番外編 転生者はクリスマスの街を案内するようです(後編)
「あー、お前ら。ヴァンを出汁に遊ぶのは別に止めないが……」
一晩中変質者を追い掛け回しいい感じにハイになってい隊員たちを見て、出勤してきたタタ一等空尉は冷たい声でこう述べた。
「いいかげん、仕事しろ」
その言葉に隊員たちは正気を取り戻していく。てか、9歳児の微笑ましい初デートを出歯亀したり、妨害するのはむなしくないか?
冷静に考えれば、大騒ぎをするような事じゃない。後で盛大にからかってやれば良いだけだ。
「あー、そうだな。さっさと引き継ぎ終わらせて帰ろうぜ」
「おーい、あの変態どうする?」
「酔っ払いと一緒に警邏隊に引き渡しておけ」
かくして、仕事に戻っていく隊員たちだったが一人だけ仕事に戻らない者がいた。
「くっ、やはり妨害は……。あそこに圧力を……、いや、私直々に……」
一人机に向かったまま相変わらず暗い情熱を見せる隊長を、隊員たちはスルーした。
どうせしばらくは戻ってこないだろう。いい加減、隊長の性癖にも慣れた。
「さ、今日も仕事だ」
「たいちょー、書類そこに置いておきますから、サインお願いしますね」
とりあえず書類を置いておけば、勝手に仕事をやりはじめるだろう。
こうして、3097隊の一日はいつもと同じようにスタートした。
* * * * * * * * * * * * * *
「ねえ、ヴァンくんって普段何しているの?」
とりあえず、道の真ん中にぼーっと突っ立っていても仕方ないので喫茶店に入り俺がミッドチルダに戻ってから起きた地球での出来事などの雑談に興じていた俺たちだったが、不意になのはがこんな事を尋ねてきた。
それに対し、俺の答えは単純明快だった。
「普段? 仕事だよ」
「いや、そうじゃなくて……。学校とか行ってないの?」
確かに、学校に通いながら働ける制度が管理世界を構成するほとんどの国と地域にある。
先史時代から続いた長い戦乱は、世界に大きな爪痕を残したという。地球と同規模の世界がいくつも滅ぶような戦乱だ。巻き込まれた、あるいは参加した世界で無事だった世界はひとつも無かった。戦争終結から150年たった今でも戦争の爪痕は身近な脅威として残っていると言えば、当時の戦乱が如何に想像を絶する物だったかわかってもらえるだろうか?
荒廃した世界、激減した労働人口、大量の戦災孤児、少年兵士の社会復帰、そんな積み重なる社会問題を解決する為の苦肉の策の一つが、就業している児童の権利確保だった。児童を雇用する者は、児童に学習の機会を与えなければならないというのだ。逆に言えば、その点さえクリアすれば児童を雇用するのも合法という事になる。
復興の労働力確保や、すべての戦災孤児の保護を国家がするのは事実上不可能だったため、この制度は瞬く間に広がって行ったらしい。
そして復興が完了した現代でも、この制度は生き残っていた。それというのも、管理世界の社会システムの基盤に魔法がある為だ。
機械による魔法の再現が進んできたとはいえ、現在の技術では魔導師の能力を超える物ではない。その為、魔導師の青田刈りを考える組織は官民問わず多かった。
もっとも、学生アルバイトなどを除けば、就労している子供は珍しくなっている。当たり前と言えば当たり前だが、人生経験に乏しい子供は労働力に向いているとは言いがたい。企業としても、教育コストのかかる子供などより、ある程度教育の行き届いた大人の労働者を欲するのが普通だ。
近年の傾向としても、求人の多くは高等教育が必須となり、管理局や一部の研究機関など特殊な職場を除き、子供の雇用は年々減る一方である。
当分消える事は無いだろうけど、使われる機会がほとんど無い。管理世界の児童就労制度とはそんなシステムだった。
「行ってないよ。そんな暇無いし」
「リンディさんは、学校に行きながらでも働けるって……」
「出来るけど、俺の場合は働きながら学校に行けるほど余裕が無いし」
制度はあっても、使うかどうかは当人次第だ。
管理局の場合は特に学校に通わなくても相応の資格が取れるのでさほど困らない。士官学校や訓練校が、実質的に高等教育に準じているのだ。
それを抜きに俺個人の事情にしても、やっぱり学校に通うのは二の足を踏んでしまう。なのはたち相手だとそれほど感じないが、普通の子供相手だとやっぱりきつい。
それに、どうも最近……具体的にはなのはたちと付き合うようになってから、精神が子供化している気がするんだよなぁ。よくよく考えてみれば、ここ数年は俺の周りに同年代の人間はほとんどいなかった。いたとしても、俺と同じ管理局員だ。
なのはたちに影響されている可能性が高い。これで学校に通った日には、完全に精神が子供化しかねないのだ。流石にそれだけは避けたい。
若干わき道にそれかけていた思考を、なのはの声が遮った。
「でも、仕事だけって訳じゃないんでしょう?」
「そりゃそうだよ」
俺にだってプライベートの時間という物がある。
まぁ、ここ最近は文字通り死ぬほど忙しかった上に、長期任務でほぼプライベート無しという状態だったが。
「でも、何でまたそんな事を聞くんだ?」
「ヴァンくんって、仕事しているところ以外あんまり見た事無いから、ヴァンくんって普段何して過ごしているんだろうと思って」
「うっ、言われて見れば……」
確かに、地球にいる時はほぼ仕事がらみだったしね。
休みの日というと、部屋の掃除して、料理の下ごしらえして、図書館でのんびり魔法構築関係の本を読んで、ぶらりとデバイスショップを冷やかして、夜はネットで魔法関係のページを巡回する……。
いかん、ろくな事しとらん。よくよく考えたら全部仕事がらみじゃないか。
「趣味とか無いの?」
「いや、無いわけじゃないけど……」
「友達とどこか行ったりはしないの?」
「そりゃ、行かないわけじゃ……」
「どんなところに?」
なのはの問いに俺は一瞬詰まる。
遊びに行くところと言ってもぴんとこないのだ。
「じゃ、行ってみる?」
答えに詰まった俺は、咄嗟にこんな事を口にしていた。
「え?」
「普段よく行っているところだよ」
電車を乗り継ぎ、俺たちが来たのは郊外の“飛行場”だった。
「ほえー、ここは?」
「飛行場だよ」
「飛行機が来る?」
「違う違う」
巨大なドームの宙を舞う人たちを見て、なのはが呆然とつぶやく。いくら自分も魔法で飛べるとはいえ、地球人であるなのはからしてみればやはり不思議な光景に見えるのだろう。
この“飛行場”とは飛行機が発着する空港の事ではない。安全に飛行魔法を楽しむための飛行場、その中でも屋内飛行場と呼ばれるレジャー施設だった。スケート場やスキー場の飛行魔法版といったところだ。
もっとも、今なのはが見ている人たちは自前の魔法で飛んでいるわけではない。ここでは、飛行魔法を使えない者でも飛行が体験できる道具を貸し出しているのだ。俺たち航空魔導師からしてみれば飛んでいるとは言えない代物なのだが、飛べない者にとっては新鮮な感覚らしい。ミッドチルダでは人気のレジャー施設だった。
俺の説明に、なのはは半ば納得したが、納得できない部分がるらしい。
「ヴァンくんもあれをやるの? 自分で飛べるのに?」
当然といえば当然の疑問だ。俺はこう見えてもBランクの航空魔導師なのだから、あんな機械で飛ぶ必要は無い。
「まぁ、それは一度やってからのお楽しみってね」
あえて、実は本当の目的はここじゃない事は黙っておく。
俺は若干意地悪な事を考えながら奥の飛行道具の貸し出しをしている店になのはを案内する。
うーん、やっぱり家族連れとカップルで込み合っているな。
「いらっしゃい、あら」
「すいません、子供用を二つ」
「はいはい、子供用ね」
うむー、二人分の料金を払う俺を見て、店のお姉さんが微妙な笑みを浮かべてた。多分、初々しい子供のカップルと思われたかな。
俺自身は、へそを曲げた娘や妹を必死になだめる父や兄の心境なのだが……。
「ねえ、これどうやって使うの?」
「ランドセルみたいに背負って……あと、手足に制御用のバインドを巻いて、そう、それ」
俺はなのはに飛行機械の装着の仕方を教えながら、自分も同じように装置を装着していく。
「このあたりは結界が張ってあるから、落ちても怪我は無いよ。飛んでみな」
おっかなびっくりで飛び出せずにいるなのはに、俺は先に飛んでみせた。
一瞬重力にとらわれる感覚の後、ふわりとした独特の浮遊感が襲ってくる。この機械を使うのは久しぶりだけど、やっぱり思うように動けないなぁ、これ……。
『Please work hard. Master(頑張ってください、マスター)』
「レイジングハート? う、うん」
胸にかけていたレイジングハートもなのはにエールを送る。意を決したなのはは飛行場に一歩を踏みだした。
そして……。
「はれ? はれれれれ!?」
悲鳴を上げて、明後日のほうに回転しながら飛んでいく。
ああ、やっぱりこうなったか。
俺は空間を蹴ってなのはに追いつくと、手を引っ張ってバランスを取らせた。
「な、なんで思うように飛べないの?」
「そりゃ、自前の魔力で飛んでいるわけじゃないからね。運動神経で制御しなきゃバランスは取れないよ」
今俺たちがつけているのは、飛行魔法を再現した機械だ。自らの魔力と演算能力で飛行フィールドを形成する飛行魔法とは、似ているようで根本から違う。その制御も自前でやるのでは無く、機械と運動神経で行う事になる。
空間把握能力はあっても運動神経が切れている(アリサ談)なのはは、機械を制御できずバランスを崩したのだ。
「そ、そんなぁ?」
「ほら、手を離すよ」
「あ、ちょ、ちょっとまって、ヴァンくん! きゃっ」
手を離したとたんバランスを崩し、妙な方向に流れていく。
うむー。ある程度予想はしていたけど、ここまでとは……。俺は再びなのはに追いつくと、彼女を抱えてバランスを取らせる。
「ヴァンくん、急に手を離すなんて酷い!」
「あはははは、ごめんごめん」
顔を真っ赤にして怒るなのはに、俺は笑いながら謝る。なのはも本気で怒っているわけではないのだろう、おっかなびっくりだが自分でバランスを取ろうとする。
俺はなのはの手を握り、極力バランスが崩れないように注意をする。
「どうかな?」
「なんか、レイジングハートで飛んでいるのと違って、変な感じ……」
「そりゃそうだろうなぁ……、って、おっと」
横から飛んできた人を避けるのに、俺は三度なのはの手を離す。
「ほえっ? あ、わわわわわわ、ヴァンくんのばかー!」
そして、三度バランスを崩し、悲鳴を上げながら明後日の方向に飛んでいき、壁にぶつかりひっくり返った。
あーあー。スカートじゃないのがせめてもの救いか……。
「ヴァンくんがあんな意地悪だとは思わなかった」
「人聞きの悪い」
休憩の為にベンチに座ったとたん、なのははこんな事を口にした。
小一時間は飛んでいた気がするが、結局なのははバランスを取る事はできなかった。
手を放す度にバランスを崩しあちこちに飛んでいくのだ。
運動神経が鈍いというのもあるが、自前で飛ぶ感覚を先に覚えてしまったため、機械による浮遊との感覚の違いに対応できないのかもしれない。飛行魔法を自在に操るのは難しいが、慣れてしまえば自由度は機械の比ではない。
機械式の飛行は、なのはにとって不自由極まりないものだったのだろう。
「別に意地悪でつれてきたわけじゃないよ。こっちじゃ人気スポーツなんだよ、これ」
「そうなの?」
「地球にもフィギュアスケートとかあるでしょ。これにもそういうのがあるんだよ」
他にも魔法を使った競技では格闘大会などが人気を博している。
「そっか、でも、私にはちょっとできそうに無いよ」
「自分で飛べばできるんじゃない?」
「えっ?」
ポツリともらしたなのはの愚痴に、俺は何でも無い事の様に答える。
フィギュアフライトは機械を使うのが主流だが、自前で飛んじゃいけないというルールは無い。
「自分で飛んでいいの?」
「そりゃそうだよ。機械使ってない人もいるでしょう。まぁ、飛んでいるとは言いがたいけど……」
この屋内飛行場にいる魔導師の大半が、飛べない魔導師だ。俺たちからしてみれば不自由極まりない浮遊位しか出来ない。
もっとも、これは珍しい話じゃない。飛べない魔導師が大半なのだ。
「確かに、そうだね……」
俺の言葉になのはは苦笑すると、ドームを愁いを帯びた目で見上げる。
多分、この空間を窮屈に感じているのだろう。遊ぶ程度ならともかく、飛ぶには作り物の空間は狭すぎる。
「じゃ、次行こうか?」
「次っ!?」
俺の言葉に、なのはが思わず身構える。
って、おいおい。これじゃあ俺がいじめっ子みたいじゃないか。
「大丈夫だよ。次はここの外だから?」
「外って?」
「機械じゃなくて、本当の飛べる場所さ。俺がちょくちょく来ていたところ」
屋内飛行場の外には、屋外飛行場が広がっていた。
まぁ、飛行場といっても山と山林ばかりなのだが、あちこちに監視用のサーチャーが設置されている。比較的安全に飛べる施設が、屋外飛行場だった。
「あれ、ここでも機械を使うの?」
「ああ、あれはだめ。屋外用は免許が必要だから」
「私は免許なんて持ってないよ!?」
飛行機械をいじる人たちを見てなのはが素っ頓狂な悲鳴を上げる。
「自前の魔法で飛ぶ分には必要ないよ」
「あ、そうなんだ」
「うん。あの人たちがいじっているのは競技用のフライトパックだね」
屋内飛行場での経験から警戒しているらしい。あれだけバランスを崩してあっちこっちに飛ばされればそうなるか。
「競技用?」
「飛行機械でスピードを競い合うんだよ。他にも作業用フライトパックとか色々あるんだよ。うちの部隊でも趣味でアレをやっている奴がいたな」
飛行魔法の再現システムは、管理世界でもかなり普及したシステムだ。競技用の他にも高所作業で使う作業用や、ヘリコプターや次元航行艦のサポートフライトシステムなど使用用途は幅広い。
「あれ? ヴァンくんのいる部隊って皆飛べるんじゃないの?」
「飛べるよ。ただ、自分で飛ぶのとはまた違った楽しさがあるらしい」
「ヴァンくんもやってるの?」
「無理。アレはむちゃくちゃ高い」
ちなみに、競技用のフライトシステムはかなり高い。一番安い物でも一ヶ月分の給料が軽く吹き飛ぶぐらいの価格になる。
よっぽど好きじゃない限り、手が出せない代物だ。
「ほら、あっちは自前で飛んでいる人がいるでしょう」
「あ、ほんとだ」
「とりあえず軽く流してみる?」
「また何か企んでない、ヴァンくん?」
「無いよ」
なのはがちょっぴり涙目で睨んでくる。疑われてしまった。本当に何もないんだけど……。
とりあえずなのはを安心させる意味でも、俺はバリアジャケットを纏おうとP1SCを取り出した。
「よう、ヴァンくんじゃないか!」
と、変身する前に背後から突然声を掛けられた。そこにいたのは、顔見知りの飛行魔法のインストラクターだった。
ボディビルダー顔負けの筋肉質の大男だが、総合Aランクの優秀な体育会系魔導師だ。
「久しぶりだな、1年ぶりぐらいか?」
「お久しぶりです。3月から来てませんでしたからまだ9ヶ月ぐらいですよ」
4月の転移事件以来ほとんど地球にいたし、こっちにいた時もなんだかんだで忙しかった。
ここに来るのは本当に久しぶりなのだが、どうやら覚えていてくれたようだ。
「そっちの女の子は友達かい?」
「はい、高町なのはって言います」
「ここのインストラクターをしているハーレだ。よろしくな、なのはちゃん」
そう言うと、インストラクターのおじさんはなのはと握手をしようと手を差し出す。なのはもはにかみながら、そのごっつい手を握り返した。大男と少女の握手だが、インストラクターのおじさんは紳士的な方なので微笑ましさしか感じない。
実に常識的かつ紳士的な反応で助かる。うちの部隊に所属している、何かと言うとお祭り騒ぎを始める連中にも見習わせたい。
「しかし、友達と一緒って事は今日はアレは挑戦しないのかい?」
「アレ? 挑戦?」
「ああ、ヴァンくんは一人でここに来るときはいつも、最難関コースのタイムアタックに挑戦しているんだよ」
首をかしげるなのはに、インストラクターのおじさんは壁に掛けられていたコースの案内図を指差しながら丁寧に説明してくれる。
移動系魔法の適性があるとわかってから空隊に移籍するまでの間、ここでよく練習をしていたのだ。もっとも、当時は最難関コースのクリアなんてとてもじゃないが不可能だったし、空隊に移ってからもそれほどいい成績を残せたわけじゃない。
なんせ最難関コースは、最低でもクリアにAランク魔導師ぐらいの実力が必要とされているのだ。タイムアタックとなると、AAランクでも難しいだろう。
説明を真面目に聞くなのはを見ながら、ふといたずら心が持ち上がってくる。
「なあ、なのはも最難関コースをチャレンジしてみない?」
「えっ、挑戦していいの!?」
どうやら、最難関コースはなのはの好奇心を刺激したようだ。満面の笑みで俺に聞き返してくる。
一方、俺の言葉に渋い顔をしたのはインストラクターのおじさんだった。
「おいおい、ヴァンくん。君も最難関コースの難しさは知っているだろう」
「ええ、もちろん。何度も痛い目にあいましたし」
最難関コースは飛ぶだけじゃなくて、射撃魔法による障害の排除も含まれている。
正直、素人には間違ってもお勧めできないコースだ。
「だったら、大丈夫かどうかもわかるだろう」
「もちろん。彼女は優秀な魔導師ですから、大丈夫だと思ったんです」
「へ?」
俺の言葉に、インストラクターのおじさんは間の抜けた顔をする。
魔導師の能力は必ずしも年齢と一致していないって、この人なら知っているはずだけど?
「いや、魔導師としては優秀かもしれないけど、屋内飛行場でのあの動きでは……」
ああ、なるほど。屋内でのアレを見ていたのか。そりゃ、不安に思うのも無理は無い。
「あっ、あれは忘れてください」
「いや、そう言われてもなぁ……」
この時、俺は多分すごく意地の悪い笑顔をしていただろう。
なのはのドンでも無い才能を見せびらかしたい。そんな欲求に駆られていた。
「だったら、テストしてみませんか? 駄目だったらあきらめるって事で。なのはもそれでいいよな」
「うんうんうんうん、それでいいよ」
子供二人の言葉にインストラクターのおじさんは困った表情をする。
だが、この人は俺が管理局で働いているのを知っている。約束を破って無茶はしないと考えてくれたのだろう。
彼は少しだけ苦笑をすると、テストをすると言ってくれた。
「わかった。じゃあ、なのはちゃんをテストして、駄目だったら最難関コースはあきらめてくれ。それでいいね」
「はい。それでお願いします」
今にも踊りだしそうな勢いで喜ぶなのはを、インストラクターのおじさんは微笑み半分、困惑半分で見ながら俺にそっとたずねてきた。
「本当に大丈夫なのかい、彼女?」
「大丈夫ですよ。ああ見えて、AAAランクの航空魔導師ですから」
「えっ?」
俺の言葉に、インストラクターのおじさんはポカンとした表情を浮かべた。
その後のテストの結果は言うまでも無いだろう。
満点でテストをクリアしたなのはは、最難関コース挑戦3度目にしてタイムレコードを更新し、以後10年間はこの屋外飛行場のクィーンであり続ける事になった。
* * * * * * * * * * * * * *
不覚だった。
書類仕事は得意なはずなのに、少しだけ意識をそらしている間に部下たちが大量の書類を押し付けていきやがった。
結局、ヴァン・ツチダのストロベリークリスマスデートの妨害をする事はできなかった。
だが、まだだ。
だが、まだ二人は他の面子と合流していない。今なら、二人を気まずくする事ぐらいはできる。
少女は暗い情熱を胸に、にんまりと笑う。
「あー、結局なのはに勝てなかったな。戦闘はともかく、機動ならまだ負けないと思っていたのに」
「でも、ヴァンくんもすごく早くなってたよ。フェイトちゃんと同じぐらい早かったし」
「一瞬だけだよ。あの速度を維持しながら戦闘ができるフェイトには、とてもじゃないけど勝てないよ」
なにやらストロベリーな会話を弾ませている二人が向こうからやってくる。
「そういえばハーレさん、チームに入らないかってしきりに勧めてたね」
「AAAの魔導師なんてめったに出会えるもんじゃないしね。それに、AAAでもなのはぐらい飛べる魔導師はめったにいないんだよ」
「そうなんだ」
二人がやってくる。そう、偶然を装い不意打ちをしなければ……。
「あー、隊長。いつまでここに車を止めておけば良いんですか? そろそろ本部に向かわないとまずい時間ですよ」
暗い情熱を燃やすルーチェを気味悪そうに眺めていたティーダだったが、いい加減時間が押していたので恐る恐る声を掛けた。
そんなティーダに、ルーチェは鬼の目で怒鳴りつける。
「今が大切なところなんです、邪魔しないでください」
「邪魔って、ただ呆然と窓の外を……。って、あれ?」
ルーチェの視線の先を無意識に追ったティーダは、通りの向こうから少女を連れて歩く年下の同僚の姿を確認した。
「ありゃ、ヴァンじゃないか……って、何考えているんですか、隊長?」
「決まってます。ラブラブカップルには正義の鉄槌を」
「何が正義なんですか?」
彼女の性癖は十二分に知っているが、ここまで無駄な情熱を燃やされると若干引く物がある。
ティーダはため息を一つつくと、ルーチェを諌めようとした。
「馬鹿な事をやってないで、行きましょうよ。馬に蹴られて死にたくないでしょう」
普段は率先して馬鹿な事を言っているティーダだが、弟分であるヴァンの幸せを願っているのも事実だ。
後でからかってやろうとは考えているが、ここで邪魔をする気は無い。
「いやです。人がクリスマスも仕事だって言うのに、あの子は!」
「自分でシフト組んだんでしょうが」
「思わぬ伏兵がいたとは……」
デートを妨害されたティーダとしては呆れるしかない。
もういい加減先に進めよう。ティーダは運転手に車を出すように指示しようとした。
その時だった。
「あれ、隊長にティーダさんじゃないですか?」
管理局の公用車が止まっていれば嫌でも目立つ。さらに、そこに乗っているのが知っている顔なら、挨拶に来てもおかしくは無い。
いつの間にか車のすぐそばまでやってきていたヴァンが敬礼をしていた。
「あ、ティーダさんに、えっと……、そっちは?」
「うちの部隊の隊長だよ」
知人に会釈をしながら、初めて会う人の事を訪ねてくる。
この事態に、自称完璧な計画を練っていたルーチェ隊長は思わず慌てる。
こういったと突発的な自体には弱いのが自分の弱点だ。内心でルーチェは歯噛みする。
実はそうではなく、恋愛関係の経験値がまったく無いだけなのだが、当人は欠片も気がついていない。
「はじめまして、高町なのはさん。3097隊の隊長を務めているルーチェです」
「は、はじめまして。ルーチェさん」
まずい。いきなり普通に自己紹介されてしまった。これでは「浮気ものー!」と叫んで消える計画はパーだ。
どうすれば……ルーチェの灰色の脳細胞が唸りを上げ、一つの作戦を導き出す。
その名も、『ちょっとした嫌味で、二人を気まずくさせよう』作戦だ。
「ふふふ、デートですか、ヴァンさん。皆が忙しいときに、余裕ですね」
「申し訳ありません。ですが、今日は緊急連絡がありませんでしたから」
その言葉に、ヴァンは小さくため息をつく。
ヴァンも木石ではない。なのはに対しての感情が家族愛に近い物だとはいえ、これが傍から見ればデートと呼ばれる物だろう事は十分自覚している。部隊の連中に見つかればからかわれるだろう事も覚悟済みだ。
この程度の言葉に動揺するような軟な神経はしていない。
一方、ルーチェの言葉に過剰に反応したのがなのはだった。
「えええええええっ、これってデートだったの!? あ、でも、ヴァンくんと二人っきり? え、えっ、えええええええっ!?」
もっとも、それはルーチェが意図したのとはまったく別の方向だった。
なんせ、ルーチェの言葉を聞くまで今日の行動がデートと呼ばれる物だと言う意識はなのはには欠片も無かった。
今日だって無茶ばかりする友人の日常を心配しただけだし、話の流れで仲の良い友達と遊んだだけ。
ヴァンをどう思っているかと問われれば、手のかかる弟がいたらこんな感じかな……と、答えただろう。
本当にその程度しか意識して無かった。
このあたりは、物語で10年以上ある男性の事をスルーし続けてしまった女性と根っこが同じなのだろう。
だが、今回のルーチェの言葉に、否応無しに自覚させられてしまったのだ。
たしかに、思い返してみれば今日やったのは……デートと言われる物の様な気がしないでもない。
意識してしまうと、流石のなのはも平静ではいられない。頬が上気し、挙動不審になる。
真っ赤な顔でチラチラとヴァンの顔を見詰め、視線が合いそうになると慌てて目をそらす。
その少女の態度に、ルーチェの視線がますます厳しい物となり、同時にヴァンがおろおろうろたえる。
一方、蚊帳の外から微笑ましそうに見詰めていたのがティーダだった。自覚無しの初デートとは、初々しいとすら思っていた。
「さてと、隊長。本当に時間が押していますし、そろそろ行きましょう」
とはいえ、いつまでも眺めているわけには行かない。自分たちは仕事中なのだ。
ティーダはまた無駄に暗い情熱を燃やしている隊長を無理やり車に押し込めると、運転手に車を出すように指示をする。
そして、最後に窓から首を出すと、まだうろたえているヴァンにこう言った。
「ちゃんとなのはちゃんをエスコートしろよ、初デートなんだからな」
その言葉にますます真っ赤になるなのはと、うろたえるヴァン。
最近はだいぶ慣れたようなフリをしていたが、根本的には変わっていないらしい。
オーリスに話すネタが増えたと、一人ほくそ笑むティーダだった。
そして……。
「やっぱり恋愛ストロベリーじゃないですか……。くっ、あの裏切り者め、くっ、こうなったら、こうなったら」
こうなったら如何する心算なんだろう?
その疑問を、ティ-ダは窓の外に放り捨てるのだった。
,. -‐'''''""¨¨¨ヽ
(.___,,,... -ァァフ| あ…ありのまま 今 起こった事を話すぜ!
|i i| }! }} //|
|l、{ j} /,,ィ//| 『おれはクリスマス特別編を書いていたと
i|:!ヾ、_ノ/ u {:}//ヘ 思ったらいつのまにかお年玉特別編になっていた』
|リ u' } ,ノ _,!V,ハ |
/´fト、_{ル{,ィ'eラ , タ人 な… 何を言ってるのか わからねーと思うが
/' ヾ|宀| {´,)⌒`/ |<ヽトiゝ おれも何をされたのかわからなかった
,゙ / )ヽ iLレ u' | | ヾlトハ〉
|/_/ ハ !ニ⊇ '/:} V:::::ヽ 頭がどうにかなりそうだった…
// 二二二7'T'' /u' __ /:::::::/`ヽ
/'´r -―一ァ‐゙T´ '"´ /::::/-‐ \ 遅筆だとか催眠術だとか
/ // 广¨´ /' /:::::/´ ̄`ヽ ⌒ヽ そんなチャチなもんじゃあ 断じてねえ
ノ ' / ノ:::::`ー-、___/:::::// ヽ }
_/`丶 /:::::::::::::::::::::::::: ̄`ー-{:::... イ もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ…
※尚、ミッドチルダの事情、施設等は公式設定を踏まえた上でのSS作者の妄想です。公式ではありませんので、その点はご了承ください。