの、ユーノ」
「どうしたの、フェイト」
「私も一緒に行っちゃ駄目かな、無限書庫に」

 フェイトの言葉に、ユーノは思わず目をぱちくりさせる。

「フェイトも嘱託魔導師だから入れない事は無いけど……。あそこは資料しかないよ?」
「うん、それでも行きたいの」
「検索魔法は使える……分けないか。知り合いの司書で空いている人いたかな?」

 検索魔法も意外と使い手少ないもんな。
 無限書庫みたいな場所じゃない限り、普通に機械で調べた方が楽で早いし。
 魔法文明なんていっても、魔法を使うよりも、魔法を再現した道具のほうが使い勝手が良いなんて事も多いのだ。まぁ、機械に出来ることは限られているから、魔導師の需要がなくなるなんて事も無いんだけどね。

「あー、それはあたしが使えるから大丈夫」
「え、使えるの?」
「なんだい、その疑わしそうな目は」

 驚くユーノに、アルフが憮然とした表情をする。というか、検索魔法みたいな繊細な魔法をアルフが使えるなんて俺も驚いた。

「あたしはフェイトの使い魔だよ。そういった補助魔法はデフォで覚えているから」
「いや、最近は愛玩犬やってただろ、君は」
「がぶっといくのがお望みかい、ヴァン」

 怒られました。
 こうして、ユーノとフェイト、それにアルフは近くにある転送ポイントに行ってしまった。
 あの3人は転移魔法使えるから、転送ポイントからなら魔力のゆるす限り好きな転送ポイントにいけるのだ。

 いいなー、俺もいつかは転移魔法を覚えたいなー。

「皆行っちゃったね」
「そうだね」

 ごめん、先ほどの感想は現実逃避だ。
 実際、二人きりになったととたん、なのはがちらちらとこちらをのぞき見ているし……。

 なんか、夏の一件以来なのはとの距離感がねぇ……。皆と一緒の時は良いのだが、二人きりになるとどうも言葉が続かない。
 いや、俺は意識して無いのよ。子供だし。ただ、なのはがね。やっぱ、女の子だしさ。絶対あの台詞聞かれてたよなぁ……。
 どうするべきなのか、前世含めそういった経験値ないんだよ。



「なあ、なのは」
「は、はい」
「とりあえず、俺今日は休みだから、行きたい所があるなら案内するよ」

 前に来たときは、ミッドチルダを見ている時間は無かっただろう。闇の書の一件でドタバタしていたしね。
 まぁ、クラナガンの観光名所といっても、地球人であるなのはにはピンとこないだろうけど。

「え、いいの?」
「地球ではお世話になったしね。なのはも興味はあるだろう」
「うん」

 満面の笑みを浮かべるなのはに、俺はホッとする。
 少なくとも、あの微妙な空気だけはどこかに吹き飛んだのだ、距離感も自然に治るだろう。



 でも、この時俺は知らなかった。
 俺達二人に迫る、魔の手を。
 というか、後になっても知りたく無かったよ、こんちくしょう。





 暗い一室で、彼らは世界に対する怒りを溜め込んでいた。
 当たり前だ、裏切りは何よりも重い。

「というわけで、ヴァン空曹がストロベリーデートを敢行しようと企んでます」
「ふてえ野郎だ」
「あの突撃小僧……」

 時空管理局首都航空隊3097隊隊舎で、陰謀を企んでいる面々は口々に怒りをあらわにする。
 街を巡回中の隊員が可愛らしい女の子と一緒に歩くヴァンを見つけたとの連絡を入れてきたのは10分前だ。部隊長であるルーチェは緊急会議を招集……、その対策に乗りだしたのだ。

「げーはっはっはっは、どうやって嫌がらせをしてあげようかしら」
「仕事で呼び出しませんか?」
「いやいや、『ヴァンくん、私とその子、どっちを取るの!?』と、俺が行きましょう」
「間違いなく女の子を選ぶな」

 馬鹿な事を口々につぶやくが、ぶっちゃけ隊長以外本気では無い。夜勤明けで、皆テンションが変なだけなのだ。
 特に徹夜で赤い変質者を追いかけていた面々など、疲労と睡眠不足でかなり意識がやばくなっている。

「しかし、ヴァンの奴何時の間に」
「ティーダなんかと組ませるから、女ったらしが染ったんじゃね?」
「なんだと、じゃあ、俺もティーダと組む」
「俺も俺も」

 ヴァンが聞けば全力で否定するような事を口にする。
 ハタから見りゃ単なるやっかみだ。9歳児に何をやってるんだと、出勤してきた事務のおばちゃんが呆れる。

「誰が女ったらしだ」
「ティーダ分隊長」
「ランスター分隊長」
「ティアナちゃんを嫁にください」
「やかましい。それと最後の奴、後で絞めるから隊舎裏に来い」

 馬鹿な事を口々に呟くが、これも彼らなりのレクリエーションなのだ。
 もっとも悲惨な現場に向かう事が多く、何時死ぬか判らない部署ゆえに、彼らは明るく過ごそうと心がけている。

「じゃあ、ティーダ分隊長はどうするんですか? このままヴァンを見逃すと?」
「馬鹿言え、じっくり、ゆっくり、エキサイティングに見守ってやるだけだ。ちゃんとカメラを用意して置けよ」
「さすが分隊長」

 ヴァンからしたら、妨害するにしろ出歯亀されるにしろ迷惑でしかないが。
 かくして、3097隊ではヴァンのデートを妨害する派、後で冷やかす派、生暖かく見守る派が乱立し下らない暗闘を繰り広げる事になる。

 それはともかく、時空管理局ミッドチルダ本局首都航空3097隊は今日も平和だった。





 というわけで、クリスマス特別編(前編)は終わります。
 好評だったら、後編を書くかもしれないです。




[12318] 番外編 転生者はクリスマスの街を案内するようです(後編)   
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:ea99c99c
Date: 2011/09/18 21:12
番外編 転生者はクリスマスの街を案内するようです(後編)



「あー、お前ら。ヴァンを出汁に遊ぶのは別に止めないが……」

 一晩中変質者を追い掛け回しいい感じにハイになってい隊員たちを見て、出勤してきたタタ一等空尉は冷たい声でこう述べた。

「いいかげん、仕事しろ」

 その言葉に隊員たちは正気を取り戻していく。てか、9歳児の微笑ましい初デートを出歯亀したり、妨害するのはむなしくないか?
 冷静に考えれば、大騒ぎをするような事じゃない。後で盛大にからかってやれば良いだけだ。

「あー、そうだな。さっさと引き継ぎ終わらせて帰ろうぜ」
「おーい、あの変態どうする?」
「酔っ払いと一緒に警邏隊に引き渡しておけ」

 かくして、仕事に戻っていく隊員たちだったが一人だけ仕事に戻らない者がいた。

「くっ、やはり妨害は……。あそこに圧力を……、いや、私直々に……」

 一人机に向かったまま相変わらず暗い情熱を見せる隊長を、隊員たちはスルーした。
 どうせしばらくは戻ってこないだろう。いい加減、隊長の性癖にも慣れた。

「さ、今日も仕事だ」
「たいちょー、書類そこに置いておきますから、サインお願いしますね」

 とりあえず書類を置いておけば、勝手に仕事をやりはじめるだろう。
 こうして、3097隊の一日はいつもと同じようにスタートした。





 * * * * * * * * * * * * * *





「ねえ、ヴァンくんって普段何しているの?」

 とりあえず、道の真ん中にぼーっと突っ立っていても仕方ないので喫茶店に入り俺がミッドチルダに戻ってから起きた地球での出来事などの雑談に興じていた俺たちだったが、不意になのはがこんな事を尋ねてきた。
 それに対し、俺の答えは単純明快だった。

「普段? 仕事だよ」
「いや、そうじゃなくて……。学校とか行ってないの?」

 確かに、学校に通いながら働ける制度が管理世界を構成するほとんどの国と地域にある。
 先史時代から続いた長い戦乱は、世界に大きな爪痕を残したという。地球と同規模の世界がいくつも滅ぶような戦乱だ。巻き込まれた、あるいは参加した世界で無事だった世界はひとつも無かった。戦争終結から150年たった今でも戦争の爪痕は身近な脅威として残っていると言えば、当時の戦乱が如何に想像を絶する物だったかわかってもらえるだろうか?
 荒廃した世界、激減した労働人口、大量の戦災孤児、少年兵士の社会復帰、そんな積み重なる社会問題を解決する為の苦肉の策の一つが、就業している児童の権利確保だった。児童を雇用する者は、児童に学習の機会を与えなければならないというのだ。逆に言えば、その点さえクリアすれば児童を雇用するのも合法という事になる。
 復興の労働力確保や、すべての戦災孤児の保護を国家がするのは事実上不可能だったため、この制度は瞬く間に広がって行ったらしい。
 そして復興が完了した現代でも、この制度は生き残っていた。それというのも、管理世界の社会システムの基盤に魔法がある為だ。
 機械による魔法の再現が進んできたとはいえ、現在の技術では魔導師の能力を超える物ではない。その為、魔導師の青田刈りを考える組織は官民問わず多かった。
 もっとも、学生アルバイトなどを除けば、就労している子供は珍しくなっている。当たり前と言えば当たり前だが、人生経験に乏しい子供は労働力に向いているとは言いがたい。企業としても、教育コストのかかる子供などより、ある程度教育の行き届いた大人の労働者を欲するのが普通だ。
 近年の傾向としても、求人の多くは高等教育が必須となり、管理局や一部の研究機関など特殊な職場を除き、子供の雇用は年々減る一方である。
 当分消える事は無いだろうけど、使われる機会がほとんど無い。管理世界の児童就労制度とはそんなシステムだった。
 
「行ってないよ。そんな暇無いし」
「リンディさんは、学校に行きながらでも働けるって……」
「出来るけど、俺の場合は働きながら学校に行けるほど余裕が無いし」

 制度はあっても、使うかどうかは当人次第だ。
 管理局の場合は特に学校に通わなくても相応の資格が取れるのでさほど困らない。士官学校や訓練校が、実質的に高等教育に準じているのだ。
 それを抜きに俺個人の事情にしても、やっぱり学校に通うのは二の足を踏んでしまう。なのはたち相手だとそれほど感じないが、普通の子供相手だとやっぱりきつい。
 それに、どうも最近……具体的にはなのはたちと付き合うようになってから、精神が子供化している気がするんだよなぁ。よくよく考えてみれば、ここ数年は俺の周りに同年代の人間はほとんどいなかった。いたとしても、俺と同じ管理局員だ。
 なのはたちに影響されている可能性が高い。これで学校に通った日には、完全に精神が子供化しかねないのだ。流石にそれだけは避けたい。

 若干わき道にそれかけていた思考を、なのはの声が遮った。

「でも、仕事だけって訳じゃないんでしょう?」
「そりゃそうだよ」

 俺にだってプライベートの時間という物がある。
 まぁ、ここ最近は文字通り死ぬほど忙しかった上に、長期任務でほぼプライベート無しという状態だったが。

「でも、何でまたそんな事を聞くんだ?」
「ヴァンくんって、仕事しているところ以外あんまり見た事無いから、ヴァンくんって普段何して過ごしているんだろうと思って」
「うっ、言われて見れば……」

 確かに、地球にいる時はほぼ仕事がらみだったしね。
 休みの日というと、部屋の掃除して、料理の下ごしらえして、図書館でのんびり魔法構築関係の本を読んで、ぶらりとデバイスショップを冷やかして、夜はネットで魔法関係のページを巡回する……。
 いかん、ろくな事しとらん。よくよく考えたら全部仕事がらみじゃないか。

「趣味とか無いの?」
「いや、無いわけじゃないけど……」
「友達とどこか行ったりはしないの?」
「そりゃ、行かないわけじゃ……」
「どんなところに?」

 なのはの問いに俺は一瞬詰まる。
 遊びに行くところと言ってもぴんとこないのだ。

「じゃ、行ってみる?」

 答えに詰まった俺は、咄嗟にこんな事を口にしていた。

「え?」
「普段よく行っているところだよ」




 電車を乗り継ぎ、俺たちが来たのは郊外の“飛行場”だった。

「ほえー、ここは?」
「飛行場だよ」
「飛行機が来る?」
「違う違う」

 巨大なドームの宙を舞う人たちを見て、なのはが呆然とつぶやく。いくら自分も魔法で飛べるとはいえ、地球人であるなのはからしてみればやはり不思議な光景に見えるのだろう。

 この“飛行場”とは飛行機が発着する空港の事ではない。安全に飛行魔法を楽しむための飛行場、その中でも屋内飛行場と呼ばれるレジャー施設だった。スケート場やスキー場の飛行魔法版といったところだ。
 もっとも、今なのはが見ている人たちは自前の魔法で飛んでいるわけではない。ここでは、飛行魔法を使えない者でも飛行が体験できる道具を貸し出しているのだ。俺たち航空魔導師からしてみれば飛んでいるとは言えない代物なのだが、飛べない者にとっては新鮮な感覚らしい。ミッドチルダでは人気のレジャー施設だった。
 俺の説明に、なのはは半ば納得したが、納得できない部分がるらしい。

「ヴァンくんもあれをやるの? 自分で飛べるのに?」

 当然といえば当然の疑問だ。俺はこう見えてもBランクの航空魔導師なのだから、あんな機械で飛ぶ必要は無い。

「まぁ、それは一度やってからのお楽しみってね」

 あえて、実は本当の目的はここじゃない事は黙っておく。
 俺は若干意地悪な事を考えながら奥の飛行道具の貸し出しをしている店になのはを案内する。
 うーん、やっぱり家族連れとカップルで込み合っているな。

「いらっしゃい、あら」
「すいません、子供用を二つ」
「はいはい、子供用ね」

 うむー、二人分の料金を払う俺を見て、店のお姉さんが微妙な笑みを浮かべてた。多分、初々しい子供のカップルと思われたかな。
 俺自身は、へそを曲げた娘や妹を必死になだめる父や兄の心境なのだが……。

「ねえ、これどうやって使うの?」
「ランドセルみたいに背負って……あと、手足に制御用のバインドを巻いて、そう、それ」

 俺はなのはに飛行機械の装着の仕方を教えながら、自分も同じように装置を装着していく。

「このあたりは結界が張ってあるから、落ちても怪我は無いよ。飛んでみな」

 おっかなびっくりで飛び出せずにいるなのはに、俺は先に飛んでみせた。
 一瞬重力にとらわれる感覚の後、ふわりとした独特の浮遊感が襲ってくる。この機械を使うのは久しぶりだけど、やっぱり思うように動けないなぁ、これ……。

『Please work hard. Master(頑張ってください、マスター)』
「レイジングハート? う、うん」

 胸にかけていたレイジングハートもなのはにエールを送る。意を決したなのはは飛行場に一歩を踏みだした。
 そして……。

「はれ? はれれれれ!?」

 悲鳴を上げて、明後日のほうに回転しながら飛んでいく。
 ああ、やっぱりこうなったか。
 俺は空間を蹴ってなのはに追いつくと、手を引っ張ってバランスを取らせた。

「な、なんで思うように飛べないの?」
「そりゃ、自前の魔力で飛んでいるわけじゃないからね。運動神経で制御しなきゃバランスは取れないよ」

 今俺たちがつけているのは、飛行魔法を再現した機械だ。自らの魔力と演算能力で飛行フィールドを形成する飛行魔法とは、似ているようで根本から違う。その制御も自前でやるのでは無く、機械と運動神経で行う事になる。
 空間把握能力はあっても運動神経が切れている(アリサ談)なのはは、機械を制御できずバランスを崩したのだ。

「そ、そんなぁ?」
「ほら、手を離すよ」
「あ、ちょ、ちょっとまって、ヴァンくん! きゃっ」

 手を離したとたんバランスを崩し、妙な方向に流れていく。
 うむー。ある程度予想はしていたけど、ここまでとは……。俺は再びなのはに追いつくと、彼女を抱えてバランスを取らせる。

「ヴァンくん、急に手を離すなんて酷い!」
「あはははは、ごめんごめん」

 顔を真っ赤にして怒るなのはに、俺は笑いながら謝る。なのはも本気で怒っているわけではないのだろう、おっかなびっくりだが自分でバランスを取ろうとする。
 俺はなのはの手を握り、極力バランスが崩れないように注意をする。

「どうかな?」
「なんか、レイジングハートで飛んでいるのと違って、変な感じ……」
「そりゃそうだろうなぁ……、って、おっと」

 横から飛んできた人を避けるのに、俺は三度なのはの手を離す。

「ほえっ? あ、わわわわわわ、ヴァンくんのばかー!」

 そして、三度バランスを崩し、悲鳴を上げながら明後日の方向に飛んでいき、壁にぶつかりひっくり返った。
 あーあー。スカートじゃないのがせめてもの救いか……。





「ヴァンくんがあんな意地悪だとは思わなかった」
「人聞きの悪い」

 休憩の為にベンチに座ったとたん、なのははこんな事を口にした。
 小一時間は飛んでいた気がするが、結局なのははバランスを取る事はできなかった。
 手を放す度にバランスを崩しあちこちに飛んでいくのだ。
 運動神経が鈍いというのもあるが、自前で飛ぶ感覚を先に覚えてしまったため、機械による浮遊との感覚の違いに対応できないのかもしれない。飛行魔法を自在に操るのは難しいが、慣れてしまえば自由度は機械の比ではない。
 機械式の飛行は、なのはにとって不自由極まりないものだったのだろう。

「別に意地悪でつれてきたわけじゃないよ。こっちじゃ人気スポーツなんだよ、これ」
「そうなの?」
「地球にもフィギュアスケートとかあるでしょ。これにもそういうのがあるんだよ」

 他にも魔法を使った競技では格闘大会などが人気を博している。

「そっか、でも、私にはちょっとできそうに無いよ」
「自分で飛べばできるんじゃない?」
「えっ?」

 ポツリともらしたなのはの愚痴に、俺は何でも無い事の様に答える。
 フィギュアフライトは機械を使うのが主流だが、自前で飛んじゃいけないというルールは無い。

「自分で飛んでいいの?」
「そりゃそうだよ。機械使ってない人もいるでしょう。まぁ、飛んでいるとは言いがたいけど……」

 この屋内飛行場にいる魔導師の大半が、飛べない魔導師だ。俺たちからしてみれば不自由極まりない浮遊位しか出来ない。
 もっとも、これは珍しい話じゃない。飛べない魔導師が大半なのだ。

「確かに、そうだね……」

 俺の言葉になのはは苦笑すると、ドームを愁いを帯びた目で見上げる。
 多分、この空間を窮屈に感じているのだろう。遊ぶ程度ならともかく、飛ぶには作り物の空間は狭すぎる。

「じゃ、次行こうか?」
「次っ!?」

 俺の言葉に、なのはが思わず身構える。
 って、おいおい。これじゃあ俺がいじめっ子みたいじゃないか。

「大丈夫だよ。次はここの外だから?」
「外って?」
「機械じゃなくて、本当の飛べる場所さ。俺がちょくちょく来ていたところ」





 屋内飛行場の外には、屋外飛行場が広がっていた。
 まぁ、飛行場といっても山と山林ばかりなのだが、あちこちに監視用のサーチャーが設置されている。比較的安全に飛べる施設が、屋外飛行場だった。

「あれ、ここでも機械を使うの?」
「ああ、あれはだめ。屋外用は免許が必要だから」
「私は免許なんて持ってないよ!?」

 飛行機械をいじる人たちを見てなのはが素っ頓狂な悲鳴を上げる。

「自前の魔法で飛ぶ分には必要ないよ」
「あ、そうなんだ」
「うん。あの人たちがいじっているのは競技用のフライトパックだね」

 屋内飛行場での経験から警戒しているらしい。あれだけバランスを崩してあっちこっちに飛ばされればそうなるか。

「競技用?」
「飛行機械でスピードを競い合うんだよ。他にも作業用フライトパックとか色々あるんだよ。うちの部隊でも趣味でアレをやっている奴がいたな」

 飛行魔法の再現システムは、管理世界でもかなり普及したシステムだ。競技用の他にも高所作業で使う作業用や、ヘリコプターや次元航行艦のサポートフライトシステムなど使用用途は幅広い。 

「あれ? ヴァンくんのいる部隊って皆飛べるんじゃないの?」
「飛べるよ。ただ、自分で飛ぶのとはまた違った楽しさがあるらしい」
「ヴァンくんもやってるの?」
「無理。アレはむちゃくちゃ高い」

 ちなみに、競技用のフライトシステムはかなり高い。一番安い物でも一ヶ月分の給料が軽く吹き飛ぶぐらいの価格になる。
 よっぽど好きじゃない限り、手が出せない代物だ。

「ほら、あっちは自前で飛んでいる人がいるでしょう」
「あ、ほんとだ」
「とりあえず軽く流してみる?」
「また何か企んでない、ヴァンくん?」
「無いよ」

 なのはがちょっぴり涙目で睨んでくる。疑われてしまった。本当に何もないんだけど……。
 とりあえずなのはを安心させる意味でも、俺はバリアジャケットを纏おうとP1SCを取り出した。

「よう、ヴァンくんじゃないか!」

 と、変身する前に背後から突然声を掛けられた。そこにいたのは、顔見知りの飛行魔法のインストラクターだった。
 ボディビルダー顔負けの筋肉質の大男だが、総合Aランクの優秀な体育会系魔導師だ。

「久しぶりだな、1年ぶりぐらいか?」
「お久しぶりです。3月から来てませんでしたからまだ9ヶ月ぐらいですよ」

 4月の転移事件以来ほとんど地球にいたし、こっちにいた時もなんだかんだで忙しかった。
 ここに来るのは本当に久しぶりなのだが、どうやら覚えていてくれたようだ。

「そっちの女の子は友達かい?」
「はい、高町なのはって言います」
「ここのインストラクターをしているハーレだ。よろしくな、なのはちゃん」

 そう言うと、インストラクターのおじさんはなのはと握手をしようと手を差し出す。なのはもはにかみながら、そのごっつい手を握り返した。大男と少女の握手だが、インストラクターのおじさんは紳士的な方なので微笑ましさしか感じない。
 実に常識的かつ紳士的な反応で助かる。うちの部隊に所属している、何かと言うとお祭り騒ぎを始める連中にも見習わせたい。

「しかし、友達と一緒って事は今日はアレは挑戦しないのかい?」
「アレ? 挑戦?」
「ああ、ヴァンくんは一人でここに来るときはいつも、最難関コースのタイムアタックに挑戦しているんだよ」

 首をかしげるなのはに、インストラクターのおじさんは壁に掛けられていたコースの案内図を指差しながら丁寧に説明してくれる。
 移動系魔法の適性があるとわかってから空隊に移籍するまでの間、ここでよく練習をしていたのだ。もっとも、当時は最難関コースのクリアなんてとてもじゃないが不可能だったし、空隊に移ってからもそれほどいい成績を残せたわけじゃない。
 なんせ最難関コースは、最低でもクリアにAランク魔導師ぐらいの実力が必要とされているのだ。タイムアタックとなると、AAランクでも難しいだろう。
 説明を真面目に聞くなのはを見ながら、ふといたずら心が持ち上がってくる。

「なあ、なのはも最難関コースをチャレンジしてみない?」
「えっ、挑戦していいの!?」

 どうやら、最難関コースはなのはの好奇心を刺激したようだ。満面の笑みで俺に聞き返してくる。
 一方、俺の言葉に渋い顔をしたのはインストラクターのおじさんだった。

「おいおい、ヴァンくん。君も最難関コースの難しさは知っているだろう」
「ええ、もちろん。何度も痛い目にあいましたし」

 最難関コースは飛ぶだけじゃなくて、射撃魔法による障害の排除も含まれている。
 正直、素人には間違ってもお勧めできないコースだ。

「だったら、大丈夫かどうかもわかるだろう」
「もちろん。彼女は優秀な魔導師ですから、大丈夫だと思ったんです」
「へ?」

 俺の言葉に、インストラクターのおじさんは間の抜けた顔をする。
 魔導師の能力は必ずしも年齢と一致していないって、この人なら知っているはずだけど?

「いや、魔導師としては優秀かもしれないけど、屋内飛行場でのあの動きでは……」

 ああ、なるほど。屋内でのアレを見ていたのか。そりゃ、不安に思うのも無理は無い。

「あっ、あれは忘れてください」
「いや、そう言われてもなぁ……」

 この時、俺は多分すごく意地の悪い笑顔をしていただろう。
 なのはのドンでも無い才能を見せびらかしたい。そんな欲求に駆られていた。

「だったら、テストしてみませんか? 駄目だったらあきらめるって事で。なのはもそれでいいよな」
「うんうんうんうん、それでいいよ」

 子供二人の言葉にインストラクターのおじさんは困った表情をする。
 だが、この人は俺が管理局で働いているのを知っている。約束を破って無茶はしないと考えてくれたのだろう。
 彼は少しだけ苦笑をすると、テストをすると言ってくれた。

「わかった。じゃあ、なのはちゃんをテストして、駄目だったら最難関コースはあきらめてくれ。それでいいね」
「はい。それでお願いします」

 今にも踊りだしそうな勢いで喜ぶなのはを、インストラクターのおじさんは微笑み半分、困惑半分で見ながら俺にそっとたずねてきた。

「本当に大丈夫なのかい、彼女?」
「大丈夫ですよ。ああ見えて、AAAランクの航空魔導師ですから」
「えっ?」

 俺の言葉に、インストラクターのおじさんはポカンとした表情を浮かべた。



 その後のテストの結果は言うまでも無いだろう。
 満点でテストをクリアしたなのはは、最難関コース挑戦3度目にしてタイムレコードを更新し、以後10年間はこの屋外飛行場のクィーンであり続ける事になった。





 * * * * * * * * * * * * * *




 不覚だった。
 書類仕事は得意なはずなのに、少しだけ意識をそらしている間に部下たちが大量の書類を押し付けていきやがった。
 結局、ヴァン・ツチダのストロベリークリスマスデートの妨害をする事はできなかった。

 だが、まだだ。
 だが、まだ二人は他の面子と合流していない。今なら、二人を気まずくする事ぐらいはできる。
 少女は暗い情熱を胸に、にんまりと笑う。




「あー、結局なのはに勝てなかったな。戦闘はともかく、機動ならまだ負けないと思っていたのに」
「でも、ヴァンくんもすごく早くなってたよ。フェイトちゃんと同じぐらい早かったし」
「一瞬だけだよ。あの速度を維持しながら戦闘ができるフェイトには、とてもじゃないけど勝てないよ」

 なにやらストロベリーな会話を弾ませている二人が向こうからやってくる。

「そういえばハーレさん、チームに入らないかってしきりに勧めてたね」
「AAAの魔導師なんてめったに出会えるもんじゃないしね。それに、AAAでもなのはぐらい飛べる魔導師はめったにいないんだよ」
「そうなんだ」

 二人がやってくる。そう、偶然を装い不意打ちをしなければ……。



「あー、隊長。いつまでここに車を止めておけば良いんですか? そろそろ本部に向かわないとまずい時間ですよ」

 暗い情熱を燃やすルーチェを気味悪そうに眺めていたティーダだったが、いい加減時間が押していたので恐る恐る声を掛けた。
 そんなティーダに、ルーチェは鬼の目で怒鳴りつける。

「今が大切なところなんです、邪魔しないでください」
「邪魔って、ただ呆然と窓の外を……。って、あれ?」

 ルーチェの視線の先を無意識に追ったティーダは、通りの向こうから少女を連れて歩く年下の同僚の姿を確認した。

「ありゃ、ヴァンじゃないか……って、何考えているんですか、隊長?」
「決まってます。ラブラブカップルには正義の鉄槌を」
「何が正義なんですか?」

 彼女の性癖は十二分に知っているが、ここまで無駄な情熱を燃やされると若干引く物がある。
 ティーダはため息を一つつくと、ルーチェを諌めようとした。

「馬鹿な事をやってないで、行きましょうよ。馬に蹴られて死にたくないでしょう」

 普段は率先して馬鹿な事を言っているティーダだが、弟分であるヴァンの幸せを願っているのも事実だ。
 後でからかってやろうとは考えているが、ここで邪魔をする気は無い。

「いやです。人がクリスマスも仕事だって言うのに、あの子は!」
「自分でシフト組んだんでしょうが」
「思わぬ伏兵がいたとは……」

 デートを妨害されたティーダとしては呆れるしかない。
 もういい加減先に進めよう。ティーダは運転手に車を出すように指示しようとした。
 その時だった。

「あれ、隊長にティーダさんじゃないですか?」

 管理局の公用車が止まっていれば嫌でも目立つ。さらに、そこに乗っているのが知っている顔なら、挨拶に来てもおかしくは無い。
 いつの間にか車のすぐそばまでやってきていたヴァンが敬礼をしていた。

「あ、ティーダさんに、えっと……、そっちは?」
「うちの部隊の隊長だよ」

 知人に会釈をしながら、初めて会う人の事を訪ねてくる。
 この事態に、自称完璧な計画を練っていたルーチェ隊長は思わず慌てる。
 こういったと突発的な自体には弱いのが自分の弱点だ。内心でルーチェは歯噛みする。

 実はそうではなく、恋愛関係の経験値がまったく無いだけなのだが、当人は欠片も気がついていない。

「はじめまして、高町なのはさん。3097隊の隊長を務めているルーチェです」
「は、はじめまして。ルーチェさん」

 まずい。いきなり普通に自己紹介されてしまった。これでは「浮気ものー!」と叫んで消える計画はパーだ。
 どうすれば……ルーチェの灰色の脳細胞が唸りを上げ、一つの作戦を導き出す。
 その名も、『ちょっとした嫌味で、二人を気まずくさせよう』作戦だ。

「ふふふ、デートですか、ヴァンさん。皆が忙しいときに、余裕ですね」
「申し訳ありません。ですが、今日は緊急連絡がありませんでしたから」

 その言葉に、ヴァンは小さくため息をつく。
 ヴァンも木石ではない。なのはに対しての感情が家族愛に近い物だとはいえ、これが傍から見ればデートと呼ばれる物だろう事は十分自覚している。部隊の連中に見つかればからかわれるだろう事も覚悟済みだ。
 この程度の言葉に動揺するような軟な神経はしていない。

 一方、ルーチェの言葉に過剰に反応したのがなのはだった。

「えええええええっ、これってデートだったの!? あ、でも、ヴァンくんと二人っきり? え、えっ、えええええええっ!?」

 もっとも、それはルーチェが意図したのとはまったく別の方向だった。
 なんせ、ルーチェの言葉を聞くまで今日の行動がデートと呼ばれる物だと言う意識はなのはには欠片も無かった。
 今日だって無茶ばかりする友人の日常を心配しただけだし、話の流れで仲の良い友達と遊んだだけ。
 ヴァンをどう思っているかと問われれば、手のかかる弟がいたらこんな感じかな……と、答えただろう。
 本当にその程度しか意識して無かった。
 このあたりは、物語で10年以上ある男性の事をスルーし続けてしまった女性と根っこが同じなのだろう。

 だが、今回のルーチェの言葉に、否応無しに自覚させられてしまったのだ。
 たしかに、思い返してみれば今日やったのは……デートと言われる物の様な気がしないでもない。

 意識してしまうと、流石のなのはも平静ではいられない。頬が上気し、挙動不審になる。
 真っ赤な顔でチラチラとヴァンの顔を見詰め、視線が合いそうになると慌てて目をそらす。

 その少女の態度に、ルーチェの視線がますます厳しい物となり、同時にヴァンがおろおろうろたえる。
 一方、蚊帳の外から微笑ましそうに見詰めていたのがティーダだった。自覚無しの初デートとは、初々しいとすら思っていた。

「さてと、隊長。本当に時間が押していますし、そろそろ行きましょう」

 とはいえ、いつまでも眺めているわけには行かない。自分たちは仕事中なのだ。
 ティーダはまた無駄に暗い情熱を燃やしている隊長を無理やり車に押し込めると、運転手に車を出すように指示をする。
 そして、最後に窓から首を出すと、まだうろたえているヴァンにこう言った。

「ちゃんとなのはちゃんをエスコートしろよ、初デートなんだからな」

 その言葉にますます真っ赤になるなのはと、うろたえるヴァン。
 最近はだいぶ慣れたようなフリをしていたが、根本的には変わっていないらしい。
 オーリスに話すネタが増えたと、一人ほくそ笑むティーダだった。
 そして……。


「やっぱり恋愛ストロベリーじゃないですか……。くっ、あの裏切り者め、くっ、こうなったら、こうなったら」

 こうなったら如何する心算なんだろう?
 その疑問を、ティ-ダは窓の外に放り捨てるのだった。





































         ,. -‐'''''""¨¨¨ヽ
         (.___,,,... -ァァフ|          あ…ありのまま 今 起こった事を話すぜ!
          |i i|    }! }} //|
         |l、{   j} /,,ィ//|       『おれはクリスマス特別編を書いていたと
        i|:!ヾ、_ノ/ u {:}//ヘ        思ったらいつのまにかお年玉特別編になっていた』
        |リ u' }  ,ノ _,!V,ハ |
       /´fト、_{ル{,ィ'eラ , タ人        な… 何を言ってるのか わからねーと思うが
     /'   ヾ|宀| {´,)⌒`/ |<ヽトiゝ        おれも何をされたのかわからなかった
    ,゙  / )ヽ iLレ  u' | | ヾlトハ〉
     |/_/  ハ !ニ⊇ '/:}  V:::::ヽ        頭がどうにかなりそうだった…
    // 二二二7'T'' /u' __ /:::::::/`ヽ
   /'´r -―一ァ‐゙T´ '"´ /::::/-‐  \    遅筆だとか催眠術だとか
   / //   广¨´  /'   /:::::/´ ̄`ヽ ⌒ヽ    そんなチャチなもんじゃあ 断じてねえ
  ノ ' /  ノ:::::`ー-、___/::::://       ヽ  }
_/`丶 /:::::::::::::::::::::::::: ̄`ー-{:::...       イ  もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ…

 
 

※尚、ミッドチルダの事情、施設等は公式設定を踏まえた上でのSS作者の妄想です。公式ではありませんので、その点はご了承ください。



[12318] オリキャラ一覧(終了時点) NEW
Name: さざみー◆01bdadd3 ID:e8725c8b
Date: 2012/01/17 01:09
オリキャラ一覧(終了時点)



■時空管理局

ヴァン・ツチダ(14歳、男、転生者)

 本編の主人公。泣き虫で意地っ張りな熱血漢。
 魔導師ランクはミッドチルダ式空戦A+で、支給品の量産型ストレージデバイスにカートリッジシステムを積み込んで使用している。
 クロノが艦長を務める次元航行艦エスティマに研修配属された。階級は准尉。
 5年間で色々と成長した……らしい。なのはとの関係はやっぱり微妙なヘタレ。

 初登場:第1話


トーカ・ツチダ(故人・女)
 爆弾テロからヴァンを庇い帰らぬ人となった少女。オーリスの親友だった。


ルーチェ・パインダ(17歳、女、転生者)
 前世は男の転生者で、家族思いの美少女。その正体はしっとマスク会長。
 魔導師ランクは近代ベルカ式魔法総合AAで、アームドデバイス、ロードスターを使用。ミッドチルダ首都航空隊に所属、階級は三等空佐で最高評議会のエージェント。
 ぼんくら部隊である3097隊をエリート部隊に鍛え上げた実績で、栄転が内定している。
 条件付ではあるが、次元すら超えて事象の観測を行える『千里眼』を持つ。ただし、本当の能力は他にあるらしい。
 怨敵ヴァン・ツチダが帰って来ただと!?

 初登場:閑話第3話


タタ一等空尉(44歳、男)
 ミッドチルダ首都航空隊に所属の一等空尉にして、3097隊の分隊長を務める。魔導師ランクは空戦A。浅黒い肌の陽気な男で恐妻家。
 たぶん部隊で唯一の常識人の皮をかぶった変態。素手で鋼鉄を砕く馬鹿。いずれは教育隊に行き覇王拳を広めたいと考えている。少女Aの為にもその野望はぜひ潰れて欲しい。

 初登場:A’s第2話(3)


ポーラ(23歳、女)
 顔に大きな傷のある、時空管理局の執務官。プレラの管理局士官コース時代の友人で、失踪したプレラを探している。

 初登場:閑話第4話


ザート(23歳、男)
 時空管理局の執務官補佐官。プレラの管理局士官コース時代の友人でポーラの双子の弟。

 初登場:閑話第4話



■盟主一味

不破ナノハ(?歳、女、転生者?)
 転生者組織を率いる戦闘機人の少女。複数の肉体を持つ。現在は潜伏して計画を練っている。

 初登場:第7話(序幕)


シスター・ミト(?歳、女、転生者?)
 広域指名手配を受けるテロリスト。魔導師ランクは近代ベルカ式空戦S。盟主に付き従い、潜伏中。

 初登場:第7話(序幕)



■聖王教会

クラウス・エステータ(15歳、男、転生者)
 聖王教会強硬派に所属する転生者で、魔導師ランクは近代ベルカ式陸戦AAA。
 一瞬先の危険を察知する未来予知系レアスキル『未来察知』を保有する。使用するデバイスは槍型のアームドデバイス、コルセスカ。
 闇の書事件でテロ実行および誘拐未遂犯として逮捕、裁判を経て聖王教会に再び戻った。現在は騎士位を返上し、危険な任務を率先してこなしている。

 初登場:閑話第3話 


ソナタ枢機卿(67歳、男、故人)
 聖王教会強硬派の中心的存在で、古代ベルカの遺産を聖王教会で一括管理する事を訴える野心家。
 スカリエッティの手により既に暗殺されており、現在は替え玉の人形がその職務を継いでいる。

 初登場:A’s第3話(4)




■変態と愉快な仲間たち

イオタ・オルブライト(24歳、男、変態)
 医師一族の次期当主で医者としては真面目だが、それ以外では真性の変態。辺境をへろへろ旅をしながら、医療行為と下着泥を繰り返している。
 魔導師ランクは総合AA(医療特化)。明星の書というロストロギア級のデバイスを所有するが、その反動で攻撃魔法は一切使用出来ない。

 初登場:第1話より登場


レイン(外見年齢20前後、女、管制人格)
 明星の書の管制人格。聖王の遺伝子データを残す遺伝子バンクとしての機能を持つ。
 ないすばでぃの持ち主。

 初登場:第6話(終幕というか、蛇足)


イヴ(自称26歳、女、元守護騎士)
 明星の書の元守護騎士。ヴォルケンリッターのヴィータに相当する。三人の子を持つ母で時空管理局の二等空尉。

 初登場:閑話第5話 


ナシム(自称26歳、女、元守護騎士)
 明星の書の元守護騎士。ヴォルケンリッターのシグナムに相当する。専業主婦にしてベルカ式剣術師範代。まぁ、厳しすぎて門下生は0だけど。

 初登場:A’s第3話(4)


シャル(自称26歳、女、元守護騎士)
 明星の書の元守護騎士。ヴォルケンリッターのシャマルに相当する。第108管理世界で勤務医をやっている。
 変人ばかりの元同僚たちに、何時も涙している苦労人。

 初登場:A’s第3話(4)


フィー(自称26歳、女、元守護騎士)
 明星の書の元守護騎士。ヴォルケンリッターのザフィーラに相当する。趣味で同人誌を描いており、儲けは旦那よりあるとか……。
 現在の宿敵はもっぱら税務署。

 初登場:A’s第3話(4)



■その他

プレラ・アルファーノ(19歳、男、転生者)
 転生者の魔導師。ちゃっかりアギトのロードの地位に納まった。相棒に若き頃の黒歴史をおちょくられ、日々苦しんでいるとかいないとか……。
 魔導師ランクはミッドチルダ近代ベルカ複合式空戦AAAランク。
 現在は管理外世界で傭兵家業をしながら、盟主一味や転生の秘密を追っている。

 初登場:第4話(後編) 



鈴木恵(14歳、女、転生者)
 海鳴市に引っ越してきた転生者の少女。家族構成などが生前と同じだったため、つい海鳴に来るまでタイムスリップしたと思っていた。
 偶然行き倒れの魔導師を拾った事から、魔法と日常が交差する生活にどっぷりつかる羽目となる。使用デバイスは祈願型インテリジェントデバイスのドミニオン、魔導師ランクはミッドチルダ式空戦AAA。
 聖祥大学付属中学校に通いながら、三尉待遇の嘱託魔導師として活躍中。

 初登場:番外編 転生者はトラブルとすれ違ったようです


プジョー・カブリオレ(14歳、男、転生者)
 海鳴市で行き倒れていた転生者の少年。デバイスマイスターで、本人もミッドチルダ式総合AAの魔導師。
 デバイスおたくで、夢は自分専用のユニゾンデバイスを作成する事。実家は中堅デバイスメーカーの御曹司。度々問題を起こす為に奉仕活動の一環として、家族に管理局に放り込まれた。技術部に出向という立場だが、アスカの執務官補佐としての仕事がメイン。
 所有するデバイスは自作のインテリジェントデバイス、モーニングスター。

 初登場:番外編 転生者はトラブルとすれ違ったようです


アスカ・イース(15歳、男、転生者)
 プジョーを追って海鳴市にやってきた管理局員で、役職は執務官。魔導師ランクはミッドチルダ式空戦AAA。
 一見すると常識人だが、実は隠れトリガーハッピー。魔法を撃てれば幸せな危険人物。説得の前に魔法が飛ぶため問題を起こす事もしばしば。実は転生者だが原作知識が無いのであまり意味は無い。
 ミッドチルダ第四陸士訓練校出身で、訓練生時代はトラップ祭り事件を引き起こし、海の高官にしこたま砲撃魔法をぶち込んだそうな……。

 初登場:番外編 転生者はトラブルとすれ違ったようです



※原作、名無し、重要でないキャラクターは除いております。



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